大祓百鬼夜行㉑〜もふもふこねこはお料理中
● はらぺこにゃんこ達のカレー
UDC組織の施設の一角に、カレーのいい香りが漂った。
銀色の大きな寸胴鍋の中をかき混ぜるのは、一匹の巨大な猫。三毛猫でオッドアイな比較的細身のガキにゃんこのUDC-P・ミケは、ぐつぐつ煮える大鍋にヒゲをヒクヒクさせた。途端に鳴り響く重低音のお腹の音に、ミケはお玉に掬ったカレーをフラフラと口に運ぼうとする。
「おなかすいたにゃ。お味見……これはお味見にゃ。お味見だから大丈夫にゃ」
衝動的にカレーを食べようとしたミケの耳に、ミケのものではない重低音が響いた。ごぎゅるるるるぅ……、と響く音に我を取り戻したミケは、カレーのお玉から視線を外すと慌ててカレーの中に沈めた。
「はっ! ダメにゃダメにゃ! お味見はおおさじ1杯までって、お約束したにゃ!」
慌てて蓋をして視界からカレーを追い出したミケは、たすきがけにしたポシェットからおからのクッキーを一枚取り出すとゆっくり噛み締めた。たっぷりのお水と一緒に食べると、空腹感も薄れてくる。
「ふう。落ち着いたにゃ。このカレーは職員さん達が帰ってきたら、一緒に食べる約束してるにゃ。だからまだ食べちゃ……」
「あー、お腹すいたしー」
再び鳴り響く重低音に、ミケはぴゃっ! と飛び上がった。ずるずると這うように近寄ってくるデラックスな姿に、ミケは恐る恐る近づいた。
「にゃ! ど、どうしたにゃ?」
「お腹が減って死にそうだしー。このままじゃぱーふぇくとぼでぃーがぱーふぇくとじゃなくなっちゃうよぅ」
よろりらと這う寝惚け駄ねこデラックスの姿に、ミケは唇を噛んだ。猟兵に出会うまでのミケは、常におなかがすいていた。はらぺこに苦しむ姿は、まるで昔の自分を見ているようで。立ち上がったミケは、ほかほかご飯をお皿に盛ってカレーをかけると、寝惚け駄ねこデラックスの前にそっと置いた。
「えあ?」
「これ、食べるにゃ! はらぺこはしんどいにゃ!」
「ありがとーおかわり!」
「にゃ!!?」
差し出されたカレーを秒で食べきった寝惚け駄ねこデラックスは、からっぽのお皿をミケに差し出す。その圧に押されたミケは、慌ててカレーをよそうと寝惚け駄ねこデラックスに差し出した。
わんこそば状態でカレーが消えていく。巨大な寸胴鍋いっぱいのカレーはあっという間にからっぽになり、我に返ったミケはしゅんと肩を落とした。
「にゃあ……。カレーなくなっちゃったにゃあ。皆が帰ってくるまでにまた作るにゃ」
「ふう。おなかいっぱい。でもなんだか、まだ物足りないよぉ」
「にゃ?」
「アンタを食べたら、きっと満たされるしー!」
振り返ったミケに手を伸ばした寝惚け駄ねこデラックスは、そのままミケを食べてしまうのだった。
● グリモアベースにて
「皆様、UDC施設に保護されたUDC-Pのガキにゃんこ・ミケ様をお助けくださいませ!」
グリモアベースへ駆け込んだアカネは、状況を映し出したグリモアを猟兵たちへ示した。
ガキにゃんこのミケは、強度の空腹感に悩まされていた。だが猟兵達により原因を取り除かれ、今では食材に向き合うのが必要な「料理」という高等技術に挑戦できるまでに食欲をコントロールできるようになっていた。
「UDC職員の皆様のために作ったカレーは、寝惚け駄ねこデラックスに全部食べられてしまいます。ミケ様は新しいカレーを作るのですが、そのお手伝いをしてくださいませ」
カレーを食べ尽くした寝惚け駄ねこデラックスは、猟兵がいる限り襲っては来ない。だが、カレー作りをミケだけに任せていてはじきに襲いかかってくる。
「なにせミケ様は、お料理が遅いのです。人参を切ってはその丸さに感動して、玉ねぎを刻んでは涙にくれて。うっかりつまみ食いしては、自己嫌悪に落ち込んで反省文を認めて。作ったカレーもごくオーソドックスな品ですが、1日掛けた大作なのです」
UDC職員も、つまみ食いしないでいられるまでのフォローをした時点で骸魂の襲撃に遭ってしまい、料理のコツを教えられないままなのだ。
「ですので皆様は、ミケ様にお料理をお教えくださいませ。寝惚け駄ねこデラックスも、言えばお料理教室に参加することでしょう」
ミケをフォローしながらカレーを完成させて、同じ食卓を囲めば寝惚け駄ねこデラックスに取り憑いた骸魂も自然と離れていくだろう。
