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月鏡パイリダエーザ~蔦牢の苹果

#カクリヨファンタズム #戦後

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#カクリヨファンタズム
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#戦後


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●Forbidden fruit
 天蓋を塗り固めた夜色に焔を灯すが如く、一つ二つと星が煌めいた。
 堂々たるかんばせを覗かせた黄金蜜の月は幽世を見下ろしていた。
 平穏を忘れたその地には大輪の花々が花開き、蔦が伸び上がる。蔦は停滞を、花は甘美なる蜜を垂らして揺蕩う眠りを与え給うて――

 カクリヨファンタズムを覆った花と蔦。
 一方の停滞は消して逃れることの出来ぬ澱の如き束縛を与えるとされていた。
 それがこの世界を覆う蔦である。歩む足先に纏わり付いては離しはせぬと妄執の如く絡みつく。

 ――この蔦を断ち切るならば、決して迷ってはいけないよ。

 月が揶揄うように囁く気配がした。そう、感じ取ったのはどうしてだろうか。
 この幽世を救うが為に。迷わぬようにカンテラの灯りを辿り進み行く。

 ――ほら、迷うてはならないよ。

 見上げる丘には赤く熟れた実がぞろりと並ぶ。誘われるように歩を進めれば鼻先を掠める馥郁たる苹果たち。
 其れ等の下で少女が蜷局を巻いて眠っていた。固く閉じた花瞼がゆっくりと開かれる。
「ああ――あなた、しにたいの……?」

●introduction
「大きな戦い、お疲れ様ですの。大祓百鬼夜行が終わっても、カクリヨファンタズムの夜明けはまだ、」
 ルーチェ・パディントン(花括・f05334)は穏やかな声音でそう囁いた。大きな魔女の帽子を傾いで被ったシャーマンズゴーストは辿々しく資料を辿る。
「幽世に見渡す限りの花と蔦が見られたですの。花蔦に覆われた世界には無数の骸魂が飛び交って、妖怪達をばくん、としてしまったのです」
 大仰な仕草で、わあ、と手を開いたルーチェ。天蓋に昇る月をも隠すように伸びた蔦は世界を呑み喰らうてしまいそうだとも感じさせた。
「骸魂(オブリビオン)の姿が見えますの。
 それは、骸魂が妖怪を飲み込んで変身したもの……災厄を倒して妖怪を救出してあげなくてはかわいそうなのです」
 力強く、そう告げた。
 花蔦に覆われたその世界では、蔦は行く手を阻むのだそうだ。停滞の澱の如く、往く者を逃しはしない。
 誰ぞを護るが如く蔦は行く手を遮るのだそうだ。
「みなさま、これを」
 ルーチェはそっとカンテラを差し出した。仄明かりがゆらりと揺らぐ、淡い途往きの導。
「こちらを持っていれば、迷うことなく進めるはずですの
 蔦に包まれながら、みなさまはとても恐ろしい声をきくことでしょう」
 それは、誰の声であろうか。
 死者の呼び声か、はたまた愛しき者の囁きか。
 告解であるかもしれぬ。
 どの様な声が届くかは分からない。だが、それに足を止めてはならないのだ。
「どれだけ、足を止めたくなっても、決して止めないでくださいですの。
 みなさまを捕えて、花蔦は離さなくなってしまう。だから、カンテラで道を示して、行くべき場所へと辿ってほしいですの」
 そうして、辿り着いた苹果の木に『妖怪を飲み込んだ骸魂』が存在して居るはずである。
 彼女を倒せば妖怪を救い出すことが出来る。
 善性の妖怪は一人寂しく泣いているのだろう。心の隙に僅かに生じた愛憎が、膨れ上がっては災いとなる程に。
「魔が差す、という言葉がありますの。
 ……その様なことで死んでしまうなんて。なんてもの悲しい。
 どうか、みなさま、彼女に『大丈夫だよ』とお伝えして下さいませんか」


日下部あやめ
 ご無沙汰しております。日下部あやめと申します。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。どの章からの参加でも歓迎しております。
 ご同行者様がいらっしゃる場合はプレイング冒頭にてご記載下さいませ。


 驟雨MSの『月鏡パイリダエーザ~偸安の夢花』と合わせシナリオでございます。
 鏡映し。何方とも、気兼ねなく片方ずつでもご参加して頂けます。もしも宜しければそちらもご覧下さいませ。



●1章:冒険 蔦に囚われる事なかれ
 世界に蔓延る蔦は『停滞』を齎します。世界を覆ったそれでは行く道さえも分かりません。
 カンテラを持って進んで下さい。皆さんの身体には、蔦が絡みついてくることでしょう。
 蔦が身に触れる度に『あなたの聞きたい声』が聞こえてきます。
 死者の声かも知れない、愛しい人の囁きかも知れない。両親や友人……。
 有り得もしないその声に足を止めてしまいたくなることもあるでしょう。ですが、決して止ることなく、歩を進めて下さいませ。
 苹果の木へと辿り着いたならば、其処がこの道の終着点です。

●2章:ボス戦 戀ひは呪いになりて
 苹果の木の下に少女が一人、妖怪を飲み込んだ骸魂です。
 詳細は2章にて。『彼女』を倒すと飲み込まれた妖怪は救出可能となります。

 さて、幽世に未だ未だ蔓延りし終焉の気配を退けましょう。宜しくお願い致します。
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第1章 冒険 『昏い参詣道』

POW   :    ただ心を強く持って進む。

SPD   :    惑わされる前に突破すればいい、急いで駆け抜ける。

WIZ   :    耳を塞いで進む。

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 昏きその道は美しき花蔦に覆われていた。
 歩が向いたのは鬱蒼と茂る蔦――どうして、と問われればどうしてなのかは分からない。
 唯、其方へ行かねばならぬとさえ感じたのだ。足に纏わり付いた重苦しい気配から逃れる様に、歩を進める。

 ――………。

 聲が聞こえた。耳朶を伝い、胸中をざわめかせる其れは。

 ――……。

 嘗ての思い人、はたまた嘗て共に在った友人。いや、家族かも知れない。
 未練と呼ぶに相応しい誰かが、望む言葉を掛けてくれている。
 縋りたくもなるその声に惑わされてはいけない。そう強く思わせてくれたのは悍ましい世界でも美しく微笑んだ月色のかんばせと、仄明かりのカンテラだけだった。
コッペリウス・ソムヌス
行く手を阻んで絡みつく花蔦なんて
眠り姫を護る物語のようだね
覚ますべきものがあるというのなら
カンテラを手に辿り着くとしようか

聴こえてくるのは
聞こえる筈もない影からの声に似た
「まだ死にたくない」
彼の声から言われたことはないが
ききたかった言葉であるのも事実で

そうだろう
うまれて来たからには
世界に在り続けたいのは道理で
望まなかった終わりに対して
否定のひとつくらいは
……なんてね

立ち止まったら望みは叶わず
覚める為に先へと進むなら
幻の声には耳を塞いで
晩鐘の音を響かせよう
キミのいる場所まで届くと信じて




 暗澹たる道は花蔦が絡み付く。手にしたカンテラに茫と灯された橙の炎は一歩ずつ歩み行くコッペリウス・ソムヌス(Sandmann・f30787)の動きと共に僅かに揺らいだ。
 行く手阻んだ花蔦など、荊の城で姫君を護る物語の如く。行く先に待つ苹果の傍らに夢幻泡影の姫君が待ち受けているかは定かではない。それでも、青年は行くと決めた。
「覚ますべきものがあるというのなら、カンテラを手に辿り着くとしようか」
 囁く声音は祈りが如く。荊棘の間より見遣る盈月は愉快に笑うだけだ。彼の立つその場所には人の影はない。月に照らされ伸びた影は暈の下で足を縫止めるが如く揺らいでいた。
 吹く生暖かな風は僅かな水けを孕む。雨月に近付く季節に肌を撫でられたコッペリウスがゆっくりと足下を見下ろせば、ぞろり、と。
 伸びた蔦が絡み付いた。砂色の髪が俯くと共に揺らぐ。鼻先へと擽るような花々の気配は遠く離れて行くような停滞。

