殲神封神大戦⑱〜表裏の階
別に身構える必要なんてない。
『破滅』への階(きざはし)なんて存外、身近にあるものだ。
意識すれば、恐ろしい。
けれど、意識しなければ、不用心に足をかける。
かけてしまえば、ほら――奈落の底まで真っ逆さま。
●『伏羲』の祠にて
伏羲は本来、封神武侠界の文化の祖とされる神の一人であった。
故に大賢良師『張角』による『異門同胞』の影響は著しい。
「幸い、伏羲自身はオブリビオンとして蘇ってはいないようだ。が、伏羲の祠そのものが相応の魔境と化している」
『無限の書架』と『さまざまな世界の言語や呪文』の坩堝と成った祠への知的好奇心を隠そうともしない虚空蔵・クジャク(快緂慈・f22536)の貌は朗らかだ。
しかしこの祠で猟兵たちを待ち受けるのは、心の地獄。
恐るべき魔力が充満した祠内部には、伏羲の発明した『陰陽を示す図像』が刻まれ、踏み入る者に未来を教えるとされていた。
だがオブリビオンによって汚染されてしまった今、示されるはずだった未来は歪められた。
「あり得るかも知れない破滅の未来――を、具現化してくれるそうだよ。実に興味深いと思わないかい?」
にやり、とクジャクは口元だけで笑む。
「なぁに、別に身構える必要なんて欠片もないさ。ある日突然、人生が破滅に転じるなんてそう珍しいことじゃあないからな」
他愛ない日常に、破滅の芽なんざ幾らでも潜んでいる。
求めた小さな望みが、手に余る大望へと代わり、人を狂わせるなんてよくある話だ。
清廉潔白に生きていたって、どこで転げるか分かったもんじゃない。当たり前に欲や希望を持つ者ならば、なおさらに。
「予感くらい、あるだろう? それが具現化してしまうだけさ」
あっけらかんとクジャクは告げる。
心を壊してしまうかもしれない破滅と、真正面から向き合えと。
「予行演習だと思って、心置きなく絶望してくるがいい。でなけりゃ、あなた達は此処までってことだ――もちろん、そんなわけないだろう?」
希望は、欲だ。
そして人は容易く欲に溺れる。溺れてしまえば、踏み外す。
破滅と希望は表裏一体。
でも、人は。
希望を盾に破滅に抗い、希望を矛に破滅を打ち破る。
七凪臣
お世話になります、七凪です。
殲神封神大戦シナリオをお届けします。
●プレイング受付期間
受付開始:オープニング公開次第。
受付締切:タグにてお報せします。
※導入部追記はありません。
●シナリオ傾向
心情系シリアスを想定。
●プレイングボーナス
あなたの「破滅」の予感を描写し、絶望を乗り越える。
●採用人数
👑達成+若干名程度。
全員採用はお約束しておりません。
採用は先着順ではありません。
●同行人数について
ソロ、あるいはペアまでを推奨。
●他
文字数・採用スタンス等は個別ページを参照下さい。
皆様のご参加、心よりお待ちしております。
宜しくお願い申し上げます。
第1章 冒険
『八卦天命陣』
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POW : 腕力、もしくは胆力で破滅の未来を捻じ伏せる。
SPD : 恐るべき絶望に耐えながら、一瞬の勝機を探す。
WIZ : 破滅の予感すら布石にして、望む未来をその先に描く。
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
須藤・莉亜
見渡す限り死体だらけ。
ちっこい死体に中くらいの死体、後でっかい死体も。
敵だったのか味方だったのかも分からない死体が山盛りどっさり。
んでもって、死体の山の上で寝転ぶ死にかけの真の姿状態の僕か。
「死にかけてんのにまだ食べてるの?というか、それ誰の腕?」
最後の晩餐だって?うるさいよ、まったく。
まあ、ルール破って味方の血でも飲んで抑えがなくなったら、もう皆殺しにするしかない。その結果、味方だった人らに殺される事になってもね。
ああ、僕にトドメを刺しに来た人らが向こうに見える。
暴飲暴食を右手に出してUCを発動。
「まあ、僕の知り合いだったら太陽をぶつけても死なないでしょ。」
死んだら偽物って事で。
●屍を踏み越え
「あーあ」
視界を埋め尽くす『死』の山に、須藤・莉亜(ブラッドバラッド・f00277)は間延びした溜め息を吐いた。
見渡す限り、骸、骸、骸、骸、骸。
乳飲み子ほどの小さなものから、そこらに居る普通の人々、そして莉亜を圧倒するような巨漢の持ち主まで。大きさも、性別も、年代も多種多様だ。敵だったのか、味方だったのかも分かりはしない。
共通しているのは、皆が皆、身体の一部を喰われていること――。
「ねぇ、いつまで食べてるの?」
莉亜が声を放ったのは、骸の山に寝転がる『己』。
「死にかけてるのに、まだ食べるの?」
血に染まった『其れ』へ、莉亜は呆れた眼差しを注ぐ。
晒された、真の姿。おそらく、ルールを破って味方の血を啜り、抑えが効かなくなったのだろう。
(そしたらもう、皆殺しにするしかないもんね?)
