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🎃🌸南瓜灯に縁の燈

作者：四ツ葉

　桜の都にも橙色した祭りの気配。
　賑やかな大通りを逸れ、一歩踏み入る先。
　薄暗い小路は、桜都の雰囲気を少し潜めたハロウィン仕様。

　小路を照らすにやにや笑いの南瓜灯。
　軒先で風に揺れるは蝙蝠飾り。
　露店の看板下には箒に乗った魔女の影。

　小路の雰囲気に誘われたならどうぞ耳を傾けて。
　今宵、此処を通るには、一つ約束が御座います。
　お手元に揺れる橙灯した『かんてら』のご用意を。
　それが此処での通行証。

　そう、その灯りに導かれ、きっと良き縁が巡るでしょう。

　●

　「やっほー！食欲、運動、芸術、読書、色んな秋、満喫してるー？」
　指折りながらそう告げて、金色の眸を輝かせた女が集う皆を見回した。
　「くふふっ、琥瑚さんからもキミ達にひとつ、楽しい秋の話を提供しちゃうわ」
　にししっ！と白い歯を見せて笑った愛徳・琥瑚（ひらひら・f23161）は、よーく聞いてね、と先を続ける。

　この季節、桜花舞うサクラミラージュも、薄紅だけでなく南瓜色に染まる。
　ハロウィンは桜都でも浸透した催しのひとつだ。
　そんな南瓜色混じる街の一つに、影朧が現れる兆しが見えたという。
　「とはいってもね、とっても弱い子なのよ。見た目も……そうねぇ、10歳くらいの子じゃないかしら」
　んー、と人差し指を頬に当て、彼女は告げる。
　「この街の賑わいに引き寄せられちゃったみたい。でもでも、悪いことする訳でも無くって！」
　ハロウィンの楽しさを目一杯満喫したら、満足して転生できるみたいなの！
　ぴしっと人差し指を立てて告げる彼女は何処か嬉しげだ。
　ただ、あまりに弱いため、その少女の名や過去については知れないという。
　解かっているのは、黒衣の魔女に扮した艶やかな黒髪の少女だということ。
　『おまじない』の類に興味を示しているのだということ。
　「それくらいの歳の女の子って、好きよねぇ。おまじない」
　こくこく、と何やら知ったかぶった様子で頷いている。

　「ま、そんなわけで！キミ達には彼女の現れる界隈で、目一杯楽しいハロウィンの雰囲気を作ってきて欲しいのよ」
　とはいえ、特別な何かをする必要はない。
　唯でさえハロウィンカラーに染まり浮かれる桜都の一角だ。
　其処に交じって、かの地を満喫してくれれば十分だと彼女は言う。
　件の少女を見かけたなら、声をかけて一緒に楽しむのも良いだろう。
　何らかの仮装をして声を掛けると、彼女も応じてくれやすいようだ。

　「でねでね、その場所のお話なんだけど！」
　キミ達もおまじないに興味はある？と続けた彼女の言う事には、その地では今『おまじない』が流行しているとのことで。様々な『おまじない』に因んだ品があちらこちらの店で溢れているのだそう。
　書店にはおまじないの本が目立つ場所に置かれ、パーラーやレストランにはおまじないに因んだメニューや、恋御籤の入ったクッキーなどがずらり。
　文具店にもおまじないに使うハート形の筆記具や、様々な効果を記載した天然石の細石が小壜に詰められて、愛らしい飾りと共に並んでいる。
　「流行の中心が女学生たちって事もあって、恋のおまじないに関する物が多いんだけど……おまじないって、それだけじゃないじゃない？」
　今のキミ達に合う『おまじない』にも、出逢えるんじゃないかしら？
　それを探して回るのも、おまじないと南瓜色に混ざった桜舞う街を巡るのも楽しいと思うわ、と。結わう黒髪を揺らして、人差し指を立てた彼女は告げた。

　「それにね、其れだけじゃないのよ。もう一つの目玉が夜にあるの！」
　キラキラと瞳を輝かせた彼女が言うには、夜になると特別な小路が解放されるのだという。
　往来の多い大通りから逸れた先、この時期ある条件を満たした者だけが通れる小路。
　「分かりやすく、南瓜通りって皆は呼んでるらしいわ」
　路の左右を南瓜を刳り抜いた灯りが灯籠の様に照らしていて、並ぶ露店を飾るものも、蝙蝠に魔女とハロウィン仕様。
　店員も仮装で身を包み、勿論、並ぶ商品もこの季節に因んだもの。
　薄暗くも幻想的な雰囲気を生み出す狭い小路は、夢と現の境界を思わす様だという。

　その小路に入るための条件と云うのが『かんてら』なのだそうだ。
　「通行証代わりっていうのかしら、灯りの燈ったカンテラを持った人だけが、小路の入り口に立ってる番人の許可を貰って入れるの」
　自前で用意しても良いし、日中にどこかの店で調達してくるのも良いだろう。
　「それにね、この南瓜通りをカンテラの灯りを消さずに通り抜けると、『良い縁が巡る』って噂もあるらしいわよ」

　――おまじないと一緒に、良縁への想いを乗せるのも良いかもね！

　にかりと笑った彼女は、それじゃあ、準備はいい？と蝶揺れる杖を一振り。
　キミ達を薄紅と南瓜色に染まる桜都へと送り出した。

第1章 日常 『最近流行りの恋のおまじない』

POW   :    恋人とのスッテップアップを願っておまじないしてみる SPD   :    恋が叶いますようにとおまじないしてみる WIZ   :    好きな人が出来ますようにとおまじないしてみる 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　ひらりひらり。
　舞う桜の花弁と共に、赤き頭巾が揺れ靡く。
　常の服装の上から羽織られた、鮮やかな赤を翻し、宵雛花・十雉（奇々傀々・f23050）の橙は常より少し瞠られて。
　「わぁ、話には聞いてたけど、本当におまじないがたくさんあるんだ」
　「ほんとすげーな」
　街を彩り賑わす数多の其れに、感嘆の声を溢す十雉の隣。軽く同意の言葉を添えたのは、唄夜舞・なつめ（夏の忘霊・f28619）。
　赤き頭巾を護るよに、猟師服に身を包んだ龍神の頭部には、狼の耳。彼の仮装は、護るよでいて狙うもの。
　そんななつめの、つと細められたまなこには、商店の軒にて揺れる、極彩色の編み飾りが映り込む。
　「こんなんで本当に効果あンのか？」
　冷やかしめいて指先伸ばせば、手書きの札に『窓に吊るせば想い人を引き寄せる！』と書かれている。
　正直少し、怪しい。

　「恋愛関係のが多いんだね」
　訝しげに眉を動かすなつめの隣、へぇ、と彼の指先を視線で追う十雉の声が続き、幾何学的な模様を描いている、隣の飾りへと指を伸ばした。
　興味深げに触れる十雉の様子と、鮮やかすぎるまじないを見比べて。
　「ときじのまじないの方が、よっぽど効果ありそ……ン？」
　彼の視線が、己へちらりと向いたことに気が付いた。
　「恋愛、といえばさ」
　さりげなく。枕詞を添えながら、彼の唇が動く。

　――なつめって、好きな人とかいるの？

　視線は手に触れた極彩へと向けたまま、問う十雉の声に、なつめは視線を飾りから真上へ向けて。
　「好きな奴……番にしたいヤツのことかァ？」
　「つ、番……ま、まぁそういうこと」
　彼の表現に、少しばかり見開く視線をなつめに向けるも、そわりとする心地を抑え、飽くまでさりげなさを装って。
　「今のところはいねェかなァ……」
　「ふ、ふーん。そうなんだ」
　思案げに、ふんわりと返る彼の答えに、内心ほっとした気持ちを抱えた十雉の相槌もまた、どこかふんわりとした響きでいて。
　それが単調に響いたのだろうか。それとも、それすら彼らしい返しだったからだろうか。
　「……つまんねー結果で悪かったなァ。そーいうお前は？」
　にぃと笑ったなつめの言葉が、悪戯な響きを帯びて十雉へ届く。
　思わず返る己への問いに、慌てたように両手を振って。
　「お、オレはいないよ、別に」
　「なんだ、いねーのかよ！」
　からりと笑ったなつめの表情が、つと真顔に変わり。

　――……ホントかァ？

　言の葉の向こうの真実を探るよに。
　十雉の橙色した瞳を、じぃいと見つめる。
　その視線から逃げるよに、慌てて顔を逸らした十雉の目に映ったのは、『恋御籤』の文字。
　「あ！せっかくだから、恋御籤っていうの試してみようよ」
　渡りに船、と指差せば、其処には桜花模す素焼きの置物が並んでいる。
　視線を話題をと逸らすままに提案したけれど、仄かな興味も裡には宿っていて。
　それもまた、内心くすぐったい気持ちになるものだから、ひとつ硬い花弁を摘みながらに慌てて添える一言は。
　「ほ、ほら、なつめにいつまでも相手ができなかったら可哀想だしさ」
　「よけーなお世話だっての！！！」
　何だか軽口交わすよな、そんなやり取りへと流れゆく。

　――ったく、自分の心配しろよ……

　気心知れた相棒同士。
　其れ故の、少しばかり憮然とした表情でなつめもひとつ、桜花を選び取り。
　笑顔の店員へと代金を払えば、其々に素焼きの裡へとねじ込まれた恋御籤を引き出して。
　十雉の御籤に記されていたのは、『五分咲き：心の聲に向き合うと吉』。
　「五分咲き……ってことは、真ん中ってこと？」
　結果だけを見れば、よくもなく悪くもなくと言った事だろうか、と。首を傾げては、心の聲か……と、胸に手を当ててもみる。
　なんだかんだと結果に左右されるなんて、我ながら単純だ、なんて思いつつ。
　小さく笑うまま視線を隣に向けてみれば、なつめもまたねじられた紙を解し終え、目を通しているところだった。
　なつめの御籤に記されしは、『七分咲き』。
　その結果そのものは、良しも悪しもまぁこんなモンだろと思いつつ。読み進める視線は、結果に添う一言にてぴたりと止まる。

　――……まさかなァ～

　思わず零れたなつめの呟きに、ぱちりと瞬き反応したのは隣の赤き頭巾を揺らす彼。
　「え、何て書いてあったの？」
　「何でもねーよ」
　「見せてよ」
　真っ直ぐに、興味の儘と向けられた相棒の橙を躱すよに、素早く畳んだ御籤はなつめのポケットの中。
　やだよ、と戯れるよに先ゆくなつめと追う十雉。赤頭巾と狼のあべこべな追いかけっこ。
　いや、そのさきで捕まえるのは、誰が、誰を？
　そんな問いの答えも今は、朧な桜吹雪の中。
　街行くふたりを、橙色したにやにや笑いが道の脇から眺めていた。

　ポケットの奥。
　密やかに、握りしめられた紙片。
　七分に咲いた桜に続く詞は――『待ち人、すぐそばにいる』。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　常よりも鮮やかな色増す桜都を眺めゆき。
　琥珀の瞳を輝石の如く煌めかせた、推葉・リア（推しに囲まれた色鮮やかな日々・f09767）も、溢れるまじないに心躍らせるひとり。
　海賊の仮装に身を包み、彼女は軽やかな足取りで、ヨーホーと人波をゆく。
　今日この日だからと、仮装姿に身を包む者も、常のまま、袖や袴を靡かせゆく者も、やはり流行りの主となる女学生の姿が多く見られた。

　「うんうん、女の子って、皆おまじない好きよね！私も好きよ！」
　楽しげに、どこか微笑ましげな色をも混ぜて、右に左に視線を向ける彼女の視界に、真黒な魔女の子が映り込んだ。
　流れる黒髪が桜吹雪に揺らめいて、目深に被った帽子で隠れた瞳や表情は見辛くはあるが、どうやら彼女が件の影朧らしい。
　「ね、そこの魔女さんも一緒にどうかしら？」
　驚かさぬよう、けれども明るく声を掛けたリアを見上げ、彼女の口元が緩やかに動く。
　「わたし？……わたしも、一緒に行っていいの？」
　問いかける魔女の子に、もちろん、と頷いて手招くリアへと頭を大きく縦に振り、少女は彼女の傍らを並び行く。

　「おねぇさんは、どんなおまじないを探してるの？」
　数多のおまじないに溢れるこの地。海賊たるリアによる、此度の航海のお目当てはといえば。
　「私が探すおまじないは『縁結び』！」
　「縁結び、かぁ。おねぇさんも、恋のおまじない？」
　「あら、縁結びは何も恋人だけじゃないわ！」
　首を傾げた少女に向けて、ぴしっと指を立てて告げるリアの表情は輝いている。
　「『縁結び』っていうのは、人と人を良縁で結ぶ願いを込められるのよ」

　――そしてそれは、推しキャラを引き寄せる願いも込められる！！

　がっ！と握り拳を作りながら、熱く語るリアの背中には萌え……燃え往く炎が見えたとか。
　眸の奥に星を宿したかのよに、キラキラと煌めかせながら語る彼女を、きょとんとした雰囲気で小首を傾げて見上げる魔女の子。
　其の肩へと軽く触れたリアはにこやかな笑みを向けて。
　「……貴女はまだわからなくても大丈夫よ、うん」
　「そう？でも、おまじないで、おねぇさんの……おし、さん？と、あえるといいね」
　こくりと頷く少女の詞に、そうね、と頷いたリアは彼女と連立って再び桜都の通りを往く。
　「そう言う魔女さんは、どんなおまじないを探してるの？」
　「わたしは……おまじないが、好きなだけ。どんなのでも、いいの」
　だから、おねぇさんのを一緒に探せたらそれでいい、と告げた彼女に頷いて。
　それならば、と、縁結びの其れを求めて店を覗き始めた。

