アポカリプス・ランページ⑮〜ポボスの背中
●ポボスの背中
「……こわいものは、ある?」
わたしはずっと『赤』が恐かったの――と赤い小さな翼を羽搏かせながら、ウトラ・ブルーメトレネ(銀眸竜・f14228)は猟兵たちへ訊ねた。
人間、生きていれば『恐い』と感じるもののひとつやふたつはあるだろう。
むしろ『恐い』ものがない者の方が稀なはずだ。
だから恐いものがあることは、恥ずべきことでも何でもない。
でも、もし。運よく克服できたなら、明日は今日より幸せになれるはずだ。
「みんなにいってもらいたいのは、そんな夢と希望がつまったところだよ」
『夢と希望が詰まった地』とウトラは形容したが、実際は『黒い炎』に覆われた死の草原。
アポカリプス・ランページの一幕が繰り広げられる、ミシシッピ川に面したかつての大都市。
今や繁栄の余韻さえないこの地は、地かも含めた全域が、消えることのない黒炎に覆われている。
「その『黒い炎』が、みんなの『こわい』に形をあたえるの」
ウトラの言う『形』とは即ち、実体。
つまり猟兵の知る『恐るべき敵の幻影』が実体を伴い現れるのだ。
なおこの幻影に対し、恐怖を抱いたままでは一切の攻撃が通らない。
必要なのは、恐怖を乗り越えること。そうすればたったの一撃で幻影の敵は霧消する。
「こわい、は。こわがってたら、ずっとこわいまま。でもね、ちゃんと見たら、だいじょうぶになることも、あるっておもうの」
いつか誰かに貰った赤い輝石を握り締め、ウトラは意を決したように笑む。
背中を追い続けるままでは、いつまでたっても恐いものも、正面へまわりこんで相対せば、身の竦む想いを克服できることはある。
目を背け続けるから、恐いのだ。
「おまじない、かけてあげるね」
転送の準備をしつつ、ウトラは猟兵たちの手を握る。
――大丈夫。
――きっと乗り越えられる。
――そして明日は今日より、幸せになっているのだ。
七凪臣
お世話になります、七凪です。
アポカリプス・ランページの一幕をお届けします。
●プレイング受付期間
受付開始:オープニング公開次第。
受付締切:タグにてお報せします。
※導入部追記はありません。
●シナリオ傾向
プレイング次第。
心情系でもネタ系でも大歓迎!
●プレイングボーナス
あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える。
●恐怖対象
『人』でも『物』でも構いません。
皆さんがそれをどう怖いと思い、どう克服するのか、プレイングに詰め込んで下さい!
●採用人数
頑張れるだけ頑張りますが、全員採用はお約束しておりません。
なお採用は先着順ではありません。
●他
リプレイ文字数はお一人様あたり600~800字程度。
基本、ソロ参加を推奨。
複数参加も『二人組』までなら大丈夫です。
ご縁頂けましたら、幸いです。
宜しくお願い申し上げます。
第1章 冒険
『恐るべき幻影』
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POW : 今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。
SPD : 幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。
WIZ : 自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
鈴丸・ちょこ
恐ぇもん、な
そんなもんねぇ――と言い切ってやりてぇとこだったが、ま、世の中そう甘くはねぇか
だが裏を返せば、俺にもまだ伸び代はあるってこったな
コイツを踏み越え――そうだな、見事伸び伸びと欠伸でもしてやろう
(不敵に見据える炎の中に浮かぶもんなんざ、決まってる――戦友の希望を無情に掻き消した、荒ぶ竜巻
コイツに奪われたもんは数知れず
コイツから助けられたもんは知れている
