19
午前零時の仮装舞踏会

#サクラミラージュ #お祭り2021 #ハロウィン

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#サクラミラージュ
🔒
#お祭り2021
🔒
#ハロウィン


0




●大時計ノ音と仮装舞踏会
 ――目の前に広がるのは、まるで夢みたいな光景だった。

 くるり、くるりと咲いては舞って。
 大きな白亜のホールいっぱいに花開くのは、美しい老若男女が曲に合わせて思い思いに舞う姿。
 ヴァンパイアの姿だったり、着ぐるみが面白可笑しく踊っていたり。「ハロウィン」だからか、皆が思い思いの仮装意匠を纏っている。
 一見すると、誰も彼もが普通の男女に見えてしまうのだけど。
 賑やかな人波に紛れて、時折ふわりと見え隠れするなかには、足元が無かったり、透けていたり、影みたいな何かだったり。到底、「作り物」には思えないような、猫耳を生やしていたり――明らかに、「ヒトではない何か」の姿も紛れていたような?

 ――まあ、そんなことは些細な問題か。

 ダンスが上手くなくたって、テーブルマナーを知らなくたって。正体が人ではなくたって……この場では誰も気にしない。
 付け耳やつけ尻尾を付けて、マントを羽織って。ドレスやタキシード、キモノ、軍服といった色鮮やかで素敵な仮装意匠を身に纏って。この舞踏会では、仮装をして思うように楽しんで騒げば、それで良い。
 死者たちが現生に舞い戻り、仮装した人間や紛れ込んだ魔物たちが行列を成して街を往く。
 生と死の境界が曖昧になる一夜、とびきり素敵な一夜なのだから。些細なことを気にしたって、仕方がないじゃないか。
 そうなのなら。

『これなら、僕だって参加できるかな』

 暖かい料理も、楽しそうなイベントも。ずっと、自分には縁のないものだと思っていた。
 狭い家はずっと冷たくて――咳交じりに小さく、どうにか息を吐き出したのが、最期の記憶。
 でも、この姿なら。今の僕なら。もしかしたら……?
 楽しげな雰囲気に釣られて。ふらりと仮装舞踏会に姿を現した子どもが、ひとり。

●10月31日、古城ホテルにて
「ハロウィンって、サクラミラージュの世界にも存在するのね。桜と南瓜、ピンクとオレンジが交じり合って……とても幻想的な光景ね!」
 ぺらり、ぺらりと。
 グリモアベースに広がっていたのは、ハーモニア・ミルクティー(太陽に向かって・f12114)が古城ホテルのパンフレットを捲る音だった。
 ちらりと見えたパンフレットの表紙には、山の中に佇む荘厳なお城の写真が載せられている。
「10月31日の夜――つまりは、ハロウィン当日ね。サクラミラージュの古城ホテルで、『仮装舞踏会』が開かれるらしいわ。
 『仮装』って名前の通り、何かに『仮装』することが参加条件なのだけど――大事なことはそれだけよ。あとは、思い思いに素敵な一時を! ですって」
 「もちろん、周りに迷惑をかけてしまうような行動はダメよ?」なんて、付け加えながら。
 ハーモニアが捲っていくページには、広々とした大きなホールが南瓜やロウソクで飾り付けられた、妖しくも豪華なお城の写真が何枚も載せられている。
「元は、利用客低迷を憂いた古城ホテルが企画したイベントだったみたい。だから、仮装舞踏会を楽しんだ後は、そのままホテルに泊まれるようになっているのよ。
 ……まあ、仮装舞踏会は『パンダ』みたいな立ち位置で、本音はホテルに泊まっていってほしいのでしょうね」
 古城ホテル。気の遠くなるような昔には、実際に貴族が住まう城であったと云う。
 代々城に住んでいた貴族の最期の末裔が天寿を全うしてから、長きに渡って持ち主不在であったが――「実際の城」という点に目を付けた、現古城ホテルのオーナーが城を買い取り、古城ホテルとして城を生き返らせたのだ。
 当時のまま残されていた家具や壁紙、美術品の数々。荒れ放題であった庭園も息を吹き返し、今は丁度バラが見ごろであるらしい。
 まるで、本当に中世ヨーロッパにタイムスリップしてしまったかのような体験ができる。
 そういう評判により、オープン当初は予約が取れぬ程の人気であったらしいが……。
「その、ね……。古城ホテルへのアクセス手段が、かなり限られているのよ……」
 ――件のお城があるのは、山の中。如何せん、立地条件が悪すぎた。
 徐々に少なくなる客足を憂い、オーナー達が企画したのが、この大規模な「仮装舞踏会」であったらしい。
 夢のような一時を楽しんだ後は、当日はそのまま、ホテルに泊まっていくことも可能なよう。
 客室の一つ一つには大きくフワフワな天蓋付きのベッドに、アンティーク品の数々。悲しいかな、客室は余るほど空いているので。当日飛び込みも大歓迎なのである。
「これで何も起きなかったら、ただの『ハロウィンの楽しいイベント』で終ったのでしょうけれど……。その『仮装舞踏会』に、子どもの影朧の出現が予知されたのよ」
 楽しい雰囲気に引き寄せられてしまったのだろうか。
 ふらりと誘われるようにして、会場に飾り付けられている南瓜に宿り、現れるのはヨーロッパ風の色の白い――見た目は10歳前後の少年の影朧だと云う。
 名前か愛称かは定かではないが、自分のことを「エド」と名乗っているようだ。
「影朧としての力は、かなり弱いわ。ユーベルコードを使えば一撃で倒せちゃうくらいなの。
 けれど……一緒にハロウィンを楽しむことで、転生に導いてあげることができるのよ。
 だから皆には、エドと一緒に『仮装舞踏会』を楽しんできてもらいたいの」
 影朧として力が弱いからか、長くは保たない。
 一緒に騒いで楽しんで。きっと、日付が変わることには――。
「だから、それまでの間、ね?
 日常のことは忘れて、『仮装舞踏会』と舞踏会の余韻を楽しんできてちょうだい」
 桜と南瓜と、古城ホテル。
 思い思いの「仮装」意匠に身を包んだのなら、楽しい舞踏会の始まりだ。
「そうそう――会場にいる参加者全員が、皆人間だとは限らないかもしれないわ。
 もしかしたら、知っている人と出逢うかもしれないけれど……。きっと、些細なことよね。
 夢か現か。そんなことすら気にならないような、楽しい一時になることを、祈っているわ」
 「じゃあ、楽しんで来てちょうだい」と。
 にこやかな微笑みを浮かべたハーモニアは、手を振って猟兵たちを送り出した。


夜行薫

 ――夢か現か、なんて。そんな違いは、些細なことじゃないか。

 酸いも甘いも。人間も人外も! 影朧だって。
 今宵は無礼講として騒ごうじゃないか! だって、一日限りの境界の日だもの!
 事前予約受付中! 当日飛び入りも勿論歓迎さ。
 夜が明けるまではしゃいだのなら、どうぞそのまま、我が古城ホテルで素敵な一夜を!
 ――仮装舞踏会のお知らせポスターより。


 お世話になっております。夜行薫です。
 今回の舞台は、とある古城ホテルとなっております。
 1章では仮装舞踏会での、妖しくも賑やかな一時を。
 2章では古城ホテルの客室や、ラウンジ、庭園、1章に続いての大ホール等。思い思いの場所での一時を。

●受付/進行について。
 受付期間はタグとMSページでお知らせ。全章を通して断章追加致します。
 のんびり進行予定。人数によっては再送をお願いする場合がございます。

●1章
 中世ヨーロッパ的な雰囲気の古城ホテル。
 10月31日夜頃に、古城ホテルの大ホールで仮装舞踏会が行われる予定となっていましたが――楽しそうな雰囲気につられたのか、影朧の子どもが紛れ込んでしまうことが予知されました。
 ダンスに、お喋りに、料理に。舞踏会の過ごし方は様々です。子どもの影朧『エド』と共に一緒に、仮装舞踏会を楽しむ一時を。
(参加者は一見すると皆普通の人間のように見えますが……ハロウィン当日なので、ひょっとしたら「人ではない何か達」も紛れ込んでいるかもしれません。貴方にとって大切な人と、出逢えるかは――貴方次第。)
 ※「仮装」舞踏会なので、何らかの仮装をすることが参加の必須条件となっております。

●2章
 10月31日も間もなく終わってしまう、午前零時付近。舞踏会終了後、古城ホテルで思い思いの一時を。
 古城ホテルの客室やラウンジ、庭園等……様々な場所で、お好きにお過ごしください。
 大ホールでは引き続き、仮装舞踏会の二次会的な集まりが行われておりますので、そちらへの参加も可能です。
 影朧であるエドは、城中をフラフラ散策しています。話しかけるも話しかけないも、ご自由に。午前零時を告げる鐘が鳴り終わると、ふわりと消えてしまいます。

●か弱い子供の影朧「エド」
 プラチナブロンドに青い瞳を持つ、ヨーロッパ風の少年。
 人懐っこく、好奇心旺盛な性格。見た目は10歳前後です。

●最後に
 どうぞ、素敵な一夜をお過ごしくださいませ!
90




第1章 日常 『回ル廻ル舞踏会』

POW   :    豪華な料理を食べまくる。

SPD   :    華麗にダンスを楽しむ。

WIZ   :    優雅に誰かと語り合ったり、建物を見て回る。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●炎揺らめく仮装舞踏会
 トントンと積み上げられた大小様々な南瓜が、「仮装舞踏会」の行われている会場に訪れた人々を、静かに出迎えていた。
 オレンジに黄緑に、黄色と表現すべきか微妙な色合いに。笑ったり怒ったり。会場に飾り付けられた南瓜ランタンは、そのどれもが唯一無二だ。
 舞台となる大ホールの照明は必要最低限にとどめられ――雰囲気を出すためか、豪華な燭台に灯された数多のロウソクや、着火式のラムプと、照明も全てが中世風のものであった。
 暖かな橙色に揺らぐ火は、妖しくも何処か穏やかな雰囲気で、会場に集いし人々を照らし出している。
 影落ちる白亜のホールに、大きく伸びるのは老若男女様々な影法師。
 舞踏会の参加者数と白亜の床で踊る影法師の数。影法師の数が少しばかり少ないのは――きっと、気のせいだ。
 王道の魔女やヴァンパイア、狼男。一風変わったミイラや、非常にマイナーなとある地方の妖精に。個性的な着ぐるみ姿まで。思い思いの仮装を身に纏ったのなら、踊り、語り明かそう。
 大きな窓の外にはバルコニー。騒ぎ疲れたのなら、庭園を見下ろしながら一休みだってできる。
 霜月も目前に迫ったことを感じさせる冷たい夜風に煽られて――ふわりと、月光に照らされた幻朧桜の花弁が、地面を目指して滑り落ちた。
 ハロウィンだからか、立食形式のビュッフェのメニューだって、何処か妖しげなものばかり。
 暗闇でぼんやりと淡く発光しているドリンク。真っ赤なリンゴのタルトや、毒々しい色合いの――名前も不確かな、料理たち。
『僕もここに交ざれたのなら』
 仮装舞踏会に楽しむ人々は、気付かない。
 会場を飾り付けていた南瓜のうちの一つに、か弱い子どもの影朧が宿ったことも。
 影朧の宿った南瓜が色の白い少年の姿に変化し――ひっそりと、仮装舞踏会に紛れ込んだことも。
『みんなと。みんなと一緒に楽しめたら……』
 楽しい時間に皆が夢中で。紛れ込んだ少年に視線を向けたのも、一瞬のこと。次の瞬間には、傍らで笑う誰かをその瞳に映している。
 長いマントを羽織り、小さなヴァンパイアの姿をした少年に声をかける人は、いない。
御剣・刀也
ステラ・エヴァンズ(f01935)と一緒に参加
酒呑童子の仮装

POW行動

やっぱり一大ホテルの料理はすげぇなぁ
作ろう思えば作れるかもしれないが、再現するのは大変そうだ
まぁ、設備一つとっても、一般家庭とは違うからな。
それでもやって見せようじゃないか!期待されたからには!

エドにお菓子を作って持っていき、トリック・オア・トリートと言いながら渡す
ステラに何かねだられたら、子供には早い
と目隠しをしてそっと口付ける
「おきに召してくれたかな?奥さん」


ステラ・エヴァンズ
刀也さん(f00225)と参加
白毛九尾に黒無垢の仮装
POW

古城と言うのがまた雰囲気があって少しワクワクしてしまいますね

旦那様はダンスが苦手ですので二人でお料理を美味しくいただこうかと
無論何方様かにお誘いいただいてもお断りします
お料理、家でも作れそうなら再現してみたいですね
…まぁ、私より刀也さんの方が再現度高くできそうですけれど
子供達にも食べさせたいですから

あ、エドさんにはお菓子を用意して行きますからね!
トリックオアトリートしていただきましょう
その流れで私も刀也さんにトリックオアトリートしてみましょうか
ふふ、何が出てくるのか…或いは出てこないのか、楽しみですね

『さぁ、何も出ないなら悪戯ですよ?』



●甘い悪戯
 大ホールの端を縁取るようにして設けられた何十個にも及ぶテーブルに敷かれているのは、白いテーブルクロスだった。
 石膏のように真白い布地には、蝋燭に宿った火の影が落ちてゆらゆらと揺らめいている。
 鮮血を彷彿とさせる真っ赤なリンゴのタルトに、目玉を模したちょっと刺激的なゼリー。味は文句なしの美味しさらしいが、何故か紫がかったシチューに。「ハロウィン」をテーマにした、ダークで一風変わった料理の数々が並べられている。
「やっぱり一大ホテルの料理はすげぇなぁ」
 勿論、ハロウィン料理が受け入れられない人の為に、普通の料理も用意されているのだが、御剣・刀也(真紅の荒獅子・f00225)の視線は、自然とハロウィン料理に引き寄せられてしまう。
 「酒呑童子」の仮装に相応しく和装を様になるように気崩し、料理を観察する刀也の姿は、真剣そのものだった。
 普段から料理を嗜んでいる刀也だからこそ分かる。通常の料理もそうだが、小ネタを張り巡らせているハロウィン料理の方が、遥かに掛かっている手間暇が凄い。
 目玉ゼリーの黒目部分は一つ一つ手作業で繰り抜いたのだろうし、紫色のシチューや刺激的な色使いのデザートの数々は、丁度良い「色合い」を表現するのに苦労したことだろう。
 じいっと並べられたハロウィン料理の数々を順番に見つめ、静かにレシピや作り方を考察・思案する刀也のすぐ傍で、ステラ・エヴァンズ(泡沫の星巫女・f01935)はキラキラと星色の双眸を静かに瞬かせていた。
 布よりも深い黒色で豪奢な刺繍の施された黒無垢の裾からチラリと覗くのは、真っ白な九つの尾だ。ステラの興味を表すかのように、先ほどからユラリユラリとゆったり左右に揺れている。
「古城と言うのがまた雰囲気があって少しワクワクしてしまいますね」
 刀也はダンスが苦手だ。だから、二人で料理を楽しむつもりではあったが。つい料理よりも、古城の飾り付けに目を奪われて。
 光量こそ落とされているものの、高い天井に吊り下げられたシャンデリアの輝きが曇ることは無く。薄い黒のカーテンに映し出され、影絵のように踊るのは、蝋燭に照らし出された人々の影法師。
 床やテーブルに刻まれた無数の傷跡からも、年代を感じさせられた。
 城を含めたアンティークな品々と、ハロウィンという特別なコラボレーションに――本当に、中世ヨーロッパにタイムスリップして、人ならざる者達の舞踏会に招待されたかのようにも感じられて。
 夢でないことを再確認するように。暫しの間、ステラは息を呑むことすら忘れ去って、豪華絢爛な大ホールを見渡していた。
「お料理、家でも作れそうなら再現してみたいですね。……まぁ、私より刀也さんの方が再現度高くできそうですけれど」
 そして――大ホールをぐるりと一周したステラの視線は、再びテーブルの上に広がる、妖しげな料理の数々へ。
 ダークな感じを少なくすれば、イベントやちょっとした記念日にぴったりなメニューばかりだ。食材を星形やハート型に切ったり、弱火で長時間煮込んだりと、手間はとてもかかりそうだが。
 子ども達の為にも、と無邪気に表情を和らげるステラに、刀也は少し困ったように頬を掻く。
「作ろう思えば作れるかもしれないが、再現するのは大変そうだ。まぁ、設備一つとっても、一般家庭とは違うからな」
「再現する時は、私もお手伝いしますよ。子供達にも食べさせたいですから」
 一般家庭とホテル。その設備の差は、比べものにもならない。
 妻との語らいを楽しみながら、二人揃って料理に舌鼓を打つこの瞬間。妖しげな料理を恐る恐る一口切り分けて口に運び、それからそっと破顔するステラの姿をそっと横目に捉えたままで、刀也は考える。
 再現するのも、一般家庭用にレシピを再編させるのも……手間はかかるだろうが、出来ないことは無い。
 それになにより、隣で瞳を煌めかせる妻の期待を裏切りたくはないのだ。
「それでもやって見せようじゃないか! 期待されたからには!」
「さすが刀也さんですね。楽しみにしています」
 男に二言はない。勢い良く宣言してみせた刀也の頼もしい姿に、はしゃぐように両手を合わせたステラがニコリと微笑んだ。
 料理を再現しようと家族揃ってキッチンであれこれと賑やかに試行錯誤する瞬間もまた、楽しいものだろうから。
「さて、エドは何処にいるかな」
 特別なこの一夜を夫婦で語らいながら料理に舌鼓を打つのも楽しいものだが、忘れてはいけないことがもう一つ。影朧の少年、エドのことだ。
 そうっと首を左右に動かしながらエドの姿を探せば――居た。入口付近の壁と同化するようにして、少し透けたヴァンパイアの少年が。
 一休みするためにバルコニーに、ダンスを踊る為に大ホールの中央へ。あちらこちらへと移動する参加者達を、寂しそうな表情で見上げている。
「トリック・オア・トリート?」
『……! と、トリック・オア・トリート!』
 足元を見つめるように、伏せられてたエドの視界に前触れもなく飛び込んできたのは――色鮮やかなキャンディーの数々だった。
 コウモリにパンプキンに、クロネコ。ガラス彫刻と見紛ってしまう程に繊細なキャンディーが、自分に向かって差し出されている。
 急に差し出されたお菓子に若干驚きながら、その一瞬の後には花が咲くような満面の笑みを浮かべて。エドはお菓子を差し出した刀也にむかって、「トリック・オア・トリート!」と元気に返事を返した。
「はは。良い返事だ。そんな良い子には、キャンディーをあげないとな」
『良いの? お兄さん、お姉さん。ありがとう!』
「せっかくのハロウィンですもの。皆で楽しみましょう」
 刀也とステラから手渡された宝石のようなお菓子をそっと大切そうに受け取り、エドは瞳を零れ落ちんばかりに輝かせて、手のひらの中のお菓子を見つめている。
 その様子を微笑ましげに見守りながらも――ステラもちょんちょんと刀也の着物の裾を引っ張り、小声で「トリック・オア・トリート」と合言葉を告げる。
「さぁ、何も出ないなら悪戯ですよ?」
 何が出てくるのか。或いは出てこないのか。結果をドキドキ心待ちにするのもまた、ハロウィンの楽しみの一つだ。
(「しまったな」)
 悪戯にクスリと笑ってみせ、それからじっと自分の見つめるステラに、刀也は内心で焦っていた。
 妻からの悪戯は正直なところ、全くの想定外であった。刀也お手製のお菓子はエドに手渡す分しか持ち運んでおらず、すぐに渡せるような品も持ち合わせてはいない。
 妻の思惑通り悪戯だろうか? と考えたところで、刀也の頭にふっと浮かび上がった最適なアイデアが一つ。
「子供には早い」
『えっと?』
 お菓子に夢中なエドの視界をそっと覆うようにして、刀也の手が降ってくる。
 エドがポカンとしているうちに、刀也はもう片方の手で素早くステラの顎を掬い上げて。
 そして――床に大きく伸びた2つの影法師が、ゆっくりと重なり合った。
「おきに召してくれたかな? 奥さん」
「刀也さん、それは……!」
 顔を赤リンゴよりも真っ赤に染めて「反則です」と叫ぶステラ。そんな彼女が心底愛おしいと、刀也はそぅっと表情を和らげるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

幽・ヨル
千空(f32525)と
アドリブ、マスタリング歓迎

_

舞踏会に憧れた
シンデレラのお話が好きだった

今日も学校と職場で散々暴行されて
回らない頭でこの案内を聞いたとき
気付けば手を伸ばし

見たことのない料理に綺麗なもの
胸が躍る

けど私はシンデレラにはなれない
周りは綺麗なドレスや仮装に身を包む中
襤褸のシーツを頭から被り纏う、惨めな姿で

然しエドを目にし
その表情に胸が苦しくなり
気付けば視線を合わせて声をかけ
自己紹介をして
一緒に遊ぼと笑ってみせて
手を繋ぎ
人並みに揉まれないように庇いつつ

然し不意に傷が痛み
ふらつきぶつかってしまう
慌てて顔を上げ謝れば
そこにいたのは千空さんで

耳元で囁かれた言葉に
頬が熱を持つ


槙宮・千空
◆ヨル(f32524)と

黒マントに赤手袋
普段から仮装してるような格好だが
(怪盗なンだから当たり前だケド)
折角だから魔法使いとでも言い張ろうか

古城でハロウィンとか
洒落た事を考えるな

立食のビュッフェから
ひょいッと食べ物を盗み
食べながら舞踏会を眺める

そこへ向かおうとする子供がふたり
姉弟か、なんて考えるよりも先に
足が動いて、ふらついた少女を受け止めた
見たことのある後ろ姿だと思ッたから

やッぱりヨルじャねェか、

襤褸シーツで舞踏会って
まるで灰被りみてェだな
そういう格好も可愛いケド
(どうせならドレス姿が見たい)

エドと遊ぶヨルの肩を抱き
不意に耳許へ顔寄せて
──なァ、
後で魔法掛けてヤるから
遊び終わッたら付き合えよ



●迷子の灰被り姫
 いつか。いつの日か。
 辛く苦しい日々を耐え忍んでいれば、素敵な魔法をかけてくれる魔法使いが現れて。
 純白のお馬さんに、大きなカボチャの馬車。素敵なドレスに身を包んで、足にはガラスの靴が光っていて。
 それで、舞踏会で出会った王子様と――生涯幸せに暮らすのだ。
(「舞踏会に憧れた。シンデレラのお話が好きだった」)
 小さいことからずっと、憧れていた。
 シンデレラ。灰被りのお姫様。幽・ヨル(カンテラの灯・f32524)が一番大好きな、童話の主人公の名前。
(「王子様が来ないと知ったのは、いつだっただろう」)
 夢は夢だから美しい。
 現実は皆自分のことばかりで、他者に気を配る余裕など無い。
 それに、ヨルが虐げられることに気が付いても――面倒事に関わるのは御免だと、すぐに視線を逸らされてしまう。
 王子様は来ない。待っているだけでいつか迎えに来てくれるなんて、現実はそんなに優しくはない。
(「今日も学校と職場で散々暴行されて、」)
 生傷が幾つ新たに出来たことだろう。それでも、ヨルは働かなくてはならない。幼い弟妹と、働かない両親の為に。
 古城。舞踏会。
 回らない頭で案内を聞いていたから、説明はあまり覚えていない。それでも、気付けば手を伸ばしていた。
 大好きだったシンデレラ。いつかの気持ちが、蘇るかのようだったから。
(「けど私はシンデレラにはなれない」)
 名前すら想像の出来ない、見たことのない料理の数々。仄かな灯りを灯すシャンデリアに、ぼんやりと浮かぶ天井に描かれているのは、神話上の楽園の姿で。
 これまでの人生で見たことのない程綺麗で貴重な品々。本当に、お姫様みたいになったかのよう。
 それでも。
(「私だけ、惨めな姿で」)
 シンデレラの物語に迷い込んでしまったかのような舞踏会に、ヨルの胸が高鳴ったのも、一瞬のことだった。
 周りの参加者達は皆、お金や手間がかかっていることが一目瞭然な、美しいドレスや仮装に身を包んでいて。
 傷だらけの姿を隠すように被り纏った襤褸のシーツの下からじいっと楽しそうに夢の一夜を楽しむ参加者達を見、それから、シーツを握り締める自分の傷跡だらけの両手を翻す。
 少し力を込めただけで鈍い痛みが走る擦り傷だらけの両手は、ちっとも美しくなかった。
「……帰ろう」
 シンデレラになれるかもなんて。そんな思いは、自分には不相応な願いだったのだ。
 影からまた影へ。蝋燭に映し出され、長く伸びる影の間をヨルは渡り歩くようにして足早に飛び移り――静かに、出入り口の方へ。
 分厚い両開きの扉を潜り抜け、そのまま誰に気付かれることもなく大ホールを後にしようとしたところだった。
 自分と同じように、影に紛れるようにして――静かに佇んでいる影朧の少年を見つけたのは。
「……私はヨル。今はただのエラ、だけど。あなたは?」
『……! 僕……僕は、エド。今日はヴァンパイアなんだよ』
 孤独を耐え忍ぶように伏せられた顔は、今にも泣き出してしまいそうで。パーティーを楽しむ人々は、小さな少年に気付くことは無く。
 しかし、中には少年を気にかける優しい人も居たのだろう。手には、すっかり棒だけになったキャンディーが握られていた。
 けれど、顔も知らぬ親切な人が去ってしまえば、少年はまた独りぼっちだ。
 自分と同じだと、ヨルは思った。だから、気が付けば声をかけていた。
「ね、エドさえ良ければ、一緒に遊ぼう?」
 シーツの下から独りぼっちの少年へと手を差し伸ばし、をのまま手を繋いだのなら、気分はヘンゼルとグレーテルだ。
 人波を避け、影に紛れるようにして――豪華な料理の並んだ、テーブルの方へ。

●怪盗は華麗に闇夜に紛れる
 常ならば「美術品」としてチヤホヤされているであろう、歴史的に見ても大変貴重な花瓶や彫刻、絵画の品々も、今日この時ばかりは壁の花と化している。
 平時ならば、この大ホールはちょっとした美術館として扱われているらしい。
 主役は勿論、今は隅っこに押しやられている美術品の数々だ。普段ならば、「現存しているなんて!」等々散々持て囃されている美術品の数々。それが、「舞踏会に邪魔」の一言で一斉に隅に追いやられているのだから――何だかおかしくて仕方がない。
(「ヒトの心とやらは分からないねぇ。でもま、盗むにしちゃあまりにも普通過ぎるよな」)
 良い様に扱われているのだろう、きっと。
 「早く終わってくれ」とばかりに大ホールから舞踏会を眺める美術品達に若干の憐れみを感じつつ、槙宮・千空(Stray cat・f32525)は指先でひょいっとビュッフェの料理を摘まみ上げた。
 時間にすること、僅か一秒。それだけの短い間で料理は千空の口へと放り込まれ、料理を摘まんでいた赤手袋にも、食べ物の欠片一つさえ付いていない。華麗なまでに手馴れた手つきだった。
(「怪盗なンだから当たり前だケド」)
 無駄のない洗練された動きで千空が身体を動かす度、火に照らされた黒マントがサラサラと光沢を零す。
 黒マントに赤手袋。普段と変わることのない格好で、いつも仮装している様なものではあるのだが。怪盗にとってはこれが「正装」なのだ。
 怪盗の仮装というのも代わり映えがしないものだから、受付では「魔法使い」と言い張った。
「古城でハロウィンとか、洒落た事を考えるな」
 気分は天上の神々だ。立食のビュッフェの一角を陣取り、舞踏会を眺めながら何かを口にする。
 料理は多種多様だったが、千空はその中から気になった食べ物だけを盗み、食べていた。
 自由気ままに好きな料理を口に出来る。その「自由さ」を最大限に味わいながら会場の人間や美術品を観察していたところ、こちらへ向かってくる子供がふたり。
(「姉弟か? ……っと」)
 襤褸のシーツにその身を覆い隠しながら、ちょこちょこと人目を避けるようにして、少しずつ前進する足が4つ。
 目指すは料理か。泥棒のマネとは、将来が楽しみな姉弟だ――なんて呑気な感想が浮かぶよりも早く、身体が動いていた。
 傷か何かが傷んだのだろう。微かに顔を顰め、それからふらついた少女のことを、千空は見逃さなかった。
 足早に。しかし、性急さを感じさせないスマートな足取りで少女の後ろに回り込み、ふらついた少女を受け止める。
「……ぁ。すみませ――千空、さん?」
「やッぱりヨルじャねェか。見たことのある後ろ姿だと思ッたから」
 遠からず身体を支配するであろう、床に叩き付けられる激しい衝撃。それを覚悟しギュッと目を瞑っていたヨルだったが、いつまで経っても覚悟した痛みは訪れず。
 不思議に思ってそっと目を薄く開いたところで、初めて千空の姿に気が付いた。
『ヨルお姉ちゃん、大丈夫?』
「うん。大丈夫だよ、ありがと」
「俺が受け止めたンだから、無傷に決まってんだろ。てか、襤褸シーツで舞踏会って、まるで灰被りみてェだな。そういう格好も可愛いケド」
 どうせならドレス姿が見たい。
 流れるように口に出そうとして、直前に我に返った。思わず飲み込んだ、一瞬。
 言葉になるその一瞬を逃した千空の本音は、静かな想いとして胸の内に溜まる一方で。
 千空の言葉の続きなど、ヨルはそもそも存在すら悟っていないのだろう。彼女の夜色の瞳は既に、千空ではなくエドの存在を映している。
「心配してくれるなんて、エドは優しいね」
(「知り合いの俺より、知り合ったばっかの影朧かよ」)
 詰まらない。非常に面白くない。
 ぎこちない笑顔で微笑みかける先に居るのが自分ではなくエドであることも、彼女の意識が全体的に存在感薄めなその少年に注がれていることも。
 だから、そう――これは、怪盗として当たり前の行動であると、先に言い訳をしておく。
 警察も探偵も居ないのに、ちょっと気になっていた獲物を横からぽっと出の第三者に攫われることなど、あってはいけないのだから。
 千空はヨルの肩に手を這わせてから、そうっと抱き寄せ……耳元で小さく、彼女に聞こえるだけの声で囁くのだ。
「──なァ、後で魔法掛けてヤるから、遊び終わッたら付き合えよ」
 二人きりの約束。言葉の意味を理解した途端、ヨルの頬にサッと赤みが差したの見、千空は満足そうに笑むのだ。
『すごーい! ヨルお姉ちゃん、嬉しそう? お兄ちゃん、魔法使いみたい!』
「魔法使い『みたい』じゃなくて、魔法使いだからな?」
 女の子一人くらい幸せに出来なくてどうする、と堂々と言いきった千空に、いよいよヨルは真っ赤になって俯くのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

栗花落・澪
【狼兎】
仮装:桜色の姫ドレスを着た桜の精霊
背中の翼にも桜飾り

すごーい、古城の舞踏会…
童話で見たやつだ、ほんものだぁ…

一人でうろうろしていたら腕を引かれ我に返り

ご、ごめん、つい…
そうだね、踊る…けど…え、えと…

社交ダンスといえば逃れられない距離の近さ
紫崎君と踊るのは二度目だけどやっぱり恥ずかしくて

え、そんなに顔に出てる…?
は、はいぃっ…!

