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金色の囀りは笛の音に似て

#UDCアース

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#UDCアース


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 おんなじひとになるの。それが幸せ。それがあるべき形。
 みんな一緒になって、檻の中で神様に祈るの……。
 でもみんなもうおんなじになってしまった。おんなじじゃ、おんなじになれない。
 だからおんなじではない人を神様に捧げてまたおんなじになるの。
 だから誰かを呼ぶのよ。
 おんなじではない誰かを。

 ●

「猟兵ちゃんたちは、南の島や祝祭に興味はあるであるかな」

 そう言って葛籠雄九雀が掲げたのは、煌びやかなビーチを背景に、派手なロゴとキャッチコピーが印刷された、A4サイズのチラシであった。書かれている内容はこうである。

「『二十年に一度の祝祭! エスニックな未知の島であなたも神秘体験! 綺麗なビーチと砂浜を堪能! プロによるマッサージ付きでくつろぎのひとときも!』」

 のんびりした口調で言う仮面のせいで、余計間の抜けた内容に聞こえる。そもそもチラシ自体が、旅行会社が作ったというよりは、素人が作ったような出来である。辛うじて紙には加工が施されているが、写真は若干ぼけているように見えるし、ロゴは虹色だ。

「ツアーらしいのであるよな。最少催行人数は二人であるが、まあ一般人が二人で行ったら死んで終わりのツアーである」

 さらりととんでもないことを告げた仮面は続ける。

「このチラシ、旅行会社のチラシの中に紛れて置かれていたものなのであるが、UDC組織の方で調べたところ、こんなものを出した旅行会社はどこにもなかったのであるよ。まあ、一目で分かるとは思うのであるが……」

 そうして仮面が言うところに曰く、UDC組織で調べる限り、どうやら二十年前にも実際に同じような迷惑行為があったらしい。そして同時期に失踪した人間が二人おり、行方不明として処理されていた。流石に不審なため、密かに調べるため先んじて島へと行ったが――

「何やら歓待されたそうなのであるよなあ」

 ただ、潜入した職員たちは、『お祭りの日ではないから』と帰されたのだという。

「因みに、お祭りについて詳しく聞いてみたところ、簡単に教えてくれたそうであるから、共有しておくとであるな、どうやらシェル・キナ様という神を祀っておるそうである。その神に捧げる祭りと、その生贄として、二十年に一度、外から人を呼んでいるという」

 ああ、生贄とは文字通りであるようであるよ、とは、変わらずのんびりと話す仮面の言である。

「お祭りで生贄として外部の者を殺害する、その行為に一切の罪を感じておらぬのであろうなあ。むしろ嬉々として教えてくれたそうである。百年以上続けておるらしいであるぞ。とまあ、そこで」

 UDC組織からの依頼なのであるが、と九雀は言う。

「この祝祭に参加して、実態を調べた上で、神が邪神であれば屠って欲しい……ということである。まあ殺人を繰り返している時点で司法に照らして裁きたいとのことであったから、邪神でなかったとしても、上手く順応して殺人の証拠など見つけてもらえると嬉しいらしいが」

 祝祭では皆同じ化粧をして仮面を被り、同じ食事をして、同じ酒を飲むらしいであるぞ、と、己も仮面である九雀は、つい撫でるような仕草で自分へと触れ、そのことに気付いて手を離した。

「それから、生贄を中心に歌を歌いながら一晩待つらしい。生贄は同じでないので、『同じ』ものが現れるとかなんとか。そこについては島民もよくわかっていないようである。二十年に一度しか行わぬ上、祝祭の当日の記憶は皆曖昧らしいのであるよ。代々伝わる通りに毎回実施しておるだけらしい。ただ、どうやら、島民は『同じである』ことに固執しているようだ、というのが職員ちゃんたちの調べである」

 ああそれと、と、仮面は――人の造作をよく覚えられぬ仮面は――最後に言った。

「島民は皆、『ぞっとするほど同じ顔をしておる』らしいであるから、驚かぬように、と職員ちゃんたちは言っておったであるよ。だからすぐに見つかってしまったとも言っておった」

 伝えられるのはこれくらいか、と九雀は言い、それでは、と続ける。

「すまぬが、此度もよろしく頼むである」

 仮面はそう言うと、長身を折り畳むようにお辞儀をしたのだった。
 
 
 


桐谷羊治
 
 なんだかポンコツなヒーローマスクのグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。
 十二本目のシナリオは南の島のお祭りに行こう、というシナリオです。何卒よろしくお願いします。

 夏なので息抜き的な南国バカンスです。多分。一応ちゃんとプロのマッサージは受けられます。お目当ての方は楽しんでください(流石にマッサージを受けるのみのプレイングはおそらく採用できませんが……)。

 一章はそこそこ自由にお祭り準備や夏の島を楽しんでくだされば大丈夫です。証拠集めとかもしてくださるとUDC組織が助かります。島民はお祭りのための準備をしていますが手伝う必要などはありません。邪魔をすると普通に怒られます、猟兵より島民の方が当然ながら遥かに多いので、お祭り自体は何をしても止められません。島民に成りすますこともできません。

 二章はお祭りで出てきた集団戦です。三章はボス戦です。

 今回は百鬼夜行の時同様、プレイング受付から少々ゆっくり目に書ける・書きたいプレイングを書いていきます。ギリギリのご返却になりがちだと思います。
 また、書けると思ったプレイングを執筆させていただくので不採用が有り得ます。こちらも予めご了承ください。逆に、人数が多くても、送っていただければ採用する可能性もございますので是非ご参加ください。
 ただ、冠達成時点で〆ますのでそちらのみご了承ください。大体各章6、7名様の採用になると思います。

 心情はあれば書きます。なくても多分大丈夫です。大体いつも通りです。
 若輩MSではございますが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
 機会があればよろしくお願いします。

 
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第1章 日常 『「祝祭」への参加』

POW   :    奇妙な食事を食べたり、奇怪な祈りのポーズを鍛錬する等、積極的に順応する

SPD   :    周囲の参加者の言動を注意して観察し、それを模倣する事で怪しまれずに過ごす

WIZ   :    注意深く会話を重ねる事で、他の参加者と親交を深めると共に、情報収集をする

👑5
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

レッグ・ワート
依頼了解、……一般いないよな?
とまれ賑やかしいのは嫌いじゃないぜ。
元気なのが生体ならな。

とりま防具改造で各耐性値を振り替え、呪詛耐性優先で後は環境耐性だ。ついでに準備の邪魔にならない程度に雑談の体で情報収集するんだが、状態確認はつけっぱでいく。島民各々のフィジカルメンタル、どの程度同じか逐一診てこう。
ちな内容はどんな祭りかやら見逃せないポイントあたりかね。生贄話は本気にしてない風に、どんな手順で捧げるのか聞いてもみようか。手伝ってもいいなら手伝うぜ、身体動かしながらの方が話易いだろうしな。と、ドローンは迷彩起こした状態で、表立たない情報交換の為に使うよ。
ところで他は兎も角食事と酒の回避アリ??


ロカジ・ミナイ
サングラスしてビーチベッドでトロピカルなカクテルを片手に
青い海を眺めるやつよ
う〜ん、バカンス最高

ここでマッサージしてくれてもいいのよ
僕は欲張りでね
いっぺんに全部あったって構いやしないの

別々に一個ずつ堪能するのもいいけどね
バカンスって朝と夜はあれど時はないって言うし
毎度別の別嬪さんに逢えるかもしれないしねぇ

……別嬪さんっていやぁ
普段から目に映るものの多くは別嬪さんだが
別嬪さんにも色々あるから個々の別嬪さんに好きって言えるわけだけども

ここの別嬪さんはどれがどう別嬪なのかわかりゃしねぇ
お名前は?好きなものは?僕のこと好き?
お返事もおんなじなのかねぇ…
おっと!邪魔するつもりはないのよ、怒っちゃやーよ


都槻・綾
陽射しに煌く海は
蒼天を映して何処までも青く
夏の夕景は
また格別にうつくしい
透明なひかりが世界を彩る様に瞳を奪われているうち
宵が辺りを包んで
波音だけが耳に残るよう

夏も海も好きですよ
輪郭が鮮やかだのに
いのちの気配が無いの

誰にともない呟きは
波に攫われるまま

祭囃子に彩り添えて
私も笛を奏じてみたいところだけれど
南の島の旋律をよく知らないものだから
島の方に教えて頂けると嬉しい

漣に重ねる音は
遥かまで朗と響くよう
島民の演奏に
歌や手拍子を添えるのもきっと素敵

島の風流を楽しみながら
20年前の記憶や祭りの謂れ、何気ない日常のことも
様々なお話を聞いてみたいな

化粧の上に仮面までという
素顔が見えぬことは
顔が無いのと同義ねぇ


冴島・類
同じねえ
等しい型で作られたものですら
環境や刺激で育つ内は異なるのに
全く同じに、とはまるで皆でひとりになるみたい

へえ、南の島のばかんす
海を眺めるのは好きですよ
按摩は苦手なので避けるとして
砂浜や景色は楽しみましょう

祝祭に潜り込む為にも
この地の祭りに民俗学的に興味持った
学生観光客の体
祭の準備を覗き、邪魔せぬように
由来や作法、信じる神様の話を尋ねてみようか
捧げられる頻度周期
それは何のために必要か

儀式の場…なども
もし聞けたら、其方へ向かう島民などにむけ
一葉を忍ばせ証拠の痕跡探索も

観光も楽しむ素振り
あ、所でこの島の特産品って何かあります?
のんびり海を眺めながら釣りなど出来たら嬉しいですが
名物も気になって


ヴォルフガング・ディーツェ
誰もが同じ顔、同じ形で死を臭わせる…彼岸花かな?
あれ、分身を作って増えるんだよね
…シェル・キナの祝福で本当に株分けしていたりして

「変装」技術を用い服装や化粧を施す他「未知の体験に高揚する若者」を装い祝祭へ
両手に名物料理を抱え、観光客らしくにこにこ回ろう
合間に島民に愛想も忘れずに
「楽しいっす、歓迎ありがとうございまっす!」
内面では観察しきりだが

祭りならば取り仕切る年齢、地位の男女がいるだろう
その1人に接触
言霊に「誘惑」「精神攻撃」を混ぜ、艶やかに誘い出し守護のルーンを応用した「結界術」内で「ハッキング」

人は記憶を全て保有する
邪神の干渉を弱めつつ前回の被害者の情報を探る
…壊れたら、はは、ゴメンね?


玖篠・迅
みんな『ぞっとするほど同じ顔』かあ
最少人数も2人とか、なんかいろいろ気になる感じするな

島についたらこっそり式符・朱鳥で鳥たち呼んで、空から島をみてもらうな
変な気配があるとことか、他と違うものがあったりしないか探してもらう

その間俺も島を散策しながら、島民の人を見てみるな
どんな人達が暮らしてるかとか、ちょっとでも違うものがないかとか探してよっか
散策とか観察の時、「第六感」で何か感じることあったらそっちのほう注意してみるな
島の人に祀ってる神様がどんなのかとか聞いてみたいけど、準備で動いてない小さい子とかいないかな?

念のため「破魔」のお守りに「呪詛耐性」とかで変に影響されないようにしとくな


トリテレイア・ゼロナイン
(口部格納銃器取り出し疑似飲食機構に換装し)
邪神の狂気と人々の狂気
そして文化の差異…罪の境界は何処にあるのでしょうね
…尤も“神の死”という罰を下さねばならぬのは変わりませんが

私物の本用い島民に珍しい御伽噺を蒐集していると伝え、島の神の御話を詳しく教えて頂きましょう

…差し出される食事の成分を味蕾センサーで情報収集
それに応じたリアクションを

姿形に違和感与えぬ猟兵の異能は便利です
お陰で「背の高さ」が一番の差異という認識ですので
…密かに脚を切る算段が進行してなければ良いのですが

同時並行で島に放ったUC妖精ロボを遠隔操縦し情報収集
過去の儀式の痕跡や証拠探索

念の為
祝祭の準備に紛れ密かに爆弾設置の破壊工作


佐伯・晶
皆同じねぇ
同じ姿で同じ事をすれば同じになれるかっていうと
呪いでも無い限り無理だよね

まあ、姿が同じになっても
邪神(あいつ)と同じになったとは思いたくない
ってのもあるけどね

出発前にUDC組織が以前に調査した結果を見ておこう
この島の伝承や地図、以前に失踪した人の情報
お祭りの事前情報とか何かの時に役に立つかもしれないし

島に着いたらビーチとか観光してるふりをしつつ
島の人達が近づくのを邪魔する場所がないか探ってみようか
色々と複雑ではあるけど水着に着替えて観光気分を演じよう
わかりやすく邪神の気配が漂ってたら話は早いんだけどね

そんな感じでまずはこちらの尻尾を出さない様に
景色やエステを楽しみつつ島の様子を探るよ



 
 
 島最寄りの国の、とある港にて。
「おっと」「あー!」「あ」「あら」「おや……」「あっ」「おー」「アララ」なんぞとガヤガヤしつつ、転移されて顔を合わせたのは以前同じ依頼で全員一度は顔を合わせた面々であった。時期も夏、前回は山奥のペンションであったり、白い工場であったり。
 そして今度は南の島。面白いもんだねと誰かが言って、仕事が捗るなと誰かが言った。
 そしてそういうわけで、というわけでもなく必然として、船は出発した。島へと直接転移させるよりはこちらの方が怪しまれないだろうとはUDC組織の案だった。必要な者は船の中で事前準備もできる。
 進む海は、当然のように広く青かった。

 ●

 船に乗っていくらか。着いたのは現地時刻で午後四時であった。
 その中で、小さな港から島に上陸した猟兵のうちの一人であるトリテレイア・ゼロナインは、船の中で口部格納銃器から換装しておいた疑似飲食機構にて、差し出された海老の串焼きを食していた。食すると言っても味蕾センサーで味の分析などをしているだけで、実際の生体のように味わっているわけではないし、栄養になるわけでもないのだが。
(塩……香辛料……所謂ピリ辛、というものでしょうか)
 差し出された食事の――本来儀式で食するもの――成分の情報を収集する予定で換装した装備であったが、これ程早々に使う機会が訪れるとは思わなかった。トリテレイアが海老を所望したわけでは勿論なく、船を降りて他の猟兵と別れ、さて島民から情報収集を、と移動を始めた直後に、遭遇した当の島民――窓で涼んでいるのかと思っていたら路面店になっていた――から若干強引に渡されたのであった。
「美味しいですね。ピリ辛で」
 味を調えるための材料以外に怪しいものは――例えば、何がしかのトランスを引き起こすような成分や、組み合わせ――入っていないようだったので、それだけ返す。
「いやあ、島の外の人にそう言ってもらえると有り難いですねえ」
 笑っているのは、トリテレイアに海老を渡した路面店の人間だった。こう見ると普通なのだが、店の奥にいる彼の奥方らしき女性や子供を見る限り、彼らも同じ顔をしていたので、彼もまた普通でないというのは明らかなのだった。
 ――確かに、ぞっとするほど同じ顔、ですね。
 小麦色の肌に、中性的な顔立ち。話してみると個々人の特色があるようなのだが、外観だけでは一個人として成立していない。
 これは呪詛の類か、それとも他の要因か、さて。トリテレイアが咀嚼し終わった海老の串を持て余していると、島民が「捨てときますよ」と回収してくれる。
「普段は島外から人は来ないんですか?」
「来る時もありますけど、殆どないですねえ。この島、何にもないしなあ。俺は二十年ぶりに祝祭の生贄が何人も来るってんで、急いで海老を釣って振る舞うために調理してたとこ」
 成程、普段は別に路面店として活動しているわけではなかったのか。だからトリテレイアはこの店を単なる窓として認識してしまったのだろう。何しろ看板の一つも出ていなかったのだから。
「いくつになっても嬉しいもんですよ、お祭りってのは」
「そうですか……」
 にこにこと笑う顔に悪意や殺意は僅かも感じられない。ふむ、とトリテレイアは頭の中で思った。普通だ――普通過ぎるほどに。彼はただ、生贄として外部の人間を殺すことに何の疑問も抱かない価値観の中で生きているだけで、本質的には他の場所で日々を過ごす人間と変わらないのだろう。
(邪神の狂気と人々の狂気。そして文化の差異……罪の境界は何処にあるのでしょうね)
 ……尤も“神の死”という罰を下さねばならぬのは変わりありませんが。
 ここの島民にとって、最も残酷な罰だろう――きっと、それは。
「ところで質問なのですが」
 トリテレイアは汚れた手を拭いてから、私物の本を取り出すと島民へと見せた。
「私は御伽噺の蒐集が趣味でして、この島にも珍しい御伽噺があると聞いたので、お伺いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「へー、話を集めてるんですか。御伽噺ってのは、この島で言うなら、シェル・キナ様の話みたいなやつですかね」
「ええ、そうです。その、『シェル・キナ』様の御話を詳しく教えていただけますか?」
「いいですよ」
 ――と、そこで、奥に居た子供が、じっとトリテレイアを見ているのがわかった。猟兵の異能で姿形に違和感は与えないはずですが、と首を傾げると、店の男がそれに気付いて、「こら」と軽く子供を叱った。
「珍しいからって外の人をそうやってじろじろ見るんじゃない」
「ああ大丈夫です、構いませんよ。ですが――そんなに珍しいですか?」
 それとなく訊いてみる。男はその質問で、少しばかり苦笑した。
「そりゃあ、そんなに背が高い人はこの島に居ませんからね」
「……成程、確かに」
 やはり異能は機能しているようだ。しかし背の高さが一番の差異として受け止められているというなら想定の範囲内である。いくら『違和感を抱かせない』と言っても身長までも変えられるわけではないからだ。
(……密かに脚を切る算段が進行してなければ良いのですが)
 流石に『同じ』にしては強引な手段過ぎるか――などとも考えたところで、「それに」と男が続けた。
「顔立ちも違いますからねえ。そりゃわかりますし目立ちますよ」
「顔立ち……」
 猟兵の異能は『違和感を抱かせない』。ということは、この島の場合であれば、『同じ顔』になるのではないだろうか。要するに、外から来た、だから生贄、と認識しているわけではないということだ。トリテレイアが考え込むより先に、男が言う。
「それで、シェル・キナ様の話ですよね」
「はい。お願いします」
 それについては後で考えよう、と判断し、同時に、他の島民がどんな準備をしているか、どんな話をしているかも情報を収集しておくため『自律・遠隔制御選択式破壊工作用妖精型ロボ〈スティールフェアリーズ・タイプ・グレムリン〉』を放つ。そうしてトリテレイアは、男の話を記録した。
 男に曰く、シェル・キナ様は、美しい金の檻を持っており、高く清らかな音で歌う神様だという。シェル・キナ様は黒い無数の影を従えており、悪いことをした人間や、外から来た人間を影で捉えては新しく『同じもの』を生み出してくれる。シェル・キナ様には誰も触れられず、そうして島は護られているのだ――。
(……ふむ)
「あなたは前回のお祭りには参加されていらっしゃらないのですか?」
「参加してますよ」
「シェル・キナ様にはお会いできましたか?」
「いやあ、それがですねえ。覚えてないんですよ。酒も飲んでたし」
 まあ祭りは楽しむもんですからなあ、と男が笑った。
「生贄の方は?」
「そりゃあ亡くなってましたよ。なあ?」
 最後の『なあ?』は奥方と思しき女性への呼びかけで、女性も頷いた。
「いやあ、今日はよろしくお願いします。こんなに沢山の生贄が居たら今年の祭りは盛り上がりますよ」
「……善処します」
 と、そこで、妖精型ロボから情報が送られてくる――明らかにこの島のものとは思えないアクセサリーの類を島民が着けている、と。
「因みに、我々の手荷物はどうなりますか?」
「次の生贄が来るまではシェル・キナ様に捧げられて、また次の生贄が来る二十年後に島民へ配られますね」
「成程」
 UDC組織への証拠品としてはこのあたりが良いだろう。そんなことを考えながら、他の情報も精査していく。これは――檻、だろうか。祭りの中心地と思しき場所に、檻のように見える建造物が作られつつある。急ごしらえではあるが、かなりしっかりした作りだ。まさか生贄同士で戦わせられるのだろうか? だから最少催行人数が二人なのか。
 そのように情報と自分の情報を照らし合わせながら、トリテレイアは決める。
 念のため、祝祭の準備に紛れ、密かに爆弾設置の破壊工作をしておくことを。
 檻に閉じ込められたとしても、爆破して外へと出られるように。

