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長雨の訃~OとY~

#サクラミラージュ #紫陽花列車は、今日もあの停車場から発つのだろう。

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#サクラミラージュ
#紫陽花列車は、今日もあの停車場から発つのだろう。


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●とある本の一頁
 汽車の出発まで二時間近くあった。腹も空いたことだし、小雨だが一寸歩いてこようと停車場から離れた私を、人混みから見つけてくれたのはO君だ。
「やあY君。小説の具合はどうだね?」
 O君が片頬を上げて問う。私の様子から察しているだろうに、聞かずにおれない辺りがなんとも彼らしい。何せこの時の私は肩を窄めて歩く、顔の青い病人めいたなりをしていた。建ち並ぶ店の硝子窓がご丁寧に教えてくれたお陰で、予め知ることができた。
 だからこそ素直に参っていると答えるのも躊躇われ、私は鼻を鳴らす。
「渋りがちな筆を叱りつけるのに飽きて、休ませてるところだ」
「そうか、なら旅をしよう。もうじき沿線に紫陽花が咲き誇るんだ」
「正にこれから旅立とうとしてたんだが」
 提げた鞄をわざとらしく持ち上げてみせると、O君がまじろぐ。
「満開にはまだ早いぞ、今日は止したまえ。来週が良い」
「君は煩悶する私より紫陽花の肩を持つのか」
 粘りつくように彼を見るも、当人は平然とした顔で、そうとも、と言いきった。
「燃ゆる心を筆に上すのに、苦悩は必須だろう? さあ旅行鞄なぞ放したまえ」
 非難したその唇で楽しげな音を結びながら、彼は私から荷物を奪い取る。
 かれこれ三時間、私はO君の旅行計画に付き合い街中を逍遥するはめになった。
 いつしか冷えきった原稿紙のことも忘れ、私の気持ちもまだ見ぬ紫陽花列車へと吸い込まれる。旅への期待が満ちる頃になって、私たちは家路につくこととなった。
「僕は途中の停車場で乗るつもりさ。だから君にはいい席を取っといてもらおう」
 別れ際、O君が投げてきた鞄と言葉に私はぎょっとする。
「冗談だろ、君ほど乗り慣れてない私に、紫陽花の見やすい席なんて分からないぞ」
「いいんだY君、君が『良い』と思う席にいてくれれば」
 片目を閉じて悪戯っぽく笑う彼に、私は戸惑うばかりだ。
「そしたら僕が君を探し出す。でも窓は開けないでくれたまえよ、座席が濡れては事だ」
 からからと笑って、O君はやおら手を振った。
「じゃあまた当日に」
「ああ、また当日に」

 ――結局、一度も紫陽花列車に乗ることはなかった。
 長雨続きで風邪を引いたとの葉書を受け取って間もなく、君は帰らぬ人となったから。
 どうしてあの葉書を受け取ってすぐ、君に会いに行かなかったのだろう。
 風邪など珍しくもないからか?
 薬は苦くて嫌だと書いたときの彼を想像し、思わず笑ってしまったからか?
 締め切りが近くて、家を離れられなかったからか?
 自分のことも理解できぬまま、私はあの日の街中を通って停車場を目指す。
 幻朧桜は今日も美しく、空へ捺すように咲いていた。
 きっと沿線の紫陽花たちも、今頃。

●グリモアベースにて
「願いの道半ばで影朧が消えちゃわないよう、助けてあげてほしいの」
 ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)は静かに話し出す。
 果たせなかったことへの執着が、今の影朧を支えていると彼女は告げた。
「その願いを果たせば、影朧は禍根も残さず消滅してくれるわ」
 本来、人々を脅かす影朧は即座に斬るもの。しかし害を為す可能性が限りなく低いのであれば、帝都桜學府の方針に沿って『救済』を目指すべきだろう。
 今回の影朧はその『無害に近い存在』だ。
「いろんな文豪の情念が入り混ざった影朧よ。比良野・𠮷行と名乗ってるみたい」
 便宜上の名だと捉えておくのがいいかもしれないと、ホーラは付け足した。影朧ゆえにか精神も不安定だ。そもそも影朧は、傷ついた想いを礎に生じるオブリビオン。不安定なのも当然だが、ここで一つ懸念があった。
「他の影朧と比べて、もう既に弱ってるの。多分、長くはもたないわ」
 時間はかけられない。
 だから急ぎ彼を倒して落ち着かせ、願いのために動いてもらう必要がある。
「彼、今はまだ郊外にいるの。中央駅へ向かおうとしてるわ。列車に乗るつもりね」
 多くの人が行き交う駅の周りは特に、パニックが起きやすい。中には、影朧である彼を追い払おうと強硬手段に出る者もいるだろう。
 ホーラがここまで話せば、猟兵たちもなるほどと顎を引く。
 つまり、彼が無事に駅へ辿りつき、列車へ乗るその手伝いをするのが今回の任務だ。
 ここでホーラは猟兵たちへ、徐に古びた冊子を差し出した。
 どうやら随筆集らしい。著名な文士は一人もいない、無名の同人誌だ。
「梅雨の時期、街を通って駅へ向かう状況。このページがヒントになるかもと思って」
 それだけ言うと、ホーラは話題を列車へと切り替える。
「車窓から見える紫陽花が綺麗なの。観賞用の食堂付き列車まであるのよっ」
 せっかくだから影朧に付き合うついでに、堪能してくるのもいいかもしれない。
 ホーラはそう微笑んで、転送の準備に取り掛かった。


棟方ろか
 お世話になっております。棟方ろかです。
 長雨の訃(しらせ)をお届け致します。
 一章がボス戦、二章は冒険、三章では日常。
 全体的にしんみりした雰囲気となるかと思われます。

●一章(ボス戦)について
 舞台は街の外れ。
 民家がぽつぽつと並び、舗装もされていない道が伸びる長閑な一帯。
 特に遠慮はいらないので、影朧を倒してあげてください。

●二章(冒険)について
 倒れて落ち着いた影朧は、停車場(駅)へ向かいます。
 ここでは『影朧の消滅を防ぐ』のが主目的です。
 影朧が『あの日のように』日常風景の中を歩いて駅へ辿り着けるよう、人々に協力してもらうなり、対策するなりしましょう。

●三章(日常)について
 沿線の紫陽花行列を観賞しながら、列車旅と参りましょう。
 バーもある食堂車では、紫陽花をモチーフにした食事などもいただけます。
 影朧は『果たせなかったことを叶える』ために乗車します。
 思うところがございましたら、声をかけてあげてください。
 何か体験談がございましたら、話してあげてください。
 いただいた言葉や体験は、消えゆく影朧の癒しとなるかもしれませんから。

 それでは、そぼ降る雨の下、よいひとときをお過ごしください。
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第1章 ボス戦 『大文豪『比良野・𠮷行』』

