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ハロウィンの夜の迷い子〜ちいさなオバケのものがたり〜

#サクラミラージュ #お祭り2021 #ハロウィン

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#ハロウィン


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●小さなオバケの物語
 桜舞う帝都の軒先に、今夜はとてもたくさんのかぼちゃのランタンが並んでいます。笑顔の形にくり抜かれた目に、口に、蝋燭の灯りが揺れて辺りを橙色に照らします。
 今日はハロウィンの夜なのです。色んなお菓子や食べ物を売る屋台が散らばる大通りでは、行き交う誰もがいつもと違った装いをして、ランタンを手に、楽しげに笑みを交わします。
 ふと、誰かの影法師がゆらりと揺れました。立ち話にずっと夢中の持ち主をよそに、影はきょろきょろと辺りを見回して、やがて持ち主の元を離れて駆け回り、むくりと地面から起き出して子どもの姿になりました。
 それは小さな影朧でした。
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ!」
 年の頃は五つか六つ。コウモリの羽根みたいなぎざぎざの黒いマントに、黒いとんがり魔女帽子。帽子の下の顔は被ったかぼちゃに隠れてよくはうかがえませんけれども、声が弾んでいますから、きっとそのかぼちゃに刻まれたものと同じくらいの満面の笑顔なのでしょう。小さな影朧はやがて人混みを縫うようにひとり通りを駆け出します。
 痩せっぽっちの小さな両手に、かぼちゃをくり抜いて作った菓子入れをしっかりと握りしめ、道をゆく誰かの前に通せんぼ。
「お菓子ちょうだい!弟と妹の分も、いっぱいいっぱいお願いね!」
 
●ハロウィンの夜に
「菓子をやろう。悪戯はするな」
 魔女のような帽子を目深に被ったラファエラ・エヴァンジェリスタは、砂糖菓子の詰まった硝子のボンボニエールを差し出しながら猟兵たちに告げました。傍らに佇む白銀の鎧兜の騎士も今夜は死神の黒いローブなんて羽織らせられて、主従ともにハロウィンの装いはばっちりです。
「サクラミラージュのハロウィンで影朧が出る。弱い影朧ゆえに危険はない」
 差し出したはずの砂糖菓子を自分でひとつつまみながらラファエラは言います。
「まだ子どもだよ。菓子でも与えて遊んでやれば満足して消えるだろうが、そうは言っても影朧だ。帝都の住人は怖がって構ってやらぬ。ゆえに貴公らの出番だよ」
 ラファエラによると、街は仮装を楽しむ人で溢れて、色んなお菓子を売っている屋台なんかもあるそうです。小さな影朧はお菓子が欲しくて、遊んで欲しくて、大通りを行ったり来たり。少しだけその体が透けて光っていますから、見つけ出すのはきっと難しくはないでしょう。
「どうやらハロウィンを楽しみたいようだから、仮装をして行くと警戒され難いやもしれぬ」
 そう言いながらラファエラはもうひとつ砂糖菓子を手に取ります。どうやらとっても美味しいお菓子のようです。
「で、本来はこちらが本題だったのだが、貴公らの日頃の働きに感謝をこめて、帝都の外れの迎賓館でちょっとしたハロウィンの宴の用意があるらしい。……嗚呼、言わずともわかるであろう? 出来れば影朧も連れて行ってやっておくれ」
 黒とオレンジの鮮やかなパンプキンパイや、コウモリやお化けで飾った紫のケーキ、魔法みたいに炎を揺らしたカクテルに、不思議な色のフレッシュジュース。館にはハロウィンらしいそんな色んな食べ物や飲み物がたくさん用意されているのだそうです。
「無論、宴を楽しむだけでも構わぬよ。好き放題菓子を与えれば、あとはその場の空気だけでも十分に満足するだろう」
 黒い扇を広げてラファエラは微笑みます。
「それでは頼んだよ。貴公らも、良いハロウィンを」
 扇が揺れて黒い茨が視界いっぱいに広がった後、猟兵たちはハロウィンに浮き足立った帝都にいました。
 あちこちから誰かの楽しげな声が聞こえてきます。
「トリックオアトリート!」


lulu
luluです。ご機嫌よう。
ハロウィンのシナリオを一本だけ出させていただきたく。

●一章
街をうろつく小さな影朧と遊んだり餌付けたりしてやってください。
街の人は怖がって誰も影朧と遊んでくれません。

●二章
街のひとたちが猟兵たちの為にハロウィンパーティーの用意をしてくれています。
影朧もついてきます。たくさん食べて遊んで満足すると転生します。

●影朧について
かぼちゃを被った小さな子ども。五、六歳。
とっても腹ぺこ。痩せっぽちな女の子。

プレイング受付は断章投下後にタグにて告知を行います。
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第1章 日常 『夜半の夜話、影送り』

POW   :    望んだ儘にあれも此れも、存分に祭りを遊び尽くそう

SPD   :    足の向く儘、賑わいを遠目に眺む夜半の逍遥

WIZ   :    影絵を辿り、揺らぐ影達に想いを馳せる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ひとりぼっちのちいさなオバケ
 賑わっていた大通りで、小さな悲鳴があがります。
「影朧だわ!」
「嫌だ、桜學府は何をしているの?」
 行く手に立ってお菓子をねだった小さな影朧に、仮装姿の女学生たちは怖々と囁きをかわしてそっと踵を返します。きょとんとしてそれを見送った影朧は、次は自分と年の近い子どもを連れたご婦人のほうに向かいます。
「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃう!」
「お母さん、あの子……」
「坊や、早く行きましょう」
 何かを言いかけた子どもを促して、ご婦人は足早にその場を後にしてしまいます。
 賑やかな通りの中で、影朧の周りだけぽっかりと誰もいない空間がありました。それでも影朧は挫けずに、遠巻きに眺める人々に近づいてお菓子をねだります。けれども、影朧が動くたび、人の波が形を変えては、さあっと引いてゆくばかり。
 誰に声をかけても、どれだけお願いしてみても、影朧が持ったお菓子入れは空っぽのまま。周りのみんなはあんなに美味しそうな色とりどりのお菓子をたくさん持っているのに、もうずっと長いこと腹ぺこなのに、飴玉のたったひとつさえ誰も影朧にはくれないのです。
 小さな影朧は悲しくなって、かぼちゃでできたお菓子入れをぎゅっとその腕に抱きしめながら、俯きます。
ジュジュ・ブランロジエ

魔女の仮装
デザイン等全てお任せ
『』はメボンゴの台詞

小さい子は特に念入りに楽しませないとね!
子供には笑顔がなにより似合うんだから

南瓜オバケさん、こんばんは
可愛い衣装だね
お名前は?
私はジュジュ
『メボンゴはメボンゴだよ〜!』
ねえ、見て
何も持っていない手を翻すと袋入りの小さなクッキーが現れる
更に
掌に個包装の飴玉ひとつ
握って開くと飴玉がふたつに
私の悪戯、気に入ってくれた?

『メボンゴもあげる〜。手を出して』
星屑糖の缶を逆さまにして星型キャンディを両手いっぱいに
『お星様いっぱいで元気いっぱい』

お花もね!
クッキーを出したのと同じ動作で薔薇を出しオバケさんの帽子に飾る
更にもうひとつ
チョコレートでできた花を出す



●第一話:やさしい魔女のおはなし
 かぼちゃのランタンに照らされた大通りを魔女の装いの一人の少女が歩きます。魔女と言うには愛らしいので、もしかしたら魔女っ子なのかもしれません。ただひとつ言えるのは、彼女はきっと善い魔女だということです。
 黒いコルセットワンピースを身にまとい、黒いウィッチハットに温かいオレンジ色のリボンを留めて、片手にはお揃いの衣装を纏った白い兎頭のお人形。黒とオレンジがふんわりと重なる膝までのティアードスカートを揺らして、尖った爪先がくるりと上向くショートブーツで軽やかに石畳を鳴らしながら、少女ーージュジュ・ブランロジエは通りの真ん中に出来ていた少しの人だかりを慣れたもののようにくぐり抜けます。
 人だかりが避けるように遠巻きに囲んでいたその場所に、小さな影朧がぽつんと佇んでいました。
「南瓜オバケさん、こんばんは」
 かけられた明るい声に、小さな影朧はお菓子入れを抱きしめながら、はっとして顔を上げましたが、にわかには自分に向けられた言葉だと実感が持てないようでした。だって、誰もがこの影朧のことをずっと避けていましたから、笑顔のかぼちゃの被りものの下で、本当は今にも泣き出しそうだったのです。
「可愛い衣装だね」
 ジュジュが小さな影朧に目線を合わせるように、身をかがめながら語りかけます。戸惑っていた影朧も、優しい笑顔に安心したように、おずおずと頷きます。それに、衣装と言うなら目の前の彼女の帽子は、自分とよく似ている気がしましたから、仲間のような気がしたのです。
「お姉さんも、魔女なの?」
「うん。小さなお仲間を見つけたからつい声をかけちゃった」
『メボンゴも!メボンゴも魔女っ子だよ!仲間!』
 嬉しそうに答えた影朧に、ジュジュの腕の中の兎が元気よく手を上げて、自分の帽子を示します。ジュジュとお揃いのその帽子は、もちろん、影朧の帽子ともよく似ているのです。
「本当だ。君はメボンゴ?っていうの?」
「そうだよ。それで、私はジュジュ。小さな魔女さん、お名前は?」
「百花(ももか)。百花っていうの!」
「そっか。ね、百花ちゃん、見てて!」
 ジュジュがメボンゴを抱えていない方の手のひらを影朧の前で広げて見せます。その手のひらにも、指の間にも何も隠していないことをよく見せてから手を伏せて、もう一度くるりと翻してみせたなら、何と不思議なことでしょう。その手の上、リボンをかけた透明な袋の中で、ココアクッキーのコウモリがちょっぴり意地悪な笑顔をみせているのです。
「わぁ!どうやったの?ジュジュは本当の魔法が使えるの?」
「ふふふ。そうだよー?」
 はしゃぐ影朧の手にクッキーを渡してやりながら、ジュジュはにっこり笑います。
「魔法でこんなことも出来ちゃうんだよ!」
 開いて見せた手のひらに、真っ赤な包み紙の飴玉がひとつ。わぁ、と叫んだ影朧の目の前でもう一度手を握って、開けば、青い包み紙のものがもうひとつ。
「すごいすごい!」
「私の悪戯、気に入ってくれた?」
「うん!」
 飴玉たちも渡してやれば、影朧は飛び跳ねんばかりに喜びます。ジュジュはどうすれば人が喜ぶか誰よりもようく知っているのです。特に、こんな小さな子どもは念入りに喜ばせないといけません。子どもには笑顔が何より似合うのですから。
『食べないの?』
 腹ぺこのはずの影朧がクッキーも飴玉も大切そうにお菓子入れにしまうのを見て、メボンゴが首を傾げました。
「あ……これ、持って帰ってもいいかな?おうちに弟と妹がいて……」
『じゃあ、メボンゴが出血大サービスしちゃう!』
 メボンゴが頼もしく胸を叩いて見せて、魔法はまだまだ続きます。その小さな手に持った小さな星屑糖の缶をかぼちゃのお菓子入れの上で逆さまに振ったなら、溢れ出るのは星の形のキャンディでした。こんなに小さな缶のどこにこれだけたくさんのキャンディが収まっていたのでしょうか。色とりどりのキャンディがお菓子入れをいっぱいに満たしてゆく様は、小さな影朧の瞳には、夜空の星の全部を集めて来たかのようにも映るのです。
「こんなにたくさん……!」
『お星様いっぱいで元気いっぱい!』
 溢れそうになった星のひとつを影朧はつまんで、かぼちゃの被りものの笑った口元に放り込みます。ずっと笑顔のかぼちゃが一層笑顔になったように思われました。
「美味しい!ジュジュ、メボンゴ、ありがとう!」
 影朧が手にしたお菓子入れの中、溢れんばかりにあったキャンディが、器の底が抜けているかの様に減って行きます。もしかしたら、彼女の家で待つ弟や妹たちに贈られたのかもしれません。
「プレゼントがあとふたつ。まずは、百花ちゃんのお名前に合わせたお花と」
 クッキーの時と同じように、ジュジュが虚空から取り出して見せたのは一輪のコスモスの花でした。それを健気な影朧の帽子に飾ってあげると、影朧の表情は見えないのに、照れたように笑うのがありありと伝わります。
「はい、もうひとつ。これもお花。あ、これは百花ちゃんが食べてね!」
「こんなに綺麗なの食べられないよ」
 もうひとつのプレゼントはただのお花ではありません。優しさと幸せを練って咲かせた、チョコレートでできたとっておきのお花です。食べてみて、と微笑むジュジュに促されて、影朧は小さくそれを齧ります。
「あまーい!」
 無邪気な感想に笑みを零しながら、誰かに気づいたジュジュは、そっと影朧の背中を押します。
「あの人も優しい人だよ。お菓子を貰いに行っておいで」
「本当……? 」
「うん。私の魔女仲間だから絶対大丈夫」
「そうなの?わかった!あっ、ジュジュ、わたしね、言い忘れてた。トリックオアトリート!」
 ハロウィンの決まり文句を叫んで影朧は手を振って元気よく駆け出します。今夜の彼女はもしかしたら、悪戯をする暇はないかもしれません。

成功 🔵​🔵​🔴​

サンディ・ノックス

黒いとんがり帽子に長い黒マント
帽子からは黒の猫耳、マントからは二又の猫尻尾が見え隠れ
魔女の仮装をした猫又、の仮装
妖怪の仮装をしようと思ったんだけど、ハロウィンらしさを求めてちょっと欲張っちゃった

影朧を見つけたら「ふふっ、お揃いだね」って微笑みかける
ハロウィンの呪文を彼女から聞いたら、お菓子を籠にぱらぱらたくさん入れてあげよう
色とりどりの包装紙に包まれたまんまるチョコレート
中身もミルク、ホワイト、イチゴ、ミックス、いろいろあるよ

キミは一人?
弟と妹の存在があるなら彼らとも一緒に遊んであげたいし
彼女が一人ぼっちなら一緒に帝都を歩こう
ほら、キミと遊びたいってヒトはたくさんいるからね(他の猟兵のこと)



