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大祓百鬼夜行⑧〜もう一度きみに逢えたなら

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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●もう一度きみに逢えたなら
「みんなは……もうどこにも居ない大切なひとと、もう一度逢えるとしたらどうするかしら?」
 キトリ・フローエ(星導・f02354)は静かに、猟兵たちへと問いかける。
「逢いたいと思う人もいるでしょうし、逢いたくないと思う人もいるでしょう。でもね、もしも。もう一度逢いたいと願う人がいるのなら、逢いに行ってあげてほしいの」
 ――これから向かう場所では、もう一度逢いたいひとに、逢えるのだという。
 幽世の川には、時折“まぼろしの橋”が掛かるのだとキトリは言った。
「みんなの前には、色々な風景が現れるでしょう。お花が咲いていたり、蛍が舞っていたり。でも、どこに降り立っても必ず川が流れていて、川には一本の橋がかかっているわ」
 形も長さもばらばらだが、それはいずれも、渡った者を黄泉に送る橋。
 生きている者が渡れば当然、その命を奪われてしまうことになる。
 ゆえに生きている者が間違って渡ってしまわないよう、橋を浄化する必要があるのだ。
「橋の上にずっと佇んでいると、死んでしまった想い人の幻影が現れるんですって」
 その幻影が、本当に想い人本人なのかは誰にもわからない。
 再び出逢えたとて、そのいのちまでもが蘇るわけでもない。
 けれど、夜が明けるまで共に語らったなら。
 幻影は橋の向こうへと消え、まぼろしの橋も浄化されるのだという。
「――でも、絶対に追いかけては……一緒に橋を渡っては、だめよ」
 渡ったら、連れて行かれてしまうから。
 キトリはそう、願うように紡いで、幽世へと続く扉を開く。

 ――たった一夜の邂逅。
 胸の裡にずっと残っていた想いがあるのなら、伝えてみてもいいだろう。
 他愛のない話に花を咲かせるのだって勿論、悪くはない。
 夜を超えたその先に、再びの別れが待っていようとも。
 共に過ごす時間はきっと、――あなたに、何かを残してくれるはずだから。


小鳥遊彩羽
 ご覧くださいましてありがとうございます、小鳥遊彩羽です。
 今回は『カクリヨファンタズム』における『大祓百鬼夜行』のシナリオをお届け致します。

●プレイングボーナス
『あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう』
 今はもうこの世にいない大切な人であることが条件となります。
(生きている相手や、実在のPCさんなどは不可。また、プレイングから詳細が読み取れない場合も描写出来かねますのでご注意下さい)
 POW/SPD/WIZは気にせず、どうぞ思い思いにお過ごし下さい。

●その他の補足など
 お一人様でのご参加を推奨いたしますが、ご一緒される方がいらっしゃる場合は【お相手の名前(ニックネーム可)とID】もしくは【グループ名】の記載をお願いします。
 プレイング受付は公開時より。受付期間のご案内はシナリオ上部のタグ、及びマスターページにてさせて頂きます。
 早期完結優先のため、状況により採用人数が少数となる場合があります。採用は先着順ではありませんが、内容に問題がなくともお返しする可能性がありますので、予めご了承下さい。

 以上となります。どうぞ宜しくお願い致します。
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第1章 日常 『想い人と語らう』

POW   :    二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。

SPD   :    あの時伝えられなかった想いを言葉にする。

WIZ   :    言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

イリーネ・コルネイユ
◯想い人
同い年の恋人
挙式をした当日に共に殺害され、自身はデッドマンとして生き返る
穏やかでおひさまの様な人
口調:俺、だね、だよ、だろう、だよね
呼び方:イリーネ

本当に君なの?
突然奪われて、もう逢えないって思っていたのに
戸惑うも名前を呼ぶ声と笑った顔は記憶のままで
ずっと逢いたかった
またとないこの時間
楽しい思い出話だけをしよう

夜明けが近付いてお別れだと言う君に、堪えていたものが涙と共に溢れる
怖かった
死にたくなかった
一緒に生きたかった

お願い
手を握って、もう一度誓ってくれる?
こんな継ぎ接ぎだらけの私でも、好きと言ってくれる?
そうしたなら、また歩いていけるから

とびきりの笑顔で伝えたい
ずっと、愛してるよ



 空には大きな月が浮かび、優しく世界を照らし出していた。
 彼岸と此岸を隔てる雄大な流れを繋ぐのは、褪せた煉瓦造りの橋。
 周囲に舞う無数の淡い光は、蛍のようにも、花弁のようにも見えた。
 風に靡く夜闇のヴェールをそっと押さえながら、イリーネ・コルネイユ(彷徨う黒紗・f30952)は橋の向こうからゆっくりと歩いてくる人影を見つめ――そうして、胸を震わせた。
 まだ少し遠い距離がもどかしくて、気づいた時には駆け出していて。
 すると、向こうもイリーネに気づいたよう。
「――イリーネ」
 名を呼ぶ穏やかな声も、おひさまのような笑顔も、イリーネの記憶に残る“彼”そのもので。
 ――ずっと逢いたいと思っていたひとが、そこにいた。

