大祓百鬼夜行⑮〜この優しさが潰える前に
「彼らが来たら、歓迎をしないとね」
彼は笑う。穏やかな顔で、優しい声で、誰もに愛された優しい王子は笑うままに、武器を取った。
半ば剥がれた黄金は、花のように光のようにきらきらと輝いて、そこへ至った者たちを歓迎する。
待ち焦がれたように彼は笑って、そしてその優しい黄金は刃に変わった。
恐ろしいかい? 彼は笑うだろう。既に捧げた片目に色はなく、剥がれ落ちる黄金が膨大な虞を孕んで吹き上がる。
それはとても綺麗な光景だ。
それはとても優しい微笑みだ。
それはとても――おそろしい光景だ。
しあわせな王子は少し困ったように、けれども幸せそうに笑う。
「おいで。少し怖くて痛いだろうけど――僕と殺し合いをしよう」
●いつものきみで
「……『しあわせな王子さま』が、アナタたちを待っているわ」
抑揚の少ない声音のままで、宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は切り出した。
既に巡り会った方もいるでしょう、と付随された説明は簡潔だ。大祓骸魂への道を見出すために、西洋親分の『しあわせな王子さま』――童話に出てくるあの王子のように、周りに幸福をもたらす妖怪であった存在と戦わねばならない。
「王子は骸魂と融合してはいるけれど、アナタたちが出会うのは黄金形態――王子がその意識を完全に保ったままの姿よ」
柔らかな笑みに柔らかな声、優しげな姿そのままで、けれど王子は猟兵たちの前に敵として立つ。まぶしいばかりの黄金を纏う王子はまるで希望の象徴だ。けれども彼から膨大なまでに噴き出すのは『虞』。オブリビオンとしての王子を護り、猟兵たちには恐怖さえ与えるそれは、目に見えるものではない。
「王子が課しているのは、自分の命さえ賭した試練。……大祓骸魂の虞を克服する儀式として、その力を全て解放して、アナタたちを殺しに来るわ」
それは酷く過酷で、恐ろしく、痛みを伴うものだろう。
少なくない傷は免れず、我を失ってもいない王子に刃を向けるのを辛く感じる者もいるかもしれない。
「文字通り命懸けの戦いよ。浅い傷では済まないでしょう。傷が抉れて血が止まらずとも、それでも戦い続けなければならない。……優しく笑う王子が、倒れるまで」
身も、心も、酷い痛みに晒される戦いに行ってもらうことになるわ、と千隼はそっと目を伏せた。
「王子の放つ虞の影響で、真の姿を晒して戦うこともできる。……けれど、晒さず戦うことも、勿論できるわ」
真の姿を晒せば、有利に戦いを進めることはできる。けれども傷を厭わないなら、常の自分のままで、彼に立ち向かうこともまた、できることだ。
勿論、覚悟は必要だ。それでも優しく笑ったままの彼に、いつもと変わらぬ声を届けたいと思うなら。今の自分のままで、やさしくておそろしいものに、立ち向かいたいと思うなら。それを選ぶこともまた、強さだろう。
「……厳しい戦いになるでしょう。どうぞ無事に、帰っていらしてね」
ほんの少しだけ柔く揺れた声で、案内人は猟兵たちを送り出した。
柳コータ
お目通しありがとうございます、柳コータと申します。
こちらのシナリオは一章で完結する『大祓百鬼夜行』の戦争シナリオとなります。
●案内
プレイングボーナス…真の姿を晒して戦う。
ですが、『真の姿を晒さずにボロボロになるまで戦ってみたい』方向けのシナリオとなります。
プレイングボーナスはあてにせず王子と戦ってみたい方がいらっしゃいましたら。
難易度は普通なので、判定はそこまで厳しくありませんが、話すだけでは難しいものがあるので、しっかり戦って頂けたらと思います。
負傷前提です。もれなくボロボロになります。情け容赦なくボロボロになりたい(欠損はしません)方はプレングに◆を添えて下さい。
真の姿を晒せるけど晒さないことにする葛藤などにも向く何かかもしれません。
王子は大変好戦的です。穏やかに話しながら全力で殺しに来ます。
●受付
公開後〜5/16(日)22:00迄。
複数参加は2名迄。
※先着順ではありません。
※少数採用となります。余力の限りは頑張ります。
以上、お目に留まりましたら、宜しくお願い致します。
第1章 ボス戦
『西洋親分『しあわせな王子さま』黄金形態』
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POW : あたたかな光
【黄金の光】が命中した部位に【「理性を破壊する程の幸福」】を流し込み、部位を爆破、もしくはレベル秒間操作する(抵抗は可能)。
SPD : しあわせな光
【黄金の輝き】を解放し、戦場の敵全員の【「不幸を感じる心」】を奪って不幸を与え、自身に「奪った総量に応じた幸運」を付与する。
WIZ : 黄金をささげる
自身の装備武器を無数の【黄金】の花びらに変え、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
イラスト:西洋カルタ軒
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●残照
そこには瓦礫ばかりがあった。
砕け散った硝子、剥き出しの鉄筋、壁は崩れ、テーブルは倒れ伏し、足元にはティーセットや、本が散乱している。
かつては図書館――あるいは舞踏会場か。そのどちらをも混ぜて忘れ去られたようなその場所は、廃墟だ。
何があって、何がなかったのか。それはもはやわからない。
ただわかるのは、そのだだっ広いその場所の真ん中に、優しく笑う王子がいること。
彼が優しいままに、殺しに来るのだと言うこと。
シャト・フランチェスカ
◆
その輝きで街の人々を救った
幸福な王子様
まだ正気のきみに逢いたかったんだ
きみの歓迎を僕は受け容れる
好きなだけ傷付けて呉れ
あはっ
ッ、――いたい、居たい
僕の「ほんとうの姿」は
僕の自我を喰い荒して
常に反転することを願ってる
だから、ね
僕の儘で襤褸布みたいに
酷く傷つけられたなら
それは
僕だけの幸福だ
ねえ王子様
きみは今この時だけでも
僕だけを見てくれているね
僕はもっと長く立っていなきゃ
きみが一秒でも長く
激情をぶつけることが叶うよう
壊れる
恋われる
あいされて、いたかった
きみもそうなの?
