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殲神封神大戦⑰〜雨にうたえば

#封神武侠界 #殲神封神大戦 #殲神封神大戦⑰ #渾沌氏『鴻鈞道人』

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#渾沌氏『鴻鈞道人』


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●雨にうたえば
 ざぁざぁと雨が降っている。なにもない、かたちを決められずに居る大地に。
 時折ひかる雷光が、真っ暗闇を煌々と照らすことがあった。

 けれどなにも見当たらない、見つからない。

 あわい紫の髪が揺れている。
 お気に入りの傘は、失くしてしまったらしい。
 愛らしいワンピースの裾が翻って、この場所には不釣り合いだった。

 骸の海と融けあったしゃぼんの双眸が、しろく濁っている。

●声にさざめく
 どこかちぐはぐな長身が、ちいさく頭を下げる。世母都・かんろ(秋霖・f18159)は挨拶ひとつせず、すぐさまタブレット端末を操作した。

「仙界の最深部にある、いまだ形定まらぬ『渾沌の地』に、自らを骸の海と自称する謎の敵、『鴻鈞道人』が待ち受けています。鴻鈞道人は、皆さんを転送したグリモア猟兵を自らの元に呼び寄せ、体内に潜り込み、融合します」
 淡々と、かんろのものではない女性の音声は告げる。この場合、融合されるのは目の前でタブレットを操作するかんろだということは、猟兵達にもすぐ理解できた。

「鴻鈞道人の膨大な力によって『渾沌の諸相』を身につけたグリモア猟兵が、他の猟兵達に襲いかかってきます。鴻鈞道人は強敵であり、仮に猟兵達がそのグリモア猟兵と何らかの心のつながりがあったとしても、一切有利には働きません。融合した鴻鈞道人が力尽きるまで戦ってください。尚、彼は強敵のため此方は手加減することはできません」
 それは、と声をかけようとした誰かに、かんろは黙って首を横に振る。

「現時点で鴻鈞道人を完全に滅ぼす方法はありませんが、一度戦闘で殺すことは可能です。その際、グリモア猟兵の肉体が生きていれば帰還が可能です――以上」

 白いレースの傘が開かれて、てるてる坊主が舞う。
「あの、」
 ようやっとかんろが言葉を発する。ひどくかすかなそれは、いつもよりも儚く聴こえた。
「気に、し、ない、で、くだ、さい、ね」
 それだけ口にして、もう何も言わなかった。


遅咲
 こんにちは、遅咲です。
 オープニングをご覧頂きありがとうございます。

●注意事項
 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、「殲神封神大戦」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。

 プレイングボーナス……グリモア猟兵と融合した鴻鈞道人の先制攻撃に対処する。

 戦場はなにもない虚無の空間ですが、激しい雷雨が降っています。
 世母都かんろは鴻鈞道人のユーベルコードに雷雨を重ねた攻撃を行います。
 本人に意識はなく、呼びかけに応じません。

 グループ参加は「2人」まで。
 難易度は「やや難」です。

 受付は23(日)朝8時31分から。

 戦争シナリオのため、書ききれるだけの少人数受付になります。
 青丸達成の最低人数を予定しておりますが、物理的に締めきるまではオーバーロードのみお受けします。
 再送のお手間をおかけすることもあります。
 皆さんのプレイング楽しみにしています、よろしくお願いします。
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第1章 ボス戦 『渾沌氏『鴻鈞道人』inグリモア猟兵』

POW   :    肉を喰らい貫く渾沌の諸相
自身の【融合したグリモア猟兵の部位】を代償に、【代償とした部位が異形化する『渾沌の諸相』】を籠めた一撃を放つ。自分にとって融合したグリモア猟兵の部位を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD   :    肉を破り現れる渾沌の諸相
【白き天使の翼】【白きおぞましき触手】【白き殺戮する刃】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    流れる血に嗤う渾沌の諸相
敵より【多く血を流している】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)
パフォーマンスで身体機能を上昇後に封印を解く。
次に限界突破して更に底上げし全力魔法で魔術行使。
呪の詠唱は高速詠唱で行う。身体に破魔と雷撃耐性を。

……ちっ。こんなに魔術の選択に悩むことは初めてだ。
偏った属性しか会得していなかったことに後悔さえする。
もう少し幅広い術の習得を考えておけばよかったよ。
悩んだ末に選択した【砕霊呪】を世母都に放つ。
余裕があれば早業の高速詠唱で間隔を置かずに2回攻撃。
露との連携と協力。私が攻撃の囮になってもいい。
全力だがあまりその髪や肌ワンピースを汚したくはない。
鴻鈞が邪悪かは知らんが効果があればいうことはないな。
世母都本人には『気にするな』と言われたが…無理だ。

先制攻撃は世母都の一挙手一投足を神経質に観察すること。
それから見切りと野生の勘に第六感で回避するようにしたい。
雨で地面が濡れて回避が遅れるのは困るから悪路走破付与。
まあ。あれだ…。鴻鈞道人は殺す世母都は無事に連れて帰る。
両方しなければならないのが猟兵の辛いところだな。


