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アポカリプス・ランページ⑱~善性喰らいの万魔殿

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●蠢動問答
 無数の何かが、絡まり合い、蠢いている。
「マだ死ねナいノか」
「無駄ダ。ポーシュボスは殺セなイ」
「ポーシュボスは『善』ヲ喰らウ」
「邪悪シかポーシュボスを殺セなイ」
「ソんナ邪悪ガいル筈ガなイ」
「そモそモ邪悪とハなンだ」
「ワかラなイ」
「善トは何ナのダ」
「わカらナい」
「ポーシュボスを殺セる邪悪ハいナいノか」
「ワかラなイ……わカらナい……」
「ポーシュボスは善ナのカ、悪ナのカ」
「モう何モわカらナい」
「わカるノは、ポーシュボスは殺セなイ事ダけダ」
「本当ニそウか? モう希望ハなイのカ?」
 無数の何かが望むのは――。

●善か悪か
「いつかも訊いた事だけどね。君達は、自分を善だと思うかい? それとも、悪だと思うかい?」
 また同じ事を言う日が来るとは思ってなかったと、ルシル・フューラー(新宿魚苑の鮫魔王・f03676)は珍しく苦笑を浮かべた。
「今回訊ねた理由は、アレだよ。ポーシュボス」
 ポーシュボス・フェノメノン。
 フロリダ州タラハシーを覆うほどの超巨大オブリビオン・ストームの内部に無数に存在する、謎の生命体。
 雲霞の如く蠢く群体――それが、宇宙から来た邪神と思われていた『フィールド・オブ・ナイン』の正体、と言う事になるのだろう。
「ポーシュボスの総数は、数えきれない、としか言えない」
 そんなに多くのポーシュボスが存在する理由は、生命体に寄生して増殖する存在だからだ。
「ポーシュボスは、ありとあらゆる心ある生命体に寄生する。より正確には、生命の『善の心』に寄生する」
 心に寄生し、寄生した生物をポーシュボスに作り変える。
 そうしてポーシュボスは、増殖し続けて来たのだ。
 だからだろうか。
 生命体でありながら、フェノメノン――現象、などと言う名前がついているのは。
「けれど、寄生されるのは善の心のみ。だから、『純粋な悪の存在』であれば、ポーシュボスに寄生されずに戦える――筈なんだ」
 だが、その『純粋な悪の存在』と言う条件が難しい。
「皆も予兆は見ただろう? ポーシュボスに寄生されて変えられた中には、何百人もを慰み者にした犯罪者もいたらしいのを」
 恐らく、どの世界でも間違いなく『悪』と断罪されるであろう罪人ですら、ポーシュボスにかかれば、心のどこかに僅かにあった善性を見抜かれ、そこに寄生され、ポーシュボスに変えられてしまったのだ。
「正直、どれほどの『悪』なら、ポーシュボスに寄生されずに済むのかは、私にもわからないんだ」
 おそらくは、心の奥底まで悪でなければ。悪にならなければ。
 猟兵でも、ポーシュボスの寄生を避ける事は出来ない。
「そこまでの悪でないのなら。悪になり切れないのなら。残る手は1つしかない」
 それはポーシュボスに寄生されながら、身体がポーシュボス化されようとも戦うと言うもの。
「この場合は、とにかく正気を保ち続けないと」
 どんな事になっても、自分であり続ける事だ。自分が自分である事を、自分を手放さない事だ。これもまた、言葉にする程、簡単なものではないだろう。
「例えば、そうだね……敢えて未練を残しておくとか? 帰る理由を強く思っておけば、自分を手放さないでいられるかもしれないよ?」
 所謂フラグにならない程度にね、などと真顔で茶化しておいて、ルシルはグリモアを浮かべる。
「それでも行くかい? 行くなら――絶対に帰って来るように」


泰月
 泰月(たいげつ)です。
 目を通して頂き、ありがとうございます。

 性善説の立場からすると、ポーシュボスの様な存在は人間の天敵と言えるのかもしれませんね。

 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、『アポカリプス・ランページ』の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
 戦場としては『アポカリプス・ランページ⑱』です。

 『邪悪ナる者』になる or ポーシュボス化してでも戦う。
 プレイングボーナスは、このどちらかになります。

 邪悪の方は『純粋な悪の存在』と言えるくらい悪にならないと、です。
 単に悪人ロールすれば良いってものではないです。

 ポーシュボス化して戦う、の方は寄生されるルートです。
 身体がどうにかなるかもしれません。心を強く持ってください的なやつです。

 どちらもボーナスと言いつつ難易度高くないですかね?
 まあそういうものと言う事で。

 新システムのオーバーロードは、使って頂いても構いません。
 真の姿になっても特にプレイングボーナスはつきませんが、今回のプレイングボーナスだと字数使いたい人は使いたいのではないかと思いますので。

 プレイング受付は9/19(日)8:30~でお願いします。
 オーバーロードを使って頂ける場合は、公開直後からどうぞ。
 9/20(月)の夜くらいまでは受付にしたいと思います。先着順ではなく、再送にならない範囲で書けるだけ採用、の予定です。

 ではでは、よろしければご参加下さい。
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第1章 集団戦 『ポーシュボス・フェノメノン』

POW   :    ポーシュボス・インクリーズ・フェノメノン
【ポーシュボスによる突撃】が命中した対象に対し、高威力高命中の【新たなポーシュボス】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    ポーシュボス・ナインアイズ・フェノメノン
自身の【全身の瞳】が輝く間、【戦場全てのポーシュボス・フェノメノン】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    ポーシュボス・デスストーム・フェノメノン
【オブリビオン・ストームの回転】によって【新たなポーシュボス】を発生させ、自身からレベルm半径内の味方全員の負傷を回復し、再行動させる。

イラスト:爪尾

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鵜飼・章
僕の極悪ぶりはご存知の通りだ
今日はどうやってこの空気を壊そうかな
なんてね
普通にやります

UC使用
早業で敵を解体する
何が起きたか誰にも判らないだろう
一秒で百体位いけるかな
きみたちの人数が持つか心配だ

人を殺せる殺せないの境界は
躊躇わずやれるかの一点に尽きる
僕にとって人の命を摘み取る事は
庭の雑草をむしるのと特に変わらない
今回の件を聞いた時も
なんて簡単な依頼だと思ったよ

肉を斬る感触
響く断末魔
生物が動きを止める瞬間
常人には耐え難いらしいけど

皆が躊躇う気持ちか解らないから
世界は僕を猟兵に選んだ
恐らくきみみたいな子を殺す為だけにね
世界くんも悪い子だ

だから僕は
世界が滅ぶ瞬間も見てみたい
きみたちがいつも無能で残念



●人間になりたい彼が越えている境界
 無数のポーシュボスが蠢く上に、鴉の羽根がはらりと落ちて来る。と言っても、羽根一枚など軽い。すぐにポーシュボスの蠢動で舞い上げられるだろう。
 その前に、誰かの靴底が羽根ごとポーシュボスを踏みつけた。
「誰ダ」
「誰でモいイ、殺シてクれ」
「イいエ、駄目、逃ゲて!」
 誰かに気づいて、ポーシュボスがざわめき出す。ポーシュボスに寄生された、誰か達の残滓の声が発せられる。
「マた――ポーシュボスが増エてシまウ!」
 新たな生命体の気配に、寄生せんとポーシュボスが蠢く。シュルンッと伸びるのは、触腕の様なものか。
 しかしそれは、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)に届きはしなかった。
「――エ?」
 章の足元に、細切れになったポーシュボスの残骸が落ちる。
「ふぅん?」
 蛇が鎌首をもたげる様にせり上がったポーシュボスが、章の背中で、再び残骸となってバラバラと落ちていく。
「きみ、何なんだい? 虫でもない。魚でもない。鳥でもない。獣でもない。勿論、人間でもない。うん、少しだけ面白い、かもしれない」
 解体用の黒鉈『羅生門』から感じた未知の手応えに、章は自らポーシュボスに向かっていく。
 初めて見た虫を追う少年の様な足取りで。
「今日はどうやって空気を壊そうかな――なんて冗談でも言おうかと思っていたけど、普通にやろう。もっと良く見てみたくなったし」
 章が近づけば、ポーシュボスがバラバラになる。
「っっ!?!?!?!?!?!?」
「ッ!!!!!!!!!!!!!」
 寄生する間もなく解体され続けたポーシュボスが、2つの意志にざわめいた。
 1つはコイツはポーシュボスを殺せるのか、殺してくれるのかと言う歓喜の意志。
 そしてもう1つは、寄生する間もなく殺されるのかという恐怖の意志。
 二つの意志が綯交ぜになって、ポーシュボスが黄金の眼球を輝かせる。
「静かにしてくれない?」
「っ!!!???」
 輝く眼球が幾つか、章の掌中でグシャリと握り潰された。他の眼球も、既に嵌るべきポーシュボスの身体がなくなって、抉り落とされている。
「うん。きみたちに慣れてきたよ。一秒で百体位いけるかな? きみたちの人数が持つか心配だ」
 慣れたと言うだけあって、章のポーシュボス解体速度が増している。細胞まで見ようと言うくらいに細切れになったポーシュボスの残骸が、一呼吸の間に増えていく。

 解剖実習――サイエンスフィクション。
 肉を切り開き、骨を断ち、皮を剥ぎ、更に肉を切り開き、臓物があれば取り除いて別々に切り開いて。最後には大抵細切れになる。
 相手が生きていようが死んでようがお構いなしに、約0.009秒程の僅かな間に行い切るに至った埒外の解体技法。

