アポカリプス・ランページ⑰~始めに拳ありき
●プレジデント
「ふむ。また混線したようだね。これも見えているのだろう、猟兵諸君」
他に誰もいない場所で、男は何処かの誰かへ語り掛けるように呟いていた。
仕立ての良い上質なスーツと革靴は高級官僚と言った印象だが、その下にある筋骨隆々な肉体には、肩に羽織った軍服の方が似合いそうだ。
或いは、そのどちらも正解なのかもしれない。
大統領だったことがある男――と言う、プレジデント本人の言を信じるのなら。
「来たまえ。この私、プレジデントの元に。そして語り合おうじゃないか」
プレジデントは、そこにいない誰かに呼びかけ続ける。
「拳で!」
すくっと立ち上がる。
ただそれだけの所作で、ごく自然に背筋を伸ばして立ったプレジデントは、両拳を握り締め、胸の前でぶつけて打ち鳴らした。
「ボクシングだ。ボクシングをしよう」
ガァンッ!
スーツにも軍服にも不釣り合いなほどに巨大な機械化された両腕が、拳の音とは思えない重たく鈍い音を響かせる。
「始めに言葉ありき……誰の言葉だったかな? 私は言葉よりも拳の方が先にあっただろうと思うのだがね。百の言葉を交わすより、十の拳で殴り合う方が雄弁に語ら得る時もあると思うのだがね。故に、ボクシングだ」
葉巻の煙をくゆらせながら、プレジデントはめちゃくちゃな理屈を真顔で、さも当然のように淀みなく口にする。
「拳で語らう方が、未だ『オーバーロード』に到達せぬ諸君も何か得るものもあるかもしれないぞ。私もそれを見てみたいしね。いずれにせよ……諸君は、私の元に来ざるを得ない筈だ。私が『全人類のオブリビオン化』を掲げている限りね?」
●拳で語らって来よう
「というわけで、プレジデントと殴り合いに行ってきて欲しい」
見えたあらましを話し終えたルシル・フューラー(新宿魚苑の鮫魔王・f03676)は、軽く肩を竦めて、集まった猟兵達の前でグリモアを露わにした。
今回は、説明する事がほとんどないのだ。
敵は『フィールド・オブ・ナイン』が一角、プレジデント。
猟兵がエルドラドを占拠した事で、プレジデントが持つオブリビオンと繋がるソーシャル・ネットワークが予兆と混線してしまっている為、既にプレジデントは猟兵が訪れる事を察知している。
というか、待っている。
「先も説明した通り、プレジデントはボクシングで挑んでくる」
尤も、あの機械化された両腕の拳に収まるグローブなどある筈がない。あった所で、多分一撃で、千切れ飛ぶ。そのくらいの力を、あの拳は持っている。
ボクシングの意味する所は、拳しか使わない、と言った所になるだろう。
「ちなみにボクシングに乗っかると、何故か猟兵も強化されるよ」
何故と考えるだけ、多分無駄だ。
「あと、向こうに行くと、プレジデントの闘争心を煽る精神波が街中に溢れていてね。窮地になくても『真の姿』になって戦えるよ」
プレジデントがそんな事までする意図は、なんなのだろうか。
「さてね。それこそ――拳で語らうしかなさそうだよ」
泰月
泰月(たいげつ)です。
目を通して頂き、ありがとうございます。
拳は言語。
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、『アポカリプス・ランページ』の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
戦場としては『アポカリプス・ランページ⑰』です。
プレジデント、ボクシングバージョンが、見た目だけが完璧に復興された無人のワシントンD.Cの『ワシントン・モニュメント』前で、猟兵を待ち構えています。
というわけで今回のプレイングボーナスは、
『真の姿を晒し、ボクシングで戦う(🔴は不要)』です!
なおOPにも記載しましたが、当シナリオにおける『ボクシング』の概念は『拳しか使わないで戦う』です。素手であってもキックボクシングは範囲外。拳から何か出す系は、プレジデントさんも竜巻飛ばしたりするのでOKとします。
リングはないです。ワシントンD.C全体がリングって考えていいんじゃないですかね。
なお、今回ですが正直スケジュールの余裕がない為、
プレイング受付を9/13(月)0:00~23:59、の24時間とさせていただき、
その上で9/14~15で書けるだけ採用、とさせて頂きます。全採用確約は今回は出来かねます。
余裕はないけど、プレジデントは書きたくなってしまったんです……。
ではでは、よろしければご参加下さい。
第1章 ボス戦
『プレジデント・ザ・ショウダウン』
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POW : アイ・アム・プレジデント
自身の【大統領魂】の為に敢えて不利な行動をすると、身体能力が増大する。
SPD : プレジデント・ナックル
【竜巻をも引き起こす鋼鉄の両拳】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
WIZ : アポカリプス・ヘブン
【対象を天高く吹き飛ばすアッパーカット】を放ち、レベルm半径内の指定した対象全てを「対象の棲家」に転移する。転移を拒否するとダメージ。
イラスト:色
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!
みんな好きだねーボクシング…
ボクも好き!
シュッシュッ!
