大祓百鬼夜行㉑〜我は此処に在り
●Cogito ergo sum
「いったい、何者だ? その先、には……」
その言葉を最後に気絶したUDC職員に、女型の妖は一瞥もくれずに騎乗する機械人形の背を軽く叩いた。
蜘蛛に似た形のそれは軋んだ足音を響かせ、白一色の広い廊下を進む。
此度の狙いはヒトの子ではない。
はてさて、探し物は何処に潜んでいるだろうか。
がちゃりぎしりと軋んだ足音を響かせて。
行き着くは、合金製の分厚い扉の前。
「ふぅむ、いるな」
獲物の気配を読み取った妖は、口元だけでにいっと笑い――扉をひと蹴りで吹き飛ばす。
「ふふふ、見ぃつけた」
武器を携えた黒髪黒衣の男は、その瞳までもが深い漆黒。
(「異常事態を感知して来てみれば。まさか目的が私とは」)
どうしてか、男には敵の姿を認識できていた。
(「奴もUDC。ある意味では私と同じ存在……化け物、か」)
“化け物”の足下で拉げた扉。
それは最早、扉としての役割を持てぬだろう。
腹の其処より煮え滾ってくる何かは、ジャンクと化した扉への同情が原因なのだろうか。
或いは、目の前で張り付いた笑みを浮かべる女型の化け物が己と重なって見えたゆえか。
それとも。
「さぁて、お前を喰ろうてやりましょ。我が一部と成り果てよ」
奴が此処にいる事実、イコールUDC職員らが無事でいる保証が無いからか。
いつも自分に良くしてくれる、彼ら彼女らの――。
「喰らわれてなどやらん」
妖と相対する男の声には、紛れなく怒りの感情が滲んでおり。
「この身も、この心も……この名も、私の物だ」
保護されたばかりのかつての彼からの、明らかな変化が伺えた。
「UDC-P:No.15832。名を、ザイン。UDCクリーチャーの迎撃を開始する!」
●Raison d'etre
「UDCアース側への侵略も進んでしまっているわね。UDC-Nullが、よりにもよってUDC組織に乗り込んだわ」
レイラ・アストン(f11422)の青い瞳に焦燥が滲む。
されど、仲間たちに戦況を伝える声はあくまで冷静。
今はただ、成すべきことを成すしかないのだから。
少女が語った予知の内容によると。
UDC-Null――すなわち骸魂と合体した妖怪が、UDC組織の拠点に侵入した。
敵の狙いは、拠点で保護されているUDC-Pを取り込むことであるらしい。
「UDCエージェントの方々は、妖怪の姿を見ることができないみたいで現場は混乱しているわ。でも、猟兵が合流すればすぐに状況を飲み込んで、協力してくれるはずよ」
それは、UDC-Pも同じこと。
敵に目を付けられた彼は、以前に猟兵の世話になったゆえに心を許してくれているという。
指示を出したならば、必ず応えてくれるだろう。
「UDC-P……いえ、今は名前があるわ。ザインさんというの。今から現場に向かったとして」
合流できるのは、UDC-P改めザインが敵と遭遇した直後であるとレイラは続ける。
「もっとも、タイミング的に戦場に割り込むのは難しくないわ。それに、UDCエージェントの方々とは違って、ザインさんだけは何故か敵の姿を認識できているようなの」
加えて、猟兵には及ばずとも相応の戦闘能力を持ち合わせているという。
協力を仰げば、戦況を優位に運べるやもしれない。
「侵入の件が一段落したら、UDC組織のメカニックも此度の戦争に力を貸してくれる手筈になっているわ。聴くところによると、大祓最終決戦で役立つ兵器の開発であるとか」
大祓骸魂との決戦のため。
目の前の災厄を祓い、救える者を救うため。
「転移を取り行うわ。……皆、どうか無事でね」
藤影有
お世話になっております。藤影有です。
UDCアースの危機も本格化。皆様のお力をお貸しいただけると幸いです。
このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
1フラグメントで完結し、「大祓百鬼夜行」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
●補足
【ボス戦】となります。
プレイングボーナス……UDC-Pやエージェント達と協力して戦う。
カクリヨファンタズムのオブリビオンは「骸魂が妖怪を飲み込んで変身したもの」です。