●第二話:猫又魔女のおはなし
 優しい魔女に促されるまま影朧が向かう先にいたのは、長くて黒いマントの裾から二又の黒猫尻尾を揺らした別の魔女でした。黒いとんがり帽子にも黒猫の耳がぴんと立っていますから、きっと長く生きた黒猫がひとの姿に化けたものかもしれないと小さな影朧は思います。
 実際、魔女の仮装をした猫又ーーの仮装と言うのがサンディ・ノックスの今日の仮装のテーマです。本当は妖怪の仮装をしたいとも考えたのですが、やりたいことが多すぎて少しだけ欲張りたくなってしまいました。でも、誰も咎めることはないでしょう。だって今夜はハロウィンですし、何よりその仮装はサンディにとてもよく似合っていたのですから。
 先の魔女へと魔女同士軽く手を振り合ってから、サンディは影朧ににっこりと微笑みかけます。どうやら彼らが魔女仲間だというのは本当のようですが、影朧はまだちょっぴり緊張していますから、上手く例の言葉を言えません。お菓子入れを抱きしめたままもじもじしている影朧に、猫又魔女姿のサンディは自分の帽子を指さしながら助け舟を出してあげます。
「ふふっ、お揃いだね。君も魔女なの?」
 凪いだ水面のように穏やかな青い瞳に見つめられると、影朧は不思議なほどに心が落ち着いてゆくのを感じます。この影朧ならずとも、誰も同じ心地になるかもしれません。サンディの線の細い顔だちも、よく馴染む柔和な表情も、ひと目見たなら彼がとっても優しい人だとそう思うのに違いありませんから。
「わ、私は……まだ、見習い!」
 目の前の立派な魔女に比べたら魔女を名乗るのは何だか気が引けたのでしょう。影朧は謙虚にそう告げてから、ふと、かぼちゃを被った頭を傾げます。
「あなたはいい魔女?わるい魔女?」
「いい魔女のことも悪い魔女のこともあるよ」
 それは本当のことでした。本当のサンディは魔女ではなくて騎士ですが、お伽話の騎士のように優しいばかりの騎士ではありません。でも、それは味方や、何より小さな子どもの前で見せる顔ではありませんから、黒でもあり白でもあるサンディは今夜は「白」のほうの顔をしてここにいます。
「今は……?」
「もちろん、いい魔女だよ。」
 良かった、と影朧が胸を撫でおろします。優しい笑みのまま、少しだけ悪戯っぽい口ぶりでサンディは尋ねます。
「魔女見習いさん、例の呪文はもう習った?」
「呪文?」
「今夜はハロウィンだから、最高の呪文が使える日だよ」
「そうだった!」
 影朧は居住まいを正すようにして、背筋を伸ばして大きな声で呪文を唱えます。
「トリック・オア・トリート!」
「百点満点だね」
 サンディは緩く拍手を送って、持ってきたお菓子を影朧の持つお菓子入れに入れてあげます。ぱらぱらと降り注ぐように、けれどもうんとたくさん入れられたのは、きらきらと輝く包装紙にキャンディ包みで包まれたまんまるチョコレート。茶色にに白、桃色、緑、黄色、極彩色にも思われるたくさんの色がお菓子入れを満たします。
「これ色んな味があるの?」
「ミルクとホワイト、イチゴ、ミックス、色々あるよ」
「イチゴ!大好き!」
 影朧はピンクの包みをひとつ取って、早速頬張ります。かぼちゃに隠れた顔がぱあっと輝いたのがサンディにもわかります。
「美味しい!ありがとう!」
「良かった。ところで、キミは一人?」
「うん。おうちに弟と妹が待ってるよ」
「そっか。じゃあ、お土産たくさん持って帰ってあげないとね」
「うん!」
 元気よく頷く影朧に、サンディは目を細めます。それから、遠巻きに見守る人々を見て、その向こうでは何事もないもののように広がる浮かれたハロウィンの帝都の景色を見て、そっと手を差し出します。
「ちょっと探検しよう。お土産話もあった方が良いもんね」
 せっかくのハロウィンですから、帝都を満喫させてあげたいと思ったのです。影朧は小さな手でぎゅっとサンディの手を握ります。
 誰かと繋ぐ手はどうしてこんなにあたたかいのでしょう。通りの端に揺れているかぼちゃランタンの灯のように、影朧の心にも灯がともってゆくかのよう。サンディの隣でその足取りは軽やかに弾みます。
 今夜の帝都はまるで異世界みたいです。吸血鬼やお化け、フランケンシュタインだとか、勇者やシスター、お姫様や騎士に至るまで、すれ違う人々は色んな仮装をしています。彼らは影朧に気づいても、その隣に超弩級戦力と呼ばれる存在がついているのを認めると、先ほどまでのような好奇や恐れの目は向けません。守られているとも言えるほどの心強さに、影朧が照れたように呟きます。
「えへへ……お兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかなぁ」
 カラフルな飴を売る店や、ハロウィンらしい小物のお店、かぼちゃのランタンばかりを並べたお店なんて、ひと通りを楽しんだ後、サンディは離れて見守るひとりの猟兵と目が合いました。小さくそちらに頷いてサンディは影朧に語りかけます。
「また後で遊ぼ。今夜はキミと遊びたいってヒトがたくさんいるからね」
 ほら、と示されて影朧はそちらを見やります。そこに居るひともまたとっても優しそうなひとですが、
「大丈夫かな?」
 それでも繋いだ手を離そうとしない影朧に、サンディはしっかりと頷いてみせます。
「大丈夫だよ。キミが皆とお友だちになれる魔法を今からかけてあげる」
 マントの中から取り出したのは羽根を広げたコウモリが柄を飾る、華奢な剣のような魔法の杖でした。宙に文字を描く様に振ってから、影朧にその杖先を向けてあげます。
「ほら、もう大丈夫。いってらっしゃい」

成功 🔵​🔵​🔴​

杼糸・絡新婦
まあ、怖い危ない思うのはしゃあないけど、
せっかくの祭りや、自分らと一緒に楽しもや。

からくり人形のサイギョウを操りつつ
のんびり歩き回っています。
朧影を見つけたら飴ちゃんを渡し
「トリックオアトリート」と言ってみよか。
祭りは始まったばっかりやで。
イタズラ?自分と一緒に遊んでもらおうかな、
なにか好きな遊びある?
と遊んでおります。



●第三話:狐と人形つかいのお話
「影朧が出たんですって!」
「怖いなぁ。桜學府は動いてくれないの?」
「超弩級戦力が駆けつけてるって聞いたけど」
 大通りの片隅で、今宵の賑わいに不似合いに、わずかに張り詰めた面持ちで囁きをかわすひとびとがありました。
「ねえママ、向こうに行かないの? 私、かぼちゃのランタン欲しい」
「影朧が出たのよ。危ないからーー」
 もう帰りましょう、と我が子に言おうとした母親の背後にふと湧いた気配がひとつ、あります。
「まぁ、怖い危ない思うのはしゃあないけど」
 はんなりと告げる声に振り向こうとした女性の顔の隣、狩衣姿の狐の人形が子どもへと手を振っていました。子どもは黄色い声をあげ、母親は驚いたように小さく息を飲みます。
「せっかくの祭りや、自分らと一緒に楽しもや」 
 人形を操りながら、薄明かりにぼんやりと浮かびあがる白い着物姿の男は、白い顔で笑うのです。この男の名前は、杼糸・絡新婦と言います。ちなみに隣でこくこくと頷いて見せる狐の操り人形はサイギョウという名前です。
「楽しむって言ったって……」
「飴ちゃん食べる?」
「食べる!」
 戸惑う母親は蚊帳の外のもののように、子どもと絡新婦は笑顔で言葉を交わしています。着物の袖口から取り出した飴玉を、絡新婦はサイギョウの小さな手から子どもに渡してあげましたから、子どもはもう大喜びです。絡新婦はいつもこうして子どもに飴をあげていますから、子どもが喜ぶ方法をよく知っているのです。
「影朧のことなら心配いらへんよ。かぼちゃのランタン買いに行っといで」
 涼しげな緑の瞳を細めて母親に微笑みかけて、ほなまたね、と絡新婦は軽く手をあげます。ばいばい、と子どもが彼の背中に手を振りました。
 仮装姿のひとびとで賑わう帝都の大通り、サイギョウがとことこと絡新婦の傍らを歩きます。その姿につられるように駆けて来ては、トリックオアトリート、と明るい声をあげる子どもたちにも絡新婦は飴を分けてあげます。彼は、今夜は目的がありますから、いつもよりたくさんの飴を持っているのでした。
 駆けてゆく子どものひとりを目で追った先、猫又の魔女が影朧と手を繋いで歩く姿がありました。暫し見守ろうかと思いましたが、こちらに気がついた魔女が小さく頷いて、影朧に何ごとかを告げました。やがて意を決したようにこちらへと歩いて来る影朧に、サイギョウが歓迎するように大きく手を振ります。猫又の魔女へ微笑みと黙礼を向けてから、絡新婦は影朧に飴玉を差し出して、おどけたように言ってみせます。
「トリックオアトリート」
「えっ?!あれ?先に言われちゃったときってどうしたら良いんだろう? 」
 影朧は首を傾げながらも、大人がそれを口にすることが予想外だったのか、楽しげにころころと笑います。お菓子、いる?と尋ねる影朧に、絡新婦は緩く首を横に振ります。
「子どもが気ぃつかうもんやないよ。祭り、楽しんでる?」
「うん!優しいお兄ちゃんお姉ちゃんたちのおかげですっごく楽しいよ。あ、言い忘れてた。トリックオアトリート!」
 よくできましたと言うように、絡新婦の手にしていた飴をサイギョウが影朧のお菓子入れの中に入れてあげます。それから、絡新婦も持ち合わせていた残りの飴のほとんどを影朧にあげてしまうのです。
「ありがとう!えへへ、皆おやつをいっぱいくれるから、今日はイタズラする暇がないや」
「イタズラ? ほな、自分と一緒に遊んでもらおうかな」
「本当?!遊ぼう!」
 影朧がぐっと片手を拳のかたちに握ります。優しい猟兵たちのおかげでずっとお菓子を貰っていましたから、悪戯も遊びも大歓迎なのです。その様子に絡新婦は笑みを零します。
「そう。なにか好きな遊びある?」
「わたしはね、追いかけっこが好き!わたしとーっても足が速いの!」
「すごいなぁ。自分ら、追いつけるやろか」
 得意げな影朧の言葉に、絡新婦はサイギョウと顔を見合わせて、互いに首を傾げる仕草をして見せてあげます。へへ、と笑う影朧はとっても嬉しそうでした。
「ほならね、自分らが十数えてから追いかけるさかい、お嬢ちゃん逃げてな。次にお菓子をくれる人にたどり着いたらゴールにしよか」
「うん!わかった!」
 人の多い大通りを影朧は元気よく走り出します。人にぶつからないように、時々ぶつかりそうになりながら、驚かせながら上手くかわして、それだけで十分に悪戯と言うに相応しいでしょう。約束通り十を数えた後で絡新婦も駆け出します。影朧とつかず離れず、時々近づいて捕まえようとして、わざと逃がしてあげたなら、影朧は本当に楽しげな声で笑うのです。
 やがて二人の行く手に淡い光を纏うひとりの乙女の姿がありました。真っ直ぐに駆けてゆく影朧を視界の端に、絡新婦が乙女と視線を交わしたならば、あちらもそれで了解が行ったようでした。絡新婦が少し疲れたふりをして駆ける歩調を落としてやれば、やがて影朧は乙女の前で立ち止まります。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンドゥーシャン・ダアクー

お祭りの空気ならば…と黒地に天色の僵尸の恰好など
沢山の黄色くて丸い小さなケーキをお持ち致します
手作りなので、時折変な形があるのはお許しくださいね

初めての仙界以外にお出かけなので…ちょっと緊張いたしますが、楽しみたい気持ちが強いせいか何だかいつもよりずっと元気です!
パンプキンパイの見事な彩
いったいどうやって作るのかしら…この不思議な色のジュースは、味の見当もつきません
でも…ここは思い切って頂きたいです!

小さなお化けさんを見つけたら、僭越ながらそっと声を掛けさせてください
そこのお小さい方、お菓子は如何
もしよろしければ、お月様を食べてしまいませんか?
ふわふわしている…はず
お口に合えば、幸いです



●第四話:きよらかな僵尸のお話
 人々が楽しげに笑いさんざめく雑踏を、その僵尸はきょろきょろと見回しながら歩いておりました。いいえ、歩いてはいませんね。今日は柔らかな布靴に包まれているその白いつま先は、硬い石畳を踏むことは決してありません。身の丈よりも長い薄桃色の髪の毛が地に触れぬほどの高さを保って少しだけ宙に浮かんで、その身はまるで魚が水の中を泳ぐかのように、すいと虚空を揺蕩うのです。
 上質な黒地の長袍に、襟や袖、品の良い飾り結びの天色が鮮やかで、まるで内から仄白く輝くような白い肌によく映えます。けれども道行くひとびとが彼女を思わず振り返るのは、その身が少し浮かんでいるからでも、はたまた彼女の浮世離れした美しさに見惚れたからというだけの理由でもなくて、彼女がその白い肌に実際に僅かに光を纏っているように思われてのことでした。その光は影朧のような禍々しい類のものでなく、どこまでも清らかなものだと見ればわかりますから、誰も振り向いて目で追うことはあっても騒ぎ立てるようなことはなく、ただ、ほうと小さく感嘆の溜息を零すばかりです。
 彼女ーーエンドゥーシャン・ダアクーは本当は仙界に生きる仙女です。人間たちが修行を積んでも遠く及ばないほどのつよい仙力や不思議な予知の力を持っている代わりに、儚げなその見目の通りに体が強くありませんから、仙界の外に赴く時にはこうして仙力でその身を守らなくてはなりません。もっとも、仙界の外に出ること自体が初めてのことでしたから、この方法が本当に上手く行くのかわかりませんでしたけれども、賑やかなお祭りの空気がそうさせるのでしょうか。見知らぬ世界に少しだけ緊張していながらも、今日はいつもよりずっと元気だとエンドゥーシャンは思うのです。
 今宵、その翡翠の瞳にうつる全てがエンドゥーシャンには文字通り初めて見るものばかりでした。
 帝都と呼ばれるこの街は、普段はどのような場所なのでしょうか。道の脇に立ち並ぶ瓦斯灯はかぼちゃやコウモリの切り絵を飾られて、石畳に愉快な影絵を落としていました。それよりいくらか低い場所にしつらえられた棚の上で、無数のかぼちゃのランタンが可愛くて不気味な顔で笑っています。
 大通りではしゃぐひとびとは魔女やおばけや死神のような姿をしていますが、きっと普段は違うのでしょう。日頃の姿を知らないけれど、それでも今の彼らの装いのそこはかとない面白おかしさはエンドゥーシャンにもわかるのです。そうしてエンドゥーシャン自身も今日は仮装をしていますから、上手く溶け込んでいるはずです。……たぶん。きっと。
 それにしても、立ち並ぶお店にはエンドゥーシャンがまるで知らない品が並んでいます。鮮やかなオレンジと深い黒とを市松模様に編んだパンプキンパイに、不思議なものでも見るように瞳を奪われたエンドゥーシャンに、その黒は竹炭によるものなのだと女店主が教えてくれて、買わなくて構わないからと特別にひと口試食をさせてくれました。それはエンドゥーシャンが食べても身体に障らない自然の味のものでした。何も買わぬのも申し訳ないと思案した彼女が瞳を向けた先にあったのは、色鮮やかな紫がやがてこれもやっぱり鮮やかすぎる橙に徐々に移ろう不思議な飲み物です。味の見当もつかないそれを勇気を出して求めた彼女に女店主は少し笑って、透明な器に溢れるぎりぎりにまで注いで売ってくれました。
 飲み物は陽の光をたくさん浴びて育った柑橘に、ジャムの様に濃厚な果実感あるベリーを沈めて彩りを作っていたもののようでした。店先のベンチを借りてゆっくりと味わっていた彼女のもとに、やがて前方からきゃあきゃあと楽しげな声をあげながら駆け寄る小さな影朧がいます。すぐにも追いつけるのでしょうに、彼女が追いかけっこを長く楽しめるよう、歩調を合わせてくれていた優しい青年が少し後ろを駆けています。その彼と互いに緑の瞳を交わせば、エンドゥーシャンは今成すべきことを理解できました。
 折しも走り疲れたのか、追いかける彼がわかりやすくペースを落としたからか、小さな影朧が足を止めます。声を張らずとも届く距離でしたから、エンドゥーシャンは声をかけます。
「そこのお小さい方、もし宜しければお菓子は如何」
 彼女の言葉を耳にして、青年と彼が伴う狐の人形が同じ仕草でひらりと手を振り、あとは任せたといわんばかりに踵を返します。息を整えていた影朧が、ぱっと顔を上げます。
「お菓子? 」
 影朧が期待のこもった視線を向けます。美味しいお菓子は幾らたくさん食べても食べ飽きるものではありませんし、元々とっても腹ぺこでしたから、まだまだたくさん食べられます。
「もしよろしければ、お月様を食べてしまいませんか」
「お月様って食べられるんだ!」
 エンドゥーシャンの言葉は影朧の興味をとびきり掻き立てました。一体どんなお菓子でしょうか。三日月か、半月か、はたまた月の欠片なのかーー興味津々でエンドゥーシャンに近づいてきた影朧の前で、細い指が蓮の蒔絵の菓子器の蓋を開けます。そこにあるのはたくさんの、ふんわり黄色のまんまるお月様。
「わあ、本当にお月様!」
 影朧がはしゃぎます。実は、よく見れば少し変わった形のものもあるのですが、手作りですからご愛嬌です。それに、お月様だって本当はでこぼこしていたりするのですから、何も問題はありません。
「あっ、ええっと、トリックオアトリート!」
「ええ、たんとお召し上がりくださいな」
 思い出したように影朧が口にした言葉はエンドゥーシャンには耳慣れぬものではありましたけど、それが今宵の挨拶なのだと事前に彼女は知っていましたから、嫋やかな微笑みで答えます。
「わ……ふわふわ……!」
 ひとたび口の中に入れたなら、噛み締めることもいらないほどに柔らかく、優しい甘さが舌の上で蕩けてゆきます。お月様はこんなにも甘くて柔らかいものだったのだと、影朧は感動してしまいました。
「たくさんありますから、よろしければお土産用にもどうぞ」
「ありがとう!」
 こうして影朧のお菓子入れの中に黄色い満月も加わりました。
 ふと、エンドゥーシャンは瓦斯灯の橙の灯の下に佇んだ背の高い影に気づきます。目が合いましたから、会釈をひとつ。その彼は威厳を纏い、まるで影絵のように黒く沈んでありながら、今宵この場に集う猟兵であるならばきっと心優しいひとに違いありません。
「もし。あちらのお方もお菓子をくださるかもしれません」
 そっと影朧に囁くように教えてあげます。影朧が何か尋ねようとする前に、けれども先に動いたのは黒い彼のほうでした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

