●遥けき春を遠くとも
むかしむかし、あるところに春を呼ぶ妖がいました。
冬に生まれ、冬を過ごし、そうして寒さが緩む雪惜月、空へと凍てつく白を連れて飛び去る……春の訪れを告げる事が役割の心優しい妖でした。
最初は人間も動物も皆、身を張って冬を引き受ける妖に敬意を払いました。彼の回りは寒くとも、それを上回る温かい笑顔が溢れていました。
けれど、命は儚いもの。
長い時の中で彼を知るものはひとり、一頭と消え…やがて周りは彼を罵るようになりました。
おまえがいるから冬が去らない。
おまえがいるから寒さでだれかがしんでいく。
それは心優しい妖を、冬の寒さより尚冷たく凍えさせるものでした。傷つき、泣き疲れ…そうして森に引きこもるようになった妖の背を、側で支え続けた娘が擦ります。
あなたさまの心は春よりも温かいのに。
その指は優しく、声音に嘘はなく。…だからこそ妖は縋りつくことはできませんでした。
ぼくは、春を知らないから。それがどんなに素敵な言葉か分からないんだ。
泣き笑いの顔で、優しく娘の肩を引き離して。そう言い残して旅立った妖を、娘はいつまでも悲しい顔で見送りました。
次の年、冬と共に幾度目か訪れた妖は娘に謝ろうと愛しい姿を探します。けれど、どこにも見当たりません。
焦燥の壗に妖は2人が出会った森に足を踏み入れます。……そこには見知らぬ花と、親しんだ匂いがしました。
まさか。まさか。
嘘だ、と掠れた声を震わせる妖が膝を突くと
真白の花は囁きます。
あなたさまに春の花を見せたかった。春の温もりを伝えたかったと。優しい声で、囁きました。
…とある地方に伝わるお伽噺
●春の如き温もりは側に
「…というお伽噺が伝わる祭りへのご案内だよ」
興味は惹かれたかな?とグリモア猟兵はテーブルに片肘を突いて微笑む。
男がおもむろに切り出した場所はサムライエンパイアのとある地方、雪白郷と呼ばれる山陰の郷。
オブリビオンの驚異に、猟兵達の尽力から数ある世界の中でも早くに解放されたサムライエンパイアは、今は各地で復興にまつわる様々な催しが進んでいる最中だ。
「この地域もその例に漏れずというワケさ、まあ祭の名前はまだ未定らしいけれど。まるでお伽噺をなぞられた様な不思議な花が舞い散る…その光景を山間の宿が管理する川湯温泉に浸りながら見ることが出来るよ」
白花はこの季節、雪風に煽られ空を舞う。その力の篭った花びらは美しいだけでなく、触れた者の体を不思議と暖める効果があるという。
それに加えて、山間を流れる川は木々に磨かれた清らかな水を湛える。その下から沸き上がるのは優に70度に達しようという熱湯だ。
そのままであれば火傷は免れないが、冷たい川の水と交じわらせる事で適温まで下げることが出来る。
「川の端にある岩で区切られたポイントが温泉だよ、花びらと良い湯質で寛げることは保証するよ。ただ、男女共用だから宿で湯着を借りてね」
柄や色は色々あるようだ、友達と、恋人と、気の置けない仲間と。ゆるりと寛いでも良いかも知れない。
山間の郷は森に近く、葉擦りの音と川のせせらぎが静かに響く。満天の星と月だけが見守ってくれるだろう。
「川魚や山の幸を使った美味しいご飯や綺麗な水で作ったお酒も宿で出してくれるし、温泉に浸かったまま食べられるよ」
「至れり尽くせりだな?」
「君達は偉業はそれほどの事だし、その分広告塔にもなるからね」
「持ちつ持たれつか…」
「良い言葉だよね」
にやりとヴォルフガングは笑う。この様子なら宿の指針に一枚噛んでいるのかもしれない。
他にも、と男は先ほどの表情を改めて続ける。
「花の褥に埋もれて微睡むことも出来るね」
温みを与える花が降り積もれば、冬の屋外である事を忘れる程に寒さを感じる事はない。とろとろと柔らかな眠りに浸ることが出来るだろう。
「牧歌的な光景だな」
「そうかもね。ただ…」
「ただ?」
「お伽噺には続きがあるんだ」
君が花にかわるというのなら。
僕は君を抱いて眠ろう。
いついつまでも、永久に、君と。
「…花の名前は何て言うんだ?」
「…そうだね、地元の人はこう言うそうだよ」
即ち、彼方の埋り花と。
冬伽くーた
気がつくといつもお久しぶりな冬噺です。ご無沙汰しております。
今回はサムライエンパイアでのクリスマスシナリオとなります、聖夜とは…と考えたら負けな気がしました。
OPには色々書きましたが、ざっくり申し上げると幻想的な光景を見ながら温泉を楽しむパートと、花に埋もれる美しい情景を楽しむパートの2種類となります。どちらかお好きな方をお選び下さい。
受付期間は12/29(水) 8:31~となります。頂いたプレは全採用予定ですが、再送をお願いする可能性が高い点をご承知置き頂けましたら幸いです。
進行についてはタグにてお知らせ致します。宜しくお願いします。
隣にいる温もりが得難いものと本当に知るのは、喪ってからなのかも知れません。そんなお話になります。
第1章 日常
『お花見』
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POW : たくさん飲み食いしたり、お花見ついでに散策したり、めいいっぱい楽しもう!
SPD : 手作り料理や飲み物(買ってきた物もOK)を持ち寄ってお花見パーティ
WIZ : 咲き誇る花や周囲の風景を堪能しよう
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
夜刀神・鏡介
冬は今も厳しいものだが、昔であればそれこそ生死に直結する問題だったろうしな
そういう御伽噺が生まれてしまうのは無理もない話か
それはさておき、温泉とあれば黙っちゃいられないというか
適当な湯着を借りてゆっくりと温泉に入るとしよう
雪に花、川のせせらぎ……なんというか、ちょっとした秘境って感じだ
これで酒が飲めないってのは少々残念な気がしなくもないが、その代わりに食事を頂くとしよう
流石に温泉に入ったまま食事をするのは始めてだが、これも中々
此処に来る時、暗に宣伝してくれと言われたような気もするが……これなら宣伝せずとも自然に人が集まりそうだ
ゆっくり休み、英気を養い……また明日から頑張るとしよう
●
山の天気は移ろい易い。彼の地もまた例外ではなく、ほんの少し前まで月明かりを届けていた中天は、気が付けば刷毛で刷いた様な曇天に覆われていた。
灰色掛かった雲から、白花に紛れ、ちらちらと舞うのは六角形の結晶花…同じ色を纏い、けれど触れるもの全てを凍えさせる雪だ。
異なる白の饗宴、厳冬期のこの地ならではの光景に夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)はほうと息を吐いた。
白花のお陰か、鏡介自身は薄い湯着でも寒さを感じる事はなかったが、徐々に雪化粧を纏っていく森では人知れずに地に還る命もあるのだろう。
(冬は今も厳しいものだが、昔であればそれこそ生死に直結する問題だったろうしな)
青年の脳裏を過ぎるのは、先ほど耳にしたお伽噺。
それが本当にあった事かどうかは定かではない。
けれど、語り継がれた理由の一つは紛れもなく、時に命を奪う冬の厳しさにあるのだろう。お伽噺が生まれるのも道理と思える光景に、青年は背筋を震わせて。
「ゆっくり温泉に入るとしようか」
体を温めるためにも、温泉とあれば黙っちゃいられないと足を進める。宿から多少距離はあるが、立ち上る湯煙に迷うことはなさそうであった。
ごつごつした岩場に足を取られないよう気をつけながら、湯に肩まで浸かれば気持ちも体も芯なら解れるようだった。うんと上に両手を伸ばし、鏡介は芯まで温まる温泉を堪能する。
遮るもののない川湯は長身の青年が存分に手足を伸ばしても支障はない。気になる温泉の塩梅であったが、熱湯は川水と交り結果的には少し温めくらいの温度で落ち着いていた。
ひらり、ゆらりと舞い落ちる花の温もりと合わせれば、湯冷めは避けられそうだ。
「雪に花、川のせせらぎ……なんというか、ちょっとした秘境って感じだ」
何より、この景色をゆったり楽しむには温めくらいが丁度良いかも知れない。
風に揺られ、時にその様相を変える雪化粧の森が視界を捉える。浚われた白雪が、川面に降り注ぎ、花と交わり儚く消えていく様は、幻想的と言えた。
時折響く寂しげな鳥の声を除き、静かな川辺ではせせらぎの音すらも良く響く。川面に揺られる花を掬えばじわり、青年の手を温めていくようだ。
「酒が飲めなくて残念…と思ったが」
宿で料理を求めた際に駄目元で聞いてみると、成人の客には川の清水を使った清酒を提供しているとの事で、持たされた瓶を開ける。
一嗅ぎすれば、芳醇な香りが青年の鼻腔を擽る。そのまま杯に手酌し。
「花で温めるんだったか」
先程の花びらを清酒に浮かべれば、じわり暖まって。冷める事のない熱燗が完成する。
この時期、この地方ならではの特別な酒は青年の喉を潤す。
「流石に温泉に入ったまま食事をするのは始めてだが、これも中々」
温まる臓腑には肴も必要だ。同じく持たされた重と酒は、花を象った盆に乗せれば支える必要もなく、温泉での飲食を可能にする。
重の中身は川魚の炭火串焼き、山菜の天婦羅や獣肉の柚子焼き等々多種多様で、目をも楽しませるものだった。
肴を摘み、杯を傾け、雪花を愛でる。体も、心も満たされていくような時間が其処にはあった。
(此処に来る時、暗に宣伝してくれと言われたような気もするが……)
これなら宣伝せずとも自然に人が集まるだろう。
ゆっくり休み、英気を養い……明日に、続く戦いの日々に備えるとしよう。青年は瞳を細め、重ねて杯を傾けるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
シホ・エーデルワイス
《青炎》
爛に誘われ湯治に来ました
そういえば爛はサクラミラージュの温泉郷に勤めていましたっけ
それではプロの腕前を体験させてもらいましょう
翼は仕舞って流してもらいます
うん♪丁度良い力加減で気持ち良いです♪
私が憧れと言われ恐れ多い気がするも有り難く受け止めます
ありがとう
爛もグリモア猟兵として予知に戦闘に多方面の活躍お疲れ様です
ちょ、く、くすぐったいですよ
頬を紅潮させつつも満更でもなさそうに微笑みます
私も爛の背中を流してみても良いかしら?