飲み込まれた妖怪は、オブリビオンを倒せば救出できます。
戦場は何らかの実験場らしき、広大な空間です。
戦闘の支障になり得る障害物は存在せず、壁や天井が崩壊する心配もありません。
●味方NPC(UDC-P及びUDCエージェント)について
UDC-Pは黒髪黒衣の男性の姿をしたサイボーグ、名前をザインといいます。
味方NPCの中で彼のみは何故か、敵の姿を視認できるようです。
主な武装や能力は以下の通り。
作戦指示の参考にどうぞ。
1.超振動刀。
右手に装備しています。
剣技を駆使した近接戦闘のほか、斬撃から衝撃波を生み出すことも可。
2.光子砲。
左腕を変形させ、砲身を形成。光弾の射出が可能です。
猟兵の指示に従い、攻撃力、命中率、攻撃回数のいずれかを重視して撃つこともできます。
3.電撃。
機械化部分より放電し、自在に操ることができます。
電撃の強さは調整可。
UDCエージェントはUDCアースの各種ユーベルコードやアイテムを使った支援ができるものとして扱います。
(ガレージ>UDCアースの解説ページを参照)
また、エージェント達は敵を視認することができません。ご注意ください。
●敵(UDC-Null)について
棄物蒐集者・塵塚御前。
骸魂・塵塚怪王が忘却されかけた有象無象の妖を蜘蛛人形に集め、憑りついた存在です。
機械的な肉体と、妖怪らしい精神的な能力を併せ持っているようです。
●余談
今作で登場するUDC-Pは拙作『我思う、ゆえに』にて救出された彼と同一人物です。
(そちらに目を通さずとも、今作の進行には全く問題ありません)
●プレイングについて
OP公開と同時に受付開始します(今回、断章はありません)。
〆切予定等はタグ及びMSページをご確認いただけますと幸いです。
それでは、皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
第1章 ボス戦
『棄物蒐集者・塵塚御前』
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POW : 歯車地獄―壊す事もそれなりに得意なのですよ。
【自身の体の内部 】から【圧搾破砕用に変形した複数の巨大歯車】を放ち、【任意の全対象の関節接続部等を破壊すること】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD : 鉄骨抄―喚け、笑え、叫べ。お前の声を響かせよ。
【名を失った”妖怪”百鬼夜行 】【名を与えられなかった”妖怪”百鬼夜行】【名を封じられた”妖怪”百鬼夜行】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
WIZ : 忘霊遊郭―御足は其方の瘡蓋一枚。いざ来たれ。
いま戦っている対象に有効な【対象の心身の傷に刻まれた忘れ・失せモノ 】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
イラスト:エンドウフジブチ
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「飾宮・右近」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
サンディ・ノックス
まずUDCエージェントの皆さんと合流
ザインさんの元へ走りながら敵が皆さんに見えないこと、ザインさんを狙っていること、ザインさんと俺の二人で攻撃するからそれを見て敵の位置を想像しアサルトウェポン等の武器で支援攻撃をしてほしいことを伝える
敵が見えないという事実と敵が見える者が居ることを伝えれば、未知への恐怖が和らぎ、より早く混乱が収まるはず
ザインさんの元へたどり着いたらすぐ割り込んで助けに来たと伝えて光子砲での支援攻撃を要請
敵はザインさんを狙っているから、ザインさんが距離を取り俺が攻撃回数を重視したUCで攻めれば一方的に攻撃できるかもしれない
さっさと俺を先に狙うよう目的変更してくれるならそれもいい
ニクロム・チタノ
戦いも大詰め気を引き締めて行くよ!