百が言葉、十が拳? じゃあ一は?
フンフン、拳で語らって聞けって?そーいうの嫌いじゃないよ!
●真の姿と拳闘と
じゃあリング(ワシントンD.C.)に嵐を巻き起こそうじゃないか!
その嵐のなかでボクの真の姿は見た目定まらない(ボクもよく覚えてないから!)
そのせいかな、みんな嵐のなかでみんなそれぞれ違うボク(神)の姿が見えるそうだよ
キミがボク…いやボクたち猟兵に見たい姿は……いったいどんなだろうね?
そこらへんも含めて…さあ!この舞台の上で存分に語り(殴り)合おうよ!
勘【第六感】で捌き!
UC『神撃』でカウンター!!
ドーーンッ!!
木元・杏
大統領(自称)、…まさかの脳筋
何と素敵な筋肉、ど級ストライク(頬染めて
真の姿で【どれすあっぷ・CBA】
拳にはうさぎ印のミット
タンクトップにボクサーパンツの正統派ボクサー・杏に変・身
うさみん☆も同じ出で立ちで、大統領(自称)に挑む
言葉より拳、それはこの世の原理
拳で愛を確かめ合う為、貴方の元へ馳せ参じた
唸れ女子力(物理)、具体的には怪力
シャドーボクシングで準備体操
ぎゅんと飛翔しリングを駆け、勢いをつけ一打一打に愛を込めて大統領にパンチ!
アッパーくる
熱い愛を躱すなど乙女のする事ではない
フワッと飛翔で衝撃を和らげながらもしっかり喰らおう
棲家?問題ない。愛を語り合う今この時、このリングこそがわたしの棲家
ラブリー・ラビットクロー
凄い
ここに来た途端六翼が生えて
ウサ耳も
【偽神兵器が全て起動しています。ネットワークに接続されました。これよりフルアシストを開始します】
体が軽い
こんなのって初めて
拳以外はいらないの?
そーなんだ
なら拳で語ってあげる
【バトルモード《拳闘》をインストールしました】
迫る拳は大きくて重いけど
らぶの耳には風を切る音
敵の鼓動も聴こえてる
それでも無理なら翼を盾に身を守るんだ
らぶの体は小さいからただのパンチじゃ響かない
翼の推進力で攻撃力を底上げするぞ
なんだろ
少し楽しいって思っちゃうんだ
お前の拳の言ってる事もわかるよーな気がするのん
でもな
らぶも負ける訳にはいかねーのんな
だってセカイのみんなのユメを背負ってるんだから
尖晶・十紀
●真の姿(JC参照)
いざ勝負……の前に。ボクシングイズ何…?拳のみの、魂をぶつけ合う、肉弾戦?良かった、それなら、得意。いつもやってる。……いつものなんでもありなステゴロ喧嘩殺法じゃないからそこだけ気をつけないとだけど……
戦法
UCと悪路走破にて鍛えたフットワークで接近、体格差を利用して相手の内側に入り込み激痛耐性で耐えながら野生の勘てで急所への攻撃はかばいつつ怪力で攻撃、粘り強く手数で勝負して継続ダメージを与えつつ野生の勘で見極めた隙に乗じて咄嗟の一撃
殴る際に衝撃波を相手の内部に振動させるようにすることで本体と衝撃波の二回攻撃、より深いダメージを狙う
ボクシングで言うならインファイター
ガロウ・サンチェス
全人類のオブリビオン化だと…フザけんじゃねえっ!
俺たちは、血反吐吐きながらこの世界を立て直してきたんだ。
骸の海なんぞに沈んでたまるか!
望み通りボクシング対決だ!オメーをぶっ潰す!
髪の毛が真上に逆立ち、通常時の数倍の覇気が全身を覆う。
【チェーンコンボ】で攻撃回数を重点的に強化し、
コンビネーションの連打を打ち込む。
機械腕のブローは強烈だが、こっちだって慣れっこだ。
《ジャストガード》《受け流し》で捌きつつ、
多少被弾しても《気合》《激痛耐性》で粘り強く闘うぜ。
俺は、負けねええええ!
派手にブン殴られて意識が飛びそうになっても、
《限界突破》で最後の力を振り絞り、《捨て身の一撃》を
叩き込んでやるぜーっ!!
司・千尋
連携、アドリブ可
ボクシングはよく分からんが
拳で殴り合うのは分かりやすいな
分かり合えるとは思わないけど
真の姿で戦う
『檻猿籠鳥』を使い高速移動での機動戦で
放射した雷を拳に纏い弱体化を狙う
敵の攻撃の隙をついたりフェイント等を駆使し確実に当てられるよう工夫
早業、範囲攻撃、2回攻撃、乱れ撃ちなどで手数を増やし
自分の能力や技能等全てを攻撃に費やす
敵の攻撃は基本的には回避
一挙一動を観察し行動を先読み
カウンターは特に気を付ける
無理なら細かく分割した鳥威を複数展開し防ぐ
結界術やオーラ防御も自分の身体や鳥威に重ねて使用し耐久力を強化
間に合わない時は双睛を使用
マトモに喰らったらヤバい威力だが
当たらなければ問題ないな
リーヴァルディ・カーライル
…生憎だけどお前と語り合うつもりは毛頭無い
…私は正々堂々を是とする騎士でも、誇り高い戦士でも無いからね
…狩人が獲物相手に心を交わすとでも?