施し、感謝され
愛を感じたかったの?
でも、嗚呼
きみのさいごは融け遺った鉛の心臓
うつくしい心だけ
触れさせて
想わせて
この刃が僕の愛だから
シキ・ジルモント
◆
真の姿は解放しない
強敵と分かっている、決して手を抜く意図では無い
真の姿を晒さない猟兵の戦う姿を見せる為だ
切り札を切らずとも脅威に立ち向かう力は持っている、後は任せろと、戦いを通じて伝わるように
不幸か、さて何が起こる?
銃が弾詰まり等の不調を起こすか、何かに足を取られて動きを止められるかもしれない
トラブルが発生すれば隙を狙われる可能性が高い、攻撃されたら急所を庇うように構えておく
どれだけダメージを負っても体が動く限りは戦闘を続行、銃の不調を直して再度攻める
下手に動くのは不幸を呼び込む悪手か、その場からユーベルコードで反撃を試みる
更にダメージを負っても構わない、次の攻撃を確実に決める事だけを考える
桜宮・蓮夢
✨
◆
ぼ、僕もいるよ!
心結さんだけなんて嫌だっ
桜開を手に後方より攻撃
心結さんに当たらぬよう気を付け
敵の移動を制限させる意味で援護射撃
また、心結さんへの集中攻撃を逸らせるように
相手に戦いの主導権を持たせないように
きらは僕のことをかばうように立ち回るよ
相手が近付いても、一定の距離の維持に努める
けれど、怪我の度合いによってはみゆさんの許に駆け寄り
僕が不甲斐ないばかりにごめんなさい
心結さんもマイくんもきらも痛かったよね
涙が零れる
こんな弱い自分は嫌だ
もっともっと強くなりたい
UC
せめて皆の傷が癒えるように唄を
涙でうまく歌えなくても紡ぐ
僕は、みんなともっと一緒にいたい
せめて、みんなのことを守らせて
音海・心結
✨
∞◆
殺し合いと聞いてやってきました
みゆのお相手をしてもらってもよいですか?
……遠慮はいりませんよ
黒剣を剣状態に
じりじりと距離を詰める
少しでも蓮夢に攻撃が行かないようよそ見等させないつもりで
もし攻撃が行っても致命傷にならないようマイくんに蓮夢の盾を頼む
敵は格上
援護があっても易々と倒れてくれる相手ではない
幾度倒れようとその度立ち上がる
UC
「――近付くな」
血塗れの体が血を噴いても
痛くて、苦しくても
極限に至っても目は死なない
そこにいるのは少女ではなく、血に飢えし化け物
此処に来たのはみゆの我儘です
みゆの為に泣いてくれるなんて優しいですね
底が見えない優しさを感じる蓮夢に
申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱい
キトリ・フローエ
◆
優しくて美しい王子様
きっとあなたは最期の時も
そうやって幸せそうに笑うのでしょうね
…それがあなたの望みだとしても
わたしはどちらかを選ぶなんて出来ないし
何より欲張りでわがままだから
あなたを倒して、助けて
そしてこの世界も、もう一つの世界も守ってみせる
この姿のまま、お望み通り全力で戦いましょう
小さくたって遠慮は要らないわ
身体中が痛くても
自慢の翅や髪がぼろぼろになっても
絶対に王子様からは目を背けるつもりはないし
逃げるなんてもってのほか!
