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殲神封神大戦⑱〜禍殃凶変

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●八卦の導き
 無限の書架に、有りと汎ゆる言語と呪文。
 陰陽を示す図像が描かれた、恐ろしいほどの魔力が充満した領域。
 此処は封神武侠界の文化の祖とされる神、三皇伏羲の祠だ。この場所は八卦天命陣とも呼ばれており、踏み入る者に未来を教えるとされていた。
 だが、現在の祠は汚染されている。
 訪れた者に先を伝える機能は巡っているが、それはすべて『あり得るかも知れない破滅の未来』となる。そして、破滅そのものが目の前に具現化して襲い掛かってくる。

 たとえば、己が宿敵に命を奪われる世界線。
 或いは愛する者が死を迎え、自らも後を追うように死を選ぶ道。
 友人や家族が何者かに殺され、精神を保っていられなくなる未来。

 それらが本当に起こっているように目の前で巡り始めるだろう。
 この領域から出るには破滅を乗り越えるしかない。何を破滅とするかは訪れた者次第であり、その越え方も千差万別。
 訪れる可能性がある、或るひとつの破滅。君の心に浮かぶ、其れは――。

●天命災厄
「みんなは『破滅』と聞いて何を思い浮かべる?」
 暫しの沈黙。
 その後、真剣な眼差しを向けたメグメル・チェスナット(渡り兎鳥・f21572)は今回はそれそのものが起こる洗浄があるのだと告げた。
 新たに開けた戦場、三皇伏羲の塒。其処には厄介な仕掛けがある。
「祠にあるのは八卦天命陣っていう不思議な陣だ。それに踏み入った瞬間、『破滅の未来』が具現化して襲い掛かってくるらしいんだ」
 炎が巡ったかと思うと、周囲の景色が瞬く間に破滅の世界に変わる。
 自分だけが異空間に飛ばされると思えばわかりやすいかな、と語ったメグメルは肩を竦めた。破滅は対象を文字通りに滅ぼそうとしてくる。
「たとえば誰かに殺される未来だったり、自分で誰かを殺めて絶望したり、精神的に耐えられないことが起こった未来が訪れるかもしれない」
 どんな未来が破滅として巡るのかは人に依る。
 それをどうやって乗り越えるかもまた、人それぞれになってしまうので決まった攻略方法は無いに等しい。
「すごく苦しくて、心が折れてしまいそうになるだろうな。でも、ここで視せられる未来はありえる『かもしれない』ってだけのことなんだ!」
 強く拳を握ったメグメルは絶望ばかりではないと語った。
 絶対的に決められた未来などない。今までも猟兵は汎ゆる未来を視てきたが、それらは全て変えることができた。
 たとえチェックメイトが掛けられそうになっていたとしても、盤面や局面そのものを引っ繰り返して逆転することが可能な存在。それこそが猟兵だ。
「だから、行ってきてくれ。炎の破滅なんて来ないんだって証明するために!」
 それゆえに此度も乗り越えられる。
 メグメルは仲間達に強い信頼を抱き、八卦天命陣への路をひらいた。

 さあ、猟兵よ。与えられる天命に抗え。
 未来はたったひとつではない。破滅の未来は必ず、覆せるものなのだから。


犬塚ひなこ
 こちらは殲神封神大戦のシナリオです。
 破滅の未来そのものが具現化してしまう八卦天命陣の領域で、襲い来る破滅を打ち倒して乗り越えましょう!

●プレイングボーナス
『あなたの「破滅」の予感を描写し、絶望を乗り越える』

 プレイングに『あなたの破滅の未来』がどんなものなのかお書きください。
 ※過去ではなく、未来に起こり得る出来事でお願いします。過去の情景だった場合や、公序良俗に反する内容だった場合は採用できかねますのでご了承ください。

 まるで本当に目の前で破滅が起こっているような形で具現化します。そして、それをどう乗り越えるかが今回の戦いです。
 ものによっては腕力で捻じ伏せたり、言葉や意思の力で越えることができます。

 今回、破滅の描写は基本的におひとりずつとなります。
 そのため単体でのご参加を推奨しています。どうぞ宜しくお願い致します。
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第1章 冒険 『八卦天命陣』

POW   :    腕力、もしくは胆力で破滅の未来を捻じ伏せる。

SPD   :    恐るべき絶望に耐えながら、一瞬の勝機を探す。

WIZ   :    破滅の予感すら布石にして、望む未来をその先に描く。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レザリア・アドニス
度重なる戦いでついに死霊と同化しすぎて、人としての形も意志も保てなくなる
身も、心も、魂も、全てを飲み込まれ、奪われ、食い尽くされるのは、こんな感じなのか
白も、灰色も、全てが黒になり、完全なるオブリビオンへと
ああ…私、は…
誰…私は、何…
真っ暗な骸の海に沈み、だんだん消えていくような感じに囚われ、思考も停止しそうな所で
…ああ…生きたい…
と僅か一瞬に掠った思いを掴む
生きたい
地べたを這い泥水すすってでも
地獄から這い上がってでも
生きたい
飲み込まれるのは嫌
今までのように共にいて、生き続けてたい
意志に共鳴するように
死霊の感情が流れてくる
そうね…あなたも、そんな結末なんて、嫌だね…?
絶対、しないしさせないわ!