「やっぱり簡単な依頼だったな」
 さして残念でもなさそうに言った章の足元に、解体された残骸が散らばっていく。
 結局、最初に話を聞いた時に思った通りだった。
「僕にとって人の命を摘み取る事は、庭の雑草をむしるのと特に変わらないんだ」
 ポーシュボスの謎の肉を切り、悲鳴を聞き流し、謎の体液を浴びても構わずに。章は草むしりの様な気軽さで、ポーシュボスを増殖させず、解体と言う現象を齎せる。
「人を殺せるか、殺せないか。その境界は躊躇わずやれるかの一点に尽きる」
 つまるところ、章はもう境界を越えているのだ。
 肉を斬る感触。響く断末魔。血飛沫の匂い。熱が消えていく身体。生物が動きを止める瞬間。常人ならば耐え難いらしい何れも、章はもう躊躇わない。
 いつから、そう、なのだろう。
 けれど、だからだろう。ポーシュボスに寄生されずにいられるのは。
「僕には、皆が躊躇う気持ちが、解らない。だから世界は、僕みたいなのを猟兵に選んだんだろうね。恐らく、きみみたいな子を殺す為だけにね」
 世界の意志があるかなんて、きっと誰にもわからない。
 だけどもし、そうなのだとしたら。
「僕の極悪は今更だけど、世界くんも悪い子だ。だから僕は、世界が滅ぶ瞬間も見てみたいんだけどね――きみたちがいつも無能で残念」
 きっと叶わない。叶わない方が良いのだろう。頭でわかっていて捨てられない願望を吐露して、淋しげに微笑む。
「さようなら」
 章の周りから、ポーシュボスは欠片も残せず消えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
…悪になんてなれませんよ。
ポーシュボスと化した方々のことを思うだけで胸が痛むというのに。
だからわたくしは、これ以上を生み出さないために戦います。
それだってわたくしがポーシュポスと化さないための立派な理由ですもの。

ただ、寄生は免れ得ないでしょう。
だからやることはシンプルに。
数が多いならまとめてなぎ払うに限ります。
――【神掃洗朱】。
詠唱は短くていいから発動速度を優先に。
細かく角度を変えながら斬り払うことで殲滅していきましょう。

この器がどこまで持つかは考えない。
どれだけ変成しようとも、斬撃という
破滅の終焉を差し出し続けます。
あなた達も、もう終わっていいんだって。
わたくしはそれを伝えに来たのですから。



●伝えたい事
 果たせなかった在り方を、なぞる。
 それでいいのか――まだわからない。
 人でも宿神でも、きっと誰もが、何かをなぞって生きている。

「……ええ、無理ですこれは。悪になんてなれませんよ」
 蠢くポーシュボスを目の前にして、穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)は二つの選択肢の片方を手放した。
 選べない。悪になると言う選択肢は。選べる筈もない。
 ポーシュボスと化した人々のことを思うだけで、胸が痛むというのに。
「ポーシュボス? ボくハ、ポーシュボス?」
「駄目ダ、来ルな」
「ポーシュボスは殺セなイ」
「殺シて、モう殺シてクれ」
 ポーシュボスから聞こえる様々な声色。寄生され、喰われた誰かの歪な残響。
 それらがもう、意志なき声だとしても、神楽耶には耳を塞ぐ事など出来ない。都市の守りを願われた太刀の宿神が、人々の声を聞かない事など筈がなかった。
 否が応でも聞いてしまう。聞こえてしまう。
「だからわたくしは、これ以上を生み出さないために戦います。あなた達に、破滅の終焉を与える為に戦います」
 蠢くポーシュボスを見据えて、神楽耶は太刀の柄に手をかけた。
「破滅はどこまでも追いかける」
 唱えて鞘走る白銀の刃は、神楽耶そのもの。かつて神体と祀られていた『結ノ太刀』から、黄色味を帯びた朱色の斬光が迸る。
 くすんだ黄赤に近いその色は、洗朱。色に宿した輝きは破滅の光。守りを願われながら守れなかった神刀に宿った滅びの因たる焔の力。

 ――神掃洗朱。

 神楽耶が振るった刃の先へ。真っすぐ伸びた斬光が、触れたポーシュボスを焦がし、ボロボロの炭屑へと変えていく。
「破滅はどこまでも追いかける」
 その結末を見届け切らずに、神楽耶は同じ言葉を唱えては、構え直した『結ノ太刀』を振り下ろす。縦に斬ったならば、次は横に。その次は袈裟懸けに。
 向きと角度を都度都度に変えて、神楽耶は500mは伸びる破滅の斬光を、何度も何度も放ち続ける。
 並の敵ならば、とっくに殲滅されているであろう苛烈な攻撃。
 されどポーシュボスは、まだ蠢いていた。流石に数は減っているようではあったが、全滅には程遠い。黒い風が吹けば新たなポーシュボスが生まれ、滅ぼしきれなかったポーシュボスは瞬時に再生してしまう。
「破滅はどこまでも――っ!」
 それでも、神楽耶は太刀を振るう手を止めなかった。
 効いていないわけではないのだ。斬撃という破滅の終焉は、届いてはいるのだ。太刀を手放す理由はない。

 ――例え、その腕に黄金の不気味な眼が増えていても。

 いつからだろう。いつの間に。
 神楽耶の人の身体は、既にポーシュボスの寄生が始まっていた。腕に、額に、足に。恐らくは服の下にも、ポーシュボスの眼は生まれている。
 白かった肌は、作り物染みた灰色になりつつあった。
「破滅はドこマでモ追いカけル」
 唱える声も、もう神楽耶の本来の声とは異なっている。見える部分のみならず、身体の内側にも寄生が及んでいるのだろう。
 一度始まってしまえば、ポーシュボスの変化は止まらない。神楽耶の人の器が、ポーシュボスに変えられていく。
「破滅はドこマでモ追いカけル」
 変わらないのは、神楽耶が振るう結ノ太刀と、そこから放たれる破滅の斬光のみ。
(「構いません。この器が、どれだけ変成しようとも」)
 所詮、誰の祈りも叶えられない成り損ないだ。誰かが願った神の似姿に過ぎない。果たせなかった願いを、願われた在り方をなぞる為の器だ。
 そんな自分を守るよりも、今は伝えたいものがある。差し出したい終焉がある。
「アなタ達モ、もウ終ワっテいイんダっテ。ワたクしハそレを伝エに――!」
 伝われ、届けと。
 神楽耶が振るう刃から、破滅の斬光は伸びていく。

 いつしか、歪な声は聞こえなくなっていた。
 神楽耶の身体に生えていた眼球も、消えている。ひとりで戦っていたけれど、他にも多くの猟兵が戦っていた。ポーシュボスは、全て倒されたのだ。
「まだ……わたくしは滅ぶ時ではないですか」
 疲れた声で呟いて、神楽耶は太刀を鞘に納めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白峰・歌音
ちまちまと削っても倒せない。それなら大火力で一気に吹き飛ばす!
敵の攻撃を【オーラ防御】でガードしつつ【受け流し】UCの詠唱を十分な威力が貯まるまで続けていって、頃合いで一気に吹き飛ばしてやるぜ!

……だんだん、オレに違和感を感じてくる。オレの腕ってこんなに長かったっけ?攻撃を受け流してるのか一緒にのたうち回ってるのか分からない。
オレは一人なのに、オレがいっぱい喋ってる気がする。タスケテ……
タス、ケテ?タスケテ……!オレは、飲み込まれた人を解放するために、助けるためにここにいるんだ!これ以上、お前に人を飲み込ませないために!!
「無くした記憶が叫んでる!絶望で形作られた現象を終わらせろと!!」



●聞き逃せない声
「開放(リベレイション)!」
 無数のポーシュボスが蠢く世界に、白峰・歌音(彷徨う渡り鳥のカノン・f23843)の声が響き渡る。
 紫と紅のオーラを纏い、ヒーロー<マギステック・カノン>に変身した歌音だが、ポーシュボスはそれでも、攻めあぐねる敵であった。
「誰、ダ」
「ヤめロ、来るナ」
「皆ポーシュボスにナっテしマうノ」
 辛うじて元の性別が推察できる声が、ひとつひとつ別の声色で、蠢くポーシュボスから聞こえて来る。その声は、どこが発しているのか。
 そもそも、どこまでが1体ポーシュボスなのかも、判然としない。
「……小技でちまちまと削っても倒せないな」
 その数にどう戦うべきか。
「なら、大火力で一気に吹き飛ばす!」
 歌音が選んだのは、初手に最大火力の一撃を叩き込むと言うシンプルなもの。

「姦し春乙女 情熱の夏乙女 華やかな秋乙女 憂いし冬乙女 四季の風乙女集いて」
 詠い唱えるは、風の乙女を喚ぶ詞。
「舞い踊る 舞い踊る」
 春夏秋冬。季節は巡る。
「舞い踊る 舞い踊る」
 季節が巡れば風も変わる。風は吹き続ける。
 故にこの詠唱に、際限はない。舞い踊ると唱え続ければ、季節と風が巡り、風乙女達はどこまででも舞い踊ってくれる。
(「まだだ、まだ、こんなもんじゃ足りない――!」)
 それでも、2、3巡程度では、ポーシュボスを倒し切るには足り得ない。
 そう踏んだ歌音は、風の詞を唱え続ける。
 その間、ポーシュボスが黙っている筈がない。
「やっぱ来たかっ!」
 ビュンッと鞭の様に身体をしならせて来たポーシュボスを、歌音はオーラの盾で、止めるのではなく受け流す。寄生せんと飛び掛かって来るポーシュボスを受け流し続ける。
 受け流し続けていると――受け流せていると――歌音は思っていた。

 最初に気づいたのは、ほんの小さな違和感。
 オーラの盾が小さくなった様な感覚。だが、違う。小さくなったのではない。遠くなったのだ。
「オレの腕ってこんなに長かったっけ?」
 いつの間にか、歌音の腕はグネグネと曲がりくねっていた。
(「何なんだ、この、オレに感じる違和感は!」)
 自分の身体なのに、どうなっているのか自分でわからなくなっていた。オーラの盾はまだあるが――ポーシュボスの攻撃は防げているのだろうか。
(「オレは攻撃を受け流せてるのか? 一緒にのたうち回ってるだけなのか?」)
 オレとは――誰だった?
「嗚呼、ヤはリこウなッてシまッた!」
「マたポーシュボスが増エてシまウなンて!」
「ポーシュボスは倒セなイのカ」
 ポーシュボスの群れから聞こえていた筈の声が、近くから聞こえるのは何故?
「オレは一人ナのニ、オレがイっパい喋っテる気ガすル」
 呆然と呟く歌音の声も、本来の声から変わってしまっている。
「タすケて……」
 思わず歌音の口をついて出た言葉。
 ヒーローとして戦っている間では、決して言えなかったであろう言葉。
「ソうダ、助ケてクれ」
「たスけテ、誰カ……」
 歌音のその言葉に、ポーシュボスの中の誰かの残滓が呼応した。
「タス、ケテ?」
 その言葉が自分のものではないと、薄れゆく意識の中でも、歌音はそれだけははっきりと感じていた。
 ――それは、ヒーローを名乗るなら『絶対に』聞き逃せない言葉。

