●天使のうた
みなが祈り、願う。ひとのしあわせとは、どんなもの?
みなが妬み、厭う。ひとのふしあわせが、のぞみなの?
聞こえていたこえは遠くて、みえていた世界は闇のなか。
触れられるものは少なくて、何の香りも感じられない。
生は暗くてせまい牢獄。死はとおい彼方への解放。
それならば、わたしは――光の救済をこの世界に与えよう。
さぁ、うたいましょう。終末に到るまで。
●あまねくすべてを
罅割れた硝子の窓に歪な門扉。
汚れた灰の真っ黒な色に染まり、崩れかけた壁は役目を成していない。住まう者もなく、荒れ果てて壊れた城には生の気配は感じられなかった。
しかし此処では時折、この世ならざる澄んだこえが聴こえることがある。
それはもう誰も知らないうた。
創造と再生を司る神であり、天使の姿をしたものが紡ぐ、世界を救うための歌声。
声に惹かれ、一歩でも城に踏み入れば――そこはもう異端の神の領域だ。
そこかしこから滅びの詩が響くその場所は、常夜の世界を光で覆い尽くさんとした神が作り出した空間だった。
目映い光に包まれた神秘的な領域には、空間がそのものが切り裂かれたような亀裂が入っている。十字架のような影も幾つか見えており、奇妙としか言えない世界だ。
出口の見えない異空間。
その奥には紋章の祭壇があった。そこには大量の生贄の血と死骸が散らばる凄惨な光景が広がっている。
そして、祭壇の前では様々な人影が蠢いていた。
彼女、或いは彼らは『救われたかった者達』だ。殆どが少女の姿をしており、無慈悲に生贄にされたものが多い。なかには赤毛の影や、青い目の影、背の高い白い影も混ざっており、幻影のように揺らめいていた。
それらは虚空に向かって叫び、嘆く。どうして救われなかったのか、と。
●紋章と異端の神
宿した者に莫大な力を与える寄生型オブリビオン、通称『紋章』。
それは特別な第五の貴族と化した存在が居城に備えた生体実験室――『紋章の祭壇』から生産される代物だった。
「今回、分かったのは『滅びの紋章』が造られている場所です」
ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は仲間達に闇夜の世界の現状を語る。
紋章は大量の人族奴隷など生贄を素体とするものだ。そして時に聖者や人狼、異端の神々といった高級素材を混ぜ込むことで、より強力な紋章が出来る。つまり、おびただしい数の命を材料にして紋章は造られている。
そのことが分かった以上、少しでも多くの紋章の祭壇を破壊しなければならない。
「皆さんに向かって欲しいのは滅びた城です。ここにはヴァンパイアが住んでいたのですが、今はもう主はいません。けれど紋章の祭壇の力だけは残っていて、中に異端の神が閉じ込められています」
破壊神。
そのように呼ばれている天使のような姿をした神は、異空間となっている城内でうたを歌っているという。
「その天使を助ければいいのか……というと、少し違います。破壊神もまたオブリビオンなので、紋章の製造を止めるために倒さなければいけません」
かの天使の存在は既に過去に沈められたもの。
かつて人々の祈りを受けていた天使は、純粋な願いを上回るほどの呪いを受け止めた。そして、滅びを齎すことこそが祈りの正体だと受け取った天使はやがて、世界を光で灼く邪神となった。
されど危険だとされた神は封じられる。
鎖で施された封印の中で、天使は歌っていた。それに目をつけたヴァンパイアが紋章の材料にしようと考えて連れてきたのだが、天使はまず最初に彼を滅ぼしてしまったようだ。だが、紋章の祭壇は止まらなかった。
生贄として投入されていた素体達が完全な紋章になれば、天使もやがて取り込まれる。
自分が紋章に混ぜられるとも知らず、むしろ知っていても興味がないのか――天使はただ、滅びを願う詩を紡ぎ続けているという。
それによって城内は神の領域となり、幻覚や幻聴、呪いが蔓延っている。
「相手は無垢な天使です。善も悪もなく、滅びが救いだと信じているだけのようですが……倒すべき異端の神であることは間違いありません」
神が紋章の一部になるにしろ、ならないにしろ、いずれは破壊を齎す存在だ。
天使が城の奥深くにいる影響なのか、祭壇までの道も狂気で阻まれている。しかし猟兵ならば呪いや幻覚が満ちている領域を抜け、紋章に成りかけているもの達を倒し、異端の神をも葬ることができるはず。
「どうか、お願いします。滅びの歌を止めてください」
かつては創造と再生の神であったという天使を、本当の破壊神にさせないために。
ミカゲは切に願い、戦地に赴く仲間達を見送った。
犬塚ひなこ
今回の世界は『ダークセイヴァー』
世界に混乱と破壊を齎す紋章の製造場所である、祭壇がある城が発見されました。異空間となった内部にいる者達を倒すことで、紋章の製造を阻止してください。
●第一章
冒険『異端の神の領域』
不自然な光が満ちる、人ならざるものが作り出した領域です。
雰囲気は章冒頭の背景イラストをご参照ください。
内部では幻聴、幻覚、謎の呪いなど、精神や肉体に悪影響を及ぼす効果が満ちています。滅びを願う天使のうた、救いを求める声、嘆きや憎悪に満ちた念などが入った者を蝕み続けます。
敵は出現しません。幻聴などに抗いながら、次の領域に繋がる出口を見つけることが目的となります。
難しく考え過ぎず、あなたなりの探索を行えば自ずと道は開かれます。
●第二章
集団戦『救われたかった者達』
異端の神の領域を抜けると紋章の祭壇での戦闘となります。
おぞましい光景の中、紋章に「なりかけ」のオブリビオンが襲ってきます。全身に触手を生やす肉体変化が発生していますが、戦闘能力に別段プラスはないようです。
ほとんどが少女の形をしていますが、中には性別不明の赤毛、青目、背高の白という存在も紛れています。倒すことが救いという皮肉な状況ですが、祭壇もろとも壊してください。
●第三章
ボス戦『破壊神』
祭壇を壊した後、別の道が出現して破壊神が姿を見せます。
相手は世界を救いたがる無垢な中性神。
元は創造と再生を司る神の卵でしたが、人々の祈りと呪いを聞きすぎたゆえに滅びこそが救いだと考えるようになり、世界を光で灼く邪神となった存在です。
歌が好きで、常に滅びの歌を紡いでいるため、喋ることはあまりありません。それは既に天使が狂ってしまっているからのようです。もし何らかの形で正気を取り戻させることができれば……?
天使が破壊神として散るのか、創造神として救済を得るのか。それとも別の何かとして運命が巡るのか。結末は皆様の行動と選択次第です。
第1章 冒険
『異端の神の領域』
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ロキ・バロックヒート
◎
聞き慣れたうた
見覚えある都
ここでもこえは届いていて
救いの時を願っている
その願いを叶えられるわけじゃない
《過去》として神の一柱を終わらせる
ただ、その時が来ただけなのだと
きっとそれが私の役割だから
時折うたは狂気を忘れたように優しく満ちていた
擦れ違った赤毛は花冠を抱いて笑って
慌てた青目が駆けて追い掛け
その跡は花々が咲き誇る
それに混ざろうって誘うように
白い背高が手を差し伸べて――
でも
そうならなかった
そうは、ならなかったんだよ
たったそれだけのものが
この世界では叶えられない
幻を振り払い歩む足は滞りなく
うたが聴こえる方へ
『私』を感じる方へ
繰り言のように聴き
幾度考えていても
未だ解らない
救いとは
なんなのだろう
●うしなわれた神話とこどもたち
あわい光。目映くて白い光。そして、黒い影。
遠くに見える十字架の形をした影を見遣り、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)は蜜彩の双眸を細めた。
夜色の髪が風もないのに揺れたのは、きっと――。
呼んでいる。
喚ばれているから。
他の誰でもない、たったひとりで世界に遺されたロキだからこそ解る。
はっきりと言葉にされずとも、確かな意志が聞き取れずとも、救いを願う思いが此処にあることだけは理解できていた。
この領域に響くのは、ロキにとっては聞き慣れたうた。
うたに耳を傾けていると、次第に世界を灼く光の空間が揺らぎはじめる。幻覚であることは分かっているが、ロキは敢えて身を委ねた。
見覚えある都が瞳に映る。
いつも聞こえているこえが木霊していた。ここでもあのこえは届いていて、やはりいつだって、救いの時が願われている。
一歩ずつ、ゆっくりと歩むロキは救済という言葉の意味を考えていた。
ひとにとっての救い。神から視た救い。
どちらも違うものだ。即ち、救いとは唯一の事柄を示す言葉ではない。
端的に語るならば、共に生き続けることを救いと呼ぶ者もいれば、死や終わりこそが救いだと信じる者もいる。
それゆえに、その願いは必ずしも叶えられるわけではない。
ひとならざる天使の歌声が聴こえる。
それは望み。
それは願い。
それは《過去》として神の一柱を終わらせる、役目が来たという先触れ。
ロキは自ずと理解していた。ただ、その時が来ただけなのだと。
きっとそれこそが、最後まで世界を見続けた自分の――。
「私の役割だから」
気付けばロキは、胸裏に浮かんだ思いを言葉にしていた。そうしてロキはまた一歩、一歩と光と幻想の領域を進み続ける。
歌声はずっと、ロキに語りかけるように響いていた。
そのうただけはどうしてか、狂気を忘れたように優しく満ちているように思える。
ロキは歌声の主を思う。
かの神は、欠けがあって不完全だったきょうだいを助けた。憐れみからの行動だったというのに。失ったものを嘆いて、滅びを望んだ人間たちの手で欠けを混ぜられた。
穢れて汚れることも厭わなかった天使は反転した。
当然、司るものは正反対になる。されど、うたを紡ぐ声だけは変わらない。變化したものは大きくとも、その声だけはあの日のまま。
ロキが耳を澄ませていると、不意に幻影が現れる。
無邪気な声が聞こえた気がした。困ったようにその後を追う気配が感じられた。
立ち止まったロキの横を擦り抜けていったのは赤毛。花冠を抱いて笑っている赤毛の後ろからは慌てた青目が駆けていき、待てというように追い掛けていった。
ふたりが駆けた跡には花々が咲き誇っていく。
振り向いたロキは、赤毛と青目の進んだ足元を暫し見下ろしていた。
この花を辿っていけばあの頃に戻れるだろうか。赤毛が天使の髪を結って、青目が花冠を整えてやる。そんな世界に。
すると、ロキの傍に人の形をした影がさした。
ふたりの方に混ざろう、と誘うように白い背高が手を差し伸べている。
「兄さん」
あの頃とは違う呼び名でロキは白い影を呼んだ。逆光になっていて見えなかったが、かれがそっと笑った気がする。
ロキは腕を伸ばし返そうとして、途中でその手を止めた。わかっている。これはまぼろしで、あの頃のままのきょうだいたちはもう二度と揃うことがない。
赤と青。白と黒。
そして、純白と蜜彩の色を宿す天使。
あわい笑みは狂気の欠片もなく、天使は神のことばで祝福を紡ぐ。そうやって皆で平穏に過ごせた時代など、とうに昏い過去の海に沈みきっている。
「ずっとあんな日々を過ごせたら、よかったのにね」
でも、そうならなかった。
そうは、ならなかったんだよ。
「一緒には行けない。ねぇ、私の幻想なら解ってくれるでしょう?」
まだ手を差し伸べている白い影に向け、ロキは問いかけた。答えが返ってくるとは思わなかったし、求めてもいない。
そうすれば、いつの間にか赤も青も白も消え去っていた。
後に残ったのはやっぱり、くろだけ。
皆で一緒にいたかった。それだけのものが望めない。この世界では叶えられない。
ロキは幻を振り払う。
先程まで足元に咲いていた花も枯れ落ちて消えていた。歩む足は滞りなく、ロキはうたが聴こえる方へと進んだ。
探す必要はない。ただ、『私』を感じる方へ行けば良い。
――すべてに 終わりを。
うたが響き続ける。
繰り言のように聴き、幾度も考えたが未だ解らない。
ロキは足元の影を見下ろす。光があれば影ができる。それは過去となった神のもの。黒い影の中にある何かに問いかけるように、ロキは独り言ちた。
「ねぇ――」
救いとは、なんなのだろう。
救済を求めているのはひとか、それとも『私』なのだろうか。それとも、嘗ての思いの残滓なのか。顔を上げたロキは行く先に現れた十字の影を瞳に映す。
どうあっても、どんなかたちになっても果たさなければいけない。
今こそ、この先で。
闇を湛えた十字架の向こう側からは、饐えた血の匂いと色濃い花の香りがした。
大成功
🔵🔵🔵
佐々・夕辺
奇異な街を歩く
管狐に周囲を警戒させ
風の流れを頼りに出口を探しましょう
…それにしても、何故かしら
私はこの場所を知っている気がするの
正確には
知っている気配がある気がするの
すう、と場所が変じる
私がよく知る森の中
二つ目の故郷
痩せ細った私は此処でへんな神様に出会った
首輪に裸足の神様
沢山の遊びを教わった
風邪を引いて、看病して貰った事もあったわ
そうしていつしか
兄のような存在になっていった
ああ、でも此処にはいられない
もう誰もいないことを知っている
私は進まなければならない
いつまでも森で遊んではいられないの
だって、人は成長するものだから
●神様と出逢ってから
此処は既に城として本来の用を成さなくなった場所。
罅割れた硝子の向こうは暗闇だった。しかし、城に一歩でも踏み入れば、異端の神が創りし領域が広がっている。
常夜の世界を光で覆い尽くさんとした神の空間は幻影と幻想の光に満ちていた。
「警戒して。何があるかわからないから」
佐々・夕辺(凍梅・f00514)は奇異とも感じられる領域を歩き、管狐に周囲の様子を探らせていた。微かにだけ感じられる風の流れを頼りにして、夕辺はこの空間から次に続く出口を探していく。
周囲には光があふれ、幻影が視界の端で揺らめいていた。
「……それにしても、何故かしら」
夕辺はふとした疑問を抱く。此処は異端の神が作り出したまぼろしの世界だと分かっているのだが、妙な既視感があった。
「私は――」
この場所を知っている気がする。
正確に表すならば、知っている気配がある。そのように感じ取った夕辺は辺りを見渡す。すると、それと同時に景色が変わった。
おそらくは夕辺に幻覚に似た効果が齎されているのだろう。完全に場所が変じたことを確かめた夕辺は先に踏み出す。
それは彼女がよく知る森の中だった。
夕辺にとっての二つ目の故郷の景色が、そっくりそのまま再現されている。
少し先には誰かの影が見えた。過去が再現されているのだと気付いた夕辺は立ち止まり、その人影――痩せ細った過去の自分を見つめる。
夕辺の脳裏に大飢饉に遭った村の記憶や光景がちらつく。あの日、あれからこの森に訪れたのだったか。
そして、此処でへんな神様に出会った。
夕辺が見つめている先には、首輪に裸足の神様がいて――。やあ、なんて言って不幸も幸福も何もなかったように笑うものだから、とても不思議に思った。
やがて瞳に映っていた過去の光景は消えてしまう。過去を映した幻影はもう見えないが、夕辺はその後に巡った光景を裡に思い浮かべていた。
神様からたくさんの遊びを教わった。怪我をしたときは手当をしてもらった。風邪を引いたときは看病して貰ったこともあった。
そうしていつしか、彼の神様は夕辺にとって兄のような存在になっていった。
懐かしい。
今は多くのことが変わってしまったけれど、此の森には始まりの時が存在している。穏やかだった日々。あの頃と同じ、穏やかさが満ちていく感覚が夕辺の中に巡る。
「ああ、でも……」
――此処にはいられない。
いくら懐かしくとも、この場所は今の夕辺がいるべき場所ではない。もし心があの頃のままであったならこのまぼろしに飲み込まれたかもしれない。
けれど、夕辺は知っている。
もう此処には誰もいないことを。そして、惑わされている暇はないということを。
「私は進まなければならないの」
いつまでも森で遊んでいるだけのこどもではいられない。
だって、人は成長するものだから。
あれから、自分だけの路を歩んできた。それから出逢った人々から思いを受け取り、受け止めてくれる人もいる。
今の己という存在を強く認識した夕辺は歩を進めた。
見据えるのは黒い影が作り出す十字架。その向こう側に次の領域があると感じ取った彼女は怯むことなく、先を目指した。
大成功
🔵🔵🔵
檪・朱希
◎
……うた。うたが聞こえた方へ進む。
今までと違う、滅びを願う『音』。
傷跡が、痛い……。
"どうして"
昔の光景が過ぎる。
悪魔と呼ばれた日々、異能を得てお父さんを喪った日。
"どうして誰も助けてくれないの?"
その言葉しか、浮かばなかった。
"消えてしまいたい""何もかも消してしまいたい"
今は違う。違うんだ。
消したくない。今までの大切な日々を無かったことにしたくない!
でも、心のどこかで……まだ私は……
"救われたいと、思っているよね?"
私の声が私の中で響く。違うと、言いきれない。
"なら、もっと望めば……"
『朱希!』『しっかりしろ、朱希!』
雪と燿、二人の『音』で我に返る。
今は、出口を見つける事に集中しないと。
●滅びと救いの歌
――この世界に、救済を。
うたが聞こえた。
しかしそれはとても幽かなもので、よく聞き取れない。檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)は耳を澄ませ、前を見つめる。
「……うた」
導かれるようにして、朱希はかみさまのうたが聞こえた方へ進んでいった。その声は心地好くもあるが、どうしてか朱希にとっては不安を煽るものでもある。
今までと違う、滅びを願う『音』だ。
そのように認識した朱希は首元をそっと押さえた。
「傷跡が、痛い……」
過去の痛みが繰り返されているかのようで、朱希は思わず立ち止まってしまう。すると光と影に満ちていた領域の景色が歪んでいった。
きっと、この空間が齎す幻影が朱希を包み込んでいるのだろう。
(どうして)
不意に朱希の中に昔の光景が過ぎっていった。
反射的にぎゅっと目を瞑ってしまったが音は止まない。むしろそのせいで感覚が研ぎ澄まされてしまったようで、瞼を閉じていられなくなった。
顔を上げ、瞳をひらいた朱希の目の前には幻覚によって顕現した過去の景色がある。
悪魔と呼ばれた日々。
異能を得て、父さんを喪った日。
“どうして誰も助けてくれないの?”
息が詰まり、呼吸が上手く出来ない。
朱希の裡には、ただその言葉だけしか浮かばなかった。朱希の目の前で繰り返される悲劇と苦痛の光景は着実に精神を蝕んでいる。
どうしてこんな光景が視えるのか。何故、この領域は狂ってしまっているのか。
普段なら冷静に考えられることも、今の朱希には思うことすら出来ない。
(消えてしまいたい)
幻覚から目を逸らそうとしても、視線を向けた先に更なる幻影が生まれる。自分の過去からも、思いからも逃れられない朱希の中には黒い感情が生まれていく。
(何もかも消してしまいたい)
今の朱希とは相反した過去の思いが次々と胸裏にあふれてくる。だが、朱希は懸命にその思いに抗った。
「今は違う。違うんだ……消したくない」
消えたい、消したいと思ったのは以前の話。これまでに過ごした大切な日々を無かったことにしてしまうような選択は絶対にしたくない。
それだというのに朱希の思いは揺らぎ続け、不安定なままだった。
「でも、心のどこかで……まだ私は……」
“救われたいと、思っているよね?”
疑問は言葉として紡がれなかった。自分自身の思いだというのに、何故か朱希の中では曖昧なものになってしまっている。
己の声が頭の中で響き続ける。聞こえ続けている天使のうたと相俟って、どうしても違うと言いきれなかった。
(なら、もっと望めば……)
朱希の思考は、今の足取りと同じようにふらついている。
しかし其処に二人の声が響いた。
『朱希!』
『しっかりしろ、朱希!』
雪と燿だ。はっとした朱希二人の『音』で我に返った。駄目、と自分の中の思いを振り払った朱希はふらついたまま歩き出した。
「今は、出口を見つける事に集中しないと……」
天使の歌声が聞こえる方へ。
やや覚束無い足取りのままで進んでいく朱希は、影が蠢く方向に目を向けた。
大成功
🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
勇気を奏でよう。狂気を払う希望を歌おう。
【勇壮の歌姫】を奏でながら出口を探します
ボクに聞こえるのはたぶん怨嗟の声でしょう
「お前のせいだ」「悪魔の子」「不浄の娘」「災厄を呼び込むもの」
きっとそんなところでしょう
ボク、私は育った村では悪魔と蔑まれてきたから
だから滅んだあの村からの、
ボクだけが生き残ったあの村からの怨嗟の声が響くのでしょう
ボクはその声を今までに何度も聞いてきた
治ったはずの拷問の傷跡が疼くかもしれない
でもそれだけです
ボクはそんな幻想にはもう騙されない
冷静に、未来へ歩む希望を奏でながら
出口を探そう
今の私には未来へ進む希望があるのだから
血糸を目印に
歌の反響を頼りに前に進もう
アドリブ歓迎
●過去と未来と今の自分
幻聴、幻覚、狂気。
一歩踏み入ったその領域には、ヒトをひとならざるものにしてしまえるほどの奇妙は空気と雰囲気が満ちていた。
光と影が織り成す不思議な空間を見渡し、アウレリア・ウィスタリア(憂愛ラピス・ラズリ・f00068)は警戒を強める。この場所は神聖なようでいて、狂気の片鱗が見え隠れしている空間でもあると思えた。
ただ此処に立っているだけでは正気が削れられてしまうのだろう。それならば、と花唇をひらいたアウレリアは歌を紡ぎはじめる。
「――勇気を奏でよう。狂気を払う希望を歌おう」
アウレリアは勇壮の歌姫をそっと奏でながら、この領域の出口、即ち次の領域に繋がる場所を探していく。
深いところに進む度に、不穏な空気が濃くなっていく気がした。きっと幻覚や幻聴の類が齎されるに違いない。
しかし、アウレリアにはある程度の予想はついている。
「ボクに聞こえるのはたぶん怨嗟の声でしょう」
ぽつりと呟いたアウレリアは前方を見据えた。行く先には過去の記憶のようなものが浮かび上がってきている。
やがて、アウレリアの耳に様々な声のような音が届いてきた。
『すべてお前のせいだ』
『忌まわしき悪魔の子め』
『不浄の娘。ああ、穢らわしい……』
『災厄を呼び込むものなど不要だ』
「……予想通りですね」
しかしアウレリアは竦みもしなければ、表情を変えたりもしない。きっとそんなところだろうと予想していたことが聞こえただけだ。
わかっていれば何も恐れることはなく、怯える必要もない。
「ボク……私は、もう過去だと分かっているから」
アウレリアは育った村で悪魔と蔑まれてきた。それだからだろうか、滅んだあの村の記憶は心に闇や影を落とすものとなった。
そして、自分だけが生き残ったゆえにあの村からの怨嗟の声が響くのだろう。
「ボクはその声を今までに何度も聞いてきた」
今も尚、耐えず聞こえてきている幻聴に向けて首を振ってみせる。だから、もう慣れたのだと示したかったからだ。
されど、治ったはずの拷問の傷跡が疼く。未来に向かって歩むことが出来ていても過去が消えてしまったわけではないからだ。
「でも、それだけです。ボクはそんな幻想にはもう騙されない」
疼きには意識を向けず、アウレリアは進み続けた。
背からはあの呪いのような言葉が聞こえているが、彼女はもう見向きもしない。ただ冷静に、未来へ歩む希望を奏でながらアウレリアは先を見据えた。
今の自分がやるべきことを決まっている。
出口を探そう。この行為は何度も繰り返す、過去との決別にも似ている。
「今の私には未来へ進む希望があるのだから」
周囲の空間はまるで、ボクと私の狭間で揺蕩う心をあらわしているのかのようだ。それでもアウレリアは決して歩みを止めない。
只管、血糸を目印にして――。
歌の反響を頼りに前へ、前へ。進みゆくことこそが答えだと知っているから。
そして、アウレリアは影の十字架の前に立つ。
不思議と其処が出口である気がして、アウレリアは闇の向こう側に踏み入った。
大成功
🔵🔵🔵
ルゥ・グレイス
あの日のことを思い出す。
人類史を終焉に導く怪物【ランシア】が翼を広げた日。
先生や仲間たちが自傷を繰り返す悪夢のような惨劇。
対呪フィルターのカートリッジは底をつきかけ、視界の端に移る幻覚に吐きそうになるのを薬で鎮め、電子回路に移した思考回路が煩わしい警告音をたたき出す惨状の中で
滅んでしまえばいいじゃないか。
抱いていた思いさえ書き遺してしまえばもう未練もないだろう。
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
それを聞いた瞬間、熱を上げる脳が一気に冷えた気がした。
それでもいいか、と諦めにも似た感情でそれを受け入れてしまうと
一気に楽になって、少し冷静な部分が戻ってくる。
するとそこに出口があることを見つけて。
●諦観にも似た何か
一歩、また一歩。
目映い光に満ちた領域を往く。幽かで遠い歌声が響く空間にて、ルゥ・グレイス(RuG0049_1D/1S・f30247)は彼方を見つめていた。
光があれば影が出来る。そのことを示すように、光の領域には数多の影があった。
空間が避けたようなひび割れの影。十字架や何かの陣のような形をした影もあり、どれもが光を受けて色濃い闇を作り出していた。
ルゥは歩みを進める。
しかし、奥に踏み込んで行く度に奇妙な雰囲気が満ちていくことを感じていた。この領域は入った者に幻聴や幻覚を齎すという。それだからか、意識していないというのにルゥの歩みは徐々に遅くなっていた。
頭痛がする。これも幻覚の類なのかもしれないと考え、ルゥはゆっくりながらも着実に奥に進み続けた。
だが、次第に頭の中にあの日のことが浮かんできた。
思い出すことは避けられないとして、ルゥはそちらに意識を向ける。
――あの日。
それは人類史を終焉に導く怪物、ランシアが翼を広げた日。
ルゥの目の前にはいつしか、先生や仲間たちが自傷を繰り返す悪夢のような惨劇の光景が広がっていた。
おそらく今、此処では過去の映像が繰り返されているのだろう。
触れられない景色を見つめるルゥは、目を閉じそうになった。だが、どうしてか過去の幻影から目を逸らせないでいる。
それでもあまり直視しすぎないよう、ルゥは何とか顔をそむけた。
対呪フィルターのカートリッジは底をつきかけている。
視界の端に映る幻覚によって吐きそうにもなった。それを薬で鎮め、電子回路に移した思考回路が煩わしい警告音をたたき出す惨状の中――。
滅んでしまえばいいじゃないか。
抱いていた思いさえ書き遺してしまえばもう未練もないだろう。
どこからか、そんな声が聞こえた気がしてルゥは顔を上げた。
しかし、その瞬間。その声を聞いたとき、熱を上げる脳が一気に冷えていったかのような感覚が巡った。
滅べばいいと語った声はルゥにとっては良い効果を齎したようだ。何故なら――。
「そうだね、それでもいいか」
ルゥの裡に生まれたのは諦めにも似た感情だったからだ。
必死に抗うよりも、抵抗するよりも、それを受け入れてしまえばいい。滅びは唐突に来るものばかりではなく、ゆっくりと訪れるものもあるのかもしれない。
そう思えば一気に楽になり、冷静な部分が戻ってくきたのだ。
いつしか幻影や幻聴めいたものは消え去っていた。ルゥの周囲には元の光が満ちた空間が広がっている。否、元からそのままだったのだろう。
あの光景が見えていたのはルゥだけで、例の声を聞いたのも自分だけ。
幻覚なんてそんなものだと呟いた彼はふと前方を見遣った。そのとき、十字架の形をした影の向こう側で何かが蠢いたように思えた。
「……あれは出口?」
何となく、直感ではあるがそのように感じた。
注意深く様子を探ると、そちら側からは血の匂いが漂ってきている。きっと、紋章の祭壇は不穏な方向にあるはず。
進む方向は間違いないと確信したルゥは、そのまま躊躇なく歩き出した。
遠く聞こえる天使の歌声に耳を澄ませて。
救済とは。それは一体、どんな定義に当てはめればいいのかと考えながら――。
大成功
🔵🔵🔵
菊・菊
◎
リコ(f29570)と一緒
うえ
綺麗すぎんのもきもちわりぃな
ん、くせぇの?
…お前鼻イイもんな、よし、先行け
リコの肩にぐりぐり額を押し付けて、先に進ませる
静かな癖に、やけに声だけは良く聞こえた
耳元で何やら囁いてる何かの声で耳鳴りがした
生憎俺はクソ女に憑りつかれてるんで
こんなの日常茶飯事だ
割れた試験管を踏みしめて進む
花に成れなかった子どもたちが俺を睨んでいた
それより、リコに纏わりつく何かが気に食わねえ
俺には見えない何かに惑わされてんのもムカつく
「リコ。」
こっち向けよ
名前だけ呼んで、ぎゅうと左手を右手で握った
小指がじんわり熱いから、お互いだけが本物だってわかる
ただ、歩いた
このぬくもりだけに惹かれて
唐桃・リコ
◎
菊(f 29554)と一緒
此処もすげえけど、何この臭い
この先やべえ臭いすんだけど…キツい
それでも仕方がないから袖で鼻を覆って、菊の前を歩く
隣を走ってきたのは菊じゃなくて
顔の見えない、小さいガキ
袖を引いてきて、こっちに来てとか、お兄ちゃんとか言いやがる
コイツも人狼か……?頭いってえ……
うるせえ、知らねえよ……!