　どんなものをと思案した時、やはり持ち歩きやすい物がいいだろう、と。
　リアの脳裏に浮かんだのは、スマホに付けられる根付や、カードタイプの御札と言った形状だ。
　そう言ったものに見覚えはある？と、この街を見回っていただろう少女へ問うてみたならば、こっち、と手招かれたのは小さな商店。桜都の中でも、和の雰囲気に寄った店の様だった。
　中に入れば店主の老婆ひとりのようで、静かな店内には幻朧桜のお守りや、木彫りの根付などが並んでいる。
　その中で、リアの目に留まったのは、『縁結び』と書かれた札の貼られた木箱に並ぶ、根付型の鈴護り。
　添えられた説明によると、『縁を結びたい対象を思い浮かべ、吉方を向いて鈴を三度鳴らす』と、良縁を呼ぶのだそうだ。ただし、欲張ってはいけない。行うのは一日に一度、と書かれている。
　「それにするの？」
　問う少女へと頷いて、並ぶ鈴の中から一つを選びリアはその手に迎えた。
　まいど、と告げた店主に寄れば、今日の吉方は巽の方角らしい。

　そろそろ自分は次を見に行く、と、ひらり手を振る少女と別れたならば、袋から取り出した鈴が小さく鳴った。
　縁結びのまじないは手に入ったけれど、桜都の陽はまだ高い。
　南瓜交じりの街を見回したリアの航海は未だ終わらない。
　そう、来たる夜に向けて求める『ご縁』はまだあるのだ。

　――素敵なカンテラを見つけるのも「縁結び」よね！

　ぐっと伸ばした彼女の手に握られたスマホには、チリリと唄う鈴が添うていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　●

　桜色に南瓜色、そうして恋色のおまじないに色付く街。
　そんな色めく桜都を眺めながら、幽・ヨル（カンテラの灯・f32524）は心の裡で、恋は解らない、と小さく独り言ちた。
　わからない、けれど。

　――……憧れの人は、いる。

　そっと、見上げた視線は、己の隣往く槙宮・千空（Stray cat・f32525）へと向けられて。
　そんなヨルの視線を感じ、彼女へとその眸を向けた千空だったが、重なり合った其れに面映ゆくなったヨルの視線は、瞬く間に逸らされた。
　思わず熱を持つ彼女の頬は、次第に赤みを帯びてゆく。

　――……そンな照れること、あッたか？

　逸らされた彼女の横顔が、紅葉のように染まる様を見て、不思議そうに首を傾げる千空の様は、ヨルには見えていない。
　その代り、深き青の視線はゆるりと下へと向けられて。其処に映るのは己の姿。
　痩せっぽちで、襤褸のシーツを被って……あゝそんな己の姿と色めく街を見比べて。
　私には、恋なんて望み薄だと、諦めの色を眸に宿す。
　気持ちと共に落とした視線を、今一度、街並みへと戻してみたなら、映りこんだのは街角のフルーツパーラー。
　ショウウインドウに並ぶ彩り鮮やかな甘味の数々、窓の向こうでそれらを楽しむ人々の姿。
　惹きつけられるようにその目を奪われて……けれども、その次の瞬間には、遠い世界だと諦めの気持ちが湧いてしまう。
　そんなヨルの一挙一動を、隣の彼が見ている事を、彼女は気付いていないけれど。
　幾度も諦めの色を宿し往く彼女の表情に、その姿に、千空はとうとう痺れを切らした。
　思い切るよに、小さくひとつ息を吐いた後、隣往く彼女の手を、ぐい、と引き寄せたなら、その爪先はずんずんと、先程彼女の眸を奪ったパーラーへ。
　「え、え？」
　突然のことに目を白黒させるヨルの手を尚も引きながら、開いた手で襤褸シーツの上から彼女の頭を撫で、笑みを向けたなら、其の手はパーラーの扉へと掛けられる。
　「ほーら、中入るぞ」
　明るい千空の声と共に、ヨルの目の前で、扉が開かれた。

　明るい声音のパーラーメイドに案内をされ、千空に尚手を引かれ、動揺ひかぬ儘、けれども言われる儘と、慌てて席に着くヨル。
　されど、つい先程まで遠く思えた其処に居る事実に、何処か居た堪れなさを抱く儘、きゅと縮こまり座る姿はまるで借りてきた猫の様。
　そんなヨルの様子を知ってか知らずか、いや、敢て、だろうか。
　軽くメニューに目を通し、ぐるりと店内を見渡した千空は恒の声音を崩すことなく。
　其の視線の先に留まり指差したのは、レジ横に持ち帰り用にと包まれ盛られた恋御籤のクッキー。
　「へェ、恋御籤のクッキーか。女ッて本当こういうの好きだよな」

　――お前は、恋占いとかシねェの？

　かろりと問う彼の言に、ええと、と口籠りながら。
　「そういう千空さんは？」
　紡ぎだせたのは、おずおずと問い返す言の葉。
　「俺は占いに興味ないからなァ」
　問うた時と同様に、軽やかにそう返しながら、ひらりと手を振り店員を呼ぶ。
　速やかに現れたパーラーメイドへ彼が注文したのは、フルーツたっぷり特大パフェーひとつ。
　然程待たされることなく、向かい合うふたりの前に、大きな器に盛られたパフェーが届けられた。
　たっぷりのクリームにアイスクリン、色鮮やかなフルーツが綺麗にカットされ、山と盛られたその姿は見るからに豪華だ。
　目の前に届けられた大きなパフェ―の存在に、恐縮しながらもヨルの眸は確かに輝きを帯びていた。
　「……わぁ」
　思わず零れた彼女の感嘆の声を合図としてか、千空は添えられた長めの銀匙を手に取って、パフェ―へとその先を沈めたならひと匙分掬い、差し出す先はヨルの口許。
　突然目の前に現れたひと匙分の甘い誘惑に、彼女は青い眸をぱちりぱちりと瞬かせて。
　「……食べて、いいの？」
　控えめに問う言の葉に、笑顔で頷く千空の様をみとめれば、彼から伸びる銀匙を、其処に乗る甘味を、おずおずと口へと迎え入れ。
　口内に広がる甘さ、美味しさに、溢れ咲くのはこの日初めての笑顔だった。
　彼女の綻ぶ様を眸に映せば、千空もまた、自然と満足げな笑みを浮かべていた。
　彼女の笑み眺め、頬杖つく儘視線をメニューへ滑らせたなら、再び目に入ったのは『恋御籤』の文字。
　「お、さッきのクッキーもあるじャン。なァ、ヨル、これも喰えよ？」
　パフェ―の余韻に浸るヨルに視線向け、遠慮と云う退路を断つよに手早く注文を済ませたなら、重ねて提案を投げかける。
　「で、結果を俺にも教えて」

　――お前も女なンだから。恋くらいシたッてイインだよ。

　そう告げ微笑う千空の笑みに、裡へと響く言の葉に。
　ヨルの心臓の炎は大きく跳ねた。
　耳にまで響くよな錯覚をも覚えながら、けれどもその正体は判らない。
　己を襲うその感覚に、困惑する儘手元へ届いた恋御籤。
　淡い桜色したハート形のクッキーを、おずおずと触れる指先で割ったなら。
　顔を出した桜型の御籤に記されていたのは。

　『六分咲き：視線を上げて見えるものを大切に』

　桜色の御籤が示す先も、己の裡さえ判らぬ事ばかりだけれど。
　気付けば思い浮かべているのは、あゝ、目の前にいる千空のことばかり。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　桜花舞う世界に水色した長耳がぴょこんと揺れる。
　ウサ耳カチューシャと揃い色したエプロンドレスを身に纏い、手には輝石のランプを揺らした少女はルーシー・ブルーベル（ミオソティス・f11656）。
　澄んだ青を瞬かせながらくるりと見回せば、オレンジが桜色を飾る街並み。
　互いを尚魅力的と見せゆく色彩に、わぁと感嘆の声を零して。
　「ハロウィンの彩ってステキね」
　眸を細め、己を見上げるルーシーの姿と聲。そうして、隣往く彼女の手許で揺れるランプを紫色に映し、穏やかな笑みを浮かべているのは蘭・七結（まなくれなゐ・f00421）。
　いとけないその仕草、詞に、共の想い出が籠ったその煌めきに、眦を緩めた彼女は頷き一つ送った後、柔らかに唇を開いて。
　「ルーシーさんは、“おまじない”はお好き？」
　今この街を賑わせている其れについても柔らかな問いに乗せて。
　彼女の問いを受けたルーシーは、少しばかり視線を宙へ向けて。見上げた其処にはひらひらと舞う桜花が映る。
　「おまじない？ルーシーは、少しだけ信じてる。良いなって思ったことだけ！」
　どんな結果だろうって、誰かとワクワクを共有出来るのも良い所よね。と、笑み浮かべ続けたなら、なゆさんは？と問い返す。
　「わたしは……そうね。真偽を問わず、とても愉しいと思うわ」

　――此度のおまじないも、心が踊るかのよう。

　笑み返し告げる七結の眸には、淡くも確かな好奇心が色づいていた。

　そんなふたりの往く先に、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
　看板や窓の向こうを見るに、どうやら店内飲食も可能な焼き菓子の店のよう。
　此処もやはり、この街の流行は及んでいるようで、張り紙には『おまじないのお菓子在りマス』の文字。
　甘いお菓子におまじない。乙女心は擽られるというもの。
　覗いてみましょうか、と問う七結に、ふたつ頷くルーシーの青耳が頭で揺れた。
　バターの香りに包まれた店内には、愛らしい手書きの札に彩られた菓子があちらこちら。
　『一夜に一粒。月明かりの下全部食べきると願いが叶う金平糖』だとか、『金運が上がる！黄金色のフィナンシェ』だとか、『紅茶に浮かべ、恋心を引き寄せる薔薇砂糖』など。
　其れらしい文言と共に並ぶ菓子は、おまじない抜きにしても美味しそう。
　「恋愛に仕事、黄金の縁、どの運勢も気に留まるのだけれど……」
　くるりと店内を見回した七結がつと、目に留めたのは、『お御籤クッキー』の棚。
　「わたしは――館の皆さんとの『これから』を。総合運にて、占ってみようかしらね」

　――ちょっぴり欲張りなのは、此処だけの秘密よ。

　悪戯めかした色を声音と眸に宿らせて、口許に人差し指を当てた七結の姿に、ルーシーの表情もまた綻んで。
　「おみくじクッキー？楽しそう。欲張り大好きよ！」

　――次にルーシーもやろうっと。

　楽しげな言の葉と共に、微笑みあったふたり。
　そんなふたりの様子に近付いてきた店員によれば、総合運は南瓜味のふっくら月型クッキーとのこと。
　予め代金を支払ったなら、その場で食べて結果を見ても良いという。
　笑顔で語る店員へ代金を手渡せば、山と盛られたお御籤菓子の中、七結の指先が導かれ摘み上げたのは、鮮やかな橙色の月ひとつ。その内に抱くものへと想い馳せ、艶やかな唇でそうとひと食み。
　その様子を、隣で見上げるルーシーもまた、どきどきと見守って。
　摘む先に残る月半分、其の内から顔出す御籤を引き抜く瞬間は、何だか心が弾むよう。
　「如何なる文字が綴られているのでしょうね」
　己へと、そして見守る彼女へと言の葉零せば、開かれた紙片には『新月：新たな満月に向け、始まりの予感』と綴られていた。

　――まあ、ふふ。

　結果を目にして綻びながら、柔らかに御籤を折り畳み直したなら、そっと懐へと仕舞い入れ。
　「大切に胸の内へと留めておきましょう」
　朗らかに告げる七結の笑顔が花咲く様でいて、己の心も花咲くようにルーシーの裡も温かに。
　「ふふー、どんなのだったのかな。嬉しい事だといいな」
　愛らしい少女の温かな言の葉に笑みで返し、続いてはルーシーさんの番ね、と彼女は続ける。
　「ルーシーさんは、如何なる運勢を占うのかしら」
　御籤の菓子の前を彼女に譲り、どうぞ、と手で示したなら青き眸に光宿した彼女がクッキーと向かい合う。
　「じゃあ、ルーシーも」
　そう告げて、指先伸ばしたのは七結と同じ月型のクッキー。少し淡い色付きの其れを招いたならば。

　――『館のみんなが笑顔でありますように！』

　そう願いを籠めて、ぱくり、さくりと一口を食む。
　口に広がる南瓜の甘さとバターの香りに、結構おいしい、と頬も緩みゆく。
　そんな彼女の様子を先程とは反対に、此度は七結が柔らかに見守っている。
　食まれた月の間から、そっと顔出すお御籤をドキドキ開いて見たならば、緩む頬がニッコリ笑みに変わって。
　みて！と、ウサ耳ゆらし広げるルーシーの手許を見たならば。

　『十三夜：満月まであと少し。あなたの笑顔が願いの叶う鍵』

　満面の笑みを浮かべたルーシーと、其れを見つめて綻ぶ七結。
　それは、御籤の結果を、その先を、淡く示してもいるようで。
　扉の向こう、舞う桜花も誘うよう。
　さぁ、綻ぶままに重ねましょう、今日という日もその先も。
　幾度も満ち往く月のよに、花咲き彩り増す日々を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　桜花に橙、常より賑わう通りを更に色づけてゆくのは、様々なおまじないの道具たち。
　流行に乗るのは商売人たちの性ともいうもので、露店に商店、飲食店への呼び込みも『おまじない』という魔法の言葉が付いてくる。
　そんな色めく街並みを、物珍しそうに眺め往くのは、森のよな緑と星のよな銀、ふたつの双眸。
　セト・ボールドウィン（木洩れ陽の下で・f16751）とトティア・ルルティア（IKTSUARPOK・f18450）のふたりだ。

