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アポカリプス・ランページ⑮~遺怖の火群

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#アポカリプス・ランページ⑮


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●炎は揺らぐ
 メンフィス灼熱草原。
 其処はかつて、ミシシッピ川に面した大都市だった。されど今や都市の面影は少しもなく、全域が消えることのない黒い炎に覆われている。
 死の草原と化した灼熱の地には、炎以外にも或るものが渦巻いていた。
 それは恐怖。
 黒く燃え上がる炎に近付けば、その者にとって恐るべき存在が現れる。幻影であるそれは実体を伴い、汎ゆる方法で此方に襲いかかってくるという。
 それはかつて倒した敵かもしれないし、よく知る親しい者の姿を取るのかもしれない。
 或いは忌むべき悪夢を具現化したものであったり、幼い頃から何故か怖いと感じているものだったりする。それがどんなものであったとしても、戦うことが怖かったり、恐ろしいと呼べるものであることは間違いない。

 揺らめく陽炎。黒い焔の影。
 ――あなたに視えているものは、一体なあに?

●恐怖の象徴
 アポカリプス・ランページの戦いの最中に奇妙なフィールドがある。
 その場所に怪しい存在が現れているのだと語り、花嶌・禰々子(正義の導き手・f28231)は仲間達に状況を説明していく。
「フィアフル・ファントム。それは言葉通りに恐怖の幻影と呼ばれているの」
 この幻影は相対者の精神を読み取って具現化する。
 怖い、怖ろしい、戦いたくないと感じるものに変化する実体化系の幻だ。この幻影に対して強い恐怖心を持つ者の攻撃は、すべてすり抜けてしまう。
 だが、一度でも恐怖を乗り越えた後の一撃であれば、実体ごと幻影を貫けるうえに一撃で霧消させられるという。
「要は恐怖との戦いね。怖いと思うものに対峙するのはとても苦しいわよね……。でも、心を強く持って挑めば倒せることもわかっているの」
 恐怖は人それぞれで、克服の仕方や対峙の方法も様々だろう。
 涙と共に畏怖に別れを告げてもいい。強い心を持って跳ね除けてもいい。恐怖の炎を乗り越え、先に進むことだけは皆同じだ。
「大丈夫、あたしは信じてるわ。みんななら絶対に勝ってきてくれるってことを!」
 きっとこれは此の先への意志を示す戦いになるはず。
 そうして禰々子は仲間達を見渡し、確かな信頼が宿った眼差しを向けた。


犬塚ひなこ
 こちらは『アポカリプス・ランページ』のシナリオです。
 舞台は灼熱の草原。其処に渦巻いている炎から恐怖の象徴が現れるので、立ち向かって倒してください。

●概要
 戦場は黒い炎が燃え上がる草原。
 あなたが恐怖する対象と対峙する→乗り越える→一撃必殺! という流れのシナリオです。一撃必殺はユーベルコードを指定してくださっていればこちらで格好良く描写するので、どのように恐怖を乗り越えるかを魅せて頂けると幸いです。

●プレイングボーナス
『あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える』

 恐怖、畏怖、強大だと感じるもの。
 あなたが怖い(あるいは戦いたくない)と思うものをご指定ください。
 偽物であることをご了承していただければ、以前に倒した・まだ倒していない宿敵さんなども大丈夫です。
 相手の口調などの拘りがあればプレイングにお書きください。

 見える対象が乗り越えるべき恐怖ならば、無機物でも人物でも概念でも景色でも、とにかく何でもご自由にどうぞ!
 ※恐怖の対象が曖昧で一体何なのかわからなかったり、プレイングでまったく何も指定されていないもの、他人の宿敵や他PCさんを無許可で出していると思われるものは採用できかねますので、ご注意ください。

 それでは、どうぞよろしくお願い致します!
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第1章 冒険 『恐るべき幻影』

POW   :    今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。

SPD   :    幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。

WIZ   :    自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ニノマエ・アラタ
※色々書いてますが、おまかせです

恐怖。
それは絶対に殺せない相手がいるということ。
死んでいるが、再び殺すなどと。

私のことを、何度も、何度もよんだでしょう?

白衣を来た、美しい女……否、研究者。
柔らかな笑み、甘い香り。
幾度か邂逅し、別れを告げたはずなのに。

だから、来たのよ。

彼女の両腕に渦巻く黒い炎、
どうせなら、このまま抱かれて焼かれてしまいたい。
じりじり、身が焼ける。

死を覚悟した、その時。

違うわ。
胸の内から、もう一人の、彼女の声。
私があなたに託したのは未来。
道連れにしたいと誰が言ったの?