POW   :    死ぬほど死んだ、死ぬまで死んだ。
【うらみつらみ 】を籠めた【首吊り用の縄】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【口から吐き出される言葉】のみを攻撃する。
SPD   :    どうしてお前だけが評価されるんだ。
非戦闘行為に没頭している間、自身の【内の文豪たちの無念や憎しみを綴った作品 】が【実体を持った言葉の壁となり】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
WIZ   :    僕たちは評価されなかった有象無象だ。
対象への質問と共に、【身の内の文豪たちの著作 】から【有象無象の登場人物】を召喚する。満足な答えを得るまで、有象無象の登場人物は対象を【周囲にあるもの】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は比良野・靖行です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レザリア・アドニス
悔やみの気持ちを持ったまま逝っていくのならば…
確かにかわいそうですね
どこまで助けられるかはわからないけど、やってみます

アドリブ歓迎
鈴蘭の嵐を起こして、影朧を攻撃
時間をかけすぎないように、【全力魔法】で嵐を増幅
質問されたら答えてはみるけど、あまり気にせずに
私の答えは私の考えを反映するもの、貴方が満足するかどうか、そんなこと関係ないわ
登場人物も周囲にあるものも纏めて嵐に巻き込ませる
これは、私の答えなの

願いを果たせるよう、一度倒してあげるわ
願い……を、果たせるならいいね



 その男、影朧は町外れに姿を現した。
 土蔵造りの家が目立つこの通りへ、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)が舞い降りる。天からの使いのごとくふわりと裾を踊らせた彼女は、そうっと瞼を持ち上げた。居た、と呟くまでもなく、水を打ったように静かな路を乱すのは雨音と、かの影朧。
 怨嗟を垂らし、ぶつぶつと独りごちる男を前にレザリアは片腕をもたげた。
(悔やみの気持ちを持ったまま、虚しく逝くのならば……)
 巡る魔力を指先へ集わせると、彼女の滑らかな睫毛の紗幕も震える。
(確かに、かわいそうですね)
 暗澹たるかれの心境を思わせそうな影法師を、レザリアはじっと見つめた。文士が歩を運ぶたびに地へと滴る闇は、彼女もよく知っているもの。心身の根本まで蝕むぐらいに強く、厄介な暗さだ。だからこそ。
「……やってみます。どこまで助けられるかは、わからないけど」
 意欲を言の葉で模った。すると愚痴を零してばかりいた男のがらんどうな双眸が、彼女を捉える。
「やってやるんだ……売れて、名のある物書きに……」
 様々な文豪の情念で築かれた影朧は、正しく情念に基づいた嘆きを吐きだす。
 異様な光景の最中レザリアは鈴蘭の花嵐を起こし、かれの呟きへ耳を傾けた。
「花、そうか花。君よ、得も言われぬ光景だ」
 鈴蘭の花びらに包まれたまま男が語りかけてくる。しかし果たして何が見えているのか――気味悪さに、花を喚んだ当人は唇を引き結ぶ。
(足元も覚束ない、みたい……。あれでは、長くもたないどころか)
 滓かな希望すら、狂気に侵されかねない。
 ゆえに少女は、時間をかけぬようにと花吹雪の勢いを重ねに重ねていく。
(願い……を、果たせるならいいね)
 望みを燈らせた少女をよそに、影朧は自らを削ぐ花もものかはと笑みを浮かべ。
「君、花びらにこそ願いを乗せたくならないか?」
 質問とともにレザリアへ向かい出したのは、数多の小説から飛び出した登場人物。
 しかし彼らを、吹きやまぬ花弁が撥ねた。少女は己の呼び寄せた花で雨風を凌ぎながら、口を開く。湿った空気を含んだ声で、紡ぐのは。
「貴方の未来を削る花嵐に、私の願いは乗せない」
「そうか」
「これは、私の答えなの。貴方の考えには沿わない」
「……そうか」
 男は頷いた。残念がるでも苛立つでもなく、ただ、寂しげに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エルザ・メレディウス
アドリブや連携大歓迎です...!


随筆集の一項、読ませて頂きました。
Y様――O様――。
たったの一項に、お二人の悲哀に満ちた姿と若く情熱に満ちた姿が詰まっていてね、私は他のページにも目を通したくなってしまったの。

□戦闘□
あなたを消滅させるのが目的ではない。私の目的は、あなたと共に紫陽花列車へと向かうこと。

思っている以上に相手が弱っており、UCで完全に消滅させてしまう可能性がある場合は、白王煉獄は使用せずに、通常攻撃で戦います

お願い、聞いて――。
Y君とO君がついに見ることができなかった咲き誇る紫陽花の花を一緒に観に行きましょう?
あなたは、その美しさを誰よりも知り、そしてその風景に焦がれているはずよ



 エルザ・メレディウス(執政官・f19492)はかれの前へ立ち、随筆を思い起こして口を開く。
「読ませて頂きました……Y様、O様……」
 誰へでもなく紡いだ呼びかけで、文士の見目を模った影朧が顔をもたげる。聞こえているのか否か、恨めしげに窪んだまなこはエルザを捉えているようで、何も見ていなかった。それが苦しくて、エルザは胸の前で手を組む。
「今のあなたは……何を見ていらっしゃるのでしょうね……?」
 囁きが風に溶け、砂利を踏み締めるた音がエルザの耳朶を打つ。影朧の足音だ。
「苦しい、辛い……何故こんな気持ちに、誰がこんな」
 男は顔を手で覆い、涙も持たぬままうらみつらみを編んでいく。光を齎さない感情ばかりが、かの者を支配している。そうと解ってエルザは一振りに焔を宿した。
「お願い、聞いて。……あなたを消滅させるのが、私たちの目的ではないの」
 彼女が燈したのは、溢れてやまない情を浄める輝き。
 すると影朧は思わず瞠目した。
「そんな光で、そんな花で照らさないでくれ……ッ」
 懇願にも似た物言いで、男が縄を飛ばす。彼女の言葉や光輝を封じるために。
 だがエルザの火の花は、そのいびつな縄を焼き切って舞い、狂えるかれを鎮めるべく振るった一撃で鏤められた。途端に男がぐらつく。種々の文豪が飲み込んでは吐き、あるいは吐き出せずにいた怨嗟で生じた男は、炎の花による浄化を恐れて後退る。
 けれどエルザは、一瞬たりとも視線を逸らさない。
「たった一文、たった一言、たったの一頁……」
 どんな闇をも見通す黒の双眸で。どんな嘆きをも癒す声音で、かれを射抜く。
「……そこに、お二人の悲哀と情熱が満ちるのを……感じてしまったの」
 他も読みたくなったと所感を綴った彼女を前に、やめてくれ、と男が呻きだす。
「一緒に、観に行きましょう? ついぞ見ることの叶わなかった、咲き誇る紫陽花を」
「やめてくれ、知らぬ花だ、桃の紅と同じように。麦の青と同じように」
 かごとがましい声を出した影朧だが、エルザも引かない。
「あなたは、紫陽花の美しさを誰よりも知り、そして……その風景に誰よりも焦がれているはず」
「っ……君は容易く観に行けるのか、好いな」
 息をもつかせぬ勢いで連ねた言の葉が、文士の動きを停める。
「羨ましい。こっちは段々遠ざかるだけだというのに」
 かれはどうしてか寂しげに、笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

