大祓百鬼夜行⑧〜いとまごい
――知っている。
淡く降る仄かな月光に浮かぶその姿が、一体誰のものなのかを。
――知っている。
それは、もう逢えないはずの……あのひとのもの。
幽世の天に今宵も弧を描く大きな月。
そんな月の下、隔ての川に時折架かる其れを、まぼろし橋と云う。
渡った者を黄泉の地へと送る、其々の華に飾られた架け橋。
そしてこの橋に佇んでいれば……逢えるのだ。
もう、語らうことなんて、逢うことなんて叶うはずのない、あのひとと。
知っている顔で、声で、言の葉で。
あのひとは、まぼろし橋の上に現れる。
どう過ごすのもいい。唯、おもうままに語り合えば。
月が沈み再びあのひとを見送る刻がくる、夜明けまで。
●まぼろし橋であいましょう
「皆には、もう一度逢いたいと想う人はいるのだろうか」
俺は……とふと紡ぎ掛けるも。筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)は集まってくれた礼を皆に告げ、視た予知の内容を語り始める。
「カクリヨファンタズムの川には、時折、渡った者を黄泉に送る「まぼろしの橋」が掛かるのだという。そしてこの橋に佇んでいると「死んだ想い人の幻影」が現れるようだ」
もう逢えるはずのない、あのひと。
そんな想い人が現れるという、まぼろしの橋。
その橋は、「死んだ想い人の幻影」が現れることは共通しているが。
見上げる大きな月のカタチや橋の周囲に咲き誇る華は、ひとそれぞれであるという。
まるで、ふたりの過去を彩るかのように。
「そしてそのまぼろしの橋の上に現れたひとと、夜が明けるまで語らえば、橋を浄化する事ができる」
語らうと言っても、その手段は言語だけではないので。
多少やりあったりなどは、その人との関係性次第では多少はあるかもしれないが。
基本、現れるその人が危害を加えてくることはないのだという。
穏やかに、のんびりと楽しむようにでも。
また、激しい言葉で罵り、思いの丈をぶつけて吐き出してでも。
夜が明けるまで、語り合えばいい。
今はいないあのひとと、もう一度会う覚悟があれば。
共に橋を渡らずに、あのひとをもういちど、見送れるのならば。
「そのひとと過ごせるのは、夜明けまでだ。皆にとって、どんなかたちであれ……其れが悔いなき刻になるように」
清史郎はそう紡いだ後、よろしく頼む、と改めて頭を下げてから。
掌に満開桜を零れ咲かせ、猟兵達を送り届ける。
あのひとの現れる――まぼろし橋の袂に。
志稲愛海
志稲愛海です。
よろしくお願いいたします!
こちらは、1フラグメントで完結する「大祓百鬼夜行」のシナリオです。
プレイング受付は、5/17(月)朝8:31から開始します。
●プレイングボーナス
あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう。
●シナリオ概要等
今回は、お一人様でのご参加推奨です。
皆様の心に在る、もう逢えないあのひとと語らう内容です。
その「想い人」は、恋人や家族、親友は勿論。
憎しみを抱くあの人や、因縁の敵等々……関係性は問いません。
想い人の口調や台詞、性格、関係性、生い立ち等々。
橋で語らう想い人の事をプレイングにて教えてください。
また、橋には華が咲き月が出ています。
どのようなものか、皆様それぞれご指定可能です。勿論なくても構いません。
華だけでなく、想い人のモチーフやキーワード等、あれば教えていただければ嬉しいです。
想い人がお任せのものは、今回は採用を見送らせて頂きます。
出来る限り違和感を防ぎたいので、想い人の言動のアドリブはご希望のない限りは極力いたしません。
プレイングに記された内容をもとにしたふんわり描写になります。
ですがアドリブで台詞を入れたり動かしても大丈夫、動かして欲しい、とご希望でしたら。
文頭に「◎」を記載していただきましたら、頑張って書かせて頂きます。
ですがそれでも、イメージ違いなども生じてしまう可能性もあること、ご了承頂ける方のみでお願い致します。
普通に穏やかに語らうことは勿論、思いの丈を激しくぶちまけたり。
また、刃や拳を交わしたりなどで語り合うことも可能です。
おふたりらしい語り合いをしていただければと。
ですが、シナリオの主旨と大きく外れない程度の描写になります。
公序良俗に反する事は厳禁です。
締切等はMS個別ページやタグ、Twitterでお知らせします。
期間内に送信頂いた内容に問題のないプレイングは全採用したい気持ちですが。
戦争の展開次第ではその限りではないこと、そしてどうしても私の力では書けそうにないと判断した内容のものは採用見送らせて頂くこともあること、ご了承ください。
ご参加お待ちしております!
第1章 日常
『想い人と語らう』
|
POW : 二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。
SPD : あの時伝えられなかった想いを言葉にする。
WIZ : 言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。
|
種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
クロト・ラトキエ
◎
(拾い手で育手。己が殺した男
『よぉ』
あぁ。
(俺とアンタが相見えたなら、最早刃を交わすのが必定
(対の黒剣同士がぶつかり
(剣技は鈍れど、磨いた暗器で即応
(視、模索せずとも…識っている
(アンタの力は、誰よりも
(押している…否、見せかけか!
(あと数歩で“向こう側”だと気付き、一息に元の側へ離脱
アンタ本っ当タチ悪っ。
『でもお前も気付いたろうが』
そう仕込んだのはアンタだろ。
(軽口の応酬
(アンタが――
(『お前らを殺す。死にたくなければ殺す気で来い』
(そう言った、あの日まで
…。
『何だよ』
訊きたい事あったけど
…止めた。
とっとと帰れよ、馬鹿カイ。
『あー、そうするさ。馬鹿クロト』
紫陽花なんて…
俺らには似合わんだろ
己の最初の記憶は、差し出された掌であった。
幼い自分には大きく見えた武骨なその手を、そっと取ったあの日のこと。
そして、己の意味は終わった――この男の命を奪った日に。
終わったと……そう、思っていた。
後は罪を積み重ねて生きるだけだと。
どんな手を使ってでも生きて、勝者で在り続ける為に。
けれど――。
「よぉ」
「あぁ」
短く交わされた声。
だが、それよりも疾く……ぶつかり合い交わるのは、対の黒剣。
いつの間にか、橋の上を照らしていた月も新月へと変じて。
昏い空の下、繰り出されるは次の一手。
「……!」
瞬間、微か剣技鈍るも、咄嗟に閃かせるは磨いた暗器。
「暗器か、二刀ではないんだな」
解っていて、敢えて響かせている様な声。
けれど戦場で大きく心揺れる事など、ない。そう教えられたから。
相手を視、模索し、有効で効率的な手を打つのが常だが。
(「……識っている。アンタの力は、誰よりも」)
拾い手であり育手であり――そして己が殺した男の力は、誰よりも。
交わされる刃、投じる暗器。相手の動きは全て、識っているもの。
そして、どれだけ刃で語らい合った頃か……押している、と。
勝負は一瞬でつく。それもよく分かっているから。
刹那、決して寸分の隙さえも見逃さずに。
命運絶つ斬撃で『答え』を出すべく、大きく踏み出さんとしたクロトであったけれど。
(「……否、見せかけか!」)
足を止め一息に離脱し、距離を取る。
あと数歩で、“向こう側”だということに、気付いて。
「アンタ本っ当タチ悪っ」
「でもお前も気付いたろうが」
「そう仕込んだのはアンタだろ」
「まったく、口が減らないヤツだ」
「それも、誰かさんの所為だろ」
今度は刃ではなく、交わされるは軽口の応酬。
そしてクロトの頭の中に響くのは、向けられる同じ声で紡がれた、あの言葉。
――『お前らを殺す。死にたくなければ殺す気で来い』、と。
(「アンタが――そう言った、あの日まで」)
だからあの時、自分は……。
「…………」
「何だよ」
急に押し黙り、じっと己を見つめるクロトに首傾げる彼。
そんな彼からふいっと目を逸らし、クロトは返す。
「訊きたい事あったけど……止めた」
――とっとと帰れよ、馬鹿カイ、って。
その言葉に、ふっと微か、カイはわらう。
「あー、そうするさ。馬鹿クロト」
この男の命を奪った日に、己の意味は終わったと、そう思っていたのだけれど。
でも、識ってしまったから。知らなかった、ひかりを……大切なものを。
そして夜が明けてゆくまぼろし橋の袂に咲いている花を見遣り、クロトは問いのかわりに紡ぐのだった。
――紫陽花なんて……俺らには似合わんだろ、って。
大成功
🔵🔵🔵
宙夢・拓未
◎
想い人:坂城・鋼三郎
撃破済み宿敵
人間を機械化し、神たる存在にしようとしていた老人
自らの肉体も機械化している、邪神の狂信者
野望を阻止した俺のことは憎んでいる
口調『儂、貴様、~じゃ』
華:橙の百合(花言葉:憎悪)
月:半月
よっ。久しぶり、爺さん
骸の海じゃないあの世の居心地はどうだ?