指導通り頑張る…けど
彼の珍しい真面目な表情を直視できず目線が泳ぐ
うぅ、踊り技術だけなら僕の方が上な筈なのに…
今度友達に頼んで特訓しよう
そう心に決めたのでした

後でエド君もお誘いしたいな
片手を差し出して、僕と踊っていただけませんか?って
こんな格好でごめんね…!


紫崎・宗田
【狼兎】
仮装:海賊感のあるワイルド系王子衣装

ずっと世界を知らなかった反動か
同年代の男どもと対照的に
王子や姫だの御伽世界に憧れてるらしい澪の様子に息を吐き
周囲への牽制も兼ねつつ澪の片腕をそっと引き寄せ

あんまフラフラすんな、迷子になるぞ
で?お前が踊りたいつったんだろ

いつまでも照れた様子に焦れて自ら手を引き
社交ダンスの体勢に

お前…俺の事意識し過ぎだろ
どんだけ好きなんだよ
からかうつもりで言ってみたが思いの他正直な反応が返り
思わず喉で笑ってから腰を引き寄せ

ほれ、せめてちゃんと相手の顔見ろ
俯きっぱなしじゃペースも乱れるぞ

澪がエドと踊り始めたら俺は飯食いつつ見守りに徹する
恋人とはいえ保護者も兼ねてるからな



●夢見た舞踏会へ、憧れの王子様と
 ガッチャガッチャと金属音を響かせながら、一糸乱れぬ隊列で目の前を通り過ぎていくのは、騎士鎧に身を包んだ集団だった。掲げられた片手剣は分度器でキッチリ図ったように90度を示し、少しのブレも見せずに――そのまま、人並みの向こうへ。
「鎧も剣も、作り物じゃなさそうだった……」
 騎士の一団を半ば惚けるようにして見送っていれば、トンと肩に軽い感触がして。
 振り返れば、「ごめんあそばせ。ぶつかってしまいましたわ」と、宝石や刺繍をふんだんに施したドレスを身に纏った、カツラ頭の女性が謝りながらすぐ脇を通り抜けていく。
 他にも、頭だけ狼のタキシード姿の男性に、狐耳を生やした女性。妖精の羽を背負った子ども達などなど。仮装しているという点に目を瞑れば、そこにあるのは、本物もかくやの舞踏会だ。
「すごーい、古城の舞踏会……。童話で見たやつだ、ほんものだぁ……」
 無意識のうちに、息を吐くことすらも忘れ去って。
 現実の世界であるということを再確認して、漸く感嘆交じりに感想を吐き出した栗花落・澪(泡沫の花・f03165)。けれど、澪だって、しっかりと「童話の舞踏会」に溶け込んでしまっている。
 毛先に行くにつれてオレンジ色の宿る琥珀色の髪は美しく纏め上げられ、桜と金蓮花が小さな花束のように澪の髪を彩っている。
 ふわふわと澪の動きに合わせて揺れ動くのは、重なり合う花弁のように幾重にも重ねられた桜色のオーガンジーで。背中の翼も、桜の花を宿して。
 身に纏う桜色のドレスの裾を持ち上げながら、お転婆な桜の精霊は興味の赴くままに舞踏会を見て回る。
 初めて外の世界を見たお姫様のように。大ホールを舞う様に見て回る澪の姿をそっと見守りながら、それからそっとため息を吐いた影が一つ。
(「ずっと世界を知らなかった反動か」)
 あっちへこっちへ。自分のお姫様は随分とお転婆であるらしい。
 常よりも少し豪華なバンダナを頭に巻いて。バンダナの間からひょっこと飛び出た髪をかき上げながら、紫崎・宗田(孤高の獣・f03527)が見つめる先には桜の精霊な澪の姿が。
 カッコよく決めたつもりではあったのだが、澪にとってはワイルド系王子様でキメた自分のことよりも、童話の世界に迷い込めたことの方が重要であるらしい。
(「同年代の男どもとは対照的に、王子だの姫だの御伽世界だのに憧れてるらしいから、無理も無いが」)
 もう少し、周りのことを見て欲しいものである。
 本日何度めか。早くも数えることを諦めてしまった。お伽話的な舞踏会に夢中な澪に、宗田は再び息を漏らして無駄に高い天井を見上げる。
「あんまフラフラすんな、迷子になるぞ」
「ご、ごめん、つい……」
 とはいえ、いつまでも澪を一人野放しにしておく訳にはいかない。
 このままの調子で周囲を歩き回られたら、何処の馬の骨に愛らしい精霊を奪われてしまうことか。
 澪にじぃっと見惚けている周辺の男どもへの牽制も兼ねつつ、宗田はそっと澪の片腕に己の腕を絡めると、優しく引き寄せた。
「で? お前が踊りたいつったんだろ」
「そうだね、踊る……けど……え、えと……」
 腕を引いて我に返ったかと思えば、今度は顔を赤くさせながら、しどろもどろ。
 宗田を見上げかけたかと思えば、ふいっと視線をすぐ横にずらしてしまったり。じっと何か言いたげな表情でちらちらと様子を伺ったり。
(「紫崎君と踊るのは二度目……。だけど、やっぱり恥ずかしくて」)
 不意をつかれてそっと引き寄せられたこともあって、澪の心臓は爆発寸前だった。
 距離の近さの覚悟が決まらないうちに宗田の方から近寄ってきたのだ。早くも「紫崎君成分過多」で、澪は早くも溺れつつあった。
 それに、社交ダンスと言えば――逃れられないのが、距離の近さ。
 これから、腰に手を添えられたり、肩に手を当てたり。吐息が感じられそうなほどの距離まで顔同士が近づくのかと思うと……それだけで澪の脳内はパニックを起こしてしまう。
 触れようとして。やっぱり引っ込めて。
 いつまでも照れた様子のまま、あと一歩が踏み出せない澪の姿についに宗田が焦れた。
 引っ込められそうになっていた澪の手を絡めとって手を引き、そのままダンスの体勢に。
 流れる様な足取りで澪をホールの中央へと誘導すれば、後は踊るだけ。もう後戻りはできない。もとより、させるつもりも無いのだが。
「お前……俺の事意識し過ぎだろ。どんだけ好きなんだよ」
「え、そんなに顔に出てる……?」
 漸くまともに澪の顔が見られた。
 からかうつもりで告げられた宗田の台詞に、反射的に顔を上げた澪。
 「出さないように頑張ってたんだけどなぁ……」とか何とか呟きつつ、きょとんとした表情で宗田を見上げる姿は小動物的な愛くるしさを感じさせる。
 からかうつもりで告げたはずが、返ってきたのは何とも澪らしい、思いのほか正直な感情で。
 喉でクツクツ笑みを零し、それから静かに澪の腰を引き寄せた。
「ほれ、せめてちゃんと相手の顔見ろ。俯きっぱなしじゃペースも乱れるぞ」
「は、はいぃっ……!」
 穏やかな影色に、暖かな蝋燭の火色に。それから、時折そこに自分の顔が交じって見え隠れ。自分を見上げる琥珀色の双眸に映る景色は、万華鏡のようにゆっくりと移り変わり。
 あっちへこっちへ、澪の目線は始終泳ぎっぱなしであった。
 そのことを真面目なトーンで指摘してみれば、更に目線の挙動不審は増す一方で。
 アドバイス通り頑張ろうとしているが、照れてどうにも上手く動けぬよう。真っ赤に染まってぎこちなく踊る澪の様子に、何とも表現し難い暖かな感情が宗田の胸を覆い尽くしていく。
(「うぅ、踊り技術だけなら僕の方が上な筈なのに……」)
 紫崎君の指示通り頑張る……頑張っているはず……だけど。
 普段の俺様な言動は何処へ姿を消したのやら。飄々とした立ち振る舞いで澪をリードしてみせるその様は、まさしく澪が憧れている「王子様」そのものだ。
 それに、何時になくキリっとした真面目な表情で、顔と顔の距離が近くなった瞬間を狙って、そう囁いてくるものだから。
 珍しく真面目で格好良い紫崎君の顔を直視できないのは、多めに見て欲しい。それもこれも、悪いのは急に「王子様」らしくなった紫崎君なのだから。
(「今度友達に頼んで特訓しよう。きっと三度目もそれ以降もあるんだし。そうじゃないと、心臓がもたない」)
 記念すべき二度目のダンス。
 一回目よりは上手く踊れたはずなのに……あまり記憶に残っていないのは、きっと気のせいではない。
 それに、照れているのは澪ばかりで、何でもないかのように「続けて踊るか?」なんて聞いてくるものだから。友達に頼んで社交ダンスの特訓しようと、澪は心に強く誓うのであった。
「エド君、僕と踊っていただけませんか?」
『良い、の? 喜んで……!』
 照れつつも幸せな宗田との一時を一通り楽しんだ澪は、半ば壁と同化するようにして、羨ましそうにホールで踊る人々を見つめていたエドに声をかけた。
 小さな身体と目線を合わせるようにして、腰を落とし。それからそっと、物語の世界へ誘うように片手を差し出して。
 自分の手に一回り小さな手が触れたことに、澪はそうっと微笑を浮かべる。
「こんな格好でごめんね……!」
『気にならない、よ。すごく、可愛いと思う……!』
 背の高い大人たちに交じって無邪気にステップを踏むその様は、まるで仲の良い姉弟のよう。
(「恋人とはいえ保護者も兼ねてるからな」)
 踊り始めた澪とエドの姿を、立食形式のビュッフェを摘まみながら、宗田は静かに見守っていた。
 「見守っていてやるから、楽しんでこい」だったか。大人ぶって澪を送り出し、見守りに徹すると宣言してみせた以上――危なくならなければ、手は出さないつもりなのだが。
 先程から宗田の視線の先には澪がいるばかりで、手元の料理がちっとも減っていないのは、自分の気のせいだと、そう思いたい。
 恋敵は何処に潜んでいるか分からないのだ。例え相手が10歳になるかならないかの小さな少年であったとしても。
 保護者兼恋人である以上、見守りに手を抜くことはできなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◆
ヴァンパイアの仮装(黒赤基調の西洋服にマント)

こういう格好、地元のガチのヴァンパイアたちを思い出すから
ちょっと複雑な気持ちなんだけどね
まぁ、今日くらいは野暮なこと言わずに楽しもうか

ふふ、梓の狼さんスタイル似合っているよ
ケモ耳をふにふにといじってみたり
そうだ、俺がご主人様で、梓がペットという設定なんてどうだろう

訪れたのはビュッフェコーナー
いい子の梓にはご褒美をあげましょうねー
狼さんにはやっぱりお肉かな?
ローストビーフをはいあーんと食べさせてあげる
梓もさ、何か食べさせてよ
これはご主人様命令だよ
何も言わずとも俺がいいなと思ったものを選んでくれる
ご主人様思いの良く出来た子だね


乱獅子・梓
【不死蝶】◆
狼男の仮装(灰色の獣耳と尻尾)

綾の仮装は思った以上に様になっているな
ヴァンパイアの格好が似合っているだなんて
あまり嬉しくないだろうから心の中に留めておくが

俺も狼男の仮装って若干うーんなんだが…
狼と言えば聞こえはいいが、犬に見えなくもないし
ご主人様ぁ??お前が??(怪訝な顔

ビュッフェコーナーの料理の数々におぉと感嘆の声
おばけやジャックオーランタンモチーフの可愛い料理から
リアルな指や目玉を模した少しグロテスクな料理まで
さすがハロウィン、バラエティに富んでいる
お前結構その設定気に入っているな??
ったく仕方ないな…綾によく似合う、血のように赤いタルトを取り
ワガママなご主人様の口に運んでやる



●主従の戯れ
 冬を目指して徐々に短くなる一方の太陽が沈みきったのなら。そう間を置かずに、夜の帳がそっと降りる。
 穏やかさを纏った夜色の天蓋が降りきったのなら、此処からは魔物たちの時間だ。
 冬を間近に控えた秋の夜は長い。時間はたっぷりとある。少しばかり遅れたって、焦ることは無い。
 一年に特別な一夜を、盛大に祝おうではないか。
 夜を司る黒と、血を象徴する赤で構成された西洋服。床に届く程長いマントを翻し、傷一つない靴をコツコツと鳴らして。
 蝋燭が灯り南瓜が笑う舞踏会の雰囲気に釣られ、また一体、舞踏会に参加するべく大ホールの床を踏みしめたヴァンパイアが――……。
「こういう格好、地元のガチのヴァンパイアたちを思い出すから、ちょっと複雑な気持ちなんだけどね」
 ――ヴァンパイアが一体。現れたにしては、複雑そうな微苦笑を浮かべていた。
 舞踏会に颯爽と現れたヴァンパイアこと、その正体はダンピールの灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)だ。
 星の数ほどある仮装の中で、何故ヴァンパイアを選んだのかと問われたら、これといった理由が無いような気もするが。少しとは言え、ヴァンパイアという存在が気になったのは、間違いのないことだった。
 しかし、故郷のヴァンパイア(ガチ勢)のことを思えば、複雑な心境にもなるわけで。
 だって彼ら、本当に容赦がない。殺しを何とも思っていないし、ちょっとでも領民が犯行したと感じれば、すぐに圧政に拍車をかける。
 綾とて「殺し合い」は好きだが、それでも、超えてはならない一線は死守するし、何なら敵であったとしても情けを掛けることだってある。その辺のヴァンパイア(ガチ勢)とは、訳が違うのだ。
「まぁ、今日くらいは野暮なこと言わずに楽しもうか」
 憂いを見せたのも一瞬のこと。
 次の瞬間にはいつもの掴みどころのない仕草で、ヒラヒラと手を振っている。だからこそ、綾が一瞬見せた本音のような呟きが、非常に気になる乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)だったりもするのだが。
(「綾の仮装は思った以上に様になっているな」)
 綾自身が話を終わらせたのだ。無理に聞き出すのは野暮と言えよう。
 灰色の狼耳をへちゃっと微妙な角度に伏せながら、梓は目線だけで「心配」の感情を綾に送る。
(「……ヴァンパイアの格好が似合っているだなんてあまり嬉しくないだろうから、心の中に留めておくが」)
 綾とヴァンパイアのコラボレーションは、それだけで一枚の絵画のような佇まいで。そう、非常に違和感が無かった。
 言ってしまえば、それが本来綾のあるべき姿、とまで思えてしまうくらいで。
 言ったところで綾が嬉しくないことは明白だ。梓は心内で自然と浮かび上がった感想に、そっと蓋をした。
「ふふ、梓の狼さんスタイル似合っているよ」
「俺が狼男の仮装って若干うーんなんだが……。狼と言えば聞こえはいいが、犬に見えなくもないしな」
 ひょっこり、ピコピコと。梓の興味や感情に呼応するようにして、揺れ動いている二つの灰色。
 もふっと綾が梓の頭の上で盛大に自己主張している狼耳に触れてみれば、見た目と想像以上の触り心地が癖になる。
「で。どういう原理でうごいているの、それ?」
「企業秘密ってトコだ」
 ひょっこひょっこと両耳を立てて、梓の狼耳は舞踏会のありとあらゆる音を拾い集めているかのよう。
 勿論、つけ耳である手前本当に音は拾っていない……ハズ。
「耳も良いけど、尻尾もふさふさだね」
 綾がそーっと狼尻尾に手を伸ばせば、ゆらゆら揺れ動いていたもふもふ尻尾が、シュッパ! と目にも留まらぬ速さで綾の手を回避して。
 想定外の尻尾の動きにフリーズすれば、「耳には好かれているが、尻尾には嫌われたみたいだな?」なんて、普段通りの真面目な表情で梓の分析が飛んでくる。
「もしかして、耳も尻尾も生きてるとか?」
「さーな」
 返ってくるのは、ニッコリとした梓の含み笑いだけ。
 いつもは散々綾に振り回されているのだから、偶には反対でも良いじゃないか、とか思ってそうだ。
「そうだ、俺がご主人様で、梓がペットという設定なんてどうだろう」
「ご主人様ぁ?? お前が??」
 思い付きとノリで放たれた綾の言葉に、梓は怪訝な顔で綾を二度見する。
 折角のヴァンパイア・スタイルも、こうもヘラヘラとしていれば……妙に締まりのない雰囲気になってしまっている。
 軽薄そうな表情は、威厳のあるご主人様……というよりは、先代の後を継いだばかりの若手当主という風貌だ。
 それならば恐らく、自分は先代から貴族屋敷に仕え、自由奔放な若手当主に頭を悩ませている忠実な従者と言ったところだろうか。
「おぉ。ハロウィンってのもあって、手が込んでいるな」
 ご主人様談義にワイワイと騒ぎながら、二人が目指したのはビュッフェコーナー。
 おばけマシュマロに、ジャックオーランタンの具沢山シチュー。可愛らしいオバケやゴーストたちをモチーフにした料理から。リアルな指や目玉、髑髏を模したグロテスクな料理まで。ありとあらゆる料理が食べ放題だ。
 感嘆の息を吐き、それから参考になりそうな料理は無いか、なんて勤勉に観察を始めた梓の横で。
 綾は何やら、堂々とした「ご主人様」な動作でそっとローストビーフや、ハンバーグを次々と、手に持ったお皿の上に乗せていっている。
「いい子の梓にはご褒美をあげましょうねー」
 肉料理ばかりを選び取った綾は、丁寧にそれをカトラリーで一口大に切り分けて。
「狼さんにはやっぱりお肉かな?」
 「はいあーん」と、切り分けたばかりのローストビーフを梓の口へ。
 口の端に付いたローストビーフのソースも、ペーパーナプキンでそっと拭ってあげる。
「ああ。でも、好き嫌いはしちゃダメだよね」
 とか言いつつ、今度は飾り切りされた薔薇の人参を差し出したり。
 偶にはこういうのもありかもな、とか。そんなことを思いながら。
 満更でもない気分で、綾から差し出される料理の数々を、梓は静かに受け取っていった。
「梓もさ、何か食べさせてよ。これはご主人様命令だよ」
「お前結構その設定気に入っているな?? ったく仕方ないな……」
 口ではなんだかんだ言いつつも、付き合ってあげるのが梓という男だ。
 ここは従者らしく、丁寧に。
 数ある料理の中から、綾が好みそうな血のように赤いタルトを見つけると――タルトが崩れないように細心の注意を払いながら、梓はそれをそっと「ワガママなご主人様」の口元まで運んでやった。
「何も言わずとも俺がいいなと思ったものを選んでくれるって、ご主人様思いの良く出来た子だね。ご褒美は何が良いかな?」
 普段の梓が作る料理も美味しいけれど、今みたいな特別もきっと愉しい。
 ほかならぬ梓の手から直接授けられた真っ赤なタルトは、血と比べものにはならないくらい甘美なのだから。
 タルトのムースを口の端にくっつけたまま、先ほど梓から貰ったタルトと同じ物と手に持つと、ニッコリ笑って差し出して。
「しばらくこの設定で行くつもりだな??」
「あ、指を噛むのは無しだよ?」
「狼だからな。噛むかもしれないぞ」
「だからダメだって。ご主人様に歯向かっちゃ」
 わざとらしく歯を見せながら、梓がタルトを持つ綾の指にガップリ噛みつくふりをすれば――クツクツと静かな笑いが返ってくる。
「じゃあ、次はねー」
「仰せのままに」
 あれやこれと指示を出し、宴を楽しむ主人と従者の楽しい一時は暫く続きそうだ。
 梓も胸に手を当て優雅に一礼すると、綾が希望した料理を取り分けにいく。
 一年に一夜の特別な夜なのだ。今夜くらい、身分差も不問になるだろうから。
 今宵は、この宴を楽しむとしよう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

マリアドール・シュシュ
【愁囚】◆
仮装はミニスカポリス
ポスターを見て興味津々な様子で舞踏会へ

(もし”本物”も紛れているのなら
…会えるかもしれないの)

エド、舞踏会はどう?
心残りがないように沢山楽しんで頂戴

そこでヴォルフガングと再会

まぁ!あなたも来ていたのね(目輝く
その格好…ふふ、先にヴォルフガングから捕まえちゃうのだわっ(ぎゅっ
手錠で繋ぐのは今は止めておくのよ
折角だから一緒に踊りましょう!
マリアポリスの言う事は聞かなきゃめっ!よ

ヴォルフガングの腕を引いて一曲踊る
たまに足を踏み謝る

あっ…上手く踊れなくてまた足が縺れて

育て親(一角獣の男の獣人と女の人魚)が視界の端に

えっ!今…
ヴォルフガング?他にも”誰か”が?
…双子の妹さん


ヴォルフガング・ディーツェ
【憂囚】
仮装は囚人
期待は甘美な毒にも等しいが、さて、エドはどう思うか

探す視界に写るのは見知った少女の姿
マリアじゃないか!奇遇だね、良く似合っているよ、警官姿
(からから笑って)おやおや、随分可愛らしいお誘いだね?勿論喜んで
…ところで恋の虜囚にしたい殿方がいたらこの祖父に言うんだよ?ね?

踏まれた?今羽が足を撫でたのかと…大丈夫、楽しめば良いのさ(片目ぱちり)

マリア?誰か知り合いでも…(視線を遣れば、その先には双子の妹とその番になる筈だった友人の青年。自分の良く知る二人)
…そうかい、漸く結ばれたのかい
今度はしっかり守れよ、色男

…夢幻でも、久々に悪くない気分だな

マリア、君はどうだい
良い再会だったかい?



●夢を絆を、離さぬように繋ぎ止め
『酸いも甘いも。人間も人外も! 影朧だって。今宵は無礼講として騒ごうじゃないか!』
 そんな謳い文句で始まる「仮装舞踏会開催のお知らせ」が、会場である大ホールに辿り着くまでの間、等間隔で張り付けられていた。
 何処まで再現されているか分からないけれど、おどろおどろしくも、楽しげな舞踏会のお知らせを告げるポスターは――見ているだけで、一足早く心も足もワクワクと浮足立ってしまう。
 古城ホテルのシルエットを背景に、妖しく踊るはスケルトンや、ゾンビ、ヴァンパイアといった魔物たちで。
 ポスターの端に載せられた料理のイラストも、何処までが本当か――指やガイコツ、目玉モチーフと少しグロテスクなラインナップだった。
 「謳い文句」が何処まで「本当」であるかなんて、誰も知らないことではあるのだが。
 言葉通り、影朧の少年が「飛び入り参加」しているのだ。それなら、それ以外だって。と。つい期待してしまいそうにもなる。
(「もし”本物”も紛れているのなら……会えるかもしれないの」)
 立派に成長した姿を見てもらいたいとか。もし一目会えることがあったのなら、その時自分は何て思うだろうとか。
 舞踏会への期待と、少しだけの祈りをその胸に秘め。
 可憐に、強く、正義の為に。ミニスカポリスの仮装を身に纏ったマリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)は、青いミニスカートの裾を揺らしながら、大ホールの扉を潜り抜けた。
「エド、舞踏会はどう?」
『わぁ……! 警察の、お姉さん? えっと……すっごく楽しいよ……!』
 お行儀が悪いことは自覚していたらしい。
 大皿から直接カトラリーで料理を攫おうとしていたところをマリアドールに話しかけられたエドは、『えへへ』とはにかみながらそっとカトラリーを戻していった。
 お菓子を貰って、一緒に遊んで。踊って貰って。
 なんだかんだで、影朧の少年も舞踏会を楽しんでいるのだ。
 それに、こうして話しかけて貰えるだけでとっても嬉しいのだろう。
 小さなヴァンパイアの背後で、あるはずの無い尻尾がブンブン左右に揺れている映像が、マリアドールの頭に思い浮かんだ。
(「期待は甘美な毒にも等しいが、さて、エドはどう思うか」)
 ジャラジャラと歩く度にぶつかり合って音を立てているのは、手足に絡みついた、罪人の証である枷風のブレスレットやアンクレット。
 頬に、腕に。袖や裾の間からチラリと見え隠れするのは、「囚人」が過去に犯した罪の数――悪魔や狼の意匠を模した、真っ黒なフェイクタトゥーだ。
 黒と白金が入り乱れる長髪の間から覗く赤い瞳は、静かに、しかし油断なく「反抗」の瞬間を待ち侘びているようにも見えて。
 仮装のテーマはずばり、囚人。マリアドールよりも少し遅れて大ホールの床を踏みしめたヴォルフガング・ディーツェ(花葬ラメント・f09192)が見つめる先には、影朧の少年であるエドの姿が在る。
 少年の胸の内にあるのは、純粋で強い舞踏会への憧れと期待。
 その甘美な毒に溺れることが無いと良いが、と一人心の中で呟きつつ。
 それから何となくでエドと会話している少女の姿を瞳に映せば、少女が己の知り合いであることに気が付いた。
「心残りがないように沢山楽しんで頂戴」
『うん! お姉さんも、楽しんできてね……!』
 ひらり、と手を振ってマリアドールがエドと別れた瞬間を見計らって。ヴォルフガングはマリアドールの元へと、軽い足取りで足早に向かって行った。
「マリアじゃないか! 奇遇だね、良く似合っているよ、警官姿」
「まぁ! あなたも来ていたのね」
 聞き覚えのある声音に自分を呼ぶ声。マリアドールが振り返れば、そこにはよく知った男の姿が在って。
 思わぬ偶然に、マリアドールの星色の瞳が輝きで満ちた。
「その格好……ふふ、先にヴォルフガングから捕まえちゃうのだわっ」
 出逢えた嬉しさと、囚人と警察という合わせたような仮装姿が齎した、予想外の喜びと。
 胸に溢れかえる暖かい情動に突き動かされるまま。ぎゅっと挨拶代わりにヴォルフガングの懐へ抱き着けば、大きな手が優しく受け止めてくれた。
「手錠で繋ぐのは今は止めておくのよ。折角だから一緒に踊りましょう!
 マリアポリスの言う事は聞かなきゃめっ! よ」
「おやおや、随分可愛らしいお誘いだね? 勿論喜んで」
 マリアドール改めマリアポリスの可愛らしいお誘い――否、警官命令に、ヴォルフガングはからからと笑って二つ返事で了承の意を返す。
 今の彼女はお茶目なポリスなのだ。断るつもりはないけれども、万一断ったとしたら、どんなお仕置きが待っていることやら。
「……ところで恋の虜囚にしたい殿方がいたらこの祖父に言うんだよ? ね?」
「その『お祖父様』の手にかかったら、ちょっとお天道様に見せられない手段も使いそうね? 今のあなた、格好が格好なんだから!」
 二人で顔を突き合わせば、クスクスと笑みも咲く。冗談と戯れも程々に、マリアドールがヴォルフガングの腕を引いて、大ホールの中心へ。
 流れてくるワルツの音色に合わせてステップを踏み出せば、
「わ……! ごめんなさい!」
 ――マリアドールのヒールが、早速ヴォルフガングの足を踏みつけてしまい。
 顔を青くさせ、慌てて謝り倒すマリアドールに、ヴォルフガングは痛みに顔を顰めることもなく、パチリと片目ウインクを送って何ともないことを伝える。
「踏まれた? 今羽が足を撫でたのかと……大丈夫、楽しめば良いのさ」
 落ち着いた声で告げられる「大丈夫」に、もう一度だけ「ごめんなさい」と返して。
 吸って吐いて。一度だけ深く呼吸をしてから。マリアドールは、気を取り直して足を踏み出すのだが、
「あっ……」
 気分は陸に上がった人魚姫だ。
 頭の中では確かに完璧なのに、身体の動きがイメージに付いていかない。
 音楽に合わせているつもりだったのに。そうこうしているうちにワルツの音が過ぎ去り、慌てて足に力を入れれば、何とも不格好な形で再び足が縺れてしまった。
「えっ! 今……」
 視界の端、ぐるりと半回転する瞬間に捉えたのは、持ち主の動きに合わせて靡く藁色の長髪。
 導かれるまま藁色の髪が去った方向を振り向けば、軍服姿の獣人と、白磁色の髪を結い上げた人魚の姿が視界の端に映り込んで――直後、ダンスを踊る人々に覆い隠され、見えなくなってしまった。
 忘れるはずもない。自分を育てた育て親の二人だ。
「見られてた……?」
 驚きと、嬉さと、それから気恥ずかしさと。
 育て親を見紛うマリアドールではない。そしてそれはきっと、二人も同じはずで。
 二人と目が合ったあの一瞬、こちらに向かって、確かに微笑んでいた気がしたから。
 だけど……ダンスでパートナーの足を盛大に踏んでしまったことは、どうか見なかったことにして欲しい。
「マリア? 誰か知り合いでも……」
 驚いたように一方向を注視したマリアドールに、誰か他にも知り合いがいたのかと、ヴォルフガングもそちらを向いて。
 視線を向けたその先には――幸せそうに見つめ合う、ヴォルフガングのよく知る二人の姿が在った。
「……そうかい、漸く結ばれたのかい。今度はしっかり守れよ、色男」
 血を分かち合った双子の妹と、その番になるはずであった、友人の青年。
 現世で結ばれることのなかった二人だが……漸く“此処”で結ばれたのだろう。
 気付かないままで良い。どうか、今度は。幸せと別れの言葉を小さく送ったヴォルフガングは、二人からそっと、視線をマリアドールの方へ。
「ヴォルフガング? 他にも”誰か”が?」
「ああ。双子の妹と友人が、ね」
「……双子の妹さん」
「……夢幻でも、久々に悪くない気分だな。マリア、君はどうだい。良い再会だったかい?」
「ええ。良い再会だったわ、とっても」
 まだ、“彼ら”が静かに見守ってくれているような気がして。
 そうっと振り返ろうとして――途中で止めておいた。
 自分達は今を生きているのだ。だから。
 気を取り直して、もう一曲。今度こそは上手に踊るから、と。そう宣言してみせるマリアドールにヴォルフガングは優しく微笑んで、新たな一歩を踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イリーネ・コルネイユ
怜くん(f27330)と

