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アポカリプス・ランページ⑮〜恐怖は誰が顔して嗤う(作者 lulu
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●汝の悪夢の瞳の色は
 たとえばそれは、血濡れた剣を振るった。或いは鈍く光る大鎌で弧を描いた。銃弾を雨霰とばら撒いた。チェーンソーを振り下ろした。牙で、鉤爪で引き裂いた。
 たとえばそれは、高笑いした。或いは憐れむ様に微笑んだ。怒号を飛ばした。無表情だった。地の底から轟く様に低く唸った。
 たとえばそれは、血の様な赤い瞳をしていた。或いは底の知れない黒い瞳をしていた。淀んだ灰の瞳をしていた。冷えた湖の様な青い瞳をしていた。細い瞳孔を目立たせた金の瞳をしていた。
 明けぬ夜で。薔薇窓の下で。雨の戦場で。滅びゆく村で。暗い荒野で。
 たとえば彼は、彼女は、或いはそれはーー……。
 
 ーー汝の恐れるあの日の悪夢。

●恐怖は誰が顔して嗤う
「貴公ら、恐怖を克服出来るだろうか?」
 黒を装うグリモア猟兵、ラファエラ・エヴァンジェリスタは閉じた洋扇片手に、何処か気遣わしげに尋ねた。机の下、もう片手ではこっそりと傍らの騎士のマントの端を握るのは恐怖を克する為の彼女なりのまじないなのかもしれない。
「……いや、私は無理だ。やり方がわからぬ。出来ると言う者だけ頼まれておくれ、骨は拾ってやれぬから」
 知っての通り猟兵たちは皆戦争で忙しいのでと言い添えて女は机に地図を開く。それを黒紗で覆う指先で指して語るにはこうだった。
 メンフィス灼熱草原と呼ばれる土地がある。かつてこの地でミシシッピ川の流れに寄り添う様に栄えた街の面影は今やなく、ただ一面に黒き炎が燃えるばかりの死の土地だ。
 今、この死の草原に或る幻影が跋扈する。それは実体を伴いながらも、己へと恐怖を抱く者の攻撃はまるで受け付けず。目にした者が恐れを抱いてある限り、繰り広げられるのは一方的な蹂躙か、虐殺か。
「流石に危険で捨て置けぬゆえこれを討伐して欲しいのだが、いかに貴公らであろうとも、恐怖を抱く限りはやはり攻撃が通らない。ゆえに、恐怖を克しておくれ」
 貴公らなら出来るだろうからと女は淡い信頼を言葉で添えて、けれども洋扇を開きながら、その手を止めて僅か俯く。
「ただ、気をつけたまえ。幻影は貴公らがこの世で一番恐れるものの姿しているそうだ」
 無事で帰りたまえよ。祈りめいた呟きをのせるようにして、薔薇の香と共に煽いだ扇が黒い茨を広げた。猟兵たちの視界を覆ったそれがそのまま燃え上がったかと紛うほど、転送先のメンフィスでは黒い炎が一面を焼いている。


lulu
ごきげんよう、luluです。
皆様のトラウマを抉りとうございます、否、戦争シナリオをひとつくらいは出させて頂きたいなぁと。
少数採用ですがもし宜しければ。

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プレイングボーナス……あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える。
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敵について因縁や関係性や姿形や台詞などなどご記載くださいませ。宿敵様であればイラストを拝見したりします。
いかに恐怖を乗り越えるのか、はたまた乗り越えられぬのか、シナリオ自体は成功させて頂く方向で考えています。

プレイング受付はタグにて告知を。

それでは宜しくお願いいたします。
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第1章 冒険 『恐るべき幻影』

POW今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。
SPD幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。
WIZ自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。
👑7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


シャト・フランチェスカ


炎纏う宿敵
因縁を結んでいるのはシャト・メディアノーチェだ
裏側の僕
存在の所有権を狙う
僕のアーキタイプ
作中ならば前世とでも綴ろうか
「シャト」の、親友の成れの果て

故に僕が彼女を恐れることなど――
否、ミュリエルが僕を見ないことが怖い
この祝福にして呪いのような桜も
自我を描き出すためにペンを握る指先も
僕のものである筈なのに
きみの灼熱が脅かす
私たちにシャトをかえして、と
脇役の僕に話し掛ける