「……本当に君なの?」
「ああ、そうだよ」
 純白のドレスを纏って、彼とふたり、永遠の誓いを交わしたあの日。
 それは、イリーネにとっての終わりの日であると同時に、始まりの日でもあった。
 同い年の恋人であり、夫となったばかりの彼。
 だが、溢れんばかりの幸せを二人で手にしたその日。
 共に未来を断たれ、希望を奪われ――涯てのない絶望の中から、イリーネだけが屍人として蘇った。
「……ずっと、逢いたかった」
 手を伸ばし、彼に触れる。
 突然全てを奪われて、もう二度と逢えないと思っていたのに。
 繋いだ先から伝うぬくもりは確かなもので、イリーネは“彼”がここにいるのだと実感する。
 ――またとないこの時間。楽しい思い出話だけをしよう。
 こみ上げてくるたくさんの想いを、今はまだ胸の裡に閉じ込めて。

 一緒に出かけた場所。一緒に見た風景。一緒に重ねた想い出。
 照れくさそうにはにかんで、プロポーズをしてくれた君。
 二人で過ごしたかけがえのない時間は、いつだって色とりどりの光に満ちていた。

 ――どれだけ話しても、話し足りなくて。
 それでも、だんだんと白み始めてきた空の色に、別れの時が近いのだとイリーネにはわかっていた。
 わかっていたけれど、切り出せなかった。
 でも、“君”は――。
 まるで、こっちに来てはいけないとでもいうように。
 そろそろお別れだと少し困ったような顔で笑う恋人に、イリーネはとうとう、堪え切れずに涙を溢れさせていた。
 そっと背中に回される両の腕。
 イリーネも細い腕を伸ばし、縋るように抱き締める。
「……怖かった。死にたくなかった。一緒に、――生きたかった」
 あやすように背を撫でてくれる手だって、イリーネが知っている彼のものだ。
「俺もだよ、イリーネ。一緒に生きて、未来を、……見たかった」
 ――夜明けは、すぐそこまで来ていた。

「……お願い。手を握って、もう一度誓ってくれる? こんな継ぎ接ぎだらけの私でも、好きと言ってくれる?」
 君がそうしてくれたなら、また前を向いて歩いていけるから。
 イリーネのささやかな願いに彼は微笑んで、継ぎ接ぎだらけで熱の通わない両手を握る。
「永遠に愛しているよ、イリーネ」
 それから――彼は。
 イリーネが被る黒いヴェールを上げて、そっと、唇を触れさせた。
 大きく瞬いた冬空の瞳に映るのは、どこか悪戯っぽく微笑む彼の姿。
 ほんの少し頬を赤らめ、けれどすぐに、とびきりの笑顔でイリーネは答えた。
「――私も。ずっと、愛してるよ」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アルノルト・ブルーメ
橋の上で君を待つ

随分と昔にこの橋の向こう
黄泉路へと旅立った君を

僕の妻、最愛の女神

現れたのはスロトベリーブロンドの髪が
美しい純白の翼に映えるオラトリオ

やぁ、奥さん
今日も綺麗だね

そんな風に距離や時間が無かったように声を掛ければ
綺麗な笑みを浮かべるから……なんだか嬉しくなってしまう

大概に僕の方が饒舌で
君はいつだってそんな僕の話に笑って、呆れて
時には怒って……そして赦してくれる

それはきっと今この瞬間も変わらない
ただ、君の時間だけが止まっていて
僕と娘の時間だけが進む
娘の、イトセの話になると表情に少し影が出来る
それさえも綺麗だと思ってしまうから

あぁ、そろそろ夜が明ける
ねぇ、奥さん
最後に笑ってくれるかい?



 ――橋の上で一人、君を待つ。
 遠い昔にこの橋の向こう、黄泉の国へと旅立った君を。

 橋の向こうから現れたのは、ストロベリーブロンドの髪が純白の美しい翼に映える――オラトリオの女性。
 妻であり、最愛の女神でもあるその人の姿に、アルノルト・ブルーメ(暁闇の華・f05229)は緑の瞳を柔らかく細めて破顔した。
「やぁ、奥さん。今日も綺麗だね」
 遠く離れていたことなど思わせぬ普段通りの口調で、アルノルトは優しく声をかける。
 綺麗な笑みを浮かべる彼女は、あの頃と変わらぬまま。
 それでも、彼女の笑顔も、何よりもこうしてまた逢えたことも嬉しくて、アルノルトはごく自然に、エスコートをするように手を差し伸べていた。

 ――話したいことは、たくさんあった。
 何から話そうかと悩むよりも先に、次から次へと言葉が、想いが溢れていた。
 二人にとっては、それがいつものこと。
 いつだってアルノルトのほうが饒舌で、それでも、彼女はいつだって、そんなアルノルトの話に耳を傾けてくれていた。
 時に笑い、呆れて、怒られたことも一度や二度ではなかったけれど――最後には必ず赦してくれた。
 今この瞬間も、それは変わらなかった。
 彼女は微笑みながらアルノルトの声に、言葉に耳を傾けてくれていて。時に驚いたり、困ったように眉を下げてみたり。
 そんな、他愛のない――けれど、ありふれた、何よりも幸せな時間がそこにあった。
 ――ただひとつ、違うのは。
 彼女の時間だけが止まっていて、アルノルトと大切な娘の時間だけが、今この瞬間も未来へ向けて進んでいること。
「……イトセも、随分と大きくなったよ。君によく似て、とても綺麗だ」
 そう告げた瞬間、彼女の表情が少し曇って、影が出来たようだった。
 ――けれど、アルノルトにとっては。
 それさえもとても、綺麗だと思えた。