消えぬ炎宛らに、記憶に焼き付く辛酸に苦汁――本能的に、身構える)
ふん
幻相手に竦んでちゃ世話ねぇ
俺はコイツ掻き消す為にこの爪牙磨いて来たんだ
丁度良い
奇しくもこの大戦も正念場――ウォーミングアップにコイツ負かして、一気に本命に食らいついてやる
●不惑
りんりん、りんりん――り。
五月蠅く騒ぎ立てる、首に巻いた赤いリボンに備わる鈴を、鈴丸・ちょこ(不惑・f24585)は黒い肉球で黙らせる。が、触れた熱に髭をひくりと動かした。
燃え盛る黒炎に随分とあてられてしまったらしい。火傷にまでは至らなかった指先をちょこはぺろりと舐めて、宝石めく金眼を不敵に眇める。
(恐ぇもん、な――)
威勢よく「そんなもんねぇ」と啖呵を切ってやりたいのは山々だが、世界はそんなに甘くもなければ容易くもない。
(けど、よ。裏を返せば、俺にもまだ伸び代はあるってこったな)
永遠の子猫の形(なり)の内に在るのは、成熟した男の魂。だからこそ、ちょこは密やかに燃える。己がさらに熟れる可能性に。
しかし。
「……っち」
轟々と吹き荒れる風に自然と身構えてしまったことに、ちょこは舌を打つ。
本能的に竦んでしまうのだ――戦友の希望を無情に掻き消した、荒ぶる竜巻に。
(コイツに奪われたもんは数知れず)
(コイツから助けられたもんは知れている)
渦巻く風の柱をちょこはねめつける。煽られた毛並は、先ほどから逆立ちっぱなしだ。
大自然の驚異に、動物が抗えるはずがない。為すすべもなく蹂躙され、去ってゆくのを息を殺して待つしかないのだ。
「……だがよ」
消えぬ炎宛ら、己が記憶に焼き付く辛酸、苦渋に顔を歪めながらも、ちょこは鼻を鳴らす。
「俺は、テメーを掻き消す為にこの爪牙を磨いてきたんだ――丁度良い」
幻相手に怯むなと自身を叱咤鼓舞してちょこは大地を蹴る。
竜巻が何だ。大自然が何だ。挑まずして敗北するなぞ、男が廃る。
黒猫の小柄な体を、ちょこは風に任せた。こういうのは、敵の本丸まで運んで貰う方がいいに決まっている。後は手荒すぎる歓迎を意地と根性で耐えればいいだけだ。
(無理いうなってな? まぁ、その無理を押し通すけどよっ)
目まぐるしく踊る視界を放棄し、ちょこは意識のみを研ぎ澄ます。
奇しくもアポカリプス・ランページは正念場。
「てめぇは本命に食らいつく為のウォーミングアップだよっ」
爆心地たる風の芯で、ちょこは爪を閃かせる――。
竜巻の消えた大地で、ちょこは悠々と欠伸をして、伸びをした。
心なしか、黒炎の勢いも少しばかり弱まって見えた。
大成功
🔵🔵🔵
百合根・理嘉
恐ろしいもの……
お前自身が怖い訳じゃない
寧ろ、気の良いお前が
なんだかんだ言いながら『護る』コトに執着して生きてるお前が
俺に背を向けてどんな顔してんのか判んないのが
嫌だったし、怖いと思ってた
多分、今も思ってる
Black Diamond
こいつも、どんな顔して立ってんのか知る為に手に入れたのにさ……
それでも、結局のトコお前は先を往くんだ
俺は何時までもお前の背中を見てた気がする
死ぬほどしんどくても、それを感じさせない背中をずっと
だから、まぁ……
もう俺のことは護んなくて良いよ、萌黄の髪の優しい羅刹、兄貴分
俺はもう自分の足で立てるから
Black Diamondを纏わせた拳で殴って終わりに
今まで、ありがとな
●ありがとう
開いていた拳をゆっくり握り、また開く。
確かめた掌の汗ばむ感触に、百合根・理嘉(風伯の仔・f03365)は無意識の溜め息を吐いた。
黒き炎の中に、自分と似た背格好の男の背中が見える。誰であるかは、その萌黄色の髪だけで十分だった。
「……」
また、知らぬ間に詰めてしまっていた息を、薄く開いた唇から重く零す。
決して、『彼』自身のことが怖いわけではないのだ。
――寧ろ、気の好い彼が。
――何だかんだと言いながらも、『護る』ことに執着して生きる彼が。
(……なぁ? 俺に背を向けて、どんな顔してんだよ?)
