大祓百鬼夜行⑱〜見ぬ日時なくあらましものを
●踊り場の鏡に刻まれたなにか
ねぇ しってる?
よる がっこうの かがみを のぞいたら。
あなたの すきなひとが うつるの。
それは まどぎわの あのこ。
それは はなれてしまった ともだち。
それは しんでしまった おとうと。
どれも あなたの すきなひと。
かがみが ひとりだけ うつしてくれる。
いまの あなたと つないでくれる 彼が身(かがみ)
そうして かがみは くちびるを ねだるの。
かがみに くちづけしないと。
かがみは あなたを つれていく。
●グリモアベース
「とある廃校舎に“UDC-Null”が出没するみたいなの」
場所は、三十年程前に廃校となった旧第陸尋常小學校。
対象は、校舎に残された百枚の鏡の中のひとつ。
そう切り出したニコリネ・ユーリカ(花屋・f02123)は、自身も聞き慣れぬワードを口にしたと、改めて説明を足した。
「この“UDC-Null”とは、UDC組織に『UDC怪物ではない』と証明されたもの。つまり、単なる虚言の類に分類されたもので、これまで人々に忘れ去られていたものよ」
UDCアースでUDC(アンディファインド・クリーチャー)なる怪物が民間人に知られていないのとは少し違う。其は嘗て確かに存在していた、ただ忘れ去られていただけの存在――そう、人々に忘れられた妖怪達の事だ。
「目下、骸魂と合体して帰還した妖怪達が、此度は“UDC-Null”として人類の前に姿を現そうとしているんだけど、これらはどれも“おまじない”に弱いって共通点があるの」
彼等には等しく「おまじない」が効く。
出現するものに対し、「親指を隠す」とか「絶対に綺麗と言わない」等のしきたりや言い伝えを守ると、彼等が出現した瞬間に討伐でき、同時に骸魂との合体を解いて救出する事が叶うのだ。
「今回、皆にお願いしたいのは、或る廃校舎で確認されたUDC-Null『心鑑鏡』……鏡の前に立つ者の愛する人を映し出す怪現象の解決よ」
UDC-Null『心鑑鏡』――。
それは廃校舎の壁に刻まれた文字や、教室の机に入れられた儘の交換ノート、職員室に保管された日報等で確認されたもので、それらの記述を纏めれば、件の校舎に百枚程ある鏡の中のひとつが、真夜中に光り出し、鏡の前に立った者が好む像を映すのだとか。
「皆には現地で探索や調査をしつつ、UDC-Null『心鑑鏡』の現象の発生を確認した後、おまじないを掛けて撃退して欲しいの」
おまじないをかければ、『心鑑鏡』に映し出された彼が身(かがみ)は忽ち消滅する。
果して、そのおまじないとは――、
「お別れのキスって言うのかしら。皆は鏡に映った愛しい者と口付けを交して“さよなら”をして頂戴。でないと彼が身(かがみ)は、皆を鏡の中へと連れて行っちゃう」
脣か、頬か、額か、或いは手の甲でもいい。
心の奥にある大切な存在に別れを告げるのは辛かろうが、そうしないと、噂を聞きつけた民俗学者やオカルトマニアが被害者になってしまう可能性も出てくるので、猟兵が対処して欲しいのだとニコリネは言う。
全ての説明をウインクして結んだ花屋は、その手にグリモアを召喚して、
「貴方の前にどんな人が映るのかは、心鑑鏡と貴方だけの秘密よ」
と、にこやかに微笑って光に包んだ。
夕狩こあら
オープニングをご覧下さりありがとうございます。
はじめまして、または、こんにちは。
夕狩(ユーカリ)こあらと申します。
このシナリオは、『大祓百鬼夜行』第十八の戦場、虚言の類たる「UDC-Null」をおまじないで撃退する、一章のみで完結する日常シナリオ(難易度:普通)です。
少人数で完結するシナリオ(👑5)につき、同種を二本、ご用意させて頂きました。
●戦場の情報
某県某市の旧第陸尋常小學校。
三十年程前に廃校となった校舎ですが、校長室や職員室、美術室やトイレ等の施設の至る所に百枚程の鏡が残されており、その人によって反応する鏡は違うようです。
反応を示す鏡を求めて歩き回り、現象を確認したら、おまじないをかけましょう。
●戦場での過ごし方
