●ディア・マイ・ペンフレンド
帝都に今日も、雨が降る。
帰国して彼是十日ほど、ずっと此の調子である。夏の盛りも過ぎたので秋雨前線が到来したのだと、ラヂオはそう謳って居た。季節が移り変わるのは結構なことだが、此れでは延々と続く階段をせっせと上って、十二階の展望台まで脚を運んだ甲斐も無し。
否、諦めるのは未だ早かろう。此れは「願掛け」でも有るのだ。いまにも止まりそうな心臓を弱弱しく、其れでも必死に動かし続ける“あの子”の為の……。
懐へ差し込んだゆびさきが探るのは、よく鞣されたクロム革の葉巻入れなどでは無く。くしゃくしゃに成るまで幾度も目を通した、一通の手紙である。丁寧に四つ折りにされた便箋の正面に綴られているのは、『おじさまへ』と云う五文字。けれども其の筆跡は明らかに震えて居て、心なしか生気がない。もう余り、猶予は無いのだ。
未だ秋雨の前線が晴れぬうちに、彼女は手術を受けるのだと云う。
されど、クロロフォルムの馨でひとたび眠りに就いたなら。あえかに弾む心臓まで、甘美な眠りに誘われて仕舞うやも知れぬ。其れが大層こころ細いのだと、彼女は手紙のなかで語った。
ゆえにこそ、次の季節に連なる“約束”が欲しいのだとも――。
『雨がやんだら、逢いに来てくださいましね』
返事は未だ、綴っていない。
その約束にはきっと、応えられないからである。頸に結ばれた黒い輪は、そして鞄の奥に詰め込んだピストルは、男が重ねて来た罪を総て清算するだろう。その命で以て。
幸か不幸か、此の身にはささやかな懸賞金が懸けられている。異国の官憲は躍起になって、己を探して居るのである。どうせ散るいのちなら、穢れなき彼女の為に使いたい。金さえ在れば、彼女はもっといい医者に掛かれるのでは無いか。或いは独逸や亜米利加から、名医を招くことだって……。
深い思索に沈み掛け、男は静かに頸を振る。そして肩から提げた小型の写真機を、雨に濡れた窓へ近づけた。水滴にぼやける街の明かりも、まあ、悪い眺めでは無い。
――彼女は、喜んでくれるだろうか。
そんなことを想いながら、シャッターを切った。ストロボの灯に目が眩む。暝闇に慣れきった己には屹度、光なんて似合わない。
故にこそ、彼女とは袂を別たねばならぬ。長い雨が、止むまでに。
●ラストペヱジ
「帝都にグラッジ弾が持ち込まれた」
グリモアベースに集った面々を見回しながら、ジャック・スペード(J♠️・f16475)が重々しく口を開いた。
グラッジ弾――。其れは人間の「恨み」を凝縮し、弾丸とした影朧兵器。ひとたび此の銃弾を浴びた者は、負傷するばかりでなく、影朧を引寄せる存在と化して仕舞う。いわば、帝都に動乱を巻き起こすテロリストの為の道具である。
「持主に目星は付いている」
被った帽子を整えながら、ジャックは淡々と情報を連ねて往く。其の男は、嘗て帝都で暗躍していた『ワタヌキ』と云う悪漢なのだと云う。
法に触れることは「人殺し」以外、総てやり尽くしたような男だ。彼が帝都の憲兵に追われ、海外へと高飛びしたのは、もう十年も前の話になる。――そんな彼が、どういう訳だか帝都に戻ってきたのだ。あの不吉な黒い首輪と、凶弾を手土産に。
「彼は最期のひと時を、帝都で過ごす心算のようだ。とはいえ、ひとつだけ『心残り』が有るらしい」
其の心残りとは、所謂“ペンフレンド”の存在である。
ワタヌキはここ十年、帝都の郊外――丘の上にひっそりと佇む“サナトリウム”で療養をしている『鞠子』という少女と文通をしているらしい。此の鞠子という少女、どうやら難しい手術を控えているようで、「ワタヌキに逢いたい」と周囲へ頻りに溢しているのだと云う。
恐らく標的は、少女を案じて帰国を決意したのだろう。彼がグラッジ弾を持ち出したのも、もしかしたら彼女の存在が関係しているのかも知れない。
「その娘に話を聴いてみるのも、有りだとは思うが……」
彼女は生まれつき、心臓が弱い。
だから悪戯に不安にさせたり、衝撃を与えないよう、ある程度は配慮をするべきだろう。鐵の男は淡々と、そう補足を重ねた。
「総てが丸く収まる訳じゃないだろうが、あんた達なら良い結果を導けるさ」
どうか武運を――。
そう囁いたジャックの掌中で剣を模したグリモアがくるくると回転する。向かう先は、櫻が咲き乱れる朧の世界――サクラミラージュ。
華房圓
OPをご覧くださり有り難う御座います。
こんにちは、華房圓です。
今回はサクラミラージュにて、冒険譚をお届けします。
●一章〈日常〉
雨降る夜、郊外に在るサナトリウムにて。
標的のペンフレンド「鞠子」から話を聴くことが出来ます。
但し心臓が弱いので、あまり刺激を与えないよう注意が必要でしょう。
街に出れば、洒落た店が並んでいます。
カフェバーやホテルのラウンジで、雨音の静謐な調べをBGMに、寛ぎのひと時を過ごすのも良いでしょう。
特に「鞠子」には言及せず、日常を普通に満喫いただいても大丈夫です。
●二章〈冒険〉
標的と対峙していただきます。
詳細は章進行時に改めて。
●三章〈集団戦〉
影朧の群れと戦っていただきます。
●『毬子』
標的のペンフレンド。19歳。
生まれつき心臓が弱く、手術を控えている。
不安を抱えるいま、標的からの手紙が何よりの支え。
●『ワタヌキ』
グラッジ弾を持ち込んだ男。いわゆる『裏社会』の住人。
最近まで海外に居たが『毬子』の手術の報せを受け、帝都に戻って来た。
海外の政府から、首に懸賞金を掛けられて居る。
彼の処遇や生死については、参加者様に一任いたします。
●その他
「罪と贖罪」がテーマの、少し心情寄りなシナリオです。
参加者様と一緒にひとつの物語を綴って行けたなら幸いです。
プレイング募集期間は断章投稿後、MS個人頁やタグ等でお知らせします。
キャパシティの都合により、グループ参加は「2名様まで」とさせてください。
またアドリブの可否について、記号表記を導入しています。
宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
オーバーロードについては、お好みでどうぞ。
それでは、宜しくお願いします。
第1章 日常
『人里離れた館にて、幽世の如き夜を』
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POW : 語り明かそう。キミと、朝まで。
SPD : 舌へ、喉へ、その心へ。香茶と酒精を心行くまで。
WIZ : 散るがゆえに。藍夜に舞う桜を瞳に映して。
👑5
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●雨音に溶かす言の葉
長雨の降る季節においても賑わいの絶えぬ華やかな帝都から離れ、ひとたび郊外へ出たならば、しん、とした静けさが出迎えてくれる。ぽつぽつ、ぽつぽつ。一定の間隔で傘を叩く雨音の調べは耳に心地よくも、何処かもの寂しい。こんな夜こそ思索が似合う。或いは、誰かと密やかに言の葉を交わすのも――。
丘にあると云うサナトリウムに向かう途中、そこそこに栄えた街がある。通りを行き交うひとの姿こそ疎らだが、年季の入った観光客向けのホテルや当世風のカフェバーからは、温かな灯が漏れだして居た。此処でひと時の間、雨の夜を楽しむのも良いだろうか。
カフェバーでは三角のグラスに揺れる、コクテールを味わえる。ウイスキーをベースにしたマンハッタンに、カルヴァドスをベースにしたジャック・ローズ。未成年ならば金木犀の馨が漂う紅茶や、蜂蜜を垂らしたマロン風味のホットミルクが味わえると云う。
ホテルのラウンジでは各種酒精に加え、軽食も楽しめる。艶やかな栗が頂上に飾られたモンブランに、宝石のようなマスカットが鏤められたタルト。摘みならば茸のマリネだとか、サーディンのミニグラタンなどが用意されているのだそう。
さて、件のサナトリウムとえいば、――街からだいぶ離れた自然豊かな、それでいて何処か寂しい場所に、ぽつんと佇んで居た。其の見目は療養所というよりも、大きな洋館のようである。
清潔感に溢れる真白の壁、開放感のある大きな窓。そして、草花に彩られた門。そっと中に入れば、眸に優しい温かな色合いの灯に包まれる。
桜學府から予め連絡が伝わっていたらしく、直ぐに職員が出迎えてくれた。猟兵たちが導かれた先は、大きな窓のお陰で広々とした印象の食堂――カフェテリア。
果たして其の窓辺に居たのは、車椅子に乗ったひとりの少女であった。
外巻に結い上げた黒髪、青白い頬に華奢な体躯、あえかなゆびさきで握り締めるは、便箋の束。恐らく彼女こそが、ワタヌキのペンフレンド『鞠子』であろう。
彼女から如何にして情報を得るか。そして彼女と如何なる関わり方をするか。総ては其々のこころ次第。
静謐な室内にはただ、雨音の調べばかりが響いていた。ほう、と溜息を吐いたのは、儚きいのちを憂う少女の花唇である。
*補足*
・行動は「鞠子への聞き込み」or 「バーやラウンジで過ごす」のどちらかに絞って頂けると幸いです。
・本章のPOW、SPD、WIZは一例です。
⇒ご自由な発想でお楽しみください。
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」を、記載頂けると嬉しいです。
・グループ参加の際は、「執行日」を揃えて頂けると幸いです。
*受付期間*
9月5日(火)8時31分 ~ 9月8日(金)23時59分
(※誤記がありましたので、訂正します↓)
*受付期間*
10月5日(火)8時31分 ~ 10月8日(金)23時59分
雨野・雲珠
◎☆
手術は患者さんの体力が持つかどうかも重要と聞きました。
あの華奢なお体…病は取り去れませんが、
術前術後の体力回復なら俺の桜はきっとお役に立てます。
職員さん経由で主治医の先生に申し出ます。
ご許可頂けるなら、後程他の方にも
◆
こんばんは。…鞠子お嬢さん?
はい、ご覧の通り桜の精です。雲珠と申します。
花?花は…
(ぐ、と集中)(ぽこっと一輪咲く白い八重桜)
ふふふ!
近いうちむつかしい手術をなさると聞いて…
お嬢さんが不安なくその日を迎えられるよう、
お手伝いいたしますね。
ご負担にならないよう軽くご挨拶してお暇します。
鞠子お嬢さんの心身がご無事であることは、
ワタヌキ様にとっても大事であるはず…
お守りしなければ。
シャト・フランチェスカ
◎
やあ、お嬢さん
それは手紙だろう?
どうにも気になってしまってね
何せ、ことばを綴るのが仕事だから
僕も入院していたことがあるんだ
此処ではない何処か
ずっとずっと前のこと
きみが想像できないくらいにね
今の『僕』は、この通りさ
相手はどんな人か尋ねてもいいかい
不思議なもので
対面より手紙のほうが雄弁なこともあるよね
距離を隔てても
綴る間だけは傍に居るようで
次の小説では手紙をテーマにしたいんだ
きっと素敵な思い出があるのだろう
良かったら聴かせてくれないか
原稿が仕上がったらきみに届ける
それでお礼になるかな
――不安定な命であるのも察せるが
どんな形であれ、届けようと思う
手紙の返事ほど待ち遠しいものは、他にないだろうけれど
●櫻咲いて
独り窓の外を眺める少女の傍らに、ふたりの猟兵が歩み寄る。ひとりは枝櫻を頭に飾った黒髪の少年――雨野・雲珠(慚愧・f22865)、もうひとりは淡い色彩の櫻を神に揺らした紫陽花の乙女――シャト・フランチェスカ(殲絲挽稿・f24181)である。
「やあ、お嬢さん」
「こんばんは、……鞠子お嬢さん?」
穏やかに聲を掛けられて、少女は窓の外からふたりの方へ視線をそうと移動させる。「こんばんは」と返事を寄こす聲の調子こそ明るいけれど、その響きは今にも消え入りそうな程、あまりにも儚いもの。
「そうよ。おふたりは、桜の精のかた?」
「まあね」
「はい、ご覧の通り――」
首肯するふたりを順に眺め、鞠子は不思議そうに瞬きをひとつ、ふたつ。くりりとした眸は、少年の頭に揺れる枝櫻へと注目していた。
「あなたの花は咲いて居ないのね。もう秋だから、散って仕舞ったのかしら」
「ああ、花は……」
かくりと頸を傾ける彼女の疑問を受けて、雲珠はぐっと意識を枝に集中させる。すると、――ぽこっ。白い八重櫻が一輪、少しばかり短い其れに花を咲かせた。
「まあ!」
「おや、綺麗だね」
「ふふふ」
品よく口を覆って驚きながら、眸を煌めかせる少女。シャトもまた同族が披露した芸当を前に、微笑まし気に口許を弛ませた。
「雲珠と申します」
「僕はシャト、お見知りおきを」
場が和んだ所で少年はぺこりと頭を下げ、乙女はかくりと小首を傾けて、其々に自己紹介を交わす。鞠子もまた車椅子の上でぺこりと、ふたりに会釈を返した。
「近いうち、むつかしい手術をなさると聞いて……。少しだけ、見舞いに参りました」
「嬉しい、お見舞いなんて久しぶりだから」
ふわりとはにかむ少女の傍に膝を付いて、雲珠は櫻彩の双眸を弛ませて優しく微笑み掛ける。努めて穏やかに紡ぐのは、彼女を安心させるようなことば。
「お嬢さんが不安なくその日を迎えられるよう、お手伝いいたしますね」
「ありがとう、元気づけてくださるの」
「ええ、きっと元気にしてみせますよ」
少女と視線を合わせながら、少年は確りと頷いて見せる。紡いだ返事に、ささやかな誓いを秘めて――。
「職員の方とお話がありますので、俺はそろそろお暇しますね」
「あら、もう少しゆっくりなさって往くと良いのに」
立ち上がって場を辞そうとする雲珠に、名残惜しげな眼差しを向ける鞠子。きっと、人恋しいのだろう。彼女のこころと少年の意図を察したシャトは、手近な椅子を引いて車椅子の傍へと寄せて、其処に腰を降ろした。
「お言葉に甘えて、僕はもう少しお喋りさせて貰おうかな」
「わかりました。では、お大事に」
ぺこりと再び頭を下げて、少年は食堂の出入り口へと歩んで往く。扉の傍ではサナトリウムの職員が、心配そうに此方の様子を伺っていた。努めて明るい表情を保った儘、雲珠は職員へ聲を掛ける。
「俺の桜を、役立ててもらえませんか」
「桜を……?」
虚を突かれたような貌をする職員に、そうっと肯く少年。彼の頭に咲く白い櫻は影朧を転生に導くだけでは無く、ひとの疵や疲労を癒すことも出来るのだ。
「手術の成功には、患者さんの体力が持つかどうかも重要と聞きました」
そう語りながら少年は、ちら、と櫻彩の眸に鞠子の姿を映す。華奢なあの躰では、手術に耐えられるかどうかは五分五分であろう。「病は取り去れませんが」と前置いたうえで、雲珠はひとつの提案を溢す。
「術前と術後の体力回復なら、任せてください」
「わかりました、先生に相談してみましょう」
此の世の安寧を護る『超弩級戦力』の提案に、職員が否を唱える筈も無い。なにより、彼のことばには其れを信じさせるだけの誠意と信憑性があったのだ。
「もし宜しければ、他の患者さんたちも」
「有難う御座います、では此方へ――」
何処かほっとした様子で職員は扉を開け、雲珠を食堂の外へと促す。其の導きに従う少年は、一度だけ少女の姿を振り返った。『ワタヌキ』と云う男にとって何よりも大切なのはきっと、鞠子の心身が無事であることだろう。
――お守りしなければ。
冬の枝にひとひらの櫻を咲かせた雲珠は、人知れずそう決意を固めるのだった。
「それは、手紙だろう?」
鞠子の傍に残ったシャトは、少女のあえかな腕に抱かれた便箋の束を注視していた。「どうにも気になってしまってね」なんて、花唇に苦い笑みを刻んでみせながら、シャトは訥々と言葉を重ねて往く。
「何せ、ことばを綴るのが仕事だから」
「もしかして、お姉様は作家さん?」
非日常を纏う響きに、鞠子の眸が再びきらきらと煌めいた。静かに頷きながら、シャトは何処か遠くを見つめる。
「僕も、入院していたことがあるんだ」
それは、此処ではない何処か。
帝都よりも、海外よりも遠い、きっと世界すら超えた先での噺。
「ずっとずっと前のこと、きみが想像できないくらいにね」
嘗ての自分が生きていたのは、果たして何時のことだったか。生前に思いを馳せながら、シャトは深刻に成らないようにと冗談めかして微笑む。
「もう、お元気?」
「今の『僕』は、この通りさ」
心配そうに貌彩を伺って来る鞠子に向けて、軽く肩を竦めながら「大丈夫」と言外に伝える乙女。“同じ”境遇に在った自身を見て、未来に希望を抱いて欲しいと、そう想う気持ちもあった。
「相手はどんな人か、尋ねてもいいかい」
「そうね、不器用で粗野で……。けれども本当は優しくて、とても良い人よ」
便箋をぎゅっと抱きしめながら、鞠子は夢見るような調子でそう語る。彼女の聲には確かに、隠し切れぬ『親愛』の情が滲んでいた。
「実際に貌を合わせるとね、余り喋ってくれないんだけれど。便箋には沢山、ことばを連ねてくれるの」
「そう、対面より手紙のほうが雄弁なこともあるよね」
手紙と云うものは全く、不思議なものだ。
幾ら距離を隔て居ようとも、綴る間だけは相手が傍に居るような心地になる。相手を想う気持ちが強い程、其処に居る気配はより強くなるばかり。そしてそれが、寂しさと恋しさをより加速させて往くのだ。
「次の小説では、『手紙』をテーマにしたいんだ」
「まあ、手紙のお噺を。ぜひ、読んでみたいわ」
「……良かったら聴かせてくれないか、その手紙に纏わる想い出を」
きっと素敵なエピソォドが聞けるだろうから、と言葉を重ねたなら、鞠子は恥じらうように眸を伏せた。
「おじ様とはね、もう十年も文通をしているの。おじ様は御仕事の都合で、遠い異国に居るのだけれど。それでもひと月に一度、必ずお手紙をくれるのよ」
「――きっと、きみが大切なんだろうね」
シャトがそう相槌を打てば、「どうかしら」と鞠子が白い頬を僅かに染めた。年相応な其の姿に微笑まし気な眼差しを向け、シャトもまた次に連なる約束を紡ぐ。
「原稿が仕上がったら、きみに届けるよ。それで、お礼になるかな」
「ええ、楽しみ!」
無邪気に燥ぐ少女と対照的に、乙女のこころには暗雲が差す。シャトの目から見ても、彼女のいのちは酷く不安定である。正直、原稿が書き上がるまで、もってくれるかどうか……。嗚呼、それでも。
――どんな形であれ、届けよう。
きっと手紙の返事ほど待ち遠しいものは、他にないだろうけれど。そんなことを想わずには、居られなかった。ぽつぽつと窓を叩く雨音が今ばかりは優しい調べのように想えて、シャトは暫し耳を欹てる。未だ、長雨は止みそうにない。
それはきっと、或る意味では救いなのだろう。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
カイム・クローバー
◎
夏報(f15753)と。
病気の件を取材に来た記者って体で夏報と。
難病の子を何人も取材しててね。――良ければ話を聞かせて欲しい。
UCで取材雑誌の偽物を作って渡す。
この辺は初めてでね。お洒落なカフェやケーキ屋なんてのもある。もし良ければ、この後、土産にでも買ってこようか?
買ってくれるのはこっちのお姉さんの方だけど、なんて。
病気の詳細や手術の難しさ、現在の状況、聞けるだけ聞くぜ。
その手紙は家族?友達?もしくは…彼氏とか?冗談めかした様子で。ブレーキ役は夏報に任せてる。万一は止めてくれる。
鞠子ちゃんは美人だし、モテそうだ。もし、その手紙の主がとんでもない奴だったらどうする?例えば――悪い奴とか。
臥待・夏報
カイムくん(f08018)と
同じく、病気の件で取材に来た記者を装って情報収集
話はカイムくんに主導してもらって、夏報さんはあまり目立たないよう隣にいる
カイムくんがおちゃらけたことを言うたびに、「真面目にやってってば」と小言を挟んだり「あのねえ」と呆れたりする、堅物の同僚
そういう設定で演技しよう
これも相手の警戒を解く話術のひとつなんだよね
性格が違う二人が漫才みたいなやりとりをしてると、人は片方に共感してしまうものだから
カイムくんがワタヌキのことに突っ込み始めたら
すかさず「プライベートすぎることはちょっと……!」と抑えに回ってバランスを取るよ
お調子者と苦労人
鞠子くんならどっちに心を開いてくれるかな?
●コントラスト
「――まあ、私を取材に?」
ふたりぶんの名刺を手にした鞠子が、ぱちぱちと大きな眸を瞬かせた。そんな彼女に雑誌を差し出しながら、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は努めて優しくことばを紡ぐ。臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は彼の隣で、車椅子に座った少女の姿を静かに観察して居た。
「ああ、難病の子を何人も取材しててね」
今回ふたりは、社会派な雑誌の取材記者――という名目で鞠子と接触を試みた。ゆえに名刺は勿論のこと、先程渡した雑誌もカイムの能力で想像した“偽物”である。そんなことなど露知らず、少女は痩せたゆびさきでパラパラと、興味深げに雑誌の頁を捲っていた。
「良ければ、話を聞かせて欲しい」
「勿論、躰に障らない範囲で構わないからさ」
「私で良ければ、喜んで」
そう首肯する少女に、ふたりを疑う気配は微塵もない。ワタヌキのような悪漢と十年も文通する位だ。外の世界を知らぬ鞠子は、たいそう純粋な気性のようである。
「この辺は初めてだが、洒落たカフェやケーキ屋なんてのも視掛けたな」
「ええ、街のほうに出ると色々なお店があるみたいね」
私は行ったことが無いのだけれど――なんて。少女がそう寂し気に微笑めば、カイムが軽い調子で提案を紡ぐ。
「後で何か買ってこようか。ま、買ってくれるのはこっちのお姉さんの方だが」
「あのねえ……」
冗談めかして重ねられたことばに、ついつい半目に成る夏報。一方のカイムは、「別にいいだろ」なんて飄々とした調子。そんなふたりの遣り取りを前に、鞠子はくつくつと鈴音の笑聲を転がした。
「ありがとう。でも、お気持ちだけ。あまり食べられないから」
「……食欲、ないのか」
「寝てばかりだから、お腹すかないの」
気遣う様に問いを重ねる青年に、少女はちいさく肯いて見せる。周囲が暗く成らないよう、戯れるように笑いながら。とはいえ、其の科白が何を意味するのか、猟兵たちはよく分かって居た。
「心臓の病気って聞いたが、そんなに悪いのか」
歯に衣着せぬ物言いに、ちらり、夏報が青年の横貌を盗み見る。当の鞠子は気にしていない様で「ええ」と肯定を紡ぎながら、ほんの僅か困ったように眉を下げる。
「いまにも、止まってしまいそうなんですって」
「でも、近いうちに手術を受けるんだろ」
「うん……」
「……成功するかどうか、心配?」
浮かない調子で眸を伏せる少女が、何かことばを探して居るようにも視えたので。黙ってメモを取っていた夏報が、横からそっと口を挟む。
「――少しだけ、怖いの」
その問いに頭を振った鞠子は、きゅっと、膝の上に乗せた便箋を握り締めた。色素の薄い唇があえかに震えれば、裡に秘めた不安が零れ落ちて往く。
「麻酔で眠って仕舞ったら、もう二度と目覚めないんじゃないかって」
ひどく儚げな少女は、素人目から見ても病で憔悴しているように見える。ゆえにふたりは、無責任な励ましを避けた。
「……その手紙は、家族から」
其の代わり、彼女が大事に持っている便箋について、カイムは話題を移す。鞠子は便箋と彼の貌を見比べて、ほんの少し寂しそうに微笑んだ。
「両親は私の所為で働き詰めだから、連絡もあまり呉れないの」
「じゃあ、友達から?」
「ずっと病院に居たから、お友達もいないわ」
「あ、彼氏とか――」
「ちょっと、真面目にやってよ」
冗談めかした調子で問いを重ねれば、再び半眼になった夏報から横槍が入る。そんなふたりを見て「そんなんじゃないわ」と、鞠子は可笑し気に笑った。
「鞠子ちゃんは美人だし、モテそうだな」
「まあ、そんなこと……」
色のない頰を僅かに染めて頸を振る少女の、あどけない姿を見降ろしながら、カイムは不意に表情を引き締めた。彼女にはきっと、ふたりがお調子者と堅物の凸凹したコンビに視えていることだろう。故にこそ、警戒されている様子はない。それどころか、此方に親しみすら感じているようにも想える。――核心を突くなら、そろそろか。
「もし、その手紙の主がとんでもない奴だったらどうする?」
「とんでもない、って?」
かくりと頸を傾ける少女に、「例えば」と聲を顰めながら青年は夏報の報へちらり、目配せひとつ。もしも自身が紡ぐ科白が彼女のこころを深く傷つけるようなら、夏報が止めてくれる筈だ。
「――……悪い奴とか」
「ちょっと、流石に踏み込み過ぎだよ」
一応は“取材”という体で接触しているので、良識人の振りをした夏報が空かさず止めに入る。とはいえ、彼女の意識もまた鞠子の答えに集中していた。
「……それでも、気にしないわ」
少女は其れだけ答えると、雨が降り続ける外を見遣る。勿論、其処に待ち人の姿は無い。ただ、昏闇だけが拡がって居た。
「私にとっては、大事なひとに変わりないもの」
ぽつり、寂し気に紡がれた科白を拾うのは、カイムと夏報の唯ふたりだけ。ぽつぽつと窓を叩く雨音は、冷えた宵の切なさを静に煽り立てて往く。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
世母都・かんろ
【烟雨】◎
鞠子さん
彼女に負担を掛けないこと意識
挨拶は丁寧に
はじめ、まし、て
此処、に、は
歌、を
歌い、に、き、まし、た
優しい歌を鞠子さんに宛て
ご要望あれば彼女のすきな歌も
帝都の曲は、覚えたから
気持ちを和らげられたらそれとなく聞き込み
鞠子、さん、は
普段、どんな風、に、過ごし、て、ます、か?