俺はさ
お前が、人間の『宙夢・拓未』を殺したことは、今でも恨んでる
許しちゃいけないことだ
けど
その記憶をコピーして、機械の俺を作ったことには
今は、感謝してるんだ
この体があるから、俺は戦える
誰かを守れる
幸せを感じられる
だからさ
言わせてくれ
俺を作ってくれて、ありがとうな
(橙の百合に寄り添うように、カスミソウ(花言葉:感謝)が咲く)
隔ての川に架かるまぼろしの橋を、飾るかのように。
知らぬ間に欠けて半月となった月が照らす下に咲くのは、百合の花。
橙のその花が意味する言葉はきっと、互いが互いへと抱く思い。
橙の百合の花言葉、それは――。
宙夢・拓未(未知の運び手・f03032)の向けた琥珀に映る姿は、勿論知っている人物のもの。
人間であったこの体を解体し怪物に捧げ、意識を機械の体に移した張本人。
まぼろし橋の上に在る彼の名は――坂城・鋼三郎。
「よっ。久しぶり、爺さん」
されたことを思えば、一見軽く聞こえる声で言った拓未に。
「骸の海じゃないあの世の居心地はどうだ?」
「どうか、じゃと? 貴様、どの面下げておめおめと」
鋼三郎が向ける言葉に滲むのは、憎悪の色。
彼は人間を機械化し、神たる存在にしようとしていた邪神の狂信者であった。
自らの肉体も機械化したほどに。
そして鋼三郎曰く、己以外で半機半人……いや、半神半人と呼べる身体となった成功例、それが拓未であった。
けれど、当の拓未にとっては。
「俺はさ。お前が、人間の『宙夢・拓未』を殺したことは、今でも恨んでる」
――許しちゃいけないことだ、って。
自分の身が怪物に喰われる様を、機械の体から一部始終見せられた時の事を思えば、恨んでもいるし。
決して許してはいけないと……今も変わらず、そう思っている。
そんな拓未の言葉に、鋼三郎は鼻で笑い言い返す。
「それは儂の台詞じゃ。野望を阻んだ貴様を、儂は憎んでいる」
神を名乗る資格はお前にはないと、鋼三郎を両断したのは、誰でもない拓未だ。
これも運命だと、彼の野望による被害者をこれ以上出さないために。
互いに、互いを恨んでいる。
だが拓未は、鋼三郎へとこう続ける。
「けど、その記憶をコピーして、機械の俺を作ったことには……今は、感謝してるんだ」
「……感謝?」
訝し気な視線と紡がれた声に、拓未は、ああ、と頷く。
自分が死んでいる、なんて事も、何度も正直これまで考えてきた。
……でも。
「この体があるから、俺は戦える。誰かを守れる。幸せを感じられる」
……俺は生きている。
そう、ちゃんと感じる事が、今の自分にはできるのだから。
拓未は鋼三郎を真っ直ぐに見つめ、そして紡ぐ。
「だからさ、言わせてくれ」
――俺を作ってくれて、ありがとうな、って。
そう笑ってみせるのは、半機半人の英雄。
そんな言葉に、思わず瞳を見開く鋼三郎だけれど。
「……! 儂は……儂は貴様を、憎んでいる」
ふっと視線逸らし落とされたその声に……最初に同じ事を告げた時のものとは、また別のいろが滲んでいるような気がして。
橙の百合……憎悪を彩る花の隣に寄り添うように咲いたのは、カスミソウ。
感謝の心を咲かせるその花は、そうっと揺れる。
明けゆくふたりの夜をただ、見守る様に。
大成功
🔵🔵🔵
地籠・陵也
◎ MSのやりやすいように。
想い人:真麻、孤児院での上の妹。目の前でオブリビオンに殺されている。
っ……(姿が見えた途端涙が溢れ)
ごめん、いきなり……また会えたのが夢のようでさ……
ああ、大丈夫だ。もう落ち着いた。
ずっと謝りたかった。護ってやれなくて、本当にごめん。
『陵也兄たちのせいじゃない。あたしも結局何もできなかった』
いいやお前は頑張った。本当に、頑張ったよ。
『あのね、院長先生がいないの。あたしたちと一緒にきたハズなのに……きっと悪いことさせられてる。助けてあげて!』
まさか骸の海から……わかった、絶対に助ける。約束する。
『ありがとう陵也兄。また会えて嬉しかったよ』
……俺もだよ。元気でな、真麻。
仄かに照る月が柔く降り注ぐ下、架かる橋の上に在る姿。
いまだ、地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)の心はあの日食われたままで。
喪失に対する恐怖だけが、強く残っている。
……失うということがどれほど恐ろしいか、大切な人が突然いなくなることがどれだけ怖いか。
あの日の事を思い出して泣いてしまう夜だって、たくさんある。
けれど。
「っ……」
陵也の瞳から溢れ出した今の涙は……少しだけ、それとは違う。
だって、滲んだ視線の先に、確かに在ったから。
孤児院での上の妹・真麻の姿が。
『陵也兄……?』
涙を零す姿に、少し驚いたように。
けれどすぐに、大丈夫? って伸ばされるのは、小さな手。
「ごめん、いきなり……また会えたのが夢のようでさ……」
過去の記憶も希薄で、あまり覚えていないけれど……。
でもこうやって、泣いている妹の手を握ってあげたことが、もしかしたらあったのかもしれない。
「ああ、大丈夫だ。もう落ち着いた」
陵也は見つめる真麻に、そうこくりと頷いてみせて。
ぐっと涙を拭った後、眼前の妹へと視線を向ける。
目の前に在るのは、失った大切なもの。
自分達が帰ってきた時、既に先生は事切れていたけれど。
まだ、息があったのに。でもそれなのに小さな弟妹たちは、目の前で……。
「……ずっと謝りたかった」
――護ってやれなくて、本当にごめん、って。
絞り出すように紡ぐ声。
そんな言葉に、ふるりと真麻は首を振って。
「陵也兄たちのせいじゃない。あたしも結局何もできなかった」
「いいやお前は頑張った。本当に、頑張ったよ」
くしゃりと、陵也は妹の頭を優しく撫でてあげる。
頑張ったと褒めてやりたくて。ずっと謝りたかった、護ってやりたかった妹に。
そんな手の感触に、嬉しそうに笑んでから。
暫し、真麻は楽しそうに話し出す。
「そういえば、こんなことがあったよね。陵也兄と凌牙兄が……」
「……そんなこと、あったっけな」
他愛のない、朧に霞んだ幸せな昔話を。いくつも、夜が明けるその刻まで。
そして月の浮かぶ夜空の縁が僅か、白んできた頃。
真麻は真剣な表情で、こう告げるのだった。
「あのね、院長先生がいないの。あたしたちと一緒にきたハズなのに……きっと悪いことさせられてる。助けてあげて!」
自分達に手を差し伸べてくれて、初めてのうちの子にしてくれた先生。
まるで揺り籠のように、優しく包容力のあるひと。
真麻の言葉を聞いて、陵也は察すると同時に、頷いて返す。
「まさか骸の海から……わかった、絶対に助ける。約束する」
差し出された小指を絡め、確りとそう約束をして……そして。
「ありがとう陵也兄。また会えて嬉しかったよ」
もう行くね、って。
そう最後まで笑って手を振る妹に、陵也も瞳を細めて。
「……俺もだよ。元気でな、真麻」
微か笑み返し、見送る。
まぼろし橋とともに――その姿がみえなくなるまで。
大成功
🔵🔵🔵
環・斗冴
◎
想い人に逢える、そんな言葉を聞いて緊張をしている自分がいる
らしくない、と思いながら橋へと踏み出せば
"トーゴ!下を向いて歩いては転んでしまうわ!"
そこには1人の少女
綺麗に飾られた身なり、どこか幼さが残る彼女は若くして宮に嫁いだ花嫁
僕を兄のように友のように慕ってくれた少女
記憶のままの姿に、泣きそうになるのを堪えて
もし、僕が転んでも君が介抱してくれるだろ?って笑えば
"もう!すぐ人に頼ろうとするんだから!"
といいながらも僕の手を握って
"…これなら大丈夫"
っと笑う君の姿は変わらず世話焼きで
今だけ全てを忘れて
君と穏やかな時間を過ごしたいよ
時間が許すまで、この夜が終わるまで
柔く光降る月下を歩きながら――らしくない、なんて。
環・斗冴(亡国の朱・f32668)はそっと瞳を細め、思ってしまう。
だって、緊張をしている自分がいるから。
想い人に逢える……聞いたそんな言葉を思い返せば、どうしても。
鼓動を微か早める胸が、きゅっと締め付けられるような感覚に陥って。
真っ直ぐに、架かる橋の上を見る事ができない。
そこにあるだろう、その姿を思えば。
そして一歩、隔ての川に架かったまぼろし橋へと踏み出した――その時。
「トーゴ! 下を向いて歩いては転んでしまうわ!」
降ってくるのは、記憶の中のものと変わらない声。
色褪せぬ懐かしい響きに視線上げれば、そこには心に描いていたものと同じ、ひとりの少女の姿が。
綺麗に飾られた身なりに、どこか幼さが残る彼女は、鳥籠の中の美しき鳥。
けれど若くして宮に嫁いだ花嫁は、ひらり華やかに歌うように笑っていて。
(「僕を兄のように友のように慕ってくれた」)
だから斗冴は、泣きそうになる。
記憶のままの姿に、向けられる笑顔に……トーゴ、って自分を呼ぶその声に。
けれど、泣きそうになるのを堪え、笑って返してみせる。
「もし、僕が転んでも君が介抱してくれるだろ?」
「もう! すぐ人に頼ろうとするんだから!」
そう笑う自分に、むうっとちょっぴり頬を膨らませるその顔も。
「……これなら大丈夫」
すぐに伸ばされた、その手も。
ぎゅっと自分の手を握ってくれる、柔らかくて温かくて小さな掌も。
世話を焼いては笑う君の姿も――何も、変わらない。
様々なあかのいろに全てが飲み込まれたあの日までのものと、何も。
でも、斗冴には解っているのだ。
国だった場所も仕えた一族も、そして眼前で笑う彼女も……もう今は、いない。ないものなのだということを。
けれど……いや、解っているからこそ、斗冴は思うのだ。
「それでね、トーゴ……って、もう! ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる、聞いてるよ」
「ふふ、あの御方には今の話、ナイショね」
あの頃と同じ様に、他愛のない話を沢山しながら。
(「今だけ全てを忘れて、君と穏やかな時間を過ごしたいよ」)
せめて、今だけでも。
月だけが見守る空の下、時間が許すまで――この夜が終わるまでは。
ただ、君だけに寄り添う僕で在りたいと。
大成功
🔵🔵🔵
月舘・夜彦
◎
予感はするも心は穏やかで
先に待つは私の主、小夜子様
簪を贈られた時の若き姿
深い青紫の瞳に射干玉の長い髪と竜胆の簪
最期を看取っただけで言葉は交わしておらず
初めましてと言うのが正しい
私は貴女の簪
想いを伝える為に人の姿を得たのです
彼女は少し驚くも優しく笑い
此方も安堵する
簪ながら恋をした事
貴女の想い人に姿を模した事
彼が戦いで命を落とし、戻れなかった事
姿を借りて人の為に戦っている事
一つずつ話していく
夜が明ける
最後に本来の姿を見せるべきか迷う中、頬に触れられる
『本当の姿も見せて』
言葉を切欠に花びらが舞い、本来の姿に戻っていく
『ほら、やっぱり素敵』
見抜いていたのだ、私を
涙が頬を伝う
貴女に恋をして、良かった
その姿を見るだけで、居た堪れなくて足早に去ったこともあったし。
(「私を見た所で、恋人であった彼と思うのだろう」)