 ●

 同じく午後四時、他の猟兵たちと同じく船から降りて、トリテレイアと同じように単独で情報収集を始めていたのがヴォルフガング・ディーツェである。同じ船にレグも居たので、レグと一緒に回ろうかな?なんて一瞬だけ頭を過ぎっていたのだが、正直今からヴォルフガングが行うことは、レグや、レグと親しいらしい――船での二人の言動から――玖篠迅などにはあまり見せられるものではなかった――というより多分レグには止められる気がする、あのウォーマシンは生体の無事を優先するから――ので、単独行動を決めたのだった。「オッケー、それじゃまた祭りで」「うん、レグも頑張って!」なんてやり取りをレグとして、ヴォルフガングは港から町の方へと繰り出したわけである。
 ワクワクした様子を見せる、『未知の体験に高揚する若者』――を装うヴォルフガングの内心は冷めている。というよりも、どうでもいいと考えているというべきか。町の人間は確かに全員同じ顔だった――本当に、ぞっとするほど。
(誰もが同じ顔、同じ形で死を臭わせる……彼岸花かな?)
 あれ、分身を作って増えるんだよね。そんなことを考えながら、香辛料で焼いた豚を出す店があったので、一つもらって――生贄ということで無料だった――食べてみる。匂いなどにも不審な点はなかったし、材料も見る限り間違いなく食べられるものだったので――そして何より、未知に興奮している若者なら絶対に食べるだろうと思ったからである。そして不覚にも美味しかったので、ヴォルフガングはちょっとだけ尻尾を揺らした。一応安全確認のため成分も調べてみたが、本当にただの豚であった。他にも海老の串焼きだの煮込んだ貝だのがあったので、それも全部もらって食べる。そうこうしているうちに両手は名物料理で埋まり、抱える食事を笑顔で頬張る浮かれた若者の完成である。いやでも本当に美味しいな。周囲が全部同じ顔でなければな。そして仕事でなければなー。それだけが残念でならない。
 同じ顔、彼岸花。
(……シェル・キナの祝福で本当に株分けしていたりして)
 怖いな、それ。そんなどうでもいいことを考えたり、この仕事のお礼としてUDC組織にお願いしたら、こんな曰くのない普通の南の島で一週間くらい遊ばせてくれたりしないかな、などと考えているうち、お祭りの化粧やります、と木製の看板を出した店――というより開け放しになった民家の扉――に出くわしたので、「やってますかー?」なんて言いながら覗き込む。
「やってますよー」
 現れたのは朗らかな女性だった。これも同じ顔である。すらりとしていて中性的で、島の外で何も知らずに他人が見たら、もしかしたら結構人気が出るかもしれないな、なんて思う姿である。だが正体は得体の知れない何かかもしれない上、明確にヴォルフガングたちを殺そうとしている敵であり、それらはヴォルフガングにとって何の意味も持たなかった。価値観が違うから、というのは敵とみなすための歴とした理由になると、この狼は知っていた。それでも表面上は完璧に――船の中で服装や髪型、それに若干のメイクで顔つきまで変えて完璧に浮かれた若者を装う準備をしていたので、誰にも看破できるはずがない――浮かれて、男は言う。
「あらお兄さん、沢山買いましたねえ」
「だってどれも美味しいからさあ」
「楽しんでくれてるみたいで嬉しいです」
「楽しいっす、歓迎ありがとうございまっす!」
 内面では観察され続けているなど微塵も思わせぬように、愛想を忘れずに笑う。うふふ、なんて女性も笑っていた。そう言えばよく見ると――似通ってはいるが、体型はそれぞれ多少違うな。同じなのは顔だけ――顔? ということは、認識が歪曲されてでもいるのか?
 後で調べよう、などと考えているうちに、化粧の準備が整う。因みに持っていた料理は、女が出したテーブルの上に一旦全部置かれた。
「じゃあ描いていくわね」
 本当はお祭りが本格的に始まる夜まで描かないものなのだけれど、希望する生贄には先に描いてもいいって今年は決まったんですよ、と女が言った。
「生贄って言われますけど、結局俺たち何すりゃいいんすか?」
「えっと……何も?」
「何も?」
「ごめんなさい、私まだ十九で、前回のお祭りを経験していないんです」
 だから詳しくわからなくて、と女が眉尻を下げた。
「あーっ、謝らなくていいっすよ!」
「そう? 本当にごめんなさいね」
「でも、何もってことはきっとないっすよ。お祭りですもん」
「そうよね……あっ、そうですよね」
「あ、お姉さん敬語要らないっすよ、大丈夫大丈夫」
 軽薄な男を装いながら、情報の収集が中断されるのを厭うてヴォルフガングは言う。
「本当? じゃあやめるわね。話しにくいのよ、普段使ってないし」
「そうなんすね~」
 それで、と女が続ける。
「詳しく、ってなってくると、別の人に聞いた方がいいわね。後で詳しそうな人が居そうな場所書いてあげるわ」
「あざーっす!」
 祭りならば取り仕切る年齢、地位の男女がいるだろうと踏んでいたが、こちらが提案するよりも自然な流れで教えてもらえることになったのは僥倖だ。
「……はい、これで終わったわよ」
 渡された鏡の違和感に、ヴォルフガングは一瞬だけ眉を顰めて、すぐに元に戻した。気付かれてはいないようだ――良かった。
(……やっぱりそうだね)
 見たことのある、というよりUDCアースではかなりよく見かけるブランドのロゴだ。
「どう? 私結構手先が器用な方なんだけど」
「えー、めっちゃいいっすよ! 最高っす!」
 こんなものがここにあるとはあまり思えない。外で買ってきたのか?
「ところでおねーさん、この鏡、結構高いやつじゃないんすか?」
「えっ、そうなの?」
「そっすよ。ブランドもんですよ」
「ブランド? これ、前回の生贄のものを貰ってきただけなのよね」
 ――要するに証拠か。UDC組織に提供する情報にこのあたりも添えておこう、と男は思う。
「あ、そーなんすね」
「好きな形だったから、この仕事をする代わりに貰ってきたの」
「へー」
 そんな会話をして鏡を返し――このあたりは無理に奪わなくても事件が解決した後にUDC組織が回収するだろう――、食べ物と、心当たりのある人物の場所を受け取って、ヴォルフガングは店を出る。若干冷めつつある食べ物を急いで食べ終え――食べ物に罪はない――道行く島民がその際に出たごみを捨てておくよというので「あざーっす」なんて相変わらずの愛想と共に言いながら渡して――
(このあたり……か?)
 おそらく祭りの準備に使っているのであろう休憩所にやってきていた。数人の男女がいるが――どれも四十は過ぎているだろうと思われたので、誰でもいいか、と思いつつ、「あのー」と声をかける。
「ん? 生贄の方ですね。どうかされましたか?」
「ちょっとこっちに来て教えて欲しいことがあって――」
 言霊に、誘惑と精神攻撃を乗せて、呼び込む。引っかかったのは、一番年嵩に見える女であった。
「なんでしょう?」
「こっちです、こっちの施設で」
 艶やかに誘い出すヴォルフガングに付き従うようにして、はい、と、女が来る。そうして誰からも見えなくなったのを確認してから、守護のルーンを応用した結界術の内部に女を閉じ込め――
「開演だ」
 調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉にて、女の記憶にハッキングを開始する。
「――人は記憶を全て保有する」
 呟き、邪神の干渉を弱めつつ、前回の被害者の情報を探っていく。記憶を――脳を弄られる「が、がががっ」と、女が泡を吹いた。だが容赦はしない。
『生贄』なんてものを――『神』なんぞへと捧げようする輩共には。
「……壊れたら、はは、ゴメンね?」
 そしてヴォルフガングは、記憶を抉っていった。

 ●

 南の島についたらやることは一つである。
(――サングラスしてビーチベッドでトロピカルなカクテルを片手に青い海を眺めるやつよ)
 木と網で出来た、ハンモックにも似たビーチベッドへ横になって、実際にトロピカルなカクテルを片手に、ビーチパラソルの下でロカジ・ミナイは呵々と笑った。サンオイルはバッチリ、水着も持参済みである。いやもう南の島でバカンスとチラシを見た時からとりあえずは楽しむつもりでやってきているのだ、このロカジという男は。何しろそう言うツアーなのだから、全員が全員調べもので街に出かけてビーチは空っぽ、なんてビーチのセッティングをしてくれた島民に失礼である。このしばらく後にはビーチでマッサージも受ける予定だ。ビーチに水着で転がるロカジに、「マッサージもどうです? 無料ですよ」なんて声がかかったものだから、「マッサージね、ここでマッサージしてくれてもいいのよ」なんて冗談で返したら、本気にされたのでお言葉に甘えたわけである。
(う~ん、バカンス最高)
 遠くからは練習中と思しき祭囃子――というより南国の楽曲がリアルタイムに流れてくるし、シチュエーションは完璧である。
 唯一問題があるとすれば。
「口説けるような水着の美女がびっくりするほど一人もいねぇ!」
 叫んで、ロカジはビーチベッドから起き上がった。真っ白な砂浜には現在ロカジ一人である。今からマッサージ師が来るが、それだけだ。そもそも他に観光客はおらず、海は水平線が見えるほどで、島民はと言えば割合島総出で祝祭の準備をしているということでビーチに人がいないのである。これは誤算、大誤算。ロカジは僅かばかり寂しい気持ちでカクテルに口をつけた。貸し切りと思えば楽しめるかとも思ったが、人のいない水平線を見ていたって水平線は水平線なので飽きてくるのは否めない。泳いでこようかな。そんなことも考える。だが一人でひたすら海で泳ぐというのも何とも言えず。競泳の練習のようで興が乗らない。
「いや、マ、どうせ仕事で来てるわけなんだけどサ……」
「……何してるの」
 聞き覚えのある声で質問を投げかけられたので、ロカジは振り向く。
「いや、聞き込みしようにも僕らの他に人がいやしねぇ、なんて思ってたとこだよ」
 同じ船でやってきた、佐伯晶が黒い水着姿で立っていた。
「口説ける女性がいないって聞こえたけど」
「あっ聞こえてた? ついね、心の叫びがさ」
 叫んだ軽口は、完全に聞かれていたらしい。晶は興味なさそうに、少し離れた場所にあるビーチベッドに腰掛けた。それから、自分の分のカクテルをテーブルへと置くと、もう片方の手に持っていた何がしかの――笹と似た葉に包まれた――肉を差し出してくる。
「あげる。つまみにいいかなって」
「いいの? 悪いね」
「いいよ、どうせ無料だったし」
 目的地も一緒なわけで、と言ってから、晶が葉に包まれた肉を頬張る。ロカジも同じように肉を食んで――しみじみとバカンスを噛み締めた。
「美味いねぇ……」
「うん、美味しい」
 香辛料のきいたこの味がカクテルとあうのである。葉のおかげで手も汚れないという親切設計。
「どうして僕たちはこんな場所でこんな美味い肉を食ってるんだろうねぇ」
 こんな場所、というのは無論、こんな邪神のいる場所で、という意味である。
「仕事だから……かな……」
「カーッ、仕事最高!」
 そんなことを言って、食べ終わった葉を纏めると、ロカジはまたベッドに寝転んだ。
「どうでもいいけど、マッサージ師の人もうすぐ準備できるって」
「晶もここでマッサージ受けるの?」
「どうせだから」
 ビーチでマッサージなんて贅沢だよね、と晶が言うので、ロカジは笑う。
「僕は欲張りでね。いっぺんに全部あったって構いやしないの」
「成程道理で」
 まあそりゃあ、とロカジはカクテルを手に取った。
「別々に一個ずつ堪能するのもいいけどね。バカンスって朝と夜はあれど時はないって言うし。毎度別の別嬪さんに逢えるかもしれないしねぇ」
「別嬪さんどころか人がいないけど」
「それなんだよねぇ!」
 運に見放されている。ロカジが不貞腐れるようにカクテルを飲んで、そうしてカクテルがなくなった頃にやってきたマッサージ師に呼ばれて、別々の日陰に設置されたマッサージ用のマットへそれぞれ横になる。こうなると下手に喋らない方が吉なので、ロカジはマッサージ師からの情報収集へと移るのだった。マットの傍には海の方向以外衝立が立っていて晶が何をしているかも見えないし、そもそも話が出来るほど近くない。むしろかなり遠い。
(いやしかし)
 ここへ来るまでにカクテルの用意をしてくれたりビーチのセッティングをしてくれたりと世話をしてくれた人間たちがいたけれど、それと今来たマッサージ師は、本当によく似ていた――というよりも同じだった。顔が本当にまるで同じなのだ。
「……いやぁ、別嬪さんだねぇ」
 背中を指圧してくれているマッサージ師――偶々女性だった――に、そう声をかける。
「本当ですか? ありがとうございます」
 指が背中の肉を圧す感触に、極楽極楽、と思いながら、海を眺めつつロカジは言う。
「……別嬪さんっていやぁ。普段から目に映るものの多くは別嬪さんだが」
 別嬪さんにも色々あるから個々の別嬪さんに好きって言えるわけだけども。ロカジはマッサージ師の反応を窺いながら慎重に言葉を紡ぐ。豹変して襲いかかられたら晶の方も一応確認しながら撤退しなくっちゃね、などと考えて。
「ここの別嬪さんはどれがどう別嬪なのかわかりゃしねぇ」
 みーんな別嬪さん、誰も彼も別嬪さんだ。マッサージ師は「はあ」なんて言うばかりで曖昧な反応である。意味が分かっていないのか――どうか。
「ねえ、お名前は?」
 問いかければ――女が止まった。海を見ていたロカジは、首を動かして、横目に女の顔を見る。
「好きなものは?」
「好きなもの――」
 女の顔は虚ろである。完全に手が止まっていて、ロカジを見下ろしている。動く気配もないので、ロカジは体を起こしていつでも逃げられるように体勢を整える。
「僕のこと好き?」
 お返事もおんなじなのかねぇ……。そっと囁くように言ってやると、女が虚ろに黒い目でロカジに目をやって、昆虫のように首を傾げた。いや――鳥のように、と言った方が正しいのだろうか。人間の動きにはおよそ感じられなかった。その動きに大太刀や煙管を置いてきたことを僅かばかり後悔しながら、足に力を籠め、砂を掴む。そう言えば――『同じである』ということは聞いていたけれど、『普通の人間かどうか』は聞いていなかった。
 もし――怪物だったら?
 彼女一人ならこの距離だと走って荷物置き場まで撤退できるだろう。だがもし他の住民も一緒に豹変したら? さてどうすべきか――算段を立てながら、ロカジは笑う。
「おっと! 邪魔するつもりはないのよ、怒っちゃやーよ」
 どうどう、と手でクールダウンしてもらうように仕草を作るが、女は動かない――と。
 突然。
 どこかで、禍々しい鳥の鳴き声が微かに聞こえた。
 これは晶にも聞こえただろうか?
「あ――」女が、ふっと正気を取り戻したような顔をした。「どうしました?」
「……」
 ロカジはこれ以上深追いすべきかどうか悩んで――結局やめた。まともな返事があるとは思えなかったのと、これなら楽しむだけ楽しんでさっさと元凶の方に切り込んだ方が早そうだな、などと判断したからである。
 ――スキタリス効果を使ってみたが、どうも上手くいかなかったみたいだね。
「なーんでもないよ。ちょいと痛かったから休憩させてもらってただけ」
「あ、そうでしたか」
 つくづく、今日はついていない。
 そしてロカジは砂を手放し、再び寝転ぶと、マッサージを再開してもらったのだった。

 ●

(――皆同じねぇ)
 時間は少し遡って、午後三時のことである。UDC組織に出してもらった客船の船室で、佐伯晶は一人、UDC組織が以前に調査した時の結果を並べて読んでいた。
(同じ姿で同じ事をすれば同じになれるかっていうと)
 呪いでも無い限り無理だよね――そんなことを思いながら、晶は書類の一枚を持ち上げて読む。姿形は同じだが、彼ら自身にその自覚はない――というよりも同じであるのが当たり前であって、それは彼らにとって特筆すべきことではないのだ、という所見だった。うーん、と晶は首を捻る。ということは、要するに、現時点での彼らは、『外見が同じなだけ』ということだ。だがグリモア猟兵の情報では『みんな同じになる、だが同じになれば同じになれないから、同じにするために生贄を呼んでくる』と言ったような内容だった。では完全に同一となるためには、何かしらの条件が必要ということだろうか。それとも、同一ではあるが、生贄である者や、島外の人間――つまり彼らにとっての異物が来た時だけ、『島外の人間に合わせて振る舞いを変えている』のだろうか。外敵を覆って殺す蜜蜂か何かのように、統率を取って? 本能的に?
 いずれにせよ――『尋常』な存在ではなさそうだ。
 そうでなければ、『同じ』になどなれるはずがないのだから。
(まあ、姿が同じになっても、邪神〈あいつ〉と同じになったとは思いたくない、……ってのもあるけどね)
 晶自身の外見は、今や晶のものではない。だがだからと言って、この姿をしている自分と邪神が同一であるとは言えない――言いたくない。自分は自分であり、邪神〈あいつ〉ではない――その矜持とも呼ぶべき自認があるから、晶はこのように考えるのかもしれない。
 さて次は、と晶は他の資料を手に取る。狭い船室のベッドに腰掛けて、広げた資料は、UDC組織から得た地図や伝承、以前に失踪した人の情報など多岐に渡っていた。これらは全て、晶が出発前に組織へ頼んで用意してもらったものである。
(お祭りの事前情報とか何かの時に役に立つかもしれないし)
 地図――というより航空写真――を手に取り、大体海側に住人が偏っているのだな、などと考える。かなり規模が大きいので、これなら集落ではなく町と呼称してよいだろう。森もあるようだが、そちらにはあまり家がない。その間の場所に、少し開けた広場があって、何か――写真ではよくわからなかったが、円状に残った何かの跡に思えた――が見える。おそらくここが祭りの中心場所だろう、と晶は見当をつける。ここから逃げるには、町を通るか森を通るかしかない――夜の森だ、もし祭りでUDC怪物が現れたら、土地勘もない島外の人間ではおそらく逃げられまい。そもそも逃げられたとしても周囲は海で、船を使わなくては島外へ出ることは叶わない。町は言わずもがな、住人に捕まるのは想像に難くなかった。一応航空写真の他に、先んじて調べた職員の写真もあったので照合してみるが、やはり祭りの中心地で間違いなさそうだ。作りかけのテントのようなものがあるので、テントで飲食をしながら、中心の生贄を眺めるという構図なのだろう――悪趣味だな、と晶は思った。
 それから、と伝承について纏めたものも確認しておく。
 シェル・キナ。
 それは美しい金の檻を持っており、高く清らかな音で歌う金色の神である。シェル・キナは黒い無数の影を従えており、悪人や島外から招いた生贄を影で捉えては、島に新しく『同じもの』を生み出してくれる。シェル・キナは見えるだけで誰も触れられず、そうして島は護られている。シェル・キナが禍々しい声の鳥を呼ぶ時は、誰かが狂ってしまった時だ。
 興味深いと思ったのは、島から見た島外の記述である。島民は島外の人間を歓迎するが、島外のことは『恐ろしい』と思っているのだ。だから島の外へは殆ど出て行かないし、出て行ったとしても、必要なことだけ済ませてすぐに帰って来る。あるいは。
「低い確率ではあるが発狂してしまう……か……」
 晶は顎に指を当てて考え込む。このシェル・キナとは一体何を目的にした神なのだろう。島にいる人間を守ってやっているのだろうか、本当に。島の外に出ると発狂するというのも奇妙だ。このシェル・キナを祀っているのはいつからか、となると、軽く百年は遡る。おそらく三百年は昔だろう、というのがUDC職員の所見として書かれていた。三百年間同じことをし続けていたのか――離島に人を呼ぶのは簡単では無かったろうに、よくやる。
 最後に、失踪した人間の情報である。女性の二人組だ。女性二人でよく未知の孤島へ行く勇気があったな、と晶は考える。ただチラシによるとツアーの料金は破格だったので、そう言ったところに魅力を感じて出かけたのかもしれない。南の島でバカンスなんて、魅力的ではあるから。持ち物の一覧には、鞄や財布と言ったスタンダードなところから、ブランド物の鏡やらと列挙され、外見的特徴には髪飾りやネックレスと言ったものが細々と書かれていた。
 そう言えば――豚らしき動物の畜舎や畑なども航空写真には見えたけれど、それらの自給自足だけで成り立つほど人口が少ないとは思えないがどうしているのだろう。現代社会で人が生きるには金が要るのだ。事実、記録にだって多少なりとも外とそう言った交流を行った記録が残っている。だがこの風習は今まで誰にも見つかっていない。職員へ説明するほどその風習を奇と思っていないにも関わらず。ここも謎だな、と晶は考える。
 そうこうしているうちに時間は過ぎ去り、島へと着いたので、船をホテル代わりに――ホテルのようなものは流石にないとのことだったので――水着にパーカーという服装に着替えると、如何にも『ビーチとか観光しに来ましたよ』と言ったような服装で晶は探索を始めたのだった。色々複雑ではあるけど、水着に着替えて観光気分を演じるのが結局『見た目にわかりやすい』と思ったからである。
(島の人達が近付くのを邪魔する場所がないか探ってみようか)
 そんなことを考えて、晶は町を歩き、祭りの準備地にも行ったが、島民に止められたのは一度だけで、それも『準備中で危ないから』という至極真っ当な理由で――反論する余地もないほどの状況ではあったから、嘘か本当かもわからなかった――晶は空振りかな、と思いながらビーチへと赴いたのである。
 そうして途中、サングラスをかけたロカジに買った肉を渡したりして、ビーチで彼と同じくマッサージを受けていたところで――その禍々しい鳥の声に、晶はぼんやり海を眺めていた目を細めた。
「どうかしましたか?」
「……いえ」
 何でもないです、と返事をして、晶は考える。事前に使用していた庸人の一念〈オネスト・エフォート〉のおかげと言うべきなのか、単純に船内での資料集めのおかげと言うべきなのか――『あれ』が何なのか、晶には何となく察しがついていた。
 シェル・キナの鳥だ。
 誰だ――誰が『狂った』? ロカジが何かをしたのだろうか。余りに遠くて流石にわからない。
(わかりやすく邪神の気配が漂ってたら話は早いんだけどね……なんて思ってたけど)
 これは間違いなく――邪神だ。
 ならば晶のやることは、邪神を屠るために行動するのみである。
 このままの調子で、まずはこちらの尻尾を出さない様に。
「そう言えば、ちょっとしたエステのプランもありますが、一緒に受けますか?」
(――景色やエステを楽しみつつ、島の様子を探るよ)
 晶はマッサージ師の言葉に「はい、お願いします」と返事をしながら、夜の祭りを待つことにしたのだった。