　セトの故郷でも『おまじない』はあったけけれど、その願う先は『狩りが成功しますように』とか、『旅から無事に帰れますように』といったものが主だった。だからこそ。
　「こういうの、ちょっと新鮮」
　ほろりとこぼれた言の葉は、新しい物に世界にと、触れゆくわくわくとした感覚と共に。
　そんな彼の隣を往くトティアもまた、その眸に映りゆく数多の品へとその心を傾けていた。
　コロコロと変わりゆく表情は其処に無くとも、好奇心はきらりと光る眸に宿っていて。
　あちらの男性が手に持っているのは、月光の力を帯び、願いをかなえるという祈り石。
　こちらのフードの商人は、おまじないに使うと効果が上がる魔法のペンとインクを謳っている。
　舞う桜さえなければ、魔法具に溢れた世界と勘違いすらしてしまいそうな、そんな一角。
　「セト、此処は呪具がいっぱいね？わたしにも魔法が使えそう」
　並ぶ品、飛び交う言葉を聞くだけで、恒は使えない其れすら身に宿りそうで、その裡は軽やかに跳ねゆくよう。
　その気持ちは声音に乗って、隣往くセトにも届く。
　其れを受け、トティアが楽しそうにしている事実を実感し、来てよかったな、と機嫌よく頬を緩めたセトの足取りも軽やかだ。

　そんな中。
　あゝけれど……と、トティアはふと湧きあがる思考を巡らせ、改めて周囲を見回す。
　そう、わくわくに違いは無いのだけれど。
　この街を包む雰囲気は、此処往くトティアの身におぼえる其れだけではなさそうで。

　――……恋の、お祭りのせい？

　ふとした疑問が湧きあがる儘、隣往く彼の袖引いて。
　「――セト、セト。恋ってなぁに？」
　其れは、トティアにとって単語としてしか知らぬもの。そう、ならば。
　知らないものはセトに訊け、兄の様な友人へ。
　そう己の心から湧き上がる儘、真っ直ぐな眸を、きらきらとした学びの眼差しを、彼へと向けた。
　つんと引かれる袖の感覚に、先程まで雑貨に目を向けていたセトの視線がトティアへ向いて。
　彼女から続く言の葉に、思わず飛び出す裏返るような聲。
　「こ……！？」

　――……恋！？

　突如彼女から飛び出した、普段は縁遠い言葉にどぎまぎとしてしまう。
　突然何を言い出すんだ、こいつは、と。動揺する儘、返す言葉を探すセトへと、トティアのはてなは尚続く。
　「わたしはセトが好きよ？セトはわたしが好きね？」
　けれども。ねぇ？

　――それは、恋とは違うもの？

　純粋な問い。真っ直ぐな問い。
　だからこそ困る問い、と言うのは存在するもので。
　ぐるぐるとセトの思考は廻って往く。
　俺はふつーにトティアのことが好きだけど、だって友達だし。トティアの言ってるのとは絶対違うやつだし。
　高速で脳内を駆け行く言の葉が、そんな自分を見つめる真っ直ぐな銀の眸が、なにやらもうすべて気恥ずかしくて。
　セトの視線は、自ずと右へ右へと逸らされてゆく。
　「そんなの……俺も知らないっ」
　ようやっと紡ぎだせた言の葉は、勢い付いて飛び出した。それが、答えになったかは解らなかったけれど。
　「あら残念。お前にも知らないものがあるのね」
　セトの言の葉を受け、返るトティアの言葉は意外にもあっさりとしていて。
　どうやら納得をした様子。

　されど。其れだけで終わる訳は無い、というのは、友として彼女と過してきた勘だろうか。
　これ以上ここに居るのは危険な気がする。
　ふつふつとわき上がる己の予感に、此処は適当に言い含めて移動しなくては、と。
　逸らす視線の儘、セトが紡ぐ言い訳を考えている最中、トティアの思考もまた巡っていて。
　往きついた答えはと言えば。

　――ならば、実践あるのみ。

　トティアの方が早かった。
　晒された緑の視線の内へと銀の眸が回り込み、再び捉えた。
　「――……今度はなに？」
　己の答えが出る前に、耳に届いた不穏な言葉。捉えられた視線。
　彼女に捉まった其れは逸らせぬままに、セトはじりり、と後ずさる。
　そんなセトへと、トティアもまた、わくわくじりじり、にじり寄る。
　後ずさり、にじり寄る、ふたりのじりじりとした追いかけっこ。
　傍目には微笑ましいが、本人たちは……特にセトは必死だ。
　「……何で、ちょっと楽しそうなの」
　思わず零れた言の葉に、トティアの唇も開かれて。
　「ねぇ、セト。まじないを、掛けてみても良い？」
　先程買った恋の呪い本、見せて。そう告げるトティアの眸が、きらりと光ったような気がした。

　――だめ？

　真っ直ぐと彼を見つめた儘、にじり寄る態勢は其の儘に、小首を傾げてみるトティアへと、一瞬息を呑み、目を見開いたセトの聲が大きく響いた。

　――ダメ！ぜーったいダメだから！！

　件の本が入った包みをぎうと抱え、ふるふると首を横に振るセトとトティア。
　この追いかけっこの行く末は、ふたりだけが知っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　橙と薄紅に彩られた町並みを、黒衣の二人が歩みゆく。
　死神の仮装を身に纏い、隣ゆく黒猫紳士な周・星藍（ねことらコックさん・f33350）についてゆくのは、文・犀雹（氐宿僵尸・f33444）。
　自分よりも色んな事を知っている星藍は、おまじないに満ちた桜花の街を往くに頼もしい相棒だ。
　そんな星藍はと言えば、自前の白き耳や尻尾を今日は引っ込めて、死神な犀雹の相棒らしく、付け耳尻尾も黒色に。紳士めいて彼をエスコート。
　「犀雹は占い好きだけど、おまじないも好き？」
　おまじないに溢れた街を見回しながら、占い好きたる彼へと問いかけて。　
　「おまじないも好きだよ」
　そんな彼の問いに、こくりと頷く犀雹に笑み浮かべ、前へと向けた青き眸に留まったのは、おまじないを謳った雑貨屋。
　「あ、雑貨屋入ってみよ！」
　指差し手招く星藍の頷いて、一歩先行く彼へと犀雹も続く。

　開放的な広い扉を潜れば、先には様々な雑貨やおまじないグッズ。
　わぁ、と、その漆黒の眸を僅か瞠る犀雹の隣、星藍もまた眸を輝かせ、ぐるりと店内と見回している。
　そんな彼が目に留めたのは、『願い事ならこれ！色々選べるミサンガ！』と書かれた札と、其処に並ぶ色鮮やかなミサンガの数々。
　「ミサンガいいな！自然に切れたら願い叶うおまじないだって」
　糸の色や石、其の種類は大変豊富で、選び甲斐もあると言うものだ。
　「じゃあ、俺が犀雹の選ぶ！」
　ポンと手鳴らす星藍の言葉に、ぱっと彼の表情を見て。
　「え。星藍が選んでくれるの？じゃあ、僕も君の選ぶよっ」
　ならば自分もと犀雹が申し出れば、星藍は嬉しげに笑みを深めた。

　互いに互いへ贈る彩りを、ふたりは真剣に選んでゆく。
　星藍が目に留めたのは、白と水色の糸で編まれ、黒の天然石付のもの。
　そうして、犀雹が指先手繰りゆくのは、何物にも染まらない白と陽光帯びた檸檬色のミサンガ。其処に琥珀色の石が添うている。
　選んだ品を互いに見せ合えば、ふたりの眸が其々に輝いて。
　「犀雹にはこれ！白は健康、水色は笑顔、黒は魔除けらしいし」
　そうしてなにより。

　――俺達二人の色っぽくね？

　明るく笑い告げる星藍と、其の手に揺れるミサンガを見比べたなら犀雹は少し面映げに。
　「二人の色……わあ、嬉しいけど恥ずかしいな。僕から星藍には、これ」

　――大地が、君を邪気から守るようにって。

　そう告げて、犀雹の差し出し見せたミサンガに、星藍の笑みも華やいで。
　「白と檸檬色に琥珀、すっごくいいな！」
　選んだ品の会計を済ませたならば、店の外に出てきた星藍は手早くその包装を解いて。
　「犀雹、俺がつけてあげる！」
　腕出して、と催促される儘、彼の示す己の利き腕を前に出せば、くるりと其処に添い結ばれる白と水色。陽光を受け煌く黒が少し眩い。
　「ミサンガ付けて貰っちゃった……ふふ」
　嬉しげな犀雹の腕に結び終えた星藍の眸に、ふと張り紙が目に入る。
　「あれ、利き手だと恋愛祈願？……まーそれもいいんじゃない！」
　あははと笑った星藍につられ、くすりと笑った犀雹も、はたと気づいたように顔を上げ。
　「あっ、僕も星藍につけてあげたい」
　「俺にも付けてくれんの？」
　問い返す彼に頷いて、彼の腕へと白と檸檬色を結び往く。其処に煌めく琥珀色もまた、眩くて。
　陽に照らす様に腕を掲げた星藍は、嬉しげに唇を開いて。
　「ほら、お揃い！」
　「お、おお揃い？――お揃いっ」
　突然の彼の言に、お揃いと云う響きに嬉しさと仄かな面映ゆさも抱きながら、けれどもやっぱり嬉しさが勝るものだから。
　彼の真似して、ふたりは揃いのミサンガを陽に翳した。

　そんなふたりが次に訪れたのは、通りにある焼き菓子店。
　店の前で売り子が手に籠下げて『恋御籤クッキー』を売っている。
　少し離れた所で、その様子を見守るように、背の低い真っ黒帽子が揺れていた。
　ふたりは顔を見合わせ頷き合って。
　「恋神籤クッキー食べる！」
　一つ頂戴？と売り子に近寄り、真っ先に買い求める星藍に、犀雹も続く。
　笑顔の売り子から手渡されたのは薄桃色のハートクッキーが一つずつ。
　「恋愛の宛て特に今ないけど、いい結果だといいなー」
　ぱくっと半分口に入れ、割れた中から現れたのは桜型の紙片。
　解した先に書かれていたのは『三分咲き：開花はまだ先。先ずは今を楽しんで』。
　へぇ、と笑みを浮かべた星藍は、先程の真っ黒帽子に視線を向けて。
　「そこで見てる魔女ちゃんも、ひとつどう？」
　「……え？わたし？」
　「うん！こういうのは人数多い方が楽しいんだよ」
　おいで、と手招かれる儘、魔女の子は売り子の傍までやってきた。
　彼女の分は俺が、と告げて、売り子から手渡されるクッキーを、少女が受け取る。
　そんな彼と彼女へと、まだ口を付けていなかった犀雹もクッキーを両手で持って。
　「結果を見るまでの、このそわそわが好きなんだ」
　そう告げて、さくりと食む。
　彼の桜に記されているのは『三分咲き：開花はまだ先。先ずは今を楽しんで』。

　――あれ？

　其れは何処かで見た文言で。
　顔見合わせた星藍と犀雹は其々らしく、可笑しげに笑った。
　『お揃い』だ、と。
　あゝ、恋はよく分からないけど、楽しい。
　そう、こうして今を楽しんでいるのがきっと今は大事なのだ。
　「君の結果はどうだい？」
　「わたしのは……」
　問われた少女の食んださき、桜の文字は『九分咲き：満開は目前、成就は間近』。
　「わぁ！」
　結果に嬉しげな声音を滲ませた少女は、ふたりに感謝を告げて手を振れば、爪先軽やかに人並みへと消えて行った。

　「犀雹、迷子になるなよー！ほら」
　人が多い所はまだ慣れないな、と。少女の消えた人波を眺める犀雹に、星藍の手が伸びる。
　「う、うん……」
　自然と伸ばされた彼の手を、そろりと取った。
　「カンテラも見に行こ！」

　――星藍はいつも温かいから。よかった、一緒に来れて。

　苦手な人混みも、あゝ君と一緒なら。
　互いに繋いだ手の温かさを感じながら、ふたりの時間はまだ続く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　はらりはらりと桜花舞う地を、ひらりとふたつの外套が靡き往く。
　森の恵み、鮮やかな果実に彩られた緑の魔女帽を揺らす萌庭・優樹（はるごころ・f00028）は、森の魔女。
　宵色フードを目深に被り、優樹の隣、そうっと周囲を見回す宵の魔法使いは、ライラック・エアルオウルズ（机上の友人・f01246）だ。
　桜都を往く魔女と魔法使いのお目当ては。
　「恋に纏わる『おまじない』。共に探してね、魔女さん」
　「勿論ですとも！それに、宵の魔法使いさんと一緒なら、恋の『おまじない』も見つかるはず！」
　眩い程の優樹の眸は、握り拳と共に真っ直ぐと向けられて。
　頷き合ったふたりは、大通りに面した雑貨を扱う店を選び取り、その扉を潜りゆく。

　扉の向こうは、やはり流行に湧く女学生の姿も多く見え、彼女らに寄せた内装は愛らしい。
　店内を包む雰囲気と客層に、何処か面映ゆく少しばかり肩身の狭い気持ちにもなって、被る帽巾の先を更に深くと手繰るライラック。
　「――……やっぱり僕、場違いじゃないかなぁ」
　ぽそりと零れる言の葉と、そわそわ面映ゆげな彼が愛らしくて。
　このままもっと見て居たくなるような、そんな悪戯心もふつふつと湧いてくるものだけれど。
　緩みそうになる表情をきゅっと耐え、何処か微笑ましげな視線は其の儘に、彼の腕をかるぅくポン！
　「いえいえ、胸を張って行きましょう！」
　微笑ましげに向けられた陽色の視線は、面映ゆさを増すものだけれど、其れさえも此度は心強く思えて。
　「おれは、片恋紡ぐ相手が『いつかおれに振り向いてくれる』ように！」
　そう言葉に変えて、目当ての物を『おまじない』の宝庫の中から探す彼女の姿。
　それは宝探しを楽しむ様にも重なって、彼女を見ていると、面映さは楽しさにも変わって往く。
　触れていた帽巾から指先離し、そんな彼女に便乗と紛れ、宵の魔法使いが探すのは。
　彼と縁を結ぶ鈴蘭の恋人が、己を『もっと好きになってくれる』もの。