「というか、ねぇ。それ、誰の腕?」
『うるさい。最後の晩餐を邪魔すんじゃねぇ』
貪り喰らい続ける己から寄越された投げやりな応えに、莉亜は「仕方ないなぁ」と肩を竦めた。
此れは、絶望の風景。
見境がつかなくなった結果、味方に殺されそうになっている己の姿。
理性の手綱を緩めたなら、いつ訪れるとも知れぬ未来。
「そんな悠長に食べてていいの? さっさと逃げないと、本当に殺されちゃうよ?」
迫りくる新手に、莉亜は一応の忠告を発する。
あれはきっと、『莉亜』にトドメを刺しに来た人々だ。相応の数で、陣形も組んでいる。三途の川を渡りかけた己では、超再生も追いつかず、ものの数分で死を迎えてしまうに違いない。
――死は、絶望。
――やり直しも、何も、出来なくなる。
「仕方ないなぁ」
この場の悪は、きっと『己』だ。大人しく討たれるのが世の為かもしれない。が、それでは絶望は終わらない。
「まあ、僕の知り合いだったら太陽をぶつけても死なないでしょ」
莉亜は右手に、あらゆるものを喰らう牙と顎を顕現させ、『今』いる世界から『力』を奪う。
そうして編み出すのは、極大威力を放つ太陽。
――死ななければ、いい。
――親しき者を、殺さなければいい。
道理なんざ、クソくらえだ。生きていなければ、何も為せぬ。
「……全て滅びろ」
輩(ともがら)への信を胸に、莉亜は世界を暴力的な真白に染め、未来への扉を抉じ開ける。
大成功
🔵🔵🔵
ラナ・スピラエア
破滅…
その言葉はあまりにも恐ろしく現実味が無い
普通に、幸せに育ってきた私には
破滅も
絶望も
何もかもが遠い存在
でも、最近は怖いことがあるんです
初めて両親の道では無く
自分で選んだ、自分が一番大好きだと想った人のこと
私の中に
こんなにもっともっとと望む
我儘な気持ちがあるなんて知らなかった
そんな醜い私を見て、知って
愛おしい彼が…離れてしまったら
嫌われてしまったら
私は、立ち直ることが出来るんでしょうか
それはずっと心の奥底にあった不安な気持ち
今目の前にそれが見えれば前を見ることも出来ない
でもこれは、現実では無いから
そうならないよう、努力をするだけ
素敵な女性になれるように
彼にいつまでも好きだと言って貰えるように
●羽化
「……ぁ」
金色の瞳が棘を孕んで眇められたのに、ラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)は小さく声を震わせた。
破滅――その響きは、言葉だけでも恐ろしく、同時にラナにとっては現実味に乏しいもの。
特別な謂れなぞ無く、父と母の間にラナは生を受けた。
育ちだって、普通だ。だから猟兵として在りながらも、ラナそのものにとっての『破滅』や『絶望』は縁遠い。
そんなふうに、生きて来た。生きてくることが、出来た。
――だのに。
(待って、ください)
くすんだターコイズブルーの髪をひるがえし、遠ざかろうとする背中に、ラナはおずと手を伸ばす。なれどその指は空を掴む。
(私を……私を、嫌わないで?)
初めて、両親の道では無く。ラナ自身が選んだものがある。
それはラナが『一番大好き』だと想った人。
――私、知らなかったの。
『彼』を『愛おしい』と自覚した途端、ラナは自分の中に「もっと、もっと」と望む気持ちが芽生えた。
まるで幼子の我が儘みたいな欲だ。でも、走り出した感情は、理性で押し留められない。
――醜い、私。
――こんな私を、彼が見て、知ってしまったら。
「……で」
呟きはか細く、些細な風にさえ攫われる。それほどの恐怖が、ラナを苛む。
――怖い、怖い、怖い。
――彼が、私から離れていってしまったら?
――彼に、嫌われてしまったら?
「!」
そこでラナは、息を飲んだ。
怖れが現実になってしまったら、きっとラナは立ち直れない――が、ラナは視た。
愛しい彼が去る姿を。それに絶望する自らの姿を。
(これはずっと心の奥底にあった、私の不安な気持ち)
(そしてこれは、現実では無いもの)
幻でさえ、ラナの心は凍った。もう視てはいられないと、目を瞑りかけた。それでも、視たからこそ、ラナは糸口を見つけた。
「私は、私を磨き続ければ良い……そういうことですよね?」
口にした決意が、ラナの背筋を伸ばす。
「私は素敵な女性になってみせます。いつまでも、彼の隣にいられるように」
(――彼に。好きだと、言って貰えるように)
たゆまぬ努力を誓う乙女の苺色の瞳は魅力的に耀き、歪められた未来を真っ直ぐに射抜く。
大成功
🔵🔵🔵
菱川・彌三八
たまに思うのさ
此の腕が失くなったら、俺ァ如何なっちまうのかと
そんねェな事くれえで破滅たァ思わねェ筈だが、ふいに恐ろしく感じる事もある
絵が描けねェ、殴れねェ、大事なものを抱いてやれねェ
或いは、収まらねェ程暴れてやりてェ気に飲まれて、己で全部壊しちまったら
あゝ、此れだな
腕失くすより余程恐ろしいや
たまに俺ァ己を見失う
否、見失った
生憎既に手放して、一度拾い上げられた身なんでね
俺が凡て手放しても、其れを拾う奴がいる
屹度そいつァ俺より強くて、俺なんぞにゃ負けやしねえのさ
だから俺も負けやしねェ
腕がなけりゃ脚
脚がなくとも口がある
すれに、猟兵てなァ一等丈夫らしいぜ
●壊れ得ぬ
己の腕が家々を壊し、己の足が人々を踏みしだく。
刀を抜いて駆け来るのは、暴漢を止めに入ろうとする正義の誰かだろう。だのに己は、その誰かの顔面に、容赦ない拳を叩き込む。
ぐしゃりと骨が砕ける音に、菱川・彌三八(彌栄・f12195)は眉を顰める。
鳳凰の力をまとった己の一撃だ。おそらく『誰か』は、顔面が割れただけでは済むまい。
「……あゝ、此れだな。確かに、此れだ」
血を吹いて斃れ逝く誰かを見ながら、彌三八は一度だけ身震いした。
――此の腕が失くなったら、俺ァ如何なっちまう?
