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大祓百鬼夜行⑧〜まぼろし橋で逢いましょう

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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#大祓百鬼夜行


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●千載一遇
 汝、寿命を全うした者よ。
 さぁ、この橋を渡るが良い。
 ……なんて声が聞こえるわけでもないが、命を堕としたものは、カクリヨファンタズムの川にかかる「まぼろしの橋」を渡り黄泉へと歩む。
 つまり、この橋は本来、命ある者には見えてはいけないモノだ。
 しかしながら時は百鬼夜行。
 この橋を目にすることが叶ってしまうのだ。
 もし死者と相まみえたなら心を大きく乱されるだろう。でももしかしたら思い残しを告げて心の重荷を下ろせるかもしれない。
 さぁ、あなたは覚悟は決まっただろうか? 既に死していないかの人と今一度の邂逅を結ぶことに。

●グリモアベースにて
「……あ、すみません」
 グリモアベースではいつも案内人としての笑顔を崩さないのに、今日のレテ・ラピエサージュ(忘却ノスタルジア・f18606)はぼんやりと考えごとに耽っていた。
「来て下さりありがとうございます。今回はカクヨリファンタズムでのミッションをご案内させていただきます」
 霞が漂うぼやけた画像には、古びた橋が映し出されている。
「今回行って頂きたいのは『まぼろしの橋』です。ここにいると、亡くなられた方との再会してお話をすることができるんです」
 存分に語ってきてください、とレテは双眸を伏せる。それこそが今回のミッションクリアに必須の行動なのだ、と。
「みなさんの想い人さんとのお話は誰にも邪魔はされません。だから心ゆくまでお話してきてください。夜が明けると同時に橋と想い人さんは消え去ります」
 よろしくお願いします、と手のひらに蒼い鍵を招聘したレテは、不意に「レテの川」と己の名を呟く。
「わたしの名前の由来です。黄泉を流れる川で、その水を飲むと今までの人生の記憶が消えてしまうのだそうです。そうやって、生まれ変わる準備をします……でも、今回みなさんがお逢いできる方は、生前の記憶を留めてらっしゃいます」
 漸くここでいつもの笑顔を取り戻すと、レテは旅の扉をひらく。
「いってらっしゃい、いい旅をお祈りしていますね」


一縷野望
●受付
※既に受付けを開始しております
※「大祓百鬼夜行⑧〜あなたにそばに居て欲しかった」でプレイングが流れた方が採用最優先です、ご了承下さい

※この依頼は戦争の為、2名様の採用で完結です
(万が一、⑧が出せなくなった場合は、このシナリオで5名様全員採用します)
 今後、同様の依頼を追加します、流れたプレイングはそのままお送りいただいてOKです

「想い人」を極力しっかりと再現したい為、プレイングの充実度を重視します
 詳しくは下記の「●プレイングに記載して欲しいこと」をご確認ください

●プレイングボーナス
 ……あなたの「想い人」を描写します、夜が明けるまで語らって下さい

●「想い人」は死者です
 死者であれば、恋人、親兄弟、友達、師匠……他、あらゆる関係の方が対象です。一方的に憧れていた人でも構いません

●プレイングに記載して欲しいこと
 プレイングには【想い人とあなたの関係】【口調や考え方がわかる台詞例】をお願いします。その他、マスターに伝えたいことがあればなんなりとどうぞ、頑張って再現します
 あとはあなたが「想い人」と為したいこともお願いします。フラグメント通りでなくてもかまいません、ご自由にどうぞ

●アドリブありが基本です
「想い人」の再現ですが「アドリブがダメ、プレイング通り希望」の方は冒頭に「×」をお願いします
 その場合はプレイングから外れぬよう書くので文字数はアドリブありより少なくなります、ご了承下さい

 では皆様のプレイングをお待ちしております
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第1章 日常 『想い人と語らう』