けれど、この姿ならば自分を見てくれるのでは、なんて憐れにも思ったりもした。
だが今は……予感はするも心は穏やかで。
柔く照る月の下、架かる橋の上に在るのは、射干玉の長く美しい髪に藤色の着物。艶やかな漆黒に咲く竜胆の簪がやはりとてもよく似合う、その姿。
そう、先に待つは月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)の主、小夜子であった。
そして眼前の彼女は、簪を贈られた時の若き姿。
夜彦はその時の簪であり、ふたりの再会を約束する証であった。
けれど……その約束は果たされず。
彼女を看取ったのは、彼の姿を模した自分であった。
とはいえ、その時も言葉は交わしておらず、初めましてと言うのが正しい。
そんなことを思いながら、まぼろし橋へと足を踏み入れた――その時。
深い青紫の瞳がふと、此方を向いて。
「……暁彦様?」
やはりその口から零れた声が呼んだ名は、待ち続けた恋人のもの。
けれどすぐに、微か射干玉のいろを揺らし首を傾けて。
「いえ……驚くほどとても似ていらっしゃるけれど……貴方は?」
主が続けたのは、こんな言の葉。
そして自分を見つめる彼女に、夜彦は告げる。
「私は貴女の簪。想いを伝える為に人の姿を得たのです」
彼らしい、真っ直ぐな視線と言葉で。
「えっ、簪? もしかして、この竜胆の……?」
聞いた彼女は少し驚くも、すぐに優しく笑って。
その顔を見れば、そっと安堵する。
それから夜彦は主に……小夜子に、想いを伝える。
「簪ながら、私は貴女に恋をしました。ただ一人を信じて待ち続けるその気丈さに、健気さに惹かれて……そしてそんな貴女の涙を見た時、思ったのです。この御方の力になれたのなら、と」
そして、まぁ、と話を聞きながらも笑む彼女に。
ふっと瞳を伏せた後、夜彦は続ける。
「……見ての通り、私は貴女の想い人に姿を模しました。貴女の最期を看取ったのは暁彦様ではなく私……彼は戦いで命を落とし、戻れなかったのです」
ひとつひとつ、これまで話したかったことを。
「そして今私はあの方の姿を借りて、人の為に戦っています」
丁寧に、夜彦は紡いでゆく。
それを小夜子も一つずつ、耳を傾けては頷いて。
気が付けば――薄っすらと白んできた空。
……夜が明ける。
そう思えば、夜彦は迷ってしまう。最後に本来の姿を見せるべきかと。
けれどその視線を再び上げさせたのは、頬に触れた掌と耳に届いた声。
「簪さん、貴方のお名前を教えて。本当の姿も見せて」
そして――私は月舘・夜彦。夜彦と申します、と。
そう告げると同時に。
ひらり花びらが舞い、本来の姿に戻っていく夜彦。
そして己の本来の姿を見つめる主は、一等美しい顔で咲うのだ。
「ほら、夜彦様。やっぱり貴方はとても素敵」
刹那、夜彦の頬を伝うのは、涙。
これまで、何度も彼女の幻を見て来たけれど。
でも、本当の主は。
(「見抜いていたのだ、私を」)
だから夜彦は、迷わず本来の姿で彼女へと……小夜子へと、告げる。
――貴女に恋をして、良かった、と。
大成功
🔵🔵🔵
ブラッド・ブラック
◎地球に流れ着いた十五の俺を気に掛けてくれた
白天使翼、白金長髪、金瞳の女性
融合を解き黒く醜い俺本来の躰を晒す
当時の俺は迫害を恐れ
姿を隠したまま彼女との交流を重ね
終ぞ向き合う事をしなかった
が
見るべきは自分の恐れではなく彼女自身だ
彼女はきっと俺の姿を見ても恐れはしない
『元気にしてた?』
何事も無かったかの様に彼女は明るく優しく微笑んだ
…俺は、貴女に謝りたい
貴女がUDCに襲われた時
俺は恐怖の余り逃げ出してしまった
俺が居た所で共倒れだった
でも
ごめんなさい、助けられなくて
ごめんなさい、俺なんかと一緒にいたから…!
25年間胸に刺さっていた杭が泪となって溢れ出す
『ルークのせいじゃないわ』
優しい赦しが降り注ぐ
――いつかまた逢う事が叶うのならば。
その時こそ、貴女に恥じずに済むようにと、そう思ったから。
だからブラッド・ブラック(LUKE・f01805)は、融合を解き黒く醜い本来の躰を晒す。
まぼろし橋で待つ彼女の前で……白き天使の翼を持つ、白金の長髪を揺らす想い人の前で。
(「彼女は、地球に流れ着いた十五の俺を気に掛けてくれた」)
何の役にも立てず、疎まれ蔑まれ、愛されずに。
流れ着いた先の世界で迫害を恐れて、隠れるように路地裏に潜んでいた日々。
けれどそんな自分を気に掛けてくれた優しい女性……それが、彼女だった。
そして金色の瞳が、黒く醜い己を姿をふと映せば。
「あら、ルーク?」
本来の自分の名を呼ぶ彼女。あの頃と、何も変わらない声色で。
(「当時の俺は迫害を恐れ、姿を隠したまま彼女との交流を重ね、終ぞ向き合う事をしなかった」)
……でも。
今のブラッドには、わかるから。
(「見るべきは自分の恐れではなく彼女自身だ」)
――彼女はきっと俺の姿を見ても恐れはしない、と。
「元気にしてた?」
何事も無かったかの様に、明るく優しく微笑む彼女。
けれど……だからこそ、ブラッドの胸は締め付けられるのだ。
そして絞り出すように、ブラッドは紡ぐ。
「……俺は、貴女に謝りたい」
「謝る?」
そう首を傾ける姿を見つつも、言葉を続けるブラッド。
「ああ、貴女がUDCに襲われた時、俺は恐怖の余り逃げ出してしまった。俺が居た所で共倒れだった、でも」
刹那、透明な泪となって、薔薇色の瞳から溢れ出すのは。
――ごめんなさい、助けられなくて。
――ごめんなさい、俺なんかと一緒にいたから……!
25年間、胸に刺さっていた杭。
もしも彼女が自分のこの姿を見て、周囲と同じ様に疎み蔑んでくれれば。
自分に出逢わなければ、自分なんかを気に掛けなければ。
(「彼女が死ぬ必要は無かった」)
けれど、分かってもいるのだ。
「ルークは本当に、真面目で恥ずかしがり屋さんね」
彼女が、決してそうしないことは。
彼女と過ごした時間も、その声も、笑みも……愛おしかった。
そして彼女の前にこの姿を晒すことができたのは、謝る勇気を持てたのは。
きっと、自分を大好きだと言ってくれる、何よりも護りたい大切な存在ができたからなのだけれど。
でもやはり――ずっとずっと胸に刺さったままだった杭は、痛いのだ。
だが、そんなブラッドに……ふわりと。
「ルークのせいじゃないわ」
羽のように降り注ぐのは、優しい赦し。
そして物語が好きな彼女は、あの時と同じ様にブラッドに笑うのだ。
「ね、ルーク。いっぱい話を聞かせて頂戴」
募り溢れる、様々な想い。でもそれを抱え、受け止めていきながらも。
ブラッドは彼女に、ではどの話からしようかと、こくりと頷く。
夜が明けるまで――あともう少しだけ、語らう時間はあるのだから。
大成功
🔵🔵🔵
鳥栖・エンデ
◎
迷い込んだ幼いボクの手を引いたキミ
夜闇に覆われた街の領主で、幼なじみで
兄貴分で、友だちで、手の届かない星のようで
6つも歳が離れていたのに
ボクの前では子どもっぽくて
身長が抜かれてからも頭を撫でようとしていたね
あぁ、トリスの名前をくれたのもキミだった
キミが抜け出さなかった夜と闇の
鳥籠の外には色んな世界があってねぇ
年中桜が咲き誇る世界は春のよう
色んな島が浮かぶ世界は夏の海みたいで
不思議なことのよく起こる此の世界も
キミと一緒に見れたら良かったのに
……なんて夜明けまで語り明かせば
最後にみた景色と同じように
キミは手を振り別れを告げるのだろう
最期までボクから手を
引っ張らせてはくれなかったね、ミハイル
ふと見上げてみた夜空に輝く星にはやっぱり、手を伸ばしても届きそうになくて。
それにまるで……そんな、星の様な。
「……やぁ、ミハイル。久しいね」
最初の友だちの姿が、橋の上には在った。
深い闇に覆われた、常夜の世界。
彼はその世界で、領主であった。エンデという名の街の。
そして、迷い込んだ幼い鳥栖・エンデ(悪喰・f27131)の手を引いたのも、彼。
――幼なじみで、兄貴分で、友だちで、手の届かない星のようで。
「6つも歳が離れていたのに、ボクの前では子どもっぽくて。身長が抜かれてからも頭を撫でようとしていたね」
「……子どもっぽい?」
自分が? とそう言いたげな顔で。でも笑みと共に、首を傾げてみせる彼。
「あぁ、トリスの名前をくれたのもキミだった」
そう紡げば今度は、すぐにこくりと頷くキミ。
そんな彼――ミハイルは、自分の手を引いてくれて、名前をくれたから。
だからお返しに、エンデは沢山話してあげる。
「キミが抜け出さなかった夜と闇の鳥籠の外には色んな世界があってねぇ」
これまで見て来た、沢山の世界のことを。
「年中桜が咲き誇る世界は春のようで。美味しいものも沢山食べたなぁ」
「……桜は、花?」
「そう、花。夜と闇の世界では珍しい花だけど、その世界には見渡す限り咲いていてね。それに、色んな島が浮かぶ世界は夏の海みたいで、水底から月夜の海を見ていたら深海魚の気持ちになったよ。あ、ここでも色々なものを食べたねぇ」
それに今いるこの世界だって、いつも滅亡の危機に瀕しているし、戦争中のはずなのだけれど。
不思議なことが、とてもよく起こる世界。
そして春の様な桜の世界も、夏の海の如き世界も、友達と一緒に楽しんだから。
エンデは思うのだ、誰かと共有できるものは良いって。
だから、ミハイルの姿を映した瞳を細め、こう紡ぐ。
此の世界も――キミと一緒に見れたら良かったのに、って。
けれど、それが叶わないことだって、知っているし。
キミが死んだという事は知っているけれど。
でも、最初の友だちだった彼の死は、この目では見てはいないのだ。
最期は遠ざけられてしまったから。置いていかれたから。彼は自ら選んで独り死んでいったから。
だけどそれは昔話で、現実は覆らないってことも、知っているから。
エンデはミハイルと、他愛のない会話を沢山交わす。まるで昔に戻ったみたいに、今の間だけ。
しかしその刻も、夜が明けるまで。
薄っすらと白んできた空をふと仰ぎ、ふたり語り明かしながらも。
エンデにはやっぱり、分かるから。
(「キミは手を振り別れを告げるのだろう」)
……最後にみた景色と同じように、って。
そしてその前にまた、子どもっぽく笑みながら……やっぱり身長は抜かれているというのに、きっと手を伸ばして頭を撫でてくるだろうことも。
それから夜が明けて、星もすっかり見えなくなった頃。
見送った彼の姿を瞼の裏に残したまま、エンデはそっと紡ぐ。
――最期までボクから手を引っ張らせてはくれなかったね、ミハイル、って。
大成功
🔵🔵🔵
マリア・ルート
◎
いるんでしょ…■■■…いや…あんり。
私の最初で最高の友人…
※あんり
マリアが姫としていた亡国の宰相で見た目は17くらいの男の娘
王族ではない
マリアとは姫と宰相だけではなく親友として接していた
あんたが殺されてから私は逃げ出した…そして国を滅ぼした。
全部私怨だって、過ちだってわかってる…でも…私には、あんたが奪われたのが許せなかった…!