 ――まだ死にたくない。

 耳朶を伝い、指先にまで痺れを走らせた。聞こえるはずもない影からの声に似ている。
 俯けば伸びる影の『口』が笑っているような気配がした。影は嗤わぬ、影は喋らぬ。影は己であるはずなのに。如何したことか『彼』であるとコッペリウスは感じたのだ。
『彼』はその様な言葉を口にすることはなかった。あの唇から奏でて欲しいとさえ願った短い台詞。
 ききたかったのも事実だ。
 疑う由もない。

 ――そうだろう。
 うまれて来たからには、世界に在り続けたいのは道理で。
 望まなかった終わりに対して、否定のひとつくらいは。

「……なんてね」

 それでも、その言葉を聞くことが叶わなかった現実は変わりやしない。
 立ち止まったら望みは叶わない。覚めるために、先に進むならば『嘘つきの君』とはお別れだ。
 夢まぼろし、所詮は蔦が望んだ思いの停滞。本来には有り得やしない嘘の仇花。
 別離(さようなら)の代わりに、晩鐘を響かせよう。
 カンパネルラよ――どうか、キミのいる場所まで届と、祈って。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ベル・ルヴェール
僕はカンテラを持って前に進む。
砂漠に植物はあまりないから新鮮な気持ちだ。
この蔦が普通の蔦なら僕は観察をしていた。
普通じゃない蔦だな。僕の主と僕の片割れの声が聞こえた。

二人共ここにいるはずない相手だ。
主は人間だから長生きは出来ない。
僕の片割れは僕と同じヤドリガミだから戻るかもしれない。
ここは砂漠じゃないからいるわけないのに。

二人が僕の名前を呼んでいる。
僕はこの声に足を止めて振り返りたくなるけど二人はここにいるはずない。
声を振り切って前に進まなきゃいけないんだ。
ここが砂漠のオアシスなら二人を待っていたかもしれないな。

ここが砂漠じゃなくて良かった。
ここが砂漠なら停滞をしたままで良かったのに。




 影一つも存在しない一面の砂の海。触れることさえ途惑う白き地平に植物は存在しない。いのちの滞在を許さぬ砂海と比べれば、此の地は驚かんばかりに生命のさざなみが響いていた。
 カンテラを手にベル・ルヴェール(灼熱の衣・f18504)は鮮やかなエメラルドの瞳で遠く、天を煽った。草木の脈動を肌で感じ続ければ、眼前の蔦がどの様な存在であるかも判別が付く。
 この蔦は普通のものではない。それは、草花の種を指したのではない。耳朶を擽り零れ行く音色が夢まぼろしの如く響いたからだ。
 ――僕の主と僕のかたわれ。
 何方もここに居るはずのない存在だ。主はひとだ。ひととヤドリガミは命の物差しが違うのだ。刹那のまたたきさえ、違うものとして感じ取る『主』が此処に居る訳もなく。
 かたわれはヤドリガミだ。だから、屹度――そう思えどもベルは首を振った。
 天蓋で嗤った月は砂漠と同じかんばせであろう。だが、茂る花蔦も絡み付くような停滞も、真白の砂海には存在しない。かたわれは居る訳がないのに。

 ――ベル。

 名を呼ばれる懐かしきその響き。
 足を止めて振り返りたくなる蠱惑的な気配。肌をなぞり抱きすくめるような恐ろしき停滞の気配。
 二人とも居ないと知っていても、その懐かしさが如何しても足を竦めるのだ。
 進まなくては。聲を振り切らなくてはならない。
 此処は故郷ではない。
 勇敢で心優しき呪い師たる師がこの様な停滞に留まるわけがない。
 かたわれとて、そうだ。灼熱の道に埋もれた己らにこのような緑は似合わない。

 ――ここが砂漠じゃなくて良かった。
 ここが砂漠なら停滞をしたままで良かったのに。

 砂漠が求めた水も、花もこの場所には溢れかえっている。
 世界の終わりに似合う鐘音(カンパニュラ)も響くことはないけれど。
 だからこそ、惑わすヴェールを取り去るように歩を進めることが出来るのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
それは、ある意味では聞きたかった声
或いは、聞きたくなかった声
けれど決して避けては通れぬわたくしの業

あの日、吸血鬼に滅ぼされた故郷の
領民たちの嘆き声

いつの日か、聖者様がこの苦しみから救ってくださると信じていたのに
私たちは何のために生まれてきたのですか?
繋いだ希望も全て刈り取られ、ただ奴らの贄になるだけなの?
私たちに救いはないのですか?

それは弱者の無念、怨嗟、諦観、虚無、絶望

ごめんなさい
わたくしは大切なあなた方を救うことが出来なかった
それでも立ち止まるわけにはいかないの
あなた方を踏みにじった悪意に立ち向かうために
今度こそ無念を晴らし平和をもたらすために

闇の中を只管に進む
小さな灯りを導きの星として



 ――それは、ある意味では聞きたかった声。

 ミスミソウの花が呼吸をするように、揺らぐ。ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は無垢なる白をその身に纏い、息を飲む。

 ――或いは、聞きたくなかった声。

 乙女にとって、それは聖痕(スティグマ)であった。決して避けては通れぬ業。己を形作る上で、決して逃れる事の出来ぬ過去そのもの。陽の光を返す一繋ぎの真珠が涙を流すように潤んでゆく。
 ヘルガの身体を留めんとするのは悍ましき悲歎。吸血鬼に滅ぼされた故郷、地に住まう民達の恐慌の響き。泪情澪珠より毀れ落ちて往く、聲ひとひら。

 ――いつの日か、聖者様がこの苦しみから救ってくださると信じていたのに、私たちは何のために生まれてきたのですか?
 繋いだ希望も全て刈り取られ、ただ奴らの贄になるだけなの? 私たちに救いはないのですか?