ベル、あなたの花を
わたし達の花を、見せてあげましょう
空色の花嵐で攻撃を
ベルの青と白の花びらに、破魔と浄化の力を籠めた光り輝く花弁を添えて
王子様の黄金の花びらにぶつけるわ
一文字・八太郎
◆
手加減などできる相手では勿論ござらんが
その命賭して戦うと言うのであれば
全力で戦わねば無礼というもの
抜き放った刀片手に距離詰め
狙うは黄金まだ残る部位へ
戦場に転がる瓦礫があれば光を回避する盾に使おう
小さな身、いくらでも潜り込める場所はあろう
壊れる理性があるならば
それは正しい者へと刀を振らねばならぬ事かもしれん
幸せは拙者にとって美味い飯を食うことに他ならんが
この一瞬も楽しくまた幸せな時間に感じるでござるよ
痛みと流れる血は受けた幸福を流すには丁度良かろう
接敵したならば躊躇う事なく刃を翻す
貴殿が拙者達に幸福を与えると言うなれば、此方も返すでござる
己を犠牲にしてまで得ようとした未来を切り拓く為の一閃を
ジャハル・アルムリフ
◆
…嘗て
鱗を剥ぎ、千切り
既に呪われた己を呪い、恥じ、忌み嫌った
何よりもその心根を
抗うように害なきものらしい姿を選んだ
今護る為には厭わずとも
尚奥底に睡る
彼れもまた、己の選んだ道のままに
戦い抜くと定めたものなれば
報いてやらねばなるまいよ
剣は刃であり盾
腕も、翼すらも
あの黄金の元へ進むため
流れ込む幸福を苦痛で捻じ伏せるため
血が視界を塞いでも音を便りに
身穿つ攻撃を手掛かりに
…ああ、帰ったら大目玉では済まぬな
届いたなら
与えるは【心喰】
お前こそ苦痛はもう充分ではないか
青年の、己の身を削るそれを感じながら
隙を生むことができたなら
血濡れた剣でもって一撃を
…分け与えるもの
強き王子
お前の心こそ
剥がしえぬ黄金であろう
コノハ・ライゼ
◆
……素晴らしい歓迎ネ
揶揄でも嫌味でもなく心から
だからきちんと、お応えしなくちゃネ
駆けながら己の肌裂き「くーちゃん」へ血を与え【紅牙】解放するヨ
彼の攻撃は光、ならば無駄に避けようとはせず
オーラ防御を纏い減光を狙うわ
幸福、だナンて覚える度に痛んでる
ソレが胸なのか頭なのかはよく分からなくても、只の痛みなら耐えるのは容易い
ケド壊されるとちょっと困るから、致命傷に至る箇所は呪詛耐性で庇うわ
だからって操られるのも勘弁ダケド……
ソコはくーちゃん達がアタシの牙となる
不味くなる前に生命力を喰らって届けてくれるわ
アナタがアナタのまま戦うなら
アタシもアタシのまま喰らいたいケド
ま、騙し討ちもアタシの内ってね
●その優しさが潰えぬように
お手本のような幸福があった。
お手本のような献身があった。
お手本のような犠牲があった。
それをただのよくできた物語だと受け入れることは簡単で、涙することも簡単だ。そういう仕組みになっている。そういう文字が組まれている。優しいように綴られた文字には優しさしかなく、綺麗なように綴られた文字には綺麗さしかない。綴られている文字以上のほんとうは、想像の域を決して出ないのだ。
――だからこそ。
その輝きで街の人々を救った幸福な王子そのひとに、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は逢いたかった。一歩進めばつま先は硝子を踏んで、踵は石を噛む。少し大きめの瓦礫を前に足を止めたのは、それを無意識に踏み越えられなかったからだ。足元の影が濃く落ちる。
眩しいのに優しく光るしあわせな王子が、そこにいる。
「……やあ、いらっしゃい。待っていたよ」
言葉を口にしたのは、王子のほうが先だった。彼は優しく笑って、シャトへ、猟兵たちへ首を傾げる。
「おそろしいかい?」
「……同じくらいに嬉しいよ」
だって、きみに逢えたから。微かに笑って、シャトは瓦礫をひとつ、踏み越える。
たったそれだけで、たった一歩近づいただけで。風もないのに吹き付けるような『虞』は、全身を押さえつけるようだった。優しい顔で、優しい声で。とんでもなくおそろしいものが目の前にいるのだとわかる。けれどその存在が確かに『王子』であることもまた、確かだ。
「まだ正気のきみに逢いたかったんだ」
逢いたかった。そう言われて王子は困ったように、嬉しそうに微笑んだ。
「優しくて美しい王子様。……きっとあなたは最期のときも、そうやって幸せそうに笑うのでしょうね」
微笑みに微笑みで応えて、虞の中へ飛び込んだ小さな妖精が――キトリ・フローエ(星導・f02354)がいる。大きな青の瞳が、星のように美しい金色を映して煌めいた。そこにあるのは強い意志だ。小さくとも確かなそれを眩しそうに見て、王子はゆっくりと頷く。
「君たちに、それを見ていて貰えるのなら」
「……それがあなたの望みだとしても」
それがどんな美しい物語として、残るとしても。
「わたしはどちらかを選ぶなんて出来ないし、何より欲張りでわがままだから」
キトリは小さな手のひらに力を込める。ただ言葉を紡ぐだけでも、体が竦んで固まってしまいそうで、それでも彼女は前を向いた。まだ物語の結末は決まっていない。
「あなたを倒して、助けて」
一歩。誰もが前に出る。近づけば近づくほど、大きくなる虞と足を引き止める本能を振り切って、それぞれの足音が前に進む。キトリの翅もまた風を受けたように、ふわりと金色の光の中を舞い上がった。凛とした声は、忘れ去られた廃墟によく通る。
「そしてこの世界も、もう一つの世界も守ってみせる」
「……君たちのその姿のままでは、全ての力を出し切るのも難しいだろうに」