「……あぁ、そろそろ夜が明ける」
 やがて白み始めた空の下、アルノルトは妻へと静かに向き直った。
「ねぇ、奥さん。――最後に笑ってくれるかい?」
 君の笑顔をもう一度瞼の裏に焼き付けて、振り向かずに、戻れるように。
 すると、彼女はふわりと花のような笑みを綻ばせて――いってらっしゃい、とアルノルトに告げる。
「うん、いってきます」
 そして、アルノルトは振り返ることなく歩き出した。
 
 ――夜が、明ける。
 彼女も、黄泉の国へと続く長い橋も、やがて消えてゆくだろう。
 それでも。
 たった一晩、二人で過ごしたこの時間は――アルノルトの心に確かに、あたたかな光を灯していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ
逢いたい人:義父

俺が猟兵になる前に他界してしまった義父にもう一度逢いたい
物心ついた頃には孤児で、聖者としての力を無意識に使っていた為に周囲から悪魔憑きと言われ蔑まれていた幼少期
偶然俺がいた村に立ち寄った神父だった義父が俺を連れ出してくれた

俺にとって義父は恩人でもあるんだ
義父が他界してからも猟兵になるまでは義父に世話になったという人達が支えてくれたから生きて来られた

今、俺は猟兵になって義父とは違うけれど誰かを救うために戦ってるよ
少しは誇れる自分になれているかな?って思うんだ
義父には最後まで言えなかった言葉を伝えたい

俺を救ってくれて、ありがとう、って
貴方のおかげで俺は進むべき道を見つけられたんだ



「今、俺は猟兵になって……義父さんとはやり方が違うけど、誰かを救うために戦ってるよ」
 柔らかな月明かりが照らす中。
 生と死を繋ぎ、そして分かつ境界でもある長い川に架けられた橋の中央で、鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)は逢いたいと願った人――義父に、近況を告げていた。
 義父はうんうんと相槌を挟みながら、ひりょの語る言葉にしっかりと、どこか嬉しげに耳を傾けていて。
 ひりょが猟兵になる前に病に倒れ、他界してしまった彼は、ひりょにとって父でありながら、恩人でもあった。
 物心ついた時には既に身寄りがなく、天涯孤独の身であったひりょは、聖者としての力を無意識に使っていたために、周囲から悪魔憑きと呼ばれ、蔑まれていた。
 ある日、ひりょが暮らしていた村に神父として偶然立ち寄った義父が、ひりょを村の外へ――広い世界へと、連れ出してくれたのだ。
 独りぼっちだったひりょに生きるための術だけでなく、たくさんの大切なことを教えてくれて、残してくれた人。
「義父さんがいなくなってからも、義父さんに世話になった人たちが支えてくれたから、俺は生きて来られたんだ」
 共に過ごした時間は決して長くはなかったけれど、彼がいなければ自分は猟兵として選ばれることもなく、こうして今、ここにはいなかっただろう。
 誰かを助けられる自分になりたいと、思うことさえ出来なかったかもしれない。
「今なら、少しは誇れる自分になれているかな? って思うんだ。だから……今日はどうしても義父さんに伝えたくて」
 深呼吸をひとつ。それから真っ直ぐに義父の目を見つめ、ひりょは笑顔で告げる。
 ――それは、ずっと伝えたくて、けれど、最期まで言えなかった言葉。
「俺を救ってくれて、ありがとう。――貴方のおかげで、俺は進むべき道を見つけられたんだ」
 ひりょの言葉と思いを受け取った義父は優しく笑って、ひりょの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 ――こんな風に頭を撫でてもらえたのも久しぶりで。
 ひりょは、幼い子供のように笑み崩れるのだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディイ・ディー
現れるはUDC組織の昔の仲間
狂気に堕ちて死んだ相棒、黒瀬・蒼

整えた黒髪
きっちりしたスーツの着こなし
昔のままで懐かしい

久し振り、黒瀬
そろそろあの頃のお前の歳を越えそうだ
あれから何人もの死を見送ってきた
口調や振る舞いだって黒瀬みたいになった
自分勝手な子供みたいだった、この俺がだぜ?
成長しただろ

先に逝った奥さんと子供さんには逢えたか?
……そうか
聞いてくれ、俺も愛することを知ったんだぜ
お前と同じように大切な人を亡くしたら、きっと
同じ所に逝きたいと思うようになるんだろう

黒瀬、いや……蒼
俺はこれからもこの仕事を続けて
呪や邪悪と戦い続けるぜ
お前の事もずっと覚えてるからさ

約束だ
だから安心して休んでおけ、相棒!



