大祓百鬼夜行㉕〜勿忘散華
● スカイツリー・ゲイン塔
雨が降っている。
鈍色の空には雨と此方彼方が混じり合い、ほつれた世界を紡ぎ直すように空の割れ目に紫陽花が咲いた。
くるくる回る赤い番傘は塔の頂で、降り止まぬ雫を愛しむように受け止める。
ああ、大丈夫。どうぞどうぞ、泣かないで。
白無垢の娘は白い手を伸ばす。その手にはひとつの懐刀があった。
"生と死を繋ぐもの"は鈍だけれど、永劫のような時間をかけて、あなたに忘れ去られるほど時間をかけて、あなたを殺す鈍になった。
『愛しきUDCアース――あなたを永遠にしたい』
雨音に響く声は甘やかに、いとしい世界に愛を囁く。
けれど。けれども。この愛は、いずれの目にも留まるようになった。
なればこそ、この愛は見届けられることができる。
『猟兵たちよ、止められますか』
この愛を、見届けることができますか。
娘が笑った指先ひとつ。赤い指輪が結ばれた、その朱色で連なる鳥居が雨空の、塔の頂まで繋ぐ。
幾百、幾千。永劫続く想いを連ねたような鳥居を抜けて、この想いの元に辿り着くことができるなら。
『おいでなさい、偽りの花を散らして――私の本当の愛を覚えに』
その足元に、空を駆けるためのよひらの花が咲くだろう。
●勿忘
「ここまで本当にお疲れ様。……最後のお願いをさせて頂ける?」
淡々としながらも確かな感謝を込めて言ってから、宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は首を傾げた。
あらゆる戦場を潜り抜け、辿り着いた先。ようやくその姿を捉えることが叶った大祓骸魂は、膨大な虞で空すら塗り替えながら、スカイツリー・ゲイン塔にいる。
「彼女がいるのは本当に塔の頂――この街で、空に最も近いその外側の天辺よ。だからこそ相対するのは、ほとんど空に浮かぶ敵となるでしょう」
そこまでの道のりは、大祓骸魂自身が用意してくれている。
地上から頂へ連なる朱色の鳥居。それは雨降る空を縦横無尽に駆け回り、猟兵たちを自らの元へと誘う道となる。
そしてその足元には、紫陽花が道を成し咲いている。まるで水面に浮かぶように咲く紫陽花は、駆ければその色を散らしてしまうだろう。
「けれども花はまた咲くわ。……それよりも、止まらず進み続けて」
散った花は、道ではなくなる。だから止まることも、戻ることもできない。
咲いた紫陽花は雨に濡れていっそう美しいから、それを楽しんで頂けないのは残念だけれど、と千隼はそっと目を伏せて、上げる。
「辿り着いた先で相対する、大祓骸魂を救うことはもうできない」
だから出来るのは倒すことだけなのだと、案内人は静かに告げた。
頂に辿り着いたなら、来た道と同じく空に、塔の頂に、紫陽花が咲いてくれる。彼岸花と混じり咲くそれは大祓骸魂を倒すまでの間くらいならば、そこに咲くだろう。
花が、雨と散るまで。
「……終わらぬ片恋を、終わらせて来て」
柳コータ
お目通しありがとうございます、柳コータと申します。
こちらは『大祓百鬼夜行』による一章のみのシナリオです。
●ご案内
空に続く紫陽花の道の連ね鳥居を駆け抜け、大祓骸魂の元へ辿り着いて下さい。
なお、こちらのシナリオは完結を優先しません。場合によっては戦争終結後の完結になりますこと、ご了承下さい。
※プレイングボーナス…… 連ね鳥居を最速で駆け抜ける。
通った傍から紫陽花は散って行くので、道がなくなるまでに抜ければだいたい最速みたいな判定のボーナスになります。
飛べる方は飛んでもOKですが、通った後の道はやっぱりなくなります。
・どちらかと言うと心情寄りですが、戦闘や行動も大事に見ます。
・プレイングによって、鳥居を抜けるのがメインか、大祓骸魂と戦うのがメインか、どちらかになります。半々等で迷う場合はボス戦を優先します。
