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懊悩アイロニー

#ダークセイヴァー #お祭り2021 #ハロウィン #問う女 #宿敵撃破

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#お祭り2021
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#ハロウィン
#問う女
#宿敵撃破


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●沈黙の夜
 此の身を捧げたのは、遍くひとの為だった。
 其れなのに、嗚呼。神々に抗う為に立てられた人柱は、容易く「過去」に呑み込まれ。狂気に堕ちた挙句、ひとに仇為すものと成り果ててしまった。
 ぐちゃぐちゃに成った思考と、壊れて凪いだこころ。其れらは女に、延々と意味なき問いを紡がせる。聴くひとなど、何処にも居ないのに。
「その価値はありますか」
 数多の罪禍を抱えた其の身に。生き続けることを困難とする其の業に。そして、誰かを斬り伏せなければ終わらぬ、おまえの戦いに。
「価値は、ありますか」
 壊れたレコードのように問いを繰り返す女の眸は、酷く冷ややかだった。
 生きたひとの気配無き夜。懊悩齎す聲だけが、ただ虚しく響くばかり。
 嘗ての聖女が辿った悲劇に、果たして意味はあったのか。其の答えを識る者は、もう何処にも居ない。

●冷たい夜に安らぎを
「ハロウィンって、ワクワクするよねェ」
 グリモアベースに集った面々を見回しながら、神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)は、ちらりと牙を覗かせ幼稚に笑う。
「折角の愉しい催しだし、ダークセイヴァーにもハロウィンを広めてみないかね」
 胡乱な男曰く――永久の夜に包まれた世界にも、「ハロウィン」と云う概念自体はあるらしい。最も、支配者たちは人間が祭の恩恵を甘受することなど赦さず、其れはただの伝承と化して仕舞った訳であるが。
 とはいえ、猟兵たちの活躍により常闇の世界には、「人類砦」や「闇の救済者」たち――即ち人間の領土と成った地域も増え始めている。
 故に今こそ「ハロウィン」と云う文化を、この世界に根付かせる好機。
「ある人類砦の近辺にね、南瓜の群生地があるそうだ」
 ハロウィンといえば、矢張り南瓜。其れを収穫して人類砦の住民たちへ配給すれば、さぞ喜ばれるだろう。食料になるのは勿論、中身を繰り抜いた後の器にお化けの貌を彫り込んでやれば、砦の子どもたちも大燥ぎに違いない。
「……ただ、ひとつ問題もあってねェ。どうやら群生地を『異端の神』が徘徊して居るらしい」
 其のオブリビオンは、未だ人類を害する素振りを見せていない。されど、いつ人類砦に来襲しても可笑しく無い状態でもある。何故なら、彼女は既に正気を喪って居るのだから。
「オブリビオンを倒して、序でに南瓜も手に入れて。盛大に人類砦の住民たちを労ってやろうじゃァないか」
 勿論、猟兵たちの為に用意された「癒しのひと時」も存在する。にィ、と口端を持ち上げながら、常盤はゆるりと言葉を重ねてゆく。
「人類砦のなかには、立派な教会もあるそうだよ」
 暫し祭の喧騒から離れ、物思いに耽るには丁度良い場所である。丸い窓枠に嵌められた、うつくしいステンドグラスも見所なのだとか。
 また、大理石の祭壇には数多の花が添えられて居る。其れは、誰かが立てた誓いの証。
 結びたい誓いや約束があるのなら、独りで、或いは大切な誰かと共に、祭壇に花を捧げてみても良いだろう。
 折角のハロウィンだ。一仕事終えた後は、何か仮装を纏ってみるのも良いかもしれない。
 普段と違う少し燥いだ姿で祈りを捧げたとしても、神様だって今夜位は大目に見てくれるだろうから。
「それじゃァ、任せたよ、諸君」
 おっとりと笑う常盤の掌中で、血彩のグリモアがくるくると回転し始める。導く先は、宵闇に鎖された絶望の世界――ダークセイヴァー。


華房圓
 OPをご覧くださり有り難う御座います。
 こんにちは、華房圓です。
 今回はダークセイヴァーにて、ハロウィンシナリオをお届けします。

●一章〈ボス戦〉
 南瓜の群生地を徘徊する、異端の神との戦闘です。
 異端の神は理性を失って居るので、説得は不可能です。
 もしも興が向いたなら、彼女が繰り返す問いに答えてみるのも良いでしょう。

●二章〈日常〉
 青花が描かれた硝子窓の教会にて。
 祈りを捧げたり、物思いに耽ったり。或いは、祭壇に花を捧げて誓いを交わしたり。
 思い思いに静かな夜をお楽しみください。
 しっとり穏やかに過ごすパートではありますが、折角のハロウィンなので、何か仮装をしてみるのも良いかもしれません。
 また、お声掛け頂いた場合に限り、グリモア猟兵の常盤が登場いたします。

●その他
 プレイング募集期間は断章投稿後、MS個人頁やタグ等でお知らせします。
 キャパシティの都合により、グループ参加は「2名様まで」とさせてください。

 またアドリブの可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 オーバーロードについては、お好みでどうぞ。
 それでは、宜しくお願いします。
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第1章 ボス戦 『問う女』

POW   :    その価値はありますか?
【これまで抱えた業罪を問う言葉】【今までの善悪を問う眼差し】【これから戦う姿勢の正誤を問う威圧】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
SPD   :    その覚悟はありますか?
【自身の身体を媒介に燃え上がる金白の炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【抱えた苦悩や後悔の強さで威力の変わる】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
WIZ   :    生きてゆけるのですか?
詠唱時間に応じて無限に威力が上昇する【束縛】属性の【無数の粛清の光輪】を、レベル×5mの直線上に放つ。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠イージー・ブロークンハートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●エンドレス・クエスチョネア
 光無き夜、辺境に佇む女の姿は余りにも神々しかった。
 気品を纏う立ち姿、うつくしきかんばせは、まるで死人のように蒼白く。抱く三日月は、所々が赫く罅割れて居る。長い睫に彩られた双眸は何処か冷え冷えとしていて、薄紅の唇が震える度に、静謐すぎる聲が世界に零れ落ちる。
「その価値はありますか」
 微塵も感情の滲まぬ問いは、遍くひとの穢れを濯ぐ為にこそ――。
 あなたがこれまで犯して来た罪を、抱え続けなければならない業を、神に代わって聴き届けよう。誰かを責める心算なら、汝が重ねて来た善悪を今一度問い直そう。おまえが誰かを殺そうと云うのなら、ただこう問い掛けよう。
「その覚悟はありますか」
 誰かのいのちを背負う覚悟が、幾ら灌げど二度と消えぬ血の馨と添い遂げる覚悟が、もう二度と安穏とした眠りを貪れぬ覚悟が、ありますか。
 仮にその覚悟があったとして、明日をも知れぬ此の常闇で、希ったことなどひとつも叶わぬ残酷な此の世界で――。

「あなたは、生きてゆけるのですか」

 堕ちた聖女に、慈悲など無い。
 苛烈なる狂気に支配され、冷えた科白を淡々と編み続ける彼女は、ただ愚民たちを静粛する為に其処に在る。其の姿は正しく月の女神――若しくは、ネメシスか。
 狂える神に、理性は無い。
 何を答えたところで、戦況にはさして影響しないだろう。されど、もしも興が向いたなら何か答えを寄越してやっても良い。彼女にとって其れは、何よりの手向けに成るだろうから。
 奇しくも今日は、10月31日。「聖人たちの夜」を語源とする「ハロウィン」当日であった。こんな日に聖女と一戦を交えることに成るとは、何たる皮肉か。
 暝闇のなか、爛々と光る冷たい眸が、得物を構える猟兵たちの姿を静に見つめて居た――。

<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
・戦闘パートなので、連携が発生する可能性もあります。
 →ソロ希望の方は「△」を記載いただけると幸いです。
・グループ参加の際は、失効日を揃えて頂けると幸いです。

・オブリビオンの説得は不可能です。ご了承ください。
・プレイングは戦闘よりでも心情よりでも、何方でもOKです。

≪受付期間≫
 10月27日(水)8時31分 ~ 10月29日(金)23時59分
比良坂・彷
【赫月】
◎♯
その場限りで誰かに尽くす、使い捨ててんのはどっちだろうね?

「ユアには“此度は貴方のお気に召すまま”って決まり文句は言わねぇよ
だって既にお手つきだからねぇ」
「えぇ?俺もお手つきなのー?」
軽く笑い飛ばす「だったら良いのに」は隠し

UCで運を奪い鞄で殴る蹴る
煙草は常に吸い尽きたマッチを捨て
マッチは己
信者様に合わせ作った無数の俺

敵の炎は強く燃え盛る
「あーあこういう風に人を曝け出すのは止めて頂戴よ」

『無数』の己、本物は何処に?
本物なんてない、虚だけ
…この苦悩すら虚実わかんねぇの、俺ですら
(後悔は前世で弟を死なせた事)

ユアの覚悟が眩い
“護りたい、俺だって”ユア達と同じ日に縁が繋がった『あの子』を


月守・ユア
【赫月】
◎#
神は気まぐれな奴もいるからねぇ
使い捨てなんて些細なことなのさ

「はは
そりゃぁ、きっとお互い様だろうよ
互いに手つきで決まり文句なんて言いっこなしだ」

両手握る呪花と月鬼に
生命力を奪い取る呪詛の唱え
UCを振り下ろしていく

「あは
価値があるか否かなんて何で問う?
ああ、強いていうならば
価値なんてないよ
僕自身には、ね」

だが
自分に価値など存在しなくていい
この命は元より価値なく生まれた罪人
でも
罪人であれど
確と価値は見出されている

愛する人を守るという価値を、ね
僕に価値を問う必要など皆無

愛する人が生きている
その命を守れる
それが叶う限り、生きている価値は確と在るんだ

(もう二度と最愛を喪わぬ為にも…)



●最愛
 陽の射さぬ常夜の世界、その辺興に聖女然とした女が独り――。
 撚りにも依って、救済無き憂き世に降り立った其の存在の皮肉さに、月守・ユア(月影ノ彼岸花・f19326)はちいさく肩を竦めてみせた。
「気まぐれな神もいるからねぇ、使い捨てなんて些細なことなのさ」
「……使い捨ててんのはどっちだろうね?」
 其の場限りで誰かに尽くす様な気紛れさは、ひとの仔もまた同じ。比良坂・彷(冥酊・f32708)はくつくつと、喉奥で聲を漏らさずに含み笑う。すっかり舌に馴染んだ銘柄を口に咥えれば其の先端に火をつけて、彷は罅割れた月を抱く女からユアへと視線を移動させた。
「“此度は貴方のお気に召すまま”って決まり文句、ユアには言わねぇよ」
「えぇ、俺もお手つきなのー?」
 白い煙を吐き出し乍ら「既にお手つきだからねぇ」なんて、揶揄う様に口端を持ち上げてみせる彷。憂鬱な戦場に似合わず零された戯れに「はは」と、ユアは愉快そうに花唇を震わせた。
「そりゃぁ、きっとお互い様だろうよ」
 互いに“お手つき”なのだから、ふたりの間に甘ったるい“決まり文句”など不要。そう言外に語られた言の葉を、彷は軽く笑い飛ばす。嗚呼、そうだったら良かったのに――。

「それに、価値はありますか」

 和やかな空気を引き裂くのは、不意に響いた女の問い。
 冷たくも厳かな聲は、隠した胸の裡まで露わにさせて仕舞う様な、妙な迫力を孕んで居た。されど、ふたりの猟兵が畏怖の念を抱くことは無い。金の双眸をつぅと細め乍ら、あは、とユアが乾いた笑みを漏らす。
「価値があるか否かなんて、何で問う?」
 既に正気を喪っているオブリビオンは、何も答えない。此方の言葉を認識出来ているのかいないのか、其れすらも判断し兼ねた。尤も最初から、答えが返って来るなんて期待していないけれど。彼女が答えないのなら、己が答えを寄越して遣っても良い。
「ああ、強いていうならば――」

 価値なんて、ないよ。

「僕自身には、ね」
 そう言い切る娘の聲は、冷たい夜にリン、と響いた。
 片手には薔薇を、もう片手には鬼を。両の手に鈍く煌めく刃を握り締めて、ユアは女の許へと駆けて往く。
 価値なんて、存在しなくとも構わない。元より『罪人』として、此のいのちは生まれたのだから。けれども、漸く此の身にも“価値”が与えられたのである。其れは、愛するひとを護ると云うこと――。
 眼前の女に価値を問われる謂れは無い。愛する人が生きていて、其のいのちを守れること。其れが叶う限り確かに、ユアには生きる価値が在るのだから。

「さあ、頂戴」
 女の影へと潜り込めば闇夜に刀身を光らせて、其の白き躰に赫絲と呪いを刻んで往く。反撃とばかリに振われたクラフトムーンに腹を貫かれようと、ぽたりぽたりと大地に鮮血が滴ろうと、此処で生を諦める心算は毛頭無かった。
 もう二度と、最愛を喪わぬ為にも――。
 躊躇い無く女に躍り掛かるユアの背中を、彷は何処か眩し気に見つめて居た。過去に囚われず、こころの儘に前を向ける彼女の強さは、まるで手を伸ばしても届かぬ一等星の様。
 ――護りたい、俺だって。
 青年は、ぐ、と人知れず拳を握り締める。奇しくも、ユア達と同じ日に縁が繋がった『あの子』のことを、決して喪いたくは無い。
 夜風に紫煙を靡かせながら、彷は吸い付きたマッチを放り投げた。嗚呼、燃え止しと成った其れ等は、嘗ての己だ。信者様に合わせて作り上げて来た、無数の……――。

「その覚悟はありますか」

 物思いに沈んで居た青年の思考を苦界に引き摺りあげるのは、冷徹に響く女の聲。苦悩に溺れ、後悔に身を焼く覚悟を問う其れは、正しく“文字通りの意味で”彷の躰を赫々と燃え上がらせる。
 地獄の業火と見紛うばかりに拡がり行く焔は、彼が其れだけ深い後悔を抱いていることの顕れでもあった。蘇るのは遠い宿世の記憶、弟を自死に追い遣って仕舞った“あの日”のこと――。
「あーあ」
 囂々と燃え盛る己の両掌を見降ろし乍ら、彷は気の無い聲。巡っても尚、何時までも此の胸を苛み続ける喪失感に比べたら、粛清の焔に焼かれるくらい何のことかあらん。
「こういう風に人を曝け出すのは止めて頂戴よ」
 冷たく女を見下せば、彼の視界は忽ち赫彩に染まる。他人には不可視の其れは、対峙する者に不運を齎す。例えば、ユアに押し負けた女が体勢を崩し、此方へ斃れ込んで来るような……。
「触らぬ神に祟り無しって、ね」
 一応は教祖として『神託』を担って居た身だ。容ばかりの忠告を呉れ乍ら、彼は重たい鞄で女の頭を思い切り殴りつけた。女のかんばせに赫絲が垂れるのを気にも留めず、間髪入れずに頽れた其の身を蹴り飛ばし、南瓜畑へ叩きつける。
 然し、手痛い一撃を呉れてやろうとも、彼のこころには靄が立ち込めるばかり。
 信者に臨まれる侭『無数』の己を造り上げて来たけれど、終ぞ『本物』の己には成れなかった。青年の裡にはただ『虚』だけが在る。
「この苦悩すら、虚実わかんねぇの」
 此の器を動かしている、『俺』ですら――。
 疾うに其の身を包む炎は消えていて、煙草は燃え滓に成って仕舞っていると云うのに。溜息と共に零した科白は、宵闇のなかへ自棄に苦く溶けて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼
◎☆#

この女性の末路は、わたくし自身にもありえた未来の可能性
自らを贄に捧げ、人々の幸福を願っても、世界は尚不幸に苛まれ
絶望に己をすり減らした聖女の成れ果て

救いきれぬ命に流した懺悔の涙
救世の願いを踏み躙られ弄ばれた屈辱
心をへし折る絶望は一度や二度ではなかった
それでも

多くの愛を受け継いだ
どんな時も手を差し伸べて力強く支えてくれる人がいた
邪悪な謀には屈さぬと誓いを立てた

数多の願いと想いの煌めきが
わたくしの心を温め、慰め、奮い立たせてくれた

だからわたくしは……僕は剣を取り
未来への道を切り開くよ
この翼は自由への羽ばたき
限界だって超えてみせる

この想いは誰にも縛られない
全て背負って
守り抜いて
生きてゆく


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼
◎☆#

罪ならばいくらでもあった
平和のため、或いは生きてゆくために憎くも無い相手を手にかけたこと
敵との戦いの中で、愛するヘルガを危険に晒し、守り切れなかった無念

それでも彼女が自らの意志で戦い、平和を勝ち取ることを願うならば
俺はそれを縛ることはしない
彼女の剣として、盾として
そして今は共に戦う『同志』として並び立つと誓った