その眼は僕を見ないのに
あの娘に焦がれるきみは
どうしようもなく僕を焼き尽くさねばならない

僕を見て
僕を憎んで
そうして灰にして

「逢いたかったわ、シャト!」

悼む僕はいない
痛みでしか示せない
ペンを刃に
心を殺せる程の自棄できみを伐つ


 天をも焦がす様にして燃え上がったのは鮮やかに赤い炎だった。死の草原を燃やし続ける黒い炎の合間よりいでて、黒き炎さえ払うかの様にごうごうと燃え盛るこの紅を、赤い炎の鳥が連れて来た。その少女の華奢な両の腕は炎を纏う翼へと形を変えて、今や人ならぬ身であることを示してありながら、苛烈な光を宿した橙の瞳も真っ赤な髪も、シャト・フランチェスカ(殲絲挽稿・f24181)の知る生前の姿と変わらない。無論、幻影であるけれども、見知ったかたちがそこにある。
「ミュリエル……」
 ミュリエル・アイトリア。それが少女の生前の名。シャトがそれを知るのはシャト・フランチェスカとしてでなく、その前世とでも呼ぶべき少女、シャト・メディアノーチェとしてだった。病に断たれたシャト・メディアノーチェの青春に、親友として最期まで傍近くあったこの紅の少女がシャト亡き今は人ならぬ存在に至ったことをシャトは漠然と知っている。
 つまりこの炎の鳥へと縁を持つのはシャト・メディアノーチェであって、今のシャト・フランチェスカではない。
 ゆえに恐怖など抱く筈もないと言うのに、何故幻影はこの姿でシャトの目の前に現れただろう。僅かな憐憫さえも交えた溜息ひとつを落として、シャトは開いた魔導書の頁を細い指で捲って水の魔法をひとつ紡いで差し向ける。シャトの指先に示されるまま、きよらな水は龍のかたちで炎を纏う敵へと牙を剥くのにーーその牙は、炎の鳥を穿てない。
 ミュリエルの橙の瞳がシャトに向く。すぐに逸らされた瞳は確かに一瞬シャトを映して、けれども決してシャトを見てなどいなかった。
 刹那覚えたーー否、「気づいてしまった」シャトの恐怖が、胸の奧にて形を持った。長い爪を立てるようにしてその心臓を鷲掴む。
 ミュリエルはシャトを見ない。親友だった筈のこの存在が今目の前にありながら、まるでそこに見知った顔など無きかの様に、火の色の瞳はシャトをシャトとして映さない。そうして直ぐに逸らしてしまう。
 まるで、おまえなど「シャト」ではないというように。
「私たちにシャトをかえして」
 そのくせ、ここに居るのは「シャト」を奪った存在であると知りながら、憎しみの眼差しを向けることすらもない。おまえの存在になどまるで興味が無いと言わんばかりに。
 炎纏う翼が羽ばたいた。彼女の気性を、激情を、そのまま形にしたかの様な赤い炎が猛り、天を衝くほどの火柱を巻き起こす。
 咄嗟に魔法で相殺を図る。火炎への耐性はあるつもりで居たのに、シャトはこんなにも熱く絡みつく様に燃える火を知らない。果たしてそれはこの今も尚死に損ない続けるミュリエルの絶望がそうさせるのか、祝福であり呪いでもあるシャトの桜を、己の存在を保つべく自我を描き出す為にペンを握る指先も、防ぎ切れない炎が舐めて脅かす。シャト・メディアノーチェに焦がれるミュリエルはどうしても、シャト・フランチェスカという存在を灼いて焦がして灰にしなくてはならぬのだ。
 それならば、とシャトは思う。せめて、僕を見て。僕を憎んで。今のシャトという存在に何の感慨も抱かぬままに、ただの知らぬ他人の様に、モノの様に焼き払おうとするのではなく。けれども無理な相談だろう。炎に遮られてその顔も姿も見えぬのに、今もミュリエルの瞳がシャトを見ていないことだけは何故だか定かにわかるのだから。
 炎が白い肌を炙る。思考さえも灼かれてゆくかの様な熱の中で、シャトには不思議と確信がある。シャトの桜の全てを灰にした時やっと、ミュリエルの瞳は「シャト」を映すのだろう。そうして彼女はいつかの様に笑って言うに違いない。
「逢いたかったわ、シャト!」