神坂・露
レーちゃん(f14377)
今回は…よーちゃんが敵になっちゃうの?!
うん。よーちゃんは絶ッ対に帰還させてみせるわ。
レーちゃんもそー望んでるはずだから。絶対に。

リミッター解除してから限界突破でダッシュ【銀の舞】よ。
二本の剣の二刀流でよーちゃんを…迷わないで攻めるわ。
早業の2回攻撃で鎧防御無視と継続ダメージとつけるわね。
でもあまり傷が残らないようにしたいわ。だって女の子だし!
それにお世話になってるグリモアさんの一人だし!!
見切りと野生の勘に残像をつけて先制攻撃の回避をするわ。
雨で滑らないように足場習熟と悪路走破を。雷に環境耐性も。

レーちゃんの詠唱中とか魔法放った後の補佐はあたしがする。
連携と協力も普段以上にレーちゃんと呼吸合わせないと!
今回のレーちゃんってらしくない動きしそーで怖いのよ。
魔法放つの躊躇したり前に出過ぎたり…しないことしそう。
やっぱりレーちゃんの動きが心なしか少し鈍い気がするわ。
…よーちゃんも心配だけどレーちゃんも同じ位心配よ…?



 烈しい音を立てて降りしきる雨の中、少女達はグリモア猟兵と対峙する。とはいえそれを、彼女達が望んでいるはずもなかった。
「よーちゃんが敵になっちゃうの!?」
 神坂・露が困惑した様子で言葉をこぼす隣、シビラ・レーヴェンスがちいさく舌打ちする。どう見てもかんろのしろく濁った双眸は、遊色泳ぐしゃぼんの色彩を残していない。
「露、弱音を吐こうが結局は世母都の言っていた通りだ。全力で攻撃するしかない。私達が鴻鈞道人に勝ち、世母都を生かす」
 告げたシビラの言葉は普段と変わらぬ形をしているのに、その声色に違和がある。けれどそれを追求することなく、露は唇をすこし噛んで頷いた。
「ん、よーちゃんは絶ッ対に帰還させてみせるわ」
 だって親友もそう望んでいるはずだから、絶対に。つよく誓った露の眼前で、鴻鈞道人と融けあったかんろの肉体に変化が起きる。愛らしいワンピースの中、ごぽりと吐きだされるようにましろの無数の触手が溢れでる。
 ひどい、と思わず口にしたのは露だった。そんなもの、よーちゃんには似合わないのに。超強化による代償の毒素が、かんろのしろい膚から滲み出る。雨に濡れた大地を、すさまじい勢いで触手の群れが奔る。己の勘を頼りに素早く跳躍した娘の後を追うように、蠢く触手が土石流に似た水流と共に天へと昇る。絡めとられたはずの露の肉体は、ふっと霞のように消え去った。
 かき消えた残像を遺し、少女は自由落下から地面に足が着き次第、なにもない地面を一気に駆け抜ける。眩しい雷に視界を騙されぬことなく、薄着になった幼い身体が二振りの刃と共に舞う。
 目にも止まらぬ速さで触手を切断すれば、まだ意思があるかのように断たれた触手がうねうねと蠢いては水流と共に地面に落ちる。その気味の悪さよりも、苦悶の表情を浮かべるグリモア猟兵の姿のほうが胸に痛かった。
 迷わないで攻める、そうしなければかんろを助けられないのだから。けれど、その身体に傷が残らないようにしたいのも本当だった。
「だって女の子だし! それに、お世話になってるグリモアさんの一人だし!!」
 露の言葉がかんろに届いていたならば、憂鬱な表情は少しばかり笑みを浮かべたかもしれない。露の想いはシビラも同じで、友人が銀の風を纏って攻め立てる間に支度を続けていた。
 己の身体機能を向上させ、能力が最大限に達したところで封印をほどく。更に上限を突破した魔力は、破魔のまじないと雷撃への耐性を敷く。
「……ちっ」
 魔女は再び舌打ちを落とす。こんなに魔術の選択に悩むことは初めてだった。偏った属性しか会得していなかったことに、後悔さえしている。露の猛攻をくぐり抜け、かんろ自らが異様な速度で接近。右脚がぐにゃりと捻じれたように歪んで異形と化したと同時、しろく濁った渾沌の籠った一撃が雷雨と共に放たれる。
 焦ってはいけない、焦る必要はない。そう言い聞かせて、魔女はかんろの一挙手一投足を注視する。雷光と激流がシビラに降り注ぐ寸前、彼女の人ならざる勘とむっつめの感覚が閃いた。ぬかるみに近い地面を走りながら、唱えた呪文はつよい呪力を持つ。
 ほんの一瞬、シビラに戸惑いが生まれた。けれどそれはわずかな合間。青白い光の柱が渾沌の異界に現れ、かんろの全身を包み込む。グリモア猟兵が一瞬動きを止めたと思いきや、既に左手が新たに歪もうとしている。
 ――それ以上、世母都を異形化させるものか。
 魔女はそのあわい髪もしろい膚も、愛らしいワンピースも汚したくはない。
(本人からは『気にするな』と言われたが……無理だ)
 シビラがあえて前に出ようとしたのを悟って、露がいまだ轟く触手の群れを切断していく。意識がこちらへと向かったならば、いつもと同じ連携を生みだせる。
「レーちゃん! 囮はあたしに任せて! あたしはこの気持ち悪いのを斬っちゃうから、どんどん魔法をお願い!! そしたらよーちゃんを傷つけずに済むわ!!」
 互いの連携は普段以上に強固なものでないといけない。だって、今回のレーちゃんはらしくない動きをしようとしている。魔法を放つのを躊躇し、前にも出過ぎる。そもそも彼女の動き全体が鈍く感じられた。
(よーちゃんも心配だけど、レーちゃんも同じ位心配よ……?)
 その心配が伝わっているように、シビラは露の意見を受け入れる。すぐに後退し、いつもと同じく距離を保つ。紡ぐまじないは先程と同じく細やかに、とても速く。
 二振りの剣でかんろ自身を斬りつけると見せかけて、詠唱完了を察知した露がその場から飛び退く。
 ――鴻鈞道人は殺す、世母都は無事に連れて帰る。
「両方しなければならないのが猟兵の辛いところだな」
 青白い光の柱が、秋霖を染めあげる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルトリウス・セレスタイト
大言を吐く割に凡庸だな
速やかに退場しろ

