ろくでなしレクイエム
#シルバーレイン
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●僕のジュースを半分あげるから 家賃と光熱費は全部君が払ってよ
「はい、どうもこんばんはー!心霊系動画配信者のテルでーっす!今回は、最近「呪いの206号室」として噂のこの○×マンションの真相に迫っちゃったりしようと思いまーす!」
寂れたマンションの前で、録画機材を手にした青年が笑顔でブイサインを自撮りする。
決してそんなお気楽なポーズが似合うような雰囲気ではないのだが、青年は意に介さずにはきはきと明るい調子でカメラに向かって語り掛けていた。挨拶のシーンを撮り終えた青年、その尻ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動する。
「チッ、なんだよこんな時に……もしもしぃ!? えー何!? 今撮影中!」
先ほどまで振りまいていた愛想はどこへやら、不機嫌な調子で通話相手と話し始める青年。ザ、ザザッ、と時折通信にノイズが入るが、お構いなしに通話を続ける。
「可燃ゴミ? あー忘れてた。いいじゃんお前がやってくれたってさぁ!俺撮影で忙しいんだよ、見てればわかるだろ? これで高収益見込めるようになったらお前にも苦労させない生活させてやれるから……ホントホント、愛してるって」
ジャラ……ジャララ……後ろから迫る微かな鎖の音にも、青年は気づかない。
「それよりさぁ、帰りにハンバーガー買ってきてよ。そう。代金? 後で出す後で出すって、ホントホント!」
『……つけた……』
「え? 何? 聞こえねぇんだけど。……ノイズ酷いな、ああ切れた。なんだよったく……」
『見つけた見つけた見つけた、お前お前お前お前このクズ野郎ォォォォォォォ!!』
ジャラジャラジャラジャラジャラ……!!
「……――えっ?」
●俺はそのうちビッグになる男だから
「皆々様、お忙しい中僕の呼びかけに応じてくださって誠にありがとうございます」
仮面吸血軍曹・エフ(謎の吸血軍曹F・f35467)は集まった猟兵たちを前に、恭しく礼をする。
「シルバーレインの世界にて、『地縛霊型オブリビオン』が発見されました」
地縛霊型オブリビオン。その名の通り、特定の土地や建物に固執し、近づくものを皆殺しにするタイプのゴースト/オブリビオンである。かつてはその姿に必ず鎖がついている特徴があったが、ゴーストがオブリビオン化し分類が曖昧となった現在では鎖の有無も曖昧になったという。しかして共通しているのが、「固執する土地に何者かが現れると“自動的に出現し、速やかに殺す”」という特性だ。
「今回予知された地縛霊型オブリビオンが発見されたのはシルバーレインの世界のとあるマンション。その206号室でございます。世界結界の効果によりゴーストを認識できない人々も、地縛霊の発現した場所は「呪われた場所」などとしてなんとなく敬遠する傾向にあるのですが……新たな犠牲者が出現するという予知を僕が致しました」
それは「呪いの場所」と聞いて敬遠するどころか、逆に頭から突っ込んでいくタイプの人種。そう、心霊系動画配信者である。
「件のマンションに地縛霊が現れた時期は、その部屋に住んでいた男性が部屋を退去した事にあるのですが……この男が何と言いますか、そう、ろくでなし、なのでございます」
ろくでなし。
「曰く月収十万以下で社会人の彼女に依存しきり、稼いだ金で俺はビッグになると音楽活動に稼ぎの全てを使い、自分優先で彼女の事は二の次にしながら「恋愛は50:50だから」などとのたまい、電車では自分が座席に座りたがり、ゴミ出しのルールも守らない……はい、まあ。ろくでなしです。この男と交際していた彼女が事故で帰らぬ人になってから、家賃滞納を重ねて退去。それからでございますね、ここに地縛霊型オブリビオンが現れるようになったのは」
なぜこうも詳しくこのろくでなしの説明をするかといえば、と仮面の少年は続ける。
「地縛霊型オブリビオンは自分のテリトリーを得たことで非常に強力になっていますが、此処に取り憑いた理由さえわかれば共感や説得で弱体化できる可能性が非常に高いのです」
ただし、件のマンションに向かってすぐ地縛霊型オブリビオンに出会えることはまずないだろう。
「まずは地縛霊型オブリビオンに引き寄せられた、雑霊の群れと戦っていただくこととなるでしょう。その名は「ガンジャ」。自我が破壊される程の怒りと復讐心を抱いて死んだ人間がまれに変貌するとされるゴーストでございます。四本腕に手にした四挺の拳銃を武器として襲い掛かってまいります」
使用するユーベルコードも四本腕の拳銃から放たれる「弾丸」にまつわるものが多い。なにより群れを為しているので、まずは彼女らを倒してほしいと仮面の少年は告げた。
雑霊たちを退ければ、件のマンションは突如時空がゆがみ迷宮化する。これは「ゴーストタウン現象」というもので、どこまでも続くマンションの中を探索することになる。終わらない階段やループする通路などに変貌しており、微かにするオブリビオンの気配をたどりながら進む他に方法はないようだ。そこを踏破してようやく、地縛霊型オブリビオンと戦うことが出来るだろう。
「おそらくは出先で亡くなったという「ろくでなし男」の交際相手の方が地縛霊型オブリビオンの正体ではないかと推測できます。ですので、生前さんざん「ろくでなし」に振り回されたそれを慰めて差し上げれば、強力な地縛霊型オブリビオンも攻略できるかと」
今から行けば、最新の犠牲者はまだ無事に助けられるだろう、と仮面の少年は言う。
「それでは、現地マンション前までの転移は僕が担わせていただきますので、皆様は準備が出来た方から、僕にお声掛け下さいませ!」
仮面の少年はそう言うと、転移の門を開くのだった。
遊津
遊津です。シルバーレインのシナリオをお送りいたします。
第一章集団戦、第二章冒険、第三章ボス戦の三章構成となっております。
「第一章 集団戦について」
戦場はマンションの前です。地元住民は「呪いの場所」として寄り付かず、拓けています。外なので空中戦も可能です。
こざっぱりとしているので戦いに利用できるものは何もありませんが、戦闘の邪魔をするものは一般人を含めて何もありません。
種族体格差は種族体格差が有利に働くユーベルコードやアイテムを使った時以外は関係ありません。
集団戦的についてはオープニングで説明されています。
「第二章 冒険について」
ゴーストタウン現象で迷宮と化したマンションを突破する章です。
詳細は二章の追記にて説明いたします。
「第三章 ボス戦について」
このマンションの302号室に取り憑いた地縛霊型オブリビオンと戦います。
詳細は三章の追記にて説明いたします。
当シナリオのプレイング受付開始は12/1(水)午前8:31からとさせていただきます。
時間帯によっては上記タグやマスターページに受付中の文字がないことがありますが、時間を過ぎていればプレイングを送ってくださって構いません。
不採用プレイングについてなど書いてありますので、マスターページを必ず一読したうえでプレイングを送信してください。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 集団戦
『ガンジャ』
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POW : 復讐の炎弾
【復讐の弾丸】が命中した対象を燃やす。放たれた【復讐心の具現化した】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD : 復讐の嵐
【拳銃】から、戦場全体に「敵味方を識別する【無数の「復讐の弾丸」】」を放ち、ダメージと【狂乱】の状態異常を与える。
WIZ : ガンジャバレット
【銃口】を向けた対象に、【四丁の拳銃からの弾丸】でダメージを与える。命中率が高い。
イラスト:青柳アキラ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
エーミール・アーベントロート
ろくでなし……あー、待って今2人ほど頭に浮かんだ……。
1人はある条件下に陥った兄さん……。
もう1人はお手伝いで入ってた施設にいたガチクズのろくでなし……。
ああ、思い出したくもない……。
さて、じゃあ雑魚からぶっ飛ばしますか。
拳銃となればこちらも遠距離の方が良いでしょうし、UC【終わりなき殺戮】で相手をしましょう。
今回は私一人ですし、相手さえ狙えば良い。速く動くもの……まあ、銃弾を落としたら本体が速く動くものになりますしね。
倒すときは頭に浮かんだろくでなし共をぶち抜くかの如く。
アレで大変な目にあったのは私だけじゃないんですからね、ホント。
ホントは本人たちに向けたいけどそうはいかないんで、はい。
●脳の裏側に刻みついた息が出来なくなるような記憶
「ろくでなし……ですかぁ」
ろくでなし。その言葉を聞いてエーミール・アーベントロート(《夕焼けに立つもう一人の殺人鬼》・f33551)の脳裏に思い浮かぶのは、二人の人間。
ひとりは、ある条件下に陥った「兄さん」。それはまだいい。エーミールにとっては兄が全てで、全て正しい、そんな存在だからだ。けれどもうひとり、「ろくでなし」と聞いて思い出すのは。
(お手伝いで入った施設にいた、あのガチクズのろくでなし……)
ああ、思い出したくもない。
「はぁ。……それじゃ、雑魚からぶっとばしていきましょうか」
エーミールの眼前で群れを成す雑霊の群れ――「ガンジャ」は四本の腕にひとつずつ拳銃を持ち、矢継ぎ早に発砲してくる。怒りと復讐心に燃えるガンジャは、しかしその復讐心を一つどころにとどめていられない。彼女たちの燃え上がる復讐心は、すぐに世界のすべてに燃え移っていってしまうのだから。自身に向けて撃ち放たれた銃弾の雨を避け、エーミールは自身の心を殺戮の黒に染めていく。
「“さあ……さぁ、さぁ、さぁ!! 私に仇為すモノは、すべて、丁寧に、お礼参りして差し上げましょうか”ッ!!」
【【執行】終わりなき殺戮(エンドレス・キリング)】。ナイフ投げに特化した殺人鬼に変貌するユーベルコードだ。代償として理性を失い速く動くものを無差別攻撃し続けるデメリットがあるが、今日のエーミールは自分一人だけでこの場に赴いた。味方を攻撃してしまうことを、恐れなくともよい。危惧せずとも好い。好きなだけ、ただ殺戮に狂うことが出来る!
