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大祓百鬼夜行⑮〜ルシャトリエの原理

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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#カクリヨファンタズム
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#大祓百鬼夜行


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●永遠と平衡
 届け。
 とどけ。
 宝石が上から下へ転がるように、だれかがしあわせになればいい。大河の水が海へ注いで広がるように、みんながしあわせになればいい。
 この崩れそうな世界のなかに、永遠のものなんて何処にもないのだから。
 僕のいのちが、ひとりでも多くの明日になれば、それでいい。

 だからツバメさん、黄金を持っていっておくれ。
 もし僕が死んだなら――。

●昔、教科書で読んだだけ
「どうして、黄金には価値があるんだと思う?」
 グリモアベースの片隅で、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)とおぼしき少女が絵本を読んでいる。
「きらきら光って綺麗だからじゃあないぞ。経年劣化しないからだ。滅多なことでは化学反応を起こさない。何人にも犯されない存在であるからこそ、時代を超えた価値の物差として機能する」
 パステルカラーの表紙の小さな絵本には、そんな雑学めいた話が書かれている訳では無いだろう。しかし彼女は、開きっ放しのページに視線を落として動かない。
「ま、鍍金の中身は屑鉄だったりするけどな。骸魂に飲まれた西洋妖怪の大親分、その名は『しあわせな王子さま』――なんだってよ」
 つまんない冗談だ、と、不機嫌そうに吐き捨てる。

 大祓骸魂《おおはらえむくろだま》の襲撃を受け、あえてその軍門に降った百鬼夜行の妖怪たち。彼らは猟兵の勝利を願いながらも、それぞれの方法で真剣勝負を挑んでくる。
 その中でも有数の実力者と目される『西洋親分』のもとへ、新たな雲の道が繋がった。
「というか、そいつが繋げてるんだけどな」
 彼――『しあわせな王子さま』は、その身に纏う黄金の肌を代償に、雲の道を作り続けていたらしい。
 骸魂に飲まれた状態で、更に己を削り取る。そんな無茶を繰り返せば果たしてどうなるか。……いずれはその影響を抑えきれなくなり、意識を奪われることになるだろう。
 転移の先に待っているのは、既に理性と肉体の崩壊が進んだ『骸蝕形態』だ。
「見上げた自己犠牲精神だが、お前らがしてやれることはあんまりないぜ。向こうも最早容赦なく殺しに掛かってくるからな――全力で殴り返せよ、いっそそれが礼儀だろ」
 ……そして、猟兵にとっての全力といえば。
「王子さまに集まる『虞』とやらが窮地の代わりになるらしい。こうやって、いきなり真の姿になれる。……なんて理屈はどうでもいいか。要は、お互い本性晒せってこったな」
 あるいは、それこそが。
 永遠の輝きを捨て、変わり果てた姿で戦う王子さまに――『してやれること』なのかもしれない。

「別に死んでもいいんじゃないか、そいつがそう決めたんだったら」
 ぱたりと絵本が閉じられる。裏表紙には、一羽のツバメが描かれている。
「残される奴が本当に幸せかどうかは知らんがね」
 転移の光が、君たちを包む。


八月一日正午
 どうも! ほずみしょーごです。
 オスカーワイルド曲解してんじゃねえぞというかんじで、西洋親分『しあわせな王子さま』との決戦、骸蝕形態です。

 プレイングボーナス条件は【真の姿を晒して戦う】こと(🔴は不要)。今回はユーベルコードの先制攻撃はありません。
 募集期間は【オープニング公開直後から、翌朝8:29まで】とします。足りなかった場合はサポートをお借りするかもしれません。
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第1章 ボス戦 『西洋親分『しあわせな王子さま』骸蝕形態』

POW   :    骸蝕石怪変
自身の【黄金の剥がれた部位 】を【異形の姿】に変形する。攻撃力・攻撃回数・射程・装甲・移動力のうち、ひとつを5倍、ひとつを半分にする。
SPD   :    部位崩壊弾
レベル分の1秒で【切り離した体の部位(遠隔操作可能) 】を発射できる。
WIZ   :    崩落の呪い
攻撃が命中した対象に【崩落の呪い 】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【対象の皮膚や装甲が剥がれ落ちること】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 UDCアース、忘れられたものたちの終着駅。
 ……などと表現すれば聞こえは良いが、それは単なるゴミ溜めだった。打ち棄てられたショッピングモールのシャッターは、閉じて、錆びて、壊れている。かつては広場と呼ばれただろう空間は、廃材に埋もれて足の踏み場もない。
 世界から不要とされた金属とプラスチックの丘に、『しあわせな王子さま』は静かに佇んでいる。
 片方欠けた眼窩は虚ろで、黄金は半ば剥がれ落ちて、――しかし、その口元は微笑んだままだ。
宮入・マイ
シュバルツちゃん(f14572)と。

なーんかさ、気に食わないんっスよな~、あの王子様。
マイちゃんは自己中だから怒られてる気がするんっスかな~。
ん、あー、シュバルツちゃんあんまここ良くないかも、マイちゃん無性に腹が…減る。

【裏返しの不幸】。
殻から逃げ出そうとする蟲を喰らって、喰らって、喰らって…お前の黄金も引き剝がして、中身を残らず喰ってやる。

マイちゃんは面白ければそれでいい、面白ければ幸せ。
勝った負けたは関係ない、誰が泣いても関係ない、一人よがりの醜い幸せ。
でも本物だ、皆の幸せの望むお前のそれよりも。

…ツバメがないてるぞ。


シュバルツ・ウルリヒ
宮入(f20801)と

【真の姿】

宮入に連れられて来たが、…成る程、こういう事か

久しぶりだな、この目線、この力の感覚は。宮入、お前の方は…やる気はバッチリなようだな

…まあいい、やるべき事は変わらん

そこの王子、男で悪いがコイツと踊る前に一曲付き合って貰うぞ

【殺気、威圧】で【存在感】をアピールし、敵の意識、注意を宮入に向けさせないように立ち回り、戦う。【おびき寄せ】

敵の攻撃は武器で【武器受け】で防げるのは防ぎ、無理なのは【残像】を出しつつ、避ける。

宮入の準備が終わったら、宮入の攻撃の間隙を縫い、UCを発動する。【衝撃波、封印を解く、なぎ払い、鎧砕き】

僕の仕事は終わった。


――止めは任せたぞ、宮入




「なーんかさ、気に食わないんっスよな~、あの王子様」
 人のためだとか、役に立つだとか、宮入・マイ(奇妙なり宮入マイ・f20801)にとっては面白くもないお説教のひとつに過ぎなかった。そういうことを言う奴は、大抵みんなマイを閉じ込めようとした。
「マイちゃんは自己中だから、怒られてる気がするんっスかな~……」
 今が楽しければ他は全部どうでもいい。世界が滅ぶと言われても、遊び場が減ったら嫌だなあとしか感じない。そんな自分を責められているような――どうして、こんな気分になるんだろう。他人にどう思われているのかなんて、それこそ一番どうでもいいことのはずなのに。
 考え込む真似をして、ぽかんと空いた唇に人差し指を当ててみる。ぱきりと軽い音を立て、口角から頬に向かって亀裂が走る。
「ん、」
 ――そっか。
 中途半端に似ているからか。見せかけの外殻で、本質を覆い隠したこの姿が。
 少女めいた容貌がぽろぽろ剥がれ落ち、その内側が――蠕動する蟲の叢が露になる。命令が行き届かない。膨張が、止まらない。まるで何かを恐れるように、宮入マイの輪郭から命が溢れ出していく。
「あー、シュバルツちゃんあんまここ良くないかも、マイちゃん無性に――」
 お腹が空いてきたっスよ、なんて――。
「腹が、……減る」

