アポカリプス・ランページ⑮〜暗きとないたあの日へ
黒い炎が揺れるたび、暗き陽炎がふいと過る。
暗き陽炎が視界の端で揺らぐ度、じわりと“何か”へ成ってゆく。ゆらゆらりと揺れて、揺れて―――揺れて。
揺らぎの先に、それは居る。
心の奥底燃え上がる思いの象徴が。湧くは怒りか悲哀か――はたまた、畏怖か。
黒い炎の暗きより出でた“恐るべき存在”は、きっと必ず“あなた”へ手を伸ばす。
越えよ、その闇。蹴散らせ、とこしえを。
眠りより覚め、“まこと”をその目で見るがいい。
その荒れ地 メンフィス灼熱草原には、黒き炎が草葉のように棚引いていた。
かつてはミシシッピ川沿いの大都市と言えば、この街の名が出るほどであった。が、その面影は欠片も無い。
今では、いくら水を掛けようとも雨が降ろうとも、決して絶えぬ黒き炎がゆらゆらと燃えている、ただそれだけ。
「このことから、今や名を“死の草原”と変えておりますわ」
渡した資料を手に、壽春・杜環子(懷廻万華鏡・f33637)の視線が文字をなぞる。
そうしていつもの垂れ目が少し吊り上がり、真面目な色で猟兵を見た。
「死の草原たる原因、“黒い炎”には恐るべき敵の幻影を“実体”を伴い現れますの」
心の奥底にある畏怖対象の顕現――それが黒き炎の力。
ただ現れるだけではなく、陽炎から出で実体を伴うということは、必ず“倒さねば”ならない。
何が幻影になるかなど、杜環子には見えなかった。
向かう猟兵の身近な人か、愛した人か、もう逢えぬ人か、傷つける者か傷つけた者か――……はたまた、己か。
「この幻影に畏怖してはなりませぬ。少しでも畏怖を持つ攻撃では全てすり抜けられてしまうのです。……必要なのは、打ち勝つ心なれば」
胸の鏡に手を当てぎゅっと瞳を閉じた後、再び杜環子が視線を上げる。
きゅうっと瞳を吊り上げたまま、じっと猟兵一人一人を見た。
「乗り越えて下さいませ……その恐怖を、畏怖を。そうして打ち勝ちし一撃こそ、黒炎の幻影打ち砕く唯一となるのでございます」
少し、手が震えた。
それでもぎゅっと拳を握り猟兵をみた藍の瞳は――……いつも通りの、垂れ目。
「どうか……どうかお気をつけて。ご無事のお帰りを、お待ちしております」
胸の鏡のグリモアが、ふわり輝き道を作る。
皆川皐月
お世話になっております、皆川皐月(みながわ・さつき)です。
白を撃ち落とせ。
●注意:こちら一章のみの『アポカリプス・ランページ』の戦争シナリオです。
●プレイングボーナス!:あなたの「恐るべき敵」を描写し、恐怖心を乗り越える。
●メンフィス灼熱草原 黒い炎の幻影
黒い炎纏った“あなたにとっての恐るべき敵”が現れます。
人か、物か、己か。どのような手段で超克するのか。その存在の口調・関係・台詞等をお教えください。
UCはご指定頂いた物を恐怖を乗り越えた瞬間に使用描写させていただきます。
なので戦闘の委細描写は削っても大丈夫です。
※今回のみ、プレイング冒頭に●を頂いた場合“恐るべき幻影”にもアドリブ行動・言動の描写をさせて頂きます。
その場合もしイメージ違いが生じる可能性もございますのでご了承頂ける方のみ、お願いいたします。
アドリブお任せの◎のみの場合、“恐るべき幻影”はアドリブ行動・言動の描写は致しません。
●
複数ご参加の場合はお相手の【呼称+ID】または【グループ名】で大丈夫です。
IDご記載+同日ご参加で確認がしやすいので、フルネーム記載より【呼称+ID】の方が分かりやすいです。
マスターページに文字数を省略できるマークについての記載がございます。
もしよろしければ、お役立てくださいませ。
ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