ーー逢わせてなんてやるものか。

 不意に恐怖を塗り替えたどろりとした感情は、どう名状すれば良いだろう。怒りも、嫉妬も、絶望も、それこそ苛烈な負の感情を綯い交ぜにしながら、一抹の寂寥感。
 冷えて乾いた風が吹き付けた。煽られ押し返されて尚勢いを失わぬ炎がミュリエルを襲うのを冷めた目で眺めながらシャトはペンを握りしめる。
 今のシャトという存在の所有権を脅かす前世(メディアノーチェ)の肩を持つのなら、現世(フランチェスカ)にとってそれは正しく仇敵だ。その仇敵が己に向ける感情が、視線ひとつが得られぬことに今更何の恐怖があるだろう。己へは決して向かぬ親愛、ただ見せつけられるだけの友情、それならせめて憎んで欲しいと願ってみても、嗚呼、でもそれは本当に?そんなもの得て何になる。構わない。別に痛まない。どうせ伐つだけだ。悼まない。
 ーー嗚呼、これは自棄だ。
 シャトが我に返った時には、刃の代わりにしたペン先は何度ミュリエルの肌を抉っていただろう。シャトがこれまで己に刻んで来た分をその身も知れと言わんばかりに。
 赤い炎が、幻影が、霧と散る。
 残るのはここに来た時と同じ、一面に揺れる黒ばかり。
大成功 🔵🔵🔵

久礼・紫草

幻影は己
ろくろを回す好々爺
隠居しなろうとした姿
自作湯飲みでもてなされ一口含めば喀血

「老骨に鞭打ちみっともない」

毒なぞないと笑う糞爺めが
刀を抜いて振り下ろせども手応え無し

「嗚呼、わしは殺してもらうのを待っておるのに」

幻影の衣装が翻り
血塗れで矢を背に受けた己に変わる
戦場で命乞いする者も構わず斬り捨てた
そうじゃ
儂は復讐者に殺されてやろうと隠居を考えた
悪鬼羅刹で人斬りしか出来ぬ己に心底疲れてな
再び幻影は隠居爺に戻り笑う

斯様な者が恐怖として現れる時点で儂もまだまだ青いのう
突如、悦楽の笑み
隠居が一番怖いとは儂はまだまだ怖い物なしという事じゃなぁ
この年でまだ学ぶ事があるとは行幸
貴様の役目は済んだ、故にいね