「……成る程、こういう事か」
 マイに連れられる形で転移して来た少年――シュバルツ・ウルリヒ(黒剣・f14572)は、大した感慨を抱かなかった。この空間の性質は既に聞き及んでいる。
 怪物と成り果てた『王子さま』にも、溶け崩れていく同行者にも、吸血鬼としての相に転じていく己自身にも、必要以上の興味はない。白金の髪。二色の瞳。そんな情報は彼にとって重要ではない。戦場において意識すべきは――目線の高さと、湧き出る力の感覚だ。
 青年と呼んで差し支えない姿となったシュバルツの体躯を、魔力で編まれた外套が包む。蹲るマイの前へと立って視線を落とす。
「宮入、お前の方は……」
「邪魔」
 ほとんど喉の形をしていない喉から、くぐもった言葉が響く。
「邪魔、しないで、――するな。邪魔っ、邪魔邪魔邪魔、」
「……やる気はバッチリなようだな」
 顔があるべき位置にあるのは、分泌物で構成された一塊の黒い膿。蠢く蟲と、その死骸。その地獄絵図から逃げ出そうとした一匹が、また別の一匹に喰い千切られる。共喰いによる淘汰と選別――この奇妙な生態系こそが、宮入マイの真の姿だ。
 この状態では論理的な会話も行えまい。普段から行えていない気もするが。
「……まあいい、やるべき事は変わらん」
 彼女が蟲毒を終えるまで、しばらく時間が自分を稼ぐ。――それだけだ。

「で、だ。……そこの王子」
 黒い刀身の魔剣を突き付ける。
 ……理性を失っていると聞いていたが、『王子さま』は案外静かにガラクタの山に佇んでいる。単なる古びた銅像かと錯覚する程だ。
「男で悪いが、コイツと踊る前に一曲付き合って貰うぞ」
 ――しかし。ゆらりとこちらを向く動きは、知性ある生物のそれではない。おそらくシュバルツの放つ殺気に反応しただけだ。
 骸蝕石怪変。黄金の剥がれた左の爪先が、猛禽類を思わせる異形の肢へと変形する。足場の鉄骨を掴んで、跳ぶ。
「増したのは移動力、……といったところか」
 ならば速度で存在をアピールすればよい。まずは身を低く敵の脇下に飛び込んで、すれ違うように回避する。……『王子さま』の突進は、残像へ突っ込むだけの結果に終わった。
 そのまま注意を引きつけて、反対側へとおびき寄せる。敵の意識が、無防備なマイへと向かないように。彼女に背を向けるかたちになるように、だ。
 ――『王子さま』の細身の剣と、シュバルツの魔剣が火花を散らすその瞬間。『裏返しの不幸』の準備は既に完了していた。

「お前も、」
 女の姿をした殻が、『王子さま』の背後にひたりと歩み寄る。
「お前の黄金《かわ》も、中身も、全部」
 喰らって、喰らって、喰らって、鍍金も屑鉄も区別なく、残らず喰い尽くしてやる。

 マイの捕食行為、その僅かな間隙を縫ってシュバルツも動く。
 さあ、どうせおぞましい吸血鬼の姿を晒したのだ。何百年と溜め込まれた怨念、血、殺意、その全てを見せてやろう。
「――解放」
 魔刃一閃。
 敵も、味方も、まとめて斬る。マイにとってはどうせ蟲数匹の損害、過酷な食物連鎖の果ての誤差に過ぎない。生き残った数万数億の蟲たちは――『王子さま』の罅割れた身体に向かって殺到する。
「これで僕の仕事は終わった。――止めは任せたぞ、宮入」

 悪食を極めた蟲たちは、金属であろうが容赦なく喰らう。しかしそれと同時に、骸魂の呪いに焼かれて死んでいく。殺しきることは出来ないかもしれないけれど――それでもマイは全力で、うつくしい自己犠牲の結果を否定する。
 ……『マイちゃん』は、面白ければそれでいい。
 面白ければ幸せだ。では何が面白いのかと問われれば、その時次第としか答えようがない。明日も、永遠も、勝ったも、負けたも、関係ない。世界が滅ぶの滅ばないので誰が泣いても関係ない。
 元の優しい王子さまなら、それは一人よがりの醜い幸せだと言うのだろう。
「でも本物だ、――皆の幸せなんてものを望む、お前のそれよりも、ずっと」

 お前自身の幸せはどこにあるんだ。
 幸せになろうとしない奴が、楽しもうとしていない奴が、面白いことをする時に一番邪魔なんだ。

「……ツバメが、ないてるぞ」
『つば、め――』
 怪物は、その言葉にだけ僅かな反応を示すのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

土斬・戎兵衛
あるぇ~~?
気前良く黄金ちゃんをくれる人がいるって聞いてきたけど、間違えちゃった?
まあ、良いや
人斬りの本性を見せるなら、殺せば良いだけの相手の方が……やり易いでござるっ!!

理性を欠けさせた真の姿、すなわち人斬りの在り様に戻る
これにより骸蝕形態の王子殿と自身の性質を合わせてUC発動

敵の攻撃を【見切り】、上がった回避力で対応
かわしきれない攻撃は【早業】で【切断】
部位崩壊弾は真の姿になって【武器改造】された身体から伸びた刃で受けてやり過ごす
刀なら砕けてもまた新しいのを付け替えれば良し

善良な王子殿に刃を向けることを躊躇う者もいるやもしれん
しかし人斬りが人を斬るに躊躇は露程もなし
一刀両断してしんぜよう




 役者には、周囲の期待に応えようとする性がある。
「あるぇ~~?」
 分かりやすさ重視の着物に、水牛角のお江戸眼鏡。――土斬・戎兵衛("刃筋"の十・f12308)がいかにも西洋人の喜ぶ『侍』を装うのは、簡単に言えばお金のためだ。掌にちゃんと収まる不変の価値が欲しいのだ。
「気前良く黄金ちゃんをくれる人がいるって聞いてきたけど、間違えちゃった?」
 もちろん猟兵稼業もお金のため。なんと西洋親分は、給料だとか報酬だとか言わずに直接黄金をばら撒いてくれるらしい。敵ながら天晴である。
 そんな噂に惹かれて転移して来たはいいものの――説明の後半を聞き流していたのは良くなかったか。

『ぁ、あ、……ぅあ』
 不明瞭な譫言を繰り返す『しあわせな王子さま』は、骸魂の影響に屈した『骸蝕形態』。
 あざやかな黄金はほとんど剥がれ落ち、その内部も蟲に喰われたように劣化した、見るも無残な姿である。

「……まあ、良いや」
 こうなる前は、幽世の誰もに慕われる優しい妖怪であったらしいが。
 違う刻、違う処で相見えていたら――仲睦まじくとまでは行かずとも、茶飲み話くらいは出来たのかもしれない。しかし、そんな仮定には意味がない。彼が何を求めて周囲の期待に応えていたのか、尋ねることも能わない。
 目の前にいる怪物は今や単なる人殺し。そして、人殺しは人殺しを知るものだ。
「人斬りの本性を見せるなら、」
 上ッ面を演じるだけの自分でも。
「殺せば良いだけの相手の方が……やり易いでござるっ!!」
 ――携えた刃は本物なのだから。

