14
素餐

#UDCアース

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース


0




●いきることは、たべること
 ツン、と鼻を突いたのは、何かが焦げつくような臭いとむせ返るような腐敗臭。
 薄暗い地下室の中、その中心。黒い水たまりの上に其れは居た。
 草を喰み、石を喰み、森を喰み。気がついた時には、ここに居た。
「神饌に御座います」
 穏やかに笑んだ男が一人、後ろ手に縛られた女を連れてくる。
 神、と祀られるモノはその言葉に応えることも無く、がらんどうの双眸で閉じた空を見遣るばかり。
 されど男は笑みを崩さない。
 いつの日か、この神は大いなる恵みを与えてくれると信じているから。
「決して粗相の無いように。――後は、わかっているね?」
 形だけの拘束を解き、諭すように優しく語りかければ、小刻みに震えながらも頷く姿。
 それを見届ければ言祝ぎを一つ、男は地下室を後にする。

 閉じられた世界の中で、神と祀られるモノと女は二人きり。
 はたして、どれほどの時間が経ったのだろう。
 女は覚悟を決めたかのように、怖ず怖ずと一歩、また一歩。
「――お前は、」
 不意に紡がれた言の葉。跳ね上がる女の肩を、色の無い虚ろが映しだす。
「どうして」
 向けられた問いに、女はゆっくりと一呼吸。
「……あ、あの人、困っていたから。私、放っておけなかったから……。そ、それに――」
 ――あなたも。
 震える声で、ぽつり、と。
 神と祀られるモノはほんの少しだけ、その目を丸くする。
「そうか」
「お前は優しいな」
 招き寄せるその腕は、まるで赤子をあやすかのようにゆっくりと女の頭へ添えられて。
「ごめんな」
 絹のようにも見える柔らかなその髪を、確りと掴み上げた。
「私はもう、飢えたくはないから」
 ――いただきます。

 食物を収める袋は既に無く。
 喰まれた色は墜ちゆき、ただただ黒に染まるだけ。
 そうして零れ落ちたモノは広がり、満たされぬ欲の代わりにと床一面を塗り潰していく。
 足元に描かれたモノクロームを見つめれば、色の無い虚ろで再び天を仰ぎ、そんな日々を無感情に繰り返す。
「……ごめんな、無駄にして」
 落とされたその言葉だけが、この淀んだ世界の中で酷く寂しげに響いていた。

●巡る命の果てに
 腰を下ろし、グリモアベースに広がる現代的な風景を見つめていた神々廻・夜叉丸(終を廻る相剋・f00538)は、猟兵達の足音を聞きつければ徐に振り返り。
「――ん。すまない、まだ昼食を済ませていなくてな」
 傍らには笹に包まれた三色団子が二串。銜えていた竹串の一本をそこに加え、折りたたみ懐へと仕舞い込めば、立ち上がり改めて猟兵達へと向き直る。
「この景色を見て貰えれば分かる通り、UDCアースにて邪神――『緑の王』と呼ばれるオブリビオンの存在を予知した」
 場所はとある篤志家の邸宅。
 武家屋敷のような立派な家構えで、庭にある土蔵の地下室に件の邪神が存在しているのだという。
「この篤志家――榊原という男は熱心な自然保護運動を行っていることで巷では有名らしい」
 しかし、それはあくまで表の顔。その裏側は邪神を崇拝する邪教徒の筈、なのだが。
「この男が邪神を崇める理由は一つ、失われた自然を復元する為だ」
 昨今のUDCアースでは科学技術の発展に伴い、開拓の為の伐採により多くの自然が失われている。
 そんな現状を嘆いた榊原は自然保護運動を推進。
 その活動の最中で偶然にも先祖の残した文献を紐解き、土蔵の地下室に封じられていた邪神を見つけ、まるで豊穣を齎す神のように崇め始めて今に至るという。
「榊原はこの邪神に供物を……時には贄として、人間を捧げる事もあるようなのだが」
 どうも無理やりに生贄を捧げているという訳ではなく、榊原と志を共にした者達が本人の意思で、自らを贄として捧げるよう頼みこんでいるらしい。
「……狂信、というのは恐ろしいものだな。まさか自らの命をも投げ打ってまで、掲げた理想を成就させようと願うとは」
 そこにあるのは誰かに害意を向けることのない、たった一つの純粋な願い。
 思わず頭を振り、溜息を一つ。
 予知した未来はそんな一場面を覗き見たものだった、のだが。
「実は今回生贄に捧げられようとしている女性、彼女もまたオブリビオンだ」
 理解できない、といった様子の表情を浮かべながらも、夜叉丸は話を続けていく。
 そのオブリビオンというのは『泥人』と呼ばれる、かつて存在していたブラックタールの変種。
 容姿こそ一般的な人間と同じそれだが、非常にお人好しで騙されやすく、利用され続けた結果絶滅してしまった悲劇の種族だ。
 榊原の語る理想に心を打たれたのかは不明だが、いくらかのやり取りの後、自ら生贄になることを志願したらしい。
「深くは聞かないでくれ。今回の件に関しては何がどうなっているのか、おれにもよくわからないんだ」
 しかし、それでも一つだけはっきりとしていることがある。
 それは相手がオブリビオンである以上、それらはどうあっても倒さなければならない存在だということ。
「……それと、もう一つだけ」
 そして、再びの生を与えられたその邪神の姿が、与えられるがままに贄を喰らい続けるその姿が、夜叉丸には酷く悲しいモノに映ったのだということ。
「そこにどんな経緯があったのかはわからない。そもそも、相手に戦意があるのかすらも不明だ。……だが、おれたちが猟兵である以上はその存在を見過ごす訳にはいかない。だから――」
 ――どうか、その手で終わらせてやってくれ。


空蝉るう
 猟兵の皆様、こんにちは。空蝉るう(うつせみ・――)と申します。
 UDCアースの平和を守る為、どうか皆様の力をお貸しください。

●はじめに
 ストーリーの関係上、明るい結末を目指すことは非常に難しいです。
 暗い話や後味の悪い話が苦手な方はご注意ください。

●登場人物
 榊原:50代の男性。穏やかで荒事を好まない性格。
 近所では有名な篤志家で、近隣住民から信頼と尊敬を集めており、その存在を知らない者はいません。
 また邪神についていきなり尋ねると警戒される恐れがあるので、会話を試みる際は遠まわしに聞くことをお勧めします。

●やるべきこと
 オブリビオン『緑の王』の討伐。

 第一章では猟兵の皆様にどうにかして榊原邸の土蔵地下へと侵入する手段を探して頂きます。
 侵入方法は誰かが榊原の気を引いている間にこっそりと土蔵の鍵を探して潜入してみたり、榊原をなんとか言いくるめた上で案内してもらったり、信者のフリをして生贄として地下へ案内して貰ったりなどなど。全てお任せします。
 上述したようにフラグメント以外にも取れる方法はありますので、皆様がやりたい事を好きなだけ、自由な発想で遠慮なくお書き頂ければと思います。
 一応真正面から強引に乗り込む事も可能ですが、騒ぎを聞きつけた近隣住民がやってきたり、通報されて面倒な事になる可能性が高い為にあまりお勧めできません。
 ですが、仮にどの様な展開となっても最終的にはUDC組織がなんとかしてくれ、結果的に丸く収まります。すごい。

 第二章以降はオブリビオンとの戦闘となります。
 一度地下室に入ってしまえば、どれだけ暴れても外部に気づかれる事はありません。
 また地下室は天井が高く、複数人の猟兵が不自由なく動けるだけの広さがあるので、思うまま自由に立ち回って頂ければと思います。

 それでは、皆様のプレイングを心よりお待ちしております。
29




第1章 冒険 『聖人の裏の顔』

POW   :    尾行や張り込み等で尻尾を掴む

SPD   :    盗聴や潜入等で証拠を握る

WIZ   :    聞き込みや記録調査等で正体を暴く

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

サフィ・ヴェルク
多重人格者RP
一人になったタイミングで独り会話をして行動を考えた

「はてさてどうしましょうね、僕はエージェントと言ってもまだ子供に過ぎませんしね 近隣に篤志家のことを普通に聞いて答えてもらえるものか」
「とりあえず、泥人の女性の方を探してみたらどうです?」
「「そうしましょうか」」

予知した話にあった、泥人の女性の方を探します
まだ今なら女性を確保すれば緑の王を弱体化させられるかもしれないし、お人よしという話なので説得すれば女性自体止めたり一緒についていけるかもという考え

蒸発した家族を探しに来たとか嘯いて聞き込み。多分WIZ
誰かの前では人畜無害そうに振舞うし仲間に情報も共有しますー
表人格のサフィで行動


夷洞・みさき
泥人達を見るのは二度目だけど、なるほど、そんな種族だったんだね。
なら、餌をするのも道理だね。

只人に迷惑を掛けていないのなら、僕としては咎人なのか悩むから、
彼の目的と防疫の必要を確認しにいこうかな。

【SPD】
建物なら排水口はあるだろうし、そこから侵入しようかな。
水が多くても僕は魚混じりだし、【水泳】もできるからね。

水の中に隠れつつ、主の目的と今後の方針辺りを掴めないか捜索する
見つかりそうになったら、水中で【UC】か尾魚にて魚を偽装

奥に行く通路も、建物の水路を調べたらたどり着けそうかな。
水路なんて建物の血管みたいなものだしね。

偽装が上手くいくなら、他の人のフォローに回ってもいいかな。

アド絡み歓迎


シキ・ジルモント
◆SPD
目的達成の手段が生贄を使った邪神頼みとは…
…考えるのは後、今は仕事だ
土倉の鍵を探して拝借、土倉地下への侵入を試みる

周りに人目の無い事を確認して行動開始
改良型フック付きワイヤーを塀の内側や庭の木等に引っ掛けて上り(『地形の利用』)屋敷の敷地内に降りる

敷地内に入れたら狼の姿に変身、体が小さいこの姿なら隠れた時に『目立たない』はずだ
榊原の声が聞こえる範囲に潜伏し『聞き耳』を立てて情報を得る
鍵の場所、警戒が手薄になるタイミングを把握したい
ユーベルコードも利用して見つからないよう注意を払う

情報を得たら警戒が手薄になったのを見計らい鍵を入手
持ち去ったのがバレないよう辺りの適当な鍵と入れ替え、土倉へ


平良・荒野
教えに関しての問題は難しい、と思います。が、UDCは邪神なのだから… そのように考えて動きます。

直接榊原氏に会うのは警戒させるかもしれません。
近隣の、出来れば高齢の方を相手に、僕は神仏の教えについて道を求めていること。同じように考え、祈っている方が多くいるのに、救われないこの世について悩んでいること。力が及ばない若輩の身ですが、それでも、人を救うことについて真摯に考えていること…それから、僕は(実の親は)身寄りのない身だと伝え、新たな生贄候補の信者として導いていただきたいと思います。
『緑の王』について何か情報を得られれば、否定的な言動は控え、素直に受け止めます。


華折・黒羽
行動方針【POW】
※アドリブ・連携歓迎

【行動】
…人と話すのは苦手だ。
だから俺は榊原を見張ってこいつの動きから行動パターンや土蔵への道筋、可能な限りの情報を見つけ出す。
普段から隠れて行動することが多いから、他の方法よりはこっちの方が合っているだろう。
街に住み着いてる烏や野良猫にも手伝ってもらうか。
【揺】で街にいる烏や野良猫を集め情報収集を
烏は上空から、猫は地上から。これなら死角を減らせるだろう。
自身は榊原が見える距離で隠れながら見張る。

掴みたい情報は主に「土蔵の鍵の在処」「榊原が土蔵へ出入りする時間帯や回数」のふたつ。
最悪どちらかひとつでも情報掴めれば上出来

使用技能:動物と話す、追跡、野生の勘


ジェイクス・ライアー
志が悪ではなくとも。全ての裁きはその行いによってなされる。
そう、全ての生き物に等しく。

【WIS】
[目立たない]善良な信者めいて。
[コミュニーケーション]をとり近隣住民からの紹介を取り付け榊原と接触をはかりたい。
[礼儀作法]は忘れず、失礼のないように。
…高名な先生がいらっしゃるとお聞きしました。私もこの世界のために何か力になりたいのです。
しかし私のような矮小な身では何も思いつかず、風の噂を頼りにここまできました。先生、榊原先生ならば何か方法をご存知ではないでしょうか。

我ながら心にもない。だが、引きつけるには十分だろう。
さあ案内してもらおうか、貴様の神のもとに。


セツナ・アマギリ
邪神に頼ってまで自然復元ね……全く理解できねーわ。
ただ、榊原はゲスいことやってる割に、頭イイんだろうな。
じゃなきゃ、誰も信じねーもんな?