 ●

 いや、舐めてたな。夏の亜熱帯気候の湿度と『船で移動しなくてはいけない場所にある』という部分を。真水があるなら濯がせて欲しい。チープとは言えチラシを作成できる程度には現代基準に則した生活をしているなら真水の確保くらいは出来ているだろうし、おそらくビーチにもシャワーなどがあるはずで、そもそもこの島は一応どこかの国の領土であるはずなのであって――多分。港があり、絶海の孤島ではないのだから――となれば真水くらいはあるはずだ。温泉的な場所でも、とレグは考え、いや、それもそれで成分によっては面倒なことになりそうなので遠慮しておくか、とその考えを即座に棄却する。
 午後三時の太陽は燦々と降り注いでいる。日の入りは確か六時十五分だ、祭りはその後と考えていいだろう。
 無論、レグだって何の対策もしていなかったわけではない。船に乗る前、何ならグリモア猟兵の話を聞いた直後から己の対外フィルムを即座に改造し、環境耐性に振っておいたのである。だが、同時に呪詛耐性を優先させて改造したことによって、結果的に不足するという事態が発生してしまったと、つまりこう言うわけである。おかげで既にボディはべたついた感触を訴えてきている。もうちょい環境耐性に振るべきだったな、いやだがそれで呪詛耐性が足りなくなったら本末転倒だしな、などと考えながら、さて、と思考を切り替える。流石に、真っ先にやることが真水を得るというのは時間の無駄であるから当然選択しない。そもそも潮風は常に吹き続けている。無意味だ。
「終わったらシャワーでも借りるといいなー」
「そうそう。何ならUDC組織に頼んだら全部まるっと洗浄してくれるよ」
 多分、と、レグが何を考えているか察したらしく、後ろから、迅とヴォルフガングがそんなことを言いつつ船を降りてくる。
「ありがとな、そうするよ」
(UDC組織からの要望としては、神が邪神かどうかの確認と、生贄と称して殺人を行っていたことに対する証拠収集か。……オーケイ。依頼了解、)
「……一般いないよな?」
 何も知らない一般人はいない――いやよく考えたら、そうか。
「顔が同じやつは一般人じゃないのか」
「多分ね。それじゃレグ、一回バイバイ」
 まとめた荷物を持ち、緻密なメイクで顔立ちを若干作り替えたヴォルフガングが、人懐っこそうな笑顔でひらひら手を振った。それに手を上げて応え、レグも「オッケー、それじゃまた祭りで」と告げる。ツアー客の体で入港はしたが、ツアーだからと言って全員で団体行動をしなければならないわけではないので、その姿をレグは見送る。他の猟兵もバラバラに行動し始めている――誰かに聞かれたら、『祭りまでの自由時間なんだ』とでも答えればいいだけの話だ。
「玖篠はどうする?」
「うーん? 準備に動いてない小さい子とかいないかなって。レグはどうするつもりな?」
「俺か? 俺は状態確認〈スキャニング〉つけっぱなしで準備の邪魔にならない程度に雑談の体で情報収集する予定」
「そっか。じゃあ別々の方が良さそう」
「そだな」
 許された時間が精々三、四時間程度しかないとなると、その方が適切だろう。目的としている対象も違うことであるし。
「それじゃ後でなー」
「おー、気を付けてな」
 元気よく走っていく背を見つつ、レグは状態確認を使用し、己も歩き出す。港から続いていく町は、祭りの準備のためだろう、どこか浮ついていて騒がしい。
(とまれ賑やかしいのは嫌いじゃないぜ)
 元気なのが生体ならな。――そんなことを考えつつ、レグは町中を歩く。何か食べるかと聞いてくる島民をやんわり断りつつ、迅への宣言通り、祭りは何処でやるのかだの、時間は何時からだのと雑談を交えて島民各々のフィジカルメンタル、どの程度同じか逐一診ていく――が。
(……? 思ったほど同じじゃないな)
 確かに顔は同じだ。同じというか――
(『似てる』。『似てる』――が、『同じ』じゃないぞ)
 限りなく似通ってはいるが、『そのもの』ではない。UDC組織の報告が主観によるものであったから、という理由だろうか。だが、グリモア猟兵の情報では『同じになる』と確かに言っていたはずだ。ならば、『同じ』でなければ――
 どこかで鳥が鳴いた。
 その、ひどく禍々しい声が伴う呪いの気配と、『乱れた状態確認の結果』に、レグは即座に辺りを見回す。島民に変わった様子はない。だが、確かに鳥の鳴き声がした瞬間、『状態確認の結果が、どれも【完全な同一】を示した』のだ。
(要するに呪いで同じに見せてんのか?)
 流石に島民の肉体から得られる情報が少なすぎる、とレグは思い、それからすぐに、『その事実』に思い至って(ヤバいな)と頭の中で呟いた。
『呪詛耐性に相当フィルム値を振った自分の状態確認を改竄するほど、相手の力が強い』。
 レグは急ぎ、祭りの中心地であると聞いた広場まで行く。そこには、得た情報に違わず、巨大な檻が作られつつあった。檻の周囲でちらちらと見える妖精型のロボットは、おそらく同乗していたトリテレイアのものだろう。気付かれないように工作をしているらしい。だからレグはそれを無視するように振る舞いつつ、丁度休憩を取ろうとしていたらしいひとりの男を捕まえて「あー、もし暇ならでいいんだが」と切り出す。
「ここでどんな祭りやるのかだとか、見逃せないポイントとかあれば教えてくんない?」
 男は一度ぱちくり目を瞬かせると、すぐに「いいよ!」と返事をした。それから周囲の人間に「生贄さんに色々説明してくるから!」と言った。
「ああいや、もし準備手伝いながらでもいいなら手伝うぜ。力仕事には自信ある」
 身体動かしながらの方が話し易いだろうしな。そう提案してみるが、返ってきたのは拒否の言葉だった。
「そうかい? だけどそりゃおれの方じゃ判断つかないんでね、あっちで話すよ」
 それにどうせ力仕事はそろそろ終わりなんだ、と男が言うので、訊く。
「祭りの管理責任者がいるのか?」
「そりゃいるよ。爺さんだけどな」
 やっぱり老若男女が居るのか。追加で「会えたりする?」と訊いてみるが、「流石にそれは邪魔なんで無理だな」と返された。当然か、とレグは判断する。自分も仕事中に邪魔されるのは好まない。そういうわけで男と一緒に準備の輪を外れた場所で向き合って、状態確認をしながら質問を投げる。
「まずは生贄なんだが、生贄って何すりゃいいんだ?」
「死んでもらえればそれでいいよ」
 直球が来たな。しかも状態確認の結果から見て、それを特別なことだと思っているだとか、嘘だと思っているだとかの気配もない。「そうかい」などと返事をしつつ、考える。
(生贄話は本気にしてない風に、どんな手順で捧げるのか聞いてもみようか)
 現在時刻十六時半、日は大分傾いてきた。迷彩を起こした状態で、ドローンを情報共有のために飛ばす。
 だが。
「――ッ!」
 鳥がまた鳴いて、ドローンが撃墜された。ドン、と大きな音が響いたので、「うおっ!?」と島民たちが驚きの声を上げる。
「なんだなんだ?」「花火でも暴発したか?」「一応見てこい」そんなことを口々に言いながら、準備中だった島民が一部散っていく。
「何だったんだ? 大丈夫か、あんた?」
「ああ、問題ないよ」
 残骸が発見されたらまずいか、とレグは思いながら、同時に確信を得る――相手はオブリビオンだ。状態確認する限り島民は普通の生体とほぼ変わりない。そしてレグのドローンは『オブリビオンに発見されやすい』。
 ――こりゃ邪神で十中八九確定だな。
 しかもかなりヤバい。レグは相手の力を上方修正しつつ、男の言葉を聞く。
「まあいいや。そんで何訊きたいんだっけ?」
「そうだな、手順とかわかんない?」
「それがわかんねえんだよなぁ、爺様婆様どころか、おれらの親の代だってわかんねえんだよ。まあ酒飲んでるうちに寝ちまってんのかもしれねえけど。とにかく終わったら生贄が皆死んでんだ」
「成程なあ」
 死んで欲しい、というよりは結果的に死んでいるので生贄はとりあえず死んでもらうものだと認識されているのか。レグは聞いた情報を記憶していく。と、そこで質問するべき懸念点を形にする――即ち。
「ところで他は兎も角、食事と酒の回避アリ?」
 食事をすることのできない己についての質問であった。

 ●

 ――へえ、南の島のばかんす。
 グリモア猟兵の持つチラシを見て類は興味を持った。海を眺めるのは好きだったし、按摩は苦手なので避けるとしても。
(砂浜や景色は楽しみましょう)
 到着したのは午後三時で、日が落ちるまでには時間があるようだったので。
 そう言うわけで、遊泳用のビーチとはほぼ真反対の海岸。そこの桟橋から小舟に乗って、類は釣りを楽しんでいた。海は穏やかで、どこまでも青い。少し遠くには、真っ白な砂浜と、水上に建てられた小さな木造の家が見える。ここで釣れたら、あの家で調理をしてくれるのだと言う。そして既に類のバケツには二匹ほどの魚が入っていた。あと一、二匹釣れたら、帰りましょうか。そんなことを決めながら、ふと、その魚の『同じさ』に、類は思考を巡らせる。この二匹の魚は、サイズも似ていて、種類も同じであるようだ。さてこの魚二匹についての『同じ』とは、一体。
(同じねえ)
「どうです、楽しいですか?」
 声をかけられて、類はそちらへ振り向いた。同じ顔をした船乗りが二人、類の横で同じように釣りをしている。観光も楽しむ素振りを、ということで、色々話をしていた島民に、「あ、所でこの島の特産品って何かあります? のんびり海を眺めながら釣りなど出来たら嬉しいですが。名物も気になって」などと言ってみたところ紹介された人々だった。類は船乗りの質問に、にこっと笑う。
「楽しいですよ、船を出していただいてありがとうございます」
 感謝の言葉を告げれば、二人も類と同じように笑った。顔が同じ上に体格までもが似ているので、双子かと見紛うほどである――外観上は同じように見える二人に、類は内心でまた、同じねえ、と繰り返す。
(等しい型で作られたものですら、環境や刺激で育つ内は異なるのに)
 全く同じに、とはまるで皆でひとつになるみたい。尤も、話す限り、外見が同じとは言え人格はまた違うようではあるのだが。それに、この島の人は皆、類たちに優しい。道すがら演奏を教えてもらっている綾なども見かけたので、類だけに特別優しいというよりは生贄としてやってきた――と島民が思っている――皆に優しいのだろう。しかしそうなると、疑問が出てくる。
(職員が言った『同じであることに固執しているようだ』というのはどういうことだったのだろう?)
「若い学生さんが死んでくれるんだからね、これくらいは当然だよ」
 笑顔のまま男が言ったので、類は曖昧に笑う。『生贄として死ぬ』ことは信じていないが、祝祭のことは否定したくない――そう言った笑みに見えていればよいが。今の類は、『この地の祭りに民俗学的に興味を持った学生観光客』の体を取っているからである。祝祭に潜り込む為にも、自身の姿を活かしてそのように振る舞った方がよいだろうと判断したのだ。服装もUDC組織に貸してもらって、それらしいものに着替えている。
「ああそうだ、学生さん」
「なんでしょう?」
 また一匹釣れた。この辺りはよく釣れるな、まだ一時間もいないはずなのに。服と同じく組織から借りた防水のデジタル腕時計は、十六時を少し過ぎたところだった。
「折角ですし、この魚を祭りの準備に使うってのはどうです? バケツを持って移動することになるので、少し疲れるかもしれませんが……」
「いいんですか?」
 祭りの準備を覗きたいと思っていた類には渡りに船である。しかも、材料を持って行くとなれば、邪魔せぬように、という類の思惑も達成される。
「勿論! 思っていたよりも生贄の皆さんの人数も多いですから、多少品数が多くなるくらいで丁度いいでしょう」
 前回は二人しかいなかったんですけどね、などと男たちが言う。
「その二人はどうしたんです?」
「死にましたよ」
「……そうなんですか」
 どういう反応をしたら自身の役どころとして正解なのだろうか、と思いつつ、類はやはり曖昧な返事をする。死んだ――文字通りの意味だろう。
「すみません、僕たちはどんなふうに死ぬんでしょう?」
「さあ……?」
「その、誰も覚えていないんですよ。生贄の皆さんには申し訳ないんですが」
「あ、いえ、事前にわかればと思っただけなので! 構いませんよ」
 慌てて手を振れば、「ああでも」と、男の片方が口を開く。
「死ぬと言っても、皆さんと『同じもの』は作られるので安心してください」
 そして我々と同じになるんです。
 ……いよいよどう反応するのが正解かわからない。類は「成程」とだけ返事をして――それからもう一匹釣れたので、舟を戻してもらった。時刻は十六時半と時計は示している。確かレグさんが日の入りは午後六時十五分だと言っていたから――
 ドン。
 遠くの方で何かが爆発するような音がして、類は身構えた。まさか猟兵が何かをしたとは考えにくいが――そう思っていると、島民が、「花火が爆発したかもしれん」「あー、古かったからなあ」などと言い合うのが聞こえたので、警戒しつつ男たちに聞く。
「花火、ですか?」
「そう。生贄の人数が多いもんで、花火はどうかって話になりまして。それで、随分昔の生贄さんが持ってた花火が共同倉庫にあったのを思い出しまして、引っ張り出したんですが」
 この分だとうっかり爆発させてしまったか何かしたみたいですね、と男は苦笑した。花火――いやそんな音ではなかったと思うが。
(……)
 桟橋からバケツを持って、祭りの準備の場所まで歩きながら、類は少し考え、質問する。
「倉庫にあった、ということですが、そう言ったものを管理している人はいるんですか?」
「居るには居ますね。ただ、生贄さんの持ち物は皆欲しがるんで、倉庫には殆ど残らないんですよね」
「皆欲しがる?」
「生贄さんの持ち物は、シェル・キナ様に奉納した後は、皆に配るんですよ」
「そうなんですね」
 ということは、家屋を探索したらまず間違いなく証拠は出てくるのだろう。うん、と類は再び考える。
「お二人は持ち帰っていないんですか?」
「あ、私は前回の方のものをいただきましたね。ライターが欲しかったもので」
「そうですか……」
 では、この男にしよう。僅か歩くスピードを落とし、男たちの少し後ろにつくと、証拠の痕跡探索の為に、類は借物一葉〈カリモノヒトヒラ〉を使用する。召喚された植物の葉型の式は、滑り込むように男のズボンの後ろベルト部分に引っかかった。このまま男が家へ帰りつくなどすれば、ライターを発見することなどができるだろう。
「大丈夫ですか?」
「ああすみません、大丈夫ですよ」
 スピードを戻して、歩く。
(この調子で、由来や作法、信じる神様の話を尋ねてみようか)
 捧げられる頻度周期、それは何のために必要か。訊きたいことは沢山ある。
「因みに由来は、どういったものなんでしょう?」
「由来、ですか。もう三百年以上続いているので、私は知りませんねえ」
 ただ二十年周期でやっている大きなお祭り、ということしか、と男は言った。
「作法などはあるんでしょうか?」
「作法、ですか? うーん……皆好き好きに食べて飲んでますよ」
「これと言った作法はないですね。ただ皆『同じように食べているだけ』なので」
「同じように……」
 それは――意図しなくても『同じになってしまう』ということだろうか。
「それに生贄さんは『同じでない』んですから『同じである』必要もないんですよね」
「そうそう。嫌なら食事だってしなくていいし」
「そうなんですか?」
 ええ、と男が頷く。
 ここで言われている『同じ』とは――どういった定義なのだろう? 類は考える。外見が同じ、中身が同じ――動作が同じ。バケツの中で魚が跳ねた。そこでふと思う。魚たちのサイズは殆ど同じで、同じ種類で――これは多分邪神による何がしかにはよらず――バケツを泳いでいる。
『この魚たちの区別は、自分に出来るだろうか』。
 自分は、『魚』としか認識できていないのではないだろうか――。
(島民が皆、『同じである』と観測して現実に干渉している何者かが居る……?)
 そこまで考えたところで――
 類は、祭り用の料理を作っている場所へと辿り着いたのだった。

 ●

(みんな『ぞっとするほど同じ顔』かあ)
 レグと別れて、準備の外に居る子供を探しに町を歩いていた迅は、ぼんやりそんなことを考えた。確かに過ぎゆく人皆同じ顔だけれど――
(『ぞっ』とはしないなー……?)
 というか、そこまで『同じ』とは思えない。似ているとは思うけれど――念のためと破魔の力を込めたお守りを持って、月草の呪詛に対する耐性を頼りに歩いているが、今のところ変に影響されているような感じはしない。
 島についてこっそりと放った式符・朱鳥〈シキフ・シュチョウ〉たちも空から島を見てくれているが、特に何か見つけたという報告はない。
(変な気配があるとことか、他と違うものがあったりしないか探してもらってるけど)
 うーん、と迅は首を捻る。本当に『何もない』――不自然なほどに。
(本当にただの神様なのかな)
 でも生贄にされた人は死ぬというし、そもそもUDC組織の職員が『ぞっとするほど』とわざわざ言っているのだ。ただ似ているだけならそんなことは言わないだろう。それに、ただの神様だとしても、生贄は殺されてしまうということだから、どちらにせよ調べなければいけないのは間違いないのだ。
(最少人数も二人とか、なんかいろいろ気になる感じするな)
 二人はいないと成立しないのか、もしその場合は『何故二人なのか』?
(戦わせるとか?)
 だが、そういう情報があればUDC組織も伝え漏らしたりはしないだろう。組織の職員は『調べに行った』のであって――であればきっと、その情報の精度はそれなりに信用できるはずなのだ。単純に普通のツアーの最少催行人数が二人なことが多いから真似しただけなのかなー、などと首を捻りつつ、朱鳥だけでなく、迅自身もまた町を歩いて島民である人々を見てみる。
(どんな人達が暮らしてるかとか、ちょっとでも違うものがないかとか探してみよっか)
 ついでに第六感で何か感じることあったらそっちのほう注意してみよう、と迅は決め――
 三十分も歩かないうちに、迅を呼び止めた女性によって、民家で食事をさせられていた。
「わたしにも子供がいるのよぉ」
 香草を用いた魚介出汁の麺を頬張りつつ、迅は女性が言うのを静かに聞く。相槌を打とうとすると「いいからお食べ」と食べることをすぐに勧められるので、迅は大人しく渡された麺を食べているのであった。女性曰く、祭りで食べ物が出ることもあり、豚を潰したり魚を釣ったりとしていたものの、生贄が到着してから祭りが始まるまでには時間がある。それで前々回の生贄が祭りの前に空腹を訴えてレストランはないかなど質問したということがあり、前回から生贄として訪れた人間には祭りまでのつなぎとして無料で軽食を配っているのだという。
(お祭りではどんなものが出るんだろう?)
 辛味の効いた汁と麺は美味しかった。そう言えばいつぞやにも豚骨と魚介出汁の美味しいラーメンを食べたなあ、なんて思いながら、全部食べ終わったので「あの」と口を開けば、女性は「何?」とにこやかに答えてくれる。
「もしよかったら、奥さんの子供とお話してみたいな」
「いいわよ! 準備に参加できなくて不貞腐れてたから、構ってもらえると助かるわ」
 あっちのおうちに小さな子は集まってるから遊んであげて、と女性が言ったので、迅も感謝を告げて外へと出る。そう言えば他の猟兵はどうしてるかな、などと思いながら、教えられた家へと向かう途中で――
「――っ!?」
 ぞわりと全身の毛が逆立ちそうなくらいに――禍々しい鳥の声がした。慌てて飛ばしていた朱鳥を呼び、その声の主がどこにいたのかを聞けば、遊泳用のビーチにほど近い場所だと言う。一羽の鳥がどこかから降り立ち、鳴いたのだと。
 そしてそれは、誰にも見えていないようだったと――
 ……周囲を見れば、確かに、『ぞっとするほど同じ顔』。

