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止まない雨の、その中で

#カクリヨファンタズム #戦後 #山本五郎左衛門

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「皆、大祓百鬼夜行、お疲れ様だ」
 グリモアベースの片隅で。
 軽く頭を横に振りながら、北条・優希斗が軽く息をつく。
 そんな優希斗が集まった猟兵達を見つめながら、言の葉を紡いだ。
「4人の親分達も皆の力で骸魂のみを倒し、結果として救うことも出来た。これは大金星だと俺は思う」
 そこまで話したところで。
 さて、と軽く息をつき、優希斗が静かに話を続けた。
「今回の依頼は、東方親分『山本五郎左衛門』からの要請になる。なんでも、ある竜神の娘が、誰かの過去や未来を見せ続けることで役に立ちたい、と言う想いを爆発させて骸魂を取り込んだらしい」
 真顔で言う優希斗の其れに、其々の表情を見せる猟兵達。
 優希斗も真顔から困惑した表情に変化させつつ話を続けた。
「で、まあ、その想いの爆発のあまりに満月が割れて、そこからカタストロフを起こす幼生が誕生しかけているそうだ。うん、何を言っているか分からないかもしれないが、そうなんだ」
 因みにこの幼生、何処までも伸びる入道雲型の様だ。
 それがやがてカクリヨファンタズムを覆い尽くし、おもてなしの雨でカタストロフを起こすのだろう。
「と言うわけで、山本五郎左衛門さんと一緒にこの幼生を食い止めるために、幼生を無視してお月見を楽しみ、その後から出てくる屋台を引いたオブリビオンを心から説得、改心させて欲しいんだ」
 何はともあれ状況的にカタストロフが起きそうなのは避けられず。
 其れを避けるために入道雲に覆われつつある月を見つめながらお月見を楽しみ、その後屋台引いたオブリビオンを心を尽くした説得をすれば良い、と言うことなのだ。
「あっ、因みに親分は、『猟兵の皆さん、儂のお力が必要でしたら、気軽に声をかけてくださいですにゃ』とのことだ。無理に親分と協力しなくても良いらしい」
 まあ、山本五郎左衛門親分は、真心込めた説得をして骸魂を分離させるつもりなので協力を仰げば真心籠めて説得してくれる。
 つまり、猟兵達の力になってくれるだろう。
「一応、説得(物理)も不可能ではないが今回のオブリビオンは、引いてくる屋台の料理を食べるだけでも満足して骸魂が分離するので、無理に戦う必要は無いね、うん」
 因みに出してくる料理はおでんとかおつまみとかが基本の様である。
 ただ、ここはカクリヨファンタズム。
 欲しい物が他にあれば、頼めば別の料理も出してくれるかも知れない。
「或いはオブリビオンのユーベルコードを受け入れて、過去や未来に想いを馳せたりするのも一つの手だ。一番大事なのは、相手のおもてなしの心を受け入れることだからね。というわけで皆、どうか宜しく頼む」
 そんな優希斗の言の葉と共に。
 グリモアベースに蒼穹の風が吹き荒れ……猟兵達は姿を消した。


長野聖夜
 ーー止まない雨のその先で。
 いつも大変お世話になっております。
 長野聖夜です。
 今回は、カクリヨファンタズム戦後シナリオをお送り致します。
 今回のシナリオは、第1章、2章共に東方親分『山本五郎左衛門』の同行を希望できます。
 もし同行希望なら『親分』同行希望とでも書いて下さい。
 会話等も可能ですが、今回会話をする場合の東方親分『山本五郎左衛門』は、あくまでも私解釈の彼女の考え方になります。
 どちらかと言えば、自身の心情整理に東方親分『山本五郎左衛門』と会話をする体の方がプレイングを採用しやすくなります。
 第1章、第2章でプレイングボーナスが異なります。
 第1章プレイングボーナス:幼生の事を気にしないようにしつつ、全力でお月見を楽しむ。
 第2章プレイングボーナス:屋台グルメを食べまくる。
 *また、このシナリオに限り、第2章のプレイングボーナスとして、
 『敵のユーベルコードを受け、自らの情景と向き合う』
 事も、ありとします。
 複数名で参加する方はプレイング冒頭に、【グループ参加名】or【お相手】を入れて下さいませ。
 また、連携不可の方は冒頭に×をご記入下さい。
 第1章のプレイング受付期間及びリプレイ執筆期間は下記の予定です。
 プレイング受付開始:6月11日(金)8時31分~6月12日(土)13:00頃迄。
 リプレイ執筆期間:6月12日(土)14:00~6月14日(月)一杯迄。
 変更ございましたら、マスターページorタグにてお知らせ致します。

 ――それでは、良き雨との邂逅を。
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第1章 日常 『月割れてるけどお月見しよう』

POW   :    全力で月の美しさを褒め称え、「立派な満月」だと思い込む。

SPD   :    賑やかな歌や踊りでお祭り気分を盛り上げる。

WIZ   :    お月見にふさわしいお菓子やお酒を用意する。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

吉柳・祥華
親分同行希望

※UCは演出用じゃな

◆心境
ん?
少し前にも似たようなことがあった気が
嗚呼、あれか(思い出し含み笑み)

◆心情
月を見上げる。己の手にある盃の中に咲く月は満月じゃ

まずは親分へ労いとともに
旨い酒を差し出しては、肴には鯖と豆腐の煮つけや鮭とキノコの照りやら。親分が好みそうなものを用意

あれ?
親分って猫じゃような?
お酒で飲めたのじゃろうか…?
まぁ、妖怪じゃから問題はないか


のう、山本の…骸魂に呑まれた時は、どんな感じじゃったのじゃ?
今でこそこうして此処に居るが、元に戻れなかったらとは思わんなんだかえ?
まぁ、その辺も覚悟しておったと思うがの。

もっとも猟兵等の事だ、意地でもおぬし等を戻そうとしたろうが




 入道雲型の雲が顔を覗かせ、世界を覆い始めている割れた月を見て。
(「ん? 少し前にも似た様な事があった気がするのう……」)
 割れた月の裂け目を気にした様子もなく、何気なく月を見上げる𠮷柳・祥華が、記憶を手繰り寄せる様に目を眇める。
 と……。
(「嗚呼……あれか」)
 その時青年とした話をふと思いだし、口元に、薄らと含む様な笑みを浮かべた。
「おや、これは猟兵さん。何をお笑いになっていらっしゃるのですかにゃ?」
 ふと、自らの背後に差した影の声。
 祥華が其方を振り返れば、腕を組み、軽く小首を傾げる東方親分『山本五郎左衛門』の姿。
 そんな山本親分に、祥華が、からころと鈴の鳴る様な笑い声を上げる。
「何、先だっても似た様な情景があったのを思い出したのでありんすよ」
 雅な花魁口調で返しながら、パチン、と指を鳴らす祥華。
 刹那。
 ――ハラリ、ハラハラ。
 まるで吹雪の様に舞い散る桜花の花弁が、入道雲に覆われた月を彩る様に吹雪くのに、東方親分が、懐かしそうに目を細めた。
『やはり、舞い散る桜吹雪はいつ見ても美しいものですにゃ』
「まるで、昔話をするかの様に目で楽しんでいるのでありんすのう」
 衣の裾で口元を覆って微笑を零した祥華が懐から、神ノ盃を取り出し、其れとは別に、盃も用意。
 その傍には神酒と書かれた徳利に、鯖と豆腐の煮付け、キノコの照りの様な、酒の肴が所狭しと置かれている。
「一献、受けて頂けるでありんすか?」
 さりげない祥華の問いかけに、その場に胡座を掻き、有り難く盃を手に取り、恭しく祥華に向けて其れを差し出す山本親分。
 優美に酒を注ぐ祥華のそれに、粛々と頷き。
『それでしたら、儂も返杯させて頂きますにゃ』
 厳粛にそう告げて。
 祥華が手に取った神ノ盃に返杯する山本親分。
 その水面には、満月が浮かんでいる。
『成程……そう言う幻術ですかにゃ?』
 そう楽しそうに眉を上げる山本親分に、そうでありんす、と優雅に微笑む祥華。
 2人は静かに盃を掲げ、満月と桜吹雪に向けて乾杯し、風雅を味わう様にゆっくりと酒を干した。
 遅滞なく行われた一連の乾杯のそれに、ほう、と息を吐きながら、そう言えば、と、何かに思い至ったかの様に祥華が呟く。
「……親分って、猫じゃよな?」
『そうですにゃ。確かに儂は化け猫ですにゃ』
 割り箸で鯖と豆腐の煮付けに軽く手を付け舌鼓を打つ山本親分に、祥華の好奇心が微かに疼き。
「お酒は、飲めるのでありんすか?」
 そう、思わず問いかけた祥華のそれに。
『はい。勿論ですにゃ。これでも東方妖怪達の親分を務める身。よく、儂の百鬼夜行達とも、こうして酒を酌み交わして友誼を育み、盃を交わしたものですにゃ』
 目尻を和らげる山本親分に、祥華が、カラコロ、と鈴の鳴る様な笑いを返した。
「流石に妖怪でありんすな。妾の杞憂じゃったのう」
 祥華の雅な笑いにそうですにゃ、と同じく声を立てて穏やかに笑う山本親分。
 そうして暫し酒を干し、つまみを口にし、差し込む月光に照らされて。
「……のう、山本の」
 ふと、何かを思い出したかの様に。
 軽く目を眇めて何杯目かの酒を手に取ろうとしながら呟く祥華に。
『どうかしましたかにゃ? 猟兵さん』
 徳利から祥華の神ノ盃に酒を注ぐ山本親分に、うむ、と祥華が小さく頷く。
 その神ノ盃に注がれた神の贈り物たる酒の水面には、雲ひとつ無い満月が、満開の桜の如く咲いている。
 ――ヒラリ、ヒラリ。
 飾り付けの様に舞い降りてきた桜の花が、満月を静かに漣だたせるのを見つめながら、祥華が静かに言の葉を紡いだ。
「おぬしは……今でこそ、こうして此処に居るが、骸魂に呑まれた時、どんな感じじゃったのじゃ?」
 その祥華の問いかけに。
 猫耳を立て、風の音に身を浸しながら地に置かれた徳利へと手を伸ばす山本親分に代わり、祥華が徳利を持ち上げる。
 行先を失い、空を切る山本親分のその手に軽く微笑んで頭を振り、徳利を上げる祥華に頷き、自らの盃を差し出す山本親分。
 並々と注がれたそれに礼を述べ、唇を湿らす様にそれをちびりと舐めると、そうですにゃぁ、と山本親分が目を細めた。
『此処は、儂にとっては第2の故郷。そしてUDCアースは第1の故郷。儂等の命で大切な故郷を守れるのであれば、儂には何の未練も無かったですにゃ』
 威風堂々、咲いた満月を飲み干す山本親分に、酒を注ぎ足してやりながら、じゃが、と祥華が静かに続ける。
「元に戻れなかったら、とは思わんなんだかえ?」
 すっ、としとやかに酒を干しながらの祥華の其れに、山本親分が完爾と笑った。
『その時は猟兵の皆さんが儂等を殺してでも世界を守ってくれると信じておりましたにゃ。ですので、儂は元に戻れなかったら、とは思わなんでしたにゃ』
 その笑みに濁りはない。
 寧ろ、妙に晴れ晴れとさえ感じる笑顔の山元親分を見て、祥華がキノコの照りを胃に放り込みつつ頷き。
 それから空になっていた神ノ盃に、山本親分が幾度目かの返杯をしてくるのに鷹揚に頷いて、まあ、と小さく呟いた。
「おぬし等のことじゃ。その辺りも覚悟しておったのじゃろうな、とは思っていたがのぅ」
 そのまま満月の浮かぶ酒を清流の様に流し込む祥華にその通りですにゃ、と山本親分が深々と頷いた。
 それから鯖と豆腐の煮付けを口に放り、酒を……生の味を楽しむ山本親分に、もっとも、と祥華が忍び笑いを漏らす。
『猟兵等の事だ。意地でもおぬし等を戻そうとしたじゃろうな』
 そうして、優美に酒を干す祥華の呟きに。
「勿論、儂等を猟兵の皆さんが助けて下さった事には、心より感謝しておりますにゃ。こうして、この様にお主様の様な猟兵さんと酒を酌み交わせるのも、全ては皆さんが儂等を助けて下さったが故ですからニャ」
 そう告げて。
 夢幻の幻想によりて、仮初めの満月と化した空の月を静かに見上げ、周囲を揺蕩う桜吹雪に魅入られる山本親分。
 そんな山本親分の手の中の盃に満たされた波打つ酒をそっと飲み干すのに、祥華も倣って神ノ盃の酒を干した。
 ――徳利はすっかり空となり、満月の向こうの月もまた、微かにその形を取り戻していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