どうか、ご武運を。
第1章 冒険
『恐るべき幻影』
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POW : 今の自分の力を信じ、かつての恐怖を乗り越える。
SPD : 幻影はあくまで幻影と自分に言い聞かせる。
WIZ : 自らの恐怖を一度受け入れてから、冷静に対処する。
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
夜鳥・藍
恐いもの。それは私自身。見目は今とそう変わらない。……ちょっと幼さがあるかもしれないわね。
中高等部と学校で学びながらも周りを恐れ、それとなく壁を作ってた。
家族と違う姿を隠し逃げた。実家を離れた。
もしそのままだったなら、拒絶の先にすべてを壊そうとしてたかもしれない姿。
でもそれはだめなんです。拒絶して壊しても何もならないのはわかってる。
それに過去の私も未来の私もかなしい想いをするのはわかってるもの。
なによりすべてを慈しんでいた過去世の私が悲しむわ。
過去は過去。私とは違う。でも過去があって今の私がいるんだもの。
影朧だった昔があるからこそ、今こうして私だけの想いも得て存在しているの。
●針鼠の目覚めた頃に
茫洋としていたあの時の私は、この胸に頂いた願いの光と祈りで再び生まれ変わったのです。
黒い炎の陽炎に呑まれた時、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)目の前には幼さ残る自分が居た。
その瞳は冷たい藍色だった。
まるで自分以外の味方が居ない世界にでもいるような目。優しさと心遣いの全てを振り払って。無駄だと、偽りだと、偽善だとさえ疑い恐れた、臆病で攻撃的な“私”。
「……壁を、作ってた」
在りもしない壁を自分で作り、アナタ達が作ったと言ってしまった“私”。
家族と自分は違うから、家族が何か思われたくないから、そう言い訳して自分を守りたさに後先考えず逃げた“私”。
壮大な拒絶だ。あの燃える藍の瞳には拒絶という憎悪と破壊がある。
「だめなの……それは、だめなんです」
そんなことをしたって、世界は変わらない。ただ、自身の周りの人々を傷つけるだけで、何一つ得られない。
しかしそれは、それを経験した藍だからこそ言えるのだ。
針鼠の様に生きた経験あるからこそ、言える。だからこそ、目の前の過去の自分を止められる。
「……大好きだって、大切だって言っていい。過去世の私は、そうだったもの」
過去、影朧であった藍は“慈しみ愛しむ”という大切さと尊さをと知っている。そして他を慈しみ愛しむことで受けられるそれも知っている。
昔は昔だと牙向く陽炎に、藍は微笑む。
「そうですね……過去は過去。でも、過去があっての“私”です」
重ねた想いも時も違えど、重ねがあってこそ今の夜鳥・藍が立っている。
世界を恐れることなど無かった。ただ歩き見続けて、世界を知りその広さと多様さを学べばいい。
「大丈夫です、“私”。……私は昔あればこそ沢山の想いを得て今、存在しているの」
揮う雷公鞭が描くはUC―宝貝「雷公天絶刃」―。
奔った青白い稲妻一条、黒き陽炎を振り払う。
大成功
🔵🔵🔵
神埜・常盤
●◎
親父が見える
魔術に狂い、力を求め
母を、胎を違えた数多の弟妹を
一族郎党を鏖した
あの吸血鬼の姿が
鏡を覗き込むたび
自身の姿に親父の影を見る
渇きと飢えに喘ぐたび
此の躰に流れる穢血の業を知る
吸血鬼だった弟妹は兎も角
母に先立たれたのは辛い
きっと彼女は「鎹」と成れなかった
私を恨んで居る
あの日、私も殺されたら良かった