「――久し振り、黒瀬」
 ひらりと手を振り、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は橋の向こうから現れた一人の男に笑いかける。
 ほんの少し眉が下がってしまったのは仕方がないだろう。
 しっかりと整えられた黒髪。
 少しの乱れもなく、きっちりと着こなしたスーツ姿。
 何もかもが昔の――ディイが知っているあの頃のままだったから。
 男の名は、黒瀬・蒼。
 UDC組織の昔の仲間であり、狂気に堕ちて死んだ――相棒だ。
「随分と大きくなったじゃないか、ディイ」
「それをこの俺に言うのか、お前って奴は。……あ、人としての器が大きくなったとかそういう意味か?」
 満ちる空気も軽口めいた挨拶も、何もかもが懐かしい。
 橋の欄干に寄り掛かって空を見上げれば、満ちる月に惹かれるように無数の蛍の光が飛び交っていて。
「……そろそろ、あの頃のお前の歳を越えそうだ」
 呆気ない別れは、人伝に聞いた。
 相棒の死を見送ることが出来なかったディイは、それから――かつての彼がそうだったように、何人もの死を見送ってきた。
「口調や振る舞いだって黒瀬みたいになった。自分勝手な子供みたいだった、この俺がだぜ? ……成長しただろ」
「――そうだな」
 ディイを見つめる黒瀬の眼差しは相棒に向けるそれでもあり、まるで、親が子を見つめるような優しさが満ちているようで。
 もしかしたら気づけなかっただけで、あの頃からずっと――そうだったのかもしれない。
「なあ、黒瀬。先に逝った奥さんと子供さんには逢えたか? ……そうか」
 返る答えにディイは僅かに目を伏せ、小さく笑う。
 ――それから、どれくらい語り合っただろう。
 少しずつ空の色が移りゆく気配を感じて、ディイは傍らの男を見やる。
「聞いてくれ、俺も愛することを知ったんだぜ」
「へえ、お前が?」
 大きく目を瞬かせた黒瀬だったが、意外だという風でもなく。
 してやったりとばかりに笑みを深め頷いてから――けれど、ディイは、小さく息をついた。
「お前と同じように大切な人を亡くしたら、きっと。俺も、……同じ所に逝きたいと思うようになるんだろうな」
「ディイ――」
 名を呼ぶ声に振り向いた時には、もう、いつもの“ディイ”がそこにいた。
「黒瀬、いや……蒼」
「……おう」
「俺はこれからもこの仕事を続けて、呪や邪悪と戦い続けるぜ。――お前のことも、ずっと覚えてるからさ。約束だ」
 忘れなければ、覚えていれば――ひとは、誰かの記憶の中で生き続ける。
 それを教えてくれたのも、彼だった。
「だから安心して休んでおけ、相棒!」
 どちらからともなく片手を挙げれば、パチンとぶつかり合った掌が小気味好い音を立てる。
 薄明かりが空を照らす中、不意に――黒瀬はディイへと向き直った。
「いつかまた、飯でも食いに行こうぜ」
「……そういうとこだぞ、蒼」
 そうして互いに笑い合う顔も、どこか似ているようだった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
少し橋の上を見るのが怖い

─櫻宵様!
なんて懐かしい声がする
無邪気に手を振る懐かしい少年の姿
胸が熱くなる

簡素な和装
丸こい黒の瞳に茶の髪を後ろでひとつに纏めた
あなたはスズリ…

まだ誘七の家にいた頃
神贄だった私の側仕え
同じ歳の少年
初めての友達

─櫻宵様!お元気そうでよかった!
俺、心配してたんですよ

無邪気で明るくて閉じ込められていた私と何時も遊んで、たまには一緒に悪戯して二人で怒られたっけ

熱いものが込上げふ

私は─あなたの味を知っている
最期の断末魔を知っている

ごめんなさい

私は友等と呼ばれる資格はないの
…あなたを大蛇の贄として
食い殺したのは私だから

優しい手が頬に触れる
あなたの顔を真っ直ぐに見れないまま

夜が明けて



 はらはらと、桜が舞っていた。
 鮮やかな朱色の橋の袂にひとり佇み、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)はそっと目を伏せる、
 橋の向こうを見るのが、少しだけ怖かった。
 けれど――。