 虞の齎す、戎兵衛の真の姿。それは即ち――『人斬り』として造られた人形の在り様に戻ること。
 こうなれば、こちらも理性など在りやしない。同じ貉のすることは手に取るように判る。それは洞察であり、直観であもあった。
『あぁ、――あ――!』
 この様子なら――フェイントなどは掛けてくるまい。予備動作通りの剣先による突きが来る。
 右に一歩、最小限の動作でかわす。突きの動きで空いた脇腹に、戎兵衛はすかさず小太刀を叩き込もうとする。……と、振り払うような肘鉄が来た。
 『王子さま』の割には無骨な格闘術だ。
 拳で受けても良いのだが、おそらく、これに触れてはならない。
「――ふ、」
 肋から、関節から、――人間であれば骨の在るべき処から、大量の仕込み武器が溢れ出る。『王子さま』の左腕は伸びた刃に阻まれて、切断された手首が宙を舞う。
「……これが、部位崩壊弾」
 一方。……戎兵衛の仕込み武器も、崩落の呪いを受けて腐ったように崩れ落ちる。攻撃は最大の防御、この刃は武器にして装甲であったということか。
 まあ、刀など折れても砕けても新しいものを付け替えれば良し。最悪皮膚が剥がれても、いくらでも直しようはある。
「さて、――そろそろ見切ったな」
 本差しを抜く。
 鍍金だろうが屑鉄だろうが、この分渡の前には等しく錆だ。

 ――善良な王子殿に、刃を向けることを躊躇う者もいるやもしれん。
 猟兵たちとて、生半可でない覚悟はあろう。世界を救う使命に燃える者たちも多かろう。しかし、人を斬ることには、心よりずっと深いところに向き不向きというものがある。
『……さ、むい、ぁ、あ、……あぁ、つばめ、さ』
 こんな人らしい譫言が聴こえてしまえば尚更だ。
 しかし、人斬りが人を斬るに躊躇は露程もなし。そうではない誰かの心を揺さぶり惑わすやもしれぬ――その口を、先ず。
「――一刀両断してしんぜよう」
 薄い刀身が閃いて、……『王子さま』のか細い首が、横一文字に斬り飛ばされた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

犬飼・満知子
自己犠牲の精神を賛美するわけではないですけど、私も覚悟を決めます。これは私たちの地球の問題でもありますから。

「だから……“私たち”の全部でぶつかります!」

虞が取り巻いているなら好都合です。私の恐怖心がこの子達のトリガーになります。普段は押さえ込んでいるUDCを完全に解放。黒髪が身長の何倍にも伸びて、奇しくも妖怪じみた様相に。
【ダッシュ】で接近して【全滅領域】。広範囲の無差別攻撃を彼の側で発動します。

【部位崩壊弾】が来たら早撃ち勝負です。早さで負けても技能【クイックドロウ】で発射された部位を撃ち落とします。

「あなた達は恩人です。私には、報告書に書いておくことくらいしかできませんけど……」




 成績は中の上くらい。
 不良ってわけでもないし優等生ってほどでもない。小学校の頃からずっと、クラスでは目立たない存在で。
 ――道徳や国語の教科書を鵜呑みにするような、素直ないい子じゃなかったことは確かだった。

 そんな犬飼・満知子(人間のUDCエージェント・f05795)でも、『しあわせな王子さま』のあらすじは知っている。細かいところは色々忘れてしまったけれど。……だからこそ、彼はこんな終着駅に流れ着いてしまったのかもしれない。
 度重なる攻撃を受けてぼろぼろになった『王子さま』が、足元に転がっていた自分の首を拾い上げる。……理性は残っていないらしいし、あれは本能での行動なんだろうか。物語では、みすぼらしい姿になった王子の像は取り壊されて焼かれてしまう。
「自己犠牲の精神を賛美するわけではないですけど――」
 こんな姿になってまで戦う本人を前にして、斜に構えた感想なんて言ってはいられない。
「私も、覚悟を決めます」
 ――これは、私たちの地球の問題でもあるんだ。生き死にの心配をしなくてもいい生活の中で、私たちが忘れて、目を逸らして、なあなあにしてきたものと向き合う戦いなんだ。
「だから……“私たち”の全部でぶつかります!」

 虞というものが一体何なのか。詳しい説明は受けられなかったけれど、満知子には肌で理解できた。エージェントとしてUDCに関わる過程で何度も直面してきた感覚。逃げ出したくなるような冷たい死の気配が、あたり一面を取り巻いている。
 正直言って、今でも怖い。
 けれど、それなら好都合。――宿主である満知子の恐怖心こそが、群体型寄生UDC『くろかみもどき』のトリガーとなるのだから。
「……いいよ、みんな、私を守って」
 普段は必死に押さえ込んでいる彼らの暴走を――受け入れて、完全に解き放つ。
 黒髪に擬態していたUDCが、四方八方に繊維構造を展開する。彼らも虞のもたらす死の気配を感じているのだろう。何もないはずの空間を殴ったり、貫いたりして、害を為し得る全てを絞め殺そうと暴れている。
 満知子の小柄な体躯の何倍にも伸びて波打つ漆黒。――その様相には、奇しくも『妖怪』といいう表現がよく似合う。
「皆さん――離れてください!」
 他の猟兵に呼び掛けて、全力で床を蹴る。ブーツの出力が速度に乗る。疾走を阻む障害物は、『この子達』がすべて破壊してくれる。

 ――『王子さま』を攻撃範囲に捉えて、全滅領域《アナイアレイション》。
 約十万の触手の群れが、一塊の質量ある暗闇と化す。
 こうなれば、UDCは己の生存本能のままに無差別攻撃を続けるだけだ。宿主の制御も最早届かない。塗り潰された視界の向こうで、一体何が起こっているのかすらも判然としない。
 しかし攻撃を仕掛けた以上は反撃が来るだろう。全身の神経を研ぎ澄ませ、大腿のホルスターに指を掛け、満知子は来るべき瞬間に備える。
 早撃ち勝負だ。

 切り離された身体の一部を、使い捨ての武器として発射する部位崩壊弾。
 一面の黒を抜けて飛来したのは――さみしそうに微笑んだままの、『王子さま』の頭部だった。
「――――ッ!?」
 満知子はどこまで行っても普通の女子高生だ。人間の顔の形をしたものを見て、しかもそれが只の『もの』ではないと知っていて、動揺しない筈もない。
 けれど、ここで怯めば結果は死だ。
 トリガーを引く。
 謝罪の言葉が声になるほどの暇もない。

「あなた達は……、恩人です」
 ……光線銃で撃ち落とされた『王子さま』の頭部は、原型もなく溶け崩れていた。
 全力で戦うことが世界を救う必須条件。妖怪たちの抱く覚悟の凄絶さに、満知子は改めて息を飲む。
「私には、報告書に書いておくことくらいしかできませんけど……」
 報告書を読んだ誰かも、教科書を読んだ程度の感想しか抱かないのかもしれないけれど。
 それでも伝えていくことが、今を生きる自分たちの使命だと思うから。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴィクティム・ウィンターミュート
【冬と凪】

……ったく、向こうも向こうで無茶しやがる
まぁそんだけ、俺達に賭けてくれてるってわけなんだろうがな
つうわけで、全力出すから……虚無を使うぜ?いいよな、チューマ
久しぶりに使うけど…相変わらず荒れ狂ってやがるぜ

Void Link Start
歪ませてやるぜ──『Distortion』
過去改変システムを起動
いくら体の部位を発射しようが、関係ないのさ
俺がその過去に干渉して、『無かったことにしちまう』
攻撃を届かせない、虚無の守りってやつさ

当然、こっちの攻撃を回避するなんて過去も消し飛ばす
つーわけで、膳立てはするから火力重視で頼むわ
何もしなくても外さないのは知ってるけどさ、保険はある方がいいだろ?


