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バッドラック・コンバット

#アポカリプスヘル

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#アポカリプスヘル


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●それは突然訪れるがゆえに
 カコン、と。空き缶が宙を舞った後に石畳を転がる。
 その行為を別の世界の人間が見たならば何か文句の一言でも出て咎めようものだが、アポカリプスヘルにおいてアルミの資源を無造作に棄てる事は贅沢な行為でもある。誰もそれを咎めようとは思わないし、『ここ』ではそれが一つの娯楽でもあった。
 旧時代の製造プラントから生産されたケミカルなリキュール缶を飲み干し、金髪をワックスで固めたオールバックの男は欠伸をやたら大きくして吐き出した。
「砂っぽい荒野なんてクソくらえだ」
 ふへへ。と、如何にも堕落してますと言わんばかりの笑い声を漏らしながら男は足をぴんとつま先まで伸ばした。
 姿勢を変えたことで水面は揺れ、立ち昇る湯気も乱れる。
 渇いていた喉は酒で潤し、乾いた体には天然由来のヒーリング効果を有した『湯』が染みていく。心身ともに文字通りの癒しに浸る男はもう一度「ふへへ」とだらしない声を漏らした。
「そこのお前! 時代はよぉぉ……温泉だぜ。なんたってこの腐った荒野には汚染された水源が殆どで、地下水脈にまで届いた放射能やら激ヤバな化け物汁が飲むも浸かるもとにかく命にかかわる一品にしちまってる! え? じゃあなんで温泉なんかあるのかって? 馬鹿言え、湧き水に浸かってるんじゃないんだ。その昔じゃ天然の回復薬とも言われた至高の湯だぜ? 旧時代の文明の中にはこれを半永久的に保存する為だけに財を費やして、核シェルター並みの水脈保存プラントを造っちまったってわけなのよ! 俺は思うね、時代はこれからこの『オンセン』が引っ張っていくってな」
 凄まじいドヤ顔であらぬ方向を指差し饒舌に語り続ける金髪の男に、近くで寝そべるように温泉に浸かっていた女が身を引いて行く。
 荒野に点在する『拠点』の中には時に、旧時代の施設が偶々残っていた事でそれを利用する者達がいる。
 流石にかつての世界で稼働していた機能の大部分は死んでいるものの。中には人の手による管理なくとも生きている特殊なケースがあった。金髪の男、自称奪還者の男はそんな地下温泉の拠点『オンセン』に身を寄せていた。
 地上を徘徊する恐るべきオブリビオンやストームの被害から逃れ、有限ながらも二世代は保つといわれる生産プラントによって生み出された食糧に娯楽品を手に飲み明かす。まさしくそこは至福にして楽園の様な拠点だった。
「ヘイそこの彼女、この後オレの部屋でディナーでもどうだい?」
「うふ♡ 私に声をかけたからには寝かせないわ♡」
 両脇にドラム缶の如く肥えた女性を抱きかかえた男はガハハと汚い笑い声を上げた。
 そうして、この日も地下温泉街オンセンは一日を快楽的に終えようとした。その時だった。

 湯気立つ薄暗い地下街に警報が鳴り響く。
 金髪の男は聞き慣れたそのアラート音に耳を傾け、それから両脇の女性達に目を向ける。女たちはいずれもきょとんとしており、まるで現実味がない様子で照明と張り巡らされた水流ポンプの管が伸びる天井を見上げている。
 その慌てた様子のない姿に男は心底安堵した。どうやら大したことはないらしい。
「た……大変だ……」
 澄んだ声が何処からともなく聞こえて来る。雑音除去に優れた通信機能による館内放送、スピーカーからだった。
 その声の主は拠点運営側のものだろう、金髪の男は「はあ?」と首を傾げながらそちらに意識を向けた。
「こちらオンセン警備隊! 緊急警報!
 敵襲だ! 地上エントランスフロアにて異常事態、警備装置に甚大な被害あり! 大至急地下の人員をこちらに……ぐあああ!!」
 スピーカーから鳴り響く音声が盛大なノイズとハウリングを成すその様を、地下街を往く人々は呆然と立ち尽くしたまま聞いていた。
 暫しの間。
 そして、次いで聴こえて来る。獣が肉を咀嚼するかのような、それ以上聞く事を忌避させる音。
 たちまち地下街はパニックと化す。動じていないのは非番だった戦闘員か、流れのバイカ―や奪還者たちだけだ。
 しかしその中で余裕を保っている者など一人もいない、拠点の警備装置がそう易々と突破されるような設備でない事を彼等はよく知っていたからだ。相手は余程の大物か、セントリーガンの類に強い機械型のモンスターだと、腕に覚えのある者達は全員予想していた。
 それに太刀打ちできる者は限られてくる。
 分かり切った事だ、この荒野世界で持て囃される者は例外なく有能であり生き残る力の有る者だけなのだから。
「ああん、逞しいお方! どうかこの拠点を救ってぇえん」
「任せなマイエンジェルたち。このオンセンは俺様が守ってやるぜ」
 金髪の男は胸元のバルクを張り上げて見せつけ、女性達の黄色い歓声を背にしてその場を去って行く。
 向かう先は拠点の出口……しかし、それは彼にしては珍しく逃走の為ではなく戦いに赴く為だった。

(くくく……実は分かってんだよ。地上での戦闘は警備側の大敗だが、相手も瀕死だってのはよォ!! 笑いが止まらん。監視カメラやサーモ装置も壊されてっから誰も知らねえんだな! エントランスにゃ俺様のバイクが停めてあるのさ、車体の通信ログを洗って見りゃ戦闘の一部始終が映ってやがる……『あれ』はもう俺様でも殺せるぜ!)

 男は笑いを堪えながら、地下から地上へのエレベーターに乗り込んだ。
 これから始まるヒロイックな自身の活躍を思い描き、金髪の男は戦闘用外骨格アーマーを着て大型の散弾銃を構えながら涎を垂らした。次にエレベーターの扉が開いた時が彼にとって最高のショーの幕開けとなるだろう。
 そして暫く経った頃。
 エレベーターシャフトを昇る箱は、地上に出た事を告げるベルを鳴らして硬い扉を開いたのだった。

●運の悪い男の軌跡
 シック・モルモット(人狼のバーバリアン・f13567)は言った、その男は返り討ちに遭ったと。
 地下シェルター拠点『オンセン』を襲ったオブリビオンは健在だったのだ。
「妙なユーベルコード持ってるみたいだな。その自称奪還者がどうなったかは知らないけど、近付いて撃とうと思った時には腕が飛んでた……なんて事になってたくらいだ。現場に行く皆も気をつけた方がいいね」
 シックが語る。
 拠点のエントランスを占拠したオブリビオンは獣並みの勘と怪力を持っているだけでなく、変幻自在の"闇"を自身の一部から生み出して攻撃してくるようだった。
 その能力の多様性を量るに、恐らく分身めいたモノを生み出して個ではなく群体としての脅威も併せているだろうと彼女は予想した。
「猟兵が数人いれば難なく倒せるとは思うけど、無理はしない方がいい。
 ……なにせ、私が見たのは例の男だからね。いやほんと偶然かも知れないし他人の空似かもだけど、なんかアイツが見える時って連戦になりがちなんだよなぁ……」
 めちゃくちゃ不吉な物言いのシックに猟兵達から冷めた視線が向く。
 それを受けて慌てたシックは手と首を交互にブンブン振りながら、何とか記憶の海を漁ってそれらしい情報を探り当てた。

「注意事項として強いて挙げるなら……拠点近くの荒野をバイクとかマシンの走る煙が見えた気がする。オブリビオンとは関係ない筈だけど、一応気をつけていいかもな?
 あとほら……もしかすると遠くの空からなんか来るかもっていうか…………とにかく不運に覚えのある奴は祈った方がいい気がする!」

 何の役にも立たない助言だった。


やさしいせかい
 初めましてやさしいせかいです、よろしくお願いします。

「シナリオ詳細」

『第一章:ボス戦』
 大きな岩の中に隠されたシェルターの地上部分での戦闘です。
 内部は見渡す限りでは広く感じられるドーム型の空間ですが、実際に戦闘となれば警備装置の残骸や増設された簡易テントなどに囲まれた環境となる為、
 飛行などの技能無しだと閉所に近いフィールドに思えるかもしれません。
 敵は獰猛ながらも適所において能力を駆使するタイプのオブリビオンとなっており、油断なく戦う必要があるでしょう。

『第二章:集団戦』
 なぜか戦闘音を聞き付けて寄ってきたレイダー集団を撃退します。
 戦闘フィールド自体は外の荒野を含めますので、乱戦に持ち込むも無双するもシェルターの内部へ誘い込むも自由度は高めです。
 数が多いです。戦場によっては囲まれての集中砲火を受ける事もあるかもしれません。

『第三章:ボス戦』
 第二章からほぼノンストップで始まるボス戦です。
 敵は単騎ながら第一章と同じく群体ともなる上、上空から攻撃を仕掛けて来ます。
 その他詳細は三章になってからのOP開始時に描写等で判明します。

 前章参加済みの方など、希望があればダメージや疲労が蓄積している状態を描写します。(【疲労orダメージ有】などの表記のあるプレイングに対応します)

●当シナリオにおける描写について
 三章全てにおいて描写(リプレイ)中、同行者または連携などのアクションが必要な場合はプレイング中にそういった『同行者:◯◯』や『他者との連携OK』などの一文を添えて頂けると良いかと思います。
 また、三章通して戦闘オンリーなシナリオになると思われます。

●プレイング受付につきまして
 各章OPの描写送信から、約三日以内に送信されたプレイングから執筆・納品の順番となります。
 その為、同行者がいる場合を除き他参加者との共闘描写が無いまま進行する可能性があります。
 プレイングが流れる事の無い様にするため、速度と品質維持のための対応となります。ご了承下さい。

 以上。
 皆様のご参加をお待ちしております……!
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第1章 ボス戦 『ガブリエル・ラチェット』

POW   :    貪欲
自身の身体部位ひとつを【触れたものを削り取る、変幻自在の闇】に変異させ、その特性を活かした様々な行動が可能となる。
SPD   :    暴食暴風
【触れたものを削り取る漆黒の旋風】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    無限餓狼
自身の【飢餓感】を代償に、【漆黒の嵐の中から現れる黒犬の群れ】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【集団での連携を駆使し、鋭い牙】で戦う。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠八津崎・くくりです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●約束された厄日
 エレベーターが到着した瞬間だった。
 金髪の男はそれまで手首に内蔵した小型の骨伝導マイクを接続したモニターから地上の様子を逐一見ていた。しかし、扉が開く直前になって突然『それ』は倒れ伏したのだ。
(クソ、死にやがったか?)
 自らの手柄となる前に死なれては困る。金髪の男は舌打ちと共に散弾銃を構え、扉が開いた瞬間に飛び出そうとした。
 ゴウンと鳴り響く機械扉の開閉音。
 滑り込む足取りで駆け出した男は黒煙が渦巻くエントランスフロアの中を警戒しつつ、ドーム型の広い空間に散乱する円筒状の警備セントリーガンの残骸を踏みつけて奥へ進む。
 エントランスフロアは薄暗くなっていた。天井部を見上げたわけではないが、恐らく照明にまで流れ弾が飛んだのだろう。
 バイクが停められているのはシェルターの防御扉を潜ってすぐの場所に当たる、フロア受付としてテントが張られている場所だ。本来ならばここにいる警備隊と警備装置が拠点の『客』が持ち込んだクルマを守り、外敵を撃退していた筈だった。
 エレベーターを出て僅か200mほど走った先。最も黒煙が濃くなっている場所に辿り着いた男は、直前にバイクの搭載カメラ越しに見ていた怪物をついに見つける。
 黒い襤褸切れが蹲っている。
 辺りには黒々とした血痕が点々としており、弾痕も激しい。金髪の男がこの場で見たのはその黒い襤褸切れだった。
(獣じみた動物耳に、銃弾も躱して鋼を引き裂く怪力。ミュータント系の化け物ってとこだろうが……あれだけの弾幕を浴びてたんだ、さすがに幾らかは喰らってたんだろうな)
 まったく身動きしない襤褸切れを見下ろして金髪の男は首を振った。
「まあいい。トドメを刺したのが俺って分かればいいんだ」
 散弾銃を向ける。
 かつては人間だったのかもしれないが、男は特に罪悪感を抱く事無く。重い引き金を軽く引き絞って鋼の防弾扉も貫けるスラッグ弾を連射した。

 ――直後、散弾銃を握っていた右腕が上に飛んだ。

「ッ……!?」
 驚愕に染めた表情を瞬時に真剣な物に変える。肘より先を断たれた男が反射的に左手を振って、腰から引き抜いた接触起爆型のグレネードを足元に叩きつけた。
 鉄板の上で爆ぜた爆薬と破片が勢いよく飛散し、男の体と懐に入り込もうとしたその【怪物】を吹き飛ばす。
 後方に吹き飛ばされた金髪の男は受け身を取りつつ体勢を素早く立て直す。金髪の男は汗ひとつ掻くことなく、冷静に切断された右腕を拾い上げながらその場を離脱していた。
「しくったな」
 全力で逃走に移る男の視界の端で蠢く闇。
 黒い襤褸切れの中から姿を現した小柄な、少年とも少女とも見える獣耳を生やしたオブリビオンは、腰の辺りから伸びた触手めいた漆黒を振り回していた。
(肉弾戦だけじゃなかったか……さては被弾してねーなありゃ。カメラに気付いて誘い込んだか、敵をあらかた片付けて一休みでもしてたか、何にせよ勘が良いし速いし強い。あれに一矢報いるのは無理だな。厄日だ畜生め)
 アーマーの下から流れ出る血液を無視して、男はあちこちで破壊されていたり横転させられてしまったマシンの中から一台の改造バイクに飛び乗るように跨った。
「ガァアアアアアアッ!!!」
「うるせーよ。てめーなんざどっかの狩人どもに狩られちまえ」
 一っ跳びで十数メートルもの距離を詰めて来た闇の尾を振り回す獣を前に、金髪の男は中指を立ててアクセルを全開にした。
 後ろ首の皮を一枚切り裂かれ、鮮血を宙に残しながら男はシェルターを飛び出す。

 再び誰もいなくなった中、一匹の獣は蹲る。
 男は気づかなかったが……その獣は今、"腹が満たされていた"のだ。わざわざ怖気に駆られて逃げる足の速い獲物を追う必要もなかっただけである。
 ゆるやかに流れる微睡みと血の臭い。
 そこへ訪れるのは――――



※プレイング締切につきまして
 現時刻17時より『8/3(火曜日)…【8:30】』までのプレイングを優先・速筆で執筆致します。
 いただきましたプレイングが流れる事はほぼ無い筈ですが、本年度の当方は余りにも不運が過ぎるので念のため、参加者様が御許し頂けるようでしたら再送ください。
 以上。
 引き続き、よろしくお願いします。
※お知らせ(8/04)
 本日早朝に起きた地震による影響で(多分ですが)本日提出予定のリプレイがちょっと間に合いませんでした。大変申し訳ございません。
 宜しければ流れてしまったプレイングをご再送下さい。
レイ・オブライト
よお。良い家だな
資源ごと今日失うか、明日から広くに開放するか。参考までにあんたの好みは?

飲み水に困る奴も多いってのに贅沢三昧の温泉とは
もし拠点リーダーが私利私欲ばかりの輩なら、働くついでそのくらいはおしゃべり(圧かけ)しときたいとこだが

なんにせよやるこたやる。潰れるには惜しい場所だ
こういう施設の利用にはな、マナーってのがあるんだよ。獣じみた敵とやりあううち闇の性質を紐解く
要は「死にはしない」程度か
【UC】
拠点の崩壊を防ぐため短期決戦意識。属性攻撃(電気=光)で闇や犬を消し相殺だの
あちこち身体が削れるなら同じだけ+1多く高速再生されることで
距離詰め攻撃を叩き込む狙い
支払いは命で正解だ

※諸々歓迎


黒鋼・ひらり
『他者連携OK』

削り取る闇とやらの様子見の牽制がてら転送した自前の磁性体…斧槍や投剣、鋼鉄板を磁力射出
ギミックシューズの磁力跳躍やダッシュ、壁貼付きを駆使し瓦礫の中三次元機動で駆けるわよ

UC【磁界流星群】発動
磁性体にはこのシェルター内なら事欠かない…悪いけどどうせ残骸、ないし放っておいても破壊されるなら遠慮なく利用させて貰うわ
警備装置の残骸、元は建物だった瓦礫の鉄筋鉄骨、破壊・横転させられたバイク…それから先程転送してばら撒いた自前の武器…あんたが派手に暴れてぶっ壊してった周囲全て、全方位から流星にして諸共纏めてぶっつけたげる…ご自慢の『闇』とやらで削り切れるもんなら削り切ってみなさいな!!


