11
大祓百鬼夜行⑧~黄泉路の餞に忘却を

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#カクリヨファンタズム
🔒
#大祓百鬼夜行


0




●彼岸と此岸にかかる橋
 この世とあの世。
 生者の世と死者の世を隔てる境界線。
 そうした場所には川が流れているとされる事がある。

 幽世の川には、黄泉へ通じる橋が架かる事があるという噂があった。幽世にすら倦んだ妖怪の前に現れる、渡った者を黄泉へ送るというまぼろしの橋の噂が。
「結論から言うと、噂が噂でなくなった。まぼろしの橋が現れた」
 集まった猟兵達に、ルシル・フューラー(新宿魚苑の鮫魔王・f03676)はそう話を切り出した。
「噂の通りに、橋の向こうは黄泉になっている。その橋を渡り切ってしまえば、妖怪であれども、死んでしまう事になる」
 ならば橋を渡らなければいいのでは?
「橋だけだったらね。橋の上にいるオブリビオン――骸魂を食らった妖怪が、橋に近づいた者に『死んだ想い人の幻影』を視せて橋に引き寄せる」
 妖怪だろうが猟兵だろうが、橋に踏み込んでしまえばそこは、橋を渡り切って黄泉に行くか、オブリビオンを倒すまで抜け出せない空間となる。
「要するに、そのオブリビオンを倒してきて欲しいって話さ」

 橋にいるオブリビオンは、黒い髪の人魚。
「食らった骸魂は比丘尼――女性の僧侶のものらしいと言うのは判ったけどね。それ以上の事は判らなかった。と言うより、本人も忘れているんだ」
 それがその人魚の力。
 言葉も、想い出も、自分が誰であるかすらも、忘れさせる力。
「その忘却の力は、橋に踏み込んだ者と、その者が視た幻影に向けられる」
 忘れられずに幻に視てしまう誰かを忘れてしまえと。
 残してきたものの事も忘れてしまえと。
 過去の事などすべて忘れてしまえと。
 もう自分の名前すら忘れてしまった人魚は、忘却こそが救いであると信じて、何もかも忘れてしまうのが黄泉への手向けと信じて、その力を振るう。
「いずれの忘却の力も広範囲に届くものだよ」
 橋と言うのはただでさえ、狭い場所だ。しかも『まぼろしの橋』は途中で抜け出すことが出来ない空間と来ている。
 抜け出せない狭い橋の上で、射程の広い相手とうまく戦うしかない。
「中々厄介な状況だけどね。この人魚も、自ら骸魂を食らってくれた1人だからね」
 忘却と死の犠牲者を出すことも、その忘れ得ぬであろう罪を負わせることも。
「どちらも見過ごすわけには……ね?」

●橋の上の名もなき人魚
『もっと早く……こうすれば良かったのよ』
 それはどちらの言葉だったのだろうか。
『忘れてくれて良かったのよ。私の事なんて』
 比丘尼の骸魂のものか、それを食らった人魚のものか。
 ――きっとこうなる事は、わかっていた。
 あの骸魂を食らえば――食らわれれば――自分の名前すら忘れてしまうだろうと。
 それでも、他の骸魂を食らうなど――食われるなど――できなかった。
 何故なら――……?
『……もう、それも思い出せないか……でも、ああ、だけど。それがなんだと言うの』
 まぼろしの橋の欄干に腰かけて。
『ずっと、ずっと。忘れられずに引っかかっていた痞えが消えたら、こんなに楽になれたのだもの。それを思い出せない事を悲しむ必要が何処にあると言うの』
 自分の名前も忘れてしまった人魚は微笑む。
『だから今度こそ、救わないと。この橋に来る方々を、黄泉に渡る前に楽にしてあげないとね』
 何故、忘却が救いなのか――何故、忘れて楽だと感じているのか。そう思うようになった理由すらも忘れて。