館野・敬輔
×
アドリブ大歓迎
指定UCは演出
親分同行もOK

この世界に来るのは先月の戦争が初めてだったな
俺の剣だと妖怪すら斬り殺してしまいそうだから
今まで足は遠のいていたが…

演出で指定UC発動
黒剣の中の少女たちと一緒にお月見でも
さすがにこの光景は他人に見せられるもんじゃないので
人気のない静かなところで香草茶片手にゆっくりと
月が割れていても気にしない
これだけ美しい月は…他の世界では早々見られるものじゃないからな

(魂たちに)
なあ、君たち
俺の復讐の旅は…おそらくもうすぐ終わる
吸血鬼どもへの憎悪は未だ残るし
これからも人々を苦しめる吸血鬼は斬り殺していくだろうけど
君達は…これからも一緒にいてくれるか?(反応お任せ)




 ――酒宴が交わされたその場所から、少し離れた、人目につかぬ片隅で。
(「この世界に来るのは、先月の戦争が初めてだったな」)
 入道雲の様なそれに覆われた少し裂け目の閉ざされたその満月を見上げ。
 思わず突っ込みを入れてしまいたくなるであろう同僚の顔を思い出しながら。
 鞘から抜剣した黒剣を地面と水平に携え、館野・敬輔が吐息を漏らす。
 零れ落ちる様に降り注ぐ煌々とした月の光が、そんな敬輔と黒剣を照らす様に、木漏れ日の如く差し込んでいた。
(「まあ、俺の剣だと、妖怪すらも斬り殺してしまいそうだからな」)
 この剣は『復讐』の剣。
 家族を不条理に奪ったオブリビオン達に、不条理な死を齎す殺戮の刃。
 その様な剣で妖怪と骸魂を分離させ、骸魂のみを滅ぼす事が出来るのだろうか。
 ましてや骸魂もまた、元を辿れば幽世に辿り着けず死んでいった、妖怪なのに。
 手に置いていた黒剣を地面に突き立て、静かに言の葉を紡ぐ。
『喰らった魂を、力に替えて』
 静かに紡がれるその呪はもう何度、唱えたであろう。
 徒然無くそんな事を考えている内に黒剣から浮かび上がるのは、少女の姿を象った無数の白い靄。
 それは黒騎士として喰らい、今も共に在る、魂だけの存在と化した『彼女』達。
(「まあ、流石にこの光景は誰かに見せられるものじゃないよなぁ」)
 何となくそう思い、無意識に苦笑を零しながら、香草茶を取り出す敬輔。
 割れている月は気にしない。
 うん……気にしないぞ!
(「まあ、この美しい月は……他の世界では早々見られるものじゃないからな」)
 何か割れかけている裂け目から入道雲っぽい何かが溢れているのに、胸中の何かが囁くが、必至に無視。
 そんな何かを堪える様な敬輔の様子を可笑しく感じたのか、白い靄の少女達の幻影が何やら漣だっている。
 ――お兄ちゃん。
 ――良いんだよ、偶には肩の力を抜いても。
 ――そんな風に遊ぶのも、乙なものだよ?
 そんな『彼女』達のからかいに動揺も、突っ込みも敢えてせずに。
「……なぁ、君達」
 しみじみとした口調でそう呼びかける敬輔に、少女達の幻影もまた殊勝な表情を見せて、粛々と佇んでいる。
 香草茶の柔らかな香りが、敬輔の鼻腔を擽っていった。
「俺の復讐の旅は……恐らく、もうすぐ終わるだろう」
 最も、其れが本当に何時になるのかは、未だ明瞭にはなっていないけれども。
 それでも既に両親の魂は解放し、里を襲った吸血鬼達は、既に骸の海……永久の彼方へと葬り去っている。
 だから、後、1人だけ。
 カヤを追い続ける旅が終われば、復讐の旅は終焉に至る。
 その結果、自分がどの様な思いに辿り着くか迄は、分からないけれども。
(「でも……」)
「俺の中の吸血鬼どもへの憎悪は未だ残るだろうし、これからも人々を苦しめる吸血鬼は斬り殺していくだろうけれどもな」
 この命尽きる、その時迄。
 だから……。
「最後のその時まで君達は……一緒にいてくれるか?」
 その、敬輔の呼びかけに。
 人を象った『少女』達がその口元に微かに寂しげな笑みを綻ばせて。
 ――わたし達には、もう帰る場所はないから。
 小さな応えが返ってきたのに、敬輔が思わずその赤と青の双眸を見開いた。
(「……そうか。もう、君達には……」)
 死した彼女達の魂には、此処か、或いは永遠の揺り籠……骸の海しか、居場所がないのだ。
 ――まあ、別に良いんだけれどね。
 ――わたし達は、地獄の責め苦から解放された。
 ――だから、お兄ちゃんと一緒にいる。
 ただ、其処にいたいから。
 それ以上に求め得るものが果たして彼女達にはあるのだろうか。
 その疑問がちらりと敬輔の脳裏を過ぎった、その時。
『故郷は、遠きにありて思うもの。……良い歌でありますにゃぁ』
 ふ、と。
 微かに酒気の匂いを孕んだ穏やかな声が聞こえてきた。
 驚き敬輔が其方を振り返ると、そこには赤ら顔で腕を組み、しみじみと頷く東方親分『山本五郎左衛門』の姿。
「アンタ……」
 敬輔の其れに、少々申し訳なさそうに頬を軽く掻く山本親分。
『酔い覚ましに、と軽く散歩をしていたら、猟兵さんの語りかけが、つい、耳に入ってきてしまいましてにゃ』
「……そうか」
 頷く敬輔の傍らに移動し、山本親分が懐かしそうに目を眇めて、月を見上げる。
『UDCアースの月も、あの様に美しいものであったものですにゃ。やはり、月見は良いものですにゃ。こうして過去の想いを懐かしめるのですからにゃ』
 山本親分の何処か(雌だが)好々爺然とした言の葉に敬輔が軽く小首を傾げた。
「……さっきのは?」
『何、少し小耳に挟んだことがある歌ですにゃ。日の本の国で嘗て歌われた、そんな歌ですにゃ』
 そう月を見上げる山本親分には、今のUDCアースはどの様に見えるのだろう。
 詳しくは分からないが、如何して、と言う疑問は芽生え、敬輔が静かに問う。
「何故、急にその歌を?」
『何、その者達の心中に郷愁を起こせる場所がある限り、其処はその方には永遠に故郷なのだと言いたかっただけですにゃ。そして……』
 そう呟いて。
 微かに逡巡する様な表情を見せてから、山本親分が微笑を零した。
『儂には貴方様が誰と共にいるのかは分かりませんがにゃ。その方達にとっては、貴方様が今の帰るべき場所なのだろうと思ったまでですにゃ。儂にとって此処が、第2の故郷であるのと同じ様にですにゃ』
「俺が……故郷、か……」
 ぽつり、と呟く敬輔に頷き。
『それでは失礼致しますにゃ。儂が、他に礼を述べたい猟兵の皆さんが来ていらっしゃる様なのですニャ』
 そう礼儀正しく会釈をし。
 やや千鳥足ながらも気楽な様子で歩き出す山本親分の背に。
 敬輔と『彼女』達が静かに一礼し、山本親分を見送った。

成功 🔵​🔵​🔴​

文月・統哉
『親分』同行希望
絡みアドリブ歓迎

親分に改めてお礼を言い
UDCアースの甘酒を勧める
大祓骸魂の分も
甘酒に月を映し献杯
彼女を偲び親分と語らう

塔の上で待つ彼女の下へ
沢山の猟兵が会いに行った
彼女の願いを阻止する為に
それでも俺には彼女が
少しだけ嬉しそうに見えたんだ

名を呼ばれ言葉を交わす
交えた刃の先
向けられた沢山の感情
その多くが敵意でも
戦場の誰もが彼女を『見て』いた

彼女はオブリビオンそのもの
親分達の様に助ける事は出来なかったけど

大祓の名と祝祭は
彼女を縛るものであると同時に
救いでもあったのかなって思う

親分
彼女の事、覚えていてくれてありがとう
俺も忘れないよ
彼女の愛した世界と
彼女の愛で作られた
この幽世の世界と共に


藤崎・美雪
他者との勝手な絡み、アドリブ大歓迎

…そりゃ、この状況はグリモア猟兵めっちゃ戸惑うだろ
もっとも、私も反応に困るけど
ツッコミ倒すわけにはいかんからなぁ…

まあ、普通に月見するか
何なら山本五郎左衛門殿(なんとなく殿呼び)、あなたもいっしょにどうだ?
この後を考えると月見団子と粗茶しか用意はできないが
…言っておくが月には突っ込まないからな

月見団子と粗茶を用意したら
山本殿には無事戻って来てくれたことを祝うと共に
我々に道を繋げてくれたことへの礼を述べよう
骸魂だけを上手く倒せば救出できるとは言っても
正直、ハラハラしていたのだよ
…無事でよかった

後は他猟兵の話に耳を傾けつつ
…そろそろ雨、降ってきそうだな


神宮時・蒼
可能であれば、親分様と一緒
……何とも、まあ、義に、厚い、と言いますか、思い込み、一直線、と、言いますか…
……親分様も、大変、ですね…
……せっかく、平和に、なった、のです。…頑張って、お月見、しましょう、か…

…そういえば、戦争の時は、忙しくて、ちゃんと、カクリヨファンタズムの、お月様を、見上げた事、ありません、でしたね
たまには、ゆっくり、空を見上げるのも、悪く、ないかも、しれません

