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大祓百鬼夜行⑧~泥む恋水

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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#大祓百鬼夜行


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●死なばもろとも
「見目がすべてか。美しくなければいかんのかえ」

 ぼんぼり灯して女が橋の上をふらふらと。
 美しかったであろうその顔には、火傷の痕が這っている。

「……もう嫌じゃ…もう嫌じゃ…此の幽世にも、迎えは来ぬ……」

 待った。永い間、待ったのだ。
 待ちすぎて、もう擦り切れるこころもない。
 女は被衣の裾を両手の指でちんまりと掴んで、引き寄せた。

 ――決めた。黄泉へ参ろう。

 ぴゅう、と木枯らしが吹く。

 ――けれど、寂しいから。…あの人は、来てくれないから。
   誰でもいい。できるだけ多く、道連れにしてやろう。

 女の頬を、一筋の恋水が伝って、おちた。


●罪をかさねる
「“ひとりぼっち”……この言葉ほど、ぽつねんと心を置き去りにされてしまう言葉はあるでしょうか」
 何処か哀しげな顔で、エンドゥーシャン・ダアクー(蓮姫・f33180)は呟いた。
 そうして、ふるりと頭をふって、猟兵たちをひたと見つめる。

「みなさま。此度は、ひとりの妖怪を、叱咤してきてくださいませんか」
 その、妖怪とは。
 どうやら、現世では遊女であったであろうもの。満たされぬ思いに負け、幽世を彷徨うも満たされず。幽世にさえ倦んでしまったのだ。

「カクリヨファンタズムには、妖怪を黄泉に送るという噂の橋があります。此度の妖怪は、橋を占領し、他の妖怪を橋に引き寄せ、黄泉に送る……すなわち、道連れにしようとしているのです」
 寂しさから、満たされぬ思いから。
 “ひとりぼっち”は嫌だと、他を巻き添えにして。
 気持ちはわかる。だがそれでも、とエンドゥーシャンは首をふる。

「犠牲者が殺される事、そしてこの妖怪が殺害の罪を背負う事のどちらも、見過ごすわけにはいきません。みなさまに置かれましては、この妖怪を、止めていただきたいのです」
 橋に踏み込むと周囲は超空間となり、オブリビオンを倒すか黄泉に行くまで出ることはできない。

「……敵は、みなさまに“死んだ想い人の幻影”を見せて、幻惑しようとしてきます。でも、でもどうか。幻影などに惑わされず、ご無事に帰ってきてくださいませ…!」


南雲
 初めまして、またはこんにちは、南雲と申します。
 大祓百鬼夜行、心情の部part2です。

●プレイングボーナス……狭い橋の上でうまく戦う。

●シナリオ概要
 ①「死んだ想い人」とは、恋人に限らず。親、兄弟、友人、はたまたペットでも。キャラクターさんの想いを教えてください。
 ②狭い橋の上での戦闘になります。落っこちないようお気を付けください。

 カクリヨファンタズムのオブリビオンは「骸魂が妖怪を飲み込んで変身したもの」です。飲み込まれた妖怪は、オブリビオンを倒せば救出できます。
 心置きなく、倒しましょう。


●プレイングについて
 同行者がいらっしゃる場合は、【相手の名前(実際の呼称)と、fからはじまるID】または【グループ名】をご記入ください。

 人が見ていて「いやだなぁ」、人がされて「いやだなぁ」となるような、他人への狼藉は書くわけにはいかないと思っています。

 年齢を制限せねばならないような文字の並びは、公の場で人にお見せするものではないと思っています。
 以上の2点に触れるような内容は、申し訳ありませんが採用はしません。

 遅筆ではありますが、再送の無いよう努めてまいりたいと思います。
 どなたさまでも、お気軽に。
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第1章 ボス戦 『油菜女郎』

POW   :    暴想
【燃え盛る程の恋慕を具現化した炎の渦】が命中した対象を燃やす。放たれた【呪詛を孕んだ】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    怨戯
攻撃が命中した対象に【行燈から放たれた炎による火傷】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【皮膚に広がる爛れ】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    醜艶
レベル×1個の【触れると激痛を伴う妬み】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠飴屋坂・あんかです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ソフィア・エーデルシュタイン
まぁ!会えるとは思っておりませんでしたわ
わたくしの、愛しい兄弟達
わたくしという一人の完成のために、尊く散った命達
申し訳ありませんわ。わたくしは皆様の姿を覚えておりませんの
だから、その姿なのでしょう?
水晶の髑髏。わたくしが唯一知る、皆様の姿