「寝惚け駄ねこデラックスは、こちらから戦闘を仕掛けない限り危険はありません。放置しても大丈夫ですので、お料理教室とカレーパーティをお楽しみくださいませ」
猟兵達を見渡したアカネは、にっこり微笑むとグリモアを発動した。
三ノ木咲紀
オープニングを読んでくださいまして、ありがとうございます。
大祓百鬼夜行もクライマックスですが、空気を読まずUDC-Pを助ける依頼です。
ガキにゃんこのミケは、拙作「もふもふこねこは平和主義」に登場したガキにゃんこです。未読でも全く問題はありません。
https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=19290
作るカレーは、市販のルーを使ったオーソドックスな物です。ガキにゃんこのミケはお料理超初心者くらいの腕前です。
プレイングボーナス……UDC-Pやエージェント達と協力して戦う。
プレイングは承認後すぐから5/30(日)12時くらいまでの受付。その後はロスタイムです。
それでは、楽しいお料理教室を。
第1章 ボス戦
『寝惚堕ねこデラックス』
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POW : ぱーふぇくとぼでぃ
自身の肉体を【物理攻撃を無効化するわがままボディ】に変え、レベルmまで伸びる強い伸縮性と、任意の速度で戻る弾力性を付与する。
SPD : たたかうのめんどー
【自身を含む対象の脂肪と体重を増やすオーラ】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
WIZ : みんないっしょになぁ〜れ
【自身を含む対象の脂肪と体重を増やすオーラ】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
イラスト:すねいる
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「雨音・玲」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
荒珠・檬果
寝惚け駄ねこデラックスのことは『デラックスさん』と呼称。
ミケさんですと!お元気でしたか?
お手伝いしましょう。数がいるならば、UCで応援呼べますよ。
せっかくですから、デラックスさんも。一緒に料理するのって、楽しいですよね。
あとで食べるカレーも、一際美味しく感じられるものです。
玉ねぎ…目に染みるの、よくわかります。
上下を切り落とし、皮むいた玉ねぎをラップに包み、電子レンジでチン(30秒ほど)しましょう。カレーだと後で煮込みますから、熱が通っても問題ないです。
熱いと感じたら、布巾を間に挟んで持ちましょう。
ちなみに、サラダなど生で使う場合は、十分に冷やした玉ねぎにするのがおすすめですよ。
藤崎・美雪
アドリブ連携カオス大歓迎
つまり、カレー作りをしつつつまみ食いせぬコツを教えろと
でもこれ、つまみ食いして時間がかかってまたつまみ食い…の連鎖だよな?
何となく…寝惚け駄ねこデラックスもつまみ食いしそうだし
それなら調理時間を短縮する方向が良い?
ひとまず、玉ねぎは冷蔵庫でしっかり冷やしてから切ってもらう
実はこれで涙を出す成分が放出されづらくなる
ただし冷たいのは我慢してくれ
私も切るのはお手伝いするのでな
何、玉ねぎを飴色にするのに時間がかかる?
よし、耐熱性ボウルに入れてレンジでチンしてから炒めよう
かなりの時短になるぞ
カレーが出来たら美味しくいただこうか
ごちそうさまでした
草野・千秋
おや、ミケさんお久しぶりですね
お祓いして貰ってもなお食欲が湧いてきてるんですか……困りましたね
ですが、その食欲を料理という形に昇華させられたのはとても良い事なので褒めて差し上げたいですし、自己嫌悪に陥るのもまた相変わらず繊細な子だと感じました
料理とは知性を持つ生物の食事形態
僕もまた協力しましょう
野菜を切るのを手伝いましょうか
玉ねぎはね、こう切れ味のいい包丁を使って、刃を滑らせるように力を入れ過ぎず切るのです
あと冷蔵庫で冷やすのも涙対策にいいですね
にんじんはいちょう切りにして、じゃがいもは大きすぎず小さすぎずが僕流です
焦らなくていいんですよ、包丁で怪我したら危ないですからね
桜雨・カイ
ミケさんお久しぶりです!
