大祓百鬼夜行⑪〜降り注ぐ炎
●
深い森の奥――。
そのバス停は、大きな木の陰に隠れるようにひっそりと存在していた。板を張り合わせた待合所は木の枝葉で覆われ、森の一部として風景に溶け込んでいる。
「……ふぅ」
奇妙な形状の妖怪バスがやってくるバス停。そこに今、一人の妖怪がやってきた。白い作務衣を着た蚕の妖怪『ユイ』である。
見た目は十代半ばで、頭に触覚は無く、目の下に黒い丸が三つ縦に並んでいる。作務衣の上には生成り色の外套を羽織っていて、それが羽のように見えた。
「あっ、来た」
ポンポコ、ポンポコ。
どこか間の抜けたクラクションを聞いたユイは、椅子に置いていた風呂敷包みを持って立ち上がり、到着したバスへ乗り込んだ。バスの形は真横へ倒した瓢箪に似ている。
「よろしくお願いします」
「おぉ、任せときな!」
頭を下げたユイに、狸の運転手が胸を張った。
このバスはこれから世界のほつれがある場所へ向かうのだ。ユイはそこで世界のほつれを修正する。風呂敷包みには、針や鋏といった裁縫道具が入っていた。糸は自分の口から吐き出したものを使用する。
バスは深く濃い緑の中を進んでいく。道は僅かずつだが狭くなり、凹凸も激しくなってきた。座り心地は良くない。だが、この森を抜ければ世界のほつれへ辿り着く。あと少しの辛抱だ。ユイがそう考えたとき。
「ほひょおおおぉっ!?」
狸の運転手が突如、奇怪な悲鳴を上げた。急ハンドルを切ったバスは大きく傾いて、ユイは頭を窓にぶつけてしまった。
「いたた……」
一体何が起こったのか。シートの手すりに掴まりつつ顔を上げると、ユイの目にとんでもない光景が飛び込んできた。
「あ、あ……」
ユイは思わず息を呑んだ。窓の外、森には炎の塊が降り注いでいた。運転手はそれを必死のハンドル捌きで避けているのだ。
しかし、炎の塊は次から次へと降ってくる。森は瞬く間に火の海となってしまった。そして、バスにもまた火の手が迫ろうとしていた。
●
グリモアベース内部、モニター画面の前――。
戦況図を確認していたプルミエールは、猟兵たちの気配に気が付いて振り返った。
「皆さま、連日の戦闘お疲れ様です。今回、ご足労いただいたのは、世界のほつれへ向けて出発した妖怪バスと、そのバスに乗っているお裁縫妖怪の命を守って頂くためです」
此度の戦争で出現したとされる世界のほつれ。そのほつれを修正するために、お裁縫妖怪と呼ばれる存在が妖怪バスへ乗り込み、ほつれのある場所へ向かっているのだが。
「こちらをご覧ください」
画面の中の映像が切り替わる。
静謐さを湛えた深い森。何の変哲もない森林地帯が広がっている。
「世界のほつれは、この森を抜けた先の滝壺にあります。ですが、この森にはちょっと問題が起こっていまして……」
プルミエールの指が画面をスクロールする。カメラワークが上へ移動した。
世界のほつれと呼ばれる場所へ近づくにつれ、森は赤みを帯びていった。炎の塊が降り注いで森を燃やしているのだ。
「これは世界のほつれが近くにあることで起こる現象です。天変地異と呼んでも差し支えないでしょう」
お裁縫妖怪を乗せたバスがこの森を進み続けた場合、炎の塊が引き起こす火災に巻き込まれることは必須だ。そこで、猟兵たちの出番というわけである。