忍冬・氷鷺
そう成り果てる程には
充分足りうるものだったのだろうな
彼の人との、思い出は

今は理解出来ずともいい
今はその想いの侭に進むだけでいい
時は、待ってはくれぬからな
お前の願いを果たすために俺も力を貸そう

言葉を多く交わせぬならば、振るう一撃に思いを乗せて
加減はせず危険も痛みも顧みず
真っ直ぐに氷刃と太刀を振るう

後悔、未練
失くしたあとに生まれるもの
戻れぬ過去を偲ぶことの愛しさよ
無意味だと。嗤うものもいるだろう
だが思うことで続くものはある
思い続ける限り、記憶の中でずっと絆は生き続けるのだから
それを無意味だと俺は決して思わない

―お前はどう思う?
零れ落ちた言葉に答えは返らずとも
何か響くものがあれば良いと、願いながら



 飛び込まずにはいられなかった。
 敢え無くなった相手への想念が、今なお燻るのであろう情景に。
 そこは杉の絶え間から明るい緑が覗き、野趣に富んだ道。ぼたぼたと情念を落としてばかりの影朧が知る、どこかへと繋がる道。影朧に成り果てるのに足りうる想い出が、かれを歩かせているのだと忍冬・氷鷺(春喰・f09328)は肌身で感じた。感じたからこそ冴えた氷の刃を生み、撫でる。
(理解出来ずともいい。今は……)
 冷たい指先に熱意が燈った。
 心残りがかの者を成しているならば。憂い顔をさせているのなら。
(その想いの侭に、進むだけでいい。俺はただ、力になろう)
 氷鷺は願い持つ者の標となるべく、氷刃を放つ。
 煮えたぎる念に駆られた影朧が、彼から向かってくる意思を払い落とそうと腕をばたつかせた。それでも氷鷺の凍てるひとひらは、次から次へと影朧からの怨みを切り裂いていく。なのに留まるところを知らずに降る情念の雨、雨、雨。
 氷鷺も意識せず目許へ力を入れてしまうぐらいに、それは――。
(狂おしいと、言えるのだろう)
 胸裡に渦巻く流れを知りつつ、氷鷺は影朧を見据えた。
 精神を現実へと引き戻す氷に射られたからか、影朧が目をそばだてる。
「ああ、どうして、どうして君は、君までッ」
 不安定なかれの嘆きが縄となって、氷鷺にも届いた。
 けれど氷鷺は、柔い縄を裂き続ける氷結の名残を浴びながら、男に迫撃する。僅かに眉根を寄せながら。
(どうして君まで、か)
 失くした後に生まれる、後悔や未練。決して戻れぬひとときを書き留め、偲び、愛しいがゆえに綴っていく。それを生業としたかれらの人生では、恐らく嗤う者も珍しくなかっただろう。それでも想うのを止めなければ、記憶の中で生き続ける絆がある――そう、氷鷺自信が信じたくて、文豪の言葉へ耳を傾けてしまう。
 傾けつつも、飛んで来るうらみつらみの縄を切り捨てて、言葉を失わぬまま氷鷺が紡ぐ。
「時は、待ってはくれぬからな」
 過ぎ行く時の虚しさを、流れる時の影朧の元となった者たちはよく知っているだろうと問い掛けるように。端的な氷鷺の一言にさえ男は吐息を落とし、嘆いた。
 だから氷鷺も休まず一太刀を贈る。銀色に艶めく眼差しで、影朧を捉えて離さぬまま。
「お前は、どう思う?」
 この地へ飛び込んだときと同じように、彼は思うがまま刃で影朧の心を切り開く。
 ひくりと影朧の頬が震えた。欠いていた平静さを取り戻しつつあるかのように。
「……無意味だとは、俺は思わない。決して思えない」
 白刃に氷鷺が乗せた願いは、男の双眸を静かに濡らす。

大成功 🔵​🔵​🔵​

亞東・霧亥
お前がYの姿をしたOなのか、それともY本人かは今更どうでも良い。
そもそも、どちらも実在しない可能性まである。

無名の文士の無念の塊、未完の者共、有象無象の情念は、焼き尽くして天に還すのが相場と決まっている。

【UC】
籠めるのは浄炎の加護。

うらみつらみの首吊り縄、だが、俺の口から吐き出されるのは『破魔』と気高き『祈り』を籠めた不動明王の真言。
陳腐な怨み言など浄炎で消炭に。

『高速詠唱』で6発の弾丸に咒力を籠め『早業』で装填。
銃を構える『残像』で敵を包囲し、『クイックドロウ』で同時に心臓に6発撃ち込む。

「お前が何者でも構わん。為すべき事を成せ。」



 亞東・霧亥(夢幻の剣誓・f05789)がひとつ息を整える間にも、文士の影がふらつく。弱り切っている男は、嘆き、悲しみ、時に猟兵へ怨みを募らせながらも、やはり歩を運び続けた。やめないのだ。いつまでも。
(情念など、焼き尽くして天に還すのが相場と決まっている)
 だからか霧亥も瞬きする時間すら惜しみ、急ぐ。
 霧亥が踏み込んだ拍子に、焦れたのか影朧の歩みも早まった。逃げるのではなく、阻む存在となる霧亥を掻き消すために。
「侭ならぬ道行きだね、君」
 男から霧亥へと投げ掛けられたのは、些細な一言。
 まるで友へ語りかけるかのような気軽さで接してくるかれに、霧亥はしかし速さを緩めない。咒力こそが打開するための一歩だと、揺るぎなき意思で弾を装填する。していく間に無名の文士が展開したのは、無念ゆえに研ぎ澄まされた純一なる怨みだ。
「死して尚、思い通りにいかないものか」
 かれの吐いた言の葉が、長くしっかりした縄と化して霧亥を襲う。だが霧亥も黙って受けはしない。朽ちぬ魔の力を打ち破るため、首を締め付けるうらみつらみへ、やはり言葉で応じた。祈りを寄せた指先で、首もとへ根深い痕を刻もうとした怨嗟の縄を掻き切りながら。
「お前がYの姿をしたOなのか、それともY本人か……今更どうでも良い」
 霧亥の放った想いに、影朧が一驚する。
 構わず霧亥は、かれへ目線を投げる。心の根に巣くう影さえ見定められるかのような瞳で射抜かれては、影朧も身体を震わせずにいられなかった。次第に陳腐な恨み言の縄も、霧亥を苦しめ続けることなく消し炭となって。そんな男へ、霧亥は幾つもの影を残しながら、焼け付く銃口を突き出す。
 すると影朧は悲しげに口を開く。
「君よ、躊躇なく傷つけるのかい? 死の淵で焼かれ、死後にも焼かれたこの身を」
「違う」
 答えを、浄炎よりも烈しい熱を帯びて紡いだ。
「俺が撃つのは、その呪縛だけだ」
 呪縛、という響きを知らぬかのように影朧が首を傾けた。ああ、と霧亥は唇を引き結ぶ。
(それが呪縛であることさえ、今は判断がつかないのか)
 狂ってしまった情が、未完の者たちの魂が訳も分からず歩き続けているのなら――霧亥が銃爪を引く。かれの胸元へ、一先ずの安寧を届けるべく。まもなく六つの声が銃から翔け、開かれたかれ自身の胸に蔓延る影を粉砕する。
 やがて大文豪と称された男は膝をつく。胸を抑えたかれは徐に頭をもたげて漸く、霧亥という存在を知った。
「君は……いったい……」
「俺が何者だろうとお前を脅かさん。そしてお前が何者でも構わん」
 霧亥の一声に男がまじろぐ。
「為すべき事を成せ」
 最後に霧亥がそう告げれば、影朧の虚ろな眸にも僅かな光が宿った。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『はかない影朧、町を歩く』