あぁ、皆様、どうか安心なさって
皆様の力の結晶がこの楔
わたくしの愛しい皆様は、確かに「ここ」におりますのよ
だから、そう
わたくしがそちらへ行く理由など、ありまして?
その場を動かず、煌矢を放ちますわ

愛されるべき命を無為に黄泉へ送るなど
わたくしの前ではさせません
愛しい貴方の妬みになら、わたくしは焼かれても構いませんの
だから、どうか黄泉へなど向かわないで、愛されるべき人



 黄泉の国へと渡る橋。板張りの橋の手摺は低く、ともすれば足を踏み外してしまう。
 橋の奥に広がるのは暗がり。闇黒のそのひとあし手前で、油菜女郎はぼんぼり揺らして待っている。
 優しいあなたを、待っている。


 橋の上には白霧がかかっていた。
 その中を、ソフィア・エーデルシュタイン(煌珠・f14358)はいっそ軽やかなまでに踏み出した。
 この先には、己の身を儚んで黄泉へと歩もうとする命があるという。
(「すべての命は愛おしい」)
 ソフィアは慈母のような微笑みを浮かべて歩む。それは当然のこと。だから。
(「きっとその愛されていることを、ほんのいっとき。忘れてしまっているだけ」)
 揺るがぬソフィアは歩みを止めない。するべきことは、ただひとつだから。
 ソフィアの足音だけがする橋の真ん中あたり、星明りに照らされたような薄闇の中から、きらりと光る何かが現れた。
 それは、水晶の髑髏。誘うように、手繰るように、ふわりふわりとその身を空へと浮かばせて。
 両の手をかちんと合わせて、ソフィアの口元は喜びを表すように大きく弧を描く。
「まぁ!会えるとは思っておりませんでしたわ。きっと、皆様なのでしょう?」
 ソフィアの唯一知る、水晶の髑髏の姿――それは、ソフィアの知らぬ、兄弟。
 この身を形作るために生まれ、散っていったのであろう尊い命。
 姿も知らぬ、その身の所以も知らぬけれど。ソフィアは信じて疑わない。
 ――嗚呼、愛されるべき兄弟たち。
 水晶の髑髏は、声ともいえぬ声を響かせる。

 ――ああ、ああ、我らだとも
 からだをもたぬ我らは寂しい
 またおまえと、ひとつになりたい――

 懇願するような誘惑するような声に、けれどソフィアは微笑んだまま答える。
「あぁ、皆様、どうか安心なさって。わたくしの愛しい皆様は、確かに『ここ』におりますのよ」
 何か大切なものをその胸に抱くように、ソフィアは両の手を胸の前にかざす。次々とその手に現れるのは、青玉髄の楔。
 その楔を数多抱えて、ソフィアは穏やかな微笑みを崩さない。
 頸を傾げたソフィアの円唇がそっとつむぐは、いっとう優しい声。

 ――わたくしがそちらへ行く理由など、ありまして?

 差し向けた手のひらの上を滑るように、青玉髄が水晶の髑髏へ放たれる。
 玉髄と水晶のぶつかる、がしゃんと言う音――がする前に、髑髏は白霧の中へと霧散した。
 代わりに水晶を迎えたのは、瞋恚の炎。その炎の向うに、ゆらりと油菜女郎が姿を現す。
「御前様……わっちと共に黄泉へ来てはくれんのかえ……」
 その蚯蚓腫れの這う頬につと涙を流しながら、油菜女郎はかき口説く。

 ――わっちは寂しい、どうかどうか、共に黄泉に来てはくれんかね――

 ソフィアは愛するべき兄弟へ向けたのと同じ微笑みを、浮かべて。
「愛しい貴方の妬みになら、わたくしは焼かれても構いませんの」
 炎の中を恐れもせずに歩みを進め、透き通るその腕が抱くは、寄る辺の無い命。
 愛されるべき、命。
 だから、どうか。
「黄泉へなど向かわないで、愛されるべき人」
 燃ゆる炎の中でソフィアに抱かれた油菜女郎は、両の目からぽろりと涙をこぼして。炎がぽっと消えるように、その身は闇黒の中へと消えていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴェル・ラルフ
ひとりぼっちは、寂しいよね
けれど、寂しいからって誰かを巻き込むのは、違う
それは、別の誰かに寂しい想いをさせるだけだから

