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大祓百鬼夜行④~色褪せぬ黒獣戯画

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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#大祓百鬼夜行


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「よくぞここまで!さっすが猟兵さんたちにゃあ」
 黒い毛むくじゃらの暴獣が、地を震わせながら建物より現れる。
 愛らしい、親しみやすい話し方をするというのに、もうその姿はずうっと――おそろしいものになり果てていた。
「もう言わなくともおわかりでしょうにゃ」
 ぐるぐるぐるぐると喉を唸らせ、牙をぎらつかせて笑う毛玉である。金色の瞳が眼光を連れて、ぎらりぎらりと輝いていた。
 たくましい四肢から爪を立て、立派なひげを広げている。とてつもない力を一心に背負い、それでも己の理性だけは決して離さないようにと張り詰めた大妖怪の必死さを感じさせられただろうか。
 礎となるべくして――それでも、なお、相手への礼儀は忘れずに。
「猟兵さん、それでは殺らせていただきます!」
 ぱしいん、ぱしいん。
 しなる尾っぽが地面を叩き、陥没させて罅割れる。ゔるるるるると唸る獣の声が、火の玉を呼び寄せた。爛々と獲物を追う獣の輪郭を、淡く彩って――。

「――よござんすか?」


「東方親分『山本五郎左衛門』――その、『暴獣形態』である」
 物部・出雲は己の見た予知を、猟兵たちに告げる。
 グリモアベース、大祓百鬼夜行攻略中にて。なるべく手短に、と出雲は前置きして集まってくれた猟兵たちの前に、己の転送装置である黒い炎をかざした。
 両手からゆっくりと広がるそれが、映像を映し出す。
「山本五郎左衛門は骸魂の影響を完全に抑え込んでいますが、大祓骸魂を倒す礎となるべくお前たちに襲い掛かる。遠慮無用、存分に戦うが善い」
 もっとも、遠慮などしていられないほどかもしれないが――。
「UDCアースにおける『大いなる邪神』をも凌駕しうる程の力があるのだ。今は、この毛むくじゃらの姿になっている」
 東方妖怪の大親分である、山本五郎左衛門は強大な虞を纏う大妖怪として、東方妖怪達を率いて来た存在だ。
 忘れられてもなお、ずうっと人を愛し、人の世界を護るためにカクリヨファンタズムを護ってきた彼女が、すべてを賭けて――ようやく自分たちを認知できた愛する新たな隣人、猟兵たちと戦う。
 カクリヨファンタズムのオブリビオンは、「骸魂が妖怪を飲み込んで変身したもの」だ。飲み込まれた妖怪は、オブリビオンを倒せば救出できる。つまり、この彼女もまだ助けられるだろう。
 その未来のために、この世界のために、――ひとの世のためにと戦う彼女に、全力でぶつかりに行ってやるのが最善だ。
 さて、毛むくじゃらの大きな図体は再生力を得ており、防御力も侮れない。ただ、太陽光でダメージを与えることもできる。
「お前たちは窮地になくても『真の姿』に変身して戦う事ができる。山本の放つ膨大な虞の影響から、な」
 張り詰めた表情で、出雲は口を一文字に結ぶ。
「どうか、頼む」
 為せるとわかっている。
 この未来のために戦い続ける猟兵たちならば、必ず為すだろう!
 両手を広げて、予知を映していた黒い炎たちを渦巻かせる。炎熱を持たないそれが、猟兵たちを転送のために包み込んだ。
 山本の実力はやはり強大である。それでも、ここを攻略すれば――必ず道(あす)につながる!
「――全力で戦ってくれ、猟兵!」


 さあさあお立合い!
 さて、この夜繰り広げますのは東方親分『山本五郎左衛門』、そして愛しき隣人猟兵達との死合いで御座りまする――さあどうぞ、拍手栄当栄当の御喝采の準備を!
 すみから、すみまで、余すことなく戦う一夜をずずいっと愉しんでいただきますよう!お願い申し上げ奉ります。
 さあ、さあ、命削る一夜を愛し、愛され、慈しみ優雅にこの大地より――今、始めよう。


さもえど
 さもえどです。
 コーヒーに凝り始めました。
 プレイングボーナス……『真の姿を晒して戦う(🔴は不要)』。
 東方親分『山本五郎左衛門』との戦いです。
 全力で戦っていきましょう!
 真の姿まだ無いけど挑戦してみたい!というかたは、是非プレイングに「★」を記入ください。
 こちらでこの場限りか、もちろんこれから使っていただいてもうれしいのですが、アドリブで真の姿描写をさせていただくことは可能です。
 完結最優先で動きたいですので、プレイング募集は常時ですが、採用は六人~目安です。公開されて翌日には完結かな~という気持ちでございます。
 負傷など大丈夫!歓迎!というかたは、◆をプレイングのどこかに記入いただけますとそのようにさせていただけます。
 それでは、皆様のかっこよくて熱いプレイングを心よりお待ちしております!
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第1章 ボス戦 『東方親分『山本五郎左衛門』暴獣形態』

POW   :    暴獣形態
自身の【理性】を捨て【毛むくじゃらの「黒き暴獣」】に変身する。防御力10倍と欠損部位再生力を得るが、太陽光でダメージを受ける。
SPD   :    四尾暴獣撃
【棘状の毛に覆われた尻尾】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
WIZ   :    山本火焔塊
詠唱時間に応じて無限に威力が上昇する【獣】属性の【火の玉】を、レベル×5mの直線上に放つ。

イラスト:乙川

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

シャト・フランチェスカ


解らないわね
私たちが「成す」と信じてる?

ばっかみたい
信じるとか世界のためとか
自己犠牲ってやつも嫌いなの

でも、そうね
愛故に殺さなきゃならない
そういうのは好きだわ
『シャト』も私も!

処女雪の長髪に荊棘の冠
左の眼窩に桜が芽吹く
真赫な右眼は血より尚鮮烈に

御気に召す儘
どうぞ嬲って?

悼む心は亡いけれど
痛む躰は好ましい
私はバラバラになっても
凄絶に嫣然と咲ってあげる

あなたの焔と私の猛毒
何方が先に果てるのか
何方の愛が深いのか
けものにだって解るでしょ

ねえ、ねえ、ねえ
他人に尽くすそのこころ
余ってるなら私に寄越せ

自傷ばっかじゃ飽きちゃうの
その赫色
錆びた万年筆に吸わせてよ

まだまだ足りない
生きたくなるほど痛くして!




 ――解らない。
 信じるとか、世界のためとか、成すとか、どうとか。
「ばっかみたい」
 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)――いいや、「彼女」はそう言った。
 転送された途端に、まるで彼女の姿は変わってしまったのである。踏み入れる華奢な足と紅色の香りに、獣がどるると一度のどをならした。
 山本がにんまりと笑みを作って、姿勢を低くし、その姿を見る。血にまみれた女にひげがひくひくと動いていた。今にもネズミにとびかかろうとする猫のようで、結局これだって、ただの獣じゃないのと「彼女」は思う。
「馬鹿かもにゃあ」
「大馬鹿よ。そういう自己犠牲ってやつも、嫌いなの」
 真っ白の雪のような髪は、穢れを知らぬ処女のよう。
 だというのに荊の冠を頭にのせ、痛ましく左の眼窩より桜を咲かせている。
 体中に走る傷跡のような赤を抱きながら、真っ赤な右目は不機嫌の赤に染まっていた。
「しかして、猟兵さん。馬鹿じゃにゃいとやってられにゃいこともたくさんあるにゃ」
「――じゃあ私は、きっと馬鹿が嫌いだわ」
「んにゃはは!じゃろうて。しかし、儂は愛しとるよ」
 渦巻く虞の中で、瘴気の声が響く。猫とも熊とも、狸とも狐とも、何とも言い難い顔が、わさわさと毛並みを震わせながら地響きの声を発した。
 山本に収縮する妖力たちに、世界にびりびりと緊張が走り、「彼女」の髪を撫でて口説くおとこのように揺らした。
 火が、ひとつ灯る。ほおずきのようだった。
「馬鹿ゆえに、其れしかわからん」
 ふたつ灯る。ほおずきが開いて、猫の顔になった。
「この身はずうっと、愛する人と、世界のために使ってきたんにゃあ。今更、賢くやるなど出来やせん」
 みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。
「――死なねば治らぬというじゃろう?」
 ななつ、やっつ、ここのつ、―――噫、あっという間に視界を埋め尽くすほどの明かりが、「彼女」の輪郭を赤くさせた。
「殺してくれるか?」
 毛むくじゃらの山本の顔を余計に逆光が黒に染める。
 火焔が塊になってどんどん増えていく、しゃん、しゃん、とどこからか響く鈴の音が彼女の詠唱だろうか。しっぽが叩いているらしいことはわかるのに、そこに向けられているかは暗闇の中で読めないでいた。
「そういうのは好きだわ」
 ――そうッと息を吐く。
 手にしたのは、花宵の万年筆。
「『シャト』も私も!」
「そうか!それじゃあきっと、猟兵さんもお馬鹿じゃにゃあ!」

 ペンは剣より強しといって。
 山本の炎がうごろろろろと笑う彼女の声に合わせて「彼女」に向かって降り注ぐ。
「自傷ばっかじゃ飽きちゃうの!」
 傷だらけの体が余計に傷を負う。
 飛び出した「彼女」は、最初から山本の攻撃を躱すつもりなんてないのだ。火球が飛んできたのなら、それを突き出した万年筆が食らう。
 【金盞香】。
 赤い傷跡が火を包み、破裂させる。飛び散った赤が黒い獣の毛を焼いた。
「うァっ!?ぃちち、まさか儂も儂の火に焼かれる日が来るとは!」
 火だるまになった巨体をごろんごろんと何度か横転させて、ぶるぶると体中のノミやダニを振り払うために震わせる。山本がべろり、舌で上顎を舐めてから「彼女」を見た。
「ううむ、天晴れ。この儂の弾幕勝負にまさかペンを使うとは、驚かされるにゃあ。流石猟兵さんにゃ」
 ぽ、ぽ、ぽ、ぽ、また無数に火が広がる。
 一つずつをじいっと隻眼で見上げていたシャトが、いつになく甘い声で囁いた。
「その赫色、――錆びた万年筆に吸わせてよ。御気に召す儘どうぞ嬲って?」
「にゃはは、そう煽るでない!」
 悼む心は亡いけれど、痛む躰は好ましい。
 じくじくと焼かれる腕も、避けれずに水ぶくれを作った足も、焦げる服も、どうだっていい。
 また火が襲うなら、なんどでも万年筆でバツを描く。
 何度でも、何度でも。
 こんな「愛」は「愛」に足らぬと赤ペンで添削するように繰り返す。
 はじけ飛んだ炎が毒を伴って、「彼女」と山本を焼いた。ぎゃあ!と声が上がって、ずんぐりむっくりの獣の体はごろんごろんとのたうっている。
 大きな体に浸透するには少し時間がかかったらしい――自動修復する力があるとはいえ、やはり「彼女」の毒が回るのはそれでも早い。何度でも注いであげると言いたげに破裂する炎に囲まれながら、まるで逢引のように二人、駆け引きが続く。
「――に゛ゃあぁ、インクは毒かえ」
「失礼ね。愛よ」からくりに気づいたようで、鈍感な山本にくぎを刺す。
 「彼女」はもちろん、自分の毒を含んだ炎の影響を受けていた。じくじくと自分の愛(どく)にすら身を焼かれて、なお痛みが救ってくれるような気がする。痛みが肯定してくれているような気がする――ああ、ここに、「彼女」は存在しているのだ!
「他人に尽くすそのこころ、余ってるなら私に寄越せ。けもののあなたが殺せというなら」
 山本の愛が炎となって深いか、それともシャトの愛が猛毒となって深いか。

「――生きたくなるほど痛くして!!!」

 泣き叫ぶような声に、どうっと獣が走った!
 お望み通りと言わんばかりの飛び掛かりは、瞬時に「彼女」の世界を暗くする。光一つ入らぬ世界で、大きな爪がそのきゃしゃな体を弾いて地面に転がした。
 血が舞う。世界がごろごろと回転して、眼球が回っているのか脳が回転しているのかあいまいになる。血の香りが体いっぱいに広がって気分がいい。
 じゅくじゅくに灼けた体が痛くていい。「彼女」が血だまりを作る時、――山本もまた、口から真っ赤な血を吐いた。
「がッ、は――ごぇえエッ」獣の喉から溢れる「愛」の香りがここちよい。
 びしゃびしゃと口からだけではなく、次は目からも溢れてくる。
 にたりと白無垢がその有様を見て微笑む。
 山本の血塗られた金色の瞳が、苦し気に狭められていたのを確認して、声の出ない口を動かした。

 「愛」のお味は如何――?

