大祓百鬼夜行⑮〜剥離するユーダイモニア
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「うむ、一刻を争うな」
カクリヨファンタズムではよくあることなのだが、此度ばかりは少し笑ってもいられまい。物部・出雲はしっかりとした己の顎を黒い指先で撫でてやりながら、己の口角がちゃんと持ち上がっているかどうかの確認をしていた。
緊張をごまかすように瞳が集まった猟兵たちの顔を一人一人、ゆっくりと認識しようとしている。
未来と世界をめぐっての戦時中も相まって、グリモアベースはあわただしいものであった。
「お前たちには、全身全霊で挑んでもらいたい」
普段落雷のような声量で話す癖も今この時となれば大人しくできる。それでもひとつひとつの言葉を号令のように、確かに言葉にしながら出雲が真っ黒な炎を両手に灯してゆっくりと上へ掲げた。
――合わさるふたつの炎が、大きな火の玉になる。くゆる黒い渦の中心から、ぼんやりと映し出されるのは、彼の予知であった。
「西洋親分、『しあわせな王子さま』――今回、俺が見たのは彼奴の『骸蝕形態』よ。」
出雲が目を細めながら、渦の内部に顕現された光景を眺める。
黄金の体はどんどん黒ずみ、ぼろぼろと剥がれ落ちる金を取り繕うこともないまま彼は猟兵たちを待っているのか――手にした剣をひきずり、地面に爪痕でも残すようにしながら歩いていく。
理性が崩壊してしまっているのは、その足取りを見ればわかるだろうか。
よろよろと体の軸がぶれる割に、しっかりと地面を踏みしめていた。
崩落した駅をかき分けるように進む彼は、一度ぶうんと剣を振り黄金をまき散らす。すると、むき出しになった黒色がうぞりうぞりと泡吹くように沸き立ってから、大きな羽を広げて見せた。
背を翼に引っ張られる勢いに体を弓なりにしたのなら、口をぱかりと空に向かって開いて――甲高い、悲鳴のような雄たけびが響く。
びりびりと空気が震えるほどの声量だった。もはや、人語すら理解できないだろうけだものらしい状態は、慕われていた彼の名残を失せさせてしまっている。
「ふはは!なに、お前たちならば為すだろうとは思って居る!」
カクリヨファンタズムのオブリビオンは、「骸魂が妖怪を飲み込んで変身したもの」だ。飲み込まれた妖怪は、オブリビオンを倒せば救出できる。つまり、この彼もまだ助けられるのだ。
愛しきふたつの故郷を守るために、その『たいせつな役目』を果たすために、全力で戦っている。この全力に、猟兵たちも応えてやろうではないか。
――もし僕が死んだなら、などと。
考えてしまう彼の優しさを、そして、賭した勇気を無駄にしてはなるまい。
「今の状態では彼奴と会話が不能だ。理性を失い、我武者羅に暴れ来るだろう。しかし、振りまく膨大な虞の影響により、お前たちは窮地になくても「真の姿」に変身して戦える」
ぎらぎらと輝く黄金が攻撃的に思えただろうか。
ちか、ちか、とバス停の傍らでなぎ倒された電灯がもがいていた。その度に、反射光を身にまといながら――「王子さま」は全力の猟兵たちを待っている。
「故に」 一度目を伏せてから、出雲はそうっと腕を広げた。
予知を映していた黒い炎たちが、とぐろを巻く龍のように伸びて猟兵たちを包み込む。
熱を持たぬそれらの勢いに、前髪と尾のような後ろ髪をもてあそばれながら、黒竜はそっと一礼した。
「――頼んだぞ」
上げた頭で、しかと、挑む仲間たちの表情を太陽の輝きを持つ双眸で見届ける。
さあ、あまりにも過激で苛烈で、命を削りなお幸せに向かってひた走る。――そんな、輝く一夜を始めよう。
さもえど
さもえどです。
もう暑いですね…………。
プレイングボーナス……『真の姿を晒して戦う(🔴は不要)』。
西洋親分『しあわせな王子さま』は骸蝕形態時だと理性を崩壊させ、黄金の剥がれた自身の肉体を崩壊させながら襲いかかってきます。
全力で戦っていきましょう!
真の姿まだ無いけど挑戦してみたい!というかたは、是非プレイングに「★」を記入ください。
こちらでこの場限りか、もちろんこれから使っていただいてもうれしいのですが、アドリブで真の姿描写をさせていただくことは可能です。
完結最優先で動きたいですので、プレイング募集は常時ですが、採用は六人~目安です。公開されて翌日には完結かな~という気持ちでございます。
負傷など大丈夫!歓迎!というかたは、◆をプレイングのどこかに記入いただけますとそのようにさせていただけます。
それでは、皆様のかっこよくて熱いプレイングを心よりお待ちしております!
第1章 ボス戦
『西洋親分『しあわせな王子さま』骸蝕形態』
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POW : 骸蝕石怪変
自身の【黄金の剥がれた部位 】を【異形の姿】に変形する。攻撃力・攻撃回数・射程・装甲・移動力のうち、ひとつを5倍、ひとつを半分にする。
SPD : 部位崩壊弾
レベル分の1秒で【切り離した体の部位(遠隔操作可能) 】を発射できる。
WIZ : 崩落の呪い
攻撃が命中した対象に【崩落の呪い 】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【対象の皮膚や装甲が剥がれ落ちること】による追加攻撃を与え続ける。
イラスト:西洋カルタ軒
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
終夜・嵐吾
◆★
己の身を削って、理性を失って
わしが返せるもんは持ちうる力の限り戦うだけ
虚、一緒に戦っておくれ
しかし、この虞とやらはやばいの
なんかがひきずりだされ…痛い
いたいいたい、あ゛
えっ、んぁっ、虚っ
右腕以上、喰うつもりなんか?