会話でうまいこと聞き出すのは性格上ニガテなんだよなー。
特に頭イイやつと話して、情報聞き出すとか無理無理。
ってなわけで、他のお仲間サンが気を引いてくれてる間に、自慢の七つ道具で土蔵の鍵を開けて潜入しますか。
余裕がありそうなら、台所の戸棚とかに面白いもん入ってないかチラっと見て行ったりして。
いや別に泥棒しようとか、そーゆーんじゃなくてさ。

見つかりそうになったら、自慢の逃げ足と、フック付きワイヤーで逃げるから、迷惑かけることはないだろ。
協力は惜しまないぜ。



●惑いの先にあるものは
 ――まあまあ。まだお若いのに、なんて立派なねえ……。
 ――ふむ……。ああ、それならば榊原先生を訪ねてみなさい。どれ、わしが連絡を入れておいてあげよう。
 ――そうですねえ。きっと、先生はあなたの力になってくださいますよ。

 時刻は昼前、天気は快晴。
 吹き抜ける朔風が、人気の無い大通りを冬の色で染め上げていく。
 澄み渡る寒空の下でその身を震わせながら、平良・荒野(羅刹のクレリック・f09467)は榊原邸への道すがら思索に耽っていた。
 ――榊原との直接の接触は無用な警戒を生む可能性がある。
 なればと荒野が編み出したのは、近隣の――特に榊原との関わりの深そうな高齢の住民を伝手にする、という方法であった。
 自身は神仏の教えについて道を求めていること。数多の祈りが捧げられているにも関わらず、未だ救世には至らぬ世の中に思い悩んでいること。
 そして、力の及ばぬ若輩の身ながらも、自身にも何か出来ることはないか模索しているということ。
 そう彼らに訴えかければ、敬虔な信者として榊原の元へと導かれるのではないか。
「上手くいった、と考えて良いのでしょうか」
 人の為に何かできる事はないかという荒野の真摯な叫びは彼らの心を揺さぶり、結果として榊原と面会する機会を得ることに成功した。
 これが大きな収穫である事は間違いない。しかし、同時に知り得たいくつかの事実が、荒野の心を惑わせる。
「…………」
 細めた瞳が小さく揺れる。
 思考の海で溺れる内に突き当たったT字路。顔を上げ、教えられた道順に従い、右へと。
 そうして見遣った道の先、偶然目に留まったのは共に世界を渡った猟兵の姿。

「――はてさて、どうしましょうね」
 同じく寒空の下でサフィ・ヴェルク(氷使いの不安定多重人格者・f14072)は一人――もとい二人、思い悩んでいた。
「僕はエージェントと言ってもまだ子供に過ぎませんし、近隣の方々に篤志家のことを普通に聞いて答えてもらえるものか」
『なら、とりあえず泥人の女性の方を探してみたらどうです?』
 口をついて零れた声はサフィの二分された人格の片割れ、ロゼのもの。
『予知された未来、ということは件の女性はまだ生贄に捧げられてはいないはず』
「なるほど、もしその女性を確保することができれば」
『緑の王の力を削げるかもしれませんよ』
 互い違いの言葉が紡がれる度、その眼が映す世界は右へ左へ忙しなく。
「……すみません!」
 不意に聞こえた足音へと振り返れば、一心同体の二人による作戦会議は小休止。
「ああ、荒野さん。そちらの首尾はどうですか? 何か情報は得られましたか?」
「はい、先程までの聞き込みでいくつかの情報を。それと、榊原氏との面会にもこぎつけまして」
 頼れる仲間の一言に、思わず感心するような息が漏れ出した。
 自身の代わりに情報を得てくれたのであれば、話は早い。
(『それなら、こちらは泥人の捜索に専念できそうですね』)
 過ったもう一つの思考には、心の中で小さく頷いて。
「荒野さん、ありがとうございます。実はさっきまでどう聞き込みを行うかで悩んでいたところだったんですよ。それともしよければ、僕にもその情報を教えては頂けませんか?」
 勿論です、と頬を綻ばせる同年代の姿を見れば、思わずサフィからも漏れ出した笑顔が一つ。
 二人と一人は各々の持つ意見と情報を交換し合いながら、仲間達の待つ榊原邸へと歩を進めていく――。

●水を掻き、地を駆け、空をも翔け抜けて
 ――彼らを見るのはこれで二度目になるわけだけど、なるほど。そんな種族だったとはね。
 予知で語られたオブリビオン――泥人を思い浮かべながら、水中を掻き、突き進む影が一つ。
 ――なら、餌とされるのも道理。……仕方がないことなのかな。
 何とも言えぬ思いを巡らせながら、その影は目的地である眼前の石壁を見つめて、ぽつりと。
「水路といえば建物にとっては血管のようなもの。……その読みは、決して間違っていなかったんだけどね」
 音を立てて榊原邸に存在する外堀から顔を出した夷洞・みさき(海に沈んだ六つと一人・f04147)は、辺りに人気が無い事を確認すれば、思わず溜息を零す。
「そちらの首尾は? ……その様子だと、あまり芳しくはなさそうだが」
 そんなみさきに声を掛けたのは、建物の影に身を潜めていたシキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)だ。
「全然。上手く排水口から忍び込めないかな、とは思ったんだけれどもね」
 やれやれ、と肩を竦めたみさきが指差した先にあったのは小さな鉄格子。それ自体は確かに榊原邸の内部には続いているのだろう。
 しかし不運なことに、みさきの見つけたそれは、人の身がくぐり抜けるには――たとえ小さな魚へと姿を変えることができたとしても、少しばかり小さすぎる抜け道であった。
「幸い、流れ出てくる水に不浄なものは混ざっていないみたいだからね。少なくとも邪神の影響が外部に漏れ出るようなことはないと思うよ」
「そうか、苦労をかけたな」
「いいや、これは僕が言い出した事だからね。シキ君が気にするようなことじゃない。……でも、参ったね。これ以上の情報を得るには、いよいよ内堀にでも忍び込まないと難しそうだ。よっ、と――」
 ざぷん、と、小さく仄暗い世界を離れ、一つ巡って人が立つべき世界へと。
 滴る水滴。鼻をくすぐる嗅ぎ慣れぬ磯臭さに、ほんの少しだけ顔を顰めたシキへは済まなそうに小さく笑みを向けておいて。
「と、なると後は直接侵入してみるか」
「……黒羽君次第、だね」
 二人は顔を見合わせ、別行動を取っている仲間の元へと歩み出す。

 ――人と話すのは、苦手だから。
 仲間を離れ、一人道行き木々の中。ゆうらりゆらり、揺蕩う尾先は何処へと。
 ――榊原邸の裏手に存在する林の内、少し開けた場所で、華折・黒羽(掬折・f10471)は一人、音を奏でていた。
 まるで時を刻むよう、静かに奏でられる旋律は篠笛――揺のもの。
 鈴を転がすようなその音色は、地を伝い、空を翔け、何者にも遮られることなく街中へと響き渡る。

 ――みゃあ、みゃあ。かあ、かあ。

 程なくして木々の隙間から顔を覗かせたのは、色とりどりの猫達と、黒一色に染まった烏達。
「……よし、聞かせてくれ。あなた達の知る、その全てを」

 ――にゃあ、みゃう。かあ、かあ。

 余人には聞き得ぬその声が、一言、また一言と。何とも賑やかに耳朶を打つ。
 時には体全体を使って何事かを表現する同胞達の姿を見れば、黒羽も穏やかな笑みを浮かべて。
「……そうか、ありがとう。それと、後は――」
 
 ――がさり。

「……ッ!」
 不意に響いた物音で、羽織に隠れた尻尾が総毛立つ。
 ぶわりと膨らんだ感情を隠しきれぬまま、恐る恐るに音のする方へと振り返って――。
「やあ、黒羽君。そちらの調子は……もしかして、驚かせてしまったかな?」
 へらり、と気の抜けた笑みを向けるみさきの姿に、黒羽はまるで非難するかのような視線を向けて。
「……警戒くらい、するだろう。敵の本拠地はもう目と鼻の先だぞ」
「済まない事をした。それで、そっちの調子はどうだ?」
 その一声と共に遅れて現れたシキの姿を認めれば、黒羽は大きく息を吐いて。
「……土蔵の鍵の在処が分かった。榊原の自室、書斎机にある一段目の引き出しの中だ。――この猫が散歩をしている時、偶然、窓の外から見かけたらしい」
 黒羽の言葉に合わせ、にゃん、と誇らしげに鳴いてみせた黒猫が一匹。その働きを労るよう、黒羽は顎下を一撫でして。
「他にも掴めた情報はある。まずは――」
 榊原が土蔵へ出入りするのは決まって正午の一度のみ。
 また、時折何者かを連れ添って土蔵へと立ち入る事はあるものの、出てくるのは榊原一人だということ。
「その連れ添いというのは、もしかして……」
「……ああ、生贄にされた人間達、だろうな」
 みさきの言葉に、苦々しげな表情で言葉を返すシキ。
(「……目的達成の手段が、生贄を使った邪神頼みとはな」)
 思うところはあったものの、今は仕事中だと言い聞かせ、再び黒羽の話に耳を傾ける。
 次に語られたのは最近屋敷内で見かけるようになった女性の存在――恐らくは、泥人のことだろう。
「なんでも、行く宛を無くして彷徨っていたところを榊原が保護したらしい。これはカラス達が使用人の会話を又聞きした情報だから、信憑性に欠けるところがあるけれど――」
 猟兵達による情報のやり取りが交わされる中、みさきの脳裏を過ったのは一つの疑問。
 ――はたして、榊原は咎人なのか?
 予知で得た情報、そして、動物達から得た情報。
 これらを鑑みたところで、みさきには榊原を悪と断ずることができなかった。
 泥人の生贄に関しても、彼女らがお人好しな種族である以上、拾われた恩義に報いるため自ら生贄に志願したという可能性も考えられる。
 せめて、泥人本人から話を聞くことさえできれば――。
 巡る思考の中で、ふと。
「シキ君、黒羽君。今が何時かわかるかい? さっき、榊原は正午に土蔵へ立ち入ると言っていたよね?」
 その一言で、シキが取り出した時計に三人の視線が集まる。
 ――十二時、八分。
「……正午を、過ぎているな」
「……そのようだね。予知の内容を考えると、すぐにでも行動した方がいいかもしれない。仮に泥人が喰われてしまえば、緑の王の力が増してしまう可能性もある」
 みさきの語るそれは、グリモアベースを発つ前にサフィが抱いていた懸念の一つ。
 ――気がついた時には、猟兵達は榊原邸へと向けて走り出していた。
「黒羽君、屋敷内の警備状況は?」
「あ、ああ。使用人が三人と、時折来る庭師が一人。猫達によると、この時間帯なら使用人達も休憩に入るはずだから、今なら気づかれずに侵入できると思う」
「なら、迷っている暇はないな」
 言うが早いか、正面に見えてきた榊原邸の塀へと向けて身につけていた腕輪からシキが放ったのはフック付きのワイヤー。
 何かが擦れるような発射音の後、カチン、とフックが塀へと食い込む音が周囲に響き渡る。
「二人共、掴まってくれ。このまま一気に屋敷内へ侵入するぞ」
 あまりの手際の良さに目を丸くするみさきと黒羽を横目に、シキは二人へと声を掛けて。
「わ、わかった。僕は内堀から使用人の動きを監視しながらフォローに回るつもりだけど、二人は?」
「こっちは動物達と協力して、気づかれないよう距離を取りつつ、榊原の動向を見張るつもりだ。何かあれば、すぐに合図を送る」
 黒羽の淀みない返答に頼もしさを感じながら、シキが言葉を続ける。
「俺は潜入して土蔵の鍵を確保する。もし何かあれば……その時はフォローを頼む」
 任せてくれ、とばかりに黒羽とみさきは互いに視線を交わし、シキへと向けて力強く頷いて見せ。
 そうして巻き取られるワイヤーに体を預けるがまま、三人の猟兵は空を翔け、塀の向こう側へと――。