 弱者であったが故に、強者によって貪られる。強者の奢りが、弱者の無念を生み出した。強者の誇りが生み出す怨嗟、そして諦観。連なるように虚無は絶望と共に呼び寄せられる。
 人々の声は、己の足を竦ませ、縫い留めんとした花蔦のしなやかさよりも強く、荊の如き傷みをその肌へと感じさせて。

 ――ごめんなさい。

 唇から漏れ出た言葉に、カンテラの炎が揺らいだ。惑いなど、其処には存在しては居ないのだとタンザナイトの眸は僅かに揺らいで。
「ごめんなさい。……わたくしは大切なあなた方を救うことが出来なかった。
 それでも立ち止まるわけにはいかないの。
 あなた方を踏みにじった悪意に立ち向かうために、今度こそ無念を晴らし平和をもたらすために」
 己を導く星に手を伸ばすように。闇の中を、唯、進む。
 その怨嗟に、その悲哀の叫声に、いつの日か光が届く様にと、祈って――

大成功 🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿
足を止めてはならない、っすね
わかりました。肝に命じておくっす

忠告通りに蔦花の世界を歩く
花は好きっすが、こうなると流石に嬉しさ半減っすね
足元に光を落としながらゆっくり苹果の木を目指します

「バンビちゃん」
と、聞こえた声に心臓が跳ねる
もしかして来てるのかな?と思うが足音はない
「こっちにおいで」と誘うのに、近付いてくる気配もない

ああ、言われていた声ってこの事っすか
気付いたならもう惑わされません
なにより、先輩なら声かけながら隣に来てくれますからね
どんなに嬉しい言葉をかけられても足は止めず、まっすぐ進みましょう

……あれ、そもそもなんで或羽先輩の声が聞こえたんだろ?
…………いや
いやいやいやいや……まさか、ね



「『足を止めてはならない』、っすね。わかりました。肝に命じておくっす」
 軽やかに答えを一つ。森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)はカンテラを手に歩む。
 忠告(ヒント)を抱え従えば、花蔦の世界など易く抜けて行けるはずだから。
 美しく笑む花々は好ましい。それに被さる蔦の傲慢なる笑顔を見れば、幸福など明後日へと過ぎ去ってゆくから。
 光は、静かに足下を照らした。揺らぎ、惑うことなきように。光を辿る足下は、迷うことなく丘を目指した。苹果の木は見上げるほどに遠く見えたけれど――それがこの蔦の所為だと感じれば歩幅も少し広くなる。

 ――バンビちゃん。

 びくり、と肩が跳ねた。心の臓が早鐘を打ち『彼』の来訪に嬉嬉として踊り出す。
 もしかして来ているのかな? 此の儘一緒に苹果を目指そうか、なんて――そう思って振り向かんとしてから小鹿はぴたりと止った。
 耳を擽る声音は響けど、足音はない。花蔦を分け入るような音もなければ、人の気配もまだ遠く。

 ――こっちにおいで、バンビちゃん。

 手招き誘うような声音は常の如く。だと言うのに近付く気配はまるでない。
 声だけが宙にぽかりと浮いたような奇妙な感覚に小鹿は合点がいったようにエメラルドの眸をぱちりと瞬かせた。
「ああ、言われていた声ってこの事っすか」
 涼しげなアクアマリンの眸の彼の声。気付いてしまえば惑うこともない。
 彼ならば、声を掛けて直ぐに隣に来てくれる。足並み揃えて歩調も重ねて「次は何処へ行く?」と悪戯めいて微笑むのだ。
 ならば、進もうとしてから小鹿はまたもエメラルドの眸をぱちりと瞬かせた。
 臆病者の唇から漏れ出でたのは「あれ」と言う不定の響き。杏子の花の淡さと艶めきを乗せた色付く唇は、疑問を其の儘、響かせて。
「……そもそもなんで或羽先輩の声が聞こえたんだろ?
 …………いや。いやいやいやいや……まさか、ね」
『共犯者』の顔を浮かべて首を振る。
 嗚呼、まさか――! そんな――!
 叫び出しそうになりながら、小鹿は『予感』をごくりと飲み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
WIZ
蔦が絡みつくたび聞こえる声は人の「善き声人の善性「のみ」を謡い称える言葉。
いいえそれは嘘。嘘よ!
……嘘ではないかもしれないけれど、人は善性のみの生き物ではない。それは私が何よりも知っている。でなきゃ、私はどうして家族から離れ姿を隠すことになったの?
善性だけならなんで、なんで私は過去の私は何もかもすり減らして死んだの?

そう否定したくてもどこかで人を信じたい気持ちもあるの。
そんな心の奥底の願いの、希望の言葉が聞こえるんだわ。
たとえ希望があっても人の本性なんて一面だけのものじゃない。それは今の私が存在してるのが証明じゃない。何を悩む必要があるの?
私は今を未来を望む。過去の言葉なんて意味がない。



 花蔦は藍晶石の乙女の身体へと纏わり付いた。フードを目深に被った夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)は叫び出したくなる衝動に駆られた。

 ――嘘。嘘よ!

 喉奥より漏れ出でたのは刹那の響き。耳朶を伝って聞こえる声は、善き声。人の善性『のみ』を謳い讃える言葉ばかり。
 否定の言葉を、『もう一度』否定するように「嘘ではないかもしれないけれど」と息を飲む。言葉が窄み、落ちて往く。
 カイヤナイトの眸が揺らぐ。『エートス』はその動きと共に小さく音を立てた。己が場所を示す、最初の贈物。出発点である銀の色と無色透明。
「人は善性のみの生き物ではない。それは私が何よりも知っている。
 でなきゃ、私はどうして家族から離れ姿を隠すことになったの?
 善性だけならなんで、なんで私は過去の私は何もかもすり減らして死んだの?」
 その問いに答える者は誰も居なかった。
 人々の善性を声高に叫ぶのは己の心の側面。そして、それを否定したいのも己であった。二律背反、自身を信じられぬ自身がそこに居る。
 知的で聡明な乙女は悲観的に冷徹に世を眺める己を見て居た。

 ――人なんて、信じられないわ。

 悲観的な女教皇は逆位置で溜息を吐いている。

 ――いいえ、信じたい。信じましょう。

 理知的に微笑んだ女教皇は正位置でそう告げる。
 こころの奥底で、拙い希望がかたちを作る。過去が身体を包み込む。
 万物の根源(アルケー)で、希望の先を見据えてきたのは『今』の自分だった筈だ。
 藍は唇に笑みを乗せた。希望と期待をその胸に抱いたとて、本性など一面だけの物ではない。裏もあれば表もある。正もあれば逆もある。
 それこそ、今の『わたし』が存在している証明。レーゾンデートルは決して揺らぐことはない。
「私は今を未来を望む。過去の言葉なんて意味がない」
 その言葉は強きしるべとなって、乙女を導くことだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
絡みついてくる
蛇が妄執が、愛が絡みついて離れない

淡い桜色のカンテラで路を照らし進んでいる筈なのに
足は重く
それでも私はとまれない
いきていたいの、いきたいの
心細くて寂しくて
全て斬り裂いてしまいたいのに

蛇の様な蔦が花が私を阻む

─サヨ

聞こえてきたのは低くて穏やかで優しい
大好きな師匠の声
私の大好きな師匠
私を救ってくれる厄災の神様

─サヨ、大丈夫だよ
そばに居る
私がきみを守る

変わらない優しい声に足を止めそうになるけれど
必死に前へ進む
師匠が誇れる私でいたい
私を信じてくれたあなたに──それに
本物のあなたは、そこにはいない

この先には怖いものがいる
愛呪が軋み痛む
でも

私はとまるわけにはいかない
しにたくないと、願うのなら



 それは蛇の妄執。愛と憎しみ、二律背反。絡み付いて、離さない。
 淡桜の光は行く途を照らし、進むべき場所は最早、見えているというのに。
 誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)の足取りは重く、一歩ずつ、己に絡み付く花蔦が蛇のように蜷局を巻く。カンテラは此方へおいでと誘うのだから――とまれない。

 ――いきていたいの、いきたいの。
 心細くて寂しくて、全て斬り裂いてしまいたいのに。

 ピンクゴールドの鎖に繋がれたプラチナの桜が揺らいでいる。
 此処に、『私』が居る証左。赫縄の神飾りをも包み込む、蛇の妄執の蔦花。美しく咲き誇る花の色さえ移りゆく――薄色より退紅に。
 からり、ころり。かつり、こつり。
 音を鳴らして歩み行く。桜貝と人魚の泪、重ねた愛情(さくら)を擽り落ちる。