目の前の聖女を哀れな女と憐れむのは容易い
だがその存在がこの世を絶望と狂気で穢すならば
俺は己の罪過を躊躇わずお前を斬る

嘗てヘルガが敵の罠に落ち心を破壊されたあの日から変わらぬ誓い
二度と後悔せぬために
たとえ誰かに蔑まれても
世界の全てが彼女に牙を剥いても
俺は彼女を守るため、敵を屠る



●切り拓く未来
 間近で対峙する其れは、正しく聖女の成れの果て。
 神々しいのは視掛けばかり、訪れる者を見下す眼差しに慈悲の彩は一欠片も無い。うつくしいかんばせは唯、意味なき問いを繰り返すばかり。もう完全に、壊れて仕舞っているのだ。狂気に堕ちた女の姿を視れば見る程に、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)のこころがチクリと痛む。
 ――この女性の末路は、わたくし自身にもありえた未来……。
 神へと対抗する為に自らを贄に捧げ、遍くひとの幸福を願っても、世界は尚も変わらずに。眼を背けたく成る程の不幸に苛まれ、絶望に己を摺り減らした哀れな聖女。
 彼女の生き様は何処か己の生い立ちと被る気がして、とても他人事とは思えなかった。其の姿は余りにも傷ましいのに、故にこそ目が離せない。

「その価値は、ありますか」

 静謐に紡がれた問いに、ヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)の片眉がぴくりと動いた。
 罪ならば、いくらでもある。
 皆の平和のため、己が生きてゆくためと嘯いて、憎くも無い相手を手にかけたこと。敵との戦いの中、愛する妻を危険に晒し、守り切れなかった無念だって少なくはない。
 ――それでも。
 ちら、と青年はヘルガの横貌を見遣る。少しでも運命が違って居たら、彼女もああなって居たかも知れないのに、妻は堕ちた聖女をただ真直ぐに見つめて居た。
 聖女の役目とは、遍くひとを導くこと。
 其れなのに、救いきれぬ命は余りにも多くて。どれほど懺悔の涙を流したのか、もう憶えていない。されど、救世の願いを踏み躙られて弄ばれた屈辱は忘れられぬ。こころをへし折る絶望は、一度や二度ではなかったけれど。

「それでも――」

 ヘルガは、多くの愛を受け継いで此処に居る。
 どんな時だって、手を差し伸べて呉れるひとがいた。力強く、あえかな躰を支えてくれるひとが居た。数多のひとが抱く願い、そして想いの煌めきが、彼女のこころを温め、時には優しく慰めて、奮い立たせてくれた。様々なひとに背中を押された彼女は、邪悪なオブリビオンたちの謀には屈さぬと、そう改めて誓いを立てたのである。
「だから、わたくしは――……僕は、」
 娘は優美なる細剣を抜き放つ。其れは暝闇のなか、まるで太陽の様に明々と煌いた。ヘルガの躰を包むのは、うつくしき純白の騎士礼装。其れは、ただ護られるだけの存在では無いという、彼女の覚悟の顕れでもあった。
「限界だって、超えてみせる」
 さあ、今こそ未来への道を切り開こう。白き翼は、自由へ羽搏く為に在る。此の想いだけは、誰にも縛られはしない。全てを背負い、守り抜いて、生きてゆく――。
 妻が裡に抱いた覚悟を察したヴォルフガングは、「ふ」と穏やかな吐息を溢す。彼女が自らの意志で剣を取り、戦いに身を置いて、軈ては平和を勝ち取ることを希うならば。
 ――俺は、それを縛ることはしない。
 夫である前に、自分は彼女の剣であり、盾である。そして、今は共に戦う『同志』なのだ。ふたりで共に並び立ち、希望に溢れた未来への路を作ろう。

「いきて、ゆけるのですか」

 壊れたレコードのように、意味のない問いを繰り返す堕ちた聖女。彼女を哀れな女とは思うまい。オブリビオンとして、狂える神として蘇って仕舞った以上、彼女は滅ぼすべき敵だ。そして、其の存在がこの世を絶望と狂気で穢すならば、遣ることはひとつだけ。
「俺は己の罪過を躊躇わず、お前を斬る」
 其れは、ヘルガがこころに傷を負ったあの日から変わらぬ、大きな誓い。二度と後悔せぬ為に、ヴォルフガングもまた剣を取る。喩え誰かに蔑まれたとしても、世界の総てが彼女に牙を剥いたとしても――。
「俺は彼女を守るため、敵を屠る」
 それだけだ、と言葉を重ねたヴォルフガングが地を蹴った。ヘルガもまた翼を羽搏かせて、闇に覆われた空を舞う。地獄の業火が青年を襲い、聖女が嗾けた光輪が娘の躰を縛り付ける。されど、ふたりは止まらない。
 其の身を焼き尽す焔を無骨な剣で振り払い、其の身を縛り付ける光輪を細剣で砕き割り、ヴォルフガングは聖女の前面へ、ヘルガは其の背面へと降り立った。
 胎と背をふたつの剣に貫かれ、女は闇夜に赫花を散らす。ふたりは決して眼を逸らさずに、痛みに喘ぐ女の姿をただ黙って見つめて居た――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

風見・ケイ

この胸に宿る星が引き寄せた、忘れちゃいけない罪の記憶
……私の弱さが、あの人を――先輩を、殺した

そんな私に価値があるとは思えず、何度も逃げ出そうとしたのに
星の力によって、この世界に引き戻された
覚悟なんてないのに、生きることしかできない

――そんな私が、生きたいと願ってしまった
それこそが、新たな罪かもしれないけれど
それでも……離れたくないんだ
(UC使用)
だから、この胸の痛みにも耐えらえる
耐えてしまう

ブラックホールは、光すら引きずり込むらしい
彼女の放つ光輪を、右手の穴にすべて吸い込み続けて
やがてそれを――解放する
束縛された彼女に拳銃を向けて
……なんの答えにもならなくて、ごめんね
覚悟もなく、引鉄を引く



●希求
 其の聖女は狂気に堕ちたと云うのに、何処までも粛々として居た。いっそ神々しさを憶えて仕舞う程に。尤も、此の常闇の世界に救済も何もあったものじゃ無いけれど。
「あなたは、生きてゆけますか」
 まるで己を断罪する様な聖女の視線に射抜かれて、風見・ケイ(星屑の夢・f14457)の心臓が思わず、どきりと脈を打つ。決して忘れてはならぬ、罪が在った。其れは、胸に宿る星のかけら、溢れる生の源が引き寄せた業――。
「……私の弱さが、あの人を」
 娘の花唇があえかに震える。そんな必要なんて無いことは分って居るのに、膨れ上がった罪の意識がいま、深淵に隠したひとつの事実を白昼に曝そうとして居た。

 ――先輩を、殺した。

 言葉にすれば、事実が重くこころに圧し掛かって来る。
 そんなことをして仕舞った自分に価値があるなんて、思える筈も無かった。故にこそ、生と云う檻の中から逃げ出そうとしたのだ。もう、何度だって……。
 けれども、生を齎す星の力は、ケイが逃げ出すことを赦して呉れない。
 望んでも居ないのに、誰にも合わせる貌なんて無いのに、此の世界に引き戻されては、生きることを強制される。こんな壊れて仕舞った人生を、生きる覚悟なんてないのに。
「そんな私が――」

 生きたいと、そう願って仕舞った。

 猟兵として積み重ねてきた時間が、少しずつ彼女のこころを解き解した。そう、疵を癒されて仕舞ったのだ。
 憧れのひとを自らの所為で喪ったのに、自身は此れからも続く生を望まずには居られない。そんな希いを抱くこと其れ自体が、新たな罪かも知れない。けれども――。
「……離れたくないんだ」
 ズキズキと、心の臓が疼く。
 双眸を染めるのは、左右で違えたふたつが混じり合った紫彩。
 余りの激痛に膝を付き、ちいさな穴が空いた右の掌を隠す様に胸元を掻き毟り乍ら、ケイは憂いを帯びた眼差しで、狂える聖女のかんばせをそうっと仰いだ。
「だから、この胸の痛みにも耐えらえる」
 未だ死にたくないから、耐えて仕舞う。
 あんなに逃げ出すことを望んで居たのに、いまはただ、此処に居たい。
 そう希うことも罪だと謳う様に、闇に染まった空を断罪の輪が舞った。無数に顕現した其れは、電球と見紛う如き明るさで暝い世界を照らし乍ら、蹲るケイの許へと飛んで行く。
「知ってますか」
 ブラックホールは、光すら引きずり込むことを。
 女に問いを編み返す傍ら、ケイは右掌を天へと掲げてみせる。忽ち白日へ晒される、掌に空いた穴。ほんのちいさな其れは、総てを呑み込む深淵――即ち『ブラックホール』であった。
 粛清の光輪はまるで吸い込まれるかの様に、次々とケイの右手に呑み込まれて行く。堕ちた聖女は其の様を、壊れた冷たい微笑を浮かべた儘、ただ見つめて居た。
 其の眼差しに矢張り居心地の悪さを憶え乍ら、娘はちらりと己の掌へ視線を寄越す。先程まではあんなに明るかったと云うのに、周囲はまた憂鬱な暗闇に包まれて居る。どうやら、光は総て呑み込んで仕舞ったらしい。
 状況を聡く察したケイは、直ちにブラックホールを逆流させた。ちいさな穴から溢れ出て来る、無数の光。解放された其れは頑健なひとつの輪と化して、堕ちた聖女を戒める。
 自身が編んだ業で束縛された彼女に向けて、銃口を構えるケイ。引鉄に掛けたゆびさきに、迷いは無い。

「……なんの答えにもならなくて、ごめんね」

 覚悟もなく、引鉄を引く。
 鈍い銃声が響き渡ると同時、白い聖衣を赫く染めた女が静に崩れ落ちる。嗚呼、また、生き伸びて仕舞った。
 けれど、これで良いんだ。きっと――。

成功 🔵​🔵​🔴​

臥待・夏報


『視線』ってのは言わば光の速さで届く
できるだけ物理で遮蔽して移動するけど、最後まで隠れたままじゃ意味がないよな
『威圧』を避けるのも難しいだろう
夏報さんは無闇に他人の感情に敏感だから

よって『言葉』を掻き消す
敵が口を開いた瞬間、力の限り絶叫する
人間は自分の声が一番よく聴こえる――脳が意味を認識しなければ、それは『言葉』じゃないでしょ

その後は銃でもフックロープでも何でも使って、敵の次の句を封じるよ
どうせ元から大した攻撃力じゃない、他の猟兵の攻撃の隙を作って繋げられれば及第点だ
我ながら超絶頭の悪い作戦だけど……ま、仕方ないかな
御大層な問いに答えられるような、ちゃんとした奴じゃないんだよ、僕は

ああ……反吐が出るなあ
そのナリじゃどうせ、殺さなきゃ死ぬって瞬間すらも知らないんだろ
戦わなきゃ生きられない子たちのことすら、そうやって見下してきたんだろ
無垢《きれい》と淫蕩《きたない》の二元論じゃ世界は切り分けられないよ
そんなの、僕でも知ってるのに

死んでしまえ
死んでしまえ
――お前みたいな奴が神様であるもんか



●怒り
 嘗て遍くひとの為に人柱と成った聖女は、骸の海から異端の神として蘇った。されど狂い果てて仕舞った彼女は目的も無く、ただ幽鬼の様に辺境を彷徨い歩くばかり。
 駈け付けた猟兵――臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は、戦場に群生する南瓜の影に隠れ乍ら、攻撃の機を伺って居た。
 暗がりで遠目に視ても、女の眸が酷く無慈悲で冷たいことは分る。UDC組織のエージェントとして幾度も死線を潜って来たことで培われた勘が、あの視線に射抜かれると唯では済まないことを教えて呉れて居た。
 そもそも視線と云うものは、光の速さで届く。此の儘、南瓜の影に隠れている間は死線に射抜かれることは無いだろうけれど。其れでは碌に攻撃も出来やしない。
「ああ……反吐が出るなあ」
 密かに女の様子を伺いながら、ぽつり、腹の底から湧き上がる嫌悪を零す。未だ視線すら合わせて居ないのに、肌にピリピリとした圧を感じる。恐らくは、あの神々しき聖女から滲む威圧感が、殺気と成って夏報に襲い掛かっているのだろう。そうでなくとも、彼女は他人の感情や悪意に敏感な節が有るのだ。此ればかりは、防ぐことが難しい。
 ――そのナリじゃどうせ、殺さなきゃ死ぬって瞬間すらも知らないんだろ。
 身綺麗な女の姿を遠く見つめ乍ら、夏報はぎりりと拳を握り締めた。一方的に他人の善悪を計り、其れを罰しようとする狂える神。独善的と云っても差し支えない女に対して、どうしようもない苛立ちを感じて仕舞う。
「戦わなきゃ生きられない子たちのことすら、そうやって見下してきたんだろ」
 苛立ちは言の葉と化して、訥々と世界に零れ落ちて往く。誰かに刃を突き立てることは、神の教えによると確かに悪かも知れないけれど。きれいごとだけで生きて行くには、余りにも此の世界は残酷で、無慈悲。
「無垢《きれい》と淫蕩《きたない》の二元論じゃ、世界は切り分けられないよ」
 そんなこと、僕でも知ってるのに――。
 嗚呼、無性に腹が立つ。沸々と、身体中を巡る血が煮え滾るのを感じた。噛み締めた奥歯が、ぎりりと鈍い音を立てる。
 死んでしまえ。死んでしまえ。お前なんか、お前なんて!

「――……!」

 女が無意味な問いを紡ごうと、唇を震わせた刹那。嫌悪の儘に放たれた絶叫が、夜の静寂を高らかに切り裂いた。其れは寂しい夜に零れ落ちた言の葉を、掻き消すノイズ。人間と云う生き物は、自分の聲を一番よく認識するように出来ているのだ。
 脳が意味を認識しなければ、其れはもう『言葉』では無い。
 ただ問いを繰り返すことだけを良しとしていた女のこころは、聴いた者の価値観を揺らがせる夏報の絶叫により、パリンと割れて仕舞った。修復には暫し時間を要するだろう。彼女の前に躍り出るのなら、今しか機は有るまい。
「御大層な問いに答えられるような、ちゃんとした奴じゃないんだよ、僕は」
 南瓜の影から飛び出すや否や、夏報はフックワイヤーを手繰りその先端を女の白肌へと引っ掻ける。其処から毒を注ぎ込み乍ら、力任せにあえかな躰を引き摺り倒した。壊れた女は悲鳴ひとつあげることなく、汚れた大地に叩きつけられる。
「決定打には成らないけれど……ま、仕方ないかな」
 異端の神に問ってこれが大した痛手に成らないことを、夏報はよく知って居た。とはいえ、自身が与えた衝撃で仲間への攻め手が少しでも緩めば、それで好い。
 娘は倒れ伏した女に歩み寄り、銃口を向ける。彼女を見下ろす夏報の眸は、何処か冷ややかだ。

「――お前みたいな奴が、神様であるもんか」

 こころの底から紡がれた狂える神への拒絶を、鈍い銃声が掻き消した。辺境に漂うのは硝煙の苦い馨と、鼻につく血の匂い。

成功 🔵​🔵​🔴​

朧・ユェー
【月光】◎

えぇ、お祭りは楽しく過ごす事が大事ですものね

女性の神が問う
価値?
そうですね、価値など人それぞれ
僕があの時、殺してしまった人達
あの後でも人には言えない事は沢山して来ました
きっと許させるものでは無い

でもそれを決めるのは貴女では無い
僕を裁くのはあの人達だけだ
でも今は…

ルーシーちゃんも戸惑っている
きっと問いの答えを探しているのだろう
そっと手を握って

今の僕は生きる意味を知ったから
この小さな手が僕の死を引き止めてくれている
生きる道を喜びをくれた
小さな僕の娘、ありがとうねぇ
君も生きていいんだよ?
どんなルーシーちゃんでもどんな子でも
僕の娘には変わらない
だから生きて欲しい
じゃないとパパは寂しいな
ふふっ、ありがとう

屍鬼
貴女の問い事喰らいつくそう


ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

ステキなお祭りはどんな世界のひとにだって楽しんで欲しいわ
ゆぇパパ、がんばりましょう

南瓜の群生地はあそこね?
その傍に、きれいなひと
冷たく問う声

本物の子でもないくせに
あの家の当主の座に収まって、欺いて
なのに同族の血を啜り生きていること
何より
そうして業を重ねた果ての役割を前に
もっと生きたいと望み始めて揺らいでいること
誇りとすら感じていた役割を放ってでも

これが善か悪かと
正しいのかと問われたら分からない
与えられた役割から逃げたいと思う『ルーシー』は
確かに価値など無いのでしょう

でも、パパは
ルーシーじゃなく『わたし』を娘にしたかったと言ってくれたから
わたしにとってどんな宝物より価値のあるその言葉を信じるの

パパの手を握り返す
あたたかい
生きたいと望む理由を
幸せだと思う瞬間を
たくさん下さるひと

きっとルーシーが知ってる以外にも
お辛いこと、幾つもあったのでしょうけれど
パパが生きると言って下さるのが凄く、すごくうれしいの
そう、かな
パパが寂しいのはダメよ、ね……!