月白・雪音
…人為的なものとはいえ、この世界に温泉資源が残されているとは驚きました。
荒廃した世にとっての大きな支えとなり得る拠点です、
例え連戦なれど、守り抜かねばなりませんね。


UCを発動、残像と共に悪路走破も駆使し地上戦
怪力、グラップルを用いた無手格闘にて相手取り、
落ち着きの技能…、無我の至りにて自らの動向は悟らせず
野生の勘、見切りで敵の勘を上回る速度で動きを捉え回避或いはカウンターを叩き込む

壁や天井に逃げるようであればアイテム『氷柱芯』を飛ばし巻き付け
怪力にて引き摺り落とす


…この地に貴方が何を求めたか、私に解すことは叶いません。
されど、喰らわば喰らわれるが獣の理。
今此処にて、貴方を『狩らせて』頂きます。


木霊・ウタ
心情
オンセンを守るぜ

戦闘
大剣に纏う獄炎を輝かせて闇を払い
そのまま輝く刀身の一閃で
闇による防御を封じながら
焔摩天で薙ぎ払う

奴の体の一部でも砕いたり
燃やすことができたら
力や速さ、感覚が鈍るだろう
そこを畳みかけて仕留める

で以上は上手くいった場合だよな

奴の闇が
炎の発する光や
獄炎そのものも削り取ろうとするかも

そんときゃ
爆炎スラスターの高機動で回避し
隙への一撃を狙うけど
いつまでも逃げられるなんて思っちゃいない

最後に力押しかもな

全てを削り取ろうとする闇と
全てを燃や尽くそうとする炎と
どちらが勝つかってか

紅蓮で闇を喰らいつくし
そのまま灰に帰す

事後
鎮魂曲

アンタもOストームに変えられちまったクチだよな
海で安らかに



●――閑話――
 地下拠点『オンセン』の代表指揮官であるオーソン・ブリットは合成アメーバの肉に齧り付き、そして引き千切るようにして咀嚼しながら頭を抱えた。
 この楽園に等しいシェルター施設を発見した時、オーソンという男は心から安堵し、涙した。
 地上は地獄だ。化け物に限らず人という人が全て敵にしか見えない。何度人を信じ、裏切られた末に同じ人の形を持った相手を肉塊に変えるまで撃ち合ったか。思い出したくもなかった。
 だからこそこの地下に残った施設、そして少なくとも自らが寿命を終えるまでの間を平穏に暮らせる資源が見つかった時。彼は神に初めて感謝し、祈った。
 わずか数年の平穏だった。
 それまで如何に屈強なレイダー集団が襲って来ようと返り討ちにしていた警備システムが破られ、最悪の事態を想定して厳選に次ぐ厳選を繰り返した末に招いた奪還者も全員行方不明になっている。なにより地下街は混乱の極みにあり、とても防衛に動く気配が無い。
 あれだけの金と食糧を提供して豪遊させていたというのに、何という不義理なものか。オーソンは恨みがましく、もしもこの窮地を自らが乗り越えたなら次は拠点を自らの物にしようと誓った。
 それにしてもなぜこのタイミングであれほどの強力な怪物が襲って来たのか。オーソンは解決策の出ない状況と、己の頭の中身に絶望していた。
 安寧のぬるま湯は余りにも、荒野の世界と化したこのアポカリプスヘルにおいて猛毒だったのだ。
 或いはそれが旧文明においての人類らしさだったのかもしれない。だとすれば、ここで滅ぶのも旧文明の残り香にすがりついた自身の末路なのかもしれない。
 自暴自棄に笑いながら目の前の『ごちそう』に喰らいつき、最期の一瞬まで堕落に在ろうとするオーソン。
「よお。良い家だな」
 そんな彼の前に、いつの間にか見知らぬ男が立っていた。
 見るからにアウトローだが、逆に言えば"見かけだけ"とも言える。かつて荒野を生き抜き旅をして来た奪還者の経験が、レイ・オブライト(steel・f25854)という猟兵の片鱗を見抜いていた。
「な、何者だ……? 『客人』のリストには載っていなかったはずだ」
「客人か。ずいぶん "お高く" 止まった言い方をするんだな」
 逞しく太い腕がオーソンに伸びる。
 思わず身構えようとしたが、オーソンは急に席を立とうとしてそのまま背中から転倒してしまう。そこから勢いよく立ち上がって、レイを睨みつけようとした彼の前で料理を盛られた皿がテーブルの端まで寄せられた。
 落ちそうになるそれをオーソンがキャッチしようと手を伸ばす。そこへ、鋭い眼が覗き込んで来る。
「――資源ごと今日失うか、明日から広くに開放するか。参考までにあんたの好みは?」
 オーソンは呼吸する事を忘れた。
 グリモア猟兵によって送り込まれた矢先、地下街の様子や我先に緊急脱出用のリフトを勝手に使って逃げて行った奪還者たちをたったいま見て来たばかりの、色々と言いたい事が溜まりに溜まったレイの視線は、それだけでオブリビオンを倒せそうな圧が掛かっていたのだった。
 オーソンは先の誓いを忘れ、まず命乞いをした。

 閑話休題。
 地上へのエレベーターシャフトは万一にも敵に使用されてはならないとして動力を切られていた。
 その為、地下拠点に送り込まれてしまった猟兵達は一時的に管理者達への接触を図る事となり足踏みする羽目になっていたのだ。
 指令室と書かれたパーティーハウスから出てきたレイが近くの猟兵に一本のカードキーを放り投げる。エレベーターシャフトの制御盤に掛けられたロックを外すのに用いる物だ。
 レイ含む猟兵達の様子を見ていた青年が口を開く。
「拠点のリーダーのオッサンはあれだったけど、この拠点を拠り所にしてる人はいるんだ。俺もこのオンセンの人達の生活を守ってやりたい。
 きっとここは今居る人々だけじゃない、もっと多くの人が足を運んでも良い場所になる筈だと思う。みんなで力を合わせないか?」
 エレベーターシャフトの傍で壁に寄り掛かりながら旋律を奏でていた木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)が、天井を見上げる。
 確かにこの拠点の人々はアポカリプスヘルという世界から見れば堕落の極みにあるのだろう。ただ、ウタの目にはこれがいずれ荒野の世界が目指すひとつの終着に想えてならなかった。
「――何にせよやるこたやる。潰れるには惜しい場所だ」
 ふと、ウタの視線を追ったレイが被っていた帽子を深く被り直してそう応えた。
 エレベーターシャフトの頭上に広げられた布に並んだ、拙い文字の羅列。それはこの拠点に棲むようになった居住者か、あるいは拠点リーダーのオーソンがかつて書いたモノなのかもしれない。
 そこには『ようこそ あなたは もう あんぜん だ!』とカラフルな文字が大きく描かれていた。

 彼等の傍で制御盤の操作を行っている猟兵が、アクセス認証を済ませた事でエレベーターシャフトに動力供給が繋がったサインを確認している。
「人為的なものとはいえ、この世界に温泉資源が残されているとは驚きました……荒廃した世にとっての大きな支えとなり得る拠点です、例え連戦なれど、守り抜かねばなりませんね」
 猟兵の誰かがエレベーターシャフトの制御盤を操作している様を見つめながら。月白・雪音(月輪氷華・f29413)が自身の携帯端末の画面を覗き、降り積もった白雪が如く柔らかな髪を揺らした。
 地下拠点内には限定的な通信網があるらしく、雪音の端末にはやたらユルい文面の勧誘スパムが表示されている。恐らくこれも、見る者が見れば貴重な技術に違いなかった。
 グリモア猟兵からは明らかに連戦の気配がすると釘を刺されているのだ。これだけの遺物が荒野から消えようとしているのに、気を抜くわけには行かなかった。
「行くぞ」
 作業を終えた猟兵に促されたレイが雪音やウタに声をかける。
 彼等は一様に頷き合い。言葉数は少なくとも互いを信頼するようにそれぞれ気を落ち着かせていた。
「……それにしても何度消しても出てきますね」
 端末に表示されるスパムの数が増しては消していた雪音が、エレベーターに乗り込んでからぼそりと呟いた。運搬トラックなども載れるサイズの昇降機だけあって、その声はやたらハッキリ響いて聴こえた。
「あとで拠点リーダーのおっさんに話しておくよ」
 ウタは苦笑しながらそう言った。

●――黒獣――
 エレベーターシャフトが地上に到着した直後、一人の猟兵が先陣を切って行く。
 薄暗い。地上エントランスフロアは既に戦闘が始まっていたらしく、ドーム状の天井にまで跳躍した黒い尾を引く獣の姿が映し出された。
「あれが……!」
 ウタがエレベーターシャフトから駆け出しながら、その手に【焔摩天】を顕現させてオブリビオン【ガブリエル・ラチェットの残滓】を見上げる。
 肩口から黒い血液を溢れさせ、天井部に両手を突き刺して張り付いている。その姿は小柄な少年少女どちらにも見えるが、しかし距離があっても分かるオブリビオンの闇の気配にウタが大剣に炎を纏って臨戦態勢を取った。
 その背後でパリリと空気中を電流が弾く。
 猟兵達がエレベーターシャフトから出た後、一人残っていた黒鋼・ひらり(鐵の彗星・f18062)が振り上げた右手に従い暴風が吹き荒れる。
「まずは牽制――追撃させて貰おうじゃない!」
 ひらりの背後に転送された大量のハルバードや手裏剣の類といった武器が、彼女の周囲に走った磁力に誘導されて宙に固定されていた。
 先陣を切った猟兵が天井部のオブリビオンを叩き落とす。落ちた先にあったマシンに激突したオブリビオンがエンジンが大破したことによる爆発に巻き込まれた瞬間、ひらりの右手が振り下ろされた。
 開いたエレベーターシャフトから殺到する、大量のハルバード【ミーティア】と投剣【アステロイズ】が爆撃の様にエントランスフロアの中央に広がっていった。
 爆発による炎さえ引き裂いて、掻き消された黒煙に次いで今度は鉄板やコンクリートなどの瓦礫を撒き散らして粉塵が辺り一帯を包む。その向こうで、高速で回転しながら "無傷で" いるオブリビオンの姿が映し出された。
「……? 随分硬いわね」
 ひらりは自身の【武器庫】から射出した武装の殆どが弾かれ、躱された事に密かに関心を示す。
 だが、同時にそれらが健在な事に違和感を覚えてもいた。
(傷口が塞がってる? というよりは、さっきまで負っていた傷口から黒い霧が出てるように見えるけど)
 見覚えがあった。
 黒鋼ひらりの傍で銀の鎖を垂らして悠然とオブリビオンに近付いて行く男。レイ・オブライトのようなデッドマンの再生能力とは異なる、どちらかと言えば身の内から炎を噴出させるブレイズキャリバーのウタに近い気がしたのだ。
「やりようはある」
 ダークスーツに身を包んだ黒鋼ひらりは一度だけ周囲に散開して行く猟兵の様子を一瞥する。そして手袋をキュ、とキツく填め直してからツインテールにした銀髪を揺らして昇降機から駆け出した。

 わざと狭い場所、あちこちに散在する警備装置の残骸等を遮蔽物に身を隠し逃げながら。オブリビオンが猟兵達に襲い掛かる。
 次々に足場を移しながら三次元機動を描く黒い獣は、猟兵と数合打ち合って粉砕された瓦礫の一部である鋭利な鉄塊を手に躍り掛かる。
 ピタ、と。獣の手にしていた鉄板がしかし空中に縫い止められ、獣の体が宙を不自然に滑った瞬間。壁面を駆け抜けてきた黒鋼ひらりが右手で掌底を打ち込んだ。
 オブリビオンの小柄な体躯が鞠のように吹き飛ぶ。しかしそれは、ひらりの掌打による衝撃を逃がすための跳躍によるものだ。
 地を滑り、転がって粒子ビームの追撃を躱しながら、返すように警備装置の残骸を掴み投げるオブリビオン。間を置かず、腰部から伸びていた尾とは別にオブリビオンの内から溢れ出す闇が渦巻く。
「やらせるか!」
「――こういう施設の利用にはな、マナーってのがあるんだよ」
 磁性体操作でひらりの眼前に迫っていた警備装置の残骸を鉄球で打ち上げた刹那、彼女の前方から殺到した漆黒の旋風をウタとレイの二人が割り込んで受け止めた。
 雷光と獄炎が吹き荒れる。
 漆黒の旋風を相殺された事で、少年少女どちらにも見えるオブリビオンの顔立ちに苦痛の表情が浮かんでいた。
 何らかの代償を払い成されたその業は、ユーベルコードの類だった。それを行使するのに相応の代償が付き纏うのだろう、さらに獣のオブリビオンは苦鳴と共に漆黒の嵐を生み出し、3mはあろう巨躯の狼が十頭その場に現れた。
 同時に猟兵のいずれかによる攻撃で漆黒の狼が一頭消し飛ぶ。
 踏み込んだレイから繰り出された強烈な拳に次いで、彼の脇を飛翔して突っ込んで行ったウタの焔摩天がさらに一頭袈裟切りにして消滅させた。
 オブリビオンがその場を脱する。距離を取り獲物の隙を伺うように、自身の生み出した狼達に紛れて。
「行くわよ!」
 渦巻く闇の中から狼の群れをさらに召喚しながら逃走するオブリビオンの左右に追走する、黒鋼ひらりともう一人の猟兵。
 ドーム状に伸びる壁面を疾駆していたオブリビオンの足元が弾け飛び、鉄板の上で足を止めてしまった所に黒鋼ひらりの大きく振り被った巨大鉄球【グレートコメット】が叩きつけられた。
 凄まじい衝撃と破壊力によって壁面にクレーターが生まれる。
「~~~~ッ……!!」
 苦鳴。
 両腕をクロスして鉄球を受け止めたオブリビオンが一瞬だけ目を瞬かせ、短い呼気を吐いた後に闇の尾が消える。
 霧散した闇、しかし今度はウカノ達の前で更なる闇が渦巻き。ひらりの鉄球を受け止めて折れていたオブリビオンの腕が漆黒に染まって巨大化した。
「……!」
 周囲の瓦礫と鉄板がひらりとオブリビオンの間に雪崩れ込んだ。磁性体操作を用いて咄嗟に行った防御行動だ。
 直後、彼女達の前に雪崩れ込んだ数トンはあろう鉄塊が消滅する。漆黒の闇が形を成した腕で薙いだ旋風は螺旋を描いてオブリビオンの周囲を削り取っていた。
 オブリビオンの、少年少女どちらにも見える顔がダラダラと涎を垂らして憎悪に歪む。
 跳ねるように身を低くさせてからの飛翔、野性的な勘で背後からの猟兵の攻撃を回避した獣が両腕の闇を膨張させ。再び漆黒の旋風を放った。
 エントランスフロアの一画が凄まじい衝撃波と轟音で揺さぶられる。
 ドームの天井部から鉄板や瓦礫が剥がれ落ちて来る中、オブリビオンが一気に駆け抜ける。交差して、或いは入り乱れるように、漆黒の狼達が連携してオブリビオン本体の姿を隠してしまう。

「……この地に貴方が何を求めたか、私に解すことは叶いません」
 隠れた筈だった。
 オブリビオンの身を肩口から腰にかけて絡み着き捉えた、一筋の糸が手繰り寄せられる。
 いつの間に接近していたのか。されていたのか。突如視界に入ってきた雪音の姿にオブリビオンが牙を剥こうとする。だがそれより先に、小柄なオブリビオンの体躯を猛烈な勢いで雪音が引き寄せた。凄まじい怪力による引力に為す術なく、瓦礫に紛れて天井部付近を駆けていた獣は再び地に堕とされたのだ。
「されど、喰らわば喰らわれるが獣の理―――今此処にて、貴方を『狩らせて』頂きます」
 赤い瞳を真っ直ぐに。揺れる白雪が如く静かに雪音が構える。
「ウウウッ! ガァァ……!!」
 漆黒が渦巻く。
 闇に包まれた腕が薙ぎ払えば再び旋風が周囲を吹き飛ばすだろう。
 けれどそうはならず。【氷柱芯】を袖に仕舞いながら雪音が跳んだ直後、濁った眼を見開いた獣の前を金色の光が埋め尽くした。
 一条の矢と化して炸裂する、至近でウタが放った金色の爆炎だった。
 漆黒の旋風と衝突して開いた隙間に、背から焔を噴出させた推進力で一気に距離を詰めて来たウタの【大焔摩天】が巨大な刃へと変形して突き出された。
「逃がさないぜ」
「ガゥ……!?」
 咄嗟に紅蓮の刃の前に挟んだ闇の腕で弾いて、赤い軌跡を残して跳躍して上空に逃げた獣がそのまま飛翔して来たウタの蹴り足に落とされる。
 直撃する瞬間に獄炎を蹴り足を通じて流したのだろう。地上にクレーターを作って着地した獣の両腕の闇に混ざった金色の焔がメラメラと其の身を焼いていた。
 ぐるんと腕を振り回して炎を消す獣。
 その周囲を囲むように、マシンの残骸や斧槍が不規則な動きを伴いながら飛翔し突き立ち並ぶ。数瞬遅れて黒鋼ひらりの手元へ黒鎖に引かれた鉄球が戻り。次いで、出来上がった包囲陣の内側にひらりと雪音の姿が飛び込んで行った。
 雪音とウタの宣言を成すかのように逃げ場を失ったオブリビオンが咆哮する。
 ウタが背部から爆炎を噴出させ、反作用で一直線に突撃した横薙ぎの斬撃を黒獣が飛び越える。前腕から地に着け、跳躍の勢いをそのまま乗せた蹴り上げをすぐ真横に踏み込んで来たレイに打ち込んだ。
「ガ、ァアァアアアアッ……ゴッッフ、ゥゥ――!!?」
「話の続きをしようか」
 顎を蹴り上げられたレイと黒獣の視点が突如入れ替わる。驚愕するオブリビオンの左右を舞う、黒と銀の鎖が交互に引かれ片や磁力を、一方は紫電を纏い流して獣の体躯を中空に吊り上げていた。
「まず第一にペットは入場禁止だ」
 レイの聖遺物【枷】とひらりの黒鎖【プラズマテイル】に絡め取られたオブリビオンの顔面を紫電が襲う。ヴォルテックエンジンを一時的に引き上げたレイの強烈な拳が、真っ直ぐに突き刺さったのだ。
 ズズン、と大気を震わせ吹き飛ぶオブリビオンが巨大化させた闇の腕で鉄板を削り勢いを殺す。
 間髪入れぬ追撃が次々にオブリビオンを捉える。互いに牽制を撃ち合い、打ち合って。余波が拠点全体を震動させる。
 嵐の様に火花を散らし、渦巻く闇の中から這い出して来る狼をウタが放った紅蓮が焼き尽くし、ひらりの操る磁力に誘導された鉄塊や瓦礫が包囲陣の外にオブリビオンの影を押し出していく。
 ゴポポ、と泡立って形を変える闇。決死の形相で獣耳を伏せたオブリビオンが巨大な鎌と化した【全てを削り取る闇】で怪力を以て薙ぎ払う。漆黒の鎌を掻い潜り、懐に入った雪音の凛とした顔立ちが獣を覗き込んだ。
「――それが貴方の牙ならばお見せしましょう、私の至った矛を」
 反射的に繰り出された闇の尾を、袖から投げた氷柱芯をオブリビオンの首に絡み着かせ引き寄せた反動で雪音が回避する。野生の勘か、何も無かった虚空に漆黒の爪が振り抜かれる。
 それまで何もいなかったその虚空に突然現れた雪音を爪が引き裂いた。しかし引き裂かれた雪音はその像を揺らがせただけで漆黒の爪は素通りしてしまう。
 横合いから飛んで来た鉄球をまたも獣は反射的に身を捻って避ける。しかしこれで二度目、無理に回避からの攻撃を立て続けに行ったことで体勢を崩したオブリビオンに、いつの間にか這うように身を低くさせて移動していた雪音が飛来した鉄球を掌底で弾き返して直撃させた。
 ついに防御も取れずに錐揉みしながら吹っ飛んだオブリビオンが、その苦鳴に呼応したように全身から闇を膨れ上がらせた。
 金色の焔が奔る。
 ウタの大剣から放たれた炎がオブリビオンを包む。そして金色の繭が内側から爆ぜ飛んで、漆黒の旋風が場を掻き乱した。
「……お前のそれは、ブラックホールってわけじゃねえ」
 まだ闇の残滓がヂリヂリと音を立てて周囲の瓦礫を削り取っていた最中。僅かな鮮血を散らしながら黒い霧を片手で引き裂いて来たレイが踏み込んで来る。
「流石に何度も視ていれば分かるってもんだ。要はナノマシンと大差無い代物だろう、チマチマと千切り取って行くだけの手品でしかない」
 オブリビオンから放たれた闇に削り取られたレイの腕には既に薄い膜が張られ、力任せに振り抜いて闇の残滓を振り払った事ですぐにそれは治癒されていく。
 同時に、言い終えたレイの全身が紫電と蒼い雷光が入り混じって眩く瞬いた。
 繰り出された雷撃が如き拳の振り下ろしを躱したオブリビオンの頬を、紫電が焼く。ウタが次いで加速した剣撃を放ちながら駆け抜け闇の爪と打ち合いながら三者は滑るように場を動き回る、その攻防の隙を衝いて雪音とひらりが徒手で入り込み、左右から高速で連打を打ち込んでオブリビオンの小柄な体躯を数メートル後退させた。

「ハッ……ハッ…………ハッ……」
 黒獣――オブリビオン【ガブリエル・ラチェット】の残滓は、憎悪と『飢え』で満たされた頭の中で叫んだ。
 追い詰められた状況。そして猟兵達を前にしても、突き動かされる衝動のままに戦いへ身を投じる度に彼の内で『飢え』は膨らんでいた。どう足掻いても、何を喰らっても、眼の前の"敵"を食い殺すまでは満たされない。
 そんな中で懐いた一抹の不安が戦いの手を震わせる。
 遠い記憶。自身の……或いは、自身を構成する幾つもの命がかつて身を置いていた世界。飢える事もなく、ただ無辜の存在として与えられた恵みを享受していた頃の記憶。
 かつての自分が持っていた『死』への漠然とした恐怖心が、限界を迎えた『飢え』と共に蘇ったのだ。
 飢えれば、死ぬ。
 当たり前の真実は獣の身を奮い立たせ、そして最後の咆哮を上げさせた。