「いいよ…そんなに僕を想ってくれてたんだね」
気づけば指定UC展開中
その男はあんりと同じ姿
忘れられるもんか…!
私にとってあんたは…!
「僕なんかに縛られてたら勿体ないよ」
「もう僕は過去になっちゃったんだから」
「マリア、君は未来へ進むんだ」
消えないで…!
あんり…あんりー!!
己の紅と共闘する黒……喚べば今だって、その姿をみることはできる。
けれどそれは、己の記憶が生んだ幻。
でもマリア・ルート(紅の姫・f15057)にとっては、それでもよかった。
たとえ自身の記憶が生んだ幻でも……■■■がいれば、いくらでも戦える、って。
だが今宵、隔ての川に架かる橋の上で逢える彼は、マリアが召喚した彼ではない。
「いるんでしょ……■■■……いや……あんり」
逸る気持ちのまま、月下に現れた橋へと足を踏み入れて。
その名を――想い人の名を、口にすれば。
現れたのは、月に照らされた艶やかな長い黒髪の、まるで年頃の少女のような見目をした彼。
「マリア」
呼んだ声に顔を上げた彼は、マリアの名を呼び返す。
記憶の中のものと同じ、その声と笑みを向けて。
彼……あんりは、マリアが姫で在った国の宰相で。
(「私の最初で最高の友人……」)
それだけでなく、親友として接してくれていた。
……なのに。
「あんり……あんたが殺されてから私は逃げ出した……そして国を滅ぼした」
マリアはぐっと拳を握りしめ、告げる。
もう、あの国は存在しないことを。滅ぼしたのが、自分であることも。
「全部私怨だって、過ちだってわかってる……でも……私には、あんたが奪われたのが許せなかった……!」
元々、皇族のしがらみを不満に思っていたけれど。
それでも、あんりがいてくれたから……最高の親友がいたから、一国の姫としても在れたのに。
なのに……親友は殺された。それが、マリアには許せなかったのだ。
国を滅ぼしたことは過ちだと思っている。
けれどそれ以上に後悔しているのは……あんりを、助けられなかったこと。
だからマリアは、思ってしまう。
彼を殺した親もだけれど……彼の分まで自分が生きないと、自分を許せなくなると。
そう自然と俯き気味になるマリアに、あんりは柔く瞳を細めて。
「いいよ……そんなに僕を想ってくれてたんだね」
諭すように優しく、でもふるりと首を小さく振って続ける。
「僕なんかに縛られてたら勿体ないよ」
――もう僕は過去になっちゃったんだから、って。
大切な親友との再会。でも夜が明けたら……また彼は、過去になってしまう。
だからマリアが縛られるのならば、忘れて欲しいと……そう望む優しい人。
……でも。
気付けば、マリアは『紅黒共闘』を――あんりと同じ姿をした彼を喚んで。
そして、大きく首を横に振って、絞り出すように告げる。
「忘れられるもんか……!」
――私にとってあんたは……!
溢れ出る想い、伝えたい気持ち。話したいことは、沢山あるのだけれど。
ふと気付けば……随分と白んでいる空。
夜が明けたら、まぼろし橋は浄化され消えてしまう。隣にいる、あんりの姿も。
一緒に橋の向こうには行けない。彼の分まで生きないと、いけないから。
……でも。
「マリア、君は未来へ進むんだ」
そう微笑んで告げた彼の姿が、ゆらり朧になって。
分かっているけれど……でもマリアは、声を上げずには、呼ばずにはいられない。
「消えないで……! あんり……あんりー!!」
叶わぬと知っている願いを――大切な親友の名を、夜が明けてもなお。
大成功
🔵🔵🔵
英比良・與儀
◎
俺とそっくり
病弱だったのが本当か演技だったかもうわからねぇ
俺の知らない所でヴィランであった兄
…うわ
ほんとにいやがる
與儀君なんて、呼ぶな
撫でようとするな
うるせェ、諸事情で若返ってんだよ
ああ、うぜェ
喜ぶな、くそ…はァ?
兄様なんて、よぶわけ、ねェだろ!
くそ…ほんと調子狂う
が、どう思ってるのか知りたい
俺が殺した事
俺は、後悔してねェが
それでいいって?
俺の事、殺そうとしたもんな
お前があいつを巻き込まなければ
でも與儀君は僕をちょーっとだけ、理解できたでしょ?
知るか
自分以外の事なんてわかんねェよ
だよね、みたいな顔してムカつく
僕様ちゃんは骨の髄までワルモノだから
知ってる
ああ、満足げな顔してやがるのが、腹が立つ
想い人……なんて、そんな淡い響きのような感情ではない。
今宵架かった、まぼろし橋の上にいる人物に抱く思いは。
英比良・與儀(ラディカロジカ・f16671)の花浅葱に映る姿は、己にそっくり。
ただ、勿論今の自分と違って大人で、本来の己よりも不健康そうな細身だ。
けれど、彼と自分が似ているのは、何らおかしいことではない。
「あっ、與儀君」
自分を見てすごくにこにこしている彼は、兄なのだから。
自分の知らない所でヴィランだった……この手で殺した兄。
「……うわ。ほんとにいやがる」
手を振られ名を呼ばれ、思わず顔を顰めてしまう與儀だが。
「與儀君、お兄ちゃんだよ……って、何で與儀君小さいの?」
「與儀君なんて、呼ぶな」
そう短く言い放つ弟へと、首を傾げながらも手を伸ばす兄。
「小さい與儀君、可愛いー」
「撫でようとするな。うるせェ、諸事情で若返ってんだよ」
そうなでなでしようとする手を、撫でられてたまるかとばかりに躱しつつも。
兄をちらりと見上げる與儀。
最後に兄を見た時、彼はガスマスクをつけていた。
それが、自分の知らなかったヴィランである兄の姿で。
本当か演技だったのかは分からないけれど、事実を知るまで病弱だと思っていたから、考えもしなかった。
兄が、悪の組織を統べる存在であったなんて。
そして――。
「諸事情? 何、なに?」
「ああ、うぜェ。喜ぶな、くそ……」
いくらあしらうような態度を取っても、逆にその反応を楽しむかのように笑む兄に、與儀は盛大に溜息をついて。
「與儀君、ほら、兄様って呼んでよ」
「……はァ?」
思い切り眉を顰め、言い放つ。
「兄様なんて、よぶわけ、ねェだろ!」
けれどやはり、くすりと笑う兄の様子に、金の髪をざっと掻き上げる與儀。
(「くそ……ほんと調子狂う」)
でもそれでも、與儀がこの橋へと赴いた理由。
――だが、どう思ってるのか知りたい。
そう、思っていたから。
「……俺が殺した事。俺は、後悔してねェが」
「それでいいんじゃない」
「それでいいって?」
すぐに返って来た兄の言葉に、一瞬だけ瞳を瞬かせるも。
「俺の事、殺そうとしたもんな」
あの時……自分が兄を殺した時のことを思い返せば、納得もいったけれど。
……でも。
與儀はぐっと睨めつける様に兄を見遣り、続ける。
――お前があいつを巻き込まなければ、って。
そんな弟の姿を、やはり楽しそうに見つめて。兄は、こう笑うのだった。
「でも與儀君は僕をちょーっとだけ、理解できたでしょ?」
あの時『彼』を巻き込んだのは、わざとなのだから。
だって――弟のことが、大好きだから。
そんな兄から、與儀はふっと視線を逸らして。
「知るか。自分以外の事なんてわかんねェよ」
「ふふっ」
……だよね、みたいな顔してムカつく。
そう再び眉を顰める弟に、えっへん得意顔で。
そして躊躇うことなく、兄は告げるのだった。
「僕様ちゃんは骨の髄までワルモノだから」
「知ってる」
「うん、だよね」
今度はまんま聞こえたその言葉に、溜息をつきながらも。
與儀はもう一度、月光に煌めく金の髪を掻き上げる。
……ああ、満足げな顔してやがるのが、腹が立つ、って。
大成功
🔵🔵🔵
ベルウェル・メイ
◎
大きな月 橋の上 大輪の牡丹
金髪の偉丈夫が私を見ている
全盛期のお姿ね 男振りがよろしいこと
また会えましたね ―― 様
人魚(わたし)の肉を食らえど不老長寿になれず
魔女(わたし)に心をとられた人間(あなた)
あら私 あなたのお名前言えていました?