くす
爛って意外と
うぶな一面もあるのね
とても張りのある綺麗なお肌ですよ
奉仕の精神で優しく流している際
マザーコンピュータと戦った依頼≪エターナル・フォース≫で負った傷が
残っていないか気になる
本当に…綺麗に治って良かったです
二人で湯に浸かり花弁舞う幻想的な光景を眺めながら
爛のお酌を受けます
良い湯加減に加えて絶景ですね
ふふ
背中も流してもらえて至れり尽くせりですね
ありがとう
私からも
私を受け入れてくれてありがとう
これからもよろしくね
狐裘・爛
《青炎》
はいはい、お背中流しまーす。こう見えてしっかり湯女……熟練者だからね。癒してあげるよー♪
お誘いしたのはね、憧れのシホの疲れを癒やしてあげたかったの。今年はいっぱい頑張ったでしょ?八面六臂よね
それならもっと気持ち良く綺麗にしてあげる。それそれーっ
え? 私を……は、恥ずかしいな。良いけど、背中なんて見せたことないし……どう?
怪我、残ってないよ。ぴかぴかの、つやつやよ。むしろ一皮剥けたってやつ?
では一献どうぞ。こんなに綺麗な女の子に酌してもらえるの、特別なのよ?ふふん
それとね、もう一つ誘った理由。ありがとう。この綺麗な光景みたいに、私たちの友情もずっと眩く続いてほしいな
もう一度、ありがとう!
●
天には遮るもののない月と、ふわりと舞う白花。きんと冷えた冷気を和らげるように、花は厳冬の地へと降り注ぐ。
川辺でなくとも花びらは風に揺られ、少女達…狐裘・爛(榾火・f33271)とシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)の元へも届いていた。
「すごい勢いで止められちゃったね」
シホの羽根に留まった白花を払ってやりながら、爛は大切な友達へと悪戯っぽく微笑む。
2人はグリモア猟兵の案内した川湯温泉…ではなく、湯着を提供してくれた宿備え付けの露天風呂へと足を運んでいた。
「ええ、女将さんには悪いことをしてしまいましたね」
燭に礼を言いつつ、シホは微苦笑を浮かべた。思い出されるのは先ほどのやり取りだ。
川湯温泉は謂わば天然の露天風呂であり、混浴が可能である。見目麗しい乙女達の掛け流しを異性の目に触れさせるのは…と案じた女将は、2人が気兼ねなく過ごせる場所として、宿の湯を提供したのだった。
「はいはい、お背中流しまーす。こう見えてしっかり湯女……熟練者だからね」
気を取り直し、燭はシホを洗い場へと誘う。楽しげな口調とは裏腹に、てきぱきと準備を行う姿は確かに手慣れたもの。
「そういえば爛はサクラミラージュの温泉郷に勤めていましたっけ」
「うん、プロの腕でシホを癒してあげるよ
ー♪」
「ふふ、楽しみです」
翼を仕舞った少女の背を燭が丁寧に流す。そのまま用意しておいた手巾を手に取り、シホの白々とした肌に滑らせる。
「うん♪丁度良い力加減で気持ち良いです♪」
強すぎず、弱すぎず、何より労りの気持ちに満ちた仕草にシホはほうと息を吐いた。
寒さに知らず強ばっていた体がゆっくりと弛緩していく。
「良かった!…あのね、お誘いしたのはね、憧れのシホの疲れを癒やしてあげたかったの」
(あの時も、助けてくれた)
八面六臂の大活躍だったよね。そう友を讃える燭の脳裏に何時かの光景が浮かぶ。
ある世界を名前通りの地獄へと貶めた首魁の一体、マザーシステム。
都市を掌握する忌まわしき機母に囚われ、絶体絶命となった燭の元に、シホは駆け付けてくれた。今は穏やかに緩む瞳に、強い怒りを灯しながら。
「それならもっと気持ち良く綺麗にしてあげる。それそれーっ」
あの時の気持ちも、今の気持ちも、全部届いて欲しい。燭の心を込めたご奉仕に、くすぐったいと笑うシホの明るい笑い声が響いた。
「ありがとう、爛もグリモア猟兵として予知に戦闘に多方面の活躍お疲れ様です」
笑って、笑い合って。不意に訪れた静寂にシホの優しい声が響く。
真摯な燭の言葉に恐れ多さを感じながらも、やはり大切な友達に誉めて貰えるのは嬉しくて。
「ねえ、私も爛の背中を流してみても良いかしら?」
だから、気持ちを込めたお返しを。くるりと振り向いたシホはさあ、今度はそちらが背中を向けてと燭をぐいぐいと押す。
「え? 私を……は、恥ずかしいな。良いけど、背中なんて見せたことないし……」
慌てたのは燭だ。自分が仕事としてこなす事には慣れているものの、掛け流していく貰うのは不慣れだ。
観念し、すとんと腰を降ろした少女は耳まで真っ赤。
「爛って意外とうぶな一面もあるのね」
恥じらう友達にシホはくすくす微笑う。掛け流しは先ほどして貰ったやり方を真似て、丁寧に。くすぐったそうに身を捩らせる燭をからかう素振りに乗せて、その背に指を滑らせる。
「とても張りのある綺麗なお肌ですよ」
傷一つない、白花にも勝るとも劣らないうつくしい白磁に知らず安堵の息が漏れた。
シホが思い起こすのもまた、先程燭の脳裏を過ったのと同じ光景。
切れた瞼、擦りきれた巫女服。それに身を包んだ少女の苦悶に満ちた顔。
助けられたのは燭自身が歴戦の猟兵であった事、仲間が集った事…皆の尽力があったからだ。
しかしそれが僅かなボタンの掛け違いで失われる事を、数多の戦場を経験した少女は知っている。
今ここにいる、それこそが奇跡なのだと、知っている。
「怪我、残ってないよ。ぴかぴかの、つやつやよ。むしろ一皮剥けたってやつ?」
シホの纏う空気が変わったことを察した燭は、あえて振り向かないまま明るく告げる。
気恥ずかしさは消えないけれど、シホが安心する方が大事だから。
それに。
「だからね、シホのお疲れ様に一献傾ける事だって出来ちゃう!」
「…ふふ、それは楽しみね」
彼女としたい事はたくさんあるのだ。だから、どうか笑って欲しいから。
今度は振り返って、とっておきの秘密を告げるのだ。
「それとね、もう一つ誘った理由。ありがとう。この綺麗な光景みたいに、私たちの友情もずっと眩く続いてほしいな」
もう一度、ありがとう!