変わる姿は、わしじゃないから気に入らんと…
ふふ、愛され~あ゛っ、でもやっぱいた、いたい
いたいが、虚のくれるもんじゃから笑ってしまうほど幸せ
半分だけで許してやると右半身だけは黒茨でがすがすに貫き絡められ
左は真の姿か
どうなっとる?と見る間もない
王子の攻撃を、受け止めて
傷を負って、痛みがあっても気にはせん。享受する
汝のほうがわしより痛いじゃろし
愛しいものの爪借りた右腕でその身を削ごう
●
――己に返せるものは何であろうか。
終夜・嵐吾(灰青・f05366)がまず朽ち果てた停留所にて考えていた。
「おお、何とも」
どるる、どるる、のどを唸らせてお世辞にも人の喉から出すような音だとはいいがたい。黄金の彼がその身を黒ずませながら、わさわさと威嚇めいて浸食された片側から鳥のものらしき羽を震わせている。
あたりの空気は、澱んでいた。吸えば肺に溺れるような湿度をもたらし、ゆっくり息を吐かねばむせてしまいそうなほどの質量がある。
「やばいの」
ふは、と笑いを含ませて嵐吾が語るのも当然であった。
転送されてきてからというものの、嵐吾には踏み入れた瞬間から「虞」の質量を最初から感じ取れてしまっている。幾ら鈍感になろうと、阿呆のふりをしてみようと逃れられないこの確かな――執着と、懸命の織り交ざる幸福の破片たちの入り混じる淀みが孕むものはあまりにも重い。
己の鼻と口を、まず右手で覆った。無駄だとはわかっていてもほとんど反射である。
そして、その嵐吾の衣服が擦れる音で――自己犠牲の象徴はぐるぐると唸り眉間と鼻にしわをはしらせていた。
「まるでパンパンになった水風船のようじゃな――あ゛」
次に、左手が勝手に動いた。
己の何かが勝手に引きずり出されそうなほどの力を感じている。体の内部から何かが食い破って出てきそうな、胸の中にあふれたざわざわとした気配がやがて――痛覚を伴って緊張していた嵐吾の肌を内側から突いたのだ。
「ァ、っ痛い」思わず顔を俯かせ、隠さぬ目もぎゅうっと瞑らせることになってしまった。それから、何度かしぱしぱと瞬かせている間にうぞり、うぞりとあたりの空気が一つに収縮していくのを感じていた。灰色の髪がうごめき、ずくずくと痛む眼帯の下にあるがらんどうに歯を食いしばりながらも、なぜか嵐吾は笑ってみせるのだ。
「いたいいたい、ふ、ッぎ、――ふふ、は」
――王子は、そのさまを見て警戒よりも恐れを大きく感じているらしい。
理性がないわりに判断はまともじゃのう、と嵐吾も頭の隅で彼の動きを耳だけで追っていた。ひくりひくりと大きなアンテナを動かしながら、硬直する嵐吾を襲ってこないのを確認する。
得体のしれないものには手を出せないのだと納得したころには、痛みに集中していた。脂汗のにじみはじめた美しいかんばせの笑みは、やはり深まるばかりである。
「えッ――んぁ、ッ、? 虚っ」
まるで情も知らぬ生娘のような悲鳴を上げながら、嵐吾がくすくすと笑っていた。
幸せなのだ。彼は、いま、とても――「愛されている」痛みを感じて、にやりにやりと笑ってしまう。やや「お転婆な」いとしいものに甘噛みをされるようなあたたかさすら感じてしまえるほどに、「あ゛っ、でもやっぱ、いた、いたい、痛いッ」幸せを、その声に乗せてあえいでいた。
ぞる、ぞる、ぞる――変容する嵐吾の姿を、王子は見届けていた。
狂った二つの瞳には、あまりにも残酷な光景が映る。嵐吾の右目からどばりと噴水のように現れた黒い茨たちがぐるんぐるんとあたりを旋回し、二人の邪魔をするなと言いたげに舞台をかきまわすではないか!
ぱりぃんと鋭い音がして、王子が振り向けば先ほどよりちかちかと呼吸を繰り返していた街灯が破裂している。それから、内耳を震わせる風圧を感じたのなら――王子はぐっと身を撓めた。頭があった場所を茨が薙ぎ払い、やや遅れてやはり余韻めいた風圧が襲う!
ぱぁん、ぱあん!と破裂音があちらこちらで始まった!ばりばりばりばりといっそ愉快なほどに割れていくガラス片たちがまるで雪のように降り注ぎ――王子はようやく、目の前の男から溢れた茨がすべての根源なのだと気づく。
「が、ぁ」ならばと、大きな翼を広げて見せた。うぞ、うぞ、うぞぞ――増える羽に己をすっぽりと包ませたのなら、「ァあ゛ッッ゛ッ!!!!!!!!」
踏み込みとともに、ソニックブームを起こしながらの突撃ッッッ!!
このまま終夜の変化をすべて起こさせてなるものかと繰り出された暴走の一撃が、速度と質量エネルギーをかけあわせて繰り出される――が。
「己の身を削って、理性を失って」
狩衣を纏う彼の腕が、鎧めいていた。
ずたずたに引き裂かれた布切れたちがあたりを漂っている。やがて吹き飛ばされたのは、王子の一撃が確かに直撃したからだ――その剣、刀身を受けて止めている終夜の手がある。
「痛かったであろう」
――剥離する金色を、琥珀色の瞳が見送っていた。
右手だ。右手で、暴風を繰り出しながら突撃した王子の渾身を受け止めていた。ただ、それは元のサイズの手ではなく、もはや嵐吾の体以上に大きくなってしまっている。
絡んだ茨たちが模様を生みだしながら、西洋鎧のような手を与えたのだ。その身に余るほどの「愛」を形容するように――何もかもを、たとえ、相手が鬼であれ、竜であれ、神であれ、引き裂けるような力を与えようと、大きく大きくさせてやった。
鋭い指先は何もかもを振れれば壊すだろう。
「わしが返せるもんは持ちうる力の限り戦うだけ、そうじゃろ」
すう、と片目を細める。
右目から真っ黒なバラの花を咲かせながら、大きな腕を振るえるようにと肩すら鎧でおおわれている。体の半身ほとんどが鎧めいていたが、まさか着ているわけではない――体に直接「食い込んでいる」のだ。
――痛いとも。
腹を突き破る腹あてはやはりぎりぎりと嵐吾を圧迫する。離れないでくれと彼が乞うたのを叶えてやらんばかりの痛みがあった。生暖かい感覚が血だったと理解するのに、時間もかかる――その地すら、茨が怠惰に吸い上げてしまっているのだ。
「それでも、汝のほうがわしより痛いじゃろし」
優しい声色だった。
それをきっかけに、まず、華奢な黄金の体が吹き飛ばされる――ッッ!!!
「がぅ、あ゛ッ――――ッッッ!?」
何が起きたやらわからぬ。王子が黄金の破片を散らせながら、ターミナルの壁に埋められていたのだ。弾かれて重い金属の体を打ち付けられたのだと理解するまでに、追撃ッ!!!
【身喰】を体に刻んだ嵐吾が、足までしっかり「食い込まれた」のならば――一歩走り出せば地面が陥没、すぐさま王子が態勢を立て直す前に「おぉお゛お゛――――――らァ゛ッ!!!!!!!!!」渾身の右掌底ッッッッ!!!!!!
ず、がぁあああ―――ん…………!