この場に満ちる虞は、力ある猟兵たちの真の姿さえ引き出すものだ。それを使って戦っても構わないのに、否そうすべきだろうと王子は首を傾ぐ。侮るでも驕るでもない。持てる力の全てを出し切るのは、王子とてそうなのだ。
それでも彼の前に立つ猟兵たちはいつも通りの姿のままで、また一歩前に出た。キトリが笑う。
「だってあなたも、こうして話をしてくれているじゃない」
全てを骸魂の衝動に任せて振るうほうが、ずっと単純な力を叩きつけることができるだろうに。そうしないから全力でないなんてことはない。全力で骸魂の意志を抑え込み、王子が王子のまま、猟兵たちへ命懸けの試練を与えると言うのなら。
「この姿のまま、お望み通り全力で戦いましょう。小さくたって遠慮は要らないわ」
その声を宣誓と合図にしたように、猟兵たちは一斉に動き出す。
始めに王子の両側から大小二つの影が飛び出した。瓦礫を踏み切る音すら重なったのは偶然。刹那に合わせた瞳は空色、金色。コノハ・ライゼ(空々・f03130)と一文字・八太郎(ハチ・f09059)は互いに笑みを口元に浮かべて、コノハは腕の肌を裂き、八太郎は身の丈を越える刀を抜き放つ。
「手加減などできる相手では勿論ござらんが」
一閃。八太郎が狙うのは王子の纏う黄金がまだ残る部位。その黄金が光を放ち刃となると言うなら、それを僅かでも削ぎ落とせば良い。磨き抜かれた銀の刃と黄金の剣がぶつかって、鋭い音を立てた。
「その命賭して戦うと言うのであれば、全力で戦わねば無礼というもの」
「ええ、その通り。……素晴らしい歓迎ネ」
コノハの血を与えられた黒狐が、影で象られたその身を躍らせ、剣を持たぬ王子の片側の腕へ喰らいつく。向ける賛辞は心から。王子から向けられた歓迎が、揶揄でも嫌味でもないとわかるからこそ。天井を無くした廃墟の空から、コノハは綺麗に笑って見せた。
「だからきちんと、お応えしなくちゃネ」
「……ありがとう」
王子は穏やかなまま、はじめよりも嬉しそうに笑って――光を放ち二人を吹き飛ばした。優しく見えた光は咄嗟に護りのオーラを纏い身を翻した肌を裂き、鮮血が瓦礫に跳ねる。
その赤を目印に、瓦礫を踏み切ったのは二人。
「決して手を抜く意図ではない」
強敵とわかっている。淡々とした声音で、伝うよりは示すように、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は銀色の狼耳を靡かせて銃弾を放った。引金にかけた指先が虞に軋む。それでも常と変わらぬ姿と眼差しで王子を見るのは、真の姿を晒さない猟兵の戦う姿を見せるためだ。
切り札を切らずとも、脅威に立ち向かう力は持っているのだと。有利不利に関わらず、ここへ至った猟兵たちは、今戦場を駆け続ける猟兵たちは皆、決して二つの世界を救うことを、諦めはしないのだと。
吹き付ける虞は、まるで酷く強い向かい風のようだ。それでもシキの銃口は、的確に王子の優しげな微笑みを捉える。シキは笑わない。その代わりに引金を引く。
(後は任せろ)
そう、僅かでも伝わるように。
銃声と共に、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)の長い手足が光の中に濃い影を描く。光が身を裂き心を穿つと知りながら、光に夜を齎すように竜は黒銀の鱗を両腕に纏い、白亜の翼を広げた。
(――嘗て)
小さき竜は鱗を剥ぎ、千切り。既に呪われた己を呪い、恥じ、忌み嫌った。
それが力の象徴であると知っていた。それが忌むべきものだと覚えていた。忘れられなどしなかった。
誰よりも己の呪ったのは、己であったのだ。あの王子の剥がれ与えられた黄金のように他者に与える幸福はなく、それどころか同胞を喰らったこの竜を。何よりもその心根を。
ころしてと望んだところで、自分で自分の心臓を止めることすらできなかったのだ。
抗うように害なきものらしい姿を選んだ。夜に紛れるような肌。夜ばかり映す瞳。翼は秘して――けれど瞳は星を見た。憧れと、護るべきものを見つけた。
(彼もまた、己の選んだ道のままに戦い抜くと定めたものなれば、報いてやらねばなるまいよ)
一、二、三。続いた銃声が途絶えた刹那、ジャハルは手にした黒剣を振り下ろす。
それが届かぬのは、吹き荒れた虞と光で知れていた。黒が裂け赤が滲む。金に圧された黒が痛みと共に光に染まる。それで構わなかった。光と切り結んだ一瞬、王子の片目と視線が合う。彼は変わらぬ笑みで頷いた。
「その剣を振り抜いて、殺してくれて構わないんだ」
「……莫迦者」
誰かの声をなぞるように血を吐いて、ジャハルは光もろとも瓦礫に叩きつけられた。
「あ……っ」
「みゆのお相手をしてもらってもよいですか?」
耳をつんざく轟音にびくりと体を竦ませた桜宮・蓮夢(春茜・f30554)を庇うように前へ出たのは音海・心結(瞳に移るは・f04636)だった。手にした剣を構えたままで、一歩一歩と前へ出る。
「ぼ、僕もいるよ! 心結さんだけじゃ嫌だ……!」
先行く心結に勇気づけられた蓮夢も武器を構え、援護の体勢を取った。その体は小刻みに震え、虞に呑まれまいとしている。けれども王子が、その隙を狙うことはない。彼女の元へ護りを残しながら、心結もまた少し近づいた。
「そちらから攻撃は、されないのですか?」
瞳に映る眩しい輝きは、痛い。進むごと心結の肌を裂き、生々しい裂傷がいくつも刻まれてゆく。
「……遠慮は、いりませんよ」
だってこれは、殺し合いなのでしょう。
そう言った心結の頬の傷から、ぽたりと血が滴り落ちた。その瞬間に、眩いばかりの輝きが王子から放たれる。輝きは心結へ、猟兵たちへと注ぎ、含まれた虞は圧となって瓦礫に壁にと彼らを叩きつけた。