…親分様、最近の、ご様子は、如何、ですか?
ぽつぽつと、その後の事について聞いてみます
こういった事件が起こる以外は皆様穏やかなのか

故郷、という概念は、ボクには、ありません、が
…護れて、良かったと、思います、です




「……何とも、まあ、義に、厚い、と、言いますか、思い込み、一直線、と、言いますか……」
 入道雲型の何かに覆われる、半分程埋まった様に思える満月の割れ目を見つめ。
 赤と琥珀色の色彩異なる双眸に困惑の光を揺蕩わせ、何とはなしに目頭を押さえながら、神宮時・蒼が小さく囁く。
「ま、まあそうだが。……この状況は、あのグリモア猟兵もめっちゃ戸惑うだろうなぁ」
 と、腰に束ねた鋼鉄製ハリセンを携え、蒼と同じく目頭を押さえて上空の月を見上げながら、藤崎・美雪がうんうん、と相槌を打っていた。
(「と言うか、ツッコミ……ツッコミを入れたい……! 何なんだ、月が割れてそこから入道雲っぽい何かが出てくるって! と言うか、それ以上におもてなしの心が強すぎてカタストロフが起きるってどんな状況だぁぁぁぁぁっ?!」)
「あ……あの、藤崎様……」
 必至にツッコミを堪えている筈の美雪に、おずおずとした口調で呼びかける蒼。
「? ああっ、如何したんだ蒼さん?」
「あの……藤崎様の、手に、握って、いらっしゃる、物は、なん、でしょうか、と……」
 おずおずと、しかし生真面目な表情での蒼のさりげない問い。
 そう聞かれた美雪は何時の間にか手に鋼鉄製ハリセンを持っていたことに漸く気がつき、はっ! とした表情になる。
「おかしいな……。ツッコミ倒す予定はなかったのに、如何して鋼鉄製ハリセンが私の手に……。どうにも月と月の割れ目が見にくいなとは思ったが……!」
「ニャハハッ♪ 何か美雪らしいね。まあ、折角だしお月見を楽しもうか」
 何時の間にかセルフツッコミ属性が板に付いてきた気がする美雪の様子に、愉快そうに文月・統哉が朗らかな笑みを浮かべると。
『猟兵の皆さん、とても楽しそうでいらっしゃいますにゃ』
 賑やかな統哉達の背後から、喉を鳴らす様な、愉快そうな声が聞こえた。
「……あっ。山本親分様、ですね……」
 その声に最初に気がついた蒼が其方を振り向くと、東方親分『山本五郎左衛門』が、赤ら顔のまま、そうですにゃ、と笑う。
 尻尾がピンと立っているのに、蒼の胸の灯がソワソワと落ち着きなく揺れた。
「うむ? 山本五郎左衛門殿。もしや、酔っ払っているのか?」
 現れた山本親分の姿に一先ず鋼鉄製ハリセンを腰に束ねて、コホン、と気を取り直す様に咳払いをしてからの、美雪の問い。
 美雪の問いに酔ってますにゃ、と山本親分ははにかみながら頷き返す。
『こんな風に、月見酒を楽しめたのは久し振りなものでしてにゃ。少々良い気持ちになっているのは確かですにゃ』
「ニャハハッ。それは良いね。こうやって何気なく山本親分と話が出来るなんて、俺達も頑張った甲斐があったよ」
 押しつけがましくなく和やかな統哉の笑みに、蒼もおずおずと釣られる様に口元を花の様に微かに綻ばせて頷いていた。
「……そう、ですね。ボク達も、親分様を、助けられて、良かった、です」
 その蒼の桜の様な微笑みに、山本親分が何やら満足げに頷いている。
 赤ら顔の中に覗く邪気のない笑顔は、その身に纏う妖怪達への確かなカリスマを、成程、と納得させるだけの力に満ちていた。
(「そんな東方親分だから、あの妖怪達も共に骸魂を飲み込んだんだろうな」)
 ふとそうした想いを胸に抱きながら、統哉が懐にしまっていた徳利を取り出す。
 その徳利を見て、山本親分がおや、と言った表情になった。
「幾ら猟兵の皆さんと言えど、未成年がお酒を飲むのはまずいのではありませんかにゃ?」
「ニャハハッ。確かにお酒はお酒だけれど……此は甘酒だよ、東方親分」
 告げて酒を勧めようとする統哉に成程ですにゃ、と納得の声を上げる山本親分。
 そんな統哉と山本親分のやり取りを見ながら、何処からともなくブルーシートを取り出しいそいそと其れを地面に敷く美雪。
「……あっ。藤崎様、ボクも、お手伝い、致し、ます……」
 その美雪を手伝って、ブルーシートの端を押さえる蒼に、ありがとう、と美雪が短く礼を述べ、それから粗茶と月見団子を用意する。
(「……せっかく、平和に、なった、のです。……頑張って、お月見、しましょう、ね……」)
 そのまま行儀良く正座をしてブルーシートに座り込む蒼が緊張でもしているのか、肩を心持ち強張らせているのに苦笑する美雪。
「蒼さん、普段通りで構わないよ。私達は、何度か共に戦った間柄でもあるのだからな」
「……藤崎様、お気遣い、ありがとう、ございます……。……でも、ボクは、大丈夫、ですので……」
 淑女然とした蒼の謙遜にそうか、と美雪が苦笑を零しブルーシートに座り込む。
『それでは折角ですし、儂もご一緒させて頂きますにゃ、猟兵の皆さん』
 そう言って躊躇いなく胡座を掻いて座る山本親分に、統哉が頷いて続けてブルーシートに座り。
 それからお猪口を5口特製のガジェットから取り出て、其々に甘酒を注いでいた。
(「ふむ……一応、粗茶も用意だけしておこうか」)
 甘い香りと共に湯気立つ甘酒に頷き、美雪が甘酒入りお猪口を手に取る。
 山本親分、蒼も同様にそれを手に取ったのを見て取り、統哉がそれじゃあ、と手元のお猪口を掲げた。
 地面にそっと置いた、大祓骸魂の分のお猪口も手に取って。
「大祓骸魂の分も籠めて……献杯」
 甘酒の表面に月を移し出しながらそう小さく言の葉を紡ぐ統哉に山本親分が倣ってお猪口を掲げる。
 蒼もひっそりとお猪口を上げ、美雪が其れに微笑を零しつつ、静かに献杯した。
『献杯ですにゃ』
 統哉に倣って厳粛な面持ちで告げる山本親分の赤ら顔の向こうの琥珀色の瞳には、一入の感慨が籠められている。
 それから其々に甘酒を口に含み、濃厚な味わいを楽しんでいると、ふと、山本親分が蒼の方へと視線を移し。
『貴女様も、楽にして頂いた方が儂も、嬉しいですにゃ』
「あっ……では……」
 そう促され、そっと正座を崩す蒼。
 そんな蒼を統哉が何処となく楽しそうな目付きで見つめる間に、そうだ、と美雪が改めて山本親分を見つめた。
「山本殿。あなたには、改めてお礼を言わねばなるまいな。無事に戻ってきてくれた事もそうだが……何よりも、我々の為に道を繋いでくれたのだから」
 その美雪の祝辞と御礼に。
 山本親分が何を申されるのですにゃ、と甘酒を口にしながら目尻を和らげた。
『猟兵の皆さんがいらしてくれたお陰で、儂等も助かっておりましたのにゃ。猟兵の皆さんがいらっしゃるまでは、儂が妖怪達の揉め事の仲裁に入り、カタストロフを食い止めていたのですからにゃあ』
「……親分様も、大変、なのですね……」
 まるで昔を懐かしむ様に目を細める山本親分の其れに、両手でお猪口を包み込む様にして甘酒を飲んでいた蒼が、しみじみと呟く。
 その色彩異なる双眸に、入道雲に覆われた、割れ目の薄れた満月を映しながら。
「……そう言えば、戦争の時は、忙しくて、ちゃんと、カクリヨファンタズムの、お月様を、見上げた事、ありません、でした……」
 思い出した様に言の葉を紡ぐと、そうでしたかにゃ、と山本親分が相槌を一つ。
『この世界の月はあのまぼろし橋の様に移ろいやすいものですからにゃ。そんなお月様を時には見上げる心のゆとりは、やはり欲しいものですにゃ』
「……そう、ですね」
 味わう様に甘酒の入ったお猪口を弄ぶ山本親分のそれに、小さく頷き返す蒼。
(「……まぼろし橋、ですか」)
 それは、蒼にとって、大切な想いで。
 会った事も無い、けれども会いたいと望み……そして、自分に未来を託してくれた『あの人』達と出会えた、そんな場所。
 其れはある意味で、自らの胸の裡に灯った灯……『ヒト』の心の優しさを、教え、託してくれた所。
 その時の記憶が刺激され、胸に灯る暖かさを慈しむ様にその手で撫でる蒼。
 そんな彼女のお猪口に追加の甘酒を注ぎながら、統哉がそうだ、と静かに囁く。
「……親分は、大祓骸魂の事、どう思った?」
『貴奴……太古の究極妖怪、大祓骸魂の事ですかにゃ?』
 統哉の問いかけに、確認する様に呟く山本親分。
 山本親分の其れに静かに頷き、両目をそっと瞑り、その戦いの時の事を思い起こしながら統哉が語る。
「彼女は、塔の上で俺達の事を待っていた。その彼女に、沢山の猟兵達が会いに行った……」
 その時の戦いのことを思い出しながら、呟く統哉。
 自分を含めた、25人の猟兵達と共に、その戦いに行った記憶は、未だ新しい。
『……そうですかにゃ』
 その戦いの全てを、無論山本親分が見ている筈もないだろう。
 だが、思う所はあるのだろう。
 その言葉の端々には、言葉で言い表わしきれない深い情感があった。
「俺達が戦いに行った理由は一つ。彼女の願い……UDCアースと一つになると言うその願いを阻止するためだった」
『それは当然ですにゃ。儂等の力では、大祓骸魂の目的を止めることは出来ませんでしたにゃ。だからこそ、儂等は儂等の命を省みることなく骸魂を喰らい、貴奴の軍門に降りましたのにゃ』
 その時の覚悟……いや、覚悟とすら呼べぬ当たり前の想いを胸中に思い起こしながら、深々と頷く山本親分。
 美雪がその話に静かに耳を傾けながら、山本親分のお猪口に甘酒を注ぎつつ、統哉に目線で話の続きを促している。
「それでも俺には、彼女が少しだけ嬉しそうに見えたんだ。自らの名を呼ばれ、俺達と言葉を交わし、そして交えた刃の、その先で」
『それは……そうかも知れませぬにゃ。貴奴は儂の様な物好きからはさておき、猟兵の皆さんや人々の誰からも忘れられた存在だったのですからにゃ』
 統哉の述懐を耳にしながら。
 注がれたお猪口の中に浮かぶ満月を、そっと目を落として見つめる山本親分。
 水面が揺らぎ、其れが世界全体へと浸透していくかの様に波紋を広げる。
「俺達が大祓骸魂に向けた沢山の感情。その多くが敵意だった。けれども、戦場の誰もが『大祓骸魂』と言う、彼女を『見て』いたんだ」
 骸の海に、UDCアースと共に沈み、眠りにつこうとする大祓骸魂。
 その歪んだ存在証明は、正しくオブリビオンの本性の一端そのもの。
 だから……。
「彼女を助けることは、俺達には出来なかった」
『それは……仕方の無い事ですにゃ。儂等は、第2の故郷であるこの世界に辿り着いたが故に、此処で生きながらえることが出来ましたにゃ。其処に猟兵の皆さんが現れた以上、儂等の事は、世界を通じて猟兵の皆さんが『覚え』られますにゃ。ですが……貴奴はそうではないのですにゃ』
 彼女は、太古の究極妖怪であると同時に、骸魂の成れの果て。
 即ち『カクリヨファンタズム』に辿り着くことの出来なかった妖怪達の権化。
 つまり『大祓骸魂』の名の示す通り……『骸魂』、そのものなのだから。
「……ですから、彼女は、世界への、愛に、妄執、した、の、でしょう、か……?」
 ポツリ、と。
 あの時の自らの想いを振り返りながら、考え込む様に赤と琥珀色のヘテロクロミアを彷徨わせる蒼に、山本親分が成程ですにゃ、と頷きを一つ。
『貴奴は、貴奴の想いを、世界への愛としていたのですにゃ。忘れられるのが怖い、そう思うのは極自然な想いではありますが……世界と同化してでも、と迄は儂には考えられませぬにゃ』
「……まあ、万が一山本殿がその様な事になった時は、私達が殴り飛ばしてでもまた元に戻って貰うだろうがな」
 微かに遠い眼差しをした美雪の其れに、山本親分が相好を崩す。
 人懐っこい山本親分のその笑みを見つめながら、統哉がでも、と口直しに粗茶を運びながら話を続けた。
「大祓の名と祝祭は、彼女を縛るものであると同時に、救いでもあったのかな、と俺は思っている」
 ――大祓。
 それは、人々の罪や穢れを清浄なるものへと返すための、祓式。
 故に、彼女の名は骸魂と言う穢れ、堕ちていった妖怪達の魂や人々の罪や穢れを祓うために授けられたものなのかも知れない。
 その全ては、統哉の推測の範疇に留まるけれども。
 でも、その名と存在を『覚えて』いた山本親分達がいたからこそ、大祓骸魂を祓う事が出来たのは、確かな真実。
 だから……。
「親分。彼女のこと、覚えていてくれてありがとう。そして、これからは……」
 そう、これからは……。
「俺も忘れないよ。彼女の愛した世界と、親分達の愛するこの幽世の世界と共に」
 その統哉の尊き誓いの言の葉に。
『これならば、貴奴も報われることでしょうにゃ。もしまた何かあれば、勿論、儂等も手を貸させて頂きますにゃ』
 と、統哉のお猪口に、山本親分がお猪口を軽く合わせた所で。
「……親分様」
 統哉の言の葉に、眉を顰めて考え込む様にしていた蒼が辿々しく尋ねかけた。
『どうかしましたかにゃ?』
 その蒼の問いかけに、小首を傾げる山本親分。
 自分の片目と同じ、琥珀色に輝く双眸を見返しつつ、親分様は、と蒼がポツポツと尋ねる。
「その、最近の、ご様子は、如何、ですか?」
『最近ですかにゃ?』
 問いかける山本親分の其れに、蒼がコクリと首肯した。
「例えば、今回の、様な、事件が、起こる、以外は、皆様、穏やか、なの、でしょうか……?」
 その蒼の問いかけに。
 山本親分が目尻を和らげ、自らの頬を軽く掻いていた。
『そうですにゃ。カタストロフが起きそうになるのはいつも通りですにゃ。ともあれ、猟兵の皆さんが来て下さってからは、大分カタストロフも落ち着いた感じは致しますにゃ』
「……そう、なの、です、ね……」
 そう呟いて。
 俯き加減に甘酒を味わっていた顔を上げ、静かに月を見つめる蒼の、何処か透き通った横顔に、山本親分が柔和に微笑む。
『どうかしましたかにゃ?』
「いえ……。ボクには、故郷、という、概念は、ありません、が……」
 そこまで告げて。
 胸中に灯る仄かな灯……『心』を、その心を肯定してくれた『あの人』達の事を思い起こして、そっと頬笑む。
「……護れて、良かったと、思います、です……」
(「あの、まぼろし橋の、向こうの、あの方達が……」)
 安らかに、穏やかに眠り続けているその場所を護る事が、出来たのだから。
 自らの心にそう語りかける蒼の様子に、思う所でもあったのだろうか。
 山本親分が静かに微笑み、そっと蒼のお猪口に、甘酒を注ぐ。
『猟兵さん。先程、他の猟兵さんにもお話をしたのですが……貴女様にも、お伝えさせて頂きますにゃ』
 注がれた甘酒に気がついた蒼がそんな山本親分の言の葉に籠められた其れに気がつき、其方を見やる。
 その赤と琥珀の色彩異なる双眸に、微かな不安と、心配を孕んで。
 そんな蒼の不安を読み取っているかの様に。
 山本親分が、美雪が用意した粗茶を味わう様に一口飲んで、ゆっくりと告げた。
『貴女様の中にいる、誰か、或いは、何か。貴女様にとって大切なもの、そのものがきっと、儂には、貴女様の心の拠所……大切な故郷になるのではないでしょうかにゃ、と』
 山本親分の言の葉に。
「ボクの、中にいる、ボクの、心の拠所……?」
 呟きその胸中を漂う心に手を当て、慈しむ様に目を瞑る蒼に、穏やかに山本親分が笑いかけた。
『そうですにゃ。或いは、何時か、貴女様にも、儂にとってのこの世界とUDCアースの様に、目に見える形となった故郷が見つかるのかも知れませぬにゃ。自分にとって、また戻ってきたいと思える場所、それが故郷、と言うものですからにゃ』
(「何時か、ボクが……」)
 また、戻りたいと思える場所。
 その山本親分の言の葉に、蒼が締め付けられる様な想いと共に、きゅっ、と軽く自らの心を握りしめる。
 そんな蒼の様子を見つめていた美雪だったが……。
 ふと月の光が薄まり、入道雲が一際濃くなってきているのを感じ取り、もう一度空を見上げた。
 満月の割れ目は、確かに閉ざされていたけれども。
 その入道雲の動きを見て……。
「……そろそろ雨、降ってきそうだな」
 そう呟いた美雪の其れは、予測ではなく、確信だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