かち割れそうな頭を抑えてたら
菊に呼ばれて
指の熱さが、これが本物だって教えてくれた
横でメスのガキが騒いでるけど
本物は、こっち
菊の手を引くようにまっすぐ歩く
菊の熱があるから、
歩き続けられる
●ふたりの熱
其処は光の世界。
敢えて一言で表すならば、そう呼ぶのが一番しっくりとくる場所だ。目映い光に満ちた世界はある意味で美しいとも呼べる。
だが、菊・菊(Code:pot mum・f29554)にはそう思えなかった。
「うえ、綺麗すぎんのもきもちわりぃな」
美しすぎる光だからこそ忌避してしまう。そういった感情が起こり得るほどの景色が、周囲に広がっているからだ。
ふぅん、とちいさく唸って辺りを見渡した唐桃・リコ(Code:Apricot・f29570)は不意に顔をしかめた。
濃い鉄の匂いがする。否、これはそれ以上に酷い。明らかな血の匂いだ。
「此処もすげえけど、何この臭い」
「におい? ん、くせぇの?」
「この先やべえ臭いすんだけど」
今は美しいばかりの光の世界だが、此処は元より吸血鬼の城だったという。悍ましく凄惨な方法で紋章が作られていたという場所。
それゆえにあのような、吐き気がするほどの血の香りがするのだろう。
「お前鼻イイもんな、よし、先行け」
「……キツい、けど。わかった」
菊はリコの肩にぐりぐりと額を押し付けて、彼を先に進ませた。仕方ないと割り切ったリコは袖で鼻を覆い、菊を先導するように前を歩いていく。
匂いも酷いが、音も聞こえた。
それは遠くで誰かが歌っているこえ。きっと天使の姿をした神のものだ。
――世界に、■■を。みなに、■を。
ひとならざるものだとしか思えない澄んだこえは途切れてしか聞こえない。それでも、何を歌わんとしているかは菊にもリコにもわかった。
菊は声の出所を探ってみる。
辺りは静かな癖に、やけに声だけはよく聞こえたのでとても奇妙に思える。
天使の歌声を辿れば奥に続く道、つまりはこの領域の出口が見つかるはずだ。しかしあるとき、菊の耳元に何かが触れたような感覚がはしった。
『……――』
それは女の囁きだ。とても近くで聞こえたというのに何を呟いているのかは聞き取れず、同時に耳鳴りがきんと響いた。
されど菊は驚きなどしない。いつものか、と彼は肩を竦めた。
憑りつかれているのだから、こんなものは日常茶飯事。いつの間にか足元に広がっていたのは割れた試験管の数々。おそらくこれはこの領域が齎す幻覚の類なのだろう。
そう分かっているので、菊はそれらを避けずに敢えて踏みしめながら進む。途中、花に成れなかった子どもたちが此方を睨んでいた。
だが、それすらもまぼろしだ。
菊はひらひらと片手を振り、早く消えてしまえと子どもたちを追い払った。もし本物であったならば、とも考えたがこの試験管も子どもも実体がないようだ。
妙なものを見せる空間だと感じつつ、菊は前を見遣る。
そんなこともよりも、菊は先をゆくリコにも何かが纏わりついていることが気に食わなかった。自分には見えないが、それらに彼が惑わされそうなことも腹が立った。
菊に対し、リコが何を見ていたのかと言うと――。
「……菊、じゃないな」
リコの隣を走ってきたのは今まで傍を歩いていた菊ではなかった。
顔の見えない、ちいさな子どもだ。
『こっちに来て』
「何でだよ」
『ねえ、お兄ちゃん』
子どもはリコの袖を引いてくる。しつこいほどにリコを誘ってくる少女は鬱陶しいと感じるほどにまとわりついてきた。
「コイツも人狼か……? 頭いってえ……」
『いっしょに行こう』
リコが片手で額を押さえると、子どもはぐいぐいと腕を引いてくる。我慢できなくなったリコはその腕を払ってから両手で頭を押さえた。
「うるせえ、知らねえよ……!」
頭がかち割れそうだ。気付けば少女はいなくなっており、隣には菊がいた。菊には見えない何かを振り払ったことで、傍に来てくれたらしい。
「リコ」
「菊……?」
彼に名を呼ばれて、リコがはっとする。それまで周囲に満ちていたまぼろしが壊され、一瞬で現実に引き戻されたようだ。
「こっち向けよ」
菊はただ名前だけを呼んで、リコの左手を右手でぎゅうと握った。リコは僅かに安堵を抱く。握られた箇所から伝わってくる指の熱さが、あれは偽物でこちらが本物だと教えてくれるかのようだった。
横ではまだ少女が騒いでいる声がしたが、もう偽物だと分かっている。
本物は、こっちだ。
リコは菊の手を握り返し、その腕を引くようにまっすぐ歩いた。繋いだ小指がじんわりと熱いから、もうまぼろしには惑わされない。
お互いだけが本物だと確かに解っているから。ふたりは血の匂いと幽かな歌声を辿り、ただ一緒に歩いた。
このぬくもりだけに惹かれて――。
この熱があるから、歩き続けられる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
レザリア・アドニス
ふむ…神、など
えらそうに聞こえても、
ただの、紋章に寄生されたかわいそうなものしかないんじゃない…?
いいわよ、その神というものを見に行きましょう
死霊ちゃんと共に領域に潜る
光…眩しすぎて目が痛いわ
呪いを隔絶するヴェール(呪詛耐性)を深くかぶり、
光に侵されない夜の色に守ってもらう
「死霊ちゃん」
と軽く呼んで、魂の共鳴により道を探す
幻聴や幻覚に惑わされて、真実がしばらく見えなくても
私には、信頼できる、私だけの『紋章』がいるから
見なくて、聞かなくて、言葉を交わさなくて
ただただ、羽や肌で魔力の流れを感じて、血の匂いを追って
そうすればきっと、探している場所に辿りつけると思います
●かけがえない存在
異端の神の影響で創り出された光の世界。
壊れた吸血鬼の城から続くその領域に踏み入ったレザリア・アドニス(死者の花・f00096)は、注意深く周囲を見渡した。
「ふむ……」
異端。天使。神。
言葉だけを聞けばとても偉そうで崇高なものに思える。だが、この場に現れた存在は紋章の材料として連れてこられたもの。
その経緯がどうであれ、紋章そのものになってしまったり、或いは紋章に寄生されてしまったりしたならばとても哀れなものになる。
「ただの、かわいそうなもので……被害者でしかないんじゃない……?」
相手はオブリビオンでもある。
それゆえに必ず倒さなければならない存在でもあった。そのため、この状況をどのように捉えるかは自分次第だろう。
「いいわよ、その神というものを見に行きましょう」
レザリアは自分なりの考えをそっと言葉にして、光の領域を進んでいった。傍には死霊を連れ、影が揺らめく道なき道をゆく。
光があるところには影も出来るものだが、辺りには十字架めいた形をしたものも多くあった。寄り添う死霊と離れないように注意しながら、奥に向かっていく。
領域の深い部分に近付く度、光が強くなっていく気がする。
「この光……眩しすぎて目が痛いわ」
それに入ったときから聞こえていた歌声も少しずつ近くなっているようだ。まだ遠くとも、この領域の出口が進んでいく方向にあることは間違いない。
レザリアは呪いを隔絶するヴェールを深く被り直し、光に侵されてしまわぬように慎重に進んでいった。どんなに眩しすぎる場所であっても、この夜の色に守ってもらえれば何も問題はないはずだ。
「死霊ちゃん」
レザリアは傍にいる死霊を軽く呼んで、魂を共鳴させていく。共に道を探せばきっと進むべき場所が見つかる。
途中、レザリアの耳に奇妙な音が届いた。
幻聴だと気付いたとき、不思議な影がいくつも目の前を横切っていった。これも幻覚だと感じたが、それは見覚えのある人影だった。
魔術暴走の事故が起こる前に交流していた人々だ。
しかし、彼女や彼らが此処にいるはずはない。されど戻ってこれたのかもしれないという感覚も巡った。真実を幻覚に覆い隠され、惑わされてしまいそうになったが――。
「……大丈夫」
ひやりとした感覚が頬に触れたことで、レザリアは正気を取り戻した。どうやら死霊がレザリアを心配してくれていたようだ。幻覚を振り払った彼女はそっと頷く。
(私には、信頼できる、私だけの『紋章』がいるから)
見なくても、聞かなくても、言葉を交わさなくても通じあえている。
レザリアは羽や肌で魔力の流れを感じながら、色濃くなっていく血の匂いを辿った。悍ましい方法で作られている紋章の製造を止めるべく、レザリアは歩き続ける。
「死霊ちゃん、行こう」
このまま進んでいけば出口はもうすぐ。
揺らめいた十字架の影。その奥から更に濃い血の匂いが漂ってきた。レザリアは死霊をそっと呼び、静かに意を決する。
そして、彼女達は紋章の祭壇がある領域に踏み込んでいく。
大成功
🔵🔵🔵
氷守・紗雪
🐾
◎
胸の裡で渦巻く不安
千影を一度ぎゅっと抱きしめる
自分の所為で土地を離れた者たちの怨声が響く
嘗て四季を彩っていた地は自然の生態系を狂わせ
冷たく吹雪く雪が満ちた銀世界
蔑む声、憎悪の眼差し
おまえのせいで
おまえがいたから
ちがっ
いえ、その通りです、ね
ユキがいたから
誰も立ち寄れなくなってしまった
奪ってしまった
暗い夜。庵を囲む影
月を背に鈍く光り迫る刃に――『わたし』は
憶えのない記憶に頭を振って
っ、頭がいたい
知らない、しらないのに
ちかげ、かあさま、たすけて
撫でてくれる手に顔を上げ
しゅうや、さま?
ユキは平気です
あの声は受け止めないといけないんです
繋いだ手はあたたかくて
どろりとした記憶が僅かに薄らいだ気がした
空・終夜
🐾
天使の歌が聴こえる
美しく己の願いを紡ぐ歌だ…
――ころせ、殺せ、コロセ
そうして俺に聴こえるのは
殺戮に満ちた誰かの声
――お前は罪びとを断罪するために生まれてきた
――断罪を成す事により生きる価値がある兵器
断罪を詠う研究者達と仲間の呪いの言葉
そして
続け様に聞こえるのは
――どうして殺すの…!化け物
――何故、俺が罪なんだ!人を殺す貴様に罪はないのか!
――怪物!お前みたいな奴が正義なものか!
泣き叫び憎悪を唱える人々の声
それは俺がただの兵器だった頃に聞いた――
紗雪の声が聞こえる
紗雪は辛そうに見える
ぽふっと彼女の頭に手を置き
受け止めるのは今でなくていい
その一言を告げ
彼女が幻に迷わぬ様に手を取り先へ歩を進める
●過去と記憶と今の熱
うたが聞こえる。救済を願うこえが響く。
誰かの囁きのような淡い光は次第に強い輝きに変わっていった。共にこの領域に訪れた氷守・紗雪(ゆきんこ・f28154)と空・終夜(Torturer・f22048)は、あまりの眩しさに思わず目を閉じてしまう。
暫し光が明滅する。漸く目映さが収まったと感じた二人はゆっくりと瞼をひらいた。
しかし――。
二人で入ったはずの光の領域は、自分以外には誰もいない空間になっていた。
「終夜さま……?」
紗雪はおそるおそる同行者の名前を呼んでみたが、何処からも返事がない。
同時に胸の裡で渦巻く不安がどんどん強くなっていく。いつの間にかはぐれて、自分ひとりきりになってしまったと感じた紗雪は手を伸ばす。
「千影。千影なら、そばに……」
紗雪がその名を呼ぶと、光の向こう側から狛犬が現れた。少しだけほっとした紗雪は千影をぎゅっと抱きしめる。
だが、其処には少女を惑わせる幻覚が巡り始めていた。
光が満ち、影が十字架を形作っていた領域は雪深い山の景色に変わっていく。そして、其処には土地を離れた者たちの怨声が木霊していった。
『おまえのせいで』
『おまえがいたから』
彼らの声は紗雪に向けられている。嘗て四季に彩られていた地は、絶え間なく巻き起こる雪によって万年冬となり、生態系が狂わされた。冷たく吹雪く純白の雪が満ちた、そのような銀世界に住めるものは多くはない。
蔑む声や、憎悪の眼差しが紗雪を突き刺すように木霊している。
「ちがっ……」
『おまえがいるからだ』
必死に反論しようとしても、声が紗雪の言葉を遮った。それに、違う、と言い切れなかったのは別の理由もある。
「いえ、その通りです、ね。ユキがいたから……ユキの、せいで……」
あの地には誰も立ち寄れなくなってしまった。
生活を、自然を、そして命を奪ってしまった。
更に其処からも景色が暗転する。辺りは暗い夜で、庵を囲む影が揺らめく。月を背に鈍く光り迫る刃が迫ってきて――『わたし』は。
「……っ」
憶えのない記憶が紗雪の中に巡った。懸命に頭を振った少女は痛む頭を押さえ、その場に蹲ることしか出来ない。
知らない、しらないのに。違うのに。違わないのに。
「――ちかげ、かあさま、たすけて」
同じ頃、終夜も幻聴に悩まされていた。
いつしか逸れてしまってた紗雪を探すためにずっと歩いているのだが、天使の歌に混じって何かが聞こえてきていた。
美しく己の願いを紡ぐ歌だというのに、其処に異なる声が重なりはじめる。
――ころせ、殺せ、コロセ。
終夜の耳に届いているのは殺戮の感情に満ちた誰かの声。聞きたくはないと頭を振っても、耳元で囁かれるようにして言葉は続いた。
――お前は罪びとを断罪するために生まれてきた。
違う。
――断罪を成す事により生きる価値がある兵器。
そうじゃない。
終夜の心を黒く塗り潰すように、断罪を詠う声が響き続ける。それは研究者達と仲間の呪いの言葉だということは終夜にはよく分かっていた。
そして、続け様に聞こえてきたのは別の声だ。
『どうして殺すの……化け物……!』
『何故、俺が罪なんだ! 人を殺す貴様に罪はないのか!』
『怪物! お前みたいな奴が正義なものか!』
それらは様々な人の断末魔であり、怒号でもあり、終夜への非難だった。泣き喚き、叫び散らし、憎悪を唱える人々の声は終夜にだけ向けられている。
その声は自分がただの兵器だった頃に聞いたもの。
過去が反芻されているだけだということは理解できていた。この場に彼らがいるはずがないということもちゃんと知っている。
それゆえに終夜は幻聴を無視して、先に向かって歩き続けた。声は後を追うようについてきたが、そんなことよりも大事なことがある。
「……紗雪」
終夜は少女の名を呼ぶ。そうすれば、揺らいだ影の向こう側から狛犬が走ってきた。どうやら紗雪の元に終夜を連れゆく為に駆けてきたらしい。
千影が訪れた方向からは苦しそうな紗雪の声が聞こえた。みつけた、と呟いた終夜は千影と共に、少女が蹲っている場所に向かった。
「ここに、いたんだな」
終夜は手を伸ばし、ぽふっと彼女の頭に手を置く。その感触によってはっとした少女は涙を流しながら顔を上げた。
「しゅうや、さま?」
紗雪の様子から見るに、彼女も苦しい幻覚や幻聴を見て聞いたのだろう。それらはすべてまやかしだと告げた終夜は内容について深く問うことなく、紗雪の様子を確かめる。
「大丈夫だったか……?」
「はい……。ユキは平気です」
「そうか。あんなもの……今は関係のないことだ……」
涙を袖で拭った少女に向け、終夜は首を横に振ってみせる。だが、紗雪は瞳を伏せてちいさく呟いた。
「あの声は受け止めないといけないんです」
「……受け止めるのは……今でなくていい」
その声を聞き逃さなかった終夜は一言を告げ、紗雪の手をそっと取った。
誰しも向き合うべきことがある。されど、今はこの先に進むことが優先されるべきことでもあった。終夜は彼女が幻に迷わぬように、強く手を握った。
先へ歩を進める彼に手を引かれ、紗雪もぎゅうっと掌を握り返す。隣には千影もいてくれる。それに、繋いだ手はとてもあたたかくて――。
どろりと濁った記憶の重さが、僅かに薄らいだ気がした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャック・スペード
◎
歌声が聴こえる
嘆きと怨嗟に満ちた聲も
ヒトの歌を、聲を、聴くこと自体は好きだが
余り好い心地じゃないな
怨みも憎悪も正直
よく分からない感情だ
使い潰され棄てられた身の上だが
別段それを恨んではいない
ただ、使えない自分が厭になるだけだ
共鳴は出来ないが
誰かの嘆きを聞くと胸が痛む
それに、天使の歌声
聞けば聞く程、落ち着かない心地になる
こう何度も繰り返されると
うっかり信じて仕舞いそうだ
滅びこそ「救い」なのでは無いかと――
いや、遍く不幸からヒトを護る為に
ヒーローに成ったんだ
こころが揺らいでしまう前に
早く此処から抜け出したい所だな
総て終われば、此の聲も止むだろうか
僅かな希望で胸の痛みを塗り替えて
ただ前へ進んで行こう
●希望は何処に
白い光が満ちた領域には昏い影も生まれている。
此処はこの世界を光で照らそうとした天使が生み出した世界。其処に色濃い影が揺らめいている現状は、何だか皮肉にも思えた。
歌声が聴こえる。
ジャック・スペード(J♠️・f16475)は聴覚機能を研ぎ澄ませ、音の出所を探った。
光の彼方、影の向こう側、見えない先。そこかしこから響いてくる歌声はどうやら様々な場所で反響しているらしい。ジャックは警戒を解かぬまま進んでいき、或る箇所で別の音を拾った。
それは嘆きと怨嗟に満ちた聲。
祈りの奥に潜む嘆きを凝縮したような音がジャックの耳に届いていた。
「ヒトの歌を、聲を、聴くこと自体は好きだが……余り好い心地じゃないな」
もしかすれば、かの神もそうだったのかもしれない。
人々の願いを聞き届ける以上、負の感情も受け止めなければならない。変異して今の状態になったという天使もジャックと似たような思いを抱いていたとしたら――。
想像に過ぎないが、滅びを歌うことも理解できないわけではない。されどそれを実行するかどうかがオブリビオンと猟兵の明確な違いでもある。
ジャックは周囲を注意深く見渡しながら、一歩ずつ着実に奥に進んでいった。
彼にとって、怨みも憎悪も正直を言えばよく分からない感情だ。確かにジャック自身は情けも何もなく、使い潰されて棄てられた身の上。
されど本人はそのことを嘆いてなどいない。
使えなくなったものを廃棄するという銀河帝国の判断は決して間違っているわけではなかった。それゆえに別段、そのことを恨んではいないのだ。
ただ、使えない自分が厭になるだけ。
理解は可能だが、共鳴は出来ない。ジャックは己の思いを確かめ、幻聴にも似た声の数々に耳を澄ませていった。
己を己として、揺らがずにしようと決めれば惑わされることもない。
誰かの嘆きを聞くと胸が痛む。苦しみを抱いている誰かの心の残滓が此処にあるなら、この状況を止めてやらねばならないとも感じた。
それに、あの天使の歌声も気になる。
ひとならざる聲。しかし、あの音を聞けば聞く程に落ち着かない心地になった。
「こう何度も繰り返されると……」
ジャックは頭を振り、音に集中していた聴覚機能を他に逸らす。
――世界に ■■を。
あのうたによって紡がれる意志をうっかり信じてしまいそうになった。
滅びこそ『救い』なのでは無いかと。
救いとは生き延びることだけではない。すべてを終わらせることこそが救済だと考えるものがいる。即ちそれは、滅びと同義。
「いや――」
ジャックは意識をクリアに保つように努め、いつしか俯いていた顔を上げた。
己は何だ。自身の裡に問いかけてみれば、おのずと答えが見えてくる。遍く不幸からヒトを護る為にジャックはヒーローに成った。
そのこころが揺らいでしまう前に、この場から次の領域に進みたいところだ。
「早く此処から抜け出したい所だが……血の匂いがするな」
ふとセンサーが異様な匂いを感知した。それを頼りにして光の空間を歩くジャックは、十字架を模る影の向こう側に双眼を向ける
影が揺らめく最中、彼はふと思いを巡らせた。
総てが終われば、此の聲も止むだろうか。どうか止むといいと願った。
そんな僅かな希望のひかりで胸を蝕む痛みを塗り替えたジャックは、ただひたすらに前へと進んでいった。
大成功
🔵🔵🔵
アルトリウス・セレスタイト
紋章の出処が解ったという話だったな
まずは辿り着くところからか
状況は『天光』で逐一把握
呪い等含む害ある攻撃には煌皇にて
纏う十一の原理を無限に廻し阻み逸らし捻じ伏せる
要らぬ余波は『無現』で否定し消去
全行程必要魔力は『超克』で“世界の外”から常時供給
力源が何であれ。永遠ならぬ以上終わりがある
無限を超えて俺に届くことはない
そもその前に否定され破壊され消え失せるだろう
出口は『天光』で特定し速やかに通過
近くに苦労している猟兵があれば魔眼・停滞で周囲を初期化し支援
必要なら同行し抜ける
※アドリブ歓迎
●光の残滓
暗い闇が続くダークセイヴァーの世界。
その片隅に存在する吸血鬼の城は、ボロボロに崩れ落ちかけている。
主がいなくなったという理由もあるが、内部から滅びの力が漏れ出たということもあるのだろう。廃墟となり、汚れ果てた城は異様な雰囲気に包まれていた。
「ここか」
アルトリウス・セレスタイト(忘却者・f01410)は異空間と化してしまった城に踏み入り、周囲を眺めてみる。
光が強く巡る不思議な空間には、ちらほらと十字架の形をした影があった。
それが天使の姿をした神の心象風景なのだろうか。ふとした思いが過ぎったが、いま此処で答えが出るものでもないとアルトリウスは知っている。
「紋章の出処が解ったという話だったな」
光の領域を進むアルトリウスは慎重に、一歩ずつを確かめるように奥を目指した。
この空間がどのように展開しているのかわからない以上、不用意な侵入は避けた方がいいだろう。しかし、この何処かに紋章を作るための祭壇があることだけは確かだ。
「まずは辿り着くところからか」
アルトリウスは意識を集中させながら、顕理輝光のひとつ、天光を前に翳す。漂う淡青は全てを照らす光となり、道行きを示していった。
現在の状況を逐一把握することを心掛けつつ、アルトリウスは辺りを警戒する。
先程から聞こえている歌声は気にせずともいいだろう。注意すべきは呪いや幻覚など、こちらに害のある攻撃めいた効果の方だ。
煌皇を構えたアルトリウス。其処に光輝が束ねられていき、彼は周囲に漂う邪悪なるものを退けていく。
纏う十一の原理を無限に廻し、阻みながら逸らして捻じ伏せる。
その気概を以てすれば幻聴なども気にならなくなり、恙無く進むことが出来た。もし要らぬ幻覚の余波が訪れるのならば、無現で否定して消去してやればいい。
漂う淡青は世に有り得ぬ光となってこの場の光を塗り潰す。
幸いにも敵らしい敵の姿はなかった。今はまだいないという状況であることは分かっていたが、余計な体力を消耗することもないので一安心というところだ。
それにアルトリウスは疲弊していない。今までの全行程において必要な魔力は、超克による力でこの世界の外から供給しているものだからだ。
ゆえに彼にとってこの光の領域はただの通り道のようなもの。こんなものかと軽く頭を振ったアルトリウスは行く先を見据えた。
「力源が何であれ。永遠ならぬ以上終わりがあるだろう」
彼の語る通り、この領域は何処までも続くものではない。たとえそのように感じたとしても、幻覚が見せるまやかしでしかないはずだ。
「無限を超えて俺に届くことはない」
言い切ったアルトリウスは躊躇なく先を目指した。
もし何らかの悪要因あったとしても――そもそも、そうなる前に否定されて破壊され、消え失せるだろう。
アルトリウスは出口が十字架の形をした影であると特定した。
そして、彼は速やかに闇の中を通過していく。
進む度に血の匂いが濃くなっていた。間もなく次の領域に辿り着くだろうと察したアルトリウスは、警戒を強める。
そして、一段と闇が深くなった瞬間に周囲の光が消え、新たな道が現れた。
大成功
🔵🔵🔵
紫・藍
藍ちゃんくんでっすよー!
はいなのでっす! 歌っちゃおうなのでっす!
天使のうたも、救いを求める声も、嘆きや憎悪に満ちた念とでさえも!
藍ちゃんくん、デュエットしてしまうのでっす!
幻聴、幻覚、呪いなファンの皆様も大歓迎なのでっす!
藍ちゃんくんが歌うのは澄み渡った歌でっすが。
それはうたを、声を、念を否定するものではないのでっす。
特別ゲストな皆様の情念もまた、彼ら彼女達の歌なのでっしてー。
その歌を藍ちゃんくんも確かに受け止めながら、なんなら楽器演奏も添えた上で。
藍ちゃんくんも包み込む空色な合唱やアンサーソングを歌わせてもらうのでっす!
大声で歌って進みますので困ってる方がいれば一緒に癒やしちゃうのでっす!
●救済を謳って
光と闇と影と歌。幻聴に幻覚。
様々なものが絡み合う異端の神の領域には、ひとならざるものの歌声が響いていた。それは救いを歌いながらも何処か悲しげで苦しそうでもある。
歌からどのような感情を読み取るかはひとそれぞれだが、紫・藍(変革を歌い、終焉に笑え、愚か姫・f01052)にはそのように思えた。
しかし、藍は普段と同じ笑みを浮かべている。他の者ならば警戒を強める場面かもしれないが、藍はいつも通りに明るい調子でいた。
「藍ちゃんくんでっすよー!」
元気な声が天使の不思議な領域に響き渡る。
――すべてに 救いを。
すると遠くの方から幽かな歌声が聞こえてきた。その声を聞き逃さなかった藍は片手を上げ、双眸を細めて笑う。
「はいなのでっす! 歌っちゃおうなのでっす!」
藍の口許から覗く牙めいた歯は言葉に宿っている無邪気さをそのまま表しているかのよう。今の藍には恐怖も怯えもなにもない。この領域の主が歌うなら、自分も合わせて音を紡ぐだけ。
天使のうたも。救いを求める声も。
嘆きや憎悪に満ちた念とでさえも――。
「藍ちゃんくん、デュエットしてしまうのでっす!」
軽くステップを踏んで前に進む藍にとっては、この空間に満ちるもの全てが聞き手だ。幻聴も幻覚も、呪いでさえもファンの皆様として大歓迎。
「いくのでっす!」
くるりとその場で回ってみせた藍が歌うのは澄み渡った歌。しかしそれは、光の領域にみちるうたやこえ、念などを否定するものでは決してない。
合わせて、重ねて、共に奏でることが藍の思い。
藍の周囲にも幻覚めいた苦悶の声や光景が広がっていったが、そんなものはこの舞台と歌の演出効果だと思ってしまえばいい。
すなわちこれは特別ゲスト。
救いを求め、祈りを嘆きとした者達の情念もまた、彼らや彼女達の歌として受け止めていけば、藍にとってはみんなが仲間のようなもの。
(少しだけ胸が痛いでっす……けれど!)
この領域が齎す精神の痛みは確かに感じていた。だが、藍は少しも表情に出さない。笑顔を浮かべたまま、楽器演奏も添えることで歌の力を強めていく。
「藍ちゃんくんの歌を聞いてくださいでっす!」
青空の如く澄んだ歌声は光すら包み込む。空色の合唱をアンサーソングとして歌い続けた藍は両手を広げた。
そのとき、ふと目に留まったものがあった。
影で出来ている十字架の奥から、何か別の声が聞こえた気がしたのだ。藍はそちらが次の領域に続く道に違いないと感じ取った藍は進んでいく。
もっと、もっとこの歌を。
救済を求めて、与えたいと願う心に触れてみたいから。
響き渡る声を頼りに、音を重ねた藍は影の向こう側を目指す。もしこの先に傷付いている誰かがいるならば、再び歌を響かせよう。
そんな風に心に決めて――藍ちゃんくんは今日も、藍を謳い歌う。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】◎
奇妙で美しいけれど怖い所、ね
ゆぇパパの手をぎゅうと握り歩んでいく
ふいに
視界がインクをかけた様に真っ青に染まって
…これはインクじゃない
咲き溢れた青い花
内で目覚めの時を待つ人喰らいの花神が
うたを囁く
何れお前は喰われる終焉
路の果ては見えているのに
歩みに何の意味があるか
生きたいだなんて
何の、意味が
……そうね、
何れわたしは食べれて終わる
なら今、此処で
零れた呟きはべったりと昏くて
自分でも驚く程
……いいえ、いいえ
ちがう
この手の温みを識った事
パパの隣を歩く事に
意味が無いなんて思いたくないの
このあたたかさを守りたい
パパも大丈夫?