「さあ、さあっ!!今私を撃ったのはどなたです!?」
弾丸を打ち落とせば、エーミールにとって「最も早く動くもの」はガンジャたちとなる。
グラスナイフがガンジャの四肢を切り裂き、脳天を貫いた。エーミールを撃ちぬこうとした雑霊から穿たれていくが、そのシステムをガンジャたちは理解することが出来ない。ただ、復讐の念に脳髄を燃やされて。
(ああ、ああ、ああ……!)
煩わしさに脳を焦がされるのはエーミールも一緒だった。「ろくでなし」と聞いて思い出してしまった顔を思い浮かべながら、雑霊たちを切り刻んでいく。
(アレで大変な目に遭ったのは、私だけじゃないんですからね、ホント……!)
本当は本人たちにこの刃を向けたい。切り刻み殺してしまいたい。けれどそうするわけにはいかない、だって片方はエーミールの全てである「兄さん」で、「兄さん」が正しいといったものは全て正しくて。もう片方は本当に縊り殺してやりたいけれど、きっと、もう、二度と会うことはないだろうし、生きているかどうかも怪しい存在だ。
だから代わりに、復讐心に焼かれた雑霊たちを切り刻む。脳裏を引っ掻くガリガリという音が、銃弾の音に重なって。その音を聞きたくなくて、エーミールは再びグラスナイフを振るった。
成功
🔵🔵🔴
リュアン・シア
ろくでなしはこの際どうでもいいのだけど……亡くなった女性は、彼女なりに、生きている間に幸せな時間もあったのかしらね。……そうだといいわ。
とりあえずは雑霊の群れが相手ね。どうぞよろしく。
怒りや復讐心に振り回されるのは自分が疲弊するだけよ。いいことないわ。冷やしてあげるから、少し冷静になって。
【生命調律:ユキヒョウ】――いい子ね。さあ、いらっしゃい。
この子の氷結のブレスで拳銃は弾丸ごと凍り付くでしょうし、あなた達自身も氷像の如く凍結するんじゃないかしら。雪豹が軽く蹴っただけでも容易く壊れそう。
疲れたでしょう。自我が破壊される程のつらい記憶ごと、綺麗な氷となって、永遠におやすみなさい。
●復讐に焼かれた魂は、憎悪から逃れることはできない――死ぬまで、死んでも?
(……ろくでなしは、この際どうでもいいのだけれど……)
リュアン・シア(哀情の代執行者・f24683)は、群れる雑霊「ガンジャ」の四本腕から次々と撃ちだされる銃弾を躱しながら、死してなおこのマンションに囚われた女へと思いを馳せる。
(亡くなった女性は、彼女なりに、生きている間に幸せな時間もあったのかしらね。……そうだと、いいわ)
ろくでなしに振り回されたまま死んだその生涯に、幸せと呼べる瞬間はあったのか、あったのなら、そうだったら、良いのに。果たしてこの先を進み、本人と出会ったところでその答えを聞くことが出来るのかどうかわからないけれど。それでもリュアンは彼女の事を思わずにはいられなかった。
「……とりあえずは、呼ばれてきた貴方たちのお相手をしないとね。よろしくどうぞ」
綺麗な仕草で一礼すると、雨霰の如く降り注ぐ銃弾をくるくるとスカートの裾を翻しながら避けて。リュアンは虚空に手を伸ばす。そこに現れるのは、冷たい息を吐く美しいましろの巨大なユキヒョウだ。
「いい子ね。さあ、いらっしゃい」
日光に透ける体毛を持つ純白の豹は王侯貴族に傅く騎士の如くに恭しい仕草でリュアンを自らその背に乗せると、ガンジャたちの間を飛び回る。撃ちだされる弾丸はたちまちにユキヒョウの吐く氷結のブレスで凍り付かされる。絶対零度の空間の中では、あらゆる物体はその動きを止める。ガンジャたちが纏う、怒りの炎であっても。
「怒りや復讐心に振り回されるのは自分が疲弊するだけよ。いいことないわ。冷やしてあげるから――少し冷静になって」
氷点下の青空よりも冷たい色をした、全てを凍てつかせる吐息がユキヒョウから吐き出される。拳銃は内部の弾丸を撃ちだすこともできないほどに凍りつき、何よりガンジャたち自身の身体も氷像のごとく凍結する。
それでもなお、自らの体を火種として、ガンジャたちは燃えようとする。なぜならば、彼女たちの心には怒りと復讐しかないからだ。それ以外のものを、すべて復讐の炎で焼き尽くしで、その自我すら破壊してしまったからだ。
彼女たちはもはや走り続けるしかない憎悪の塊。身を燃やす炎を動力源にして全てを蜂の巣にしながら、憎しみの対象が誰だったのか何だったのかも忘れて憎み続け怒り続ける、いつかそうすれば、自分たちの心が晴れると信じるその思考すらも、焼き尽くされてしまったから!だから彼女たちはもう、戻れない。彼女たちはもう、燃え続けるしかない。
それを、ユキヒョウの凍てつく吐息が無理矢理に留める。どこまでも燃え上がろうという炎を、彼女たちのあらゆる動きを凍結させて――静まり返った世界で、彼女たちの肉体を凍てつかせて。振り上げたユキヒョウの前足が、氷像と化したガンジャを粉々に砕いた。
「疲れたでしょう」
背中にリュアンを乗せたまま、踊るように跳ねるユキヒョウはガンジャたちの氷像を次々に砕いてゆく。リュアンは彼女たちを見下ろしながら、静かに言った。
「自我が破壊されるほどのつらい記憶ごと、綺麗な氷となって――」
――永遠に、おやすみなさい。
大成功
🔵🔵🔵
新名・有花
アドリブ連携歓迎
「やだねえ甲斐性のない男は。
自分だけじゃなくて他人まで不幸にしちまうんだからさ」
物心ついてから一人の男に養われてきた元蜘蛛童、しみじみと呟く。
「ね、ミィ。あんたの甲斐性を一つ見せておくれよ」
『La♪』
養(まも)ってくれた男は死してなお傍らに。
歌うされこうべに口付け一つして『降霊』。
剣を構えた骸骨の幽霊:ミィを具現させ白燐蟲を纏わせる。
相手にとっては不幸なことに射線を塞ぐみたいに
瓦礫やらゴミやらが飛んでくるといいんだけどね。
先輩方の時代だとタライやら角材やらが飛んできたんだっけ?