 歌音には、アリスとして召喚される以前の記憶がない。
 それでも、オウガが世界を荒らす事に怒り、オウガからアリスの世界を守るために戦って来た。アリス以外の世界も渡り歩いてきた。
「オレは、飲み込まれた人を解放するために、助けるためにここにいるんだ! これ以上、お前に人を飲み込ませないために!!」
 誰かを助けるために――それは今日も変わらない筈だ。
「無くした記憶が叫んでる! 絶望で形作られた現象を終わらせろと!!」
 寄生されたまま、歌音は僅かに自分を取り戻す。
「舞い踊る 舞い踊る」
 途絶えた詠唱を繋げた歌音の前に、風が集い、渦を巻く。
「四季乙女達の輪舞! フォーブリーズ・ロンド・サイクロン!」
 四季の風を束ねて、重ねて。何度も何度も舞わせて、勢いを高めた四季の暴風が、蠢くポーシュボスを悉く吹き飛ばした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜刀神・鏡介
人を取り込み、自らと同一化しようとする存在……
こいつ、他のフィールド・オブ・ナインより格段に危なくないか?
正直倒すのも一苦労だろうが、逃がすわけにもいかないよな

自身が完璧な善人だとは言えないが、流石に邪悪な存在って事もない……と思いたい
奴を倒すには、ポーシュボスの寄生を敢えて受け入れるしかなさそうだ

寄生を受け入れた後、神刀の封印を解除して清浄なる神気を身に纏う
浄化と破魔の力によって、侵蝕を押し止める……足りないなら、銀の羽根を自分に突き刺して、その痛みによって無理にでも意識を保つ

寄生に耐えつつ少しずつ緋色の神気を練り上げて無数の刀を生成
陸の秘剣【緋洸閃】を発動し、刀の雨でポーシュボスを攻撃



●無涯無仭にて現象を斬る
 夜刀神・鏡介(道を探す者・f28122)が転移した時には、先行した猟兵達とポーシュボスの戦いが既に始まっていた。
「まだこんなにいるのか」
 ポーシュボスに寄生され、それでも戦っていると思しき猟兵達の姿が見える。
 けれど、そこに加勢するような余裕は、鏡介にもなさそうだ。
「まタ人間ガ来タ」
「増えテしマう、ポーシュボスが、増エてシまウ」
「ポーシュボスハ止メらレなイ」
 鏡介の周りにも、新たな生命体の出現を感じたポーシュボスが、既に群がり始めているのだから。
「ッ!!!!」
「ふっ!」
 突進なのか、腕の様なものを伸ばして来たのか。それすらも良くわからないポーシュボスの攻撃を、鏡介は鞘走らせた鉄刀【無銘】で斬り落とす。
 だが――斬った際に飛び散ったポーシュボスの断片が、袖の隙間から入り込んで、鏡介の右腕に取り付いていた。
「……人を取り込み、自らと同一化しようとする存在……こう言う事か」
 自分の中に何かが入り込んでくる異質な感覚に、鏡介は思わず歯を食いしばる。
「こいつ、他のフィールド・オブ・ナインより格段に危ないな」
 その予感は、鏡介がここに転移する前からあった。
 数人の猟兵が文字通り身体を張って戦っていて、それでも止め切れていない現実を前にして、予感は確信に変わる。
 だが――自分の身体で味わって初めて、その危険性を鏡介は正しく理解した。
「倒すのも一苦労だが、逃がすわけにもいかないよな」
 決意を新たに、鏡介は鉄刀を鞘に納める。
 代わりに掴んだのは、白鞘に納めた刀。
 其は森羅万象の悉くを斬る刃。されど、因果と法則を越え『真に斬ると決めたもの』のみを断つ劔――神刀『無仭』、抜刀。

 無仭の鍔元から、炎の様な緋色の気が立ち昇る。
 鏡介が神気と呼ぶ、神刀から溢れる力の一端。柄を握る拳から伝わるそれは、腕に寄生したポーシュボスの浸食を僅かながら和らげる。
「ソの剣ハ、ポーシュボスを斬レる?」
「そンな筈ガなイそンな筈ガなイ」
「イいヤ斬っテくレ」
 ポーシュボスとしての敵意と、寄生され喰われた人々の終わりを望む意志が入り混ざって、ポーシュボスが瞳を輝かせて鏡介に群がって来る。
 全周囲から迫るポーシュボス。避ける隙間など見当たらない物量攻撃に、鏡介はその場で無仭を構えただけだった。
 寄生されるのは、覚悟していた。
「流石に邪悪な存在って事もない……と思いたいしな」
 完璧な善人だとは言えない。
 けれども、ポーシュボスの寄生を免れるような邪悪にもなれないから。
「神刀解放」
 白鞘に張られた符が、ハラリと落ちる。
 無仭から解放された神気の、清浄なる力が鏡介の全身に広がる。魔術干渉と状態異常を弱める力が、破魔と浄化の域に高められる。
(「足りるか――?」)
 またポーシュボスの浸食が弱まるのを感じるが、ポーシュボスは全身の瞳を輝かせ続けて、次々と寄生してくる。
「足りナいカ。なラ――」
 喉まで寄生が及んだところで、鏡介は一片の銀羽根を掴んだ。自分に突き刺し、痛みと、純銀製ゆえの強い魔除けの性質で、ポーシュボスに対抗せんと、左腕を高く掲げる。
「――?」
 そして、気づいた。左腕だけ軽い事に。
「……ああ、そうか」
 鏡介の左腕は、見た目こそ普通の腕であるが、もう普通の腕ではない。半ば「神器化」しつつある。そこには神刀の力が断片的に宿っている。
 それ故に、ポーシュボスの寄生も左腕には及んでいない。
 ――ならば。
 鏡介が無仭を左に持ち替えれば、断片と本体が合わさり、無仭の鍔元から溢れる緋色の神気が、轟轟と立ち昇る。鏡介は寄生に耐えて、神気を練り上げて行く。
 既にこの戦いは、剣と剣の勝負と言った次元のものではない。喰うか喰われるか。ポーシュボスと『選ばれし者』の、生存競争だ。

「斬り穿て、千の刃――陸の秘剣【緋洸閃】」

 無仭の刃から、練り上げた神気が溢れた。
 神気の緋色の輝きが、無数の緋色の刀となって戦場を飛び交う。その刀はいわば、無仭が創りし無仭の分身。
 無仭が『斬ると決めた』ポーシュボスが、その刃に抗える筈がない。
 緋色の刀がポーシュボスを次々と斬り裂いて、貫き穿ち、大地に縫い留め、蹂躙していく。鏡介に寄生したポーシュボスすらも。
「……結構、際どかったな」
 蠢くポーシュボスが周囲にいなくなったのを確かめ、鏡介は自由になった右手で、無仭を白鞘に納めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガロウ・サンチェス
ああん?なんだこの海産物みてーなヤツは。
さっきから耳元で小難しい問答を囁いてたのは、オメーだったのか?
安心したぜ、俺の独り言じゃなかったんだな。

ヤロウがそれなりにヤバい奴だってのは俺にもわかる。
昔唱えさせられた念仏を、《多重詠唱》で一心不乱に唱え続けるぜ
同時に【ゲージ溜め】を発動、大連珠をジャリジャリ鳴らしつつ
《力溜め》で覇気を強化させ、攻撃への布石を整える。
何が善で何が悪かなんて、人間にわかるワケねーだろ。
それがわかんのは、仏だけだぜ。
ポーシュボスに寄生されんのは仕方ねえ、破戒僧だからな。
けどよ、このヘドロヤローを殴る力ぐらいは、仏様だって
貸してくれるはずだぜ。《捨て身の一撃》食らいやがれ!



●戒を破りし漢の拳
「ポーシュボスは殺セなイ」
「ポーシュボスは『善』ヲ喰らウ」
「ポーシュボスを殺セる悪ハいナいノか」
 ぐねぐねうねうね蠢き、ざわめくポーシュボス。
「ああん? なんだこの海産物みてーなヤツは」
 外宇宙からの邪神とも言われる存在を、ガロウ・サンチェス(人間のゴッドハンド・f24634)は海産物みたいと称していた。
 まあ、巨大なヒトデかイソギンチャクのように見えなくもないかもしれない。
「食っても美味くはなさそーだな」
 吐き捨てるように告げて、ガロウは足元に這いよっていたポーシュボスの一端を踏みつける。グリグリと踏み潰すが、ちぎった先が靴に絡みついてくる。
「このヤロウ、埒が明かねーな」
 それを引きちぎって踏み潰しても、また踏み潰した先が靴に絡みついてくる。
「ま、それなりにヤバい奴だってのが、良ーくわかるぜ」
 ポーシュボスをどうにかするのを諦めて、ガロウは全身に覇気を纏った。
「フゥゥゥゥゥゥ――」
 軽く足を開いて腰を落とし、深く深く、腹腔まで空気を吸い込む。
 空気と共に気を溜める。上丹田から下丹田に。
 ガロウの中にパワーが、少しずつ溜まって行く。