 それが、一斉に、迅を見つめていた。

 だがそれも一瞬で、瞬きの間に、先程までの『似ている顔』に戻り、視線も迅ではない他の何かに向けられていた。例えば料理、例えば飾り付け、そう言ったもの。だが、その異様な光景に、迅は僅か足を止め、お守りを握り締める。今のはなんだ――何故自分は、『見られた』のだろう? 些かの恐怖と焦燥を抱きつつも、子供たちが心配になって、迅は走って先程教えられた家の戸を叩いた。
「どうしました?」
 出てきたのは、温和そうな女性だった。それにやはりどこかほっとして、迅は、「さっき、そこの奥さんに、子供と遊んでもらえると助かるって言われたから」と簡単に説明する。
「ああ、それは助かります」
 やっぱり暇みたいなので、と女性が微笑んで、数人の子供の元へ案内される。子供たちは普通で、迅を見るときゃあきゃあ笑いながら「遊んで」とねだってきた。それが微笑ましくて、迅も、千代紙で何か折ってみたり、『くろ』を見せてあげたりと色々なことを披露した。そうしてある程度信頼されたところで、迅は切り出す。
「ねえ、島で祀られてる神様の詳しい話、知ってる?」
 子供たちはきょとんとして、「しぇるきなさまのこと?」と首を傾げる。
「そうそう! どんな話があるとか、知ってたら教えて欲しいな」
「おはなし……」
 五歳か六歳くらいの小さな女の子が、首を傾げた、その時であった。
 今度は、『ドン』という大きな爆発音が遠くから微かに響いて――きっとレグのドローンだ、と、何となく迅は気付いた――それから。
 女の子が、迅を見た。
 他の子たちも、皆――迅を見ていた。迅を迎え入れた女性はもういない、どこかへ行ってしまった。
 鳥の目だ、と――何故か迅は思った。鳥籠。鳥籠だ――直感が訴える。鳥籠などどこにもないのに。探索に出していた朱鳥が、迅に今の音が迅の予想通りレグのドローンによるものだと伝える。レグのドローンが、先程の鳥に撃墜されたのだということを。
 それから、島の周囲が、鳥籠と思しき何かで檻のように囲われていることをも。
 迅はその報告で――『気付く』。
 島の中は鳥籠の中。
 シェル・キナの鳥籠の中。
 全て同じ。シェル・キナにとっては全て同じ。
 最初に『同じ』であることを望んだのが誰だったかなど最早関係はなく――ただ、今や、鳥籠の中に『全て同じ』意思ある者を閉じ込めて――毒し――鎖し――捕らえているのみ。元よりシェル・キナにとっては『全て同じ』だったからこそ――『最初の者』がどうだったかなど関係はなく。呼ばれたから現れ、性質のままに存在し続け、認識から拡張された現実を歪曲させている。
 人語など解さない。それはただ在るだけ。
「――っ」
 そんなことが迅には何故か――いやあるいは必然、その破魔の力と呪いへの耐性、それから彼の第六感に対する、それこそ『呪い』じみた祝福として――理解できた、『理解できて』しまった。
 意思ある者はこの鳥籠から逃がさない。全ての者は、シェル・キナに閉じ込められて囀る小鳥。
 お前も逃がさない。
「お前を逃がさない」
 女の子が、鴉のような嗄れ声で言った。どこかで、きっと迅にしか聞こえないように、清らかな音が高らかに鳴った。。
 これは――ここで祀られているものは、間違いなく、邪神だ。
 信仰によって力が増し続け、重ねた年月と捧げられた生贄の数だけ強く強くなっていった――正真正銘の怪物。
「――どーしたの、おにぃちゃん?」
 ひどい冷や汗と共に、迅は正気を取り戻した。小さな女の子が、首を傾げている。
 ――誰かと、祭りの前に合流しないと。
 そして情報を伝えないと。そうは思えど、迅の朱鳥は、彼が硬直していた間に全て撃破されて消えてしまっていた。もう一度呼び直さないと――
「ごめんなー、ちょっと、お兄ちゃん、友達に会いに行かないといけなくなっちゃった」
 えー、と子供から不満の声が上がる。それに「ごめんな」と何度も謝りつつ、迅は家の外へ出ると、朱鳥をもう一度呼び直したのだった。

 ●

 ――鳥籠。
 迅から赤い鳥を介した念話にて伝えられた事実に、都槻綾は何となく――この身には相応しいのではないか、などと僅かに思った。片翼の――
「どうしました?」
 かけられた声に、綾は「いえ、なんでも」と返事をする。海岸沿いに設けられた練習小屋には、波のさざめきと潮の香りが届いていた。それに混じって、島民が再び南国の旋律を奏で出す――綾はと言えば、赤い鳥の念話を聞くために休憩をもらったところだった。だからと言って特に時間を決めて休憩をしているわけではなかったので、演奏を聞きながら、綾は少しばかり物思いに耽る。
 夏も海も好きだ。綾は陽射しの入らぬ、それでもどこか薄明るい小屋の中で、笛を手に、窓を通りゆく潮風にその漆黒の髪を揺らした。僅かに汗ばむ仮体のこめかみに、一房垂れてきたその髪を、指で掬って耳にかける。
 陽射しに煌めく海は蒼天を映して何処までも青く、夏の夕景はまた格別に美しい。透明なひかりが世界を彩る様に瞳を奪われているうち、宵が辺りを包んで、波音だけが耳に残るよう。そう――「夏も海も好きですよ」。
 これまでに見てきた夏と海を思い起こして、窓の外へ視線を向けたまま、綾は小さく口を開く。
「……輪郭が鮮やかだのに、いのちの気配がないの」
 誰にともない呟きは、さざめく海と広がる旋律の波に攫われるまま消えて。
 静かな砂浜に落ちる黒にほど近い影、輝く波の光、葉を色濃く染める太陽の白い光。夏はそのどれもが、いのちを拒絶するように強い。『もえる』とはそういうことだ。美しいばかりではない光景。強い陽は確かにいのちを萌やして――燃やしていく。
 そうして不意に旋律が切れたので、窓から見える、目が痛くなるほど色の対比が強い光景から視線を外し、綾は再び室内へと視線を戻す。どうやら、皆休憩に入ったらしい。楽器を手にした男女が、流石に若干の疲れをその『同じだが同じでない』顔に見せている。
「海へ行かれますか?」
 声をかけてくれたのは、年若い男性だった。その質問に、綾は「ああ、いえ」と返事をしてから、思い直す。
「――いえ、そうですね」
 夕刻になれば、少し。そう答えて、綾はもう一度海へ目を向け――ぱち、とその青磁の瞳を瞬かせた。見下ろしていたビーチに見慣れた姿が出てきたからだ。木陰での――ここからは見えない――按摩を終えたらしいロカジが、『びにーる』製と思しき空気の寝台を持って、飲み物を手に海へと浮かぶところであった。
 その様にくすりと微笑めば、向こうも綾に気付いたのか、『ぴーすさいん』をしてくれた。距離のおかげで、ここから見えるロカジは親指の爪ほどの大きさだが、何をしているのかわからないわけではない。だから綾はそれに同じような『ぴーすさいん』で返して、楽しそうですね、と微笑んだ。
 先程の鳥の声と言い、迅からの報告と言い――不穏なことは多いけれど。
 今この時が楽しいのには――やはり変わりなく。
「――続けますか?」
 休憩が終わったらしい男たちの問いに、綾は頷く。
「はい」
 鳴り始めたのは先程練習していた箇所で、綾もまた、覚えた通りの旋律をなぞる。島民は嫌な顔一つせず、笛を鳴らして旋律を教えてくれる。それは南の島の旋律をよく知らぬ綾にはひどく新鮮な響きを与える。
 ――祭囃子に彩り添えて、私も笛を奏じてみたいところだけれど。
 南の島の旋律をよく知らないものだから、島の方に教えて頂けると嬉しい――そう言った綾に、島民は快く練習小屋での演奏を許可してくれた。本番には参加させてもらえないとのことだけれど、それでも音の楽しさは本物で。
 ――漣に重ねる音は、遥かまで朗と響くよう。
 本番に参加できないなら、島民の演奏に、歌や手拍子を添えるのもきっと素敵。
 そうしていつの間にか夕刻――橙に染まる夕暮れの景色に、練習小屋を出て、ふいと綾は町を歩く。潮風の吹く町中は、色とりどりの花に飾りつけられていたけれど、島民の殆どは既にいなくなっていた。きっと、お祭りをするという広場に出て行ったのだろう。
「おや――」
「こんばんは」
 島の風流を楽しみながら歩く綾に、家から出てきた島民の一人が驚いたような顔をした。既に化粧を終えて、仮面を手にした、壮年の男であった。
「一緒に行きますか?」
 そんなことを聞かれたので、是非、と答える。広場までの道すがらを、島民の男と話す。何となく――名前を聞くのは良くないことのように感じたので、綾は、自身の直感に従って男の名を聞かなかった。代わりに質問したのは、二十年前の記憶や、祭りの謂れ、何気ない日常のこと。様々なお話を聞いてみたいな――と思う綾の期待に応えるわけではなかっただろうけれど、男は、綾の質問に対して真摯に答えてくれた。尤も、二十年前の記憶や祭りの謂れは男もよくわからないということだったから、主には日常の話だったけれど。今年は魚がよく獲れるだとか、この日の為に特別な豚を用意しただとか、祭りの料理は美味しいので期待してもよいだとか――そう言ったような他愛のない話。それはどこの町でも、国でも、世界でもきっと同じ、人々の営みの話。
 それなのに拭えないのは――彼らに対する、ひとつの疑問。
(――このひとたちは、皆、生きているひとたちなのかしら)
 どうして、こんなにも生き生きと動き、話しているのに、どこか生きているにおいがしないのかしら……。鳥籠。綾は迅から伝えられたことを思い出す。
 鳥籠の中の小鳥は――死んではいないのかしら。あるいは、人形なのではないかしら。
 やがて祭りの準備が整った広場に辿り着く。そこには既に他の猟兵全員が集まっていて、綾の到着を――というよりは、祭りの始まりを待っていた。
「それでは」
 壮年の男が、仮面をつけて去る。
(化粧の上に仮面までという)
 素顔が見えぬことは、顔が無いのと同義ねぇ――そんなことを、綾はなんとなく思った。広場の中央には、巨大な檻……否、鳥籠。
「……そう言えば」
 猟兵たちと合流しながら、綾はふと思う。
「化粧と仮面は、要らないのでしょうか」
「要らないようですよ」
 そう言ったのはトリテレイアだった。確かに、猟兵たちは皆――否、ヴォルフガングを除いて――化粧もしていなければ仮面もしていない。
「今から食事をした後、俺たちには檻へ入ってもらいたいんだってさ」とは、ヴォルフガングの言だった。
「成程……回避はできない?」
「どうだろうね」
 猟兵皆で、設けられた祭りの席へと座りながら質問をしてみると、晶が首を傾げて、類が「無理だと思う」と小声で返した。「俺もそう思うな」と同意するのは迅だ。
「……正直」音楽が始まる。ロカジが笑いながら言う。「もう相当に『ヤバい』からね」
「……そうですね」
 猟兵が座ると同時に始まった祭り。おそらく全島民が集まっているのであろう広場。
 その、彼らの気配が。
 祭囃子に合わせて、島民の気配が、うねるように変化していくのがわかった。誰でもない誰か。誰かだった誰か。――島民たちが、『まったく同じになっていく』。
 顔のない誰か。あるいは、いつかの日には顔があった――何かに。
「食事も嫌ならしなくていいが、それだけは絶対やってくれ、なんて言われたからな」
 レグがそんなことを言った。
「最悪集団で囲まれて放り込まれるね、これは」
 祭囃子に紛れてロカジが言い、「一応、檻の方には爆弾を設置して破壊できるように仕掛けておきましたが……」とトリテレイアが答える。
「檻がなくなった瞬間暴徒にならないかな?」
「ううん……あの鳥籠みたいなのが本当に要るのかもわかんないからなー……」
 晶と迅がそんなことを囁きあって、レグが「暴徒になったら流石に困るな」なんて言う。
「敵になるなら敵なりの対処をするだけなんだけど」
「……したくはないな。操られてるだけなのかどうかがわからない」
 そう言い合うヴォルフガングと類の言葉を無視するかのように――島民たちは皆同じ所作で酒を飲み、食事をして、祭囃子が続く中――突然立ち上がった。
(ああ)
 猟兵たちに、檻の中へと、鳥籠の中へと進むよう促すのは、『誰か』。
 滲み出るように現れるのは黒い影。真っ黒で――襤褸を被ったような。
 檻の中へ入ろうが入るまいが、戦うことだけは、きっと、疑いようもなく。
 そして間違いがなく――確かだった。
 
 
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『『やれ恐ろしや』』

POW   :    狐の七化け
【マントの中から相対者と同じ姿のもの】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
SPD   :    狸の八化け
合計でレベル㎥までの、実物を模した偽物を作る。造りは荒いが【供物として目を付けた相手】を作った場合のみ極めて精巧になる。
WIZ   :    貂の九化け
【恐怖や畏怖】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【影の塊】から、高命中力の【喰らった相手に化ける貂】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 
 
 影は猟兵を見ていた。供物として捧げられるものだと分かっているのだろう。島民たちは全員が、影と猟兵を見ている。どうなるかを――どう死ぬのかを。否、それすらも、実際は考えていないのかもしれない。

「さあ、安寧の鳥籠の中へ」

 ただ仮面に覆われて見えなくなったその相貌で、猟兵たちを見、そして島民は言う。

「さあ、同一の鳥籠の中へ」

 彼らが人であるかどうか、それは結局のところ定かではない。人であったかもしれないし、最早人ではないのかもしれない。
 檻は――木で組み立てられた巨大な鳥籠は、ひどく広い。何人かが中に入って戦っても、おそらく問題はないと思われる程度だ。だからと言ってわざわざ閉鎖空間で戦う必要もない――破壊し、その上で戦っても構わないのではないかと思える。
 けれどそれが何を引き起こすのか、それは、誰にも分かっていない。
 影は未だ――猟兵を見つめるだけ。

「さあ、シェル・キナ様の鳥籠の中へ」

 同じものを。
 同じものを。
 同じものを――

 島民が歌うように猟兵へ語り掛ける。

 そして影が。

 影が――動いた。
 
 
 
都槻・綾
第六感を研ぎ澄まし
周囲の状況を察知、把握
広げたオーラは自他の護り

万一
島民達が取り乱すような状況に陥った際は
馨遥の鎮静で混乱を防ぐ

対峙する影が己や既知に似ていても
向けた刃や霊符が
惑うことは無いのだけれど

主の姿を真似て顕現した自身を
鏡に映したようで
浮かべた笑みが幽かに苦い

宿神と
邪神と
呼称が違うだけで
本質は似たようなものではないのかしら

絶対に違うものだなんて
どう判断を下せばいいのかしら

いつ涯てても良いようないのちだけれど
此の物語の続きを知りたいとは、思うものだから

高速で紡ぎし馨遥で
そっくりさんを誘眠
僅か一瞬の隙であっても好機を逃さず
踏み込んで抜刀
添えた破魔の霊符にて
揺らぐ影をも斬り断ってみせましょう


トリテレイア・ゼロナイン
素手で解体出来る以上、檻は直ぐに壊す必要は無いでしょう
それよりも…邪神を倒した瞬間、“繋がっていた”島民に致命的な影響が及ばぬのを願う他ありません

電脳空間から電脳剣(平時は簡易電脳魔術使える頑丈な剣扱い)と盾を出し外へ(●物を隠す)

同型機達(集団敵)との相対は故郷でもう三桁を数えましたが…模倣体とは少々困ります
この剣の元の持ち主は『私の形』の者の非道を許さぬでしょうから
(長期間の活動とシナリオ・「星の狭間に、罪と花水は揺蕩う」にて内面に変化)

…疾く終わらせます

推力移動織り交ぜたステップで翻弄
剣と盾捌きで体勢崩し怪力で振るう剣で両断
純粋な『立ち回り』のみで数の劣位を個で上回り、模倣体ごと影を殲滅


レッグ・ワート
グレーのうちは仕事の対象だ。
計器介入何とかならねえかなあ。

耐性は割合続行。入る前に地形の情報と破魔系描くポイントきけるかね。そんで地質的に行けそうなら、防盾ドリル型にしたバイク運転してトンネル掘りで島民避けて広場外へ。檻中心の破魔型描く予定。
掘削厳げなら、檻中で仕掛ける手がある奴の時間稼ぎ。鉄骨で武器受けてかばったり、アンカーで逃げ足かけつつ糸で絡めたりひいたり、防戦主体の足止めといく。潰せる時はいくけども。敵味方の見分けに合図でも決める?
自前の手なら見切れるだろうしこっちの影セットの相手はやるさ。追わせるかは状況よりけり。互換の遮断切って怪力でぶち折って転がしてる間に影伸しにかかれたら上等。


玖篠・迅
何かあっても「呪詛耐性」とかで少しは耐えれると思うし、檻の中に入ってみるな
必要な人がいたら「破魔」を込めた符を渡しとく

島民の人が何かわからないけど今は危ない目にあってほしくないから、八雲で破魔と煙水晶の迷路を島民の人を閉じ込めるように作ってみる
これで少しでも烏の干渉とか、島民の人が動いた時に時間が稼げればいいんだけど

あとは影に気をつけながら地縛鎖で過去の儀式とかについて探ってみる
島民の人の状態、最初の人がした契約、以前の儀式で作られた同じものがどこいったかとか
少しでも早く見つけられるように「ハッキング」と「第六感」も頼りにしてく
できそうだったら「破魔」と煙水晶で島民の人の呪いなんとかやってみる


佐伯・晶
定期的に生贄で力を補充しないと
同じを維持できないのかな
それとも単一では同じになれないという
概念的な話なのかな

この籠は島の外の籠と繋がり有ったりするのとか
鳥はどうしてるんだろうとか疑問は尽きないけど
少なくとも目の前の影は
殴れば弱りそうな感じがするから
まずはこの場を切り抜けようか
…理不尽を一旦受け入れるのに慣れちゃったのかなぁ

僕の精巧な偽物ね
どこまで再現しているか分からないけど
融合した邪神の権能は停滞で
基本、神気の防御力>射撃の攻撃力だから面倒なんだよね

邪神の力を使い過ぎるのはリスクあるし
複製創造で偽物の複製を創って時間を稼いで貰い
切断用ワイヤーで影を攻撃しよう
UDC組織謹製で非実体にも効果あるよ


冴島・類
島民全て同じと見た認識で歪め合わせ
縛して閉じ込めてる籠
うーん
なんという超常視点のがば判断
成すだけの力が積まれたのも厄介だな
分析してる場合でもないが

籠の影響が懸念だし、術を紐解く糸口を探したい
中へ
だが、入る前に島民の視線が此方に向いている内に
写し身を喚び広場を囲むように配置
入った籠内では破魔の柊を突き立て

写すことなら得手だ
魔力探り、解くこと
内外から破魔の結界張り合間にいる味方へ呪いの影響を軽減し
息吹をしやすくする
どちらかでも出来れば

対影は、相手が此方を写し終えるまで荷の中の相棒は出さず
刀の薙ぎ払いで迎え撃ち
剣戟の間に糸で瓜江出し隙をつく

供物…たり得る
その目に止まるのは
生きた力の源
器の中身なのかと


ロカジ・ミナイ
わっ、いい男
なになに、この鳥籠の中って鏡張りなの?
……と思ったら僕のコピーじゃんね
びっくりすると思ったかい?びっくりしたよ

もしかして同じ顔のカラクリはこれかい
全員僕の姿になったらそりゃ女子がこぞって訪れると思うけど?
けどその女子も僕になって?いやぁ、ちょいとニッチがすぎるんじゃないかい
毎日カレーみたいなさ
さっきまでそういう気分だったし
いけすかねぇ術だよ全く

けどねぇ、僕は僕を斬ることに躊躇しないタイプなの
僕が僕だと信じりゃ僕はひとり
ここにいる僕を知るのは僕だけよ
名前も好きなものも忘れやしねぇ
この通り、血の色も味も僕のひとりのもの

クソッタレな術を斬って焼いて塵にしてやるよ
さっきのあの子の代わりにさ


ヴォルフガング・ディーツェ
檻を使うにせよ、破るにせよ邪神の掌の上は気に食わない
支配的な神より嫌いなモノはない、反骨人生まっしぐらでね!