シロクロパンダさん
さあ、道を切り拓いて



●生を望みて
 陽の射さぬ暝い世界の辺境には、噺に聴く通り南瓜が群生していた。人知れず実った作物を眺め乍ら、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)はそっと頬を弛ませる。
「ステキなお祭りはどんな世界のひとにだって楽しんで欲しいわ」
 祭りを祝う自由すら奪われていた、ダークセイヴァーのひとびとにだって。折角なのだから、良い想い出を作って欲しい。そんな想いを秘めた彼女は、傍らに連れ添う青年に「がんばりましょう、パパ」と笑い掛ける。パパと呼ばれた彼、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は娘のことばに優しく首肯した。
「えぇ、お祭りは楽しく過ごす事が大事ですものね」
 然し乍ら、そんな細やかな希いすら阻まれるのが此の世界の現実である。ふたりの前へ立ちはだかる様に躍り出たのは、独りのうつくしい女だった。

「価値は、ありますか」

 嘗て人柱として其の身を捧げた聖女が。狂える神と成ったオブリビオンが、冷たい聲で彼等の往く路の、或いは来た道の価値を問う。
「そうですね、価値など人それぞれ――」
 月彩の眸をつぅと細め、ちいさく頸を傾けるユェー。彼の脳裏に蘇るのは、過日の記憶。あの時、此の手でひとを殺めて仕舞ったこと。其の後だって、ひとには云えぬような罪を数え切れぬ程に、彼は重ねて来た。許されぬこと等、彼が一番識って居る。けれども、
「それを決めるのは、貴女では無い」
 青年が自らのゆびに牙を立てたなら、其処から滴る紅血の雫を腕に抱いた魔導書が呑み込んだ。独りでに捲られた頁から現れるのは、巨大な黒き鬼――屍鬼である。
 凶暴な鬼は女の冷たい眼差しなど諸共せず彼女へ襲い掛かり、意味なき問いごと其の身を喰らわんと、白き柔肌に牙を立てる。
 彼女に制裁をされる謂れなど無い。此の身を裁いて良いのは、きっと自ら殺めた者たちだけだ。
 ――でも、今は……。
 ちらり、傍らに佇む娘の方へと視線を向ける。愛らしい彼女のかんばせには、何処か憂鬱な彩が滲んで居た。視線を伏せて物想いに耽るルーシーのゆびさきを拾い上げ、彼は幼い掌を自身の其れで優しく包み込んだ。

 ルーシーは、ちゃんと識って居た。自身が“あの家”の実子では無いことを。
 彼女は周囲を欺いて、一族の当主の座に収まって居るのだ。総ては同族の血を啜らねば生きれぬ業の所為。そんな業と罪過を重ねた果てに待って居るのは、ひとつの役割である。端からそんなこと、理解して居たと云うのに。
 果さねば成らぬ其れを前に、もっと生きたいと、彼女はそう望み始めて居る。嘗ては「誇り」と感じていた役割を、放り出してでも――。
 そう希わざるを得ない“こころ”の善悪を問われたところで、彼女に答えは分からない。もしかしたら、正しいことでは無いのかも知れない。
「与えられた役割から逃げたいと思う『ルーシー』は、確かに価値など無いのでしょう」

 でも、と向けた視線の先には、自身を温かく見守るユェーの姿が在る。喩え、一族に見棄てられたとしても。細やかな希いを抱くことが、罪だとしても。
「パパはルーシーじゃなくて『わたし』を、娘にしたかったと言ってくれた」
 大きくて温かな彼の掌を、ぎゅっと握り返す。未だ生きて居たいと望む理由を、そして幸せだと思える瞬間を、たくさん呉れる彼がそう言ってくれたから。
「その言葉を、信じるの」
 どんな宝物よりも、其れは価値ある物だから――。
 少女は凛とした眼差しで女を見据え、片腕に抱いて居たパンダのぬいぐるみを、ぎゅうと抱き締める。すると彼が持つ笹の葉から、鋭い斬撃が飛び出した。
「さあ、道を切り拓いて」
 主に命じられる儘、斬撃はうつくしき女の躰を切り裂いて、彼女の白い纏いに無数の赫彩を刻んで往く。

「今の僕は、生きる意味を知った」
 切り裂かれる女から繋いだ手へと、視線を落とすユェー。幼い掌から伝わる温もりは、彼を現に留めてくれる。生きると云う路を撰ばせてくれたのは、そして生の喜びをくれたのは、他でも無い小さな彼の娘なのだ。
「ありがとうねぇ、ルーシーちゃん」
 君も、生きていいんだよ――。
 そう穏やかに聲を掛ければ、少女の碧眼がぱちりと驚いた様に瞬いた。ゆびから滴る血が乾いたことを確かめて、青年は娘の頭を優しく撫ぜてやる。
「どんな事情があったとしても、僕の娘には変わらない。だから、生きて欲しい」
 じゃないと寂しいな、なんて。戯れる様に笑って見せれば、ルーシーは「ふ」と微笑む様に、穏やかな吐息を漏らした。
「――そう、かな」
 父と慕う青年の過去を、ルーシーは総て識る訳では無い。けれども、彼が数多の痛みを抱えていることだけは、何となく察していた。そんな彼が――大好きなパパが、彼女の前では「生きる」と言って呉れるのだ。其れがどんなに嬉しいことか、ルーシーはよく分かって居た。
「パパが寂しいのはダメよ、ね……!」
「……ありがとう」
 こくりと少女が素直に肯いて見せたなら、ユェーは金の双眸を穏やかに弛ませて「ふふ」と、微笑まし気な笑みを溢すのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

蘭・七結
【比華】◎

不思議な問いかけだこと
この身は滅多なことでは死に晒せないもの
以降も、永らくの時を生きて往けるでしょうね

わたしだけでは無いわ
天使と半魔の交わりしもの
あねさまだって永らくの時を越えるでしょう

ねえ、あねさま
生きることは、退屈?
わたしは――そうね、そう思っていたわ
けれども、愉快だと思う心も得たの
過ぎゆくだけのもので無いと識ったのよ

ふふ、そう
うれしいわ、あねさま
なゆも――いっとうの愛を、あなたに
今までも、これからも
ずうと愛しているわ

些か歩みは鈍くなってしまったけれど
これから先も、数多の事柄に触れて往きたいわ
眼裏に浮かぶ愛おしい皆さんと
掛け替えの無いあなたと、共に

価値も覚悟も、その全てがわたしだけのもの
此処を越えて先へと進みましょう

さあさ、御覧あれ
あなたを攫う、あかい嵐がやってくるわ
とびきりの毒のお味は如何かしら


蘭・八重
【比華】◎

あらあら、可笑しな神さまね
価値とは?死とは?罪とは…
それを問うのは貴女では無いわ

えぇ、そうね
私は一度死んだ身でも今はこの身体で時を永く刻むでしょう
あの子と混ざったこの身体で

生きることは退屈?
いいえ、私は今がとても心地良いわ
私の傍になゆちゃんが居る
この子が生きて、そして生きる事を選んだ…
それを見届ける事が私の生きる意味
そっとなゆちゃんの頬に触れる

愛してるわ、私のなゆちゃん
貴女が歩むというなら私は傍で同じ歩幅で一緒に生きていく
嬉しいわ、貴女の愛は誰よりも尊くて美しい

問いに応えるなら
私を殺すのは
一この子とあの子だけ
もう一人の妹、あの子の罪は私だけのモノ
いいえ、なゆちゃんとわたくし
姉妹の罪、貴女に渡さない裁けない

ごめんなさいね?
紅薔薇のキスを
貴女に毒を差し上げましょう
死する時、貴女はどう思うのかしら?



●愛すべきひと
 其の女は宛ら、暝く冷たい宵闇の世界に舞い降りた女神の様であった。されど、其れは見た目だけの噺。嘗て聖女と呼ばれた彼女は、疾うにひとでは無く成って居る。
 狂える異端の神と身を堕とした女は、氷の微笑を貼り付け乍ら意味なき問いを繰り返す。喩え答えを得た所で、思考する理性など喪って居る癖に――。

「その価値はありますか」

 静謐に響いた問いに、蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)は薔薇彩の双眸をつぅと細めて、うっそりと微笑んで見せる。
「あらあら、可笑しな神さまね」
 果たして聖女が問う『価値』とは、何であろうか。
 其れはきっと、死に往くいのちの価値。そして、生き抜く為に犯して来た罪の価値。問いの意義をそう捉えた八重は、口許に品の良い微笑を讃えた儘、ちいさく小頸を傾けた。
「それを問うのは、貴女では無いわ」
 狂える神に答えを呉れてやることすら、八重は拒絶する。されど聖女はそんな彼女の反応を気にも留めずに、意味なき問いを訥々と零す。

「生きてゆけますか」

 新たに紡がれた問い掛けに、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は長い睫をぱちりと瞬かせて、かんばせに不思議そうな彩を滲ませた。
「不思議な問いかけだこと――」
 半魔たる其の身は、滅多なことでは死に晒せない。彼女の意思に関わらず、七結は此れからもきっと、永らくの時を生きて往くのだろう。
 されど、生に囚われているのは、牡丹一華の乙女だけに非ず。黒薔薇の乙女もまた、七結と同じく天使と半魔の交わりし者であるが故に。
「あねさまだって、永らくの時を越えるでしょう」
 慕わしき姉へ、ちらり視線を寄越したなら「そうね」と、嫋やかな首肯が返って来た。八重は一度、いのちを喪った身。けれども、彼女は確かに此処に居る。
「この身体で永い時を刻んで往くことでしょう」
 嘗て此の名を授けられた“あの子”と混ざった、この身体で――。
 七結は灰桃の髪をしゃらりと揺らし、そうっと頸を傾げた。紅を塗った花唇が、ぽつり、姉へと問いを溢す。
「ねえ、あねさま。生きることは、退屈?」
 黒薔薇に包まれぬ右の眸が、ちらり、牡丹一華の乙女の横貌を見返した。注がれる眼差しに籠められた、燃え上がる様な熱を感じ乍ら、七結は訥々と言の葉を編んで往く。
「わたしは……――そうね、そう思っていたわ。けれども、愉快だと思う心も得たの」
 独りで永劫を生きて行くには、現世は余りに退屈であるけれど。誰かと、大事なひとたちと歩んで往けば、“時間”は幾らあっても足ることは無い。彼女は其れ程までに充実した、何物にも代え難い喜びを得たのである。
「時は過ぎゆくだけのもので無いと、そう識ったのよ」
 乙女の白いかんばせに、そして静謐に紡がれる聲に滲む、温かな彩。傍らで其れを感じ取った八重は、七結の零した問いにゆっくりと頭を振って見せる。
「いいえ、私も今がとても心地良いわ」
 彼女の傍には今、愛しき妹――七結が居る。
 永き時を渡る生に飽き飽きして居た彼女は、自らの意思で“生きること”を選んだのだ。其の道行を見届けることこそ、きっと八重の生きる意味。
 姉の科白を聞き届けた七結は花唇から、ふふ、と微笑を溢す。そうして、「そう」とだけ相槌を打てば、改めて堕ちた聖女と向き直る。
「価値も覚悟も、その全てがわたしだけのもの」
 故にこそ、狂える神に寄越せる答えなど、何ひとつ有りはしない。愛しきひとと歩むには、時間は幾らあっても足りないのだ。さあ、冷たい夜を越えて、生きて往こう。
 七結のこころに決意が燈れば、戦場に赫い花嵐が吹き荒ぶ。牡丹一華の花弁は、軈て此の悲劇にも“あけ”を齎すだろう。
「私を殺すのは―一この子と、あの子だけ」
 八重もまた、堕ちた聖女と向き直る。何の事情も知らぬ、縁すら無い女に、断罪される謂れは無い。
 嘗て、確かに存在したもう独りの妹――あの子の罪は、八重だけのもの。否、七結と八重、姉妹の犯した罪は、
「貴女には渡さない、貴女には裁けない」
 黒薔薇の乙女は艶やかな花唇を弛ませて、うっそりと微笑を零す。刹那、戦場に漂い始める赫き瘴気と、匂やかな薔薇の馨。
「ごめんなさいね?」
 其れは触れた者に死を齎す、紅薔薇の口吻。
 甘き薔薇の馨が忽ち堕ちた聖女のかんばせを覆い、其れが齎す毒の瘴気は花唇へ、するりと呑み込まれて行く。
「死する時、貴女はどう思うのかしら」
「さあさ、御覧あれ――」
 七結が手向けの如く、聖女に牡丹一華の花嵐を嗾ける。視界一面を覆い尽くす赫は、絶望も、哀しみも総て纏めて。軈ては堕ちた彼女の躰ごと、何処かに攫って仕舞うだろう。
「とびきりの毒のお味は、如何かしら」
 ふわりと蠱惑に微笑む乙女の頬に、赫く彩られたゆびさきが、そうっと触れる。気付けば直ぐ傍に、八重のかんばせが在った。
「愛してるわ、私のなゆちゃん」
 黒薔薇の乙女は甘い聲で、燃え上がる様な想いを囁く。愛しき彼女が、何処までも続く生と云う名の路を歩み続けるのなら。自身もまた、同じ歩幅で其の傍らを歩んで往こう。
「うれしいわ、あねさま。なゆも、」
 いっとうの愛を、あなたに――。
 そう答える七結の眸にも、温かな情が揺らめいて居た。くす、と静に弛ませた花唇は、優しき聲彩で言の葉を重ねて往く。
「今までも、これからも、ずうと愛しているわ」
 最愛の妹から返された好意に「嬉しいわ」と、破貌する黒薔薇の乙女。嗚呼、彼女の愛は誰よりも尊くて、何よりも美しい。
「これから先も、数多の事柄に触れて往きたいわ」
 そう紡ぐ七結の瞼裏には、愛おしい朋の姿が浮かんで居た。喩え、どれだけ緩慢な歩みであろうとも。
 掛け替えの無いあなたと、共に――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

リア・アストロロジー
「他の世界……夜と闇に支配された、こんな世界もあったのですね」

わたしたちは人類に仕え、その栄光を取り戻すべく造られた
その存在意義を踏み躙るような……暗い、世界です

……かぼちゃ程度で喜んでくれるなら、届けましょう

●月
「痩せ細った月――罅割れて、血に塗れた月」

哀しい姿、だけど……
そんな風になるまで夜を照らしていた
やさしい月のような方だったのでしょう
褪せども消えぬ、美しい在り方に敬意を

「生きていけるか……分かりません。今日、この時にも終わるのかもしれない」

けれどたぶん、後悔はあまりしないでしょう
遠く離れた場所で、ただ一滴、涙を零す人が居てくれれば
わたしは……今は、この胸の暖かさを守るため地獄に行ける

「此処へは、かぼちゃをもらいに来ました」

わたしは弱い、けれどせめて態度だけでも堂々と対峙して
素直にくれずに邪魔をするなら、悪戯(?)をしかけましょう

"静かなる祈り"

かつてのだれかを照らす光だった人へ
そのつながりを手繰って……せめて慰めとなる記憶を捧げたい
あなたの生を悪く言う者が居ても、わたしは

◎☆#


天音・亮


猟兵になってから
私が見てきた“残酷”の他にも世界にはたくさんの“残酷”があるんだって事を知った
日々、どこかで誰かが傷ついて、泣いて…命を落としてる

…覚悟したつもりでいたの、猟兵として走り出したときに
叶えたい希いがある
助けたい人達がいる
だから私は命をかけて走り続けるんだって

でも肝心な時には脚も心も竦んじゃう
…恐怖心がね、拭えないの
この手で誰かを、何かを終わらせてしまう恐怖心
ヒーローになるんだって豪語しながらも
いつも心の隅っこで自分がどれだけ無力かを思い知って
なんでどうしてって子供みたいに地団駄踏んでばかり
ほんと情けないよね
だから、覚悟を決めなおしに来たよ