「あたしたちは地縛霊までの露払いをさせてもらおう。
さあ、どんどんぶちのめしておくれミィ」
『La♪』
●ずっとそばに。永遠に。死が二人を分かつまで、死が二人を別離(わか)つとも。
「ああ、やだねぇ甲斐性のない男は。――自分だけじゃなくッて、他人まで不幸にしちまうんだからさ」
物心ついてより一人の男に養われ/育てられてきた、かつては蜘蛛童だった土蜘蛛の少女・新名・有花(白愛づる花嫁・f35676)は浮世の世知辛さを嘆くようにしみじみと呟く。
ああ、話を聞くになんたって情けない男なんだろう。情けないったらありゃしない、女が死んだ後までその家に住み着いて、かといって自分で金を払うでもなし。あたしの愛しい人とは大違いだ、そうだねぇ、ねえ、あんた。
「ね、ミィ。ひとつあんたの甲斐性ってもんを、見せておくれよ」
『La――♪』
ましろき歌うされこうべを掲げる。それは愛しい愛しい人の骨だ。きちきちと鳴くことしかできない蜘蛛童だった有花を養い/守護(まも)り育ててくれた、今でも有花の傍らに寄り添い続けてくれている、有花の愛しい男(ひと)だ。
口づけをひとつすれば、歌うされこうべは剣を携えた骸骨の幽霊に変じる。そうして現れた愛しい男に、有花は白燐蟲を纏わせる。
骸骨の幽霊――ミィが現れたことで、雑霊「ガンジャ」の群れたちは有花たちを敵と認める。もとより怒りによって自我を破壊され、その憎しみの行く先さえわからなくなるほどに憎悪の念に狂い果てていた女たちの霊だ。有花たちを敵とみなして攻撃してくるのには、いっそ遅いくらいだった。
――ガン、ガン、ガン、ガンガンガンガァン!!
四本の腕それぞれに握られた拳銃から雨のように弾丸が発射される。けれどそれは、「偶然」そこに風で飛ばされてきた立て看板に当たって有花やミィには届かない。それが有花がミィに纏わせたユーベルコード【白燐奏甲】の力。敵対者に不幸な事故を誘発する効果が、ここで発揮されたのだ。
弾丸はなおもミィと有花に向かって放たれる。けれどもそれはどうしたって二人には当たらない。それでもなおもガンジャは四本の腕に握った拳銃から弾丸を吐き散らして、それはまるで彼女たちの憎悪の叫びのようだ。それを有花に届かせまいかとするように、ミィの剣がガンジャたちを纏った炎ごと斬り裂いてゆく。ガン、ガン、ガァン、突風にあおられて飛んできた新聞紙が次々と女たちの顔面に張り付いて、放たれた弾丸は互いの体に突き刺さる。苦悶に呻く彼女たちをまとめて、ミィの剣が薙ぎ払った。
(先輩方の時代だと、タライやら角材やらが飛んできたんだっけねぇ……?)
そんなかつて聞かされた話を思い出しながら、有花は敵に齎された不幸な偶然を眺める。
「あたしたちは地縛霊までの露払いをさせてもらおう。さあ、どんどんぶちのめしておくれ、ミィ」
『La――♪』
肯定の歌声を響かせ、ガンジャたちを蹴散らしていくミィ。
有花とミィは、いつだって一緒だ。
大成功
🔵🔵🔵
槐夢・透
ろくでなしの極みみたいなヤツだったんスね相手の男…そりゃ化けて出たくもなるッスよねぇ。彼女さんに同情しちゃうっす。
何はともあれ今は目の前の幽霊みたいなヤツらを倒さなきゃッスね
。猟兵としての初仕事、気合い入れて行くッスよ!
結構な数いるっぽいからUCで一網打尽を狙うッス。装備してるナイフで自分の指先をちょっと切って、そこから流れた血を自分の周りに棘のように展開して一斉掃射する感じッスね。
ふふん、そっちのちゃっちい弾なんかじゃ、俺の棘は砕けないッスよ。諸共吹っ飛んで貰うッス!
……あ、終わったら紙パックに入ってる補給用の血液を飲むッス。この技燃費悪いンスよね……うええ、やっぱり血不味い……
●明日は今日よりずっと刺激的な一日になるだろうから、おちおち死んでもいられない
「うへぁ……ろくでなしの極みみたいなヤツだったんスね、相手の男……そりゃ化けて出たくもなるッスよねぇ。彼女さんに同情しちゃうっす」
槐夢・透(Crazy Curiosity・f35596)は肩を竦めた。「面白ければそれでいい」がモットーの透といえど、グリモア猟兵が語った男がいかにろくでなしの甲斐性なしかはわかるというものだ。
「何はともあれ、今は目の前の幽霊みたいなヤツらを倒さなきゃッスね!……猟兵としての初仕事!気合い入れて行くッスよ!」
ぐっとこぶしを握ると、透は高周波サバイバルナイフを取り出した。めっちゃ切れ味鋭く、なんでも切れて、しかも刃こぼれとかもしないしマジ最強の一品だ。そのナイフを、透は自分の指に当てる。ちょっとだ。ちょっとだけ。血が流れればいい。そうはいっても、やはり自分で自分を傷つけるのは緊張する。
「……!」
ぷつん、と赤く指先に小さな玉が出来て、つぅ、と重力に従って流れていく。それが突然、動きを止めた。いや、流れる方向が変わったのだ。溢れ出す血は重力に逆らい、指先を飛び出して、生い茂る茨のごとくに無数の棘を作りながら展開していく。
「……ッう~……貧血確定ッスね……まあいいや、やるだけやってやるッス!」
それが透のユーベルコード【Code:Ruber(ソハウガチホロボスモノ)】。透自身の体を巡っていた赤い液体は体外に流れ出して自在に形を変え、そして茨の棘となって周囲を穿ち滅ぼす。
血の棘が雑霊「ガンジャ」の頭に突き刺さった。
自我を破壊されるほどの怒りに燃えながら、復讐の対象すら見失う憎しみに燃え上がりながら、ガンジャは透へとその四本腕に握った拳銃から復讐の弾丸を撃ち放つ。
その弾丸を受け止めたのは透の血の棘。それを燃やしながらも、弾丸は透にまでは届かない。
爆発するように肥大化した棘に脳天を穿たれ、ぶらんとガンジャの体が宙に浮く。足はばたばたともがいてまるで滑稽なダンスのよう。それでも、それでも彼女は彼女たちは拳銃を放しはしない。それが、それだけが、自らの復讐心を晴らせる唯一の武器だと破壊された自我でも覚えているからなのか、それとも――けれども、弾丸は相手を貫けなければ意味がない!
「ふふん、そっちのちゃっちい弾なんかじゃ、俺の棘は砕けないッスよ。諸共吹っ飛んで貰うッス!」
血の茨がうねりくねって荒れ狂い、棘がガンジャたちを引き回すように穿ち貫いて。棘だらけの茨がガンジャたちを抱きしめて、ボロボロの女たちは燃え滓となって消えていく。
――やがて、マンションの前に群れ為していた雑霊はすべて消え、後には女たちの情念の残り滓――わずかな煤だけが残っていた。
「終わったっすかね……そんじゃあ、アレやんねーとッス」
紙パックにストローを突き立てる。その中に詰まっているのはジュースなどではない、経口補給用の新鮮な血液だ。ずるずると真紅の液体を啜りながら、透は眉を顰める。
「この技燃費悪いんスよねぇ……うええ、やっぱり血不味い……」
透の苦々しい声が、誰もいなくなったマンション入り口の空間に反響した。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『オブリビオン迷宮』
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POW : 湧いて出てくる敵を倒しながら進む
SPD : 仕掛けられた罠を解除する
WIZ : 敵の魔力を探知し、ボスの居場所を探す
イラスト:十姉妹
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
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マンション前に群れていた雑霊たちを倒した猟兵たちは、ついにマンションの入口へと足を踏み入れる。階段を上って二階の206号室。そこに地縛霊型オブリビオンが取り憑いている筈だ。しかしどれほど階段を上ろうとも、二階につく兆しが見えない。
ならばと思って下へ降りてみても同じ。これが地縛霊による「ゴーストタウン現象」であると猟兵たちはすぐに思い当たった。
今動ける範囲は狭い。一階のロビー、そして二階へと続く階段の一段目から、踊り場を通って二階へに続く最後の段まで。そこを通り抜ければ、何故か一階に戻ってきてしまうのだ。
何とかしてこのゴーストタウン化現象から抜け出し、206号室へたどり着かなくては――!