厳かな闇の帳の如き外套
俺が着ると威圧感を出す衣装は、異国の貴族をイメージしたのだという
顔の半分を覆うは割れた骸骨の仮面

──『オペラ座の怪人』だと、衣装班は言っていたが
防犯とハロウィンシーズンを重ねてのイベントの折に
周囲から怯えられたのは記憶に新しい
かと言って他に仮装案も衣装もなく
外套揺らし歩いていた最中
見つけたのは小さなレディ
躊躇いなどある筈もなく歩み寄り
彼女の正面にて片膝をつき
己の胸に手を当て挨拶を

痩せたその両手
弟妹の分もと菓子を願う彼女に
庇護欲が湧かないわけがない

菓子作り含め料理は好きだ
手作りしてきたマフィンを菓子入れに
そしてこの子が楽しめるよう
確りと庇護を



●第五話:こわーい仮面の怪人のお話
 その男が歩く先では人ごみも自然と割れて道を開けます。揺れるランタンの薄明かりの帝都にあって、背の高いその男の姿だけ、深く沈んで影絵のよう。
 銀糸で縁取るような刺繍を施した、厳かな闇の帳の様な黒い外套は、もしも近くでよく見る勇気のある者がいたならば、その上質なジャガード織りの影と光沢が織り成す紋様の見事さに息を呑むかもしれません。端にレースをあしらったジャボタイも、留められた細いチェーンを垂らした小粋なピンも、もちろん、遠目に眺めてさえもその高級さのわかる装いです。その装いは彼の堂々とした立ち居振る舞いも相俟って、さながら本物の異国の貴族のようでした。だから、ひとびとはもしかすると、彼に比べればコスプレだなどと言われてしまいそうな自らの仮装に自信をなくしてしまって、道を開けるのかもしれません。
 でも、ひとびとが道を開ける理由はもうひとつありそうです。この装いが単なる貴族ではないことを、彼の整った顔の右の半分を覆う骸骨の仮面が告げていました。それはオペラ座の地下に棲まうとされた怪人の仮面です。そうして、この一連の装いを彼が纏うと、
「梓がやると威圧感がありすぎるよな」
かつて、彼の友人であり部下でもあった、濃い藍の瞳の青年はそう言って、肩を揺らして笑ったものでした。あれは一体いつの十月のことだったでしょうか。防犯とハロウィンシーズンのイベントを兼ねて、仮装して街をパトロールしたことがあるのです。彼、丸越・梓は仮装の域を出たそれは見事な着こなしをしてみせたのですけれども、それゆえ周囲に怖がられてしまったものでした。
 あれからもう何年かが経つというのに、今宵も道行くひとびとの反応はあの頃と何も変わらない気がします。梓にとって変わってしまったことといえば、深いあいの瞳の彼がもう傍らでそれを笑ってはくれないということだけです。そのことに諦めはまだつかないけれど、折り合いはもうつけていますから、梓は真っ直ぐ顔をあげ、闇色の外套を揺らして帝都の夜を歩きます。
 梓の行く手にひとりのうら若き乙女と、その傍らではしゃぐ小さな影朧の姿がありました。淡く光を纏った乙女は梓に気づくと小さく会釈をします。それから、乙女は影朧に梓のことを話したでしょうか、影朧の顔が梓を向きました。我知らず梓は小さな影朧に歩み寄っていました。梓の顔の半分を覆った骸骨の仮面へと影朧の視線が少しの怯えを伴って釘付けになったのはほんのつかの間のことで、彼が躊躇いさえもなく彼女の正面に片膝をつきましたから、慌てふためくことしかできません。
「服!汚れちゃうよ!」
「構わない。小さなレディ、ハロウィンは楽しんでいるか?」
「うん!」
 猟兵たちのおかげですっかり元気を取り戻した影朧は、大きく頷きました。
「みて!いっぱいお菓子を貰ったよ。弟と妹のぶんもいっぱいあるよ」
 影朧が痩せっぽちの両手で大切そうに持つかぼちゃでできたお菓子入れにはこれまでに猟兵たちがくれた星のかたちのキャンディやまんまるチョコレート、和風の飴に、お月様みたいなふわふわケーキ、たくさんのお菓子がお行儀よく収まっているのです。
「良かった」
 黒い瞳を狭めて梓は微笑みます。傍目には威厳や威圧感が先に立つ彼も、実はこんなに優しい表情だってできるのです。それは、彼が孤児院で血の繋がりのない弟や妹たちのお世話をしていたからでもあるのでしょうか。弟や妹のことを気にかけるこの小さな影朧のことを、梓はどうしたって他人のようには思えずに、守ってあげたいと思うのです。たとえ他人であったとしても守りたくなってしまう梓のことですから、それは余計にも、そうなのです。
 二人のやり取りをにこにこと見守ってから、そっと雑踏に姿を消そうとしている乙女へとたくさんの敬意と感謝をこめて静かに頭を下げてから、梓は影朧のお菓子入れに新しい仲間を加えてあげます。それはハロウィンらしいオバケの模様のカップに入った、こんがり狐色のマフィンでした。影朧は食い入るようにそれを見つめます。
「わぁ!これって、甘くて美味しいのだね!」
「さっき焼いたばかりの出来たてだ」
「お兄ちゃんがつくったの?!」
「ああ」
 短く答えながら、もうひとつ、ふたつ、いいえ、たくさん、影朧にマフィンをあげました。どれもまだほんのりあたたかいものでした。梓は今日、マフィンをたくさん作ってたくさん持って来ているのです。お菓子づくりが好きで得意だなんていう彼の可愛らしい一面のことを知っているひとは少ないけれど、本当は、すぐにもお店を出せそうなほどに大の得意なのでした。
「弟と妹にもあげるといい。味は確かだ」
「すごい!二人とも絶対喜ぶよ!お兄ちゃん、ありがとう!」
 影朧が嬉しそうにお菓子入れを抱きしめてぺこりと頭を下げました。
「どういたしまして。……さ。冷めないうちに食べると良い」
「うん!」
 嬉しそうにマフィンを頬張る影朧を、梓はずっと優しい目で見守っていました。遠巻きに影朧を見つめる街のひとびとの視線はまだ好奇と畏怖が入り混じるものでしたが、梓がここにいる限り、その視線にも言葉にも、彼女を傷つけさせるようなことは許しません。
 不意に、好奇の視線に混じる別の視線を梓は感じ取りました。見やった先で、長い鼠尻尾を揺らす背の高い男が胸に手を当てて優雅に腰を折り、金の瞳で笑いかけます。
「美味しかったぁ」
 マフィンを平らげて満足げに告げる影朧の頭をひと撫でしてやってから、梓は鼠のほうを指し示します。
「何よりだ。でも、ハロウィンはまだこれからみたいだぞ」
 優雅な足取りで近づいてきた「鼠」は丁重に尋ねるのです。
「Trick or Treat?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ダリル・ブラント

「Trick or Treat?」
小さな魔女に声をかける
おや?お菓子をお待ちでない?
それなら、悪戯ですね
その体を抱き上げて笑いかける

魔女とは使い魔を連れているものでしょう?
鼠の使い魔などいかがですか?
ゆるりと尻尾を揺らし問いかける

さぁ、お菓子を強奪しにいきましょうか

彼女を片手で抱き上げたまま歩き出す
魔女様、合言葉を覚えています?
では、お菓子を貰えない場合は?

ふふ…悪戯をしていいと言う事ですよ
道歩く人に声をかけお菓子をくれない方には指を鳴らし、その頭に一つ角砂糖をコロンと落とす
一匙のスプーンほどの優しさを持ち合わせてない貴方に、私からのプレゼントです

魔女様、楽しいですか?
私はとても楽しいです



●第六話:忠実な鼠の使い魔のお話
 仮面の怪人と戯れていた影朧の前に現れたのは、どこか飄々として掴みどころのない男でした。身に纏うスーツはセンスも仕立てもよくて、仮装と言うにはずいぶんと上質なものですが、彼には鼠の尻尾と耳があります。影朧がもしもう少し大きくて、書物に触れる機会があったなら、それが不思議の国の眠り鼠の仮装だとそう思ったかもしれません。ただ、このダリル・ブラントという名の男に関しては、それは仮装ではなくて生来のものでした。
「Trick or Treat?」
 人懐っこい笑顔と共にかけられた言葉は影朧の知るそれよりもずっと発音もよくて流暢なものでしたから、一瞬、影朧はきょとんとしてしまいます。けれども今夜はハロウィンですから、出会い頭に告げる言葉はただひとつ。
「えっ……と、お菓子……」
 影朧は今はもう、お菓子ならたくさん持っているのです。優しい猟兵の皆がそれはそれはたくさんのお菓子を影朧にくれましたから、手にしたお菓子入れの中は賑やかでした。けれども優しい人々から貰ったそれらをあげてしまって良いものか、影朧には少し躊躇われましたから、傍らの、仮面の怪人姿の男へと意見を求めようとしてーー見やると、彼はもう居ません。影朧は知らないことですが、彼はつい今しがた、ダリルへと静かな微笑みのみを向けて、帝都の薄闇の向こうへと姿を消した後でした。
「おや?お菓子をお持ちでない?」
 おどけたようにダリルは言います。彼の、眼帯をしていない方の金色の瞳にはもちろん、影朧の手にしたお菓子入れの中身のことはしっかり映っているのですけれども、同じくらいにはっきりと彼女の躊躇う心も見えているのです。
「それなら、悪戯ですね」
「わ?!」
 ふわりと影朧の小さな体が宙に浮きます。影朧を抱き上げて、悪戯っぽくダリルは笑いかけると、そのままくるくると回ってみせます。戸惑いや驚きはすぐに消えて、影朧はきゃっきゃとはしゃいだ声をあげました。眠り鼠のこのお茶目なワルツはずいぶんと影朧のお気に召したようでした。やがて地面におろしてやると、もう終わりなのかと残念がるような気配があります。
「魔女とは使い魔を連れているものでしょう?」
 そんな彼女の不満にも気づいているダリルは、かわりに次の面白い悪戯を提案しようと試みます。
「使い魔?」
「ええ、忠実に言うことをきく魔法の動物たちです」
「え……わたし、なんにもいない……」
 影朧は困ったように答えます。当然のことでした。彼女は魔女見習いを名乗ったりなどしていましたが、魔女でもなければ見習いでもない、ただの子どもの影朧です。使い魔なんているはずもありません。
 でも、ダリルはそんな彼女の為にとびきり冴えた解決策を持っているのです。
「鼠の使い魔などいかがですか?」
 ゆるりと尻尾を揺らしながら、にっこりと胸に手を当てて示すのは自分自身です。
「いいの?!」
「もちろんですとも。さぁ、お菓子を強奪しにいきましょうか」
「うん!」
 嬉しそうに頷いた影朧を片手で軽々と抱き上げて、ダリルはゆったりと歩き出します。すれ違う人々は、影朧に気づいて少しだけ遠巻きに怖々と二人を眺めていました。優雅に尻尾を揺らしながら、ランタンの灯を映すよく磨かれた革靴で石畳を軽やかに闊歩してゆく使い魔に、いつもより高い視界にご機嫌の影朧が尋ねます。
「使い魔って、運んでくれるものなの?」
「私は優秀な使い魔ですから、特別です」
 微笑んで見せた顔は本当は、眼帯がなければウインクをして見せていたのかもしれません。なんて言ったって、ダリルは日頃からアリスたちのエスコートに慣れているのです。色んな事情を、闇を抱えた彼女たちのお世話に比べれば、影朧の子守りなど朝飯前のことでした。
「魔女様、合言葉を覚えていますか?」
「うん!トリックオアトリートだよ!」
「ではまずあちらの紳士に」
「トリックオアトリート?」
 突然声をかけられた初老の男性は、少し戸惑いながらも銀紙に包まれたチョコレートをくれました。まずは強奪成功です。かぼちゃで見えない影朧の顔がにっこり笑うのがダリルに伝わります。
「お見事です。次はそちらのご婦人に」
「トリックオアトリート!」
「嫌よ、影朧じゃない!」
 今度の合言葉は不発でした。貴族の令嬢の仮装姿の若い女性は、手にした籠にたくさんのお菓子を持っているのですが、冷たい声で突っぱねました。けれども影朧がしょんぼりしてしまう隙をダリルは作りません。
「魔女様、お菓子を貰えない場合は?」
「えーっと……」
「ふふ、悪戯をしていいということですよ」
 ダリルがぱちんと指を鳴らすと、どこからともなく降って来たのは真っ白い角砂糖。それが額にこつんと当たって、きゃっと女性が悲鳴をあげます。
「一匙のスプーンほどの優しさを持ち合わせてない貴方に、私からのプレゼントです」
 プレゼントの角砂糖とは反対に辛口のその言葉は本当のことでしたから、女性は呆然としてしまって、返す言葉もありません。プレゼントとして贈られた角砂糖も、残念ながら石畳に落ちてしまいました。
「さぁ、次の獲物にあたりましょう」
「トリックオアトリート!」
 魔女と鼠の使い魔は心優しいひとたちからはお菓子を強奪して、心無いひとたちに角砂糖を降らせて、とびきり悪い魔女と使い魔らしく帝都の夜を闊歩します。
 影朧はもう、お菓子を断られても挫けません。だって、そんな時には心強い使い魔が爽快な仕返しをしてくれるのですから。
「魔女様、楽しいですか?」
「うん!楽しい!あなたは?楽しい?」
 すっかり使い魔の主人らしさが板についた影朧が、ダリルの腕の中から嬉しそうに彼を見上げます。
「私もとても楽しいですよ」
 にっこり笑ってから、ダリルは彼女をおろしてあげます。それは既にたくさんお菓子を集めた為でもありますし、近くに猟兵の姿を認めた為でもありました。
「魔女様、どうやらお仲間です。ご挨拶をされて来ては?」
「あの人、魔女……かな?」
 二人の視線の先、ランタンの灯の中に行儀良く佇んでいる黒髪の女性は確かに影朧と同じ、魔女の帽子を被っています。ただ、纏っているのは黒いローブではなくて、女給さんが着ているような、メイド服と言われる類のものでした。
「大丈夫。もしもお仲間でなかったら、私が助けに行きますよ」
 頼もしい使い魔の言葉に背を押され、影朧は頷きます。軽やかに駆けてゆくその足取りに、当初の心細げな雰囲気はもうありません。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒川・文子