泰月
 泰月(たいげつ)です。
 目を通して頂き、ありがとうございます。

 三途の川、アケロン川、ナイル川、ヴァイタラニー川、ヨル川。
 あの世とこの世の境が川であるという逸話が各地にあるのは何故でしょうね。

 このシナリオは、「戦争シナリオ」です。
 1フラグメントで完結し、『大祓百鬼夜行』の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
 ⑧まぼろし橋の決闘、の『戦闘あり』の方です。
 戦闘がないタイプの⑧まぼろし橋のシナリオも出ていますが、こちらは、幻影も出ますがオブリビオンとの戦闘がある方になります。お間違えなきように。

 と言う事でプレイングボーナスは、
『狭い橋の上でうまく戦う』です。
 OPの通り『まぼろしの橋』に踏み込むと『オブリビオンを倒すか黄泉に行くまで橋から出ることは出来ない空間』となります。
 ある程度高く跳躍する、欄干の上に乗る、くらいは大丈夫です。
 とは言え敵もその条件は同じです。

 プレイング受付は5/14(金)8:30~です。
 土日に書く予定なので、というスケジュール面もありますが、橋に入ると視える『死んだ想い人の幻影』や、敵の攻撃にさらされる想い出など、少し考える時間が欲しい方もいるかと思いまして。
 締切は別途告知します。
 今回も再送にならない範囲で書ける限りの採用になる予定です。

 ではでは、よろしければご参加下さい。
160




第1章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW   :    届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

百海・胡麦
嗚呼、忘れちまって先に進めるなら好い事だ
しかしアタシも最近、寝惚けて色々と忘れていたがね
隙間は埋めたくなるよ
……誰彼かまわず黄泉に渡すつもりかい?

閉じた橋か。厄介だね。だが逃れられぬのは向こうも同じ
彼方の攻撃は『絡繰』の炎で燃やし尽くそう
被害が及ばぬよう、紅く広く盛大に——彼方の腕や足に届くよう
狭さは好都合だ

隙に「天人」に乗って足元を攫おう
動きにくいだろう? 先の炎に呪いを乗せた

橋に掛からぬよう、返す際に「温」で一閃

見たのは幼き頃死んだ、父と慕った獣の妖
心が辛くも、綻ぶ。柔らかな瞳は先に見たままに
人魚や。忘れても尚“道連れ”を欲するなど、真に救う欠片は互いに別に在るだろう
放しておくれ。比丘尼殿


ガーネット・グレイローズ
闇の向こうから現れる幻影は、軍人風の男性。
銀河帝国との戦いの最中で私は彼と出会い、結ばれ、将来を誓った。
「その姿……あの頃のまま」
宙の星となった貴方が、私を優しく彼岸へと招く。
「もう何年過ぎたのかしら…でも片時も忘れることはなかったわ」
最期の瞬間、会話のひとつもできなかったから。
貴方の優しい笑顔が。真剣な眼差しが。今も胸に焼き付いて離れないから。
宇宙のどこかに、死者の魂が集まる星雲があるという。
貴方の魂が其処に在るのなら。私もいつか辿り着けるだろうか。

【イデア覚醒】で《第六感》を研ぎ澄まし、泡の軌道を
見切って跳躍し、ブレイドウイングで《滑空》
クロスグレイブによる《レーザー射撃》で胸を撃ち抜く。


空亡・劔
この最強の大妖怪である空亡劔を差し置いての大異変…生意気ね!

あたしに思い出なんぞない!だから問題ないわね

【戦闘知識】で橋と敵の立ち位置と攻撃の方向性を【見切り】
【結界術】で自分の周りに結界展開
【天候操作】で猛吹雪発生
泡に対しては弾幕勝負ね!
【属性攻撃】による氷弾丸での【弾幕】も展開
迎撃に務めるわ

思い出
魔剣であった頃…武器として扱われ…銀髪碧眼の持ち手と共に戦い続けた日々
それが断片的に現れて失われ

…よくもっ!(動揺しながらも猛攻)

時刻みを使用
橋の空間内を超高速で飛び回り
【二回攻撃】で連続斬撃で時空間ごと【切断】するわ!

我が真体は時空をも切り捨てる!
奪った思い出…返して貰うわよ!