 足に絡みついたポーシュボスの寄生は、既に始まっている。
 それ以外にも、ガロウ1人呑み込むには充分すぎる程のポーシュボスの群れもいる。
「ソれナりニ、やバい?」
「ポーシュボスが、ソれナり?」
「何ナのダ、こイつハ」
 それなのに、焦りの色も見せずに深い呼吸を繰り返し、己の中に力を溜めるガロウの姿は、ポーシュボスにとっても意外だったようだ。
 何故、ガロウはここまで落ち着いていられるのだろう。
「マさカまサか……悪ナのカ!」
「嗚呼、ソうカ。だカらポーシュボスを恐レてイなイ」
 閃いた可能性に、ポーシュボスが大きくざわつく。
「ナらバ何故、こノ男は寄生サれテいルのダ!」
「やハり悪デはナいノか」
「マだワかラなイ」
「ポーシュボスを殺セるモのダけガ悪ダ」
「オメーなぁ? ごちゃごちゃとうるせーぞ!」
 ざわつくポーシュボスを、ガロウが一喝した。
「さっきから小難しい問答をごちゃごちゃと。ついに耳元でも囁いて来やがって、うるせーったらありゃしねー」
 寄生が進んだ証すらも、ガロウはうるさいと一蹴する。額にポーシュボスと同じ瞳が生えているのは、気づいているのかいないのか。
「まあ、おかげで俺の独り言じゃなカっタっテわカっテ、安心シたゼ」
 途中から声が変わっても、ガロウはニヤリと笑ってみせた。
「悪ダの善ダの。何ガ善デ何ガ悪カなンて、人間ニわカるワケねーダろ。ソれガわカんノは、仏ダけダぜ」
 これが、ガロウなのだろう。
 ガロウが如何にして破戒僧となったのかは定かではないが、かつて大規模な寺院の僧兵団を仕切っていた経験は、伊達ではない。
「仏ヲ知ラねーカ? ダったラ、経ヲ唱えテやラぁ」
 ガロウは右の拳を握ったまま、左手でジャリジャリと大連珠を鳴らす。
「観自在菩薩行深 般若波羅蜜多時照見五 蘊皆空度一切苦厄舎利子」
 そして、経を唱えだした。
(「覚えてるもんだな」)
 唱えてみれば詰まる事無く口から出て来る経に、ガロウ自身が内心驚く。
 まだ僧兵だった昔、毎日唱えさせられたが、こんなにも一心不乱に唱えるのは、小僧の頃以来かもしれない。
 されど。唱える声は音すら歪み、指のなくなった左手から大連珠が零れ落ちる。
(「ヤロウに寄生されんのは仕方ねえ、破戒僧だからな」)
 自分もそれなりにヤバい事になる覚悟は、出来ていた。
 まだ無事な右の拳を、ガロウは力強く握り締める。
(「けどよ、久々にちゃんと唱えてんだ。このヘドロヤローを殴る力ぐらい、貸してくれるはずだよなぁ、仏様!」)
 ガロウの覇気が、猛々しく燃え上がる。
 それは仏様の慈悲か、それともガロウの強固な意志の成せる業か。
 黒くパワーのゲージと言うものがあるのなら、3本分は溜めたであろう力の全てを、ただ一つの拳に込めて。
「食ラいヤがレ!」
 ガロウが突いた拳から、覇気が拳となって迸る。覇気の拳は、人の拳の間合いなどお構いなしに、ガロウの眼前のポーシュボスを纏めて叩き潰した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

レテ・ラピエサージュ
わたしはナビゲーターです
強く気持ちを握りしめポーシュボスを受け入れます

皆様…PLヲ冒険…ゲームに導き
円滑なル運営ヲ遂行スるAIプログラムでアり
時に運営者ガこのアバターで違反者の厳罰ヲ行いまス

ああ…わたしが摩耗していく
でも摩耗する『わたし』とは?
所詮はプログラム
容易く人の介入を受け従います


他ユーザーへの迷惑行為はアカウント抹消
以上
己の悪の概念の狭さに戸惑いつつ
勝手に動く腕がひよこさんを殴ろうとする
(悲鳴に自我が戻る)

…!ごめんなさいっ
大切な友達になんてこと…
寄生されるのは善があるから
そう
濃淡関係なく縁ある人の未来の幸いを祈る
出自が「はじめに逢うNPC」だから

抗うようにポーシュボスへ銀剣を投げる



●意志の在処
「これは高難易度レイドイベントですね」
 蠢くポーシュボスの群れを見たレテ・ラピエサージュ(忘却ノスタルジア・f18606)の第一声が、それだった。
 ついついしてしまうゲームな思考は、レテがMMOゲーム『忘却ノスタルジア』のナビゲーターNPCであった頃の名残。
 そのゲームの中で、レテはノービスのサポート役と、違反者に厳罰を与える役と言う2つの顔を持っていた。
 だから、レテは戦える。
「他のみなさんのイベントは開始している模様。バックアップしましょう」
 星をちりばめた様なマントをレテが音もなく翻せば、夥しい数の銀のナイフが周囲の全てのポーシュボスに向かって放たれた。
「なニ? ナにカが刺サっタ?」
「ナいフだ。スごイ数」
「痛いケど、コれデはタりナい」
 歪んだ声を上げるポーシュボスに、レテは再びマントを翻し、銀のナイフを放つ。
 だが、銀のナイフに痛痒を感じた風もなく、ポーシュボスは次々と身体とも触腕ともつかないものを伸ばし続けて来た。
「くっ!」
 次第にレテから余裕がなくなり――ついにその腕に、ポーシュボスが絡みついた。

(「やはりこうなりましたか」)
 白いアームカバーの下から腕に生まれた不気味な眼球を見下ろし、レテは淡々と胸中で呟いていた。
(「わたしはナビゲーター。慌てふためく様なプログラムはされていない筈」)
 ナビゲーターとしての矜持。その気持ちを強く強く、レテは握り締める。
 されど――レテの拠り所は、そこなのか。
 今はもうないMMOしかないのか。
 レテを構成する中で最も多い白が、ポーシュボスの黒に塗り潰されていく。
(「ああ……わたしが摩耗していく。でも摩耗する『わたし』とは?」)
 止まらない寄生を自覚し、レテの中に自己への迷いが生じる。
 始まりは、誰かの作った人工無能プログラム。人の介入を拒むようには、設計されていない。ポーシュボスの様な存在ですら、容易く受け入れてしまうのか。
「ワたシはナびゲーター。皆様……PLヲ冒険……ゲームに導き、円滑なル運営ヲ遂行スるAIプログラムでアり、時に運営者ガこのアバターで違反者の厳罰ヲ行いまス」
 自分を保とうと発した声は、ポーシュボス同様に歪み、砂嵐の様な雑音すら混ざるようになっていた。
(「これではダメ! ……だけど、どうしたら!」)
 解決策が見つからない。
 悪になるという選択肢は、レテには選びようがない。

 ――他ユーザーへの迷惑行為はアカウント抹消。

 レテの中には、悪の定義がこの1つしかないのだ。違反者に厳罰を与えるNPCに、他の悪の定義など必要なかった。仕方がない。
 彼女の意志は“正義を為す”モノへと至れたけれど、だからこそ、抹消する側が抹消される側になんて、なれる筈がない。そんな矛盾が、成立する筈がない。
(「どうして、『彼』はわたしに他の悪の概念を入力してくれなかったの」)
 戸惑うあまり噴き出す、今は亡き製作者への想い。
 そうしている内に、レテの両腕は完全に真っ黒になって幾つもの眼球が生えていた。レテの意志に反して、両腕が持ち上がる。狙っているのは、レテの頭上。
 ――ぴよぴよぴー!
 耳にタコができる程聞いた危険信号と共に、レテの脳天に小さな痛みが走った。
 ひよこさんの小さな小さな嘴が、レテの頭を突いた痛み。
「いったぁぁぁぁぁぁぁい!?」
 思わず上がった声は、レテの声に戻っていた。
「……あれ? ……! ごめんなさいっ!」
 我に返ったレテは、制御を取り戻した歪な腕で、ひよこさんをそっと抱えた。
「大切な友達になんてこ、と……?」
 レテの胸に去来する申し訳なさと――違和感。
「今、わたしはなんて?」
 レテは、濃淡関係なく縁ある人の未来の幸いを祈る、誰もが『はじめに逢うNPC』としても設定されていた。それは『彼』の願いだったのだろうか。
 だけど――だとしたら。
 濃淡関係ないのなら、あらゆる『縁』は、レテにとって平等でなければならない。
 大切な友達、という特別な関係を表す言葉は、出て来ない筈ではないか。
 自分が消えそうな中で、僅かに戻った自我で発した言葉は、どうしようもなくレテ自身の意志ではないか。
 今はもうないMMOでもなく、今は亡き『彼』でもない。
 今ここにある、レテの抗う場所だ。
「ひよこさんには、寄生させない!」
 黒くなったマントでも、翻せば銀剣はまだ、放てる。
 レテは抗い続けた。他の猟兵達も戦った成果が繋がり、ポーシュボスが消えるまで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

待鳥・鎬
杞柳、一気にけりをつけるよ

UC発動
効果範囲を最大にするため、翼で上空へ【空中浮遊】
絶え間なく発動し続ける
範囲内のポーシュボス全て……塵も芥も残さず、全部灼き尽くしてやる!
そして、その対象は僕自身も例外じゃない
自分の中に「敵」が巣食えば、自動的にそれを灼き切って進む

……まだ完全に飲まれてない命があれば、或いは一人でも一匹でも……いや、今は考えるな
ただ僕を信じてくれる相棒のことだけを想って、【狂気に耐】えるんだ

灼光の痛みと治癒光の繰り返しは、自分の中の相棒を意識させてくれる
杞柳を巻き込む不安、居てくれる心強さ
僕が僕でなくなれば、今この内にいる相棒まで飲まれてしまう
そんなこと、絶っ……対に許さない!