そう考えることなら、たまにあった。
彌三八は絵師だ。筆を持てなくなったら、絵を描けなくなってしまう。無頼漢や魑魅魍魎どもを殴れなくなってしまう。
(大事なものを抱いてやれなくなる――ケド、そっちじゃねえ)
腕を失くすことは、恐ろしい。
なれど『破滅』かと問われれば、是を頷くのにきっと迷う。
筆ならば、口で咥えりゃいい。殴る代わりに、頭突きだって蹴飛ばすことだって出来る。抱けずとも、温もりは感じられる。
だが、己で全てを壊してしまっては元も子もない。
(……怖ぇな。嗚呼、怖ぇ。収まらねェ程暴れてやりてェ気に飲まれて、己で全部壊しちまうなんてよ)
彌三八は、猛り狂う己を、絵に映し取るかの如く具に視た。
奇妙な既視感が湧くのに不思議はない。
(たまに俺ァ、手前を見失うしよ)
否。見失ったことが、ある。
(けどよ……俺が凡て手放しても、其れを拾う奴がいるンだ)
見失って、手放して、そうして拾い上げられた先に居るのが、『今』の彌三八だ。
「屹度そいつァ俺より強くて、俺なんぞにゃ負けやしねえのさ」
からり。
彌三八は笑う。
天を仰ぎ、かんらかんらと腹を抱えて笑う。
絶望ではなく、未来を見据えて笑う。
「だから俺も、負けやしねェ!」
伏羲だとか、陰陽を示す図像だとか、どうでもいい――図像そのものには絵師として若干の興味はあるが。腕がなくとも脚がある。脚がなくとも、口がある。遣り様は、幾らだってある。それに。
「それに、猟兵てなァ一等丈夫らしいぜ」
壊れないなら、壊せる。
憑かれ狂った己も、打破できる。
然して彌三八は、壊れぬ未来を掴み取る。
大成功
🔵🔵🔵
終夜・凛是
心臓が、捩じ切れそう
俺の破滅ってなんだろ
でも怖い事は、考えないようにしてる事は、ある
にぃちゃんに拒絶される事
いっぱい話をして、一緒に過ごす時間がほしい
俺にとってそれは希望、で
でもそうじゃないって目の前に現れる
お前なんか知らないと、兄弟じゃないって言われたら
呼吸できなく、なる
でもそこが終わりじゃない
俺の姿浮かんでにぃちゃんを叩き伏せる
酷い顔で、酷い言葉を吐いているのはわかる
でも何をいっているのかわからない
憧憬、信頼に近いものが歪んで、嗚呼これは
これは今までの俺の否定、か
これが俺の終わり、か
…こんなの、絶対ない
にぃちゃんは俺よりも強いから、もし俺がああなっても簡単にあしらってくれる
そう、信じてる
●傍らの可能性
かはっ、と。
終夜・凛是(無二・f10319)は喉で詰まった息を、無理やりに吐き出した。そうでもしないと、叫びを上げる心臓が破裂してしまいそうな気がしたのだ。
(……ちがう、ちがう)
眼前で繰り広げられる光景を否定して、凛是は繰り返し首を横に振る。
でも耳朶にこびりついた音は、消えてくれそうにない。
――お前なんか知らない。
――兄弟じゃない。
再会の喜びに細められるはずだった目は冷たく眇められ、温かく抱きしめてくれると思っていた両腕は動く素振りさえなかった。
(にいちゃ……にいちゃ、ん……っ)
特別なことなんて、望んでいない。たくさん話をしたかっただけ。一緒に過ごす時間が欲しかっただけ。兄弟として、当たり前に過ごしたかっただけなのに。そう在れると、凛是は信じてきたのに。
『 』
髪を振り乱した『自分』が獣じみた咆哮と共に『兄』を踏みしだく。綺麗だった灰の毛並は血塗れだ。染まった色は、凛是色。
否定されたことを否定すべく、『自分』は『兄』を否定することに躍起になっている。
『 』
(酷い言葉……)
何を吼えているのかは聞き取れない。でも、推測するのが容易い酷い顏を『自分』はしている。
(……嗚呼、これが)
ずっと考えないようにしてきた、怖い事。
憧憬や信頼に近しい何かが歪み狂い、破滅の怪物が暴れ出す。
(これが、今までの俺の否定……これが、俺の終わり)
引き千切った兄の尾をさも大事そうに抱え、凛是を否定し続ける『兄』の口に踵を捻じ込み。萎れた耳を鋼糸で無理やり立たせ、その奥へ怨嗟を注ぎ込む。
兄は今にも息絶えてしまいそうだ――。
――本当に?
「……ちがう」
荒い呼気に凛是は否やを混ぜた。
「こんなの、絶対に、無い」
これは、歪められた未来。
現実に為り得るはずのない、仮定の悲劇。
だって、だって、だって。
「にぃちゃんは俺よりも強いから……もし俺がああなっても簡単にあしらってくれる……きっと、そう」
兄は、強い。自分なんかに、負けない。だから大丈夫。
そう信じることで凛是は祠の呪いから逃れる。
――凛是は気付かない。
己が『兄に否定されない』ことを信じ、此の窮地を脱したわけではないことを。
可能性はいつも傍らに。
大成功
🔵🔵🔵
リンシャオ・ファ
燃え崩れた家の材木が爆ぜるのを聞きながら、村だった場所を歩く。
何が起きたのかは分からない。
だってもう、自分の名前も思い出せない。
さっきまで誰かに、確かに呼ばれていたはずなのに。
ただ、多分、今目の前に見えている景色は、自分にとって大切なものだったんじゃないかと思う。
赤い鳥が夜天に舞う。
炎の帯を空に引き、彼方へと帰っていく。
目を閉じれば思い出すのは、遠い日の破滅。
(今ここにある景色だって、炭みたいに真っ黒い何かに変わってしまう日が来るのかもしれない)
でも――たとえ無力でも、抗わずに諦めるような自分にはなりたくないから。
(だから、おれは戦うんだ)
髪飾りを結い直して前を向いたら、きっともう、大丈夫。
●花凌霄
足を踏み入れた祠の中は、燃え逝く村落だった。
あり得ない光景だ――だがそのことにリンシャオ・ファ(蒼空凌ぐ花の牙・f03052)は疑問を覚えず、乾いた木材が爆ぜる音を聞く。
何が起きているのかは分からなかった。
いや、そもそも。リンシャオが理解できていることなんて、これっぽっちもありやしない。
(だって、もう。おれは、おれの名前すら思い出せないだから)
絶望せぬことに、リンシャオは絶望する。
この光景も、本当は自分にとって大切なものだったはずなのに。
(なのに、おれは)
琥珀色を忘れて樺色に染まった眼に、赤々と盛る焔を漫然と映す。
せめて何かと熱の坩堝へ飛び込むこともなく、慟哭することもない。『大切なものだったはず』と思いはするのに、それ以上のものは疼きさえしない。
(キミは、誰? おれを、知ってる?)