独り生き残った罪悪感に苛まれ
親父の影に怯えて暮らす日々
でも――
私は、人間だ
愛する者の血は啜らない
身に余る力なんて要らない
お前のようには、ならない
喩え、どんなに似ていても
啜溺で身を裂いて縫を呼ぶ
嗚呼、母上――
否、その姿に似せた式
お前との絲が解けぬ限り
私は私の侭で――
ただの子どもの儘で居られるから
●幾何学模様の向こうを見たか
黒炎の陽炎に包まれたのは一瞬。
神埜・常盤(宵色ガイヤルド・f04783)が瞼を上げた景色に、“親父”がいた。
魔術狂いで一族郎党鏖しにした吸血鬼な一方で、妻と多くの妾と子を持った多妻と多子養う力があった“父親”。
「……―――、」
親父、と常盤の唇は言葉を音にしなかったその時、“親父”は微笑んだ。
『おいで、』
“親父”は常盤と似ていた――……否、成長した常盤が親父に似ていた。
「何故、」
『常盤――……おいで』
“親父”の瞳には褪せもせず燃える欲の炎が燻っている。
その炎絶やさぬためだけに、薪代わりに一族郎党を焼き、己が研究心の燃料とした吸血鬼。そうと知りながら、常盤は心の底から切り捨てることが出来ずにいた。
「どうして……どうしてっ、あの日私も殺さなかった!!」
常盤は父を仇敵だと割り切れなかった。心のどこかで、何処までいっても父なのだ。そんな自分が悔しくて情けなくて――……怖くて。
だって同じ血が流れているのだ。親子だから。
常盤の胸を苛む全て弔った罪悪感の痛みは計り知れず、いつか親父が突如目の前に現れるのではないかという不安は言葉に尽くせず。
だが、藻掻きながらも常盤が選んだのは九十九折りの人生だった。その中で猟兵となり歩んだ日々がある。その日々の中で、常盤は一つの“こたえ”をみた。
伸ばされた手を振り払い、赤み強い“親父”の目を見て告げる。
「私は、お前とは違う。私は――……人間だ」
『そうかな?お前は私と彼女の子なのに』
じわりと常盤の瞳が熱くなり唇が震えるが、それでも。
「愛する者の血を啜らず、身に余る力を持たず……お前のようには、ならない」
“親父”の瞳を真っ直ぐ見返しながら、常盤が初めて言えた訣別の言葉。喩えどんなに似ようが、親子だろうが、互いに別の存在なのだ。
捲った袖に纐纈血閃爪 啜溺で引いた紅は滴れば糸のように。紅糸手繰って呼び起こした縫姫こそUC―絲むすび ツナグエニシ―の主。
きっとこの朱に常盤も縛られている。
それでも笑おう、口角上げて目一杯。現世で生きる常盤の全てで縫い上げて。
「おいで―――……」
ははうえ、とうたった唇は常盤だけの秘密。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
◎●
マスタリング歓迎
_
幼少期
俺を「悪魔」と「黒い狼」と罵り憎み
自身らの信ずる神への『懺悔』と称し「悪魔」である俺を拷問し痛めつけることにより罪を雪いだ、故郷の大人達
時は流れ奴隷時代を経て、やがて辿り着いた孤児院で
俺と血の繋がらない弟妹をオブリビオンの供物とした大人達
痛みが、恐怖がフラッシュバックする
然し乾き震える喉で無理やり唾を飲み下し
目を逸らすことなく彼らを見据える
もう大人に翻弄されるだけの子供ではない
自分の足で
自分の意思で道を歩む大人になった
幻覚に惑わされない
自分の道は、自分で拓く
_
(声が聴こえる
悪魔だと
黒い狼だと
知らず俺を縛る信仰の鎖が
何時迄も魂を苛む)
●暗がりより、
痛みの記憶はいくら日が経とうと、どこか新しくて。
記憶の底で蓋をした恐怖が、黒炎の陽炎によっていとも簡単に紐解かれるなど……丸越・梓(零の魔王・f31127)は目を閉じることも出来ず、ただ震えるほど拳を握り歯を食い縛る。