いつもお腹を空かせていたミケさんが、人の分の料理まで作るように…頑張ったんですね
私も料理は人並み程度ですが、お手伝いします
手をにゃんこの手にして切ると怪我しないそうです。
料理の早さを上げるために、競争しながら切りませんか?
せーの、よーいどん!
いそぎながらも、忘れずににゃんこの手にゃんこの手
楽しくやりましょう
そうだ、以前可愛いものを見つけてたので持ってきました
猫の顔のごはん型を用意して、お皿に乗せて周囲にカレーをかけます
これなら時間を掛けずに楽しめるでしょう?
ミケさんお疲れさまでした。労いにミケさんをもふもふします
あくまで労いですので(顔にっこにこ)
エリシャ・パルティエル
ミケちゃんったらとっても成長して…
本当によく頑張ったのね
ちゃんとお仕事もして偉いわ(ついでにもふもふ
カレー作りね
任せてちょうだい
ミケちゃんカレーはね
わりとどうやっても美味しくなる魔法の料理なの
でも煮込むのに時間がかかるから
下拵えは手早くね
玉ねぎは切る前に30分ほど冷蔵庫で冷やしておくと
目に沁みにくいわ
せっかく新鮮な食材も
調理に入る前に時間をかけてると傷んでいくから
美味しく食べてもらうために
スピードを意識しましょうね
煮込んでいる間に
料理は作り手の愛情が大切って教えるわ
上手にできたらミケちゃんも一杯だけ食べるの
ちゃんと頑張ったご褒美よ
料理はやればやるだけ上達するから
ミケちゃんこれからも頑張ってね!
● みんなに会えて嬉しいにゃ!
からっぽになった寸胴鍋をしょぼんと見下ろすミケに、寝惚け駄ねこデラックスが目をキラーンと輝かせた。
「ふう、おなかいっぱい。でも……」
「ミケさんですと! お元気でしたか?」
襲いかかってきそうな寝惚け駄ねこの声を遮って駆け寄った荒珠・檬果(アーケードに突っ伏す鳥・f02802)は、久しぶりに聞いた声にぱあっと顔を輝かせて突進してくるミケを抱き止めた。
「にゃにゃ! 檬果にゃ! 久しぶりにゃー!」
「ミケさんお久しぶりですね」
「にゃにゃ! その声は千秋にゃ?」
「はい。覚えていてくれて嬉しいです」
顔を上げるミケに微笑んだ草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)は、なつくミケの頭をそっと撫でた。UDC施設では職員が良くしてくれているのだろう。もふもふな毛並みは艶もあり、お鼻もしっかり湿っていた。
ゴロゴロ喉を鳴らすミケに、少し遅れて厨房に入室した桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は笑顔で駆け寄った。
「ミケさんお久しぶりです!」
「ミケちゃんったらとっても成長して……。本当によく頑張ったのね。ちゃんとお仕事もして偉いわ」
「カイにゃ! エリにゃも! 本当にひさしぶりにゃ元気だったかにゃ? 会いたかったにゃー!」
カイと一緒に入室したエリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)のもふりに、ミケは心地よさそうに目を細める。
しっぽをせわしなくパタパタさせながらあっちへゴロゴロこっちでにゃあ。感激でどうにかなってしまいそうなミケに、不満そうな声が投げられた。口元をキッチンペーパーで拭った寝惚け駄ねこデラックスは、猫のクッションから体を起こすと頬をぷう、と膨らませた。
「ちょっと、無視するなしー! カレーのおかわり作ってくれるんじゃなかったのぉ?」
「ふむ。癪だが寝惚け駄ねこの言うことも一理あるな。再会を喜んでいるところ申し訳ないが、ミケは今何をしてるのだ?」