さっきまで誰かに『名』を呼ばれていた感触が、耳の奥の奥に残っている。
でもリンシャオには、その『誰か』が誰か分からないし、探そうという衝動さえ湧いて来ない。
――本当に?
「……あ」
呆然と立ち尽くすだけだったリンシャオの首が、上向く。
空を捉えた視界には、夜天に舞う赤い鳥。
「どこへ帰る、……の?」
炎の帯を長く引き、彼方へと飛翔する姿に、リンシャオはゆっくりと瞬いた。
――帰る。
そうだ。
自分は帰るべき場所(こきょう)を失くし、散り散りになった同胞を探している。
「ちゃんと、憶えている」
この光景は、目を閉じればいつだって思い出す、遠い日の破滅。繰り返してはいけない悲劇。
(おれは、諦めたくない)
肌身離さず身に着ける花の髪飾りを結い直す。
名もなき自分を、いつか誰かが呼んだ目印。
(おれはもう、忘れない)
世界はいつだって簡単にひっくり返る。今のリンシャオに与えられた日常だって、不意に炭みたいな真っ黒い何かに変わってしまう日が来てしまうかもしれない。
「……それは、いやだな」
前を向いた呟きが、リンシャオを祠の呪縛から解き放つ。
踏み出す一歩は、これまで以上に力強い。
(おれは、戦う)
もう二度と、失くさない為に。
夢を叶える為に。
大成功
🔵🔵🔵
百合根・理嘉
自分が欲深いのかどうなのか……
判ってない部分ってのはある
育った環境ってな
そーゆートコに影響するらしいんだよなぁ
まぁ、生きてりゃ御の字みたいな感じだったし
でも、そだな……絶望とか破滅とかは
誰かに本気も本気で惚れたらやべぇかもな、俺
喪えないたった1人とか出来たらぜってぇやべえ自信ある
そのたった1人に希望とか意味とか見出したら駄目なタイプだ、俺
多分、思考的にも感情的にも……
上手くバランス取れなくなる気しかしねぇ
嫉妬と独占欲が暴走するのが判る
日常的な暴力って意味で手を挙げたりはしないだろうけど
監禁とかはしそうだもんな
愛してるんだよ、なんて言い訳してさ
それが極まると多分、母さんみたいに
相手の首に手をかける可能性も充分にある
逆に……歪んだ愛情を自信が体験してるからって
『そう』なるとは限らない――のも、今の俺は知ってる
何よりも、母さんみたいに
自分1人で受けて立たなきゃいけない訳じゃない
俺の挙げる声は多分、誰かに届く
膝を抱えて閉じ籠もらなきゃ
俺の声は確実に誰かに届く
今の俺はそれを知ってるから、大丈夫
●『オレ』の『声』
「んー……まぁ、そうなるかぁ……」
膝から力が抜けていく感覚に、百合根・理嘉(風伯の仔・f03365)は堪らず天を仰いだ。
目に入って来るのは、祠の天井だ。景色も、そう変わってはいない。
澱んだ空気に、満ちる禍つ気。
居るだけで生気を奪われそうなのに、その『己』は目を爛々と輝かせ、馬乗りになった誰かの首へ手を回している。
力を込めているのかいないのかは、理嘉からはよく視得ない。
でもきっと、あとちょっとの衝動ひとつで、誰かの息を止めることは出来るし、物理的に圧し折ることも容易だろう。
「…………」
漏らす呟きさえ失し、理嘉は乱暴に髪を掻き混ぜる。
まるで母さんみたいだ――とは言わなかった。
自分が欲深であるか否かの判断は、理嘉にはつかずにいた。
とは言え、『人』として生きていれば、大なり小なり『欲』は生まれる。
その『欲』が何に振れるかは、育った環境に依る部分も少なくはない。
理嘉の育ちは複雑なようで単純だ。
生きていられれば御の字――そんな日常。巷では『劣悪な環境』とか言われるかもしれないが、只中にあった理嘉にとっては判別しようもない。
しかし、ぼんやりと。絶望とか、破滅とかへの耐性は、人よりある気がしていた。
そんな理嘉が自覚するのは、誰かに本気で惚れたら拙いということ。
(俺はきっと、そいつに夢とか希望とか、生きる意味とか、ぜーんぶおっかぶせちまうだろ?)