黎・飛藍
実験から解放されたい一心で、死ぬ事ができたらと考えた事は何度かはある
死んだら同じ境遇だった子供達と、同じ場所に行けると思ったしな
…あくまでその頃の話だが

見えてる幻はあいつらだろう。見覚えある検査着だ
多少戸惑うが…顔がわからない分なんとかスルー出来るだろう…多分…

狭い橋では無差別したら流石にまずい…な
広範囲には広範囲で。多少余裕がある程度には射程におさめて
【睡蓮は微睡む】で人魚だけを狙って攻撃する

俺自身を苛んでいる記憶を忘れられたなら、そりゃ楽になれるさ
忘れる事は救いになるというのは否定出来ない

だが、全部忘れたら
誰があいつらを憶えているんだ?
俺しか憶えていないのに、忘れるなんて…出来る訳がない


鳳凰院・ひりょ
アドリブ歓迎
長期戦はこっちが不利になる、速攻でなんとかした方が良さそうだ
素早く自身の周りに【結界術】で「防音+【精神攻撃】への耐性付与+【呪詛耐性】」の結界を形成
この結界もどれだけもつかは未知数だから、直ぐにでも行動を!
UC【破邪顕正】を発動しつつ精霊の護符を敵に投擲
攻撃が命中したら行動不能を付与しよう

歌を封じたら追撃!
精霊の護符に【破魔】の力を付与し【全力魔法】力を込めて投擲
橋の上での戦いだから、接近戦での大立ち回りはしにくい
遠距離からの攻撃で畳みかけたいが

どうしても直線の攻撃になりやすいから相手もこちらの攻撃の軌道が分かりやすい
回避されないように一旦攻撃を空中に放ち、【誘導弾】モードで攻撃



●まぼろし橋の上で
 外から見たその橋は、何の変哲もない古い木造の橋だった。強いて言うなら、UDCアースの時代劇に使われそうな趣はあるだろうか。
 しかし橋の入口に立ってみれば――その装いが一変する。
 造りは変わらず木造のままだが、霧とも雲ともつかない白い靄のようなもので、橋全体が覆いつくされていた。
 橋の対岸も、靄に隠されて見えなくなっている。
「っ――!」
「……っ」
 その靄の中にそれぞれ視えた別の幻影に、ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)が思わず息を呑み、黎・飛藍(視界はまだらに世界を映す・f16744)は小さく舌を鳴らした。
「ふむ」
 足が止まった2人を飛び越えようと、百海・胡麦(遺失物取扱・f31137)は柔らかな箒『天人』に腰掛け、浮かび上がる。
 しかし橋の欄干から少し外まで出た所で、胡麦はそれ以上進めなくなった。橋を覆う白い靄が、硬くもなく柔らかくもない不思議な感触で身体を押し返して来る。
「閉じた橋か。厄介だね」
 敵を倒すか今は視えぬ橋の先――あの世に向かうしか抜け出せない橋と言う意味を身体で感じて、胡麦は箒の上で肩を竦める。
「そうだね。速攻でなんとかした方が良さそうだ」
 その言葉に、橋の上から欄干の外に手を伸ばし掌で同じ感覚を確かめた鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)が頷き同意を示す。
「色々忘れさせてくる相手と言う事だし、長期戦はこっちが不利になる」
『あら。忘れることが怖いのかしら?』
 懸念を呟いたひりょの言葉に、橋の先から声が返ってきた。
 いつの間にそこにいたのか――長い黒髪の人魚が、橋の欄干に腰かけている。
『怖がらないで。忘れる事は、救いにな――』
「生意気ね!」
 忘却を救いと告げる名もなき人魚の声を、空亡・劔(本当は若い大妖怪・f28419)の張り上げた声が遮った。
『生意気?』
「そうよ。この最強の大妖怪である空亡劔を差し置いての大異変……抜け出せない橋を作ったり、幻影を見せたり、やってくれるじゃない!」
『……そういう反応は予想外ね。誰が視えてるのかしら』
 劔の剣幕を、人魚は幻影を見た故と思った。
 この空間にいれば、誰しも誰かの幻影を見ている筈なのだ。
 胡麦とひりょにも、幻影は視えていた。そんな素振りを見せていなかっただけだ。2人が橋の周囲の空間に注意を向けたのも、咄嗟に橋の先を遮る靄から目を背けるという意味もあったのかもしれない。
「誰も。あたしに思い出なんぞない!」
 なのに、劔は幻影など見えていないと声を上げる。
 ――嘘である。
 劔にだって、思い出くらいある。
 劔にも、幻影は視えていた。
「視えてないから問題ないわ」
 しかし劔はそう嘯いて、殺神魔剣をスラリと抜いた。