「ああ、そうだね。……そう、これは殺し合いだ」
王子は自らが使った言葉を繰り返す。僅かに残っていた躊躇いを握り潰すように剣を握り直した。まるで飾られた像のままだった王子の足が、一歩前へ出る。
そう、これは。
「君たちに『僕を殺して貰う』戦いでは、決してないんだ」
「――当たり前でしょう!」
青と白の花弁が、色を失った王子の片側を彩るように舞い踊った。思わず彼が目を奪われたように見上げた先で、キトリは瓦礫の隙間から空へ飛び出し、花蔦絡む杖を掲げる。
「ベル。あなたの花を、わたし達の花を見せてあげましょう」
形なき虞すら巻き込んで、空色の花嵐が巻き起こる。ずっと道行きを共にして来た花精霊は、キトリが杖に伝えた思い一つを汲み取って、破魔と浄化の力を籠めた光り輝く花弁をその嵐に乗せた。
「……きれいだね」
光る花弁が、王子の放つ黄金の花弁とぶつかり合う。ごうと膨れた花嵐はほんの一瞬黄金を抑え込み、すぐに弾けた。爆風が空を突き抜けて、黄金の花弁が容赦なく降り注ぐ。
王子の目前へ飛び出した、小さなキトリの体がまずそれに撃たれ穿たれるのは当然だった。星空のように美しい自慢の翅が見る間にぼろぼろになり、二つに結った銀色の髪が片側だけ解けて金色に靡く。薔薇のように散るのは赤い血で、傷を自覚すれば、全身に刻まれた痛みに気づいてしまう。
(痛い)
いたい。目を瞑ってしまいたいほど。けれどもキトリは目を開く。逃げもせず吹き飛ばされずに留まったキトリに驚いたように瞬いた王子に、花を舞わせて笑って見せる。目を背けるつもりなど、なかった。――逃げるなんて、もってのほか。
「あなたの花も、綺麗よ」
じわりと赤が視界に滲んだ。痛みに意識が僅か、薄くなる。
王子へ視線を据えたまま、身を削るような金色の花弁の中を小さな妖精が吹き飛ばされてゆく。
「無茶をされる」
ぽすん、と気の抜けるような柔らかさで、その小さな体を受け止めたのは、傍にいた長身の肩を足掛かりに身軽に跳び上がったふかふかの肉球だった。
「八太郎ちゃんナイスキャッチ。……て言うか今ドコから出て来たの?」
「そこの瓦礫の裏に。小さき身ゆえ、隠れ場所が多いのは利点でござるよ」
それよりも肩をお借りした、と事後の礼を生真面目に伝える八太郎に茶目っけたっぷりのウインクでコノハが返して、その一部始終をキトリはややぼやけた視界で見ていた。
「……八太郎?」
「うむ、キトリ殿。酷い傷でござるが」
「みんな、そうよ」
ぽたぽたと、そこかしこに赤が散らかっている。誰も彼もが傷だらけだった。それはそうだ。常にあの黄金の光に花弁に、虞に晒され続けているのだから。
「無茶なんてみんな百も承知デショ」
くすりと笑ったコノハの頭上を、大きな竜の影が飛び翔けてゆく。銃声に銃声が重なり、剣戟の音が追随する。そしてその全てを三度吹き飛ばし、随分と黄金を削ぎ落とされた王子が光の真ん中で優しく笑い、歩んだ。まだ彼は揺らがない。倒れない。攻撃の手は止まない。
「さあ、おいで」
再び呼ぶ声に応えるように、シャトが血を滴らせたまま彼の一歩先にふらりと立った。はじめの一撃で、頭皮のどこかが切れたらしい。ぼたぼたと溢れる血はずうっと止まっていない。強かに打ちつけた前身は動くたび悲鳴を上げるように軋んで、痛くて。
「あはっ、」
シャトの喉から溢れたのは悲鳴ではなく、笑い声だった。
「――いたい、居たい」
片手に錆びついたカッターナイフを手にしたまま、シャトは進む。光が身を照らし、幸福が身を穿つ。酷い痛みだ。とんでもない喜びで、歓迎だ。
「好きなだけ傷つけて呉れ」
その痛みが身に沁みれば染みるほど、シャトはシャトを感じる。シャトではないシャトを感じる。ゆらり、真っ赤な血を流しながら、シャトは痛みそのままに、王子へ笑って見せた。
「僕の『ほんとうの姿』は、僕の自我を喰い荒らして、常に反転することを願ってる」
「……君ではない君が、いるのかい?」
「少なくとも『僕』ではなくてね。……僕がこうして傷つけられたら、いくらでも喚くんだ」
だから、ね。
シャトは血を流したままで、綺麗に笑う。痛みと血に塗れて浮かぶのまおそろしいほど、澄んだ笑みだ。
「僕の儘でこうして、襤褸布みたいに酷く傷つけられたなら――それは、僕だけの幸福だ」
幸せそうに彼女は笑った。王子の青の宝石の瞳がその赤を映して、困ったように光と笑みを返した。光が通った片腕から、血が吹き出す。
「随分と痛そうだ」
「それはきみもでしょう。……ねえ王子様。きみは今このときだけでも、僕だけを見てくれているね」
それがどんなにか嬉しいか。どう綴れば良いだろう。生憎今握っているのはペンではなく、毀れた刃に過ぎないけれど。
「僕はもっと長く立っていなきゃ。君が一秒でも長く、激情をぶつけることが叶うよう」
傾いた体を無理やり引き起こして、シャトは頭を振る。ぽたぽたと落ちる赤はまるで雨のようで、花のようだ。ちかちかと視界が光と赤で明滅する。壊れてゆく――壊れてゆく。
「あいされて、いたかった」
声になったか、心で言ったか。そのどちらかはわからなかった。ただ口元が笑っていて、痛みと幸福がシャトを満たしている。
「……きみも、そうなの?」
「僕は、」
「施し、感謝され、愛を感じたかったの?」
ぐらり、真っ赤に染まったシャトが倒れる。その赤いばかりの影から、シキの銃口が火を噴いた。甲高い銃声が響き、反射のように輝きが満ちる。その輝きから本能のままシャトを抱えて飛び退り、そうしながら残りの弾を放つ。
(不幸か、さて次は何が起こる?)