わ、たし、は
庭で、花を、育てる、の、が、すき
…それ、に
義父、と、お話、するの、も(叶を見て笑む
きっと、素敵、な、お友達、なの、ね
鞠子、さん、を
大切に、想ってる
…難しい、手、術って、聞いて、ます
でも、きっと、よく、なる、わ
その人、も、そう、信じ、てる
…逢いたい、です、よね
わた、しも、同じ、立場、なら
そう、思、い、ます
雲烟・叶
【烟雨】◎
甘露の慰問を前に出して、お話しましょうかね
こういうことは、あの子の方が得意でしょう
初めまして、お嬢さん
自分は叶、この子は甘露と言います
どんな? 親子ですよ、可愛い義理の娘です
外見は若くとも、歌う甘露に向けた視線は確かに見守る親のそれと大差ない
相変わらず良い声してますねぇ、甘露は
雑談を交えながら少しは心を安らかに出来たなら、話ついでにお手持ちの手紙について聞いてみますかねぇ
もし見せて貰えるんなら、例えば封筒選びや、便箋、インクの色、並ぶ文字、そういうものからでも送り相手への気持ちが見えるもんじゃねぇかと思いましてね
大切にしている気持ちってぇのは、細やかな場所からでも良く分かるもんですよ
●こころ紡いで
誰かを待ち焦がれるように、窓の外を眺め続ける車椅子の少女。そんな彼女のあえかな背に、そうっと聲を掛けるのは世母都・かんろ(秋霖・f18159)である。
「鞠子、さん」
振り返った少女はかんろの姿を視るなり、きょとんと双眸を瞬かせた。自らの名前を紡いだ聲は青年の其れだったのに、其の姿は可憐な少女そのものだったから。
「はじめ、まし、て」
「初めまして、お嬢さん」
傍らに佇む青年――雲烟・叶(呪物・f07442)と共に彼女に会釈をした後、かんろは静かに少女の傍へと歩み寄る。そうして視線を合わせるように屈めば、優しく微笑み掛けた。
「此処、に、は、歌、を、歌い、に、き、まし、た」
「……歌を?」
「ええ、いわゆる慰問という奴ですよ」
訥々と紡がれたことばを聞き届け、不思議そうに反芻する鞠子。そんな彼女の疑問を掬うように、彼女の傍らに歩み寄った叶もまたことばを重ねる。
「まあ、遥々慰問に来て下さったの。うれしい、ありがとう」
ふたりの来訪の意図を察した鞠子は、眸を煌めかせて喜んだ。丘の上にぽつんと佇むサナトリウムでは、供される娯楽など無きに等しい。特に鞠子のように、遊び盛りの少女にとっては尚のこと。ゆえに、『慰問』は貴重な娯楽のひとつなのだ。
「自分は叶、この子は甘露と言います。可愛い義理の娘です」
「そうおふたりはご家族なのね。私は鞠子です……ってもうご存じだったわね」
「鞠子さん、の、為に、こころを籠めて、歌います、ね」
和やかに挨拶を交わし合ったのち、かんろは姿勢を正してふたりに向き直る。すぅ、と息を吸い込めば、旋律と共に聲と吐息を吐き出した。
♪ 泣き虫な きみでいいよ 笑い上戸の ぼくでいいなら ♪
先程までたどたどしくことばを儗っていた聲は、変声期を迎える前“あの頃”と同じように、うつくしく伸びやかに響き渡って往く。優しい想いを籠めた歌は、耳を傾けるふたりの“こころ”を癒して行く。まるで恵みの雨のように。
軈て最後の一音を紡ぎ終わったのち、食堂はふたりの喝采で包まれた。少女は「ほう」と甘い溜息を吐きながら、うっとりとした眼差しをかんろに向ける。
「嗚呼、とても綺麗な歌ね」
「相変わらず良い声してますねぇ、甘露は」
叶もまた、ゆるりと賛辞を紡いでみせる。彼がかんろに向ける眼差しは、紛れも無く子を見守る親の其れであった。かんろは僅かにはにかみながら、ぺこりと聴衆に頭を下げる。喝采もさることながら、何より義父に褒められたことが嬉しかった。
「鞠子、さん、は、普段、どんな風、に、過ごし、て、ます、か?」
これで、場も充分に温まっただろう。そろそろ頃合いとみて、かんろは訥々と問いを編む。先ずは、お互いのことをよく知るべきだ。
「わ、たし、は、庭で、花を、育てる、の、が、すき。……それ、に」
ちらり、と向けた眼差しの先には叶が居る。視線が絡めば微笑み掛けて呉れる、優しい彼の姿を見れば、自然と口許が綻んだ。
「義父、と、お話、するの、も」
かんろの話に「素敵ね」と、鞠子は穏やかに肯きながら相槌を打つ。其の傍らで、彼女は眉を下げて困ったように微笑んでみせるのだ。
「私は此処の所、ずうっと寝てばかりで――」
其の科白に、ふたりは彼女の病状が思わしくないことを悟る。何と答えたものかと貌を見合わせた刹那、ぽつり、少女が静にことばを重ねた。
「でもね、起きてる時はお手紙を書いたり、眺めたりしているのよ」
「佳ければ、見せて貰っても?」
「ええ、どうぞ」
快く肯いて、叶に便箋の束を差し出す鞠子。其れを丁重に受け取った青年は、まじまじと観察するように其れを眺め遣る。
便箋は、洒落っ気の無い簡素なものだった。真白な紙に無機質な線が引いてあるだけ。如何にも、男が使いそうなものだ。インクの彩も、別段面白みのない黒彩である。綴られていることばとて、決して甘いものでは無い。全体を通してぶっきらぼうで、意地の悪い文句が紡がれていることもあった。然し、其処に並ぶ文字からは温かな情が読み取れた。
「大事に想われてるんですねぇ、お嬢さんは」
「……あら、そうかしら?」
かくりとあどけない調子で、小頸を傾ける少女。そんな彼女に、叶はゆるりと肯き返す。“造られた者”であるからこそ、ものに秘められた想いに彼は敏感なのだ。
「大切にしている気持ちってぇのは、細やかな場所からでも良く分かるもんですよ」
「きっと、素敵、な、お友達、なの、ね」
義父の手許を覗き込んだかんろもまた、穏やかに同意を示してみせた。文字を通じてこころを通わせ合う様は、傍から見ると微笑ましいもの。特に此の手紙からは、鞠子に寄せられた親愛の情がよく伝わって来る。
「鞠子、さん、のことを、大切に、想ってるの、わ、たしにも、分かり、ます」
「――ありがとう、そうだといいな」
一行に姿を見せぬ、便りも寄越さぬワタヌキに、矢張り不安を抱いていたのだろう。少女は僅かに眸を潤ませながら、おっとりと微笑んだ。そんな彼女に寄り添うよう、車椅子に優しく手を添えながら、かんろは穏やかにことばを編んだ。
「……難しい、手、術って、聞いて、ます。でも、きっと、よく、なる、わ」
手術の噺に成ると鞠子はかんばせに憂鬱の彩を浮かべ、そうっと眸を伏せた。体力は勿論、気力も衰えているようである。そんな彼女を元気づけるように、かんろは聲を掛け続ける。
「その人、も、きっと、そう、信じ、てる」
其の科白にはっとしたように、鞠子は貌を上げた。あえかに震える唇は、消え入りそうな聲彩で、待ち人の名を紡ぐ。
「おじ様……」
其の所在無さげな姿を見れば、かんろの胸はちくりと痛んだ。サナトリウムに閉じ込められ独り病と闘う彼女の不安ときたら、幾何のものか。
――逢いたい、です、よね。
きっと自身も同じ立場なら、そう想わずには居られなかっただろう。かんろのこころもまた、憂鬱に沈み掛ける。
「お嬢さん、もう二、三曲、聴いてみませんか。甘露は流行りの曲も得意でして」
そんな彼のこころを引き上げたのは、叶が溢した細やかな提案。義父のことばに、ぱちりと瞬き溢したのち。かんろは直ぐに、こくこくと頸を振って見せる。
「は、い。お好きな、歌、があれ、ば、教え、て、くださ、い」
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて。いま流行ってる歌が聴きたいわ」
あまり詳しく無いから、とそうことばを重ねた少女に首肯して、かんろは再び息を吸い込んだ。大丈夫、帝都の曲はちゃんと覚えている。
啼きたく成るほど寂しい夜。少女の“かたち”をした青年は雨音を伴奏に、甘やかな調べを紡ぐのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
月居・蒼汰
◎サフィーくん(f05362)と
ジャック・ローズを飲みながら
まさかサフィーくんと一緒にお酒を飲めるなんて
夢にも思わなかったなあ…
何故か感慨深く
外には桜を散らす雨が降っているんだろう
これから事件が起きるなんてとても思えない静かな夜
…サフィーくんは、さ
誰かの為に死んでもいいって思ったことはある?
俺はこれでも一応ヒーローだから
何かこう、世界のためにとかそういう…
大義名分?みたいなやつで死ぬなら
それもありかなって思ったことがない訳じゃないけど
でも、うん、勿論『今』は違うよ
グラスに揺れる赤い色
サフィーくんの言葉に無意識に尻尾が動く
…ありがと
俺も、サフィーくんが居なくなるのは嫌だからね
(…少し、酔ったかな
サフィー・アンタレス
◎月居(f16730)と
そうか?
俺はそこまで酒は飲まないから珍しいのかもな
…まあ、また気が向けばな
コルコバードを手に耳を傾ける
誰かの為、か
考えた事も無かった言葉
使命感も無ければ好んで戦いもしない為
改めて聞かれれば少し悩む
そもそも俺は人形だから
お前より生と死には無頓着だろうな
…でも、まあ
なんでまだ動いているんだ、と思うことはたまにあるか
酔い覚ましに水の入ったグラスを横に置いて
意識の変化は成長の証だろう
お前がヒーローなのは知っているが
きちんと、自分のことを大切にしろよ
誰かでなく
自分と、身近の奴の為に
…俺も、まあ
お前がいなくなるのは嫌だと思う
月居の言葉には少し驚くも
…ありがとな
ほんの一瞬の笑みを見せ
●誰が為に
帝都から離れた郊外と云えど、街のほうは矢張りそれなりに栄えて居るようで。温かな灯を雨の降る外へと零すカフェバーは、静かな賑わいを見せていた。カウンターに並んでグラスを酌み交わすのは、月居・蒼汰(泡沫メランコリー・f16730)と、サフィー・アンタレス(ミレナリィドールの電脳魔術士・f05362)のふたり。
「まさかサフィーくんと一緒にお酒を飲めるなんて、夢にも思わなかったなあ……」
「そうか?」
蒼汰が感慨深げに紅彩のジャック・ローズを揺らしたなら、ふわり、仄かに漂う林檎の甘い芳香。涼し気な碧彩のコルコバードを傾けるサフィーは、そんな彼の科白を耳に捉え、不思議そうに瞬き返す。
「俺はそこまで酒は飲まないから、珍しいのかもな」
「飲めるのなら、偶に付き合ってよ」
「……まあ、また気が向けばな」
基本的に“出不精”なサフィーである。戯れるように強請る蒼汰に、返すことばは淡々と。されど、斯うして出掛けるのも億劫な雨の夜に大人しく連れ出されている以上、彼とグラスを傾けるひと時は満更でも無いのもまた事実。
釣れない返事にも微笑まし気に双眸を弛ませる蒼汰だが、不図、窓を叩く雨音が彼の意識を捉えた。未だ、外には櫻を散らす雨が降っている。此れから帝都に騒乱を齎すグラッジ弾が放たれるなど思えない、とても静かな夜――。
「……サフィーくんは、さ」
三角形のグラスの淵を撫ぜながら、まるで地面を濡らす雨粒のように、ぽつり。静寂のなか、蒼汰は密やかにことばを落とす。
「誰かの為に死んでもいいって、そう思ったことはある?」
「考えたことも無かったな」
眼鏡をくいと整えながら、蒼汰の問いを脳内で反芻するサフィー。彼には傍らの青年のように、使命感も無い。それに、戦いを好む気性でも無いのだ。
「そもそも俺は人形だから、お前より生と死には無頓着だろうな」
「そっか……」
友の返事に蒼汰はそうと双眸を伏せる。整った貌に睫が影を落とす、其の様を横眼に視乍ら、サフィーは「でも、まあ」と靜にことばを重ねた。
「……なんでまだ動いているんだ、と思うことはたまにある」
徹夜を日常茶飯事にしていることからも、サフィーはそう自身のいのちを省みる方ではない。そんな彼ですら、いま斯うして生きていることに想うことは有るようで、蒼汰はもう一度「そっか」と同じような相槌を繰り返した。
「俺はこれでも一応ヒーローだから、さ」
伏せた眼差しは其の儘に、グラスに揺れる紅を蒼汰はただ見つめる。血の様に紅い其れは、彼の憂いを帯びた貌を水面に映し乍ら、グラスのなかで穏やかに揺らめいて居た。
「何かこう、世界のためにとかそういう……大義名分?みたいなやつで死ぬなら、それもありかなって」
それはきっと、『ヒーロー』として人々を護るために奔走する者ならば、多少は裡に抱えた願望であるだろう。ぽつり、ぽつり。何処か気まずそうに、蒼汰は想いを吐露して行く。「そう思ったことがない訳じゃないけど」なんて、重ねた科白はコクテールで流し込んで、蒼汰は漸く傍らに座す友へと視線を戻した。
「でも……――うん。勿論『今』は違うよ」
「その意識の変化は、成長の証だろう」
サフィーは相槌を打ち乍ら酔い覚ましにと、彼の前に水の入ったグラスを置いて遣る。軽く礼を告げて其れを仰ぐ友人の姿を眺めながら、淡々と掛けることばは気遣うような其れ。
「お前がヒーローなのは知っているが、きちんと、自分のことを大切にしろよ」
誰かの為、なんかではない。ただ独りの「自分」と、身近の者の為に――。それに、なにより。
「……俺も、まあ。お前がいなくなるのは嫌だと思う」
素直に零されたことばに、思わず双眸を瞬かせる蒼汰。彼の豊かな尻尾も無意識の内に、ふわふわとカウンターの下で跳ねる。
「――ありがと」
ふ、と口許を弛ませて穏やかに礼を紡いだ蒼汰は、そうして同じような科白を彼へと返す。さっき彼が紡いだ科白が、こころの何処かに引っ掛かっていたから。
「俺も、サフィーくんが居なくなるのは嫌だからね」
次はサフィーが、眸を円くする番である。彼は裡から込み上げる感情を解析する如く視線を泳がせたのち、ほんの一瞬、ふわりと静かに微笑んで見せた。
「……ありがとな」
友人の笑みにこころ解され、再びグラスを煽る蒼汰。サフィーもまた、静かに碧彩が揺れるグラスを傾ける。
今宵、雨音に紛れて密やかに紡いだ“らしくない”ことばの数々は、酔いの所為にして仕舞おう――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
リオ・ウィンディア
◎ラウンジで過ごす
…なんて声をかけたらいいかわからないから
私は一人雨が見える窓辺で思考に耽るわ
紅茶を飲みながらぼんやり外を眺める
傍にはまだ夫になる前の彼からもらったクラシックギター
私の心はきっと夫には理解できない
いっそ手紙でのやり取りで両思いになれるのならばその方が幸せではないだろうか
それとも、一緒にいられるだけで幸せなのだろうか
この心の生き場所がわからなくなる時があるの
それでも…一緒にいると約束したこの気持ちは変わらない
願わくば…(ため息)
少女には似つかわしくない憂いを帯びた表情でお茶を飲む
しばらくして柔らかなそれでいて【郷愁を誘う、歌唱】歌詞のないメロディだけががかすかに聞こえてくる
●長雨に想う
年季の入ったホテルのラウンジは、シャンデリアの温かな煌めきに包まれて居た。其れでも裡に抱えた昏さは、晴れそうにない。
未だ幼さを遺す少女――リオ・ウィンディア(黄泉の国民的スタア・f24250)は窓辺の席に腰を降ろして、独り物思いに耽って居た。
サナトリウムで待ち人に焦がれて居る少女の噺も聴いたが、何と聲を掛けるのが正解なのか、終ぞ分らなくて此処に居る。
運ばれて来た紅茶は未だ仄かに湯気を立てていて、秋の夜長のちょうど良い伴と成って呉れそうである。ふわりと漂う芳香は、少女の所在無さを聊か和らげてくれた。あえかなゆびさきを白磁の持ち手に絡ませて、そうっと琥珀の液体を流し込む。
打ち付ける雨音の調べに、金の双眸は自ずと窓辺へ向いた。ソーサーとカップを置けば、片方の手で椅子に寄り添わせたクラシックギターを撫ぜる。始祖鳥が彫り込まれた其れは、未だ“戀人”だった頃に夫から贈られた、大切なもの。
――私の心はきっと、彼には理解できない。
如何に距離が近くとも、大切な契りを結んで居ても、完璧にこころを理解しあうことは、きっと不可能である。貌を合わせて居ても、“埋められないもの”があるのだ。手紙でのやり取りで両思いになれるのなら、その方が幸せではないだろうか。
それとも、一緒にいられるだけで、自身は充分に幸せなのだろうか。
――この心の生き場所が、わからなくなる時があるの。
それでも、『一緒にいる』と約束したあの時の気持ちは嘘偽りの無いものだ。今だって、其の想いに変わりはない。
嗚呼、願わくば――……。
其処まで思考して、リオは「ほう」と、花唇から細やかな吐息を溢す。品よく紅茶を傾ける様は、絵画のようなうつくしさ。されど其のかんばせには、少女らしからぬ“憂い”が深く刻まれていた。
暝闇しか映さぬ窓には、ただ水滴が増えて往くばかり。寂しい雨音に耳を傾けて居れば、自然と花唇は音を紡いで居た。――其れは、歌詞の無い歌。少女はほんの微かな聲で、何処か物哀しい旋律を編み続ける。郷愁の念と憂いを乗せ乍ら。
今宵はセンチメンタルな情と戯れて居よう。紅茶が覚めて仕舞う迄、もう少し丈け。嗚呼、秋の夜は未だ長い。
成功
🔵🔵🔴
鳴上・冬季
◎☆#
「仕事で心臓麻痺を起こさせたら、それこそ何を言われるか分かりません。適材適所ですよ」
嗤う
「すみません、このペェジの甘味を上から順に。それとシュガーポットの砂糖が切れたのでおかわりを」
「甘党ならこれくらい普通でしょう?」
ラウンジで甘味三昧しながら読書、に見せかけUC使用
ウインナーコーヒーにもどかどか砂糖突っ込む
ゆっくりケーキ頬張りながら式神に探索させるのはサナトリウムからこの町までの道の探索と繁華街裏道周辺の探索
「彼女の住む辺りを一目眺めて区切りをつけたら、彼女を巻き込まないようこちらの繁華街でグラッジ弾使用、辺りが妥当でしょう?心臓の弱い娘を巻き込むために帰ってきたとは思えませんから」
●甘美なる夜
温かな灯を燈すシャンデリアの下、ソファゆるりと身を沈めながら、鳴上・冬季(野狐上がりの妖仙・f32734)は白磁に揺れるウインナー珈琲を独り傾けていた。
ユーベルコヲド使いとして、何より此の世界を拠点とする者として、グラッジ弾の脅威は見過ごせぬ。とはいえ、自身が病人を甲斐甲斐しく労わるような気性でないことは、百も承知。仕事で心臓麻痺を起こさせでもしたら、それこそ何を言われるか……。
「――適材適所ですよ」
喉奥でくつりと嗤い乍ら、角砂糖をぽとりぽとりとカップの中に落とす冬季。琥珀の液体の上には既に生クリィムが浮かんで居るというのに、一切の躊躇いは無い。甘党たる彼の舌に、帝都の甘味はようく合うのだ。
匙でぐるぐるとカップの中身を混ぜ溶かす傍ら、彼はメニューを眺め遣る。ひときわ大きく記されているのは、今が旬の栗をふんだんに使用したモンブランに、青々とした彩のマスカットが鏤められたタルト。さて、何方を選んだものか――なんて悩むのは、およそ凡人のすることである。
冬季は逡巡する素振りすら見せず、手を挙げて店員を呼ぶ。すると空かさず、仕立ての好い給仕服を纏ったボーイが注文票を片手に早足でやって来る。彼はデザァトの頁をゆびで示して、躊躇うこと無く斯う云った。
「すみません、このペェジの甘味を上から順に」
「――畏まりました」
ボーイは一瞬ことばに詰まったものの、平静を保って注文のメモを取る。然し、冬季の注文は其れだけに留まらぬ。それと――なんて、ことばを重ねた彼は空に成ったシュガーポットを小さく振って見せる。
「角砂糖が切れたので、おかわりを」
「……シュガーポットの中身を、ですか」
流石のボーイも、此れには面食らった様子。されど妖狐の青年は涼しい貌で、反芻された言葉へ首肯を返す。
「甘党ならこれくらい普通でしょう?」
斯くして、彼の前には様々なデザァトが供されることと成る。モンブランにマスカットのタルトは勿論、生クリィムの乗ったプリンに、ショコラケェキ、パンケェキなど、早々たる面々が丸い卓上に勢ぞろい。其の様と云えば圧巻の一言である。
「さて――」
片手にフォーク、片手に文庫本を持ち、冬季はより深くソファに身を沈める。一見すると甘味三昧で寛いでいるように見える彼だが、実際は其の裏でユーベルコヲドを行使して居た。此の町から丘に佇むサナトリウムまでの道程を、式神たちに探索させているのだ。特に念入りに調査をさせているのは、人気のない繁華街の裏通り。
推察するに『ワタヌキ』と云う男は恐らく、サナトリウムの周辺に姿を現わす可能性が高い。遠くからでも彼女の姿をひそり盗み見て想いに一区切りをつけた後、凶行に及ぶ心算ではないか。サナトリウムから遠く離れた、此の周辺で。
――心臓の弱い娘を巻き込むために帰ってきたとは、到底思えませんから。
そんな推理を編みながら、青年は独り切り分けたタルトを頬張った。絶妙に絡み合うマスカットの酸味とカスタァドの甘さに、自然と頬が緩む。
良い塩梅に響き渡る雨音と甘美なるデザァトを楽しみながら、式神が運んでくる報告をのんびり待つとしよう。
成功
🔵🔵🔴
御園・桜花
「人殺しをしない、ですか…」
「ジャックさんが最期の一時、と仰ったのが少々気になっております。もしかして…ワタヌキ氏が、自分にグラッジ弾を撃つ未来が見えましたか?」
◎☆
鞠子嬢が興奮したらUC「花見御膳」
状態異常:精神に有効な鎮静作用のあるお菓子勧め落ち着かせる
「こんにちは、鞠子さん。貴女の会いたい方のお話を伺いに来ましたの」
「綿貫さん、四月朔日さん。貴女の知っているワタヌキさんはどう書かれます?」
「私も、貴女の願いが叶うと良いと思います。ワタヌキさん、帰国されたらしいですから。只…お恥ずかしいのか、まだ町にいらっしゃって。ワタヌキさんが此方に来る勇気が湧くような手紙、書いて頂く事は可能ですか?」
鳳凰院・ひりょ
◎☆
鞠子さんと接触を試みる
難しい手術を控えているとの事だし
そういう意味でも凄く心細いのだろうと思う
標的の彼は裏社会の人間らしい、そんな彼が気に掛ける少女とは…どんな人なのだろうか
彼女自身の事を知り、そのうえで彼女にとっての彼がどんな存在であるのか…
それを知っておく事は、この後対峙するであろう彼とどう向き合う際の重要な判断材料となる
彼女の体の事もあるので詰問するような事は絶対に避け、彼女が話したいように話させてあげる
他人と話をする事でも少し気持ちが楽になるのではという目的もある
少しでも彼女の心の不安を減らしてあげたい
だから【優しさ】と【心配り】は絶対に忘れずに、相手を思いやる気持ちは最優先とする
●こころ知らずに
サナトリウムの中にある、広々とした様相のカフェテリア。其の大きな窓辺に、鞠子は居た。車椅子の上で便箋の束を眺め、雨音に耳を傾ける彼女の姿は、ひどく儚げである。
「……きっと、凄く心細いんだ」
學校にも通えず、ぽつんと佇むサナトリウムに閉じ込められて。其の上、いのちを左右するような難しい手術を目前に控えているのだ。嘗て孤児であった鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)にとって、彼女が抱える不安は決して他人事ではない。彼は気の毒そうに眉を下げながら、鞠子と云う少女に思いを馳せる。グラッジ弾を持ち込んだ男は、裏社会の住人であると云う。
――そんな彼が気に掛けるなんて……どんな人なのだろう。
これから対峙することに成るであろう『ワタヌキ』と、一体どう向き合うべきか。青年は未だ、其れを決めかねている。もしも、彼女の為人を知ることが出来たなら、己のこころに指針を示してやれるだろうか。
「ワタヌキ氏だけが支えなのでしょうね。しかし、殺人はしない悪漢、ですか……」
一方の御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は、翠の双眸を伏せて思案に沈む。予知を聴いて以来、ずっと胸騒ぎがして居るのだ。
放たれれば最後、必ず犠牲を齎すグラッジ弾。有ろうことか不殺を貫いて来た男が、いま其れを持っている。そして、幾ら待てども寄越されぬ手紙の返事。
――もしかして、ワタヌキ氏は……。
思いを馳せる程に、厭な予想が思考を塗潰す。其れを振り払うように持参したお重をぎゅっと抱き締めて、桜花は少女の許へと脚を踏み出した。
「行きましょう」
「ええ、話を聴きに」
ひりょもまた肯いて、彼女の後を追う。ぽつぽつと降り続ける雨音だけが、人気のないカフェテリアに響き渡っていた。
「こんばんは、鞠子さん」
「お加減は如何ですか」
「こんばんは、ええと……」
車椅子の傍に歩み寄ったふたりは、鞠子と挨拶を交わす。当の少女も礼儀正しく答えるが、其のかんばせには不安の彩が浮かんで居る。
「怖がらなくて大丈夫、俺たちは桜學府の者です」
「此方は手土産です、お口に合うと良いのですが」
彼女を安心させるように車椅子の傍に膝を付いて、視線を合わせるひりょ。桜花もおっとりと笑顔を浮かべ乍ら、腕に抱えたお重を彼女に差し出して見せる。ぱか、と蓋を開いたなら、和洋折衷の煌びやかなお菓子たちが、貌を覗かせ鞠子を誘う。
「まあ、立派なお重……」
「宜しければ、摘まみながらお噺しましょう?」
優しく紡がれた桜花の提案に、少女はこくりとちいさく肯いた。斯くして、ささやかな夜のお茶会が幕を開ける。
「此のクッキー、とても美味しいわ」
「ふふ、お口に合ったなら何よりです」
「良かった、やっと笑ってくれて」
桜花が持ち込んだお重――『花見御膳』は、鞠子のこころを容易く掴んだ。彼女は今、サクサクの桜クッキーに舌鼓を打ちながら、明るい笑顔を咲かせている。そろそろ、噺を切り出しても良い頃合いだろう。
「施設の方から相談を受けまして、貴女の会いたい方のお話を伺いに来ましたの」
桜花がそう本題を切り出せば、「私の所為で御足労を掛けて仕舞って」と鞠子は申し訳なさそうに眉を下げる。そんな彼女に、ひりょは「良いんだ」と優しく頭を振った。
「文通相手がいるんだよね、その人の話を聴かせて貰えるかな」
「ワタヌキのおじ様のこと?」
かくり、小頸を傾ける少女に向けて、桜花は静に首肯を返す。先ずは、簡単な問いから始めよう。
「貴女の知っているワタヌキさんは、どう書かれます?」
「四月一日よ、おじ様は日付を書くようにお名前を署名するの」
「へえ、珍しい苗字だね」
変わってるでしょと笑う少女に、青年は優しく相槌を打ってみせる。ワタヌキのことを話す彼女は、先程の不安そうな姿とは打って変わって楽し気だ。或いは人と話をすることによって、不安が和らいでいるのかも知れない。喩えひと時のことであっても、ひりょは其れを嬉しく想う。故にこそ彼は、彼女に合わせるように、楽し気に笑うのだ。
「彼是十年位はお手紙のやりとりをしているのだけれど、おじ様ったら最近は全然お返事をくれないのよ」
ぷくり、拗ねたように頬を膨らませながら、鞠子はそう語る。明るく振舞ってはいるが、矢張り不安なのだろう。彼女の大きな眸は、ほんの僅か潤んでいるようだった。
「そうなんだ、早く返事が届くと良いね」
「……逢いたいな」
ぽつり――。
地面を叩く雨音の様に密やかに零された科白に、ふたりの猟兵は貌を見合わせた。鞠子は双眸を伏せ乍ら、ぽつりぽつりと、裡に秘めた想いを吐露して行く。
「雨が止む頃に逢いに来てねって。私、最後の手紙にはそう書いたの。次の季節に繋がる約束が無いと、手術の後に目覚められ無いような気がして……」
便箋を握る少女のあえかなゆびが、微かに震える。彼女が秘めた不安が痛いほど伝わって来たから、ひりょは唇を固く引き結んだ。
「私も、貴女の願いが叶えば良いと思います」
其の場に満ちた静寂を切り裂いたのは、桜花が溢したそんな科白。ひりょの黒い眸が、ちらり、と彼女を盗み見る。
「貴女と逢うのが恥ずかしくて、返事を書く勇気が無いのかも知れませんし」
「……そう、なのかしら」
「きっとそうだよ、十年越しに逢うんだから」
想わぬ仮説に、ぱちぱちと双眸を瞬かせる鞠子。ひりょもまた、彼女の仮説をそれと無く肯定して見せる。
「或いはもう、帰国されているのかも」
「ふふ、そうだとしたら本当にシャイねぇ。もう、困ったおじ様」
桜花のことばを冗談と受け取ったらしく、鞠子はころころと鈴音の笑聲を転がした。少し元気を取り戻したような彼女の姿に、青年はほっと胸を撫で下ろした。一方の桜花は、頃合いとみてひとつの提案を溢す。
「彼が此方に来る勇気が湧くような手紙、書いてみては如何でしょう」
「でも、伝えたいことはもう、総て先の手紙に書いて仕舞って――」
「じゃあ、何か伝えたいことは?」
困ったように眉を下げる鞠子へ、問いを重ねるひりょ。あんなに思い詰めた様子を見せられたら、言伝位は届けてやりたくなるのが人情と云うものである。少女は暫く押し黙ったのち、軈てぽつりと花唇を震わせた。
「お待ちして居ます、――とだけ」
少女が語ったのは、たった一言。
されど、其処に籠められた想いは、余りにも切実なものであった。
「……分りました。それでは、そろそろお暇しましょうか」
「折角美味しいお菓子を戴いたのに、ちょっとしか食べれ無くて、ごめんなさい」
場を辞そうとするふたりへ、申し訳なさそうに頭を下げる鞠子。余り食欲が無いのか、彼女は桜花が持参した菓子をひとつ、ふたつ摘まむだけであった。されど、気にすることは無いのだと桜の精は頭を振る。
「こちらは置いて行きますから、何時でも好きな時にお召し上がりくださいね」
彼女が持参した『花見御膳』は、鎮静作用を秘めたもの。毎日少しずつ摘まめば、不安な思いも幾分かはマシに成るだろう。実際、彼女を興奮させることなく、斯うして情報収集に成功したのだから。或る程度の効果は保証されている筈だ。
「ありがとう、あなた達とお話できて良かった」
「此方こそ有難う、お大事に」
ぺこりとお辞儀をする桜花の傍らで、ひりょは明るく手を振り少女に礼を告げる。斯くしてふたりは、鞠子のこころに触れることが出来た。ひと仕事を終えてサナトリウムから一歩外へ出たならば、降り止まぬ雫が彼らを出迎えて呉れる。
未だ当分、秋雨は止みそうに無い。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
丸越・梓
◎
マスタリング歓迎
…人殺し以外、法に触れることを総てした、とは。
刑事の性質故か見過ごすことは出来ないと眼の光を険しくする
然し何故人殺しだけは犯さなかったのか
そして彼の心残りだというペンフレンドの存在も気になる
鞠子の刺激にならぬ様注意と配慮を払い
驚かせないよう、わざと静かに靴音を鳴らして彼女へ近づき挨拶を
彼女の体調を最優先に行動
終始穏やかに落ち着いて冷静に会話し
天気の話から世間話を展開しさり気なく核心へ
ワタヌキとはいつどんな切欠で文通するようになったのか
共通する好みや趣味があったのであれば自然と話を合わせ盛り上げて
彼女の心に土足で踏み入らぬよう細部まで気を付けながら情報収集をする
琴平・琴子
☆◎
手紙を待つ時間と言うのは何時だって落ち着かないもの
その気持ちは理解できるけれど相手が少々…いえかなり悪くても
きっと彼女は綺麗な御心でいるのでしょうね
御機嫌ようお姉様
素敵なお手紙をお待ちの様ですが
それまで時間頂戴しても?