状況は『天光』で逐一把握
守りは煌皇にて
纏う十一の原理を無限に廻し害ある全てを一瞬で無限に破壊、自身から断絶し否定
尚迫るなら自身を無限加速し回避
要らぬ余波は『無現』にて消去
全行程必要魔力は『超克』で“世界の外”から常時供給

顕現にて討つ
かんろ含む味方へ創造、オブリビオン及びその全行動に破壊の原理を行使
『刻真』にて高速詠唱を無限加速し会敵即起動
『解放』により全力の魔力を供給し干渉力を最大化
捉えた瞬間討滅を図る

己の形すら定かならぬ渾沌如きが図に乗らんことだ
理不尽はいつも突然訪れると知るが良い

※アドリブ歓迎



「躊躇いなく、罪深き刃を向けるか」
 ふと艶ある唇が動いて、かんろらしからぬ言葉を、かんろの声が紡ぐ。当然だろう、とアルトリウス・セレスタイトが藍色の眼で見遣って吐き棄てる。
 気にするな、と言ったのが本心であろうとなかろうと、全力の討滅を狙わなければグリモア猟兵の救出はかなわない。
「大言を吐く割に凡庸だな。速やかに退場しろ」
 青年の周りに漂うあわい青光は、戦場すべてを見通す。先程少女達に斬り落とされた触手の断面図から、ごぼごぼと赤い液体がこぼれているのは把握している。
(あれがかんろ自身の血液ではない確証はない)
 アルトリウスが推理する間もなく、かんろのしろくほそい腕がなにもない雨天を仰ぐ。しろく濁った双眸が細く宙を睨んで、口が動く。
 声というには異様な音と共に、呼び起こされた雷光がばちばちと瞬く。濁流が撃ち抜くのは青年の身体。
 雷とは違う、彼の束ねた光輝が濁流を弾く。さらに纏った十一のひかりが永遠に廻り続けて、まるで氷を砕くように濁流が粉砕される。濁流の概念――原理そのものを否定したことを、鴻鈞道人が気付いているかは定かではない。
 尚もかんろの歌が続いて、追いすがる濁流を加速で躱す。消費する魔力は膨大でも、こことはちがう世界の外から供給されていた。
「貴様の行動は全て無意味だ、なにせ過去の名残でしかない」
 ――成れ。
 アルトリウスがそう告げたと同時、愛らしいワンピースを着た長身があわい光に満たされる。青年の紡ぐ時の流れだけが加速して、一気に距離を詰める。
 世界の外側に置いてけぼりだった魔法の力が、青年によって集約される。溢れんばかりにかんろの胎に満ちたと同時、凄まじい爆発を起こした。
「……何をした」
 しろく濁った双眸が、再びかんろの声で尋ねる。完全に保護され、肉体に傷ひとつないかんろとは裏腹に、破壊のことわりを叩きつけられた鴻鈞道人の言葉だった。
「己の形すら定かならぬ渾沌如きが図に乗らんことだ」
 理不尽はいつも突然訪れると知るが良い。 武器を持たぬ青年の瞳は、尚も戦意を宿している。

成功 🔵​🔵​🔴​

深山・鴇
【美羽音】
うん、気にするなって君なら言うだろうな
でもそいつは無理な話だ、なぁ雲珠君

俺達は君がどんな姿だろうとも受け入れるが、その姿だけはいただけない
なるべく傷付けたくはないが、そう言ってる場合でもないか

雷雨は雲珠君に任せる、俺は攻撃くらいしかできないからな
多少の痛みは耐性で凌ぐ、雲珠君の足場で足りぬ部分は呼んだヤン坊君(UC)に助けてもらいつつ、世母都さんの元迄駆ける
攻撃、UCはヤン坊に任せ刀を振るう
傷は全て雲珠君が治してくれるからね、遠慮はしないよ
君もそれは望んじゃいないだろう!