……目の前にいるのは、ニセモノ。
一瞬で眼が覚めて、身より溢れ出すは紅蓮の業火。
黒炎を逆に炙るように燃え広がる紅蓮。



●託されし思い
 黒い炎が燃えあがり続ける草原。
 其処に渦巻き、潜んでいるものは人の心を惑わす力だ。メンフィス灼熱草原と呼ばれる場所に訪れたニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)は真っ直ぐ前を見据えた。
 ――恐怖。
 それは即ち、絶対に殺せない相手がいるということ。
 或いは二度と殺したくないと言い換えた方がいいだろうか。一度死んでしまった者は殺せない。まったくもって当たり前のことなのだが、今だけは違う。
 黒い炎は常識を歪ませていく。死んでいる者を再び殺させようとしているのか。若しくは、殺せない事実を見せつけるためか。
 どちらにしろニノマエを恐怖に取り込もうとしているのは間違いない。
 今、草原に佇む彼の目の前にはひとり分の人影が現れていた。その影はニノマエがよく知っている顔になり、姿に変わっていく。
『――私のことを、何度も、何度もよんだでしょう?』
 そして、影は懐かしい声で問いかけてくる。
 それは白衣を着た美しい女性だ。否、と軽く首を横に振ったニノマエは、女性ではなく研究者だとして彼女を認識しなおす。
 柔らかな笑みに甘い香り。
 彼女はこれまでに幾度か邂逅し、別れを告げたはずのひとだ。
「呼んでなど……」
 いない、と言い切れないニノマエの言葉を遮るようにして彼女は微笑む。
『だから、来たのよ』
 言葉自体は短かったが、相手の仕草から意思が伝わってきた。此方に向けて腕が伸ばされている。白衣の裾が揺れ、彼女の両腕に渦巻く黒い炎がじわじわと近付いてきた。
(――ああ、)
 ニノマエは声を出すことなく、そのままじっとしている。
 恐怖がないとは言えない。何かしらの行動をしてしまえばまた彼女を殺めてしまう。偽物であっても、対象が直接的に手を下させるように出来ているのだからこの炎は厄介だ。
(どうせなら、このまま抱かれて焼かれてしまいたい)
 優しい微笑みを向けられながら、漆黒の闇に彼女と二人で堕ちていけたら。
 じりじりと身が焼ける。
 それもいいかもしれない。寧ろこれこそが至上の終わりなのだろうか。とニノマエの感情が揺らぐ。そして彼が死を覚悟した、そのとき。

 ――違うわ。

 目の前の女性からではない、彼女の声が響き渡った。
 それはニノマエにしか聞こえていない、胸の内から響くもの。もう一人の――否、本当の彼女の声だった。
『私があなたに託したのは未来。道連れにしたいと誰が言ったの?』
「そうか……」
 ニノマエは一歩、後ろに下がった。そうすることで偽物の彼女の腕が解ける。じっと此方を見つめている偽の影に向け、ニノマエは静かに宣言した。
「……目の前にいるのは、ニセモノだ」
 あれは違う。本物の彼女の遺志は、この胸の奥に宿っている。
 一瞬で眼を覚ましたニノマエの身体から激しい業火が溢れ出した。黒炎を逆に炙るようにして燃え広がる紅蓮の焔。
 それは瞬く間に炎を押し返し、恐怖ごと全てを飲み込んだ。
 ニノマエは黒い焔が自分の周囲から消え去ったことを確かめ、胸に掌を当てる。
 ――ありがとう。
 言葉にしない思いは誰にも聞かれぬまま、静かなる裡に沈んでいった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

明日知・理
ルーファス(f06629)と


_

恐ろしい敵
誰だろうと思考し
思い当たるものがいくつかある
其の内の一人が眼前にいた
「……っ」
"余興"として、かつてルーファスと対峙させられ
殺し合いをさせられた
吸血鬼らしい牙を覗かせて唇を歪ませる相手

戦場にて相対する以上
互いに譲れぬ正義が、護りたい何かがある
今もそうだ
もう二度とルーファスを傷付けさせない
その為に俺は戦場に立ち刀を構える
不意に名を呼ばれ視線を向ければ
そこには不敵に笑む貴方の姿
紡がれた言葉の意味を察して動揺し頬が熱持つけれど
敵わないなと愛しく想う

背中合わせ
体温を感じる
ルーファスがこの世界に
俺の隣にいるのなら
何者にも負ける気がしない


ルーファス・グレンヴィル
◎理(f13813)と

アレは忘れもしない敵
──忘れられるわけもねえ
ギリッと奥歯を強く噛み締めた

目前の恐るべき敵は、
あの日、あの時、
オレから理を奪おうとした
悪夢を見せ付けてきた鮮血卿

一度二人で倒した筈だ
でも確かに目の前に居る

ハッ、でも、そうだな

あの時お前が現れたおかげで、
オレは理を手放したくねえって
この気持ちは捨てられねえって
そう自覚させて貰ったから

なあ、理、

構えた槍を強く持って
いとしい、君の名を紡ぐ
それがどれだけ幸せか
オレは知ってるから

コイツを倒したら覚悟しろよ

いつだって、死んでよかった
けれど今は生きたい理由がある
誰にも触れさせたくもない
理を、誰にも渡さねえ

──さあ、ケリを着けようかッ!