指を鳴らし開幕を告げよう
高らかに【指定UC】展開
電脳魔術を媒体とし「カバラにおけるセフィロト」を概念として仲間達と自身の周囲を「結界術」で囲い定義

それは遥けき楽園に座す命の大樹、故に「この木が在りしところ、即ち楽土なる」
この島、邪神の檻の概念を養分とし咲き誇る様にナノマシンを展開し「ハッキング」で改竄

過負荷で発狂?
は、生きながら神に喰われた時より遥かに楽だっての!
世界を掌握出来たならば、魔銃からありったけの呪詛「属性攻撃」の弾丸をくれてやる

命よ凍れ、四肢よ腐れ
我が身の不浄、とくと味わえ



 
 
 
 さてどうするか。
 動き始めながらも、檻の中へ入らない自分たちに攻めあぐねているような影を見ながら、数瞬考え、レグは結論付ける。
「――グレーのうちは仕事の対象だ」
 計器介入何とかならねえかなあ。そんなことをぼやきながら、レグは装備として宇宙バイクを持ってきた己の判断を良しとする。だがまだ出さない――自分の行動が何を引き起こすのかわからないからだ。
 とうに日は暮れ、暗闇の中、島民は手を差し伸べるようにして檻の中を指し示している。このまま戦えば島民に犠牲が出かねないだろうし、大人しく中へ入った方が良さそうだ、とレグは思った。
 尤も、その前に確認したいことがある。
「玖篠。いや、他のやつでもいいんだが」
 迅をはじめとした猟兵の一部が、首を傾げた。さて、耐性については割合続行。呪詛耐性に割り振りつつ、環境にも振ったままにしておく。
 ――今から行う、掘削に耐えられるよう。
「檻の中に入るとして――そこを中心に広場全体含めて地中に破魔系の型描くとしたら、どう動けばいいかわかるやついる?」
 地形の情報とか、そういうのでもいい。そう質問すれば、返答は迅と綾、そして類の三人から返ってきた。地質については晶から。
(成程ね)
 それなら、出来なくはないな。己の動きや所要時間を計算し、レグはそう判断する。
「とりあえず俺は中入るよ。ここで島民に犠牲出したくないしな」
「そうですね――」
 最初に同意したのは、同じウォーマシンのトリテレイアだった。
「素手で解体できる以上、檻は直ぐに壊す必要は無いでしょう。中へ入るのも同様です」
 それよりも……と、宵闇でも白く輝くウォーマシンは言う。
「邪神を倒した瞬間、“繋がっていた”島民に致命的な影響が及ばぬのを願う他ありません」
「……万一、島民が取り乱すような状況に陥った際は、私の馨遙〈ユメジコウ〉の鎮静で混乱を防ぎましょう」
 そうすればある程度は、と言う綾に、ヴォルフガングが笑った。
「俺も協力するよ。元からこの島の構造は気に入らなかったんだ」
「――それに、さっさと入らないと業を煮やしちゃいそうだよ」
 島民より、影の方がさ。そう言ったロカジの言葉通り、現れた影はじわりじわりと数を増やし始めている。計八体――丁度猟兵と同じ数だ。
「……何かあっても少しは耐えれると思うし、檻の中に入ってみるな」
 最後に迅が、破魔の力を込めた符を猟兵たちに渡して――レグも受け取る。微動だにしない島民たちが作り出した道を他の猟兵共々檻の中へと歩いていけば、影もそれについて来る。影だから――だろうか。影は対象物について来るものだ。入り口から全員入ったところで、島民の一人が入り口を閉めた。松明すら使っていない夜の闇の中で、泳ぐような影だけが、一層暗く見えている。
「――さぁて、仕事と行くか」
 宇宙バイクを取り出せば、影の一体が、レグをそっくりそのままコピーした姿の『何か』を、その襤褸から生み出した。その『何か』は、レグが所持する鉄骨を複製して、周囲に展開させる。
「……こっちのユーベルコードまでコピーできるくらい精巧なのかよ」
 これはある程度こいつの動きを制限してから掘削始めないとヤバいな、とレグは思う。複製された鉄骨を飛ばされて各個撃破を狙われたら、たとえ他の面子の技量上早々当たらないとしてもその対処に手を煩わせてしまう。それは本意ではない――それに。
(自前の手なら見切れるだろうし、こっちの影セットの相手はやるさ)
 同じユーベルコードを持っているなら逆にわかりやすいというものだ。
「ちょっと大人しくなっといてもらうぜ」
 言って、宇宙バイクを走らせると同時アンカーを射出し、自分自身そっくりの『何か』に引っ掛けるとカーボン糸を巻き付けてそのまま引き倒す。くそ、と、自分の使っている声と同じ声で毒づかれるのはなんだか妙な心地だと思いながら、宇宙バイクを跳ねさせて、『何か』を宙へ放り投げる。自分自身と同じならば、あれに空を飛ぶことなどできまい。『何か』が怪力任せに糸を引き千切る、だがそこまでならば。
「――余裕で想定範囲内」
 こちらへ向かって投げられた鉄骨を全て己の鉄骨で受けて流し、相手が着地しようとしたところを思い切りスピードを出した宇宙バイクで轢き飛ばす。
(しかし丈夫なんだよな、やっぱ)
 轢き飛ばされた程度で行動不能になるほど繊細な作りをしていないのだ、他ならぬ自分自身が。早く掘削へ行きたい、と、まだ動いている『己』を捕まえ、先程『己』が行ったのと同様、怪力に任せて、こちらはその体躯をぶち折る。次にやることは一つだ。
「さっさと仕事させてくれ――っと」
 自身をコピーした『何か』。それが生み出して転がっていた鉄骨の一本を掴んで、レグは、『己』を生み出した影に向かって投擲した。無骨な鉄の槍が襤褸を刺し貫いて、霧散させる。
「一丁上がりだ」
 さて、と軽く見回せば、猟兵は各々の相手と戦っている。敵味方の見分けに合図でも決めておくべきかとも思っていたが、特に必要は無さそうだ。
(そんじゃまあ)
 行ってきますか――と、レグはバイクを防盾ドリル型に変形させると、トンネル掘りの技術で、檻の外の広場をぐるりと取り囲む破魔型を描くために走らせ始めたのだった。

 ●

(島民全て同じと見た認識で歪め合わせ)
 縛して閉じ込めてる籠――
(うーん)
 類は島民たちの様子と、他の猟兵たちから得た情報を元にその理解を得て、呆れともつかぬ感情で内心唸った。
(なんという超常視点のがば判断)
 最早こうなると、悪意があるのかさえもわからない。否、ないのだろう。善も悪もなく、ただその性質によってそう在るだけ――その性質こそが害であり、更にはその影響が島全体に広がっているのがこの上なく厄介であるだけで。成すだけの力が積まれたのも厄介だな、と類は思う。分析してる場合でもないが。
(籠の影響が懸念だし、術を紐解く糸口を探したい)
 ならば檻の中へ入ることを厭うわけにはいかぬ。類は他の猟兵と共に、島民が指示するように檻の中へと進んでいく。
 だが、と類は空蝉写し〈ウツセミウツシ〉を発動させる。
(入る前に、島民の視線が此方に向いている内に)
 レグが地中から破魔の力を持つ陣を描くというならば、より都合がいい。先程彼と話した際に指示した場所を補強するように、写し身を喚び広場を囲むように配置していく。
 写すことなら得手だ。
(魔力探り、解くこと)
 あるいは、内外から破魔の結界を張り、合間にいる味方への呪いの影響を軽減し、息吹をしやすくする。どちらかでも出来れば――そう思いながら、類は自分たちについて泳ぐように移動する影を横目に見る。ここで襲い掛かって来ないのは何故なのだろう。彼らもまた、この『檻』に――『籠』に縛られているのだろうか。
 檻の中へ入ってしまえば、影がひらりと類の眼前に躍り出る。暗闇の中で、その仕草は、夜の帳が形を成したようで、不気味さの他にどこか歪な趣を感じさせた。この怪物は恐怖と言うものの具現なのかもしれない、と類は僅か思いつつ、その姿を見ながら、破魔の柊を、入った籠内に突き立てる。
 まだ荷から瓜江は出さない。『同じもの』というのなら、きっとこうしておけば、『類だけ』を模倣するだろうからという算段だった。だからこの影が此方を写し終えるまで荷の中の相棒は出さず、刀だけで相対する。
 そして揺れる影から、『類』が現れる――『同じく』、刀を携えた。
「――すみません、」『類』が口を開く。決して鏡合わせではない、一葉の写真を見ている時のような違和感で、『自分』が言う。「供物としてこのまま死んではくれませんか」
「お断りします」
 答えれば、残念そうに『類』が表情を曇らせ――刀を構えて一足に飛んだ。
「ッ!」
 ぎぃん!と鋼がぶつかる音がして、『類』の刀と自分の刀が打ち合った。力を逃がすように刀で相手を受け流し、間合いを取る。『類』の刀が炎を纏った――あれは自分の焚上だろうか?
(ユーベルコードまで模倣されるのか)
 この『類』がもし類を打ち破ったとして――ユーベルコードまで使える者を、やはり此処の神は『同じ』として受け容れるのだろうか。そう考えて、決まっている、と類は思った。受け容れるのだろう。超常の力を使えるかどうかなどおそらく関係はないのだ――
(供物……たり得る)
 その目に止まるのは。生きた力の源、器の中身なのかと。
 考えながら――燃える刃を受け止めて弾き返す。パンと跳ね上げた腕、その空いた懐に飛び込んで、刀で薙ぎ払う。だが浅い、相手が咄嗟に後ろへ飛びずさったからだ。間髪入れずに繰り出された踏み込みによる一刀を、半身を逸らして紙一重に避け、類は崩れた『類』の頸へと刀を突き出した。避けるよりも速く、飛ぶのを――
「……ぐ、」
 ――刀を持たぬ方の指で繰り出した、瓜江で抑え込んで。
 剣戟の間を縫って衝かれた隙に、『類』は対応できなかった。そしてそれで終わりだった。ひらりと逃げようとした影はあっけないほど簡単に薙ぎ払うことが出来――後には何も残らなかった。

 ●

 特に抗う必要性も感じなかったので、他の猟兵と共に檻の中へと入りながら、ううん、と晶は頭の中に疑問を浮かべる。彼らは何故こんなことをしているのだろうか。こんな、とは色々な意味を含む――例えば、なぜ周期があるのだろうか?
 そも、『同じになる』とは一体どういうことを指しているのだろう。
(定期的に生贄で力を補充しないと同じを維持できないのかな)
 それとも単一では同じになれないという概念的な話なのかな。そんなことを考えながら、この籠にしてもそうだ、と晶は歩きながら考える。
(この籠は島の外の籠と繋がり有ったりするのとか、島はどうしてるんだろうとか疑問は尽きないけど)
 檻が――籠が閉まって、影がふわりと、ドレスの裾のように、その襤褸を翻して晶の前に現れた。うん――形があるし、これもまたUDC怪物であるというのならば。
(少なくとも目の前の影は殴れば弱りそうな感じがするから)
 猟兵に屠れぬ道理はない。
「まずはこの場を切り抜けようか」
 呟いて、ふと気付く。
(……理不尽を一旦受け入れるのに慣れちゃったのかなぁ)
 それは、この非日常が連続する猟兵仕事をしていく上では有利に働く気もするけれど――日常を過ごすのにはあまりよくないことではないのではないだろうか。そんなことを僅かに思うけれど、だからと言って理不尽を打破する方法が現状ない以上、どうすることもできるはずがないのも事実だった。そんなことを考えながら、晶は眼前の影から、自分そっくりの『何か』が現れるのを見る。それはひどく精巧な作りをしていて――写真などで見るような『自分』だった。映像媒体ではない現実として現れた自分の贋物を、晶は観察する。
(僕の精巧な偽物ね)
 どこまで再現しているか分からないけど。私服を模倣していたはずの偽物が、黒いドレスに変化する。ユーベルコード使って来るのか、と晶はその事実に少しばかり唇を曲げる。晶が融合した邪神の権能は停滞だ。そのため、基本的に、神気の防御力の方がガトリングガンによる射撃での攻撃力を上回ってしまうのである。しかもユーベルコードまで使えるとなると、その防御力は生半可なものではない――となれば。
「……どういう原理かはよくわからないけど、邪神だしね」
 複製創造〈クリエイト・レプリカ〉にて『偽物の複製』を創り出す。
(邪神の力を使い過ぎるのはリスクあるし)
 自身の攻撃力では硬くて貫けないなら、同じくらい硬いものに相手をしていてもらおう、という心算であった。戦況は膠着するだろうが、時間は確実に稼げる。そうして、その間にやるべきことさえ済ませてしまえば問題はないのだ。
 やるべきこと――即ち、偽物を作り出した影の始末をする。
 ガトリングガンの応酬で戦闘を始めた二体の偽物を横目に、晶はその後ろを泳ぐ影へと走る。近付く自分に気付いて逃げようとしたらしい影へと狙いを定め、切断用のものをセットしたワイヤーガンを構える。あの形を持った影に実体と呼べるものがあるのかどうかは定かでないけれど、このワイヤーはUDC組織謹製で、非実体にも効果がある。
 晶は銃の照準を合わせ――
 発射されたワイヤーが、影に絡みついて即座に細断した。襤褸切れのようだった姿が霧消し、完全に消えたのがわかる。
 同時に、影から作り出された晶の偽物がびくりと動きを止め、同じく雲散霧消する。
(あっけなかったな)
 あまり簡単に終わったので、罠も警戒してみるけれど、本当に気配が一切ないので、どうやらそういうわけではないらしい。まあ思ったよりも簡単に終わってよかったよね、などと考えながら、そう言えば島民はこの光景を見てどう思っているのだろう、と晶はふと辺りを見回して、少しの驚きによってその青い目を丸くした。
 いつの間にか――籠を覆うように、否、島民を守るように薄茶色の水晶が聳え立っていたからである。あのレグというウォーマシンが地中に破魔の陣を描くというのは聞いていたけれど、これは何だろうか。島民を守っているのだろうか――
 驚いているうち、誰かが、指を鳴らした。
 ぱちり、と。
 何かの始まりを告げるように。

 ●

 檻を使うにせよ、破るにせよ邪神の掌の上は気に食わない。
 ヴォルフガングがその行動に移ったのは、そんな理由だった。幸い、未知数な部分の多い島民たちは、迅の作り出した煙水晶の壁の向こうである。それに、他の猟兵たちも様々な手管で邪神の干渉を断ち切ろうとしているようだ。
 影が、ヴォルフガングの前にやってくる。それを見て、ヴォルフガングは唇を少し舐める。舌なめずりでもするように。
「支配的な神より嫌いなモノはない、反骨人生まっしぐらでね!」
 ぱちり――と。
 高々と掲げた指を鳴らして、口を開く。
「指令、『朋を永遠の葉擦れの城へと誘え』」
 それは開幕を告げる口上。
 調律・機巧の樹國〈コード・マルクト〉。戦う意志を持つ仲間が集まれば集まるほど――つまり猟兵たちが多ければ多いほど、ヴォルフガングや猟兵が強化されるユーベルコード。
 僅かに揺れていた地面が収まる、おそらくレグが地中を掘り終わったのだろう。類の鏡も配置が完了している。
「空間定義、展開開始――」
 電脳魔術を媒介とし、『カバラにおけるセフィロト』を概念として、仲間達と自身の周囲に結界を展開して定義していく。
「それは遥けき楽園に座す命の大樹、故に『この木が在りしところ、即ち楽土なる』」
 同時に、邪神の檻、つまり『鳥籠』の概念を養分とし、咲き誇るようにナノマシンを展開し、全てヴォルフガングの意図したように改竄していく。

 それは即ち――『邪神になる』のとほぼ同義だった。

 邪神の檻を侵食し、書き換え、自分のものにしていく。三百年の間、贄を与えられて強靭になっていった神の力を、無理矢理ヴォルフガングの『木』として再定義していく。
「……はは。頭の中が滅茶苦茶になりそー……」
 鳥が鳴いた、鳴いた、鳴いている。けたたましく、断末魔にも似た禍々しさで、ヴォルフガングに抵抗している。だが無駄だ、無意味だ、無為にして――みせる。頭が割れそうで、鼻血でも出そうだった、否、多分既に出ていた。ぼたぼたと檻の中に血が垂れていた。影が慌てたようにヴォルフガングの複製を創り出し、同じように調律・機巧の樹國やナノマシンを使って抵抗しようとする――だが紛い物ごときに負けるわけがあるか。それにこっちは、そっちのお仲間を全部屠っていっている。このユーベルコードは数が多ければ多いほど有利になるのだ。その時点で負けが決まっているのである。割って入ってきた複製の――腹立たしいほどにヴォルフガングを模した――侵食を弾いて、全ての定義にロックをかけて手出しできないようにしていく。
 否――一つ、過去起きたことにアクセスしようとしている猟兵のものだけは許可を出しておく。おそらく迅だろう、それはわかった。
 誰かがヴォルフガングの名を叫んだようにも聞こえた。それにどうにか「だいじょーぶ」とだけ返して、煮えた頭でひたすら演算を繰り返す。狂う――狂っていく。どこかでそんな気配がしていた。
(過負荷で発狂?)
「――は、」
 ヴォルフガングは笑った。
(生きながら神に喰われた時より遥かに楽だっての!)
 生きながらそう『為る』方が、余程マシだ。
 ぐ、と鼻血を拭って、瞬きをする。鳥の鳴き声は既に止み始めている。あるいは、ヴォルフガングには聞こえなくなっただけか。複製された自分が、ぐらりと揺れる。完全掌握まであと僅か――
「――掌握完了」
 呟いて、間髪入れずに口笛を吹き、魔銃の形状へと変化させた這い穿つ終焉〈スニークヘル〉を複製された自分と、迅を狙っていた貂へと向ける。
「……ありったけの弾丸をくれてやる」
 命よ凍れ、四肢よ腐れ。
「我が身の不浄、とくと味わえ」
 射出された呪詛の弾丸が――そうして全てを撃ち貫いた。

 ●

 この島で何があったのか、それを知らなければならない、と迅は思った。
(島民の人が何かわからないけど今は危ない目にあってほしくないから、)
 そう考えて生み出されたのが、八雲〈ヤクモ〉によって作られた破魔の属性を持つ、煙水晶の迷路だった。
(これで少しでも島の干渉とか、島民の人が動いた時に時間が稼げればいいんだけど)
 あとは――
「――っ!」
 影が放った貂をどうにか避けて、迅は体勢を立て直す。影とこの貂に気を付けながら、『この島で何が起こったのか』を知りたい――知る。それだけだ。
 地縛鎖であれば、その地で起こったことを垣間見ることができる。貂からの攻撃をどうにか避けながら、鎖を地へと垂らせば、どこかでヴォルフガングがぱちりと指を鳴らした。同時に、鎖で見える範囲が広がるのがわかった。これなら――思っていたよりもずっと早く見つけられるかもしれない。
 邪神を乗っ取っていくヴォルフガングの邪魔をしないように、ハッキングと第六感を使いながら、寄り添うように、案内されるように、鎖から情報を探していく。
 まずは島民の人の状態――と確認して、迅は、ああ、と、ひどく――ひどく、多分、悲しい気持ちになった。
『人じゃない』。
 この島の人達は、影が供物の代わりに生み出し続けた『偽物』の集合体だった。邪神を機能させるためには供物が必要で――でも『同じ』に『為り』続けるには『誰か』が必要で。だから『偽物』を作り出しては『同じ』にして、その上で『人と同じ』振る舞いをするように、邪神の力で動かしていただけだ。
 以前の儀式で作られた同じものがどこへ行ったのか。
 それもまた、迅の調べたいことだった。
 その答えはここにあった。
 だから――この島の邪神を滅ぼしてしまえば、島民に何らかの影響があるのは間違いないだろう。最悪全員消えてしまうかもしれない。だがもし消えなかったとしても、それはオブリビオンの生み出したUDC怪物の一部で――でも今は猟兵だからと言って襲って来るわけでもない。ならばUDC組織に頼めば助けてくれるだろうか。わからない。今の時点では、何も定かではない。
 生み出して、揃えて。
 集め続けていただけ。
 ただ『同じ』に『為る』ように。
 邪神にとって、何もかも『同じ』であるからこそ出来上がった――『作り物』の楽園。
 何故――という言葉が浮かぶのは、自然なことだった。
 ――こんな契約をしたのは、最初の『一人』は、一体どんな人なのだろう。
 どうしてこんなことをしたのだろう。
 貂を避け、とにかく遡って、遡って。百年、二百年。色んな手段で人を呼んでは影に喰われていくこの儀式を、何度も見て――それで。