●共に在るという楔
「杞柳、一気にけりをつけるよ」
 ポーシュボスが蠢く地に転移で辿り着くなり、待鳥・鎬(草径の探究者・f25865)は使い魔の杞柳をその身に宿した。
 背中に現れた柔らかな翼を広げ、鎬は空高くに舞い上がる。
 何度か、鎬の視界に紅が過っていた。杞柳が季節の移ろいを感じていたのか、雪色の翼はその中に、仄かな紅が混ざっているのだ。
 けれどこの世界では、このままでは、ここには季節の移ろいなど訪れまい。
 ポーシュボスの様な存在が蠢いていては。

「星降る夜の思い出話を」

 鎬の背中の杞柳の翼が光に包まれる。仄かな紅が混ざった光は小さな粒子となって、空に広がっていく。重力に引かれる星の様に、光の粒子は天から地へと落ちていく。
「ア、あレは、何ダ」
「空ガ輝イてイる?」
 空から降りくる輝きに、ポーシュボスの群れが気づいた。
 ギョロリと。幾つもある不気味な眼球が、空に向けられる。降り注ぐ光がその上に落ちた瞬間、ジュゥッと音を立てて、ポーシュボスの瞳が溶けた。
「アぁアぁァぁァぁアぁァあッ!?」
「何ダ……あツい」
「コれ、ハ、ポーシュボスが灼ケてイる?」
 瞳だけではない。鎬が降らせる光に打たれたポーシュボスの身体が灼かれ、ジュゥと音を立てて溶けていく。
 流石に身体が溶けては、ポーシュボスもざわめき、のたうち回った。
 ――光雨。
 鎬の翼が湛える光は、聖なる力を持つ。雨と降り注げば、魔や怪異に属する存在――杞柳の敵を灼く光の雨となる。
「届カなイ、届カなイゾ」
「光ガ、光ガ遠イいィぃィっ」
 灼かれてのたうち回りながらも、その輝きに焦がれる様に、ポーシュボスは身体とも触手ともつかぬモノを伸ばして来る。けれどもその全ては、鎬に届く前に、光に灼かれて溶けていく。
「溶ケる、ポーシュボスが!」
「飛べルなンて、羨マしイ」
「ポーシュボスも飛ベれバいイのニ」
 翼を持った鎬に対する羨望。その羨ましさが、ポーシュボスに変化をもたらした。
「違ウ、違ウぞ」
「嗚呼、ポーシュボスは鳥モ喰ッてイた」
 蛹から羽化するように。ポーシュボスに、翼が生える。
 鳥の様な翼、蝙蝠とも竜ともつかぬ翼、昆虫の様な翅。今まで喰らって来た生物の持っていた翼を、自らの身体の一部を、ポーシュボスが翼に作り替えた。
「冗談だろう!?」
 浮かび上がって来たポーシュボスに、鎬が思わず目を見開く。
 だが、現実だ。飛ぶというより、ただ上昇したという程度だが。ポーシュボスは、空にも領域を広げて来た。
「スごイ、スごイ! 飛ベたネ!」
「ポーシュボス、飛ンでイるヨ」
 ポーシュボスの幼さを残した歪んだ声が、空に響く。
(「あんな幼い声の命まで……」)
 その声が、喰われた誰かの残滓に過ぎないのはわかっている。それでも鎬は、考えてしまった。探してしまった。
 まだ完全に飲まれてない命があれば、或いは一人でも一匹でも――と。
「ぐぁっ!」
 鎬の足首に届いたポーシュボスが、離すまいと力強く絡みついてきた。同時に、何かが鎬の中にズルリと入り込んでくる。

 ――こうなるのは、わかっていた事だ。
 邪悪になり寄生を免れるか、寄生されてでも戦うか。
 その二択は鎬にとって、選択肢にならない。
 鎬の本性は真鍮の薬匙。その名の通り、薬を盛り分けるなどに使われる、医者や薬師の道具だ。本人は何故か食器としても使えるという矜持もあるようだが、その本質は、人を救う事を生業とする者が使う器物なのは確かだ。
 故に、その本性が悪である筈がない。
 どれだけ血に塗れようとも、純粋な悪になどなれる筈がない。
 ポーシュボスが、その善性に気づかない筈がない。
 だから鎬は、杞柳を宿し、共に戦うのだ。

 足に絡みついたポーシュボスが、光にに灼き切られて離れていく。自らも灼かれるような痛みを噛み殺す鎬を、光の雨は同時に癒してもいた。
 それが、光雨のもう一つの力。鎬の望んだ相手を癒す、杞柳の加護。
 灼光の痛みと治癒光の暖かさが、鎬に意識させる。自分の中の杞柳の存在を、杞柳を巻き込む不安を、内に居てくれる心強さを。
「僕ガ僕デなクなレば、今コの内ニいル相棒マで飲マれテしマう。そんなこと、絶っ……対に許さない!」
 望めばいつでも宿ってくれる。信じてくれる杞柳の為に、鎬は翼の光を絶やさない。寄生されても光に灼かれ、光に癒され続ける。
「……塵も芥も残さず、全部灼き尽くしてやる!」
 ポーシュボスが消えるまで、鎬は翼に光を湛え続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リーヴァルディ・カーライル
…未練、未練ね。今さら言われるまでも無い
私は死なない。こんな場所で、死ぬわけにはいかない

"…人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を"

…闇に覆われた世界を救済する、その時まで…

故郷の世界を救う救世の誓いを強く意識する事で精神を浄化して敵の干渉に耐え、
大鎌に武器改造を施して変化した巨大剣の柄に嵐の闇に紛れ吸血鬼化を行い、
六種の「精霊結晶」と全魔力を溜め、UCを発動

…我が手に宿れ、原初の理。我に叛く万象悉くを浄滅せしめん

雲を衝き限界突破して長大な黒光の巨大刃を形成して怪力任せになぎ払い、
切断した対象を消滅させる混沌属性攻撃の斬撃波を放つ

…この一撃を手向けとする。消えなさい、邪神ポーシュボス



●闇の世界の救済者
「……未練、未練ね」
 蠢き、絡みつき。不気味な塔のように隆起しては解けて広がるポーシュボスを前に、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)は、例えばと伝え聞いた言葉を確かめるように反芻していた。
 その程度で良いのなら。
「今さら言われるまでも無いわね」
 リーヴァルディは蠢きながら迫りくるポーシュボスを見据え、手に馴染んだ大鎌『グリムリーパー』の柄を握り締めた。

「逃ゲて、早ク」
「ポーシュボスを武器デ斬れルもノか」
「マたポーシュボスが増エてシまウ」
「オまエもポーシュボスにナっテしマえ」
 相反する事を歪んだ声で言いながらポーシュボスが膨れ上がり、リーヴァルディに身体とも触腕ともつかない者を伸ばして来る。
 リーヴァルディは腕に絡みついてきた分だけをうざったそうに振り払い、グリムリーパーを掲げた。
「変われ、過去を刻むもの」
 リーヴァルディの意に応えて、グリムリーパーが形を変える。湾曲した刃の形はそのままに、細長い柄と垂直になるように位置と向きが変わっていく。
 巨大な剣と呼べる形状になったグリムリーパーを片手で掲げ、リーヴァルディは反対の手で掌に収まる宝石を取り出す。
 精霊結晶。自然の魔力を極限まで凝縮した、使い捨ての魔力結晶体。
「……六色の精霊の息吹と、我が血の魔力を以て、来たれよ混沌」
 リーヴァルディの背中から、血色の魔力が翼と広がる。自分の中にある吸血鬼の力を、限定的に具現化した証。
 血の魔力で増した怪力で、リーヴァルディは精霊結晶を握り砕いた。
 火水土風光闇。
 六種の精霊結晶全ての魔力が、グリムリーパーの柄へと宿っていく。
 これで、準備は整った。
「……我が手に、やど――ッ」
 しかしリーヴァルディの始めた最後の詠唱は、すぐに途切れてしまう。
 背中に感じる、今までの比では無いおぞましい感覚。血色の魔力が翼と放出される僅かな隙間から、ポーシュボスが入り込んでくる。

 リーヴァルディはかつて、猟兵達がダークセイヴァーと呼ぶ世界での戦い以外に肩入れする気はなかった。
 他の世界の戦いにも参じる様になったのは、いつからだったか。
 如何な心境の変化があったにせよ、戦う理由が変わったわけではない。
 流儀を曲げても、決して忘れ得ぬ誓いがある。

 ――人類に今一度の繁栄を。そして、この世界に救済を。

 聖女と天使から受け継いだ、託された誓いは、今もリーヴァルディの胸の中に。
「増エ続ケるポーシュボスこソが繁栄ダ」
「救っテくレ、わタしタちモ」
 だがそれ故に、リーヴァルディは、ポーシュボスの寄生を逃れられない。
 心を戦闘人格で覆っても。どれだけ過去を葬っていても。救済という善性は、ポーシュボスを引き付けてしまう。
「私ハ死ナなイ。こンな場所デ、死ヌわケにハいカなイ」
 ――闇に覆われた世界を救済する、その時まで。
 それでも、己の声を変えられるまで寄生されても、リーヴァルディは救世の誓いを手放そうとしなかった。
 むしろ手放すものかと、渡すものかと、強く強く、意識して握り締める。
 握る力に、その意志に。何度も手にして戦って来た黒い大鎌が応えた。
「……救っテく……ア?」
「ア……あア……」
「……」
 外から中から、ざわめいていたポーシュボスの声が、途絶える。
 それらはポーシュボスに喰われた誰かの、人としては死んでしまった者達の残滓。その多くは、恐らくはもう、終わりを望んでいた。
 そして、グリムリーパーは死者の想念を力と変える。
 遺志とグリムリーパーの特性が奇跡的に絡み合い、リーヴァルディの中に力となって流れ込んでくる。
「過去がっ、私の中に、入って来ないで」
 先ほどよりも大きく、血色の翼を羽撃たかせ。戻った魔力で、リーヴァルディは己の中のポーシュボスを追いやった。
 勝機は僅か。再びの寄生を、許すわけにはいかない。
「……我が手に宿れ、原初の理。我に叛く万象悉くを浄滅せしめん」
 六属性の魔力と血色の魔力が混ざり合い、生じるは混沌属性。形を変えたグリムリーパーから、混沌の黒光が立ち昇る。
 限定解放・血の混沌――リミテッド・ブラッドカオス。
「この一撃を手向けとする。……消えなさい、邪神ポーシュボス」
 昂る黒光の魔力の刃を掲げれば、黒風を穿ち、雲を衝く。
 長大な魔力の刃を、リーヴァルディは、ただ力任せに薙いだ。それだけでも、その斬撃は全てを消滅させる混沌の波濤となって、ポーシュボスを呑み込んでいく。
 黒光が消えた後、そこにはリーヴァルディだけが立っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シン・クレスケンス
人が怪物にナる・・・
ポーシュボスとなった人々の声が聞こえるようで一瞬顔を歪め。