●I ×××× you
 草原に広がる黒い炎が齎すのは具現化した恐怖。
 恐ろしいものと一言で云っても、人によってそのかたちは様々。
 或るものは化け物が恐ろしいと語り、別の者は孤独が怖いと語るだろう。自分では説明の出来ないことに恐怖を覚えたり、或いは――失うことが恐ろしいと感じる者もいる。
 明日知・理(月影・f13813)とルーファス・グレンヴィル(常夜・f06629)は揺らめく焔を見据え、襲い来るものに立ち向かう決意を固めていた。
 恐怖。つまりは恐ろしい敵。
 誰だろうと思考した理には、思い当たるものがいくつかあった。もう戦いたくはないと感じる敵は何人もいる。
 次の瞬間。思い浮かべたうちの一人が眼前に現れた。
「……っ」
「アレは――忘れられるわけもねえ」
 理は息を呑み、ルーファスも奥歯を強く噛み締める。二人の前にはっきりとした姿を伴って出現した相手は不敵に嗤っていた。
 あの日、あの時、かつて。
 余興として、ルーファスと理を対峙させ殺し合わせようとした敵。牙を覗かせて唇を歪ませる相手は此方を見据えている。
 理もルーファスも警戒を強め、目の前の恐るべき敵を睨み返した。
(オレから理を奪おうとした……相手)
 悪夢を見せられた。
 苦しい思いを味わわされた。
 それゆえに忘れることなど出来なかった。確かに倒したはずの者が現れるなど現実的ではないが、実際にこうして現れている。
 恐怖というものを乗り越えられるか、悪意的な方法で試されているのだろう。
 ルーファスと理は相手の出方を窺うため、敢えて打って出ない。乗り越える前に攻撃をしてもすべてすり抜けてしまうということは聞いていた。
 理は努めて冷静に対処しようと心に決める。
 戦場にて相対する以上、互いに譲れぬ正義や護りたい何かがある。今もそうだとしっかりと認識できた。
「もう二度と、ルーファスを傷付けさせない」
 理は無意識に思いを言葉していた。されどそれでいい。その為に自分は戦場に立ち、刀を構えるのだと考えられるようになったからだ。
 その声を聞き、ルーファスは薄く笑む。嘗ての敵が現れることで殺し合いの果てを想像してしまう。恐怖がないと言えば嘘になるが、怖ればかりでもない。
「ハッ、でも、そうだな」
 ルーファスは何となく納得できる気がしていた。あのとき、あのような出来事があったおかげで、理を手放したくないと感じた。
「この気持ちは捨てられねえ。そう自覚させて貰ったから感謝すべきなのかもな」
 黒竜の槍を強く握り締めたルーファスは敵を見据え続ける。
「――なあ、理、」
 そして、いとしい君の名を紡ぐ。
 こうするだけで。たったこれだけのことがどれだけ幸せか、知っているから。
 理はルーファスから名を呼ばれたことに気付き、視線を向ける。其処にはいつものように不敵に笑む彼の姿があった。
 同時に紡がれた言葉の意味を察してしまったことで、動揺を感じた。自然に頬が熱を持っていったが、愛しさも溢れてくる。
 敵わないな、と口にした理はルーファスに寄り添うように一歩近付いた。
 そのまま背中合わせになった二人は互いの体温を確かめる。
「コイツを倒したら覚悟しろよ」
「其方こそ」
 ルーファスの声と想いを背に感じながら、理も花驟雨の妖刀を構え直す。
 いつだって、死んでよかった。
 槍を強く握ったルーファスは理に逢う前の事を考えていた。戦場で戦って、ナイトよりも先に死んだならそのまま葬られても良かった。
 けれど、今は生きたい理由がある。
 誰にも触れさせたくもない。理を、誰にも渡さない。そのために生きると決めた。
 ルーファスの傍で、理も今を強く思う。
 この熱があれば、この想いが消えないなら。そして――ルーファスがこの世界にいて、自分の隣にいてくれるのならば。
「大丈夫だ。もう何者にも負ける気がしない」
 理はルーファスと共に黒い炎を纏う影を見つめた。
 この瞳に映すのは乗り越えるべきもの。ルーファスは理と一緒にこの先に進むための思いを声にしていく。
「――さあ、ケリを着けようかッ!」
 其の一瞬後。
 まやかしの炎に終焉を与える槍閃と、吹き荒ぶ剣閃が解き放たれた。敵としての存在を深く刳り、穿った攻撃。
 炎を祓うようにして幻の蝶が舞う。
 それは二人が恐怖の炎を乗り越え、未来を目指して歩き続けると誓った証。
 抱く願いが叶う限り――否、叶えていく為に。これまでもこれからも、この先も。
 ずっと、二人で。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルゥ・グレイス
あぁ、そうか。貴方が出てくるのか…。
全く予想外だ。あの絶望の天使が出てくると思っていた。

「はじめまして。母さん。…と呼ぶわけにはいかないか」

昔、ある少年が母親に売られた。
よくある話だ。
少年は何より母親を恐怖していた。いつ売られるかもわからない、そんな恐怖。

かくて少年は奴隷に、そこで生体情報まで余すところなくお金に変わり、その生体情報を元に生まれたのが、僕だ。
奴隷として売られた彼の偽物。
その彼さえ今生きているのかどうかさえわからない。
偽物の僕に残った、最も古い記録。そこにいたのは僕を売りに出した人の姿。きっと母親なのだろう。