POW   :    何か事件があった場合は、壁になって影朧を守る

SPD   :    先回りして町の人々に協力を要請するなど、移動が円滑に行えるように工夫する

WIZ   :    影朧と楽しい会話をするなどして、影朧に生きる希望を持ち続けさせる

👑7
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●OとY
「君よ、君は中央停車場を知っているかい?」
 雨音の中で平静さを取り戻した――というより猟兵たちの手で倒されることにより、冷静さで染めてもらった――文士は、相変わらず安眠を知らぬかのような虚ろなまなこで、猟兵へ問うた。
 停車場とかれが呼んでいるのは、街の中央駅だ。
 そう、正に随筆に記されていた通り、この時期になると紫陽花列車とも呼ばれる観光用の車両が走る、大きな駅。そして大きければ大きいほど、駅周辺には多くの人が集うもの。
 ここで問題になるのは、影朧が民にとって儚く悲しくも、恐ろしい存在である点だ。
 かれを目撃した途端、悲鳴をあげる者もあるだろう。かれを拒む言動は、かれの気持ちを追い詰めかねない。
 弱ったかれを追い払おうと、手にした荷や棒などを振り上げる者もあるだろう。好まれていない現実を突きつけられれば、僅かに残っていた望みが朽ちてしまうかもしれない。
 何せ民衆は、かれのことをひとつも知らないのだから。
「ああ、そうだ。あの先に……あるんだ。行かないと」
 弱々しい声で言いながら、影朧が顎で街中を示す。
 がやがやと賑やかな大通りへ差し掛かり、猟兵たちも街の雰囲気をよく理解した。
 中央駅へ至る通りには、百貨店や古書店、鞄を並べた小さな店から、文具を軒先に並べた雑貨店もある。
 帝都民にとっては当たり前の光景であり、どの店舗も古くからあるのだと影朧は言った。かれが、否、かれら文士がよく知る店ばかりだそうだ。無名の作家も憧れて足を運び、夢や希望の種をここで買い揃える。そして街を歩きながら、原稿を書き進めるための要素や栄養を得るのだという。
 著名な文豪を夢見た誰もが、こうして街を訪れた。
「思えば今は、持たざる者なのだな」
 影朧は自らの両手を眺めたのち、どこか寂しげに歩き出す。情念の他には荷物ひとつ持たないかれは、実に身軽だ。身軽であるがゆえ、踵が水溜まりを派手に踏もうとも構わず進んでいく。
 猟兵はそんなかれの道行きを守り、かれが『消滅』してしまわぬよう動く必要があった。民へ働きかけるもよし、影朧と語り合いうことで気を逸らすもよし。
 いずれにせよ影朧は、迷わず停車場へ向かうだろう。
 在りし日の、雨降る風景を想起しながら――あの停車場へ。
亞東・霧亥
注目をたくさん集めてみよう。

【UC】
近くの寂れた看板を大和撫子の看板娘に変化させる。

俺は威勢の良い商売人に『変装』し、路上に[ヒトをダメにする超でかクッション]を鎮座させ、道行く人を『大声』で『お誘い』したり『おびき寄せ』たりする。

「そこの道行く紳士淑女の皆々様!ここに鎮座まします、でかクッション、腰掛ければ3を数えぬ内に眠りこける優れ物。もしも眠りに耐えられたら、そこの撫子が持つ金一封を差し上げます。一回壱圓!我こそはと挑む兵は挙手をお願いします!」

『薬品調合』で『眠り速度』を調節する匂袋を作り、座る人にそれとなく嗅がせる。
十人目を成功させ金一封(伍拾圓)を渡す。


レザリア・アドニス
先に行って、影朧の歩き先の店や人々に打診
もう無害であることを説明して、
なるべく穏便にあの世に送るように、協力を頼む
こちらは猟兵だから、たとえ万が一、何かが起きても絶対みんなを守る
だから、よければ協力をお願いします

影朧の少し前に歩いて、気づかれないように
さりげなく障害になりそうなものを払い、スムーズな移動を保障する
そんな感じで、彼の移動を見守りつつ、駅へ向かう
あと少しで、貴方のこの長い長い旅が終わるから
せめて終点まで、見守ってあげましょう


エルザ・メレディウス
アドリブ大歓迎でございますっ。

私は――影朧と話をしながら、少しでも彼の気がまぎれるようにと努めさせていただきますね。
内容は、文学について――。
【※】

…比良野様…。
この街……素敵な街よね。
文化の都というのかしら...? 街の随所に古雑貨店や古書店がちらほらめにつきますけれど、お洒落で古風でついつい気がひかれてしまいそうよ。

この街がきっと多くの文豪や感性豊かな多くの文筆家、絵師様や音楽家を輩出してきたのでしょうね。

そうだ、あちらの店先で古本屋を見かけたの。私は、このサクラミラージュの文学をほとんど存じ上げていないのですけれど、よろしければ教えてくださらない...?
あとで買っていこうと思っているの


忍冬・氷鷺
中央停車場か
この時期だけの特別な列車が停まると耳にした
…旅は道連れ世は情けともいう
良ければ共にさせてくれ

行き交う人々には目配せをし
影朧に話しかけながら共に先へ

雨の中でも賑やかなものだ
これだけの素晴らしい店が並んでいれば、当然と言えば当然か

此処から、或いは停車場から
多くの世界へ旅立ち渡り歩いたのだな
想いの数だけ何処までも
無限に広がる文字から創られた世界を
…紫陽花列車はどんな世界へ導いてくれるだろうな