壁を突き破って屋内まで、そしてまた壁を突き破って――小さな体が地面にバウンドし、ごろんごろんと転がるまでをしかと左で見届ける。
「ふぅ、……ァっい、ちち、ちッ、虚っォ゛」
ずるり、ずるり。
差し込まれていた肉体から時間切れと言いたげに茨が解かれていった。鎧がするすると仕舞われていくのを見届けながら、嵐吾はばたばたと地面に真っ赤な血だまりを作っていく。
「まったく、――ッ愛されとるのう」
貧血でくらくらとする視界を憎らし気に想いながら、噴き出した汗を感じて嵐吾が片膝をついた時には、いつも通りの彼から「愛」の匂いがあふれかえっていたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
清川・シャル
◆しあわせな王子さま…UDCでお話を読みましたよ。
本当の幸せって何か、とっても考えますよね。
でも思うんです、自分が心から幸せでなきゃ人を幸せには出来ない。幸せは伝染するものからです。
でもあなたの行動が間違ってるとも言いませんよ。あなたも幸せになる権利があるし。
とはいえ、もう戻れないなら楽にして差し上げましょう。
真の姿は鬼神也。角と爪が伸びて赤目になって。体も少し大きくなって羅刹紋が浮かびます。
愛用の金棒、そーちゃんをチェーンソーモードにしてなぎ払い攻撃です。
敵攻撃には武器受けと激痛耐性で備えます。
知ってます?羅刹って力がとっても強いんですよ、あなたを砕く程に。
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いつもは金棒を、小さな体で振り回していた。
清川・シャル(夢探し鬼・f01440)は忌み子である。
和の鬼と洋の鬼の間の子は、羅刹という種族の中でもまさに特殊すぎて異端といえた。戦狂いの血筋はどちらか、いいや、どちらもか。幼くも小さな体いっぱいに暴れ狂う姿を、だれが――愛らしいと思えようか。
血まみれの彼女の青い瞳がいつだって戦場を恐怖に染めてきた。たとえ、戦でないときはいかに愛らしくあろうとも、その一面もまた彼女である。
「しあわせな王子さま…UDCでお話を読みましたよ」
建物を貫通し、壁を砕きながら吹っ飛んできた金塊もどきを赤い瞳で見ていた。
幼い少女の四肢は伸び、おんならしい姿に変わる。体中に走る紋様はまるで彼女の業のように美しい肌に走り、その本性を隠さぬまま――少女を恐るべき鬼神として顕現させていた。
「本当の幸せって何か、とっても考えますよね」
自己犠牲の話を、思い出している。
シャルからすれば、あの話はいかにも哀愁と皮肉でいっぱいであったように思われる。
くしくも、――その話のあらすじを読んだシャルの瞳は、王子と同じ青色だった。
太い金棒を一度、しならせてやる。すると、ファンシーな金棒がぎろぎろと円錐たちをまるで眼球のようにぎょろぎょろと動かす。それから、ぎゅ、う、う、うううう――と悲鳴を上げながら体を絞りだし、回転鋸が姿を現した。
「――でも思うんです、自分が心から幸せでなきゃ人を幸せには出来ない」
感想ですから、と間に挟んだ。
もう言葉の届かぬ理性のない塊になったこの王子を責めたいわけではない。いつもより伸びた角が、あたりの電線が爆ぜるフラッシュによってせわしなく輝いている。
「幸せは伝染するものだからです」
幸せは与えるものではない。
シャルは、チェーンソー状態となった相棒のエンジンをふかせた。ぎゅうううんと、聞きなれたチューンよりも激しい旋律が奏でられる。
「あなたの行動が間違ってるとも言いませんよ。あなたも幸せになる権利があるし――たとえそれが、自己満足だったとしても、それもまた幸せの形でしょうから」
ぶんぶん、と黄金が半分ほどになってしまった頭を左右に三度ほど振ってから、王子は一つのサファイアでシャルをにらむ。
「うう、う゛、ウ、ぅ――――」
哀れだった。
シャルが、目を細める。
良かれと思って隣人を愛した成れの果てがあの話の結末なのなら、またこうして人の世界と妖怪の世界を守ろうとする彼の気持ちは、きっとずっと変わらないと思えたのだ。青の中に混じる正義は、もはや執着と言っていい。
汚染された影響には違いないのに、顧みず「それこそが」と周りを置き去りにして戦い続ける姿は――戦狂いの心すら冷静にさせてしまうほど、いたましいものだった。
シャルとて、弱きを挫くのは面白みがない。
今にも振れれば壊れてしまいそうなほど、ずいぶんと鉛だか、鉄だか、金属だかでできたこの王子の姿からそれでも赤い瞳を逸らすことはなかった。
「戦いますか」
ぐわ、と王子が口を開く。
――――う゛ぉおおおおおおおォオオオオオおぉおおァアアアあああああああぅううううう―――…………。
人の声といい難いものだった。
まるでトンネルの中にでも入ってしまったかのような、その最奥から銅鑼でも鳴らされたかのような反響音と圧に、シャルの髪の毛がかきまぜられる。
「いいでしょう」
王子の体が、どんどん変容する。
生えていた背の羽のほかに、頭からも羽が生えた。うぞうぞりとあふれ出す羽で銀色の心臓を隠している。――この羽を毟るのはさぞや大変だろうと、シャルが思えるほどに彼の体はどんどん羽で守られていたのだ!
「――もう戻れないなら、楽にして差し上げます」
まず、シャルが回転鋸を振り上げた。威嚇めいたその動きは大振りである――わざとだ!王子がその隙を逃すまいと装甲で固められた体で突っ込んでくる。回避する気はないらしい代わりに機動力も損なわれていない!
地を蹴る鉛の足に合わせてあたりの地形が陥没する!ばきばきばきばき――と建物全体にまで亀裂が走るほどの圧力に、シャルも気圧されはしないのだ!!回転鋸を振り下ろせばさらに破砕が進む、【鬼神斬】を伴った勢いのままシャルの胴体を狙った王子の剣を受け止めたッ!!
ぎゃりりりりりりりぎぎぎぎぎりりりりりり―――火花を散らして数秒ほど、王子が動く。羽の装甲で守られた腕を剣の代わりにして、シャルの回転鋸を受けだしたではないか!!
「――刃こぼれ狙いですね?」
装甲は厚い。王子の腕に届かぬままのシャルの回転鋸だけがすり減っていってしまうのは時間の問題であった、やむを得ずその胴体を蹴って距離を取ろうとするシャルの足を、がっちりと王子が黄金のほうの脇で固定してしまう。
――折られる!!
みしり、と嫌な音がした。そう、――そもそも踏み込めないようにするのが得策なのだ。シャルの火力は確かに異常ではあるが、態勢が整わねばどんな剣士とて脅威にはなり得ない。
「ッぎ」ぼき、ッと足から痛みが走る。足を引き抜こうとするシャルの反射に合わせても、今やその細い脚は確かにパワーがあろうとも鋼鉄の体に縛られれば「万力」に挟まれたも同然だ!
しかし、顔面目掛けてシャルが――棍棒を何度も何度も、振り下ろすッッッ!!!!
痛みを感じているそぶりは見れない。シャルも態勢が悪く、このままでは転んでしまうからまず目くらましに王子の顔面を殴りつけたのだ。
鋼鉄の頭に脳震盪はおこらない、しかし火花で確実にシャルのことは見えていなかった。
「ッッッッッせぇ、のッ!!!」
倒れそうならば、倒れてしまえばいい。
折られた足に走る激痛を吠える声でかき消して、シャルが背中を弓なりにしならせながら地面に向かう。片手で地を抑えたのなら、腹筋と無事な足の力だけで――その鉄塊のごとく重さを持つ王子を振り上げて見せた!
「――知ってます?」
当然地面に頭からぶつかるのは王子のほうである。
ごしゃああああん!と床を割りながらしたたかに床に頭を埋めた王子が、たまらずシャルから腕を離した。
シャルも、片腕を折り曲げてからのブレイクダンスさながら、足の遠心力だけで体を一回転させてから着物をはだけさせつつも、姿勢低く態勢を作る。
「羅刹って力がとっても強いんですよ」
普通なら、ここで行動はとれない。
だから――王子がまた剣で突っ込んでくるであろうことは予想していた。真っ黒な刀身を鋭く回転する金棒ではじく。火花が散らされて、王子の獰猛な顔が白く塗られた。
無防備にして見せたのである。果敢に挑む王子の腹がシャルの目の前にさらけ出された瞬間であった。
無数の羽たちが彼を守っている。異形を形作る鋼鉄が邪魔をする。
――だからなんだ。
なんだというのだッッッッッッ!!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「 あ な た を 砕 く 程 に ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! 」
この、清川・シャルの前ではその装甲などもはや瓦同然、――痛みなど、もう飽いたッッッッ!!!!!
折れた足を、さらに折ることになる。踏み込みとともに動かした一本が、とてつもない軋みの悲鳴を上げた。
そんなものにかまっていられない。清川・シャルがこの程度の痛みで下がることもない!目指すは一撃必殺の逆転のみで、敗北など考えないッッッ!!!!
シャルに刺し違えてでも、と考えたらしい羽たちの動きが勝負の分かれ目であった。
着物も肌も裂かれ、髪の毛もいくらか後れ毛の数本は切られて空気を血とともに漂う――しかし、まるで金属バットにぶちあたった硬球のような音が響いて、打ち上げられたのは王子のほうであった。
割れて砕け散った羽たちのいくつかがシャルにカウンターをしかけたためである、防御の装甲が薄れればシャルのパワーが勝つのは必然ッッッ!!