UDCの一部を身に宿す僕も「狂気」に身を任せれば、UDCに呑まれて人では無いモノに成り果ててしまう。
今は理性と魔術で抑えてはいるけれど。

「おい、シン。何考えてる?いい加減不純物を混ぜるのは止めろ。お前を喰う時不味くなるだろ」
と、UDC(僕に取り憑いている当人)のツキは不機嫌そう。
「けれど、戦わなければ」
ポーシュボス化とUDCの力の一部解放(真の姿)。身体変化が混ざり合うと更に醜悪な姿ですね、と苦笑して。
「ポーシュボスにも貴方にも喰われる気はありませんよ」
僕は研究を完成させ、元の身体に戻らなくてはならないのだから。

【指定UC】を右腕に同化させポーシュボス達に攻撃。
状況で【範囲攻撃】も。
【オーラ防御(魔導書の加護)】
【激痛耐性】傷を負おうと攻撃の手は緩めない。
半UDC化している為、筋力、反射、跳躍等人間離れした動きが可能。
――
真の姿▼
主に身体の右側の変異。右腕が黒く変化し形、硬度等自在で武器化して戦う。右眼が金色に



●蒼炎のクレスケンス
 黒いナニカが、蠢き、絡み合っている。
「誰かイるゾ」
「逃ゲてクれ、ポーシュボスが増殖スる前ニ」
「もウ嫌ダ、増ヤさナいデくレ」
「ポーシュボスは止メらレなイ、無理ダ」
「ポーシュボスは増エ続ケるフぇノめノん」
「ダれカこノふェのメのンを終ワらセてクれ」
「不可能ダ。現象ヲ人ガ止メるナど、不可能ダ」
 壊れたレコードのように、音の調子が狂った歪んだ声を上げる、ポーシュボス。そのどこまでが1つのポーシュボスなのだろう。その中に、どれだけの人間が寄生されて、呑まれてしまったのだろう。

 ――自分が自分でなくなる。
 それは、とあるUDCに憑かれ、その一部を身体に宿すシン・クレスケンス(真理を探求する眼・f09866)にとって、決して他人事ではなかった。
 シン自身の理性と魔術にて、今はUDCの力を封じて抑えてはいる。
 だが、ひとたびUDCの『狂気』に身を任せてしまえば、シンはUDCに呑まれて、人では無いモノに成り果ててしまうだろう。
 そうならない為に、失われた送還の術を探す――それがシンの戦う理由。
 だからだろうか。
 ――もウ嫌ダ、増ヤさナいデくレ。
 ――ダれカこノふェのメのンを終ワらセてクれ。
 ポーシュボスがざわめき発する声の中で、終わりを望んでいる声が、特にシンの耳に残って離れないでいるのは。
「そうですよね。怪物になんかなりたくなかったんですよね……」
 自分も人ではないモノに成り果ててしまって、それでも自我があったなら。彼らのように声を上げずにはいられないだろう。
『おい、シン。何考えてる?』
 シンの呟きに、右隣から応える声があった。
『さっきの声でも気になったか? つまらん事を考えるな。アレと戦う気ならな』
 シンが歪ませた表情から察して、闇色の体毛を持つ巨狼が不機嫌そうに告げる。
 その四肢からは蒼い炎をいつになく滾らせ、牙を剥き出しにしてポーシュボスを睨みつけていた。
「それほどですか」
『それほどだ!』
 いつかシンを呑み込むかもしれないUDC――ツキをして、ポーシュボスはそこまで言わしめる存在か。
『よもや、俺と同じように抑えられるなどと考えてないだろうな? お前に魔術の素養があると言っても、アレは無理だ』
 ツキの四肢と胸元にある鎧具足の様なものは、枷と鎖にて対象の動きを封じるシキの神縛の魔術の応用にて生み出したもの。
 それで力を封じる事で、シキはツキを従えている。
 当のツキが、ポーシュボスには同じ事は出来ないと告げてくる。
「そうですか。けれど、戦わないと」
 だとしても、それはシンが戦わない理由にはならない。
「大丈夫です。封印で済まそうなんて、思っていませんから」
 それでは――あの残滓の声達は、救われないから。
 それに、シンとて勝算もなくこの場にいるわけではない。
「ツキ――予定通りに、あなたの力を一部解放します」
『……仕方ねえ』
 シンが指を一つ鳴らせば、ツキの四肢を覆う具足のひとつと胸元の鎧が鎖に戻って、シンの持つ古めかしく禍々しい魔導書の中に消えていった。
 そして、ツキの身体がシンの身体に吸い込まれていく。或いは、逆か――。

 ――今日は喰わないでおいてやる。

 そんな声が耳元で聞こえた気がした時には、シンの右腕はツキと同じ闇色の体毛に肩まで覆われていた。右眼だけ、ツキと同じ黄金に変わっている。
 ツキとの一体化という半UDC化が、超克――オーバーロードによるシンの真の姿。
 ダンッと地に足形を刻む程に力強く踏み込んで、シンは一瞬でポーシュボスの群れの上まで、跳躍した。
「ツキ」
『ああ!』
 振り下ろした右腕から、ツキが纏っていたのと同じ蒼の炎弾が放たれる。
「ア? 熱イ? アつイあツいアつイ!」
「コの炎ハ、ポーシュボスを燃ヤせルのカ!」
 ポーシュボスがのたうち回り、歪な声を上げた。
 一括りにUDCと言っても、ツキとポーシュボスはかなり異なる存在だろう。それでも、或いはだからこそか。ツキの蒼炎はポーシュボスに通じる。
 だが――。
「駄目ダ、動クなポーシュボス!」
「始マるゾ、ポーシュボス・ふェのメのンが!」
 ポーシュボスの身体にある幾つもの眼球が輝き、ポーシュボスが伸ばした身体とも触腕ともつかないものを、いくつもシンに伸ばして来た。
「くっ!」
 蒼炎で焼き払い、変異で得た身体能力で打ち払うが、数が多すぎる。今のシンの身体能力でも、完全には捌き切れない。その内の幾つかはシンに届いて身体を叩き、左腕に絡みついた。
 シンに、ポーシュボスが接触した。
 まだ人のそれのままだった左腕に、ポーシュボスと同じ眼球が生える。左腕も、黒く染まっていく。
「身体変化が混ざり合うと更に醜悪な姿になってそうですね」
『いい加減、不純物を混ぜるのは止めろ』
 鏡も見ずに苦笑するシンに、不機嫌そうなツキの声が脳裏で聞こえる。
『お前を喰う時不味くなるだろ』
「ポーシュボスにも貴方にも、喰われる気はありませんよ」
 ツキの声に返す言葉を口に出して、シンは闇色の右腕を前に出した。
 半UDC化でツキと一体化してもまだ、ポーシュボスを倒すには力が足りない。ならば重ねる力を増やすまでだ。
「混沌よ、我が命に従い、立ち塞がりしモノを断て!」

 異界の剣の召喚――サモン・ケイオスソード。

 未知の材質で創られた深い闇色の武器を召喚する業。
 ポーシュボスを倒せる武器を。シンの召喚に応えて、手の紋から展開された魔法陣から現れた形は――三日月(クレスケンス)。
「ツキ、同化を!」
『無茶を言ってくれる!』
 シンの右腕の先に現れたツキの頭部が、悪態を吐きながら、優に数mはあるだろう闇色の大弓に喰らいつく。それを確認し、シンは右腕を硬質化させた。
 半UDC化に異界の武器を合わせて、シンの右腕に生まれた闇色の武装。
 その形状は、さながらバリスタ――弩砲だ。
 シンが使い慣れた銃に近い射撃系武器になり得るものが召喚されたのは、決して偶然ではない。それがきっと、シンにとっての最適解。
 弩砲となった右腕を、シンはポーシュボスに向ける。
 蒼炎が三日月全体に広がり、やがて一点に集まっていく。
 その炎は、ツキの力。本来は狼の姿ではない、不定形のナニカ。隙あらばシンを喰らおうとしているUDCの力だ。
「ッ!!っ!!!!」
「ポーシュボスが、反応していますね」
『危機感ってとこか』
 何かを感じたか、ポーシュボスが再び変形し、瞳を輝かせ、伸ばした身体を鞭のようにしならせて、シンを打って来る。
 苛烈なポーシュボスの攻撃を微動だにせず耐えて、シンは蒼炎を溜め続けていた。

 何かに憑かれても自分を保ち続ける。
 手にした魔導書を『理解』してしまったあの日から、シンはずっとそうしてきた。踏み外せば自分が自分でなくなるタイトロープを、続けて来た。それは今も続いている。
 研究を完成させ、元の身体に戻るという、未だ見えないゴールまで。
 だから、シンはポーシュボスに寄生されたとて、動揺する事はなかった。打たれる内に寄生が進んで、左腕の形が変わり出そうとも。

「コれデどウでスか!」
 ついに変わった声を張り上げて。
 全力で溜めた魔力で矢と凝縮されたツキの蒼炎が、三日月から放たれる。
 蒼炎の矢はポーシュボスに突き刺さった瞬間に、爆ぜた。熱と光がどんどん膨れ上がって、周囲のポーシュボスも纏めて呑み込んでいく。
 炎の熱と光が和らぐと、シンの目の前から蠢くポーシュボスは、跡形もなく焼き尽くされていた。
「ヨし。ドんドん行きマしョう、ツき」
『そうだな。早く何とかしないと、その声は耳障りで仕方ねえ』
 これなら行けると確信して、シンはまだ残るポーシュボスを片付けに向かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黎・飛藍
前にも同じようなことを聞かれたな
悪だと今でも思ってはいるが……