大成功 🔵​🔵​🔵​

百海・胡麦
★◆
親分殿、心意気みせてもらった
妖怪の一片で在る己も応えたい。術比べと仕りましょうぞ
炎走る真の姿へ
お前たちも力を貸しておくれ

アタシは奔り「温」を振るおう
彼程の御大、ただ唱えさせる訳にはいかないね
無礼仕る。
「平」を持たせた「静墨」を放ち、纏わりつかせよう
此方も術を編みながら温を振るう——時を稼ぐんだ
「天人」と「虎尾」は辺りの罅割れ壊されたものたちを集めておくれ

流石は、強く美しい
……己は東方へ赴いた後、隠り世で今の暮らしを得た
その世を支える一柱。存分に。
炎の筋は素直、追って来ようが温を盾に躱したい
さあ、天人、虎尾、準備は良いね?
両側から「ものたち」を親分へ 逃げ道を限った。此方の炎も味わって頂こう




 血をばたばたと流しながら、毛むくじゃらはぺろぺろと手の甲を舐める。
「ふぃい、死ぬかと思うた。流石、猟兵さんにゃあ」
 まだまだ全力でやりきってはいないのに、存外に削られたものである。まだまだ現役、負けておれぬと考えていたが、そろそろ引退もやはり考慮せにゃならん――山本も傷をいやすことに専念していた。じいっと待ち、鋭い爪先をかさねて次なる死合いの相手を見据える。
「おや、お前さんは」
「親分殿、心意気みせてもらった」
 転送されてきたのは、百海・胡麦(遺失物取扱・f31137)である。
 淡く燃えるような白の髪をつれて、琥珀色の瞳は敬意をもって毛玉に一度、目を合わせてから頭を下げた。
「妖怪の一片で在る己も応えたい。術比べと仕りましょうぞ」
 ぱちくり、ぱちくり。
 金色の瞳がうれしい驚きに爛々と輝いているのだから、きっと答えはよしと返るに違いない。
 しかし、胡麦はこの親分の偉大さを知っている。
 妖怪たちは、もとよりさみしがりやであるのに纏めるのが大変な存在だ。皆がそれぞれ好き勝手に毎日、滅びようが何をしようが何かに化けてはまぎれているものだから統率というのが取りにくい。
 しかし、そこをこの東方親分はしっかりと握ってしまえるのである。
 偉大なる大妖怪と対峙できること、妖怪人生のなかで一体どれほど幸運なことか。胡麦は噛みしめるように息を大きく吸ってから、一度肺で止めていた。
 そして、彼女に告ぐ。
「――よござんすか」

 ぼっ、――と炎が一輪。
 咲き誇るような炎熱がどろろとあふれ出す。分離して三つ、九つ、十二の、十五――。
 あっという間に胡麦の世界を埋め尽くすほどの火の玉が増えるではないか!
 ――この一瞬でそこまで作って見せるとはね!
 驚かすことを生業とする妖怪たちのトップだ、にやりと笑っただけでこの生成力を前に、胡麦も己の内から炎を纏う。
「百海の。儂のような物好きは、お前のこともようく覚えておってにゃあ、エエと、にゃんじゃったか――そうそう!」
 ごるぐるごるぐる、お喋りをするだけで地が響く。
 炎が胡麦の身を纏い始めても親分の調子は変わらない。
「お前も確か、外から流れてきたようにゃ気がするぞ。うーん、儂もよう覚えとったもんじゃ。古いものが好きじゃと聞いておるにゃ」
「光栄です、まさか覚えてもらえてるとはね」
「にゃはは!まあボケとるかもしれんが。何、それじゃあお前も、下がるに下がれんわにゃあ」
 炎が、花開く。
「この世界が大好きじゃろうて」
 胡麦の衣服をぐらぐらと燃やしていたそれらが爆ぜた。腹部の傷跡を護るような腰当と、着物のような流しには西洋の術式らしきものが描かれている。
 腕は手甲に守られ、そこだけ見れば東方の武人らしい。握る鉄塊剣をもう一つ作り上げて――炎を纏う双剣、持ち手には光る粒子でできた光輪があたりの明かりを吸い上げていた。
「此度はこの姿で」
「うむ」
「――無礼仕る!」
「来るがいい!!」

 先手、胡麦!!
 水のつまる瓢箪を相棒のサメに持たせる。「往け!!」号令とともに射出!!まるで水の中を泳ぐかのように空駆けるそれ目掛けて、炎たちが動いた!!
 渦巻くように火の玉たちが豪速で練りあがる、あっというまに炎の渦が胡麦に向けられるのを、鉄の塊でできた双剣で振り払う!!
 一歩前に足を踏み込んで、背を弓なりに逸らせる。顎をかすかに焼かれた感覚がしたが、まだ大したダメージではない。
「はァッッッ!!!!」声を出して、そのまま倒立したのち後ろに下がる。だがまた二歩前へ!火の玉を掻き消すように剣を振るい、追撃の山本からの爪は弾くッッ!
「ぐ」びりりりりりりりりり―――――…………っと腕が痙攣する。あまりの衝撃に体が耐えてくれないのだ、胡麦がその痛みに声を漏らせば逃すような山本ではない!しなる巨大な尾がその体を鋭く叩いた!!
 ご、ッ―――――――――――――――しゃああッッ……!!
 薙ぎ払われた赤黒い建物に小麦が衝突する。
「――ッ!!」しかし、かみ殺す。頭から血が流れて、目の前が真っ赤になった。目が見えないーーだが、内なる炎は彼女の傷口からあふれ出る!!
「どうした、まだやるんじゃろう百海の!ほれほれ、死ぬぞぉ!」
 追撃の火焔が襲う!それを、サメが水をかけて勢いを落とした。胡麦が陥没した壁より抜け出して飛び出すころには、直撃を躱す!
「アタシのことはいい!――静墨、纏わりつけ!!」
 鋭く号令を出せば、忠実な彼は命に従う。
「おお、おお? うにゃうにゃ、体が勝手に――」
 目がきょろきょろと、山本の周りでまとわりつくように泳ぎだしたサメに向く。時折水を頭にかけたりしながら、どんどん山本の注意を引いていく!!
「ぐるるぁあん、気になっちゃうじゃにゃいか!」猫らしい瞳をまあるくして、どすのきいた声が響いた。この隙に、と胡麦は自分が放った二つの回収に向かう。
「――、『天人』、『虎尾』」
 建物の壁より着地、そのままごろんごろんと地面で何度か転がって受け身を取る。そして、這いつくばるに近い態勢で胡麦は二つの名を呼んだ。
 瞬間、隣にごるごると喉を鳴らすバイクと――空色の箒が現れる。
「準備はいいね」血が滴れば、それは炎になる。煌々と輪郭を薄くさせている主の戦意に、がるるるるぅううんと大きくバイクが鳴いた!

 び、か――――ーッッッ!!!!!

「な、なンにゃあ!?」一生懸命サメを追って、あたりを爆炎まみれにしていた山本の視界を光が焼いた!真っ白になった視界はちかちかとしていて、ずんぐりとした毛玉が悲鳴を上げる。
「流石は、強く美しい」
 胡麦の声が響いた。
 どこだ、どこだとけだものの顔が左右に揺れる。真っ黒な顔にぽっかり浮いた金色には、やはりまだ何も見えていないらしい。だから、その左右に――『天人』、『虎尾』が駆け出した!
「なんの音にゃ!?」がるるるるぉおおおんと鳴くマフラーの音に驚きながら耳がひくひくと動く。二つは山本を中心としてぐるぐると時計回り、反時計回りに駆け巡りだして、あっという間に速度を上げ――逃げ場をふさいだ!!
 ようやく視界が回復してきたころには、もう遅い。「猪口才にゃあ!」炎がふたつに向くころには、落ち着かない横顔をぎらり、白炎の輝きが照らす――。
 振り向けば、そこには炎の剣を十字に重ね合わせた胡麦がいたッッ!!!

「此方の炎も味わって頂こう!」

 【 ア ル カ ナ ・ブ ラ ス タ ー 】 ! ! ! ! 

 かッ、――――――と輝いてから、間もなく轟音。
 吹き飛ばされる山本と、自分の放った火力に体を吹っ飛ばされる胡麦である!!風圧に巻き上げられた体を、サメがその背で受け止めてやった。
「うぁッ、と……熱くないかい!?ああ、静墨」
 細長いサメの背だと知って飛び起きようとする主を、サメが蛇行運転でたしなめる。体中が燃え盛るゆえに熱くなった胡麦の体を、ばしゃばしゃと瓢箪が水で冷ましてやるのだ。
 ――長く息を吐いてから、相棒の背に転がる。
 吹っ飛んで行った山本の方向から、「驚いた!」と大きな笑い声が聞こえてきた。
 すっ飛んでこれないほどのダメージを与えられたらしい――ようやく生きた心地がして、胡麦は緊張から解けた熱い息を吐くのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン

(彼女は、この世界を縄張りとしよく統べる、よき主なのだと思う)
……キミの森を、世界を守りに来た。
(真の姿はまるで炎の半獣だけれど
ひとの打った刀を握り
ひとがくれた力を振るおう)

おれは、そういう、人間だ。

(向こうの攻撃は真っ直ぐ、なら【野生の勘】でその軸から逸れて
"LIGHTNING"
再生するとしても眼、鼻、喉狙い
【早業】で飛び込んでは一太刀、離脱を繰り返し【焼却】
唱える、息をつかせる、おれを捉える間など与えない!)




 じゅうじゅうと、毛と肉が焦げたにおいが立ち込めていた。
 ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)が召喚された際には、命が焦げるにおいにひくひくと鼻を動かされるほどの名残である。
 激しい衝突があったのだとわかるほどの余韻、そして燃ゆるロクの体をより熱する気温に、いつもよりずうっと獣らしい目を細めて暗闇を見つめている。
「うにゃあああう、よう燃えたわい――おや、次なる猟兵さんはこれまた、儂らよう似とる」
 ロクは、青い目を見開いた。
 間違いなく地面が溶け、あたりの建物もごっそりと柱を奪われたりだとか、今もずずりとがけ崩れが起きたように崩落しているというのに目の前の毛むくじゃらはけろりとした瞳を向けてくるのである。
 鳴き声とともに真っ赤な口を開き、愛想のよい声がロクの耳をぴいんと張らせた。
「キミ、が――」
 ざりざりとした声が息を呑む。
 あまりにも強大だ。灼けた体を自己修復できてしまうほどの強靭な力がその内部に詰まっていることなどは、ロクの全神経が感じ取ってすでに警告している。
「いかにも。儂が東方親分『山本五郎左衛門』である。よろしゅう」四本の尻尾がせわしなく動いた。
 山本からすればロクの大きさなど、赤子同然――いいや、その人生の長さから顧みてもそれは変わらないだろう。若い雌が今、小さな牙を構えて大妖怪の前にやってきたのだ。
 ロクは、その大きさからも、度量からも、力からも。感じ取れる何もかもから直観する。
 ――この彼女は、よき主なのだ。
 世界を、「森」とたとえよう。
 森には木が生い茂り、動物がすみ、水があり、その領域だけで小さな世界が出来上がる。
 混沌の中にも秩序があるように、森のそれはもっと複雑だ。森は寛大であるが、ロクの知るように外からの刺激に弱い。
 故に、――この幽世も同じことだと思える。
 妖怪たちは人間が大好きだ。人間のためにこの幽世を護る秩序は変わらない。しかし、どれもこれもが出自も異なる故、好き勝手に明後日を向いているからこそ纏めるのに苦労するに違いないのだ。
 人が忘れた数だけ、妖怪がいる。
 妖怪の数だけ、群れがある。
 ――曲者ぞろいのこの夜行を束ねる発起人、そのひとつであるこの親分は、ロクが想像つく限りでもあまりに「偉大」だった。
「おれは、ロク」
 ざりざりの声をやや穏やかにして、戦闘に身構えていた己の緊張をいったん解いた。
 火の獣は、背筋をしゃんとしてから――いつか相棒か、それとも見知った誰かが行っていただろう所作をまねる。
 恭しく一礼して、一拍。顔を上げて、大きすぎる顔を見つめた。
「キミの森を、世界を守りに来た――人間だ」
「おう」
 嬉しそうに目を細める金色に、なんだか目の奥がじんわりと熱い。
「なれば、より一層いとおしいにゃあ」
 きっと熱される体のせいだろうと、己の牙を手にしたロクであった。

