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大祓百鬼夜行⑩〜狐狗狸の咖喱はおもひでの味

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行 #狐狗狸のシリーズ

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 人間にとっては、むかぁしむかし。
 けど、俺たち妖怪にとっては、すこしだけ前。
 辛うじてまだ、妖怪が人間の傍に居られた頃の話だコン。
 その日、疲れた顔でとぼとぼと歩く一人の男を驚かせようと、俺はそいつの後を付けていたんだコン。
 けれど、夜はどんどん明るくなってきていて、驚かせる隙もないまま。男は道端の大きな引き車へと入っていったんだコン。
 仕方なく様子を見ていると、その『屋台』という引き車は、人間に食事を提供する場所だったんだコン。
 そして男は、眉を顰めながら仕事の話をしたり、頬を緩めながら家族の話をしたり。ころころと表情を変えながら、食事をしていたコン。

「……おい、そこの坊主。こんな遅くにどうした。かぁちゃんと喧嘩でもしたか?」
 ぼんやりと人間達を眺めていたら、なんとその人間達は俺の事が見えていたコン。
 人間に化けていて正解だったコン。
「え、ええと……」
「まぁ、家に帰りづれぇんなら飯でも食っていけよ。おやっさん、アレを出してやってくれ」
「おい、アレは俺のまかない飯だって言ってるだろうが」
「いいじゃねーかよ。金は俺が出すからケチケチすんなって!」

 俺が口ごもっていると、人間達は何やら言い合いをして。それから俺の前に『アレ』とやらを出してきたコン。
 ほかほかと暖かくて、今まで嗅いだ事のない匂いのする。不思議な食べ物だったコン。

 それを食べて、俺は思ったコン。俺たち妖怪は、もう人を驚かるだけではやっていけないコン。
 これからは、この『料理』というものを学んで、人間の色々な感情を引き出すコン。
 もっともっと、上手になるコン。
 もっともっと、笑ってもらうコン。
 もっともっと、お腹いっぱいにするコン。

 もっともっと。
 もっと、もっと。
 もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――。


「このままだと、カレーライスの『うみ』ができてしまうのですよ」
 集った猟兵たちを見上げて、キマイラのグリモア猟兵――琴峰・ここね(ここねのこねこ・f27465)は、のんびりとした調子で事件の説明を始めた。

 今、二つの世界を危機に陥れている『大祓骸魂』に対抗するため、カクリヨファンタズムの妖怪たちが、あえてその軍門に降っている事はほとんどの猟兵が既に知っている事だろう。
 今回事件を引き起こしているのも、そんな妖怪の一人。
 もふもふとした狐そのものの姿をして二本の足で歩き、料理が大好きな妖狐は、かつて猟兵達によって幾度も村の危機を救われた恩を返そうと、大祓骸魂の軍門に降る事を選んだ。

「それで、わるいタヌキさんに『つかれて』しまったのです」
 悪辣な狸の骸魂に飲み込まれた妖狐は、『もてなし衝動』が大暴走し、妖力で客を無理矢理屋台に引き摺り込み、凄まじい量の「屋台グルメ」を食べさせようとしている。
 ちなみに、屋台で出している料理は『カレーライス』であり、これを放置するとカクリヨの世界は漏れなく黄色いカレールーの海に沈むことになる。
「そうなるまえに、カレーライスをたべつくしてほしいのです」
 この妖狐との戦いに、武器は必要ない。
 妖狐が次々と作り上げるカレーライスを全て食べきる事で、オブリビオンにダメージを与え、妖狐を解放する事が可能だからだ。
 つまり、スプーン一本で世界を救う事が出来るのである。

 とはいえ、いかな猟兵とはいえ小食な者もいるだろう。
 その場合は、妖狐の調理を上手く妨害する事をお勧めする。
「りょうへいさんのおはなしなら、きっとようこさんも、きょうみしんしんなのです」
 屋台とは、ただ料理を食べるだけでなく、店主や他の客との談笑の場でもある。
 特に猟兵としての苦労や嬉しかった事といった体験談などは、骸魂に取り込まれてしまった妖狐の心にも届きやすいだろう。
 その話に真剣に耳を傾ければ傾けるほど、妖狐の調理速度は遅くなり、完食もしやすくなる。
「あとは、たべたいカレーライスをリクエストしてみるのも、いいかもしれません」
 もてなし衝動が暴走している妖狐は、こんなカレーが食べたいとお客が言うのならば、出来る限りそれに応えようとしてくれる。
 例えば、子供の頃に食べたおふくろの味とか。思い出の旅行で一度だけ食べた味とか。
 そんな思い入れのあるリクエストであればあるほど、妖狐は手間と時間をかけてその味を再現しようとするため、これまた完食が容易になるという訳だ。

