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大祓百鬼夜行⑲〜こんから路によゐぞなく

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行 #プレイング受付:16日一杯まで

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#大祓百鬼夜行
#プレイング受付:16日一杯まで


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●こんから、魂空
 それは電子の海にぷかりと浮かぶ、泡沫の噂に過ぎなかった。
 午前二時、瞳をそうと閉じて。こんから、こんからと、一風変わった音を立てる踏切が上がるまでに――約束の歌、紡ぎ終えれば。魂は歌い人の持つ品を縁に「還ってくる」のだという。
 多くの人は一笑に付すような他愛もないオカルト板の噂だ。
 けれど一縷もない、砂粒より幽かな希望に縋らずにはいられない者が絶えず訪れるのだ。幽鬼の様に真っ青な顔で、遺物を大事に抱えて。

 叶わぬ願いに身を浸した者達は気付かない。その景色がねじ曲がっていく事に。今までと通る電車の音が違う事に。
 想いに囚われた者達は己が虜囚となった事に、気付かない。

●宵に、酔いて
「想いは強ければ強い程、時にその目を眩ませる。それを幸福と呼ぶか、不幸と断ずるかは人それぞれであろうがね」
 そう、いつもの様に皮肉気に肩を竦めるのはヴォルフガング・ディーツェ(花葬ラメント・f09192)だ。
 グリモア猟兵の男は集まった猟兵達、それぞれの顔に過ぎる想いにも、止まる手にも敢えて気付かぬ素振りで指を鳴らす。
 猟兵達の目前に現れたのは虚構の電子掲示板――駅で良く見かけるものだ。写し出されるのは真夜中の踏み切りに立ち竦む幾人か。

「今回も大祓百鬼夜行に関する案件だが、実際に影響が出ているのはUDCアースだ。日本国の関東地域、その一角の踏切迷宮の踏破をお願いしたい」
「踏切迷宮?」
「ああ。その路線は本来単線の筈なんだが、オブリビオンの力によって数百本の線路や踏切に増幅している。UDCアースの住民はその事態を現実と認識できないまま、無限の踏切迷宮の只中で、遮断機が上がるのを待ち続けているってワケさ」
「パニックにはなっていない?」
「それは大丈夫だろう、彼等はとある迷信に従い未だ瞑目したままであるからね」
 亡くした人が還って来る、そんな噂をただただ信じて。彼等は現実から目を背ける様に固く瞼を閉ざした儘であるのだと男は告げる。その場所がサクラミラージュであったのなら、噂は確かに受肉したかも知れない。けれど、それは叶わぬ願いの結露でしかない。

「路線が真っ当でなければ電車は動かせない。電車が進行出来なければ物流も滞る…正にドミノ倒しだ」
 そうなる前、真夜中の内に決着を付けて欲しい。
「無理に踏み切りを渡ろうとすると妖怪電車にそれはもう見事に跳ねられるよ。怖いね」
「楽しそうに言う事か…?」
「ごめんごめん、因みに跳ねられるのは敵味方関係ないみたい。上手く使えば有利に働くかもね」
 お相手はこちら、と続けて切り替わる掲示板には黒曜の獣達が写し出される。
「識別名「幽み玄影」だ。多数存在する上に、暗闇からの奇襲を得意とする個体だ。注意してくれ」
 獣らは何かを求めるようにさ迷う。まるで囚われ人達と同じように。

「そういえば、踏み切りに来ている人が歌う歌って?」
「ああ、歌というかなんというかだけど…」
 
 今宵、今宵を逢瀬としましょう
 愛しき君、欠けゆくあなた
 来世は待てぬ、戀世を共に
 それが叶わぬその時は

 どうぞ一緒に、参りましょう。


冬伽くーた
 踏切の逸話に惹かれる方、冬伽 くーたです。今回は引き続き、大祓百鬼夜行関連シナリオとなります。囚われた人々を救出しつつのオブリビオンの撃退をお願い致します。

 場所は真夜中の踏み切り迷宮。平素は地方のよくある単線路線でしたが、幾つもの路が出来て広大な場所になっています。尚、囚われた人々はオブリビオン、猟兵とやや離れた位置で固まっているため、特段の救出策は不要となります(声かけはして頂いても構いません。PC様にあわせてこちらでNPCをご用意致します)

 受付開始~〆切はTwitter、当シナリオタグ、マスターページで告知致します。お手数ですがご確認下さい。
 今回も遅筆かつ全採用は不確定の為、併せてご了承頂けましたら幸いです。

 プレイングボーナス……踏切と妖怪電車を利用して戦う。
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第1章 集団戦 『幽み玄影』