 ぼ、ぼ、ぼ、ぼ――灯る明かりがぐるぐると紫をくゆらせ、鋭くロクに向かって直線!
 毛むくじゃらの獣がうれし気にひと鳴きすれば、まるで雷が頭上を走ったかのよう。あまりの声量に、火の玉を躱したロクの宙返りが振動するほどであった。
 尻尾を使ってバランスを取りながら、宙でひとひねり。浮いたロクを狙おうとした弾が背をかすめてぢりぢりと熱い。
 さらに追撃の直線がくるなら、ロクが己の火を纏う。ばう!と一度爆発を起こして、建物に衝突した!壁からずり落ちて、しっかりと柱の装飾を両手で握る。
 牙は忘れず口にくわえ、真っ赤な炎を連れて直線の弾幕から逃げるのだ!
「そぉれ!そぉれ!どうしたどうした、人間よ!」
 ばきゃん!と目の前の柱を折られて、ロクの足場が崩れる。がくんと浮いた足裏の感覚に瞳孔を丸くしたが――崩れ落ちる破片に足を乗せ、火炎放射とともに浮上!
 ロクの火焔を飲み込むように紫が追いつく。ばくんと食われた自分の明かりを見て、思わず眉間に皺も寄った。
 やはり、強い。
 体中に熱を纏いながら懸命にロクが駆け巡る。縦横無尽の小さな人間に、圧倒的な大きさの火焔が襲い来る!!!
「捕まってしまうにゃ!殺してしまうにゃ!それでいいのかにゃ!?」
 尾も、火も、こんなに纏っているのに山本はロクを人間として扱った。
 意地悪な顔をしてみても、どこかその表情は遊んでいるかのよう。余裕なのではなくて、――彼女もまた妖怪である。ひとがすきだ。人を驚かせるのが好きなのだ。
 ロクから感じられる感情がうれしくてたまらない。戦意、少しばかりの恐怖、大きい敬愛、そして――勇気!!
「う゛ぉおおおあ――――ッッッ!!!」
「ぐむッ!?」
 【LIGHTNING】!!
 ばしゅう、とロクの体が灼熱を纏う!そのまま、プロミネンスの如く"閃煌・烙"の切っ先に纏った炎で山本の首を貫いたッッ!!!
 火焔の猛攻が鋭く太い首を貫き、ロクがちらりと血煙の向こうを見る。通り過ぎた黒い巨体がぐらり、ゆれて――。

「うらめしに゛ゃあ」

 ばぁ、と舌を出した山本の顔に、ロクもまた笑みを作った。
「る゛るるぅ゛うううううあッッッ!!!!!!」 
 それは、まるで縦横無尽に飛び跳ねる弾のよう。
 再生する山本の体に触れては離脱を繰り返すロクの体からは、どんどんダメージが進む。己の再生力に自信のある山本は、己ごとロクを焼きだした!!
「にゃッはははは!どうじゃ、いい加減じゃろうて!」
 肺まで焼かれるような感覚に喉が軋む――それでも、火の獣は止まらない!!!
 眼、鼻、のど!
 確実に大ダメージに当たる箇所ばかりを的確に焼いて貫き、ぐるりと体に回転を加えていく。
「ッは、――あいだだだ」目からぼだぼだ滴る血を隠せない。蒸発していく鉄の香りをかがされて、山本は無防備な脳天をさらけ出すこととなった!
 ようやく地面に両足を付けたロクが、腰をぐっと落として突きの構えを作る。

 ――偉大なる、「世界」の主よ。

「おれも、守る」

 繰り出された風圧で脳天を割る「ひと」の牙を感じ、やはり、黒い獣はうれし気に疲れた尻尾をしならせる。
「あい、任せた」
 ひくり、耳が動いた。

 ――ひとが、すきだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【相照】◆
白翼の竜人

うん。これなら上手く戦えそうだ
ちゃんと助けてやらないと
物語はハッピーエンドが良い、だよな
こっちの形でなら、私にも分かるよ

いつも嵯泉に無理ばっかりさせてるから
今回は私が請け負うよ
起動術式、【貪食の黒蛇】
火の玉を全部掻き消して、親分一人にしてやる
親分の攻撃には黒蛇を剣に変えて応戦を
腕の一本くらいならくれてやっても良いかな
制限時間は103秒。それだけあれば、おまえは倒してくれるだろ?
リミットが迫る感覚はあるけど、途中で解除はしない
これが「理性」なのかな
頭がすっきりしてる
どんな怪我しても、もうすぐ死ぬって思っても――怖くないんだ

……どうしたの、嵯泉。そんな顔して
そうかな。変な奴


鷲生・嵯泉
【相照】
(外套を外し、瞬き1つ。傍らの竜の瞳にも似た金瞳へ)
かの信に応えられぬ様では猟兵の名折れ
其の通りだ――常の姿でも識っているだろうに

担うならば任せるが、唯待つ心算はない
――静禍凌檻、覚めよ晶龍
五感の情報に第六感重ね、戦闘知識で図って攻撃を先読みし
起点を見極め、衝撃波にて氷結創を刻み助力と成そう
例え指の1本であろうと欠けさせて堪るものか

任せろ
お前の整えてくれた機、決して無駄にはせん
効果の消えた刹那を逃さず一気呵成に接敵し
其の“虞”を叩き斬ってくれる

私にはお前が白く見える、と云った事があったな
間違ってはいなかった様だが――
何時ものお前より、今のお前の方が危うく見える
変、か――かも、しれないな




「――うん」
 ガントレットに包まれた手を何度か握ったり放したりを繰り返す。
 いつも通りの心地とはやや軽い体に、ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)は違和感がないかどうかを確かめてから、自己修復より目覚める妖怪の頭を眺めていた。
「ちゃんと助けてやらないと」
 外套が、マヨイガに吸われていく。
 預かってやると言いたげにひらり、空気が黒をさらっていった。鷲生・嵯泉(烈志・f05845)はそれを見送ることなく、瞬きを一つする。金色の瞳はいつもより鋭い。
「物語はハッピーエンドが良い、だよな」ニルズヘッグの問いに、ちらりと瞳だけが動いた。
「其の通りだ」
「こっちの形でなら、私にも分かるよ」
「――常の姿でも識っているだろうに」
 わからないふりを、してきただけかもしれない。
 嵯泉が己の手を尽くすと言う理由も、今ならニルズヘッグも理解できた。
 人の倫理もわからなければ、妖怪のそれもとんと黒竜にはわからぬ。――いや、わかっていて、わからないふりをしたくなってしまったのかもしれないのだ。
「うにゃあああう」あくびのような声が毛むくじゃらから聞こえてきた。
 嵯泉がその図体に一礼し、「山本五郎左衛門よ」と声をかけてやる。
 すると、まるい毛玉のようだった黒いかたまりがゆったり顔を上げて、「また死に損なってしもうたにゃあ」なんてのんきに残酷なことを言うのだ。
 け、け、と毛玉を吐き出すように噎せてから、猫らしきひげがみょーんとしなりながら広がる。
「次はお前さんたちかにゃあ?」
「ああ」
「相手仕る、構えを」
 ニルズヘッグは、その無防備な顔に一太刀と普段だったら思っていたかもしれない。
 獲物を狙うには絶好の機会だったのに、今の彼は「そんなことを」したいと思わなかった。のっそり起き上がる獣の体は時間をかければかけるほどもとに戻るというのに、傷を抉るような真似をしたいと考えられない自分が極端にも思える。
 嵯泉が時間を与えたなら、ぶるぶるぶるっと身を震わせて血だまりを飛ばしながら妖怪は起き上がる。
「お前さんは人間、そんでもってそっちは――竜かにゃ」
「ああ」
 白い翼で、優しく笑う。
 嵯泉を前に出すわけにはいかないと、まるでお伽話の王子様が纏うような理想のマントを制すように右手で広げた。
「ただの、竜だよ」
「――猟兵さん、儂と似とる気がするにゃ」

 いつもは、嵯泉に無理をさせてばかりだった。
 むろん、嵯泉からもそれを「無理だ」などとは言われたことがない。しかし、ニルズヘッグ自体がいつも感じていたことは本人でしか否定も肯定もできないだろう。
 目の前に広がる紫の玉たちが、あまりにも眩い。
「だとすれば、全身全霊でひとを護ってもらわにゃいかん」
 山本が逆光でぎらぎらとした歯を見せながら笑っている。
「試練か?」ニルズヘッグが小首をかしげたなら――。
「いんにゃ、――命がけの試験じゃ!」
 紫が襲い来る!!
 直線に飛んでくる火の玉たちを見据えた。嵯泉はここでも剣を抜かない。
 代わりに、――そうっと左手に握られた黒い剣が切っ先を正面に掲げられる。
「満点を目指すよ」
 起動術式、【貪食の黒蛇】!!!
 ガントレットの隙間からあふれ出した黒蛇たちが、降り注ぐ火の玉にかぶりついた!
「にゃにッ!?」まさかと山本も吃驚の顔を隠せない。傷口が完全にふさがっても疲労まではどうしても復元できないのもあるが、それでも十分すぎる威力だったはずだ!
 白銀の騎士の前には炎も無力――ずるずると呪いの力に呑まれて消えるのを待たず、ニルズヘッグが暴獣に突っ込んだ!!
「っく!!」振り下ろされる洋剣を爪ではじき、火花を散らす。
 元が黒蛇の剣だ。ぐにゃりと刀身を蛇腹に変えてよろめいた親分の首をかすめた!ぎゃあっと悲鳴が上がり血がはじけ飛ぶも、やはり金色の瞳はけして諦めがない。
 こんな程度で砕けてたまるかと、炎の消された尾でニルズヘッグの後頭部を殴りつける!!じいいいいい――――んんん……と脳が震える感覚がして、思わず奥歯をかみしめた。
「ッあ゛――ぐ」気絶するわけにはいかない!さらなる痛みが必要だった。
 ニルズヘッグがしたたかに地面へ自分からぶつかりに行ったなら、追撃の爪がやってくる。横転してから素早く立ち、腰がまだ入りきらないうちから爪から攻撃が繰り出される!
 右、左、左、右、フェイントの右!
 じゃ、じゃ、じゃ、と空気と土を巻き上げて、かまいたちを連れながらニルズヘッグを串刺しにせんと繰り出される爪にニルズヘッグが刀身を重ねてはじきあう!
 ――不思議と、思考はクリアだった。
「ッ、ぎぃ、――――――があ、あああ゛あ~~~ッ………………!!!!!!!!」
「おやおや、どうしたどうした。動きが遅くなってきたぞ、竜よ」
 ニルズヘッグの腕に、ぐっさりと山本の爪が貫通してしまっている。
 がたがたがたがた――――と腕が震え、がらんがらんと地面を剣が転がっていくのだ。血まみれの腕に奥歯も揺れ、失われる血の感覚に寒気がする。
 それでも、その瞳は死んでいない。恐怖で彩られることもなく、正しい「痛みへの反応」を見せながら、山本の爪を無事の腕で抱えた。
「自爆でもするかにゃ」
 引き込まれた爪の感覚に、山本がふと思いついた可能性を告げる。
「――どうかな」
 それに否定もすることなく、ニルズヘッグは迫る死の感覚に集中していた。
 不思議と、それを怖いと思うことはない。
 これが「理性」なのだろうか。あまりに凶悪なコードを前に、もしかすると判断力も落ちてしまったのかもしれないと自分を笑う。
 笑いそうな膝でしっかりと腰を落し、冷静な頭を保っていた。

「私は、信じてる」

 ――不思議だった。
 もうすぐ死ぬかもしれないと思っていた。腕を貫かれたから、出血多量は免れない。動脈も静脈もお構いなしに貫いた大きな爪が恐ろしい。だけれど、「怖くない」。
 すっかりニルズヘッグに夢中になった山本の横っ面を、冷気が撫でた。
「――【静禍凌檻】、覚めよ晶龍」
 嵯泉は、ひとつも灼けていなかった。
 念のためにとニルズヘッグの受け止めが間に合わないときのために気は張り詰めていたが、それも杞憂だったと今なら言える。すうっと抜かれた刀に、氷の龍がまとわりついた。それから、刀身を凍らせて――一度、鞘に納めて居合の態勢をとる。
「そろそろ時間だ」
 しまった、と親分が飛びのこうとするにはもう遅い!その腕に絡みつく呪詛が無数の蛇の形をした!動けぬようにと固定された毛むくじゃらの体が、まるで洗濯を間違えたぬいぐるみのようにいびつに収縮して――。
「お前の整えてくれた機、決して無駄にはせん」
「うにゃ、にゃあ、ッちくしょう」人間と怪物の織り成す連携に、たまらず山本も悔し気な声を出す。
 ずうっと妖怪たちの間で、小競り合いを仲裁したりだとかする彼女は一人だったのだ。連携された時の脅威を見誤ってしまったな、と頭のどこかで納得が及ぶ。しかし、悔しかったとも!
「其の“虞”、――叩き斬ってくれるッッッ!!!!」

 踏み込みが、すべてであった。剣の基本であり、すべての原点である居合は誰の目でも追うことがかなわなかっただろう。横一文に払い、真正面縦に袈裟斬りを繰り出す嵯泉の速さを前に――ぐっしゃりと空気の抜けた風船のように山本が倒れた!!