―― 様 私の旦那様
「ああ 久しいな ―― 」
あらあなたも私の名前を言えていない
「息災か」
ええ 病とも怪我とも無縁です
「家はどうなった」
栄えています 当然でしょう?あなたと私の家ですもの
「そうか」
相変わらずですのね 口が下手なひと
さあさ 夜が明けるまでお話しましょう
触れられるなら手をつないで 触れられなくても寄り添って
もう一度 あなたを笑顔で見送るために
空を見上げれば、大きな月が淡い光をそっと静かに降らせていて。
月下に架かった橋にいつの間にか咲いているのは、大輪の牡丹。
隔ての川に稀に現れるというその橋は、まぼろし橋と言われている。
此方側と黄泉の世界を、繋ぐ橋。
そして泳ぐようにゆうらり、白から赤へとうつろう髪と金魚を模した鰭を夜に遊ばせながら。
ベルウェル・メイ(十三月・f33145)の赤の瞳が映す、橋の上に立つ彼の姿。
そんなベルウェルを見つめているのは、金髪の偉丈夫であった。
「全盛期のお姿ね。男振りがよろしいこと」
ベルウェルは彼へとそう微笑んで、続ける。
……また会えましたね ―― 様、って。
――人魚の肉を食らえど不老長寿になれず。
――魔女に心をとられた人間。
人魚であり魔女であるわたしと、人間のあなた。
永い時を共に過ごしたくて……己の肉を捧げたのだけれど。
でも、その想いは泡のように儚く消え去って。
離れてしまって、どのくらい経っただろうか。
ベルウェルは隣に在る彼に、笑んで訊ねる。
「あら私、あなたのお名前言えていました?」
―― 様、私の旦那様、って。
そんな彼は、いとし伴侶。
けれど。
「ああ、久しいな ―― 」
聞こえた声に、ベルウェルは赤の瞳を細めて紡ぐ。
……あらあなたも私の名前を言えていない、って。
そんな旦那様とのお揃いに、何処か嬉し気に笑みながら。
異類婚姻譚の果て、夫婦となったのだけれど。
彼はやっぱり、記憶のままで。
「息災か」
「ええ。病とも怪我とも無縁です」
「家はどうなった」
「栄えています。当然でしょう? あなたと私の家ですもの」
「そうか」
ベルウェルは、ふふ、と小さく笑み零す。
「相変わらずですのね」
――口が下手なひと、って。
けれどそれは、よく知っているから。
「これまで……離れている間、どう過ごしていた」
言葉数こそ少ないけれど、やはり彼にとっても自分は、いとし伴侶だと。
同じ想いであることが、紡ぐ声から分かるから。
「さあさ、夜が明けるまでお話しましょう」
「ああ、そうだな」
今はただ――夜が明けるまで、語らいたい。あの頃と同じ様に。
そして、そっと握られた手を握り返し、手を繋いで。
寄り添いながら、ベルウェルは時間が許すまで、彼と沢山話そうとそう思う。
夜明けを迎え、ふたりを分かつ川に架かったまぼろし橋が浄化される、その時まで。
大きく浮かぶ淡い月と咲いた牡丹に、そっと見守られながら。
もう一度――あなたを笑顔で見送るために。
大成功
🔵🔵🔵
グレアム・マックスウェル
◎
目の前に立つ30代半ばの女性
僕の母さん
歌が好きで、料理が好きで
薔薇を愛する信心深い人
ティータイムにはスコーンを焼いてくれた
子供心に将来ミュージシャンになりたいと言った時も
父さんは渋い顔をしていたけど
母さんは笑顔で幼い夢を応援してくれた
優しい人だった
僕が瀕死の重傷を負い、生身の肉体の大半を失った『あの日』
貴方は…家族は皆死んだ
当時の記憶は赤く塗りつぶされて
思い出せば幼い心は狂気に壊れるから
心の揺らぎは封印を解きかねないから
だから僕は周囲のUDC職員の反対を押し切って
自らの意志で「感情を消した」
ごめん、母さん
僕はもう貴方の悲しむ顔を見ても、涙ひとつ零せない
歌を忘れた籠の鳥は、貴方の為に歌えない
――それがあの時までは、当たり前だった。
家に漂う、スコーンやキャロットケーキ、アップルクランブルの香り。
そしてキッチンから聞こえてくる、楽しそうな歌声。
グレアム・マックスウェル(サイバーバード・f26109)が辿り着いたまぼろし橋の上にいる、その姿。
目の前に立つのは、30代半ばの女性……そんな彼女を、グレアムは知っている。
(「……僕の母さん」)
彼女は、そう――彼の母親。
「グレアム」
歌う様に自分を呼ぶ声。
いつも、こんな風に当たり前に呼ばれていて。
(「歌が好きで、料理が好きで。薔薇を愛する信心深い人。ティータイムにはスコーンを焼いてくれた」)
いつの間にか橋を飾る様に咲いている薔薇の風景は、母が慈しみ育てていたものに似ていて。
欠けた記憶の中、ひとつひとつ欠片を拾い上げるように巡らせるグレアム。
そして……こういうこともあったと。
優し気なその顔を見れば、脳裏に浮かぶ過去。
(「子供心に将来ミュージシャンになりたいと言った時も、父さんは渋い顔をしていたけど。母さんは笑顔で幼い夢を応援してくれた」)
小さい頃から母の歌をずっと聴いていたから、子供の頃の自分も歌の道を志したかったのかもしれない。
けれど、これだけは確りと覚えている――母は、優しい人だった、と。
「どうしたの、グレアム。もっとこっちへいらっしゃい」
顔を見せてちょうだい、って。そう母は笑うけれど。
でも……記憶は欠落しているけど。
グレアムは淡々と、目の前の母へと語る。
「僕が瀕死の重傷を負い、生身の肉体の大半を失った『あの日』」
――貴方は……家族は皆死んだ、って。
けれど、分かっている。
これ以上思い出せば、幼い心は狂気に壊れるということを。
だから……赤く塗りつぶされた当時の記憶。
「心の揺らぎは封印を解きかねないから」
そしてグレアムは、自分の話を聞いてくれている母に、こう続けるのだった。
「だから僕は周囲のUDC職員の反対を押し切って、自らの意志で「感情を消した」」
「! グレアム、あなた……」
自分の子供の頃なんて、自分ではよく分からないけれど。
将来ミュージシャンになりたい、なんて思っていたくらいだから……きっと、今よりは感情だってそれなりに豊かで。
歌が好きな母に似ていたのかもしれないけれど。
でも……今の自分は、無機質で無表情だから。
「ごめん、母さん」
グレアムはそう、母へと詫びる。
(「僕はもう貴方の悲しむ顔を見ても、涙ひとつ零せない」)
――歌を忘れた籠の鳥は、貴方の為に歌えない、って。
けれど……でもやっぱり、それでも母は。
「……そう。でも私は貴方がしたいこと、自分で決めたことを、して欲しいから」
いつだって応援しているわ、って。
やはり悲しそうな顔はしていたけれど……そう言ってくれる、優しい人。
そしてそっと、もう泣けない歌えない息子を抱きしめて、笑ってくれるのだ。
――おかえり、グレアム。そして、いってらっしゃい……って。
大成功
🔵🔵🔵
神樹・桜花
……貴女は。
佇むのは黒髪赤眼の人狼少女。
私の、『神桜一振』の、かつての主。
人類の敵と化した恋人を打ち倒し、その後を追って自害した貴女。
恋人の全てを知り、受け容れたが為に、恋人を裏切る羽目になってしまった貴女。
貴女はずっと泣いていた。
自責と、後悔と、恋人への疑問の渦に呑まれて。
そして、今宵も。
起きてしまった事を悔いても仕方ないのですよ
今を生きる者は、過去の結果に対する責任を果たさなければならない。貴女の場合は『彼』を殺す事だった
……あの男は、倖せだったと思いますよ
貴女という、最愛の人に殺して貰えたのですから
だからもうこれ以上、あの日に縛られないで
黄泉返る過去(アイツ)は……、私が葬り去ります
幽世に浮かび上がる大きな月が、淡い光を静かに地へと降らせて。
はらはらと、その輝きに照らされ薄紅にさらに彩付きながらも。
まるでとめどなく涙が零れ落ちるかの様に花弁を散らしているのは、橋の袂の樹に咲く桜の花。
そして神樹・桜花(神桜の一振り・f01584)が、隔ての川に架かった橋へと一歩、踏みこんだその時。
「……貴女は」
橋の上にいる少女に気付き、その足を一瞬だけ止める。
其処に佇むのは――黒髪赤眼の人狼少女。
その少女が誰なのかを、桜花は知っている。
(「私の、『神桜一振』の、かつての主」)
並々ならぬ霊力を秘めた桜色の太刀を手に、戦場を駆けた少女。
……そして。
(「人類の敵と化した恋人を打ち倒し、その後を追って自害した貴女。恋人の全てを知り、受け容れたが為に、恋人を裏切る羽目になってしまった貴女」)
……貴女はずっと泣いていた、と。
自責と、後悔と、恋人への疑問の渦に呑まれて。
いや、それは過去だけではない。
彼女はやはり、泣いているのだから。
今宵も、このまぼろし橋の上で……桜花の見つめる先で。
主たる少女の悔恨――それは器物であった桜花には、解りかねる感情だけれど。
でも、これまでも傍らで見てきたから。
柔和な笑みを浮かべ、桜花は主へと紡ぐ。
「起きてしまった事を悔いても仕方ないのですよ」
見てきたからこそ、涙を流す少女のその感情は解らずとも、事情は理解できるから。
「今を生きる者は、過去の結果に対する責任を果たさなければならない。貴女の場合は『彼』を殺す事だった」
彼女が悔いて止まない『あの時』のことを、肯定してあげる。
それは果たさねばならぬことであり、貴女はそれを成したのだと。
主はそれでも、今宵も……死してもなお、ぽろぽろと涙を流し悔いているけれど。
桜花はあの時のことを思い返しながらも、そっと嫋やかに笑んで続ける。
「……あの男は、倖せだったと思いますよ。貴女という、最愛の人に殺して貰えたのですから」
――だからもうこれ以上、あの日に縛られないで、って。
大成功
🔵🔵🔵
リーンハルト・ハイデルバッハ
過去に死に別れた人と、相見える橋。ええ、存じておりますとも。
そこに行けば、果たして会えますでしょうか……姉さん。
想い人:エーデルガルト・ハイデルバッハ(享年24歳、ケットシー女性、姉)
一人称私、丁寧な口調、厳しい性格
橋の上でエーデルガルトを待つ。気配がすればそちらを見て。
「ああ……姉さん。お久しぶりですね」