鳴宮・匡
【冬と凪】


いいも悪いも、そうするしかないんだろ
気に入らないけど呑み込むさ

その虚無が素通しで通るなんて都合よく思っちゃいない
それでも、頼りにはするよ
俺の影だって確実に届くわけじゃないからな
……頼んだ

【影の氾濫】、自身を侵蝕する“影”を銃まで伸ばして強化
ヴィクティムが攻撃に対処してくれるなら
回避や防御の時間を全て攻撃に費やせる
骸魂にも心臓みたいな――“要”はあるだろ
そこを射抜いていくよ

“影”の感情に引きずられる
……自己犠牲ってのが一番嫌いだ
勝手に完結して勝手に命を捨てるな
あんたがそれで満足でも
遺されたやつはそうじゃないんだ

◆真の姿
瞳の奥に揺らめくような青が覗き
半身が影に侵蝕されたように黒く染まる




『――――』
 彼は、最早言葉を発さなかった。理性はとうに消え失せているし――それ以前の問題として、頭部がない。
 か、ひゅ、――そんな呼吸の音だけが時折聞こえてくる。首の断面には金属のようなものが詰まっているばかりで、気管があるようには見えないのに。
 人ならぬ彼の身体はそれでも動く。斬り落とされた左の手首で、床に転がる剣を掴む。存在しない双眸が、次なる猟兵たちの姿を捉える。

「……ったく、向こうも向こうで無茶しやがる」
 自分たちが無茶をするのは大前提と言わんばかりの台詞であった。それもその筈、この場に揃った冬と凪――その両名とも、強大な敵を更に強大な力で捻じ伏せるような役者ではない。
「まぁそんだけ、俺達に賭けてくれてるってわけなんだろうがな」
 戦場を繋ぐ雲の道を維持するために命を削る。――偉大な裏方業務じゃないか、と、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は評価する。金貨を弾くようなジェスチャーをして、口元だけで小さく笑う。その眼は、真剣そのものだ。
「つうわけで、全力出すから。……『虚無』を使うぜ? いいよな、相棒《チューマ》」
「いいも悪いも、」
 その呼び掛けに、表情ひとつ動かさず。
「――そうするしかないんだろ。気に入らないけど呑み込むさ」
 鳴宮・匡(凪の海・f01612)は己の武器を検める。戦場は廃ショッピングモール、屋内のそこそこ大きい広場だ。敵との距離、前衛の存在を考慮すれば、今回は『Resonance』が適任だろう。
 こうして自分が銃を選ぶのと同じように、ヴィクティムはその身を蝕む虚無を選んだ。
 許可なんて出してやらないし、そもそも出せる立場でもない。自分が――誰が何と言おうとも、彼の選択を変えられやしない。……この戦場で、全力を出すのは妥当な判断だ。
 突き刺さるような死の気配が、『漆黒の虚無』を呼び覚ます。流体のように渦巻いて、ヴィクティムの身体を、装備を、舐めるように覆っていく。
「久しぶりに使うけど、……は、相変わらず荒れ狂ってやがるぜ」
 暴れる虚無の輪郭を、右腕のサイバーデッキへと集中させる。余剰分はゴーグルに回して視覚も強化。想定するのは、射撃戦。

 ――Void Link Start.
「歪ませてやるぜ――『Distortion』」
 剣を握った手首が飛来するのを視認したその瞬間、過去改変システムが起動する。

 ……『何も起きなかったように見えた』。
 実際には何かが起きているのだと解るのは、匡が因果を見通す瞳を持つゆえだ。確かに見た。見たという過去すらも改竄を受ける。
「部位崩壊弾、だっけか。いくら撃とうが関係ないのさ」
 崩れた『王子さま』の身体部位が発射されては、ヴィクティムがクロスボウでそれを迎撃する――なんてことは起こっていない。そんな攻防は端から存在しない。
「俺がその過去に干渉して、『無かったことにしちまう』」
 攻撃を届かせない、虚無の守りだ。当然、『漆黒の虚無』の権能は防御だけではない。――こちらの攻撃を回避するなんて無粋な過去も消し飛ばす。
 クロスボウの弾が数本、『王子さま』の身体の虫食い穴に突き立った。ダメージを与えることよりも、注意を引きつけることを重視した攻撃だ。
「――つーわけで、膳立てはするから火力重視で頼むわ」
「ああ」
 トドメは自分の役目だろう、と、匡は頷きを返す。
 過去改変は絡め手にすぎないし、それがいつまでも素通しで通るなんて都合よく思っちゃいない。術者の消耗を前提とする演算が、敵の単純な攻撃速度を捌けなくなったら終わりだろう。――ヴィクティムの目頭から滴る血が、その未来《シナリオ》を物語っている。
 ――それでも。
「頼りにはするよ」
「何もしなくても外さないのは知ってるけどさ、……保険はある方がいいだろ?」
「俺の“影”だって、確実に届くわけじゃないからな」
 同格のユーベルコードの衝突が齎す結果は常に未知数だ。万全を期す判断は正しい。
「……頼んだ」
 気に入らないことを呑み込むたびに、影に静かな波紋が落ちる。

 身体の裡から滲む黒い海――影の氾濫《ディープ・シャドウ》が、匡の半身を浸食する。腕が、指先が黒く染まって、愛銃にまで“影”が伸びる。研ぎ澄まされた感覚の中で、銃口が新たな指先となる。
 ヴィクティムが攻撃に対処してくれるなら、回避や防御に割くべき時間を全て『攻撃』に費やせるだろう。無論、凪の海にとっての『攻撃』とは、引鉄を引く一瞬ではなく――その一瞬を造り上げるための十分な観察を指す。
 瞳の奥に、揺らめくような青が覗く。
 首から上を失った『しあわせな王子さま』、その全身の中で最も目を惹くのは――鉛のような金属で出来た心臓だ。服を着た人物の像において、心臓が造り込まれていること自体が異様に思える。
 あれが“要”だ。おそらく、西洋親分と呼ばれる妖怪本人にとっての。……ならば、彼を飲み込んだ骸魂にだって、同じような“要”はあるだろう。
 ――『見えた』。彼の心臓を絡めるように渦巻いている、一段と濃い情念の澱がある。
 そこを射抜けば、『攻撃』は終わりだ。

 ――銃声が響いた瞬間、何かの制御を外れたように『王子さま』の四肢が跳ねる。
 彼と完全に同化していた骸魂が、溢れ、膨らみ、弾け飛ぶ。千切れた塊がいくつか霧散する。その隙を逃すことなく、クロスボウの連射が暴れる両脚を床へと縫い止める。
『――――ぁ――』
 それでも、彼は止まろうとしない。
 全力で戦い、骸魂もろとも猟兵に倒されることは――彼本人の意志でもあるのだ。

「……自己犠牲ってのが、一番嫌いだ」
 本人に骸魂から逃れるつもりさえあれば、生を望んでさえくれれば、今の銃弾は最後の一撃になりえただろう。それが理解できるからこそ、匡の喉には苦いものが走った。
 臓腑から上ってくる血の味が、“影”の底に切り捨ててきた感情が、死に絶えたはずの心に爪を立てる。
「勝手に完結して、勝手に命を捨てるな」
 好き嫌いというものが希薄な自分が、『嫌い』だと思える数少ないものが目の前にある。命を削る者を案じて、表情を曇らせる誰かのこと。それでも人前で涙は見せずに、笑ってみせる誰かのこと。そういう奴らを沢山見てきた。ツバメは平気な顔をして、黄金を運んでいるのだろうか。
「あんたがそれで満足でも、遺されたやつはそうじゃないんだ」
 こんな俺にも分かるようなことが、どうして分からない。
 その場の誰もが、何の答えも返さなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

ああ、なんか似たような話を聞かされたことある!
その偶像かな?それとも…
そんなものも流れ着くんだねえ

●真の姿
え…真の姿って…
――思い出せ―!思い出せボク!
――ダメだった
●屁理屈UC
そもそも真の姿って何?ボクは今こそが超サイコー!なボクなんだからこれこそ真の姿じゃ?いやそうに違いない!決定!
という屁理屈と世界改変をぶっぱし、ダメならダメで時間遡行を行い彼のUCを封じて先制球体攻撃ドーンッ!!

