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大祓百鬼夜行㉕~時よとまれ

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行 #プレイング受付終了

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●スカイツリー・ゲイン塔
「みなさん、ここまでの戦いほんとうにおつかれさまでした!」
 べこべこと折れ感謝を示すニュイ・ミヴ(新約・f02077)は、やがて窓の外に聳える東京スカイツリーを振り返った。
 東京の夜空をいつもと違うものへ変えてしまっている、大祓骸魂。骸魂の元凶であり、UDCアースの大いなる邪神が一柱でもある、全ての知的生命体に忘れられた究極妖怪。
 近付く前からその虞は凄まじく、一歩踏み出せばきっと空気すら重苦しくのしかかるだろう。だが、行かねばならない。
「あと一息、ですね。お願いしてもよろしいでしょうか?」
 ここまで妖怪たちから託された想い。
 なにより、猟兵それぞれが胸に抱く想い。幾百幾千或いはもっと気の遠くなる間UDCアースを想い続けた大祓骸魂が相手であっても、勝った負けたの話ではない、ぶつけずに世界ごと消え失せるなどそれこそ彷徨える霊魂にでもなってしまいそうだ。
 問題の東京スカイツリーの状況だが、空間に幾つも捩じれが生じており詳しいことは分からないとニュイが言う。今までに駆け抜けてきた戦場を振り返ってみれば、屋台が飛び出すわ宴会が始まるわ、かと思えば真の姿でしか太刀打ちできぬ猛者が立ち塞がったりと、むしろ決め打ちして踏み込む方が危険とまでいえようか。
 いずれにせよ大切なことはひとつ、心残りのないように。
「大祓骸魂がそこにいて、多くの妖怪が雪崩れ込んでいるのは確実なのですが……あまりお力になれずごめんなさい。ですがここまで進んできたみなさんなら、最後まで辿り着けるはずです」
 最後。
 この夜を以て大祓百鬼夜行を、救いようのない片恋を、終わりにしよう。

●時よとまれ
 愛しきUDCアース。
 あなたを思う、私の愛は揺るがない。
 だから――――私は帰って来たのです。

 見渡す世界は果てまで変わりなくうつくしい。
 真に帰り着いたのだ。幾度となく思い描いた、あとたったのひと刺しまであなたに近付く、このひとときのため。
『そう 来るのですね』
 塔の頂き。赤ふきの白無垢で身を飾った娘を、ぬるい初夏の夜風が撫でては過ぎた。
 阻むものたちが懸命に登り来る様を瞳に映しても、娘の心は変わらない。誰かの愛を、世界を殺すとはそういうことだ。私欲で結構、鈍の懐刀"生と死を繋ぐもの"がここで折れてしまおうともまた、構わない。
 愛しきものをこの手で連れゆく。悲願さえ達成出来たのなら、娘――大祓骸魂には他に望むものなどありはしないのだから。
『いいでしょう 止めてごらんなさい』
 すべて終わらせたその後に、ふたつきり。
 愛するUDCアース、あなたを永遠にしたい。


zino
 ご覧いただきありがとうございます。
 zinoと申します。よろしくお願いいたします。
 当シナリオは1章のみの『大祓百鬼夜行』戦争シナリオです。

●プレイング受付について
 導入はありません。
 受付スケジュールはタグ、マスターページにてお知らせいたします。

 最終ステージということで、以下の方の執筆は特に優先させていただきます。
 ・選択したプレイングボーナスの戦場に一度も参加したことがない方(真の姿系はどれか1つで一度換算)。
 ・当方の『大祓百鬼夜行』戦争シナリオに一度も参加したことがない方(キャラクター単位。駆け足の受付が続き申し訳ございません)。

 グループでのご参加は1グループあたり2名様まででお願いいたします。戦場にもよりますが、アドリブでの連携はあまり行わないかもしれません。
 なお、リプレイの完結が戦争終結には間に合わない可能性があります。
 何かの記念ということでよろしければ、是非。

●プレイングボーナスについて
 戦場一覧(https://tw6.jp/html/world/event/020war/020_setumei.htm)からお好みの戦場のプレイングボーナスを1つご指定ください。⑤ ⑥等番号だけでも結構です。
 空間そのものが選択した戦場のようなそれへ変わるので、突然子どもが歩いてきたり番組が始まったりする状況に対応してください。

●第1章について
 まさに百鬼夜行状態で、大小様々な妖怪がひしめいて妨害してきます。カードゲームの相手をしたりターボ移動したりも彼らが担います(⑥花見⑦月見⑩の日常系には出現しません。⑧語らいは共闘する場合のみ出現)。
 切り抜けて『大祓骸魂』と戦ってください。日常系は戦わずにダメージが与えられます。『大祓骸魂』のサイズ感ですが、当シナリオでは人間大として扱います。
 他の妖怪と違い『大祓骸魂』は倒しても救出不可能です。

●その他
 真の姿が関係する戦場、喪った想い人が関係する戦場はそれらの設定についてプレイングにてお教えいただけますと助かります(アドリブなんでも可の場合は文頭に★)。
 セリフや心情、結果に関わること以外で大事にしたい/避けたいこだわり等プレイングに添えていただければ可能な範囲で執筆の参考とさせていただきます。
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第1章 ボス戦 『大祓骸魂』

POW   :    大祓百鬼夜行
【骸魂によってオブリビオン化した妖怪達】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[骸魂によってオブリビオン化した妖怪達]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD   :    生と死を繋ぐもの
自身が装備する【懐刀「生と死を繋ぐもの」】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ   :    虞神彼岸花
【神智を越えた虞(おそれ)】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を狂気じみた愛を宿すヒガンバナで満たし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。

イラスト:菱伊

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ナイ・デス

親分さん、妖怪軍団さん……世界を救うため、骸魂を飲み込んだ彼らが、ここに
戦いましょう

……一緒に!

『光をここに』
親分さん達、百鬼夜行妖怪軍団さん達を【浄化】して、味方に
【覚悟、激痛耐性、継戦能力】代償は、再生して
光を放って【推力移動】大祓骸魂さんへと、迫ります
懐刀を受けても、本体が受けなければ無事
でないとしても、即死はしないけれど
【第六感】で察知して、可能な限り避け、鎧で防ぎ、切り抜けて

オブリビオン化で歪んでいると、思いたいですが
あなたの愛は、わかりました
遂げさせては、あげられませんが……覚えておきます!
だからあなたが、永遠に、お眠りを……!

優しく、骸の海へおくれたらと
聖者の光で、虞を撃ち祓う




 ちいさな身体に世界を背負えるだけの覚悟を抱えてきた。
 はやく、はやく。二つの世界に立ち込める暗雲を払いたい!
 逸る想いでスカイツリー・ゲイン塔へ飛び込んだナイ・デス(本体不明のヤドリガミ・f05727)を待ち構えていたものは、一歩先の床へと突き刺さる歓迎の刀と。夥しい数の妖怪たちが築き上げた、高き肉の壁であった。
「皆さんっ! それに、あなたは!?」
『ここを通りたくば、儂らを討ってからにゃあ』
 東方親分によく似た猫又女が、虚空より新たな刀を抜き出しながら四つ尾を揺らす。
 まさか。世界のため敢えて骸魂を呑んだ彼女とその子分らは確かに猟兵に破れ、納得のうえで世界の命運を託した筈。ならばこれこそが空間の歪、過去より出でた可能性のひとつだとでもいうのか――……考えている暇は、ない。翳される号令懐刀が悪霊衆を召喚し、ナイの見る空を真っ暗闇へと塗り潰す。

「……ええ。戦いましょう」
 ああそうだとも、考える必要だってない。

「――、一緒に!」
 光を、ここに。

 迫り来る虞の渦に目を逸らさぬナイにだからこそ、その先の光が見える。呼べる、取り戻せる。
 巡り、巡って、白き聖者のうちより溢れた光は刹那にして空間中をもう一度染め変えた。雷に撃たれたようにして身動きを止める妖怪たちが、がくん、と頽れかけた。
『な……』
「さぁ。頼ってもいいですか? "東方親分"!」
 その手を繋ぎ、引っ張り上げるのはナイだった。
 手を取られた側が目まで白黒させるのは束の間だけ。聖なる光によって今を生きる者としての己とリンクした猫又は、ナイの手に両の手を重ねる風にしてぐっと握り返して、力強く頷いた。

『おみゃーら! 生きる気で猟兵さんを援護しろ!』
 金属同士が擦れ合う、ひややかを越して寒々しい風の声。大祓骸魂が追い風に乗せた懐刀・生と死を繋ぐものの複製体は妖怪軍団以上の数で、きっとナイだけで捌いたのなら一歩ごとに次の肉体へと生まれ変わっていたことだろう。
 だが今は、共に戦ってくれる皆がいる。
 東方親分が、悪霊衆が、獄卒衆が、どろん衆が、それぞれの全力で刀を打ち落とす。ナイという希望の光の通り道を作り出す。
「ありがとうございます! 私も、必ず」
 必ず、応える。
 奇跡の代償として支払った血を強気な瞳のまま拭い去り、一層の光を放ちつつ道を飛びゆくナイはただ一点、大祓骸魂を見失わないだけでいい。娘もまたナイを見返している。――ようで、そこに灯るものは悲願を阻まんとす邪魔者への憤怒ではない、叶ったあとの夢に蕩ける甘い狂愛ばかり。
「あなたの愛は、わかりました」
 オブリビオン化で歪んでしまったのか、はたまた。あまりに旧く誰もに忘れられてしまった究極妖怪の真実はきっと永遠にわからない。決して遂げさせても、やれない。けれど今の彼女を、その想いの強さを"存在しなかったもの"と世界から切り捨てぬことは、今を生きるナイが約束してやれる。
「私が……覚えておきます! だから、ッ」
 ブチンッと飛んでいった半身を振り返りもせず、言葉を届けるナイ。
 見ていてはキリがないのも実情だ。妖怪軍団の誰より早く速くと近付くほどに、研ぎ澄ませた超感覚で読み、避けておいて尚、強まる白刃の嵐に毎秒身体が千切れ飛ぶ。血煙が光を呑んで、光が血煙を割って――無限にも思える死と再生を支えるもののひとつにはきっと、大祓骸魂の尊ぶ愛だって含まれているのだろう。
 愛はあたたかなもの。少なくともナイにとって、世界を愛し救う勇者がそうであるように。
「だからあなたが、永遠に、お眠りを……!」
 己がすべてを光球と投げ出して、ボロボロの聖者が翔け抜けた。
 合間に並ぶ懐刀の護りを灼き切って、虞の暗雲をも撃ち祓う。最後に娘が触れる世界が、やさしい、やさしい光に満ちよと希いながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルイス・グリッド

プレイングボーナス⑦

妖怪達の気持ちを無駄には出来ない
愛しいからと勝手に連れて行くな、少なくても俺はその愛を否定する

SPDで判定
俺は孔雀輪で飛行しつつ【空中機動】【空中浮遊】、【迷彩】で隠れる
義眼と視界を共有したリンクアイの【暗視】【視力】を使い【偵察】【情報収集】
リンクアイは【動物使い】で敵に見つからないように行動させる
敵を見つければそのまま指定UCを発動して逆奇襲、義眼のメガリスの橙の災い:爆破【爆撃】で【範囲攻撃】
その隙をついて俺も【ダッシュ】で接敵
剣に【武器改造】した銀腕で【怪力】【鎧無視攻撃】を使い敵を【切断】する
防御は風の【結界術】や【オーラ防御】を併用して行う