●忘却を願う泡沫の歌
『残念ね。見入ってる人もいるのに……まあ、いいわ。視えてる想い出も視えてない想い出も、みんな忘れさせてあげる!』
 名もなき人魚の掌から、シャボン玉のような泡が幾つも放たれる。
「いきなり来ましたか」
 それを見て、ひりょは自分の周囲に結界を広げた。
「そんなもの、凍らせて――」
 劔も自分の周囲に結界を展開し、さらにその内側に吹雪を起こそうとする。
「……あれ?」
 しかし、思うように天候が操作できなかった。
 今このまぼろしの橋が、外部と隔絶された外に出られない空間となっている事が原因かもしれない。操作する天候そのものがないのだから。
「だったら、弾幕勝負よ!」
 ならばと劔はもう1つの魔剣――永久凍剣『二世氷結地獄・極』を抜いた。氷の魔剣の冷気で生み出した氷の弾丸で、人魚の泡に対する弾幕を張る。
 氷弾とぶつかった泡が、空中で凍って落ちて、砕け散っていく。
 だが、人魚の放つ泡を全て凍らせる事は出来なかった。

 ――パチンッ。

 弾幕に出来た穴を抜けてきた泡が、劔の鼻先で弾けて消えた。
 その瞬間、劔の脳裏にある姿が思い浮かぶ。

 ――パチンッ。

 自分自身に似た面影を持つ銀髪碧眼の剣士――劔の本体である殺神魔剣『空亡・紅』の嘗ての持ち主。
 幻影と視えていたその人に、武器として扱われ共に戦い続けた日々。
 ただ一振りの魔剣であった頃の記憶が断片的に現れては、弾ける泡と共に失われる。
「……よくもっ!」
『静かに、ね』
 喪失の焦りと動揺を隠すかのように猛る劔に、人魚は微笑み呟く。
 その背中の方から、冷たい風が吹き込んできた。
 未だ幻影を映す靄は微かにも揺れないまま、冷たい風だけが吹く。触れればゾクリとした悪寒も走る――黄泉からの風。
 冷たさに混じって広がる、華の香り。
「すこし浸みるよ」
 風に乗って吹き荒れる季節外れの椿の花弁。
 その赤に、胡麦が燃ゆる魔力の炎をぶつけた。
 ――絡繰。
 胡麦が放った炎は、“まじない”を込めた炎。そのまじないを通し、胡麦は燃ゆる椿の花弁を空中に留まらせ、まだ燃えていない花弁を燃やす壁と成す。
「橋の狭さは好都合だ。実に燃やし易い」
『そう。……大人しく忘れてくれないのね』
 椿を全て燃やし箒の上で微笑む胡麦に、人魚は赤い瞳で見上げる。
『なら眠らせてあげる。寝てる間に――すべて忘れさせてあげる』
「そうはさせるか!」
 自分自身すら忘れさせる歌が来る。
 人魚の言葉にそう感じたひりょは、広げていた結界を一度解いて、破魔の力を込めた精霊の護符を投じた。
 真っすぐ投げた護符が当たる筈もなく、人魚はふわりと空中を泳いで避ける。
 だが――歌い出しを遅らせる事は出来た。
 その間に、ひりょは前に出て、破魔の力を込めた精霊の護符を核に、防音効果や精神攻撃、呪詛への耐性を重ねた新たな結界を橋を塞ぐように広げていく。
『――♪』
 人魚の歌が、ひりょの結界とぶつかり遮られる。
 だが――ひりょの結界術では、拮抗出来る時間は長くなかった。結界に生じた綻びから届いた微睡が、ひりょに眠気を齎す。
「この結界、長くは持たない。直ぐにでも行動を!」
「わかった」
 眠気を振り払ったひりょの声に、端的な答えが返って来る。
「埋もれて、眠れ」
 睡蓮は微睡む――シュイリィェン。
 飛藍は掌の上で水晶で出来た睡蓮を七色の睡蓮の花弁と変えて、それを歌う人魚目掛けて撃ち込んだ。