ザインさんはじめましてボクは猟兵です
あなた達を助けに来ました
相手もなかなか強いね、ザインさん協力お願いします
相手の飛ばす巨大歯車を重力で叩き落とす、相手の動きも封じれるはず
ザインさん左手の光子砲で支援お願いします
ボクは護りの蒼焔を纏って接近します
そして反抗の雷装で追い討ち
反抗開始です、チタノどうか反抗の加護と導きを
●
ほぼ同時刻に転移してきたサンディ・ノックス(f03274)とニクロム・チタノ(f32208)は、しばし共に施設の広い廊下を駆けていたが。
「先に行ってて」
「わかりました。そちらはお任せします」
現場への道中、二手に別れた。
銀のツインテールを揺らして遠ざかる、ニクロムの小さな背中を見送って。
「UDC職員の皆さん。現状を手短に説明するね」
サンディが向き直るは、混乱の最中にあるUDC職員へ。
まずは説明が必要であろうと、この青年は判断したのだ。
現在、この施設がUDC-Nullの襲撃を受けていること。
UDC-Nullもとい妖怪は、UDC職員には視認不可能であること。
そして、敵の目的は――。
「ザイン!? あいつが狙われているのか?」
「ええ。ただ、ザインさんだけは敵を見ることができるらしくて」
妖怪と一人で戦おうとしているのだと、サンディは視線を巡らせながら言葉を続ける。
集まった人々の表情から判断するに、未知の襲撃者への恐怖は拭われた様子だ。
ゆえに、次は戦闘の支援要請を試みるが。
「俺とさっきの女の子の他にも、猟兵仲間が続々と集まってるよ。だから、皆さんは――」
「……ねえ、件のアサルトウェポンは今すぐ実戦投入可能だったかしら?」
青年がみなまで言わずとも、職員らは額を合わせ相談を始める。
「はい! 整備も完了しています!」
「じゃあ、ありったけ用意して! 怪我人は……」
「医療班には俺がひとっ走りして説明してくらぁ!」
困惑、のち安堵するサンディ。
ここにいる職員は誰一人、もう混乱も恐怖もしていない。
ゆえに口を挟まぬまま、青年はその様子を見守るに留める。
「ねえ、私達も戦わせてくれる? 足は引っ張らないわ」
ここに集った誰しもの目に、強い決意を感じ取ったから。
「是非! 皆さん、俺の後に続いて現場へ!」
*****
(「――見つけた!」)
サンディと別れたニクロムは、程なくして戦場へ辿り着く。
敵の本体と思しき妖は、成人女性とそう変わらぬ体躯だ。
されど、其は人には非ず。
金属の手足は機械人形の如く。
騎乗する絡繰蜘蛛からは、足関節の駆動音とはまた別の不気味な声が漏れている。
――ワスレナイデ。
――オモイダシテ。
――ココニイルヨ。
――ドコニイルノ。
深淵に引きずり込むような声を聴いても、ニクロムは表情ひとつ変えない。
「戦いも大詰め。気を引き締めて行くよ!」
自分を鼓舞するように、胸に宿る守護竜に呼び掛けるように己が声を上げるのみ。
ぎしり、と敵が首を傾げると同時。
「貴女は……猟兵?」
少女の存在に気付いたザインが呟く。
彼自身がUDC-Pであるがゆえか、猟兵を知覚できるのかもしれない。
「はい、はじめまして。あなたを……あなた達を助けに来ました」
少女が返答した刹那。
「ふぅむ、邪魔が入ったか」
ひゅうっと風を切るような音を立て、敵の身体から歯車が飛び出す。
幾つあるのか、など数えている余裕は微塵も無い。
「ザインさん、敵から距離を取って」
「っ、了解!」
ザインが後方に跳躍すると同時、ニクロムが解放するは超重力。
「はあっ!」
己が掌を大地に突き出せば、迫る歯車の群れは地球に引かれるように落ちていく。