赤と黒を基調とした膝上丈のミニドレス
腰にコウモリの羽の飾りが付いたデザインでヴァンパイアの仮装

怜くん、いつもと雰囲気が違って新鮮ですね
とても素敵ですわ

古城ホテルで仮装舞踏会
なんてロマンチックなんでしょう
ね、怜くん
エスコートしてくださる?なんて
この手を取ってくれるでしょうか

ダンスは少し踊れる程度
楽しめればそれで良いと思いつつも
いつもより近い距離に緊張してしまう

視線を向ければどこかぎこちない表情
彼も同じ気持ちなのかと
嬉しくて笑みがこぼれた

ふわふわして、夢を見ているみたい
重ねる手に少しだけ力を込める
貴方の熱を確かめるように

私の冷たい手を取ってくれた
この時間は夢でなければ良いな


水澤・怜
イリーネ(f30952)と

仮装は吸血鬼風の黒いマントにスーツ
ダンスは依頼の為形だけは習ったが実戦経験も縁もない

…綺麗だ
ミニドレス姿のイリーネを前に内心呟き暫し固まる
エスコートしてくれるかという声にはっとして
あ、あぁ…すまん
そっと手を取る

俺は軍医だから当然女性の手当てもする
それなのに
何故君の手に触れただけでこうも心臓が煩くなるのか
女性患者を間近で診察することもある
それなのに
何故今はこんなにも頬が熱くなっているのか

なかなか視線の合わせられぬ自分が情けなくもどかしい
ふと重ねられた手に圧を感じ顔を向ければ優しい君の笑顔
見れば不思議と自分も微笑していて

くるり、踊る
切なく苦しく温かい気持ちに翻弄されながら



●熱に溺れる
 家族連れに、友人同士で集まって。或いは、単身で。
 来るもの拒まずの仮装舞踏会。誰とどう参加したところで、眉をひそめる者などいないのだから。
 ちょっと刺激の強い「ガイコツ」な料理に大泣きしてしまった子どもを慰める両親。仲の良い友人達と思しきグループは、奏でられる曲に合わせて、面白おかしくステップを踏んでいる。
 単身で参加した者達は、ドリンク片手に気ままな即席コミュニティを作り上げ、お喋りの花を咲かせていた。
 そして――「舞踏会」という名目であるからか、カップルや恋人同士といったペアでの参加者も数えきれないほど多くいる訳で。
 いつもより一層豪華に、格好良く、可愛らしく。或いは、パートナーを驚かせようと、普段の装いとは正反対の雰囲気の衣装を身に纏って。また或いは、ちょっとした贈り物を隠し持って。
 あの手この手で試行錯誤。傍らで微笑む“最愛”に粋なサプライズを仕掛けようと密かに計画してしまうのは、どこの世界においても同じことらしい。
 「変では無いだろうか」とか、「似合っているかな」とか。
 細かなことを気にして、不安に駆られるのも舞踏会特有の甘酸っぱい一時なのだろう。
 待ち合わせた相手の「ドレスアップ」が終わり、大ホールに姿を現すまでの微かな時間が――水澤・怜(春宵花影・f27330)にとっては、永遠のように感じられたのだ。
(「……綺麗だ」)
 参加者が多ければ、必然的に人の出入り自体も激しい。
 合流できるか、なんていう不安は杞憂に終わった。無数の参加者達に交じってやってくるイリーネ・コルネイユ(彷徨う黒紗・f30952)の姿を、怜はすぐに見つけることが出来たのだから。
「待たせてしまいましたか?」
 イリーネが一歩踏み出す度にふわふわと愛らしく揺れるのは、幾重にも重ねられたミニドレスのスカートであった。
 星屑のように煌めく銀のラメ。ラメが交じる黒色に寄り添うのは、落ち着いた深い赤で。それが、オーロラのように何枚も重なり合って――ふわっとしたデザインを演出していた。
 腰から生えた蝙蝠の羽飾りも、イリーネの動きと共にひらりとその羽を広げている。
 普段は夜色一色にその身を包んでいる彼女の様子を知っている怜からしてみれば、赤が交じるそのドレス姿は新鮮そのものと言っても過言では無いのかもしれない。
 「蝶が蛹から羽化するように」とは、美しく変化した女性に対して使われる、使い古された常套句だ。だが、目の前の彼女には当てはまらない。そう、怜は思った。
 そもそも、イリーネは普段から蝶であるのだ。夏場のパレオや、今回の身のドレス。纏う翅が、幾分か異なっているだけで。
 美しい彼女を装飾するのに適切な言葉はもっと他にあるはずなのだろうが、最終的に「綺麗だ」という感想しか思い浮かばず――イリーネを見惚けたまま、思考停止してしまった。
「怜くん、いつもと雰囲気が違って新鮮ですね。とても素敵ですわ」
 ――とは言え、普段とは異なった相手の姿にときめいてしまったのは、イリーネ自身も同じな様で。
 猟兵として、軍医として。軍服に白衣を羽織るスタイルが、怜の象徴でもあった。
 どちらかといえば「和」の雰囲気が強い彼が、吸血鬼を彷彿とさせる真っ黒なスーツに身を包み、長いマントを羽織っているのだ。ときめかない訳がない。
 タイやボタン。細部までキッチリとしている辺りにも、性格が表れていて。怜を見つめるイリーネの表情も、自然と綻んでしまう。
 うっとりと漏れ出た吐息が平時よりも幾分か熱かったのは、きっとこの胸の高鳴りが原因なのだろう。
「ね、怜くん。エスコートしてくださる? なんて。この手を取ってくれるでしょうか」
「あ、あぁ……すまん」
 古城ホテルで仮装舞踏会。
 ロマンティックなシチュエーションを大好きな貴方と過ごせるのならば、もっと素敵な一時に早変わりするから。
 見惚れていた怜も、イリーネの言葉に漸くハッと我に返る。
 そのまま熱に浮かされるようにして、差し出されたイリーネの手をそうっと取れば、それだけで心臓が跳ねるように高鳴った。
(「俺は軍医だから当然女性の手当てもする。それなのに……」)
 何故君の手に触れただけでこうも心臓が煩くなるのか。
 考えたところで、答えは分かってる――自分の手に手を重ね、恥ずかしそうに微笑む彼女がいるからだ。
 軍医として、数えきれないくらいの女性患者を診察してきた。それでも、怜が触れただけで「こう」なってしまう存在は、後にも先にも、イリーネただ一人だけだ。
(「女性患者を間近で診察することもある。それなのに……何故今はこんなにも頬が熱くなっているのか」)
 こういう時くらい、格好をつけさせて欲しい。頭の枝が、伸びてないと良いのだが。
 赤く染まる頬は、鏡を見なくたって自覚できた。
 自分と同じか、ひょっとしたらそれ以上か。頬に薔薇色を宿し、はにかむイリーネの顔をまともに直視できないまま――怜はそうっと、ダンスを楽しむ人々で賑わうホールの中心へ、イリーネをエスコートしていく。
 依頼の為、知識を覚えただけのダンス。実践経験が無い事も、怜の頭の中からすっぽり抜け落ちてしまっていた。
(「楽しめればそれで良いと思ってはいるのですが……」)
 ダンスは少し踊れる程度で、胸を張って「得意です」と言い切れる程ではない。
 それでも、今のステップが少し遅れていたかもとか、ターンが間違っていたかもしれないとか。
 見た目や踊り方を気にする余裕が無いくらいには、イリーネも怜に溺れていた。
 割れ物を扱うかのように、優しく添えられる手のひら。腰に添えられる手も、絡み合う指先も。そのどれもが、とびきり丁寧で――自分への思いやりに満ちていた。
(「怜くんもきっと、私と同じ。ふわふわして、夢を見ているみたい」)
 それは、いつもよりもずっと近い距離。
 二人きりの内緒話が出来てしまいそうな程に近い距離は、お互いの呼吸音すらその耳に飛び込んで来て。
 ダンスの合間にそうっとイリーネが上目遣いで怜の様子を伺えば、何処かぎこちない表情でカチコチになってダンスを踊る彼の姿。
 切なくて、恥ずかしくて、それから、とっても暖かくて。
 彼も同じ気持ちなのだと思えば、強張っていた表情も自然と解けて笑みが咲く。
(「私の冷たい手を取ってくれた。この時間は夢でなければ良いな」)
 重ね合った手に、イリーネは少しだけ力を籠める。貴方の熱を確かめるように、冷たい自分の手に、閉じ込めてしまうように。
(「……なかなか視線の合わせられぬ自分が情けなくもどかしい」)
 視界の端に飛び込んでは通り過ぎていく、見つめ合って幸せそうに微笑み合うカップルたちが心底羨ましい。
 どうしたらそこまで余裕があるのか、やはりダンスは実践経験か?
 原因を考えたところでキリが無いが、それでも……まともに視線一つすら合わせられないのは、流石に自分に原因があるのだろう。
 それがまた情けない、と。そこまで考えたところで、怜は重ねられた手にふと、圧を感じた。
 そっと寄り添うかのように。自分の手を包み込むのは一回り小さな、真白い手で。
 顔を上げれば、そこには優しいイリーネの笑顔があった。
 この場でも変わらぬ穏やかな彼女の笑みに、気が付けば、怜もまた微笑を浮かべていて。
 くるりと踊って花開く。
 切なく、苦しく、温かい気持ちに翻弄されながら。イリーネと怜は、ステップを踏んでいく。
 お手本のような踊りでは無いのかもしれない。
 それでも、胸を締め付けるこの気持ちと、手のひらを通して伝わる体温と。そして、すぐ傍に大好きな存在を感じられるのだから。
 これはこれで――悪くはないのかもしれない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ノヴァ・フォルモント

【銀月】
暖かな光と音楽、重なる声
この賑やかさは嫌いじゃない

ネムリアのその姿は眠りの精なんだ
君の銀糸の髪に白いドレスがよく似合うよ

うん、俺はヴァンパイアの仮装
…そうだな、あの子とお揃いだ

視線を向けた先
小さなヴァンパイアと眼が合えば、微笑みを返す
人懐こいその笑顔に
以前、共に過ごしていた自分の弟を思い出して
何時もより表情も緩んだ気がした

ネムリアとエドで踊ってみる?
じゃあ2人で行っておいで
楽しげに舞う姿を微笑ましく見守り

満足げに戻ってきた2人に小さな拍手を送る
ふふ、とても上手だったよ

料理も皆で食べてみようか
2人を誘いテーブルを彩る料理を取り分けて

舞踏会の賑やかさも眺めつつ
今宵限りの時間を楽しもうか


ネムリア・ティーズ

【銀月】
あざやかな夢を一緒に楽しめたらいいな

妖精の翅、白いドレスにポピーの飾り
ボクは子どもの夢を守る眠りの精だよ
ノヴァもよく似合ってる
あの子とおそろいだね

こんばんは、ステキなヴァンパイアさん
ボクはネムリア、舞踏会は初めてなんだ
…キミもそうなの?
ねえ、あんなに楽しそうだもの、一緒に踊ってみよう?

踊り方はしらないけれど…真似るのは得意なの
エドに動きを合わせて、時折くるりと舞えば
ほら、ボクたちの影もみんなと踊ってるよ

手繋ぎ戻り
ノヴァ、ボクたち上手だった?
ふふ、楽しかったねエド

うん、料理も見てみたい
ありがとう、…どんな味か想像できないね?
料理を受け取りふたりに微笑み

夢のような夜は、まだ始まったばかり



●共に、夢の様な一夜を
 白と黒と。
 二つの色彩が等間隔に並べられた鍵盤の上を、奏者の十本の指が躍るように弾んでいた。
 時に激しく、また時には穏やかに。弦楽器奏者達の奏でる旋律が、重なり合ってホールに広がっていく。
 楽団の奏でる音色に合わせてダンスを踊る人々でホールの中央は賑わい、そんな彼らを天井から吊るされたシャンデリアや南瓜ランタンが、静かに見守っていた。
(「この賑やかさは嫌いじゃない」)
 「乾杯」と打ち鳴らされたグラスが立てる軽やかな音に、人々が思い思いに歓談を楽しむ話し声、ノヴァ・フォルモント(月蝕・f32296)にとっても聞き慣れた、楽器の音色に至るまで。
 此処は音で満ち溢れている。
 今この瞬間にも、会場に生まれ落ちる音は数えきれない程だというのに、不思議と全ての音が調和して聞こえている。まるで、会場全体が一つの音楽を奏でているかのようだった。
(「あざやかな夢を一緒に楽しめたらいいな」)
 誰と、なんて。尋ねるまでも無い。分かりきったことなのだから。
 それでもあえて言うのならば――三人で、だろうか。
 一年に一度。人間も魔物も、その垣根を超えて。楽しく賑やかに騒ぎ、踊る――それが今日という日なのだから。
 日付が変わるまで。短くも鮮やかなこの夢を、一緒に。
 大ホールが生み出す音楽の旋律にゆったりと身体を預けるノヴァの横で、ネムリア・ティーズ(余光・f01004)がそっと見つめる先に居るのは――小さなヴァンパイアの少年だった。
 年の頃は、見た目通りだと十歳程か。その割には落ち着いているから、ひょっとしたら、もう少し年上なのかもしれない。
 少年の容姿が色白く華奢なのは、きっと生前あまり良い暮らしを送れなかったからなのだろう。
 ダンスに、お喋りに。少しの時間を共有して、それから別れを告げる。少年はそうして一人になる度に、寂しげな表情を浮かべていた、
 「楽しみ」に餓えている少年は、どれだけ遊んだってまだまだ遊び足りないのだ。
 エドの存在が確認できたところで、ネムリアの浅い夜色の瞳に映るのは、影朧の少年から月色纏う青年へ。
「ボクは子どもの夢を守る眠りの精だよ」
 ふんわりと柔らかに微笑めば、その様は彼女が称するように――眠りの精そのものの様にも見えた。
 明けかけた夜を連想させる、薄紫の妖精の翅。二対のそれは光が当たる度にサラサラと光を零し、静かに夜に寄り添っていた。
 新雪のような純白のドレスは、ふわふわと柔らかに彼女の身体を包み込んでいる。
 真白に一点、鮮やかに咲くのはポピーの花飾り。赤に白に黄。寄り添い咲くのは、安らかな「眠り」を齎すために。
「ネムリアのその姿は眠りの精なんだ。君の銀糸の髪に白いドレスがよく似合うよ」
「ノヴァもよく似合ってる。あの子とおそろいだね」
 銀糸の髪に、白いドレス。夜明けが訪れたのなら、その瞬間に儚く消え去ってしまいそうな印象で。
 ノヴァがネムリアを褒め称えれば、にこりとした微笑みと一緒に「似合ってる」という言葉が贈られた。
 ネムリアの衣装も儚げで美しいが、ノヴァだって負けてはいない。
 ノヴァが纏うそれは、夜を統べる魔物の王――ヴァンパイアの装いだ。
 夜空に浮かぶ星々のように、金糸で刺繍が施されているのは――青の交じる黒い西洋服に、同じ色合いの長いマント。
 頭の黒角は、月の満ち欠けを模した角飾りが静かに煌めいていた。
 ヴァンパイア。魔物としても有名な、血を吸う怪物。それでも、不思議とその恰好に恐れよりも安心を感じさせるのは、ノヴァが内包する雰囲気のお陰だろうか。
「うん、俺はヴァンパイアの仮装。……そうだな、あの子とお揃いだ」
 それはまるで、月明かりのように。ノヴァが優しい眼差しで見つめる先には、小さなヴァンパイアの姿がある。
 ノヴァの視線を感じたのか、ハッとしたように小さなヴァンパイア――エドがその顔を上げて。途端、花咲くように向けられる満面の笑みに、ノヴァもまた、穏やかに微笑み返した。
 純粋で明るくて。人懐こいその笑顔。
 喪くした故郷。辿り着くことを恐れる、旅路の終着点。そこに、故郷の皆が居るかは分からぬことだけれども。
 ――弟も、俺にあんな笑顔をよく向けてくれていた。
 少し先で笑うエドの姿に、弟の面影が重なり合って。何時もより、纏う雰囲気も表情も緩んだ気さえした。
「こちらにおいで」
 ノヴァが優しく手招きをすれば、人懐こい小さなヴァンパイアはとてとてと危なっかしい足取りで駆けてくる。その様ですら、弟を連想させるようで。酷く。酷く、懐かしい。
「こんばんは、ステキなヴァンパイアさん」
『こ、こんばんは……!』
 小さな少年に目線を合わせるように。ネムリアが腰を落としてエドに微笑みかければ、緊張で少し声が震えながらも、元気な挨拶が返ってくる。
「ボクはネムリア、舞踏会は初めてなんだ。……キミもそうなの?」
『僕はエドだよ。ネムリアお姉さんと同じで……僕も、初めて』
 初めてなのは、一人じゃなかった。
 「じゃあ、お揃いだね」と笑って告げるネムリアに、エドの緊張も幾分か和らいだらしい。『こんなに賑やかだなんて、思ってなかった!』と、目を大きく開いて生まれ落ちたのは、なんとも無邪気な感想だ。
「折角だから、ネムリアとエドで踊ってみる?」
「そうだね。ねえ、あんなに楽しそうだもの、一緒に踊ってみよう?」
『良いの……? うん、踊ってみる!』
 そして、舞踏会やダンスが初めてなのは二人だけじゃない。
 ホールをよく見てみれば、パートナーの足を踏みつけてしまい謝り倒しているペアに、足運びを間違えて気恥ずかしそうに笑い合っているペアが、何組も。
 初めてだからと言って、緊張せずに。ちょっとくらい失敗したって、今宵は大丈夫だ。
「じゃあ2人で行っておいで」
 手を取り合ってホールの中心へ向かって行くネムリアとエドの後ろ姿を、ノヴァは瞳をそっと細めて見送った。
 眠りの精と、小さなヴァンパイアと。愛らしいペアは、どのような踊りを見せてくれるのだろう。
「踊り方はしらないけれど……真似るのは得意なの」
『まねっこが得意、なの? 凄いね……!』
 重力だって、思いのまま。
 風のように軽やかに舞うネムリアは、エドの動きに合わせてくるりと優雅なターンを披露してみせる。
 流れてくる音楽に合わせて、右へ左へ。刻まれる三拍子に身を委ねて、楽しく舞い踊れば、
「ほら、ボクたちの影もみんなと踊ってるよ」
 ネムリアがちらりと流し見る先には、床に伸びたネムリアのエドの影法師が。
 二人の影だって、他の参加者と同じく、楽しそうにダンスを踊っている。
「ノヴァ、ボクたち上手だった?」
「ふふ、とても上手だったよ」
 一曲を踊り終え、満足そうな様子のネムリアとエドが手を繋ぎ仲良くノヴァの元へ戻れば、待っていたのは暖かな拍手の音であった。
「ふふ、楽しかったねエド」
『うん、すっごく楽しかったよ!』
 微笑み合うネムリアとエドは、未だダンスの余韻に浸っているようで。
 楽しそうで何よりだと、ノヴァは微笑ましそうに二人を見つめ、それからビュッフェコーナーへと歩み始める。
「さて、休憩も兼ねて料理も皆で食べてみようか」
「うん、料理も見てみたい」
 ネムリアとエドをテーブルに誘ったノヴァは、早速テーブルの上を妖しく彩る料理を取り分け始める。
 パンプキンのシルエットを模したハンバーグにかかるのは、鮮やかな赤いソース。
 贅沢に丸ごと一個。カボチャを繰り抜いて作られたのは、具沢山のシチュー。
 ハロウィンカラーに染まる、少し不思議な料理が所狭しと並んでいた。
「ありがとう、……どんな味か想像できないね?」
『わあ……。何だか不思議な色をしているね?』
 ノヴァから料理を受け取ったネムリアは、「不思議だね」とノヴァとエドに微笑んで。
 不思議な見た目や色合いに驚きながらも、味はホテルシェフのお墨付き。
 一風変わった料理に舌鼓を打ちつつ、賑やかに三人はテーブルを囲んでいく。
 秋も終わりに差し掛かった夜は長い。夢の様に楽しい一夜は、まだまだこれからだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月詠・黎
🌕望月

南瓜の灯り燦めく華やかな舞踏会
まるで夜に咲く夢じゃのう

我が纏うは吸血鬼
胸に月下美人の心臓
友の蝙蝠従者と並んで

うむ、見てる此方まで樂しくなるのう
月眸を細め、絵本の様に仮装を纏うなら
余興も混ぜてみるかと月神の戯れ

――俺に出来ない事が有るとでも?
くすり咲い紡ぐは素の口調にて
音として降らせるのは初めてだったか
付けた牙と相俟って、悪い顔をしてるかもしれんな
舞よりは心得も無いが、出来ぬ事も無い
優雅に一礼し魔法を掛けてやろう

巫女の手を滑る様に絡め攫って
血を求む吸血鬼は今宵、お前の月を求めよう
何、俺に身を任せて居れば問題ない
耳許でお前に囁くは蠱惑の聲
足を踏むも愛らしき些事だ、心配は無い
流れの儘においで、ユエ
紡ぐ音は手招きの響

お前の視線が他へ移ろうなら
させぬと彼岸花が咲く外套で視界を遮り
そっと躍り出たバルコニーで俺の夢へ抱き隠して
余所見は厳禁だと耳許へ重ねた蠱惑

俺は何処にも行かぬ月だ
知っているだろう?
不安ならば、手も離してもやらん

求められた音に返すは
確かに繋いだ熱
ぬくもりでは収まらぬ程に
――それは


月守・ユエ
🌕望月

穏やかに華やぐ夜の時
纏うは蝙蝠モチーフの巫女服
隣合う吸血鬼と揃いの月華飾る従者

皆、色んな仮装をして楽しそう
まるで絵本の中にいるみたい!
愉快な世界に瞳が輝く

黎さんはダンスはできる?
僕は嗜む程度なら…
思い切ってダンスへ誘おうと問い1つ

返る応え
いつもは見せぬ彼の姿
牙みせる笑みは吸血鬼に隠れた本当のあなた…?
突飛な主の変化に惚ければ
己が掌は絡まる指の熱に攫われて

蠱惑は耳許撫でるように響き
月瞳は主捉えて離せない
不慣れで爪先踏んで慌てても
声が己を導くから安堵し素直に身を託す

ふふ、あなたには本当に敵わないね?
なら…確り掴まえてほしいな
わたしは一人で灯れぬ月故に――…ぁ

戯れに言葉を紡ぎかけた時
賑わいに紛れ懐かしき面影を見た
愛しき人の笑みをすぐそこに
――まって
思わず伸ばしそうになる指先は
刹那に世界を彼岸に覆われて、再び夢の中へ
耳許で聞こえるはわたしを誘う蠱惑

ならばと何処にも迷わぬように
気づけば伸ばす己が腕は目の前の彼岸を抱いていた

お願い
どこへも、いかないで

涙零れそうな声は
確かな熱をあなたに求めて



●月光の彼方
 鮮やかにステップを踏めば、ふわりと花咲くドレスのシルエット。花咲かす最高のパートナーと共に微笑みあえば、それだけでこの一夜が忘れられない永劫の想い出と成る。
 ぎこちなく。はにかみながら。或いは、面白おかしく。
 この日限りの特別な装いを身に纏った人々は、ホールの中央で気ままにダンスを踊っていた。
 白床に差す影も、持ち主とそっくり同じ動きをなぞり――長い影の先っぽをずっと辿れば、ホールを縁取るようにして並べられている立食形式のビュッフェコーナーが目に留まる。
 その正体は飴細工。本物もかくやのしゃれこうべや、マンドレイク風のパンケーキ等々。「ハロウィンなので」を免罪符に、シェフの悪戯心と技術がふんだんに無駄遣いされた、「ハロウィン」がテーマの口に運ぶのに少し躊躇ってしまう料理が並んでいた。
 勿論、一般向けのパーティー用メニューも豊富に。
 しかし、妖しく美しい宝石箱に舌鼓を打つのは、ダンスを楽しんでからでも遅くはないだろう。
 南瓜と蝋燭彩る舞踏会の一夜。南瓜ランタンからゆったりと零れ落ちた灯りの燦めきに照らされて。また一組、仮装舞踏会の招待客が、大ホールの中へ。
「まるで夜に咲く夢じゃのう」
 きっと、一夜限りの夢だからこそ美しい。
 夜にだけ咲く夢。日の出と共に夜明けが訪れたのなら、跡形もなく消え去ってしまう泡沫の賑わい。
 一瞬だからこそ、この舞踏会はとびきり輝いて見える。
 「吸血鬼」の名に相応しく、美しく着飾っているのは月詠・黎(月華夜噺・f30331)だ。
 明けぬ夜色を背景に。細やかに施された刺繍は、零れ落ちる蝋燭の明かりを受けて、ほんのりと月色に輝いている。月色宿す荘厳なゴシック調の西洋服に、片マントを流麗に着こなして。
 月色彩る黒基調の西洋服で唯一、淡い白色に輝くのは、胸元に挿されたブートニア――月下美人の花だ。
 月下美人。それは、夜にだけ咲く花。この舞踏会と同じように、夜にだけ咲くことを許された。朝が訪れる頃には、人知れずひっそりとその花弁を閉ざしてしまう。
 黎の胸元彩る白色は蠱惑的な程に、甘く濃厚な香りを放ち――そっと、月を纏う主従のペアに寄り添っていた。
 ゆったりとした月神の調子は、舞踏会であっても変わることはないようで。傍で瞳煌めかせる従者を優しく見守っている。
「皆、色んな仮装をして楽しそう。まるで絵本の中にいるみたい!」
 ふわひらりと月守・ユエ(皓月・f05601)の動きに合わせるようにして、袴の裾も忙しなくユエに動きを合わせて彼方へ此方へ。
 「ハロウィン」に合わせてほんのりとアレンジの施された巫女服は、袴も常よりふわふわとボリュームが増していた。
 レースもフリルもたっぷりと。蝙蝠の羽を思わせる夜色が掛かった深い赤色に、帯には隣り合う吸血鬼と揃いの月下美人をそっと一挿し。
 「絵本の中のよう」な舞踏会を前に、ユエの瞳の煌めきは先ほどから増す一方なのであった。
「うむ、見てる此方まで樂しくなるのう」
 黎が金月の眸を静かに細めて眺める先には、仮装を纏い舞踏を楽しむ人々の姿。
 「余興も混ぜてみるか」なんて。それは、舞踏を見つめる月神の戯れに違いなくて。
「黎さんはダンスはできる? 僕は嗜む程度なら……」
 話題に舞踏が持ち上がった。ならば、きっと今がチャンスだろう。
 この話題が流れれば、一体次にチャンスが巡ってくるのは何時になることか。
 それとなく。けれども思い切ってダンスに誘おうと、ユエの口から発せられた問いが一つ。
 遠くから眺めているだけだなんて、勿体ない。
 絵本の世界に迷い込んだと云うのなら。折角だから、その手を取って。どうか、夢のようなこの一夜が、現実のものであると感じられるように。
 
「――俺に出来ない事が有るとでも?」

 月神に、不可能なことなど無い。
 分かりきったことを聞くのか。要らぬ心配をさせてしまっていたのか。
 傍らの従者への愛らしさと共に、笑みもくすりと咲き綻ぶ。
 生と死の境界が曖昧になるこの一夜。ついて回るのは、「悪戯」の二音だ。周りの人々がこれだけ浮足立っているのだ。それに乗るのも、また一興だろう。
 だから、月神の気まぐれのままに紡ぐ言の葉は、素の口調にて。隠しもしない尊大な物言いが心底頼もしい。
 言外に「任せておけ」と告げているのだが――不意打ちで「素の口調」を、それもすぐ傍で聞いたユエはそれどころでは無かったようだ。
 いつもは見せぬ主の姿に、その瞳を満月の様に大きく見開いて……黎を、ただただ見上げている。
「音として降らせるのは初めてだったか」
「牙みせる笑みは吸血鬼に隠れた本当のあなた……?」
「付けた牙と相俟って、悪い顔をしてるかもしれんな。舞よりは心得も無いが、出来ぬ事も無い」
 舞踏会に紛れた魔に誘われたのは、果たしてどちらか。
 突飛な変化を披露してみせた、牙を見せながら愉快に笑う主か、惚けたまま主を見つめる従者か。その真相は、お互いに見つめ合う二人しか知らぬことなのだろう。
 吸血鬼に隙を見せたのなら、それが最後だ。素の口調の主に囚われてしまったのが、致命的な一瞬。
 腰を折り、ユエへと恭しく振舞われたのは優雅な一礼で。
 魔法を掛けられたのだと理解するよりも早く、巫女の指先は吸血鬼の大きな手に絡み取られて――そのまま、舞踏の一時へと。ユエを攫ってしまう。
「血を求む吸血鬼は今宵、お前の月を求めよう」
 指先の熱は絡み取られた指先を通して、ユエから黎へと。流れ込んでいる。
 聡明な主のことだ。この心内は、とうの昔に見破られてしまっているであろう。
 ユエが魅入られて離せない、月色のその瞳によって。
 余裕綽々といった様子で立ち振る舞う黎は、秘密を告げるようにユエの耳許へのその顔を寄せ。
 紡がれるのは、蠱惑的な呪文。魔法を掛けるための、特別な台詞。
 ユエの耳許に顔を寄せた黎が少し動く度に、サラサラ光を放つ彼の漆黒の髪が首筋に当たって、絶妙にくすぐったい。
「何、俺に身を任せて居れば問題ない」
 繋いだままの手をひょいっと引けば、愛らしき従者は素直に己の懐の中へ。
 居場所求めて彷徨う従者の片手を掬い上げるとそうっと己の肩へと導き、在るべき場所へ。それから、逃れられぬようにと己の腕を確りとその背に回し。
 月神がリードしてみせる、流れる様なステップに、ユエも見様見真似で後を追いかけるが――……。
「黎さん、ごめんなさい……!」
 むぎゅっと。それはもう、盛大に黎の足を踏みつけてしまった。
 甘美な一時に酔いしれ、頬を薔薇色に染め上げて惚けていた表情は何処へやら。
 一瞬でその顔を青くさせ、慌てて謝り倒すユエに、黎はクツリと笑みを零す。
 舞踏のようにクルクルと移り変わる彼女の様は、見ていて飽きることがない。
「足を踏むも愛らしき些事だ、心配は無い。流れの儘においで、ユエ」
「ふふ、あなたには本当に敵わないね? なら……確り掴まえてほしいな」
 告げられたのは、己が導くからという宣言。頼もしい声に甘えるようにして、ユエはもう一度黎の肩へとその手を回す。
 戯れには戯れを。ユエが言葉を紡ぎかけた時、不意に差す影が一つだけ。
「わたしは一人で灯れぬ月故に――…ぁ」 
 満月の瞳が映すのは、傍らの月神から。その奥でそっとこちらを見つめる懐かしき面影に。
 揺らぎ、移ろう。
 賑わいの中にその身を紛らわせ、何を告げることも無く――ただ、静かに微笑んでいる。
 忘れるはずがない。見紛うはずもない。あの頃から変わらぬままの、愛しき人の笑みが、すぐそこに。
 手を伸ばせば、届きそうなそこにまで。
「――まって」
 まだ話足りないことが。伝えられないままの言葉たちが。
 すぐ近くに。手の届く距離に。確かに在る、愛しき人の姿。
 思わず伸ばしかけた指先は――そうはさせぬと、月神が齎した月下美人の花嵐と、彼が翻した彼岸花咲く外套によって遮られた。
「余所見は厳禁だ」
 ユエの視界は彼岸に覆われ、此岸に繋ぎ止められたまま。
 解けかけた魔法は、刹那結い直される。
 耳許へ重ねられた蠱惑な囁きに身を委ねるままにしてそっと二人、舞踏の輪を抜け出し。躍り出た先のバルコニーで、彼岸に覆われた視界は漸く晴れることと成った。
「お願い。どこへも、いかないで」
 あの人の様に。目の前の彼もまた、自分の手を解き何処かへと往ってしまう瞬間が訪れたのなら。
 真の意味で、自分は独りになってしまう。そんな予感が、ユエの胸を黒く焦がして離れない。
 独りになったら、待っているのは永遠の迷子だ。何処へ辿り着くかも分からぬまま、永劫彷徨い――その後は、どうなってしまうのだろう。
 本能的に。求めるがままに。
 気が付けば、ユエの腕は目の前の彼岸を――黎を、離さぬように、しっかり掻き抱いていた。
「俺は何処にも行かぬ月だ。知っているだろう?
 不安ならば、手も離してもやらん」
 求められるがままに。今も繋いだままの手を。黎は優しく、しかし確りと握り直した。
 己の存在を、忘れさせぬように。刻み付けるかのように。
 それでも不安に苛まれているのか、晴れぬ悪夢に取り残された目の前の少女は、繰り返し己の名を呼んでいる。
 涙零れそうな声で、彼女が求めているのは――先ほど彼女が覗き見た「懐かしき面影」の温もりで無ければ、無論、「懐かしき面影」の代わりに、己に縋り付いている訳などでもなく。
 彼女が今求めて止まないのは、目の前に佇む自分の。
「――それは」
 他でもない、黎自身の熱であった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

吉備・狐珀
【狐扇】

ふふ、桜が咲きほこる中でハロウィンってこの世界ならではですね。

シスターに仮装して語さんと仮装舞踏会へ。
(可愛いと言われて赤面)ぁ、ありがとうございます。
あ、えっと、語さんは駅員さんなのですね。
とてもよくお似合いですよ、すごく格好良いです!