俺に注意を向けヤン坊にて拘束、毒で動きを封じさせる

ほら、帰ろう世母都さん
君に似合う傘を皆で買いに行こうじゃないか


雨野・雲珠
【美羽音】

悠然と佇む、背の高いお姿。
仮に世母都さんがご自分でそう振舞うなら
それもすてきだって言ったかもしれませんけど…

敵わない相手なのは承知の上。
でも終わった時その場にいられたなら、
それだけ早く治療に取り掛かれる。
かけられた言葉に頷きます。
…深山さん、お力を貸してください

まず攻撃が強い上に、この雨と雷…!
ヤン坊に巻き込まれないよう位置取りは後ろ、
とにかく支援と防御に徹します。
【花鳴り】をつまびき【結界術】で最低限身を守り、
【枝絡み】を四方に這わせて、
深山さんが駆けやすい足場を作成。
相手の動きを見ながら、その都度盾や屋根を作ります

大丈夫です、大丈夫…
何も失わせない
傷跡ひとつ残しませんから!



 さめざめなどと、情緒のある雨降りではなかった。轟々とがなり立てる雷と土砂降りが、猟兵達の全身を濡らすから。深山・鴇は、転移前に告げられた一言を思い出す。
「うん、気にするなって君なら言うだろうな。でもそいつは無理な話だ」
 なぁ雲珠君、と尋ねられた桜の精は、唇を引き締めたままはっきり頷いた。馴染みのパーラーの中でもいっとう背の高い姿は、いつも同じ席に座っているか、甘い彩をした傘で何処となく控えめになろうとしていたように思う。
「仮に世母都さんがご自分でそう振舞うなら、それもすてきだって言ったかもしれませんけど……」
「俺達は君がどんな姿だろうとも受け入れるが、その姿だけはいただけない」
 かんろがそう在りたいのだと言わない限り、悠然と立つ今の姿を認めるわけにはいかない。しろく濁った双眸は、遊色泳ぐしゃぼんを上書きし続けている。
 唇が動いて、静かに口が開かれる。稲光と大雨がひどくなるのが予感できて、雨野・雲珠は桃香る梓弓をつまびいた。ほのかにあわい光を宿した結界のヴェールが揺れて、二人の身をやわく包む。
「……深山さん、お力を貸してください」
「ああ、雷雨は任せる」
 切断された触手の群れの断面から吐き出される赤色が、どくどくと虚無の地を染めていく。どうかそれがかんろ自身の血ではないように願いながら、雲珠はその場で軽く足を踏み鳴らす。まだ幼く見える足元から静かに伸びゆく桜の枝が、四方八方に根を這っていく。
 かんろの奏でる音が虚無の中でうねった時。鴇に降りかかる雷撃と濁流を打ち払ったのは巨大な蛇。やっつの頭がぬらりと蠢いて、異様な影を抱いたかんろへと一斉にしゃあと威嚇した。
「ヤン坊君、酒はあとで一番いいのをたらふく飲ませてあげるよ」
 とん、と。体格にしては軽い足取りが大蛇の背を登る。大蛇のみでは払いきれない細かく鋭い雨雫が、男の身体を時折穿つ。多少の痛みは耐え凌ぐことができるから、迷うことなく攻撃を狙う。
「なるべく傷付けたくはないが、そう言ってる場合でもないか」
 淡い色彩を纏ってたどたどしく会話をする彼女は、こんなものを抱えていたのか。異能の雷雨を初めて見た男は、今はそれ以上を思わない。ただ、全力で駆ける。
 大蛇の背から何もない宙へと跳躍した鴇は、墜ちることなくその場に留まる。少年が編みあげた桜の枝が次々と足場をつくって、男をかんろへ走らせた。
 鴇めがけて放たれる濁流が彼を溺れされる寸前に、編まれた桜の盾が激流を弾く。墜ちる雷は屋根を組んで、焼け焦げ落ちる前に鴇が疾走していく。鴇の動きに合わせて次々と枝を編み続ける少年の動きはせわしないが、その速度が落ちることは絶対にない。
 大蛇に巻き込まれぬよう位置取りは後ろと決めて、雲珠は支援と防御に徹し続ける。年頃の割にちいさく感じられる掌は、この戦いが終わってから彼女に添えるつもりでいる。
 ずぶ濡れになった頭の枝は雪桜を咲かせない。自分一人では敵わないのは承知の上。けれど終わった時、自分がその場に居られたなら、それだけ早く治療に取り掛かれる。
 かんろの声とやっつの威嚇がぶつかり合う。異能の音をかき消すように、八岐大蛇が烈しく鳴いた。男が枝の足場と大蛇によって濁流を飛び越えた先、濁った眼と鴇色の眼がぶつかる。
「傷は全て雲珠君が治してくれるからね、遠慮はしないよ」
 君もそれは望んじゃいないだろう! 乱れ刃美しい太刀が閃いて、ワンピースに包まれた胴を斬りつけようと振るわれる。
 一閃に気を取られたかんろが身を躱そうとして、大蛇の動きを見誤る。ぎちりと締めつけられた長身は身動き取れず、蛇の全身から滲む毒によって、かんろごと鴻鈞道人を蝕む。
「大丈夫です、大丈夫……」
 強い覚悟の裏に潜んだ不安がほどけずにいる雲珠の握りこぶしが、やわい熱をもつ。何も失わせない、
「傷跡ひとつ残しませんから!」
 ほら、帰ろう世母都さん。そう微笑んだ鴇が言葉を続ける。
「君に似合う傘を皆で買いに行こうじゃないか」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御簾森・藍夜
狙うは鴻鈞道人 ただ一人