「――櫻宵様!」
 懐かしい声にはっと顔を上げれば、そこには無邪気に手を振りながら駆けてくる――簡素な和服に身を包んだ、一人の少年の姿。
 無邪気で明るい黒の瞳も、後ろで一つに纏められた髪も、忘れるはずなどない“彼”のもの。
「あなたは、スズリ……?」
 記憶に残る彼と全く変わらぬ少年の姿に、懐かしさで思わず胸が熱くなるのを、櫻宵は感じていた。
 ――かつて、まだ幼い櫻宵が生家である誘七の家にいた頃。
 神の贄として育てられていた櫻宵の側仕えだった少年――スズリ。
 櫻宵とは同い年で、櫻宵にとっては、初めての“友達”だった。
 あの頃はまだ同じくらいの高さだった目線は、今は、櫻宵のほうがずっと高いけれど。
「――櫻宵様! お元気そうでよかった! 俺、心配してたんですよ」
 そう言って笑う少年は、櫻宵の記憶に残る彼そのものだった。
 自由を許されず、閉じ込められていた櫻宵といつも遊んでくれた、スズリ。
 一緒に悪戯をして、二人揃って怒られたことも一度や二度ではなかった。
 共に過ごした時間は、決して長くはなかったけれど。
 その中で、彼は、櫻宵が知らないたくさんのことを教えてくれた。
 ――彼と過ごした日々を想えば想うほど、熱いものが込み上げてくる。
 それと同時に、胸の裡に深く刻まれ絡みついた悔恨と、――“彼”が最期に見せた、絶望と悲哀に彩られた貌が、より鮮明に蘇る。
(「私は――あなたの味を知っている。最期の断末魔を知っている」)
 助けてと叫ぶ声が、櫻宵を呼ぶ声が、耳の奥にこびりついて離れない。
 堪らず、櫻宵は吐き出すように告げていた。
「……ごめんなさい、スズリ」
 すると、スズリはきょとんと瞳を瞬かせ、首を傾げて。
「……? どうして謝るんですか、櫻宵様?」
 そう、彼は最期まで、何も知らないままだった。
 だって、知っていたらきっと――こんな風に笑ってはくれない筈。
 だから、真実を告げなければならない。
「私はあなたに友等と呼ばれる資格はないの。……あなたを大蛇の贄として、食い殺したのは“私”だから」
 ――ざあっと、風が吹き抜ける。
 全てを攫うように、あるいは覆い隠すように。
 桜吹雪が風に舞い、彼方の空へと翔けていく。
「――櫻宵様」
 名を呼ぶ声も、頬に触れる手も、何もかもが優しくて、あたたかくて。
 なのに、櫻宵は少年の顔を真っ直ぐに見れないまま。
「たとえそうだったとしても俺は、……あなたを、」
 揺らぐ視界の中、櫻宵の瞳に映った少年の顔は――。

 ――そして。
 夜が、明けてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

グレートスカル・キングヘッド
ギャハハハハ!まさかこんなとこで会えるとは思わなかったぜ!これも地獄の悪魔様の導きか!?

目の前に立ってるのはボサボサ髪にダルンダルンの白衣のだらしないクソメガネ女…
俺を封印しやがったクソ野郎だ…
けっ、二度とその面見たくなかったぜ…死んでもそのだらしない格好とはな…


なぁ、何で俺様を封印した。この世界達を頼む…何故複数形だった?
アンタは今の現状を予知してたのか?俺様に何をやらせたい…
解らねえ、解らねえことだらけだ…

俺様は封印された恨みを忘れねえ、アンタのところに行っていずれアンタも焼き尽くしてやるよ…
世界?俺はグレートスカル・キングヘッド様だ、命令なんて聞かねえ!好き勝手に暴れるだけだ…あばよ



「ギャハハハハ! まさかこんなとこで会えるとは思わなかったぜ! これも地獄の悪魔様の導きか!?」
 夜空にぽっかりと浮かぶ美しい月。さらさらと流れる澄んだ川。
 心地よく吹き抜ける風と遊ぶように、無数の蛍がふわふわと舞っている。
 ――そんな、何となく風情だとか情緒だとかが感じられそうないい雰囲気の景色ごと吹き飛ばしてしまいそうな高らかな笑い声が、今宵、川に架かる橋のど真ん中で響き渡っていた。
 笑い声の主はグレートスカル・キングヘッド(地獄の告死骨烏・f33125)。クロムキャバリアにあるとある研究所の地下で眠っていた、ロボットヘッドだ。
 ロボットヘッドなので頭しかなく、更にその形状は頭蓋骨のようだが――心の底から笑っているのがよく分かるほどには表情が豊かである。
「ひいっ!?」
 そして、そんなグレートスカルの目の前で、白衣に眼鏡の研究者風の女性がすっかり腰を抜かしていた。
 ぼさぼさの髪に、分厚いメガネ。だるんだるんな白衣を着た――ちょっぴりだらしがないと言えばそうだろう、見るからに研究に没頭していたような雰囲気の女性。
「けっ、二度とその面見たくなかったぜ……死んでもそのだらしない格好とはな、クソメガネ女……」
 その女性こそ、グレートスカルを研究所の地下に“封印”した張本人。
 衝撃でずれた眼鏡を白衣の袖で拭いてから掛け直し、よろよろと立ち上がった彼女へ、グレートスカルはすかさず威嚇するように地獄の炎を踊らせる。
「はわっ!?」
 そうして、また尻餅をついた彼女に逃さぬとばかりにずいっと頭(全身)を近づけて、グレートスカルはじっと分厚いレンズ越しの瞳を覗き込んだ。
「……なぁ、何で俺様を封印した。この世界“達”を頼む……何故複数形だった?」
 また逢えたなら、どう料理してくれようかとばかり考えていたというのに。
 こうして実際に死んだ彼女の幻影を目の前にした瞬間、グレートスカルの口からは、次々に疑問ばかりが燃え盛る炎の如く溢れ出していた。
「アンタは今の現状を予知してたのか? 俺様に何をやらせたい……解らねえ、解らねえことだらけだ……」
 それはきっと、彼女が答えをくれたとしても――グレートスカル自身がこれから先、いくつもの世界で見つけていかなければならないもの。
 ――それに、全てを洗いざらい吐かせるには、どうやら、時間が足りないようだった。
 気づけば、いつの間にか白く染まり始めていた空に、グレートスカルは夜明けが近いことを知る。
 その先に待つのは、再びの別れ。
 だというのに彼女がほっと安堵の息をついたのが見えたから、グレートスカルはニヤリと口の端を釣り上げて、またずいっと頭を近づけた。
「ひゃあっ!?」
「覚えておけよ……俺様は封印された恨みを忘れねえ。アンタのところに行っていずれアンタも焼き尽くしてやるよ……」
 結構ですというようにぶんぶんと首を振った彼女が、ぱくぱくと口を動かしてせ・か・い!なんて訴えてくるものだから――。
「世界?」
 グレートスカルは、すかさず鼻で笑い飛ばすのだった。
「俺はグレートスカル・キングヘッド様だ、命令なんて聞かねえ! 好き勝手に暴れるだけだ……あばよ」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