ダンスを眺めながら用意された料理やデザートに舌鼓。
踊り方を知らないから眺めているだけだけれど、もし語さんと踊れたらと想像してみたり。
(きっと格好良いのだろうな、といつの間にか隣を見つめていることに気が付かない狐像)

我に返って、誤魔化そうと周囲の仮装に目を向けると視界に入った二人の男性。
常盤色と若紫色のお召し物。お会いしたことはないはずだけれど、なぜか気になってしまう。
視線を語さんに向けて確信。
あの方達は語さんがよくお話されていた主殿とセイ殿なのですね。

積もる話もあるだろうし、同席してもいいのかとも思うけれど。
叶うならお話してみたかったというのが本音で。
何よりご挨拶したかった。
お二人がいなければ私は語さんに会えなかったから。


落浜・語
【狐扇】
今年もこの時期が来たなぁ…。この世界のハロウィンに来るのは初めてかも。

仮装は駅員っぽい格好を。この世界じゃなくてUDCアースのものだから、仮装っぽくなるかなぁって。
狐珀は本当なに着ても可愛い……。
踊るのは、馴染みが無いから甘いもの食べながら雰囲気楽しむのでもいいかなぁ。
ふと視線を感じて隣を見れば狐珀に見つめられてて。どうしたのかな、と思いながら頬をツンツン。

何となく周囲を見渡せば、会場の端に見慣れた常盤と若紫を見た気がして
主様にセイさん…。世界は違うけれど、でも、そう言う事もあるんだ…。
狐珀と一緒にそちらに近寄れば、一瞬怪訝な顔をされる
―どちら様で?
あぁ、そうだ。俺の姿、見たことないですもんね。右目を常盤に変えて『おれ』も表に。
ぼくです。おふたりにたいせつにしてもらった、こうざせんすのかたりです。
主様、セイさん。俺、お二人以外に大切で、愛しい人ができました。
お二人が俺を遺してくれたから、色んな事を見て聞いて、経験しています。
だから、いつかちゃんと話に行きます
―幸せにおなんなさい



●そして、物語は次の未来へと
「今年もこの時期が来たなぁ……。この世界のハロウィンに来るのは初めてかも」
 気が付けば、季節は瞬く間に過ぎ去って――あっという間に、オレンジ色が眩しい、南瓜の季節が再び訪れた。
 本当に、色々なことがあった。
 猟兵として世界の行方を見守り、時には世界の存亡を賭けた大きな戦いに身を投じることもあって。
 勿論、落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)の隣で笑み綻ばせている大切な彼女との思い出も、数えきれない程増えていて。
 舞踏会を彩る南瓜が告げているのは、神無月の終わりだ。もう残り数時間で、霜月が訪れる。
 この一年を振り返り。語はしみじみと、想い出の余韻に浸っていた。
 戦いに、日常に。新たな出逢いに。思う事は数多く在れど、結局願うのは――「来年も狐珀の傍で」これに尽きるのかもしれない。
「ふふ、桜が咲きほこる中でハロウィンってこの世界ならではですね」
 語の傍でウットリとフランス窓の外を眺める吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)の瞳は、桜と南瓜の共演をしっかりと捉えていた。
 開け放たれたフランス窓から、幻朧桜の雨が静かに降り注いでいる。
 そより、と吹いた夜風に乗って。導かれるようにして運ばれてきた幻朧桜の花弁は、南瓜の頭の上へ、壁際で踊るガイコツの身体の中へ。
 そして、ゆっくりと狐珀の手のひらの中へと滑り込んだ。
「狐珀は本当なに着ても可愛い……」
 手のひらへ滑り込んだ幻朧桜の花弁をそうっと見つめ、仄かに微笑む狐珀の姿を……語は半ば惚けたまま、ぼうっと魅入ってしまっていた。
 これは決して、狐珀が大切な人だからとか。そういう「親バカ」的なアレではない。
 冗談抜きで、狐珀は何を着ても可愛いのだ。語はそう、言いきることが出来る。
 普段の和装も愛らしければ、不意に見せる洋装も。勿論、今のシスターの仮装だって。
 露出の少ないシスター服。黒と白が織りなすのは、愛らしくも神秘的な雰囲気で。
 アレンジの施されたヴェールは、薄く半透明で――ゆらゆらと、ヴェールの隙間から狐珀の横顔が見え隠れしている。
「ぁ、ありがとうございます」
 一番の大切な人に「可愛い」と言われたのだから、赤面しない訳がない。
 顔を赤く染めたまま狐珀がお礼を告げたのなら、「照れた姿も可愛い……」という、語の呟きを耳が拾ってしまって。
 更に赤く茹で上がった頬を誤魔化すようにして、話題を語の仮装の方へと持っていく。
「あ、えっと、語さんは駅員さんなのですね。とてもよくお似合いですよ、すごく格好良いです!」
「ありがとう。この世界じゃなくてUDCアースのものだから、仮装っぽくなるかなぁって」
 感謝と共に、帽子のつばに手を添え敬礼をしてみせた語の姿は――本物の鉄道員のように、格好良かった。
 しっかり結ばれたネクタイに、外套の釦はキッチリ止められていて。
 キリっと口を結び真剣な表情で狐珀を見つめる語の瞳に囚われてしまえば、「すごく格好良い」の他に感想が浮かばなかった。
「踊るのは、馴染みが無いから甘いもの食べながら雰囲気楽しむのでもいいかなぁ」
「料理も美味しそうですよね」
 ふわりとターンと共に膨らむのはドレスのスカート部分で。
 手馴れた手つきでパートナーをリードする男性に、信頼のままに身体を預ける女性。小さな子どもたちのペアも、大人顔負けの舞踏を披露してみせていた。
 ダンスを眺めながら、語と狐珀はテーブルの上に広がる料理に舌鼓を打つ。
「それじゃあ……乾杯」
「はい。この特別な一夜に」
 時間の経過と共に、飲み物の色は透き通った赤から美しい紫へと移り変わる。
 不思議なジュースを注いだグラスを打ち鳴らせば、二人きりのパーティーの始まりだった。
 まんまるチョコ製のつぶらな瞳が、じぃっと狐珀を見つめている。
 等間隔に並べられているのは、愛くるしいマシュマロオバケ。ウインクしたり、笑顔浮かべていたり。表情も様々だ。
 もふっと膨らんで可愛らしい彼らは、口に運ぶのにちょっと躊躇ってしまう。
「こちらには、黒猫さんが……!」
 マシュマロオバケの隣には、黒猫を象ったタルトが「にゃー」と微笑みかけていて。
 動物ももふもふも正義だ。食べるのに憚れるのは、きっと仕方がない。
 黒猫タルトをゆっくりとスプーンで救い味わって食べる狐珀の隣で、語は真っ赤なリンゴのケーキを突いている。
「どれも甘くて美味しいけど、タルトを突く狐珀には負けるよなぁ……」
 他にも、紫芋のモンブランに、蝙蝠型のチョコレートに。並べられている甘いものは、一通り食べるつもりではあるのだが。
 世間では花より団子と言われていても、語にとっては団子より狐珀だった。
 甘党である語は、ハロウィン・スイーツに舌鼓を打ちながら。隙があれば、狐珀の方をちらりと眺めているのだから。
(「踊り方を知らないから眺めているだけだけれど。もし語さんと踊れたら、きっと格好良いのだろうな」)
 断言できる。語さんは、何をしても絵になるし、何をしても格好良い。
 「にゃー♪」と掬い上げた黒猫タルトが、ぽろぽろと逃げ出しているのにも気付かぬまま。
 ウットリと狐珀が想像するのは、颯爽と自分をエスコートし――共にダンスを踊る、語の姿で。
 いつもより近い距離にドキドキしながら、ダンスを踊って。踊りつかれたら、飲み物を片手にバルコニーで風にあたって。なんてロマンチックなんだろう。
 踊れたら良いのにな。今年はムリでも、今度のクリスマスや来年はどうかな。
 いつの間にか、その語自身を見つめていることにも気付かずに。想像を楽しむ狐珀は、何とも幸せそうに頬を緩ませていた。
(「どうしたのかな?」)
 ふと視線を感じた語が隣を見れば、何やら狐珀が幸せそうな表情で自分のことを見つめている。
 「えへへ」と頬が零れ落ちてしまいそうな程緩ませて。視線の先は――何処を見つめているのやら。
 心配になった語が頬をツンツンしても返事がなければ、軽く頬をムニってみても、空想の世界に旅立った狐珀が戻ってくる気配はない。
 狐珀の心が此処に在らずなのを良いことに、少しだけ彼女の頬で遊びつつ。
 見知った誰かに呼ばれたような気がして。語が何となく周囲を見渡せば――会場の隅に、見慣れた常盤色と若紫色が見えた気がした。
(「主様にセイさん……。世界は違うけれど、でも、そう言う事もあるんだ……」)
 常盤色と若紫。それは、語の主と、その主を敬愛していた人が身に纏っていた色彩で。
 世界は違うけれど、何処かで縁でも結びついたのだろうか。
 不思議な巡り合わせに暫し、じっと常盤色と若紫を見つめていれば――我に返った狐珀が、キョロキョロと慌てて周囲を見渡した。
 狐珀からしてみれば、語に見惚れていたことを見抜かれたくなくて、誤魔化そうとしただけのことなのだが……周囲に目を向けた先で、ふと、二人の男性に目が留まった。
(「お会いしたことはないはずだけれど、なぜか気になってしまう」)
 知らないはずなのに、知っている様な。胸を覆っていくのは、何とも表現し難い不思議な感覚で。
 視線を語に向けたところで、狐珀の感覚は確信へと変わる。
「あの方達は語さんがよくお話されていた主殿とセイ殿なのですね」
「そう、だね。挨拶に行こうか?」
 導かれるようにして、語と狐珀は――常盤と若紫を宿す、二人組の男性の元へ。
 「こんばんは」と語が声をかければ、二人の男性は一瞬怪訝な表情を浮かべた。
『どちら様で?』
「あぁ、そうだ。俺の姿、見たことないですもんね」
 そこで、漸く気が付いた。
 主様もセイ様も、「俺」の姿を見たことが無い。
 語とかたり。同じようで、二人は違うのだから。
 右目に常盤を宿した語は、『おれ』を表に引っ張り出して。
「ぼくです。おふたりにたいせつにしてもらった、こうざせんすのかたりです。
 主様、セイさん。俺、お二人以外に大切で、愛しい人ができました」
 こうすれば、伝わるはずだ。いいや、伝わる。絶対に。主様と、セイ様には。
 『かたり』の姿と口調に、合点が行ったのだろう。主様もセイ様も微かに目を見開いて、それからとても優しそうな表情を浮かべたのだから。
 嘗て、二人にだけ見えていたのは――透けている、幼子の容姿。
 ニコニコと愛らしく笑み、主様もセイ様もよく可愛がってくれていた。
 今は青年の姿であるけれども。その何処かに、幼子の面影が見え隠れしているようで。
「語さんからお話は伺っています。一度ご挨拶したかったんです。お二人がいなければ私は語さんに会えなかったから」
 積もる話もあれば、もしかしたら、聞かれたくない恥ずかしい想い出話だってあるかもしれない。
 そんな訳で、「同席してもいいのか」と迷っていた狐珀だったけれども。
 それでも、本音を言うのならば、「叶うならお話してみたかった」
 語の紹介に、視線は語の隣の自分へと。穏やかな瞳が四つ、自分を見つめている。
 二人がいなければ、狐珀は語に出逢えなかった。
 こうして話を交わすことも、共に様々な体験をすることも。無かったのだろう。
 「だから、ありがとうございます」と。狐珀は二人に感謝を告げる。
「お二人が俺を遺してくれたから、色んな事を見て聞いて、経験しています。
 だから、いつかちゃんと話に行きます」
『そうかい。それは何よりなことだ――幸せにおなんなさい』
 語と狐珀に贈られたのは、ゆったりとした「祝福」の拍手だった。
 語が今この場で話したい伝えたい言葉が沢山あれば、狐珀が聞きたい、自分の知らない語の話だって数えきれない程あって。
 それでも、ちゃんと話をするのは……いつか。長い時間が経った後で。主様とセイ様と同じ場所に辿り着いてからでも、遅くはない。
 四人で想い出話に花を咲かせるのは――『幸せにおなんなさい』
 その約束を果たし、胸を張って「立派になりました」と報告するその時まで。その時まで、もう暫くのお預けだ。
 だから今は、贈られた祝福と言葉を胸に抱いて。二人で続きを、歩んでいこう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

水色の兎耳に
水色のエプロンドレス
耳に小さな向日葵の飾りをひとつ付けて、仮装は完了!

どうかな?ゆぇパパ
ちゃんとウサギさんになれている?
パパの仮装は吸血鬼さんね
ふふ、優しそうな吸血鬼さん
とっても格好良くてステキよ
向日葵が胸元に咲いて、にっこり

大ホールでの仮装舞踏会
身長差があるから難しいかもだけど……
ね、パパ
踊ってくださるかしら
あらあら
そんな事になったらピョンピョン跳ねて逃げちゃうかも?
なぁーんて、ふふ!

ありがとう、こういうダンスは『家』で習った事はあるの
けれど、あくまで嗜み
心躍る事は無かったのに
でも今は、とっても楽しい!
流石エスコートもお上手ね
パパも楽しい?ならうれしいな

くるくる踊って
近くの小さなヴァンパイアさんにも手を伸ばしましょう
ごきげんよう、良い夜ね
よろしければルーシーとおどって頂ける?

うつくしいヴァイオリンの調べがホールにひびく
月光の様に寄り添ってくれているような
キレイな音でしょう?
あのね、弾いてるのはルーシーのパパなの!

ステキでしょう、と誇らしげに微笑んでは更にくるくると


朧・ユェー
【月光】

黒いスーツに黒いコート
自分はダンピールであるがそれぽい服装をした事は無い
これは本当に吸血鬼ですねぇ

ヒョコと姿を表したうさぎの姿の娘
おや、可愛らしいうさぎのお姫様
えぇ、可愛いうさぎになれてますよ。
僕もありがとうねぇ。
向日葵の花をそっと貰って胸元へ

手を握ってエスコート
おやおや、吸血鬼に踊りのお誘いするなんて
食べられてしまいますよ?なぁーんて
それは逃げられたら困りますね

ふふっ、喜んで
上手だね
本当の父娘が踊る様に
彼女がくるくると回って楽しそうに踊る子にこちらも楽しく踊って

僕も楽しいですよ

小さなヴァンパイアの子
この子も幸せな時間を過ごせたら

彼女が彼にダンスのお誘い
おや、僕の天使は危なかしいですですね
でも今回は
この子を宜しくと微笑んでから
近くにあったヴァイオリンを奏でる
小さな二人の踊りに合わせて
楽しい時間が続くようにと



●月明かりのエチュード
 例え9歳だったとしても、心は立派なレディなのだ。
 心躍る舞踏会に大好きなパパと参加するのだから、とびきり可愛らしくお洒落しなくちゃ!
 仮装の為に用意された控室。自分の身長よりも大きな控室の鏡を前に、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の気合いはバッチリだった。
 普段よりも複雑に編み込んだ編み込み(パパに手伝ってもらった)がチャームポイントのツインテールに、添えるのは水色の兎耳。
 ピン! と伸びて欲しいところだけれど……ルーシーの頭上で存在感を放つ兎耳は、半分くらいのところでへにょりと折れてしまう。
「もう、ロップイヤーにならなくても良いのに……」
 とか、何とか。口ではそう言いつつも、ほんのりと緩んだ頬までは誤魔化せない。
 ルーシーお手製の、ロップイヤーのぬいぐるみ。へんにょり垂れた兎耳は、青いうさぎさんとお揃いになるのだから。
 ふわふわとルーシーの小さな身体を思いきり引き立てるのは、アリスみたいな水色のエプロンドレス。
 特別な日だから、とびきり甘く。フリルもふわふわも、増し増しで。
 最後に仕上げとして、耳にパパと想い出の花の――小さな向日葵の飾りを一つつけたのなら、準備は完了だ。
 パパ、褒めてくれるかな。なんて。
 期待に突き動かされるようにして、ルーシーはパパとの待ち合わせの場所へと軽やかに駆けていく。
(「これは本当に吸血鬼ですねぇ」)
 日常と非日常の境界は、すぐそこに。
 大ホールへの出入り口である両開きの扉のすぐ脇で。壁にもたれかかるようにして、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は小さなお姫様の到着を待っていた。
 黒いスーツに、黒いコート。装飾の多い何処か中世的なデザインのそれは、まさしく「吸血鬼」にぴったりの服装で。今宵、ユェーは本物の「吸血鬼」となっている。
 ユェーの母は吸血鬼だ。自分にも、半分その血が流れている。
 それ故、ダンピールであるのだが……両親のことを思うと、胸内は複雑だ。それも関係して、如何にも「吸血鬼です」な服装を身に纏ったことは無い。
 自分の仮装を改めて見つめ、それから、己が待つ小さなプリンセスのことを考えて。
 娘の為を思うとこの格好も悪くはないのかもしれない、と。一人苦笑を浮かべた。
(「あれは……ルーシーちゃんのうさ耳ですね」)
 小さなプリンセスを待つこと、それからもう少しの間。
 パパを驚かせようと、花瓶の裏に隠れたり、柱の後ろに隠れたり。そうしてひょっこひょっこと少しずつ此方に向かってくるのは、青くて可愛らしいうさぎのお姫様だった。
 花瓶や柱の間から微妙にうさぎ耳やスカートの裾が「こんにちは」しているせいで、隠れきれてはいないのだけれども。
 可愛らしい「悪戯」を仕掛ける愛娘の姿に、気付かない振りをしながら――ユェーは浮かんでくる笑いを押し殺して、小さなお姫様の到着を待った。
「どうかな? ゆぇパパ。ちゃんとウサギさんになれている?」
「おや、可愛らしいうさぎのお姫様。えぇ、可愛いうさぎになれてますよ」
 ユェーに一番近い柱の後ろから、ひょっこりと躍り出て。飛び出たうさぎのお姫様はスカートの端を掴み、優雅にカーテシーを一つ。
 小さいけれども、やっぱり心は立派なレディなのだ。
 飛び込むように駆けてきた可愛らしいうさぎさんの頭をゆっくり撫でつつ、ユェーはそっと瞳を細める。
 ルーシーちゃんは、どんな仕草をしても可愛らしいのだから。
「パパの仮装は吸血鬼さんね。ふふ、優しそうな吸血鬼さん。とっても格好良くてステキよ」
「僕もありがとうねぇ」
 優しそうな吸血鬼さんには、可愛らしい花束を一つプレゼント。
 目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだユェーの左胸のポケットに、ルーシーが向日葵のブートニアをそっと挿す。
 吸血鬼の仮装をしていても、血やワインなんかより、優しい月明かりや暖かい向日葵の花がよく似合うから。
「パパはどんな姿でも、優しいパパだから!」
 自慢のパパに「えっへん」と胸を張ってみせるルーシー。
 金髪とうさぎ耳が仲良く上下に弾む様をそっと見守りながらも、ユェーは恭しく跪くと、愛らしいお姫様へと手を差し伸ばす。
 花束を贈ってくれた可愛らしいお姫様への感謝を込めて。物語のような舞踏会へ、吸血鬼さんがご招待してくれるのだ。
 差し出された手を繋ぎ、仲良く両開きになった扉を潜り抜ければ――ほら。そこはもう、お伽話の世界の中だ。
 点々と足跡の様に灯る南瓜ランタンは、ほんのり優しく舞踏会に訪れた人々を見守っていて。テーブルに並ぶのは、薄暗闇のなかで淡く光る飲み物や、パンプキン、黒猫と言ったハロウィンならではのモチーフをテーマにした、妖しげな料理たち。
 どういう仕掛けか、ガイコツが愉快にハロウィンの歌を口遊んでいる……のだけど、音が所々外れているのは、ご愛敬だった。
 舞踏会の行われているこの大ホールなら、吸血鬼や幽霊、スケルトンだって現実の存在に早変わり。
「おや。ルーシーちゃん、あちらで黒猫さんとミイラのクマさんが踊っていますよ」
「本当だわ。ルーシーたちも、踊れるかしら」
 テーブルの上でクルクルと可愛らしくワルツを踊っていたのは、人間に憧れたのか、二本足で立ち上がってワルツを踊る黒猫とミイラなクマのぬいぐるみだった。
 とんがり帽子を深く被り、妖しげな魔女の仮装をした人がぬいぐるみたちを動かしている――らしいのだけど、どういう訳か、ぬいぐるみに繋がれた糸が全く見当たらない。
「不思議ですねぇ」
 少し眺める角度を変えたのなら、キラリと闇夜に紛れた操り糸が見えるハズ。
 けれども、幾らぬいぐるみの周辺を探ってもぬいぐるみの背中や腕に繋げられた糸の存在は感じられなくて。
 首を傾げて、種や仕掛けを冷静に分析するユェーに気付いたのか……踊りを止めたクマさんが、「何もないよ?」と主張したそうに頭上で前後に手を動かした!
 ぽってりとしたクマさんの腕は、操り糸に引っ掛かることなく、前後へ上下へ。自由自在に動き回る。
「パパ! すごいわね! 黒猫さんもクマさんも生きてるみたい!」
「生きて……。ふふ、ハロウィンの魔法ですね」
 もしかしたら、本当に生きているのかもしれない。
 一瞬だけど、ユェーの頭を過ったのがそんな考えだった。
 けれども、ルーシーちゃんが心底楽しそうにぬいぐるみ劇を眺めているし、黒猫さんやクマさんも活き活きと遊んでいるから――秘密は秘密のままで。
 種や仕掛けを暴いてしまうのは、とても勿体ない気がしたのだ。不思議なぬいぐるみさんたちは、ハロウィンの魔法が齎した出逢いということにしておくとしよう。
「ルーシーたちも、上手に踊れるかしら?」
「ルーシーちゃんですからねぇ。大丈夫。きっと上手に踊れますよ」
 ぬいぐるみたちに「またね」を告げたなら、手と手を取り合ってホールの中心へ。
 さっき見たぬいぐるみ劇のように、クルクルと踊ることができたのなら。きっと、楽しいに違いない。
「身長差があるから難しいかもだけど……。ね、パパ。踊ってくださるかしら」
「おやおや、吸血鬼に踊りのお誘いするなんて、食べられてしまいますよ? なぁーんて」
 お誘いは、小さなうさぎのお姫様の方から。
 差し出された手を前に、吸血鬼さんは犬歯をわざと見せながら、クツクツと笑って。
 吸血鬼さんに踊りのお誘いをするなんて、油断したら、ガップリと鋭い牙で噛みつかれてしまうかもしれない。
 けれど、今のルーシーはうさぎさんなのだ。逃げ足なら、だけにも負けない自信があった。
「あらあら。そんな事になったらピョンピョン跳ねて逃げちゃうかも? なぁーんて、ふふ!」
「それは逃げられたら困りますね。ふふっ、喜んで」
 好奇心旺盛なうさぎさんが、他の誰かに目移りして、そっちへピョンピョン行ってしまう前に。
 何処へも逃げてしまわないようにと、吸血鬼さんは差し出された手をそうっと握り返した。
 小さなうさぎさんと手を繋いで、ゆったりと足並み揃えて向かう先は、うさぎさんご所望の舞踏の場だ。
「上手だね」
「ありがとう、こういうダンスは『家』で習った事はあるの」
 流れてくる音楽に身を委ねて、身体が動くままに。
 右へ左へ、時には小さく足を引いて。くるりとターンを決めたりもして。
 身長差を感じさせない軽やかなステップで、ルーシーとユェーはクルクルと踊りを披露する。
 貴族の嗜みとして。ルーシーも例外なくダンスの心得を習っていた。
 けれども、それは――あくまで嗜み。やりたくても、やりたくなくても。どっちにしても、身につけなければいけない、貴族としての教養。
 だから、嗜みだと思って踊るダンスに心躍る事は無かったのに。
「でも今は、とっても楽しい! 流石エスコートもお上手ね」
「僕も楽しいですよ」
「パパも楽しい? ならうれしいな」
 パパと一緒ならきっと、何だって楽しくなるのだから。
 手と手を繋ぎ、輪になってクルクルと回って楽しそうに舞う様は――本当の父娘のよう。
 楽しそうにはしゃぐルーシーを見ているうちに、自然とユェーの表情も柔らかいものへと変化してしまう。
 くるくる踊りの合間にルーシーはユェーから手を離し、そのまま近くで踊りを眺めていた、小さなヴァンパイアさんへと手を差し伸ばす。
「ごきげんよう、良い夜ね。よろしければルーシーとおどって頂ける?」
『僕で良ければ……喜んで!』
 影朧の少年だったとしても、気にしない。一緒にダンスを楽しめるのなら!
 心が感じるままに、繋げられた手を引いて。元気に愛らしく踊りながら、ルーシーはエドをホールの中央にまで連れ出した。
「おや、僕の天使は危なかしいですね」
 ぶつかりそうで、ぶつからずに。器用にダンスを楽しむ人々の合間を縫うようにして駆け抜けていく二つの小さな人影が。
 いつもならば自分が傍に居て見守ってあげたいけれど、この舞台の主人公は、きっとうさぎの少女とヴァンパイアの少年だ。
 だから、ユェーは「この子をよろしく」と。願いを込めて、そっとエドに微笑みにかけた。
「月光の様に寄り添ってくれているようなキレイな音でしょう?
 あのね、弾いてるのはルーシーのパパなの!」
 近くで見守れないのなら、せめて、想いを音楽に乗せて。
 近くにあったヴァイオリンを静かに構え――ユェーが奏でるのは、優しく穏やかな旋律だった。
 月光みたいに、静かに傍で寄り添うように。穏やかに広がる旋律は、ルーシーとエドをふんわりと包み込んでいく。
「ステキでしょう」
『うん。とってもステキだね』
 「自慢のパパなの」と誇らしげに笑んで、音楽に合わせるようにして、ルーシーの踊りは更にクルクルと。
 小さな二人の楽しい時間は、もう暫くの間続きそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『旅篭の夜』

POW   :    布団の眠気に抗い、夜の一幕に浸る

SPD   :    そよぐ風に舞う夜闇の桜花弁を眺める

WIZ   :    いいや、枕投げだ!!