何度だって君に言いたい、この気持ちを。君と共にいられる事が、たくさん、たくさん幸せな事を。
「私からも。私を受け入れてくれてありがとう、これからもよろしくね」
笑顔の花は、連なり咲いた。
燭の言葉を噛み締めるシホの顔には……もう、陰は見当たらなかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
氷雫森・レイン
◎
【紫雨】
「さ、行くわよ魅蓮」
展開されるグリモアの元へ連れてくる時、何の話もしなかった
有無を言わせる気など無かったから
転移先を確かめる様に見回す様に少し時間を許しはしたけれど
「こっちよ」
向かったのは花の褥
桜の鬼姫を思い出すには紅が足りない花でも
「…今あの子に会いには行けないけれど。思い出す日ぐらいあっても良いのよ」
きっと言った意味は解るだろうから
どれほどそうしていたか
恐ろしい冬なんて忘れていたいのは私も同じなのだけど
それでは連れ立った意味がない
「さ、いつまでも微睡んでいては進めないわ。温泉に入って食事も頂いて行きましょう。ほら早く」
病人の旅に湯治の時間が欲しくて連れてきたなんて本音の話は内緒よ
白寂・魅蓮
◎
【紫雨】
「おいおい、何の話もなしに突然行くなってば」
何の目的かわからないまま勝手にレインにある場所まで連れてこられる
まったく彼女が我儘なのはいつもの事だけど、今日はいつにも増して勝手だな
転移された先を見れば少しだけ辺りを確かめる
ここは…森の中?
そのままレインの案内でついた先は、花の褥…なるほどね
「この春の景色は…確かに思い出してしまうね」
ホームシックを抱えるわけにはいかないけど…それでも今日だけは、あの場所で過ごした時間を少しだけ思い出そう
しばらくしてレインがまた先へと進んでいく
もう少し感傷に浸らせてくれてもいいのに…でもまぁ、感謝はしないとね
病に温泉か。全く、湯治の時間とでも言いたいのかね
●
この体に君の手を引っ張る力はないから、代わりに凛と告げる。さながら王冠を掲げる女王の様に従わせる、その気概を込めて。
「さ、いくわよ魅蓮」
「おいおい、何の話もなしに突然行くなってば」
グリモアの光花が降り注ぐ中、有無を言わせぬ氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)が飛び込めば、困惑を隠せないながら白寂・魅蓮(蓮華・f00605)が続く。
自分を振り回すのはいつもの事ながら、今日のレインは一段と言葉少なだ。訝しげな少年の顔は、移り変わる情景に一層深まる事となる。
「ここは…森の中?」
転移の光、その目映さに瞑った目を魅蓮がゆっくり開けば、ぼやける光景はやがて焦点を結ぶ。
其処は真冬の森の中。ほう、ほうと鳴く梟の声が物寂しげに少年の耳に届く。一瞬、きんと感じた冷気に身を震わせるけれど。
「…寒く、ない?」
首筋に降ってきた何かを咄嗟に掴めば、それはグリモアとは異なる白き花。とはいえ、掌からじんわりと温まっていく感覚はそれが尋常の花でない事を暗に告げていた。
「そういった変わった花らしいわ。ここは寒いからきちんと握っていらっしゃい」
端的なレインの解説にはやはり状況を察するだけの材料は乏しいが、この花が目当てである事だけは、少女の眼差しからも分かった。
「こっちよ」
「だから説明もなしに行くなってば」
少年の理解が追い付く様を、傍でじっと見ていたレインはやはり言葉少なに踵を返す。応えに頑として返さない様子に肩を竦め、魅蓮も花を握り込んだまま歩き出す事にする。ここまできたら、理由を知らない方が座りが悪いというもの。
さくり、さくり、落ち葉を踏みしめる音が響く事暫し。草木を掻き分けた2人の前に花の褥が現れる。
夥しいまでの花、花、花。まるで雪のようですらあるけれど…地には獣の足跡が微かに残る。
空からはひらり、ひらりと同じ色彩の白花が降り注ぎ、その白に凹凸を付けていく。
純白のままではいられず、けれども確かに降り積もって、この地に根付くものなのだと告げるように。
「…今あの子に会いには行けないけれど。思い出す日ぐらいあっても良いのよ」
「…なるほどね」
指し紅が少ない色みだけど。そう少女は続けながらも、その瞳は確かな想いに揺れる。
獣に踏み荒らされても尚、降り注ぐ花にて美しく或る花域に少年は目を細めた。
レインが想う娘は魅蓮にも良く分かった。
儚く、けれどそれでいて凛と艶やかに咲く桜の鬼姫…彼女の事だと、痛いほどに。
ホームシックを抱えるわけにはいかないけれど、今は少しだけ…この光景に浸っていたいと思えた。
鬼木蓮にも似た花は、レインが被るには少しばかり大きい。少女の頭に振ってきたそれを少年の細く、整った指が静かに払った。
レインも、魅蓮も言葉を発しない。そうすれば、目の前の情景が霞んでしまうのだと分かっていたから。
(恐ろしい冬なんて忘れていたいのは私も同じなのだけど)
どれほどそうしていただろう。
温みに満ちた花は冬の寒さを遠ざけて、いつまでも浸っていられそうだった。
それでは、連れ立った意味がない。
他ならぬ魅蓮を選んだ意味がなくなってしまうから。
本当は未だ名残惜しいけれど、少女は努めて郷愁にも似た気持ちに蓋をし、背を向ける。
「さ、いつまでも微睡んでいては進めないわ。温泉に入って食事も頂いて行きましょう。ほら早く」
そうして決して振り返らず、先に進み始めたレインの隣に、仕方ないなと言いたげな微苦笑を刻んだ魅蓮が並ぶ。
(もう少し感傷に浸らせてくれてもいいのに…でもまぁ、感謝はしないとね)
病人の旅に湯治の時間が欲しくて連れてきた…そんなレインの本音を少年は見通していたから。
隠した本音を掬い上げられる。それだけの時間を2人は過ごしてきた。そこには微睡みの花にも霞む事のない繋がりがあった。
「レインが着れる湯着はあるのか」
「ないなら作って貰うわ、大した手間じゃないでしょうし」
「我儘…」
「魅蓮?今の言葉、もう一度、はっきりと言ってくれる?」
「風の音の聞き間違いじゃないか?」
つんとして。すこうしだけ意地悪に微笑って。今度は肩を並べ、話しながら歩いていこう。
その先にきっと…桜花に満ちた季節がやってくるから。
二人の周りを舞う白花は、まるで祝ぐ花嵐の様ですらあったのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ティア・メル
【波音】◎
んにー
ぼくだったら春は開花の季節って答えるよ
なんでも芽吹く時だからね
切ないお伽噺もハッピーエンドになったらいいなっ
しんしんと降り注ぐ白花
掌に寄り添うそれに同じく目を細め
クロウくんはぼくが倖せにしてあげるよん
なんてね
んふふ、お誕生日お祝いしてくれてありがとう
エスコートよろしくお願いするんだよ
この一時だけは、クロウくんはぼくのもの
湯着着用し温泉へ
女であることを意識させたいから
あえて大人の姿で
水鉄砲飛ばしあいっこ!
負けないよー!
んにに!当たっちゃった
後ろから戯れるように抱き付いて
ふふふー当ててるんだよ
ちょっと目を丸くして
唇で触れてくれても良かったのに
花弁を取って
艶美に微笑もう
杜鬼・クロウ
【波音】◎
切ねェお伽噺が伝承されてるなァ
今のティアなら゛春゛って何と答える?
降り注ぐ白花は春の報せか
誰かの涙なのか
掌に落つる温もりに目細め
倖せにも色んな形があるよな
っと今日はお前の誕生日でもあるし
しんみりムードはここまでな
主役には目一杯楽しんでもらわねェと(エスコート
この一時はお前の為に
湯着着用し温泉へ
彼女が大人姿なので内心緊張
視線逸らす
紛らわせる様に湯船にある花弁ごと掬い水鉄砲飛ばしあいっこ
はは、命中ー
ウワ、ティアやるなァ
…?!待て待て、あた、当たってる…ッ!(焦って紅潮
ばか…笑ってる場合か!