 ――サヨ。

 低く、穏やかで優しい。心の中で凪ぐ大好きな師匠の声音。
 私の大好きな師匠、私を救ってくれる厄災の神様。

 ――サヨ、大丈夫だよ。そばに居る。私がきみを守る。

 変わらないその声音に、足を止めてしまいそうになる。何時だって優しい響き。
 名を呼ぶその音さえも、愛おしいと思えてしまう。
 嗚呼、けれど。足は進んだ。竦む事さえ許されぬ。妄執の蛇の蔦など、遠く。
『師匠が誇れる私でいたい』
 それが、己の途(いきかた)であると知っていた。
「……私を信じてくれたあなたに──それに、本物のあなたは、そこにはいない」
 あの人ならば、微笑み手を取ってくれる。声音だけ、残響のさざめきが近付くこの空間に誰も居ない。
 桜彩は確かに照らす。ああ、この先には恐ろしいものがいるのよと囁くように蔦が停滞の澱へと抱き込んでくる。
 絶望と悲哀を糧に育む呪いが軋み、傷んだ。己が身をも喰らうが如く。

 ああ、けれど――私はとまるわけにはいかない。
 しにたくないと、願うのなら、

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【兄妹】◎
最初はカイトと別行動
カンテラを手に進む
苦手な甘い香に酔う
聞くのは複数の声

「行かないで。わたくしと共に平穏の幸せを…」
「もう、御前は頑張らなくていいんだよ」
「私とあなたの隔たりなんて些細なこと…私と、堕ちて」

お嬢も主も常春桜も
そんな甘言、絶対に言わねェンだよ(…言ってくれねェ

足を止めれば俺が人の器を得た意味がない
唯一無二と世界
天秤に掛ける迄も無く
世界を選んできた

蔓をUCで燃やす
カイトを探す

(”きらい”だが
たった一人の弟
俺の片割れ

お前の隣には俺が居てヤらねェと
永遠の平行線
死ですら別たれない

俺だけは、ずっと一緒)

俺以外に殺されンのも
勝手に消えゆくのも
赦さねェ

カイトを救う
彼の手を引き終着へ


杜鬼・カイト
【兄妹】◎
オレとしたことが、兄さまを見失ってしまった。
仕方がないので、カンテラを手に道を行く。

いつの間にか、蔦が体に絡みついている。
と、同時に誰かの声。
『お前が』『あなたが必要』
『ずっと一緒に』『放さないから』
兄さまの声のようであり、かつての主サマの声にも聞こえる。
前に進まなければと思うのに、蔦が邪魔だ。

優しい声に耳を塞ぎくなる。
この声は嘘だ。
オレを必要とする人なんていない。
出来損ないの紛い物、オレを求める人はいない。
わかっているのに……前に進めない。
「くそっ」

ふいに強い力で手を引かれた。
カンテラの灯りが揺れる。
……ありがとう。
死んでも放さないで。



 甘い香は苦手だ、と。杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)がそう感じたのは束の間。
 下げた羽根描いた鍵を握りしめた青年が顔を上げれば傍らにはカイトは居ない。
 甘い香に酔うてしまったか。溜息を吐けば、引き留めるように蔦が袖をくいと引く。

 ――行かないで。わたくしと共に平穏の幸せを……。
 ――もう、御前は頑張らなくていいんだよ。
 ――私とあなたの隔たりなんて些細なこと……私と、堕ちて。

 三者三様。声音が、引きとめんと手を伸ばす。
『お嬢』も『主』も『常春桜』も。そんな甘言口にはしない。
 甘く蕩けて酔い痴れる。そんな言葉は言わない――『言ってくれない』事を知っている。
 そんな甘い言葉にばかり溺れては居られない。足を止めれば、人の器を得た意味など遠く消え失せる。射干玉の黒髪を撫でる風は生暖かく、疵一つ無い神器のその身は『ひと』として行く道を選ぶが為に。
 唯一無二と世界。天秤に掛ける迄も無く、何時だって世界を選んできた。
 真心を込めた言ノ葉は、過去の妄執など打ち払う。
 早く、彼を探さねば――

(“きらい”だが、たった一人の弟。俺の片割れ。
 お前の隣には俺が居てヤらねェと……永遠の平行線。死ですら別たれない。
 ――俺だけは、ずっと一緒)


 ――――――
 ――――
 ――

 杜鬼・カイト(アイビーの蔦・f12063)はしまった、と呟いた。
「オレとしたことが、兄さまを見失ってしまった」
 立ち竦んでも仕方があるまい。カンテラを手に途を辿り行く。行きは良い良いともならず、蔦がその身に絡み付く。

 ――お前が――あなたが必要――ずっと一緒に――放さないから――

 その声は兄のような、主のような、大切であった誰かの響声。
 尖晶石のイヤーカフスの灼熱の紅をなぞり落ちた声音が己を捕えて放さない。
 進まねば。兄の元へ、何処かで待っているはずだから――だから。
 甘言に耳を塞ぎたくなる。嘘だらけ、甘く溺れてしまいたくなる『理想(うそ)』が傍らで笑っている。

 ――オレを必要とする人なんていない。
 出来損ないの紛い物、オレを求める人はいない。

 口にした言葉に反するように心が蔦に絡め取られる。心の臓まで締め上げられるような感覚に、ひゅ、と小さく息を吐いた。
「くそっ」
 蔦花から逃れんと我武者羅に手を伸ばす。指先に、何か暖かなものが掠った。縋るように差し出せばぎゅう、と握り替えされ力任せに引き寄せられる。
「俺以外に殺されンのも、勝手に消えゆくのも、赦さねェ」
 ぶっきらぼうに声が振る。己の妄執を断ち切るのは『兄さま』か。
『妹(おとうと)』は兄の声に息を飲んだ。
 ああ、そうだ――『兄さま』がここに居る。足を止める理由なんて、

「……ありがとう。死んでも放さないで」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メルティス・ローゼ
カンテラ振って、元気に歩くわ。
わたしに未練なんてないもの。
だって本を求め、知識を求めて、
あとは美味しいごはんがあれば、わたしは幸せ!

声がきこえる……懐かしい声?
知らない女神に連れ去られて、幸せに暮らしてるはずの貴方。
わたしはもう、貴方に縋ることはないわ。
幼い頃の思い出も忘れたもの。
ながく生きるわたしたち種族に、そんな想い出は必要ないでしょう?

――うそ
ほんとは、あいたい。でも叶わない、届かない。
やめて、これ以上ききたくない!

あーもう、うるさいって言ってるでしょ!?
わたしは歌うわ!
大きな声で歌いながら、無理矢理笑って――嘲笑って――行進しましょう。
ああ、月が綺麗。



 乙女の理想は知っているかしら?
 素敵な書物に、知識の泉。潤う文字が踊り書架に並んで満たされる。
 美味しいごはんに囲まれて、ふかふかのベッドで眠る。
 何という甘美なる幸福。未練なんて何処にもありやしない。
 桜彩のカンテラを手にメルティス・ローゼ(ローゼン・シーカー・f16999)はモルガナイトの髪をふわりと揺らした。
 だから、迷わない。

 けれど――耳朶を擽り毀れ落ちて往く声は、懐郷を響かせる。
 素知らぬ女神(ひと)に連れ去られ、幸福に過している筈の『貴方』の声。
 名を呼んで、笑いかける響き。幼い少女の心を縛る、刹那の瞬き。
「わたしはもう、貴方に縋ることはないわ。
 幼い頃の思い出も忘れたもの。
 ながく生きるわたしたち種族に、そんな想い出は必要ないでしょう?」
 言葉にすれば、なんと空音でしかないか。
 また、名前を呼ぶ。優しく囁き、なぞるように。

 ――うそ。
 ほんとは、あいたい。でも叶わない、届かない。やめて、これ以上ききたくない!