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●午前零時の、
 舞踏会の時は、緩やかに過ぎ去っていく――……。
 舞踏会は午後十時を少し過ぎたところで、名残惜しまれながらも(表向きは)終了という事の運びになった。
 それでも、楽しい時は少しでも長く楽しみたいというのが、ごく普通の反応で。
 きっと、それは人間であっても、魔物であっても変わることはない想いなのだろう。
 結局、仮装舞踏会の参加者のうち、約半分の人々がホールに残って……夢の続きを、思い思いに楽しみ始めた。
 一夜だけの特別な舞踏の場は、夜明けが訪れるまで続きそうだ。

 けれども、舞踏会を楽しむだけがこの古城ホテルの楽しみ方では無いのは、周知の事実。
 舞踏会を思いきり楽しんだ後で。ゆっくり休んだり、のんびり語り合ったりするのなら、ホテルご自慢の客室へ。
 天蓋付きのベッドはシングルサイズでも十二分に広く、飛び込めばふわふわと優しく身体を受け止めてくれる。
 ソファーやテーブルを始めとする、家具や調度品の数々も、立派な「アンティーク品」だ。

 古城の庭園は見事にバラが咲き誇っていて、頭上からは幻朧桜の花弁が、一瞬たりとも止むことなくはらはらと降り続けている。
 小さいようで、大きいのがこの古城ホテル。本物のゴーストがいるかは――謎に包まれているけれども、まだまだ誰にも知られていない、秘密の部屋があるかもしれない。
 ラムプの明かりを片手に闇夜に包まれた古城の探索も、面白いかもしれない。
 他、ホテルで出来ることは殆どなんでも出来るだろう。
 またとない稼ぎ時だからか、今回ばかりは、二十四時間体制でホテルの各種サービスも営業している。

『楽しかったよ! みんな、ありがとう!』

 影朧の少年も、仮装舞踏会をしっかり楽しんだようで。
 舞踏会に参加していた人々に向かって、今日一番の大きな声でお礼を告げて――古城内の散策へと。
 楽しい想い出を抱いて、次の人生へ。彼が転生の道へ踏み出すまで、残り時間はあと少し。
 残り時間も僅かだから。あえてそうっと一人の時間を過ごさせてあげるのも。
 残り時間も僅かだからこそ。話しかけていくのも。
 それは、君達次第だ。
 影朧の少年は、その辺りをお散歩している。不思議と、逢いたいと思った場所で出会える。そんな予感がした。

========

・時刻は10/31~11/1の日付変更前後を想定しております。
・影朧の少年「エド」は、舞踏会の余韻を楽しみながら、ホテルをふらふらと散策しています。接触しなくとも、問題ありません。どうぞ、思い思いのお時間をお過ごしください。

========
ヴォルフガング・ディーツェ
【愁囚】◆
仮装は一章同様

エドも楽しめたようで何より

薔薇に桜、出会うことのない組み合わせだが…この世界ならではだ

喜んで、レディ
今度は俺がエスコートだ
足を留めるなら付き合う

…そうだ、双子の妹とその護衛をしていた俺の友だよ
共に暮らせていなかった
妹は巫女だったから

しかし神の祝福はある日消え失せて
愚かな民衆は妹に咎を押し付け、護衛共々贖罪の供物にした

首を切り、腸を抉り、文字通り晩餐としたのさ

…妹にも、友にも
何より俺に力が足りなかった
故に民を殺し贄とした

怪物となり輪廻を手繰る為の犠牲、エゴ
後悔はないが

(頭をぽんと撫で)…恨みは遠く、命が還るとも思わない

ただ、俺は納得したいだけさ

世界に存続の価値があるのかを


マリアドール・シュシュ
【愁囚】◆
仮装は一章同様
エドに逢ったら手を振り、またねと見送る

ヴォルフガング、見て!
夜の庭園もとっても綺麗
薔薇に桜の雨が降っているなんて
ええ、奇跡ね
古城内も探索しましょう!ふふ、お願いするわ(手差し出す

珍しい調度品や絵画あれば眺めて話をする

…ねぇ、ヴォルフガング
さっきあなたが見たという妹の事だけれど
家族のお話を聞かせて頂戴

前に一度、彼に妹がいる話は聞いた

二人で一緒に暮らしていたの?
妹さんとあなたのお友達が結ばれなかったのは何故…
あぁ…運命はなんて残酷なの
妹さんを糾弾したのね
…まだ、彼らを恨んでる?(復讐したい?
堕ちて廻っても(過去は変えられないのに

ずっとあなたが囚われたままなのは
つらいわ(ぎゅ



●泥濘に沈むは、
 豪華な額縁に飾られた絵画が、延々と何枚も連なっているように見えた。
 渡り廊下から眺める庭園の景色は、廊下の屋根を支える柱によって、庭園を等間隔に切り取ったように見えるのだから。
 夜空から静かに周囲を照らす月明かりを受け、白亜の渡り廊下や庭園へと続く階段も薄ぼんやりと青白い光を放っていた。
 月光色に浮かび上がる階段を降りようとしたところで、丁度響いてくるのは、元気そうな靴音で。
 軽快な足取りのまま一気に階段を駆け上り――そこで、漸く階段上にいた人物に気が付いたようだった。
「あの足音は……エドか。エドも楽しめたようで何より」
『あ、警察のお姉さんと、囚人のお兄さん! うん。とっても楽しかったよ!』
「素敵な舞踏会だったもの。またね」
「うん。お兄さんもお姉さんも、またね」
 大半は他愛ない雑談のような話題だった。影朧の少年と幾つかの言葉を重ねて、それから、手を振って別れを告げる。
 存在が消えてしまうのではないのだ。ただ、転生の道へと進むだけ。
 だから、「さよなら」は要らない。きっとまた、何処かで出逢えるのだから。
 深夜にも近い時間だというのに、煩いくらい靴音を響かせながら去っていく少年を――マリアドール・シュシュは、その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた。
 歩みを止めたマリアドールに倣うようにして、ヴォルフガング・ディーツェもまた、小さくなっていくその背を静かに見つめ。
 それから、二人は階段をゆっくりと降り始める。
「ヴォルフガング、見て! 夜の庭園もとっても綺麗」
 渡り廊下から見下ろす庭園は複雑な幾何学模様を描いていて、庭園自体が一つの模様を作り出していたけれども。
 実際にその地に立って周囲を見渡してみると、また異なった美しさが二人を出迎えていた。
 遠くまで続いている薔薇のアーチに、色彩の海に溺れてひょっこり顔を覗かせているのは白亜のガゼボ。
 白に赤、黄に桃色。庭園を覆うのは数えきれない程の薔薇の花たちで。薔薇の花弁に乗った夜露が、金剛石のようにキラキラと光り輝いている。
 そして、夜風に乗って運ばれていくのは、幾百幾千もの桜の雨。
 風にその身を任せ、時にはくるりと淡桜色の身体を翻し。月白の光を宿した桜の花弁達は、音もなく地面へと着地していった。
「薔薇に桜、出会うことのない組み合わせだが……この世界ならではだ」
「薔薇に桜の雨が降っているなんて。ええ、奇跡ね」
 薔薇と桜。恐らく、サクラミラージュ以外の世界では、出逢う事のない両者だ。
 彼らの運命が交錯した奇跡を楽しみながら、ゆったりと庭園を一周してみれば、まったりとした甘い薔薇の香りがその身を包み込む。
「古城内も探索しましょう! ふふ、お願いするわ」
「喜んで、レディ。今度は俺がエスコートだ」
 夢のような美しさの薔薇庭園にも心惹かれるけれど、古城内にだって心躍る。
 何百年の時を経て、未だに現役の古城なのだ。数々の調度品に、有名な芸術家の作品に、思わぬ隠し通路だって。
 想像もつかないような存在と出会えるのかもしれない。
 「次は古城内ね!」と明るい笑顔で差し出したマリアドールの白い手を、ヴォルフガングは壊れ物を扱うかのような、恭しい流れで包み返した。
 先ほど降りてきた階段を、今度は上って。夜の気配舞い込む、静謐な古城内の探索へ。
「何かしら、これ?」
 全てはお姫様の感じるがままに。何処へ向かうかなんて、マリアドールの気分次第だ。
 本物と鏡写しとそっくりの、植物や動物といった細やかな装飾が刻まれている燭台や置時計は、長い年月が経過しても曇りを見せなくて。鏡のように自分の顔が映るアンティークな品々を、興味深そうにのぞき込んだり。
 歴代の主人と思しき肖像画の数々と、城周辺の移り変わりを描いた絵画がズラっと並んだ通路では、時代の流れに息を飲んだり。
 時には細部まで観察して、また時には足を止めて。あっちへこっちへ。
 そうして気ままに古城内を探索するマリアドールとヴォルフガングが辿り着いたのは、豪奢な枠にはめられた鏡が延々と続く――鏡の間だった。
「自領の技術力を示しつつ、鏡を使った空間の効果的な演出と……侵入者対策も担っているんじゃないか」
 鏡をじっと見つめているマリアドールの隣で、鏡の間一帯を見渡したヴォルフガングの冷静な分析が広がっていく。
 古城が今でも顕在なのは、張り巡らされた侵入者や敵対者対策もあったお陰だろう。
「……ねぇ、ヴォルフガング。さっきあなたが見たという妹の事だけれど」
 家族のお話を聞かせて頂戴。
 翼の生えた狼のレリーフをなぞりながら、マリアドールが話題に持ち出すのは、先程の舞踏会でのこと。
 もしかしたら、触れてはいけない彼の心に触れているのかもしれない。
 直接彼を見つめるのも躊躇いを覚え……マリアドールは鏡の中の、虚像のヴォルフガングに視点を定めながら、話かける。
 前に一度、彼に妹がいる話は聞いていた。けれど、そこまで詳しくは聞いていなかったから。
「……そうだ、双子の妹とその護衛をしていた俺の友だよ」
「二人で一緒に暮らしていたの?」
「共に暮らせていなかった。妹は巫女だったから」
 ヴォルフガングの妹は、巫女であった。
 神に仕える身として、共に暮らすことは許されず。
 巫女ではなかったのなら、兄妹で共に暮らすことも叶ったのだろう。
「妹さんとあなたのお友達が結ばれなかったのは何故……」
 生み出された声は、小さく、少しだけ震えていた。マリアドールの呟きに誘われるようにして――ヴォルフガングの意識は、遥か昔へ。過去のことへ。
 独り残された咎狼は静かに語り始める。
 妹と、友と、それから自身の身に巻き起こった嘗ての出来事を。
「しかし神の祝福はある日消え失せて。愚かな民衆は妹に咎を押し付け、護衛共々贖罪の供物にした。
 ……首を切り、腸を抉り、文字通り晩餐としたのさ」
「あぁ……運命はなんて残酷なの。妹さんを糾弾したのね」
 神の祝福が消え失せるまでは、それなりに幸せに暮らせていたのだと思う。
 それがある日――突然、神の祝福が消え失せたのだ。
 民衆が惑い、生活に困窮するまで……さほど時間は掛からなかった。
 そして、原因は巫女であるヴォルフガングの妹にあるのだと――愚かな民衆は、そう判断したのだ。
 「自分達は何も悪いことをしていない」と。間違いを犯さない人間など、誰一人として存在しないと云うのに。自分達の行いを、棚に上げ。
「……妹にも、友にも。何より俺に力が足りなかった。
 故に民を殺し贄とした。
 怪物となり輪廻を手繰る為の犠牲、エゴ。後悔はないが」
 報復の為に、数多の魂を神に捧げた。その対価が、今の己の身だ。
「……まだ、彼らを恨んでる? 堕ちて廻っても」
(「復讐したい? 過去は変えられないのに」)
 それはあまりにも、哀しすぎるお話で。
 そこに在るのは、あの日に囚われたままの咎狼の姿。マリアドールはそっと伏せていた瞼を上げ、それから、目の前の彼をじっと見上げる。
 マリアドールの視線に気付いたヴォルフガングが、困ったような、誤魔化すような……曖昧な笑みを浮かべ、彼女の頭にそっと手を置いた。
「……恨みは遠く、命が還るとも思わない。
 ただ、俺は納得したいだけさ。世界に存続の価値があるのかを」
「ずっとあなたが囚われたままなのはつらいわ」
 言葉通り、ヴォルフガングが「世界の存続の価値」に「納得」出来るまで。
 その問いに、彼だけの答えが見いだせるまで。
 彼は、世界を揺蕩い続けるのだろうか。対価の不老をその身に背負って。
 どうか、彼を長きに渡って縛り付けている枷が外れる日がくることを、と。
 反射的にぎゅっとヴォルフガングに抱き着いたマリアドールは、そう願わずに居られなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御剣・刀也
ステラ・エヴァンズ(f01935)と一緒に参加

POW行動

たいした部屋だな。さすが、ホテルとはいえ古城とつくだけはある
折角だし、個室でのんびりさせてもらうか

個室でワインを飲みながらのんびりする
エドのことや料理のことを話しつつ、酔って甘えてきているようであれば頭をポフポフしたり、肩に手を回して抱き寄せつつ、二人でのんびりとした時間を楽しむ
「こういう場所で楽しむハロウィンも悪くないもんだな」


ステラ・エヴァンズ
刀也さん(f00225)と参加
POW

客室にてゆったりと…二人でワインでも飲みながらお話を
エド君、いい思い出ができていればいいのですが…
なんて影朧さんの事も話しつつ、どのお料理が美味しかったですとか、お城の内装の感想なんかを嬉々としてお話しているでしょうか

そのうちちょっとほろ酔い気分で甘えたモードに
様子を見つつもそろそろと旦那さんに寄りかかってみたりして
ポフポフされれば嬉しいくもあり照れくさくもあり、ほろ酔いなのもあってポポッと頬を赤く染めるでしょう
籍を入れて一年以上経つのだから慣れるべきなのでしょうが…
やはりまだまだ初々しさが抜けきらないのです

今年はまた一味違ったハロウィンとなりましたね



●特別な時間を、二人で
 客室の番号が刺繍されたリボンの踊る、アンティークだがシンプルな鍵を手に。
 洒落た字体で示された客室を探し出し、重厚な木製の扉を開け放てば――そこに広がっていたのは、まさしく中世ヨーロッパの貴族の部屋であった。
 部屋の中央で存在感を放っているのは、ふわふわ真っ白な天蓋付きの大きなベッド。
 皮張りのソファーと丸いテーブルに、本棚には古書の数々。深い茶色に染まる暖炉には、すぐにでも火を焚ける用意がされていた。
 床付近から描かれた植物模様を辿れば、天井で花開く植物の楽園が目に留まって。
「たいした部屋だな。さすが、ホテルとはいえ古城とつくだけはある」
 扉から室内へ一歩踏み込んだ体勢のまま、室内の様相に驚くこと少しの間。
 ひとしきり部屋の内装に驚き終えたところで、御剣・刀也は漸く荷物をテーブルの上に置いた。
 古城とつくだけあって、その名は伊達では無いようだ。長い年月が経てもなお、現役の家具や小物がぐるりと部屋を彩っているのだから。
「折角だし、のんびりさせてもらうか」
 室内は確かに豪華ではあるのだが、不思議と落ち着ける雰囲気を纏っていた。
 チェックアウトの時間に気付かず、のんびりしてしまいそうな程だ。
 これが悪趣味に光り輝く調度品ばかりに囲まれていたのなら、落ち着けるものも落ち着けなかったと、ホッと息を吐いて、刀也はソファーへその身を預ける。
 夜も深まり、これからますます肌寒い時間になるだろう。
 ステラが身体を冷やすことがあってはいけない。暖炉の火を起こしつつ、小さなキッチンの設けられた一角を見れば――丁度、ステラ・エヴァンズがキッチン周りの品々に感動しているところであった。
「昔ながらのキッチンかと思いましたが……。それ風に加工されているのですね」
 アンティーク風に加工されてはいるが、キッチン自体は新しいものの様で。古城ホテル内にはレストランもあったが、これなら明日の朝は客室で料理を作って二人で楽しむのも良いだろう。
 レストランでも、客室でも。二人で作ったのなら、楽しい朝食になるに違いない。早速、ハロウィン料理を再現してみるのも良いかも。
 明日の予定を考えつつ、ステラがキッチンの棚を開けば――そこにあったのは、有名なメーカーの調理器具で。
「あら、調理器具まで……。さすが古城ホテルというだけありますね」
「何をそんなに見つめているんだ?」
 棚をじっと見つめるステラを心配したのか。それとも、仄かに漂う料理の気配を感じ取ったのだろうか。
 気が付けば、自分の後ろから覗き込む形で調理器具を見つめていた刀也の姿に、少し驚きながらもステラはそっと調理器具達を見せる。
「あまりびっくりさせないでくださいね?」
「すまん。つい、な。
 それにしても、これだけ揃っているのなら、明日の朝は作ってみるのも良いかもしれないな」
 拗ねたように振舞うステラの頭に手を置いて、ポフポフと宥めれば、あっという間にふわふわと甘えるに表情を緩めるのだから、愛らしい事この上ない。
 料理の話も程々に楽しみながら。
 室内用の小型のワインセラーからワインを取り出して、刀也とステラは、暖炉の前のソファーの方へ。
「エド君、いい思い出ができていればいいのですが……」
 零れてしまわぬようにとゆっくりワインのコルクを抜きながら、話題に上がるのは、先刻の舞踏会こと。
 物語の世界に迷い込んでしまったかのような錯覚に、夢現の摩訶不思議な時間、一風変わった妖しげなハロウィン料理。そして、そこで出逢った影朧の少年。
「そうだな。この一日が最高の思い出になっていると良いな」
 ワインボトルをテーブルに戻し、そっとその瞳を伏せて。心配そうに発せられたのは、ステラの呟き。
 声をかける前に見た不安の滲み出る表情と、それから、共に過ごした時間のなかで見せた、影朧の少年の無邪気な笑顔を思い返して。
 楽しい時間が進んでいくうちに、エドが寂しそうな表情を見せることは少なくなり。舞踏会が終わる頃には、本当に晴れやかな表情をしていたのだから。
 「だから大丈夫だ」と、刀也は隣で肩を落としかけているステラをそっと抱き寄せた。
「エド君の次の人生が幸せで満ちたものになることを……祈るばかりですね」
「あんなに良い子なんだ。絶対に幸せになれるさ」
 橙色に揺れる暖炉の火を、その身に抱いて。
 ほんのりと橙色に浮かび上がる赤ワインをグラスの中で少し揺らせば、甘く濃厚な香りが鼻を擽った。
「この赤ワインは、舞踏会で出されていたローストビーフに合いそうだな」
「ローストビーフ……。しっとり柔らかくて、味もギュッと詰まっていましたね」
「ローストビーフはフライパンで手軽に作れるから、今度食べてみるか?」
「刀也さん、良いんですか……!」
 美しい赤色が減っていくペースは、さほど早くはない。ゆっくりとワインを味わいながら、雑談を楽しんでいたのだが。
 早くもステラは、ほろ酔いモードにあるようで。
 酔いによって背中を押されるまま、それでも完全に酔いに身を任すことはできない様で――そろりそろりと、恐る恐る自分に頭を預けてきた。
 そんな、少し不器用でぎこちない妻の甘え方がまた可愛らしく。刀也が優しく髪を梳くように頭を撫でれば、安心したようにコテンと身体を預けてきた。
「お城の内装も豪華でしたが、このお部屋の落ち着く雰囲気も良いものですね。お伽話の世界みたいです」
「おっと。お伽話の世界に入り込まれたままでは困るな。ステラには傍に居てもらわないと困る」
「もう、刀也さんったら……」
 刀也の大きな手によってからかい交じりに頭をポフポフと撫でられれば、その瞬間、ポポっとステラの頬が赤く染まりきって。
 妻が見せる愛らしい表情に、再び刀也の笑みが深まった。
「籍を入れて一年以上経つのだから慣れるべきなのでしょうが……」
 暖かくて、愛おしくて。それから少し、恥ずかしい。
 ステラの胸を占める暖かなこの感情と感覚には、何時まで経っても慣れそうにない。
 籍を入れて一年以上経つのだから、もうそろそろ……と思う一方で、どうしても真っ赤になってしまう自分がいるのだから。
「ムリに慣れなくても良いさ。ステラはステラのままで良い」
 わしゃわしゃと今度は少し荒くステラの頭を撫でる刀也の手のひら。
 彼なりの気遣いにステラは思いきり甘えることにして。
 そのままこてっと身を預ければ、肩に手が回された。
「こういう場所で楽しむハロウィンも悪くないもんだな」
「ええ。今年はまた一味違ったハロウィンとなりましたね」
 偶にはこうしてちょっと特別な時間を過ごすのも、悪くはない。
 また一味違った今年のハロウィンは、きっと未来永劫二人の記憶の中に残り続けるだろうから。
 夫婦で二人。ワインを片手に、のんびりと過ごすハロウィンの夜は更けていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

幽・ヨル
千空(f32525)と
アドリブ、マスタリング歓迎

_

エドと沢山遊んで
然しやがて来る別れ
寂しさは押し隠して
また逢いましょうと笑って

そして手を引かれた先
貴方と二人きり
次いだ言葉に目を丸くして
「──え」
鎖を断つように裂かれた布
同時に予告状が輝き
その眩しさに思わず目を閉じて

けど
次の瞬間
私が身に纏っていたのは見たこともないほど綺麗なドレス
そして、──硝子の靴
驚きすぎて声も出ず
見上げればそこには微笑う貴方

夢だった
綺麗なドレスも硝子の靴も
何より私を見つけてもらえることが

これが夢でもいい
嬉しくて
幸せで涙が滲み

「──ありがとう、ちあさん」

舞う桜の中
心からの笑顔と感謝を


槙宮・千空
◆ヨル(f32524)と

影朧との別れを見送った後
ふたりで向かうホテルの一室
パタン、と扉を閉めて
くるくると予告状を回せば
不敵に口角を上げ

さァ、灰かぶり、
魔法を掛けてヤるよ

ピン、と弾き飛ばした予告状が
君の襤褸シーツを切り裂き

やがて、──

古城の庭園へ導いたのは
ドレスアップした君
全身眺め満足げに双眸を細め
よく似合ッてるよ

別に、あの影朧に
対抗した訳じャないケド
面白くなかったのは事実で
友達でも恋人でもないコイツを
横から掻ッ攫われるのは──
なんて絶対ェ言ッてやらねェが

純真無垢な少女の視線感じ
桜吹雪の中、跪いたなら
手の甲へ唇を落として

午前零時の鐘が鳴っても
覚めない夢を魅せてヤるよ
──たッたひとりの、シンデレラ



●再会の約束
 ――目の前で甘美な御馳走をぶら下げられたまま、長時間にわたって「待て」を食らう動物園の狼の気持ちを、今日この日、今この時以上に理解できたことは無い。
 今の気分を一言で表すのならば、「くそッたれ」――これに尽きる。
『ヨルお姉ちゃん、とっても楽しかったよ! ありがとう!』
「私も……。私も、すごく楽しかった。エド、また逢いましょう」
 楽しい時間が過ぎ去るのは、あっという間だった。
 怪盗のマネをして、誰にも気付かれないように、沢山の料理を一緒に食べたり。
 千空さんに「トリック・オア・トリート!」をして、「渡すモンなんてなんもねェよ」とか言われたりしたけれど、後からそっとお菓子を渡して貰えたり。
 たった数時間の出来事とは思えないくらい、幽・ヨルはエドと沢山遊んで、楽しんだのだ。
 「初めまして」があれば、当然「さようなら。またね」もある訳で。魔法の時間はすぐに過ぎ去ってしまった。
 別れがすぐにやってくることは分かりきっていたことだけれど、それでも寂しい。
 けれど、寂しさは押し隠して――ヨルはエドに、笑って「またね」を告げる。
『魔法使いのお兄ちゃんも、ありがとう! また遊ぼうね!』
「おうおう。さっさと転生してやれヨ」
 お涙頂戴の湿っぽい雰囲気は、何というか……そういう気分ではない。
 別れを長引かせては互いに辛い思いをするだけだし、それに、ヨルに泣かれたら困る。
 だから決して、「面白くない」とか。槙宮・千空とて、そう思った訳ではない。たぶん。
 しっしとおざなりにエドを扱うも――それでも、ヤツは仔犬のように笑顔を向けてくるのだから、心底扱いに困るのだ。
 さっさと転生しろ、なんて言ってから失言に気付いた。
 冗談抜きに翌日には転生して、五年後辺りに『ヨルお姉ちゃん! ……と、魔法使いのお兄ちゃん!』なんてされたら……非常に困る。勿論、転生したら、前世のことなど憶えてはいないだろうが。
「――イヤ、やっぱりゆっくりしてから次の人生を歩め」 
「千空さん、すっかりエドと仲良く……」
『そうだよ。仲良し!』
「なッてない。なッてないからナ?」
 どうにも締まらない雰囲気のまま(ヨルのことを思えば、こちらの方がきっと良い)、エドに別れを告げ。
 それからヨルが逃げ出さぬようにと、千空は即座にヨルの傷だらけの細い腕を、己の手でしっかりと掴むと、半ば引きずる形でホテルの一室へと向かって行った。
「さァ、灰かぶり、魔法を掛けてヤるよ」
 パタン、と客室の扉を後ろ手に閉めれば、これで逃げ道は塞がれたことになる。
 深夜零時も近くなって。灰被り姫は、漸く己だけを見つめるのだ。
 くるくると空中に浮かぶのは、鈍い光を放つ予告状。
 口角をつり上げ千空が不敵に笑めば、目の前のヨルは――状況が未だに呑み込めていないのか、その瞳を丸く瞬かせる。
「──え」
 客室に、貴方と二人きり。
 その事実すら、呑み込めぬまま。ヨルは、瞳を丸くさせて千空を見つめていた。
 千空には何か考えがあるようで、不敵な笑みを浮かべたまま……ピン、と。次の瞬間には音もなく、指で予告状を弾き飛ばした。
 弾き飛ばされた予告状が一直線にヨルの元へと届けられ――襤褸シーツを引き裂く、鈍い音が木霊する。
 予告状によって二つに裂かれ、ふわりと床に舞い落ちた襤褸シーツ。
 襤褸シーツと一緒に、この身を縛る「意地」とか「責任」とかも、千空の手によって断たれたかのようで。
 襤褸シーツを纏わなくなったヨルの身体は、鎖から解放されたように軽やかだった。
「――上出来、ダナ?」
 ヨルの目の前に迫った予告状が、眩しく光り輝いて。
 あまりの眩しさに目を閉じ……それから、恐る恐るゆっくり瞳を開けば。
 何処か、嬉しそうに。上機嫌な表情で、微笑う千空の顔があった。
(「──硝子の靴」)
 千空の手が、そっとヨルの髪を攫う。
 慈しむかのようなその手つきに、ヨルは遅れて、自分が見たことも無いほど綺麗なドレスを身に纏っていることに気が付いた。
 キラキラと星色に輝くのは、夜空色に染まった美しいドレスで。ヨルが少し動く度に、サラリとレースが音を立てて揺れ動く。
 足を包み込むヒンヤリとした冷たい感覚に、ドレスの裾をそっと持ち上げてみると――足には水色に染まった、光り輝くガラスの靴があった。
 突然のドレスアップに驚き過ぎて声も出ないヨル。そんな彼女の手を千空はそっと絡めとると、客室の外へと連れ出していく。

●解けぬ魔法を、唯一の存在に
「よく似合ッてるよ」
 舞踏会の時、怪盗は魔法使いへ。
 そして今は、魔法使いから王子様へと。華麗に変身を遂げる。
 月光導く石畳に転んでしまわぬように、歩調を合わせて。ヨルの手を取って、薔薇色に染まる庭園へ。
 未だにこれは夢だとでも思っているのだろう。
 月白に輝くガゼボのベンチに座ったヨルは、惚けた表情でただただ千空を見上げている。
(「別に、あの影朧に対抗した訳じャないケド」)
 それでも、面白くなかったのはれっきとした事実だった。
 あの舞踏会の間中、ヨルの瞳には殆どいつも影朧の少年が映っていたのだから。
 編み込んだヨルの髪には、そっと赤薔薇の花を差し込んである。己が纏う色と同じ、黒にも見える深い赤を。
 此処へ来る途中にちょいっと飾ってやったのだが、可愛いシンデレラは未だに気が付いていないようだ。
 ベンチに座ったヨルは、舞踏会を抜け出した本物のお姫様のようで。
 上から下まで全身を眺め、千空はドレスアップの出来栄えに満足げに金色の双眸を細めた。
(「友達でも恋人でもないコイツを横から掻ッ攫われるのは──なんて、絶対ェ言ッてやらねェが」)
 絶対に言ってやらねェが、行動に移さないとは言ってない。
 その為に「予告状」を投げた節もあったのだが……目の前のシンデレラは、きっと気付いていないだろう。
  目の前のシンデレラに、千空は更に微笑みを深めるのだった。
(「夢だった。綺麗なドレスも硝子の靴も」)
 それになにより、一番の望みは――何より私を見つけてもらえること。
 綺麗なドレスを身に纏って、足元にはガラスの靴が輝いていて。
 私だけを見つめ、何処か穏やかに微笑む彼を見てもなお、これが現実であるとは思えなくて。
 けれど、舞踏会のあの時、耳元で囁かれた魔法の言葉は今でも鮮明に憶えている。
(「『──なァ、後で魔法掛けてヤるから、遊び終わッたら付き合えよ』って、そう言って。本当に、叶えてくれたんだ」)
 これが夢でも良い。午前零時の鐘が鳴り終えたのなら、儚く消えてしまう泡沫の魔法でも。
 憧れていたシンデレラの姿。夢だったガラスの靴。
 魔法を掛けて、叶えてくれたことが、本当に嬉しくて。
 ヨルの頬を、自然と溢れ出た涙が伝っていく。
「──ありがとう、ちあさん」
 舞い吹雪く桜の雨のなか、目の前で微笑む千空を見上げ。
 ヨルはたった一人の王子様に、心からの笑顔と感謝を送った。
 滲む視界越しに見た彼の表情は、嬉しくて泣き出してしまった私を、「仕方がないナ」と、愛おしそうに見つめていて。
「午前零時の鐘が鳴っても、覚めない夢を魅せてヤるよ。
 ──たッたひとりの、シンデレラ」
 泣き虫なシンデレラに、涙を止める魔法を授けよう。
 桜吹雪に包み込まれるなか、シンデレラの手の甲にふわりと舞い落ちたのは、柔らかな口付け。
 跪き、手の甲に唇を落としていた王子様が顔を上げると――ニヤリと笑ってみせた。
「夜はこれからだゼ? 途中で眠るんじゃねェぞ?」
 冬の足音が目の前に迫ったこの時期の夜は長い。
 時間の許す限り。それまで、夢のような――幸せな、現実の一時を。共に。
 シンデレラと王子様。二人きりの舞踏会は、始まったばかりなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

うん
エドさんが楽しんで
次に進んで頂けたら良いな

まあ、探検ね?喜んで!
……えっ、ゆ、ユウレイさん居るの?
窓の向こう側とか、あのドアの影とか?
ぐるぐる想像を膨らませては、そわそわドキドキ
ぎゅうっと、ゆぇパパの手を握り返す
うう、うん
安心するから
だから、て、手をはなしちゃダメだからね、パパ!