…きみは本当に壊れたレコードみたいだね
答えてくれない聖女様へ
ねえ、聴いて
これはただの私の独り言

守りたい人達がいる
助けたい人達がいる
そして笑ってほしい人達が、たくさんいるの
だから私は生きるよ
どんなに残酷な世界だったとしても
誰かに灯る光が僅かでもあるのなら

私は何があってもその光に手を伸ばしてゆく
これが私の、覚悟



●一筋の光
 総てが闇に覆われた、残酷な常夜の世界――ダークセイヴァー。
 温かさの気配すら無き暝い大地に初めて降り立った少女、リア・アストロロジー(良き報せ・f35069)は、幼いかんばせに憂鬱な彩を滲ませる。
「……夜と闇に支配された、こんな世界もあったのですね」
 リアを初めとした姉妹たち――フラスコチャイルドは、人類に仕え、其の栄光を取り戻すべく造られた存在である。されど人類が敗北した此の世界は、其の存在意義を容易く踏み躙るものであった。
「私達が見てきた“残酷”の他にも、世界にはたくさんの“残酷”があるんだよね」
 悲痛な貌の少女が溢した科白を捉え、静に相槌を打つのはヒーローたる娘、天音・亮(手をのばそう・f26138)だ。此の手が届かない世界で日々誰かが傷ついて、襲い掛かる理不尽に泣いて、――敢え無くいのちを落としている。
 オブリビオンに支配された此の世界では、其の傾向が特に顕著だ。なにせ、此処にはヒーローなんて居ないのだから。けれども、猟兵たちの活躍によって少しずつ、人類は自由を手にし始めている。
「かぼちゃ程度で喜んでくれるなら、届けましょう」
 いま人類の為に出来るのは、きっと其れだけだから。リアは決意を籠めた様に、そう呟いた。亮もぎゅっと唇を引き結んだ儘、静に首肯する。南瓜の群生する辺境に足を踏み入れた“ふたり”の眼差しの先には、彼女たちの決意を阻む様に、独りの女が佇んで居た。
「痩せ細った月、」
 少女の蒼い双眸が、女の姿をまじまじと眺め遣る。
 うつくしくも蒼白いかんばせ、気品漂う立ち姿、其の身に纏う神々しさは、宛ら聖女のよう。或いは、月の女神と云った所か。されど、女が抱く得物は禍々しい。
「罅割れて、血に塗れた月――」
 其の身形からして、嘗ては聖人であったのだろう。
 そんな彼女はいま、壊れたような微笑みを浮かべて、猟兵たちと静に対峙して居る。骸の海に堕ちて狂い果てた其の姿は、余りにも哀しい。けれども、其れは同時に限界までこころを摺り減らし乍らも夜を照らしていた証でもあるから。
「やさしい月のような方だったのでしょう、ね」
 遍くひとの為にと造られたリアは、褪せども消えぬ其の美しい在り方に、独り敬意を払うのだ。寂し気に揺れる少女の眸を横目に、亮は人知れず拳を握り締めた。
「そうかも知れないね、けど――」
 眼前の女から放たれる威圧感は、まるで殺気の様に其の肌をビリビリと刺激する。生前は確かに聖人だったかも知れないけれど、彼女は既に異端の神と化して仕舞った。狂える神には、きっと慈悲など有りはしない。

「その覚悟はありますか」

 亮の視線と、女の視線が不意に絡み合う。
 血に濡れた様な薄紅の唇から零された問いに、娘は静に眸を伏せた。整ったかんばせに、長い睫の影が差す。
「……覚悟したつもりでいたの」
 才能を見出され『猟兵』として走り出したあの時、確かに覚悟を決めた心算だった。
 叶えたい希いがある。助けたい人達がいる。だから――、
「私は命をかけて走り続けるんだって」
 実際、亮は数多の戦場を其のしなやかな脚で飛び回り、助けを求めるひとのいのちを繋いで来た。其れはひとえに、彼女の本質が『ヒーロー』であるからこそ。
「でも、肝心な時には脚も心も竦んじゃう」
 そうは言っても、今更戦うことが怖くなった訳では無いのだ。ただ、この手で誰かを。何かを終わらせてしまうことを想うと。
「……恐怖心がね、拭えないの」
 ヒーローになることを豪語し乍ら、こころの隅には何時でも無力感が居座っていた。其の掌から零れ落ちたものは、決して少なく無い。なんで、どうして。そんな科白が頭の中を駈け廻り、子供みたいに地団駄を踏みたく成ることだってある。
「ほんと、情けないよね」
「亮さん……」
 悔し気に拳をぎゅっと握り締めた娘に、気遣わし気な眼差しを向けるリア。されど、亮は既に確りと前を見据えていた。

「――だから、覚悟を決めなおしに来たよ」

 喪うことが怖いから、戦えないなんて。無力だから、もう止めたなんて。そんなことを云ったら、白い部屋で興も寂しく笑う兄に貌向けなんて出来ないから。
 亮は貫くような女の眼差しを堂々と受け止めて、斃すべき敵と対峙する。誰よりも『ヒーロー』らしく。
 されど、堕ちた聖女は何も答えない。ただ狂おしい程に静謐な微笑を湛えた儘、ふたりを見据えて問いを編み続けるばかり。
「生きてゆけるのですか」
「……分かりません」
 無力感と戦い乍らも前を向く同胞の姿に背を押され、リアも静に答えを紡いで往く。ひとの為に自らを犠牲にした聖者すら、容易く壊れて仕舞う様な此の世界。そんな残酷な現実に、果たして自身は打ち勝てるのだろうか。
「もしかしたら今日、この時にも終わるのかもしれない」
 けれど――と言葉を重ねた少女の聲は、ひどく穏やかだった。少女もまた冷えた女の眼差しを正面から受け止めて、ただ真摯に答えを返す。
「たぶん、後悔はあまりしないでしょう」
 ひとの為にと造られた此のいのちは、きっと自分の為にある訳じゃない。けれども、遠く離れた何処かで、ただひと雫、涙を流して呉れるひとが居るならば。此の胸の暖かさを守る為、きっと地獄にだって行ける。 

「此処へは、かぼちゃをもらいに来ました」

 情けないと嘆く娘よりも自身が非力であることを、リアは識っていた。けれども、同じ戦場に立つ戦士には違いない。ならばせめて、堂々と胸を張って見せよう。
「あなたは、生きてゆけるのですか」
 狂いし聖女は答えを得てもなお、同じ問いを紡ぎ続ける。ふと、常闇の世界に光が差した。陽が昇った訳ではない、宙を無数の光輪が舞って居るのだ。其れらは真直ぐにリアへと降り注ぎ、少女のあえかな躰を締め付ける。
「邪魔をするなら、悪戯しちゃいますよっ」
 束縛を齎す其の締め付けに苦し気に眉を寄せ乍ら、其れでも少女は気丈に笑って見せた。双眸を鎖した彼女が祈るのは、堕ちた聖女の安らかなる眠り。嘗てだれかを照らす“光”だったひとへ、慰めとなる記憶を捧げたかった。
「あなたの生を悪く言う者が居ても、わたしは――」
 眼前の彼女は間違いなく聖女であったのだと、そう信じたい。其の一心で、リアは彼女の“つながり”を手繰って往く。
「それに価値はありますか」
「……きみは本当に壊れたレコードみたいだね」
 幾ら厚意を注がれようとも其れすら認識できず、ただ問いを繰り返すだけの聖女。其の様はいっそ哀れで、亮の双眸が痛ましげに揺れる。けれども娘の脚は、真直ぐに狂える神の許へと向かっていた。
「ねえ、聴いて」
 返事など呉れ無くて、構わない。だって此れは、ただの独り言に過ぎないから。亮には、守りたい人達がいる。助けたい人達がいる。そして――。
「笑ってほしい人達が、たくさんいるの」
 太陽の名を冠するブーツで、亮は高らかに地を蹴る。碧眼に映し出されているのは、光輪の燈で照らされた、救い無き夜の世界。けれども其処から決して眼を逸らさずに、亮はただ、女の許へと掛ける。
「……だから、私は生きるよ」
 どんなに残酷な世界であろうとも、誰かに灯る光が僅かでもあるのなら。何があっても其の光を見つけて、きっと手を伸ばして見せよう。

「これが私の、覚悟」

 娘のしなやかな脚を包み込む太陽が、月を大地へ沈ませる。
 得物を取り落とした聖女の躰を、亮は思い切り蹴り飛ばした。宙を舞う女に降り注ぐ光は、自らが編んだ術が齎す偽りの輝きか。或いは、優しき少女が手繰り寄せた、ささやかな祈りの燈か。答えは、神のみぞ知る――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

イージー・ブロークンハート
◎⭐︎
あんたみたいな女が、いちばん苦手だ。
苦手というか、天敵かな。
美しくて、高潔で、正しい。
オレはうじうじ悩むし、俗物だし、すぐ後悔するし、キリがない。
絶対そっちが正しい。

なあ、だめかな?
これと思うような価値がなきゃだめかな。揺るがない覚悟がなきゃだめかな。
生きていけるよ、なんて――答えなきゃ、だめか。

あんたはどうして身を捧げたんだ。
価値があると思ったのか。背負う覚悟が皆あると思ったのか。
生きていけると思ったのか。
オレはダメだ。他の誰かみたいに、答えられない。
答えられたら――めでたし、めでたしで、おしまいになっちゃうんだ。
足掻かせてくれ。踠かせてくれ。
それでちゃんとくたばった時に、もう一回聞いてくれ。
頼むよ。

【真の姿は硝子の姿。
 彼の全てがそのまま、硝子の透明標本のようになったよう。時に骨や筋まで透ける。割れて砕け、剣と同じ硝子片が散る。
硝子になっただけで、痛みはある。苦しさも感じる。限界突破と継戦能力、覚悟に激痛耐性を尽くす。
炎で焼かれ砕かれながらも即時修復して、剣を振るう。愚直に。】



●It's Not Easy
 狂気に堕ちて尚、或る種の気品を纏った儘で宵闇に佇む女の姿は、余りにも神々しかった。自らの血に濡れ、戦いの余波で乱れた金絲を整え乍ら。女は最後に現れた猟兵――イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)へと、凍てつく様な眼差しを注ぐ。
「……あんたみたいな女が、いちばん苦手だ」
 寧ろ“天敵”と称しても差し支えないだろう。
 斯うして対峙する彼女は月の様にうつくしく、聖者の様に高潔で、其の正しさと来たら宛ら神の如く。一方のイージーと云えば、何処にでも居る様な男であった。
「オレはうじうじ悩むし、俗物だし、すぐ後悔するし、キリがない」
 彼女とは正反対な己の気性を、ゆび折り数えて羅列する。我が身を省みる程に、彼女の“正しさ”ばかりが浮き彫りに成って、彼は静かに溜息を吐いた。
「その価値は、ありますか」
 女は憂いに沈むイージーの様子など意にも介さず、壊れた様に意味なき問いを花唇から零すのみ。其の様はまるで、其れ以外の行動総てを忘れて仕舞っている様ですらある。
「覚悟は、あるのですか」
 沈黙する青年に、女は畳み掛ける。
 其のうつくしいかんばせには、品の良い微笑こそ滲んで居るけれど。女神の如き彼女には、ただ其処に居るだけで民衆を傅かせる様な――妙な威圧感があった。
「生きてゆけるのですか」
 未だ答えを寄越さぬ彼へ、駄目押しの如くそんな問いが重ねられる。イージーは女の眼差しから逃れる様に双眸を伏せ乍ら、静に聲を震わせた。
「……なあ、だめかな?」
 漸く返したのは、問い返す科白。
 彼女がただ問いを編み続けるだけの存在に堕ちて仕舞ったことは、理解って居た。けれども、相手がひとの容をして居る以上、聴き返さずには居られない。
「これと思うような価値がなきゃだめかな。揺るがない覚悟がなきゃだめかな」
 嗚呼、ちゃんと生きていけるよ、なんて――。

「答えなきゃ、だめか」

 もしかしたら、彼女は狂える神に堕ちて尚、苦界に遺したひとのことを憂いているのかも知れない。故にこそ肯定の言葉が欲しくて、問いを編み続けているのやも知れぬ。或いは、遍くひとを本気で裁くつもりなのか。彼女のこころは、当人にしか知る術は無い。
「価値も覚悟も、ありませんか?」
 女はイージーの沈んだ聲を拾い上げ、其れでも対話には至らずに、ただ問いを重ねるばかり。刹那、聖女の躰が金彩の輝きに包まれた。――否、彼女は其の身を燃やしているのだ。狂おしい程に燃え盛る焔から、雨の様に火の粉が降り注ぐ。
 金白に染まった世界を茫と眺める青年の健康的な肌が、そして引き締まった肉が、左腕や右肩を起点として忽ち透明に成って往く。骨や筋が薄らと透けて見える其の様は、宛ら透明な標本の様。降り注ぐ焔の彩に其の躰が染まるのは、真なる彼の躰が硝子で出来て居る所以。

「あんたは、どうして身を捧げたんだ」
 先程よりも確りとした聲彩で問い掛け乍ら、イージーは降り注ぐ火の粉を払うかの如く、硝子の剣を勢い良く振るう。熱に弱い其れは忽ちパリンと砕け散り、戦場に煌めく鋭利な雨を降らせた。されど、其れはほんの一瞬のこと。正しい容を喪った剣は、まるでクリスタルのパズルの様に、其の容を自ら取り戻して行く。
 とはいえ、得物を喪ったイージーの方は、修復が終わるまで丸腰である。絶えず降り注ぐ火の粉を直接浴びて、硝子の躰は忽ち燃え盛る金白の焔に包まれた。熱に耐え切れず割れた硝子の破片が、青年の躰からパラパラと飛び散って往く。
 全身を硝子と化したものの、痛覚が消える訳じゃない。焔に巻かれ、其の身を破壊されて行く苦しさを、彼は現在進行形で味わっていた。
「価値があると思ったのか。背負う覚悟が皆あると思ったのか」
 其れでも、イージーは問い掛けることを止めない。
 喩えまともな答えが望めないことなど分かって居ても、同じ言葉を喋る“ひと”と向き合うことを、彼は止められないのだ。
「それで生きていけると、思ったのか」
 割れた個所は直ぐに、新しく生えて来た硝子に覆われる。いま一時、彼は不死性を手に入れたのである。故にこそ、何時までも戦える。――痛みに耐えられる限りは。
 イージーは修復を果たした剣を握り締め、真直ぐに険を振る。案の定、硝子で出来た剣は粉々に砕け、再び戦場に硝子の雨が降り注いだ。煌めく欠片は青年の躰を貫き、女の柔肌にも無数の赫絲を刻んで往く。
「……オレは、ダメだ」
 剣を砕き、破片を降らせ、また修復した其れを握り締める。いっそ愚直な程に、一連の動作を繰り返し乍ら、何も答えぬ女の代わりに、こころの裡をぽつりと零すイージー。
「他の誰かみたいに、答えられない」
 先に訪れた同朋たちは恐らく、自分なりの答えを紡いで見せたのだろう。其れは偏に、彼等が未来に向かって進んで居るからに他ならぬ。
 あの3つの問いが、殆どの者にとっては唯の通過点であろうとも。其れに答えを返したら最後、『イージー・ブロークンハート』の物語はきっと――。
「めでたし、めでたしで“おしまい”になっちゃうんだ」
 少なくとも、彼の終着点は此処では無い。
 価値など見出せないし、覚悟すら決められて居ない此の身であるけれど。どうか、力尽きる迄は足掻かせて、此の苦界でせいぜい踠かせて欲しい。
 何度目かの自己修復を果たした剣を其の手に納めるや否や、迫り来る終焉を跳ね除ける様に、青年はひといきに地を蹴って駆け出した。罅割れた月を抱く、うつくしき女の許へと真直ぐに。