「このバスに乗っているお裁縫妖怪は蚕の妖怪なのですが、彼女は熱に弱いためバスが火に囲まれるとすぐに衰弱してしまいます。そこで皆さまにはバスと共に移動して、炎の塊が森の木々や地面、バスへ直撃する前に何とか対処して頂きたいのです。万が一、バスの周囲で火災が起きた場合は、迅速な消火活動をお願いします」
妖怪バスを繰る狸の運転手と、蚕の妖怪ユイ。
彼らが無事に世界のほつれまで辿り着けるかどうかは、猟兵たちの手に委ねられた。
ユキ双葉
今回のシナリオは『大祓百鬼夜行』に関連した内容です。
構成は一章のみとなっております。
●蚕の妖怪『ユイ』
真っ白な長い髪を持つ蚕の妖怪です。
外見は十代半ばの少女といった感じです。
口から糸を出して繭を作ることが出来ます。
ユイの近くでUCを用いた場合、ユイは繭に篭ってUCの余波を防御します。
繭は一定の時間で消失します。
ほんの僅かな時間であれば、繭は火災による火の粉や熱も防ぎます。
●プレイングボーナス
妖怪バスとお裁縫妖怪を、危険から守る。
●プレイングの採用について
基本的にはプレイングの到着が早い順からとなります。
そのため、シナリオの進み具合によっては採用が難しい場合もあります。
あらかじめご了承下さい。
第1章 冒険
『妖怪バスでほつれに向かえ』
|
POW : 肉体や気合いで苦難を乗り越える
SPD : 速さや技量で苦難を乗り越える
WIZ : 魔力や賢さで苦難を乗り越える
|
種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
荒珠・檬果
蚕好きなんですよ。狸も好きなんですよ。
つまりは、呼ばれた。
妖怪バスの上に騎乗。失礼します。
カモン【バトルキャラクターズ】!水流魔法使いです。一人になるまで合体させまして。
目標はあの炎の塊。その杖より水属性魔法を打ち出し、じゃんじゃん消して、流してくださいな!
あ、私は念のために妖怪バスの周りに結界術張っておきますね。視界はクリアで、運転の邪魔にならない!
狸の運転手さんが運転に注力できるようにするのも、大切。
万一、周りが燃え始めたら。水流魔法使いとともに、水属性魔法使って消化しますね!
七色竜珠から発動します!
サリー・オーガスティン
■SPD
バスか。
多くの人を運ぶ為の大事な脚。今日はボクのバイクはお休みだね。
ドローンを【武器改造】で放水可能なように改造させる。【火炎耐性】も付加させて「冷却」と「火消し」だ!
……ボクが運転代わっちゃったら、乗客無視で飛ばしまくるのは、解ってるからここは我慢だ。
【情報収集】で、他の猟兵たちと炎の塊の位置を共有。【コミュ力、救助活動】で乗客の妖怪へのケアは怠らない。
大きな火事には、1台を除いて合体対象とし、合体の上消火!
そして【なぎ払い】使って、飛び火を吹き飛ばす!
なお、妖怪・ユイの衰弱が心配なら、残した一台だけ側にドローンを飛ばす。
(ちょっとだけでも、休んで貰えれば幸い)
※アドリブ連携共に歓迎
緋月・透乃
ほー、世界を直すとは凄い妖怪がいるんだねぇ。というか今から直さないといけないくらいやばい状況だったんだねぇ……
流石に見過ごせないし、ここはひとつ協力するよ!
それに、炎の中世界の危機に立ち向かうって状況も燃えるよね!
バスの上に登り、シンカーキャロットを構えて準備完了!
武器のリーチを活かしてバスに乗ったまま降ってくる炎の塊を攻撃して破壊し、バスの近くで燃える木や地面もやっぱり攻撃による破壊で消化するよ!
