#UDCアース
タグの編集
現在は作者のみ編集可能です。
🔒公式タグは編集できません。
|
●その身が嫁ぐその日まで
「あぁ、みてみて!花嫁様よ!」
「わぁ、綺麗……!」
石畳の道をゆく少女たちが、華やいだ声ではしゃぎ立てながら恭しく道を譲る。道を行くのは、惜しみなく散りばめた貴石と白い紗とが彩る金の輿。白い紗を僅か持ち上げて、輿に乗る女が淡い微笑みを向けたなら、きゃあ、と少女たちがさんざめく。
「お式は必ず見に行きますね!」
通り過ぎて暫くを黄色い声がついて来た。輿の傍らをゆったりと歩む付き人が笑みを濃くする。よく糊のきいた白い襟の上で、品の良い貌はずっとそうした穏やかな微笑み以外の表情を見せたことがない。
「彼女達も喜ぶ様にお式は盛大なものといたしましょう。ところで後宮に着かれましたら、御湯浴みの用意を整えてございます」
「ありがとうございます。今日は随分暑かったですものね」
高くに壮麗な彫刻を頂く金属の門を潜って、緑の絨毯の様に広がる芝生の中にひとすじ敷かれた白い石畳を輿は行く。噴水の向こうに白亜の館が佇んでいる。
「新しいドレスをご用意しておりますので、宜しければ晩餐の前にお召し替えを」
「着方がわかるでしょうか」
「まさか、御自らお召しにならずとも」
可笑しそうに付き人が笑う。
そうだ。「花嫁」はこの場所で何ひとつ己の手を煩わされることはない。全ては彼らが用意をしてくれる。見目にも鮮やかに贅を尽くした三度の食事は無論、柔らかなベッドには毎夜サテンのシーツが皺ひとつなく光沢を湛えて整えられている。頼みもせずとも広く清潔な湯船は心地良い温度の湯と香気に満たされて、とりどりの花筏が目を楽します。髪を洗うのも乾かすのも人任せなら、着替えの折に布地とパーツの多いドレスを己の手で着ることもない。お飾りの高い踵を備えながらもどこまでも柔らかな靴を履き、固い地べたを歩く必要さえもない。
「花嫁」に恭しく甲斐甲斐しく傅き続ける彼らはただただ繰り返すのだ。
「お式までどうぞごゆっくりとお過ごしくださいませ」
●花嫁御寮は何思う
「嫁いで来てくれぬか?」
傍に立つ己の騎士に洋扇で風を送らせながら、問いかけるラファエラ・エヴァンジェリスタの口元に悪戯っぽい笑みがある。
「冗談だ。少し、傅かれて来て欲しい。UDCアースのどこぞの山の深くにある村で『祝祭』がある。貴公らご存知の、邪神に贄を捧げるあの儀式だ」
邪神を祀る者たちが、やがて訪れるその復活を目指して執り行う儀式。ご多分に洩れず今回の舞台となる村も、村をあげてどっぷりと邪教浸けである。遥か昔から邪悪な教義は連綿と受け継がれ、この『祝祭』もまたずっと繰り返されて来たのだろう。ついにこの度、彼らにとっては不幸なことに、それこそ黒い花嫁めいた装いのこのグリモア猟兵が夢見にてその存在を予知してしまったのだけれども。
「村……と言うには瀟洒な場所だ。その場所では、訪れた者を『花嫁』と称して数日を贅沢に過ごさせてから、式と称する儀式において邪神に捧げているようだ」
建前としてはあくまでそういう祭りだとして、訪れる者に参加を乞うて来るらしい。
「よく傅いて、何くれとなく言うことを聞いてくれるだろうよ。要は後ろめたさから、せめて死ぬ前に贅沢をさせてやろうというような発想に端を発した習わしではないかね」
罪滅ぼしにもならぬのになぁ。その愚かしさを憐れむ様に、女は唇を歪める。
もう良いと騎士を制してその手の洋扇を受け取って、扇の影に笑みを隠した。
「花嫁は女でなくとも構わぬが、恋人や夫婦同士で行く者は村人にそうと気取られるなよ。別々に参加するか、或いは片方が付き人を装うのが良かろう」
こんな風にね、と己の騎士を示した扇の先をそのままひらり翻し、薔薇の香と黒い茨の形で広がるグリモアを猟兵たちへと寄越す。
「嗚呼、そうだ。要らぬ世話だとは思うが、村人には微塵も情を移すなよ。邪神が滅びれば彼らは……」
女はその先を何と言っただろうか。
黒い茨のグリモアの向こう、晴れ空の下によく整えられた白い石畳がある。
皮肉にも、村の名前はサンスーシ。
lulu
ごきげんよう。luluです。
猟兵の皆様がたにもたまにはゆっくりして頂きとうございますね。
●一章
潜入の策は不要です。傅かれながらどうかゆっくりお過ごしください。
頼めばだいたいの娯楽も用意してくれます。
お友達同士は構いませんが、夫婦や恋人は関係性を隠してください。
おひとりごとに付き人がひとり付きます。
村のことなど聞いてみても良いかもしれません。
●二章
集団戦。お姑さま……もとい、過去の花嫁たちの成れの果て。
●三章
ボス戦。邪神の復活を阻止してください。
村の皆様はR.I.P
各章に断章を挟んでプレイングを募集いたします。
宜しくお願いいたします。
第1章 日常
『「祝祭」への参加』
|
POW : 奇妙な食事を食べたり、奇怪な祈りのポーズを鍛錬する等、積極的に順応する
SPD : 周囲の参加者の言動を注意して観察し、それを模倣する事で怪しまれずに過ごす
WIZ : 注意深く会話を重ねる事で、他の参加者と親交を深めると共に、情報収集をする
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●憂いのない地
地図に載る道さえ朧な山あいにこんな場所があることを誰が予想出来るだろう。
往来は白い石畳を敷いて整えられて、夜には路肩の洒落た瓦斯灯が過不足のない暖色で照らし出すだろう。そこに面して、密度はない分それぞれの敷地を広く設けた家々はその庭先によく手入れされた植栽と季節の花々を誇り、各々にサンルームや広い窓など備えて趣向を凝らした造りの家そのものも、この地の治安と暮らし向きの良さを思わせた。村には小さいながらも図書館や美術館の様な建物もあり、どうやら文化レベルも低くない。
「まぁ、花嫁様!」
「御機嫌よう」
「ようこそお越しくださいました」
衣食足りて礼節を、とでも言うべきか、愛想良くもてなす村人たちの笑顔はどこまでも友好的で善良だ。少年少女も、婦人も、紳士も皆が皆、その身なりは悪くない。誰も皆日に焼けぬ顔をして、手荒れなどとは無縁の綺麗な手をし、華美ではないが質の良い衣服に身を包む。
勘の良いものは気づいただろう。こんな辺境にありながらこの地はあまりに、生活感が、生きる為の労働の匂いがしていない。
村のいっとう奥まった場所、手の込んだ庭園のその奥に、村人たちから後宮と称される白亜の洋館が鎮座する。「花嫁」としてもてなしを受ける猟兵たちは、「お式」と呼ばれる儀式の日までをこの場所に滞在することになるらしい。
「花嫁様、お式までどうぞゆっくりとお過ごしくださいませ」
花厳・椿
◎
椿、知ってるわ
花嫁さんってとても綺麗で幸せなんでしょう
ふと、思い出したのは初めて見た『椿』の花嫁衣装
それが彼女を初めて見た時
真っ白な着物に身を包んだ彼女はそれはそれは綺麗だった
その表情はちっとも嬉しそうでは無かったけど
ねぇ、あなた?
付き人へと声をかける
椿を着飾ってちょうだいな
絵本に出てくるようなお姫様みたいに
美しく幸せな花嫁さんに仕立て上げてちょうだいな
鏡を覗き込み
『椿』へ問う
ねぇ、とても綺麗よ?
気に入った?
でも、問いに彼女が応える事は無い
…そう
落胆に溜息を落とす
どうしてうまくいかないのだろう
こんなに近くにいるのに
どうしてまだ私は椿を幸せにできないのだろう
椿はどうしたら幸せになるのだろう
案内された広い一室は華やかなロココ調の内装だった。豊かなドレープのカーテンは今タッセルで留めて開け放たれて、広い窓から燦々と陽が注ぐ。
「椿様、どうかなさいましたか」
促されるままマホガニーの猫脚に真紅の別珍張りの椅子へと腰掛けた後にしばらく、何処か遠くを見つめる様な花厳・椿(夢見鳥・f29557)の様子に気づいた付き人が問う。椿の見た目の齢より少し年上の、十余歳の少女であった。メグ、と名乗った彼女の名前を椿が記憶したかは別の話だ。
「椿、知ってるわ。花嫁さんってとても綺麗で幸せなんでしょう」
「ええ、もちろん!椿様ならきっととっても美しい花嫁様になられるでしょう」
弾んだ声が、輝く瞳が、決しておべっか等でない嘘偽りのなさを物語る。はしゃぎながらも甲斐甲斐しいその手は止めず、無地ながら漣を打つ様な模様の美しい白磁のティーセットで手際よく茶を淹れる。鼻先に瑞々しいアップルティーの香が触れるのを感じながら椿はそれを見ていない。
花嫁。その言葉から思い起こされるのは、かつて目にした『椿』の姿だ。彼女が名とその体をくれる前、ただの真白い蝶であった椿が初めて彼女を目にしたときのこと。己の翅より尚白い、雪のよに白い白無垢と、ふうわり丸い綿帽子。世にこんなにも美しいひとがあるものかと当時の椿に思わせながら、けれども周りの祝福と賑わいをよそにして綿帽子から覗く横顔は俯きがちに、少しも幸せそうには見えないことが不思議であった。今なら椿にもわかる。あの盛大な婚礼が、恋も知らぬ乙女が家の為に嫁いだ虚飾の儀であると、そう知ったのは後のこと。
「ねぇ、あなた?」
「はい?」
呼びかけたならメグが顔を上げる。ドライフルーツをふんだんに使用したケーキを厚く切っていた最中のことだ。
「椿を着飾ってちょうだいな」
それは単なる思いつきで、衝動だ。
「絵本に出てくるようなお姫様みたいに、美しく幸せな花嫁さんに仕立て上げてちょうだいな」
「もちろんです」
にっこりと笑ってメグが頷く。
紅茶も菓子もそのままに衣装部屋へと案内されて、あまりの衣装の多さに面食らう。和風のものが良いと告げればその一角に連れられた。幾重にも重なる白の絹の海からやがて椿が選んだのは蝶の織り柄が全体に施された白無垢だ。金糸を交えてあるらしく、あたたかみのある真珠の様な光沢がうつくしい。赤の伊達襟を重ねて着付けて貰ってから、鏡台の前へと促される。白絹の髪を幾らか整えて白い椿の花を飾って、白粉要らずの白皙の肌はそのままに、唇に鮮やかな紅が差される。
「なんて綺麗なんでしょう……」
メグがうっとりと呟いた。鏡の中にはたしかに、いとけなくもこの世のものならぬ美しい「花嫁」の姿がそこにある。
「ねえ、とても綺麗よ? 気に入った?」
是非とも写真に収めたいからと、カメラを取りにメグが退室した後に、椿は鏡に問うてやる。けれど『椿』は答えない。
どうして上手く行かないのだろう。こんなに近くにありながら、『椿』の心がわからない。これでは『椿』の気持ちに応えられなかったあの男と同じではないか。椿は、椿こそは彼女を幸せにすると約束した筈なのに。
落胆の溜息を零す椿の元へ、そんなことは露知らずぱたぱたと軽快な足音を伴って、メグが駆け戻ってきた。うっとりと頬を上気させ、その手にカメラを携えている。
「椿様、お写真を撮りましょう。笑ってくださいね。はい、チーズ!」
後日現像された写真には、ひどく浮かない顔をした白い花嫁の姿があった。奇しくも椿が初めて目にしたあの日の『椿』そのままに。
成功
🔵🔵🔴
御園・桜花
「…無憂村?」
首傾げ
「花嫁役を私達がするということは…花婿役も別に募集していたのですか?もしそうなら、その方と少しお話してみたいと思ったのですが」
付人には積極的に話を聞く
「だって、神父様?牧師様?の前まで一緒に歩いたり、誓文や祝詞のようなものを一緒に読み上げたりしませんか?折角祝祭の花嫁に選んでいただいたのですもの、一緒に練習して、皆様に期待していただいたように、立派に務めあげたいのです」
困ったように笑う
自分の呪詛耐性毒耐性信じ村の名産品は積極的に口にし食事もしっかり食べる
付人にも一緒に食べないかと誘う
夜のバルコニー又は庭園散策中に花に紛れUC使用
村人の生活や墓地の様子をそれとなく観察しておく
「…無憂村?」
首を傾げる御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)に、満面の笑みで頷くのはカルロッタと名乗った赤毛の娘だった。
「ええ、ええ。この村は昔からとても幸せな村だと言われておりましたから、いつの頃だかわかりませんが、誰かがそう名付けたのだそうです」
二人が向かい合うテーブルには優美な茶会の用意があった。背の高い金のケーキスタンドには、真白い皿の上、小さなケーキや焼き菓子や、瑞々しい野菜を覗かせたサンドイッチが澄ました顔で並んでいる。
一方的にもてなそうとしたカルロッタに、どうせなら一緒にと桜花が誘えば彼女は心底嬉しげご相伴に与りますと頷いて、対座に座って今に至る。
繊細な線で鮮やかに花を描いた金縁のカップを細い指で持ち上げて、その縁へ口付けを落としながら、桜花は曖昧に頷いた。ダージリンのセカンドフラッシュが爽やかに香る。
ややあってから、向かいで同じ所作をするカルロッタへと聞いてみたかったことを口にする。
「花嫁役を私達がするということは…花婿役も別に募集していたのですか?もしそうなら、その方と少しお話してみたいと思ったのですが」
桜花の問いにカルロッタは目を瞬いて、あぁ、とその意図を理解するのには少し時間が要るようだった。
「だって、神父様?牧師様?の前まで一緒に歩いたり、誓文や祝詞のようなものを一緒に読み上げたりしませんか?折角祝祭の花嫁に選んでいただいたのですもの、一緒に練習して、皆様に期待していただいたように、立派に務めあげたいのです」
柳眉を下げて困ったように笑う桜花に、カルロッタは笑顔で両手をひらひらと振る。
「大丈夫です、桜花様。お式と申しましても、そういう名前の催しというか、この村でずっと伝わる儀式の様なものなのです」
真っ直ぐに桜花の瞳を見つめながら、ご安心くださいね、と繰り返すその言葉にはどう穿っても他意がない。
「この村を守る神様に、十年の間に一度、美しい花嫁の皆様が、美しく着飾って拝謁をする、そのような催しでございます。ですから、桜花様はただその場所に佇んでくださるだけで構わないのです」
嗚呼、どんなお召し物にいたしましょうか、後で選びに参りましょう。白いお肌もお顔立ちもお美しくていらっしゃるから、何をお召しになってもよくお似合いになるでしょう。御髪上げは、髪飾りはーー……まるで美しい着せ替え人形を手に入れた子どものように熱っぽくカルロッタが喋り続けるのを桜花は黙って聞いていた。
笑顔を絶やさぬカルロッタだが、桜花が夕食にこの村の名産品を頼んだ時だけは少し困った顔をした。
「この村には名産品がないのです」
そうしてよほど腕の良いシェフでもいるのだろうか、ディナーは当然の様にコース仕立てだ。そのメインディッシュ、ロッシーニ風で供されたフォアグラに、その柔らかさゆえにまるで手応えのないナイフを入れながら、桜花にはひとつ分かったことがある。
昼間、今は金木犀が綺麗だからと促され、庭園を散策する折に桜花はユーベルコードにて使いの蜜蜂を放っておいた。彼らが見聞きして来た景色と突き合わせれば、この答えは確信に近い。
この村の人々はいわゆる労働をしていない。無論家事などはするのだろうが、生計を立てる為の生産をしている様が見受けられない。
蜜蜂たちが見てきたところによると、彼らは日々をただ丁寧に生きていた。まるで生業の様にして祈り、学んで、趣味に勤しむ。季節の花を愛で、美味を楽しみ、家族や隣人とよく語らっては互いの幸せを喜び、願う。憂い無しの名が伊達でない、まるでままごとの様なその暮らし。
コースの終わりに運ばれて来たデザートはしっとりとした艶をたたえたオペラであった。晩餐もまた桜花の誘いで共にするカルロッタが、向かいの席から、今日はとびきりの品が手に入ったのだと嬉しそうにそう告げる。繊細な彫り細工の美しい銀のデザートスプーンを手に取りながら桜花は思う。これらを買う金はどこから稼いだものだろう。
成功
🔵🔵🔴
琴平・琴子
◎
花嫁と言われましてもまだ結婚できる年齢ではないのですが…
この村ではもしや私の年頃でも花嫁になれるのでしょうね
…世の中には色んな事がありますね
綺麗な衣装が沢山
それには興味が無い…わけもないですが
あら、着てもいいんですか?