再会の感激に、本来の目的を忘れているとしか思えないミケに、藤崎・美雪(癒しの歌を奏でる歌姫・f06504)は腕を組みながら問いかけた。美雪はミケがしようとしていることを知っているが、確認は自分でしたほうが良いだろう。
美雪の声に、ハッと顔を上げたミケは慌てて寸胴鍋に駆け寄った。中を覗き込んでもからっぽな鍋に、しおしおとヒゲをしぼませてはしょげかえる。
「にゃ。ミケ、カレーを作ってたにゃ。でも、なくなっちゃったにゃ」
「なくなったなら作ればいいしー。はーやーくー!」
からっぽのお皿をスプーンで叩きながら囃し立てる寝惚け駄ねこをくるりと振り返った檬果は、にっこり笑うとお皿とスプーンを取り上げた。そもそも大鍋いっぱいのカレーを一人で食べ尽くしたのは寝惚け駄ねこデラックスなのだから、手伝って貰ってもいいだろう。猫じゃらしを追いかける猫のようにお皿に惹かれる寝惚け駄ねこの手を取ると、流れるようにで立たせた。
「せっかくですから、デラックスさんも料理しましょう」
「えーあたしも?」
「一緒に料理するのって、楽しいですよね。あとで食べるカレーも、一際美味しく感じられるものです」
「えーお料理とかめんどー……そっか! お料理しながらつまみ食いすれば、カレーもできておなかいっぱいになって一石二鳥やったねだね。アタシも料理するするー!」
「って! つまみ食いする気満々か!」
元気に手を振り上げる寝惚け駄ねこの後頭部を条件反射でハリセンでしばいた美雪は、小さくため息をつくと考えを巡らせた。
「でもこれ、つまみ食いして時間がかかってまたつまみ食い……の連鎖だよな? それなら調理時間を短縮する方向が良いか?」
「そうね。まずは材料を準備しないとね」
「にゃ! 食料庫はこっちにゃ!」
エリシャの声に、カイのお膝の上からぴょん! と飛び出したミケは、隣の部屋へと案内した。
● 玉ねぎに包丁を入れるにゃ!
果たして。
山盛りの玉ねぎとちょっとの野菜と冷凍のお肉少々を調理台の上に置いたミケは、落ちる沈黙に耳をぺたんと倒した。
「にゃ。あと材料はこれだけだにゃ。これじゃ美味しいカレーはできないにゃ」
泣き出しそうなミケの頭を、エリシャは優しく撫でる。肉が少ないのは少し痛いが、これだけたくさんの玉ねぎがあるなら必ず美味しくできるだろう。
「大丈夫よミケちゃん。カレーはね、わりとどうやっても美味しくなる魔法の料理なの」
ミケと視線を合わせたエリシャが、にっこり微笑み指摘する。しょげた耳をピン! と立てるミケに、エリシャは続けた。
「でも煮込むのに時間がかかるから、下拵えは手早くね」
「にゃあ。ミケ、すぐおなかがすいてつまみ食いしちゃうにゃ」
「ふむ。つまり、カレー作りをしつつつまみ食いせぬコツを教えろと」
「にゃ」
頷くミケに、美雪が要点をまとめる。
出された難題に、千秋は少し困ったように眉根を下げるとミケと視線を合わせた。ミケと知り合った事件で、ミケの中に巣食っていた邪心の呪いは祓われた。病気のような飢餓からは救われているはずなのだが、それでもお腹がすくのはミケらしいというか。
「お祓いして貰ってもなお食欲が湧いてきてるんですか……困りましたね」
「にゃ。ミケは元々食いしん坊にゃ。でもでも邪神さ……邪神のおやつを食べてたときよりもはらぺこじゃないにゃ! 千秋のせいじゃ全然ないにゃ!」
「分かっていますよ」
両腕をパタパタさせるミケに、千秋は心から微笑んだ。ミケのはらぺこ食いしん坊が治った訳じゃないことは、別れ際から分かっていたこと。ミケを責めている訳では決してなかった。
「食欲を料理という形に昇華させられたのはとても良い事です。よく頑張りましたね」