武器を手放してUCを発動し全身を圧縮魔力のオーラで防御して覆い、
限界を突破して戦闘能力を強化した真の姿の決戦形態に変形する
積み重ねてきた戦闘知識と強化された動体視力で敵の攻撃を暗視して見切り、
極限まで魔力を溜めた怪力の拳によるカウンター主体で闘い、
敵が体勢を崩し第六感が好機を捉えたら残像が生じる超高速の乱れ撃ちを放つ
…オーバーロードとやらが何かは知らないけど、
そんな物は全て終わってから調べれば良い
…お前は此処で消えなさい。何一つ目的を果たす事無くね
ルドラ・ヴォルテクス
●アドリブ連携OK
『オーバーロード発動、左腕インドラ、右腕スカンダ、闘神形態解放』
名を失ったプレジデント、ここで野望は潰える。
【拳闘メーガナーダ】
限界突破、メーガナーダ発動!
高速機動、足捌き、拳闘には必須だな。身体に収束した紫電の結界、コレが俺の切り札だ。
強力無比、縦横無尽の一撃を避けるのは足と体の捌きのみではない、否応無く反応する電気の反射、腕に流れたそれが筋肉に伝わり、芯がブレた一撃は真芯を捉える事はない。
右腕の暴風を纏う拳と、左腕の穿つ雷鳴の拳、攻防一体の拳で、プレジデントを追い詰めて貫く。
最後の一撃はリミッター解除で、予見の先を行く拳を叩き込んで終わりにしよう!
●大統領は口でも語る
「お? おお?」
その世界に立った瞬間、ラブリー・ラビットクロー(とオフライン非通信端末【ビッグマザー】・f26591)は、全身にムズムズするような感覚を感じた。
その感覚は、背中で機械翼の偽神兵器【天使の六翼】となって広がり、更に頭の天辺から【ウサ耳型偽神兵器】も、ぴょこんと生えて来る。
『偽神兵器が全て起動しています。ネットワークに接続されました。これよりフルアシストを開始します』
この感覚がラブリーだけの勘違いでないのは、ビッグマザーのAIの機械音声が聞くまでもなく答えてくれていた。
「凄い。身体が軽い。こんなのって初めて……」
ラブリーを陶然とさせたのは、この空間に満ちる闘争心を煽る精神波。
それは、約555フィートを誇る巨大な白い尖塔の根元から放たれていた。
「ようこそ、猟兵諸君。ワシントンD.C.へ!」
アメリカを代表するオベリスク、ワシントン・モニュメントの前で、プレジデントは猟兵達を歓迎するように、両腕を開いて笑ってみせた。
「見た所、年若そうな者が多そうだね。飲める年齢ならば、バーボンのロックくらいは出してやれるのだが……そこの御仁、一杯どうだね?」
少なくとも外見は10代が多い猟兵の顔ぶれの中から、プレジデントは明らかにおっさんなガロウ・サンチェス(人間のゴッドハンド・f24634)に視線を向ける。
「フザけんな。水もいらねえよ。こっちは酒を飲みに来たんじゃねえっ!」
ダンッと足を踏み鳴らしたガロウの答えは、明確な敵意と拒絶。
「さっさと構えろ。望み通りボクシング対決だ! オメーをぶっ潰す!」
「ハハハ。やる気満々と言った所だね。他の猟兵も」
拳を握り吠えるガロウの敵意を、笑って受け止める。
「そりゃそうだよー。ボクシングって言ったのそっちじゃん! シュッシュッ!」
そんなプレジデントに笑い返し、ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は2,3度拳を振るってみせた。
「確かにそうだな。百の言葉より十の拳で打ち合おうと言ったのは私だ」
「それなんだけどさ」
頷いたプレジデントに、ロニはシャドーボクシングを続けながら、問いかける。
「百が言葉、十が拳? じゃあ一は?」
「言葉より拳より確かなものがなんなのか……闘ってみればわかるかもしれないね?」
問いに問いで訊ね返して、プレジデントはフッと笑みを浮かべる。
「フンフン、拳で語らって聞けって? そーいうの嫌いじゃないよ!」
プレジデントの笑みにロニも笑い返して、シャドーをやめて拳を固めた。
「よかろう。早速はじめ――」
「いざ勝負……の前に、良いかな?」
ロニに応じて顔の高さで拳を握ったプレジデントの仕草に開戦の予感を感じて、尖晶・十紀(クリムゾン・ファイアリービート・f24470)が声を上げた。
これを訊くなら、ここしかなさそうだ。
「ボクシングイズ何……?」
「What's?」
十紀の問いが余りに予想外だったのか、プレジデントが目を丸くする。
「それは俺も訊きたい。正直、ボクシングと言われても、よく分からん」
「なん……だと……」