おそらく、バランスを失う。思考的にも、感情的にも。そうして衝動任せの獣になる。
(嫉妬と独占欲を暴走させて)
居なくなったら困るから、暴力には走らないと思う。でも誰の目にも触れさせたくないから、監禁くらいは普通にしてしまうはずだ。
ぶ厚い扉に南京錠を幾つもつけて。
自分が与えた食事でしか、命を繋げないようにして。
理嘉の存在だけが、生きる為に唯一必要なもの、なんて状態にまで追いつめて。
『愛してるんだよ』
誰かに圧し掛かっている『己』が、言い訳に過ぎない懇願を口にしている。
愛しているんだから、何をしたって赦される。
崇高な愛を免罪符にして、身勝手な我が儘を貫いている。
そういう風に生きていれば、そのうち母のように――。
「ばーかばーかバカ、馬鹿馬鹿馬鹿の超大バカ」
知らぬ間に置き去りにしていた呼吸を取り戻す序でに、理嘉は盛大な悪態を吐く。
(オレはちゃんと知ってんだよ)
歪んだ愛情は、我が身を以て体験した。故にこそ『そう』なるとは限らないことを、『今』の理嘉は分っている。
先人の教えがあるから、二の轍は踏まずに済む。
何よりも、理嘉は一人ではない。
「俺は、母さんみたいに。自分一人で受けて立たなきゃいけない訳じゃないんだよ!」
腹の底から声を張った。
誰かに届く声だ。
――オレは、一人じゃない。
声を、出せ。
その声は、必ず誰かに届く。
拾い上げてくれる誰かは、必ず居る。
――膝を抱えて、閉じ籠もらなきゃいいんだよ。
顏を上げ、胸を張る。
幸い、体格には恵まれた。
小さくいじけさえしなけりゃ、『誰か』は目に留めてくれるだろう。
「ざまーみろってんだ」
消えて行く幻に、理嘉は別れを告げる。
大丈夫、自分はこうはならない。こんな歪んだ未来などあり得ないと、信じる事が出来る。
「悪かったな。今の俺は、それを知ってるんだよ」
にかりと笑う理嘉の周囲には、祠の呪いの欠片さえ残ってはいなかった。
大成功
🔵🔵🔵
琴平・琴子
帰れないなんて嫌
私は望んでアリスラビリンスに落ちたわけじゃないのに
ぼろぼろ零れ落ちる涙を止め様として拭うけれど止まらない
幼い子供の様に駄々をこねて鳴いて喚いても帰れる訳じゃない
一歩を踏みしめる足が帰り道の扉に通じてると信じて
我武者羅に歩いているけれどもそれが本当に前に進んでるかなんて分からないし誰にも分からない
誰も教えてくれない
ねえ誰か教えてよ
――「知識は荷物にならないよ」
そう言ってくれたのは、王子様だっけ
どんな時でも笑って背中を押してくれたのは、お姫様だっけ
きらきら眩しい笑顔をした人である貴方と、顔と足の無い幽霊のお姫様
――会いたい
何処にいるの?
昨日はお姫様に本を読んであげて
今日はお花畑で寝転がってお昼寝して
明日は何をしようかって話してよ
帰ったらいっぱいの冒険譚を聞かせてあげる
お姫様は童話やラブストーリーが好きで拗ねるかもしれないけれど
本当に話を聞いているか分からない、ただ頷く王子様にも聞かせてあげる
あのね聞いて
いっぱいの冒険をして
お友達もできて
世界はとっても広いんだって
笑って話すから
●まえむきのあし
息を切らしながら扉を開けた。
でも待っていたのは、また扉。
いったい何枚の扉を開けて、潜っただろう。思い返すのも億劫な数――もう正確な数は分らなくなっているのかもしれない――に、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は固い地面に膝をついた。
「…………っ」
う、と。噛み殺し損ねた呻きが、口の端から漏れる。それは決壊の引金。
「っ、なんで……なんで、ですかっ。どうして、私だったんですかっ」
琴子は力任せに拳を床へ叩きつける。そんなことをしたって、痛いのは自分自身だ。そう分かっているのに、感情は止め処なく爆発する。
「帰れないなんて、嫌っ」
琴子の齢は十。
清く、正しく、凛々しく。両親が惜しみなくくれる褒め言葉に恥じぬよう、胸を張れる生き方をしてきた。だのに、どんな運命の悪戯か。琴子はアリスラビリンスに落とされた。
不思議の国が無数に連なる世界。元の世界に帰る為の扉は、たったひとつ。
可能性は、極めて低い。それでも琴子は諦めず、歩き続けた。踏み締める一歩が、帰り密に通じるのだと信じて。
でも。
でも。
でも。
――私は本当に、前に進めているのでしょうか?