●破滅の先触れ
 それは絶望の終焉という名の結末。
 遠くて近い、いつかの未来。起こり得るかもしれない可能性がレザリア・アドニス(死者の花・f00096)の目の前に具現化されていく。
 本来、八卦天命陣は破滅の未来だけを見せるものではなかった。
 危機を報せることが多かったとしても、視た者を絶望させてしまうような事柄ばかりが映されていたはずはない。
 だが、今の祠はオブリビオンによって汚染されており、破滅の未来のみが視せられるようになってしまっている。そして――。
「ああ……」
 レザリアは膝を付き、地面を見つめていた。
 それは度重なる戦いの先。ついに死霊と同化し過ぎたレザリアは、人としての形も意志も保てなくなる寸前だった。
 身体から瘴気が溢れていくように何もかもが崩れていく。
 身も、心も、魂も。意思も、思考も、考えも。
「……私、は……」
 全てを飲み込まれて、奪われ、食い尽くされていくのはこのような感じなのだろう。
 地に付いている足の感覚がない。
 何とか身体を支えている腕も瘴気に包まれている。白い肌も、灰色の翼も、髪も瞳も、全てが黒に染まっていく。
 苦しい。痛い。自分が自分ではなくなる。そんな感覚ばかりが巡る。爪で地面を掻き毟っても、土塊が零れ落ちていくだけ。
 やがてレザリアは完全なるオブリビオンへと変貌するのだろう。
「私は、誰……私は、何……」
 自分とは何なのか。どんな名前だったのか。
 少女は自分から枯れ落ちた福寿草を見つめることしか出来なかった。黄色かった花までもが黒くなっており、触れた途端に崩れ落ちる。
 ただ、真っ暗な骸の海に沈む。
 そのように感じた少女はだんだんと自分が消えていくのだと思った。
 苦しいと思うことすら忘れ、思考も停止しそうだ。しかし、次の瞬間。
(……ああ……生きたい……)
 死にたくない。だって、まだ――。
 それは一瞬にも満たない間に浮かんだ心からの願いだった。少女は僅かに過ぎった思いを掴むように瞼を開く。
 そして、其処に誰かの声が聞こえた気がした。
『――レザリア』
「……そう、私は……レザリア」
 崩れかけていた黒い影から福寿草の花が咲く。死霊が自分を呼んでくれたのだと気付いたレザリアは手を伸ばし、天を仰いだ。
「生きたい」
 そしてもう一度、思いを声にした。
 少女を覆っていた影が少しずつ晴れていく。醜い灰色だと言われていた翼が大きく広げられる。生きたい、生きていたい、と呟いたレザリアは唇を噛み締めた。
 地べたを這い、泥水をすすってでも、灼熱の地獄から這い上がってでも。
 ――生きる。
「飲み込まれるのは嫌。絶対に、嫌」
 死霊と同化して昏い海に沈むのは未だ早い。いつかはそうなるのかもしれないが、決して今ではない。まだやりたいことがある。まだ見ていたい景色があった。
「今までのように共にいて、生き続けてたい」
 あなたも、そうでしょう。
 レザリアがそっと呼びかけたことで、その意志に共鳴するように死霊の感情が流れ込んできた。既に死を迎えている存在でもレザリアの傍にいれば世界を見渡せる。
『いっしょにいこう』
 死霊がそう語っているように思えた。
「そうね……あなたも、こんな結末なんて、嫌だね……?」
 レザリアは立ち上がり、死霊達を破滅の光景に向けて解き放つ。これは可能性のひとつであり、訪れた未来ではない。
「絶望に破滅? そんなの絶対、しないしさせないわ!」
 力強く言い放ったレザリアの瞳には生気が戻っていた。一度は諦めた人生でも、今の自分はちゃんと此処に居る。
 生きて、生き抜いて――いつか満足するまでは絶対に死なない。
 もう破滅の未来は何処にも視えない。
 死霊と共に進むと決めたレザリアの先には、新たな道がひらけていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

黄泉川・宿儺
POW ※アドリブ等歓迎



破滅:数え切れぬほどの骸の山に、名状し難き「何か」が佇んでいる
小生とは似ても似つかぬ姿。
しかし、解ってしまう。あれは間違いなく未来の「私」なのだと

小生の「中」に潜む「それ」が解き放たれたとき、こう「成る」のだろう
守りたかったもの全て、自分の手で壊すモノ

ああなってしまうまで、小生は一体どれだけ傷つけられてきたんだろう
どれほどの現実に心を打ちのめされてきたのだろう

哭いている──
なんて、悲しそうな鳴き声

今、楽にしてやるでござる
<覚悟>を胸に、未来の自分目がけて全力の【UC:絶壊拳撃】を放つ

──もっと強くなる。こんな悲劇を破壊するためにも
未来の自分の骸の前で、そう誓うでござるよ



●宿命
 陰陽を示す図像、八卦天命陣。
 其処に足を踏み入れた者に視せられる世界は絶望に塗れた未来ばかり。
「あれは……」
 黄泉川・宿儺(両面宿儺・f29475)は今、血腥い領域に佇んでいた。
 赤い瞳が見つめる先には影がある。幾つもの亡骸や骨。生の気配など何処からも感じられない骸の山が大きな闇を作り出している。
 血なのか、泥であるのかすら判別がつかない赤黒い塊。
 数え切れぬほどの骸の天辺には、名状し難き『何か』が立っていた。
 化け物、怪異、妖。
 一言で表すならばそういった類のものだが、それが何であるかの定義はできない。黄泉から現れた怪異を統べるものだと言われれば信じてしまうほどの存在感と、気迫めいたものが感じられた。
 それは亡骸の山を見つめ続ける宿儺とは似ても似つかない姿をしている。
 しかし宿儺には分かっていた。
 否応なしに理解してしまったのは、あれが自分の未来の姿だからだ。
「……未来の、小生」
 宿儺は敢えて影に呼びかけた。
 されど未来の宿儺は何も答えない。此方を一瞥したような気がしたが、血や泥、砂塵に塗れた姿からは判別がつかなかった。
 宿儺の声は僅かに揺れていた。明らかに自分が自分ではなくなっているからだ。
 己の『中』に潜む『それ』が解き放たれたとき。
 自分はこう『成る』のだろうとはっきり分かった。足元の骸達はきっと、宿儺が護り通そうとしていた者達だ。
 そう、あれは――守りたかったものを全て、自分の手で壊すモノ。
 宿儺は暫し立ち尽くしていた。
(ああなってしまうまで、小生は一体どれだけ傷つけられてきたんだろう)
 誰からも顧みられず、何からも必要とされない。
 ただ無意味に拳を振るい、魂を消費し続けてしまった末路。
(どれほどの現実に心を打ちのめされてきたのだろう。あれが、小生の……)
 俯きそうになったことで宿儺は首を横に振る。それによって視界に入った影の足元には、ボロボロになった学生帽の残骸が見えた。
 そのとき、未来の宿儺が天に向かって声をあげる。
『――――――――!!!』
 それは声無き声と表すのが相応しい。悲しみ、苦しみ、痛み、絶望、銷魂、自棄。鳥肌が立つほどの負の感情と哀しみめいたものが声に込められている。
 哭いている。
 宿儺は未来の自分の声から、様々な感情を読み取った。
「なんて、悲しそうな鳴き声……」
 宿儺だったモノは絶望している。破滅の未来を迎え、何処に進めばいいかすら分からなくなっている。あれは自分。何もかも間違えてしまった先に在る、結末。
 それならば――。
「今、楽にしてやるでござる」
 宿儺は絶望などしなかった。それが在り得る未来なら、否定してやればいい。
 覚悟を胸に抱き、宿儺は地を蹴った。
 骸の山を駆け登り、未来の自分を確りと見据えて拳を握り込む。
 もういい。誰も嘆かなくともいいのだ。このような未来は絶対に辿らない。悲しみだけを抱えて破滅するような道筋は通らない。
 自らで、変えてみせる。
 駆けた宿儺は六六六の怪異に向けて一気に腕を振り下ろす。未来の自分に目がけて全力の絶壊拳撃を放った宿儺は、強く言い放った。
「小生の前では、誰も死なせはしないでござる! それがたとえ――自分でも!」
 戻っておいで、と告げるように拳が影を貫く。
 まだ其処に至るまでの絶望は育っていない。だから、『私』の元に。
 宿儺の一閃を受けた影が崩れていく。
 亡骸となったそれはまるで、宿儺自身に還っていくかのように消えていった。おそらく自分の中にはまだ、この未来を引き寄せる可能性があると示されているのだろう。
 されど、宿儺は誓った。
「――もっと強くなる。こんな悲劇を破壊するためにも」