俺も、一応男だぞ(振り返り手首掴み顔近づけて、花弁を彼女の唇に
さっきのお返し(茶化す
まだこの儘がいい
●
「切ねェお伽噺が伝承されてるなァ」
花は今宵も舞う。長年続いてきたように、見るものがいなくてもずっと、ずっと。
掌に色を添えた花びらに、杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は目を細める。降り注ぐ白花は春の報せか、誰かの涙か。いずれであろうか。
「今のティアなら゛春゛って何と答える?」
手の平に伝わる熱を、凍えない様にと並び立つティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)の手を取り、移し替えながら問えば、少女はその光彩をぱちりと瞬かせる。
「んにー、ぼくだったら春は開花の季節って答えるよ。なんでも芽吹く時だからね」
クロウから貰った花びらと、掌に舞い降りた白花。掌に寄り添うそれに少女は同じく目を細める。
厳しい冬を耐え、あらゆる命が輝く時。確かにお伽噺の結末は切ないものだったけれど。
「切ないお伽噺もハッピーエンドになったらいいなっ」
だからこそ、救いがあれば良いと心から願うのだ。
ティアの笑顔にクロウは目元を和ませた。
「…だなァ、倖せにも色んな形があるよな」
それに何より、と空いたティアの手を恭しく掬い上げて。
「今日はお前の誕生日でもあるし、しんみりムードはここまでな」
少女が生まれた大事な日、そのお祝いを疎かにするわけにはいかないのだ。この一時はお前の為に。そう決めてきたのだから。
「んふふ、お誕生日お祝いしてくれてありがとう」
悪戯っぽく微笑む青年は、今ひとときは自分だけの物。
さあ、もっと独り占めにする為に魔法を掛けよう。その瞳をもっと惹き付ける為に。
嬉しげに微笑む少女の輪郭が、手足が変わる様に、クロウは息を飲む。愛らしい頬はしなやかな輪郭を描き、華奢な手足は伸びやかに移り変わって。
「エスコートよろしくお願いするんだよ」
麗しい蕾花だった少女は、艶やかに咲き綻ぶ花となってクロウにその手を差し出すのだ。
それぞれに湯着を纒って温泉の前で待ち合わせ。嬉しそうに息を弾ませながら駆け寄ってくるティアに、転ぶなよと微笑いながら手を振るクロウは先程見せた僅かな動揺など、今は名残もないように振る舞うけれど。
(…目線も違ぇんだな)
僅かにぶれる視線が、青年の内心を密やかに伝えていた。
いつもと異なる目線、見た目、服装。けれど中身は良く知る少女の筈なのに…何かが違う。
酸いも甘いも知る男は、けれど答えを求めない。芽吹く変化からも上手に目を逸らして。
「んふふ、どうかな?似合ってる?」
「ああ、良いじゃねぇか」
そう、片目を瞑ってみせるのだ。
「はは、命中ー」
「んに、負けないよー!」
ひらり、ひらり。風に舞う花が降り注ぐ風雅な川湯。身を浸した2人もまた優雅な時間を…とはならなかった。
仕掛けたのはクロウから。落ち着かない気持ちを紛らわせる様に、湯船にある花弁ごと掬い水鉄砲を飛ばし飛ばし。
それに負けじと応じるティアとの間に、月虹もかくやの水の橋が掛かる。
弾ける笑顔と心までふわりと軽くなるような温みだけれど。
(そう、負けないんだから)
ティアはそっと胸元に下げた小さな巾着袋を握る。本来は鍵を入れる可愛らしい袋には先ほどの双つ花。じわり、滲む熱が励ましてくれるみたいだ。
一番自分に似合う可愛い湯着を選んだ。
他にも今日のために、たくさんの準備をしてきた。
「ウワ、ティアやるなァ」
そう軽やかに笑うきみを。
エスコートの約束を忘れず、自分を敬い、手を貸してくれて…けれどどこかで線を引くクロウを。
(意識させたいから)
じわり、距離を詰める。
笑って、笑い疲れて。もうすっかりいつもの2人だと気を抜き、月を見上げる広い背中は隙だらけ。だから、密やかに微笑って。
「んにに!当たっちゃった」
「…?!待て待て!あた、当たってる…ッ!」
ふわりと飛び込んであげる。じわじわ赤く染まる男の耳朶に、娘は一層鮮やかに唇を吊り上げた。
「ばか…笑ってる場合か!」
咄嗟に出たのはそんな言葉。けれど、言葉ほどにはクロウの思考は追い付かない。確かに先ほどまで、ティアといつものように、気の置けないやり取りをしていたというのに!
「んふふ」
けれど自分の首を囲う腕、背中に当たる感覚…その柔い全てが現実と認識した瞬間、頬に熱が上がるのが分かった。
ばっと首だけで振り返れば、至近距離でしてやったりと笑う娘の顔。
男が朴訥な青年であったのなら。或いは、ティアに何の気持ちもなかったのなら。
心臓が、こうして波打つ事もなかっただろう。けれど、そのどちらでもないクロウは。
「俺も、一応男だぞ」
振り返って、娘の華奢な手首を掴んで。もう片方の手で花弁を彼女の唇に乗せる。ぐいと近づけた端正な美貌には精一杯の怖い顔。
悪い男の顔と、相反する優しい仕草にほんのり目を丸くして。けれど、ティアは怯まない。
「唇で触れてくれても良かったのに」
そう、艶美に微笑ってみせるのだ。
(見誤まった、なァ…)
思わずクロウは天を仰ぐ。
娘の眼差しはそれほどに強い色を持っていたのだ。
それはきっと、何度も、何度も覚悟をしてきたから。
例え築き上げた関係を崩そうとも、今を変える覚悟。
並大抵の事ではなかっただろう。怖いと思う時もあっただろう。
その想いを決して、軽んじてはいけない。
迷うように、揺らめいて。
けれど、クロウもまた娘の背に手を回す。
優しく撫ぜる手つきは情に満ちて。けれど、溢れる言葉は娘の望みと交わらざる懇願。
「まだ、この儘が良い」
…そうして告げた言葉に娘が如何に答えたか。
それは、月花と2人のみが知る。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
比野・佑月
【月花】
「…暖かい」
香鈴ちゃんの肩に自身の上着を掛けてから花弁の暖かさに気が付いた
「そっか、だからか」
お伽噺に出てきた娘と、隣の温もりをどうしたって重ねてしまう。
俺に暖かさをくれた人
俺より先に居なくなってしまう人
“心優しい妖”とは違うから俺は俺自身の為にも彼女の手を離すことなどしないけど
それでもどうしたって別れはやってくる
『キミと共に眠れるのなら、それはどんなにか幸せなことだろう』
お伽噺の続きのように。キミがいた証を探して、抱きしめて、いつまでも。
けれど…
「俺がお伽噺の妖みたいになったら、キミは悲しむのかな」
降り注ぐ声と温かい掌
離したくない、喪うことに耐えられないと叫んでしまえたらよかったのに
花色衣・香鈴
【月花】
「!…ありがとう。…綺麗な場所ですね」
かけられた上着に残った温もりが優しくて頬が緩む
彼が震えるようなら返す気だったけれどどうやらこの花の褥では本当に杞憂らしい
不意に落ちた言葉は存外すぐ理解できてしまって
返す言葉が出てこない事に困ってしまう
「……佑月くん」
僅かな時間稼ぎに座り込み、そっと膝枕を指し示した
佑月くんにとってわたしとの出会いは只の偶然
それでももう貴方は1人でも大丈夫になったと思うから
「…勿体ないと、思うんです」
わたしは所詮遺して逝く側
それ以上身勝手なことは言えずにただ彼の頭を撫でるだけ
…本当は
傍に居たいと願ってくれた貴方の前で枯れるくらいならお伽噺の様に在りたかったかもしれない
●
「香鈴ちゃん、寒くない?」
降りしきる花よりも先に、比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)の心を浚ったのは愛おしい少女が寒い思いをしてはいないか、その一心。
慌てて自分の上着を脱ぎ、花色衣・香鈴(Calling・f28512)の華奢な肩にふわりと掛ける。上着を脱ぐ迅速さとは打って変わって、少女の負う花が潰れぬように、そうとを心掛ける仕草は労りに満ちていた。
「!…ありがとう。…綺麗な場所ですね」
佑月の勢いに少しだけ驚きつつも、彼の温もりが残った上着が、真綿で包むような心遣いが嬉しくて、暖かくて。香鈴の頬は自然と緩んでいく。
転移した場所は白の花降り積もる森の中であった。2人の他には生き物の声も気配もしない、森閑が辺りを包んでいる。
静寂の中で翳した少女の手に、風切り羽の様にくるくると躍る白の花が舞い降りた。
「うん…それに暖かいね」
頷く青年の背にも花びらは降り注ぎ、温もりを与える。少女の言葉は心からと実感出来た青年は、思わず良かった、と小さな声が漏らす。
「ええ。…少しだけ、お借りしても良いですか」
「もちろんだよ」
佑月が震える様なら、直ぐに返すつもりだったけれど。彼が凍えずに済むのならこの温もりは手放し難い。
きゅっと上着を握り込む香鈴の愛らしい仕草に佑月の頬も思わず綻び…けれど、その顔は重なる面影を前に瞬く間に曇っていく。
「そっか、だからか」
お伽話に出てきた娘と、隣の温もりをどうしたって重ねてしまう。
俺に暖かさをくれた人。