在り得ぬ程の圧力を受け、粉々に砕け散る歯車。
先端はひどく鋭利で、まともに受けていたら肉を抉られていたであろうことが想像できる。
「ぬう……小娘がこれほどの力を操るか」
されど、飄々と呟く妖の身体が傷付くことはない。
もっとも次の手を打ってこないことから、動きは封じ切れているとみて良さそうだ。
(「でも、油断できない。今、重力操作を解除したら……」)
ちらりと向けた視線の先には、敵の目的たるダイン。
歯噛みして超振動刀を握る彼を、こちらに近付けるのも得策ではない。
ゆえに、ニクロムの出した結論はひとつ。
「ダインさん!」
黒髪黒衣の男が目を見開いた。
少女が名を呼ぶ声に反応したことに加え。
「「砲撃支援を!」」
戦場に合流した茶髪の青年の後ろから、わらわらとUDC職員が姿を現したゆえに。
「ザイン、私達も戦うわ」
「でも、僕らには敵の姿は見えないんです。ですから」
武器を手に口々に声を掛けて来る職員らに、圧倒されるザインであったが。
「俺達が前に出るから、ここで皆さんを守ってあげて」
サンディの穏やかな声を受け、黙って頷き左腕を砲身へと変形させる。
それを見届けるよりも前に、青年はニクロムの元へ駆け寄っていた。
「歯車には注意、かな」
「はい。……重力解除と同時に攻撃、お願いできますか」
戦場の痕跡、手短なやりとり。
二人にはそれで十分だった。
共に歴戦の猟兵だからか、それとも“己に何かを宿す存在”ゆえに通じ合うものがあったのか。
「超重力、解除」
動きを封じる力が消えたと同時、妖は口元のみを歪め――再び数多の歯車を解き放つ。
されど。
「さぁ、宴の時間だよ」
暗夜の色した剣を携え、サンディが地を強く蹴った。
跳躍のち繰り出すは、目にも止まらぬ剣捌き。
遅れて歯車が次々と落ち、高い金属音が響き渡る。
そこへ。
「目標、敵上半身。一斉掃射、開始!」
ザインの号令に続いて、妖へ砲撃が降り注ぐ。
光と爆炎とに視界を奪われ、思わず敵の動きも止まる。
「力無きヒトの子が、抗うか」
「ええ、抗ってみせましょう。何処までも」
妖の視界が晴れた時、そこにいたのは蒼焔を纏う少女。
「反抗開始。チタノ、どうか加護と導きを!」
ニクロムの胸に埋め込まれた印が呼応するように熱を帯び――。
「はぁ!」
妖に突き立てた拳、その一点に雷装の威力を集中させれば。
「……!!」
かっと目を見開く妖、口の端から液体が伝う。
ぽたりと地に垂れたそれからは、古びたオイルの臭いが漂った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
火土金水・明
「この戦争を終わらせる為にも、こちらも力を尽くしましょう。」「もちろん、取り込まれた方も助け出します。」(ザインさんの攻撃のタイミングに合わせてこちらも攻撃をします。)
【POW】で攻撃です。
攻撃は、【先制攻撃】で【継続ダメージ】と【鎧無視攻撃】と【貫通攻撃】を付け【フェイント】を絡めた【銀色の疾風】で『棄物蒐集者・塵塚御前』を【2回攻撃】します。相手の攻撃に関しては【見切り】【残像】【オーラ防御】で、ダメージの軽減を試みます。
「(攻撃を回避したら)残念、それは残像です。」「少しでも骸魂にダメージを与えて次の方に。」
アドリブや他の方との絡み等はお任せします。
茜谷・ひびき
ザイン、久しぶりだな
こんな形での再会にはなっちまったが……一緒に戦おう
妖怪の攻撃は俺よりザインに刺さりそうな気がするな
だからザインには遠距離からの攻撃を中心に行ってもらおう
光子砲の攻撃回数を増やして相手の動きを阻害したり誘導、頼めるか?