・大祓骸魂を救うことはできません。
●受付
5/30(日)13時〜5/31(月)22時まで。
・複数参加の場合は2名まで。
・アドリブ連携は行いません。
・全採用はお約束できませんが、最後なのでなるべく頑張ります。
以上、お目に留まりましたら宜しくお願い致します。
第1章 ボス戦
『大祓骸魂』
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POW : 大祓百鬼夜行
【骸魂によってオブリビオン化した妖怪達】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[骸魂によってオブリビオン化した妖怪達]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 生と死を繋ぐもの
自身が装備する【懐刀「生と死を繋ぐもの」】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ : 虞神彼岸花
【神智を越えた虞(おそれ)】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を狂気じみた愛を宿すヒガンバナで満たし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
イラスト:菱伊
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
盟・アスタロト
相棒のシャベルを背に括りつけ
メイは訳もわからず走ります
『猟兵』という単語は聞いたばかり
幾つの世界があるのかさえ
メイは、まだ何も知りません
灰色の日常に慣れていました
鳥居と言うらしい朱い門も
紫陽花と呼ぶらしい綺麗な花も
メイの目には眩しいほど鮮やかです
メイが知っているのは
先で待つあなたが
世界を終わらせる
恐ろしい力を持っていること
それだけです
メイは弱いです
辿り着いても
他の人の助けになるかどうか
でもメイは走るのをやめません
こんなに走ったこともありません
世界を終わらせないで
まだ知らないもの
まだ会っていない人
たくさん、たくさん、知りたいから
左腕に蒼い雷光が
ばちりと爆ぜたのを見ます
メイだって
猟兵なのですから!
●
灰青の髪が雨と靡いた。
(ここはどこでしょうか。メイは何をすべきでしょうか)
何を問うよりも先に、何を知るよりも先に、盟・アスタロト(灰色の墓守・f31143)は相棒のシャベルを背に括り付けて、雨降る空を走っていた。
目の前にひたすら続いているのは、朱い門。それを鳥居と呼ぶのだと初めて知った。
空に道を成し、駆けるたび足元で散ってゆく綺麗な花は、紫陽花と呼ぶらしい。
たんっ、と駆ける。青い花がつま先でぱっと散る。
視線を上げれば視界を朱が彩って、冷たいばかりの雨の雫さえきらめくようだった。
盟は息を切らして、灰色ばかり見慣れた瞳を少し眇めた。
(まぶしい、です)
相棒とたくさんの誰かを埋めて、眠らず祈った日々は灰色に似ていた。ただ淡々と掘っては埋めてを繰り返した毎日は、前へ前へと走り続けるばかりの単純な今とそう変わらないような気がするのに、こんなにも鮮やかで眩しい。
――『猟兵』だと、誰かが言った。
その単語さえ聞いたばかりで、世界を渡れると言われても、盟は幾つの世界があるのかさえ知りはしない。世界を救う力があると言われたって、その力を使う術がわかるかどうか。
(メイが知っているのは、先で待つあなたが世界を終わらせる、恐ろしい力を持っていること)
それから。
(メイは、弱いです)
わかるのはたった、それだけだ。
世界を終わらせる。その理由も、きちんとわかっていないのかもしれない。辿り着いても、どんな助けになれるだろうか。