　其々の願いに添った『おまじない』を探し、視線を動かすその矢先。
　帽巾の奥、淡紫の眸が捉えた文言は『願う相手が、自分をもっと好きになる！』
　其処に並んでいたのは、薔薇の花模す蓋が付いた、ちいさな小壜。けれども中は空のよう。
　説明書きに目を通せば、『相手を想い、薔薇の朝露を小壜に集め、月明かりに一晩照らすこと』。
　『其れを目覚めの洗顔後、両瞼に一雫。その眸にみつめられる程、相手は益々あなたを好きになるでしょう』。
　へぇ、と。小瓶を一つ掌に迎え、なぞる様に蓋の花弁に指を添わせた彼がふと零す。
　「想いを留められても、増すのは、難しいからと。まじないに頼ると云うの」

　――浅はかな考えなのかなあ。

　物思うよに、ぽつりと告げてはみたけれど。
　それでも、と願う心は、裡なる小壜から溢れる水は、止められないのだ。
　手に馴染んだひと壜を、そうと籠に納めたならば視線を再び周囲に向ける。

　「あ、ほら、優樹さん。あれ、そうではない？」
　指差すライラックが見つけたのは、優樹の願いに添ったもの。
　『意中の彼を振り向かせるなら、小指の指輪のおまじない！』
　そう書かれた札の下、小指サイズの指輪が幾つか並んでいた。
　説明書きによれば、『直感で惹かれる指輪を、一つ選んで。その指輪の輪から満月の光を覗き、「私の恋を叶えて」と願いましょう』とある。
　そうして、おまじないをかけた指輪を左の小指にはめて過ごせばいいという。
　「わぁ、ありましたね！」
　並ぶ小さな指輪を眺めつつ、想い馳せるよに優樹の唇が開かれて。
　「こう、頼りっぱなしはいけませんが……」

　――おまじないがおれに寄り添って、見届けてくれたらって思うんです。

　想い人を浮かべてだろうか、そう語る優樹の聲は木洩れ日の如く穏やかで。
　細められた橙は、確かな恋色を纏って見えた。
　そんな優樹の籠める願いもその姿も、実に、実に眩くて。自ずとライラックの表情も綻び往く。
　「それに、さっきライラックさんが言ってたことですけど」

　――おれ、ライラックさんは一途でステキだなあって思いますよ。

　小壜を手に、零した言葉を彼女はきちんと聞いていて。
　だからこそ、其処に籠る想いも伝わるものも、伝えたいと思うのだ。
　「恋人さんが大好きだってコト、やっぱり、ようくわかりますよ」
　にかりと笑った彼女の笑みに、彼もまた表情を和らげて。
　「あゝ、ひとに伝わるくらいのそれが、彼女に伝わっていたら良いし」
　それに。

　――貴方のも伝わればと願うから。

　「優樹さんこそ。その、乙女の努力な姿こそ、明かせば効くのでは」
　なんて。先程の意趣返しも含めて笑って見せる。
　そんなライラックの言の葉と表情に、ぱちりぱちりと優樹は大きな眸を瞬かせて。
　仕返しされた！と言わんばかりに、はにかむ笑みを彼へと向けて、すこうしばかり言葉を探す後。
　「ウン、そうですねえ。あなたはもう経たことかもだけど、そのままを明かすのは、勇気がいります」
　へへへ、と。はにかむ儘に頬を軽く掻きながら。恋って楽なもんじゃないですねえ。なんて告げるけれど。
　あゝけれど。

　――でも、気持ちは止められないんだ。

　困ったように、けれども頬染め真っ直ぐ告げる優樹の顔は、恋する乙女の其れで。
　そんな彼女の様相を、温かな眼差しで見つめながら、ライラックもまた、一つ頷いた。

　――そうだね、恋は大変だ。

　そう、己もまた恋知り経た身であればこそ。
　彼女のその恋心が、其処に添う気持ちが。
　止まらず、真直ぐなまま、叶えばいいと想うばかり。

　きっときっと、そんなふたりの想いにこそ、『おまじない』が添うでしょう。
　時に背を押し、時に見守り、その心に添うものが『おまじない』というものだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　『恋の、おまじない。』

　その噂を聞いて、動けなくなった。
　榎本・英（優誉・f22898）は、一瞬白紙となる思考をなんとか巡らせてゆく。
　「恋、恋か。……なるほど」
　どこか呆然とした響きで呟き出たのは、なんとも短い言の葉で。
　しかし、短かなその響きに、重さを感じるのは何故だろう。
　そんな英の裡が如何様であれ変わらずに、この世界の薄紅はひらひらと彼のすぐ側を舞い降りてゆく。

　彼の恒身を置く桜都とはいえ、今いるこの地は、その恒とは少しばかり異なる彩に染まっている。
　それは、南瓜祭りの気配しかり、この街特有のおまじないの気配しかり。
　「いや、しかし、このように呪いであふれているのであれば、私も題材にはしたい所だよ」
　遠く、思考の海へと浸りかけた眸を、今この時へと引き戻し、ゆるりと首を左右振ったなら、彼の柔らかな赤茶色がふわりと揺れた。
　「嗚呼、そうだ。執筆にはもってこいだとも」
　そう紡いだ英を、少しばかり前から何処か見守るように静か見上げていた三毛の淑女は、にゃあとひと鳴き。
　その声に、つと視線を彼女へ向けた英の眦は柔らかに。
　見上げるその眸と己のそれを重ねたならば、そうだ、と小さく呟いた。
　恋といえば、やはりこの子。三毛猫のナナだ。
　もとより、おしゃまな子ではあるのだが、嗚呼。

　――そう、恋をしている。

　そのお相手は、と言えば、英といえど知り得ないことなのだけれど。
　だって、其れは、乙女のひみつ。
　そう、猫も乙女になるのですとも。
　なればこそ、今日この日は、この近しい恋する乙女にぴったりのおまじないを。

　“乙女”に違いは無きといえど、その身は猫であるが故に、彼女の身に合ったものを探さねばならない。
　と、なれば。
　「呪いの本よりも、猫も身につけることのできる物が良いね」
　連れ立ってゆく隣の彼女の歩調に合わせ、ゆるりと通りを歩み往き、初めに目に止まった書店は候補から外した。
　さてそうなれば、と、視線を周囲へ巡らせたなら、とあるテーラーが目に留まる。
　入り口前に出されたワゴンには、色とりどりのリボンが並べられ、そこには『恋のまじないリボン』と張り出されていた。
　惹かれるように、ひとつ手にとってみたならば、どうやら裏地にパンジーの刺繍がされているようだ。
　かの花が抱く『私を思って』という言の葉通り、恋心を引き寄せる花なのだという。
　また、説明書きによれば、まじないの力を高める満月の光を当てた糸で刺繍が行われているとのこと。
　このリボンを身に付けることで、恋の成就に繋がるのだそうだ。
　「ふむ、これならば、ナナでも身につけられるのではないかな？」
　どう思う？と、視線を向けたなら、ゆら、と応えるように彼女の尾が柔らかに揺れた。
　どうやら了承を得られたらしい。
　ふと目に止まった他の張り紙には、青き花が恋を引き寄せるとも書いている。
　ならば、リボンの色も其れがいいのではないか、と。
　そして、いつか彼女の被った夏の帽子に結ばれていた色をも重ね、青きリボンを彼はするりと手に取った。

　「さぁ、ナナ、恋のおまじないだ」
　会計を済ませた青を、彼女の首へと柔らかに結ぶ。
　嫌がりはしないだろうかと思いもしたが、少なくとも今は平気な様子。もし他の場所を望むのならば、後程結び直すのもいいだろう。
　などと思う矢先、彼女の爪先はふわりとよそへと向かってゆく。
　おや、と、その先を見たならば。
　「嗚呼。君は菓子の方が気になるのかい？」
　くすりと笑った英の視線の先には、彼女が真っ直ぐと向かうは駄菓子の店。
　振り向きざまに、にゃあ、と鳴く声に笑みを深め、先ゆく淑女のを追う。
　「もちろんだとも、そちらの菓子を買おう」
　おまじないを無事選べたならば、桜都の散策を。
　異色を帯びた桜の街並みも、君となら長閑に歩み行けるだろう。

　――しかし、恋か……。

　共にゆく彼女の靡かせる青を見て、ぽつりと溢れた一言。
　ほろり、小さく溢れたそれは、僅かに開いた蓋の内を覗かせる。
　「……実は、私も思う所があってね」
　彼女と漫ろ歩き、人気のない川縁にきたのも縁だろう。英はそっと、三毛の子の隣にしゃがむ。
　「嗚呼。ナナ。此処だけの秘密にしてくれるかい？」

　――実は、

　そうして語る密かごと。
　さわわと吹いた風を受けて続く言の葉は、ただ、三毛の淑女の耳のみに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　●

　薄紅と橙が混ざり賑わう街。
　そこにもう一つ混ざりゆくのは『おまじない』の彩り。
　はらり、はらり、と花舞う街で。
　からり、からり、と南瓜笑う街で。
　ひらり、と。
　額の札を靡かせて、ひとりの男が俄かに活気付く通りを歩みゆく。

　「おまじない、かァ」
　そう口を開くのは、緩やかな漢服に身を包んだキョンシーと姿を変えた、神埜・常盤（宵色ガイヤルド・f04783）だ。
　「僕は、余り縁起を担がないけれど……」
　街に溢れゆく『おまじない』を眺め見ては、赤みを帯びた茶眼が弧を描く。
　この街のどこかにいる影朧の少女も、『おまじない』に心弾ませているのだろうか。
　「迷える魂に道を示すのも、また陰陽師の役目だからね」
　それに。

　――関心はあるし、楽しませて貰おうか。

　そう紡いで踏み出した一歩は、軽やかだった。
　そんな彼の爪先が向いたのは文具店。
　その店先に、見覚えと、聞き覚えのある姿を見たなら、少しばかり歩みを早めて。
　「やァ、君。可愛い魔女の子も一緒かね。ご機嫌よう」
　「あら！ごきげんよーう、常盤くん！」
　声を掛けた先は、件の影朧と見られる少女と共に居た、愛徳・琥瑚（ひらひら・f23161）。
　彼の姿を認めた彼女は、ひらひらと手を振り、隣の少女に友達よ、と告げている。
　「君たちもこの店が目当てかね？あァ、折角だ。ご一緒いかがかな」
　「あら、そうして声を掛けてくれるなら、喜んで！」
　キミもいい？と問う彼女に、少女も大きな帽子を縦に揺らして頷き返す。
　「それは良かった。なら行くとしよう」
　さァ、どうぞ、と。先に扉を開いてふたりを招く常盤の様は紳士然と。

　店内に足を踏み入れた３人をまず迎えたのは、色とりどりの細石が詰められた小瓶の棚。
　そうして、視線をくるりと動かせば、他のおまじないに使う品も目に留まる。
　「……わぁ！ここも、おまじないがたくさん」
　目深に被った帽子のせいで、その表情は見て取れないが、少女の聲には確かに弾む心が滲んでいた。
　そんな少女の様子に、常盤と琥瑚も顔を見合わせ笑えば、彼は並ぶ小瓶へと指先伸ばして。
　「僕は、此の小壜に入った天然石が気になってねェ」
　すぐ近くの小瓶を摘み上げたなら、其れは桜花によく似た薄紅色の紅水晶。
　小瓶に書かれた文字に目を通し、ふぅん、と軽く振れば、中の石がしゃらりと小さな音を立てた。
　「お嬢さん方も、気になるものはあるかね？」
　小瓶を元に戻せば、視線をふたりに戻した常盤が問う。

　――叶えたい願いとか、是非に聴いてみたいなァ。

　向けられた眸が柔らかに弧を描く。
　えっと、と先に口を開いたのは魔女の子だ。
　「気になるのは、あったよ」
　あのね。と、彼女が指を差した先は、物差しと一対の小さな人形のセット。
　物差しの端に置いた人形を一日一目盛りずつ近づけて、倒すことなくふたつの額が合わされば、願う相手の心を引き寄せるのだとか。
　明確な相手がいない場合は、運命の相手を引き寄せるとも書いている。
　「へぇ！なんだかロマンチックね」
　にこにこ笑顔の琥瑚が告げれば、常盤もまた頷いて。
　「あァ、良いねェ。そういう君はどうなんだい？」
　「私？そうねぇ……あ、此れなんか良さそうじゃない？」
　くふふっと、笑った彼女が摘み上げたのは、鮮やかな緑の洋墨。
　添えられた説明書きによると、眠る前に両肘にこの洋墨で◎を書き、起きてすぐ綺麗に洗い流すと良好な人間関係が築けるらしい。
　「やっぱり、縁ある人達といい関係でいたいじゃない？」

　――もちろん、キミともねっ！

　にししと、白い歯を見せて笑った彼女は、至って無邪気な顔をしている。
　「はは、琥瑚さんらしいねェ」
　「くふふっ。で、そういうキミはどうなの？気に入る小瓶はあった？」
　ふたりの選ぶおまじないを、笑顔で聞いていた常盤へと、彼女が問い返したなら、そうだねェ、と、その指先を一つの小瓶へと伸ばして。