電撃で歯車の動きを阻害するのもいいな
あいつをぶん殴るのは俺がやる
任せてくれ
ザインが上手く敵を誘導してくれるなら、俺の移動力は半分でいい
その代わり速攻で終わらせるぞ
歯車が止めきれずこちらに来ようとも、【激痛耐性】で歯を食いしばって止まるもんか
刻印を起動し攻撃力を5倍にし、こっちに誘導された敵を【怪力】任せに思い切りぶん殴る
ザインはザインだ
あんたなんかにやれないぜ
●
「ザインは!?」
「もしかして、あちらの男性? ほら、職員の皆さんと一緒にいる――」
戦場に飛び込んで早々、ザインの姿を探す茜谷・ひびき(f08050)に、火土金水・明(f01561)が人が集まっている一画を示してみせる。
青年が視線を送れば、そこにはアサルトウエポンを手に援護射撃を行うUDC職員らの先頭に立つ男の姿があった。
「間違いない、あいつだ。……良かった、無事だったか」
ひびきがザインを見紛うことなどありえない。
UDC組織に今も保管されている、ザイン専用のUDC-P対処マニュアル。
それに救出作戦参加者兼マニュアル製作者のひとりとして、確かにひびきの名が刻まれているのだから。
最後に会った時からほぼ変わらぬ黒髪黒衣の――いや、髪型は少しばかり変わっただろうか。
「……ひびき、さん?」
名を呼ぶ声に、青年は我に還る。
そう、ここは未だ戦場。再会を喜ぶのは、勝利を収めてからでも遅くない。
「久しぶりだな、ザイン。俺も一緒に戦うぜ」
ひびきとザインの絆を感じさせるやりとりに、見守っていた明は穏やかな微笑みを零してのち。
「皆で力を尽くしましょう。この戦争を終わらせる為にも」
爆炎の向こうに未だ立ち続ける、妖の巨影に目を向けた。
「嗚呼……少しばかり、ヒトの子を見くびっていたのう」
ぽたり、ぽたり。
妖の身体を伝い、血液代わりの機械油が垂れる。
先陣を切った猟兵仲間に、ザインを筆頭とするUDC組織勢。
金属の身体といえども、猛攻を受け続けたことでダメージが蓄積しているようだった。
「取り込まれた方も助け出さなくては」
銀剣を握る明が思わず眉を潜める程に、油の臭いが鼻を衝く。
彼女自身としては可能な限り、骸魂にのみ効果的な一撃を与えたいところだが――。
「なあ。あんた、少しだけ敵の相手を任せてもいいか?」
銃撃音の向こうから、ひびきの声が明へ届く。
「構いませんが、何か策が?」
「ザインに頼みたいことがあってな。あいつを思いっきりぶん殴るのに」
青年が顎で示した先には、妖の駆る絡繰蜘蛛。
油に塗れたことが原因か軋んだ音を立ててはいるが、それは未だに十分な機動力を持っているようだった。
そして、骸魂に捕らわれた妖怪らと思しき声はその中から聴こえてくる。
解放の為にも、蜘蛛の破壊は必須であろう。
「……いいでしょう」
頷いた明に後を託し、ひびきは最前線から一時離脱しザインらの方へ駆けていく。
「何か企んでおるのかえ?」
されど、それを見逃す妖ではない。
割って入れぬと見るや、再び歯車を飛ばして青年の進路を阻もうとする。
「させませんよ!」
先んずれば、妖をも制す。
明が突き出した剣先が、高い音を立てて歯車を弾いた。
まずは、一枚。
「次!」
至近距離まで迫った凶刃を叩き落とし、二枚。
「……次っ!!」
くるりと受け身を取って、三枚。
立ち上がってのち跳躍し、四枚。
五、六、七、八――。
ヒトの肉を易々と切り裂くであろう歯車は、明の振るう銀剣の下に次々と落とされていく。