それなら――
白いドレスを身に纏って
髪の毛をアップにして
少しだけ照れくさそうな自分が映ってる
ああでも白いドレスは良いな
なんだかお姫様になれたみたいで――
王子様への憧れもあるけれど、お姫様の可愛らしさへの憧れだって諦めきれない
お迎えが来ないからって
自分から迎えに行ってしまうような姫君に合う殿方は一体どちらの方なんでしょうね
顔の知らない方と成婚するのはよくある事ですけど
少し不安ですね
「大丈夫ですよ、ただのそういう催しごとですから」
ごっこ遊びのようなものです、と告げてあっけらかんと笑うのはソレリと名乗った娘。すらりと上背のある体躯に纏う少年の様な雰囲気に本人もどこか自覚があるのだろうか。素材の良さを誇るかの様に化粧っ気のない素顔、癖のある短い茶髪が印象的な彼女は齢十七、八と言ったところだ。
「花嫁と言われましてもまだ結婚できる年齢ではないのですが……」
彼女の言葉は、翡翠の瞳を僅かに蔭らせながら不安げに問うた琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)のこんな当然の疑問を受けてのものであった。琴子はまだ僅か十歳なのだ。
「催しごと? それでは、本当の結婚式ではないということでしょうか」
「それはもちろん、そんな厳粛なお気持ちで臨んで貰えたら主催する側としては嬉しいですけど……そんなに気負わなくて大丈夫です。肩凝っちゃうでしょ?」
古臭いお祭りだとか儀式だなんて真面目にやってらんないじゃないですか。そう言ってソレリは片目を瞑る。
「そう……なんですか?」
琴子は目を瞬いた。正直どこか意外であった。
丁寧に鋲を打たれた赤茶のチェスターフィールドソファに行儀よく背筋を伸ばして浅く腰掛ける琴子の前で、ぬるい色をしたアッサムのミルクティーも、濃厚なクロテッドクリームと果実感のあるブルーベリージャムとを添えた狐色のスコーンも、もうずっと手つかずのままだった。それは今は未だ問えずいる彼女の僅かな不安の為だったかもしれない。その様を見てソレリが首を傾げて思案して、ふと、名案を思いついたとばかりに指を鳴らす。
「ね、琴子様、今からドレスを見に行きませんか?」
「ドレス?」
「そう!お式の日に着るドレスを選んでおくんです。だって、数え切れないほどにあるんですよ。直前に選ぶだなんて絶対に無理!」
果たしてソレリの言葉に違わずに衣装室にはそれこそ山のように各国の花嫁衣裳が吊るされていた。色とりどりのその中で圧倒的に面積を占めるのはやはり白紗だ。布の海から幾つか気になるデザインを選び取り、自室へと持ち帰って袖を通す。
「うーん、どれもがっつりサイズ直しがいりますねえ。こんなに細いなんて羨ましいなぁ……」
余る布地を摘んでは表には見え難い位置にてピンを留めてドレスの胴囲を詰めながら、ソレリが真面目に険しい顔をするものだから、琴子は思わず笑ってしまう。まだ思春期をも迎えぬ華奢な身体は、ウエディングドレスを纏うに際してもファウンデーションさえ要さない。
結局選んだ一着は奇跡的にサイズが合った。シンプルなプリンセスラインのビスチェドレスだ。大胆に肩を出すデザインに一瞬琴子は気後れしたが、それよりも、さながらバレリーナのロマンチックチュチュがごとくに、細く絞ったウエストの下から可憐に広がるチュールを重ねたその意匠に心を奪われてしまったのだ。首飾りはソレリが決めた。琴子が選ぼうとした華奢なエメラルドのものと、琴子の瞳をよく見比べてから推して来たのはごく淡く色づくローズカットのピンクサファイアが贅沢にあしらわれた品だった。ソレリいわく、こちらの方が絶対に透明感が際立ちます!とのことである。靴は白いシンプルなパンプスにした。
顎ほどまでの長さの黒髪を、ひとすじ指先で弄びながら、アップにできるかと躊躇いがちに琴子が問えば、ソレリがにっこりと親指を立てる。
細いコテで全体を巻いてから、うなじの上からざっくりと捻り、編み上げる様にして、後れ毛が落ちぬよう隠しピンで留めてゆく。上向かせた毛先を逆毛を立てて散らした後にその表面と流れを整えて、最後に首飾りと同じピンクサファイアをトップにいただくUピンをいくつか飾り付けたなら、鏡の中には可憐なお姫様の出来上がり。
「うーん、我ながら最高傑作!」
鏡に映る琴子を見て、実物を見て、ソレリが満足そうに頷く。目線くださーい!なんて、両の親指と人差し指で作ったフレームで琴子を捉えてけらけら笑う。
「なんだかお姫様になれたみたい……」
「間違いなく今世界で一番お姫様ですよ!」
琴子ははにかむように笑って俯いた。元来その存在は王子様である筈の琴子にはくすぐったい言葉である。けれどもやはり彼女もひとりの女の子として、お姫様への憧れはいつもどこかで捨て切れない。
「さ、お姫様、お手をどうぞ」
恭しく胸に手を当てながら、芝居がかった仕草でソレリが琴子へ手を差し出した。散歩に行こうと誘うのだ。
春には薔薇が咲くのであろう今は緑のアーチを潜って、金木犀の薫る小路を抜けてゆく。ソレリに手を引かれて庭園を歩きながら、琴子は思う。お転婆と言うのともまた違う、お迎えが来ないからと自分から迎えに行ってしまう琴子の様な姫君に合う殿方はどのようなひとなのだろう。前へと向いて歩き続けるこの足には御伽噺の硝子の靴はあまり似合わないような気がしてしまうのだ、あれは長くを歩き続けることができる靴ではないだろうから。
思案のうちに辿り着いた、一面に色鮮やかなのトルコキキョウの咲く一角をソレリはお気に入りだと言った。フリンジ咲きの淡いピンクの一輪を手折って己の髪へと挿してくれる彼女に琴子はずっと心に沈んでいた不安を口に出してみる。
「顔の知らない方と成婚するのはよくある事ですけど……本当に嫁ぐのではないとは言え、少し不安ですね」
ソレリは目を瞬いて、一瞬の沈黙の後に告げる。
「大丈夫ですよ」
努めて明るく振舞おうとしているのが透けている。その微笑みは何処か寂しげだった。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
マスタリング歓迎
_
可愛げのない"花嫁"で申し訳ないと思いつつ冷静に周囲や状況を確認
ドレスは流石に辞退し、代わりに纏うは黒の衣装と豪奢な外套
彼らのルールに則り身の回りは全て任せ、己は落ち着き払って堂々と傅かれる
俺の手にするりと手袋を嵌める使用人の指先から刑事の目で密かに鋭く観察しつつ、注意深く…されど決して勘づかれぬよう会話を重ね情報収集を
相手の言葉だけでなく村や、せめて洋館の中を己の目でも確認しておきたい
知ってか知らずか頬染める付き人は可愛らしく
性別問わず青年以上の者であれば誘惑混え『探検』の我儘を
然し相手が子どもであれば俺の方が少し甘くなってしまうかもしれない
情は移さない
……移さないさ。
「梓様、こちらのお召し物はきっとよくお似合いになると存じます。いかがでしょう?」
これで何着目だろうか。丸越・梓(零の魔王・f31127)は流石にドレスは辞退して、代わりに求めたのは婚儀の場に相応しい男性らしい盛装を、但し黒でというものだった。袖を通してはすぐに脱いだタキシードやら燕尾服やらがそこらの椅子へと雑に掛けられていた。付き人は服を綺麗に直すよりも、梓の試着の手伝いにご執心。
実際、今、この男が堂々たる佇まいでコートを着せさせる姿はそれだけでどこか様になる。傅く側としてみれば、相手が傅かれ慣れている方が楽なのだ。付き人が己の首へとタイを締める間も、己の手へと手袋を嵌める間も、梓は甘んじて受けながら、それを妨げぬ最低限の動きで促してやったから、さぞやり易かったことだろう。
「嗚呼、あぁ、やっぱりそうです」
付き人がうっとりと呟いた。目の前に置かれた、厚い彫刻の額縁入りの姿見を梓は見る。シンプルながらも上質な黒いフロックコートとジレに、首元の藍のアスコットタイの光沢が鮮やかだった。
「最初はとにかく華やかに……と存じましたが、素材が良い方は余計には飾り立てない方が俄然美しさが際立つものでございますね」
同性であるこの付き人自身頬を染め見入る程であるから、その言葉はある意味では真理かもしれない。
「では、当日の衣装はこれを」
「畏まりました、梓様」
後になって思い返すと、梓は不思議とこの付き人の名を思い出せない。彼が名乗ったことは確かだ。梓がそれを聞き漏らしたり忘れたりすることも有り得ない。ましてや、確かに呼んだ記憶さえあるというのに、そこだけ綺麗に抜け落ちた様に消えている。頭では絶対に情を移すまいとしながらも、優しすぎるがゆえに揺らぐ心が要らぬさざなみを立てぬよう、理性が無意識に記憶から消してしまったのかもしれない。それがいつの瞬間からのことか、本当にそうであったかはわからぬが。
梓と初めて対面した折、不躾なまでにまじまじとその貌に見入ったこの黒髪の青年は、けれどもすぐに人懐っこい笑みを浮かべた。年は二十代半ばだろうか。線の細い顔だちに柔和な笑みを絶やさぬ様と、綺麗な所作に育ちの良さを思わせた。
「村の中を案内して貰えるだろうか」
その頼みは怪しまれるかと危惧したが、付き人は二つ返事で了承した。梓の望むままに村の中も屋敷の中も、嬉々として、まるで観光案内の様にあちこち連れ回す。憂いのない村も屋敷も、何処もよく洗練されていて、出会う村人は誰も皆愛想が良かった。
唯一、後宮と彼らが呼ぶ屋敷のいちばん奥の部屋だけは「お式」の日までは入れぬと告げられた。隠し立てする様子もなく、そこにある礼拝堂は「お式」の日だけ開かれるので今は物理的に立ち入れぬと。儀式を行うのはこの場所で間違いなさそうだ。
「それより梓様、本日のお夕食のご希望はございますか? 明日のご朝食は?」
なにか他愛のない話の折に梓の日頃の食事が主に数秒チャージゼリーだと知った際付き人は酷く青ざめた顔をして、それからずっとこんな調子だ。シェフに何かを告げたのか、三度の食事はより豪勢さが増していた。数の増えたカトラリーを眺めながら、こんなにもゆっくりと食事を摂るのはいつ以来かと梓は思う。
何日かの滞在を経て、いよいよ明日が「お式」だと言う夜のこと。
「梓様。おやすみの前にお酒を召し上がりませんか? 私の好きなシャンパンがございます」
恭しく両手で梓へと向けた緑のボトルのエチケットは黒字に大きく金のイニシャル、高級さで名の通ったものだった。食事の時間を外した今、この言い様をするのなら、
「頂こう。……良かったら君も、」
「ええ、ええ。是非ともご一緒させてくださいませ!」
乗って来るかと誘おうとすれば予想以上に食い気味のこの返事。尚、ちゃっかりとグラスは最初から二つある。
「果物がよく合うのです」
シャンパンクーラーの傍ら、こちらも氷を敷いた器に瑞々しい果実がよく冷やされている。そういえば、ビタミンを摂れともこの数日五月蝿く言われていた。
「乾杯」
グラスの縁が触れ合えば、ささやかな宴の、梓にとっては刑事としての仕事の始まりだ。……と思ったが。酒には強い梓だから、適度に付き合いながら飲ませて何か聞き出そうとする前から、付き人がまぁ良いペースで盃を空ける。
「梓様、私の生まれ年のワインがございます。お召し上がりになりませんか」
「開けながら言われてもな……。それは記念日などに開けるものではないのか?」
「私が飲みとうございましたので……」
「……既に飲み過ぎだ」
生まれ育ちに家族のこと、たまには村の外へも遊びに行くことや趣味のこと、色々聞いた気がするのに、嗚呼、梓はこれもまた思い出せない。核心をつく質問は既に夜半を回る頃。
「そういえば、式と言うのは十年に一度と聞いた。君は前回の式を見たことがあるのか」
かたかたと、硝子が音を立てていた。
「そのことですが、梓様、私どもがお式と申しておりますのは……」
机の上、グラスを持った己の手が震える様を付き人は困った様に眉を下げて見つめる。やがて心を決めたかの様に、周囲を憚る様に声を殺して告げた言葉は。
「夜の明ける前にお逃げください。幸い、花嫁は他にもおわします」
梓へと向いた表情は微笑みながらも今にも泣き出しそうなものだった。
「お赦しください、梓様。私から申し上げられるのはこれが精一杯でございます」
大成功
🔵🔵🔵
火奈本・火花
「嫁いでくれ、と言われると気恥ずかしいものですが……そんな事は言ってられませんね」
■行動(SPD)
花嫁として粗相のないよう、『礼儀作法』に気を付けましょう
偶然この村に立ち寄った旅行者だと『演技』しつつ
村人達の礼節や穏やかな生活に憧れを持ったように振舞うつもりです
「静かで良い村ですね。ただの旅行者の私をここまでもてなして貰いって、感謝の言葉に尽きません」
付き人は女性でしょうか
この村でどのように過ごしているのかを中心に『情報収集』もします
他の旅行者もこのように歓待しているのでしょうが、なのにこんな良い村を、ネットで噂も聞かなかったと言って探りを入れてみます
怪しまれる事には注意しますが
■
アドリブ歓迎
嫁いでくれ、と言う言葉。改めて思えばなかなか気恥ずかしいものである。この令和の世において第三者から唐突に掛けられる言葉としてはなかなか突飛で横暴ながら、けれどもUDCが絡んだ事件の兆しに斬り込む為とあるならそんなに悠長な事も言ってはいられない。
今日のその装いはあくまでひとりの旅行者として怪しまれぬ様、軽い山歩きに馴染むもの。さして陽を除けぬサファリハットに、機能よりかはデザイン重視のマウンテンパーカー。首には洒落たネックストラップでミラーレスの一眼なんかをぶら下げて、言わばどこかしらミーハーでどこかこなれた山ガール風に完璧に装って火奈本・火花(エージェント・f00795)はその村を訪れた。
「あら、ご旅行に?」
「なんて良い時期にお越し頂きましたこと!」
「こちらへどうぞ、この時期わたくしたちは旅行者様を心よりおもてなし申しておりますゆえに」
この「事情も知らぬ」旅行者の訪れに村人たちは色めきたった。とりわけその旅行者が礼儀正しく丁寧ならば、村人たちとて礼を尽くしてもてなそうと言うものだ。
「クリスティーヌ、花嫁様をお世話申し上げて」
「はい、お母様」
母の指示を受けて火花の前へと歩み出て、彼女の少ない荷物を持つのは緩く波打つ金髪が美しい娘であった。青い瞳に聡明な色がある。歳の頃は火花と同じくらいか、少し下か。
「あの、花嫁様と言うのは……?」
「あら、あら。私ったら。ごめんなさいね。今週末に「お式」……お祭りがあるのです。この村を訪れた皆様にその主役を務めて頂いておりまして、花嫁様と言うのはそのことなの」
クリスティーヌの母という婦人は穏やかな笑みのまま火花へとそう告げた。火花が視線を向けてやったなら、クリスティーヌと呼ばれた娘は曖昧な笑みで頷くのみだ。
宿が決まっているのかと問われて未だだと答えたならば当然の様に火花が案内されるのは後宮と呼ばれるあの屋敷。一人では広すぎるほどの、シノワズリの調度が彩る部屋へと至るまで、クリスティーヌが荷物を運んでくれた。彼女の手で引かれた椅子に腰掛けたなら、別の誰かが運んで来たのはウェルカムドリンクとケーキなのだろう、よく冷やされたシャンパンと、薄く柔らかいスポンジ生地で何層をも成し生クリームと切った苺を挟み、繊細な飾り絞りの頂きに大振りの苺をあしらうショートケーキだ。
「お酒は、ちょっと」
仕事の最中だ。警戒もある。丁重に辞退した火花へとクリスティーヌは嫌な顔ひとつ見せることなく、それではお茶を淹れますね、と、微笑んで準備にとりかかる。
「静かで良い村ですね」
火花は用意していた言葉を向ける。茶葉を計りながら、クリスティーヌは、ええ、と微笑んだまま頷いた。
「皆さん、とても上品で親切で……」
「ありがとうございます。母たちに伝えたら喜ぶと思います」
変わらぬ微笑みのまま、相変わらずその言葉には肯定も否定もない曖昧さがある。なだらかな曲線を持つ白磁のティーポットへと湯を注ぎながら、クリスティーヌはこちらを見なかった。
「ただの旅行者の私にここまでもてなして貰って、感謝の言葉に尽きません」
「どうか、お気になさらずに……。お式の日までどうかゆっくりなさってくださいね。大切な花嫁様ですもの」
テーブルの上に置かれた砂時計を返して告げるその言葉は、まるで誰かの受け売りのように熱がない。
ーーなるほど、この村の者とてその信仰に濃淡はあり、本心は決して一枚岩ではないのやもしれぬ。その直感に機を見出した花火は次の探りの手を試す。
「他の旅行者もこのようにご歓待を? こんなに良いおもてなしを受けられるなら、ネットで話題になっていたって不思議ではないと思うのですが、全然知りませんでした」
「いいえ。それなりにおもてなしはいたしますけれども……これは「お式」の前だからやはり特別でございます」
「特別?」
「十年に一度だけのことなのです。前回……十年前は今みたいにSNSは流行ってはいませんでしたでしょう?それに……」
火花を見つめる青い瞳が、察してくれと訴えていた。火花はポケットから取り出したスマホを見やる。嗚呼、なるほど。圏外だ。画面を見つめた火花の様子に、クリスティーヌが小さく頷いた。多くを語らぬその様が告げる。この会話とて聞かれていると。
だが、圏外だと知らしめたその意図が、逃げ場などないと告げるところにこそあるとしたなら?この娘とて村人のひとり。生贄を逃さぬためにここにいる存在には違いないのだ。この娘の心が確かに揺れていて、何かを伝えるべきか否かを惑う様はあれども、ゆえに火花には確信がある。己がこの村を脅かす存在であると、ばれて、怪しまれてはいないのだと。事実、ここに至るまで、火花の演技はあまりにも完璧だ。
だから火花はこの今も、とぼけたように当たり障りのない言葉で聞いてやる。
「お式、と、おっしゃいましたか。私はどんな殿方に嫁げば良いのでしょうか?」
「ただの儀式のようなものです。本当に嫁いで頂くことはございません」
砂の落ち切った砂時計を見やり、クリスティーヌはティーカップへと茶を注ぎながら、当たり障りなく答えてくれた。
「でも、儀式というのなら、何か目的があるのでしょうか」
「この村を富み栄えさせてくださる神様に感謝を捧げる儀式なのです」
神を邪神に、感謝を贄に置き換えたなら、色々符合が行くものだ。こんな山奥にあるこの村の、妙に良すぎる暮らしぶり。
「古くさいとお笑いになるでしょうか。でも、私たちには必要なものなのです」
「そうですか。私にはピンと来ないのですが……」
差し出されたカップには、濃い橙が揺れていた。
クリスティーヌなりに出したヒントに火花が頑なに「気づかぬ」ふりをしたことがその悲痛な決意を固めただろうか。真っ直ぐに火花の赤い瞳を見つめ、クリスティーヌは愛想よく弧を描かせた唇で例の言葉を口にする。
「お式までどうぞごゆっくりとお過ごしくださいませ」
大成功
🔵🔵🔵
ウルル・マーナガルム
◎
実家はスパルタだから
傅かれてる状態が
ちょっと新鮮
ねえねえ
ドレスはどんなのがあるの?