森宮・陽太
×
アドリブ可

…ああ
この月は雲がかかっているだけで綺麗な月さ

…と自分に「催眠術」かけて
月が割れている事実から目を逸らすぜ
いや、こうでもしねぇと突っ込んでしまいそうでな

おそらく、ワイワイ月見を楽しむ連中もいるだろうが
俺は何となく一人になりたい気分だ
酒とつまみを持ち込んで
月を眺めながら一人黄昏るさ
いい風景とうまい酒、最高じゃねえか

…雨、か
過去や未来を見せ続けられる、というなら
俺に見せられる過去や未来は…?

以前まぼろし橋で観た光景を思い出す
「暗殺者」の俺の所業を見せつけられた時のことをな
今、当時の記憶がなくても
命じられた行為であっても
罪は罪であることに変わりはねえ
いい加減向き合わないといけねえな




(「……ああ、この月は雲がかかっているだけで、綺麗な月さ。そうだ、綺麗な月以外の、何者でもねぇ……!」)
 翡翠色の双眸を瞑り、頭の中で何度も、何度も同じ言葉を反芻し続けるのは、森宮・陽太。
 あまりに催眠術を掛けるのに夢中になりすぎて、欠けていた筈の月の割れ目がくっつき始めているのに気が付かないのはご愛敬。
 如何して、その様な事を陽太がしているのかと言うと……。
「いや、だって、こうでもしねぇと突っ込んじまいそうでなぁ」
 注:その方向には、誰もいません。
 目を瞑り精神集中を行い、独りごちている陽太がいるその場所の遥か遠く。
 随分と遠くに感じられるその場所から、猟兵達の喧騒が聞こえてくる。
 時折、語尾に、にゃと付いた声が聞こえてくるのは、恐らく東方親分『山本五郎左衛門』も混ざっているからだろう。
 その喧騒に耳を浸しながら翡翠色の双眸を開き、漸く割れ目が入道雲型の何かに覆われた月へと視線を向ける陽太。
 その傍に置かれているのは、桜酒の入った急須と盃。
 更にそら豆や桜餅の様な色とりどりの、酒のつまみ。
 急須から桜酒を盃へと移して口に含み、その味を噛み締める様に楽しんだ後、桜餅を口の中に放り込む。
「こうして見ていると、朧月みたいだよなぁ……あの月も」
 絵になりそうなそんな風景を見つめながら、うまい酒を飲み、つまみを食べる。
 それは、本当に細やかで、幸福な一時。
 ――と、此処で。
(「?」)
 割れている筈の月の割れ目がしまり、代わりに入道雲が月を覆い隠す様にしているのを見て、その雲の動きに違和感を覚える陽太。
 程なくして月を覆う様に入道雲が一際濃く浮き彫りになっているのに気がつき、それが、今にも雨が降り出しそうな雰囲気を醸し出している。
(「……雨、か」)
 おもてなしの雨、と其れは予知では告げられていたけれど。
 ――おもてなしの雨って、何だよ?
 そのツッコミは、脇に置いて。
 雨が降り出すと共に現れるとされるオブリビオンの存在を思いだし、陽太は月を睨む様に目を細めた。
(「オブリビオンのおもてなしは、過去や未来を見せ続ける、だったか……?」)
 雨の中で、見せられるその光景。
 けれども陽太には、未来についてはさておき、過去は……。
(「そう……今の俺に、過去はないんだ」)
『無面目の暗殺者』
 そう陽太が名付けている自らの過去であり、『真の姿』の状態の自分。
 勿論、それすらも真実かどうかは定かではないのだけれども。
 だが……。
(「いや……その過去が真実の証拠はある。ただ、俺が忘れているってだけで」)
 その脳裏を過ぎるのは、大祓百鬼夜行で訪れたまぼろし橋。
 そのまぼろし橋で見た、あの光景。
『暗殺者』だった陽太が手に掛けた、老若男女を問わぬ人々の怨嗟の声。
 でも、如何してそんな事になったのかは記憶にない。
 忘れてしまった。
 ……否。
(「忘れた振りを、しているだけなのかも知れないな」)
 蓋をして、その過去を無かったことにして。
 そして今が、ある。
 その当時の記憶は、今の陽太には存在していない。
 けれども誰かに『命じ』られていたと言う記憶は、朧気ながら判明している。
 ――けれども。
(「あの時見たアイツらをこの手に掛けた理由が、嘗ての俺が、誰かに命じられて行っていただけだったのだとしても」)
 それでも、犯した罪は消えない。
 人の『いのち』を奪った『罪』は、決して拭えない。
 何故なら、どの様な形であれ、罪は、罪である事に変わりはないのだから。
 ――故に。
(「いい加減、向き合わねぇといけねぇな」)
 桜酒を干し、最後のそら豆を口に含んで咀嚼して。
 飲み込んだ陽太は、じっ、と濃い入道雲に覆われた月の浮かぶ空を凝視する。
 ――ポツリ、ポツリ。
 滴り落ちる様に水の雫を……雨と言う名の涙を零し始めた、その空を。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『雨に願うモノ『翠雨』』

POW   :    雨の記憶
【『誰かの大切な過去』を映す雨】を給仕している間、戦場にいる『誰かの大切な過去』を映す雨を楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
SPD   :    雨の鏡
【『今とは違う可能性の今』を映す雨】を披露した指定の全対象に【この雨の中に居続けたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ   :    雨の夢
【『未来の夢』で優しく包む雨】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠鈍・小太刀です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 裂けていた月の割れ目は閉ざされた。
 けれども月の割れ目から出現した入道雲型の其れは、未だその場に在り続けた。
 ――ポツリ、ポツリ。
 雨が降る。
 入道雲型のそれから、雨が降り注ぐ。
 降り注ぐ雨は次第に強くなっていき、程なくして台風とでも呼ぶべき其れになるであろう可能性は十分に想定できた。
 その雨が強くなって洪水と大風を呼び、それがカタストロフの原因となる事も。
 それが、このおもてなしの雨。
 何時暴走するとも知れぬその雨を切り裂く様に。
 ――ヒュルリー、ララ♪ ヒュルリラララー♪
 緊張感のまるで感じられない間の抜けた音が、お月見会場全体に響き渡った。
 お月見を楽しんでいた猟兵達が思わず反応、反射的に其方を振り返ると……。
「おもて~なし。如何ですか~?」
 右手で唐傘を差し。
 何だか妙に哀愁漂う雰囲気で、ズリズリと屋台を引く少女が1人。
 その少女が屋台と共に一歩歩くその度に、空から降り注ぐ雨の勢いが強くなる。
 彼女が、おもてなしの心を爆発させているのは一目瞭然。
 同時に其れは、色んな意味で、混沌とした状況だった。
「あっ、お客様~。いらっしゃいませ~!」
 そんな屋台を引いた少女が、猟兵と東方親分『山本五郎左衛門』の姿を見て。
 にっこりと営業スマイルを浮かべてつぶらな瞳で見つめてくる。
 ――まあ、その周囲に虞が漂っているのは気にしない。
 そう……気にしてはいけない!
「雨、降ってきちゃいましたねぇ~。宜しければ、此方で雨宿りでもどうぞ~。誠心誠意真心籠めて、お尽くしさせて頂きます!」
 そう言って。
 にこにこと愛想笑いを振りまくその少女の様子に、ええ……と猟兵達が其々の表情を浮かべる。
 屋台の屋根に何故かついている煙突から吐き出される煙が、空に浮かぶ入道雲型の何かと混ざり合って、益々それを巨大化させていた。
「あっ、それとも、過去か未来をお探しですか? それでしたら、幾らでもお見せさせて頂きますよ~。その時は、此方の傘をお使い下さいね~」
 言いながら、いそいそと屋台に取り付けられた籠から唐傘を取り出すその少女。
 でも、やっぱり虞は纏っている。
 間違いない。
 この少女こそ、おもてなしの心を爆発させて、骸魂を飲み込んだ竜神であろう。
「さて、何に致しますか? お客様のご要望には、誠心誠意、真心籠めてお答えさせて頂きます!」
 天真爛漫な笑顔を浮かべて。
 屋台を引くその少女に猟兵達が其々の表情を浮かべて、近付いていくのだった。

 *下記、第2章のルールとなります。
 A.第2章のプレイングボーナスは下記のどちらかです。
 どちらでもプレイングボーナスは付きますので、お好きな方をお選び下さい。
 1. 屋台グルメを食べまくる。
 2. 敵のユーベルコードを受け、自らの情景と向き合う。
 B.複数名で参加する方はプレイング冒頭に、【グループ参加名】or【お相手】を入れて下さい。
 また、連携不可の方は冒頭に×をご記入下さい。
 C.第1章同様、東方親分『山本五郎左衛門』は、ご希望があれば同行致します。
 この場合は、『親分同行希望』とでもお書き下さいませ。