崩れ落ちそうな天井にめり込み、落下する金属の体をからめとるのはワイヤーたちであった。
ごとりと、勢いを落として落ちてくるのは真っ黒な彼の腕である。
シャルがいよいよ折りすぎた足で立てなくなり、相棒を杖代わりにしたときに勲章のように彼女の前に転がってきたのだ。
「――繰り返すのは、ここまでにしましょうよ」
忘れられてまで絵本通りにならなくていい。
体中の痛みよりも、皮肉めいた現在のほうがよっぽど――やはり、痛ましく思えたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
百鳥・円
◆
重力で引き寄せられるように
わたしという自我が沈んでゆく
“こう”して眩むのは慣れているのに
今日は――
眩しいね、ええ、眩しいわ
ありがとう、王子のきみ。壊れたきみ
このひと時きりでも
わたしは――自由になれる!
翼で翔ぶ心地良さを知らなかった!
伸ばした手が届く喜びを感じられる!
触れられるわ、触れられる
だから、触れさせて
身を裂く痛みさえ愛おしい
宝玉の塊を喰らえばいいの?
しゃくりと軽やかな食感ね
ああ、何だか力が漲るよう
寿命が削れるのは知ったことではない
この身体も、この欠片も
何れわたしへと還るのだから
かわいそうな王子さま
きみも願いに、ひとに殺されるのね
壊れてしまう前に掬ってあげる
救いとはそういうものでしょ?
●
――重力で引き寄せられるように、自分が押し込められるような心地がした。
ぐらりと傾いた頭が左右前後どちらに揺らいだかはわからないのに、妙に心のどこかではこれを待ち望んでいたような気もするし、あるいは、安心させられるような心地がしたのはずうっと頭を締め付けていた何かが緩んだからだろうか。
染めた髪が元の色を取り戻すのは、俯いて細めた瞼が見せる狭い景色で理解できる。
――いやだと、思ったのに。
慣れている心地のはずであった。この、百鳥・円(華回帰・f10932)の自我(エゴ)などあってないようなものである。百を固めた一つの本能(イド)が砕け散っただけで、円だって「ありふれた百のなかのひとつ」だ。
所詮、この円という輝きは結局たったひとつの宝石である。その破片があらゆる光を受けて反射するひと時の限られたものだと事実として理解しながらも、美しいもので自分を着飾ったりなんかしてしまって、ずいぶんと諦めの悪い――まるで、灰かぶりが王子とのロマンスに夢中になりながらも、時間だけは忘れていなかったような――かわいくなさを、自覚していた。
「眩しいね」
ちかり、ちかり――。
千切れた線から漏電する火花が、それを受けた錆びつく金属たちも、まるで彼女の祝福をするかのように点滅を激しくする。
「ええ、」
円は、自分自身と会話を続ける。
彼女の頭上で光り輝くひときわ大きな電飾が、その影を無数にした。
四方八方に広がる黒い影は、まるで残りの九十九のよう。立ち眩みを起こしていた彼女を眺めるそれらは、円が姿勢を正せば――。
「――眩しいわ」 ・・・・・・・・・・・・
か、―――と眩く【獄瞋華】の輝きで、すべては失せて一つになる。
紫の両目が見開かれれば、周囲が輝度を伴って輝いた。まるで、夢から醒めさせてしまうほどの眩さが隻腕の金塊を照らす!
あまりの眩さに青の色すら奪われる、ぎちぎちときしむ音を立てながら隻腕より黒翼をはやす王子の顔には威嚇めいたしわが走っている――敵意を隠すことはなかった。
円は、それを見て心より安堵する。
「ありがとう、王子のきみ。壊れたきみ」
この感謝はきっと届かない。
しかし、この幸福を撒く王子がもし、己に幸福を届けてくれたのならば感謝を返さねばなるまい。こつり、こつり――真っ黒なヒールで確かに地面を踏みしめながら、円の未熟な翼が大きく育つ。
「このひと時きりでもわたしは」
ずっと、自分に我慢を強いてきた。
百のうちの一つなのだからと、自分で自分の人生のレールを決めてきた。
この王子と一緒だ、今の王子だって、ずっと自分の業から逃れられないではないか。お伽話通りに皮肉めいた幸福が後付けで与えられるなど、今の円は許せない。
――ばかばかしいとも。
たかだか、時間切れになれば消えるだけの今の自我があまりにも愚かだとも。
それでもどこかで自分の気持ちに嘘はつけないでいた。髪の毛を染めた、化粧をした、着飾ってきたのだ。
誰かのためにならないように気を付けながらただ人の感情を食んで眺めて飾るだけの――夢魔になりきらなかった今までを、矛盾したままのこころが。
「――自由になれる!」
翼となって、解き放たれる!!
宝玉の塊をかみ砕く。
しゃくり――果実のような音をたてて飲み込んだのを見届けて、王子がまず動いた。
ぶうんと剣を振るだけの所作で、彼の周りに展開される弾幕がある!円は視界の端で転がっていた彼の腕が羽になって空中に散らばるのを見ていた。
あっという間に展開されるのは天井から地までを埋め尽くす星屑の輝きたち!!ひとつひとつが鋭く、小さく、そして細い――羽を濡らしてやった時のような細長くも暗闇に溶けてしまう。さあいよいよ目で追うには難しいなと冷静な頭が判断したときに!
「がぁ、あ」
王子が、小さな口を開いた。
「ぁ、あ゛ァ―ー――ぁあああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!!」
一 斉 掃 射 ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! !
たとえるのならば、いくつものガトリングが円を狙ったといっていい。
王子の強さがそのまま弾幕の速さにつながる。雄たけびを掻き消すほどの風圧を伴って、彼の翼たちが襲い掛かるのだ!!
――円は最初からかわし切れる気でいない。
かわりに、大きな翼を広げて――飛び出したッッ!!!
ヒールで地面を蹴り、体を前へ、前へ、――前へッッッ!!!!!
衣服が破れた、足に真っ赤な切り傷ができた。ほほに予期せぬルージュが引かれて、あっという間に体がボロボロになる。しかし、致命傷だけは避け続けている――翼をぎゅうっと縮めて飛び上がったッ!!
一方向を狙っていた直線の弾幕を見下ろす形となる。王子が視認できる速度ではない、ほんの少しの空虚ができればそれでよかったのだ!
「――ァ」
王子が、消えた円を目線で追う。――ああ、しかしそれでは遅いッッッ!!!!!
射出され始めた弾幕のすべてが軌道を変えるのも、今の円にとってはゆっくりに思える。
「醒めた」頭がいつもよりよく回るからであろう。体も勿論飲み込んだ輝きで漲っているとも。しかし、なによりも――この自由をかみしめていた。
翼で翔ぶ喜びを知らなかった。
「かわいそうな王子さま」
大きな羽を広げて戦場を舞うことなんて、経験のないことだ。
――伸ばした手が、声が、相手に届く。
ずっとずっと、夢の中にいるような心地だった。どこか世界と自分の間に薄い膜が張られていて、いったい自分が誰に向かって何を言っているのかすら曖昧になるほどのすべてを今は鮮烈に感じられる。
血が舞っている。スローモーションの世界では、円の感覚だけが研ぎ澄まされていた。
痛みは感じている。痛いから、――「 醒 め て い る 」!
「きみも願いに、ひとに殺されるのね」
同情めいたような、――それでも、その先を知っているかのような声だった。
きらめきたちが頭上を取った円を目掛けて放たれる。針のようなそれらを、大きな翼で時計回りにかわせば天井たちが円の代わりに無数の穴をあけた。その時間わずか一秒にも満たない――!
ゆえに、王子は気づけないでいる。
円がぐるりと、わざわざ「円を描いた」理由などは――!!!