 歩みは止めず、進み続ける。
 いつか、本当の終わりが訪れるまで。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジェイ・バグショット
その破滅は『己の内側』からやってきた

いずれ起こり得るかもしれない未来
そう聞けば自分はすんなりと納得するだろう
ゴポリと口の端から零した血は
口元を染め上げると瞬く間に周囲へ赤を散らした

致死量ほどもある鮮血にそれが本物であるように錯覚する
激痛と共に内側を這いずるソレは己を生かし、そして殺すもの

ニルヴァ・ロニタ
失った臓器の代わりにUDCを素体とした疑似臓器
拒絶反応とも言える侵食が
身の内を犯しいずれ死を齎すだろう

…未来の予行練習、ってか?
要らねぇよ…そんなもん。

恐れる必要は無い
こんな未来は分かりきっていることだ
息も絶え絶えにピルケースから錠剤を口へ放り込む
加えて"おまじない"も合わせれば多少はマシだろう



●生と拒絶
 いつか起こり得るかもしれない世界線。
 全てを間違えたまま進み続けた場合、確実に訪れる破滅の未来。八卦天命陣の領域に踏み入ったジェイ・バグショット(幕引き・f01070)にとっての破滅。
 それは――『己の内側』からやってきた。
 周囲には誰もいない。
 薄暗い空間の先から僅かに光が漏れてきていることから、此処は何処かの路地裏だろうと判断できた。されど周囲に人の気配はなく、自分だけが闇の中に取り残されたような感覚が巡っている。幽かな光は見失ってしまいそうなほどで全てが遠い。
 これはいずれ起こり得るかもしれない未来の一幕。
 そう聞いていたのですんなりと納得した。しかし今、汚れた地面に片膝をついているジェイは口許を押さえている。
 抗えない衝動が内側から自分を破ってくるように、その破滅は訪れた。
 ゴポリ、と嫌な音が響く。
 口の端から零した血が地面に落ち、ジェイの口許と手を染め上げた。瞬く間に周囲に大量の赤が散り、闇に混じりあっていく。
 普通の人間としては致死量。
 それほどの血がジェイから溢れ出し、止め処なく滴り続けていた。
 これは現実ではない。
 天命を報せる陣が見せて具現化している、未来の光景でしかない。それだというのにジェイはこれがさも現実であるかのように感じられた。
 鮮血は絶えず足元を濡らす。
 生温かさや跳ねる雫、冷えて急速に固まっていく血の塊。
 それらが本当に自分を汚しているので本物であるように錯覚してしまう。血だけではなく、ジェイの内には激痛が走っていた。
 痛みと共に内側を這いずるソレは己を生かし、そして――殺すもの。
 ニルヴァ・ロニタ。
 その名を持つ寄生型UDCは、ジェイの臓器の一部となっているものだった。されど拒絶反応を起こすことも屡々。失った臓器の代わりとしたものは劇毒そのものであり、いずれはこうしてジェイを破壊し尽くす存在だ。
 拒絶と侵食、苦痛。
 自らが生き延びるために選んだ方法が、このような未来を引き起こすことは重々承知していた。身の内を犯していくUDCが避けられない死を齎すことも知っている。
 されど、ジェイは選択した。
 こうしてまでも進んでいくことを。何に抗っても、今を生きることを。
 未だ立ち止まっているのかもしれない。
 過去を懐い、親しき者を心の中に生かしておくために、自分という存在を世界に留めると決めた。それゆえにジェイは此処に居る。
「……未来の予行練習、ってか?」
 滴り落ちる血を拭い、手や袖口を赤で濡らしながらもジェイは顔を上げた。破滅の未来、或いは定められた現実を改めて知ったジェイは首を振る。
「要らねぇよ……そんなもん」
 苦しみは齎され、痛みは未だ収まっていないが、ジェイは恐れてなどいない。怖がる必要など無いと解っているからだ。
「こんな、未来は――」
 分かりきっていることであり、覚悟すら要らない確定事項だ。それが早められて視せられたとして何も絶望することなどない。
 ジェイは息も絶え絶えに金属製のピルケースを握り、其処から取り出した錠剤を口に放り込む。深緑の上に鮮紅が飛び散った、血玉随に似たそれはジェイの喉元を通り、身体の中に取り込まれていく。
「……、…………」
 無言で呼吸を整えたジェイは錠剤に加えて、自らがおまじないと呼ぶ薬を手にした。激痛を抑えるほどの強力な鎮痛作用を合わせれば、苦しみも多少はマシになる。
「……まだ、終わりは来ない」
 少なくとも、今は。
 呟いたジェイは静かに立ち上がる。
 いつしか、血も薄暗くて寒い路地裏の光景も消えていた。破滅の未来を乗り越えた証を感じ取り、ジェイは歩き出す。
 痛みは完全には消えない。苦しみも裡に抱えたままだ。
 それでも生き続ける。
 此れこそが己の選び取った方法であり、唯一の路なのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
「君は王子様になれない」
苦笑いをして言う王子様
「だって君の姿は可愛いお姫様なんだもの」
そんなの、知ってる
王子様になりたいなんて言っておきながら
可愛らしい恰好をしていて
王子様になんてなれていない

だって私、本当はお姫様になりたかった
「女の子は誰もが可愛いお姫様」
貴方の言葉が本当なら、可愛げのない私はお姫様になれない

王子様にも、お姫様になれない私
じゃあ私って何だろう
琴平・琴子は何になればいい?