 例えば、詩人はこの景色を絶景であると評するのだろう。満月に照らされさやさやと揺れるすすき野は、穏やかな金波の海のようで。
 しかしその海に潜む獣の息遣いを、ルイス・グリッド(生者の盾・f26203)は確りと捉えていた。揺れ動くすすきの本当の姿は、亡者たちの手招きだ、とも。
「行こう」
 ここまで辿り来た道を思えば、一分一秒と立ち止まるわけにはいかなかった。
 様々な妖怪に出逢った。拳を交え、打ち倒し、最後にはその手で手を取り、その度に積み重ねた誓いはこんなハリボテの塔よりもずっと高い。――己の胸をぐっと一度だけ叩き、ルイスは地を蹴り飛ぶ。
 宙へ躍らせた身体は軽々すすき野を飛び出して、更に宙を踏み蹴って月をも背負う。心の昂りそのままに回転数を上げる車輪型メガリス・孔雀輪が両脚にて翼を担い、金の火の粉を零した。
 空色に溶ける外套は不可思議な力で見る者の視覚を混乱させる。長くは騙せぬが、十分だ。飛び抜ける空より、予めすすき野の中へ潜らせておいたリンクアイ――文字通りにルイスの"目"となるデビルアイを通して索敵を続けていれば、大型の鎌鼬のようだ、身を屈め獲物を待つ無数の妖怪を探し当てた。
「少し痛むだろうが、これが最後だ」
 目覚める頃には彼らの愛する故郷が救われていることを、内心でまた誓いのひとつと積み上げ、放つ。
 ルイス自身の左目の義眼とリンクアイ、双方が橙に光瞬きて巻き起こすメガリスの災いは、此度爆炎の姿をして。天と地より十字に生じる不可視の狙撃。未だ逆奇襲の可能性に気付けていない鎌鼬たちはさぞ驚いた筈だ、否、驚く間もなかったか。
 一手のうちに薙ぎ払われたことで日の目を見なかった鎌が、ぼろりと炭化して崩れるばかり。
 切り開く意志を込めた炎が空間の歪みまで焼き正したらしい、ルイスの左目は次に、焼け野原と化したすすき野の只中に立つ娘を映す。
「……捉えたぞ、大祓骸魂」
 いる、――と、そう視認した瞬間に猛烈な虞の嵐が吹き荒れた。
 存在ごとぐんと後方へ、過去へ吹き飛ばされそうなその暴威。だが、おそれはしない。火花を散らすほどに唸る孔雀輪と心を担うヴォルテックエンジンが、魂の衝動が、一層力強くルイスを進ませる。
「ッッおおおお!!」
 嵐を裂いて、往け! 義眼が幾度も橙へ煌めく。
 夜空を埋め尽くす大祓骸魂の白き懐刀、生と死を繋ぐものが無限だとでもいうのなら、同じだけ爆ぜさせてしまえばいいと。酷使する左目から伝い落ちる血の雫すら重ねる爆風に蒸発させ的へと落ちてゆく、白飛びする世界の中で右腕の銀腕が色を持って振り抜かれた。

 ギャギイッ!

 手応えは、――――鈍い。
『死した者 あなたの硝子の目にも 世界は愛おしいですか』
 白に浮き出た紅の唇が微笑んでいる。薄らと血を流しながらも銀腕を掴み取った巨大な鬼の腕が、見える。
「愚問!」
 しかしそうと目で見て知るより早く、流体金属である銀腕をするりと抜け出させていたルイスは再形成する刃で二の太刀を見舞った。
 瞬きに満たぬ間だ。バタタッ、と、飛沫く血が娘の白無垢をも紅へ近付ける。
「俺は俺のために戦ってるんじゃない」
 すうと細められる鬼灯の瞳。リンクアイには綺麗な夜空と、焼け残って己が背に迫る刃の煌めきが捉えられていた。
 それでもルイスは限られた一瞬を生者のためにと使い切る。孔雀輪より噴き上げる火の風が僅かな距離をも前へ飛ばさせ、本物の骨が残る四肢も軋むほど、ぐっと速く振りかぶる銀腕の鋭さを、増させた。
 愛おしいから? 身勝手な理由で死へ連れる大祓骸魂の在り方を、真っ向から否定してみせる。
「誰かが生きて、愛している世界のためだ」

 音が――。
 切断、衝突、そんな範疇を通り越した破砕音が響き渡る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

水鏡・多摘
㉑UDC-Pやエージェント達と協力して戦うこと
…これはエージェント達やUDC-Pまで取り込まれておるのか?
何とも規格外じゃが殺させはせぬ。

まず混乱しつつも集まって異常に備えているだろうエージェントに事情を説明。
妖怪の群が襲い掛かってくるからそれを食い止めて欲しいと要請。
UDC-Pの力も借りれるなら借りたいが…取り込もうとしてくるなら護衛するよう布陣するのがいいかのう?
拠点の守りは我が結界術で結界構築、符に降霊させた式神にその維持を行わせる。
大祓骸魂の軍勢が来たら破魔のブレスで牽制しつつ突撃しつつ、
支援射撃で軍勢に穴が空いたら一気に突撃し最大火力のUCを叩き込んでくれよう。

※アドリブ絡み等お任せ




 まるで昔話の再来のように暗雲の空をゆるりと泳ぎ、塔へと飛び込んだ龍神、水鏡・多摘(今は何もなく・f28349)。
 喉奥蓄える破魔の神気は今か今かと怨敵の登場を待ち煮え立っているというのに、どうだ。空間の捻じれとやらは、まだその時ではないとでも云うのか、多摘を無機質な屋内へ通した。
「此処は――……」
「ああっ、あんた話に聞いてた猟兵さんか!? 力を貸してくれ、侵入者が!」
 必死に駆け来る青年を理知的な硝子越しに見下ろす龍神は、ひとたび、尾をうねらせては思考した。
 成程、青年の胸元のカードからも事態は把握出来る。此処はUDC組織の施設内。おそらくはその職員ごと捻じれへ巻き込まれ、ならば侵入者とは彼らには視認出来ぬUDC-Null、すなわちオブリビオン化した妖怪を指す筈だ。
 となれば。
『……。どうしよう、ボク……』
 当然、UDC-Nullが取り込まんと狙うUDC-Pが保護されているという話になる。
 職員の陰にぎゅっと隠れるようにして漂う子龍、正しくはドラゴンのぬいぐるみといったところか。ボタン目のこれがUDC-Pであると、猟兵としての勘が多摘へ告げていた。奥には棍棒を振り上げる鬼たちの影。時間が無い。宙で身を翻した多摘は、四つ指の手をついと子龍へ突き付けた。
「童よ。戦えぬか。戦うことが恐ろしいか」
『へっ? う、……うん』
「その及び腰故に喪う宝があるとして、汝は何れを強く恐れる。宝を想うならば戦うがいい。……悔いてからでは、遅いのだ」
 只人は酷く、脆い。嘗て無力と喪失とを知った旧い神、多摘はそれきり鋭い眼差しを迫る妖怪らへと移せば、鮮やかな装束より次々に流れ出す龍符を用いて結界を築き上げる。
 バチィッ! と、見えぬ壁に腕ごと得物を焼失させられ驚く鬼たちと、驚き見遣るUDC-Pに職員たち。
「そ、そこに居るのか?」
「そうじゃ。銃を持つ者は撃ってみよ、外す方が難しいのでな」
『あっ――ボク、ボク手伝えるかも!』
 望んで前へ出た子龍はうんと大きく息を吸って、吐いた。口元から飛び出すはブレスではなく糸の束、それらが鬼へ巻きつけば、職員にも侵入者の輪郭が見えてくる。すかさず光線銃が数多の光を咲かせては消えて。倒れる鬼が骸魂を吐いた。
 よくやった! と撫でられる子龍がはしゃぐ様が、多摘にはいくらか眩しい。
 人間から願われ、人間を護り、愛し愛され――……あの頃から随分と遠くまで来てしまったものだ。
『おじいちゃん? 次は』
「うむ。後は喰われんように心掛け、時が許す限り永く、共に生きるがよい」
 この場は頼んだ。子龍へどこか柔らかく返した多摘はぐわりと身を捩って、歪みの広がり始めていた高き天井へ翔け昇る。
 結界は符に降霊させた式神たちが維持してくれる、とあらば。
 向かう先はひとつきり。

 空間の"蓋"が、硝子同然に突き破られる。
 躍り出た頂にて神たる二者は巡り合う。悪霊に堕ちたとて、さだめを放り出した覚えはない。たとえこの地に(あの地に)暮らす(暮らした)人々が愛を忘れようと――。
「汝の愛なぞで穢せると思うな、大祓骸魂」
 ――多摘は決して忘れない。
 UDCアースに害為す邪神を滅ぼすべく。荒魂と化した龍神は降り落ちるように夜空を泳ぐ。咆哮が、吐息が天を劈いて神罰めいた雨を招けば、地に狂愛を糧とし咲いたヒガンバナを枯らしてゆく。
 天と地の狭間に惑う妖怪も同様だ。神気により削がれた骸魂では満足に力を発揮出来ず、相手取るUDC-Pや職員たちの助けともなったろう。
『あなたも 流る時が惜しいのではありませんか』
「我は唯、恨めしいばかりよ」
 憎いとも。去っていった者たちがではない、何ひとつ護れず潰えた己自身が。
 故に贖う。大祓骸魂のソレが悲願であるならば、多摘のコレもまた悲願。
 睨み合う神と神。ぞるりと娘の周囲に湧き出る新手の妖怪を、しかし下方から伸び来た糸が、光線が牽制する。――ああ、だとしても誰かから信じ頼られているということは、やはり多摘にとって心地の好いものだ。いくらでも強く在れるように思う。失った力が身体中を漲るような……今ならば。
「昔話は終いじゃ」
 糸と光を導と辿るが如くに、虞をこじ開け多摘がゆく。渦を描いて畳まれていた龍尾が大きくしなって振り下ろされる。
 鞭と呼ぶには重すぎた。込めた力も、想いも、さながらそれは神の槌。
「去ね」
 いついつまでも人のため。

成功 🔵​🔵​🔴​

渦雷・ユキテル
選択プレイングボーナス『㉑UDC組織を救え』
こらこらっ、Pちゃん(仮称)を取り込もうなんてダメですー。

今回は守るために戦ってあげようじゃありませんか
あたしの貴重な防衛シーンですよ!変わらず無理のない範囲でですけどね
獲物はクランケヴァッフェ。今回、刺突にはそう期待してないんですけど
攻撃を受け流したりする役【見切り】には立つかなぁって
ピンチな子は夜色外套へどうぞ。隠してあげます

恋心で世界を滅ぼそうなんてロマンチック
ある程度共感はできますけど、お手伝いする気にはなりませんね
だーってあたしとセンス合わなそうなんで!理由なんてそれで充分!
あげられるのは弾丸と迸る電流だけ【属性攻撃】

※アドリブ等歓迎




 施設、と名付けばどこも薬品のにおいがするものだと思っていたけれど、ここは潮の香り。
 多分――、を心の中でだって付け足すのは、あまり世界中の"本物"に馴染みがないから。
 あたりを見回しながらなんたら塔の自動ドアをくぐった渦雷・ユキテル(さいわい・f16385)を待っていた風景は、とあるUDC組織の研究施設だった。これが悪夢の入口ではないとユキテルに気付かせるのは、すれ違う職員たちが自分に無害であることと、大事に隠されるように奥まった扉から顔だけ出してこちらを覗く子どもの存在。
 知らないその子は入院着で、土砂降りの雨に打たれた後みたいに萎んでいる。
「こんばんは? どうしました?」
『こわいひとたちが来たの』
 歩み寄ってみれば分かることがある。この子どもはUDCだ。そして人間にとって害のない、UDC-P。
 ユキテルが屈んで目線をあわせ声を掛けていれば、つ、と子どもが通路の先を指差す。照明の落ちた暗がりから染み出たように、先ずは太ましい足が伸びては床を叩いた。ぬうと現れる全貌を妖怪で分類するならば、鬼であろうか。
「ああ……ホント、こわいですよねぇ」
 その手が引き摺る棍棒が血の線を引いて、近付くほどに嫌なにおいが混ざるのが嫌だと、思った。