「私にはお前が白く見える、と云った事があったな」
 ち、ンッ――。
 仕事を果たした刀を鞘にしまってやる。くずれおちた獣を見ながら、嵯泉は死まであと数秒だったニルズヘッグの反応を待った。
 勇敢な人間の背を見ながら、どろどろと血があふれる腕のせいであまり頭の回らないニルズヘッグがようやく顎に汗を垂らす。
「……どうしたの、嵯泉。そんな顔して」
「間違ってはいなかった様だが――」
 これを、言うべきかどうかは迷った。
 今の彼の姿をまるで否定するような心地がある。とはいえ、明日言えなくなるほうがもっと恐ろしい。
 しばらく言葉を飲み込んだようなふりをして、顎を軽く引いた嵯泉が、ぽつぽつとつぶやいた。
「何時ものお前より、今のお前の方が危うく見える」
「そうかな。変な奴」
 誉められるのとはちょっと違う言葉に、ぱちぱちと白い竜が瞬きを繰り返していた。いつもの幼子のような所作に、嵯泉もどこか自分の心持が余計だったように思えて――。
「変、か――」
 また、再生が始まる。
 また目覚める前に血まみれのニルズヘッグを退かせようと、獣の呼吸が微弱であるのを確認してから、嵯泉は戦場を離れた。
「かも、しれないな」
 ニルズヘッグには、やはり――。
 白くなった今でも、寄り添う人間の心の傷すらもいとおしいゆえに考えが及ばない。
 それでも、隣人を愛する怪物は、わからないままに人間(ひと)と寄り添っていたのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
★◆

ねえ、親分
きみが全力でぶつかるというのなら
俺も相応に本気で相手をするが礼儀というもの

嗚呼、かぐや、お前も生き生きとしているね
夥しく血濡れてきた相棒刀とて
真なる力に浮かれ耀く

湖面に花びらが落ちるように
靜かに薄紅の防御を己に纏わせ
残念だよ、本来ならば
其の毛並みを愛でて甘やかして
あげたいところなのに

放たれる焔玉は火炎耐性で親分の懐まで接近し
耀夜で振り下ろしながら見切りで回避を

愛しき隣人なる東方親分よ
熱い、熱い焔を包み込むように
添わせた桜は真っ直ぐに貴方を貫くだろう
今度こそ、屠るではなく、護るために
この身で振るおう




「――ねえ、親分」
 ぐしゃぐしゃになってしまった毛玉が、空気を吹き込まれたようにぷっくりと膨れ上がる。
 もぞもぞとやがて毛むくじゃらがまんまるな目を見せれば、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)もくすりと微笑んでしまう。
「おや、猟兵さん」
「うん?」
「嗅いだ覚えがあるにゃあ――吸血鬼? はて、お前さんのような西洋妖怪にゃら、儂が覚えてないはずがないんじゃが……」
 横に伸びて、ふわふわと広がるひげが千鶴に向いた。敵意はない。
 そっとそのひげに触れてから、無邪気な子猫をあやすように一本指ではじく。ぷるるるる、としなった針金のようなそれを見届けてから、千鶴が薄暗さを隠しもせずに山本に向き直った。
「きみが全力でぶつかるというのなら、俺も相応に本気で相手をするが礼儀というもの。そうだろう」
 歪んだ思考で生きてきた。
 培われたものがそれだったばっかりに、立派に慇懃無礼な無知が服を着て歩くようになってしまったのである。
 奪うとか、奪われるとか。世界のためだとか、大儀だとか、いろんなものを見てきて――要らない理想は汲み取ることもなかったし、必要でないものは手放して斬り捨ててきた。
 だから、いつの間にやら千鶴は「何も知らない」ままではいられなくなる。
「手合わせ願おうか」
 すう、と狂い咲く打ち刀、燿夜を抜く。刃を構え、両手でしかりと握る。
「――よかろう」ぐるる、大きな毛玉が唸って心なしか嬉しそうなのである。ぶわりと千鶴の体を“虞”が包んだ!その時間はほんの一瞬で――黒い霧が明ければ、千鶴の衣服が変容する。
 今まで、ずうっと。
 屠るために使ってきた力だった。
 攻撃的な肩当が利き腕に現れる。鬼の角のように鋭く一本が生え、そのまま腕が締め付けられるような覚えがする。じっと見てみれば、手の甲までをギラギラと花弁のような鎧が包んでしまっていた。
 千鶴の瞳孔をぎゅうっと狭めさせ、その口元を鬼の面が覆う。火が練りあがって、彼の後頭部で結び目を作った。朱色の紐に固定され――ちろちろと先が燃えている。
 触れてきた和の要素が彼に降り注いだ。桜色の花弁が火の粉から作られ、こめかみに触れる。桜色の炎が吹き上がって、彼の角とした。
 まるで、かの友人のようだと思ってしまう。儚くて、愛らしくて、届きそうで届かない、あの桃色の――血のかおりをまとう、おんなの。
「にゃれば、そちらでどうか?」山本の声に合わせて、ふ、と息を漏らした。

「――十分だ、愛しき隣人。東方親分よ」

 生き生きとする鋼は主人の強さを喜んでいるようであった。
 相棒刀が煌々ときらめくなら、その刃に手を這わせる。ゆっくりと撫でたところからぶ、わッと炎が沸いて刀身を赤白に染め上げた!
「屠るではなく、護るために」
 変化を見届けた山本が、満足げに喉を鳴らした。
 身を起こした彼女が無数の紫を展開した。いったいこの数にどれほどの年月と、孤独と、苦労があったのだろう――千鶴の知らないものがたくさんある。
 背負ってきたものはあまりにも違う。
「この身で振るおう」
 それでも、千鶴はここで引くわけにはいかない!
 一直線に飛んでくる無数の中を、刃で切り裂いた。しかし、矢継ぎ早に繰り出される次弾がすぐそこまで迫っていて――身にまとわせた薄紅で防御をはかる。
「そうにゃ、そうにゃあ、猟兵さん!教えとくれ!」
 炎をかき分けて、肌を焼きながらも臆さない!!
 大股で前に出た千鶴の一歩は地を砕き、破片を巻き上げる。熱風による上昇気流で、その体がふわりと空を駆けた!
「猟兵さんたちが、強いってことを」
 つられて見上げる山本も、無防備な胴体に向けて炎を放つ。
 紫の火球が炎の一閃にて爆発していくのを、嬉しそうに眺めているではないか。
「猟兵さんたちに任せていいってことを」
 ――本来ならば、毛並みを愛でて甘やかしてあげたいくらいだったのに。
 千鶴が切り開く中でも、毛むくじゃらの表情はやっぱり明るいのだ。めいいっぱいの好意がむけられているのも爛々の目からわかってしまう。
 体中から溢れている“虞”の濃さからも理解が及ぶ。体の中はずうっと理性と本能と、狂気に蝕まれてつらかろう。なのに、千鶴の強さを見て心底嬉しそうにするのだ。
「儂に、妖怪たちに、――この世界に!」
 
 守ってくれると、期待して――!!

「幾度でも、咲かせ、――葬送ろう」
 【月華ノ餞】。
 その刀が何重もの炎の塊を破き、急降下する千鶴の速度に合わせて火の粉が散っていく。やがて桜の形となって、角からぼうぼうと引き連れた花弁と混ざり旋風を巻き起こした!!
「おお、見事!」
 走って逃げようとするにも図体が大きすぎる。ど、と前足が方向を決めたなら、そこをまず千鶴の桜が穿った!「逃がしはしないよ」と囁く彼の声がひどくやさしい。そのまま桜たちが――熱い炎を包み込み、桃色の電飾を作り上げ世界を温かく照らした。
 残りの桜たちは、どすどすどすと音を立てて山本の体に突き刺さっていく。
 まるで標本にされた虫のように縫い留められた大きな毛むくじゃらを、そうっと桜の加護から解放された千鶴が地に降り、額を撫でた。
「――げほ」
 ど、わ――っと体から噴き出す汗と、炎熱の名残とともに肺が軋む。
 膝を付き背を丸くし、華奢な体から離れていく桃色の香りを感じながら、ゆっくりと目を閉じる。
 それでも、意識は手放さない。
「安心して、御覧じろ。――俺たちの戦いを」
 
 そのために手に入れた力だ。
 若い半魔に撫でられながら、どうにかこうにかつなぎ留めていた理性で「うむ」と返事をする。山本の毛並みは、思ったより老いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート

勝つ為に身を切るその姿勢、賞賛に値するぜ
俺も似たようなもんだからな…親近感が湧く
だから俺は、『自己犠牲を止めろ』なんて言わない
ただ行いと結果で応えるだけだ
さぁ──虚無が全てを吞み込むぜ

ベースは昔相手をしたメイジの魔術、過去干渉で呼び起こしたそれに、虚無の力を凝縮させる
面倒なのは、メイジの力は手順を踏む必要がること…即ち詠唱だ
奇しくも似たような技が相手か?なら打ち合い勝負といこう

空に虚無が満ち 地に黒を齎す
海は濁りて 森羅万象を闇に沈める
恐れるなかれ 在るはずの無い虚ろを
後に残るは 零に収束する冬なり
来い──『Tonitrus』
向こうの発動と同時に撃つ
火の玉ごと、虚無の雷霆で消し飛ばしてやらァ




 警告。
 前方に敵正反応。
 回復中――深度70% おおよそあと5秒で全快します。
 能力、未知数。存在しないデータです。解析中、――解析完了まであと25,458,451時間。
「勝つ為に身を切るその姿勢、賞賛に値するぜ」
 マヨヒガに生えた建物の上から、毛むくじゃらを見下ろす彼がいる。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は今にも熱暴走を起こしそうな網膜加工型電脳ゴーグルを一度、セーフモードに切り替えた。
 腕のコンソールからタップして、ひとまず目の前の強敵への解析は「無駄」と判断してそぎ落とす。代わりに、最適解に至るためのリソースに回した。脳の奥まで染まった電脳が、赤黒く書き換わっていく心地がする。
 キュウウ――――ン……と内耳に響いた音が、相手の実力を悟らせるすべてであった。
 おそらく、ヴィクティムが戦ってきたどの敵よりも強い。データにない、ということはそれを意味するのだ。猟兵たちが己の枷を解かねば勝てない相手、それを引きずりだしてなお、今ヴィクティムを見上げるほどに余力もある。
「おやぁ。猟兵さん、あんたちょいと、うにゃう……」
 リアクションに困った顔は、悲しみもあるらしい。せめて解析できる脳波だけで、真っ黒な獣を赤い柵に足を乗せて見下ろすヴィクティムだった。いかにも宗教チックな景観だというのに、ここに神はいない。
「よせよ、ビッグ・マム。あんたからしたらちっぽけなもんさ。そうだろ」
 山本は、どう答えたものか迷っていた。
 ――ヴィクティムの体には、山本が今飲み込んでいるものと同じ要素が詰まっているのである。
 オブリビオンを体に宿す山本はこれを制御し、暴れ狂いながらも猟兵達と自分が何をなすべきかをわかっているし、強大な力でどうにかこうにか押さえつけているのだ。
 しかし、山本だからこそできることでもある。
 骸に魂を食われながら正気でいるなど、並大抵の人間ができるのか――?
「親近感だよ」ヴィクティムは、両腕を広げた。お手上げだ、というよりは「あんたに変な敵意はない」という友好的な姿勢でもある。腰を反らせて、肩をすくめて、自嘲する。
 やめろやめろと言われ続けた癖だ。しかし、三つ子の魂百までというように――もう、こればかりは中々うまく改善できない。
「だから俺は、『自己犠牲を止めろ』なんて言わないし、言えない」
 ――そうしてきた。
 ヴィクティムには、この山本が背負っているものがわかる。
 かつて、ヴィクティムも背負ったことがあるのだ。自分たちだけの世界を、負け犬の悪ガキたちが夢見た明日を背負って彼の革命は――失敗した。
「失敗したほうがキツい」ごき、ごき、と肩甲骨をはがして、柵に足を乗せてより高い場所から彼女を見下ろす。
 真っ黒で毛並みの一つもわからないと思ったが、――ああ、やはり、老猫のようなツヤであった。
 ぐるる、と山本が鳴いて「そうじゃとも」と呻く。
「故に、――応えてくれにゃいか。猟兵さん」
 ばしいいいん、――鋭く四つの尾がしなった。ヴィクティムの立っていた鳥居じみた建物があっという間に紫の爆炎に包まれて消える。
「引退していいぞ、とな。まァ、まだまだ終われんかもしれんにゃが」
 ぐらぐらと煙すら燃える中で、ひとつの黒い点が浮かびあがった。
 それが、まるでブラックホールの誕生である。あたりを吸い込めば吸い込むほど大きくなる黒い影が、球体となり、――人型となる。
「なんと」
 山本は目を見張った。小さな人間の体からあふれ出ていい瘴気ではない!思わず二歩、三歩とさがり、ふううううううと息を吐いて警戒する。
「それは、――」
 丸めた背がぞわりぞわりと脈打ち、彼の体を黒が突き破っていくのだ。螺旋を巻いて、彼の武器すべてを飲み込んでいく。
「言ッタロ」
 ざらりとした声が響いた。
「――親近感ダッテ」