じゃあ天使くん
尊きもの二つ、天国に持ってちゃっ…ダメだよ!帰って!
ふぅー、危ない危ない…

不朽の芸術、物語は忘れられたりしない…
だからキミは多分別物!別腹!同じ結末を辿る必要なんてないさ




 黄金色に輝く王子さまの像と、彼に出会った一羽のツバメ。
 王子さまはツバメに頼んで、ルビーの飾りを、サファイアの瞳を、黄金の膚を剥がして運ばせる。みんなをしあわせにするために。そんなことを続けるうちに、王子さまはとても醜い姿になってしまって――。
「ああ、なんか似たような話を聞かされたことある!」
 ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)の持つ時間感覚は神様基準。つまり、わりと最近の作品だ。
 いったい何処で聞いたんだっけか。この地球のお話だったのか、それとも他の地球にも同じように存在しているのか。……背景を忘れても内容が記憶に残るのは、優れた芸術の証左だということで。
「その話の偶像かな? それとも……」
 物語のモデルになった何かという可能性もある。王子の像が実在したという記録はないけれど、それすらも失われたのだったとしたら。まあ、それも仮定の話。
「……そんなものも流れ着くんだねぇ」
 UDCアース、『忘れられたものたちの終着駅』。
 物語の結末通りのゴミ溜めに佇む『王子さま』は――そんな歴史の真実なんて、語ってくれそうにもなかった。

「って、うわっと!」
 目にも留まらぬ速さで斬撃が来る。斬り落とされた手首に剣を握らせて、スピードと遠隔操作能力を活かした変種の部位崩壊弾だ。
 ……当の『王子さま』本体は、四肢をばらばらの方向に曲げて、瓦礫の山の頂上で膝を衝いている。吹き抜けの天井を仰いでいるようにも見えなくもないけれど、首から上は存在しない。
 確か。こんな姿になってまで戦う相手になんとかかんとかで、真の姿を晒せって言われてきたような。
「……真の姿って……」
 戦闘だろうが戦争だろうが、ロニは本気を出したことがない。強者の余裕がどうとか以前に本気を出すという発想がない。根本的にその方法がわからない。
 そんな調子で楽しく生きているうちに、彼は自身の神としての本質もすっかり忘れてしまったのだ。暴……暴力……暴論……。なんか多分そんな感じの……。
「思い出せー! 思い出せボクぅあ痛ッッ」
 ダメだった。一度は避けた左手首が舞い戻り、絶妙なタイミングで腰骨に柄をぶち当ててきた。理性、残ってるんじゃないの? そんな疑いは置いておくとして普通に痛い。
「あぁもー! そもそも真の姿って何!? 虞って何!?」
 ほとんど癇癪を起こしてロニは叫ぶ。怖いもの知らずの彼にとっては、戦場を取り巻く『虞』ですらも不快感以上の何物でもない。肌がぬるぬるべたべたするのと同じくらいの気持ち悪さだ。
 いっそ、脱げばいいんだろうか。真の姿といえば真の姿だし。でもまあ公衆の面前でそこまでサービスしなくても、ボクって魅惑の美少年だし。
「ボクは今こそが超サイコー! なボクなんだから、この姿こそ真の姿じゃ?」
 疑問、反語。そうに違いない。
「決定!」

 ――そんな子供の屁理屈ですら、神論《ゴットクィブル》の構成要素。
 幼稚と叡智は紙一重であり、暴論こそが暴力となる。ロニの理不尽な我儘を叶えるためだけに、世界が歪み、時間が狂う。
 ボクの『今』が真実じゃないと言うのなら、キミの『今』だって否定してやる。身体の崩壊も、理性のない攻撃も、まるごと無かったことにして――一番始めに遡る。
「今回、先制攻撃ありだもんね!」
 ショッピングモールの天井に、ひとつ大きな穴が開いた。
 巨大な浮遊鉄球が瓦礫の山へと落下したのだ。

 ……静寂が、広場を包む。照明の切れた廃墟に淡い月光が降り注ぐ。
 なんだか妙にいい画になった。いつか聞いた物語の終幕を思い起こして、ロニは都合のいい神様と同じ台詞を唱えてみる。
「じゃあ天使くん。尊きもの二つ、天国に持って――」
 王子さまとツバメは、共に安らかな眠りにつきました。
「――っちゃっ……ダメだよ! 帰って!」
 つい雰囲気に流されて綺麗に締めてしまったけれど、これじゃあ原作通りのメリー何とかだ。今の自分が神様として下手な言葉を口にしたら、本当に同じ結末になりかねない。
「ふぅー、危ない危ない……、と」
 鉄球の下の瓦礫が動く。
 ……ゴミ溜めの中の『王子さま』が、這い出そうと藻掻いている。生を望んでいる訳ではなく、最期まで猟兵たちと全力で戦おうとして。
「頑固だなあ、キミも」
 心底、呆れる。キミを忘れた奴らのために、自分が誰に生かされたのかも知らないでいる奴らのために、キミが傷つくなんてバカみたいなのに。
「そもそも。不朽の芸術、物語は忘れられたりしない……」
 古くさいとか陳腐だとか思われることもあるかもしれないけど、それは物語の持つ精神が世界中に広がった証拠。
「だからキミは多分別物! ハッピーエンドは別腹! ――同じ結末を辿る必要なんてないさ」
 だいたいキミは、あの話の主人公とは違って、ツバメを死なせていないじゃないか。

成功 🔵​🔵​🔴​

風見・ケイ
自己犠牲は、自己満足だ
少なくとも私はそうだと自覚している
罰と言い訳を、カッコつけた言の葉で包み込んだもの
後のことなんて考えない……はず、だったんだけどな

貴方と私は違うかもしれないけど
見た目は少し、似ているかもしれない
こうして呪いを受ければ

私《めっき》が剥がれ落ちて――

――わたし《くずてつ》が顕になる

屑鉄になっても、崩落は止まらない
……呪いとかって得意じゃないんだよね
ほら、わたしすらも剥がれ落ちて、星空《ほしくず》が広がっていく

これだけ輝けば充分かな
……このまま行けばどうなるのか、少し気になったけど
後のこと、考えちゃったんだ

きみが星こそ
きみにかかる不定の雲を吹き払って、きみが明日も輝けますように




 天井に空いた大穴から、ほんの少しの夜空が覗く。
 かつては賑わっていたのかもしれないショッピングモールは、その面影を残しているせいで余計に痛ましかった。けれど、真っ暗な廃墟からは――いつもより多く、星が見える。
 死んでいるからこそ美しい景色もあるし、忘れてしまうからこそ綺麗な思い出もある。せめて、いつか、自分もそんな星のひとつになれたなら。

 つまり――自己犠牲は、自己満足だ。端から受けて当然の罰を、その痛みを紛らわすための言い訳を、カッコつけた言葉で包み込んだものだ。少なくとも、風見・ケイ(星屑の夢・f14457)はそうだと自覚している。
 しあわせになる誰かなんて本当は居なくてもいいし、みんなのことを考えられるような良い子でもない。叱られないで消えて行けたらそのほうが楽だと思うだけ。もう何も感じなくても良くなったら、その後のことなんて考えない。
「……はず、だったんだけどな」
 どうしてだろう。
 永遠なんていらないけれど、明日が来なくちゃ困る理由ができてしまった。