私は、何時だって両親にも誇れる様な琴平・琴子でいたい

王子様にもなれなくて
お姫様にもなれなくていい
――今だって諦めたわけじゃない
どっちつかずで、迷っているけれど
どちらにもなりたい

迷っている人を助けてあげられるような王子様にも
その隣で可憐で微笑む幸せそうなお姫様にも
そのどちらも兼ね備えた者に
私は成りたい

そんな事言ったら貴方はまた苦笑いするかな
ううん
どうせ人の話を聞かない貴方の事
「良いんじゃないかな」って笑って頷いて

どうか待ってて
私が私に成るまで

笑って大きくなったでしょう?と
また出逢える日まで
あの場所で微笑んで



●世界の扉
 いつか訪れる破滅。
 未来に起こり得るかもしれない可能性のひとつが、此処にある。
 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)の目の前には、青年が立っていた。
 何故。此処に居るはずがないのに。
 琴子がはっきりとした疑問を覚える前に彼は苦笑いをした。彼は元居た世界で助けてくれた、琴子にとっての理想とも呼べる王子だ。
 その人そのものが、琴子になんとも言えない表情と視線を向けている。
 そして、彼は言う。
「君は王子様になれないよ」
 苦笑いは取り繕ったようなものだけれど何処か優しい。真実を告げることは残酷だとわかっていながらも、嘘は語らないという真摯な態度のように思えた。
 ――どうして?
 驚いた琴子は上手く声が出せなかった。
 その代わりに、疑問を浮かべた視線を王子様に向ける。すると彼は首を横に振り、もう分かっているだろうと語るようにして理由を告げた。
「だって君の姿は可愛いお姫様なんだもの」
 王子様の言葉は真実だ。
 女の子だって王子様になれるけれど、琴子はそうなれていない。
 ――そんなの、知ってる。
 やっぱり声が出ない。思考だけが先走っていくだけで、唇からは音が紡げない。陸に上がってしまった哀れな魚のように、ぱくぱくと口を開いて閉じるだけの琴子。
 彼女自身が一番、自分がそうであることを知っている。
 王子様になりたい。
 そんなことを言っておきながら可愛らしい恰好をしている。もちろん格好だけが王子を王子たらしめるものではないけれど、このままでは王子様になんてなれない。知っていながらも見ようとしなかった現実は、ずっと心の奥底に沈めていた。
「だって、私――」
 琴子はやっと言葉を紡ぐことが出来た。
 は、と息を吐いた琴子はこれまで呼吸をすることすら忘れていた。それほどに王子様から告げられた言葉が辛く、苦しいものだったからだ。
 わかっている。
 わかっていた。
 わかった、つもりだった。
 琴子は痛いほどに掌を強く握り締め、言葉の続きを述べてゆく。
「本当はお姫様になりたかった」
 涙が零れ落ちていく。泣きたくなんてないのに。本当の王子様だったら、こんなときは涙を堪えて心を強く持って、大丈夫だよ、と笑えるはずなのに。
 泣くのはお姫様の役。
 けれど、琴子は自分がそれにすらなれていないのだと気付いた。
『女の子は誰もが可愛いお姫様』
 王子様がいつかに語った言葉が本当だとしたら――可愛げのない『私』はお姫様になれないということだ。
 王子様でもなく、お姫様にすらなれない私。
(じゃあ私って何だろう)
 絶望が満ちる不思議な空間で、琴子は自分に疑問を抱いた。
 自分は何者なのか。
 心の中で問いかけてみれば、自分に名付けられた名前が浮かんだ。けれど、それは己を表す記号に過ぎない。

 ――琴平・琴子は何になればいい?

「どうしたい?」
 胸裏に更なる疑問が浮かんだとき、王子様が問いかけてきた。彼は本物ではなくて、この領域に生じた幻めいたものだと分かっている。それでも、琴子にとっては真摯に答えるべき相手として映っていた。
「私は、何時だって両親にも誇れる様な琴平・琴子でいたい」
 王子様にもなれなくて。
 お姫様にもなれなくていい。
 事実を認めることは絶望にも似ているけれど。自分から零れ落ちた言葉の意味に気付いた琴子がはっとする。
 そうだ――今だって諦めたわけじゃない。
「どっちつかずで、迷っているけれど……どちらにも、なりたい」
 たとえば、迷っている人を助けてあげられるような王子様。
 或いは、その隣で可憐に微笑む幸せそうなお姫様。
 想像を巡らせれば、どちらにもなれる気がした。だって今まで、どっちつかずだったということは、どちらにもなってきたということ。
 ――それなら、このままでいい?
 琴子は自問する。自分は、そのどちらも兼ね備えた者に成りたい。そう願っているということが見えてきた。
 まだ目の前に王子様は凛と佇んでいる。
 こんなことを言ったら彼はまた苦笑いをするのだろうか。目の前の幻影はあんな風に笑ったけれど――違う。本当の彼なら明るく笑ってくれる。
 どうせ人の話を聞かない彼のことだから、きっと。
「良いんじゃないかな」
「……うん」
 そう、こんな風に笑ってくれる。そうして頷いてくれるのだ。
 気付けば、琴子の目の前には道がひらかれていた。
 それまで傍に居た王子様の影はもう何処にもない。自分自身で納得できる答えを出した琴子は、知らぬうちに破滅の未来を打ち破ったからだ。
 琴子は光射す方に駆け出した。
 どちらにもなれないと諦めるのではない。どちらにも成れると信じること。
 だから。
 どうか、待っていて。
 私が私に成るまで。目指した自分は此処に居ると胸を張れるまで。
 いつか、笑って「大きくなったでしょう?」と伝えたいから。
 また出逢える日まで、あの場所で微笑んで。

 まだ、道は閉じていない。この先には無限に近い可能性の扉が広がっている。
 踏み出すなら、まえむきに。
 そして――少女は、未来に向かって駆けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら

ずっとずっと気になっていたの
不思議の国に迷い込むアリスは、
何処からくるのだろうって
アサイラムってどんな所?

閉ざされた空間(収容所)は…いつか見た地獄のよう
冒険してきた素敵な景色とは全然違う
同じ世界のはずなのに
どうして?
此処だけ、切り離された様に…希望の光が見えないの
元の世界に戻るコトが、
アリスの幸せに繋がるんだって思っていたのに
…わたくし、酷いことをしていたの?
そう考えると
ぎゅうと呼吸ができなくなって、苦しい

マダム・リリーは教えてくれなかった
何度聞いても、曖昧な答えばかりで
何故だか、今ならわかるわ
知ったらきっと、いばらは枯れてしまう
ココロが折れてしまうと

でも、でも、目を逸らしてはダメ
全てを思い出し、受入れて
帰っていったアリスをしってるから
今を生きようと、
絶望と戦う灯はとっても強いのだとしってるから
髪に結んだ蝶柄のリボンにふれ
ココロを落ち着けたら、さあ行きましょう