 ――それでは、良き屋台ライフを。
館野・敬輔
×
【一応SPD】
アドリブ大歓迎
指定UCは演出

…どういう状況なんだ、これ

気を取り直して
俺が見たいのは『今とは違う可能性の今』だ

…ああ、傘はいらない
常に頭を冷やしていたいから

雨に打たれながら見えてきた情景を見て、息を呑む
…これが、もうひとつの可能性
「猟兵に覚醒せず、吸血鬼の従順な下僕と化した俺」か

心身ともにマリーに完全に支配された俺は
各地の街や村を襲い
欲望の儘に血を啜る吸血鬼に
彼女の喜びは俺の喜び
如何なる命令でも喜んで従う…下僕に

目をそらさず最後まで見届けたら
「祈り、属性攻撃(聖)」を籠めた黒剣で情景を斬り
吸血鬼どもへの憎悪を新たに

見せてくれて、ありがとう
こうならなくて良かったと心の底から思うよ




「……どういう状況なんだ、これ……」
 ――ヒュルリー、ララ♪ ヒュルリラララー♪
 屋台の屋根の煙突から、噴いた煙が濛々と宙を舞い空の入道雲型の幼生と合体。
 カクリヨファンタズム全体を覆い尽くさんばかりの雲へと変化して、其処から、ポツリ、ポツリと銀の雫の如き雨が降り始めている。
 それは、既に館野・敬輔の理解の範疇を越えた現象。
 それを引き起こしている張本人……。
『あっ、お客様~! お食事ですか!? それとも未来と過去を見るシャワーですか?! もしそれでしたら、この傘をお使い下さいませ~!』
 と純真無垢にキラキラと漆黒の瞳を輝かせる、屋台を引いてきたオブリビオンの少女の呼び込みに。
 ――うん、間違いない。
 這い寄る混沌、摩訶不思議の一言では、とてもではないが片付けられぬ状況だ。
(「取り敢えず、俺もハリセンを用意するべきだったか……?」)
 訳注:敬輔さんは、ハリセンICを持っています。
 まあ、それがプレイングのアイコンに選択されていたら、新たな可能性が……。
「いやいやいや、待て待て待て、地の……じゃなくて天の声(仮称)。何か謎のモノローグが入っている気がするぞ、おい?」
 いえ、入っておりません。
 さあ、シリアスに戻しましょう。
(「……絶対入っているだろう、これ!?」)
 ――閑話休題。
 コホン、と気を取りなおす様に咳払いを敬輔が一つして、目前の屋台を引く少女へと視線を向ける。
 因みに少女の方は、その無垢な眼差しで敬輔を見つめているだけだ。
 と、此処で敬輔が軽く頭を振り。
「いや、食事は良い。俺が見たいのは、『今とは違う可能性の今』だ」
 そう、敬輔がオーダーすると。
『あっ? はいはい、勿論お見せ致しますよ~! でも、雨が一際強くなりますので此方の唐傘からお好きな色を……!』
 誠心誠意、唐傘を貸し出そうとする少女に微苦笑を向けて。
「……ああ、傘は要らないよ」
 そう応える敬輔に、少女が残念そうに眉を顰める。
 肩もがっくりと落とすその様子が、何だか酷く憐れみを誘った。
『そうですか……』
 気落ちした少女を慰める様に、慌てて頭を振って打ち消し、どうどう、といなす様に両手を挙げる敬輔。
「ああ、いやいや、勘違いしないで欲しい。単純に俺が雨に打たれて頭を冷やしていたいからであって、君のおもてなしの心を否定するつもりはないんだ」
 そう告げて。
 静かに天を睨む敬輔。
 赤と青の双眸の向こうには、入道雲型の幼生に覆われた向こう側から差し込むほんの微かな紅光が見え。
 更に、ポツリ、ポツリと降り注ぐ銀の雨が彼の甲冑を叩いていた。
 その甲冑を雨が叩く音と、共に。
 少女の背後の屋台の煙突から噴き出す煙が、1つの光景を形作っていく。
 その銀の雨が、写し出したモノ。
 それは……。
(「此が……この、光景が……」)
 思わず、敬輔がその目を見張る。
 そこに映し出された光景の中にいるのは、1人の少女。
 いや……それを『少女』と言う事さえ憚られる。
 彼女が口元に浮かべているのは、無邪気な嘲笑。
 そしてその全身を……深淵の闇に覆い尽くしているのだから。
 その少女が、ゆっくりと目前の人々に向けて指を差し向ける、それだけで。
 ――犬歯を伸ばし、漆黒のマントを纏い、鮮血の様に赤い黒剣を構えた……。
(「……もう一つの可能性の、俺か」)
 その双眸にちらつく危うさを孕んだ光。
 憎悪の光を纏った彼の腰の黒剣から白い靄が吹き出し、敬輔を覆う。
 まるで、敬輔の心を守るかの様に展開された白い靄達と、自らの体を叩く様に降る雨が、敬輔の心を辛うじて静めていた。
 嘲笑を浮かべた『彼女』、マリーが、その男……自らの眷属と化した黒騎士に命令を下す。
 眷属である吸血鬼は、命令通り、明けることのない夜に覆われた世界にひっそりと在るその村の人々を血剣で斬り捨てた。
 その口元に、主と同じ昏い愉悦に満ちた笑窪を刻みながら。
 人々から噴き出す生暖かい返り血を浴びるのが心地良い。
 悲鳴や苦痛、嘆きの叫びを上げる女子供の、その声自体もまた、自らの愉悦。
『アハハハハハハハッ!』
 愉悦に満ち満ちた女吸血鬼、マリーの笑いが人々の悲鳴の中に木霊する。
 マリーは瀕死で命乞いをし、或いは泣き叫ぶ人々……特に若い男の其れを愉悦の儘に聞きながら、体に繋がっている首に猛烈なキス。
 牙を突き立て、人々が干からびるその時まで、思う存分血を飲み干す彼女の姿に、『もう1人の』敬輔は、満足そうに頷く。
 ――あの御方の喜びは、俺の喜び。
 こうしてお零れの人血を啜れるだけでも、極上の価値がある。
『ねぇ、もう堪能したから、こいつらこの里ごと、纏めて燻り殺しちゃってよ!』
 マリーの命令に喜んで頷き、その手の血剣から、瘴気を纏った黒焔の刃を解き放つ眷属敬輔。
 剣閃と共に放たれた紅蓮の刃が家々に着弾、瞬く間に紅蓮の業火と黒煙に包む。
 放たれた煙に巻かれ、炎に焼かれ、辛うじて息をしていた人達の絶望と悲鳴の大音響が村全体に鳴り響き……。
『アハハハハハハハッ! 最高! 偶にはこういう火祭も一興だわ!』
 心底愉快そうに艶やかに笑うマリーの其れに吸血鬼敬輔の胸中を満ち足りた思いが満たしていく。
 燃え盛る村に、マリーと吸血鬼敬輔が背を向けて、次の村へと向かうその様を……敬輔は全身を震わせながら見つめていた。
 その顔からは血の気が失せ、喉がカラカラに渇いている。
(「此れが……俺のありえたかも知れない今」)
 猟兵ではなく、吸血鬼……オブリビオンとして新たな生を受けた自らの姿。
 こんなことになっていたら、今の自分は無かった。
 そんな自分の心に共鳴し、漣だつ『彼女』達と出会うこともなかった。
 無論、今、胸を焦がすこの激しい炎も、また無かったであろう。
 ――だから。
「……光あれ」
 呟きと、共に。
 白い靄を纏った黒剣を抜剣、その剣先を、赤黒く光り輝かせ。
 闇を断ち切る白光を巨大化させ、両手遣いに黒剣を構えて天に掲げる。
 降り注ぐ雨に全身が濡らしつつ、空を覆う入道雲を断ち切る光を迸らせ。
 その刃を、袈裟に振るった。
 振るわれると同時に放たれた三日月形の光の斬撃の衝撃波が、マリーと吸血鬼敬輔と、彼が齎したその情景を袈裟に斬り捨てる。
 晴れ渡る情景。
 それでも止むことのない銀の雨に、自らの頭を冷やしながら……敬輔は、胸中の昏い炎を一際強くする。
 ――この心に灯る、ヴァンパイア達への憎悪の心。
 憎悪は新たな憎悪を生み出す、悲劇の連鎖を生み出す感情ではあるが……それとは関係なく奪われる『命』を守る意味を再確認して。
(「これ以上、あいつらには何も奪わせない」)
 この手が届く、その範囲の命を、吸血鬼達に。
 胸中の誓いを新たに黒剣を納め、止まない雨の中で唐傘を差す少女を見やり。
「……見せてくれて、ありがとう」
 静かに御礼を述べる敬輔に、少女は頬を紅潮させて首を縦に振っていた。
『いえいえ、お客様のお役に立てるのが、私の何よりの喜びです! 良き、もう一つの可能性を見られましたか!?』
 興味津々に尋ねる少女のそれに、敬輔は思わず微苦笑を零していた。
「ああ、そうだね。こうならなくて本当に良かったと思える可能性を見ることが出来た。本当に、ありがとう」
 そう告げて。
 瞬きしつつ小首を傾げる少女に会釈をし、敬輔が静かにその場を去る。
 ――降り注ぐ銀の雨に、その身を打たれ続けるその儘に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

森宮・陽太
×
【一応POW】
アドリブ大歓迎
指定UCは演出

過去を見せてくれ
傘はいらねえよ

…見るのは、やはりこれか
過去の俺…『暗殺者』の罪の記憶

アスモデウスの獄炎に巻かれる人々
二槍で心臓を突かれ首を掻っ切られた重役
叛逆を疑われ見せしめに皆殺しにされた街
親の前で刺殺される幼子

…その全てを
『暗殺者』の俺は冷酷な瞳で見下ろしている
任務だから当然だ

…吐き気が、する
これが、過去の俺の所業…

だが
これが『暗殺者』の…俺の罪ならば
いずれ償わねば

命令が全ての人形たる暗殺者
殺しに罪の意識を抱く俺

…今の「俺」は、どっちだ
意識が混濁して、わからねえ

※記憶喪失の原因は返り討ちに遭いかけ無自覚に界渡りを行ったため
元居た世界は現状不明




 ――銀雨は、未だ止むこと無く。
 雨を睨み付ける様に空を見上げながら、森宮・陽太がゆっくりと腰を上げる。
『おもて~なし。如何ですか~?』
 屋台を引きながら、適当な拍子を付けて歌う少女の其れに、陽太が歩み寄り。
「……なぁ、ねーちゃん。此処では、過去か未来を見る事が出来るんだよな?」
 懇願する様に。
 けれども、何処か躊躇いがちに。
 生真面目な表情で問いかける陽太に気がつき、はい! とあどけない笑顔を浮かべて首を縦に振る翡雨。
『勿論でございます! お客様のご注文に見合った未来や過去を誠心誠意見させて頂く所存です! お客様は何をご所望ですか!? この桃色の唐傘なんか……』
 と、桃色の唐傘を突き出そうとしてくる少女の其れに内心……。
(「なんで桃色なんだよ!?」)
 と突っ込みながら、陽太がいや、と軽く頭を振った。
「過去を見せてくれ。因みに傘は要らねぇよ」
『ああ……そうですか……。可能性を見たがっていたお客様も傘はご所望じゃなかったのですよね……』
 そう呟いて。
 項垂れ意気消沈する少女に、陽太が何だか気まずげに軽く頭を掻いていた。
「いや、別にアンタの唐傘が気に入らねぇとかそう言う話じゃねぇんだ。その……所謂気分ってやつだよ。唐傘差すと、向き合うって言うよりは蓋をするって感じになっちまうだろ?」
『……そうですか……そうなのかも知れませんね……』
 と、どんどん声が尻つぼみになっていく少女の様子に心底同情しつつも、取り敢えず桃色の唐傘を辞して、滝の様に降り注ぐ雨へと視線を向ける陽太。
 少女が落ち込めば落ち込む程、雨の勢いが強くなってきている気もするが……取り敢えずその辺りは他の猟兵達が何とかするだろう。
(「……多分」)
 と、陽太が思ったその刹那。
 怒濤の如く降り始めた銀色の雨を切り裂く様に稲光が走った。
 咄嗟に顔を庇う様に手を挙げた陽太の指の隙間から銀色の雨と稲光の先に見えたその光景は……。
「……やっぱり、これだよな」
 全てを焼き尽くす地獄の業火に飲み込まれ、悲鳴を上げる暇も無く炭化していく人々の姿。
 文字通り消し炭と化した人々に向けて暴風が巻き起こり、証拠を隠滅するべくその場から一掃。
 ――そこには、たった1人を除いて、誰も居ない。
 白いマスケラを被り、漆黒のブラックスーツに身を包み、二槍を構えた『無面目の暗殺者』以外の、誰も。
 それに対して陽太が何か口を挟むよりも、先に。
 まるでフィルムの様にコマが先送りされ、新たな光景が陽太の眼前へと広がる。
 其処は、程良い質の調度品が備え付けられ、何処か高級感の感じられる執務室。
 そこに居たのは、上品なスーツに身を包んだ初老の男。
 恐らく、要職に就いた善良な重役なのであろう。 
 その初老の男の景色が一瞬で暗転。
 次の瞬間、彼は漆黒の槍に心臓を貫かれ、2、3度痙攣を繰り返すその間に、首を紅のグレイブに刈り取られていた。
 その顔に貼り付けられているのは、もう少しで善政を成し遂げられたであろうと言う無念と悔しさ。
(「……っ!」)
 その表情に思わず陽太は目を逸らそうとするが、雨と稲光は陽太に陽太の過去から目を背けさせることを許さない。
 そのまま流れる様な硝煙と、肉が焼け、血煙が舞うその様を続けて写し出す。
 無数の焼け焦げた人肉の塊と、死臭漂うその場所を、『無面目の暗殺者』は無表情に見つめている。
 いや……寧ろ、この現実に、狂おしい程の多幸感に満たされていた。
 そして、その無常の幸福感は……嫌悪して然るべき其れは、『今』の陽太の心の奥底にも、余韻として、微かに疼いている。
 景色が、暗転。
 狂わんばかりの勢いで目まぐるしく変わる次の景色で、陽太が見たものは……。
 ――ボタリ、ボタリ。
 弾力性の高い柔らかい肌と肉感を漆黒の槍で貫いたその感触。
 貫き通した幼子から滴り落ちる血が、自らの足に取り縋り、必死に幼子の命だけは助けてくれと乞うていた女の顔へと降り注ぐ。
 女は大きくその目を見開き、その表情に絶望を浮かべていた。
 けれども陽太は……その、『暗殺者』は。
 無表情に絶望を浮かべるその女の表情を見下ろしていた。
 憐れむでも無く。
 蔑むでも無く。
 何の感情の起伏も感じられぬ、その虚ろな翡翠の瞳で、『標的』を。
 全身が、震える。
 恐怖で両肩が強張り、顔から血の気が引いていく音を確かに耳にしながら、陽太が自らの体を両腕で抱きしめる。
 何時の間にかがくりと膝をつき、無表情な『暗殺者』……過去の『陽太』……その『罪』の在り方に慄いていた。
 けれども『無面目の暗殺者』は、そんな陽太など一顧だもくれない。
 只淡々と、果たすべき自らの『役割』を果たし、その心の裡から波の様に押し寄せてくる多幸感に浸り続けているだけだ。
(「……当たり前だ。あの『俺』にとって……これは、任務」)
 只、何かを与えられることに幸福を覚え。
 其れを成し遂げるのは当たり前のこと。
 与えられた物事を成し遂げること……それは、嘗ての『陽太』にとっては、食事の前の食前酒の様に、極当たり前の行為だった。
 雨が、降る。
 銀の雨の勢いが否応なしに強くなり、陽太の全身を叩き付ける。
 その間にも繰り返される様々な、罪、罪、罪……。
 ――自らが強要する、他者への『死』
 激しく、目眩がした。
 先程飲んだ桜酒が、胃の中で逆流したか、激しい胸焼けと、吐き気を覚える。
「……げほっ」
 涙目になりながら辛うじて、吐き出すのを堪える様に両手で口元を押さえる。
 胸中に溶岩の如く流れる激しい感情の揺さぶりに、船酔いした様な感覚に包まれながら。
「これが、過去の俺の所業……」
 ――そう。
 幻影たる『無面目の暗殺者』が、その白いマスケラを被った表情で陽太を見る。
 無機質な翡翠色の光で、陽太を射貫く。
 無感動なその光に、陽太は全身を射貫かれる様な衝撃を覚え大きく仰け反り、激しい頭痛に苛まれて頭を押さえた。
「……これが、俺の罪ならば」
 ……いずれ、償わねばならない。
 命じられる事への幸福を抱く『暗殺者』……人形としての自分にその心を押し潰されそうになりながら、陽太の心を棘が貫く。
(「そうだ……これこそが、俺の『罪』なんだ……」)
 それは罪悪感であり、同時に、自我の芽生えた自らが抱く『贖罪』への道を模索するべく辛うじて残された良心の痛み。
 だが……それさえも嘗ての記憶は、激流の如く押し流さんと襲いかかってくる。
 そう……あの命じられる事への激しい『多幸感』と共に。
(「違ぇ……違ぇ……!」)
 そんなモノは、求めていない。
 今の陽太が求める多幸感は、きっと、そんなモノじゃない。
 じゃあ……何を?
 自分は、何を求めているのだ?
(「『無面目の暗殺者』たることを選ぼうとする俺と……人の『いのち』が奪われることを躊躇う俺……」)
 ――どちらが、今の『俺』なんだ?
 意識が混濁していく。
『其れ』が今の陽太なのか、それとも『暗殺者』の陽太のモノなのか判然としないままに、陽太の意識は途絶えていく。
 瞬間、自らのグリモアに導かれ、即座にグリモアベースへと帰還する陽太。
 それが嘗て、返り討ちに『遭いかけた』、自分に起きたある事と類似した現象であることに、気がつかぬままに。
『あっ……あれっ、お客様ぁっ!?』
 突然掻き消えた陽太の姿に驚愕冷めやらぬ表情で、少女が慌てて辺りを見回す。
『お客様っ! お客様ぁっ!』
 何処か悲痛な叫びの籠められたその呼びかけは虚空へと消えていく。
 ――銀色の雨は、未だ、収まる気配を、一向に、見せていない。