 ――ヴィクティム・ウィンターミュートは。

 左目から血の涙を流しながら、まだかろうじて人の皮を被るサイボーグである。
 こりゃいかん、と頭の中に警笛が本能より響いたのは山本のほうだった!火焔を作り出し、直線状に無限が走る。マシンガンよりも激しく大きな弾たちは、全身を黒く蝕まれるヴィクティムを狙った!
「死にたいのか、猟兵さん!?」
 自分が逆の立場でも、同じことを言ったかもなとヴィクティムも思う。
 体に渦巻くのは痛みよりも酷な干渉だ。過去を纏い、それでも体は未来に絶えずある。拒絶を示す矛盾の力は、少年の周囲に電撃を張らせた。
「にゃ!?」ばしゅうううううん、と山本の火焔たちが消えていく。
「――空に虚無が満ち 地に黒を齎す」
 ヴィクティムを護るように雷の球体が作られる。自然とあたりの木々も、岩石も、家屋の破片も持ち上げてしまうほどの電磁が走っていた。
「にゃんと」
「――海は濁りて 森羅万象を闇に沈める」
 ヴィクティムが両手を、まるで乞うように空へ掲げた。
 真っ赤な月を挟むように、食らうように、その手のひらを組む。同時、さらにヴィクティムのバリアは強固になったどころか――。
「儂の炎を、食らっているのか!?」
 あまりにも恐ろしい光景だった。
 山本の力はもとより強大である。妖怪たちをすべるということは、それだけ長く世界を護ってきたということ。邪神に蝕まれる表の世界を護るため駆けずり回った妖生は彼女の力を研磨するに等しい時間だったのだ。
 しかし、それをヴィクティムは踏まえていない!
「死ぬぞ、――小僧!!!」
「俺ヲ殺ス気デ来イ、ビッグ・マム!!!」口から血を吐きながら、炎熱を黒で食らい続ける獰猛な化身がいる!!「情ケモ容赦モ必要ネェ、同情モダ!アンタダッテソウダロウ、アンタダッテ、ソンナノ――嫌ダロウ!!!違うカッッッッ!!」
 なんと、業が深いいのちだろうか。
 大好きな人間は、こうして――禁忌を身にしてもなお、立ち向かおうとする。圧倒的な火力を電撃が打ち消していった。何度も、何度も、何重も。
「恐れるなかれ 在るはずの無い虚ろを」
 ヴィクティムの詠唱は続く。
 この文言がないとコードは満足に発動できないのだ。だから、撃ち合い勝負に持ち込んだ。「親近感」というワードを用いたのは、もちろん感情が動いたからでもあるが、作戦の内でもある。
 なんだって使う。勝つためなら、この命も、言葉も、過去も、禁忌も――もう負けるのは嫌だ!!
「後に残るは 零に収束する冬なり――来イ」
 同情よりもずっといいものを得たい。
 爆炎に包まれながら何度も虚無が掻き消えてはまた、彼の体をしばりあげる。そのたびに何度も細胞が悲鳴を上げ、内耳からも血が出た。もはや世界はまともに見えていない。
 それでも、全力の打ち合いを続けてくれる目の前の妖怪に、感謝した。
 ――これが、全力の答えを現す方程式だ。
「──【『Tonitrus』】」

 ぱ、とヴィクティムが頭上で組んだ拳を放す。
 それを合図に、雷が大きな電磁砲となって放たれた――どうなってしまったかは、ヴィクティムにはわからない。地面に墜落し、したたかに全身を打ち付ける。
 もう少し調整が必要か、それとも鍛えるべきか――脳のシステムに再起動をかけたところで、彼の意識はゆっくりと心地よい勝負の余韻に沈んでいった。
 内側から破裂したように、全身を傷だらけにした少年の体へねぎらうように紫の火の粉が舞っていたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

白神・ハク
★◆

やあやあ猫叉の親分山本殿!
貴殿の心意気、誠に天晴!
我が名は白神の大蛇・白よ!
貴殿と同じくカクリヨを守る大蛇が一匹!
貴殿の想いは我々妖怪にも然と受け継がれておる!
カクリヨと隣人の為にも刃を振るわん!
真正面から相見えん!

我が技は幸運を齎す技よ!
貴殿へ幸運を齎そう。そして対価に太陽の光を授けよう!
幸と不幸は対等!身に余る幸運は即ち大いなる不幸への一歩!
貴殿の弱点は太陽の光と聞いた!
幸運の対価も妥当と言えよう!
次は我と正々堂々と勝負よ!
貴殿の力をこの手で受け取る日が来ようとは!
何と楽しい日だ!我が魂も震えておるぞ!
貴殿が望む侭!
これが貴殿の運であるならば!
我は貴殿を叩き切ってしんぜよう!




「うにゃあああああう……なんとも、猟兵さんたちは無茶をするにゃあ」
 散り散りになった毛玉たちがうごうごと集まりだす。
 ひとこね、ふたこね――まあるくなった毛玉がぶくぶくと膨れ上がって、大きな口があくびをすればどっぷりとした黒色のけむくじゃらが再現された。山本が一息とべろべろ、顔を洗っていれば真っ白な男がやってくる。
「にゃ」
「――やあやあ猫叉の親分山本殿!」
「おぬしは」
 白神・ハク(縁起物・f31073)は、幸運の象徴である。
 はるか昔、風習として今も語り継がれるが、白蛇というのは見れば縁起の良いものとして根付いていた。UDCアース、ナラ、最古の神社などは今も蛇を遣いとして飾り奉っているほど根強い文化がある。
 だが、――この白神・ハクはそうならず在る。
「貴殿の心意気、誠に天晴!我が名は白神の大蛇・白よ!」
 しゃあああ、としなる細長い蛇舌をさらけ出した長躯は、今や真っ白な狩衣に包まれていた。
 どこもかしこも白く、腕まで白い。さらけ出された爪は鋭く、黒く塗られていた。
 真っ赤な瞳をかくすように顔からは布が垂れ、代わりに蛇の目が描かれている。赤色の刺繍できざまれたそれが、いまやハクの熱量を現すには十分はっきりとマヨヒガに目立っていた。
 短い髪は伸び、蛇の体のよう。腰までの長さの三つ編みが彼の声に合わせて揺れる。
「おおとも!覚えておるにゃあ。こりゃ幽世もちょいとは穏やかになるかもしれんにゃあと思って居ったもんで」
「左様、貴殿と同じくカクリヨを守る大蛇が一匹!貴殿の想いは我々妖怪にも然と受け継がれておる!」
「ううむ、にゃんともすばらしい心意気。儂、感動しちゃうにゃ……ジーンとこころにひびいたにゃ」
 ハクがいつになく大声で、いつもの飄々とした語り口でないのは――ひとえに、この親分への敬愛からである。
 ハクが迷い込んだときから、山本は親分であった。親分とは聞いていても、実際に顔を合わせたことなどもうずうっと前かもしれないし、あるようでなかったのかもしれない。
 しかし、誰に聞いてもその名はどこにでも伝わっているのだ。
 ――命運が尽き、ありがたさを忘れられたゆえに幸福を振りまく蛇は、その偉大さを痛いほど知っている。
「故に、カクリヨと隣人の為にも刃を振るわん!――ようござんすか!ようござんすか!」
 ずらぁあり。
 突き出された巨大で無骨な剣は炎に包まれる。
 目の前で変容を遂げたそれが、鋭い太刀に生まれ変わるさまを山本も見届けた。にいいと、口角をつりあげても金色の目は見開かれている。ふしゅるるるると口から息を吐いて、ぼわりぼわりと火焔が生まれる。
「よろしい。では、――始めるにゃ!」
「では、いざやいざいざ!真正面から相見えん!」
「殺らせていただきます!」

 先手、ハク。
 顔の隠された布をはりつけつつ、まず踏み込んだ!自身の背丈ほどある大太刀をぶう――――――ぅううんと右に薙げば弾くのは暴獣の爪!
 くるりと身をひるがえし、着地すればそうはいかぬと追撃の火の玉が襲い来る!
! これを刀で弾き、白銀に燃える鉄の重さに合わせて体を何度も浮かせた。直線の狙いをくるりと躱すハクの脇腹を、今度は太い縄のような尻尾がとらえる!!
「ぐッ」思わずつぶれたような声を喉から漏らす。鋭く投げ捨てられる体は建物に直撃、そして壁を貫通し、真っ黒な屋内に転がされることになった!
 跳ねるようにして立ち上がったハクを、追撃の火球たちが襲う!!!
 藪を抜ける蛇のように走り、破砕される屋内を潜り抜ける。頭の上を瓦礫が飛び、霞めていくがハクは止まらない!
 やがて――バッと飛び出たのは赤い屋敷の窓からであった。白い衣をはためかせつつも、大きな大将の上を取る!
「貴殿の弱点は太陽の光と聞いた!」
 此度、なんとも幸運なことだったろう。
 ハクはここまで、致命に至るダメージを受けていない。あろうことかこの大親分に牙を向け相まみえて5分と生き続けているではないか!
 湧き上がる喜びが声に乗り、彼の声を大きくした。幸運とは何とも厄介であるなと山本が次の一手を考えているときである――。
「次は我と正々堂々と勝負よ!」
 【連鎖】する。
 幸運なのだ。ハクは、それを操る蛇だ!
 真上を取られた山本の脳天を、するどく、強かに――白蛇の牙が貫く!!
「ぎゃッ!?」
 消えぬ傷跡になるだろう。穿たれた痛みから離れようと、ばしりとハクを前足が叩く。
 剛腕に殴られて吹っ飛ぶハクの体が地面にバウンドするが、彼の顔は苦悶すらうかがえぬよう布のむこうだ。
「はは、ははは、ははは――!!」声だけで表情を作りながら、蛇神はしゃなりと地面に二本の足ですぐさま立ち上がった!すでに体は地にまみれ、白の衣服は赤黒く染まるというのに、彼の体には「根本的なダメージ」がないのである!
「幸と不幸は対等!身に余る幸運は即ち大いなる不幸への一歩!」
 人差し指で、山本に下すは幸運の恩恵!
「にゃにぃ――?」
「貴殿が望む侭!これが貴殿の運であるならば!」
 何が起きるのか、と身構えたが刹那――「ぐああ、ァ――!?」もんどりうつ毛むくじゃらである。真っ黒な毛並みがざわわわわわわわッと嵐に巻き込まれる草原のように動いて、まるでスーパーボールのように山元は跳ねまわった!!
「ああああ゛っっづいにゃ!!!???こりゃあ、どうなって――あっづづぢぢぢ!!!!??」
 幸運には対価がある。
 降り注いだ幸運はすなわち神の光、――太陽を意味するのだ!ごうごうごうごうと体をプラチナ色の炎に包まれて、山本の体は小さな太陽そのものになっていた。
 体が再生しないことのパニックに包まれて、面食らってしまっている。驚きの力はやはり偉大だなとハクが確信し、乱雑に飛び回る山本に向かって大太刀を構えた!
 