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第二章 冒険「オブリビオン迷宮」
おめでとうございます。一章の集団敵を攻略し、二章へとたどり着きました。
以下に詳細を記します。
「オブリビオン迷宮について」
ゴーストタウン化した階段です(正確には階段に足を踏み入れた時点で一階ロビーもゴーストタウン化しています)。上っても下っても一階より上に上がることが出来ず。永遠に一階にたどり着き、かといって外に出ることも出来なくなっています。
特に敵などは出てきませんので、POW・SPD・WIZにとらわれず脱出方法を探してください。
なお、この階段の踊り場には「残留思念」が発生しています。
もしもアイテム「詠唱銀」を所持していれば、振りかければ任意の武器やアイテムに変化します。
(マスターからプレゼントすることはできませんので、単純なフレーバーです。シナリオ内で手に入れたことにしてアイテム化する分には何も問題ありません。)
残留思念に触れると、地縛霊にまつわる何らかの過去の場面や誰かの思念が頭の中で再生されます。特に害はありませんが、少々不快です。
その代わり、第三章にて地縛霊型オブリビオンを弱体化させる共感や説得の内容を掴めるかもしれません。
かすかながら常に地縛霊型オブリビオンの気配とその方角を感じることが出来ますので、どれほどゴーストタウン化現象の中にあっても地縛霊型オブリビオンの居場所がわからなくなることだけはありません。
第二章のプレイング受付開始は12/12(日)朝8:31からとなります。
時間帯によっては上記タグやマスターページに受付中の文字がないことがありますが、時間を過ぎていればプレイングを送ってくださって構いません。
マスターページを一読したうえでプレイングを送信してください。
また、第三章の必要成功数は7と少ないので注意してください。
それでは、繰り返し続ける階段を抜け、地縛霊型オブリビオンの下にたどり着いてください。
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槐夢・透
うーん、確かに何回登ったり降りたりしても駄目ッスね……何がカギになってるんだろ…
…ん、カギ?もしかしたら部屋のルームキーとかが必要とか?有り得そっうッス!違う可能性もあるけど!
思い付いたら即行動って事で、1階のロビーで206号室のルームキーでも探してみるッス!
あ、そういえば踊り場にざんりゅうしねん?ってのがあるって言ってたな。そっちも気になるし、謎解きにちょっと行き詰まったら試しに行ってみるッスかね。
●上って上って上り続けてそれでもまだ足りないと誰かが嘆いたいつかどこかで
――階段が終わらない。
段数にして十二段、それで踊り場へ着く。ここまではいい。踊り場にはどことなく人の顔――テレビで見た有名な絵画で見たことあるような気がしないでもない感じの――に見えなくもないモヤが漂っていて、これが「残留思念」とかいうものであるらしい。今はまだちょっと気持ち悪いので触れないように脇を通り過ぎて、もう一度階段を上る。
「いち、にい、さん……――じゅうに」
もう一度十二段。増えても減ってもいない、十二段。上り終えて角を曲がれば、何故かそこには来た時となんら変わりのない一階のロビーが広がっている。
ならばと思って降りてみる。いちにいさん、十二段。やっぱり増えても減ってもいない十二段を経て、踊り場。やはりどこかで見た人の顔に見えるモヤを通り過ぎて、また降りる。一二三四五六七八九十、十一、十二段。意を決して角を曲がれば、やはり待ち構えていたのは一階のロビーだ。
「うーあー……やっぱり何回上ったり下りたりしても駄目ッスね……何がカギになってるんだろ……?」
カギ、かぎ、鍵……目を閉じてぐるぐると考えを巡らせる透。そんな彼の頭の中で、ぱちん、と何かがはぜた。
「……ん? カギ?」
もしかして、と。透はロビーへと走る、ここが一階のロビーならば、あそこにはアレがある筈。入り口から外へは出られない、けれどロビーにはそう、管理人室がある。そこも今は無人だけれど、ちゃり、と音がして気づけば、机の上に置かれた鍵。だけど、透が探している「カギ」はそれじゃあない。だけど、「カギを手に入れるためには必要なカギ」。
「あった!キーボックス、の、鍵……!」
キーボックス、それは。住民がカギを無くした、あるいは何かの都合で住民と連絡が取れなくなったときに部屋に入り込むといった管理人の作業に必須の、このマンションの全室の「合鍵」が収めてある場所だ。机の上に置かれたカギで、キーボックスは開いた。
「206、206、ええと……201、202、203、205……あった!」
206号室の、ルームキー。キーホルダーに簡素なテープで「206」と書かれたそれは、まさしく透が探していたものだった。
「これがあれば、206号室にたどり着けるかもしれないッス!……もしかしたら、違う可能性もあるかもだけど……試してみる価値はある、ッスよね!」
行き先のへの意志を明確にすること。たどり着くべき部屋を明らかにすること。それが、透がたどり着いた攻略法だった。勿論、まだそれが正解であるとは限らない。けれど、透の中にはどこか確信めいたものがあった。この鍵があれば、206号室に辿り着けると――。
「……そういえば。これ、まだ何なのか確かめてなかった、ッスね……」
踊り場に浮かぶ絵画とかで見覚えのある人の顔っぽい模様をしたモヤに、透は改めて向き合う。意を決して、すっとモヤに向かって手を伸ばす。手がモヤに触れると、何かに引き込まれるような感覚がして――透の意識は一瞬途切れた。
『あー寒い。やっぱ寒い日は鍋だよなー』
どこからか聞こえてくる知らない男の声。その声が聞こえてくるのは目の前から。顔を上げれば、手ぶらで歩く金髪で長髪の男。それを目にすると同時に両腕にずしん、と負荷がかかる。何を持っているのか、今の透には何故か理解できた。鍋の材料だ。チゲ鍋が良いとか言うリクエストに応えて買った豆腐とネギと鶏肉と鍋の元と、ついでに特売のティッシュペーパーとトイレットペーパー、それから生活必需品の数々。それを全部自分に持たせて、この男は手ぶらで先を歩いていく。
『ちょっと、待って……』
言葉が勝手に透の口から漏れる――いや、零れたのは高い女の声だ。荷物が重くて走ることもままならないのに、この男は歩幅を合わせてもくれやしない。
『大丈夫大丈夫、鍵なら俺が開けてやるし、なんなら扉も開けといてあげるからさぁ!』
いやー、俺って親切でしょ?
へらりと笑った男は先を行く。もう何も声を出す気力もない。だってこの男はいつもいつもいつもいつもいつもこうなんだから――何を言った所で、仕方がない。諦めが女の思考で、透の頭の中をぐるりと回る。
そこで、男の姿がぶれた。……否。残留思念はここで終わり。この地に残された思念を、透は身をもって体感し終えたのだ。思念を残したであろう女の視点を持って。
「…………」
透はもやもやしたものが腹の底にたまるのを感じたまま、無言で階段を上って行った。206号室のルームキーを握る手に力をこめて、そして角を曲がる。
「……ぁ、やった……!」
そこには二階のマンションの廊下が広がっていた。
透はこうして、二階へたどり着いたのである。目指す206号室までは、もうすぐだ。
大成功
🔵🔵🔵
リュアン・シア
二階って意外と遠いのねえ……じゃなくて、いやよこんな疲れるの。
ちょっと踊り場で休憩。
あら。ここ、何か念のようなものが蟠っているのね。誰かさんとろくでなしとの思い出かしら。少し覗き見させてもらってもいい? 独りで抱え込んでいてもいいことないわよ。多少ならあなたのつらさを受け取ってあげてもいいわ。
さて、と。どうも永遠に階段しかなさそうだから、こうしていても仕方ないわね。眼を閉じて意識を研ぎ澄ませましょう。
微かに感じるオブリビオンの気配に【孤高の奏】で全神経を集中。没入しすぎて自分のいる場所もよく分からなくなる中、オブリビオンの存在感だけが鮮明になる。そこがどこでも、視界を閉じたまま近づいて行くわ。
●「求めてばかりじゃ切ない」なんて歌ってるけど求める以外に何かしてくれた事ある?