足が少し滑って、体勢が崩れる。瞬間、ぱっと散った花が散る空に、かくんと足が落ちそうになった。ひゅっと吸う息が元から冷たい体をもっと冷やすようで、落ちかけた片足を無理くり戻す。
――それでも盟は、走るのをやめない。こんなに走ったことだって初めてだ。継ぎ接ぎの体がする息の音は、まるで普通に生きているようだとも初めて知った。
戻れないから走るのではなく。止まれないから走るのでもなく。
「世界を、終わらせないで」
肩で息をする狭間で、小さな声が花と咲く。
最後の鳥居を駆け抜ければ、空に一面咲いた紫陽花が、盟を歓迎するように迎えた。
その花の先にまた別の赤が、名前の知らない赤い花が咲いて、お人形のような少女が――大祓骸魂が盟を振り向く。
『どうしてですか? 知らぬのでしょう』
その声はまるで空から響くようだった。それだけで後ろに下がりたくような、この感覚が聞いた“虞”と言うものだろうか。盟はぐっと踏みとどまって相棒のシャベルを手に馴染むまま握る。
「知り、ません。だからです」
『だから。あなたは知らぬ世界のために、ここまで来たのですか』
不思議そうに大祓骸魂は首を傾げる。盟は頷いた。空の上で風が鳴いて、雨が紫陽花にひかる。その景色さえ、盟は今日ここで知ったのだ。
「まだ知らないもの、まだ会っていない人――たくさん、たくさん、知りたいから」
シャベルを握った右手。ぐっと握り締めた左手に、ばちりと雷光が走った。風だけではない雷電が、盟の髪を浮き上がらせた。
ぐるりと体に巡る熱は、既に喪われた体温に代わるように、盟に今何をすべきかを教える。
わからない。知らない。けれど。
『……猟兵らしいことですね』
猟兵。そうだ。盟は猟兵なのだと、誰かが言った。まだ自分ではそうだと名乗ったこともない、その名前を盟は口にする。
「メイだって――猟兵なのですから!」
盟が駆け出すと同時に蒼い雷光が爆ぜ、大祓骸魂へ片腕諸共放たれる。
猟兵。その名前は、盟を示すもののひとつになった。
大成功
🔵🔵🔵
榎本・英
∞
生と死を繋ぐものかい
私の刃も鈍の刃にも負けじと劣らず断つ事が出来るよ
天辺からの景色は如何だろうね
天国への門か地獄の門か
何方とて構わない
移り行く花言葉のように、私もまた移ろいやすい
私の気が向いているうちに見えようか
愛の形は人それぞれだろうとも
君を否定する筋合いもない
唯私は、紫陽花を散らしながら思うのだよ
なんてつまらない世界なのだとね
世界は人がいるからこそ成り立つ
世界を滅ぼすのは我々生き物で、生き物を滅ぼすのも世界だ
この世界に縁もゆかりも無いが
あやかしの住む世界は仔猫の故郷でね
嗚呼。湿気たタバコの心許なさよ
炎はいとも容易く消えて行く
致し方ない
却説
地獄の門を潜り抜けた先で君の愛を魅せて呉れ給え
●
雨空にしては妙に賑やかな空だった。
穏やかでないのは確かなことだ。何せ現世の空の隙間から幽世が覗いている。文字で綴れば陳腐なことだが、実際そうであるから致し方ない。榎本・英(優誉・f22898)は駆けながら、灯した煙草を一息ぶん吸い込んで、白煙と四片の花弁を雨に散らかす。
(嗚呼。湿気てしまうな)
わかりきったことだ。雨はどうやら止みそうになく、朱色の門は空へ空へと英を誘う。それが天国への門か地獄への門か――考えかけて何方付かずの思考を止めた。嗚呼、何方とて構わない。
踏み切った足元で、色移る紫陽花が散ってゆく。移り行くその花言葉と同じに英もまた移ろいやすい。
(私の気が向いているうちに見えようか)
走る。駆ける。散らす。
速度を上げて止まらず続く、その足音の全てが同義だ。そして唯、散る四片横目に英は思う。
――嗚呼。なんてつまらない世界なのだ。
「君はそうとは思わないのだろうね」