「――――叩き切ってしんぜよう!」

 すっっっ―――――――ぱぁあああああん…………!!!
 炎に包まれる二つの肉塊が、いびつな金目を細めてハクの背を見送る。
 しっかりと腰にしめ縄が巻かれて、かの神の権威を示すようであった。返り血で紅白に染まった蛇が、衝撃波より巻き起こる風圧に布をめくられる。
 ハクの無骨な親指と人差し指が、刀から離れた。重ね合わせるようにして、打ち合わせる。
「見事、見事! 天晴、天晴れ――!!」
「よよよい、よよよい、――よよよいよい!」

 ひと悪事の成功に、二匹のけだものがわらいあう。
 燃え盛る黒がすうっと暗闇に呑まれた時、蛇もまた――真っ白な体を引きずって、血のあとを残しながら舞台袖へと消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡

真の姿:
瞳の奥に揺らめくような青が覗き
半身が影に侵蝕されたように黒く染まる

――あんたの覚悟はわかったよ
信頼に応えるなんて言えるできた人間じゃないが
せめて全力で示すさ

相手が気にしなきゃならない味方はいない
最大限に攻撃の機会を使ってくるだろう
三発躱しきれる目算は正直ないが
逆に考えれば、相手の防御が手薄な瞬間が三回来るってことだ

直撃すれば死ぬだろうな
それが、今は怖いけど
だからこそ切り抜けようという覚悟だって決まる
ここで死んでなんてやれないんだ
自分の生も死も、誰かの“せい”にしたくない

完全に躱しきれなくてもいい
この引き金を引く指さえ鈍らなければ
この眼さえ、足さえ止まらなければ
必ず、撃ち抜いてみせる




 青が、視界に広がった。
 まるで視力すべてを引き出されたような心地がする。ずうっと奥に眠っていた新しい感覚は、鳴宮・匡(凪の海・f01612)の先入観を取っ払い、代わりに没入感を授けるのだ。
 摩訶不思議のマヨイガにて、匡は目移りしないままでいる。すべてが「視えている」限り、彼に恐れはない。ちくり、と体に痛みが走るのも想定内だった。
 ふわりと目の前に浮いてくる紫の火の玉に敵意は見られない。やや、何が起こるか――瞬きをせずに見つめていると、炎が解けて大きな獣が現れた。山本である。
「ふゃあああ、猟兵になった妖怪は強いにゃあ!儂も安心して引退できそうにゃ」
「引退するのか?」
「ん~~そろそろかのうとは思っとるにゃ。にゃにせこの儂も老いぼれよ、そろそろ次世代に預けんと」
 ――資料で視て、覚えた限りではそう思えない。
 しかし、妖怪である。人に寄り添うためならどんな姿にでもなり得るのだ。大きな毛むくじゃらが闇と同一化し、きらきらとした金の瞳と牙が生えそろった口だけが浮いている。
「猟兵さんも、人間かえ?」
「ああ、人間だ――あんたの期待とか、信頼に応えるとは言えないけど」
「何を言う。儂を見て驚かぬ人間など……ああいや、猟兵さんたちを除いては!そうおらんのにゃ」
 人間が本当に好きなのだと、匡は今ならばその表情からわかる。
 茶化しているのではない。ただ、うれしくてしょうがない山本のこころが「視えて」いた。奇々怪々なマヨイガも、匡が訪れたところで彼を飲み込むでもなく戦いやすい環境やギミックとしてまた形を整えるばかりである。
「世界を変えるのは、いつだって、信が在る奴よ。儂はそれを確かめておる」
 ――ずうっと、人間に焦がれていたに違いない。
 人間のために走り、力をつけ、戦い、時に苦汁を呑み、今――犠牲となろうとする。
 大親分というのが匡の社会にはないが、彼が今まで生きてきた場所を護ってきてくれていたこの彼らには、感謝の気持ちを感じるのだ。これを、戦場で表現するならば盟友がふさわしいだろうか。
「――あんたの覚悟は、わかったよ」
 これは、闘争ではない。
 命の取り合いには変わりないが、匡の中では今まで繰り広げてきた戦いとは異なる意を感じるのである。
 ようやく開いていた目を一度閉じて――また、開く。うぞりと彼の半身を影が覆った。じわじわと肌を浅黒くして、黒い髪はより黒くなる。手も、腕も、どこもかしこも半分が染まった。
「せめて、全力で示すさ」
「うむ」ひげが、機嫌よく揺れる。「そうでなくっちゃあ」

 この争いを、どう表現すればいいのか匡にはわからない。
          ・・・・
「さァて、――いざ、三本勝負と往こうじゃにゃいか!」
 友と戦う時と似ている気がするのだ。お互いの現状把握、問題発見、解決のために――匡自身もそれが仕事にかかわる故繰り広げてきたが、そのたびに匡は苦しい思いをしてきた。
 至らぬ自分を感じたこともある。誰のためにもなれないのだという無常をかみしめたこともある。ずうっと何も感じないようにしてきた体に電流が走るような心地がして、無理やりにでも世界を広げられたような時もあった。
 刺付きの尻尾が肥大化する。
 ――【静海響鳴】はその瞬間に発動した!
 ぶううんと空気を裂いた音が聞こえたのは、匡がほぼ反射で前かがみのまま滑り込むようにして転がった時である。薙ぎ払いが終わった後に音が続いたのだ!
 音を超える鞭の速さで考えれば、あの巨大な尾で殴られた時の威力はどれくらいか。
 ――間違いなく、即死だろうな。
「ようかわしたのう」
「言ってる場合かよ」こっちには余裕がないのに、と思わず毒づきたくなるほどであった。
 驚くべくはその速さと質量よりもたらされる二次被害である。
 風圧が匡のうしろ「すべて」の建物を破壊して巻き上げてしまっていた。とんでもない破壊の音が、匡ひとりの体を木っ端みじんにしかねない圧倒的なパワーを彼に想像させる。
 恐ろしい、と思った。
 昔までは、こんなことはあえて「思えなかった」のである。
「さあ、さあ、次じゃ次!」
 眼で見ている。しかし体が追いつかない!!
 ぎゃ、う――――――――ッッッッ……と鼓膜を震わされ、破裂した。じんわりと耳から血があふれ、匡は「影」で包まれた体を尾にかすめられ足を取られて吹っ飛ぶ。
 頭からぶつかった。首は無事だった。後転することになった。背中を打っている。腰は無事だった。風圧が彼の体をもみくちゃにする。転がされすぎて全身は擦り傷まみれになって、何度か脳が震えるほど「直撃」していないのに暴風に巻き込まれてしまった。
 それを、山本はじいっと見ている。
 人間をなぶって楽しめる性分ではない。ただ、見守るように金の瞳が彼を見ていた。
 ――やめてやりたい。
 ――殺したい。 
 二律背反する理性と狂暴に、ぐるるると毛むくじゃらが唸る。
「次で最後じゃ」
 血だるまになって転がる匡を受け止めたのは、鳥居にも似た柱だった。
 背を預け、頭だけは持ち上げている。額を切ってしまったから、血はかなりの量が出ていた。それでも、目だけはしっかりと開かれていて――身を起こす。
 ここで、死んでやれない。
 報いてやれる自信なんて、最初からなかった。匡は「ちょっと強い」だけの人間だ。
 彼の周りには神も悪魔も泣いて逃げるような友人たちがいて、使える誰かがいる。ここで自分が消えても、世界に影響はない。そう、――思い続けてしまうのは、もうやめた。
「猟兵さん」
 ぼたぼたと血を流しながら、アドレナリンがいきわたった脳はさらに匡を没入の世界に引きずり込む。
「自分の生も死も、誰かの“せい”にしたくないんだ」
 銃を、「影」から作る。
 よくなじんだハンドガンの形だ。切り開くには、やはりこれが一番しっくりくる。両手で握って、構えた。
「――あんたは、とっくにそうかもしれないけど」
 こんなことは、匡がかける言葉ではない気もするのだ。
 きっと目の前の大親分は、自分よりも長く生きて物を知っている。それでも、「人間」から言われた言葉は少ないだろうと考えた。
「でも、あんただって」
 匡は、告げる。

「待ってるみんなが、いるよ」

 三番勝負の尻尾を――まず、影が一発撃ちぬいた。
 その銃弾が跳弾する。山本に行動の隙も与えないで、縫物でもするように「たった一発」が攻撃の失敗を悟った巨体をハチの巣にしてみせた!
 あっという間の出来事である。巨体の四肢が三秒あればいいほうだったろうか――はじけ飛ぶ毛玉がぱちぱちとまばたきして、匡を見る。
「猟兵さん」
 地面に落ちる顔からも、目をそらさない。
 血まみれの匡の顔を山本の金色の瞳が、まんまるな瞳孔で見つめる。

「いい顔、しとるにゃあ」

 ――愛する隣人の穏やかな微笑みを見てから、獣のあたまが地面に吸い込まれていく。
 地についたところから、そうっと、溶けるように暗闇へ消えていった。 
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ



真の姿ナンて忘れてるケド
どうせなら楽しく本気出せる時に曝したいわよネェ

詠唱時間与えぬよう速攻距離縮めながら【霹靂】展開
遠距離攻撃出来る「くーちゃん」と「氷泪」へ雷と光属性纏わせ、マヒ効果を付与するわ
先ずはくーちゃん嗾け気を散らす……ケドこれは敢えて避けさせて
晴天描き戦闘力を底上げするわねぇ

オレの理性がある内に聞いてもイイかしら
どうして、忘れ去られても愛し続けられたの

反撃は軌道見切り直撃避けるケド
負傷より攻勢を殺さないコト優先
オーラ防御と激痛耐性で凌ぎカウンター狙うわネ

右目より紫電奔らせ動き鈍らせたら
2回攻撃で傷口抉って補食、生命力を頂戴するわ
優しく喰えなくて失礼、ケド
必ず倒してあげるカラ




 真の姿、なんてものは忘れてしまったのだが――。
 窮地に追いやられての発現より、どうせなら胸を貸してくれる隣人の手を借りてのほうがコノハ・ライゼ(空々・f03130)は安心できる。
「オレの理性がある内に聞いてもイイかしら」
 マヨイガに漂う暗闇すべてから、気配を感じる。
 右目には電流がちらつき、時折鳥の鳴くような声が響いた。
 ライゼ――『コノハ』の肩にまとわりつく黒狐もまた同じく雷を齎す。麻痺を与えるのは、かの大親分を殺してならぬと彼の理性が警告したからだ。身を削るような戦いに恋をしていても、本質だけは忘れてなるまい。
「どうして、忘れ去られても愛し続けられたの」
 ――――にゃっはっは!
 渦巻く暗闇が、一つの塊になった。
 丸い球体になったそれが、一度、コノハの一歩前で地面に転がる。それから、ぽおんと大きく飛び上がって二人の間に距離を作った。地面にたどり着くまでに球体がスピンしたなら、四つ足がどしゃりと地面を割りながら現れる。
「無論、それは儂が生粋の妖怪であるからよ」
「――歳だってこと?」
「にゃははは!痛いところを」
 ゔにゃあああああう、とひと鳴きするだけでも空気がびりびりと震える。コノハの目が細められて、ゆるく笑みを作らされた。
「オレは、そんなことできなかったわ」
 忘れられることは、とんでもなくつらい。
 『あの人』の好きだったもので詰まったこの体は空っぽだ。満たしてくれるものは『あの人』だけでしかなかったのに、食っても食ってもただコノハの体をすり抜けていく心地がする。
 許せなかった。こんなにも空虚なのに、誰も満たしてくれないことを――狂犬めいた妖狐は、身勝手をきわめて今も在る。
「そりゃあ、お前さんもまだ若い」
「やっぱり歳くわないと駄目?もう百年くらい必要かしらね」
「歳もじゃが、かかわる相手も選ぶのがよいじゃろうにゃあ」
 老婆心ながら、と前置きして山本はコノハをじいっと見つめる。
「結局――自分を満たせるのは自分だけなのにゃ。儂も、そりゃもう長いこと人に忘れられてさみしい。しかし、こうして人のために在れるのには満足しているのにゃ」
 黒いけむくじゃらが真っ赤な口を時折晒しながら、狐のにおいがする男に目を細める。
「触れるだけが、関わりではない」
 どう答えようか悩んだコノハの体を、“虞”が取り巻いた。
 ぐしぐしと毛並みを整えているらしい毛むくじゃらが、「まあの」と一拍を置く。
「こういう考えを知ったのも、やはり時間にゃ。お前さんも、向き直ってみるといいにゃ」
 体の色が書き換えられる。
 自分の色があってないようだった気がするから、こんなことは苦にすら感じてはいない。それでも、『あの人』が愛したものが変容するのはどうにも落ち着かない心地がした。
 爪は伸びる。青く染まった。
 管狐は体を大きくさせる。まるでコノハの襟巻のようになっていた。ずっしりとした心地は、けして嫌ではない。横顔を見れば、赤い瞳が複眼になっていた。
 髪の毛の色は――徐々に白んでいく。あ、と気づいた時には、まっしろな毛並みになっていた。懐かしい狐耳が生え、彼に隠すことを許さない。尾が引きずりだされ、正体が暴かれる。ぽ、ぽ、ぽ、と彼の周りに人魂が現れていった。
 服は、華服に近い。全般的に真っ白だった。洗うのが大変そうだな、とぼんやり思う。
 それから、腰から垂れる帯が特徴的だった。九つの尻尾を抱くかの偉大なる狐が彫られている。もとより中性的な細さの胸から腹までに、腹掛けが足らされる。真っ黒な素材に青焔の柄が走った。着物ははだけ、二の腕まで降りている。代わりに、彼の肩を温めるのが狐であるからだろう――。

