大祓百鬼夜行⑧~残映
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グリモアベースの片隅に、長い紫の髪を束ねた少女――ユヌ・パ(残映・f28086)が立っている。
猟兵がやってきたのを見て静かに目を伏せると、己の周囲を飛びかう蒼炎の蝶を手指にのせ、口をひらいた。
「あなた、『想い人』の記憶はあるかしら」
感情のない少女は、血紅色の眼を瞬かせて。
やってきた猟兵の反応をたしかめながら、続ける。
「あたしは、自分の記憶を相棒のオウガへやってしまったから。そんな存在が居たかどうかも、なにもかも、定かではないの」
翅(はね)を閉じていた蝶を掲げるように天へはなてば、あたりの様子が夜の景色へと一変する。
周囲がすっかり異世界の情景に変じたのを見届け、少女はぽつりと呟いた。
「だから、今回の任務は。あなたにお願いするしか、ないんだわ」
「見て」と少女が示した方向に、煌々と月明かりが落ちていた。
光を浴びきらきらと輝くのは、その地を流れる名もなき川。
少女が指さしているのは、その上をまたぐように掛けられた『まぼろしの橋』だ。
「カクリヨファンタズムの川には、時おりこんなふうに、渡った者を黄泉に送る『橋』がかかるの」
橋に佇んでいると、『死んだ想い人の幻影』が現れる。
「現れるのは、もうすでにこの世にいない、大切なひとよ」
そうして夜が明けるまで一緒に語らえば、橋を浄化することができるのだという。
「夜明けが来たら、この蝶を迎えにやるわ」
蝶は、己の身にとりついたオウガで。
これがあたしの記憶を喰ってしまったのと、なんでもないことのように、明かす。
「あなたは、『想い人』に会えたらいいわね。――でも」
少女は猟兵へと視線を向け、探るように言った。
「朝までのひと時を、その人と一緒にすごして。果たしてあなたは、『こちら』へ戻ってくることが、できるかしら」
己を固定する『要となる記憶』をいくつも手放している少女にとっては、他愛のない、思いつきの言葉だったのかもしれない。
しかしその問いは、ひとによっては、抉るように胸の内に響いた。
「一緒に橋をわたってしまえば。あなたも『あちら側』へ、行けるかもしれないわ」
向こう岸までわたりきることの意味を、知らないわけでもあるまいに。
少女は猟兵に背を向け。
しかし、はっきりとした声で、つぶやいた。
「夜明けを迎える、その時。あなたは、『たいせつなひとの居ない世界』と。もう一度向きあう覚悟は、あるかしら」
少女は、ふたたび手のひらに蝶をのせ、肩越しに振り返った。
「さ。行って」
とまどう猟兵をせかすように。
黄泉路へとつづく橋の元まで、転移を行った。
西東西
こんにちは、西東西です。
『カクリヨファンタズム』世界にて。
「死んだ想い人の幻影」とひと時を過ごし、「まぼろしの橋」を浄化してください。
プレイングボーナス……あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう。
●『死んだ想い人の幻影』について
「すでに亡くなった方」を指定してください。
「人物像」「PCとの関係」「口調」など、いくらか説明があると助かります。
不明点、セリフ不足時は、MS判断で補う可能性があります。
大切な関係や記憶等を扱うシナリオとなりますので、今回は【アレンジ描写OK】のご許可を頂ける方のみ、ご参加頂けますと幸いです。
戦争シナリオのため完結を優先します。
挑戦多数となった場合は、プレイング内容にて検討させて頂きます。
それでは、まいりましょう。
想い出や追憶で組み上げられた、郷愁の世界へ――。
第1章 日常
『想い人と語らう』
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POW : 二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。
SPD : あの時伝えられなかった想いを言葉にする。
WIZ : 言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
フィユ・メルク
想い人はかつての戦友
金髪に青い瞳の優しく勇敢な青年
橋での邂逅をもって友の死を確信する
人の気配に振り返ると見覚えのある姿
少し見上げれば目が合う
久しぶりだなと青年は冗談っぽく笑う
君は変わらないね
一度目は志を共に戦った時
二度目は私を外の世界へ連れ出した時
そして三度目
急にいなくなったと思ったら
ずいぶん探したよ
…本当は薄々気づいていたけれど
君と出会って私は変わった
人間が嫌いだったのに、今では愛おしくさえ思う
人と心を通わせることがこんなに素敵なことだとは思わなかった
私が出会った人たちの話を聞いてくれるかい?