手紙って、丁寧に書くのに時間が掛かってしまうし
届くのは更に時間が掛かってしまうものですが
その分想いだとか、自分の為にだけに向けられてるものが嬉しいのですよね
お姉様はお手紙を何で書かれるの?
万年筆?硝子筆?
インクの色を選んだりしても楽しいですよね
ねえお姉様
その手紙の方がどんな人でも会いたい?
悪い人ではないと思います
ですが
どんな方かは紙面だけでは全部分かりきれないと思いますよ
九泉・伽
◎☆
病床は孤独
俺も嘗て横たわってたから知ってる
※伽は肺癌での死亡記憶ありの人格
「初めまして
沢山お見舞い来たよね
色々な事聞かれて疲れてない?
俺も入院してた時は外を眺めてたなぁ
同じ景色が実は花の散り方や雲の形が毎日違ってたし
あとーこっそり吸ってた(煙草見せ
身よりがなくてね
だから鞠子さんが羨ましいよ」
どんな人か問いかける
色々話してくれるといいなぁ
「逢いたいよね」
不安煽らぬなら「憶えていて欲しいものね」
「ワタヌキさんにとってもかけがえのないつながり
だって十年続いたんでしょう?
逢いたいを俺は叶えたいよ。なんでって…俺の時は叶わなかったから」
一番は元気になって会いに行くことなんだけどね、と困ったように笑う
●待ち人来たらず
カツリ、カツリ――。
カフェテリアに硬質な靴音が響き渡る。車椅子の上で手紙を眺めていた少女は、よく通る其の音に、そして近づいてくる誰かの気配に不図、貌を上げた。車椅子の前には、黒髪の偉丈夫――丸越・梓(零の魔王・f31127)が佇んで居る。
「……こんばんは」
「あら、御機嫌よう」
予め脚音で己の存在を示していただけあって、彼の姿を眸に映しても、鞠子に驚いた様子は無い。ただ不思議そうに瞬いて、お利口に挨拶を返すだけである。
「御機嫌よう、お姉様」
「や、初めまして」
梓の背に続くのは、鞠子よりも一回りほど幼い少女――琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)と、梓とは対照的に飄々とした雰囲気を纏う青年――九泉・伽(Pray to my God・f11786)のふたり。
「すでにご存じかも知れませんが、桜學府からお話を伺いに参りました」
「沢山お見舞い来たよね、色々な事聞かれて疲れてない?」
琴子が真面目な調子でそう語る傍ら、伽はおっとりと微笑を浮かべて彼女の体調を気遣って見せる。
「大丈夫、とても楽しいわ。外の人と逢うのは久しぶりだから」
「最近は雨が続いて居るからな、散歩も出来ていないんじゃないか」
ちらり。雨粒に彩られた大窓に視線を呉れた梓が、噺の導入序にそんな問いを編んだなら、少女は細い頸をこくりと縦に振った。
「ええ、そうなの。……でも、窓から雨模様を見るのは好きだから」
「俺も入院してた時は外を眺めてたなぁ」
「まあ、貴方も患って居らっしゃたの」
ぱちぱちと眸を瞬かせる鞠子に、のんびりと首肯してみせる伽。尤も、其れは遠い昔――彼が“今の”伽では無かった頃の噺。肺癌で臥していた嘗ての彼が、闘病虚しく彼岸へ渡って仕舞ったのは、一体いつのことだったか。器を代えて尚、病床の「孤独」は彼の魂に深く刻み込まれて居た。
「一件同じ景色に見えるけど、実は花の散り方や雲の形が毎日違ってたり」
「嗚、ようく分るわ。私もお庭の木々に生る葉の数を数えたりするから」
「あと――……こっそり吸ってた」
箱に入った煙草を懐から取り出してカラコロと振ってみせれば、鞠子は「まあ」と可笑しそうにかんばせに笑みを咲かせた。他方、自身も喘息で入院経験のある琴子は、じとりとした眼差しで、煙草と彼を眺め遣る。
「入院中に喫煙するのは、正直どうかと……」
「俺の真似しちゃ駄目だよ、鞠子ちゃんは」
「そもそも、彼女は未成年だからな」
ふわふわと掴み所の無いそよ風のように、戯れを紡ぐ伽。そんな彼の科白を現役の「刑事」が聞き逃せる筈もなく、梓は生真面目に釘を差す。そんな三人の遣り取りを間近で眺める鞠子は、くすくすと楽し気に鈴音の笑聲をまろばせた。
「ねえ、お姉様は文通がご趣味なんでしょう」
こほん――。咳払いを溢して場の空気を引き締めた琴子が、其れと無く本題を花唇から紡ぎ出す。「文通」との単語が聴こえた瞬間、車椅子の少女は双眸を僅かに眸を煌めかせた。
「ええ、ペンフレンドが独り居るの。私にとっては、唯一の話し相手なのよ」
「……最近も、其の方にお手紙を?」
「うん、でも未だお返事は返って来ないの。海外にお勤めの方だから、忙しいのかしら」
其の文通相手が海外では官憲から終われる立場にあることを、鞠子はきっと知らない。ただ純粋に、ワタヌキが吐いた嘘の事情を信じているのだ。下界との関りが少ない故に、彼女のこころは何時まで経っても無垢なのだと、琴子はそう悟る。
「素敵なお手紙をお待ちの所、恐縮ですけれど。それまで少し、お時間を頂戴しますね」
私たちとお喋りをしましょう、なんて。穏やかに誘って見せるのは、手紙を待つ時間の所在無さを知っているから。返事が来るまで落ち着かなくて、恋しさばかりが募る気持ちは、ようく理解できる。だから雑談を通じて少しでも、不安な気持ちが和らげば良い。
とはいえ、――彼女の場合は其の相手が悪すぎる。複雑な思いを胸に抱きながら、琴子は彼女に寄り添うようなことばを編んで往く。
「手紙って、丁寧に書こうとすると時間が掛かってしまうし、届くまで更に時間が掛かってしまうものですが。……だからこそ、自分の為にだけ想いが向けられている気がして、嬉しく成って仕舞うのですよね」
「ええ。綴って貰えた手紙のひとつひとつが、何だか特別な気がするの。だから此の手紙は全部、私の宝物なのよ」
夢みるような心地でそうことばを紡ぎながら、ぎゅ、と便箋の束を抱き締める鞠子。そんな彼女に、伽は微笑まし気な眼差しを濯ぐ。
「俺は身よりがなくてね。だから……鞠子さんが羨ましいよ」
「そうだな、支えに成って呉れる人がいるのは良いことだ」
梓も静に肯き乍ら相槌を打つけれど、其の心中は決して穏やかでは無かった。そもそも、鞠子の文通相手――『ワタヌキ』は紛う事無き悪人なのだ。
法に触れることは「人殺し」を除いて遣り尽くしたような危険な男を、彼が見過せる筈も無い。刑事としての性質が、彼の眼孔を自然と険しいものにする。
「お姉様は、お手紙を何で書かれるの?」
「もう少し元気だった頃は、硝子の筆を使っていたわ。でも近頃は疲れて仕舞ったり、寝入って仕舞ったりして。筆を床に落として仕舞うから……万年筆で書くことが多いかしら」
そんな梓の内心など露知らず、お喋りに花を咲かせる少女たち。
琴子の問いに答えを編む鞠子の表情は明るいが、其の内容は何処か不穏なもので、幼い少女は僅かに翠の双眸を伏せる。此方が深刻に成ると、益々不安にさせて仕舞うだろう。そう思案した少女は変わらぬ調子で、雑談を続けて往く。
「何方も素敵ですね。インクの彩を気分で選んだりするのも、楽しいですよね」
「ええ、色を変えて遊ぶのも大好きよ。“おじ様”が触れてくれたことは無いけれど――」
漸く彼女の口から零れた、ペンフレンドを表わすことばに、梓がぴくりと眉を動かした。車椅子の傍に膝を付きながら、努めて穏やかな調子で問いを編む。
「彼と文通を始めることに成った切欠を、聴かせてくれないか」
「俺も興味があるなぁ、その“おじ様”ってどんな人?」
少女たちの遣り取りを見守って居た伽もまた、彼女のペンフレンドに関心を寄せる素振り。「私も知りたいです」と琴子も強請れば、鞠子は恥ずかしそうにはにかみ乍ら、観念したように答えを紡ぎ始めた。
「私たちはね、十年前に帝都の病院で出逢ったのよ。当時のおじ様は酷い怪我を負っていて、私と同じ病院に入院して居たの」
長らく続く入院生活の退屈さから逃れる為、こそりとベッドを抜け出した鞠子。そして、病院という場所の閉塞感から逃れる為、リハビリを放り出して黄昏ていたワタヌキ。
ふたりは其の病院の中庭で、初めて邂逅したのだと云う。
「初めて逢った時、おじ様はベンチで牛乳瓶の蓋と格闘していたわ。多分、手を怪我していたのね。だから、私が代わりに開けてあげたの。それが、話すように成った切欠よ」
陰気な病院と云う世界で唯一、生命力に溢れていた――もとい“荒れていた”ワタヌキに、鞠子はいたく懐いたのだと云う。最初は鬱陶しそうに彼女を追い払っていた悪漢だが、下界と切り離された生活のなかで、彼もまた人との関りを求めて居たのだろう。気付けばワタヌキは、鞠子にすっかり絆されていたのであった。
「おじ様が退院する時にお手紙を渡したら、ちゃんと返事が届いて。其れが嬉しくなってまたお手紙を書いて。其れを続けて居る内に、気付けば十年経って仕舞ったわ」
「そんな縁があったのか、教えてくれて有難う」
ふふりと愉し気に笑う少女へ、静に礼を告げる梓。如何な悪漢であろうとも、矢張り人の仔。幼子に情が移って、其の儘ずるずると手紙を交わす関係を続けている、と云う所か。
「おじ様はぶっきらぼうだし、意地悪だし、粗野な所もあるけれど。根は優しい、良い人よ。外に遊びに行けない私の為に、手紙と一緒に異国の写真も贈ってくれるの」
「彼にとって鞠子ちゃんは、掛け替えの無い繋がりなんだろうね」
喩え離れて居ても、どんなに時を経ても、ふたりは互いを想い合っているのだ。紙とインクで結ばれた絆を前に、伽の頰が優しく弛む。
「ねえ、お姉様」
そんな中で不図、よく通る聲がカフェテリアに凛と響いた。三人の眼差しが聲の主――琴子へと集中する。
「その方がどんな人でも、会いたい?」
問いの意図を掴めぬ鞠子が、不思議そうに頸を傾ける。彼女はワタヌキのことを、こころの底から信じ切っているのだ。彼が悪漢であるなんて、きっと夢にも思うまい。故にこそ、琴子は彼女の想いを確かめずには居られなかった。
「お姉様が仰るように、悪い人ではないのだと思います。ですが、今の彼がどんな方なのか、紙面だけでは分からないと思いますよ」
歯に衣着せぬ物言いに、しんと其の場が静まり返る。拡がる沈黙は、元居た世界で通って居た学校の苦い記憶を呼び覚まし、少女は人知れずぎゅっと拳を握り締めた。
「……貴女はとても優しいのね、心配してくれて有難う」
漸く口を開いた鞠子は「ふ」と微笑みながら、穏やかに琴子へ礼を紡ぐ。「でも」と重ねることばには、何処までも深い“情”が滲んで居た。
「やっぱり、逢いたいな」
「逢いたいよね、憶えていて欲しいものね」
零れ落ちた少女の本音を伽は優しく拾い上げ、寄り添って見せる。不安を煽らぬように、ゆっくりとことばを撰び乍ら。
「十年続いたんでしょう? なら“逢いたい”って気持ちを、俺は叶えたいよ」
そう語る彼の眸は、此処では無い何処か遠くを見て居る。病床で誰かに焦がれることの辛さを、伽はようく知っていた。せめて、彼女には本懐を果たして欲しい。
――だって、俺の時は叶わなかったから。
そんな彼のこころを知らず「有難う」と、無邪気に笑って礼を紡ぐ鞠子。其の笑顔を見降ろし乍ら、伽は困ったように眉を下げて微笑んだ。
「.……一番は、元気になって会いに行くことなんだけどね」
「そうだな。その為にも、手術が成功するよう祈っている」
「大丈夫、きっと上手くいきますよ」
思い思いに励ましのことばを紡ぐふたりに、鞠子ははにかみ乍らも感謝を示す。
優しさに満ちた夜を彩るのは、静に降り注ぐ雨の音丈け――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
片稲禾・りゅうこ
◎【朱漆】
やあやあどうしたんだため息なんかついちゃって!
りゅうこさんに話してみておくれよぉ~~~おっとっとっとっと~~?
なんだなんだカフカさん!りゅうこさんがせっかく励まそうとしているのを邪魔して!
あっわかったぞ!早速仲良くしそうなりゅうこさんを邪魔して──あいたっ!
うう~~…冗談じゃないか!もっとこう……優しくしてくれよ~~
さてさて改めましてだ鞠子。我はりゅうこさん
そしてこっちは見ての通り意地悪な天狗のカフカさんだ
いてっ……ほらな~意地悪だろ!
その便箋ってあれだろ?大事な手紙
ヒトの子は文でも想いをやりとりするのだものな
ねえカフカさんや。物書きとして思うところあるだろう?
しゃがんで目線を合わせて、いや、もっと下から。
なあなあ、その手紙には四季について書いてないのか?
そう、季節。今ならすすき雨……秋雨って言うのが分かりやすいか?そういうのさ
ああ全部とは言わないぜ。言いたくないことは言わなくていい
でも、りゅうこさんはヒトの子……いいや、鞠子の話を聞いてみたいんだ
神狩・カフカ
◎【朱漆】
おいこら、りゅうこ
病人の前で騒ぐな
励ますにしてもやり方があるだろォよ
チョップで黙らせて
優しくされたかったら相応の態度をとるこった
勝手に正体をバラすりゅうこに再度チョップ
ごほん…
いやァ、売れてる自覚はあるが“天狗”になったつもりはねェんだけどな
おれは作家のカフカってンだ
ペンフレンドたァ
お嬢さん、随分とハイカラな遊びしてるんだな
おれも手紙は好きサ
手紙でしか吐露できない想いなんてもんもあるんじゃないか?
手紙の相手はどんな子なんだ?
同い年の女の子とかかい?
へェ、性別も年齢も違ったら中々話題に困るもんじゃないかねェ
どんなやり取りをしているんだか
そいつァお嬢さんにとって
特別で大切なお相手なんだな
●秋雨の止む頃に
広いカフェテリアの隅で鞠子は独り、“彼”からの手紙を眺めて居た。待てど暮らせど寄越されぬ返事に思いを馳せれば、「ほう」と花唇から憂鬱な吐息が漏れる。
「やあやあ、どうしたんだため息なんかついちゃって!」
されど、其の感傷は長くは続かなかった。底抜けに明るい片稲禾・りゅうこ(りゅうこさん・f28178)が、ひょっこり、鞠子の貌を覗き込んだからである。
「ええと……」
「りゅうこさんに話してみておくれよぉ~~~」
突然の来訪者に、ぱちぱちと双眸を瞬かせて戸惑う鞠子。当のりゅうこと云えば、そんなことなど気にも留めず、人懐こい様相で車椅子に乗った少女に噺を強請って居る。
「おいこら、りゅうこ」
「おっとっとっとっと~~?」
「病人の前で騒ぐな」
そんな彼女の襟元を、ぐいと掴んで鞠子から引き離すのは、神狩・カフカ(朱鴉・f22830)の役目である。彼に引き摺られて行くりゅうこは、きょとんと虚をつかれたような貌をしていたけれど、直ぐにふくりと頬を膨らませた。
「なんだなんだ、カフカさん! りゅうこさんがせっかく励まそうとしているのを邪魔して!」
「励ますにしてもやり方があるだろォよ」
鞠子と距離を取らせたところで、青年は漸く彼女の襟元から手を離す。やれやれと呆れたように頸を振る彼の姿を眺めていたりゅうこは不図、納得した様に手を叩いた。
「あっ、わかったぞ!」
「ン?」
「早速仲良くしそうなりゅうこさんを邪魔して……――あいたっ!」
呆れたような科白の代わりに、鋭いチョップが飛んで来る。流石のりゅうこも、此れには黙らざるを得ない。彼女は「うう~~」と頭を抱え乍ら、涙目でカフカに憤慨する。
「冗談じゃないか! もっとこう……優しくしてくれよ~~」
「全く……優しくされたかったら相応の態度をとるこった」
そんな緩い掛け合いを前にして、漸く鞠子は緊張を解いた様子。鈴を転がすような笑聲が、ふたりの耳に届いて来る。
「さてさて、改めましてだ鞠子」
かんばせに笑みを取り戻した少女を見遣れば、りゅうこはしゃんと背筋を正した。気を取り直して、そろそろ自己紹介と行こう。
「我はりゅうこさん、そしてこっちは見ての通り……意地悪な“天狗”のカフカさんだ」
彼女が其処まで語った刹那。勝手に己の正体――『天狗』であることを暴露する彼女に、カフカは再びチョップを入れた。「いてっ」と零れる聲の調子が先程よりも軽いのは、痛みに慣れた所為だろうか。
「ほらな~……意地悪だろ!」
今日何度目かの憤慨を溢すりゅうこを横目に、ごほん、とカフカは咳払い。まさか本当に、彼女が己を「天狗」と想う筈も無いだろうが。一先ず、其れらしいことばを重ねよう。
「いやァ、売れてる自覚はあるが――……“天狗”になったつもりはねェんだけどな。改めて自己紹介しとくか、おれは作家の『カフカ』ってンだ」
「カフカ先生に、りゅうこさんね。初めまして、私は鞠子よ」
あえかな頸をかくりと傾け、ちいさな会釈を溢す少女。用件を聞かれる前、挨拶もそこそこに、りゅうこは彼女が腕に抱く手紙の束をゆびで示した。
「あ、その便箋ってあれだろ? 大事な“手紙”ってやつ」
「ええ、ペンフレンドから貰ったお手紙なの。尤も、独りしかいないんだけれど……」
「お嬢さん、随分とハイカラな遊びしてるんだな」
カフカが感心した様な科白を漏らせば、鞠子は恥じらう様に微笑んだ。一方のりゅうこは、興味深げに便箋へ視線を注いで居た。そう云えば『ヒトの子』たちは、聲だけでなく文を通じて『想い』をやりとりするのである。
「ねえ、カフカさんや。物書きとして思うところあるだろう?」
「……おれも、手紙は好きサ」
手紙でしか吐露できない想いと云うものも、確かに存在する。照れくさくて面と向かっては癒えない、感謝のことばや好意の科白だとか。或いは、こころに秘めた憂鬱だとか。
「手紙の相手はどんな子なんだ?」
何とはなしにカフカがそう問い掛ければ、鞠子は複雑そうな顔をしてことばを詰まらせる。もしかして、答え難いのだろうか。彼は答えの範囲を絞りながら、問いを重ねて往く。
「あァ、同い年の女の子とかかい」
「……ううん、女の子でも無いし、歳も離れて居るの。異国でお仕事をされてるおじ様よ」
其処で漸く観念したように、鞠子が答えを溢す。彼女のことばを受けたカフカは面食らったかのように、敢えて金の眸を瞬かせて見せた。
「へェ、性別も年齢も違ったら、中々話題に困るもんじゃないかねェ」
「おじ様はね、異国のお噺を沢山聴かせてくれるの。あとね、色んな名所の写真も送ってくれるの。私は其の感想を綴るだけ――……でも、とても楽しいのよ」
先程までの気まずそうな様子は何処へやら、彼からの手紙について語る鞠子の聲彩は、何処か夢見るような響きを孕んで居て、たいそう愉し気である。
「とはいえ、おじ様が撮る写真、ちょっと下手なの」
「どれどれ~~……おお、ほんとうだ! 良い塩梅にピンボケしているなあ」
「不器用な奴だなァ……」
くすくすと鈴音をまろばせながら、鞠子は贈られて来た写真をふたりへ見せる。それらは異国の情緒を纏う建物や景色を惜しげも無く映していたけれど、ピントが擦れて居たり手がブレて仕舞って居る所為で、何処か惜しい出来栄えと成って居る。
けれども、手紙の送り主――『ワタヌキ』と云う男が、彼女の為にこころを砕いていることは雄弁に伝わって来た。
「そいつァお嬢さんにとって、特別で大切なお相手なんだな」
「うん……。良いことも悪いことも、何でも話せる大事なおじ様よ」
カフカのことばに僅か頬を染めながら、ささやかに肯いて見せる鞠子。そんな彼女の傍らにしゃがんだりゅうこは、上目で彼女に問い掛ける。
「なあなあ、その手紙には四季について書いてないのか?」
「四季……季節のこと?」
「そう、今ならすすき雨――……秋雨って言うのが分かりやすいか、そういうのさ」
「……書いたわ。私が最後に送った手紙に、秋雨の噺を」
紡がれた推察に眸を円くし乍ら、鞠子は従順にりゅうこの問いへ答を返す。りゅうこは車椅子の傍らにしゃがんだ儘、少女の目を見て真摯に語り掛けた。
「中身について、りゅうこさんにも教えてくれやしないか。……ああ、全部とは言わないぜ。言いたくないことは、言わなくていい」
「なに、言い降らしたりはしねェさ。俺たちだけの秘密ってヤツだ」
鞠子の不安を和らげるようなことばを撰び乍ら、カフカもそれと無く助け舟を出す。彼女が送った手紙はきっと、ワタヌキの帰国を促す切欠と成ったに違いあるまい。
「りゅうこさんはヒトの子――いいや、鞠子の話を聞いてみたいんだ」
躊躇うような少女の眸と、りゅうこの真剣な眼差しが絡み合う。暫しの間、広いカフェテリアを静寂が支配した。
「秋雨が止んだら、逢いに来てくださいましね」
――ぽつり。
まるで雨粒が地面を叩くように、少女の花唇から音が零れ落ちた。ふたりの貌を交互に眺めながら、鞠子はおっとりと笑う。
「最後の手紙には、そう書いたの。季節が変わる前に、心臓の手術を受けるから」
「……そりゃ、心細いよなァ」
整った貌に神妙な彩を浮かべ乍ら、カフカが静に相槌を打つ。鞠子は微笑んだ儘、思いの丈をぽつぽつと、密やかな夜に零して行く。
「麻酔で眠って仕舞ったら、もう二度と目覚めないかもって。私、なんだか怖く成って仕舞って。……だから、次の季節に繋がる“約束”が欲しかったの」
「うん、そっか。でも、手術の前に会わなくてもいいのか?」
りゅうこが問いを編めば、鞠子はふるりと頭を振った。「此の世に未練が無いと不安」なんて、無垢な少女は大人のような貌で笑う。
「逢いに来るよって、おじ様がそう約束してくれたなら。私はまた目覚められると思うわ」
きっと彼女は、色好い返事が欲しかったのだ。そして其れは、嘘でも良かったのだ。総ては、生きる希望を得る為のこと。
「心配すンな、きっと上手くいくサ」
「そうだそうだ、未来に思いを馳せられるヒトの子は強いからなあ!」
ふたりから注がれる激励に、鞠子はかんばせを綻ばせた。彼女の胸の裡を知ったふたりは、こころ密に誓いを立てる。雨が降り止む前に、ワタヌキに会わなくては……。
夜は未だ深く、長雨は未だ止まぬ。
季節が巡った先に在るのは希望か、其れとも――。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第2章 冒険
『うすくらがりの『腎臓通り』』
|
POW : 物は試し、実際に一晩を過ごしてみる