 最初のそれは、きっと幼さだった。

 瀕死になっていた小鳥を、島の少女が拾った。それは奇妙な鳥だった。島の近くでは見たことのない鳥だった。だから少女は、その鳥を鳥籠の中に入れて大切に世話をした。そして元気になったので、少女は鳥を空へ放した。
 明くる日、少女が島の仕事のために道を歩いていると、その鳥が、死んで転がっているのを見つけた。悲しみと呼ぶべき感情が、多分少女の中にはあった。けれどそれ以上に、『なぜこの鳥は死んだのだろう?』という思いが強かった。疑問はずっと残り続けた。外見が違うからだったのだろうか? 餌がなかった? 鳥籠の外へ出したのがいけなかったのか?
 同じ時期、隣の家の赤ん坊が死んだと聞いた。これも何故死んだのか、少女にはわからなかった。少女には、『何故死ぬのか』がわからなかった。だから考えた。
 でもわからない。
 わからない。
 わからない――
『みんな同じ場所で同じものになれたなら、誰も死なずに済むのかもしれない』。
 ふと閃いたのはそんな考えだった。だって鳥籠の中で鳥は元気だった。毎日同じ餌をあげて毎日同じ鳥籠の中にいたのに。
『ずっと同じなら、みんな幸せでいられるのかもしれない』。
 ――そんな中、少女は高らかに清らかな、鳥の声を聞いた。
 少女は、その声へ導かれるように、今檻があるこの広場までやってきた。そして彼女は、邂逅した。――シェル・キナ様と。金色に輝く、太陽のような何か。
 綺麗だ、と思った。いいものだと思った。だから少女は跪いて祈った。
 みんな『同じ』になりますように。
 祈った。
 ずっと『同じ』でいられますように。
 祈った。
 忍び寄る影が彼女を殺した。最初の供物は少女だった。少女を食らって力を得たシェル・キナは、島民を食らった。そして『同じ』にした。その時から今まで――ここは邪神の鳥籠。
 そして銃声が――迅を現実に呼び戻した。

 ●

「わっ、いい男」
 ロカジは影が生み出した『自分自身』を見て、そんな軽口を叩いた。
「なになに、この鳥籠の中って鏡張りなの?」
 太刀をすらりと引き抜きながら、笑って言う。『ロカジ』もまた、太刀を引き抜いた。
「……と思ったら僕のコピーじゃんね。びっくりすると思ったかい? びっくりしたよ」
「――いやあ、そうびっくりしてもらえるんなら現れた甲斐があるってもんだね」
 鏡合わせにもなれない『ロカジ』が、ロカジと同じように軽い言葉を口にする。ふうん、とロカジは考える。さっきからちょいと他の猟兵の戦闘を覗いた限り、ユーベルコードまでコピーするみたいだし、思考や言動もある程度はコピーするのかもしれない。不気味なことこの上ないが。
「もしかして同じ顔のカラクリはこれかい」
「そう。供物を写し取って鳥籠の中へ入れるのさ、人間を収めるより怪物を収める方がシェル・キナとしては楽なもんだからねえ。どっちも同じだし――同じなら楽な方を選ぶのさ。何しろ人間ってのはすぐ死んじまう」
「おやマ、饒舌なこった」
「お互い様ってやつだね」
 言いながら、機をみているのは間違いがなかった。ロカジは続ける。
「全員僕の姿になったらそりゃ女子がこぞって訪れると思うけど?」
 けどその女子も僕になって?
「いやぁ、ちょいとニッチがすぎるんじゃないかい」
「そりゃ心配要らない、どうせ元々ある型にいずれ収められるだけよ」
「へえ」
 だから、『鳥の声がしたら元に戻った』のか――とロカジは思った。今が既に歪められた姿なのだ。
「どちらにせよ、ニッチ過ぎやしないかい――毎日カレーみたいなさ」
 さっきまでそういう気分だったし、とロカジが述べれば、相手は肩を竦めた。
「そういうもんかねえ」
「そういうもんよ」
 いけすかねぇ術だよ全く。吐き捨てて、相手の足が僅かにこちらへ向くのをロカジは見逃さず――振るわれた太刀を受け止めた。
「――けどねぇ、僕は僕を斬ることに躊躇しないタイプなの」
 少し引き、たたらを踏んだ『ロカジ』の足を払う。ぐ、と『ロカジ』が呻いてバランスを崩したのを太刀で薙ぐ――が、相手の方が一歩早かった。跳ねるように退いた体を、少しばかり掠っただけで終わる。
「僕が僕だと信じりゃ僕はひとり」
 ロカジは誘雷血〈サソイイカズチ〉を使うために自分の腕を裂く。血に塗れた刃が、暗闇にぬらりと光った。相手もまた、同じように自身を傷つけて、誘雷血を使おうとしている。
「ここにいる僕を知るのは僕だけよ」
 それもまた――腹立たしい。
「名前も好きなものも忘れやしねぇ」
 相手がユーベルコードを発動させる前に、雷電を纏った太刀で、鮮烈な光と共に迫る。影がそれを嫌がるように逃げてゆく――だが、この『ロカジ』を斬ったら次はお前だ。
「この通り、血の色も味も僕のひとりのもの」
 太刀を閃かせて、『ロカジ』の太刀を絡めて跳ね飛ばす。驚いた顔の『自分』に、ロカジは虫唾が走る。さっさと終わらせてしまうに限る、こんなものは。
「――クソッタレな術を斬って焼いて塵にしてやるよ」
 按摩のあの子の代わりにさ。ばちばちと轟音を立てる太刀を振り上げ――袈裟がけに振り下ろす。肉の焼ける匂いが一瞬だけして――それから、紛い物が真実塵となって消滅した。
 死体さえ残らないその有様に、ロカジは僅か、眉を顰める。
「……なんだい、手応えもないのかい。もうちょっと抵抗してみせて欲しかったもんだ」
 さて影は、とあたりを見回すが、これも何処にも居ない。すわ隠れたか、と思うが、それも違うようだ――もしや、雷光に照らされて勝手に消滅してしまったのか。しばらく周囲へ目線をやって探してみるがどうしても見つからないので、どうやら本当に『そう』らしい。
「影だから光に弱いってか――」
 いやはや、これほどつまんねえ敵もないね。興が削がれたような気持ちで、ロカジは太刀に纏わせた血を払ったのだった。

 ●

 ヴォルフガングから与えられた強化も加味した第六感を研ぎ澄まし、周囲の状況を察知、把握しながら、綾は、自他を護るために広げた己のオーラの中で、島民たちが崩れ落ちるのを感じていた。地中へ刻んだレグの破魔の型や類の写し身、それからこの煙水晶の破魔迷宮により、邪神や目の前の影との接続が切れたのだろう。死んでいるわけではない、否、『死ぬはずだったのかもしれない』、と綾は思った。死ぬ、というよりも、消える、と称する方が正しいのか。自分がオーラで護っていなければ、あるいは。助けられたというべきなのだろう――彼らが人であるのであれば。だが第六感が告げていた、彼らは決して『人ではない』のだと。邪神の影響下から脱した直後であるからだろう、今はまだ動かないけれど、このまま邪神を屠った後の彼らはどうなるのだろうか。島民としての営みは最早望めまい――UDC組織が彼らをどう扱うか。UDC-Pとして扱われればいいのだけれど、と綾は思った。この状況になっても自分たちを襲おうとしているわけではないのだから――。
 もし襲って来たり取り乱したりするようであれば、馨遙〈ユメジコウ〉の鎮静を用いるつもりだったが、そのような混乱も見られない。であれば、きっと彼らはもう、自分たちを襲うような性質はないのだ。長い時間の中でそう変質していったのか、それとも、元よりそのような性質を邪神から与えられなかったのか。
 そう――
「――自分『そのもの』を見るのは、どこか不思議な気分ですね」
 目の前に現れた、自分たちの複製と違って。
 対峙する影が己や既知に似ていても、向けた刃や霊符が惑うことは無いのだけれど――
 ふ、と微笑んで、それから刀をこちらへと振るった『自分自身』に対して、綾もまた浮かべた笑みには、幽かな苦さが滲んでいた。だってそれは、まるで、主の姿を真似て顕現した自身を、鏡に映したようで。
 冴え冴えとした刀身による斬撃を避けながら、綾は思う。
 宿神と。
 上段からの一刀を受けて流す。
 邪神と。
(呼称が違うだけで、本質は似たようなものではないのかしら)
 絶対に違うものだなんて。
(どう判断を下せばいいのかしら)
「――本当は、判断なんて下せないのかもしれません」
 もう一人の『綾』が、距離を取って、そう言った。思考を読まれたというよりは、相手も複製されたままに、似たようなことを考えていて――話が通じると考えたのかもしれない。
「ですが、宿神と邪神で決定的に違うことがあります」
「それはなんでしょう?」
 首を傾げてみれば、『綾』が刀をふっと下ろした。
「邪神は――そしてそれが生み出したものは、つまり『私』は世界を滅ぼすために生まれたということです」
 祈られても。
 願われても。
 叶えても。
 与えても。
 善意でも。
 否、最早意思さえなくとも。
 それはすべて過去から生じる、滅びへと至る災禍。
「それは――」
 それは、と、綾は呟く。
「それは、きっと、悲しいことね……」
「そう、――なのでしょうね」
 きっと、と、『綾』も言って、再び刀を構える。
「だから、『私』はあなたを滅ぼします」
「そうですか」
(いつ涯てても良いようないのちだけれど)
 此の物語のつづきを知りたいとは、思うものだから。
「夢路に遥か花薫れ、」
『そっくりさん』の斬撃を受け、流し、避けながら、高速で馨遙を使用する。そうして複製された馨で『そっくりさん』を誘眠する。ふらり――と、相手がユーベルコードを使うよりも早く作用した馨の効果で、『綾』が一瞬だけ揺れる。
 その、僅か一瞬の隙であっても、好機を逃さず。
 ――踏み込んで、抜刀。
 添えた破魔の霊符にて、『綾』の後ろで揺らぐ影をも断ち斬って。
 霧消していく彼らを、綾はただ見るだけだった。

 ●

 現れた、自身と『同じ姿』の『機体』を確認してから、トリテレイアは電脳空間から、電脳禁忌剣アレクシアと大型シールドを取り出し、構えた。案の定コピーできるのは、『コピー』したその時の装備だけのようで、『トリテレイア』の方には電脳剣も盾もない。
 ――島民は静かなようですが、邪神を屠っても致命的な影響は出ないでしょうか。
 そんなことを、トリテレイアは再び、ふと考える。他の猟兵がサポートに回っているから今のところは問題ないのだろうが、彼らが元々『何者』だったのか――この檻の儀式を考えると、「もしかしたら」という考えが頭を擡げるのだ。
 島を一つ丸々滅ぼす羽目になるのかもしれない、と――少しだけ考える。
 けれど、トリテレイアは、そんな結末には、したくないと『思う』のだ。
 だから、『そう』でなければ、否、『そう』であったとしても、彼ら皆を救うことができれば、と、少しだけ思っている。
「……考え事ですか」
 間合いを計っているらしい『トリテレイア』の言葉に、トリテレイアは「少し」とだけ返事をする。さて。
(同型機達との相対は故郷でもう三桁を数えましたが……)
 模倣体とは少々困ります、とトリテレイアは思った。
 電脳禁忌剣アレクシア――
(この剣の元の持ち主は『私の形』の物の非道を許さぬでしょうから)
 ひとの想いを知った気になった鋼の人形だと蔑まれたその時。
 トリカブトの復讐に、身を委ねようとしたその時。
 あるいは、矛盾した命令に耐えきれず壊れた身が――その矛盾を許容できるようになったその時。
 それとも、心の儘に振る舞えと言われたその時か。
 それとも、それとも。
 あの才女たちが作った『騎士』が――御伽が救った人々がいるのだと。
 優しさと夢の残骸と残滓が――想いを連綿と繋ぎ続けていたのだと。
 伝えることが出来た、その時か。
 いずれにせよ――それらの日々が、トリテレイアを変えた。変えてきた。そして、だからこそ、この剣の元の持ち主が何を求めるか――何を許さぬか。それがわかるのだ。
『トリテレイア』が非道を働くことを、彼らの『騎士』が非道を働くことを――彼女は決して許しはしない。
「……疾く終わらせます」
 呟いて、アレクシアと盾を構えたまま、推力移動を織り交ぜたステップで『トリテレイア』を翻弄する。相手がワイヤーアンカーと鋼の妖精でトリテレイアを補足しようとするが、元より碌な装備など与えていない以上、トリテレイアを捕まえることなど不可能に近い。ワイヤーを盾で弾き、アレクシアで妖精を斬る。純粋な『立ち回り』のみで数の劣位を個で上回り、向かって来る『トリテレイア』を剣と盾捌きでいなし、体勢を崩させて――
 機械騎士の戦場輪舞曲〈マシンナイツ・バトルロンド〉。
「――肝要なのは現状を俯瞰的に捉えること、走らずとも止まらぬ事、射程から外れる事」
 その繰り返しの他は。
「……騎士として危地に踏み入る覚悟です」
 怪力にて振るう剣の一刀が、模倣された『トリテレイア』を両断した。
 慌てた様子で影がもう一体トリテレイアを生み出そうとするが、そうはさせぬ。トリテレイアは滑るように影へと踏み込むと、生まれ始めていた模倣体ごと、影をも再び両断した。
 周囲を見れば、丁度他の猟兵たちも各々の戦闘を終わらせ、影を消滅させたところであるらしかった。
 影はもういない。どこにも。
 そう理解した時。
 キィ――……ンと。
 高く清らかな音が、どこかから放たれたのを聞いた。それは宙から聞こえてきたようで、トリテレイアは思わず顔を上げる。
 果たしてそこには――

 ――星屑のヴェールを頭に冠した、白と金の邪神が現れていた。
 
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『シェル・キナ』

POW   :    Reality≠Existence
全身を【視認できるが触れられない状態】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
SPD   :    Senses≠Absolutely
自身が装備する【黄金の鳥籠】から【悍ましい光を発する禍々しい声の鳥】を放ち、レベルm半径内の敵全員にダメージと【精神汚染、認識歪曲】の状態異常を与える。
WIZ   :    World≠Defined
【虚空より召喚した金の檻に捕らえ、檻の外】を披露した指定の全対象に【精神状態を狂わせる幻を見せ、恐怖の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠森乃宮・小鹿です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 
 
 
 ――三百年の澱、檻の主が、そこに顕現していた。
 白と金の、鳥籠を持った――否、もしかすると、己自身でさえ鳥籠に繋がれているのかもしれない神が。
 意思ある全てを毒し、狂わせるために――誰のことさえ、何のことさえ認識せずに、ただそこにいる『意思あるもの』を檻の中へと閉じ込めんがために、かの者は現れたのだった。
 さあ。
 さあ鳥籠の中へ。
 白と金で作られた神は、高く清らかな音を発する。
 人語を理解しているわけではない。
 だから祈りを理解したわけではない。
 それでも少女の祈りは届いた。何故かは誰も知らない。ただ目的が合致しただけかもしれない。供物となったことによりシェル・キナそのものも少女の祈りの中に組み込まれただけなのかもしれない。
 どちらにせよそれは鳥籠となった。
 誰も逃がさぬ、檻となった。
 それ故に、壊してしまわねばならぬのだ。
 この島を――檻を、鳥籠を。
 シェル・キナが、再び、高らかな音を発した。
 籠の中で歌う、鳥のように。
 
 
 
都槻・綾
祈りは――祝いも呪いも、同じものなの
偶々、釦が掛け違ってしまっただけ
偶々、沢山のいのちが失われただけ

理不尽に奪われた魂達へ
憐憫と
同情の怒りを持つべきなのかもしれないけれど
心はずっと鎮まり凪いでいて

在るだけで「滅ぼす作用」の邪神も
或る意味まっさらな存在だから
本当は
世界が其れを望んでいるのかもしれない、なんて

ただ
ぽつりと
虚ろだなぁ、と思う

誰もがみんな
世界と言う檻の中
籠の鳥

掲げる霊符
空に穿つ七つ星
捕縛にて皆の援護

第六感で報る好機あれば
己も抜刀
踏み込んで一閃


後に
UDC-Pとして島民の保護を依頼

帰り際
浄化と鎮魂に
島の旋律にて笛を奏じたい

澱んで凝ってしまった彼らの時間へ風を吹かせて
次なる季節へと促すように


トリテレイア・ゼロナイン
島民、いえ、敢えて言いましょう
島民擬きが全滅しようと、神は倒さねばなりません

ですが、私は島民に“選択肢”を
“生きる”という可能性を残したいと思うのです
(嗚呼、なんて傲慢)

オブリビオンの産物をUDC-Pの亜種に…
神と島民の繋がりを断ち、独立して生存出来るようUCを試行します

成功しても、神を失い『同じ』で無くなった島民がどう出るか
自害もあり得るでしょう
UDC組織が危険を認めれば、島民を私自身の手で鏖殺する為に再訪せねばなりません

ですが『選ぶ』…『生きる』事をこの場で奪う事は私の“憧れ”では無いもので

電脳禁忌剣、最大励起
天を衝き島を飲み込む光刃を振り下ろし
余波で邪神を実体化させ

…後は、頼みます


ロカジ・ミナイ
これが籠の主かい
もちろん壊すんだろう?猟兵諸兄
僕は神様も物も治す薬は作ってなくてね
ここにいても他にやることがない

目的だけはっきりしてる神様ってのはほんとこう、無機質
ラジコンとかバラしたり直したりするのは好きだけど?
無機質すぎて取り付く島もないのは
懐かない猫みたいなもんで

自転車操業でコソコソやってりゃよかったのにさ
僕らにバレちゃったのが運の尽きよ
神様も運に見放されたら犬に噛みつかれるのさ

ガンコナー600で攻撃力を強化し
妖刀を斧にして檻を破る
いやはや爽快爽快!


さて
マッサージの君、君
覚えてるよ、僕にはちゃーんとわかる
お名前と好きなもの思い出した?
まだなら、僕が帰るまで一緒に考えよう
みんなの分もさ



佐伯・晶
言葉が通じる相手じゃなさそうだね
ならばやる事は一つ
ガトリングガンの弾を届けるだけだよ

籠から鳥が放たれたら
時を停めて固定してしまいますの

ずっと同じが良いのなら
何かを失う事が怖いのなら
こうして時を停めるのが一番ですの

何しに出てきたんだ

停滞を司るものとして
このような不完全な永遠は見ていられませんの
それに皆様困ってらっしゃるようですし
手伝うのも吝かではありませんの

手伝うねぇ

あら、私人間の方々が大好きですの
ええ、時を停めて永遠にしてしまいたいくらいに

共に戦う事に慣れてきたのが悔しいけど
今は目の前の敵に集中しようか

シェル・キナ様の動きを固定して隙を作りますの

その隙に足を止めて狙いをつけ
集中射撃を撃ち込もう


冴島・類
祈られたまま、成った
澱は積み重なって
祈りが檻に

同じに作られてしまった、彼らは
歪めた中にあるから揃ってるなら
これからは
違っていく可能性はあるでしょう
無事終わったらUDC組織にて経過観察できるか相談するとして

戦闘時、邪神の技の効果に巻き込まれぬよう
既に守られてるようだが
念の為島民達側へ結界重ね

鳴く、白と金のかみは
祈りごと、終わらせないと

籠、檻はまずいだろうし
出現や動きは六感や見切りで対応し
捕らわれるのは避け
精神汚染には、睡眠効果指定だけ外した幻で上書く
写すのは、其々にあった事実で我を取り戻す気付けに

接近すれば、籠の繋がる先の掌繋ぎ
祈りと
破魔込めた刀で切り落とす

皆同じ、はおしまい
続きへ動き出すように


ヴォルフガング・ディーツェ
漸く主役がお出ましかい、小鳥さん
寝坊して喜ばれるのは子どもと姫君だけだよ?