(手負いの獣が死に抗う時……!)
 咆哮したオブリビオンの様子を察した雪音が踏み込む。
 特殊な呼吸と歩法によって残像を生みながら距離を詰めた彼女は、オブリビオンの両腕が元のサイズに戻って鋭い爪を成しているのに気付く。
 パン、と軽い音。音速を越えた黒獣の薙ぎ払いを雪音が震脚に似た動きで受け流す。次いで懐へ踏み込んだ雪音は白い尾をしなやかに流し、同じく音を超えた速度で鳩尾に連打を叩き込んだ。
 衝撃波がオブリビオンの背後の瓦礫を吹き飛ばす。黒い血液が雪音の頬を濡らすが、僅かに後退しただけの黒獣から漆黒の旋風が放たれた。
「あんたが派手に暴れてぶっ壊してった周囲全て、全方位から流星にして諸共纏めてぶっつけたげる……! ご自慢の『闇』とやらで削り切れるもんなら削り切ってみなさいな!!」
 畳返しの要領で鉄板を剥がし盾にしながら退いた雪音の隣で、期はここだと確信したひらりが自身の右手を伝う磁力を増強させた。
 挑む。レイと同じくオブリビオンの観察に努めていたひらりもまた、『闇』の特性にはある程度察しがついていた。
 だがそれも、追い詰めた今の間合いで受ければどうなるか確証は無い。ゆえに黒鋼ひらりは自身の制御装置が許す限りの全力で磁場に干渉し、【武器庫】から転送させた砂鉄も交えて周辺のあらゆる磁性体をオブリビオンに集中、殺到させた。
 決死の覚悟で放たれた闇の嵐に次々と警備装置の残骸や鉄骨、破壊されたマシン達が飲まれて消失して行く。しかしその中で、僅かに削りきれなかった破片や投剣がオブリビオンの体に傷を刻んでいった。
 大質量による暴風雨は次第に周辺の瓦礫の消失と共に収まって行く。
「……俺に出来る事はアンタを還してやる事だ」
 薄まった闇のカーテンを最初に引き裂いたのはオブリビオンだった。
 禍々しく棘と刃を増やした両腕を振り被り、全力で前に突き進んで来たのだ。
「これで最後だ。迦楼羅――!!」
 ひらりを庇う様に前へ出たウタの背から閃光が奔る。
 黒獣の突撃に合わせて彼もまた焔の翼を生やしての推力による力押しで突きを放つ。金色の炎は前方から圧して来る闇に抗う様に燃え盛り、眩い閃光を散らして至近で爆発する。
「……ッ、が、ぁああっ……」
 相殺。そしてウタの渾身のひと押しが獣の爪を、闇を消し飛ばしていた。
 ウタの焔摩天が火力を落とした瞬間、雪音がその場に割り込んで来る。腕を失った獣は最初の邂逅時と同じく自身の尾を『闇』に変え、槍となった一突きを繰り出していたのだ。白い肌を僅かに削り取る、が……緩やかに流れる刹那の時の中で雪音は尾を打つ様に弾いてから左右交互に掌底と勁打を打ち込んだ。

「――支払いは命で正解だ」
 もはや声も出せずに錐揉みしながら吹き飛んだオブリビオンを、白銀の鎖で捕まえたレイが中空に止める。
 何度目か分からないその鎖を今度は闇の尾で切断しようとする。
 しかしそれをレイは赦さず、空中のオブリビオンのさらに上を取った彼は硬く拳を握り。振り下ろされた莫大なエネルギーを帯びた紫電がオブリビオンを貫いたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​


※第一章のプレイング受付を『8/07(土曜日)午前8時30分』までとします。
 宜しければプレイングのご再送、シナリオ参加共によろしくお願いします。
ニノマエ・アラタ
温泉街とはこういう場所なのだな(しみじみ)。
この猥雑さが懐かしいような気がする。
なんでだ。
まあ、一度ここの湯につかってみてもいいか、と思ってしまう。
健全な方向で、だけれど。

で、敵さん。
威勢の良さはいいと思うがよ……。
黒に染まった疾風の風向きと軌跡を読み、
ぎりぎりのところで避ける。
空間に残ってる残骸も遮蔽物として使いたい。
無駄な動きをせず、近づいて接近戦に持ち込みたい。
遠くで見て仕掛けてくるだけじゃ、つまらねェだろ?
肉弾戦もいけるなら、やろうぜ。
俺からどんどん距離をつめることで、圧をかけていく。
突っ込んでくる敵の動きを冷静に見切り、
円環の端緒を発動させ、目潰しを喰らわせる。
動きを止めて一閃する。



●――物見――
 グリモア猟兵に導かれて足を踏み入れた先、ニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)は感嘆の声を僅かに漏らした。
 彼も既に数多の世界を渡り、その度に戦い。人々と交流して来ている。
 だがそれらと違い、眼の前に広がる景色には得難い物を感じた様だった。
「温泉街とはこういう場所なのだな。
 ――この猥雑さが懐かしいような気がする。なんでだ」
 猟兵達が準備を進めている最中。アラタは蒸気が上がる機械やその隣に並ぶ露店を見渡して首を傾げ、それから少しだけ近寄って行く。
 アポカリプスヘルに残された遺跡であるこの地下拠点【オンセン】は、アラタが思うに以前訪れた世界でもそう珍しい物ではなかった筈だ。となれば彼自身、胸中に懐いたその感情は景色そのものに対する感動ではないのだろうと推測した。
 混乱の只中にある今の温泉街に人はいない。目につくのは隣近所に走り回りながら緊急事態を報せる『親切な人』だけだ。
 ふと、アラタは通りがかった青い暖簾の店先で電光掲示板らしき物を目にする。
 そこには『美味いよ オンセン焼き 最高だよ オンセンの泉』と描かれており、拙いながらも味のある作りをしていた。
 そしてアラタはその粋な様相を目にして僅かばかりの高揚――「まあ、一度ここの湯に浸かってみてもいいか」と思ってしまう程度には、気分が増すのを感じていた。
「……健全な方向で、だけれど」
 あるいはアラタに馴染みのある国籍、境地の人物達がこの施設を建造したのかもしれない。そしてそこに惹かれるのもまたシンパシーを感じた者なのだとしたら、そう考えていた所にアラタの前にやたらとピンクに光ったいかがわしい看板が現れた。
 思えばここはアポカリプスヘル。しかも刹那的に今を生きる者達の拠点なのだ、やはり『そういうもの』も少なからず出て来るのだろう。
 危険な薬物と何が入ってるかも分からぬ色彩豊かな酒類に手を出す気にもなれず、無愛想な表情は変わらずだが頭を振ってその場から立ち去るのだった。

 やがて猟兵達の方からアラタに声が掛かる。
 出立の時だ。
「敵は単騎だ。拠点のリーダーから交戦記録を受け取ってる、気になる奴はそっちの奴から端末を借りてくれ」
 猟兵の一人が簡単に報告する。それを聞きながら、アラタは一人静かに自身の得物を担いだ状態で昇降機へと乗り込んでいた。
 呼吸を整え、そして彼は鉄板で覆われた天井を見つめながら瞼を閉じた。
「……静かだな」
 耳を澄ませば辺りは騒然とした様子が伺える中、アラタはそう一言発してから黙す。
 それから間もなく、彼と猟兵達を乗せた昇降機は重々しい音を立てて動き出していった。

●――爪車――
 微睡みの中に沈んでいたその『獣』は突然、目を覚ました。
 目を開けたそこは、居心地の好い暗がりだった。血の臭いがまだとれていない襤褸に包まったまま『獣』は目を覚ました原因を探るように顔を上げる。耳をすませ、舌先を空気に触れさせた。
 それは本能的、もしくは野生的勘というものだ。オンセンの出入り口であるエントランスフロアを塞ぐように獣が陣取ったのは偶然ではなく、獲物の気配が色濃く残っていたからだ。いずれその場所を餌が通るという確信に基づいたモノだったからなのだ。
 だから、獣は困惑した。
 "下から何か良くないモノが来る"――と。
「ガッゥウウウウ!!」
 刹那。薄暗い鋼鉄のドーム内を奔った閃光が獣の肩を抉った。
 地上と地下を繋ぐエレベーターシャフトの扉から離れた位置にあった、小窓サイズのハッチが開かれ。オブリビオンに最初の一太刀を浴びせた男がそこから侵入して来ていたのだ。
 オブリビオン【ガブリエル・ラチェットの残滓】は腰部から尾のように伸ばした"闇"を振り回して襲撃者を遠ざける。だがそれでも不意打ちの効果を示すように足下にドロドロとした黒液が滴り落ち、次いでエントランスフロアに咆哮が響き渡った。
 獣の怒気を滲ませた咆哮を聞き届けた襲撃者――アラタが淡々とした調子で声を発する。
「で、敵さん。威勢の良さはいいと思うがよ……」
 後退のステップから即座に態勢を変え、刀の柄を握り締めたアラタが前に躍り出た。
 距離を取ろうとアラタに背を向け駆けようとした黒き獣が気配に気付き、身を低くしながら反転。横薙ぎに闇の尾が放たれる。淡い紫紺の光がアラタと獣の間で弓なりに反って瞬く。薙ぎ払われた闇の尾をアラタは上面に軌道を逸らすつもりで、切り上げの刀身で弾いたのだ。
 あまり見かけない色の火花を目にしたアラタが片眉を怪訝そうに上げる。
 一瞬の足止めに成功した獣が跳ぶ。
 ドーム内を駆け抜ける獣の足音は力強い。弾丸が跳弾するのと同じく、まるで軌道を読む事が出来ないものだ。
 だが。
 天井へ駆け上がって頂点からアラタを見下ろそうと殺気立たせていた獣に、一直線に同じ様に駆け上がって肉薄する者がいた。
「ガァッ……!!」
 アラタが、逃げるならば追うのが然も当然だと言わんばかりに壁面を勢いよく駆け上がっていた。
「遠くで見て仕掛けてくるだけじゃ、つまらねェだろ?」
 突き出されたオブリビオンの闇の尾を半身反らして紙一重で避けながら、アラタの刃が獣の頭に振り下ろされていた。
 片や手加減無しで振り下ろした断頭の一撃。獲ったかに思えた一方、オブリビオンは頭部に叩き込まれたその刃を歯で受け止め、全身をバネの様に縮ませて両手で刀身を掴み屈んで衝撃を殺していた。
 アラタの手が刀身を一瞬だけ手放し、両拳で一打ずつ獣の胸部に叩き込む。次いで片手で掴み、滑らされた白刃の一刀がオブリビオンの獣じみた爪と牙の間で火花を散らしながら横薙ぎに振り回される。
 再び下から突き出された闇の尾とアラタの一刀の間で紫紺が飛び散り、今度はオブリビオンの体躯が天井部から離れることになった。
 ドームの頂点から一気に床へと砲弾の如く叩き落とされたオブリビオンが壊れかけたマシンに突き刺さり、猛然と爆炎を上げた。
 エレベーター到着の前にアラタが通気ダクトを使って先行し、敵の態勢が崩れている内に攻め切る。その初動は成功した。
(まだ、やれそうか)
 思いのほか勘が良いらしい。
 アラタはここまでの僅かな打ち合いの中で感じた手応えと、マシンの爆発に巻き込まれたオブリビオンが健在である事を確認しながら宙に身を躍らせる。

 ここから、戦闘は加速して行く。
 他の猟兵達による猛烈な追撃と挟撃がオブリビオンに休息を一度たりとて与えず、アラタもその中で敵を追い詰めて行った。
 獣が咆える。
 手負いの獣が追い詰められ、その牙に鋭さと覚悟が乗った時どうなるか。アラタは "それ" を知っている。
 鉄板が爆ぜる。
 オブリビオンの全身から解き放たれた闇。漆黒の旋風が辺り一帯を削り飛ばしていた。
「――フゥ」
 チリ、と。頬に一筋の線を浅く刻まれたアラタが、そんな旋風の狭間で愛刀を構えていた。
 猟兵達は全員が拠点へのダメージを抑える為、必然的に短期決戦を挑む様になっていた。ならばこの状況、獣がいよいよ覚悟を決めようとしている今が機だと。静かにアラタは見極めていた。
 何より、逃げに徹する事も難しいと相手が理解している今こそ彼にとっても『やりやすい』のだから。
 猟兵達の追撃がオブリビオンを襲う。
 攻撃の余波で吹き荒れる最中を一気に駆け抜けて行くアラタは外套を翻し、愛刀【妖刀――輪廻宿業】を鞘に収めた状態で地を這うように身を低くさせた。
 オブリビオンの足元から噴き出すように顕現する影の狼達。
 アラタはそれをことごとく無視し、牙と爪が交差する隙間を掻い潜り、糸を通す様に隙を衝き、目を見開いた獣の前に踏み込んで行った。
「肉弾戦もいけるなら、やろうぜ」
「――――ッ!!?」
 無駄を全て切り棄てた先。
 アラタの手元から放たれた眩い閃光がオブリビオンの眼を焼いた。
 そこからの立ち直りは、恐らくアラタが思うよりも早いのだろう。だがそれでも、獣は射した陽光の前に怯んだ。
 互いの呼吸が止まったその空白に。
 目を潰されたまま振るった闇の尾と、爪が、アラタの前でクロスして襲って来る。
 妖刀が閃く。抉じ開けるように差し込まれたその一閃は、獣に深い傷と雄叫びを上げさせるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



 ――黒い襤褸の中で膝をついた獣は、断末魔を思わせる叫びを上げて消えて行く。
 "還った" のだろう。
 少年か、少女か。あるいはその起源は多岐にわたるのかもしれない。
 いずれにせよここで戦った黒獣は海へ還された筈だ。
 荒れ果てた拠点のエントランスフロアを見渡し、猟兵のいずれかが息を吐いた。
 疲労を感じた者もいれば、まだ余力を残している者もいるだろう。
 だが、ひとまず此処は――勝利に終わったのだ。

 辺りに響き渡る鎮魂歌。
 最期まで足掻き続けた獣に、今一度安らかな眠りを祈るように。それは暫しの間を奏でられるのだった。


第2章 集団戦 『レイダー』

POW   :    レイダーズウェポン
【手に持ったチェーンソーや銃火器】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    レイダーバイク
自身の身長の2倍の【全長を持つ大型武装バイク】を召喚し騎乗する。互いの戦闘力を強化し、生命力を共有する。
WIZ   :    レイダーズデザイア
【危険薬物によって身体機能】を一時的に増強し、全ての能力を6倍にする。ただし、レベル秒後に1分間の昏睡状態に陥る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●天災とも謂う
 深手を負った奪還者の男は跨ったバイクの上で止血剤を自身に投与した。
 注入器を手放す。オブリビオンとの戦闘で切断された右腕は、積載された保存液で満たされた円筒器に収められている。
 こんな事もあろうかと片腕でも運転は十全に、そして手放しでもある程度は走行が可能なようにカスタマイズしていたことが功を奏したのだろう。
「……なーにがこんな事もあろうかと、だ。あってたまるか!」
 独りごちて。舌打ちに次いで、金髪の男は出血で朦朧とした意識を繋ぎながら荒野を走って行った。
 ここで金髪の男に非があったかと言えば、今回ばかりは無いと言える。
 彼は自身の命を繋ぐ範囲で役目を果たした。
 ただ全ては彼の運が悪いのか、不幸を呼ぶ星の下に生まれてしまったのか、様々な不運が連続しやすい傾向にあった。
 だから、ここで。

 ――偶然にも【ヴォ―テックスシティ】から駆り出されていたレイダーの探索部隊がバイクの痕跡を見つけ、ちょうどそこで猟兵達がオブリビオンと交戦している戦闘音を聴きつけてしまっても、それは奪還者の男が100%認知する所ではない。
 レイダー集団の総数はざっと50近い。
 探索を主な任務とされたマシン乗りであり。いずれも戦闘においては並みのレイダーだ。
 だが、この荒野であてもなく探索に駆り出される者達がどういった性質かといえば、それは悪辣の一言に尽きる。
「ヒャーッハッハッハァ!! オマエらぁッ! サイコーに愛してるぜェェぁア!!」
「イーヤッホォウ!!」
「見ろ見ろ、見ろよってホラァ。あんなトコに拠点なんか在ッたかァ? んん? ん~~~~~~~~????」
「フッヘヘヘヒュブフフォッホぉお!! 無いデス!! 皆無! マップにもクリアってなってまさァ!」
 レイダー集団のリーダー格の男は部下の言葉を聞いて気分が高まったのか、部下の顔面にロケット花火を打ち込んだ。
「ぎゃあああああああ!!」
 転げ回る大柄なレイダーの姿を見下ろして、真似して笑い転げる男達。
 リーダー格のレイダーが自身の2倍程もある大型バイクを走らせる。
 後ろに続くレイダー達。
 ギターの音が掻き鳴らされ、意味もなくレイダー達はバイクや刺々しい装甲車に装備されたスプラッシュ花火や大量の青や赤の煙幕を次々に発射して、ひたすらに荒ぶりながら地下拠点【オンセン】に向かって走り始めるのだった。
「邪魔する奴ァ殺せ! やべーのがいたら逃げろ! しくじることなんざ気にすンな、俺達はツイてるぜ!!」

「「ヒャッハーー!!」」


●連なる凶報
 地下拠点オンセンの代表指揮官『オーソン・ブリット』は頭を抱えた。
「れ、レイダーだと……!? 馬鹿な、この拠点をレーダーや情報索敵機の類で見つけるには旧時代の高性能な物でなければジャミングで無効化されるはず……」
 もはやオーソンの表情は青く、血の気が完全に引いてしまっていた。
 地上の警備装置が全て死んでいる今、拠点周辺に撒かれたレーダー端末から送られて来た情報を信じるなら50を越える数の大部隊を相手に交戦を強いられる事になる。
 エントランスフロアで戦うにしても狭く、ロケット砲や機銃を始めとした火器を携えた荒くれ集団を相手にどこまでやれるというのか。
 かといって地下に籠れば、最後に待っているのはモンスタートレインによる圧殺か待ち伏せ、最悪泣く子も黙るヴォ―テックスの末端が来ているなら後からもっと強力な部隊が来てもおかしくないのだ。
「オーソンさん。雲隠れしていた『客人』の奪還者たちがレイダー相手なら戦うと……」
「ふざけるな!! 肝心な時に怖気づいた腰抜け共が、それであとから拠点の恩恵を受けようなどと……舐めるのも大概にしろ!!」
 青かった顔を一気に真っ赤にさせたオーソンが怯える部下に詰め寄る。
「仕事だ! 仕事を果たせば多少の豪遊を認めてやる……! そう伝えろ、どこまで役に立つか知れたものだがな!」
「は、はぁ……しかし。あちらの方々はどうすれば……?」
「む……っ」
 オーソン達の視線が猟兵達に向かう。
 一度は強力な怪物を退けてくれた味方だが、その得体は知れない。報奨を如何様にすればいいかも未だ交渉していなかったのだ。