 ぐちゃぐちゃに潰れた瓦礫の山から、金属の塊が這い出してくる。
 ――『しあわせな王子さま』である筈の彼は、もう人間らしい輪郭を残していなかった。黄金の膚は削げ落ちて、露出した内部の金属は不規則に波打っている。
 一応構えた拳銃は、たぶん、何の役にも立たない。
 歪んだ全身が撓む動作がぎりぎり見えて、――次の瞬間に衝撃が来た。背骨に走る激痛、明滅する視界、耳の裏にあたった床が冷たくて、何かに押さえつけられている肩が重い。獣みたいに単純な暴力だ。確かに、理性は感じない。
「ッ、あな、たは、」
 こんなになっても戦う貴方は本当に優しくて素敵な人で、ずるくて弱いだけの私とは違うかもしれないけれど――見た目は少し、似ているのかもしれないから。
 お互いに本性を晒すんだったら、『私』の中身じゃなきゃ駄目だ。螢も、荊も、頼れない。
「――……」
 カッコつけた言葉なら、声にならないほうがいい。こうして貴方と同じ呪いを受け取れば、私《めっき》が剥がれ落ちて――。

 ――わたし《くずてつ》が顕になる。
「ん、……いい夜、だね」
 大人のふりをするための、憧れの殻を脱ぎ捨てて。ふたまわりくらい小さくなった少女の姿で、『王子さま』の抱擁を擦り抜ける。
 ちょっとサイズの合わない靴で床を蹴る。二枚重ねのスカートが揺れる。痛みさえも鼓動に変えるこの身体は、羽みたいに軽くて、星より重い。
 ゆらりと起き上がった『王子さま』は、手のようなものをこちらへと伸ばしてくる。今のわたしなら、一緒に踊ってあげるくらいはしてあげられるかもしれないけれど。
「……呪いとかって、得意じゃないんだよね」
 一曲ぜんぶは付き合えないかな。
 こうして屑鉄になっても、崩落の呪いは止まらない。
「ほら――」
 左手のひらを翳して、『王子さま』の全力を受け止める。腕に、踵に、亀裂が入って、肌色の破片が弾け飛ぶ。
 明暗境界線を越えてしまった『わたし』の肌は、その内側に血や肉の色を描こうともしない。不透明な絵の具みたいに剥がれ落ちて、そこから淡く輝く星空《ほしくず》が広がっていく。
 肩へ、首へ、それから頬へ。服のかたちをした殻を散り散りにして脇腹へ。朧に残った輪郭から、光が溢れて、揺らいで、融ける。
「これだけ輝けば、充分かな」
 ……このまま行けば、きっとわたしも本当にきみと同じになってしまう。そうしたら一体どうなるのか、少し気にはなったけど。それは屋上のフェンスの向こうを夢見る衝動みたいなもので。
 後のこと、考えちゃったんだ。
 本物の星空に、ぽつんと月が見えたから。

 ――最後の力を振り絞って、『王子さま』の胸へと触れる。星屑から溢れる生をその胸腔へと注ぎ込む。
 誰かの代わりに、皆の代わりに、星へと願う。きみを捉える不定の雲が吹き払われるその時まで、どうか、この綺麗な心臓だけは砕けませんように。
 きみが、きみの帰りを待っている子が、明日も並んで輝けますように。

 紫色の瞳が割れる音がした。
 ここまでだな、と、瞼を閉じて――その裏には、『私』の明日が浮かんでいる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

穂結・神楽耶
そうと決めた者を止める手立ては存在し得ない。
“決めた”時点で、周囲の声など切り捨てるひとつに数えられるだけだ。
とうに動き出しているというならさもあらん。
貴様が見るべき世界はまだ続いていると示すだけだ。

呪いを受けろ、【空夢揚羽】。
焔に装甲は存在しない。剥がれ落ちたところで、その焔もが本体たる蝶を強くする一片だ。
喰らい、剥がれ、喰らい、剥がれ、また喰らい。
繰り返すだけ焔──破滅は膨れ上がる。

所詮は繰り返しだ。
黄金を美しいと思った誰かが後を追う。
そんなモノ、欲しくなかったダレカを振り切って。

故に滅びよ、『骸蝕形態』。
たとえば破滅を望んでいたとて。
そのさいわいすら──破滅の果ての絵空事だとも。




 ――別に死んでもいいんじゃないか、そいつがそう決めたんだったら。

 その割り切りは、或る意味に於いて概ね正しい。そうと決めた者を止める手立ては存在し得ないからだ。
 皆に問うでも無く、誰かに尋ねるでも無く、彼は自ら“決めた”のだ。結論が出たその時点で、周囲の嘆き哀しむ声など切り捨てるべきもののひとつに数えられるだけ。己自身をも切り捨てられる者にとっては、容易いことだ。
 とうにその運命が動き出しているというならさもあらん。
 後は宝石が落ちるだけ。大河の水が拡がるだけ。焔が、大気を喰らうだけ。
「我とて、涯は似たようなもの」
 穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)の『身』を焼く焔もまた――定められた破滅へ向けて、決して止むことはない。『しあわせな王子さま』なる自己犠牲の物語、その在り様を変えることが不可能なのと同じように。
「ならば、なればこそ、――貴様が見るべき世界はまだ続いていると示すだけだ」
 昨日を重ねて、今日を繋いで、そうして何時か訪れる涯は、明日ではないと教えてやるだけだ。
 燃ゆる瞳に、熔けた屑鉄の姿が映る。
 対する彼に首から上のかたちはないが、――そこに魂が在るのなら、瞳など無くとも見えている筈だろう。

『――――ぁ』
 人の理性も輪郭も失った『王子さま』、その動きは実に単純だ。
 武器を用いる事すらしない。四肢の役割分担も定かではない。ただ金属の質量と激突を以って暴力を為し、触れることで崩落の呪いを振り撒こうとする。
 最早、成り果ての怪物だ。
 故に神楽耶も、それを刀として受けるような無粋は行わない。
 幼さを残す小娘の面差しも、悪しき者を断つ神としての振る舞いも、求められるまま叶え損ねた出来損ないの似姿だ。黄金の膚を削り取られた彼と等しく――本性を晒せと云うのなら。
 それは、滅びの因たるこの焔。
「呪いを受けろ、空夢揚羽《ソラユメアゲハ》」
 命じる声は、低く、重い。
 爪先を焼く黒焔から、黒より一段淡い色彩が立ち昇る。燻る煤が、火の粉が、百にも迫る揚羽蝶の群れとなって舞い狂う。
 はらり、はらり。
 圧倒的な質量を前に無力にも思える蝶たちは、骸魂の齎す崩落の呪いをも『喰らう』。
 ――一片の羽に、盛る焔に、皮膚も装甲も存在しない。喰らい切れない呪いによって剥がれ落ちる焔があれば、それもまた別の蝶によって喰らわれる。
 喰らい、剥がれ、喰らい、剥がれ、また喰らい。
 共喰いを繰り返した数だけ、その焔は――破滅へ向かう宿命は、際限もなく膨れ上がる。海のように延焼していく。終着駅と呼ばれた場所は、いつしか忘れられたものたちを灰へと還す弔いの場に変じていた。
「そう、所詮は繰り返しだ」
 枯葉と蟲の織り成す食物連鎖にも似て、それより空しい。
「その黄金を、その献身を、美しいと思った誰かが貴様の後を追う。……そんな幸福《モノ》、欲しくなかった皆《ダレカ》を振り切って」
 煙の先に夜空が見える。
 一羽のツバメが飛んでいる。

「――故に滅びよ、『骸蝕形態』」
 たとえば貴様が、物語通りの破滅を望んでいたとて。
 自己犠牲が美しいものだと知らしめてしまえば、喰らい合う蝶のように犠牲が膨らむだけだ。己の足元にある命を焼き尽くすだけだ。そうなれば、与えるはずのさいわいすら──破滅の果ての絵空事だとも。

 焔の海が波打って、一匹の巨大な蝶となる。
 その羽搏きが『王子さま』を蝕む不定の雲を焼き払う。自死じみた戦を続けようとする四肢を、包んで、融かす。
 いつか、幸福の色をした灰になる前に。
 情けなく死に損なう姿を以って――この幽世に、待つ友に、ほんとうの明日を示してやれ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ラピタ・カンパネルラ
【仄か】