●Fact or Fiction
 ――時は少しだけ遡り、正午前。
 榊原邸の前に辿り着いた荒野とサフィ。そして彼らの語る先には、紳士然とした男が一人。、
「……なるほど。なら、まずは私に任せて欲しい」
 ジェイクス・ライアー(素晴らしき哉・f00584)は二人の少年に穏やかな笑みを向けながら、そう告げる。
「何、こういった立ち振る舞いには慣れていてね。君達が話し易くなるように、私が場を整えよう」
「わかりました。では、僕はジェイクスさんの後に続けて身の上話を交えての交渉を」
「なら、僕は蒸発した家族を探しに来たとでも嘯いてみましょうか」
 荒野の得た情報によれば、件の泥人はつい最近榊原が保護した記憶喪失の女性、ということになっているらしい。
 そこでサフィが考えたのは、榊原本人に泥人が蒸発した家族である可能性を仄めかすという作戦だ。
 榊原が真に善人であるのなら、泥人との面会が叶うはず。
 仮に榊原が善人の皮を被った悪人であったのなら、上手く話をはぐらかされるだろう。その時は二人に話を合わせればいい。
(『いいですね、そうしましょう』)
 心の中でサフィとロゼは頷き合い、一先ずの運びをジェイクスへと託す。
「では、行こうか」
 インターフォンを押し込み、咳払いを一つ。
「……突然の訪問、失礼致します。先程近隣の方から連絡があったかと存じます、榊原先生との面会を希望する者なのですが――」
 ジェイクスが使用人とのやり取りを交わす間、荒野の意識は再び思考の海へ。
 ――榊原先生は本当にいい人でねえ……。ほら、自然保護活動なんて立派なことをしていらっしゃるでしょう? その他にも、老い先短い私達のような老人の為にも、尽力してくださってねえ……。
 ――そうさなぁ。先生の訴えがあったからこそ、わしらは今、不自由無く暮らせておってなあ。
 ――それに、子供達の安全の為にも尽力してくださって……。先生のお陰で今のこの町があるんですよ。
 少なくとも、あの老人達の言葉に嘘はない。それどころか、その声色からは信者のような――狂信めいた響きすらも感じなかった。
 榊原の取った邪神に頼るという行為は褒められたことではない。それに、たとえそれが本人達の意思とはいえ、人々を生贄と捧げるなどもっての外だ。
 だが、彼は真の意味で悪人なのだろうか?
 そんな考えが、荒野の心をただひたすらに惑わせていた。
「…………」
 困惑する年若き少年を横目に、ジェイクスは静かに青色の瞳を細める。
 ――その志が悪ではなくとも。全ての裁きはその行いによって成される。
 たとえ榊原自身が善人であったとしても、邪神に肩入れをしたという事実――誰かを生贄に捧げたという彼のその行いは、決して許されぬモノ。
 であれば、誰かが裁きを下さねばならない。そして、それは件の泥人についても同じこと。
 未来を喰らう存在――オブリビオンとして生まれてしまった以上、たとえ本人がどのような考えを持っていたのだとしても、掛けるべき慈悲など存在しない。
 猟兵とオブリビオン。現在と過去。そこにあるのは、変えようのない事実だけ。
 ――そう、全ての生き物に等しく。それが、現実なのだから。

「どうも、お待たせしました。いやはや、態々足を運んで頂いたのに申し訳ありません」
 三人が応接間に通されてから暫くして、姿を表したのは人が良さそうな中年の男。
 恐らく、彼が榊原で間違いはないだろう。
「いえ、こちらこそ急に押しかける形となってしまい、申し訳ありません」
 ジェイクスの洗練された一挙一動に、榊原は少し驚いた様子を見せながらも言葉を続けて。
「それで、ご用件というのは?」
「ええ、実はこの町には高名な先生がいらっしゃると、風の便りにお聞きしまして。私自身、常日頃からこの世界の為に何か力になれることはないかと模索してはいるのですが……お恥ずかしながら、このような矮小な身では何も思いつかず」
「ふむ……」
「先生、榊原先生ならば、何か良い方法をご存知ではないでしょうか」
 ――我ながら、心にもない。
 心の内で、自身の言葉に毒づいて。
 そんなジェイクスの言葉に重ねるよう、荒野も続けて言葉を紡いでいく。
「榊原先生、僕からもお願いします。実は僕、頼る身寄りがない身で――」
 実の親に捨てられた、という経緯だけを見れば、その言葉に嘘はない。
 今の自分は敬虔な信者の一人なのだと、そう自分に言い聞かせながら、一つ一つと言の葉を並べて。
「未だ右も左も分からない若輩者ではありますが……こんな僕にもできる事があるのなら、なんだってする覚悟です。ですから、どうか僕達の事を導いてください。……お願いします」
 そうして頭を下げる荒野の姿を認めた榊原は、不意にその表情を曇らせる。
「……そうか。君も、彼らと同じ事を言うのだね」
「……失礼ですが、彼らとは?」
 訝しむようなジェイクスの問いかけに、榊原から漏れ出したのは大きな溜息。
「たまにいるのです。皆さんのように、私に導いて欲しいと……進むべき道を示して欲しいとせがむ人々が――」
 信じる、信じないはあなた方次第です、と前置きをした上で、榊原は静かに語り始めた。

 ある時から、様々な理由で生きる目的を見失った人々が榊原の元を訪れるようになっていた。
 身寄りをなくし、路頭に迷う者。社会に馴染めず、その日暮らしを続ける者――。
 可能であれば、救いを求めるその全てに手を差し伸べたい。
 その暮らしを支援し、働き口を探してやり、可能な限り社会に復帰できるように、と。少なくとも、かつての榊原はそう考えていた。
 しかし、仮に一人を受け入れたとして、その後はどうなる?
 限りある財で、噂を聞きつけた人々のどこまでを救うことができるのだろうか。
 もし、手を差し伸べることができなくなった時、残された人々はどうなってしまうのだろう。一体、何を思うのだろう。
 苦悩する日々の中で、ある時榊原は土蔵の中から一冊の文献を見つけ、それを紐解いた。
 そこに描かれていたのは、自然と一体化した――それこそ、正に自然の化身と言っても過言ではない、雄々しき半人半獣の姿。
 それはこの土地の地下に封ぜられた、かつての神の姿だった。
 ――もし、この神の力を借りることができれば、予てよりの理想――失われた自然の復元という夢を叶えられるかもしれない。
 そう思い至った後の行動は早かった。
 記された手順に従い、地下へと通ずる封ぜられた扉を暴く。そして見てしまったのだ。
 力を失い、跪き、ただただ朽ちていくだけの悲しき姿を――。

「荒唐無稽な話だと思われるでしょう? ですが、神は実在するのです」
 以来、その神にかつての力を取り戻させる為に、定期的に貢ぎ物を捧げているのだと。
 どこか自嘲めいた笑みを浮かべる榊原に、黙して話を聞いていたジェイクスが問う。
「一先ずは、信じます。ですが、先生の語る神の存在と最初のお話には一体何の繋がりが?」
 口にしたのは当然の疑問。それを受けた榊原はより一層に表情を曇らせて。
「……私には、困窮する全ての人々を救う事はできません。ですが、世界の為と考えれば、人々をより善い方向へと導く事はできるようになりました」
 ぽつり、ぽつり、と。
「――そう、それがたとえ、人道から外れた、間違った選択なのだとしても」
 榊原のその言葉で、猟兵達は全てを理解した。
「人身御供、という言葉をご存知ですか? それと似たようなものです」
 ――私は、私の見つけた神の力を取り戻す為の供物として――そう、ひいてはこの世界の為に、行き場のない人々を神の糧として、導く事を選んだのです。
 そこにあったのは、ただ一人の人間が願った望みの果て。
 全てを求め、救おうと精神を軋ませる内に歪んでしまったエゴの末路。
 人々にとってのこの男は、衆生を導く善人であるのかもしれない。それでも、その選択だけは決して許されて良いものではない。
「勿論、強要はしません。本当に覚悟のある者にだけ……あなた方のように、その身を投げ売ってまでこの世界の為に尽くせると誓う方々にだけ、このお話をしているのです」
 そこまで言い切れば、榊原は目を伏せ、まるで自身を戒めるように苦々しげに。
「……つい最近、記憶喪失の女性を保護しましてね。暫くの間面倒を見ていたのですが、その内に拾って貰った恩をどうにか返したいと言い出しまして」
 きっと、予知にあった泥人の事だろう。榊原に気づかれぬよう、猟兵達は素早く視線を交わして。
「……その方にも、このお話を?」
 荒野の問いかけに、榊原はゆっくりと頷く。
「ええ。随分と悩んでいたようだけれど、それでも私に役立てる事があるのなら、と」
 穏やかな口ぶりに反し、その表情はどこまでも暗く、昏く。
「――正直、後悔していない言えば嘘になります。しかし、ここまで来てしまった以上はやめることなどできないのです」
 ここでやめてしまえば、今までに捧げられた数多の命は無駄となってしまうのだから。
 だからこそ、榊原は自身を止められない。止まらない。
 重々しい空気が漂う中、唐突に口を開いたのはサフィだった。
「実は、僕は蒸発した家族を探しているんです」
 顔を上げた榊原に、サフィは予知で得た特徴を事細やかに語っていく。
 そうして話を聞く度に、榊原の顔色は徐々に青ざめて。
「それは……まさか……」
「先生、顔色が優れないようですが、如何なさいましたか?」
 ジェイクスの呼びかけを受け我に返った榊原は、飛び上がるようにして扉へと走り寄れば、悲痛な面持ちでサフィを見やり。
「先程話した女性――恐らく彼女は、君の家族なのだろうね。私は、私は、彼女を……いや、今ならまだ間に合うかもしれません!」
 ついてきてくださいと三人を促せば、榊原は自室へと向かい駆け出してゆく。
 互いに頷き合わせた猟兵達は、先を行く榊原の背中を追いかけて。
――随分と遠回りをしてしまったが……まあいいだろう。
「さあ、案内してもらおうか。貴様の信じる神の下に」
 誰にも聞こえぬジェイクスの小さな呟きだけが静かに零れ、そして虚空へと消えていった。