SPD : 真夜中の路地にて、怪しい動きがないかを探る
WIZ : 実際の被害状況や、通りの住人などについて調べる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●秋雨が濯ぐもの
サナトリウムから一報が入ったのは、猟兵たちが場を辞してから暫くした後――未だ陽も昇らぬ夜更けのことだった。
どうやら『ワタヌキ』が現れたらしい。
締め切った玄関からふと不信な物音がしたのは、つい先程のこと。夜勤の職員が駆けつけてみれば、其処には小型の写真機と金一封が置かれていたのだと云う。勿論、其れらは鞠子に贈られたもの。――されど、手紙の類は一切入って居なかったそうだ。きっと、形見分けの心算なのだろう。
職員の話を聴くに、標的の男は未だ遠くには行って居ない筈だ。そう判断した猟兵たちは、宵闇に包まれた雨降る町へ駆けだした。幸い、周辺の地理を把握していた猟兵が居た為、彼が現れそうな場所には目星がついている。それは、サナトリウムから遠く離れ、賑わう町からも置き去りにされた場所――うすくらがりの路地裏である。
「……早かったな、流石は噂に聞く“超弩級戦力”と云った所か」
桜舞う世界の繁栄から其処丈けぽっかりと置き去りにされたような、そんな路地裏の入り口で。今にも崩れそうな廃屋の屋根を傘に、独りの男が煙草を吹かしていた。
広い額、眉間に皴を刻み付けた厳しい貌、撫でつけた白髪交じりの髪。見るからに堅気と想えぬ其の男こそ、鞠子の文通相手『ワタヌキ』であろう。
幻朧戦線の“証”たる黒鉄の首輪を嵌めた男は、駆け付けた猟兵たちを見るなり煙草を地面へ放り投げ、集った面々の貌をじろりと睨め付ける。
「俺を捕まえに来たんだろうが、そう易々と縄に付く訳にもいかん。此方にも事情が有るのでな――」
忌々し気にそう零す男は懐をごそごそと探り、黒塗りの拳銃を取り出した。其の撃鉄にゆびを添えた儘、彼は冷えた聲で猟兵たちへと語り掛ける。
「此れが何か分るか、グラッジ弾だ。一度放てば影朧どもが集まって来るらしいな。別にいま此処で試してみても構わんが、面倒はお互い少ない方が良いだろう」
追い詰められている側だと云うのに、ワタヌキは己の置かれた立場も弁えず、有ろうことか脅しを掛けて来る始末。
此処が繁栄から置き去りにされた路地裏とは云え、堅気の人々が住む町からそう離れて居る訳でもない。猟兵たちがそう下手をする訳もないが、取り零した影朧たちが宵闇に紛れて一般人を襲わぬとも限らないのだ。
「此れを引く場所位は選んでやる。その代わり、此方の話も聞いて貰おうか」
男は「着いて来い」とばかりに猟兵たちへ背を向けて、深淵の拡がる路地裏の奥へと進んで往く。仕方なしに猟兵たちも、其の背を追い掛けるのだった。
うすくらがりの路地裏は、桜舞う華やかな世界の暗部を映していた。雨降る夜更けにも関わらず、屯する柄の悪そうな男ども。地面に座り込んだ儘、此方を鋭い眼光で見上げて来る浮浪者たち。こんな時間こんな所に居る連中が、碌な者で有る筈も無い。彼らもきっと、堅気では無いのだろう。
――そんな路地裏の住人たちは、ワタヌキを見るなりぎょっとした貌をして。まるで彼を避けるように、そそくさと逃げて往く。其れも其の筈、彼は敢えて拳銃を見せびらかす様にしながら、うすくらがりを歩いているのだから。
「此の路地裏、なんて呼ばれてるか知ってるか。屑の掃き溜め『腎臓通り』だとよ」
一晩過ごせば、知らぬ間に腎の臓が抜かれて仕舞う――。
そんな噂がまことしやかに囁かれる程、うすくらがりの住民たちは悪辣なのだ。或いはその噂通り、臓器の遣り取りで金を儲けているのかも知れないが。いま重要なのは、噂の真偽を探ることでは無いだろう。
銃をちらつかせながら道を進んだ所為か、最早近付いて来るものは誰も居ない。路地裏の最深部には唯、不気味な静寂と暝闇だけが拡がって居る。軈て行き止まりに辿り着居た所で、漸くワタヌキは脚を止めた。
「“あの子”の生きる世界は、少しでも綺麗であるべきだ。屑は一掃された方が良い。勿論、俺も含めてな。――だから俺は、此処で引鉄を引く」
不穏な科白に緊張を滲ませる猟兵たちを前に、男は冷たく嗤う。彼の手には相変わらず、黒々と妖しい煌きを放つ拳銃が硬く握られて居た。
「とはいえ、殺しは矢張り俺の流儀じゃ無いのでな。お前たちは影朧退治でも避難誘導でも、好きにすればいい。ただし、俺には構うな」
突き放すようにそう言って、ワタヌキは集った面々をもう一度見回した。そうして、懇願のような呟きを零す。
「――死なせて呉れ」
ワタヌキと云う男は、いま此処で自害する心算なのだ。あわよくば、うすくらがりの路地裏に住まう住人たちを巻き込んで――。とはいえ、後者の方は殆ど方便なのだろう。現に彼は此処に至るまで、進んで人払いを行っている。猟兵たちを此処まで連れて来たのも、犠牲を最小限に抑える為と、そう想えぬことも無い。
銃口の中に拡がる深淵を覗き込み乍ら「遺体は異国へ引き渡して欲しい」なんて、男は更なる懇願を紡ぐ。其の聲には、僅かばかりの温かな情が滲んで居た。
「俺の頸には懸賞金が掛けられている。其れをあの子……――鞠子に渡してくれ。そうすりゃ、もっといい医者だって呼べるだろう。余った分は、生活の足しにもなる」
男はただ、ペンフレンドたる少女の未来だけを想って居た。故にこそ、帝都の官憲に捕まる訳にはいかないのだと、ワタヌキは銃を持つゆびさきに力を籠める。彼は手紙の代わりに己のいのちを、鞠子へ捧げようとして居るのだ。
猟兵たちは、彼の懇願を聞き届けることが出来る。身勝手で不器用な男の最期を、ただ黙って見送って遣れば良いのだ。
同時に猟兵たちだけが、彼の自害を止められるのもまた事実。されど、其の際には聊か注意が必要だろう。此の世界の任務に慣れている者には周知のことだが、あの『グラッジ弾』とやらは矢鱈と暴発するのだ。
故にこそ“荒事は避けるべき”である。
説得を行うのならば、鞠子とワタヌキがそうしたように、『ことば』でこころを通わせるのが良いだろう。
「俺があの子にしてやれるのは、此れだけだ――」
しとしとと降り注ぐ秋雨だけが、猟兵たちの選択を見守って居る。
夜明けは未だ、遠かった。
*********
<出来ること>
(1)ワタヌキの好きにさせる
(2)ワタヌキを説得する
・どの方針を取るか、プレイングに「数字」の記載をお願いします。
記載がない場合は採用を見送らせて頂く可能性もありますので、ご注意ください。
・1を選んだ方が、2を選んだ方より多い場合
→ワタヌキは本懐を叶えるでしょう。懸賞金は鞠子の治療費に充てられます。
その代わり、ふたりはもう巡り逢えません。
・2を選んだ方が、1を選んだ方より多い場合
→ワタヌキは自害しませんが、帝都の官憲に逮捕されるでしょう。
ふたりが再び巡り会えるかどうかは未だ、分りません。
・複数人を同時に描写する際は、方針が似た方同士を組み合わせます。
→なので遠慮なく、選択はPC様のお心のままにどうぞ。
<補足>
・本章のPOW,SPD,WIZはあくまで一例です。
→どうぞご自由な発想でお楽しみください。
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
→ソロ希望の方は「△」を記載いただけると幸いです。
・皆様の「心情」や「彼に掛けることば」等を、ぜひ沢山聴かせて下さい。
≪受付期間≫
10月13日(水)8時31分 ~ 10月15日(金)23時59分
(※)
<補足2>
・一章で得られた情報について。
→参加者様全員が「既に知っているもの」として、扱って頂いて構いません。
臥待・夏報
◎
カイムくん(f08018)と
(2)
夏報さん別に人道主義者って訳でもないし
死にたい人には死ぬ自由があると思ってるけど
それでも、この人の言ってることはおかしいな
ねえ(ワタヌキを覗き込み、声量を落とす)
そもそも僕がその指示に従う義理なくない?
懸賞金をちょろまかして、僕が全部懐に入れちゃって
百貨店まで新作の桜コスメを買いに行くとは思わないの?
御大層に悪を語る割には
目の前の相手が善人だって、儚い仮定をするんだね
……意地悪言うのはそこそこに、カイムくんに肩を竦め返して
UCで出現させたポラロイド写真を彼に渡そう
目で『視』たものをそのまま写す『羊の皮』は
カメラを向けた瞬間よりも、本音の表情を捉えているはずだ
カイム・クローバー
◎
夏報(f15753)と。
(2)
俺は底意地が悪くてね。「死なせて呉れ」なんて言われると意地でも死なせたくなくなる。
アンタを待ってるヤツが居る。誰かは――言う必要あるか?
(夏報の発言に肩竦め)そういうこった。アンタの首に賭けられた賞金の額が素直に届くと思うか?
死ぬ必要はねぇさ。金の心配もいらない。噂の“超弩級戦力”が言うんだ。信じてみる気はないか?
懸賞金の代わりに俺の依頼の報酬を手術費用に。俺はめでたく今回、タダ働きってわけさ。
夏報、写真貰えるか?
受け取って歩いて近付く。羊の皮には本音の表情の鞠子が映ってる。手渡すぜ。病弱な身体でアンタを待ってる。
悪党でも彼女は気にしないらしい。…良い子だな。
●その瞳に映るもの
懇願ともとれる様な男の科白に、しんと其の場が静まり返る。ただ降り注ぐ雨の音だけが、物悲しさを引き立てるように響くばかり――。そんな中で最初に口を開いたのは、カイム・クローバーであった。
「生憎、俺は底意地が悪くてね」
口端をゆるりと上げながら、彼はそう戯れて見せる。標的から汐らしく「死なせて呉れ」なんて言われた日には、意地でも死なせたくなくなるのが人情と云うものだ。
「アンタを待ってるヤツが居る。誰かは……――言う必要ないな」
「鞠子か、あの子には可哀想なことをした」
俺なんかと出逢わなけりゃ、寂しい想いなんてしなかったろうに。そう嘆く男の眸には、温かな情が確かに滲んで居る。そんなワタヌキを冷静な眼差しで眺めるのは、臥待・夏報。
「夏報さんは別に、人道主義者って訳でもないし。死にたい人には死ぬ自由があると思ってるけど――……」
悪党の懇願に籠められた違和に娘は、かくり、と静かに頸を捻る。
心の拠り所たる少女は明日をも知れぬ身で、罪ばかり重ねた己は余りにも生き過ぎた。きっと彼にとっては「いま」こそが、死ぬべき時なのであろう。それは何となく理解できる。ならば間違っているのは、そもそもの前提だ。「ねえ」と夏報もまた口を開き、ワタヌキの貌を藍の眸でじぃと射抜く。
「僕たちがその指示に従う義理とかなくない?」
そう、幾ら鞠子を通じて彼のことを知っているとは云え。そして、猟兵たちが世にも名高い"超弩級戦力"とは云え――ワタヌキと猟兵たちは初対面なのである。
「懸賞金をちょろまかして、その足で新作の桜コスメを買いに行っても良いんだよ」
「ま、そういうこった」
凡そ冗談とは思えぬ夏報の発言にやれやれと云わんばかり、カイムは肩を竦めてみせる。彼女がそんなことを本当に遣って退けるなんて、流石に想ってはいないけれども。彼も仕事人ゆえ、男の考えの甘さが聊か気に掛かるのもまた事実。
「アンタの首に賭けられた賞金を、素直に届けられると思うか?」
カイムが紡いだ最もな疑問を、ワタヌキは如何にも皮肉気に双眸を細め「ふ」と鼻で嗤い飛ばす。ちらり、視線が寄越された先には共に現場へ駈けつけた同朋たちの姿が在った。
「お前たちが今生の頼みを無碍にするなら、其れ迄だろうさ。尤も、そこの女がネコババしたとして、櫻學府のご同輩が其れを黙っちゃいないだろうよ」
「悪党の割に、性善説みたいな儚い仮定をするんだね」
まるで正義の味方の如く帝都の民に歓迎されている猟兵たちとて、一枚岩ではない。悪人ならば、一同が結託して賞金を持ち逃げするリスクに考えが及ばぬ訳でも無い筈だが。
或いは、自分などを止めに来たのだからどうせお人好しの集まりだろうと、そう高を括っているのか――。
「夏報、アレ貰えるか」
平行線を辿り兼ねない会話に変化を齎す為、夏報に“例のもの”を取り出す様にと促すカイム。同じく彼の善性を信じている様な彼に、次は彼女が肩を竦める番である。
「いいよ、見せてあげよう」
とはいえ、カイムの邪魔をする心算も無い。零す仕草とは裏腹に素直に夏報が取り出したのは、一冊の古びたアルバムであった。其れは瞬く眸に映した“光景そのもの”を切りとって貼りつけた、所謂“羊の皮”。或る意味ではカメラよりも鮮烈に、被写体の姿を記録するもの――。中身をパラパラと捲り目当ての頁が有ることを確認した彼女は、「はい」とカイムに気安い調子で其れを渡して遣る。
「ほらよ、良いモン見せてやる」
カイムはアルバムを受け取るや否や、未だに銃を離さぬ男に向けて高らかに其れを放り投げた。反射的に腕を伸ばして其れを受け取った男は、頁からはみ出した一枚の写真を捉え、思わず眸を見開く。
「……これは、」
アルバムの一頁に貼られていたのは、儚げな――其れでも何処か活き活きとしている『鞠子』の写し姿。其れは、十年前から止まった男の時を動かすには充分すぎる代物だった。
「見ての通り、鞠子は病床でアンタを待ってる」
「まだまだガキだと、そう思っていたんだがな」
彼の中では未だ、鞠子は子供の儘だったのだろう。可憐に成長した彼女の姿をまじまじと見つめ、何処か感慨深げにワタヌキは息を吐く。よく此処まで大きくなった、と。
「アンタが悪党でも気にしないってよ。……良い子だな」
「だからこそ、あの子は生きるべきだ。その糧に成れるなら、俺は――……」
アルバムを握り締めたゆびさきを震わせ乍ら、思い詰めたようにそう零す男。そんな彼を眺めながら、カイムは諭す様にことばを重ねて往く。
「云っとくが、金の心配はいらないからな」
「……どういうことだ」
「今回の報酬は手術費用に充ててやるよ。俺はめでたくタダ働きってわけさ」
それでも足りない分は、櫻學府に掛け合って支援させてもいい。此の世界において猟兵たちは、其れ位の無理が通る程に活躍して居るのだから。
「だから、アンタが死ぬ必要はねぇのさ」
何処までも人の好い提案に「やれやれ」と再び肩を竦める夏報を横目に捉え乍ら、カイムは黙りこくった男へと、真摯に聲を掛け続ける。
「噂の“超弩級戦力”が言うんだ、信じてみる気はないか?」
ワタヌキは口を鎖した侭、されど拒絶も否定も明確には返さずに。ただ、鞠子の写真を見つめて居た。其の双眸に映るのは、現世に遺して往く女への未練と、彼女が喪せた世界で生きることへの葛藤と、写真越しの再会への喜びが綯交ぜに成った、人間らしい情に他ならぬ――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴平・琴子
☆◎2
悪い事をしようがしまいがそれはしない方が確かに良いですけども
悪い事をして自害はかなり虫が良過ぎなのでは?
世の中にはとても悪い方や居なくなった方が良い方も確かにおりますけども
少々身勝手では?
だったら最初からなさらない方が宜しかったと思うんですが
貴方の首に掛けられたそのお金で鞠子さんの治療費に充てたとして
鞠子さんが喜ぶとでも思いますか
あの方はそんな方じゃないですよ
例え悪い事をしていたとしても
貴方に会いたいと思う鞠子さんを蔑ろになさらないで
鞠子さんの事を思うのであれば
彼女の為にも、生きたいと思う彼女の為に
少し生きたっていいじゃないですか
罰を受けるのはそれからでも遅くないでしょうに
鳳凰院・ひりょ
◎
(2)
彼の言い分もわからなくはない…だけど…
鞠子さんの事を思うと、ここで彼が命を絶つのを黙って見守るなんて事は出来ない
荒事にはならないように細心の注意を払う
自分に掛けられた懸賞金で鞠子さんの助けになりたい…その気持ちは本当なんだろう
鞠子さんから聞いた通り、本当に、不器用な人だ…
それ程の覚悟を願わくは別の方向に向けてほしい、と思う
裏社会から抜け出す、とかね
鞠子さんを悲しませるような事にはなって欲しくない
それは貴方もそう、なのだろう?
鞠子さんは「お待ちして居ます」と言っていた
その一言に沢山の想いが詰まっていたと思う
貴方がどのような人であろうと構わない、貴方に逢いたい…
そういう気持ちを持っているだ
●想いのゆくえ
冷たい絲雨に打たれ乍ら、鬼気迫る様な男の懇願に耳を傾けて、鳳凰院・ひりょは拳をぐっと握り締める。
――彼の言い分もわからなくはない。だけど……。
ワタヌキの来訪を待って居る少女、「鞠子」のことを想ったなら。彼の自害を黙って見過ごす等、到底出来る筈が無かった。ゆえにこそ如何なることばを掛けるべきかと、優しき青年が慎重に思考を巡らせた、其の刹那。
「……おじ様は少々、身勝手なのでは?」
雨の音に紛れても尚よく通る琴平・琴子の聲が凛と、ワタヌキの行動を否定する。ひりょは双眸を聊か円くして、黄色いレインコートを纏った幼げな少女の姿を見降ろす。澄んだ彼女の翠の眸は、何処までも真直ぐに男の姿を見つめて居た。
「世の中にはとても悪い方や、居なくなった方が良い方も確かにおりますけれども――」
正義感の強い子供である琴子にとっては、腎臓通りの人々もワタヌキも、等しく悪い人間だ。彼らが居なく成ることで救われる人間だって、若しかしたら居るのかも知れない。けれども、其れを加味しても見過ごせぬことが有るのだ。
「悪い事をして、其れを悔やんで自害して。挙句その理由を鞠子さんに押し付けるのは、虫が良過ぎだと想います」
彼が遣ろうとしている行為が如何に独り善がりで、鞠子を傷つけるものであるのか、淡々と語って聞かせる琴子。完璧な正論に男は口を結んだ儘、返事ひとつすら寄越さない。
「そんなことをする位なら、最初から悪事などなさらない方が宜しかったと思うんですが」
「……俺は身勝手な屑だ、そんなことは分かって居る。重ねた過ちは正せないこともな」
少女がかくりと頸を傾けた所で漸く、男は重たい口を開いた。重ねられる言い訳など此の後に及んで何も無く、ゆえにこそ吐き棄てるように、ワタヌキは科白を紡ぐ。
「そんな俺でも漸く他人の――……鞠子の役に立てる。此の世界に生きるべきは俺じゃない、あの子の方だ」
拳銃を握り締める男のゆびさきに更に力が籠る。其の様を見て、ひりょは彼の想いが“本物”であることを改めて思い知る。ワタヌキは本気で、自分に掛けられた懸賞金で以て、鞠子のいのちを掬おうとしているのだ。嗚呼、彼女から聞いた通り。
――本当に、不器用な人だ……。
青年はこころの裡で独り、そう感嘆する。鞠子を想う気持ちが本物である以上、破滅に向かう彼を黙って見ていることなど出来なかった。思考するよりも早く、唇が音を紡ぐ。
「それ程の覚悟、別の方向には向けられないのかな。裏社会から抜け出す、とか」
「抜け出した所で……」
其処まで零して、男は再び貝の如く口を鎖した。抜け出した所で「なにも変わらない」のか。或いはもっと他の事情があるのか、ひりょには分らないけれど。
「少なくとも、鞠子さんを悲しませるような事にはなって欲しくない」
ワタヌキが此処でいのちを落としたら鞠子が悲しむことだけは分るから、其の献身を思い留まらせる様にことばを重ねる。
「きっと貴方もそう、なのだろう?」
「俺は――」
身勝手な男は答えに窮し、ただ唇を噛み締めるばかり。
生と死の狭間で葛藤している様なワタヌキへ、琴子はピシャリと正論を寄越す。最初に紡いだ科白よりも幾何か、情の篭った聲彩で。
「貴方の頸と引き換えに得たお金を治療費に充てたとして、其れを鞠子さんが喜ぶとでも思いますか」
あの方はそんな方じゃないですよ――。
少女がそう言い切ってみせるのは、サナトリウムで交わした遣り取りひとつひとつが、温かさに満ちたものであったから。
「例え悪人であろうと、貴方に会いたいと思う鞠子さんの心を蔑ろになさらないで」
「其れでも俺は、生き永らえる心算など……」
聲を震わせ乍ら拒絶を紡ぐ男へと、琴子は静かに頭を振ってみせる。ワタヌキは彼自身の為では無く、鞠子の為にこそ、現世に在るべきだ。
「鞠子さんの事を思うのであれば、次の季節を共に迎えたいと願う彼女の為にも、もう少しだけ生きたっていいじゃないですか」
罰を受けるのはそれからでも遅くないでしょう、と諭す様な少女の科白に男はもう言い返さない。ひりょもまた琴子に続いて、男を此岸に留める為のことばを編む。其れは、少女が最もワタヌキに伝えたかった科白。
「鞠子さんは『お待ちして居ます』と言っていた」
恐らくは、予想外のことばだったのだろう。男の眸が大きく見開かれる。
果たして鞠子が紡いだ其の一言に、どれ丈けの想いが詰まっているのか。其れは猟兵たちには計り知れぬことだけれど、彼にはきっと分る筈だ。
十年も絶えることなく、ずうっと手紙を交わして来たのだから。
「貴方がどのような人であろうと構わない、貴方に逢いたい――。そう言って居るように聞こえたよ」
自身に注がれる鞠子の想いを聞かされた男は、拳銃を固く握り締めた儘、静かに俯いた。「鞠子」と、大事な“あの子”の名を紡ぐ聲は余りにもあえかで。しとしと降り続く雨音に、ふわりと溶けて往く……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
雲烟・叶
【烟雨】◎(2)
甘露はお優しいですねぇ
自分は残念ながらそんなに優しくねぇもので
ねぇ、あんたはたったひとつの心の支えが折れた人間の末路をご存知です?
そのたったひとつを失って得た金で長らえろだなんて、うら若きお嬢さんに随分と酷なことをなさる
屑だから?
してやれるのはそれだけ?
あんた、それをあのお嬢さんの前でも言えますか
あんたの手紙だけを握り締めてひとり手術の恐怖に耐えるあの娘に、あんたと何時か逢うことを夢見て生きようとしている娘に、言えるんです?