火神・五劫
想い人:先生
孤児であった俺を育ててくれた恩師
母親代わりであり、姉のようでもあり
想いを伝えられぬまま死に別れた、初恋の人

蜉蝣が揺蕩う橋の上
現るは、愛しい幻
長い髪の女性は、記憶とまるで違わぬ姿
だいぶ小さく見えるのは、俺の背が伸びたからだろう
最期に会ってから十年以上にもなるからな

なあ、先生
貴女は何時か俺に言ったな
大きくなったら旅に出て
広い世界を見て来いと

貴女と望まぬ形で別れてからも生きられたのは
その言葉が支えになったからだ

数多の世界を己が足で歩み
少しは俺も成長できたろうか

夜明けが近い
先生に相応しい男になれたかはわからぬが
伝えられずに終わった言葉を今
後悔だけはないように

先生、貴女を何時までも愛している



 彼岸と此岸を隔てる川の畔には、焔のように赤い曼珠沙華が咲き乱れていた。
 蜉蝣が揺蕩う橋の上、一人静かに佇んでいた火神・五劫(送り火・f14941)は、遠くに浮かび上がったひとの姿に僅かに目を細める。
「――先生」
 呼ぶ声に、綻ぶ笑み。
 五劫の前に現れたのは、長い髪の女性。
 孤児であった五劫にとっては、母であり、姉のようでもあり、人としての生き方を教えてくれた恩師であり――。
 ――そして、最期まで想いを伝えられぬまま喪った、初恋の人だ。

 胸の裡に鮮やかに蘇る、懐かしくも愛おしい追憶の日々。
 元気そうで良かったと安心したように微笑う彼女は、記憶とまるで違わぬ姿のはずなのに――何だかとても小さく見えた。
 それは己の背が伸びたからかと、五劫は今更ながらに気がついた。
 ――永遠の別れから、十年以上。
 それだけの時が流れたのだと、実感もして。
「……なあ、先生。貴女は何時か俺に言ったな。大きくなったら旅に出て、広い世界を見て来いと。貴女と望まぬ形で別れてからも生きられたのは、その言葉が支えになったからだ」
 骸の海より出づる妖に喰らわれて、彼女だけでなく、故郷を――全てを失ったあの日から、五劫の旅は始まった。
 一人きりの旅路を支えてくれたのは、彼女が教えてくれた生きるための術と、そして――彼女がいつか五劫にくれた、この言葉だった。
「数多の世界を己が足で歩み、少しは俺も成長できたろうか」
 ――今ならば、“貴女”を守れただろうか。
 胸の裡にふと浮かんだ迷いを、五劫はすぐに押し込める。
 もしもの未来を描いたところで、彼女が取り戻せるわけではない。
 それに、何より――彼女の前で自責の念に満ちた顔など、見せるわけにはいかないのだ。

 ――夜明けが近い。
 たった一夜の逢瀬の時は、流れる星のように瞬く間に過ぎていく。
 薄らいできた空を見やり、五劫は改めて彼女へと向き直る。
 名残惜しむように差し伸べられた細い手を、五劫はそっと握り締めた。
 あの頃は大きかった彼女の手も、今は――とても小さくて。
 本当に、自分だけが――彼女を置いて今も未来へ進んでいるのだと、五劫は身に染みて感じていた。
 ――あるいは。
“残された”のは、自分だけではなく。彼女もまた、そうなのかもしれない。
 あの頃よりは確かに強くなった。だが、それでもまだ、彼女に相応しい男になれたかはわからない。
 けれど――二度と逢えぬと思っていた彼女に、こうして今ひとたび逢うことが叶った。
 幽世という、この世界が繋いでくれた最初で最後の機会に、悔いを残したくはなかったから。
「先生、俺は」
 胸の裡に綻ぶ想いを言葉に変えて、五劫は紡ぐ。
 それは、あの時伝えられずに終わった想いであり、今も、これから先も胸に咲かせ続ける――唯一の。
「――貴女を、何時までも愛している」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

波瀬・深尋
お前は、誰だ

銀鼠の髪に青藍の瞳が揺れる
にぱっと笑う少女の、その姿は、
確かに記憶の中のものと重なった

泣いてほしくなかった
いつも笑っていてほしかった

そう願ったあの日から、あの夜から
ずっと頭の中にこびりついて離れない

その彼女が、また、目の前に居る

空に輝くおほしさまへ手を伸ばして
泣きそうになっていた彼女が
振り向いた瞬間には笑っていて

そんな姿を見る度、胸が痛む

手を引かれて、その場に屈むと
やさしい温もりを頭の上に感じた

…──ああ、この温もりを俺は、知ってる

そっと目を閉じれば
そのまま、ふわりと抱き締められて

お前を、ひとりにしたくなかった
お前と、ずっと一緒に生きたかった

けど、俺は、

もう一緒には居られないから、



(「――お前は、誰だ」)