 果たしてどちらが現か幻か。たった今まで久礼・紫草(死草・f02788)の目の前にあった、黒い炎が覆う死の草原は幻の様に掻き消えた。今目の前にあるのは広くはないがよく整えられた庵の景色だ。清潔な畳のいぐさの香りさえ立ち上る心地さえするその場所で、対座してろくろを回しているのは他ならぬ紫草その人だった。
「客人など久しいな」
 否、紫草とはまるで異なる。普段着だろう、質素だが粋な麹塵色の着流しに、帯には刀を佩いては居ない。紫草が纏う抜き身の刃の様な鋭さを纏うことはなく、柔らかく垂れた目尻に皺を濃くして微笑むその在り様は、かつて望まぬ「死草」の二つ名を得るほどに斬って斬っての生き方をして来た紫草とはまさに正反対。紫草がもしも猟兵になることもなく隠居したならば、斯様な在り様もあっただろうか。好々爺と言う表現こそが似つかわしい人懐っこさで、紫草の顔をした幻影は笑う。
「まぁ、茶でも飲むと良い。ほれ、これは我ながら上手く出来た傑作じゃ」
 泥漿のついた手で、気負うことなく傍らの湯のみを手にして急須からぬるい茶を注ぐ。己のものとは思われぬほどに角の取れた笑みで差し出されたそれを紫草は複雑な思いで受け取った。香ばしい棒ほうじ茶に茶柱が立っている。
 もてなしは受けるのが礼儀であろう。紫草はおとなしくそれを口にして、けれどもその茶を味わう前に口内に広がったのは濃い鉄の味。噎せて、口元へやった手に赤い血が散っている。
「老骨に鞭打ちみっともない」
 今また手元のろくろに乗せた泥へとその手を浸しながら、紫草の幻影はからからと笑ってみせた。
「毒なぞ入っておりはせん」
 その全くの悪意と毒気のなさが気味が悪くて仕方ない。考える前に紫草は愛用の野太刀の鯉口を切り、目の前で笑うこの幻影へと刃を振り下ろしているというのに、斬った手応えは、まるで、ない。幻影はその笑みを歪めることもなく未だ紫草の前にある。恐怖を持つものの攻撃はこの地の幻影には通らぬという。己は果たしてこの幻の何に恐怖を覚えただろう。
 思案する矢先、唐突に強い風でも吹いたかの様に、麹塵の着物が翻り、居心地の良い庵は溶ける様に消えていた。辺りに広がるのは血の匂い立つ戦場で、紫草のかたちの幻影は今、太刀を片手に「死草」の姿で目の前に立つ。返り血とも己のものともわからぬ夥しい血に身を染めたその背に刺さる矢があった。手にした野太刀は血に濡れて、足下に転がる屍は鎧兜を纏いながらも、なれば元来その手の近くにある筈の得物が見当たらぬ。命乞いをした果てに紫草に斬って捨てられたものだった。
(ーーそうじゃ)
 悪鬼羅刹の如く人を斬って来た。戦のはじめには蛮勇とも称すべき愚かなほどの威勢の良さで高らかに名乗りを上げて己に刃を向けて来る者たちを、やがて戦が終わる頃には背を向けて逃げ惑う者たちを、果ては刀を捨てて地べたに額を擦り付ける様にして命だけはと乞う者たちを。そうして斬り続ける己が心底嫌になり、刀の錆として来た者たちの家族に、朋輩に、いつか殺されてやろうと紫草は願って隠居を考えたのだ。刀を捨てて陶芸なんかに興じながら息を潜める様に慎ましく暮らす身となれど、なればこそ復讐者たちはきっと見つけ出して報復の刃を振るうと知っていたから。
 戦場の景色が揺らいで、当たり前の様に戻るのは幻影が隠居するあの庵だ。鬼気迫る「死草」の姿をしていた幻影もまた何事もなかったかの様に元の好々爺の顔に戻っている。
 己にはおよそ手の届かないその穏やかな笑みを見つめて、紫草はふと笑みを零す。ずいぶんと齢を重ねて来た。それなりに修羅場を潜ったつもりでもいる。それでありながら斯様な者が己の恐怖として現れるとは。
「儂もまだまだ青いのう」
 白い髭の下、口元の笑みは悦楽のそれ。
 隠居が怖いと言うことは、裏を返せば戦場に怖いものなどないと言うことに他ならぬ。古稀まで片手を切るこの齢において尚斯様な新鮮な驚きと学びを得られることを素直に僥倖と受け止めて、紫草は今一度伴侶たる野太刀を振り下ろす。
「貴様の役目は済んだ、故にいね」
 今度はその一閃は誤たず幻影を袈裟斬りにした。勢いを持て余したその刃が触れて倒れて、幻影の自作だという湯のみが転んで割れた。
 幻影が消えて、幻の庵が消えて、黒い炎の燃え盛る草原に紫草は今また立っていた。さぁ、次の戦場へ足を運ぼう。紫草は未だしばらくは泥を捏ねて暮らす気には到底なれぬ。
大成功 🔵🔵🔵