UDC-Null『心鑑鏡』は一人につきひとつ、校舎の何処かで光ります。
猟兵は暗い校舎を探索して光を発する鏡を見つけ、鏡面を覗き込んで下さい。
心を映す鏡にて、自分が映るとは限りません。
心に秘めた筈の想い人に、故郷の家族に、幼き日の自分に、死なせた親友に、「キスのおまじない」をかけると現象は去りますので、頬や脣や額、或いは手などにチュッとして下さい。出現する像はプレイングでご指定願います。
●プレイングボーナス『おまじないを完成させるために行動する』
このシナリオフレームには、特別な「プレイングボーナス」があります。
これに基づく行動をすると、戦闘が有利になります。
●リプレイ描写について
フレンドと一緒に行動する場合、お相手のお名前(ID)や呼び方をお書き下さい。
団体様は【グループ名】を冒頭に記載願います。
また、このシナリオに導入の文章はございません。
●プレイングと採用について
早期完結を目指し、5名程度の採用とさせて頂きます。
先着順ではありませんが、執筆開始後は締切を設けさせて頂きます。
以上が猟兵が任務を遂行する為に提供できる情報です。
皆様の武運長久をお祈り申し上げます。
第1章 日常
『おまじないを探せ!』
|
POW : 忘れられたUDC-Nullの伝承を探し当てる
SPD : UDC-Nullの情報を迅速に集める
WIZ : UDC-Nullに有効そうなおまじないを考える
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
旭・まどか
すきなひと
――ふふ、ぼくはお前の事が“すき”らしい
胸に抱いたこの想い
一言で片づけられぬそれを纏めるならば、“すき”
疾うに不要と切り捨てたそれを
実は最初からずっと胸に抱いていたなんて
とんだ皮肉もあったもの
探しに向かうは一ヶ所のみ
人口自然に囲まれた校庭の隅の一角
風に髪を遊ばせながら
鏡面に浮かぶ彼が身に、微笑む
ぼくを其方へ連れて行って
ぼくのささやかな我が儘は
灰髪揺らすお前の意思に由って砕かれて
無残にも足元に散り落ちる
嗚呼、理解っているよ
お前がそれを、受け入れてくれない事くらい
上手く作れぬ笑みひとつ
届ける口づけは、ぼくよりほんの少し高い位置にある、其処
あいしているよ
ぼくの特別で大切な、いとおしいひと
UDC-Null『心鑑鏡』は、目の前に立つ者の想い人を映す――。
寂寥の染む學び舎の各所に遺された記述のひとつひとつを、烱瞳に確かめた旭・まどか(MementoMori・f18469)は、既に己の前に立つ像が“視えて”いたろう。
故に迷う事も無い。
月燈りに照る板張りの廊下に靴音を響かせたまどかは、埃被る教室札を足早に潜ると、校舎を出て杭柱(ピロティ)へ、夜風に涼しげなテノールを運ばせた。
「すきなひと、か」
伝承を聽いた時に、先ず像が過った。
記述を辿る最中も、件の像は心の内に居た。
而して嚮導(みちび)かれる解は明解だ。
「――ふふ、ぼくはお前の事が“すき”らしい」
其處へ向かう今も、胸に抱けるこの想い。
一言では片付けられぬ其を敢えて纏めるならば、“すき”――。
花車な輪郭よりすらり伸びる繊手を、つと胸に宛がったまどかは、たった二文字を音にするだけで、唯だ只管に拍動するだけの心臓が苦しげに掠められる感覚に眩暈する。
「とんだ皮肉もあったものだよ」
佳脣から零れるは自嘲めいた嘆息。
爪先が向かう先、人口自然に囲まれた校庭の隅へと進んだ少年は、己が近付くに連れて輝きを増す、小さな鏡に櫻瞳を細める。
「疾うに不要と切り捨てたそれを、実は最初からずっと胸に抱いていたなんてね」
颯ッと吹き抜ける風に美し金髪を遊ばせつつ、可笑しげに囁(つつや)く。
更に一歩を踏み出せば、鏡面に浮かぶ像――さやと灰髪を揺らす彼が身(かがみ)は、真直ぐに注ぐ瞳に玲瓏の彩を湛えながら、まどかに向かって手を差し伸べた。
疆界を超えておいでと誘う手には、彼もあえかに頬笑んで、
「ぼくを其方へ連れて行って」
お前の意思に由って砕かれて。