俺より先に…いなくなってしまう人。
何時か掻き抱いた、その肩の薄さを覚えている。いなくなってしまうのではないかと震えた心を覚えている。
”心優しい妖”とは違うから、俺は俺自身の為にも彼女の手を離すことなどしないけど…どうしたって別れはくる。
『キミと共に眠れるのなら、それはどんなにか幸せなことだろう』
青年の口から零れた言葉に、はっと香鈴は顔を上げる。
「……佑月くん」
佑月の表情はうつむき加減で杳として見えない。けれど、不意に落ちた言葉の意味は存外すぐ理解できてしまって。
返す言葉が出てこない事に困ってしまう。
掛けられた上着をぎゅうと握り過ぎて、皺が寄ってしまう。
彼の温もりはきっと自分の傍に在り続けて、けれど自分の温もりは先に失せていく。それは残酷な真実であるから、安易な慰めは口に出せない。
だから。
「……せっかくだから、座りませんか」
「……うん」
時間稼ぎに、そして愛おしいひとの心が少しでも温まればと。
今は、膝を貸す事しか出来ないのだ。どうか凍えないでと願いながら…手を添える事しか、出来ないのだ。
さらさらと降り注ぐ花の中、2人の間には沈黙の帳が降りる。
花に埋もれる佑月の髪を、香鈴は優しく梳く。その手触りは普段の心であれば安らぐものであるけれど、今の少女にそれを楽しむ余裕はなかった。
言葉を探す、記憶を辿る。ただ、青年の為に一心で。
何処か泣き出しそうな顔で、それでも懸命に佑月の寂寥を癒そうとする少女の在り様が青年の胸を突く。
いつか、いつか。なんて考えたくもないけれど。
目の前の花が儚く散ったとして、自分はどうするだろうか。…この心は悼みを湛え、耐える事は出来るだろうか。
それとも。
(お伽話の続きのように。キミがいた証を探して、抱きしめて、いつまでも)
忘れがたくて。寂しくて。哀しくて…永遠を独り、彷徨うのだろうか。
「俺がお伽噺の妖みたいになったら、キミは悲しむのかな」
再び落とす言葉は、震えてはいなかっただろうか。
青年の言葉に、その切ない微笑みに、香鈴の胸がつきつきと痛んだ。
この気持ちは簡単には言い表せない。
正の感情も、負の感情も。溢れて、溢れて。口から飛び出してしまいそうだ。
(佑月くんにとってわたしとの出会いは只の偶然)
それでももう貴方は、1人でも大丈夫になったと思うから。
だから…溢れる気持ちに蓋をして、自分も大丈夫だと信じて。声よ、震えないでと誰かに祈りながら。
「…勿体ないと、思うんです」
そう、応える。
(わたしは所詮遺して逝く側)
それ以上、身勝手な事は言えずにただ彼の頭を撫でるだけ。
(ああ)
…胸のどこかで佑月には分かっていた、きっと彼女ならそう答えるだろうと。
安易な不誠実を決して口にしなかった彼女が、自分を縛る言葉を口にはすまいと。
降り注ぐ声と温かい掌。
離したくない、喪うことに耐えられないのだと。身も世もなく、叫んでしまえたら良かったのに。
このまま2人で、花の様に埋もれてしまえたら良かったのに。
(…本当は)
突然手を離された、迷い子の様な彼の顔を見ていられなくて。
香鈴はその手を滑らせ、その瞳を覆う。
見上げた少女の視界には降り止む事のない白の花々。
今は咲き誇るもの。
やがて枯れ逝くもの。
…本当は、傍に居たいと願ってくれたあなたの前で枯れるくらいなら。
ただ、お伽噺の様に在りたかったのかもしれない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アオイ・フジミヤ
シン(f04752)と一緒
やわらかな湯着は肩が出るシンプルなワンピース
ちょっと心許ないけど…シンはあんまり気にしないかなぁ
一緒にお湯に浸かればふっと力が抜ける
髪は彼が結わいてくれる
綺麗な指先が髪に触れるのに緊張する
すごく上手で…見え隠れする淡いあなたの過去に焼きもちなんて
照れ隠しに寄り添ってお酒を煽ると口内に甘い味
彼の杯に白の花弁を浮かべて
そう、これだけでいいの
おいしいね、楽しいね
そうやって伝えられる距離に居たいんだ
あなたを笑顔にしたい、悲しいときにも傍に居たい
だからずっと、ずっと…って欲張りすぎかな
弾む心のまま杯を重ねれば気持ちよくて
…なんかのぼせてきたかも…?
あなたの腕の中は春より暖かい
シン・バントライン
アオイ(f04633)と
当たり前だけど露出度の高い彼女の湯着に内心気が気ではなく、落ち着きなく周りを窺ってしまう。
彼女の長い髪を丁寧に結い上げる。
宮中に勤めていた時は幼馴染の姫の髪に触れていたなと懐かしく。
ただあまりに注文が多くて今思い出しても面倒臭かった。
「美味いなぁ」
旅先で口にする料理や酒は何故いつもより旨いのか。杯に浮かべられる花を見て彼女が傍に居るからだと思い至る。
隣で彼女が笑うだけで一千倍の相乗効果で人生は美味しくなる。
こうやっていつまでも傍に居て欲しいと願いながら頬に触れる。
のぼせた彼女を抱え上げて部屋に。
深い海色の髪に顔を埋めれば咲いた花が鼻をくすぐる。
自分の春はここにある。
●
月光の欠片が湯気立つ水面に合わせ、ゆらゆらと揺れる。
充分に明るい夜道を、湯着を纏ったアオイ・フジミヤ(青碧海の欠片・f04633)とシン・バントライン(逆光の愛・f04752)の2人が寄り添い歩く。
(ちょっと心許ないけど…シンはあんまり気にしないかなぁ)
アオイが纏う湯着はやわらかな素材の肩が出るシンプルなワンピース。
湯浴みを目的とした衣装は、いつもの装いと違って頼りなく思え、少しだけそわそわしてしまう。
似合うと褒めてくれたシンの視線は今はあちらこちら。
川原にごろごろ転がる石にアオイが足を掬われない様、心を砕いてくれているのだ。
飛ぶための翼はあるけれど、一緒に歩いてくれるシンのそんな心遣いが嬉しくて。落ち着かなかったアオイの気持ちも、足取りもまたふわりと緩んでいく。
一方、アオイの足元に大きな石があった為、優しく手を引いて注意を促した青年の心中は。
(お、落ち着かん…)
露出度の高い愛しい恋人の湯着に、実は水面の様にさざ波立っていたけれど…それは本人と花のみが知る秘密だ。
一緒にお湯に浸かればアオイの肩からふっと力が抜けた。
清水と交じり合った温泉は長湯にも適した温度となり、2人を迎える。
思い切り手足を伸ばすアオイの様子を、隣で微笑ましく見守っていたシンであったが、ふと娘の髪が川の流れにたゆたう様子に気付く。
アオイ、と声を掛けつつちょいちょいと自分の首筋を指して。
「それ、俺が結ってもええか?」
「良いの?じゃあお願いしちゃおうかな」
とびきり素敵にしてね、と冗談交じりにアオイが微笑めば、任せときと微笑うシンの温かな声が重なった。
空の色にも、海の色にも見えるアオイの美しく長い髪。
それを大事な宝物の様に丁寧に掬い上げ、シンは魔法の様に器用にその指を動かしては纏めていく。
彼女に似合うアレンジを脳裏に描き、結い上げる事はとても楽しい。
その技術を磨いていた時…宮中に務めていた時は、幼馴染の姫の髪に触れていたなと懐かしく思い起こされる。
ただ、あまりに注文が多くて今思い出しても面倒臭かったが。
サイドをふわりと掬い上げる、恋人の整った綺麗な指先の感触にアオイは思わず首を竦めた。
真綿で包むように、決して傷付けない様に。
口にはせずとも雄弁に物語るシンの手付きは優しくて、すごく上手で。
(見え隠れするあなたの過去に焼きもちなんて)
したくないのに、でも気になってしまう。
過去の積み重ねがあったからこそ、今こうして隣にいられるのだけれど。
けれど、探って、手繰って…なんて駆け引きはアオイの好むところではないから。
「…えい!」
「!?」
そのまま彼の肩に頭を預けて、照れ隠しとほんの少しの意地悪。
慌てるシンの声と意識の全部を自分に向ける事に成功したのだった。
髪結いがひと段落した2人は石に腰掛け、宿の女将に持たされた包みを解く。そうしてその中身に小さな歓声を上げる。
温泉でも食べ易い様にだろう、降り注ぐ鬼木蓮に似た白花を模したお盆の上には旬の食材を使った小鉢が並ぶ。
その隣には、やはり花を模した清酒が立ち並び、2人の目を楽しませる。
「これって冷酒なんか?」
「ううん、温めた方が美味しいんだって」
瞳を輝かせる青年にふわりと笑って。
こんな風に、そう言うとアオイはシンの持つ杯に白の花弁を浮かべる。
ひらり、酒精の水鏡に舞う眞白は硝子杯をじんわりと温め、シンから感嘆の声が上がった。
「美味いなぁ」
「ね、こっちも味が染みてるよ」
盃を傾け、或いは互いの杯に注いで、料理に舌鼓を打って。
おいしいね、楽しいね。そうやって伝えられる距離に居たいんだ。
これ、どうやって作るんかな。アオイが特に好んだ料理を真剣に再現しようとしてくれる、料理上手な彼の隣に。
(あなたを笑顔にしたい、悲しい時も傍に居たい)
苦も楽も、あなたとなら余すことなく分かち合いたい。
だからずっと、ずっと…そう望む事は欲張りだろうか。
(ああ、そうか)