 月明かりに照らされた世界は、蒼く染まっていた。
 彼岸と此岸を繋ぐ橋の上で波瀬・深尋(Lost・f27306)が出逢ったのは、銀鼠の髪に青藍の瞳を持つ、一人の少女だった。
 にっこりと満面の笑みを咲かせる彼女の姿は、確かに深尋の記憶に残るそのひとで。

 満天の星の下、輝く星に手を伸ばして――いつも泣きそうになっていた彼女は、振り向いた瞬間には笑っていた。
 どんなに手を伸ばしたって、星に届くはずなんてないのに。
 彼女のそんな姿を見る度に、深尋の胸はひどく痛んだ。
 ――泣いてほしくなんかなかった。
 いつも、笑っていてほしかった。
 そう願ったあの日から、あの夜から――ずっと頭の中にこびりついて離れなくて。
 叶うならば、もう一度逢いたいと願っていた。
 その彼女が、今、目の前に居て。
 笑顔を見せてくれていることに、心のどこかで安堵していたのも――事実だった。
 けれど、何を話せばいいのかわからなくて、深尋は黙り込んだまま。
 すると、少女はそっと深尋の手を引いた。
「……何だ?」
 拒むこともなく引かれるままその場に屈んだ深尋は、頭に感じたぬくもりに瞳を瞬かせる。
 触れられた瞬間に、心が軋んで悲鳴を上げたようだった。
 けれど、それ以上に心を満たしてゆく、――優しいぬくもり、それは。
(「…――ああ、」)
 ――この温もりを“俺”は、知ってる。

 そのままそっと目を閉じれば、ふわりと回される少女の腕。
 抱き締められたのだとわかった時には、深尋も同じように――縋るように、腕を伸ばしていた。
 どうして手を離してしまったかも、憶えていない。
 少女の名を呼ぶことさえも、今の深尋には出来ない。
 なのに胸の奥から込み上げてくる綯い交ぜの感情が、深尋の記憶の、彼自身でさえも辿れぬ深い処に、確かに彼女がいたのだと突き付けてくる。
「お前を、ひとりにしたくなかった。……お前と、ずっと一緒に生きたかった」
 目頭が熱くなるのを、深尋は感じていた。
 きっと、泣きそうな顔をしていただろう。
「けど、俺は、」
 それでも、伝えなければならない。
「――もう一緒には、居られないから」

 夜が、明けてゆく。
 二人を繋いだまぼろし橋が、少女の輪郭が――少しずつ、暁の空に消えてゆく。
 ――この瞬間も、いつかは深尋の中から消えてしまうのだとしても。
 このぬくもりも、彼女の笑顔も、決して――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳来・澪
(大丈夫――
今までも事ある毎に夢に見て、会う事も、別れる事も、覚悟の上
うちの願望混じりの夢幻かもしれん事だって、承知の上
それでも、ただ――貴女の笑顔が見たかったから)
――おばあちゃん
逢いに、来たよ

えへへ
早寝好きなとこ堪忍ね
今日だけは、夜更かしに付き合うて?

(在りし日のように優しい笑顔で手招く姿
今はもう、その手に引かれて行く事は出来へんけど――
その手で与えてくれた沢山のものは、今もちゃんとうちの中に在るから

他愛なく
とりとめなくも
貴女に貰った幸いな想いを目一杯語らって)

有難う
大好きよ
ずっと、ずっと

(そして貴女から受け継いだ力と志で以て、きっと未来を紡ごう――姿は消えても、貴女との証は確かに此処に)



(「……大丈夫」)
 今までだって、夢に見たのは一度や二度ではない。
 過去は変えられないとわかっていて逢うことも、その先にすぐ、別れが待っていることも、覚悟の上。
 もしかしたら、ただ胸の裡にずっと抱き続けている想いが形を成した――夢まぼろしかもしれないことだって、わかっている。

 ――それでも。
 ただ――貴女の笑顔が見たかったから。
 貴女に、逢いたかったから。
「――おばあちゃん」
 蛍が舞う中、橋の向こうからゆっくりと歩いてくる人影に、鳳来・澪(鳳蝶・f10175)は満面の笑みを綻ばせて呼びかける。
「逢いに、来たよ」

 澪の姿に気づいた彼女もまた、ふんわりと優しく微笑んで、澪を手招く。
 在りし日と同じ、澪の記憶と想い出に残るままのその姿に、澪は胸の裡から込み上げてくる想いをそっと押し留めながら、にっこりと笑みを深めてみせた。
 ――貴女の前では、いつも笑顔でいたいから。
「えへへ、早寝好きなとこ堪忍ね。今日だけは、夜更かしに付き合うて?」
 他愛のないことも、とりとめのない話も。
 二人で共に過ごした日々の想い出は――幾ら語れども溢れて止まぬほど。
 そして他の誰でもない――彼女から受け取ったたくさんの幸いな想いを、澪は時間の許す限り目いっぱい、自分の言葉で彼女に伝えた。
 澪の言葉にうんうんと頷きながら、彼女はにこにこと、本当に嬉しそうに笑っていて。
 いつだって抱きしめて、優しく撫でてくれた皺だらけの手。
 大切で、大好きな、“おばあちゃん”の手。
 その手に引かれて一緒に歩いてゆくことは、橋の向こうに渡ることは、出来ないけれど。
(「でも――おばあちゃんがその手で与えてくれた沢山のものは、今もちゃんと、うちの中に在るから」)