雨には慣れている
少なくとも、この程度なら造作もないので傘は差さない

傘が必要なのは世母都、君の方だろう

グリモア猟兵と言う存在が過酷な道程だということは知っている
が……こうも暴かれる謂れは無い
未熟な同業だが、それは心得ているつもりだ

帰るぞ、世母都
お前は必ず帰らねばならない

攻撃の痛みは【激痛耐性】で誤魔化す【覚悟】はした
多少の雷は【天候操作】で避ける
【環境耐性】【オーラ防御】で自己防御を行いながら【見切り】で回避の補助
世母都の傷は最小限にしたいからこそ、下手な攻撃はしない
回避が間に合わなければ【威嚇射撃】で距離を作る
【継戦能力】で狙撃のブレも疲労も越える

俺は一撃で仕留めたい派でな、“鴻鈞道人”
貴様が何者だろうと今できる限りの【幸運】で【誘導弾】を撃つのは俺に全力で惹き付けた最高の瞬間に

意識が逸れた瞬間が、貴様の終いだ

……世母都、よく耐えた
余り濡れては風邪をひく。傘の下に入ると良い



 雨粒はつよく虚無の地に打ちつけられて、暗闇は時折ばちばちと稲光る。御簾森・藍夜は顔をしかめることなく、自分よりわずかに低い長身と相対する。
 雨には慣れている。いつまでも降りしきる銀の雨の中で、青年は生きているから。少なくともこの程度なら造作もないから、傘も差さない。
「傘が必要なのは世母都、君の方だろう」
 問うた言葉に応じる声はない。融けてまざりあった心の中が閉じ込められたままなのは、白濁の双眸でよく視えた。
「グリモア猟兵と言う存在が過酷な道程だということは知っている」
 が……こうも心と体を暴かれる謂れは無い。まだまだ未熟な同業者として、青年はそれだけは心得ているつもりだった。
「帰るぞ、世母都」
 お前は必ず帰らねばならない。淡々と、静かな声はきっぱりと断言した。触手の断面からごぼりと噴き出し続ける鮮血で染まった大地の色は、煌々と照らす雷によって赤黒く目に映る。遠目からとはいえ、かんろの身体は多少のかすり傷しか見当たらない。己より先んじて戦った猟兵達が、そういう風にかんろを想ったことがわかった。
 ほら、やっぱり。帰らねばならないのだ。藍夜が口にはせずそう呟いたなら、操り人形の唇と身体が動く。雷鳴轟く土砂降りの中で、かんろはうたう。
 声を超えた音に共鳴した雨の群れが、矢のように上空から墜ちる。素早い回避と同時に、昏色の鳥の羽ばたきが青年の身を包んで、残りの雨矢を弾く。それでも多少の痛みが、脚や腕を突き刺す。
(この程度、いくらでも誤魔化せる)
 雷が再び瞬く。膨大なひかりの一撃は、黒革の手袋をはめた指がぱちんと鳴るだけで、自然と藍夜から方向を逸れていく。雨嵐と雷光を操る能力者は、わずかな仕草で天候を操作してみせた。
 かんろの傷を最小限にしたいからこそ、下手な攻撃はしない。たった一度で仕留めるチャンスのためならば、狙撃に欠かせぬ視界を揺り動かす土砂降りも、永遠に続くかのような雷撃も越えてゆく。
 ふいにこちらへと駆けてくるかんろの動きは軽やかで、あわい紫の髪と甘い装飾のワンピースが靡いた。少女めいた長身の足元ひとつに威嚇射撃を放てば、予想通り簡単に躱される。
「そう距離を詰められては困る――今はまだ」
 再度鮮血の大地を撃てば、かんろが更に後退する。それでいい、と呟いて。
「俺は一撃で仕留めたい派でな、“鴻鈞道人”」
 呼びかけた名に応えるかのように、どろりとしろい瞳が藍夜を見た。ぽぉん。青年によって放り投げられた何かがかんろに叩きつけられる前に、雨垂れがそれを撃ち落とす。
 それが紙煙草の箱であると鴻鈞道人が気付いた頃には、既に藍夜が引き金を引いていた。
 後頭部から、不可視の弾丸が左眼を貫く。噴き出す血は赫けれど、崩れ落ちるかんろの傷は最小限に。世母都、と。銃口を下ろした藍夜は声をかけた。
「余り濡れては風邪をひく。そろそろ傘の下に入ると良い」
 やまぬ雨の中に居るのなら、なおさらのこと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】