司・千尋(ヤドリガミの人形遣い・f01891)も問いを重ねれば、呆然としたプレジデントの口から、葉巻がポロリと地面に落ちた。
「そんなに驚くこと……?」
「分からないものは分からないよな」
その反応に、十紀と千尋が思わず顔を見合わせる。
「いや、失敬。諸君はひとりひとりが別種の存在。ボクシングを知らない存在がいる事も考慮すべきであった。これは私の不覚であろう」
軽くかぶりを振って気を取り直したプレジデントは、懐から葉巻を取り出し、機械の指を擦り合わせた摩擦で着火する。
「ここはシンプルに伝えるべきだな。私の言うボクシングとは拳のみの闘いである。古代ボクシングでは無差別格闘だったと言う説もあるようだが、私が諸君らと望むのは、魂を乗せた拳での闘いである」
熱のこもったプレジデントの声が、ワシントンD.C.に響く。
「拳で殴り合うって事でいいのか。分かってみれば分かりやすいな」
「拳のみの、魂をぶつけ合う、肉弾戦? 良かった、それなら、得意」
千尋がパシッと拳と掌を打ち鳴らし、いつもやってるし、と十紀も拳を握って頷く。
「よろしい。これで存分に語り合えそうだ」
そんな2人の様子に、プレジデントは再び笑みを浮かべて満足げに頷き返した。
「……百の言葉がどうのと言うくせに、饒舌じゃない」
そこに、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)が口を開いた。
「生憎だけど、お前と語り合うつもりは毛頭無いわ」
「そうかね? それは残念だ」
リーヴァルディの敵意の籠った冷たい視線を浴びても、プレジデントは軽く肩を竦めただけだった。
「しかし、そちらのリトルレディはやる気満々みたいだがね」
「……っ! !」
プレジデントが指で示したのは、ずっとシャドーボクシングで身体を温めている木元・杏(焼肉処・杏・f16565)である。
「階級的にはフェザー級かね。確り拳が握れているね」
「……大統領に褒められた……」
しかし、ずっと続いていた杏のシャドーは、プレジデントの言葉が自分に向けられたのだと気づいた杏が俯いた事で、ピタリと止まる。
「ふむ?」
その反応に、プレジデントも首を傾げる。
「まあいい。確かに少し喋り過ぎたね。ボクシングを始めるとしよう」
ガァンッ!
ゴング代わりに、プレジデントは機械の両拳を打ち鳴らした。
●大統領魂
「――私は大統領だ(アイ・アム・プレジデント)」
アメリカ大統領の、朝一番の仕事は決まっていると言う。
首席補佐官や国務長官からの、日例報告を聞く事だと。
だからだろうか。
「話を聞くと言うのは、大統領の大切な仕事の内でね。先ずは諸君らの拳を聞かせて貰おうか! さあ、遠慮せず拳を握って打って来たまえ!」
ボクシングらしいファイティングポーズこそ取ったものの、プレジデントは猟兵達に意図的に先手を譲って来た。
バヂンッ!
応じるは紫電。
「……あまり舐めるなよ」
――限界突破、メーガナーダ発動!
既に猛獣のように暴れ狂う紫電を纏ったルドラ・ヴォルテクス(終末を破壊する剣“嵐闘雷武“・f25181)が、ぐっと膝を沈める。
「名を失ったプレジデント……その余裕が命取りだ!」
闘神形態――解放。
その名の表す闘神にふさわしい真の姿になったルドラは、稲妻が如き速度で、一瞬でプレジデントの眼前に飛び込んだ。
「哮り、吼えろ! スカンダ!」
風の軍神の名を冠した暴風を纏うルドラの右拳の一撃が、プレジデントの機械腕のガードを抉じ開ける。
「ぬぅっ?」
「インドラァァァッ!」
間髪入れず、ルドラはがら空きのプレジデントの胴体に、今度は雷霆の軍神の名を冠した雷鳴の左拳を叩き込んだ。
「いいぞ。中々の――」
「ゴァァァァァッ!」
プレジデントの賛辞を遮って、ルドラは闘争心を剥き出しに吠える。叩き込んだままのルドラの左腕で紫電が激しく迸り、拳から震電が放たれた。
雷鳴が響き、雷光が世界を紫に染める。
「ぐぅぅぅっ!!」
プレジデントの背中から突き抜けた震電が、背後の白塔を撃ち砕いた。
「なんだと! 折角再現した、ワシントン・モニュメントが!」
「この期に及んで背後を気にするなんて、迂闊だな」
その衝撃に苦悶に呻くプレジデントに、全身に淡い青碧の光を纏った千尋が、ルドラの後ろから飛び掛かる。
その顔に浮かぶ、隈取にも似た赤い文様は千尋の真の姿の証。
「こんな事しても、分かり合えるとは思わないぜ」
千尋は纏う光を青雷と変え、拳に纏わせ叩きつけた。