成功 🔵​🔵​🔴​

吉柳・祥華
親分同行希望

心境
過去も未来も妾には程遠いモノじゃな
ふむ、今とは違う可能性…とな?

さぁ…のぉ
妾自身が己の存在意義について模索と思案中じゃ
じゃが、其方の力は借りぬ

それは自分で探すモノじゃからの

【1】
ってなワケで、山本の
もう一杯どうじゃ?

さて、竜神娘よ
おススメはどれじゃ?
妾はこういったモノに疎くての

ふむふむ

流石に全部は喰えないのじゃ
山本の、半分押し付けてよいか?

それと竜神娘よ鍋はないかえ?
そうじゃなオイルを張ったものが良いのう

そうそうそれじゃ
食材を素揚げし
つけダレ&ソースを付けて食べるのじゃ
ああ、熱いから気お付けての?

揚げ立ての食材に妾は塩レモンに付けて食べる
「熱っ!」
でもそこへ冷えた酒を流し込む♪


神宮時・蒼
親分様とご一緒出来れば

…月が、戻ったかと、思えば、おもてなしの、雨とは、一体…
…ええ、ええ。…きっと、気にしては、駄目、なの、でしょう
…ですが、誰かを、もてなしたい、という、気持ちは、嘘偽りない、本当の、気持ち、なの、ですね
…ならば、その、願いに、応えて、こそ、でしょうか

…屋台、とか、初めて、ですね…
どんなものがあるのでしょうか
よければ、親分様、こういった、場の、過ごし、方、という、物を、教えて、いただけ、ない、でしょうか
見た事ない、食べた事が無いのものが多いので、あれこれいろいろ聞いてみ
ます

知らない事が多い理由、ですか
(1日1ぜりぃ飲料とか言えません)

骸魂が満足しないのであればUCを


藤崎・美雪
【一応WIZ】
アドリブ連携大歓迎
親分同行可
指定UCは演出

この状況、カオス極まれり
しかし、間違っても少女にハリセン叩き込むわけにはいかん
というわけで屋台グルメを食べまくるとしよう

…あ、お酒は自重する
多分、皆未成年だろうし
※親分が飲む場合のみ付き合い可

屋台と言えばおでんが定番か
有難くいただくとしよう
私が馴染み深いのはごく普通の出汁で煮込んだおでん
器にとった大根やちくわなどに柚子胡椒をつけていただくが
黒いはんぺんとか味噌で煮込んだのもあればそれもいただくか
…おでんの文化は懐が深すぎる

ああ、締めはうどんで
うどん玉に出汁を注いで食しても、また美味し

心からのおもてなし、感謝するよ
ごちそうさまでした


文月・統哉
親分同行希望

おもてなしの心
誰かの役に立ちたいという願い
それは骸魂の残した未練であるとともに
心残りを晴らしてあげたい
娘さんの心でもあるのかも

俺も笑顔でおもてなしを受けるよ
丁度お腹も空いたしね♪
お勧めは何かな?
ラーメンにおでん、色々戴くよ
優しい味に、ほっと心も癒される
そういえば、親分は猫舌だったりするのかな?

屋台で思い出すのは
アルダワでの小さな冒険
美味しい屋台の噂を聞いて
ルークと一緒にこっそり寮を抜け出したっけ
初めて見る夜の街は賑やかで
12歳の俺達には興味深いものばかり
あの時のスープも美味しかった
帰ったらめっちゃ怒られたけど!(笑

隣を見ればルークの笑顔
優しい雨の記憶

骸魂に娘さんに
ありがとうの言葉を




「お客様ぁっ! お客様~っ!」
 オロオロと、狼狽える様に。
 涙目になって叫ぶ少女へと何処か慈しむ様な眼差しを向けて、吉柳・祥華がカラコロ、と鈴の鳴る様な声でおっとりと笑う。
 祥華の翡翠色の瞳に映るのは、少女と少女のおたつき様に呼応する様に激しく降り出す銀色の雨。
「おや? どうやら、此度は何人かあの者の力を借りて、過去や未来を視た者がいた様でありんすのう」
「その様ですにゃ。その猟兵さんが何処に行ったかは分からないでありますがにゃ」
 祥華の呟きに、同意する様に静かに首肯するは、東方親分『山本五郎左衛門』
(「……過去を、見た、方、です、か……」)
 その赤と琥珀色の双眸に微かに不安げな光を宿せし神宮時・蒼が胸中で呟き、何かを想う様に空を見上げる。
 降り注ぐ銀の雨は、まるで誠実にして、無垢なる白……月下美人の花弁と何処か似通う様に、淡く、儚い。
「まあ、お主等は分からぬでありんすが。妾には、程遠いモノでありんすなぁ」
 そんな蒼の瞳に宿る心配と迷いの光を見て取ったか。
 空中から天女の如く彩天綾を漂わせ、千鳥足のようにも思える足取りで空中を歩いてやってきた祥華が、独りごちる様に呟いた。
「……なんだ。祥華さんも来ていたのか」
 藤崎・美雪が、鋼鉄製ハリセンを手に取りたくなる衝動を堪えながら問うと、祥華は、そうでありんす、とたおやかに微笑んだ。
 銀色の雨は、止むこと無く。
 そして……。
 ――パー、プー♪
 何だか懊悩深き間の抜けた屋台の音が辺りに響き渡り、美雪が何処か遠くを見る様な眼差しになる。
「……この状況、カオス極まれり。しかも8割方這い寄る混沌が、混沌の渦になった理由が先輩達にありそうな気がするのが、尚のこと……。あっ、何だか知らないが目尻に涙が浮かんできた」
 ――ホロリ。
 意味も無く、その瞳から滲んだ白い雫を、軽くゴシゴシと擦り取る美雪。
 しかも……。
「風情が、ある、と、言えば、いい、の、かと、思い、ます、が……。おもてなしの、雨とは、一体……」
 等と心配を孕んでいた瞳を瞬きさせ、その整った幼い顔から汗を滴らせる蒼の姿が、何となく美雪の良心をチクチク突き刺した。
「いや、その……蒼さん、なんか、すまん」
 何となく気が咎めて謝罪の言の葉を紡ぎ頭を下げる美雪に、い、いえ……と、あらぬ方向へと双眸を彷徨わせながら曖昧に頷く蒼。
 文月・統哉が苦笑しつつ横目に蒼達を捕らえ、オタオタする竜神の少女を見る。
(「おもてなしの心。誰かの役に立ちたいと言う願い、か……」)
 それは、骸魂が此処に辿り着く迄に果たせなかった未練であり。
 同時に、彼女……翠雨……見習い竜神の少女が晴らしてあげたいと言う心からの願いなのではないかと統哉は思う。
 それ故の入道雲。
 幼生の入道雲は、止まない雨さえ止んでしまえば、只、朧の如く月を隠す霞雲と化す様にも、統哉には見えたから。
「ふぅむ、今とは違う可能性……のぉ?」
 そんな統哉の思いに気付いているのかいないのか。
 祥華が軽く頭を横に振りながらそう呟くのに、蒼が微かに赤と琥珀の色彩異なる双眸を見開いていた。
「……𠮷柳様……どうか、しました、か……?」
 目を見開いた蒼の脳裏を過ぎるのは、嘗て『別の可能性』が提示された碎輝との戦いの記憶であろうか。
 それとも嘗て自分が予知した事件で、ある人物が邂逅した、とある『過去』か。
「さぁ……のぅ」
 そんな蒼の僅かな動揺を見透かすかの様に。
 カラコロと鈴の鳴る様な笑い声を上げてから、祥華は、妾はのぅ、と翡翠色の瞳を細めて、ほぅと頬杖をついていた。
「妾自身も、己の存在意義について模索と思案中でありんしてのぅ……」
「……己の、存在、意義に、です、か……?」
 今にも消え入りそうな、そんな声で。
 か細く怖ず怖ずと問いかけてくる蒼のそれに、そうでありんす、と祥華が瞳に含む様な光を浮かべて、雅に微笑む。
「ともあれ、妾にとってそれは、自分で探すモノでありんすからのぅ。此度は、屋台を楽しみに来たのでありんすよ。のぅ、山本殿?」
 口元に微かな笑みを孕んで。
 問いかける様な祥華の其れに、そうですにゃぁ、と月下で猫耳をピクピク揺り動かしながら、山本親分が目尻を和らげた。
『こうして猟兵の皆さんがお集まり下さったのですからにゃ。儂もゆるりとあの屋台で寛がせて頂くと致しましょうかにゃ』
「や、山本さん。先程まで千鳥足で歩いていなかったか……?」
 しっかりとした足取りで。
 悠々とよろける様子も見せずに屋台に向かって歩いて行く山本親分のピン、と立った尻尾を見つめつつ、美雪が目を皿の様にする。
「……はい。確か、もう少し、ふらふら、していた、と、思い、ますが……」
 何処か茫洋とした光を伴った眼差しで山本親分の後姿を見送る蒼のそれに、統哉が歌う様に笑った。
「ニャハハッ。まあ、良いじゃないか。翠雨と骸魂がおもてなしをしたいって言うなら、俺達も笑顔でおもてなしを受けたいしね♪」
 統哉のそれに、それもそうだが、と美雪が額に手を当て軽く俯き加減になって溜息をつき。
「……文月様。そう、ですね。……きっと、気にしては、駄目、なの、でしょう、ね……」
 束の間その身を浸していた感傷から我に返った蒼の相槌に、祥華がカラコロと笑い声をあげる。
「ほれ、皆の衆。せっかくのおもてなしの心でありんすからな。此処は受けねば不作法と言うものでありんすよ」
「……そ、そう、ですね。誰かを、もてなしたい、という、気持ちは、嘘偽りない、本当の、気持ち、なの、で、しょうから、ね……」
 その祥華の呼びかけに、蒼が小さく首肯するその間に。
『今晩はだにゃ~。この雨が止むまで暫く雨宿りをさせていただけませんかにゃ? 全部で儂も含めて、5名ですにゃ~』
 と、山本親分が動揺する少女の心を静める様に優しく、ポン、と肩を叩くのに。
「えっ、あっ、団体様!? 5名様ですねっ! ありがとうございま~すっ!」
 先程迄の動揺なんて何処へやら。
 吹っ飛ばしておもてなしの営業スマイルで山本親分を案内する少女の姿に、何だかなぁ、と美雪が思わず微苦笑を綻ばせるのだった。