階段を、上って、上って、上って、上って。
「二階って意外と遠いのねえ……じゃなくて。いやよ、こんな疲れるの」
終わらない階段の途中で、リュアンはため息を吐いた。
ちょっと休憩をしようと、踊り場に腰を掛けて座る。リュアンの前には、ゆらゆらと揺れる白い靄。それは人の顔をしているようにも、どこかで見た絵画に似ているようにも見えた。
「あら、ここ。何か念のようなものが蟠っているのね……」
(誰かさんと、ろくでなしとの思い出かしら)
「少し、覗き見させてもらってもいい? ……独りで抱え込んでいても、いいことないわよ。……多少なら、あなたのつらさを受け取ってあげてもいいわ」
リュアンの白い指が、悲痛な顔にも見えるモヤに触れる。その瞬間、リュアンの視界はぼやけ――襲ってきたのは、左頬の痛みだった。
いつの間にかリュアンは一階のロビーに立っている。目の前には金髪で長髪の男が、拗ねたような顔で口を尖らせていた。この男に殴られたのだ、と瞬間的に理解した。
『ほら、いつまで泣いてるんだよ!ジュース買ってあげるから、それでもうこの話はなかったことにしようって言っただろ!』
――この話。どの話だったっけ。そんな思考がリュアンの中に浮かび上がる。頬が殴られた痛みとは別に、乾いた涙で引き攣る痛みを感じながら、リュアンは今自身の精神が残留思念の中の誰かと同一化しているのだと理解した。ああ、そうだ。確か、また他の女と二股かけてたんだっけ。私もなんでこんな男が良いんだろう。この男は何で私から離れていかないんだろう。それはきっと私が定職について働いてるからで、あっちの女は水商売だからなんだろう。この男、自分が外で何て呼ばれてるか知らないんだろうか。
『ほら、どれがいいの? これ? あれ? こっち? そっち? どれなんだよ!』
一階ロビーの缶ジュースの自動販売機の前で、ヒステリックにまくしたてる男。呆れたような気分が胸の中に広がる。まるで駄々をこねる子供に母親がしているようだけど、やろうとしているのは私の機嫌を取ることなんじゃなかった? なんでそっちが逆切れしてるの、そもそもジュースごときで許されると思ってるの、こんなところの自動販売機の。なんて言葉は諦めが酷くて出てこなかった。
仕方がないから適当に指をさした。別に全然喉なんて渇いていなかった。
『これでいいの? じゃあこれ飲んだら期限直してよ!絶対だからね!』
そういって男は財布を取り出して、小銭入れをジャラジャラとひっかき回して。
『……あれ、120円しかない。十円足りないわ。ゴメ~ン』
マジかこの男。
そこで、女の思念は途切れ、リュアンの意識は階段の踊り場へと戻ってくる。
「…………。」
胸の奥底になにか熱い油でも流し込まれたような不快感を得ながら、リュアンは黙ったまま立ち上がる。頬の痛みはもう感じなかった。
「さて、と」
このまま上り続けていても、どうやら階段しかなさそうだ。
「だったら、こうしていても仕方ないわね」
瞳を閉じる。意識を研ぎ澄ませる。――微かに、けれど確かに感じる、オブリビオンの気配。それへ向かって全神経を集中させる。
リュアンのユーベルコード【孤高の奏(ソリチュード)】は、非戦闘行為の練度と完成度を飛躍的に向上させるもの。細い細い糸のような気配をたどっていく、いや、これは、鎖か、地縛霊型オブリビオンがまだゴーストと言われていたころ、地縛霊にすべてついていたと言われている鎖。ここの地縛霊型オブリビオンには、まだ鎖はついているのだろうか。
ジャラリ、じゃらり、手繰り寄せる鎖が少しずつ太くなる。糸のような細さから、しっかりと握りこまないと振り払われてしまう太さに。
目を閉じたまま、リュアンは手の中の鎖が太くなる方向へと歩いていく。没入しすぎて、すでにリュアンは自分がどこにいるかもわかっていない。そんな中、オブリビオンの気配、存在感だけが鮮明になる方へ、目を閉じ、視界を閉ざしたまま、歩いていった。
――ふっと、空気の温度が変わるのを感じた。リュアンは少し歩いたあとで、目を開ける。
「ああ」
目の前には、「206」のプレートのかかったマンションの扉があった。
ほう、と息を吐き出して、彼女は迷宮を抜けたことを理解した。
大成功
🔵🔵🔵
エーミール・アーベントロート
到達即時UC【生まれる前に死んだ兄弟達】発動。
いけ、弟たち! 私は階段の上り下りがくっそしんどいので階段を調べるのは任せた!!
(※なお弟たち、階段で縦横無尽に遊んでる)
膝痛くなるから階段は嫌なんですよ、もう! 私はエレベーター派閥だっての!
……ん、残留思念ですか。触れておきましょう。
何が見えたとしても、特に感想は抱かないかもです。
ろくでなしのことが見えたのなら、まあ、壁殴ったりはしますけど。
あと弟たちにもろくでなしのことが見えたのならきちんと言っておきます。
ああいうのをろくでなしといって、私とあなた達の兄さんも同じなんですよってね。
……兄さんにこの事バレないようにしよ。絶対怒られる。
●ごらんなさいあれが人生の悪い見本と指をさされる側の人間ですよ
階段が終わらない。いや、終わるのだけれど着いた筈なのに二階じゃない。ここはさっき来た一階ロビー。ホワイ? エーミールは頭にエクスクラメーションマークを浮かべた。
(もしかして……ここが話に聞いていたゴーストタウン現象というやつですか!)
エーミールはグリモア猟兵に説明されていた話を思い出す。つまりこれは上っても上っても階段が終わらないとかいつまで経っても目的地にたどり着けないとかいう状況になってしまっているはず。その結論に達したエーミールは即刻自身のユーベルコード【生まれる前に死んだ兄弟達(リローデッド・アーベントロート)】を展開する。ぼふん、ゴーストタウン化した空間に兄弟たちの霊が溢れた。むべなるかな、485体の霊である。
「いけ!弟たち!私は階段の上り下りがくっそしんどいので階段を調べるのは任せた!!」
とんでもなくひどい理由だった。兄弟の霊たちは階段に群がって我先に縦横無尽にと遊びまわりだした。もう一度言う。485体の霊だ。もうわっさわっさいる。遊園地だってこんなに子供ひとところに集まらない。ぎゅうぎゅうだ。
「膝痛くなるから階段は嫌なんですよ、もう!私はエレベーター派閥だっての!」
おっさんか。ヒアルロン酸取ってる? 35歳はもうお肌とかいろんなものの下り坂だよ? いや猟兵は生命の埒外なる存在らしいから違うのかもしれないけど。知らないけど。
エーミールが慈愛のまなざしで兄弟の霊たちを見る。自然、兄弟の霊でぎゅうぎゅうの階段を見上げる形になる。
「…………?」
踊り場のあたりに、奇妙なモヤが見えた。
人の顔のような、どこかの画家が描いた絵画のような、そんなようにも見えるモヤだった。
「ん、これが残留思念ですか……」
(触れておきましょうか)
多分、地縛霊型オブリビオンとなった人物が残したものだろう。特に何も感想は抱かないかもしれない。そう思ってモヤに手を伸ばしたエーミールの視界がぶれる。
――シュー……。目の前で、電車の自動ドアが開いた。両腕には荷物の重さを感じる。これは全部数日分の食材とトイレットペーパーやティッシュペーパーなどの必需品になることをエーミールはなぜか知っていた。ついでに、これが初デートだということも。
初デート? エーミールが? 未だに恋人いないエーミールが? こないだアックス&ウィザーズで惚れ薬を手に入れるためだけに獅子奮迅の活躍を見せたけどまだ一人も彼女出来ていない誰でもいいから付き合いたいエーミールが? そんな思考を余所に、「自分」の前で扉は開いていく。急ぎ電車に乗った。ここは街のど真ん中だ。ごった返す人々で電車は溢れかえっている。これから家に帰るのだ、と理解した自分の目には、一つだけ空いた席がある。吸い寄せられるようにそこへ向かって、腰を降ろすやいなや、声が飛んだ。
『座席は俺に譲りなよ!なに座ってんだよ!』
金髪で長髪の男がギターケースを背負って怒りの形相をしている。何か言い返そうとしたエーミールの意思に反して、体はすっと席を立っていた。男はニコニコ顔で座席に座ると、ギターケースを抱えて、ん、と手を差し出してくる。
『ほら、そのカバンは俺が持ってあげるから』
カバン。カバンと来たか。この手に大量の荷物があるのを見えない筈でもあるまいに。諦めが頭の中を支配していく。カバンなんて肩から掛けられるもので、うすっぺらくて、軽くて、特に邪魔にもなっていない物を持って「くれる」ときたか。
手が言われたとおりにカバンを肩から外して――荷物があるものだから、動く電車の中では一苦労だった。
『でさでさ、それでさあ、夕飯何? 俺肉が良いな!』
呆れにも似た感情が頭の中を塗りつぶす。いつもこうだこの男は。こないだだって私が風邪ひいて39℃の熱出してたのにそれを伝えて帰ってきた言葉は「へー、大変だね、で、夕飯何?」だった。今時小学生だってスポーツドリンクと桃の缶詰くらい買ってこれる!結局普通の夕飯を男に作って、自分は冷凍のうどんを電子レンジでチンして無理矢理流し込んで薬を飲んだ。こいつは一言だって「お大事に」とも「俺に何かできることある?」とも言わなかった!そしてそして、今日はそんなこの男との「初デート」なのだ。私はこの男の何だって言うんだ。男に聞いたら「恋人さ」と返ってくるだろう。そうだ。この男は私の恋人なのだ。こんな男が。こんな男が――
ガタン、と電車が揺れた。大きく揺れてバランスを崩して転びそうになった体に、男は指一本触れようとしなかった。夜は昨晩だってあんなにベタベタ触ってくる癖に。
男の口が開く。その声を聞き届ける前に、電車が次の駅を告げて――。
は、っと気が付くと、そこは階段の踊り場で。エーミールは「エーミール」で、他の誰でもなく。足元には兄弟の霊たちが485体ほど遊び倒していた。
「…………」
無言でエーミールは壁を殴った。
その足元で、モヤに――残留思念に触った兄弟が体をぶるぶると震わせていた。なにこれ、と言わんばかりの目で見上げられ、エーミールは言った。
「見えましたか。ああいうのを「ろくでなし」と言って、私とあなた達の兄さんも同じなんですよ」
ふーん、そっかー。みたいな目で見返された。
(……兄さんにこの事バレないようにしよ。絶対怒られる)
もし知られた時のことを考えて背中をぶるりと震わせるエーミールの背後で、柱をべたべた触っていた兄弟が「あ」みたいな顔をした。
「え?」
――なんか変なスイッチとか、押しちゃいました?