屋外に出たらふー、と一息
ふふん、何てことなかったわ!
お庭行きたい!バラがとてもキレイね
赤も白も、ピンクもかわいい
あら、黄色のこれは……パパ、見て
このバラ『月光』っていうお名前みたい!

ひらと降る桜
本当に雪みたい…あ、ありがとう
パパの髪にもついてる
取ってあげるから屈んで?

良いわね、さんせい!
喜んでくれるといいな


朧・ユェー
【月光】

彼が楽しく過ごして転生を選んで良かったですね

ランタンを手に彼女の手を握って
ホテルの探索をしましょうか?

このホテルには幽霊さんが出るみたいですよ?
ふふっ、大丈夫です
もしルーシーちゃんを攫うようだったらパパがメッしますからね
安心してください
えぇ、離しませんよ。
頭を優しく撫でて

庭園も行きますか?
綺麗で見事な薔薇ですね
【月光】それは僕達の様な親子の名前ですね
それに止まる事なく舞う幻朧桜の花弁はまるで雪の様
髪にいっぱい付いてしまいましたね
くすくすと取ってあげて
僕にも?彼女に頭が届く様にしゃがんで
ありがとうねぇ

彼も呼んで眺めましょうか?
きっと喜んで下さりますよ



●古城のヒミツ
 夜もゆっくりと深まって、月光が差すだけの古城は――静寂で満ちていた。
 その静寂を、微かに揺らすようにして。カツン、コツンと石造りの通路に反響する足音が二つ。
 ゆったりとした歩みのものと、テトテトと元気いっぱいなものと。
 賑やかなのは、舞踏会の行われている大ホールやレストラン、バーといった場所ばかりで。
 ロビーのスタッフは呼び鈴を鳴らさないとカウンターには出てこないし、「探検用」と称して一般公開されている古城内は、人っ子一人見当たらない。
 ただ、闇がそっと揺蕩っているだけだ。
「彼が楽しく過ごして転生を選んで良かったですね」
「うん。エドさんが楽しんで、次に進んで頂けたら良いな」
 眠りについている草木の邪魔をしないように、小さく。それでも、聞き慣れた声はするりと自然に互いの耳を通り抜けて鼓膜を揺らしていく。
 深夜に程近いというのに元気いっぱいなルーシー・ブルーベルの様子に、朧・ユェーはそぅっとその双眸を細めて。
 二人の話題に上っていたのは、夢のような舞踏会を共に過ごした影朧の少年のこと。
 ユェーが音楽を奏で、ルーシーが一緒にダンスを楽しんだ彼は、無事に転生の道を選んだのだ。
 願わくは、次の生が楽しいものであることを、と。微笑み合った父娘は、胸の中で少年の幸せな旅路を祈った。
「せっかくの機会ですし、ホテルの探索をしましょうか?」
 舞踏会の閉幕と共に、まっすぐ客室に向かってゆっくりするのも――悪くはないのかもしれない。
 けれど、今、ユェーとルーシーが居るのは、歴史と謎と浪漫に包まれた大きな古城なのだ。
 長きに渡る歴史の中で、設計図や資料の類も失われたものが多いらしく……隠し通路や隠し部屋に関しては、未だに調査中なんだとか。
 未調査区域への立ち入りは禁止されているけれど、それ以外の所なら。
 今日は一年に一度のハロウィンの日。不思議生物と出会えるかもしれないし、ちょっとくらい夜更かししたって許される。
「まあ、探検ね? 喜んで!」
 柔らかな光を宿すランタンを手にしたユェーがルーシーに微笑みかければ、すぐに明るく「行くわ!」と元気な返事が返ってきた。
 そうと決まれば、夜のお散歩も兼ねて、早速古城の探検に。
 もう片方の手をしっかりルーシーと繋いだユェーは、静寂が漂う暗がりへと足を踏み入れる。
「このホテルには幽霊さんが出るみたいですよ?」
 曰く、十何世代も前の古城の主人が、自分を裏切った妻を探して夜な夜な城内を彷徨っているだとか。
 いやいや、流行り病で亡くなった貴族の子どもが、寂しくて一緒に遊んでくれる人を探しているんだとか。
 噂にはキリが付かないが、「幽霊がいる」と、まことしやかに囁かれているのだ。
 終わりが見えない程に、長い長ーい廊下。天井から降り注ぐ月光が、はめ込まれたステンドグラスをすり抜けて、足元に青い模様を描き出している。
 ゆらゆらと揺れる青い月明かりは、まるで海の底を歩いているようで。
 神秘的だけれど、それでも、ちょっと怖い。
 等間隔に設けられた重厚な造りの扉はしっかり閉ざされて、まるで「何か」の侵入を固く拒んでいるかのよう。
 光源は、ユェーが握るランタンの明かりだけ。
 一歩踏み出すごとに、ルーシーのすぐ後ろから、ユウレイさんが闇と共に忍び寄ってきているようで――……。
「……えっ、ゆ、ユウレイさん居るの? 窓の向こう側とか、あのドアの影とか?」
 天井付近のステンドグラスに顔をピッタリ張り付けて、今もジィッとルーシーのことを見つめていたり。
 あのドアの影から、そーっとルーシーの後を付けていたり?
 暗闇を照らすのは、仄かなカンテラの明かりだけ。ぐるぐる巡る想像は風船のように膨らむばかりで、不安げにあちこちを見渡したルーシーは、ぎゅうっとユェーの手を握り返した。
「ふふっ、大丈夫です。もしルーシーちゃんを攫うようだったらパパがメッしますからね」
「うう、うん。安心するから。
 だから、て、手をはなしちゃダメだからね、パパ!」
「安心してください。えぇ、離しませんよ」
 不安げに見つめているルーシーは、ゆぇパパが守ってくれると心の底から信じているようで。
 恐がる娘も安心させる為に、ユェーはさらりとルーシーの頭を優しく撫でた。
「庭園も行きますか?」
「うん! お庭行きたい!」
「この角を曲がったら庭園に出ますから、もう少し頑張りましょうね」
「だ、だいじょうぶ!」
 「なんてことないもの!」と、気丈に振舞う姿が微笑ましいやら、愛らしいやら。
 溢れ出る愛しさのままに、自然と笑みが零れそうになるのを噛み殺して。ユェーは再度、ルーシーの手をしっかりと握り直した。

●『月光』に降り積もる桜雪
「ふふん、何てことなかったわ!」
「そうですねぇ。ルーシーちゃん、頑張りましたねぇ」
 ヒンヤリとした夜の空気は冷たいけれど、それ以上に解放感の方が勝ったようで。
 月明かりに照らされて、淡く浮かび上がる石畳を踏みしめた瞬間、ルーシーは「ふー」とゆっくり息を吐き出した。
 「怖くなかったもの」とぐっと拳を握って力説している娘の頭を、労わるようにユェーはそっと一撫でして。
 それから、庭園の薔薇へと視線を移す。
「綺麗で見事な薔薇ですね」
「ええ。バラがとてもキレイね。赤も白も、ピンクもかわいい」
 赤に白、ピンクに紫色に。
 極彩色を宿す薔薇の庭園は、暗闇に呑まれてもなお、その色彩の輝きが薄れることは無い様で。
 夜であっても、色や形がしっかりと判別できた。
「あら、黄色のこれは……パパ、見て。このバラ『月光』っていうお名前みたい!」
「おや、僕達の様な親子の名前ですね」
 八重咲の豪華な薔薇に、花を沢山付けた可愛らしいミニバラに。
 名前や品種を確認しながらゆっくり庭園を散策していたところ、ルーシーの目に留まったのは、『月光』と名付けられた、淡黄色の薔薇の存在だった。
 月明かりのように明るく輝くその薔薇は、暗闇に紛れることなく咲き誇っていて。
 まるで自分達のような薔薇を前に、ルーシーとユェーはニッコリと笑い合う。
「髪にいっぱい付いてしまいましたね」
 ひらひらと咲いては散っていく幻朧桜は、雪のように降り続けていた。
 庭園を散策するうちに、気が付けば、幾つかの花弁がルーシーの髪にそっと張り付いていた花弁たち。
 それを一枚一枚、丁寧に。ユェーはクスクス笑みを零しながら、そっと取ってあげる。
「本当に雪みたい……あ、ありがとう。パパの髪にもついてる」
「僕にも?」
「取ってあげるから屈んで?」
 髪に雪が積もっていたのは、ルーシーだけでは無かったようだ。
 ルーシーの言葉にきょとんと瞳を瞬かせたのち、頭が届くようにしゃがみ込んで、髪に「隠れん坊」した桜花弁を取ってもらった。
「ありがとうねぇ」
 ルーシーがユェーの髪から拾い上げた花弁は、再び風に乗ってひらひらと何処かへ。
 散ることのない満開の幻朧桜と、その下で美しく咲くのは薔薇の花たち。
 美しいこの庭園をお話しながらのんびり眺められたのなら、きっと楽しいに違いない。
「彼も呼んで眺めましょうか? きっと喜んで下さりますよ」
「良いわね、さんせい! 喜んでくれるといいな」
 思い付いたのは、素敵なアイデアで。
 温かい紅茶とお菓子を持ち込んで、此処に「彼」を呼べば、もっと楽しく過ごせるはず。
 ユェーとルーシーは、素敵なアイデアを実現させるべく、さっそく行動に移すのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

栗花落・澪
【狼兎】
天蓋付きのベッドはすごく気になるんだけど…
折角だから部屋に行く前にもう少しエド君と遊びたいね
庭園でお花見パーティなんてどうかな

サービス利用で多少用意できるかな
出来ればお菓子と紅茶
難しそうだったら自前で★飴なら用意出来るから

薔薇や桜を見ながらお菓子を食べて談笑
エド君、紅茶飲めるかな
苦かったらジュースも用意するからね
紫崎君も苦いのなら食べれるでしょ、付き合ってよ

植物は大好きで結構詳しいから
庭園に咲く薔薇の種類とか
もしエド君が興味あるなら答えてあげられるよ

あとは、折角だから僕から贈り物といこうか
庭園で花に囲まれながら【歌唱】付きで舞いの【パフォーマンス】
こちらこそ、素敵な時間をありがとうね


紫崎・宗田
【狼兎】
まぁ、俺はお前に付き合うから好きにすりゃいいが
花見なぁ…わかってるとは思うが、俺は甘いもんはいらねぇぞ
……コーヒーかココア系のもんが用意できるなら考えてやる

口ではそう言っても結局付き合う事にはなるんだが

花の事も菓子の事も詳しくねぇ
だから俺は基本聞き役に徹する

澪が踊りに行ったら代わりにエドの見守りを引き受けつつ

あいつ…澪はな、昔は一人だったんだ
そんな時救いになったのが音楽だった
雨の音、草木の揺れる音
俺にはわからねぇが…自然が奏でる歌が心の支えだった
だからあいつにとって音楽はかけがえのないもので
最大限の礼の気持ちだ

お前には難しいか
わからないままでもいい
今のあいつの姿を、覚えといてやってくれ



●お花見パーティの誘い
(「天蓋付きのベッドはすごく気になるんだけど……」)
 栗花落・澪が憧れを抱いている童話やお伽話の世界は、何もお城と舞踏会だけが全てじゃなくて。
 寧ろ、その逆で――お城と舞踏会は、始まりに過ぎないというか。
 淡いパステルカラーに染まるのは、砂糖で出来ていそうな可愛らしいお家の群れ。木漏れ日の溢れる森は、動物たちが穏やかに暮らしていて。
 地平線の彼方まで延々と続く花畑に、美しく整えられたお城の庭園。
 そして、お姫様が余暇をゆったりと過ごしていそうな、天蓋付きのふわふわで大きなベッドがあるお部屋まで。
 考え出したらキリがないし、興味がないと言えば嘘になる。
 特に天蓋付きのベッドなんて、すぐにでも飛び込んでしまいたいほど。
 けれど。
「折角だから部屋に行く前にもう少しエド君と遊びたいね。庭園でお花見パーティなんてどうかな」
「お花見パーティか? まぁ、俺はお前に付き合うから好きにすりゃいいが」
 澪の考え付いた「素敵な考え」は、やっぱり童話絡みだった。
 庭園を見て、「お茶会」や「お花見」でも連想したのだろうか。と、紫崎・宗田は冷静に澪の思考回路を分析する。
 どこか危なっかしい澪のことを、放ってはおけないということもあるのだが。結局、どう転んだって自分は澪に付き合うことになるのだ。
 だから、好きにすれば良いと思う。だが、「お茶会」や「お花見」と言えば、ついて回るのが甘いもの。
 それも、お伽話の甘いものだ。砂糖マシマシでクリームゴテゴテの、とびきり甘いヤツに違いない。と、宗田は静かに遠い目になる。
「花見なぁ……わかってるとは思うが、俺は甘いもんはいらねぇぞ。
 ……コーヒーかココア系のもんが用意できるなら考えてやる」
「うん、分かってるよ」
 宗田の注文を背中に受けつつ、澪は早速ホテルスタッフへと話しかけて。
 どうやら、二つ返事で用意して貰えたようで――それから少しして、お洒落なバスケットを抱えた澪が宗田の元に戻ってきた。
(「口ではそう言っても結局付き合う事にはなるんだが」)
 案の定、バスケットの隙間からチラチラと見え隠れしているのは、マカロンだのマフィンだのといったファンシーなお菓子の数々で。チラッと見えた中に、ビターチョコらしき存在があったのが、せめてもの救いだろうか。
 はぁ、息を吐きつつ天上を仰ぎ見る。
 遠くの天井に描かれた女神や天使たちまで、ケーキやマドレーヌといった菓子を手にして、天空でのお茶会と洒落こんでいたのは……見なかったことにした。

●夜に花咲く
「エド君、紅茶飲めるかな。苦かったらジュースも用意するからね」
『飲めるからだいじょうぶだよ。ありがとう!』
「紫崎君も苦いのなら食べれるでしょ、付き合ってよ」
「とか言いながら、もう俺の手に菓子を乗せてるのは、どこのチビだろうなぁ?」
 優しく照らす月光に見守られ、舞い散る桜に包み込まれながら。
 賑やかな喋り声が、夜の庭園に響いていた。
 話の話題は、先程思いきり楽しんだばかりの舞踏会のこと。暖かい飲み物と美味しいお菓子を片手に、お喋りの花も咲き誇るばかり。
 ドームパーゴラでお花見を楽しんでいる面々と問えば、お菓子もお話も楽しみたい桜の精霊に、ちょっと背伸びして紅茶を飲んで……そっとミルクを加えてもらった小さなヴァンパイアに。それから、「仕方ないな」とそんなフリをしつつも、澪の恋人兼保護者役としてしっかり働いている海賊風の王子様の三名で。
 青々とした蔓薔薇の蔓と葉が鉄製の枠に絡みつき、ふわふわと小さな蔓薔薇の花が一斉に綻んでいるこのドームパーゴラは、庭園で一番の特等席だ。
 頭上には満開の小さな蔓薔薇が、外には舞い散る幻朧桜の花吹雪が見られるのだから。
「植物は大好きで結構詳しいから。庭園に咲く薔薇の種類とか、もしエド君が興味あるなら答えてあげられるよ」
『澪さん、凄いね……!』
 『じゃあ、あの薔薇は?』と早速頭上を覆う蔓薔薇を指さすエドに、澪はにこやかに「あれはね、」と解説を始める。
 スプレータイプやら、ロゼット咲きにカップ咲きに。色彩や遺伝がどうのこうの。 
 花の事も菓子の事にも詳しくない宗田には何が何だかサッパリだったが、二人には何か通じるものがあったらしい。
 澪が優しく噛み砕いた言葉で解説をすれば、エドが何やら考えて……ややあって、『そうなんだね』と瞳を煌めかせているのだ。
 自分にはサッパリな話だが、澪が楽しければ良いか、と。
 心底嬉しそうに薔薇について語る澪の横顔を、コーヒーを啜りながら宗田はそっと眺めていた。
「あとは、折角だから僕から贈り物といこうか」
 薔薇の話もそこそこに。キリの良いところで澪は話を切り上げると、すくっと立ち上がって。
 この世界で出会えたのも、何かの縁。転生の道に進むエド君へと、澪は笑い掛けながら、庭園の広場へと駆けだして。
 澪がエドに贈るのは、歌唱を交えた舞のパフォーマンス。どうか、この一夜を一緒に楽しんだエド君へ。最大限のお礼を籠めて。
 澪が一つ足を運べば、導かれるようにして降り積もる花弁が舞い上がった。
 踏み出されるステップは淀みなく清らかで、風の流れを変え、澪は舞う。薔薇と幻朧桜の花嵐と、楽しそうに戯れながら。
 その光景は、澪が花の雨を降らせているようにも見えた。
『澪さん、とってもキレイだね! 素敵な贈り物、ありがとう』
「こちらこそ、素敵な時間をありがとうね」
 興奮気味に語ってみせたエドに、澪はニコリと微笑んで、優雅にお辞儀を一つ。
「あいつ……澪はな、昔は一人だったんだ。そんな時救いになったのが音楽だった」
 澪の踊りは、もう少し続きそうだ。
 踊りに行った澪の代わりにエドの見守り兼話し相手をつとめながら、宗田がポツリポツリと語り出すのは、澪の過去のこと。
 茶色い双眸に、花と戯れる桜の精霊を映しながら。
 宗田は庭園で舞い踊る澪に、出逢ってから今までの澪が見せ続けてきた、沢山の表情を重ねていた。
 雨の音、草木の揺れる音。小鳥の囀り。風の嘶き。
 ずっと一人だった澪に、自然の音色がいつも寄り添ってくれていた。
「俺にはわからねぇが……自然が奏でる歌が心の支えだった。
 だからあいつにとって音楽はかけがえのないもので。最大限の礼の気持ちだ」
『自然の、歌?』
 きょとんと瞳を丸くさせたエドに、フッと宗田は苦笑を浮かべる。
 小さいガキには、まだ早すぎた話かもしれない。だが。
「お前には難しいか。わからないままでもいい。
 今のあいつの姿を、覚えといてやってくれ」
 理解できなくても、よく分からなくても。確かに、感じられるものはあるはずだから。
 今胸に生まれた感情をどうか覚えてやっていてくれ、と。宗田は繰り返しエドに告げ――優しく、澪を見つめるのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月詠・黎
🌕望月

何処にも行かないと約束を落とす様に手は繋いだ侭
求められるのなら離す理由は無かった
古城の庭園をゆうるり之く
幻朧桜の薄紅と咲き誇る薔薇の真紅は未だ解けぬ魔法

綺麗じゃのう…いや綺麗だなが正しいか
魔法が続いているのなら
零す音は少なくとも熱が語る物は多い
例えば友の鼓動さえ手を通じて聞こえる様で
ふと、友を見遣れば…もう湯が湧きそうだな
顔が赤いのは気の所為か?
そうか、ではそう謂う事にしておこう
…どう致しまして
受け止めて咲うだけ

零時過ぎれば魔法も解けよう
ふふ、魔法の時間は終いじゃて
だが手だけは、ユエが望むのなら此の儘に
…如何する?
問う音は蠱惑の名残を宿して

――噫、判っているとも
くすりと零すが凡ての答え


月守・ユエ
🌕望月

求めたまま彼は手を繋いでくれてた
温もりだけが心を落ち着かせてくれて
甘えて自らもキュッと握ってた

綺麗だと声が降る
呆けていた心はつられるように
未だ魔法の解けぬ彼の姿を眸に映す
嗚呼、不意に僕は思い出す
(いつまで手を繋いでいるのだろう、僕は…!)
恐怖や淋しさが
彼の齎す魔法で解かれたように
同時に僕がやってしまった行動が脳裏に駆ける
湯が沸騰するように頬を染めた
き、気のせいです!気のせいなんですっ
えっとえと…ありがとう…
何に対してかは、屹度言うまでも

もう終わっちゃうんだ
時が経つのは早い
もっと眺めてたかったね
だがすかさずと問われる音
瞬く瞳を丸くしてはすぐさま顔を俯ける
…ずるい聞き方

――分かってるくせに



●月色の約束
 ――何処にも行かない。
 それは、見えないし触れられない。存在すら曖昧で、不確かだ。でも、確かにこの場にある。
 さっきまでは確かに存在していたはずなのに、一瞬後には消えてしまう。
 その存在を永遠にするには、忘れてしまう前に書き留めるか、機材か何かで録音するか、忘れぬように記憶に刻み付けるくらいしかなくて。
 一瞬の後には消えてしまう、恐らくはこの世で最も儚い存在。
 籠める想いや感情によって、その姿は千変万化。どんな形にだって、きっとなってしまう。なれてしまう。
 誰かへの、救いにも。誰かを殺す、凶器にすら。
 先程告げられた言葉は、あの直後にすっかり消え去ってしまったのだけど。
 先程囁かれた声は、記憶に残るばかりだけれども。
 月守・ユエの手が繋がれた先から伝わる暖かな温もりは、未だにその姿を保ったままでいた。
(「求めたまま、彼は手を繋いでくれた」)
 彼の紡いだ言ノ葉が去った今、ユエの心を落ち着かせてくれるのは、指先から伝わる月詠・黎の温もりだけだった。
 嫌に跳ねていた心音も、目を閉じて彼の温もりに身を委ねると――徐々に落ち着いてくるから、不思議なものだ。
 与えられる彼の温もりを甘受して。甘えるように、ユエもまたキュッと黎の手を握り返していた。
(「求められるのなら離す理由は無かった」)
 形に残らぬ言葉の代わりに、その約束は己の仕草で。
 「何処にも行かない」という約束を体現させたかのように、黎はユエと手を繋いだまま。
 左右に小さく握り返された手を揺らしながら、ゆるりと歩く先は古城の庭園だ。 
 魔法の時間は、ユエが落ち着くまで――否、恐らくは零時を迎えぬ限り。解けぬのだろう。
 それまでの間、と。黎が散策の目的地に選んだのが、薔薇と幻朧桜が共演するこの庭園だった。
 夜空を覆うは、幻朧桜から旅立った薄紅色。気ままに吹く風に身を任せ、何処の地を目指すのやら。
 自由を追い求める桜花弁に手を伸ばすようにして、庭園は薔薇の真紅に染まっている。
「綺麗じゃのう……いや綺麗だな、が正しいか。魔法が続いているのなら」
 降り注ぐ月光を受けて、ぼんやりと浮かび上がるのは薔薇の花。
 昼に咲く姿も美しいが、こうして人知れず夜にひっそりと咲く姿も美しい。そう、黎は思う。
 時折駆け抜ける夜風にそのベルベットのような花弁が揺らされれば、途端にまったりとした甘い香りが零れ落ちた。
 半ば呆けているのか、指先で熱を交わした先に居るユエの返事が返ることは無かったが。
 零す音は少なくとも。それだけのこと。
 ユエの熱や仕草が語るものは多い。言葉以上に、多弁かもしれない。
(「いつまで手を繋いでいるのだろう、僕は……!」)
 綺麗だと、声が優しく降ってきたものだから。
 声の聴こえる方向へ。呆けた心のまま、つられるようにして。顔を上げれば。
 ユエの双眸は、薔薇を見て微笑う彼の姿を映し出す。
 未だ魔法の解けぬ彼の姿は、普段とはまた違っていて。
 ひっそりと、夜に寄り添い咲くかのように。静かに闇夜に、紛れるかのように。
 黎の姿を見つめるうちに、ユエの脳裏を目まぐるしく駆け巡るのは――先ほど自身が、目の前の彼にしてみせた行動の全てだった。
 きっと、彼が齎した魔法で解かれたのだろう。
 溢れ出てくる恥ずかしさやら何やらで、恐怖や淋しさと言った感情は、一瞬で地平線の先まで吹き飛ばされた。
「もう湯が湧きそうだな。顔が赤いのは気の所為か?」
 己の行動を振り返った、その一瞬。一瞬きのうちに、ユエの顔は湯が沸騰するように真っ赤に染まったのだから。
 ふと見遣った先の友の頬が真っ赤に染まるその様を、黎はクツリと表情を和らげ、穏やかに見つめていた。
 繋いだ手から、小鹿の様に跳ねまわる友の鼓動さえ聞こえてくる様だ。伝わる体温も、数瞬の間で急上昇してみせている。
「き、気のせいです! 気のせいなんですっ。
 えっとえと……ありがとう……」
「そうか、ではそう謂う事にしておこう。
 ……どう致しまして」
 言葉が溢れ出るままに。顔を真っ赤にさせて誤魔化しながら、ユエの口からするりと顔を覗かせたのは、「感謝」の言葉。
 此処までしておいて、今更何になんてと尋ねる必要も無ければ、その問い自体が野暮なものだ。
 調子が戻りつつあるユエの姿を見、それから彼女の言葉を受け止めて。
 黎はそぅっと望月宿る双眸を半月に細めて――アタフタとするユエを優しく見つめ、咲うだけ。
「零時過ぎれば魔法も解けよう。ふふ、魔法の時間は終いじゃて」
 黎の言葉と共に、遠く響いてくるのは……日付の移り変わりを告げる古城の鐘の音であった。
 夢現が曖昧になる一日はお終い。今この瞬間から、冬も間近に迫った霜月がやってきたのだから。
 零時の鐘が鳴れば、魔法は解ける。それは、お伽話のなかでも、現実であっても。同じ決まりで。
「もう終わっちゃうんだ。もっと眺めてたかったね」
 魔法の時ほど、過ぎ去るのは早いと云うもの。ガランゴロンと鳴り響くのは、紛うことなく零時の鐘で。一瞬で過去となってしまった昨日に、ユエは落胆の彩でその表情を染めた。
 「魔法」の姿から、すっかりいつもの姿に戻った黎は、双眸に半月を宿したまま、ゆるりと言葉を紡いで問いかける。
「だが手だけは、ユエが望むのなら此の儘に。……如何する?」
 ユエが落胆の彩を見せてから、間を置かずに問われた音色。
 黎の問う音に宿るのは、彼がいつか見せた蠱惑の名残で。
 予想していなかった問いに、ユエは瞳をまぁるく瞬かせて……それから、フイっとすぐに顔を俯けた。
 静かに自分を見つめる彼は、分かっていてこれなのだから。
 答えなんて、聞くまでもなく知っている癖に。
 冷めかけていた熱が、再び上がってきたかもしれない。俯いていても、赤く染まった耳までは誤魔化せない。
 彼が静かに笑う音が、ユエの耳を擽って去っていく。
「……ずるい聞き方。
 ――分かってるくせに」
「――噫、判っているとも」
 クスリと零された音がきっと、凡ての答え。
 再び飛び跳ね始めた心音も、真っ赤に染まったこの頬も。指先を介して伝わる熱も。
 全てが黎にはお見通しなのだろう。
 魔法は解けたけれど。未だ繋がれた手をゆっくりと揺らしながら――もう少しだけ、薔薇が咲き綻ぶこの庭園の散策を。
 魔法の余韻に浸るのも、偶には良いだろうから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

吉備・狐珀
【狐扇】

まさか語さんの主殿とセイ殿にお会いできると思いませんでした
お話に聞いていた通り、素敵なお二方でしたね

嬉しさや緊張、様々な感情が入り混じって少し興奮してしまったみたいです
少し熱を冷まそうと庭園を散策
あ!エド殿
そのお顔はハロウィンを満喫されたようですね
エド殿、きっと言い飽きるほど仰ったと思いますがハロウィンの合言葉といえば?
ふふ、元気よく言えましたね。では、これは私から(言いながらそっとお菓子の入った包みを渡し)
エド殿、最後まで楽しんでいってくださいね

エド殿と別れたら、客室へ
そうだと思いつき悪戯っ子の笑みを浮かべながら不意に振向き一言

トリックオアトリート―
だってハロウィンですもの、ね?