シキの視界が赤いのは、目の前にいたシャトのせいだけではない。片目を塞ぐように流れた血が、額から溢れ続けている。戦場には慣れたシキだ、血止めくらいの用意はあった。けれどもそれを取り落としてしまったようだから、なかなかどうして不幸と言うのも強力だ。そしてそれをひとつも不幸と感じていない自身もまた、あの輝きに呑まれているのかもしれない。それでもシキの思考は止まらなかった。体勢を立て直すだけの時間を稼げる瓦礫の影に潜み、常に急所が庇えるように構えておく。
「……ッ」
「まだ、動かないほうがいい。出血が酷い」
身じろいだシャトへ短く言えば、半ば朦朧とした様子のままで、それでもシャトはくすくすと笑った。
「きみだってそうだよ」
「……そうだな」
それでも止まりやしないんでしょう。呟く声は予想ではなく、ただの事実だ。ここに至った猟兵全てが、無茶も無謀も知った上でこの戦いに挑んでいる。この身体が、動く限り。そう考えているのはシキだけではない。ならば動くななどと言う忠告は、それさえ悪手であるのかもしれない。
「動けるようになったなら――来い」
浅い呼吸を繰り返す、真っ赤に染まったシャトへ淡々とした声を残して、シキは物陰を飛び出した。駆ける。輝きを直視せぬよう跳ねて、弾丸を放つ。最後の一発を放つ直前に、弾が詰まった。けれども予測したトラブルの範囲内だ。即座に不調を直して、再度踏み込む。半ば赤いばかりの視界を、自ら閉じた。
(集中しろ)
深く。さらに深く。集中させた全神経を――この一射に懸ける。傷が痛む。黄金が襲い来る。それでも揺らがぬ意志で狙うは、王子が持つ剣、その手元。
鋭く冴えた銃声が、廃墟の中に響き渡った。それと同時に、王子の手元の剣が弾き飛ばされる。
その隙を見逃すジャハルではなかった。
剣を盾として光を押し進み、影なる剣を片手で振り下ろす。両手でそうしなかったのは、片腕を代わりの盾とするためだ。
驚いたような王子の声と確かな手応えと共に、ジャハルはまた吹き飛ばされた。
あたたかな光が、傷口から幸福を流し込む。足を止めて良いと囁く。そこで蹲り泥となり、楽になっても良いのだと。たったひとつ、愛称を呼ぶ声が、耳にこびりついて、振り切るように足を前へ出した。途端に片足から血が噴き出す。痛みに喉がひとりでに呻く。そしてその痛みで我に返った。ぼたぼたと、足跡が影の黒より赤く染まる。流れ込む幸福を痛みで捩じ伏せて、ジャハルは黄金の元へと進んだ。注ぎ込まれた幸福が弾けるようにして、額に裂傷を成し、赤が溢れる。どくどくと速く駆け続ける鼓動ばかりが大きくなって、視界が真っ赤に滲んだ。
「痛いだろうに」
痛みを思うように、王子が囁く声がする。その声を頼りにするように、穿つ痛みが来る方向を探って、ジャハルはまた光のほうへずるりと歩み出した。
(……ああ、帰ったら大目玉では済まぬな)
本能が研ぎ澄まされる痛みの狭間、真っ赤な視界のその奥に、透き通った蒼を見た気がした。
「心結さん!」
泣き叫ぶような声に呼ばれて、心結は目を開いた。それでどうやら、数瞬気を失っていたことを知る。そして、蓮夢に抱き起こされていることも、彼女がぽろぽろと泣いていることも。滴り落ちる血が、身体のそこかしこからあることも。
「……蓮夢、怪我はありませんか?」
身体を動かせば、酷い痛みが襲う。動かないでくださいと聞こえる声より先に身体が起き上がった。だって、この子に怪我などさせたくはないのだ。
蓮夢は泣きじゃくりながら頷く。
「僕は、僕は平気です。心結さんが、マイくんもきらも守ってくれたから」
「ふふ、それはよかった、です」
「ごめんなさい……僕が不甲斐ないばかりに」
みんな痛かったよね、と蓮夢から零れる涙は止まらない。その涙に痛みの中で笑い掛けて、心結は首を振った。
「此処に来たのはみゆの我儘です。みゆの為に泣いてくれるなんて、蓮夢は優しいですね」
案内された先に至るのが、無茶で無謀な殺し合いの場だと知っていた。心結はそこへ行きたかったのだ。こんなふうに、血塗れになると知っていても。
心結が痛みを振り切って立ち上がったのはその瞬間だ。咄嗟に蓮夢を突き飛ばした心結の目の前に黄金の輝きが迫る。
「――近づくな」
「……それは聞けないな。まだ僕も君たちも、殺し合いの途中だから」
黄金の花弁が心結の身体を穿つ。腕を、肩を、腹をそれらは突き抜け、瓦礫の上に倒れ伏した心結の毛先を、溢れ出した血が赤く染めた。人であれば致命傷であったかもしれない――けれども。
「もっと」
血溜まりの中からずるりと起き上がり、心結はにいと笑う。手にした黒剣の刀身を掴んでいようが構わなかった。痛くて、苦しくても。その瞳はただ、敵を見据え血に飢える。いつか、まるで化け物だと言ったのは、誰だったろう。