「ようこさんのりょうりはおいしいですから、きっといっぱいたべられるのですよ」
 だから、おいしくせかいをすくってきてください、と。
 のんびりとした声で、ここねは猟兵たちを送り出すのだった。


音切
 昔、友達の家でレーズン入りのカレーが出てきて驚いた事がある音切です。
 本シナリオは、1章のみで完結する戦争シナリオとなります。

 本シナリオに登場する妖狐は、#狐狗狸のシリーズにて猟兵たちに村を救われた妖狐の一人です。
 特に過去シナリオの知識は必要ございませんので、気軽に参加いただけましたら嬉しいです。
 よろしくお願いいたします。
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プレイングボーナス……屋台グルメを食べまくる(戦わずともダメージを与えられます)。
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第1章 ボス戦 『『狐狸』つかさ』

POW   :    どろどろどろん!
戦闘力が増加する【巨大なダイダラボッチ】、飛翔力が増加する【上に攻撃力も高い鎌鼬】、驚かせ力が増加する【百面相をする釣瓶落とし】のいずれかに変身する。
SPD   :    化術大迷宮
戦場全体に、【トラップ満載の、化術で変化した自分自身】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
WIZ   :    三種の妖器
【宝珠の力による不動の呪い】【巻物から発動した幻術】【瓢箪から吹き出た毒霧】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠天御鏡・百々です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

月舘・夜彦
【華禱狼】
あの村の妖狐も対抗してくださっているとは
これで終わりにはさせません、必ず助けましょう

私は和風のカレーをお願いします
以前お蕎麦屋さんで食べたものなのですが、和風だしが効いており
それがとても美味しかったのです
きっと更にだしで薄めれば、カレーそばやうどんにもなるのでしょうね
今回はカレーを楽しみたいので、ご飯でお願いできますか?

ネロはカレーが好きでも、いつも甘口でしたからね
今回もそれで良いのだと思います
美味しく、沢山食べることが一番の近道なのですからね

肉は豚肉、野菜も沢山入っていて、香りも食欲をそそります
倫太郎も少し食べてみますか?ふふ、ネロも少しならば大丈夫ですよ
こちらも美味しいでしょう?


ネロ・ヴェスナー
【華禱狼】
コンコン、助ケナキャ……!
オトウサン、早ク行コウ!

カレー、辛イノハ、少シ苦手
エット、エット……甘口、オネガイ、シマス……!
スリオロシリンゴ?甘クナリソウ
ボクノ、スリオロシリンゴ、入レテクダサイッ

完成したカレーに顔を近付けて匂いを嗅ぐとぺろりと舌なめずり
スゴク、スゴク、美味シソウ!頂キマス!
スリオロシリンゴノカレー、トッテモ美味シイネ

……オトウサン達ノモ、美味シソウ
エヘヘ、チョットダケ、貰ウ
夜彦オトウサンノ、良イ香リ
同ジカレーダケド、チョット違ウ感ジガスルネ
次ハ倫太郎オトウサンノ……ンン!
最初甘イノニ後カラ、ビリビリ

カレーッテ、面白イネ……!
作ッテクレテ、アリガト
オカワリ、クダサイッ


篝・倫太郎
【華禱狼】
そういうコトすると思ったよ、コンコン……
ぜってぇ救うからな

俺の注文は海の幸たっぷりのカレー!
ココナツミルクカレー!
あ!ライスも良いけども!
ナン!ナンがいい!折角だから!