POW   :    二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。

SPD   :    あの時伝えられなかった想いを言葉にする。

WIZ   :    言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

香神乃・饗
踏込めず
眺める

伸ばした手
下ろし
握り
真っすぐ見すえ
しっかと笑う

俺は病床の主様が呼び想った理想の男
格好悪い所は見せねぇ

主様が迎えたかった明日を
朝を
ともに


…主、さま

御帰り
さ、何する

一緒にご飯をたべて
買い物をして
茶をのんで
劇でも観るか

あんたが望んだこと
何でもしてやれる
俺はきょうここにいる

あと一日早ければ
手をとれた
でも

ずっと待ってた
あの庵で
望みだった
祝言あげて

でも決めた
蝋梅が咲く朝に
あんたの匂いがして
目覚めた

かわりに
外を
見たかったものを
全部見てくる

出会って
味わって
嗅いで
触れて
感じて

ついでに世界を救って
ついで、だ

笑った

そうだ
新しい主の話も

そのうち
話しに行く
今はその時じゃねぇ

待ってろとは言わねぇ
待つのは
辛い




 橋を渡り目の前に現れた青年は、一目で病に苦しめられたとわかる見目だ。
 眠りに落ちる度に「明日の目覚めはないやも」と覚悟をし時に怯える日々を繰り返した。目覚めと共に鏡に己を映し苦しげな吐息でこう囁くのが常だった。
 そう。
「きょう(今日)……会えた」
 と。
 香神乃・饗(東風・f00169)は、その呼びかけには踏み込めず、橋を渡り訪れてくれた主を静かに眺める。
 差し伸べようとした手がおりて、虚空を握る。だけど惑うのはここまでだ。
 主は、鏡に己を映す度に呼び想った。自分が健やかならいいのに、と。その姿を映し持つ饗は、格好悪い所は見せねぇと真っ直ぐに主を見据えてしっかと笑う。
「……主、さま」
 主様が迎えたかった明日を、朝を、ともに――。
「御帰り」
 熱い懇願が姿をくれた。
 明日、あれをしよう、これもしたい……主の願いを叶えたいと魂を形成した鏡のヤドリガミ。彼が最初に触れたのは病気に打ち負けてしまった主の腕。
 嗚呼、漸くこの姿で相まみえた。
「……ただいま」
 淡い吐息、虚弱を伴うが柔和で望みを諦めぬ微笑みには、静かな焔が宿る。
「さ、何する。一緒にご飯をたべて、買い物をして、茶をのんで、劇でも観るか」
 橋から何処まで離れることがわからないから、饗は主が望みそうな事を考え、極力手が届くよう取りそろえた。
「有り難う、有り難う」
 気持ちだけで感極まって主様は饗の手を取る。
「……あ」
 不意を突かれた饗は、危うく涙を零しかけてぐっと堪えた。
『想い人』は死者だ、けれども主様の手はなんとあたたかいのだろう。
 初めて触れた固くて冷たい――姿を得て初めての実感が“喪失”だった口惜しさに、当て布がされたよう。
「うどんか。いい出汁の香り……食べきれるだろうか」
「俺が食べるから好きなものを好きなだけ食べるといい。あんたが望んだこと、何でもしてやれる」

 俺はきょうここにいる――。

 主様は心からの幸いを破顔と咲かす、何処か饗に似た容に。
「ああ……あたたかい」
 たちのぼる薬味の柚子に瞳を眇め少しずつの主様。饗は横顔を眺め、いつも通りに豪快に丁寧に啜る。
「ずっと待ってた、あの庵で。望みだった祝言あげて……」
 止っていた、留まっていた。
「でも決めた」
 あの日の蝋梅は、主様が最後まで宿した願いの灯で、それが咲いた。
「あんたの匂いがして、目覚めた。かわりに外を、見たかったものを、全部」
 彼が見ることの出来た景色は床からの庭と鏡に映る己の姿。だから、何を見て知ってきたのかと期待に充ちた瞳で話の続きを請う。
 ――あすへのさきへと行ってくれたのだろう、と。
「ああ。沢山、出会って味わって嗅いで触れて感じて……」
 橋の元を絶え間なく流れる水の音に饗の語りはよく馴染み聞きよい。だからか、あたかも己の事のように共有が進み、主様の頬が血色を増す。コロコロと良く笑い、はしゃぐ。
 ……良かった、歩き出したことは何も何も間違っちゃいなかったのだ。
「ついでに世界を救って」
「世界を? あの芝居の筋書きではなく?」
「ああ、本当だし……ついでだ」
 二人の会話の邪魔をせぬよう引き絞られた活劇の盛り上がりを指さし、あれをしたのかこれをしたのか? と 矢継ぎ早に問いかける主様に、饗はとうとう吹き出した。
 笑うことはないだろうなんて言う主様も、一緒に笑う。
 茶屋の主人が供する湯飲みを手に、甘い団子をほおばりながら……芝居が止んでも興奮は留まらず、饗の語りを主様はもっととせがむ。