無残にも足元に散り落ちる――。
ぼくのささやかな我が儘を叶えて御呉れと、塊麗の微笑を零す。
蓋し灰髪の佳人が其を受け入れては呉れぬとは、まどか自身が識っていよう。
「嗚呼、理解っているよ。お前の事くらい」
二人の間に不器用な微咲(えみ)を置いた彼は、ゆっくり細顎を持ち上げると、己よりほんの少し高い位置にある其處へ、鴇色の脣を寄せた。
「あいしているよ。ぼくの特別で大切な、いとおしいひと」
そっと、口付けを、ひとつ。
而して結ばれたふたつの影が、瀲灔たる光の蕩漾に解けた。
大成功
🔵🔵🔵
エーリヒ・グレンデル
「お呪い」
フン、興味が湧いた
この校舎の何処かに我専用の心鑑鏡があるということだな
堕ちる前に所属していた学院を思い出す
ヒトの目があるところでは常に皆の考える理想を演じていなければならなかった
そんな我が隠れ家にしていたのは屋上に出る階段横の小さな倉庫
同じような場所にあると思うのだ
屋上を目指し移動しよう
鏡に映るのは姉
同じ色の髪と瞳
生まれながらに優秀な天使だった
「大事なものを見つけた」とある日忽然と姿を消した
風の噂で堕天したのだと
ちなみに我が堕天したのとは無関係だ
だけど姉上、どうして何も言ってくれなかった
――大事なものは見つかったのか?
我もお呪いをしてみる
見つかるようにと願いを込め姉の頬にキスを送ろう
元々霊力を集め易い鏡は、照魔の道具に使われるが、此度の鏡は心を照らすと云う。
然もこれらに利くは聖性の劔に非ず、虚言と併せて言い伝えられるお呪いなのだから、矢張りUDC-Nullは怪物では“ない”のだろう。
「――フン、興味が湧いた」
昏闇の學舎に染む、淸澄のテノール・バリトン。
聲主はエーリヒ・グレンデル(†奈落堕ち†・f31651)。
往時は多くの児童らが駆け走ったであろう板張りの廊下に靴音を置いた麗人は、昔日の俤(おもかげ)を留める教室札を潜りつつ、光を求めて探索を始めた。
「この校舎の何處かに、我専用の心鑑鏡があるということだな」
さほど進路を迷わないのは、堕天する前に所属していた学院と重なるからか。
景色こそ異なるものの、學びの場である事には變わらぬと廢校舎を歩いたエーリヒは、教室の机や黒板に嘗ての記憶を過らせながら、或る方向に向かっていた。
佳瞳に映るひとつひとつが、昔の自分を思い出させよう。
不圖、階段を見つけたエーリヒは脚が誘われ、
「……ヒトの目がある處では、常に皆の考える理想を演じていなければならなかった」
演じるのが常で在ったか。
蓋しヒトの目を遁れる場所も見つけていた。
所謂「隠れ処」があったのだと階段を昇り始めたエーリヒは、二階へ……更に屋上へと繋がる階段に爪先を掛けると、その先に見える小さな扉に烱瞳を結んだ。
「我の鏡は、嘗てと同じような場所にあると思うのだ」
云って、階段の橫にある小さな倉庫に入る。
往時と違い、少し身を屈めなくては入れぬ其處に踏み入ったエーリヒは、備品と思しき姿見が煌々と放つ光に招かれると、その鏡面を靜かに覗き込んだ。
「――姉上」
不覚えず口をついていた。嘗てそう呼んだ音吐で零れていた。
目下の鏡に映るは、エーリヒと同じ色の髪と瞳をした姉――生まれながらに優秀な天使だった彼女は、「大事なものを見つけた」と、ある日忽然と姿を消した。
風の噂で堕天したと聽いたくらいだから、己の堕天とは無関係に違いないが、然し何故彼女は突然、弟を置いて行ってしまったのかと、己と同じ色を搖らす藍瞳を見つめる。
「姉上、どうして何も言ってくれなかった」
あの時の思いが、小さな弟の想いが零れるが、佳人は美しく頬笑んだ儘。
「――大事なものは見つかったのか?」
其は彼の願いでもあったろう。
白磁の繊指を差し伸べたエーリヒは、昔と變わらぬ微咲(えみ)を注いで呉れる姉の頬を捺擦(なぞ)ると、そっと佳脣を寄せる。
「――――」
其は祈りを籠めた、お呪いの接吻(キス)。
啄むような脣の音が、愛し姉に祝福を届けた。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