檻猿籠鳥――檻の中の猿のように、籠の中の鳥のように。それを浴びた敵の行動を阻害し自由を奪う、雷の檻籠。
ルドラの紫電のように派手に爆ぜたりはしないが、千尋の青雷は拳からプレジデントの身体に伝わり、神経を狂わせる。
「やるな。私の身体を痺れさせるか!」
「雷の次は風だよ!」
そこに響くロニの声と、風の音。
「リングに嵐を巻き起こそうじゃないか!」
嵐の様な風の塊の中から、ロニの声がする。
「ほう。それが君の正体かね! これはまた、面白い存在のようだね」
何とも形容しがたいロニの真の姿に、プレジデントは楽しむように目を輝かせる。
「神様だからね! どーんっ!」
そんなプレジデントに、ロニは風の中から神たる一撃を叩き込んだ。
見た目以上に重たい一撃と、吹き荒れた嵐の勢いに、踏みとどまり切れずにプレジデントの巨体が後ろに流される。
「私が下がらさせられたか」
「なに感心してやがる」
踏ん張り切れなかった己の足が残した轍に感心するプレジデントの前で、ガロウがズンッと力強く踏み込んだ。
怒髪冠を衝くの固辞が如く、髪の毛を逆立たせ、普段の数倍ほどに覇気を膨れ上がらせたその姿が、ガロウの真の姿。
「シイッ! ワンッ!」
痺れたプレジデントに、ガロウは容赦なく右のジャブを叩き込む。
「ツー!」
続けて、踏み込みながらの左のショートアッパー。
「スリー!」
プレジデントの体勢を崩しつつ間合いを詰めたガロウは、渾身の力を込めた右フックでプレジデントの頬を殴りつけた。
弱めの先制、中継の一撃、強く力を込めた三撃目。
威力の違う三撃の組み合わせからなるガロウのチェーンコンボをまともに食らったプレジデントが、その衝撃でよろけて、たたらを踏んで――。
「ふはははっ! いいね。魂の籠った、良い拳だ!」
それ程の衝撃を持つ攻撃を受けてなお、プレジデントは笑っていた。
「さあ、続きは誰かね?」
「語り合いに乗った様に思われるのは業腹だけど……いいわ」
背に穴が開いた軍服もそのままに、口の端から流れる血を拭いもせずに、まだ打ってこいと笑うプレジデントの前に、リーヴァルディが進み出る。
その手には、大鎌も銃もない。今は、必要ない。
「……見せてあげる。吸血鬼狩りの覚悟を」
その姿はいつものリーヴァルディと変わらない様に見えるが、真の姿になった事で魔力の量は桁違いになっている。
それだけの魔力で、先に動いた3人が攻める間も圧縮していた全魔力を全面解放。
それは、リーヴァルディが編み出したひとつの奥義。脆弱な人間が、人間のまま、吸血鬼と同等の身体能力を得る為のひとつの答え。。
吸血鬼狩りの業・絶影の型。
真の姿で使うそれは、まさに決戦形態。
「……なんてね」
そこまでして尚、地を蹴ったリーヴァルディはプレジデントの背後に回り込んだ。
「ぬおっ」
膝裏に一撃当てて体勢を崩してから、空いた横腹に素早く回り込む。
「……私は正々堂々を是とする騎士でも、誇り高い戦士でも無いからね」
敵が吸血鬼であろうとなかろうと。敵が何を望んでいようと。
リーヴァルディが狩人である事に変わりはない。
「……狩人が獲物相手に心を交わすとでも?」
「ごっ! うぐっ! ごふっ!」
体格で劣る分は、全身を使って動き回り。残像でリーヴァルディが数人に増えたように見える程に超高速で動いて、連撃を叩き込む。一撃一撃が、秘めた怪力で込めた魔力も叩きつける、見た目以上の重たい連撃を。
「っ!」
だがしかし、その連撃をリーヴァルディ自身が止めた。
「何……?」
連撃の中でリーヴァルディが感じた、手応えの違和感。打たれるままだったプレジデントに、何が起こったのか。それは、すぐに目に見えた変化となって現れた。
「フフフ……ハハハハッ! いいぞ、諸君! 流石だ! 私の中の大統領魂が、かつて無いほどに燃え上がって来た!!!」
その肩から軍服がずり落ちて、既にボロボロになったスーツとシャツをプレジデントは機械の腕で引き千切る。
彼自身がそうしなくとも、結果は同じだっただろう。
その下に隠されていたプレジデントの巨躯が、その筋肉が。更に隆起して、膨れ上がって来たのだから。
「……何という事」
大統領魂がプレジデントに齎した変化に、杏の口から呟きが零れる。
流石に驚いたのだろう。プレジデントに向けられた青い目は輝いていて、頬は仄かに染まっているではないか。……ん?
「元々ど級ストライクだった素敵な筋肉が、更に素敵になったなんて」
おや?