いばらにできることは、これからも同じ
切欠になれるよう、頑張るコト
それがアリスの未来に繋がると信じて



●眞白き薔薇の路
 ずっと、ずっと気になっていた。
 不思議な世界に迷い込んできたアリスたち。彼や彼女が元いた場所のこと。アリスの多くはアサイラムと呼ばれる場所から訪れたという。
 ――それは、どんなところ?
 城野・いばら(白夜の揺籃・f20406)の裡には、アリスたちがあまり語らたがらない元の世界を知りたい、という願いが渦巻いていた。
 だからこそ、この場所にはこんな景色が具現化したのだろう。
 薄暗い孤児院、或いは清潔感のない病院。それとも雑多な収容所か。どれともつかない場所がいばらの前に現れていた。
「ここは?」
 アサイラムだと呼ばれる場所だということは何となく分かった。
 しかし、閉ざされたこの空間はいつか見た地獄のように感じられる。迷宮災厄戦の一部でもこんな景色があったような気もした。
 少なくとも、これまで冒険してきた素敵な景色とはまったく違う暗い場所だ。
 気付けば廊下の真ん中に佇んでいたいばらは、罅が入った窓の外を見遣る。通路の合間には割れた鏡があり、曇った鏡面は何も映していない。
 同じ世界のはずなのに。
 建物の外には明るい世界が広がっているのに。
 ――どうして?
 疑問は尽きない。此処だけが切り離されたように薄暗い。アリスたちがいたはずの場所だというのに何処にも希望の光が見えない。
 暫く廊下を歩いてみたが、靴音が反響するのも不気味だ。
 こんなところからアリスが、と感じたとき。いばらは或ることに気が付く。
 元の世界に戻ることこそがアリスの本当の幸せに繋がる。ずっと、そうに違いないと信じていたのに――。
「……わたくし、酷いことをしていたの?」
 思い返せば、自分の扉を見つけても悲しい顔をしているアリスがいた。帰りたくないと駄々をこねたアリスもいたように思う。
 愉快な仲間や時計ウサギたちと仲良くなったから、帰るのが名残惜しくなったのだとばかり思っていたが、それがいばらの思い込みだったとしたら。
 胸の辺りが妙に痛む。
 ぎゅう、と掌を握り締めたいばらは呼吸ができなくなるような感覚を抱いた。
 苦しい、痛い、悲しい。
 此処にいるだけで胸が締め付けられて息苦しくなっていく。こんな場所にアリスがいたのなら、帰りたくないと嘆くのも当たり前だ。
 いばらが進む度に鳴る、靴音だけが妙に大きく響いている。
 そして、いばらは嘗てのことを思い出す。
 あれはいつだったか、とても悲しそうな顔で扉の向こうに帰っていったアリスを見送ったあと。どうしてアリスはあんなに苦しそうだったのかと聞いても、マダム・リリーは何も教えてくれなかった。
 何度、いつ聞いても、曖昧な答えばかり。
 その理由がずっと謎でマダム・リリーにもわからないことがあるのだと思っていた。
 けれど、何故だか不思議と理解できる。
「今ならわかるわ」
 アリスが元いた場所。アリスが帰っていった世界。
 それをほんとうの意味で知ったらきっと、いばらは枯れてしまう。マダム・リリーは何よりもいばらのことを大切に想ってくれていたから、本当のことを答えてくれなかったのだろうと知った。
「そうね、ココロが折れてしまうもの」
 今だって胸の奥がきゅうっと痛み続けている。
 花が枯れて、茎が折れて、ココロが萎んで動けなくなるような苦しみが溢れている。それに加えて、鉄格子がはめられた部屋の向こうに人影が見えた。
 虚ろな瞳で空を見つめているのは、いつかに出会ったアリスだ。
 そう、これは未来の出来事。
 アリスは救われておらず、幸せになれなかった現実を知ってしまうという、いばらにとっての破滅の未来が具現化されたもの。
 目を背けたくなった。
 こんな場所で空虚に過ごし、終わりを待つだけの姿がアリスの結末だなんて――。
「でも、でも、目を逸らしてはダメ」
 これはひとつの可能性に過ぎないといばらは理解している。
 すべてのアリスがこのような未来を辿るわけではない。あのアリスだって、そうなる可能性のたったひとつが視えているというだけだ。
「大丈夫よ」
 いばらは、この光景は偽物だと断じる。
 だって、全てを思い出して受け入れて帰っていったアリスをしっている。
 今を生きようとして、絶望と戦う灯はとっても強かった。そのことを確かにしっているから、目の前の絶望になって屈したくない
 いばらのココロはまだ枯れていないはず。
 髪に結んだ蝶柄のリボンにふれたいばらは、そっと気持ちを落ち着けた。
 それはアリスから貰ったリボン。アリスとの大切な思い出であり、いつまでも色褪せない宝物。いばらをいばらとする、しるし。
「さあ行きましょう」
 顔をあげたいばらは真っ直ぐに前を見た。
 アサイラムというものをしることが出来た。それならば、あのアリスのように目を逸らさずに受け入れて進むだけ。
「いばらにできることは、これからも同じよ」
 ――切欠になれるよう、頑張るコト。
 もし悲しみの未来が待っていたとしても、いばらは手を差し伸べられる。見送った扉の先でまた出会う運命も、次の冒険みたいで楽しいはずだから。
 破滅なんて、訪れさせない。
 アリスの未来はいばらの未来。ちいさな切欠が、良き日々に繋がると信じて。
 いばらが進む廊下の先に光が満ちる。
 それはまるで、アリスの扉のように淡く輝く出口があった。
 踏み出した扉の先。其処にはもう、悲しい収容所の景色などなく――いばらが進むべき、明るい世界が広がっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ


破滅というものはなんだろう
終わること?
死に絶えて無くなることが破滅?
舞台はいつか終幕を迎えひとは死ぬものだ
泡沫が弾けて海にとけるように
歌い終えれば泡と消えてまた巡る
いのちはくるくる輪舞曲を踊る
だからそれは必然
別れは絶対
受け入れることだって
思ってた

ヨル!!しっかりして!
僕は自分の終わりは受け入れる
でも、
あわぶくみたいに消えそうになるヨルを抱き呼びかける
か細い鳴き声も、軽い体も全部掬いあげるみたいに
ヨル!やだよ
いなくならないで!消えないで!
ずっと一緒にいる!
泣いても
撫でても
ヨルが…

有り得る未来なんだ
ヨルは式神
櫻のいのちと力をわけてうまれた子
だからヨルが消えそうになっているということは!

いなくなってしまう
僕の大切な家族が…
駄目
そんなのさせない
神様との約束を守ってもらうんだ
君は咲いて笑って約束通りに旅をする

僕は?先に…
でもそれって少し寂しいかも、なんてね

だから歌う
それが僕にできること!
ヨル!
大丈夫だよ
僕は負けない!ヨルもいなくならない!