「――下がって!」
 ユキテルは、直ぐに点滴台状のクランケヴァッフェを蹴り上げれば穂先を敵へと向け駆け出す。
 たぷんと揺れたショッキングピンクの海は足元弾ける雷光とおそろい。花のように、星のように、まだ掴めぬ本物代わりのなぐさみに。情報通りUDC-Pを取り込むのが目的だというのなら、はいそうですかと差し出せはしない。だって、こわがってる。
 出迎えに振り下ろされたのろまな拳をめくるようにして掻い潜れば、がら空きの脇へ穂先を突き入れるくらい簡単だった。あとは――バンッ! 直に流し込む電撃はさぞ美味かろう。
「カメラは生きてますか! あたしの貴重な防衛シーンですよ!」
 なんて、あくまで無理のない範囲で、がモットーだけれど。反撃のけたぐりを抱える柄で受けて、ビリビリ痺れる両腕でそれでもと払い返す。ひとり奮戦するユキテルの目の前で、不意に鬼の頭部がぽわりと湧いた水泡に包まれた。
 これは、
『がんばって。おねえちゃん』
「Pちゃん! 助かり、――ますっ!」
 UDC-Pの支援! 酸素を求めもがく手が手放した棍棒を更に遠くへとぶっ飛ばし、踏み込むユキテル。水をたっぷり吸った大鬼は、そうしてユキテルの手が二度炸裂させた借り物の眩い光に黒焦げになって倒れ伏すのだった。
『だいじょうぶ?』
 たった、と寄ってくる子どもを一拍見つめたユキテルは、徐に取り出した夜色外套を翻す。
 ぱさりと包まれば光学迷彩の力で子どもと自分、ふたりきりで世界からすこしの間かくれんぼ。
「気を付けて。まだ、近くにこわいやつがいるかもしれません」
 それと。
「……今なら逃げちゃえますよ? 外にだって」
 内緒話をするように耳打ちすると、くすぐったそうにした子どもはふるふる首を振る。みんなといるのがすき、と。そう。
 だから、答えにぱちりと瞬いたのはユキテルの方だった。研究に協力って? どんな実験をされているの? 毎日何を食べて、誰と笑いあって――――聞いてみたいことは山ほどあったけれど、でも。
「そっか。大事にされてるんですね」
 本当に血のにおいがしない。なら、良いやと思った。

 潮の香りに白檀の仄かな甘やかさが混ざったのは、そのときだった。
 風に捲られる外套の向こう、打って変わっての都会の夜景を背に大祓骸魂が立っている。話に聞いてはいたが、空間の捩じれとは成程、本当に夢のように断片的だ。
「今日のは悪夢じゃなくてよかったですけど、ね」
『永遠の終わりには 望む夢だけ見ていられます』
 大祓骸魂のもとより暗雲にも思える虞が立ち込める。
 恋心で世界を滅ぼそうなんてロマンチック、ある程度共感は出来ても、綺麗な星空を自分から隠してしまうなんて――ああ、やっぱり相当にセンスが合わないようで。ホルダーを離れれば手に馴染む、Cry&92はもう準備万端。
「お断りします。あたし、立派な足と夢があるので」
 走って、走って、辛くたって走って! たまにちょっぴり幸せで。そんな日々の先でいつか"彼"と。この世界で、現で叶えると誓ったの。
 夜空を翔ける願いの星のひとつのように、恋色の電流を乗せた銃弾が飛び立った。

成功 🔵​🔵​🔴​

リオネル・エコーズ

愛してるから永遠に
そういう愛もあるって戯曲とかで知ってたけど
それを世界規模で、か
凄いね

目についた引き出しや棚を超漁って駄菓子探し
家族のみんなごめん
今だけお行儀悪い子でいさせて!

…あ、あった!

見付けた瓶詰め金平糖(大)を瓶ごと確保
ぴかぴか点滅してるけど迷わず蓋外して全部ザバアと出す
喚んだ流星と一緒に大祓さん目掛けて飛ばせば
いつもより速くてパワフルな流星一団の出来上がり

虞は見えなそうだけど感じられる筈
当てられる前に金平糖の一部を弾けさせて相殺したいな
他は流星と一緒に全部全力で大祓さんへ

貴方が世界を連れて行こうとしたように
俺はこれからも世界が続いてほしい
だから
俺なりの愛で、貴方の愛を止めてみせるよ


コノハ・ライゼ


永遠に、ネェ
そーゆーのも嫌いじゃナイけど死んだら喰えないもの、だからオコトワリ

何が出るか、どこかわくわくと踏み込んだ先は駄菓子屋迷宮
駄菓子兵器!食べ物が武器(物理)だナンて超浪漫

色とりどりでどれも素敵ダケド使うならコレ、串の剣先いかネ
【翔影】で喚んだくーちゃんらにはパチパチのラムネ菓子爆弾を持たせ
敵へと投下し道を開いてもらおうかしら
隙つき合間縫い、時には飛ぶくーちゃんらに足場になってもらって大祓骸魂の元へ
長剣ほどの串イカで大きく斬りつけたならその勢い殺さぬまま2回攻撃
傷口を抉るよう串で刺し貫き生命を頂戴するわネ

斬っても良し刺しても良し、ついでに喰らってもヨシってトコ?
一人旅への餞別に、ドウゾ


オズ・ケストナー

わあ、おかしがいっぱいっ
これ武器なの?

あれもこれもぜんぶすきだけど
ひとつ選んでバズーカ装着
えーいっ

飛び出す雲みたいなふわふわ
妖怪を包み込んでから
雷雲みたいにパチパチッとはじけちゃう

しびれてうごけなくなっちゃうでしょ?

ほんものの駄菓子もあったらつまみぐい
うん、だいじょうぶ
いけるよ

打ちながら駆け抜けて大祓骸魂の元へ

あいしているから?

いなくなるのがこわいって気持ちは、――わたしもある
すきなひとには生きていてほしい
なるべくたくさんの時間を

でもそのためにこわすなんて
生きていたものをこわしてえいえんにするなんて
そんなの、ぜったいにダメ

あいしていたって、そんなわがままはきいてあげられないよ
ぜったいに止める


クロト・ラトキエ
★⑬

駄菓子屋が迷宮で武器庫…
話だけは聞いていましたが、何とトンチキな。
まぁ何物も扱えねば、傭兵の名折れです故。

先んじた利を活かし、妖怪の駄菓子を鋼糸で絡めて、
奪い取るなり、断ち斬るなり。

円筒スナック(めんたい味)を砲身に、
支脚は一口でいけるサラミで。
シュワっと泡立つ飴玉を砲弾に…
えぇ、コンプライアンスは大事にしてます!

集め組み立て、大型銃砲一丁!
それでは皆さんも迷宮の壁も…
纏めて吹っ飛んでくださいませ
――捌式!


大祓骸魂…
その視線を、意識の向きを。手足の挙動、攻撃の兆し…
視得るもの全て、取り零しやしない。
鋼糸を塔や周囲に掛け、鉄も空も足場に…
彼女を見切り、撃つ。

お別れの時ですよ
  エゴ
その愛と




 こ こ は ――――!!
 塔へ踏み込んだかと思った途端、異空間へざらっと放り込まれていた四人の猟兵の間に電撃が走った。この、古めかしくて奥でおばあさんがそろばんを弾いていそうな佇まいの民家は!!
「出たっ……話だけは聞いていましたが」
「わあーっ。ねえ、ここっておかし屋さんだよねっ」
 有事の際に迷宮化するとかいうカクリヨファンタズムの駄菓子屋改め武器庫。
 ご丁寧に氷旗まで出ている。なんてところへ振り分けられてしまったんだ、トンチキオーラによろめいて額を押さえるクロト・ラトキエ(TTX・f00472)を余所に、オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は瞳をキラキラさせて大はしゃぎ。
 残る二人はどちらかといわずともオズ寄りだ。
「イイわよネェ、平和なときにゼヒ来たいくらい」
 コノハ・ライゼ(空々・f03130)。
「そのときは誰かにお財布を握ってもらわないと……!」
 リオネル・エコーズ(燦歌・f04185)。
 この順応性の低さを老いだとは思いたくない。クロトはかぶりを振れば、年長として冷静に声を一段落とした。
「失礼。念のための確認ですが兵器ってどう探せばいいんでしたっけ。来たことある方います?」
「ンー。一番オイシイ子を食べて探すンじゃなかった? 来るの初めてだケド」
「一番ビビッとくる子を見つけるんだ、入るのは初めてだけど!」
「わたしもないよー、たのしみだねっ」
 入ったはいいが出られるのか?
 まずい。そうこうしている間にも妖怪たちが駄菓子兵器を確保しているかもしれない。まずいぞ! ひとまず顔を見合わせた四人は、引き戸の開け方に苦労したりなんだりしながら店内へと突入してゆく。

 うそうそ、冗談ですよ。一番強い駄菓子兵器を試して得ればよろしいんでしょ?
 ――なんて声が聞こえてきそうなくらい、流石は経験を積んだ猟兵だ、いざ探索を始めた四人はてきぱきと行動していた。妖怪への警戒と牽制、駄菓子漁りは常にセットで進めながら狭く薄暗い道を切り抜ける。
「みてみて、これ、にょーんって!」
「まぁスゴいカラフル、ドコまで伸びるの? アラ味もフシギ」
 ……たまにつまみ食いも捗るが。
 おいしい! 食べ物が武器(物理)だナンて超浪漫! ねー! ネー!
 オズとコノハが練って食べる知育菓子のようなブツでみえない尻尾をふりふりしている背では、棚や引き出しを第六感やら見切りやらをフル動員して超速で開け閉めするリオネルがいる。年季が入り過ぎて苔むした木箱を開けるときには覚悟も必要だ。その点、リオネルという男はすべてを兼ね揃えていた。まさに駄菓子屋の申し子。
 あれでもない、これでもない!
(「家族のみんなごめん、今だけお行儀悪い子でいさせて! 俺の思い描くさいきょうの駄菓子兵器は――アッ」)
 た!!
 と、手を伸ばした先の硝子瓶が僅かに指先届かず弾け飛ぶ。
「ぅ!?」
「おっと、流れ弾がいきましたが無事です?」
 皆がやたらマジになって選ぶので必然、妖怪を食い止める時間の増えるクロト。
 今の銃撃ならぬガチガチした梅投げは物陰からこちらを狙う小鬼のものか。使えるものはなんでも使う傭兵精神の染み付いたクロトはといえば、今もまた適当に暗闇に手を突っ込んで引っこ抜いた円盤状のチョコレートを手裏剣のように放ってサクサク反撃している。仮に避けられたとて、同時に放出した本物の仕事道具たる鋼糸が妖怪の駄菓子兵器を弾き転がし回収する寸法だ。無駄がない。
「や、やばたに……ううん、大丈夫。星の煌めきは砕けたときが一番強いから!」
 一瞬は放心したリオネルであったがせっせと瓶の中身――金平糖(大)を掻き集める。
 一方。
「おまたせっ、これで負けないよ!」
「コチラもバッチリよ」
 ガチャコッ。
 時を同じくして、菓子にあるまじき音を立てて構えられたるは、オズの抱えるバズーカ砲だ。どうやらチョコレートを塗したスナックで出来ている。穴からきらりと七色に輝き覗くものは?
 じゃじゃん! 答え合わせは実際に撃ち出してから、ふわんふわんと妖怪に飛びついて包み込んでしまうパチパチの雷雲だ。
 重ねてコノハの手元から飛び立った無数の黒影の管狐くーちゃんズも、それぞれに襟巻のようにパチパチのラムネ菓子爆弾を持って爆撃機と化す。かなりかわいい。
『ウワアアアアア! ……あ、おいしい』
「だよねっ」
 ハイタッチするオズとコノハとエリマキクダギツネ。ばたばた倒れてゆく妖怪たち。
 電撃麻痺攻撃が広範囲に及んだことで道は一気に開けた。
「お見事、時間を稼いだ甲斐もあったってもんです」
「――! 皆、あそこ」
 雲のふわふわを髪にくっつけつつもニヒルに笑うクロトの隣、腕一杯にぴかぴか光る金平糖を抱えたリオネルが声を上げた。視線の先にはいつの間に空間の捻じれが繋がったのか、淑やかに花嫁衣装の娘が佇んでいる。
 ――――究極妖怪、大祓骸魂。


 場の空気が、変わる。
 いいや。強大な虞によって変えられたのではない、猟兵が、己の意志で表に出しただけというべきだ。
「大祓骸魂……」
「愛してるから永遠に。そういう愛もあるって戯曲とかで知ってたけど、ね」
 伊達や酔狂で駄菓子を兵器だのと宣っているものか。
 すべては世界のため。
 クロトとリオネルの呟きへ目を細めた娘の周囲に蠢く暗雲から、ぞろりぞろりとおかわりの妖怪たちが這い出てくる。身を捧げ骸魂に支配された今、故郷を愛する心は歪んだ形で大祓骸魂と同化してしまっているということか。駄菓子兵器を持たずとも確かな力を感じさせる彼らへ、オズが身振り手振りを交え訴えかける。
「みんな、目をさまして! たいせつなんでしょ? だいすきなんでしょ?」
 声がうまく届かないとは知っている。だがどうしても、胸が――心が、苦しくて。
 あいしているから? そんなの、だからって。
「ここは僕にお任せを」
 純真なミレナリィドールの肩をそっと押して前へ出るのはクロト。堂々とした台詞には理由があった。先の駄菓子屋道中にて色々使った結果、クロトもこれと言える兵器を手にしたのだ。
 コンプライアンスを大事にしたオトナの一品。砲身に円筒スナック(めんたい)! 支脚に元々は一口でもいけるサラミ! 砲弾にシュワッと泡立つ飴玉! その右手に組み上がっていたブツは見た目からしてパーティーな、大型銃砲であった。
「大丈夫。起きた後、それこそ菓子でもつついて語り合える筈ですから」
 心優しい君ならば。なのでひとまず一旦、纏めて吹っ飛んでくださいませということで。
 構え、撃つ。――捌式!