 ――ヒュルリー、ララ♪ ヒュルリラララー♪
 激しく降りしきる銀色の雨を断ち切る様に。
 鋭く大きな屋台の音が辺り一帯に鳴り響き、それに合わせる様に、何故か屋台が一回り大きくなる。
(「な、何故だっ……。何故、屋台が大きくなるのだっ……!?」)
 その様子にわなわなと震える美雪を見て、竜神少女がそれはですね、と唐傘を折り畳んで話し続けた。
「5名様ともなると、あの大きさの屋台じゃ入りきらなさそうだな、と思いまして。これも神のなせる御業です!」
「どこからどう突っ込めば……い、いやいや。この娘に突っ込んではいけない、突っ込んではいけないんだ……!」
 何かまるで、某テレビ番組の如くしてはいけないと必死に口ずさんで突っ込みを堪えてスツールに腰掛ける美雪の様子に思わず微笑を浮かべる統哉。
「あ、あのお客様、大丈夫でございますか……?」
 美雪の震えに何やら不安を感じたか、上目遣いに問いかけてくる少女に、はっ! 
 と我に返って、美雪が両肩の力を抜く。
 そんな美雪の様子などどこ吹く風、と言った様子で。
「さて、と言う訳で山本殿。もう一杯どうでありんすか?」
 と、懐からいそいそと神酒の入った徳利と、神ノ盃、そして普通の陶磁器の盃を取り出す祥華に山本がやや、とありがたそうに一礼を一つ。
『折角の猟兵さんからのお誘いですにゃ。受けねば儂も失礼と言うものですにゃ』
 祥華から盃を手渡されつつ、徳利を持ち上げ、恭しい手付きで、祥華の神ノ盃に酒を注ぐ山本親分。
 並々と注がれたそれに目を細めて愉快そうにする祥華もまた、そんな山本親分に返杯を返している。
「そうかあ。山本親分は酒飲めるんだなぁ」
 まだ未成年の為に酒を飲まない、飲めない統哉の少しだけ羨ましそうなその声に、山本親分が、何、と目尻を和らげていた。
『酒は天下の周りものであると同時に、誓いを交わすのにも必要な、大事な神への贈り物ですにゃ。何時か、お酒を酌み交わせる時が来ることを、儂は待っておりますですにゃ』
「まっ、いいか。丁度俺はお腹がすいてきているしね♪」
「……文月様。そう、なの、です、か……?」
 軽く胃袋を撫でながらの統哉のその言の葉に、微かに息を呑む様な表情で蒼が小さく囁きかける。
「……まあ、確かに私達のお月見には、お月見団子位しかなかったからな。……しかも、殆ど甘酒と粗茶ばかり飲んでいたし」
 と、遠い目をして呟く美雪のそれに、あっ、と、思わず口元に手を当てる蒼。
「……そ、そう、言えば、親分様、との、お話、に、夢中、で、気が付いて、いません、でした……」
「蒼さんは、お腹はすいていないのかね? 此処なら色んなものが出てくるから、きっと食べるのを楽しめるだろう」
 蒼のその言の葉に苦笑を零しつつ、美雪が囁く。
「あっ、ボク、です、か……。ボク、は……えっ……とっ……」
 と、何故か微妙に口ごもる蒼の、そんな雰囲気を裏切る様に。
 ――くぅ。
 と、蒼のお腹が可愛らしい音を立てるのに、蒼が思わず耳朶まで真っ赤になる。
「何だ、蒼もお腹すいているんだ。それじゃあ、色々食べようぜ」
「……そ、そう、です、ね……。で、でも、ボクは、屋台、とか、初めて、でし、て……」
 統哉のそれに顔を赤らめながら、恥ずかしそうにポツポツと言の葉を紡ぐ蒼。
 祥華と共に、酒を酌み交わしていた山本親分がそんな蒼の様に気が付き、そうでしたかにゃ、と相槌を打つ。
 その手の盃に、祥華に幾度目かの返杯をして貰いながら。
「お月様を見ながら、雨宿りがてら、美味しい飲み物と食べ物を楽しみ、何でもない話に花を咲かせる。それもまた、屋台の楽しみ方の1つですにゃ」
 そのままぐいっ、と男前な(雌だが)飲みっぷりを見せる山本親分に、蒼が驚いた様に目を瞬かせていた。
 美雪が微苦笑を零しつつ、店主から手渡された菜箸で、早速と言う様に出汁のよく染み込んだ大根やちくわを取って自らの器に盛っている。
 それから……。
「ああ、そうだご主人。柚子胡椒を頂けるかな?」
「勿論でございます! はい、どうぞ!」
 何時の間にか料理用三角巾を巻いて、気合を入れた様子の少女がはきはきと頷き、美雪の要望通り柚子胡椒を取り出し、美雪に手渡す。
 手渡された柚子胡椒を振りかけて、はふはふと口の中に空気を入れて軽く冷ましながら、大根を平らげる美雪。
 美雪の様子を見て、ふぅむ、と優雅な仕草で酒を干しながら、祥華が店主の方へとちらりと流し目を送る。
「妾は、こういうモノに疎くてのぉ。竜神娘よ。おススメはどれかのぅ?」
 ちびり、ちびりと神酒をやりながらの祥華のそれに、はい、と笑顔で頷き、味付け玉子を菜箸で慣れた手付きで椀によそう翠雨。
「これに塩をかけてお召し上がりくださいませ! きっと合いますよ!」
「ほぅ、塩をのぅ……」
 言われたとおりに軽く塩をふって、そのまま味付け卵を口に運ぶ祥華。
 良く染み込んだタレの甘味と塩味が絶妙なバランスを誇り、酒で冷やした舌を快く温めてくれた。
 一方で、コンニャクやはんぺんに手を付けて、ほくほくと口の中で転がしている統哉もまた、おでんを堪能している。
 そんな、中で。
「……え、ええ、と……」
 めいめいにおでんを楽しむ統哉達の様子を見ながら、可愛いらしいお腹の鳴る音を上げてしまった蒼が微かに戸惑う様な表情を浮かべていた。
『ど、致しましたかにゃ?』
 その、蒼の様子に気が付いたのだろう。
 さて、次は何を食べようか、と品定めをしていた山本親分が蒼にさりげなく水を向けると、蒼が、顔を赤らめ、何だか気恥ずかしそうにもじもじする。
「……あ、あの、親分様、こういった、場の、過ごし、方、という、物を、ボクに、教えて、いただけ、ない、で、しょう、か……?」
 頬を朱色に染め赤と琥珀色の双眸を落ち着きなく彷徨わせる蒼のその言の葉に。
『ああ、そうでしたにゃ。これはすみませんにゃ。ええとですにゃ……』
 と、山本親分が蒼に軽く頷いたところで。
「そこの……藤崎でありんしたかのう? おぬしも一杯、どうでありんすか?」
 と、祥華が徳利を美雪の方へと見せびらかす様に持ち上げると。
「ふむ……そうか。山本親分殿が私達の前に現れた時、既に赤ら顔となっていたのは、祥華さん、貴女と飲んでいたからか」
 黒いはんぺんを口の中に含み、その味を楽しんでいた美雪の頷きに。
「そういう事でありんすよ。で、おぬしは、どうするでありんすか?」
 祥華のその問いかけに、では、と美雪が頷くや否や。
「それではお客様っ、こちらをお使いくださいませ~!」
 と、そのタイミングを計ったかの様に盃を差し出す店主の好意に、美雪が鷹揚に頷きそれを受け取り、祥華から酒を注いでもらう。
 そのままくい、と軽く一杯日本酒をやる美雪。
 よく冷えた酒の飲み心地が程よく喉を通り抜けていき美雪は思わず、ふぅ、と吐息を漏らしていた。
『そうですにゃ。こう言う時は、一先ずこの大根辺りからゆっくり頂くと宜しいですにゃ』
「……こ、これ、です、か……?」
 山本親分の、その勧めに。
 頷いた蒼が、煮大根を菜箸でお椀によそう。
 ほかほかと暖かな湯気の漂う甘やかな香りを吸い込むだけで、何だか体の芯から温まっていきそうな、そんな感じがした。
「山本様。こ、これ、は……?」
『それは煮大根ですにゃ。おでんの具としては一般的なものですにゃ。この煮崩れが起きるか起きないか位の煮込み具合とタレの染み込み具合が、一番の食べ時なのですにゃ』
 そう言って。
 自らも煮大根をよそってふう、ふう、とお椀の中の煮大根に息を吹きかける山本親分に、蒼が微かに小首を傾げる。
 逆に、今度は牛すじを頂いていた統哉は、そんな山本親分の様子を見て、ニャハハ、と楽しそうに笑い声をあげた。
「山本親分って、猫舌なの?」
「……ねこ……じた……?」
 統哉の言葉の意味が分からないのか、小首を傾げる蒼と対照的に、気恥ずかしそうにポリポリと軽く耳の裏をかいて見せる山本親分。
『どちらかと言うと、猫舌ですにゃぁ。だから酒も冷の方が好きなのですにゃ』
「……ほほぅ? その辺りは、妖怪とは言え、猫なのでありんすなぁ」
 わずかに愉快そうに眉を吊り上げて笑う祥華のそれに、面目ありませんにゃ、と照れた様に微笑で返す山本親分。
「……え、と。こうして、息を、吹き、かけて、冷まして、食べる、方が、美味しい、の、ですか?」
『その辺りは貴女様の好きな様に食べてみればいいのですにゃ。冷ますもよし、熱々のままで食べるのもよし、それはヒト其々ですにゃ』
「……そ、そう、なん、です、ね……」
(「ボクは、ヤドリガミ、なの、ですが……」)
 とは言え、山本親分の人のニュアンスは、話をし、共に食を囲むことが出来るヒトの事であるのだと気が付き、大根を口に入れる蒼。
 大根の甘味が舌の上で蕩ける様に口腔内に広がっていくのが、とても美味しい。
「……あ、あの、親分様。こ、こちらは……?」
 そのまま蒼が大根の隣でぐつぐつと煮え立つ白いはんぺんへと目をやるのに、はんぺんですにゃ、と答える山本親分。
 促されて、其方も口にとって食べてみると、成程、ふんわりとした絹の様な柔らかさが口腔内に広がっていき、これもまた美味である。
 色々な物を食べる度に頬を赤らめ、赤と琥珀色の双眸を輝かせる蒼の様子を温かい眼差しで見守りながら、山本親分が酒を干す。
 ふう、と酒を干してぐい、と唇を拭う山本親分の横顔を目の端に捕らえた統哉の脳裏に思い起こされるその情景は……。
(「そう言えばあの時は、ルークと一緒にこっそり寮を抜け出したっけ」)
 それは、アルダワでの小さな冒険。
 もう5年前の話ではあるが……心優しい災魔……自らの手で討ったルークと一緒に、こっそりと寮を抜け出したあの時のこと。
 それは、統哉にとっては、初めての、夜の街での冒険だった。
 猥雑とした喧噪に満ちた夜の街の中で、ひっそりと開かれていたその屋台。
 屋台の主は、未だ幼い自分達の姿を認めても咎めることなく、無愛想な口調で、「注文は?」
 と尋ねてきたのだ。
(「あの時に食べたラーメン、美味しかったな……。麺が程良い固さに茹でられて、味噌スープと良く味が絡み合って……」)
 そんな懐旧に、統哉が身を浸していると。
 屋台の外で降っていた銀の雨音が、静謐へと歩きだしていく。
 ふと、何気なく小雨になった其れを見て見れば、其処には薄らとした金色に輝く災魔の少年、笑顔を浮かべたルークの姿。
 其れが、幻想だと分かっていても。
 抑えきれない懐かしさが、漣の様に胸に押し寄せて。
「また、食べたいな」
「統哉さん。何をだ?」