はは、ネロは鼻が良いから……
辛いの顔がキュってしちゃうもんな

自分でちゃんと甘口を頼んだネロの頭を撫でつつ
こいつの分、下ろしたてのすりおろしリンゴ入れてやって?
下ろしたての(大事な事なので二回)

夜彦は?夜彦は何にする?
はは、蕎麦屋のカレーって美味いよなぁ……
あの独特の出汁の感じ、俺も好き

んじゃ、遠慮なく!(ぱくり)
ふっふっふ!ネロも俺の喰う?
ココナツミルクで少し甘いから……
夜彦も、ほら
(ナンで包んでそれぞれに差し出し)



 一歩。また一歩。
 勝手に足が進んでいくような感覚に、猟兵たちは少しばかり眉を顰める。
 これが、強制的に客を引き込む妖力というものだろうか。猟兵たちが進む先にあるのは、提灯を吊り下げた屋台車――その中で、鍋をかき混ぜているオブリビオンの姿に、月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)は、宵闇色の目を細めた。

「あの村の妖狐も対抗してくださっているとは……」
 オブリビオンと化したことで、その姿は変わってしまっているけれど。ぴょこんと立つ黄色い耳には、見知った妖狐の面影がある。
「そういうコトすると思ったよ、コンコン……」
 夜彦の隣に立つ篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)の顔に浮かぶのは、少しばかり苦い笑み。
 ……どこかで、こうなるのではないかという予感はあった。
 人懐こくて、義理堅い所もある妖狐たちの事。彼らも大祓骸魂の軍門に降ってしまうのではないかと言う予想は、外れてくれてよかったんだが……と、心の中でひとりごちる。
「コンコン、助ケナキャ……!」
 二つの世界を守る事も、大事だけれど。ネロ・ヴェスナー(愉快な仲間のバロックメイカー・f26933)にとってカクリヨの世界とは、妖狐たちの居る世界。
 いっぱい遊んで、話をして。「また遊ぶコン」と約束を交わした、大事な友達の居る世界。
 もしも、その友達が居なくなってしまったら。例え世界そのものが無事だったとしても、それはネロの知っているカクリヨとは別の世界も同じ。
「オトウサン、早ク行コウ!」
 だから絶対に助けるのだと、ネロはふんっと鼻を鳴らして気合を入れる。
「えぇ。これで終わりにはさせません、必ず助けましょう」
「ぜってぇ救うからな」
 大好きな世界を守るために、三人の猟兵は今、屋台の暖簾をくぐる――。


「いらっしゃいだコン!」
 その声と口調は、三人にとってよく知ったもの。
「さぁさぁさぁさぁ、いっぱい頼むコン。どんどん食べるコン」
 けれど、三人の顔を見ても何の反応もなく。あくまで屋台の店主として料理を勧めてくる妖狐は、やはりオブリビオンと化した事で、猟兵達と過ごした記憶を失っているのだろう。
「エット、エット……」
 そんな妖狐の態度に、ネロは少しだけ口ごもってしまうけれど。
「なんでも好きなものを言うといいコン」
 真っ直ぐにネロを見つめてくる妖狐の姿を見れば。人懐こくて優しい妖狐の本質は、オブリビオンになっても失われてはいないのかもしれないと、少しだけほっとする。 
「カレー、辛イノハ、少シ苦手。甘口、オネガイ、シマス……!」
 だから、自分の注文はちゃんと自分の口で。
「はは。ネロは鼻が良いから、辛いの顔がキュってしちゃうもんな」
 しっかりと意思表示が出来たネロの頭を優しく撫でながら、倫太郎がケラりと笑えば。
「ネロはカレーが好きでも、いつも甘口でしたからね」
 その様子を眺めながら、夜彦もこくり頷く。
 此度の戦場では、沢山食べる事こそが妖狐を救う鍵。
 そして折角作ってくれた料理ならば、無理やり腹に納めるのではなく、美味しく食べたいし、食べて欲しいから。今回もそれでいいのだと、夜彦は思う。
 それこそが、妖狐を救うための本当の近道なのだから。

「こいつの分、下ろしたてのすりおろしリンゴ入れてやって?」
 倫太郎が出した追加注文は、妖狐に調理の手間を掛けさせるという時間稼ぎ半分、けれどやっぱり、美味しいカレーをネロに食べて欲しいという親心が多分に入った重要事項。
「下ろしたての」
 なので、意味ありげに眉毛をキリッとさせて。しっかり念押しする事も忘れない。
「スリオロシリンゴ? 甘クナリソウ。ボクノ、スリオロシリンゴ、入レテクダサイッ」
「承知したコン」