 ドオウッ!!

 鋼糸も困惑しただろう、飴玉と一緒にスナック菓子から撃ち出されて。地対空ミサイルもかくやの白煙と衝撃波(多分泡)を発して射出された飴玉と鋼糸とが、一息に妖怪の壁を薙ぎ払う。サラミは吹っ飛んだ。
「永遠に、ネェ。そーゆーのも嫌いじゃナイけど死んだら喰えないもの、だからオコトワリ」
 その隙を逃さず、べ、と舌を出したコノハが白煙のうちに姿をくらませながら駆け抜ける。すこしといわず甘い煙に口角を上げて。
 ひゅおんっと両手に回すのはくーちゃんズに持たせてやったのとは別、自分用にと選んでいた串の剣先いか。これは強い。なんてったってげそではない分幅もある。横合いからあてずっぽうで撃たれる餅のような四角いグミ弾も弾けるし、なんなら貫いて好みなカラフル串にしてしまっても良い。
『そう 分かり合おうなどと 思わぬことです』
 背後に控える巨大な鬼の腕に自らを抱かせることで捌式の直撃を防いでいた大祓骸魂は、何の予備動作もなく膨大なる黒き虞を槌か拳のように振るった。
「ダメだよ」
「させない」
 しかしそれをオズのチョコバズーカが撃ち出した光線とリオネルが投擲した金平糖が止める。
 相殺して爆ぜ散る光と星は尚、美しい。諸共散った虞は一粒ずつの種となってヒガンバナを――狂気の愛を花咲かせてゆく。
「くーちゃん!」
「一緒に!」
 コノハの呼びつけに飛び出す管狐が黒影ならば、リオネルが翼で風を打ち重ねる力は影をより濃く強くする光。
 淡い明滅から誰もの目を惹く極光の七彩へ。抱いていた金平糖たちが満を持して共に夜空へ浮き上がれば、満天の星々がひとつきりの大祓骸魂を取り囲んだ。
(「世界規模の愛……凄いよ。でも」)
 眼下に家々の灯がみえた。首から下げた鍵が、揺れる。
 ひとつの世界がなくなるということは、そこに暮らすひとりひとりの灯が無くなるということ。自分の立場ならばどうだ。リオネルにも見失いたくない、守りたい、帰りたい家が遠くとも確かにある。
「――。貴方が世界を連れて行こうとしたように、俺はこれからも世界が続いてほしい」
 だから。
「俺なりの愛で、貴方の愛を止めてみせるよ」
 夜が明ける前をしらせる、羽ばたきに、歌声に。
 連れられて星が降る、降る、降る。降っては砕け、砕けては輝いて。
 管狐たちを空中階段として踏みしめて星空へ駆け上がっていたコノハが見下ろす果てまでだって、どこにも"あの人"がいなくとも、いつかほどには苦しいばかりではなくなった。そうも言ってられなくなった、が正しいか。フッと吐息で笑う。
「まだ、生きるためにも生きてもらわなきゃ……ね」
 幽世での一夜への想いを込め振り下ろすいか串が、甘く辛いたれを撒き散らしながら娘へ迫った。
 鬼の腕すらも間に合わぬ角度、速度。落下の勢いすべてが乗った一撃は流れ込む星々と響き合い究極妖怪にもたたらを踏ませる。それでもヒガンバナが乱れ咲いている限りはここは大祓骸魂の花園だ、返す刃の二撃目は間に合わず握り潰される。
 筈、だった。
「ちょっと失礼」
 振り上げた鬼の腕が衝撃音とともに明後日へと弾かれる。
 鉄柵に掛けた鋼糸を足場にベストポジションを取り、再装填を終えたクロトの駄菓子兵器が火を噴いたのだ。火というか泡だが。
 ついでにすくすく育っていた花々をある程度刈り取ったクロトは、舞い散る花弁を見送るようにして人知れず眸を眇めた。誰かの愛を散らすことに今更感傷など覚えるものでもない。ま、自分も随分と変わったなと思うだけ。
 たたんっ。
 二撃を決め飛び退るコノハと入れ替わるみたく、ただの地面になったそこへ、白い鳥の羽飾りを揺らしてオズは降り立った。
「いなくなるのがこわいって気持ちは、――わたしもある」
 ひらいた両のてのひらから溢れ零れ出す光が、その足元から輪を広げてゆく形で静かにヒガンバナたちを包む。
 すきなひとには生きていてほしい。
 なるべく、たくさんの時間を。
 置いていかれるのは、……辛いことだ。オズという人形は永遠にも等しい孤独をよく知っていて、でも、と明確に首を振った。
「そのためにこわすなんて。生きていたものをこわしてえいえんにするなんて、そんなの、ぜったいにダメ」
 訣別した。
 あいしていたって、そんなわがままはきいてあげられないよ。
 ぜったいに――。声にして繰り返す想いが高める光量はやがて花の海を光の海へ塗り替えて、大祓骸魂を同じ舞台まで引き摺り戻す。

「さようなら」
「一人旅への餞別に、ドウゾ」
「世界のことは、愛し続けるから」

 今しかないと、皆が想いをぶつけるに相応しい術を――――駄菓子兵器を構えた。

 お別れの時ですよ。
   エゴ
 その愛と。

 オズ、コノハ、リオネル、クロトの声で。
 雷雲が湧く、イカは閃き、砂糖の星が流れ、飴玉も飛ぶ。
 楽しい、面白い、綺麗で甘くて辛くてなにより苛烈。駄菓子たちが高めたすべての痛みを身に受けた大祓骸魂は。
『    、』
 笑っていた、ような気がする。
 直ぐに帯となった虞の暗雲が彼女と猟兵を二分して、何かを愛でて懐かしむ風なそれを、二度と確かめることは出来なかったけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

トスカ・ベリル
⑥花見
時よ止まれ、其方は美しい──だっけ
わたしは時計ウサギだからね
願うなら止めてあげる
きみの刻を、永遠に

さあ、饗応せよ
なんてことはない、きみと花見をしたいだけ
宴会、と言ってもお酒は飲めないから、お茶と香りを供するよ
桜の下でティタイムでもどうかな、かわいいお嬢さん

わたしはアリスラビリンス出身の生きても死んでもない擬似生物だけど、
UDCアースは一応繋がりはあるし
嫌いじゃないよ
とても現実的で、汚くて、でも美しい世界
ねえ、きみはUDCアースのどういうところが好き?

好きなのに壊しちゃうなんて
そんな子供みたいな愛し方しかできないのは可哀想
……このまま本当に時を止める力が
わたしにあればいいのに




 ちく。たく。ちく。たく。
 世界の最後の日だと云われても、時計は変わらずトスカ・ベリル(潮彩カランド・f20443)の胸で規則正しい音を立てる。
「時よ止まれ、其方は美しい――だっけ」
 ここは幻朧桜の丘。
 満開の夜桜の方がうんと生き急いで散ってゆく。
 いつもと同じ、ふわりふわりとした足取りで地に落ちるひとひらとすれ違う一瞬だけ遊んだトスカは、桜並木の向こうにひとりきりでいる白無垢の娘へおそれることなく歩み寄った。
 わたしは、時計ウサギだからね。
「願うなら止めてあげる。きみの刻を、永遠に」
 暗雲の如くたなびく虞がトスカのもとにも寄り付いて。痛ましいその闇へ手を触れればトスカは繋ぎ返して念じる。さあ、饗応せよ。いっときのお茶会の席へ誘う香りは、大事で大切な、どんな愛に紐付いている?

 ――桜の下でティタイムでもどうかな、かわいいお嬢さん。

 ぱちんっ。
 究極妖怪ともあろう者が、一歩、不思議と力負けして手を引かれたのは何故だろう。
 瞬いた大祓骸魂の前にはテーブルがあって、卓上にはお洒落なティーセットが広がっていた。既に席についているトスカは、肘をテーブルについて指を組みながら、すこし首を傾げて促した。
「座って。お花見しようよ」
 なんてことはない、それだけ。
 仄かな白檀の香がする。かと思えば炊き立てのごはんのにおいへ、干した洗濯物のにおいへ、夕立の近付くにおいへ。真新しい畳の、瑞々しい新緑の、永い月日待ち望み、ついに咲いた花の。
 大祓骸魂が椅子の背を引いたのは、記憶の頁をめくるようにして次々に移ろう香に誘われた、から?
 鬼灯にも似てからっぽな瞳に消えぬ情ばかりを灯し、束の間、英霊の力で害意を鎮められた娘は主催者へ首を傾げ返した。
『お花見?』
 やり方を忘れてしまった、というみたいに。

 トスカは時計ウサギだ。
 零さず上手にカップへ注いであげたティーポットの中身は、香りと同じで今日はどうやら注ぐ度に変化している。トスカの分は紅茶、大祓骸魂の分は緑茶、麦茶、抹茶、……。何かを探しまわる風にして娘は直ぐに杯を乾してしまうから、猫舌じゃないのか気になったくらい。
 お花見は、お茶会はそういうものだからと、とりとめのない話をぽつぽつした。
 アリスラビリンス出身、生きても死んでもいない擬似生物であるトスカにとっても、UDCアースは嫌いじゃないという話。
 とても現実的で、汚くて、でも――美しい世界。
「ねえ、きみはUDCアースのどういうところが好き?」
『私は……』
 リラックスした様子で足を揺らすトスカと向かい合う形の大祓骸魂は、やはりどこかぼんやりとしている。
 透けるほど白い指先がカップのふちをなぞった。長い睫を伏せて水面を眺める様は、喉まで出かかっている一番大切なことがつっかえてしまって、己を嫌悪するときの人間のそれに似ていた。
『すべてです』
「知りたいな、そのすべて」
 はらはら降り積もっていた花弁をふうっと吹き散らしたのはどちら。
 秒針の音も桜の絨毯に埋もれてしまえば、ひそやかに紡ぎ重ねられる愛の言の葉だけが、進む時の流れを感じさせた。

『たとえば 私の名を呼ぶ 雨滴のやさしさ』
 好きなのに壊しちゃうなんて。
『たとえば 私の肩を抱く 日差しのぬくもり』
 そんな子供みたいな愛し方しかできないのは、可哀想。
『花 ええ――こんな風にして やわらかな 時間』

「おかわりをどうぞ。……」
 どこにでもある筈のものを、ここにしかないと指折り愛おしむ瞳には何が、誰が映っていたろう。
 時計ウサギの手から彷徨える迷い子へ。とくとくと注がれた最後の水面に落ちた花弁が、ゆっくり静かに、沈んでいった。

 やっぱりかわいいお嬢さん。
 きみも気付いているだろうけれど、このつくりものの永遠はその気になれば、いつでも突っぱねることが出来たんだ。

 このまま本当に時を止める力が、わたしにあればいいのに。
 解っていてもわからないことって、いたいね。
 さみしいね。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イア・エエングラ
やあ、や、うつくしい、世界だこと
しらしら降る花弁を指先に
花の降るのとおんなじに
星まで降ってきそうねえ

しゃらと鳴る泡のお酒を切子の硝子へ
つまみに添えたのはプラムコンフェイト
世界の終わりを望むのならば
お星さまを食べても宜しいでしょう?