小柄な白い竜
手足も、目も無い、ワームと呼ばれる類のそれ
己を見れたことはないけれどーー美しくはないだろう

やあ。……やあ。やさしい王子さま。
戦わない理由なんて無かったよね
君に心臓があるならば、どうか決して焼け落ちないで

カロンが灯す炎を増幅しよう
ありったけの力で焼き払おう
敵も味方も、ありやしない、此処に敵なんていないから
黒炎や鱗が剥がれても、骸も虞も残さず溶けろ
ねえ、燕、
彼を取り戻せたら、
沢山キスをしてあげて

足元からした君の声を
胴で手繰り寄せる
おかえり
おかえり
ひどく泣きたくて
声も身体も震えて仕方なかった

王子さま
君達も幸福になってくれる事が
僕らにもさいわいだ
その為の答え合わせを、どうかお願い


大紋・狩人
【仄か】
竜の原型の傍ら、
首の皮一枚で繋がった惨死体
断頭痕と両脚から
赤が滴るも気付かない

きみ達に似ている子達を知っている
誰かの幸せに直向きな子と
隣で案じ続けた者
小さな鳥だと、留める事も儘ならないな
なあ、きみ“達”は幸せか?

(自身の死は知らないけれど
そうなる、気がして)
ちゃんと帰ってくるから、ラピタ
任せるね

二十日鼠がやってきた
首が落ち、ラピタの傍へ
手をつなぐ、火炎耐性、覚悟
灰靄が仔竜を、僕らを包む
破魔、骸蝕も呪いも終わらせて
彼自身の形に再びはじまりを齎せ
輝きの星夜

……ラピタ
震える胴を抱きしめた
目にあたる部分を指で拭う
ただいま

王子、燕
誰かの幸せだけではなく
きみ達自身の幸いを
どうか今一度、みつめてくれ




 竜とは常に、人の手の及ばぬ摂理の化身である。
 ラピタ・カンパネルラ(薄荷・f19451)の魂が象る小柄な白の仔竜は、火山にも、大河にも似ていなかった。枷を嵌められる手足が無く、盲いながらも光を求める瞳も無い。
 無論、己の姿を見たことはないし、あまり見ようとも思えなかった。星や花のようには美しくないだろうから。
 あらゆる竜の原型、ワームと呼ばれる類のそれは――屍肉に依りつく蟲に似ている。
「ラピタ、ツバメだ」
 真の姿を晒し合っても、大紋・狩人(黒鉛・f19359)が彼女にしてやれることは同じであった。触れることで己の所在を伝え、語り掛けることで世界のかたちを伝える。
「外にツバメが飛んでいる。きっと最後の黄金を受け取りに来たんだ」
「そう、来てくれて良かった。此処から声は届くかな」
 通じ合って、満ち足りている。
 ――だからこそ、彼らは気付かない。まるで生きているかのように言葉を紡ぐ狩人が、首の皮一枚で繋がった惨死体であることに。
 姿かたちを捉えられないラピタは当然として。彼自身でさえ、断頭痕から滴る赤がドレスを汚しているのが見えはしないのだ。両脚から玻璃のくつへと注ぐ冷たい感触も、滲んだように曖昧で。

 星空を往くふたりの旅路は、真実を知った瞬間に醒めてしまう夢。
 心の奥で、それに気付いているからこそ――彼は何も知ろうとしないし、知られようともしないまま。

「なあ」
 夜空に向かって呼びかけると、白く細い喉にこぽりと赤い泡が浮く。
 ツバメは天井に空いた大穴の近くを廻るばかりで、降りて来る気配も、飛び去る気配も感じられない。持っていくべき黄金が見つからなくて困っている――なんて、薄情な理由ではない筈だ。
「きみ達に似ている子達を知っている。誰かの幸せに直向きな子と、隣で案じ続けた者」
 きみだって、無茶ばかりする『王子さま』に心を掻き乱されているだろう。果てまでも共に在りたくて、けれどその果てに辿り着く時がどうにも怖くて、そうして迷っているのだろう。僕には、わかる。
 ……共感も、相槌すらも返って来ることはなく。ツバメは月影に紛れてすいと姿を隠してしまった。空駆ける小さな鳥では、留める事も儘ならないか。
「――なあ、きみ“達”は幸せか?」
 地上に佇むもう一人へと視線を落とし、狩人は改めて問い掛けてみる。

 そう、この終着駅に、黄金の膚は一片も残っていない。
 在るのは焼け落ちた廃墟と、灰に還ったゴミ溜めと、――『しあわせな王子さま』だった屑鉄の姿だけ。
 融けて崩れた輪郭はすっかり削げ落ちて、四肢は棒切れのように提がって、あばらのような骨組みの中、鈍く輝く心臓だけが妙に綺麗に残されていて。
 首から上には、何も無い。
「……あぁ」
 知らないでいる筈なのに、自分でも説明の出来ない確信がある。本性を晒すということは、同じになる、ような気がして。
「ちゃんと帰ってくるから、ラピタ、」
 ――任せるね。

 二十日鼠がやってきた《アソートラッド》、はかない夢は一区切り。このお話は一旦おしまい。
 辛うじて繋がっていた皮一枚が終に千切れて、少女めいた首が林檎のように床へと落ちる。最後の一言を発せなかった唇が、ラピタの白い鱗にふれる。
 少年の身体は夢遊病者のように数歩彷徨って、『王子さま』の全身を受け止める。手のように見える針金の束をそっと握って、凭れ掛かって、――露わになった断面から、輝きの星夜が溢れ出す。
 灰靄が、輝く黒炎が、登場人物全てを包む。骸蝕や呪いに満ちた悲しい話を終わらせて、彼自身の在るべき形へ戻せ。再び、はじまりが齎されるように――。

「やあ」
 炎の中で、竜がか細い声を振り絞る。見てはならない姿の彼と、見た事もない姿の彼を愛おしむ。
「……やあ。やさしい王子さま。戦いたくないなんて言わない」
 それが、君がそうと決めてしまった祈りなら。
「戦わない理由なんて無かったよね」
 今のカロンは言葉で伝えてくれないような気がするから、答えは分からないけれど。
 ――君に心臓があるならば、どうか決して焼け落ちないで。

 黒炎が、蒼炎と手を取り合って踊る。周囲の炎すべてが竜の祝福を受けて燃え盛る。
 ありったけの力で焼き払おう。この戦いに、敵も味方も、ありやしないとラピタは思う。此処に敵なんていないから。自らを削り取ることも、互いに傷付けあうことも、やさしさとして許せる世界があると思うから。
 膚も、鱗も、どちらの炎も、好きなだけ持っていくといい。
 黄金も、屑鉄も、骸も虞も残らず熔けろ。
「――ねえ、燕」
 夜空の果てまで、聴こえるだろうか。もし物語の果てに黄金よりも尊い何かが残ったら。その中のほんとうの彼を取り戻せたら。
 一度きりなんかじゃなくて、沢山キスをしてあげて。

「……ラピタ」
 足元から、カロンの声がする。
 駆け寄ろうとして、手を伸ばそうとして、胴が余計にもつれてしまう。なんとか君を手繰り寄せると、やけに震えている自分に気付く。
「おかえり」
 ずっと傍に居た筈なのに。怖いものなんて、何も見なかった筈なのに。ひどく泣きたくて仕方が無かった。あやすように抱きしめられても、やっぱり涙は出てこない。
「おかえり」
「ただいま」
 竜の目にあたる部分を、狩人は優しく拭ってやる。
 白い鱗に飛沫いた赤が、その指で塗り拡げられていく。