アクセサリーは?
他の(以前の)花嫁さんの写真とかある?
色々質問する中で
儀式の興りとか歴史を
それとなく尋ねる
およその被害者数から
敵の頭数を予測したいな
衣装のサイズ合わせ?
えーっと…(少し躊躇うが丸め込まれた)
『何か気になる事でも?』
違う違う
ボクだって女の子だもん
こー言うのって憧れちゃうよ
でも武装解除しちゃうと
なんだか心細くってさ
やっぱりボクは軍人なんだ
…ホントの結婚式の時も
同じ事思っちゃうのかなぁ
『その時になれば分かるでしょう。そして私はいつでも傍にいますよ、ウルル』
(銃器は鞄と一緒にハティが預かっている)
心地よく晴れた日だったから、庭園で昼餐会を開こうと付き人がそう言った。盛夏にあった射る様な陽射しは今やいくらか角が取れていて、燦々と降る陽光が肌に心地良いとさえ思えるそんな日和のことだった。昼餐会と言ったって、主賓は「花嫁」、来賓もなく、あとは傅くものばかり。
「ウルル様、お好きな食べ物はございますか?お嫌いなものもあればおっしゃってくださいね」
背後から誰かが傾けた日傘の影の下、どれがメインかと惑うほど馳走を並べた皿たちを載せる純白のテーブルクロスを前にして、ウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)は若干戸惑っていた。軍人の家系たる彼女の実家は、世間的に言えばいわゆる由緒正しいお家柄なれど、軍人ゆえに控えめに言ってスパルタだ。食べ物の好き嫌いなど口にしたなら叱咤の声が飛ぶ。過酷な戦地においては蛇やカエルの様ないわゆるゲテモノも口にしたものだと彼女のじぃじは言っていた。兵站を失した戦地で携行食も尽きた後には、カレー粉さえまぶせば何でもご馳走になるのだとそんな話も聞かされた、ような気がする。
目の前にあるのはおよそ主菜らしきものだけ取り上げたとして、香り立つ様に艶やかなグレイビーソースを纏う厚切りのローストビーフに、その皮の香ばしさが見目にもわかる鴨のコンフィ、程よく残した赤みに添えたローズマリーがよく映えるラムチョップ、皮はこんがり身はふんわりと焼かれた鯛のポワレのレモンバターソース掛け、見るからによく脂の乗った鮪のレアステーキetc.etc...廃棄ロスとかいう概念をここの住人は知らぬのだろうか。それとも後でスタッフが美味しく頂きましたとかいうやつなのだろうか。
「ねえ、もうすぐドレスを着るのにこんなに食べたら太っちゃう……!」
ウルルの悲痛な叫びを受けて、傍らのレミーと名乗った二十歳そこらの付き人は、まるで盲点だったというように、ハッとその口元を手で覆う。出されたものは平らげるのが礼儀だとこれもまたスパルタな家訓ゆえ取り分けられた皿を一通りは平らげようとウルルが奮闘してみた後のことだった。
「ドレスはどんなのがあるの?アクセサリーは?「お式」はもう近いんでしょ?」
「ごめんなさいね、ウルル様。私ったらおもてなしに夢中で」
肩までの栗色の髪を揺らして、レミーがくすくすと笑う。お見せしますわねと恭しくウルルの手を引く彼女に導かれながら、後宮と名のつく屋敷へと戻るまで、ウルルの背後から誰かがずっとつかず離れずの距離にて日傘を差してくれていた。少し後ろを、四脚機動型スポッターハウンドこと、ハティがトコトコついて行く。
「以前の花嫁さんの写真はある? 見本にした方が良いのかな?」
「いいえ、お写真は……あったかしら、どうかしら」
レミーの答えに、考えるふりをしながらはぐらかすような色がある。実際は、写真などないのであろう。後ろめたいのだ、とウルルは直感でそう嗅ぎ取った。
「ずーっと昔からあるお式なの? 花嫁はたくさん居ても良いの?」
「そうね。幸せなひとは何人いても構わないでしょう。とは言え私は、子どもの頃に一度拝見したきりだから……」
花嫁って、一生で一番幸せな瞬間だと思わない?そう言って笑うレミーの笑顔には、先と一転、ただ一点の曇りもないものだから、ウルルは逆にゾッとする。彼女の言う「花嫁」が邪神の生贄であることをウルルは知っていて、目の前で笑う彼女とてその目で一度見ていたならばよく理解している筈なのだ。狂信という言葉が脳裡に閃いた。狂って……いいや。彼女は冷静だ。それがまた恐ろしい。
けれども暗い思索は衣装部屋にて無数の純白のドレスを目にしては霧と散ってゆく。いくら煌びやかなショーウィンドウの散策よりも荒んだ戦場を駆けることに慣れ、新作のコスメより愛用のライフルに長く親しんだ身とあれど、ウルルだってまだ16歳の女の子。いつかはと夢に見る衣装が目の前にこんなにたくさんあるのなら胸が高鳴らぬはずがない。
「ウルル様は小柄で華奢だから、サイズ合わせがいると思いますのよ」
「サイズ合わせ? えーっと……」
「どんな素敵なお召し物もサイズが合わなければ台無しよ!」
レミーに強く諭されて、ウルルは大人しく従った。愛用のヘッドマウントディスプレイも高性能な迷彩のマウンテンジャケットもその身を離れてしまったならば、憧れの、けれども所詮は白い薄絹の一枚纏ったところでまるで一糸纏わぬような心細さを拭えない。
『何か気になることでも?』
武装を預けられたハティが、ウルルへ問いかける。
「違う違う。ボクだって女の子だもん。こー言うのって憧れちゃうよ」
凝った彫刻の暖炉の上、壁に架けられた巨大な鏡の中に居るのは、常とは異なる花嫁姿のウルルであった。その頭上に煌めくのはダイヤモンドを散りばめた華奢な白金のティアラ。淑やかに垂らす白いヴェールは煌めく髪を淡く透かせて、銃を取る身とも思われぬ白く細い肩の繊細さをチュールのオフショルダーが際立てる。純白のビスチェの胸元で煌めくビジューが彼女に華を添えていた。
「でもボクは軍人なんだ」
己の命を守る、あるいは己の命そのものである武装を解除してしまえば、その存在そなものが揺らぐかの様に心細くて仕方ない。
ーー本当の結婚式の時にも、こんな気持ちになるのだろうか。
口には出さなかった感慨を、機械の相棒は汲んでくれた。
「その時になれば分かるでしょう。傍らに立つのはウルルが銃を持たずとも守ってくれる人かもしれませんし、ウルルが銃を持って並び立ちたいと思わせてくれる人かもしれません」
機械の尻尾をゆっくりと揺らしながら、ハティはヴェールの向こうの瞳をしかと見つめる。
「そして私はいつでも傍にいますよ、ウルル」
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『黄昏の信徒』
|
POW : 堕ちる星の一撃
単純で重い【モーニングスター】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 神による救済の歌声
自身に【邪神の寵愛による耳障りな歌声】をまとい、高速移動と【聞いた者の精神を掻き毟る甲高い悲鳴】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 黄昏への導き
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【自身と全く同じ『黄昏の信徒』】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
イラスト:銀治
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ーー花嫁衣装を着るその日はきっと人生で一番の幸せな日に違いない。だから、どうせならその幸せの只中で全て終わらせてやるべきだ。
誰かが言った身勝手なそんな言葉から、憂いなき村のその風習は始まったのだとされている。
それはよく晴れた日曜日。
後宮と称される屋敷の最奥の、常は鎖された礼拝堂が十年ぶりに開かれた。
燭台を手にした付き人たちに伴われ、今、着飾らせられた「花嫁」たちは式の会場たるその場へといざなわれては、満ちる悪意と敵意を感じ取る。絡みつくようなそれは先にその場にて待っていた村人たちのものでは決してない。彼らは微笑み、ただ他人事めいた祝福を寄越すばかりだ。
礼拝堂の正面の祭壇の脇の篝火と、付き人たちの手にした燭台の灯のほかに照らすものなどない空間で、およそ駆逐し尽くせぬ四方の闇から無数に湧いて出でるのは白き仮面の怪異たち。その手に凶悪な棘を備えた鉄球を引き摺って、「花嫁」たちに迫り来る。
「おや、申し上げておりませんでしたか」
身構える猟兵たちへと、祭壇の傍らの司祭が首を傾げる。
「花嫁様がたがその花婿ーー我らが神の御前に至るに足るものか、まずはかつての花嫁様がたに見極めて頂きます」
いかに出鱈目な儀式とは言え、晴れの日がこんな薄暗い空間で。
且つ花婿の顔を拝むより先にお姑様がたのご尊顔を拝し。
剰え値踏みまでされることになろうとは。
……色々と酷い。雑すぎるにも程がある。
物申したい気分にもなる猟兵たちの背中にて、重い音を立てて礼拝堂の扉が閉まる。付き人たちは、無邪気に祝福する様に微笑んで、或いは一切の感情を殺した無表情で、或いはその面を伏せて視線を逸らしたままで、扉の前に佇んでいた。
琴平・琴子
◎
そういうことですか
確かに昔話ではよくある事ですし
寂しい表情をしていたので何か訳有りなのでしょう
――ですが、私はそれを望まない
私は今此処で歩みを止めるわけには行かない
ごめんなさいねソレリさん
折角お直しして頂いたドレスですが
動きやすいようにドレスの裾を破きます
はしたないでしょうか?
動きやすくするためには多少の犠牲も必要です
でもその犠牲は私やソレリさんではない
足元から生えた手に繋がったモーニングスターの鎖を棘で縛り上げ
動きを止めます
そしてそこから伸びる棘は仮面へ向けて伸ばす
顔を隠すのは花嫁だけ
あなたがたのそのお顔拝見しますよ
そのお顔を晒しあそばせ
祝祭に場には顔を晒して笑顔を見せるのが普通でしょう?