ざあ、と雨が上がるような音がした。不思議な表現だが、実際エーミールはそう感じた。雨が上がるような、霧が晴れるような、そんな、音にはならない音が。エーミールははっとして頭上を見上げ、かつ、かつ、かつ、かつ。ああ私はエレベーター派だって言ったんですけどねと思い返しながら階段を上ってゆく。
角を曲がった先にあるのは一階ロビーではない、両側にドアの続く廊下。足を踏み出し、一歩一歩歩いていく。
「206、号室……!」
エーミールの目の前には、206号室の扉が聳え立っていた。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『ナミダ』
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POW : ペインフルティアーズ
全身を【滂沱と流れ落ちる涙】で覆い、共に戦う仲間全員が敵から受けた【痛み】の合計に比例し、自身の攻撃回数を増加する。
SPD : 涙の体
自身の肉体を【涙に似た成分の液体】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
WIZ : 涙の鎖
自身が【悲しみ】を感じると、レベル×1体の【地面から生える「霊体の鎖」】が召喚される。地面から生える「霊体の鎖」は悲しみを与えた対象を追跡し、攻撃する。
イラスト:雑草サキ
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
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『こいつじゃない……』
じゃらり、鎖を鳴らして、女は気絶した男をぽいと投げ出した。コンビニ弁当の空き箱とカップラーメンの空のカップ、ポテトチップスの空き袋などが詰め込まれたゴミ袋の山の中に、男は投げ出されて目を回したまま呻くことすらしない。
『また違った……どこ……どこにいるのよあの野郎……』
両の目から涙を延々と流しながら、鎖をじゃらじゃらと引きずりながら、女は部屋中を見回す。もちろんそこには倒れている男以外誰もいる筈はない。
『私の部屋……こんなにしやがって……!』
206号室の扉を開けた猟兵たちが見たのは、そうしてゴミ屋敷と化した部屋の中で涙を流す地縛霊型オブリビオンの姿だった。
『み、見た、見たの、見たわね、違うの、私じゃない、私がやったんじゃないの、こんな部屋……見ないで、見ないで、見るなああああああ!!』
叫びながら襲い掛かってくるオブリビオン。それはいっそ哀れがましい姿だ。けれど、既に死者となってしまった以上、そしてオブリビオンと化してしまった以上、彼女を倒さないわけにはいかない――。
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第三章 ボス戦「ナミダ」が現れました。
おめでとうございます。猟兵たちの捜査により、ゴーストタウン化した階段を抜け、206号室へとたどり着きました。
以下に詳細を記します。
「戦場について」
206号室の部屋の中になります。部屋の外には出られません。
間取りは入り口からすぐキッチン付きリビング、そして六畳一間となっています。
トイレ・風呂の入り口にはゴミ袋が詰め込まれており入れません。
部屋を出ていった男が残したままの汚部屋、ゴミ屋敷状態になっており、かろうじて足の踏み場はありますが非常に足場が悪くなっていますが、代わりに戦闘に使えそうなものは探せばあるかもしれません。その場合は「使えるものは何でも使う」のような曖昧なものではなく、「何を」「どのように」使用するかプレイングに明記してください。
室内の為、空中戦には向きません。(空中戦を行ってもペナルティはありません)
また、戦場は非常に閉所です。猟兵は閉所での武器の取り回しに長けているため気にする必要はありませんが、レベル分など何かを複数呼び出すタイプのユーベルコードは広さに注意し呼び出す分を加減しないと、部屋にみっしり詰まって動けなくなる場合があります。
犠牲者である男性は気絶しているだけで生きています。敵は既に彼から興味を無くしたので傷つけることはなく、彼を非難させるなどする必要はありません。戦闘の間彼が気絶から覚めることはないため、放っておくに限ります。
「ボス「ナミダ」について」
地縛霊型オブリビオンです。鎖は床に繋がっており、部屋中を自在に移動できます。(マンションの玄関までも出ることができますが、現在は猟兵同様部屋から出られません)
テリトリーを得たことで非常に強力になっており、普通に戦った場合はとても苦戦を強いられます。ですが、グリモア猟兵からの情報、そして第二章で見た残留思念などから彼女の心残りである「ろくでなし」に振り回された事への慰め、共感、説得などを伝えれば、弱体化させることが出来ます。
指定されたユーベルコード以外にも、鎖で締め上げたり鞭のように使ったり、手で首を絞めてくるなどの攻撃手段を用います。
第三章のプレイング受付は12/20(月)朝8:31~となります。
リプレイ返却はその翌日以降となります。
時間帯によっては上記タグやマスターページに受付中の文字がないことがありますが、時間を過ぎていればプレイングを送ってくださって構いません。
マスターページを一読したうえでプレイングを送信してください。
それでは、地縛霊型オブリビオンを倒し、彼女の悲しみに終止符を打ってください。
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エーミール・アーベントロート
ああ、ええと、見ました。はい。
見ないというわけにも行かなかったので、すみません。
……しかし、さぞ辛かったでしょうね。
女性をなんだと思っているのか、あの男は。
この事件が終わったらあの男を探し出して、兄さんに引き渡さないと。
貴方をそんな目に合わせた男に、最上級のろくでなしというものを味わわせてあげます。
……なので、ちょっと落ち着いてくれません?