最後の鳥居を潜り抜け、英は雨で濡れた眼鏡を軽く拭う。眼鏡越しに見る先で、真っ赤な鳥居の下で、白無垢の少女が紅を引いた唇を結び笑んだまま、空に声を響かせた。
『もういらしたのですか、猟兵よ』
「君の敷いた花ほど移り気なものでね。……嗚呼、やはり湿気てしまった」
すっかり熱を失って雨を吸うだけになった煙草を仕舞って、英はまた一本に火を灯す。じりりと燃える端からまた消える前にふた息分吸い込んだ。吐いた煙を、肌に絡みつくような重い虞が押し流してゆく。
『この愛しき世界のどこが、つまらないと仰るのですか』
「……読心まで心得があるのかい? しかしそうだね、世界は人がいるからこそ成り立つ。世界を滅ぼすのは我々生き物で、生き物を滅ぼすのも世界だ」
わかりきったことだよ、と短い言葉ひとつで英は煙草の炎を周囲に纏う。けれどもその灯は大祓骸魂の虞の前にあまりに心許ない。炎を放てば、ごうと唸って彼女の足元の彼岸花を焼き、いとも容易く消えてゆく。だが、それで構わなかった。ひとつまた消えた煙草を仕舞って、ひとつを点ける。口に胸に広がる慣れた香りは、酷く苦い薬にも思いにも似ているのかもしれない。
「愛の形は人それぞれだろうとも。君を否定する筋合いもない」
『ならば、ただ見ていて頂けませんか、私のこのひと刺しを』
「それが“生と死を繋ぐもの”かい。……私の刃も、鈍の刃に負けじと劣らず断つことが出来るよ」
ひとはそれを鋏と呼ぼう。大祓骸魂の懐刀が繋ぐものと言うならば、その糸を断つことは容易い。英は言葉の端にそう埋めて、本と筆ばかりが馴染む片手にやたらと馴染む刃を潜ませた。
瞬間、唸ったのは風ではない。吹き飛ばす勢いで英の身を打つ虞が、花弁ごと吹き寄せる。息を呑んだ。肌が裂かれた。
『断ち切ると言うのですか。私をこの世界から』
「この世界に縁もゆかりも無いが、あやかしの住む世界は、仔猫の故郷でね」
真白の無邪気な仔猫は、きっと次の春も菜の花ではしゃぐに違いない。
梅雨の雨が上がれば、じき夏だ。向日葵に笑う隣の君に、また帽子を被せなければ。
「致し方ない――却説」
吹き荒れる虞の中に、灯る赤と消える青が舞う。その赤はまるで迎え火のように、ひとつ、ふたつと増えてゆく。灯す端から消えゆくように見えた英の炎は、彼岸の花を僅かに燃やし続けていた。
ふう、と英が煙を吐く。
同時に炎は大祓骸魂の足元から音を上げて燃え上がり、雨を散らすように真っ赤な鳥居さえ炎に包む。
『――あぁぁあ!!! どうして どうして!!』
断末魔めいた金切声が響くのに、英は顔色ひとつ変えず、どうしてと言われても、と首を傾いで煙草をふかした。
「見て行けと言ったのは君だろう。地獄の門を潜り抜けた先で、君の愛を魅せて呉れ給え」
大成功
🔵🔵🔵
朱赫七・カムイ
紫陽花の花言葉は無情であったか
何と移ろうことなき無情な戀だろう
神の愛は
そうなのだろう
愛しき世界に忘れられた
それでも愛し戀し続けた神よ
また逢う日を楽しみに─彼岸花の騙る希望は訪れない
この身が此処で果てようと
最期にひとめ愛しき存在に逢いたいと
駆けた記憶は私にもある
振り返らず早業で駆け抜け
縁を結ぶ約神の手で
生と死を繋ぐいとを斬る
きっと神は戀などするべきでは無い
花散らす斬撃派を広範囲になぎ払い
枯死の神罰を呪詛のようにおとして捩じ斬る
そなたの愛は私の中にもある故に
否定しない
愛しきが永遠になればいい
されどそれは他でもない世界が拒むのだろう
傷より悼む心を抱え駆ける
救うこと叶わぬなら
最期は愛しきこの世界で
眠れ
●
朱は魔を除けると言う。それ故に神を祀る門たる鳥居は朱い。
まるで禊のようだと朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は潜る朱より鮮やかな髪を雨に打たせるままに鳥居を駆け抜ける。そのつま先が跳ねた後に、青い四片の花弁が散った。