「にゃ! 褒められたにゃ!」
てへへーと微笑みながら頬を赤くするミケの頭をもふもふ撫でる。料理とは知性を持つ生物の食事形態。ミケはUDC-Pで、自己嫌悪に陥ることができるほど理性と知性を兼ね備えた繊細な子なのだ。
照れ照れするミケに微笑んだカイは、早速玉ねぎを手に取るミケに目を細めた。出会った時は猫カフェのおやつを全部食べつくしていたのに、一年会わない間の成長にカイまで嬉しくなってくる。
「いつもお腹を空かせていたミケさんが、人の分の料理まで作るように……。頑張ったんですね」
「にゃ! 頑張るって約束したにゃ!」
「私も料理は人並み程度ですが、お手伝いします」
「僕もまた協力しましょう」
「ありがとうにゃ! じゃあまず、玉ねぎを……」
皮をむいた常温の玉ねぎに包丁を入れたミケは、目をうるうるさせた。
両手で持って真ん中に突き刺した包丁ごと転がって、まな板から落ちる。慌てて受け取った檬果は、ミケにティッシュを手渡した。
「にゃあ。玉ねぎがいじめるにゃ……」
「玉ねぎ……目に染みるの、よくわかります」
渡されたティッシュで涙を拭い、鼻をぢーむ! とかむ。何とか涙を収めたミケに、美雪は一つ提案した。
「ひとまず、玉ねぎは冷蔵庫でしっかり冷やしてから切ろうか。実はこれで涙を出す成分が放出されづらくなる。ただし冷たいのは我慢してくれ」
「にゃ! 冷蔵庫はあっちにゃ!」
ミケが爪を一本ピン! と立てて示した冷蔵庫の中に玉ねぎを仕舞う美雪に、ミケは首を傾げた。
「どのくらい冷やすにゃ?」
「玉ねぎは切る前に30分ほど冷蔵庫で冷やしておくと、目に沁みにくいわ」
「30分にゃね。ありがとうにゃエリにゃ」
エリシャにぺこりとお礼を言うミケに、寝惚け駄ねこは不満そうに玉ねぎを手に取った。
「えー? 30分も待てないよぅ。どうせそっから炒めたりするんでしょー?」
「そうですね。冷やしている間にも、玉ねぎを刻みましょうか」
頷く檬果に、ミケはがーん! と目を真っ白にする。再び涙を覚悟するミケに、檬果は首を横に振った。
「にゃ!!? ……分かったにゃ。頑張るにゃ」
「大丈夫ですよミケさん」
受け止めた玉ねぎをまな板の上に置いた檬果は、ミケに包丁を渡すと玉ねぎの頭とお尻を指で差した。
「まず、上下を切り落として皮をむいてください」
「にゃ。こことここにゃね?」
危なっかしい手付きで檬果が示したところを切り落とす。綺麗な層状になった玉ねぎの断面に目を輝かせるミケに、檬果はラップを手渡した。
「次は、玉ねぎをラップに包んでください」
「にゃ」
「そうしたら、電子レンジで30秒ほどチンしましょう。カレーだと後で煮込みますから、熱が通っても問題ないです」
「にゃにゃ」
言われた通りラップで包んだ玉ねぎを、電子レンジで加熱する。待つことしばし。チン! と心地よい音を立てた電子レンジの扉を開けたミケは、ホカホカと湯気を立てる玉ねぎに手を伸ばした。
「にゃ! 熱いにゃ!」
「熱いと感じたら、布巾を間に挟んで持ちましょう」
「布巾にゃね!」
素直に頷いたミケは、布巾でくるんだ玉ねぎをまな板の上に置く。恐る恐る包丁で半分に切ったミケは、目が痛いのを覚悟して防御のおめめギュ! で身構える。恐る恐る目を開け、もう一度玉ねぎに包丁を入れる。痛くない。
「痛くないにゃ! 玉ねぎがいじめないにゃ!」
「良かったです。ちなみに、サラダなど生で使う場合は、十分に冷やした玉ねぎにするのがおすすめですよ」
「にゃ! もう玉ねぎは怖くないにゃ!」
にこにこ笑顔のミケは、両手持ちの包丁を構えると玉ねぎを刻んでいくのだった。
● 玉ねぎ刻みの練習にゃ!