●光届かぬ世界へ
「しかし、邪神に頼ってまで自然復元ね……全く理解できねーわ」
 そう毒づきながら、セツナ・アマギリ(銀の魔器・f09837)は眼前に佇む榊原邸を見据えていた。
「ただまあ、こんだけゲスいことやってる割には……いや、だからこそか? 頭イイんだろうな、榊原ってヤツは」
 そうでなければきっと、誰もその言葉を信じる事はない。
 そして、それ故に自身が直接相手をするには分が悪い、と。
 そんな考えを巡らせながら、セツナは榊原邸の門戸へと手を掛けて――。
「……お、開いてるじゃん。ってことは、お仲間サン達は上手くやってくれてるのかな?」
 鍵が掛かっていない事を確認すれば、躊躇うことなく敷地内へ。
 その度胸ははたして、セツナ自身が探索者であるが故か。
 そうして跨いだ敷居の先でふと目に留まったのは、よく手入れの行き届いた見事な和風庭園。
「へえ、これはまた随分とリッパな……」
 と、そこで紛れもない不法侵入を果たした自身の立場を思い出す。
 手遅れではあるかもしれないが、一応と警戒するように周囲を見回して。
 幸いにも、そこに使用人の姿は無く。
 なれば恐れるものなど何もないとばかりに、内堀に沿って一歩、二歩。
 まるで散歩でも楽しむかのように、ゆるりと庭を歩み始める。
「で、予知にあった土蔵ってのは――ああ、あったあった。アレがそうだな」
 程なくして曲がり角を左へ。その内にセツナの視界へと入ったのは、一際目立つ蔵造り。
 ただの蔵と言うには些か立派がすぎるその風貌も、地下に潜む存在を考えれば合点が行くというもの。
「会話でうまいこと情報を聞き出すってのは、性格上ニガテなもんでね。その中でも特に、頭イイやつと話して情報聞き出すとか無理無理」
 辿り着いた入り口を前に、独りごちながらも取り出したのはセツナご自慢の七つ道具達。
 その内の一本たる、まるで針金の如く鋭利な先端は、古びた南京錠の鍵穴へと吸い込まれるよう消えて行き。
「――ってなわけでさ、俺は俺なりのやり方でやらせてもらうぜ」
 ――カチリ、ガシャン。
 程なくして響いたのは、役目を終えた錠が力なく地面を転がる音。
 自身の手際の良さに、思わず短い口笛が漏れ出して。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……っと」
 重々しい音と共に開かれた扉。
 土蔵の内部は陽の光が届かないという理由もあるが、それ以上に薄暗く、冷ややかな空気が流れていて。
「これは……」
 不意にセツナの鼻をくすぐったのは、何処からか微かに漂う腐敗臭。そして、全身を包み込むような異質な気配。
 ――猟兵としての本能が、これ以上の先行は危険だと警鐘を鳴らしている。
「……余裕がありゃ、暇潰しに台所の戸棚でも……と思ってたんだけどな。これは、そうも言ってられねーか」
 一先ずは仲間達との合流を。視線を泳がせたその矢先。
「な、何だ君は! そこで一体何を……!」
 突然背後から掛けられた声に、セツナはぎくりと振り返り――。
「先生、ご心配無く。彼は、あー……私達の連れでして」
 そこにあったのは、榊原に連れられ土蔵へと駆けつけた荒野、サフィ、そしてジェイクスの姿。
「だ、だが、彼は……」
「それよりも、榊原さん。急がないと」
 遮るようなサフィの一言。榊原も本来の目的を思い出したように、三人の猟兵達へと向き直り。
「あ、ああ、そうだったね。ここが土蔵だ。そして、この地下に君の家族と――」
「……件の神がいる、と」
 荒野の言葉に、榊原は静かに頷いた。
「……分かりました。では、ここからは私達にお任せください」
「な、何を言っているんだね、君は! まずは代わりの供物を用意して、決して神の怒りを買うことが無いように――!」
 今正に紡がれようとしたその言の葉は、眼前で静かに指を立てるジェイクスによって制された。
「ご心配なく、こういった事態には慣れています。それに、ここから先は何が起こるかわかりません。ですから、先生はどうか屋敷でお待ち下さい」
 ジェイクスの語る言葉には相応の覚悟が――そして、不思議な説得力がある。
 自身でも理由がわからぬまま、榊原はただ黙って頷く事しかできなかった。
「……わかった。だが、何かあればすぐに戻ってきて欲しい。もし君たちにまで何かがあったとすれば、私は――」
 私は、なんだというのだろう。
 これまで散々に無辜の人々を巻き込んでおいて、今更になって一体何を口走ろうと思ったのだろう。
「――いや、なんでもない。……彼女を連れて、君達が無事に戻ってくることを祈っているよ」
 言葉を飲み込み、一人屋敷へと戻るその背中を、猟兵達はただただ静かに見つめていた。

 改めて、土蔵の前へと集まる猟兵達。
 そこには遅れて現れたみさき、黒羽、シキの姿もあった
「まさか、鍵をこじ開けるだなんてね。こういうのには慣れているのかい?」
 恐らくは興味本位であろうみさきから投げかけられた言葉に、セツナは、さあね、と気のない返事を返して。
 内堀からセツナを見つめていたみさきが、死角から榊原を見張っていた黒羽が、それぞれの行動に気が付き合図を送ったのは、シキが屋敷に忍び込もうとする直前の事であった。
「危うく骨折り損、となる所だったがな。まあ、首尾よく事が運んだのなら構わないさ」
 ホルスターから愛銃であるハンドガン・シロガネを抜き、未だ異様な気配を漂わている土蔵を睨みつければ、シキの耳はまるで危険を知らせるかのように一度二度、小さくひくついて。
「何はともあれ、これで全員が集まった訳だ。……邪神は、この奥にいるんだよな」
 黒羽の言葉に、サフィが頷いてみせる。
「ええ。そして恐らくは、泥人の女性も、ね」
 まだ喰われていなければですが、と一言を付け足して。
「では、行くとしようか」
 ジェイクスの言葉に頷き、荒野は――そして猟兵達は、一歩、また一歩と暗い土蔵の中へと歩を進めていった。

 こうしてバラバラな時を刻んでいた猟兵達の物語は重なり、そして流転する。
 この先で待ち受ける存在との、激しい戦いの予感を感じさせながら――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『泥人』

POW   :    痛いのはやめてくださいぃ…………
見えない【透明な体組織 】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
SPD   :    悪いことはダメです!!
【空回る正義感 】【空回る責任感】【悪人の嘘を真に受けた純粋さ】を宿し超強化する。強力だが、自身は呪縛、流血、毒のいずれかの代償を受ける。
WIZ   :    誰か助けて!!
戦闘用の、自身と同じ強さの【お友達 】と【ご近所さん】を召喚する。ただし自身は戦えず、自身が傷を受けると解除。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●小さな命の花を咲かせて
「……あ、あの人、困っていたから。私、放っておけなかったから……。そ、それに――」
 ――あなたも。
 震える声で、ぽつり、と。
 神と祀られるモノはほんの少しだけ、その目を丸くする。
「そうか」
「お前は優しいな」
 招き寄せるその腕は、まるで赤子をあやすかのようにゆっくりと女の頭へ添えられて。
「ごめんな」
 絹のようにも見える柔らかなその髪を、確りと掴みあげようとして――。

 ――するり、と、添えられた指の隙間をドロドロの液体が溶け落ちていった。

「あ、あ……!」
 地下室に降り立った猟兵達が目にしたのは、こちらを見つめ震えている泥人の女性。
 そして部屋の中心に鎮座する、邪神――緑の王。
「だ、だめ……来ないで……」
 彼女には分かっていた。オブリビオンとなった彼女には、分かってしまっていた。
 目の前に立つ人間たちが、世界の理を正し、自身らを討ち滅ぼす存在であることを。
 ――猟兵という、決して分かりあえることのない、不倶戴天の敵であるということを。
「いや……嫌……。ダメ……。わ、私はまだ、何も返せていないの……」
 それは猟兵達が口を開くよりも、行動を起こすよりもずっと早く。
「お願い、来ないで……こないでぇえええええええっ!」
 それはまるで慟哭にも似た、聞く者の心を抉る悲痛な叫び。
 ――そして、その叫びに呼応するかの如く、部屋中のありとあらゆる場所からドロドロのヒトガタが現れ、猟兵達の行く手を阻んだのだ。
 恐らく、これは彼女のユーベルコードなのだろう。しかし、それにしてもあまりに規模が大きすぎる。
 追い詰められた鼠は猫をも噛む。そんな言葉が、猟兵達の脳裏を過る。

 ――きっと今の泥人には、猟兵達の言葉が届くことはない。
 なれば、猟兵達の取るべき道は唯一つ。

 ――目の前のヒトガタ達を屠り、その後に道を塞ぐ泥人をも屠る。
 ただ、それだけだ。
シキ・ジルモント
◆SPD
…この場のオブリビオンは例外なく討伐する
俺はあの男が人の心を完全に失う前に、この茶番を終わらせに来ただけ
正義も悪も関係無い、ただの俺のエゴだ

まずは味方とも協力しつつ数を減らしたい
交戦しながら『地形を利用』して壁際に追い詰め、逃げ場を狭めて命中率を上げる
超強化した個体にはユーベルコードで行動妨害を仕掛ける
怯ませて隙を作り接近、『零距離射撃』の距離から確実に攻撃を当て力を発揮する前に撃破を狙う

生贄になるのも代償を受けてまで戦うのも恩返しの為か?
…自分の身を捧げた後の事を考えた事があるか
あの男、榊原がまだ人の心を持っているなら、生贄を捧げた後に残るのは生涯消えない後悔と罪悪感だと俺は思うがな


サフィ・ヴェルク
ドロドロしていますね。ならばきっと、凍りやすいのでは?
家族だと嘯いてここまで来ましたから、責任を取らなければなりませんね……痛い想いをさせてすみませんね

あくまで冷静 冷たいとも言えるでしょうか
UCアイシクルバーグ・ゼロを使用
サイキッカー能力で氷や冷気を放出 足元を凍結させて襲いくる者達を足止めしつつ武器のサイキックブレスで力を増幅し、更に氷の【属性攻撃5】で襲い掛かってくる集団を氷柱で撃ち抜いていきます

アドリブや連携大歓迎です 積極的に仲間は助けていくスタイル


夷洞・みさき
僕としてはどうせ死ぬのなら、彼女の業のまま、餌をして欲しい所なんだけどね。
向かってくるなら、仕方ないけど。
そんな泥人を殺すのも別に、嫌なだけでできないわけじゃないしね。

【SPD】
泥であっても、僕の拘束具はきちんと捕まえてくれるから、すこし頭を冷やしてくれないかな。

折角、その【空回り】に向きを与えられたんだから、それを思い出してみてはどうかな。
あの榊原君だったかな、君がオブリビオンだと知らなかった様だけど、今の有様をみたらどう思うだろうね。


贄になる意思が本物で、まだ継続していたら、森の主の方へ向けて投げ飛ばす。
それの邪魔になる粘液部分は大車輪にて轢きつぶしておく

現世の咎人は現世の人が裁くべきかな


平良・荒野
真の姿>黒い翼の生えた、烏天狗然の青年

救われるために何をすべきか、正しい教えとは何なのか、榊原氏に伝えたとおり、自分にはまだ分からない
だけどオブリビオンは過去の存在で、ならば、未来を守るためにここで彼女を倒します

力量では皆さんに劣ると思う。ヒトガタを無力化し、泥人まで刃が届くよう、露払いを務めます。
羅刹旋風で威力を高めた錫杖で、二回攻撃。前に出ながら、一撃必殺ではなく繰り返しの攻撃で戦力を削ぎます。
脱落は迷惑になります 危なくなれば後方へ。

何をどうしても彼女の思いを否定することに、変わりはありません。
ならせめて、彼女の嘆きを受けて、覚えておきたい。彼女が何かを返そうとしていた事を。


ジェイクス・ライアー
お前は何も悪くない。
だが、私たちのために死んでくれ。

【SPD】
踊るような足取りでヒトガタの群れの中に踏み込む。傘型の銃から放たれる[零距離射撃]で無慈悲に吹き飛ばしながら、なお平然と。
[見切り]で敵の攻撃を回避するが、しきれない場合は[激痛耐性]で耐える。
近接戦は靴の仕込み刃で、素早く[2回攻撃]。

まるで人のような悲鳴。
まるで一般人を手にかけるような。
だが
ここに正義があろうとなかろうと、
お前たちの命の灯火を過去の闇へと還すことが私の仕事だ。
仕事に迷いはない。いくぞ。


セツナ・アマギリ
無言でヒトガタの数を確認しつつ、短剣ルナ=アインを鞘から抜いて戦闘準備。
あれはオブリビオンだ、憐憫の情を抱く必要はない。

ヒトガタが集まっている場所へ【ルナ=グレイス】で絶対零度の衝撃波を打ち込み掃討する。
倒しきれなくても、属性効果を上乗せすれば氷漬けくらいには出来るだろ。

お仲間サンが入り乱れて戦闘してる場合は、広範囲攻撃が難しいよな。
まぁでも1対1は苦手なんで、スコーピオン=ギフトのワイヤーをヒトガタに巻きつけて、数体まとめて動けなくするか。
そしたら誰かがザクザクやってくれるだろ。

最後は泥人か。
泣いても喚いても、無情に切り刻むだけだ。
悪いな、過去で世界を満たされるわけにはいかねーんだよ。


華折・黒羽
※アドリブ・連携歓迎

貰った優しさに恩を返そうとすることは大切だと思う。
あなたのその選択を否定する事は俺はしない…けど、すまない。
俺は“生き抜いて返す”事を選んだ側だから、あなたの恩返し、止めさせてもらう。