「どうして誰も教えてくれないの……」
涙が次から次へと溢れて来る。止めようとして拭えば、傷ついた手の甲に涙が沁みた。
駄々をこねて親を困らせる幼児みたいな泣き方だ。こんなことしていたって、帰れる訳じゃないと琴子は分っている。それでも涙は頬を伝い落ち、床を濡らす。
帰りたい。帰れない。進めているのかさえ分からない。
「ねえ誰か教えてよっ」
『知識は荷物にならないよ』
「……え? あ」
無意識に発した自分の言葉が、琴子の脳裡にかつて訊いた科白を思い出させた。
「……王子様?」
そうだ、あれは王子様。優雅に足を組んで座り、本を開いた王子様。微笑みを絶やさない王子様。顏のないお姫様に振り回されっぱなしの王子様。
「王子様と、お姫様」
噛み締めるように、琴子は呼ぶ。その音が、鮮やかな映像を連れて来る。
(きらきら眩しい笑顔をした人である貴方)
(顔と足の無い、だけどいつも笑って私の背中を押してくれたお姫様)
お姫様の珊瑚色のドレスがふわりと揺れて、琴子に風を感じさせた。お姫様の手にした白百合の香りが、琴子の心をくすぐる。
「会いたい、な」
絶望にあえいでいた琴子の唇から、ぽろりと希望がまろび出た。
――会いたい。
二人と過ごしたい。
昨日はお姫様に本を読んであげて。
今日はお花畑に寝転がって、お昼寝をして。
明日は何をしよう、とお話を――。
「ねえ、待ってて」
元居た世界で助けてくれた王子様とお姫様みたいに、琴子はなりたいと想っている。
想いは、目に視えない力。
しかしずっと携えていられる力。
――帰ったら、いっぱいの冒険譚を聞かせてあげよう。
――童話やラブストーリーが好きなお姫様は拗ねてしまうかもしれない。
――本当に人の話を聞いているか怪しい王子様は、ただ微笑んで頷いているだけかもしれないけれど。
「帰ったらいっぱいの冒険譚を聞かせてあげる」
琴子はゆっくりと立ち上がり、着衣についた汚れを払う。
きちんと折りたたまれたハンカチをポケットから取り出し、涙の跡を拭った。
そう、涙はいつしか止まっていた。
(また助けてもらったのかもしれない)
思い出した王子様とお姫様の笑顔が、琴子の冷えた心に温もりを運んで来てくれた。
歪んだ未来を打ち破る力をくれた。
「いっぱい、聞いて?」
何を話そう? どれから話そう。
経験した冒険は、数え切れない。
新しいお友達だって出来た。世界はとっても広いんだって知った。
終わりがないからこその、希望。
「いつか、絶対。笑って、話すから」
前に向けた琴子の足は、もう立ち止まらない――。
大成功
🔵🔵🔵
蘭・七結
退屈な程に長閑な日々が続いてゆく
それは、とても幸せなことなのでしょうね
変わらない情景
変わらない人物
彩りに満ち満ちた常夜の館
当たり前のように存在したものが薙ぎ払われて
冷たく凍えるような温度のみを置き去りにする
嗚呼――、嫌ね
とても、いやだわ
寒いことも、寂しいことも
総てが消えてしまうのは、いや
眼前に拡がるのは無し色の極夜
誰も彼もが消え去って
わたしだけが変わらずに居座り続ける
この景色は屹度、有り得てしまう可能性
何時の日にか、辿ることになるのかしら
込み上げる焦燥と寂寥に支配されてしまいそう
これほどまでに、わたしは
彼ら彼女らの存在が大切なのでしょう
停滞することの無い時の中で
何時の日にか必ず訪れてしまう未来
夢心地に浸り、目を逸らすことは簡単だけれど
わたしは――留まらぬ日々の流れを大切にしたい
突き付けられた現実に、感情は拭い切れない
この想いごと抱えて、わたしは往くわ
幾星霜を重ねた先に辿り着くまで
●ひとこそはな
終わりのない夜に沈んだ世界。
寂れた都市を歩んだ先に在るのは、真白の洋館。
光に乏しい地にあって、穢れぬ白は月のようだ。
(うつくしいわ)
目の前に静かに佇む光景に、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は酔い痴れたかの如き息をまるく吐いた。
――変わらない情景。
――変わらない人物。
うつくしい彩りに満ち満ちた館。
完璧な造形。非の打ち所がない景色。
壊れることのない、退屈なほど長閑な永遠。
失われる可能性のあるものは、何一つない。それは温もりや、鼓動も例外ではない。
『人』が在る以上、当たり前であるものが無い。
冷たく凍えるような、熱と言えない温度だけが置き去りにされた世界。
「嗚呼――、嫌ね」
冴え冴えとした美しき『無』に、七結は沈痛と陰鬱を綯い交ぜにした息をそろりと吐く。
目を喜ばせる彩はある。だが、完璧なる永遠しか無い。
もちろん、騒がしい『人』は居ない。
――笑う人はいない。
――泣く人もいない。
――語らう人もいない。
誰も彼も消え去った。
何故なら彼らは完璧なる永遠の輪に相応しくないから。
そうして七結だけが残されたのだ、寒くて寂しいばかりの無し色の極夜に。
「とても、いやだわ」
らしくなく、露悪的に七結が呟く。
だって、とてもとても――『とっても嫌』。
(こんな世界に、たった一人)
(わたしだけが永遠を享受するの?)
完璧である代わりに、不変の退屈に置き去りにされるなんて、――。
「いや、嫌。とても、嫌よ」
色を失くした世界に、七結は頑是ない子供のように首を振り、『いや』と繰り返す。
皆が消えてしまったのに、自分だけが残されるのは嫌だ。
自分一人の不変は、嫌だ。
(わたしは、わたしは。これほどまでに)
今、自分の目の前にある光景は現実では無い。祠の呪いがみせる、歪められた未来の景色だ。
七結の理性はそう理解しているのに。
感情が、迸る。
どれだけ抑え込もうとしても、せり上がって来る焦燥と寂寥が、七結の内側を掻き乱す。
(わたしは、これほどまでに。これほどまでに、彼ら彼女らの存在を大切にしているのですね?)
知らなかった。気付かなかった。
なのに幸せだった。
(いやだわ、いやだわ、とてもいやだわ)
目の奥が痛いくらいの熱を訴える。
意味もなく、大きな声で叫んでしまいたい。
美しさを薙ぎ払い、壊し、不確かなものを積み上げたい。
いつ壊れてしまうとも知れないものを、抱き締めていたい。
「わたしは――留まらぬ日々の流れを大切にしたい」
あ、と。詰めていた息を吐いて、七結は瞠目する。
音にした望みが、七結を現実へと引き戻した。
自覚することが、破滅の未来を覆す力になる。
「わたしは、往くわ」
知らぬ間に振り乱していた髪を、指で梳く。
薄い皮膚に触れた瑞々しい生(はな)の感触に、泡立っていた心が幾らか鎮まった。
(ほんとうは、おそろしい)
大切を知ることは、失うことを恐れること。
可能性は無限。喩え歪められていたとしても、見せられた破滅も七結の未来のひとつ。
もしかしたら、いつか本当に訪れてしまうかもしれないもの。
(けれど、わたしは)
怯えは拭い切れない。
夢心地の幻に浸り、目を背けてしまいたい欲もある。
しかしそれは、彼ら彼女らと共に過ごす時間を手放すことだから。
(わたしは、往くわ。この想いごと抱えて)
七結は不変の美を、強い意思を込めた一瞥で射抜き、壊す。
開けたのは、未だ戦乱の収まらぬ地。血生臭く、利己的な欲望が猛威を振るう世界。
汚濁に触れてしまうだろう。
うつくしくはないものを、目にするだろう。
痛みや、苦しみ、悲しみが容赦なく押し寄せてくるだろう。
それでも孤独な不変より嫌なものはないから、七結は進む。幾星霜を重ね、血の通う温かな未来に辿り着くまで。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【翳】
…まーたヒトが足掻く様を悠々見物に来たってか?