旅先で口にする料理や酒はなぜいつもより旨いのか。
目の前で揺れる杯、その中に浮かぶ花を見てシンはその理由に思い至る。
アオイが傍に居てくれるから。
隣にいる彼女が笑うだけで、一千倍の相乗効果で人生は美味しくなる。
そう、よく2人でいれば喜びは2倍だなんて言うけれど。
アオイと過ごす大切な時間はもっと、もっと楽しくて、何よりも得難いものなのだ。
こうやっていつまでも傍にいて欲しいと願いながら頬に触れれば、大切な娘は私も同じと、そう花が綻ぶように笑い返してくれた。
楽しい時間はあっという間。ふわふわ弾む気持ちのままに杯を傾ければ、それはとても甘くて、楽しくて。
「…なんかのぼせてきたかも…?」
「ん、そろそろお開きやな」
いつもよりたどたどしいアオイの口振りに微笑んで、シンはそうとその手から杯を受け取り抱え上げる。
恋人が抱え上げてくれた事は、浮遊感と湯の温もりが遠ざかった事で微睡むアオイにも分かった。
俺の首に手を回して。優しく促す声が嬉しくて、ぱっと笑いながらアオイは腕を伸ばす。
ゆらゆら揺れても、こわくない。だってこの手は世界で一番安心できる場所だから。
(貴方の腕の中は、春よりも暖かい)
何よりも、温もりを教えてくれる場所だから。
この思いは枯れる事なく、芽吹き続ける。
自分を求めて伸ばされた腕、全幅の信頼。
アオイから向けられる全てが嬉しくて、シンの顔にも笑顔が咲く。
そうと娘の髪に顔を埋めれば、咲く花の香りが青年の鼻孔を擽った。
落とさない様に、なくさない様に。青年は柔らかく、けれど力強く娘を支える。
凍てつく真冬も…否、四季の全てすらも関係がない。
(自分の春はここにある)
そう知っているのだから。この思いはいついつまでも、花開き続ける。
大切なものを見失わず、しっかりと抱きしめて。
そうして歩く2人を祝福する様に、一際大きな白花がふわりと舞った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
イリーネ・コルネイユ
◎
怜くん(f27330)と
お酒を飲んでふわふわとした足取りで花の元へ
わぁ、本当にあたたかい
愛おしそうに花を見つめる
懐中時計に驚き瞬くも
すぐに笑みを浮かべる
綺麗…ありがとう怜くん
大切にします
夫と、人間としての自身を殺した相手への復讐を遂げたら
憎しみを魂の衝動として生きるデッドマンの私にその先はない
それを告げても、その時まで同じ時間を過ごすと約束してくれた
…私は、
言いかけて、瞳を閉じた怜くんに気付き眠ったのだろうかと見つめる
貴方の想いの形がどんなものだとしても
いつか先に消える私が
未だ夫のことを想う私が
貴方の心を縛ってはいけない
微睡む意識の中ぽつりと呟く
いつかその日が来たら…
どうか私のこと、忘れて
水澤・怜
◎
イリーネ(f30952)と
宿で日本酒を頂いてから花が降り積もる場所へ
俺は酒には強い故彼女に無理をさせぬよう気遣う
降り積もる花の上に座り空を見上げれば花吹雪と星空
ハロウィンの夜を思い出し内心苦笑しつつ
君にこれを…と懐中時計を手渡す
女性にクリスマスプレゼントなど今まで考えたこともなかったんだがな…(恥ずかしそうにぼそり
君が一歩ずつ前に進めるよう願いをこめて
君がこの先どのような道を選ぼうとも、俺は君のことを想う
たとえ君が本懐を成し遂げ消えてしまったとしても…お伽話の娘のように、きっと…
ふわり舞うぬくもりにだんだん瞼が重くなる
滅多に酔わぬ酒のせいか、それとも…
願わくば目覚めても君にはここに居て欲しい
●
舞い散る花は儚くて。けれど誰に見られる事を望むでもなく降り積もり、やがては森の礎へと変わっていく。
お伽噺をそのまま切り出した様な景色を、ふわりとした足取りでイリーネ・コルネイユ(彷徨う黒紗・f30952)は進む。
先に傾けた杯がふわりと回る感覚。常ならば冬の冷気が娘の白い、白い肌を外気からも冷やしてゆくだろう。
「わぁ、本当に温かい」
しかして此処は幻想の森。はらはらと舞う白の花がイリーネにも降り積もり、その身にじわりと温もりを与えていく。
もう少し、その暖かさを感じてみたくて。花びらへと手を伸ばせば、脇から一回り大きな手がするりと伸びる。
手の持ち主…水澤・怜(春宵花影・f27330)はそうと、娘の掌に花を移し。
「余計酔いが回ってしまうやも知れないが…」
「ううん、ありがとう」
イリーネを案じる。声音と、何よりレンズ越しの瞳が揺れる様に、花のようにふわりと娘は微笑い返した。
宿で先に酒を頂いた2人は、夜の森を連れ立って歩く。人が馴らした里山は、道こそ整って歩きやすいものの、時折起伏や張り出した木の根が顔を覗かせることもある。
ともすれば足を取られかねないが、絶えず気を配る怜が自分よりいくらか酩酊した娘を支え、事なきを得ていた。
重なる手と手で、少し歩いた先…唐突に拓けた場所に花の褥はあった。
ひらり、ふわり。舞う花を堪能する為、そうと腰を降ろせば冬の寒さは忽ち何処かへと行ってしまう。
綺麗、と花影で穏やかに笑うイリーネに、怜は頷きながら、幻朧の共に踊ったハロウィンの夜を思い出して内心苦笑する。
ままならない自分がもどかしくて、けれど大切な思い出。
きんと冷えた夜天は、あの日のイリーネのドレスみたいな銀のラメめいた星屑に彩られて。
お手本のような踊りではなかったかも知れないけれど、繋いだ手に、娘の頬に佩かれた薔薇色に鼓動が騒いだことを覚えている。
見上げた空は、あの世界と違えど秋から冬へと移り変わるほどに時を刻んでいた。
気づけばずっと見続けていたからか、不思議そうに首を傾げるイリーネを前に咳払いを一つ。君にこれを、と緊張を孕んだ声と共に差し出したのは懐中時計だった。
「女性にクリスマスプレゼントなど今まで考えたこともなかったんだがな…」
恥ずかしそうにぼそりと呟く怜に、驚き瞬いていたイリーネの瞳は、ハロウィンの夜と同じくらい…ひょっとしたらそれ以上に。頬を赤らめる青年に解ける様に笑みの形を描く。
「綺麗…ありがとう怜くん」
大切にします。そう告げる言葉を証明する様に、黒紗の娘は両の手で受け取った時計をそうと胸元で抱き締める。
時を刻む振動が、娘の躰を優しく揺らす様だ。
それはひょっとしたら、怜の祈りそのものであったかも知れない。君が一歩ずつ前に進める様に込めた願いの形。
(君がこの先どのような道を選ぼうとも、俺は君のことを想う)
娘は共に在る事を許してくれた。
けれど、共に碧落を望む事は願ってはくれない。
努力で越えられる事であれば、青年は労苦を惜しむ事などなかっただろう。
しかして娘が引く境界線は生と死、深い、余りにも深い隔たり。
猟兵として、軍医として。掬い上げる事もあれば、指の隙間から砂の様に流れてしまう事もあるもの。
その重みを青年は知っている――1人の復讐者としても、良く知っている。
それでも。
(例え君が本懐を成し遂げ消えてしまったとしても…お伽噺の娘のように、きっと…)
いついつまでも、君が凍える事のないように。寄り添い続けたいのだ。
秘するが花と人は言うけれど。この花は、例え黒紗の娘でもあっても摘めぬもの。
この胸の奥深く、柔らかい場所に咲くもの。
(願わくば…)
ふわり舞う温もりにだんだん瞼が重くなる。滅多に酔わぬ酒のせいか、それとも…
(目覚めても君にはここにいて欲しい)
思考はやがて霞掛かっていく。柔らかな感触が、そうと額を撫でた気がした。
自分が本当に気に入った事が分かったからだろうか。
さざ波の様に引いていく青年の強張りが、どれほど自分を想ってくれているか証明している様で。
時を刻む針の上、決して届かぬ短針を指でなぞる。
亡き夫と、人間としての自身を殺した相手への復讐を遂げたら。
憎しみを魂の衝動として生きるデッドマンの自分にはその先はない。
そう思うからこそ告げた本心に、怜は静かに告げたのだ。
その時まで同じ時間を過ごすと約束してくれた。
「…私は、」
続けようとした言葉は肩の重みに途絶える。
振り返れば、そこには瞳を閉じて寄り掛かる青年の顔。
眠ったのだろうかと見つめれば、規則正しく上下する青年の肩が目に入った。
どうやら本当に熟睡しているらしい。俯いた拍子に眼鏡へと掛かった前髪を、そうと梳く。
(貴方の想いの形がどんなものだとしても)
覗かない、その思いを。
覗かない、瞳に灯る色を。
いつか先に消える私が、未だ夫のことを想う私が。
貴方の心を…縛ってはいけないのだと、思うから。
はらはらと降る花は、イリーネも微睡みの淵へと誘わんとする。
花の隙間から覗く夜闇は、未だ深く明ける気配もなくて。
けれど、やがて朝は来る。…誰が望んでも、或いは望まないとしても。
どうか、どうか、その時には。
黒紗の霞む暁が訪れるのなら。
「どうか私のこと、忘れて」
娘のか細い声が、夜をそっと震わせた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
木常野・都月
◎
温泉だー!!