かつての花嫁と称されながら襲い来る異形のものどもを前にして、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は冷静だった。王子や姫に憧れる身として、人よりも御伽噺や昔話の類を多く読んでいる自負はある。そこで得た知識へと基づくならば、この村のこの一見は実に因果とも思われる風習も、こうした場には「よくある」事象のひとつと受け止めて、別段の怒りが湧くようなこともない。
寧ろその観点に立つならば、己の付き人としてあれだけ健気に明るく振舞ったソレリが見せた寂しげな表情も、納得が行くと言うものだ。今振り向けば、扉の前、無理に貼り付けた様な無表情にてこちらを見つめるソレリの姿がある。訳があってのことだろうと、何も聞かなくとも知れていた。
だが、琴子はそれを望まない。
あの刹那浮かべた寂寥が、果てに琴子を待ち受ける不運を偲んだものであるとして、なればこそ琴子はその後ろ向きな筋書き通りに踊ってやる訳には行かぬのだ。
その両の足はいつだって、前を向き歩み続けねばならぬがゆえに。
「私は今此処で歩みを止めるわけには行かない」
ーーごめんなさいね、ソレリさん。
その鳶色の瞳が今も己を見つめることを知りながら、琴子は長いドレスの裾に手をかける。雑な者なら直しなどせぬであろうほどの僅かな誤差を、琴子に一層似合う様、その身を一層引き立てる様にとソレリが直してくれた事を思えば、躊躇いがない訳では無い。けれども力を込めた細い指の先にてひとたび切れ目が生じたならば、チュールの裾は易く裂かれた。すらりと伸びた脚を惜しげも無く衆目に晒して、琴子は凛とこの戦場に立つ。
はしたないだろうかと、少女としての琴子は頭のどこかで自問する。折角お姫様になれたのに。けれども猟兵としての思考はまた別だ。動きやすくするのには多少の犠牲が必要である。この戦いにも、この物語にもきっと犠牲が必要だ。けれどもそれは、琴子やソレリなどでない。彼女らが顔を上げ、明日を向くためにこそ払われるべきものなのだ。
前を向いたなら、白き仮面の怪異たちがこの新しい花嫁のお転婆さを咎める様ににじり寄る。過去の花嫁たちだと言うそれは、枯れ枝の様な闇が成す手に重い鉄球を携えて、奇妙に細った脚でよろめく様に迫り来る。
琴子がひらりと躱した一撃が、石造りの床を深く穿って破片を散らす。刹那に、怪異の足元から伸びてその手を、モーニングスターの鎖を捕えるのは緑の棘。琴子のユーベルコードに喚ばれた無数の棘は、怪異がその身を軋ませるほど蛇の様に強く締め上げながら絡みつき、彼女らの動きを奪ってゆく。その蔦先が向かうのは怪異が顔を覆う仮面。
「あなたがたのそのお顔拝見しますよ」
紛い物とは言えど結婚式、ヴェールの彼方に顔を隠して許されるのは主役たる花嫁のみの筈である。脇役たるこの参列者らはその顔を晒し、満面の笑みにて花嫁を祝福するのが筋というものであろう。
「その顔を晒しあそばせ」
自由を奪われた怪異の手が、それでも抗う様に棘を掻く。棘に取り上げられた仮面が怪異の顔を離れて、落ちて、薄暗がりに怪異の顔が晒される。
それはくすんだ金髪をしていた。いつかの式の日のままだろう、両耳に大ぶりな真珠のイヤリングが揺れていた。後はもう、人の姿をしてはいなかった。瞳のない虚ろな眼窩から涙の様に闇が這い出して来る。
琴子は翠の双眸を逸らすことなくそれを見つめた。千切らんばかりに怪異の身へと締め付けを強くした棘がとうとうその身を幾重にもへし折った。せめてもの慈悲とばかりに俯せに憐れなその身を石の床へと導いて、棘は次の花嫁に安寧を与えるべくその蔦をなお濃く茂らせてゆく。
大成功
🔵🔵🔵
花厳・椿
◎
椿は椿のもの
花婿であろうと神であろうと
椿から椿を奪うなら…消さなきゃ
嗚呼、嫌だわ
椿は繊細なの
ほら、そんなもの振り回すから…
椿の手、崩れちゃったじゃない
「花よ命よ」
自分の手を白い蝶々へと変えて『傷口をえぐり』『吸血』をする
ただでさえ機嫌が悪いのにとても耳障り
お姑様方のお歌やお小言には『呪詛耐性』を込めた『オーラ防御』で耐える
もっと美しい声で鳴いてちょうだいな
『部位破壊』で喉を狙い噛みちぎる
及第点ね
いいわ、その命貰ってあげる
あなたも椿のおともだちにしてあげるわ
…メグと言ったかしら
白には赤が一番映えると思わない?
ふふ…
そうね、きっとさっきはもっと赤が足りなかったの
ねぇ、今の椿はとても美しいでしょ?
「『椿』は椿のもの」
白き仮面で顔を隠して、元は白かったであろう血に薄汚れた衣を纏いて迫り来るかつての「花嫁」たちを金の瞳でしかと見つめて。花厳・椿(夢見鳥・f29557)のそのか細く幼き躯のどこにこの威圧感が秘められていただろう。掛けた静かな声だけで、この異形どもの足取りを些か躊躇わせるに足るその空気。花婿であろうと神であろうとも、この椿から『椿』を奪おうとするのであれば消さねばならぬ。彼女の心のうちのそのような固い決意が滲み出て成すものだったかもしれない。
白無垢を纏う椿へと対峙しながら、穢れた偽りの白を纏うたかつての花嫁たちが、返す言葉に事欠いて振り上げるのは無粋なモーニングスターであった。もはや人のそれからは掛け離れ、細い無数の影が織り成す様なかたちのその手は、腕は、悪意で満たしたかの様な重い金属の質量を容赦なくこの可憐な花嫁へと叩きつけて来る。まずは横から薙ぐ様な初撃を身を伏せて掻い潜り、また別の手から振り下ろされた次撃を後ろへと跳んでかわして、機を伺っていたかの様に間をおかず次いだ三撃め、細い首を狙おうとしたそれへ、思わず庇う様にして差し伸べられた白く華奢な手首の先を、理不尽と悪意が成した金属の塊が易く薙いでは奪って行った。
白き睫毛に囲まれた金の瞳が見開かれたのは一刹那。
「嗚呼、嫌だわ」
心のうちを飾らずに紡いで見せた言葉には、心底軽蔑したとばかりの趣と、憐れむ様な色がある。
「椿は繊細なの。そんなもの振り回すから……椿の手、崩れちゃったじゃない」
白い睫毛を伏せて見つめるその先で、白い手首の先がない。瞳を上げて敵を見遣る。この損傷を、既に死し、自我さえもなく暴れ回ってみせるだけの有象無象のこの存在どもの身において、どう償えると言うのだろう。
どうせ無理であろうから、椿は失くした手首の先に白き翅持つ蝶の半身を生んだ。ただし優雅に蜜を吸う筈の口吻は牙持つ口であり、この蝶が肉を喰らうことを物語る。
それを目にした怪異が叫ぶ。礼拝堂を満たすその声は、断末魔かと紛う耳障りさでありながら、怪異たちの歌声だ。邪神の寵愛を纏うその歌の力で敏捷な動きを得て跳び回りつつ、心を掻きむしる様な甲高い悲鳴を放つ。
椿の細い眉が歪む。ただでさえ機嫌が悪いと言うのに、ずいぶん粗野なお姑様がたのお小言の、この騒々しさと来たら。だが、こちらから出向かずとも向かって来てくれるのは都合が良い。
「もっと美しく鳴いてちょうだい」
己へと飛びかかる「お姑様」を白い草履が一歩を退いて受け流し、すれ違う刹那、蝶のあぎとが小煩いその喉を食いちぎる。溢れ出す血を蝶が吸う。
「あなたも椿のおともだちにしてあげる」
崩れ落ちる血濡れの白衣を見下ろして、椿は笑う。嫁ぐ前から何たる狼藉。不届きな花嫁へ怒りを向ける様にして、恐れ知らずに手を挙げるお姑様がたが後に続くも、みぃんな白い蝶の餌食だ。
「椿様……」
扉の前に立ち尽くし、肩下までの金の巻き毛がふちどる幼い貌へと恐怖を蒼く貼り付けて、椿の付き人だった少女が声をあげた。怯えきっているくせをして何を言おうとしたのだろうか。
「……メグと言ったかしら」
優しげにその名を呼んでやりながら、纏う白無垢を白い頬を怪異たちの返り血で鮮やかに赤く染め、人ならぬ身は微笑みかける。
「ふふ……そうね、さっきはきっともっと赤が足りなかったのね」
真珠の様な白無垢を飾る鮮やかな伊達襟ひとつに赤を選べど、その装いの殆どを所詮は白が占めていた。そうだ。だからこそあの時鏡に問いかけようとも『椿』は何も答えてくれなかったのに違いない。そうしてそれゆえ、カメラのフィルムに収まった椿は着飾りながらもいつかの『椿』の様に浮かない顔をしていたのだ。きっと、そうだとも。絶対に。
「ねぇ、今の椿はとても美しいでしょ?」
『椿』へと問いたい言葉でありながら、彼女が答えてくれぬことを本当はどこか無意識に知っているから、この童へと訊いてやる。否を言わせぬ問いを向けられた幼い付き人はその身を震わせながら言葉が出てこない。それでも、心の底からただただ恐ろしいとばかり思うのに、今、禍々しくもうつくしき赤が彩る花嫁姿を拝しては、細い顎は我知らず引かれて、ただただ幾度も頷いていた。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
マスタリング歓迎
_
──彼は昨夜、どんな気持ちで「逃げろ」と言ったのだろう
周囲を憚るようなその様子からみて、その言葉がこの村にとって歓迎されるものではないだろうに
それでも勇気を以て、或いは俺を思ってくれてか
伝えてくれたその心に向き合いたい
誠実に、真っ直ぐに
「大丈夫」
付き人たる彼を背に凛と立ち
「だから顔を上げて、」
僅か振り返り彼を見遣る
「──俺を見ていろ」
折角の衣装を汚さぬよう極力配慮
常と同じく冷静沈着に相手の動作等と戦況を見極めながら
付き人らに流れ弾さえ行かせない、全て俺が庇い護る
かつてとは言え花嫁だった信徒らの顔も身体も傷付けず
静かに断ち斬るはオブリビオンたる根源のみ
願うは、安息の眠りを
奇怪な仮面で顔を覆った異形の存在どもが、揺らぐ炎の照らし出す昏い礼拝堂を跋扈する。過去の花嫁であるというそれらをこの今迎え撃つ此度の儀式の「花嫁」たちは、彼女らにとって不幸なことに誰もが皆猟兵だった。
ゆえに戦局自体には些かの不安も持たぬ丸越・梓(零の魔王・f31127)の思案が向いたのは、この数日、己の付き人を務めてくれた青年のこと。ほかの付き人たちと共にこの礼拝堂の唯一の出入口たる重い扉を背に立ちながら、彼はその顔をそむける様に伏せて居た。
昨夜ーー否、もう本日へと日付の変わった頃であろうか。その手の震えを隠しもせずに逃げろと告げた彼の言葉には明らかに周囲を憚る色が見て取れた。贄たる「花嫁」の世話をする付き人たちの役目にはただ傅くのみならず、見張り、逃がさぬこととて含まれているのだろうに、役目に叛いてまでもそう伝えてくれたその胸中は、果たしていかなるものであったか。グリモア猟兵の忠告通りにこの地の誰にも決して情は移さぬと誓いながらも、梓はせめて彼の勇気と想いへと報いてやりたいと願うのだ。
眼前に広がる光景を拒むかの様に伏せたままの付き人の目に、今、彼が今朝方重い手つきで磨いたばかりの黒のパテントレザーの紐靴が、確かな足取りで地を踏む様が映る。
「梓様……」
「大丈夫」
己の背へと向けられた、我を失くした様な呟きに梓が返す言葉は常と違わぬそのひとつ。
それに加えて、
「だから顔を上げて、」
肩越しに僅かに振り向きながら、告げてやる。
「ーー俺を見ていろ」
如何な不安も拭い去る様なその言葉。胸を打たれたかの様に、即座には返す言葉を失くした付き人は、その黒い右の瞳からひとすじの涙を零して微笑みながら。手にした燭台を躊躇いもせずにその足元へと投げ出した。祈りを捧げる様にして、しかと、その両の指先を固く組む。
「嗚呼、梓様。まこと、仰せの通りにいたします」
後にどうしても彼の名ひとつ思い出せずにありながら、不思議なまでに彼が酷く救われた様な顔をしたこの瞬間のことだけは、何故だか梓の記憶に鮮やかだった。
戦地へと向き直れば折しもその身へと襲い来る怪異どもの姿がそこにある。不気味に黒く細い手で振り下ろされた棘持つ鉄球を梓は元来易く躱せるはずでありながら、決して躱すことはない。躱した先にあるのが己を信じて指を組む、己などより遥かに脆い人の身であるがゆえ、梓はそれらを躱してはならぬのだ。暴力的な質量を愛刀「桜」の峰で受けてやったなら、火花を散らしながらも受け流す。返す刃で両断に出来る筈のところを、怪異が距離を取り直し、その見かけにもよらずに軽快に立ち回る様を見逃してやる。
他の猟兵はどう扱えど、梓の目からしてみればこれらとて過去の花嫁なのだ。その昔、ただ不運にも折悪しくこの村へ足を踏み入れて、この地での過度な歓待を至極無邪気に受け入れて。幸せなはずの花嫁衣装で着飾ってこの礼拝堂に赴いて、予期することなく命を絶たれたその無念と絶望は果たしていかばかりのものであっただろう。礼拝堂を訪れた新しい「花嫁」たちへと牙を剥くその様は梓の目には決して敵意などでなく、ただ己の絶望から逃れんと闇雲に助けを求めて手を伸ばすばかりの姿と映るのだ。ーーそれが無駄な感傷と嘲られようと、梓は別に構わない。
薄闇に黒いコートが翻る。闇に煌めく銀の刃は、古き花嫁たちの間を縫って閃きながら、異形と化した彼女らの身体も顔も決して傷つけることはない。余剰なく各々へと見舞ったただ一刀の下、梓が定かに断ち切ったのは、彼女たちを闇へと捕える絶望のみ。
傷なきままに崩れ落ちてゆく過去の花嫁たちを背に、刀を納める梓の身なりに傷は勿論、返り血の汚れひとつない。このまま今すぐいかな華燭の下に立てども恥じぬその様は、無血の武勇のみこそが成せる業だった。
「流石でございます、梓様」
静かに賛辞を述べる梓の付き人に、村人が射る様な目を向けていた。この付き人自身とてこの展開は決して喜べぬ筈なのに、激しい動きに流れた藍のアスコットタイの角度だけ彼が恭しく整え直してくれる様を、梓は黙して見守った。
大成功
🔵🔵🔵
御園・桜花
「騙されて集められ、殺されてその体を邪神の信徒として用いられる。死後の尊厳すら奪われて…お可哀想に」
「今から貴女達の肉体を破壊し、その全ての妄執から解き放ちましょう…此の地で得た全ての痛みと想いを、此処に置いて逝かれませ」
UC「幻朧桜の召喚」使用
破壊の宣言で信徒の不快を引出し幻朧桜召喚
全てを癒し浄化する桜吹雪で信徒の浄化と転生を願う
鎮魂歌に破魔と慰めのせ歌う
信徒の攻撃は第六感や見切りで躱す
「此処がサクラミラージュでなかろうと。貴女達が何時か、貴女達本来の願いのまま転生なさいますよう…」
戦闘後村人達を睥睨
「今日、此の村は邪神と共に終わります。残り数刻、貴方達はどう過ごされますか。心置きないよう」
薄暗い礼拝堂に湧き出でた怪異たちを見つめて、桜の精は常は朗らかな笑みを湛えるその顔を僅かに陰らせる。
「騙されて集められ、殺されてその体を邪神の信徒として用いられる。死後の尊厳すら奪われて…お可哀想に」
モーニングスターを引きずりながら覚束ぬ足取りで己へと迫る怪異の一体を見据え、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は、心のうちに湧く憐れみをそのまま告げてやる。もはや人の姿も成してはいないこれはいつの日の「花嫁」だろう。事情を全て知らされた上で村人たちのもてなしに付き合ってやった桜花達とはきっと異なる、持て囃されて傅かれた幸せな数日の後に花嫁衣装に身を包み、祝福を受けながら絶望へと突き落とされたその存在。死者には優しいこの桜の精は彼女らの無念を思えば胸が詰まる心地がした。剰え、壮絶であろうその死の後に安寧さえもなく、朽ちた身は歪められながら尚この浮世を立ち歩き、生ある者への憎悪にも似た羨望を凶悪なモーニングスターと共に叩きつけて来るこの存在。もしもこの場所がサクラミラージュであったなら桜花はきっと転生させる道を選んでやったというのに、UDCアースと言う名のこの世界には転生という理がない。
「此の地で得た全ての痛みと想いを、此処に置いて逝かれませ」
その言葉に応える様に、陽も差さぬこの薄暗がりへと満開の枝を広げてゆくのは幻朧桜の霊体だ。仄かな煌めきを纏って淡く透く薄紅の花弁がひらりと舞った。
「今から貴女達の肉体を破壊し、その全ての妄執から解き放ちましょう」
桜花が破壊を宣言すれば、警戒する様に怪異たちの悪意が膨らむ。それに呼応して迎え撃つ様に風もないのに吹きすさぶのは幻朧桜の花吹雪。その魂へと桜の癒しと浄化の力を受けて、その身に纏う闇と輪郭を朧に揺るがせながら、せめてもと抗う様に怪異たちが金切り声の叫びを上げて、モーニングスターを振り回す。焦った様に単調なその大ぶりの攻撃を桜花が見切るのは易かった。躱すに徹してやりながら、彼女がその愛銃として携える軽機関銃が今は火を噴くことはない。彼岸へと送る役目は全て桜吹雪の浄化の力に委ねよう。
「此処がサクラミラージュでなかろうと。貴女達が何時か、貴女達本来の願いのまま転生なさいますよう…」
風を切って振り抜かれた鉄球ひとつ、舞踊の淑やかさで身を逸らし、近く見届けてやりながら。花の唇が紡ぐのはこの地にて捧げられた生贄たちへのレクイエム。吹き付ける花の嵐の中で、猛る鉄球はそれを持つ手が霞んで消えて、ひとつふたつと持ち主をなくして石の床へと転がるばかり。
過去の花嫁たる怪異たちが討ち滅ぼされてゆく様を憮然とした表情で村人たちが見つめていた。
「今日、此の村は邪神と共に終わります。残り数刻、貴方達はどう過ごされますか」
桜花は村人たちへと告げてやる。今その力を目の前にしては彼女の言葉もハッタリなどでないと知れていた。神の名を呼ぶ者、扉の前に居並ぶ付き人たちを押しのけて礼拝堂を逃げ出そうと試みる者、村人たちの反応は様々だ。けれどもざわめく村人たちの中にあって、燃える様な赤毛の娘ーー桜花の付き人を務めていたカルロッタは緑の瞳で真っ直ぐに桜花を見つめて微笑みかけた。
「まだ終わりませんわ、桜花様。お式はこれからでございます」
「そうですか。どうか、心置きなく」
大成功
🔵🔵🔵
ウルル・マーナガルム
◎
(式中はハティと離れるよう言われたが
ホログラムで隠れて
こっそりついて来ていた)
分かってた事だけど
ドレスが動きづらい
これを見越してたんだとしたら…
『冷静に行きましょう、ウルル。戦場の心得、ひとつ!』
私情を持ち込まない!