此処じゃそんな暇なんざないぞ、悪趣味野郎
…ああ、思った以上に良いご趣味で!
(なんて馬鹿も此処まで――
段々と頭が、瞼が、意識が、重くなる
狐の戯言がまだ幾許かマシに思える程に、寒気と予感が走る
嘆き呻き辛苦と呪詛撒く聲が、身の奥底から、刀の内側から、ガンガン響く
――破滅なんて、常に傍らで手招いてる
憑き纏う手は、いつだって引き摺り堕とそうと、良くない方へ誘わんとする
呑まれれば、最後――
嗚呼、やめてくれ
そんなモノにはなりたくない
何もかもを呪い、怨み、破滅の道連れに誘うモノになんて――)
(否、俺は元からそんなモノだった?
ただ仮初めの心身を得て、気楽な化皮で取り繕っただけの呪物――不吉と忌み厭われた、バケモノだった
ただソレに、戻るだけ――)
…
嫌だ
例え元がそうだとしても、俺は
今の、俺は
(妖刀や幽鬼の声より
もっと確かな言葉を知ってる
確かなものを得てる
数珠を確かめ、花明を握り――)
其方にゃ転ばない
踏み外さない
序でに此奴に始末つけられるのだけは御免だし、な!
佳月・清宵
【翳】
ああ、てめぇを見守ってやるのも一興だがな
俺は自らにどんな破滅とやらが牙剥くか、見物に来たんだよ
――ま、序でにてめぇが下手踏んだら始末を付けてやる
(ああ、一瞬で黙る程、余裕が消えたか
――等と他人事の様に思った刹那
入れ代わりで喧しい声が届く
――目の前の男からではなく、己の内に、或いは刀の内に巣食う連中から、怨嗟の声が沸々と)
(煩わしい魔力だの以前に、この声と喰うか喰われるかの化かし合いは茶飯事
気分良く微睡んでりゃとんだ喜劇――滑稽極まりねぇ己の顛末破滅を見せられる
それが夢のまま終わるか、或いは現と化すかは昔から紙一重
こんなもんにゃ、とうに慣れた――
だが、此に足を掬われ狂った獣や下道の類に成り下がる感覚は、心地は、ああ――気分が悪い
面白味の欠片も無い、酷い悪酔い
醒められねぇなんざ、冗談じゃねぇ
もっと面白可笑しいもんを寄越せ
例えば――と、目の前の野郎や身内の馬鹿騒ぎ思い起こして、捩じ伏せ
けろりと顔を上げ)
相変わらず憎まれ口叩く勢いだけは上等なこって
その調子で、せいぜい手を煩わせてくれるなよ
「……まーたヒトが足掻く様を悠々見物に来たってか?」
呉羽・伊織(翳・f03578)が佳月・清宵(霞・f14015)へと放った目線は、嫌味をふんだんに含んだもの。されど清宵はそれを事も無げに打ち返す。
「自意識過剰か? まあ、てめぇを見守ってやるのも一興ではあるが――俺は自らにどんな破滅とやらが牙剥くか、見物に来たんだよ」
清宵の平らな反論に、伊織は「どうだか」とくだを巻く。
いつも通りの、馬鹿だ。
一歩、二歩、三歩と、祠を進み乍らも、伊織と清宵は常を通す。
が、祠に巣食う怨嗟は二人を逃しはしない。
「――」
不意に伊織の眸が惑う。清宵の方も、そう遠からず。
頭が、瞼が、意識が重くなれば、『現実』はもう彼方。
●聲と『翳』
(……ッチ)
形容しがたい苦痛に伊織は顔をしかめ、内心で舌を打った。
だが、其れさえも強がりだ。
全身を襲う寒気に、手足は強張っている。否、手足ばかりではない。身体の奥の奥、芯であり真の部分が嫌な冷気に晒され、ひずんでいる。
(こんなことなら、狐の戯言の方が幾許かマシだぜ……)
認めたくないことを認めてしまいたくなるくらい、伊織は寒さに蝕まれていた――もちろん、ただの寒さであるはずがない。
『■■■■■■■■■■■』
(……黙れ、よ)
『■■■■■■■■』
(黙れ、つってんだろ)
『■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
(……クソがっ!)
容赦なく響き、伊織を苦しめる、嘆き、呻き、辛苦、呪詛を撒く聲。
耳を塞いだところで、逃げることは能わない。何故ならその聲は、伊織自身の奥底から、携えた刀の内側から発せられているのだから。
――破滅、なんて。
いまさらだ、と哂いかけて伊織は失敗する。不敵に振る舞うことも赦されず、伊織の顏には笑顔の成り損ないが無様に張り付く。
伊織にとって破滅は、常に傍らで手招くものだ。
憑き纏う手は、いつだって伊織を深淵へ引き摺り堕とそうとしている。
ゆく先が、命の終わりならまだマシだ。誘われるのはいつだって、誰のことも幸せにしない≪良くない道≫ばかり。
(嗚呼、やめてくれ)
抗いはする。
(そんなモノには、なりたく、ない)
呑まれれば、最後。伊織は『伊織』ではなくなり、何もかもを呪い、怨み、破滅の道連れに誘うモノに成り果てる。
――成り果てる?