「……事態は察してくれていると思う。頼む! この通りだ! もうだめだ、なんでもする、助けてくれぇええええ!!」
 そこにプライドも何も無かった。
 滝のような汗を流しながらオーソンは深々と頭を下げながら叫んだのだった。







※プレイング(締切)につきまして
 『8/17(火曜日)…【8:30】』までのプレイングを優先・速筆で執筆致します。
 いただきましたプレイングは執筆致します。もしも流れてしまった場合は参加者様が宜しければご再送ください。

 第二章は戦闘フィールド自体は外の荒野を含めますので、乱戦に持ち込むも無双するもシェルターの内部へ誘い込んで閉所での戦闘でも自由度は高めです。

 以上。
 引き続き、よろしくお願いします。
木霊・ウタ
心情
ここはきっと復興への足掛かりになる場所だ
そして未来を創りあげていくのは命だ
どちらも守るぜ

戦闘
これ以上の損害は出したくないんで
荒野で迎え撃つ

迦楼羅を炎翼として
上空からイカした旋律を届ける

特別ショーへご招待だ

迸る情熱から生まれた音の波紋は
レイダーを火達磨にしたり
武器を加熱して火傷させたり
火薬を暴発させたり
エンジンを爆発させたりするぜ

薬物もきっと蒸発しちまうだろうな

上空から見回し
より拠点に近い敵を優先的に燃やしたり
逃走を図るバイクを爆発させる

一台でも逃がしたら
拠点の場所が知られちまうよな

てめぇらもOストームに変えられちまった犠牲者だよな
可哀そうに
紅蓮に抱かれて眠れ

事後
空へ鎮魂曲を響かせる
安らかに




 オブリビオンが消滅して暫しの間、鎮魂歌がその場で奏でられていた。
 それはある種、彼自身が役目だと思い慣例と化した行為でもある。青年は仲間がその音色に耳を傾けているかどうかは関係なく、海へと還った怪物に安らかな眠りを願いながら旋律を響かせる。そしてこれは同時に、犠牲者達への慰めでもあった。
 ひとしきり、奏で終えた頃。
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)は仲間の猟兵のいずれかから端末に幾つかの報せが届いた事に気付き、端末の画面を覗いた。
「……今度はレイダーか」
 いつも通りであると言えばいつも通り。ウタは連戦を気にする様子なくその場から立ち去って行った。
 地下拠点の入口は巧妙に巨大岩に擬態されたものとなっている。
 その擬態性能はエントランスフロアに押入られた事がそれだけで不運と言えるレベルだ。ウタは外に出てから見た外観に感心の声を漏らした。
 荒野に目を移せば、確かに白煙が濛々と立ち並んで迫って来ているのが見える。
 約50程度のレイダー。それも相手は並み程度の武装とはいえ、拠点の索敵機器の一部がキャッチした識別情報にはこの集団がヴォ―テックスシティのシグナルも含んでいる事が分かっていた。
 悪辣な彼の街を、ウタはアポカリプスヘルの住人ほどよく知りはしない。だが似たような存在を、ただ奪うだけの『悪党』なる組織を彼も知っている。
 【オンセン】の人々は平和ボケし、そのリーダーもこの拠点を浪費せんとする愚者と化している。だが、それを悪い事だとは思わない。ウタは夕陽が地平線に沈み始めた荒野に向かって歩みながら、拳を握ってそれをレイダー達に向けた。
「……ここはきっと復興への足掛かりになる場所だ。そして未来を創りあげていくのは命だ」
 拳が夕陽の赤みを帯びる。
「――どちらも守るぜ」
 ウタは自身の胸中で燃え上がった感情を露わにするように、己の拳に真っ赤な炎を宿して言った。

 鋭い鷹の嘶きが如き叫びが鳴らされ、ウタの内から一瞬跳ねた金色の焔が背に燃え移って拡がる。
 周囲の空気をカラッとさせ、大気を叩いて宙に伸びるは炎の翼だ。金色の羽根衣を揺らして波打つそれを、ウタは自身の意思によって羽ばたかせ。直後に身を裂いて噴き出した地獄の炎が推進剤のように莫大な反作用を生み出し、彼の身を上空へと飛翔させた。
 荒野に燃えて困る物など無い。自身の能力を活かせる場、それを意識してか、ウタはその手に愛剣ではなく自らの火を灯して振り被った。
「ヒャッホォォォオ!!」
「見ろよ、花火だぜ!」
「景気が良いなオォイ」
 拠点の方向から上空に昇ったウタの金色の軌跡を見たレイダー集団の先頭にいた者達が口々に騒ぎ立てる。銃を構える様子も無い。
 しかしそれを勘の良い一部のレイダーやリーダー格の男達が突如、通信機を通して「散開しろボケが!」という怒号を上げた事で状況が一変する。
 一瞬遅れて上空に響き渡る轟音。
 音の壁を半ば破ったウタの飛翔に加え、両翼両腕に絡みつくようにして奔る獄炎が彼の揮った先に放たれた音だった。
「特別ショーへご招待だ!」
 呼応するかのように炎翼を模った【迦楼羅】が嘶いた。
 地上へ降り注ぐ獄炎はナパーム弾のように地表を焼き焦がしながら炎の波を広げ、爆風にも似た紅蓮の波紋が次々にレイダー集団のバイクや操縦者たちを脱落させていく。
「クールな野郎だッ! 撃ち殺せ!!」
「まだまだ、イカした旋律をお届けしてやるぜ……!」
 炎に飲まれて叫び転げ回っていたレイダー達も含めて、上空のウタに向けて弾幕が張られる。
 機関銃や機銃による銃撃が空を駆けるウタの描いた獄炎の軌跡を引き裂く。しかしそれらが彼を捉えることはなく、上空で僅かに弧を描いたウタの軌跡は鋭角な軌道へと変わり、大気を走る渦巻く炎の振動がレイダー達にも伝わる。
 レイダーのいずれかが薬物を自らに注入し、ギターをかき鳴らす。そこに調律は無く、ただ気分の高揚に合わせて鳴り響く叫びそのものの様だった。
 だがそのレイダーの在り様に、僅かながら『ノッた』ウタもまた自らのギターを取り出し、金色の炎を背から放出して飛翔しながら旋律を叩きつけた。
「うぎゃああああ!?」
「ひええ……!? ゆ、誘爆してやがる!」
「ありゃァ……やべー奴だ! てめえら、まともに相手すンじゃねェッ!!」
 掻き鳴らされる【ワイルドウィンド】の激しい旋律に次いで降り注ぐ炎弾。更に突撃してくるウタの炎翼に次々に仲間が焼かれ、リーダー格の男から逃走を促す怒号が再度上がった。
 ヴォ―テックスの尖兵でもある彼等の連携は精度はともかく、速い。
 十数名のバイクや装備を燃やされたレイダーが殿を務めるようにその場に残り、代わりに数十台のマシンが唸りを挙げてウタから逃走――オンセンに向かって走り出した。
(一台でも逃がしたら拠点の場所が知られちまうよな)
 ウタは、敵が一秒でも早く施設の場所を目指している理由の一つに、レイダー達のいずれかがヴォ―テックスシティに拠点の位置を報せる装置のような物を持っているのかもしれないと考察する。
 そうまでする原動力は何なのだろう。
 そんな事を一瞬懐いたウタの傍を、銃弾が飛び交う。
 反射的にギターを仕舞いながら返し手に振り薙いだ【焔摩天】で弾丸を切り裂き、防ぎながら。ウタの背負う炎翼から金色の津波が地表に雪崩れ込み、殺到する。
 弾幕を張る事よりも命中精度を重視し始めたレイダー達を見たウタが、その銃火器を無力化しようと熱量や範囲の広さに偏らせた獄炎を放ったのだ。
 バン、と爆ぜる音。空中で炎翼の奥から獄炎を噴出させたウタの体が、拠点方向に向かったレイダー達へ砲弾の如く飛来する。
「ハロォォォォ!!?」
「はろー」
 拠点に向かおうとしていた集団の先頭車両の前に着地したウタが目を細めて言う。

 バイクのアクセルが全開に、改造されたエンジンが獣じみた雄叫びを上げる。動揺しながらも殺意を募らせたレイダー達が機関銃や大型のチェーンソーを構え、ウタに突撃して行く。
 直後――彼等の視界が紅蓮に染まり喉が焼かれる。
「てめぇらもOストームに変えられちまった犠牲者だよな」
 焔摩天を軸に、背にしていた迦楼羅も交えた獄炎の柱を手にしたウタがそれを正面に叩きつけていた。
 吹き荒れる紅蓮の津波。
 レイダー達のバイクに搭載された機銃や積載弾薬火器の殆どが誘爆する。防護服で身を護っていた者達はともかく、多くのレイダーが灰燼に帰した。
「紅蓮に抱かれて眠れ」
 可哀そうに、とだけつけて。
 荒れ狂う炎の渦の中心で立つウタは、再度焔摩天を握ってレイダー達に向かい飛翔するのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニノマエ・アラタ
あのな、奪還者に豪遊していいっていうなら、
俺達にも豪遊を約束するってのが筋だろうがよ!

まあ、ハナから見返りは求めてないんで。
どうでもいいけどな。

荒野で迎撃する。
レイダーのリーダー格を見つけて対峙。
……見てくれや喋りでどうだとか、
俺は細かいことは言わねェ。
おまえがどんな動きをして、どんな武器を使ってくるか。
それが全てだ。
派手な武装や装飾は気にしない。
こちらも攻撃の手を止めず武器の精度と扱いの熟練度を探り。
覚悟を決めて必殺の間合いに踏み込み刀を一閃させる。
……後手にまわって押されるつもりはねェ。
リーダー格が倒れてヤベェとなりゃ、すぐ混乱に陥りそうだな?
まともに戦えるヤツがいりゃ、続けて相手するぜ。


月白・雪音
…ヴォーテックスの私兵、このような場所に居合わせるとはなんとも間の悪いことです。
良いでしょう、ここに残存する資源を使い潰されるわけには参りません、協力させて頂きます。
報酬は…、そうですね。

――いずれこの世界がオブリビオンの脅威より脱した時、
この温泉拠点を一般に開放する事。それを条件とさせて頂きましょうか。


敵をシェルターに入れることなく荒野にて戦闘
UCを発動、アイテム『氷柱芯』を飛ばし巻き付け、
怪力にて振り回し敵そのものを武器に周囲を一掃
敵が大型バイクを召喚すれば怪力、グラップル、部位破壊にて
バイクの重要部位を的確に破壊、共有した生命力を叩き潰す
その他残像にて動きを攪乱し、衝突での同士討ちを狙う


レイ・オブライト
だったら誓え
行き場を失い逃げてくるような、不運な弱者も等しく迎えると
あんたが約束出来るなら。次もその次も、オレは必ず駆けつけよう
そういう風に出来ている
癒えゆく傷に説得力持たす等して『継戦能力』

…と

折角の「なんでもする」だ
乗っかるのが礼儀だが、本当はいちいち乞われるまでもない
嘆きも暴徒も、騒がしいもんはとっとと黙らせるに限る
荒野へ。まず『地形破壊』降りろ
潜り抜けたマシンは土煙に紛れ『念動力』張り巡らす鎖に弾かせ
同時に鎖上を駆け、跳びの格闘で宙からも強襲。『衝撃波』による視界不良利用、うるせえ武器や声も目印に一撃離脱を交え同士討ち誘いつつ
仕上げは仲良く【UC】花火でも
お呼びじゃあねえんだよ、お客様




 頭を下げるオーソンを、見下ろす低い声が突き刺した。
「だったら誓え。行き場を失い逃げてくるような、不運な弱者も等しく迎えると」
 状況は猟兵達に伝わっていた。何より、帰還する前に。グリモア猟兵の言っていた事を警戒していた者達は逸早く地下拠点の指令室に戻って来ていたのだ。
「あんたが約束出来るなら」
 オーソンの部下との会話を聞いていたレイ・オブライト(steel・f25854)は頭を下げていた彼の胸ぐらを掴んで立たせると、先のオブリビオンとの戦闘で傷ついた拳を見せながら真っ直ぐに目を見て口を開いた。
「次もその次も、オレは必ず駆けつけよう」
 金色の瞳が鋭く差し向けられた時、レイの白髪が風も無い中で揺れる。
「――そういう風に出来ている」
「……っ!」
 ずたずたに抉れていた拳が、一目でそれが尋常ならざる力に依るものだと示すようにオーソンの前で癒えて行く。
 息を飲んだ彼の反応は、様々な物が表出しようとしたのを抑え込んだ結果だ。
 ひとつは流れの奪還者と見たレイが仮にこの後の戦闘で死んだなら、最初の約束を反故にしようと思っていたがゆえの動揺から。次に、この荒野でレイほどの義理堅い者を初めて目にしたという驚き、最後に彼の様な実力者が拠点存続に関わる今を最後まで味方してくれるという幸運に感極まった為だった。
 オーソンは、辛うじて首をコクコクと上下に振って掠れた声を絞り出して言った。
「や……約束する! 約束する……っ!」
 だから頼む――そう続けようとしたオーソンより先にレイが手を離し、立ち去った事で再び床に座り込んでしまう。
 だが既にオーソンは見ている。荒野を生きる男の眼だ、恐らくレイの眼差しには義理や人情よりも揺るがない芯が籠められていた。そう彼は察していた。

 一方で、パーティーハウスの奥に設置されたBARの隣に並ぶモニターパネルを見上げていた月白・雪音(月輪氷華・f29413)が赤い瞳の揺れる目を僅かに細めていた。
(……ヴォーテックスの私兵、このような場所に居合わせるとはなんとも間の悪いことです)
 雪音は先の戦闘でのオブリビオンを思い出す。
 獣同然の輩ではあったものの、しかし弱くは無かった。事実オンセンの地上警備装置はほぼ全壊させられている事から、猟兵の介入が無ければ拠点は潰れていただろう。
 そこへヴォ―テックスシティの刺客である。荒野で仕留めなければ恐らく『次』があるだろう。仮に猟兵が再び窮地を救うなり外敵を滅ぼしたとしても、それを彼等が無事に乗り越えられるとは限らない。
「良いでしょう、ここに残存する資源を使い潰されるわけには参りません、協力させて頂きます」
 だが、己が一度立った地を見捨てるつもりは無い。
 静かに雪音は一度目を閉じ。これから地下拠点の者達に降りかかる不運を、襲い来る悪漢に返すつもりで臨もうと胸に秘めた。
 閑話休題。
 ぱたぱたと雪音の側にオーソンの部下が駆け寄って来る。
「一人でも、二人でも大歓迎です! きっと、皆さんが加勢して下さればまだ拠点内に隠れている奪還者の皆様方も威勢を取り戻してくれるはず……!」
「……確かに助力致しましょう。ですが伏兵がいないとも限りませぬゆえ、今は手出し無用で御座います」
 そう言った雪音は密かに視線を指令室の外に巡らせる。
 混乱がまだ収まっていない現状、下手に怖気づく者が味方として背後で銃を手に取られても困るのだ。それならば内情の鎮静に集中して貰いながら、拠点の内側で不測の事態に備えて貰った方が雪音としても猟兵としても手間がかからない。
 凛とした彼女の言にオーソンの部下は思わず呆けた様子を見せたが、すぐに背筋を伸ばしてから一度強く頷いてその場を去って行った。
 猟兵達の間でも呼吸を整えた者、装備を検めた者達などが慌しく動き始めているのが遠目に見てわかる。レイダー達も間もなく到着するだろうと考えた雪音もそれに続き、再び地上へのエレベーターシャフトへ向かおうとした。

「あのな、奪還者に豪遊していいっていうなら、俺達にも豪遊を約束するってのが筋だろうがよ!」
「その通りで御座います! その通りで御座います!」
「オーソン、なんか私のせいみたいな眼でこっち見るのやめてください」
「黙っとれアンダーソン君!」
 猟兵達が次々に指令室を出て行く中、オーソンとその部下が二人並んで顔を蒼くしたり赤くしたりしながら手やら首をブンブン振り回していた。
 その様子を前に腕を組み、怪訝そうに眉を潜めているのはニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)だ。
 彼はついさっき、他の猟兵を同業者と勘違いして出てきた奪還者にオーソンの部下が交渉しているのを見てしまったのだ。そこには随分と都合の良さそうな話を並べ立てており、レイ・オブライトとのやりとりも見ていたアラタは微妙な気持ちになっていた。
 そこへ偶々目が合ったアラタにもオーソンの部下が同じように声をかけて来たのが始まりである。
 怪訝そうな声を上げたアラタの所に、さも部下の後始末に来ましたと言わんばかりのオーソンの登場。アラタは「ここ来た時の感動が台無しだな……」と頭を振って呆れていた。
 アラタはもういいよと手をひらひら振って見せる。
「……まあ、ハナから見返りは求めてないんで」
「いやしかし……」
(拠点内が混乱していると聞いていたが、本当はコイツ等が混乱してるんじゃないのか……?)
 どうでもいいのだが、妙に食いつかれてしまったアラタが溜息を吐く。
「報酬は、もう決まっているのでしょう?」
 そんな彼等の元へ雪音がゆらりと足を運んで来る。
 その場の視線が彼女に集まり、オーソンの部下が少しだけ居心地悪そうにする。何を言われるのか気になっているのだろう。
 雪音はそんな部下の男を一瞥してから緩やかに、オーソンに赤い瞳を向けて言った。
「――いずれこの世界がオブリビオンの脅威より脱した時、この温泉拠点を一般に開放する事。
 それを条件とさせて頂ければ、私達からは何も……言う事は御座いませんよ」
 
●――裏釘を返す――
 地上に出たレイがエントランスフロアを抜けた先、本来なら荒野の濁った夕陽が見れるだろうはずの外では熱風が吹き荒れていた。
 先に地上へ出て来ていた猟兵によるものだろう、爆撃めいた延焼の跡を見遣りながら。レイは視界を巡らせ、それから首を軽く鳴らしながら擬態カーテンで覆われた扉を潜り抜けて大地を踏み締める。
「八割くらいは残ってるか」
 半数は手負い。戦闘不能者は二割。ざっと白煙の向こうに蠢く気配を探り当てたレイは敵の状況をそれとなく把握する。
 視界の中央、奥で粉塵を切り裂いて突き進んで来るバイク等のマシンが鳴らす強烈なマフラー音は雄叫びの如く。拠点から出てきたレイを見たレイダー達が銃器を構えながら突撃の姿勢を見せた。
 レイの背後で揺らぐ気配。
 紫電がパリリ、と白髪を撫で上げる。レイは視界の端を抜けた残像を一瞬だけ目で追い、それを気にしないとばかりに瞼を閉じて息を吐き出した。
「本当はいちいち乞われるまでもないんだがな」
 仕事は残ってる、それが例え形だけのモノでも。レイは地下拠点オンセンを救うべく確かに己の提示できる数少ない "証明" をして見せた。応えたからには――結果は出す。
 オーソン含め拠点の人間達が日和きってるのはよく理解した。『なんでもする』などと、乗っかるのが流儀だろうが錯乱じみたうわごとに耳を貸してまともに相手をする程、レイという男は遊び好きでもない。
「騒がしいもんはとっとと黙らせるに限る……てめえらも含めてな」
 突き進んで来るレイダー達を前にして悠然と歩き進んでいたレイが、ついに莫大な電流を数瞬だけ奔らせてから荒々しく拳を振り下ろした。
「降りろ」
 一時は猟兵に阻まれたレイダー達も、ついにそれを一部突破して拠点目前にまで迫ったその時。落雷めいた轟音と同時、視界に土石流の壁が突如突き立った。
「な、なんだぁ!?」
「うわああああ!! リィィーダァーーッ!!?」
 限定的ながらも引き起こされる地形破壊。テーブルの中心を割ったかのように崩れ傾いた狭間に数台のマシンが転倒し、転がり落ちて行った。
 レイが角度をつけて打ち込んだ衝撃は岩盤にまで達していたのだ。それを器用に念動力も介して『ずらした』事で成された結果が、畳返しを兼ねた地割れだった。
「ヒャッハァ―ッ!」
 下卑た奇声。
 何台かのバイクが十数メートルの谷間に滑り落ちて行く最中、レイの繰り出した地割れを飛び越えたと思しきレイダー達が彼の左右を抜けようとしていたのだ。
 だが、レイダー達はどちらもレイの立つ境界を越える事は出来なかった。
「行かせません」
 一対の白銀が宙を流れていた。
 否。一方こそレイが念動力で張っていた聖遺物でもある【枷】によるものだが、もう一方は投擲されたワイヤーアンカーを辿るように駆ける雪音だった。