何処かお辛そうな顔してる
わたしも居るよ
他でもないパパの傍に
さ、進みましょう
朧・ユェー
【月光】◎
えぇ、そうですね
手を繋ぎゆっくりと歩き出す
赤く染まる世界
嗚呼、あの時の血の色
僕の心は騒めき立つ
それは恐怖か…それとも歓喜か
歌がきえる
何故、赤を欲する
何故、血を欲する
それはお前の本能だ
それに従え
大事だと思えば思うほど
お前の心は壊れていく
アイツの言葉だ
僕が僕でいれなくなる呪いの言葉
小さな手がぎゅっと強く返され我にかえる
哀しみ消えそうな顔
この子はこんなに小さいのに前を向こうとしている
このあたたかさを守らなくては
大丈夫、大丈夫ですよ
僕が君の傍に居ますから
安心して前に進みなさい
●その声を聞きたくて
其処は天使が作り出した異端の領域。
嘗ては創造神の卵だったという白い神の世界には今、罅割れのような影がいくつも現れていた。ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)と朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は周囲の様子を確かめ、ゆっくりと歩いていく。
「奇妙で美しいけれど怖い所、ね」
「えぇ、そうですね」
その間にルーシーはユェーの手を、ユェーはルーシーの手を握る。二人は繋いだ手と手を決して離さないように進んでいった。
だが、あるとき。
ふいに眩い光が二人に迫ってきた。はたとしたときにはもう遅い。
繋いでいた手が離れたような感覚がした。繋ぎ直そうとした彼らだったが、それよりも目の前から迫ってくる光の眩さに瞼を閉じてしまって――。
「……パパ?」
ルーシーは強く閉じていた目をあけ、ユェーを呼んだ。
しかし、視界が花の色に似たインクをかけたように真っ青に染まっている。先程までいた光の世界とはかけ離れた景色だ。そしてルーシーは不意にはっとする。
「これは……」
最初はインクだと思ったが、正しくはそうではなかった。
広がり続けるの彩は咲き溢れた青い花。ルーシーの内で目覚めの時を待っている人喰らいの花神が見せている現実であり、幻のようなもの。
本能で察知したルーシーは一歩後ずさった。だが、その背後からうたが囁かれる。
何れお前は喰われる終焉。
路の果ては見えているのに、歩みに何の意味があるか。
生きたいだなんて、何の意味が――。
ルーシーはその聲を聞きながら胸元を押さえた。鼓動がどくん、と大きく跳ねたような気がした。当たり前のことを突きつけられているのだが、そのうたは今のルーシーの意志を穢すかのような響きを孕んでいた。
しかし、少女はそっと頷く。
「……そうね」
分かっている。忘れたことなどない。
何れ、自分は食べられて終わることが決まっているから。
「ならば今、此処で」
無意識に零れた呟きはべったりと昏い闇のような響きだ。びく、と身体が震えた。その声は自分でも驚くほどに無感情なものだったからだ。
「……いいえ、いいえ」
ちがう、と首を横に振ったルーシーはこれが幻覚であることを思い出した。きっとあのとき、手は離れていなかった。これまで二人でいたのだから今だってこの手は彼の手の中にあるはずだ。
「わたしはね、この手の温みを識ったこと、パパの隣を歩くこと。どちらにも意味が無いなんて思いたくないの」
このあたたかさを守りたい。
ルーシーは片手を強く握り締めた。そうすれば、あの熱が戻ってくる。
同じくユェーにも幻覚が齎されていた。
周囲はいつの間にか赤く染まる世界に変わっている。ルーシーの気配がないと感じた彼は少女を探そうとしたが、意識が赤に持っていかれた。
「嗚呼、あの時の血の色」
ユェーの心が騒ぎ、まるで色めき立つような感覚が走っていく。
それが恐怖なのか、それとも歓喜であるのかは自分でもわからない。これまで聞こえていた歌がきえ、別の声がユェーの耳に届いた。
何故、赤を欲する。
何故、血を欲する。
それはお前の本能だ。それに従え、と。
ユェーは耳を塞ごうとしたが、その前にはっきりとした声が響き渡った。
『大事だと思えば思うほど――お前の心は壊れていく』
アイツの言葉だ、と感じたユェーは唇を噛み締めた。ユェーとて正気を失っているわけではない。これはただの幻聴だと思いたかったのだが、すぐそばにアイツがいるように思えてならない。
(これは……僕が僕でいられなくなる呪いの言葉だ)
耳を傾けないようにしていたが、どうしても心が傾いてしまう。
しかし、そこに何かの感覚が強く巡った。ユェーは閉じてしまっていた瞼をひらき、手の中に感じる熱を確かめた。
逸れたと思っていたが、幻覚に包まれていただけで傍には彼女が居る。
小さな手がぎゅっと、強く自分の手を握ってくれていた。それによって我に返ったユェーはルーシーの存在を感じ取る。
哀しみ、消えそうな顔がユェーを懸命に見上げていた。
(ああ、この子はこんなに小さいのに前を向こうとしている……)
――このあたたかさを守らなくては。
そう思った瞬間、ユェーとルーシーを包み込んでいた幻覚が消え去った。
再び周囲が光の空間になったことを確かめ、ユェーは少女をじっと見下ろす。
「ルーシーちゃん、平気ですか?」
「パパも大丈夫? 何処かお辛そうな顔してるわ」
ルーシーが問いかけ返すとユェーは静かに微笑んでみせた。本当に平気だったかと問われれば答えに詰まるが、彼は自分に言い聞かせるように頷く。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
よかった、と安堵を抱いたルーシーは先を指差し、ユェーの手を引いた。
「さ、進みましょう」
「えぇ、ルーシーちゃん。僕が君の傍に居ますから」
安心して前に進みなさい。
ユェーが告げた言葉に対してルーシーは淡い笑みで以て応える。そうして、自分だけが守られているのではないと語るように言葉をおくった。
「わたしも居るよ」
他でもないパパ、あなたの傍に。
二人はふたたび手を繋ぎ、光の奥を目指して歩いていく。
かけがえのない人のぬくもりと声をもう一度確かめながら、共に――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
丸越・梓
◎
滅びが救い、という言葉を俺は否定することが出来ない
出口の見えぬ苦しみに喘ぎ、救われたかった、救われなかった者達の悲嘆に報いる一つの手段として『滅び』はあるのではないかと
そしてそれを願う彼らの心を否定したくなくて
けれど
受け入れることは出来ない
未来を望む者達を巻き込んでまでその願いを叶えさせてやることは、出来ない
救われたかったと泣く声が聴こえる
嘆きや憎悪に苦しむ声が聴こえる
──「たすけて」、とすくいを求める声が聴こえる
奥歯が砕けそうな程強く噛み締める
握る拳が震える
滅びを受け入れることは出来ない
然し
望んだ彼らの心は受け止めたい
立ち止まっても
瞳の輝きは失わず
また歩き出す
●廻る思考
滅びとは救いだ。
救済とは、終わりを迎えること。
言葉にすれば極論にも感じられる言葉を、頭の中で繰り返し思い続ける。
「……否定は出来ないな」
丸越・梓(零の魔王・f31127)はふと胸裏に浮かんだ思いを言の葉にしていた。自分でも無意識のうちだったが、今は誰も聞く者がいないので気には留めないでおく。
生き続けることは必ずしも救いではない。
死んだ方がマシだったという状況や、死を受け入れることで誰かを救うことを選んだ者もいる。それゆえに決して否定してはいけないと思った。
梓は異端の神の領域を一歩ずつ進んでいく。
遠くから聞こえる歌声に混じり、奇妙な嘆きの声が梓の耳に届いていた。
きっとそれらは幻聴だ。
此処にあるはずのない、過去や架空の苦しみが漂っているだけのもの。だが、梓はそのひとつずつに耳を傾けた。
苦しげな呻き声には、想像を絶するほどの悲しみが宿っているのかもしれない。
泣き叫ぶ声には痛いほどの嘆きが含まれているのだろう。
それらは出口の見えぬ苦しみに喘ぐ意志。救われたかった、けれども救われなかった者達の悲嘆そのものが声になったものだ。
声は何度も木霊した。
まるで梓自身がその心を抱いているような感覚にもなった。されど梓は正気を失わぬように己を強く持ち、考えを巡らせていく。
先程まで考えていた、苦痛を抱く人々。
彼らに報いるひとつの手段として『滅び』はあるのではないかと。
そして梓は、それを願う彼らの心も無意味ではないと考えていた。
だが、拒絶しないことは滅びを受け入れるという意味ではない。かの天使が歌う救済は、皆が願っているものではないからだ。
望むならば破滅に飛び込んだっていい。確固たる思いや心に決意があるひとならば、梓もその背を見送るだろう。
だが、未来を望む者達を巻き込んでまで、その願いを叶えさせてやることは出来ない。
救われたかった。
救って欲しかった。
そういって泣き叫ぶ声が聞こえ続けている。梓はそれらに返事はしないものの、決して無視はしないようにしていた。
嘆きや憎悪、憐憫や苦悶。様々な声が響く中、ひときわ強い声が聞こえた。
――たすけて。
それは何処までも純粋な、すくいを求めている声だった。
単純であるがゆえに強い。ただ只管に救われたいと願う心の声を聞き、梓は奥歯が砕けそうな程に強く噛み締めた。
握った拳が小刻みに震え、どうしようも出来ぬ自分に怒りすら覚える。
それでもやはり滅びを受け入れることは出来ない。
しかし、望んだ彼らの心は受け止めたい。
相反する思いを抱きながら、梓は前に進み続けた。立ち止まっても瞳の輝きだけは失わず、再び声に耳を傾けた梓はまた歩き出す。
救済という終わりを齎すため。そして、終焉を此処だけに留めておくために。
十字架の影の向こう側に何かの気配を感じた梓は迷わず踏み出す。
その奥に、次の領域があると確信しながら――。
大成功
🔵🔵🔵
宵鍔・千鶴
…紋章、たくさんの生命を犠牲にする程の意味、価値
俺には理解が及ばない
―――うたが、聴こえる
哀しみも、悦びも識らない滅びの紡ぎ
人の願いは、滅びへと結論付けなければならない
醜悪で浅ましいものだったのか
…、ぁ、
赫だ
夥しくこびり付く真っ赤な液体が
足元から手のひらまで染め上げる
耳に届くのはうたから、啜り泣く聲
これはきっと、凡て「彼女」の鮮血
泣いてるの、また
ねえ、どうすれば泣き止んでくれる?
噫、未だ温かい、きみの赫
こんなものでさえ未練たらしく求めてる
血溜まりで微か笑う
…狂っているんだ、俺は
でもね、滅びは救いに為りえはしない
救いなんてもの、何処にも有りはしない
己で、戦うしかないんだ
俺はずっと、其れを探してる
●朱、赫、赤
この世界における紋章。
それはたくさんの生命や寿命を犠牲にして造られるものだった。果たして紋章にそれほどの意味や価値があるのだろうか。
「……分からないな」
宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は頭を振り、自分の理解が及ばない分野だと考えた。
人の命が塵芥よりも軽い、闇の世界。
人々は吸血鬼達に支配され、家族や友人の命を差し出すことを強いられ、苦しみの中で生きている。このような世界では命を早々に終わらせた方が幸せなのか。
否、そんなはずはない。
一瞬だけ浮かんだ思いを振り払い、千鶴は耳を澄ませた。
――うたが、聴こえる。
それは人が歌っているものには到底思えなかった。言葉にするなら、まさにひとならざるもの。そういったものが奏でている歌声だということが分かった。
哀しみも、悦びも識らない。
それは滅びの紡ぎであり、救済が死や終焉であると謳っていた。
祈りは願いになり、その願いは穢れた。人々の願いは、滅びでしかないと結論付けなければならない醜悪で浅ましいものだったのか。
疑問は尽きなかったが、千鶴はそのまま歩を進めていった。だが、そのとき。
「……、ぁ、」
千鶴は急に立ち止まり、目を見開いた。
もしこの場に彼以外の人間が居たならば、千鶴がただ虚空を見つめているだけに思えただろう。だが、千鶴には別の光景が視えている。
赫だ、と感じた。
千鶴に齎された幻覚は凄惨なもの。夥しくこびり付く真っ赤な液体が、千鶴の足元から手のひらまで、いたるところを朱に染めあげていた。
耳に届くのは先程まで聞こえていたうたではなく、啜り泣く聲。
(これは……)
きっと、凡て『彼女』の鮮血だ。
千鶴は手のひらを見下ろして、ある言葉を紡いだ。
「泣いてるの、また」
聲は止まらない。
赤い景色の中では彼女が何処にいるのかも分からないが、千鶴は問いかける。
「ねえ、どうすれば泣き止んでくれる?」
手を伸ばした千鶴は赫の中からひとつの影を手繰り寄せた。ずるりと粘つくような血の色が更に広がって、啜り泣く聲がひときわ大きくなる。
「……噫、」
未だ温かい、きみの赫。
こんなものでさえ未練たらしく求めているのだと思うと、可笑しくなってきた。彼女だと思った影は幻覚の中で掻き消えた。されど血溜まりはまだ消えず、千鶴は微かに笑う。
「狂っているんだ、俺は」
分かっている。だからこそこんな光景を視るのだろう。
千鶴がゆっくりと瞼を閉じると、赫の景色が消えていった。それは千鶴が幻を偽りだと正しく認識したからだ。
「でもね、滅びは救いに為りえはしない」
それまで聞こえていた彼女の聲は次第に遠くなり、聞こえなくなっていく。千鶴は独り言ちるように言葉を紡ぎ、再び歩き出した。
「救いなんてもの、何処にも有りはしない。己で、戦うしかないんだ」
俺はずっと、其れを探してる。
幽かに落とされた声に重なるようにして、天使の歌声がまた響いてきた。
光の領域を進む千鶴は揺らめく十字架型の影を見つめた。先程とは別の血の匂いが其処から漂ってきている気がして、彼は進む。
きっと、この先に紋章の祭壇があるのだと感じながら――。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
◎
紋章などと、ヴァンパイアも余計なことを…
歌、声、念
色々なモノが混ざり、反響している
目眩を起こしそうなくらいに頭にも響く
ここは…街、のつもりなのかしら
浄化と糸桜のオーラで呪を祓いつつ見渡して
人々の強すぎる願い、想いが
反転させてしまった神
どうしてそこまで一人で抱えてしまったのか
神は、全ての想いを一人で受け止めなければいけないのか…
この領域にとどまっていても何も変わらないのね
無作為に歩いても変わらない景色
目眩がするほどの歌も声も、念も絶えず響いて
…っ、今
一瞬、物陰にあの鬼らしき青年が見えた気がした
いえ…気のせい、ね
幻を魅せる、そう聴いたではないか、と
その姿は追わず
歌声を辿り、先へ進みましょう
●鬼の影
「紋章などと、ヴァンパイアも余計なことを……」
異端の神の領域を進む橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は、この奥で造られているという紋章を思った。
犠牲の上に成り立ち、世界に闇を広げている元凶。
そのひとつである祭壇がこの奥に存在すると思うと千織の心はざわついていく。
どんな命であっても価値は同じ。使い捨てにされていいものではないと思っているゆえ、千織の裡には許せないという気持ちが湧き上がっていた。
しかし、怒りに身を任せてはいけない。
それに今のこの場所には感情を揺さぶる不可思議な効果が巡っていた。
歌に声、それから念。
千織は警戒を強め、色々なものが混ざって反響している現状を確かめる。歌声は美しくも聞こえるが、其処に混じって聞こえる声は悲痛だ。
念はもっと直接的であり、感情がそのまま飛び込んで来るかのようだった。千織は額を片手で押さえ、目眩がしそうな感覚を振り払う。
頭が痛い。響く声をできるだけまともに聞かないようにしながら、千織は先を目指して進んでいった。
「ここは……街、のつもりなのかしら」
千織は首を傾げつつ、浄化と糸桜のオーラで以て呪を祓ってゆく。周囲を注意深く見渡してみても、出口のような場所はまだ見当たらない。
それでも歩みを止めるわけにはいかないとして、千織は歩む。
その際に考えるの異端の神のこと。
人々の強すぎる願いや祈り、想いによって反転してしまった神。天使の姿をした神はどうして、そこまでのものをたった一人で抱えてしまったのか。
「でも、そうね。神が、全ての想いを一人で受け止めなければいけないなら……」
真実は本人のみにしかわからないが、想像することは出来る。
千織は思考を巡らせ、聞こえ続けている歌声に耳を澄ませた。この領域にとどまっていても何も変わらないと考えた千織は一度、立ち止まる。
無作為に歩いても景色は何も変わらない。
十字架の形をした影が揺らめいた気がして、千織は双眸を鋭く細めた。その間にも目眩がするほどの歌も声も、念も絶えず響いてきている。
「……っ」
千織は影になっている場所の向こう側に視線を向けた。
一瞬だけ、物陰に彼が――あの鬼らしき青年が見えたように思えたからだ。こんな場所にいるはずがないと分かっているのだが、動揺した気持ちは隠しきれなかった。
「いえ……気のせい、ね」
まぼろしでしかない。いたとしてもただの偽物だ。
千織は自分に言い聞かせながら、物陰の方を見ないようにした。この場所は入った者を惑わせる幻を魅せる。そう聴いたではないか、と考え直した千織は敢えて反対方向に歩を進めていった。
決してあの姿は追わない。そう心に決めたというのに。
千織は一度だけ、先程の影の方に振り返ってしまう。其処にはあの日のような表情を浮かべた青年が立っていて――おいで、というように手招いていた。
「……違う、違うの」
見せないで。心を惑わせようとしないで。あの鬼の彼本人ではないから、と呟くことで意識を切り替えた千織は駆け出した。
辿るべきは歌声。
過去の記憶ではないのだから、と己を律した千織は十字架の影を越えた。
天使のこえが聞こえる、紋章の祭壇へと――。
大成功
🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
話に聞いていた紋章には、初めて関わりますけど……。
相変わらず、この世界のオブリビオンは悪趣味です。
この場所が相手の神様の領域なら、声を聞けば何かわかることがあるんでしょうか。
それとも意味のないものなんでしょうか。
少しは耐性がありますから耳を傾けてみます。
そういう思いがあるって、せめて知るために。
どちらにしても此処を抜けなければいけない事に変わりはありませんし、飲み込まれない様に気を付けながら出口を探しますね。
わたしが手を伸ばせる範囲は限られていて、全部を救える訳じゃないって知っていますから大丈夫。
それでも飲み込まれそうになった時には、歌を。
わたしには、わたしの歌がありますもの。
●かみさまのうた
この世界に蔓延り、人々を苦しめる紋章。
正体と製造方法が判明した今、少しでも多くの紋章の祭壇を壊さなければならない。
シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)は気を引き締める。紋章には初めて関わることになるが、そのような悪趣味なものは放置できないと感じていた。
そして、決意を抱いたシャルファは件の城に踏み入る。
「この奥が話に聞いていた紋章の祭壇……?」
その途端、廃墟であるはずの内部の景色が目映い光の空間に変わった。
それはこの城に閉じ込められ、紋章の材料にされかけていたという異端の神が作り出した領域だという。
闇が広がる外の世界とは違い、この領域はとても明るい。
「この場所が相手の神様の領域……」
警戒を解かないように気をつけながら、シャルファは一歩ずつ進んでいく。入ったときから、何処かから歌声が響いてきている。
声の主がまだ遠いことを示すように、その声は幽かに聞こえているだけ。歌は反響しているようでもあるが、きっとこの声を辿っていけばいい。
「あの声を聞けば何かわかることがあるんでしょうか。それとも、もう意味のないものなんでしょうか」
シャルファは考えを巡らせながら、歌に耳を澄ませた。
――すべてを ■して。
――あ■ねく ■■を。
僅かに聞こえたうたは少しばかり不明瞭だ。
だが、救済についてうたっているものだということは感覚的に理解できた。されど歌に混じって別の声が聞こえてくる。どうやらそれは天使のものではないようだ。
「これは、恨み言でしょうか」
シャルファは眉を顰め、呪いのような念を宿した声を聞く。
だが、それらはまともに耳を傾けてはいけないものだと判断した。言葉にしてはいけない怨嗟や罵倒、非難といったものがそこかしこから響き始めたからだ。
「ごめんなさい。そういう思いがあるってことも、せめて知ってあげたいのですが……わたしまで飲まれてしまうわけにはいきません」
ふるふると首を横に振ったシャルファは気を確かに持った。
天使はこのような呪いめいた声を聞き続けて狂ってしまったのだろうか。そうだとしたら、何だかやるせなくなる。
シャルファは歌だけを聞いて辿っていこうと決め、先を見据える。
「どちらにしても此処を抜けなければいけない事に変わりはありませんね」
あの憎悪や念、まやかしの効果に巻き込まれないように気を付けながら、シャルファは出口を探していった。
暫し後。ぐるぐると同じ回廊を回っているように感じたシャルファは立ち止まる。
「あの影はどこにでもあるんですね。もしかしたら――」
シャルファが気になっていたのは十字架の形をした影。最初はただのオブジェのようなものかと思っていたが、どうにもそれが怪しい。
意を決したシャルファは思いきって影の方に飛び込んでみた。
「……! 正解の道だったようですね」
新たな路がひらけたことを知り、シャルファは更に奥に進んでいく。
自分が手を伸ばせる範囲は限られていて、全てを救えるわけではない。けれどもそのことを知っているからこそ冷静に判断ができるはず。大丈夫、と口にしたシャルファは胸に手を当て、一度だけ目を閉じた。
「飲み込まれたりしません。わたしには、わたしの歌がありますもの」
そして――。
次に瞼をひらいたとき、進む先の奥に祭壇の領域が見えた。
大成功
🔵🔵🔵
天音・亮
鼓膜打つ蝉時雨
鳴り響く踏切の音
陽炎揺らめく遮断機の向こう側にきみがいる
『──高校生の男の子─…学校帰りに電車に─』
『両親も交通事故で─…─可哀想な子…』
心を蝕む呪いの様
聴こえてくるのはきみを憐れむ誰かの聲
きみの死を聞かされて
私がどれだけ泣いたか知ってる?
辛かった、悲しかった…寂しかった
今だって
血の繋がりは無くたって確かに愛情は存在していて
本当の弟も同然だった
ねえ晴翔
私、もう誰も居なくなってほしくないの
全部は無理でも助けられる人が居るなら助けたい
だから行かなくちゃ
日向色の幽世蝶がひらり舞う
遮断機の向こう側
きみの口元が動いたのが見えた
『いってらっしゃい』
──うん、いってきます
笑顔できみに手を振るよ
●きみがいたから
其処には、この場所に在ってはいけない景色が視えていた。
空は夏の色。鼓膜を打つのは蝉時雨。
天音・亮(手をのばそう・f26138)の瞳に映り込んでいるのは在りし日の光景だ。煩く響く蝉の聲は文字通りに雨のように降り注いでいた。
だが、それ以上に耳に届く音がある。
先程から鳴り続けている踏切の音は、亮の頭の中にまで響いてきていた。
此処は、違う。本物ではない。
頭の中では理解できているが、亮の意識はこの幻覚の中に取り込まれている。警報の音色につられて顔を上げれば、陽炎が揺らめく遮断機の向こう側に――。
きみがいた。
まるでノイズが走るように景色が暗転する。その瞬間、様々な声が木霊した。
『■■線で人身事故が発生しました』
『――男子高校生が死亡。尚、これによる電車の遅延は……』
あれはニュースを読み上げるテレビの音。そして、次に聞こえてきたのは誰かが噂を囁く様々な声だった。
『高校生だったんでしょ、あの男の子』
『そう、学校帰りに電車に――』
『確か両親も交通事故で……』
『……――可哀想な子』
悲哀、興味、憐憫。ときには蔑み。
その声は亮にとって心を蝕む呪いのようだ。次々と絶え間なく聞こえ続けるのは、きみを憐れむ誰かの話と声。
亮はまだ聞こえ続けている踏切の音の向こうを見据え、問いかける。
「ねえ」
見つめている影は動かない。
「きみの死を聞かされて、私がどれだけ泣いたか知ってる?」
ただそこにいるだけで答えてもくれない。しかし亮も彼から返答があるとは思っていなかった。それでも、彼女は語り掛け続ける。
「辛かった、悲しかった……寂しかった。まだ過去形じゃないよ、今だって――」
亮は手を伸ばした。
届かないと知っていたが、どうしてもそうしたくなってしまう。
きみは――彼は、大切な人だった。血の繋がりは無くたって、自分達の間には確かな愛情は存在していた。本当の弟も同然だった。
「……晴翔」
これまで、呼んでいいものか分からなかった名前を口にする。すると動かなかった影が僅かに揺らめいた。逆光になっていて顔はわからないが、彼が亮に向けてそっと双眸を細めたように思える。
「私、もう誰も居なくなってほしくないの」
亮には最初からこの景色が幻覚でしかないと分かっていた。それでも、これが自分にとって苦しいと感じる光景ならば、向き合いたいとも感じていた。
それゆえにまぼろしと分かっていても晴翔の名を呼び、話しかけた。
「全部は無理でも助けられる人が居るなら助けたいんだ」
わかるよね。
ううん、わかってくれるよね。
そんな風にちいさく呟いた亮は静かな笑みを浮かべる。
「だから行かなくちゃ」
その声に応えるようにして、日向色の幽世蝶がひらりと舞った。亮を導くように羽撃いた蝶は、踏切とは反対の方に飛んでいく。
亮は踵を返そうとして、少しだけ動きを止めた。彼の影の方を見つめた亮は片手をあげ、満面の笑みを浮かべる。
そして――。
「うん、いってきます」
笑顔で彼に手を振った亮は駆け出した。
もう振り返りはしない。行くべき場所は知っている。それに、消えていくあの遮断機の向こう側で、きみの口元が動いたのが見えたから。
――『いってらっしゃい』、と。
大成功
🔵🔵🔵
真白・葉釼
◎
――やけに晴れた日、みたいだ
見慣れぬ建造物、見慣れぬ光
それから
聞き慣れない、声
救い
救いを求めているのだろう
歩みながら少し言葉を聞けば
そのくらいのことは判る
ひどく耳慣れない音のような気がした
他者に救いを求めたことがない所為だろう
救いを願ったことが、ない所為だ
俺がそれを不思議なものとして聞いてしまうのは
歌の合間に憎悪が這い寄る
その感覚の方が、まだ少しは身体に馴染んだ
俺の中にあるものが憎悪なのかどうか
考えたことはない
燃えるような
凍るような
それは喪失だっただろうか
今でも“彼女”が視えるのだ
微笑む貌
その聲さえ
歌の聴こえる方に足を向けた
少しとぼけてみただけだと知っていたからだ
俺の中にあるのは
怒りなのだと
●感情の正体
闇に包まれた世界の最中に現れた光の領域。
異端の神が生み出した空間を歩く真白・葉釼(ストレイ・f02117)が感じていたのは、何処かぼんやりした思い。
「――やけに晴れた日、みたいだ」
此処は妙に現実感がないと感じた。されどそれも当たり前のことなのだろう。
人の子という分類の自分は神とは程遠い。それゆえにこの場所も現実ではない処として受け止める方がいい。
葉釼は周囲を見渡し、一歩ずつ進んでいく。
見慣れぬ建造物のようなもの。同じく見慣れぬ光。
それから、聞き慣れない声。
遠くから響く歌声もあれば、近くで囁いているような呪い混じりの声もある。共通しているのは、どれもが救いを謳っていること。
あまねく全てに救済を。
救いの定義を突き詰めるのは後にするとして、此処に響く声はみな救いを与え、求めようとしている。
不明瞭な声や聞き取れない歌詞もあったが、それくらいは葉釼にも判る。
葉釼は歩みを止めず、光と影が織り成す景色を見つめた。世界を光で灼こうとしているだけあって眩さだけが満ちた場所かと思ったが、辺りには暗い影も落ちている。特に目立つのは空間を裂くように現れている十字架の影だ。
葉釼がそちらに意識を向けようとすると、耳元で何かが囁かれた。
『――■■■』
「なんて言ってるんだ」
よく聞こえなかった。多分、祈りか何かだろう。酷く耳慣れない音のような気がして、葉釼はかぶりを振る。
他者に救いを求めたことがない所為だろうか。
或いは救いを願ったことがない所為だ。葉釼は何となく自覚していた。それを不思議なものとして聞いてしまう理由は、自分自身にあると。
――すべてに 終わりを。
そのとき、やけにはっきりとした歌声が響き渡った。
あれが天使の姿をした神の声だと認識した葉釼は耳を澄ませる。だが、歌の合間に憎悪が這い寄ってきた。
おそらくこの領域が齎す精神的な作用だ。しかし葉釼にとって、その感覚の方がまだ少しは身体に馴染むものだ。
自分の中にあるものが憎悪なのかどうか。
考えたことはなかったので、今も深くは悩まないことにした。
まるで燃えるような、凍るような感覚。それは喪失だっただろうか、それとも別の何かなのか。葉釼は顔を上げ、一度だけ目を閉じた。
今でも“彼女”が視える。
微笑む貌、その聲さえはっきりとわかるのだ。瞼をひらいた葉釼は肩を竦めた。いつまでも此処にいたら、現実と幻想の境界も曖昧になってしまうかもしれない。
今の自分にとっての現実というものもまた、うまく定義が出来ないが――。
そうして、葉釼は天使のうたが聴こえる方に足を向けた。おそらくではあるが、葉釼はあの十字架の裂け目が出口だと理解していた。
それに、と小さく口にした葉釼は闇が広がる方に歩いていく。少しばかり、とぼけてみただけだと自分でも知っていた。
「俺の中にあるのは――」
怒りという感情。
それそのものであり、揺るぎないものだということを。
やがて異端の神の領域には静けさが満ちていった。
だが、何もかもが消え去ったわけではない。天使の歌声も、数多の願いの聲も、呪いのような念も別の場所に収束していく。
猟兵達が向かった、更に奥の領域。紋章の祭壇という悍ましき場所に――。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『救われたかった者達』
|
POW : あなたをぜったいにゆるさない
予め【相手への殺意を口にする】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
SPD : 私達は何もしていないのに!
自身に【無念からなる怨念】をまとい、高速移動と【絶望の叫びによる衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ : 何も怖くなんてないわ
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【綺麗なお人形】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
イラスト:ぬる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●紋章の祭壇
異端の神の領域を抜けた先には広い部屋があった。
其処には異様な光景が広がっている。床に敷かれた絨毯は血に染まり、部屋の最奥に作られた祭壇には腐った果実や骸骨などが捧げられている。
祭壇の前には生贄だったらしい人間の亡骸や、黒く変色した血溜まりなどが点在しているおそろしい場所だ。
そのような祭壇がある部屋の中には幾つもの人影がある。
「あなたたち、生きてる人間……?」
「ああ、悔しい。悔しいよ。私達はこんなものになってしまったのに」
「私達は何もしていないのに!」
「ぜったいにゆるさない」
「どうせ、私達もいずれ消えちゃうんだもの。もう何も怖くなんてないわ」
少女達は生贄にされたもの。
彼女らは紋章になりかけている存在。既にオブリビオンとなっている者達だ。少女たちは自暴自棄になっているらしく、此方に襲いかかってくる気配を見せた。
見れば、紋章の祭壇は今も機能している。
放っておけば彼女達は完全に取り込まれ、紋章の一部になってしまうだろう。そうさせないためにも猟兵達の手で終わらせてやることが一番の救いかもしれない。
そして、祭壇の前には三つの影が揺れていた。
赤毛、青目、白い背高。
その姿は不明瞭で色以外ははっきりとしていない。生贄の少女達のように襲いかかってはこないようだが、祭壇から此方を見ている気配はする。
おそらくかれらは、まだ姿を見せていない異端の神に関する何かなのだろう。かれらも祭壇に取り込まれかけているのか、姿が薄れたり、消えかかったりしていた。
祭壇に近付いても邪魔をすることはないようだが――?