道中、何か起こりえそうならば自ら盾に

――何もせぬよ
ただ約束を果たしにゆくだけだ

まばたきをする間でいい
少しだけあなた方の時を分けてくれまいか
この街でうまれた思い出が旅立つための
赦しを、時間を、どうか



 道のりは長く遠く、だからこそ中央駅への大通りへ踏みいった影朧の見目は、人々へ拒否反応をもたらす。
 かれら民衆にとって、日常に突如として湧いた異変。それが影朧だ。
 無理もないと心情を推し量りつつ、雑踏の片隅で忍冬・氷鷺(春喰・f09328)は遠方にそびえる建物を見やる。
(中央停車場、か)
 この時期だけの、特別な列車が走る駅。
 影朧の目的地でもあるそこが霞んで映るのは、しとしとと泣く空の所為だろう。
 ふらりと歩み出た影朧の弱った姿すら、この景色が飲み込んでしまいそうだ。
「良ければ同道させてくれ」
 氷鷺の願いに、影朧がやや不安げに顔を覗き込んできた。
 思わず氷鷺は顎を引き、うろを思わせる彼の眼差しから僅かに視線を外す。
「……旅は道連れ世は情けともいう」
「ああ、ああ、よく聞く言葉だ、君。頼んでいいかい?」
 影朧からの返答は意外にも穏やかだ。
 ならばと氷鷺がちらと目線を流した先、猟兵たちが動き出す。
「私は一足先に……向こうへいってますね」
 ぺこりと会釈したレザリア・アドニス(死者の花・f00096)が、黒のドレスを靡かせてくるりと前へ踊り出る。賑わう通りの先に中央駅があるのなら、そこまでの短くも長い道のりを制しておくのは大変だが重要だ。灰色の翼が歩みに合わせてはたはたと揺れるのも構わず、少女は人混みへ紛れていった。
「はい、お願いね。……では、あちらはお任せして」
 レザリアを見送ったエルザ・メレディウス(執政官・f19492)が、影朧にも聞こえるよう告げる。
「では私が……影朧の方の気が紛れるよう、お話をいたしますね……」
「なら、この辺りで注目を集める役を俺が務める」
 亞東・霧亥(夢幻の剣誓・f05789)が吐息で笑った。微かな笑みののち彼が触れたのは、道端に立て掛けられたまま放置されていた、錆び付いた看板だ。新調され掲げられた看板を物欲しげに眺めていたそれを、霧亥は別の存在へと変える。
「これは……」
 氷鷺が微かに瞠目する間も、霧亥は片目を瞑って応えるに留め、用意していた衣装を早速纏う。
 そして霧亥は盛大に声を張り上げた。
「そこの道行く紳士淑女の皆々様!」
 商売人の口上で往来の気を引く彼の傍らには、ひとりの娘がいる。愛らしさを前面に押し出した娘は、言葉通りの看板娘だろう。そう、霧亥の力によって在りし日の美しい姿を取り戻した、かの古き看板だ。
 虚しく雨風に打たれていた看板が、霧亥の手で瞬く間に華やかさを得た。
「ここに鎮座まします、でかクッション、腰掛ければ参を数えぬ内に眠りこける優れ物!」
 元看板だけではない。霧亥が目の前へ鎮座させたのは、でかいとしか言いようのない巨大クッション――ヒトをダメにするという文句で忽ち帝都の民をざわつかせたクッションだ。なんだなんだ、と行き交うだけだった人が関心を示す。
 限界まで喉を開いた霧亥が、身振り手振りで誘えば、瞬く間に黒山の人だかりが生まれる。
「もしも眠りに耐えられたら、そこの撫子が持つ金一封を差し上げますとも。ええ、差し上げますとも」
 撫子、と目線で告げられた看板娘が恭しく一例して。
「一回壱圓! さあさ我こそはと挑む兵は、挙手をお願いします!」
 霧亥の声が高らかに響き渡る。
 今のうちに、とエルザが率先して囁き、氷鷺や影朧と共に群集を避けて進んだ。
 ――その頃レザリアは、一足も二足も未来へ進んでいた。
 路面店へひょっこり顔を出しては、なるべく焦らせないようゆっくり事前報告を伝えていく。
「今から、無害になった影朧に……ここを通ってもらいます……」
「か、影朧だって?」
 はじめは一驚した店主や客たちも、彼女があまりに落ち着いた様相で告げるものだから、つられて息を整える余裕を生む。
「……無害ってことは、私らに危害は加えないってことでいいんだね?」
「はい」
 迷いなきレザリアの首肯ひとつに、彼らからの安堵の溜息がひとつ返る。
 影朧が姿を見せるよりも前の説明は、いざ目撃してパニックに陥る中で語るよりも、相手へ通じやすい。おかげで聞き手である民も、そして説明する側のレザリアも真正面からこの話題に取り組めた。
「私たちは、なるべく穏便に……影朧を送りたいと。そう、思っています」
 丁寧に結われるレザリアの話を、多少の戸惑いはありつつも耳を傾けてくれて。
「だからご協力を、お願いできませんか……?」
「そりゃあ、影朧がこっちに何もしてこないんなら」
 あくまで自分たちに害が及ぶかどうかを心配しているらしい。
 だからレザリアも、澄んだ深緑の眼差しでじっとかれらを捉える。白皙に浮かんだ二粒の輝石は、人々の内部で渦巻く動揺を徐々に拭っていく。
「私たちは猟兵だから。万が一の事態が起きても、絶対みんなを守ります」
 レザリアは諦めずに前提となる要素をしかと連ねる。さらには。
「それにもう、かれに何かをするような力は……残されていません」
 万が一の事態も、起こる可能性が限りなく零に近いと報せた。
「……わかった。超弩級戦力たる君が言うんだ。信じよう」
 やがて至ったかれらの結論が、レザリアの耳朶を打つ。
(先行して話にきて……よかった……)
 ほっと胸を撫で下ろした少女は、しかしすぐに我に返り、影朧と仲間たちが追いつかないうちに駅への道を再び辿り出す。
 ぱたぱたと雨粒が弾け、彼女の羽根を煌めかせていった。

「雨の中でも賑やかなものだ」
 すれ違う人への目配せを欠かさず、氷鷺が影朧へ語りかける。
「梅雨だというのに、出かけるのを億劫に思わない人が多いものだよ」
 呆れと感心を含んだ音で影朧が答えれば、氷鷺も濡れた空気をゆっくり吸い込んで。
「これだけの素晴らしい店が並んでいれば、当然と言えば当然か」
「店、店か。言われてみれば」
 氷鷺の一言で気付いたかのように、影朧がうつろな双眸を右へ左へ彷徨わせる。まるで景色を記憶へ刻み付けるようなかれの挙動だ。氷鷺もただただ、かれの動きを見守った。
「……比良野様」
 ふと届いたエルザの呼びかけに、影朧は迷うような間をあけて徐に顔をもたげる。
「この街……素敵な街よね」
 期待で湿る唇を震わせた彼女の胸中で疼くものを、影朧も感じとったのか否か。
「ああ、そうだね」
 ぽつりと呟いた。そんなかれへ、エルザは引き続き話を紡ぐ。
「文化の都、というのかしら……? お洒落と古風の融合が絶妙で、ついつい気がひかれて」
「老舗が多いからだろうね。惹かれる気持ちは、わかるよ」
 影朧の目許が緩んだのを、エルザも氷鷺も見逃さない。昔日に過ごしていたであろう町並みは、かれにとって――かれを織り成す文士の魂にとって、温かい話題なのかもしれない。
「……この街だからこそ、感性豊かな多くの文筆家や芸術家を輩出してきたのでしょうね」
 結んだエルザの言葉に影朧が、うん、うん、と何度か肯う。
 懐かしんでいるのかと氷鷺は気になりながらも、口は挟まず周囲へ注意を払った。
 すると、そうだ、とエルザが手を叩く。
「あちらで古本屋を見かけたの」
「古本……」
 馴染み深い単語に影朧の瞼がひくつく。それを見てエルザも柔らかな頬をふっくりと上げた。
「私、サクラミラージュの文学はほとんど存じ上げないのですけれど……」
 影朧を瞥見したエルザの目に飛び込んできたのは、何かを懐かしむような、想い馳せるような男の横顔。
 あまりにも物悲しい陰影を目の当たりにして一瞬、続ける言葉を忘れたエルザだったが、すぐに願いを継ぐ。
「よろしければ教えてくださらない……?」
「僕、旅行記とか私小説ばかり読むんだけど」
 気乗りがしないというよりも、自分なんかで良いのだろうかと遠慮がちに影朧が答えた。
 けれどエルザは笑顔を絶やさない。
「ええ、比良野様のお好きなものを是非。あとで買っていこうと思っているの」
 浮き立つのは心と足取り。それを隠さないエルザに影朧も強張っていた頬を緩める。
「そうか、そうか。じゃあこんなのはどうだろう」
 本への興味を、自身への関心を喜ぶかのように影朧が笑みと話を咲かす。
 二人の会話が弾む一方。
「何もせぬよ」
 氷鷺の一声は、水流のように滞りなく人々の狭間を抜けていく。
「かれはただ……」
 一拍、たった一拍で周りの視線が影朧ではなく氷鷺へ集う。
「約束を果たしにゆくだけだ」
「や、約束?」
 動揺が声色から滲み出る。だから氷鷺はこくりと頷いて。
「多くは望まない。まばたきをする間でいい。少しだけ、あなた方の時を分けてくれまいか」
 切実な氷鷺の訴えは、静けさを湛えたまま人々の心身へ染み入っていく。
「時を分けるだなんて……そんな」
「この街でうまれた思い出が旅立つための赦しを、時間を、どうか」
 懇願にも似た音色を奏でた氷鷺の口に、行き交う人たちはそれ以上首を突っ込まず、黙して身を引いた。
 そうしてぼんやりとした雨音の幕が続く中、かれ――影朧は漸く停車場を望む。
「ああ、もうすぐ。もうすぐだ」
 独り言を零した影朧へ、氷鷺が相槌を打つ。
「それにしても、此処から、或いは停車場から、多くの世界へ旅立ち渡り歩いたのだな……」
 氷鷺がそっと目を細めると、その言の葉を思い出に刻みながら影朧が繰り返す。旅立ちという、一言を。
 文字が模る世界を知るかれを横目に、氷鷺はぽつりと告げた。
「……紫陽花列車は、どんな世界へ導いてくれるだろうな」
 それこそまさに、雨粒のような静けさで。