ライフルを構え直す。
それは冷めた目でこちらを見ている。

発砲。

そしてーー。



●はじまりの記憶
 黒い炎に包まれた草原にて。
 恐怖が具現化するというこの場所には不穏な空気が渦巻いていた。
 ルゥ・グレイス(終末図書館所属研究員・f30247)の前に現れた影は怪しく揺らめく。
「あぁ、そうか。貴方が出てくるのか……」
 目の前の存在を瞳に映したルゥは軽く頭を振った。てっきり自分の恐怖ならば、あの絶望の天使が出てくると思っていたのだが、全くの予想外だったからだ。
「はじめまして。母さん。……と呼ぶわけにはいかないか」
 ルゥは一歩だけ、彼女に歩み寄った。
 だが、それ以上は近付かない。その代わりに少しだけ過去の出来事を思い返す。
 昔、ある少年が母親に売られた。
 その点については何とも思わない。何処にでもあり得る、よくある話だ。
 しかし、当時の少年は何より母親を恐怖していた。自分を産んだ存在として、縋るべき人は彼女しかいなかった。
 刷り込みめいた愛情を抱く以上に、いつ売られるかもわからない、そんな恐怖を母親に感じていたからだ。
 それゆえにこうして、ルゥの前に彼女が現れたのだろう。
 だが、今のルゥにとって彼女は母親ではない。大きな枠組みの中で言うならば紛れもなく母体だった。されど本当の親子かというと少し違う。
 売られた少年は斯くして奴隷にされてしまった。
 そこで様々な利用価値を見い出された。少年はその生体情報まで余すところなく金に変わり、それらを元にして生まれたのが――。
「……僕だ」
 大本の情報本体としての少年。フラスコチャイルドとしてのルゥ。
 奴隷として売られた彼の偽物が自分だと思っているが、恐怖として現れたのは本物の母親の姿をしたものだ。きっと情報の中に深く刻まれているからなのだろう。
「あなたは僕を息子だとは認めないだろうね」
 本物の彼さえ今生きているのかどうかさえわからない。母親だって、息子を売った後にどのような人生を辿ったかも不明だ
 偽物としてのルゥに残った、最も古い記録。其処にいたのが『僕』を売りに出した人――母親の姿なのだと思うと複雑だ。様々な感情が浮かんでは消えていったが、ルゥはそれを表に出すことはなかった。
 炎が身体を蝕もうと迫ってくるが、ルゥは一歩も動かない。
 そして、彼はライフルを構え直す。
 母親は、否、それは冷めた目でこちらを見ている。それゆえにルゥは何も躊躇しなかった。温かい目で見つめられていたならばこの恐怖は拭い去れなかっただろう。
 しかし、今ならば出来る。
 刹那、発砲音が戦場に響いた。結果は確かめなくとも解る。けれども確かな手応えがあり、母親だったものが消えていく様が見えた。
 ルゥは崩れ落ちた影を見ることなく、踵を返す
 そして――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ


黒い焔がとぐろを巻く
其れは愛なる呪…いや違う
私が…『私』がずっと恐れているもの

─きみを喪う恐怖

目の前には大きく立派な桜の樹
君が姿を変えた桜
遠ざかる君を見送り
冷たい根元で孤独に震えていた
おかしい
孤独なんて何とも無かったのに

君の象徴が枯れるのが怖くて
恐れは厄となり溢れて伝播してしまうのに
枯らさない為の贄なんて厄を招いたのはきっと私だ

果て約された別れが怖い
置いていかないで
私を過去にしないで
きみを過去にしたくない

愛しているが故の恐怖だから
否定せず私の心を受け入れる
きみと生きる今を尊んで
日々を重ね共に歩む為

手を伸ばす事をおそれない
離れても迎えに行く

其れに約束してくれた

呪を祓うよう薙ぐ
私の桜は咲いている



●とこしえの桜
 畏れの形を取り、黒い焔がとぐろを巻いてゆく。
 目の前で揺らめく炎を見つめる朱赫七・カムイ(厄する約倖・f30062)には最初、それが大蛇のように思えた。其れは愛なる呪の形を成しているのかと思いきや――。
「……いや違う」
 カムイは恐怖の形がどんなものなのか察する。私が、そして『私』がずっと恐れているもの。その光景が今、カムイの前に巡っていく。
 其れはきみを喪う恐怖。
 炎は景色を織り成し、カムイの瞳に不思議な光景を映し込んでいった。
 いつの間にか、目の前には大きくて立派な桜の樹が立っている。ただの桜ではなく、君が姿を変えた桜だとすぐに分かった。
 姿は変わっても、君は君。
 それでも心は冷えていた。遠ざかる君を見送って、冷たい根元で孤独に震えていた記憶と、目の前の幻想が重なる。
 おかしい、孤独なんて何とも無かったのに。
 君と出会う前はどうやって過ごしていたのだろう。孤独であるなど意識していなかった頃を思い出せないほどに、『私』は様々なことを知ってしまった。
「……きみが、いない」
 カムイは無意識に呟きを落としていた。
 君の象徴が枯れるのが怖くて仕方がない。恐れは厄となり、溢れて伝播してしまうというのに。心は揺らぎ、炎が桜を包み込む。
「枯らさない為の贄。そのような厄を招いたのはきっと、私だ」
 あのとき、もっと――。
 ふと過ぎった思いに答えは出なかった。どうすればよかったのか。これから、何をしていけばいいのか。
 此度も亦、いつか別れが訪れる。果てに約された別れが怖くて恐ろしい。
 置いていかないで。
 私を過去にしないで。
「きみを、過去にしたくない」
 カムイの身体が炎に包まれた桜で覆われていく。この恐怖をどうにかしなければ、神としての力すら奪われてしまうのだろう。
 このままでは独りで朽ちてしまう。そう考えたとき、カムイははたとした。
 この胸の裡にある恐怖は、愛しているが故のもの。
 苦しくて辛い。だが、きみと離れたまま朽ちゆく選択などするはずがない。この感情も否定せず、己の心を受け入れるべきだと気付いた。
 きみと生きる今を尊んで、日々を重ねて、共に歩む為に。
 カムイは手を伸ばすことをおそれないでいいのだと考え直す。たとえ離れても迎えに行けばいい。其の日が来るまでに、きみを――。
「其れに約束してくれたから」
 カムイは黒焔が作り出した桜の光景を見据え、喰桜を抜き放った。
 きみと共に往く為に、斬る。
 枯死の黒桜を纏ったカムイは、赫の一閃を解き放つ。呪を祓うよう薙がれた一撃は偽の桜を斬り裂き、幻を消していった。
 私の桜は咲いている。
 美しくいとおしい花を咲かせ続ける路を探したいと願うのは罪だろうか。
 それでも――願わくは、永久に。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵


噫、沈む

燃え盛る黒焔の前に居たはずなのに
息ができない
此処は陸であるはずなのに沈んでいく
恐怖というなら

私は水がずっと怖い
だって腹の中のよう
暖かい羊水に漂う様に落ち着いて
生温い血の池に沈むように苦しくて
…母上の掌のように冷たい

大蛇の巫女姫であった母の掌のような水流で
撫でられれば撫でられるだけ私と私の境目がなくなっていく
黒い影がとぐろ巻く大蛇のよう
きっと喰われ呑み下されたらこんな感じなんだわ
…今更罪を感じるなんて馬鹿みたい

私が本当に恐ろしいのは
水の化身の様な母であり全てを呑み込むような愛なのだろう

母上
偽物だからこそ問いかけられる
私に、全て散らしてしまえと望みましたね
私をこんな禍蛇に変えて
桜を散らせ、壊して家を潰して欲しいのですか
それとも、神を殺して欲しいのですか

…イザナの様に桜の樹に成り、一族に恵を運べたらまだ倖だった
けどもうそれも望めない

どんな叱責だって怖くないわ!
私は人魚の舞台を見届けるし、神と旅して願いを叶えて!
もう彼を独りになんてさせない
約束を守るの!
私だって私の運命に立ち向かうわ!



●永久を望むもの
 炎が燃えていた。けれども今は水の中。
 熱気がすぐ其処まで迫ってきていたというのに――噫、沈む。沈んでいく。
 誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は水底に囚われたような感覚を抱き、無意識に前に腕を伸ばした。燃え盛る黒焔など今は何処にも見えず、うまく息ができない。
 確かに陸の上にいるはずだというのに、ただ沈んでいく感覚だけが巡った。
 これが、恐怖。
 櫻宵は胸を締め付けるような鈍い痛みと共に言い知れぬ恐ろしさを感じた。
 自らも自覚している怖いものは水だ。いつからだっただろうか。ずっと、ずうっと前。産まれる前からそうだったような気もする。
 櫻宵が唇をひらくと、目の前に泡沫が浮かんでいった。
 幻だと分かっていたが、それすら恐ろしい。だって、此処は――水の中は、羊水で満たされた腹の中のようだから。
 あたたかくて穏やかな心地が一瞬だけ巡った。その中に漂うように落ち着いていながらも、同時に生温い血の池に沈むように苦しい。
 母の中に包まれていながらも、囚われている。そのような思いが消えてくれない。
「噫……母上の掌のように冷たい」
 水を掻くようにして掌を握り締める。母とは子を無条件で愛するものだという。きっと自分の母もそうだったのだろう。
 だが、彼女の愛は大きすぎて、痛々しいほどに重い。
 大蛇の巫女姫であった母の掌のような水流が櫻宵の頬を撫でる。これはあの黒焔が変じた偽物だということは心の何処かで理解していた。
 それでも、撫でられれば撫でられるほどに櫻宵の意識が遠退いた。
 まるで水に溶けていくかのようで心地よくありながらも、とても冷たい。真綿でじわじわと首を絞められるのもこのような感覚がするのだろうか。
(――私と私の境目がなくなっていく)
 黒い影がとぐろ巻く大蛇の如く変化していく。
 櫻宵は閉じそうになった瞼をひらき、自分の周囲に巡っていく黒い影を見据えた。こんなものただの幻影だと断じたかった。それだというのに伸ばした手も、抵抗しようと試みた指先も上手く動いてくれない。
 きっと、大蛇に喰われて呑み下されたらこんな風になるのだろう。綿よりも緩やかに、同じ存在に変えられていく心地は受け入れがたい。
「……今更、罪を感じるなんて馬鹿みたい」
 これまで幾度も喰らってきた。
 血肉を喰らい、標的を斬り刻み、花に変えて己のものとして――それは何の罪でもないのだと信じてきたというのに。
 愛しいひとと出逢い、愛されたことで櫻宵もまた変わった。
 今まで目を逸らしてきた事柄を見つめ直したことで、別のものも見えてきた。そして、櫻宵は漸く自覚した。
「私が本当に恐ろしいのは……」
 水の化身のような母であり、全てを呑み込むが如き強い愛なのだろう。
 渦巻く水流。絡め取られる身体。いつしか櫻宵の耳にはよく知る声が響いてきた。
 愛していますよ。
 誰にも渡さない。
 永久に咲く花には――。
 その声は優しく、それでいて他を拒絶するかのような響きを孕んでいた。愛する息子だけのことを考え、奪われまいとして自らの命すら捧げた大蛇。その念と思いが今、櫻宵の身体の中から溢れ出していた。
「母上」
 櫻宵は呼び掛け、双眸を緩やかに細める。
 この声も水も大蛇に呑まれる感覚も偽物だ。しかし、だからこそ問いかけられる。
「私に、全て散らしてしまえと望みましたね」
 何処からも返事はないが、櫻宵は問いを紡ぎ続けていこうと決めた。この焔が己の恐怖をすべて写し取っているというのならば。この身の奥底に宿る愛なる呪が恐怖を具現化させているのならば、答えもきっとこの胸の奥に隠されているはず。
「私をこんな禍蛇に変えて、桜を散らせ、壊して家を潰して欲しいのですか」
 やはり返答はない。
「それとも、」
 それでも櫻宵は問いかけ続ける。今は己を救うために力を尽くそうとしてくれる、大切なひとがいる。自分だけが愛に呑まれて終わりというわけにはいかない。
「神を殺して欲しいのですか」
 櫻宵が真っ直ぐに水流の中心を見つめると、その中で誰かが瞼を開いた気がした。
 そう感じられただけかもしれないが、次第に先程の声が幾つも重なっていく。
 違う。そうよ。
 そうなの。けれども、違う。
 相反した言葉が何度も繰り返される中、愛している、という声が木霊する。そして、雑音が混じったような母の声が聞こえた。
『桜を……いえ、只々あなたに――■■■■て、ほしい』
「……母上?」
 一部分が上手く聞き取れず、櫻宵はもう一度、母を呼んだ。
 しかし、声はそれ以上なにかを言うことはなかった。
 始祖であるイザナイカグラのように桜の樹に成り、一族に恵みや栄華の恩恵を運べたらまだ倖せだっただろうか。
 けれど、この愛呪が裡に宿る限りはもうそれも望めない。
「母上、私は――」
 俯きかけた櫻宵はずきりとした痛みを感じた。黒焔は既に櫻宵の身体を蝕み、滅ぼそうとしている。いつまでも偽物に恐怖している場合ではない。
 櫻宵は紡ぎかけていた言葉を自ら遮り、強く前を見据えた。
「確かに母上のことは恐ろしい。でも、もうどんな叱責だって怖くないわ!」
 言葉にした思いは恐怖を吹き飛ばす。
 屠桜を抜き放ち、刃で水流を振り払った櫻宵はひといきに跳んだ。その姿は瞬く間に桜獄大蛇へと變化していき、櫻宵は遙か上空に飛び立つ。
「私は人魚の舞台を見届けて、あの子を送るわ。そして、神と旅して願いを叶えていくの! もう彼を独りになんてさせない。約束を守るの!」
 思いを言の葉に変えていく度に、あたたかくて強い力が巡っていった。
 何も怖くない――なんて、大それたことは語れない。これからも櫻宵は恐怖や畏怖を抱き、迷いながら進むしかないのだろう。
 されど、今だけはこんな偽物など撃ち破ってみせると心に決めた。
「私だって、私の運命に立ち向かうわ!」
 そして、桜が舞う。
 焔を喰らう勢いで翔けた桜獄の大蛇は幻すら花に変え、咲かせてゆく。
 愛の呪が絶望と悲哀を糧に育ち、己を蝕むというのならば、其れを超えるほどの希望と歓喜を重ねていけばきっと未来は拓ける。
 運命は亦、此処から巡り――新たな始まりと終わりを繋げていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード


一面火の海だ
火は好きじゃない、怖い
揺らぐ炎が全てを焼き尽くしていった

あの子が笑った花園も、
なかなか離れる事が出来なかったベッドも
美味しいと言ってキャロットケーキを食べてくれたテーブルも

あの子の家、
そしてぼくの友だちも
ぜんぶ全部
火が焼いて壊して失ったから

思い出せばそのまま目の前に現れて燃えていく
なのに
ぼくの足は震えて地に貼り付いたままだ
これが『護衛機』だなんて笑ってしまうな

火は怖い
火に燃えて尽きてしまう命も怖い
置いて行かれてしまうのはもう嫌なんだ

大切だったものが燃えては消えて
夕化粧の次に現れたのは1人の少女……ルー!まって!!

容赦なく劫火があの子を覆い尽くして
その後に小さな女の子…いや、人形?

嗚呼、君は『ルー』じゃ無かったのだっけ
ならもう、良いか
良いのか
ぼくが今壊れても『君』は、ただずっとあのベッドで寝ているだけ――

地を蹴り
火に飛び越えて
異常な熱さに警告音が鳴る
それでも『君』に手を伸ばす

人形だって解ってる、けど
君だってもう失いたくない
もの言わぬ人形だからって独りに出来ない
君の所に帰るんだ



●ただ君に花を
 黒、黒。揺らめく黒。
 何処を見ても漆黒の炎が広がっている。
 一面の火の海を双眼に映したノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は迫りくる炎の熱を感じ、思わず後退った。
 ノイは元から火が好きではない。この炎の海を見るだけでも怖いという思いが胸の裡に浮かんでいく。ノイはその場に立ち尽くしたまま、焔から想起される過去を思い返す。
 嘗て、揺らぐ炎が全てを焼き尽くしていった。
 あの子が過ごした部屋。皆で過ごした屋敷。
 彼女が笑っていた花園も、なかなか離れることが出来なかったベッドも。
 とっても美味しい、と言ってキャロットケーキを食べてくれたテーブルも。
 みんなみんな、炎が奪い去っていった。
「そうだ、こんな風に」
 ノイの前にはあのときの光景が広がっていた。黒い炎がノイの恐怖を具現化したのだろう。そのことは理解しているのだが、恐れは消えてくれない。
「あの子の家。そして、ぼくの友だちも……ぜんぶ、全部」
 火が焼いて壊してしまって、失った。
 ノッポの執事役の君。気の強いメイド役の君。まん丸のコック役の君。
 かつての機人の仲間を思い出せば、そのまま目の前に現れて燃えていく。あの光景を繰り返す炎の幻影は、何度も彼らが消えゆく様を再生した。
 助けに向かえば、この幻影の中だけでも誰かを救えるだろうか。まやかしであっても炎を消せるのだろうか。
 踏み出せば届くかもしれない。そんなことばかりがノイの中に巡っていく。
 それなのに、ノイの足は震えて地に貼り付いたまま。
 これが『護衛機』だなんて笑ってしまう。たとえ廉価版だとしても職務を全う出来なかった理由にはならない。自嘲するような思いが浮かんだが、ノイは踏み出していけないまま。
 その間にも火は赤く変わり、轟々と音を立てながら燃え盛る。
 炎は怖ろしい。
 それに、火に燃えて尽きてしまう命も怖い。
 ノイにとっての恐怖とはこの機能が停止することではなく、自分以外の者達が消えていくことだった。
「置いて行かれてしまうのはもう嫌なんだ」
 大切だったものが燃えては消えて、浮かんではまた沈む。
 揺らめき続ける炎がすべてを包み込んでいく中、夕化粧が見えた。その下にふわりと舞い降りるようにして現れたのはひとりの少女。
「……ルー! まって!!」
 ノイは気付けば声をあげて駆け出していた。
 しかし、少女は炎の手があがる方向に進んでいくばかり。追いかけても追いかけてもノイの躯は家をすり抜けてしまうだけで、追いつけやしない。
 腕を伸ばしても届かない。幻影が見せるものはなんと残酷なのか。