現れる幻影は、ねえさん
孤児院にいた頃の優しいひと
きっとあの笑顔で手招くだろう
銀すすきの髪をなびかせて
青い瞳を煌めかせて
僕の名を、呼んで
両手を広げ、迎えてくれる
あの温かいひと
ただいまと、その腕に飛び込めたら
どんなにいいだろう

けれど、手は伸ばさない
ねえさんじゃないって分かってる

妖怪が現れたら、初撃に気をつけたい
野生の勘で反射的に避けられるかな
姿を捉えたら、二撃目からはUCで避けながら反撃

君も、誰かを探していたのかな
誰でもいいなんて、嘘じゃないのかな

★アドリブ歓迎



 白霧が、橋の上に棚引く。その霧は橋の向こうを覆い隠し、足を止めさせる。
立ち止まって見れば一寸先は闇、後ろの景色も霧に隠れ、底知れず冷たく感じてくる気配。
 煌めく朱い髪を靡かせながら、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)はその橋を歩み――油菜女郎のこころに思いを馳せていた。
 こんな場所で、たった一人。きっと寂しいだろう。
 けれど、とヴェルは頭を振る。
(「寂しいからって誰かを巻き込むのは、違う」)
 だってそれは、別の誰かに寂しい想いをさせるだけだから。
 止めなくては、と足を速めるヴェルの眼前に、うっかりするとこの狭い橋から落ちてしまいそうなほど濃い白霧が行く手を阻む。ヴェルは仕方なく足を止めてから、確かめるように地面に目を落として、そろりと足を踏み出した。
 その、足先に。見覚えのある靴が見える。

 ――この、靴は。

 何かを恐れるように、ゆっくりと顔を上げたヴェルの目に映るのは、差し出された優しいあの人の手。その手が耳に挟む髪色は、優しいあの人の銀すすき色。涙をためたように潤むのは、優しいあの人の青い瞳。
 ヴェルは震える声で呼びかけた。
「――ねえさん」
 呼ばれた女性は腕を大きく広げ、温かく彼の名を呼んだ。

 ――ヴェル。おかえりなさい

 端麗の青年は、その整った眉をくしゃりと歪めて、右手をつと伸ばしかけた。
 この手をとったら、あの温かい日々に戻れるだろうか?
 陽の光届かぬ世界の片隅で、貧しいながらも幸福だった、あの孤児院の日々。
 ねえさんと過ごした、大切な時間。
 けれどヴェルは、伸ばしかけたその手をぎゅっと握りしめた。何かを、潰すように。

 ――わかってる。

「キミは…ねえさんじゃない」
 そう言葉にした途端、白霧の向こうの闇から赤々とした炎がヴェルめがけて襲い掛かる。本能的に後ろへ飛び、避けたヴェルの乱れた美しい髪の毛が、炎の光を反射してきらりと輝く。
 赤熱灯るぼんぼりを手にした油菜女郎が、闇間からゆらりと現れた。
「誰でもいい……誰でもいいから、わっちと共に逝ってはくれぬか……!」
 肩をわななかせた油菜女郎が、二撃目の炎を繰る。その炎の躍りかかる前に素早く、ヴェルは詠唱する。
「――舞い散る朱、煙に巻け」
 炎の動きに合わせ、否、動きを先読みするかの如く、ヴェルはひらりひらりと舞うようにその間を縫い、油菜女郎へと距離を詰める。ステップ踏むかのような動きでたん、たん、とんと一回転し、至近距離。蹴りを喰らわすために足を振り上げ――ヴェルははっと気づいてその脚をぴたりと止めた。
 油菜女郎は、泣いていた。
 憎しみに顔をゆがめ、誰かを道連れにしようとしながら、その顔には紛れもなく寂しさがあった。
「――誰でもいいなんて、嘘じゃないのかな」
 脚を下ろしてぽつりとこぼしたヴェルの言葉に、油菜女郎はしゃくりを上げる。
 きっと、彼女にも大切な人がいたのだろう。待つのも疲れてしまうくらい、愛した人が。
「僕も…喪った人がいるけれど…寂しいからって誰かを巻き込むのは、駄目だよ」
 諭すように、寄り添うように肩に置かれたヴェルの手に手を重ねて、油菜女郎は涙をこぼしながら――闇へととけていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
狭い橋の上なら下手に動かない方が良いでしょうね。たとえ相手の攻撃を直接受ける事になっても。
私には「死んだ想い人」なんていないんです。少なくとも私が物心ついてから大切だと思った方は一人とて死んでません。むしろ……転生前の私が先に死に行ったものかもしれませんね。
青月を構え雷を招来。炎の相殺、わが身に受けた炎ごと雷で打ち消すつもりで。
もしそのあと動けるなら油菜女郎さんに、もとの妖怪さんに伝えたいです。
この方は透明な水色の結晶のような心をお持ちのように見えます。折角綺麗な心を持ってるのですから、もう少しこちらに居ませんか?私にもっと見せてくれませんか?
あなたのそれが私に希望を与えてくれるのです。