何にせよ、部屋の最奥にある祭壇を壊さなければいけないことは確かだ。
救われないものを救う。
果たして本当に可能なのかはわからないが、今こそ猟兵の力を発揮する時だ。
佐々・夕辺
やっぱり、彼の気配がする
奥にいる三人から、まるで兄弟か何かのように
――でも、其れを探る方法はない
私に出来るのは目の前の魂を掃除する事だけ
「そうよ、私は生きてるわ」
「貴方達は死んだの。其れは覆せない事よ」
「このままじゃもっと吸血鬼に利用されるわ。貴方達、其れでも良いの?」
「死んでなお、吸血鬼の人形でいていいの!?」
この先にいる狂った神様だってそう
目の前にいる人影だってそう
利用されて死ぬなんて、きっと誰もがまっぴらごめん
ねえ、ロキ
貴方の香りがするのよ
何故かは判らないけれど
だから放っておけないの
盤面を引っ繰り返してでも、ハッピーエンドを呼び込むわ
ねえ、…お兄ちゃん
私、強くなったでしょ
●ねえ、かみさま
異端の神が創りし領域を抜けた先。
紋章の祭壇に辿り着いたとき、夕辺は先程よりも強い確信を得た。
「やっぱり、彼の気配がする」
光の世界で見せられた過去の記憶と同じ。此処には夕辺にとって、懐かしくもあり今も馴染みのある雰囲気が満ちていた。
だが、その感覚は祭壇の方に感じているのではない。その前に佇んでいる赤と青、白の人影の方から彼に似た雰囲気があった。
例えるなら、まるで兄弟か何かのように――。
しかし今の夕辺には其れがどうしてなのか、何故なのかを探る方法はない。あの人影達は戦いに何の影響を及ばさないようだが、問題は更にその前にある。
紋章の材料にされかけている少女達が攻撃の意思を持って迫ってきているからだ。
(私に出来るのは目の前の魂を掃除する事だけ)
胸中で思いを言葉にした夕辺は、少女達を真正面から見据えた。
「あなたは生きている人間……?」
「そうよ、私は生きてるわ」
無念からなる怨念を纏った少女に対して夕辺は真っ直ぐに答える。そして、夕辺は自身に精霊の囁きを纏わせた。
「貴方達は死んだの。其れは覆せない事よ」
「何で? 私達は何もしていないのに!」
夕辺が語り掛けたことに反発した少女が叫び声をあげる。同時に絶望の声は衝撃波へと代わり、夕辺に襲いかかってきた。
鋭い衝撃が身体に走ったが、夕辺は怯むことなく呼びかけ続ける。
「このままじゃもっと吸血鬼に利用されるわ。貴方達、其れでも良いの?」
「よくないわ。よくないわよ!」
すると少女は再び、憎悪の衝撃波を夕辺に向けて放った。しかし何度も攻撃を受けるわけにはいけない。一撃を避けきった夕辺は身を翻し、囁きを蹴りあげる。
「死んでなお、吸血鬼の人形でいていいの!?」
「そうなるしかないんだもの。だから……あなたたちはずるい! ひどい!」
夕辺と少女の声が衝突しあう。
どちらもこの状況は好ましくないものだと感じている。されど少女の憎悪は世界そのもの、即ち彼女達以外のすべてに向けられていた。
夕辺は意を決し、少女達を衝撃波で以て貫いていく。
語り掛けた言葉には、少女だけではなく異端の神への思いも宿っていた。
この先にいる狂った神様だって、目の前にいる人影だって、そう。ただ誰かに利用された結果に死ぬなんてことは望まない。
きっと、誰もがまっぴらごめんだと感じる所業が此処で行われようとしている。
先ずは少女達を過去に還す。
改めて今の自分の役目を確かめた夕辺は精霊の囁きを用い、次々と衝撃を飛ばしていった。その際に思うのは、彼の神様。
――ねえ、ロキ。
そっとその名を呼んだ夕辺は戦いに集中していく。
此処には貴方の香りがする。何故かは判らないけれど、知る術は持っていないけれど、そう感じるから放っておけない。
「盤面を引っ繰り返してでも、ハッピーエンドを呼び込むわ」
悲しい叫びが響き続ける今を変える。
紋章の祭壇など壊してやると決めた夕辺は、少女達を容赦なく葬っていった。叫びはしかと受け止めて、痛む胸の疼きは少しだけ押し込めて――。
「……お兄ちゃん」
私、強くなったでしょ。
攻防が巡りゆく戦場に、そっと確かめるような夕辺の言の葉が零れ落ちた。
大成功
🔵🔵🔵
アルトリウス・セレスタイト
遠慮の余地がないのなら話も早い
戦況は『天光』で逐一把握
攻撃には煌皇にて
纏う十一の原理を無限に廻し阻み逸らし捻じ伏せる
要らぬ余波は『無現』にて否定し消去
全行程必要魔力は『超克』で“世界の外”から常時供給
絢爛を起動
目の前の空気を起点に戦域の空間を支配
因果の原理によりオブリビオン以外へは無害とし、破壊の原理を直に斬撃として解放
空間全てを同時に、隙間なく、終わりなく、「その場に直に現れる斬撃」で斬断する
万象一切に終わりを刻む破壊の原理に例外はない
阻むも躱すも叶いはしない
戻れぬのならおとなしく眠るが良い
※アドリブ歓迎
●絢爛の領域
紋章を作り出す祭壇は今も力を失っていない。
本来の城の主だったというヴァンパイアは、この場にはもういない。それだというのに祭壇の前には生贄としての少女達が集められていた。
おそらく、彼女達はもう此処から出られないのだろう。稼働し続ける祭壇に取り込まれてしまう時を待つしかない存在だ。
彼女達を救うこと。この城の奥に控えている天使をどうにかすること。
それらはたったひとつの行動で成し遂げられる。それはつまり、目の前の存在を斃していくということ。
「倒すべき者か。遠慮の余地がないのなら話も早いな」
アルトリウスは戦いの様子を確かめる。
既に猟兵とオブリビオンの戦闘はそこかしこで始まっている。それぞれの戦況は天光で逐一把握できるだろう。
アルトリウスは自分にもオブリビオンの少女が迫ってきたことに気付き、流れるような動作で身構えた。
束ねる光輝は刃にして鎧。煌皇の力を巡らせ、纏う十一の原理。
アルトリウスはその力を無限に廻し、少女達を阻みながら衝撃波を逸らしていく。
「このひと、つよい……?」
「いいえ、構わないわ。何も怖くなんてないもの!」
少女達は驚いていたが、怯むことなく周囲の死体に手を伸ばす。そうすることで亡骸は綺麗な人形へと変わり、彼女達の操り人形となった。
だが、アルトリウスはそれすら捻じ伏せる。
「――邪魔だ」
たった一言、静かな言の葉を紡いだアルトリウスは冷静に動いていった。要らぬと判断した余波は無現にて否定して、消去してしまえばいい。
存在を覆う繭となる否定の原理が巡り往く中、彼は超克に宿る創世の原理を巡らせてゆく。その間にも少女達は此方に敵意と攻撃を向けた。
されどアルトリウスは何も苦にしていない。この動作だけではなく、全ての行程で必要な魔力を世界の外から供給しているアルトリウスに隙はなかった。
そして、彼は絢爛の力を起動させる。
いつまでも亡骸が用いられるままでは埒が明かない。
アルトリウスは先程までよりも更に魔力を籠め、オブリビオン達に目を向けた。刹那、目の前の空気を起点にして、戦域の空間が支配されていく。
それは因果の原理。
オブリビオン以外、即ち亡骸達は無害なものと化していった。更にアルトリウスは破壊の原理を直に斬撃として解放する。
それは一瞬の出来事だった。
空間の全てを同時に、隙間なく、終わりなく――その場に直に現れる斬撃で斬断すれば、彼に相対していた者達が崩れ落ちた。
「そんな……」
万象一切に終わりを刻む破壊の原理に例外はない。少女達もまた、その力によって戦う力を失っていた。
「阻むも躱すも叶いはしない。戻れぬのならおとなしく眠るが良い」
「これが救い……?」
「よかった。これでやっと、終われる……」
少女達は苦しみながらも何処か安堵したような表情を浮かべて逝った。アルトリウスは消えていく者を一瞥するだけに留める。
あの言葉はどういった意味だったのか。それは彼女達本人のみぞ知ることだ。
大成功
🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
◎
「何もしていない」
私もそうでした
ただ白黒の翼を持ってうまれたから
それだけで忌み嫌われ幽閉された
その無念はわかります
いえ、諦めて心を殺してしまっていた私
運良く生き延びてしまった私には
そう言う資格は無いのかもしれない
でも、それでも私は…
アナタたちを送る歌を奏でましょう
【彼方に響く清廉なる歌】
私はただ歌うだけ
この身が傷つこうとも歌い続けるだけ
闇を払う浄化の歌
魔性を打ち消す破魔の歌
そして安らぎを求め与える葬送の歌
これ以上苦しむ必要はありません
紋章になんて取り込まれなくて良いんです
苦しみを、憎しみを棄てて良いんです
安らかに静かに眠ること
それを求めて良いんです
私がアナタたちに出来るのは
そう伝えることだけ
●歌声
――何もしていない。
憎悪と絶望、嘆きの声をあげた少女達はそのように語っている。
アウレリアにはその心の在り方や苦しみが理解できた。もし彼女達と自分が同じならばという前提ではあるが、きっと似ている。
「私もそうでした」
一歩、祭壇の空間に踏み出したアウレリアは救われたかった者達を見つめた。
ただ白黒の翼を持ってうまれたから。
人と違うという、忌み嫌われる理由を持っていたから。
たったそれだけのことでアウレリアは幽閉され、痛みと苦しみに満ちた日々を過ごさざるを得なかった。過去の自分を思い返した彼女は、少女達に言葉を掛けていく。
「その無念はわかります」
「……ほんとうに?」
すると少女のひとりが訝しげな様子で問いかけてきた。
その視線と瞳にはぞっとするほどの冷たさが宿っているように思える。アウレリアは少女を見つめ返したまま、首を横に振った。
「いえ、諦めて心を殺してしまっていた私……運良く生き延びてしまった私には、そう言う資格は無いのかもしれない」
「そうよ。生きているあなたにはどうせわからないわ!」
アウレリアの言葉を聞き、少女は更なる絶望の言葉を向けてくる。彼女達は救われたかったと望む者。言い換えるならば、最期まで救われなかった者だ。
「でも、それでも私は……」
アナタたちを送る歌を奏でたい。
アウレリアは両手をそっと重ね、少女達に向けて歌声を紡ぎはじめた。
響け、響け、響け。
ボクが歌い、私が奏でる、魔を砕く無垢なる歌。
彼方に響くようにして清廉なる歌が戦場を包み込む。少女達は周囲の亡骸や骨を利用して此方を倒そうと狙ってきている。
だが、アウレリアはただ真っ直ぐに歌を謳い続けていった。
私はただ歌うだけ。
決意と覚悟を抱いた彼女は、たとえこの身が傷つこうとも歌うのだと誓っていた。
破魔の力を宿している歌声は少女達が操る人形めいた亡骸にも効果を齎すものだ。相手が霊体であっても、その心にまで響き渡る浄化の歌。
闇を払う歌は、魔性を打ち破る力となって響き渡ってゆく。
そしてこれは安らぎを求め与える葬送の歌でもある。
「これ以上苦しむ必要はありません」
「何を根拠にそんなことを……!」
アウレリアが再び呼び掛けたことで、最初の少女が反発する姿勢を見せた。尚も生者である此方に憎しみが向けられているが、アウレリアは語り続ける。
「紋章になんて取り込まれなくて良いんです」
「いいえ、どうせこのままみんな終わってしまうの!」
「苦しみを、憎しみを棄てて良いんです」
「そんなこと……出来るはずない!」
少女は叫ぶ。しかし、アウレリアも懸命に慈しみの言葉を向けていた。
救われなかったと諦めてしまわなくていい。
安らかに静かに眠ること。そうすることを求めて良いのだと伝えたアウレリアは更なる歌声を響かせる。
「私がアナタたちに出来るのは、そう伝えることだけ」
そして、歌声は少女を浄化していく。
骸の海に還されていく彼女達を見守ったアウレリアは静かに祈る。その心が最期にどう在ったかはもう聞けないけれど。
どうか少女達がそれぞれの救いを見つけられますようにと――。
大成功
🔵🔵🔵
レザリア・アドニス
魔術の『研究』は、いつも生贄が必要だから…
こうなるのも、見慣れている…
しかし、ここまで片づけられないとはね
せめてこの手で、あの世に送ってあげましょう
生きてる人間って何が悪いんですか
あなた達は何もしていないのにこうなって…
では、この恨みを受けられるこちらは、何をしたというんですか
抗えなくて、酷い目にあったのは確かにかわいそうだけど
だからって赤の他人へ八つ当たりするのはどうかな
なにも怖くなんてないのなら…『元凶』へ、この恨みをぶつけては?
…やっぱり怖いよね
ああ、安心しなさい、すぐにここから解放してあげるから
炎の矢を編み出し、少女の残滓を焼き尽くす
人形を作らせないように、死体も一緒に炎で浄化する
●与える終わり
実験や研究、儀式。
魔法、魔術に呪術といったものにはある程度の共通点がある。それは――往々にして生贄や実験台という存在が不可欠だということ。
「魔術の『研究』は、いつも生贄が必要だから……」
レザリアは自分の掌を見下ろしてから、紋章の祭壇の有様を見遣る。
血に染まっている絨毯は既に変色しており、奇妙な異臭がした。奥にある祭壇に腐敗した肉や果実があることも影響しているのだろう。
祭壇には誰かの骸骨も見える。其処以外にも明らかな亡骸が散らばっていた。
「こうなるのも、見慣れている……」
レザリアはあのような光景を見ても動揺などしない。こういったことは常夜の世界では日常茶飯事とも呼べることだ。世界ではなくとも、非道な所業が横行している場所や組織なども存在している。
「しかし、ここまで片づけられないとはね」
呆れたような様子を見せたレザリアは、足元に散らばっている骨を見つめた。この骨も生贄や材料に捧げられた者の成れの果てなのだろう。
城の主だった吸血鬼にはもう文句は言えないが、せめて骨くらいは綺麗に纏めて片付けてやっても良かったはずだ。
「せめてこの手で、あの世に送ってあげましょう」
レザリアは身構え、オブリビオンと化している少女達に目を向けた。すると、そのひとりが憎しみの宿った視線を向け返してくる。
「あなたも生きているのね……」
「生きてる人間って何が悪いんですか」
恨めしそうな声を聞いたレザリアは純粋な疑問を投げかけてみた。その間も双方は身構えており、一触即発の様相だ。
「わたしたちはもう死んでいるも同然だから、悔しいの」
「あなた達は何もしていないのにこうなって……では、この恨みを受けられるこちらは、何をしたというんですか」
レザリアはまっすぐに少女を見つめている。
唇を噛み締めた相手はぎりぎりと震えていた。何もしてないからよ、と道理の通らない言葉を返してきた少女は周囲の亡骸に力を与えた。
それらは途端にお人形となってレザリアに襲いかかってくる。レザリアは炎を纏う魔法の矢で対抗しながら、少女に語り掛け続けた。
「抗えなくて、酷い目にあったのは確かにかわいそうだけど……だからって赤の他人へ八つ当たりするのはどうかな」
「もう、こうすることしかできないの……」
少女は俯き、レザリアから視線を外した。おそらく少女にも葛藤があるのだろう。その様子はやはり、倒すことでしか救われないことを意味している。
「なにも怖くなんてないのなら……『元凶』へ、この恨みをぶつけては?」
「ダメよ……」
「……やっぱり怖いよね」
レザリアと少女。猟兵とオブリビオンとしての二人は相容れぬ存在だ。レザリアは緩く首を振り、更なる魔法を紡いでいく。
「ああ、安心しなさい、すぐにここから解放してあげるから」
そのまま幾つもの炎の矢を編み出したレザリアはひといきに攻め込んだ。亡骸の人形も、少女の残滓すらも焼き尽くす焔は戦場に激しく迸る。
もう人形は作らせない。死体も一緒に焼き尽くしたレザリアは炎を轟かせた。
少女達は倒れてゆく。
悲しみや苦しみ、絶望に嘆き。そういったものも消えてなくなればいいと願いながら、レザリアはオブリビオン達を浄化していく。
大成功
🔵🔵🔵
紫・藍
何もしていないのに、でっすかー。
それは、ええ。
藍ちゃんくんになる前の紫・藍にも覚えがある感情なのでっす。
理不尽を嘆き、憤る感情なのでっす。
やり場のない想いなのでっす。
でも、だからこそ、知ってるのでっす。
それが当たり前の感情であろうとも……憎むのは、恨むのは、しんどいのでっす。
歌うのでっす、想いを込めて!
その悲しみを置いて逝けるように!
救われたかったお嬢さん達。
きっと、一番口にした言葉は。
誰にも聞いてもらえず、口にすることさえ諦めた言葉は。
叶えて欲しかった願いは。
ゆるさない、だなんてものではなく。
助けて、なのでっしょうから!
癒やすは心、砕くは祭壇とお嬢さん達を苛み続けるオブリビオンとしての身体!
●心を込めて
救われたかった者達は口々に語る。
私達は何もしていないのに。
どうしてこうなってしまったの。何故、奪われなければならなかったの。
その声を聞いた藍は少女達を見つめ、胸元に手を当てた。とても悲痛な思いだと感じた藍の胸裏に傷みが走る。
「何もしていないのに、でっすかー」
「そうよ、本当に何もしてないのに……!」
藍の呟きを拾った少女のひとりが憎悪に満ちた視線と言葉を返してきた。真っ直ぐに彼女を見つめ返した藍はそっと頷く。
「それは、ええ」
「……?」
藍が目を閉じ、何かを思い返していると気付いた少女は訝しげな顔をした。すぐに瞼をひらいた藍はその気持ちが理解できると感じている。
彼が藍ちゃんくんになる前。紫・藍としての自分にも覚えがある感情だからだ。
「分かるのでっす。理不尽を嘆き、憤る感情なのでっす」
それはやり場のない想い。
昇華することなど到底敵わない、どうにも出来ない重い思いだ。今でこそ藍は現在のような藍ちゃんくんとしていられるが、もしあのままだったならば少女達のように嘆き続けるだけの者になっていたかもしれない。
すると複数の少女から疑問や憎しみ混じりの声があがっていった。
「ねえ、どうすればいいの」
「あなたもあいつもぜったいにゆるさない」
「分かった気にならないでよ!」
藍は真正面からその言葉と意思を受け止め、ふるふると首を横に振る。オブリビオンとなり、紋章の材料にされてしまう運命を辿るだけの少女達は嘆きに満ちていた。
「でも、だからこそ、知ってるのでっす」
藍は言葉を向け続ける。
苦しい、悲しい、恐ろしい。そう感じてしまうのが当たり前の感情であろうとも、ずっと憎んで恨むのは苦痛を生み続けるだけ。
「痛いのは、しんどいのでっす。だから――」
身構えた藍は決して少女達から視線をそらさず、高らかに宣言した。
「歌うのでっす、想いを込めて!」
その悲しみを置いて逝けるように。
その憎しみを少しでも浄化して、葬送できるように。
――アイ・ネ・クライネ。
あなたに、きみに、届けと願って紡がれていく歌声は救われたかった者達に向けて響き渡っていく。
どうか、悲しみの最中にいるお嬢さん達へ届くように。
分かると言った言葉は嘘ではない。
きっと一番口にした言葉は。誰にも聞いてもらえず、口にすることさえ諦めた言葉は。叶えて欲しかった願いは。ゆるさない、だなんてものではなく――。
「助けて、なのでっしょうから!」
謳え、歌え、唄え。
藍があるがままの祈りや願い、心を籠めて響かせる音は理屈も条理も超越する。
癒やすは心。砕くは祭壇。
そして、少女達を苛み続けるオブリビオンとしての身体を救う。
悲しみや恐怖を癒やして、恐れのない世界へ導くために。藍の思いは何処までも真っ直ぐに戦場に巡り、ちいさな救いを与えていった。
藍が紡ぐ小夜曲は響き続ける。
この先に救済の時が訪れることを願って――少女達が穏やかに逝けるまで、ずっと。
大成功
🔵🔵🔵
檪・朱希
◎
WIZ
もう、生きていない人達の悲痛な叫び……
……ごめん。
助けられなくて、ごめんね。
手を差し伸べる事も出来なくて……ごめんね。
『……共感しすぎは禁物だ、朱希』
『せめて、紋章にされないようにここで止めてやらねぇと』
うん……でも、それだとあまりに救われないかもしれないから、
今回だけ、心が穏やかになるような「歌唱」を。
その間、雪は「破魔」の「衝撃波」、燿は氷「属性攻撃」で人形化も阻止。
目の前の世界が真っ暗なまま、終わりにしたくない。
私は、少しでも彼女達を助けたい。
彼女達も救われたいと願ったはずだから!
祭壇を壊す前に「聞き耳」で影達の声を聞きたい。
かみさまを、助けられる一助になるかもしれないから……
●声と歌
ぜったいにゆるさない。
わたしたちは何もしていないのに。
苦しい、憎い、悔しい。みんな、みんないっしょに消えてしまえ。
それは、もう生きていない人達の悲痛な叫び声。
次々と紡がれていく怨嗟の言の葉を聞きながら、朱希は僅かに俯く。
「……ごめん」
この事件の元凶は第五貴族たる吸血鬼だ。自分をはじめとした猟兵が悪いことをしたわけではない。分かっているのだがどうしても謝らずにはいられなかった。
朱希は震えそうになる掌を強く握り、救いを求める少女達を見つめる。
「助けられなくて、ごめんね」
間に合わなくて。
手を差し伸べることも出来なくて――ごめんね。
朱希が謝罪の思いを紡いでいくと、不意に隣から少年達の声がかかった。
『……共感しすぎは禁物だ、朱希』
『せめて、紋章にされないようにここで止めてやらねぇと』
その声は召喚された霊、雪と燿のものだ。感情移入をしすぎてはいけない。二人からの忠告を聞いた朱希は顔を上げた。
「うん……」
『あの子達に同情したって救われるわけじゃない』
『そうだ。……気持ちはわからないでもないけど、な』
朱希がそう語ると、二人も複雑そうな顔をした。大丈夫だと答えた朱希は目を逸らさないことを心に決め、彼らと共に身構える。
「でも、それだとあまりに救われないかもしれないから」
せめて今回だけでも。
ゆっくりと唇をひらいた朱希は、少女達の心が少しでも穏やかになるようにと願い、歌唱の声を紡いでいった。
その間、雪と燿が攻撃に回っていく。
雪は破魔の力を巡らせた衝撃波を解き放ち、燿は氷の属性を宿した一閃で以て少女達を穿ち、オブリビオンとしての力を削いでいった。
対する少女達は痛みに耐えながら、周囲の亡骸を戦闘用に利用していく。
「ふふ、わたしたちをころすの?」
「どうせみんな死ぬんだもの。何も怖くなんてないわ」
彼女達は死骸を人形の操り、雪と燿や朱希を攻撃していく。だが、雪達も攻勢に回り続けることで人形化を阻止しようと狙った。
その間も朱希は歌い続ける。
目の前の世界が真っ暗なまま、彼女達の存在を終わりにしたくない。
「私は、少しでも彼女達を助けたい」
きっと――彼女達も救われたいと願ったはずだから!
朱希は諸悪の根源である祭壇を見つめる。あれを壊せばひとまず紋章の製造は止まってくれるだろう。
その前にすることがあるとして、朱希は耳を澄ませた。
あの祭壇の前で揺らめく影達。かれらが何かを語っていないだろうか。しかし、聞こえたのは対抗してくる少女達の声ばかりだ。
おそらくではあるが、かれらの存在はとても薄いものなのだろう。音として聞こえる声を発するような力は残っていないのかもしれない。
それでも朱希は諦めなかった。
「もしかしたら――かみさまを、助けられる一助になるかもしれないから……」
この歌も思いも絶対に止めたりしない。
朱希は懸命な思いを抱きながら、果敢に戦い続けていった。
大成功
🔵🔵🔵
菊・菊
◎
リコ(f29570)と一緒
人間だったものが散らばってる
試験管から零れ落ちた失敗作に似てた
同じように苦い顔した、リコの手を握って
刀を抜いた
こいつらが同情なんざ求めてねーのは
わかってる
向かってくる奴から、ねじ伏せて、ぶち殺す
それが餞だ
なんにもしてねーんだろ
何もしなかったから、奪われんだよ
ギャアギャア喚きながら潰えろ
俺はそれを許してやる
先に駆けるリコの、好きにさせてやる
だって、なあ、ぴょんぴょん跳ねてんのかわいーだろ?
リコがヘイト集めてえなら
それに漏れた奴らは、俺が切り伏せる
俺のがデカいからな、面倒みてやんの
その声に呼ばれたなら、それが合図
『楽園』
これが幕引きなら、
せめて、いい夢見てけよ
唐桃・リコ
◎
菊(f 29554)と一緒
さっきみた幻と同じ
小さいガキに似たのが一杯いて頭がガンガンする
どいつもこいつもうるせえ…
そうだな
別に悪いことしたわけじゃねえだろうさ
ただ弱かったから
弱かったから奪われたんだ
そして、オレに奪われる
繋いだ手、あったかい
奪われるのは、痛くて冷たいな
…少しだけ、分かる
恨みごとに何を言ってやっても救えねえから
菊より先を走って
なるべく多くの生贄を巻き込めるように
自分に注意を引きつけて【Howling】!
菊、あと纏めてやれるか?