　――僕は此の一等赤いヤツが、とても美味しそうで……

　「いや。愛情運が上がるそうだし、此れにしようかと」
　真っ赤な石の詰まった小瓶を摘み上げ、『美味しそう』の詞通りに、目を細めた彼が、少しばかり言い直しながら告げる。
　「あら、いいじゃない？キミの『美味しそう』は、綺麗に繋がるんでしょ？」
　いつかの話を思い出しながら、言い直す前の言の葉にも琥瑚は笑って告げて。
　彼の選んだ小瓶の石は、深い赤を湛えたインカローズ。
　「それにほら、キミの好きな薔薇の名もついてるし、ピッタリよ」
　きっと素敵な運を招いてくれるわ、とからりと笑った琥瑚の隣、話を聞いていた少女もまた、こくりと大きく頷いた。
　「はは、そうだと良いねェ」
　つられるように笑った常盤は、あァそうだ、と言葉を続け。
　「君たちが選んだ分は、僕がプレゼントしてあげよう」
　「えっ？」
　彼の突然の申し出に、少女の声が小さく溢れ、琥瑚の目は大きくパチリと瞬いた。
　「はは、橙彩の祭だというのに、配る菓子を忘れてしまったからねェ」

　――トリィト回避さ、なんてね。

　パチリと片目を弾いた彼の言葉に甘え、店を出るそれぞれの手には包み紙。
　嬉しげに帽子を揺らした少女は、常盤へと感謝の言葉を告げて陽の傾き始めた桜都の人波へと消えていった。
　甘い代わりに、優しい想いの贈り物。
　きっと悪戯は避けられて、代わりに良き縁が巡るでしょう。

　●

　さぁ、そろそろ桜都の宵も訪れる。
　けれども“今日”は終わらない。
　傾く太陽。染まる空。
　おまじないの街に、橙色が増してゆく。
　この先に待つ、もう一つの催しを手招くように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

第2章 日常 『灯桜浪漫譚』

POW   :    狭い裏路地へ SPD   :    川にかかる橋へ WIZ   :    桜咲く公園へ 👑5 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　桜舞う街に夜が来る。
　薄闇が街を覆い、薄紅より橙色の灯りが目立つ頃。
　キィ、と小さな音立てて、其の小路が開かれる。
　入り口に立つのは、黒きローブに身を包んだ門番ふたり。
　彼らへと橙灯る『かんてら』を見せたなら、先行く事が許される。

　今宵はじめのお客様は、大きなトンガリ帽子に烏羽の髪を揺らした小さな淑女。
　艶やかな黒髪によく似た、烏と猫の意匠を施したカンテラに、ゆらりと揺れる橙灯し、彼らの間をするりと抜けた。
　軽やかな足音は、にやにや笑いの南瓜灯に見守られ、小路の奥へと消えてゆく。

　足を中へ踏み入れた先、細道の初めは一本道だが、中に入れば枝葉のように分かれゆく。
　道の多くは、この日ばかりの商店や屋台を左右に構え、燈持つものを誘いゆくが、うち一本は木立に虫の音が響く静かな小径。

　笑う南瓜の視線を受けて、蝙蝠揺れる道を行き、吸血鬼姿の店員が店先並べるのは飴細工。
　箒の魔女に、南瓜の紳士、少し待てるならば、ご希望の飴細工も目の前で器用にくるくる作ってくれる。
　ふわりと白い暖簾を靡かせて、真白のシーツおばけが迎える先は、魔女帽子や南瓜燈會の練り切りに、コウモリやお化けの焼印がされたお団子といった和菓子の店。
　宵の風に身が冷えたなら、紫芋餡と南瓜餡が半々に彩るお汁粉などは如何でしょう？
　鍋のよなお椀に入ったそれを、木匙でぐるりと混ぜれば魔女気分。

　勿論、食べ物、飲み物に限らぬもので。
　今宵限りの土産物に楽しみも、探せばきっと見つかる筈。
　あなたを誘う誘惑は、小路の彼方此方に潜んでる。

　あゝ、此方よ此方と呼び込む声へと背を向けて、森の小径へ歩みゆくなら、木々に吊るされるは六芒星の星灯。
　暗くも鮮やかな彼方とは打って変わって、静かな夢路を漫ろ往くかのよう。
　其処に響くのは、ただ虫の聲。
　物思いに耽るにも、密かごとを紡ぐにも。
　『かんてら』の導き頼りに星灯を臨み、唯、歩くのもいい。

　どの道を選び往きても、最終的に辿り着く小路の出口は同じ場所。
　夢と現の間を辿る、此の一夜を楽しんだなら、現への出口を潜りましょう。
　どうかその時まで、手元の燈は消さないで。
　狭間の時間を導いた燈はきっと、明け往く先も良縁を巡らせてくれるから。


　●

　ぽつぽつと、小路を案内するように南瓜灯が見守る中。
　海賊船の船内灯を思わせる、手許でゆうらり揺れる『カンテラ』を灯し歩みゆくのは、推葉・リア（推しに囲まれた色鮮やかな日々・f09767）。
　宵の帳が落ちる前、無事に縁を結べたその灯りに、煌と照らされた笑みは晴れやかだ。
　手にした橙燈を左右に向けて、己の往く小路を見回したなら、零れる声音は鈴のよに。
　「ここが南瓜通りね！とっても雰囲気があって素敵！」
　南瓜灯に照らされて、軒に揺れるは蝙蝠飾りに黒猫飾り、魔女も箒に乗って顔を出す。
　カンテラを手に往くことが前提で在るためか、商店並ぶ小路でも、灯りの数は控えめで。
　仮装姿の商人たちが誘う声は賑やかながら、包む空気は宵に紛れ往くよなものを感じさせる。
　「サクラミラージュって幻想的で儚い感じがあるけど……」

　――ここは本当に夢と現実が入り混じって……素敵ね。

　あゝ、本当に、と。
　どこか噛み締めるように繰り返しながら、リアは一度その瞼をそっと伏せ。
　再びその琥珀色を明かしたなら、何処かもの思うよな表情は鳴りを潜め、再び笑みを咲かせて。
　「さて、雰囲気を味わいながらも、食も味わいましょうか！」
　味わい往くなら、欲張りに。だって今宵のリアは海賊なのだから。
　両手に溢れる程の財宝、もとい、美味も楽しみも想い出も、味わい尽くさねば勿体ない。
　
　そんな彼女のお眼鏡に先ず叶ったのは、ふわりと揺れた暖簾の先、並ぶ鮮やかな和菓子の数々。
　紫色の魔女帽子に、橙色の南瓜燈會は、其々紫芋と南瓜を使った練切り。
　シンプルな真白の御団子には、蝙蝠やお化け、狼男などランダムに焼印が施されている。
　そのまま食べても美味しいし、甘辛醤油のみたらし餡や、優しい甘さの粒餡を添えても美味しい、と。
　真白なシーツを被ったお化け店主に勧められれば、リアの心はあれよあれよと擽られ。
　あれも、此れもと楽しみ往きて、けれども誘惑はその店のみには限らない。
　リアの食指を擽る聲は、あちらこちらから。

　――……んー最高！美味しい！

　一通りと食べ歩き、ご満悦な彼女のお腹は満ち満ちて。
　いったいどれだけ食べたかって？乙女に野暮はいけません。
　口端に、すこうしついたおべんとを、ぺろりと舐めとり食の満足を得たならば。
　「この光景を、焼きつけておこうかしら」
　足早に店を回った爪先を、ゆるりとやわく休ませて。
　すこうし歩調を落としたならば、その眸に映る景色も緩やかにリアを包んでゆく。
　薄闇にぽぅと浮かぶ橙は、灯籠然としたその姿を浮き立たせ。
　店から零れる灯も、周囲の薄闇を染めて揺らめいて。其れがどこか温かい。
　眸に、内にと焼きつけるように、緩やかに歩み往きながら、そうと構えるスマホの内にもこの景色を収めて。
　心に刻んでおきたいと、そう思ったこの景色を、時を経たとて、尚鮮やかに想い出せるように。

　そうして、スマホのカメラを次の景色を求め移した先。
　「……あれ？」
　ほろりと声が零れた原因は、見覚えのある低くも大きな魔女帽子。
　「あそこにいるのって、さっきあった魔女さんかしら？」
　そうと気付けば、再びの縁にリアの表情も綻んで、柔らかに爪先が其方へ向いた。
　「こんばんは！素敵なカンテラね！」
　少女の手許でゆらりと揺れる、漆黒に橙灯る其れを指し、声をかければ彼女もまた振り返る。
　「あ、お昼間のおねぇさん。おねぇさんも素敵な『かんてら』ね」
　リアの持つ其れを指差したなら、おまじないのおかげ？なんて、首を傾げて。
　「ええ、そうかも！ねぇ、もしまたご縁を感じるなら……一緒に行かない？」
　「うん、いいよ。また会えたのも、ごえん、だもんね」
　こくり、と。変わらず表情の見えぬ大きな帽子が、大きく楯に頷いた。

　其れじゃあ行きましょ、と、踏み出したリアと少女は並び往く。
　ゆらゆら揺れるふたつの灯り。
　異なる高さの橙が、南瓜灯の間を抜けて往く。
　今宵巡りしこの縁も、きっとあなたの糧と成ろう。
　ひとりで映した小路の景色も、ふたりとなればまた色も変わりゆく。
　眸に、心に、時に画として刻みゆき。
　夜が明けるのは、夢から醒めるは、まだきっと先。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　●

　ゆぅらり揺れる、ふたつのカンテラ。
　空いた互いの片には、飴細工。
　そんな揃いの様相で、ぶらりと宵を漫ろ歩くのは、セト・ボールドウィン（木洩れ陽の下で・f16751）と、トティア・ルルティア（IKTSUARPOK・f18450）のふたり。

　カンテラの灯りに照らされ浮かぶ、セトの手に握られた飴細工は、真白の猫。
　淑やかな曲線と、けれども好奇心に満ちたよな眸の色したその猫は、ちょっとトティアに似ている、と思った。
　そんな彼の隣、トティアの握る飴細工は、空ゆく様を象った鳥の姿。
　選ぶ前、犬にするか散々迷った末に、此方と決めて頼んだ子。
　決め手は、そう。軽やかなセトは、鳥の様だと最近自分が思うから。
　軽やかに、今にも飛び立ちそうな飴鳥の姿に彼を見て、トティアのカンテラも、ご機嫌に。

　灯りはゆぅらりゆらゆら。
　足は気ままにぶぅらぶら。

　そうするうちに、橙色に包まれた小路から、いつしかふたりは星色灯る森の小径へ。
　静かに灯る星灯り。微かに歌う虫の聲。
　そんな夢のよな景色は、記憶をふつりと甦らせる場ともなって。
　「そういえば……初めて一緒に出かけたのも、ハロウィンだった」
　ほろりこぼれたセトの声。

　――何か懐かしいな。

　想い出を手繰るよに、少し視線を上げたセトの鮮やかな緑が、つぅと細められた。
　すぐ隣で紡がれる、嘗てを呼び起こす言の葉に、トティアの星色はぱちり、と瞬かれ。
　「……そう、だったかしら？」
　やわ、と開かれた唇が紡ぐのは、どこかふんわりとした言の葉。
　「ふしぎね。すっかり忘れていたわ？」
　其れは、それだけたくさんの想い出を、出掛けを彼と重ねたからだろうか。
　細い記憶を辿るよに、甘い刺激に頼るよに。
　手にした飴細工を、がじがじ。
　食べるのが勿体無いと感傷に浸る余地もなく、飴はその味を楽しむもの、と。
　容赦なく齧るその姿にも、セトはどこ感慨深げに視線を向けて。

　――憶えてる？

　「トティアが『おいしい』をあまり知らないって言ってたこと」
　そう告げながら、セトもまた、手にした真白の猫をがじりと噛んだ。
　トティアも己と同じように、がじがじしてるのを見たが故、つい口から零れた言葉。

　がじがじ、ころろ。
　甘さを堪能するふたり。

　そう、『今』の食い意地ふたりには、これ位が丁度いい。
　そんなふたりとなれたのは。
　「ね、おいしい？」
　問うセトへと視線を重ねて。

　――ん、おいしい。

　返るトティアの声は、口に広がるそれを、その感情を、其の儘音に乗せた軽やかな響き。
　返る答えに、彼の頬が緩む。
　あゝこうやって、トティアの世界に楽しいコトが増えたらいい。
　願う気持ちがセトの表情にも現れて、其れは宵の森の中、真昼の木漏れ日差す森をほのか垣間見るかのよう。
　少し眩しげに目を細めたトティアの記憶が、ふつり、ふつりと湧き上がる。
　温かな感情が、込み上げる。

　――ああ、そうね。

　『おいしい』を沢山教えてくれたのは、セト。
　『おいしい』は『たのしい』事だと教えてくれたのも、セト。
　がじりと、噛み締め、口の中に甘さが広がるほどに。
　ひとつひとつが鮮明と甦りて、心の裡でもまた噛み締める。
　そうして、実感すればこそ。

　――困ったわ。わたし、セトにしあわせ貰ってばかりね？

　いつかお前に返せるかしら？
　そう言葉にして紡いだならば、お返しなんて、と彼は首を横に振るであろうから。
　言の葉にはせず、音には乗せず、静か己の裡に響かせて。
　あゝ、わたしは、これからも彼と友でありたいから。
　だからこそ、同じだけ返したいと、強く強く、思うのだ。

　いつしか、甘く楽しい細工の飴は形を消して。
　ふたりの手に残るのは、細い棒ひとつずつ。
　くず箱がわりなのだろう、木々の側へと置かれた南瓜バケツへ揃って入れて。
　カンテラを持たぬ片手は、其々に空いた。
　暫し、己の手を眺めたセトは、徐に、その手をトティアに差し出して。
　「ほら……あー。えっと。トティア、すぐふらふらどっか行っちゃうじゃん」