戦闘は仕込み杖でゴミを振り払いつつ戦いましょう。
狭い空間なので、ナイフも交互に扱いつつ。
そして、敵が攻撃を仕掛けてきたタイミングでUC【壱刃五方刺】。
そのろくでなしの処理はね、貴方がやる必要はない。
そういうのは……殺人鬼たる私の役目でもありますから。
●私が死んでるうちにこれだけ部屋ぐっちゃぐちゃにして片づけもしないで出ていきやがった
「ああ……ええと、見ました。はい……」
『見た……見たのね……!見ないで、見ないでよぉぉ!!』
「見ないというわけにもいかなかったので、はい……すみません」
真摯に謝るエーミールと、両目から涙を流して恐慌する女の地縛霊。しかし彼らの会話には、些細にして大いなる誤謬――食い違いがあった。
女心がわからない故の誤謬か。エーミールは真摯に、『残留思念を見た』ことについて謝っていた。しかし地縛霊の女にとっては、『見た』とは『ゴミ屋敷と化した汚部屋を見た』ことだ。女性であればふつうは誰だってゴミ屋敷状態の部屋、見られたくない。それが自分が散らかしたんじゃなくて他人が勝手に散らかして出てったなら尚更だ。
『見ないで、見ないで、見ないで、見るなああ!!』
地縛霊の女は半ば恐慌状態に陥りながら、顔を赤くして叫ぶ。流れ続ける涙が彼女の全身を覆い、ぐっしょりと涙に濡れた体で、じゃらじゃらと自らに結び付いた鎖を鞭のように撓らせてエーミールを打ち据えようとする。その鎖を仕込み杖で弾き飛ばして、ついでに床に積もったゴミを叩きつぶして、エーミールは女に向かって語りかけた。
「……しかし、さぞ辛かったでしょうね」
『ううぅ……う、うぅ……!!』
「女性を何だと思っているのか、あの男は。……この事件が終わったらあの男を探し出して、兄さんに引き渡さないと」
『あ、あいつは、あのクソ野郎は、私……私が……!』
「貴方をそんな目に遭わせた男に、最上級のろくでなしというものを味あわせてあげます」
エーミールの語る『兄さん』とは、これまでもさんざん言ってきたがろくでなしだ。エーミール曰く、「ある条件下に陥った状態に限って」、ではあるが。あの残留思念を見て兄さんも同じなんですよ、といえる程度にはろくでなしだ。
「……なので、」
まだ刃を抜いていない、金細工の彫り込まれた黒塗りの仕込み杖と地縛霊の操る鎖が何度も音を立ててぶつかる。空いた手にグラスナイフを手にして、慎重に機を窺うエーミール。
ジャラジャラジャラジャラジャラッ!!鞭のように撓る鎖がエーミールを打ち据えようとするのを潜り抜け、ゴミ袋を踏みつけて飛び上がり、エーミールは地縛霊に肉薄する。
「……ちょっと、落ち着いてくれません?」
【壱刃五方刺(ワンショット・オールスタブ)】。一気に仕込み杖から抜き放った刃が地縛霊の女の腹を貫く。霊であるがゆえに血は流れないが、かはっ、と女の喉が音を立てた。
「そのろくでなしの処理はね、貴方がやる必要はない。……そういうのは……「殺人鬼」たる私の役目でもありますから」
女のぐっしょりと濡れた体を前にして、エーミールは静かな声でそう言った。
大成功
🔵🔵🔵
リュアン・シア
お邪魔するわね。
あなたがやったわけじゃないのは分かってるから、少し落ち着いて。この期に及んで猶あの男に振り回されるのはゴメンでしょ。あんなのに心も時間も遣う必要ないわ。って、ああ、それでも――一度はあなたが好きになった人だったかしら。一緒にいて楽しい時もあった?
私はオブリビオンであるあなたと対峙しなきゃいけないんだけど、その前にお部屋掃除してもいい? すぐに全部は無理だけど、残りも後で綺麗にしておくから。保管しておいてほしい物があったら教えて。
部屋を壊さないように【執着解放】の衝撃波は抑えるわ。
ねえ、あなた、お名前は?
解放してあげる、哀しい記憶に縛られたあなた自身から。
もう泣かなくていいのよ。
●だけどあなたがよく歌ってた「あなた」は最後まで私の事じゃなかった
『見ないで、見ないで、見ないでよこんな部屋ぁぁ……いやああああ……!!』
地縛霊の女の体が透き通っていく。その体は両目から流れ続ける涙と同じ成分に変わりつつあった。ぐにゃり、と液体状になった体が形を変えようとする中、リュアンは臆せずに女へと一歩近づいた。
「お邪魔するわね」
そうして、伸ばした白い手で女の背を撫でる。ぐにゃぐにゃと液体化していた地縛霊の体が、相変わらず両目から涙を流し続けてはいたが――元に戻った。
「あなたがやったんじゃないのは分かってるから、少し落ち着いて」
女の背を撫でながら、リュアンは幼子を宥めるように地縛霊へと語りかける。
「この期に及んで猶あの男に振り回されるのはゴメンでしょ。あんなのに心も時間も遣う必要ないわ。……って。ああ、でも、それでも――一度は、あなたが好きになった人だったかしら」
『う、うぅ、ううううう……』
悲しい女の本性を晒して、地縛霊は泣き続ける。
そうなのだ。リュアンが見た彼女の残留思念にも、グリモア猟兵から聞いた情報にも、どこにも。彼女があのろくでなし男から別れたいという情報だけは、読み取れなかった。それは、これだけのろくでなしぶりを死後にまで突きつけられて、なお。彼女は。
「一緒にいて、楽しい時もあった?」
『……あいつね……バンドマンだったから……歌だけは上手かったの……私の為に、歌ってくれる時もあった……その時だけは……本当に、嬉しかった……だけど、だけどっ……!』
ふたたびぐんにゃりと形を揺らがせてしまいそうになる女を支え、リュアンは一度目を伏せて、そして言った。
「――私は、オブリビオンであるあなたと対峙しなきゃいけないんだけど。その前に、お部屋掃除してもいい? すぐに全部は無理だけど、残りも後で綺麗にしておくから」
『……え』
この部屋からは出られない。猟兵たちと彼女、どちらかが倒れるまでは、部屋の扉は開かない。だから、リュアンにできるのは放り出されたゴミをゴミ袋に入れて、部屋の床を掃き清めることくらいだ。それでもリュアンはやった。女の最期の心残りを解消するかのように、部屋を掃除していった。
「保管しておいて欲しいものがあったら、教えて」
『……その……首飾りがあるの。小さいけど、ルビーのついた、シルバーのネックレス……母さん、母の、形見で……それだけは、きちんと、実家に返したくて……』
地縛霊の女の消え入りそうな声に、こくりと頷いて。リュアンは丁寧に部屋を検め、塵をゴミ袋に入れて、部屋を掃き清めていく。地縛霊の彼女がいるがゆえに電気が通っていないのか、故に掃除機は使えない。水道も止められていて、雑巾をかける為の水を汲むこともできなかったけれど、リュアンは状況が許す限りの、彼女に出来る精一杯をした。
「ゴミ袋は、部屋が空いたら捨てに行っておくから……」
『う……うう、ああ、有難う……ありがとぉ……!』
ひく、としゃくりあげる地縛霊。彼女を前にして、リュアンは【執着解放】の風を纏う。部屋を壊さないように極力衝撃波を抑え、リュアンは問うた。
「ねえ、あなた。お名前は?」
『……紗英。小林、紗英』
「そう、紗英。……解放してあげる、哀しい記憶に縛られたあなた自身から」
地縛霊の女は――紗英は抵抗しなかった。リュアンの体から放出された斬撃が、彼女の体に一太刀を入れる。霊であるからが故か、血の一滴も流れることはない。
「もう、泣かなくていいのよ――」
大成功
🔵🔵🔵
槐夢・透
…なんだコレ、足の踏み場もねーじゃん。ああ大丈夫ッスよ、お姉さんがやったんじゃないって事は何となく分かるんで。
にしても、本当に辛かったんスね。死んじゃったのに今こうしてオブリビオンになって出てきちゃうくらいなんスから。
……よし、俺で良かったら話聞くッスよ?生きてた頃の恨み辛み、全部吐き出して欲しいッス!
って言ってその場にあぐらをかいてかいて座るッス!あ、でももし楽しかった思い出もあるなら、それも聞かせて欲しいッス!