天井が、崩落した。
当然である、「始点と終点」が同じなのだ。円がコンパスの先になって、王子に天井を丸に切り取らせたのである!――ご、ッと音を立てて地面にガラスも鉄筋も巻き添えの雪崩となって王子を生き埋めにした!!
「ぎぃ、いッ!!!!が、ァ、あああ゛ぁあああああああッッッ!!!!!」
しかし、それではこの幸福狂いは止まらないッッ!!!
吹き飛んだ理性は確かに冷静を失っているが、それでも必ずや「為す」ということにおいてはあまりにも暴威であった!崩落した天井を突き破るようにして剣を突き上げ這い出てくる視界に、円は見えない。
「壊れてしまう前に掬ってあげる」
――はた、と。
王子が、声の主を探した。
あたりはすっかり暗闇になってしまっていて、何もかもが見えないのだ。ぐるる、うるる、と唸りながらあたりを見回し輝く黄金の弾幕を展開しても、円の姿はどうしてか暗闇の中では見つからない。
まるで黄金の輝度が吸われているようにも思われる。時折爆ぜる火花に目掛けて乱雑に射出しても、砂煙が上がり暗闇が満ちるだけだ。
――まるで、これでは。
眠りにいざなわれるときのようだった。少しずつ、あたりの電気が失われていく。王子がでたらめに弾幕をぶつければまた、ひとつの光が消えた。
どこだ、どこだと焦りが唸りにみられたころに――王子の動きが止まった。
動けないのだ。暗闇に支配されたからではない、その正体を理解して、王子がもがこうとぎちぎち体を軋ませた。
「救いとは」
嗚、この暗闇はすべて呪詛でできているッッ!!!
暗闇にとらわれた王子の体が動けない!弾幕を指揮する剣すら固定された彼の眼前に現れるのは、星屑を融かした紫の瞳だった――。
「そういうものでしょ?」
きらめきたちが、今度は王子が円にしたように――無数となって彼を貫く!!
轟音。
建物ひとつごと瓦礫に変えてしまうような圧倒的な質量が地を震わせ、散らばる黄金を暗闇が飲み込んだ。
崩落する建物の中で、円がうんと翼を広げて――眠るように目を閉じる。また、暗闇に消えていった。
大成功
🔵🔵🔵
久澄・真
【源平碁】
★◆
真の姿、なあ
なるほどに狂った記憶は無い
…いや、元より狂ってるようなものか?
強い感情とやらすら縁遠い
片割れよりは理性的だと自負するも
その理性は凡そ常識とはかけ離れたものだろう
自分ですら自分が狂いきった姿に想像もつかぬ
何も考えてない片割れは…
ああほら、獣の様に暴力を求めた眼をしてる
なら答えは簡単
ただ流れに、身を任せればいい
さぁ“しあわせな王子さま”
クイズといこうか
俺は何に、化けると思う─?
心が躍る、血が沸き立つ
燻る煙を吸い込み纏い
嗚呼、愉快
その骸から血は流れるのか?
砕いた身には何が残る?
全てを壊して全てを奪って
余り無くこの手に堕ちてこい
全部俺が貪り喰ってやるからよ
久澄・実
【源平碁】
★◆
あれまァ、皮ァひん剥かれて可ァ哀想に
あ?ありゃ自分でやったんじゃて?
ははあ…やァっぱり、カァワイソ
まーちゃんはまァた難しいこと考えよる気ィするし
要は“自分がどぉなっても暴れ続けときゃエエ”んじゃろ?
そりゃあワシの十八番じゃて、楽でエエ
我が身が思う通りに動きさえするならば
己の姿形など些事に過ぎず
飛来物を避けて弾いて叩き落として
肉の抉れも血の飛沫も後回し
あー、じゃけども
まァだ後があるっちゅうんに
途中で動けんなったらさすがに困るなァ
興も熱も冷めてまう、そりゃイカン
筋が切れた? どっか離れた?
感覚がのうてよう分からんけども
…マ、動けんのなら動かすまでじゃろ
炎血繋いで殴打殴打
ハハ、たぁのし
●
久澄・真(○●○・f13102)は、狂うほどに追いつめられるようなヘマはしない。
何より狡猾である。
激情に狂わされることもなく、冷静に札はめくらねばならないからだ。
興奮した手では一枚を読み飛ばしてしまうかもしれない。瞳孔の開く目では商売相手の嘘を見抜けないやもしれない。すべては富のためだった。
富のために必要な暴力を片割れが担うのであれば、真は何よりも冷静で、冷徹で、嘲笑も忘れずにただただ不毛だと理解しながらも消費すれば消える紙切れを数えている。
――生きるに必要なものだけを選んで、生きてきたのだ。
「なァに」
「ア?」
「むずかしー顔してンよねェ、まーちゃん」
久澄・実(●◯●・f13103)は、狂っていた。
実と真は正反対といっていい。褐色の肌は揃いであれど、その脳はわかりやすく真逆で、ついでの髪の色も異なっていた。
考え込んでいるらしい――実の判断でいえば弟の真の顔を見て、苛烈な戦場でそんなことを言ってしまえるほどに実の緊張感は見られない。真が黙りこくって己の内面という名の、読めない株の上げ下げを意識するようなことはなかったのだ。
「まァた難しいこと考えよるンじゃろ」
「それが俺の仕事だからな」
「ほー」
「どっかの誰かのアホンダラがやらねェことを『やってやってる』んだ。静かにしてろ」
「タハー、言われてもた!ほなら静かにさしてもらいますぅ」
実は、何も考えない。
難しいことはわからなかった。物騒な見目通りの暴力をふるう片割れである。
何故己のできないことをわざわざ己がやる必要があるのか。頭を使うのが苦手なのだから、できる真に任せてやればいいではないかと実は判断していた。あっさりと放棄したようで――実のところ、この双子に通ずるのは『合理的』の要素である。
真が紙を数え、周囲を操り、数字を導きだすのならば。
実が人を殴り、周囲を壊し、数字を生み出せばいい。
「要は“自分がどぉなっても暴れ続けときゃエエ”んじゃろ?」
「黙れって言ったろ」
「黙ると思たん?」
「いいや」
「――まーちゃんはちょっと頭良すぎるンちゃう?」
ぴりりとした空気を、実から見た弟から感じる。
苛立ちではあろうがそれは、真から見た弟へ向けたものではない。
「計算が狂うのが許せねェだけだ」
猟兵であることに生じる『真の姿』なんてものは、いわゆる――不確定要素だ。
周囲で轟音が聞こえた。ぴくりと実が正直に反応して、音の方向を見る。建物が崩落したらしい土埃のにおいに、にいいと口角を釣り上げた。
「せやかて、ワシはいつもよりぎょォさん暴れられるんやろ」
――まるで、少年のような情動でそんなことを実は言うのだ。
真からすれば片割れの楽天的な思考が今は少しうらやましい。建物を崩落させるほどの、――捻じ曲げてしまえるほどの力を、「たかだか人間に毛の生えた程度」しかやってこなかった自分らが手にしたら、どうなってしまうのか?