恐慌した幼い叫び声が聞こえた。
起きようにも梓は体の節々、否、全身がじくじくと痛くて頭が掻きまわされたように揺れて、起き上がる気力が湧かなかった。
『……だ、――めて、 たすけて!』
『うるせえ!使えねえ癖に!』
ぎゃっ!と悲鳴の後、くぐもった短い悲鳴。がんがんと何かを叩く音の後、静かになる。
『……駄目だ。こんなんじゃ駄目だ。早く』
「……?」
何か、“大人”がぼそぼそと呟いている気がして、梓が目を開けた―――瞬間、それが走り寄って来るや、梓の手を引っ張り持ち上げた。
『早く、俺達の罪を雪がねえとなあ!!』
「……っ! やだっ、離せ!」
そう叫んだって無駄だと今、梓は思い出す。
それは恐怖の時間。
梓の故郷では“黒髪黒目”は“悪魔の証”、“夜狼の眷属”という黴臭い伝承が実しやかに囁かれ、ある日黒髪黒目で生まれてしまった梓は幼くして神への懺悔の供物として生かされた時期があった。
“大人”は口々に言っていた。“我々の神へお前を捧げれば、懺悔が認められる”、“悪魔を拷問し我々の罪は雪がねばならない”。
分からないことばかりだった。
ただ、痛くて怖くて逃げたかった。でも、何処へ逃げればいいのかなんて、分かるはずも無くて。
やがて悪魔崇拝をしていたという罪でこの村を捌いた国の軍は、被害者保護を謳いながら被害者だった梓達“供物の子”を金に換えた。
結局、“大人”は“大人”だったけれど、一つ梓には優しい記憶がある。
弟妹が出来たことだ。血は繋がらなくたって、シスターの老婆を中心に家族になれたあの時間。
星の瞬きような一時だった――本当の“悪魔”オブリビオンが来るまでは。
ちいさいにくは、やわらかい。
そう嗤ったソレは弟妹から順に食ったことを、梓は覚えている。
揉み手擦り手の“大人”が、その時も居た。押さえつけられ労働力代わりにされるだけだった、自分。
「……、 ろ、」
悔しくて。
「や 、ろ」
悔しくて。
「やめろ」
握った刀の重さは、梓の手に慣れきっていた。振るい方など遠に染み付いて。
恐怖はある。懼れもある。だがそれでいい……それでも、丸越・梓は十分に戦える。
UC―絶牙―。
カチンと僅かに音立てた鍔と鞘口が全てを語る。
大成功
🔵🔵🔵
菊・菊
◎
向日葵が咲いてる
見慣れたはずの夏に
吐き気がした
『あーきちゃん』
黒髪、スカートが揺れて
記憶よりずっと大きくなった女が
振り返って咲う
『なーんで、置いてっちゃったの?』
拗ねたような声色で
頬を膨らませて
『菊ちゃん、なんで?』
わたしよりずっと弱かったくせに
なんであきちゃんだけ選ばれて
あきちゃんだけ、生きてるの?
あの子が大きくなったら
このくらいの背丈で、
こうやって、笑ったんだろうかって
クソみてえな夢見させてきやがる
「うるせえな」
弱かった自分と
強くて優しくて
残酷だった向日葵が、
今だって夢に見るぐらい、嫌いだ
「俺だって、強くなったよ。」
だから、踏み潰す
選んだ、選ばれた
だから、
「お前は、もう要らない。」
●あの日の岐路で、
黒き炎の陽炎が過ぎ去った時、そこは噎せ返る夏の熱満ちたような雰囲気の場所だった。
咲いた向日葵の群れが一様に菊・菊(Code:pot mum・f29554)を見ている。
「……んだ、ここ」
蝉の声が響いているくせに、温度が無い。
気味の悪い世界だと意識した瞬間、一つ気配が増えた。
『あーきちゃん』
それはまるで日常の延長の様にニコニコ笑っている。
昨日の続きのような顔をして、ぴょこんと跳ねれば艶々の黒髪がふうわり揺れて、少女というより女に近いそれが、スカートを揺らして笑っていた。