そういうのは菊に任せた方が、うまくいく
●残響
血の匂いが鼻先を掠めた。
祭壇の前には以前まで人間だったものの残骸が散らばっている。
手遅れでしかなかった者達の末路を見遣った菊は、ふとした既視感を覚えた。試験管から零れ落ちた失敗作。あの亡骸達は、あれらとよく似ていた。
「同じだな」
「……そうだな」
リコの声が聞こえたことで、菊も同意を示す。
此処には先程に見た幻と似たものがたくさんある。リコもまた、菊と同じ感慨を抱いているようだ。互いに苦い顔をしていると知り、菊はリコの手をそっと握った。
そうして刀を抜いた菊は、救われたかったと叫ぶ少女達を見据える。
「さっきの小さいガキに似たのが、こんなにも……。どいつもこいつもうるせえな」
頭が痛んだが、こんなところで止まってはいられない。
リコも諸刃の短剣を握り、刃の切っ先をオブリビオン達に差し向けた。
どうして、なぜ。
救われなかったわたしたちは無意味に死ぬだけ。
どうして誰も助けてくれなかったの。
少女達は口々にそんなことを語り、猟兵達に恨み言を向けていた。それはきっと何処に矛先を向けていいかわからない感情なのだろう。それゆえに一方通行で曖昧で理不尽だ。
「私達は何もしていないのに!」
或る少女の叫びが響いた後、菊とリコはそれぞれの思いを返していく。
「ああ、別に悪いことしたわけじゃねえだろうさ」
ただ弱かったからだ。
弱いゆえに奪われただけ。非情ではあるが、それはこの世界の理にも近い。リコは少女達に向けて淡々と宣言する。
「そして、オレに奪われるんだ」
「お前らが同情なんざ求めてねーのはわかってる」
菊は死体の人形を操る少女達を鋭く見据えた。それが解っているからこそ向かってくる相手から順番にねじ伏せていくだけだ。
斃し、屠ることこそがオブリビオンたる彼女達への餞だ。
其処から先んじて駆けたのはリコだ。
少し前に繋がれた手の熱が、今は何よりあたたかいものに思えた。
奪われるのは痛くて冷たい。リコの裡には温もりが宿っているが、あの少女達にはもう何も残っていないのだろう。
「……少しだけ、分かる」
しかし、恨み言に対して何を言ってやっても救えないことも知っている。
菊を先導するように走ったリコは、人でいられる時間を代償にした咆哮を響かせた。其処から巡る衝撃は少女達を貫き、動きを阻んでいく。
リコに続いた菊も妖刀を振るいあげ、オブリビオン達に狙いを定めた。
「なんにもしてねーんだろ」
「そうよ、なのに何で……!」
「何もしなかったから、奪われんだよ。好きにギャアギャア喚きながら潰えろ」
菊は地を蹴り、亡骸人形ごと少女を斬り裂きに駆けた。俺はそれを許してやる、と告げた彼の一閃は少女の身を貫く。
寒菊の刃が一人目の少女を骸の海に送った直後、リコも二人目の標的を穿った。
菊はリコの見事な手際に感心しながら、彼の好きにさせてやろうと感じている。何故なら、ぴょんぴょんと跳ねている姿は可愛いとも思うからだ。
言葉には出さなかったが、菊はしっかりとリコの背を見つめている。
彼が目立って矢面に立つならば、そこから漏れた相手は菊の標的だ。菊は少女達を思うがゆえに容赦なく、その身を切り伏せていく。
(俺のがデカいからな、面倒みてやんの)
ふ、と小さく口許を緩めた菊はリコの補助に回っていった。
そして、リコはひときわ大きな咆哮をあげる。出来る限り、なるべく多くの生贄達を巻き込めるように放たれた力は戦場いっぱいに広がった。
それは同時に菊を呼ぶ合図でもある。
「菊、あと纏めてやれるか?」
「任せろ」
リコは解っていた。悲しき者達の最期を任せるのは菊の方が相応しく、うまくいくということを。短く答えた菊は最後の仕上げに掛かった。
刃から解き放たれるのは幻覚を齎していく強い猛毒。少女達に広がっていく効果は不幸な現実ではなく、幸せな幻想を宿していった。
世界はいつだって残酷で非情だ。それでも、これが彼女達の幕引きなら――。
「せめて、いい夢見てけよ」
菊が思いを紡いだ次の瞬間、救われたかった者達が地に伏した。
リコと菊は消えていく少女達を見下ろしながら、救済の意味を考える。けれどもそれはきっと、簡単には答えが見つからないもの。
そのことを識る二人はもう一度だけ、互いの手を握った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
真白・葉釼
成る程、無念なのだろうな
――いいや
本当は解らない
死にたくなかったのに死ななければならなかった者の気持ちなど
そうでないものに、果たして解ろうか
哀れと言うことは容易いが
俺にしてやれることはただ一つだけだ
剣を構えただ火をともすこと
――《灯塵》
こうしてお前たちを葬ることだけが
その感情を終わらせることだけが
俺が与えてやれるものだ
何もかも、何もかも
灼けて塵になるが善い
こびりついた死体、悲嘆までも
俺の命の時間など、その“終わり”にくれてやる
足元をうろちょろする『いぬ』――稲荷狐――を拾い上げて肩に載せた
影のにおいを嗅いでいる
……
あれは気にするな
多分、俺たちは別に触れなくとも構わないんだ
剣を納めぬまま、往く
●往く先を照らす灯
無念と諦観。そして、行き場のない怨念。
少女達から紡がれる感情と声に耳を澄ませた葉釼は、事を端的に理解した。
「成る程、無念なのだろうな」
納得したように思えて本当は違うことも分かっている。表面的にしか知っていないことを自覚しながら、葉釼はちいさく肩を竦めた。
「――いいや」
本当は解らない。
死にたくなかったのに、死ななければならなかった者の気持ちなど解ってはいけないのかもしれない。
そうでないものに、果たして解ろうか。
理解を示すことが必ずしも救いや慰めに繋がるとは限らない。特に現在、絶望の最中にある少女達が相手ならば尚更だ。
聡く状況を理解した葉釼は共感の姿勢は見せない。
身構えた葉釼に対して、救われなかった少女達は憎悪をにも似た感情を向けてきた。彼女達を哀れだと言うことは容易い。しかし、葉釼は敢えてそうすることを選ばない。
「俺にしてやれることはただ一つだけだ」
骨断の剣を構え、ただ其処に火をともすことのみ。
――《灯塵》
葉釼は己の魂と業を削り出し、蒼い炎を巻き起こす。凍冽な焔は瞬く間に少女達へと迸り、オブリビオンとしての力を削っていった。
相手も亡骸を人形として操り、葉釼を穿とうとしてくる。だが、彼は素早く身を翻すことで攻撃を躱していった。
炎を纏う一閃で以て死体人形を滅ぼして、そのままの勢いで駆ける葉釼。
彼の刃は少女の身を容赦なく貫き、その力を封じた。一先ずこれで死した者達が操り人形になることはないはずだ。後は少女自身を救ってやればいい。
「どうしたの?」
「わたしたちを、ころすの?」
少女達は何も怖くないというように葉釼を見つめていた。
死を与えることを救いと呼ぶのは烏滸がましいとも解っている。それでも――。
「こうしてお前たちを葬ることだけが、その感情を終わらせることだけが、俺がお前たちに与えてやれるものだ」
何もかも、何もかも――灼けて塵になるが善い。
押し隠した叫びを代弁するかのように灯塵の蒼炎は戦場に巡っていく。激しい嘆きも、死体にこびりついた悲嘆までも、全てを焼き尽くすように。
(俺の命の時間など、その“終わり”にくれてやる)
己を削ってでも成し遂げることがある。
葉釼は目の前の少女達を斬り伏せ、心配そうに足元をうろちょろするいぬ、もとい稲荷狐に視線を落とす。大丈夫だと告げ、わんこを肩に載せた彼は祭壇を見据える。
たぶんいぬだよ、なんて言われて彼の神から渡された狐は、不思議な影達のにおいを嗅いでいたようだ。
「……あれは気にするな。多分、俺たちは別に触れなくとも構わないんだ」
葉釼とて赤毛と青目、白い影の存在は気になったが、あれらに触れる役目を背負っているのは自分達ではない。お前の拾い主の、と途中まで言葉にした葉釼は頭を振った。
そして、葉釼は剣を収めぬまま先に往く。
訪れるのは救済か、終末か。その終わりを此の眼で見届ける為に――。
大成功
🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】◎
生贄……ええ、何処にもある
いずれ消えてしまうのだから、か
その言葉はついさっきのわたしみたいで
他人事には思えなくて
ふと降りたあたたかさに顔を上げれば
ゆぇパパが此方を見ている
うん……そうね
それでも終わりが救いだなんてルーシーにはもう言えない
なのに今出来る事は其れしかないのなら、せめて
彼女達が安らかに旅立てるよう葬送の花を
少女達に手を差し伸べて
咲いて瑠璃唐草
敵意を、殺意を昇華しましょう
パパに決して向かぬよう
祭壇の前にゆれる影
気になるけれど
今は目の前の少女とパパのことを考える
だって、ルーシーの手は2本しかないんだもの
片手は隣の手を離さずに
パパが護ろうと立って下さるのなら
わたしはその背を護るよ
朧・ユェー
【月光】◎
何処でも生贄とはあるのですね
言葉に詰まり、どこか切ない表情のルーシーちゃん
きっと何かこの子の中に何かあるのだろう
そっと頭を撫でて、手を握る
振り返れば優しく微笑み
救えない彼女達、苦痛、悲しみは計り知れないだろう
気持ちはわかります
でも他の人を巻き込むことはいけませんから
えぇ、そうですね
この子が護ってくれているだから集中出来る、ありがとうと呟いて
少しも安らかに
屍鬼
指を噛み自分の血から鬼へと化す
彼女達を飲み込んでいく
痛み無く、天へと浄化出来るように
祭壇からの影
ルーシーちゃんを護る様に前に立ち、何か有れば鬼がそちらにも牙を向ける
握る手が子は大丈夫なんだとホッと安心する
●守る意志
「何処でも生贄とはあるのですね」
「生贄……ええ、何処にもある」
少女達が嘆き続ける祭壇の空間で、ユェーとルーシーは状況を確かめる。言葉に詰まり、どこか切ない表情のルーシーを見下ろしたユェーは複雑な気持ちを抱いた。
きっとこの子の中に何かの思いがあるのだろうと感じたが、ユェーは敢えて深く問いかけたりはしない。
「いずれ消えてしまうのだから、だなんて……」
ルーシーは独り言ちる。
少女達が発していた言葉はついさっきの自分のようだった。それゆえに他人事には思えずに胸が締め付けられるようだ。
ルーシーを見守るユェーはそっと頭を撫でて、その手を握ってやった。ふと降りたあたたかさに顔を上げたルーシーは彼の視線を受け止める。
優しく微笑んだユェーは小さく頷いた。
救われなかった者。つまりは、もう救うことができない彼女達の苦痛や、悲しみは計り知れないだろう。
「気持ちはわかります。でも他の人を巻き込むことはいけませんから」
「うん……そうね」
ユェーが此方を見ていることで、気持ちが落ち着いてくる。ルーシーは凛とした眼差しを救われなかった少女達に向け、思いを言葉にしていった。
「それでも終わりが救いだなんてルーシーにはもう言えない。なのに……今出来る事は其れしかないのなら、せめて――」
彼女達が安らかに旅立てるよう葬送の花を。
ルーシーは少女達に手を差し伸べ、己の思いをユーベルコードに籠めていく。
「えぇ、そうですね」
ユェーはルーシーの思いを感じ取り、自らも攻勢に入っていった。ルーシーはユェーを一度だけ見上げた後、力を発現させる。
――咲いて瑠璃唐草。
絶望や嘆き、相手の敵意と殺意を昇華するべくして花の祈りは紡がれる。
あの敵意や狂気が決してユェーに向かぬように。ルーシーが懸命に放つ力の意味を理解したユェーは、ありがとう、と呟いた。
この子が護ってくれているから、ユェー自身もこうして集中が出来る。対する少女達はルーシーとユェーに向け、殺意の言葉を向けてきていた。
「あなたをぜったいにゆるさない」
「何で生きてるの。何でわたしたちと違うの」
その言葉は確かに此方へ発されているのだが、本当の矛先はルーシー達に向いていないものだ。おそらく世界や自分達の境遇そのものを嘆いているのだろう。
そう感じ取ったユェーは少女達を倒すしか救いがないと知り、攻撃に移った。
「少しでも安らかに」
――屍鬼。
彼は指を噛み、自分の血を滴らせた。
ユェーは流れる紅血の雫を代償にして、自身の封印を解いた。狂気と暴食を司る巨大な黒キ鬼に変化したそれが少女達を喰らうように迸っていく。
屍鬼は彼女達を次々と飲み込んだ。
先程に願ったように、少しでも痛みがなく、天へと――或いは骸の海に還ることができるように。浄化されればいいという思いを抱き、ユェーは力を揮い続けた。
ルーシーも瑠璃唐草の花吹雪を巡らせ続け、救われなかった者に終わりを与える。
その際に奥の祭壇の前で揺れている影が気になった。
(何だか、とても気になるけれど……)
今は目の前の少女達と、ユェーパパのことを考えるだけでいいはず。ルーシーは更なる力を紡ぎ、思いを言葉にした。
「だって、ルーシーの手は二本しかないんだもの」
片手は隣の手を離さずに強く握り続けているから、伸ばせる手は一本。それにルーシーを護ろうとして、ユェーも懸命に戦ってくれているのが分かる。
わたしは、その背を護るよ。
ルーシーはそうっと思いを紡ぎ、花の色彩を戦場に広げた。
ユェーもまた、何か有れば鬼を遣わせようと決めている。もしルーシーに攻撃が向くことがあるならば、鬼が牙を向けるだけだ。
しかし、握る手のぬくもりが教えてくれた。この子はもう大丈夫なのだと感じたことで、ユェーは安堵を抱く。
手と手を取り合うふたりは果敢に戦い続けた。
悲しき嘆きと絶望を聞こうとも絶対に怯んだりはしない。花と鬼は彼女達の命を奪い取り、終わりという救いを与え続けていった。
それはとても悲しいことではあるけれど――。
あの祭壇に取り込まれて終わるよりも、この方が良いと信じて。ルーシーとユェーは固く握った手のぬくもりを確かめながら、前を見据えた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルゥ・グレイス
◎
悪いね。君たちを倒すのは決定事項だ。
PDBCInt,接続。遺失礼装炉、限界加速。
対呪フィルタをパージ。アラウンドフェイタルシールド、限定起動。
並行して魔術アーカイブ参照、防護系メインにピックアップ。
記憶送還器起動。アイデンティティバックアップ開始。
第三級制限解除、承認。
対象指定。前方の少女。視覚依存で対象決定、よし。
断末心理記録帯、描写開始。転写アーカイブ名【永遠の九月も半ばを過ぎて】
君たちの怨嗟は、その怨念は必ず僕が書き遺す。誰にも忘れられることがないように。
だから、力の限りを尽くして、思いの丈を叫んで逝くといい。
さようなら、救われなかった者達。
せめて、忘れないから。
丸越・梓
◎
世界は、運命は残酷で理不尽だ
然し悔悟し憎悪するは唯己自身のみ
護れなかった俺自身の未熟さを、無力さに怒り
けれど俯かず
彼女達の叫びも嘆きも全て受け止める
「ああ」
刃も銃も抜かない
この子達をもう傷付けたくない
「赦さなくていい」
一歩近付き
両腕を広げてみせる
彼女達の心を受け止める為に
赦さなくていい
お前たちは恨む権利がある
然しその力を世界に行使させてやれない俺を
護れなかった俺を赦さなくていい
この子達が
どれだけ怖い思いをしただろうかと想像するだけで酷く胸が痛い
その小さな身体を労る様にそっと背に触れ
願うは安息
「──おやすみ」
_
…叶うなら
全てが終わった後
散らばる骸達を
骸骨達を
埋葬してやりたい
●救済の方法
絶望、孤独、嘆きと苦しみ。
彼女達は負の感情しか持てなくなってしまった存在。救われたかった者達は殺意を口にしており、無念から成る怨念を言葉に変えていた。
「あなたをぜったいにゆるさない」
「わたしたちは何もしていないのに」
その声を耳にしながら、ルゥと梓はそれぞれに身構えた。梓は敢えて何か意味のある言葉を返さず、頷いてみせるだけに留める。
「……そうか」
世界は、運命は残酷で理不尽だ。
しかし梓にとって、悔悟して憎悪するは己に対してのみ。手が届かなかったとはいえど、護れなかった自身の未熟さや無力さに怒っているだけだ。
けれども梓は俯かず、彼女達の叫びや嘆きをすべて受け止める気概でいる。
対するルゥは表情を動かさず、淡々と少女達に告げた。
「悪いね。君たちを倒すのは決定事項だ」
生贄にされかけている少女らが救いを求めていることは解っている。だが、彼女達ひとりひとりの願いを聞き届けることも、叶えることも出来ない。
ルゥはそれが解っているからこそ余計な希望を与えたりはしなかった。寧ろ嘘や誤魔化しで取り繕うことの方が残酷だからだ。
そして、ルゥは力を巡らせていく。
――PDBCInt,接続。遺失礼装炉、限界加速。
残留している情報を確認していくルゥは、それを復元しはじめる。其処から響く言葉は淡々としているが着実な力となって紡がれていく。
――対呪フィルタをパージ。アラウンドフェイタルシールド、限定起動。
並行して魔術アーカイブを参照していき、それらを防護系メインにピックアップする。
――記憶送還器起動。アイデンティティバックアップ開始。
第三級の制限が解除された後、承認される。
「対象指定。前方の少女。視覚依存で対象決定、よし」
次々と進んでいくルゥの攻撃。
ルゥの言葉と声が響く最中、前に出た梓は少女達を引き付けていた。されど梓は刃も銃も抜かないままだった。
「ああ」
抱く思いは、この子達をもう傷付けたくないということ。
あなたをぜったいにゆるさない。
先程に掛けられた言葉は梓達に向けられているものではないのだろう。少女達をあのような存在にした吸血鬼への憎悪だ。しかし、梓はそれすら受け入れた。
「赦さなくていい」
一歩近付き、両腕を広げてみせる。少女達が応じなくても構わない。
彼女達の心を受け止める為に。
その意志を示してみせることが梓にとっての大切なことだ。決して赦さなくていい。彼女達には恨む権利があることを認める。
されど、その力を世界に行使させてやれない。
「護れなかった俺を赦さなくていい」
梓が少女に語りかける最中、ルゥがロスト・アンド・ファウンドの力を巡らせた。
断末心理記録帯、描写開始。
転写アーカイブ名は――。
「君たちの怨嗟は、その怨念は必ず僕が書き遺す」
誰にも忘れられることがないように。
嘆きも苦しみも、救いへの気持ちも記憶して、記録する。ゆえにルゥと梓の少女への向き合い方は似ているとも呼べた。
「だから、力の限りを尽くして、思いの丈を叫んで逝くといい」
「俺達は安息を願っている」
「…………!」
ルゥと梓が少女に語りかけると、絶句したような反応が返ってきた。おそらく驚きで何も言えないのだろう。だが、否定的な感情は見えなかった。
梓は思う。
この子達がどれだけ怖い思いをしただろうかと。それを想像しようとするだけで酷く胸が痛む。梓はちいさな身体を労るようにそっと背に触れ、言の葉を贈る。
「――おやすみ」
それによって少女達のオブリビオンたる根源が消されていく。
絶望と共に消滅していき、骸の海に還る少女の身体を埋葬することは出来ないかもしれない。散らばる骸骨達もこの空間と共に消滅するだろう。されど、これこそが今の梓が出来る葬送だ。
ルゥも少女達を見送り、裡から溢れ出す思いを声にした。
「さようなら、救われなかった者達」
救えなかった。何もかもが幸せな本当の救済など、此処にはないけれど。
――せめて、忘れないから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
橙樹・千織
◎
終わらせることが救い…
まるでこの先にいる神の思う壺ね
されど
あなた達をこのままにはしておけない
ふわり、周囲に浄化の風が吹き
破魔とオーラを纏う
そうね
あなた達は何もしていない
だから、せめて
何もしないまま
これ以上の穢れを追わぬままでいなさい
戦闘知識を活かし、彼女達の攻撃を見切り受け流す
受け流せなければ結界を張り回避
声が途切れたタイミングを見計らい
破魔の割合を強めにしたユベコを高速詠唱で発動
おやすみなさい
今度こそ、穏やかな眠りがあなた達に訪れますように
行動を縛った彼女達へ祈り、歌うは子守唄
さて…
少女達をおくった後は祭壇へ
…?
祭壇傍に佇む三人
彼らはどこか…
自由奔放な彼に似た何かを纏っている気がした
●祈りを歌へ
終わらせることが救い。
紋章を作り出す祭壇の前に据えられた生贄達にとって、本当の救済は訪れない。
「まるでこの先にいる神の思う壺ね」
千織は皮肉ばかりの世界の在り方を思い、肩を竦めた。
神とはいうが、本当にこの状況を望んでいるのだろうか。少しばかり想像をしてみたが、やはり此処でその答えは見つかりそうにない。
千織は顔を上げ、この場で嘆き続ける少女達を瞳に映した。されど、とそっと言葉にした千織は戦いの意思を強める。
「あなた達をこのままにはしておけない」
千織が思いを告げると、周囲にふわりと浄化の風が吹きはじめた。
少女達の忌々しげな視線を感じ取った千織はそのまま、己の身に破魔とオーラの力を纏わせていく。
「今ものうのうと生きているあなたをぜったいにゆるさない」
「わたしたち、何もしてないんだよ。何もできないんだよ?」
少女は口々に様々な思いを投げかけてきた。それらは千織自身に向けられているものではなく、世界そのものやこの事件の原因である者への意思なのだろう。
「そうね、あなた達は何もしていない」
そのことを理解した千織は頷きを返し、得物を構えた。
本当の意味で彼女達を救うことは不可能だ。既に事は引き返せないところまで進んでおり、巻き戻すことは出来ない。
だから、せめて。
「何もしないまま、これ以上の穢れを負わぬままでいなさい」
千織ができることはただそれだけ。
誰も傷付けないように。これ以上、恨みの念や憎悪を増やさぬように。最初に感じた通り、終わらせることが唯一の救出方法だ。
千織はこれまでの戦闘知識を活かし、彼女達の攻撃を見切ろうと狙う。
躱しながら受け流し、もしそれが叶わないならば張り巡らせた結界で受け止めて、少女の殺意を回避していく千織。
巡る攻防の中、千織は少女の声が途切れたタイミングを見計らった。
次の瞬間、彼女は破魔の力を強く施したユーベルコードを発動していく。高速の詠唱から紡がれる柘榴霹の剣舞は戦場に鋭く舞った。
――内なるものを刺し留めるは柘榴の荊。汝を縛りて断ち切らん。
その宣言通り、救われたかった者達は千織の前に伏していった。その姿を見下ろしながら、千織は葬送の言葉を紡ぐ。
「おやすみなさい」
そうして、消滅していく少女を見送った千織は祈りを捧げていく。
自ら斬り伏せた相手に願えることは、ただひとつ。
「今度こそ、穏やかな眠りがあなた達に訪れますように」
次の標的に目を向けた千織は更に相手の行動を縛り付け、彼女達へ祈りを籠めた子守唄を歌っていった。
そして――。
周囲の少女達を葬送した千織は、その分だけ空いた空間に歩を進める。
祭壇に近付いた彼女は瞳を瞬いた。
「さて……?」
千織は祭壇の傍に佇んでいる三人を見つめ、不思議そうに首を傾げる。
どうしてだろうか。彼らはどこか、何故か知っている気がして――自由奔放な彼に似た、何かを纏っている気がした。
大成功
🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
わたしには、あなた達を生き返らせることは出来ません。
でも、あなた達をあなた達のまま、終わらせることは出来ます。
終わりは変えられなくて、差し出せるのは選択肢だけ。
あなた達を生贄にした誰かの思惑に従うか、それともその思惑に逆らって、自分のまま終わるか。
どんなに残酷でも、わたしが出来る事はこれくらいしか無くて。
わたしが何をしても、あなた達自身が救われたと思えないなら、きっとそれは救いじゃないから。
あなた達が何を選んでも、わたしがやるべき事は変わりませんけど……。
それでも、あなた達がもし自分を救いたいって思うなら、手を伸ばしたいんです。
だって女の子ですもの。
血より暴力より、ずっと花が似合うと思うから。
●花の手向け
目の前に佇むのは、死んでいながらも生きている少女。
或いは生きる意思を抱きながらも、既に死んでしまっている者と表現すべきか。何とも表し難い存在を前にして、シャルファは僅かに瞳を伏せた。
「また生きているひとが来たわ」
「ずるいわ。私達はもう生きられないのに」
少女達から浴びせかけられる言葉には憎悪の他に、シャルファ達への羨望が混じっているようだ。生きたいのに生きられない。紋章の生贄としていずれ取り込まれることが解っているからこそ、此方にあのような感情を向けてくるのだろう。
「わたしには、あなた達を生き返らせることは出来ません」
「そうよ、わかっているわ」
シャルファが静かに語ると少女のひとりが唇を噛み締めた。其処には言い表せぬ感情が宿っているが、シャルファは怯まずに言葉を続ける。
「でも、あなた達をあなた達のまま、終わらせることは出来ます」
「……どういう、こと?」
少女から訝しげな視線が向けられたが、シャルファは真っ直ぐに受け止めた。
これ以上、穢れてはいけない。誰かを傷付けることで命を汚してはならない。それゆえに今のまま終焉を与える。
シャルファには終わりは変えられず、差し出せるのは選択肢だけ。
「あなた達を生贄にした誰かの思惑に従うか、それともその思惑に逆らって、自分のまま終わるかです」
「…………」
シャルファの言葉を聞いた少女は押し黙った。
上手く答えが出せないのか、彼女はシャルファに向けて指先を突きつける。すると周囲に散らばっていた亡骸や骨が人形として組み替えられ、此方に迫ってきた。
傷付けられるわけにはいかないとして、シャルファは対抗する。
ウィルベルを掲げた彼女から淡い光の花が広がっていった。それは相手に痛みを与えずに巡る燈花の力。
それによって亡骸が地に伏し、花の光に包まれながら消えていく。葬送めいた光景が広がる中でシャルファは少女達に目を向けた。
「どんなに残酷でも、わたしが出来る事はこれくらいしか無くて」
きっと本当の救いは訪れない。
悲しい思いが胸を衝いたが何もしないわけにはいかなかった。先程の宣言通りに、終わらせることこそが今できる最善のことだ。
「わたしが何をしても、あなた達自身が救われたと思えないなら、きっとそれは救いじゃないから――」
「……ふふ」
思いを声にすると少女のひとりが微笑んだ。少し不思議に感じたが、シャルファは伝えたい思いを言葉にしていった。
「あなた達が何を選んでも、わたしがやるべき事は変わりませんけど……。それでも、あなた達がもし自分を救いたいって思うなら、手を伸ばしたいんです」
その間にも燈花の灯火は戦場に巡っていく。
戦う力が静かに奪われていると知った少女は、そっと花に手を伸ばした。
「お花、きれいね」
そういって、救われたかった者はその場に膝をつく。オブリビオンとしての存在が消えていくのだと感じながらシャルファは少女の終わりを見送った。
真実の救いは与えられずとも、きっとこれで良かったはず。
「だって女の子ですもの」
少しでも、僅かでも最期に喜んでくれたのなら良かった。
少女達には血より暴力よりもずっと、綺麗な花が似合うと思うから――。
大成功
🔵🔵🔵
ジャック・スペード
◎
露わにされる怒りと敵意は
彼女たちひとりひとりに「こころ」があるという
何よりの証左だろう
紋章に取り込まれた所為で
其れが混ざり合って仕舞うのは気の毒だ
彼女たちの生の記憶を
今度こそ此処で、終わらせよう
涙淵を焔を纏う花へと転じさせ
彼女たちや人形の頭上へと降らせよう
――救えなくて済まなかったな
痛い想いは、これで最後だ
総て忘れてもう眠ると良い
祭壇は容を取り戻した涙淵で切りつけようかと思ったが
何か居るような、そんな気配がある
神に作り給われぬ此の身だ
余り信心深くは無いし
ヒトの世の方が大切だが
悪いな、と一言添えておこう
彼らにとって此の祭壇が何を意味するのか分からないが
壊すこと自体は、余り好い行為じゃ無いからな
●花に葬る
――こころ。
それは形のない不確かなものでありながらも、個が確かに存在している証。
凄惨な光景の中で少女達は嘆き、憤り、絶望を抱いている。ジャックは彼女達を見つめながら、露わにされている怒りと敵意を受け止めていた。
ジャックは不快感や反発心などは覚えない。何故なら、彼女たちひとりひとりに『こころ』があるという何よりの証左だと感じていたからだ。
「そうか、苦しいんだな」
紋章に取り込まれたもの、取り込まれかけているもの。奥に聳える祭壇の所為で混ざり合って仕舞うのは気の毒に思えた。
死ぬよりも苦しい出来事というものは存在する。
それゆえにジャックは心を決めていた。
彼女たちの生の記憶を、今度こそ――此処で、終わらせようと。
ジャックは金色柄の刃を握り、それを焔を纏う花へと転じさせていく。涙淵から巡っていく花の色は悍ましい景色を穏やかに彩る。
対する少女達は亡骸を操り、自らの人形としてジャックに向かわせていった。
此処にいる者達は誰もが被害者だ。
何もしなかったのに、と訴えかけ続ける少女達を出来る限り苦しませずに送りたい。ジャックは決して彼女らから視線を逸らさず、花を迸らせ続けた。
花弁は彼女達や人形の頭上へ降らされ、葬送の合図となっていく。
「――救えなくて済まなかったな」
これまで心も身体も痛めつけられたのだろう。少女達は自分以外のすべて――世界そのものを恨むことしか出来なくなった。
それを理解したジャックは敢えてその言葉を告げることを選んだ。
「痛い想いは、これで最後だ」
総て忘れて、全てを終わらせて、もう眠ると良い。
ジャックは己の思いと願いを伝えると同時に更なる花を巻き起こした。少女達が操った亡骸が最初に崩れ落ち、花に埋もれていく。
「きれい……」
その光景を見ていた少女のひとりがちいさく呟いた。
次の瞬間、焔を纏った花が彼女にも齎される。さして抵抗もなく、花に手を伸ばした少女もまた、ジャックの力によって葬られていった。
多くの言葉を交わすことは出来なかった。それでも花を手向けたいと願ったことは伝わったはずだ。
少女が倒れて道がひらいたことにより、件の祭壇が見えた。
ジャックは容を取り戻した涙淵を祭壇に差し向ける。一度はこのまま切りつけて破壊しようかと思ったのだが、ジャックはふと立ち止まった。
赤に青、白。
揺らめく影を見た彼は、その気配が『誰か』の為に此処にいるものだと感じ取る。
「神に作り給われぬ此の身だ。余り信心深くは無いし、ヒトの世の方が大切だが――」
悪いな、と添えたジャックは影達を擦り抜け、祭壇へと歩を進めた。彼らにとって此の祭壇が何を意味するのか分からないが、ひとまずは破壊を求められているようだ。
影達は何も語らなかったが、そのように受け取ったジャックは刃を振り上げた。
「壊すこと自体は、余り好い行為じゃ無いが……」
この祭壇だけは別だ。
そして、ジャックは破壊のための一撃目を振るう。紋章というものをこれ以上、此処で作らせぬ為に。振り下ろした刃は次に進むための一閃となった。
大成功
🔵🔵🔵
天音・亮
◎
蝉時雨の代わりに鼓膜震わせた声
悔しいと叫ぶ少女の声にそうだよねと
何もしていないのにと嘆く少女の声にうんと小さく溢す
心に針が刺すような痛み
私はきっと本当の意味で彼女達の心を解ってあげる事は出来ないんだろう
けど、
倒すことでしか救うことが出来ないなんて
ヒーローの名折れだよね
まだ卵だけど、なんて冗談めかしたところで
きっと私の心は変わらないんだ
その叫びを聞き流さない
その怒りを見ないフリなんてしない
どう言い訳したって心が助けたいと叫ぶから
ヒーローで在りたいと思うから
きみの「いってらっしゃい」に背を押され
駆けるんだ
蹴撃がその小さな体を捉える度
生まれる痛みと悔しさごと引き受けて
私は私として、ヒーローになる
●叫びと救い
血の匂いは濃く、辺りは悍ましい光景となっている。
先程までの蝉時雨の代わりに亮の鼓膜を震わせた声は悲痛なものだ。世界そのものを嘆き、恨む言葉と思いは痛々しいほどに伝わってきた。
「そうだよね」
何もしていないのに。何も出来ないまま死を待つだけの運命を与えられた。
悔しいと叫ぶ少女の声に頷いてみせた亮は胸元を押さえる。その間も少女達の嘆きは響き続けていた。
そのひとつずつを聞き逃さないよう、うん、と溢した亮は唇を噛み締める。
この場に残されたのは被害者と呼べる存在ばかり。散らばっている骨の残骸や、絨毯に染み込んだ血の痕を見るだけで、心に針が刺すような痛みが走った。
紋章に取り込まれ、最期にはあのようになると運命付けられている少女達が、希望を持つことなど赦されていない。
「私は……」
きっと、本当の意味で彼女達の心を解ってあげることは出来ない。
亮は今も痛む胸から手を離してから静かに身構えた。間に合わなかった。助からなかった。そのことを嘆いて立ち止まってしまうことは簡単だ。
しかし、亮はそうすることを選ばない。
倒すことでしか救うことが出来ないなんてヒーローの名折れだとも思った。
まだ卵だけど、と呟いて冗談めかしてみたところで言い訳にも理由にもならない。それに、と亮は己の中に生まれた思いを言葉にした。
「きっと私の心は変わらないんだ」
その叫びを聞き流さない。
その怒りを見ないフリなどせずに、真正面から相対したい。
本当の救いがどんなものかなんて少女達の心次第だとも分かっているけれど、どんな言い訳をしたって――この心が助けたいと叫ぶから。
ヒーローで在りたい。
そう思うから、亮は駆け出した。踏切の向こう側から確かに聞こえた、きみの『いってらっしゃい』が背を押してくれたから。
唯、駆ける。
亮が刻んでいくのは世界への足跡。
少女達がこの世を恨み続けなくていいように。悲しみと苦しみしか巡らないこの場所から解放することが、今の亮の役目であり、行いたいこと。
駆けて、掛けて、何処までも進む。
電子武装ブーツで以て少女達を穿つ亮は、無念からなる怨念を受け止めた。身体が軋むような感覚が走ったがそんなことには構いなどしない。
己の蹴撃が、そのちいさな体を捉える度に覚悟と決意が巡っていく。
生まれる痛み。死にゆく苦しみ。絶望と憎悪。
そういった悔しさごと自分が引き受けて往くのだとして、亮は立ち回った。
身を貫いた痛みが教えてくれる。
かの少女達が紡ぐ、絶望の叫びの裏に隠されているのは――。
『たすけて』
『すくって』
求められているのはそういった切実な思いに違いない。亮は意を決し、少女達に終わりを与えに向かった。
蹴撃は鋭く、必要以上に苦しませぬように少女達の急所を穿つ。
たとえこの先、目を背けたくなるようなことがあったとしても揺るがない。少女達が倒れて消滅していく様を見つめながら、亮は思いを言の葉にした。
「――私は私として、ヒーローになる」
大成功
🔵🔵🔵
氷守・紗雪
🐾
◎
自棄になり投げ出していい命はひとつもないのです
どうかその御心をユキたちにも教えてください
理不尽な出来事により削られる命
でもそれを盾にして力を揮うことはダメなのです
まだ皆さまの御魂すべてが穢されてはいません
未来を望めないかもしれない
でも、それでも
その御魂を皆さま自身で穢さないでください
儚くとも美しい
ひとの、生きるものの輝きです
終夜さま
どうか皆さまをお願いします
ユキも御守りしたい
だからいまできることをやってみせます!