大暴落か、大当たりか。
「ほいだら、ワシの十八番じゃて、楽でエエ」
「――そうかよ」
「男は度胸や言うしなァ」
「ちょっとは賢いことも言うかと思ったが、そりゃ時代遅れだな。残念、阿保丸出しだよ」
読めない数字を考えていても、無駄だなと思えたのだ。
ようやく歩き出した真の動きに合わせて、ぴょんぴょんと足を軽はずみさせながら実が並んでついていく。
――二人の目の前に現れた金は、ずいぶんと剥げてしまっていた。
こりゃ対して売り物にならねえな、なんてあくまで『己の常識』でものを見てしまう自分がもしかしたら一番狂っていたのかもしれないと、真は思う。
瓦礫に下半身を埋められた王子が、地面に伏していた。
ぼろぼろのずたずたになった石化した部分すらところどころ欠けがみられて、それでもわさわさと黒い羽が生えようとせわしなく輪郭を不定形にさせている。
「あれまァ、皮ァひん剥かれて可ァ哀想に」
「油断すんな。自分でやったんだとよ」
「あ? ――ははあ…やァっぱり、カァワイソ」
人情を感じさせるようなことを口にするのに、真から見た横顔はもはや獣のごとく爛々と輝いている。実の暴力的な笑みにため息すら惜しく感じられた――が。
王子が、うぞりと体を蠢かせた。
二人ともその動きの面妖さに思わず目を見開く。ボロボロになった体を、「羽が」押し上げていた。
――真からも、実からみても、もはやその剣は飾りではなかろうかとすら思える。
巨大な羽が二人の視界から空すら奪ってしまったのだ。規格外の質量に、真は息をのむ。計算では追い付かないほどの「とんでもない」ものに、慎重な頭が一瞬固まった。それから――。
「ッ」
「うェ」
二人とも、息を吞んでしまったのである。
目に見えないのだ。虞と呼ばれたそれが、二人の体にまんまと満ちてしまっている。鼻から、口から、粘膜から、皮膚から、耳から――ずるりと入った因子たちがいよいよ双子の体に変化をもたらした。
「ははッ」笑い声を上げたのは真だ。王子の輝く隻眼に、赤い瞳が脂汗を浮かせながらじっとり見つめる。
「――“しあわせな王子さま”。ここで、クイズといこうか」
目の前に広がるのは、もはや天災に等しいほどの脅威だ。
いつもならだれかに任せてしまう。実が一人で突っ込むのならばそれは彼の判断であるから、どうでもよいが――いつもなら、ここで頭脳派の真は下がっていただろう。
しかし、その立ち姿が頑丈な「まゆ」に包まれていく。己からこの戦禍に巻き込まれるために位置を固定させて、勝つための姿を手に入れようと編まれていく――。
「俺は何に、化けると思う─―?」
人生はエンターテイメントであるべきだと、嘲笑っていた。
それが、「金になる」のだから。
実は、物心がついたときには真と二人きりだった。表裏一対の源平碁は、この恵まれた文明と、飽食の時代であるUDCアースにおいて――あまりにも、孤独である。
しかし、孤独であることを嘆くような双子でなかった。真が頭を使うのならば、実はただただ暴力を働き彼の手足となるだけだ。
得意なことをお互いに、やってしまえばよい。
気に入らないのならばビール瓶で殴りつけ、拳で追い打ちをかけ、転がるどてっ腹に何度も蹴りを入れて、吐しゃ物が血になるまで繰り返せば二人の周りに敵はいなくなるのだ。噫、どうかこの人生を――不幸だなんて思ってくれるな。
わかりやすく、明確で、やるべきことが決まっている。生きるのならば誰かを害せばいい。
平和そうに家族でのんきに歩く誰かだって、必ず誰かを害しているに決まっていたのだ。ならば、どうして実の暴力がいけない?
――倫理や、法や、道徳が、実を守ってくれたことはなかった。
考えられない頭でも、はっきりとわかったことだ。実は、何もかもを破る「暴力」の化身であった。
「ご、ァ―――――――ッッッ!!!!!!???????」
がぅん!!と。
王子の大きな羽が貫かれていた。かなりの硬度を誇る、金箔がはげたとはいえ金属の彼を、そしてその翼を――貫いた穴がある。
穴の輪郭がじゅうじゅうと赤く染まり、発熱していた。どろりと金属は溶けて泡立ち、はたはたと地面に血の代わりと焦げ目を作り出す。
「ァ、ああ、ァ!?」
何が起きたやらわからない。穴を貫通していった何かがあったのだと悟れたのは、あらぬ方向から飛び散る火花によってだった。
「ははァ、ははははッ―ーなァんや、ごっつ気分えェのう」
鬼がいた。
両腕を凶悪な手甲で覆われた鬼が、火焔を上げながら羽の向こう側で宙に浮いている。
真っ黒な角が褐色の額から生えて、角先はちろちろと赤と黄色のグラデーションで彼の熱を指すようであった。
「せやけど、見えんのう」
目隠しの鎧が嵌められている。代わりに牙めいた紋様が浮かび上がっており、鬼が呼吸するたびに、ぎら、ぎらり――何度も赤い色が走っては消えるのだ。
「まあ、エエか!」
目は、知性の象徴である。
生き物は目で見たもので印象を決める。恐怖も、嫌悪も、好意も、何もかもを目という情報収集装置で手にするのだが――それは、この暴力の化身には不要であった。
「 何 も か も 、壊してもうたらえ゛ェンやもンのうッッッッ!!!!!」
垂らした黒髪の先が燃えている。轟、と吠えた鬼の足甲からも爆炎があがった。どう、どう、どどう――魂のビートとともに炎は強さを増し、彼の体に赤い血管を浮かび上がらせる!!
びき、べき、めきと聞くに堪えぬ文字通りの「血走り」が体中にいきわたり、顔面にまで浮かびあがったのならば!!!
「オ゛ぉおおッッッッら゛ァアアアアッッッ!!!!!!」
焔の鬼神となった実が、王子の羽を両手甲からの炎熱を伴うロケットスタートからのダブルスレッジハンマーで ぶ っ 飛 ば す ! ! ! !
「――――ッッぎ、!?」
一瞬で焼き消えた――その炎熱を前にしては、鉄塊などもはや燃料にしかならぬ!!
「はッはァ!!どぉしてンな、あ゛ァ!?カ、っははははははははははははッッッ!!!!!」
熱される頭は、いつもより何も考えられないのだ。
悲鳴の声の方向を向いたのならば、無茶苦茶に暴れて見せる!王子が飛びのくのならば、それを足で地面を蹴ってからの四つ足スタイルでまるで犬のように、爆炎を伴って追いかける!!
すぐさま追い付かれると判断した王子の黒が、針地獄のような羽の群れを作り出した――実は見えていない。手甲で殴ろうものならば彼の拳だって、至近距離で飛び出す羽の弾幕には腕だって血まみれになるだろう。
がぃ、い゛、いイんンンッ―ー!!したたかな音が響き渡り、先ほどとは異なる感覚に実も笑みをゆがませる。
「おう、何かしよったンか?」
今の実は、『何も考えられない』のだ。
「感覚がのうてよう分からんのよ、なァ」
血しぶきの量は尋常ではなかった。
彼の体温があまりにも高くなりすぎている。血がはじけ飛んでも外気たちまち蒸発して消し飛んでいって、においすらものこらない。
熱さも、王子以外は感じられていなかった。――実は己の熱さを『考えられないので、感じ取れない』のである。暴れたい、その一心だけで暴れようとする鬼の体は燃えに、燃えていて。
「教えてくれんか?」
――地獄にいるのもわからないほどに、凶悪な笑みを浮かべてまだ無数の羽に躊躇なく拳を叩き込んだ!!!
「ごぁ、あ」一向に引かないどころか、至近距離からの攻撃すら臆することがない!!