百舌鳥・寿々彦

僕の怖いもの
それは

鈴子
僕の片割れ

長い黒髪を揺らしていつものように微笑む

ねぇ、知ってたんだろ

真っ暗な瞳が僕を捕らえる
あの瞳がいつだって恐ろしかった
僕の心の全てを見透かしてるみたいで

父さんはいつだって仕事で忙しくて
勉強も運動もなんだって出来た鈴子ばかり見てて
僕を見てくれなかった

母さんが出てって
父さんは少しずつ壊れていって
僕に執着する様になった

でも
僕は本当は嬉しかった
なやっと父さんが僕を見てくれたから

それなのに
またお前は奪った

嫌悪と恐怖心が蜘蛛へと形を変える
微笑む鈴子に牙を剥く

僕の気持ちわかってた癖に
誰よりも一番わかってる癖に

一番怖いのは
僕の醜さも愚かさも
全てをわかっていて
全て許すお前だよ
鈴子


 黒い炎が揺れていた。空気を巻き上げる様な熱気に艶やかな黒髪を靡かせて、黒いセーラー服のスカートを、羽織る着物の裾をはためかせて、百舌鳥・寿々彦(lost・f29624)の目の前に幻影は黒い少女の姿で立っていた。
 血を分けた双子でありながら寿々彦とは対照的な黒。唯一何処か似通った酷く整った白い貌で、黒い瞳を細める様に、いつもの様に彼女はーー百舌鳥・鈴子は微笑んだ。その深淵の様な黒い瞳にしかと寿々彦の姿を映して。
「ねぇ、知ってたんだろ」
 恐怖を押さえ込んでの寿々彦の問いは、余裕のなさを物語る様に幾らか唐突なものとなる。その意図を知ってか知らずかまるで無風の微笑みのまま、鈴子のすがたの幻影は言葉を返すことはなく小さく首を傾げて見せた。優しげに細めてありながらも真っ黒なその瞳に見つめられると、寿々彦はいつも怖くなる。生前から、怖くて怖くて、仕方なかった。黒い瞳はいつだって、決して多くを語らぬ彼女の言葉よりなお雄弁に寿々彦へと物語るのだ。……寿々彦のことなんて全てお見通しだ、と。
 まだ家庭が平和な場所であった頃から、寿々彦の父はいつだって仕事で忙しい身であった。周囲の期待と重責を一身に背負う身として朝の早くに出かけては、帰宅は家族が寝静まったその後だ。休日とてお構い無しの連絡に休むことなど儘ならず、たまの休みは疲れを癒すに精一杯。そうした彼が辛うじて仕事の合間に家庭へと目を向けた時、その視線を攫うのはいつだって「わかりやすく優秀な」鈴子だった。全国模試の順位は言わずもがな、所属する運動部での活躍も目覚しい。文武両道を絵に描いたような彼女の存在は父の仕事に疲れた脳でなおわかりやすく賞賛に値するものと映って、必然、何も人並み以上にはこなしながらも彼女ほどには目立てぬ寿々彦の存在は日陰へと追いやられていた。
 母が家を出て行ったのは何故だったろう。けれどもあの当時、上辺には円満だった筈の家庭の軋む音に誰よりも早く気づいていたのであろうことは確かだ。そうして、彼女の逃亡がその家庭の崩壊を早め、とどめを刺してしまったことも。
 益々仕事に打ち込みながら心の寄る辺を邪神教団へと求めた父は徐々に、けれども目に見えてその精神を狂わせた。己を、家庭を捨てた母親の面影のある寿々彦へと執着を見せ始めたのもこの頃だ。父は、母への愛と憎悪を綯い交ぜにした執着を暴力というかたちで寿々彦に叩きつけながら、その存在を支配下に置こうと躍起になっていた。
「あの時、本当は嬉しかったんだ。父さんがやっと僕を見てくれるようになったこと」
 寿々彦の言葉に、鈴子の微笑みは揺るがない。その意図を解らぬのか、解ってなおもそうして微笑んで居るのだろうか、ーーきっと後者だ。
 世にはストックホルム症候群だなどという言葉がある。己の殺生与奪を握る存在に愛着を覚えてしまう心理作用だ。傍目にはそうとも映る寿々彦の歪んだ歓喜を、けれど寿々彦は明確に異なるのだと言い切れる。父に殴られ、蹴られ、暴力を振るわれるずっと前から、どのような形であれどその瞳が己へと向くことを希って居たのだと、今なら言い切ることが出来る。だから嬉しかった。たとえ注がれる愛の形が理不尽な支配と暴力であれ、本能でその身を萎縮させながらでも、長く日陰にあったその心にはやっと一条の光が注がれた心地さえもして、何処か救われていたほどだ。
 それなのに。
「それなのに、またお前は奪った」
 鈴子は、かつて寿々彦を日陰に追いやりながらも父の歓心を買い続けた己の美点の全てをこれみよがしに投げ打つかの様に、赤点を取って、素行を悪くして、父の逆鱗に触れることを敢えてして、父の怒りの矛先を一身に己に向けさせた。それは表面的には確かに寿々彦を守り、暴力から救う行いだ。それでも鈴子は、鈴子だけは。
「僕の気持ちわかってたくせに」
 今告げる寿々彦の言葉に斯くも悔しさが滲むのは。
「誰よりも一番わかってるくせに」
 寿々彦が本心では望まぬと知りながらそれを敢えて為した彼女への恨めしさ。そうして「救われた」はずの寿々彦がやがてこうして彼女を恨むことさえも、鈴子はわかっていた筈だ。
 寿々彦の胸のうちに、恐怖心を塗り替える様に強い嫌悪が首をもたげる。嫌悪は毒蜘蛛の形をして、わらわらと湧き上がる。黒いその群れが、今、鈴子へと襲いかかるのに、彼女は微笑みを崩すこともなければ、己の身を守ることさえしない。
 ーーまるで、こうなることさえも全て見通していたかの様に。だから、最初から最後まで、寿々彦へ向けて攻撃のひとつもしないままで。
「一番怖いのは、僕の醜さも愚かさも全てをわかっていて、全てを許すお前だよ」
 果たして寿々彦のその恐怖も、恐怖ゆえの嫌悪さえ今また許してしまうかの様に、群がる毒蜘蛛たちにその身を覆われながら鈴子の幻影は、最後、一層に笑みを深めた。
 やがて幻影が消え去った草原で黒い炎と毒蜘蛛たちに囲まれながら、寿々彦はただ立ち尽くしていた。
大成功 🔵🔵🔵