飛んでくる炎の塊の数や壊すものの強度に応じて重視するものを変えた暃迅滅墜衝を繰り出していけばより上手く壊せるんじゃないかな。
●
世界のほつれへ向けて森の中を進む瓢箪バス。そのバスの屋根に、三人の猟兵の姿があった。妖怪バスとお裁縫妖怪を守るためにやってきたのだ。
「炎が降ってくる場所はまだ先みたいだね」
決して乗り心地が良いとは言えないバスの上で、器用に仁王立ちしていた緋月・透乃(もぐもぐ好戦娘・f02760)は、他の猟兵へ話し掛ける。
「世界を直すなんて、凄い妖怪がいるんだねぇ。というか、今から直さないといけないくらい、やばい状況だったんだねぇ……」
「うん、そうだね。それだけ今回の戦争が激しさを増しているということだ」
屋根の上に腰を下ろしてドローンを改造しているのは、サリー・オーガスティン(鉄馬の半身・f02199)だ。彼は小型カメラの付いた戦闘用ドローンに、放水機能と熱耐性を付加していた。
「私も今回の戦争でいくつかの戦場を回りましたが、どこも熾烈な戦いが繰り広げられていましたよ」
団地、踏み切り、駄菓子屋。自身が廻った戦場に思いを馳せながら、荒珠・檬果(アーケードに突っ伏す鳥・f02802)は鬣を風に揺らす。
「あ、あのー。どちら様ですか……?」
屋根の上で話し込んでいると、バスの窓を開けたユイが顔を出して遠慮がちに声を掛けてきた。猟兵たちを見上げる目は、何所か不安げだ。檬果は「あらま!」と声を上げる。
頼りなげな儚い容姿に繊細さを感じさせる面立ち。何とも守りたくなる雰囲気だ。
檬果は蚕が好きである。狸も好きだ。だから今回の救援依頼は、何かに導かれたのだと思っている。檬果は優しい口調でユイへ話し掛ける。
「ふふ、そんなにかしこまらないでください。私たちはこのバスと貴女を守るためにやってきたのですよ」
「えっと……」
ユイがこてんと首を傾げた。ドローンの改造を終えたサリーが説明を引き継ぐ。
「君たちがこれから向かう場所は、炎の塊が降ってきて危険なところなんだよ。だからボクたちが炎の塊を退けてバスを守る。何も心配しないで」
「な、何だってー!?」
バスの中から声が聞こえてきた。驚き裏返った声を上げたのは狸の運転手だ。ハンドルを放すことの出来ない彼は、声だけで会話に参加する。
「炎が降ってくるってのはどういうことだい? 兄ちゃん!」
「今、このバスが向かっている世界のほつれと呼ばれる場所の近くでは、天変地異が起きているんです。炎の塊が降ってくる現象もその一つです」
やや、改まった口調で説明したサリーの横で、透乃が腰に手を当てて胸を張った。たわわな胸がばいんと揺れる。
「そうそう! だからさすがに見過ごせないし、ここはひとつ協力するよ! それに、炎の中世界の危機に立ち向かうって状況も燃えるよね!」
「そ、そうだな!? 確かに燃えるな! 炎だけに!!」
運転手の駄洒落を前に、猟兵たちはたちまち押し黙ってしまった。何と返したらよいものか。三人は互いに目配せする。
「……ふふっ」
気まずい沈黙の中、ユイが小さく吹き出した。狸の運転手は我に返った様子で咳払いをする。
「あー、そのぉ、護衛はありがたいが、オレ、普通に運転していて大丈夫か……?」
運転手の気がかりはもっともだ。檬果は運転手へ声を掛ける。
「バスの周囲には結界を張ります。視界もクリアで運転の邪魔にはなりませんから、運転手さんは運転に注力してください」
「よ、よし! 合点承知だ!」
檬果の説明を聞いた運転手は、威勢のよい声を上げた。
●
バスは悪路に差し掛かる。元々、奇妙な形をしたバスなので、居心地はよろしくない。
(「ボクのエルウッドなら、悪路も平気なんだけどなぁ」)
エルウッドとはサリーのオフロードバイクである。悪路にも強いサリーの愛車。
だがバイクは持ってきていないし、運転は狸の運転手に任せている。何より自分が運転を代わったら、ユイや共に戦う猟兵たちを無視してスピードを出しかねない。
(「ここは我慢だな」)
サリーは自分へ言い聞かせる。
「ね! あれ、炎だよね?」
透乃が上空を指差しながら言った。
分厚い雲を裂くように、炎の塊が森へ降り注いでいるのが見える。森の上空には火災による白黒混じりの煙が立ち込めているのだが、煙は炎の塊が降るたびに渦を巻き、形を変えて森の上を走っていた。