祭壇まで行けば感じる気配
だれ?と思わず問うて
この祭壇に縛られているのでしょうか
ごめんなさい
あの方々の御魂を守るため
ユキはいまから壊します
六華珠を構え氷結の華が咲き
一閃を祭壇に撃つ
空・終夜
🐾
いいのか…
悔しさと恐れぬ事を一重にして
何もしていない悔しさで他者を傷つけて
その手を罪に濡らしてしまえば
お前達は死を受け入れ、本当にその魂を穢す事になる
いいのか
どこぞとも知れぬ奴らの儀式に
お前達を消させて
衝動に身を委ねるな
…消えゆく運命だとしても
俺は、お前達が衝動に委ねて
その魂を穢す事を赦さない
掌を裂く
鮮血が紅き聖剣を顕現する
赦すな
消えゆく事
許すな
それがお前達を救う糧となる
醒めろ
彼の魂を清める剣で救済を与えん
――ここは任せろ
往け、紗雪
アレを壊してこい
何があっても
俺が紗雪もこいつらも護る
祭壇に感じる気配に一時視線を向ける
…何かを言わんとしているのか?それとも…
悪いな…この先に往かせてもらう…
●穢れからの解放
何も怖くなんてない。
どうせ死ぬだけならば、いっそ――。
救われたかった少女達の声は絶望に満ちていた。紗雪と終夜は彼女達の言葉を聞き、胸が締め付けられるような思いを抱く。
「いいのか……それで……」
「自棄になり投げ出していい命はひとつもないのです」
二人は少女達にそれぞれの思いを投げかけた。だが、救われなかった者達は憎悪の混じった視線を向け、敵意を巡らせている。
「どうかその御心をユキたちにも教えてください」
「教えたってわからないわ」
「わかったふりをされるのも嫌だもの」
紗雪が紡いだ願いに対して、少女達は口々に答えた。死を迎え、紋章に取り込まれる運命を辿るしかない者達にとっては普通に生きている者が妬ましいのだろう。
終夜はもう一度、いいのか、と問う。
「悔しさと恐れぬ事を一重にして……何もしていない悔しさで、他者を傷つけて……」
もし自暴自棄になったままで、その手を罪に濡らしてしまえば二度と後戻りは出来なくなる。死を受け入れた後も、本当にその魂を穢すことになってしまう。
「……望むところよ」
「どこぞとも知れぬ奴らの儀式に、お前達を消させて本当にいいのか」
「いいも悪いも、選べないもの!」
終夜の呼び掛けに対して少女達は叫ぶ。何もしてくれないくせに。何も出来ないのに、と恨み言めいたことを呟く相手からは殺意が滲み出ていた。
そして、その生命はじわじわと削られているように感じられる。おそらく紋章を作る祭壇によって命が奪われているのだろう。
彼女達をあのままにはしておけない。倒さずともいずれ取り込まれる運命ならば、後顧の憂いを生まないためにも此処で終わらせる必要がある。
理不尽な出来事により削られる命を嘆くことは致し方ない。だが――。
「その苦しい思いを盾にして、力を揮うことはダメなのです。まだ皆さまの御魂すべてが穢されているわけではありません」
紗雪は懸命に、思いの丈を語りかけ続けた。
彼女達は確かに未来を望めない存在なのかもしれない。でも、それでも。
「その御魂を皆さま自身で穢さないでください」
儚くとも美しい。
ひとの、生きるものの輝きがまだ残っているはずだから。
「ああ……暗い衝動に身を委ねるな」
たとえ消えゆく運命だとしても、終夜は彼女達が衝動に身を委ねてしまうことが赦せなかった。誰かに穢されたからといって、自らを穢すなど悲しすぎるからだ。
終夜は掌を裂き、鮮血を滴らせた。
其処から紅き聖剣を顕現させた彼は少女達を鋭く見据える。
赦すな。消えゆくことを許すな。
それがお前達を救う糧となるのだと告げた終夜は一気に地を蹴った。あれ以上の穢れを彼女達が溜めないように、この手で終わらせると決めて。
――醒めろ。
「彼の魂を清める剣で救済を与えん」
終夜が振るっていう刃は少女達の肉体ではなく、オブリビオンたる魂だけを斬り裂いていく。魂に宿る罪、或いは負となるモノだけを穿てば彼女達はきっと救われる。それが望まれる救いではないと分かってたが、今はこうすることしか出来ない。
「終夜さま、どうか皆さまをお願いします」
紗雪は終夜に願いながら、自分も皆を御守りしたいのだと示す。
「――ここは任せろ」
「はい!」
「往け、紗雪。アレを壊してこい」
何があっても、紗雪も彼女達も護ってみせるから。
ただ倒すのではない、終夜のやり方ならば少女達もきっと浮かばれるはず。紗雪はそう信じて、今の自分ができることをやるのだと決めていた。
紗雪は駆け出し、少女達の合間を縫って祭壇の前まで進む。
そうすれば揺らめく影が紗雪の方に視線を向けて来た気がした。感じる気配にびくっと身体を震わせた紗雪は、だれ? と思わず問いかけた。
答えはない。
攻撃を行うこともなく、害意を向けてくるわけではない影達はぼんやりしていた。しかし、赤と青、白という色だけはよく分かる。
「この祭壇に縛られているのでしょうか。……ごめんなさい、通してください」
紗雪が断りを入れると影達は道を開けた。
言葉は紡がれなかったが、どうやら祭壇を壊すことを望んでいるようだ。見れば他の猟兵も祭壇を壊しに訪れている。
「あの方々の御魂を守るためユキはいまからこれを壊します」
紗雪が六華珠を構えれば、其処から氷結の華が咲き誇っていく。
意を決した紗雪は一閃を祭壇に撃ち込んだ。刹那、その中央に大きな罅が刻まれる。後一撃でも叩き込めば紋章の製造は止まるだろう。
少女達を葬送した終夜は、祭壇から感じる気配に視線を向けた。
三色の影は尚も揺らめいている。
「……何かを言わんとしているのか? それとも――」
「こわして、と聞こえた気がします」
「そうか。ならば……悪いな、この先に往かせてもらう……」
紗雪と終夜は壊れゆく祭壇を見つめ、更に奥の空間に繋がる通路へ進む。此処からどんなことが起こるのか。
それは未だ、誰も知らない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
◎
なにもしていない――
そう、なにもしてないんだ
なにもできていないんだよ
ひとの嘆きにこたえることも
滅びを齎すことも
眼前のものを救うことも
『私』は司るものを果たせもしないで
ここで終わろうとしている
…赤毛も青目も…兄さんも
どうしてここに
みんな『私』のところへ還ってしまったのではないの
それとも迎えに来たの?
…遅いよ、
零すこえはどんないろも滲まない
赤毛は屈託なく笑い掛けてきて
青目はどこか仕方なく見守るように
のっぽは手を引いてくれようとするのだろう
それがどうしようもなく《過去》と成った姿だとしても
その手を取らずにこちらから手を差し伸べる
一緒に行ってくれる?『私』のもとへ
もしもなにも叶わずとも
これだけでいい
●さあ、かみさま
なにもしていない――。
救われたかった者達が声にした言葉は、祭壇の空間に響き渡っていた。
絶望、憤り、恨み、怨嗟。
不幸と理不尽に追い込まれた人間が抱く感情が満ちている。善良だったのに。何も悪いことはしていなかったのに。どうして、なぜ。
響き続ける少女達の声は悲痛な叫びとなって木霊している。それらを聞いたロキは、そうだよ、とちいさく頷いた。
「そう、なにもしてないんだ」
何かを成したから、或いは成さなかったから。
この世の事象は因果だけで巡っているわけではない。こうしたから、次はこのようになる、という連続性を保っていない事柄も存在しているのだ。
「なにもできていないんだよ」
届かぬと分かっていたが、ロキは少女達に向けて言の葉を向けた。もしかすれば、ロキはこの場にいる生贄の少女達だけではなく、すべての『救われなかった者』達に語っているのかもしれない。
ひとの嘆きにこたえることも。
滅びを齎すことも。そして、眼前のものを救うことも。
何もしていない。
何もできていない。
「『私』はね、司るものを果たせもしないでここで終わろうとしているんだ」
ロキはいま此処で起ころうとしている事実を確かめる。
猟兵達が何もしないままであれば、天使の姿をした神、即ち『私』は消えてしまう。終末を与えることも出来ず、人の祈りの涯てを果たすこともならず、滅びの紋章という概念そのものに変わり果ててしまうのだ。
ロキは周囲を見渡した。
此処に訪れた猟兵達は、救われなかった者達をそれぞれの方法で救っている。生贄にされる少女達は骸の海に還され、紋章の祭壇も破壊されかけていた。
ロキとて、この部屋の中央に進むまでに何人かの少女を葬送してきた。取り込まれるだけの運命を待つ者達である以上、此処で終わらせるしかなかったからだ。そのことへの葛藤や疑問は何もなかった。
だが、ロキが気になっているのは――。
「……赤毛も青目も……兄さんも……どうして、」
祭壇の前に佇んでいるのは、ロキにとってよく知っている者達だった、
何故、此処にいるのか。
「みんな『私』のところへ還ってしまったのではないの。それとも迎えに来たの?」
ロキは三つの影に問いかける。
しかし、彼女や彼だったものは何も語らない。もしくは語ることが出来ないようだ。ロキはかれらの前で立ち止まり、蜜彩の瞳を僅かに伏せた。
「……遅いよ」
零すこえにはどんないろも滲まず、ただの言葉として落とされる。
ロキの中に嘗てのかれらの在り方が浮かぶ。
赤毛は屈託なく笑い掛け、興味の湧くものに楽しげに触れる。
青目はどこか仕方なく見守るようにして、遍くものを見守る。
白ののっぽは優しく、手を引いてくれようとする。
ロキは知っている。それはどうしようもなく《過去》と成った姿であって、もう二度と叶わず、触れられもせず、見ることも出来ないものだ。
すると不意に何処かから、こえではないものが届きはじめた。
言葉ですらないものを感じ取れたのはロキだけ。感覚だけで理解したそれは、赤毛と青目、のっぽが共通して抱く意思だった。
それを敢えて言葉として綴るならば、このようなものだ。
違う。『私』が齎せる救済は此処にはない。
みんな、みんな、消えてしまう。光の救済は歪み果て、望まぬ終末に至るだけ。
狂った『私』にはまだ、僅かに残った『私』の一欠片がある。
思い出して。『私』が与えてくれたものを。
どんなひとにも差し伸べられる手を。ひとが救われる楽園を探し出す足を。ひとの言葉をよく聴ける耳を。聴いただれもが救われる声を。
それから、ひとの行く末を見届ける眼を。
たったひとときだけでもいい、還ろう。あの日のままの私達に、戻ろう。
ほんとうの救済を信じていた、在るべきの私達のかたちへ。
そうすれば、きっと――。
そうして、影達がほんの少しだけ動いた。
薄れて消えかけているのではっきりとは見えなかったが、ロキに向けて腕を差し伸べているような気配が感じられる。
されど、ロキはその手を取らなかった。その代わりに自分から手を差し伸べる。
「一緒に行ってくれる? 『私』のもとへ」
ロキが影達に問いかけた次の瞬間、三つの影がその手に触れた。それと同時に、赤と青、白の色彩がロキと同化するようにゆっくりと消えていく。
おそらく影達はロキを待っていた。
異端の神の領域がこの城の中に広がったことで、かれらは僅かながらも存在する力を取り戻したのだろう。そして、自分達が祭壇の前に向かうことで天使が完全に紋章に取り込まれることを阻止していた。
最後に残った『私』が現れるまで、一縷の希望に縋って。
三人と同化したロキにはその意思が伝わっていた。それならば何をすべきか。この先で祈りをうたっている破壊神と、どのように向き合うべきなのか。
答えは形に成りかけている。
「私達には、まだ足りていないものもあるけれど――」
往こう。
ロキは胸に手を当て、一歩を踏み出す。それと同時にロキは、巡らせた神血の力で以て邪魔な祭壇を打ち壊す。
崩れ落ちる祭壇を背にしたロキは城の最奥を目指して歩き出す。
紋章を作る力が巡らなくなったならば、あとは『私』と対面するだけ。
其処へ、天使の歌声が響き渡っていく。
――さあ 共に世界を救いましょう。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『破壊神』
|
POW : 光の救済
レベル×100km/hで飛翔しながら、自身の【光輝く三対六枚の翼】から【戦場全体に概念、事象、魂を灼く破壊の光線】を放つ。
SPD : あまねくすべてを救う破壊
自身が【うたを歌って 】いる間、レベルm半径内の対象全てに【対象が救いとするものが壊される絶望の幻覚】によるダメージか【精神だけに作用し堕落と多福感を与える救済】による治癒を与え続ける。
WIZ : 天使のうた
攻撃が命中した対象に【うつくしい歌声に呼び起こされる絶望と悲哀】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【救済を求めぬ限り続く狂気の付与と魂の破壊】による追加攻撃を与え続ける。
イラスト:縞祈花
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ロキ・バロックヒート」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●深淵
ひとならざるものの歌声が響いている。
この城に入ったときから幽かに聞こえていたこえは、はっきりと耳に届くほどの強い歌になっていた。だが、その歌声はもう言葉を成していない。
意味の分からない、ひとには理解できぬ滅びの歌として紡がれ続けている。
聞いているだけで魂が裂かれるようだ。
救済を謳う天使のこえは、終末を齎すために響き渡ってゆく。
紋章の祭壇を壊した猟兵達は、城の最奥に辿り着いた。
玉座めいた調度品が置かれた大広間の奥には真白な存在が浮かんでいる。純白の髪に光り輝く三対六枚の翼、頭に光輪を携えた天使。
この存在こそが、破壊神とだけ呼ばれるようになった神の成れの果てだ。
かの神から性別は感じられず、彼でも彼女でもないと表すのが正しい。その手足には鎖が繋がっている枷が嵌められている。
不思議なことに鎖の先は何処に繋がっているのか見えない。おそらくは何かの封印か、破壊神の力を抑える何かなのだろう。或いは何かの導なのか。
天使の姿をした神は、猟兵達が訪れたというのに何も反応を見せない。
ただひとならざるこえを紡ぎ、救済を齎そうとしていた。その蜜彩の瞳も虚空を映しているだけで天使は誰の姿も見ていない。
どうやら天使が纏う光は少しずつ強くなっているようだ。
現在、紋章の祭壇を壊したことで滅びの紋章が造られることはなくなった。だが、天使の力を吸い取っていた祭壇がなくなった結果、封印の力が弱まっているらしい。
このまま天使を放っておけば先ず城が光に灼かれる。
そして近くの村が、街が、人々が――天使の力を受け、救済という名の滅びを迎えることになるのは想像に難くない。
猟兵として此処に訪れた以上、滅びは阻止しなければならない。
元は創造と再生を司る神だったものは、人々の祈りと同時に恨みや嘆きの呪いを受け続けたことで静かに狂っていったという。
今は滅びこそが人々の願いだとして、光の救済を世界に与えて救おうとしている。
されど、それは真の救いなどではない。天使のうたはあまねくすべてを巻き込む破壊の力になっていくだけ。
今こそ、破壊神の狂気と暴走を止めるときだ。
救済を願い、祈る純白の神は今も歌い続けている。此処から巡りゆく決着と神の行く末は――この場に訪れた者達の手に委ねられた。
レザリア・アドニス
それは救済って、誰が決めるんですか
――ああ、なるほど
それはほかの誰へのものでもなく、あなた自分自身への救済なのか
ですが
あなたが人々に与えた、救済という名の破壊のように
こちらも好き勝手に、終焉という名の救済を与えるわ
高速の飛翔の対策に、一面に鈴蘭の花嵐を起こす
【全力魔法】と【呪詛】で強化
咲いて、舞って、そして削って
かの狂った『神』を、在るべき所へと送ってあげて
【呪詛耐性】と【狂気耐性】で歌に抗う
死霊ちゃんにも頼んで、魂と正気を守る
絶望?悲哀?そんなものはとっくに知っている
私の『救済』は既に胸の中(ここ)にいるから
この魂は既に染まって戻れなくなったから
壊せるものなら、そうしてみよ
アルトリウス・セレスタイト
神と呼ばれるものにはいつも言うのだが
俺は不信心でな。尊重はしてやれんぞ
戦況は『天光』で逐一把握
攻撃には煌皇にて
纏う十一の原理を無限に廻し阻み逸らし捻じ伏せる
要らぬ余波は『無現』にて否定し消去
全行程必要魔力は『超克』で“世界の外”から常時供給
破界で掃討
対象は戦域のオブリビオン及びその全行動
それ以外は「障害」故に無視され影響皆無
高速詠唱を『刻真』『再帰』にて無限に加速・循環
瞬刻で天を覆う数の魔弾を生成、周囲全方向へ斉射
更に射出の瞬間を無限循環し殲滅まで一切止まらず継続
戦域を魔弾の軌跡で埋め尽くす
変わり果てたのならば静かに眠るが良い
※アドリブ歓迎
●終焉の始まり
天使が響かせていくのは、救済のうた。
強大な力を持つ破壊神となったものの前に訪れたレザリアは、天使が広げている白翼を振り仰いだ。かの天使は歌を紡ぎ続け、世界に光を齎そうとしているらしい。
世界を灼く光は救いのためのものだという。
「それは救済って、誰が決めるんですか」
レザリアは天使の姿をしたものに言葉を向けた。疑問が半分、反論めいた気持ちが半分入り交じった問いかけを聞いても、天使は何も答えない。
その近くにはアルトリウスが佇んでいる。
異端と云えど、目の前の白い天使もまた神のひとつだ。
「神と呼ばれるものにはいつも言うのだが、俺は不信心でな。尊重はしてやれんぞ」
アルトリウスは神など信じていない。
それゆえに異端の神である天使を敬う気持ちはなく、これから巡る戦いに手心を加える心算もなかった。
私も、と小さく付け加えたレザリアはアルトリウスと共に身構える。
「ああ、なるほど」
そして、或ることについて納得した。
天使は何も語らないが、レザリアはその心や思いを想像してみる。救いとして歌われるのはほかの誰へのものでもなく――。
「それは、あなた自分自身への救済なのですか?」
対する異端の神は歌い続けるだけ。
その間にアルトリウスは戦況を逐一把握していくため、天光の力を広げた。
一瞬後、戦いは本格的に始まるだろう。煌皇による攻撃を行うことを決めたアルトリウスは十一の原理を纏い、無限に廻してゆく手筈を整える。
相手からどのような力が襲ってきたとしても、阻んで逸らし捻じ伏せるのみ。
「……来い」
アルトリウスが敵を見据えると、其処に天使のうたが響き渡った。うつくしい歌声に呼び起こされた絶望と悲哀の概念が此方に向かってきたが、要らぬ余波は無現によって否定していけばいい。消去する度に新たな力が歌から齎されたが、アルトリウスは己の意志が揺るがぬ限り戦い続ける心算だ。
即ち、彼の攻撃に終わりはないということ。
それに合わせてレザリアが一気にユーベルコードを迸らせた。
「救いが必要な人もいる。ですが、あなたが人々に与えた救済という名の破壊のように……こちらも好き勝手に、終焉という名の救済を与えるわ」
天使は歌いながらも高速で飛翔している。その対策として、レザリアは一面に鈴蘭の花嵐を巻き起こしていった。
全力を込めた魔法力に呪詛を乗せ、己の力を強化したレザリアは真っ直ぐに天使を見つめている。彼女は決して目を逸らさない。
咲いて、舞って。そして、削って――。
かの狂った『神』を、在るべき所へと送ってあげて。
破壊と同時に天使の救済を願うレザリアは眸を鋭く細める。告げた言葉は強くとも天使が無慈悲に倒れることを望んでいるのではない。
レザリアが悲哀の感情に負けまいと耐えている中、死霊がその傍に寄り添う。
アルトリウスは自分への影響を破界の力で消し去りながら、共に戦っている仲間達にも目を向けた。
天使の力は絶望を呼び起こしていくほどのものだが、アルトリウスは此処に訪れたときと全く同じ心持ちで挑んでいる。
破界の影響対象は戦域のオブリビオン及び、その全行動。
他者への悲哀と絶望も防いでみせるとして、アルトリウスは障害となるものを振り払い、消去しようと狙っていった。
直接的に、或いは間接的にも仲間が此方を守ってくれている。
そう気付いたレザリアも自ら抵抗していく。呪詛にも狂気にも屈しないと誓ったレザリアは、懸命に天使の歌に抗った。
「死霊ちゃん……」
先程からずっと大切な子が一緒にいてくれている。死霊にも魂と正気を守って欲しいと願ったレザリアは、緑の双眸を天使に差し向けた。
「絶望? 悲哀? そんなものはとっくに知っている。それに――私の『救済』は既に胸の中にいるから」
ここ、と語ってレザリアが触れたのは胸の中心。
心が此処にある。この魂は既に染まって戻れなくなったから。それでも、ただ絶望だけが残ったわけではない。
アルトリウスはレザリアの言葉を聞きながら、高速の詠唱を紡いでいった。
刻真と再帰の力を集わせた彼は、詠唱を無限に加速させて循環していく円環を創る。そして、瞬刻で天を覆う数の魔弾を生成した。
それらをひといきに周囲全方向へ斉射したアルトリウスは天使を穿っていく。
レザリアが巡らせた鈴蘭の嵐を援護するようにして、更に射出の瞬間を循環させていったアルトリウスもまた、戦いへの思いを強く抱いていた。
此処から戦いは更に続くだろう。殲滅まで一切止まらずに、此の力を継続させるのがアルトリウスの役目であり戦う方法だ。
戦域を魔弾の軌跡で埋め尽くしていく彼は、天使に向けて言い放つ。
「変わり果てたのならば静かに眠るが良い」
「壊せるものなら、そうしてみよ」
レザリアも続けて言葉を紡ぎ、宙を舞う天使を見上げた。
救済とは。
その答えが見つかるか否かは未だ判らないが、此の戦いの決着は必ず訪れる。
それまで自分達は戦い続けるだけ。レザリアとアルトリウスは全力かつ真剣に、それぞれの力と能力を巡らせてゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
朧・ユェー
【月光】◎
うた…とても切ない
彼女?いや天使の様な神は
誰よりも心が綺麗なのだろう
だからこそ、人々の願いを一身に受け
そしてその願いが悪…
いや、この人にとっては悪では無い
本当にそれが救いだと思っているのだから
でもそれは間違っている
哀しみを増やすだけ
嘘喰
嘘の君、嘘の願い、それだけを喰べてしまいましょう
本当の神様になれるように
僕の願い…
小さなこの子が幸せに
大きく育つ事
それを父親として傍で見守れるのなら
そんな小さな、本当の願いも
あなたの心にも届いているはず
破壊すれば願えない
小さな子の願いを
伸ばす手をゆっくり繋いで
ルーシー・ブルーベル
【月光】◎
うたと共に蘇る
定められた青の末期
昔は嫌でなかったのに今は絶望を帯びる理由
解っている
大切ひとが出来て
何時かさよならするのが哀しい
…ねえ神様
ルーシーの、わたしの祈りを聞いて下さる?
わたしの祈りは
神さまが本当に掬いたいひとを救えます様に
本当に手を繋ぎたいひとに会えます様に
咲いて二色芥子
パパは何が見えたのだろう
手に触れて
心を魂を、お守りしよう
うたが少しでも和らぐように破魔乗せて焼き祓いましょう
パパが笑って幸せでいてほしいとか
お辛い時は助けたいとか傍にずっと居たいとか
願いは他もあるけど
これはわたし自身が成したいこと
神さまへ祈る必要は無いの
だから神さま
ご自身の願いを見つけて
あなたの救済を祈るわ
●願いは此処に、祈りは彼方へ
絶望と悲哀。
うたと共に蘇るのは、定められた青の末期。
ルーシーの裡に巡っているのは強い感情だ。昔は嫌ではなかった最期への思いが、今はこんなにも絶望を帯びている。その理由はよく解っていた。
大切ひとが出来て、何時かさよならをすることが酷く哀しいから。
「……ねえ神様」
語りかけてみても、かの天使は歌をうたいあげていくばかり。ルーシー達のことなど目に入っていないかのようだ。
「ルーシーの、わたしの祈りを聞いて下さる?」
少女が問いかける中、天使のうたは更に深く響き渡る。
この声は届かないかもしれない。それでも構わないとして、ルーシーは心を強く持つ。
同時にユェーも天使のうたに耳を傾けていた。
「うた……とても切ない」
ユェーの心もまた、あの歌声に揺さぶられている。
彼女は――と一瞬考えたがあの天使に性別はないようにも思えた。いや、と首を振ったユェーは天使のような神を見つめる。
「きっと、誰よりも心が綺麗なのだろうね」
感じたままの思いを言葉にしたユェーはそっと肩を竦めた。
でも、だからこそ人々の願いを一身に受けてしまったのだろう。そして、その願いは次第に悪に傾いてしまったのか。
しかしユェーはふと考え直した。
「違うな。この人にとっては悪では無いんだ」
本当にそれが救いだと思っているのだから、善も悪も関係がない。ユェーは天使のうたが齎す悲哀に耐えながら、ルーシーに寄り添う。
「でもそれは間違っている」
天使のやっていることを否定したユェーは、その行為は哀しみを増やすだけだと宣言して、己の力を顕現させた。
――嘘喰。
「嘘の君、嘘の願い、それだけを喰べてしまいましょう」
本当の神様になれるように。
ルーシーもユェーに近付き、天使をまっすぐに見つめた。
「わたしの祈りは――」
両手を重ねたルーシーは願いを言葉にしていく。
ひとつめは、神さまが本当に掬いたいひとを救えますように。
ふたつめは、本当に手を繋ぎたいひとに会えますように、ということ。
「咲いて二色芥子」
ユェーには何が見えたのだろうかと考えたルーシーはその手に触れた。ずっと変わらないのは、その心と魂をお守りしようと思う心。
天使のうたが少しでも和らぐように、ルーシーは怪火に破魔の力を乗せて、歌の効力を焼き祓おうと狙った。
ユェーも内なるモノと偽りのモノに紋を与え、死へと導いていく。
無数の喰華を喰らいつかせながら、彼はルーシーに目を向けた。
「僕の願い……」
小さなこの子が幸せに大きく育つこと。
それを父親として傍で見守れるのなら、それ以上に願うことはない。天使の戦いが巡っていく中でふたりは強い思いを持ち続けた。
「パパが笑って幸せでいてほしいとか、お辛い時は助けたいとか傍にずっと居たいとか、願いは他もあるけど」
ルーシーは自分達を強化する花菱草色と、魔を祓う蒼芥子色の炎を巡らせながら、決意にも似た思いを声にする。
「これはわたし自身が成したいこと。神さまへ祈る必要は無いの」
だから神さま。
ルーシーはそうっと天使に呼びかけていった。
同じくして、ユェーも破壊神となったものに自分が抱く思いを伝えてゆく。
「そんな小さな、本当の願いもあなたの心にも届いているはず」
破壊すれば願えない。
ユェーは隣にいる小さな子の願いを感じながら、伸ばす手をゆっくりと繋いだ。
「ご自身の願いを見つけて」
握られた手のぬくもりを感じながら、ルーシーは再び祈りを捧げる。
そして、少女は心からの思いを紡ぐ。
――あなたの救済を祈るわ、と。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アウレリア・ウィスタリア
滅びは救済ではありません
ボクが望む救済とは「願いを叶えること」
【深淵から響く魂の歌】を奏でて
天使の歌を相殺しましょう
ボクの、私の願いは生きること
生きて本当の家族と出会うこと
だから今の私
私の魂から溢れ出る歌は『生きる希望』の歌
アナタとは真逆の歌です
生きれば苦しいことも悔やむことも
絶望することもある
絶望を経験した私だから
そこから立ち上がれることも知っている
絶望に染まって絶望を振り撒く存在には負けられない
私は私の魂の歌に持てる力のすべてを注ぐ
狂った救済の歌はこれ以上響かせない
純白の天使、
白黒の悪魔と蔑まれた私がアナタを止めよう
絶望も悲哀もすべて飲み込んだ私が
そこから立ち上がった私が……!