花厳・椿

真白の蝶の群れでしかなかった私
そんな私をみつけて手を差し伸べてくれたのが椿
でも
彼女は愛する人に裏切られて殺された

だから今度こそ
私は椿を幸せにしてあげると誓ったの
椿から名を体を貰ったその日から
私が椿

だから
椿はお前が憎い

目の前に現れた男
濡羽の髪に切長の瞳
一振りの刀のような男

私から椿を奪った男
椿が愛した男

私の中で椿が泣く
憎い
愛しい
忌忌しい
恋しい

主人の妻である貴女に恋をして
主人の名のまま貴女の首を落とした男
そんなやつの何がいいの

でも
彼女は泣くの
愛しいと

私はお前が恐ろしい
やっと手に入れた私の椿
私だけの椿
彼女はお前を思ってまだ泣いている

男の幻影を切り刻む
消えろ
消えろ
消えろ!!!
私の椿の前に二度と現れるな


 人形めいた風貌の白く儚い少女を見下ろして、濡れ羽色の髪の男が立つ。すらりと上背のある体躯はよく均整が取れていて、日々の鍛錬を偲ばせた。凛と伸ばした背筋に、切れ長の高い眦に若武者らしい実直さと自信とが満ちている。そのどれが、あるいは全てがそうさせるのか、研ぎ澄ました刃の様な空気を持って、まるでその存在が一振りの刀の様にさえ思えるその男ーー幻影は花厳・椿(夢見鳥・f29557)の大切な人を殺した男の姿で現れた。
「椿はお前が憎い」
 静かに紡ぐ声が震える。恐怖も怒りもそこにある。
ーー憎い。
 胸の奥のどこかで声がする。その主は椿に名前と体をくれた美しいひと。
 椿がまだ椿という名さえも持たぬ頃、真白き蝶の群れでしかなかった椿へと手を差し伸べてくれたうら若き武家の奥方、それが「椿」。武家の姫君として生まれれば己の気持ちなど風の前の塵に等しく価値を持たぬものだと聡い彼女は知っていたから、最初から諦観の下に何も望まず何も欲さず、彼女を閉じ込める屋敷の中でただ静かに退屈に日を送ることに甘んじた。恋も知らぬまま家の為に嫁いだ先で、唯一の話し相手としたのは真白の蝶。かたく蓋をして何も望まぬと決めていた彼女の心が唯一揺れて欲してしまったのが目の前のこの男。
 偶然を装う雪の夜の邂逅を故意であったと真っ直ぐな瞳で告げられ、己の名とおなじ花の一輪を捧げられたなら、初心な彼女の心をいかほど揺さぶるか等想像に難くない。それを衷心でしてみせたこの男もまた深く彼女を愛しておきながら、人目を忍ぶ逢瀬を重ねるごとに互い想いを募らせながら、畢竟、「椿」は夫の姓のまま首を落とされた。主人の細君に懸想した不届き者たるこの男の一族も、不貞で夫の顔に泥を塗った「椿」の一族も、椿の花が落ちる様に呆気なく儚く落ちた「椿」の細首ひとつに命を救われた。そうしてひとり生贄にされた彼女の名と体を受け継いで椿は誓ったのだ。今度こそ「椿」を幸せにしてあげる。その約束を妨げにこの幻影は現れた。
 男が刀を振り下ろす。首を狙った太刀筋を椿は躱し、けれども躱しきれずに刃は薄い肩口を浅く抉った。目の前を過ぎた刃にあの日の最期の光景を思い起こしたか、『椿』が啜り泣く声がする。
ーー憎い。愛しい。忌々しい。恋しい。
 嗚呼、可哀想な「椿」。それにしたってこんな男のどこが良いのかと椿は思う。実に女のこころのわからぬ男だ。家の汚名をそそぐより、家の安泰を願うより、手に手を取って「椿」をあの屋敷から連れ出してくれたならどんなに良かったことだろう。駆け落ちの先で名前さえ捨てて慎ましく暮らすことになろうと構わない、そんな乙女の淡き夢を、愛していたくせどうしてわかってくれなかったの。椿の中で「椿」が泣く。
 けれどもどだい無理な話だ。男はどこまでも武士だった。ゆえに家名をとってしまった。乙女心とは相容れぬ。そうしたもののふらしい高潔さこそが彼を成し、「椿」の心を奪ったこともまた事実だと頭のどこかで解るからーー憎みながらも憎みきれずに、有り得もしない別の答えへ未練を引きずるままに、今もまだ「椿」は彼を愛して泣いている。椿にとってはとても、恐ろしいことに。
 だから椿の恐怖はこの男の姿をしたのだろう。
「やっと手に入れた私の椿。……私だけの椿」
 白い胡蝶の頃から慕っていた。小さな翅では彼女を連れ出すことは叶わなかったけれども、この男には出来ただろうに。それをしなかったくせをして、「椿」を殺したくせをして、今なお「椿」を悲しませるこの男が、
「……憎い」
 恐怖を怒りが、憎悪が上回る。白い手の中には重く沈む剪定鋏がある。
「消えろ……消えろ、消えろ!!!」
 鋭い太刀筋を浴びせかけられ、己の血に塗れながら、構わずに間合いを詰めて椿は鋏を振り上げる。逃れられぬ様、小さな手で着物を掴んでしがみつく様にして、切り刻む。何度も何度も。抗う男の刀が背中を抉るのを知りながら、切って切って切って、鋏は最後に男の首を断つ。
「消えろ。私の椿の前に二度と現れるな」
 消えゆく刹那、幻影の瞳が僅か瞠られた。椿の後ろに、長い黒髪の女を見たであろうか。
 黒い炎が燃えるばかりの草原に、椿ひとりが残された。
大成功 🔵🔵🔵