まだ祖国が戦争に明け暮れ、他国を侵略する日々を繰り返す中、キャバリア乗りとして戦場に赴き、死んだ姉さん。
自分以上に優秀なパイロットだった姉さん。
その姉を、猟兵として追い越してしまった自分。
「姉さん……悔しいですよね、弟に追い越されて」
大丈夫、姉さんはいつまでも、私の一番ですから。
アドリブ歓迎
幽世の世界には、時折架かるのだという。
大きな月がぽっかりと浮かび上がる空の下、とても気紛れに。
此方と黄泉を隔てる川の上に、まぼろし橋と謂われる橋が。
けれど渡ってしまってはいけない。
黄泉の国の岸へと降り立ってしまえば……もう、戻れないのだから。
そしてそんなまぼろし橋の上で、出逢えるのだというのだ。
(「過去に死に別れた人と、相見える橋。ええ、存じておりますとも」)
聞いた予知やこれまでの戦況から、このまぼろし橋がどのような橋なのかを。
把握しつつも訪れたのは、リーンハルト・ハイデルバッハ(黒翼のガイストリヒェ・f29919)。
そう、このまぼろし橋の上で逢えるのは、その人の『想い人』。
けれどそれは、まるで夢かの如く……ほんの束の間の、ひとときだけ。
夜が明けてしまえば、まぼろし橋とともに、想い人との再びの別れが訪れる。
だがそれでもリーンハルトは、このまぼろし橋へと足を向けたのだ。
――そこに行けば、果たして会えますでしょうか……姉さん、って。
そして橋に佇んで暫く待てば、ふと気配を感じて。
ピンク色の視線を巡らせてみれば……やはり自分と同じケットシーの、女性の姿を見つける。
それは間違いなく、姉――エーデルガルト・ハイデルバッハのもので。
自分が弟であることには変わりないのだけれど。
でも橋の上に在る姉の姿は自分よりも随分若い、24歳から時が止まったまま。
「ああ……姉さん。お久しぶりですね」
ええ、と返ってくる声は、やはり記憶のものと同じ。
厳しくも丁寧な、芯の通ったような声。
そんな姉と語らうべく、リーンハルトは橋の真ん中まで歩み寄ってから。
姉と暫し、語らい合う。
夜が明け、まぼろし橋が浄化されて……姉が消えてしまう、その時まで。
そしてリーンハルトはちらり、隣の姉を見遣る。
(「まだ祖国が戦争に明け暮れ、他国を侵略する日々を繰り返す中、キャバリア乗りとして戦場に赴き、死んだ姉さん」)
その時の姉は、自分以上に優秀なパイロットだった。
けれどリーンハルトも経験を重ね、そして猟兵として戦場へと赴いている今、どうしても感じてしまう。
――その姉を、猟兵として追い越してしまった自分を。
「姉さん……悔しいですよね、弟に追い越されて」
戦火に散ったあの時から、時が止まってしまった姉へと。そう、言の葉を落とす様に紡いでから。
例え、追い抜いてしまったとしても。
リーンハルトは自分にとって、いつまでも変わらず優秀なパイロットである姉の姿を思い返しながらも続ける。
――大丈夫、姉さんはいつまでも、私の一番ですから、って。
大成功
🔵🔵🔵
宵鍔・千鶴
◎
もう一度逢える
でも逢いたくない
橋には『きみ』がいる
桜花舞う隙間に懐かしい姿
時を止めたあの日より少し成長した幼馴染の少女
自分と同じ時を重ねていれば屹度
懐かしい歌が耳に響く
変わっていないんだね
その歌声も、咲い方も
揺れる金糸、碧色が真っ直ぐに此方を見る
俺が望んだきみの未来
奪ってしまった綺麗なきみ
ねえ、
今の俺はきみからどう映る?
贖罪も悔恨も投げ出して
噺たいこと
本当は沢山あったのに
上手く言葉が出てこない
ごめん
きみを独りにして
まだ往けないまま
俺は生きてる
『エト』
きみの名を口にすれば
溢れる感情、恋情
会いたかった、なんて
云う資格無いのに
ずうと閉まった俺の気持ち
まだ、気付きたくない
だからせめて咲った貌を見せて
同じ歳の子が他に居なかったから、狭い世界でいつもふたりだった。
そして月が輝る夜……やっぱり『きみ』と、ふたりだけ。
宵鍔・千鶴(nyx・f00683)の心には、様々な想いが生じていた。
――もう一度逢える。
――でも逢いたくない。
(「橋には『きみ』がいる」)
予知した友は告げたから。この橋には、死んだ想い人の幻影が現れる、と。
はらりひらりと、零れ落ちる薄紅。
橋の袂で咲き乱れては、花弁を積もらせる桜花。
そんな桜花舞う隙間に見るのは――懐かしい姿。
いや、自分の記憶の中に在る彼女よりも……時を止めたあの日よりも少し成長した、幼馴染の少女。
その姿を見て、千鶴は思う。
(「自分と同じ時を重ねていれば、きっと」)
けれど成長していても、変わらない。
花が咲いたような笑顔が似合う、その姿は。
そして耳に聞こえるのは、懐かしい歌。
「変わっていないんだね。その歌声も、咲い方も」
……ふふ、そう? って、やっぱり咲いた花は、泣きたいほどに懐かしくて。
少し首を傾げれば、ふわりと月下で淡く揺れる金糸。
真っ直ぐに向けられた円らな碧色は吸い込まれそうで。
自分を見つめるその姿は、思い描いていたままのもの。
――俺が望んだきみの未来。奪ってしまった綺麗なきみ。
そして彼女に、千鶴は訊ねてみる。
「ねえ、今の俺はきみからどう映る?」
その言の葉に、彼女はじいっと千鶴を見つめてから。
「変わってないって、最初は思ったのだけど」
そして笑って、紡ぐ。
「変わったなって思う、千鶴は」
ほんの少しだけ、どこか寂しそうに。
今の自分は確かに、彼女の知っている自分とは違うかもしれない。
ふたりだけだった世界から、沢山の人がいる外の世界へと羽ばたいて。
悩みもがいて足掻きながらも……でも、楽しくて嬉しくて心躍る様な、識らなかったことを沢山識ったから。
それに彼女といた時は、識りたいと願っても叶える力も無かったから……だから識れる翼を得た今、それを取り戻したくて堪らないのだ。
……けれど、目の前の少女の時を止めたのは、誰でもない自分で。
無邪気に咲く笑顔、耳を擽る甘やかな歌や名を呼ぶ聲、そして指を絡めたいつかの約束。
でも、贖罪も悔恨も投げ出して――噺たいこと、本当は沢山いっぱいあったのに。
(「……上手く、言葉が出てこない」)
そしてぽろりと零れ落ちた声が告げたのは――ごめん、と。
「きみを独りにして。まだ往けないまま、俺は生きてる」
そう言った千鶴に、彼女は笑って返すのだ。
「でも、あの時願ったのは、わたしよ」
――ころしてほしい、って。
耳に響いたのは、最期に聞いたものと同じ、声と音。
そして千鶴は口にする。
「エト」
きみの名を。
刹那、心に溢れ咲く感情、恋情。
(「会いたかった、なんて。云う資格無いのに」)
けれど、ずうと閉まった気持ちに……まだ、気付きたくないから。
だから、せめて。千鶴はエトへと、こう笑んでみせるのだ。
ねぇ――咲ったきみの貌を、もっと俺に見せて、って。
大成功
🔵🔵🔵
戸隠・津雲
◎不如帰の花が咲いてる
会いたい人。兄貴っすね
白髪混じりの黒髪と眼鏡の三十路男
血の繋がりはないっす
竜神の力を制御できず感情のままに暴れて、街を破壊していたおいらを保護して力の使い方を教えてくれた
剣技とキャバリア操縦は兄貴の影響
強くて格好良くて、おいらの自慢で憧れ
それが、突然、居なくなって…
兄貴と同じ傭兵をしていれば、会えるかもって…
兄貴。会わない間に白髪が増えたっすね
ほとんど白髪じゃないっすか
ほら【DDD】もいるっすよ
きれいに洗ったのに雨が降るって、さすがの雨男っすね
雨で滲んで兄貴の顔がよく見えないっす
泣き虫は変わらないな。ツクモ
頭を撫でられ嬉しさが溢れ破顔する
雨の向こうで兄貴も笑ってる気がした
月が照る夜、隔ての川に架かるのは、まぼろし橋と呼ばれる橋。
そして今、その橋の袂に楚々と咲くのは、不如帰の花。
戸隠・津雲(闇裂き小竜・f29090)には、ずっと抱いてきた思いがある。
猟兵になった理由だって、それが叶うかもしれないと、そう思ったから。
猟兵をしていれば、古代騎竜【DDD】のパイロットであり、猟兵である兄と再会できるかもしれないと。
先祖返りの竜神の力を制御できずに、感情のままに暴れて。街を破壊していた自分を保護して力の使い方を教えてくれた、血の繋がっていない兄貴。
それに剣技とキャバリア操縦だって、そんな兄貴の影響を受けた。
(「強くて格好良くて、おいらの自慢で憧れ」)
けれど……津雲の前から、消えてしまったのだ。
(「それが、突然、居なくなって……兄貴と同じ傭兵をしていれば、会えるかもって……」)
だから津雲は、話に聞いたこの橋へと今宵、赴いたのだ。
まぼろし橋が架かれば、その橋の上に想い人が現れる、と。
そしてふと視界の端に、人影が揺れたことに気付けば。
視線を向けた先にいたのは、白髪混じりの黒髪と眼鏡の三十路男。
そう、それは――。
「兄貴。会わない間に白髪が増えたっすね。ほとんど白髪じゃないっすか」
自慢で憧れの、兄貴の姿。
「そうか? お前は、随分と背が伸びたな」
「ほら【DDD】もいるっすよ」
そう逸るように喚んだのは、真紅眼の竜獣人を思わせる漆黒のクロムキャバリア。
そんな【DDD】に、久し振りだな、なんて笑う兄貴を見れば。
「……きれいに洗ったのに雨が降るって、さすがの雨男っすね」
津雲はそうぽろぽろと、こみ上げ溢れ出る雨を降らせる。
逢いたかった兄貴の姿を映した、赤い瞳から。
そんな溢れる感情が止まらない自分に、やっぱり兄貴は笑って。
「泣き虫は変わらないな。ツクモ」
くしゃりと頭に感じるのは、記憶の中のものと同じ、武骨だけど温かくて優しい大きな掌。
そして頭を撫でられれば、嬉しさがますます溢れて。
笑みを綻ばせ、ふにゃりと破顔する。
いや、多分それは、自分だけではない。
「大きくなったな、ツクモ」
まだ当分止みそうにない雨の向こう――兄貴の顔もそう、笑ってる気がした。
大成功
🔵🔵🔵
終夜・嵐吾
◎
なぁんとなく呼ばれた気がしてきてみれば
爺か
わしを育てたぼろぼろの、わしと同じくすんだ毛色の狐
……もごもごと何しゃべっとるかわからんな
年寄じゃから?