　――だから。

　少し目を逸らして、そう告げる。
　最後まで告げないのも彼らしい。
　そう思うからこそ。

　――だから？

　トティアもまた、鸚鵡返しに言葉を返す。
　彼と違うのはその響き。
　続き促す素振りでわくわくと。
　あわよくば、彼の言葉でその響きで、続きを聞きたいとも願うけど。
　だから、ええと、と口籠もる、彼の姿も微笑ましいものなのだけど。
　けれども、あゝ。
　どうせ待ちきれず、自ら手を取ってしまうのだ。

　そうして、小さく笑うよな吐息を零し、トティアの手が彼の手を取った。
　そう、大好きなともだちへ。
　繋いだ手に有難うを込めて。
　セトもまた、己の手に収まった、彼女の柔い手を、言の葉の代わりぎゅっと握ったならば。

　さぁ、ふたりで出口までのんびり歩こう。

　さわさわと、囁く木の聲に、りぃりぃと、唄う虫の音にと耳傾けて。
　繋ぐ手の温もりと、交わす言の葉を裡に刻んで。
　ふたりの想い出がまたひとつ。
　揺れるふたつのカンテラが見守る中。
　夢のような小径を抜けて、現と戻った先までも。
　ふたりで、たのしいを見つけよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　かんてらの橙を頼りに、槙宮・千空（Stray cat・f32525）と、幽・ヨル（カンテラの灯・f32524）のふたりは、小路の奥へ進みゆく。
　薄闇に浮かび上がる橙色の南瓜灯。
　並ぶ店から溢れる淡き光。
　そうして、己の手元に灯る『かんてら』の燈。
　ほつり、ほつりと確かな灯りはあるものの、宵闇もまたすぐ側にある。

　――夜に出歩く事なんて、慣れていた筈なのに。

　今宵は、いや、『今』は、だろうか。
　少し心許なく、そっと視線を彷徨わせたヨルの耳に、いつしか聞きなれた聲が降る。

　――ヨル。

　短く、ただ己の名を呼ばれただけなのに、全ての意識を持っていかれるような。
　はた、と、向けた視線の先には、差し出された千空の手。
　まるで、己の裡を見透かした様に差し伸べられた其れは、さも当然のようにヨルの手が重なるのを待っている。
　未だ慣れぬそれに、おずおずとながら手をとれば、きうと、預けた手を握られた。

　少し先ゆく千空に引かれるようにして、南瓜灯の橙が淡く左右を照らす小路を往く。
　仮装した店員たちの呼び込みが交差する、商店賑やかな南瓜通り。
　ふたりを誘うは、目にも鮮やかな飴細工、愛らしくも上品な和菓子や、ほかほかと暖かそうな湯気を立てる汁粉など。
　己の鼻を擽る甘い匂いに誘われて、ヨルもまた、少し隠れる様に窺いつつも。
　自分には、一生に一度と言える豪華なパフェを、昼間に食べさせてもらったから。

　――もう彼に、迷惑をかけたくなくて。

　そっと遠慮がちに視線を逸らす。
　そんな彼女の手を引きながら、一歩先をゆく千空もまた、並ぶ美味に、良き香りにと視線を誘われてはいるけれど。

　――飴細工も和菓子も汁粉も、どれだッて美味そうだけど……

　それよりも。
　己の視線を、心を引いてやまぬのは。
　そう、ちらりと其の視線を背後に移せば、あゝ、未だ遠慮している君が居る。
　だからこそ。
　くい、と引く手の往く先は、祭りの賑わいから背を向けて。
　静かに星灯りが誘う森の小径へ。

　賑わう聲が届かぬ程に、森の静寂へとふたりの身が包まれたなら。
　不意に離された千空の手。
　喧騒が離れ、どこか心細くも感じていたヨルが、さらに離れた手の温もりに、はっとするのも束の間。

　むにぃ。

　彼の片手で両頬を掴まれる感覚と共に、くいっと上を向かされる。
　「ふぇっ！？」
　突然の出来事に、目を白黒させていたならば、千空の手によって彼女の瞳に映されたのは、輝く六芒星の星灯り。
　彼女の眸にその灯りが映ったことを認めたならば、千空はどこか満足げに、そして少し悪戯めいた色をも帯びて、にやぁ、と笑う。

　――『視線を上げて見えたモノを大切に』、だッただろ？

　驚く彼女の耳に届いたのは、昼間、彼と共に見た、恋御籤の言葉。
　彼の声で紡がれる、思いがけない言の葉に驚きの目をいっそう大きくしたヨルの額に、彼の手がコツンと触れる。
　「ま、遠慮しちまう性分なンだろうけど」
　そんな言の葉と共に、伸びた彼の腕が、軽々とヨルの体を抱き上げる。
　「ひゃ…！？」
　ひょい、と身体を掬われて、気づけば彼の腕の中。
　気恥ずかしさに跳ねる裡。
　慌てて、下ろしてと赤くなりながら、柔く抵抗してみるものの、己を抱く彼の体温に、伝わるそれに、安堵している自分もいて。
　己の淡い抵抗など気にも留めぬ様子で、そのままこの身を抱き抱え、先へ先へと歩み往く千空に、いつしかヨルもその身を静かに預けた。

　どのくらい、そうしていただろう。
　りぃりぃと鳴く虫の聲に耳傾けて、揺れる六芒星の星灯りを見上げて。
　時に手元のカンテラが照らす、小径や、互いの姿を眺め見て。
　その間、確かに感じたのは、てのひらだけではない、互い触れ合う温もり。
　其れが、いっそう、互いが今共にあることを、伝えてくれているような。
　森の小径を往くそのひとときは、とても長くも感じたし、あっという間であったようにも思えた。
　そうして、歩み往く先には、ひとつの出口が待っているもの。
　夢と現の狭間たる道も、もう、あと少しだ。

　やがて辿り着いた現の出口、それをみとめたならば、千空が柔く口を開く。
　「さァ、向こうに戻ろうか」
　彼の言葉に視線を前へと向けたなら、もう現への出口を潜る時。
　ヨルは、緩やかに彼の腕から地へ降り立ち、そうして、一度、立ち止まる足。
　……でも。
　一度柔く瞼を伏せたなら、再び前を見据え、自らの意思で、一歩を踏み出す。

　――だって、私はお姉ちゃんだもの。

　意地と責任を履き違えている事知らぬまま、ヨルはいつものように、笑って見せて。
　そんなヨルの笑みを、言の葉を、真っ向から受け止めて。
　千空もまた、笑ってみせる。
　「お前は、俺の姉じャねェから」

　――勝手に甘やかしてヤるよ。

　其々に、其々の笑みを向け合って。
　ふたりは共に現へと返る。
　その手には、煌々と灯るままのカンテラを握って。

　あゝ、どうか忘れないでいて。
　夢現、狭間のようなひとときも。
　確かに、ふたりへ刻まれていることを。
　灯し続けたその燈が、ふたりを見守り続けていたことを。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　ゆらりゆら。
　揺れるカンテラで道を照らしながら、ふたり宵歩き。
　気儘と往く爪先は、煌々とした南瓜灯をすり抜けて。
　「美味しいもの食べるのもいいけどさ」

　――たまにはのんびり歩こうよ。

　そう告げた宵雛花・十雉（奇々傀々・f23050）に頷いて、唄夜舞・なつめ（夏の忘霊・f28619）も、食の楽しみはまた今度、と。カンテラ揺らし漫ろ行く。
　のんびりと、ゆるりふたりの宵歩きを楽しむならば、と、灯り輝く『かんてら』の照らすまま、向かう先は森の小径。
　リィリィと、虫鳴く声と、風に揺れる葉擦れの音だけが響く、静かな道。
　暫し静寂に身を預け、手許の灯りと、頭上を照らす星明りのもと歩いてゆけば、控えめな十雉の聲がなつめに届いた。
　「……あの、さ、なつめ。さっきの話の続きってわけでも、ないんだけど……」
　「……ン？」
　視線を向けたなつめに対し、意を決したようでいて、けれども未だおずおずと、指先を所在なさ気に動かしながら、彼は続ける。

　――もしも、なつめに大切な人……番が、できたら……

　そこまで告げて、十雉の口が閉じられた。
　ほんのわずかな沈黙。
　さぁ、と一陣の風が吹き、さわわと木の葉が擦れた。
　「……ううん、やっぱりなんでもない」
　「え、何で話すの止めンだよ。気になンだろォ？」

　――俺に番が出来たら何だよ？

　口を噤んだ十雉へと、なつめの視線がじぃと向けられる。
　話すまで逸らさない、と言わんばかりのその視線に根負けした彼は、えっと……と、僅か口籠るよに告げた後、なるべく当たり障りのない言葉をと、選びながら再び口を開いた。
　「なつめに大切な人ができたら、きっと、その人のこと凄く大事にするんだろうなって」

　――そうなっても、オレは1人でもやっていけるから。
　
　だいじょうぶだよ、と。
　そう紡いだ言の葉は、震えず彼へと伝えることが出来ただろうか。
　くしゃりと眉を下げる儘、何とか作った笑顔と共に告げられた、そんな十雉の言の葉を、なつめは真っ直ぐと受け止めて。
　開口一番。

　――ばぁか。

　なつめから届いた言葉に、十雉の眸はまぁるく開かれて。
　「嘘つくの下手かよ。そんな泣きそーな顔で言われても、説得力ねーっての」
　こ、ん、な、顔、で。と、示すよに、なつめの指先が十雉の頬を、ぐいぐいと押す。
　あゝ、揺れる裡をひた隠し、どうにか強がってみたとて、彼にはすぐにばれてしまうのだ。
　情けないなぁ、と。再び下がる彼の眉に、なつめは何を見ただろう。
　向けた視線に柔らかな色湛え、向き合う十雉へと言葉を続ける。
　「……心配すんな。たとえ番が出来よーと、お前を1人になんか絶対しねェし、変わらず護ってやる」

　――いつだって、お前の『ひかり』でいてやる。

　其れは、今共に在る、目の前の彼へと。
　刻むように、確かとするように、改めて紡ぐ、やくそくのことば。
　其処に、今の想いも重ねるように、ふたりを照らす六芒星の星灯りのもと、なつめの手はポケットへと伸びた。
　「……見せるつもり無かったけど」
　ほら、という言葉と共に、差し入れた手から取り出されたのは、昼間に隠した『恋御籤』。
　握りしめていたせいで、少し……いや、くしゃりと皺の言った其れだけど、そうと開けば記された文字が明らかに。
　「……さっきの恋御籤の結果」
　其処に書かれたものを、自分の言葉で伝えるのは何だか気恥ずかしくて。
　ずい、と差し出したなつめの手に握られる御籤へと、十雉の視線が向いたなら、其処に書かれていたものは。

　『七分咲き：待ち人、すぐそばにいる』

　「待ち人、すぐそばに……」
　十雉から、ほろりと零れる言の葉に、擽ったそうに頬を掻くなつめ。
　「何だ、その……神様？も、そう言ってるみてェだし……な」
　照れくさそうな彼の様子に、眸に焼きつく様な御籤の言葉に。

　――たぶん、そういう意味で言ってるんじゃないんだろう、けど。

　あゝ、けれど。
　己の頬もまた火照りゆくのを感じながら。
　「…これからも、よろしく頼むなァ。ときじ」
　そう紡ぐなつめへと、赤くした顔の儘、緩やかに、しかし確かと頷いた。

　そうしてふたり、再び『かんてら』の灯りを頼りに森を往く。
　何だか照れくさいまま、暫くふたりの視線は森を照らす星灯りへと向けられていたけれど。
　この道に入った時よりも、ほんの少し、距離を詰めて。
　小径の終りはまだ暫し先。
　ふたり重ねる道行を、今宵の時間を、どうか確と噛みしめて。
　出口を抜けて現の先も、灯る燈が、ふたりの裡に宿りますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　優しき宵の薄闇に包まれゆく南瓜通り。
　ぽうと光るカンテラの灯りが、ふたりの往き先を照らしゆく。
　そんな己の先灯す『かんてら』は、『おまじない』が勇気をくれるのと似ている、と。
　裡にも燈が灯る心地で、萌庭・優樹（はるごころ・f00028）の顔も綻んで。
　そんな彼女の隣、ライラック・エアルオウルズ（机上の友人・f01246）も、手馴染む燈籠をゆらりと揺らした。
　揺れたその灯で煌いたのは、日中招いた薔薇咲く小瓶と、其れ握る手で花結ぶ銀環。
　瞬く様なふたつの煌に笑み零し、落すことの無いよう、と、小さな薔薇を懐へと仕舞ったならば、ライラックはにまりと楽しげな容を優樹へ向けて。

　「ねえ、優樹さん。素敵な後押しを得たのだし、後は己の努力次第だよね？」
　「もちろん！おれ達自身も邁進しなければ、ですね」
　跳ねゆく様な声音で優樹も大きく頷いたなら、きゅ、と、片手で握り拳を作って見せて。
　そんな彼女の聲に姿に、尚背を押される心地となりながら、ライラックもまた笑みを深めて。
　「『おまじない』に頼るだけでなく、己の手でも手繰るよに……想い人に土産もなければ」
　「おみやげ！ぜひとも、ぜひともっ。そうと決まれば、小径の先へお土産を探しにゆきましょうっ」
　ふたり顔を見合わせたなら、いざ、素敵探しの露店巡りへ！

　そうして、気合を籠めて踏み出したは良いけれど。
　贈り物と云うのはやっぱり難しい。
　陽光めいた眸に真剣な色帯びて、ううんと露店に並ぶ品々を優樹は眺めている。
　彼女の隣、顎髭さすり視線を巡らせるライラックもまた、難航している様子。
　贈り物、そうしてお土産ともなれば、猶更悩んでしまうもの。
　ましてや、一夜限りの商店となれば並ぶ品も様々で、催しに合わせたカンテラ飾りに、おばけの形のマグカップ。
　今日という日に重ねた品も良いけれど……悩ましげに視線を上げた優樹の眸に、宵闇に浮かび上がる桜花の花弁がひらり、舞いゆくのが見えた。