メイド服に魔法使いの帽子を被った姿です。
少しだけ仮装をいたします。

あら?
あなたは一人でしょうか。
トリックオアトリート。私めにお菓子をいただけますか?
あなたへのお菓子はこちらを。
南瓜のキャンディを差し上げましょう。
こちらのシュークリームも気になりますか?
それでしたらもっと恐ろしい悪戯をしなければなりませんね。

わたくしめとじゃんけんをして下さい。
じゃんけんに勝ったらシュークリームを差し上げましょう。
これも悪戯の一つです。
さーいしょはグー、じゃーんけん

……勝っても負けてもシュークリームは渡します。
トリックオアトリート。本日は楽しい日なのですから。
ささ、召し上がれ。



●第七話:魔法使いなメイドさんのお話
 その女性の装いは影朧が知る魔女とは少し異なるものでした。彼女はいかにも魔法使いらしい黒のとんがり帽子を被っていましたが、黒いローブやドレスではなく、丈の長い品良いメイド服を着ていましたから、見ようによっては、メイドさんが少しだけ魔女の仮装をしたようにも、魔女がメイドさんの仮装をしながらもアイデンティティを手放せなかったかのようにも見えるのです。黒川・文子のお仕事は帝都のパーラーメイドさんでしたから、前者が正解なのですけれども。
 それでもきっと一部でも魔女の要素があるのなら、鼠の使い魔の彼が言ったように、お仲間に違いありませんから、影朧はとことこと文子に近づいて、例の呪文を口にしようとしました。もしお菓子をくれなかったなら、忠実な使い魔と一緒に悪戯をするだけですから、もう怖くはありません。
「ト……」
「トリックオアトリート」
……またも先に言われてしまいました。先を越されてぽかんとした影朧に、文子は赤い片目を細めて言うのです。
「わたくしめにお菓子をいただけますか?」
 先刻は戸惑ったその言葉に、けれども今は影朧はもう困りません。何と言っても手元には、街の人から「強奪」してきたお菓子がたくさんあるのです。
「うん!甘くて美味しいチョコをあげる!」
 影朧がちょっぴり得意げに差し出したのは銀紙に包まれた板チョコでした。今夜、お菓子を貰ったり、悪戯をしたことはあっても、お菓子をあげるというのは実は今夜初めてのことなのですから、これはこれで楽しいことなのです。
「ありがとうございます」
 受け取ろうとした文子の手を避けるように、ひょいとチョコレートが引かれます。再度差し出して、手を伸ばすとまたまたさっと引いてしまうのです。小さな影朧は、かぼちゃの下でにんまり笑っているのでしょう。
「えへへ。いたずら!」
 少し離れて見守っていた鼠の使い魔が、小さな「魔女様」の成長ぶりに安心したのか、文子に一礼をしてそっと立ち去ります。文子は影朧のささやかな悪戯に付き合ってあげながら、ひそりと会釈を返した後に、影朧に向かって言うのです。
「おや、これは恐ろしい悪戯ですね。では、貴方へのお菓子はこちらを」
 それから、手にしていた二つの袋のうちの一つから文子が差し出したのは、かぼちゃのキャンディでした。ハロウィンらしい味のチョイスに違わず、黒やオレンジの包み紙には愛らしくてちょっぴり怖いオバケやコウモリ、ジャック・オ・ランタンなんかが楽しげに躍っています。
「可愛い!ありがとう。じゃ、わたしもこれあげる」
 影朧は満足したように、今度は素直に文子にチョコレートをくれました。文子がチョコレートをしまったのはキャンディを出したのと同じ、ハロウィン柄の紙袋でした。それとは別のもうひとつの紙袋、透明な窓付きのそちらには、粉砂糖でお化粧をして、たっぷり挟んだクリームを隠しきれない贅沢なシュークリームが堂々と鎮座しているのが伺えます。影朧がごくりと小さな喉を鳴らすのを文子は見逃しませんでした。
「こちらのシュークリームも気になりますか?」
「えっ……? あ、うん、あの……」
 影朧は頷こうとして、ちょっぴり躊躇ってしまうのです。あんなに贅沢なお菓子はこれまで影朧の手の届く世界にはありませんでしたから、別世界のもののように思うのに、だからそれがとっても上等なものだということだけはわかるのです。ですから、ちょうだいと喉まで上がりかけた言葉をつい飲み込んでしまいます。
 文子はそんなことはとうにお見通しでした。今夜は魔女でもあるメイドさんの形の良い唇は、うっすらと微笑みを浮かべます。
「わたくしめとじゃんけんをして下さい。じゃんけんに勝ったらシュークリームを差し上げましょう」
「ほんと?!」
 これも文子の悪戯のひとつでした。まだ勝ってもいないのですけれど、影朧がぴょんぴょんと飛び跳ねます。右の拳を大きく振りかぶって、気合はすでにじゅうぶんです。
「絶対負けないよ!」
「さーいしょはグー、じゃーんけん」
 ぽん。
「あっ!!」
 文子がグーで、影朧がチョキです。
「……3回戦にいたしましょうか」
「うん!」
 ほんのちょっぴり温情をかけた文子の気持ちと裏腹にその次は、文子がパーで影朧が影朧がグー。もう勝敗がついてしまいました。どうやら文子はじゃんけんがとっても強いみたいです。
「うわーん!!!」
 絶望的な声をあげる影朧の前に、シュークリームを入れた袋が静かに差し出されます。
「あ……れ?」
「トリックオアトリート。今のはわたくしめの悪戯です」
「くれるの?!ありがとう!」
 影朧は宝物でも受け取るように、お菓子入れを地に置いてから両手でそれを受け取ります。でも、紙袋を大切そうに腕にかけて、そのまま持って帰ろうとすることを文子は知っていましたから、
「生菓子ですから、お土産には向かないかもしれません」
しれっと告げた言葉は文子の優しさでした。
「そうなの?」
「そうです。ささ、召し上がれ」
「それなら……いっただっきまーす!」
 持って帰れないというのなら今食べてしまうしかありません。一体どうやっているのでしょうか、かぼちゃのかぶりもののまま、影朧はシュークリームを頬張ります。それから、感極まったように声を震わせるのです。
「わぁあ……こんなに美味しいお菓子があるんだね……!」
「ほっぺにクリームがついていますよ」
 やがてシュークリームを食べ終わった影朧のかぼちゃのかぶりものについた生クリームを文子がハンカチで拭いてあげていると、辺りに揺れるランタンの灯りとは違う緑の光が二人を照らします。
「おや?」
 振り向く二人の視線の先にはーー機械の騎士が、己の首をランタンの様に高く掲げていたのです。機械の兜の下で緑の光を放つのは彼の視覚センサーのようでした。
「わわわ!?オバケだ!?」
「ええ。でもきっと、良いオバケです」
 メイド服の裾を掴んで後ずさろうとした影朧の背中をそっと文子が押してあげます。
「大丈夫です。本日は楽しい日なのですから」

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン


(弱くとも力持つ故に、人々が避けるのも致し方無いとはいえ…幼子の彷徨は騎士としては見過ごせませんね)

自身の頭部を外しランタンの如く掲げ
(マルチセンサーでの情報収集で視界などに支障無し)
UCで機械馬ロシナンテⅡと合体し、ケンタウロスの如き仮装姿に

…体躯の関係でこの身は威圧感がありますからね、先ずは脚を畳んで一礼して…

こんにちは、可憐な魔女のお嬢様
半人半馬の首無し騎士の、お菓子の贈り物を受け取って頂けますか?

成程、ご家族の為にお菓子を集めていると…
歩き回って少し疲れてはいませんか?
よければ私の馬の背に乗って、暫しの休息も兼ねて景色を眺めては如何でしょう
短い間ですが、乗り心地はお約束しますよ



●第八話:首なし機械騎士のお話
「わぁ、おっきい!」
「騎士さま、お菓子ちょうだい!」
「トリックオアトリート!」
 白い機械騎士の周りにはにわかに子どもたちが集まって来ます。帝都ではウォーマシンはやはりいささか物珍しく、しかもそれが機械の馬を連れて、おとぎ話の騎士のような姿をしているとあらば、無邪気な子どもたちの興味を惹き付けてしかたないのです。あるいは、子どもたちの中には、これも仮装のひとつだと思っている子もいたかもしれませんけれども、いずれにしたって凛々しく真っ白なトリテレイア・ゼロナインの姿は、子どもたちが夢見る正義の味方の騎士そのもののようでした。機械白馬ロシナンテⅡも子どもたちに囲まれて大人気です。
「はいはい、順番ですよ」
 トリテレイアは、こうしてねだられることを見越して多めに持って来ていた小分けのクッキーを子どもたちに分けてあげます。
「騎士さま、ありがとう!」
「ねえねえ騎士さま、わるい影朧をやっつけに来てくれたの?」
「影朧?」
 無邪気な言葉に、トリテレイアの機械の胸にさざなみの様に少しだけ複雑な感情が湧きました。本来は電気信号に忠実に正確無比の動作を返す部品の集合体である戦機のトリテレイアですが、刷り込まれたように行動の規範となっていた心優しい騎士の振る舞いをするうちに、その無機物の体には心が宿っていたのです。
「悪い影朧が出たんだって!」
「お菓子を全部とられちゃうんだって!」
「お菓子をあげないと食べられちゃうって聞いた!」
 口々に叫ぶ子どもたちの言葉は何だか色々尾ひれがついていました。グリモア猟兵の予知によるなら、今回の影朧は弱い子どもの影朧です。けれども弱いとはいえ帝都の人びとよりも力を持っていることには違いなく、ゆえに怖がられ避けられてしまうのは致し方ないことなのかもしれません。
 でも、トリテレイアは心優しい騎士なのです。影朧とはいえ、か弱く小さな幼子が一人で夜の帝都を彷徨っているなんて、見過ごすわけにはいきません。
「そうですか。それでは私の出番ですね」
 面白おかしく騒ぐ子どもたちの興を削いではいけませんから、言葉を否定することはしないでトリテレイアは頷きます。騎士が出動するということは、剣を抜いて勇ましくその愛馬に騎乗するのでしょうか、期待してきゃっきゃとはしゃいだ子どもたちの前でトリテレイアが高く掲げたのはーー取り外した自分の頭部でした。取り巻いていた子どもたちから、きゃーっと楽しがる様な可笑しがる様な悲鳴があがります。
 高い位置から、トリテレイアの優秀なマルチセンサーはすぐに目当ての相手を見つけました。小さな影朧は、魔女の帽子を被ったメイドさんと一緒にいます。あちらも、トリテレイアに気づいたようで、少し怯えたようにこちらを見つめているようです。頭部を掲げたまま歩き出すトリテレイアの傍らに、鋼の蹄を鳴らして機械馬が並びます。トリテレイアが片手で馬の首に触れたのが合図だったのでしょうか。ほどける様に展開してゆく機械馬とトリテレイアのパーツが入り混じり、融合し、やがてその場に堂々と佇むのは、ケンタウルスの様な文字通り人馬一体の騎士の姿です。周りで子どもたちが熱っぽい視線を向けていました。
 鋼の身体とは思えないほどに軽やかにケンタウルスモードのトリテレイアは疾駆して、あっという間に影朧の前にたどり着きます。小さな影朧は首が痛くなりそうなほど、ほぼ真上を見上げる様にトリテレイアのことを見上げていましたから、トリテレイアは急いで馬が身を伏せる様に四肢を畳んで、影朧と目線をいくらか近づけます。自分の今の体躯では、立ったままでは不必要に威圧感を与えることをトリテレイアはよく知っていました。
 それから、丁寧に一礼をするのです。……取り外したままの頭部は、小脇に抱えたままでしたけれども。
「こんにちは、可憐な魔女のお嬢様」
「こんにちは。あなたは……ええと……オバケ?」
 トリテレイアが抱えた頭部へと尋ねる影朧の声は、怖々としているようで、怖いもの見たさの好奇心が滲んでいます。
「そうですね。半人半馬の首無し騎士の贈り物を受け取って頂けますか?」
「わぁ、本物?!本物のオバケなの?!」
 トリテレイアの答えに、ねえ、聞いた?!と影朧がメイドさんに振り向くと、メイドさんが微笑んで頷きます。やがて影朧がお菓子に気を取られるうちに、機械騎士へと一礼をすると長い髪を靡かせて颯爽と帝都のお散歩に行くようです。
「オバケのお菓子は、わたしも食べても大丈夫?オバケにならない?」
 トリテレイアが差し出したのはジャック・オ・ランタン型の器にぎっしりと色んなお菓子が入った詰め合わせでした。影朧のかぼちゃのお菓子入れの中に入れると、何だかマトリョーシカみたいです。
「大丈夫です。魔女にも人間にも食べられるお菓子です」
「ありがとう!じゃあ、弟にも妹にも分けても大丈夫だね」
「弟さんと妹さんがいらっしゃるのですか」
「うん、二人ともおなかをすかせてるから、たくさんお菓子を持ってかえるの」
「成る程、ご家族の為にお菓子を集めていると……」
 自らの片腕に抱えられたトリテレイアの頭部が、ふむ、と思案する気配がありました。それから頭を抱えていないもう片手で人差し指を立てて、ひとつ、提案をするのです。
「歩き回って少し疲れてはいませんか?よければ私の背に乗って、暫しの休息も兼ねて景色を眺めてはいかがでしょう」
「良いの?!」
「もちろんです」
 影朧が背中によじ登り、きちんと座るのを確かめてから、トリテレイアは立ち上がります。
「わぁあ……!」
 半人半馬の機械の背から帝都を見渡す視点の、高いこと!小さな影朧がこれまで見たことないほどに、ハロウィンに浮かれた街を遠くまで見渡すことができるのです。
 その一角に、羨ましそうに影朧を眺める子どもたちの姿があります。少し迷って、はにかむように影朧が手を振ると、子どもたちも大きく手を振り返してくれました。影朧だって、先程の正義の味方の騎士が背中に乗せているのなら、どうやら悪い影朧ではないと彼らは思ってくれたようでした。
「乗り心地はいかがですか」
「あのね、とーーーっても、最高!」
 人びとの視線を浴びながら、まるで自分が今夜の主役になったような気がして、嬉しくなって影朧はとびきり大きく頷きます。
「それは良かった」
 トリテレイアは頷いて、帝都を歩き始めます。人ごみの中を、ランタンの灯りの中をそぞろ歩いて、いつもとは違う夜をいつもとは違う視線の高さで影朧にたくさん見せてあげるのです。優しいトリテレイアは、走ってと乞われれば走り、止まってとせがまれれば止まります。
 やがて影朧が満足した頃、彼女を地上に下ろしてから、トリテレイアは愛馬との合体を解除して、いつもの姿に戻ります。その傍らで影朧は通ってきた道を振り向いて、ハッと何かに気づいて駆け出しました。はしゃいで跳ねたりしたせいで大切なキャンディをひとつ、雑踏に落としてしまっていたのです。
「踏まないでー!」
 人の波に逆らって、人にぶつかりそうになったりしながら、影朧は走ります。雑踏で踏まれそうになっていたキャンディを誰かの手が拾い上げました。
「こんにちは、小さなレディ」
「こんなところでどうした〜?」
 影朧が顔を上げると、そこにいたのは、仲の良さそうな怪盗と警察の二人組でした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【双星】


仮装は怪盗
逆では…と思ったが
折角選んでくれたしね

影朧の子を見つけたら
跪きご挨拶
こんにちは、小さなレディ
ああ、お菓子だね
先ずは薔薇型の飴を
それと忍ばせていたお菓子達を帽子から出すように見せて
甘い宝をどうぞ
…はいはい。君にも薔薇を差し上げよう