「……上手くいったようだな」
 十人目の挑戦者へ金一封を手渡した霧亥が、看板娘へと振り返る。薬品を調合して出来た匂袋が功を奏し、正しく『壱、弐、参』の『参』を数える前に眠りこける人が続出したためか、挑戦者はもちろん観客も途切れなかった。
 そうして築かれた舞台は、見事に霧亥と看板娘、そしてあらゆるヒトをぐでんとさせてしまうクッションの活躍で幕を下ろす。またやってくれ、と見送る期待の声を背に、霧亥はその場を後にした。
 影朧の道行きを停車場付近で見守っていたレザリアも、影朧や仲間たちを認めて何気なく駅を仰ぎ見る。
(あと少し……あと少しで、貴方のこの長い長い旅も、終わりを迎えるから)
 雨が唄い、汽笛が盛大に鳴った。
 いよいよそのときが訪れるのだと実感し、レザリアも皆と同じく駅の中へと向かう。

 ――見守ってあげましょう。せめて、旅路の終点まで。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『列車に揺られて』

POW   :    まったりと食事

SPD   :    車両を探検

WIZ   :    外の景色を楽しむ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●紫陽花列車
 満開にはまだ早いと言われていた紫陽花も、見頃を迎えている。
 中央駅――影朧が停車場と呼ぶそこから発つ列車は、雨といううすぎぬを羽織り、いつになく艶めいていた。
 旅行鞄を手に乗り込む者。引っ越しのごとく大荷物で乗り込む者。しとどに濡れた傘を閉じ、外衣をぱざぱざと揺らして乗車する者。
 多くのひとを迎え入れたこの列車こそ、『紫陽花列車』と呼ばれる列車だ。
 靴の底から叩かれる心地好い衝撃と、ごっとんごっとんと歌う揺れが待つ中で、人々の視線をこれから吸い寄せるのは、湿った座席でも床でもない。窓という額縁でくり抜かれた、外の風景だ。
 遠方は霞んでいるものの、雨が紫陽花の最も美しい姿を映し出している。梅雨ならではの佳景が、そこに広がっているのだ。
 沿線に咲き誇った紫陽花は薄桃から青紫まで、夢心地な濃淡をどこまでもどこまでも描いてくれる。
 のんびり進む列車からは拝めないが、きっとかたつむりも紫陽花でまったり過ごしていることだろう。
 揺れに身を任せ、景色の心を寄せれば、ひたすら思考を巡らせるのにこれほど向いたひとときはない。

 名物でもある食堂車では、この時期ならではの食事が提供される。
 豊かでふっくらした紫陽花を模したおむすびや饅頭。身体が冷えては一大事だと紫陽花型の麩を浮かべたお吸い物にポタージュ。
 紫陽花の花と葉を模った淡い色のパフェやパンナコッタ、紫陽花に浮かぶ雫を連想させるきらきらと輝く色とりどりのゼリー。
 いずれも量は多くないため、列車旅の間にいくつものメニューを味わえるだろう。
 併設されたバーでは、紫陽花の色彩を垂らしたソーダやカクテルが、紫陽花をイメージした琥珀糖と一緒に、乗客の喜ぶ顔を今か今かと待ちわびている。

 ――ぜえ、と深く息を吐いた影朧の男もまた、この列車へ乗り込んでいた。
「今日こそが当日だ、君」
 在りし日の約束を思い起こして、かれは息を吐く。
 多くの言葉を紡ぐ気力は、疾うに薄れていたのかもしれない。猟兵たちの助力あって、どうにか列車へ辿り着けた男は、声が震えるのを抑えながら、発車まで間もなくとなった車内をぼんやり眺めて呟く。
 いつぞや夢見た、紫陽花列車。いつか期待した旅路が、ここにある。
「ああ、そうだ。今日が……当日だよ」
 そして、果たせなかった願いを叶えるために、かれは――。
亞東・霧亥
折角の紫陽花も見ずに、ここで満足して逝ってしまっては、向こうで合わす顔が無いだろう?

『早業』で車掌に『変装』。
具合の悪い影朧に、切符を拝見致しますと声を掛けつつ、胸の辺りに人差し指と中指を軽く押し当てる。

【UC】
此度は手刀なので刺痛も無い。
『医術』の心得はあっても本職じゃないのでな。
この『救助活動』も僅かな『時間稼ぎ』にしかならない。

それと、もう1つ。
胸に挿した『粉雪の硝子ペン』と紙を渡す。
「無限にインクが出る摩訶不思議なペンです。心に留め置きたい事を紙に記して、持って行かれると良いでしょう。それではお客様、良い旅を。」