自己満足も程々になさいな
あの娘は、あんたの存在があればそれだけで良いと言っているのに
あの娘の願いを踏み躙ろうとしているのは、あんたじゃねぇですか
世母都・かんろ
【烟雨】◎(2)
いやです
彼女、の、ために
いのち、を、使い、たいの、は
わかり、ます
でも
彼女を
この、世界、で
ひとり、ぼっち、に、したく、ない
絶対二度と、逢えない、より
いつか、逢え、るかも、しれない
そん、な風、に
鞠子さん、に、思って、ほしい
彼も、彼女も
腎臓通りの人達も
帝都の全員の幸せを信じるから
わたしは歌う
♪
窓から見える霧雨は
今日も世界を泣きぬらす
貴方の言葉は一言も
わらってなんていないけど
綴るひとひら瞬いて
私の心はいつでもお天気
窓から見える霧雨は
今日も世界を潤して
傘を差した貴方がきっと
虹を連れて逢いにくる
明日天気にならなくたって
貴方がきっと
やってくる
♪
歌の間
叶さんが伝えてくれる
本当に必要なことを
●唄聲に希いを乗せて
猟兵たちの語り掛けに因り、男の双眸には僅かばかりの躊躇いが浮かび始めた。此岸に遺して行く少女のことを想えば、引鉄に掛けたゆびも震える様で。其れでも挫かれた覚悟を奮い起こし乍ら、男はひとこと懇願する。
「もう、放って置いて呉れ」
「いやです」
降り注ぐ雨音を跳ね除けるように凛と、世母都・かんろの唇が拒絶を紡ぐ。
掃き溜めの如き裏社会で無為に生き永らえて仕舞った男が、ただひとつの光をいま将に喪おうとしているのだ。
「彼女、の、ために、いのち、を、使い、たいの、は、わかり、ます」
いっそ死んで仕舞いたい程の絶望を抱えた男は『彼女の為』という大義名分で、己の未来を鎖そうとしている。けれども其れは、鞠子の未来を鎖すことと同義である様に想えた。
「彼女を、この、世界、で、ひとり、ぼっち、に、したく、ない」
「此処で生き延びようと、俺は官憲どもに捕まる。どちらにせよ、あの子とは会えやしない」
苦々しく表情を歪め乍らそう吐き棄てる男に、かんろは静かに頭を振る。ワタヌキの行先が華やかな堅気の世界では無く、光の当たらぬ獄中であったとしても――。
「絶対二度と、逢えない、わけ、じゃない。いつか、逢え、るかも、しれない」
「いつか、だと――」
あの子にはもう、そんなものは来ないかも知れない。
未来への細やかな希望を謳うかんろのことばに、男は反論を紡ごうとして、其の不吉さに途中で口を引き結ぶ。嗚呼、此処で自害することが叶うのなら、その過程を僅かばかりは遠ざけることができるのに……。
「そん、な風、に、鞠子さん、には、思って、ほしい」
彼の葛藤を分かった上で、かんろは鞠子のこころへ寄り添う様な科白を溢す。喩えワタヌキの犠牲で、鞠子のいのちが助かるとしても。彼女のこころが翳って仕舞うのなら、其れはきっと間違っているのだ。
彼も、彼女も、ともすればこんな掃き溜め――『腎臓通り』で燻ぶっている様なひとびとですら、きっと幸せに成れるとかんろは信じている。
己が語れるのは、最早此処までだと知り。少女のかたちをした青年は、深く息を吸い込んだ。そうして、吐息と共にゆるりと吐き出すのは、優しい旋律に乗せた透き通る聲。遍く帝都の臣民たちの多幸を希い、彼は清らかな歌を紡ぐ。
♪ 窓から見える霧雨は 今日も世界を泣きぬらす ♪
「……甘露はお優しいですねぇ」
たどたどしくも思いの丈を伝える義娘を見守って居た雲烟・叶は、ふ、と穏やかに吐息を溢す。残念なことに己は、かんろ程に優しくは無い。悪党どもの幸福なんて、希える訳も無いけれど。
♪ 貴方の言葉は一言も わらってなんていないけど ♪
♪ 綴るひとひら瞬いて 私の心はいつでもお天気 ♪
「此の歌――」
旋律に乗せて紡がれたことばを耳に捉えたワタヌキは、虚を突かれたような貌をしていた。其れは紛れも無く、ワタヌキを想う鞠子のこころを謳っていたのだから。
漸く愛娘の意図に気付いた彼に「ねぇ」と、叶は聲を掛ける。彼の眸には、何処か咎める様な彩が滲んで居た。
「あんたはたったひとつの心の支えが折れた人間の末路をご存知です?」
淡々とした青年の問い掛けに、男は答えを返さない。其れでも構うことなく、叶はことばを重ねて往く。
「そのたったひとつを失って得た金で長らえろだなんて――。うら若きお嬢さんに、随分と酷なことをなさる」
「惜しむのはひと時だけだろうよ。元気になりゃ俺のことなんて直ぐに忘れる」
「あんた方が積み重ねて来た十年は、そんなに薄っぺらいものじゃねぇでしょうよ」
漸く寄越された答えに、叶は呆れたように溜息ひとつ。雨音に混じって聴こえるのは、うつくしく伸びやかな甘露の如き歌聲。
♪ 窓から見える霧雨は 今日も世界を潤して ♪
「屑だから? してやれるのはそれだけ? あんた、同じことをあのお嬢さんの前でも言えますか」
正論を突かれた男は、再び沈黙する。己の行為が彼女のこころに深い疵を負わせることを、ワタヌキはきっと理解しているのだ。鞠子のまごころと彼女を喪う恐怖から目を背けようとしている男へと、現実を突きつける様にもう一度、叶は同じ問いを紡ぐ。
「あんたの手紙だけを握り締めてひとり手術の恐怖に耐えるあの娘に、あんたと何時か逢うことを夢見て生きようとしている娘に、――それを言えるんです?」
♪ 傘を差した貴方がきっと 虹を連れて逢いにくる ♪
鞠子のこころを語る唄が、聴こえて来る。
あまりにも眩しい彼女の好意に、ワタヌキは苦し気に貌を歪めて見せる。穢れを知らぬ彼女の傍には、汚れ切った己など相応しくない。そもそも、住む世界が違うのだ。
「俺なんかと関わってる限り、あの子はきっと幸せには成れない」
「……自己満足も程々になさいな」
此の期に及んで連ねられた感傷を、ぴしゃりと叶は跳ね除けた。鞠子のしあわせは、鞠子自身が決めるべきである。
「あの娘は、あんたの存在があればそれだけで良いと、そう言っているんですよ」
穢れた身には余りにも不相応な科白に、ワタヌキは眸を見開く。葛藤に揺れる眸はきっと、いつかの追憶を映しているのだろう。
♪ 明日天気にならなくたって 貴方がきっと やってくる ♪
かんろが歌うのは、鞠子が胸に抱いたささやかで切実な、たったひとつの希い。其れを叶えられるのは医者でも、猟兵たちでもなく、眸の前の男ただ独り。
「あの娘の願いを踏み躙ろうとしているのは、あんたじゃねぇですか」
「俺は――……」
総ては鞠子の為だと、そう信じて、引鉄を引く心算だったのに。歌を通して彼女の想いに触れた今、青年の科白こそ真実の様に思えて来る。
ワタヌキは銃を握り締めた儘、己のいのちの置き所を迷い始めた。秋雨と共に降り注ぐ唄の雨は、うすくらがりに優しく溶けて往く。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
榎本・英
◎(1)
如何しよう。
私には君の人生に手を加えるつもりもない。
私も誰かに己の人生に干渉される事を望まない。
私はあくまでも傍観者なのだ。
君たちがどう動き、どのような感情を抱き、どのように生きる。
或いは死ぬのかを、私は只々見ている。
それだけだよ。
懸賞金のかけられた男がどう足掻き、どのようにして彼女に出逢うのか興味はあるが
それを告げるのは私の役目ではない。
私は此処で君がどのようにして生き抜くのかを見ていたい。
君は――どうやって生きようと思っているのかな?
真逆。
もう全てを諦めている訳ではないだろう?
もし君が、全てを諦めているのであれば、私は君にこう問おう。
良い人生でしたか?とね。
●傍観者
夜明け前、しとしとと降り注ぐ秋雨。そして、其れに打たれ乍ら己のいのちの置き所に迷う男。まるでハァドボイルドな小説の一節に在りそうな、何とも絵になる光景だ。
「……さて、如何しよう」
榎本・英(優誉・f22898)は黒い首輪を嵌め、拳銃を握り締めた男を観察するように見つめ乍ら、そんな科白をぽつりと溢す。耳聡くも其の聲を拾い上げたワタヌキは、分かり易く貌を顰めた。
「俺としては、構わないでくれると有難いんだがな」
「嗚、君の人生に手を加えるつもりはないよ」
蝙蝠傘が作った影の下で、英はゆるりと頸を振る。眼鏡越し、深紅の眸が狼狽を彩濃く刻んだ男の貌を、静に見つめて居た。
「私も、己の人生に干渉される事を望まないからね」
「……お前は、なんで此処に来た」
「私はあくまでも傍観者なのだ」
文豪である彼は、実在の事件を基に作品を綴っている。
故にこそ彼は役者たち――其処に在るひとびとが抱く感情や、彼らの行動。そして生き方や死に様に、並々ならぬ関心を抱いて居るのだ
いまも英は、取材を兼ねて此処に居る。
懸賞金を掛けられた男が儘ならぬ現実のなかで、果たしてどう足搔くのか。そして、どのようにして少女に出逢うのか。其の点にも興味を惹かれるが、彼女が裡に秘めた想いを明かすのは、きっと己の役目ではない。
「私は、此処で君がどのようにして生き抜くのかを見ていたい」
英は結局のところ彼は生き延びるであろうと、そう予測していた。
故にこそ、ビタァエンドで締められたロマンスの先に続く物語が如何なるものに成るのか、其れが気になって仕方が無いのだ。
「君は……――どうやって生きようと思っているのかな?」
「生きる? 視りゃわかるだろ、俺は此れから死ぬんだよ。屑どもを巻き添えにな」
「そうなのかい。でも真逆、もう全てを諦めている訳ではないだろう?」
傍観者として或る程度の距離を保った儘、淡々と問いを重ねる英。男は暫し黙りこくった後、重々し気に口を開いた。
「鞠子の居ない世界を、俺は生きて居たく無い」
雨音に紛れる様に零れ落ちた其の科白には、妙な実感が籠っていたものだから。「嗚」と、英は心得たように相槌を打つ。
「君は彼女の命を諦めているのだね」
鞠子の手術の成功を、恐らくワタヌキが一番信じて居ない。余りに気の早すぎる後追いだが、其れもひとが持つ情の織り成す悲劇に変わりはなかった。
「……かもしれんな。だが、俺の人生だってどん詰まりだ。もう未来なんて無い」
「ならば、私は君にこう問おう」
――良い、人生でしたか?
「クソみたいな人生だ」
英の紡いだ問いに、総てを諦めた男は吐き棄てる様に即答する。
帝都のうすくらがりで暗躍し、異国に高跳びしようとも、掃き溜めからは抜け出せぬ。穢れ切った魂は、喩え秋雨であろうとも濯げない。
「だが、あの子と出逢えたことだけは身に余る程の幸運だった」
何事にも、例外は存在するものだ。
唯一のひかりを喪い掛けて居る男が如何なる選択をするのか、明らかにされるのは、もう暫く先の噺――。
大成功
🔵🔵🔵
丸越・梓
(2)
◎
マスタリング歓迎
_
死なせない。
静かに、けれど確かに告げる
射抜くよう見つめ
此処の住人達も、鞠子さんも、そしてお前も
誰一人として死なせない
鞠子さんと繋ぐその手に
赤色は不要だ
──俺は、生まれたことそのものが
そして大切な人々を護れなかったことが罪だ
俺が死ねば良かったのにと
数え切れない程嘆いた
…いっそ自害すれば、この罪は晴れるだろうかと考えるほどには
然しそれは自己満足に過ぎないと解っている故
俺は全てを背負って生きている
…だから
彼の心も少しくらいは解ると言ったら傲慢だろうか
淡く笑み
静かに
「…死ぬなよ」
逢いたいと言った、鞠子さんの願いを乗せるように
「鞠子さんを、──大切な人を、置いて逝くな」
九泉・伽
2◎
名を呼び煙草差し出し火を分け切り出す
ワタヌキさんはあらゆる死地を潜り凶運を退けたからここにいる
あなたは常に生を選び取って来たんだ
でも鞠子さんは選べない
手術で眠ったら二度と目覚めないかもしれない
もっと生きたいって願ったって、自分じゃあどうにもできないんだよね
あなたが今死なせて呉れと選べるよりもどれ程怖ろしいかわかる?
たったひとりの戦いで勝ち目は“わからない”
鞠子さんに赦されるのは“願う”だけ
成功しますようにって
秋雨が止んだら逢いたいって
十年絆のあなたへの想いに彼女は賭けたんだ
逢いたい気持ちが強ければ死地から帰ってこれる筈だって
ねぇワタヌキさん
ここは彼女の本懐を遂げるのに力を貸してくれないかな
●想いのちから
降り注ぐ数多のことばに打たれた今、ワタヌキの決意は確かに揺らぎ始めて居た。拳銃を握り締めた儘、けれども狼狽の彩を貌に浮かべる彼に向けて、九泉・伽はポケットから取り出したシガレットケェスをカラカラと揺らす。
「ワタヌキさん、吸う?」
「……呉れ。少し冷静に成りたい」
男から是が返って来れば、伽は静に彼の許へと歩み寄り、箱から貌を覗かせた一本をそうと差し出した。男のゆびさきが其れを抜き取れば、ライターをカチリと鳴らして先端に火を分けて遣る。先ずは、ワタヌキを落ち着かせることが先決だ。彼が肺を白い煙で満たす迄、青年もまた黙って紫煙を燻らせて居た。
「ワタヌキさんはあらゆる死地を潜り、凶運を退けたからここにいる」
男が煙を吐き出す頃、伽は漸く話を切り出す。青年の科白を耳に捉えれば、男は深い溜息を吐いた。煙草を摘まむゆびさきに、不図ちからが篭る。
「……俺は昔から悪運が強かった、忌々しいことにな」
「そう、あなたは常に『生』を選び取って来たんだ」
喩え無意識であろうとも、強い意思と生への貪欲さが無ければ、裏社会では生き延びられまい。幾らうすくらがりの路しか歩けずとも、目の前の男は己のいのちの置き所を何時でも選ぶことが出来たのである。
「――でも、鞠子さんは選べない」
ぽつり、雨音の如く零れ落ちた科白にワタヌキは双眸を伏せる。眉間に深く刻まれた皴は、彼の裡に渦巻く葛藤と苦悩をことばよりも雄弁に表わして居た。
「もっと生きたいって願ったって、自分じゃあどうにもできないんだよね」
ひとたび手術で眠って仕舞ったら最後、もう二度と目覚められ無いかも知れぬ。喩え、逢いたいひとと再会の約束を交わそうとも……。
「どれ程怖ろしいか、わかる?」
此処に至る迄、ワタヌキも常人には計り兼ねる苦難を辿って来たのだろう。けれども、天命に背き「死なせて呉れ」と希えるだけ、彼の方が幾分か恵まれて居る。
「鞠子さんに赦されるのは、ただ“願う”ことだけだ。成功しますように――って。けれども、たったひとりの戦いじゃ、勝ち目は“わからない”」
「ならば、俺が勝率を上げてやる。此の頸をお綺麗な連中に差し出すことで、な」
吐き棄てるように覚悟を語る男の聲には、何処か自棄の様な彩が滲んで居た。伽が返す言葉を紡ぐよりも早く、彼の献身を否定する聲が静に響く。
「死なせない」
確かな意思を秘め、そう告げたのは丸越・梓である。彼の凛とした眼差しは、苦悩を深く刻んだワタヌキの貌を射抜く。
「此処の住人達も、鞠子さんも。そして、お前も」
誰ひとり死なせぬ為に、彼は此処へと遣って来たのだ。悪漢の懇願を、そして彼の語る覚悟を、聞き届けられる筈が無かった。
「鞠子さんと繋ぐその手に、赫彩は不要だろう」
諭すようにそう語る梓もまた、罪を背負っている。
其れは、大切な人々を護れなかったこと。或いは、“生まれたことそのもの”が罪だったのやも知れぬ――。
俺が死ねば良かったのに、なんて。喪われたいのちを想い、嘆いたことは数知れず。ともすれば眼前の男の様に、自害を考えたことすら有った。そうすれば、背負った罪が晴れる様な気がして……。
然し、其れが自己満足に過ぎないと云うことを、梓はこころの何処かで解って居た。故にこそ、彼は総てを背負って“今”を生きて居るのだ。
――彼の心も少しくらいは解る、なんて。そんなことを言うのは、傲慢だろうか。
逢ったばかりの男に己の過去を重ねて居ることに気付き、梓は独りこころの裡で苦笑する。己は善の道を往き、彼は悪の道を往った。全く正反対の人生を送っていると云うのに、全く奇妙なものだ。
「秋雨が止んだら逢いたいって、十年絆のあなたへの想いに彼女は賭けたんだ」
そんな彼のこころの裡を知らぬ伽は、鞠子が健気に抱き締めている想いをワタヌキへと託す。ワタヌキを此岸へ留める為、そして、病床に在る少女を永らえさせる為に。
「逢いたい気持ちが強ければ、きっと死地から帰ってこれる筈だって――」
「……あの子も、お前たちも、俺を高く見積もり過ぎだ」
薄い唇から紫煙を吐き出しながら、男は好意を振り払うかの如く頭を振った。うすくらがりを歩いてきた男は、己の降り注ぐ温かな光を、未だ受け止められないのだ。
「ねぇ、ワタヌキさん」
其れでも諦めること無く、伽は彼に語り掛ける。逢いたいひとに逢えず、失意のうちに没するのは、嘗ての己丈けで充分である。
「ここは力を貸してくれないかな」
彼女の本懐を遂げる為に――。
そう優しく助力を乞われ、男は口許を不器用に歪ませる。死なずとも鞠子の力に成れるのだと、そう諭すことばは男の乾いたこころによく沁みた。彼の心境の変化を悟った梓は、整った貌に淡い笑みを綻ばせる。
「……死ぬなよ」
見舞いに訪れた猟兵たちへ徹頭徹尾「逢いたい」と語っていた、鞠子の切なる希いを乗せて、彼はことばを重ねて往く。
「鞠子さんを――大切な人を、置いて逝くな」
彼女の為だけで無く、ワタヌキ自身の為にも。
そう言外に告げられたならば、悪漢は煙草をボトリと水溜まりに落とす。惑う様に痩せた貌を掌で覆う彼のこころは、明らかに揺れて居た。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
【2】◎
雲珠と/f22865
ああ、健気で芯の通った少女だった
ただ愚昧にきみを盲信しているだけには見えなかったな
雲珠は生き甲斐ってものを考えたことがあるかい
僕は、そうだね
筆を執り、己が心を少しでも描き出せたとき
そんな自己満足でも誰かが認めてくれるとき
生きる活力、拠り所
そう言い換えてもいい
鞠子にとってのそれは
ワタヌキ、きみとの文通でありきみ自身だ
誰も殺さぬ悪人のくせに
自分だけは殺すのかい
最後の最後で詰めが甘い
そんな駄作をあの娘に見せるの?
生き甲斐を失った少女が病と闘えるものか
きみのことを都合よく忘れてくれるわけがない
生きるほうが困難な道行きですらあるだろうさ
だからこそ
あの娘にまた顔を見せてやりなよ
雨野・雲珠
【2】◎
シャトさまと /f24181
…何かあったのではと、心配しておられましたよ。
可憐な方でした。体がお辛いのにお優しくて。
何よりあなたとの絆を信じておられる…
いきがい、
(瞬く)
(自分の心を表し、存在を赦し認めてもらうすべと解釈します)
俺の生きがいは大切な方々を…いえ
枝根の届く限りをお守りして、支えとなることです。
…ワタヌキさまにとっても、
お嬢さんこそが光なのでは?
本当はご存じのはずです、
望まれているのはお金じゃないって
お二人のためにご助力を約束します。
幻朧戦線とは手を切って、
お手紙やご面会、お見舞いだって出来るように。
生きることを選んで、
あなたを心底慕う方のお心を守ってくださいませんか。
●やがて、ビタァエンドへ
「ご健勝で何よりです、ワタヌキ様」
ぐらりぐらり、覚悟を決めた筈のこころを掻き乱す男へと、不意に優しいことばが降り注ぐ。傘を差した桜の精の少年、雨野・雲珠が気遣わし気な眼差しを彼へと向けて居た。
「……何かあったのではと、お嬢さんが心配しておられましたよ」
「お前たちも、鞠子に逢ったのか」
「可憐な方でした。体がお辛いのに、お優しくて」
穏やかに双眸を弛ませ乍ら、男の問いに首肯して見せる雲珠。脳裏で想い起すのは、少女と交わした細やかで、けれども温かな言の葉たち。
「何よりあなたとの絆を信じておられる……」
「ああ、健気で芯の通った少女だった」
少年の傍らに佇む桜の精の乙女、シャト・フランチェスカもまた、静に雲珠が紡いだ科白に同意を溢す。サナトリウムに居たあの少女は一貫して、ワタヌキを信じて居た。其の様からは何処か、懸けに挑んでいる様な覚悟すら感じる始末。故にこそ。
「ただ愚昧にきみを盲信しているだけには、見えなかったな」
「俺が掛け値無しの善人だなんて、鞠子ですら想っちゃいないさ。あの子は俺の屑な気性をようく知っている」
鞠子の語るワタヌキ像は、決して甘やかなものでは無かった。粗野で不器用で、意地悪で――……病床から救い出してくれる王子様とは程遠い。
真坂、彼が裏社会の住人であるとは想わなかっただろうが。少なくとも、ワタヌキが善良とは言い難い気性であることは知っていた筈だ。然し其れを踏まえたうえで、彼女は彼を「良いひと」だと称したのである。彼女のことばを想いだしながら、シャトは静かに花唇から問いを紡ぐ。
「……雲珠は、生き甲斐ってものを考えたことがあるかい」
「いきがい、」
思いがけぬ彼女の科白に、ぱちりと瞬きを溢す雲珠。果たして「生き甲斐」とは、何だろうか。自身にとって其れは、裡に秘めたこころを表して。軈ては『雨野・雲珠』と云う存在そのものを赦し、認めて貰う為の術。故にこそ、少年は斯う語る。
「俺の生きがいは大切な方々を……いえ、枝根の届く限りをお守りして、支えとなることです」
雲珠の答えに「すてきだね」と双眸を幾分か和らげて、静かに微笑むシャト。そうして、彼女はかくりと僅かに頸を傾ける。
「僕は、……そうだね。筆を執り、己が心を少しでも描き出せたとき。そして、」
そんな自己満足でも誰かが認めてくれるとき――。
過書字の気を持つ彼女にとって、物語を綴ることは息をすることと同義。彼女もまた”自分自身”を他者の記憶に刻みつけることを、生き甲斐と捉えて居る。
「生きる活力、拠り所、そう言い換えてもいい知れないけれど」
ちら、と櫻彩の眸が見遣るのは、銃を握り締めた儘の男の姿である。独りの少女のキィパァソンである自覚の無いワタヌキに、シャトは淡々と現実を突きつける。
「鞠子にとってのそれは……――ワタヌキ、きみとの文通でありきみ自身だ」
「俺は誰かの支えに成れる程、大層な人間じゃない。鞠子もお前たちも、買い被り過ぎだ」
されど、男は狂おし気に頭を振って其れを否定する。
うすくらがりしか歩けぬ悪漢は、大切にして来た少女のいのちを、彼女から寄せられる信頼を、きっと背負いきれずに居るのだ。喪うことを恐れるあまり……。
「ワタヌキさまにとっても、お嬢さんこそが光なのでは?」
見兼ねた雲珠が、本心を自覚させる様に男へ穏やかに問い掛ける。彼はゆっくりと貌を上げ、静に双眸を瞬かせた。
「鞠子が、俺の――」
「本当はご存じのはずです、望まれているのはお金じゃないって」
彼はきっと、鞠子の希いを敢えて見て見ぬ振りして居る。彼女が死ぬかもしれないという現実を、受け止める勇気が無い故に。そのことを察した少年は、諭すようにそうことばを重ねた。
「誰も殺さぬ悪人のくせに、自分だけは殺すのかい」
小悪党らしく最後の最後で詰めが甘いと、シャトは小さく溜息を溢す。自身の綴る物語に、ハッピィエンドは不要だけれど。暗がりを歩く男と倖薄の少女の物語には、せめてもう少しマシな結末が在っても良い筈だ。
「そんな駄作を、あの娘に見せるの?」
「……どうせ俺の人生なんざ、最初から駄作だよ」
「おふたりの物語は、駄作なんかじゃありません。これまでも、これからだって」
既に人生を投げて居る様な男の科白を、雲珠は直ぐに拾い上げて否定する。彼が人生を清算するには、未だ早い。一時の悲観的な衝動よりも、鞠子と続く“これから”を撰んで欲しかった。
「そもそも、生き甲斐を失った少女が病と闘えるものか」
「手術さえ成功すりゃあいい、元気になりゃ俺のことなんて忘れるさ」
「そう都合よく、忘れてくれるわけがないよ」
淡々とした聲に僅か熱が籠ったのは、嘗てのシャトが"遺して逝く側"だったから。こころの支えを喪った若人が、果たして如何な末路を辿るか――。彼女は其れを、実感として識り過ぎて居る。
「生きるほうが困難な道行きですらあるだろうさ」
だからこそ、とことばを重ねる乙女の双眸が、じ、とワタヌキの貌を射抜いた。もしも本当に、鞠子の為を想うのならば――。
「あの娘にまた、顔を見せてやりなよ」
ワタヌキはことばをのどに詰まらせた様に、ぷつりと沈黙する。雲珠はそんな彼のほうへと、一歩丈け歩み寄って見せた。
「お手紙やご面会、お見舞いだって出来るように。ご助力を約束します、ワタヌキさま」
喩え官憲に捕まったとしても、彼の人生は――ふたりの未来はお終いでは無いのだと、少年は言外にそう告げる。希わくば、幻朧戦線とは手を切って、生きることを選んで。
「どうか、あなたを心底慕う方のお心を、守ってくださいませんか」
鞠子のこころを護るため、雲珠は静に冬枝の揺れる頭を下げた。其の様を見下ろすワタヌキの眸に、僅か希望の彩が燈る。
しとしとと降り注ぐ霧雨のなか、固く握り締められた男の拳が弛むのを、ふたりの眸は確かに捉えた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
片稲禾・りゅうこ
◎【朱漆】2
ほうほう、鞠子の文にそぐういいヒトの子じゃないか。
なあカフカさん、そっちさんに負けず劣らずのいい男だぞ。
え?こういう意味でいいんじゃないのか?そうなのか……
やあやあ初めましてだ鞠子のトモダチ。
こっちさんはりゅうこさん。それでこっちは……物書きのカフカさんだ。
よろしく頼むよ。仲良くしようぜ。
んふふふ、そうだろそうだろ〜〜!
え?いやいやトモダチだろ。そう恥ずかしがることでもないじゃんか。
手紙を送り合う仲はトモダチだろ、なあ?
教えてくれよ、正直に。りゅうこさん、嘘はあんまり好きじゃないんだ。
死ぬことが贖罪だなんて誰が言い出したんだ?
罪から逃げてるだけじゃあないか。
罪を償うってのはさ、生きてるうちしか出来ないことだ。
逃げるなよ。現世から。
鞠子から。
季節は巡る。きっとまた逢える。
何年かかろうが関係ないさ。
その程度の二人じゃないだろ?
ワタヌキのことを信じてる鞠子を信じるのは、ワタヌキの役目だぜ。
次会う時は一緒にカメラの練習をしようぜ。
きっと綺麗な景色を撮って、鞠子に見せるんだ。
名案だろ?
神狩・カフカ
◎【朱漆】2
へェ、お前さんがワタヌキかい
鞠子の嬢ちゃんの話を聴いた後じゃァな
男の容貌を改めて見て
…内面ってのは滲みでるもンだな?
厳つさに反して嬢ちゃんへの想いが見えたからか
情のような温かさを感じた
そりゃ、いい男の意味合いが広すぎねェか?
おうよ、ご紹介に預かった作家のカフカさ
今度はちゃんと自己紹介できたりゅうこの頭を撫でてやる
おれとも仲良くしとくれ
ほう、それがお前さんの望みかい
お前さん、それは本当に鞠子の嬢ちゃんのことを想っての行動かい?
あの子の一番の望みはわかっているンだろう?
おれには目をそらしてるように見えるぜ
自分の命で贖罪をねェ…
その贖罪の気持ちを生きて全うしてみないか?
なに、死ぬ気だったんだろ?
それくらいの気概があるなら
これからなんでも出来るだろォよ
あの世で償うか
この世で償うか
それだけの違いサ
どっちをあの子が望むかは――言わなくてもわかるだろ?
あの子の病への一番の特効薬は
手術代でも名医でもなく
お前さんってことサ
なァ、嬢ちゃんへの手紙を書かないか?