「夜彦は? 夜彦は何にする?」
「私は和風のカレーをお願いします」
 夜彦が注文するのは、以前、お蕎麦屋さんで食べた思い出の味。
 異国風の刺激的なカレーの味と、和風の出汁の味。方向性が全く違う味だと言うのに、お互いを上手く引き立て合っていて、とても美味しかったのだと語れば。
「はは、蕎麦屋のカレーって美味いよなぁ……あの独特の出汁の感じ、俺も好き」
「うんうん。分かるコン」
 そこは東方妖怪である妖狐も、大きく頷くところ。
 更に出汁を足す事で、カレーそばやうどんをお願いする事もできるだろうけれど。
「今回はカレーを楽しみたいので、ご飯でお願いできますか?」
「任せるコン! 蕎麦屋のカレーならやっぱり出汁は甘めに……あ、もしや蕎麦湯も?」
 夜彦の注文に、何やら独り言をつぶやきながら調理の準備を始める妖狐。どうやら首尾よく、妖狐の料理人魂を焚き付ける事が出来たらしい。
 しかし猟兵たちの攻めは、まだまだこんなものではない。
 此度の戦いは、妖狐にどれだけ手間と時間をかけて調理してもらうかが、勝敗の鍵を握っているのだ。すかさず倫太郎が片手をあげて、追撃の注文にかかえる。
「俺の注文は海の幸たっぷりのカレーな!」
「海の幸! これまた料理のし甲斐がある注文だコン」
 気合を入れて腕まくりをする妖狐に、しかしまだ倫太郎の攻勢は終わらない。
「ココナツミルクカレーで!」
「コン!?」
「それとナン!ナンがいい!折角だから!」
「ナン!!?」
 王道のライスもいいけれど。手間と暇をたっぷりかけてもらう事が推奨されているこの状況ならば、これくらいの要望は、必要の範囲だろう。

「ふ、ふふふふふふ……」
 妖狐の口から、怪しい笑いが零れる。
「カレーと名に付く商品を提供できないとあっては、屋台の名折れコン! ナンも香ばしく、完璧に焼き上げてみせるコン!」
 えいえいおーと、おたまを振り上げて。テキパキと調理を始める妖狐店主。
 その異常な調理速度からすると、シンプルなカレーばかりを注文していたら、短時間のうちに山盛りのカレーを作り上げていた事だろう。
 しかし全く異なる三種類のカレーを作るとあって、三人の前に出て来たカレーライスは至って常識的な量だった。

「仕上げに、リンゴを入れるコン!」
「ワァ。スゴク、スゴク、美味シソウ!」
 漂う香りに、ネロも思わず舌をぺろり。
 大きめに切られた肉や野菜が、早く食べてと言わんばかりに綺麗に盛り付けられて。
「香りも食欲をそそります」
 待ちきれずにぱたぱたと尻尾を揺らすネロの様子に、夜彦も笑みを誘われる。
 
「頂キマス!」
 はふはふ。
 口の中で冷ましながら、具材を噛み締めれば。肉に、野菜に。カレーの中から、様々な味が広がって。
「スリオロシリンゴノカレー、トッテモ美味シイネ!」
 一口、また一口と食が進む。

 オブリビオンと化した妖狐を前に、最初は少しぎこちなかったネロだけれど。すっかりリラックスした様子に、夜彦の頬も自然と緩む。
 料理を頬張る、美味しそうな顔。それは『当たり前の日常』と表せる程に、毎日を積み重ねて、幾度幾度眺めても。飽きる事はなく、この胸を暖かくしてくれる。
「倫太郎も少し食べてみますか?」
 だから、大切な伴侶に料理を取り分けてしまうのは、ごくごく自然な流れというもの。
 海の幸たっぷりの南国感溢れる倫太郎のカレーに対して、夜彦のカレーは豚肉と野菜をたっぷり加えた、いわば陸の幸の和風カレー。
「んじゃ、遠慮なく!」
 一口でがらりと雰囲気を変えてくる味わいに、スプーンが止まらない。