「これはもう、その胸の中に飛び込まずにはいられない」
ぐっと小さな拳を握った杏が、光に包まれる。
「わたしはチャレンジャーにして、正統派ボクサー・杏」
どれすあっぷ・CBA。
くーるではなくチャレンジャーで、びゅーてぃーではなくボクサー。タンクトップにボクサーパンツと言う如何にもなボクサー姿に変身した杏は、桜の花びら舞い散らし、飛び出した。
「唸れ、私の女子力」
同じ姿になったうさみん☆と共に、杏はうさぎ印のミットをプレジデントに、物理的な女子力と言う名のざっと常人の135倍はある怪力パンチを叩き込む。
ずどんっ。
「ぐおぉぅ……っ! こ、これは……そうか。君は他の猟兵とは違うな」
その衝撃に浮かべかけた苦悶を隠し、崩れた笑みを再び浮かべて、プレジデントは杏に視線を向ける。
苦悶の中で、プレジデントは感じ取っていた。
杏の拳にだけあって、他の猟兵になかった感情。それは――。
「感じたぞ……その拳に込められた、愛を!」
「そう。わたしは、拳で愛を確かめ合う為、貴方の元へ馳せ参じた」
やはり頬は染めながら、杏は今度は照れずにプレジデントの視線を受け止め、こくりと小さく頷き、答える。
「すまないな、リトルレディ。私は、君の愛に応える事は出来ない」
そして、速攻でふられた。
「な、なぜ……」
「なぜなら、私がプレジデントだからだ」
ショックを受けた様子の杏に、プレジデントはきっぱりと告げる。
「大統領には通例として、補佐役がいるのはご存じかな? 私が人の名を持ち大統領であった頃、私にもファーストレディがいたとしても、おかしくないだろう?」
多くの場合、ファーストレディは大統領夫人が務めるものである。
●valor(勇気)とhardiness(たくましさ)の赤
「話過ぎたな。私の過去よりも、今はボクシングの続きをしようじゃないか」
何処か緩んだ空気を変えようと、プレジデントが右腕を掲げた。
そして、風の流れが変わる。
「そろそろ、私から攻めさせて貰おう!」
その起点は、プレジデントの腕。掲げた右腕の、赤い機械化部位が変形した上で、激しく回転し、風を巻き起こしている。
「プレジデント・ナックルッッ!!」
機械化部位の回転させたまま、プレジデントは鋼鉄の拳を握り、真っすぐに突いた。プレジデント渾身の、右ストレート。
けれども、その拳の先には、誰もいない。
だが、それで良いのだ。これがこの男のボクシングスタイルなのだと、猟兵達は理解した。否が応でも理解させられた。
轟腕の一振りで、3本の竜巻が引き起こされれば。
しかも、地上から空へ伸びるのではなく、地を這うように真横に――つまりプレジデントから猟兵達に向かって、真っすぐに竜巻が伸びて来たのだ。
間合いも何も、あったものではない。
「マトモに喰らったらヤバい威力だな」
再現されたワシントンD.C.の街並みを破壊しながら迫る竜巻に、千尋は必要とあらば光の盾『鳥威』を展開しようと胸中に秘めていた考えを改めていた。
真の姿になった千尋でも、力押しでこの竜巻を超えるのは難しい。プレジデント本人ならば一挙一動を観察して先を読む事も出来ただろうが、風となれば話は別だ。
だが――どんな風でもリズムはあるし、翼は風があってこそ飛べるものだ。
迫る風の渦に向かって、十紀が歩いていた。
風に飛ばされてきた瓦礫が、十紀の脚に当たってカツンと音を立てる。膝から下が結晶化したその姿が、十紀の真の姿の証。
「思ってたのとちょっと違った……」
肉弾戦はどこに行ったの、と思いながら、十紀は足を進める。
渦巻き、うねる竜巻に合わせて、ふわり、ひらりと。まるで踊るような足取りで、竜巻の先へ。
「何だと!? っ……プレジデント・ナックルッ!」
さすがに驚いたプレジデントが、今度は左の青い機械腕で、やはり拳一振りで3つの竜巻を放ってみせる。
だが再びの竜巻も、十紀は今度も踊るような足取りで躱してみせた。
結晶化した脚から漏れて燃える灼血の炎の跡が、十紀の足跡を物語る。
とは言えその後を辿るだけでは、同じように竜巻を越える事は出来なかっただろう。独特な足捌きが、紅刃:参式。
舞う様なその動きから付いた名は――浮雲流シ。
「成程。君はその姿の力を、そういう使い方をする――ん?」
ふわりと浮雲を越えるように竜巻を超えて距離を詰めて来る十紀の姿に、プレジデントが感嘆の声を上げる。だが、全てを言い終わる前に首を傾げた。
曲がりくねって空に昇って行った竜巻の向こうから聞こえる、風を切る音に。
――時間は少し、遡る。
「マザー? まだ?」
機械翼を露わにしたラブリーは、ひとり空に舞い上がっていた。飛ぶと言う行為はボクシングと何ら関係なさそうなものだが、ボクシングの為である。
だが、プレジデントが攻勢に出て、事情が変わった。
「あの竜巻、すごい音なのん」
空にいても、ラブリーには渦巻く風の音が聞こえていた。