 ……動かなくなった『王子さま』のもとへ、ツバメが降りて来ることはなかった。
 愛する者の果てを見届けることを諦めて、雲の道を繋ぎに行ったのかもしれない。或いは単に、見たくなかったのだろうか。
「王子さま」
 僕らの一番のさいわいは、不確かであっても共に在ることだから。それは皆同じだろうとも思うから。離れ離れで終わりだなんて、寂しすぎる。
「君達も幸福になってくれる事が、僕らにとってもさいわいだ」
「ああ」
 此処にはいない、燕にも向けて。
「誰かの幸せだけではなく、きみ達自身の幸いを。――どうか今一度、みつめてくれ」

 この長い夜はもうすぐ明ける。
 ――そうしたら、ほんとうのさいわいの為の答え合わせを、どうかお願い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン
★真の姿:青い炎の鳥
目は開かない/真の姿の間、エドガーとしての意識は無くなる
人語を発しませんが、鳥っぽい鳴き声は出ます

不思議だな。私と似ている気がする
輝きがなくなっていく姿は、なんだか見ていられない
体が燃えるように熱い
すこしずつ意識が遠くなって

*

ああなってしまったら救いようがない
そんなに朽ち果てたなら、残されるのは搾りカスだけだ
哀れなきみに花をあげよう、天国へ連れて行ってやれる花を
“Bの花茨”

この身が崩落しようとも、剥がれ落ちるのは炎だけ
翼を広げ、きみに花を贈り続ける

その姿は本当に見たくない
きみのようになることを、心のどこかで恐れているのかもしれない

きれいな心臓だけは、きっと壊せないんだろうな




 王子という肩書きが持つ意味は様々である。
 エドガー・ブライトマン(“運命“・f21503)は王位を継ぐべき第一王子だ。弟たちはその王を支える者となるだろう。旅で訪れた異国には、富と権力を貪るだけの輩も居た。……ただ王子と呼ばれているというだけで、己と同類だと見なしたりはしない。
 ――『しあわせな王子さま』という妖怪のことはどうだろう。

 崩壊が終わり、焼け爛れた彼の身体に、黄金は少しも残っていない。芯材を残して辛うじて繋がっている四肢は、どちらが腕でどちらが脚であったのかも判然としない。その目印となる首は、とっくに斬り落とされていて。
「不思議だな」
 どこか、自分と似ている気がする。
 かつて在った輝きを失ってしまったその姿は、名誉の証で、尊い勲章である筈だ。弱き者に分け与えるために戦ったのだから。模範にすべき勇姿だとすら思うのに、なんだか見ていられない。この場を取り巻く死の気配が、こんな考えを呼び起こすのだろうか。
 ……虞。『おそれ』と言ったっけ。
 ひとたび意識を向けてしまえば、体が燃えるように熱いと気付く。熱くて、熱くて、けれど痛みと呼べるものは感じない。これは元々のことだから、本当に体が焼かれていたって同じように感じるのだろうな。本当に――焼かれていたって。
 そうしたら、私はどうなるんだろう。物語のように小さな星になるんだろうか。
 すこしずつ、意識が遠くなって。


 さて。
 幽世の国に、一人の王子さまが居た。
 王子さまと呼ばれてはいても、彼は為政者ではなかった。ただただ優しく、優しすぎるところもあった。人の涙を見て悲しみ、人の笑顔を見て喜び、心すら砕けるほどの傷を背負った者を見れば――生まれ持つ光でその痛みを和らげる。
 彼は誰からともなく大親分と呼ばれるようになり、皆によく慕われたのだという。

 求められるままに全てを分け与えてきた王子さまには、崩れゆく世界を救うために必要なこともすぐに判った。
 忘れられた者たちが、生きる場所を見つけるために。
 忘れていった者たちが、今まで通り生きられるように。
 自らの魂を差し出して、災いの訪れを皆に教えた。自らの膚を差し出して、戦うための道を造った。その内側の屑鉄は何の役にも立たないから、誰かを傷付けてしまう前に焼いてくれればいい。
 寒い。
 寒い。
 すっかり貧しい姿になった王子さまが、ひとり凍える真冬の夢を見ていると――うっすらぼやけた夜の景色に、それはそれは美しい光があらわれた。

 ゆったりと羽搏く大きな翼。
 棚引く帯に、閉じられた瞼。
 燃え盛る青い炎のからだを持った優美な鳥が、王子さまの前に降り立って一声鳴いた。人の言葉はないけれど、鳥の想いは伝わってくる。

 ――こうなってしまったら救いようがない。
 ――そんなに朽ち果てたなら、残されるのは絞りカスだけだ。

 王子さまを哀れんだ炎の鳥は、せめて王子さまに花茨を手向けることにした。輝く者の国のか弱い王女が愛した、見事な紅バラの園に彼を招きたいと思った。
 五千の大輪と、五万の花弁。
 月下に輝く色彩は、彼の偉業を称えて雲の道を造った。震える魂を天国へと導く、安らかで、柔らかな道を。

 ――ありがとう。与えるばかりのぼくに、こんなに美しいものを与えてくれて。
 ――けれど、天国には往けない。屑鉄とバラを引き替えにはできない。

 鳥に言葉を伝えようとしても、肺も、喉も、唇も、王子さまには残っていない。
 彼の抱えた呪いに焼かれて、鳥のかたちは幾度も崩れて、青い炎が剥がれ落ちた。咲き誇る花が燃えてしまうたびに、鳥は翼をいっぱいに広げて、新たな花を贈り続けた。まるで王子さまの醜い姿を覆い隠そうとするように。

 ――その姿は本当に見たくない。
 ――きみのようになることを、心のどこかで恐れているのかもしれない。

 王子さまは、恭しく膝を衝いたまま。

 ――それでも天国には往けない。
 ――なぜなら、どんなに美しいバラも、ぼくにとってはいくつもの景色のひとつにすぎないから。
 ――もう役に立たない屑鉄でも、誰かにとっては特別なものだと気付いてしまったから。
 ――この心臓はまだ二つに割れてはいない。だから、まだ、天国には往けない。

 鉛の心臓が、ほんの小さく鼓動を打って。


「――あれ、」
 ふと気がつけば、エドガーはどこの世界とも分からない場所に居た。
 焼き払われた廃墟のようだ。滑らかな石畳の床、頑丈な造りの壁は、たまに訪れるあの豊かな世界のものによく似ている。……それにしては、妙に寂しい場所だった。人の気配が全く無くて、虫の声だけが聞こえてくる。
 おおかたレディの仕業だろう。彼女は時々こういうことをする。今ここに至るまでの記憶をそっくり食んでしまうのだ。本当にひどいときなんて、読み終えたばかりの本の中身を全部取り上げられたっけ。
 ……どこだろうな、ここは。

 静かな夜空を見上げれば、融けた鉄の骨がアーチを描いていて。
 そして足下を見下ろせば、きれいな心臓がひとつ転がっていた。

 精巧な細工の施された、心臓のかたちの彫像だった。けして煌びやかなものではないのに、見ていると妙に心が騒ぐ。手に取ると、ずしりと重くて、……温かい。
「キミは――」
 生きている、と、直感する。
 誰かに望まれた姿かたちも、皆に望まれた存在価値も、全て失くした絞りカスになって、それでもキミは私の手のひらの上で生きている。たぶん、私はキミを知っているんだ。ほとんど忘れてしまったけど、このきれいな心臓だけは、きっと壊せないだろうと思った。
 それじゃあまるで壊そうとしたみたいだな。
 キミが何処の誰であっても、生きているなら喜ばしいことに違いないのに。

「――帰ろうか。ううん、探しに行こう。やっぱり詳しいことは思い出せないんだけど、キミを待っている友達がどこかに居るかもしれないからね」
 考えてみれば、人の形をしていない旅の道連れなんてそれほど珍しくもない。
 いつの間にやら右肩に舞い戻ってきた親友が、呆れたように一声鳴いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月20日


挿絵イラスト