チィ!温泉だぞ!
やっぱり人間の素敵な習性だよな、温泉って。
湯着はこんな感じ?まあ隠れていればいいんだよな?
凄い、本当に花が降ってきているのか。
花の精霊様、少しお邪魔します。
あ〜……
ポカポカの湯に浸かるのがこんなに気持ちいいなんて。
チィ、うっかり寝て溺れるなよ?
……って確かに俺も気をつけないとな。
湯の蓋に頭を乗せて、脱力…
ポカポカが体に伝わってジンジンする。
ヴォルフさんの話だと、この花びら達は、暖かい気持ちを教えてくれようとしているんだっけ。
冬の妖怪も、この花びらと、この温泉に入ればポカポカになっただろうなぁ。
…だろ?チィもそう思うだろ?
こんなに気持ちいいからなぁ。
それにさ、俺思うんだ。
寒い方が、暖かい温泉に入った時のポカポカが、いっぱい気持ちいいんだよ。
2人がどこかで出会って、ポカポカになればいいのにな。
●
もくもく上がる湯煙は分かりやすい目印。その場所を目指す足取りは軽く、跳ねるよう。
てちてち。とことこ。足音は異なれども、ふたりの気持ちはうきうきときらきらでまあるく膨らんで。
「温泉だー!!チィ!温泉だぞ!」
その頬は紅林檎めいて、ふんわり紅くなるのだ。
宿より歩く事幾何か。ふたりの目の前に川の流れにゆらゆら揺れる湯鏡が、月明かりに照らされてふわりと夜に浮かび上がる。
「やっぱり人間の素敵な習性だよな、温泉って」
幾らか肩の凝る作法はあるものの、それを上回るだけの魅力が温泉にあるのもまた事実。入る前の確認は大事と青年は月の仔と頷き合う。
湯着はこんな感じ?と都月がくるりと回れば、今度はチィがくるくる主の周りを回り、大丈夫!と言うように弾む声で鳴いた。
「ありがとう、大丈夫そうか。……まあ隠れていればいいんだよな?」
チィの太鼓判にふわりと顔を綻ばせて。けれどすこうしだけ緊張しながら、チィを両手で掬い上げ、都月は湯に足を踏み入れる。
「凄い、本当に花が降ってきているのか。
花の精霊様、少しお邪魔します」
視界の隅に映る白い髪の娘…花精にぺこりと頭を下げる。穏やかに微笑う娘は、返事の代わりに花をひらり、ふわりと舞わせて歓待を伝えていた。
「あ〜……ポカポカの湯に浸かるのがこんなに気持ちいいなんて」
先程まで僅かに張っていた緊張の糸は、暖かなお湯に浸かればじんわりと解れていく。わざわざ掘削したのであろう川との仕切り線となった岩が枕に丁度良い。
白の花はまるで水上で咲いているかのように、はらはらと降り積もって、温もりに文字通り花を添えていた。
ぽふりと落ちてきた花は捨ててしまうのも可哀想で。少しだけ悩んで、頭にそっと動かしてみる。
温もりはまるで通りすぎた昔日。ーー優しく撫でてくれた皺の入った、あの日の掌めいて。
白花の合間を縫うようにして犬掻きをしていた月の仔が、暖かさに釣られてか、うつらうつらとしているのが見えた。
「チィ、うっかり寝て溺れるなよ?」
手を伸ばし、立てた膝を月の仔の凭れにしてやりながら青年もくわり、欠伸を1つ。眠いの?と言わんばかりにじっと自分を見つめるチィに俺も気を付けないとなと、やわりと笑う。
(ヴォルフさんの話だと、この花びら達は、暖かい気持ちを教えてくれようとしているんだっけ)
頭の上、更に降り積もった花片を思う。まるで子を慈しむ親の様な……共に暮らした老爺を思い出さずにはいられない温もり。
見返りを求めぬ献身が、形を取ったようであった。
「冬の妖怪も、この花びらと、この温泉に入ればポカポカになっただろうなぁ」
ただ、妖を一心に想ったであろう娘のこころ。その温もりが、きっと伝わっただろうに。
少なくとも、更にゆるりと、溶けたアイスの様になりながら寛ぐチィには充分に感じられた様だった。その背中をぽむぽむと撫でてやる。
「2人がどこかで出会って、ポカポカになればいいのにな」
祈るような言葉は、静寂を揺らして。
…まるで応えるかの様に、ばさり、何かが広がる音が響く。
はっと都月が顔を上げれば、何時からいたのか、岩場の上で白狐が青年をじっと見つめていた。
大きさは優に抱えるに苦労しそうな巨躯。花が積ろうと微動だにしない姿はまるで作り物めいて。けれど時に揺らめく尾がそうではないことを告げていた。…先程の音は、その尻尾を大きく揺らした衝撃だろうか。
(何だろう、何か伝えたいのかな)
都月の優れた勘は獣に敵意がないと告げる。むしろ、その瞳に揺らめく光は知性をも感じさせる程。
意図を掴めず、困惑に瞳を瞬かせた青年の脇を先程の花霊がすり抜けていく。咄嗟に止めようとした都月の前で…花の娘は狐の首に腕を回し、身を寄せてみせた。
満面の笑みで頬擦りをする娘をむず痒そうに、けれど満更でない顔で受け止める獣。
温泉に引っ張ろうとする娘をあしらって、尾を器用に手繰ってその背に乗せる。全くもう、そう言いたげに獣の背をぺしぺしと叩く娘。それはまるで、番の獣の戯れめいたもので。
(まさか)
微か、目を見開く。答え合わせかの様に獣は瞳をゆうるり細め。花霊は柔らかな笑顔で手を振って、静かに森へと消えていく。…今は多くの生き物がいない筈の、森の奥へ。
そこが、まるで終の棲家であるかの様に。
川のせせらぎだけが耳につく、静寂は再び夜に満ちて。
あれは本当に現実だったのか。都月が思わず視線を投げ掛ければ、チィもまた同じような表情。
「……ふは」
「チィ!」
自分達、狐がまるで摘ままれたような顔が何だか面白くて。ふたりはどちらからともなく笑みを溢す。何だか、とても良い気分だった。
二人がどこかで出会って、ポカポカになればいいにな。
その願いが真に叶っていたのか、それは分からなくても。きっと、確かに続いていくものがあったのだと、分かったから。
今は、それだけで良いのだと思えたのだ。
大成功
🔵🔵🔵
セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
お酒にご飯
聞いたときからそわそわと
アレスに目で訴える
けど確かに風呂に上がったあとの楽しみは捨てがたい
なら酒だけ!
ちょっとだけ!な…?
…っておねだりの末グラスを握りしめいざお風呂
おお〜ホントに花が散ってる!
花びらがどっか行かないようにそろっとお風呂に入ったら
早速乾杯だ!
うう…わかってるよ
ちょびっとなのは残念だけど
花をつついてみたりしながらアレスと飲めばそれだけでいい気分だ
いい気分だから…やっぱもうちょっと…
まあ当然ダメって言われるわけだけど
グリグリっと頭を猫みたいに押し付けてがまん…わかってる…って堪らえよう
つーか、アレスにそんな顔されたら俺こそダメとは言えないし
代わりも美味しいから大満足だ
ついっと花びらを追いかけてたらアレスに呼ばれた
お酒が入って何時もより素直なまま
うれしそうな顔で触れ合う位置へ
アレスの傍もすっげーあったかい
…俺にとってはアレスが春だなぁ
風呂上がりはアレスが髪を乾かしてくれた
ふふ…いいなこれ
アレスの手が気持ちよくて
瞼が自然にさがっていく
ああ、あったかいな
アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎
全部やりたいんだね、セリオス…
けど、ここで全部やると楽しみも一気に減ってしまうんじゃないかな
温泉でお酒は控えた方がいいんじゃ…(君、すぐ酔うから…)
…ちょっとだけ、だよ。代わりに僕も付き合うから
二杯分のお酒とサイダーを手に温泉へ
うん、乾杯
…あ、さっきも言ったけどお酒はこれだけ。いいね?