【戦闘】
数に対抗する為黒帝を召喚
自身も屠と隠を構えヒトガタに向かっていく
戦闘は常に“守る為”“生き残る為”
仲間が泥人へと向かいやすいようヒトガタの殲滅を優先
多少の傷には構わず生命力吸収と並行して攻撃を続けてゆく
己が身で道を抉じ開ける
吠えれば、黒帝が呼応する様に吠える
多少の傷などお構いなしに
身を盾に、思いを盾に、ひた走り力を揮う

使用技能:生命力吸収、鼓舞、武器受け、盾受け、カウンター、気合い



●迷い路の果てで
 部屋中に現れたヒトガタ――『お友達』と『ご近所さん』は、緑の王を、そしてその前に立ち塞がる泥人を覆い隠すように猟兵達の行く手を阻んでいた。
 歪なヒトガタは体を揺らし、時には音を立ててその身を溢しながら、蠢き続ける。
 一つ、二つ、三つ――その数、十二体。
 静かに視線を巡らせながらセツナが抜き放ったのは、一振りの短刀。
 いくら泣こうが喚こうが、今自身の前に立っているのは過去の残滓。
「悪いが、この世界を過去で満たされるわけにはいかねーんだよ」
 ――そこに、憐憫の情を抱く必要などあるものか。
「お前みたいな、ありふれた悲劇でこの世界を埋め尽くされるわけには、な」
 淡く輝く刀身が映しだしたセツナの表情に色はなく、眼前に立ち塞がる『敵』を冷静に見据えるだけ。
「……貰った優しさに恩を返そうとすること、それはとても大切な事だと思う」
 セツナの隣に佇む黒羽から漏れ出したのは、静かな呟き。
 自分にも、その温かさには覚えがあったから。
 ――小さく握りしめた掌には、今や何も残ってはいない。
 だが、それでも、あの日結んだ約束が、時折去来するあの人の声が残り続ける限り、黒羽が歩みを止めることはない。
「あなたのその選択を否定する事を俺はしない。……けど、すまない」
 ――俺は”生き抜いて返す”事を選んだ側だから。
 泥人と黒羽。
 二人が抱く思いは重なれど、それぞれが歩み行く先は決して交わることのない分かれ道。
 違えた道の先。少年はただがむしゃらに、あの日見た幸せを追い求め、いつかの再会を夢見て走り続ける。
 その手にある黒剣を確りと握りしめ、ヒトガタという壁に隔たれたその先で、未だに震え続ける泥人――歩みを止めた同類へ、それはまるで決別するように――。
「あなたのその恩返し、止めさせてもらう」
 青き双眸に宿した決意。今だ燃え続ける、決して消えることのない命の炎をその身に抱いて。
 ああ、とその黒羽の言葉に頷いたシキが言葉を続ける。
「この場のオブリビオンは例外なく排除する。お前の後ろにいる緑の王も、そしてお前もだ」
 耳に纏い付いた女の悲鳴を振り払い、淡々と言葉を並べるシキの瞳に一切の同情はない。
 その胸の内に抱いた思いは一つだけ。
 あの男――榊原の持つ人としての心が失われる前に、この茶番を終わらせる。
 正義も悪も関係ない。榊原の行いも、眼前の泥人がどの様な感情を抱いていようとも、関係はない。
 故に、シキはその目を逸らさない。
 人とオブリビオン。決して交わることがなく、どこまでもすれ違うだけのこの悲しい物語を己のエゴで穿ち、終わらせる為に。

●摘み取るモノ、摘み取られるモノ
 自身らへと向けられた敵意を感じ取ったのか、戦いの口火を切ったのはヒトガタ達だった。
 不意に耳元を掠めた風の音。
 ヒトガタから伸ばされた無数の透明な体組織――腕のような形をした何かが、猟兵達へと殺到する。
 絶え間なく降りしきる掌打の雨の中で散開し、戦闘態勢を取る猟兵達。
 そんな中で不可視の腕を振るう一体に狙いを定めたサフィが、その両掌をヒトガタへと向けて。
「いやにドロドロしていますね。あれが固体か液体かはよくわかりませんけど……」
 放たれた氷塊は迫り来る体組織諸共にヒトガタの体を縫い付け、続けて襲い掛かる極寒の冷気が緩慢なその動きを更に遅いものへと変えていく。
「――それが生きているのなら、きっと凍るはず」
 同じようにヒトガタの内の一体を捉えたみさきは拘束具を伸ばし、その身を縛り付けながら隔たれた先にいる泥人へと視線を向ける。
「――僕としては、どうせ死ぬのならその業を背負ったままに、餌としての役割を全うして欲しい所なんだけどね」
 自身を抱きしめながらその場で震えるだけの泥人へと、冷酷で凍てつくような言葉を放ったみさき。
 その横をくぐり抜け、まるで舞い踊るかのような軽快な足取りでヒトガタ達への群れへと踏み込んでいくジェイクスが、拘束されもがき続けるヒトガタへと黒い傘型の散弾銃を向け、そしてそのトリガーを引き、放つ。
 全身を繋ぎ止められていたヒトガタは抵抗する時間すらも与えられぬまま、零距離からの射撃で穿たれたその頭部を、花弁の様に散らしていく。
 未だヒトガタを拘束し続けるみさきのユーベルコードは、力が抜け、崩れ落ちるその身が地面に横たわることさえも許さない。
 泥のような体組織が返り血の如くジェイクスの身へと降りかかるも、平然とした様子で次なる標的を見定め、戦場を駆け抜けていく。
 一方でサフィによって動きを封じられたヒトガタへと、錫杖を振り上げた荒野が迫りゆく。
 背中から黒翼を生やすことで垣間見せた真の姿は、まるで烏天狗のよう。
 ――きっと自身の力量は、他の猟兵達に一歩劣っているのだろう。
 だが、そんな自分にもできる事はある、と。荒野は身体を大きく捩りながら、ヒトガタの胴へと向けて錫杖を振り抜き、そのままの勢いでヒトガタの体を蹴り飛ばす。
 その動作には相応の隙が生じていたものの、サフィによって動きを封じられたヒトガタに対抗する術はない。
 片腕を刎ね飛ばされたヒトガタは慣性に従い後方へと。そこに待ち受けていたサフィの放った氷柱が、その全身を容赦なく穿っていった。
「後十体。ここは一気に頭数を減らしてえところだが……お仲間サン達を巻き込む訳にもいかねーしな。なら――」
 そう独りごちたセツナが放つスコーピオン=ギフトのワイヤーは三体のヒトガタへと纏わり付き、その身を縛り上げる。
「すまないが、道を開けてくれ!」
「っ、おっと!」
 不意に響いた背後からの声に飛び退けば、そこを走り抜けていくのは漆黒のライオン――黒帝に跨る黒羽の姿。
 自身が生き残る為、そして仲間達を守る為にと、背中に一人の戦士を乗せた黒帝がヒトガタ達へと飛びかかっていく。
 対するヒトガタ達は固めた体組織をまるで弾丸のように撃ち出しながら、ワイヤーを断ち切ろうともがきながらも必死に迎え撃つ。
 たとえ迫り来る礫が黒羽の頬を掠めれども、その勢いを落とすことは決して無い。
「――う、おぉおおおおおお!」
 裂帛の叫び。
 その身を盾に、思いを盾に。ただがむしゃらに力を揮うだけ。
 叩きつけるような黒羽の斬撃と共に、吠えたける黒帝が道を塞ぐヒトガタ達を次々に打ち上げていった。
「へっ、いい仕事するじゃねーか!」
 打ち上げられ、無防備な姿を晒すヒトガタ達を見やれば、仲間の的確な援護に笑みを溢しながらもセツナは短刀――ルナ=アインを構え、目を伏して言霊を紡いでいく。
「氷の精霊よ――!」
 セツナの呼びかけに応えるが如く、その輝きを増していくルナ=アイン。
 不意に流れ出した冷気がセツナの体を包み込み、相対するヒトガタ達の体温を――そして室内の温度すらも奪い去っていく。
 そうして放たれた絶対零度の衝撃波。
 開かれた眼が映すのは、決して逃れることの出来ない白銀の氷獄。
 瞬きの合間――刹那の一瞬で、三体のヒトガタ達は物言わぬ氷塊へとその姿を変えていた。
「……動きが変わったな」
 そう漏らしたシキの言葉通り、残された七体のヒトガタ達にはある変化が訪れていた。
 放たれる体組織の勢いはより強く。蠢き続ける体躯はより悍ましく。
 ――そして、今やその全身からは赤黒い血のような何かが吹き出し、流れ落ちていた。
「っ……!」
 ヒトを想起させる異形、そんな彼らに訪れた変化を間近で感じ取った荒野は思わず息を呑む。
 しかし、それでも襲い来るヒトガタ達へと向けて振るう錫杖を止めるつもりは決してない。
 ――人々が救われる為には一体何をすべきなのか、正しい教えとは一体何なのか。
 あの時榊原に乞うていた通り、今の荒野にはそれがわからない。
 思考の海が映し返す自分自身へと問いかけてみても、答えは見つからない。
 それでも――そんな荒野にも、ただ一つだけわかることがある。
 オブリビオンは過去を生きた存在で、自分達は今を生きる存在で。
 なれば、今自分達のするべき事は何か? 答えは単純だ。
 過去を穿ち、未来を守る。
 その為に、荒野は今もこうして戦い続けているのだ。
 凛とした瞳が見据える先は、膝をついて怯える女の姿。
「……僕達が何をどうしても、彼女の思いを否定することに変わりはありません」
 再び振り抜かれた錫杖が、縋り付くように伸ばされたその手を振り払い、ヒトガタの頭を飛ばす。
「ならせめて……僕は彼女の嘆きを受け止め、覚えておきたい。彼女が何を思い、何を返そうとしていたのかを」
 それこそが、今を生きる人々が過ぎ去った者達へと送ることのできる唯一の手向け。
 せめて、その存在を忘れないように。
 せめて、彼女が生きた証を――彼女がここで遺そうとしたモノを忘れないように。
 年若き少年の決意を受け、シキはその身を走らせる。
「少し、大人しくしていてもらおうか」
 シキの放った銃弾は、より激しく蠢き続けるヒトガタの四肢を寸分違わずに撃ち貫き、その動きを封じていく。
「あ、オ、アァアアア――!」
 不意に漏れ出した、苦しみ悶える濁った絶叫はヒトガタのもの。
 その悲痛な叫びを耳にした泥人は、怯えるように耳を塞ぎ、目を閉じて今も震え続けるだけ。
「…………」
 伸ばされたその腕を至近距離で見切りながら、ジェイクスはヒトガタの懐へと滑り込む。
 ――まるで人のような悲鳴。
 振り抜かれた蹴撃。
 革靴に仕込まれた鋭い刃がヒトガタの体躯を斬り裂けば、肉の断ち切られる生々しい感触をジェイクスへと伝えていく。
 ――それはまるで、一般人を手に掛けるような。
 止まらない、止まらない。
 返す足で斬りつけた口元。
 くぐもった意味のない音がヒトガタから漏れ出すが、ジェイクスがその手を止めることはない。
 ――だが。
「……ここに正義があろうとなかろうと、お前達の命の灯火を過去の闇へと還すことが私の仕事だ」
 そのままの勢いで立ち上がり、突きつけた黒鉄は静かに終わりを告げるだけ。
「――ア、」
 引き金を引く。
 ――ズドン。
 飛び散った肉塊が頬を濡らす。
 ――後、五体。
 付いた汚れを拭い去り、ジェイクスは残るヒトガタへ、そして泥人へと視線を向ける。
「仕事に迷いはない。――行くぞ」