運命は歌って巡り在るべき場所におさまる
未来は僕が変えるんだ



●いのちのうた
 破滅。それはこれまで続いてきたものが絶えてなくなること。
 周囲の景色が急に真っ暗闇になったことで、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)はぞっとするほどの寒気を感じた。
「……ヨル?」
 いつもすぐ近くにあるはずの気配が消えている。
 リルは言い知れぬ予感を覚え、周囲を見渡した。何処までも続く暗闇。水底に沈んだ黒耀の街よりも深くて冥い世界の最中で、リルはひとりきりで佇んでいる。
「ここが終わりの世界?」
 死に絶えて無くなることが破滅なのだろうか。
 舞台はいつか終幕を迎え、ひとには死という結びが訪れる。
 泡沫が弾けて、海にとけて消えるように。リルもまた、歌い終えれば泡と同じように静かに消えて、いのちの廻りに身を委ねることになる。
 くるくる輪舞曲を踊るように、避けられない理を受け入れる時が来る。
 だから、それは必然。
 別れは絶対。そのときは運命を認めることになる。
 そう、思っていた。でも――。
「きゅ…………」
「ヨル!!」
 か細い声が聞こえたことでリルは反射的に動いた。暗闇の先には淡く光っている何かが見える。それが倒れたヨルだということを知り、リルは両腕を伸ばした。
「しっかりして!」
 自分の終わりが来るのなら潔く認めただろう。だが、目の前に迫っている破滅はヨルの終わりを示すものだ。
 きゅ、ともう一度だけ鳴いたヨルの身体は薄れている。
 弾ける直前のあわぶくのように。
 落ちて散ってしまう水滴のように。消えそうになっているヨルを抱きかかえたリルは呼びかけ続ける。
「ヨル! ヨル、やだよ……。いなくならないで!」
 仔ペンギンの羽が震えていた。柔らかなはずの羽毛が冷たくなっている。リルはヨルを強く抱き締め、その存在が零れ落ちないように腕に力を込めた。
「消えないで!」
 ヨルの身体は軽い。徐々に質量を失っていくその身は儚く消える寸前だ。全部を掬いあげるようにして消滅の時は近付いている。
「ずっと一緒にいる! 一緒にいて! ヨル……!」
 リルの瞳から真珠のような涙が落ちた。しかし、涙の雫は透き通ったヨルの身を擦り抜けて地面で弾ける。触れている感触もなくなっていった。
 もう撫でられない。あたたかさも感じない。
「ヨル……?」
 気付けばリルの手の中には罅割れた勾玉だけが残っていた。ヨルの本体であるそれは暫く淡い光を放っていたが、やがて輝きが失われる。
「――あ……ああ、……ヨル、ヨル!! ――ヨル……!!!」
 慟哭が響く。
 溢れる涙が止まらず、嗚咽が零れ続ける。そして、リルはこれが有り得る未来であることを悟った。ヨルは式神であり、櫻宵のいのちと力をわけてうまれた子だ。
 ヨルが消えたということは、つまり――。
「いなくなって、しまったの?」
 大切な家族が。何より愛している人が。大事な、かれが。
 そう感じた瞬間にリルは顔をあげた。絶望したのではない。いずれ訪れるかもしれない未来を悲観したのでも、破滅を受け入れたわけでもない。
「駄目、そんなのさせない」
 凛とした言葉を紡ぐと同時に、リルが抱いたのは決意。
 神様との約束を守ってもらいたい。
 君は咲いて、笑って、約束通りに旅をする。
 きっと、先にリルだけが先に時の彼方に游いでいってしまうだろう。少し寂しいかもしれないけれど、それ以上に強い想いがある。
 だから、歌う。
「これが――歌い続けることが、僕にできること!」
 春を望み、心を謡う。
 闇の中に響く人魚の歌声は、黒耀の輝きのように深く穏やかに廻りゆく。
 そのとき、誰かの声が聞こえた。
『……りる』
「ヨル!」
 声の主がヨルであると気付いたリルは周囲を見渡した。手の中に握り込んでいたはずの勾玉が目の前に浮かびあがり、其処に桃の花がひらりと舞って重なる。
 勾玉は次第にちいさなペンギンの姿に戻っていった。瞼を閉じていたヨルはゆっくりと瞳をひらき、そっと語り出す。
『今だけ、すこしおしゃべりできるみたい。りる、りる、だいじょうぶだよ』
「うん、大丈夫。僕は負けない! ヨルもいなくならない!」
『きみのおもいが、ぼくをよびもどしてくれたんだ』
 リルの方に泳ぎ寄ったヨルは、その腕の中にそっと収まる。
 ヨル曰く、此処で式神としての概念が本当に消し去られた。けれども、それで終わりではなかった。リルが強く巡らせた歌を受けたことで、以前に宿した桃の霊花の力が巡り、ヨルは宝貝として再誕した。
『あの呪いのせいもあるのかな。ぼくとさよのつながりはきれちゃったみたい。けれど、へいきだよ。ぼくはもっと強くなってもどってこれたから!』
 この力があれば、リルと共に櫻宵を助けられる。
 かれがどんな状況にあっても、ヨルはリルの歌さえあれば動けるようになった。そう語ったヨルはリルにぎゅっと抱きつく。その温もりも優しさも、新たな力も、触れた箇所からすべて伝わってくるように思えた。
「おかえり、ヨル」
『りる、いっしょにいこう』
「そうだね、こんなところで止まってられない!」
 ヨルは暗闇の先に生まれた光を示す。ヨルを強く抱き締めたリルは尾鰭をゆっくりと動かし始める。進むべきは、眩しい光の先。
 破滅と絶望なんて、何度だって乗り越えていけばいい。
「きゅ!」
 光に近付くことでヨルの声はいつもの鳴き声に戻っていった。しかし、ふたりの間には言葉などなくても通じる心と気持ちがある。

 運命は歌って巡り在るべき場所におさまるもの。
 未来は。游いで往く先の結末は――。
 
「僕たちが、変えるんだ」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵


歩む路は赫いいとの上を歩くよう
途切れるか
巻取られるのか
破滅はあまりにも近く

すべては散って終わりを迎える

やっと終わった

これでもう苦しむ事も悩む事も抗うことも
憎み悲しみ恐れる事もない
全ては無くなって亡くなって
全部が私のもの

誰もいない
愛の名残は灼けるような甘い鉄錆の味
寄り添う温度も、歌もなにも聴こえない
深々と桜だけが積もる
誰もいない
けど私は一人ではない
…私の中にみんないるから

神様、
─わたしがかみさま

これで良かったの
─いいこ。よくできましたね、櫻宵
えらいね
流石だな
貴方は誇りですわ
見直したよ
信じていたわ
兄様

重ねられる哀も泡沫のよう

─これであなたは立派な××

噫、おなかがすいたわ
次はなにをたべよう

無数の問いかけ
愛するもの全てを食い殺す果て

凛と鈴がなる
首の鈴に触れて愛しい笑顔を思い出す
温もりを言葉
愛を

負けてられない
一緒に生きるの
皆を守る
私はこんな終わりは望んでいない!