 薄靄が広がっている。ぼんやりとしているが、先が見通せないことは無い。
 けれど、その薄靄の奥からは何か知らないものが出てきそうで。
 ほんの少し、足を止めてしまう。
 夜鳥・藍(kyanos・f32891)は周りをよく見ようとフードを落として、その藍晶石の青が煌めく銀髪をさらりと流す。
 何の変哲もない橋、黄泉へと続く道。この橋の上で、件の油菜女郎が「死んだ想い人」を見せてくるという。泣き声のような音立てて、寂寥とした風が一陣、薄靄をかき乱していく。

(「私には、「死んだ想い人」なんて…いない」)

 藍は心の中でそう呟いた。
 大切な人たちは、今も健在だ。桜舞う都で、両親に愛され幸せに育ったはずの藍。
 けれど――なぜか、心がざわめき立つ。なにかもやもやしたものが、藍の中には潜んでいた。

 ――これは何?あなたは…誰?

 そう呼び掛けても、判然とした答えを教えてくれない、心の中のひと。
 占いを生業とする藍は、おそらくこれは前世の自分なのだろうと感じていた。自分の意識すら時折飲み込まれそうになるほど、強い想いを持ったまま儚くなった人。あなたは、どうしてこんなに強い想いを残していったのだろう。

(「転生前の私は…先に死に行ったものかもしれませんね」)

 自らの終わりを自らの手で選ぶほど、強い想い。そんな純度の高い、透明な結晶のような、壊れやすいこころ。
 油菜女郎も、もしかしたら、そんなこころの持ち主なのかもしれない。
 足を止めた藍の耳に、密やかな声が届く。いつの間にか薄靄は濃い霧へと変わって、橋の奥の方からゆらりとぼんぼりの灯りが揺らめいて。
「……美しきおなごじゃの…御前様の顔があれば…わっちも捨てられなかったのか……」
 ぽたりぽたりと頬を流れ落ちる滴が地面へ届く前に、油菜女郎の腕がゆらりと藍へ向けられる。そのゆったりした動作からは想像もつかないほど、急に爆発するような勢いで灼熱の炎が放たれた。
「っ!」
 咄嗟に打刀の青月を構えてこれを防ごうとするが、狭い橋の上、間に合わずいくつかの炎の塊が藍の腕を焼く。触れるや否や、炎の熱よりも先に感じられる激痛。炎に触れれば彼女の想いが流れ込んでくるように、こころがカッと熱くなる。

 ――愛していた、愛されたかった、迎えに来てほしかった――

 その身を焼くような想いに、藍のうちから共鳴するかのごとくある想いが芽を出して。
 藍晶石の青い瞳は、清く澄んで青月をとらえる。
 普段多くを語らない花唇は、雷を呼ぶ。
「――雷よ!」
 どろどろと凝る炎を打ち消すほどの清冽な衝撃が、地を震わせる。
 辺りの霧すら打ち消して、残ったのは静寂。
 油菜女郎を突き動かしていた修羅は、清廉な雷に打ち砕かれた。

 へたりとその場に座り込んだ油菜女郎に、藍はそっと歩み寄る。
「――あなたのこころは、綺麗です」
 藍の言葉に、油菜女郎はぽかんと面を上げる。
「あなたの身を焦がすほどの想いは、強くて、真っ直ぐで…」

 もっとみせてほしい。その想いの――行く末を。
 その想いが、私のこの先を照らす道標になってくれるかもしれないから。

「もう少しこちらに居ませんか?あなたのそれが私に希望を与えてくれるのです」
 差し出される藍の手に、油菜女郎はそっと両手を添えて。小さな滴を掌に残して、すう、と霧に融けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノヴァ・フォルモント
故郷の皆は夢に何度も視てきた

今日来てくれたのは貴方か
俺に歌を教えてくれた
お前に似合うと
この竪琴をくれた人
俺の歌声は貴方に追いついたかな

返答は求めない
これは俺の独り言
所詮は幻影なのだから


“ひとりぼっち”
他人の心に「分かるよ」なんて
無責任な事は言えない

でも少し理解できる
俺も独りだからだ

彷徨う旅路に飽きてしまったら
君と同じ行動を取るかもしれないな
でも俺は
その時もきっと独りだよ
誰かを道連れになんて格好悪いじゃないか

それに相手の大事な人も
君と同じ想いをするかもしれない
その罪を、君は背負えるか?