それと…君がもし酔ったらお姫様のように部屋に運ぶから
覚悟しておいて
返事に頷き
白花と星を眺めてる、と
…だーめ。僕が言った事を忘れたのかい
おねだりに苦笑しつつ
自分のグラスにサイダーを注いで彼の唇に押し付ける
せめて気分だけでも
僕も君ともっと楽しみたいから…この後も、ね
駄目?と小首を傾げる
花弁を追う彼の姿に一つの想いが湧く
…セリオス
おいで、と手招き
彼の髪に触れる
ーやっぱり
君の傍がいちばんあたたかくて落ち着く
まるで…春のようだね
お風呂上がりは僕がセリオスの髪を乾かそう
丁寧に…セリオス?
…少し寝かせてあげようか
彼の黒髪に白花を飾り
マントを掛けて抱える
ちゃんと僕が起こすから
…今は優しい夢を。青星のお姫様
●
お酒にご飯、グリモア猟兵に聞いた時から宵滲む青の瞳を輝かせたセリオス・アリス(青宵の剣・f09573)の手は、自ずとと隣へと伸びる。
品良く整えられた服の裾を掴む、まるで幼子が親の気を引くような、決して振り払われる事がないと知っている仕草。
ひたむきに見上げる眼差しと合わせ、その全てに全幅の信頼が見て取れた。
「全部やりたいんだね、セリオス…」
青宵の青年と近しい色合いながら、何処か蒼穹を思わせるアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の双眸は幼馴染みの期待に微苦笑に染まる。言葉にはせずとも分かるのは、それだけ一緒にいるからか。
「けど、ここで全部やると楽しみも一気に減ってしまうんじゃないかな」
じい。
「温泉でお酒は控えた方がいいんじゃ…」
じいい。
「…僕に穴が空いてしまうよ、セリオス」
目は口ほどにものを言う、とはこの事か。光の加減でまるで砕いた星片が浮かぶようなセリオスの瞳はどうしてもダメ?と雄弁に物語っていた。
その光を見れば、元よりアレクシスが言うつもりのなかった君、直ぐに酔うから…の言葉は尚更深く仕舞い込まれる。
「確かに、風呂に上がったあとの楽しみは捨てがたい…」
そう言って、その眼差しをあちらこちらさせて。
「…なら酒だけ!ちょっとだけ、な!」
名案だ、とばかりにまた真っ直ぐに見つめてこられたら……もうアレクシスは折れるしかないのだ。
「…ちょっとだけ、だよ。代わりに僕も付き合うから」
「やった、なら早く行こうぜ!良い場所取らなきゃな!」
だって、重なる手のひらの温もりも。
「はいはい、焦ったら転ぶよ。…ところでセリオス」
「ん?」
「ちょっとはボトルを空けたりしないよ?」
「…少なっ!」
ころころ万華鏡の様に変わる顔も、ずっと、ずっと、求めて止まなかったものなのだから。
「おお〜ホントに花が散ってる!」
二杯分のお酒とサイダーを手に温泉へとやってきた2人の前にはひらり、ゆらりと舞う花が幾つも湯鏡に注ぐ。幻想的な光景に、思わずセリオスは歓声を上げた。
花は軽く、身を切る風ですらどこかで迷子になってしまいそうで。
目で頷き合い、花びらがどこかへ行かないようにそろっとお風呂に入ったら。
「乾杯!」
「うん、乾杯」
大事に握り締めてきたグラスをこつりと鳴らす。杯を交わす音は潜めなくても構わないのに、知らず静かに鳴らした事がおかしくて。どちらからともなく、幼馴染み達は密やかな笑い声を立てた。
大事な人と過ごす特別な時間は、箸が転げたって楽しくて仕方ないのだ。
気持ちのままに傾けるセリオスのグラスが、一気に減ったことをアレクシスは見逃さない。
「…あ、さっきも言ったけどお酒はこれだけ。いいね?」
君がもし酔ってしまったなら、お姫様抱っこも辞さない。そう告げる青年の顔は本気だ。実際に湯から覗く精悍な筋肉を纏う腕を見れば、それが虚言では済まない事は間違いなく、セリオスは首を竦める。
「うう…わかってるよ」
ちょびっとしか飲めないのはほんの少し…いや、正直に言えばそれなりに残念ではあるけれど。
花をつついてみたりしながら、気の置けない幼馴染みと飲めばそれだけでいい気分だ。
しゅんとしたセリオスの応えに頷いて、アレクシスも花と星に目を遣る。穏やかで優しい時間。
「…な、アレス。いい気分だから…やっぱもうちょっと…」
「…だーめ。僕が言った事を忘れたのかい」
その雰囲気から浮かんだ言葉は窘められるのは承知の上。
セリオスもまた幼馴染みの事は誰よりも良く知っている。意地悪なんかじゃなく、自分を大切にしてくれている故の言葉だと知っているから。
グリグリっと頭を猫みたいに押し付けて。
「がまん…わかってる…」
と、ちゃんと堪らえようと思うのだ。
艶やかなセリオスの髪の毛が擦れる感覚がくすぐったくて。何処か幼く見える仕草がいじらしくて。アレクシスは苦笑を保つ事が難しくなった。
自分のグラスに持ち込んだサイダーを注いで。
「…セリオス」
優しく、あやすように声を掛ける。そろそろと顔を上げた青宵の青年の唇に、そっとその杯を傾けてやる。
「せめて気分だけでも。僕も君ともっと楽しみたいから…この後も、ね?」
そう小首を傾げられたなら、セリオスも意地を張れない。こくりと清涼を飲み干して。
「つーか、アレスにそんな顔されたら俺こそダメとは言えないし」
他ならぬ、君からのお願いであれば。叶えない理由なんてないのだから。
最後にもう一度だけ、ぐりりと頭を振って。そこからはもう気分を切り替えて、セリオスは花を追う事に集中する事にしたのだった。視界の端で幼馴染みがほっと顔を綻ばせたのが見えた。
「アレスの髪に合うと思うんだよ」
「そうかな、むしろ…」
そう言いながら猫のようにしなやかについと手を伸ばすセリオスに、君の方が、そうアレクシスが言葉にしかけた途端、一際強い風が吹いて。
ひらひらと舞うほどだった花は、正しく花の吹雪となって2人へと降り注ぐ。体の芯から温まるようで、けれど何より心を温めるのは花を纏わせ笑う幼馴染みに込み上げる思い。
セリオス、と呼び掛けるアレクシスの声もまた、春の様な温もりに満ちていた。
動いた事で酔いが回ったか。少しだけぼんやりと霞掛かる意識をセリオスは自覚して。けれど、大切な君の声は聞き逃さない。振り返って、その柔らかな空色を見つめる。
どうした、といつもより素直な気持ちで身を寄せたセリオスに降る優しい手。撫ぜる整った指先はしなやかで、けれど剣を握る者らしい固さがあった。
「ーやっぱり」
でも髪を鋤く指は、宝物に触れるようで。
「君の傍がいちばんあたたかくて、落ち着く。まるで…春のようだね」
降り注ぐ囁きは、あまりに幸せそうで。髪に絡まった花びらを愛おしげに握るから。セリオスもまた、込み上げる想いのままに青年の背に手を回す。
長い、長い別離と横たわる夜の果て、漸く2人は出逢う事が叶った。離れた指先を繋ぐことが出来た。
自分にも、恐らくこの幼馴染みにも。まだ語り尽くせない想いと、語らぬ夜の破片が身の内に確かに在って。四季の移り変わりでは、決して溶かせない冷たさを孕む。けれど、それは。
「アレスの傍もすっげーあったかい」
君に触れたらなくなってしまう。
「…俺にとってはアレスが春だなぁ」
日溜まりの霜のように霞んでしまう。
この心を温める唯ひとつだけの、春なのだ。
抱き締め返してくれる腕は、決して自分を傷付けないと…ずっと、ずっと前から知っている。
幸福の中、セリオスの意識はとろとろと蕩けていく。お姫様抱っこされちゃうな、と泡のように約束が浮かんだけれど、それでも良い。彼は自分を落としたりしないだろうから。
ここは常春。そして……うつくしい鳥が唯一望んだ籠の中。
「…セリオス?」
温もりを分け合う事暫し。名残惜しさはあるけれど、酔いが回ってはいやしないかと覗き込んだ幼馴染みの瞼はゆるゆる閉じようとしていた。
心から安心した顔が嬉しくて。夢の中でも暖かであるように、ぬばたまに白花を差す。
「…少し寝かせてあげようか」
冷えないように、自分の外套を少し過剰なくらいにぐるぐる巻いて、そうと湯から抱え上げる。
「ちゃんと僕が起こすから…今は優しい夢を。青星のお姫様」
囁きと共にぬばたまに降る騎士の口付けは恭しく。いくつも、いくつも、望んで囚われた姫君の笑みが咲いては綻んでいった。
大成功
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