アドリブ歓迎
●魂の歌声
「滅びは救済ではありません」
天使の姿をした破壊神を前にして、アウレリアは凛と言い放つ。
あの神はそれこそが救いだと信じて世界を滅ぼそうとしているという。されどアウレリアをはじめとした者達は、そんな未来など求めていない。
「ボクが望む救済とは『願いを叶えること』だから」
死の世界では願いも望みも叶わない。
生きてこそ。懸命に生き続けることで、アウレリアの願いは叶えられる。
世界の破壊など齎させないと決め、彼女は天使のうたに対抗する歌声を響かせていく。
――深淵から響く魂の歌。
「記憶に無く魂に刻まれたボクの歌。響け、深淵から産まれる私の言霊」
自らの声で奏でていくのは魂から湧き上がる歌。
城中に響き渡る天使の歌を相殺するようにして、アウレリアの歌声が広がる。ふたつの歌とうたが衝突するかのように城を満たした。
その中でアウレリアは、自分が抱いている思いを強く念じる。
ボクの、私の願いは生きること。
生きて本当の家族と出会うこと。
世界中の誰もが死を迎えたならば、何処かにあるかもしれない天国――或いは骸の海で出会えるのかもしれない。しかし、そんな不確かな賭けはしたくなかった。
「だから今の私は……生き続けたいと願っています」
己の魂から溢れ出る歌は『生きる希望』の証。
天使の歌は、『死と絶望』をうたいあげるもの。
「アナタとは真逆の歌です」
どちらが勝つかはまだわからない。天使がうたい続けるならば、アウレリアとて声が枯れるまで響かせていくだけだ。
たとえ声が出なくなったとしても、この生命が続く限りはずっと――。
アウレリアは知っている。
生きていれば、苦しいことも悔やむことも絶望することだって必ずある。
そのことに耐えられない人もいるだろう。死んでしまった方がましだったと悔やむ人がいないとは言い切れない。
それでも、苦しみは罰ではない。幸福があれば痛みもある。
光が射すから影ができて、其処から闇が溢れ出すこともあるかもしれない。
だが、一度は絶望を経験したアウレリアだからこそ解ることがあった。たとえ深い闇の底に落ちてしまったとしても、蹲って下を向いてしまっても、人はそこから立ち上がれることを知っている。
「私は、絶望に染まって絶望を振り撒く存在には負けられない」
――私は私の魂の歌に持てる力のすべてを注ぐ。
アウレリアの裡に強い感情が生まれていく。歌を紡ぐ度に、その思いが深く巡っていくような気がした。
「狂った救済の歌はこれ以上、響かせない」
たとえどんな絶望と悲哀が呼び起こされようとも、狂気が齎されたとしても魂までは決して破壊されない。
アウレリアは心からの声と思いを破壊神に向けていく。
「純白の天使、白黒の悪魔と蔑まれた私がアナタを止めよう」
絶望も悲哀も、すべて飲み込んで。
生き続けると誓い、そこから立ち上がった私がすべてを――!
歌とうたが廻り、衝突しあいながら響き渡った。
翼持つ者達が紡いでいく聲は高らかに、生と死を謳い上げていく。
成功
🔵🔵🔴
佐々・夕辺
直感した
目の前の存在はロキと似ていた
けれど
ロキ「に」似ているのではなく
ロキ「が」似ているのだと
この子を倒したら、彼はどうなるの?
一緒に滅びてしまうの?
其れとも、自ら望んで滅びへ向かうの?
――そんな事
「許さない」
「私は育てて貰った恩を忘れてないのよ」
「貴方が何処にいるか知らないけど」
「……この子を倒したくらいで貴方も死んだら、許さないんだから!」
光線を宙を蹴ってでも避けながら
今こそ虎の子を出す時よ
飛翔する破壊神に管狐を一斉発射
持っている弾は全て使うわ
クダは砕けてしまうけど、破壊力は比ではない
私は、そう
過去を倒して、
「ロキお兄ちゃんも一緒に――お兄ちゃんの手を引っ張ってでも、未来へ行くのよ!」
●未来を望む光
破壊神の姿を間近で見た時、夕辺は直感した。
知っている。
そして、とても似ている。目の前の存在は自分がよく知る神と同じだ。纏う雰囲気も、その顔立ちも、声の質も。何もかもが彼そのものだった。
「……ロキ」
しかし、夕辺の直感は或ることを告げている。
あの天使がロキに似ているのではなく、ロキ『が』似ているのだと。
つまり、それが示すことは――あの破壊神が彼の大元の存在であるということ。それならば、もしあの天使をこの世から葬ったら何が起こるのだろうか。
(この子を倒したら、彼はどうなるの?)
夕辺は無意識に後退りしていた。
破壊神がいずれ世界に終わり齎す存在ならこの場で葬ってしまわなければならない。だが、そうなるとロキも一緒に巻き込まれてしまうかもしれない。
一緒に滅びてしまうの?
其れとも、自ら望んで滅びへ向かうの?
「――そんな事」
怒りにも似た、或いは否定のような感情が巡る。
一度は後ろに下がりかけた夕辺だったが、気付けば再び前に踏み出していた。
「許さない」
ロキや破壊神が滅びを望んだとしても、夕辺はそれを認める気はなかった。此処で消えるべきなのは悪しきものに成り果てた祈りと願いだけだ。
「私は育てて貰った恩を忘れてないのよ」
お兄ちゃん。
自然に言葉が零れ落ち、失くしたくないという思いが強くなっていく。ロキの気配は強く感じているが、並び立つよりも先に走っていきたかった。
「貴方が何処にいるか知らないけど」
私はこうして、此処に生きている。大切な人を見つけて、共に歩くことを決めた今だって貴方を大切に思う気持ちは変わっていないから。
夕辺は天使の姿をしかと見つめながら、あの静かな狂気を穿とうと決めた。
「……この子を倒したくらいで貴方も死んだら、許さないんだから!」
この声はきっと彼も聞いてくれているはず。
天使のうたが響き続ける最中、光り輝く三対六枚の翼から破壊の光が放たれる。概念も事象も、魂すら砕く光は容赦がない。
夕辺は少しも怯みなどしなかった。
宙を蹴って光を避けた夕辺はもう既に覚悟を決めている。
今こそ、虎の子を出す時。
「征きなさい! 貴方の総てを懸けて!」
解き放つのは自壊の一撃。管狐のクダを代償にしてでも成し遂げたいことがあった。
無論、その代償は夕辺にとって重いものだ。されど、それだけの価値と意味がこの瞬間に存在している。
世界の滅びを願う神の力に、破壊を。
夕辺は飛翔する破壊神に向けて管狐を一斉発射していった。
決して力を緩めたりはしない。持っている弾は全て使っていくだけだ。光に飛び込んだクダは砕けてしまうけれど、決意を込めた一撃ずつの破壊力は普段の比ではない。
「私は、そう……」
目の奥が熱くなったが、夕辺は瞬きの時間すら惜しいと感じていた。
天使を見つめ続ける夕辺は思いを強めていく。
いま此処で過去を倒して、現在を認めて、それから。
「ロキお兄ちゃんも一緒に――お兄ちゃんの手を引っ張ってでも、未来へ行くのよ!」
夕辺の思いを背負った管狐が宙を舞う。
未来を奪うものなど壊れてしまえ。あなたを歪めるものすべてから、解放するから。
そうすれば、きっと――。
大成功
🔵🔵🔵
紫・藍
藍ちゃんくんでっすよー!
ファンの皆様に助けてもらいながら光線をかわすのでっす!
素敵な歌なのでっす!
物騒?
言葉を成していない?
歌にはあるあるなのでっす!
そうでっしょう、皆様方!
であるなら喝采を!
天使さんに万雷の拍手とコールを!
これほどの歌を歌う方が、祈りや呪いしか受けとったことがないのはもったいないのです!
天使さん、天使さん。
リクエストにお応えするばかりでは足りないのではー?
藍ちゃんくんは歌うのでっす!
歌が好きだから歌うのでっす!
破壊神?
創造神?
いいえ、それ以上に!
天使さんはお歌が好きな天使さんなのでっす!
どれだけ狂っても、歌が好きな天使さんに。
好きが詰まったこの歌が、届かぬはずがないのでっす!
ルゥ・グレイス
昔、違う世界、違う倫理、同じ理念の存在を殺したんだ。
救い尽くすように滅亡を蒔く、無垢な姿に手をかけた。
だから、というわけではないけど。
君のその天使のうたを遺しておきたいと思ったんだよ。
防衛魔術を継続して発動したまま
誘導弾を指定の位置へ撃ち込んでいく。
精神崩壊率は倫理規定値寸前まで許容。
歌の内容を余すところなく記録していく。
一つの歌が終わったところで、
そして自分に限界が来たところで
UCを起動。
「素敵な歌をありがとう。そしてさようなら」
空から光をも灼く光が降り注いだ。
結果、どうなったのか。
光の終わりを見届ける前に事切れた今代の僕には知る由もない。
けれど、そのうただけは確かに終末図書館に記録した。
●歌を共に
「藍ちゃんくんでっすよー!」
今日も今日とて、元気で明るい声が響き渡る。
この場所に滅びの光が満ちていようとも、救済と破壊を謡う天使のうたが響いていようとも、藍の在り方は変わらない。
光の救済の力が巡りゆく中、藍はスピリチュアルなファンたちを呼び出した。彼らは目に見えずとも、ファンの力は藍の助けとなっていく。
「ファンの皆様、ありがとうなのでっす!」
彼らに助けてもらいながら藍は何とか光線を躱していった。
朗らかな調子の藍とは反して、静かに身構えているルゥは冷静に状況を判断している。
ふと思い返すのは過去のこと。
昔――あのとき、あの場所で。違う世界の違う倫理で、同じ理念の存在を殺した。救い尽くすように滅亡を蒔く、無垢な姿をしたものをルゥは手にかけた。
「やっぱり似てるね。だから、というわけではないけど。君のその天使のうたを遺しておきたいと思ったんだよ」
そのように語ったルゥ。そして、藍。
偶然にも近くで戦うことになった二人の姿勢や考え方はまったく違うものだが、或るひとつの思いは同じ。それは歌に関心があること。
その間も天使の姿をした破壊神の歌声が響き渡っていく。藍とルゥは天使からの攻撃が直撃しないように立ち回りながら、うたに耳を澄ませた。
「素敵な歌なのでっす!」
藍にとっては、破壊の歌も素晴らしいメロディに聞こえる。
物騒でも言葉を成していなくとも、そんなもの歌にはよくあること。それゆえに藍はとても好意的に天使のうたを聴いている。
「あるあるなのでっす! そうでっしょう、皆様方!」
藍はファンたちに呼び掛け、両手を掲げた。
そうであるなら、喝采を!
破壊の天使に万雷の拍手とコールを!
自ら拍手を何度か鳴らした藍は何処までも真っ直ぐな眼差しを向けた。
「綺麗な声なのでっす! これほどの歌を歌う方が、祈りや呪いしか受けとったことがないのはもったいないのです!」
歌い、語り、呼び続けながら藍は軽やかに立ち回っている。
ルゥは先程から巡らせている防衛魔術を継続しており、それをずっと発動したままで戦況を見据えていた。ルゥはただ守りに回るだけではなく、誘導弾を指定の位置へ撃ち込んでいくこともしかと行っている。
天使のうつくしい歌声は絶望と悲哀を呼び起こし、狂気を齎しながら魂を破壊するものだ。そんな恐ろしいものを前にしてもルゥは動じない。
精神崩壊率を計り、倫理規定値寸前まで許容。その代わりに歌の内容を余すところなく記録していくのがルゥの役目だ。
藍はルゥの狙いに気付いており、天使のうたを邪魔しないようにしていた。
しかし、藍にも考えがある。再び破壊神に声を掛けた藍はにっこりと笑い、めいっぱいのアピールと共に片手を振った。
「天使さん、天使さん! リクエストにお応えするばかりでは足りないのではー?」
『――♪』
対する破壊神は歌い続けているだけで返事はしない。
されどそれもまた天使なりの返答だと受け取り、藍は大きく息を吸った。
「藍ちゃんくんは歌うのでっす! 歌が好きだから歌うのでっす!」
破壊神か、創造神か。
いいえ、それ以上に! と宣言した藍は自分の思いを乗せ、言葉と歌を紡いでいく。
「天使さんはお歌が好きな天使さんなのでっす! どれだけ狂っても、歌が好きな天使さんに。好きが詰まったこの歌が、届かぬはずがないのでっす!」
だから歌う。
この声を張り上げて、この思いを響かせて。素敵な結末が訪れるまで、ずっと。
彼らの様子を見つめていたルゥは、ふと気付く。
天使が謳い上げていた歌がどうやら一巡したようだ。一度目の歌が終わったと悟り、自分にも限界が近いと察したルゥはユーベルコードを起動した。
天使が地球を降りる刻――ラブレター・フロム・アルジャーノン。
術式臨界点規定。公理神域補正完了。
夜を裂くは天の光。投身する天使の如き極光に身を委ねよ。
そして、星の理に撃鉄を落とせ。
魔術陣への通達を合図にして、予め仕掛けておいた電磁式誘導弾が天使を囲む。其処に青い光の柱を生み出したルゥはそっと告げた。
「素敵な歌をありがとう。そしてさようなら」
そうして――空から、光をも灼く光が降り注いでゆく。
まだ戦いは終わらない。だが、この結末がどうなるのかをルゥは確かめることはなかった。一撃を放ったことで限界を迎え、光の終わりを見届ける前に膝をついた今のルゥには知る由もないからだ。
けれども、そのうただけは確かに己の終末図書館に記録した。
目を閉じる時、ルゥは確かに見た。
「天使さんと藍ちゃんくんのデュエットでっすよー!」
『……♪』
尚も立ち続ける藍が天使と共に歌う、何処か崇高にも感じられる景色を――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
唐桃・リコ
◎
菊(f 29554)と一緒
死ぬのは怖くねえ
でも隣にいる、「オレの1番」が死ぬのは一番怖え
死の救済はオレにはいらねえ
オレは菊と生きる
菊が死ぬ1日先まで生きるって約束したんだ
「ああ、菊。行こう」
【Cry】で刺し貫く
菊に害なす者は殺す
菊を守るために得られる力なら何でも使ってやる
それでオレから何かが失われても構わねえ
それがオレのやりたい事だ!
オレに死で得られる救済は要らねえ
死ぬ瞬間まで、もがく方が似合ってる
悲しい在り方だな
鎖、枷外してやるから
誰かのために力使うんじゃなくて、
アンタも自分のために生きればいい
菊・菊
◎
リコ(f29570)と一緒
まあ、死んだら楽だろうな そう思ってた
繋いだ熱を知らなければ
この歌を、その姿を、うつくしいと思えないのは
隣にあるこの熱が、離してくれないから
俺たちに救済は必要ない
「リコ、行こ。」
腕を滑る刃が、血を啜る
リコの隣を駆けるのなら、置いていかれないように
ちょっと貸せ、寒菊
神に仇なす子らを焼くならば
互いを導としてその救いに牙を剥く
俺の救いは隣にあるから
リコが壊されるわけねーだろ
幻覚も幻聴も、互いの熱が霧を晴らす
リコの牙が届くまで
リコの足を阻むものを切り捨ててやる
自分を盾にしてでも良い
届ける
天使サマよ、あんたの施しは、もう充分
もう、いらねえから
もう、あんたが救われていい
●生への衝動
滅びこそが救い。即ち、死こそが救済。
眩い光を放ち、うたを紡ぎ続ける破壊神の思いは歪んでしまっている。
「……死ぬのは怖くねえよ」
天使のうたに耳を傾けながらリコは頭を振った。これは強がりでも虚勢でもないが、ひとつだけ怖いことがある。
それは、隣にいる『オレの一番』が死ぬこと。それが一番に怖いのだと改めて実感したリコは僅かに目を伏せた。
その隣に立つ菊もまた、滅びのうたを聞きながらぽつりと零す。
「まあ、死んだら楽だろうな」
以前までは漠然とそのように思っていた。しかし、それは過去形。
繋いだ熱を知らなければ、という前提があってこその感情だ。耳に届くこの歌を、その姿を、うつくしいと思えない理由。それは隣にあるこの熱が、離してくれないから。
「俺たちに救済は必要ない」
「死の救済はオレにはいらねえ」
二人は同時に似た意味合いの言葉を発した。
はたとして顔を見合わせた菊とリコは、微かに笑みを交わす。
(オレは菊と生きる。菊が死ぬ一日先まで生きるって約束したんだ)
だから、もし全世界に同時に滅びが訪れたとしたら彼より長生きが出来ない。同じ瞬間に逝けるならばそれも良いかもしれないが、約束を果たせなくなってしまう。
密かに思いを強めているリコに向け、菊が手を差し伸べる。
「リコ、行こ」
「ああ、菊。行こう」
リコが手を伸ばし返したことで、二人の間で軽いハイタッチが交わされる。そして、前を見据えた二人は破壊神に立ち向かう決意を固めた。
刹那、リコが床を蹴って駆ける。
菊も腕を滑る刃で血を滴らせ、刃に捧げた。一拍遅れながらも置いていかれないように駆けてきた菊と速度を合わせ、リコは破壊神にダガーを向ける。
狂える人狼の力を其処に乗せたリコは鋭い一閃を振るった。
「ちょっと貸せ、寒菊」
其処に半妖の力を得た菊が放つ一撃が解き放たれた。刺し貫く刃と振り下ろされた妖刀は天使の翼から羽根を散らせた。
リコが抱く思いはただひとつ。
菊に害なす者は殺す。菊を守るために得られる力なら、何でも使ってやる。
そうすることでリコの中から何かが失われていっても構いやしない。そのような覚悟で挑むリコは真っ直ぐに宣言する。
「これがオレのやりたい事だ!」
「……リコ」
俺も、と短く告げた菊もリコの隣で刃を振るい続けた。
神に仇なす子らを焼くならば、互いを導としてその救いに牙を剥くのみ。
死の救済が不要だと言葉にしたことは本当だ。嘘偽りのない本心だからこそ、この状況にも抗える。
あまねくすべてを救う破壊のうたは、菊とリコに絶望の幻覚を齎した。
更に光の救済への願いは、魂を灼く力となって二人を貫こうとする。鋭い痛みが走り、肩や腹部が光に貫かれたが、菊もリコもその手を止めることはない。
いずれ、どちらかがあの光に滅ぼされてしまうかもしれない。一瞬、片方だけが死を迎えるという絶望の幻覚が巡る。
しかし、二人はそれが幻であることが分かっていた。
死ねない。死なない。隣にいる一番大切な人のためにも、倒れてなどいられない。
「俺の救いは隣にあるから」
「オレに死で得られる救済は要らねえ」
菊とリコはもう一度、己の中にある思いを言の葉に変えた。
リコは記憶を代償にしながらも果敢に戦い続ける。諦めて救済を受け入れるよりも、死ぬ瞬間までもがく方が自分には似合っているはずだ。
その間にも、菊の方にリコが倒れる幻が現れた。だが、本当のリコは今まさに破壊神に斬り込みに向かうところだ。
「リコが壊されるわけねーだろ」
はっきりと言い切った菊は、幻覚や幻聴を振り払った。互いの熱が霧を晴らし、本当の景色を見せてくれる。
リコの牙が届くまで、リコの足を阻むものを切り捨ててやる。
菊は自分を盾にしてでも良いとすら考え、その刃を届けることに専念していった。
天使は歌い続ける。
滅びこそが救済だと信じて、狂ってしまった感情のままに歌を響かせていた。
「悲しい在り方だな。その鎖も、枷も外してやるから」
「天使サマよ、あんたの施しは、もう充分。もう、いらねえから」
リコは天使を見つめ、菊も同じように視線を向ける。
自分達にとっては救いではなくとも、きっと破壊神に成り果てた存在にとってはこの場での終わりが救済になるはずだ。
「誰かのために力使うんじゃなくて、アンタも自分のために生きればいい」
「もう、あんたが救われていい」
リコと菊は言葉を紡ぐと同時に一閃を重ねた。
きっと――その先で何かが終わって、新たな何かが始まるはずだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャック・スペード
また、歌が聴こえて来る
何処か空寂しくて、痛々しい響きだ
あの神もまた囚われているんだな
自身が謳う救済に――
俺は、お前の救済を拒もう
自分を救えるのは結局のところ
自分自身だからな
それに――
ヒトは与えられてばかりの存在じゃない
彼らは苦難を乗り越え、成長し
軈ては輝かしい未来を作って往く
神の力ではなく、自分たちの力でな
ヒトに造られた俺が云うんだから
きっと、間違いないさ
神が飛翔する前に
銀の弾丸を翼へと放ち
咲き誇る蔦薔薇で動きを封じよう
誰も、何も、灼かせはしない
お前はもう歌わなくても良いんだ
本当にヒトの仔のことを想うなら
もっと遠い所から、手を下さずに
ただ優しく見守って遣ると良い
世界を救うのは、俺達の仕事だ
丸越・梓
◎
──やさしい神さまだ、と思う
呪いを受け続けても尚
誰かを、皆を救おうとしている
俺はこの『黒色』故に
故郷に、故郷の"神さま"に赦されなかった
だから、…眩しくて
滅びとは救いか、それとも暴力でしかないのか
俺の中で恐らく答えは一生出ない
強いて言うなら、何方の性質も持っていると考えている
滅びを救いと取るか
はたまた絶望と取るか、受け手にも寄るのだろう
…俺は
後者が一人でもいる限り
この身を盾にしてでも護り
その"絶望"に抗う
破壊の光線に穿たれようとも決して屈さず
手を伸ばし続け
貴方が皆を救おうとするように
俺も貴方を救いたいから
この手が、どうか
貴方を縛る呪いを祓う一助であればいいと
切に願う
シャルファ・ルイエ
人は世界にたくさんいて、それぞれが別の考えを持っていて、救いだと思うものも違って。
各々矛盾や相反した願いを持つなら、神様にだって全部を救うことは難しいんじゃないでしょうか。
それに、救済のためにあなたが世界を壊してもすべては救えません。
少なくとも今のわたしにとって、世界の終わりは救いじゃないから。
声が届くかは分かりませんけど、聞いて貰えるように少し時間を作りましょう。
もしも届かなくても伸ばした時間は、きっと次の誰かに繋がります。
戦えなくなりそうなら【空降る星雨】も使いますね。
歌を歌いましょう。
優しい思い出や大事に想うものだとか、そんな気持ちを詰め込んで。
だから神様、わたしはあなたに願わない。
●世界を救う者
天使のうたは響き続ける。
最初に聞こえていた声よりも更に近い、すぐ其処で謳われている滅びの歌がシャルファや梓、ジャックの耳に届いていた。
やはりそれは何処か空寂しくて、妙に痛々しい響きだと感じた。
「あの神もまた囚われているんだな」
自らが謳う救済に――。
ジャックが思いを言葉にすると、隣に訪れた梓がちいさく首肯する。
「やさしい神さまだ、と思う」
自身が囚われてしまうとしても人の祈りを受け止め続け、呪いとなったものを聞き続けてもなお誰かを、皆を、救おうとしているのだろう。
するとシャルファがそっと頭を振った。
人は世界にたくさんいる。
それぞれが別の考えを持っていて、救いだと思うものも違っていて、各々が矛盾や相反した願いを持つ。
「救いの形は様々です。神様にだって全部を救うことは難しいんじゃないでしょうか」
シャルファは天使を見つめる。
破壊神となったものは救済の光で世界を照らそうとしているが、それは皆が死に絶えるという終焉に変わっていくだけ。
「それに、救済のためにあなたが世界を壊してもすべては救えません」
偶然にも此処に集ったジャックと梓、シャルファが抱いている思いは似ていた。
「俺は、お前の救済を拒もう」
「そうだな。受け入れればあの神さまも穢すことになる」
ジャックと梓は、破壊神となった天使の行いは間違いでしかないと断じる。確かに死が救いだと認める人も中にはいるだろうが、皆がそうではない。
自分を救えるのは結局のところ自分自身だけ。
誰かに救われるばかりではない。己が認めたことだけが自分の救済となるのだとして、ジャックは銃を構えた。
光り輝く六枚の翼が広げられたことを悟り、彼は素早く銀の銃弾を撃ち放つ。
弾丸は翼を貫いたが、光の救済は止まらなかった。魂を灼く破壊の光線が巡りゆく中、ジャックはそれを真正面から受け止める。
機体に衝撃が走り、己の心までが貫かれる感覚がしたが、まだ立っていられる。救済を認めないという心持ちで挑むジャックはしかと耐えた。
彼が自分に向かってきた攻撃まで受け持ってくれているのだと気付き、シャルファはお礼の言葉を告げた。
ありがとうございます、というシャルファの声にジャックが頷きを返す。
そして、シャルファは歌を紡いでいった。
「少なくとも今のわたしにとって、世界の終わりは救いじゃないから」
この声が届くかは分からない。
それでも、たった一秒でも聞いて貰えるならば。もしも届かなくても、この歌で作りあげた時間はきっと、次の誰か――共に戦う仲間に繋がる。
「あなたに花を」
歌に乗せた魔力から広がっていくのは一面の白い霞草の花畑の幻。天使の行く先に咲きはじめた幻想の花とシャルファの歌声は、天使の光に劣らぬ輝きを宿している。
一方、梓は大きく地面を蹴ることで光の直撃を避けていた。追撃を避けて駆けていく中で、梓は純白の天使を見上げる。
(俺はこの『黒色』故に故郷に、故郷の“神さま”に赦されなかった……)
だから、あの白色はとても眩しくて仕方がない。
滅びとは救いか、それとも暴力でしかないのか。梓は考えを巡らせるが、おそらく己の中で答えは一生出せないだろう。
強いて言うなら、何方の性質も持っている。そう感じている梓は素早く立ち回りながらも考え続ける。
滅びを救いと取るか。はたまた絶望と取るか。それはやはり受け手にも依る。
「……俺は、」
ふわりと宙を舞いながら歌い続ける天使。其処に近付く隙を窺いながら、梓は呟きを落とした。少なくとも自分は、後者が一人でもいる限り戦い続けるだろう。
「この身を盾にしてでも護り、その“絶望”に抗う」
そして、梓は天使を再び振り仰いだ。
梓の声を捉えたシャルファとジャックは同意を示す言葉を添える。
「わたしも抗い続けます」
「ヒトは与えられてばかりの存在じゃない」
自分が純粋なヒトとは異なる存在だからだろうか。ジャックは常々、人間の在り方について感じていることがある。
「彼らは苦難を乗り越え、成長し、軈ては輝かしい未来を作って往く。神の力ではなく、自分たちの力でな」
頭上に舞う天使を見上げたジャックは心からの言葉を紡いだ。完全なヒトではないが、限りなくヒトに近い感情を持っている者、それがジャックだ。
「ヒトに造られた俺が云うんだから、きっと、間違いないさ」
ジャックは破壊神が更に飛翔する前に、追撃の弾丸を解き放った。救済の光で世界を満たすなど言語道断。咲き誇る蔦薔薇で以て相手の動きを封じたジャックは攻撃の手を止めぬことを誓い、強く言い放ってゆく。
「誰も、何も、灼かせはしない」
「穿たれるのは俺だけでいい」
梓も果敢に戦場を駆ける。梓もジャックも、破壊の光線に穿たれようとも決して屈さずに立ち向かっていた。
その際に梓は天使に手を伸ばし続ける。
たとえ届かずとも、僅かな効力であっても、これが何かの切欠になれば。梓は天使をオブリビオンたらしめる根源を拭い去ろうとしている。
「貴方が皆を救おうとするように、俺も貴方を救いたいから」
この手が、どうか。
貴方を縛る呪いを祓う一助であればいい、と切に願った。
ジャックも破壊神の翼を撃ち貫き、シャルファが白花の海を広げていき、天使の力が巡ることを抑えていった。
「あなたと一緒に、歌を歌いましょう」
シャルファは心を込めた声を響かせる。優しい思い出、大事に想うもの。自分の中にあるそんな気持ちを詰め込んだ歌声は天使のうたに重なった。
「だから神様、わたしはあなたに願わない」
「お前はもう歌わなくても良いんだ」
シャルファに続き、ジャックも己の思いを伝えていく。
本当にヒトの仔のことを想うなら、もっと遠い所からでいい。神は直接手を下さずに、ただ優しく見守るもの。
神という存在はただ其処に在るだけでいい。それに、とジャックは付け加えた。
「世界を救うのは、俺達の仕事だ」
ジャックの言葉が戦場に落とされた刹那、紅の蔓薔薇を齎す銃声が鳴り渡る。
花開く薔薇妃に君影の想い。
そして、歌と花の海から広がる真白。
狂気から天使を救うための力は鮮烈に――されど、とても優しく広がっていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
檪・朱希
◎
負傷歓迎
WIZ
……聞こえるよ、全て。
絶望と悲しみが呼び起こされる。心を強く、保たないと……壊れて、しまう。
かみさま。
私達人々の負の願い、ずっと聞いていたんだよね。
いつも、人は過ちを犯していく。
『僕らも……一人の少女と、ある力が人々により狂い、破滅の力になったのを知っている』
今も、救われたい。でも、破滅は救いじゃない。
私達はただ、前に向かって歩く希望を信じたいんだ!
雪、燿、辛いだろうけどお願い。届けさせて!
『僕は抗う。破滅による救済ではなく、未来を切り開く為に!』
『俺は抗う。こんな救済じゃなく、夜明けの光が齎されるように!』
聞こえるまで言うよ。
また、一緒にうたおう!
あのたそがれどきのように!