菊・菊


「あーきちゃん!」

茹だる夏が向こうからやって来た

黒いセーラー服が風に揺れて
向日葵みてえに笑う

誰よりも優しくて強い
誰よりも残酷なあの子

「仲直り、しようよ」

クソみてえな悪夢

同じ施設の同じ実験体
それでもよわい俺を気にかけて
外で満足に遊べない俺に
外がどんなに楽しいかって話す

アキちゃんはわたしが守ってあげる!
口癖にだった
毎日狂ったみてえに、そう言ってた

嫌いだった

そう言ったくせに俺より先に死んだから
なのに夢で俺を責める

俺が置いてったんじゃねえ
お前が置いてったくせに

大嫌いだ

「やだ。」

もう、俺は走れる、
もう、俺が、大事にしたい奴がいる

だから
「お前は、もう要らない。」

『最悪』
弔いの花が咲く

もう、自分で歩けるよ


「あーきちゃん!」
 底抜けに明るい声は、この死の草原にはあまりにも場違いなものだった。その声に、黒い炎の向こうから大きく手を振って駆けて来る影に、菊・菊(Code:pot mum・f29554)はとびきり不機嫌に眉を潜めた。茹だる夏が向こうからやって来た。柄にない詩的な表現で以て心の内に独り言つ。
 けれどもあながち間違いはない。黒いローファーは焼けた大地を軽やかに踏んで、黒いセーラー服のスカートが、橙色のスカーフが風に揺れる。可憐な貌は大輪の向日葵みたいに眩しく笑う。菊の知る中で誰より優しく強くありながら、誰よりも残酷なこの少女はあの日と寸分違わぬ笑顔を湛えて現れた。鮮烈な真夏の彩りを装った、それが菊の恐怖。
 今彼の傍らへ至っては、後ろで腕を組みながら背伸びして菊の顔を覗き込む様に、その愛らしい顔を、鼻先の触れそうな程に菊へとうんと近づけて。少女は笑う。
「仲直り、しようよ」
 この上もなく愛くるしい笑顔なのに、それがあまりにもあの頃のままだから、皮肉にも菊には嫌な記憶を呼び起こす。
 ーークソみてえな悪夢だ。日頃は心のどこか奥深くへと沈めてありながら、ふとした折にそれが浮かんで、思い返す度菊がそう吐き捨てたくなる記憶。施設と呼ばれるその場所が味も素っ気もない白い箱めいた建物だったと知ったのは、菊がそこを出た後のこと。連れて行かれた時にはそれをまじまじと見る余裕等はなく、施設の内に居た時にはその外観など知る由もない。実験体だった菊は殺風景な白い部屋で、いつも腕にその身に無数のチューブだの用途も知れずに不快ばかりを齎す機械だのを繋がれて、起きてある時間のほとんどを何の代わり映えもない無機質な壁や天井と向き合っていたのだから。
 唯一外界に繋がる窓には鉄格子なんてありはしなかった。必要なかったのだ。当時の菊の体力ではたとえその窓を越えたとてどうせ逃げ出す事など出来ないと、その気力さえないのだと研究者たちは知っていた。
 けれども同じ施設の同じ実験体でありながら、彼女はまるで違っていた。