●小さな命の花を散らして
「家族だと嘯いてここまで来ましたから、僕はその責任を取らなれければなりませんね」
 身につけたブレスレットが輝けば、サフィの纏う力はより強く、激しく。
 氷柱に足を穿たれ跪いたヒトガタに押し寄せるのは冷気の嵐。
 冷静に、沈着に。思うところはあれども、かざした掌を下ろすことはなく。
 サフィは凍りついていくヒトガタのその有様を、静かにただ見つめていた。
「苦しめるつもりはありませんが――」
 じわじわと、ヒトガタの体が凍りついていく。
 肉を抉る鈍い音と共に、降り注ぐ氷柱がその身を貫いていく。
 ――グシャッ。
 みさきの放った大車輪が、飛ばされてきたヒトガタと共に、動けないその体を轢き潰した。
「……すみませんね、痛い思いをさせて」
 その行く末を見送ったサフィは、再び残ったヒトガタへと掌をかざし、歩み始める。
 ――残り、三体。
 二体。
 そして、一体。
「これで、終わりだ」
 最後の残った一体のヒトガタをシキの放った至近からの銃弾が撃ち抜いた時、そこに残されていたのは猟兵達、そして泥人と緑の王の姿だけだった。
 虚ろな瞳で天を仰ぐ緑の王は、未だ動く素振りすら見せず。
「さて――」
 残された粘液のような何かを踏みつけながら、みさきは泥人の元へと歩み寄って。
「――あ……」
 刹那、虚空から現れた拘束具が泥人の四肢を繋ぎ、縛り上げる。
「あ、あ――! い、嫌、やめて……!」
 敢えて猿轡を噛ませることはせず。
 必死に身を捩る泥人を静かに見つめながら、みさきは問う。
「それで、君はどうするんだい? もしまだ向かってくるのなら、その時は仕方ないけれど」
 ――気は進まないけれど、君を殺すことも別にできない訳じゃない。
 みさきの言葉に、涙ぐむ泥人の瞳が揺れる。
「わた、私……私、は……」
 その様子に溜息を一つ。再びみさきが口を開く。
「折角、その『空回り』に向きを与えられたんだから、それを思い出してみてはどうかな」
 ガシャン、と金属の落ちる音。
 泥人の脚へと繋がれていた枷が解かれて。
「それに、あの――榊原君だったかな? 君がオブリビオンだと知らなかったようだけど、今の君の有様を見たら、一体どう思うのだろうね」
 俯き、静かに涙を流す泥人へと向けて、続けてシキが言葉を紡ぐ。
「お前が生贄になると決めたのも、代償を受けてまで戦うのも、恩返しの為か?」
 投げかけられた問いかけに答えるのは、繰り返す嗚咽と時折響くしゃくりあげるような音だけ。
「……自分の身を捧げた後の事を考えた事はあるのか?」
 泥人は答えない。
 それでも構わないと、端から答えなど期待していないとばかりにシキは言葉を続けて。
「榊原が人の心を持っているのなら、アンタがその身を生贄に捧げた後で残るのは、生涯消えない後悔と罪悪感だけだと、俺は思うがな。」
 ――ガシャン。
 全身の拘束を解かれた泥人は、その場に力なく膝をつく。
「……まだその気があるのなら、好きにするといい」
 力の入らないその身をみさきは軽々と持ち上げ、投げ飛ばした。
 泥人が自らを捧げると定めた相手――緑の王の下へと。
「…………」
 ゆっくりと視線を下ろし、何の感情も無くただじっと泥人の顔を見つめ続ける緑の王。
 はたして、その瞳には何を映しているのだろう。
「私は……」
 不意に泥人の脳裏をよぎったのは榊原に拾われたあの日のこと。
 生前の記憶を残したままにオブリビオンとして蘇り、行く宛もなく、現世を彷徨い続けた一日。
 降りしきる冷たい雨に打たれながら辿り着いた暗い路地裏で、ただただ泣くことしかできなかった弱い自分。
 そんな泥人に手を差し伸べた男こそが、榊原だった。
 言われるがままに騙され、利用され、贄として使い潰され命を終えた女は、その日初めて人の優しさを知った。
 初めて、頬を伝う雫が温かいものだと感じる事ができた。
 嬉しかった。幸せだった。
 生前では知り得なかった胸の内に感じたこの温もりを、決して忘れはしないと強く誓った。
 ――でも、私はこの場所にはいられない。
 泥人は、自分がどのようなモノに成り下がってしまったのかを知っていた。
 過去から蘇り、未来を喰らう悍ましき骸。オブリビオン。
 それはかつての自身が贄として捧げられた、忌まわしき邪神と同じ姿。
 今を生きる人々とは同じ時を歩むことのできない、既に終わってしまった存在。
 自分がこの世に留まり続ける事が何を意味するのか、泥人にはわかっていた。
 だからこそ、泥人は願ったのだ。
 この身を再び贄とすることで榊原の望みを叶え、そして――。
「私は――」
 起き上がった泥人の瞳が、緑の王を映し出す。
 この神こそが、あの人の希望。
 しかしこの神もまた、自身と同じオブリビオン。いずれは世界に害を為す存在。
 でも、それでも――。
「私は……私は、あの人の願いを叶えたいの……」
 ゆっくりと立ち上がった泥人は、今一度猟兵達の前に立ち塞がる。
 私がここを退けば、彼らはきっとこの神を殺すのだろう。
 ――私も、この神もいずれは消えねばならぬ存在だとは分かっている。
 だが、それは今でなくてもいい。
 この身を捧げ、この神がいつかその力を取り戻し、榊原の描く夢を叶えた後。
 消えるのは、その後でも遅くはないはずだ。
 ――しかし、仮に力を取り戻した緑の王が榊原の願いを叶えることなどあるのだろうか。
 そんな些細な疑問は泥人には浮かんでこなかった。
 今一度緑の王へと顔を向け、そして泥人はゆっくりと微笑む。
 ――だって、このヒトはこんなにも優しいから。
「……それが、君の選択か」
 みさきは目を細め、溜息と共に背を向ける。
 ――現世の咎人は現世の者が裁くべきだ、と。そう言い残して。
「――うっ、ぐ……!」
 瞬間、泥人の体に容赦のない幾重もの斬撃が、そして放たれた銃弾が襲いかかった。
 そこにどんな事情があったのだとしても、シキとセツナがその手を緩めることはない。
 漏れ出した悲痛な叫びに、黒羽は思わず目を背ける。
 暗闇の向こう側で、泥人の華奢な体が静かに崩れ落ちる音がした。
「あ……ゴホッ……! う、あ……」
 その身から流れ落ちるのは命の色。猟兵達が持つそれと同じ、赤い色。
 荒野はその手に持つ錫杖をぎゅっと握りしめ、隣に立つサフィは自分にはその最期を見届けるべき責任がある、と視線を向けるのみ。
「お前は何も悪くない」
 一歩一歩を踏みしめながら、泥人へと歩み寄る一つの影。
 既に息も絶え絶えの泥人は、自身の前で立ち止まった革靴を――そして、自身を見下ろすその姿を霞む瞳で見つめて。
「だが、私達の為に死んでくれ」
 無機質な黒鉄が、その視界を覆い尽くす。
「――ごめん、なさ……」
 最期の言葉は、はたして誰に向けられたものだったのか。
 ――硝煙の匂いが猟兵達の鼻をくすぐった時、永遠の沈黙が地下室を支配した。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『緑の王』

POW   :    暴食
【決して満たされぬ飢餓 】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【辺り一帯を黒く煮え滾る消化液の泥沼】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD   :    巡り
完全な脱力状態でユーベルコードを受けると、それを無効化して【消化液 】から排出する。失敗すると被害は2倍。
WIZ   :    慈悲深く
【激しい咆哮 】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は多々羅・赤銅です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●不朽の王
「……死んだのか」
 力の抜けたその肢体を見つめ、緑の王が初めて言葉を漏らす。
 肉の塊から流れ出た命の色は、床を染める黒に混ざり、その色を無くしていく。
「――お前達は、」
 がらんどうの瞳が猟兵達へと向けられる。
「私のことも、殺すのか」
 静かな問い。
 そうだ、と。言葉を返したのは誰だったか。
「そうか」
 そうして、猟兵達は気がついた。
 緑の王は決して動かないわけではない。
 その場から動く事が――その足では、最早立ち上がることすら出来ないのだと
「……私はもう、死にたくはないんだ」
 不意に、すう、と。猟兵達の頬を柔らかな風が撫でる。
「ウ、オ、オオ、ア、アアアァ――!」
 刹那、猟兵達へと襲いかかったのは空気が弾け飛ぶような轟音。
 神と祀られるモノから放たれた、大いなる咆号。
 床板は剥がれ、塗り固められた壁には亀裂が走り、常人では立つことすら叶わない程の衝撃が地下室そのものを揺り動かす。
 ――跪け、と。自然そのものが猟兵達へと命ずるかのように。
「……来るなら、来い」
 そこにあったのは紛れもない神の姿。
 矮小なその身を屠らんと、顔を上げた大地の化身。
 ――これで最後、決着の時だ。
 猟兵達は各々の武器を握りしめ、牙を剥き襲い来る大自然へと立ち向かう――。
夷洞・みさき
生きるために殺し食べるのは咎じゃない。でも、それはこの世のモノ達の業なんだ。
だからね、君の咎は此処で落としてしまうよ。
全て禊落として海に還ると良いよ。

そっちが大地なら、僕は海で挑もう。
じゃあ征こうか同胞達。ここに咎人が現れた。

【WIZ】
咆哮対策:UCによる地形変化を行い、水中に潜って回避
また、【暴食】実行へのフォローを狙う

躰が欠けて動けないのはつらいよね。
僕には同胞達がいたけども…。
君にはいなかったのかい?それとも、独りを選んだのかい?

【真の姿】
水面下からの六匹の大怪魚で攻撃
緑の王を維持する贄達の願いや呪詛を喰らう

榊原
骸の海の潮騒が聞こえたら教えてね。
その時は僕がその咎を落としてあげるから。



●此岸と彼岸の境で
 舞い上がる塵芥に包まれながら、王は悠然とその場所に在り続ける。
 動けぬ王に代わり溢れ出る黒色は剥がれ捲れた床板をも巻き込み溶かしながら、猟兵達の足元へとその支配を広げていく。
「生きる為に殺し、食べる事は咎じゃない。でも、それはこの世のモノ達の業なんだ」
 対峙するみさきが語るそれは現し世に定められた理。
 この世に生きる全ての者が背負う、決して降ろす事の叶わぬ重い十字架。
 何かの死を糧に命は萌え、いずれ土へと還り、そうして世界を廻っていく。
 されど、オブリビオンは過去に生きた骸、世の理から外れし存在。
 円環から零れ落ちた彼らが命を喰むなど、決してあってはならない事だ。
「だからね、君の咎は此処で落としてしまうよ」
 ゴポ、と水の湧き立つ音が響けば、みさきの足元から滲み出たのは潮の色。
 ――どぷん。
 ある筈の床板は既に其処になく。
 沈みゆくみさきの姿を見送る王は、その目を丸くして。
「……なんだ、これは」
 数多の呪いを孕む澱んだ海水が大地を侵す黒を上塗り、王の身をも浸し、蝕んでいく。
 ――往こうか、同胞達。ここに咎人が現れた。
 呼び声は泡立つ水底の向こう側。
 須臾に来たりし六つの影が、王を囲んで巡り、廻りゆく。
「ア、ウ、オォオオォアアアァ――!」
 王の判断は早かった。
 大気を震わす咆号。
 聞く者の正気を刈り取る音の暴力が、再び地下室全体を包み込む。
 ――畏れ、跪き、そして私に堕ちて逝け。
 だがその勅令すらも、深き昏い溟海の底までは届かない。
「ぐ、う……」
 不意に走った激痛に顔を歪めれば、王が見遣った先から顔を覗かせていたのは一匹の大怪魚。
 容赦無く、無慈悲に。動けぬ王の身体を、その身に纏う呪詛を、そして向けられた願いすらも怪魚達はひたすらに喰んでゆく。
「……躰が欠けて動けないのは辛いよね」
 弾け飛ぶ血飛沫の中で響いた声は背後から。
「僕には同胞達がいたけれども……君にはそういった存在はいなかったのかい? それとも、自ら独りを選んだのかい?」
 再び姿を現したみさきが問いかける。
 この狭い世界に唯一人、閉じた世界で孤独に在り続けた王の背中へと問いかける。
「……私は独りだった」
 背後へと振り抜かれた王の細腕を、みさきはすり抜けるようにして躱す。
「私には何もなかった。歩む為の足も、満たすべき腹も、在るべき記憶さえも」
 返す言葉と共に海原を塗り替えすように放たれた黒い消化液が、大怪魚の一匹を焼いた。
 しかし、その程度では怪魚達の勢いは止まらない。
 王のその身に残った皮が千切れ、肉が飛ぶ。
「……喰いたいのなら、好きに喰えばいい。けど、」
「この命まではやれない」
 ――これは、私の物だ。
「……そう。君は、そうだったんだね」
 生まれ落ちてしまった再びの生、そして与えられたその境遇こそ不憫だとは思う。
 しかし、みさきはその攻撃の手を緩めるようなことはしない。そんなモノは何の慰めにもならないと知っていたから。
 今の自身に――猟兵としての自分に出来ることは、その身に纏い付いた咎を喰らい、清めること。
 そして、オブリビオンとしてこの世に黄泉帰りし歪んだ生に、終わりを与えてやることだけ。
「なら、せめて全てを禊落として海に還るといいよ」
 怪魚達が統率の取れた動きで既に動かぬ左前足を刎ね飛ばした時、王の身がぐらりと揺れる。
 ――いつかはあの男、榊原にも、この王と同じように骸の海からの呼び声を聞く日が来るのだろうか。
「……その時は、僕がその咎を落としてあげるから」
 怪魚達の絶え間ない猛攻に傾いた王の姿を見つめながら、みさきはそう独りごちた。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
◆SPD
油断は出来ない、真の姿を解放する
(月光を纏うように全身が淡く光る。犬歯が大きく伸びて尖り、夜の狼のように瞳が輝く)