橙樹・千織
◎
あれが…反転してしまった神
滅びを救済とするもの…
純白の容姿に、友人と同じ蜜色の瞳
神というより天使のようだと思った
紡いでいる、その歌を除いては…
この歌は…あまり長く聴くものでは無さそうね
此処までの間も響いていたせいか
既に幻がちらつき、感情が負に傾きつつある
…これ以上、壊さないで
私が、私でなくなる
今度こそ
砕け散ってしまうかもしれない
そうなる前に
歌には歌を
破魔と浄化、呪詛耐性を込め唄う
救済を求めているのは
果たしてどちらか
あなたが求めているようにも見えるけれど
真意はわからない
わかるのはきっと彼だけ
ならば
祈りましょう
彼のために
唄いましょう
彼が望むかたちを迎えられるように
彼の友として
護ると決めたのだから
●歌は伝える
響きゆくうた。奏でられる滅び。
光に満たされていく戦場に立ち、千織と朱希はひとならざるこえを受け止める。
「あれが……反転してしまった神。滅びを救済とするもの……」
「……聞こえるよ、全て」
千織が静かな驚きをみせる中で、朱希はうたの意味を考えていた。それはもう言葉ですらない音の塊になっている。
あのうたが救済を齎そうとしていることだけはよく分かった。
しかし、オブリビオンとなっている破壊神の歌声はやさしい終わりを齎すものではなくなっている。歌を聞く度に絶望と悲しみが呼び起こされるものだ。
「心を強く、保たないと……壊れて、しまう」
「そうね。この歌は……あまり長く聴くものでは無さそうね」
朱希は胸元を押さえ、千織も気を確かに持つ。此処に訪れるまでの間もあのうたが響いていたせいか、既に幻がちらついている。
感情が負に傾きつつあると自覚している千織は、意識を天使にだけ向けた。
純白の容姿。されどよく知る友人と同じ蜜色の瞳。
神というより天使のようだ。紡いでいる、その歌を除いては――。そう感じた千織は滅びの歌に対抗するために然と身構える。
天使のうたは止まらない。
うつくしい歌声から呼び起こされる悲哀は千織と朱希を取り巻いた。破壊神に救済を求めぬ限り続く狂気は、此方の魂を浸食していくだろう。
「……これ以上、壊さないで。私が、私でなくなる」
苦しげに呻いた千織は何とか正気を保っている。朱希もよろめきながらも自分の足で立ち続け、天使の姿を瞳に映した。
「かみさま」
『――♪』
「私達人々の負の願い、ずっと聞いていたんだよね」
『……♪』
朱希の語りかける言葉に対して反応を見せない天使は歌い続けるばかり。それでも朱希は懸命に声を掛けていった。
「そうだね。いつも、人は過ちを犯していく」
朱希がぽつりと呟くと、その傍に寄り添う守護霊の少年達が口をひらいた。
『ああ、僕らも……一人の少女と、ある力が人々によって狂っていき、破滅の力になったのを知っている』
『仕方ない、なんて言葉では割り切れない出来事だった』
刀気を纏う雪と、虎気を纏う燿も苦しげな表情を浮かべる。過ぎ去ってしまった出来事は変えることが出来ず、あの時間も取り戻せない。
だが、此処には救えるかもしれないものがある。過去から滲んだ存在だとしても救済を与えられる可能性はゼロではない。
苦しくとも、胸が張り裂けそうな絶望に襲われても、戦い続けるのが猟兵としての役目だ。顔を上げた千織は胸の痛みを振り払う。
「今度こそ、私が砕け散ってしまうかもしれない。でも、そうなる前に……」
千織はゆっくりと呼吸を整え、花唇をひらく。
舞唄――月魄燈。
其処から紡がれていったのは味方にのみ聞こえる歌。ふと感じた千織の歌声に対して朱希がちいさな安堵を抱いた。
その瞬間、千織の力の真価が発動していく。
「歌には歌を」
千織は破魔と浄化を巡らせ、呪詛に対抗しうる願いを込めて唄う。
――戯れ、歌うは月の精。囁く声音は開花の燈。
歌声に応じた掌サイズの式神が現れ、周囲の猟兵達の援護にまわっていった。朱希は頼もしさを感じながら自らも攻勢に入っていく。
「本当は今も、救われたいよ。でも、破滅は救いじゃない。私達はただ、前に向かって歩く希望を信じたいんだ!」
朱希は武器を纏う鎖を断つ音を合図として、雪と燿に呼び掛けた。
「雪、辛いだろうけどお願い」
『僕は抗う。破滅による救済ではなく、未来を切り開く為に!』
「燿、届けさせて!」
『俺は抗う。こんな救済じゃなく、夜明けの光が齎されるように!』
刹那、鎖無き刀である月花』と拳銃の鴉による連撃が解き放たれる。朱希は破壊神から決して目を逸らさず、呼び掛けを続けていった。
「また、一緒にうたおう! あのたそがれどきのように!」
朱希は必死に叫び、己の思いを言葉に変えた。正気が削がれ、狂気が襲ってこようとも朱希はひとりきりではない。それゆえに戦い続けられる。
聞こえるまで。この言葉が届くまで。
朱希の懸命な思いを感じ取り、千織も佇まいを凛と整えた。心を削られるかの如きうたの力は容赦なく巡っている。それでも、此の戦いに勝機を見つけた。
千織は自分の力を揮い続けるだけだと心に決め、純白の天使を強く見据える。
「救済を、あなたへ」
求めているのは、果たしてどちらか。
あの天使の方が救いを求めているようにも見えるが、千織に真意はわからない。本当の意味でわかるのはきっと彼の神だけだと直感していた。そうして、朱希と千織は戦いの行く末を見守っていく。
祈りましょう、彼のために。
唄いましょう、彼が望むかたちを迎えられるように。
――彼の友として、護ると決めたのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
空・終夜
🐾
◎
人々の救いの結末は時に”滅び”を謳うものなのやも
俺自身も理解する理
俺は元を正せば
誰が為の救済を基に造られた
断罪の兵器であり救いの刃
刃の結末は救いとは程遠い嘆きだった
神だ、兵器だ
懇願する救済の先は等しく
崩壊しか待っていないのか?
天使を見て
己の存在を心に問うた
――アンタも本当は救いの為だけに
その唄を歌いたかったんじゃないのか
蜜彩
ロキと同じ色
アイツは気紛れだが
誰かに救い齎す神とも感じた
それは紗雪の想いを見て察す
俺もロキの傍は友としての拠り所
唄はいずれ終止符を打つ
その符を打つのはアイツ
俺は…天使とは違う救済の剣で
神と天使の懸け橋と成ろう
心決めた紗雪の背中を1つ優しく叩き
一言紡ぐ
俺達で作ろう、路を
氷守・紗雪
🐾
◎
なぜ滅びを望む歌を紡ぐのですか
救いとは滅ぼさねば手に入らないもの?
いいえ、そう思いません
滅ばずともユキは救われました
こんなにも冷たい手
凍らせてしまうかもしれないのに
嫌な顔ひとつせず手を握ってくださった方々がいます
終夜さまもそのひとり
当たり前のようなことがどれだけ嬉しかったか
あのひとの手はヒトよりも冷たかった
でも融けてしまいそうでした
ロキさまの蜜彩はどこまでも温かく優しい
あの方はユキにとって救いの神様です
ユキはとても弱いです
だから、だからこそ!
いまユキができることを成し遂げたい!
優しい神様の力のひとつとなりたいのです
ありがとう、終夜さま
大丈夫、ひとりじゃない
氷雪よ
あの方のための路を作って!
●つめたくて、あたたかい
神に願い、祈る人々が求める救いの結末。
それは時に滅びを謳うものなのやもしれない。
生き続けることだけが幸福ではない。これは終夜自身もよく理解している理だ。
死を迎えていた方がましだった。
生きる苦痛を味わうよりは、きっと。
滅びと救済のうたを紡ぎ続ける天使の歌声は、終夜や紗雪にも降り注いでいく。
「なぜ滅びを望む歌を紡ぐのですか」
紗雪は終夜の傍らで、天使の姿をした破壊神に問いかける。
『……♪』
「救いとは滅ぼさねば手に入らないものなのですか?」
天使からの答えはなく、ただうたが齎されるだけだったが、紗雪はもう一度だけ聞いてみた。されどその答えを待つことなく、紗雪は首を横に振る。
返答があったとしても、滅びこそが救済だという言葉が戻ってくるだけだ。そう感じたからこそ紗雪は思いを紡ぐ。
「いいえ、そう思いません。滅ばずともユキは救われましたから」
少女は自分の両手を見下ろすした。
雪女であるゆえにこんなにも冷たい手。誰かや何かに触れたら凍らせてしまうかもしれないのに、嫌な顔ひとつせず手を握ってくれた人々がいる。
終夜さまもそのひとりです、とそっと微笑んだ紗雪は、天使から齎される絶望に耐えていた。語りかける間もうたは悲哀を呼び起こしている。
今も紗雪の心には絶望の影が落とされようとしていた。しかし、紗雪は終夜や皆が隣にいてくれることを思い、気を強く持っている。
手を繋ぐ。普通の人にとっては当たり前のようなことがどれだけ嬉しかったか。
その思いがあるからこそ、紗雪はこうして立っていられる。
「……紗雪」
少女の強い言葉を聞き、終夜も己を強く保とうとした。
自分は元を正せば、誰が為の救済を基に造られた断罪の兵器であり救いの刃。
救いとはいえど、刃の結末はそれとは程遠い嘆きだった。
神だ、兵器だ。懇願する救済の先は等しく、崩壊しか待っていないのかとも思った。そうして終夜は、あのときの己のと似た存在である天使を見つめる。
己の存在を心に問うた。
「――アンタも本当は救いの為だけに、その唄を歌いたかったんじゃないのか」
終夜の言葉が届いているのかはわからない。
天使はただ歌を紡ぎ、滅びを広げ、世界を光で満たそうとしている。声を荒らげることはなくとも、その心は狂気に染まっているのだろう。
虚空を映す蜜彩の瞳。
「……ロキと、同じ色」
終夜は感じたままの思いを言葉にしながら、天使に対抗していった。光の救済という名の鋭い光線が肩口を貫く。だが、そんな痛みなど無視して終夜は駆けた。血を媒介に創造し、顕現させた紅き聖剣で以て一気に光を斬る。
「アイツは、気紛れだが……誰かに救い齎す神とも感じた」
「はい、そうなのです。あのひとの手はヒトよりも冷たくて……でも、融けてしまいそうでした。それでも……」
ロキの蜜彩はどこまでもあたたかくて優しいと思った。
彼によく似ているあの天使が破壊を齎すものであっても、ロキ自身は――。
「あの方はユキにとって救いの神様です」
「ああ……」
終夜は紗雪の想い聞き、自分にとっても同じなのだと察した。ただ普通に、当たり前のようにロキの傍にいたい。友としての拠り所だから、と言葉にした終夜は更なる剣技を振るい、オブリビオンの力を削いでいった。
紗雪も凍雪の力を巡らせ、霜を降らせることで天使の翼を凍りつかせてゆく。
「ユキはとても弱いです。だから、だからこそ!」
いま、自分ができることを成し遂げたい。
ちいさくて僅かな力であっても、此処で絶望に屈して何もしない選択など取れない。優しい神様の力の、ひとつとなりたいから。
終夜は紗雪を守りながら、天使のうたに敢えて耳を澄ませた。
あのうたにはいずれ、終止符が打たれる。
その符を打つのは――アイツ。
「俺は……天使とは違う救済の剣で、神と天使の懸け橋と成ろう……」
終夜は心と覚悟を決めたらしい紗雪の背中を、やさしく叩く。そして、彼は何よりも心を込めた一言を紡いだ。
「俺達で作ろう、路を」
「ありがとう、終夜さま」
背に感じたぬくもりを確かめた紗雪は、淡雪のようにふわりと双眸を緩めた。
大丈夫、ひとりじゃない。
自分も終夜も、ロキも、彼の天使だって――きっと。否、絶対に。
「氷雪よ、あの方のための路を作って!」
少女の凛とした声が戦場に響く。
其処から巡りゆく鋭い剣戟と氷柱は、戦いの終焉を願って紡がれていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
真白・葉釼
◎
天使の姿を、見たことがある
雨の降る日
紫陽花の咲く境内
俺の壊したもの
――ああ
お前の幸福が、確かにロキの望みだった
別に躊躇うわけではない
只、
俺も同じというだけで
救い
救いだろうか
彼女は、姉は、
姉が俺の胸を突き飛ばし、微笑み、
それから家ごと闇ともつかぬものに呑まれて消える
残されるのは俺ひとり
これがただの幻だと知っている
既に俺自身が通り過ぎた場所だと
そうだ
俺の望みも過去にしかない
あの女が戻ってくるならきっと何でもするだろう
叶わずとも
お前はどうする、ロキ
どうしたい
あの日お前の言葉を聞かずに壊した
だから今日は
お前の望むことを果たそう
俺には引き裂く為の爪と牙しかないが
それでも何かをすくい上げられるとしたら、
天音・亮
◎
響く歌声の中
きみの姿を見つけた
祭壇にいた三人の影がきみの身の裡に消えてゆくのも見た
その人達は、いつかきみが話してくれた
“もとは同じだった”兄弟たちなのかな
歩き出すきみの背中を見ながら思う
いつか初めて出会った海でも
最初に見たのは海に脚を浸したきみの背中だった
きみはきみだけが残ってしまった事への答えがわからないって
そう言ってたね
探しに行くの?
確かめに?
──ううん、どっちだって構わない
私はただきみの背を押すよ
響き渡る天使の歌声に覆われぬ様
破魔とオーラ防御で以って自分の身を守り
そうして目一杯、歌おう
きみに手を伸ばす
きみの背を押す為の
きみが為の、歌を
ロキ
きみのしあわせの欠片が
どうか見つかりますように
●誰が為の終焉
葉釼は天使の姿を見たことがあった。
あれは雨の降る日だった。今もよく覚えている。紫陽花の咲く境内で――。
「俺の、壊したもの」
あの光景を最後まで思い出すことなく、葉釼は頭を振った。戦場と化したこの場所にはあのときの彼を思い起こさせる存在がいる。
純白と蜜彩の色を宿す破壊神は、すべてに滅びという救いを齎そうとしていた。
「――ああ」
お前の幸福が、確かにロキの望みだった。
葉釼は翼を広げている天使を振り仰ぐ。彼とあの神が同じであることを葉釼は理解していた。しかし、別に躊躇っているわけではない。
只、己も同じというだけ。
そして此処には葉釼と同様に、この状況をしかと見つめている者がいる。
亮は響く歌声の中で神の姿を見守っていた。祭壇にいた三人の影が、そのひとの身の裡に消えてゆくのを見たからだ。
その人達は、いつか彼が話してくれた“もとは同じだった”兄弟たちなのだろう。
そんな影が彼とひとつになるようにして重なっていった。それはつまり、彼らが共に歩き出したという証だ。
この城の奥に来る前、その背中から感じた雰囲気は、きっと――。
響き続ける天使のうたは亮や葉釼に絶望や悲哀、狂気を齎そうとしている。だが、二人はそんなものに怯みはしない。
巡る救済の光が飛び交う戦場で葉釼も亮も果敢に立ち回っていた。
「大丈夫か?」
葉釼は駆け回る亮とすれ違った瞬間、まだ戦えるかどうか問いかけてみる。亮は強く頷き、自分は何ともないと答えた。
「うん、平気! それよりも――」
今、此処で何より大切なのは道をひらくこと。
飛び交う光と響き渡る天使のうたが何もかも破壊してしまわぬよう、自分達の力で抑えることが必要だ。
すべては、この戦いとあのうたに終止符を打つべき彼のため。
亮はそっと口をひらき、此の場で戦う者達のための歌を紡いでいく。
これはきみが為を想う歌。
いつか初めて出会った海でも、最初に見たのは海に脚を浸したきみの背中。
確かそうだ、あのときは。
「きみはきみだけが残ってしまった事への答えがわからないって、そう言ってたね」
独り言ちた亮はロキとの出会いを思い出していた。
探しに行くの?
確かめに?
亮の中に疑問が浮かんだが、それらはすぐに振り払われる。
「――ううん、どっちだって構わない」
この場所で答えを見つけるのは彼自身。その助けになれるように訪れた自分は、ただきみの背を押すだけでいい。
亮は響き渡る天使の歌声に覆われぬよう、めいっぱいの力を籠めて歌う。
破滅を防ぐ破魔の力を巡らせた亮は、葉釼の身にも防御陣を広げた。同じ神を、ひとを思う者同士だから守りきる。そう心に決めていた。
天使のうたと、亮の歌声。
重なり、響き合う声を聞きながら葉釼も骨骸装で天使の翼を深く薙いだ。白い羽根が戦場に散りゆく中、葉釼は考えを巡らせた。
救い。
この思いと歌は本当に救いなのだろうか。
疑問を抱く葉釼の目の前に、絶望の幻覚が現れていた。
彼女は、姉は――姉が俺の胸を突き飛ばして微笑んだ。それから家ごと闇ともつかぬものに呑まれて消える。残されるのは葉釼ひとりで、空虚だけが其処にあった。
葉釼はこれがただの幻だと知っている。
既に自身が通り過ぎた場所だと分かっているので、足は止めない。
「そうだ、俺の望みも過去にしかない」
あの女が戻ってくるならきっと何でもするだろう。たとえ、叶わずとも。
幻に背を向けた葉釼は、天使に向かって進む人影を見つめた。
「お前はどうする、ロキ」
どうしたいのか。
葉釼は、先程は敢えて途中で止めた嘗ての出来事を最後まで思い浮かべる。あの日お前の言葉を聞かずに葉釼は壊した。
それゆえ今日は、お前の望むことを果たそうと思っている。
「俺には引き裂く為の爪と牙しかないが、それでも何かをすくい上げられるとしたら、」
「大丈夫。ロキなら絶対に。だって――ロキだから」
葉釼の言葉を拾い上げ、亮はそっと笑った。
ね、と同意を求めた彼女に対して、葉釼はそっと頷きを返す。根拠があっても、なくたって構わない。彼は此処で彼なりの終焉を掴むのだろうから。
だから、きみに手を伸ばす。
きみの背を押す為の、きみが為の、歌を紡ぎ続ける。
「ねぇ、ロキ」
亮は葉釼と共に、彼らが選び取る終末を見守ることを決めた。
どうか――きみのしあわせの欠片が、見つかりますように。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ロキ・バロックヒート
◎
様々ないろが見える
きっとここに集まった猟兵たちの
煌き、輝き、戦いに命をくべる世界の意思の欠片
いずれ来たる終末まで
私が見届け――壊すべき魂たち
ずっと私が世界を見詰めることができたのは
ひとの美しさに醜さに強さ弱さに
魅せられていたからだ
神が《過去》となるのは
それは己の役割に絶望した時なのだろう
ああ
ひととして救われたかった
きょうだいたちみたいに眠りたかったよ
私だって――
でも
貴方を《過去》のままにはしたくないんだ
もし共に消えるのだとしても
もし遺されたままだとしても
この運命を変えるひとの願いと祈りが
今ここにあるのなら
『私』の狂気と呪いを壊し
本来の力を取り戻す
絶望を終わらせる者
悲劇を閉ざす者
その名の通りに
●遍く世界に光を
なぜ、この世に哀しみがあるのでしょう。
なぜ、この世に苦しみがあるのだろう。
なぜ、この世に絶望しなければならないの。
いずれは何もかもが朽ちて消えていく。
それはこの世界の理。その中で生きるものは往々にして、死という行き止まりで全てが終焉する。遺された人々は嘆き、悲しみ、絶望に落とされる。
心に根ざすものを取り上げられた者、悲哀から立ち上がれなかった者、絶たれた望みを忘れられなかった者達。
彼らの祈りはやがて、ひとりの神を歪めるほどのものに変わった。
憐れみ給え。救い給え。
我々の声を聴いてください、神様。
こんな苦しみが続くならば生きている意味などない。失ったまま生き続けることに価値など存在しない。
だから、この苦しみに、この哀しみに。
あまねくすべてに等しき終わりを。その目映き光で、終末を――。
こえは今も聞こえ続けている。
その祈りと行いが創造神の卵を反転させた要因であることは、とうの昔にわかりきっていた。再生を司るはずだった真白の神はあの日、ひとつの都を白く染めた。
人々はそれを救いだと受け入れた。
破壊神となった天使は、望まれた通りに世界の全てに終わりを与えんとする。
それは一度、過去に沈んだものだった。
されど今、骸の海から訪れた破壊神はあの日を再現しようとしている。
ロキには全てが解っていた。
自分が『私』と呼ぶ神はもう、嘗ての祈りや願いなどは聞いておらず、誰のことも視ていない。ただ器としての体に残った滅びの意志を履行しようとしているだけ。
静かな狂気が其処にあるだけで、創造や再生とは掛け離れたものだ。もし神だけが此の場に存在しているなら、白が一面に広がっているだけだっただろう。
しかし、今は違う。
ロキには様々ないろが見えていた。
それらはきっとここに集まった猟兵たちの意思の彩。
煌き、輝き、耀くもの。この戦いに命をくべる世界の意思の欠片が織り成す色彩である、それらは――。
「いずれ来たる終末まで、私が見届けて、壊すべき魂たち」
その後に再生が訪れる。
ロキは首輪から繋がる鎖に触れ、そうだよね、と天使に語りかけた。うたを紡ぎ続けるだけの天使はロキにも反応をみせない。
ひとならざるこえをうたに変え、誰にも通じない音を奏でていくだけ。
それでもロキにだけは歌の意味が理解できていた。
――あの祈りは人々の願い。
――望まれた滅びを。あまねくすべてに救済を。
繰り返し、ただそれだけを歌う天使は、やはり狂っているとしか思えなかった。欠けがあって不完全だったきょうだいを憐れんで助けてくれた、世界にも人々にも愛された創造と再生の神の卵の面影は何処にもない。
天使は人々に欠けを混ぜられて穢れて、司るものは変じてしまったから。
「だから私は人間が大嫌いだよ」
ロキは『私』を見つめたまま、ただ其処に立っていた。光が身を貫こうとも、滅びた街や消えていったきょうだいの姿がちらつく絶望の幻想が見えようとも、ロキは真っ直ぐに天使を瞳に映し続ける。
「でも、ずっと私が世界を見詰めることができたのは――ひとの美しさに醜さに、その強さや弱さに魅せられていたからだ」
ロキは思い返す。これまでに出逢ってきた人々を。
たとえば豊かな森で出逢い、兄妹のように過ごした狐の少女。
雨の降る日、紫陽花が咲き誇っている境内で語ったこと。寄せては返す波を前にして、夏の太陽みたいな笑顔の子と話したあの日。
高い時計塔の屋上で人々を見下ろしていたときのこと。住むならどの世界が良いと思う? なんてことを聞いた戯れの時。
或る学園の魔法研究室で魔術について思いを交わした日のこと。青い空の下で遺言めいた思いを零し、まるでなにもかも終わったように満足げに笑った日。
猫を追いかけてきた少女の手を引いたこと。眠りに落ちたきみにそっと膝枕をしてあげたこと。それから――。
思い返せばたくさんの人々と言葉を交わしてきた。
ひとに接して、その色を見て、声を聞いていく。ひとり残されたロキはずっとそうやって世界を視てきた。
だからこそ解ってしまう。
神が《過去》となるのは己の役割に絶望したときなのだろう。
天使から放たれる光は尚もロキを貫く。
痛みがないわけではないが、それすらもまた『私』との繋がりだ。首輪の鎖が揺れれば、天使の手と足に繋がっている鎖も同じように揺らいだ。
「ああ、ひととして救われたかった。きょうだいたちみたいに眠りたかったよ」
私だって――。
遺されたくはなかった。
等しく終わりが齎されるというのならば、終焉を望んでしまいたくもあった。だが、今のロキにはやるべきことがある。
此処に見える色や思い、声をなかったことに出来なかった。
世界を救うだけではなく、滅びを歌う天使ごと救済するために集った者達の思いを無視して、終わりを齎すことはしたくない。
「貴方を《過去》のままにはしたくないんだ」
もし共に消えるのだとしても。
もし遺されたままだとしても。
ロキという個はこれまでに様々なものを識り、受け入れてきた。出逢いもあれば別れもあった。苦しみや悲しみも多く見てきた。
それでも。
この運命を変えるひとの願いと祈りが、今ここにあるのなら。
これまで殆ど無抵抗だったロキが一歩を踏み出す。響き続けている天使のうたに合わせ、ロキも同じうたを歌ってゆく。
それは今という時に贈る、エンド・ロールにも等しい。
「滅びを願うと云うのなら」
精神、命、魂。概念、事象。喜劇に悲劇。
運命すらも――すべてを救うべく、壊せ。
何もかもを、此処で。
天使の破壊が終焉を齎すならば、ロキが齎す破壊は再生を始める為のもの。
ロキが腕を前に伸ばすと、三つの影が傍に寄り添った。赤い髪がふわりと揺れて、その手がロキの掌に触れる。同じように手を重ねた青い影の瞳が天使に向けられ、今の姿を映す。白い影がロキの後ろに現れ、その背を支えるように然と佇んだ。
言葉はなくとも、思いは伝わってきている。
刹那、うたと共に封印が解かれた。
一気に解放されていったのは、破壊を司る神力。全ての力を込めて『私』の狂気と呪いを壊して本来の力を取り戻す。
それがたとえ『私』を滅ぼすことになっても、それこそがロキの役目だ。
「私が残されたことには意味があったんだよね」
うたが引き起こす絶望が広がる。
あまねくすべてを救う破壊は、歪んだ光の救済となって迸り続けた。だが、ロキをはじめとした猟兵達は負けずに力を揮い続けている。
皆と一緒に戦っているのだと感じながら、ロキは己の歌に集中した。
聲よ、届け。
この手で触れたものを、この足で歩いた世界を、人々の声を聞く耳を、救いの歌を紡ぐ声を。そして――ひとの行く末を見届ける眼で、多くを識ったから。
うたえ、歌え、唱え、詠え、謡え。
ロキは己の中に宿るすべての力を解き放ちしながら歌を奏でていく。そうすることで首輪が外れていき、天使の手枷と足枷となっているものが崩れ落ちていった。
じゃら、と硬質な音を立て、双方を縛っていた鎖が地に落ちる。
絶望を終わらせる者。悲劇を閉ざす者。
その名の通りに。
互いに響かせていく神の詩が衝突しあう。
かたや、破壊だけを望む天使。かたや、壊れた先に巡る再生と創造を願うひとりの神として。鬩ぎあうように響き渡る歌はまるで、世界に光を満たしていくようで――。
一瞬後、決着の刻が訪れた。
●凡てをひとつに
猟兵達の攻撃によって翼が貫かれ、純白の羽根が辺りに舞う。
飛べなくなった天使は息を呑む様子を見せ、その身は瞬く間に城の床に落下した。天使の唇からはもう、歌は紡がれていない。
力なく膝を付き、弱々しく座り込んだ天使は戦う力を失っているようだ。
共に戦い、戦況を見守っていた猟兵達は勝利を悟る。これで天使が世界に破壊を齎す未来は訪れず、滅びの紋章が造られることも阻止された。
ならば後は結末を見届けるだけ。
天使にとっての終末に至る歌を紡ぎ、殆どの力を使い果たしたロキは、ふらつく足取りで神の傍に歩み寄っていった。其処には赤と青、白の影もついている。
「……還ろう」
何処に、とは云わずにロキは影達に呼び掛けた。すると虚空を映しているだけだった天使の瞳が初めてロキ達を映す。
そして、天使は微笑んだ。其処にはかつて善き神だった頃の笑顔と優しさが戻ってきている。そう感じたロキは片膝をつき、創造神と視線を重ね合わせた。
『おかえりなさい』
淡い声を紡いだ天使はロキ達にそっと告げる。
帰るのか、還るのか。言葉の意味がどちらだったかロキには判断する必要がない。破壊神としての天使の力が猟兵達の手によって滅ばされた今、此処に残っているのは創造神としての神の残滓だ。オブリビオンとして顕現していたゆえに、天使は間もなく消えてしまうのだろう。
天使の姿が薄れていく最中、ロキは思い出した。
いつか、幻の橋の上で。天使の心の欠片に問いかけた言葉があったことを。
――もし全部が終わったら、皆のところへ往っても良いかな。
そんな風に問いかけたとき、あの日の神は明確には答えなかった。しかし今、その返答が紡がれようとしている。
『こんなことになってもわたしはまだ、世界を見守りたいから……』
だから、どうか。
ロキの顔に片手を伸ばした天使は、その頬を撫でた。
天使はそのままロキの瞼に指先で触れる。
『おねがい。『私』……いえ、あなたの眼で。これからも世界を視て』
天使自身の願いが告げられた。
それは誰かの為ではなく、世界の為などでもなく、初めて天使が自身の為に零した想いだったのかもしれない。
そうして、両腕を伸ばした天使はロキを抱き締めた。
それと同時に二人の姿が重なっていく。あの言葉と共に、天使はロキに残りの力を渡すことを決意したようだ。
オブリビオンとしての存在は消える。
しかし創造神としての本来の力は、傍にいたきょうだい達と共にロキとひとつになっていく。やがて、天使達の身体が完全に見えなくなったとき。
「そうだね、見詰め続けるよ」
この世界はまだ、とても美しいから。
ロキは自分の裡に訪れた者達を受け入れるように、己を抱き締めた。
次の瞬間、ロキは意識を失っていく。それは先程まで歌い続けていた天使のうたの反動だ。倒れた彼を心配した猟兵達が其処に駆け寄っていった。
仲間や友が名を呼んでくれる声を聞きながら、ロキは自分の存在や心のかたちが少しずつ変わっていく気配を感じていた。
●或る神様の物語
救済とは。
その答えはたったひとつきりではない。誰かにとっての救いは、別の誰かにとっての不幸であり、悲しみかもしれない。されど、その逆も然り。
人々は己なりの救済を求めて今日も生きていく。
死が訪れようとも、生が続いていこうとも、それを等しく見守るのが神の役目。
答えなど求めないことが正解のひとつなのかもしれない。
斯くして、此度の事件は滅びの終末に到ることはなかった。
眠りに落ちた神――ロキが目を覚ました時、彼に託された創造と再生の力はゆっくりと芽吹いていくのだろう。宛ら、卵から孵るように。
未だ視ぬ未来の光景を、その蜜彩の眼に映していく為に。
大成功
🔵🔵🔵
最終結果:成功
完成日:2021年09月03日
宿敵
『破壊神』
を撃破!
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