甘くほどけて舌に残って
そんな世界の終わりの、あるかしら
そしたら僕も、見てみても

――良いかしらなんて
なあ、幾度と咲いて桜の散るなら
一度きりでは惜しかろな
愛し君のいないせかいを
君を想って、泣くのなら

君に逢うまで降り重ねるのも
悪くはないと、おもうもの
ついと乾したら、また注いで

ねえ、星の朽ちるまで
石のこの身の砕くまで
――のんびりまつのも、悪くはないよう




 夜に底などあるだろうか。
 海に降るならば流され沈みゆく花弁も、可惜夜の丘にはしんしん、しんしんとただ降り積もる。

 やあ、や。
 うつくしい、世界だこと。

 指先にひとひら、つかまえた!
 たったそれきりで世界一の宝物を手にしたみたいに、イア・エエングラ(フラクチュア・f01543)はほうと幸せな吐息を零した。
 夜色衣がふわと花風に膨らむ。大祓骸魂の虞でも冒せぬ幻朧桜はその行く路をうすぼんやりと仄明るく照らし、こちらよ、いえいえこちらが一等よと極上の花の席へ誘っている。
「ええ、ええ、ただいま。せっかくの好い夜だもの、順番にお邪魔させてくださいな」
 ころりと笑うイアが抱え直した酒瓶の中、海が揺れた。
 しゃらしゃら浮いては弾ける泡たちに時折桜の淡紅が透ける。昇るもの、降るもの、触れ合えもせず行き違う様はけれど、本当にさみしいばかり?
 とん、とん、とん。
 ノックの代わりに靴音鳴らしてイアが座り込んだ大きな桜の木の下は、何故だか糖蜜めいて甘やかな香りがした。
「ふふ。とっておきをね、ひとり占めしてしまおうかしら――と」
 月光に青色を溶かす切子硝子のグラスを、とくとくと海が、泡が満たしてゆく。
 つまみに添えるは色とりどりのプラムコンフェイト。世界の終わりを望むのならば、お星さまを食べても宜しいでしょう?
 もちろん。最後の逢瀬は、あなたのお気に召すまま!
 ころ、
 ころり、そうと笑い応える風にブリキの囲いで星々が転がった。
 一番、は初めにしようか。大事に大事に一粒までに取っておこうか。青白いイアの指先がそっと摘まみ上げた星もまたつめたく青く、ああ、しかし青いほどにほんとうの星は熱いのだという。触れたならきっと崩れてしまうねえ、と惜しむ声は想い人へ向けるそれ。
「ん。おいし」
 やわらかな声色だった。
 唇寄せる一杯はするりと軽く、それでいてほんのりと、崩れぬ程度の熱を渡す。含んだ星はぱちりと瞬き、砂のようにも綻んで。
 甘くほどけて、舌に残って。そんな世界の終わりの、あるかしら。
 そしたら僕も、見てみても。

 ――――良いかしらなんて。
 想い、仰ぐ満天にこの夜限りでは惜しくなる。
 目を瞑って預ける背にとんと触れる幹は、まだ、逞しい。
 幾度と咲いて散る桜。イアはひとつきり変わってしまって、ゆえにこそ生き続けていて。巡る花の命にまたと立ち会えること、さみしいばかりとはやはり、言えなくて。
 愛し君のいないせかい。君を想って、泣くのなら。
「君に逢うまで降り重ねるのも。悪くはないと、おもうもの」
 ねえ、星の朽ちるまで。石のこの身の砕くまで。
 ――のんびりまつのも、悪くはないよう。

 乾した杯にもうひとひら、つかまえた。
 新たに注ぎ満たすきよらな海とひとつになれば、暗い底へは沈まずに、何度でもイアのもとへと巡り来る。次のお星さまは淡紅のこの子に決めた。微笑みかける囲いの中からころからころ、甘く愛らしい囁きは、さみしがりやの彼女へも、ぴゅうと過ぎた桜吹雪が運べばいい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳仙寺・夜昂

8:あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう。

戦場の中に、嫌というほど見知った影を見つける。
戦いの最中と分かっていても、声を掛けずにはいられなかった。
母さん。
謝りたいことがたくさんあるんだ。
昔、目の色が父親と一緒だって聞いた時に不貞腐れてごめん。
楽させてやりたいって思って、早くに仕事しに出たけど、
結局そうはさせてやれなくてごめん。
……死にたいって、思ってしまってごめん。
それから、それから……。

今は、ちゃんとそれなりに出来てるつもりなんだけど。
なあ、母さん。
俺、あんたにとって誇れる存在になれてるかな?




 薄暗く靄掛かった橋が現れて、初めに覚えたのは、毎日忘れずあげている線香のにおいだった。
 細く頼りない白煙にそっと手招かれるようにして視線が移ろう。そのひと、を見つけたとき、鳳仙寺・夜昂(泥中の蓮・f16389)はどんな顔をしていいか分からずにただ息を呑んだ。
 喪ってしまった、想い人。忘れもしない母がそこにいる。
「母さ――――」
『あら? 夜昂、早かったわね』
 おかえりなさい。ちゃんと手は洗うのよ。そうとでも自然に続けてきそうな、あたたかな空気が肌を撫でる。生前の母ならばこの時間には何をしていたろうか、繕い物であったり家計簿をつけたり、とにかく彼女は働き者だった。
「……ああ」
 ここは戦場のど真ん中。これは幻影。――きっと、まぼろし橋を浄化し先へ進むための。
 頭では分かっている。分かってはいても、握りしめていた錫杖の鈴音すらいまは邪魔に思えて、夜昂は錫杖を静かに欄干へ立てかけた。しゃん、と最後に物寂しげな音が響く。
 ただいま? 一言目はそれで、いいのか。
『また背が伸びたかしら。ふふ、家の柱じゃ足りないかもね』
「……もう記録してねーよ」
 人の気も知らず覗き込んでくる母に、夜昂はがりがりと頭を掻いて目を逸らしてしまう。第一、母と過ごしたあの家は、もう。
 違う。そんなことよりもっと話したいことがあったのだ。話したい――謝りたいこと。
「母さん、俺」
『なぁに、改まって』
 意を決して真っ直ぐ見つめた先の母は、記憶そのままかと思いきやすこしばかり痩せていたかもしれない。着飾るためではなく、家事の邪魔にならぬようにとだけ結ばれた髪に艶はない。
 そこからは溜め込んだ想いが決壊したみたいに言葉がぼろぼろ零れ出た。

 ――昔、目の色が父親と一緒だって聞いた時に不貞腐れてごめん。
 ――楽させてやりたいって思って、早くに仕事しに出たけど、結局そうはさせてやれなくてごめん。
「……死にたいって、思ってしまってごめん」

「それから、それから……」
 ウン十年して旅立つ日まで故人はいつも傍になんて教え、線香をあげていても、そればっかりは嘘であって欲しいと思ったんだ。
 碌な生き方なんてしちゃいない。転んだ後の起き上がり方もやっと身に付いてきたけれど、自分という人間は本当に泥だらけで。僅かな沈黙も耳に痛いと唇を噛みしめる夜昂は、ふっと微かに空気を揺らす吐息に目を瞑った。
『ねぇ、夜昂』
「……ん」
『ハンカチいる?』
「っ~~いらねぇし!」
 どうぞ如何様にも叱りつけてくれ、と思ったのに。
 まさか本当に涙でも零れたなら格好がつかぬと目元を拭う夜昂であったが、指の腹は緊張からくる汗以外で濡れてはいない。茶化すなよ、なんてじとりと文句を吐こうとしても、母がどうにも穏やかに笑うから。飾りの怒気だって削がれてしまって。
『あなたは昔っからそう、辛いとき押し入れで泣いてたの、お母さん知ってたんだからね』
「うっ。バレ、ってかそんな昔と一緒にするって、俺もう二十四で……」
 ――ああ、なんだかんだと二十四、にもなってしまった。
 母はこうして老いることもないというのに。自分の台詞に改めて現実を突きつけられ、声を尻すぼみにして俯きかける夜昂の両肩に、労わるようにしてなつかしい重みが置かれた。
 あの冬の日、自分自身で縄をかけた首筋を辿ってやんわり両頬を包む。変わらない、荒れてかさついた、我が子のためにと泣き言も言わず頑張り続けてくれた母の手だった。
「……母さん」
『いくつになっても同じじゃない。夜昂は私の子ども。大事な、大事な子』
 死にたいと思った。死のうとした。
 この手に、もう一度触れ返す資格があるのか。分からないのなら何度でも教えてあげるというみたく、母の右手がそっと子の左手を取って、つめたく白い片頬に触れさせた。
『あなた、素敵な手になったわ。きっと料理ももっと上手になったわね。傷が多いところだけ心配かな』
「……。……俺、あんたにとって誇れる存在になれてるかな?」
『ふふっ。自分ではどう思う?』
 俺。
 俺は――……。
「今は。ちゃんとそれなりに出来てる、つもり」
 過去から現在までずっと泥塗れのままだけれど、今は生きて、歩いていこうと思うんだ。
 一番聞きたかった報告を一番近くで耳にした母は、記憶より鮮やかに微笑んで。似た色の髪をかきまぜた。
「それでこそ私の自慢の息子よ」
 幼子にするように、やさしく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
★⑧共闘

「じゃあ、シャト。死んで。私のために」

嘗ての無二の朋
苛烈にひとを想う少女
永い運命の捻れの果て
互いに変わってしまったね
でも、こんなに、同じだ

紅玉の長髪を揺らし
緋炎の瞳を細めミュリエルは笑う
僕はその刃を頸に受け入れ
反転する

猛毒のインクを満たした万年筆は鏡写しの左腕に
書く為でなく刺し穿つため
文豪は死んだ
僕は、いいえ、あたしは
貴女だけの親友よ

ミュリエルの握る刃からは焔が迸る
雑魚は私が灰にするわ、と
猛火で視界を染める

あたしは頸から赫を散らして走る
痛い
ああ、生きている

ミュリエル
貴女に逢いたかった
話し足りないの
せめてその彩を灼きつけて
死に損ないを続けるわ

だから
世界滅亡なんて迷惑よ
遍く愛など要らないの




 このまま裸足で焼かれ果てたっていい、そうと思える、燃え盛る焔が照らし出した橋の上。
 どちらが彼岸でどちらが此岸? ――どっちだって同じだったじゃないと、懐かしのひとが微笑みかけてくれる。
『じゃあ、シャト。死んで。私のために』
 ミュリエル。
 揺れる紅玉の長髪、細められた緋炎の瞳。嘗ての無二の朋と向かい合う。焔纏う刃を喉元に突き付けられながらも、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は悲鳴ひとつ上げずに一時を惜しむようにして対岸の少女を見つめ返した。
 永い運命の捻れの果て、互いに変わってしまったね。
「いいよ」
 でも、こんなに、同じだ。
 肌を焦がし付け刃が頸に沈む。思えばこうやって、出掛け先で見つけた安物のネックレスなんておそろいって贈り合って、年頃らしくはしゃいでみるのもよかったな。そんな淡く幸せな空想を思い描くのは僕じゃない、もう、ただの。