されど、最後に残った一枚だけは違った。
職員らの集う場所へ飛んでいくそれを落とすより、女性は妖への攻撃を優先して動いたのだ。
機械蜘蛛の側面を駆け登る明、戦場に血の臭いを漂わせんと飛ぶ歯車。
妖が嘲笑い、女性の柔肌を裂かんと己が爪を振り被る。
感情の篭らぬ、空虚な瞳のまま。
「何も成せんかったな、ヒトの子よ」
「いいえ、この攻撃で……成し遂げる!」
爪がまさに届かんとした刹那、敵と明とを閃光が隔て。
「必ず、妖怪を」
一撃。
「助け出す!」
二撃。
繰り出した銀色の疾風の如き斬撃は、骸魂のみを傷付けるもの。
続けて、歯車の落ちた音が反響する。
職員らを守り、かつ妖の視界を塞いだのはザインの砲撃。
彼との連携を計算の上で、明は妖にフェイントを仕掛けたのだ。
「ぐぅ、おのれぇ!」
敵が初めて感情らしきものを露わにしたのは、今この時が初めてだったやもしれない。
明を狙い、闇雲に突撃してくる妖。
職員らも加わった援護射撃を受けても、もはや意に介する様子も見せない。
ザインを手中に収めるには、猟兵の対処が先決と悟ったのだろうか。
それとも、己が手玉に取られた事実がよほど癇に障ったのか。
「残念、それは残像です」
冷静さを欠いた敵の攻撃を、悠々と躱す明。
彼女の視線の先には。
(「さて、バトンタッチですね」)
“殺す者”が妖を討たんと待ち構えていた。
光子の弾に脚を取られ、敵がぐらりと体勢を崩す。
歯噛みしつつも、立て直さんとした妖だったが。
「……っ!?」
“そいつ”を目視し、思考停止した。
そいつは、最前線から離脱していったはずの青年で間違いないだろう。
されど、彼の胸には煌々と曼荼羅の如き朱が牙を剥いていて。
その身からは剥き出しの怒りが。
その瞳からは純粋な殺意が湧き上がっていた。
「ザインはザインだ、あんたなんかにやれないぜ」
ただ声だけが、“そいつ”がひびきであることを証明していた。
彼の拳が固められる様は、妖の目にスローモーションのように焼き付いた。
「あんたを殺さないと――」
己が瞳に絶望が浮かんだのを、妖自身が知覚する機会はない。
「――未来がないんだ」
どうっ、と拳が触れた点から、戦場に波動が広がった。
ひびきの攻撃は、月並みな表現をしてしまえばただの怪力任せの一撃に過ぎない。
だが、青年はただ一撃に全てを込めた。
怪物たる存在への怒りも。
未来へ進まんとする意志も。
仲間を守るという決意も。
全て、全て。
あとに響くは、崩壊の音。
絡繰蜘蛛の胴体が拉げ、自重に耐え切れなくなり崩れ落ちたのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユイン・ハルシュカ
策は、必要か。
むざむざ殺される心算はないのだろう?
ああ、ボクへの名乗りは不要だ。
その名と籠められた意味は見知ったものに伝えてやるといい。
さて、取引だ。
ボクは見ての通り非力だが、力を授ける事はできる。
お前の腕力、脚力、動体視力にあたるもの。
近接戦闘に関わる力を強めてやろう。
何、後払いだ。取引の対価は今は気にするな。
どうしても気になるなら手に持つ刀で、無理のない範囲でボクを守るといい。
ザイン……どこかの言葉に、似た言葉があったか。
不遜な名を戴いたものだ。
さあ、正念場だ。
知恵の実を食べたものは二度と楽園に戻れん、自分の手で切り開け。
お前が「在る」と決めたなら、
お前自身の手で証明を成せ!