ミケの危なっかしい両手持ち包丁を見かねた千秋は、ひとやすみするミケから包丁を受け取ると刃を検めた。ごく一般的な包丁は、少し切れ味が悪くなっている。砥石で研いだ千秋は、切れ味を確認するとひとやすみを終えたミケに手渡した。
「にゃ?」
「玉ねぎはね、こう切れ味のいい包丁を使って、刃を滑らせるように力を入れ過ぎず切るのです」
こんな風に、と言った千秋は、冷蔵庫から出したての玉ねぎに刃を滑らせた。研ぎたての包丁は切れ味も良く、切り口が明らかに綺麗になる。一枚つまみ上げたミケは、その薄さに感動すると玉ねぎをくちに運ぼう……として寸出で思い留まる。
「にゃ! ミケはつまみ食いしない子にゃ!」
「あーん。……んー、この辛味がおいしいしー!」
隣で玉ねぎを切っていた寝惚け駄ねこが、玉ねぎの切れ端を口にする。指摘しようと思ったが、あまり言って襲ってこられても敵わない。とりあえず放置した千秋は、にんじんとじゃがいもを手に取った。
「玉ねぎだけでは飽きてしまいますね。次はにんじんとじゃがいもも切って行きましょう」
「了解にゃ!」
どこで覚えたのか、ピシッと敬礼したミケは渡されたにんじんと玉ねぎに向き合った。にんじんはいちょう切りにして、じゃがいもは大きすぎず小さすぎずが千秋流。玉ねぎとは勝手が違う包丁使いに、ミケは四苦八苦しながらもにんじんを半分に切った。
「にゃ! にんじんは暴れるにゃ!」
「焦らなくていいんですよ、包丁で怪我したら危ないですからね」
「にゃ! 慌てず騒がずにゃね」
真剣な目をしたミケは、にんじんをいちょう切りにするとじゃがいもに取り掛かる。じゃがいもの芽の取り方に一騒動ありながらも、徐々に包丁に慣れていくのだった。
● 玉ねぎ刻み競争にゃ!
料理開始から2時間後。
ようやく玉ねぎの半分とじゃがいもとにんじんを刻み終えたミケに、猟兵達は顔を見合わせた。
玉ねぎはまだ半分残っている。玉ねぎは残したまま炒めてもも良かったが、今回は肉や魚があまりに少ない。味の決め手は玉ねぎで、美味しいカレーを作るためには刻んでおきたいところ。
寝惚け駄ねこデラックスの不機嫌ゲージも上がってきている。何とか宥めすかしているが、これはちょっと無理もない。ミケもだいぶおなかがすいてきている。
だが、時間を掛けた分良いこともあった。ミケはだいぶ包丁に慣れ、両手持ちしてた頃から比べるとかなりスピードアップしてきたのだ。ここからはペースを上げよう。アイコンタクトで打ち合わせたエリシャは、休憩が終わり玉ねぎに向かい合うミケに微笑んだ。
「せっかく新鮮な食材も、調理に入る前に時間をかけてると傷んでいくから。美味しく食べてもらうために、ここからはスピードを意識しましょうね」
「にゃ! スピードにゃ?」
「そうですね。……そうだ。いいことを思いつきました」
エリシャに頷いたカイは、玉ねぎを手に取るとミケに手渡した。
「料理の早さを上げるために、競争しながら切りませんか?」
「競争にゃ?」
「それがいいわ。あたしが審判してあげる」
「おもしろそうにゃ! やるにゃ」
微笑んだエリシャに、ミケはワクワクしながら玉ねぎをまな板に置いた。今までの刻み方を見ていたカイは、気になっていたことを指摘することにした。慣れないうちに色々言っても嫌になるだろうが、今ならばできるはず。やる気満々なミケの手を取ったカイは、ぷにぷにが気持ちいい肉球を堪能するとギュッと握らせた。
「にゃ?」
「手をにゃんこの手にして切ると、怪我しないそうです」
「にゃんこにゃ?」
「そうです。にゃんこです。いそぎながらも、忘れずににゃんこの手」
「にゃ! カイにゃもにゃんこにゃ?」
「もちろん」
にゃんこの手にした左手を掲げて微笑むと、ミケも真似してにゃんこの手。微笑み合う二人に頬を緩めたエリシャは、二人の間に立つと手を上げた。
「それじゃ、始めるわよ。よーい……どん!」
振り下ろす手を合図に、ミケは真剣な目で玉ねぎを刻み始める。猫の手で薄切りにするミケに負けじと、カイも猫の手で刻む。
リズミカルなまな板の上に、玉ねぎの山がどんどん出来上がっていくのだった。
● 料理は愛情、玉ねぎは飴色にゃ!