 ――……白々と明ける朝焼けの元、先に立ち上がったのは主様の方だった。
「有り難う、きょう」
 言葉を交わせなかった口惜しさと欠落への寂寞は二人同じだったのだと、充たされた顔からはかりとれた。
 最後に、と饗は仕舞っておいた“新たな主”の話を切り出すも。
「…………そのうち話しに行く、今はその時じゃねぇ」
 傾聴の主様を失望させたかは杞憂で、瞼を伏せ頬を緩め何度も頷いてくれたのだ。
 最後にとの握り返しに、饗は頭を垂れる。
「待ってろとは言わねぇ、待つのは辛い」

 ――待っているよ。

「きょう、は、愉しかった。だからね、饗の歩くあした、を、新しい主様のお話をまたもってきておくれ。でも、約束」
 大切に鏡面を磨いてくれた手つきで手の甲を撫でさすると、柔らかく告げた。
「極力ゆっくりおいで」
 そして夜が明けて、明日がやってくる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

南雲・海莉
義父母と再会

この前、再会したばっかりなのに呼び出してごめん
でも世界を守る為なら分かってくれる?

お義父さん達の事、いっぱい覚えてる
死んじゃった後も、二人に治してもらったって人達から話をいっぱい聴いてる
企業の専属医師と救急救命士だったのよね

その企業がUDC組織だったって事や
私を養女にするきっかけが『ほんとの両親が巻き込まれた』事件に出動してたからって事は
猟兵に目覚めてから教わったわ

私ね、アルダワで心療医学を学び始めたの
ただ強いだけじゃ助けられないって気づいたから

でもお義父さんやお義母さんと同じ医療の道だから
もっと頑張ろう、って思えたの
二人が見ていたもの、もっと見えてくるかな?

今夜はいっぱい話そう?




「お義父さん、お義母さん……!」
 早く顔が見たくって南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は橋の上を駆け出した。
「この前、再会したばっかりなのに呼び出してごめん。でも世界を守る為なら分かってくれる?」
 息を切らす娘を腕を伸ばし出迎える義母にぽすりとダイブ。消毒液とあたたかな夕餉の香りが懐かしい。
「ふふ、世界を守る為でも何でもいいの、ただ逢いたいって願ってくれるだけで嬉しいわ」
「元気そうで何より。また逢えて夢みたいだ」
 大きな手のひらに撫でられたなら、甘え髪を擦った。
(「擽ったいし、恥ずかしいな……」)
 こんなに子供っぽくなってしまうなんて。成長して頑張ってるって胸を張りたいのに!
 忙しい義両親だった。けれども、海莉が寂しくないように、必ず時間を作ってくれた。
 お義父さんの膝で背中をぴたりとくっつけて、幼稚園であったことをお喋り。
 寝癖でくしゃくしゃの髪をさらさらのお姫様にしてくれるお義母さんの魔法の手。
 他にも沢山沢山。
 はぁっと大きく息を吐いたなら、大人の二人と目が合った。思わず弾ける笑い声。理由なんていらない、ただただあなたが傍にいてくれるなら。
「あの、ね。私、お義父さん達の事、いっぱい覚えてるし……死んじゃった後も、二人に治してもらったって人達から話をいっぱい聴いてるよ」