たまらず王子が羽の力で大きく後退しても、実はひとつも体の軸がぶれないままでいる――何が起きているのだ、と蒼い瞳が敵を観察していた。
その四肢に、細い糸がつながれている。
心が躍る。血が沸き立つ。
――初めての感覚だった。
「その骸から血は流れるのか?」
真は、冷静であるべき存在だった。
ずっと片割れと二人きりで、何もかも持たないままに生きてきた。
実よりもずっと頭が働いた真は、己を取り巻くこの理不尽さで唯一の「力」を見出す。
――富である。
「砕いた身には何が残る?」
実が世界に暴力を見つけたように、真もまた自分の世界に富を見つけたのだ。
富は、圧倒的な力があった。UDCアースで少数派の境遇である二人が、己らを守るために必要なものである。富を手に入れれば、服が買えた。家が買えた。部屋が買えて、人も買えて、情報も、知恵も、縁も、何もかもを支配できた。
「全てを壊して全てを奪って――」
神になったような心地がするほどの、力があるものである。しかし、真は――富の魔力に堕ちることはなかった。使えば減るものであると理解できているからである。
誰かから奪わねば増えないものだ。誰かに媚びなければ得れないものだ。それは、多数派の社会と似ている――わかりやすい「共通項」でしかない。
「余り無くこの手に堕ちてこい」
だから、そのために「かしこく」あらねばならないのだ。
興奮に、嗜虐に、暴力に沸き立つ心に糸を垂らす――忘れるなと、己の野心がぴしゃりと冷たい水を意識にして彼にもたらすのだ。
「全部俺が貪り喰ってやるからよ――」
そうでなくては、採算が合わない。
――繭から現れた真の姿は、蜘蛛であった。
【Null】が解放されている。六つ目の呪いは彼の上半身に瞳を生み出し、ぎょろりぎょろりとせわしなく動いていた。彼自身の二つの目が合わされば、――八つ目、すなわち、蜘蛛である。
腰から羽のように生み出された骨のような多脚が、糸を伸ばしていた。ぴいんと張り詰めたそれは、鬼につながっている。
「ハハ、たぁのし」
ずうっと【Alberner Totentanz/AT】は発動していたのだ!!
王子の攻撃を前にひるむことのなかった絡繰りである。実の体が炎熱の限界を超越しながら、その彼の四肢を動かし続ける真が合わされば――攻撃は収まることなく続けられた!!!
「たぁのしィのうッッッ!!!」
鬼の笑い声がまるで雷のように響く中、蜘蛛だけがひとつも動くことなく、「勝ち」を生み出す戦場を見届けていた。きらきらと舞い散る黄金があまりにもチープで、紙吹雪のように思えて――。
「まァだ足りねェなあ」
炎の血でつなぎ留めてまで四肢をふるいながらはしゃぐ実の姿を見ながら、ひとつの金箔を手にしてぐしゃりと握る。頭脳までも溢れる超常の力に酔うことはない。――暴力の手足の有様にああなってはならぬとにたり、静かに真が嘲笑ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャック・スペード
◎◆
★
その奉仕のこころ
敬意を表そう
だから俺も
此のカタチを棄てて
あんたに立ち向かう
真なる姿を開放すれば
リボルバー片手に戦場駈け
銃口から銀の弾丸放つ
狙うは黄金が剥がれ落ちた個所
褪せた其処を彩るように
大輪の薔薇を咲かせて
王子の異形化と強化を防ぎたい
優美さと掛け離れた其の姿
だが、俺の目にはとても美しく見える
異形と成り果てることも構わぬ献身は
そうまでして世界を護ると決めた覚悟は
黄金よりもキレイだ
彼の脚許にも弾丸撃ち込み
一瞬でも動き封じられたら肉薄
きれいなハートを撃ち抜こう
引鉄を引く指さえ遺って居れば問題ない
其の衝動を受け止めよう
俺の躰はあんたほど、キレイじゃないからな
貌でも、胴でも、好きに壊せばいいさ
六条寺・瑠璃緒
◆★
君は本当に優しいね
理性を保った君が相手でなくて良かった
聞きたいことが多すぎて、戦う気になれなかったかもしれないから
本当はこの姿は誰にも見せるつもりはなかったんだ
あまり美しくないからね
でも、今の君なら、記憶に留めることもないだろうし
何よりこれが礼儀だろう
Serenadeで抱きしめる様に動きを封じ
攻撃は甘んじて受ける
Requiemと、自らの手で爪で彼を切り裂く
僕が自ら手を汚すのは百数年ぶりだけれどもそれは教えてあげない
童話ではね
この街で最も尊いものは君の割れた心臓とツバメの亡骸だそうだけれど
神に称えられずとも、僕はその二つが生きて在るほうが尊く素晴らしいことだと思うよ
戻っておいで、王子様
●
砕かれ、燃やされ、溶かされ、どろどろになりながらも、――黄金はまだ、砕け散りはしなかった。
全身全霊を尽くすと決めた幸福への執念は、いっそのこと狂気に近い。そも、己の身を切り売りすることをよいとして破滅を辿るのだから、もうずっとおかしかったのかもしれないのだ。
王子は、それでも「王子さま」であろうとした。
しあわせの象徴はすっかり体を黒ずませている。黄金の数はうんと削れてしまって、もはや――体の二割程度まできらめきが失われてしまっている。
「それでも、立つのか」
その奉仕のこころに、敬意を表すマシンがいる。
ジャック・スペード(J♠️・f16475)は、かの王子を前にして、そうっと己の帽子パーツに手を乗せて恭しく会釈をした。
ジャックとて、人に作られたものだ。人のためにかつては存在し、彼らの文明のために戦い、スクラップになり、また別の世界で人のために戦い続けている。
徹頭徹尾の自己犠牲とはいかないが――それでも、誰かのために戦い続けた彼にとっては、モニター越しの数値ですら「瀕死である」と数値を吐き出す黄金の彼とは親近感すら通り越して、いっそ尊敬を向けるばかりであった。
カクリヨファンタズムは、――この世界は、ひとがすきだ。
どろどろになった体を再構築しているらしい。うう、ううう、と呻きながら黒化した部位がやはり羽の形を作って、どうにかこうにか人の姿であろうとしていた。羽を何重にも巻き付けて重ねて筒を作れば、足になる。
「君は、本当に優しいね」
六条寺・瑠璃緒(常夜に沈む・f22979)がむけるのは、哀れみよりも感心であった。
瑠璃緒は神である。人の祖であり、彼らを見守る概念であり、――なにより、命をあいする超常だ。
美しい少年のかんばせは、今やほどけてしまっている。
「理性を保った君が相手でなくて良かった」
いつもの彼は、純白の翼が似合うほどの美貌を持つ存在だ。
人々を虜にし、しかし、それに過度な干渉を働くこともなく――「そうありなさい」と認め、幾千の年をずうっと美しいままの姿で繰り返している。ひとの生活を見守るのに、おそろしい姿であるよりはずうっと擬態がしやすいからだ。
彼らを驚かすのは妖怪の役目であるし、神は彼らに認知されないくらいがちょうどいいと思える。信仰が薄れて風化しつつある瑠璃緒の姿をつなぎ留める程度の魅力だけがほしかった。だから、――誰にでも愛されるためにかわいくある「こども」の姿でいたのだ。
「聞きたいことが多すぎて、戦う気になれなかったかもしれないから」
今は、それを捨てた。
ここにいるのが、見知った機械と、美しい心の持ち主である鉄のかたまりなのだ。人の子は、もしくはそれに似た――種族は、今やこの場にはいない。
人知れぬところでしか神はその姿を現せぬ。なぜならば、人を狂わせてしまうほど、神というのはおそろしくあるからだ。