この黒いの達は、元は誰かだったんだろう
他者にだろうが自分にだろうが、善いと思った事をしたならおそらく
やっぱり来たか
どいつもこいつも同じような見た目して
斬っても斬ってもキリがない

…何だか違和感あるなと思ったら、これは寄生されているのか
そりゃ、全部が同じになればもう誰も彼も間違えない
気まずく思うことも無い
同じなら…楽なんだよ
心を強く持てと言われても、楽な方に逃げたくなるのがヒトなんだ
このままこの黒いのと同じになってもいいかもしれない

だが、違いが分からないと辛いっていうのは自分が一番良く分かっている
なんとか帰る理由…見つけた

ぼんじりだ。この世の全てのぼんじりは俺のなんだよ
お前ら黒いのと同じになって仲良く食うとか断る
いや、鳥まで黒いのにするんだろ多分。ふざけるなそんなの絶対にお断りだからな

ぼんじりへの執着で正気を保って、【生の始めに暗く、死の終わりに冥し】で叩き斬る
善と悪。そうやって区別している限り、何時まで経っても終わらないんだよ



●まだらに映る世界の、生き方
 良きにつけ悪しきにつけ、ヒトは変わる。
 例え、映る世界はまだらのままで、変わらなくても。

「善か、悪か。確かに前にも同じようなことを訊かれたな」
 ――確か同じ声だったようなと、記憶を掘りながら、黎・飛藍(視界はまだらに世界を映す・f16744)は独り言ちていた。
 他者の顔が上手く判別できないとは、そう言う事だ。
 表情がわからないのはおろか、顔で覚えられない。鏡に映った自分すらわからないのだから。声や他の特徴でしか、飛藍は他人を覚えられない。
 それでも、判別できる他人は少しは増えた気がする。
 それはきっと――善い事なのだろう。
「悪だと今でも思ってはいるが……」
 続く適当な言葉が浮かばずに、歯切れ悪く言葉が途切れる。探している猶予もなさそうだ。飛藍の周りには、蠢き絡み合う歪な存在が集まってきていた。
「誰かガイるヨ」
「嗚呼、マたポーシュボスが見ツけテしマっタ」
「喰ラえル『善』ヲ見ツけテしマっタ」
 大人とも子供ともつかない、音の調子の外れた歪な声が、飛藍の四方から聞こえる。
「やっぱり来たか」
 集うポーシュボスを面倒くさそうに見まわして、飛藍は紅い和傘の柄を掴む。
「マたポーシュボスが増エてシまウ」
「始マるゾ――ふェのメのンが!」
 ポーシュボスが殺到すると同時に、飛藍は地を蹴って高く跳んだ。
「この黒いの達は、元は誰かだったんだろう」
 どこまでが1つのポーシュボスなのか。ここに何体のポーシュボスがいるのか。何人が喰われて、ここまでに至ったのか。
 ほとんど何もわからないポーシュボスの群れを見下ろして、飛藍は仕込み刀『時雨』をス和傘の中からスラリと抜いた。
「逃ガすカ」
「ポーシュボスかラは逃ゲらレなイ」
 捕えようとポーシュボスが伸ばしてきた何かに、飛藍は時雨を振るった。その刃が当たった瞬間、そこでポーシュボスが切断される。
 落下しながら刃を翻し、更に斬る。三度刃を翻し、斬る。
「斬ラれタ」
「斬るダけジゃダめダ」
 そこら中から響いてくる歪な声を無視して、飛藍は足元で蠢いているポーシュボスに『時雨』を振り下ろす。
 切断したポーシュボスを踏み台に跳び退り、ポーシュボスが蠢いていない荒れ地に飛び降りる。それでも、安心は出来ない。
「どいつもこいつも同じような見た目して」
 頭上から降って来たポーシュボスを横っ飛びに避けると同時に、避けた先のポーシュボシュを時雨で斬って、群体の中に進む隙間を強引に切り開く。
「っ!」
 そこを駆け抜けようとして、飛藍はその場で振り向きざまに時雨を振り上げた。
 背後に迫っていたポーシュボスが、飛藍の前で切断されて地に落ちる。
「斬ッてモ斬っテもキリがナいナ」
 呟いた言葉に、違和感。
 飛藍が喉元に手をやってみれば、そこにある筈のない眼球の感触があった。

 袖を捲ってみれば、腕にも幾つもの金の眼球が生えている。その周りの肌も、少し色が変わり始めていた。
「コれハ寄生サれテいルのカ」
 こうなるだろうという、予感はあった。
 今の自分では、ポーシュボスの寄生を免れることは出来ないと。
 悪だと今だと思っているのは、偽らざる飛藍の本心だ。
 けれども――いつか答えを求められ、ならば悪だと迷わず返したあの時から、幾ばくかの時が過ぎた。
 その時の中で、飛藍は幾つかの世界に行った。
 そこで人を助けたこともあった。自分の欲を満たしたこともあった。
 他者にだろうが自分にだろうが、善いと思った事をしたなら、それはポーシュボスに寄生される『善性』になるのではないかと言う、予感があった。
「ドうシたモんカな」
「どウすル事モ出来なイ!」
「寄生サれタらオしマいダ」
「全テがポーシュボスにナるシかナい」
 色が変わりゆく腕を眺めて呟いた飛藍に、歪んだ声が返って来る。それは周囲から聞こえているのか、寄生された身体から聞こえているのか。
 それすら良くわからなくなっているのは、耳にも寄生されたのだろうか。
「ソうダな」
 小さく頷きながら、まだ変わっていない手で時雨を握り締める。
「こノまマ黒イのト同ジにナっテも、悪クなイかモしレなイ」
 そう言いながら時雨を振るい、飛藍はポーシュボスを切断する。
「全部ガ同ジにナれバ、もウ誰モ彼モ間違エなイ」
 全てがポーシュボスになるのら、そこに個人の差がないのも同じだ。
 顔を覚えてないからと、気まずく思うこともない。
 多くの人が普通に出来ている事が出来ない事を、気にする必要もない。
「同ジなラ……楽ナんダよ」
 そんな呟きが、飛藍の口をついて出ていた。
「ソうダよ、コこハ楽ダ」
「ポーシュボスニなレ飢エる事もナい」
「過去ノ罪ヲ気ニすル事モなイ」
 肯定するようにざわめくポーシュボスに、頷いてしまいたいなる。心を強く持てと言われても、楽な方に逃げたくなるのがヒトだ。
 だとしても。
 楽な方に逃げるだけが、ヒトではない。
 飛藍の手はまだ、時雨を強く握って離そうとはしていなかった。
「違いが分からないと辛いっていうのは、自分が一番良く分かっている」
 鏡に映った自分すら、自分だと分からない。
 毎朝鏡に向かて、誰だと問いかける。
 そんな日々を乗り越えた今の飛藍と言う『個人』は、ポーシュボスの中に喰われて永遠に消えてしまうのだろう。
 例え望まれなくても忘れる気はないと、橋の上で答えた事もなくなってしまう。
(「それは、駄目だな」)
 そう、思えた。
 帰らなければならない。何に縋ってでも、帰らなければならない。
「……見つけた」
 記憶を探り見つけた、帰る理由。
 それは――。

「ボんジりダ」
「「「「「ハ?」」」」」」

 飛藍が口に出した言葉に、ポーシュボスから間の抜けた声が上がった。
「ボんジり……?」
「何ダそレは」
「ポーシュボスに対抗デきル悪ナのカ」
「何だオ前ら。ぼンじリを知らナいノか」
 ざわつくポーシュボス達を見上げて、飛藍は溜息を零す。
「ボんジりハ、特ニ美味い鳥肉だ」
 飛藍の言っているのは、鳥肉のぼんじりである。尻尾の付け根にある、一羽から僅かしか取れない希少部位である。
「ケど、オ前らニは食わセなイ。こノ世ノ全てのボんジりハ俺ノなンだヨ。お前ラ黒いノと同じニなッて仲良ク食ウとカ断ル」
 そうとまで言い切る程の、ぼんじりへの執着。
 飛藍が正気を保つ楔としたその根源は、言ってしまえば食欲だ。
 至極単純な欲。だがそれは、人間の三大欲求にも数えられる、人間が生きるのに必要不可欠な欲だ。
 それは、生きようとしている証と言い換えれるのではないか。

 飛藍は、これまでも、食べる事には時折、拘りや祝着を見せて来た。
 ある時は、ぼんじりへの執着で火山の暑さすら耐えてみせた。
 飛藍はずっと――少なくとも生きようとしてきた。そうして、生きてきた。

「何ヲ……何ヲ言ッてイる」
「鳥ナらポーシュボスも喰ッて来タ」
 困惑に蠢くポーシュボスにだって、欲はあるのだろう。
 けれどポーシュボスは、現象だ。
 寄生し、喰らって増殖する。無限に増え続ける。ポーシュボスだけが増える。ポーシュボスになって増え続けるだけだ。
 それは、ヒトが生きようとする欲とは、一線を画しているのではないか。
「オ前らノ喰ウっテのハ、鳥まデ黒いノにスるンだロ」
 そんな、生命としてのどん詰まりの様なポーシュボスに、飛藍は片手で時雨を構え切っ先を向ける。
「フざケるナ。そンなノ絶対ニお断リだカらナ」
 まだ動く片腕で時雨を振り下ろせば、ポーシュボスが切断された。
 ――生の始めに暗く、死の終わりに冥し。
 その業は、刃の切れ味にて斬るのではない。どれだけ刃が血で曇っていても、当たれば切断と言う事象を起こす業だ。
 だから、片手だろうと問題なくポーシュボスを斬る事が出来る。
「何故ダ? 何故まダ戦えル」
「ぼンじリなノか? ボんジりハ悪なノか?」
 困惑を深め、ポーシュボスがそこかしこで。
「善と悪。ソうヤっテ区別シてイる限り、何時まデ経ッてモ終ワらナいンだヨ」
 避ける事も忘れたように蠢くポーシュボスを、飛藍はこれまで以上の勢いで時雨を振るい、次々と切断していく。
「――トっトと失セろ」
 超克するでもなく、今の己のまま。ヒトとしての飛藍のまま。
 飛藍はポーシュボスが現象として終わるまで、抗い続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロバート・ブレイズ
貴様が善意の塊で在るならば、私は悪意の塊と成(し)て此処に顕現(あらわ)れよう――嗚呼、我が名を書き換えたならば断章、このグロテスクさを滅ぼす術はない。クカカッ!
完全なる邪神、そのものと化した己の根源こそは悪。人々に語られ、畏れられ、得た輪郭こそが悪なのだ。如何にして俺を冒涜し、否定するのか、教え給えよ現象(きさま)。
言辞と成すならば俺は『ロバート・ブレイズ』と称される現象(フェノメノン)だ、ぶくぶくと膨れ上がった負の感情を叩きつけるとしよう――増えた脳は一個一個、絶対的な悪(もの)を有するのだ、地獄に四季などない