それと一つ遊戯のお誘いを
鬼ごっこなんて如何かな
同意してくれたら
影朧さんと走り出そう
いつもは僕がセリオスを追いかける事が多いから
たまには悪くないね
…あ、歌が聞こえる
ならば
失礼、と影朧さんを抱え
光属性を脚裏に爆ぜさせ空へ跳躍
ーそうだ、レディ
僕達はこの後パーティに招待されているのだが
君も一緒にどうかな
…その前にあの負けず嫌いさんを呼ばないと

怪盗らしく予告しようか
彼女は僕がお連れしてみせよう
それと…星もね

追いつかれる前に
影朧さんを天馬の背に乗せ
それから…
伸ばされる手には指を絡めて繋ぎ
マントで抱きこむ
…言っただろう?星もお連れすると
貴方をいただきに参りました、刑事さん
…なんてね

彼は抱き抱えて
皆で会場へ…おや
…このまま腕の中がお望みということかな?
セリオス


セリオス・アリス
【双星】◎
アレスにはやっぱ白が似合うから
アレスは怪盗のこの衣装な!
で、俺が警察♡

屋台に目を引かれつつ道を行く
おっ迷子のカボチャを発見だ
こんなところでどうした~?
膝をつくアレスにならんでしゃがみ覗きこみ
ついでにお菓子もじーっと見て
…アレス、それ俺にも

鬼ごっこ…なら俺が鬼だな
警察らしくしっかり捕まえてやるよ
10秒数え、一気にダッシュ
どっちかっつーとアレスが俺を追う方が多いから
俺が追いかけるのはなんか新鮮だな
悪くねぇ…けど、負けっぱなしはよくねぇよなぁ!
歌で身体強化
おまけに靴に風の魔力を送り旋風を生成したら
足元で炸裂させて急加速
空へいこうが逃がさねぇぜ!
壁を駆け飛び上がり手を伸ばす
バッ…!なんでお前が捕まえっ…!!
抱き込まれたら思わず抵抗も忘れてフリーズした
つーか、顔アツいし
~~ッくっそ!!ズルいぞアレス
…そう思うのにズルいと言えない悔しさを
無理やり動力に変えてアレスと自分を繋ぐように手錠をかける
ふんっ!どうだこれで俺が捕まえた風に…
…って、思ったのに
この距離で心臓の音
どう誤魔化せばいいんだよ



●ずるい怪盗と負けず嫌いの警官のお話
 ハロウィンの夜の楽しみというものは、実は、街に繰り出すずっと前から始まっているものです。それはたとえば、今宵どんな仮装をしようか愉快な悩みに頭を抱える時間から。
「アレスにはやっぱ白が似合うから、アレスは怪盗のこの衣装な!」
 空が朱に染まり始めた夕暮れどきに、ハロウィンの衣装を扱うお店で、セリオス・アリスは悪戯っぽく笑って言いました。彼が手にしていたのは白いスーツとマント、シルクハットの気障な怪盗の衣装です。お店じゅうをひっくり返す勢いでたくさん並んだ衣装を引っ張り出して、ハンガーにかけたままの衣装を同行していた青年に合わせてみては、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤した後のことでした。同行していた青年ーーアレクシス・ミラは上背もあり、金髪碧眼に品よく整った顔だちという王子様のような容姿をしていましたから、何でも似合ってしまうのです。だからこそセリオスが彼の衣装を選ぶのにはたっぷりと時間がかかってしまいました。でも、そちらが決まってしまえば、セリオスが自分の衣装を選ぶのにほとんど時間はかかりません。
「で、俺が警察♡」
 アレクシスの衣装を決めた時には既に決まっていたようなものです。濃紺の制服に、金の徽章を目立たせた帽子、小道具なのかピストルと手錠までセットになったその衣装をセリオスは得意げに示します。
 正直に言いますと、逆なのでは……とアレクシスは思いました。実際、無邪気で奔放な性格のセリオスと、真面目なアレクシスを比べたならば、きっと十人の人間がいれば十人が、セリオスのほうが怪盗らしいと言うのに違いありません。それでも、折角セリオスが選んでくれた衣装ですし、彼の楽しげな様子を見ては否とは言えません。何より、とっても綺麗なセリオスのことですから、警察の制服も、もしかしたら本当の警察よりも素敵に着こなしてしまうのに違いありませんからーーアレクシスにしてみたって、それはちょっぴり楽しみなのです。
 斯くして、やがて陽が落ちて、街にかぼちゃのランタンの灯が満ちる頃、真っ白い貴公子のような怪盗と、どこか悪戯っぽくお茶目な空気を纏った警察官のふたりは夜の帝都に繰り出しました。
 お祭りらしい賑わいに相応しく、大通りには幾らか屋台も並んでいます。お菓子を持って来るのをわすれたうっかりさんの為のお菓子のお店や、ハロウィンの飾りを売るお店、食べ歩きできるかぼちゃのパイやキッシュのお店、魔女の魔法の薬のような毒々しい色の飲み物を売るお店、どのお店もとにかく賑やかな色彩をその軒先に並べています。
「踏まないでー!」
 アレクシスの隣を歩きつつ屋台に瞳を奪われていたセリオスが、ふと子どもの声を耳にしてそちらを見やれば、魔女帽子と黒マントにかぼちゃの頭の影朧が、雑踏の中をこちらに駆けてくるところでした。少し離れたところに純白の機械騎士の姿がありました。きっと直前まで彼が影朧と遊んでいてくれたのかもしれません。
「おっ、迷子のかぼちゃを発見だ」
「ああ。……あれが探しものかな」
 聡いアレクシスは影朧の視線を追って、少し先に落ちているキャンディを見つけます。アレクシスが歩み寄り、それを拾い上げる傍らで、セリオスがひらりと機械の騎士に手を振れば、騎士らしく毅然とした黙礼が返ります。
 転がるように駆けてきた影朧に、二人は言葉をかけてあげます。
「こんにちは、小さなレディ」
「こんなところでどうした〜?」
 二人を見上げた影朧が、ぽかんとした気配があります。怪盗と警察官という天敵のような存在が息ぴったりでいることが、不思議だったのかもしれません。そうこうしている間にも、小さな影朧に視線を合わせてあげる様にアレクシスは跪き、それを見たセリオスも真似する様にしゃがみ込んでにっこりと影朧に笑いかけてやるのです。それだけでもう、二人がとっても優しくて仲良しなのがわかりますから、素敵な二人の仲間に入れて欲しくなった影朧は夢中で例の合言葉を口にしていました。
「ト……トリックオアトリート!」
 今夜何度も口にして来た言葉でしたが、それでもやっぱり少しだけ緊張がありました。最初みたいに、断られたらどうしよう?そんな影朧の悩みを、アレクシスの柔らかい微笑みは吹き飛ばしてくれるのです。
「ああ、お菓子だね」
 アレクシスが影朧の小さな手のひらにそっと握らせる様に渡したのは、薔薇の形の飴でした。宝石細工の様なそのうつくしさに、影朧がハッと息を呑みますが、アレクシスからのプレゼントはまだまだあります。白いシルクハットを脱いで、胸にあて、手品の様にその中から取り出したのは、さまざまな色と形のアイシングクッキーの数々です。
「甘い宝をどうぞ」
「本当に、宝石みたい……!」
 感極まったように声をあげて、影朧はまじまじと薔薇型の飴と、それから、クッキーを見つめます。そうしてそれらを見つめているのは影朧だけでなく、一対の鮮やかな青い瞳。とっても真剣な顔をしてセリオスはアレクシスに言うのです。
「……アレス、それ俺にも」
「はいはい。君にも薔薇を差し上げよう」
 予想していたとでも言わんばかりに当たり前の様に差し出された薄紅色の薔薇型の飴を受け取って、セリオスは影朧に負けず劣らずにっこりご機嫌に笑います。そんなセリオスを愛おしく横目に眺めながら、アレクシスは影朧に語りかけるのです。
「一つ、遊戯のお誘いを」
「ゆうぎ?」
「鬼ごっこなんて如何かな」
「鬼ごっこ!好きだよ!」
 影朧は快諾します。何と言ってもそれは影朧の大好きな遊びでしたし、さっきだって大人の鬼さんから逃げ切ったばかりですから、とっても自信があるのです。
「鬼ごっこ……なら、俺が鬼だな」
 飴を頬張りながらセリオスが宣言して、アレクシスは頷きます。
「あのお巡りさんが鬼だよ」
「うん!」
「ふふん。警察らしくきっちり捕まえてやるよ」
 気合十分のセリオスの言葉を受けて、アレクシスと影朧は一緒に駆け出しました。その背中で高らかにひとつずつ、数字を数えるセリオスの声が響きます。十までをゆっくり数えた後で、セリオスは二人を追って走り出します。
 実は、この二人に関しては、いつもはアレクシスがセリオスを追いかけることの方が多いのです。ですから、仮装のおかげで立場が逆転している今日は、二人ともちょっぴり新鮮な気持ちがするのです。通りをゆく仮装姿の人びとにぶつからないように上手く避けながら、その新鮮さに浮かれるように、二人の足取りはとっても軽やかなものでした。
 でも、だからと言って勝敗は別のお話です。セリオスは、負けっぱなしは許せません。だから、もしかしたらおとなげないかもしれませんけれど、走りながら大きく息を吸い込んで、その花の唇から溢れ出したのは、それは美しい歌でした。駆け抜ける彼を人びとが振り向いて目で追います。その彼はーーユーベルコードの歌で存分に強化された脚力で、風の様に駆けてゆきます。
 歌はアレクシスにも届いていました。セリオスと長く連れ添ってきた彼にはそれだけで、何が起きているのかを知るには十分すぎるのです。
「失礼」
 ですから、小さな影朧を軽々と抱き上げて、その足裏に光属性の魔法を爆ぜさせたなら、アレクシスのその身は空へと高く跳躍します。白いマントを翻すその姿に、わぁ、と周囲から感嘆の声が溢れました。それはスタアが演じる銀幕の一場面のようでした。
「お空を飛んでるみたい!」
 みたい、ではなく、実際、飛んでいるのです。きゃあきゃあとはしゃぐ影朧に瞳を細めて、アレクシスは微笑みます。
「ーーそうだ、レディ。僕達はこの後パーティに招待されているのだが、君も一緒にどうかな」
「パーティ?私も行ってもいいの?」
「もちろん。……でも、その前にあの負けず嫌いさんを呼ばないと」
 やったぁ!と声をあげた影朧を抱きかかえながら、怪盗のアレクシスは追ってくる警官へ肩越しに振り向いて、不敵に微笑んでみせながら告げるのです。
「彼女は僕がお連れしてみせよう。……それと星もね」
 それはなんと怪盗らしい素敵な予告だったでしょう。
 そしてその予告の効果は十分です。負けず嫌いなセリオスは靴に風の魔力を送って、その脚に旋風を纏います。風の力で急加速したままに手近な煉瓦づくりの建物の壁を駆け上がり、瓦斯灯やランタンの灯も届かない、星と月だけが彩る夜空へと身を躍らせます。しなやかに夜空を翔けるその姿は、周りの星も霞むほど、一等星の存在感で煌めくのです。
 そうしてその存在を認めたアレクシスが召喚したのは夜明けの色の光の翼で天を翔ける白馬でした。影朧をその背に乗せて、自らも白馬に跨って、折しも今や追い付かんばかりの距離に迫りながら、アレクシスを捕まえようと伸ばされたセリオスの細い指先へ、自ら指を絡める様に手を繋いでしまいます。そのままそっとエスコートする様に引いてマントの中に抱きこんで、白馬の背に乗せて攫ってしまうのです。
「バッ……!なんでお前が捕まえ……!」
 威勢の良い言葉とは裏腹に、マントの中に抱き込まれては、セリオスはもう抵抗することもできません。何なら、動くことさえ忘れてしまったかのように、微動だにできずにいるのです。
「……言っただろう? 星もお連れすると」
 愛おしい青い炎の一等星の耳元に、アレクシスはそっと囁きます。
「貴方をいただきに参りました、刑事さん。……なんてね」
 それはなんて気障な言葉なのでしょう。それでも、そんな歯が浮く様な言葉でさえも、アレクシスの唇から発せられたものであるなら、きっとそれを聴くのがセリオスならずともどこまでも甘美に響いてしまうのです。殊に、互いを剣と盾として比翼連理のめおとの様に共にあるセリオスに、その威力はいかばかりだったことでしょう。セリオスはいつもは真っ白い頬を今は真っ赤に染めながら、返す言葉が出て来ません。こんなの、とってもズルいのです。心からそう思うのに、それが言葉になりませんから、せめてもの抵抗の様に無理矢理手錠の片側をアレクシスの腕にかけ、もう片方を自分の腕へと繋ぎ、警官らしく、怪盗が逃げられない様に捕まえてしまうのです。
「ふんっ!どうだこれで俺が捕まえた風に……」
 言いかけた言葉の先は尻すぼみに消えてゆきました。これは失敗かもしれません。だって、さっきからずっと高鳴っているセリオスの心臓の音は、互いに手錠に繋がれたこの近い距離では、どうしたってアレクシスにも絶対に聴こえてしまっているのですから。
 セリオスを抱きかかえたまま天馬の手綱を操りながら、腕の中で妙におとなしくなった彼に、アレクシスは微笑みます。
「このまま会場へ……おや。……このまま腕の中がお望みということかな? セリオス」
 もはや否定も肯定もせずに、セリオスは彼の胸元へ、真っ赤になった顔を隠すようにうずめます。
 互いに言葉にしない、言葉のいらない想いをのせて、天馬は夜の更けてゆく空を軽やかに翔けてゆきます。
 その背の上で、目元を両手で覆うふりをしながらも存分に隙間をあけたその指の間から、影朧がふたりを見つめてにんまりと笑っています。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『人里離れた館にて、幽世の如き夜を』

POW   :    語り明かそう。キミと、朝まで。

SPD   :    舌へ、喉へ、その心へ。香茶と酒精を心行くまで。

WIZ   :    散るがゆえに。藍夜に舞う桜を瞳に映して。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●お菓子のおうちのお話
 高い壁に囲まれて、白い煉瓦に広いアーチ窓を目立たせたその洋館は、帝都郊外にひっそりと佇んでいました。かつては古い財界人の私邸だったというその建物は、今宵は猟兵たちの宴の準備を整えられて開かれているのです。
 常は閉ざされた門扉の両側に、奢侈な吸血鬼とペストマスクの医師の姿のふたりがドアマンのように佇んで、訪れる猟兵たちを笑顔で迎え入れています。玄関に向かう道行きを照らすのは笑顔のかぼちゃのランタンたちでした。
 元はダンスホールだったという部屋に並べた机の上に敷かれた白く眩しいテーブルクロスと白い皿は、これでもかというほどに色彩豊かなハロウィンらしい菓子の彩を一層際立てる名脇役。極彩色のマカロンタワー、夜闇の様につややかに黒いパンプキンパイ、オレンジ色のかぼちゃのモンブラン。赤と黒のベリーを市松模様に敷いたタルトに、紫から金色へグラデーションを描いたブルーマロウとシャンパンのジュレ。鮮やかな寒色のクリームで飾ったローケーキには色とりどりのエディブルフラワーが咲き乱れます。
 炎を纏うギムレットだとか、スミレシロップと赤ブドウの血の様に濃く赤いカクテル、あたたかいパンプキンジュース、飲み物だってハロウィン仕様。でもじつは、給仕の黒猫メイドさんにお願いしたなら、普通の食べ物や飲み物も用意して貰えるのはここだけの秘密のお話です。
 ハロウィンの熱気にあてられてしまったならば、庭園で風にあたってひとやすみ。
 夜はすっかり更けてしまって、魔女たちやオバケたちの楽しい時間はこれからです。
 そうして朝はまだ遠く、ハロウィンの夜はまだまだ長いのです。