 刹那、空白の一瞬の中で。レイダーの男はハンドルを無視して滑る車体の前方に少女を見た。
 大型バイクが軽々と空中に投げ出されたのと入れ替えに、疾走する雪音が自身の三倍近い車体に掛けた【氷柱芯】を引き寄せて振り下ろした。
 小柄な体躯からは想像もできない程の怪力で叩きつけられた車体がひしゃげ、次いで爆散する。
 空中でバイクから投げ出されていたレイダーの男が地面に落ちたのを一瞥した雪音はワイヤーを手繰る指先を引き絞り、爆散し炎上した車体の残骸をレイ・オブライトの横で振り回す。瞬間、レイダーの男は悲鳴を上げる事も出来ず。その場に血煙のみ残して残骸と共に後続のレイダー達に投げつけられるのだった。
「――――」
 ほんの数秒の間に交わされる視線。
 空中に張られていた鎖に弾かれそのまま地割れに落ちて行ったレイダーを見下ろしていたレイに、雪音は会釈するように目を伏せてから地を滑るように駆け抜けて行った。
 宙に流していた白銀の鎖を引き寄せ腕に巻き付けたレイが雪音に続く。
 滑落したレイダーの一人から銃弾が飛んで来るが、それを意に介さず。前方から跳ね飛んで来た残骸のバイクハンドルを投げつけて黙らせ、レイは自らが生んだ谷を飛び越えて行く。
 雪音の姿は無い。
 代わりにレイめがけ突っ込んで来る数台のバイクに跨る、花火や火炎放射器を撒き散らして騒ぎ立てる荒野のサルどもが視界に入った。
「お呼びじゃあねえんだよ、お客様」
 踏み込む。地を抉り、乾いた土を飛ばして前に蹴りつけ跳ぶ。
 紫電が放射状にレイから瞬いた直後、手始めに正面から殴り込んで来たバトルハンマーのレイダーを車体ごと殴り飛ばした。前輪だけがレイの後方に吹っ飛び、対して彼の拳によって砲弾の如く吹き飛んだレイダーは宙に螺旋の軌跡を描いて後続のレイダーに衝突した。
 何かが爆ぜ飛ぶ。
 螺旋を描いていた軌跡はレイの腕に巻き付けていた白銀の鎖だった。それはレイダーを殴った瞬間に巻き付けられ、それがいま砕けたのだ。しかしその砕け方は異様に粉微塵と化したものであり、次いで拡がった光景に後続のレイダー達は目を見開く事になる。
「なんの光ィ!?」
 一本の鎖から数本の鎖に。伸びた鎖は蜘蛛の巣状に。レイの手元から伸びていた白銀の鎖が粉砕した直後、それは電流の鎖と成ってレイダー達を結び付けていたのだ。
 ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる輩を前にそれ以上の口上を述べる気も無いのか、レイは両拳を硬く握り締めたまま宙に固定された鎖の上を走る。
 瞬きを許す隙も与えず。
 それまでの大振りな動きから考えられない速さで電流の上を疾走して来た紫電が、最初に殴り飛ばされたレイダーごと後続の一台を横薙ぎに振るった蹴り足で『破壊』する。
 レイは勢いそのままに、続く跳躍からの振り下ろしで近くの車両を手刀で両断。叩きつけ着地時の姿勢から跳ね、ラリアット気味に逞しく太い剛腕をレイダーの首に叩きつけて刈り獲った。
 後続から降り注いだ弾幕に刈り獲ったレイダーの首根っこを掴み投げつけ、電流の鎖を念動力で波打たせ、繋げられた別の車体を巻き込みスリップさせ同士討ちを誘発させる。
「ぎゃああああ……!!」
「馬鹿野郎! 仲間に当たってんじゃねえか、ちゃんと当てろテメェ!!」
「お前こそ何やってやがる、"相手は一人だけ" だろうが!」
 濛々と吹き荒ぶ白煙からまだレイダー達は押し寄せてきている。それを見据え、同時にレイは足元を拳で穿ち轟音と共に打ち上げた土砂の陰に紛れた。
 距離を取っている位置関係をとっても、視界が多少悪くとも、レイダー達はバイクに跨っている事で自分達が有利だと信じ切っていた。
 しかし同士討ちに僅かに怯んだ事が原因で連携に綻びが生まれていた。もっとも彼等に並み以上の練度は無いのだが、そうとでも言う他に彼等を擁護しようがない。
 ジャララ、と。
 どこからともなく鎖が大きく弾んだ様な音が鳴り響く。それは複数重なり、そしてそれがレイダー達の跨るバイクの車体から伸びて仲間と繋がっている事に気付いた時にはもう、全てが手遅れだった。
 例え視界が悪くとも、レイにしてみれば言い合いのやかましい声そのものが目印だ。
 爆ぜる紫電が鎖を伝い流れ、マシンのエンジンを全て焼き切る。次いで引き寄せられた三人はレイの拳が大地に打ち付けられた直後、地面から空に向かって伸びた無数の電流の枝に巻き込まれて爆散するのだった。
 その様を見上げてからレイは後続のレイダー達に向かう。
「仕上げに仲良く花火にしてやったが、感想を聞けねえのが残念だ」
 彼にしてはまた珍しく、思ってもない事を言っていた。

 ――砂塵に紛れ姿を現した雪音を見たレイダー達が驚愕に目を剥く。
 しかし彼等は一様に顔を歓喜に歪めている。薬物を注射したのか、明らかに呼吸を浅くさせバイクの上で改造チェーンソーを振り上げながら絶叫している。
「フゥッ! フゥッ! ふしゅるるる……ぶっ殺してやるぜガキィィイ!!」
 猛然と、魔改造されたバイクのエンジンを吹かして雪音に突撃するのはリーダー格のレイダーだった。
 顔の半分を焦がした痛々しい姿も、薬物を摂取した今の表情と相まって絵画の様な混沌さを醸し出している。走る視線――雪音は突進して来たリーダー格の男とは別の方向へ目を向けた後、練り上げた闘気を内に凝縮させた。
 徒手にて極めし己が武装。細く、華奢に見える其の手、其の拳を一対構えた彼女はリーダー格の男とそのバイクが接触する寸前に姿を消した。
 刹那。
 強烈な火花が散る。チェーンソーのバッテリー内蔵のナックル部分と、合金製鋸刃が砕き断たれ。上方に向け放たれた白き一閃がリーダー格の男の体をバイクから引き剥がして吹き飛ばしていた。
「あァン!?」
「……相手して貰うぜ」
 ゴロゴロと転がりながら怒り狂った様子で背中に携えていたもう一機のチェーンソーを抜くリーダー格の男。その眼前に立っていたのは雪音ではなく、鋭い光を帯びる妖刀を構えたアラタだった。
 操縦者を失い、あらぬ方向へ暴走して行った先で猟兵のいずれかに爆撃されるバイク。
 リーダー格の男が荒々しくチェーンソーを振り被る。アラタが自身の愛刀【妖刀・輪廻宿業】を肩に担ぐようにして走り出し、同時に左手で抜き放った拳銃を自身の後方に向け適当に連射した。
「うおっ!?」
 アラタの背中を狙い、狙撃銃を構えていたレイダーが粉塵の中で銃弾が掠めた事に驚き転倒する。
 次いで、隠れ潜んでいたレイダーの真横を後続のレイダー達がバイクで通り抜ける。
「リーダー!」
「野郎、ぶっ殺してや……――ッぶるっあぁァっ!!?」
 猛烈な速度でアラタの背中を捉えていたレイダーのバイクが突如、前輪部に搭載されていた制御装置を失った事で車体を前転させ、宙を舞った。
 刹那に奔る打撃。
 音も無く、切り取られた景色の中で宙を舞っていたバイクの機関部が抜き取られ、レイダーの防護服が爆ぜ飛んで錐揉みする。
「は!? 何が――」
 横転したと思った仲間が一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ様を目の当たりにした他のレイダー達がハンドルを切った。ヴォ―テックスシティの技術で車体と一体化させ、半ば生体兵器と化したバイカ―達は脳波コントロールによる正確な操作でその場から旋回する。
 しかし、時速200kmを越える速度で走行する彼等にピッタリ追走する影があった。
(……空高く)
 レイダー達のマシンにも簡易的な熱源探知の機能が備わっている。荒野の探索には欠かせぬ命綱であり、ひとつの武器だ。
 だがそれもまるで意味を成さない。
(遥かな天を仰ぐ様に)
 それは音の壁を越えているが故に纏う、一挙手一投足の全てを包む衝撃波。
 這うように地を滑る雪音がレイダーの車体底部を潜り抜ける刹那。地と天を衝くかの如く突き出した両の掌による一打が車体を中心から砕き浮かせ、片手での跳躍から次いで繰り出された貫手が操縦者ごとマシンを破壊する。
 何が起きているのか。
 それをレイダー達が知覚できるのは全てが過ぎ去った後だけだ。
「馬鹿……な……!」
 白い影が視界を過ぎたと思った直後に爆散する仲間。それを見て冷静に状況を把握できるはずもなく、ただその場から離脱を図ろうとする他に無かった。
 だがそれを逃がす筈もない。逃がせば、また何処かで誰かの未来が潰えるのだから。
(目算、七歩になりましょうか)
 両手指先から鋭い音を鳴らし空を切り裂いて舞う、彼女が携えたその名が如く。透き通りし見えざる手、氷柱芯。
 ワイヤーは既に数十メートルをも越える長さにまで伸びた後だ。それは幾重にも自身の体を軸にして手繰り、操る事を繰り返して巻きつけた結果である。
 握り潰され、抉り捩じ切られた制御装置や機関部パーツを宙に棄てた雪音は急速旋回するマシンの後ろを取るべく駆け出す。一瞬だけ彼女の周囲で円を描き回った氷柱芯のアンカーは彼女の揮った手先に応じ、僅かに弧を描いてバイクに放たれる。
 既に何度も見せている――氷柱芯を用いての縛猟術。
 カン、という小気味の良い軽い音が鳴った直後にはこれまで同様、レイダーの車体に掛かっていたベクトルを無視して少女の怪力が引き寄せてしまう。
 宙を滑って後退させられた彼等の末路は、鈍感な者なら気づかずに絶命させられ――勘の良い者なら、背後より駆け上がってきた白虎の姿を目に焼き付けて逝くしかない。

 次々に救援に駆けつけてきた仲間達が爆散、瞬殺されて行く姿を目にしたレイダーのリーダー格の男が雄叫びを上げる。
「フザけてンじゃねえぞ……クソ共がァッ!!」
 激しく鳴り響く駆動する鋸の回転音。
 担ぎ上げた刃を踏み込みと共に薙いだアラタを前に、リーダー格の男は刺し違えるつもりで正面から斬り込みに躍り出た。
「フォォオオオ!!! ホーッ! ホォォウ!! オイ、どこのどいつか知らねェがクソ野郎! さっきまでの威勢はどうしたオラァッ!!」
 怒声。絶叫。気合い任せながらも鋼鉄さえ切り裂く改造チェーンソーによる猛撃である。アラタが繰り出した大振りの一刀は悉くが弾かれ、一見すると防戦一方にも見える。事実……リーダー格の男は雪音との連携による奇襲以降、傷を負っていない。
 あくまで "一見すると" だったが。
「……見てくれや喋りでどうだとか、俺は細かいことは言わねェ」
 騒然の最中で交わされる会話に意味があるかなど考えない。アラタはただ、此の場今宵に限る相手の頭から爪先に掛けて見切る。それだけにリソースの殆どを費やしていた。
 それは如何なる相手も油断せず対峙する、流儀に近い彼の内に存在する法則。
「おまえがどんな動きをして、どんな武器を使ってくるか――それが全てだ」
 リーダー格の男は気づかない。
 アラタは一度も『退いていない』のだ。頭一つ分の体格差があり、生身と全身鎧ほどの重量差があり、得物の間合いと衝撃、特性が異なるという様々な要因が絡み合う打ち合いにおいてそれがどれだけの技術を要するか。リーダー格の男は想像もしない。
 振り上げられた駆動鋸に重ねるようにアラタが刃を上から打ち込み、脇に流すように引き切る。火花がその軌跡を描くように散り、指先から上腕に掛けて負荷がかかるのを無視したアラタが更に踏み込む。
 至近でリーダー格の男が腰のショットガンを抜き撃つ。
 足元を狙った散弾を軽く跳んで躱したアラタが返す刃に拳銃を向けて発砲した。リーダー格の男が防護服を抉られ脇腹から鮮血を散らすが、構わず薬物で強化された腕力でチェーンソーをアラタに叩きつけた。
「後手にまわって押されるつもりは、ねェ……!」
 刀身を滑る駆動鋸の刃がアラタの手元にまで達する。だがそれは鍔によって受け止められ、リーダー格の男がゴーグルバイザー越しに表情を歪めた。
 地を蹴りつけて更に更に踏み込み、互いにとって必殺の間合いにまでアラタが到達した。太い蹴り足がアラタの前に出した軸足を弾こうとするが、重心を傾け受けた事で脚が交差し両者の体勢が固定される。
 男達の間で閃く、勘と刃。
 瞬時にリーダー格の男が片手によるスナップでショットガンの薬室から弾き出した散弾実包が宙を舞い、アラタが妖刀・輪廻宿業の刀身をリーダー格の男に殴りつけるように押し当て――駆動鋸が回転を止めた。チェーンソーを手放したリーダー格の男はアラタの刀身をいつの間にか、その指を失う覚悟を以て握り締めていた。ともすれば、巨木に突き立てた時の様な手応えで抑えつけられているのだ。
 宙を舞っていた散弾実包を大きく開いた顎が捉え、リーダー格の男は半機械化した口腔奥で弾薬をカチリと装填した。アラタを見下ろす、傷だらけの顔面が歪んだ笑みを浮かべる。
 アラタの身体が一瞬、強張った様に固くなる。
 ――死ね。
 そうどちらかが言った瞬間、幾重にも連なった閃光がその場で奔った。
「ご、バ……ァア……ッ!!?」
 血煙と共にリーダー格の男が吹き飛ばされる。
 正確には、その筋骨隆々とした上半身のみがアラタと対峙した場所から十数メートルも飛ばされていた。
 【剣刃一閃】――アラタのユーベルコードであり、彼が携える自らの愛刀が『妖刀』と認められるが故の秘儀である。
 妖光を秘めた刀身は幾度の打ち合いに刃毀れせず。たとえ刃を掴まれようと、刀身が敵に密着していようと、寸勁にも似た刹那の閃きひとつで全てを断つのだ。

「……さて。こんだけ柄の悪い連中だ」
 至近で放たれた散弾が掠めたのか、頬から赤い一滴を流しつつ。
 頭一つ姿勢を低くしていたアラタが適度な緊張感を保ったまま辺りを見渡す。荒野のあちこちでは散発的な戦闘が起きていた。
「リーダー格が倒れてヤベェとなりゃ、すぐ混乱に陥りそうだな?」
 元々、連携の要はリーダー格の男が担っていたように見える事からアラタはそう予想した。事実、リーダー格の男が命令を下すより先に絶命した事で撤退の判断が遅れた狙撃兵や、後方から駆け付けた支援砲撃役らしきレイダー達が距離を詰めて来る雪音やレイなどの猟兵に悲鳴を上げていた。
 輪廻宿業を一振りし血潮を落としながら、アラタは片手間に拳銃の弾倉を交換する。
 撤退の判断が上手くできない輩が取る行動は二つだ。
「ヒャッハァァァァア!!」
 仲間に目もくれずに敗走するか、無謀にも死兵紛いの突撃でチャンスに賭けるかだ。
 焼け焦げたバイクに跨ったレイダーが二騎。アラタを引き潰そうと前輪を持ち上げて加速して来る。紫電がレイダー達の後方で奔り爆発を引き起こし、地上戦を挑んだ筋骨隆々の男達が次々に白雪が如く駆け抜ける疾風によって鞠の様に吹き飛んで行くのが見える。
 妖刀が閃く。
 一対の剣閃が走り、バイクに跨ったレイダー達が前輪を持ち上げたまま横転して血を吐き散らし、即死する。
 しかしまだ、戦いは終わっていない――アラタは濛々と立ち昇る荒野の粉塵へ駆けて行くのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



 レイダー達の迎撃は掃討戦へと移り、そしてそれも僅か数分の間に終わった。
 硝煙の臭いが未だ立ち込める戦域には軽快な音調で鎮魂歌が演奏されている。

 閉所ならともかく、逃げも隠れも出来る荒野だ。猟兵達は戦闘が終わったと見た後も油断なく周辺を索敵していた。
 激しい戦闘の痕。
 炭化した大地や地割れが起きている所もある一方で、中には綺麗に急所のみを穿たれ、切り捨てられた屍も垣間見える。

 暫しの後、猟兵の端末に通信が入る。
『お、おいあんたら……! 側面上方……北東側上空に敵影だ! ヤバいのが来るぞおおおおお!!』


第3章 ボス戦 『燦然たれ希望の星』

POW   :    戦友たちよ、今再び共に征こう。
【Bf109戦闘機に搭乗した戦友】の霊を召喚する。これは【搭載武装】や【連携戦術】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    速度を保て、蒼空を目指せ。
あらゆる行動に成功する。ただし、自身の【空戦速度】を困難さに応じた量だけ代償にできなければ失敗する。
WIZ   :    翼はある。希望はどうか。
【かつて戦友から仮託された『必ずや勝利を』】という願いを【己自身】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ユエイン・リュンコイスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●不運
 "それ"は地上から目視出来ない高度に在った。
 【嵐】の中から生み出された怪物でありながら、"それ"は朧気にただ空を彷徨い続けるだけ。人々に害を成そうとはせず、ただ在るがままに地上を見下ろし徘徊していたのだ。
 オブリビオンとして生まれた『彼女』はストーム以前の自身の記憶に従い、「何かすべきだ」「しかし何も見つからない」「自分は何をすればいい?」という終わり無きサイクルに囚われている。
 その理由は、ここがアポカリプスヘルだからだ。
 変わり果てた大地にかつて在ったモノは全て失われている。つまり、他者に依存した彼女は目的を失ったまま亡霊の如く漂い続けるしかなかったのである。
 都合良く、彼女に由縁のある者が現れれば話は別だったかもしれない。
 だがそんな者が高度3000メートルを越える高度に姿を見せる筈もない。