…叱咤するなんて柄じゃないな
俺が言えるのは此処までだ

此方に戻っておいで
せめて最期は安らかに眠れるように
歌を唄うよ



 黄泉へと続く細い橋の、その上に広がる天上の雲のような霧。
 螺旋を描く黒角の装飾が、しゃらりと音を立てて。
 月燈の淡く青い光を反射して、まるで星々の冠つけたようなノヴァ・フォルモント(待宵月・f32296)が、その霧中を歩むさまは月の渡り。
 黄泉よりも美しいであろう、天上の光景――そこに現れたのは、ゆらりと淡く光るもの。

「――貴方か」

 ノヴァの黄昏含んだ瞳は懐かし気に細められて。判然と姿が見えずとも、この懐かしさを覚えている。

 ――俺に歌を教えてくれた人。この竪琴を、くれた人。

 知らず、ノヴァの指がその手の竪琴をつとなぞる。
 失われた故郷。けれど忘れはしない、大切な思い出。
 懐かしい、ひとたち。

「――…俺の歌声は、貴方に追いついたかな」

 睫を伏せて小さくこぼす言葉に、されど返答は求めない。
 あの人がいるのは此処ではない。きっと、もっと遠い空の上。
 だから、これは、独り言。所詮は幻影なのだから。

 ノヴァの指が弦の一本を弾く。柔らかな音色はあたりの空気を震わせ、薄く靄がかる幻影を霧散させる。
 その背後で霧が二つに分かれ、鬼火を纏いながら油菜女郎がゆらりと現れる。
「……美しき御前様……御前様のような方には分からぬのでありましょうなぁ……独りの、哀しさ……」
 薄綾の被衣でその痕を隠しながら、油菜女郎は恨めしげな瞳を向ける。

 ――美しいものは愛される。醜い私の孤独なぞ知りはしない――

 「分かるよ」なんて、ノヴァは簡単に言葉にはしない。他人の心はひとつの宙。そのひとだけのもの。全てを理解したなんて、そんな驕りは無い。
 けれど、思いを馳せることはできる。そしてそれが重なることだって――
 ノヴァは、闇にひとつ光るような声をぽつりとこぼす。

「俺も、独りだ」

 その言葉は、油菜女郎に向けられた言葉と云うより、己に向けられた言葉のようだった。
 先の幻影が見せた、失った故郷の、大切な人。もう存在しないと、己に言い聞かせるような、改めて確認するかのような、雫。

「彷徨う旅路に飽きてしまったら、俺も君と同じ行動を取るかもしれない」

 ノヴァは言の葉を織る。
 ――でも俺は、

「その時もきっと独りだよ」

 その雫は真実こころから発せられたものだからこそ、轟轟と身を焼く炎に抱かれた油菜女郎の目にも、見えた。真黒い嫉妬の猜疑の闇の中で、天から落ちるまことの言の葉。

「……想うお方がいてもかえ……?」

 絞り出すような油菜女郎の声に、ノヴァは静かに答える。

「大事な人にも、君と同じ想いをさせるのか。その人の、大事な人にも」

 そうして紡がれるのは恨みの連鎖でしかない。
 想うとは、そんなに悲しいものなのか?

 ――その罪を、君は背負えるか?

 ノヴァの声は静かだけれど、毅然としていた。
 孤独を知る者の、されど自らとは異なる潔さ。
 炎は己の身を恥じ入るように、周囲の霧にとけて。油菜女郎はもうただ静かに涙をこぼしていた。
 その様子に、ノヴァの竪琴は優しい旋律を奏でる。
 あわせる声は、聴き手が望む音色へと変化する。
 せめて、最期は安らかに眠れるように。

 ――此方に戻っておいで

 油菜女郎の耳には何が届いただろう。
 倖せだったあの日あの時のあの人の声。ふたりで聞いた夜の花の音――
 眠るように目を閉じたその瞳から、最期の滴がこぼれ落ちる。

 ――ありがとう

 すうと天上へ消えていくその霧が晴れる星が渡るまで、ノヴァの唄声は紡がれていた。


●悔いあらためる

 ぼんやりけぶる黄泉へと続く道。
 その道に広がるのは、もう恨みと諦めの霧ではなく――希望と、祈りの為の、小さな灯り。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月16日


挿絵イラスト