さて、件の鏡がどこにあるやら
普段は仔竜たちを使うところだが、今回は流石に忍びない
噂に纏わるというのなら、情念の痕跡くらいは残っていよう
幽かでも構わない
そいつを辿りながら、虱潰しに探していくとしようか
映るのは、もう決まってる
だから心が揺らいだりはしないんだよ、なあ――姉さん
金髪に紫の瞳の双子の姉
閉じ込められてた地下牢の暗がりから、私を助け出してくれたその日から
姉さんは私の神様で
私は姉さんの望む愛玩動物だった
でもな、姉さん
私はもう、姉さんを一番に出来なくなった
だからお別れだよ
何も言わず願いを聞くのはこれが最後
額へキスを贈る
姉さんが私を愛してなくても――私は、姉さんを愛してるよ
これからも、ずっと
不覚えず昏闇に注いだ指先に気付き、竊笑して引っ込める。
仔竜たちに命じれば、空蟬の學び舎に忽ち無数の羽搏きが響いたろうが、力を借りるは忍ばれると、昏がりに吐息を混ぜるはニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)。
麗人は羽音の代わり優艶のバリトンを染ませ、
「――扨て、件の鏡がどこにあるやら。虱潰しに探していくとしようか」
月夜の散歩も悪くないと、板張りの廊下を搏つ跫音は飄々。
蓋し彼は『心鑑鏡』へと至る導線を慥かに捉えていよう。
噂に纏わるというのなら、情念の痕跡くらいは残っていようと、幽かに漾う其を辿ったニルズヘッグは、藝術室の壁一面に張られた鏡の瀲灔と輝く樣に金瞳を細めた。
端整の脣はそっと口角を持ち上げ、科白を紡ぎ、
「誰が映るかは理解ってる。だから心が揺らいだりはしないんだよ、なあ――姉さん」
姉さん、と呼ばれれば、佳人も玲瓏と微咲(えみ)を湛えよう。
麦秋と煌いて搖れる金髪に、紫水晶の閃爍を湛える瞳――ニルズヘッグの双子の姉は、彼を見るや白磁の繊手を差し伸べ、“此方”に来るよう誘った。
然し双子の弟は、互いの間に佳聲を置いて。
「――閉じ込められてた地下牢の暗がりから、私を助け出してくれたその日から。姉さんは私の神様で。私は姉さんの望む愛玩動物だった」
闇が光に拭い払われたあの日の光景を、今も憶えている。
昏がりに慣れた目瞼が灼ける樣だったと、灰色の睫を靜かに閉じ合せた竜の忌み子は、而して後に見開いた瞳に、赫々と燄を灼輝させた。
美しく燿う麗瞳は、目下、真直ぐに佳人を瞶め、
「――でもな、姉さん。私はもう、姉さんを一番に出来なくなった」
長い睫をぱちくりと瞬く淑女を、姉を、優しく宥める樣に云う。
口付けを頂戴と鏡面に近付く彼女に、同じく疆界へと歩み寄ったニルズヘッグは、その豊かに金色を彈く前髪に触れると、硬質の指を櫛と入れて脇に寄せた。
穩やかに科白を紡ぐ紅脣は、姉と弟の境に近付いて――。
「だからお別れだよ。何も言わず願いを聞くのはこれが最後」
――そっと、脣を落とす。
額に触れた接吻(キス)は訣別か祝福か、優しく啄んで離れた脣は、咽喉の奥から低く掠れた樣な聲を滑らせながら、真澄鏡より離れていく。
「姉さんが私を愛してなくても――私は、姉さんを愛してるよ」
これからも、ずっと――。
長躯を屈め、やや伏し目に注いだ麗瞳は、美し光の蕩漾が解けるまで、そして、闇暗に鎖された後も、己を映す昏い鏡を見つめ続けるのだった――。
大成功
🔵🔵🔵
メフィス・フェイスレス
戦争だからって安請け合いしたけどキスって
もし見知った団員に見られでもしたら…実力行使に出るしかないわね
手っ取り早く終わらせないと
分身を校内に放ち鏡を見つける
――久しぶりね、「ヴァレンタイン」
(自身の真の姿と同じ服装の細身で長く綺麗な白髪が目を惹く少女)
ああ、フルネーム呼びは嫌だったっけ
女なのに勇ましすぎるから、って呼ぶといつも睨まれた
カワイイだけで全く怖くなんてなかったけど
いつか本当の貴方と「さよなら」を交わす時が来るのかしら
その時は訪れない方がいいと思う
でも多分そんな好都合をあの夜闇の世界は許さない
ならこれは予行練習だとでも?