【マスターより】
影朧はその辺にいます。
スケジュール等の告知はマスターページにて。
●小さなオバケの夢の夜
 小さな影朧は夢のような気分でした。帝都では優しいお兄さんお姉さんがたくさん遊んでお菓子をくれて、それから優しいお兄さんたちが魔法みたいに空を翔ける馬で彼女をこの場所に連れて来てくれました。その道中からもうずっと夢みたいな心地がしていたのですけれども、この場所に足を踏み入れてからは益々その気持ちが強まるのです。
 綺麗であたたかいお部屋、見たこともないようなたくさんのお菓子。何よりそこで談笑しているのは、先ほど街で遊んでくれたお兄さんやお姉さんたちではありませんか。
 もっと遊びたい、もっと話したい、誰から声をかけましょう。
 もらったお菓子を大切に収めたお菓子入れを抱きしめながら、広間へと足を踏み出した影朧の姿が一瞬だけ、淡く透けたように揺らぎます。
サンディ・ノックス

猫又魔女姿

少しずつお菓子をできるだけ全部食べてみて
会場もあちらこちら歩いてどんな楽しいものがあるか探しておく
必要が無ければ同業者と交流しようとは思わないので、会場の同業者の集いに積極的には加わらない、露骨に避けることもしないけど
ただ、影朧のためなら同業者と協力もするよ

一通り会場を回ったら影朧を見つけて声をかける
ハロウィンのご馳走って凄いね
食べてみたいものとか、好きな味とかある?
また手を繋いで、会場をあちこち回った成果を発揮
彼女が好むお菓子をたくさん食べて、楽しい仕掛けがあれば教えてあげよう

話の合間に
使い魔に挨拶させるね
と、金の杖を振って指定UC使用
水晶の小人達は彼女の周りを楽しそうに飛び回る



●第一話:魔女様はお菓子ソムリエ
 十月も終わりとなればもう夜はずいぶん冷え込みます。けれども暖炉にあかあかと火を入れて、楽しげなひとびとで賑わうこの場所はどこまでも温かくて、寒さなんかとは無縁です。
 サンディ・ノックスはこの場の誰かとずっとお喋りするでもなく、会場で色んなお菓子を食べ歩いていました。クッキーやチョコレートなんかはもちろん、とっても薄く切ってもらったベリーの市松模様のタルトや竹墨を入れた真っ黒なケーキ、かぼちゃのババロアだとか、かぼちゃのきんつばなんかもあります。
 サンディは甘いものは好きですが、そのよく均整のとれた体型が示しているように、別に大食いというわけではありません。だから流石に全部をたくさんは食べられませんから、少しずつ色んなものを味わいます。誰だって、胃袋には限りがあるのです。そうして、もうすぐ大人のサンディだってそうなのですから、小さな子どもは尚更でしょう。だからサンディのこの試みは小さな影朧の為の、とっても優しくてものすごく合理的な解決策でした。
「猫の魔女のお兄ちゃん!」
 やがて、やはり目移りでもしているのか、色んなお菓子の前を行ったり来たりしていた小さな影朧の姿を見つけてサンディが声を掛けようとしたところ、先に元気よく声をあげたのは影朧のほうでした。
「やぁ」
「お兄ちゃんの魔法、すごいね!あの後ね、わたし、お友だちいっぱいできたし、みんながたくさんお菓子くれたの!」
 影朧はもう最初に街で出会ったときのようにおどおどしてはいませんでした。それもそのはずです。得意げに見せるかぼちゃのお菓子入れには、出会ったみんなの優しさが形になったかのようなお菓子がたくさん詰まっているのです。
「でもね、魔法がききすぎて、切れちゃったときが怖いかもしれないの」
「そっか。僕の魔法は意外と長く続くから大丈夫だよ」
「本当?いつまで大丈夫?」
「百花ちゃんが兄弟と仲良くして、良い子にしてる限りは大丈夫」
「じゃあずーっとだ!お兄ちゃんすごいね!」
 あまりにもサンディが自然に口にしたものですから影朧は意識しませんでしたが、彼がこの影朧の名前を知っているのは、他の猟兵に聞いたからです。ただ同業者というだけの理由では他の猟兵たちと必要以上の馴れ合いをすることはないサンディですが、この影朧の、小さな子どもの為であるなら情報収集は抜かりないなのです。
「それにしても、ハロウィンのご馳走ってすごいね。食べてみたいものとか、好きな味ってある?」
 並んで会場を歩き出す二人は自然と手を繋いでいました。色とりどりのお菓子を影朧はうきうきと眺めていましたが、本当は、見たこともないほど豪華なそれらがどんな味がするものか、想像もつかないものでしたから、手を伸ばす勇気がなかったのです。
「んーとね、お外が少し寒かったから、あたたかいのが食べたい!あるかなぁ?」
「うん。百花ちゃんはフルーツとマシュマロ、どっちが好き?」
「フルーツ!」
 じゃあ、とサンディが給仕の黒猫さんに取り分けてもらうのはカスタードのフルーツグラタンでした。
「わぁ、これはなぁに?見たことない!」
「ふふ、熱いから火傷しないようにね」
 それは実は経験談でした。急いで色んなものを試してみようとしたサンディが、先ほどこれを食べたとき、ちょっぴり火傷してしまったのはここだけの内緒のお話です。
「あつッ!!」
「あ、ほら、言ったのに」
「でも、だって、あつあつのほうが絶対美味しいよー!」
 ご機嫌に食べ続ける影朧をサンディはにこにこしながら見守っていました。小さな子どもの嬉しそうな様子は心が洗われるような気持ちになりますから、サンディの大好きなものでした。
「次はどんなのがいい?」
「んと……かぼちゃ!かぼちゃのお菓子!」
「かぼちゃかぁ……ふわふわとサクサクとしっとり、どれが好き?」
「しっとり!お兄ちゃん、お菓子のこと何でも知ってるの?」
「お菓子の授業は魔女の必修科目だよ?」
「そうなの?!」
 まだ習ってないなぁ、と真面目に返す影朧にサンディは彼女のリクエストにぴったりのお菓子を渡します。ファミューゼというらしいそのお菓子は、西洋の大陸の田舎で作られるもののようでした。華やかなお菓子の多いこの場において、見た目にはずいぶんと素朴なそれは、サンディが教えてくれなかったなら影朧は出会えなかったことでしょう。生地にかぼちゃを練り込んだしっとりとした焼き菓子を味わって、影朧はかぼちゃのかぶりものの上からほっぺたをおさえます。
「おいしーい!!お母さんが作ってくれたお菓子みたい!」
 年端もゆかないくせをして弟妹を気にかける彼女の様子から、もしかしたら、サンディは何かに気づいていたのかもしれません。けれども多くは尋ねずに、また、語ることもしないで、ただ、良かった、と微笑んで呟くにとどめるのです。
「そうだ。使い魔にまだ挨拶させてなかったね」
 今夜のサンディは騎士ではなくて猫又の魔女ですから、魔女らしい振る舞いに余念はありません。コウモリの羽根を生やした細い金の杖を振れば、現れたのは、声も言葉もないというのに、その振る舞いからわかるほどに楽しげな水晶の小人たちです。
「わぁ!お兄ちゃん、使い魔もいるの?」
 愛くるしい小人たちの姿に影朧ははしゃぎながら、その姿に見入ります。辺りに並ぶ包装のないお菓子たちは、小人たちにもそれが食べられるものであるとわかるのでしょう。浮き足立った小人たちを、お姉さんぶった影朧がとどめます。
「そっちは、だめー!お菓子欲しいひと、この指とまれ!」
 差し出した小さな指に、何となくノリと勢いで水晶の小人たちが群がります。それを見届けたあとで、最後にサンディもその指に止まったならば、影朧はくすくすと笑います。
「お兄ちゃんも、お菓子、いる?」
「うん、そうだね。ハッピーハロウィン!」
 この夜を、これからの彼女の道行きを祝福するおまじないを唱えて、サンディはにっこりと笑うのです。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
この洋館にはピアノがあるようですね
弾き語りでもしてみましょうか

どのようなお話が宜しいですか?
…承知しました(影朧の返答を命令とし)

躯体に仕込んだワイヤーアンカー伸ばし
先端水晶体を鍵盤を弾くアーム状に変形

私物の本開き御伽噺の朗読会
自己ハッキングでスピーカー音声調節
騎士に姫君、王様に民衆、悪い竜にお化け達、果ては語り部
声を七色に変えて演じ

かくして騎士と姫君は結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ
めでたしめでたし…
ご清聴、ありがとうございました

私は様々な曲を弾いておりますので、どうかパーティを楽しんで来てください

(見送る背に)

どうか貴女の来世に、めでたしめでたしが訪れますように

彼女の門出まで弾き続け



●第二話:お伽噺はめでたしで
「騎士さま!トリックオアトリート!」
 遠くからでもよくわかるトリテレイア・ゼロナインの姿を見つけて小さな影朧が駆けてきました。きっとまた優しい誰かと美味しいお菓子を食べていたのでしょう、かぼちゃ頭のほっぺにはクリームがついたままでしたから、トリテレイアは少し笑って、優しく拭いてあげました。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
「うん、楽しい!美味しいお菓子が何でもあるし、皆とっても優しいの!」
 すっかり元気いっぱいの影朧が、かぼちゃの被り物の下でにっこり笑っているのがトリテレイアにも伝わります。猟兵たちの優しさで小さな影朧はすっかり元気になっていました。
「あれ?騎士さま、ピアノ見てたの?」
 影朧が首を傾げます。トリテレイアが立っていたのは、木目調の美しいグランドピアノの前でした。
「ええ。もし宜しければ弾き語りなどいかがでしょうか」
「騎士さま、ピアノ弾けるの?すごい!聴きたい!」
「どのようなお話がよろしいですか?」
「んっと……冒険!騎士とか勇者とかが冒険するお話!」
「かしこまりました」
 ピアノの前に座るトリテレイアの傍らで、影朧が飛び跳ねんばかりに喜びます。でも、と見つめるのはトリテレイアの指先でした。人よりも体の大きなウォーマシンの彼の機械の指先が、その指よりも細い鍵盤をどう叩くのか、壊してはしまわないかと少しはらはらしていたのです。
 もちろんそんなことはトリテレイアには織り込み済みでした。トリテレイアのとっても高性能なその躯体にはたくさんの仕掛けがあって、今起動するワイヤーアンカーもそのひとつです。その先端の水晶体を鍵盤を上手く弾けるようなアーム状に変形してみせたなら、わぁ、と影朧が感嘆の声を漏らします。素晴らしいテクノロジーはもはや魔法のように見えるのです。
 持って来ていた一冊の本をピアノの譜面台へと開いて載せて、トリテレイアは期待を高まらせるような少しの沈黙の後に語り始めます。
「さて、それでは少々お付き合いを……むかしむかし、あるところに一人の騎士がおりました」
 水晶体のアームがゆっくりとピアノを弾き始めました。古い物語を語るのにふさわしくまずはノスタルジックで穏やかに始まったオーバーチュアにのせて語るのは、心優しいひとりの騎士の物語。国をおびやかす悪い竜に王様のひとり娘のお姫様がさらわれて、助けて欲しいと王様にお願いされた騎士は旅に出るのです
「『お任せください、国王様。必ずやお姫様を助け出してみせましょう』」
 凛々しい声音で騎士が語った後で、答えるのは威厳ある王の声です。
「『おお、なんと頼もしい。それでは騎士よ、頼んだぞ』」
「『騎士様、どうかご武運を!』」
 送り出す民衆たちの賑やかな歓声も、まるで本当に多くのひとが発するかのように鮮やかなもの。やがて道中に現れるひょうきんなお化けちや、恐ろしい竜の声、鈴を振る様なお姫様の声までも、トリテレイアは七色の声を使い分けて完璧に演じ分けるのです。影朧が目を白黒させながら、どうやっているのかと、覗き込むようにトリテレイアの口元や喉をじいっと見つめていました。それはトリテレイアが自己ハッキングでスピーカーの音声を調節して変えているものでしたから、いくら穴の空くほどに眺めても外から仕掛けのわかるものではないのですけれども。
 そうしてピアノの音色と旋律も物語の場面に合わせて七色に変化します。ときにスケルツォの様に愉快に、ときにシンフォニーの様に壮大に、ときにセレナーデの様に甘く切なく。それは本当に見事なものでした。まるでこれが弾き語りなどでなく、ひとつの舞台を見ているかの様にどの場面も鮮やかに聴くものの目に浮かぶのです。
「かくして騎士と姫君は結ばれ、末永く幸せに暮らしましたとさ」
 ハッピーエンドのお約束のめでたしめでたしでトリテレイアがその物語の終わりを結んで見せたとき、たくさんの拍手が降り注ぎました。いつの間にか周囲には人だかりができていたのです。影朧も小さな両手でたくさんの拍手を送ります。
「すごい!すごいよ!信じられないくらい楽しかった!」
 子どもらしい語彙ではその感動は表しきれないものでしたけれども、トリテレイアにはその嬉しさがしっかりと伝わっています。
「楽しんでいただけて何よりです」
「本当にありがとう。ねえねえ、騎士さま、お菓子を食べに行く?」
 首を傾げる影朧に、トリテレイアは小さく首を横に振りました。まだ、彼にはやるべきことがあるのです。
「私は様々な曲を弾いておりますので、どうかパーティを楽しんで来てください」
「えー、そうなの? あ、でもそれならわたし、楽しい曲だと嬉しいな!」
「承りました」
 楽しげに駆けてゆく小さな背中をトリテレイアは見送って、再びピアノを弾き始めます。
(どうか貴女の来世に、めでたしめでたしが訪れますように)
 祝福と祈りをこめた音色はそれはそれは優しいものでした。
 やがて訪れる彼女の門出のときにはきらきらぼしのバリエーションが柔らかく響いているのです。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

マスタリング歓迎

_

楽しそうに笑う影朧や猟兵、周囲の人達の様子を見て
安堵して人知れず庭園へ

仕事漬けの日々
事件現場でも戦場でもなく
こんなに穏やかで平和な風景を見るのは久しぶりな気がして
皆の笑顔に嬉しくなる

顔の半分を覆っていた仮面を外し空を見上げ
…ハロウィンは、死者の霊が家族のもとへ帰ってくるのだったか
皆が愛する者と共に在れますようにと願い

不意に聴こえた足音に視線向け
そこには影朧のレディの姿
どうした、と微笑って
彼女が望んだなら庭園をエスコート
共に話し
手品だって魅せ
然しいずれ来る別れ
彼女の歩む先に幸多かれと願いながら
伝えるは「さようなら」ではなく