それこそ理嘉の怖れの正体。
彼がどんな表情をしているのか判らないのが、ずっとずっと嫌だったし、怖かった。いや、過去形じゃない。現在進行形で、心が竦む。
「……」
手のひらを、握っては開くを理嘉は繰り返す。そこに纏う闇色は、ダイヤモンドの硬度にも匹敵する強さの具現だ。
理嘉が欲して、手に入れた力――Black Diamond。戦場に於いて、理嘉が多大なる信頼を寄せる力。けれどこれも元を正せば、彼がどんな顔をして立っているのかを知る為に、手に入れたのだ。
(それでも、結局のトコ。お前は先を往くんだ)
捨てられるわけではない。置いて行かれるわけでもない。だが理嘉が目にするのは、いつだって、どうしたって『彼』の背中ばかり。
彼は理嘉に、顔を見せてくれない。彼自身が、死ぬほど苦しくて辛いだろう時にも、平気なふりをした背中だけを見せ続ける。
それが拒絶でないのを、理嘉だって理解していた。だが、しかし。
「あのさ、なんつーか、その。うん、まぁ……」
黒い炎の中へ理嘉は踏み出す。駆けてしまえば、あっという間だった。
「もう俺のことは護んなくて良いよ」
跳んで、頭上を越えて、中空で身を捻って、『彼』の前に理嘉は立つ。
「俺はもう自分の足で立てるから」
泣きたいんだか、笑いたいんだが、ぐちゃぐちゃになった内心そのままの顔で理嘉は彼の顔を目掛けて、漆黒の拳を繰り出す。
「――今まで、ありがとな」
それは優しい兄貴分からの自立を意味する一撃だった。
大成功
🔵🔵🔵
ブラッツ・クルークハルト
炎が見せるのは
昔、身を寄せていた拠点
そこにあった実験施設の科学者達と
俺を祝福して手を叩く民衆
そうだ、恐かった
俺にネットワークを埋め込んだあいつらも
俺を救世主にしようとした人々も
俺はただ、お前達と同じように暮らしたかった
どうして、……僕が、お前達を救わなきゃいけない?
勝手に着せられた責任、義務
ぜんぶ、ぜんぶが恐い
けど
これは過去、幻影
少なくとも、あの拠点でのことは
あの拠点でのこと、でしかない
もう帰らない場所、変えられない過去なら
無理矢理にでも足を動かして
違う場所へ旅立つしかない
さようなら、もう会うことはないだろう
一撃で散るのなら
せめて一番、恨んだやつらを狙うよ
民衆ではなく科学者達へライフルを向けた
●決別
誰が望んで救世主になぞなりたいものか。
人は神ではない。ブラッツ・クルークハルト(隘路に・f25707)も神ではなく人だ。息子を愛する、ただの人だ。
だというのに。
(……、……そうだ、俺はこれが怖かった)
黒い炎の中に現れた群衆に、ブラッツは堪らず視線を足元に落とす。
彼ら彼女らは、ブラッツがかつて身を寄せていた拠点の住人。そこにあった実験施設の科学者たちと、ブラッツを祝福して手を叩く一般民衆。
(救われたいのは僕の方だ、クソったれ)
顔は上向けられないのに、やけに勇ましい悪態が心を埋める。
嗚呼、そうだ。クソったれどもだ。
ブラッツにネットワークを埋め込んでソーシャルディーヴァに仕立て上げた科学者たちも。ブラッツをのうのうと崇め奉って、『救世主』の恩恵に与ろうとした人々も。
(どうして、どうして僕が、お前達を救わなきゃいけない?)
――俺はただ、お前達と同じように暮らしたかっただけなのに。
胸を掻き毟りたい衝動に駆られる。世界を呪う怨嗟を吐きたくなる。
望まないのに、勝手に着せられた責任と義務は重かった。人なのに、人ではなくされた日々に生きた心地はしなかった。
ブラッツは救世主などではない。
禁忌の実験台として連れ去られ、人体改造を施されたに過ぎない、ただの男。
愛する人のために生きたかった、ただただ普通の人なのに。
「――、ッ」
無理やり噛み切った唇からは、血が溢れた。けれどもその痛みが、ブラッツを現実に引き戻す。
(これは過去、幻影)
懸命に理性を働かせる。少なくとも、あの拠点でのことは、あの拠点のことでしかないのだと、自分自身に言い聞かせる。
(あれは通過点だ)
もう帰れない場所は、変える事の能わぬ過去。
忘れ得ぬ、過去。されど、過去。
(違う場所へ、旅立つしかないんだ)
歯ぎしりをして、顔を上げた。視界を埋める人々からは、やはり目を背けたかったが、意地でねめつけ、択び取る。
どうせ一撃で終わるのだ。ならば、撃つべきは最も深く恨んだ科学者たち。
「さようなら」
重い腕を強引に動かし、ライフルを構える。焦点はなかなか定まらない。連射性に優れるのがありがたかった。
「もう会う事ことはないだろう」
放たれた決別の弾丸は、ブラッツの忌まわしき過去への恐怖を、黒い炎の渦へと消し散らした。