「自分のことは、自分にしかわからんにゃて」

 人をたぶらかし、時に弄ぶ存在だ。
 ――それでも、それは人がいないとなりたたない。
 コノハの新しい顕現体を見て、山本もうるると鳴いた。「はいからじゃにゃあ」「そうかしら」
 少しだけのやりとりを踏まえて、内からわきあがる膨大な妖力にまばたきする。もう戦いたくてたまらないのだと、肩に乗る狐も鳴いていた――同感だ。
「それじゃあ、お相手してくれる?」
「おう、よいとも」
 獣同士が、にらみ合う。
「「――お命、頂戴」」

 先手はコノハだった。戦いたい気持ちがはやったものある、彼のしもべたる狐が、肩より飛び出していった!
 雷をまとった巨大な狐が突撃する!山本がこれに対し、弾かれるように上へ飛びあがった!
「遅いにゃ!」尾を一振りすれば無数の弾幕!直線状の火の玉による連打はまさに波状攻撃!!
 黒狐を狙う光を、しゅるしゅるとコノハの相棒は躱す。また攻撃しようとして、マヨイガの建造物を駆けあがった――そのまま、跳ぶ!!
「――猪口才!」その下顎を尻尾が叩いた。勢いで別の建造物にぶつかる黒狐が壁を破る。がらがらと落ちる破片をコノハはずうっと見上げていた。
「油断かにゃ? それとも、余裕か――」
 意識がコノハに向く。
 ちらりと視線を宙を舞う毛むくじゃらに向けると、世界はあっという間に弾幕に包まれていた。
「隠し玉があるかにゃ!」
 
 手を、かざす。
 どどどどどどどどどどどぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃッッッッ―――――――――!!!!!!!
 コノハの張ったオーラの結界が、彼のために障壁を作ったのだ。ゆえに彼の足元だけは無傷であるが、それ以外は抉れて吹き飛んでしまっている!!地獄の炎めいた熱に肌を焼かれながら、コノハも内心ひやりとした。
 これを食い止められている、自分にも、だ。
「うにゃらははははは!! どうした、若いの!若いうちに動かんとにゃ!!」
 ほれ、ほれ、と展開される。
 山本の弾幕は、まさに耐久といってよかった。コノハが弾けばまた次弾、避ければ避けた個所を狙っての直線弾幕。何度もオーラで結界を張っても、割られてしまう前に離脱を余儀なくされる。
 しかし、その間にも黒狐はずうっと山本にとびかかっていた。攻撃はかわされるが、彼女の態勢を何度も崩している。故にまだ狙いが甘かったのもあった。コノハの負傷は、最低限で抑えられている――。
「なんにゃ……?」
 はた、と山本が動きを止めた。
 あたりの景色がすっかり変わってしまっている。山本のマヨイガであるから、彼女がこの光景に違和感を持つのは当たり前であった。あたりには「晴天」が広がっている――。
 足元も、横も、空も。いくら奇天烈なこの世界でも、己の領域では見たことがない変化に大親分はひくりとひげを動かした。まずい、と踏んだのである。この山本は太陽の光に弱い。
「優しく喰えなくて失礼、ケド必ず倒してあげたいと思ったの」
 ――太陽の光を背負って、一匹の狐が前へと歩みを進める。
 肩に戻った相棒を撫でてやりながら、コノハが輪郭を消し飛ばすほどの輝度を纏っていた。あまりに眩くて、山本も目を閉じさせられてしまう。もはや弾幕は直線に飛ぶだけのさだまらない何かになってしまっていた。

「――【霹靂】」

 右目からの電流が、勝敗を決す。
 鋭く走ったそれが山本の体を穿った!二度ほど奔った稲妻にまる焦げにされた体は戻らない。太陽の光はコノハの傷を癒し、彼の輝きをより増させる。
「御馳走様でした」
 ありとあらゆる機会に、この縁に。
 深々と一礼した狐の姿が、ぴしゃんと閉じられた青の世界とともに暗闇へ消える――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

疎忘・萃請

虞を食い、この身を鬼へ堕とす
両手を鎖す拘束はより強固なものとなり、自然を愛した緑の眸は紅く爛爛と光る

――良い
かかってくるがいい

相手はヒトの子ではない
その頭目掛け、一本下駄を脱ぎ捨てる
身軽になったところで肉薄
より鋭くなった爪でその肉を削ぐ
ばりばりと肉に爪を刺しこみ、ニタリと笑う

……嗚呼、いかん
心まではやらぬぞ
口元を引き締めて、一度距離を取る
自由の効かぬ両腕で明食鎖を振り回し
その重りを頭部へぶち当てよう
少しでも隙ができたら僥倖

神剣祷を抜き、ひといきにその身を貫く

……お前は、素晴らしいよ




 宗教に対立するのは、科学である。
 人間たちは、科学を発展させてしまった。
 予期せぬ大災害には必ず理由がつけられ、大災害のために備えをするようになった。溢れる疫病には彼らも毒で対抗するようになり、「原因」を特定するようになってしまった。
 ――人間たちは、信仰するのをやめはじめる。
 超自然というものを信じない無宗教の割合は、UDCアース二ホンにおいてもおおよそ七割いるという。
 昔はよかった、などというつもりはない。
 人の子が災害に、疫病に対抗できるならば、それは彼らが今までの犠牲を無駄にせず戦う力を先祖代々から受け継いできたというまでであろう。
 疎忘・萃請(忘れ鬼・f24649)もまた、――人に恐れられず、忘れられた災厄の鬼である。
 萃請を縛る鎖がじゃらじゃらといつもより伸びる。神であればここまでの長さは必要ないのだが、今の萃請は虞を食ってすっかり鬼まで「堕ちて」しまった。
 自然を愛する全愛の瞳は、紅に色を変える。
「――大親分よ」
「んにゃ」
 いつまで寝ているのだ、と言いたげな声が響いた。
「おお、これはこれは。いんにゃあ、まさか鬼様まで出てくるとはにゃ」
 まる焦げになった体が、暗闇の中でゆっくりと復元されていく。ぶるぶると体を振れば、炭が落ちてふさふさとした毛が生え変わった。
「大事になってしまったにゃあ。老いぼれの体にはちと辛い。鬼様の相手など、つとまるかにゃ」
 萃請は、そのさまをじいっと見つめていた。
 ――言わずともわかるだろう、という顔である。このカクリヨが壊れれば、UDCアースだって無事では済まない。あふれ出した超常にまた人間たちが支配され混沌極めて絶望し、世界は崩壊するだろう。
「――良い」
 故に、鬼は。
「かかってくるがいい」
 その力を、存分に振るう時がきたのだと確信していた。

 鬼、とは。
 目に見えない恐れの総称とされる。
 人間たちが納得のいかない自然からの理不尽な暴力には、「鬼の仕業だ」と必ずフレーズがつきまとった。神の怒りと呼ぶ声もあるし、鬼がやったのだとなすりつけることもある。それが、弱い人間の今までを支えてきたのだ。
 科学の発展により、人からは彼らの恐れが薄れ、忘れられるまで至る。萃請もまた、そんな鬼の一人であった――自我を持ってしまった「象徴」はそれでもなお、人に歩み寄る。
 この親分のことは、素直に敬愛を抱かされている。
 萃請を狙ったかぎづめが、大きな手から繰り出された。あまりにも速度あるそれに萃請も手のひらの皮がべろりとめくれるほどの威力を感じつつも、弾く。はじきあう度に手から血があふれ、お互いの血煙が混ざり合った。
 ヒトの子ではない。萃請もこの相手には手加減をしなくていいのだと、ほん数秒のやりとりで理解する。一本下駄を頭めがけて脱ぎ捨て、山本が飛びのけばすかさず追いかけた。
 【堕落鬼】は、より狂暴になる!
 小さな体からは想像もできないような怪力乱神が繰り広げられていた。踏み込めば地が割れ、突き出された拳が空気を渦巻き、直撃した個所を破壊する。
「わっ、と、と」のんきな声を出す山本も、内心冷や汗でいっぱいであった。
 この大親分、山本五郎左衛門――大いなる邪神とすら戦えるほどの実力者であるが、目の前の鬼からは「それ以上」を感じざるを得ないのだ。
 びゅ、――と目の前から萃請が消える。目を見張った獣の横っ面に、どごん!と衝撃が走った。
「ぎゃぁああうぁッ!?」地面に転がる山本の体から溢れる血は、萃請の爪先を真っ赤に彩る。にたりと暴虐の化身が嗤い――「嗚呼、いかん」と口もとを隠した。
 その隙を見逃すような山本ではない!太く大きな尾で小さな体を吹っ飛ばす!
 がっ――――しゃああああああん!と柱にめりこむ萃請の顔は、やはり笑みを絶やせないでいた。
 心まではやらぬぞ、と血の抜ける頭で思いながら、ぎゅうっと口を一文字に結ぶ。
 己の手を巻き、自由を許さぬ鎖を握った。落下する体に合わせて、それを振る。すると、まるでプロペラのように体が素早く回転した!
 小さな体を浮かせるには十分な重さが鎖にはあるのだ。「なんと、飛ぶのかにゃ!?」そのまま驚く山本に直撃ッッ!!!一直線の光となった萃請の特攻は、まず鎖の重りを毛むくじゃらの頭に強かに打ち付け、思考の空白を作らせてから大きな体を鎖でがんじがらめにしてみせる!
 じゃらららららら――――と萃請と山本を繋ぐ鎖が二つの距離を近くしていく。

「お前は」

 萃請が、もし逆の立場だったらどうしていただろうか。
 人に寄り添うことができる性分ではある。しかし、これほどの孤独に、そして、魑魅魍魎を束ねるほどの力があっただろうか?
 人を怖がらせることができたように、妖怪たちのことも恐怖でなら支配できたかもしれない。しかし、それでは統率が取れないのだ。この山本が行っていることは、紛れもなく妖怪たちを一致団結させる音頭を取って見せることである。
 誰もが人恋しい。
 誰もが、人に会いたいと心から願っていた。萃請と同じように、科学に追いやられた超常たちはいつまでも人のことを思いながらその身を削り戦い続けている。
 そんな彼らの仲裁を、果たして萃請だったらできただろうか? 皆が礎となろうだなんて、声をかけて果たしてついてきてくれただろうか。

「素晴らしいよ」

 心まではやらないと思っていたのに、そうでもないらしい。
 そう思わされるのは、やはり同じ大事なものをめぐっての争いだからだろう。――萃請が己の神剣祷を抜く。縛り上げられた体、その胸を、心臓を怪力の体で一突きに串刺した。
 夥しい血の量を口から吐き出し、山本は目を見開く。倒れこむ体から引き抜いて、萃請は地にまみれた全身でそれを見下ろした。
 膝を付き、ゆっくり鎖を解いてやる。
「アタシにできるのは、こういうことだけだ」
 どんどん山本の体から虞が抜けていく。数々の戦闘で消費されているらしい骸魂の名残を嗅ぎながら、萃請は薄く微笑んだ。
「――だからお前が、皆を守ってやれ。まだ死ぬのは許さんぞ」

 殴ってしまった額を撫でてやって、その場を後にする。
 忘れ去れたものたちの、――受け継がれる戦いは、新たな局面へとさしかかっていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀
◎◆
俺はいつだって俺のままだよ
真の姿は普段の姿と変わらない
いつもみたく気怠い瞳
冷たく見据えた薄青が僅かに灯る