 首を振って頭を抱えた。蔦が、身体を包んでゆく。
 メルティスと呼ぶその声に唇を尖らせた。
 メルティスは正直者。興味が無ければ冷めて投げやりにだってなる、普通の『女の子』なのだから。

「あーもう、うるさいって言ってるでしょ!? わたしは歌うわ!」
 大きな声で朗々と。無理に笑って――嘲笑って! 月のように!――行進しましょう。
 花蔦になど縛られぬように。
 決別した過去にさようならと手を振って。
 天蓋を眺めれば、ああ、ほら、何て月が綺麗なのかしら!

成功 🔵​🔵​🔴​

珂神・灯埜
耳朶を震わす声は既に失った片割れの女の子
やわらかく花咲くような優しい声音

ボクの名を呼び誘おうとする
ねえ、一緒にお喋りをしましょう
またふたりで過ごそう
誰にも邪魔されることなく
灯埜とわたしのふたりで

灯環。それが彼女の名前
命令されてボクが殺した片割れ
血の繋がりなんてない
ある神から創造されて
ひとつをふたつに別けただけの関係

ボクには死の概念がない
神であるボクに与えられる死とは
生命が生き途絶えるそれとは違う
輪廻の環からも外れ、来世を与えられる事も無い
きっと消滅に近いんだろうな

消えることできない
やらなくてはならない事がある
だから灯環……ごめん
オマエのいない世界は物足りないけど
ボクはまだ少しだけ歩んでいくよ



 ――……。

 その声に、珂神・灯埜(徒神・f32507)は聞き覚えがあった。
 くすんだ金の眸が僅かに揺らぐ。かんばせに、その色さえ移さずに、揺れた眸を瞬かせる。
 耳朶を震わせ落ちて往く。既に失った片割れの彼女。やわらかく、花咲くような優しい声音が誘っている。

 ――……。

 ああ、呼んでいる。姿が見えなくとも手招き笑う、さいわいの形として。
 雪結晶を簪に揺らし、灯埜は己が身体に蛇が如く這う花蔦を感じ取る。

 ――ねえ、一緒にお喋りをしましょう。またふたりで過ごそう。
 ……誰にも邪魔されることなく、灯埜とわたしのふたりで。

 雪結晶の融ける兆しは遠く。けれど、その名を呼ぶ声だけは喉から溢れ出た。
「灯環」
 彼女の名前。命令されて『ボクが殺したかたわれ』
 ひとつのいのちをふたつに別けた。血の繋がりも無ければ、創られただけのボクら。
 灯環が笑っている。

 灯埜、灯埜、灯埜――

 甘い声音が呼んで、綻び花咲くように鈴転がして。
 殺した。
 死んだ。死――灯埜には死の概念など存在して居なかった。
 神である灯埜に与えられる死は生命が生き途絶えるそれとは違う。
 輪廻の環からも外れ、来世を与えられる事も無い。それを、人の物差しで語れば『消滅』と言うのだろう。
 魂が天に戻ることもない、唯の無へと戻り行く。
 それが、死だというならば。

「……消えることできない。やらなくてはならない事がある。だから灯環……」
 纏う蔦を切り裂くように、灯埜はゆっくりと力を込めた。
 掌に僅かな震えが走った。彼女が行かないでと縋るように、絡み付く妄執。
 ああ、それでも。
『行くべき途』があるのならば、足を止めることは出来なくて。
「ごめん。オマエのいない世界は物足りないけど、ボクはまだ少しだけ歩んでいくよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
足を止めないこと。
生きているのなら、何があろうと、立って先へと進むこと。
それは、数少ない約束事。

『もう帰りましょう』

今のあたしの年頃よりも、すこしだけ幼い声。
幼いけれども大人びた、ちょっとだけ年上の声が、幾つも。幾つも。

『今日のお夕飯はオムライスだって』
『アイスも買ってあるんだ! お風呂上がりにみんなで食べようね』

他愛ない日常の、もう聞こえない筈の、どこにも居ない子たちの声。
蔦を引きちぎるように、先へ。

『嗚呼、ほら』
『そんなに怪我をして。手当てしてあげるから、こっちにおいで』

いいえ。
――いいえ。

傷も悔悟も、どれだけ引き摺ってでも。
あかりを手にただただ先へと進むだけ。
――、……忘れないのよ。



 ――足を止める事勿れ。
 花剣・耀子(Tempest・f12822)にとってそれは約束だった。
 ――生きているのなら、何があろうと、立って先へと進むこと。
 数少ない、約束事。護るべき、斬る事のできないよすがという鎖。

 呼ぶも散らすも易い事であったはずだ。苛烈に歌舞く花嵐。吹き荒れるそれが己の途を示しているはずだから。

『もう帰りましょう』

 耀子は僅かに肩を揺らした。今よりもすこぉし幼い声音。
 幼いけれども、大人びた。少しだけ年上の声がひとつ、ふたつ、重なって。

『今日のお夕飯はオムライスだって』
『アイスも買ってあるんだ! お風呂上がりにみんなで食べようね』

 その声音は日常と呼ぶのだ。他愛もない、当たり前。
 本来ならば存在して居るはずの、存在しない。もう聞こえない何処にもない声。
 花蔦に「莫迦ね」と言うように、引き千切った。『切断』なんて、日々の傍らにある。

『嗚呼、ほら』
『そんなに怪我をして。手当てしてあげるから、こっちにおいで』

 耀子はぴたり、と足を止めた――止め、かけた。
 爪先に力が込められる。ぐ、と踏み締めれば身体は簡単に前へと進んだ。

 いいえ。
 ――いいえ。

 止ること勿れ。約束。意思と遺志。呪詛の如く己を包む。
 易くは斬れないよすがが己を引き摺るように進めと叫ぶ。
 傷も悔悟も、どれだけ背負い、引き摺ることになろうとも、あかりを手に進む。
 あかりさえ無くとも迷うことはない。花束を抱え、斬り果たす。
 絡む蔦など忘れ、天蓋の月へと手を伸ばしながら。

 嗚呼。
 ――嗚呼。

 ――、……忘れないのよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『桜獄大蛇・愛呪』

POW   :    愛呪:いきていたいの?
【狂気と消滅を齎す、荒れ狂う狂愛の桜焔】が命中した部位に【感情全てを憎悪に変え、抵抗する程強まる呪】を流し込み、部位を爆破、もしくはレベル秒間操作する(抵抗は可能)。
SPD   :    愛呪: おなかがすいたの。食べていい?
攻撃が命中した対象に【自我が崩壊する程の憎悪と激痛を齎す愛の呪】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【魂を穢し侵食し歪ませて、喰らい続ける事】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    愛呪:しにたいの?
骸魂【桜獄大蛇】が、愛呪を刻み寄生した【他者】と合体し、一時的にオブリビオン化する。強力だが毎秒自身の【寄生した主に絶望的な苦痛を与え、主の生命】を消費し、無くなると眠る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は朱赫七・カムイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●戀ひは呪いになりて