POW   :    黒曜ノ刃ニ忘ルル
【集団で暗がりからの奇襲】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【名前とそれにまつわる記憶を奪い、その経験】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    願イハ満チ足ラズ
戦闘中に食べた【名前や記憶】の量と質に応じて【増殖し、満たされぬ執着を強め】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
WIZ   :    名モナキ獣ハ斯ク餓エル
【群れの一体が意識】を向けた対象に、【膨大な経験と緻密な連携による連撃】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

クロム・エルフェルト
踏切侵入と同時にUC発動
――昔人不還。此の踏切は親切ね。
ええ、どうか其の儘"開かず"で居て頂戴。
明幽の境は、決して混じってはいけないもの。

多少は噛まれてあげましょうか。
その方が油断してくれるでしょう?
足先でレールに触れれば振動を読み
次の電車に丁度敵が轢かれるよう
縮地(ダッシュ)と足捌き(戦闘知識・足場習熟)用いて
此岸の歌に合せ彼岸にて舞い太刀廻る

無梵天にヒトの時間は刹那にも満たず
故、来世すら"イマ"として知覚出来る

 されど来世を、待ちましょう
 叶わぬ乞いも刻に流し
 愛し君を、先にて満たす

知らず零れた返歌は、敵への挽歌か
或は、還れぬヒト達が私の口を借りたのか

 「「今宵、今宵を別離としましょう」」




 かんから、かんから——。
 普通の踏切とは異なる、間延びしたどこか物悲しげな音の響き渡る中に、剣狐——クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)の姿はあった。
 クロムの目の前には上がる気配が見えない遮断桿が横たわっていた。全ての者の立ち入りを拒むように…否、実際にそうなのであろう。剥げた塗装の下、浮かぶ赤錆と寂し気な音色が合わさり、やけにクロムの耳目を突く。
(――昔人不還。此の踏切は親切ね)
 ちら、と横に向けた視線の先には小学生くらいに見える少年少女達の姿。聞かされた予見の通り、その目は頑なに瞑られ必死に歌とも言えない歌を紡いでいる。…かつて当たり前にあっただろう幸福が、その脳裏にはよぎっているのだろうか。
「ええ、どうか其の儘"開かず"で居て頂戴。明幽の境は、決して混じってはいけないもの」
 僅か視線を落とし、紡ぐクロムの独白…生と死はまさにこの線路の如く。
 どれだけ願っても、縋っても決して交わる事はない。その魂は末期の苦と共に次なる階へと向かうのだ。今も尚仕事を果たす遮断桿を労わるように撫で、剣狐は潜り抜けていく——。

 進入を果たした迷宮をクロムは直ぐに視線を巡らせる。迷宮化した際に取り込んだのであろうか。駅のホームに良くある蛍光灯がちかり、ちかりと瞬くものの光量は十分とは言えない。足掛けた線路より響く音はまだ遠い…列車の到着まではしばらく時間がありそうだ。

 そうして自ずと作り出された迷宮の暗がりの中、嘲る様に唸る獣の野卑を剣狐は聞き逃さなかった。刻祇刀・憑紅摸の柄に手を掛けた瞬間、幽冥から風を切る様に飛び出してきたのは目前と…それから自身の後方、計3頭の夜色の獣。
 視界いっぱいに広がっていく一頭目、そのぬらぬらとした闇色の牙が迫り、クロムの咽喉を捉えようとした瞬間、先手を取った剣狐の刃が翻る。
 肉に食い込む確かな手応えは僅か一瞬。禁足の地へと足を掛ける際、既に纏っていた『覚醒・壬妖神剣狐(シキ・ソク・ゼ・スイ)』の力は、熟練の猟兵に更なる力を齎す。怪異の容易い両断を可能とし、まるでバターにナイフを滑らせるかの様に断ち切り、その首と胴体を泣き別れにしたのであった。
 慣性で止まれない獣の体は突進の勢いそのまま、クロムの脇を通り過ぎ、機会を窺っていた別の幽み玄影の鼻先へと湿った音を立てて落下。その様を見て取った獣は剣狐を獲物から仇敵へと認識を改めたようだ。連携を取り合う様に鳴き声を上げ、各々散開していく。
 クロムの足裏、伝わる揺れと近づく駆動音は列車の到着が迫りくることを伝える。