　――……あ。

　ふと思いついたよに、その視線を露店の方へと戻したならば、ひとつの品へと手が伸びる。
　優樹の手に収まったのは、桜を模る髪飾り。
　「気に留まるものはあった？」
　彼女の様子に掌へ視線を向けたライラックが問えば、見上げた優樹は頷き一つ、眸を細め。

　――……髪の長い、ひとなんです。

　告げて浮かべるのは、帰る先に待つ『あなた』。柔らかに波打つ長き髪が、一房編まれたその姿。
　其処に咲くこの一輪を想像したなら、もうこれだと思えて。
　「それに、あの人は桜を知らないはず。今日の思い出と一緒に、花を教えてあげたいな」
　土産物に、土産話。そうして、新たな花との出逢いも贈れたならば。
　綻び往くよな優樹の様に、彼は柔らかに一つ頷いて。
　あゝ、髪に話にと、花咲く先は微笑ましくて、身に添うよな土産も良いものだ。
　彼女の帰る先、贈る先、其処に待つ時間を想えば己の裡も温かくなるようで。

　優樹の土産物が包まれるのを待つ間。
　さて、と視線を再び棚へ向けたライラックの耳に自鳴琴の音色が届く。
　おや、と。誘われる儘、爪先向ければ、パカリと口開けた木匣が歌っていた。
　空いた蓋を静かに閉めれば、止まる音色と共に姿見せるは彫られた鈴蘭。
　これは、と手を伸ばし、説明書きに目を通したなら、どうやら二重底になっている様子。
　其れを見て、ふつりと浮かび上がった企みごとに、彼は笑む。
　「あ、ライラックさんも決まりました？」
　包みを大事そうに抱えた優樹に問われれば、彼はその木匣を手に取り見せて。
　「うん、僕はこれにしようかと」

　――企みごとも、閃いたんだ。

　そう告げる彼の表情は、何処かあどけなさも含んでいて。
　どんな、どんな？と問う優樹へと、そうっと密やかに聲を潜めて。
　「二重になったこの底に、まじないの説明書を秘め、後で悪戯に明かそうと思って」
　内緒を告げるその聲も、企みそのものもまた可愛らしく思えて。優樹の目も柔く弧を描く。
　「種明かしの瞬間の、お相手の顔が楽しみですねえ」
　「ふふ、おまじないの力得て、何方が先に明かせるか競争だね」

　――恋は、好敵手がいると燃える、と聞くし。

　そう添えた彼の言葉に、優樹はぱちりと瞬いて。
　「好敵手！なんだか意外な仲が増えちゃいました」
　想定外の言の葉に、驚きながらも楽しげな笑みを湛えて。
　「へへ、勝負事は負けたくないですしっ」

　――その競争、受けて立ちましょう……！

　きりり、と、橙が灯るよに、その眸を燃やす優樹も愛らしい。
　燃える心の後押しに、僕もなれれば、と願う儘、彼もまた乗り気な様に笑って、ふたり揃って拳を握る。
　「さあて、終は甘味も頂こうか？」
　土産話を語る口の滑るよに、と、ライラックが告げたなら、優樹もまた頷いて。
　「お次は甘いものっ。お祭りは味わい尽くしてなんぼですもんね」

　――れっつごー！

　振り上げた優樹の拳を合図とし、ふたりはカンテラ揺らし笑う南瓜の間を歩みゆく。
　ふたりの舌を喜ばせる甘味との出会いも。
　小路の出口を潜り帰りし先、土産物を渡した相手の様子も。
　ひとつ、ひとつ、刻んでゆこう。
　今も、先も、巡る縁の全てを味わい尽くすよに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　小路を往けば、両脇に笑む橙色の南瓜灯。
　揺れるカンテラの灯を道標に、宵に足音響かせたなら、探す人影が燈の先に。
　「やァ、今晩は」
　ひらりと手を振る、神埜・常盤（宵色ガイヤルド・f04783）へと、ひらりと手を振り返したのは、大きな魔女帽子の少女と共に、屋台を眺めていた、愛徳・琥瑚（ひらひら・f23161）。
　昼間の縁の続きにと、小路も共にどうかと誘う彼へふたりは大きく頷いて、揺れるカンテラ灯りはみっつに増えた。

　「お、素敵な屋台が並んでるねェ」
　くるりと眺めた常盤の云うように、彼らの往く小路の左右には、目を惹き空腹誘う香りを漂わせる屋台があちら、こちら。
　どれも見ているだけでも楽しいものだが、常盤が指差す先は、吸血鬼に扮した店員が器用に手を動かす姿。
　「お嬢さん方、一寸飴細工を見てみないかね？」
　「あら、いいわね。楽しそう！」
　魔女帽子の少女も大きくふたつ頷いて、三人の爪先は飴細工の屋台へと。
　動かす手を止めぬ儘、いらっしゃい！と告げる店員へ、ひらり手を振りその様を見る。
　丁度、作り置きの南瓜紳士を作っている様で、橙の飴が店主の手により南瓜の頭になって往く。
　きらきらと艶やかに光る其れが、自在にカタチを為してゆく様は、なんとも愉快で面白い。
　興味深げに楽しげに、常盤の眸が三日月のよに弧を描く。

　――……すごぉい。

　感心するような声が、笑む常盤の下方から聞こえた。
　大きな帽子に隠されたその下に、煌く眸が見えるかのよな声音。
　ふむ、と、一言零した彼が、並ぶふたりへ視線を向けて。
　「折角だから、僕達も何か作って貰わないかい」
　そう告げる常盤へと、ぱっと大きな帽子が上を向く。
　「ほしい！」
　即座と返る言の葉に、常盤と琥瑚は顔を見合わせ笑って。
　「くふふ、じゃあ、琥瑚さんも。常盤くんは、何頼むか決めてる？」
　笑みながら彼女が問えば、然程悩むよな間もなく。

　――僕はやっぱり、蝙蝠がいいなァ。

　にぃ、と笑む常盤の返事に、やっぱり？と琥瑚もまた笑う。
　「おにぃちゃん、こうもりさんが好きなの？」
　問う少女へと、あァ、と笑み頷いて告げたなら、格好良く作っておくれよ、とは店員へ。
　任しておきなと、腕捲る吸血鬼は、熱した飴と道具を器用に操り、くぅるりくるりと細工を施し色付けてゆく。
　そんな様子に魅入っているよな魔女の子の、大きな帽子をつんと突いて。
　「ねェ、ふたりは何を作って貰う？」
　「わたし？わたしはねぇ、ほうきで飛んでるまじょさんがいいな」
　出来る？と問う少女に、頷いた店員の手には、月の周りを群れで飛ぶ蝙蝠細工の飴が出来ていた。
　「にぃちゃんのお眼鏡にかなうかい？」
　格好良く出来てるだろ？と、差し出す店員の口に牙が覗いた。
　「あァ、これはいいねェ」
　受け取った常盤がその手を擡げれば、灯りに照らされた月と蝙蝠が煌めいた。
　琥瑚さんは？と問う彼に、じゃあ私は蝶々がいいわと彼女は店員に告げ、暫しの後、三人の手にはランタンと共に思い思いの飴が握られていた。

　ぺろりと飴を舐めながら、屋台巡りの足音みっつ軽やかに。
　続いて目に留まるのは、真白のお化けの呼び込む和菓子店。
　並ぶ汁粉も和菓子も『美味しいよ』と、目を心を誘う。
　「ついつい目移りしてしまうなァ」
　先程飴を手にしたばかりではあるけれど、どれもこれも魅力的に映るのは祭りの性というもので。

　――ハロウィンだし、少し欲張って仕舞おうか。

　そう告げた常盤の眸は、声音は、何処か童心めいた色を宿していた。
　「くふふ、そうね。折角の、一夜限りのお祭りだもの」
　羽目を外してもいいんじゃない？と、彼に、少女にと視線を向けた琥瑚もまた、その提案に乗っかって。
　そんな彼女に笑った常盤が指し示したのは、ほかほかと湯気の立つ器。
　「外歩きで冷えて来たから、お汁粉でも如何」
　魔女の装いの可愛い子に、お誂え向きの物を見かけたよ、と。魔女鍋めいた器を示せば、少女の足がぴょこんと跳ねた。
　「わぁ、ほんと！」
　ぐるぐるするの、たのしそう！と。弾んだ声が耳に届く。
　「ウンウン。気に入ったようで何より。コレも、ご馳走させてくれ給え」
　そうして届いた甘い甘い魔女のおくすりが、宵に冷えた身と共に心をもあたためてゆく。
　ぐぅるり、はふはふ。
　揃って味わう、ちょっぴり不思議な汁粉の味は、きっと思い出に残るだろう。

　「今日は楽しかったかい？」
　問う常盤の言葉に頷いて、とっても！と返した少女の聲は晴れやかで。
　「ありがとう、おにぃちゃん、おねぇちゃん」
　わたし、いくね。と、告げた少女は、手を振りながら駆けてゆく。

　――素敵な祭りの思い出を抱いて、幸せな生へと廻れますように。

　そう願い、駆けゆく其の背を見守る常盤の想いも彼女に添うて。
　今日一日の、楽しい想い出をその胸に抱えた彼女は、一夜限りの小路を抜けたなら、きっと在るべき先へと往くのだろう。
　廻り廻る。カンテラの齎す良縁と共に。

　そうして、彼女を見守る常盤にも、燈は齎してくれる筈。
　その手に握られた、温かに灯る燈のよな良縁を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

　●

　夢と現。
　その狭間を垣間見せるよな南瓜通り。
　其処が開かれる今日この日。
　其れは、妖と人との境界が薄れる日。

　妖姿に扮した人々に紛れ、幼き影朧が賑わいに惹かれ現れる一因は、其れに限らず作用する。
　そして、今日という日の『特別』に、揺らぐ堺の恩恵に、あやかりし者が此処にも居る。
　南瓜灯の照らす路を、鬼灯模したカンテラを揺らし往くノトス・オルガノン（白百合の追走歌・f03612）が、そのひとりであった。
　共に往く杜鬼・クロウ（風雲児・f04599）の見立てで、彼と色違いのキョンシー姿にて歩み往く彼は、恒の姿とは異なる様相。
　今、クロウと共に在るのは、本来であれば、満月の夜にしかその姿を表すことの出来ない『ノトス』。
　今宵の月は、望月では無いのだが、けれども『彼』は確かに此処にいる。
　南瓜祭り故の縁。

　――普段表に出れない分、今日は楽しませてもらおう。

　周囲の景をその眸に映したのち、ノトスはクロウへとその青を向けて。
　「折角だ、ならではの食べ物、品物を見て回りたい」
　「勿論！色々見ようぜ」
　そんな彼の申し出に、嬉しげに頷いたクロウの眸も細められる。

　ゆらりと揺らすふたりの『かんてら』。
　その燈に導かれるようにして灯る先、クロウの視線が捉えたのは、紛れもない彼の好物。
　和菓子を扱う店の中、一際目を引いたのは錦玉羮。
　今宵限りというだけあって、その容はハロウィン仕様。
　カンテラ型の透明の中、南瓜灯や羽ばたく蝙蝠、魔女におばけと小さな南瓜祭りを閉じ込めたよな。
　甘く楽しい、此処でしか見られない錦玉羹。
　勢い付く儘のクロウが、思わず手招いたのは二人分。
　両手に乗せた包みの片を差出す先は、勿論、共に在るノトス。
　笑みと共に、ずい、と差し出された包みに二、三、瞬いた彼へと、此れが錦玉羹だと告げたなら、ノトスもまた、あゝと頷いて。
　「錦玉羹というと、いつだか言っていた菓子か」
　過日、彼と詞を交わしたかの日をも想い出し、記憶手繰れば眼も緩む。
　「可愛らしい見た目だ、ありがとう」
　手にしたその錦玉羹そのもの容に緩んだのも勿論であるけれど、かの日に聞かせてくれた彼の好物をこうして知れたこと。そうして、己へもと、さも当然にと差し出すそのクロウの行動もまた、眦を緩めるに十分だった。

　続いて彼らが向かったのは、小物を扱う露店が多く並ぶ通り。
　様々に並ぶ小物達に、ふたりの眸もあちらこちらへ。
　しかし、己は詳しくないから、と、ノトスの品選びはクロウにお任せ。
　選ぶことは難しくも、並ぶ品を眺めているのも楽しいものだと、彼の表情は柔らかい。
　そんなノトスの姿をクロウもまた、何処か満足げな眸で見やりつつ、彼への品を見定める。
　露店に並ぶ品は様々で、眺めゆく中、ふと目に留まったのは髪飾り。
　金細工に白き輝石が散りばめられた其れは、ノトスの長き髪に添い映えそうではある。
　あゝけれど。
　「ン、髪飾りもイイが……」
　その視線をつ、と横へ動かして。
　すぐ傍で並ぶ品と選ぶ自分を見守る『ノトス』の姿を再びその眸に映したなら。
　クロウの指先が伸びたのは、銀月に淡青と彼は誰時の色の珠が連なるイヤーカフ。
　丁寧に摘み上げたなら、揺れた細工が触れ合って、小さくも澄んだ音を響かせる。
　その音色を聞いた時、目で惹かれた以上に、クロウは此れだと確信する。

　　――俺が『ノトス』に渡すならこっちだな。

　この手許で、シャララと奏でる清音が、『彼』を彷彿とさせたから。　
　「器物が、綺麗な音を奏でるお前だから」
　そう告げて包みを開き見せるクロウの手許、煌くイヤーカフをノトスの眸が不思議そうな色で見る。
　小物に疎いと告げていたノトスへと、名を教えたなら興味深そうな声音が零れた。
　「其れは、イヤーカフ、というのか……」
　「つけてやる」
　包みを乗せた掌から、もう片方の手で其れを持ち上げようとしたなら、其の手をノトスが柔らかに制した。
　「クロウ、一度品物は預かってくれ」
　はた、と視線を彼へと向けたクロウへと、ノトスは柔らかな瞳の色を向け。