歌が響いたのは、そのときだ。どこか拙い蓮夢の澄んだ歌声が、赤と金色に染まるばかりの廃墟に響き渡る。
(こんな弱い自分は嫌だ)
心結に突き飛ばされ守られた後方で、蓮夢は泣きながらに歌う。
(もっともっと強くなりたい)
今すぐにはできずとも。不甲斐ないと、戦場で泣くしかできないなんてことは、もうしたくはない。
だからせめて、皆の傷が癒えるように、唄を響かせる。嗚咽で詰まって、音は少しぶれて、うまく歌えなくても。
(僕は、みんなともっと一緒にいたい)
心結もマイくんもきらも、共に戦うことができる、猟兵たちとも。まだこの戦いを、諦めたくはない。
――せめて、みんなのことを守らせて。
願い乗せた歌声は、傷だらけの猟兵たち皆へ、次第に響き渡ってゆく。
きれいな歌声だ、と心地良さそうに微笑んだのは王子だった。
「君たちを癒しているんだね」
「……そうネ。アナタ、それを褒めていいの?」
一応敵でしょうに、と言葉を返したコノハに、王子は頷いた。
「君たちの傷はいつか癒える。そして癒えずとも君たちは立ち上がる。……今、君がそうしたようにね」
それがとても眩しいのだと、彼は笑う。そして癒したそばから黄金の光に満たされれば、新しい傷も増えてゆき、大きな傷たちは治り切る暇もなく猟兵たちの血を流し続けた。
傷が絶えることはなく、痛みが止むことはなく、優しい微笑みが尽きることもない。
そして猟兵たちが諦めることもまた、決してない。
「これならまだ、少し飛べるわ。……あなたは?」
僅かに癒えたぼろぼろの翅を羽ばたかせて、キトリが舞い上がった。
「……飛ぼう」
その程近くで瓦礫に翼ごと埋もれていたジャハルが身を起こし、乱雑に視界を塞ぐ血を拭えば、竜翼が辺りの瓦礫を跳ね除ける。その影から、またひとりが立ち上がった。
「まだ、さいごには至っていないもの」
ずるりと血に染まった桜の花を揺らして、シャトが刃を握り直す。
「――弾丸はまだ、尽きてはいない」
がしゃりと銃弾を補充して、見据えるのはシキだ。
「みゆもまだ、立ち上がりますよ」
「僕もまだ……まだ、歌えますっ」
傷だらけのまま。泣き腫らしたまま。心結と蓮夢も立ち上がる。
傷が増えた以外、未だ変わらぬ姿のままで、変わらぬ意志を示す猟兵たちを、王子はほとんど黄金が剥がれ切った姿で、まぶしそうに見渡した。
「……君たちは、ほんとうに、」
言いかけた言葉は微笑みで止められる。そうして王子はゆっくり首を横に振った。
「それで。君たちはその傷だらけのままで、まだこうして立つ僕に勝てる見込みはあるのかな」
その言葉には挑発も揶揄もなかった。ただ優しく笑って問う王子に、綺麗に笑って見せたのはコノハだ。
「アタシたちが何度吹き飛ばされてると思ってるのかしら。アナタもう、アタシたちをこれだけしか吹き飛ばせていないのよ」
起き上がれば、声が届く距離。
それは何度となく、近づこう挑んでは吹き飛ばされ、動きを止めれば歩み寄られた猟兵たちだからこそわかることだ。
確実に王子の纏う膨大な虞も、黄金の光も底を見せている。
「――故にこうして、背後も取れる」
一閃。
銀の軌跡を残す八太郎の一太刀が、王子の身に残る黄金を削ぎ落とした。
耳に響く金属同士が打ち合う音と共に、立ち上がった猟兵たちが、残る力を籠めるように一斉にそれぞれの武器を握り直す。
キトリの花嵐が、シキの弾丸が、心結の黒剣が、蓮夢の唄が再び音に音を重ねて轟音となり、振り絞るように吹き荒れた黄金の光を、輝きを切り拓く。
八太郎はその一瞬を駆け、光に晒されるのも構わずに刃を翻した。小さな身に染み込む光は、理性を砕き幸福を与え、痛みを抉る。小さな身を引き裂くような傷が、立派な毛並みを赤く染め替えた。
八太郎にとって壊れる理性があるならば、それは正しい者へと刀を振らねばならぬこと。満ちる幸福は、腹を満たす美味い飯を食うこと。そして。
「この一瞬も、楽しくまた幸せな時間に感じるでござるよ」
痛みと共に流れる血が、今目前にある幸福へと視線を据えさせる。力の限り刀を振り抜けば、王子の身体が鈍い音を立てた。
「貴殿が拙者達に幸福を与えると言うなれば、此方も返すでござる」
「……僕に幸福を返す?」
驚いたように繰り返した声に、頷く代わりに一閃を刻む。それを幸福な結末と呼ぶかどうか。答えは、きっと得られぬものだ。何故なら八太郎が王子へ返す幸福は、彼が己を犠牲にしてまで得ようとした、未来の先を切り拓く為の一閃。
「幸福になれるかどうかは、貴殿自身で確かめられよ」
「アナタはアナタのままで、ネ」