じいっと見つめてくるその目が、きゅうっとまるで絵で描いたように弧を描いて。
『なーんで、置いていっちゃったの?』
ひどーい!と言いながら、花のように笑っている。
拗ねたような声色で頬膨らませ、まるで幼い少女の様な仕草ばかりが妙に目立つ歪さが、どこか菊の心で引っかかって。
『ねえ、菊ちゃん。―――なんで?』
突然の事だった。
晴れていた空が暗転して烏の無く夕暮れの、逢魔が時になる。
咲き誇り菊を睨め付けていた向日葵の群れが一息に枯れ首を垂れて。
『なんであきちゃんだけえらばれたの』
「……、」
『なんであきちゃんだけ生きてるの』
『ねえ』
『ねえ』
『わたしよりずっと弱かったくせに!!!』
叫んだ陽炎の顔が、逆光のせいでもうよく分からない。
被る影に感じるその怒りが、悲しみが、寂しさが、菊に追い縋る様に影を伸ばして震えている。
どうしてなんて、菊が聞きたかった。
選ばれることを望んだわけではない。
この目の前の、菊の頭の片隅に想像のように在った“あの子”の影が、まるで穢されているようで。
「うるせえな」
こんなクソみたいな夢見させやがって。
自分自身の弱さなんて、菊自身が痛いほど分かっている。
足掻いたって足掻いたって思ったようになんて中々ならなくて、苦しくて。この黄色い向日葵が、菊は嫌いだった。あの子の様に晴れ晴れと笑うこの花が。まるで弱かった、向日葵の影に隠れていた自分を思い起こさせて。
ふと、ぐしゃりと握りしめ壊した菊の花。
淡い黄色いそれを喰らう。
「最悪なエスコートをしてやる。強くなった俺が、要らないお前と最後のデヱトだ」
UC―心中―。
先の菊花は寒菊のもの。咀嚼し飲み下し、身の内に入れて変じた菊の姿は妖のそれだった。
結んだ爪先でステップを刻もう。
二と踊れぬこの音を、決して忘れぬ様に。
大成功
🔵🔵🔵
唐桃・リコ
●◎
オレの敵
オレの「1番」の中に居る「寒菊」のクソババア
「あらぁ、鉢植えちゃんのお友達。よく会うわねぇ」
「おまえの大事なものを奪ってあげる」
貫かれて切り裂かれた痛み
自分が負け「1番」から「大切なものを奪われた」痛み
「せたっこに用ばねえ」
あの男
力を得たと、もっと戦える
守れると思ったのに
大した傷もつけられなかった
あの時の寒気
全部、全部、オレの力が足りないから
守れなかった、奪われたもの
うっっるせえ!どいつもこいつもうるせえ!
オレは、オレは…!
…頭ん中では分かってる
力を得るための代償が足りない
もっと払わなきゃいけない
「人」として、生きていけなくてもいい
大切な「1番」を守れるなら
だからオレは、捨てるよ
●懇願
黒炎の陽炎に会った時、唐桃・リコ(Code:Apricot・f29570)は目を見開いた。
その人の形をしたものは、まるで顔面にノイズが掛かったようになっていたのだ。壊れかけのテレビ画面が時々止まって、ザーザー音を立てながら歪に流れる様に。
それは黒髪金眼のクソババアで、名を寒菊という。
『あらぁ、“鉢植えちゃん”のお友達。よくあうわねぇ?』
甘ったるい声のそれはリコの1番の中に巣食う魔の一つ。
貫かれ斬り裂かれリコが敗北し、1番から“大切なものを奪われた痛み”の記憶。
ノイズが奔り女が消えた直後のこと。
それは藁編み笠を被り、蓑を着た白い獣のような顔のバケモノで、名を鷹の眼の又次という。
『せったっこに用ばねえ』
冷たくも燃えるような瞳をした強烈な男であった。
喰らいつき牙を立てるに至るも、仕留めるまでに及ばなかったリコの爪牙。あの“狩る者”の目に“畏怖した寒気の記憶。
『うふふ。私がおまえの大事なもの……ぜーんぶ奪ってあげる』
『せたっこば御せねえで狩りできんからのう』
リコはオレを見ろと叫びたかった。