大成功
🔵🔵🔵
ノヴァ・フォルモント
こわいもの…
恐れる事なら、一つ有る
俺が続けているこの旅が終わること
旅の終着点に辿り着くことだ
誰かが聴けば可笑しな話だと思うだろうな
旅をしているのに、それを終えるのが恐いなんて
でも俺の旅には、辿り着く目的地が無いんだ
全てを失って、還るべき場所はもう何処にもない
旅の終着点から先へ続く道が今の自分には視えない
…だから、そこに辿り着く事は
本当に最期って意味になる
今までも他の目的を見つけようと思った
でも未だに何も見つからない
何時か、見つけられるだろうか
旅の終わりが訪れる前に
眼前に広がる黒い炎が懐かしい誰かを模った気がした
克服出来たかは判らない
けれど、今の俺が導き出せる答えは
そう思うことだけだから
●旅路の果て
黒い炎だけが蠢く荒野に、星々の煌めきは不似合いだ。
だからこそ星たちを見失うことは出来ず、その星たちが途絶えた境界線からも目を逸らすことは出来ない。
「……こわい、もの」
しゃらと銀月の連なるカンテラを掲げ、ノヴァ・フォルモント(月蝕・f32296)は目を凝らす――が、導きの光でどれだけ照らそうとも、『其処』から先はない。
「こわいもの……」
直前に呟いたものと同じ言葉を繰り返す。
恐い、というより、恐ろしい。いずれにせよ、ノヴァにも『恐れ』はある。それは終着点に辿り着くことだ。
浮き草暮らしの吟遊詩人。当て所なく流れているノヴァにとって、目的地とすべき場所はない。全てを失って、還る場所さえないのだから。
旅をしているのに、旅が終わるのを恐れているだなんて、余人にとっては笑い話だろう。
――そう、客観的には理解っているのに。
やはり、どうしたって、ノヴァは『旅路の果て』が恐ろしい。
「これ以上、何処へも征けない。本当の、最期」
夜空を溶かした闇色のローブのフードを肩へと下ろす。そうしたところで、黒い炎に飲まれた大地に敷かれた星の道の『終わり』は僅かも伸びはしない。
身が竦むような想いはなかった。だが絶望はある。
征く宛てを持たぬノヴァにとって、旅の終着点は『最期』を意味するもの。
これまでだって、他の目的を見つけようと何度も思った。しかし未だ、ノヴァは何も見つけられていない。
(何時か、見つけられるだろうか)
星の道の終わりの先に、何かを探してノヴァは視線をやる。
(旅の終わりが訪れる前に)
眺めても眺めても、星の途絶えた先は黒い炎の荒野のみ。
己はこうして、黒い炎に巻かれて、身も心も焼かれてしまうのだろうか? 何処へも、征けないままに――。
焦燥にノヴァは竪琴を爪弾く。その直後。
「ぁ」
虚ろに陰りかけたノヴァの目が、不意に星の光を取り戻す。
黒い炎が懐かしい誰かを模った気がしたのだ。瞬きしただけで、消えてしまったけれど。
なれど不思議と『恐れ』が薄らいでいた。
『最期』ではない旅路の果てが視得たわけではない。恐れを克服できたかどうかも判らない。
(けれど、今の俺が導き出せる答えは、そう思うことだけだから)
輪郭さえ不確かなままの朧光を胸に灯し、ノヴァはフードを被り直して歩み出す。
幻の星の道の終わりではなく、きっとその向こうにある『何処か』を目指して。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【影】
(何が出るかは分かってる
――分かってて、来た
今なら向き合っても平気
とも分かってるから
此の確信は楽観に非ず
恩師や身近な連中に培ってきた――)
(と、不意に幻より早く現れたある種の敵
――狐野郎に一瞥くれ)
…
今はアンタに構う暇なんてないっての
あっち行け!
…って、失せるどころかもう一匹出てくるとかマジ勘弁
つか――ソレだとアンタこそ俺が恐いって事になるが?
(清宵の影から現れた、己の影を見て)
(其以上は何も言わず踏み込まず
“己の影”に向き直り
――此はさしずめ己の業
背負う呪や負の顕れ)
やれやれ
いつになく恐~い顔してんなぁ
でも
大丈夫だよ
俺は、お前には負けない
お前に、打ち克つ
(影と対照に笑って見せ、一撃を)
佳月・清宵
【影】
(良くねぇもんが待ち受けると知って尚
人間ってのはどうしてこう胆試しみてぇな真似を好むんだろうなァ
――ま、俺もその物好きな訳だが)
(ふともう一人
見知った物好き野郎を見つけりゃ
いっそ愉快と笑み深め)
よお、面白ぇ事になりそうだな?
遠慮すんなよ
てめぇが震えて情けねぇ泣きっ面晒さねぇよう、見守っててやるぜ
にしてもてめぇ――俺が恐ぇとは酷ぇなぁ?