分かってるよっ
付き人さん達には
一応避難を促しとこう
従ってくれればいいんだけど
ハティのホログラムで
隠れながら
ライフルを軽く点検
窮屈な靴を脱いで
ドレスはナイフで切る
裸足でボロボロ?
ワイルドでカッコいいでしょ?
元花嫁さん達の
喉元を狙う
足を狙う
悲鳴なんか
一々気にしてられない
考えるのは任務の遂行だけ
無力化してもまだ向かってくるなら…
(少々容赦が無い
死神の後継者の面目躍如)
女の子たちに夢を見せ、叶えるふりをしておきながら酷い「お式」もあったものだ。薄暗がりの礼拝堂で闇から湧いた「元花嫁」だという怪異たちが耳障りな叫び声を上げながら無骨な得物を手にして駆け回り、茶番はここまでと言わんばかりに素性を現した猟兵たちが迎え撃つものだから周囲は阿鼻叫喚。それを祝福がましい笑顔で見守る様は実に奇怪であった。だがその笑顔も、元花嫁たちの数の優位のある内だけで、雲行きが怪しくなって来るに連れて陰り出す。
「お式はおしまい!ここは危ないから逃げて!」
その戦場の片隅で、慣れぬドレスの裾の長さに、高いヒールに戸惑いながらもウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)は付き人たちへと避難を促す。重い扉を守る様に佇む彼らは、ウルルの言葉に顔を見合わせ、幾らか戸惑いを見せていた。
「ウルル様、お気遣いありがとうございます。でも、私たちは大丈夫」
にこやかに答えたのはレミーであった。怪異が村人に危害を加えぬと、十年前の儀式を目にした彼女は知っているのであろう。
「さぁ、先の花嫁様がお待ちです」
背後を取られる筈などないのに、それはレミーの言葉を受けてまるでその場から湧いてでも来たかの様だった。不意に背後に生じた気配。けれどもウルルが息を呑んだ瞬間、得物を振り上げた怪異を体当たりで跳ね飛ばしたのはウルルの相棒・ハティであった。
「まぁ、その犬!」
連れて来るなと言ったのに、と、レミーが忌々しげに歯噛みする。機械とは言え礼拝堂に獣は、と渋られたから、ハティはその姿をホログラムで隠してこっそりついて来ていた。
「ありがとうハティ。ドレスが動きづらくて。ここの人たち、これを見越してたんだとしたら……」
『冷静に行きましょう、ウルル。戦場の心得、ひとつ!』
「私情を持ち込まない!」
相棒に喝を入れられたウルルの行動は早かった。逆手に握ったナイフでドレスの裾を切り、駆けるに適さぬハイヒールを脱ぎ捨てたなら次の瞬間にはもう駆け出して、刃を返したナイフが元花嫁の喉を裂く。
「なんてことを!」
「ワイルドでカッコいいでしょ?」
レミーの悲鳴を背に受けながら、ウルルはナイフを愛銃のアンサングへと持ち変えた。ウルルとは別に戦場を駆けてゆくハティが得た視覚データを彼女へと共有し、その情報の解析が終わったならば彼女のユーベルコード、【狙撃のルーティン【ドルズの歌】】は発動する。ヘッドマウントディスプレイに映し出される情報は敵の位置は勿論のこと、そこに至る弾道さえも計算し尽くされたものだ。その情報の示すまま、名も無き功績者と称されるウルルの銃は心静かに構えられ、澄んだ銃声を響かせた。銃弾は花嫁たちの喉を、足を、彼女の狙いと寸分違わず射抜いて行く。武器を持つ手を、別の手が握るモーニングスターの鎖を撃ち切って、並み居る敵を無力化してゆく。
痛みと憎悪を綯い交ぜにした様な悲鳴が弾けた。足を撃たれて地面に転がった花嫁が上げたそれを皮切りに、他のもの達も一斉に甲高い声で叫び出す。けれどもそれが任務の遂行だけを求めるウルルの心を乱すことがないと気づくや、もはや立てぬ足で這いずりながら、或いは武器をなくした徒手空拳で、それでもウルルに襲い来る。
尚も向かってくるのであれば、一度はかけた慈悲を翻すのにウルルは寸分の躊躇いもない。ここは戦場。それだけだ。正確無比の弾丸が花嫁達の額へと風穴をあけてゆく。測った様に正確に、どれも違わぬ同じ位置へと。
「貴方には慈悲ってものがないの?」
レミーが震える声で問う。
この「お式」の数日前に、彼女たちは致命的なミスを犯した。ただ知らなかっただけなのだ。サンスーシ村のひとびとが招き入れてしまったこの少女が、可憐な花嫁などでなく、死神の後継者であることを。
大成功
🔵🔵🔵
火奈本・火花
◎
「閉じ込めてしまえば後はそれまで。この礼拝堂からが生贄台という事ですか……」
このような村で生きる以上、あの親子もそれに従わざるをえないのは理解しましょう。情を移すな、というのも
承知の上です
……我々UDC組織に属するものは、世界のために、人類のために冷徹でなければならないのだ
■戦闘
これらがかつての花嫁なら、10年に1度の儀式でこれだけの犠牲があったという事か
望んでこうなった訳ではあるまい。すぐに楽にしてやる
まずはスリーブガン型短針銃の『クイックドロウ』で、もっとも接近した奴に『催眠術』を仕掛けよう
そのまま『敵を盾にする』事で攻撃を防ぎつつ、9㎜拳銃で掃討してやる
奴らの悲鳴は『呪詛耐性』『狂気耐性』で耐え、口や喉を撃って悲鳴を防げないかも試そう
ただ、そのまま後退して『おびき寄せ』も行おう
銃撃で片付けつつも、UDCの移動力を前にジリ貧の様子を『演技』し、四方を敵に囲まれた状態に持ち込みたい
なるべく多くのUDCを引き付けて【宿木乱舞】で一気に片付けてやる
「彼女達も犠牲者……元凶はこの先ですね」
「閉じ込めてしまえば後はそれまで。この礼拝堂からが生贄台という事ですか……」
陽の差さぬ礼拝堂を照らすのは祭壇の脇の篝火と、付き人たちが手にした燭台の明かりばかりだ。華美でありながら堅牢なこの後宮と呼ばれる屋敷の最奥の、窓ひとつないこの空間。この目的の為だけに設えられたのであれば正しくこの部屋そのものが生贄を捧げる祭壇であると言えるだろう。村人たちは手を汚さずに直接に手を下すのがかつての花嫁ーー生贄であった存在であると言うのはどんな皮肉だろうか。
しきたりに従って今は純白のウエディングドレスを纏う火奈本・火花(エージェント・f00795)は、傍らで燭台を捧げ持つ付き人、クリスティーヌの顔を横目に伺った。揺らぐ蝋燭の灯に照らされて、固く唇を結んだ彼女の表情に浮かぶ感情を形容するのは難しい。猟兵たちがかつての花嫁たる怪異を倒してゆく様をただ食い入る様に眺めていた。礼拝堂の奥にて彼女の母親が、元花嫁たちの苦戦に悲鳴を上げる様とはまるで対照的である。
この地にて数日を過ごした火花は既に察している。十年に一度のことと言え、この風習はあまりにもこの村に深く根ざしたものらしい。火花とて人の子だ。このような村で生きる以上は、その本心がどうであれ掟へと従わざるを得ぬことは理解が出来る。そこに一切の同情がないと言えば無論嘘にもなろう。けれども人の子である以上に、火花はUDC組織に属する身。この今も正気を削りながらその心臓部にUDCを宿して、この修羅の巷を敢えて踏む身であるのだ。付き人たる彼女らの事情がどうあれ情を移すことなど決してしない。UDCエージェントたるもの時には冷徹でなければならぬのだ。目指すのは最大多数の最大幸福。少ない個々に肩入れをして人類と世界の平和を脅かすことは許されぬ。
それにしても、これが10年に一度の儀式の過去の犠牲者たちだと言うならば、毎度の犠牲の数が余程多いのだろうか。それとも、気の遠くなるほど昔から繰り返されて来たのだろうか。火花にそう思わせるほど、過去の「花嫁」は多かった。暗い感慨を振り払い、無数の怪異たちが跳梁する礼拝堂の中央へ、火花は駆け出し、躍り出る。フィッシュテールのウエディングドレスはその後ろ姿においては足首までの長さの裾を靡かせながら、フロントは過激なまでに膝上高くまでの丈しか持たず、白い美脚を見せつけながら、つまりその脚の動きを妨げぬ。その足元で床を踏む、あまりに花嫁らしからぬものだと付き人さえも異を唱えたチャンクヒールの踵は低い。どちらもこの場の戦闘を視野に入れて火花が選んだものだった。舞台中央と言わんばかりの場に現れた花嫁へ、過去の花嫁たる怪異たちが飛びかかる。先陣を切った一体を、火花のスリーブガンが穿った。催眠術にあてられて足元も定まらぬ有様へ至ったそれの首根っこを掴んで振り回し、二番手三番手以降が振り下ろすモーニングスターの盾とする。その幾多の直撃を受け、握りこんだ手を伝い、断末魔めいた痙攣がある。それでもこの怪異どもには既に、味方を殺めたことの罪悪感とてないのであろう。怯まず襲い来る様もまた火花にとっては想定内だ。いつの間にやらスリーブガンから持ち替えていた自動式の9mm拳銃が軽快に火を噴いた。撃鉄が落ち、銃声がひとつ鳴るごとに、怪異がひとつ倒れ込む。
死に損なった怪異のどれかが火のついた様に叫びをあげた。奇妙な歌声がそれに重なる。まるで犬たちが遠吠えを連鎖させてゆくようにして、他の怪異が叫び出す。使命を帯びてここに立つ火花の心を乱すことはなくとも、甲高いその声にはまるで生爪で黒板を引っ掻く様な不快さがある。未だ手にしていた最初の怪異の死体を投げ出して、今、鼻先の触れるばかりの間近で叫び続ける別の怪異の口元を火花はその手で覆ってやった。黙らない。仕方がないからその喉を9mm弾で穿つ。静かになった。いや、死んだのかな。ついでだから喚き立てる他の元花嫁たちの喉へも弾丸を見舞う。喉、喉、額。嗚呼、こちらの方が早いだろうか。
背後へと別の怪異の気配があることを知り、それに気づいた素振りもわざと見せつけてやりながら、火花は敢えて後ずさる。事実、あの奇妙な歌声の響いた後にこの怪異どもは妙に敏捷さを増していたから、いちいち個々に狙いをつけるのも煩わしい。追い詰められた演技をしてやりながら火花はこの場所がこの礼拝堂において誤たず中央であると知っていた。礼拝堂の壁際にはこの式を見守る村人たちの姿がある。いかに罪人たちと言え、所詮人の身に過ぎぬ彼らを裁くべきは法である。ーー火花のユーベルコードではなくて。
「釣られたな」
己へと殺到する怪異どもへと、伊達眼鏡の奥で紅い瞳が光る。
袖を持たぬウエディングドレス、代わりとばかりに二の腕までを覆った白い手袋を裂いて生い茂り、暴れ狂うのは青々としたヤドリギの枝葉であった。【宿木乱舞(ミストルー・スタンピード)】。火花の心臓部へと根を張る存在はこの刹那だけ、この戦場へと顕現を許された。嬉々として猛るヤドリギたちが怪異を苗床とする様に既になきその命の残滓を啜り上げ、あるいは鞭の様にしなる蔦で薙ぎ倒し。その枝葉の届く限りに広がる緑の領域で過去の花嫁たちはすべて一網打尽に討ち果たされてゆく。荒れ狂うヤドリギをやがて火花が己が身のうちへ押さえ込む頃、啜り泣く様な村人の声は、舞い散った葉に軽く怪我でもしたか、あるいは過去の花嫁たちの絶えた様へと絶望したか、それともその両方か。
もはや動かず、徐々にその形を保てず溶けてゆく薄汚れた白衣たちを見下ろして、火花は伊達眼鏡の位置を直す。
「彼女達も犠牲者……元凶はこの先ですね」
さぁ、邪神のーー花婿とやらの顔を拝みに行こう。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『イネブ・ヘジの狂える王』
|
POW : アーマーンの大顎
自身の身体部位ひとつを【罪深き魂を喰らう鰐】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD : カイトスの三魔槍
【メンカルの血槍】【ディフダの怨槍】【カファルジドマの戒槍】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ : ネクロポリスの狂嵐
【腐食の呪詛を含んだ極彩色の旋風】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
イラスト:えび
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠神楽火・綺里枝」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
過去の花嫁たちたる怪異がすべて討ち滅ぼされた時、村人たちは誰も俄かには事態を理解出来ないままでいた。そうして、ややあってから理解が追いついたその時に、必然、狂乱に陥った。
村人たちは押し合い圧し合い、付き人たちが守る扉へと押し寄せて、我先に外へと逃れようとする。慣れぬ悲鳴と怒号が響いて付き人たちが惑う。扉を、儀式を守るというその立場柄、彼らは表向きには隠しながらもその身に武器を帯びていた。誰かの白い手が懐でナイフの柄を握り込む。けれども鞘から抜かれる前に、その場を静めたのは酷く厳粛な声ひとつ。
「黙れ、耳に障る」
声の元は、祭壇の上。
禍々しくも光を纏いて顕現したのは、その双肩から金襴のマントを長く引く、白き髪の王の姿を成す邪神。
見るからに質の良い白い衣、黄金の後光冠と首飾り。金の瞳で民草を、そして花嫁姿の猟兵たちを睥睨してから男は鼻で笑う。
「愚か者どもが。余が求めるのは花嫁でなく贄であると何度教えれば解るのか」
「花嫁」たちにしてみればいきなりの婚約破棄である。物申したい猟兵たちに、だが、と尊大な流し目で彼ら彼女らを値踏みしながら、未だ不完全な邪神は告げる。