夜明けが近づく
感傷に浸るのは柄じゃないから
お互い笑顔で
さようなら
ありがとう、私の友
じわりと視界が滲む
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夜の清(さや)かな空気に満ちたなか、己の足音だけが静かに響いている。
橋の手前から、しだいに水音が大きくなって。
いよいよ『まぼろしの橋』に踏み入ろうという時に、フィユ・メルク(星河の魔術師・f30882)はいちどだけ、足を止めた。
――橋の奥を見据えるようにして、深呼吸。
意を決して、一歩。
ふわり、ふくらんだスカートの裾をなびかせて。
コツリ、コツリ、ブーツの靴先が鳴るたびに、橋の真中が近づいてくる。
橋の話を聞いた時、脳裏に浮かんだのは、かつての戦友の姿。
まばゆい金髪に、澄んだ青い瞳をした、やさしく、勇敢な青年――。
「あれっ」と声をあげ立ち止まった時には、橋の真中を大きく通り過ぎていた。
向こう岸まで渡ることは、黄泉路往きを意味する。
引き返そうと思った、その時だった。
「久しぶりだな」
声とともに、さあっと、風が吹きすぎて。
流されなびく髪を押さえながら振り返れば、懐かしい瞳と眼があった。
星降る夜をとじこめたような。
宙映す、青の瞳を見あげる。
「君は、変わらないね」
冗談めかして笑むその姿は、記憶にある様子とすこしも違わない。
ただ、ひとつ。
――すれ違うことなく、突如として、橋の真中に現れた。
その、異質さを除いては。
彼は、かつての戦友だった。
一度目は、志を共に、戦いに身を投じた時。
二度目は、私を、外の世界へ連れだした時。
そして、三度目は――。
この橋の上で、邂逅した。
その事実をもって、友の死を確信する。
(「……本当は。薄々、気づいていたけれど」)
だからなのだろう。
たいして驚きもせず、「やあ」なんて、手を挙げて。
「君だって。あの頃と、ちっとも変わらない」
「こんなところに居たんだね」と向きなおれば、彼はおだやかに笑んだ。
「急にいなくなったと思ったら……。ずいぶん探したよ」
「面倒をかけてしまって、すまない」
そっと目を伏せ詫びる青年に、フィユは首を振って応えた。
夜色に染まった髪が、ゆるやかに震える。
「君と出会って、私は変わった。それまでは、あんなにも人間が嫌いだったのに、今では愛おしくさえ思う。……人と心を通わせることが、こんなにも素敵なことだとは思わなかった」
「いい人たちに出会ったんだな」
青年が問うのへ、大きく頷いて。
「私が出会った人たちの話を、聞いてくれるかい?」
「もちろん。聞かせてくれ」
フィオと青年は、橋の真中で横並びになって。
欄干に背を預け座りながら、満点の夜空を臨み、時を忘れるほどに語りあかした。
やがて、夜明けが訪れるころ。
蒼い蝶が、ひらり、フィオの周囲を舞って。
「……ああ、夜明けだ」
白んでいく空の端を、眩いとばかりに眼を細め、見つめる。
「いかなくては」
呟いた青年に続いて、フィオも立ちあがる。
感傷に浸るのは、柄ではない。
それは、互いにわかっていたから。
改めてふたり向き合い、あの頃のように、笑顔を交わす。
「さようなら。――そして、ありがとう。私の友」
声に出したとたん、いいようのない感情が去来して。
じわり、視界が滲むと同時に。
彼の笑顔はおぼろげに霞み、朝焼けの光の中に、溶けていった。
夜が終わり、空が光に満ちていく。
橋の上に落ちる影は、あたりまえのようにひとつで。
フィオはそれを確認すると、ゆっくりと、もときた道を歩いていった。
土を踏みしめ、振り返ると。
そこには、滔々と流れる川だけが存在して。
変わらぬ水音を響かせていた。
大成功
🔵🔵🔵
尖晶・十紀
アレンジ描写、設定追加OK
人物像
マッチョでヒゲな奪還者のおっさん、中身は夢見る冒険少年
少し中二を患っている
PCとの関係
施設脱走後彷徨ってたのを拾って貰いしばらく一緒に旅をしてた、名前とサバイバル技術と異能に頼らない戦い方を教えてくれた師匠であり親のような人
not恋愛感情
異能の名付け親も彼
別れた後風の噂でストームに巻き込まれて消息不明になったらしい事は聞いている
口調
俺、だぜ、だよな
別れてからあったことを互いに報告し合う
アイドルになった話、友達が出来た話etc……
相手の話にも相槌を打ったりツッコミを入れたり
最後に今幸せかと聞かれ笑顔で「うん」と答える
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尖晶・十紀(クリムゾン・ファイアリービート・f24470)は、軽い足取りで橋の上を進んでいた。
月明かりがあるので、視界は良好。