おれたちが責任持って届けてやるからサ
●連ねる約束
しとしと降り止まぬ雨のなか、ワタヌキは未だ、己のいのちの置き場所を決め兼ねて居た。そんな彼の前に一歩丈け歩み寄るのは、ふたりの猟兵。
「へェ、お前さんがワタヌキかい」
和傘で雨を凌いだ神狩・カフカの隻眼が、しげしげと男の貌を眺め遣る。如何にも冷たそうな其の貌は、悪人面と評して遜色無いけれども。鞠子の噺を聴いた後と成っては、受ける印象もまた違ってくると云うもので。
「……内面ってのは滲みでるもンだな?」
しみじみと感嘆を溢したならば、男の双眸がじろり、此方へ突き刺すような視線を寄越した。悪党な丈けあって、凄むと矢張り迫力がある。
「如何云う意味だ」
「別に、深い意味なんざねェよ」
青年は鞠子へと彼が寄せる情の深さを、ようく識って居る。故にこそ、其の厳つさとは裏腹に、彼の行動の端々に温かさを感じずには居られない。
「ほうほう……」
片稲禾・りゅうこもまた、遠慮なく男の貌を覗き込んだ。
苦悩を刻んだ陰気な眉間、広い額に、白絲交じりの髪。如何にも影が在って、ハァドボイルドな雰囲気を纏う男である。
「鞠子の文にそぐういいヒトの子じゃないか。なあカフカさん、そっちさんに負けず劣らずのいい男だぞ」
「そりゃ、いい男の意味合いが広すぎねェか?」
寄りにも依って強面の男と同党に並べられて、呆れたように半目になるカフカ。彼の詩的に、りゅうこは「え?」と双眸を瞬かせた。
「こういう意味でいいんじゃないのか? そうなのか……」
ヒトの子の好みは奥が深いなあ、なんて。そんな感嘆を溢し乍ら、娘はくるりとワタヌキの方を振り返る。鷹揚な笑みと共に紡ぐのは、底抜けに明るい挨拶。
「やあやあ、初めましてだ鞠子のトモダチ。こっちさんはりゅうこさん。それでこっちは――……物書きのカフカさんだ。よろしく頼むよ、仲良くしようぜ」
「おうよ、ご紹介に預かった作家のカフカさ」
今度こそりゅうこは、カフカを『天狗』と云わず、ちゃんと表向きの看板で紹介することが出来た。そんな彼女の頭を「よくやった」と云わんばかりに、カフカはわしゃわしゃと撫でてやる。んふふふ、と口許を弛ませる娘は「そうだろそうだろ〜〜!」なんて、満足気に肯いて居た。
「おれとも仲良くしとくれ」
りゅうこと戯れ乍らそう挨拶を交わすカフカに、ワタヌキは醒めた一瞥を呉れる。はあ、と溜息交じりに紡がれる科白は、何処か突き放す様にも聴こえた。
「生憎だが――鞠子と俺はそんな甘ったるい関係じゃあない」
男の科白に「え?」とりゅうこは再び瞬きひとつ、ふたつ。少なくとも彼女の眸には、ふたりは『友達』であるように視えたのだが、此の男は一体、如何云う了見でそんなことを宣って居るのだろうか。
「いやいや、そう恥ずかしがることでもないじゃんか。手紙を送り合う仲はトモダチだろ、なあ?」
「唯の惰性だ、あんな関係」
片手で貌を覆いながら、男は静かに頭を振った。ぽつり、ぽつりと紡がれ往く血聲には、苦々しさとほんの僅かな後悔の念が滲んで居る。
「返事の切り時を計り損ねた挙句、結局十年もずるずると続けて仕舞った」
「そんなこと言わずにさあ。教えてくれよ、正直に。りゅうこさん、嘘はあんまり好きじゃないんだ」
鞠子へ綴られた手紙を其の眸で視た以上、彼の其の憎まれ口が本心から零れ落ちた物では無いことなど、疾うに分り切っている。本心を語るよう促すりゅうこに、男は斯う吐き棄てる。半ば自棄に成り乍ら……。
「俺たちがどんな関係だろうが、今更どうでも良いだろう。何度も言ってるが、俺は此処で死ぬ。グラッジ弾で頭を打ち抜いてな」
「……ほう、それがお前さんの望みかい」
隻眼をつぅと細めて其の意思を確認するカフカへ向けて、男は静かに首肯した。銃口に拡がる深淵を覗き込み乍ら、ワタヌキは淡々と此れからのことを語る。其れは、彼を始めとした屑たちが一掃され、ただ鞠子だけが生き延びるうつくしい未来の噺。
「懸賞金は鞠子に渡して呉れ。其れで良い医者を呼べばいい。病が治りゃ漸く、あの子は俺に費やした十年をチャラに出来る」
「お前さん、本当に鞠子の嬢ちゃんのことを想った上で、そんな行動を取るのかい?」
紡ぐことばと展望こそ、彼女の為と取り繕って居るものの――。其処に鞠子“本人”の気持ちの置き所は無い。ただ、未来を投げた男のエゴ丈けが在った。
「あの子の一番の望み、わかっているンだろう?」
「俺に“逢いたい”と言ってるんだろう。そんなもの、どうせ一時の感傷に過ぎない」
ワタヌキは苦く笑み乍ら、健気に注がれた彼女の想いを一蹴する。そんな彼から視線を逸らさぬ儘、カフカは男が煮え切れぬ態度を取り続ける理由、――其の核心へと真直ぐに触れた。
「おれには、お前さんがあの子から目をそらしてるように見えるぜ」
「……どう直視しろって云うんだ」
あの子が居なくなるかもしれない、総ての“ひかり”が失せた未来を――。
まるで苦虫を嚙み潰したかの如き貌で、男は漸く裡に抱えた不安を吐き出した。拳銃を握り締めるゆびさきが、カタカタと苦し気に震えて居る。
「此れは、俺に与えられた最後の機会だ。重ねて来た罪を贖い、あの子に恥じないような、少しでもマシな自分に成る為の」
己の利益の為丈けを想い、勝手気儘に生きて来た人生だ。他人から奪い、弱者を踏みつけ、様々なものを傷付けてきた。そんな己は余りにも、穢れ過ぎている。故にこそ、最後の最後はせめて、大切に慈しんで来た少女の為に、此のいのちを使いたい。
「死ぬことが贖罪だなんて、誰が言い出したんだ?」
男の独白を捉えた竜神の娘が、大きな眸で男を射抜く。彼の欺瞞を、そして狡さを、誇大化したエゴすらも、総て見透かすように――。
「そんなの、罪から逃げてるだけじゃあないか。罪を償うってのはさ、生きてるうちしか出来ないことだ」
ワタヌキが遣ろうとしていることは、現実逃避に他ならぬ。彼がグラッジ弾に穿たれたとして、一体誰が幸せに成ると云うのだろう。勝手に生きた男が、自己満足で勝手に死ぬことを、贖罪と呼べる筈が無い。
「逃げるなよ」
先程迄の朗々とした語り口から一転、厳かな聲が響く。
可愛いヒトの子が、いま将に悲劇を辿ろうとして居るのだ。易々と見過せる訳が無かった。真直ぐに男の貌を見つめた儘、りゅうこは静にことばを重ねた。
「現世から、そして。――鞠子から」
「……今更どうしろって云うんだ」
此れが総て、己のエゴであることは分かっていた。けれども、彼には少女の居ない未来を受け止める勇気も、彼女に託された希いを背負う勇気も、ともすれば――彼女から注がれた好意を受け止める気概すら、無かったのだ。猟兵達からまざまざと其の事実を突きつけられ、漸く己の不甲斐無さと向き合った男は、狂おし気に血聲を震わせる。
「その贖罪の気持ちを生きて全うしてみないか?」
そんな男へと穏やかに助け船を出すのは、カフカの役目。
「なに、死ぬくらいの気概があるなら、これからなんでも出来るだろォよ。あの世で償うか、この世で償うか、それだけの違いサ。どっちをあの子が望むかは――」
言わなくてもわかるだろう、なんて。僅かに頸を傾けて見せれば、男は気まずそうに視線を伏せた。ワタヌキも流石に悟っているのだろう、こころから己が望まれて居ることを。
「あの子の病への一番の特効薬は、手術代でも名医でもなく『お前さん』ってことサ」
「……だが、どのみち俺は刑務所行きだ。秋雨が止んだところで、娑婆には出て来れない」
「何年かかろうが関係ないさ。その程度の二人じゃないだろ?」
男が不安混じりに零した科白を、りゅうこはカラカラと笑い飛ばす。きっと鞠子は永らえる、だから心配無用だと云わんばかりに――。
「ワタヌキのことを信じてる鞠子を信じるのは、ワタヌキの役目だぜ」
季節は、ふたりを乗せて巡って往く。
だからきっと、また逢える。
其れを眸前の男が信じなくて、誰が信じると云うのか。言外にそう紡げば、ワタヌキは静かに天を仰いだ。彼はもう、否定を紡が無い。
「……鞠子を信じる、か」
「なァ、嬢ちゃんへ手紙を書かないか?」
カフカが零した提案に、男は躊躇う様に眸を揺らす。もう二度と関わらぬ心算で、彼女の手紙を無視したのだ。再び筆を執るには、多少の勇気が必要なのだろう。そんな彼の背を押す様に、カフカは温かく聲を掛ける。
「おれたちが責任持って届けてやるからサ」
「そうだ、次会う時は一緒にカメラの練習をしようぜ」
「見たのか、あの下手糞な写真を」
少し先の未来を語るりゅうこの科白から、思わぬ己の弱点を識られたことを察して、男は苦く笑った。竜神の娘は「ふふふ」と含み笑いし乍ら、彼へと明るく誘い掛ける。
「きっと綺麗な景色を撮って、鞠子に見せるんだ。……名案だろ?」
そんな彼女の明朗さに釣られた様に、男も「ふ」と相好を僅かに崩した。研寿を握り締めたゆびさきに籠めた力が、ゆっくりと弛んで往く。
「嗚呼、そうだな」
カラン――。
静に放られた拳銃が、雨粒の溜まった混凝土に墜落して音を立てる。死に損なった男は独り、未だ明けぬ空を眺めて居た。秋雨は彼の躰を静に、其れで居て何処か優しく濡らして往く。
まるで、其の魂を濯ぐように……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『影狼』
|
POW : シャドーウルフ
【影から影に移動して、奇襲攻撃する事】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD : 復讐の狼影
自身の身体部位ひとつを【代償に、対象の影が自身の影】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
WIZ : ラビッドファング
【噛み付き攻撃(病)】が命中した対象を捕縛し、ユーベルコードを封じる。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●雨夜の獣たち
放り棄てられた銃を見れば、猟兵たちの緊張は漸く解け、温かな安堵の空気が流れる。此れにて一件落着かと、誰しもが思ったであろう、其の瞬間。
――ぼんっ。
何かが爆ぜる様な音が、混凝土の大地から響いた。見れば、打ち棄てられた銃が爆ぜた様であった。喩え自害が為されずとも、弾丸が射出される仕掛けだったのだろうか。
拙い、と猟兵たちが焦るよりも早く。深淵の如き闇の向こうから、獣の如き唸り聲が聞こえて来る。
闇の中、爛々と輝くのは赫彩であった。
其れが「眸」であると分かったのは、其々同じ形が対と成って居るからである。ならば、揺れる鬼火は何であろうか。
否、あれは鬼火に非ず。吐き出された吐息が、赫き瘴気と化して居るのだ。
漸く眸が溟闇に慣れた時、猟兵たちが視界に捉えたのは、黒々とした毛並みを持つ「狼」の群れであった。
大日本帝国に、狼はいない筈である。
何故なら、文明開化の際に人間たちが彼等を一掃して仕舞ったから。一説ではそうも言われて居る。
けれども、彼等は知って居る。自分たちが誰に滅ぼされたのかを。
恨みを凝縮した弾丸は、うすくらがりの掃き溜めに、怨みを抱えた獣の影朧を招いたのだ。
理性なき彼等はきっと、廻れない。
ただ衝動の侭に憎き人間どもに襲い掛かり、病と惨劇をばら撒いて行くだろう。
「畜生め」
生きると決めた矢先に、死神の迎えが来たのである。ワタヌキは忌々しげに口元を歪ませ、そう悪態を付く。
「全く、儘ならんな。俺の人生は何時もこうだ。此処の屑どもの人生も、粗方同じだろうよ」
狼たちはジリジリと、猟兵たちの方へ詰り寄る。一体だけならば、脅威ではない。荒事に慣れて居るワタヌキ始め、腎臓通りの住民たちなら、何とか倒すことが出来るだろう。
然し、如何せん数が多い。そして群れになることで、彼等は本領を発揮するのだ。狼は、社会性に優れた生き物である故に。
彼等を残滅できるのは、猟兵たち丈けである。従って何も憂うことなく、戦闘に集中して構わない。裏社会の住民たちは、最低限己の身は己で護れる筈だ。
其れでも気になるのなら、彼等を護り、安全な通りに送り乍ら戦うのも手であろう。総ては個々の判断に委ねられて居る。
――オォ、ン。
ひとに滅ぼされた悲しき獣が、月の無い夜に吠えた。華やぐ堅気の通りへ彼等が踊り出る前に、疾く倒さねばならぬ。
降り注ぐ雨は、怨みの焔を消しては呉れ無い。ただ静かに、ことの顛末を見護るばかり。
<補足>
・アドリブOKな方は、プレイングに「◎」を記載いただけると嬉しいです。
→連携が発生する可能性もありますので、ソロ希望の方は「△」を記載いただけると幸いです。
・ワタヌキは放っておいても死にません。
腎臓通りの住民たちも同じです。
→戦闘に集中しても大丈夫ですし、彼等をフォローしたり、守ったりしてもOKです。
・余談ですが事件解決後、ワタヌキは官憲に引き渡されます。
≪受付期間≫
10月20日(水)8時31分 ~ 10月22日(金)23時59分
鳳凰院・ひりょ
◎
真の姿を開放
この姿だからこそ使えるUCもあるんだが…どちらもあまりに火力が高すぎる
ここは打って出つつ、範囲攻撃で仕留めていこう
ワタヌキさん、死ぬなよ?鞠子さんの為にもね
俺は敵を【挑発】し自身の方へ敵意を向けさせる
人的被害を軽減する為にも囮となって敵を引き付けよう
真の姿の今なら、空中を飛行しながら移動出来る
相手の攻撃を【第六感】で回避しつつ可能な限りの敵を引き付け、UCを発動させる!
光と闇の疑似精霊、敵を葬り去るよ!
闇の波動は自分に噛みつこうと迫ってきた敵を絡めとる
光の波動は光【属性攻撃】へと変換、【オーラ防御】と共に刀に纏わせ大振りのオーラの刀へ【武器改造】、敵を纏めて一閃する!
●影を裂いて
グラッジ弾に導かれる様にして現れた、影狼たちの群れ。憎悪と殺気を顕ににじり寄る彼らの迫力に、ワタヌキは後退り――男と入れ替わる様に独りの青年が前へ出た。鳳凰院・ひりょ、其のひとである。彼の左背には純白の翼が凛と羽搏き、右の腰からは黒き羽根が垂れ下がって居る。闇と光を其の身に司る其の様相こそ、青年の真の姿であった。
「ワタヌキさん、死ぬなよ?」
ちら、と視線丈けで背後を振り返り乍ら、ひりょは静謐な聲彩で男への激励を紡ぐ。そう、此の悪漢は何としても此の窮地を脱さねばならぬ。
「……善処しよう」
「うん、鞠子さんの為にもね」
ぽつぽつと雨音が響くなか、凛とそんな科白を重ねて、青年は破魔の刀をするりと抜き放つ。そうして、其の場で思い切り地を蹴って飛び上がった。彩も容も異なる二枚の翼がばさりと羽搏き、下界に黒と白の羽根が舞う。
「さあ、こっちだ!」
狼たちの上から誘う様な聲を掛ければ、彼らはぐるると喉を鳴らし乍ら天を仰いだ。がちがちと打ち鳴らす牙の間から赫き瘴気を吐き出して、獲物を睨め付ける様は獰猛と云う他あるまい。
一体の獣が後ろ脚に力を籠めて、天に向かって大きく跳ねた。其の鋭い牙は、青年の脚を捉えようとして、ひらり――。アシンメトリな双翼によって軽やかに躱され、ガチガチと虚しく宙を噛み締める。
「そんなんじゃ当たらないぞ」
挑発するような科白を敢えて零せば、気色ばんだ獣たちが次々に天へ向かって跳ねて往く。されど、彼らの凶牙はひりょの散らした羽根のひとひらすら捉えられず、ただ虚しく虚空を噛み締めるばかり。
「集まって来たな、そろそろ本気を出そう」
足許に拡がる光景を冷静に見降ろし乍ら、青年は破魔の刀を持つゆびさきに力を籠める。青年が地上に降り立つ時を、今か今かと口を拡げて待ち兼ねている其の様は、まるで鰐地獄の様ですらあった。されど、其れこそが彼の狙いなのだ。
「さあ、敵を葬り去るよ!」
光と闇の疑似精霊へひとたび号令を掛けたなら、彼が握り締める刀へ光と闇のオーラが渦を巻く様に絡み合って行く。精霊たちの加護を得た分、みるみる質量を増して行く破魔の刀。ひりょは其れを、思い切り振りあげる。鞠子の笑顔を、そしてワタヌキのいのちを護って見せると云う誓いを秘め乍ら――。
衝撃に零れ落ちた闇は彼に飛び掛かろうと跳ね続ける狼たちを捉え、きらきらと流れて往く光は、彼の脚許に集う狼たちの眸を焼いた。じりじりと苦痛を与える熱に、狼達が悲痛な遠吠えを響かせる。
一閃。
辺りが一瞬、眩い光に包まれた。
次いで、静寂が戦場に拡がって往く。
軈て世界が暝闇に呑まれた頃、うすくらがりには独り佇む青年と、力なく混凝土に転がる数多の狼たちの姿があった。
大成功
🔵🔵🔵
榎本・英
◎
嗚呼。この地に狼など居ない。
影の獣かい。
私の得意とする分野ではないが、幼子らの喜びそうな話が出来そうだ。
私かい?
私はこの狼を在るべき場所に還すだけだよ。
影に刃を突き立てることが出来るのならね。
糸切り鋏を片手に、彼らへ素早く近付く。
複数を相手にすることはできない。
私は戦う事が得意ではないのでね。
一体ずつ確実に、しかしそうかい。
私の影が狼になる、と。
奇怪な技だね。
狩人としての本能かな?
私もやられるだけじゃないよ。
一点集中。狼の弱点を断ち切る。
ただそれだけだよ。
君たちを殲滅させたのは我々人間だ。
君たちは、私達を怨むかい?
怨みたいのなら、怨み続ければ良い。
それで君の気持ちが晴れるのならね。
九泉・伽
◎☆♯
ワタヌキさんと住民を守るが主軸
身を盾になんなら腕を噛ませてでも庇う
「傷だらけだと鞠子さんが心配しちゃうもの。ワタヌキさん、死んでないなら一匙であれ儘なる瞬間はくるよ。それをどうか見逃さないように、ね?」
狼をまとめるように薙ぎ払い仲間の攻撃サポート
回復されたらキリがないねぇ
煙草の煙を吹きかけて
「おいで、お前達が増えるには、人の手も必要でしょう?俺を使っていいよ。元よりこの体の持ち主はもういない、俺は亡霊の仲間のようなもの」
甘言ききゃぁいいけど
更に棍で貫いて回復を封じさせてもらうよ
官憲にワタヌキさんを鞠子さんに一目合わせてやれないかと嘆願
俺を含めた猟兵たちでもあんたらでも見張りつきでいいから
●狩人は闇に潜む
「嗚呼」
影狼の群れを見るなり、榎本・英の唇からちいさな嘆息が漏れた。理由は明白である。眸の前に拡がる光景が余りにも、現実的では無かったからだ。
「この地に狼など居ない」
「棲家を奪われた獣が、影朧に成るなんてねぇ」
現代人である九泉・伽にとっても、彼らの存在は教科書で習った様な過去のもの。当たり前だが獣もこころに傷を負うのだと実感して、苦く笑う。
「私の得意とする分野ではないが、幼子らの喜びそうな話が出来そうだ」
「へえ、普段はどんな本書いてんの」
何とはなしに零された伽の問い掛けに、英は丸眼鏡の奥の眸をつぅと細めて、静謐に微笑んだ。彼へと寄越した答えは、余りにも明快なもの。
「――ひとごろしの噺さ」
伽はきょとんと瞬いた後、「へえ」と再び同じ相槌を零す。自然に弛ませた其の口許には、好奇の彩が僅かに滲んで居た。文豪たる青年が其れに気付く前に、伽はちらりと背後を振り返る。彼等の後ろにはワタヌキと、此のうすくらがりで暮らす人々の気配が在った。
「俺はワタヌキさんと、此処の人たちを護るつもり」
並び立つ青年に向けて「君は?」と伽が首を傾げたなら、眼鏡の奥の深紅がちらりと此方を見返して来る。「私かい」と眼差しだけで問う青年の手には、何の変哲もない絲切鋏が握られて居た。
「私はこの狼を在るべき場所に還すだけだよ」
「じゃあ、やることは同じだね」
同じく何の変哲もない棍を握り締め乍ら、伽はくつくつと肩を揺らす。影の狼たちを彼岸の海へ還すこと、それ即ち一般人を護ることと同義である。ふたりの青年は其々の得物を手に、狼の群れのなかへ駆けて往く。
「さて、影に刃を突き立てることは出来るのかな」
「童話みたいに、其処に縫い留められたりはしない?」
そう戯れつつも確りと構えた棍を強かに振い、伽が襲い掛かる獣たちを薙ぎ払ったならば、月の無い空の下に十程の狼がぶわりと宙を舞った。
景気良く獣たちの出鼻を挫いたものの、然し。先陣の崩壊に巻き込まれなかった運の強い一匹が、伽の脇をするりと擦り抜けて往く。
「複数の相手は任せたよ、私は戦う事が得意ではないのでね」
故にこそ、一体ずつ確実に仕留めるとしよう。
英が此方へ駆けて来る狼へ絲切鋏の刃を向けた刹那、す、と狼の頭が闇に溶け消えた。次の瞬間、厭な気配を感じて彼は視線を足許へ落とす。
「嗚、私の影が――」
ごぽりと蠢いた其れは忽ち、先程目の前で焼失した“狼の頭”に転じて往く。影の狼が其の顎を開くよりも早く、狙いを付けるのもそこそこに、英は鋏の刃を己の影へと突き立てた。脳天を抉られた獣はギャンと一吠えしたのち、完全に沈黙した。どろりと、元通りに拡がる己の影に、興味深げな眼差しを注ぐ英。
「奇怪だね、狩人としての本能が為した業かな?」
「やっぱり賢いなぁ」
思わぬ反撃の術を目の当たりにした伽は、威嚇する様に棍を振り乱し乍ら後退を始めて居た。影から攻撃を仕掛けて来る以上、影狼をワタヌキから遠ざけた所で意味はない。護衛対象の傍で戦う方が、恐らくは得策だろう。
案の定、群れの中に居る数匹の頭部がするり、闇に溶け消える。目敏く其の様を視界に捉えた伽の動きは、早かった。
後方に居るワタヌキの許へ一目散に駆け出した青年は、彼の影へ滑り込むなり棍を強かに其の上へと叩きつける。ぼこりと膨れ上がり狼の頭部の容を為した影は、其の衝撃にも怯まずにワタヌキへと牙を剥いた。
「おっと」
躊躇う事無く己の腕を差し出して、其れを噛ませる伽。幾つも群がる頭たちは、其の凶牙で肉を貫き骨まで噛み砕かん勢いである。裂けたシャツの上から、たらり、生暖かい赫彩が滴って往く。眉根を寄せる青年の貌を見れば、ワタヌキははっとした様子で己の影――獣たちの頭を強かに何度も蹴り付けた。其処で漸く狼たちは、伽の腕を開放する。痛みにキャンと哭いた拍子に、顎が得物を取り落としたのである。すかさず青年は無事な方の腕で棍を振い、痛みに喚く頭部たちの脳天へ重たい一撃を叩き込んだ。
「お前……俺なんかを庇ったのか」
「傷だらけだと鞠子さんが心配しちゃうもの」
信じられないと云った貌で此方を見つめる男へ、伽は穏やかに笑んで見せる。病床で独り孤独に耐えて居る彼女のこころを護れるなら、こんな傷は安いものだった。
総てが終わった後、ワタヌキはお縄に付くことに成るだろう。彼は罪を重ねこそすれ、恩赦に預かる様な善行は何もして居ないのだ。ただ、病床の娘に優しくした丈け。
其れでも、もしも迎えが来たならば、見張りつきでも構わぬので彼女と――鞠子と一目逢わせて遣ってくれと、伽は官憲へ向けてそう嘆願する心算である。
「ワタヌキさん、死んでないなら一匙であれ儘なる瞬間はくるよ。それをどうか見逃さないように、ね?」
「……ああ」
喩え未来が絶望的であろうとも、いのちある限りは希望は続いて居るのだと。そう伝える伽の科白に、ワタヌキは静かに首肯した。そんな彼に何処か安堵した様な眼差しを向け乍ら、青年は軽く肩を竦めて苦笑い。
「しかし、キリがないねぇ」
先程此方へ噛み付いてきた獣たちには止刀を刺したものの、彼らは明らかに伽の血肉で以て其の身に負った傷を癒して居た。正攻法で戦うには、少しばかり骨が折れる相手のようである。
此処は、搦手を使うのが良いだろう。そう思案した伽は無事な方の手で煙草を引き抜いて口に咥え、ライターで其の先端に火を燈す。もくもくと立ち込める嗅ぎ慣れた紫煙の馨に、獣に絲切鋏を突き立てていた英がちらりと振り返った。伽が「ふう」と深く息を吐き出せば、狼たちは忽ち漂う紫煙に巻かれて仕舞う。
「……ねえ。お前達が増えるには、人の手も必要でしょう?」
白い煙と共に吐き出したことばは、酷く甘ったるい響で世界に零れ落ちた。がるるる、と歯を剥き出しにして唸っていた獣たちの聲が、ぴたりと止む。
「俺を使っていいよ。元よりこの体の持ち主はもういない、俺は亡霊の仲間のようなもの」
多重人格者たる『伽』はそもそも、此の躰の持ち主の「第二人格」である。
あたかもメインの如く振舞っているが、其れは宿主に総てを押し付けられた所以。疾うに人生を投げていた宿主の意識は、長らく此の器に戻って居ないのだ。
「おいで――」
甘い囁きに誘われるかの如く、影狼が一斉に駆ける。彼らは英を素通りし、自らを招く青年の許へ。されど、彼の手には棍が確りと握られていた。
次々と頭部を闇に溶かし彼の影へと顕現する狼たちを、伽は容赦なく棍で突いて行く。すると忽ち彼らの術は解け、ガチガチと歯を鳴らす物騒な頭部は胴体の許へ戻って行った。
「私もやられるだけじゃないよ」
間髪を入れずに、グサリ。英の鋏が狼の額を深々と刺し貫く。淡々とした調子の彼は、獲物が絶命したのを確認すれば刃を狼から引き抜いて、頭部を取り戻したばかりの一匹へ其れを向け乍ら、ただ静謐に問いを編む。
「君たちを殲滅させたのは我々人間だ。君たちは、私達を怨むかい?」
狼はガルルルルと唸りながら、血の如き赫い眸で彼を睨め付けるばかり。ことばこそ通じないが、彼らの抱える憎悪と怒り、そして怨嗟の念は余りにも饒舌に伝わって来た。故にこそ、英は真直ぐに其の貌を見つめ返して斯う語る。
「怨みたいのなら、怨み続ければ良い」
刹那、眼鏡の奥の眸が赫々と輝いた。絲切鋏がヒュンと宙を斬り、飛び掛からんとした狼の喉へ、チョキンと切れ目を入れる。母の形見は絲丈けでなく、どうやら毛皮すら綺麗に刻める様である。
「――それで、君の気持ちが晴れるのならね」
結ぶための刃は、怨嗟の念を断ち斬らない。ただ獲物だけを切り裂いて、廻れない其の魂を骸の海へと還して行く。赫く輝く眸は直ぐにまた、じろりと新しき獲物を捉えた。青年の手頸が動く度に宵闇へ血潮が舞い、雨と溶けあい流れて往く。
チョキチョキと鳴り響く音は、きっちり九回。九度目に放たれた其の一閃が彼のいのちを縮めるのか、其れとも同胞の献身で永らえるのか、総ては神のみぞ知ることである。
降り止まぬ秋雨のなか、業を抱えた殺人鬼は暫し獣と踊り狂うのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
臥待・夏報
◎
カイムくん(f08018)と
僕らが来なきゃどうなってたことやら、九死に一生ってところだね
超弩級の中じゃ夏報さんなんて大したことないほう……の、筈なんだけど
――派手なのを期待されちゃあしょうがないな
カイムくんが頑張ってくれてる間に精神統一
腎臓通りなんて名前がつくだけあって
この一帯は空気が淀んで沈んでいる
呪詛で満たすには持ってこいだ
【仲間外れは誰なのか】
血と臓物で描きあげた巨大なミステリーサークルを介して
影狼だけを呪詛の炎で焼却する
なになに、怖がることはないさ……どんな悪人面だろうと、一般人に手は出さないよ
……彼は、あの子に会いたいのかな
それともやっぱり、醜い本性を見られたくなかったりするのかな
カイム・クローバー
◎
夏報(f15753)と。
…いや。アンタは運が良い。普通なら化物共に囲まれたらThe endだ。
だが、今は違う。アンタの周りに居るのは――“超弩級戦力”なのさ。
イケるか、夏報?