真の姿になって頭に生えた偽神兵器のウサミミの耳は、伊達ではない。拳から竜巻が放たれる瞬間の風の音も、竜巻が曲がる瞬間の風の音の変化さえも聞こえているのだ。
なればこそ、出来る事がある。
『風音分析プログラムの構築完了。バトルモード《拳闘》もインストール済みです。いつでも飛べます』
「よし! それじゃ、行くのん!」
マザーの言葉に6枚3対の翼を広げて、ラブリーは空を蹴って、プレジデントに向かって急降下していく。
「マザー!」
『偽神兵器【天使の六翼】の内、二翼を防御に回します。回転の衝撃に備えて下さい』
曲がりくねって空に昇って来るプレジデントの竜巻を避けようともせず、ラブリーは竜巻の中に飛び込んだ。
機械翼の2枚で身体を包み込み、残る4枚の制御をビッグマザーに任せる。
(「今回のマザーは、調子いいのん」)
竜巻の中で目を回さないように両目を閉じて、ラブリーは胸中で呟く。
たまに処理できなくなって明日の天気とか言い出すビッグマザーだが、ラブリーが真の姿になった影響だろうか。今はすごく――人類叡智の結晶です。
「くっ、私の竜巻を利用する気か!」
自ら竜巻に飛び込んだラブリーの意図を察して、プレジデントが空に拳を構える。
だが、空を仰いだその瞬間、十紀がプレジデントの懐に辿り着いていた。
「いつもの、なんでもありなステゴロ喧嘩殺法じゃなくても……!」
「しまっ――!」
十紀の接近にプレジデントが気づいた時にはもう遅い。
大統領魂によって強化されたプレジデントの身体だが、先に猟兵達によって受けた傷が全て癒えたわけではない。
十紀の倍近くはありそうな巨躯には、ルドラと千尋が残した雷撃の火傷の跡が、ガロウとリーヴァルディと杏のサイズの違う拳の跡が、目を凝らせばまだ残っている。
その1つに狙いを定めて十紀は跳び上がり、怪力で拳を叩きつけると同時に衝撃波を放ち、二撃を重ねて叩き込む。
「ぐぬぅっ!」
身体の奥に響く痛みに、プレジデントの眉間に皺が寄る。
「お望み通り、拳で語ってあげるのん!」
その頬に、風を切る音も置き去りに急降下してきたラブリーの拳が突き刺さる。
(「らぶの体は小さいから、ただのパンチじゃ響かない! でも、翼の推進力と急降下の勢いも載せたなら――!」)
プレジデントとの、圧倒的な体格差。
それを埋める為に持てる技術を注ぎ込んだラブリーの拳が、プレジデントの頭を揺らして、たたらを踏んでよろけさせた。
十紀とラブリーの攻撃で、竜巻が止まった。
その隙を、猟兵達が逃す筈もない。
「……何が殴り合い、よ」
苛立たし気なリーヴァルディの声は、再びプレジデントの後ろから聞こえた。血の色の輝きを纏った小さな拳が、咄嗟にのけ反ったプレジデントの脇腹に切られた様な傷跡を刻み込む。
「ならば、この距離で殴り合おうか!」
「おっと」
プレジデントが構える拳を、千尋が横から伸ばした手が掴んだ。
「今だ!」
「おう!」
千尋が流す青雷に動きを阻害されるプレジデントに、ガロウが拳を叩き込む。
「ぬはははは! ノックアウトには足りないな!」
千尋の青雷の痺れも拳の痛みも振り切って、プレジデントは殆どノーモーションでガロウに拳を突き込んだ。
「くそっ……ただのブローでこれかよ!」
機械腕の一撃を捌き切れなかったガロウを、覚悟していた以上の衝撃が襲う。ふら付くガロウに、プレジデントは反対の拳を固めて――。
二撃目の前に飛び込む、紫電。
ルドラが纏う紫電は攻防一体の結界。プレジデントの拳が当たると同時に、紫電はその腕に流れて筋肉に伝わって、ルドラの真芯を捉えさせない。
「ッ――ガァァァァァッ!」
真芯を外させたとは言え、プレジデントの拳の衝撃は軽くない。
だがルドラは、その痛みを無視して獣の如き咆哮を響かせた。同時に左拳から迸った震電が、プレジデントの全身を再び撃ち抜く。
「ぐぅぅっ! これは、効くな! だが、まだだ! まだ、私は諸君らと充分に語り合えたとは思っていない! もっとだ。もっと私を、大統領魂を熱くさせてみろ」
「それでこそ、大統領。言葉より拳、それはこの世の原理」
「さあ! この舞台の上で存分に語り(殴り)合おうよ!」
それでも倒れないプレジデントに、失恋(?)から立ち直った杏と、愉しそうに声を弾ませるロニが左右から同時に飛び掛かる。
「応えなくていい。受け止めて。わたしも避けない。熱い愛を躱すなど乙女のする事ではないから」
「ハハハ、ぶれないな君は!」
一打一打に愛と言う名のを込めた杏の拳と、プレジデントの拳が何度もぶつかり、重たい音を立て続けに響かせる。
「はい、隙あり。どーんっ!」
杏に手一杯になっているところを容赦なく、ロニの神撃がプレジデントを打つ。
「ぐっ……君は己を神と言ったな。成程、この容赦のなさ、神らしい!」
短いタイマンなんて空気を読まないロニの一撃に、プレジデントは怒るどころか、またしても笑ってみせた。