ユーベルコード反射は敵と消化液を警戒して『見切り』回避を試みる
味方が危険なら『援護射撃』で防護する

敵の攻撃中や、味方の攻撃への対処中に仕掛ける
このタイミングならこちらへ反撃するのは困難だろう
『目立たない』よう視界外から、反応される前に『先制攻撃』でユーベルコード発動、頭部を狙撃する(『スナイパー」)

こいつを倒せばあの男には恨まれそうだが…オブリビオンは必ず世界を滅ぼす、そういう存在だ
何かを救う為ならそんなものではなく、自分を慕う者の力を借りた方が良い
贄ではなく、同胞としてな


サフィ・ヴェルク
【WIZ】【アドリブ、連携OK】

「死にたくはない」。そうですか…でも、それは僕も僕も同じですし…
そういう仕事です 仕事でなくても僕はここにいたでしょう 邪神を放っておけば世界そのものが…目に見えてますから

ここまで来た以上は帰れない 泥人の彼女達を踏み潰して立っている以上帰る資格も無い

神であろうと なんであろうと――殺します
手向けは…要りませんよね?

戦闘
UCと【属性攻撃】を。相手が自然ならばこちらも自然。氷結でお相手しましょう
UCでUDCを利用している以上は狂気と隣り合わせ。しかも相手の攻撃も迫りくるときました。【激痛耐性】と【呪詛耐性】で防ぎきれますかね…?
これはほとんど【捨て身の一撃】ですね



●命の価値
 死にたくはない。あのオブリビオンは確かにそう言った。
 徐々に引いていく潮の中に立ちながら、サフィは思いを巡らせていた。
「僕も、あなたと同じ気持ちですよ」
 まるで意思を持つかのように足元へと広がり、王に従わぬ者の身を焦がさんと湧き出る泥沼を器用に飛び避けながら、ただ静かに告げる。
「ですが、これが僕達の仕事なんです」
 一発の銃弾が泥を手繰るその身に吸い込まれていくのを見つめる傍らで、サフィは自身の腕を地面へ翳す。
 道を塞ぐ黒色をも凍てつかせる絶対の冷気が部屋を覆い、王の体に残った熱を奪っていく。
「でも、たとえこれが仕事で無かったとしても僕はここにいたでしょう。あなたを放っておけばこの世界がどうなるか……そんなもの、目に見えてますから」
 苦しみ喘ぐ王の姿に、サフィは僅かに目を細めて首を振る。
 目の前の邪神を放っておくということは、染み出した過去が世界を埋め尽くすのを容認するという行為に他ならない。
 猟兵として――そして今を生きる人として、それだけは決して許す訳にはいかない。
「……オブリビオンはいずれ必ず世界を滅ぼす、そういう存在だ」
 サフィと並び立ったシキが、同意するように言葉を重ねる。
「ここでこいつを倒せば、あの男には恨まれそうだが……」
 そんなシキの思考をかき消すように、広がる消化液の泥沼が室内を埋め尽くしていく。
 これ以上の侵食を許せば地下室はおろか、いずれはその地盤ごと屋敷そのものが飲まれ、溶かされてしまうだろう。
 シキの手元より反射的に放たれた瞬刻の二連射は、王の体内へと吸い込まれ、虚空の彼方へとかき消えて。
 そうして巡り廻りて行き着く先は猟兵達の背後、黒き泥沼の内。
 吐き出されるように放たれた銃弾が、サフィとシキそれぞれに襲いかかる。
「…………!」
 戦いの中で、王の持つ特性は既に理解していた。
 だからこそ、シキは迫る銃弾をギリギリの距離で見切り、その身を翻す事で次なる一手に繋げようと考えていたのだ。
 しかし、放たれた銃弾は一発ではない。
 向ける銃口はサフィの背後。音も無く迫り来るもう一発の凶弾へ。
 再びの発砲音と共に、大きな火花が舞ったのはその直後の事だった。
「……ッ! すみません、ありがとうございます」
「いや、今のは俺のミスだ。すまない」
 小さな安堵と共にサフィの言葉に短く返せば、シキは王を見据える。
 決して油断していた訳ではない。
 しかし、一手を打ち損じればそこに生じた隙が命取りとなることは明白だった。
「ならば――」
 言葉と共に淡く放たれた輝きは月光を纏うが如く、シキの体を静かに包み込んで。
 瞬きの合間に伸びたる犬歯はより長く、鋭く。
 宵闇を駆ける狼を思わせる鋭き眼光が王の体を貫いた時、シキはその身に秘めた真の姿――獣性の一片を露わとする。
 シロガネを構えたままに跳躍し、視界の外へと消えていくシキを見送れば、サフィが彼の意図に気づくのにそう時間は掛からなかった。
「……なら、僕は僕に出来る事をするとしましょうか」
 サフィが再び手を翳した先、ゆっくりと姿を現し始めたのは白を纏った蛆のようなシルエット。
 それはきっと、目の前に佇む邪神と同じモノ。
 世界の裏側に潜み、人々の目が届かぬ地の底で這いずり回る存在。
 あるいは人々の直ぐ側でその営みを嘲笑うが如く、夜の闇に跋扈する忌まわしきモノ。
 そうしている間にも自身に迫る泥沼が、そして今正に顕現しようとしている其れが、サフィの正気を静かに蝕んでいく。
「嗚呼、どうにかなってしまいそうだ……。でも、その前に全てを凍て付かせて差し上げますから……!」
 漏れ出す冷気が一面に広がる泥沼を白く染め上げて行く中で、無意識に浮かべた笑みは眼前の王へと向けて。
 がくり、と傾いた藍と紅の双眸が、動かぬその体を捉えて離さない。
「あなたが神であろうと、なんであろうと関係ありません。此処で殺します」
 ――手向けは、要りませんよね?
 言葉と共に顕現したシルエットから放たれたのは極寒の冷気。
 咄嗟に身をかばった王の両腕を――その体躯までをも白い輝きが余すこと無く埋め尽くし、凍らせていく。
「はは……。ここまで来た以上は、もう引き返せないんですよ……」
 朦朧とする意識の中で狂気に引きずられながらも、サフィはその内に秘めた思いを一つ、また一つと吐き出していく。
「泥人の彼女を踏み潰してここに立っている以上、今の僕には黙って帰る資格なんてないんです……!」
 足元に残る黒とは違う色の泥を踏み躙りながら、少年は嗤い続ける。
「お前は――」
 色のないがらんどうが、今にも壊れそうなその姿を映し出して。
 そうして緑の王が口を開こうとしたその時、

 ――ガァン!

「――あ、が……?」
 王の頭蓋を穿ったのは二連の衝撃。
 触れる命を奪い去る、正確無比で無慈悲な殺意。
 揺れる世界の中でぐらりと移ろう瞳が映したのは、静かにこちらを見据える青色の眼光だった。
「…………」
 シロガネから立ち昇る硝煙を吹き散らしながら、シキは崩れ落ちたその姿を見送って。
「……何かを救う為ならこんなものではなく、自分を慕う者の力を借りるべきだったな。贄などではなく、同胞として」
 向けた言葉は誰かに届くこともなく、ただ静寂の中に消えてゆく。

「はあ……はあ……やりましたか……?」
「……いや」
 息も絶え絶えのサフィを支えながら、シキは再び王を見遣る。
「……私は、」
 ぴくり、と倒れ伏した体の指が動いて。
「……わた、しは、」
 まだ、斃れない。
「死なない、死ぬ訳にはいかない」
 いずれ、この命を刻む時は終わる。しかし、それは今ではない。
 これまでの全てを、無駄にする訳にはいかないから。
 崩れ始めた体を奮い立たせ、再び王は猟兵達と対峙する。
 ――終わりは、きっと、もうすぐ其処に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

平良・荒野
真の姿>黒い翼の生えた、烏天狗然の青年

もう、死にたくない、と言いました。泥人が何かを返したかったように、この神も、今のこの生に、榊原氏や今までの生贄の人たちに、何かを返すべきだと思っているのでしょうか。

迂闊に近寄ることは避けて、なるべく距離を取りながら戦います。僕の【サイコキネシス】では決定打にはならないかもしれませんが、緑の王が完全に脱力しきらないよう、気を引くように、鬱陶しく当てていきます。

この邪神を哀れむ余裕などないし、僕がその生を認めるわけにもいきません。
ただ…
「あなたに祈りを捧げた人たちは、あなたがいなくても、きちんと生きていけます。」
これが弔いの言葉になるかは、分かりませんが。



●生きる理由
 ぶつかり合う過去と現在。 
 繰り返される生命のやり取りの中で、荒野は朽ちた大地を駆け回っていた。
「これだけの攻撃を受けて尚、まだ……」
 たとえ押し寄せる潮に呑まれようとも、たとえ吹き寄せた吹雪に曝されようとも、溢れ出る黒色の勢いは留まることを知らず。
 それは生への執念か、はたまた怨嗟の呼び声か。
 足元に縋り付くよう現れる汚泥を寸での所で躱しながら、荒野は自身の持つ念動力を解き放つ。
 放たれた念弾の雨が四方八方から降り注ぎ緑の王を打ち据えるが、その動きが止まることはない。
「まだだ、まだ……」
 弾け飛んだ肋骨が僅かに残った肉を穿つ。王は止まらない。
 ――自身の放つ一撃が決定打にならないであろう事は、荒野自身にも分かっていた。
 仲間達への被害を抑える為、王の気を仲間達から逸らす為。せめて少しでも気が引けるように、と。
 それでも、積み重ねた一打一打は王の力を確実に削ぎ落としていたはずなのだ。
「それなのに、どうして……!」
 歯噛みする荒野の視線の先にあるのは、潰された左腕を庇いながらも決して逸らすことなくこちらを見つめ続ける双眸。
 相も変わらず色の無い瞳の中。しかし、その中で荒野は見た。
 其処に小さく宿った紛れもない光を。「生きたい」と望む、強い意思を。
「――あなたは、もう死にたくない、と言いました」
 付かず離れずの距離を保ったまま、攻撃の手を緩めることはなく。しかし、荒野は問いかける。
「あの泥人が何かを返したがっていたように、あなたも今まで捧げられた人達……そして、榊原氏に、何かを返すべきだと思っているのでしょうか」
 王の瞳が、僅かに細められた。
「……違う、私は――」
 再び襲いかかった念動力がその腕を捻じ曲げる。
 ミシリ、と薄皮の向こう側に残された骨が悲鳴を上げている。
「私は、もう奪われたくない。ただ、生きていたい。それだけだ」
 何かの折れる生々しい音と共に、王の腕が力なくぶら下がった。
「だが、お前達は其れを許さないのだろう」
 それでも王は走り続ける。
 決して動かぬ足で全てを喪いながらも、しかし其処に残された命だけは離すまいと、その生を駆け抜けていく。
「――ああ、でも」
 しかし、不意に、ほんの少しだけ。
「これ以上、無駄にはしたくないな」
 その歩みが、止まった気がした。
「…………」
 押し寄せた言葉に出来ない感情の波の中で、荒野は思う。
 今の自分にはこの邪神を憐れむ余裕などない。
 ましてや、猟兵である自分がその生を認める訳にはいかない。
 それでも――。
「……あなたに祈りを捧げた人達は……あなたに命を捧げた人達は、それでも満足していたんだと思います。それに――」
 荒野の言葉に、王の動きが止まる。
 これが弔いの言葉になるのかはわからない。
 だが、それでも――。
「その人達は、あなたの中でしっかりと生きていたはずです。あなたがそれを忘れない限り、ずっと……」
 手にした錫杖を握りしめ、荒野は朽ち果てた大地を蹴る。
 その生へ終わりを告げる為、自身に与えられた役目を果たす為に黒い翼は宙を舞う。
「――あ、」
 そうして辿り着いた先で、振りかざされた錫杖は静かに、
 王の胸を、貫いた。