(多少は噛まれてあげましょうか。その方が油断してくれるでしょう?)
 刻一刻と迫る猶予。如何に猟兵であろうと、強大な質量と物理法則の塊である列車との衝突は命に係わる。
 けれど、クロムの心は凪いだ湖面のよう。…たとえそれが、敵の骨を断つ為に己が肉を食ませる算段を付けようとも。
 呼吸を合わせ、僅かに時間をずらして襲い来る獣達の波状攻撃。その間隙を縫うことは剣狐には造作のないことであったが、敢えて一呼吸、足並みを遅れさせる。
 一頭目の口を両断し、その背後から飛び掛かる獣の牙をクロムは敢えてその肢体で受け止めた。好機と取った獣の牙が脇腹を掠め、じわりと滲み出た朱色が着物を汚す。
 降り立った獣は歓喜の雄たけびを上げる。再び宵闇に紛れようと姿勢を下げたところ——
「いいえ、籠に囚われたのはあなた」
 ——パァァァン!!
 警笛と共に猛スピードで入ったきたのは全身が赤錆に覆われ、元の色すら分からぬ程に血錆の浮いた妖怪列車だ。その進入を読み、獣へと言葉と共に飛び退いたクロムはその金糸の髪を大きく揺らされる程度で済んだが、獣はそうはいかない。
 硬直し、見開いた眼の儘に跳ね飛ばされ、高々と宙を舞う。ぎゃうん、という悲痛な声が獣の口から零れ落ちた。

 獣を追い、剣士は駆ける。
 その踏歩は武の極致たる縮地となり。
 その捌足は地形をも呑む神速となる。
「無梵天にヒトの時間は刹那にも満たず。故、来世すら"イマ"として知覚出来る」
 その高み、現世の僅かな刻すら手中に収める。
 三度目、刃は彼岸にて舞い太刀廻る。剣狐の唇より紡がれる、此岸の歌を縁として。

  されど来世を、待ちましょう
  叶わぬ乞いも刻に流し
  愛し君を、先にて満たす

  知らず零れた返歌は、敵への挽歌か。或は、還れぬヒト達がクロムの口を借りたのか。いずれかを知るのは——
「「今宵、今宵を別離としましょう」」
 ——開かれた極致の天、その先であろう。刃は音もなく、獣を更なる高みへと押し上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
…帰ってきてくれるなら。
そんな風に思う気持ちは、わかるけれど。
でも、望んだ人が望んだ姿で戻ってくるとは、限らないからな。
生まれて死ぬから、命なんだ。
…慌てなくても、きっといつか、骸の海で会えるはずだから。
今は敵を倒す事だけ考えよう。

何も知らない普通の人を巻き込まないうちに、敵は倒してしまおうか。

チィ、おいで。お手伝いを頼む。
UC【精霊共鳴】で、力いっぱいに。
そして、[属性攻撃、多重詠唱]で幽み玄影を線路に押しつぶそう。
地の闇の精霊様、お願いします!

敵の攻撃は[カウンター、範囲攻撃、援護射撃、野生の勘、第六感]で迎撃を。
無理そうなら[激痛体制]で我慢だな。

後は電車がやってくれば、ぺちゃんこだな。




「…帰ってきてくれるなら」
 そんな風に思う気持ちは、わかるけれど。続く言葉は、音になるまでしばらくの時間を要した。だって、痛いほどに分かるから。
 交わす言葉がないと分かって目覚める朝。手を繋いで歩く家族を見た昼下がりの町。独り毛布に包まった静寂の夜。いくつも、いくつも木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)もまた過ごしてきたのだから。
「でも、望んだ人が望んだ姿で戻ってくるとは、限らないからな」
 猟兵となり、様々な事件と遭遇する中でも見た光景だ。会いたい人が幻であったり、それ自体が罠であったり…全くの異形と化していたり。
 触れ合いたいと願う人に、記憶のままの姿形と健やかな心がある事。それは当たり前なんかじゃない事を——都月はもう、痛い程に知っているのだ。
 
 月の精霊——チィは主のそんな心を見透かすかの様だ。つぶらな目でじっと見上げる姿にかつての森の仲間、その面影を見出しながら青年はわしゃりとその小さな頭をなでる。
「…慌てなくても、きっといつか、骸の海で会えるはずだから」
 今は、敵を倒す事だけ考えていれば良い。森色の外套を翻して——さあ、狩りへと向かおう。

 跨いだ遮断桿の先はひどく静かだ。先程まで耳にこびりつく様だった何もしらない人々が紡ぎ続ける呪歌も、彼らから離れた今は既に遠い。一般人と距離がある事、巻き込まないで済む事にほうと安堵の息を吐く。
(あの人達も、楽になれば良いんだけどな)
 この場に偶然迷い込んだのだろう、ひんひんと泣いていた風の精霊の子の言葉が代わりのように耳から離れない。
 ——アノヒトタチ、コワイケハイガスル
(…呪詛、いや、呪おうとしているんじゃないだろうけれど)
 頭を振る。時に、強い想いが込められた言の葉は何よりも強い呪いとなる。恐らく、彼らは儀式めいた振る舞いを無意識に行っているのだろう。それがこの迷宮との成り立ちと関係しているかは憶測の域を出ないが…「彼ら」にとっては馳走となる事は想像に難くない。