 やがて、薄っすらと白み始めて来た空に、夜明けが近いことを感じて。
「……おばあちゃん」
 澪は最後に、彼女をぎゅっと抱き締める。
 たとえ、彼女の存在そのものが幻だとしても、伝うぬくもりは確かなもの。
 澪はそのことにどこか安堵しながら、最後にそっと、少しだけ震える声で想いを紡いだ。
「有難う、大好きよ。――ずっと、ずっと」

 元来た橋の袂まで戻り、振り向けば。
 小さく手を振る彼女の姿が、橋と共に朝焼けのひかりに溶けていくのが見えた。
 澪も大きく手を振り返して彼女を見送り、そして、まぼろしの橋が消えてゆくのを最後までしっかりと見届ける。

 ――貴女から受け継いだ力と志で以て、きっと未来を紡いでゆこう。
 姿が泡沫の如く消えても、幾度別れを迎えても。
 貴女との証は――いつまでも変わらず確かに、此処にある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
いや~
また会ったな
(ぽつり
言葉を零した瞬間に雨粒も落ちてきて――
烟る橋の先には、傘を此方へ傾ける恩人の幻)


初めて会った時
飛び出して逃げ回った時
何かとつっぱねる俺に、いつもこうして手や傘を差し伸べてくれたな

――でも、お陰でさ
こーんな立派な大人になったんだぜ?
もう手も心も煩わせやしないさ

だから安心して
其方で待ってて

迎えはもう大丈夫
道は分かってる

ちゃんとこの足で
迷わず行くから

いつかその先で――また、な

(あの人は、進んじゃならない道へ連れてくような人じゃないから
――例え幻であれ、あの人にそんな真似はさせまい

静かに穏やかに
追わず見送って
雨は上がる
夜は明ける

――後には珍しく、翳りも曇りもない姿がひとつ)



「いや~、また会ったな」
 ぽつり、と。
 そう零した瞬間に、彼方の空から落ちてきた冷たい雫に、呉羽・伊織(翳・f03578)はやんわりと目を細める。
 見上げた先にはまあるい月がぽっかりと浮かび、淡い輝きが優しく地上を照らしているというのに。
 その光を遮るように、空には雲が広がり始めていた。
 然れど、重苦しい曇り空も少しつず大きくなっていく雨音も、伊織はまるで気にする様子もなく。
 そのまま視線を緩りと落とせば――雨に烟る橋の向こう、傘を此方へ傾けながら、早く来いとばかりに手招くひとの姿があった。

「……初めて会った時も、飛び出して逃げ回った時も。何かとつっぱねる俺に、いつもこうして手や傘を差し伸べてくれたな」
 二人で差すには少し狭い傘の下、肩を寄せ合いながら、伊織は恩人たるそのひとへ笑いかける。
「――でも、お陰でさ。こーんな立派な大人になったんだぜ? ……もう、手も心も煩わせやしないさ」
 いつだって手を差し伸べてくれたのは、伊織がその手を必要としていた時だった。
 そのことに伊織が気づいたのは、ずっと後になってからだったけれど。
 この人がくれたものにどれほど救われ、支えられていただろう。
 ――だからこそ、この広い世界に、ひとりきりで残されても。
 底知れぬ深い絶望に、呑まれてしまいそうになっても。
 伊織は這い上がり、立ち上がって――前へ、歩き出すことが出来たのだ。
「だから安心して、其方で待ってて」
 目元を綻ばせながらそう告げる伊織に、恩人たるかの人も微笑んで頷く。
「迎えはもう大丈夫。道は分かってる。――ちゃんとこの足で、迷わず行くから」
「――、――」
 その時、恩人の口から紡がれた言葉に、伊織はしっかりと頷き返し――。
「いつかその先で――また、な」
 そして、まだ雨の降る空の下、元来た道を真っ直ぐに戻っていく。

 ――だって、あの人は。
 進んではならない道へ、伊織を連れていくような人ではないから。
(「――それに、例え幻であれ、あの人にそんな真似はさせまい」)
 だから、伊織は己の足でちゃんと橋の袂まで戻り、そこで、ようやく振り返った。
 決してその背を追うことはなく、伊織はただ静かに、穏やかに――泡沫に消えゆくまぼろしの橋と、恩人の姿を見送る。

 いつしか、雨は上がっていて。
 いつの間にか、月も沈んでいて。
 夜の帳が払われた空は、澄んだ暁の色に染まっていて――。
 そして、夜が明けてゆく。
 ――始まりの陽が、昇っていく。

 ――後には珍しく、翳りも曇りもない男の姿がひとつ。
「さーて、帰るか!」
 そうして踵を返した伊織は、どこかすっきりとしたような、晴れやかな笑みを浮かべていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月16日


挿絵イラスト