(炎から現れた、嫌に暗ぇ面した己の影――と、もう一つの影を眺め)
ま、冗談は此処までにしといてやろう
(己の影は、他ならぬ己が生んだもの
始末も自らつけるのみ
――此奴は身の内で燻る呪い
黒炎の如く
消えず
絶えず
内から焼き尽くさんとするもの
だが)
ああ
誰が折れてやるものか
●影踏
黒い炎に炙られた風が、ひりひりと肌を撫でていく。
距離感を間違えば、あっという間に火達磨か火傷達磨になるだろう。だが、敵は熱のみに非ず。むしろ冷ませば済む熱なぞ、子供の手を捻るようなものだ。真に厄介なのは――。
(良くねぇもんが待ち受けると知って尚、人間ってのはどうしてこう胆試しみてぇな真似を好むんだろうなァ)
けらり。
理にかなわない人の衝動を佳月・清宵(霞・f14015)は嗤う。その『人』のなかに清宵自身が含まれているのは言わずもがなだ。
なぜ人は無駄に物好きなのか。考えたところで答は出まい。ならば見つけたもう一人の『物好き』で戯れる方が、幾らか有意義だろう。
にやり。
清宵は口の端を吊り上げ、見知り過ぎた男の背へ歩みを進める。
消えぬ黒い炎の穂先を、呉羽・伊織(翳・f03578)はじぃと見た。
心の奥をちりちりと炒る炎に、妙に落ち着かないものを感じる。
(そりゃそうか)
煽られているのは熱ばかりにではない。間もなく出現するであろう『幻』に、伊織の心は無駄に騒ぐ。
何が出てくるか分かった上で、此処へと足を運んだ。
(そう……分かってて、来た)
今ならば、向き合っても平気だという確信を伊織は抱いている。それは楽観ではなく、純然たる事実。
恩師や身近な人々が、そんなふうに考えられる伊織を培ってくれたのだ。
――けれど。
「よお、面白ぇ事になりそうだな?」
後ろから無造作に放られた聲に、伊織は遠慮なく眉を顰める。
「……」
黙したまま睨みつけたら、きっと面白く思われたのだろう。清宵の顔に浮かんだ笑みが更に深くなって、伊織は短く舌を打つ。
「今はアンタに構う暇なんてないっての。あっち行け!」
「遠慮すんなよ。てめぇが震えて情けねぇ泣きっ面晒さねぇよう、見守っててやるぜ」
猫の子でも追い払うように手をばたつかせる伊織へ、清宵は鼻を鳴らす。
その時。
「……あー。マジ、勘弁」
出現した予想に違わぬ幻に、伊織は天を仰ぐ。そしてそれを清宵はまたからりと笑った。
「へぇ、てめぇが恐ぇのは俺か? はは、酷ぇなぁ?」
嫌に暗い顔をしていたが、伊織に直面する幻は、清宵で間違いない。そして――。
「んあ? つか――ソレだとアンタこそ俺が恐いって事になるが?」
伊織が顎をしゃくって示したのは、清宵の真正面に静かに立つ幻。その姿はどこからどう見ても伊織である。
「 」
「 」
伊織も清宵も、押し黙った。
冗談に戯れるのはここまでだ。無駄口に興じる余裕は疾うに失われている。
「―――」
「―――」
何も言わぬまま伊織と清宵は視線を交わし、慣れた動きで立ち位置を入れ替えた。
手前の落とし前は手前でつける――何食わぬ顔で黒い炎を踏破するには、おそらくそれが最善だから。
(――此奴は身の内で燻る呪い)
他ならぬ『己こそが生んだもの』と影を認めた清宵は、携えた妖の剣を鞘より抜き放つ。
暗い面持ちは、消えず、絶えず、黒炎の如く内から自分を焼き尽くそうとするものの顕れ。
無意識に強張る手を、意思で叱咤し、手首を返す。
「誰が折れてやるものか」
炎さえ断つ一閃には、怨念が纏う。
なれど己が意思で操る闇は、侭ならぬ呪の化身を鮮やかに斬り捨てる。
「やれやれ、いつになく恐~い顔してんなぁ」
オレはもっとイケメンだぜ? と伊織は敢えて嘯き、自らを鼓舞する。
(此はさしずめ己の業……背負う呪や負の顕れ)
正体は分っていた。だからこそ伊織は、底抜けに笑う。
「大丈夫だよ。俺は、お前に負けない」
交錯する、『オレ』と『俺』。軽やかさに包んだ内から、鋭く放つ。
「俺は、お前に――打ち克つ」
伊織の全身から立ち昇る、黒い靄。それらは確かに伊織に御され、影を踏むように幻を消し去った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