奪ったままの鳥籠の権能を「指定UC」、魔術系技能、「ハッキング」、ナノマシン…あらゆるモノを用いて維持し侵食同調を実行
お前が同調を望むなら、その苗床とした者達の記憶を呼び覚まし、叩き付ける

知っているか、邪神
生物は狭い空間と心理的摩擦により他者を虐待し、排除しようとする。動物園で良く見られる光景だな
…さて、鳥籠という狭い場所の中、お前はどうするかな?
お前自身となった他者をな

存在情報を揺るがせない、鳥籠の主をお前と認めさせはしない、幻影を作らせはしない

全て実行は無理だろう、だが足を止めさせすれば仲間がお前の首を落としてくれる


レッグ・ワート
オーケイ、後の被害者を逃がしといくか。

呪詛諸々耐性値の割合は引続き。でその対外フィルム複製して操作する。機能面をどう向けるか、重ねたり繋げたりするかは邪神の余力や猟兵の手次第だ。とりま邪神や眷属でもくるむかひっかけて手の届く高さに留めつつ、怪力込み鉄骨でフィルムの上からぶん殴るかね。俺はこの後無茶した奴や島民診たいんで、さくさくいけたら有難いよ。

ところで島民連中はどう呼ぶよ。島名なんだったっけ。とりまキャパオーバー対策になるかわからんが、一応戦闘中に鳥の声は録っとくし、他で近い音はないか検索かけるとく。生体に寄ってるなら多少の思い込みはいけるだろ。後のやりとりとか管理時に役に立てばいいけどな。


玖篠・迅
とにかくまずはシェル・キナをどうにかしなきゃな

「破魔」をこめて「呪詛耐性」を高めた護符とか、地中に描かれたの使ったりしてシェル・キナから皆への影響をできるだけ減らせるようにやってみる
蒲牢も呼んで、風で澱を雷で檻を壊すのを頼んでみるな

島民の人たちが無事なら、シェル・キナとか儀式の事とかどこまで覚えてるか確認する
何も覚えてなければそれで。もし覚えてるようなら、シェル・キナ様が生贄はもういらないって去っていったよって伝えてみようか
あとは今回見たこと、わかった事をUDC組織の人に伝えるのと、今後についてとか何ができるかとか相談しておきたいな…



 
 
 
 これが籠の主かい、とロカジが言うのを、ヴォルフガングは聞いていた。
「もちろん壊すんだろう? 猟兵諸兄」
「――もちろん!」
 それに返事をして、鼻血に汚れた顔で狼は笑った。島の全てはまだ掌握したままだ、この権能を、調律・機神の偏祝〈コード・デウスエクスマキナ〉を軸にした様々な自身の技能、あらゆるモノを用いて維持し続け、侵食同調を実行する――それがヴォルフガングの選んだ手段だった。
(――漸くお出ましかい、小鳥さん)
 寝坊して喜ばれるのは子どもと姫君だけだよ? そんなことを頭の中で嘯いて、ヴォルフガングはシェル・キナへとその『手』を伸ばしていく。それに反応したのだろう、シェル・キナが高らかに鳴いて戦慄いた。精々苦しむがいい――お前が同調を望むなら、その苗床とした者達の記憶を呼び覚まし、叩き付ける。
 苗床として影に殺され、供物としてお前が養分にしてきた全てを。
 三百年の全てを。
(知っているか、邪神)
 ヴォルフガングは苦しむ邪神を侵食し続けながら囁く。そこにあるのは、ヴォルフガングだけではない。殺された者たちの怨嗟が、恐怖が、
 ――鳥の目のように、邪神を『見て』いた。
 逃げようのない、他でもない邪神自身という鳥籠の中で。
(生物は狭い空間と心理的摩擦により他者を虐待し、排除しようとする。動物園でよく見られる光景だな。……さて、鳥籠という狭い場所の中、お前はどうするかな?)
 お前自身となった他者をな――ヴォルフガングの言葉通り、呼び覚まされた苗床の記憶が、邪神を苛み始める。自壊を誘うほどに――狂気を呼ぶほどに。
 邪神が再び高らかに鳴いて、自身の手首――と称すべきなのかは知らない――に繋がった黄金の鳥籠から、悍ましい光を発する、禍々しい声の鳥を放った。映画にでも出てきそうなほどに無数の鳥は、だがほどなく静止する。晶――というより、晶の隣に現れた晶そっくりの少女によるものだとヴォルフガングにはわかっていた。
 ――が。
 一羽。たったの一羽――あるいは、もしかすると、他者には認識できないものだったのかもしれない。認識できていたなら、晶か、他の猟兵が止めていただろうから。
 苗床の記憶に苛まれる邪神が――侵食するヴォルフガングへ、その『鳥』を放った。
 それを打ち消そうとして、ヴォルフガングは、不意の眩暈で集中を乱した。肉体がついて来られなかったのか――はたまた運が悪かったか。そもそも、既にどれくらい『邪神と繋がり続けて』ていた? 負荷はとっくに限界を超えていた。いずれにせよ、意識がぐらついたのと、その鳥がヴォルフガングの『元』へと到達するのは同時だった――嗚呼、鳥が。
 鳥が。
 ヤバい、と叫んだのは、多分レグだったと思う。やっぱりレグは頼りになるね、なんて思いながら――やはり間に合わなかった。
 鳥が輝き、けたたましく鳴く。
 脳全部を焼くような精神汚染と認識歪曲。それをどうにか妨害すると同時、白目を剥いて体が硬直する。多分、数瞬意識も失っていたと思う。完全に意識が飛ばなかったのは、おそらく迅が地中の破魔の型や宙に展開した護符で影響を減らせるようにしていたからだろう。後でお礼言わなくちゃね、と、持ち得るすべてを総動員して復帰しようとするヴォルフガングの傍までレグが走ってくる。それから何かをヴォルフガングの全身に被せた。それで少し体が楽になったので、何か呪詛に対する抵抗を上げるアイテムだったのだろうと思う。息が止まっていたのか、喉が勝手に咳をする。
「無茶し過ぎなんだよ!」
「ごめんごめん――ごほっ」
 咳き込む喉から血が出た。虚空から現れる檻を避けるようにヴォルフガングを抱え上げたレグが「もうお前は休んどけ」と言うのを無視して、続ける。おそらくレグにはそんな意図などなかっただろうが、皮肉にも彼のおかげで、もう一度やれそうだ。
「……存在情報を揺るがせない、鳥籠の主をお前と認めさせはしない、幻影を作らせはしない……」
「おい!」
 レグが鋭く咎める。だがここでやめるわけにはいかない――
 ――ヴォルフガングは、この神が、この島の仕組みが、大嫌いだ。
 全て実行は無理だろう、だが足を止めさせさえすれば。
「仲間がお前の首を落としてくれる」
 呟いたヴォルフガングと呼応するように――トリテレイアの、天を貫く光の刃が、邪神を真っ直ぐ切り裂いた。

 ●

 現れたシェル・キナに、晶は呟く。
「言葉が通じる相手じゃなさそうだね」
 ならばやる事は一つ。
「――ガトリングガンの弾を届けるだけだよ」
 ロカジの言葉にもちろんと返したヴォルフガングが何かに集中し始めて、シェル・キナが高らかに鳴いたのを見ながら、再度の鳴き声と共にシェル・キナの姿を覆い隠すほどに金色の鳥籠から溢れてきた鳥へと、晶はガトリングガンを向けて構え――
「――調子も良くなってきましたし、手伝って差し上げますの」
 言葉と共に現れた鳥が『静止した』のを受けて、隣を見た。
 晶と同じ姿でありながら決して同じではない少女が、優雅な佇まいでそこにいた。
 レグが不意にヤバい、と叫んでヴォルフガングの方へと駆け出したのを見送りながら、晶は少女の姿に対して僅かに苦い表情を浮かべる。
「ずっと同じが良いのなら、何かを失う事が怖いのなら、こうして時を停めるのが一番ですの」
「……何しに出てきたんだ」
 ガトリングガンで静止した無数の鳥を撃ち落としていきながら、晶は問う。邪神の恩返し〈ガッデス・リペイメント〉――確かに晶の使えるユーベルコードではあったが、これは、どちらかというと晶の意思で出てきたわけではなかった。であれば、この邪神の方に、何らかの理由があってわざわざ分霊として出てきたのだろう。案の定、少女はにっこりと微笑むと、晶に向かって口を開いた。
「停滞を司るものとして、このような不完全な永遠は見ていられませんの」
 それに、と少女が顎に指を添える。
「皆様困ってらっしゃるようですし、手伝うのも吝かではありませんの」
「手伝うねぇ」
 確かに檻の中全部を埋め尽くすようなこの鳥の大群の処理は中々に骨が折れたろうから、静止しているものを撃ち落とすだけで済むようになったこの状況はありがたいと言えるものではあったろう。かと言って、邪神の言うことをすべて鵜呑みにできるかと言えば別だ。晶が訝しげにガトリングガンを撃ち続けていると、さも心外であるといった表情をして、少女が続けた。
「あら、私人間の方々が大好きですの」
「大好き?」
「ええ、時を停めて永遠にしてしまいたいくらいに」
 そう告げる少女は――どこか妖しさを帯びた笑顔である。そんな彼女に晶は一つため息を吐いた。この邪神の言い分が本当のことなのであろうことは容易に想像がついたからだ。
「……共に戦う事に慣れてきたのが悔しいけど」
 いい加減、鳥も数を減らしてシェル・キナの姿が見えるようになってきた。と、同時に、虚空から金の檻が落ちてくるのを邪神と揃って避ける。次いで落ちてきた鳥籠は、少女が時を停めて防いだ。
「今は目の前の敵に集中しようか」
「それがいいと思いますの」
 鳥を撃ち落としながら前へと駆ける。それを捕まえようとでも言うように、至近距離から突如降ってきた檻に、晶は避けるかどうか一瞬だけ悩み――そしてその一瞬で少女が檻の時を停止させるよりも先に、横から飛び出してきたロカジが斧でそれを打ち砕いた。その姿に多少驚きつつも、明朗に笑う男に「ありがとう」と告げれば、「どういたしまして!」と元気な返事が返って来る。そうして金色に煌めく鳥籠の残骸の下を走り、どこか動きの鈍いシェル・キナを捕捉する。――この距離なら、ガトリングガンも当たる。
「あら、消えようとしていますが――そうはさせませんの」
 少女がシェル・キナの動きを固定する。その隙に晶は足を止め、シェル・キナへと狙いをつけ――集中射撃を撃ち込んだ。それを食らってシェル・キナが揺らぐ。が、その弾の幾らかが通り抜けていっているのを晶は見逃していなかった。
「流石に三百年供物を食らい続けただけありますの」
「このままだと攻撃できなくなるかもね」
「いえ――大丈夫ですの。それより少し離れた方がよろしいかと。来ますの」
「来る?」
 疑問を口にした瞬間、背後から光が迸った。
 少女の注意通り避けたその場所を、眩い刃が通り過ぎ――シェル・キナを、否、島を両断した。暗闇を切り裂いていったその光に思わず顔を背けてしまったが、何が起こったというのか。
「面白いことを考えますの」
「何が起こったかわかってるのか?」
「種類が違えど、魔術で何をしたかくらいわかりますの」
「魔術?」
「説明は後程――今なら全弾当たりますの」
 この邪神が言うならそうなのだろう。晶は多少不服に思いつつも、再度ガトリングガンを構えたのだった。

 ●

「これが籠の主かい」
 ロカジは顎に手を当て、神妙な素振りをしてから、カラカラと笑った。
「もちろん壊すんだろう? 猟兵諸兄」
 もちろん、と返したのはヴォルフガングだった。そう言って集中し始めた男を、何故か、地中に破魔の型を書き終わって帰ってきたばかりのレグがじっと見ていた。
「どしたんだい」
「いや、あいつ、あの状態でまだやるのかと思って」
 終わったら最優先で手当てしないとな、とレグが言うのと殆ど同時、シェル・キナが二回鳴いて、鳥が溢れた。だが不思議なことに溢れた鳥はすぐさま静止し――レグが「ヤバい」とこぼして、鉄骨を振るって鳥を蹴散らしながらヴォルフガングの元まで走って行った。何がヤバいのか、それを知る術はなかったが――何しろ輝く鳥に囲まれて視界が殆ど奪われていたので――、レグが赴いたのなら問題はないだろう。あのウォーマシンが救助対象に定めた者に対して適切な対処ができるのはあの地下祭壇で天秤を相手取った時に知っている。
「さて」
 ロカジは懐から三種類の薬剤を取り出しながら己も準備をする。鳥が何故止まっているのかはともかくとして、時間があるのはいいことだ。近くから晶のガトリングガンの音が聞こえてくる。
 そして――どこかから、綾の、虚ろだなぁ、という呟きも。
 それがどう言った意味で放たれたものなのか、やはりこれもわからなかったが、ロカジがここでやるべきことは一つなのだった。
「――僕は神様も物も治す薬は作ってなくてね」
 ここにいても他にやることがない。ぼやきながら、取り出した三種の薬剤――エレナッツの花から採れるタネの粉と葉っぱの結晶、それから根っこの団子を口に入れる。
「ワッ、にがい……」
 出来るだけ味わわぬように飲み込んで、ロカジが使うはガンコナー600〈ガンコナーシックスオーオー〉。
 妖刀を斧に変え、鳥を引き裂きながら、思う。
(目的だけはっきりしてる神様ってのはほんとこう、無機質)
 ラジコンとかバラしたり直したりするのは好きだけど?
 落ちてきた檻に捕らわれ、ロカジは笑う。この檻から見えている諸々で精神状態を狂わせたいのだろうが、生憎そんなもので今更惑うような繊細さなどは持ち合わせていない。
「――無機質すぎて取り付く島もないのは、」
 懐かない猫みたいなもんで。斧を思い切り振りかぶり、内側から破壊する。パァン!と簡単に弾け飛んだ金属製と思しき金色の檻が、鳥の光に照らされて星屑のように輝いた。その中を、心を落ち着かせるように流れる幻は、類のものだろうか。文字通り幻想的な光景に、ロカジは呵々と笑う。
「いやはや爽快爽快!」
 現れる檻を全て砕き、鳥を引き裂いて、ロカジはシェル・キナへと迫る。途中、晶が檻に捕らわれそうになっていたのでそれも砕いて男は進む。
 ――自転車操業でコソコソやってりゃよかったのにさ。
「僕らにバレちゃったのが運の尽きよ」
 トリテレイアの光の刃がシェル・キナを断ち斬る、だが、そこに破壊はない。ちらりと、一瞬だけそちらを確認すれば、件のウォーマシンは、どうやら負荷によって機能を停止してしまっているらしく、檻の中で膝をついて動かなくなっていた。
 立ち直ろうとするシェル・キナに、晶のガトリングガンが集中し、綾の護符が命中する。加えて、迅のものと思しき風と雷鳴が、島全体に吹き荒れた。
 邪神が、三度、高らかに鳴く。今度はまるで、苦しむように。
 その隙を逃すロカジたち猟兵ではない。
 類が手首を刎ね飛ばし、綾が足へ一刀を入れる。そしてロカジは――
「神様も運に見放されたら犬に噛みつかれるのさ」
 その頭に、斧を叩き付けた。

 ●

 白と金の、夜空を背負ったようなシェル・キナを見ながら、迅は、護符を取り出した。
(とにかくまずはシェル・キナをどうにかしなきゃな)
 手にした護符に破魔の力を込めて呪詛への耐性を高めつつ、レグが地中へ描いた型などを使いながら、シェル・キナから猟兵たちへの影響をできるだけ減らせるように、宙へと飛ばして展開する。上と下から猟兵たちを囲んで、包み込むような形だ。
「――手伝い頼むな」
 言って、雷獣――蒲牢〈ホロウ〉を呼び出した直後、シェル・キナが突如二度鳴いて――光り輝く鳥が、邪神の鳥籠から溢れた。だが、驚きと僅かな焦燥によって蒲牢に攻撃を頼むより先に、それらが突如静止する。おそらくは他の猟兵が何かしてくれたのだろう、鳥に囲まれた現状では誰がそうしてくれたのか、確認する術はなかったが。
(それなら――)
「蒲牢」
 雷獣の名を呼び、迅は頼む。この島に積み重なった澱と、この島を取り囲む檻がすべての原因だと言うのなら。
「風で澱を、雷で檻を壊して欲しいな」
 蒲牢が頷き、直後、嵐の気配が立ち込めた。嵐と共にある蒲牢が、落雷と風を呼び起こそうとしているからだった。
(全部壊して、吹き散らして)
 この島を、島民の人たちを、解放する。
 ――迅と蒲牢の頭上に檻が出現したのは、その瞬間だった。
「――っ!」
 直感的に避けるが、二つ目の檻が再度落ちてくる。その上、鳥が邪魔になって上手く場所を移動できない。蒲牢の雷撃で鳥を焼いても、これでは『檻』まで届かない。
 そして、三つ目の檻が、再び迅の頭上に現れる。
 迅を捕らえるべく檻が落ちてくる瞬きほどの時間、それを打ち破ったのは、周囲の鳥を薙ぎ払いながら振るわれた鉄骨だった。見慣れたその無骨な武器に、迅は持ち主の名を呼ぶ。
「レグ!」
 気絶していると思しきヴォルフガングを抱えたレグが、そこに立っていた。
「檻は俺が対処するから、やっちまえ!」
「っ、うん!」
 迅はシェル・キナへ再度目をやると、蒲牢に呼びかける――今度こそ、全部壊せるように。
 それと殆ど同時に、蒲牢によって呼び起された嵐までをも切り裂くように、白い光の刃が邪神を断ち斬る。邪神の影響が揺らぐ、『何かが変わった』のがわかる、これなら。
(これなら、絶対に、できる!)
 蒲牢の風が、雷撃が。
 島に淀んだ『澱』を、島を捕らえる『檻』を――完全に破壊した。

 ●

(祈りは――)
 祝いも呪いも、同じものなの。綾は白と金の神を見上げながら、その眩さに目を細めた。
 偶々、釦が掛け違ってしまっただけ。
 偶々、沢山のいのちが失われただけ。
 たったそれだけのこと。
 理不尽に奪われた魂たちへ、憐憫と、同情の怒りを持つべきなのかもしれないけれど。
 心はずっと静まり凪いでいて――鳥が溢れかえっても、綾はただ、神を見ていた。
 在るだけで『滅ぼす作用』の邪神も。
(或る意味まっさらな存在だから)
 本当は、世界が其れを望んでいるのかもしれない、なんて――
「――虚ろだなぁ」
 ただ、ぽつりと、そう思う。誰もがみんな世界と言う檻の中、籠の鳥。
 猟兵も邪神も結局は世界が望んで選んだものなのだとしたら、これはどのような意味を持つ戦いなのだろう。世界は一体何を望んでいて、自分たちに何をさせたいのだろう――そんなことも少しばかり思う。
 それでも――自分が猟兵である限り、戦わなくてはならないのだけれど。
 落ちてくる檻をその予知めいた第六感で避け、空中で止まったままの鳥を薙ぐ。そんな綾の前をロカジが斧で檻を打ち砕きながら邪神の元まで駆けていったので、ほんのりと口角を持ち上げた。彼のああいうところはとても好感が持てると思うのだ――見ていてとても、楽しくなれる。
 檻を避け、鳥を薙ぎ、ふと――現れたのはトリテレイアと類だった。二人は綾と同じく檻を避けながら、何やら話をしているらしかった。
「――ああ、綾さん」
「丁度良かった――一つ、お願いしたいことが」
 トリテレイアは、島民に“選択肢”を残したいのだと――“生きる”という可能性を残したいのだと告げた。だからやりたいことがあるのだと。
 そしてその後のことを――頼みたいのだと。
 鳥籠の中ででも、足掻きたいのだと――彼は言ったのだった。
 ――かつて、あの青い薔薇の事件で、とある邪神が言った。「うつろにも、芽生えるものはあるのか」と。それは綾に向かって言われたことではなかったけれど――あの言葉の続きはどうなっていただろう。
 確か――
(ならば、いずれ、破滅の中にさえ)
 そうなのだろうか。
 本当に――虚ろが埋まる日は、否、『虚ろの意味を知る』日が来るのだろうか。
 世界と言う檻の中、それでも『何かをしたい』と足掻くこの鋼の騎士が存在するように。
 ――断る理由は、特になかった。
 かくしてトリテレイアは剣を掲げ、檻に捕らわれながらもその力を振るう。
 後は頼みますと言い残して。
 その様を、綾はやはり、ただ眩く見ていた。そして揺らいで実体化した邪神へと、霊符を掲げる。七星七縛符――空に穿つ七つ星。その捕縛にて、邪神の動きを完全に封じる。不意に澱を押し流すように風が吹いて、檻を破壊するように、雷が轟いた。トリテレイアは既に動かない。負荷の大きい技だと言っていたから――この事件が終わるまで、もう動くことは出来ないのだろう。自分たちでは動かせないから、UDC組織の職員たちや、同じウォーマシンであるレグあたりが移動させることになるのだろうけれど――それでも彼が自分たちに後を頼むと言ったのは何故だろう。近くにいたからだろうか。そうかもしれない。彼の位置で一番近かったのが自分たちだったから。
「行きましょう」
「ええ」
 頭の中でそんなことを考えながら、類と一緒に邪神へと駆け近付いていく。
「――皆同じ、はおしまい」
 類が呟いた。
「続きへ動き出すように――」
 続き。その続きさえ鳥籠の中だとしても――
(それはきっと、価値あることなのだから)
 そうだ――そう。あの青い薔薇の事件で願い、赤いUDC組織で思ったこと。
 これは続きを見たいと願った身。
 これは、たとえ一縷の路でさえ、可能性を見出して、未来を拓くことを忘れずに居たいと思った身。
 ならば――
 類が、技を封じられた邪神の手首を刎ねる。ぐらついた邪神の、その好機を逃さずに、綾は踏み込んでその足へと一閃を放った。邪神が鳴く。そうして屈むようになった邪神の頭を――ロカジの斧が割り砕いたのだった。