八太郎が刻んだ一閃の痕へ、喰らいついたのはコノハの黒狐たちだった。幾度となく吹き飛ばされた光を喰い破り、牙は確かに王子へ届く。けれどもその分、返る痛みも鋭くコノハを抉る。
(幸福、だナンて覚える度に痛んでる)
ただ、痛むソレが胸なのか頭なのか――それがコノハにはよくわからない。ただそれが痛みだとコノハは知っていて、幸福もまた知っている。そして、只の痛みならば耐えるのは容易かった。傷が身を裂き血が噴き出しても、構わず口元は笑う。
ただ、痛みが幾ら平気でも命ごと軋み操られるのは頂けない。
「お願いネ、くーちゃん達」
コノハから滴り落ちる赤をさらに得て、黒狐たちの牙は鋭さを増す。その牙が届くのは、王子の剥き出しの心臓めいた、左胸へ。狐たちが生命力を喰らえば、途端に王子ががくりと膝をついた。
「驚いたな、飾りの心臓を狙われるとは、思わなかった」
「命と言えばソレでしょう? アナタがアナタのまま戦うなら、アタシもアタシのまま喰らいたいケド」
コノハの空色の瞳に紫雲のような髪が流れて、ふわりと笑う。
「ま、騙し討ちもアタシの内ってね」
ごちそうさま、と笑う声は、波のように引いて夜色を呼ぶ。空の色が移り変わるように、膝をついた王子の前へ翼を広げたのはジャハルだった。夜色の瞳が、滴る赤の中で僅かに灯る。
ぽたり、傷だらけの竜から落ちる赤は黄金を削がれた王子の頬に零れると、そのまま心臓から溢れたように、落ちてゆく。そして黒銀の鉤爪が、その心臓へ見えぬ爪痕を抉った。鼓動を知らぬその内側を、掬い上げるように。
「……何を、したんだい」
「お前こそ」
浅い息を繰り返し、ジャハルは王子の声を遮るように、抑揚の少ない声音を向けた。
「お前こそ、苦痛はもう充分ではないか」
今度こそ青い宝石の瞳が、はっきりと驚いて瞠目したようだった。己が身を削るような戦い方をするこの王子は――青年は、充分にその強さを示し、与えたろう。試練と言う名の激戦は、猟兵たちにとっても、王子にとってもだ。片側にだけ残った青が、ジャハルのよく知る蒼と僅かに重なる。
「……分け与えるもの。強き王子。お前の心こそ、剥がし得ぬ黄金であろう」
何よりの賞賛と共に、ジャハルは血濡れた剣で一撃を見舞う。
――そうして。瓦礫が崩れるのと同じ音で。王子の身が、ついに倒れた。
「うつくしいね」
傷だらけの身体を引きずって、シャトは王子の傍に座り込んだ。
黄金は剥がれ落ち、形なき虞は風が止んだように静かになった。それは、王子を取り込んだ骸魂が剥がれ落ちようとしているせいなのかもしれない。
辿り着いたときよりも凄惨に壊れ果てた廃墟は、最早全てのものがほとんど形を残していなかった。ただ忘れられるばかりの静けさが、傷だらけの猟兵たちと王子を包み込んでいる。
「美しい……ものは、残っていないと思うのだけれど」
「遺っているよ。きみのその、鉛の心臓。……うつくしい心だけ」
触れさせて、とシャトは手を伸ばす。その手には、錆びついたカッターナイフがずっと握られたままだ。
想わせて、とシャトは腕を振り上げる。その腕から滴る赤が、刃毀れした刃の先からぽつりと落ちた。
「――この刃が、僕の愛だから」
振り下ろされたシャトの小さな刃が、王子の心臓を穿つ。
溢れ出したのは、血の赤でなく、怨嗟でもなく。尽きぬ優しい黄金の光ばかりだった。
けれどもそれまで猟兵たちを傷つけた光は、彼らを守るように包み込む。
「これは……なんですか……?」
ぽかんとしたように蓮夢が呟いたのに、横たわったままの王子がふわりと微笑んだ。
「僕にも定かではないけれど――おそらくは、解放された骸魂ではないかな」
「あなたが、王子様が押さえ込んでいた?」
キトリが確かめるように訊いたのに、彼はひとつ頷く。それから、改めて口を開いた。
「君たちはほんとうに、強いね」
その優しげな眼差しは、シャトを、シキを、心結と蓮夢を、コノハを、八太郎を、ジャハルを、キトリを見つめる。
「まさか本当に、倒して助けられるなんて、思いもしなかった」
もしも僕が死んだなら、なんて。ツバメさんにはそう言ってしまったのだけれど。
くすくすと笑って、王子は色を失った指先を、空へ伸ばす。そしてその指先から、淡い光に変わり始めた。骸魂との融合が、解かれ始めているのだろう。
――ありがとう。君たちが拓いた未来で、またいつか。
嬉しそうでやさしい声を残して、しあわせな王子さまは光に変わる。
すっかりその光が消える頃に残ったのは、ほんの少しの幸福を猟兵たちに分け与える、優しいだけの金色の花弁ばかりだった。
大成功
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