一礼してその場を離れる。



 車両特有の油の匂いが、雨の香に混ざって日常から人心を引き剥がす。
 旅路の始まりを報せる車内の匂いに、人々は声も足取りも弾ませるが、かれらの並足よりも遥かに鈍い様子で、影朧の男もその車両へ踏み入った。かれの顔は土気色だ。もはや余命僅かであると誰もが感じ取れるほど、あえかな存在で。
 自身の好む席を探し始めた人々と違い、男はふらふらと彷徨うばかり。
 どうしたら良いものかと、短い残り時間を持て余すかれへ、声がかかる。
「後ろから失礼します」
 万人から好まれそうな低音が、迷いに沈んでいた男を現実へ引き戻す。
 影朧はゆっくり振り返り、佇むひとりの青年を知った。
「……切符を拝見致します」
 車掌らしき見目の青年は目許を和らげ、影朧へ手を差し出す。
 夢うつつな影朧は言われて漸くハッとする。
「切符か、そうだね。僕のは……ああそうだ、これだ」
 かれが懐から取り出したのは、行き先の文字が雨に滲んだ乗車券。
 しかし車掌は驚きもせず、細長い指先で券を挟み、慣れた手つきで入鋏した。
「ご協力ありがとうございます、お返し致します」
 影朧へ切符を渡す際、車掌はかれの胸元へ人差し指と中指を押し当てた。冷えきった影朧の体温が滞りなく指を通る代わりに、車掌の持つ術がかれの内を巡る。
 ちくりとした刺激すら無い車掌の『改札』は瞬く間に済み、影朧も疑念を抱かず。
「は、はあ。お世話様です」
 会釈した影朧へ車掌はふんわり一笑し、そのまま立ち去るかと思いきや。
「それと、もう一つお客様へお渡ししたいものが」
 今度は手ではなく紙と、青に煌めく硝子ペンを差し出した。
「こちら、無限にインクが出る摩訶不思議なペンでして」
「なんと。私ですら目にしたことのないものだ」
 末期が近いからか、口振りに揺らぎが見えた影朧を前に、車掌は話を続ける。
「心に留め置きたい事を、記して行かれると良いでしょう」
「心に……留め置きたいこと……」
 確かめるように反芻したかれの眼差しはすっかり、車掌ではなくペンへ注がれた。粉雪を鏤めるペンは美しく、それを映した男の双眸も光がちらついて見える。
 そんなかれの様相にも、車掌は多くを語らずに。
「それではお客様、良い旅を」
 丁寧な一礼を最後にかれから離れていく。
(本職じゃないのでな。気休めにしかならないとは思うが……)
 胸裏はあらわにしないまま、車掌に扮した亞東・霧亥(夢幻の剣誓・f05789)は、靴音だけを車内に刻む。
(折角の紫陽花も見ずに、ここで満足して逝ってしまうなど、あってはならないからな)
 合わす顔が無いだろうからと、かれの旅路が少しでも長くなることを祈った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エルザ・メレディウス
★アドリブ大歓迎でございます…。
★比良野様の心情や彼の人だった頃の過去も含めて、彼の見えている世界に手を伸ばして、共に眺められることを…。

*きらきらと輝くカクテルを嗜みながら、パンナコッタを一口。車窓から外の紫陽花をうっとりと眺めます*

私は――春の雨が好き。
あの冷たい感覚が私の体を打つ時、決まって、私は自分の中の穢れた部分が洗い出された気分になるの。
そして、雨の後に咲き誇る花々はもっと好き
――この紫陽花の花は、本当に綺麗ね。 鮮やかに自分の色に輝いている
ねぇ、比良野様、宜しければ一緒にカクテルはいかがかしら.
……あなたの果たせなかった夢を教えて...?
私はね――昔、パティシエになりたかったのよ



 席を決め兼ねた影朧が択んだのは、乾いた喉を満たす時間だ。
 がらんとしたバーで、影朧は茫として窓を眼前にしたカウンター席に着く。そんなかれの傍へ、とある女性が近寄る。覚えのある姿に影朧が振り向き、君は、と呟けば彼女――エルザ・メレディウス(執政官・f19492)は恭しく会釈して。
「お隣り、よろしいかしら……?」
「ああ、先刻のお嬢さん。どうぞ」
 懐かしむような男に促されて、エルザも着席した。
 流星に似た軌跡を窓へ描く雨を横目に、こうして二人は並び、窓を過ぎゆく淡い色彩は、手元のカクテルグラスへと摘み取られた。
 エルザが滴るグラスを撫でれば、指の跡がグラスを透かす。そして透けたグラスの底、揺らめく青紫の層が涼しげな空気を飲み手へもたらした。一口含むと、仄かな甘さが舌の上を流れ、ひんやりした心地に喉が鳴る。おいしい、と彼女が思わず溜息を零すぐらいに。
「比良野様。……雨は、お好き?」
 何気なく車窓を一瞥し、彼女が問うた。
「気は重くなるが、雨の音と景色は好きだ」
「そう……私も、私は――春の雨が好きよ」
 紫陽花カクテルの七変化を嗜みながら、エルザはパンナコッタへひと匙入れる。
「春先の雨に打たれると、決まって……穢れた部分が洗い出された気分になるの……」
「穢れ? 君にそんなものが?」
 一連の出来事からは想像し難かったのだろう。驚く影朧へ、エルザは薄く笑むばかり。
 更に彼女は、かれの見ている世界へ手を伸ばした。
「ねぇ、比良野様……あなたの果たせなかった夢を教えて……?」
 しっとりと潤した声でエルザが呼びかけた途端、教えるようなものなんて無いよ、と影朧の面差しが沈む。
 思い巡らせた夢も、そこへ到れずに潰えた過去も、かれにとって堪え難い痛みだろう。然ればこそエルザは紡ぐ。
「私はね、昔……パティシエになりたかったの」
 パンナコッタの一片を掬い上げたエルザの様相から、真だと男もすぐに察する。匙で艶めく紫陽花を、彼女があまりにも慈しむように眺めていたから。
「これから叶える機会がありそうだ。何せ君はまだ……」
 生きているのだから。
 最後まで言わずともかれの念いは、エルザにも知れた。成さねばならぬものを多く抱えた彼女が、ふいと目線を匙から外す。
 すると影朧は、窓の外に並ぶ紫陽花たちを一望しながら。
「君の言う通り、僕はこの風景に焦がれていたんだろうな」
 受けた言葉を思い出し、ぽつぽつとそぼ降る雨のごとくそれだけを呟いた。
 自分という彩りを絶やさぬ紫陽花が、二人分の双眸を独占する中、エルザは言を続けぬかれへ静かに囁く。促すでも、導くでもなく、ただ寄り添うように。
「……ええ。紫陽花の花……本当に綺麗ね」
 彼女の一言を聞き、男は減らないカクテルを両手で包んで声を濡らした。
「ああ。消えない夢にしては、ひどく……優しすぎる綺麗さだ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
食堂車でのんびりまったり
雨が見えながら濡れはしないのは、最高ですわー
パフェを頼んで、甘味を楽しみつつ、窓の外の景色を満喫
やっぱり紫陽花には雨じゃなくちゃ…

旅に行きたい彼の気持ちもわかるわ
こんな美しい景色を、見なければすごくもったいないです
でもきっとこれだけじゃない
大切な友達と旅に出て、同じ景色を見る
それこそが彼の本当の願いかもしれない
まあ…当人しかわからないけど
少なくとも、私とあなたは…ね?
テーブルの上に琥珀糖を貪る死霊ちゃんを指でつんつんつついて、微笑む
パフェを一口あげるから、その琥珀糖を、一つくれないか?