魔剣を右手に顕現。
夏報の護衛と必要とする『血液』を集めるぜ。派手な締めは今日の相方に譲ってる。便利屋の掃除は前座って訳さ。
【怪力】で犬コロを派手に叩き斬って、路地裏を血に汚して。けど、夏報には返り血が飛ばないよう注意。
桜コスメが欲しいお年頃の女性らしい。なら、血で汚れるのは俺の仕事だ。
夏報の召喚するUCに口笛でも吹こうか。
流石、“噂の超弩級戦力”だ、なんて。期待通りの活躍に肩を竦めて。
ワタヌキ――彼女に伝える事はあるか?
●赫き焔、黒き炎
グラッジ弾がばら撒いた怨念により、幾ら倒せど湧いて来る狼たち。赫い瘴気を漂わせ乍ら牙を剥く彼らに詰め寄られ、悪漢は観念した様に天を仰ぐ。
「心機一転したところで、最悪な人生に変わりないか」
「……いや、アンタは運が良い」
ワタヌキを庇う様に狼たちの前へと立ちはだかるのは、カイム・クローバーである。己の背に隠した彼の方へと振り向いて、青年はニヤリと不敵に口端を上げた。
「普通なら化物共に囲まれたらThe endだ。だが、今は違う」
「うん、九死に一生ってところだね」
ワタヌキの隣に歩み寄った夏報もまた、同朋の科白に首肯して同意を示す。そういう意味では、此の男は本当に悪運が強い。裏社会を生き抜いてきたのも納得である。
「今アンタの周りに居るのは――“超弩級戦力”なのさ」
「全く……僕らが来なきゃどうなってたことやら」
「……お前らのお蔭で、俺は未だ死ねないらしいな」
軽口めいた調子で言外に男を護りに来たことを告げたなら、ワタヌキは安堵した様に溜息を溢した。雨音に紛れる様に響いた憎まれ口は、何処か穏やかだ。
「イケるか、夏報?」
「超弩級の中じゃ夏報さんなんて大したことないほう……の、筈なんだけど」
カイムから向けられた信頼の眼差しに、肩を竦めてみせる夏報。あくまで己が末端に過ぎないことを、彼女はようく自覚して居た。
「――派手なのを期待されちゃあ、しょうがないな」
ふ、と夏報が零すのは、苦笑にも似た緩い笑み。地面に膝を付いた娘は、雨に濡れた混凝土に掌を押し当てて、ゆびさきに神経を集中させて往く。じわりと其処に滲み始めるのは、何処か生臭い赫い彩。
「アンタにだけ働かせる訳にもいかねぇからな」
一方のカイムと云えば、じりじりと詰り寄る狼たちと向かい合って居る。にやりと口端を上げたなら、彼の掌中に黒銀の焔を纏った魔剣が顕現する。
「締めは譲るぜ、前座は便利屋に任せてくれ」
云うや否や、青年は濡れた地面を鋭く蹴って群れの中へ飛び込んで往く。対峙する狼たちも、彼に合わせて一斉に駆けだした。牙を剥き出しにした儘、此方へ飛び掛かる彼らに向けてブンと剣を振ってみせたなら、獣たちの頸が宙を舞い血の雨が地上に降り注ぐ。
スプラッタシネマ宛らの派手な立ち回りだが、其れこそが彼の狙い。なにせ夏報が此れから編む術に、獣たちの血は不可欠なのだから。とはいえ、今夜の相棒が生温い雨に打たれて仕舞うのは、聊か忍びない。獣たちが怯んでいる隙に後ろを振り返ったカイムは、纏うコートを素早く脱いで、夏報の方へと投げ寄越した。風に乗せられた纏いは彼女の頭上へ、ふぁさりと優しく着地する。
「なに、貸してくれるの」
「桜コスメが欲しいお年頃、なんだろ」
ちらりと貌を上げ、視界すら覆い兼ねない纏いを片手でずらし乍ら、カイムへ視線を注ぐ夏報。そんな彼女へと青年は、悪戯に片目を閉じて見せた。
「――なら、血で汚れるのは俺の仕事だ」
其れだけ言い残して、彼はまた狼の群れの中へと駆け出して行く。彼が剣を振う度、血の雨が降り注ぎ、混凝土を赫々と染め上げて往った。
相棒が巻き起こす喧騒を何処か遠くに聴き乍ら、夏報は精神を統一させる。雨と混ざり合った血潮は、実に良い絵の具だ。彼女が混凝土に編み出したミステリーサークルが、鮮血を吸い込んで段々と拡がって往くのが分かる。
「流石は腎臓通り、空気が淀んで沈んでいるね」
斯ういう呪われし場こそ、呪詛で満たすには持ってこい。
カイムの剣に切り裂かれた獣たちが撒き散らす血と臓物を贄として、ミステリーサークルは今やうすくらがり全体に拡がらんとして居た。此処までお膳立てをしたのだ、そろそろ頃合いだろう。
「さて、仲間外れは誰なのか――」
詠唱をぽつりと唱えた刹那、ぼぼぼ、とうすくらがりに火が燈った。影狼たちが、突如発火を始めたのである。狼達が溢す痛々し気な絶叫だけが、月の無い夜に暫し木霊する。
「流石、“噂の超弩級戦力”だ」
夏報が導いた期待以上の戦果に「ひゅぅ」と口笛を吹き、彼女の健闘を称えるカイム。そんな彼に再び肩を竦めながら「君の方こそ」なんて、夏報は緩く笑い返す。
「桜學府にはお前のような呪術師も居るのか」
「なになに、怖がることはないさ」
そんなふたりの傍らには、間近で残酷極まるオカルトを目の当たりにして、貌を引き攣らせるワタヌキの姿が在った。悪漢らしからぬ調子で狼狽する男に「ふふん」と、何処か得意げに娘は胸を張る。
「……どんな悪人面だろうと、一般人に手は出さないよ」
「それよりもワタヌキ、――彼女に伝える事はあるか?」
彼女の科白に安堵した様子の悪漢へ、気をまわしてカイムが問いを編む。幾ら夜中とはいえ、影朧が暴れているのだ。そう遠くない内に、官憲や桜學府の役人たちも駈け付けて来るだろう。そうすれば、此の男は捕えられて仕舞う。せめて其の前に、鞠子と彼の絆を結び直す手伝いをして遣りたい。一方の夏報は口を挟まず、ただ男の反応を見守って居た。
――……彼は、あの子に会いたいのかな。
それとも矢張り、醜い本性を見られたく無いと思うのだろうか。彼是十年近く、己の素性を隠していたワタヌキだ。穢れなき彼女に負い目の様な感情を抱いて居る可能性も、決して無くはない。
「暫く逢えないと――……否、お前たちの手は借りん。云いたいことは総て手紙に書く」
悪漢は託を伝えかけて、然し直ぐに思い留まって、確りと頭を振った。そう、ワタヌキは未だ、手紙の返事を綴って居ないのだ。彼は未だ生きている故に、自身の筆致で以てこころの裡を伝えられる。それが、散々騙し通して来た彼女に対する唯一の誠意。
「叶うことなら、俺が豚箱に入ることは伏せていて呉れ」
手術が終わる迄で良いからと、そう懇願する男にカイムは何も言わずに頷き返す。降り止まぬ雨は、男の新たなる人生の始まりを祝うように注ぎ続け、血に塗れた混凝土を静に洗い流して行く――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
世母都・かんろ
【烟雨】◎
噛みつきを第六感で見切る
わたしはワタヌキさん達を守れないけど
心配要らない
だって、叶さんが居る
一度に多くを相手にするなら
わたしは、得意
まっすぐ歌う
破魔を狼に
浄化を人に
【歌唱、全力魔法、属性攻撃、天候操作
♪
泣き喚いた今日よりも
明日はどしゃ降りあめふらし
それでも平気なふりするのを
強がりだって笑うなよ
泣き腫らした今日よりも
明日はどしゃ降りあめあられ
それでも雨がすきなのは
君に笑ってほしいから
明日天気になあれ
明日、天気にしてあげる
♪
わ、たし、も
そう、だったの
ずっとずうっと儘ならなくて
違う躰に要らない力
それでも、晴れるかもしれない
明日じゃなくても
いつかは
雨が止んだら
逢いに行けるように
雲烟・叶
【烟雨】◎
はいはい、勝手に諦めて寝惚けたことを吐かしてねぇで結界の中にすっこんでなさい
自分らが何のために此処に居るとお思いで?
猟兵にこの程度で挫ける奴は居ねぇんですよ
ワタヌキや通りの住民へ【結界術】
可愛い義娘が気にするんで
【誘惑、恐怖を与える】で敵を惹き付けましょう
恐ろしいものほど惹き付けられる、でしょう?
押し寄せればそれだけ甘露の攻撃範囲に入りますからね
倒し切らねぇでも良いんですよ
だって、ほら。ね?
UCを足元へ、己の強化に使用
【カウンター、呪詛、生命力吸収】
甘露が弱らせ抜けて来た敵を、全て、呪ってみせましょう
呪物だって、護るために戦えるんですよ
単なる人間のあんたなら、もっと何か出来るでしょう
●やさしい雨
猟兵が影狼の一群を殲滅し、其の隙にうすくらがりを逃げ惑う。彼是そんなことを小一時間ほど繰返して居る。されど狼のかたちをした影朧たちは、グラッジ弾がばら撒いた怨恨に導かれ、闇から次々に湧き出て来る始末。
「俺の悪運も此処までか、全く儘ならん人生だったな――」
「はいはい」
吐き棄てるようにそんな科白を零したワタヌキの襟首を、白いゆびさきがぐいと引寄せる。ヤドリガミの青年――雲烟・叶が、加勢に現れたのである。彼は捕まえた悪漢を、ぽいと己の背後に投げ棄てる。勢いの儘、混凝土に尻餅をつくワタヌキ。衝撃に眉を寄せ乍ら周囲を見回せば、叶と彼を隔てる様に薄透明の膜が張られていた。
「勝手に諦めて寝惚けたことを吐かしてねぇで、結界の中にすっこんでなさい」
釣れない調子でそう語る叶が此処まで世話を焼いて遣るのは、可愛い義娘が一般人の安否を気にするからに他ならぬ。現に今、辺りは俄かに騒がしい。住人たちが影朧の来襲に気付き始めているのだ。然し斯うして結界を張って置けば、少なくとも彼らが相手取る影朧は住民たちを害すこと等出来ない筈である。
「わ、たし、も、そう、だったの」
ワタヌキをそっと助け起こし乍ら、世母都・かんろが訥々と唇を震わせる。彼は悪漢たちの様なくらがりを歩いてきた訳では無いけれど、だからといって、陽の当たる場所を堂々と歩めた訳でも無かった。
違う躰に、要らない力。止まらぬ時間、低く成る聲。裡に抱いた望みはささやかなものなのに、其れすらも、ずっとずうっと儘ならなくて。
「そ、れ、でも、きっと」
明日は晴れるかもしれない。
明日じゃなくても、屹度いつかは――……。
そんなあえかな希望を抱き乍ら、青年は儘ならぬ現実を生きて来た。喩え“いま”がどんなに絶望に塗れて居ても、夢を見る位は赦されて良い筈だ。其れがいつか、希望に繋がるのだから。
「自分らが何のために此処に居るとお思いで?」
悪漢を振り返った叶が、くつりと口許を弛ませる。かんろも、自身も、帝都を――遍く臣民たちを護る為、此処に立っているのだ。
「猟兵にこの程度で挫ける奴は居ねぇんですよ――」
青年はそう啖呵を切って、影狼たちの群れへと向き合った。其の傍ら、懐から取り出すのは一本の煙管である。慣れた調子で火を付ければ、ゆるりと靡く白い煙。其れをゆらゆらと揺らして見せ乍ら、彼はうっそりと笑う。
「ねぇ、」
甘く響く其の聲は、呪詛を運ぶもの。聴く者のこころへ毒のように沁み込んで、其のいのちを、正気を削って往く。余りの恐怖にぞわぞわと逆立つ、狼たちの黒い毛並み。彼等の赫い双眸は警戒の彩を滲ませて、ただ叶だけを捉えていた。
「恐ろしいものほど惹き付けられる、でしょう?」
誘う様にかくりと小頸を傾けたなら、狼たちは一斉に地を蹴って彼の許へ駆け寄って来る。然し、押し寄せる獣たちを眺め遣る青年の貌は、余裕そのものだ。なにせ一度に多くの敵を相手にするのは、かんろの得意とする所だから――。
少女のかたちをした少年は、静に結界の外へと歩み出す。義父の隣を擦り抜けて、最前線で壁と成る。軈て押し寄せて来る狼と真直ぐに向き合えば、深く息を吸い込んだ。そうして、穏やかに息を吐き出す。天使の如き唄聲と共に――。
♪ 泣き喚いた今日よりも 明日はどしゃ降りあめふらし ♪
彼が暝い空に喚ぶのは、破魔の力を秘めた雨。
世にも優しき希いを籠めた糠雨は、ぽつり、ぽつりと零れ落ち。影狼が抱く怨みを浄化し、彼らを在るべきところ『骸の海』へと還して行く。聡く危険を察した数匹が頭部を闇に溶かし、彼の脚許から頭を顕現させるけれど、獰猛な牙は間一髪でひらりと躱す。ガチガチと宙を噛む獣の頭にも等しく降り注ぐ、破魔の雨粒。
♪ それでも平気なふりするのを 強がりだって笑うなよ ♪
希いを籠めて唄う程に、糠雨の勢いは強く成る。向かって来る狼の殆どは、雨粒に打たれて還って仕舞った。時折、其れすら耐えて見せた狼が、彼の隣を擦り抜けて往く。けれども、かんろは敢えて其れを見逃した。
――わたしは、ワタヌキさん達を守れないけど……。
何も心配は要らない。此の手から零れ落ちるものが有ろうとも、独りで気負う必要は無いのだ。かんろはもう、独りじゃないのだから。
――叶さんが、居る。
信頼を寄せる義父に、護りを託した。故にこそ彼は振り返らずに、ただ優しき唄を紡ぎ続けて往く。長雨が拡がる闇も、犯した罪も、哀しいことも、総て濯いでくれることを祈り乍ら。
♪ 泣き腫らした今日よりも 明日はどしゃ降りあめあられ ♪
「ええ、甘露。倒し切らねぇでも良いんですよ」
叶は愛娘へと穏やかな眼差しを注ぎ、敢えて己の脚許へ呪詛を拡げて往く。すると忽ち躰中に湧き上がる不思議な力。漲る魔力に独り頷き乍ら「ほら、ね?」と、彼は満足気に口許を弛ませた。
「雨を凌いだ敵は、全て、呪ってみせましょう」
煙管から漂う白い煙がふと、彩濃くなる。噎せ返る様な煙の馨に狼たちは動きを止め、其の場で苦し気に藻掻き始めた。赫い瘴気を弱弱しく吐き出して、混凝土の上を転がる獣たち。痛々し気な其の様とは裏腹に、うすくらがりには天使の如き清らかな唄聲が流れ続けている。
♪ それでも雨がすきなのは 君に笑ってほしいから ♪
「呪物だって、護るために戦えるんですよ」
狼たちがぴくりとも動かなく成ったことを確認して、叶はゆるりとワタヌキの方を振り返る。其の聲には、何処か温かな彩が滲んで居た。
「単なる人間のあんたなら、もっと何か出来るでしょう」
「俺に出来ること、か」
うつくしき青年から静謐な鼓舞を受け、悪漢は静に貌を伏せる。彼が鞠子にしてやれることは、返事を綴って遣ること、次の季節に連なる約束を交わすこと。そして……。
♪ 明日天気になあれ 明日、天気にしてあげる ♪
雨が止んだら、彼女へ逢いに行けるように――。
鞠子が紡いだささやかな希いが叶うことを祈り乍ら、かんろは唄を紡ぎ続けた。うすくらがりに、優しき慈雨が降り注ぐ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャト・フランチェスカ
◎
雲珠と/f22865
狼は群れで狩りをするそうだ
けものは恐ろしい、人間程ではないけれど
囲まれると厄介だ
手に負えなくなる前に、やろう
弄ぶ万年筆は空っぽ
逆手に握り目配せする
童のようでいてその背は勇ましい
密やかに微笑みタイミングを測る
雲珠、きみは癒しの桜だったか
僕のは血染めの徒花さ
与えた傷から毒が芽吹く
どうだろう
彼等は仮に正気を得ても
あれ以上の生を望んだろうか
繰り返さぬ終わりが救いになることもある
厭世家の独り言だよ
きみはきみの儘咲けばいい
難しいだろう、とは声に出さない
ワタヌキが罪を償うまで鞠子が生き長らえ
その間も絆が果てないとしたら
奇跡の先に再会がある
かも、しれない
或いは運命の悪戯でも起こるだろうか
雨野・雲珠
シャトさまと/f24181 ◎
※UCにロープワーク・捕縛併用
ひ、避難誘導を…
なるほど、散らばるとかえって危険かも
短期決戦で参りましょう
距離を無視して詰めてくる速い獣。
枝で足を取ろうにもまず追いつけない…
ここは逆に考えます、
注意を払うのはシャトさまと、俺と、お味方の近く。
襲い掛かってくる瞬間を待ち構えて──そこ!
俺とは全く性質の違う桜
恐ろしいけれど美しい
おかわいそうに
いつかは怒りもほどけて送れる日が来たかもしれないのに…
…そうか。そうかもしれませんね
…どうぞ安らかに
官憲に引き渡す前に
お見舞いの時間を作れないでしょうか…
それが叶わずとも、それぞれとのお約束は尽力します
俺はご当地桜の精ですもの!
●徒櫻、枝桜
うすくらがりで爛々と煌めく、鬼火の如く赫い眸。其の持主の正体を悟るや否や、雨野・雲珠の貌が分かり易く引き攣った。櫻の木から生まれたものとして、根を掘り起こす様な犬科の動物は、如何しても苦手である。
「ひ、避難誘導を……」
「狼は群れで狩りをするそうだよ」
そんな彼の内心を知ってか知らずか、シャト・フランチェスカが、ぽつり。自らの知る知識を零す。兎角けものは恐ろしい、尤も人間程ではないけれど――。其れでも彼等には、獲物を屈服させるだけの純粋な「力」が在るのだ。
「囲まれると厄介だ」
「なるほど、散らばるとかえって危険かも……」
孤立した獲物を何処までも追い掛けて、取り囲んで、一斉に食らい付く。其れが狼たちの流儀である。ならば、此方も群れた方が不意を突かれる心配も幾分かは減る筈だ。
「手に負えなくなる前に、やろう」
「ええ、短期決戦で参りましょう」
桜の精ふたりは肯き合い、改めて獣の群れと向かい合う。じりじりと詰り因って来る狼たちは、剥き出しにした牙の隙間から赫き瘴気を靡かせて居た。強靭な四つ脚は思い切り混凝土の地を蹴って、あっという間に猟兵との距離を縮めた。
瞬時に状況を把握した雲珠は、背負った箱宮から蠢く桜の根を放つ。されど、狼は獣特有の軽やかな身のこなしで、襲い来るそれらを避けて往く。
――追い付けない……。
少年の裡に焦りが過ったのは、ほんの一瞬のこと。直ぐに思考を反転させた彼は、素早く周囲へ視線を巡らせる。いま優先すべきは、傍らに居るシャトと、己の身を護ること。敢えて獣を追い立てるかの如く木の根を嗾ければ、雲珠の思惑通り。獣は彼等の喉元目掛けて、高らかに飛び掛かった。
「――そこ!」
敵が此方に狙いを定める瞬間こそが、反撃の好機。少年は一点を目掛けてしゅるりと枝根を伸ばし、狼の躰を捕縛する。哀れ重力に引き摺られ、混凝土の上へと落下する影狼。
「お見事」
隙を作ってくれた雲珠に、ちらり。目配せを寄越し乍ら、シャトは空虚丈けを秘めた万年筆をくるりと弄ぶ。嗚呼、彼は童のような見目をして居るけれど、其の背は真直ぐで勇ましい。
「雲珠、きみは確か、癒しの桜だったか」
密やかに微笑を讃えた乙女の花唇が、気安い調子で少年へ喋り掛ける。先程迄くるくると戯れて居た万年筆を逆手に握り締めた彼女は、根に捕らえられて藻掻く獣に歩み寄るや否や、其の頸許をペン先でブスリと刺した。
「僕のは、血染めの徒花さ」
内緒事の様に己の唇をゆびさきで封じ乍ら、くつり、紫陽花の乙女は蠱惑的に笑う。頸に赫華を刻まれた獣は、目に見えて苦し気に藻掻いて居た。シャトが咲かせた血染めの華は、毒を齎す蟲毒の華。襲い来る狼たちを捉える傍ら、痛々し気にいのちをすり減らして行く獣を眺め、雲珠は独り戦慄した。
――俺とは全く性質の違う桜……。
嗚呼、なんと恐ろしい。けれど、夢のようにうつくしい。綺麗な花にこそ棘があるとは、よく云ったものだ。ついつい、視線を惹かれて仕舞う。赫華の毒に充てられぬ様、少年は獣へと視線を移し、荒ぶる其の身を捕えて往く。狼が混凝土に這い蹲る度に、乙女の筆先が鋭い軌跡を描いた。
「……おかわいそうに」
一体どれだけ、根を伸ばしただろうか。
気付けば彼等の前には、数多の狼たちが力なく横たわって居た。息をしている者は、独りも居ない。冷たい雨に打たれ乍ら、彼等は骸の海へと還って往くのだろう。
「いつかは怒りもほどけて、送れる日が来たかもしれないのに」
「……どうだろう」
哀し気に双眸を伏せる雲珠の傍らで、シャトは花唇からぽつりと疑問を編む。仮に、正気を得たとしても。
「彼等はあれ以上の生を望んだろうか」
ひとの都合で棲家を、仲間を、未来を奪われ、滅ぼされて仕舞った狼たち。総てを喪った彼等が廻った所で、何を得られると云うのだろう。きっと、繰り返さぬ終わりが救いになることもある。そう語る乙女に、少年は眉を下げつつ神妙な貌で首肯した。
「……そうか。そうかもしれません、ね」
「厭世家の独り言だよ。きみはきみの儘、咲けばいい」
素直な相槌に、シャトは「ふ」と口許を弛ませる。彼の心根のやさしさは、縁を結んだばかりの彼女にも、ようく伝わって居た。余りにも現実を見過ぎる己とは異なる彼の気性もまた、尊いものである。
「どうぞ、安らかに――」
双眸をそっと鎖して雲珠が祈りを捧げれば、獣たちの亡骸は秋雨に溶け消えて往く。後に残るは、何処か甘く漂う毒華の匂い馨ばかり。其れも直ぐに、雨に流され消えて往くのだろう。
さて、危機を脱したいま、尤も気掛かりなことは矢張りワタヌキの処遇である。そろそろ騒ぎを聞きつけて、官憲や學府の役人も駈け付けて来る筈だ。悪漢は忽ち御用と成るだろう。彼等に引き渡すこと自体には、決して異は無いけれど。
「せめて、お見舞いの時間を作れないでしょうか……」
「噺くらいは聴いてくれると思うけれど」
気遣わし気な貌の少年を前に「難しいだろう」なんて科白、流石に聲には出せなかった。曖昧な返事を寄こすシャトの意図を何となく察し乍らも、雲珠はぐっと拳を握り締めて見せる。
「叶わずとも、それぞれとのお約束は尽力します。俺はご当地桜の精ですもの!」
「ふふ、頼もしいね」
真直ぐな彼の姿に、自然と乙女の口許が緩んだ。涼やかな桜の眸は、後退するワタヌキの背中を静に追う。数多の罪を背負い込んだ、痛ましい後ろ姿だ。
もしも、彼が罪を償うまで鞠子が生き長らえて。その間も彼等が結んだ絆が、果てなかったとしたら。
「奇跡の先に再会がある、かも、しれない」
或いは、今宵彼女たちが男の自害を止めに来たように、運命の悪戯が起こることだって……。
未来は、誰にも分らない。
鞠子の手術が成功するのかも、ワタヌキが娑婆に出られる日が訪れるのかも。其れでも、駈け付けた猟兵たちは彼等に“優しい未来”が訪れることを、多かれ少なかれ望んで居た。
希わくば、少女と男が紡ぐ物語の結末が、仕合わせなものに成りますように――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
片稲禾・りゅうこ
◎【朱漆】
おお、おおこりゃあすごいな!
なあカフカさん!ワタヌキ!向こうから狼がわんさか来たぞ~!
いやいや壮観だなあ~!久しぶりに見たぜ!
なんだよワタヌキ。そんな怖いのか?
死神い~?
……うっはっはっは!なっはっはっは!!
面白いことを言うなあワタヌキ!
ヒトの子はすぐ何かを神様に例えたがるのはなんなんだ?
カフカさんならわかるか?そういうの。
いや何、ちょいと笑っただけじゃあないか。
そんな顔しないどくれよ~~ごめんよお~~~。
まあまあ、そこでくつろいでてくれよ。
全部りゅうこさんたちが倒しちゃうからさ。
信用ないなあ~~……じゃあわかった。りゅうこさん、ちょっぴり本気モードだ。
合わせてくれよカフカさん。な!
なあワタヌキ。りゅうこさんたちな、一つ黙ってたことがあるんだ。
我らが本物の神様だってこと。
ゆるりと髪留めを解いて
真の姿を曝け出そう
とはいえその身は人のまま
されど膂力は、比ではない
大きく息を吸い込んで、吼える
獣の声を消せば、多少は不安も紛れるだろうか
大丈夫、りゅうこさんに任せてくれよ。
神狩・カフカ
◎【朱漆】
ったく、お前さんは何処だって緊張感のねェ奴だな…
まあこの程度、犬っころと戯れるのと大差ねェがな
ははっ!折角現世に留めたンだ
今更あの世に渡して堪るかよ
あー……
よくわかんねェもンや畏れの対象を
人間以外に喩えるのはよくある話じゃねェか?
…!
おい、りゅうこ…
…はぁ~あ…仕方ねぇな…
帰ったら甘味を奢れよ
ま、神なんざそう珍しくもねェや
この日ノ本にゃ八百万の神なンて概念があるからな
見ようと思えば
どこにだっているもんサ
ワタヌキの兄さんはその一つを偶々見ちまった
それだけの話サ
――というわけで
おれの正体はどうか内密に、な?