「これは早めの対処が必要ですね」
風に乗って飛んできた火の粉を払った檬果は、さっそく竜珠を掲げた。
詠唱を終えると青色の珠が輝き出す。薄っすらと色身を帯びて広がった魔力は、徐々に空間と馴染んで無色透明になった。バスが結界に包まれる。
「ほあぁぁぁ!」
気合を入れた運転手の叫び声と共に、バスは炎が降り注ぐ地帯へと突入した。バスの中ではユイが祈るように両手を重ねていた。
「ほひぃっ!?」
運転手が悲鳴を上げる。近くで火の手が上がった。炎の塊ではなく、飛び火による火災だった。サリーは眉を潜める。
「このままじゃバスが進めなくなるね。周辺の炎を消して、飛び火も防がないと」
「えぇ、手分けして作業を進めましょう」
「了解! じゃぁ、後ろは任せて!」
檬果とサリーにバスの前方を預けた透乃は、バスの後方へ移動する。爆ぜた炎がアーチを描きながら飛んできた。
透乃はシンカーキャロットを取り出す。長くて丈夫な葉っぱがついた巨大人参。それをヌンチャクのように軽々と振り回して旋風を巻き起こした。バスを追い掛けてきた炎は瞬く間に消し飛んでいく。
「ドローン展開、放水作業を開始」
サリーのドローンが飛行スピード上げて、バス前方の空中を走る。引き絞ったノズルから、水圧を高めた水が勢いよく噴射された。さらにドローンは放水を続けながら炎へ近づき、燃焼範囲を確実に削いでいった。
「皆さん、出番ですよー!」
檬果の手元、携帯用のゲームデバイスが眩い輝きを放つ。
ゲーム機から現れた青い装束の魔法使いたちは、その場ですぐに合体を始めた。最後の一体になった魔法使いは、颯爽と杖を掲げた。
『~~~~!!』
魔法使いが詠唱を終えると同時に、杖の先端から大きな水の塊がいくつも現れた。魔法使いが杖を炎へ向ける。水の塊が一斉に四方へ散った。炎の中へ落ちた水の塊は、ばしゃんと音を立てて弾け炎を掻き消していく。
檬果自身も、竜珠を用いてバスの周囲に小ぶりな雨雲を生成し火を消していった。
バスの周囲に限っては順調な消火作業が続く。しかし、森全体を見渡せば火災が続いていた。
(「ボクたちは平気だけど、バスの中がちょっと心配だな」)
サリーは一台のドローンをバスの近くへ飛ばす。ドローンのノズルを切り替えて、バスの外壁へ放水を始めた。
無事に世界のほつれまで辿り着けるように。それはサリーの気遣いでもあり、猟兵たちの願いでもあった。
●
道を進むにつれ、降り注ぐ炎の勢いは激しくなってくる。いよいよもって、バスにも直撃する可能性が出てきた。猟兵たちは積極的な攻めに転じる。
「上空から、炎が三つ接近中!」
サリーの掛け声を聞いた檬果と透乃は武器を構える。
雲の隙間から出現した炎の塊は、斜め下へ向けて一直線に落ちてきた。ちょうど横殴りの雨を思わせる斜線だ。
飛んでくる方角に規則性はないが、上空からの侵入角度を見定めれば、落ちる位置をおおむね特定することが出来る。つまり、今回のようにバスが炎の塊の落下圏内に入った場合でも、猟兵たちであれば迎撃できるのだ。
「あの大きいやつ、いっちゃおうかな」
透乃はシンカーキャロットの葉っぱを強く握り込んだ。
炎の塊の大きさには多少のばらつきがある。小さいものなら人の拳ほどだ。大きなものであれば隕石みたいに巨大なサイズとなる。透乃が狙うのは隕石サイズの塊だ。
「はあああっ!!」
気合の声と共に、透乃は左手だけで巨大人参を振り上げた。手首のスナップを利かせ、縦、横、斜めと巨大人参を縦横無尽に操り、炎の一片が消えるまで攻撃し続ける。
透乃の近くでは、檬果のバトルキャラクターが水魔法を用いて。残り二つの炎の塊を攻撃していた。水魔法は炎の塊を包み込こんで、火を直接消していた。
「あっ、前にも炎が――!」
バスの前方、轟々と燃え盛る炎を確認した檬果が叫んだ。
炎の勢いが激しいのは、ほつれへと近づいている証だ。このまま結界をトンネル代わりに突っ切ってもいいのだが、それではバスの中が熱でやられてしまう。
「ボク、やります!」
飛んでくる火の粉を払ったサリーは、バスの冷却用にドローンを一台残して、残りを全て合体させた。元のサイズを遥かに越えて巨大化したドローンは、森よりも高い位置を飛び散水を開始した。