　――次に『私』に会う時に、渡してほしい。

　その言葉で、クロウは瞬時に理解する。
　満月の日に限られた『ノトス』の記憶は、常のノトスには引き継がれない。
　なればこそ、今宵の品を持ったままでいると困るのはノトスの方なのだ、と。
　けれど、だからこそ。
　「……わかった。でも、今だけはつけてくれ」
　彼の事情を理解して尚、クロウが願うのは。

　――コレはお前に買ったンだ。

　そう、今宵、今この時を、記憶を想い出を共にする『ノトス』へと選んだものだから。
　笑み浮かべる儘、制するために伸ばしたノトスの手を、言の葉と視線で柔く制し返したなら、折れるのはノトスの方だ。
　其れは、決して仕方なくと言った様子ではなく、彼の言葉を、想いを、ノトスもまた嬉しく思ったが故に他ならない。
　「あぁ、今だけは。ありがとうな、クロウ」
　彼から返る言の葉に、その響きと表情に、クロウの裡も満つ心地で。
　改めて、彼の指先によって包みから浮いた銀月が唄う。
　ゆらりと揺れて、シャラと唄って、煌く月がノトスの耳へと添い、彩った。
　その姿を、クロウは満足げに眸に刻んだならば。
　「やっぱり、似合うぜ」
　そう告げた彼の聲に、穏やかなふたりの表情が重なった。

　そうして、露店を一頻り廻ったなら、鬼灯燈に唄う月に導かれるよにふたり、舞う桜花の中を歩みゆく。
　宵闇に浮かぶ桜花は、薄紅潜め雪にも似た白を増す。
　その花弁を手に招き、ノトスは散り行くその際までも美しいその花を仰ぎ見て、徐に口を開く。
　「人の身を得て、心のどこかで、ずっと後悔の念があった」
　静か語りゆく彼の聲を、其処に篭められた想いへと、クロウもまた同じ白の中耳を傾ける。
　「ただ生きるということでさえも、後ろめたく思う日もあった、その上楽しむなんて」
　その想いを抱く切欠となった嘗て。
　その過日へと、舞う白越しにノトスの視線は向けられている。
　そんな彼の見る先を、交わした言の葉を想い返しながら、クロウもまた想い馳せる。
　人の器を得た『ノトス』が、唯一無二の友人と逢えてたらどんなに良かったか、と。生き永らえてくれれば、と。
　そう、だったなら……
　「お前もそんな貌、しなかったよな」
　告げて伸ばした、クロウの掌がクロウの頬に触れる。

　――楽しむのが罪だというなら……俺が赦す。

　触れた柔からな温かさ、言の葉に籠るクロウの想いに、ノトスは視線で返した後。
　「だが、ここ最近はそんな気持ちも薄れてきた」
　私と、友のこと。その全てが解決したわけではないが、とそう添えながらも。

　――生まれてきて良かった、生きていて良かったと思える様になった。

　確かに、そう紡ぐノトスの聲は、揺らぎのない真っ直ぐな響き。彼の、澄んだ音。
　「君の、おかげだ」
　そうして、ふたりの視線は真っ直ぐと交わされる。
　「……過去は変えられない。でも、未来は変えられる」
　「ああ、君の言葉があったから、『私』は立っていられたのだろう」
　だから。
　「この場を借りて礼をさせてくれ」

　――ありがとう、クロウ。

　そう告げるノトスの眸は、何処までも真っ直ぐに。言の葉に、湧き上がる裡を乗せて。
　そんな彼の心からの詞を、クロウもまた真っ直ぐと受け止めるから。
　だからこそ、告げる。彼らしく。
　「礼なんて要らねェ」

　――……友人だからな。

　ニィと、笑うクロウと、柔らかに眸を緩めるノトスが笑みあった。
　今日という狭間の宵も、明けるまであと少し。
　交わし往けるこの時を、ひとときも溢さぬ様に。されど、確と前に進むよに。
　ふたりの歩みは緩やかに桜花の中、手の燈にも導かれ往く。
　現の扉を潜る先、別れ際には、ノトスの耳に揺れる銀月はクロウの懐に仕舞われゆくが。
　今は未だ。あゝもう、あと少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

　●

　橙色の南瓜が笑み灯り、照らされた夜道がぽうと浮き立つ。
　楽しげな色をも滲ませながら、淡く幻想的な灯りに包まれた、桜都の小路。
　こつりこつり。
　響く靴音に合わせ、蘭・七結（まなくれなゐ・f00421）の、おおきな魔女帽がゆらりと揺れた。
　「ふふー、なゆさんの魔女さん、とっても似合ってる！」
　七結の姿を眸に映し、笑み浮かべたルーシー・ブルーベル（ミオソティス・f11656）の、淡き水色した長耳も、ぴょこぴょこと揺れる。
　そんな彼女の姿に言葉にと、七結もあら、と柔らかな唇を開いて。
　「纏う魔女衣装も、ご機嫌に揺らいでしまうわ」
　そう告げながらルーシーを映す眸、その眦がゆぅるりと緩められた。

　そんなふたりの手許には、大切な『かんてら』の燈。
　共に重ねた輝石の日、互いに見つけたふたいろをそれぞれに飾り、そこに彼女らの過ごす大切な館色を足した、想い出の灯り。
　七結の手に携えられるのは、紫黄水晶の彩りに、牡丹一華の花咲いて、薄紫のリボンが揺れる燈。
　ルーシーの手で灯るのは、深き青の柘榴石、咲かせし花はミオソティス。濃青リボンがひらりと靡いた。
　ステンドグラスを思わすよな、揃いの細工を煌かせ、ふたり導く灯りを握る手は左右対称。
　何故ならば。
　ふたり顔見合わせて、ルーシーが空いた手を七結へと差し出せば、其処に七結から伸びた手が、指先が、きうとふたりをゆわうから。

　――さあ、往きましょうか。

　七結の柔らかな声が届いたなら、ルーシーも笑み頷いて。
　「いざ、一夜かぎりの小路へ！」
　「ええ、心躍るままに、いざ」

　踏み出したふたりを出迎えるのは、幾種類もの露店商店。
　揺れる看板、並ぶ品、呼び込みの聲を掛け行く店員の姿も様々でふたりを手招き誘うよう。
　「右も左も気になるお店がいっぱい！」
　「彼方も此方も気に留まるものばかりね」
　眸が、心が誘われる儘、右に左にと顔を振れば、目が廻ってしまいそう。
　そんな心浮くよな誘惑の波に揺られつつ、ふとルーシーの眸を惹いたのは。
　「あっ、飴細工屋さんがある！」
　思わず上がる彼女の聲に、七結の眸も其方を向いて。
　同じ方を向いた彼女の眸を見上げたルーシーの、跳ねるよな声音が続く。
　「なゆさんはお好き？ルーシー大好きなの」

　――良かったら行ってみない？

　きらきらと、誘うルーシーの青き眸は煌めいて。
　其れはまるで、先に待つ艶と煌めく飴細工をも思わせる。
　「ふふ、飴細工だなんて、興が湧いてしまうわ」

　――喜んで、其方へと進みましょう。

　微笑みあったふたりの爪先は、かろくかろく。
　ゆわう指そのままに、灯火揺らし、きららかに誘う露店の元へ。
　そんなふたりを出迎えたのは、吸血鬼姿の店員が器用に操る色付き飴。
　透明な飴が色を纏い、かたち為し往く飴たちは、繊細な指先が織り成す芸術のようでもあった。
　瞬きを忘れる程の職人技に、その先に生まれる細工達に、ふたりの眸は釘付けで。
　「うーん、ルーシーにはとても出来そうにないわ」
　感心するようにほろりと零れた彼女の言葉に重ね、ほぅと吐息を零した七結もまた柔な笑みを浮かべて頷いた。
　「せっかくだからおひとつ下さいな！」
　「勿論だ、お嬢ちゃんは何がお望みだい？」
　「そうね、ルーシーは……蝙蝠マントのうさぎ紳士さん！」
　「はは、任せておきな」
　明るく告げるルーシーに、笑み零した店員が彼女の揺らす長耳を一瞥して、手に取ったのは青き色素。
　溶かした飴に混ぜ往けば、透き通る飴が澄んだ青を纏い往く。

　くうるりくるり。
　慣れた手つきで生み出されたのは、蝙蝠マントを靡かせて長耳垂らした青きロップイヤーの紳士うさぎ。
　首元には、勿忘草を咲かせたリボンタイが結ばれた。勿論それも飴細工、全部美味しく頂けます。
　「おまち！お嬢ちゃんの気に召すかい？」
　片目を閉じたうさぎの顔は、何処か見覚えのあるようでいて。
　仄か瞠られたルーシーの眸は、直ぐに嬉しげな弧を描き、大きく一つ頷いけば甘く愛らしい紳士を手に招いた。
　「ふふ、とても可愛らしい」
　彼女の手に握られた飴の紳士に、其れを受け取る彼女自身に、柔き視線で七結が告げたなら。
　「なゆさんは何にする？」
　嬉しさと好奇心に彩られた青が彼女を見返し、鈴鳴る聲が問う。
　「わたしは……そうね、花を飾った南瓜お化けをいただこうかしら」
　ほんの少し視線を上へ向け、短い思案を経た後に告げた彼女の答えに、ルーシーも目を細めて期待に満ちた視線をふたり、店員へと向けた。
　「おう、そっちも任せておきな」
　腕をパチンと叩いた吸血鬼が再び飴へと手を伸ばしたなら、薄く伸びた其れは白に染まる。
　ふわり、ふわ。
　柔らかなフリルを思わす薄い飴が重なれば、橙の頭が乗せられて生まれ行くのは、真白のドレスを纏った南瓜のお化け。
　其処に咲きゆくは、赤に紫そして白。大小様々な牡丹一華が咲き彩って、背に蝶を思わす薄紅交じりの白リボンを結んだならば、花と共に真白を鮮やかに彩った。
　「ほうら、嬢ちゃんにはこれでどうだい？」
　受け取る飴細工に、再びほぅと一息零した七結は暫し手許を見つめ、店員へと感謝を告げた。
　「ふふふ、おしゃれな南瓜さんだわ」
　七結の握る飴細工を見たルーシーもそう告げ微笑み、ふたりは互いの飴細工を向かい合わせて、笑みあった。

　そうして、カンテラと飴細工を手にしたふたりが続いて爪先向けたのは、虫の鈴音響く森の小径。
　南瓜の照らす先の小路と異なって、星灯りは木々に揺れるも暗さが増した路。
　もう随分と暗闇に親しんだ身を進ませる七結の隣、『かんてら』を掲げたルーシーがふと彼女を見上げ。
　「暗い路も、隣になゆさんがいるからへっちゃらよ」
　そんないとけないことを言うものだから。
　七結は向けられた青に重ねた視線を尚と和らげ、きゅうと握ったちいさな手のひら引いて。
　ルーシーもまた、彼女の手をきゅっと握り返せば、ふふーと零れる嬉しげな聲。
　さぁ、往きましょう。灯りと、あなたと共に。

　互いの手のぬくもりを感じながら、静かな闇と淡き星灯りを浴びて往く。
　りぃりぃと、鳴く虫の音もどこか密やかでいて。
　あゝ、そんな路だから。そっと唇を開いたのは、ルーシーで。
　話の合図に、ほんの少し繋いだ手を柔く引く。
　「あのね、なゆさんとお出かけして、宝物がいっぱい増えたの」
　そう紡ぐ言の葉は、ふたり重ねた想い出を、増えた宝物を一つ一つ辿るよに緩やかでいて温かく。
　そうして、ほんの一呼吸、小さな間を置いたなら、真っ直ぐにその視線を七結へと向けて。

　――……これからも、増やしていい？

　今此れを聞いているのは、七結と星灯りだけだから。
　そうっと、おねだりしてみるの。
　はにかむようなルーシーの言の葉を、姿を、柔くも確かに、七結もまた受け止めたなら。
　温かないろを宿し帯びたその眸を彼女へ向けて。心の裡をそのまま音に乗せて。

　――もちろんよ、ルーシーさん。

　「たんと増やして往きましょう。幾つもの夜を越えながら、これから先も」
　七結からの詞は、ルーシーの耳に胸にと確と響いて刻まれて。裡に灯るのは温かな燈。
　「……うん、これから先も。うん！」
　互いの裡をあたためる其れは、互いの眸をも燈すよで、星灯りの中ふたりの眸はきらと煌いた。
　煌めいたのは、ふたりの手に握られた燈と飴細工も同様で。
　まるで其れは、今を確と見ているよ、と。覚えているよと告げるよに。
　視界に映った煌く細工に誘われて、ふたり同時に目を向けたなら、思う事も同じ。
　残してゆきたい宝物は、たくさん。
　だけど。
　「……この飴は、残せないものね」
　「そうね、残しておきたい位かわいい飴だけれど……その分ちゃんと味わうわ！」
　「ええ、ゆっくりと味わいましょうか。この、あたたかな灯りに盈ちた場所で」
　ふたり揃って味わう飴は、そうして過したこの時間は、あたたかな想い出としてずっとずっと残るから。

　最後に一度。
　ふたりを包む星灯りと、ふたりに添うふたいろ燈に飴を透かし煌かせ。
　眸に想い出に刻んだならば。
　蕩けるような甘さもふたりで刻んでゆきましょう。
　見守る燈も、裡へと溶けて一つとなった飴の甘さも。
　一夜限りの路を抜け、現の出口を潜りし先も、きっとふたりに添うているから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

最終結果：成功 完成日:2021年11月10日