 ――ただいま。

 ――こっちへおいで。

 ――ねえ、どうして置いていくの。

 全ての言葉にそれは渦巻いた。わざわいは蛇の妄執の如く絡み付く。
 怨嗟と後悔。全てを飲み喰らい糧とする。暴食の乙女の求めるあいしてるは何処にも在らず。

 苹果の樹のたもとに蜷局を巻いて待つ彼女へと花蔦が絡み付く。
 もう二度と、離しはしないと囁くように――
 妖を喰らった骸魂は愛呪を囁き、花蔦を越えた物を待っていた。
 生命の始まりに、知恵の樹に実った果実を思わせる苹果がぽとりと落ちる。
「せかいから、遠く遠く毀れ落ちるの」
 其れを喰らえば神さえ許さぬ大罪が刻まれる。
 甘美なる誘い。喰らい付けば二度とは戻れぬ、黄泉戸喫の如く乙女は誘う。

 足を止めてしまいなさいな――しんでしまいなさい。
 俯いてしまいなさいな――いきなくていいの。

 もう、何もかもを捨ててお終いなさい。
 すべて、すべて美味しく食べてしまうから。
コッペリウス・ソムヌス
まだ死にたくないのは誰でしょう
生きていたかったのは何方だろう
この身に知る術など無く

足を止めてしんでしまえたなら
とうの昔に消えられていた、
いきない為に俯けたなら
容易く身代わりにもなれただろう、
何もかもを捨てるには
神っていうのも難儀なものだね

桜焔が当ろうとも気に留めず
憎悪とはあまり抱かない感情だ
身を焦す苦しみを知るのは偶にはよいかも
此の身体が意識保てぬ程まで至れば
さぁ、終演の幕を下そう

足下の暗闇抱く影は大きく門を開け
姿現すのは機械仕掛けの、
黄昏は刻む剣を持って
其の愛呪を糧にしてあげよう

生きている彼女はまだ
ヒカリの先へとすすめるのだろうから



 ――まだ死にたくないのは誰でしょう。
 ――生きていたかったのは何方だろう。

 コッペリウス・ソムヌス(Sandmann・f30787)が形良い唇に乗せたその音に応える者は誰も居ない。知る術など持ち合わせては居ないのだから。
 Akashaは全てを見据え、見詰めて、見放した。それでも尚、観測者は『進むべき』存在だ。
 足を止めてしんでしまえたならば。しにたいの、と問う声にそうだと応えてとうの昔に消えて仕舞えていたならば。
 銀に鈍く光ったその眸はまじまじと彼女を見据える。わざわいの蛇。問う声は生温い温度を醸す。
 とうの昔に消え失せられたならば。いきない為に俯けたなら、容易く身代わりにもなれただろう。
 ■と眠りの神にとって、『消え失せること』さえ出来ぬのだから、それは難しい相談だ。
「何もかもを捨てるには、神っていうのも難儀なものだね」
 かみさまは生きているとは言えないだろう。だが、死んでいるわけでもない。
 神とは其処にある存在だ。

「いきていたいの?」

 囁く聲と共に絢爛の花吹雪が舞踊る。炎は桜の如く形作られてコッペリウスの身体を蝕んだ。
 その傷みさえ、彼にとっては不可思議で。憎悪とはあまりに慣れぬ感情だ。抱かぬなばら理解に遠く、身を焦がす痛みさえも新鮮だ。
 身体に刻みつけられる傷みは、其れを避ける事も為ず『味わう』だけにある。
 神とは難儀な者だ。握るLetheが彩を返す。
 レテの川を渡る事はまだ出来ぬと、小さく落ちたの桜の花びらにコッペリウスは目を伏せた。

「――さぁ、終演の幕を下そう」

 傷みを抱いたその実を包み込むように暗澹たる影が大きく門を開いた。
 一つ、石を投じるように。姿を現すは機械仕掛け。
「黄昏は刻む剣を持って、其の愛呪を糧にしてあげよう」
 苹果の馨をその身に纏った娘へ向けて黄昏竜が飛び込んだ。歯車の音を聞き、コッペリウスは願う。
 彼女は、神様なんかじゃない。愛という名前の呪いだ。
 だからこそ、まだヒカリの先へと進める筈だと――信じずには、居られなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
私が私として生まれる前の私は、きっとやれるだけやって死んだと思うの。
でもただ一つだけ心残りがあって、それでそれを終わらせるためにまた幻朧桜の力で戻ってきたと思ってる。
まだ終わらせてあげられてないけど、それでも物心つく頃から感じていた心の奥底の違和感は今はなくなって、私は私だと、一つになったと言えるわ。
だからこそわからないし、わかる。
愛って執着なのね。自分のなにもかも無くしても構わないって思うほどの。相手のなにもかも欲するほどの。

鳴神を可能な限り複製し攻撃します。こちらが侵食され歪むくらいなら、その前に自ら寿命を削るわ。

心残り、誰かを愛してた心。私は本当に終わらせられるかな。



 カイヤナイトは生の気配を宿して。夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)は『彼女』をその双眸へと映し込む。
 鳴神とその名の付いた黒い三鈷剣をしかと手にする。
 狂気と消滅を齎す桜焔が迫りくる。だが、それを退けるのは無限に複製される三種の神器。
「私が私として生まれる前の私は、きっとやれるだけやって死んだと思うの」
 憎悪がその身を焦がす事は在りやしない。ブーツに包まれた爪先に力を込め、至近に渡る。苹果の香りがつん、と鼻先を擽った。伸び上がった蛇を受け止め、身体を捻る。
「……でもただ一つだけ心残りがあって、それでそれを終わらせるためにまた幻朧桜の力で戻ってきたと思ってる」
 心残り。それを終わらせてはあげれてはない。
 それでも物心つく頃から感じていた奥底の違和は今は何処か。
「――私は私だと、一つになったと言えるわ。
 だからこそわからないし、わかる。
 愛って執着なのね。自分のなにもかも無くしても構わないって思うほどの。
 相手のなにもかも欲するほどの」
 執着を打ち払う。命を削ればその体を蝕む痛みが、憎悪さえも押し返す。
 華奢な腕に力を込めた。侵蝕される位なら命など擲って。
 藍の唇が揺れ動く。借り物の感情など、投げ出してしまえば良い。その身をなぞった憎悪は愛という呪い。

 ――心残り、誰かを愛してた心。私は本当に終わらせられるかな。

 あいしています、と唇に諳んじれば。愛することは呪うこと。
 そう告げるように眼前の蛇はぞろりと伸び上がった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿
辿り着いた先で、乙女の誘いに首を振る
残念ながら、止まることも俯くこともできません
だから真っ直ぐあなたを見つめ、抗うことで示します

……といっても、ボクの出来ることは限られる
止めの一撃なんてもの持ち合わせていないから
この場にいる誰かのための援護を為しましょう
攻撃を食らわないよう逃げ足で駆け抜けつつ
隙を見つければ予告状を投げ『Mak!ng specimen』発動
あなたの時間、少し頂戴するっすよ

……ボクなんて、恋は連戦連敗っす
離したくなくても諦めなきゃいけないばっかり
でもまあ、物好きな王子様がいるかもしれないんで
次を掴むためにこの手は空けておくんす

痛みが、呪いがこの身を蝕もうとも
どんなに苦しくても、ね


ヘルガ・リープフラウ
先刻の、今は亡き故郷の人々の嘆きが甦る
悪徳に塗れた狡猾な卑劣漢ほど肥え太り
弱き者は踏み躙られ、食い物にされ死んでゆく
それがあの世界の理