 かくん、  裏返る。
 噴き、流る血とともに零れ落ちた"シャト"を浮上させるのは、やはりミュリエルの齎す熱だった。
 鏡写しの左腕には猛毒のインクを満たした万年筆。そうとも。これは書くためでなく刺し穿つため。文豪はたった今、死んだ。
「僕は、いいえ、――あたしは。貴女だけの親友よ」
『逢いたかったんだから。ずっと』
 煮え滾る地獄で手を繋ぎましょう。焼け爛れてひとつに癒着して、そうすれば二度と離れることもないかも。なんて!
 楽しげに笑いあう親友同士は、思春期の狭苦しさに喘ぐみたいにぜえと火の粉を吐いて、共に駆け出した。体が弱かったシャトは優しいミュリエルがペースを合わせてくれても大体背を追う心地だったが、今くらい並んで。
 いいじゃない、ね。
『シャト! 雑魚は私が灰にしてあげる』
「うん、一等見ごろにお願いね?」
 桜には似つかないけれど――、ミュリエルが薙いだ刃が火の鳥の羽ばたきのように焔の花弁を巻き起こす。
 妖怪たちが惑う中、シャトは構わず踏み込んで。躍る、踊ろう、頸より散り落ちる赫も焔もいっしょになって、痛い――ああ、生きている。いつぞやぶりの親友との共同作業はこんなにも。
「素敵」
 突き立てた万年筆がぬりかべ風の妖怪を崩れさせる。業火で焙られたそれは脆く、シャトの視界の端で骸魂がひゅるひゅる昇っていった。爆ぜて花火にも似ている。行先は夏祭りでもよかったかも。ねえ貴女、あたし、さよならの後にも楽しいこといっぱい知っちゃった。怒る? 軽蔑する? それとも。話したいの、ゆっくり。どんな顔してくれるだろう。思い描くには遠すぎて。
 もっと、彩を。
「ミュリエル、まだまだ焔が足りないわ!」
 あたしも貴女に逢いたかったっ! せめてその彩を灼きつけて。
 どの言葉がどこまで声になれているのか、シャトにももはや分かるものか。頸を裂いたことをも悔やむ日がくるとすれば、この一点限りだろう。応えるようにして増す火勢が今日は嬉しくて、明日からも続けられそう。
 まぼろし橋の終わりが、見えた。

 焼灼によって血が止まり、そうして親友はまたねも約束出来ず焔の向こうへ。
 知っている。往くのだから当然だ。駆けるシャトの前には大祓骸魂が立っている。焼かれてしまえば花も灰、いつかの自分のなれの果てを蹴り飛ばす風に強く踏み切ったシャトと娘を遮るものはいよいよ何もない。
 ギギィッ、
 錆びついた音して万年筆の一本と、懐刀を複製したうちの一本とが斬り結ぶなんて変な感じ。
『終わりにしてずうっと ここにいることも 出来たでしょう』
「嫌」
 親友が纏わせてくれた焔をあと一本と数えるのなら、シャトが負ける筈もない。
 押し切ろう――もう悔いぬよう。甘く腐った誘いごと断ち切ろう。
「世界滅亡なんて迷惑よ。遍く愛など要らないの」
 ふたつきりが二度とは手に入らぬまま。死に損ないをさ、続けてゆくから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夕凪・悠那


"彼"或いは"キミ"
デスゲで共闘していた想い人
想いは告げられず、自覚したのはつい最近

ただ、見ていてほしい
吞まれないように
――キミが助けてくれた命で、これからも進み続けるために
この世を滅ぼす愛を終わらせる

大祓骸魂が妖怪であり邪神でもあるならこれを切れる
【電脳邪神】
肉体の完全模倣ではなく、その衣のみを纏い能力を得て
ボクの"虞"で百鬼夜行に圧をかけて道を開き、駆ける

『黄金瞳』解放
模倣した懐刀を電脳魔術で強化

神智を越えた虞が脅威だけど、大祓骸魂の能力自体はとてもシンプル
だからそれに迫る虞をぶつけて条件を五分に持ち込む
たぶんだけど、直接戦闘に慣れてないでしょ
ほら、ひと刺しの距離までキミに近付けた




「そっか」
 やっぱり"キミ"なんだ。まぼろし橋で自分を待つ、想い人っていうのは。
 でもそれってどっちから見た想い人? 雨中に放り出された迷子みたいな顔をしていたろうか、佇む夕凪・悠那(電脳魔・f08384)の声に振り返った"彼"は、地獄であろうと息継ぎの仕方を思い出させてくれるあの笑顔で。
『よかった、元気そうだ』
 変わらずに悠那の幸せだけを祈っていた。

「……それ、こっちの台詞」
 駄目だ。もう泣くな。
 まるきり同じ、でもない。デスゲームでの別れ際よりもすこしばかり上手な笑い方は、ほらあのときカッコつけてたんでしょって分かりきっている思い出話に花を咲かせてしまいそうになる。積もる話があり過ぎて、きっと彼は朝までだって相槌を打ってくれる、全部全部分かってしまうからこそ悠那は。
「見ていて」
 走る。
 そこで見ていて。呑まれないように――キミが助けてくれた命で、これからも進み続けるために。
 この世を滅ぼす愛を終わらせる。誓いは、逢ったためしのない神などより今尚慕わしき恩人へ宣言するもの。

 ヂヂッ!

 濃く立ち込める虞の暗雲が肌を刺し、悠那の行く手を阻まんとする。ゆらりゆらりと歩み出てくる妖怪たちはパレードにしては虚ろな様子だ。誰かの掌の上で命ごと踊らされている、そりゃあ楽しいわけないよな分かると虞に身を浸した悠那は酷く重たい、次の一歩を踏み出して。
 軋む橋板を踏みしめた、瞬間に脳天まで電流が駆け巡るようにしてパチパチ星が散った。
 ■■接続、存在解析、仮想反転、
 ――転■開始《インストール》。
「キミが邪神で助かったよ、大祓骸魂」
 模倣して"分捕る"虞は暗雲の中にも稲光を奔らせ、大祓骸魂ではない、悠那だけの纏う虞として闇を呑み返した。
 アヴァター・オブ・デウス。肉体の完全模倣は出来ずとも、その衣くらい――このくらい、出来るようになったんだ、と振り返らずとも感じる眼差しがあたたかかった。
 私は前を向く。
「道を、開けろ」
 嵐となって殴りつける虞に畏怖した妖怪たちがこうべを垂れて下がってゆく。
 唯一、たじろぐこともなく立つ大祓骸魂までの一本道だ。生き物よろしくうねる黒髪をなびかせて、鋭い眼差しを金色に輝かせて、駆ける悠那の手に像を結ぶ"生と死を繋ぐもの"。ただの鈍へ脈同様に回路が這って息衝かせる、それは夥しく育ち咲く狂愛のヒガンバナをも裂き眠らせる生の力。

 ――あのとき、この力があれば。
 ――あのとき、キミを守れていたら。
 ――あのとき、キミと一緒に日常へ帰られたなら。

『もう一人でも泣かないね』
「馬鹿いわないで」
 それとこれとは話が別! 何も怖いことなどないと抱きしめてくれたのと同じ、辛気臭いifを終わりにしてくれるのもやっぱり悠那のキミだった。血のように赤い花弁を触れる端から散らせば、鬼灯色した双眸で見つめる大祓骸魂まであと数歩。
 ほら、ひと刺しの距離まで――さよならの距離まで近付けた。
『よいのですか』
「いいよ」
 何が、とは聞き返さない。白無垢の娘の背に控えた鬼の剛腕が槌となり殴りつけ、華奢な悠那の身体は浮く。不思議と飛ばされぬのは纏う虞の他に見えぬだけで添えられる手があったからだ。きっと、そう。
「ッ」
 浮いて沈んだ分の発条を踏み切る身体へ乗せる。解き放つ。
 渾身の力で悠那が突き入れた懐刀は、鬼の腕を、大祓骸魂が差し込んだ複製体を打ち砕いて望む未来へ辿り着く。――カッコよかったよ、悠那。霧に霞むまぼろし橋の向こうから彼が手を振った。

「それも、こっちの台詞」
 今はバイバイ。ずっとずっと、好きなひと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
イサカさん/f04949

想像よりずっと身近にあったんですね。世界の終わり。
興味がないなんてことはありません。こうして止めに来てるでしょ。
より身近なお別れが住んでいる世界です。もっと知りたいこともある。
…それでも力及ばず滅ぶときは、傍にいてください。

障害の排除に注力。
虞も刃も、あやかしならば斬ってみせる。
況や百鬼夜行など恐れるところではありません。
【竜檀】。細い道は譲り合いが大事です。ですから、譲る先を消しますね。

黄泉へ続く橋だと聞き及びました。なら彼が敗れる道理はない。
誰より近くで境目を見ている。通り方、通らせ方を知っている。

――ほら、一方通行にしてあげましたよ。いってらっしゃい。


黒江・イサカ
夕立/f14904と⑧

あはは
その、世界の終わりの邪魔しに来ておいて、
「身近にあったんですね」たあ意地悪なことだな
興味ないだろ、世界の終わりなんて
僕の方がよっぽど身近だ だろ?

じゃーん!
…いや、露払いさせた忍者を飛び越え登場とはお膳立てがすぎるな
でも仕方ない
僕にはこれくらいのスペースで充分さ

そう、死線があちこちできらきらしてるぜ
君たちには見えないんだな、だからそうして死んじまうんだ
触れそうなくらい近くって こういうときは少しどきどきする

つまるところ、狭くたって僕には関係ないのさ
例えどんなにすれすれだって、僕は僕の死線を越えない
君らの死線は越えさせる
それだけさ
マ、【奇跡】ってズルもあるし多少はね




 橋の下に髑髏でも沈んでいるかと思ったが、特にそんなことはなかった。
 かといって艶やかな蓮花が咲いているわけでもない。そんなものか、と思って矢来・夕立(影・f14904)が顔を上げたとき、もしかしたら消えてしまっているかもなどと過った黒江・イサカ(雑踏・f04949)はまだそこにいた。
「イサカさん」
「んー?」
「想像よりずっと身近にあったんですね。世界の終わり」
 名を確かめる声に相槌が返る、そんな些細なことを幸せと数えるなんてな。
 今のイサカははたしてどちらへ対して笑ったのだろうと夕立が横目に窺っていれば、"身近にあったんですね"の方なのだと。
「意地悪なことだな。その、世界の終わりの邪魔しに来ておいて」
 ――つくづく狭い橋だ。
 つまりはイサカの思うが儘、ぐんと縮められた距離に夕立は簡単に欄干へ追い詰められる。
「興味ないだろ、世界の終わりなんて」
「……。興味がないなんてことはありません。こうして止めに来てるでしょ」
 腕で囲い込むみたいにされる。
 "僕の方がよっぽど身近だ"。「だろ?」。
 その状態で唇の動きだけでイサカがそう言うので、それを一言一句漏らさず聞き取れる自分はもう橋の下に片足突っ込んでいる心地になったのだった。夕立は、イサカの靴が濡れていないことを落ちかけた目線で確かめてから、はあ、と。
「より身近なお別れが住んでいる世界です。もっと知りたいこともある」
「ちぇー」
 悪戯なようで真剣なようなキラキラした瞳を見つめ返しながら、囲いの外へ歩み出た。ひそかに笑っているイサカの腕を押したときに触れた、夕立の手だけが同じ場所に暫し留まったのは、あと一言、
「……それでも力及ばず滅ぶときは、傍にいてください」
 言い残したことがあったので。

 ちょっと待て。橋の下へ蹴落とした妖怪はどこへゆくんだ?
 等々と案じてやるほどに夕立は人間として優等生ではなく、それなりに足癖も悪かった。飛び掛かってくるおたくが悪い説が実際のところだ、百鬼夜行だかずんちゃかそぞろ歩いて。
「細い道は譲り合いが大事です。妖界では習いませんか」
 ひひゅんっと雷花が閃いて、髑髏を抱えた鳥が墜ちる。ころりと転がった髑髏が水音を立てることはやはりなく、黒い羽根の一枚を戯れに空中キャッチするイサカはといえばなんと欄干に腰掛けて頬杖をついている。
「僕も習った憶えない」
「イサカさんはいいんです」
「あは、ゆうちゃんが開けてくれるもんな」
 激甘判定に抗議する有象無象は物理で黙らせるに限る。ひとりせっせか働く夕立はイサカの方へ飛び掛かろうとする鳥の尾羽を引っ掴み、橋板に叩きつけた瞬間に刃を突き立てた。知らぬ間に力み過ぎて抜くにも一苦労するそれから次の一羽へ刺すような視線を遣ったとき、キラリと輝くのは死線――ではなくって、イサカが投げてくれたいつものナイフ。
「ありがとうございます」
 一瞬、同じものを見られるようなったかとドキッとした。
 ぱしっと手にしたそれを逆手から順手に握れば、夕立は迫る鳥を髑髏ごと引き裂いた。一刀両断というやつ、しめやかに鮮やかに。舞い散る羽根にイサカはもう興味を示さずに、どういたしまして、とニッコリしていた。
 そうして徐に欄干に立てば。
「じゃーん!」
 一応、夕立のいるこちら側へ飛び降りてくれた。

 じゃーん?