「生きてゆけるのですか」

 女の懐へ潜り込んだ時。
 硝子の雨に貫かれた青年の躰は所々欠けていて、火の粉に打たれた貌には痛々しい罅が刻まれていた。其れでもイージーは、確りと地に足を付けた儘、女のかんばせを真直ぐに見つめ返す。
 自らの血に濡れた彼女は、もう微笑って居なかった。同じ問いを繰り返す其の聲に僅かな情を感じたのは、気の所為だろうか。
「ちゃんとくたばった時に、もう一回聞いてくれ」
 青年は剣の柄を握るゆびさきに、ぐっと力を籠める。そうして、誰かのいのちを背負う覚悟も決まらぬ儘、女の胸に其の鋭い切っ先を突き立てた。飛び散った赫い飛沫は、透き通った頬に刻まれた唯一の彩。
「――頼むよ」
 そう静に囁き乍ら視線を伏せて、あえかな躰から煌めく剣先を引き抜いた。支えを喪った女は、冷たい大地に崩れ落ちて往く。自棄にゆっくりと流れ往く時のなか、彼女と彼の目が合ったのは、ほんの一瞬のこと。
 だから、穏やかに微笑む彼女が首肯した様に見えたのも、きっと――……。

 狂える神は、斯くして死んだ。
 其の魂が還った場所は、骸の海では無い。故に彼女が仮初の“いのち”を得ることは、もう無いだろう。
 遍くひとの為に其の身を捧げた「聖女」の物語は、漸く幕を閉じたのである。
 けれども、硝子に侵された青年の物語は、もう暫く続いて行く。其の躰が、ただの“物”と化す日まで――。

 静まり返った辺境では、誰かのいのちを繋ぐための南瓜が、収穫される時を待って居た。戦いの余韻から醒めたなら、さあ往こう。
 宵闇の支配者たちに抗い続ける、あの人類砦へと。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 日常 『花達の教会』

POW   :    思い出の花を捧げる

SPD   :    弔いの花を捧げる

WIZ   :    誓いの花を捧げる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●よるのしじまに
 其の人類砦は、稀に見る賑わいを見せていた。
 大人たちは猟兵たちが収穫した南瓜を見て、貴重な食糧が増えたと喜んだ。日持ちのする野菜なので、半分ほどは貯蔵されることと成り、もう半分は猟兵たちから教わった「ハロウィン」の為の御馳走と成った。
 子どもたちは中身を刳り貫かれた南瓜の器が、お化けのランタンと化して行く様を見て、嬉しそうに燥いで居る。
 此の儘、祭りの喧騒に身を委ねるのも悪くは無い。
 けれども、猟兵たちは暫し静寂と戯れる為、教会へと足を運んで居た。ハロウィンを祝う為に仮装を纏っている者も居たけれど、神様だって少しは大目に見てくれる筈だ。
 なにより、人知れず祭りの喧騒から抜け出すのもまた、一興で在る故に――。

 間近で見る教会は、大きさこそ控えめであったけれども、其の外観は立派であった。
 荘厳さを引き立てるのは、何処か刺々しい雰囲気の三角屋根と、年季が入った石造りの壁。其れから、曲線を描いた窓枠に嵌められた、蒼花咲き誇るステンドグラス。
 君影草に、四葩、撫子に、蓮――……。四季折々、様々な花が描かれた其れは、灯の無い夜を幻想的な彩で照らして居た。

 礼拝堂には、大理石の祭壇が置かれている。
 其処に添えられた誓いの花々は、どれも教会の近くに咲いて居るものだ。交わしたい約束や、違えたくない決意が有るのなら、住民たちに倣って花を捧げてみると良い。
 或いは、会衆席に腰を降ろして、独り物思いに耽っても良いだろう。勿論、ただ祈りを捧げても構わない。ステンドグラスを茫と眺めて時間を潰すのも一興か。
 なにせ此の静寂のひと時は、猟兵たちの為にあるのだから――。


<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
・ペア参加の際は、失効日を揃えて頂けると幸いです。
・リプレイは「教会で過ごすひと時」を中心に描写いたします。

<仮装について>
・仮装される場合は、詳細をプレにご記載ください。
・「今年の南瓜参照」程度でも大丈夫です。
・版権に抵触するものは採用を見送らせて頂きます。
・お着替えシーンの描写はありません。

*ペア参加の方へ*
・内容によっては、リプレイの糖度が高くなる可能性があります。
 ⇒心配な方は、お二人の関係性をプレに記載して戴けますと幸いです。

≪受付期間≫
 11月3日(水)8時31分 ~ 11月5日(金)23時59分
ヘルガ・リープフラウ
❄花狼


ヴォルフと共に暫しハロウィンを楽しんだ後、喧騒を離れ二人教会へ

月明かりに照らされたステンドグラスは煌めいて
まるで人々を見守る星のよう

祭壇に捧ぐは瑠璃唐綿(ルリトウワタ)
別名をブルースター(蒼き星)とも呼ばれる花
「幸福な愛」「信じあう心」の誓い込めて

先刻の祭の光景を思い出し、傍に寄り添うヴォルフに語り掛ける
祝祭に賑わう人々の笑顔は、わたくしたちが望んだ幸せ、守りたかったもの
あの聖女もきっとそうだったはず…でも……

願いを歪められ悪意に踏み躙られ
身の程知らずの愚かなな小娘と蔑まれ
粉々に壊された心を救ってくれたのは、あなた

夜明けは未だ遠くとも
それでも「信じる心」は決して手放さないと誓うわ


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

祝祭の一時を暫し過ごした後、ヘルガと共に教会へ

二人共に捧ぐ瑠璃唐綿の花
そこに込めた変わらぬ誓い

時に邪悪は「幸福を願う心」に忍び寄る
ささやかな幸せや尊厳すら全て喰らい尽くす者
願いを歪め、欲望と狂気の檻に閉じ込め生きる意志を奪う者
忘却の呪いで心を削り想いを引き裂く者
それらが俺たちの戦ってきた敵

かつてのお前も、恐らくはあの聖女も、世界の幸福を望むが故に
「果てぬ絶望」に心を壊された
忍び寄る悪意に信じた全てを砕かれた

あの時俺は言っただろう?
お前のくれた優しさが、俺を「ひと」にしてくれたと

信じた絆と誓いは決して砕けない
何者にも決して奪わせはしない
お前が俺の罪を許してくれたように
俺は必ずお前を守る



●蒼星の誓い
 砦の住人たちの輪に混じり、ハロウィンの浮かれた雰囲気を堪能すること暫し。ヘルガ・リープフラウとヴォルフガング・エアレーザーのふたりは、喧騒のなかをそうっと抜け出して、ステンドグラスの装飾がうつくしい教会へと脚を運んで居た。
 暝闇のなかでも尚、蒼花を描いたステンドグラスは星燈の如く煌めいて、まるで人々の暮らしを見守っている様――。
 ふたりがゆるりと脚を進める先は、聖堂の最奥に置かれた祭壇の前。“幸福な愛”と“信じあう心”。ふたつの変わらぬ誓い込めて、静に寄り添い乍ら其処へと捧ぐのは、蒼き星――瑠璃唐綿の花。蒼きステンドグラスの煌きに茫と照らされる其れは、本当に星の欠片を纏っている様にも視えて、ヘルガは「ほう」と小さく感嘆の息を溢した。脳裏に不図過るのは、先刻までふたりも混じって居た、あの祭の光景。
「祝祭に賑わう人々の笑顔は、わたくしたちが望んだ幸せで、守りたかったもの。きっと、あの聖女も同じだったはず……」
 それなのに、何処で路が分れて仕舞ったのだろうか。
 自らが辿ったかも知れぬ末路に想いを馳せる程、ヘルガの双眸に憂いの彩が滲む。ヴォルフガングもまた眼差しを伏せ乍ら、静に重い口を開いた。
「……時に邪悪は“幸福を願う心”に忍び寄る」
 ささやかな幸せや尊厳すら、己が喜びの為に全て喰らい尽くす者が居る。
 切なる願いを歪め、欲望と狂気の檻に閉じ込めて、生きる意志を奪う者が居る。
 忘却の呪いで心を削り、想いを引き裂く者が居る。
「それらが、俺たちの戦ってきた敵だ」
 重々しく響いた聲に、哀し気に貌を伏せるヘルガ。こころを揺らがせるような、辛く厳しい試練を乗り越えても尚、ふたりの戦いに涯は視えない。幸せな記憶と共に、哀しい記憶も降り積もって往くばかり。
「嘗てのお前も世界の幸福を望むが故に“果てぬ絶望”に心を壊され、忍び寄る悪意に信じた全てを砕かれた」
 恐らくはあの聖女とて、同じようなものだろう。
 ささやかな願いを歪められ、悪意にこころを踏み躙られた挙句、身の程知らずの愚かな小娘と蔑まれて。軈てこころは限界を迎え、粉々に割れて砕けて仕舞ったのではないか。嘗てのヘルガと同じように。――とはいえ、彼女は此岸に留まることが出来た。其れは偏に、彼女が憂き世に光を見出したからに他らなぬ。
「私を救ってくれたのは、あなた」
「……あの時、俺は言っただろう?」
 貌をあげた妻の真直ぐな眼差しを受け止めて、ヴォルフガングが「ふ」と穏やかに口許を弛ませる。

 ――お前のくれた優しさが、俺を「ひと」にしてくれた。

 戦う意味も、愛すらも知らぬ「獣」だった彼を、ヘルガは愛し、慈しんでくれたのだ。互いに救われているのだと言外に告げる夫の蒼い双眸を、彼女は静かに見つめて斯う語る。
「どんなに辛いことがあろうとも、“信じる心”だけは、決して手放さないと誓うわ」
 喩え、夜明けは未だ遠くとも。此の世界を覆う闇を晴らすことを、虐げられた人々を救うことを、絶対に諦めたりしない。そんな決意が秘められた科白を聴き届け、ヴォルフガングは優しく首肯した。そして、彼もまた蒼い星の許に誓いを交わす。
「お前が俺の罪を許してくれたように、俺は必ずお前を守る」
 こころから信じ合うふたりの絆と、此の夜に交わし合った誓いは決して砕けない。如何なる邪悪が襲い掛かろうとも、決して奪わせはしない――。
 薄暝闇のなか、そう決意を新たにするふたりを、蒼花の硝子細工は穏やかな彩で照らしていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

杜鬼・クロウ
【兄妹】◎
仮装:シーツのお化け(ゴースト
時系列:霖雨RP後

珍しくカイトを気遣い祭へ誘う
彼と一緒なので仮装は適当(気を抜く

色気って…可愛くねェよ
この世界には南瓜祭の文化がなかったンだなァ
お前知ってたか?

器にお化けの顔を彫り現地人を楽しませ最後に教会へ
捧げるのはアイビーの蔓に花お任せ

この間、言ったコト
…どうせ信じちゃァいねェンだろ
俺はお前が”きらい”(鏡文字)だが
お前には、俺しかいねェだろ(傲慢で、だけど
易々と死なせない

神サマの御前で誓って欲しいってンなら構わねェよ
端っから覆す気もねェ

ッつ…趣味悪ィなオイ(指噛まれ顔歪む

所有慾にも似た歪な想いは
永久に交わらず
片時も離れぬ平行線
鍵と錠

シーツが床に落ち


杜鬼・カイト
【兄妹】◎
仮装:ゴースト花婿(ベースは白いタキシード、所々が禍々しいデザイン)
時系列:霖雨RP後

誘っていただけるなんて嬉しいですが、その恰好
もう少し色気のある仮装をして欲しいですけど、可愛いから許してあげます

ここ、娯楽とは縁遠そうですもんね
ハロウィンなんてやってる暇なかったんでしょう
お化けの顔を彫る兄と、それを見て楽しそうにする現地の人達の姿を見て目を細める
この先もずっと、祭りができる所になるといいね……

教会、行きましょうか
捧げる花はアネモネ

兄さまは…オレを独りにしないんだよね?
神様に誓える?
言葉だけでは物足りなくて、証が欲しい
兄の左手を取って、親指に噛み痕をつける

紫のアネモネの花言葉は―



●呪いと誓い
 ステンドグラスの蒼き光に照らされた教会の扉が今、ぎぃ、と軋んだ音と共に開かれる。現れたのは真白いシーツを被ったゴーストと、其の花婿に扮する青年のふたり。
「誘っていただけたのは嬉しいですが……」
 ふたりきりになって早々、蜘蛛の巣の意匠が所々に揺れる、何処か禍々しい趣のタキシードに身を包んだ青年――杜鬼・カイト(アイビーの蔦・f12063)は、咋に残念そうな貌をして傍らのゴーストを眺め遣った。
「もう少し色気のある仮装をして欲しかった所ですけど、可愛いから許してあげます」
「色気ってお前……別に可愛くねェよ」
 気の置けぬ“きょうだい”の前だからこそ、今宵の仮装は聊か手抜き。簡素なシーツを頭から剝ぎ取った杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)が、会衆席に背を預け乍ら聊かぶっきらぼうな返事を紡ぐ。
 あの雨の日、何処か思い詰めた様子を見せたカイトを祭りに連れ出したのは、クロウなりに彼を気遣ったからである。そんなクロウの意図を知ってか知らずか、カイトは軽口を叩く位の元気を取り戻して居た。
「この世界には南瓜祭の文化がなかったンだなァ、お前知ってたか?」
「ここ、娯楽とは縁遠そうですもんね。ハロウィンなんてやってる暇なかったんでしょう」
 クロウの隣に腰を降ろし乍ら、カイトは祭りの光景に思いを馳せる。南瓜にお化けの顔を彫る兄と、其れを見て楽しそうに燥ぐ砦の子どもたち。微笑ましい光景が脳裏に蘇れば、穏やかに細くなる少年の双眸。
「この先もずっと、祭りができる所になるといいね……」
「あァ、そうだな」
 温かな希いを零しながら肯き合うふたりの手には、其々が摘んだ花が握られて居た。コスモスと共に摘まれた、アイビーの蔦をゆびさきに絡ませ乍ら、クロウがぽつり、重たい調子で言の葉を紡ぐ。
「……この間、言ったコト。どうせ信じちゃァいねェンだろ」
 カイトは、何も答えない。
 ただ彼の眼差しから逃れる様に視線を逸らして、沈黙するばかり。摘んだアネモネを握り締めるゆびさきに、ぎゅっと力が籠った。
「俺はお前が“きらい”だが、――お前には“俺”しかいねェだろ」
 そんな少年の葛藤を気にも留めず、クロウはそう言い切って除ける。其の科白は、いっそ傲慢な程。けれど、カイトは其れに聊かの安堵を憶えて仕舞う。易々とは死なせないと、言外に彼はそう言っているのだから。
「兄さまは……オレを独りにしないんだよね。神様にもそう誓える?」
「神サマの御前で誓って欲しいってンなら構わねェよ」
 そろそろと視線を兄へと戻し、小さく頸を傾けるカイトへ向けて、クロウは一も二も無く首肯した。一度決意を固めた以上、端から覆す心算も無い。ただ、此のきょうだいが安心するのなら、応えて遣るべきだろう。
 何方ともなく席を立ち、祭壇へと歩み寄るふたり。アイビーの蔦に、蒼いコスモス。そして紫のアネモネを捧げたなら、ふたりは静に向かい合う。
「兄さま……」
 求める様に、弟は兄の左手を掬い上げる。そして其れを己の口許に引寄せれば、――ゆびさきに、かぷりと牙を立てた。嗚呼、もはや言葉だけの誓いでは物足りない。ただ此の眸に見える、証が欲しい。
「ッ、趣味悪ィな、オイ」
 ゆびを噛まれたクロウと云えば、端正な貌を歪ませ乍らカイトを見下ろして居る。とはいえ、口ではそう云うものの、彼だって分らない訳では無いのだ。
 裡に燻ぶる所有慾にも似た歪な想い。ふたりは鍵と錠ゆえに、其れはきっと永久に交わらず、ただ平行線を描いて行く。幸か不幸か、片時も離れぬ儘で……。
 されど、祭壇に捧げられた紫花が秘める意味を、果たして彼は知って居ただろうか。

 紫のアネモネの花言葉は、――あなたを信じて待ちます。

 アイビーの呪いを刻んだピアスが、蒼い光に照らされて鈍く光る。青年の肩に掛けられたシーツが、はらりと床に滑り落ちた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

臥待・夏報
【🌖⭐️】
(賑わいから外れた場所に風見くんを見つけて)
居た居た、嫌な戦いだったねえ
……怪我はしてない?
ああいう相手だと君は無茶するからな、どこか痛いところとか……
ん、君が平気なら僕も平気
ちょっと喉が痛いくらい