ようやく刻み終えた玉ねぎのボウルを手に取ったミケは、大鍋の前に立つと火をつけて油を注いだ。
「にゃ! お次は飴色玉ねぎにゃ!」
「えーーーーー!? 飴色玉ねぎって、時間かかるんじゃなかったっけ? おーなーかーすーいーたー!」
「ああはいはい。これでも食べて大人しくしててくれ」
手足をバタバタさせる寝惚け駄ねこに、ストックされていたスルメを手渡した美雪は、飴色玉ねぎを作る気満々なミケの手を止めた。
「ああ、炒めるのは少し待ってくれ。……飴色玉ねぎを今から作るのか?」
「そうにゃ! 玉ねぎを飴色にしたら美味しくなるって、職員にゃが言ってたにゃ! ミケ、みんなに美味しいカレーを食べてもらいたいにゃ!」
「すごいわミケ! 分かってるじゃない」
感動したエリシャは、ミケをもふもふ抱きしめる。エリシャも料理をするが、常々心がけていることがあるのだ。
「にゃ?」
「料理は作り手の愛情が大切なのよ。食べてくれる人に美味しく食べてもらいたい。美味しい料理で笑顔になって欲しい。その心が何よりも大切よ」
「美味しく食べてもらいたい……」
「料理はやればやるだけ上達するから、ミケちゃんこれからも頑張ってね!」
「分かったにゃ! りょうりは、あいじょう……」
嬉しそうにメモに書きつけるミケに、寝惚け駄ねこの腹の音が鳴り響いた。ごぎゅるるるるぅ……と無言の抗議を上げる寝惚け駄ねこに、美雪はため息をついた。
「それはいいが、今から玉ねぎを飴色にするには時間がかかるな。……よし、耐熱性ボウルに入れてレンジでチンしてから炒めよう。かなりの時短になるぞ」
「電子レンジは便利にゃね!」
鍋の中に入れる前の玉ねぎを耐熱性のバットに移した美雪は、電子レンジで水分を飛ばしていく。予め水分を飛ばされた玉ねぎは、湯気が立つまま熱した鍋に入れられた。
「にゃにゃ! あっという間にゃ!」
焼くように炒めてしばし。どんどん飴色になっていく玉ねぎに、ミケは感動の声を上げた。
● いただきますにゃ!
ようやく出来上がったカレーに、カイは思い出したように顔を上げると荷物の中から箱を取り出した。せっかくカレーを食べるなら、目でも楽しまなければもったいない。
「そうだ、以前可愛いものを見つけてたので持ってきました」
「にゃ?」
首を傾げるミケに、猫の顔型を掲げる。深さのある平皿の真ん中に、猫の顔型に詰めたご飯を置いて、ノリでかわいい顔を描いて。周囲にそっとカレーをかけて、大きく開けた口の中にもカレーを入れれば、口を開けて笑っているように見えた。
「にゃ! 猫にゃカレーにゃ!」
「これなら時間を掛けずに楽しめるでしょう?」
「にゃにゃ! かわいいにゃ!」
目をキラキラさせながら覗き込むミケに微笑んだカイは、そっとモフると優しく労った。モフモフの毛並みはやっぱりモフモフで、心地よくてあったかくて顔が思わずにっこにこになる。これは労っているのだから仕方ない仕方ない。
「ミケさん、お疲れさまでした」
「にゃ! カイにゃもありがとうにゃ!」
心から嬉しそうに微笑んだミケは、猟兵達を見渡すとペコリと頭を下げる。美味しそうなカレーはすぐにでも食べたいけれど、食欲よりも伝えたいことがあった。
「みんにゃも、会いに来てくれて、カレーを教えてくれて、ありがとうにゃ! 皆も一緒に食べるにゃ!」
「もちろん。上手にできたら、ミケちゃんも一杯だけ食べましょう。ちゃんと頑張ったご褒美よ」
「にゃ! それじゃ、いただきますにゃ!」
「「「「「「いただきますニャ!」」」」」」
席についた全員で手を合わせると、一斉にカレーを頬張る。合計4時間掛けた玉ねぎたっぷりのカレーはとても美味しく、どこか懐かしい味がした。
「うう、こういうカレーが食べたかったんだよぅ。美味しいよぉ」
涙を流しながらカレーを頬張った寝惚け駄ねこデラックスから、骸魂が離れる。消えていく骸魂を見送った檬果は、眠り込んだ寝惚け駄ねこに毛布を掛けてあげる。もぞりと動く寝惚け駄ねこデラックスを軽く叩くと、落ち着いたように寝息を立てる。
「おやすみなさい、デラックスさん」
目を細めた檬果は、スプーンを持ち上げると美味しいカレーを心ゆくまで楽しむのだった。
大成功
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