 幼い頃は人を守る立派なお仕事――ぐらいしかわからなかった。
 二人がUDC組織がらみの企業で専属医師と救急救命士として勤め上げていたと知ったのは、亡くなってからだ。
 一気に語ったなら、顔を見合わせてあとで義父は困惑に眉を寄せた。
「なんだい、海莉も難しい仕事に関わってしまったんだなあ……じゃあご両親のことも?」
 猟兵になって知ったと頷く海莉に、そっかぁとしょぼくれる様は大きなクマのぬいぐるみのよう。
 二人は『ほんとの両親が巻き込まれた』事件に出動していた。だが命拾いしたのは海莉のみで、孤児とするに忍びなく引き取り愛を注いでくれた。
「ずっと秘密にしたいって言ってたものね。いつ話そうかって私が持ちかけたら喧嘩になっちゃうぐらいには」
 くすくすと笑う母は海莉の前髪をさらりと撫で弾いた。
「え、喧嘩してたの?」
 まん丸にした黒曜の瞳には、バツが悪そうにそっぽを向く義父とますます得意げな義母が映る。
「私とあなたが支えればちゃんと真実に向き合える、海莉ちゃんは強い……が私の言い分」
「お義母さんの当たりね」
 ほら、と、海莉からのお墨付きに得意げな義母。血のつながりはないのにそっくりな表情だ。
「私ね、お義父さんとお義母さんに育ててもらえて幸せだったよ。二人がくれた優しいさでいっぱいなの。そうやって残してくれた生き方が、道を示してくれたんだから」
 誇ってねと、二人の手を左右でつなぎ胸に押し当てた、今の自分を示すように。
「アルダワで心療医学を学び始めたの。ただ強いだけじゃ助けられないって気づいたから。でもお義父さんやお義母さんと同じ医療の道だからもっと頑張ろう、って思え……なんで笑うの?」
 吹き出す義父に対して、今度は義母が頬を膨らませる番だ。
 何のことかわからずにキョトンとする娘へ、聞こえよがしの内緒話。
「お義母さんがね、昔同じような事を言い出して、色々な事を勉強しだしたんだよ」
「娘は母親に似るもんなんです!」
「嬉しいくせにね」
「あなたもでしょ?」
「ああ、そりゃそうさ」
 子供扱いはここまでと義父は改めて海莉と真剣な瞳をあわせる。
「本当にがんばったんだね、海莉は。猟兵になって、誰かを助ける手になるって決めたんだね」
「……二人が見ていたもの、もっと見えてくるかな?」
 義両親は励ましと心配を織り交ぜた顔をみせる。何のことはない、子供を持つ親が誰しも抱く感情だ。
「道を見いだすまでも色々あったんだろう?」
「うん」
「同じ医療の道を選んでくれて嬉しいわ。きっと、辛いこともあるだろうけれど、それも含めて選んだんでしょう?」
「うん、うん!」
 一気に沢山話した。
 けれど、今日は神様が世界のネジを止めてくれたのかもしれない。まだまだ夜は深くて時間は有り余っている。
 指を解き、今度は二人の間に立って腕を取った。遊園地に連れてきてもらった子供がぶら下がってはしゃぐように。
「今夜はいっぱい話そう?」
 朝が来るまで、沢山のお土産をもらって、こちらからも手渡そう。今日の思い出を抱えてまた明日へと生きていくんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・紅