「──またな、」



●第三話:平穏な日のダークヒーロー
 ここに集ったひとたちにとって、今夜はとっても素敵な夜でした。
 たくさんのお菓子を並べて皆で楽しむ年に一度のお祝いは、いくつになっても楽しいものです。猟兵も、それをもてなす人々も、大人も子どもも皆がお祭りの気分に浮かれて、はしゃいで、幸せそうに笑い合います。その幸せそうなひとびとの中に小さな影朧もしっかりと溶け込んでいるのを見て、安心したようにそっとその場を離れる黒い影がありました。半顔を画面で隠したオペラ座の怪人は、闇に溶け込む様にして夜の庭園へと足を運びます。
 丸越・梓はダークヒーローです。いつもひとびとの誰も知らないところで戦って、傷ついて、彼らのことを守ります。そうして守られた人々の平穏な日常をこうして眺めるのはとても大好きなことでしたけれども、彼はいつだってそれをこうして少し遠くから眺めているだけです。もちろん、皆の幸せそうな笑顔を見ると梓の心もほんのりあたたかくなるのですが、それはあまりにも眩しすぎるような気がしますから、梓はいつもその輪の外に身を置いて、少し、遠巻きに眺めるばかりでした。本当は一緒に笑い合えたならとても楽しいのでしょうけれども、かつてそうした仲間たちをあまりにも多くを喪いすぎた梓にはそれは躊躇われてしまうことでしたから、こうしてそうっと距離を置くのです。
 十月の終わりの夜の庭はひんやりとした夜気に包まれ、遠くの賑わいは微かに流れてくるばかりで、とても静かな場所でした。テーブルを挟んで二脚置かれていたガーデンチェアのひとつに梓は腰かけて、ひと息つくように、顔の半分を覆っていた仮面を外します。その仮装の本来の怪人などとは程遠い端正な顔を夜風に晒して、見上げるのはよく澄んだ空気の向こうで星たちが煌めきを放つ夜空でした。
 美しい空を眺めて、手にした仮面をテーブルの上へ置きながら梓はふと思い起こします。ハロウィンとは、死者の霊が家族の元へ帰ってくるというお祭りだったでしょうか。生きてある限り誰にもみんな大切なひとがいて、その誰かはまだ傍にいてくれるかもしれませんし、もう既に遠い世界へと分かたれてしまっているかもしれません。後者であってもこの夜だけはその存在が傍らに戻って来ることが叶うとするならば、梓は願わずにはいられません。
(皆が愛する者と共にあれますように)
 夜空へ祈りを捧げたそのとき、梓の背後にふと佇んだ懐かしい気配は、幻聴かもしれないけれど耳元に聞いた気がした囁きは、誰のものであったでしょうか。
「お兄ちゃん!」
 それは手を振りながら駆けて来た小さな影朧の元気な声にかき消えてしまいましたから、後になってはもう誰にもわからないことなのです。
「どうした」
「いないから、探したよ!お兄ちゃんこそどうしたの?皆と一緒にお菓子をたべないの?」
 どうやら小さな影朧は、梓を心配してくれているようでした。小さいながらも長女らしいその面倒見の良い振る舞いに、梓は頬を緩めます。
「ありがとう。お菓子はもうたくさん食べたから、少し風に当たりたくなったんだ」
「そうなの? あ、このお庭、たしかにとっても綺麗だね」
「少し散歩しようか」
「うん!」
 優雅にエスコートする様に影朧の小さな手をとって、梓は歩き始めます。とっても身長の差のある二人でしたから、結局は普通に手を繋ぐ形になるのですけれども、暗い足元にも注意を払って梓は進みましたので、それは立派なエスコートでした。
「ねえ、お兄ちゃん、弟か妹がいる?」
「ああ。どうしてそう思った?」
「んー、なんかね、お兄ちゃんっぽいから!弟?妹?どんな子なの?」
「たくさんいるから話すと長くなりそうだ」
「そんなに?!」
 孤児院育ちの梓には血の繋がらない弟妹がたくさんいるのですけれども、それは話し始めると本当に長くなりそうですし、めでたしで終わる話ではありませんでしたから、梓ははぐらかすのです。
「……秋桜だ」
「あ、本当!きれい!」
 濃い紫のコスモスが花壇にたくさん咲いていました。その一輪へと影朧の視線を向けさせてから梓が手を翳したなら、それだけ、淡いピンクに変わるのです。
「えっ、なんで?!どうやったの?」
 はしゃぐ影朧にその一輪を手渡して、梓は人差し指を立ててウィンクをしてみせてあげます。
「種も仕掛けもないよ」
「じゃあ魔法だね!」
 うきうきとした様子の影朧の輪郭が、一瞬、霞んで見えたのを梓は気づかないわけには行きませんでした。残された時間はそんなに多くはないのかもしれません。
「あっ」
 彼方の金木犀の咲いた一角の誰かに気づいた影朧が、小さく声をあげました。そこにあるのは梓も見知った姿です。
「行っておいで」
「うん。後で戻って来てもいい?」
「もちろんだ」
「うん!」
 ぱたぱたと駆けてゆく小さな背中に梓が向けるのはとても優しい眼差しでした。
「ーーまたな、」
 たとえ今夜会うのがこれで最後になろうとも、この後で再び会ってまた別れの時間を迎えようとも、梓は同じことを言うのでしょう。小さな彼女の進む先にたくさんの幸せがあるように、心からの祈りを込めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンドゥーシャン・ダアクー
異国の建物の絢爛豪華な内装
物語の中のような登場人物たち
夢か現かといった足取りですが、食べられるお花に手を伸ばさずにはいられません
先程もお菓子を頂いてしまいましたが…別腹、です
どんな味がするのかしら?

お酒もいただかないのに年甲斐もなくはしゃいで雰囲気に酔いしれてしまいそうです
そんな時は庭園へ
声の小さいわたしが影朧さんとお話しするならここでしょうか

まあ、またお会いしましたね、お小さい方
今宵を楽しんでいらっしゃいますか
わたしね、実はお外に出たのが初めてだったんです
お祭りって素敵ですね
甘いお菓子を頂いて、誰かとお話しするのって、幸せですね
勇気を出してお外に出てよかった
あなたと話せて、とても幸運でしたよ



●第四話:初めまして、世界
 その異国の様式の建物も、絢爛豪華な内装も、エンドゥーシャン・ダアクーにとっては引き続き全てが初めて見るものでした。元の素性が何であれ、今夜この場にいるひとたちは誰も物語の登場人物のようないでたちをして、浮世離れしたこの空間を彩りながら、そうして誰もが主役のように笑うのです。その賑わいの中をエンドゥーシャンは少しだけ歩いてみたくなりましたから、仙力で浮かしていたその身を地上へと下ろし、柔らかな布靴が包む爪先で、よく磨かれた無垢材の床を踏み締めました。こうして地を踏みしめて歩くことは、普段の彼女はしないことでしたけれども、今日はお祭りの夜でしたから特別です。夢か現かというような空間の中、その足取りはどこかふわふわと浮き足立ったものでした。
 参加者の数に比べて申し訳程度にしか椅子のないそのパーティーの様式を立食形式というのだとエンドゥーシャンは知りませんでしたけれども、テーブルに並ぶ色鮮やかなお菓子たちを皆が思い思いに取っても良いということはわかります。先程、大通りの屋台にてエンドゥーシャンはかぼちゃのパイを食べたばかりで、食の細い彼女にはそれはすでに十分な量ではあったのですけれども、こういう時の特別なお菓子は別腹です。
 とりわけ彼女の目を引いたのは、生花が揺蕩う様に咲き誇る二層になったケーキでした。白い層の上に、水の様に透明な層が花々をとじこめているのです。淡い色のスイートアリッサムを敷き詰めた中に鮮やかなベゴニアが咲き誇り、白地に映える美しい彩りを成しています。
「こちらはエディブルフラワーの……食べられるお花のレアチーズケーキですよ。ローケーキもあるんですけど、こちらの方が美味しいです」
 足を止めて見入っていたエンドゥーシャンの視線に気づいたように、黒猫耳のメイドさんが声をかけます。ありがとうございます、と答えたエンドゥーシャンに彼女はにっこり微笑みます。
「どのくらいお取りしましょう?」
「あ、それでは、少しだけ……」
「本当に少しで大丈夫ですか?」
「いえ、それでは、もう少し」
 親指と人差し指でとびきり狭い隙間を作ってみせた黒猫メイドさんに、エンドゥーシャンは言い直し、黒猫メイドさんが笑います。食べられる花はもちろん、この二層のケーキ自体もエンドゥーシャンは食べたことがないものでしたから、どんな味がするのかわかりません。切り分けられたケーキを渡されたデザートスプーンで透明な層をスイートアリッサムのひとひらと共に掬ってエンドゥーシャンは可憐な唇へと運びます。
「……とても、爽やかな……?」
「それ多分ゼリーに入ってるレモンの味です」
「まあ」
 花の味わいは、植物らしい繊維質な少しの歯応えと、仄かに甘い香りのほかには特筆すべきことや感動的な味わいは別段ありませんでしたが、それも含めて初めて知ったことでしたから、それも大切な経験です。気さくな黒猫メイドさんとおしゃべりしながら薄い一切れを平らげたあとで、エンドゥーシャンは丁寧にお礼を伝えて、その場を後にします。お酒も飲んでいないというのに、とても楽しくて、少しだけいつもより高揚した気持ちは、この場の雰囲気がそうさせるものなのでしょうか。ほわほわとした酔いのようなこの感覚をちょっぴり落ち着けるのには涼しい風に当たるのが良いと思われましたから、やがてエンドゥーシャンは硝子張りの戸を潜り、夜の庭園に出るのです。
 秋の夜風はお菓子とも違う甘い香りを連れて来ました。それはエンドゥーシャンの故郷にも咲く花ーー金木犀の香にいざなわれたエンドゥーシャンがその足先を金花の群れへと向けたとき、彼方より弾んだ声がかかります。
「お姉ちゃん!」
「まぁ、またお会いしましたね。お小さい方」
「えへへ!お姉ちゃんは遠くからでもよく見えるからすぐわかったよ」
 エンドゥーシャンがその身を守って纏う仙力の微かな煌めきのことなのでしょう。影朧は得意げに笑います。
「今宵を楽しんでいらっしゃいますか」
「うん!たくさんお友だちができてたくさんお菓子をもらったの!」
「それは良かった」
 優しく微笑むエンドゥーシャンに、影朧はそれはそれは楽しげに今日の出会いを語ります。三人の魔女に人形使い、怪人、鼠の使い魔やおばけの騎士、それから怪盗と警察官。影朧は今宵、本当にたくさんの優しいひとたちに出会ったのです。
「お姉ちゃんは?楽しんでる?」
 話し終えてから、エンドゥーシャンの言い回しを真似たように、大人ぶった口ぶりで影朧は尋ねます。
「ええ、とても。見るもの全てが鮮やかで新鮮でーー……わたしね、実はお外に出たのが初めてだったんです」
 ぽつりと零すエンドゥーシャンの小さな声は賑わいの中では消えてしまいそうなものでしたけれども、静かなこの庭園ではちゃんと影朧にも届きます。
「初めて?ずーっとおうちの中にいたの?」
「おうちの中、ではないのですが……こことは違う世界の中にある、狭い世界にいたのです」
「そうなんだ!じゃあ、お外に出るのにはすっごく勇気がいったよね?」
 少しだけ気遣う様に、心配する様に影朧が尋ねます。たくさんの人に優しくしてもらったから、自分もそう出来る様になったのかもしれません。
「ええ、少し。でもね、とても満足しているんです。お祭りって素敵ですね。甘いお菓子を頂いて誰かとお話するのって、幸せですね」
 実感のこもったその言葉に、影朧が大きく何度も頷きましたから、エンドゥーシャンも控えめに頷き返します。
「勇気を出してお外に出て良かった」
「よかった!それならとってもよかったよ!」
 我がことのように喜んでくれる影朧へと、エンドゥーシャンは微笑みます。
「あなたと話せて、とても幸運でしたよ」
「わたしも!お姉ちゃんと話せて、こーうんだよ!」
 エンドゥーシャンが言葉に込めた万感は、小さな影朧にはまだわからないかもしれません。けれども、その根底の優しさはしっかりと伝わっているのでしょう。
「お姉ちゃん、来て!あのね、さっき教えて貰った美味しいお菓子があるんだよ!」
 エンドゥーシャンの袖をひいて声を弾ませる影朧に、エンドゥーシャンは緩やかな足取りで付き添います。おなかがいっぱいになった後でも、ハロウィンの夜はもう少しだけ続くのです。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
すげえお菓子がいっぱい!
会場に目を輝かせてたらくいっと手錠で繋いだ腕が引かれた
…外した方が動きやすいのはわかる
けど外さなければアレスが傍にいるのは確実で
このままがいいな何て思ってしまうから
…また逃げられたら大変じゃねえか
ツンと澄まして本音をごまかす
抱き寄せられても動揺が隠しきれない
…嫌じゃないって言ったらどうすんだよ
ぐりっとアレスに頭を押し付けて
赤い顔だけでも隠さねえと
…ああ、でも
アレスがうれしいなら、少しの照れも我慢しよう

って思ったのに!
簡単に離れていくから次は俺が捕まえるんだからな!
と強がりを

絶対に!俺が!
なんて意気込みもお菓子を前に吹っ飛んだ
アレもこれも食いてえし
どんどん皿に盛りつけて…って
とりっくおあ…
皿の上のトリートを見る
分けるのはいい
でも目の前にいるのは2人
俺のお菓子は1/3…?
そもそもこれ俺が用意してねえし
うんうん悩んだ末に男らしく
よぉし!悪戯してみろよ

なんだなんだとしている間に花で飾られ
ふはっ、確かにこの格好に花は似合わねえな
まいったよ
降参だと手をあげる


アレクシス・ミラ
【双星】◎

ところで、お巡りさん
手錠で繋がったままの腕を掲げて
これは外さないのかい?
彼の表情に思わずくすりと
心配しなくても僕は逃げないよ
寧ろ…君はいいのかい。今すぐにだって僕は…
彼の手を取り、もう片手で抱き寄せ
再び腕の中へ招き入れる
君にこうする事が出来るのだが

問いの答えは囁く声で
―嬉しい、かな
いちばんの星が傍に在るのだから
柔く彼の髪に触れる
…このままでいるのも僕には素敵な事だけれど
折角皆さんが用意してくれた宴だからね
強がりさんに予告しよう
―続きは、また後で
楽しみにしているよ、愛しの好敵手殿。…なんて

お菓子に喜ぶ彼に目を細めつつ
ふとある事を思いつく
影朧さんにもおいでと手招きしよう
お巡りさんに僕達から呪文を
トリックオアトリート

では、悪戯を始めよう
【星灯の隠処】から持ってきた花達を影朧さんに渡す
この花でお巡りさんを綺麗に飾ってくれるかい
彼女が悪戯をしてる間に僕もこっそりセリオスの髪に青い姫薔薇を飾る
悪戯成功だね、レディ
お礼と…今宵の思い出に
君にこの花を
差し出すのはオレンジの薔薇
ハッピーハロウィン