雨のように降り注ぐ水が、逆巻く炎を消していく。白煙が立ち込めて、道が再び姿を現した。
「うおおおおっ!」
狸の運転手が吼えた。彼は猟兵たちの奮戦に応えるべく、未だ降り注ぐ炎の塊を恐れずにアクセルを踏み込んだ。荒れた道で車体が大きくバウンドする。
皆、バスを守るため必死に戦っている。だからこそ、あるべき場所で己の務めを果たすために、ユイも荷物をしっかりと抱え直した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
神楽火・鐵希
「任務了解。妖怪バスの護衛を開始します」
キャバリアを操縦し、バスと並走しつつ炎塊を迎撃します。
「〈スルーズゲルミルの蛮歌〉呪文解凍」
氷属性の魔術で吹雪をぶつけ、炎を相殺。間に合わなければ〈ガルム〉の刃を盾代わりにして受け止めます。
多少の熱傷は〈ウールヴヘジン〉の装甲自己再生でなんとかなりますが……損傷が大きければ「英霊ノ尊厳」で修復すると共に、さらに耐熱性の高い機体へと改造します。
もちろん、他の猟兵も「英霊ノ尊厳」で治療・強化することを躊躇しません。……相手が女性だと上手くできるか自信がありませんが……。
●
「任務了解。妖怪バスの護衛を開始します」
猟兵たちが炎の塊を相手に奮戦を続ける中、一台のキャバリアが合流する。神楽火・鐵希(アイワスシュタットの亡霊・f29914)が繰る漆黒のジャイアントキャバリアだ。
「〈スルーズゲルミルの蛮歌〉――呪文解凍!」
バスと並走を始めるやいなや、一枚のカードを取り出した鐵希はカードに圧縮していた二千字超の呪文を一気に解放した。
鐵希の周囲で螺旋を描く文字が吹雪を呼び寄せる。大粒の雪と凍て付く風。荒れ狂う吹雪は空を駆け上って炎の熱を奪い去っていく。
(「よかった、急いで駆け付けた甲斐がありました」)
炎の塊へ攻撃を続ける間、コックピットのモニターでバスや他の猟兵たちの様子を確認した鐵希は、ほっとしたように呟いた。
彼らに目立った外傷はないが、体力の消耗は激しいようだ。立て続けにユーベルコードを用いているからだろう。
鐵希は上空を見上げる。激しく降り注ぐ炎の塊のせいで、下から見上げる空は真っ赤に燃えていた。
(「多少の熱傷ならウールヴヘジンで何とかできますね。先に他の方々の体力回復を優先しましょう」)
バスとの並走を続けながら刀を取り出した鐵希は、詠唱と共に刀を握ったまま所定の動作を執り行う。ある種の儀式だ。
「折れざる牙、墜ちることなき翼、惑わざる瞳を持つ者よ。刃金こそ汝が同胞、鋼こそ汝が友。戦場を臥所とする者よ、立ち上がれ――!」
ヒュッと音を立てて猟兵に宛がわれた刀が、彼らの体に再び活力を呼び戻す。一時的な強化だが、この地帯を抜けるまでであれば十分だろう。
金色の光に包まれたまま、一人の猟兵が鐵希に手を振っていた。鐵希に礼を述べたその人は、武器を構え直して再び炎の塊へ向かっていった。
上手く出来るかどうか心配だったが、英霊の力は作用してくれたようだ。鐵希はほっと胸を撫で下ろした。
天変地異に見舞われながらも、バスはひたすら道を走り続けた。猟兵たちはユーベルコードを駆使してバスを守り抜いた。
そうして、炎の塊は徐々にその数を減らし、森を抜けたバスはついに世界のほつれがある滝壺へと辿り着いたのだった。
●
ポンポコ、ポンポコ――。
バスのクラクションが終点を告げる。
滝壺の見える高台。近くには滝壺へ下りる散策路があった。
「あの、皆さん、ありがとうございました」
バスから降りたユイは、運転手と猟兵たちへ頭を下げた。
「なぁに、気にすることないさ。それよりも、しっかりとやってきな!」
「はい!」
狸の運転手が激励の言葉を掛ける。力強く頷いたユイは、風呂敷包みを抱えて散策路を駆け下りていった。
世界のほつれを縫う。それは、前線で戦う者たちと比べればささやかな戦いだ。
だが戦争に勝利しても、世界にほつれが生じたままでは、住人たちは安心して暮らせない。
「よし、頑張ろう」
滝壺の近くへ降りたユイは、風呂敷を地面へ置いて裁縫道具を取り出した。
村人から借りた大切な針。その針穴にそっと顔を近づけたユイは、ほつれを縫い合わせるための糸をするすると吐き出した。
大成功
🔵🔵🔵