それに師匠にも約束した
この呪も御せるって!
信を裏切りたくない
だから、私は
恐れも何もかも思い切り薙ぎ払って
裡の御魂に届くように叫んで挑むわ



●終焉の桜獄
 絶望、銷魂、絶念。そして、破滅。
 そういった感情や概念は、自分にとっては身近なものでもあった。
 誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は過去を思い返しながら、目の前に広がる景色を瞳に映した。花弁がはらりと舞う、夜桜が美しく咲く世界。
 其処は美麗でありながらも、恐ろしいほどに冷たい空間だった。
 櫻宵は何かに誘われるように先に進んでいく。
 歩む路。それはいつも、赫いいとの上を歩くようで――今だって、そう。
 途切れるか、巻き取られるのか。
 破滅はあまりにも近くて、すべては散って終わりを迎える定め。
 櫻宵が歩いていく道の後ろには亡骸が生まれていく。それはかれが喰らい、命を奪ったものたちの残骸。
 そのことに櫻宵は何も感じていない。
 思うのは――やっと終わった、ということだけ。
 櫻宵という人格は存在しているようで、もう既に消え去ってしまっている。何かが、ぷつりと千切れた音がして、繋がりのすべてが切り離されたようだ。
 巡りも縁も、絆いだものも。
 櫻宵という存在から、何もかもが離れていく。感情が消えた。想いを失った。前世から繋がる絆も、式神との継りも、愛したひとの記憶も、すべて。
 これで苦しむことはない。
 悩むことも抗うことも、憎みや悲しみ、恐れることすらない。
 すべてを手放すのは、すべてを手に入れることと同じ。みんな無くなって、亡くなって、失って――。
「全部が、私のもの」
 櫻宵の花唇が緩やかにひらかれ、薄い笑みを形作った。それは何処か空虚な微笑みだったが、櫻宵の瞳は爛々と輝いている。
 まるでそれは獲物を狙う狡猾な蛇のようだ。
 自分以外に誰もいない。
 行く先に現れた桜の樹からは、花が散りゆく。いずれは一枚残らず花が落ち、この桜は枯れる運命を受け入れるのだろう。
 贄を捧げられ続けた樹の末路を見て、櫻宵だったものは笑みを深めた。
 愛の名残。
 それは灼けるような甘い鉄錆の味がする。
 寄り添う温度も、歌声も、約束を違えまいとする心の声も、なにも聴こえない。
 深々と桜の花弁だけが積もる暗闇で、櫻宵は枯れゆく樹に背を預けた。先程の亡骸も花弁となり、しんしんと雪のように櫻宵の周囲に舞い落ちてくる。
 誰もいない。
 自分以外に何の気配もない。
 しかし、櫻宵は一人ではない。肚に掌を当てた櫻宵は双眸を細めた。
「……私の中にみんないるから」
 櫻宵の髪は色を失い、真白に染まっている。それは愛を呪とした存在の影響が色濃く出ている証でもあった。
「神様、」
 呟いた櫻宵はうっそりと咲った。
 違う。
 わたしが、かみさま。
「そうよ、これで良かったの。こうなるべきだったの」
 櫻宵が冥い空を見上げると、すぐ傍から優しくて甘い声が聞こえてきた。

『――いいこ』

 よくできましたね、櫻宵。
 えらいね。
 流石だな。
 貴方は誇りですわ。
 見直したよ。
 信じていたわ。
 兄様、だめ。

 裡に眠っていた皆がそれぞれに櫻宵に声を掛けてくれる。少しの違和があったが、櫻宵は気にしていない。重ねられる哀も泡沫のようで、櫻宵はゆっくりと瞼を閉じた。

 ――これであなたは立派な××。

 聞こえた声に身を委ね、櫻宵は枯れていく桜の枝を振り仰ぐ。
 瞼をひらいても空は暗闇のまま。照らす月もなければ、きっと太陽も永遠に訪れない世界が今の櫻宵の領域だ。
 これでいい。満足だ。あいで満たされている。でも、そうだ。
「噫、おなかがすいたわ」
 次はなにをたべよう。
 無数の問いかけに櫻宵は妖しい微笑みで以て応える。
 もう、たべるものなんてないのに。これは愛するもの全てを食い殺す果て。
 だから――櫻宵の物語は、ここでおしまい。
 りん、りりん。
 そのとき、其処に澄み渡った鈴の音が響いた。眠りに落ちかけていた櫻宵は指先を音がする元に伸ばした。首の鈴に触れた瞬間、櫻宵の瞳が見開かれる。
 ――サヨ。
 ――櫻!
 いとおしい声。そして、愛しい笑顔を思い出した。
 温もりと言葉。愛をくれる、ふたりの想いが鈴から溢れ出てくる。そうして、櫻宵は自分を取り戻した。沈んでいた感情が浮かび上がり、意志が蘇る。髪の色は元に戻り、瞳に生気が宿っていく。
 首を横に振った櫻宵は静かな破滅を否定した。だめ、と止めてくれた声を思い起こし、櫻宵は立ち上がる。
「いけないわ、負けてられない」
 この終幕は確かに心地が良かった。憂うことも、悲しいことも全て食べてしまえる世界は魅惑的だ。されど、櫻宵の心はそれを拒絶した。
「一緒に生きるの」
 喰らっていくのではなく、皆を皆のまま守る。
 手遅れになったものもある。取り戻せない命もあった。それでも――。
「私はこんな終わりは望んでいない!」
 屠桜ではなく、白の脇差を抜いた櫻宵は刃を振り上げた。桜獄大蛇でもあるそれを手にすることによって、櫻宵は己の決意を示す。
「それに師匠にも約束したもの。この呪も御せるって!」
 信頼を裏切りたくない。
 その心に応えるなら、このまま己を信じるだけ。
「だから、私は――」
 絶望も諦観も、恐れも何もかも思い切り薙ぎ払って進む。
 裡の御魂に届くように。
 叫んで、伝えて、己を貫き通すと決めた櫻宵はひといきに刃を振り下ろす。
 その瞬間、桜が咲いた。
 いつしか闇の空間はひらかれ、明るい光が射す路がみえた。それこそが自分の進むべき場所だと感じ取った櫻宵は歩き出す。
 破滅は受け入れるものではなく、乗り越えるものなのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ


破滅の未来─なんて恐れる事はひとつだけだ
死よりも永遠の苦痛よりも辛い事

私の愛しい巫女
きみが、居なくなること
呪から救えずに、呪にきみを奪われた
七つ首が嗤う
きみに大切なもの全てを喰らわせてしまった

救えず掬えず解き放てず
私は敗けた──嗤う声がきこえる

きみは、いってしまった
輪廻の路から外れたきみにはもう二度と逢えない
私の桜が咲くことはない
きみを救う為に私はうまれたのに
約束も果たせないなんて

噫、こんな未来は約されない
私は巫女をすくうと決めたのだから
どんな未来にも挑み望む路を掴むよ

ほ、ホムラ!
苦しげな鳴き声を上げている
焼き鳥になる未来でもみたのかな
大丈夫だよ

……カグラ
家族を…血族を喪う未来を見て…守る為に己を犠牲に…なんて考えているならやめてくれ
斯様な未来は訪れない
何故なら
君の家族は…誘七は私が、私達が守る故に
嘗て『私』と約束したろう

之は未来の可能性
こうなるやもしれない未来
厄災のカタチをしった
知ることが出来たならば阻止するだけ
私は諦めない
きみと生きる未来を

齎される禍殃を律してこその
禍津神だろう?