んん、ゆっくり話せ(隣に座り)
…いや、改めて見えると、爺は毛並が、悪いの!
わしもそうじゃった?
…そうかもしれん
つやつやになったのは違う世界にいってからじゃし
そいえばこのしゃべり方が普通じゃと思とったんじゃけど
そうではなかったんよな
爺のしゃべりしかわしは知らんかったから
わしを拾ったんは気まぐれか知らんけど
それなりに育ててくれたんは感謝しとるんよ
…あ?
知らん
弟なんて、知らん
かわいそう?
は、何を言っておるんか
あれとわしは、仲良くなんかできんじゃろ
相容れん
幽世に浮かぶ大きな月の下、気紛れにその橋――まぼろし橋は現れるという。
そんな気紛れに現れた橋へと、終夜・嵐吾(灰青・f05366)が歩みを進める理由。
それは、なぁんとなく呼ばれた気がしたから。
そして橋の上に見えるのは、ゆうらりゆっくり尻尾にゆるりと動く耳。
毛玉の如きそれは、一匹の老いた狐であった。
「なんじゃ、爺か」
嵐吾を育てた、爺。
そして爺は嵐吾を見つけると、ゆるり尻尾を揺らしながら。
――ふがふが、もごもご。
「……もごもごと何しゃべっとるかわからんな。年寄じゃから?」
何かお喋りしているようであるが……よく聞き取れない。
だから嵐吾は老狐の横に、すとんとヤンキー座りして。
「んん、ゆっくり話せ」
その声に、暫し耳を傾ける事に。
夜明けまで……ゆっくり、ゆるりと。
そして、じっと爺へと視線を向けてみれば。
「……いや、改めて見えると、爺は毛並が、悪いの!」
「ふごふごっ」
「わしもそうじゃった?」
爺の言葉に一瞬首を傾ける嵐吾だけれど。
……そうかもしれん、とこくりと頷く。
爺に育てられている時は、老狐と同じくすんだこの毛色は白銀に紛れるから好都合、位にしか思っていなかった。だから、がすがすろうが何ら気にもしなかったけれど。
(「つやつやになったのは違う世界にいってからじゃし」)
……嵐吾君! 身だしなみはちゃんとしなきゃ! なんて。やじゃと抵抗も空しく、力で押さえつけられて綺麗に梳かれたり。今のように、嬉々と毛並みを整えてくれる友もいなかったから。
きっと昔は自分も、毛並みの悪い狐だったのだろう。
「もごもごっ」
「そいえばこのしゃべり方が普通じゃと思とったんじゃけど、そうではなかったんよな」
「ふが……ふごふご」
「爺のしゃべりしかわしは知らんかったからな」
爺と同じ様に、じゃろじゃろと喋る事が普通だと思っていたから。
それが年を思えば変わったものであると知った時は、俺だとか、じゃん? みたいな話し方にしようと思った事もあったけれど。
何だか慣れなくて結局は、まぁええか、って……今でも嵐吾は、爺と同じ喋り方なのである。
そして、隣でふごふごしている老狐へと改めて琥珀の視線を向けて。
嵐吾は軽く、その毛並みを整えてあげる。
「わしを拾ったんは気まぐれか知らんけど、それなりに育ててくれたんは感謝しとるんよ」
今なら言える、礼の言葉と一緒に。
けれど――ふごふご、と。
次に聞こえた爺の言葉に一変、表情を険しくして。
「……あ? 知らん。弟なんて、知らん」
落とされた声は、舌打ちまで聞こえてきそうな冷たいものに。
「――ふがふが」
「かわいそう?」
……は、何を言っておるんか、と。
嵐吾は鼻で笑い、一蹴する。
――弟ともなかよくせいよ。
そう、ふがふがされて。
そして、は~? なにいっとんじゃ~?? と言わんばかりの顔をしながら。
嵐吾は『その存在』を、全否定する。
「あれとわしは、仲良くなんかできんじゃろ」
ふるり、大きく首を横に振って――相容れん、って。
大成功
🔵🔵🔵
満月・双葉
地につくほどの少し黒の混じる美しい金髪
いつも目隠しでどんな瞳の色だったか知らない
どこの誰か詳しいことは知らない
師匠に死んだと聞かされたのは5つのときだったか
あの時の師匠の雰囲気と口調で気付いたことがあって
でもあの時は怖くて聞けなくて、今更聞けないこと
あなたを殺したのは誰ですか
困ったような微笑みで『解っているなら聞くな』と聞いて苦笑が漏れる
理由は答えてくれない、多分殺した犯人も答えてくれない
父娘とも親友とも盟友とも、そんな関係だった貴方達がそうなったなら必ず深い訳がある
そしてあの人は、許されることを望まない
さぁ、如何しましょうね?
取り敢えず、前みたいに話をいっぱい聞いてください
これで最後ですから
幽世に浮かぶ大きな月の下に時折、気紛れにその橋は現れるという。
此方と黄泉を隔てる川に架かる、まぼろし橋が。
そしてその橋の上に……あの人は、いた。
満月・双葉(時に紡がれた人喰星・f01681)の瞳に今、映るその姿。
淡く降る月の光に照る美しい金には、微か夜の様な漆黒のいろが混じっていて。地までつくほどの、流れるように長い髪。
そして双葉は、ふと思う。
……この人がどんな瞳の色だったか知らない、と。
記憶を辿っても、いつも目隠しをしているから。
いや……それは、瞳の色だけに限ったことではない。
(「どこの誰か詳しいことは知らない」)
けれど今宵、此処にこの人が現れたのは、きっと――。
双葉はまぼろし橋へと足を踏み入れながら、其処に在る姿を見遣りつつも思う。
(「師匠に死んだと聞かされたのは5つのときだったか」)
それはもう、随分と昔のことのはずで。
その頃の自分は、幼い子供であったのだけれど。
それでも、双葉の記憶には残っているのだ。
――あの時の師匠の雰囲気と口調で、気付いたことがあったと。
でも、あの時は怖くて聞けなくて。
そして時が経った今も、今更聞けないこと。
けれど多分、この人が今眼前に在るということは……やはり、聞きたかったんだと。
「あなたを殺したのは誰ですか」
気付いたこと……気付いてしまったことを確認したくて。
そしてそう訊ねてみれば、あの人はちょっぴり困った様な微笑みで。
「解っているなら聞くな」
そう聞いて、漏れるのは苦笑。
――理由は答えてくれない、多分殺した犯人も答えてくれない。
けれど、だからこそ双葉は改めて確信する。
……必ず深い訳がある、って。
父娘とも親友とも盟友とも、そんな関係だった貴方達がそうなったなら、と。
そして。
(「あの人は、許されることを望まない」)
……さぁ、如何しましょうね?