●それぞれの理由
『……幻に見入ってれば良かったのに』
「別に見入ってはいないぞ? 多少、戸惑いはしたがな」
 睨んでくる人魚の視線を感じてない様に、飛藍は事もなげに返す。
 妖怪だろうが幻影だろうが、他人の顔がわからないと言う飛藍の事情は変わらない。人魚が今どんな顔をしているかなど見えていない。
「勝手に勘違いしてるみたいだからな。利用させて貰った」
『酷いのね。私は救ってあげようとしてるのに』
「忘れさせることがか?」
 人魚の放つ赤い椿の花弁に、飛藍は拷問具を変えた七色の睡蓮の花弁をぶつける。
『そうよ。忘れられない事なんて、忘れた方が楽なのだから』
「……だろうな。俺自身を苛んでいる記憶を忘れられたなら、そりゃ楽になれるさ。忘れる事は救いになるというのは否定出来ない」
 人魚の言葉に、飛藍は淡々と返す。

 飛藍が視えていた幻影は、見覚えある検査着を着ている小さな影だ。その1人1人の顔は判らなかったけれど、嘗て同じ境遇だった子供たちであろう。
 彼らが視えるであろう事は、薄々思っていた。他に誰が視えるというのか。あの頃を飛藍が共に過ごしたのは、彼らしかいないのに。

「俺が全部忘れたら、誰があいつらを憶えているんだ?」
『あなたの言う“あいつら”は、本当に憶えていて欲しいと思ってるの?』
 絞り出すように告げた飛藍に、しかし人魚は問い返す。
『先に逝った方は、いつまでも忘れられないことを望んでいると思う? 数百年経とうとも忘れまいとする姿に、忘れて欲しいと思わないと思う?』
「……」
 人魚が続けた言葉に、飛藍は返す言葉に詰まっていた。
 物心ついた時には、飛藍は幻影の彼らと同じ検査着を着ていた。日々繰り返される実験から解放されたい一心で、死を考えた事は何度かあった。
 死んだら――先に死んだ同じ境遇だった子供達と、同じ場所に行けるとも思った。
 もしそうしていて、飛藍が生き残る側でなかったとしたら。
 忘れられることを――望まなかっただろうか。

「そんなの知るか。私は忘れたくない、それだけだ」
 答える声は、後ろから上がった。

 黄泉に通じる橋に『死んだ想い人の幻影』が現れる。
 そう聞いた時から、ガーネットは自分の前に現れる幻影は、軍服姿のその人であろうと思っていた。
「その姿……あの頃のまま」
 銀河帝国との戦いの最中で、ガーネットが出会った頃のままなのも思った通りだ。
 それでも――実際に目にすると、こんなにも心がざわつくとは思わなかった。
 足が止まっている事もしばし、忘れてしまう程に。
『――……――』
 幻影の彼が何かを呟くように動く。
 幻ゆえかその口から声が聞こえる事はなかったが、ガーネットは優しく彼岸へと招かれているように感じていた。
(「そう感じたいだけ……かしら」)
 かつてガーネットが結ばれ、将来を誓った相手だから。
(「もう何年過ぎたのかしら……でも片時も忘れることはなかったわ」)
 忘れられなかった。
 最期の瞬間、会話のひとつもできなかったから。