 しみじみとした声で感慨深く呟く統哉の其れに、味噌煮込みはんぺんを口にしながら美雪が問いかける。
 祥華と山本に勧められるままに飲んでいた冷酒の影響か、顔がほんのり紅潮して体全体から暖かな熱が発されていた。
 熱の隙間から顔を覗かせる酒気の香りに苦笑しつつ、いやさ、と統哉が呟いた。
「5年前に夜のアルダワの屋台で食べたラーメンを、だよ。何だか屋台って聞いて、懐かしくなっちゃってね」
「らー、めん……? 聞いた、事は、ある、筈、なの、ですが……」
 パチクリと赤と琥珀の双眸を瞬かせ、愛らしく小首を傾げる蒼。
 何処か幼さの残ったその瞳に、山本がおや、と言う表情になる。
『麺類では、そばやうどんと同じ位、割と一般的な食べ物ですにゃ。食べたことはありませんかにゃ?』
 その山本の問いかけに。
「……あっ、えと……」
 と、辿々しく口の中でモゴモゴと何かを呻く蒼。
(「……食事は、1日、1ぜりぃ飲料、とか、言えま、せん、よね……」)
 冷蔵庫から取り出す度に色んな味が飛び出してくるぜりぃ飲料。
 それで毎日の食事を済ませている、等と言ったら……。
(「……親分様、達に、何だか、とても、心配、され、そう、ですし……」)
 しどろもどろな蒼の表情と雰囲気から何かを何となく察したか、そうじゃ! と不意にパチン、と祥華が指を鳴らして店主に呼びかける。
「酒の締めに麺類もええがのぅ。その前にそこな竜神娘よ、鍋は無いかぇ?」
「鍋ですか? ありますよ!」
 ドン、と言う音と共に。
 少女が取り出し、屋台に何故か設置されているガスコロンの上にのっけたのは、鉄製の天ぷら鍋。
 しかも御丁寧にオイルまで張ってある。
「おお、それじゃ、それじゃ。良きかな、良きかな」
 喜びの声を上げた祥華が、鶏肉やら、野菜……ほとんど素の食材……を温度がよく上がった出てきた天ぷら鍋に次々と放り込む。
 カラッ、と揚げられたそれらの食材を一通り並べて、満足げに頷き……。
「それからつけダレ&ソースも追加じゃ! 後、塩レモン!」
 と、大声で少女に呼び掛けた。
 呼びかけられるや否やハイハイ、と嬉しそうに答えた竜神少女が次々に用意していく秘伝のつけダレやら、塩レモンを認めて。
「ほれほれ、山本殿。それから皆の衆。美味いぞよ。食うのじゃ、食うのじゃ♪」
 と、ポンポンと勧めてるのに、美雪が思わず溜息を一つ。
(「せ、せめて粉を付けて揚げ物に……!」)
 何となく間違った突っ込みどころな気もするが、日本酒で気分が上々になっている今の美雪に、それ以上の思索は思い浮かばない。
 祥華に勧められるがままに揚げ物を食べようとして……。
『ふにゃっ、これはっ!?』
 と、熱っ、と思わず舌を出して目を丸くする山本親分の声を耳にした。
「おお、熱いから気を付けての?」
「……これが、揚げ物、なん、です、ね……」
 祥華のその呼びかけに、軽く目を瞬きつつ蒼がふー、ふー、と出来立ての其れに息を吹きかけて冷まして口の中に放り込む。
 因みに蒼が口の中に放り込んだのは、鶏肉の揚げ物。
 ソースの濃厚な味わいと鶏肉のジューシーな感触が舌の上で弾ける様なダンスをしている様なその味に、蒼が瞬きを繰り返していた。
「熱っ!」
 祥華本人も出来立てほやほやの揚げ物にかけた塩レモンが口の中で熱と共にスパークするのに思わず声を一つ上げるが……。
 でも、そこに冷酒をゴクリ♪
 と神ノ盃に注いだ冷酒を干し、口の中の熱を一気に冷やした。
 塩気と揚げ物の熱を冷ますべく流し込まれた酒の冷たき旨味が、また格別♪
「皆さん、美味しく召し上がってくださっていらっしゃいますね!」
 酒を飲み、おでんを堪能し、それぞれに満足そうな表情を浮かべる祥華達の表情を見て、竜神少女が満足げな笑み。
『それでは、女将さん。そろそろ締めをお願いしますのですにゃ』
 そんな、おもてなしが出来た満足感に浸る竜神少女に向けて。
 絶妙なタイミングで山本親分がそう告げるのに、はい、と勝負笑顔とでも呼ぶべきスマイルを浮かべて、少女が頷いた。
「それではお客様! 締めは何に致しますか!? 麺類ですか?! 飯ものですか!?」
「……えっ? あ、あの、『しめ』って、何の、こと、なの、でしょう、か……?」
 そんな竜神少女の呼びかけに。
 それまでご馳走に舌鼓を打っていた蒼が困惑した様に小首を傾げるのに。
『おっと、教えておりませんでしたにゃ。締めとは、猟兵の皆さんも儂も満足に美味しく酒を飲み、食事をしたところで、最後の一品として食べる主食の事ですにゃ。大体皆さん、麺類やおじやの様なご飯ものを食べることが多いですにゃぁ』
「丁寧な解説痛み入る山本殿。では私は、締めはうどんで」
(「ああ、実に懐が深すぎるは、おでんの文化か」)
 赤ら顔になってそんなことを脳裏に思い浮かべる美雪のそれに乗じる様に、特製の甘酒を干していた統哉がニャハハ、と笑う。
「じゃあ、俺は味噌ラーメンで!」
「では、妾は……山本殿に、竜神娘。おぬしらのここでのおすすめは何かのう?」
 と、祥華が問いかけると。
「あっ、それでしたら是非おじやを! このおでんの出し汁とまだ残っている、生卵と野菜を使って美味しいやつを作りますので!」
『そうですかにゃ。それじゃ、儂もおじやにするとしましょうかにゃ』
 竜神少女のそれに、深々と味わい深い表情で頷く山本親分。
「あ……あの、おじや……とは……?」
 これまた聞き慣れない言の葉が飛び交うのに、蒼が戸惑いを隠せぬ表情の儘で問いかけると。
「まあ、雑炊の様なものだ。米をおでんの出汁と具材で煮込んで柔らかくして作る……。ああ、確かにそれも美味そうだなぁ。まあ、私はやっぱりうどんだが」
 解説しながら、おじやに想いを馳せて夢見心地な表情になる美雪を見て、取り敢えず美味しいものなのだろう、と一人納得する蒼。
 そんな蒼に山本親分がそうですにゃぁ、と頷きを一つ。
『猟兵の皆さんから少しずつおすそ分けして頂くのも良いかと思いますにゃ。そんな楽しみ方もまた、屋台の料理を楽しむコツですからにゃぁ』
「……親分様。わ、分かり、ました……」
 山本親分のその言の葉に、何だか気合を込めて生真面目に頷く蒼。
 そんな蒼の様子を統哉が愉快そうに見やっているその間に……。
「は~い、お待たせしました~! おじや2人前、うどん1人前、味噌ラーメン1人前で~す! 其方の方には、皆さんのメニューから少しずつお裾分けしたお盆を用意させて頂きました~!」
 と、竜神少女が其々に頼まれたメニューを用意して。
 更に蒼の前には、少し小ぶりの盆の上に味噌ラーメン・うどん・おじやが少しずつ取り分けれたお椀セットが用意される。
「さぁ、冷めないうちにお召し上がりくださいませ~!」
 にこにこと満面の笑みを浮かべて告げる竜神少女の言の葉に乗せられて、其々に用意された料理を食べ始める山本親分達。
「うんうん、これだよ、これ。うどん玉に出汁を注いでツルツルと……」
 と、楽しそうにうどんを啜り、幸福な表情を浮かべる美雪。
 一方、統哉は出された味噌ラーメンの芳醇な味噌の香りを楽しみ、先ずは軽くスープをレンゲで掬って嚥下して。
 それから麺をツルツルツル……と啜っていく。
 口腔内に広がる味噌の味が、嘗てルークと食べた味噌ラーメンの味と重なって、深くて優しい郷愁を統哉の心の内に呼び覚ました。
(「まあ、帰ったらめっちゃ怒られたけれどね!」)
 その時の事の顛末を思い出して思わずにやける統哉のその様子に楽しそうでなによりですにゃと優しく頷く山本親分。
 その山本親分は、締めのおじやを食しつつ、最後の一杯となるであろう、祥華の用意してくれた冷酒を舐める様に楽しんでいた。
『ああ、これこそ文明の味ですにゃ。実に思い出深い味わいですにゃぁ』
「そうじゃのう。冷酒の後の締めの一杯には、またとない味でありんすなぁ」
 殆ど粒が見えなくなるくらいよく煮込まれたご飯とありあわせの材料とふんわりとした玉子が、旨味のハーモニーを奏でるのに頷く祥華。
 美味そうにうどんと、味噌ラーメンと、おじやを食べる、山本親分と美雪達。
 そんな統哉達を見て、蒼もレンゲと箸を手に取り、恐る恐る味噌ラーメンから口を付ける。
(「ふわぁ……これは……」)
 口の中でゆったりと広がっていく味噌の香ばしさ加減が蒼の心を自然と解きほぐし、うっとりと口元を綻ばせ。
 続けて、美雪がした様に、うどん玉に出汁を注ぎ、つるつるとそれを食す。
 滑らかに入っていく麺の味が、口の中で広がり、蒼の中で旨味となって弾けて吸い込まれて消えていき。
 そして、とどめはおじや。
 溶き卵と、祥華が残した具材と、とろとろに煮込まれたお米の三拍子が蒼に吸い込まれ、味の深さにほぅ、と思わず吐息が漏れた。
「どうですか、皆様!? お気に召して頂けましたでしょうか!?」
 勢いごむ少女のそれに、笑顔を浮かべああ、そうだな、と答えたのは美雪。
「心からのおもてなし、感謝するよ。ごちそうさまでした」
 そんな赤ら顔の美雪に同意する様に。
「ありがとう。ごちそうさまでした!」
 満面の笑顔を浮かべて頷く統哉に、出されたおしぼりで口周りの汚れを上品に拭き取りながら、祥華もまた優美な一礼を一つ。
「うむ。誠に良い味であったのう。ごちそうさまだったのじゃ」
「……とても、美味し、かった、です……。ありがとう、ござい、ました」
 祥華に続いて美味しさに頬を紅潮させた蒼の小さな一礼に、少女がありがとうございます! と飛び切りの笑顔で返すのを見て。
『十分、満足させていただいたのにゃ。もう、お主も満足であろう。猟兵の皆さんは、お主のおもてなしを、心から楽しんでいたのですからにゃ』
 静かに、けれども真心籠めて、山本親分がそう告げると。
「はい! ありがとうございました、東方親分!」
 と少女が一礼すると、ほぼ同時に。
 その背から白い煙の塊が浮かび上がって、その体(?)を伸ばす。
 伸長した骸魂の光に導かれる様に銀の雨がやんでいき……やがて煌々とした美しい満月が顔を覗かせ、その月の光を骸魂へと浴びさせた。
 月光を浴びた骸魂は、月光に照らされて天上へと昇っていき……程なくして淡い輝きと共に、弾けて消えていく。
 と、そこで。
「あっ……あれ? 私は……っ?」
 何時の間にか消え去っていた屋台の事などどこ吹く風、と言った様子で、慌てて周囲を見回す竜神少女。
 かくて、骸魂から分離された竜神少女は、カタストロフを起こす事無く、無事にカクリヨファンタズムの世界へと帰還した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月20日


挿絵イラスト