呼ばれた気がして振り向いた
男の人と女の人
顔はもや
僕の中のもう一人が警戒し殺気立つけれど
僕は不思議と怖くなくて…懐かしくて
おいでって招く手を取った
そのあたたかさは朧げに記憶に残ってたソレで

おとぉさん、おかぁさんっ

呼べば懐かしい笑顔が鮮明となり振ってきた

思い切りぎゅぅって抱きしめて
抱きしめられたい
僕パンケーキ作れるようになったですよ!
それは素敵食べたいわ
またキラキラの場所であそびたぁい
遊園地だな父さんと全部乗ろう
頭を撫でて
子守歌を歌って

僕を襲った両親
僕が返り討った両親

どうして?よりも今は
甘えていいですか

二人の膝を独占して眠るの
…おやすみなさい
おとぉさん
おかぁさん

涙一滴
僕は初めて泣きました




 めかくし鬼、
 鬼は誰ですか?
“……仮に目の前に居るのが鬼だとして、目を塞ぐのも鬼の仲間じゃないです?”
“いいや、奴等は鬼畜でも今はもうなんもできねェ、だから見ンな。離れろロクでもねェンだよ……ッ”

「「紅」」

 声は後ろから。朧の舌打ちと同時に紅が振り返る。朧の殺気は変わらず、だが今の朧・紅(朧と紅・f01176)は、紅である。
 裾と赤色の髪をふんわり靡かせて振り返ったなら、抱きしめようと腕を広げる所作と、鷹揚に頷く様がとても懐かしい大人が二人、立っていた
 顔は描きあげてインクが乾く前に手で擦ったみたいに掠れてわからない。
「紅、おいで」
 でも声と仕草で間違いないと腑に落ちた、その直後小さなつま先が木の底を蹴る。
「おとぉさん、おかぁさんっ」
 小さな体躯が飛び込んでくるのを女が受け止め、男が後ろから背中をさする。
「元気だったかい?」
「逢いたかったわ」
「僕も、僕も逢いたかった、ですッ……」
 あたたかな胸にしがみつけば、赤色に擦られた上に記憶から切り取った両親の顔だけがぺたりと貼りつけられた。
 紅、紅、と呼ばれたら、あの時の笑顔のままの母が前髪を持ち上げて紅の紫苑の瞳を覗き込んだ。
「かわいらしいままの、私の紅」
 お願い抱きしめてとは言えず、代わりにぎゅぅとしがみついた。いつも綺麗なものを着せてくれた、優しいおかぁさんに。
「僕パンケーキ作れるようになったですよ!」
「それは素敵、食べたいわ」
 おかぁさんの香りは甘いケーキじゃなくって、鼻をツンとする香水と汗の入り交じったもの。いろいろな香りを次から次へと買ってきて、つけたりつけなかったり。
(「いけないです。またぼやけてしまうのです」)
 心の中の朧が牙を剥くのに対して、紅はトントンと胸を叩いて落ち着いてと言い聞かせる。
 今は二度と逢えないと諦めていたおとぅさんとおかぁさんと過ごす素敵な時間、朧、お願いだから眠っていて欲しいのです――。
「おとぉさん」
 母の腕の中で、すぐ横にいる父へ容を向ける。子供特有の鈴が転がるような甘え声に、父は嬉しそうに目を細めた。うん、細めた、きっと……。
 また靄が掛かる、払いのける為にいっぱい話して遊ばないと、と、紅の気持ちがせきたてられた。
「おとぉさん、僕、お願いがあるんです」
「ああ、なんだい? なんでも言ってご覧」
 母の腕が肩にまわり紅は安堵と共に身を預ける。まるで、すっかり懐いたミルクの匂いのする仔猫だ。
「またキラキラの場所であそびたぁい」
 王子様の白い馬がくるくる、愉快な動物きぐるみのパレード、心が弾む音楽に満ちあふれて、おとぅさんおかぁさんもみんなもニコニコしていたあの場所で。
「びゅんと上下の乗り物はまだ危ないよって言われたけども、今なら大丈夫だよ」
 えっへん! と胸を反らす我が子を微笑ましげに見下ろして、
「遊園地だな、父さんと全部乗ろう」
 もみくちゃでもいい、そうやって頭を撫でて欲しい。

“だから奴等は鬼畜だッてェの。ナニされたか忘れたのかよッ”
“……知ってるのです。二人とも僕に襲いかかってきました”
“だッたらなんでだよ、阿呆か”
“…………やめてください”

 朧、
 お願いだから、
 今は殺さないでください。
 朧。

「まぁ紅どうしたの?」
「寒いのかい? ああ、それはいけないね」
 父の上着に包まれて、いつしか座り込んだ母の膝を枕にして、紅は横たえられた。
 どうして? どうして…………のですか? よりも、今は……甘えていいですか。
「あふぅ……」
 眠いと言う代わりに目を擦って小さな欠伸をひとつ。
「……おやすみなさい、おとぉさん、おかぁさん」
 お休みと囁く二人は何処までも正常で優しくて、恐怖はないし…………も、されない。
 このまま匣に仕舞い込みたい程に優しい時間。リボンをかけ持ち帰って真実にできないのはわかってる。
 匣の中身なんて無いか、指を入れたら噛みつくサソリが入ってるのが関の山。だからせめて、子守歌で眠らせて。
「おやすみ、なさい」
 閉じた瞼に押し出されて、涙一滴。
 ――僕は初めて泣きました。