●約し結ぶいと
 破滅の未来と聞いて、恐れることはたったひとつだけ。
 己の死よりも、永遠に続く苦痛よりも辛い事柄。それは――。

 朱赫七・カムイ(厄する約倖・f30062)は意を決し、八卦天命陣に踏み入った。破滅が視せられたとしても、立ち向かう気概で進んだカムイは前を見据える。
 其処には桜の樹があった。
 それは既に枯れて朽ちかけている。
 その光景が示すように、カムイにとっての破滅は己の愛しい巫女が消えること。
 きみが、居なくなる。
 生物としての死を迎える意味合いではなく、もっと別の終幕が訪れる未来。かれの中に宿る呪の侵蝕と運命から救えずに、きみを奪われてしまったら。
 これは巡り来る可能性のひとつに過ぎない。
 しかし、此処はそれを具現化してしまう領域。カムイが見据える、枯れた桜の樹の奥で幾つもの鈍い光が輝いた。
 七つ首が嗤う。
 私こそが神であり、愛を貫き通したというように嘲笑い続けている。
「――噫、」
 此れはカムイが愛呪を止められず、櫻宵が呑まれてしまった未来だ。
 きみに大切なもの全てを喰らわせてしまった。
 きみをこの腕の中に留められなかった。
 救えず、掬えず、解き放てずに。巫女の内に溜め込まれた穢れがその身を支配していき、絶望的な苦痛に囚えた結果。
 櫻宵は眠りに落ち、目覚めたのは愛呪としての存在。
「……私は、敗けたのか」
 カムイは小さく呟いた。暗がりから睨め付ける七つ首の眼が爛々と光っている。そして、くすくすと嗤う声がきこえはじめた。
 真の禍はお前だ。
 大切な者にすら禍と厄を巡らせ、苦しめるだけの存在。
 廻る前よりお前は災でしかなかった。
 そう語るように、桜獄大蛇がカムイを嘲笑う。周囲には喰い殺されて倒れた亡骸が変じた桜の花弁が積もっていく。美しくはあるが、その桜はすべて罪に塗れたもの。
「きみは、――」
 いってしまった。愛の果てに、手の届かない遠くへ。
 輪廻の路から外れたきみにはもう、二度と逢えない。
「……私の桜は、咲いたかい?」
 カムイは途切れがちに問いかけてみる。されど虚空に向けて放たれた言の葉に応えてくれるものは何処にもいない。
 桜が咲くことはない。
 輪廻の中心にあった桜の樹は枯れ果ててしまった。
 巡り廻る約と縁は厄だけになってしまった。カムイにとっての破滅の末路はきっと、たったひとつを間違えるだけでいとも簡単に訪れてしまう。
「きみを救う為に私はうまれたのに」
 約束も果たせないなんて。
 俯いたカムイは喰桜の柄を手放しそうになった。だが、それも一瞬のこと。
 違う。そうではない。
 すぐに顔をあげたカムイは喰桜を強く握り直す。この刀を授かった遥か昔の記憶が蘇っていく。イザナの手から神斬に託され、櫻宵に預けられた刃は巡り回ってカムイの手に収まった。そのことが示すのは、廻りは未だ終わっていないということ。
「――噫、こんな未来は約されない」
 この手には約束の証がある。
 私は、巫女をすくう。
 そう決めたのだから絶望になど落ちてはいられない。どんな未来にも挑み、望む路を掴む為に此処に訪れたというのに。
 訪れるかもしれない未来を視ただけで何だというのだ。己もまた神であり、唯一つの愛のために生きる存在だ。カムイは周囲を見渡し、ホムラとカグラの元に向かう。
「ホムラ!」
 不死烏の雛は苦しげな鳴き声を上げている。焼き鳥になる未来でもみたのかと思えば、友達のペンギンが死を迎える未来を視ていたようだ。
「ちゅん……」
「大丈夫だよ、ホムラ。再誕の力が巡ったようだ」
 翼から放たれた桃の霊花が何処かに飛んでいく。どうやらホムラの力は別の破滅の未来に影響を与えたらしい。カムイは新たな巡りを得た同志の気配を感じ取り、ホムラをそっと指先で撫でた。安心した様子のホムラは、ぴ! と鳴く。
 そうして、カムイは次にカグラの肩に触れた。びくっと彼の身体が揺れる。
「……カグラ」
 彼が視た結末は家族を――血族を喪う未来。
 守る為に己を犠牲にすると決め、家を滅ぼすに至る可能性のある愛呪と共に醒めない眠りにつく結末だ。
 カラスもカグラに寄り添い、櫻宵の代わりに二人の御魂が永遠に消失する世界。そういった破滅を視たカグラは、それでも構わないと考えていたようだ。
「妙なことを考えているならやめてくれ」
 カムイは首を横に振り、斯様な未来は訪れないと告げた。
 何故なら、カムイが必ず破滅を止めると決めているから。
「君の家族は……誘七は私が、私達が守る故に。嘗て『私』と約束したろう」
『…………』
 カグラは何も答えなかったが、カムイには意思が伝わった。
 そう、之は未来の可能性。
 こうなるやもしれない、というだけの未来のひとつ。こうして厄災のカタチをしった今、心構えは十二分に出来た。知ることが出来たならば、後は阻止するだけ。
「私は諦めない」
 ――きみと生きる、未来を。
 鞘から喰桜を抜いたカムイは天に向け、刃で一閃した。祈誓は因果律を絡め取り、解けていきそうになったいとを紡ぐように巡っていく。
 暗闇の世界は斬り裂かれ、可能性の世界は瞬く間に消えていった。カムイの肩にはホムラが乗っており、隣にはカグラが立っている。
 そして、カムイは切り拓いた路の先に視えた光を瞳に映した。
「齎される禍殃を律してこその、禍津神だろう?」
 カムイは光に向かって進んでいく。此の先に待つ、愛しいひとに逢うために。


●冀望
 たとえ禍殃が視えても、凶厄が訪れたとしても。
 新たな未来を見据えた猟兵達の眼差しは何処までも真っ直ぐだ。破滅の天命に抗い、生と希望を目指して進み続ける。
 すべてを変えゆく力と意志は、此処にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年01月30日


挿絵イラスト