 闇から生まれ、朝陽を迎え、夜天を仰ぎ、再び夜明けに大地を見下ろす。

 そんなサイクルから唐突に意識が覚醒したのは、濁った空が幾度目かの夜を迎えようとしていた時だった。
「……地上にて小規模の戦闘を確認」
 偶然だった。
 広すぎる荒野の最中、そのオブリビオンは偶然――この時だけ高度を落としていたのだ。
 地上で瞬く爆発の余波とオブリビオンの持つ知覚感覚で捉えた高エネルギーの反応。地下拠点【オンセン】から何度も外部の奪還者に向けて送信されていた救難信号。
 あらゆる偶然が重なり、それは呪いのように手招きと化した。
「……戦闘」
 オブリビオンの眼に光が宿る。
「……司令部への通信接続不可。これより空域侵犯及び敵性シグナルへの攻撃を開始する」
 その手に巨大なガンポッドなる重武装が換装され、脚部のジェネレーターが駆動する。
「――戦友たちよ、今再び共に征こう」
 地上に向かい亜音速で急速降下して行く彼女の周囲に黒い霧が無数に拡がった。霧の奥から瞬く電光に次いで露わとなるのは、旧時代の飛行兵器だ。
 数十の戦闘機が彼女に並ぶ。
 それらは編隊を組みつつ、彼女の意思に呼応して機動。地上で戦いを終えたばかりの猟兵達に襲い掛かるのだった。




※プレイング(締切)につきまして
 『8/25(水曜日)…【8:30】』までのプレイングを優先・速筆で執筆致します。
 いただきましたプレイングは執筆致します。もしも流れてしまった場合は参加者様が宜しければご再送ください。

 第三章:ボス戦はボスとの戦闘になります。
 周辺にはマシンなどの残骸があり、フレーバーですが火器弾薬を利用等できますのでご参考に。
 前章参加済みの方など、希望があればダメージや疲労が蓄積している状態を描写します。(【疲労orダメージ有】などの表記のあるプレイングに対応します)

 以上。
 引き続き、よろしくお願いします!
ニノマエ・アラタ
(近づく飛行音を耳にして、空を見上げ。至極冷静に)
……そういうことなら、狙撃に回る。
可能なら敵として視野に入れられる前に、瓦礫に身を隠すぜ。
脚のプロペラ機か?
あれが敵を空に留め飛翔させ滑空させる原動力だろうか。

……何か、こう、どこかで。

既視感は気のせいだと切り捨てながら。
その飛行と速度、眼に焼き付けておくぞ。

初撃で決める。
狙って、撃ち落とす。

正確無比な空戦はさせない。
猟兵を相手どって、思うとおりに飛べると思わないことだ。
射撃も連携も乱雑になれば、脅威ではない。
敵が勢いを失ったなら、九六式を手に前へ出て
中距離で戦闘するのもありだ。

地と死が貴様らを迎え入れる。
……いつかまた、暁を見られたらいいな。


月白・雪音
…あの者がシック様の申された空からの脅威ですか。
空からの襲撃、些か不得手な状況ではありますが、
『足場』があるのならばやりようは在りましょう。


野生の勘にて敵の気配を察知しUC発動
見切り、高速思考力で相手の軌道を予測し
周囲の重火器から砲弾を抜き出し怪力で投擲

その後怪力、踏みつけ、ジャンプでの蹴り脚による跳躍にて戦闘機に跳び乗り
残像、悪路走破、アイテム『氷柱芯』を用い戦闘機を足場に空を移動しつつ
グラップル、怪力での近接攻撃を仕掛ける


…容易に捉えるにはあまりに速い速度です。
されど私の一撃を避けるも、私に一撃を当てるも易くは無し。
私を墜とすが先か、貴女が堕ちるが先か。

――貴女の過去を、阻ませて頂きます。


木霊・ウタ
疲労orダメージ有

心情
オンセンと皆を守るぜ


なんか勘違いしてるみたいだけど
言っても無駄だよな

唯そうであるように生み出された存在
ストームの犠牲者か
このまま一人で飛ぶのは辛いだろう
あるべき場所へ還してやる

戦闘
火矢と化して空へ

炎を放ち牽制し
敵攻撃を
爆炎スラスターや
炎をフレア的にデコイにしたり
敵弾丸や武装を炎で誘爆させたりして
回避しながら距離を詰め
獄炎纏う焔摩天で薙ぎ払う

そうそう当たっちゃくれないだろうけど
速さや高熱が生む風
そして炎の剣風が
気流を生む

敵が揺らいたその機に火力を高めて紅の光刃とし
遠間からの一閃で両断し爆発四散させる

事後
鎮魂曲
海ならきっと一人じゃないぜ
安らかに

折角だから温泉に入ってこうぜ


レイ・オブライト
…グリモア猟兵の予感は流石だな
今日は“調子”も良くてなによりだ。『右眼』による『肉体改造』で生やした(身体の一部を明け渡した)血肉の翼で『空中戦』を仕掛ける
戦闘機たちを格闘と『覇気』『属性攻撃(電気)』とですれ違いざまに撃墜しつつ
地上への流れ弾は覇気の『オーラ防御』で受け止めカット、した上で『念動力』で『乱れ撃ち』返す
親玉へ接近
とはいえ空は相手の土俵だ。重い一発を貰ったとて
【Arbiter】(救世を祈る女の声は遠く)
約束ってのはそう易々と破るもんじゃあない
あんたもよく知ってるだろうが
即時再生、そして増大する速度で根比べといこう

いつかは今日の縁を、ツイていた、と言わせてやる

※ダメージ引き継ぎ
※諸々歓迎



●――其れは墜ちる――

 端末から響く音声を聞き届けるより先に、猟兵達は遠くの空から大気を震わすそれを聞いた。
「グリモア猟兵の予感は流石だな」
 レイダー達のマシンに積まれていた機器を潰して回っていたレイ・オブライト(steel・f25854)が上空を見上げて呟く。
 鼓膜を叩く音は次第に数を増している。
 夜天へと移り変わろうとしていた空を見上げた者達の視界に爛々と射し込む灯器の光。その数は二十を越えていた。
 戦闘を終えたばかりだが息は整っている。レイは脇腹に刺さったままだった銃剣を引き抜き、流れ出る血潮を指先で拭うだけで止めながら周囲を一瞥し。やがて仲間の一人に視線を止める。
 そこには野性的な勘によって空から来る群衆の首魁、オブリビオンを遠目で捕捉した――白虎の姿が在った。
「……あの者がシック様の申された空からの脅威ですか」
 グリモア猟兵の言葉。戦闘に次ぐ戦闘が予測されていた疑念が真実であったと確かめた月白・雪音(月輪氷華・f29413)は、上空を駆ける無数の戦闘機が織り成す編隊の中央に位置する一騎のオブリビオンらしき存在を視認していた。
 雪音は氷雪の如く白い肌もそのままに、衣装の袖から取り出した【氷柱芯】を三寸ほど垂らしてその場でオブリビオンを観察する。自らの立つ接地面を指標に敵までの歩数と手数を、自ずと思考の裏で算出する為に。
 ――遠い。空を駆けるオブリビオンで厄介なのは白兵戦に長けた者ほど痛感する、単純な高低差による戦術的不利だ。
 状況は俄か、ゆえに後手の自身が取れる選択肢は少ない。
 そう。少ないだけで――やりようはある。
(空からの襲撃、些か不得手な状況ではありますが、『足場』があるのならばやりようは在りましょう)
 そこで雪音は視線を奇しくもレイと同じく巡らせた。
「……そういうことなら、狙撃に回る」
 敵影が確認されて一分と経っていない。
 ただ、空を一度見上げただけでニノマエ・アラタ(三白眼・f17341)は至極冷静に――慣れた様子でその場から颯爽と身を隠すべく、上空からの射線を遮る斜面や丘陵を目指して駆けて行った。
 滑り込む。それが如何程の効果となるかは"いつだって"、その時々の運次第だった。
 アラタが一息を吐いたその時、上空から拡声器らしき技術による広域音声が響き渡る。

『我々はフューラー閣下親衛隊、第87航空団である! 諸君等には複数の容疑が掛かっている、速やかに降伏せよ!
 該当区域の不当占拠及び、フューラー閣下の定めた広域電波網含む空域の侵犯! これらは死罪に相当する!
 ――繰り返す、降伏せよ!』

 大気を震わせるは無数の戦闘機。
 飛び交うそれらは微かに黒い煙を軌跡に残し、警告を発しているオブリビオンの発言に沿うかのように軌道を変え、隊形を変えていた。
 いずれもその機動が意味する所は脅し以外の何物ではなく、そもそもオブリビオンの言葉は大人しく首を捧げろと言っているに等しい。
「……なんか勘違いしてるみたいだけど、言っても無駄だよな」
「だろうな」
「無駄でしょう」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)の言葉にレイと雪音たちが同意する。
 この場でオブリビオンの声を聞いた彼等は一様に、こういった手合いがオブリビオンの中に一定数存在する事を知っている。対話に特化したユーベルコードでも無い限り、例外は存在しないと理解していた。
 過去の世界に囚われてしまった哀れな残滓。
 それが今宵、この夜天を支配するオブリビオンの性質なのだろう。
「唯 "そう" であるように生み出された存在、ストームの犠牲者か」
 ウタの手から楽器が消え、代わりに背丈を上回る紅蓮の光刃が伸びる。
「このまま一人で飛ぶのは辛いだろう……あるべき場所へ還してやる」
 金色の閃光がウタの胸部から眩く奔った。
 それは合図となり、警告に対する返答と見たオブリビオンが目を細めたのと同時に為された。
 上空を飛び交っていた戦闘機の編隊から無数の機銃掃射が行われ、同時に無数のミサイルがウタの立っていた場所に土砂の柱を立たせる。数瞬遅れて、爆風が疎らな紅蓮のドームを連続させ徹底的な破壊の嵐を巻き起こした。
 脚部のレシプロめいた飛行ユニットによって夜天に浮かぶオブリビオンは眼下の破壊を真っ直ぐに見つめる。
「各機散開」
 刹那、脚部のジェネレーターが停止した事でオブリビオンの体が自由落下する。オブリビオンの周囲では彼女が散開の指示を口にするより先に戦闘機の編隊が全て、それぞれが衝突を避けつつもバラバラに散っていた。
 しかし。その内で七機ほどが機体を無数の閃光に貫かれ撃墜されていたのだ。
 自由落下したオブリビオンの髪の毛先を掠める弾丸。
 空中で後転しながら脚部ジェネレーターを再起動させたオブリビオンは尚も冷静さを維持したまま。瞬時に左右上下に鋭角な機動を行いながら下方に向け、肩部のガンポッドから大口径の雨を降らせた。
「抵抗するなら塵芥にするのみ。消えろ野良犬ども――――……ッ! なに!?」
 濛々と地上を満たす粉塵に次々と弾丸を降らせていた時、何かが閃き。ガンポッドの弾倉部を何かが突いた直後にオブリビオンを紅蓮が包み込んだ。
 爆風と衝撃に体勢を完全に崩したオブリビオンは地上へ落ちる間際、視界の端で瞬いた閃光がマズルフラッシュのそれだったと再認識していた。
 だが、それが指し示すのは低空飛行だったとはいえ高度数百メートルの位置に在った己や僚機をたかだか対人用の狙撃銃で敵は落としたという事実だ。
「――猟兵を相手取って、思う通りに飛べると思わないことだ」
 地に墜とされたオブリビオンが困惑する一方。戦闘機がウタを狙い行われた爆撃の中心地のクレーターに身を隠していたアラタが踵を返す。
 踏み締めるブーツの底面でジュワ、と弾んだ音が鳴る。
 彼以外にいたはずのウタ達の姿は無く。代わりにそれぞれの立っていた場所には激しい弾痕と、赤々と溶解して炭化した土塊がクレーター状になっていたのだ。
 カキン、と。
 懐から取り出した挿弾子を狙撃銃に押し込むアラタは風下に沿って移動後、オブリビオンを撃墜して数秒経った頃に進路を直角に変えて手ごろな岩陰に隠れた。
 身を隠したアラタがコッキングするのと同時、激しい轟音と共に弾幕が奔る。先程までいたアラタの進路上を沿うように抉り穿ち走り抜けて行ったのだ。
「……」
 アラタの体は自然と正解を選び続ける。
 ――それら行動の根底に、振り切れないほどの既視感がある事を認めながら。

●――空戦――
 降り注ぐ機銃掃射を前に、ウタの手の中で覚醒するかの如く膨れ上がった【大焔摩天】が燃え盛る。
 足元の地面を大口径の弾丸が抉る。吹き飛ぶ土砂の上を踏みつけながら、ウタは全身に獄炎を纏って数倍の長さに変化した焔摩天の柄を握り締めた。一瞬で膨れ上がった熱量と酸素燃焼量によって爆風にも似た衝撃が奔り、手繰られた紅蓮の光刃が回転し紅い円盾となって降りしきる弾幕を防ぎ切る。
 ウタの側面で爆ぜる紫電。
 放射状に拡がったそれはオーラによる防御だ。加えて、そこに彼の内に秘められた【ヴォルテックエンジン】から生じた莫大な電流が上乗せされていた。
「今日は“調子”も良くてなによりだ」
 刹那の時の中で発するその声は、低い唸り声に似た音となっている。体内を駆け巡る衝動をVエンジンによって変換された電流、それを操作して加速させた彼に『音』が追い付いていない為である。
 加速した彼の視界の端に映る。飛び交う弾丸を雪音が素手で次々に弾き、逸らし、掻い潜りながら駆け上がる姿。
 レイから放出されていた紫電のオーラに絡め取られた尖頭状の弾丸が宙に縫い止められ。停止した時間の中でレイの閉じていた右眼が赤い霧と化して身を伝い流れ、屈強な彼の背に赤い糸が網目状に組み上がった翼が広がった。
 直後に放たれる、念動力を交えた正拳突きが紫電のオーラの膜に打ち付けられ。凄まじい衝撃波と共に空中の弾丸が上空に撃ち返された。
 先のレイダー戦で破壊したマシンからロケット弾を抜き取り、鋭い振り被りから雪音が投擲する。
 同時――ウタと雪音の両者が跳躍する。
「――――ッ!!」
 雪音の投擲が一機の戦闘機を破壊したのに続き、複数の衝撃波が重なり連なる。土砂の柱が突き立った直後に紅蓮の球体が地上に咲き乱れ、上空に在った戦闘機やオブリビオンがカウンターの様に撃ち落とされた。
 しかし地上へ墜ちたオブリビオンが気づかぬ間。空には一瞬で音速を越えて加速したウタの姿が舞っていた。
「く……ッ! 各機、高度を上げろ!」
 言葉こそ詰まった物があれど。オブリビオンの意思伝達は彼女が操る『仲間』により正しく、より迅速に伝わる。散開し回避行動に注力していた戦闘機群は大きな集団が意思を持ったかの如く編隊を組み上げ、空高く上昇しようとしていた。
 破壊されたガンポッドが闇の中から形を成して、再びオブリビオンの手に収まる。そして募る怒りを滾らせて砲口を粉塵のカーテンが遮る向こう側へ走らせた。
「我等、第87航空団は本来護衛任務が要……!! 易々と落とされて堪るか!」
 激昂と共に薙ぎ払われる大口径の弾幕。
 オブリビオンは刹那に覚えたこめかみの痛みに顔を歪めながら、再び空へと戻ろうとする。
「ッ! チィッ……!?」
 しかしそれは叶わない。地上から僅か数十メートルほど離れた時、死角から飛来した6.5mm弾がオブリビオンの背中を射貫いたのだ。
 黒いタール状の液体がオブリビオンの華奢に見える身体から散った。だがその肌や衣類に傷は無く、代わりに被弾箇所から黒い霧が溢れている。

(一撃で落とせないか)
 瓦礫の合間を潜り抜けながらアラタは遠目に視た光景を考察する。あのオブリビオンは人型に見えるが、恐らくはストームに飲まれた複数の無機物的存在が意志を持った怪物だ。
 アラタは飛行装置らしき脚部のプロペラ機めいたそれを、空に留め飛翔させ滑空させる原動力だと推測した上で初撃で落としに掛かったのだ。だがユーベルコードの力を用いた狙撃でも彼の飛行ユニットは破壊し切れず、今も半ば空への逃走を許してしまっていた。強度だけではない、生物的な再生力をも有しているように見えたのだ。
 しかし考えれば考える程に違和感は尽きない。アラタの脳裏を幾度と過ぎっていた既視感と照らし合わせ、飛空のメカニズムを思えば、どう考えても技術に差があり過ぎる。
 以上の事から、アラタは空を舞うオブリビオンの正体を相応に強力な個体だと認識を適当に改め。戦況を見るべく上空へ視線を上げた。
(俺のやる事は変わらない)
 アラタは空から視線を落とす。
「……今も」
 耳の中で響き渡るレシプロ機の駆け抜ける轟音。それが幻聴に近い物だと気づかぬまま、彼は狙撃銃を構えた。