帝都でまだ仕事してェからサ
ひゅるり一陣の秋風が身を包んだなら
真の姿――山神・大天狗の姿になって
兄さんは此処にいとくれよ
結界術で結界を張ってその中へ
そンじゃ、ちょっとばかし遊んでやるか
ゆるりと天狗の羽団扇を構えたなら
扇いで風を起こして衝撃波で吹き飛ばしてやる
打ち漏らしたやつには雷を落としてやろうか
おれたちがいれば
嬢ちゃんが生きる世界も安泰だろ?
だから安心しな、と
笑って見送ってやろう
●二柱つどいし
暝闇に爛々と、赫い眸が輝いて居る。足音ひとつ立てぬ儘、うすくらがりから現れるのは、黒い毛並みを逆立てた影の狼たちの群れ。
「おお、おお、こりゃあすごいな!」
混凝土の上を四つ足でじりりと這う彼等の姿を視界に捉えれば、片稲禾・りゅうこの双眸がきらりと輝いた。底なしに明るい娘は、燥いだ様にふたりの同行者を振り返る。
「なあ、カフカさん! ワタヌキ! 向こうから狼がわんさか来たぞ~!」
彼女に呼び掛けられた神狩・カフカとワタヌキは、詰り寄る狼の群れを遠巻きに眺めていた。グルルル、と唸り聲を上げ乍ら鋭い牙を剥き出しにする其の様は酷く獰猛で、そう易々とは近寄れぬ。されど、りゅうこは彼等の撒き散らす敵意など気にも留めず。相変わらず興味津々な眼差しを、狼たちへ注いでいる。
「いやいや壮観だなあ~! 久しぶりに見たぜ!」
「ったく、お前さんは何処だって緊張感のねェ奴だな……」
物見遊山気分の彼女へ呆れたように溜息を零し乍ら、やれやれと頸を振るカフカ。とはいえ、彼もまた精鋭である。たかが狼の群れ如きに、動じる訳も無い。
「――まあこの程度、犬っころと戯れるのと大差ねェがな」
「お前たち、よく涼しい貌をして居られるな……」
追い詰められたワタヌキと云えば、貌をやや引き攣らせ乍ら、じりじりと後退って居た。其の強面に似合わぬ弱気な態度に、りゅうこは二ィと口端を吊り上げて、男の貌を揶揄う様に覗き込む。
「なんだよワタヌキ。そんな怖いのか?」
「当たり前だろう、奴等は俺の死神だ」
「死神い~?」
吐き棄てる様に寄越された答えに、今度は怪訝な貌をするりゅうこ。脳内で男のことばを反芻し乍ら、彼女は思案するかの如く腕を組んで居たけれど――。
「……うっはっはっは! なっはっはっは!!」
軈て暫く経ったのち、まるで堰を切ったかの如く、りゅうこは豪快に笑い出した。思いがけぬ娘の反応に、悪漢は虚を突かれた様な貌をする。
「面白いことを言うなあ、ワタヌキ!」
「ははっ! 折角現世に留めたンだ、今更あの世に渡して堪るかよ」
りゅうこが云わんとしたことを汲み取って、カフカもまた男の不安を快活に笑い飛ばした。鞠子とワタヌキに、深く“こころ”を寄せていたふたりだ。一度地獄から掬い上げた悪漢を、そう易々と手放す筈が無い。
「しかし、ヒトの子はすぐ何かを神様に例えたがる。あれはなんなんだ?」
「なんだと云われてもな……お迎えが来たら皆そう云うだろ」
男の零した「死神」と云う科白が妙に引っ掛かり、かくりと頸を捻るりゅうこ。ワタヌキの方には深い意味など無かったらしく、彼は聊か困惑した様に返事を紡いだ。
「カフカさんならわかるか? そういうの」
常のことながら聊か唐突に噺を振られて、カフカは「あー……」と頬を掻く。遍くひとの思考を理解して居る訳では無いが、作家と云う職業柄なんとなく想像は出来た。
「よくわかんねェもンや畏れの対象を、人間以外に喩えるのはよくある話じゃねェか?」
「ふーん、そんなもんなのか」
一方のりゅうこは、説明を受けても釈然としない様子。ヒトの子の信心は、一見すると浅いようでいて、実は深層まで沁みついて居るのやも知れぬ。祀られる側の彼女には、矢張りピンと来ない噺であるが。
「……囲まれてるって云うのに、随分と呑気だな」
ぶっきらぼうに猟兵たちへ忠告を飛ばす男は、何処か不機嫌そうな貌をしていた。其の理由を素早く察し、からからとりゅうこが笑う。
「いや何、ちょいと笑っただけじゃあないか。そんな顔しないどくれよ~~」
緩い調子で「ごめんよお~~~」と謝ってみせれば、男の貌から険が抜け、呆れた様な――其れで居て気の抜けた様な、聊か緩い表情と成った。
「まあ、そこでくつろいでてくれよ。全部りゅうこさんたちが倒しちゃうからさ」
「お前たちに任せていいのか? 危なく成ったら俺は独りでも逃げるぞ」
律義に堂々と見棄てる宣言をする男に、次はりゅうこが溜息を溢す番。自分たちは彼よりも“年少の姿をしている”為、いまいち頼りにされて居ないらしい。
「信用ないなあ~~……じゃあ、わかった」
きりりと表情を引き締めたりゅうこが、長い髪を結い留める飾りへと手を伸ばす。其の刹那、周囲に漂う空気がピリリと騒ついたのは、きっと気の所為では在るまい。
「りゅうこさん、ちょっぴり本気モードだ。合わせてくれよカフカさん」
ちら、と今宵の相棒の横貌に視線を呉れ乍ら「な!」と、娘は陽気に片頬を上げてみせる。されど、其の眸には真剣な彩が滲んで居た。
「なあ、ワタヌキ。りゅうこさんたちな、一つ黙ってたことがあるんだ」
ゆるり、髪留めを解く。
絲雨を運ぶ雨が、さらりと茶彩の御髪を攫って行った。其の姿は、常の彼女とそう変わりは無いけれど。纏う雰囲気が、まるで違った。
「――我らが、本物の神様だってこと」
ただ其処に佇んで居る丈けで、空気が震える。凛と伸ばした背から溢れ出すのは、思わず頭を垂れたく成る様な、神々しい迄の威光。
「! おい、りゅうこ……」
真なる神としての姿を顕にした彼女を前に、思わず眸を円くするカフカ。隠しておく心算だったが、斯うも容易くバラされて仕舞っては仕方が無い。参った様に貌を覆い乍らも、青年は「はぁ~あ」と特大の溜息をぽつり。されど指の隙間から覗き見える口許は、ほんの微かに笑って居た。
「仕方ねぇな……帰ったら甘味を奢れよ」
ひゅるり――。
不意に、戦場に一陣の秋風が吹く。雨の匂いを乗せた其れは、忽ちカフカの体を包み込み、真の姿を顕とさせた。腰から生えた深紅の翼、修験者めいた白き纏い、赫い髪に鴉の面。其れ即ち『山神』――大天狗。
「……神も仏も居ないと思っていたが、まさかお前たちがソレとはな」
「ま、そう珍しくもねェや。この日ノ本にゃ八百万の神なンて概念があるからな。見ようと思えば、どこにだっているもんサ」
神も仏も信じなかった男が、其れを間近で視ることに成ろうとは。全く、ひとの人生とはどう転ぶか分からぬものである。狐に抓まれた様な貌をしている男へと、大天狗は片目を悪戯に閉じて笑う。
「ワタヌキの兄さんはその一つを偶々見ちまった、――それだけの話サ」
「それで、正体を見ちまった俺はどうなるんだ」
先程まで軽口を叩いて居た相手が、ふたりとも人ならざる者であったのだ。悪漢の額に、ほんのりと冷や汗が滲む。
「別に取って食ったりはしねェよ。ただ……おれの正体はどうか内密に、な?」
櫻が咲き誇る此の世界において、「神」の存在は未だ明らかにされて居ない。故にこそ、カフカは己の正体を顕にすることを好まないのだ。「帝都でまだ仕事してェからサ」と肩を竦めて見せれば、ワタヌキは静かに首肯する。
「その代わり、俺が刑務所に入ることは、鞠子に報せないでくれ」
手術が成功する迄で構わないから、と云う前置きと共に紡がれた懇願に、カフカが否を唱える筈も無い。「当たり前サ」と首肯する傍ら、彼はゆびさきを忙しなく組動かして、ワタヌキを中心に結界を張って往く。
「――兄さんは此処にいとくれよ」
男が頷き返したことを確認すれば、カフカはトンと地を蹴り赫き羽を拡げ、絲雨の降る夜を舞う。そうして降り立つ先は、頼もしい朋――りゅうこの傍ら。
「大丈夫、りゅうこさんに任せてくれよ」
ちら、とワタヌキの方を振り返った竜神は、其のかんばせに穏やかな笑みを咲かせる。そうして改めて狼の群れへと向き合えば、大きく息を吸い込んで。
――ただ、吼えた。
轟音と共に空気がビリビリと震える。獣の唸り聲は竜の咆哮に容易く呑まれ、ただのひとたるワタヌキの許には、もう届きはしない。此れで多少は、男が抱える不安も紛れるだろう。
「そンじゃ、ちょっとばかし遊んでやるか」
カフカがゆるりと構えるのは、天狗の羽団扇。其れでパタパタと宙を仰げば、忽ち風が巻き起こり、其れは軈て衝撃を齎す風の波へと姿を転じ、狼たちを勢いよく吹き飛ばす。
運良く衝撃波の直撃を免れた獣が、赫き瘴気を漂わせ乍ら獰猛な牙を剝くけれど。其の牙が打ち鳴らされる前、りゅうこの布槍が狼の喉元を深く抉り。大天狗が招いた雷が、駄目押しとばかりに彼の獣へと直撃する。
ゆらりと体勢を崩し力なく混凝土に横たわった獣から視線を逸らし、「如何だい」と悪漢の方を振り返るカフカ。其の正体を顕にしても、彼が纏う親しみやすさは顕在であった。
「おれたちがいれば、嬢ちゃんが生きる世界も安泰だろ?」
幾ら帝都に幾ら闇が蔓延ろうと、超弩級戦力たる自分たちが帝都の臣民に降り掛かる火の粉を払って呉れようと。大天狗は言外にそう告げて、穏やかに微笑んで見せる。
「だから、安心しな」
「……お前たちには、手間をかけたな」
ワタヌキは「ふ」と口許を弛ませたのち、不器用な礼のことばを零し、明るい通りを目指して駆けて往く。そんな男の背中を、神ふたりは笑って見送るのだった。
降り注ぐ絲雨も、今ばかりは何処か、やさしい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
琴平・琴子
◎
まあ大きな狼さんたちですこと
お月様もないのに暴れて…
元気なのは宜しいことですが
牙を向けてくるには元気が良過ぎます
少々躾が必要なのでは?
輝石ランプで呼んだ狂気で作り出すのは数多の口枷と首輪
捕縛して縛り付けて狂気の怪力で空に投げて地面に叩きつける
手荒い躾でごめんあそばせ
自業自得というお言葉をご存知?
狼さんたちに言ったところで伝わるかは分かりませんけど
その牙を抜かないだけまだ良しとしてほしいところですけども
ワタヌキさん
悪い事をしたのであればそれをきちんと償ってくださいませ
そして鞠子さんに、貴方に会いたいと思っている彼女に
本当に会ってお話をしてくださいませんか
文面では無く、今度は対面で
今夜は月が出てませんからね
誰も、何も、見ていませんから
それが最期の出会いになるかもしれないけれど
一度だけの対面になるかもしれないお二人の笑顔を私は見てみたい
叶えることができるのならば
叶えてあげたい
ただ、それだけですよ
丸越・梓
◎#
マスタリング歓迎
_
腎臓通りの人たちやワタヌキを最優先に庇う
傷一つつけさせない
それと同時に
影狼の攻撃も全て受け止める
大切な者を奪われる苦しみも悲しみも
俺自身味わったことがある
同じ感情などなく
だからこそ彼ら狼の気持ちが"わかる"とは言えない
然し彼らの無念を、怒りを、憎悪を
誰かが受け止めねばならない、憶えていなくてはならないと思った故
どれだけ傷を負おうとも決して膝は付かず、屈さず
そしてこの手に刃も銃もいらない
狼の身体に優しく触れ
願うは安息を
──すまない
謝って済むことではない
解っている
それでも
彼らの大切なものを、人間が奪ってしまったことを謝りたかった
誠実に真っ直ぐに
頭を下げ
敬意を払いながら
_
全てが終わった後、鞠子さんに会えるだろうか
彼女が必ずワタヌキに逢えるように、出来ることは何でもしたい
俺は常から仕事ばかりの身
金を費やす趣味もない
故に陰ながら資金援助が出来るなら喜んで
術前で不安なら、それを晴らせるよう尽力
大丈夫
雨はもう──止む。
●雨降る夜明け前
うすくらがりの狭い路地を、男が駆ける。
其の後ろに続くのは、影に潜む狼たちである。人間への怨嗟を抱えた彼等は群れを成し、獲物を追い立てて往く。息を切らし乍ら、其れでも決して立ち止まらぬ男の脚許で、ふと影が蠢いた。狼の頭の容をした其れは、鋭い牙を剥き出しにして、彼の脚へ噛み付かんと大口を開ける――。
「そうはさせない」
間一髪、男の影へ滑り込んだ丸越・梓の腕が、彼の脚を庇う様に伸ばされる。目の前に突如現れた其れに、狼はがぶり、勢い良く食らい付いた。
鋭い牙に貫かれ、仕立ての好いスーツに穴が空く。たらりと混凝土に垂れ落ちるのは、暗闇においてなお鮮烈な血潮。攻勢に沸き立つ様に、狼達が闇夜へ吠える。
「お前……」
「これくらい問題ない。腎臓通りの住民たちも、順調に逃げているようだな」
うすくらがりから次々に逃げ出して行く住民たちを遠くに眺め乍ら、神妙な貌で獣の牙を受け止める梓。そんな彼の姿に面食らい、思わず立ち止まるワタヌキの傍らを、赤頭巾宛らにレインコートを羽織った少女――琴平・琴子が駆け抜けて往く。
「まあ、大きな狼さんたちですこと」
未だ幼い彼女にとって、影狼は余りにも大きくて。琴子は翠の双眸をぱちり、静に瞬かせた。月も出て居ないと云うのに、暴れ狂う彼等の獰猛さときたら……。
「元気なのは宜しいことですが、ひとへ牙を剥くのはやり過ぎです」
玩具の兵隊さんから貰ったマスケットを素早く構えた少女は、ワタヌキの影から生えた狼の頭――梓の腕に食らい付く其れへと銃口を向け、躊躇い無く引鉄を弾いた。餌を貪ることに夢中に成って居た獣の頭は、鉛の弾丸に貫かれて瞬く間に四散する。
「此れは少々、躾が必要なようですね」
銃口から硝煙を風に靡かせ乍ら凛とした眼差しを狼達へ向け、そう宣言してみせる琴子。幼い狩人の眸には、何処か冷え冷えとした彩が滲んで居た。少女が裡から零す敵意を読み取ったのか、途端に気色ばむ獣たち。彼等は混凝土の大地を蹴って、次々に少女へ襲い掛かって往く。
「おい、狙われてるぞ!」
「知っています。子どもだからって見縊らないでくださいな」
カラン――。
咋に焦り始めた男に念を押し乍ら片手に揺らすは、光を溜め込んだ輝石のランプ。石と石がぶつかり合う軽やかな調べが響いたなら、うすくらがりに蔓延る狂気が少女の許へ集い始めた。軈て口枷と首輪の容を取った其れを、少女は襲い来る狼たちへ嗾ける。
口枷は大きく開かれた獣の口に、ちょうど良く収まった。少女のゆびさきに連なる首輪は、聴き分けの悪い子の首根っこをギリギリと締め付ける。「狂気」は今や、彼女の味方。琴子は増強させた膂力で以て頸根を捕まえた狼を空に放り投げ、強かに混凝土へと叩きつけて往く。
「手荒い躾で、ごめんあそばせ。でも、自業自得というお言葉をご存知?」
影朧と云えどただの「獣」に過ぎぬ狼へそう言ったところで、果たしてどれ丈け意図が伝わるのか。そもそも、痛みに藻掻き呻き続ける狼たちに其れが聴こえて居るのか。答えは定かで無かったけれど、敢えて上下関係を叩き込む為に少女はそう言い聞かせる。
彼等はれっきとした害意を持って、同朋の腕に噛みついたのだ。其の牙を抜かない丈け、まだ良しと思って欲しいものである。
「――すまない」
静かな聲が、ふと夜明け前の路地に響いた。
琴子とワタヌキの視線は勿論、未だ息のある狼たちの視線が、聲の主である梓の許へと一斉に集中する。
「謝って済むことではないと、解っている」
それでも、彼らの大切な棲家を、家族や仲間たちを、そして未来を。人間が総て奪ってしまったことを、ただ謝りたかった。重々しくそう語る梓の表情は、何処までも真摯である。誠実な眸が真っ直ぐに、混凝土に這い蹲る狼たちを射抜く。
「すまなかった」
再び重ねたこころからの謝罪と共に、青年は深く頭を下げた。嘗て同じ日本と云う国に生息していた“先人たち”へと敬意を払い乍ら――。
大切なものを奪われる苦しみも、悲しみも、梓はようく識って居る。尤も其れは、「種」ごと滅ぼされた彼等とは、きっと異なる種類の懊悩である。ゆえにこそ、梓は彼ら――狼の気持ちが「わかる」なんて、口が裂けようとも云えなかった。
とはいえ、彼等を影朧へと変えたのは、間違いなく「人間」である。ならば、誰かが受け止めねばならぬ。憶えておかなければならぬ。住む場所を喪った彼らの無念を、親や子を奪われた彼らの怒りを、種を根絶やしにされた彼等の憎悪を……。
梓はそうっと、混凝土に横たわる狼たちの許へ歩み寄って往く。滴る鮮血を軌跡に刻み付け乍ら――。敢えて武器を取り出さなかった彼は、一匹の狼へと手を伸ばす。其れを攻撃と捉えたか、獣は最後の力を振り絞って前脚で彼の手を弾いた。鋭い爪は青年の掌を裂き、混凝土に新たな赫を刻み付ける。
其れでも、梓は伸ばす手を止めない。
狼の逆立つ毛並みへ優しく触れたなら、まるで安心させるように、そして何処か労わるように、其の躰を静に撫ぜて遣る。青年がいま、希うことは唯ひとつ。
棲家を奪われた彼等が、今度こそ安息を得られるように――。
掌の優しい温もりに促されて、狼は静かに紅の双眸を鎖した。一匹、また一匹と、獣は影へ溶けて往く。空が僅かに白み始めた頃、大日本帝國から「狼」は完全に消えて仕舞った。うすくらがりに遺されたのは、人間ばかり。
「……ワタヌキさん」
戦いの余韻をたらりと引き摺る様な――何処か悲哀の滲んだ静寂を切り裂いたのは、悪漢の名をぽつりと紡いだ少女の聲だった。翠の双眸で男の貌をじぃと見つめ乍ら、琴子は諭すように彼へと語り掛ける。
「悪い事をしたのであれば、それをきちんと償ってくださいませ」
「……嗚呼、残りの人生は其れに費やす心算だ」
くらがりを歩いて居るうちに魂まで穢して仕舞った男は、幸いにも贖罪の機会を得た。彼のいのちは未来へと繋がったのだ。何時か燈に照らされた道を堂々と歩ける未来も、若しかしたら訪れるやも知れぬ。決意を固めた様な男へ、「それに」とことばを重ねる琴子。
「鞠子さんに――貴方に会いたがっている彼女と会って、お話をしてくださいませんか」
無機質なインクが不機嫌に跳ねる文面では無く、今度はちゃんと対面で――。
少女の科白を聴き届けた男の眉間に、深い皴が刻まれる。気難し気な其の貌には、葛藤と苦悩が滲んで居た。穢れた己が純真無垢な少女に寄り添うなど、そんなことが赦されるのかと、物憂げに伏せた眼差しがそう雄弁に語って居る。
「きっと誰も、何も、見ていませんから」
今夜は月が出てませんから大丈夫、と男の背中をことばで優しく押す琴子。生き延びて仕舞ったワタヌキは、此れから官憲に逮捕される。其れは「当たり前」のことだ。だって、彼は悪いことをしたのだから。でも、鞠子は彼を待って居る。
懸賞金を当てに出来ぬ今、彼女の手術が成功するか否かは分らない。若しかしたら、此れが最期の出会いになるかもしれないけれど。喩え、一度しか逢えなかったとしても。
ふたりの笑顔を見てみたいと、琴子はこころからそう想った。
「全てが終わった後、鞠子さんに会えると良いんだが」
腕の疵口をハンカチで止血し乍ら、梓も悪漢へと気遣う様な聲を懸ける。病床で独り死の恐怖に絶える鞠子を想えば、彼等の縁を此処で途切れさせる訳にはいかない。彼女は雨が止む頃にきっと、彼が来てくれると信じて居るのだから――。
「微力ながら、出来ることは何でもしよう。資金援助だって、喜んで」
不安な術前にもかかわらず気丈に振舞い乍ら、矢張り何処か不安気であった少女の姿を想いだし、そんな提案を編む梓。彼女が未来に不安を感じているのなら、少しでも其れを晴らしてやりたかった。
「……呆れる位にお人好しだな、お前たちは」
配慮に満ちたふたりの科白に悪漢は「ふ」と、緩い笑みを溢す。今宵うすくらがりに駈け付けた猟兵たちは、決して“ワタヌキは死ぬべき”だなんて云わなかった。金が要るなら支援しようと、そう申し出た者だって独りじゃないのだ。
誰も助けてくれない「うすくらがり」から、鞠子が――そして、彼女に思いを託された猟兵たちが、彼を引き上げたのである。
「生憎、金を費やす趣味もないからな」
「鞠子さんの希いを叶えてあげたいと――……ただ、そう思っただけですよ」
当たり前のようにそんなことを云うふたりに、ワタヌキはまた笑った。そうして、ゆるりと頭を振って見せる。月の無い夜ならば、誰にも知られずに、何処へだって往けるけれど。
「先ずは、手紙の返事を書かねばならん」
其れが“ペンフレンド”の作法。
ずっと棚上げにしていた返事を綴らなければ、彼女に合わせる貌も無し。形見分けをした今と成っては、多少照れ臭くもあるけれど。それこそ自業自得と云うものであろう。
「あの子には其れから逢いに行くさ。此の身を綺麗に濯いだ後で、な」
ゆるりと手を挙げて、男はうすくらがりの外――明るい通りへと歩んで往く。辺りは俄かに騒がしい。よくよく目を凝らしたなら、遠くに官憲の乗る黒塗の巡回車両が視えた。
「……おふたりは、逢えるでしょうか」
ワタヌキの後を静に歩き乍ら、琴子がぽつり、不安げな呟きを漏らす。何処か晴れやかな貌をした梓は、そんな彼女へ「大丈夫」と優しく微笑み掛けた。
「雨はもう――止む」
絲雨を降らせる曇天の狭間から、僅かな光が降り注ぐ。長い夜が漸く明けて、朝が訪れたのだ。帝都に、そして、うすくらがりの人生に――。
●大団円
グラッジ弾の暴発騒動の後、ワタヌキは官憲に連行された。
余罪を多く持つ犯罪者の割に彼の扱いが聊か丁重だったのは、猟兵たちの口添えの賜物だろう。
病床で彼の来訪を待つ娘が居るのだと、そう訴えかける猟兵も居た。
ほんの数分だけでも良いから、せめて彼を見舞いに寄越して欲しい。ふたりが逢えるよう、どうか温情を掛けて遣って欲しい――。
超弩級戦力にそう頭を下げられては、官憲も無碍には出来まい。
今まで重ねた罪についての取り調べと、桜學府の役人による幻朧戦線についての取り調べがあるので、直ぐに開放することは難しいけれども。其れ等がひと段落したら、件のサナトリウムへの見舞いを許可する旨の約束を何とか取り付けることが出来た。
鞠子への“資金援助”を申し出る猟兵も居た。
彼女を今回の騒動の功労者として桜學府へ紹介し、術前術後の支援の約束を取り付けたうえ。帝都から支払われる筈の謝礼を辞し、其れを鞠子の治療費に当てた者。そして、仕事ばかりの身であるから金の使い道が無いのだと冗談めかし、私財で彼女の援助をする者。彼等の献身は決して、無駄には終わらないだろう。
彼が綴った返事を鞠子の許へ届ける為、刑務所へと立ち寄った者も居た。受け取った手紙は矢張り簡素だったけれど。待ち焦がれていた其れを受け取った鞠子の喜びようと来たら、周囲の職員を驚かせるほどであったと云う。
勿論、猟兵たちは約束を守った。
彼が刑務所に居ることは、鞠子に伝えて居ない。ゆえに彼女は、純粋な気持ちで綴られた返事を眺めている。
ワタヌキは、いつか真実を話すのだろうか。或いは、ずうっと嘘を吐き続けるのかも知れない。此の先どう鞠子と向き合うのか、其れを決めるのは彼自身である。
●雨が止んだら
少女はベッドの上で、くしゃくしゃに成った手紙を読み返していた。
――其れは、見目麗しい見舞客たちが届けてくれた「おじ様」からの大事なお返事。桜學府の関係者だと云う彼等は、徹頭徹尾とても親切で、"仕事"を済ませた後だと云うのに、少女をよく気に掛けてくれた。
もう何度、手紙に目を通したか分からない。
不安な夜は聲を殺して啼き乍ら、退屈な昼は眠くなるまでぼんやりと、不器用に綴られた言の葉とただ戯れ続ける日々を送って来た。
『急な仕事が入った』
だから、暫く返事を書けなかったのだと「おじ様」は手紙のなかでそう語っていた。全く悪びれて居ない風だったけれど、愛想の無い筆跡は何処か気まずそうに揺れて居る。其れを見る度に、何だか神妙な貌の彼の姿が想い描かれて、少女はつい笑って仕舞うのだ。
手紙には色々なことが綴られている。
気が向いたのでサナトリウムの前まで来たが、どんな貌をして合えばいいか分からずに、カメラだけを置いて帰ったこと。その道中で見舞いに来てくれた人たちと鉢合わせ、促されるまま返事を綴り、其れを彼らに託したこと。帰国したのは偶然で、別に心配していないこと。カメラが無いので、暫く写真は撮れないこと……。
遠い異国の話を面白おかしく綴られた、今までの手紙と違って。本当に、ささやかな日常の噺ばかり。けれども、其れが好いのだ。彼を身近に感じられて、何だか嬉しく成るから。手術や病のことに全く触れないのも、きっと彼なりの気遣いなのだろう。不器用なやさしさが可笑しくて、少女はまた笑う。
然し何よりも彼女を笑顔にさせたのは、こんな締めの一文であった。
『雨が止んだら、逢いに行く』
彼女のかんばせはいま、未来への希望に染まって居た。其れは紛れも無く、猟兵たちがあの夜たしかに繋いだもの――。
雲間から射し込む細やかな陽の光が、手紙へ視線を落とす少女の頬を明々と照らし出す。秋雨前線が帝都から去る迄、あと少し。
ふたりが邂逅を果たす日も、きっと近い。
≪終≫
大成功
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