それでも人を愛する心は
懸命に生きんとする願いは
何よりも強く気高きもの
弱き人の心を欺き、唆し、罪に堕として嘲笑い
自らの罪を擦り付けて悪魔に下った堕落の蛇とは違う

その人を返しなさい
これ以上愛を愚弄し貶めるならば
このわたくしが許さない

祈り込め歌う【涙の日】
全ての罪を洗い流す浄化の歌
哀れな犠牲者には苦痛を癒し心を慰め
そして悪しき骸魂には神罰を

骸魂に囚われた魂に呼びかけ鼓舞
大丈夫
人を愛し平和を求める心は、皆の尊き願い
わたくしの祈りは、人々の優しき心を邪悪から守るためにある



 首を振ったのは、彼女にとっては有り得やしない『誘い』だったからに他ならない。
 エメラルドの瞳に乗せられた決意は、揺らぐこともなく。真っ直ぐに見詰めた輝きは曇ることもない。
 森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)は堂々と言った。
「残念ながら、止まることも俯くこともできません」
 右手の甲に魔力が走り、輝いた。地を蹴り、飛び込む彼女に合わせ、黄金の華と交差する二対。
 劔と共に届けられるのは悪戯な魔界怪盗の『予告状』

 ――From “Sein N8" with love.

「予告しましょう。ボクはあなたの時間を奪うと」
 怪盗団ザインナハトの予告状は、刻すら奪う無数の黄金の針を作り出す。投げ入れられたが最期、蛇乙女のその身体を標本の如く縫い付ける。
 小鹿は知っていた。己には出来ることは限られる。
 トドメ、と出来る一撃など持ち合わせては居ない。この場に居る誰かの為――指を組み合わせ、祈るように目を細めたミスミソウの乙女、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)を援護するためにそれを投げ入れる。
 背後より迫り来る桜焔を避けるべく、脚に力を込め、一気に地を蹴り上げた。
 ぐんと前へと進む身体は器用に走り回る。愛という妄執などから遠く、執着と似ていて、遠い『諦めない』という決意が小鹿の身体を前へと推し進めた。
「あなたの時間、少し頂戴するっすよ。
 ……ボクなんて、恋は連戦連敗っす。離したくなくても諦めなきゃいけないばっかり。
 でもまあ、物好きな王子様がいるかもしれないんで、次を掴むためにこの手は空けておくんす」
 に、と唇を吊り上げた。痛みと呪いに俯くだけに終わらない。その身体を掠めた焔が身体を燃やす。
 それがどれだけ苦しくても、『王子様』に届くならば、我武者羅に手を伸ばせる。

 ―――――――
 ――――
 怨嗟、恐慌、後悔。
 溢れかえる濁流。
 その中でヘルガは耳を欹てる。
 嗚呼、そうだ。世界など、悪徳に塗れた滑稽な卑劣漢ほど肥え太るのだ。弱き者は踏み躙られて、食い物にされて死んでゆく。それが世界の理で有ることなど、疾うの昔に知っていたというのに。
「――それでも人を愛する心は、懸命に生きんとする願いは、何よりも強く気高きもの。
 弱き人の心を欺き、唆し、罪に堕として嘲笑い、自らの罪を擦り付けて悪魔に下った堕落の蛇とは違う」
 囁く言葉は浄罪の懐剣に力を乗せた。
 災厄を退け幸運を望む魔力。玻璃の水晶は穏やかに導きの輝きを重ね合わせた。
「その人を返しなさい。これ以上愛を愚弄し貶めるならば、このわたくしが許さない」
 小鹿が作り出した僅かな隙。それを見極めたヘルガは歌声を響かせる。拡声器によって伸びやかに響き渡るは涙の日(ラクリモーサ)

 ――主よ。御身が流せし清き憐れみの涙が、
 この地上より諸々の罪穢れを濯ぎ、善き人々に恵みの慈雨をもたらさんことを……

 それは全ての罪を洗い流す浄化の歌。
「哀れな犠牲者には苦痛を癒し心を慰め、そして悪しき骸魂には神罰を」
 魂を捕えたというならば、その心に呼び掛ける。

 ――大丈夫。

 声音に反応した様に小鹿は再度、針を放った。ぱちり、と音を立て刻を『奪った』その刹那。
 ヘルガの声音は確かに、届いたのだろう。邪気を打ち払う眩き裁き。
 僅かに眩んだ八岐の蛇は苹果を手に呻く声を上げる。
「人を愛し平和を求める心は、皆の尊き願い、
 わたくしの祈りは、人々の優しき心を邪悪から守るためにある」

 届いてと願ったその声が伸び上がる。
 もう少し――judicandus homo reus.

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

珂神・灯埜
そうだな。
ボクは消えても構わないと思ってる。
しかしそれは今ではない。
やらなくてはならない事が残ってるんだ。
だからオマエの誘いに乗る事はできない。

鞘から刀を抜き白焔を纏わせていく
愛呪の攻撃を焔で相殺し
斬り込む隙を窺がい刀を振るう

足を止めると、喰われるのだろう?
ボクはあまり美味くないと思うが…。
生を捨てて消えることを選ぶとね。
こんなボクでも惜しむ人がいるんだ。

浮かぶのはふたりの義姉
戯れで幼い姿の形代を取り姉と慕うボク

あのふたりといると息苦しさが少しだけ楽になる、気がするんだ。
縁も所縁もないというのに。
ヒトのように姉と呼び慕うのも中々悪くない。

だから愛呪。
すまないがその甘い誘いは受け入れられないよ。


誘名・櫻宵
噫──愛呪
軋む呪いが彼の呪神の存在を告げる
これは私の罪だ
この憎悪は私へのものかしら
湧き上がる憎悪は全て、己への憎しみだわ
もう、生きなくてもいいの?
……いいえ、私はいきていたい
師匠の声を思い出す
愛しい神と人魚の存在を、大切な人たちの存在を思い出す
まだ、離したくない
愛しているから憎悪に変わる
未練のように、壊れる心のあげる叫びのように
喰われることはこんなに恐ろしく痛いのね
喰われるイタミを悼みかえすように、破魔纏う斬撃で薙ぎ払う


とまれないの
しねないの
あなたの元へはいけない
けれど待っていて
あなたを
あなた達をそこから救い出してみせる

大丈夫よ

己に言い聞かせるように愛呪に告げる
然るべき時に
神様がすくってくれる


花剣・耀子
いいえ。

足を止めない。
俯かない。
生きていくと決めたから、交わした約束事は守るのよ。
あたしは何も忘れない。

おまえの由縁をあたしは知らないわ。
置いて行かれたの? さみしいの? もう、歩くことが出来なかったのかしら。
それが悪とは云わないし、
それを選んだならあたしが口を出す筋じゃあないの。
只、おまえの誘いには乗れない。それだけよ。

焔を割いて、咲いて、何度だって吹き散らしましょう。
咲いた花は嵐の前に散るのが道理よ。
花蔦を、呪詛を。目の前を阻む何もかもを斬ってみせましょう。
只生きるだけの生を望んだわけじゃあないのよ。
傷を負っても、選択を悔いても、それでも進むと決めたのだもの。

まだ間に合うなら、顔を上げて。


メルティス・ローゼ
禁断の果実と蛇……といったところかしらね。
そのリンゴ、おひとつくださいな。なんてね。
わたしがほしいものは知識よ。
例え神さえ許さぬ知識を得たとしても、その後で死んでしまっては意味がないわ。

それで――貴女が与えてくれる知識(もの)は何かしら?
それはわたしが望むもの?