双葉はそう首を傾けてみせつつも、言の葉を向ける。
「取り敢えず、前みたいに話をいっぱい聞いてください」
このまぼろし橋が浄化されて消えるまで……それと一緒に、この人が消えるまで。
夜明けまで、まだもう少し時間があるから。
双葉は沢山話して欲しいと、そう紡いだ後、続ける。
――これで最後ですから、って。
大成功
🔵🔵🔵
幽遠・那桜
◎
想い人、現れるのは宿敵である実の姉。
殺人鬼だけど、生前みたいな綺麗な姿。
「また会ったね!」
好きだった子かな、とも思ってたけど、そうだよね。
……那紀お姉ちゃん。
「那桜ちゃんの好きな男の子じゃないね。残念だった?」
張り付いた笑顔で心無い言葉。
今でも、その事実は胸が痛い。
でも、なんでそう言うのかは、分かる。
ずっと、幸せに焦がれて、でも歪んでしまったから、幸せな子供達を憎んで、殺してた。
今ではもう、私も憎まれる対象。
「なんでまだ幸せそうなの?」
上手く言えないけど……私は、沢山の人達と関わった。だから、幸せなんだよ。
……お姉ちゃん、今度はちゃんと会おうね。
もっと、正面で言いたいこと……あるから。
まるで、今宵の空に浮かぶ月のように。
幽遠・那桜(輪廻巡る霞桜・f27078)の円らな琥珀が映すのは、橋。
けれどその橋は、常に其処にあるわけではないという。
此方と黄泉を隔てる川に時折架かる、まぼろし橋。
そしてこのまぼろし橋の上で、逢えるのだという。
もう逢えないはずの死んだ想い人に。
……そう、予知でも聞いていたから。
幽遠・那桜(輪廻巡る霞桜・f27078)は一瞬だけ、瞳をぱちくりと瞬かせる。
橋の上にいたのは、予想していた人物とは違ったから。
けれどすぐに、納得する。
「また会ったね!」
現れた、実の姉に。殺人鬼であるけれど、生前みたいな綺麗なその姿を見れば。
橋の上にいるのは……好きだった子かな、って、そうとも思っていたけれど。
……そうだよね、って那桜は思う。
「……那紀お姉ちゃん」
姉の名を、呼びながら。
だって、那桜は思っているから。
会えたらちゃんと、いつか。せめて言いたいことを全部、言いたいって。
それに、眼前の姉は確かにもう、死んでいるから。
怒りと悲しみのあまり殺したのは、誰でもない転生前の自分なのだから。
そして姉は――那紀は、那桜の気持ちを見透かすように、わらって紡ぐ。
「那桜ちゃんの好きな男の子じゃないね。残念だった?」
張り付いた笑顔で心無い言葉。
姉が殺したその子が現れるのではと、そう思っていた那桜の心をまた抉るために。
今でも、胸が痛い事実。
(「でも、なんでそう言うのかは、分かる」)
心を壊された姉が最初に手をかけたのは、心を壊した母であった。
そして姉の矛先は、幸せそうな子供へと向いたから。
そんな姉に協力する形になってしまっていた、自分。いいのかなって、思いながらも。
けれど那桜は、決めたから。
生き続けて罪を償い続けながらも……自分の幸せを探すことを。
例え、自己満足であったとしても。
だから、ずっと幸せに焦がれて――でも歪んでしまったから。
幸せな子供達を憎んで、殺していた姉にとって、今の自分がどんな存在か、那桜はわかっているのだ。
「なんでまだ幸せそうなの?」
今ではもう、憎まれる対象だということを。
そして那桜は、向けられた姉の問いに答える。
「上手く言えないけど……私は、沢山の人達と関わった。だから、幸せなんだよ」
「なにそれ? 那桜ちゃんは私と同じ不幸だったはずのに」
それに……私を殺したのは、那桜ちゃんだよ?
やはり張り付いた笑みで、姉は言葉の刃を向けて来るけれど。
それも受け入れるって、覚悟もしているから。
空が白んで夜明けを迎える刻、橋と共に朧に消えてゆく姉へと、那桜は告げる。
「……お姉ちゃん、今度はちゃんと会おうね」
――もっと、正面で言いたいこと……あるから、って。
大成功
🔵🔵🔵
何気なく、空を見上げてみれば。
四辻・鏡(ウツセミ・f15406)とまぼろし橋を柔く照らすのは、刀の如き三日月。
そして刹那の刻だけ、橋の上で逢えるのだという――死んだ想い人と。
けれど、大きく首を傾げながらも。
「想い人って言われてもさぁ」
四辻・鏡(ウツセミ・f15406)はそう紡ぎつつ、思い返してみるけれど。
(「昔の主なんざごまんといたし、個々に思い入れも無い。躰を得た後だって流れ者だった」)
主なんてとっくに皆死んでいるけれど、ろくに顔さえ覚えていない事が殆どで。
想い人なんて言える思い入れなんて、あるわけない。
そもそも、自身の刃を見て畏れを抱く者ばかりであった。
ひとの身を得ても、何処かひとつの場所に留まるような性分でもない流れ者。
――だから。
「ってなると……お前になっちまうんだな」
橋の上にいる『彼女』を銀の瞳で捉えれば、特に驚きなどない声。
ひとの身を得た自分に似た童女――『結良姫』の姿を見ても。
だって、わかっていたから。多分彼女が現れるだろうって。
今の姿の映し元である『結良姫』は、嘗ての主の一人娘であった。
何故、沢山いる主は覚えてすらないのに、この童女は覚えているのか。
それは……彼女は、他の人とは違ったから。
けれど面と向かって会うことが、少し気恥ずかしいし。
「っても、そっちは私の事なんて分かんねぇよな」
今の自分の姿を見ても、彼女にとって自分が誰なのか……いや、何なのかなんて、分からないだろう。
だから、あの時と同じ瞳で自分を見つめる彼女に、鏡は告げる。
「……遊ぼうか、一緒に」
「遊んでくれるの? うんっ」
返ってきた無邪気な笑顔も、記憶のものと同じ。
けれど、あの時とは違うから。
(「もう一日中、城に籠る必要はないし、いくらでも付き合ってやれる」)
「何かしたい遊び、あるか?」
「おままごとでしょ、お人形あそび……にらめっこ、あやとり、折り紙……どれにしようかな?」
「じゃあそれ、全部しようぜ。時間はまだ、沢山あるからな」
……全部! そう、ぱあっと輝く笑顔に瞳を細め、頷き返しながらも。
鏡はそっと思い返す。別たれた、あの時のことを。
(「刃としての役割も果たせず、燃える城の中で幼くして見送っちまったから」)
――だからこそ、出来なかったことを今、って。
それから目一杯、一緒に遊びながらも。
鏡はふと、こんな問いを落とす。
「……なぁ、お前にとって私は今も美し刀かい?」
ひとの姿をした今の己が、あの刀――『鏡刀影姫』であるなんて、彼女には分からないだろうのに。
けれど、そんな言葉に一瞬きょとんとしてから。
じいっと、結良姫は鏡を見つめた後、ぱっと再び笑顔を咲かせて紡ぐ。
「あっ、あなた……あの、美し刀さんなのね」
あなたを見た時、あの美し刀みたいに綺麗だなぁって――そう思ったんだ、って。
やっぱり、無邪気にわらって。
そんな言葉に思わず瞳を見開いた後、鏡はそっか、って笑って返して。
約束通り、彼女がやりたい遊びを全部、一緒にしてあげる。
夜が明けて――まぼろし橋が消える、その時まで。
もう一度、彼女を見送るその刻がくるまで。
四辻・鏡
◎
想い人…童女『結良姫(ゆらひめ)』
嘗ての主の一人娘であり、今の姿の映し元
様々な謂れを持つ妖刀として扱われていた『影姫』を美し刀と言ってくれた無邪気な幼子
想い人って言われてもさぁ
昔の主なんざごまんといたし、個々に思い入れも無い
躰を得た後だって流れ者だった
ってなると…お前になっちまうんだな
面と向かって会うのが始めは少し気恥ずかしく
っても、そっちは私の事なんて分かんねぇよな
だから…遊ぼうか、一緒に
もう一日中、城に籠る必要はないし、いくらでも付き合ってやれる
刃としての役割も果たせず、燃える城の中で幼くして見送っちまったから
だからこそ、出来なかったことを今
なぁ、お前にとって私は今も美し刀かい?
何気なく、空を見上げてみれば。
四辻・鏡(ウツセミ・f15406)とまぼろし橋を柔く照らすのは、刀の如き三日月。
そして刹那の刻だけ、橋の上で逢えるのだという――死んだ想い人と。
けれど、大きく首を傾げながらも。
「想い人って言われてもさぁ」
四辻・鏡(ウツセミ・f15406)はそう紡ぎつつ、思い返してみるけれど。
(「昔の主なんざごまんといたし、個々に思い入れも無い。躰を得た後だって流れ者だった」)
主なんてとっくに皆死んでいるけれど、ろくに顔さえ覚えていない事が殆どで。
想い人なんて言える思い入れなんて、あるわけない。
そもそも、自身の刃を見て畏れを抱く者ばかりであった。
ひとの身を得ても、何処かひとつの場所に留まるような性分でもない流れ者。
――だから。
「ってなると……お前になっちまうんだな」
橋の上にいる『彼女』を銀の瞳で捉えれば、特に驚きなどない声。
ひとの身を得た自分に似た童女――『結良姫』の姿を見ても。
だって、わかっていたから。多分彼女が現れるだろうって。
今の姿の映し元である『結良姫』は、嘗ての主の一人娘であった。
何故、沢山いる主は覚えてすらないのに、この童女は覚えているのか。
それは……彼女は、他の人とは違ったから。
けれど面と向かって会うことが、少し気恥ずかしいし。
「っても、そっちは私の事なんて分かんねぇよな」
今の自分の姿を見ても、彼女にとって自分が誰なのか……いや、何なのかなんて、分からないだろう。
だから、あの時と同じ瞳で自分を見つめる彼女に、鏡は告げる。
「……遊ぼうか、一緒に」
「遊んでくれるの? うんっ」
返ってきた無邪気な笑顔も、記憶のものと同じ。
けれど、あの時とは違うから。
(「もう一日中、城に籠る必要はないし、いくらでも付き合ってやれる」)
「何かしたい遊び、あるか?」
「おままごとでしょ、お人形あそび……にらめっこ、あやとり、折り紙……どれにしようかな?」
「じゃあそれ、全部しようぜ。時間はまだ、沢山あるからな」
……全部! そう、ぱあっと輝く笑顔に瞳を細め、頷き返しながらも。
鏡はそっと思い返す。別たれた、あの時のことを。
(「刃としての役割も果たせず、燃える城の中で幼くして見送っちまったから」)
――だからこそ、出来なかったことを今、って。
それから目一杯、一緒に遊びながらも。
鏡はふと、こんな問いを落とす。
「……なぁ、お前にとって私は今も美し刀かい?」
ひとの姿をした今の己が、あの刀――『鏡刀影姫』であるなんて、彼女には分からないだろうのに。
けれど、そんな言葉に一瞬きょとんとしてから。
じいっと、結良姫は鏡を見つめた後、ぱっと再び笑顔を咲かせて紡ぐ。
「あっ、あなた……あの、美し刀さんなのね」
あなたを見た時、あの美し刀みたいに綺麗だなぁって――そう思ったんだ、って。
やっぱり、無邪気にわらって。
そんな言葉に思わず瞳を見開いた後、鏡はそっか、って笑って返して。
約束通り、彼女がやりたい遊びを全部、一緒にしてあげる。
夜が明けて――まぼろし橋が消える、その時まで。
もう一度、彼女を見送るその刻がくるまで。
大成功
🔵🔵🔵