「贄は美しいに越したことはない。余が与えた財宝の使い途として、愚かな貴様らにしては相変わらず賢明であると褒めてやろう」
猟兵達は全てを理解した。この邪神がこの村に尽きぬ財宝を与える代わりに贄を求めて、復活を図って来たのだと。
「少々生きが良すぎるようだが、それもまた一興。貴様らはそこで見ておれ。此度こそ我が再誕の日となろう」
あれほど恐れ慄いていた筈の村人たちの目に、今は熱に浮かされた様な色がある。付き人たちはそれぞれの感情の下、己がかつて傅いた猟兵たちを見つめていた。
【マスターより】
邪神が滅びても村は即座に滅びる訳ではありません。
リプレイ終わりに、付き人たちのその後を少し予定しています。
プレイング冒頭に「🍷」と記載を頂いた場合には、PC様にも後味悪さのお裾分けをいたします。(記載がなくても救われるわけではありません)
琴平・琴子
◎🍷
贄ですか
泡沫に消えていくお姫様みたい
でも
そんなお姫様になるつもりは無いのですよね、私
おいで黒鳥(オディール)
暴食の鰐に食らいつくようなダンスを見せてごらんなさい
まあ相手が立ち続けていたらの場合ですが
オディールは悪いお姫様だからきっと食べられてしまう
それなら白鳥(オデット)、彼女を守って
穢れ無きその御心ならきっと食べられやしないでしょう
ソレリさんがどうなるのか
この村がどうなるかは大体予想がつきます
ですがそれは因果応報というもの
覚悟を持って行っているものなのでしょう
でしたら私はそれをただ見送るだけ
少々の良心が痛もうとも
悪い事をしたなら悪い事が自分に返ってくるのは
当たり前のことじゃないですか
礼拝堂の最奥に奉られた祭壇へついに姿を現したのは、絢爛なる邪神の姿。
「贄ですか。泡沫に消えていくお姫様みたい」
琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は耳にした言葉にぽつりと漏らす。
まず思い浮かべたのは、美しい声を犠牲に、海を泳いだ尾鰭を地を踏む脚へとすげ替えて、最期は愛する者の為にその身を海の泡沫へと溶かした深海の姫君だ。愛へとその身を捧げた彼女もきっと、ある意味では生贄であると言える気がした。
だがしかし、実際のところ贄と言うものはそのように美化されるべき存在などではないのであろう。斯様に幼い身にさえも憎悪を滾らせ襲い来た、人の姿もとどめない先の花嫁たちの姿が翠の瞳の奥に未だ鮮明に焼きついていればこそ、琴子はロマンチックな童話めく己の物思いを小さく首を横に振ってかき消した。
ふん、と小さく鼻で嗤うのは白と金とを纏う邪神だ。
「泡沫に消えるよりは遥かに有意義だ。我が糧となりこの地の礎となれる幸いを知れ」
「そんなお姫様になるつもりは無いのですよね、私」
その言葉を予め用意してあってさえ斯くやと言うほどに一切の間をおかぬ拒絶に、邪神が眉を潜める。
邪神が睨むこの幼き「花嫁」の白い肌に炎の灯りが照り映えていた。琴子の纏うウエディングドレスのロマンチックチュチュに似て広がる裾は今や裂かれて、残骸めいた白いチュールを靡かせながら、前を向く足を隠さない。花嫁らしい晴れの日の華やかさを敢えて損なってありながら、みすぼらしさよりも生き生きと前を見つめる強さを知らしめるかの様なこの趣きを邪神は気に食わぬ。贄は贄らしく頭を垂れて恐れ慄いてあれば良いものを。
「生意気な」
苛立ちを隠しもせずに吐き捨てながら、金のブーツが降り立って礼拝堂の床を踏む。悠然と上げた右腕の白く長い袖をまるで散らすかの様に裂き、その肘先に姿を成すのは幻獣めいた鰐の首。ぎざぎざと尖った牙を並べた上下の顎が威嚇する様にその牙を打ち鳴らす。
「二度は言わぬ。頭を垂れよ。」
「嫌です」
この尊大な邪神自らおみあしを運ぶその道行きを遮って、彼と琴子の間にこの今、白と黒との羽根が散る。薄闇にて、うつくしい二対の羽根を広げて高く鳴くのは光を纏う白鳥と、闇に沈む様な黒鳥だった。黒い瞳を、細い首を邪神へと向けて、二羽は邪神へと羽ばたいた。
鰐のあぎとが狙うのは黒鳥のほう。罪深きその存在は、この暴食の顎が糧とする存在だ。そして琴子は、白鳥はそれを知っている。守る様に割って入った白き翼が鰐の横面を張って、たおやかなれど鋭い嘴がその上顎へと食らいつく。互いが足りぬところを持ちながら補い合って戦うこの様を知っていればこそ、琴子の心は揺るがない。そうして琴子が信じている限りこの二羽の舞姫たちは最強であり続けることが叶うのだ。
苛々と人の手の形のままの対の手で邪神が振り払おうとする様こそを黒鳥は待っていた。白鳥が護りに秀でている一方で、この黒鳥が得手とするのは攻撃である。手のひらを穿たんばかりに嘴が貫いて、痛みに怯む邪神のその身へと向かう。咄嗟に張り巡らせた淡い金色の魔力障壁も、黒い嘴の猛攻に軋みを立ててはやがて割れ、その身を黒鳥は貫いた。
小癪な、と漏らした吐息と共に罵倒する邪神の言葉を琴子は聞かぬ。
「ソレリさん」
あまりにも戦場に適応し切ったその装いの中にあり唯一花嫁らしさを残す白いパンプスが向かうのは、茶髪の娘の元である。
いずれ邪神が討たれた果てにこの村がどんな末路を辿るのか琴子は知っている。無表情を崩さぬままに、彼女を見つめ返したソレリとてよく理解しているだろう。
「因果応報という言葉があります。悪いことをしたなら悪いことが返って来る。当たり前のことですよね」
平静を保って告げてやりながら、ちくりと胸が痛むのは良心の呵責だろうか。琴子とて知っている。この娘には、村人たちには、生まれたときより既に他の生き方がなかったのだと。けれどもそれが無辜の民を殺めても良い理由にはならぬのだ。
鳶色の目に涙を滲ませながら、細い肩を震わせる彼女に琴子は背を向ける。邪神の身を啄む黒鳥が羽根を広げて、ひと声、高く鳴く。
●
それはあの日から幾日か経った夜のこと。邪神が討たれたその日の内に現れたUDC組織を名乗る者たちは、司祭を始め、村の中心であった大人たちをいずこかへと連れ去った。誰も皆前回までの儀式にて罪を犯したものたちだった。未遂に終わった今回の儀式において、直接に手を汚してはいないソレリたちは一定の監視と猶予をつけられながら、今すぐに檻に繋がれることはないらしい。
けれども神の加護をなくして、邪神の財宝の後ろだてをなくして、歳若い者たちだけでどう生きて行けというのであろう。
「この村を捨てよう」
囁いたのはソレリの恋人だ。この僅か数日の内に、幼い子どもたちを除いて、村に残された者たちは何かしら皆その心を決めていた。零落を嫌って命を絶った者、変化を厭うてこの地で朽ちることを選ぶ者。それから、こうして村を捨てる者。
月も照らさぬ山の中、手に手をとって逃避行を気取り軽やかに駆け出したのはほんの最初ばかりのことである。木々の根に、ぬかるむ道に足を取られて疲労は募り、互いを気遣う言葉も徐々に減ってゆく。やがては闇にその目を光らせて飛びかかる獣と揉み合いながら急な斜面を恋人が滑落してゆく様を見下ろしながら、ソレリはその手を伸ばせども追い掛けて斜面を下る気力とて残らない。
嗚呼、どうして。どうしてこんなことになったのだろう。暗く急な山道を這う様にして進みながらソレリには今も分からない。これはソレリの因果応報だとあの琴子と言う娘は言った。でも、どこが?随分と大上段から振り翳す傲慢な理論だとソレリは思う。物心さえつく前から、当たり前に教えられた日常を当たり前に信じて生きて来た、そのことの何が悪いと言うのだろうか。
罪を犯さねば罰は下らぬ。ならば潔白のこの身に罰などないはずだ。固く信じてソレリは光なき道を行く。
その後日、F.Y.I.の軽さでUDC組織が告げた報せを琴子は表情ひとつ変えずに受け取った。かつて彼女の携わった依頼の末に執行猶予を受けて居た監視対象が、あの村の近隣の山の中、変わり果てた姿で発見されたという。死後随分な時を経て、死因ももはや分からない。親族は皆檻の中、無惨な遺体を引き取る者もない。
「そうですか」
勧善懲悪、因果応報。御伽噺の末路はときとして酷く残酷なものとなる。琴子は静かにそのか細い顎を引き、それ以上には言葉を重ねることはしなかった。
大成功
🔵🔵🔵
花厳・椿
◎ 🍷
こちらから願い下げよ
自分を捕食者だと思ってるその態度も気に食わない
崩れた手から溢れるのは真っ赤な血の代わりに白い蝶の群れ
それが己を人の身が仮初だとつきつける
全て気に食わない
「鱗粉転写」
「呪詛耐性」を籠めた「オーラ防御」を蝶の群れに纏わせる
邪神からの攻撃は全て蝶々の群れで受け止めコピーした攻撃を邪神へと返す
貴方の気持ちに応える気は毛頭無いからお返しするわね
腕を無くしたひらひらと軽くなった袖を振る
人の形を作るには蝶が
人の魂が足りない
あら
ちょうどいいのがいたじゃない
メグ、貴女の紅茶と見立てとても気に入ったわ
だから選ばせてあげる
椿のおともだちになるか
それともここで滅びるか
…ねぇ
悪くないでしょう
「ふん……花嫁を名乗る割には随分なじゃじゃ馬も居たものだ」
黒鳥の猛攻から辛くも逃れ、纏う白衣にその血を滲ませながらも、肩に靡かすマントを直し、邪神は威厳とその尊大さを崩さない。
「あの様な者を招き入れるとは、使えぬな。この村の者どもはつくづく使えぬ……」
そうして、その尊大さへと苛立ちを滲ませる猟兵が今ここにひとり。傍らへ舞い飛ぶ白き胡蝶らを従えて、今はもう朱へと染まる白無垢を纏いて薄暗がりに身を溶かすその幼き「花嫁」の表情は不快を示して憚らぬ。けれども人に準ずる存在たちを所詮は己の臣下としてしか見ていない古の王は、その存在を見誤る。
「嗚呼、貴様も贄か。その見目に不服はないが、信徒どもの言う花嫁などとは実に不遜な呼称よな」
「こちらから願い下げよ」
ゆえに、斬って捨てるかの様に返されたその言の葉の鋭さは、意外にさえも映るらしい。鋭い双眸を思わず瞬かす程度には。
「ほう? 吠えるものよな。その手とて既に得物も待てぬであろうに」
邪神の指摘を受けた花厳・椿(夢見鳥・f29557)の右手は「お姑様」の殺意に満ちた一撃により、その手首より先を失っていた。けれども断たれたその場所から溢れ出るのは、人らしく零れる赤い血潮などでなく。その身を本来成している、人の魂が姿を変えた白き翅持つ胡蝶たちが、今その戒めをほどかれたことを喜ぶ様にしてひらりひらりと舞い遊ぶばかりなのである。そうしてその光景さえも椿には忌々しいものと映るのだ。愛する『椿』の体を貰い受けてありながら、今の椿がどこまでも仮りそめだと、人の身などにはなれぬのだと、突きつけて来るように思えてならぬがゆえに。
嗚呼、気に食わない。本当はその白絹の髪を掻きむしりたい程に、椿は苛立って仕方ない。それはある種の八つ当たりめいていることを椿自身も知っている。『椿』がもうずっと長いこと答えてくれぬものだから、陰鬱なこの薄闇の空間も、馬鹿げた儀式も、先の怪異どもすら流して見せた赤い血のひとつ流せぬ己のこの身も、何よりも捕食者気取りで現れた目の前のこの邪神のことも、苛立って苛立って仕方ない。
「慈悲である。疾く安らかに眠るが良い」
そんな椿の気も知らず、禍々しい三本の魔槍を放つ邪神である。嗚呼いやだ。的外れだ。女の心をわからぬ男ほど、椿が嫌いなものもない。
「お断りよ」
己へと向かう槍の穂先を見つめて椿は動かず。その身を守る様に、ぶわりと広がり、盾になるのは白き蝶の群れである。
「貴方の気持ちに応える気は毛頭無いからお返しするわね」
蝶の群れが飲み込んでゆく槍と、同じ姿の三本の魔槍が不意に現れて邪神を穿つ。【鱗粉転写(リンプンテンシャ)】。新たなる魔槍は蝶がその形を写したものなれど、威力は本物に引けを取らない。けれども邪神が何か罵りの言葉を吐くのをよそに、椿の興味は他を向いている。
「……あら」
腕を失くして支えを持たぬ白無垢の右袖が重く垂れ下がっていた。ひらりひらりと振ってみれども、集う蝶たちの数が足りずに、今いちど人の形を成すに至らぬ。蝶のーー魂の数が足りぬのだ。どうしたものかと思案する彼女の瞳に、怯えた幼い付き人が映る。
「あら、ちょうどいいのがいたじゃない」
艶やかな紅を引いた唇に笑みを浮かべて。
「メグ、貴女の紅茶と見立てとても気に入ったわ。だから選ばせてあげる」
白い草履がしゃなりしゃなりと歩みを向けるのを。
「椿のおともだちになるか、それともここで滅びるか」
メグは絶望を湛えた顔で見つめていた。
「……ねぇ、悪くないでしょう」
差し出された白い手を見つめ、椿の顔を見つめてメグは泣き出しそうな顔をした。この化生の言う「おともだち」の意味を幼いメグも理解しているのだろう。その上で、
「おともだちにはなれません」
震えながらも、メグは首を横に振る。
「私はこの村に居たいんです」
「そう」
興が冷めたと言う様に、椿は金の瞳を逸らす。深追いをする気などはない。ただ、新しい魂を何処で得ようか、白い袖先を揺らしてそのことに想いを馳せた。
●
それはあの日から少し後のこと。1週間、10日、いや、もっと長くを経た気さえするが分からない。荒れ果てた自宅の隅で蹲るメグにはもうまともな日にちの感覚だなんて残っていなかったのだからの仕方ないことだ。