『先に逝った方は、いつまでも忘れられないことを望んでいると思う? 数百年経とうとも忘れまいとする姿に、忘れて欲しいと思わないと思う?』

 後悔や愛しさや、吹っ切ったと思っていた様々な想いが綯交ぜになって去来するガーネットの耳に、人魚の声が聞こえた。
 それは――他の猟兵に向けられたものだったけれど。
「そんなの知るか。私は忘れたくない、それだけだ」
 ガーネットは、思わずそう口に出していた。
(「貴方の優しい笑顔が。真剣な眼差しが。今も胸に焼き付いて離れない――それでもいいよね?」)
 それは譲れないと、ガーネットは人魚を見据える。
「そうだな……ああ、そうだ。俺も忘れる気はねえよ」
 飛藍も、生じた迷いを振り払っていた。
「お前の言う通り、あいつらは俺が憶えてる事なんて、望んじゃいないかもしれない。だが、俺しか憶えていないのに、忘れるなんて……出来る訳がない」
『……全く。揃いも揃って強情なんだから』
 ガーネットと飛藍の答えに、人魚が溜息を零す。
『だけど、それでは駄目なのよ。忘却は救いでなくてはならないの。忘れてはいけない――なんて、忘れるのを恐れる事が無いようにしないと』
 それはきっと、比丘尼の言葉。
『忘れたら楽になれるなら忘れて良いんだって、誰かが言ってあげないと――あの子は駄目なのよ』
 人魚と比丘尼の間に、どんな別離があったのか――その断片。

●忘れ得ぬ――
 再び人魚の後ろから冷たい風が吹き、赤い椿の花弁が風に舞う。
『あなた達だって、そうでしょう? 忘れられないまま、ここから帰れるの?』
 当たれば言葉を忘れる赤。
 もう反論は聞きたくないとでも言いたげに人魚が飛ばした花弁が――焼け落ちる。
「嗚呼、忘れちまって先に進めるなら好い事だ」
 再び絡繰の炎を放って、胡麦が人魚に告げる。
「しかし、忘れられたものってのは、忘れられたからって消えやしないのさ」
 そうして誰からも忘れられた古いものを、胡麦は愛でて来た。
「だから忘れちまった方も、そこは隙間になるんだ。アタシも最近、寝惚けて色々と忘れていたがね。隙間は埋めたくなるものだよ」

 胡麦に視えていた幻は、幼き頃死んだ、父と慕った獣の妖だった。幻影が向けて来る胡麦に向ける眼差しは、過日と変わらない。柔らかな瞳は先に見たままだ。
 だからそれが幻影の視線でも、胡麦の心は辛くも、綻んだ。
 隙間を埋めたくなる心持ちを、思い出した。

「……そんな隙間を抱えさせて、誰彼かまわず黄泉に渡すつもりかい?」
『渡すのではないの。自ら渡るのよ』
 胡麦の言葉に、人魚は笑みを浮かべて返す。
『あなたの言う"隙間"すら忘れさせてあげるもの。そして自分が誰かすらも忘れて、この橋が黄泉に通じていると言う事も忘れたら――橋を渡る事は自然な事よ』
 痛みを与えず、後ろ髪引くものも忘却させて、躊躇わずに彼岸へ向かえるように。
『死にゆくことを躊躇わないくらい、何もかも忘れると言う事は、楽になれる事だとは思わない?』
「人魚や。忘れても尚“道連れ”を欲するなど――本意でなかろう?」
 人魚に向けた胡麦の答えは――炎。
「真に救う欠片は互いに別に在るだろう――放しておくれ。比丘尼殿」
『っ、そんなこと!』
 椿を燃やしても消えぬ胡麦の炎が尾鰭に燃え移り、人魚が逃げるように距離を取る。
『くっ……』
「動きにくいだろう?」
 身体が重たそうな人魚に、胡麦が箒の上で微笑みを浮かべて告げる。炎に込めた“まじない”が、人魚の尾鰭を重くしていた。
「お前が何と言おうと、俺はまだあいつらの方に行く気はねえよ」
 そんな人魚に、飛藍は紅い和傘を幾つもの睡蓮に変えて、次々と撃ち込んでいく。
『なら――その意思すらも、忘れさせる!』
「断る!」
 花弁を堪えて人魚が放つ泡を避けて、ガーネットが高く跳び上がった。
(「今の私には、この戦場のすべてが視える!」)
 ――イデア覚醒。
 マントの中に隠した液体金属の翼を硬質化させると同時に、ガーネットは物事の本質と先行きを瞬時に知る力を解放する。
『こ、この……』
 ふわふわと漂う泡を避けて滑空するガーネットに、人魚は流石に焦りの色を浮かべ、さらに泡を放とうと手を掲げる。
『!?』
 その瞬間、人魚の周囲に飛来した何かが幾つも貼り付いた。
「言い分は、判らなくないけどね」
 それは、ひりょが放った精霊の護符だ。
 真っすぐ投げるだけでは当たらない。だからひりょは、ガーネットの跳躍に合わせる形で護符を空中に投げ、誘導の術で軌道を変えた。
「幾多の精霊よ、かの者に裁きを……!」
 ――破邪顕正。
 ひりょが貼り巡らせた精霊の護符から広がっていく退魔の力を帯びた波動が、人魚の行動を封じていく。