「…来たか」
 都月の頭上に揺れる狐耳がぴんと揺れた。研ぎ澄まされた勘と夜闇を見通す青年のぬばたま色の目は、闇の中で蠢く獣の気配を捉える。数は…7、8頭といったところか。かなり多い。
 気付かれた事を察したか。都月の隙を探ろうと、じわり、じわりと獣たちは横に広がっていく。円陣に収めるつもりか、はたまた死角からの襲撃を狙うのか。
 いずれにしても集団での狩りの効率、その恐ろしさをかつての捕食者として知っている青年は敢えて一歩前に出る。
「力を貸して、チィ。…精霊様は風起こしをお願いします!」
 都月の呼びかけにチィ!と気合十分の声を上げ、宙で丸まった精霊の仔は地上の小さな月となり、青年の杖に祝福を注ぐ。
 続く詠唱と共にマカサレタ!と飛び出したのは先ほどの精霊の仔。その背の翅を震わせて、悪しきを断つ風刃を四方八方へと飛ばし、獣達を引き裂く。
 その援護とばかりに都月の杖から迸る鋭利な葉が逃れた獣達の幾体を捉え、冥府へと誘う。
 その先制攻撃を皮切りに獣達は瞬時に散開、暗がりを利用しながら一斉に青年へと襲い掛かる。
「!」
 目前に迫り来る闇色の牙、死臭に満ちた吐息を青年は杖とその魔力で打ち払い、地へと叩き落し、時に身を捩じらせる。浅く都月の頬を捉えた牙の痛みを抑え、此度呼び出すのは親しき双霊。
「地と闇の精霊様、お願いします!」
 愛し子と親和性のある精霊の助力を2体の精霊は断らない。
 宙でまるで円舞曲を踊るように指を絡ませ、回転し——全てを縫い留める重力波へと変貌する。線路が砕けそうな程の呪縛から、獣達は逃れられない。骨の砕ける音、苦鳴が辺りを支配する。
 やがて迫り来る列車の車輪音に合わせ、都月が素早くその場を離れたならば…
「後は電車がやってくれば、ぺちゃんこだな」
 …もはや結末は語るまでもない。
 その重量と勢い、あらゆるものを蹂躙する力を供えた電車の音は大きく——獣達の断末魔を都月の耳に届けなかった事は幸いだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
……相も変わらず、ひとは良く分からないことをしますねぇ
己が後を追うのでなく、取り戻そうとする
……こんな迷信に縋って、どう考えても合理的ではないのに

先日、依頼であの子に言われたばかり
感情はそんな風に簡単に割り切れるものではないのだと
大切に想うとは、そういうことなのだと
まだ理解は追い付かなくて、でも、“大切”を知ってしまったから、今度は勝手に死ねとは言えない
あの子の眼差しが思い出されて、言わせて貰えない

【誘惑、おびき寄せ、催眠術、恐怖を与える】で線路の方へ惹き寄せ【生命力吸収、念動力】で線路へ抑え込みましょう
さ、どうぞそのまま轢かれてくださいな

……全く
私の頭を悩ませるだなんて、あの子くらいだ




 ふわり降り立てば、その艶やかなぬばたまを飾る彼岸花は音もなく揺れる。
 ぐうるりと周囲を見渡す葬・祝(   ・f27942)の傍には、先に転送されていただろう猟兵達の姿は見えない。代わりにその老いた手を一心不乱にすり合わせる老人たちの姿が目に入った。
(……相も変わらず、ひとは良く分からないことをしますねぇ)
 その端正な面持ちに浮かぶのは純粋な疑問。
 年若い少年に見える祝は、その実態は千の年月を重ねた霊だ。髪に霜置く老人達よりも長い時を刻み、そして同じ様な光景を何度も見て来た。
(己が後を追うのでなく、取り戻そうとする)
 ヒトとは進歩しないものだ。誰も彼もがまるで蜘蛛の様。生の淵で己の欲に塗れた糸を垂らし、想い人が這い上がって来る事をいついつまでも待ち続けるのだ。

 彼等の脇を通り過ぎる。
(先日、依頼であの子に言われたばかり)
 全く持って合理的ではなければ、意気地もない。今までの祝であれば間違いなく切り捨てていただろう。けれど、
(感情はそんな風に簡単に割り切れるものではないのだと)
 大切に想うとは、そういうことなのだと――嘗て、己が手を引いた子が説いた言葉は、祝の胸にひらり舞って、今も留まる。
 まだ理解は追い付いていないけれど。それでも。
(でも、“大切”を知ってしまったから。今度は勝手に死ねとは言えない)
 生と死の境界、その真中に佇む遮断桿にふわりと腰掛ける。
 (あの子の眼差しが思い出されて、言わせて貰えない)
 強い光を放つ金色が、そうとは言わせてくれないのだ。