「らしい、ね。キミにボクはどう見えているのかな?」
その表情と言葉に、ロニは拳と同時に問いをぶつける。
「この嵐のなかで、みんなそれぞれ違うボクの姿が見えるそうだよ!」
嵐を纏ったロニの真の姿。その嵐の中に見る姿が他人からどう見えているのか、それはロニ自身も良く判っていなかった。
「それは、訊ねる相手が違うのではないかね?」
ロニの拳を右の掌で受け止めて、プレジデントは滔々と告げる。
「問うべきは君自身。君の真の姿に問いたまえ。自分が何者であるか――問うべき自分がわからないと言うのなら、この一撃で帰るべき場所に帰るがいい!」
プレジデントの左腕。
青い機械化部位が、内側から激しい光を放ち始めた。
●vigilance(戒心)とperseverance(忍耐)とjustice(正義)の青
「アポカリプス・ヘブン――ッッッ!!」
プレジデントが、光り輝く拳を振り上げる。
それだけで、再現されたワシントンD.C.から空に光が噴き上がった。またしても、距離も間合いも関係ない、アッパーカットと呼ぶにはあまりにも非常識な一撃。
「これは……どう避ければ」
竜巻を完璧に避けてみせた十紀も、回避を諦め守りを固めざるを得ない。
これの何処がボクシングだ――と、ツッコむ余裕は猟兵達にもない。
この場に踏み留まるだけで、精一杯。光に抗い切れずに天高くまで打ち上げられれば、帰るべき棲家へと強制的に飛ばされる一撃。
だが――。
「ほう……見事だ。全員、耐えたか」
猟兵達は誰ひとり、この場から飛ばされなかった。
「問題ない。愛を語り合う今この時、このリングこそがわたしの棲家」
うさみん☆は帰ったが、杏は届かないと知っても揺るがぬ愛で。
「俺たちは、血反吐を吐きながらこの世界を立て直してきたんだ。全人類のオブリビオン化なんぞ、させてたまるか!」
ガロウはプレジデントへの怒りで。
「らぶも負ける訳にはいかねーのんな。だって、らぶは大ショーニン。セカイのみんなのユメを背負ってるんだから」
ラブリーは、誰かのユメの為に。
背負い、抱くは想いや意志はそれぞれ違えども。プレジデントを倒さずにこの場から去る事などできないと言う、その一点は誰もが同じ。
「だが、いつまで耐えられるかな?」
ならばと、プレジデントが再び青い機械腕を輝かせる。
「帰らないのん。なんだろ。少し楽しいって思っちゃったんだ」
ヒビが入った六翼を広げ、ラブリーはプレジデントに飛び掛かる。
「お前の拳の言ってる事も、わかるよーな気がするのん」
「ならば、これで君もいっぱしのボクサーだな。大ショーニンよ!」
空から急降下した程の勢いのない拳は簡単にいなされる。だが、プレジデントがラブリーの打ち込みをいなして生まれた隙に、十紀が拳を叩き込んだ。
「ボクシングが、わからなくなって来た……」
ぼやきながら、拳から衝撃波を重ねて放つ。一撃の威力では、プレジデントには到底敵わない。ならば粘り強く、手数で勝負するまで。
「ぐぬ……だが私を止めるには足りん! アポカリプス――」
「いえ、止めるわ」
プレジデントが左腕を振り上げる寸前、リーヴァルディの両手がその拳を抑えた。
「……お前は此処で消えなさい。何一つ目的を果たす事無くね」
「ぬぉぉっ!?」
残る魔力を全て注ぎ込んだリーヴァルディの打撃が、プレジデントの左腕から輝きを消滅させる。
「……あと……任せ……」
そこで、リーヴァルディの意識が途切れた。絶影の型の、人の身で吸血鬼を超えられる時間は有限だ。その限界を迎える前に闘いが終わらないと悟ったリーヴァルディが、勝つために選んだ最善手。騎士でも戦士でもなく、語らう気もないから打てた一手。
その一手が、他の猟兵達に時間を与えた。
「当たらないよりも、撃たせない方が問題ないな」
青雷を纏わせた両手で、千尋がプレジデントの両腕を縫い留める。
「俺は、負けねええええ!」
「さよなら、素敵な筋肉」
最後の力を振り絞ったガロウと、惜別を込めた杏が、同時に打ち下ろした一撃で遂にプレジデントの背中を地につけさせる。
「ボクがどこに帰るかは、ボクが決めるんだよ!」
「終わりだ、プレジデント!」
そこに降るロニの暴風とルドラの震電。神の風と神の名を冠したものの雷が、容赦なく倒れたプレジデントを襲う。
衝撃でアスファルトの地面が陥没し、噴煙が舞い上がった。
「ハハハ。見事だ、猟兵諸君!」
その中から、プレジデントの声が響く。
「佳い闘いだったと私は思うのだが……どうだろう? 中々面白いものが見れた。諸君も何かが見えたのではないかな? 超克の片鱗とでも言うべき何かがね!」
それは一体、どういう事か――。
そう訊ねる前に、気配が消える。
噴煙が収まった後には、プレジデントの姿は消えていた。
大成功
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