 やがて、劫火が容赦なくあの子を覆い尽くしていった。苦しいとも痛いとも言わなかった少女は影だけになる。
 そして、その後に小さな影が横たわっている光景が広がった。
 ノイは火が消えて黒焦げになった家屋の傍に歩み寄り、その子に手を差し伸べる。
「女の子……いや、人形?」
 きらめく金の髪に透き通った青い眼。硝子のような――否、硝子玉そのものでしかない瞳がノイを映していた。人形を抱き上げたノイは彼女の髪をやさしく梳いてやる。
 もう知っている。
 ずっと、この子がルーだと思っていた。つまり思い込もうとした。それはやがてノイにとっての真実となり、この子こそがルーだと信じきっていた。
 花畑で笑っていた頃よりも随分と元気がなくなって食事もあまりしなくなったけれど。ノイはあれからずっと、このルーを守り続けていた。
「嗚呼、君は『ルー』じゃ無かったのだっけ」
 いつだったか、人形のオブリビオンに告げられた言葉が脳裏に蘇る。
 ――そのルーって子、ただの人形よ。
 あれから暫く、ノイは事実を受け入れられなかった。
 敵がついたただの嘘だと思いたい。ルーが元気になれば喋ってくれると信じたかった。けれども少しずつ、ノイは本当のことを受け入れていく。
 ルーを抱くことを止めた腕はとても軽くなった。違和感ばかりが巡ってしまい、何が本当で何が嘘なのか分からなくなりそうだ。
「ならもう、良いか」
 零れ落ちた呟きには感情が宿っていなかった。
 だが、ノイはすぐに疑問を抱く。
 ――良いのか。
 本当にもういいのか。否、何も良くはない。
「ぼくが今壊れても『君』は、ただずっとあのベッドで寝ているだけ――」
 とくん、と無いはずの心臓が高鳴った気がした。護衛機として稼働した後の戦闘成績はパッとせず、野菜や花を育てる園芸のカカシ役としてやってきたノイ。
 カカシさん、とあの子が呼んでくれたから。
 みんな、あの子が大好きで守りたいと思っていたから。
 ノイには今、こころがある。
「……ルー!」
 ノイは再び燃え上がりはじめた炎の幻影に向かって駆け出した。
 地を蹴り、火を飛び越えて、ただ走る。
 君が何だって構わない。君が人形だからといって、何を諦める必要があるのか。
 躰を包む異常な熱さにノイの身から警告音が鳴り響きはじめた。おそらく本当の黒い炎がノイを覆い尽くそうとしているのだろう。これ以上は危険だという信号はやまず、痛みのような衝撃が走っていく。
 それでも、『君』に手を伸ばす。
「ルー、おいで」
 人形だということはもう解っていた。痛いほどに知っている。けれど、どんな君だってもう二度と失いたくない。もの言わぬ人形だからって独りに出来ない。
 これまでずっとそうだったように、ふたりで――いいや、みんなで。
「君の所に帰るんだ」
 ノイが人形のルーを抱きしめた瞬間、彼の傍に影が現れはじめる。それは嘗ての友人達の姿を取り、恐怖の象徴としての黒い炎を貫いていった。
 彼女を連れて生き延びろ。
 彼らと結んだ約束にノイは応えた。任せてくれ、と。
 あの約束は決して違えない。
 炎が消え去った草原で、ノイは少女人形を大切そうに抱いていた。

 ――おかえり、ルー。

 いつか、本当のただいまを告げるために。ふたりはこれからも共に歩んでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

柊・はとり


神を告発しに行く前に倒すべき奴がいる
『柊藤梧郎』
曽祖父にして名探偵
一年半ぐらいぶりか

凍てつく眼差しは健在
俺が『名探偵』にされた意図を推測した今
尚更その温度を恐ろしく思う

あんたは世界滅亡の予兆を視たんだな
そして大いなる殺人への対抗手段として
曽孫の俺に『名探偵』を継がせた
『殺しても死なない探偵』が完成するとまでは
思ってなかっただろうがな
あんたは世界を救う為なら
俺や夏海達程度犠牲にするのを躊躇わなかった!