 両手を上げて大々的に披露された側の大祓骸魂は、そう、忍びの働きのおかげでいつしか列の前の方へ引き摺り出された娘は、夕立を越えて飛び出してきたイサカを無感動に見つめた。
 ノリが悪いな。やっぱりお膳立てが過ぎたか?
「でも仕方ない、僕にはこれくらいのスペースで充分さ――見なよ夕立、きらきらしてるぜ」
「働いた甲斐がありました」
 顎に手をやったイサカが言うきらきらには、次々に刃先をこちらへ向け宙へ躍り出す懐刀・生と死を繋ぐものの群れも含まれていたろうか。
 これが死線だ。橋の下より投げ込まれた燃ゆる怨念の紫炎を、イサカの視界の端で危うげなく夕立の雷花が斬り払ってしまえば、
「――ほら、一方通行にしてあげましたよ。いってらっしゃい」
「いってきます」
 きゅきゅっと乾いた靴底を摺り減らして駆け出す身体は異様に軽い。
 一瞬、一瞬、風の音もなくイサカが滑らせるナイフの先端が無数の懐刀とかち合い欠け毀れては光を零す。
 だから夕立から見えるのはそのきらきらたちと、イサカの眸に灯る同じ光。そのくらいのものだった。
(「黄泉へ続く橋だと。なら彼が敗れる道理はない」)
 誰より近くで境目を見ている。通り方、通らせ方を知っている眸。
 確実に心臓を狙って放たれたであろう一本まで、共に躍るようにして受け流したイサカは、先ほどのお返しというわけでもないが弾き上げられたナイフを逆らわずに手放して夕立を狙う妖怪鳥へ贈った。すれ違いざまのギェッとした悲鳴は素っ頓狂で、己の身に起こった不幸をまさかと思っている風だ。
「ね、どきどきするよな」
 そうやって"見えていない"彼らだけではない、イサカだってどきどきする。
 触れそうなくらい近くって――――、死っていうのは本当に、わざわざ繋ぐ必要もないくらい隣り合わせのものだった。

 ギャギギッ!

「君もどきどきしたいだろう?」
 悪趣味に不協和音奏でる愛同士、叫び叫ばせ大祓骸魂のもとへ転がり込んだイサカは、その勢いのままに最後のナイフを振り抜いて。
 情熱の色に灯るくせ寒々しい鬼灯の瞳を至近で覗いた。うん、そこに映れど自分はやはり"越えていない"、そうして夕立はつくづくイサカのよいこだってことだ。
 イサカの右手側にパタタッと降りかかった血の主の話。
「いいのに」
「分かってはいました」
 今のじゃ死にやしない、そう言ってやってもきっと同じ返しをする。
 眼鏡、橋の下にいったっぽい。鬼の剛腕の平手打ちを代わりに止めたことで夕立が吐き零す血を、じゃーん! と止める。一番の奇跡はそのときにまで取っとこうかな。――なんてなんて、
「じゃ、僕ら急ぐから」
 細い線を、娘の首を、イサカが掻き切った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

都槻・綾


無限に続くかの鳥居を疾駆
延々たる朱の道は
正に血路を拓くようで
心が華やぐ気持ちを隠せない

立ち塞がる壮麗な竜との対峙も
天翔の羽搏きで
ひらりくるり翻弄して追いかけっこ

ね、
本当はもっと遊んでいたいけれど
終わらせなければならないの

残念ですねぇ、との呟きは偽りなき本音
第六感の報せるままに
耀う鱗を討ち
更に其の先へ

死を永遠にするのは
生者の祈りの形であって
終焉は終焉に他ならず

忘れられた大妖怪も
ひとの記憶の中で
永遠でありたかったのかしら

鳥居の向こう
ぽっかりと夜の底
暗がりに燈るかの真白の人影は
ぽつんとひとつ――大祓

翔けて跳ねて
奔る勢いのまま閃かせる白刃

私も刀も
断ち切るひとつの未来を
繋ぐ未来を
きっとずっと
覚えている




 都槻・綾(絲遊・f01786)という器へ月影に模様を足すのは、数千本もの連ね鳥居。
 明いて、翳って、段々ごとにその繰り返し。延々たる朱の道は正に血路を拓くよう。脇目も振らずに駆け上る霊山の空気は、斯様に異様な状況下にあって、不思議なほど心地好い。――心華やぐだなんて、世界の終わりに不謹慎かしら? ひとの容真似た綾が問えば、応えるものは異形ばかり。
 鳥のような竜のような、壮麗に羽ばたく妖怪が鋭い趾で引き裂かんとして綾を狙う。長く垂れた尾が鞭に似てしなり、いくつもの眼が綾を追う。
「いいですよ、かけっこしましょ」
 それをも綾は遊びのひとつと受け容れた。
 ひらりくるり、飛んで跳ねて。この季節ならば梔子もよかろうか、薫香を運ぶ帛紗は天の御使いと見紛うやわらかさで風を孕んで手招くも、誘われ爪を伸ばしてみれば思わぬつめたさが竜を討つ。
 綾が本物の手にした冴の刀刃は凍てていて、竜化した彼らの逆鱗とやらを戯れの中で断ってゆくのだ。
「ふふ。一等とったらどうしてくださる?」
 昇れば当然落ちるものと思わせながら、宙を蹴るのは天翔の力。
 読みを外して横薙ぎに大きく空ぶった竜の上質なクッションのような肉に手をついて、驚き上向いたその喉元を一閃のうちに斬り、裂いた。綾はそうやって、己もまた壮麗に羽ばたく竜のひとつに加わり次々鳥居をくぐって。

 思うのだ。死を永遠にするのは生者の祈りの形であって。
 終焉は終焉に他ならぬ――、と。

 無限に思えた(無限を祈った)連ね鳥居にもこうして果てがあるように、ものの生も、きっと世界も同じもの。
「残念ですねぇ」
 偽りなき本音を零しては最後の友とさようなら。
 終われど変わらず美しい竜鱗がはらはらと階段の下へ――過去へ遠のくのを見送った綾は次に、新たな影が伸びて己へ模様をつけるのを、その影の主を見上げた。
「ねぇ、大祓」
 忘れられた大妖怪も、ひとの記憶の中で永遠でありたかったのかしら。
『私は まもなく手にします』
 月を背に夜の底ぽつんとひとつ佇む娘は、頷く代わりに傷付いたてのひらを翳した。
 ぽぽぽ、ぽぽ。喩えるならば無数に灯された街灯りのようだ、一瞬にして暗夜に滲み出る懐刀の複製体たちは。おそれ、もしも鳥居の外へでも逃げ出せば迷ってしまうのだという。それもまた永遠? 確かめてみるも一興かと思う心は生まれから揺蕩いて、漂いて。
「ふ、ふ」
 口遊む風に息零して、やはり綾の爪先は階段の上へ向いた。
 彼女まであと数段。再開の一歩が這い寄る虞の暗雲をもきゅむりと近道のひとつとして踏みしめてしまえば、虞知らずとは綾のこと。身体は軽く、飛び出した。
 パパパパパパ!! 前後左右また上下もなくて散乱する生と死を繋ぐ光たち。もとより欠けた身を今更惜しむことはせず、大振りの白刃一閃が先へと届けばそれでよいと崩れながら翔ける様は歪であったろうか。
 朱の道が削れる。
 大祓骸魂が退く。
 それを追う、綾。追いかけっこは鬼が入れ替わっても続いてゆく。
「素敵な贈り物をありがとう」
 首を庇う左腕から付け根へかけ幾本突き立った刀刃がそれこそ先の友ならぬ竜と揃いのよう。こうやって誰か何かの煌めきを通し己を、世を楽しんでみるのも悪くはない。香炉の中へ"うつくしきいろ"をそっと収めるときと変わらぬ顔色、手荒に引き抜くことはせず、傷もみんな抱えたまま綾が閃かせた次の冴がまた数歩。季節を冬へ近付ける。
『――……ああ』
 唇から、袈裟に開いた傷口から名残惜しげな熱を零し、大祓骸魂が初めて懐刀本体を取りこぼす。
 おそろしいのなら、大祓。
「覚えていましょう。約束が私からの返礼」
 その血の色。伝った手応え。
 断ち切るひとつの未来を、繋ぐ未来を、――ここに交わった私と刀がきっとずっと、覚えている。しんと降り積む綾の囁きが、鬼灯色の瞳の光を瞬かせた。

成功 🔵​🔵​🔴​

鳴宮・匡

真の姿:
瞳の奥に揺らめくような青が覗き
半身が影に侵蝕されたように黒く染まる

黒き海の深影(じぶん)の裡に沈んでいた感情が
この時ばかりはよく視える
でも、どこを探したってあんたと同じ思いは見つからない

もしもこの想いが報われなくても
好きなひとには幸せに笑って生きてほしいから

宿した影を自身の銃へ伸ばす
破滅の影を纏わせた弾で、懐刀の群を撃ち落とすよ

相殺なら安いもの
影(こころ)が折れない限り、手数は無限だ
身を蝕む反動がどれだけ苦しくても足は止めない
本体へ届く間隙を必ず生み出して
この一撃を届かせる

まだ死ねないし
この世界も壊させない
彼女が手を伸ばそうとしている明日にある“日常”を
ひとつも欠けさせたくはないから




 思えばそれは色付いた。切り捨ててきた心の集積、呪いにも似た生への渇望。
 黒き海の深影の――じぶんの裡に沈んでいた感情が、この時ばかりはよく視える。
「でも、どこを探したってあんたと同じ思いは見つからない」
 瞳の底の青は海のようで、それでいて炎にも似て焦がれ揺らめいている。鳴宮・匡(凪の海・f01612)自身とて気付き始めた変化は確かに、膨大な虞を前に踏み出すための力となった。

 愛しているから殺したい? 殺してでもそばにいたい?
 匡は違う。もしも想いが報われずとも、好きなひとには幸せに笑って生きてほしい。
 だから。

「恐れはない」
 仮に今夜を最後に生と死に別たれるかもしれぬとして、世界の明日を望めた。
 影へ明け渡した半身が握る愛銃もまた影に浸り、破滅の因果を引き寄せる。対峙する、血色に染まった装束を儚くはためかせる大祓骸魂が生と死を繋ぐ懐刀を無数に喚べば、共に躍り出た魑魅魍魎が匡を仲間へ引き込まんとす。
 ああ、匡とてだからといって安く命を捨てる気はない。己にとって、生きる覚悟は死ぬそれよりも重いということを知ったまでだ。ゆえに影を――こころを纏わせた銃弾も重く、虞をも切り裂いて真っ向から死を弾く。
 群れの只中へ着弾した弾は、荒れる影の波に巻く骸魂を引き剥がしては連れ去った。ほんの数歩先まで伸ばされていた腕は死霊のもので、いつかならば匡に声を聴かせていただろう。過去からの声。責める声、願う声、同じ水底へ堕ちてくるのがお前の辿るべき道だろうと。
「悪いな。遠回りになるよ」
 だが今は、静かなものだ。
 腕の奥の闇よりタタタタッと雨のように降り注ぐ白刃の束を、音もなく撃ち落としながら匡は駆ける。高くから叩きつける大鬼の手を滑り抜けて、妖怪変化を銃床で殴り飛ばして、そうして走れば弾丸だけではなく匡自身の通り道に溢れる影が妖怪たちを鎮めてゆく。
『あなたは 別離のいたみを知らぬだけ』
 懐刀を砕くほどに勢いが増して感じられる大祓骸魂の攻撃は、ざあざあと匡の半身を斬り飛ばしては舞う。
 影が散り、人間としてのかたちがぼやける。しかしそれがなんだというのだ。匡はまだ生きている、こころが生きている、歪で不格好でも何度だって取り戻す輪郭はトリガーから指を離させない。
 二者の合間に光と影とが幾度も身を削り合う。
「俺も知ってるさ」
 そうだ、幼い自分は確かに、いたんでいたのだ。認めてやるのに随分と時間を食った気もするが、まあ――遠回りと言ったしな。
 それは匡が放った弾丸が大祓骸魂を初めて捉えたときのことだ。掴み取らんとした背に控える鬼の手すら貫通した影が、存在の希薄さを示すみたく軽くなった娘の身をぐっと後ろへ押し込む。
 只人であれば塔の端を踏み外して眼下の夜景へ投げ出されていたであろう。切りそろえられたまま伸びもせぬ黒髪をばらりと吹き上げの風に躍らせ、では、と続けた大祓骸魂は何を言わんとしたのか。互いの想いが殺し道具の姿をして語り合うので、音はときに遠い。
 遠い理由はまだあった。影の氾濫の反動により蝕まれた匡の特に生身の半身は酷いもので、引き摺るようにして前へ進む。
 そんな自分が少し嫌いじゃない。影は今一度、損傷を補って銃を持ち上げさせた。
「知ってるのにさ、誰かに味わわせるのは最低野郎のすることだろ」
 どうなったっていい自分はもう、いない。
 まだ死ねない。この世界も壊させない。
「その手は下ろしてもらう」
 自分のような――いいや、自分という存在をひっくるめて"日常"と愛おしんでくれる人々がいる。ひとつも欠けさせぬと誓うのなら欠けるピースにもなれぬのだ、やはり炎のように熱い影《こころ》を匡は微笑んで送り出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
PB:真の姿を解放する