一通り話を聞いた後UC発動、自分の血で作った〈血喰弾〉を拳銃に1発だけ込めてから、目の前のオブリビオンに撃つッス
…もう悲しまなくて大丈夫ッスよ。ゆっくり休んで下さいッス
●きっとこの恋は実らない方が幸せだったなんて死んでいまさら思わせないで
――時間は、少し巻き戻る。
「……なんだコレ、足の踏み場もねーじゃん……」
文字通りのゴミ屋敷、汚部屋と化した206号室の惨状に、そんな言葉が透の口をついて出た。
『う……うぅぅぅ……見ないで……見ないでよぉ……!』
地縛霊の女は両目から滝のように涙を流し、それは彼女の全身をぐっしょりと濡らしていく。そんな彼女に透は慌ててフォローに入った。
「ああ、大丈夫ッスよ、お姉さんがやったんじゃないって事は何となくわかるんで」
『私じゃないの……帰ってきたらこんなになってて……あいつがいなくなってて……あいつ……あいつ……!』
「にしても、本当に辛かったんスね。死んじゃったのに、今こうしてオブリビオンになって出てきちゃうくらいなんスから」
涙を流し続ける地縛霊の女を見て、部屋の惨状を見て、透はよし、と頷く。
「俺でよかったら、話聞くッスよ? 生きてた頃の恨み辛み、全部吐き出して欲しいッス!」
そういって、その場にあぐらをかいて座り込む。コンビニ弁当の空き箱をパキパキと尻で踏んだが気にしない。
「あ、でも、もし楽しかった思い出があったら、それも聞かせて欲しいッス!」
『……いいの? あんたとは本当に、縁もゆかりもない話よ?』
「縁もゆかりもなかったら俺はこんなところに来てないッスよ!」
『それも、そうね』
涙をだくだくとながしながらも、地縛霊の女は唇だけで微笑む。
――長くて短い、女の話が始まった。
女と男の出会いは、ライブハウスだったという。バンドマンだった男は歌声だけは綺麗だったのだ、と女は言った。
『あと、顔もまあ、……そう。私好みだった』
あの頃は男の本性なんて知らなかったから、他のファンと同じように好きでいられたのよね、と女は言う。
『それだけで済んでいたら良かったのよね。恋人同士なんて関係になっちゃったから、悪い面もしっかり見えるようになっちゃった』
バンドマンだったから彼を好く女は多くて、浮気は数えきれないほどされた。そのたびに喧嘩になったし、そのくせ機嫌を取るのはめちゃくちゃに下手だった。時々暴力も振るわれた。
『好きだったのは私だけで、あいつにとっては私なんて家政婦代わりだったのかもしれない。三食食事作って、家賃も光熱費も全部私負担。だって私がいなくなったらこの始末だもの。あいつに自炊なんてできるわけなかった。掃除もここまでできないなんて予想外だったけど』
至る所に散らばるコンビニ弁当とカップラーメンの空き容器。出ていくまでどんな食生活をしていたのか予想に難くない。
『お風呂場までゴミ袋で埋めちゃって、あいつ、一体どこで体洗ってたのかしら……本当、信じらんない……信じ、らんないわよね……』
しゃくりあげる声が混じる。流れ続ける涙とは別に、泣いているのだとわかる。
『それでも私は甘かったのよね。あいつの歌を聞けることが嬉しかった。誰よりも先に聞けるのは、私だけの特権だった。……それだけは、本当に。歌だけは、あいつのいいところだったの』
――そんな歌だけの駄目な男を好きになった、馬鹿な女なのよ、私。
そう言って女は話を締めくくった。話が終わったのを察して、透はユーベルコード【Code:Fames】を発動させる。透の血液から「血喰弾(クリムゾン・バレット)」が生成される。それを彼専用のハンドガンに1発だけ籠めて、透は真剣な目で地縛霊の女にハンドガンを向けた。
「お話、ありがとうッス。……ごめんなさい。俺は、お姉さんを倒しに来たんスよ」
『……そう、でしょうね』
「抵抗、しないんスか?」
『話してたら、もう、する気なくなっちゃったわよ』
「そっか。……目、閉じてくれたら。それで終わりッスから」
――ガァン。寂れたマンションの一室に銃声が響く。それは隣室にも、部屋の外にも、どこにも聞こえることはない。閉ざされたこの部屋の中でのみ響く音だった。
「……もう、悲しまなくて大丈夫ッスよ。ゆっくり休んでくださいッス」
銃口から硝煙を一筋立てるハンドガンを握りしめたまま、透は女へ向けてそう言った。
大成功
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サンディ・ノックス
複数の同業者が彼女の気持ちに寄り添い
ある同業者が部屋を整頓して彼女の錯乱状態は落ち着いた
俺は彼女、紗英さんに何をしてあげられるかな
ねえ、まだ心残りになっている事はある?
あの男を殴りたいというのなら殴ってやるし
殺したいと願うなら叶えてあげる、俺以外にもやってくれそうな同業者もいるしね
…でも貴女の願いは違うんじゃないかなって思う
僅かでもいいから想ってほしかった
例の男にはヒトを想う能力なんて無いだろうから叶わぬ望み
こんなことに意味は無いと感じるヒトも居るからこれからやろうとしていることを教えるよ
俺の力で夢を見せてあげようと思ってる
彼と過ごす穏やかな時間の夢
そんなの無意味だと思うなら遠慮なく拒否してね
●それでもあなたを愛してる時は幸せだったって言えちゃうの、馬鹿みたいだけどね
じゃらり、じゃらりと複数の鎖が綺麗に整頓された畳から生える。
けれどその鎖が敵を――サンディ・ノックス(調和する白と黒・f03274)を襲うことはない。ただ所在なさげにゆらゆらと揺れるだけだ。むべなるかな、その鎖は彼女に悲しみを与えたものを追跡して攻撃するもの。
サンディは気づいている。未だ滝のように涙を流してはいるけれど、地縛霊の女――小林紗英の中から、もはや悲しみはなくなってしまったのだと。
(幾人もの同業者たちが彼女の気持ちに寄り添った。この部屋を綺麗にした同業者がいたから、彼女の錯乱状態も落ち着いた)
――俺は彼女に、紗英さんに何をしてあげられるかな。
「ねえ、まだ心残りになっている事はある?」
『心残り……』
「その男を殴りたいというのなら殴ってやるし、殺したいと願うなら叶えてあげる。俺以外にもやってくれそうな同業者もいるしね」
『…………』
「……でも、貴女の願いは違うんじゃないかなって思う」
僅かでもいいから、想ってほしかった。
件の男は、自分ばかりでヒトを想う能力なんて無いだろうから、叶わぬ望みなのだろうけど。
『……私、わたし、今何がしたいのかしら……最初はあいつに、この部屋片づけさせなきゃって……そう思って……目の前真っ赤になって……でも、こんなに綺麗にしてもらって、本当にもう、心残りなんてあるのかしらね……』
涙を流したまま、自嘲するように唇だけで笑う紗英に、サンディは言う。
「……これから俺がやることに意味は無いと感じるヒトも居るから、これからやろうとしていることを教えるよ。……俺の力で、夢を見せてあげようと思ってる」
『……ゆめ』
「そう。彼と過ごす、穏やかな時間の夢。そんなの無意味だと思うなら、遠慮なく拒否してね」
『……穏やかな時間、かぁ……ふふ、ありがとう。無意味なんかじゃないわ。だってその気持ち、すっごく嬉しいもの。あなたたちは、わたしを倒しに来たんでしょう? わたし、もう死んでるのに、こんなになっちゃってるのに、……みんな優しいもの』
だから、あなたのしたいようにしていいのよ。
「そう。じゃあ、始めるよ。……いっておいで」
サンディは暗夜の剣を抜く。現れた黒水晶が輝き、光が締め切られた部屋中を乱反射する。その煌めきに目が眩んで、紗英の意識はぼんやりと遠くなる――
『……え、……紗英。起きなって』
『え……?』
目を覚ませば、そこは塵ひとつなく整頓された自分の部屋で。涙も頬を流れてはいない。
笑顔の男が、コンビニのワインを片手に笑っていた。テーブルの上には、やっぱりコンビニで買ってきただろう、けれどちょっとだけ豪勢な食事。
『今日はパチンコ大勝ちしたからさあ!買ってきちゃった』
ああ、そんな時もあったっけ。本当に本当に時々のことだったけれど――。
ワイングラスをカチン、と鳴らして、乾杯。あいつは機嫌よく飲み干して、そしてギターケースから愛用のギターを取り出した。
『新曲が出来たんだよ。次のライブ用だけど、聴いて』
ああ、そう。やっぱりわたしは、こいつの歌声が大好きなの。機嫌よく歌ってるこいつが好きで、離れられなかった――別れられなかったの。
ギターの旋律と歌声が小さなマンションに響く。今日だけは隣人の苦情だってあり得ないって知ってる。ソファでワインを飲みながら、きっといつか認められるって信じているこいつの歌を聞くのが、私の小さな、だけど最高の幸せなんだ。
『紗英。さーえ。寝ちゃったの?……おやすみ。毎日、お疲れ様』
ああ、労われたのなんて本当にいつぶりだろう。そうね、だけどその一言があれば、わたし、明日も頑張れるから……
――女の姿は涙に溶けていく。じんわりと全身を浸す涙に末端からその姿を空中に蕩かして、消えていく、閉ざされた両目からは涙がずっと溢れ出していたけれど、その表情は、安らかだった。
サンディのユーベルコード【解放・従夜】の黒水晶は、敵に幻覚を見せると同時にダメージを与える。幻覚は、最後の幻想に。黒水晶は煌めいたまま、女の体には傷はほとんどなかった。
「……おやすみなさい、良い夢を」
消えゆく女を見下ろして、サンディはそっと小さくつぶやいた。
――この206号室<ろくでなし>に囚われた、地縛霊<哀しい女>の流す涙は、確かに終わりを告げたのだった――
大成功
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