俺はこの戦争で確かに
失われたより遥かに多くの命を救えたよ
でもあんたを許す事は出来そうもないし
今も己の宿命に押し潰されそうだ
けど八つ当たりしてた頃より成長したろ

俺はいつかあんたを超える
…犯人はお前だ



●継がれる系譜
 名探偵に課せられたのは事件の解決。
 この世界を脅かす厄災という名の事件の真犯人を見つけるのが、彼――柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)の役目だった。
 フィールド・オブ・ナイン。それは偉大なる神々を示すもの。
 即ち、はとりが告発すべき相手は神そのもの。
 しかし彼にはそれを行う前に倒すべき者がいる。或る意味で、その相手は恐怖とも呼べる存在だ。揺らめく炎を介して、はとりの前に現れたのはひとりの老人。
 ――猟奇探偵『柊・藤梧郎』
 曽祖父にして、彼もまた名探偵である。名探偵への狂信とも呼べる悪意と殺意を受ける運命にはとりを導いたのが彼だった。
「一年半ぐらいぶりか」
 久し振り、とは言わずにはとりは曽祖父の姿をしたものを見つめた。
 藤梧郎の方も孫を見据えている。あの凍てつくような冷たい眼差しは幻であっても健在で、白い口髭もあの日に見たままだ。
 本物の彼を見たのは世界が滅ぶ前のことだった。
 病院のベッドに繋がれていた曽祖父の記憶が蘇ったが、それだけならば恐怖でもなんでもなかった。しかし現在、はとりは自分が『名探偵』にされた意図を推測している。
 それゆえに尚更、その温度が恐ろしく思えた。
 遺品のキセルはまだ捨てられずに手元に残っている。それもまた呪縛のようで、はとりの心に暗い影が落ちかけていた。
 それでもはとりは、藤梧郎の幻に語りかけていく。
「あんたは世界滅亡の予兆を視たんだな」
「さあ、どうだろうか」
 対する藤梧郎は感情の見えない淡々とした口調で答えた。二人の名探偵の視線は重なったまま、周囲を取り囲むように黒い炎が渦巻く。
「そして大いなる殺人への対抗手段として、曽孫の俺に『名探偵』を継がせた」
 事件を解決するため。
 神が犯人だという恐るべき事態に孫を当たらせるために。
 だが、おそらく藤梧郎も『殺しても死なない探偵』が完成するとまでは思っていなかったはずだ。はとりは幻影の曽祖父から明確な答えが聞けることはないと考えていたが、凡そは正解なのだろう。
「あんたは世界を救う為なら、俺や夏海達程度を犠牲にするのを躊躇わなかった!」
「事件の解決に犠牲は付き物だ。いいや、寧ろ犠牲者が出るから事件が明るみに出る。探偵とは斯くも悲しき、いつだって後手に回るしかない」
 藤梧郎の幻影は薄く笑っていた。
 きっとこれははとりのイメージだ。謎解きや殺人事件を愉しんでいた彼に抱く印象が、こうやって言葉を紡がせ、表情を変えさせている。
 恐ろしい。曽祖父について、黒い嵐が壊した全てについて、名探偵を作り出すために起こされた事件について――考えるほどに恐れが巡った。
 だが、はとりは決して下を向かない。
「俺はこの戦争で確かに、失われたより遥かに多くの命を救えたよ」
 コキュートスの柄を強く握ったはとりは、これまで辿ってきた戦場を思う。
 神々と呼ばれる者達のひとりは、時を止めること、つまり死こそが永遠だと語った。されど永遠は退屈だと語る存在もいた。
 死が永遠などではないことを、はとりは知っている。
 何もかも有限だ。消費して、或いは消費されながら未来に進むしかない。
「……そうか」
 曽祖父の幻影はそれだけを語ると、自分の杖に手を添えた。それは仕込み杖。一瞬で抜き放たれた居合いの一閃がはとりの身を斬り裂かんとして迫る。
 咄嗟にコキュートスの刃で受け止めたはとりは、藤梧郎を真っ直ぐに睨み付けた。
「でもあんたを許す事は出来そうもないし、今も己の宿命に押し潰されそうだ。けど八つ当たりしてた頃より成長したろ」
 鍔迫り合うような形で対峙する曽祖父と孫。
 ふたつの異なる刃が重なり、離れる金属音が響き渡る中で、はとりは宣言する。
「俺はいつかあんたを超える」
 ――犯人はお前だ。
 鋭い一閃と共に、黒い炎が真っ二つに斬り断たれた。それまで曽祖父の形をしていたものを退け、消し去ったはとりは氷の大剣を静かに下ろす。
 見下ろした地面に向けられた眼鏡には、消えゆく炎の残滓が映っていた。


●その、畏れを
 火群が勢いを失い、草原に広がる黒が収まっていく。
 遺されし恐怖はおそろしいもの。決してすべてを消し去れるものではない。此処に誰かが訪れる度に、恐怖を形にする炎が生まれ続けるのかもしれない。
 世界を破滅させ、時を止めんとするオブリビオンストームは未だ猛威を振るっている。戦いも此処から更に激しくなっていくのだろう。
 しかし、猟兵達はそれぞれに恐れを乗り越えて先に進もうと決めた。
 自ら超えた幻や恐怖の先には、きっと――これまでとは違う景色が見えるはずだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年09月19日


挿絵イラスト