世界から少しだけ力をわけてもらって、
世界中の優しい気持ちを、光の雨に変えて降らせるわ。
貴女にも届くかしら……こんなにも世界は愛おしい。
淋しさも忘れるほどの想いが、貴女に降り注ぐ。
――もう、大丈夫だから。

苹果、持って帰ってもいいのかしらね?
あの子を助けられたら、持って帰って調べてみましょう。
もしかしたら、すごいもの見つけちゃったかも!



 欠けたる月は――

 珂神・灯埜(徒神・f32507)のくすんだ月色の瞳が細められる。
 藍の刀身を持つ宵之月欠、その色は鈍く桜焔を照り返した。

 ――いきていたいの?

 問うた声音は呪いの如く。灯埜の身体へと纏わり付いた。
「……そうだな。ボクは消えても構わないと思ってる。しかしそれは今ではない。
 やらなくてはならない事が残ってるんだ。だからオマエの誘いに乗る事はできない」
 首を振るわけでもない。否定の言葉の意は強く。六花がしゃらりと鳴った。春は未だ眠っていようとも、融ける兆しが遠くとも。
 白焔が狂愛の桜焔にぶつかった。地を蹴って、身を反転させる。僅か、力を込めた刹那、魔弾の雨が降注ぐ。
 ふわりと揺らいだ春色の髪先を擽り揺れたは夏風か。メルティス・ローゼ(ローゼン・シーカー・f16999)の握る魔力帯びた薔薇蔓の杖はその眸の輝きに呼応して驟雨と化した。
「禁断の果実と蛇……といったところかしらね。
 そのリンゴ、おひとつくださいな。なんてね――わたしがほしいものは知識よ」
 神さえ羨む知識であれど、神さえ許さぬ知識であれど。それを得た後に死んでしまえば意味は無い。
 知識は糧だ。其れを飲み喰らい生きてゆく。彼女の暴食になどは甘えていられない。
「それで――貴女が与えてくれる知識(もの)は何かしら? それはわたしが望むもの?」
 問うた声音と共に、再度魔力の雨が降注ぐ。世界の優しき思いが光の雨へと変わり、憎悪に揺らぐ女の身を軋ませる。
「――貴女にも届くかしら……こんなにも世界は愛おしい。
 淋しさも忘れるほどの想いが、貴女に降り注ぐ――もう、大丈夫だから」
 メルティスの声は、どれ程に優しいか。蛇の如き妄執がやめてと叫ぶ様に憎悪の焔を踊らせる。

 ――こちらへいらっしゃい。

 いいえ。いいえ、足を止めない。俯かない。
 眼鏡の奥底の冴えた眸は伏せられて。花剣・耀子(Tempest・f12822)は――『土蜘蛛』の乙女は、その名の如く花を散らす。
 花剣《テンペスト》と呼ばれた娘はゆっくりと剣を構えた。冷徹にして冷淡。玲瓏にして、静謐なる氷の眸は笑いやしない。
「生きていくと決めたから、交わした約束事は守るのよ――あたしは何も忘れない」
 そうやって生きてきた。それが花剣・耀子という女であった。
「おまえの由縁をあたしは知らないわ。
 置いて行かれたの? さみしいの? もう、歩くことが出来なかったのかしら。
 それが悪とは云わないし、それを選んだならあたしが口を出す筋じゃあないの。
 只、おまえの誘いには乗れない。それだけよ」
 彼女が彼女であるように。耀子は耀子であったのだから。
 そう、それは個による強き意志。そのことを誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は知っている。知りながらも、酷く苦しかった。
「噫──愛呪」
 その身のウチで軋んだ呪い。それは、彼女と呼応する。幼児のように言葉を連ねた、蛇の娘。
 その姿は――「これは私の罪だ」なのだと、身の内に響かせるのだから。贄を欲する神殺しの呪いと響き合う。
 あの娘の告げる憎悪は誰ぞへのものだろうか。血桜の太刀を握る指先に力が込められた。
「もう、生きなくてもいいの? ……いいえ、私はいきていたい」
 櫻宵は師の声を思い出す。愛しき神と人魚の存在を。笑い合ってきた大切な人々を。思い出しては、未練を連ねる。
 言葉が呪いとなるならば、言葉が絆になるのだと、彼等の名を、唇に乗せて。
「――まだ、離したくない」
 愛という執着は、憎悪にも似ている。故に『変質』しやすいのだ。未練のように、壊れる心の上げる叫びのように。
 少女の声音が痛みを齎した。桜宵へと食らいつき、激痛を生み出した。魂を侵蝕する其れから逃れる様に鈴を謳わせ首を振る。
「……喰われることはこんなに恐ろしく痛いのね」
 けれど、大人しく喰われてばかりではいられない。
 桜宵がぎゅうと桜龍の牙より作られた神刀を抱き締めたのは『その身を餌』としたがだけ。
 灯埜が駆ける。「白焔轟かせ、骨も残らず焼き付くそう」と唇乗せた音を合図に藍の刀身を白き焔が包み込む。
 刃を打ち込めば女の真白の腕より赤き血潮が飛び散った。
「――――!」
 叫声。耳を劈くその響きにさえも灯埜は竦むことはない。
「足を止めると、喰われるのだろう? ボクはあまり美味くないと思うが……。
 生を捨てて消えることを選ぶとね――こんなボクでも惜しむ人がいるんだ」
 微かに唇が釣り上がる。戯れで幼い姿の形代をとり姉と慕う己とふたりの義姉。
(あのふたりといると息苦しさが少しだけ楽になる、気がするんだ。
 縁も所縁もないというのに――ヒトのように姉と呼び慕うのも中々悪くない)
 人ではないその身でも、そうした愛情は心地よい。彼女の齎す憎悪はどうにも受入れられない。
 舌を寄せれば甘い誘いさえも、喉を過ぎる劇毒を前に、残骸剣《アメノハバキリ》は振るわれる。。
 蛇(オロチ)を祓い、呪詛を喰らった残骸に纏わり付いた白き刃。耀子の握る、一太刀。
「――散りなさい」
 焔を割いて、咲いて、何度だって吹き散らす。それがテンペスト。花の嵐は散り行くだけだ。
「只生きるだけの生を望んだわけじゃあないのよ。
 傷を負っても、選択を悔いても、それでも進むと決めたのだもの――まだ間に合うなら、顔を上げて」

 屹度、間に合うでしょうと桜宵は囁いた。

 ――とまれないの、しねないの、あなたの元へはいけない。
 けれど待っていて。あなたを、あなた達をそこから救い出してみせる。

 咲かせて、散らせて、奪って、喰らって。桜に変わりゆくその体へと降注いだ光の雨。
 優しさだけを伝えるメルティスは祈るように声音を連ねた。どうか、幸せに。

「――大丈夫よ」

 己に言い聞かせるように、櫻宵はそう言った。
 屹度、屹度と言葉を重ねた彼の傍らで、耀子は真っ直ぐにその刀を振り下ろした。

 迷子の迷子の一人の娘。
 パイリダエーザへ導いて――もう、恐ろしい事はないよと囁いて。

 苹果の木々の向こう側に光が満ちた。蔦は失せ、眼前の少女の姿が掻き消える。
 災厄の影が去ったその地。
 憎悪と隣り合わせの『愛』の霧は晴れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月16日
宿敵 『桜獄大蛇・愛呪』 を撃破!


挿絵イラスト