 宇宙のどこかに、死者の魂が集まる星雲があるという。
 空を滑りながら、ガーネットはそんな話を思い出していた。
(「貴方の魂が其処に在るのなら――私もいつか……辿り着けるだろうか」)
 ちらりと幻影に視線を向け、ガーネットは胸中で呟く。
 或いは、このまま橋を渡れば、その先はその星雲かもしれない。
(「でも、着くのはずっと先の事になるよ」)
 当分は行く気はない。行けない。
 動けない人魚に、ガーネットは十字架型ビーム砲塔デバイス『クロスグレイブ』の砲口を向けて――。
 光が人魚の胸を撃ち抜く。
 それと同時に、刃が二度、閃いた。
『――え』
 撃たれたのは、人魚もわかっていた。
 だが――いつ斬られた?
「忘れる事が救いだって、あんたの言ってる事もわからなくはないよ」
 何故、劔の声が背中から聞こえる?
「忘れた方が良い事もある。そのくらい、あたしにもわかる」
 キンッと劔が刃を鞘に納めた鍔鳴りの音が小さく響く。
「だけど、だからって思い出を奪っていい事になる筈がない。だからあたしは、あんたを人類の脅威とみなした」
 時刻み――クロノスブレイド。
 時速10000km/h以上――音よりも速く翔び、人類の脅威を斬る業。
 劔がやったことは、ただその速さで橋を翔び抜け、斬っただけだ。斬られた人魚に、斬られたことを気づかせない程の速さで。
「我が真体は時空をも切り捨てる! 奪った思い出……返して貰ったわよ!」
 一度は脳裏から消えた銀髪碧眼の剣士の顔を思い出した劔の背後で、人魚が倒れる。その身体から、朧げな光が離れていった。

●名もなき人魚の歌
 ほどなく、人魚は意識を取り戻した。
 骸魂――比丘尼は消えた今、その影響はない筈だ。猟兵達は忘れたものを思い出したのだからか。
『……』
 だが人魚は何も言わず、じっと橋の下に視線を向けている。
 もしかしたら、比丘尼との事や、自分の名前を忘れたままなのだろうか。
「……本当に、忘れたかったのか?」
『そんな筈ないでしょ』
 飛藍がそれだけ問えば、人魚はかぶりを振って短く返してくる。
『私の事を気にしている時間、ないんじゃない?』
 そして、そんな事を続けてきた。
『まぼろしの橋なのよ。私は人魚だから橋が消えてもいいけど……ね?』
 言うだけ言って、人魚がぱしゃんっと水音を立てて川に飛び込む。
 直後――ガラガラと何かが崩れる音が橋の向こうから聞こえてきた。
 まぼろしの橋を、脱出不能の空間としていたのも骸魂の力だ。その影響が消えた結果、まぼろしの橋が消えるのもおかしい話ではない。だからと言って、崩れるように消えなくても良いだろうに。
『――♪♪ ~~♪』
 崩壊する橋から離れる猟兵達の背中に、川から響く歌が聞こえる。
 どこか晴れやかに歌声を響かせて、名もなき人魚は名もなき人魚のまま、幽世の川を流れて何処かへと消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月17日
宿敵 『水底のツバキ』 を撃破!


挿絵イラスト