 ●

 祈られたまま、成った。
(澱は積み重なって、祈りが檻に――)
 見上げる白と金の神が二度鳴いて、近くにいたトリテレイアが、溢れ返る鳥の中でぽつりと呟くように言った。
「――島民、いえ、敢えて言いましょう」
 鳥が静止する。トリテレイアの、その兜の奥にある、一つだけの緑色の瞳が、悍ましく光る鳥に劣らず鋭い輝きを放っていた。
「島民擬きが全滅しようと、神は倒さねばなりません」
「……それは、」
 この騎士がそんな言葉を口にするのが少し意外で、類は言葉を選びながら返事をした。
「そうですね」
 はい、とトリテレイアが頷く。その鋼で出来た貌からは、感情を読み取ることはできない。だがその口調から、何かを言いたいのだということは分かった。だから類は、鳥を刀で切り裂き、落ちてくる檻の出現や動きを――捕らわれるのは間違いなくまずいだろうとわかったので――第六感や見切りで避けながら、同じように檻を避けて動く彼の言葉を待つ。
「ですが――」
 ですが、私は。
「私は島民に“選択肢”を――“生きる”という可能性を残したいと思うのです」
 それは、あまりにも、彼らしくて。
 その言葉へ応えるように、直後、鳥の中から彼らの元へと現れたのは、綾だった。
「――ああ、綾さん」
「丁度良かった――一つ、お願いしたいことが」
 トリテレイアの提案は、オブリビオンの産物をUDC-Pの亜種にするというものだった。そう『為る』ように、ユーベルコードを試すのだという。
 成功しても、失敗してもどうなるかはわからない。その先には悲劇が待っているかもしれない。だが――鋼の騎士は続ける。
「『選ぶ』……『生きる』事をこの場で奪う事は私の“憧れ”では無いもので」
 だから、近くにいた類と綾に後を頼みたいのだと彼は言った。そのユーベルコードを使うとしばらく――少なくともこの戦いが終わるまでは、間違いなく動けなくなってしまうから。
「……同じに作られてしまった、彼らは」
 檻を避け、動かぬ鳥を斬り、類もトリテレイアに応える。
「歪めた中にあるから揃ってるなら、これからは、違っていく可能性はあるでしょう」
 無事終わったらUDC組織にて経過観察できるか相談するとして。
「――きっと成功しますよ」
 類は騎士を見ながら僅かに柔らかく笑うと、告げる。
「後のことは任せてください」
「ええ、お手伝いします」
 自分と綾の言葉に、トリテレイアの――その、変わらぬはずの顔が、光る緑の瞳が、どこか優しく綻んだように見えたのは、気のせいだったろうか。
「……ありがとうございます」
 トリテレイアがユーベルコードを使用するのに合わせ、類は、既に守られていることを承知の上で、念の為島民達側へと結界を重ねる。今は鳥も檻も島民に被害が及んでいないが、トリテレイアの結果如何によっては、邪神の技の効果に巻き込まれるやもしれないからだ。神と島民の繋がりが断ち切れるということは、島民は神の影響下――『庇護下』から外れるということだから。
 剣を掲げたトリテレイアが、直後、檻に捕らわれる。その身が僅かに震えるのを見て、類は、夢幻郷〈ムゲンキョウ〉を彼に向けて使用する。睡眠効果を外して、呪詛や恐怖、混乱を拭う鮮やかな幻だけが彼に届くように。邪神が見せる幻を、上書くように。
 写すのは、其々にあった事実だ。我を取り戻す気付けに。彼の意志が、この島という檻を確実に打ち破ることができるように。
(鳴く、白と金のかみは)
 祈りごと、終わらせないと。
 そうしてトリテレイアの掲げる剣が光を放って――邪神を、島を、空を――両断した。
 後は頼みますという、騎士の言葉を残して。
 揺らぎつつあった邪神に綾の護符が命中し、恐らくは迅のものであろう風雷が、島を浄化していくのが分かる。
 檻が壊れれば、中の鳥は空へと羽搏く他ない。たとえ、外を知らなくとも。それは、卵の中から生まれてくるのに似ているのかもしれない、と、なんとなく類は思った。自由を手に入れるという点において。あるいは、泥のような安寧を失いながらも、『ひとつの個』として生きていくという点において。
「行きましょう」
「ええ」
 綾と共に邪神へと接近し、その、籠の繋がる先の掌繋ぎ。
「――皆同じ、はおしまい」
 刀に祈りと破魔を込めて、振るう。
「続きへ動き出すように――」
 邪神の手首を切り落とし、綾がその足を、ロカジがその頭を砕く、その向こうに――
 類は、夜空に輝く星々を見た。

 ●

「――島民、いえ、敢えて言いましょう」
 邪神が生み出した鳥が静止し、生まれた僅かな静けさの中で、トリテレイアは淡々と言葉を紡ぐ。
「島民擬きが全滅しようと、神は倒さねばなりません」
「……それは、」
 隣にいた類が、僅かに意外そうな顔で彼を見る。今まで何度か一緒に仕事をしたことがあるからだろうか、今告げた自分の言葉が、トリテレイアという『騎士』に似つかわしくないと感じたのかもしれない。
「そうですね」
「はい」
 落ちてくる檻を紙一重で避けながら、トリテレイアは続ける。そうだ。神は倒さなくてはならない。それは事実で、避けようがない結末だ。たとえそれが、どんな手段によって成り立とうとも。今後の『人間』の犠牲と『島民擬き』の死、その天秤は決して釣り合わない。だからこそ島民擬きたちが残らず滅んだとしても、神は倒すべきだ。ウォーマシンとしてのトリテレイアはそれが正しいと知っている。
 だが。
「――ですが、」
 だが、トリテレイアは。
『騎士』トリテレイアは――
「ですが、私は島民に“選択肢”を――“生きる”という可能性を残したいと思うのです」
 ――彼らを『死なせたくない』。
 その『結末』を受け容れたくない。
『トリテレイア』は、どうしてもそう『思う』のだ。
(嗚呼、なんて傲慢)
 可能性を『残したい』だなんて――それを島民たちが望んでいるかもわからないのに。あまりに利己的だ。
 けれど、嗚呼、けれど。
 天秤が釣り合わないから切り捨てるなんて。
(それは、)
 言葉を続ける前に、静止した鳥を切り裂きながら現れたのは、あの青薔薇の事件でも一緒になった、青磁の瞳をした男――都槻綾だった。
「――ああ、綾さん」
「丁度良かった――一つ、お願いしたいことが」
「なんでしょう?」
 綾が首を傾げる。
「私は今から、一つのユーベルコードを使いたいと思っています」
「ユーベルコード?」
「はい。――オブリビオンの産物を、UDC-Pの亜種に……」
 トリテレイアは剣を握り直す。先ほど己の写し身と戦った時から手にしたままの、電脳禁忌剣アレクシアを。
 彼の創造主たる才女から託された、その剣を。
「神と島民の繋がりを断ち、独立して生存出来るようユーベルコードを試行します」
 檻を避け、鳥を落とし、トリテレイアは言う。
「成功しても、神を失い『同じ』で無くなった島民がどう出るか」
 自害もあり得るでしょう。最悪の状況を想定しながら、続ける。
「UDC組織が危険を認めれば、島民を私自身の手で鏖殺する為に再訪せねばなりません」
 だが、それでも。御伽の『騎士』は、前を向く。
 心の儘に。
「ですが『選ぶ』……『生きる』事をこの場で奪う事は私の“憧れ”では無いもので」
 ただ、このユーベルコードを使えば、トリテレイアは確実に戦線を離脱することになる。アレクシアの制御負荷で動けなくなるからだ。
「だから、お二人に後を頼みたいのです」
 告げれば、類が、口を開いた。
「……同じに作られてしまった、彼らは」
 その緑色の瞳が、真っ直ぐにトリテレイアを見る。
「歪めた中にあるから揃ってるなら、これからは、違っていく可能性はあるでしょう」
 無事終わったらUDC組織にて経過観察できるか相談するとして、と続けながら、類が、柔らかく笑った。
「――きっと成功しますよ」
 その言葉に、根拠はなくとも――
「後のことは任せてください」
「ええ、お手伝いします」
 ――確かな希望に満ちていて。
「……ありがとうございます」
 トリテレイアは心の底から二人に感謝する。
 そうして彼はアレクシアを掲げると、『電子と鋼の御伽噺〈ナーサリーテール・フォア・アレクシア〉』を起動する。直後、頭上から降ってきた檻に捕らわれる――その檻が見せる幻は、トリテレイアが思い描く『最悪の事態』だった。想定の範囲内とは言え、気分は良くないですね――と思う彼の眼前の幻が、不意に書き換わる。それが誰の手によって行われたものかまではわからなかったが、確かに彼を支えるものだった。
「電脳禁忌剣、最大励起」
(……数多の居住可能惑星滅ぼしたテクノロジーを、ただ人の涙拭う為だけに使うのです)
 滑稽な非効率の極みで、愉快な御話でしょう?
「――我が創造主」
 天を衝き、島を飲み込む光刃を振り下ろし――消えつつあった邪神を余波で実体化させ。
 そうしてトリテレイアは、膝をついた。
「……後は、頼みます」
 類と綾の背にそれだけを告げて――彼は動きを止めたのだった。

 ●

「……なんか前もこんな感じだったな?」
 ロカジがシェル・キナの頭部を完全に粉砕し、消滅させるのを確認しながら、完全に気絶したヴォルフガングを担いだまま、これまた完全に機能が停止しているらしいトリテレイアの傍まで歩いて行きつつ、レグはそんなことを零した。いや、あの時は、この人狼もここまでひどい有様にはなっていなかったが。邪神と接続し、『邪神に成る』と言っても過言ではない行為を完遂したヴォルフガングは、全身への負荷でずたずただった。応急処置は施したが、さっさとUDC組織の医師などに引き渡さなければならない。トリテレイアを回収することにしたのは、担いだヴォルフガングの他にはレグが『逃がす』必要のある猟兵がいなかったからというのが一つ、三メートル弱のウォーマシンをいくら組織とは言え生体の集まりであるUDC組織が容易に運搬できるとは思えなかったからというのが一つである。祭りの中心地である広場から船に乗せるにはかなりの距離がある、ならばせめて港まで持って行かなければならないというのがレグの判断だった。レグの他にトリテレイアを運べる猟兵もいないようだったし、必要があれば船に乗せるところまで手伝おうと思っている。
 無論レグも、シェル・キナが現れた直後は「オーケイ、後の被害者を逃がしといくか」と邪神の対処に回るつもりだったのだが、既に全身ずたずたになっていたはずのヴォルフガングが、そのまま邪神への侵食同調を止めなかった上に邪神の反撃を食らったので、彼の救出を最優先にしたのだった。
(まあ何にせよ、さくさくいけて良かったよ)
 いや、ヴォルフガングの惨状を考えると、レグとしてはあまりよくはないが。何より先に止めておくべきだった。ただ、トータルの結果は上々と言えるのだろう――多分。複製した対外フィルムで鳥を捕まえて殴るつもりだったが、晶のおかげで、より簡単に鳥を潰して回れたわけであるし、ヴォルフガングの応急処置や迅のサポートにまで手が回ってレグとしても非常に助かった。鳥の鳴き声も念のため録音済みである。
 よいせ、と機能停止したトリテレイアも担ぎ上げ、レグは周囲を見回す。島民を囲んでいた迅の迷宮は既に消え、倒れ伏すその姿だけが見えている。迅の蒲牢による嵐が過ぎた夏の空には無数の星が浮かんでいた。
 その光景を見るレグに、感慨はない。
 だからレッグ・ワートは、ただ、島民たちの管理についてUDC組織へどう報告するかを考えていた。

 ●

 ――連絡を受けたUDC組織が港へやってきたのは、結局夜が明けてからのことだった。さしものUDC組織にとっても、まさか島民全員が人間ではないとは予想外だったとのことで、事態が事態だったため、準備に手間取ったのだという。なお、夜が明けてもトリテレイアはまだ機能を停止していたので、レグは彼を船室へと運ぶことになった。特にやりたいことがないという晶も、今は停泊中の船で休んでいる。ヴォルフガングは言わずもがな、船の医療室である。
 島民たちは既に目を覚ましており、町の方に集められていた。そして、レグや、UDC職員も、今は彼らと共にいる。
「――UDC怪物から生み出されたものが邪神によって歪められていたものなんですよね」
「そうだな」
 やはり、海は好かない。潮風にべたつくボディを早く洗い流したいと考えながら、レグは職員の言葉に頷く。職員は不思議そうな顔で、首を傾げていた。
「もっと詳しく確認してみないと何とも言えませんが……現状だと、敵意は感じませんね。一部記憶は混濁しているようですが」
「そうかい」
 そりゃあよかった――と言うべきなのかどうか、レグには判断がつきかねた。代わりに、「良かった」と言ったのは、近くで同じく職員の話を聞いていた類だった。
「続きへ……動き出すんですね」
 トリテレイアさんの願いも無駄にはならなかった。類は安堵したような笑顔だった。彼らの間にどんな会話があったのか知らぬレグには、彼が何故そんな表情を浮かべたのかは当然わからなかった。
 だからレグは、職員に「ところで」と問う。
「島民連中はどう呼ぶよ。島名なんだったっけ」
 とりまキャパオーバー対策になるかわからんが、戦闘中に録音した鳥の声もあるぜ。有害そうなら他で近い音がないか検索もかけてる。そんなことを報告しながら、レグは職員と島民に関する今後の対応について話し合う。
「生体に寄ってるなら多少の思い込みはいけるだろ」
「そうですね……録音された鳥の声そのものよりは、近い音を使った方がいいでしょうね」
「それならデータ渡しとくよ。後のやりとりとか管理時に役に立てばいいけどな」
「役に立ちますよ――十分です」
 ありがとうございます、と職員が言って――
 どこかから聞こえてきた笛の音に、レグはふと顔を上げる。
「笛ですね」
「笛だな」
「きっと――綾さんでしょう」
 類が言う。そう言えば、しばらく前から姿が見えない。途中までは一緒に職員へ保護の申し出をしていたと思うが。笛の音が聞こえる方角からすると、港の方にいるようだ。
「お祭りで聞いた、島の音色ですね……」
 類の言葉に、そう言えばそうだな――とレグは、その笛の音を聞いていた。

 ●

「――さて」
 町へ集められた島民に満ちているのは困惑と混乱だった。ざわつく島民たちの間を、ロカジは歩く。目当ては一人だ。ほどなくして、日陰になった壁に、ぼんやりと凭れかかる女を見つけたので、彼はそちらへと近づいて、声をかけた。
「マッサージの君、君」
 女が顔を上げ、首を傾げた。その仕草は鳥のようではなかった。だが表情に生気はない。
「覚えてらっしゃるんですか?」
「もっちろん! 覚えてるよ、僕にはちゃーんとわかる」
 女の隣に並び、日陰で同じように壁へと凭れかかる。女がロカジを見上げた。
「お名前と好きなもの思い出した?」
 女の反応は鈍く、瞬きをするだけだった。その姿に、ロカジは柔く笑む。
「まだなら、僕が帰るまで一緒に考えよう」
 みんなの分もさ。
 綾のものだろう、笛の音が聞こえた。風が吹く――女の髪を揺らす。
「ね」
 そうして、こくりと、女が頷いた。

 ●

 ――笛の音が聞こえる。
 迅はその清冽な音色にしばし言葉を止め、空を見た。風が吹いていた、海からの風。外からの風。その寂しくも穏やかな音色を聞きながら、再び迅は島民へと向き直る。現在、迅は職員と一緒に島民への聞き取りを行っているところだった――彼らがシェル・キナや儀式の事をどこまで覚えているか確認するためである。
 大人たちは皆、祭りのことは覚えていないと言った。けれど、シェル・キナのことは覚えていた。祭りを――儀式を行っていたことも。
「祭りはどうなったのでしょう?」
 困惑した顔でそう問う彼らに、迅が答えたのは、「シェル・キナ様が生贄はもういらないって去っていったよ」という言葉だった。そう言うと、彼らはやはり困ったような顔で、「そうですか」とだけ返事をしたのだった。
 今やり取りをした島民も、同じような表情で、ただ「そうですか」と言った。
「やっぱり、みんな困ってるなー……」
 日陰になる場所で迅は僅かにため息を吐き、そう零す。返ってきたのは、横にいた職員の言葉だった。
「シェル・キナを中心として回っていた島ですからね」
 いきなり生活を変えるというのも難しいでしょう、と職員は言った。
「それに、今後どんどん邪神の影響下から抜け出していけば、自分自身が『何者か』を思い出して――自覚して、精神に変調を来たすこともあるかもしれません」
「……そっか」
 迅はしゃがみ込むと、大人たちの間で駆け回る子供を見た。あの子たちも、いつの日にか殺された『誰か』の影なのだろう。
「俺たち、これから、この島の人たちに何をしてあげられるんだろ」
「それは、まだわかりません」
 UDC組織の職員には既に、今回見たこと、わかった事を全て伝えてある。それでも彼らは「わからない」と言う。ならば本当に、予測がつかないのだろう。
「人ではないのなら、人の法で裁くことなど既にできません。だからと言って、外の人間を邪神に捧げて殺してきた彼らを無罪と言うことなど決して出来はしない。たとえ彼らが人でなく、今は無害なのだとしても」
「……」
「正直に言えば、ほぼ間違いなく、彼らは皆、我々の管理下で一生を過ごすでしょう。勿論非人道的な実験などはしないと約束しますが、幸せかどうかはわかりません」
 子供たちは、何も知らずにはしゃいでいる。外の人がたくさん来たから。
「けれど、」
 職員が続けたので、迅は立ち上がって、そちらを見た。
「どんな形であれ、確かに『生きている』のなら――いずれ、『選ぶ』ことも、『変わる』ことも、きっとできるようになるでしょう」
 彼らも。
 私たちも。
「……うん」
 職員の言葉に、迅は明るい笑顔を浮かべたのだった。

 ●

 一人港に佇んで、綾はただ、その旋律を奏でていた。既に島民をUDC-Pとして保護してもらうよう頼んでおり、UDC職員からもその方向で動くと聞いていたからだ。そこから先はUDC組織の領分であり、既に綾の領分ではなかった。UDCエージェントであればまた話は別だろうが、そうでない綾に出来ることは殆どない。
 この島において、綾は最早、いずれ去る一時の異邦人に過ぎないのである。他の猟兵が各々の用を済ませ、船に乗れば、後は其々の日々へ帰るだけ。
 残るのは、いつ色褪せるとも知れぬ記憶ばかりだ。
 だから彼は、笛を奏じる。
 浄化と鎮魂に、島民から教わった島の旋律を。
 澱んで凝ってしまった彼らの時間へ風を吹かせて、次の季節へと促すように。
 色鮮やかに咲き誇って、いのちの気配がない季節が。
 色褪せて枯れ落ちても、いのちの芽吹きを抱く季節へ至るよう。
 その笛の音色は――高らかに鳴く金色の輝きよりも眩く、美しく――とおく、響いて。
 
 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年10月05日


挿絵イラスト