落浜・語
【狐扇】
うん。まさか、会えると思ってなかったなぁ……ハロウィンだからこそ、なのかもしれないけれど……逢えてよかった。
狐珀の事、紹介できたしね。

一緒に庭を散策。ホールから離れると急に静かになるなぁ。
エドくんも、楽しかったならよかった。
それじゃ、俺からも。お菓子の詰め合わせを一つ、渡して。
あと少し、ハロウィンは続くからな。目一杯楽しんで。

不意打ちのトリックオアトリートに、一度瞬きして。
お菓子はさっきエドくんにあげちゃったんだよなぁ。悪戯されるのでもいいけれど、できるならしたいな。
ニコッと笑って、そっと唇を奪う。
これがお菓子代わりじゃだめかな?足りなければいくらでもあげられるけれど。



●一夜の奇跡
 例え、夢幻の出来事であったとしても――この一夜の出逢いはきっと、ハロウィンの奇跡。
 生と死の境界が曖昧になり、死者や魔物たちが一斉に現世へと戻ってくるとされている日だからこそ、叶ったこと。
 少なくとも、噂が自分達にとっては本当であるという驚きと、まさかという興奮や、他にも出逢えた嬉しさとか。胸を覆う想いを挙げれば、キリがなかった。
 今日の出逢いが齎した夢のような時間を胸に抱き、明日からの日々を送っていこう。
 でも、ハロウィンの日はもう少しだけ続くから。先の出逢いを語り合うのも悪くはないのかもしれない。
「まさか語さんの主殿とセイ殿にお会いできると思いませんでした」
 大ホールを後にしてもなお、先程お会いした二人が微笑ましく自分たちのことを見守ってくれている気がしていて。
 吉備・狐珀はチラリと、賑やかな話し声とほんのりとした灯りの漏れる、大ホールのフランス窓を仰ぎ見る。
 庭園の真上に丁度大ホールが位置しているお陰で、大ホールの様子は此処からでもよく見られる……けれども、大ホール内の光量が絞られているせいで、様子は何となく伺う事しかできない。
 それでも、等間隔で設けられたバルコニーのうちの一つから、二人がそっと手を振ってくれていたような気がして。
 釣られるようにして落浜・語がバルコニーの方を振り向けば、その瞬間、バタバタと一際大きく会場のカーテンがはためて――やがて、何事も無かったかのように、静かになった。
「うん。まさか、会えると思ってなかったなぁ……。
 ハロウィンだからこそ、なのかもしれないけれど……逢えてよかった。狐珀の事、紹介できたしね」
「お話に聞いていた通り、素敵なお二方でしたね」
 そっと見守っていたことがバレそうになって、慌てて大ホールに身を隠したみたいなカーテンのはためき方だった。
 先程までバルコニーに居た誰かは、庭園いる他の誰かを探していたのかもしれないけれど、自分たちを見送ってくれていたのなら。
 そうなら嬉しいと、語は思う。
「嬉しさや緊張、様々な感情が入り混じって少し興奮してしまったみたいです」
「少し庭園を散策していこうか。ホールから離れると急に静かになるなぁ」
 仄かな月明かりの下でもはっきりと分かるくらい、狐珀の頬は薄赤く染まって火照っている。
 頬に両手を当て、気恥ずかしそうに顔の熱を確かめている狐珀の可愛らしく思いつつ、語はゆっくりと夜の庭園を歩き出した。
 大ホールからの話し声や音楽が風に乗って届けられるばかりで、庭園はゆったりとした浅い夜が訪れている。
「あ! エド殿」
『わあ……! あ、こんばんは!』
 庭園に咲き誇る極彩色の薔薇の美しさに見惚れながら、石造りの通路を往けば。何度目かの交差路で、バッタリと出会ったのは、影朧の少年であった。
 口に焼き菓子を咥え、両手には食べかけのチョコレート。腕にかかるバッグにはひょっこりとお菓子が顔を覗かせている。
 口の端に焼き菓子をくっ付けたヴァンパイアの少年は、まだまだハロウィンを満喫中の様であった。
「そのお顔はハロウィンを満喫されたようですね」
『ふん、ほってもふぁのしかった!(うん、とっても楽しかった!)』
「エドくんも、楽しかったならよかった」
 焼き菓子を咥えたまま、もごもごもにゅっと喋ってみせるヴァンパイアの少年。
 口に食べ物を詰め込み過ぎたハムスターのような、何とも間の抜けた表情で自分を見上げる少年に、込み上げてくるのは、おかしさと可愛らしさ。
 エドと同じ目線までしゃがみ込んだ狐珀は、ハンカチで丁寧に口の周りに付いたお菓子を拭ってあげた。
「エド殿、きっと言い飽きるほど仰ったと思いますがハロウィンの合言葉といえば?」
『トリックオアトリート!』
「ふふ、元気よく言えましたね。では、これは私から」
「それじゃ、俺からも」
 焼き菓子を呑み込んだエドの口から発せられた「合言葉」は、元気良く庭園の薔薇を揺らしていく。
 明るい『トリックオアトリート!』の声に、にこやかに笑い合った狐珀と語が手にしたのは、お菓子の包みとお菓子の詰め合わせ。
 エドへと一緒にそれを差し出せば、明るい笑顔が狐珀と語に向けられた。
「エド殿、最後まで楽しんでいってくださいね」
「あと少し、ハロウィンは続くからな。目一杯楽しんで」
『ありがとう! お姉ちゃんとお兄ちゃんも、楽しんでね!』
 「またね」と手を振り合って影朧の少年と別れれば、そろそろ火照りも良い感じに冷まされてきて頃合い。
 語と狐珀は今日の宿となる、ホテルの客室へ。

●「トリック・オア・トリート!」の合言葉は、甘い雰囲気を纏って
 金古美のアンティークな鍵は、お伽話な世界へのパスポートだ。
 鍵を差し込みゆっくりと捻れば、カチャリと鍵の開く音がして。
 重厚な木製の扉を引いてみれば――柔らかなシャンデリアの光が、二人を出迎えた。
「わあ……。とってもお洒落なお部屋ですね」
「この部屋でのんびり出来るなんて、素敵だね」
 三人は余裕で座れそうな革張りのソファーに、レースがたっぷりあしらわれた、ふわふわした大きな天蓋付きのベッドに。複雑な植物の絵が描かれた、床のカーペット。
 本当に、お伽話の世界に迷い込んでしまったかのよう。
 「すごいな」と感嘆交じりに室内を見渡す語の姿を見つめていた語の姿に、ふと「そうだ」と狐珀が思い付いたのは――ハロウィンだからこその悪戯で。
 そうと決まれば、さっそく実行あるのみ。
 にこっと可愛らしくも悪戯っ子の笑みを浮かべた狐珀は、語へと振り向いて、「合言葉」を告げる。
「トリックオアトリート――だってハロウィンですもの、ね?」
 自分だけを見つけて細められる藍色の瞳。頬はバラ色に染まり、髪は優しいシャンデリアの光を受け、柔らかな輝きを宿していた。
 「ね?」と微笑む狐珀の姿は、語が今日見て来た彼女の表情の中で、一番だと思えてしまうほどで。
 思わず見入ってしまい、ゆっくりと紫の双眸を一度瞬かせる。
 自分に贈られたのは、不意打ちのトリックオアトリート。それから、ふわりと笑いかけて愛らしい彼女の「トリックオアトリート」を受け止めた。
「お菓子はさっきエドくんにあげちゃったんだよなぁ。
 悪戯されるのでもいいけれど、できるならしたいな」
 出来るなら、と。ニコッと狐珀と同じような悪戯な笑みを浮かべた語は、期待に満ちた視線を向けている狐珀に向き合い――そっと、愛らしい「合言葉」を紡いだばかりの口元に、唇を重ねた。
 先ほどまで外に居たからか、重ねた唇はヒンヤリとした冷たさを宿していて。それが、熱に火照った身体に心地良く感じられた。
「これがお菓子代わりじゃだめかな? 足りなければいくらでもあげられるけれど」
 お菓子代わりに与えられた柔らかな感覚が去れば。
 そこには、顔を真っ赤にして潤んだ瞳で自分を見つめる――狐珀の姿があった。
 飄々とした振る舞いをみせる語に、「こんなはずじゃなかったのですが」と、少しだけムスッとした顔を見せて。
 それでも……小さく告げられる「だめじゃないです」という言葉に、語はフッと堪らず笑みを零した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント

【銀月】
醒めない夢の続きを

舞踏会が名残惜しい?
それなら、続きを俺と一緒に踊ってみようか
そっと手を差し伸べて

誘いを受けてくれたなら
ゆっくりと手を引き
もう一度暖かな光と音に包まれた中心へ

普段は歌うばかりだけれど
…昔、教わった事があるんだ
それでも踊るのは久し振り
でも案外、忘れてはいないものだな

君に合わせたゆったりとした足取りで
ふふ、ネムリアも上手だね
楽しげに踊る君の姿を見て柔く目を細めて


舞踏会を楽しんだらバルコニーへ
少し夜風に当たって休もうか

そういえばエドは何処へ行ったのだろう
なんて噂をすれば
向こうも見つけてくれたみたいだ
一緒に過ごした楽しい時間のお礼に小さく手を振って
彼の行先に光がありますように


ネムリア・ティーズ

【銀月】
まだ夢の中にいたくて
ノヴァ、もう少し踊っていたいな

キミはどうだろうと見上げれば
差し伸べられた手に微笑み
うん、ありがとう 一緒に踊ろ

さっきはエドが楽しめたらって
ボクなりに踊っていたけれど
わあ…ノヴァは歌だけじゃなくて、ダンスも得意なの?

夜空に鏤められた星を繋いで
ひとつのかたちを識るように
導かれるまま、向かう先が浮かび上がって来る感覚

ふふ、ボクも上手?
…絵本で見てからね、いつか踊ってみたかったんだ

バルコニーへ出ると、ひんやりした夜風が気持ちいい
どうしてか逢える気がして外を見渡せば
エドもボク達を見つけてくれた

めいっぱい手を振るよ
どうか、目覚めたキミの旅路が
あたたかな祝福に満ちていますように



●夢と踊る
 夢のような魔法の時間は、緩やかに過ぎていく――……。
 夜も深まり、人々に惜しまれながらも告げられたのは、「閉幕」の挨拶で。
 それでも、夢のようなこの時間が一瞬でも永く続けば良いと願ってしまうのは、きっと誰もが同じこと。
「舞踏会が名残惜しい?」
 明けぬ浅い夜を宿した双眸が、大ホールを後にする人々を少し寂しそうに見つめている気がするのは……ノヴァ・フォルモントの気のせいだろうか。
 いいや、きっと気のせいではない。
 一組、また一組と。大ホールを後にする人々を見つめるネムリア・ティーズは、夢の続きを望んでいる。
 顔だけは、開け放たれた扉の方に向けられているのだけれども。ネムリアの足は、大ホールに縫い留められたままだ。
 永遠とは言わない。だから、もう少しだけ。時間が許す限り、この時間を。
 夢のような、この時間の続きを。
「うん。まだ夢の中にいたくて。ノヴァ、もう少し踊っていたいな」
「それなら、続きを俺と一緒に踊ってみようか」
 夜明け空が黄昏空を映し出す。
 もう少しだけ、この時間を。ノヴァとて断る理由はない。ネムリアがそう望むのなら。
 ノヴァがそっと差し伸べた手をネムリアが取れば、夢の続きが紡がれる。
 惜しみながらも舞踏会を去ることを決めた人々は、もう殆ど退場した後なのだろう。
 退場希望の参加者を確認したスタッフが頷き合う。すると、会場のシャンデリアが数度瞬いたあと――にわかに大ホールが纏う雰囲気が一変した。
 絞られていた光量の楔は解かれ、煌びやかにホール全体が輝き始める。
 仄かに灯るだけであった蝋燭の炎もその勢いを増し、赤に橙、黄に――緩やかにその身に宿す色彩を移り変わらせながら、激しくダンスを踊り始めた。
 会場の案内役であった南瓜ランタンたちにはいつの間にか、キラキラと輝く手作りのアクセサリーが乗せられていて。
 妖しげな雰囲気の残り香を纏わせつつも、本物の「舞踏会」のような煌びやかな会場に早変わり。
「うん、ありがとう。一緒に踊ろ」
 一変した会場の雰囲気に圧倒されながらも、ネムリアが「キミはどうだろう」とノヴァのことを見上げれば。
 「今すぐにでも踊ることはできるよ」と、光の増した黄昏空がネムリアのことを見つめている。
 差し伸べられた手に微笑みを一つ降らせると、静かに彼の手へと自分の手を預けて。
 ゆっくりとしたノヴァのエスコートによって、もう一度、暖かな光と音が降り注ぐホールの中心へ。
「さっきはエドが楽しめたらって、ボクなりに踊っていたけれど」
 先程よりも、幾分かゆったりとした調子の調べがホールを満たしていく。
 優しく穏やかで、ホールで踊る人々に寄り添うような曲調のそれは、今宵の舞踏会が初めてのネムリアであっても、肩に力を入れることなく流れるように踊ることが出来た。
 でもネムリアがゆったりと踊れる一番の理由が、手を重ねたノヴァのリードがとても自然で、しかし、安心して身を任せられるようなものであるからだろう。
「わあ……ノヴァは歌だけじゃなくて、ダンスも得意なの?」
 二人の足運びを真似るようにして、ふわりと浮かび上がるたなびくマントの裾と、白いドレス。
 ゆったりとしたテンポで奏でられる調べなら、ダンスの合間に言葉を交わすことだって、ごくごく自然に。
「普段は歌うばかりだけれど。……昔、教わった事があるんだ」
 重ねた腕を伸ばして、その距離を近づけながら。
 ノヴァは語る。昔、踊りも教わったことがあるのだと。
 それでもこうして音楽に身を委ねて踊るのは、随分と久し振りで。
「でも案外、忘れてはいないものだな」
 記憶と目の前の光景が重なり合って。
 教わったままに、自然と足の行く先が脳裏に浮かび上がってくる。
 足の動かし方。膝の曲げ方。関節の使い方。どれ一つだって、忘れていない。
「ふふ、ネムリアも上手だね」
「ふふ、ボクも上手?
 ……絵本で見てからね、いつか踊ってみたかったんだ」
 ネムリアに合わせてゆったりとした足取りで踊る、ノヴァの導くまま。
 クルリと一つターンを決めれば、自然と次が浮かんでくる。不思議な感覚が、身体を駆け抜けていく。
 舞踏会のダンスは、星座をなぞることに似ている。ふと、ネムリアはそんな感想を抱いた。
 数えきれない程沢山瞬く夜空の星。深い藍色に鏤められたなかから、目的の星を選んで、繋いでいく。
 正座もダンスも。ひとつのかたちを織るように。ダンスは続いていく。
 楽しげに踊るネムリアを見て、ノヴァがゆるりと柔く目を細めた。
「少し夜風に当たって休もうか」
 ゆるりと流れる旋律に身を任せてダンスを踊ること、何曲目だっただろう。
 さすがに少し息が上がってきたと、ノヴァが小休憩を提案すれば、ネムリアもこくりと頷いて。
 身体を動かして熱いくらいの身体を冷ますには、少し肌寒いくらいが丁度良い。
 ヒンヤリとした夜風に身体を冷ましてもらうため、二人はバルコニーの方へと向かって行く。
「ひんやりした夜風が気持ちいいね。さすがにはしゃぎ過ぎたかな」
 ゆるやかに吹く夜風が、ネムリアの銀糸のような髪を擽って通り過ぎていく。
 楽しみ過ぎたかもしれないと思うけれど、今日はハロウィンなのだ。少しくらい羽目を外しても、許されるはず。
「そういえばエドは何処へ行ったのだろう」
 風に吹かれて手のひらに飛び込んできた幻朧桜の花びらを二本の指で挟みながら。
 ノヴァが考えるのは、影朧の少年であるエドのこと。
 いつの間にか、大ホールから姿を消していたのだけれど。いったいどこに行ったのだろうか。
「なんだろう。その辺りにいそうな気がするのだけど」
 どうしてか、逢える気がする。
 そんな予感のままに庭園を見渡せば――お菓子を両手いっぱいに抱えて歩いている、小さなヴァンパイアの少年の姿がネムリアの目に飛び込んできた。
「姿が見えないと思ったら、思いきりハロウィンを楽しんでいたんだね」
 きっと、出逢う人出逢う人に『トリックオアトリート!』をしたり、お菓子を貰ったりしていたに違いない。
 口の中に、両手に、腕に携えたバッグにと。お菓子の山を抱えながら庭園を歩いているエドに、思わずノヴァの口から苦笑が漏れる。
 落とさないと、良いのだけど。
「あ、向こうも見つけてくれたみたいだ」
 なんて。小さなヴァンパイアのことを噂していれば、向こうもこちらに気付いたらしい。
 キラキラと星が映り込んだ瞳が、ノヴァとネムリアを見上げていた。
(「彼の行先に光がありますように」)
 ノヴァが小さく振る手に籠めるのは、一緒に過ごした楽しい時間へのお礼。
 それから、「行先に光がありますように」と。祈りと一つ。
(「どうか、目覚めたキミの旅路があたたかな祝福に満ちていますように」)
 ノヴァの隣でネムリアもまた、エドへと大きく手を振って。
 バルコニーから手を振る二人にエドもまた、その手を大きく振り返す。
 お互いの道が交錯したのは一瞬。これから、再び生の道を歩み始める彼と出逢うかどうかなんて、誰にも分からないけれど。
 お互いの旅路が希望で満ちたものでありますように。そう願う心は、きっと三人一緒で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永廻・春和
【にゃん】◆
(本年の猫又仮装で、ちょこ伯爵を抱え名残の舞踏会を眺め)
いえ、残念ながら私は伯爵の召使いという重役が御座いますので
左様ですか、良いお相手が見つかると良いですね
では此処で見守っておりますので、どうぞごゆっくり
(ちょこ伯爵の口元へお菓子を運びつつ、笑顔でさらり)

(私の探し人は、未だ何処かを彷徨った儘――此処には決して現れぬけれど――其々の一瞬の沈黙は察し、何も言わずに少し待って)
お二方が宜しいならば、参りましょうか

夜の古城を行く黒猫伯爵とは、ふふ、本当に絵になりますね
(エド様を見掛けたら、ハッピーハロウィンと餞のお菓子をお渡しして)
ええ、今宵の一時は限られど、この楽しい想いは末永く――


鈴丸・ちょこ
【にゃん】◆
(今年の紳士な伯爵姿で、猫又に抱えられ舞踏会見物へ)
おう、俺の目が黒い内は手出しさせねぇぞ
(春和に代わり伊織の手をぺしり)
何だ、透明人間と(訳:つまり独りで)踊る気か?

(面白可笑しく菓子を頬張りつつ、また舞踏会に目を戻せば――亡き戦友が平和を謳歌する夢幻が一瞬見えた気がするが、特に何をするでもなく)
さて――ぼちぼち庭や城内の探検に出るか

(腕から飛び出し、目を爛々と、尻尾をぴーんと――お澄ましモードでエスコヲト始め)
ふふん、ハロウィンらしくて良いだろ
(エドに会えば悪戯げに笑い)
おう、オマケで悪戯もいいぜ――伊織が受けて立つからよ
とことん楽しみ尽くして、菓子も幸いもとことん持っていきな


呉羽・伊織
【にゃん】◆
(初年のチェシャ姿で舞踏会眺めつつ
猫又もちらっ)
折角だしオレ達も如何?
ホラ、伯爵はオレの肩に乗って良いから、猫又チャンはお手をドーゾ!(すかさず違う手が!)
くっ、じゃあオレは他の淑女をエスコートしてくるからな~!
…冗談ダヨ(スン)
つか透明人間て何、失礼にゃー!(思わず噛み)
あっお菓子までズルイ!

(戯れつつ再び舞踏会見遣れば
一瞬だけ楽しげな恩師の面影が過れど
――深追いはせず)
ん、じゃ先ずは庭で夜風に当たろーぜ

しっかし黒猫はホント良く映える舞台だな!
お、エドもハッピーハロウィン!
って待て悪戯猫ー!
全く――改めて、だ!
旅立と祝福の鐘が響くまで――その先までも、楽しい時間を!(菓子を贈り)



●最高の一夜に
 遠く遠く。ホールの中から飛び出して、夜の静寂をゆったりと揺らして。
 大ホールに響く音色は何処までも遠く、広がっていく。
 まだまだ踊り足りない人々で未だ賑わう舞踏会の会場は、閉幕の挨拶前とは一変して、煌びやかな輝きに包まれていた。
 仮装そのままに踊りを楽しむ人々。夜会服に着替え直して、魔法の時間を味わう人々。
 舞踏会の場は、一層個性溢れる服装で溢れ返っている。
 そんな大ホールの様子を眺め、ゆるりと揺れる尻尾が四つ。「にゃん」な面々な二人と一匹が持つ、四つの猫の尻尾だった。
「折角だしオレ達も如何?」
 舞踏会に花開くのは、美しく着飾った老若男女の姿。
 今からでも、あの花束に紛れるのは遅くはない。
 そんな思いのまま、視線は隣の桜色が美しい着物ドレスな少女の方へ。
 頭をチェシャ猫に食べられている、西洋服に身を包んだ男――呉羽・伊織(翳・f03578)がちらっと誘いかければ、ドレスと同じ色彩の瞳が伊織を捉えた。
 なお、少女の手のなかでふんぞり返っている黒猫伯爵は完璧スルーである。その位置変わって欲しいとか、そんなことは思っちゃいない。決して。
「ホラ、伯爵はオレの肩に乗って良いから、猫又チャンはお手をドーゾ!」
「おう、俺の目が黒い内は手出しさせねぇぞ」
 猫又チャンへと差し伸べられた伊織の手は、儚くも猫又チャンに届く前に、横からにょきっと伸びてきた黒いおててに遮られることとなる。
 伊織の「お手をドーゾ!」に、超猫的な反応を示してみせたのは――ジャック・オ・ランタンなシルクハットを被り、マントを羽織った鈴丸・ちょこ(不惑・f24585)だ。
 愛らしいにゃんこなおててを伊織の手に乗せたまま……数秒の間をたっぷりともたせて、それからちょこは無遠慮にペシっ! と華麗に伊織の手を叩き落とした。
 猫又チャンへのお触りは厳禁なのである。
「いえ、残念ながら私は伯爵の召使いという重役が御座いますので」
 ちょこに手を叩き落とされたままの格好で固まる伊織にトドメを刺したのは、永廻・春和(春和景明・f22608)による無慈悲なお断りのお返事だった。
 尻尾代わりの帯をゆらゆらと揺らしながら、春和は伊織へとニッコリ可愛らしく笑って――でも、その口から放たれたのは、容赦のないお断りのお返事なのである。
 お断りの言葉に、即座に拗ねたのは伊織だった。
「くっ、じゃあオレは他の淑女をエスコートしてくるからな~!」
 苦し紛れに発せられた声も、春和とちょこはどこ吹く風で。
 のんびりとビュッフェコーナーのお菓子を選びながら、ゆるりと伊織に尻尾を振って見送るスタンスの様。
「左様ですか、良いお相手が見つかると良いですね。
 では此処で見守っておりますので、どうぞごゆっくり」
 オバケなクッキーをちょこ伯爵の口元へ運びつつ、春和は青空のように清々しい笑顔でさらりと言いきった。
 給仕とて、召使いの立派なお仕事なのである。チェシャ猫に絡まれたくらいで中断していては、ちょこ伯爵の召使いは務まらないというもの。
「何だ、透明人間と(訳:つまり独りで)踊る気か?」
 「ごろにゃあん」と、春和の腕の中でこれ見よがしに寛ぎながら。
 口元まで運んでもらったクッキーを噛み砕きつつ、フッと鼻で笑っておくことも忘れない。
 今日の伊織はチェシャ猫なのだ。最悪、一人でも面白可笑しく踊れるだろう。
「……冗談ダヨ」
 伊織は残念イケメンなのだ。フリーな淑女に声をかけたところで、断られることを一人と一匹は予想済み。
 誰にも乗って貰えなかったという事実に「スン……」と肩を落としてしょんもりしたかと思えば。
 次に耳に飛び込んできた、ちょこによる失礼極まりない言葉に、被っていた「落ち込んでます」な猫の皮を盛大に脱ぎ捨てながら、伊織は叫ぶ。
「つか透明人間て何、失礼にゃー!」
「……少女の『にゃー』は可愛らしいが、良い年迎えた男の『にゃー』は……な?」
「いやいや!? ちょっと噛んだだけで、狙った訳じゃないヨ!?
 あっお菓子までズルイ!」
 頭に住み着くチェシャ猫にがぶがぶと噛まれながら。未だぎゃいぎゃいと騒ぐ伊織がまだ何やら喚いているが、その全てをちょこは華麗に聞き流した。
 春和に次を強請れば、すかさず美味しいお菓子が口元に運ばれてくるのだ。召使いは非常に優秀といえよう。チェシャ猫の方は……今後に期待だが。
 ハロウィンなお菓子を頬張りつつ、ふとちょこが舞踏会に目を戻せば――一瞬、舞踏会という平和を謳歌している戦友の姿が見えたような。
(「ま、ハロウィンの日だ。そんなこともあんだろ」)
 亡き戦友と視線が交わったのは、一瞬。しかし、特に何をするわけでもなく。
 あっちはあっちで、こっちはこっちで楽しんでいるのだ。水を差すのも悪い。
 そんなことを考えながら、ちょこは春和に次を強請る。
「ねぇ? 猫又チャン? お仕事がいそがしーなら、終わりならドーヨ?
 何時くらいが空きそう?」
「生憎、今日は一日伯爵に付き添う予定がございますので」
「デスヨネ!!」
 もはや恒例行事兼日常風景とした、伊織を始めとする少しの「戯れ」。
 舞踏会という千載一遇のロマンチックなシチュエーションに、どうにか春和を誘おうとするも……にべもなく断られるのも、いつものことで。
 賑やかしとして舞踏会を盛り上げる結果を導きつつ。騒ぐ伊織は、誰かに見られているような気配を感じて。
 ホールの中央で舞う人々を眺めながら、ビュッフェコーナーの軽食を楽しむ人波。その中に一瞬、楽しげに料理を口に運ぶ恩師の面影が過った――気がした。
 しかし、深追いはせずに。
 伊織は再び、春和とチョコの方へと視線を戻すのだ。
(「私の探し人は、未だ何処かを彷徨った儘――此処には決して現れぬけれど――」)
 伊織とちょこは、誰かを見つけたのだろう。
 賑わいの中に訪れた、不自然な沈黙。その一瞬の沈黙が齎す意味を、春和は機敏に拾い上げた。
 春和自身の探し人は、未だ何処かを彷徨った儘。この場に訪れることがあり得なければ、「もしも」を期待できることも無い。
 そのことを少しだけ寂しく思いつつも、「誰か」を見つけ出せた一人と一匹には何も言わずに――少し待つことを決めた。
「さて――ぼちぼち庭や城内の探検に出るか」
「ん、じゃ先ずは庭で夜風に当たろーぜ」
「お二方が宜しいならば、参りましょうか」
 ちょこも伊織も、振り返らなかった。それが答えなのだろう。
 お二方が良いのなら、春和が言うことは何もない。
 城内探検の行く先は、まずは庭園に。
 行く先が定まるや否や、エスコヲトする気満々のちょこは春和の腕からぴょこん! と飛び出し――尻尾をぴーんと伸ばし、目をシャンデリアの明かりにも負けないくらい爛々と輝かせて、お澄ましモードへ。
「ふふん、ハロウィンらしくて良いだろ」
「夜の古城を行く黒猫伯爵とは、ふふ、本当に絵になりますね」
 春和が手にした提灯の明かりをスポットライトの代わりにして。胸を張ってテコテコと広ーい廊下の真ん中を歩く黒猫伯爵は、とびきり絵になっていた。
 先陣を切って進むちょこにクスリと春和が微笑みを零して。
 愛らしく格好良いちょこ伯爵とハロウィンの相性は、他の誰にも負けないくらいバッチリなのだから。
「しっかし黒猫はホント良く映える舞台だな!
 ん? 見方によっちゃ爛々と光る金色の目玉が暗闇に浮かんでるんだから、ある意味ホラー?」
「深夜に誰もいない古城。暗闇に浮かび上がるちょこ伯爵のお目目……ホラーな物語には、お誂え向きの舞台ですね」
「ホラーと言えば、切り離せないのが怪物による犠牲者だろ?
 オープニングで即退場する犠牲者は、やっぱ伊織か?」
「なんでオレ!? 本編序盤にすら登場させて貰えないのかな!? ソーデスカ!」
「ほら……呉羽様が登場なさいますと、雰囲気が一気に崩壊してしまいますから」
「ま、ホラーは無理でもホラーコメディなら行けると思うぜ」
「コメディって!」
 幽霊が出ると噂の古城内も、二人と一匹で進めば、自然と賑やかになってしまうもの。
 テコテコとちょこ伯爵のエスコヲトのまま歩んでいけば、庭園へと繋がる大きな石造りの門が目に入ってくる。
 庭園へと足を踏み入れれば、丁度、影朧の少年が門に程近いベンチに座ってお菓子を頬張っているところで。
「お、エドもハッピーハロウィン!」
『こんばんは。……と、ハッピーハロウィン!』
 二人と一匹に気付いたエドは、ベンチから立ち上がって。
 元気良くハロウィンの挨拶を告げてくれた。
「ええ。ハッピーハロウィン。素敵なお時間を」
 春和が餞のお菓子をそうっとエドに手渡せば、『ありがとう!』と明るいお礼が返ってくる。
 目を輝かせてお菓子を心底嬉しそうに受け取る少年に、春和またふわりと表情を緩めた。
 記憶は無くなっても。彼が今宵此処で感じた想いは残り続けるだろうから。
「おう、オマケで悪戯もいいぜ――伊織が受けて立つからよ」
「って待て悪戯猫ー!」
 ニヤリと悪戯な笑みを浮かべたほーどぼいるど・ちょこ伯爵が、ちょいちょいと伊織を指差して示す。
 お菓子だけじゃ詰まらないっていうのなら、悪戯の標的に最適なのが此処に約一匹。
 愉快なチェシャ猫なら、笑って受け止めてくれるはずである。
『えっと……じゃあ、食べる?』
「あら、ロシアンルーレットのチョコレートですね?」
「エドも乗らなくて良いからね!?」
 お菓子と悪戯が手に手を取って一緒にやっていた。
 エドから差し出されたロシアンルーレットなチョコレートに、伊織は全力で頭を振る。チラッとパッケージが見えたけど、外れが当たる確率の方が絶対に高かったから!
「全く――改めて、だ!
 旅立と祝福の鐘が響くまで――その先までも、楽しい時間を!」
「ええ、今宵の一時は限られど、この楽しい想いは末永く――」
「おう。とことん楽しみ尽くして、菓子も幸いもとことん持っていきな」
 餞へと、各々が用意したお菓子を手渡し。旅立ちを祈る想いと言葉は三者三様。
 別れの鐘の音は、同時に、旅立ちと新たな出発を告げる鐘でもあるのだから。
 静かな庭園に、賑やかな四つの話し声が広がり始めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◆
客室で過ごす

うわぁ、すっごい豪華だねぇ
おとぎ話の世界の王子様やお姫様が過ごしていそうな部屋
天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ
ベッドに勢い良く座り込んでそのふかふかさを堪能

えー、駄目だよ梓
だってまだハロウィンなんだもの
零時を告げる鐘が鳴るまで
俺はご主人様、君は従順なペット

…そう、まだハロウィンだから
ちょっとばかり酔狂なことを思いつく
仮装はそのままに、真の姿解放(ステシ活性化画像参照
今の俺は真似事ではなくヴァンパイアそのもの
積極的になりたいとは思わない姿だけど
今は梓しか見ていないから

おいで、梓
ベッドに腰掛ける俺の目の前まで梓を呼び寄せ
彼の手を取り、おもむろに袖をめくり
そして…がぶりと噛み付く
鋭い犬歯で貫かれた皮膚から紅い血が流れ
それを愛おしそうに舐め取る
別に血を吸わなければ空腹で死ぬわけでもない
戦いで流れすぎた血を補給する為に吸血を行ったこともあるが
今はそんな必要も無い
正真正銘、ただの戯れ