 濡れそぼつ紫陽花行列は、食堂車の一席へ腰を下ろしたレザリア・アドニス(死者の花・f00096)の視界にも飛び込んでくる。車窓がガードとなって、少女へ直に雨がかかるのを防いでくれている。けれど窓際の席はあまりにも外界と近く、ぱたぱたと窓を叩く軽やかな音が、レザリアの耳朶を心地好く打った。
(雨が見えるのに、濡れはしない……最高、と云うのね、これが。きっと)
 パフェと紫陽花を満喫する今の状況を、そして抱いた所感を平たく述べるのなら『最高』がわかりやすいだろう。だからレザリアは何度も繰り返した。そんな彼女を目撃した紫陽花たちが、楽しげに雨粒を撥ねさせて笑う。
 そんな外からの微笑ましい眼差しをよそに、レザリアは薄紫のアイスクリンで舌の熱を冷やし、紫陽花の葉を模ったチョコレートが留まる時間を長くさせていく。サクラミラージュならではの菓子は、甘く、冷たく、でもどこか優しい。
「やっぱり、最高……です」
 うっとりした吐息を知り、同じひとときを過ごしていた死霊ちゃんがころんと傾く。
 ふふ、と笑ったレザリアは、琥珀糖に夢中な死霊ちゃんを指先でつんつんといじった。慣れている死霊ちゃんはというと、テーブルの上を転がるばかりで。
 紫陽花パフェと佳景を堪能する彼女の頬は、死霊ちゃんの様子と並んで緩みつつある。
 そこで彼女はふと、思い至った。
(旅に行きたい彼の気持ちも、わかるわ)
 こんなに美味しいものを。こんなに美しい景色を。味わうことなく過ごすなんて、もったいない。
 理由をひとつひとつ結わえていきながら、レザリアはパフェ用の匙で紫陽花の花びらを掬っていく。
(でも……これだけじゃない。特に誰かと生きる者にとって、大事なのは)
 つい先ほどまで見てきた影朧を思い起こし、レザリアは目の前の死霊ちゃんを温かな眸で見つめた。
 大切な友と旅に出て、同じ景色を見る。
 在り方は様々だけれど、気の知れた仲間となら。心許した友となら、旅は別の意味を持ってくるのだろう。そうレザリアは肌身で感じた。ここにいる死霊ちゃんと一緒に、列車に揺られたことで。
(彼の本当の願い、かもしれないから……叶う方法があると、いいのだけど)
 かつて並び歩いたのであろうふたつの人影も、今となっては並べぬもの。
 そうと解っているからレザリアは小さくかぶりを振り、死霊ちゃんへ再び指先を仕掛けた。
「彼らのことは、わからないけれど。少なくとも、私とあなたは……ね?」
 ささやかな呼びかけに、死霊ちゃんがくすぐったそうに揺れるものだから、レザリアも思わず口端をあげて。
「パフェを一口あげるから、その琥珀糖を……あっ、ほら。おいで」
 夢色の琥珀糖を抱え込んだまま、ころろんと遠ざかろうとした死霊ちゃんを手招く。
 窓の外で紫陽花たちが、そんなレザリアたちを眺め、そうっと微笑んだような気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

忍冬・氷鷺
此処が終着点であり出発点
紫陽花が導く旅路に救いがあれば良いと願う

車窓から見える景を眺めつつ
落ち着いた影朧にそっと声を

気分はどうだ?
念願の紫陽花列車
何か思うところはあるのだろうと深くは追求せずに

…長い旅路になるやもしれんが
それだけ多くの出会いもあるはずだ
お前が見て感じたものを多く留めておいてくれ
紫陽花が一番よく見える場所や時間
料理はこれがおすすめとかな

些細な事でも構わんさ
そういったモノから芽吹く物語もあるだろう

お前と別れたあとに、
俺も俺のとっておきを見つけておくんでな
何れ、いつか。またこの場所で
出会えた時には期待しておいてくれ

約束、とは口に出さず
けれど紫陽花と共にお前を想おう
(忘れぬよ、ずっと)



 淡かった沿線の紫陽花の色模様も、いつしか濃く深くなっていた。
 景趣を横目に、忍冬・氷鷺(春喰・f09328)が吊された電球の下をゆく。ガタンゴトンと歌う車内でぽつんと座る影朧の元へ辿り着くと、かれが鞄を机代わりに稿を起こしていたものだから、氷鷺は僅かに瞬ぐ。
「気分はどうだ?」
 認めていたものには触れず尋ねれば、影朧も目許を和らげて。
「清々しいな。君にもだいぶ良くしてもらったから」
「……そうか」
 答えを聞き氷鷺が口端をもたげれば、影朧は冷えきったペンを指先で遊ばせる。
 座ってくれ、と促されて漸く氷鷺は向き合う形で腰を下ろした。
「この席が正解だったのか私にはわからない」
 影朧の呟きが、列車を叩く雨音と混じる。
「何をすればよかったのか、今なお迷う部分もある。ただ……」
 かれの眼差しはやがて、じっと聴き入る氷鷺へ向かう。
「無意味でないなら、そういうのもいいと思えた。待ってくれぬ時も風情があると思えた」
 氷鷺から受けとった言を男が噛み締めていく。
 褪せたかんばせは変わらぬが胸裡を垣間見た気がして、氷鷺はふと唇を引き延ばした。
「これから長い旅路になるやもしれんが……」
 双眸にあらゆる紫を映しながら、氷鷺が連ねる。
「多くの出逢いも、道中で待っているはずだ」
「出逢い、か」
 繰り返す影朧の口振りが氷鷺にはどこか弾んで聞こえた。
 存外饒舌な氷鷺の目の届く所で、男は心踊る様相を醸し出しつつ流れるようにペンを動かし続ける。ゆえに氷鷺も、云うのに躊躇わない。
「お前が見て感じたものを、多く留めておいてくれ」
 たとえば、紫陽花のよく見える場所。
 たとえば、紫陽花が美しく見える時間帯。
 たとえば、雨の日に合うと思った料理。
 些細なことでも構わんさ、と紡いだ氷鷺の声は、玲瓏たる雨音よりもはっきりと男の耳朶を打った。
「そういったモノから芽吹く物語もあるだろう」
「種はどこにでも蒔かれているんだな」
 細まったかれの眸は氷鷺と違い、影朧特有の闇に濡れている。
 けれど滴る粒は世界を創造した種々の芽を、彩りを映せる――氷鷺はそう信じていた。
 この列車がそんなかれにとっての終着点であり、かれらにとっては念願の出発点だとも。だからこそ。
「俺も俺のとっておきを見つけておくんでな」
 長く透ける睫毛を落として、氷鷺は言葉を返した。
「何れ、いつか。またこの場所で出会えたときには、期待しておいてくれ」
「君のとっておきか、是非聞いてみたい。そのときまで私たちのこと、忘れないで貰いたいね」
 ――次に会うのは、もっと先になる筈だから。
 かれの明るい返事を知った氷鷺は瞼を押し上げ、ひとつ頷き紫陽花たちを眺め出す。
 あの時と同じ、銀に艶めく眼差しで。
 (忘れぬよ、ずっと)
 そう言わずとも伝わったのか、微笑んだ影朧がさらさらとペンを動かした。氷鷺も耳を傾けたまま長雨を堪能する。

 座席へと残されたペンが影朧の訃報を告げるまで、ずっと。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月29日


挿絵イラスト