かんろちゃん!
…そんな、敵と融合しただなんて

なつめ、力を貸して
大切な友達なんだ
絶対に助けたい
もう、拗ねてないで協力してよ
オムライスでも何でも好きなもの作ってあげるから

守るのは少しだけ得意なんだ
先制攻撃の来る方向を第六感で察知して、結界術を展開
自分もなつめも守るよ
ね、なかなか上手いでしょう

それじゃあ今度はこっちの番だね
思う存分暴れきてよ、龍神さん
援護は任せて
なつめに降りかかる厄はオレが祓うからね

オレたちがきっと
『終焉らせてやる』

なつめが何も気にせず戦えるように
悔魂・花浅葱で蒼の炎を操作して
向かってくる攻撃を弾いていく

かんろちゃん、今は眠っているのかもしれないけど
今のこの状況を見たら君は傷付くだろうか
だって君はすごく優しい子だから
どうか君が目覚める頃には全てが終わっていますように
祈りと共に、想いを乗せた一撃を

かんろちゃんの身体は大丈夫かな
…ううん、きっと無事だって信じるんだ
ちゃんと連れて帰るって決めたんだから


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】

ア?アイツ、ときじの知り合いかァ?
大事な、ねェ……。
…あっ!イテッ!
わかった!わかったから!
ったく、帰ったらお前のでっけー手作りオムライス食わせろよ!

とはいいつつ、俺も悪ィことしてる奴見つけたからにゃあ、ほっとけねーと思ってたし
何より人の身体で悪さしておいて自分はお山の大将気取ってるヤツが俺ァ1番

──嫌いだ!!!

ときじ、守り上手くなったなァ
この調子で頼むぜェ。

あァ、かんろって言ったっけか。
苦しーよな、辛いよなァ
自分の意思に関係なく
人を傷つけようとするってのはよォ
安心しなァ。俺らがすぐに──

『終焉らせてやる』

ときじ!頼りにしてる!任せたぞ!

完全竜体になれば
援護を頼りに大空へ飛び立つ
雷は自分が避雷針になり
ときじに当たらないように
他の攻撃は
ときじが祓ってくれるのを信じ
敵へ突っ込んでいく。
多少傷ついたって構わねェ。

隙が見えたら1発目覚めの雷を。
そンで最後はアイツにおまかせだ

ときじ!
こいつに1発食らわせてやンなァ!
声は届かなくても思いは届く!
本当にお前が大事で
大切な友達ならなァ!!!