 羽の様に軽やかに、死地へと身を躍らせた祝の前に闇色の獣達が現れる。
 じわりじわりと闇からしみ出してくる狗達に怖い怖い、と芝居掛かった仕草で朱霊は己の口元を覆って見せる。
「私の肉を食べたって良い事はないというのに」
 笑むように細められた瞳は、けれど底知れぬ埋影を映す。
 祝は他者の命で食いつなぐ必要のない躰。幽み玄影達が尋常の獣であったならば、有り得なかった邂逅であったかも知れない。けれど、彼等が欲するのは人の強い想い。名前。記憶。――祝が決して手離せぬ緋の縁糸。
 故に、加減は要らぬ。その繊手をついと持ち上げ、獣達へと差し出す。

 一瞬即発。その緊張を破る様に獣が地を蹴る。
 ある者は空から朱霊の喉笛を狙わんと、ある者はその華奢な足を食いちぎらんと爛々と目を輝かせる。
 対する祝がしたのは僅かな仕草。獣達へと向けた指を一つ、また一つと手招く様に折っていくのみ。
 ただそれだけの動作に、正気を奪う程の蠱惑と、底知れぬ恐怖とが千年の重みを持って獣達を戒める。
 彼等に抗う術はなかった。歩き出した祝の後を従順な猟犬の様に追う。
 こんから、こんから。物寂し気に響き渡る音に目を細める。――そろそろ電車が訪れるらしい。
「さ、どうぞそのまま轢かれてくださいな」
 ――そうして獣達にとっての黄泉路は拓かれた。
 祝が手招く指を翻し、地を指し示せば、鈴の音が辺りに響く。
 獣達はその命を瞬く間に啜られ、弱った四肢は念動力によって線路に縫い止められた。その拍子に出来た傷が瞬く間に腐り落ちる様に、恐慌に満ちた叫びが上がる。
 程なく現れた電車の車輪が何度か不自然に跳ね上がり、そのまま虚空に消えていく――獣らの末路は語るまでもないだろう。
 
 目的を達成した祝は鬱蒼と微笑み、踵を返す。獣の数は残り僅かと見て取れた、他の猟兵への加勢は必要ないだろう。
 命の遣り取りすら彼には僅かな煩悶となりはしない。例外があるとすれば、それはたった一つ。
「……全く。私の頭を悩ませるだなんて、あの子くらいだ」
 ふ、と淡く微笑って。結局今日も脳裏に居座る影があった。祝の口から恨み言と呼ぶには柔らかな音が漏れる。
 自分の生に意を与える唯一、此岸に咲く曼珠沙華。
 死にぞ手折らせはしない手中の花を想い、今日もまた祝は年月を刻んでいくのだ。 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
逢瀬というのなら
もう少し風情のある場所が良いと思うけれど

はてさて
それは理解してもらえなさそうですから…
さっさと済ませてしまいましょうか
敵意に反応を示す結界を己を中心に張り
破魔とオーラ防御を纏う

還ってくる
そんな都合の良いこと…
あの時の自分が聴けば「出来るものなら還りたい」と言ったかもしれない
野生の勘と結界の反応を頼りに奇襲を武器で受け流す

けど
今生(ここ)にも大切な人達ができたから
今はそれを望まない
藍雷鳥でなぎ払い
麻痺の呪詛で縛った後は
焔華を咲かせましょう

…巡ることはあれど
還ることは
きっとできない

電車が来たなら上空へ待避
必要ならば最期の焔華をもう一度

どうか月明かりが
最善の路を照らしてくれますように




 今回の舞台となった踏切迷宮は色彩に乏しい地だった。
 原風景を幾らか取り込んだであろうコンクリートと思しき灰色の壁は厚く立ち込める。
 本来であれば彼方と此方、その境界を引く遮断桿は蜂の如き色彩を纏うが、重ねた年月を示してか赤錆のくすんだ色を示すのみ。
 そんな殺風景な中、1人の娘がその背の翼をふわりはためかせ、舞い降りる。落ち着いた色合いの鳶の翼を畳む橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)はふう、と小さく嘆息とも呆れとも取れる息を洩らす。
「逢瀬というのなら、もう少し風情のある場所が良いと思うけれど」
 合い戀う者が手と手を取る、そんな幸せな情景を人々が望んでいる事は知っているけれども。
 それでも、人を喰らわんとする獣達の傍より綺麗な場所は幾らでもある。それを世界を巡る千織は知っているのだ。
「それは理解してもらえなさそうですから…さっさと済ませてしまいましょうか」
 遮断桿の脇をするりと抜け、迷宮へと足を踏み入れる。
 決して派手ではないながら、華美な着物を纏う美しい立ち振る舞いの娘。その色彩が暗がりを塗り替えていく。