●
その少年が何時からそこにいたのか、気付いた者はいなかった。
「策は、必要か? ……いや、不要かもしれんな」
ゆえに彼が何故ここに来たのか、問う者もいなかった。
「どいつもこいつも、むざむざ殺される心算はないだろうからな」
戦闘音の響く中、悠然と高みの見物を決めていた少年――ユイン・ハルシュカ(f33153)は。
「さあ、正念場だ。存在証明を成す為のな」
戦況を読み切るや否や、黒髪黒衣の男の下へと歩み出した。
「ザイン……どこかの言葉に、似た言葉があったか。音は、ボクの名と似ているな」
唐突に名を呼ばれた男の表情に、僅かながら驚愕が浮かぶ。
視線のみを巡らせ、声の主を探し。束の間、訝し気に眉根を寄せて――。
「おいこら。ここだ、ここ! 下!」
自身の目線から随分と下に、山羊の角を生やした頭を見つけた。
「ええと、君は?」
問うまでもなく、ザインには少年が猟兵であることは知覚できている。
しかし、助太刀に来た風でもない彼が、わざわざ自分に声を掛けた訳がいまいち理解できなかったのだ。
そんな男に対し、ユインが返した答えは。
「ふん! 見てわからんのか」
腰に手を当て、ふんぞり返ることだった。
見つめ合う二人、流れる沈黙。
されど、気まずい時間は幸いにも長く続かずに終わった。
激しい破砕音と共に、敵の乗騎が動きを止めたゆえに。
「な、なあ。今、どうなってるんだ?」
「倒せたかしら?」
質問を飛ばす職員らに一度向き直り、状況を説明するザイン。
既に妖は虫の息、あとは止めを刺すのみであろうと。
「わっ」と歓声を上げる人々に、目元を緩めた男であったが。
「待った。お前、大事なことを忘れていないか?」
ユインの声にはっと目を見開く。
少年の声には先程の、見た目通りの子供らしさは微塵もなく。
まるで、心の奥底までを見透かす導師のようでもあり。
「さて、取引だ」
深淵へ誘わんとする悪魔のようでもあった。
*****
振動刀を手に、妖へ一歩一歩接近していく男。
その頭部からは、ユイン少年とよく似た山羊の角が生えている。
――ボクは見ての通り非力だが、力を授ける事はできる。
――お前の腕力、脚力、動体視力にあたるもの。即ち、近接戦闘に関わる力を強めてやろう。
ぎし、と妖が痙攣したかと思うと、ザインを突き飛ばすように蹴りを放つ。
されど、金属製の脚は振動刀の一閃で、脛から先だけが勢いあまって飛んで行った。
少年と交わした取引は本物、向上した自身の力に男は思わず身震いしたが。
――何、取引の対価は今は気にするな。後払いだ。
呼吸を整え、刀を深く握り直す。
悪魔に魂を預けてでも成し遂げたい想いが、己に在ることに気付いたから。
――ワスレナイデ。
――オモイダシテ。
――ココニイルヨ。
――ドコニイルノ。
「ザイン、ザインか……全く不遜な名を戴いたものだ」
男の背中を、ユイン少年はじっと見つめていた――否、全てを見届けようとしていたという表現が的確だろうか。
絡繰蜘蛛の残骸から、か細い声が漏れている。
敵からある程度の距離を取っている少年はともかく、間近にいるザインの耳には届いてしまっているはずだ。
左手で顔を多い、苦し気に首を振る男に向けて。
「ザイン、負けんじゃねえぞ!」
「貴方は貴方よ! 私達の仲間!」
投げかけられるは、人々の声援。
単純で、ありきたりで、言葉にすればあまりにも陳腐な。
だが。
「知恵の実を食べたものは、二度と楽園に戻れん」
悪魔は肯定も否定もしない。
言葉も、意志も。ヒトがヒトである証に過ぎないのだから。
「自分の手で切り開け。お前が“在る”と決めたなら」
悪魔ユインの視線の先、顔を上げた男が刀を振り上げて。
「お前自身の手で証明を成せ!」
妖の首を落とし、その名を体現してみせた。
*****
戦場に残るは、敵の身体を構成していた僅かな鉄屑のみ。
囚われていた妖怪の解放は成され、大きな戦の後にはきっと形を取り戻すだろう。
存在証明は果たされた。
そして、忘れられしモノとの決戦の時も近い。
成功
🔵🔵🔴