現れた人物と、一晩会話をし続ければいい。
(「――簡単な仕事だ」)
仁王立ちのまましばし待てば、やがて対岸からやってきた人物を認め、赤い瞳でまじまじと見つめる。
筋骨隆々のたくましい身体に、サバイバル用の大きな荷物。
そして何より、ヒゲ面が印象的な男。
年齢のわりに動きに隙がないのは相変わらずさすがだな、などと、つい感心してしまう。
「いつぶりかな、師匠。……元気にしてた?」
声をかければ、男は満面の笑顔をうかべ、両の腕でこぶしを作って見せた。
「おうよ! おまえは相変わらず骨と皮だな、十紀。ちゃんと食ってんのか」
「力は出てるから。問題ない」
「もっと食って大きくならねえと、俺みたいな大人になれねえぞ」
「……師匠みたいな大人には……。うん、ちょっと……。遠慮したい、かな」
淡々と軽口を返せば、男は大口をあけて「わっはっは! 言ってくれるぜ!」と豪快に笑った。
あまりの大音声に、十紀は眉根をひそめて耳を押さえたけれど。
一緒に居た頃と、なにひとつ変わらない。
十紀が覚えているままの男の姿が、そこにあった。
ある組織の実験体であった十紀は、事故による施設の壊滅に乗じ、脱走。
あてもなく彷徨っていた時に出会ったのが、この奪還者の男だった。
――隔絶された世界で、戦闘兵器としての在り方しか教わってこなかった子ども。
口下手で、人見知り。
ろくに意思疎通もできない十紀を拾い、しばらく一緒に旅をして。
いつ命を落とすともしれない世界を生き抜くすべと、異能に頼らない戦い方を教えてくれた。
そして、何より。
『尖晶・十紀』と『灼血』という、代えがたい名前を与えてくれた。
――師匠であり、親のような人。
ひとり立ちした後、風の噂で、ストームに巻き込まれて消息不明になったということは、聞いていた。
(「だけど、なんだか。ここが橋の上だとか……。そういうことは、どうでもいいや――」)
十紀と男は、まるでつい先日別れたばかりのように、互いの知らない時間について報告しあった。
アイドルになった話。
インタビューを受けた話。
そして、大切な友達ができた話。
十紀は話しながら、男の様子をつぶさに追いかけていた。
あぐらをかいて座っていると、熊みたいに見えるとか。
話を聞くとき、どんどん身を乗りだしてくるとか。
笑うときは豪快に身体を揺らして。
そうして、十紀の言葉を最後まで待った上で、彼自身の考えを伝えてくれる――。
「十紀。今、幸せか」
顔を覗き込むようにその問いを投げられ、十紀はようやく、夜が明けようとしていることに気づいた。
ふと見やれば、蒼い蝶がひらひらと周囲を舞っていて。
ああ、彼との時間はもう終わるのだと、改めて思う。
――実験体じゃない、一人の人間として扱ってくれた人。
男の名付けがあったから、自分の力も、自分自身のことも、嫌いではなくなった。
強くて、面白くて、優しくて。
自分にはもったいないほどの友人も、できたのだ。
「うん。……とても、幸せだよ」
自分よりもずっと大きな男を見やりそう微笑めば、彼は黒々とした眼を細めて。
「そうか! それなら、俺も安心だ」
ばしん!と己の脚を手で打ち、のそりと立ちあがる。
「もっと太れとか。言いたいことは、まああるけどな。お前の成長を確かめられて、俺は満足だぜ」
そうして男は、来た時と同じように荷物を担ぎなおすと、かつて別れた時と同じように大きく手を振った。
「じゃあな、十紀。達者でやれよ!」
だから、十紀も手を振って応えた。
ここが、橋の上だとか。
彼はもう、この世のどこにも居ないのだとか。
そんなことは、大したことではないような気がした。
この世だろうと、あの世だろうと。
あの男は、今日も明日も、明後日も。
変わらぬ調子で、世界を旅しているのだろうから。
男の背中が遠くなるのを見届けるより前に、十紀もグリモア猟兵の待つ橋のたもとを目指し、歩き始めた。
朝日に照らされていく橋を見やりながら、改めて決意する。
――生きていくのだ。
いつか、また、どこかで彼に出会えたなら。
その時は。
この身に流れる血潮のごとく、熱き生き様を語って聞かせられるように――。
大成功
🔵🔵🔵
エリシャ・パルティエル
母さんはあたしが物心つく前に亡くなった
今のあたしと変わらないくらいの年齢で
ほんとに会えた…
あたしとそっくりの顔で優しく微笑んでくれるの
大きくなったのねって
その言葉だけで嬉しくて涙が零れる
父さんは元気よ
母さんに一途なまま
でも義弟ができたのよ
スマホの写真を見せて語るわ
家族のこと大切な人のこと
母さんも奇跡の力を持っていた
疫病が流行った時
その力でたくさんの人を助けて
でも母さんはその疫病で亡くなって…
「先に逝ってごめんねでも後悔はないの」