(もらった飴を口に含んで)
約束?
あはは、神様に何か約束できる生き方なんてしちゃいないけど
君との約束なら、いいよ

わがままも約束も似たようなものじゃない?
叶うか守るかの違いだよ
大体、同じわがままを先に言ったのはこっちのほうだ
指輪
つけててくれるんだね

綺麗な花を選ぼうか
なるべく長く枯れないような

できるだけ……一緒にいるよ
「ずっと」は無理かもしれないけど
君がそんなわがままを言ってくれるのは嬉しいな


風見・ケイ
【🌖⭐️】
(庭先に咲く花を見つめていると、胸の痛みが和らぐ声)
……夏報さん
大きな怪我はないし、痛みも……大丈夫です
夏報さんは?
私が平気ならって……いや、無事でよかった
(ポケットの中からのど飴を一つ)おひとつどうぞ

ね、夏報さん
私たちも約束してみない?
私も神様に約束なんてできそうもないけど

君だって結構無茶するからさ
できるだけでいいから――そばにいてほしい……ずっと
ごめん、これは約束じゃなくてわがままだ
(左手の指輪を見つめる)

どの花も綺麗だけど……君との約束なら、青い花がいいかな
君によく似合う花を

ありがとう……できるだけで、いいから
私もここでもう一度約束する
この指輪も、君と過ごす日々も、大切にする



●ちいさなわがまま
 祭りの賑わいから離れた場所。教会の傍にて良く見知った娘――風見・ケイの姿を見つけた臥待・夏報が、何とも無い調子で彼女に聲を掛けたのは、つい先程のことだった。庭先に咲く花を眺めていたケイは、夏報に誘われる儘に教会の中へと脚を踏み入れる。
 そうして今、ふたりは蒼花が咲き誇るステンドグラスをぼんやりと仰いで居た。神秘的な燈にかんばせを照らされ乍ら、夏報がぽつりと呟きを溢す。
「嫌な戦いだったねえ。……怪我はしてない?」
 何処か気遣わし気な眼差しが、ケイのかんばせへと注がれる。浮かない貌をした儘で答えぬ彼女に、「ほら」と夏報は苦く笑んで見せた。
「ああいう相手だと君は無茶するからな、どこか痛いところとか……」
「大きな怪我はないし、痛みも……大丈夫です」
 彼女の聲を聴くほどに胸の痛みが和らいで往くのを感じ乍ら、ケイもまた「夏報さんは?」と問い返す。当の彼女は何でも無い様な貌をして、けろりと肯くばかり。
「ん、君が平気なら僕も平気」
「私が平気ならって……いや、無事でよかった」
「ふふ。敢えて云うなら、ちょっと喉が痛いくらい」
 夏報のそんな科白に、それならとポケットをごそごそ探るケイ。軈て彼女が取り出したのは、のど飴ひと粒。其れをそうっと夏報の掌に乗せてやる。
「はい、おひとつどうぞ」
「用意が良いね」
 軽く礼を述べたのち、其れをひょいと口へ含む夏報。からころと口中で転がしたなら、溶けだした優しい甘さが絶叫で痛めた喉を癒して呉れる。
「ね、夏報さん――」
 其の様子を見守り乍ら、ケイはぽつり、静に彼女の名を紡いだ。直ぐに「どうしたの」とでも言いたげな視線が返ってくれば、小さく頸を傾げつつも何処か悪戯な調子で、”らしくない”誘いを編む。
「私たちも約束してみない?」
「……約束?」
 次は夏報が頸を傾ける番。きょとん、双眸を瞬かせた後、彼女は乾いた聲で笑った。ほんの僅か楽し気な聲が、静まり返った教会のなかに響き渡る。
「あはは、神様に何か約束できる生き方なんてしちゃいないけど」

 ――君との約束なら、いいよ。

 そう言外に特別を語る彼女に「私も神様に約束なんて」と、緩く頭を振るケイ。契りを交わしたいのは、目の前に居る彼女だけなのだ。口許に苦い笑みを刻み乍ら、彼女は絞り出す様に想いを世界へ溢して行く。
「できるだけでいいから……そばにいてほしい、ずっと」
 君だって、結構無茶するからさ――。
 そう重ねた言の葉に、相槌は返って来なかった。少しばかりの静寂に、自身が強請った其れの重さを識って、ケイはそうっと彩違いの双眸を伏せる。
「……ごめん。これは“約束”じゃなくて“わがまま”だ」
 伏せた眸が自然と写すのは、左手に煌めく指輪。“悪い子”の為に贈られた其れは、いつかの約束の細やかな名残。
「――指輪、つけててくれるんだね」
 彼女の視線を追い乍ら、夏報もまた唇を開く。黙って肯いたケイのゆびさきが、紫の鉱石を撫ぜるのを見れば、なんだか胸の裡がむず痒くも温かく成る様で。
「わがままも約束も、似たようなものじゃない?」
 叶うか守るかの違いだよ、なんて。夏報は眉を下げつつも、緩い調子で笑った。そもそも、謝るべきはケイでは無い。だって――。
「同じわがままを先に言ったのは、こっちのほうだ。だから、君がそんなわがままを言ってくれるのは、嬉しいな」
 そうと決まれば花を摘みに行こうかと、そう夏報が溢した提案にケイが否を唱える筈も無い。ケイは我儘めいた約束に想いを馳せ乍ら、夏報に似合う蒼い花を摘み。夏報は未だ暫くは枯れそうに無い、うつくしい一輪を手に取った。せめて、互いの手繰った花だけは永く寄り添えるように。
 そうして花を摘んだふたりは、改めて教会へ足を踏み入れ、聖堂の最奥に在る祭壇へと向かった。其処に互いを想って選んだ花を捧げれば、ぽつり、夏報の方から口を開く。
「できるだけ……一緒にいるよ」
「ありがとう。……できるだけで、いいから」
 “ずっと”は無理かもしれないけど、なんて。双眸を僅かに伏せる夏報に、ケイはそうっと頸を振る。彼女から其の科白が聴けただけでも、今は充分だった。
「この指輪も、君と過ごす日々も、大切にする」
 君が居なくなる、其の日まで――。
 ケイもまたいつかと同じ誓いをもう一度、名も知らぬ神の御前で交わす。自身の想いに寄り添って呉れた、そんな彼女のこころに報いる為に。
 何処か不器用なふたりの誓いを見守る様に、蒼花のステンドグラスは穏やかな燈を暝闇に注ぎ続けて居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月守・ユア
【赫月】

恋NG

顔に被り物はNG
実は:視界が暗すぎるのが苦手
彼と煙草を吸いながら談笑しよう

ホント…摩訶不思議な縁だよ、ボクら
それでいて殺し合いの喧嘩もしたのに一緒に出掛けるって太い関係になれそ

妹が握ってる理由?
…ま、ちっこい頃からっていえばイエスだね
”僕”が愛する人の言葉を全て叶えてあげたいが為の勝手な忠誠みたいなもん

ボクは世界に歓迎された命じゃない
でも、妹と…もう一人
兄だけがボクを認めてくれたから
その日からこの命は”最愛のお気に召すまま”にと誓ってる

そっちこそ
あの子とどーなの
ちゃーんと仲良くやってんの?

最後の問いには笑みを深め
ふる~い…記憶の向こうでね


比良坂・彷
【赫月】

恋NG

南瓜お化けすぐ脱ぐ
だって煙草吸えないし
蝋燭に被せ会話開始
飲食お任せ

ユア達とはあんな出会い※だったわけだけどー
※満身創痍の彼女を拾った→斬り合いしてたユア姉妹と殺しあい

縁が続いてんの不思議だよねぇ
物騒ごとに飛び入りは良くあるけどいつもそれっきりだから

あんたのが強そうなのに妹さんが全部握ってんの
仕組みは?…子供の頃からそうだったの?

(話聞き)
そう
存在を認めてくれんのは糧だよね
相手を定めるのって受け止める側も覚悟がいるから俺には無理かな


仲良くー?依頼で数回逢った程度だよー?
後は俺が好きで犯罪者辻斬りの隠蔽してるぐらい

ユアって俺のこと“知ってた?”
古い記憶、かぁ(俺じゃない俺かと苦笑)



●紫煙に溶かす追憶
 南瓜お化けの頭を被り賑わうひとの輪に溶け込んで、子供たちの目を楽しませたのはほんの暫しのこと。月守・ユアを連れ、人気の無い教会へと逃れた比良坂・彷は、被り物を躊躇いも無く脱ぎ捨てて、会衆席の傍に飾られた蝋燭へと被せてやる。茫と燈を放つジャック・オ・ランタンは今宵に御誂え向きのインテリアだ。
「それ、取っちゃうんだ」
「だって煙草吸えないし」
 取り出した紙巻を口に咥えるや否や、剥き出しの手近な蝋燭へと貌を寄せて火をつける彷。暝闇が苦手である故に被り物を自体したユアも、「そっか」なんて笑みながら、彼に倣って蝋燭の燈火に貌を寄せ、煙草に火をつけた。
 灰を汚す白い煙を吸い込む一瞬。お喋りなふたりの口は鎖されて、蒼い煌めきに包まれた教会に静寂が満ちる。ふぅ、と煙を吐き出し乍ら言の葉零すのは、彷のほう。
「ユア達とはあんな出会いだったわけだけどー。未だ縁が続いてんの、不思議だよねぇ」
「ホント……摩訶不思議な縁だよ、ボクら」
 ユアもまた花唇から煙を溢し乍ら、しみじみと相槌を打って見せる。何せふたりの邂逅と云えば、血に塗れたものだったのだから――。
 満身創痍の彼女を彷が拾ったのは、何時のことだったか。其れを切欠として、斬り合いをしていたユアたち双子姉妹と彷の殺し合いに事態は発展した訳だけれど。紆余曲折あり、斯うしてふたりは戦場を共にする程度の仲に成って居る。
 彷にとっては、其れも不思議なことだ。疾うに枯れたいのちを投げ打つ為と、物騒ごとに飛び入ることは良くあるけれど。結局は生き残って仕舞って――、其れきり関わることなど殆ど無いのだから。
「殺し合いの喧嘩もしたのに斯うして一緒に出掛けるなんて、太い関係になれそ」
 傍らの娘にちらりと横目で一瞥を呉れられて、くつくつと肩を揺らす彷。暫しゆったりとした時間が、ふたりの間には流れて往く。
「――あんたのが強そうなのに、妹さんが全部握ってんの」
 辺りに漂う穏やかさを敢えて跳ね除けるかの如く、彷は問いを編む。自ら藪を突くようなものではあるが、今更蛇など飛び出しては来ないだろう。
「仕組みは? 子供の頃からそうだったの?」
「……ま、ちっこい頃からっていえばイエスだね」
 ふ、と細い煙を薄暗がりに吐き出し乍ら、曖昧な答えを返すユア。仕組みだなんて、そんな大層なものでは無い。ただ、愛する人の言葉を総て叶えてあげたいだけ。勝手に忠誠を誓って居る様なもの。
「ボクは、世界に歓迎された命じゃない」
 靡く紫煙に乗せて紡がれた言の葉が、苦く響く。伏せた娘の双眸には、憂いの彩が僅かに滲んで居た。
「でも、妹と――……兄だけが、ボクを認めてくれたから」
 存在して居ても良いと、そう認められた其の日から。ユアのいのちは最愛の“お気に召すまま”に其処に在るのだ。
 彼女の裡に今まで秘められて居た誓いを聴けば、彷は「そう」と小さく相槌を打つ。彼の赫い双眸は、此処では無い何処か遠くを見ていた。
「……存在を認めてくれんのは糧だよね」
 きっと、自分には無理な噺だ。
 相手の在り方を己が視ている世界に定めることは、救いでもあり呪いでも在る。故にこそ、受け止める側にも相応の覚悟を要するのだ。ユアは愛情から其の覚悟を固めたのだろうけれど、自分には――……。
「そっちこそ、あの子とどーなの。ちゃーんと仲良くやってんの?」
 沈黙した彷へと、今度はユアが問い掛ける番。何でも無い調子で紡がれた其の科白を、彼もまた何とも無いようにさらりと流す。
「依頼で数回逢った程度だよー?」
「へー……依頼でねぇ」
「ああ、後は俺が好きで犯罪者辻斬りの隠蔽してるぐらい」
 ふと物騒な単語が飛び出すのも、ふたりの間では何時ものこと。ユアが「へぇ」と常の調子で聴き流せば、先程よりも重い沈黙が場を支配する。暫く黙って肺を煙で染めたのち、細く靡く紫煙を眺め乍ら「ねえ」と彷が口を開いた。
「ユアってさ……」

 ――俺のこと“知ってた”?

 核心を突くかの如き問いに、ユアはにんまりと口許に三日月を描いて見せる。煙と一緒にからりと転がすのは、いたく愉し気な鈴音の笑聲だ。
「ふる~い……記憶の向こうでね」
「古い記憶、かぁ――」
 其れはきっと、彷であって彷では無い、近くて遠い誰かの記憶。決して観測する事の出来ぬ其れに想いを馳せて、青年は苦く笑んだ。冷たく湿った空気が自棄に鼻についたのは、神聖なる場を汚す紫煙の所為か。或いは――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リア・アストロロジー
◎☆

弔いの花を捧げます。
もしご迷惑でなければ常盤さんにもお声がけして。

教会があるのですね。
「この世界の人たちも、心の拠り所を神や信仰に求めたのでしょうか?」

……実を言うと、わたしはわたしを造った人たちが言う『神』を信じてはいないのですが。

ステンドグラスを眺め

「奇麗なモノは、心の内側まで濯いでくれる気がします」

祭壇に摘んできた花を捧げ、黙祷。

かつて人の為にその身を捧げたひとが
世界を蝕む因果から解放されたというなら
その魂がもう迷うことがなくて良かった、と。

●懺悔
……暗い世界で抗う人たちに
かぼちゃを届けたいと思ったのは嘘ではないけれど。

本当はわたしは、あの方に会いに来たのです。
もしわたしがいつか骸の海から戻る日があれば
やはり確かめずにはいられない気がして。

だってそうでしょう?
わたしたちが生まれ……命を捧げたことに
何の意味もなかったかもしれないなんて。
大切だった人たちを
生きていけぬ世界に取り残してしまったなんて。
思ってしまったら、きっと、耐えられない。

だから、わたしは、わたしを救おうとしただけ。



●花弔い
 教会のなかへ一歩脚を踏み入れれば、しんと冷えた空気が肌を撫ぜる。其の感覚に何処か厳粛な雰囲気を感じ取り、リア・アストロロジーはかんばせを引き締めた。彼女の手には、ささやかな花束が握られている。
「この世界の人たちも、心の拠り所を神や信仰に求めているのでしょうか?」
「救いが無いと知って居るからこそ、神に縋って仕舞うのかも知れないねェ」
 リアの傍ら、鋭い牙を口端から覗かせ乍らくつりと笑むのは、彼女に誘われ此処に遣って来た男――神埜・常盤である。まるで神など居ないかの様に、そんなことを宣う彼から視線を外して、少女は独り物想い。
 ――わたしだって、わたしを造った人たちが言う『神』を信じてはいないのですが。
 もしも神が居るのなら、嘆きと祈りに満ちたこんな哀しい世界を放って置く筈も無し。ちくりと疼く胸の痛みを秘めた儘、少女はゆるりと教会のなかを歩いて行く。常盤もまた、彼女の後をゆるりとした足取で追い掛けた。
 否が応でも眸に映るのは、まあるい窓枠に嵌められたうつくしきステンドグラスたち。蒼い花を描いた其れ等は、ふたりの頭上に神秘的な蒼き光を降らせて居る。リアは窓辺でぴたりと立ち止まり、そうっと硝子の花々を仰ぐ。
「奇麗なモノは、心の内側まで濯いでくれる気がしますね」
「ふふ、癒される気持ちはようく分かるとも」
 常盤もまた眩し気に眸を眇め乍ら、煌めく蒼花たちを眺めて居た。優しく降り注ぐ煌きに、激戦の余韻に張りつめたこころも段々と和らいで往く。
 そうして、ゆるりと脚を進めること暫し。ふたりは漸く、祭壇の前へと辿り着く。摘んで来た花々を其処に供えたリアは、静に眸を閉ざした。
 彼女が捧げたのは“誓い”ではなく、“弔い”の花である。リアは堕ちた聖女を偲び、独り黙祷を捧げて居た。
 ――……良かった。
 こころの底から、安堵にも似た想いが湧き上がる。嘗て、遍くひとの為にと其の身を神へ捧げたひとは、世界を蝕む因果から漸く解放されたのだ。もう、其の魂が迷うことは無いだろう。希わくば、骸の海よりも温かな天上の楽園で幸せに過ごして欲しい。
 貴きひとの安らかな眠りを希い、そうっとかんばせを上げるリア。そんな彼女を少し後ろで見守って居た常盤が、静寂を打ち消す様に口を開く。
「僕はそろそろ祭りに戻ろうと思うケド、君はどうする?」
「わたしは……もう少し、祈って往きます」
 胡乱な男は「そっか」とただ一言首肯して、インバネスをはらりと翻し乍ら踵を返す。軽く手を振り去って往く彼の背に目礼したのち、リアは再び祭壇へと向き直った。
 懺悔をしなければならぬことが、ひとつ在る。
 ――暗い世界で抗う人たちに、かぼちゃを届けたいと思ったのは嘘ではないけれど。
 此の任務を引き受けた真なる理由は、もっと別の所に在った。祭壇に置かれた数多の花を見つめ乍ら、少女はぽつりと花唇を震わせる。
「本当は、あの方に会いに来たのです」
 骸の海が遍く“過去”の辿り着く場所ならば、自身もまた何れは其処に還るのだろうか。もしそうだとして、いつか骸の海から憂き世に戻る日が自身に訪れたとしたら。やはり、確かめずには居られない様な、そんな気がして――。
「だって、そうでしょう?」
 少女はあえかな拳を、きゅっと握り締める。
 嘗て聖女と讃えられたひとが“過去”に貶められているなんて、そんなこと、放って置けなかったのだ。或いは悔しかったと、そう称しても良いのかも知れない。
 ――わたしたちが生まれ、命を捧げたことに……。
 何の意味もなかったかもしれないなんて。
 大切なひとたちを、生きては往けぬ憂き世へ置き去りにして仕舞ったなんて。
 そう想って仕舞ったらきっと、此のこころは耐えられない。故にこそ、リアは堕ちた聖女に正面から向き合い、彼女の人生にこころを寄せ、斯うして祈りを捧げて居るのだ。結局は、そう。
 ――わたしは、わたしを救おうとしただけ。
 彼女に終焉が与えられて、ほんとうに良かった。矢張り、密やかに安堵の想いを抱き乍ら、少女は再び双眸を鎖した。いつか自分が辿るかも知れぬ未来を、悼む様に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天音・亮