 指先で文字を辿り、微かに開いた艶やかな唇から祈り零せば、己に向けられた敵意に反応する結界が千織を取り囲む。
 ゆらり舞う花界の向こう、蠢く影は数える程度。突き刺す様な敵意に結界が反応し、一層の華やぎを纏う。先に交戦した猟兵達の影響か、境界を踏み越える者達を獣はか弱き獲物と認識していない様であった。

 油断なく周囲を見据える娘の脳裏に、ふと影を落とすのは途中で見掛けた人々の姿。幽鬼そのものの生気に乏しい顔で、一心不乱に還り人を求める祈りの残骸。
(還ってくる、そんな都合の良いこと…)
 苦虫を噛み潰したかのように、知らず、娘は顔を顰めていた。
 この地で願う輪廻は夏の逃げ水、一炊の夢…その程度に過ぎない夢想だ。けれど。
(あの時の自分が聴けば「出来るものなら還りたい」と言ったかもしれない)
 儚い希望に縋らざるを得ない、そんな息苦しさは千織にも覚えがあった。
 傍には誰もいなかったあの日、俯く事しか出来なかった自分であれば――どう応えただろうか。
(けど)
 今生(ここ)にも大切な人達ができたから。今はそれを望まない。
 静かに構える藍雷鳥の如く、娘の横顔には揺らぎはない。

 焦れたのは獣が先であった。隙が無いなら作るまで…そういうかの様に、四方に散らばり夜闇より牙を剥く。
 正に獣が行う狩りの様に、その群行は正確無比。
 対する千織はその場より動かず、迎撃を選んだ。彼等の大凡の位置を結界で割り出し、時にその背筋を駆ける悪寒を頼りに身を捩じらせ、時に掬い上げる様な薙刀の斬撃で四肢を斬り飛ばす。一体一体の強さは左程でなくても、兎に角数を頼りにした戦術は厄介を極めた。
 娘は息つく暇もなく渡り合う…けれど、獣達は気付かない。千織の優美にして鋭敏なる動きそのものが、高きモノに捧ぐ舞であった事に。息つくように薄ら開いた唇が、呪詛を紡いでいた事に。

 戒めの呪詛は獣達を強かに捉えた。しきりにもがく獣を前に、千織の舞――最後の一差しが終わりを告げる。
 麗しき娘を彩る様に、幾つもの焔が咲いた。触れる全てを溶かす劫火の椿花は術者の掌で鮮やかさを増す。
 千織がふわり、息を吹き掛ければ…華焔は忽ちに獣達の身に咲き誇り、その穢れごと焼き尽くしていく。

 弔い火の如く、獣達から立ち昇った煙は間を開けず線路へと侵入してきた列車によって見えなくなっていった。
 事前に察し、空へと再び身を躍らせた千織はその儚さを目に焼き付ける。
(…巡ることはあれど、還ることはきっとできない)
 魂は巡れど、同じ形に戻る事はないのだ。だから、今は遠き月明かりに願う。
「最善の路を照らしてくれますように」
 祈りと共に放る焔の花は、ちろり、ちろり、優しい温もり火となって寂寞の地に降り注がれていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鞍馬之・義経
アドリブ◎
そこまで逢いたい人なれば
逢わせてあげるが親切でしょうか
ああ、でも勝手をするとまた兄上様に叱られてしまうかもしれません
僕はほめられたいです
だからね、邪魔な獣はさよならしましょう

ふわり衣をはためかせ戦の場に降り立って
ついと鴉を闇に放つ

弁慶、役目を果たせ

御意にと応える家臣を目に戦場を把握して
【五条大橋童歌】
彼方此方へ跳び回りましょう
時には数を誘い、弁慶から知らされたタイミングで電車の方へでぺっしゃんこ
時には素早く斬り捨てて
…ダメですよこれは僕の、『僕たち』の物語
食べさせてなんかあげません
満ち足りないのは当たり前
名前も逸話も
人から奪ったって意味はない

なら僕は…?
なんて、どうでもいいことですね




 猟兵達が転送されて早幾許か。
 その間に多くの獣の呻きが流れ、幾本もの電車が鈍い音を立てて通り過ぎた。それは否が応でも肌を撫ぜる、濃厚な死の気配が漂う応酬だ。
 幽世を救うための戦いでもあり、同時に虜囚となった人々を解放せんとする戦火でもあった。しかし、未だ多くの者は頑なに目を開く事はない、そうすれば全てが潰える、そう言わんばかりに。