「かんろちゃん!」
 宵雛花・十雉が思わず呼びかけても、骸の海と融けあう友達のぼんやりとした表情に変わりはない。そんな、とこわばる声に、唄夜舞・なつめが反応する。
「ア? アイツ、ときじの知り合いかァ?」
「……なつめ、力を貸して。大切な友達なんだ」
 絶対に助けたい。そう告げた十雉の真剣さに、ふぅん、と一言もらしてかんろを見遣る。
「大事な、ねェ……」
 その言い方にどことなく不機嫌さが混じっていたせいか、十雉は尖った耳を思いっきり引っ張った。
「あっ! イテッ!」
「もう、拗ねてないで協力してよ」
 ぐいぐいと引っ張られて、なつめの顔がくしゃりと歪む。わかった、わかったからとじたばた動いて。
「ったく、帰ったらお前のでっけー手作りオムライス食わせろよ!」
「勿論、オムライスでも何でも好きなもの作ってあげるからっ」
 ようやくなつめの耳から十雉の手が離れて、すこしだけひりっとした痛みが残る。多少の我儘は言ったものの、なつめも悪者を見つけたからには放っておけない。なにより。
「人の身体で悪さしておいて、自分はお山の大将気取ってるヤツが、俺ァ一番」
 ──嫌いだ!!!
 雷光渦巻く闇の中、竜神の瞳が爛々とひかる。それが合図だったように、かんろの唇が音をつむぎはじめる。十雉の聞き慣れた彼女の歌声とは程遠い異様な響きが、ひどく彼の心を刺した。
 ワンピースの下から覗くしろい触手達の断面は、ごぼごぼと赤色を吐いては蠢いている。それが視界に入る度に苦しいけれど、襲いくる雷撃と土石流をどうにかするのが十雉の役目。
「守るのは少しだけ得意なんだ」
 かんろちゃんも、知ってるよね。そう呟いて、凛とした花彩の薙刀と共に歌舞く。夜光抱いた蝶々が共に遊べば、あわいひかりの結界が二人を包む。間髪入れず叩きつけられた雷と濁流すべてを弾いて、四方八方へ飛び散らせる。
「ね、なかなか上手いでしょう」
 自分もなつめも守りきってみせる。やわく微笑む十雉が隣にそう尋ねれば、なつめは満足げに笑う。
「お前、随分守り上手くなったなァ。この調子で頼むぜェ」
 こくりと頷いた十雉が、それじゃあ今度はこっちの番、と薙刀の切っ先を向けて。
「――思う存分暴れてきてよ、龍神さん」
 互いをわけあうひかりに頼まれて、なつめが彼の友達に言葉を投げる。十雉の友達なら、きっと嫌な奴じゃあないんだろうから。
「あァ、かんろって言ったっけか。苦しーよな、辛いよなァ。自分の意思に関係なく、人を傷つけようとするってのはよォ」
「なつめに降りかかる厄はオレが祓うから」
「安心しなァ。俺らがすぐに──」
「オレたちがきっと――」
『終焉らせてやる』
 重なる合言葉をきっかけに、真っ暗闇の虚無の天にいつかの黄昏が咲く。白花咲き誇る勇猛な竜が現れれば、それは十雉の舞を地に残して宙をゆく。夕立に似た夏の雨が、荒れる秋の雨とまじりあう。高らかに伸びていくかんろの声に共鳴して、雷光が迸った。けれど、元から雷を宿した竜は自らを避雷針代わりに、全ての電撃を受け入れ体内へと吸収していく。ときじ、と大きく竜が咆えた。
「頼りにしてる! 任せたぞ!」
「うん!」
 天に昇った竜が濁流に溺れぬように、泣き虫の青年はおとうさん、と蝶を呼ぶ。花浅黄色の焔の群れがぼうぼうと踊って、濁流を次々に弾いた。その瞬間を狙ったように、竜はまっすぐかんろへと突っ込んでいく。浴びきれなかった電撃が、時折その身を焦がして花を枯らす。
(これくらいがなんだ、ちょっとした火傷程度じゃねェか)
 この雷雨が人の身には余る能力であることは、なつめにも理解できた。けれど竜神には、なんてことのないかすり傷。一気に突き進む巨影を躱そうと、ワンピースの裾が翻った。
 ほんの少しの隙を見逃さず、竜が咆哮する。一発目覚めの雷が、細いちぐはぐな全身を灼く。よろけたかんろを見て、なつめは十雉を呼ぶ。
「ときじ! こいつに一発食らわせてやンなァ! 声は届かなくても思いは届く!」
 本当にお前が大事で、大切な友達ならなァ!!!
 竜の陰に紛れて、赤黒く染まった大地を泣き虫は駆ける。
(かんろちゃん、今は眠っているのかもしれないけど。今のこの状況を見たら君は傷付くだろうか)
 だって、君はすごく優しい子だから。どうか目覚める頃には、全てが終わっていますように。
 ありったけの祈りと友達への想いを乗せて、花浅黄の炎が鴻鈞道人と触手の群れを焼き尽くす。
 似合わない触手は全部燃やしたけれど、あの子の身体は大丈夫かな、と不安が過ぎる。十雉の心配が手に取るようにわかって、竜がひと吼えした。
「おい、信じてねェのかよ」
「……ううん、きっと無事だって信じてる」
 ちゃんと連れて帰るって、決めたんだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雲烟・叶
行かないという選択肢は、最初からなかった
嫌で仕方がないことでも、取り戻すためならやらなくてはならないから
でも、叶うなら、あの子に己の呪詛なんて悍ましいもの、決して向けたくはなかったのに

全く、……此処までそれなりにお前を呪詛に染めねぇように苦労したはずなんですがね
台無しですよ

甘露。お前さんのそれが自己犠牲じゃあなく、必ず帰るという決意の方だってぇなら……精々、それに応えてやるよ
自己犠牲のつもりだったってぇなら、首根っこ捕まえて引き摺り戻してあとで嫌ってほど叱るから覚悟しとけ馬鹿娘

UC使用
父性愛だなんて似合わねぇことで
自分を楔として義娘の命を繋ぎ止めましょう
繋ぐのはあの子の命のみ
死ななけりゃあ、何とでもなります
ヒールを使えば傷痕も残りませんから、少し我慢なさい