肩をすくめて頬に顔を近づける
さよなら、「姉さん」
また、逢いましょう
往時は子供達の跫や笑聲を響かせた板張りの廊下に、こつり、靴音が置かれる。
こつ、こつ、と更に音が重なったのは、昏闇に眠る空蟬の學舎に群像が蠢いたからか、眷属たる飢渇の分身を放ったメフィス・フェイスレス(継ぎ合わされた者達・f27547)は、黑叢に続いて己も踏み出た。
窓に差す月影にブロンズの肌膚を輝かせた佳人は、歩きざま繊指を細顎に宛てて呟き、
「……戰争だからって安請け合いしたけど、キスって……キスって」
UDC-Null――虚言の類に對抗するのが伝承の類とは、まぁ理解らなくも無い。
幽世の存亡が懸かる今なら、骨身を惜しまぬ気概もあった。
蓋し「唯だ」と開いた紅脣は、物騒を囁(つつや)いて、
「もし見知った団員に見られでもしたら……実力行使に出るしかないわね」
手っ取り早く終わらせる。
明るみに出れば闇に沈める。
それだけよ、と金瞳を鋭利く燿わせたメフィスは、早速、分身の一体から五感を通じて届く発見の報に爪先を彈き、而して間もなく、白い部屋で煌々と照る姿見を見つけた。
「へぇ、“ほけんしつ”って云うの……」
真直ぐ光へと結ぶ鼻梁に消毒液の匂いを掠めつつ、鏡面を覗く。
見れば其處には、白地に赤い十字を印したワンピースに二本のナイフを携えた少女が、横溢れる光に月白の長髪を煌かせていた。
メフィスは玲瓏の彩を湛える少女に正對して、
「――久しぶりね、“ヴァレンタイン”……ああ、フルネーム呼びは嫌だったっけ」
女なのに勇ましすぎるから、“Valentine”(精強・勇悍)って。
呼ぶといつも睨まれた、と――記憶と追懐に押し流されそうになる。
「カワイイだけで全く怖くなんてなかったけど」
心の襞にまで流れ込む追憶を竊笑に嚙み殺したメフィスは、継ぎ合わせた五指を光れる鏡面に滑らせ、
「いつか本当の貴方と“さよなら”を交わす時が来るのかしら」
音吐にすると同時、「その時は訪れない方がいいと思う」と胸奥が聲を返す。
鏡に映れる少女の瞳に心を透かされる樣だと、佳人は溜息を挟んで、
「でも多分、そんな好都合をあの夜闇の世界は許さない――」
云って、見つめ合う。光だけが零れる靜默を共有する。
幾許か時を経て再び佳脣を開いたメフィスは、ならこれは予行練習だとでも云うのかと肩を竦めると、一度は反らした視線を上目遣いに持ち上げ、真直ぐに結んだ。
「――さよなら、『姉さん』。また、逢いましょう」
穩やかに滑るコントラルトが少女の頬に接吻(キス)を落して。
啄む樣に離れた佳脣が、寂寞を連れた。
大成功
🔵🔵🔵
ヴェル・ラルフ
真夜中の廃校舎は初めて
建物の造りは見慣れないけれど
しんとして、か「生」の香りがしないのは
故郷と似ていて落ち着く
見つけた鏡は草木荒れる中庭の見える廊下
この果てた土は
故郷に似ているからかな
鏡に映るのは、ねえさん
12歳までいた孤児院の優しいひと
きっとあの笑顔で手招くだろう
銀すすきの髪をなびかせて
青い瞳を煌めかせて
僕の名を、呼んで