 血に塗れた錫杖を抜き去れば、油断せずに距離を取りながらも荒野は満身創痍の王の姿を見遣る。
 既に両腕は潰され、その緩慢な動きに先程までの覇気は見られない。
 しかし、その瞳は未だに猟兵達を見つめ続けている。
 生き続けたいと望む心だけが、蘇った骸を突き動かしている。
 ――恐らくは後一撃か二撃。きっと、それで終わりだ。
 猟兵達は静かに頷き合わせ、各々が手にした武器を再び緑の王へと向けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
◆POW
オブリビオンに接近し、『零距離射撃』を撃ち込む

敵の攻撃直後で邪魔が入りにくいタイミングを『見切り』、消化液の泥沼にあえて正面から接近
多少泥沼を踏む事になっても構わず『激痛耐性』で耐えて強引に通過、
攻撃を外す事なく確実に仕留められる位置まで、真の姿とユーベルコードで強化した身体能力も利用して最短距離で移動する
この仕事を完遂する為に、これで全て終わらせる為に

…生きていたい、か
かつて貧民街で暮らしていた頃はその日その日を生き延びる為に必死だった
だから生への渇望、その一点だけは理解できる

それでも、これを救う事は出来ない
せめて自分達が屠った存在を記憶に残す為、最期まで目を逸らさずしっかり見据える


華折・黒羽
※アドリブ、連携歓迎

死にたくはない、ただ、生きたい
単純なその言葉に強く歯噛みする
思いを切り捨て見棄てる強さも、救ってやると言える強さも持ち合わせていない。
俺に出来ることは…ただ、ーー

【POW】
緑の王の言葉、行動に心を揺さぶられなかなか攻撃に転じることが出来ず防御一辺倒
隠や屠で打ち払える攻撃は打ち払い、それのみで対処できないと判断したものには無敵城塞を
何かの切欠(MS様お任せ)でその思いを吹っ切りカウンター攻撃に転じる

弱さも、怯えも、俺は俺の無力を全部抱えて生きていきたい。

使用技能:武器受け、野生の勘、盾受け、カウンター


…あなたと同じだ。
死にたくないから、生きていたいから、俺は戦う。



●朽ちる命、朽ちぬ輝き
 死にたくはない。ただ、生きていたい。
 誰しもが抱く当たり前の願いを前にして、黒羽は一歩を踏み出せずにいた。
 両腕を潰され、最早吼えたける力すらも残されていない緑の王に出来るのは、自らの意思とは関係なく溢れ出る飢餓を垂れ流すことのみ。
 しかし、黒羽は動けない。
 王の発する言葉の一つひとつが――生に執着するその一挙一動が、王への終わりを齎すべきその一振りを鈍らせていた。
「俺は……」
 煮え立つ泥沼が、鉄壁の構えの上から逡巡する黒羽の身を音もなく焼いていく。
 決して崩れる事のない城塞と化したその体が傷つくことはない。
 ――だがその城塞を以ってしても、少年を蝕む心の痛みまでもは防げなかった。
「俺に出来ることは、ただ……」
 猟兵として与えられた使命が、まるでその身を縛る呪いのように黒羽へと囁きかける。
 ただ、目の前の敵を倒せ、と。
「……そうだ。俺達が、やらないと――」

 ――私は、もう奪われたくない。

「……ッ!」
 脳裏に過った一言が、向けられたその思いが、抱いたはずの決意を簡単に打ち砕いていく。
 先の一歩を踏み出そうとしても、強張った体は言うことを聞いてくれない。
「いつまでそうしているつもりだ」
 そんな黒羽を襲ったのは突然の浮遊感。
 驚いたように顔を上げれば、そこには自身の体を掴み上げ跳躍するシキの姿があった。
「……あんたが何を考えているかは、言わなくても分かっている」
 黒色に侵されていない大地へと降り立てば、持ち上げていた黒羽の体を乱暴に放り投げながらシキは続ける。
「だが、俺達は猟兵だ。あのオブリビオンを倒す為にここへやってきた、な。違うか?」
「そんなこと――!」
 ――あなたに言われなくてもわかっている!
 ――……言われなくてもわかっている、そのはずなのに。
 砕けそうな程にギリギリと奥歯を噛み締めたまま、それでも、黒羽は向けられた言葉に対して押し黙ることしかできなかった。
「……生きていたい、か」
 シキが向けた視線の先には、未来を守る為に戦い続ける猟兵達と今を生きる為に抗い続ける王の姿。
 その目に映した貪欲なまでの生への渇望には、自身も覚えがあった。
 思い返すのはかつて貧民街で暮らしていた日々。
 一日一日を生き抜く為に、ただ必死に、ただがむしゃらに足掻き続けていたあの頃。
 過ぎ去った過去に目を伏せ、ゆっくりと頭を振る。
「それでも、俺達にはあのオブリビオンを救うことはできない。あれはもう『終わってしまった』存在なんだ」
 告げられた言葉の意味を理解できない黒羽ではない。
 それは、決してあってはならない第二の生。世界の理を歪める、呪われた命。
 だけど、それでも――。
「――だから、あれの代わりにあんたが生きてやれ」
 思いもよらない言葉が黒羽の耳を打ったのは、その時だった。
 ゆっくりと顔を上げれば、見つめた先にあるシキの顔は何処か穏やかで。
「さっきも言ったようにオブリビオンを倒すのが俺達の使命だ。だが、その全てを切り捨てる必要はない」
 ――あんたが感じたその痛みも、抱いた想いも、全て抱えたままでいい。
 シキの紡ぐ一言一言が、燻っていた黒羽の心に再び火を点していく。
「代わりに、全てを背負って生きてやれ。その存在を決して忘れることのないように。……それが、俺達に出来る唯一の手向けだ」
 終わってしまった者達に今を生きる者達が唯一出来ること。
 それは、その死を悼むこと。そして、この世界で生きていた証を記憶しておくことなのだ、と。
「俺は……」
 今ここに立つ少年は、目の前の命を切り捨てる強さも、その全てを救ってやると言える強さも持ち合わせてはいない。
 だが、きっと、もう迷うことはないだろう。
「この弱さも、奪うことに対する怯えも……俺は、俺の無力を全部抱えて生きていきたい」
 ――その業も、その罪も、そして自らが屠るべき存在の生きていたという証も。全てを背負って生きていきたい。
「それが、俺に出来る唯一の手向けだと言うのなら……!」
「……少しは、良い顔になったようだな」
 再び立ち上がった黒羽の姿を認めれば、ほんの少しだけ笑みを零して。
 これから倒すべき敵――緑の王へと向き直り、シキは再び駆け出していく。
「……ありがとう」
 その後姿に小さく感謝の言葉を零して。
 屠の柄を今一度握りしめ、黒羽もまた、シキの後を追いかけ泥沼に侵された大地を飛ぶように駆け抜けていく。
「この仕事を完遂する為。これで、全てを終わらせる為に」
 前に立つ猟兵達の間をすり抜け、考えつく限りの最短距離で王の元へ。
 跳ね飛んだ消化液がその体を焼こうとも、踏み抜いた泥沼がその足に耐え難い痛みを齎そうとも、シキの勢いは決して止まらない。
 自身の持つ獣性と抱えたエゴで極限にまで強化された肉体は、さながら一陣の風の様に戦場を駆け抜けていく。
 王の意識が他の猟兵へと逸れたその一瞬を突き、至近にまで迫ったシロガネの銃口がその頭を精確に捉えて。
「――終わりだ」
 弾け飛ぶ鮮血。
 撃鉄が打ち下ろされると同時、吐き出された鉄の塊が真っ直ぐに王の頭蓋を穿つ。
「…………!」
 ――まだ、動く。
 そう直感した刹那、王の双眸が血に濡れたシキの横顔を捉えて。
「ウゥ、オ、アァアアアアァ――!」
 裂帛の気合と共に振り上げられたのは王の頭上に聳え立つ二本の大角。
 それは研ぎ澄まされた刃のように、眼前へと迫ったその首へ勢いよく振り下ろされ――。
「う、ぁあああああぁ!」
 眼前で散る火花。刃が届く寸での所でシキの体を突き飛ばしたのは漆黒の毛並み。
 その色に溶け込むよう翳された守りの盾は振り下ろされた殺意を跳ね除けて。
「――オ、お、」
 ――突き立てられた黒い刃が、その生に終わりを告げた。

●巡る命の先に
 力の抜けた肢体は朽ちた大地に倒れ伏し、自身から流れ出る命の色を見つめながら、王は言葉を漏らす。
「……私は、死ぬのか」
 静かな問い。
 輝きを失った瞳が、猟兵達へと向けられて。
「そうだ」
 ぽつり、と。
 シキはその最期を見据え、目を逸らさない。
 自身が屠った存在を――この手で奪ったその生命を、決して忘れないように。その青眼へと焼き付けるように。
「そうか」
 黒羽もまた、崩れ逝く王の体から目を逸らさない――逸らせない。
 それは、覚悟していた結末ではあった。
 だが、それでも。
「……死ぬのは、嫌だな」
 落とされた言葉に、握りしめた指の関節が白く染まる。
「――ああ、でも、」
 僅かに残った力を振り絞り、ぎこちなく伸ばされた王の左腕が掴んだモノ。
 それは、かつてその腕をすり抜けた淡い色。
 戦いの中で溶かされ、踏みにじられ、僅かに残った誰かの生きた証。
「もう、うばわなくてもいいんだな」
 満足に動かないその腕で、王は握りしめたそれを大事そうに抱え込む。
「――ぁ」
 漏れ出したその音は、はたして誰の物だったか。
「……よか、った」
 ――おや、す、み。
 柔らかく笑んだまま、その体は崩れ、朽ちた大地に溶けるよう消えていった。

 戦いを終え、地下室から出てきた猟兵達を出迎えたのは、UDC組織に属するエージェント達だった。
 榊原は事情聴取の為、既に組織によって連行された後だということ。
 屋敷を去る直前まで、榊原は泥人の女性と猟兵達の身を案じていたということ。
 ――全てが終わった後にはその記憶を消され、恐らくは何事も無かったかのように日常へと戻されるだろうとのこと。
 それだけを猟兵達へ伝えると、一礼の後にエージェント達はその姿を消していく。
「……俺は忘れない」
 猟兵達の間に流れていた重苦しい沈黙を破ったのは、黒羽だった。
「生きたいと願ったあの命を、俺は絶対に忘れない」
 ――俺は、あのオブリビオン同じだ。
 死にたくないから、生きていたいから。だから、戦い続ける。
 これまでも。そして、これからも。
 その全てを背負って、戦い続けていく。
「……ああ、そうだな」
 澄み渡る青空を見上げて、シキは頷くように呟いた。
 ――人々は過去を捨て、新たな未来を消費し続ける事で今を生きていく。
 それは、この世界が定めた残酷な理。
 しかし、そんな中にあっても決して消えぬ輝きがあるのだと、人は言う。
 誰かが覚えている限り、決して朽ちぬ輝きがあるのだと、人は言う。
 不意に猟兵達の間を吹き抜けた風が運ぶのは、穏やかな春の訪れ。
 命は巡り、そしてまた、咲き誇る――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年02月28日
宿敵 『緑の王』 を撃破!


挿絵イラスト