鴻鈞道人の攻撃に合わせて【カウンター、呪詛、生命力吸収、恐怖を与える】
骸の海を自称するってぇなら、過去は過去らしく置き去りにされて沈んでりゃ良いものを

甘露を返しなさい
その子は未来へ向かって生きる人の子だ
あんたなんぞにゃ勿体ない



 ざぁざぁと雨が降っている。焼き尽くされた触手は完全に取り払われて、ちぐはぐで華奢な長身ひとつだけが佇んでいた。穿たれた左眼から流す赤色が、涙のように流れて止まらない。それを今すぐ拭ってやれたならと、男は思った。
 行かないという選択肢は、最初からなかった。嫌で仕方がないことでも、取り戻すためならやらなくてはならない。
(でも、叶うなら、)
 愛する義娘に己の呪詛など、決して向けたくはなかったのに。澱みのように膨れ続ける悍ましいものを、よくもまぁ、今まで彼女が染まらぬように頑張っていたと我ながら思う。全く、と雲烟・叶は呆れたようにこぼす。
「……此処までそれなりに、お前を呪詛に染めねぇように苦労したはずなんですがね」
 台無しですよ、とわらった叶を、白濁とした双眸が流血と共に視る。甘露、とやわく意図した呼び名で義娘を呼んでやる。
「お前さんのそれが自己犠牲じゃあなく、必ず帰るという決意の方だってぇなら……精々、それに応えてやるよ」
 ただし、自己犠牲のつもりだったというのなら。自分にすら、気にしないで、と告げた最後の姿が浮かんで、それが無性に叶の機嫌を損ねる。
「首根っこ捕まえて引き摺り戻して、あとで嫌ってほど叱るから覚悟しとけ馬鹿娘」
 左眼から流れる血が、彼女のお気に入りのワンピースをいやに染めていく。ふっと、かんろの唇が動く。
「これは、お前の娘か――ひどく曖昧な容をしているが、娘と呼ぶのか」
 流れるように紡がれる言葉はかんろ本人のものではない。ずぶ濡れのせいか、義娘の中に蔓延る魔に対する怒りのせいか、ますます自分の頭が冷えていくのが感じられた。
「――言っていいことと悪いことがある。よりにもよって、その子の貌で」
 鴻鈞道人にそう吐き棄てて、ふっと煙管からもれる煙を結う。大切なことは、あれを惨たらしく殺すことではない。今はまだ。細く長い煙の糸は、誰が触れることも切ることも許さない。楔にするのは己自身、しゅるりと投げて繋いだのはかんろのいのちだけ。
「死ななけりゃあ、何とでもなります」
 あとで癒せば傷痕ひとつ残らない。少し我慢なさい、と注射を打たれるこどもを宥める父のように告げた。
 それにしても、と思ったのは。あれだけの激闘の中でも、かんろの肉体がそれほど損壊してはいないことだった。左眼は流血し、右脚はぐにゃりと異形に歪められてはいるが、最小限の傷に見える。きちんと縁を結んでいるじゃないか、と人見知りの我が子を想う。
 あわい紫の髪を揺らして、かんろが口を大きく開く。まるで互いに、争うのはこの一度きりだと知っているように。
 高らかに尋常ではない異音が響いて、いつもよりもっと曖昧な容をしたかんろがうたう。この光景は、少しばかり懐かしい。
 嵐が吹き荒れ雷電と激流が襲いくる寸前、呪物は己にためこまれた呪いを噴き出す。人の荒れ狂う呪詛と怨嗟を吐き出せば、嵐と呪詛がまじりあう。それでも圧していたのは嵐のほうで、見開かれたかんろの瞳はまだ濁ったまま。迸る雷撃が男を焦がして、雨粒が無数の切り傷を生む。
(骸の海を自称するってぇなら、過去は過去らしく置き去りにされて沈んでりゃ良いものを)
 ――たかが過去に、奪われてたまるか。
 ごうごうと、呪いの吹き溜まりが威力を増す。誰でもない、たったひとりの娘のために。
「甘露を返しなさい。その子は未来へ向かって生きる人の子だ、あんたなんぞにゃ勿体ない!」
 愛と呪いはひどく似ていて、どちらも人と人を強く結ぶけれど。
 盛大に血を吐いたかんろの双眸から、ぐちゃりと歪むしろいろが消えていくのがわかった。


 ぽたりとなにかが頬に触れて目が覚めた。ようく知ってる、雨粒だった。

 鴉の装飾が綺麗な傘を差してもらって、少しずつ視界が広がる。
 かわいい雪桜が咲いている、触れてくれるちいさな掌があたたかい。
 傘は見つからなかったから、帝都で皆と買いに行こうと告げられ頷いた。
 友達が今まで見たことないくらい泣いていて、びっくりした。
 彼の頭をくしゃくしゃと撫でる人が居て、すこしだけほっとする。
 あわい青の光を灯してくれた人は距離が遠くて、だけど光はやわらかい。
 つよく抱きしめてくれた女の子は、わたしよりうんとちいさい。
 こわごわと此方を見つめるもう一人の彼女は、大きく息をはいていた。
 パパは、抱きしめてくれない。自分の呪いがわたしを染めないように。

 ――代わりに、あとですごく怒られるんだと思う。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年01月28日


挿絵イラスト