両手を広げ、迎えてくれる
あの温かいひと
嗚呼ねえさん
僕は貴女の背をもう追い越していたんだね
けれど鏡のなかには入れなくて
ただいまと、貴女にもう言えない
でもね
僕には帰る場所ができたんだ
大切な友や
ねえさんくらい、大切なひと
だから、心配しないで
頬に口づけて
さよならねえさん
僕の初恋のひと
夜帳に眠る學舎は空蟬。
不氣味な印象を與えがちな廢校舎なれど、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)には馴染もうか、初めて訪れる場所なのに、寂寞がやけに落ち着くと、黑闇に吐息が解ける。
「……しんとして、か……『生』の香りがしないからかな」
迷うのは建物の構造だけ。
而して昏がりを躊躇う事なく踏み出した麗人は、冷たい板張りの廊下に靴音を響かせ、埃を被る教室札を潜って校舎を抜けると、軈て眼路の開ける回廊に至った。
草木の繁る中庭、荒涼の土に視線を落すヴェル。
月燈りだけが慰める寂寥がどこか故郷に似ていると、蘇芳色に艶めく睫を注いだ彼は、不圖(ふと)、付近に佇む鏡の玲瓏と燿う光に強く惹き付けられた。
「――ねえさん」
佳脣を滑るテノール・バリトンが、嘗ての聲色を滑らせる。
呼ばれてふうわと微咲(えみ)を湛えるは、ヴェルが十二歳まで過ごしていた孤児院に居た女性で、あの時と變わらぬ柔らかな笑顔が、琥珀色の瞳いっぱいに飛び込んだ。
「……噫」
銀すすきの髪をなびかせて。
透徹る青い瞳を煌めかせて。
花色を差す形佳い脣に彼の名を囁(つつや)いた優艶の人は、ここに来て初めて一歩を躊躇った彼を手招き、近付いたなら両手を広げて迎えて呉れる。
その温かさにヴェルも目尻を緩めよう。
「嗚呼ねえさん。僕は貴女の背をもう追い越していたんだね」
胸いっぱい抱き締めてくれた彼女は、己の腕にかき抱ける程で。
彼女の微笑を上目遣いに見ていた僕は、今や睫を伏せて瞶める程で。
こんなに花車だったんだと、あえかに口角を持ち上げたヴェルは、くすくすと咲みつつ「おいで」と繊手を差し伸べる彼女に、名残惜しそうに額(つむり)を振った。
「――鏡のなかには入れなくて、ただいまって、もう言えない」
此岸と彼岸の疆界を揺らす鏡面に、そうっと手を置く。
ヴェルは「どうしたの?」と小首を傾げる佳人をまるで宥めるように、優しく云った。
「僕には帰る場所ができたんだ」
大切な友――。
ねえさんくらい大切なひとだと、秘密を教える樣に、打ち明ける樣に囁いたヴェルは、光闇を搖らす疆界に近付き、靜かに脣を寄せた。
「だから、心配しないで」
頬に、そうっと、口付ける。
啄む樣に落された接吻(キス)が鏡面で波紋を打ち、瀲灔と零れる光が闇に解ける。
幾許の後に光を収めた鏡は、昏がりに残されたヴェルを映し、荒涼に科白を染ませた。
「さよならねえさん。僕の初恋のひと」
UDC-Null『心鑑鏡』――。
見る者の想い人を映すという虚言の類は慥かに實在したが、映せる心に磨かれ真澄鏡となった其は、もう二度と光る事は無くなったという。
大成功
🔵🔵🔵