 動く者がなければ、当然物音もまた立つ事はない。死にも似た静寂はもう暫く続くと思われた…が、そこに烏を連れた白髪の少年がふわりと舞い降りる。その体重を感じさせない動きは、受け止めた遮断桿を僅かに弛ませるに留めた。
 少年はきょろりと辺りを見渡し、獣らの姿が見えないと悟るや肩に留まる烏をちらりと見遣り、端的に命じる。
「弁慶、役目を果たせ」
『御意に!』
 遮断桿の上に器用に佇ずむ鞍馬之・義経(鞍馬山の鴉・f28135)に、烏はついでとばかりに小言を告げながら薄明りの下に飛び立つ。
 未だきんきんとする耳は安くない代償だったが、口煩さと同じくらい役に立つ従者は確実に獣らの居場所を捉えるだろう。耳にえいや、と小指を収める事で事なきを得た少年の視界には、未だ祈り唱える者達の姿が映る。
「そこまで逢いたい人なれば、逢わせてあげるが親切でしょうか」
 義経は首を傾げる。それはまるで「鳥にご飯をあげなくちゃ」とでも言う様な軽やかな響きだ。少しばかり「悪戯」をしてみても良いかも知れない、そうにんまりと唇を釣り上げたが。
「ああ、でも勝手をするとまた兄上様に叱られてしまうかもしれません。僕はほめられたいです」
 敬愛する兄の顔が過ぎり、笑みはしんなり枯れていく。敬愛、崇拝、思慕…あらゆる感情を向ける兄を煩わせるのは、殊の外応えるのだ。
「だからね、邪魔な獣はさよならしましょう」
 そうすれば、きっと褒めて貰えるから。折よく戻ってきた従者に視線を戻し、少年は些事を意識から締め出した。
 もう、義経の記憶に有象無象の生きた屍は存在しない。

「ああ、本当だ。まだ結構隠れていたんですね」 
 弁慶に導かれた場所は、今まで猟兵達が刃を交わした場所よりもう暫く進んだところにあった。灯りから離れた事で、戦場の薄暗さは増しており、獣達が潜むには確かにお誂え向きだろう。
 宵闇より次々と飛び掛かる獣は、しかし義経を捉える事は出来ずにその残像を喰らうのみ。
 彼方、此方。宵闇に舞う眞白は目立つ程であるのに、その行き先を杳として知らせない。
 『五条大橋童歌(ゴジョウオオハシワラベウタ)』――少年の逸話より培われた異能はその身を蝶の様に舞わせ、蜂の様に刺す業。
 一体目の獣を下から脳天に抜ける様に大太刀で突き抉り、返す刃は器用に両手持ちで振り上げ、背筋を捕えんとした獣をその更に後ろより両断する。
 仲間を斬り倒され、威嚇の唸り声を上げる獣達に薄らと笑みを一つ。鬼よおいで、と誘う微笑みは純粋な子どもそのものだが、戦場で浮かべるには余りに不釣り合いでもあった。
「…ダメですよこれは僕の、『僕たち』の物語。食べさせてなんかあげません」
 笑みの純度が増す。陶然とした表情は確かに幸福に満ちていたが、同時に読み手を放り投げた物語じみた排他の狂気を含んで色付く。そのいっそ神秘的な雰囲気のまま闇へと身を翻すのだ。

 すかさず獣達は少年の後を複数で追い掛ける。乱反射する爪の音、獣の唸り声に、ひそり義経は笑みを零す。そのまま異能により、反対側の踏切へと逃げ切れば…獣達の前には、炯々と光る紅色――彼の電車が再び姿を顕す。
 ブレーキ音と、固い「ナニカ」が砕ける音に、少年はちろり、紅い舌を覗かせる。
「満ち足りないのは当たり前。名前も逸話も人から奪ったって意味はないんです」
 それは所詮借り物。自分色に染め上げる事も出来ない代用品に過ぎないのだから…そこまで考えた義経はふと疑問に思った。
(なら僕は…?なんて、どうでもいいことですね)
 少なくとも、今の自分に不満はないのだから。
 第二の目の役目を終えた烏の従僕が自分の肩に留まった事を確認し、踵を返す。
 従僕を従え、兄を敬愛し――されど白拍子を持たない少年を彩る様に、白の薄絹がふわりと揺れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
もう会うことができないのなら
その人との記憶を持ち続けるのは辛い事かもしれません
でも、その人の名前や記憶を奪われてしまえば、その人の存在そのものが失われてしまう思うんです
再び会いたいと思う程に大切な人なら…奪わせません

こっちです
【第六感】【ダッシュ】で攻撃をかわしつつ踏切内へ侵入
【錬成カミヤドリ】で錬成体を踏切内へ顕現させ、その場で戦闘
同時に自分は【闇に紛れ】踏切の外へ
電車にはねられる直前に錬成を解く

戦闘後は囚われた人達を解放
再び迷い込まぬよう、残酷でもあえて告げる
亡くした人に会いたい気持ちは分かります
でも、ここにはあなた達の望む人は来ないんです
再び会えるのはもっと先です、だから今は帰りましょう