●第五話:赤と青のふたご星
 それは少しだけ時間を遡り、影朧がこの会場に訪れたときのことです。
「すげえお菓子がいっぱい!」
「すごーい!いっぱい!!」
 会場に足を踏み入れた瞬間にセリオス・アリスは子どもみたいにはしゃいだ声をあげました。隣で影朧が負けじと黄色い声で叫んで飛び跳ねます。
 ハロウィンのお菓子はとっても鮮やかですから、遠目にもよくわかるのです。オレンジや黒、赤に紫だとか虹色まで、普段であれば食べるのをちょっぴりためらってしまうような奇抜な色づかいのものもあるのですが、今夜ばかりは不思議とそれも好ましく思えてしまうものでした。
「ねえねえ、お菓子もらってきてもいい?いい?」
「行っておいで」
 いても立ってもいられないと言った様子で尋ねた影朧に、アレクシス・ミラが頷いてあげると、彼女はスキップするように楽しげな足取りで、ひときわ目を引く大きなケーキのあるテーブルへと駆けてゆきました。その背中を見送ってから、アレクシスは手錠をかけられた片腕を軽くあげてみせます。
「ところで、お巡りさん」
その手錠のもう一方はセリオスの片腕に繋がっていますから、お菓子でいっぱいの会場の様子に目を輝かせていたセリオスは、僅かに腕を引かれて振り向きます。その拍子に互いの手と手が触れそうになっただけでセリオスは少しドキドキしてしまいます。
「これは外さないのかい?」
 アレクシスの声に、朝空の瞳に、悪戯っぽい色があります。本当はセリオスだって解っています。手錠を外してしまった方が動きやすいのは当たり前でしたから、たくさんお菓子を取りに行ってこのパーティーを楽しむのにはその方が便利なのでしょう。それでも、互いの手首をこうして手錠で繋いである限り、少しの不便さと引き換えに、手錠が許す僅かな距離の外にはどちらも行けません。手錠を理由に大好きなひとを間近に留めていられることの幸せに比べたら、少しの不便だなんて取るに足らないことですから、このままが良いとセリオスは思っているのでした。
「……また逃げられたら大変じゃねえか」
 もちろん、素直に本当の理由を口にできるセリオスではありませんから、ツンと澄ました顔をしてアレクシスに答えます。怪盗のアレクシスを警察官のセリオスが追いかけて、先ほど夜の帝都で繰り広げられた大捕物は互いにユーベルコードを使い合っての、それはそれは派手なものでしたから、何度も繰り返すのは大変です。もっとも、逃走劇の果てに捕まったのが本当に怪盗のほうであったのかは、少し判然としませんが。
「心配しなくても僕は逃げないよ」
 セリオスの表情に、アレクシスはくすりと笑みを零して言いました。セリオスが口には出さない本当の理由も、素直になれない彼の気持ちも、アレクシスには手に取るようにわかるのです。そうしてそんなところもとびきり可愛く愛おしく思えましたから、ほんの少しの意地悪をしてみたくなってしまいます。
「寧ろ……君はいいのかい。今すぐにだって僕は……」
 手錠で繋がれたセリオスの手を取りながら、アレクシスは空いたもう片手で彼の体を抱き寄せて、再び腕の中へと招き入れました。
「君にこうする事が出来るのだが」
 セリオスは動揺が隠し切れません。この場所に来るまでの天馬の背の上でだってずっとこうしていたのですけれど、優しく逞しいアレクシスの腕の中にいると、彼の体温を間近に感じると、いつだって胸が高鳴りますし、これは慣れることなんて出来ないでしょうから、きっとこの先も生涯変わらないような気がしてしまいます。
「……嫌じゃないって言ったらどうするんだよ」
 強がるような口調で、疑問形にしてようやくセリオスは今夜初めての正直な気持ちを少しだけ言葉へと変えることが出来ました。それに対するアレクシスの答えはとってもシンプルです。
「……嬉しい、かな。いちばんの星が傍らにあるのだから」
 耳元での囁きは、とっても甘くて優しい響きでしたので、セリオスは頬っぺたが燃えるように熱くなるのを感じずにはいられません。でもそれをアレクシスに見られてしまうことは躊躇われましたので、彼にぐりっと頭を押し付けるようにして真っ赤になった顔を隠します。アレクシスはその柔らかな絹の様な黒髪を優しく撫でてあげました。
 アレクシスの言葉は彼の心のそのままでした。手錠で繋がれたこの近い距離にセリオスがいることはとても素敵なことで、ずっとこのままで構わないとさえ思えます。でも、今日はハロウィンで、帝都の人たちが彼らの為に頑張って用意してくれた素敵な宴があるのですから、それを楽しまないのも野暮というものでしょう。
「ーー続きは、また後で」
 どこか名残惜しそうにその髪を最後にひと撫でしてから、アレクシスは手錠を解いて、あっさりとハロウィンのご馳走の方へと向かってしまいます。一瞬ぽかんとした表情でその背を見つめた後で、セリオスは頬を膨らませます。
「次は俺が捕まえるんだからな!」
 離れてゆく背中へと、強がるように宣言をしてみせたなら、白い衣装の怪盗は肩越しに振り返って、微笑みます。
「楽しみにしているよ、愛しの好敵手殿」
 おどけたように答えたそんな台詞まで格好良くて絵になるものだから困ってしまいますね。次は絶対に!俺が!と息巻きながらも、ご馳走の用意されたテーブルへ歩み寄る頃にはセリオスの強い意気込みは、たくさんのお菓子を前に綺麗に吹き飛んでしまっていました。
「うわぁ、どれにしよ……アレもこれも食いてえし……」
 用意されていた中で一番大きいお皿を手に取って、セリオスはうきうきと端からお菓子をお皿にのせてゆきます。虹色クリームのエクレア、アラザンで銀河を描いた真っ黒なザッハトルテ、蜘蛛の巣模様のクッキー、ひとくちサイズのミニャルディーズは端から端まで、全種類をひとつずつ。
 あれもこれもとつい欲張ってしまう、そんな楽しげなセリオスの様子を、アレクシスは瞳を細めて見守っていました。けれども、セリオスの向こうのほうで未だ空っぽのお皿を持ってうろうろしている影朧の姿を見つけると、ふと思いついたことがあります。
「おいで」
 アレクシスが手招きすると影朧は素直に駆け寄って来ました。影朧のお皿が空っぽのままなのは決してさっきのように皆が意地悪をしたからでなく、お菓子があまりにたくさんありすぎて彼女が迷ってしまっていたからでした。セリオスが引き続き手にしたお皿にお菓子を積み上げてゆく傍らで、アレクシスが影朧に小さく耳打ちすると、影朧はクスクス笑って頷きました。それはお巡りさんに告げる魔法の呪文の打ち合わせです。
 お菓子を盛り付け終わったセリオスの前で、二人は声を揃えます。
「「トリックオアトリート!」」
「とりっくおあ……」
 一瞬虚をつかれたような顔をしてから、セリオスは気付きます。そういえば先刻、夜の帝都で、セリオスは影朧のこの呪文に応えていなかったのでした。むしろ、影朧と一緒にアレクシスからお菓子をもらってしまったほどで、アレクシスもそのことをしっかり覚えていたのでしょう。
 今改めてのその呪文を受けて、セリオスはお皿の上のお菓子(トリート)を見ます。それはこの場の美味しそうなものから順にたくさん集めましたから、本当にたくさんあるのですけれども、目の前にいるのは二人です。二人に分けてしまうとセリオスが食べられるのはたったの三分の一なので、セリオスは頭を悩ませました。きちんと三等分で分けてあげるという前提に彼の本来の優しさとちょっぴりの単純さが滲んでいます。それでも食欲というものはとても抗い難いものですし、そもそもこれは自分が用意したお菓子ではありませんから、これをあげて義務を果たしたことにするのも何だか違うような気がするのです。うんうん悩んだ末にセリオスがたどり着いたのはその可憐な見目には似つかないほどに実に男らしい答えでした。
「よぉし!悪戯してみろよ」
「わぁい!するするー!」
「では悪戯を始めよう」
 アレクシスが手品の様に白い帽子の中から取り出したのは、彼のユーベルコードでだけ行き来ができる命満ちる森からこっそり持って来ていたたくさんの花々でした。ダリア、ガーベラ、シクラメン、ランタナ、マリーゴールド……その花弁には未だ夜露が煌めくほどに瑞々しい花たちを、アレクシスは影朧に渡してあげます。
「この花でお巡りさんを綺麗に飾ってくれるかい」
「うん!」
 どんな悪戯をされるかとセリオスが固唾を飲んで見守る中で、影朧が元気よく頷いて、早速仕事にとりかかります。胸のポケットにダリアを、ボタンホールにガーベラを、拳銃のホルダーにサルビアを……暖色系の花々でセリオスが飾られてゆく中で、アレクシスはたった一輪、彼の瞳の様に鮮やかに青い姫薔薇をこっそりとその黒髪に飾ります。後で気づいたセリオスはどんな顔をするのでしょうか。
 全ての花を飾り終えて、影朧が得意げにセリオスを見上げます。鏡がなくとも、見下ろす自身の装いにおおよその様子が知れて、セリオスは笑ってしまいます。
「ふはっ、確かにこの格好に花は似合わねえな。まいったよ」
 降参だ、とセリオスが両手をあげて見せたなら、やった!と喜んでハイタッチを求めた影朧に、アレクシスが応えてあげます。
「悪戯成功だね、レディ。お礼と……今宵の思い出に、君にこの花を」
 差し出したのはオレンジ色の薔薇でした。
「くれるの?ありがとう!」
 無邪気に喜んで小さな両手で薔薇を受け取った影朧は、自分の胸のポケットにそれを飾ろうとしましたが、なかなか上手く行きませんでしたので、アレクシスが飾ってあげます。
「じゃあ、お菓子を取りに行こうか」
「うん!」
「早く戻って来いよー」
 お菓子を取りに行く二人の背中に、大量のお菓子を目の前にお預けを食わされるセリオスが拗ねたような声を投げ掛けます。
 影朧の軽やかな歩みに合わせてオレンジの薔薇が揺れます。オレンジの薔薇の花言葉はたくさんありますが、今ふさわしいのはきっと『幸多かれ』。
 だって今夜は。
「ハッピーハロウィン」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ

マカロンタワー素敵〜!
写真撮ってもいいかな?
メボンゴも一緒に

百花ちゃんに声をかける
美味しそうなスイーツがいっぱいだね!
『メボンゴ、目移りしちゃ〜う!』
じゃあ全制覇を目指そう!
百花ちゃんはどれ食べたい?
『メボンゴは苺系がオススメ〜』
あっ、あれ可愛いね
黒猫さんのお顔だよ
中はチョコと苺のムースだって

『そしてそして〜?』
ハロウィンと言えば〜?
パンプキン!
パンプキンパイは欠かせないよね!
百花ちゃんが被ってる南瓜、可愛いよね
南瓜頭の人形もいいかもしれないなぁ
人形劇に取り入れてみようかな
『メボンゴ、南瓜被ったらももちゃとお揃いになるね!』
南瓜を見る度に百花ちゃんのことを思い出すよ
この夜が終わっても、ずっと



●第六話:かぼちゃのお話
「わぁ……!お菓子がいっぱい!」
『お菓子のおうちみたい!』
 魔女の仮装のひとりと一匹が、たくさんのお菓子に瞳を輝かせていました。ジュジュ・ブランロジエは人を笑顔にすることが大好きな女の子です。だから、今宵この場に集う人たちを自然と笑顔にしてしまうこの甘いお菓子たちはとても素敵なものだと思いましたし、何より、ジュジュ自身も甘いものは大の好物なのでした。だから、眺めているだけで自然に唇が綻びます。
『ジュジュ、あれ見て見て!あれは絶対映えるよ!』
 ジュジュの相棒、白い兎頭のフランス人形・メボンゴが指差す先にそびえ立つのは、オレンジと紫のハロウィンカラーのマカロンタワーでした。ところどころに黒いクッキーのコウモリが羽ばたいていて、よく見ればオレンジのマカロンにはジャック・オ・ランタンの顔がついているものもあります。
「素敵〜!写真撮っても良いかな?」
 ジュジュがポケットから取り出したのはスマートフォンでした。この便利なアイテムはジュジュが猟兵になってから使い方を覚えたもののひとつです。給仕の黒猫メイドさんがもちろんですと頷いてくれた後、ジュジュはマカロンタワーとメボンゴをその画面に収めてシャッターを切りました。何枚か撮って、彼女は満足してスマートフォンをしまいましたが、後で確認してみたところによると、それらはマカロンタワーとメボンゴの写メというよりは、マカロンタワーを背にしてポーズを決めるメボンゴの写メばかりなのですけれども、それもいかにもジュジュらしいことでした。
『あっ、ももちゃ!』
 空っぽのお皿を持って会場を歩いていた小さな影朧の姿をみとめて、メボンゴが背伸びして手を振ります。
「メボンゴだ!」
 影朧は何か有名なマスコットでも見つけたかの様に、飛びつく様にメボンゴに一直線。彼女が手にしたお皿は空っぽでしたけれども、そこにはチョコやクリームがついているのを目にしてジュジュは少しだけホッとしていました。どうやら小さな影朧もしっかりとこのパーティーを楽しんでいるらしいとよくわかったからでした。
「美味しそうなスイーツがいっぱいだね。百花ちゃん、もう色々食べてみた?」
「うん!食べたのは全部美味しかったよ!」
『メボンゴ、目移りしちゃう〜』
「じゃあメボンゴにいいこと教えてあげよっか」
『えっ、ももちゃ、なになに?』
「わたしの教えてもらったとっておきはねーフルーツのグラタンとー、ファム……ファミュ……?」
 それは親切な猟兵のひとりが教えてくれたとっておきのお菓子でしたが、何だか耳慣れない響きのそれを影朧は上手く覚えられなかったようで、しきりに首を傾げています。影朧に向かい合うメボンゴは一緒に首を傾げて、ジュジュはにっこり微笑みます。この影朧が誰かに優しくしてもらって、誰かに優しくしようとしていることがジュジュにはとっても嬉しく思えるのです。
「せっかくだから、全制覇目指そっか!」
 笑顔で告げたジュジュの提案は、本当は無理かもしれないけれど、響きだけでわくわくしてくる、とっても魅力的なものでした。
「ぜんせいは?!こんなにたくさん……できるかなぁ……!」
「百花ちゃんはどれ食べたい?」
『メボンゴは苺系がオススメ〜』
「あっ、苺系まだたべてないや!」
 影朧の言葉を受けて、ジュジュが真っ先に目に止めたのは、黒猫の顔を象ったデザートでした。
「あっ、あれ可愛いね。黒猫さんのお顔だよ」
「え、なまく……」
『黒猫さんのお顔だよ!』
 影朧が何か言いかけた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。中身は苺とチョコのムースのそのデザートはとても美味しいものだったので、食べ始めてからは影朧もご満悦でした。その後もハロウィンカラーのグラデーションのかかったジュレに派手色マカロン、虹色のドーナツだとか、二人は色んなものを楽しんで、食べてないはずのメボンゴも何故か食レポをしたりしています。次は何にしようかと影朧が悩む前に、ひときわ目立つお菓子を背中にメボンゴが問いかけます。
『そしてそして〜?』
「ハロウィンといえば〜?」
「えーっと……かぼちゃ!」
「そうパンプキン!パンプキンパイは欠かせないよね!」
 じゃーん!と声をあげながらメボンゴがジュジュに飛びつくようにその場をあけると、後ろにあったのは大きなパンプキンパイです。
「かぼ……パンプキン!好き!」
 なんだかそちらの方がお洒落な気がしましたから、影朧は言い直します。
 給仕のひとに飛びきり厚く切ってもらったパイの一切れを影朧が美味しそうに頬張る様を、ジュジュはにこにこと見守ります。彼女は本当はもうおなかいっぱいなのですが、影朧に付き合ってパンプキンパイをゆっくりと口に運びます。
「かぼちゃ、やっぱりおいしいなぁ」
「よかった。百花ちゃんが被ってる南瓜、可愛いよね」
「これ?これはねー、お気に入り!」
「やっぱり!とっても素敵だもんね」
 ひとつくらい、南京頭の人形も手持ちにあっても良いかもしれません。自分の人形劇に取り入れてみようかとジュジュは考えます。
『メボンゴも、南瓜被ったらももちゃとお揃いになるね!』
「おそろい!でもメボンゴ、お耳はどうするの?」
『あっ……どうしよう』
 くすくすと笑い合いながら、やがて影朧がパンプキンパイを平らげる頃。フォークを置いた彼女の指先がきらきらと透けていました。
「時間みたい。わたし、もう行かなくちゃ」
 そう告げる影朧の声は不思議と明るいものでした。
「みんなが遊んでくれてほんとに楽しかったよ。ありがとう!」
 今宵、彼女のハロウィンはその終わりまで、とっても幸せなものでした。
 誰かがくれた花にその身を彩られ、誰かが奏でるきらきら星の変奏曲に見送られ、たくさんの誰かが願ってくれた幸せな次の生へと影朧は旅立ちます。皆がくれたたくさんのお菓子と優しさが詰まったお菓子入れを大切に抱きかかえて。そういえば先刻、誰かがさよならの代わりにまた会おうと影朧に言ってくれました。きっといつかは叶うでしょうか。
 たくさんの桜の花びらとなってその姿が消えた後、その場に残されたのは笑顔のかたちにくり抜かれたひとつの南瓜でした。
 それをそっと拾いあげて、ジュジュは優しく抱きしめます。南瓜を見るたびにジュジュはあの影朧のことを思い出すでしょう。
 このハロウィンの夜が終わっても、ずっと。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年11月09日


挿絵イラスト