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴木・蜜
もう一度逢いたい人がいる

私にこの生き方を教えた彼
この名前と姿をくれた彼

不治の病を抱えて
病床に蒼白い体を横たえて
それでも私に多くを教えてくれた

初めての私の友人
かけがえのない親友
そして
私が救えなかった人

「私にはもう無理でしょうから」
「だから、私の代わりに生きて」
「そして沢山の人を救って下さい」
「貴方のねがいを捨てないで」

そう言い遺した貴方に
伝えたいことが沢山ある
褒めてくれなくていい
ただ、聞いてほしいのです

私は貴方の代わりに生きて
ずっとずっと 救おうとしてきた
間違いもしたけれど

それでも私は
貴方と私自身のねがいを捨てなかった

だから 佐伯さん
わたしは今もちゃんと生きているから
安心して、下さい




 橋の中央まで歩き、冴木・蜜(天賦の薬・f15222)欄干から川を眺めおろす。
 どのように在れば良いか見いだせなかった黒『 』に、その人は生き方を示してくれた。名の響きも彼から、姿も。さえぎみつという存在は、彼によってもたらされたと言ってもいい。
 けれども。
(「私は濁っていて、貴方は澄んでいる」)
 さえき と さえぎ。
「お久しぶりですね」
 ――気がつけば傍らに彼が佇んでいた。
「はい、お久しぶりです」
 蜜の丁寧な口調は何処か彼に似ている。
「元気でしたか?」
 彼は蜜の隣に並ぶと痩せた指を欄干におき水しぶきに目を眇めた。
 掠れ声の柔らかな話調と儚い微笑みは、伏せていた頃と変わらない。何者かもわからず怯え苦悩していた蜜に寄りってくれた、初めての友人であり掛け替えのない親友……。
「はい、この通りです」
 …………そして、蜜が救えなかった人。
「憶えていらっしゃいますか?」
 ハタハタと白衣の裾が風に遊ぶ音を聞きながら闇の濃い空を仰ぐと、彼が口火を切った。
「“私にはもう無理でしょうから……だから、私の代わりに生きて”」
 死の床で遺された言葉を繰り替えされて俯く。どうしても、哀しみで胸が潰れたあの日を想い出してしまうから。
「“そして沢山の人を救って下さい”……と、随分重たいものを背負わしてしまいました」
「いいえ、いいえ」
 黒髪を振り揺らし反駁、慌てて荒れたことへの謝罪を入れてから続けた。
「それは私の願いでした。貴方はこうも言ってくれたではありませんか――“貴方のねがいを捨てないで”って」
 人を、かけがえのない親友を、救いたかった。
 彼を助けられぬと確定した刹那、蜜の心は砕けた。それを丹念に集め再び“人”としてくれたのは間違いなくその遺言だ。
「……そうですね」
 安堵したように口元が解け合わせて蜜も肩の力を抜いた。夜は短い、ちゃんと話さないと。
「そう言い遺した貴方に伝えたいことが沢山あるんです。褒めてくれなくていい、ただ、聞いてほしいのです」
 蜜の眼差しは最期より幾らか前を見据えている、それは自分の願いを背負って生きてくれた証だろう、と――そんな意味のことを彼は迂遠に彼らしく述べ先を促す。
 ああ、と、話す前から胸が充ちて蜜は目をつむった。
 やはり、ここに来て良かった。
「私は貴方の代わりに生きて、ずっとずっと救おうとしてきました」
 身を削り命を危険に晒し、誰かを想い言葉を尽くした。
 届いたこともあった、届かないこともあった。
 語る声は時に熱を帯び、時に寂寞に塗れる。
 ただ、救いたい、救いたいと、闇雲な渇望が心を未来へと動かしたのは確かなのだと伝える。
「間違いもしたけれど……」
 欄干に顎をのせてぽつり。
 やはり間違っていなかったものもあるかもしれない、例えば邪神に身を浸した者はどうしても排除せねばならない、とか。
 けれども、それで良かったのかと常に悩み続けている。私なんかが命を奪って良かったのか、そもそも私は――……。
 とりとめのない自問自答も含めて、彼は全てに心を傾け聞いてくれた。
「……それでも私は、貴方と私自身のねがいを捨てなかった」
 漸く不器用な微笑みを作ることが、できた。
 もう朝が近い。
 だから、苦しいとか寂しいとか辛いとかそういう負の感情よりも、彼が蜜の道を照らしてくれたように返したい。
「だから 佐伯さん」
 花が仄かに夜に沈まぬ程度でもいいから貴方の道に灯っていたい。
「わたしは今もちゃんと生きているから……安心して、下さい」
 首をことりと傾けて蜜は笑みを深くした。そうすると、幼子のような無垢さが滲む。
「うん、うん……」
 嗚呼、朝焼けの紫が、彼の姿を冥府へと連れていく。朝なのに、彼は昏闇に還っていく――刻限だ。
「もし、これが私の思い上がりだったら恥ずかしいのだけれども」
 ゆらゆらと散りながらも佐伯は再び蜜へと遺しはじめる。
「私が貴方を少しでも救えたのだとしたら」
「少しじゃ、ないです! 佐伯さん」
 ごめんなさいとまた謝罪する蜜へ、破顔し既に欠け落ちた手を差し伸べた。
「……ありがとう。私が貴方を救うことができたのならば、貴方が生きる限り私は存在していられます」
 崩れる腕を掬い取るように掴んでも、蜜の指は宙を掴むだけ。哀しげに歪む眉へ、佐伯はあやすように口元を持ち上げた。
「そして、貴方がこれからも沢山の人を救っていくのなら、その人の何処かに宿ることができると思うんです」
 ねえ、と佐伯は蜜の名を呼び、最期の微笑みを遺す。
「きっとそれは素敵なことですよ。だから“貴方のねがいを捨てないで”そうやって、沢山の人につないで――生きて下さい」
 どうか、これからも。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月15日


挿絵イラスト