 満足に外では遊べぬ菊へと、外の楽しさを語って聞かす。囲いひとつない空間のどこまでも続くその広さも、息の詰まらぬ幸せも、窓硝子を越さぬ空の青さも、突如降る夕立の雨の冷たさも。それがどんなに素晴らしいものであり、どんなに楽しいものであるのか。いつかアキちゃんにも知って欲しい。眦を下げて語るその言葉が、劣るもの弱きものへの優越感ではなくてその本心から出るものであると心のどこかで知れたから、菊は手の届かないその世界を彼女の言葉の描くままありありと思い浮かべては夢想して、いつかはそこへと願ったものだ。その夢想の中、まだ見ぬその場で傍らに、向日葵の様な彼女を伴って。
 無論、夢物語だと知っていた。生命の維持に必要な栄養さえも腕に首に刺された針が繋いだチューブを濾して得る身には。けれどもそうしていつも弱気になる菊の胸の内を知るかの様に彼女は毎日口にするのだ。繰り返すのだ。重すぎるほど、狂おしいほど、毎日毎日、毎日。
「アキちゃんは私が守ってあげる!」
 所詮互いに実験体の身であった。あてのない誓いだろうと知っていた。それでも日々繰り返される内、その言葉を信じたいと縋りたいと思う己が確かにあった。それでも果たしてその末路はーー嗚呼。
「どうして私を置いて行ったの?」
 毎夜夢の中で彼女が菊を責める。
 夢の中の彼女は生命の力に満ちた夏の面影を持ちながら、けれども盛夏の高い太陽は影をも暗く落とすのだ。見たくなかった。そんな風に翳る顔など。置いて行ったのは菊ではない。弱かった筈の菊が人を人とも思わぬ様な幾多の実験を耐えた末にあの施設を生きて後にした一方で、強かった筈の彼女が……どうして。
「仲直りしようよ」
 今、繰り返す言葉は哀願めいた。この幻影は確かにあの日の彼女のままだ。だから何の害意も菊には向けず、その強さと優しさがまた恐ろしい。たとえば彼女がこの身を抉るなら、それならば所詮は敵として菊が討つべき相手として易く折り合いをつけられようものを、どうして、あの日と同じままその懐っこい笑顔を向けて来て、今、寂しげに笑うのか。
 もう、眠らせてやらねばならぬ。
「お前は、もう要らない」
 ーー『最悪』。
 強いて憎まれる言葉を選んで菊は声を絞る。刹那、盛夏の明るさで咲き誇る彼女とは反対に冬を咲く花の花弁が辺りを満たす。
「俺が置いてったんじゃねぇ。お前が置いてったくせに」
 だから、大嫌いだ。声にして手向けてやれば、向日葵の花弁の様な瞳が間近で潤む様を見た。
「やだ」
 悄然とした囁きを聞きながら、憐れみと慕情は揺れる。けれども、それでも、もう菊は己の足で走れる。もう、大切にしたい存在が過去ではなくて今、他にある。かつて、あの頃たしかにかけがえがないと思ったこの少女のほかに。
 舞い散る菊花の花弁は黒いセーラー服を纏った少女を切り刻む。弔いの花を彼女はーー所詮は幻影なれどもどんな心地で見ていたろうか。
「もう、自分で歩けるよ」
 数多の花弁にその身を切り裂かれ、己の血の海へとその身を沈めながら、それでも菊の言葉を耳にした少女が微笑んだ、ような気がした。
 幻影が消え果てた後に残るのはその血溜まりさえ焦がす様にして黒く燃え盛る炎ばかり。
大成功 🔵🔵🔵