(紫陽花の花言葉は無情であったか)
道として敷かれた紫陽花は、咲きながら、散りながらその色を移し変えてゆく。この路の先にいる邪なる神は、『この世界』に戀焦がれて、忘却の彼方から此方まで帰りついたと言う。
(何と移ろうことなき、無情な戀だろう)
愛する故に、愛するままに。それがいくら狂い咲く花のように孤独で滑稽であったとて。
――神の恋は、そうなのだろう。
カムイもまた神ゆえに、黒に染まり堕ちる心地を知るがゆえに。
無情の花を雨と散らして、カムイは連ね鳥居を振り返らず駆け抜けた。
その足が最後の鳥居を抜け、頂に至った瞬間。約神の背を見送るようにぱっと花は散り、空に連なった花の道が全て消え失せる。あとにはひらりと舞うばかりの紫陽花の花弁を髪に纏わせて、櫻色の瞳でカムイは白無垢の娘を、大祓骸魂を見た。
「愛しき世界に忘れられた、それでも愛し戀し続けた神よ」
『猟兵よ、あなたも神でしょう』
足元に彼岸花を咲かせて、大祓骸魂は行儀良く笑った口元を動かすでもなく声を発する。それに応えるまでもなく、彼女は言葉を続けた。
『ならばわかるのではないですか。いいえ、いいえ、わかるはずです。この鈍を持つ私を、止めることなどできぬはずです。なぜ なぜ? ――これは、希望なのですから』
くすくすと笑う声が、雨に響き渡る。
その声に、カムイを僅かに視線を落とした。いとしい色を移し留めるような瞳が、僅か朱に揺れる。
「この身が此処で果てようと、最期にひとめ愛しき存在に逢いたいと。……駆けた記憶は私にもある」
『ならば、』
「けれど。また逢う日を楽しみに――彼岸花の騙る希望は訪れない」
うたうように機嫌の良い声を遮って、凛としたカムイの声が通った。笑い声が、ぴたりと止む。大祓骸魂の足元に咲く彼岸花が、虞を含んでゆらりと揺れた。
『なぜ なぜ?』
その声は、先程までのように跳ねてはいない。幼子のように不思議そうに、焦るように、悲しそうに問い返す。その揺らぐ感情を現すように、“生と死を繋ぐもの”の形を写した無数の刃たちが、カムイへ放たれた。
同時、刀を抜いて駆け出す。抜きざま花散らす一閃が、その衝撃波によって向かう刃を払う。それでも落とし切れぬ鈍が頬を掠め足を貫くけれど、――ほんの瞬きひとつ。
黒き桜を纏う厄神へと転ずれば、さらに速度を上げてカムイは躊躇うことなく真っ直ぐ大祓骸魂の元へと距離を詰めた。
『……なぜ?』
はらり、大祓骸魂の程近くで黒桜が舞い散れば、朱色の彼岸花を枯らしゆく。その色をまた瞬きひとつで纏えば、カムイは縁を結ぶ約神の手で、大祓骸魂の懐刀を握り受け止めた。
ぽたぽたとカムイの手から溢れ落ちるあかが、白無垢と僅かに残る黒桜を染めてゆく。
「そなたの愛は私の中にもある故に、否定しない」
それは自分の傷よりも、今目前にいる神を悼むような、静かに落ちる声だった。
「愛しきが永遠になればいい。されどそれは、他でもない世界が拒むのだろう」
いや、と小さく、小さく娘の唇が動く。
『あなたに、いとしいせかいに、永遠になってほしい。忘れないで わすれないで わたしは、」
からり、生と死を繋ぐ刃が娘の手から滑り、赤いばかりのカムイの手で落とされる。
ぼたり。
落ちた赤を鮮やかなまま、再び厄神の黒が舞う。
「きっと神は、戀などするべきでは無い」
その刃が、振り下ろされる。
『……あなたも?』
微かに聞こえた声に、朱に滲むさくらいろの瞳が少し笑った。
「救うこと叶わぬなら、最期は愛しきこの世界で――眠れ」
大成功
🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
竜の翼広げるには手狭な鳥居を
獲物追うよに駆ける
――いとしい
――かたこい
縁遠い想いでしかないのだろう
そう思ったが
欠けて戻らぬ記憶