滅ぼすことが愛など、認めてたまるものか。
成長を、忘却を、生きていれば起こる全てを受け止められずして何が愛だ。
故に破滅は此所に。
世界を滅ぼしうる焔が、貴様の我欲を否定に来たぞ。

【朱殷再燃】――
狂い咲く彼岸花を焼き滅ぼしながら進む。
何も躊躇することはない。
神智を越えた虞とて破滅を消し去ることなど出来はしまい。
最低限、本体だけを守ればいくらでも燃え続けることが可能なように出来ている。
あとは我慢比べだ。
我が持ち得るすべての破滅で以て、貴様を支える我欲の総てを焼却してくれる。

貴様に居場所はない。
この世界にとって貴様は度を越えた災厄に過ぎないのだよ、大祓。
ま――それは、わたしもか。




 かぎろいの如く夜を歪め、降り立ったそれは焔だった。
 足音までが爆ぜる火の音。踏みしめられた彼岸の花が瞬く間に灰と舞う。

「世界を滅ぼしうる焔が、貴様の我欲を否定に来たぞ」

 朱殷再燃。
 過去の火を抱く無名の神と成り果てた――或いは、未来の姿か。穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)はそのような姿に身を堕としても尚、誰か何かの救いであろうとした。
 滅ぼすことが愛など、認めてたまるものか。
 成長を、忘却を、生きていれば起こる全てを受け止められずして何が愛だ。
 ゆえに、と望んで纏った破滅が白き装束を肌をその奥の奥までを焼き焦がすことを顧みもせずに。握りしめた結ノ太刀だけが変わらず白銀のまま薙がれ、闇に紅蓮の爪を立てる。
 ザアッと起こった焔の風が大祓骸魂の狂愛を咲く端から散らし、そこにひしめいていた小粒に過ぎぬ妖怪たちを吹き飛ばした。
「死にたい者だけ前へ出よ」
 その猛火と裏腹、ひややかに言い放ち一瞥もくれぬ神楽耶は焼ける灰の道を歩いてゆく。
 足跡の代わりに黒い焦げ跡を。暗雲か死者の浸かった沼かといった淀みをして押し寄せてくる虞にも瞬きひとつせず、足を踏み入れる。虞のうちから神楽耶へ触れようとした何者かの手が焼け落ちる。おそらくは、善意を以て引き留めたがる手も同じに焼き崩してしまうのだろう。ただただ、暗い朱色の双眸は絶やすべきを見据えている。
『ひどいひと』
 眼差しを受け止める大祓骸魂は、熱風にそよぐ一輪を手折れば手の中に囲った。
 ぐわり、膨れ上がる神智を越えた虞が太い柱に纏まって神楽耶へ突き出される。直撃すればすぽんと型抜きされるであろう、およそ肉眼で見て・構えて・振るったのでは間に合わぬ速度で迫るそれを、ひとりでに躍り出たかの結ノ太刀はだが裂いていた。
「酷い?」
 紙のように始まりから終わりまで斜めに裂き続ける。刃が触れた箇所から黒は赤へ煮え立ち、千切れ飛ぶ残滓は蝶の鱗粉にも似ていた。
 翅を休める術を知らぬ焔の蝶だ。それらが燃え尽きつつ地に散らばることでヒガンバナは更に数を減らしてゆく。
「滑稽よな。大祓よ、今まさに全てを奪おうとしておいて」
『そう ではあなたの焔も愛なのだと?』
 火の海に紛れ斬り掛かる神楽耶を次は大祓骸魂の鬼の巨腕が阻んだ。
 ぐぐ、と、力比べをする束の間、向けられた問い。この一面の破滅の焔が? 愛、と? ――それこそ笑ってしまいそうだ! いいや実際に笑ってしまった、火の粉が混ざり込んだ神楽耶の吐息が空気を震わす。
「そうだな。では燃え尽きておけ」
 ドオウッ!
 火起こしの風にしては微かなそれで赤黒い焔は爆発的に燃え盛り、鬼の巨腕を押し切らせる。
 抵抗を失い、焔の芯を担っていた結ノ太刀が流れるようにして振り下ろされたのだ。夜に帯引く斬撃は大祓骸魂を引き裂き、そして裂いた瞬間からジュウゥと焦がし付ける。
『いい え』
 魂までも滅す痛みに、ぐ、と踏み止まった娘は先の一輪を指の隙間より零れ落としながら、間近にある神楽耶の白装束に掴みかかった。
 その手に虞が湧き起こる。呪い怨みと表現するのが近いか、香り立つほどの埒外の邪気を直に叩き込まれる神楽耶はといえば、もとより我慢比べのつもりであったのだ、爆ぜ溶け落ちてひとの器を失いながらも大祓骸魂を掴み返した。

『私の愛は 尽きはしない』
「……は」

 赤と黒との嵐の最中、互いが己を刀刃として突き立てる。
 足元、最後の花がどちらの所為か跡形なく去ろうと気付かない。むなしいことだ。何故こうも、道を外れた神というのは。
「貴様に居場所はない。この世界にとって貴様は度を越えた災厄に過ぎないのだよ、大祓」

 ま――それは、わたしもか。

成功 🔵​🔵​🔴​

カトル・カール

②真の姿を晒して戦う

永遠か…
物も命も全て、終わりがあるから綺麗なんだよ
失われてしまうのは惜しいが、だからこそ美しいんだ
やっと終わらせることが出来るな、と思いながら真の姿へ

ぬるっと細長い黒竜の姿
オラトリオのように、鱗の端々に桜の花が咲いている
数多の妖怪に向けてブレスを放つ
万物が枯れて息絶える吐息で敵を薙ぎ払う
時には爪や尻尾を振るいながら先へ進む
攻撃の手数が足りない時は『桜の癒やし』も使って妖怪を眠らせる
大祓骸魂目指して走れ

死んで花実が咲くものか
悲願成就しようとも、片恋は片恋のままで終わるだけだ
全力のブレスで大祓骸魂と未練に止めを刺す




 永遠、か。
 言葉にすると安っぽい。その安っぽさを疑わず、こんな塔まで一夜でこさえてしまった大祓骸魂のことをいっとき考えた。
 カトル・カール(コロベイニキ・f24743)はそうやって、頂に続く最後の段を上がった。
 カトルをまず迎えてくれたものは、あれほど濃く立ち込めていた虞の暗雲が薄れ、妖怪以外の目にも明るく見えるようになった星月夜だ。高所から望む景色というのはカトルが愛するもののひとつだった。明日には曇っているかもしれない。明後日には嵐かも。だが、そのどれもが好ましい。
 変わり移ろうこと――……物も命も全て、終わりがあるから綺麗だと。
「失われてしまうのは惜しいが、だからこそ美しい。少なくとも俺はそう思うんだ」
 考えてはみた。が、考えが変わることはないと、それが自分の答えなのだと真っ直ぐに伝える先に、大祓骸魂は懐刀・生と死を繋ぐものを抱いて立つ。
 鈍ぶりを増した身には刃毀れも目立つ。同じ数だけの答えが、想いが、ここに至るまで彼女とぶつかりあった証であった。
『そう ですか』
「ああ。なんで、行かせてもらう」
 やっと終わらせることが出来る。そうカトルに思わせたものは、傷だらけの娘であり、その片恋と未練であり、大祓百鬼夜行そのもの。
 懐にあたたかい心地がする手縫いの願いも必ず果たすと、意識を深きへ傾けた。

 はらり。
 夜風に、幻朧桜の花弁が混じる。
 ほとんど無意識に大祓骸魂の目がその彩を追った。惜しむように追った、そんな数秒の空白を長く黒い影が薙ぎ払う。
 影――鱗にぽつぽつ桜花を咲かせた尾の持ち主は、真の姿を解放し竜となったカトル。二者の合間に駆け付けたばかりであった妖怪たちはこれにたちまち転がされ、尾とはいわず全身にかけて端々に花咲かせゆく黒竜が空へ向け咆えたとき、ビリビリと震動する空気は稲妻が落ちたと錯覚するほど。
「そっちも悔いなく来てくれ」
 縦に裂ける瞳孔が、敵、を見下ろした。
 鎌首をもたげたカトルが叩き下ろす風にして放つブレスが、先の一打に耐えた妖怪たちをも呑んでゆく。香炉から漂う花香のようでいて、その吐息が齎すは万物を枯らし息絶えさせる災い。骸魂であっても例外はない。命を奪う恐ろしき力と反作用し丁度良い塩梅に留めるのが、共に吹かせた癒しの桜吹雪だろうか。
 本来は闘争よりも平和を尊ぶカトルという少年の本質を溶かし込んだような、厳しくも穏やかな夢色の靄が戦場にたなびいた。
(「お前らはまた、な」)
 ばたばた倒れ込む妖怪たちの合間をぬるりと抜けるカトルを出迎える虞の荒波は、大祓骸魂が撃ち返したものだ。
 概念上は"何でも殺せる"という生と死を繋ぐものだが、使い手と刃双方の消耗があっては流石に分が悪いのか、大祓骸魂を靄から守り切れていない。糸の切れかかる我が身を鬼の巨腕に支えさせる娘は、しかし瞳ばかりは依然煌々と。
『もとより その心算です』
「そうこなくっちゃな」
 付き合おうとも。挑み笑うようにして牙を覗かせた黒竜が腕を薙ぐ。鋭い爪は桜散らしながら波を砕き、飛沫があちこちに種と散って僅かながらヒガンバナを咲かせた。墓地に咲く花だ。つと一瞥したカトルはそれを、咲いた、と捉えたくはなかった。
「悲願成就しようとも、片恋は片恋のままで終わるだけだ」
 死んで花実が咲くものか。――、思えば自分自身にも言い聞かせてきたかのような言葉が、口を衝くのだ。
 以前は自己暗示に近く、今ならばそこにひと掬いの意思を足して。すうと眼光を強めれば、カトルは喉奥に焼けるほど滾る想いを解き放つ。おそらくは盾でもあった小妖怪たちは眠りの底、ブレスの射線上にはただひとつ、大祓骸魂のみ。
「終わりにしよう」
 娘を支えていた巨腕が、がく、と崩れ朽ちた。
『わたくしは 』
 狂愛を糧にした死人花が端から枯れ、フッと夢の如くに掻き消える。
 ぺたんと座り込んだ大祓骸魂はそれを見ていた。力の失せた指先から零れた懐刀が円を描いて地面で回っている。あとひと刺し、もうひと刺しが、何故こんなにも遠かったのか――――私は、この世界を。

 この世界と。

 そうして時は流れゆき、ただの娘が目を伏せたとき、その身もまた存在ごと失せていた。
 願い通り竜の吐息は最後に残る薄雲まで晴らした。空には月と星が浮かんでいて、眼下には生命の灯。遠く山々の向こうまで見渡せる、永遠の愛を語り明かすに相応しい夜だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月03日


挿絵イラスト