今回の儀式は未遂で終わったが、彼女たちの神が討たれた後に乗り込んできたUDC職員たちは過去にその手を汚していた大人たちを連れて行った。メグの父母もその中にいた。まだ幼いメグが養育者をなくすことになるから、UDC組織の職員たちは彼女を然るべき施設へと入れようとしたらしいけれども、メグは隙をついて逃げ出した。この村の外の、知る者もいない場所なんて絶対に嫌だった。もう失ってしまったけれど、確かに愛しい人たちがいた、幸せな時間が流れたこの村を離れるだなんて無理だった。それを受け入れるくらいなら、あの日の礼拝堂でメグはかの花嫁の眷属になることを選んで居ただろう。
逃げ隠れる場所なんて思いつかぬから、夜影に紛れて自宅へ戻って息を殺す。
外を行き交うのは誰だろう。もうこの村を捨てようと囁く若者たちの声を聞く。邪神に関して引き続き調査しているUDC職員の声もある。誰が味方だかわからないから、誰にも助けを求められない。
乾きと空腹は限度を超えて、もはや源が何ともわからぬ渇えた衝動はただ気を狂わせんばかりに幼きその身を苛んだ。立ち上がる気力さえもないまま、伏せたままの視線の先に一枚の写真が落ちている。
怖くて綺麗な「花嫁様」。椿と名乗った白く美しいあの少女は、こんなに綺麗でありながらどうしてその顔は浮かぬのか。そういえば、身の凍る様な微笑みを除き、椿の笑顔らしい笑顔をメグは一度も見ていない。残る写真の中でくらい微笑んでくれたって良いものを。メグだってなれるものならこんな姿になりたかったと願うのに。
手に取る写真を涙が濡らす。それをぐしゃぐしゃに握りしめながら、今のメグには嫌でも分かる。本物であれ偽物であれ、自分にはもう花嫁になれる未来は来ないのだろう。
だが仕方ない。メグが自ら選んだことだ。この村に生まれたことは選べずとも、この村に残る選択だけは、己の意思の下に決めた。
やがて幼い命が尽きたとき、閉じることさえ出来ないで見開かれたままの瞳の先を、あの日「おともだち」になれなかった白い胡蝶が舞っていた。
大成功
🔵🔵🔵
火奈本・火花
🍷
「人身御供の風習はUDCに関連がなくとも文化として存在はする。それは感情や信仰の在り方として、あるいは食糧問題や政治的な解決策として必要だからだ。……だが貴様のような、人類の上位存在を気取る化物が裏に存在するなら話は変わるな」
■戦闘
暗さと人の多さを利用しよう
光源となる篝火を9mm拳銃で撃ち、『闇に紛れ』て『暗視』で目星をつけて『忍び足』で村人の群れに紛れよう
そのまま『気絶攻撃』と『盗み攻撃』で服を奪い、『早着替え』で村人に『変装』するつもりだ
奴にとっての『奉仕』者としての『礼儀作法』に気を付けつつ
混乱を起こした事に狼狽え、許しを請う『演技』でUDCに近づこう
接近出来たら本体に『騙し討ち』、気付かれたら鰐に『捨て身の一撃』覚悟で【ヤドリギの一撃】を叩き込んでやる
変装も近くで過ごしたクリスティーヌさんには気付かれるかも知れないが
UDCに注意を促すかどうか、何よりそこが勝負かも知れないな
■付き人へ
最初は生き延びる為だったのかも知れません
貴方達の平穏を壊した事は……本当に、申し訳ありません
●
花嫁と称して贄を邪神へと捧げるこの儀式。最初は生き延びる為にしたことであっただろうと、火奈本・火花(エージェント・f00795)はそう思う。今、扉の前で、固く結んだままに燭台を掲げ持つ美しい金髪の娘へとその胸の内をそのままに告げてやったなら、僅かにその口元を綻ばせて、この付き人、クリスティーヌは微笑んだ。微笑みと呼ぶには妙な諦観の滲むものだった。
「ええ。最初はただ、生きる為だけに為していたものだと伝え聞いています」
切り立った山に囲まれた決して肥沃ではないこの土地を、祖先らが選んだこと自体おそらく訳ありなのだろう。追われていたのか何なのか、身を隠す様に居着いた先のこの地にて、経緯は知らねど彼女らの祖先らはかの邪神へと邂逅を遂げた。抗う力も持たぬが故に言われる侭に差し出した最初の贄は無論、身内だ。見返りとて最初はその命の保証だけであったところを、邪神が与えた財に目を眩ませて、求められる贄の数は増えてゆくのに、異を唱えることもなく彼らはただ従ってゆくばかり。十年に一度の儀式、やがて求められる数の多さに身内を捧ぐを厭うた誰かが外から来た者を捧ごうと言い出した。その足止めの様に、後ろめたさを消す様に、そうして始まった儀式がこの一連のそれであった。
「馬鹿みたいなお話でしょう。でもそれがこの村の礎だったのです」
今、別の猟兵に邪神がその身を射抜かれる様を見届けながら、クリスティーヌの微笑は凪いでいる。
「貴方達の平穏を乱したことは……本当に、申し訳ございません」
火花は深く頭を下げた。この村を脅かす者とは到底思われぬ礼儀正しいその様をクリスティーヌは聡明な青い瞳で見つめ、ただ口元の笑みを濃くしただけだった。
「構いませんのよ。本当のところを言うと私個人は、今、少しだけ嬉しく思ってさえいるのです」
その言葉を信じるならば、と一定の前提を設けながらもそれは火花にとっては望外の答えであった。
彼女の細い顎をとらえて、火花はそっと耳打ちする。
「それであればーー」
囁かれた言葉に青い瞳が見開かれる。紅い瞳で受け止めて、何か言おうとした唇をたてた人差し指で火花はそっと塞いだ。クリスティーヌがその手にしていた燭台が地に落ちて、灯りのひとつが消えてゆく。
「我が再誕の場において灯りのひとつ掲げられぬとは何ごとか」
猟兵たちの猛攻にその口元から血を滴らせながらも、邪神が心底の侮蔑と苛立ちを込めて声を張る。
それはふたつ響いた銃声の後のこと。祭壇の両脇にあった篝火を9mm拳銃が射抜いて倒し、その灯りを消し去った。扉を前にした数人の付き人たちが掲げた燭台の灯りだけを僅かに残して、この場を照らす光源が消えた折のこと。窓のないこの場だ。必然、闇が満ちる。村人たちが不安げにさんざめく声に満たされながら、礼拝堂のほとんどが闇に包まれ、金欄纏う邪神の身とて今や闇の中にある。
その暗がりの中、火花は駆けた。背格好が己に近く、幾らか動き易そうな身なりをしている村人のひとりへと予めあたりをつけていた。その首筋に手刀を見舞い、悲鳴のひとつ上げさせぬままに意識を奪う。崩れ落ちる身が纏う衣服を奪って、手慣れた様子で早着替え。フィッシュテールのウエディングドレスを脱ぎ捨てて、胸元をフリルが飾る白いブラウスと、丈は長くも膝までのフロントスリットを備えた黒いスカートで装って、火花は村人に擬態する。トレードマークの黒縁の伊達眼鏡を外しておくのも忘れない。この今は仕方ないことだ。それはトレードマークであればこそ火花を強く印象づけて、外してしまえばその仮初めの衣装も相俟って、彼女を深くも知らぬ村人たちは誰も火花を火花とは知れぬことだろう。
唯一の懸念は己の付き人だ。数日をその傍近く過ごして来た彼女だけには、急拵えの装いなどは易く見抜かれてしまう虞れがあった。幾ら一度は己に味方する素振りを見せてくれたとて、人の心など易く揺れる。それゆえ火花が今からすることは半ば賭けである。
「我らが神よ」
先刻、誰かの付き人がヒステリックに喚いたその言葉を選び取り、火花は邪神に呼びかける。混乱する村人たちの誰よりも先に頭を垂れて、続けて曰く。
「御身の再誕の時たる斯くも慶ばしきこの折に、斯様な不手際、誠に申し訳ございません。尊き御身の愚かなる信徒の一同を代表し、深くお詫びを申し上げます」
恭しくその顔を上げぬまま、火花は頭を下げ続けた。邪神に仕える者を装うあまりに完璧なその礼儀作法。懸念していた付き人からの横槍も少なくとも今のところ、ない。邪神の金の瞳が己を向くのを火花はその気配にて感じ取る。
「許せと言わぬ辺りは殊勝よな。良い。疾く篝火の火を入れよ。闇を駆ける鼠を炙り出さねばならぬ」
ーー馬鹿め。
火花は内心で嗤う。これは傅かれるに慣れ、己が人類の上位者であると驕って居ればこその慢心だ。
祭壇を降りて戦っていた邪神の傍近くに消えた篝火のひとつがある。その場と己を繋ぐ動線の上に邪神の身があることを確かめて、火花はその可憐なおもてを上げぬまま、躊躇いがちな足取りを装って歩みを進める。
間近にて、すれ違いざま、先までの演技が嘘であるかの様に突如弾けた殺気へと邪神は反応し切れない。
「人身御供の風習はUDCに関連がなくとも文化として存在はする」
その身へと右の拳を叩き込みながら火花は邪神へ説いてやる。夥しく吐き出した血を拭うこともできぬまま、邪神のその身がくの字に折れる。
叩き込んだのはただの拳ではない。火花の心臓部へと根を張るヤドリギのUDCの、その根が拳を覆っている。火花とて日頃はその使用を躊躇うほどにそれは凶暴なユーベルコードであった。
「それは感情や信仰の在り方として、あるいは食糧問題や政治的な解決策として必要だからだ」
その拳を、腕を掴もうと抗う邪神の手を振り払い、火花は拳を振り抜いた。
木の葉の様にその身を吹き飛ばされた邪神が礼拝堂の石の壁へと叩きつけられ、石壁に罅が走る。壁の上方から、天井から、瓦礫が幾らから落ちて来た。
「……だが貴様のような、人類の上位存在を気取る化物が裏に存在するなら話は変わるな」
壁へとその背を預けたまま直ぐには立ち上がれない邪神を今は伊達眼鏡を越さぬ紅い瞳が見下ろしていた。邪神が返すが悔しげな呻きばかりであるのを見届けて、振り返るのは扉のほう。
クリスティーヌは満面の笑みで火花達を見つめていた。弧を描いた唇が紡いだ言葉は何であっただろうか。少なくとも、火花への好意が満ちていたことだけは定かであった。
扉を守る他の付き人の誰も反応出来ぬうち、高すぎず低すぎぬヒールを返して、クリスティーヌは扉を開け放つ。混乱のままにそれに続いた幾らかの村人たちの向こう、軽やかに駆けてゆく様を、火花は追いかけることもせずに見送った。
●
それは邪神が討たれた頃のこと。
「あははははははは!馬鹿みたい、馬鹿みたい!もっと早くこうすれば良かったのよ」
あの礼拝堂から誰よりも早く逃げ出したクリスティーヌは山道でハンドルを切りながら、笑いが止まらないでいた。
独自の暮らしがあるとは言えど、別に外界と隔たれている訳では無い。父の趣味のレトロな空冷エンジンの白いスポーツカーを勝手に拝借して、彼女は山道をひた走る。
本当はあんな村ずっと大嫌いだった。頭のおかしい教義と風習、吐き気のするほど取り澄ましたお人好しの村人たち。思いやり、助け合い、汝の隣人を愛せですって?嗚呼、馬鹿馬鹿しい。クソ喰らえ。自分たちだってあんなにも人を殺めて来たくせに、どの面下げて言うのだろうか。あんな村、滅びてくれるのならばせいせいする。
それに引き換え、火花というあの花嫁の戦う様は実に爽快なものだった。彼女がしようとすることの全容はさすがに教えてくれなかったから、協力を乞われた時はさすがに半信半疑であったけれども、邪神を欺いての一撃は本当に胸がすくようだった。
いつかまた何処かで会えるだろうか。きっと会いたいと願うのだ。その時には今日のお礼を言おう。どんなに自分がせいせいしたか、ありったけの言葉を以てこの感謝の気持ちを伝えよう。
くねる山道にハンドルを沿わせながらクリスティーヌはふと思う。そうだ。大きな街へ行こう。誰も知る人がいない場所。みんながきっと隣人の顔なんて知らずに生きているような場所。そんな街なら、きっとあんな馬鹿げた村みたいに、古い風習があることなんてないのだろう。それで、その場所で自由気ままに生きて行くのだ。それはきっととても魅力的で、楽しいことに違いない。
機嫌を良くしたクリスティーヌは古いカーオーディオのつまみを捻る。思い切りボリュームを上げて垂れ流されるのは軽妙なラプソディ。よく晴れた空の下、白いスポーツカーは走り続ける。
「UDC事件です」
後日、UDC組織のとある支部に立ち寄っていた火花に声がかけられる。
「某都市のスラムで感染型のUDCに娼婦が殺されたのですが……」
職員が躊躇いながら机へと並べた写真はどれもやたらと赤かった。痩せこけた腕に青痣を無数に咲かせ、死顔にさえ明らかな目の下の隈。血の海に沈む犠牲者の女はどう見てもヤク中だった。
「犠牲者は、一昨年の夏にUDC絡みの事件に関与して、監視対象となっていた女です」
「……クリスティーヌ?」
思わず挙げた名の面影と写真の女が一致しない。見る影もないのだ。美しかった金髪は艶も潤いもなくしてぱさついて、容姿だって前述通り。彼女が身を持ち崩していたらしいことはいつだか報告に聞いた気はするが、流石に想像を超えていた。
「やはりご存知でしたか。もしご心情的に難しければ……」
「いいえ、別に構いません」
火花は躊躇もなく返す。UDC組織に属するものとして私情を挟むことはせぬ。その身は時に冷徹にならねばならぬと火花は知っている。
「詳しく聞かせて頂けますか」
大成功
🔵🔵🔵
ウルル・マーナガルム
◎🍷
先手必勝
防がれるとしても即座に攻撃
ボクらは
キミ達の神様を叩き壊す為に来たんだ
レミーさんにもっかい忠告
自分が花嫁にならずに済む保証があるって言い切れる?
邪魔しないなら放置
敵対するなら容赦しないよ
ハティに預けてたジャケット羽織って
やっと落ち着いた
敵のUCにこっちのUCを合わせて相殺するよ
膠着して
相手の苛立ちを誘った所で隠し弾
一回の銃声が鳴る間に
残弾を全て撃ち切る早業
これはUCじゃない
捌けるものなら
やってみなよ!
何故こんな事を、だって?