乱獅子・梓
【不死蝶】◆
おぉ…まさに古城の一室って感じだな
家具も調度品も、あれもこれも豪華で逆に何だか落ち着かない

ところで、もう舞踏会は終わったんだから
この仮装脱いでもいいよな? …駄目なのか
仕方ない、あと少しの時間
このワガママなご主人様に付き合ってやるとするか

突然真の姿を晒す綾にギョッとする
この姿を見たのは過去に数回、激しい戦いの最中だけ
こんな、何の脅威も無い穏やかな時間に
まじまじと眺めるのは初めてだ
さっきまで豪華な部屋にはしゃぐ子供のようだったのに
今はまるでこの古城の主のような風格すら感じる

そんな主に呼び寄せられれば逆らえるはずもなく
言われるがまま近付き、腕を取られ……噛まれた
ちょっ…!!?
あまりに自然な動作にボーッと眺めていたが
腕に走る突然に痛みに嫌でも覚醒する

ったく、ペットの血を啜るご主人様なんて居るか?
むしろ、お前のほうが犬みたいだな?
からかいながらも、物好きなご主人様が満足するまで
しばしの戯れに興じてやるのだった



●Lunatic
 繊細に編まれたレースのカーテンを潜り抜けて、青白い夜の気配が静かに室内に忍び込んでいた。
 どっしりとした佇まいのソファーやチェア。薔薇の活けられた花瓶に、風景を描いた絵画。薄い布を何枚も重ねて作り上げられた天蓋の向こう側に、ふわふわとした雲のようなクッションの存在が見え隠れ。
 長い年月をこの城で過ごしてきたであろう家具たちが、そっと忍び込んできた月光を受け、ぼんやりと仄かに浮かび上がっている。
「うわぁ、すっごい豪華だねぇ」
 クルクルと片手で客室の鍵を軽やかに回しながら、「どんなのかなー」と軽い調子でお伽話の世界へと繋がる扉を開けた灰神楽・綾を待っていたのは、豪華絢爛なホテルの客室であった。
 家具たちにとっては、宿泊客の驚く顔など見慣れているのだろうか。
 古城をテーマにした写真集に載っていてもおかしくはないほどの内装が、なんてことないさと澄まし顔で二人のことを出迎えている。
「おぉ……まさに古城の一室って感じだな」
 この時ばかりは、非日常を呑気に楽しんでいる楽天的な綾が羨ましいと心底思った。
 鼻歌交じりに散歩するかのような足取りのまま室内へと足を踏み入れる綾を、乱獅子・梓は未だ廊下から――顔だけ覗かせて、冷や汗まじりに内装を眺めている。
「ロココ様式の……猫脚家具って言うんだったか?」
 家具も調度品も、「豪華」の一言に尽きた。
 お伽話の世界の王子様やお姫様が実際に生活していても、何ら違和感を感じない。
 最も、梓にしてみれば――ファンタジーの世界に迷い込んだという興奮や感動よりも、目の前の豪華な家具や調度品の存在に感じる緊張の方が強かったのだが。
 ちょっと力を加えれば、「ボキッ」といってしまいそうな家具の足。装飾性重視の華奢な造りとは言え、何百年と現存しているのだから耐久性はお墨付きなのだろうが、見た目的にどうしても心配になってしまう。
「天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ。ね、梓もそうでしょ?」
「そうだけどな。そうだけどな……!?」
 言い終わるか終わらないかのうちに、ボフンとベッドに勢い良く座り込んだ綾を、ひやひやしながら見守る梓。
 あれほど勢い良く座り込めば……と梓の心配に対して、天蓋付きのベッドはしっかりと綾の飛び込みを受け止めてくれたようだ。きしみ音一つすら立たなかった。
「うわぁ。沈むね、これ」
 体重をかけたら、かけた分だけ。返ってくるのは沈み込みつつも、自分の身体をふんわり包み込むようなふかふかとした感覚で。
 雲の上で寝転んでいるかのようなふかふかさを堪能している綾を見守りつつも、今の梓はまだ従者なのだ。
 自由奔放で気ままなご主人様の「注文」があった際に即座に行動できるように、ベッドのすぐ横に控えつつも、梓は客室に入ってから抱いていた、かねてからの疑問を投げかけた。
「ところで、もう舞踏会は終わったんだからこの仮装脱いでもいいよな?」
「えー、駄目だよ梓。だってまだハロウィンなんだもの」
 優雅にベッドに腰掛け、ゆったりと足を組んだまま。自由気ままなご主人様は、従者へとゆるい笑顔で「駄目」を告げる。
 聞き分けの悪い幼子を諭すように、静かに頭を振りながら。
「零時を告げる鐘が鳴るまで俺はご主人様、君は従順なペット」
 新月よりも細い瞳を、一層細めて。梓のご主人様は、かくも楽しげに言いきった。
「……駄目なのか」
 言葉以上に耳は正直であったらしい。
 「待て」を聞いた途端に根元からへにょった狼耳を見て、クツクツと小さな笑いが生まれる。
 「ご主人様と従者」という設定が大層お気に召しているのか、ハロウィンを存分に満喫しているのか、梓のご主人様はとても上機嫌である様だ。
 なかなかに突飛な発想をされるらしいご主人様に内心では頭を抱えつつも、仕方がない。苦労人な従者は、ベッドの脇に控えたままふうっと小さく息を吐き出した。
(「仕方ない、あと少しの時間、このワガママなご主人様に付き合ってやるとするか」)
 時刻はもう間もなく、午前零時へと到達する。そうすれば、綾の奴も「楽しかった」とか言いながら解放してくれるに違いない。
 それまでの辛抱だと気を引き締め直して姿勢を正す梓の姿を、ベッドに身体を預けた綾は無言で見つめていた。
 無言で梓を見つめていた綾の瞳が、今度はスゥっと妖しげに細められる。
「……そう、まだハロウィンだから」
 カーテンは降ろされていなかった。豪華なものだからと、カーテン一つにすら、梓が触れるのを躊躇ったから。
 灯りは灯っていなかった。はしゃぐ自分をひやひや見つめていて、梓はそれどころでは無かったから。
 窓から差し込む青白い月光に照らされてぼんやりと浮かび上がる男は、大理石像のような造り物めいた美しさを抱いていた。
 反応を見せたのは、先の「待て」の一件だけで、後は微動だにしない耳と尻尾も。降り注ぐ月光を反射させて、鋭い光を跳ね返す短く切り揃えられた銀の髪も。黒いレンズ越しに何処か遠くを見ているようなその仕草も。
 まるで、この部屋を彩る美術品の一つに埋没してしまったかのような。呼吸音すら感じさせずに彫刻の如く佇む男を見ていて思い付いたのは、少しばかり酔狂なこと。
 そう。これは余興。ほんの戯れ。
 どうせ、この客室には自分と梓しかいないのだ。偶には「普通の人」ぶらなくても良いんじゃないか?
(「積極的になりたいとは思わない姿だけど、今は梓しか見ていないから」)
 思い付きと、衝動のままに。
 綾の背中から生えた大きな蝙蝠のような翼が、室内に差し込む月明かりを遮った。
 不意に光源が無くなったことを。突然、床に大きな翼の影が差したことを。無言で傍に控えていた従者は、さぞかし不思議に思ったのだろう。
 人形からヴァンパイアの形へと姿を変える足元の影をギョッとしたように見つめ。それから、慌ててこちらへと顔を上げて。
 真の姿を晒した綾は、瞠目して己を見つめる梓に、静かに微笑みかける。

「おいで、梓」

 ダンスでも申し込むような優雅な動作で差し伸ばされるのは、「戯れ」への誘い。
 「おいで」なんて可愛らしい言葉で、手招いて。辛うじて「お願い」の体は保ってはいるものの、従者にとってその言葉は「命令」に程近い。
 何かを申し付けられたとき、即座に動けるようにベッドサイドに控えていたと云うのに。何故だか、その時ばかりはすぐに動くことができなかった。
 即座に動けないのは、従者失格なんじゃないか? とか。妙に冷静な頭の一部で場違いな感想を抱きつつ、梓は酔狂なご主人様を仰ぎ見る。
 目の前の吸血鬼は、その顔に穏やかな微笑みを湛えたまま。従者がその手を取る瞬間を、ただただ静かに待ち続けていた。
(「こんな、何の脅威も無い穏やかな時間に、」)
 鋭く伸びた爪と犬歯。紅い軌跡を描きながら、舞う様に飛ぶ蝶の群れ。翻されるのは、窓を覆い隠すほどに大きな翼で。
 月光を遮る形で晒されたのは、紛れもなく綾の真の姿だった。
 綾に一番近しい存在である梓ですら、この姿を見たのは過去に数回――血で血を洗うような、激しい戦いの最中だけ。
 こんな穏やかな時間に綾がその姿を晒すのは、今日が初めてのことだった。
(「まじまじと眺めるのは初めてだ」)
 殺るか、殺られるか。一瞬たりとも気が抜けなかった。
 数回見る機会があったと言っても、そのどれもが戦いの最中だ。綾だけをぼうっと眺めてる暇など無く。
 綾の事を見ていたという割には、その姿の細部が記憶に残っていなかったことに、梓は今になって気が付いた。
(「見ていたのか? 俺は綾を、本当に、」)
 見た。見て来た。本当は、ただそれだけだったのかもしれない。
 命を賭すほどの重要な場面に限って、攻撃は綾頼みになってしまう。支援や攪乱に徹することになってしまう己が、ただただ歯がゆかった。
 時折ふと、胸を過る感覚がある――それは、いつか綾が何処か遠くにいってしまうような、言うならば悪い予感のようなソレで。
 最近で言えば……確か、この姿を見たのは「偽神」の力を宿し、立ち向かっていく時だった。
 あの時に視たのだ。何処までも飛んでいく、「揚羽」の姿を。
 戦場にだけ舞う。戦場でだけ舞うことのできる、「揚羽」の姿を。
 きっとそれは、地獄への片道切符だ。帰りの分なんてあるはずもない。あるはずがない。最初から、用意されてはいないのだから。
 この背を見失ってはいけないと、酷く思う。
(「なんだ、この差は……。
 さっきまで豪華な部屋にはしゃぐ子供のようだったのに、今はまるでこの古城の主のような風格すら感じるじゃないか」)
 きっと、そのどちらもが綾の姿なのだ。付け加えるのならば――古城の主のような今の風貌が、より綾の本性に近しいのだろうが。

「あずさ。こっちに、おいで」

 佇んだままの従者に焦れたのか、もう一度、綾は先の台詞を繰り返し言い聞かせてみせた。
 一言一言区切るように、ゆっくりと。告げられる。
 絶対的な強者たる風格を見せた主人に、逆らえるはずもなく。
 一歩一歩、不確かな足取りで、綾の元へと。
 操り人形のように足を踏み出す度にチラつくのは、紅い軌跡だった。梓の視界の端で、真紅の蝶が煩いくらいに舞っている。
 ――夢と現が、曖昧になる。

 梓が自分の目の前まで辿り着いたの見、綾は満足そうに頬をつり上げた。
 梓は、手を伸ばせばすぐ触れられる距離にいる。
 軽い調子で、しかし、決して逃げられぬように。
 梓の手を取った綾はおもむろにその袖を捲り上げると――躊躇いも無く、その腕に噛みついた。
 ガブリ、と。犬歯が肌を貫き穴を開ける、鈍くも柔らかな感触が歯髄を伝って届けられる。
 腕の内側という柔い部位に穴を開けるのは、実に容易いことだ。
 プッツリと開いた穴から溢れ出し、静かに滴り落ちるのは、従者である男の紅い血液。
 血が流れ出ると共にむせ返る鉄の匂いに、クラクラとした目眩のようなものも感じて。
 戦場での殺し合いをする時とも、酒に酔った時とも、また違う。甘く痺れてしまいそうな、それだ。
 肘から、徐々に指先の方へ。遡るように。静かに流れ落ちる紅い雫を一滴たりとも零してしまわぬようにと、唇を這わせ、丁寧に舐め取っていく。
 別に血を吸わなければ、空腹で死ぬわけでもない。
 戦いで流れ過ぎた血を補給する為に吸血を行ったこともあるが、今はそんな必要も無い。
 これは正真正銘、ただの戯れなのだ。
 戯れは、戯れのまま。今しがた己が開けたばかりの二つの穴の縁をなぞり、そこに強く吸い付けば、

「ちょっ……!!?」

 さすがの梓も、我に返った。
 それを心の何処かで勿体なく感じながらも、綾は目の前の従順なペットへと、いつものようにヘラヘラとした笑みを向ける。
 口の端を、ペットである男の血で紅く染めたまま。

「ったく、ペットの血を啜るご主人様なんて居るか?
 むしろ、お前のほうが犬みたいだな?」
「んー?」

 梓の腕を軽く食んだまま、ごにょごにょと言葉未満の何かを呟いてみせる綾は、すっかりいつもの綾だ。
 まさか、腕を噛まれるとは思ってもいなかったが。と。梓は内心で苦笑を浮かべる。
 あまりにも自然な動作で袖を捲り、犬歯を突き立てるものだから。梓自身もボーッと、我を忘れたように眺めてしまっていた。
 逃がすまいとしっかり腕を掴んだまま、流れ落ちる鮮血を何処か嬉しそうな様子で啜っている綾。これでは、どちらがペットであるのか。梓のご主人様は、大層なもの好きであるらしい。
 こうなってしまっては、満足するまで解放させてくれないだろう。
 口ではペットでは何だと揶揄いつつも、梓の胸を覆っていくのは別の感想だ。
 恐らく、布越しの視界には自分を捉えたまま。決して俺から視線を逸らさずにあぐあぐと甘噛みしてみせる辺り、とんだ策士だなとか、そんな感想を抱きながら。
 主人と従者は、もう暫しの戯れに耽るのであった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

イリーネ・コルネイユ
怜くん(f27330)と
私の好きな花、憶えていてくださったのですね

エドくん、お花とっても綺麗ですね
まだこんなに小さな男の子
行く先を願わずにはいられない
今日よりもっとたくさん、楽しくて素敵な日々がきっと貴方を待っていますわ

叶うなら最後まで傍に
もし別の場所へ行くなら引き止めはせず
穏やかな眼差しで見送りながら
思うのは、いつか来る最期のこと
夫と、人間としての私を殺した相手への復讐を遂げたら、きっともう私は生きられない
憎しみこそが今の私を生かしているのだから
何より…私は夫の元へ還りたい

けれど、今この時間や関わってくれる人達を大切に思う気持ちは本当で
まだ生きていたいと願うようになってしまったら…?
それがとても怖い
私には憎しみだけだったのに、おかしいな

肩にかかる温もりに
ありがとう、怜くん
いつか私が去るその時まで、同じ時間を過ごすと約束してくれた
身勝手な願いを受け入れてくれた
とても優しいひと

貴方は今何を思うのだろう
確かめたくて、こちらを見てほしくて伸ばした手
けれど、身勝手な私から触れることはできなかった


水澤・怜
イリーネ(f30952)と庭園へ
君の好きな白バラと、幻朧桜の競演が見られるかもしれん
…ダンスでオーバーヒートしかけた頭を冷やしたかったのもあるが…それは秘密だ

庭園のエドに声をかける
心残りは…晴れたか?
普段なら手荒な事も含め影朧を転生させるのが俺の仕事だが…今日は大丈夫だろう
君の行く先に幸あれと、必要ならば桜の癒しを
還っていくエドを見上げ
ちらり、横の彼女に目をやる

いずれ君も天へ還る身
先に待つ、想い人の所へ還る事を望む身
その時俺は…素直に笑って見送れるだろうか?
転生を司る身でありながら未練がましく情けないとは思う
それでも俺は…気づいてしまった自身の想いにまだ嘘をつけそうにない
憎しみから解き放たれた君が心から笑える日が来ればと
本懐を成し遂げた後も君が生き残ってくれたらと
どうしても願ってしまう
…最期まで見送ると約束しておいてずるいな、俺は
心の中で呟いて

…寒くはないか?
そう言って自身の羽織るマントを彼女の肩へ
再び桜吹雪と空を見上げる
彼女の側にいると温かいのに切なくて…やはり目を合わせられそうにない



●別れの前に、花の名を
 きっとこの冷たい身体が再びの終わりを迎え、灰に還った後も。
 穢れ無き白薔薇の花は、何も変わらずに咲き誇り続けるのだろう。
 ずっとずっと、気の遠くなるような時間を。同じ場所で。
 白薔薇なんて花は有り触れている上に、老若男女問わず人気のある花だから、きっと街中のそこら中で見つけてしまうはずだ。
 薔薇は「花の女王」という別名があるくらい人気の花で、古くから品種改良も盛んに行われている。それが進んだ今、薔薇に季節なんてあるようでいて、その実無いようなもので。
 きっと、見ないように努めていても、ふとした瞬間にその白を視界の端に捉えてしまうはずだ。
 白薔薇を目にするたび、私を思い返すこと。少しだけ、申し訳なく思う。
 解けぬ呪いと記憶を遺していってしまう、だろうことも。
 
 一年に一度と言わずに、白薔薇は一年を通して咲き続けるのだから。
 忘れることも出来なくなるのだろうか。忘れないでいてくれるのだろうか。私のことを。
 彼だけじゃない。私に関わってくれている人達皆に、そんなことを思っていた。

「君の好きな白バラと、幻朧桜の競演が見られるかもしれん」
 水澤・怜はイリーネ・コルネイユを連れ立って、薔薇が咲き誇る古城の庭園へと足を踏み入れていた。
 「薔薇が美しい」と聞いていたから。怜の故郷の象徴とも呼べる幻朧桜と、イリーネの好きな花である白薔薇と。
 雪の様に舞い散る淡桜色と、地表を彩る穢れなき新雪色はきっと、息を飲むほどに美しい。その二つの共演を、是非とも彼女に見せたかったのだ。
(「……ダンスでオーバーヒートしかけた頭を冷やしたかったのもあるが……それは秘密だ」)
 頼むから気付いてくれるな、と。
 未だに冷めぬ頭と体温に内心でヒヤヒヤしていたが、幸い、薔薇に夢中なイリーネは「もう一つの理由」には気付いてはいない様であった。
 怜がその横顔をじっと見つめているのにも気付かずに、夢中になって庭園に咲き誇る白薔薇を眺めている。
「私の好きな花、憶えていてくださったのですね」
 だって、イリーネの好きな花なのだ。忘れるはずがない、とか。交流のある人間の好きな物を憶えておくのは当然では、とか。何とか。
 あ、でもこれ変に答えて不審に思われたらどうしよう、とか。
 勤勉である反面、色恋事には無知・無縁な怜である。こんな時に、咄嗟に気の利いた答えが出せる訳もなければ、出てくるはずもない。
 怜の脳裏を光速で言い訳の数々が流れては消えていっているが――そもそも、先の言葉自体が恐らく、「憶えていてくださった」というイリーネ自身のちょっとした感動から、自然と口から零れ落ちるように告げられた感想のようなもので。
 返事が無くともあまり気にはしないのだろうが、絶賛「言い訳」モードである怜はそのことに気付いていない。
 けれど、振り返ったイリーネがあまりにも無邪気に微笑むものだから。
 「まあ、良いか」と。怜の思考は、そこで打ち切られることになる。
 彼女が笑顔なら、きっと、それで良い。
「心残りは……晴れたか?」
 途方もない程に遠くの宇宙からこの地へと降り注ぐのは、優しい光を抱いた仄青い月明かりだ。
 静かに降り注ぐ月光を受けて、淡い青色に染まる白薔薇たち。月明かりを宿して一斉に咲き綻ぶ白薔薇の花園は、ただただ幻想的で「美しい」の一言に尽きた。
 何重にも続いた白薔薇のアーチを潜り抜けると、ちょっとした広場に出る。
 広場の真ん中。庭園一面を見渡せるガゼボの真下に、影朧の少年は居た。
 両手いっぱいに、誰かから貰ってきたお菓子を抱いて。その頬いっぱいに、想い出と楽しみを宿して。
『うん! いっぱい楽しめたから』
 心底幸せそうなその表情が、彼の導き出した答えだった。
 口の端に付いたチョコレート。髪に絡んだクッキーの食べかす。淹れられた紅茶からは、未だに湯気が上っている。
 沢山沢山遊んでもらったのだろう。とてもいっぱい、楽しい時間を誰かと過ごすことが出来たのだろう。
 未練は晴れた。もう、影朧の少年――エドが思い残すことは、無い。
(「……今日は大丈夫だろう」)
 怜は故郷を影朧に滅ぼされている。だから、影朧を討つため學徒兵として志願した。そんな経緯があった。
 影朧に対する激しい怒りに囚われるまま、癒しも与えずに数多くの影朧を斬ってきた――のも、今では過去のこと。
 武力だけでは人を癒せぬことに、気付いたのだから。
 影朧達にはせめてもの慰めとして、「癒し」を授けて、転生の道へと進ませたい。
 しかし、どうにもならない場合だって中には存在するのも、また事実。
 普段なら、手荒な事も含め影朧を転生させるのが、怜の仕事だった。しかし、今回は……エドなら、大丈夫だろう。何も、心配は必要ない。
 午前零時まで、残り僅かだ。それまでの間、もう少しだけ。彼が「ハロウィン」を楽しむのを、そっと見守ることにしよう。
「エドくん、お花とっても綺麗ですね」
『真っ白な薔薇だね。とってもキレイ!』
 イリーネはそっとしゃがみ込むと、目線を合わせてエドへと微笑みかける。
 二人が眺める先には、イリーネの好きな花である白薔薇が、ゆるやかに吹き抜ける夜風にその身を委ね、サラサラと微かに揺れていた。
 これから咲く小さな蕾も。今、見ごろを迎えている満開の花も。花弁の端が淡いセピア色に染まり、枯れかけている花も。
 そのどれもが、白薔薇であることに違いはないのに――つい、イリーネの視線が、枯れた白薔薇ばかり捉えてしまうのは、無意識からだろうか。
 「花の女王」である薔薇の花言葉は、色や本数、花の状態や種類でも異なっていて。
 枯れた白薔薇の花言葉は、
『お姉ちゃん、白い薔薇が好きなの?』
 そこまで考えたところで、イリーネはエドに話しかけられた。
 悔いを宿さぬ瞳が、穏やかに向けられている。
『だって、とても優しそうに見つめていたから!』
 無邪気に笑うその様は、年相応の男の子で。
 だって、まだこんなに小さな男の子なのだ。これからもっともっと、楽しい日々や出来事が彼を待っていたはずなのに。
 人生を短めに六十年と仮定しても、十年程しか生きられなかった。
 だから、新たな生の道を。行く先の幸せを、願わずにはいられない。
「今日よりもっとたくさん、楽しくて素敵な日々がきっと貴方を待っていますわ」
『ありがとう。お兄ちゃんとお姉ちゃんにも、ステキなことが訪れますように』
 無邪気に笑う少年は何も知らない。
 怜の葛藤も。イリーネの復讐心も。
 最愛の人と、人間としての自分を殺した相手への復讐。その達成の結末は、唯一つだけ。イリーネ自身の死だ。イリーネはその為に再びの生を生きている。
 少年の言葉を受け、胸の内に生じた複雑な感情は――曖昧に笑って誤魔化した。そして、話題を再び花のことへ。
「エドくん、好きな花はあるのですか?」
『僕? えっとね、僕はラベンダーが好き!
 息が苦しくてもね、よく眠れるようにって。姉ちゃんが、よく焚いてくれてたから。
 だから、最期も苦しくなかったよ』
「……そうか」
 相槌を打ちながら。怜はふと思う。
 エドの姉は、どのような思いで弟のことを見送ったのだろうか。
 いつか来る日に、自分はどのような思いで、イリーネのことを見送るのだろうか。
 少し考えたところで……答えは、出そうにない。
「そろそろ……時間だな。君の行く先に幸あれ」
「エドくん、またね」
 夢の終わりを告げる、午前零時の鐘が鳴り響き始める。
 怜が授けた桜の癒しを、エドはそうっと瞳を伏せて受け取った。
 イリーネが穏やかな眼差しで見送るなか――小さなヴァンパイアの少年の身体は、瞬く間に無数の桜吹雪となり、夜空の向こうへ。
 あっという間に夜空の彼方へと旅立っていった一陣の桜吹雪が去った方を見つめたまま、イリーネが思うのは、いつか来る最期のこと。
 いつか必ず訪れる、デッドマンとしての、最期の日のこと。
(「夫と、人間としての私を殺した相手への復讐を遂げたら、きっともう私は生きられない」)
 復讐を遂げたら。その瞬間、自分は何と思うのだろう。
 仄暗い達成感か、漸く夫に逢えるという安堵感か。それとも、これで終わりだという形容しがたい虚無感だろうか。
 復讐の終わりは、想像したところで、上手く思い描けそうにない。
(「憎しみこそが今の私を生かしているのだから。復讐の終わりが、デッドマンとしての私の終わり」)
 デッドマン。絶対的な存在であるはずの、死から蘇生した人間。
 彼ら彼女らが生前と変わりなく活動できるのも、ひとえにその魂を焼き焦がす程の激しい「衝動」があるからで。
 それは、愛情であったり、執着であったり。デッドマンによって様々だろう。
 イリーネの「衝動」が、「憎しみ」であるだけの話で。
 憎しみが途絶えたら、復讐が達成されたら。
 恐らくは、その瞬間に。
 奇跡は終わり、自分の身体は、再びの死を迎える。
 自分が「憎しみ」の他に、新たな「衝動」をこの魂に灯さぬ限り。
(「何より……私は夫の元へ還りたい。
 けれど、今この時間や関わってくれる人達を大切に思う気持ちは本当で。
 もし、まだ生きていたいと願うようになってしまったら……?」)
 そうなってしまうと、私が私で無くなってしまうようで。それがとても怖い。
 変わりたくは無いと、心が叫ぶ。
 生きることは、まだ生きていたいと願うことは。きっと、少しずつ忘れていってしまうことだろうから。
 少しずつ、変わっていくことだろうから。
 過去を忘れていって、関わってくれる人達との新しい思い出を記憶していって。そうして、生きていく。
 それでも。
 夫のことを、彼との日々を。少しでも忘れてしまうくらいなら。まだ生きていたいと続きを望んで、最愛の彼のことを思い出にしてしまうくらいなら。
 夫だけが「過去」になってしまうくらいなら。
 褪せない想い出を抱いたまま、彼の元へ。
 彼が待つ、私が本来還るべきであった場所へ。
 私が歩いて往く先には、過去が在るばかりなのに。
 今共に過ごしてくれている人達を大切に思っているのも、また事実で。
(「私には憎しみだけだったのに、おかしいな」)
 過去と、未来と。同じ人間が、同時に存在することはできない。
 どちらかを選ばないといけないなんて。世界はやはり、自分には優しくないらしい。
(「いずれ君も天へ還る身。先に待つ、想い人の所へ還る事を望む身。
 その時俺は……素直に笑って見送れるだろうか?」)
 エドが去った方角を見上げたまま、彫刻のように固まっているイリーネの横顔を、怜はそっと盗み見る。
 彼女のことを素直に笑って見送ることは……今はまだ、出来そうにない。
 復讐達成と、想い人の元へ還ることが彼女の本懐であると言うのに。そうはさせたくないと、心の底からそんな感情が浮かび上がってくる。
 桜の精であり、転生を司る身でありながら、未練がましく情けない。我ながら、そう思う。
 相手には還るべき場所があり。そこを目指しているというのに、それを心から喜べないなんて。
(「それでも、俺は……気づいてしまった自身の想いにまだ嘘をつけそうにない」)
 気付かない方が良かったのか。彼女に対する、己の気持ちは。彼女へと抱く、この感情の名は。
 そこまで考えたところで、怜はキッパリとそれを否定する。
 いいや、全て終わってから気付くよりも――こちらの方がずっと良い、と。
(「憎しみから解き放たれた君が心から笑える日が来れば。本懐を成し遂げた後も君が生き残ってくれたら……」)
 思い描くのは、荒唐無稽な理想の未来。
 決して訪れることはないであろう、続きの物語だ。
 来ないと分かっていても、「続き」を望まずに入られない。終わりたくない。終わらせたくもない。
 そんな感覚が、ゆっくりと身体を支配していく。
 エドの姉は、どうだったのだろうか。
 弟が元気に成長する未来を、必死に夢見ていたのではないだろうか。
 ラベンダーを目にするたびに、先に旅立った実の弟のことを思い出しているのではないだろうか。
 自分にそんな日は……来て欲しくない。
 白薔薇を見て、天へと還ったイリーネを思い出す日が来ないことを、切に。
 どうしても、願ってしまう。
(「……最期まで見送ると約束しておいてずるいな、俺は」)
 それでも、約束を交わした彼女のことを裏切るような真似はしたくない。
 「続き」を願う気持ちは、恐らく、知られてはいけない。
 心の中で、呟くに留めておいて。
 怜は、自身のマントをイリーネの肩へ。
「……寒くはないか?」
「ありがとう、怜くん」
 ふわりと肩に舞い降りた温もりに、イリーネが怜を見上げる。
 困ったような、曖昧な微笑みを浮かべる彼の姿が、目の前に在る。
(「いつか私が去るその時まで、同じ時間を過ごすと約束してくれた。
 身勝手な願いを受け入れてくれた――とても優しいひと」)
 貴方は今何を思うのだろう。何を思い、桜舞う夜空を見上げているのだろう。
 確かめたくて、こちらを見てほしくて。
 イリーネが伸ばした手は……しかし、すぐ傍の怜に辿り着くことはなく、少しの躊躇いの後に、そっと引っ込められる。
 残酷で身勝手なお願いをしたことは、自分自身が一番よく分かっているから。
 自分から、彼に触れることは……できなかった。
(「……やはり目を合わせられそうにない」)
 イリーネが自分へと何かを言いかけたことは、視界の端でチラつく彼女の様子から察せられた。
 けれど、目は……合わせられそうにない。
 彼女の側にいると、温かいのに切なくて。それがただただ、自分の胸を締め付けて。
(「……約束の時が訪れるまで。結論を導き出すまで、」)
 きっと、その時になってやっと分かる。
 彼女が何を選び取ったのかも、己が何を感じるのかも。
 その時になって、やっと判るのだから。
 手を伸ばせば届く距離なのに、それが途方もなく遠い。
 宙ぶらりんな距離を空けたまま――二人は暫くの間、空に舞う幻朧桜の花弁を見つめていた。
 結末が想像できないのなら。せめて、
 何れ来たるその時まで。せめて、後悔の無いように歩んでいかないと。そんなことを、思いながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年11月09日


挿絵イラスト