過った違和と猜疑に、伊織の喉がゴクリと鳴った。
本当に、成り果てるのだろうか?
(……否)
違う、と伊織の本能が云う。
(俺は、元から、そんなモノだった?)
伊織はヤドリガミ。そも、始まりは『人』ですらなく。
ただ仮初めの心身を得しモノ。気楽な化けの皮で美しくガワを取り繕っただけの呪物。
不吉と忌み嫌われたバケモノ。堕ちても、ソレに戻るだけ。
(いやだ、いやだ、いやだ、いやだ)
――抗う。抗え。嫌だと、叫べ。
●聲と『霞』
(あーあ、黙っちまったか)
二者の間に沈黙が割り込んだのは一瞬の事。傍らの男の顏から失せた余裕を横目に、清宵は肩を竦めて――わずかに眉を曇らせた。
(……ああ)
裡側に吐いた息が憂いを帯びる。
もう伊織のことを、他人事のようには笑えなかった。
『■□■□◆◆!!!』
『◇■■■◆□!!!』
『◆□■◇◇◇■◆◆◆■□□!!!!!』
(喧しいんだよ)
清宵はうんざりと瞼を落とす。そうしたところで、聞こえるものが聴えなくなるなんてことはありやしない。むしろ闇に閉じ込めた分、煩わしさが増した気がする。
(これなら、ぎゃんすか噛みつかれる方が余程マシってな)
黙の帳に包まれた傍らに清宵は意識を傾けた。けれどすぐに裡側から――或いは握り締めたままの刀から沸々と湧く怨嗟の聲が、幅を利かせてくる。
(……何時まで経っても飽きない連中だ)
焦燥は、特にない。
むしろ慣れ過ぎた感覚に、清宵は嗤ってしまいたくすらなる。
邪魔くさい魔力だと厭うことにも、飽いてしまった。
不愉快だと感じはするが、その聲たちと喰うか喰われるかの化かし合いを繰り広げるのも茶飯事だ。
(こんなもん、だ――)
厭というほど、知っている。
気分良く微睡んでいれば、必ずというほど見せられる『夢』。
(ただの喜劇だ)
いったい喜劇以外の何であろう? 滑稽極まりない、己が辿る破滅への顛末は。
(夢は、夢)
なれどいつ何時、現と化すか分からぬ夢。
(こんなもんにゃ、とうに慣れて、慣れて、慣れ切ってんだ――)
達観せども、堕ちるか、堕ちぬかは、紙一重。
(慣れと許容は別物なんだよ)
ぎり、と清宵は奥歯を噛みしめる。
『◆□■◇◆◆■□□!!!』
『◇■■◆□!!!』
『■□■□◆!!!』
(冗談じゃねえ)
清宵は低く、低く、獣めいた唸りを洩らし、裡側へ獣の牙をチラつかす。
五月蠅い『此れ』に足を掬われ狂った獣、はたまた外道の類。そんなものに成り下がる感覚は、心地は、胸糞悪すぎて反吐が出る。
(面白味の欠片も無い、酷い悪酔いだ)
夢ならば、目醒めてしまえばお終い。
けれども此処は、――此処の呪いは、抗わなければいつまでだって清宵を捉えて離さない。
(そんなの、真っ平御免なんだよ。醒められねぇなんざ、冗談じゃねぇ)
苛つきを、歯ぎしりに代え。その歯ぎしりから、唇を噛む。
痛みに、意識が外へと研ぎ澄まされる。
「もっと面白可笑しいもんを、寄越せ」
脳裏に、今も傍らにいるはずの男――伊織や、身内と呼べる輩(ともがら)との、馬鹿騒ぎを描く。
意味も価値もない、面白可笑しいばかりの些末事。なれどその他愛なき日常で、清宵は裡側の聲を捻じ伏せる。
●醒
「……嫌だ」
「なんだ、よーやくのお目醒めか?」
「!?」
とつり、と零れた自身の声と。隣から寄越された軽い音色に、伊織はびくりと背筋を跳ねさせた。
「……悪趣味極めてんなよ?」
「なんのことだか?」
見られていた気まずさに伊織は傍らをじろりとねめつけるも、清宵は痛くも痒くもない風だ。
「なんのことだ、じゃねえ! ったく、思った以上に良いご趣味をなさっておいでなようで!!」
「てめぇが俺のことを褒めるなんて珍しいこともあったもんだ」
「褒めてねぇしっ。これっぽっちも、褒めてねえし!!」
伊織は知らない。
けろりと顔を上げる清宵が、伊織と同様、祠の呪いに蝕まれていたことを。
(なんで此奴ばっかり)
憎たらしさに――羨望なぞ微塵も混ざっていないと、伊織は己に主張する――、冷えた頬に熱があがった。
(此奴に始末をつけられるのだけは御免だっつーんだ)
地を強く踏み締め、伊織は凛と顔を上げる。
妖刀や幽鬼の聲はもう聴こえない――聴こえたところで、伊織は惑わされない。
(俺はもっと確かなものを知ってる。それを、得てる)
――信。
――真。
――心。
肌身離さぬ数珠の存在を確かめ、懐に忍ばせた匕首を握り締めた伊織の横顔には、既に翳りの一切がない。
(俺は、其方にゃ転ばない――踏み外さない)
調子を戻した伊織を、清宵はわらう。
「憎まれ口は終わりか?」
「憎まれ口じゃなくて、真実を教えてやってんだよ!」
見交わす視線は険を含む。互いに、相容れないと思いはする。それでも勝手に息は合う。
「その調子で、せいぜい俺の手は煩わせてくれるなよ」
「元からそのつもりだっつーの!!」
いがみ合い、罵り合って。その『当たり前』を糧に、伊織と清宵は偽りの行く末を置き去りにする。
前へと歩む二人には、紛い物の未来は追い縋れない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