仮装姿は教会という場に合わせた
フィッシュテールの白いワンピースドレス
奇しくも彼女と同じ聖女の装い
違うのはあしらわれたモチーフが太陽だという事

重なるレースが歩くたびにふわり揺れて
惜しみなく出された脚はステンドグラスの前で止まる
ハーフアップで編み込まれた髪は
光の当たり具合で吹きかけられたラメがきらり光る

静かに見上げた折々の花
四季が彩られたガラス窓
季節が廻った
兄はまだ、あの白い部屋にいる
変わらず優しいお兄ちゃんのまま

けど、時折きみの笑顔がとても儚く見える時があるの
そのままどこかに、誰かに連れ去られちゃいそうな
そういう感覚を感じてしまう

─…ねえ、もう少しだけ待っていて
必ず、取り戻すから
だから…
私を置いてどこかに行っちゃったり、しないでね

ぽつり、溢した独り言
スカートの裾から滲み生まれた日向色の蝶が
ひらり数匹羽搏いて、私の名残を置いてゆく



●残照
 ぎぃ、と鈍い音を響かせ乍ら、教会の扉が閉まる。
 聖堂に足を踏み入れたのは、純白のドレスを纏い、尾鰭の如く跳ねる裾を風に靡かせた聖女――天音・亮である。
 奇しくも、先程対峙した敵と同じ装いに身を包んだ彼女だが、明確に異なる点がひとつ。其れは、彼女の胸元に太陽の意匠を象ったブローチが煌めいていることだ。いつも溌溂として居て明るい彼女に似合いの其れは、罅割れた月を抱いて居たあの聖女とは、正しく対照的なもの。
 ふわり――。
 踵が軽やかな音を響かせる度に、裾に重なるレースが揺れる。曝け出されたしなやかな乙女の脚は、軈てステンドグラスの前で動きを止めた。
 蒼い花々を描いた其れは、神秘的な蒼い煌めきを亮の頭上に降らせて居る。其の光に呼応するかの如く、ハーフアップに編みこまれた金絲に拭き掛けられたラメが、闇夜を照らす星の様にきらきらと瞬いた。
 乙女の澄んだ碧眼が、静に窓枠に嵌められた花の装飾を仰ぐ。四季の彩を秘めた其れを見つめる程に、彼女の胸から焦燥にも似た感情が泉の様に溢れ出して行く。

 季節が、廻った。

 其れなのに『兄』は未だ、あの白い部屋に居る。昔と変わらぬ、“優しいお兄ちゃん”の儘で――。其のことに、此れまで幾度となく救われて来た亮だけれど。時折、彼の笑顔がとても儚く見える時が在る。
 まるで其の儘、何処かに、誰かに連れ去られて仕舞いそうな。此処から居なく成って仕舞いそうな、そんな感覚を憶えて堪らず不安に成って仕舞うのだ。喩えば、こんな寂しい夜などは特に。
「……ねえ、もう少しだけ待っていて」
 オブリビオンに聲を奪われ、白い部屋に鎖された彼を想い、乙女は独り拳を握り締める。何時でも此の身を守ってくれた、憧れの兄。彼女がヒーローとして生きる切欠と成ったひと。彼はいま、どんな想いでハロウィンの夜を迎えているのだろう――。
「必ず、取り戻すから……」
 だから、嗚呼。
 兄に想いを馳せる程、花唇があえかに揺れる。予感めいた其れを言葉として世界に落とすのは、少しばかりの勇気を必要とした。
「私を置いて、どこかに行っちゃったり、しないでね」
 ぽつり――。
 零れた独り言は、荘厳な教会を包み込む静寂に、するりと呑み込まれて行く。こころの底から紡いだ祈りは、誓いとするには未だ遠く。亮はひらりとドレスを翻し、辿って来た道を引き返して行く。今日はもう、帰ろう。“きみ”が待つ、あの白い部屋まで。
 はらはら、ひらり。
 しなやかな脚が歩みを踏み出せば、スカートの裾から滲み生まれる日向彩。其れは数匹の蝶へと姿を変え、明けぬ夜の世界に佇む教会をあえかな燈で照らし出す。
 ひらひらと羽搏く音は余りにもあえかで、亮の耳には届かない。最後まで自身の名残に気付くこと無く、彼女は静に教会の扉を締めた。
 誰も居ない教会のなか、希いの残照たる蝶たちが、何時までも羽搏いて居た――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】◎
二〇二二年仮装、僵尸

極彩のひかりね。あねさま
この常夜にも、うつくしい色彩があるだなんて
わたしにも、ちょっぴりまばゆいかしら

静謐なるひと時を閉じ込めたような
厳かで、神秘的な雰囲気だこと
嫌いではないわ
寧ろ、好ましいと感じてしまう

とてもよい夜ね
傍にはあなたが居るのだもの

あなたの繊細な指さきが留める花々
どれも、これも。わたしたちに馴染み深いもの
朧気なる記憶の向こう側
その先に、淡い紅色の景色を視るよう

――ええ、あねさま
理解っているわ。わかっているの
あなたが八重では無いことを

真なる八番目、わたしの妹
彼女は、すでに此処には居ないことも
あなたが六華という真名を持つことも

忘却の毒に侵された頭から、白い靄が除かれるよう
嗚呼――そう。思い出した
わたしとおんなじ貌をした、愛し子を

いいえ、あねさま
堕ちるのならば――共に
……そう告げたのならば、哀しむのでしょう

もちろんよ。愛しいひと
あなたが沈み往くのならば、その手を引きましょう
共にいきたいの
今までも、そしてこれからも
あなたと、あなたたちと。ずうと、ずうっと


蘭・八重
【比華】◎
今年の南瓜、花魁

ステンドグラスとても美しいわね?なゆちゃん
彼女と手を繋いで眺める
私には眩しいくらい

薔薇とアネモネと桜の花束を添えて
いつもの妖艶な雰囲気に真剣な言葉で
なゆちゃん、私の告白を聴いて下さるかしら?

貴女には双子の妹が居ると言ったわよね?
本当の八重、8番目の子
あの子は本当に良い子だった
貴女が大好きでいつも傍にくっついて二人共可愛かったわ
でも病があの子を侵していったわ
元気で誰にも愛される貴女に嫉妬していき貴女を…
貴女を護る為にと言ったけど本当はわたくしの為
一緒に地獄に堕ちる子が欲しかったのかもしれないわね
ふふっ、優しい子
何もかも知っていて傍に居てくれる
本当に天使だわ

愛してるわ、なゆちゃん
だけど八重も愛しているの

わたくしが死んで八重と地獄に堕ちる時、貴女は連れていけないわ
私の光、貴女は天に愛され似合う子
えぇ、そうね。貴女を連れていけばツライわ

だから…
その時はわたくしと八重を光へと引っ張り上げて下さる?
ずっとずっと愛してる。
貴女とあの子は永遠の私の命
ずっとこれからも傍に居るわ



●ひめごとは甘やかに
 宵闇の世界に佇む、荘厳なる教会に蒼く煌めくステンドグラス。四季折々の花を秘めた其れから零れ落ちる光は、手を繋ぐ乙女ふたりのかんばせに優しい彩を落として居た。
「とても美しいステンドグラスね、なゆちゃん」
 薔薇の装飾が華やかな黒衣の花魁に扮した蘭・八重は、牡丹一華の意匠が鮮やかな赫い纏いを羽織った僵尸――蘭・七結と繋いだゆびさきに、そうっと力を籠める。蒼花の煌きを仰ぐ七結は、ほう、と甘い溜息を溢し乍ら、彼女の科白に首肯した。真坂此の常夜にも、うつくしい色彩があるなんて。
「極彩のひかりね、あねさま」
「私には眩しいくらい――」
「わたしにも、ちょっぴりまばゆいかしら」
 そんな言葉を交わし合えば、ふふり、鈴音で笑い合う乙女たち。
 砦のひとびとの拠り所たる其処は、まるで静謐なるひと時に鎖されたかの様。本当に神が降臨してるかの如く、何処か厳かで神秘的な雰囲気に満ちている。
 けれども、七結は其の感覚が決して嫌いではない。寧ろ、好ましいとすら感じて仕舞う。其の理由は勿論、明白だ。
「とても、よい夜ね」
 傍にはあなたが居るのだもの――。
 そうはにかんで見せたなら、八重もまた嬉しそうに双眸を弛ませた。そうして彼女は妹の手を引き、聖堂の最奥に在る祭壇へと脚を進めて往くのだった。
 軈て其の前で立ち止まった八重は、七結と繋がぬ手に抱いた花をそうっと添えて往く。彼女の繊細なゆびさきが丁重に摘み上げるのは、薔薇に牡丹一華、そして、桜ひとひら。其の様を見守って居た七結は、ふと気付く。どれもこれもが、自分たちに馴染み深い華であることを。
 朧気なる記憶の遠く向こう側、何故だか其の先に、淡い紅が蜃気楼の如く揺らめいて居る様な――。
「なゆちゃん」
 思考の淵に沈んで居た乙女の意識を呼び戻すのは、自身を呼ぶ姉の真剣な聲。視線を上げれば、常と同じ妖艶さを纏い乍らも、何処か真摯に此方を見つめる八重の眼差しと眸が合った。
「私の告白を、聴いて下さるかしら」
 薔薇彩の眸に射抜かれて、七結は静に首肯する。
 斯くして紡がれるのは、如何してだか鎖されていた、何時かの遠い記憶の一節――。

「貴女には、双子の妹が居ると言ったわよね?」
「ええ、聴いたわ」
 “なゆ”は七番目の子。だから、“七結”と名付けられた。
 そんな彼女の妹は、当然ながら八番目の子。ゆえに“八重”と名付けられたのだ。尤も其れは、いま彼女の眼前に居る八重では無く、“本物の八重”の噺。
「……あの子は、本当に良い子だった」
 過ぎ去りし日のことを想い返し、何処か懐かし気に眸を眇める薔薇の乙女。
 本物の八重は、七結のことが大好きだった。だから何時も彼女の傍にくっついていて、其の様と云ったら狂おしい程に愛らしかったのだ。けれども、仕合わせなひと時は永くは続かない。病が、八番目の子の躰を蝕んで行ったのである。
 その結果、彼女はいたく嫉妬した。其の矛先が向いたのは、他でも無い。自らと同じ貌をしているのに、健康で誰にも愛される片割れ――七結である。
 いま眸の前に居る彼女が如何して、彼女の妹の名を名乗って居るのか。其の一端は、七結も僅かばかり耳にしたことが有った。
「貴女を護る為にと言ったけど、本当はわたくしの為」
 嘗て告げた言い訳を塗り変えるかの如く、黒薔薇の乙女は狂おし気に頭を振る。黒く染まった此のこころから、ずっと眼を背けていたけれど。本当はもう、気付いて居た。
「一緒に地獄に堕ちる子が、欲しかったのかもしれないわね」
 自嘲気味に零された言の葉がぽつり、夜の静寂に淋しく響く。暫く沈黙を保ったのち、七結はちいさく花唇を震わせた。
「ええ、あねさま」
 牡丹一華の乙女もまた、あえかに頸を振って見せる。己を責める様な科白を悪戯に重ねなくてもいいのだと、そう言外に告げる様に。
「理解っているわ、わかっているの」
 あなたが、八重では無いことを――。
 そう語る七結の聲は、荘厳な聖堂のなか静に反響した。ふたりの間に流れる沈黙は、痛々しい程に重く、乙女の唇をあえかに震わせる。
 総て、分って仕舞った。
 真なる八番目、本当の妹は、既に此処には居ないのだ。そして、眸の前に居る彼女が“六華”という真名を持って居ることも。まるで白い靄が晴れる様に、忘却の毒が乙女の愛らしい頭のなかから取り除かれて行く。嗚呼、そうだ。やっと、思い出した。
 ――わたしとおんなじ貌をした、愛し子を。
 憂う様に双眸を伏せる妹を労わるかの如く、そうっと其の傍に寄り添う八重。彼女の胸裏にはただ、七結への感謝ばかりが溢れていた。
「……優しい子」
 自身が妹の名を騙って居ることも、此の手が犯した罪も、何もかも知っていて。其れでも尚、彼女は傍に居てくれるのだ。
「なゆちゃん、貴女は本当に天使だわ」
 そんな妹のことを、嘘偽りなく八重はそう想っている。故にこそ、彼女は大層あまい聲彩で、こころからの想いを紡ぐのだ。
「愛してるわ、なゆちゃん」
 けれども其れは、彼女だけに注がれる想いでは無い。だって、六華の妹は“もうひとり”居るのだから――。
「八重も、愛しているの」
 そう告げた黒薔薇の乙女もまた、諦めたように眸を伏せた。愛しい彼女の為に紡ぐのは、何処か拒絶にも似た優しい科白。
「わたくしが死んで“八重”と地獄に堕ちる時、貴女は連れていけないわ」
 こころ優しい七結は、彼女にとって唯一の光。天に愛されるべき子が行く先が、地獄であって良い筈が無い。

「いいえ、あねさま」
 されど七結は、頭を振って唇を噛み締める。堕ちるのならば、共に――なんて。そう告げられたなら、どんなに良かったか。けれども、其れを言葉にして仕舞えば最後。姉と慕う彼女が悲しむ姿がありありと浮かんだから、乙女は二の句を呑み込むばかり。
「その時は、――わたくしと八重を光へと引っ張り上げて下さる?」
 そう気丈に振舞う妹を見て、八重は「ふ」と口許を弛ませたのち、ちいさく頸を傾けた。七結が返す答えは、疾うに決まって居る。
「もちろんよ、愛しいひと」
 彼女が苦界に沈み往くのなら、其の手を引いてあげよう。温かな光が差し込む、希望溢れる未来へと。
「共に、いきたいの。あなたと、あなたたちと。ずうと、ずうっと――」
 今までも、そして、これからも。そう言葉を重ね乍ら華の様に微笑む妹に肯いて、八重は甘く囁いた。
「ずっとずっと、愛してる」
 七結とあの子――本物の八重は、永遠の“私のいのち”だから。今更切り離されようとも、決して別たれることは無い。
「ずっと、これからも傍に居るわ」
 密やかに交わされた乙女の誓いを祝福するかの様に、ステンドグラスは神秘的な光の雨を、ふたりの頭上に降らせていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イージー・ブロークンハート

(カボチャを手伝った礼に貰った一輪の花)(手に持って、ずっと手悪さをしている)(会衆席の端っこに座ったまま)
(考える)
(家に帰りたいから死にたくないと足掻いた死の淵に得た、硝子の心臓)(硝子になってく体)
(こんな呪いなんか持って帰るわけいかないから、帰れないと決めた)(ブロークンハートさんちのイージーくんを、オレは帰らないことで殺すことにしたんだ)(彷徨ってた時期も含めて、10年は越えた)(家族の中のイージーくんはもう死んだろうか)
(七人兄妹三番目がいないさみしさは、和らいだかな)(ダメだろうな)
(オレだって、うちはいつも恋しい)
(惚れた女ができたよ)(しかも好いてくれてるって)(したいな、そんな話)(家族を不幸にしてるのに)(そう言う幸せ、いいのかなって思う時もある)
(家族のしあわせも)(早く忘れてとも)(許してくれとも)(ちゃんと幸せになるとも)
(思い出も)(弔いも)(誓いも)
(どれも、できない)
(かすかな微笑み)(神となって帰還した女)
(あの聖女に問う)
(あんたはどうだった?)