同じ土俵に立てていないと痛感したあの悔しさは筆舌尽くし難く、忌々しくも焼き付いた恐怖が脳内で慟哭する。
「うっっるせええ!!どいつも!こいつも!!うるせえ!!! オ、レは……っ、オレは!」
頭をぐしゃぐしゃに掻き毟り仰いだ天は陽炎に紛れ曇天のまま、分厚い雲は除けない。悔しい。
足りない自分が情けない。足りない自分が嫌になる。足りない自分をころしたい――だから。
「オレが、ひととして生きていけなくてもいい」
リコは渇望する。“1番”を守れる強さを。
リコは渇望する。“1番”を傷つけない強さを。
唐桃・リコは自分を、“人としての自分”を捨てる。
「……オレが“1番”を守れるなら、オレは……オレを、捨てるよ」
どうして目頭が熱くて目の前の視界が滲むかは、リコにはさっぱり分からないけれど。それでいいやと、無理やり顔を拭った。
足りないを満たすために近道がしたいと願うことは悪ではない。
足りないのが経験という時間なら、時間が掛かってしまうとリコは分かっているから――……だから、近道がしたい。今、どうしても。
「――オオォォォォォオオオオン!!」
UC―Howling―が空気震撼させた直後、リコはひととき人を忘れた。
敵の全てを屠る、獣へ一歩。
ただひとつ願ってしまったかオレをどうか許してと、心の底でリコは囁く。
大成功
🔵🔵🔵
琴平・琴子
●◎
カメラを構えた男の人がいる
それは家族写真を撮ってくれたお爺様のお孫さんだった人
あの時私を追い掛けて捕まえようとしたのは貴方だった様な…
どうして執拗に私を追い掛けるの、どうして
『あの時一度も笑わなかった君が、笑うところが見てみたいだけさ』
貴方の下卑た笑いで笑える方が可笑しいのよ
――だって貴方、人が傷つくところで笑うでしょう?
同級生に乱暴して、傷つけて、私が怯える姿で、顔で
そんなのちっとも笑えないの
貴方は弱いものだけを狙う卑怯者
だから私は笑わないし、笑えない
自分より大きなものが出てきた瞬間に
怖気ついて逃げ帰る――そういう輩
あの時の再演は、絶対に繰り返させない
――ねえ。王子様。お姫様。
●さよなら、あの日
『琴子ちゃん』
「……ヒッ、」
黒き炎の陽炎抜けた琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は声が出なかった。
琴子が一歩、後ろへ下がる。
すれば男が二歩、距離を詰める。
「 ぃ……、で、」
『琴子ちゃんは可愛いよね。きっと――』
“笑ったらもっと、可愛いんだよね”。
来ないでともっと大きな声で言えたら良かった。でも、言えなかった。あの時の琴子は、言えなかったのだ。
全てはあの古くて大きくて、幼い琴子が迷路のようだと思っていた祖父の家から。
出会った偶然は――今や、ただほんの少しの必然に感じられて、余計に僅かな恐怖が滲む。
祖父の孫といっていたこの男は、常にカメラを持ち歩いていた。
廊下や部屋で会う度に、いつも可愛い猫や犬、花や空の写真を撮っては見せてくれた。ただ、時折“可愛かったからつい”と琴子の写真が混じっていることが、不思議だったけれど。
それから暫くの事だ。
まるで運命の岐路のような、あの時。今でも会わなければ良かったと琴子は思う。毎日の中に時々あった、友達と一緒の学校の帰り道でのこと。あんまり可笑しな話をするものだから、つい笑ってしまった――あの時。
「こないで、」
『ねえ、琴子ちゃん』
伸ばされた手を振り払い琴子は走る。
走りながら思う、逃げてはだめだと。
“笑って”と言いながら、“素敵な花畑”があるんだと手を引かれた先で“私の友達”を引き倒し、殴りつけながら“琴子ちゃん、笑って”と宣ったこの輩から!