ぶわりと、王子の持つ羽よりもずうっと強大な三対の翼が世界を覆ってしまう。王子が威嚇に翼を広げても、それを押しのけることすらできない程度で――まるで親鳥に餌をねだる雛のようにすら思えただろうか。
漆の世界で、ジャックが見上げた。
彼の眼――モニターと、王子の黄金だけが輝く世界が作られる。
デ ウ ス ・ ウ ル ト
【而して夜は明けず】。明けない夜など、きっとこの王子は見知っているのだろう。臆した様子はなく、もはや唸る力も残っていないだろうに半身の翼たちを震わせながら、ぎちぎちと敵意をあらわす。
――理性が本当に、根こそぎないのならば、ここに至るまでに逃げ出しているはずであった。
ジャックは、彼の脳波を計測していなくても鋼鉄のこころでわかってしまえるのである。痛ましい姿を見ていても、哀れに思うよりも、むしろ同じ無機物として誇りに思えた。
「ジャック」
「瑠璃緒」
ぬう、と――。
三対の翼を生やした瑠璃緒であるらしい、声が耳のマイクより拾われる。
ちらりと彼のあり方を見れば、あまりに強大すぎて計測ができないらしい。エラーシグナルが点滅するのを察知して、ジャックは瑠璃緒を直視するのをやめた。
「本当はこの姿は誰にも見せるつもりはなかったんだ」
「そうか」
「――あまり美しくないからね」
「そうだろうか」
俺は、そうは思わないとはっきり神に向かって機械は告げる。
「俺には、美しく見えるのだがな」
瑠璃緒の翼に作られた暗闇の空間には、きらきらと明かりがともり始めていた。これが神の炎なのか、それとも生み出された生命なのか、ささげられた命なのかは瑠璃緒にしかわからない。だけれど、ジャックにはそれが――故郷である、宇宙のように感じられた。
「童話の続きを始めよう」
――瑠璃緒も、そして、この王子さまも。
異形と成り果てることを構わぬ献身を見せつけてくれたのだ。この、人によって生み出され、壊された存在にまた人が命を吹き込んでくれたジャックのシステムに「こころ」というエラーを生み出した「ひと」のために、彼らは世界を護ると決めた覚悟を見せつけてくれている。
瑠璃緒は、この姿をどうせ覚えていられないだろうとも踏んでいた。ジャックのメモリも、「神」という膨大な情報に耐えきれるかはわからない。王子などはもってのほかだ。
しかし、それが礼儀であるとこの神は言っていた。
どれほど美しい決断であっただろう。どちらも、「すべてをかけて」ひとのために戦うというではないか。
「――黄金よりも、キレイだ」
ここには、人への「愛」が満ちている。
その実感が――どうしてか、ジャックに搭載されているエラー値を莫大に膨れ上がらせた。
トランスフォーム
形態変化。ヘルメット部分がまず変容した。上下に分かれてスライドし、竜のアギトを作り出す。マスク部分が変形し、ヘッドホンを通り越して――頭部パーツに移動すれば、センサー機能が解放された。
ちょうど、竜でいうところの角部分である。ワイヤーが背より排出されて、ぐるぐると絡み合う。竜の尾が作られ、尾の先は剣の形となった。
脚はより、誰かのメーデーに駆け付けられるよう脹脛パーツを盛り上がらせる。背面結合部が開き、マフラーが飛び出した。エネルギータンクを後ろに露出することで、ジャックの体は前傾姿勢となり駆け付ける際の空気抵抗を減らす。
こしゅううう、と煙を輩出しながら――エネルギー粒子からブレードを六枚作った。それぞれが竜人形態となったジャックの背にファンネルとして浮遊し、彼の攻撃をサポートする。自動追尾機能つきの照準がグレードアップしたシステム上に六機ぶん、搭載される。
いつもより演算速度が速い。体にこもる熱を、どるる、どるると脹脛のマフラーから排出した。
――黒竜は、ここに顕現を成す。
「貌でも、胴でも、好きに壊せばいいさ」
その代わり、「愛をもって愛を受け止める」だけだから。
瑠璃緒が作り出した暗闇の中での戦闘は、あまりにも鮮烈であった。
強大する神である瑠璃緒にも、当然王子は全力で挑んでくる。
ジャックと殴り合っているかと思いきや、展開した羽の弾幕で瑠璃緒の翼を打ち抜こうとするのだ。困ったものだとその弾幕を羽が抱きしめるように動きを封じ込めて、つかみきれなかった分は甘んじて受ける。
痛みが走らないわけではない。しかし、それよりもオーラを伴って切り刻まれて落下する羽たちが爪として鋭く変容すれば、王子の装甲を切り刻んでいく。
――僕が自ら手を汚すのは百数年ぶりだけれど。
それでも、そこまでは教えてやらないのだ。
うんと誉あることである。神は、普段なににも接触しない。
神である自覚を持つ瑠璃緒が手を出すなど、――あり得ないことであった。それほどに、この王子は美しいのである。
童話通りにやはり心を突き動かされるものがあった。
ジャックと戦闘する王子は、確実に負けると理解しているのに――前へ前へと剣を振るい続ける。壊れてもいい、死んでもいい、それでも二つの世界のためだけにと戦い続けていた。
翼たちがヤマアラシの刺のように竜人の体に突き刺さる。顎を砕き、ばちばちと火花が散った。ダメージ警告とノイズの走る視界でジャックはまだ搭載されたファンネルを使わない。
全力で暴れさせてやりたいのだ。全力で戦うことに、彼の自己犠牲の成果がある。攻撃は弾くよりも、まず受け入れた。そのうえでねじ伏せようと、竜人の腕で、足で肉弾戦へと持ち込んでいる。
爆速のローキックを鉄が受け止めて、ざりざりと足裏を擦らせる程度であったときはジャックの「こころ」も昂ぶりを覚えた。
何度も殴り合い、砕きあい、お互いのダメージが限界を迎えるまでやり続ける。
ならばと、――リボルバーを構えたジャックが終わりの合図であった。
竜人形態となっても五指は器用なままだ。いつもよりブレと反動抑制機能がしっかりした腕が正確に銀の弾丸を発射させた!
【花開く薔薇妃】は、狙い通りに命中する。瑠璃緒の爪に翻弄されてジャックに攻撃を繰り出そうとする彼の半身を狙うには十分な隙であった。かぁ、ん、と音が響いて――あっという間に真っ赤なバラが王子の体に咲き誇る!
「ッ!?」ぐらり、質量のあるからだが揺らいだ。
茨が彼の体をがんじがらめにして、突き刺さってしまっている。丸め込むように幾千本が鉄の翼を曲げ、へし折り、彼の異形化を妨げる!
次に、その両足をファンネルによるレーザーが貫く。がくんと膝から力を抜かせた王子の表情を、神がみていた。
無数の翼に覆われた中から覗く一つ目が、すべてを――。
「戻っておいで、王子様」
ものがたり通りなんて、つまらないじゃないか。
――この街で最も尊いものは君の割れた心臓とツバメの亡骸だそうだけれど、神に称えられずとも、僕はその二つが生きて在るほうが尊く素晴らしいことだと思うよ。
ジャックが、ゼロ距離で銀色のハートに銃口を押し当てる。
ばちばちと火花を全身から散らせながら、ノイズの走る喉から――笑い声のような、呼吸のような音を鳴らした。
「――ありがとう、友よ」
がぁん。
銀の弾丸と、王子の心臓がぶつかり合って―ー黄金の体から、虞が吹き飛んで行った。
愛している。
たとえ、その姿が誰にも見えなくなってしまって、覚えられなくて、どこにでもある何かと同様に思われてしまったとしても。
人の隣人たちは、いつだって、これからもずうっと人の世界を見届ける。
――触れられなくてもいい、覚えてもらえなくてもいい、ただ、「ひと」の明日のために戦い続けるだろう。
これは、誰も知らない黄金が見た幸福な夢(あい)の話。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