 ――戦闘機達が高度を上げながら、地上から飛来した一条の火線を追う様に機銃をばら撒いている。
「久々の真っ当な空戦だな、迦楼羅……!」
 機首に搭載された戦闘機の機銃はそれ一発で人間が血煙と化す代物だ。直撃すれば『痛い』では済まない事をウタも理解していた、ゆえに彼の速度は初動から変わらず。ほぼ最高速度のまま獄炎の翼を羽ばたかせ背部から【迦楼羅】の炎を放出して空を切り裂いていた。
 空気抵抗を僅かでも下げる為、紅蓮の光刃だった焔摩天は元の姿形になっている。
 ウタを追い、数機の戦闘機がミサイルを放つ。疎らに放たれたそれらは旧文明の中でも古い時代の物だろうに、一定の距離を進んだ後にウタの周囲で爆発して衝撃と破片を撒き散らして来る。
 反射的に身を捻りながら焔摩天を奮い立たせて薙ぎ払う――ミサイルの爆風を打ち消し、空中に紅蓮の螺旋が一直線に伸びた後、数瞬遅れて波打った衝撃波が後続の戦闘機達を上下バラバラに隊形を崩させた。
 崩れた編隊に突っ込むウタの炎。
 真っ直ぐに突き進んだ火矢は炸裂弾の様に、一機の戦闘機を貫いた直後に紅蓮の光刃を幾重にも連ねて一閃させ。周囲に散っていた機体のことごとくを破壊せしめて見せた。
 瞬く紅蓮の球体を引き裂いて駆け抜け、金色の炎翼が羽ばたいた正面から飛来した戦闘機をすれ違い様にウタが【大焔摩天】で切り裂いて飛び去る。
 摩擦に耐えられず空中分解した戦闘機の残骸の上を白い残像が跳ぶ。
 カン、と。およそ数百メートルに届こうかという高度に似つかわしくない音が鳴り、落ち行く戦闘機の近くを飛行していた別の機体尾翼に薄氷が下方から伸びた。
 一本の蜘蛛糸が如く結びつく。
 僅かに飛行を乱した戦闘機の姿勢がそれ以上崩れることはなかったが、同時に無人である筈の機内で慌ただしい通信が入り乱れていた。
「―――― " みっつ " 」
 霧雲の様な少女の残像が前方に現れた直後、プロペラが一瞬で圧し折られ機首をひしゃげさせた戦闘機が黒煙と共に墜とされる。
 しかしそれと同時に四方からクロスファイアが如く砲撃が走り、残像ごと落とされた戦闘機を破壊した。
 破壊される寸前、雪音は華奢な体躯に見合わぬ怪力を以て跳躍していた。刹那に袖口から零れる様に宙に投げ出されるのは地上から投擲した物と同じロケット弾頭だ。彼女は瞬時に掌底で一つを打ち上げ、もう一つを蹴り足で放つと、瞬く間に二機を撃墜する。
 爆風を背に、ここまで地上から繰り返し渡ってきた雪音は氷柱芯を手繰り、機銃を見舞って来た他の戦闘機の機体下部に吊り下がりながら眼下を見遣る。
(……オブリビオンはまだ地上ですか)
 風を切り、手繰り寄せた氷柱芯のワイヤーに従い雪音の体が遠心力を纏って機体上部に飛び上がる。
 刹那に巡らせた彼女の目と、アラタの狙撃に対し砲撃を返していたオブリビオンの目が合う。
「――なれどあちらはニノマエ様に気を散らしている御様子。私は……この中天を取り巻く蠅を落としましょう」
 "五つ"と。小さく呟いた彼女は氷柱芯を袖に仕舞いながら空中に身を躍らせ、着地と同時に戦闘機は数瞬遅れて衝撃音を吐き。無数の機械部品を散らして内側から爆ぜる。
 錐揉みする戦闘機を駆け上がり、尾を内にして身を回転させた雪音から氷柱芯が再度伸びる。
 ピシャリと、今度は横合いから蜘蛛の巣状に走った白銀の鎖を薄氷が掴む。手繰り寄せ、勢いよく反動をつけて雪音が更に跳躍すると、白銀の鎖を念動力で放っていた持ち主が数メートル横に並んだ。
「"さっきの"借りだ」
(感謝します)
 唇の動きと視線でそれとなく意思を交わすと、白銀の鎖【枷】を宙に流しながら片手に掴んでいた戦闘機をレイ・オブライトが投げ放った。
 高度を上げていた編隊の最中を二つの影が抜き去った直後、レイの放った機体と衝突して火を噴く戦闘機。
 紅蓮を足下に――月すら出ていない昏い夜天に広がる、血肉を編み上げた一対の翼。
 揺らぐ鮮血の羽根はいずれも彼の閉じた右眼に在ったモノを媒介とした血肉だ。ともすれば、『吸血鬼』を彷彿させる威容で空に飛翔したレイは紫電を身に纏い、翼で自身を覆い弾丸の如く戦闘機群へと降下して射った。
 奔る紫電と鮮血。
 積乱雲に迷い込んだかの如き稲妻が空中に散りばめられ、同時にレイ本体が突き刺さり、突き破った機体達がたちまちに爆散する。
 雷が奔る中。旋回と反転を繰り返し直撃を避けようとしながら、飛翔する戦闘機の上に着地した雪音が白虎の一撃を足下に見舞う。機体中央下部から無数の機械部品と共に装甲が爆ぜ飛び、次いで飛び込んで来た紅蓮が機体の後部を射貫いて弾き飛ばす。
「手を貸す必要は無かったかな、っと……!」
 破壊された戦闘機から跳躍した雪音が刹那に視線を落とした直後、空中で半身から爆炎を噴き出して急停止したウタが下方から伸びてきた砲撃の嵐を焔摩天を盾にして防ぎ切る。
 弾幕が過ぎ去ると、今度は複数のロケットランチャーが飛来する。僅かな空白の間を自由落下していたウタだったが、その光景を目にするや即座に背部から閃いた獄炎を全身に纏わせ。身を捻って放出した爆炎でロケットランチャーを誘爆させた。
 迎撃策として放出した爆炎による反作用で上昇したウタを、いつの間にか同じくして飛翔していたオブリビオンの砲口が狙う。
 一瞬。
 上空を飛び交う無数の戦闘機たちの機体に数多の残像を残し、編隊の動きを鈍くさせてから次々にそれら『足場』を飛び移りながら跳躍する"白"。
 信じ難い思考速度から成され導き出されたルートは、最後にオブリビオンの僚機に当たる霊体を高速で捉えた。氷柱芯で引き寄せ、震脚と鉄山靠のような体技で以て戦闘機を粉々に破砕させながら、その残骸を足蹴に雪音はオブリビオンへ肉薄するにまで至る。
「では――お借りしましょう」
 先のウタの言葉を思い出し口にしながら、跳躍の勢いそのままに尻尾による重心移動で身を捻らせて横薙ぎの蹴脚を放つ。
 しかし、背後からの一撃をオブリビオンは躱した。ウタに砲撃を数発だけ見舞った金髪碧眼の女は突如速度を落として雪音の目算をずらしたのだ。
「――――」
 躱された雪音は蹴脚の姿勢そのままに袖の内で手繰る。
 ガンポッドに薄氷が引っ掛かり、宙を流れていたワイヤーがオブリビオンの細い首に巻き付こうとした。
 だがそれと同時にオブリビオンは脚部のレシプロめいた飛行装置を振り上げてワイヤーを弾き、雪音から距離を取ろうと錐揉みして高度を下げた。
 鋭い碧眼と紅眼が交差する。
 時間の流れが元に戻ったかのように。瞬く間に轟音と風を切り裂く音が連続した後に一瞬でオブリビオンと雪音が入れ替わった事で、カウンターの炎を放とうとしたウタが慌てて焔摩天を背後に振り抜いて軌道を逸らす。
 次いで、後から遅れて聴こえた雪音の言葉を瞬時に理解した彼は視線を巡らせ――炎の翼を羽ばたかせて一度雪音を追い越した後、爆炎の噴出による急制動をかけながら振り上げた焔摩天の刀身に彼女を乗せ、下方に打ち下ろした。
 加減してはいるものの、剣先に掛かる圧は音速のそれである。
 だというのに雪音の華奢な体躯は難なく対応して見せた。しなやかに全身を使い衝撃を流して、跳躍力を巧く高めている。
「チィ……! 速いッ」
 個人で航空戦力と張り合えるなど、規格外に過ぎる。加えて咄嗟の連携力が異常な事にもオブリビオンは驚愕していた。
 高度を落としながら、オブリビオンは無数の戦闘機の霊体達へ閉口したまま指示を飛ばした。
 猛烈な轟音と共に上空へ高度を上げていた編隊からの支援砲撃がオブリビオンの周囲を埋め尽くした。それは地上への牽制でもある。
(狙撃者はこれで暫しは手を止めるだろう。空での戦いならばこちらに分がある……この隙に先程の娘共々ここで落とす!)
 ガンポッドを構え直したオブリビオンが視界を空へ向ける。砲撃を上手く捌き、空気を切り裂くように雪音が一直線に降下して来るのが見えた。
 大口径の銃弾がガンポッドから殺到する。通常の肉体ならバラバラになりそうな反動をものともせずに雪音に向けて射撃するオブリビオンは、眼前の白虎が数発砲撃を弾き返し、受け流した所で我に返った。
「随分――及び腰じゃねえか」
 不敵な声が降って来る。
 オブリビオンの視界端を通過した赤い砲弾。血肉の翼を畳み降下したレイがオブリビオンの背後を取っていた。
 驚愕に歪む顔のままオブリビオンが振り返り様にロケットランチャーを虚空から放つ。弾幕の中を潜り抜けて来たレイに意識を逸らした隙を衝いて、雪音が再びオブリビオンに肉薄する。
「……容易に捉えるにはあまりに速い速度です。されど私の一撃を避けるも、私に一撃を当てるも易くは無し」
「貴様……!」
 下方で爆発が巻き起こる刹那、頭上からの踵落としをガンポッドで受けたオブリビオンが一気に高度を下げる。
 ひしゃげた黒鉄を一瞥し、投げ捨てる。しかし直ぐに新たな武装を虚空から掴み取ったオブリビオンは脚部の飛行装置を駆動させ、反動で宙に浮いていた雪音めがけ音速で突撃した。
 爆裂が大気を叩く。
 突き出された砲口を受け流した雪音がガンポッドの銃身を絡め取るかの様に体術で打ちながらオブリビオンの懐に滑り込む。僅かな動きと勁打のみで滑り込む動き、更に銃身を通してガンポッドを掴んでいた腕が強烈な痺れを訴えた事に金髪碧眼の女の表情が大いに歪んだ。
 だが驚愕しながらも、想定内だと言わんばかりに携行型機銃を背から片手で振り抜いたオブリビオンが迎撃した。雪音はそれを紙一重で躱しながら。刹那に放った掌底がオブリビオンを錐揉みさせて吹き飛ばし、両者に距離が開く。
 黒いタール状の液体が散り舞う。
 散る黒液の向こうでオブリビオンは口角を歪に上げ、両肩部に携えたロケットランチャーを雪音に向けていた。
 そして捉えたと、確信を籠めて弾頭を放ち――直後に飛来した火線がそれらを貫いた事で巻き起こった誘爆にオブリビオンが飲まれた。
「~~~~ッッ……!?」
 オブリビオンは何が起きたのか分からず、爆風によって吹き飛ばされながら体勢を立て直そうとした。
 空を駆ける同胞達。オブリビオンが名乗る『第87航空団』のかつての姿を模した霊が黒い靄と共に砲撃を辺り一帯にばら撒いた。だがしかし、未だ紅蓮の中から脱していないオブリビオンの耳に聴こえて来る筈の機銃掃射の音色が届かない。
 幾度と錐揉みさせ、回転しながら体勢を漸く立て直したその時には。オブリビオンを鎖の音が包囲していた。
「なんだ……これは」
 思わず口を衝いて出た言葉。
 オブリビオンの半径数百メートルを囲むように展開されたそれは、数多の電流の鎖だ。しかしそれらは虚空に伸びているのではなく。虚実めいた鎖の音を掻き鳴らし、無数の戦闘機たちを捉えて繋ぎ合わせ、無理矢理に軌道を変えられた事で互いが互いを引っ張り合いながら衛星軌道の如くオブリビオンの周囲を回っていたのだ。
「貴様等ッ! よくも私の部下を……!!」
 見れば見るほど、破壊もされずに拘束されているその様に怒りを覚えたオブリビオンが激昂する。
 しかし構えたガンポッドの砲口を遮るように、正面へ眩い閃光が降り立った。
「アンタたちにも過去があるんだろう」
 先のロケットランチャーを狙い澄まして炎の斬撃で打ち落とした、ウタだった。
「けどオンセンの人達だってそうだ……みんな、守りたい過去と未来がある! みんなを守るため、アンタを倒す!」
 ウタの全身が獄炎に包まれる。
 背から伸びた金色の焔は次第に収束し、さらに加速した彼は背面に黄金の軌跡を残してオブリビオンに向かい突撃した。ガンポッドから高威力の砲弾が撒かれても、正面から叩きつけられる弾幕を薙ぎ払い、焼き尽くしながら。衝撃波を散らしてすれ違い様にウタは金髪碧眼の女に焔摩天を一閃させた。
 その瞬間――黄金の軌跡と交差するように、黒い霧が尾を引いて揺れた。

●――虚空の果て――
 紅蓮と鮮血が十字を切って交差する。
 眩い金色の焔がオブリビオンのガンポッドを破壊し、昏い紫電の奔流がロケットランチャーの弾頭を誘爆させる。
 タール状の黒液を散らしながら宙で弾んだ金髪碧眼の女の躰目掛け、数多の残像を空中に残しながら白虎が襲い掛かる。
(こ、こいつらは……)
 凄まじい速度で織り成される連携攻撃、紙一重で躱し続けるにも限度があった。
 痛みさえ遅延して訪れる程の高速戦闘の狭間でオブリビオンは喉笛を五指で抉られているのに気付き戦慄する。そして今になって相手が何者であるかを思考するのだ。
「私を墜とすが先か、貴女が堕ちるが先か――貴女の過去を、阻ませて頂きます」
「……ッ!!」
 首を抑えながら背部から二挺の機関砲を顕現させたオブリビオンは声のする方へ目を向け絶句する。
 飛行手段を持たない雪音は敵の喉を抉り穿った後、そのまま軌道上にあった電流の鎖に拘束された戦闘機を足場にして他の機体へと飛び移り。氷柱芯を使い三次元機動を描いて。ウタが再度の突撃を見舞った機に乗じてオブリビオンへ攻撃を加えていたのだ。
 機関砲を揺らし、衝撃と熱波によって吹き飛んでいたオブリビオンが焦げた袖を一閃させて腕部から提げる様に顕現させた一基の21cmロケットランチャーを放とうとする。
 刹那、オブリビオンの腕に絡み付く白い影。
 碧眼が驚愕に見開いたその刹那、遥かな高みから降下して来たレイがオブリビオンの真横で爆炎を生じさせる。ウタを追走するように虚空から新たに現れていた戦闘機の幻影を両拳で叩き潰し、追って降り注いだ雷が頭上の拘束を受けていない他機体を次々に撃墜していたのだ。
「ぐ……ッ!?」
 オブリビオンの腕が軋み、跳ね上がる。絡み付いた雪音の手足が怪力を以て圧し折ろうとするのに耐える金髪碧眼の女は、アラタに狙撃されていた時とは人が変わったかのような闘争心の下に抗っていた。
(察するに、オレ達猟兵との因果に "引っ張られた" か――)
 オブリビオンは時に、猟兵を前にした際に生じる衝動が強い者が存在する。
 レイは目の前の敵がその手合いだと判断すると、血肉で織り成した翼を戦闘機の翼さながらに広げて片目に宿る金の瞳を鋭いものに一変させた。
 暴力的、あるいは其の身に残っていた意識が破壊衝動に傾いたオブリビオンは猟兵がいなくなった後どうなるか。その答えは『猟兵が来なかった場合』をグリモア猟兵たちが幾度と見ている。
 ここで一歩でも退けば――先に犠牲となるのは地下拠点【オンセン】の存在だ。
「あんなのはまだ可愛いもんだ」
 レイが念押ししなければ、来るべき日にあの拠点は何もせず。知らぬ間に世界から消失していたに違いない。
 だがそんなどうしようもない弱さをレイは許容する、それが荒野で生きてきた者の持つ強さだと証明するように。ただ強いだけでこの世界はとっくに嵐の中に消えていたと語るように。
 オブリビオンが操ったのだろう特攻して来た戦闘機の機首を、レイは正面から両腕で受け止め抱き潰し、血肉の翼で大気を打って身を捻りながら振り回し投げ放った。
「ッ!? ――ッぎ、ウアァァッ……!!」
 飛来した戦闘機の残骸が脚部の飛行装置を掠め、火花が散ったのと同時にオブリビオンからガンポッドを携えた右腕が飛んだ。
 隙を見て関節を極め、全身を使い腕を捩じ切った雪音はそのまま袖から忍ばせた氷柱芯でオブリビオンの体を捉え、絶叫するその喉元に手刀と貫手を交互に繰り出した。
(……上!)
 首を打ち、次いで貫こうとした雪音は全身を駆け巡った危険信号に応じてその場から氷柱芯と共に身を翻して脱する。
 ゴウン、という重低音が空に響き渡った。
 上空から編隊を組んだ戦闘機群が砲撃を行いながら突っ込んで来たのだ。
 腕を失ったオブリビオンが崩れた体勢のまま速度を上げる。
 他の戦闘機と異なり音速を越える飛行を可能とした脚部のレシプロめいた装置が激しく駆動し、宙に螺旋を残し轟音を響かせる。しかしそれを、レイとウタの二人が左右から挟む様に並走した。
 オブリビオンの千切れた腕が、瞬く間に黒い霧から再生する。同時に、薄らと浮かび上がった幻影が金髪碧眼の隣で敬礼をして霧散する。
 レイから伸びて展開されていた電流の鎖で拘束した戦闘機の包囲網から脱したオブリビオンが、ガクンと速度を落として後ろに流れた。
 同時に無数の戦闘機の霊体を虚空から喚び出して弾幕を張りながら、両肩に担いだミサイルを射出して跳ね上がるように高度を上げる。念動力と紫電のオーラを重ねて砲弾を防いだレイが翼を羽ばたかせ、オブリビオンを追いながら奔る電撃と"掴んだ弾"を投げ返すようにして複数の戦闘機の霊体を消し飛ばす。
 電撃の合間を縫う様に高速で飛翔したウタが焔摩天を超大な刀身へ変化させ、巨大な一太刀の下に戦闘機を叩き落とし。背中から伸びた金色の炎翼を瞬かせる事で小さな火球を空中に撒いてミサイルを誘爆させ、不意を打つ様に頭上から迫っていた戦闘機からの砲撃を背から飛び立たせた【迦楼羅】に攪乱させる事で射線を逸らして回避する。
 紅蓮と紫電が黒鳥を追う。
 ウタが追い付く。追い付いた彼をオブリビオンはローリングからの砲撃で撃ち下ろすが、下方から乱立したレイの電撃が精度を下げ、思う様にウタへダメージが入らない。舌打ちひとつ、次いでオブリビオンの体が脚部を振り回すように錐揉みして急降下する。
 急制動をものともしないオブリビオンに対し、僅かながら慣性を殺し切れなかったウタが無理矢理に獄炎を放出させながら反転して焔摩天を切り上げる。
 紅蓮の渦が空に一筋の火線を描く。
 空気を焼き、強烈な気流の乱れを生んだ事でオブリビオンが脚部の装置に引き摺られるように体勢を崩した。
「……!!」
 口を開く間もない時の狭間で、オブリビオンは自らの僚機が火を噴いて落とされているのを垣間見る。
 無数の機銃が空で飛び交い。しかしその砲口はどう見てもウタやレイに向いたモノではない。
 それはアラタがオブリビオンの機銃掃射を回避した時や、追加戦力の存在を雪音が事前に察知したものと同じ現象だ。音や光のみならず、空気の振動や全身で感じ取った場の『流れ』を読み取る事で回避する。勘や第六感の類である。
 嫌な予感に従い全力で高度と飛行速度を上げようとするオブリビオンを、血肉の翼を広げて追って来たレイから一本の鎖が放たれた。
 ジャララ、という風を切って伸びてきた一本の蜘蛛糸をオブリビオンは難なく躱す。だがその白銀の鎖が、宙に固定されたものだと気付いてから予感が的中する。
 追い越した鎖の上に残像が映る。
 白雪の如き儚さを纏いながらも、獰猛な虎の如く駆ける少女の姿――雪音だ。