父さんもそんな母さんを誇りだって
あたしは寂しかったけど…
受け継いだ力であたしも誰かを救うから
ああ時間が足りない
夜明けが来ないでほしいだなんて
そんな風に思う日がくるなんて
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夜天に輝く星と同じ色の髪をなびかせ、エリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)は橋の上を進む。
橋の上にだれが立つかなんて、わからなかったけれど。
きっと、『そう』だろうという、予感があった。
(「母さんは、あたしが物心つく前に亡くなった。今のあたしと、変わらないくらいの年齢で――」)
橋の真ん中に、たどり着いた時。
佇む女性の姿があることに、気づいた。
まるで鏡写しのように、自分とそっくり同じ顔をした――。
「母さん! ほんとに会えた……!」
小走りに駆けよれば、母はかつてと変わらないやさしい微笑みを浮かべ、手を振った。
「エリシャ。あなたも、すっかり大きくなったのね」
周りの人たちは、「二人、並んだらそっくりね」って言ったけれど。
「よく見ると、それぞれ笑い方が違うのにね」って。
そんな他愛ない会話までもが鮮明によみがえり、思わず涙があふれる。
しかしエリシャはすぐに涙をぬぐうと、持ち込んでいたスマートフォンを操作し、家族の近況を伝えるべく、口をひらいた。
「父さんは元気よ。相変わらず、母さんに一途なまま。……でも、義弟ができたのよ」
「ほら」と撮影した写真を見せれば、
「あら。顔のきれいな子ねえ」
と、感心した様子で笑う。
スマートフォンには、他にもたくさんの写真が撮影されていて。
義弟と一緒に、大きな鳥の背に乗り夜空を飛んだこと。
親しい人たちに、チョコレートをふるまったこと。
猫のたくさんいる屋敷に行ったこと。
パジャマパーティーをしたこと。
季節のお祭りに行ったこと。
それから、
「大切な人が、できたの」
息つく暇もなく語り続ける娘の言葉を、母はじっと、頷きながら聞き入って。
「幸せそうね、エリシャ」
その慈愛に満ちた笑みを見るなり、エリシャの涙は止まらなくなった。
母さんも、奇跡の力を持っていた。
疫病が流行った時に、その力でたくさんの人を助けて。
だけど母さんは。
みんなの身代わりになるように、その疫病で亡くなってしまった――。
どうして、奪われたのが貴女だったのか。
行き場のないやるせなさを、どこにぶつけたら良いのかと、苦しんだこともあった。
なのに。
「あなたが、いい人たちに囲まれていると知ることができて、嬉しいわ」
向けられる笑顔を見れば、やさしい声を聞けば。
こころの澱は内なる光に照らされ、あっという間に浄化されていく。
――これが、母さんの奇跡の力なんだ。
「先に逝ってごめんね。でも、ちっとも、後悔はないの」
その言葉に、かけらの偽りもふくんでいないことは、誰の眼にも明らかで。
エリシャは泣きながら、「わかってる」と、苦笑いを浮かべる。
「父さんも、そんな母さんを誇りだって言ってて。あたしは、寂しかったけど……。でも、今ならわかるもの」
母を喪ったこの力を、疎ましく思う気持ちもあったけれど。
この力があって良かったと感じたことも、同じくらい、あったのだ。
「受け継いだ力があるから。あたしも、誰かを救うことができるんだ、って」
「ふふ。やっぱり、あなたは私の娘なのね」
時間は、いくらあっても足りなくて。
夜明けが来ないでほしいだなんて、そんな風に思ったりもしたけれど。
やがて蒼い蝶が舞うのに気づき、母は娘の肩を抱き、言った。
「おわかれよ、エリシャ」
自分とよく似た母の姿が、地平から届く光に染まり、薄らいでいく。
――まだよ。
そう言って引き留めたい気持ちを、ぐっとこらえて。
エリシャはそっと母の傍を離れると、後ろ手に指を組み、微笑んだ。
母の覚えている自分の顔は、笑顔であってほしいから。
「元気でね、母さん」
「エリシャもね。父さんをよろしく。かわいい義弟とも、仲良くね」
任せてと胸を叩いて、エリシャはあっさりを背を向け、黄泉路へと向かった母の背を見送った。
その背が、橋の奥に消える前。
風とともに届いた声を、エリシャはこの先、きっと忘れることはないだろう。
――愛しい子。どこにいたって。私は、貴女のことを見守っているわ。
清々しい風が吹きすぎ、地平から昇る朝日が、世界を照らし出していく。
エリシャはまばゆい陽光に眼を細めながら。
これからも生き抜いていく自分の世界へと、確かな足取りで戻っていった。
大成功
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