(もう会うことができないのなら、その人との記憶を持ち続けるのは辛い事かもしれません)
 桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)はその眼差しを伏せる。目の前に広がる線路の様に、生は還り路など見えぬ一方通行。その暗がりを思い出を確かに寄り添い、照らすだろう。けれど拠り所にするという事は、目を逸らす事すら出来なくなってしまう。
 ならば、忘却の救いを待つ事も一つの路であろう。…けれど。
(でも、その人の名前や記憶を奪われてしまえば、その人の存在そのものが失われてしまうと思うんです)
 忘れる事は、死者をその胸に抱き留める事。
 記憶は形をほろほろと亡くしても、その心に枯葉の様に降り積もっていく。新しい芽吹きの助けとなる。
 しかし、奪われてしまえばそこには何も残らない。唯の虚無でしかないのだ。
 幾夜も、幾年も。幸福な思い出に抱き締めた儘歩き続けたカイだからこそ、その残酷さが痛いほどに分かった。――けれど、取りこぼしていたなら良かっただなんて、絶対に言わないから。
「再び会いたいと思う程に大切な人なら…奪わせません」
 凛と顔を上げる。その瞳は憂いではなく、理不尽への怒りに強く澄んでいく。
 今も尚、啜り泣きながら祈る男の、女の、子の為に、自分には出来る事がある。

 踏切を潜り抜けた刹那、最後の抵抗とばかりに、牙を剥き出し大挙する獣達。その隙間をカイはその脚で潜り抜けていく。己の頭を喰らわんとした獣を持ち前の直感で繰り糸で弾き飛ばす。
 そうして踏み込んだ踏切の真ん中で、青年は己の異能を解き放つ。花がゆっくりと綻ぶように現れ、立ち上がる姿は狐の面を付けるカイに瓜二つの青年…「本体」とそっくりの写身達だ。
「行って下さい」
 一体、一体と目を合わせて。青年の呼び声と同時に写身達は自分達を取り囲む獣達へと向き合い、糸を構える。
 俄かに獣達は混乱に陥った。それも当然であろう、先ほどまで一心不乱に追い掛けていた手強い獲物が無数に増えているのだから!
 精彩を欠いた牙は容易く受け止められ、無数の糸が閃く…やがて更に駆け付けた獣達と本格的な乱戦へと発展する中、カイは仄暗い闇に身を委ねひっそりと離脱していく。
 決して楽な行為ではない、それぞれの写身達をてんでばらばらに動かしながら、同時に自分の安全をも図らねばならないのだから。
 時に写身を操る事に集中し、時に間近に迫る獣の気配があれば更に息を殺す。薄氷を踏むような遣り取りの末…漸く線路の外へと行き出る。胸を撫で下ろす青年の脇を、電車が駆け抜けていく。
 青年の行いに敬意を示す様に車掌室で帽子の鍔を揺らす骸骨と目が行き合った。骸骨車掌はきっとしたかっただろう片目瞑りに失敗しつつ(瞼がないのだから当然ではあった)、思い切りスピードを上げていく。
 一際大きな衝突音。破砕音。それがこの夜の終わりを告げていく――。

 全ての獣達は滅びた様であった。ゆっくりと異界は解け、周囲は元の姿を取り戻していく。
 何処か現実感を欠いた景色の中、青年は駆け回り囚われていた人々の救出に回る。
カイに優しく声を掛けられ、戸惑いながらも線路から離れた畦道へと移動した人々を前に、気付かれぬ様に青年は気を引き締め直す。これから口にする事は、彼等にとって酷く残酷であると知るから、尚の事。
「亡くした人に会いたい気持ちは分かります。でも、ここにはあなた達の望む人は来ないんです」
 静かに、けれどはっきりと口にした青年を前に、人々にさざ波の様に失望が広がっていく。言い返す事すらしないのは、納得しているからではなく最早言い返す気力もないからだろう。…妻と子を喪った、嘗ての主の様に。
「…あの人は来てくれないの。私の想いが足りないから…?」「やだ、やだよ、お父さんに会いたいよ…!」「…ッ!!」
 ある娘は夫の写真に額を擦り付け哭いた。
 ある少年は買って貰っただろう人形を抱き締めて啜り泣き。
 ある男は骨壺を声も無く撫ぜた。

 そこには無数の死の爪跡があった。未だ血を流す暴力的な哀しみが存在していた。
 その一つ、一つ。
 響く慟哭に寄り添い、カイはそうと優しく背を、肩を摩る。
「再び会えるのはもっと先です、だから今は帰りましょう」
 せめてこの手の届く距離、撫ぜる手が文字通り手当となれば良いと願いながら。
 慈母の如き柔らかな言葉を青年は人々に掛けて回った。
 夜が明けるまで、何度も。何度でも。 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月24日


挿絵イラスト