理性がない相手ってのは遠慮がないから厄介だ
なんか攻撃も響かないし、やなヤツ
様子を見るようにいくつかの小手先
逃げ回りながら行動パターンを読み込んで
注意を引くよう正面から突っ込む

ほら、じゃれついて見せて
攻撃を掻い潜り、避けきれない物は最小限に
思考の邪魔になる痛みは耐性で誤魔化して
暴獣が自分に夢中になるよう
相手の視界に収まったまま近距離で導いて

わざと攻撃を受けてやれば
弾き飛ばされた先は太陽の下
ここまでほぼほぼ目論見通り
後はトドメを刺しに追ってこい

光を受けて濃くなる朧な影が
無防備な獣を切り伏せる




 鹿忍・由紀(余計者・f05760)の体は変わらない。
 彼はいつだって彼のままだ。いつものように気怠い瞳をして、誰かの感情など置き去りにするような薄青が親分を見ていた。
「ねえ、まだやるの」
「ん、ん~~~~……もう、限界かにゃあ」
 猟兵たちはともかく、この山本五郎左衛門なるものはずうっとひっきりなしに戦い続けているものだから、すでに体力も限界らしい。
「そ。まあ、やりやすいからいいけど」
 一応、――ただの由紀である。
 半魔の体は何にも期待しない。己の体がいつも通りであることにも、何とも思わないのだ。
 弱りに弱り切った相手だというのならただお得に思うだけで、そこにがんばれとか、叱咤激励はない。
 華奢な体だ。女よりは筋肉があっても、一般的な男よりはやや細い。箸を持つのも億劫なほど、顔には覇気もありはしないし、何もかもに執着もない。
「ほら、じゃれついてみせて」
 ともかくそうしないと終わらないのだろうと、由紀は気だるげにかかとを鳴らす。
 とん、とん、とゆっくり跳ねる体を、金色の目が見つめた。だんだん爛々としてくる瞳が由紀の相手してやる猫のそれで、ああやっぱりそうなんだなと頭の片隅で合点がいく。
 殺し合いなんて物騒だ。その体で殺し合いなんてしたら本当に死んじゃうでしょ。
「――猫は、動くものがすきなんでしょ」
 殺しは今日の仕事でない。それは、過剰なサービスだ。
 【影朧】。しゅ、たッ――――とまず、長い脚で跳んだ。目の前から消えた由紀を、懸命に山本が追う!「うにゃららららら!!!!!」
 建物を質量でなぎ倒し、壊し、削り、ばらばらにしていく。
「ちょっと」思わずこれには由紀もたしなめるような声が出た。
 当たったら死んじゃうじゃないか、なんて思ってしまう。死ぬのも恐ろしくはないのだけど、いまではないから遠慮したいのだ。
 頭の上から落ちてくる破片たちを潜り抜け、突き出される手を予期して宙返りする。過ぎ去る豪速に足を乗せてから、また蹴った。風圧から巻き起こるかまいたちが美しい顎に赤い線を走らせる。
「すごい威力だなあ」困ったような声が出た。
 当たればひとたまりもないだろう。きっと、由紀の華奢な体は即死する。
 人のなりそこないの体は中途半端に耐久力もあるが、それでもきっと足らないのだ。どっちかつかずの半端ものが一番よくないと由紀はここにきてより実感させられる。
 ――まあ、だからといって、どうするとかないのだけど。
 まさか少年漫画を好むようなたちでもない。一発逆転の一撃必殺なんてものはあまりにもリスクがでかすぎる。もっと堅実に、石橋をそこそこに叩いて渡って、たまに綱渡りで遊べる程度の人生でいい由紀には、この山本の熱量はよくわからなかった。
 かといって、否定もしない。
「わ」最小限に、と決めていた体の動きが、避けきれないものに邪魔される。
 倒れてきたのは大木のような、鳥居の脚だ。反射で止まってしまった由紀の体を――大きな獣の爪がとらえた。背中に、爪痕が刻まれてそのまま吹っ飛んでいく。

 空がきれいだった。

 理性がない相手は厄介だ。由紀とて、逃げ回るだけではなかったはずなのである。
 どうにか死なないように立ち回ってみたものの、通り過ぎる腕にナイフでも立てればそのままもっていかれてしまったし、理性のない獣となった今の山本は痛みすら凌駕し回復してしまうのだ。
 ――やなヤツ。
 じくじくと痛む背中を感じながら、血だまりができていく。二度、三度バウンドした由紀のからだは、まだどこかしこもくっついていた。これが由紀の常なら、きっと頭は割れていたし、足ももげていたどころか、上半身と下半身は分かれていたかもしれない。
 「いつだって俺のまま」にこだわった彼が、「いつもの彼のまま」の姿でいれるのは――ある種、確かにふさわしい姿であるかもしれないが。
 どすんどすんと、走る足音が聞こえてくる。
 暗闇の向こう側に何があるのだろうと、由紀がぼんやり走っていたことなんて山本は知らない。逃げる獲物をおいかけて、弾き飛ばしてしまったからまた追いかけているだけなのだ。
 地を轟かせるような鳴き声が響いて間もなく――由紀の体を真っ黒な影が覆った。
「ねえ、天気でも見たら」
 まるで、切羽詰まった知り合いでもたしなめるような言葉をぽつりとこぼす。
 暗闇の向こう、走って走って、走り続けて――そこには、晴天が広がっている。いつのまにやらマヨイガから連れ出されてしまった山本がいたのだ!太陽の光にさらされて、ようやく気付いたらしい。
「お?」素っ頓狂な声をあげてももう遅い。とびかかった獣の腹に、深々と刺さるは光を受けて濃くなった由紀の影!
「……山、本さん? 帰るところあるんでしょ」
 血しぶきが噴水のようだった。大きな体が二つに分かれて、ぼn●
 鹿忍・由紀(余計者・f05760)の体は変わらない。
 彼はいつだって彼のままだ。いつものように気怠い瞳をして、誰かの感情など置き去りにするような薄青が親分を見ていた。
「ねえ、まだやるの」
「ん、ん~~~~……もう、限界かにゃあ」
 猟兵たちはともかく、この山本五郎左衛門なるものはずうっとひっきりなしに戦い続けているものだから、すでに体力も限界らしい。
「そ。まあ、やりやすいからいいけど」
 一応、――ただの由紀である。
 半魔の体は何にも期待しない。己の体がいつも通りであることにも、何とも思わないのだ。
 弱りに弱り切った相手だというのならただお得に思うだけで、そこにがんばれとか、叱咤激励はない。
 華奢な体だ。女よりは筋肉があっても、一般的な男よりはやや細い。箸を持つのも億劫なほど、顔には覇気もありはしないし、何もかもに執着もない。
「ほら、じゃれついてみせて」
 ともかくそうしないと終わらないのだろうと、由紀は気だるげにかかとを鳴らす。
 とん、とん、とゆっくり跳ねる体を、金色の目が見つめた。だんだん爛々としてくる瞳が由紀の相手してやる猫のそれで、ああやっぱりそうなんだなと頭の片隅で合点がいく。
 殺し合いなんて物騒だ。その体で殺し合いなんてしたら本当に死んじゃうでしょ。
「――猫は、動くものがすきなんでしょ」
 殺しは今日の仕事でない。それは、過剰なサービスだ。
 【影朧】。しゅ、たッ――――とまず、長い脚で跳んだ。目の前から消えた由紀を、懸命に山本が追う!「うにゃららららら!!!!!」
 建物を質量でなぎ倒し、壊し、削り、ばらばらにしていく。
「ちょっと」思わずこれには由紀もたしなめるような声が出た。
 当たったら死んじゃうじゃないか、なんて思ってしまう。死ぬのも恐ろしくはないのだけど、いまではないから遠慮したいのだ。
 頭の上から落ちてくる破片たちを潜り抜け、突き出される手を予期して宙返りする。過ぎ去る豪速に足を乗せてから、また蹴った。風圧から巻き起こるかまいたちが美しい顎に赤い線を走らせる。
「すごい威力だなあ」困ったような声が出た。
 当たればひとたまりもないだろう。きっと、由紀の華奢な体は即死する。
 人のなりそこないの体は中途半端に耐久力もあるが、それでもきっと足らないのだ。どっちかつかずの半端ものが一番よくないと由紀はここにきてより実感させられる。
 ――まあ、だからといって、どうするとかないのだけど。
 まさか少年漫画を好むようなたちでもない。一発逆転の一撃必殺なんてものはあまりにもリスクがでかすぎる。もっと堅実に、石橋をそこそこに叩いて渡って、たまに綱渡りで遊べる程度の人生でいい由紀には、この山本の熱量はよくわからなかった。
 かといって、否定もしない。
「わ」最小限に、と決めていた体の動きが、避けきれないものに邪魔される。
 倒れてきたのは大木のような、鳥居の脚だ。反射で止まってしまった由紀の体を――大きな獣の爪がとらえた。背中に、爪痕が刻まれてそのまま吹っ飛んでいく。

 空がきれいだった。

 理性がない相手は厄介だ。由紀とて、逃げ回るだけではなかったはずなのである。
 どうにか死なないように立ち回ってみたものの、通り過ぎる腕にナイフでも立てればそのままもっていかれてしまったし、理性のない獣となった今の山本は痛みすら凌駕し回復してしまうのだ。
 ――やなヤツ。
 じくじくと痛む背中を感じながら、血だまりができていく。二度、三度バウンドした由紀のからだは、まだどこかしこもくっついていた。これが由紀の常なら、きっと頭は割れていたし、足ももげていたどころか、上半身と下半身は分かれていたかもしれない。
 「いつだって俺のまま」にこだわった彼が、「いつもの彼のまま」の姿でいれるのは――ある種、確かにふさわしい姿であるかもしれないが。
 どすんどすんと、走る足音が聞こえてくる。
 暗闇の向こう側に何があるのだろうと、由紀がぼんやり走っていたことなんて山本は知らない。逃げる獲物をおいかけて、弾き飛ばしてしまったからまた追いかけているだけなのだ。
 地を轟かせるような鳴き声が響いて間もなく――由紀の体を真っ黒な影が覆った。
「ねえ、天気でも見たら」
 まるで、切羽詰まった知り合いでもたしなめるような言葉をぽつりとこぼす。
 暗闇の向こう、走って走って、走り続けて――そこには、晴天が広がっている。いつのまにやらマヨイガから連れ出されてしまった山本がいたのだ!太陽の光にさらされて、ようやく気付いたらしい。
「お?」素っ頓狂な声をあげてももう遅い。とびかかった獣の腹に、深々と刺さるは光を受けて濃くなった由紀の影!
「……山、本さん? 帰るところあるんでしょ」
 血しぶきが噴水のようだった。大きな体が二つに分かれて、ぼん!と上半身がはじけ飛ぶ。
 
「待ってる人、妖怪?どっちでもいいや。いるんでしょ。いっぱい」

 それが宙を舞って、さらさらと体から虞を解いていった。まるで灰のように空へ消えていく中から、一匹の猫又が落ちてくる。由紀がそれを両腕で受け止めて、いつも猫らにしてやるように抱きかかえてやった。
「優しいにゃあ」
「元気そうだね」
 老いた毛並みは疲れきっていて、心音のわりに穏やかな呼吸をする。
「――せめて、人間に会えるようになってから死んだら。百年とか、そんなの、あっという間なんでしょ」
 ぶっきらぼうな声が、何度か背を撫でてやってゆっくり歩きだす。
「今死んだら、もったいないよ」

 この身をずうっと、ささげると決めていた。
 人間たちに忘れられてから、さみしい気持ちでいっぱいだった。嘆く同胞たちに囲まれて、山本はそれはもう頭を悩ませたものである。誰もの気持ちも理解できるからこそ、ここは何か解決策を考えねばと思った。
 妖怪同士で喧嘩をすれば仲裁をし、仲を取り持ってやる。そこに共通するのは「人間のため」という大きな指針であった。
 忘れられたからといって、愛を忘れたわけではあるまいと何度も口にするうちに、妖怪たちも「ならば別の形でひととかかわりを持とう」と裏側を支えるようになった。
 ――二度と会えないかもしれないけれど、いつか会えたらいいなという願望を胸に抱きながら、みんなで守ってきた。
 にゃあ。
 ――猫が鳴く。
 いつぶりの甘えた声だったろう。
 あとは未来の使徒たちに託そうと、ゆっくり、老猫の緊張はほどけていったのだった。

 あえるかな、逢えたらいいね――。

 また、猟兵たちが一歩先へ進んでいく。二つの世界を護る闘争は、彼らの願いの向こうを目指して激しさを増していくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月20日


挿絵イラスト