「ちっとも笑えない。笑えるわけが、ないでしょう」
『そんなこと言わないで。あの時、一度も笑わなかった君が笑うところが見てみたいだけさ』
足を止めた瞬間掴まれた肩が痛くて泣きそうになる。
でも、耐えた。
怯えて何になる。怯えたところで、この輩は変わらない――が、琴子はあの時より大きくなった。あの時よりもっと強くなれた。だから――……。
「貴方は弱いものだけを狙う卑怯者です」
『おかしいな、君がそんな酷い言葉を言うなんて。お友達がいけないのかな?』
「私は貴方に笑わない。……自分より強いもの、大きなものが出てきた瞬間、怖気づき保身にはしる―――貴方のような輩なんかに!」
織りなす力はまほろばの如く輝いて。
それは琴子の憧れと悲しみの末の、甘い夢。
「あの再演は繰り返さない……だから、どうか私に力を貸して下さいませ」
ふうわり摘まんだ裾が優雅に、肩の手を振り払って琴子が伸ばした手を掬ったのはUC―光り輝くまほろばの幻想―。
『……ひい!』
あんなに大きかったあの輩が、今の琴子には少し小さく見えた気がした。
ねえ王子様、お姫様……どうか、私の――私の悪夢を連れ去って。
花の嵐が過ぎ去った後、立っていたのは琴子だけ。
大成功
🔵🔵🔵
ルーファス・グレンヴィル
●
黒炎だなんて、な
咥えた煙草、煙が揺れる
恐るべき敵なんてオレには居ない
どんな強敵でも、ぶつかるだけ
ただ、──
不安そうに擦り寄る黒竜
視線を合わせ額をぶつけた
言葉もなく伝わる温度
胸元に輝くそれを握り締め
緋色の星が輝く品の良いネックレス
"アイツ"が誕生日に贈ってくれた
オレとナイトの色だと探してくれた
離れたくない、守りたい
ずっと隣で、生きていきたい
名も呼ばず槍に変じた黒竜を
確りと握り締めて前を向く
アイツと会えない
アイツが居ない
アイツを奪われる
いつか、
この手から離れていくのが──
そこまで考えて煙草を
地面でぐしゃりと練り潰す
だから、強くなるんだよ
どんな敵でも負けないよう
オレは、誰にも、アイツを譲らねえッ!
●きみの体温をかたるのなら
何を恐れよう。相棒の槍とアイツが居る限り、恐るべき“敵”など居やしない。
全て向かい合い、思い切りぶつかるだけだ―――!
その思いを胸に黒炎の陽炎に呑まれて、一拍。
銜えたままだった煙草の煙がゆっくりとくゆり落ち着いたその先に、人影があった。
ルーファス・グレンヴィル(常夜・f06629)の視界がはっきりとした時、そこに立っていたのはよくよく知った顔。
黙してただ見つめるそのアメジストの瞳が、ルーファスを射抜く。
あまりに強いその瞳に、つい“ ”と名を紡ぎそうになった時、頬に擦り付けられた硬くも暖かな相棒のドラゴンランス ナイトの鱗にルーファスはハッとした。
「……ありがとな」
気付けば握りしめていたのは、首から下げた小さなルーファスの“星”。
赫灼色の品の良い光こそ、ルーファスとナイトの為に“アイツ”が選び抜き誕生日に贈ってくれた“星”。
「――…… 、」
音にせず噛みしめる大切な大切な、アイツの名前。
ルーファスは思う。無理を通そうとするアイツを決して離したくない、無茶と無謀に振り回されたとて触れれば柔らかなあの心を知った今、もう離せない。あの正義感の輝き美しい瞳のアイツを守りたいと……心の底から。
「……生きてえんだよ。アイツの、隣で」
願う。
歩幅を揃えて歩きたい、いっそ世界の終わりまで。
だからルーファス・グレンヴィルは戦うのだ、この視線強く言葉を発さぬ幻と。
「アイツと……会えなくならねえように、アイツが居られるように、アイツを奪われねえように」
そう、世界に奪われぬ様に。そして自分自身が手を離さずに居るために。
肺一杯に詰めていた煙草の煙を吐き出して、ぐしゃりと爪先で磨り潰す。そうして強く相棒を撫で、手を放す時にはルーファスが握りしめていたのは刃二股の槍一本。
纏う焔鮮やかに、ぶうんと空気斬る様に槍を回す。
黒き炎の陽炎は終始何も語らなかった、が、目が。言葉連ね喋るよりも遥かに力強いことばで持って、ルーファスに語り続けていたから。
問いただすような、どこか責めるような瞳の語りは幾重にもルーファスの胸に響き続けていた。
だが所詮は、幻の言葉。本物のアイツに勝るものなど何もない。
「だからオレは強くなる。どんな敵にも負けないように―――オレは、誰にも、アイツを譲らねえッ!!」
UC―終焉―。
舞うように振り回した槍が幻を一閃した直後、ナイトの吐き出した赤黒い焔が全てを焼き切った。
大成功
🔵🔵🔵