●巡り巡りて
 ステンドグラスの蒼き光が差し込む会衆席の隅に、茫と座り込む青年が独り。戦闘を終えて全身の硝子化を解いた、イージー・ブロークンハートである。
 彼の手にはいま、剣の代わりにあえかな花が一輪、確りと握られていた。南瓜の収穫の礼にと、気の好い住民が呉れたのである。
 されど、彼はこころ此処に在らずと云った様子。茎をくるくると回転させたり、ゆらゆらと花弁を揺らしてみたりと、ずうっと手遊びを続けていた。何処か遠くを眺め乍ら、青年は独り、――考える。

 死にたくなかった。
 生きて、家に帰りたかった。
 ただ其れだけの想いで足搔いたことが、不幸の始まりだった。
 死の淵に得たのは、透き通る様な硝子の心臓。其れは御伽噺に出て来る様な、ロマンティックでうつくしいものでは無い。心臓と呼応する様に、段々と躰まで硝子に成って行くのである。其れは、紛うこと無き「呪い」であった。ただ、生きたかっただけなのに――。
 皮肉なことに、青年は帰れなく成った。
 こんな訳の分らない呪いなんて、持って帰る訳にはいかない。家族はきっと、こんな躰に成った自分を見て、悲しむだろう。心配を掛けるのも躊躇われるし、そもそも、ひとに移らぬ保証だって何処にも無いのだ。
 だから、彼は『ブロークンハートさんちのイージーくん』を殺すことにした。二度と帰らないと云う、選択肢を取ることで――。

 あれから、どれだけの時が過ぎたのだろう。
 ぶらぶらと彷徨っていた時間も含めると、有に10年は越えた筈だ。家族たちは、いまも代わりは無いだろうか。
 そして何より、家族の中の『イージーくん』は、もう死んだろうか。
 七人も兄妹が居るのだ。其の内の三番目が居ないさみしさは、そろそろ和らいだ頃だろうか。是非にそうであって欲しいと、こころから想うけれど。
 ――ダメだろうな。
 楽観的な希いを抱いた自分自身に、「ふ」と苦い笑いを漏らす。彼だって、家族を、生まれ育った家を、恋しく想っているのだ。10年と云う年月が経った今だって……。
『惚れた女ができたよ。しかも、その子もオレを好いてくれてるって』
 嗚呼、そんな噺をしてみたい。
 家族を不幸にしている癖に、そんな甘い想像が脳裏を過る。都合の良い幻想を振り払うかの如く、青年は激しく頭を振った。
 ――そう言う幸せ、いいのかな。
 幾ら考えても、赦されるような気がしなかった。何もかも中途半端な儘、彼は今宵も戦場を生き残り、棄てたものと得たもののことを考えている。
 愛すべき家族を、しあわせに出来なかった。
 それどころか、自らの手で不幸にして仕舞ったのだ。今更彼らの幸せを希うなんて、虫が良すぎだろうか。だからと云って「早く忘れて」とも思えぬ、我がこころの弱さと哀しさよ。いっそ「許してくれ」と割り切れたならば、少しは楽に成れただろうか。
 人並に恋をして、其の想いが実っても尚、ちゃんと幸せになるとは云えない。矢張りこころの何処かで、そんなこと赦され無い様な気がして――。

 溜息を溢し乍らふと貌をあげた先には、祭壇が遠く見えた。其処には同胞たちが捧げたであろう、うつくしき花々が添えられている。
 其れを視界に捉えた刹那、イージーの胸はぎゅうと締め付けられた。嗚呼、自分には思い出を顧みることも、誰かを弔うことも、何かに誓いを立てることも。
 どれも、できないのだ。
 憂いに昏く成る視界のなか、茫と浮かび上がるのは、神と成って帰還したあの聖女の姿。彼女が今際の際に浮かべた微笑みが、自棄に鮮明に脳裏に焼き付いて、離れては呉れなかった。

 ――あんたは、どうだった?

 まるで意趣返しの様に、そう問い掛けてみる。けれども、二度と廻らぬ彼女が、答えを寄越す筈も無い。
 ただ重苦しい沈黙だけが、蒼い煌めきに包まれた教会を支配していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】◎
今年の南瓜のヴァンパイア

ステンドグラス、とても素敵ですね
おや、ルーシーちゃんの家にそれは立派な家ですね
僕の家にもあったかもしれませんが子供頃は曖昧なので
えぇいつか見に行きたいな

君の花、今は寂しくなくてよかった
僕は向日葵と白いコスモスの花
向日葵は君とコスモスは白い服が似合うあの子が好きだった花

君が居なくなるのが怖いんだ
あの子の様にもしかしてまた自分がと
でも君はそんな僕でもパパと呼んでくれるから
傍に居てくれるかな?
ありがとうねぇ、本当に心強いな

ルーシーちゃん?
えぇ、君が居なくなるのは寂しいよ
そして僕の側に居てくれるはとても嬉しい
彼女の言葉に耳を傾ける
大丈夫、大丈夫だよ


しゃがんで君の言葉を聴く
君の本当の名前を

ララちゃん
そうか、君はこの縫いぐるみに自分を
良かった…
だってこの子に名前を自分の名前を着けたのは
忘れないように、誰かに覚えてもらおうとしていたからでしょう?
それって、生きたいと願った証だから
無意識でも生きようと君がした事に嬉しいと思ったんだよ

だから大丈夫、忘れないよ
と頭を撫でて


ルーシー・ブルーベル
【月光】◎
水色エプロンドレス+水色兎耳

立派なステンドグラスね
ブルーベルの家にもよく似た、
大きな青い花のステンドグラスがあるの
いつかゆぇパパにお見せしたいわ
ええ、少し広すぎる位
そっか。パパのお家も立派なのね

イングリッシュブルーベルと勿忘草のミニブーケを祭壇に

ブルーベルの花言葉はね
「さみしい」というの
ずっとわたしも寂しかった
パパや、みんなのお陰で、大分無くなったみたい
パパは何か捧げる?
白…、そう
お会いしたかったな

大丈夫よ、パパ
もしそんな事になったら
パパと、パパの大切な人と、わたしを護るから
居なくならないよ
傍にいる

分かった事があるの
パパの寂しいに、わたしはとーっても弱いってこと!
パパが喜ぶのに、もーっと弱いんだってこと!

だから本当は
「パパの傍で生きる」って、言いたいんだ
でも、そう思うと
怒った顔
哀しい顔
いくつもの顔が浮かんで
喉が凍って声に出せないから
その代わりに

パパ、しゃがんで下さる?
お耳にそっと告げる

あのね
わたしの本当の名前はララ
ララっていうの

う?良かった?
…ありがとう

忘れないでいて、下さる?



●きみのなまえ
 静に佇む教会の扉を開き、一歩足を踏み入れたなら。其処には蒼い煌めきに包まれた、神秘的な空間が広がって居た。四季折々の花を描いた硝子窓を見上げ乍ら、水彩の兎耳とエプロンドレスで着飾ったルーシー・ブルーベルが、ほう、とちいさく吐息を溢す。
「……立派なステンドグラスね」
「本当に、とても素敵ですね」
 黒衣を纏ったヴァンパイアに扮した朧・ユェーもまた、豪奢なステンドグラスを仰ぎ乍ら、感嘆交じりの相槌を打った。斯うも見事な飾り窓は、他の世界でも中々お目に掛れぬ代物だ。真剣な眼差しで其れ等を観察する彼の横貌にちらりと視線を呉れて、ルーシーはぽつりと言葉を編んで往く。
「ブルーベルの家にも、よく似た大きな青い花のステンドグラスがあるの。いつか、ゆぇパパにお見せしたいわ」
 其れを聴いたユェーは「おや」と、驚いた様に瞬きをひとつ。彼女が名家の令嬢であることは、疾うに察していたけれど。斯うもうつくしいステンドグラスを嵌め込んだ屋敷が、他にもあるなんて――。
「立派な家なんですね」
「ええ、少し広すぎる位」
 複雑な家の事情を想い出して仕舞ったのだろう。僅かに眉を下げ乍ら笑うルーシーへ、青年は優しく微笑み掛ける。
「いつか見に行きたいな。僕の家にもあったかもしれませんが、子供の頃の記憶は曖昧なので――」
「そっか、パパのお家も立派なのね」
 視て見たかったな、なんて。ルーシーもまた、父と慕う青年に同じ科白を返すのだった。時折ステンドグラスの前で脚を止め、其の見事な出来栄えに見惚れ乍らも、ふたりはゆるりと聖堂の最奥に在る祭壇へと脚を進めて往く。
 先に花を捧げたのは、ルーシーの方だった。
 鈴の如き花弁が可憐に咲き誇るイングリッシュブルーベルに、水彩のあえかな花弁を揺らす勿忘草のミニブーケ。何処か彼女と似た雰囲気を纏う其れ等を祭壇に添えたなら、少女はくるりと青年の方を振り返り、花唇を震わせる。
「ブルーベルの花言葉はね、“さみしい”というの」
「さみしい――」
「ずっと、わたしも寂しかった」
 少女の涼やかな碧眼に、僅かな憂いの彩が滲む。されど、其のかんばせに浮かぶ表情に影は無い。「でもね」と、少女はそうっと口端を弛ませて微笑んだ。
「パパや、みんなのお陰で、寂しい気持ちは大分無くなったみたい」
「……いまが寂しくないなら、よかった」
 そんな彼女が紡いだ言葉に「ほう」と、思わず安堵の吐息を溢すユェー。そんな彼を見上げて、ルーシーはふふりと笑みを咲かせた。其れから、かくりと首を傾げて問いを編む。
「パパは、何を捧げるの?」
「僕は、これを」
 次いでユェーが捧げるのは、太陽の如き向日葵と、清楚な雰囲気を纏う白いコスモスの花。まるで正反対な二輪を見つめるルーシーは、不思議そうな貌をしている。
「向日葵は君の花で、コスモスは……白が似合う“あの子”が好きだった花だから」
「……そう、お会いしたかったな」
 ふたつを手繰った理由を語る彼の貌に僅かな翳りが生じたのを見れば、ルーシーも何処か寂し気に、そう相槌を返す。ユェーの視線はいま、祭壇から愛娘へと移って居た。
「――君が居なくなるのが、怖いんだ」
 ぽつり。
 世界に零れ落ちるのは、僅かな怯えと不安を孕んだ聲。自からの手でまた、大切なものを喪って仕舞うかも知れない。“あの子”の様に、また……。
 ユェーはただ、其れだけが恐ろしい。
 けれども、ルーシーはそんな彼のこころを、お日様の様に明々と照らして呉れる。そして何より『パパ』と、親愛と信頼を籠めて、そう呼んで呉れるのだ――。
「大丈夫よ、パパ」
 鈴の様に澄んだ少女の聲が、静かな世界に凛と響く。
 彼女の眼差しは、真直ぐにユェーの姿を捉えていた。ちいさな躰で己の総てを受け止めようとする其の強さに、青年の胸は自然と暖かくなる。
「もしそんな事になったら、パパと、パパの大切な人と、わたしを護るから。だから、――居なくならないよ、傍にいる」
 嗚呼、いまもそうだ。
 彼女は沈んだ此のこころを、いとも容易く救いあげて呉れる。
「ありがとうねぇ」
 こころからの決意が籠められた少女の科白に、ふ、と双眸を弛ませて。ユェーは優しく彼女の頭に手を置いた。そうっと金絲を撫ぜ乍ら漏らすのは、苦笑めいた笑み。
「本当に心強いな、ルーシーちゃんは」
「あのね、分かった事があるの」
 そんな彼へ少女は「ふふり」と、悪戯な笑みを咲かせて見せた。より絆が深まったからこそ、理解できた自分の想いに喜びを感じ乍ら、胸を張って愉し気に紡ぐのは――こんな科白。
「パパの寂しいに、わたしはとーっても弱いってこと! そしてね、パパが喜ぶのに、もーっと弱いんだってこと!」
 ルーシーの思わぬ言葉に、ユェーは双眸をパチリと瞬かせた。其れから、釣られたように「ふふり」と緩い笑みを溢す。
「えぇ、君が居なくなるのは寂しいよ。だから僕の側に居てくれるのは、とても嬉しい」
 “寂しい”と“嬉しい”、ふたつの感情を彼の口から聴いて、少女はにこにこと頬を弛ませる。けれども、胸の奥ではチクリと何かが痛んだ。
 ――本当は『パパの傍で生きる』って、そう言いたいんだ。
 けれども、其れは未だ叶わない。
 ささやかな希いを抱いた瞬間、少女の脳裏には様々なひとの貌が浮かぶのだ。其のどれもが怒っていたり、或いは哀しんでいたりして、喉が凍り付いて仕舞う。
 其れでも、せめて想いの一欠片くらいは口にしようと、懸命に唇を振わせるルーシー。そんな彼女の背中を、ユェーは優しく撫ぜて呉れた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
 優しい聲と、背中越しに伝わる温もりは、少女の不安を和らげて呉れる。凍り付いた喉がゆっくりと緩んで往くのを感じ乍ら、ルーシーはちいさく彼に囁いた。
「パパ、しゃがんで下さる?」
「ルーシーちゃん?」
 頸を傾け乍らも、彼女に云われた通りにしゃがむユェー。そんな彼の耳に唇を寄せて、少女がそうっと告げるのは、此れまで宝物の様に胸の奥深くに仕舞いこんでいた、唯ひとつの秘め事。
「あのね、わたしの本当の名前は、」

 ――ララ。

「わたし、ララっていうの」
「ララ、ちゃん」
 青年は眸を見開く傍らで、内緒噺の如く紡がれた言葉を反芻した。然し直ぐに「そうか」と納得した様に、彼女が腕に抱くロップイヤーの縫い包みへと視線を落とす。彼女の親友である此の子もまた、同じ名前を抱いて居た筈だ。だとすると――。
「良かった……」
 こころの底から安堵した様な聲が青年の唇から漏れ、ルーシーは「う?」と不思議そうに頸を傾けた。そんな彼女へ微笑まし気な眼差しを向けたユェーは、縫い包みの頭に優しく掌を乗せ乍ら「だって」と、穏やかに言葉を紡いで往く。
「この子に自分の名前を着けたのは、其れを忘れないように――誰かに覚えてもらおうとしていたからでしょう?」
 総てを見透かす様な科白に、今度はルーシーが眸を瞬かせる番。彼女すら自覚して居なかったことを、ユェーは容易く見抜いて仕舞ったのだ。
 血族ですら、気付かなかったと云うのに――。
「それって、生きたいと願った証だから。無意識にでも、君が生きようとしたことを嬉しいと思ったんだよ」
「……ありがとう」
 喩え言葉に出来なくとも、想いはユェーにちゃんと伝わって居た。其れが嬉しくて、少女はぎゅっとロップイヤーの柔らかな躰を抱き締める。上目で彼を見上げ乍ら問い掛けるのは、たったひとつの切なる希い。
「忘れないでいて、下さる?」
「大丈夫、忘れないよ――」
 何処か不安げな眼差しへ穏やかな微笑みを向けたユェーは、まるで安心させる様に彼女の頭を優しく撫でた。
 此れから先、どんな苦難が待ち受けて居ても、きっと大丈夫。互いを想い合う気持ちが在れば、約束は必ず果せるだろう。
 ステンドグラスに刻まれた蒼き花々は、祝祭の夜に交わされた約束を、ただ静に見守って居た。
 秘密を分かち合ったふたりの上に、蒼き光の雨が優しく降り注ぐ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年11月08日
宿敵 『問う女』 を撃破!


挿絵イラスト