鉄塊も糸も使わなくてよい、この存在こそが得物で在り獲物を殺戮する神話なのだ。暗黒の名称を刻み込むが好い、悉くは俺の為に蔓延るのだ――違う。悉くは否定される為に在るのだ
謳え、謳え、謳え、アザトホースの滅裂に同化も糞もないだろうよ――何。これでも善意を感じるならば、それは修復(ちゆ)の為の切っ掛けでしかない
突撃してきたそれらを受け止め、さあ、千切り遭いだ



●邪神の心の在処
「これはこれは。貴様、随分と増えたものだな」
 老紳士然とした出で立ちのその者は、無数のポーシュボスが蠢く荒野にあって、恐れもなく超然と存在していた。
「だがその程度なら、どうと言う事はない」
 一歩、一歩。自らポーシュボスへ近づいていく。
「ダめヨ! 来テはダめ」
「ポーシュボスが増えテしマうノ」
「何故、近ヅく? ポーシュボスを知らナいノか」
 蠢くポーシュボスが、音の狂った歪んだ声を発する。
「知らんな」
 来るなとざわめく声に平然と嘯いて、老紳士――ロバート・ブレイズ(冒涜翁・f00135)は、更に歩みを進めた。
「何カ手立てガあルのカ?」
「ナ、何も持ッてイるヨうニ見エなイぞ」
 どこまでも無防備に見えるロバートの様子に、ポーシュボスに残る残滓達がが困惑にざわめき出す。
 その一方で、現象としてのポーシュボスは寄生先を求めていた。
 触手とも伸ばした身体ともつかないものが、ロバートに絡みつく。
「邪魔である」
 だがロバートは虫でも払い落とす様に触手を振り払い、ポーシュボスへずんずんと近づいて行くではないか。
「!?!?!?!?」
 困惑の意識を広げながら、ポーシュボスが変形してロバートの全身に絡みつく。
 流石に歩みは止められたが――それだけだった。
「?????」
「ポーシュボスが、寄生、でキなイ?」
「マさカ……まサか、コの者ハ!」
「クカカッ! 驚いているようだな」
 寄生が進まないという事態に更にざわめくポーシュボスを、ロバートが嘲笑する。
「だが当然の事である。貴様が善意の塊で在るならば、私は悪意の塊と成(し)て此処に顕現(あらわ)れたのだからな」
 善性を喰らうポーシュボスを、善意の塊と称する。
 それはこの男でなければ、言えなかった言葉であろう。
 ロバートだからこそ、その口から出て来た言葉であろう。
「アなタは悪ナのカ!」
「言辞と成すならば俺は『ロバート・ブレイズ』と称される現象だ」
 ポーシュボスから響く声に、ロバートは淡々とその名を告げる。
「但し、たった今よりその名は書き換わる」
 そして――ロバートの現象(フェノメノン)が始まった。

「――沸騰せよ我が脳漿」

 ボコッ――ボコボコッ!
 頭の内側で何かが沸騰するように、ロバートの頭がぶくぶくと膨れ上がっていく。さらには身体も、紳士服を内側から引き千切って形を変えながら巨きくなっていく。
 そして――ソレは顕現れた。
 胴体はやせ細った人間のようではあるが、手足は樹木の根の様なものになっていた。そもそもそれは、手足なのだろうか。足らしきものは3本あるし、腕は肘から先がほとんどない。少なくとも五指を持つ指などはなく、極彩色の炎の様なものが揺らめいている。
 そして膨れ上がった頭部は、胴体の細さに比べて不釣り合いに大きな球体だ。人間ならば頭部のあるべき所にあるのだから、頭部なのだろう。目も耳も口もなく、3つの窩から炎が煌々と燃え上がっている。
 それは、ロバートだった。ロバートだった筈だ。
「な……ナん、ダ?」
「オ前は生命体ナのカ?」
「問われたなら答えてやろう。俺は完全なる邪神。書き換えた名はアザトホース」
 断章――アザトホース。
 その名は、その姿は、完全なる邪神。
「っ!!」
 ロバートの答えを聞いた直後、ポーシュボスがシンプルに動いた。
 使ったのが、群体の中の1体か、ポーシュボスの一部だけなのか定かではないが、ポーシュボスの一部が、ロバートに突っ込んだ。
 ポーシュボスの急襲に、ロバートが吹っ飛ばされる。倒れたロバートの上から、更に別のポーシュボスが降って来た。落下の衝撃が、地面を陥没させる。
 寄生の為ではない。弱らせてから寄生するのではない。
 そもそも、ポーシュボスが寄生するのに、そんなことは必要ない。
 寄生を諦めたポーシュボスの攻撃に、ロバートは圧し潰されていた。丸い頭が完全に拉げている。
 普通ならば死んでいる。死んでいなければならない。
「クカカカカッ!」
 だが、ロバートの嘲笑が上がった。
 拉げた頭が、再びボコボコと内側から蠢き、ぶくぶく膨れていく。付随するように、身体もまた大きさを増していった。
 そして、ロバートが立ち上がる。身体も頭部も一回り以上巨きくなって。しかも一度潰された頭部は、完全に再生さて、再び綺麗な球体になっているではないか。
「――嗚呼、我が名を書き換えたならば断章、このグロテスクさを滅ぼす術は、ないと知れ。クカカッ!」
 ロバートが嗤う。最早、口がどこに在るのかもわからない、ただの巨大な球体となった頭部から嘲笑を響かせる。
「貴様、流石に俺から善意を感じ取れなくなったか? であろうな。人々に語られ、畏れられ、得た輪郭こそが悪なのだ」
「「「……」」」
 ロバートの言葉に、ポーシュボスが沈黙する。
 寄生され、喰われた人々の残滓であろうものすらも、黙り込んでいた。残滓ですら、恐怖しているのだろう。
「如何にして俺を冒涜し、否定するのか、教え給えよ――現象(きさま)」
 嘲笑うように頭部の炎を揺らめかせ、ロバートが極彩色の腕を動かす。
 人間の腕だったなら、掌を上にしたかかって来いと挑発する動作だったろうか。
「っ!!!」
 ポーシュボスの答えは、再びの突進。今度は、身体を大きくしならせて。
「クカカッ!」
 ロバートは嗤ってそれを受け止め――受け止め切れず、再び吹っ飛ばされた。球体の頭部が荒野を削っていく。
 ――沸騰せよ我が脳漿。
 荒野を削りながら、ロバートの頭部はまたも、ボコボコと内側から蠢いた。
 そして、三度ロバートは立ち上がる。また、頭も体も巨きくなって。
「これで俺の頭の中にある脳は、8つだ。増えた脳はその1つ1つが、絶対的な悪を有するのだ。地獄に四季などないぞ」

 心とは、どこに存在するのか。
 多くの識者が挑んでも、未だ解明されていない人間の謎。
 説のひとつとして、脳にあると言う人もいる。
 ヒトの脳には、人格を形成する部分があり、故に、心も脳にあるというのだ。

 ならば、だ。
 三度の変化を終えて、肥大化した頭部の中に8つの脳が存在していると謂うロバートの場合は、どうなるのだろう。
 そこに善はないのか。彼の言葉通り、絶対的な悪だけなのならば。
 だとしたら、そんな存在。ポーシュボスとて、寄生出来る筈がないではないか。
 武器など要らない。今の、アザトホースとなったロバート自身こそが、得物で在り獲物を殺戮する神話の存在なのだ。
 死なない限り、脳を増やし巨大化して来る邪神。
 何度かの激突を経て、巨大化を繰り返したロバートの身体は、ポーシュボスが文字通り束になって突進してきても、余裕で受け止め切れるほどになっていた。
 今やその頭の中は、幾つの脳があるだろう。
 こうなってしまえば、最初のロバートの姿は何だったのだろう。ヒトとしての姿は男性を取ってはいた、というだけだったのか。
「いい加減に、貴様を受け止めるのも飽いた。さあ、千切り遭いだ」
 指なき腕で、ロバートがポーシュボスに掴み掛る。
「謳え! 謳え! 謳え!」
 極彩色の炎が、蠢くポーシュボスを包み込んで、引き千切った。
「っ!?!?!?!?!?」
 痛みでかのたうち回るポーシュボスを、ロバートが踏みつける。
「暗黒の名称を刻み込むが好い、悉くは俺の為に蔓延るのだ――違う。悉くは否定される為に在るのだ!」
 ロバートは頭部の炎を嘲笑で燃え上がらせ、ポーシュボスを引き千切り、焼き尽くし、踏み潰していく。増殖し、膨れ上がった負の感情を、一方的に叩きつける。
 それはもはや、戦いと呼べるものではない。
 それは一方的で無秩序な冒涜であった。

●現象の終焉
 いつしか、そこは荒野に戻っていた。
 蠢いていたポーシュボスは消えていた。黒い風も消えていた。
 そして、猟兵達は帰途につく。ある者は平然とした顔で。ある者は自力で己に巣食う現象を消滅させて。ある者は光雨の助けを借りて。
 そこに至るまでの過程は、まさに十人十色。
 されど彼らは、乗り越えた。
 ポーシュボス・フェノメノンを、終わらせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年09月27日


挿絵イラスト