「なァ……ッ――――!?」
 高度数百に達した中での高速戦闘下において、よもや航空機が"背後"を取られるなどと。信じ難い事態にオブリビオンが思考を停止させる。油断など無かったのだ、もはや雪音はオブリビオンにとってかつてない程の脅威であり、明確に天敵とも呼べるほどの厄介さを身に刻まれていた。
 振り向かずに薙ぎ払われたガンポッドを掌底で打ち上げ、白虎が如き白雪の尾をオブリビオンの胸元へ添えた直後に後ろ蹴りを鳩尾に叩きつけた雪音が舞う。
 何もかもが "ブレる" 。
 音を置き去りにしているが故に発する衝撃が空中に散って。脚部の飛行装置をフルに回転させたオブリビオンが放物線を描いて爆発的に加速する。
 金髪碧眼の女の顔に脂汗が浮かぶ。
 ぶらりと垂れ下がった左腕。咄嗟に取り出したロケットランチャーを放とうとしたオブリビオンの腕は、雪音が蹴り足で打った後に肘鉄と挟んで叩き折られていたのだ。
 ダメージの回復に伴う疲労感はただ体力を消耗しているのとは違う。外観こそ治癒している様に見えても、オブリビオンの内に巡っていた生命力は確かに失われていた。
 武器など持たぬ少女に折られかけた自己に気付いたオブリビオンが逆上する。
(……私はこんな、醜態を、何故! なぜ!!)
 自分はあらゆる武装を駆使している。
 だが空戦速度は致命的なダメージを避けようとすればするほどに鈍くなり、武装も次々に破壊され無力化されていた。僚機に次ぐ味方機はことごとくが捕らわれ、破壊され、他空域からの救援の望みは絶望的だ。
 その事実はオブリビオンの内に怒りとは別の感情を湧き立たせる。
(フューラー閣下……)
 体をくの字に折って吹き飛んだオブリビオンの脳裏を過ぎるのは、顔も思い出せない敬愛する司令官の姿だ。
 ――だがそれだけではない。
 吹き飛ぶ彼女の横を通り過ぎる、潰された戦闘機の残骸の一部に映り込んだ姿だ。
 金髪の碧眼。
 ともすれば、どこにでもいるような女。
(……私は……なぜ女に?)
 違う、とオブリビオンは刹那に流れる空白の中で否定する。
(なぜ……『彼女』に……)
 古い記憶を探る内に辿り着いたのは、かつて"彼"が愛した女性の姿だった。
 彼等は共に国防軍として混沌の世を戦い抜いた戦友であり、『最高司令官殿』が逝って全てが終わった後も手を取り合い、肩を並べ、最期まで連れ添い続けた生涯の伴侶だ。
 しかしそれは、終わった事。遠い遠い過去の話。
 全ては旧時代より更に古き世界に生きた者の、通り過ぎた夢幻に過ぎない。

 ――紅蓮の光が咲き乱れる上空。
 その異常事態に気付いたのは、他ならぬ戦闘機を拘束していたレイだった。
(爆発? だが自爆じゃねえ、となると考えられるのは……)
 レイは自らの所有する聖遺物【枷】によって拘束できた感触から戦闘機が霊体の類であると知っていた……もっともそれは、物理が効く時点で注視する事でもなかったのだが。
 しかしウタと共にオブリビオンに追撃しようとしたレイは背後で起きている事象について高速で思考を巡らせた。この追い詰められた状況下、敵が取る最善策は何かである。
 その答えはすぐに"来た"。
 けたたましい轟音。夥しい数のレシプロエンジンらしき音を奏でるそれらは、まさしくオブリビオンの喚んだ援軍だった。
 虚空より来訪した無数の飛行機は、それぞれが尾翼や機体に卍型のようなエンブレムを刻まれていた。
(数は……先の消えた者等と同じ。見映えこそ違えど彼女の召喚した眷属に違いないのでしょう)
(……オレを見ているな。足場代わりにされるのは御免ってところか)
(本体――オブリビオンを直接叩けば戦闘機の動きは大した事ない。ここで決める!)
 先にオブリビオンへ肉薄したのはウタだった。
 爆炎によるスラスターで勢いをありったけ乗せた大焔摩天による一撃。大気を震わす熱量を纏った紅蓮の光刃は剣圧もさることながら、凄まじい気流の乱れをその場に撒き散らして一閃されたのだ。
 鋭い、空気の両断された風切り音が鳴り響く。
 数瞬の遅れから次いで巻き起こる暴風の最中、ウタの側面を細い腕が黒液と共に舞っていた。
(回避を捨てて自分から当たりに来たのか……!)
 ――肩口から腕を切り落とされながらもウタに至近でガンポッドを突きつけ、大口径の砲弾をオブリビオンが浴びせる。

『――――【   】――――』
 ウタが防御姿勢を取ったのと同時、夜空に暗い血潮が飛沫を上げた。
 ただ……同時。刹那に囁くような歌声が鳴る。

「約束ってのはそう易々と破るもんじゃあない。あんたもよく知ってるだろうが」
 脇腹と腹部に風穴を開けた姿のまま、淡々と言い除けたのはレイだ。ウタに追いついた彼は血肉の翼をそれまでより厚みを増し、熱い血を巡らせて胎動させながら胸部から激しいエネルギーを奔らせていた。
 金色の炎が吹き荒れる。
 レイに感謝の念を送りながら宙を滑ったウタは横薙ぎに紅蓮の光刃を一閃させた。ガンポッドを切り飛ばしたものの、炭化した切断面を抑えながらオブリビオンは下降して直撃を避けている。
 不死鳥が如き嘶きと共に、夜天を落雷めいた轟音が走る。
(取り巻きが思ったよりもしつこい……!)
 後から召喚された無数の戦闘機群が編隊も組まずに戦域に殺到していたのだ。ウタはそれら特攻を躱し、斬りつけて撃墜しながら。時折放たれるロケットランチャーやミサイルといった弾頭を背部の炎翼から瞬かせた火球をフレアにして防ぎ、飛翔する。
 金色の輝きが増すウタとは対照的にレイが紅雷を纏って急降下する。
 まるで守護するようにレイを囲う無数の戦闘機。しかしいずれも追いつけず、一直線に赤き光線と化した彼はオブリビオンに到達する。
「今こそ私が勝つ、来い " 猟兵 " ァッ!!」
 ノイズ混じりの声が辺りに響き渡る。
 絶叫めいたその声にレイは冷淡な声を返す。自らの負った傷を新たに生成された血肉で埋め、満たしながら。
「……勝ち負けで変えられるほど、易しい世界じゃ無えんだよ」
 先の『歌声』めいたそれが何なのかは彼だけが知っていた。
 あれは祈りだ。救世を祈る女の声は遠く、ただそれが木霊するようにレイの身に浸透して宿す【Vエンジン】の出力を限界突破させていた。
 ――勝負で片せるならどれだけ易いものか、それで弱肉強食を覆すことが出来るものか。
 溢れ出る魂の衝動を具現するかのようにレイの全身をエネルギーの奔流が駆け巡る。循環し、消失した部位を満たして、砲撃によって風穴の空いていた傷口が塞がって更なる力が湧き上がる。
「ッ……ヅァああああああああ!!!」
 咆哮と共にオブリビオンが、落下速度に上乗せする形で脚部の飛行装置を駆動させて加速する。同時、両肩部とそのすぐ脇下から生やした二対の機関砲が火を噴く。
 クイックドロウじみた顕現射撃はでたらめながらに強力だ。至近ゆえに、レイの強靭な肉体は瞬く間に血飛沫と共に原形を失いそうになっていた。
 だがしかし。
 レイの肉体が爆ぜ飛ぶかと思われた直後、彼の胸板一枚の下から奔った莫大な電流が弾幕を一時退けたのである。
 鼻先まで掠めるその紫電の圧に気圧されたオブリビオンが呼吸を止める。そして彼女の眼前でレイは数瞬前と同じく健在な姿で拳を握り締め、血肉の翼が弁を枯らした花の如く六つ又に分かれた姿へ変貌し、内から湧き出すエネルギーと衝動を吐き出して急加速していた。
「もう一度さっきのが言えるか? ……根比べにさえ負けるてめえが」
「~~~~ッ……!!」
 振り抜かれた拳を二対のガンポッドで受け止めたオブリビオンが、しかし桁違いな破壊を経て胸部に鉄槌を受けた。
 夜に光が奔る。
 貫かれたオブリビオンは、今度こそ地に叩き落とされたのだ。

 眼下で眩い閃光が走ったのを雪音は見ていた。
 無数の戦闘機の突撃による足止めを喰らいながら。返す刃の如く鋭い洗練された拳舞によって彼女は幾つも戦闘機を落としていた。
(……墜ちましたか)
 霊体達が完全に消えぬ事から、雪音は未だオブリビオンが海に還っていない事を察する。
 けれど、彼女はずっと夜天を駆け飛びながら知っていた。地上から射貫く様な眼差しを向けていた人物のことを。
「お任せしましょう」
 誰とも知れず呟いたその言葉を最後に雪音は、立っていた戦闘機の真上から急降下砲撃を見舞って来た霊体を神速の蹴り上げで両断して、宙に身を躍らせるのだった。

 ――濛々と立ち昇る粉塵。
 レイによって叩き落とされたオブリビオンは全身ボロボロだった。両腕は千切れ飛び、それを補う生命力を使い果たしたのか、あるいはユーベルコードの条件を満たしきれずに失敗しているのか。朧気な影の手指を伸ばす事が限界の様を晒している。
 焼け焦げた顔の半分は黒い靄で覆われている。自己の存在を維持できずに消えかけ、朽ちかけた自らをどうにか寄り集めたような状態だった。
 脚部のレシプロは片方が破壊されていた。
 これは、レイによるものではない。オブリビオンはフラつく脚を宙に持ち上げると、片足の動力だけで浮いた。
 夥しい量のタール状の黒液がオブリビオンの胸部から流れ落ちる。
「……不可解な点は幾つもあった。それらの内に貴様の所業も含まれているのだろうな」
「ああ、そうだ」
 クレーターの中から飛び出したオブリビオンの視線と、銃口が交差する。
 待ち構えていたのはアラタだ。アラタは肩に歩兵狙撃銃を担いで、今オブリビオンに向けているのは【九六式軽機関銃】である。
 レイに叩き落とされたオブリビオンは咄嗟に空中で軌道の操作と衝撃の吸収をすべく、脚部のレシプロを使ってどうにか持ち直そうと試みていた。だがそれらは成されず。原因はレイの拳を受けた瞬間に地上から飛来した6.5mm弾による狙撃だ。
 たった一射。しかも高度数百の中で行われていた高速戦闘の最中を狙い澄まして。
 驚きはしないが、アラタもまたオブリビオンにとって相応に厄介な存在だった。高速戦闘の最中に飛来する弾丸を一々見極められる筈もない、それこそ極限まで研ぎ澄ませた武術の使い手でもない限り。
 地上へ空爆でもしておけばこうはならなかっただろう。
「……それをしても成功するとは思えんがな」
 自嘲気味に笑ってそう言ったオブリビオンは、フラリと姿勢を崩したように横回転した。
 瞬間、粉塵の薄い膜を二方向から破って大口径の銃弾の嵐が巻き起こる。
 アラタが姿勢を低くして駆け抜け、前方に九六式軽機関銃を撃ちながら片手を振り抜く。対するオブリビオンもまた空戦時には使っていなかった軽量の機関砲を顕現させ、その砲口から一切の躊躇なく火を噴かせている。横回転しながら地表スレスレの低空を滑るようにホバー移動でアラタの銃撃を躱し、カウンターの砲撃を浴びせようとしていた。
 クレーター地帯を抉り穿つ砲撃の嵐。アラタはその中を力強いステップから側転することで回避し、次いで肩に担いでいた歩兵狙撃銃を取り回して構えた。
「……!」
 機関砲の砲口が跳ね上がった。
 オブリビオンがそちらへ目を向ければ、砲口を下から貫くように銃剣が刺さっていた。アラタが銃撃の隙に射し込み投擲した物だった。
「地と死が貴様らを迎え入れる」
 ――射貫く。
 歩兵狙撃銃はアラタの狙い澄ました先を寸分違わず貫き破った。オブリビオンはまだ活きていた脚部のレシプロを遂に破壊されてしまい、慣性のままに横滑りして吹き飛んで地を激しく転がって行った。
 金髪碧眼の女はその際に天を見上げた。
 月も出ていない夜天を舞う戦闘機達、それと交戦する紫電と紅蓮が幾重にも尾を引いて。ひとつふたつと、次々に戦闘機が撃墜されている。
 気がつけば、オブリビオンは味方機への指揮を完全に放棄していたのだ。
 空を駆ける鉄屑に何ができようものか。超常の存在に等しい猟兵を相手に、『彼等』は自らが指揮官と認めたオブリビオンを護るべく精一杯抗い続けていた。
 オブリビオンはその黒い靄がかった碧眼を見開いて涙した。自らを抱いた。
 これが戦場……自分はこの中で朽ちたかったのだと。ついに見つけた死に場所を大事そうに、朧気な両の腕で抱き締める様に。
「それが望みか」
 アラタは数十メートル転がったオブリビオンを追って、発見と同時に軽機関銃と拳銃の二丁で銃口を向けた。
 涙を流すオブリビオンに悲嘆の気はない。それが感涙の物であると知り、何となしに彼の口から問いかけるような言葉が漏れた。
 小さな嗚咽の音が暫し、轟音と雷鳴の響く夜天の下で続いた。
 答えはない。
 何の前兆もなくアラタの背後から現れた戦闘機が機首のレシプロを震わせ、突撃と同時に機銃を撃ちまくる。アラタは反射的に背後から突撃して来た戦闘機に向かって地を蹴り、滑り込みながら。軽機関銃を上向きに撃ち尽くす勢いで撃ち込んだ。
 装甲が爆ぜ飛び、機体下部に収納された機関砲やその後ろに内蔵されたタンクといった、あらゆる致命的箇所を全て撃ち抜かれた戦闘機はアラタが滑り抜けて数秒経ってから爆散した。
(いまのは……)
 砲弾を受けていたのか、大きく破れた外套を翻してアラタが起き上がりオブリビオンの方へ視線を回す。
 そして、微かに懐いた違和感を胸にしていた彼はその理由に気付いて足を止めた。
 あの戦闘機だけは無機質ながらに実体を持っていたのだ。霊体、あるいは異能の産物ではなかった。
 足を止めた先。
 オブリビオンが倒れていた筈の場所では、青い炎が棺を囲う花のように広がっていた。亡骸と見て取れる物は何一つ無く、ただ忽然と姿を消した事で釈然としない気持ちの悪さがアラタの中に生まれる。
 しかしそれも次第に薄れる――上空で続いていた戦闘が終わったからだ。

「……いつかまた、暁を見られたらいいな」

 瞬く紅蓮の光はウタのものではない、戦闘機の姿と化していた霊体が次々に消失する際に発される閃光だ。爆発音はなく、ただ "そこに在った" と知らせる為だけに起きる幻でしかないのだろう。
 戦いは終わった。
 だというのにアラタは天を仰ぎ、流れる静寂を居心地の悪いモノと感じてしまった。
 過去の海から来た『彼等』にせめて夜明けを見せてやれなかったからか、それとも別の理由があるのかはアラタ自身にも分からない。
(……)
 アラタは狙撃銃を担ぎ直し、それから仲間達が降りて来るのを待つ事にした。

 それはとても静かで。僅か数十秒の――夜に溶けるような時間だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




 湯気立つ中に猟兵達の姿はあった。
 ある者は入浴を拒んだり、蒸し風呂を選んだりしたものの。拠点から歓迎された彼等は帰還までの一時を思い思いに過ごす事にしていた。

 岩盤に囲われた中で循環するナノマシンや天然由来の成分が豊富な湯に浸かる、黒髪の猟兵はひどく馴染み深い感触に呆けた声を漏らす。
「……健全な宿があってよかったな」
 拠点代表のオーソンの言葉を彼は思い出す。
 確かに彼は豪遊を約束してくれたのだが、安全性まではアポカリプスヘルにおける基準相応になってしまう。そうなるともれなく後天的にヤバい体質になったり触手が生えたりしそうなケミカルドラッグましましの合成酒や、化学薬品を組み合わせて調合したアメーバ肉の霜降りなどのゲテモノのパレードを振る舞われるのである。
 加えて今までが今までといった拠点の閉鎖的な過去のせいで、拠点内の男女は殆どがその手の食物に手をつけている。
 そんな環境で娼館の類を訪れようものなら……。
(やめよう。気にしない。温泉気持ち良い)
 同じく入浴している猟兵達は一様に背筋が震えた。

 一方で、汗をひととおり流し終えた青年が一人。半身浴に丁度良い調整のされた縁側タイプの一画に腰を下ろしていた。
 天井には巨大なモニターが広がっており、旧時代から残る気象映像が流されていた。いまは名も知らぬ山と共に日の出の映像が映し出されているようだった。
「来てよかった」
 その湿気の比較的少ないスペースに落ち着いた青年が息を吐く。彼が最初に「温泉に入ってこうぜ」と誘ったのがきっかけだったのだ。
 体には少なからず傷もあったが、もう既に治癒しきっている。
 疲労を回復させながら、青年は持ち込んだ自前の楽器で旋律を奏で始めた。
「……海ならきっと一人じゃないぜ」
 戦いが終わった後、彼はオブリビオンの最期を垣間見た。
 あの荒野で空を舞いながら戦った一時、敵は大勢に思えた。だが、実際はたった独りで猟兵達と戦っていたのだろう。地上に青年が降りた時に見た青い焔は彼の持つ熱いものと違って、寂しい揺らめきを見せていた。
 奏でる鎮魂歌はいつもと同じく。
 迷わぬ様に。ただ道標となるように、水面のような旋律を紡いでいた。

 人工的に循環する風は微かに湿気を帯びている。
 しかし偶然にも、どこかで奏でられた旋律がその風に乗って舞い込んで来たのを少女は白い尻尾を揺らして聞いていた。
 湯浴みを終えた彼女は普段より少し重く、けれど潤いを纏った白髪を掻き上げて。串に刺された甘味を口にした。
「見た目よりも甘いですね。何より弾むこれは……」
 餅米の類があるはずないと分かっていても舌が騙されそうになり、弾力に疑問を抱く。匂いと使用されている素材を見たところ、どちらかといえば蕎麦に近い物に糖を練り込んだ物だと少女は考えていたのだが。
 調理に遠心分離機なる機械を用いているからだろうか。
 ふむ、と。考えてもよく分からないが勘で害はないと判断した彼女はよく冷やされた水を飲んで、また一口食べ始めたのだった。

「も、もう行ってしまわれるので?」
「湯なら浸かった。アンタたちが誓いを破りでもしない限り、オレが留まる必要もねえだろう」
 地上への直通エレベーターに乗り込んだ精悍な白髪の猟兵にオーソンが歩み寄る。
 彼はついさっき、猟兵の前で外部への通信電波設定を変えた上で本格的に他所の拠点と連絡を取り合い始めたのだ。
 現在は他拠点の回答を待っている状態だが、そこは荒野における流儀として間を置かねば嘗められる事を危惧してだ。取引や交流の条件は友好的なものである以上、先遣隊として幾らかの奪還者が送られてから話は進む事だろう。
 オーソン達の新たな一歩を見届けた猟兵は右眼を下ろした白髪で隠すようにして、エレベーターの開閉ボタンに触れる。
「じゃあな……ところで、念のため聞くが」
「はい?」
 ボタンを押し込まずに止まった猟兵にオーソンが首を傾げる。猟兵はオーソンがなぜか冷や汗をダラダラ滝のように流しているのを見下ろしながら、何でもない事の様に言った。
「いや……縁があるならいずれ会うだろう」
「は、はぁ」

 エレベーターの扉が閉まる。
 ゴウン、と昇降機が動き出すのを感じながら猟兵は拠点【オンセン】に来た際に見た映像の男を思い出していた。
 聞けば、あの男は過去にグリモア猟兵が度々見かけているらしい。
 運が無い、というよりも。運が悪い方向に向いている男だった。
「いつかは今日の縁を、" ツイていた "、と言わせてやる」
 揺れるエレベーターの中で猟兵の呟いたそれは誰に対して言ったものなのか、それを知る者は彼自身だけだった。




             【バッドラック・コンバット】Fin.

最終結果:成功

完成日:2021年09月17日


挿絵イラスト