喪って還らぬもの
焦がれど成り得ぬ輝き
己ひとつでは価値を見出せず
届かぬものにばかり独り善がりに手を伸ばす
叶わぬ懸想と如何違うのだろう
――などと寄せる心の実在すら疑わしいほど
薄情な癖をして
混ざり合う黎明色とも見える
よひらに光る雫の一つ一つが鏡に、瞳に見え
零れた自嘲も鈍い思考も
蹴散らし爆ぜた花ごと置き去りにしてしまえと
さらに速度を上げる
朱の先、ましろの影へと
怨鎖の鏃伸ばし
力任せに一気に引き距離を詰める
…それでも
決して捨てられぬのだと
往きて戻れぬ道で解るのはただ、そればかり
●
空に咲く花を辿って、朱色の連ね鳥居の中を竜が駆けてゆく。
その翼を広げるには狭い。けれども花に尾を沿わすように低く駆けゆく様は、まるで獲物を追うそれだ。
過ぎたそばから散ってゆく花が、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)を頂へと、愛しさゆえに片恋を永遠に成就させんとするましろへ誘ってゆく。
――いとしい。
――かたこい。
思い浮かべるにもきごちないその言葉は、縁遠い想いでしかないのだろう。そう、思っていた。
けれども。
ジャハルは不意に気づいたのだ。よく似た『かたち』を知ってはいないか。
失せた宝物がそこにあると知っていて、手を伸ばせぬ幼子のような、欠けて戻らぬ記憶。
喪って還らず、いくら記憶に留めても、取り戻すことなど叶わぬもの。
憧れ焦がれても、いつかと願っても――いまだ成り得ぬ輝き。
どれもこれも、己ひとつでは価値を見出せず、届かぬものにばかり独り善がりに手を伸ばす、叶わぬ懸想と如何違うのだろう。
そのくせ。
(――などと寄せる心の実在すら疑わしいほど、薄情な癖をして)
駆けるまま吐く息が、自嘲めいて雨に混ざる。
冷たい雫が頬を打ち過ぎて、目下咲き連なるよひらの青を滲ませた。
白に咲き、色づく青から紫、薄紅へ。移りゆくその色は駆けるほど混ざり合い、ともすれば黎明の色とも見える。見慣れ馴染んで焼き付いた、焦がれ届かぬ星の色。
身を打つ雨はただ夜に吸い込まれるばかりのようなのに、よひらに光る雫の一つ一つが鏡に――瞳に見える。
この手は焦がれるものを護るに足るか。この翼は憧れへ至れるか。この心は、星の在処以外の何処にあるか。
(……黙れ)
鈍い思考と自嘲を胸に立てた爪で止める。ぼたりと滴る赤に痛みに構わず速度を上げれば、過ぎた竜の軌跡が花と散ってゆく。落ちる血と散り、爆ぜる青のよひらが砕ける青のように過ぎって、その愚かな思考も、爆ぜた花ごと置き去りにする。
ジャハルは駆ける。速く。疾く。
連ね鳥居を勢いのまま抜ければ、その先にましろの影が蹲っていた。その影に怨鎖の鏃を突き立てれば、花の最期に乗るように散る花弁を纏って一気に引き寄せ距離を詰め切る。
『……なりません』
他の猟兵たちが死力を尽くしたのであろう。ぎこちなく引き寄せた白無垢の娘――大祓骸魂のその手には、あの懐刀があった。
これだけは、なりません。
ろくに動けもせぬ身で、ましろが朱に塗り替わるばかりの娘が首を振る。
叶わぬと知っていて。
それでも焦がれずにはいられぬのだと。
「『――それでも』」
ふたりぶんの声が、彼方此方を繋ぐ空に滲む。
あの果てから来た大祓骸魂は、その果てへ、二度と戻ることは叶わない。
それを知っていて、それでも。
「……決して、捨てられぬのだろう」
往きて戻れぬ道の先。ひとりの声しかしなくなった花の上で、ジャハルは胸に懐刀を抱いたまま、頷くだけの娘の傍に膝を着いた。彼岸花と、紫陽花が混じり咲く。
「俺も、そうだ」
いとしい。こいしい。
その片恋を、終わらせに。竜の拳を振り上げる。
『わすれないで』
微かな声を響き遺して。――雨降る空に溢れたのは、紫陽花とよひらの花弁だった。
大成功
🔵🔵🔵