倒せと命じられた敵がいたからだよ
キミ達が
逃げようが滅びようが
ボクは感知しない
でもまた同じ事を繰り返すなら
覚えておいて
恐るべき冬の死神は
何人たりとも
逃がさないよ
薄暗い礼拝堂の石壁によく反響し、無数の銃声が高く響いたのは突然のことだった。顔も向けずに、薄く透く金の魔力の障壁で邪神はその身を守りながらも、放たれた弾丸の数は彼が思うより多かった。鮮やかな赤を散らして、金欄のマントを羽織るその肩を凶弾が抜けてゆく。
「不敬である」
「何てことするのよ!」
邪神が不服を告げるのと、レミーが甲高く非難の声を上げるのが同時。
ウルル・マーナガルム(グリムハンター・f33219)は花嫁衣装のビスチェから覗く白くなだらかなその肩に愛銃アンサングを構えたままにレミーへと振り向いた。素肌へと愛銃の底が触れる感覚はどこか慣れずに落ち着かない。
「何って、ボクらはキミ達の神様を叩き壊す為に来たんだ」
「誰も頼んでないわよ、そんなこと」
当然の様に告げるウルルに、レミーが食ってかかる。
「おとなしく贄になれば良いのに!余計なことを……!」
「自分が花嫁にならずに済む保証があるって言い切れる?」
「言い切るわ。貴方たちなんかとは違って、私たちには我らが神の寵愛がある。私はずっと我らが神に仕え続ける。三十年先も、五十年先も……!」
狂信を叫ぶ彼女が懐へと手を差し入れるのを、ウルルが見逃すはずもない。銃声。呻いて右腕を押さえたレミーの足元に短剣が落ちる。それを見つめるウルルの瞳は、数日を共にした中でレミーが想像だに出来ぬほど冷ややかなものだった。
「言っておくけど次はないから」
『ハティ、そちらは後回しです。仮にも一般人ですので』
「そだね」
ドレスの上にハティが預かっていてくれた迷彩ジャケットを羽織りながら、ウルルは漸くいつもの調子を取り戻した心地がする。
「ありがとう。やっぱりゴーグルだけじゃ落ち着かなかった」
先の戦闘で、ウルルに迫る過去の花嫁へハティが体当たりを決めたあの一瞬で彼女へと託せたものはそれだけだった。どういたしまして、と尻尾を振りながら、ハティの瞳に搭載されたレンズが邪神の方を向く。
「話は終えたか」
その鷹揚さは流石王らしいとも言うべきか、驕れる者の慢心そのものだ。狙撃手たるウルルからしてみれば尚のこと、戦場を知らぬ甘さとしか映らない。
「そっちこそ覚悟は出来た?」
「うつけが。その言葉、そのまま返す」
白い袖を翻してあげた手が招くのは三つの魔槍。壮麗な造りに禍々しさを纏うその刃がウルルの上方、三方からその身を狙う。
それをウルルは愛銃ひとつで迎え撃つ。果たしてその銃口がひとつばかりであることを誰が信じられるであろう。息つく暇さえ与えずに、的確に急所を捉え、敵を畏怖させるほどの徹底的な狙撃。それはウルルのユーベルコード、【ノルニル達の心得【巨人を屠る者の如く】】。巨人さえ屠るその御業は、無論巨人の携える武器にも対峙して然るべきものだ。邪神といえど人の身と変わらぬ矮小な存在が喚ぶ、人の身が備える武器如きを無論捌けぬはずもない。無数の弾が槍の穂を押し留めては徐々に罅を入れてゆく。けれども魔力持つその槍とて決して易くは折れぬ。
膠着する戦局に痺れを切らしたかの様に、邪神がその眉を歪めた。再度振る手は魔力から成る金色の旋風を連れて来た。間をおかず、その風向きと風速を分析した結果がウルルのヘッドマウントディスプレイに展開される。切り刻む様な風を躱して、先刻己が切ったドレスの裾が更に短く刻まれる間に、ウルルは引き鉄を引いていた。銃声はひとつ。なれどその間に放たれるのは愛銃がその身に残した全弾だ。
「捌けるものならやってみなよ!」
声をかけてやるのはそれが為されぬ自負ゆえに。
邪神が己の眼前に金色の障壁を張る。だがそれは役にも立たぬのだ。銃弾が訪れるのはすべてその背後から。石造りのこの場はウルルに味方した。その床に、壁にぶつけて跳躍させた弾道は、単純な直線を描かない。
「小賢しい真似を……!」
金欄のマントを引いたその背から数多の弾丸に貫かれ、邪神の唇から苦しまぎれの言葉と共に血が滴る。
「何故……いいえ、この様な暴挙、許されると思っているの?」
空になった愛銃に弾丸を込めるウルルへと、レミーが怒りにその身を震わせながら問う。焦茶の瞳でウルルのことを睨みつけ、今やその憎悪を隠しもしないでいた。
「何故って、倒せと命じられた敵がいたからだよ」
花嫁ならぬ、ひとりの猟兵として此処に立つウルルの返事は冷徹だ。
「キミ達が逃げようが滅びようが、ボクは感知しない。……でもまた同じ事を繰り返すなら覚えておいて」
全弾装填し終えた銃を手に、ウルルの瞳が彼女を見つめ返す。否。ひとりの猟兵、それさえぬるい。感情を伴ったヒトの視線と言うよりも、この対象の何処をどう撃てば仕留めることが出来るかと見据えるその目は完全にひとりの狙撃手、狩人としてのものだった。
「恐るべき冬の死神は、何人たりとも逃がさないよ」
●
それはあの日から三年ばかり後のこと。
「あの事件の犯人、死刑執行されたみたい」
「あー。みたみた。通り魔だよね。5人くらい殺したやつ?」
「そうそう。でもやけに早くない?」
UDCアース、とある水曜の通勤時間。街を歩いていたウルルの少し先、スマホ片手に会社へと急ぐサラリーマンらしき二人の会話が漏れ聞こえて来る。
「背教者め!あんたたちの信仰が足りないからこんなことになったんだ!」
邪神が討たれた後、村は混乱に陥った。邪神の庇護をなくしてはこの村の日常は成り立たぬ。剰え、司祭をはじめ村の主要な者たちは過去の罪科によって牢屋行きときたものだ。弱気になった誰かが、村を捨てようと言うのを聞いて半狂乱になったレミーは、その懐に抱き直した短剣を抜いていた。利き手はウルルに撃たれた傷の癒えぬまま、血を流しながら、それでも痛みも忘れるほどに激昂していたこの時の彼女には何の妨げにもなり得ない。
「およしなさい、レミー……!」
よく知る誰かが止める声さえどこか遠くのことのよう。
「ああ、憎らしい!忌々しい!あの花嫁たちがおとなしく死ねばよかったのに!」
怒りに任せて振り回した刃は別に誰を狙ったものでもない。だって誰でも良かったのだから。誰かが悲鳴を、呻きをあげる。誰のものかもわからぬ血を浴びてレミーは叫ぶ。
「我らが神は滅びてなんかない!あんたたちが今から生贄になれば良いんだ!」
未だ村を見張っていた、駆けつけたUDC組織の者たちに取り押さえられ、刑務所に、法廷に、やがて死刑執行の場に至るまで。レミーは狂った信仰を叫び続けた。
「そういえば死刑確定も早かったんだっけ。精神鑑定異常なしって」
「いやぁ、生贄がどうとか神がどうとか、動機が頭おかしいのにね。控訴しなかったとこだけ妙にまともなあたりが尚更ヤバい」
別に良心は痛まぬが、他人事の興味本位で面白おかしく語る言葉はさすがに聞くに堪えないものだ。ウルルはそっと彼らと進路を変えた。傍らをハティが黙ってついて来る。
邪神亡き後、一般人が一般人を殺めただけのこの事件は、邪神とは直接の関係がない故に、結局、ただの頭のおかしい女が起こした通り魔事件として法に裁かれて、三年を経たこの今こうして一瞬だけ世を賑わした。死刑囚が二十四歳の狂った若い女だったと言う点だけで妙に話題を呼んでいる。けれどもそれもきっと一週間も経てば皆が忘れてゆくことだ。
『ウルル、どうかお気を落とさずに』
「ん? 別に気にしてないよ」
忙しない朝の雑踏へ、互い気遣う言葉を掛け合いながら、ひとりと一匹の後ろ姿は消えてゆく。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎🍷
マスタリング歓迎
_
神自身とその神を信仰する者たちへの敬意と誠意を
それに俺の付き人が信ずる神だ
最大限の敬意と礼儀を以て
傅いてくれた彼が恥をかかぬよう
出会えたのはこの神のお陰でもある
感謝の念も決して忘れず
…彼の前で殺したくない
認め、腹を括る
俺は親愛を抱いた
待ち受ける心の波は俺の罪で罰
邪神を滅するしか出来ない無力な俺の
彼の大切を奪う俺の
然しそれは付き人たる彼が生きていた証
俺の心に傷痕残すその波さえ愛おしいと思うから
神の御身を傷付けたくない
付き人を流れ弾から庇いながら
込めるは畏敬と安息
刃を向けることを赦してくれとは言わない
然し付き人に罪はない
この一閃で付き人は、
…その罪深さも責任も
全て背負って
全て終わった後彼の元へ
最大限の感謝を誠意を込めて頭を下げ
もう一度、名前を教えてくれないだろうか
覚えていたいんだ
彼が生きていた証を
もし教えてくれたのなら
その名前を呼んで
抱きしめ
──また逢おう。いつか必ず
ワインを共に飲みたい
今度こそ
お前の記念日に
神たる身とて、その血潮は紅いらしい。纏う白妙を覆う様にして金襴のマントを羽織るその身を今は紅き血に染めて、吐いた血潮に口元を紅く染めながら。且つ、その足元をよろめかせてありながら、それでもかつては古き王であり、今は邪なものなれど神へと至らんとするその男は、血に濡れながらも毅然と面を上げていた。
その存在へ、いずれ劣らぬ威厳を以て今向かい立つは、対照的に傷ひとつない装いで歩み出る黒き魔王の姿であった。
邪神と言えど神である。加えて己を慕い傅く付き人が崇める神であるならば、その彼に恥をかかせるわけにも行かぬゆえ、最大限の礼儀を以て、敬意を払ってこの場へと立つ。丸越・梓(零の魔王・f31127)とはそう言う男だ。凛とその背を伸ばしながらも、確かな敬意の眼差しを己へと向けるこの存在に、邪神は幾らかの関心を示した。
「ほう……貴様は他の者どもよりは礼儀を心得ていると見える」
事実、梓が向ける敬意に偽りはない。これがいかに歪な儀式とて、この邪神の存在ゆえに梓はかの付き人と出会ったのだ。用事があれば呼ぶと告げているのに尾を振る犬の様にしてどこまでも梓について回って、食事の度に梓の健康を気遣って、酔いを理由としようとするかの様に盃を空けた挙句に、声を殺して梓に逃げろと告げたあの青年。その健気さに応えるかの様に、既に己にも親愛の情が湧いていることを梓は認めざるを得ぬ。なればこそ、この付き人と巡り合わせてくれたこと自体には梓はこの邪神に対し感謝を向けずにおれぬのだ。
礼拝堂の唯一の出入口たる扉は既に大きく開け放たれていた。閑散としたこの場を見れば、もう逃げ出した者たちも多くいるだろうことが見て取れる。けれども誰よりも早く逃げ出せる筈のその場において、上質な靴の踵を行儀良く揃えたまま、梓の付き人は今もただそこに佇んで居た。そうして、その黒い瞳が己の一挙一動を不安げに見つめることを梓は知っている。
邪神へと向く足が惑う自覚があった。この彼の目の前において、この邪神を討つことが梓には躊躇われてならぬのだ。
最初から、情を移すなと告げられていた。その上でこの結果へと至った以上、この今、或いはこの先で待ち受ける心の波は梓の罪であり罰である。全てを受け入れ、その罰さえも愛おしく思う筈なのに、それでも刃を持つ手が躊躇うことを梓は気づいている。
先手を打つのは邪神であった。斯くも追い詰められてはもはや形振り構わぬと言わんばかりに、向けたその手から放たれた極彩色の旋風は風の刃を成しながら、明らかに梓だけを捉えない。当て付ける様に、巻き添えの様に、ついでで狙われた付き人の前へと梓はその身を躍らせてオーラで護りを張りながら、防ぎ損ねた旋風がコートの裾を、靡いた藍のタイを持ってゆく。そこから更に返す様に吹き付けた風が梓の腕を裂いて爛れさせながら、蝕む様にじくじくと灼けつく痛みを齎した。背後の付き人が息を呑む。
「彼に罪はない」
刃を向ける不敬は己だけのものである。言外にそう告げて、付き人をその背へと護る位置へと立ちながら、梓が手にする愛刀の切っ先が初めて確かに邪神を向いた。片の眉のみを吊り上げて、邪神が嘲る。
「罪? この余の庇護を受けながら役にも立たぬ存在が罪以外の何なのだ」
金の瞳が梓の後ろ、黒髪の付き人を睨め付けている。
「得物のひとつ持っておろうに。貴様へと背を向けるこの贄に何故その刃を立てぬのだ」
睨み殺さんばかりの眼差しに射すくめられて、付き人は動く。懐から取り出したのは、戦場に携えるにはあまりにも装飾的な銀のナイフだ。けれどもその刃がよく研がれていることは、鞘走る音だけで知れるほど。
けれども、僅かに震えるその切っ先は下へと向いたまま、どれだけ待っても、肩越しに振り向く梓の背を向かぬ。やがて付き人が上げたおもてに、黒い瞳に、思い詰めた様な色がある。
「我らが神よ、」
言わせてはいけない。させてはならない。
梓は直感でそう悟る。彼が紡ごうとする言の葉は、成そうとするのは背信だ。
気づいた時には身体が先に動いていた。彼の眼前でこの神を討つことの躊躇より、彼を背信者にすることへの抵抗が勝った。ーー罪を背負うのは、自分ひとりで構わない。
極彩色の旋風を掻い潜り、間合いへ飛び込めば邪神はその刃の狙う先へと金の障壁を張りめぐらせる。それを一刀の下に斬り散らし、返す刃が断ち切るのはオブリビオンたるその根源。絢爛な邪神のその身に傷のひとつ齎さねども、確かにその身を滅ぼしてーーけれどもこの一閃が滅ぼすものは、しかし、この邪神のみならぬ。
「愚か者めが……余の亡き後にこの村は所詮余に殉ずるのみだと何故わからぬか」
邪神の身に罅が走って、崩れ出す。崩れる顔で邪神は嗤う。
富を約束してくれる神を失してこの村は近く衰退するのであろう。苦労を知らぬ村人たちは、きっとその変化に抗えぬ。その時きっと、温室の様なこの村で暮らし続けたこの付き人もーー……。
「その役立たずも含めて全て余の道連れよ!ははは!愚か者めが、恨むならーー」
「もう喋るな」
邪神の瞳が見開かれる。
全ての責と重みを背負う覚悟で、梓は今一度、その刃を振り抜いていた。
最後まで邪神に希望を託してこの場に留まっていた村人たちが、その消滅を目にした途端に扉に押しかけ、逃げ惑う。
人の波に揉まれながら、神が消えた地を呆然と見つめる己の付き人へ、梓は深くその頭を下げる。おやめくださいと慌てた様にその身を起こさんとする細腕に、けれども梓は暫し抗いながらそうしていた。大丈夫、大丈夫です。梓様。かつて己が掛けられて深く安堵を得たその言葉を繰り返す様に付き人は告ぐ。やがて緩やかに顔を上げてから梓は訊いた。
「もう一度、名前を教えてくれないだろうか」
思えばこの時、既に梓はこの付き人の名を思い出せない。
「……酔っていらっしゃいますか? 梓様」
泣き腫らした赤い目をしているくせに、それでも付き人が揶揄う様に聞き返す。それから、静かに紡ぐのだ。
「どうか覚えていてくださいね。私の名前はーー……」
「 」
彼が告げたその名を、梓は確かに繰り返した。繰り返しながら、己より幾らか小柄なその身を抱きしめた。
「ーーまた逢おう。いつか必ず」
畏れ多いと言わんばかりに控えめにその背を抱きしめ返す腕がある。無理な約束やも知れぬ。それは互いに知れている。啜り泣く様に震えた肩を掻き抱いて、梓は静かに告げるのだ。
「ワインを共に飲みたい。今度こそ、お前の記念日に」
その梓の瞳を見上げて、黒い瞳が瞬いた。僅かに間をおいて、弓なりにその幅を狭めて。
「ピノ・ノワールで宜しいでしょうか?」
私の好物でございます。ちゃっかりとそう言い添えて、梓の付き人は、これまででいちばんの笑顔を見せた。
村人たちの狂騒が、今は礼拝堂の外にある。どこか遠くからパトカーのサイレンの音が鳴っていた。
●
それはその日の夜のこと。後宮だのと呼ばれた屋敷の屋上で、月下にひとり踊る影がある。ぽつんと置かれたオーディオが歌うのは緩やかにテンポを落としたショパンの第10番の三拍子。
眼下で回る無数のパトカーの赤色灯を見下ろしながら、黒髪揺らしてくる、くるり。梓の付き人であった青年が今踊るのは相手のないワルツ、気ままなシャドー。どのみち今は右手が空いていないから、誰かいたとて手は取れぬ。
付き人たちは、緩い監視と厳格な執行猶予をつけられながらも即座に牢屋行きとはならぬらしい。此度の儀式は未遂であった。この彼も、幸か不幸か、前回の儀式も見ていただけで不関与であると見做された。
十年ごとに手を汚してきた年嵩の大人たちはそうも行かない。皆有罪で、どこかの塀の向こうへと送られた。若者と子どもばかりが村に残され、外での生き方を誰も知らずに、村を富み栄えさせた神のない今、この地で生きる術さえも誰ひとりとして心得ぬ。
青年は思う。この後のこの村の行く末なんて、火を見るよりも明らかだ。そこで地を這う自分の姿だなんて、嗚呼、あまりにも美しくないものだから、想像さえもしたくない。
ーーワルツもそろそろ終わりに近い。
「嗚呼、もっと続けば良かったのになぁ……」
零すのは、悔いを残した呟きひとつ。そんなこの今思うのが、どうして長きを共に過ごした家族でも、将来を誓ったはずの恋人でもなく、数日を仕えただけのあの射干玉の瞳なのだろう。そうして、嗚呼、どうしてだろう。奇しくも、この今見下ろす庭園から此方を見上げて、眦高きその瞳がある。
「梓様!」
笑顔を向けて親しげに振る青年のその右手、銀のナイフが月光に煌めいた。心が揺らぐ気がしてしまうから、それに気づいた梓が己へと叫びかける言葉を青年は聞かないで、ただ、この距離で届くとも知れぬ静かな言葉を重ねるばかり。
「大好きでした。」
馬鹿なことだ。愚かなことだ。花嫁たちに情を移さぬようにと、付き人として教育を受けた長い年月であれほどに教えこまれたはずなのに。その一言を告げた心はこの今、どうしてここまで軽いのだろう。
「愚かな私をお赦しください」
次の記念日は訪れず、あの約束は守れない。だが彼は今日と言う日を忘れまい。これはエゴだが、しかしこの命で贖う以上、優しい彼はきっと赦してくれるに違いない。
彼方より見上げる射干玉の瞳を真っ直ぐに見つめ返すまま。だれかをエスコートするかのように綺麗な所作で己の頸へと導く刃を、躊躇いなしに青年は引く。
ピノ・ノワールの紅めいた血飛沫が歌い続けるオーディオに散る。
ロ短調の三拍子が、フェルマータで消えて行く。
大成功
🔵🔵🔵