「夜彦も、ほら」
 お返しにと、ナンで包んだココナッツミルクカレーを倫太郎が夜彦へと差し出せば。そんなオトウサンズの様子を上目遣いに見ていたネロが、小声でぼそり。
「……オトウサン達ノモ、美味シソウ」
 辛いのは苦手だけれど。妖狐が作ってくれたカレーは、どれも見た目から美味しそうで。それをオトウサン達が頬張る姿を見れば、ますます美味しそうに見えて。
 好奇心と警戒心が、ネロの中でせめぎ合えば。漂うカレーの匂いに、鼻もぴくりと動いてしまう。

「ふふ、ネロも少しならば大丈夫ですよ」
 ネロの小さく呟いた言葉に、直ぐに気付いてカレーを取り分け始める夜彦の対応は嬉しいけれど。
「エヘヘ、チョットダケ、貰ウ」
 何だか少しだけ、くすぐったい気持ちになって表情が緩んでしまう。
「こちらも美味しいでしょう?」
「同ジカレーダケド、チョット違ウ感ジガスルネ」
 和風のカレーは、やっぱりちょっと辛いけれど。後からやってくる出汁の良い香りが、刺激を柔らかくしてくれる。
「ふっふっふ!ネロも俺の喰う?」
 ココナツミルクで少し甘いから……と。倫太郎がニカっと笑って言うものだから、すっかりと警戒心が吹き飛んでいたネロは、ナンに包んだカレーも大きな口でぱくり。
「……ンン!」
 口いっぱいに広がるココナッツミルクのマイルドな甘みと、香ばしいナンの風味に、これなら沢山食べても大丈夫……と、ネロが思ったのもつかの間。
「後カラ、ビリビリ!」
 ピリリと遅れてやってきた刺激に、キュっと表情が萎んで全身の毛が逆立つ。
「それが大人の味ってやつだな」
「階段上ったコン?」
 けれど、辛味が通り過ぎていけば。そこに残るのはもう一口食べたいという気持ち。
「カレーッテ、面白イネ……!」
 刺激に負けずもう一口と頬張るネロの様子に、妖狐も調理の手を止めて、嬉しそうにこくこくと頷いている。

 ――お皿をすっかり空にして。
 紡ぐのは、糧となってくれた食材たちと料理人への感謝の言葉。
 けれど、『ごちそうさま』にはまだ早い。猟兵たちの戦いはまだまだこれから。
 元気よく手を挙げて、大きな声で――オカワリ、クダサイッ!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリス・フォーサイス
カレーを食べながらお話をすればいいんだね。

そうだな。ユニークなお祭りの話なんてどうかな。昔、その国では長い冬が訪れたらしくてね。他の国では春が来ているのに、その国では来ない。そこで、春の女神様をおこすためにシャボン玉をとばしたんだって。いろんな雪像を作ったり、造花で飾り付けをして、最後、みんなでシャボン玉を飛ばすんだ。みんな笑ってて、楽しかったよ。

妖狐が話に夢中になっている間にちびアリスに既に作ってあるカレーを食べてもらうよ。お腹いっぱいになったらどんどん召喚するからね。



「さぁさぁ、いらっしゃいだコン!」
 アリス・フォーサイス(好奇心豊かな情報妖精・f01022)が、屋台の暖簾をくぐると。そこに居たのは、狐とも狸ともつかぬ妖怪の姿。
 それは、アリスがよく知っている妖狐とは違う姿だけれど。

「ここはカレー屋だコン。もしリクエストがあるなら遠慮なく言うコン」
 テキパキとカレーを作りながら、こんこんと言うその声、その口調は、間違いなくアリスの知る妖狐たちのもの。
 オブリビオンと化してしまった事で、今はアリスたちとの記憶を失ってしまっているのかもしれないが、取り戻す方法はちゃんとある。

(カレーを食べながらお話をすればいいんだよね)
 その為には、妖狐の調理を上手く遅らせながら、カレーを完食すればいいのだと、グリモア猟兵はそう言っていた。
 色々なお話をする事で調理が遅くなると言うのなら、それは情報妖精たるアリスの得意とする所。

「まずは最初のカレー、おまちだコン!」
 どんっと。アリスの前に大盛りのカレーを置いて。すぐさま次のカレーを作ろうとする妖狐に、アリスはさり気なく話題を持ち出す。
「そういえば、そろそろ夏祭りとかの時期だけれど……ユニークなお祭りをする国があってね」
「お祭り、コン?」
 アリスの話に、ぴくりと妖狐の耳が動いて、調理の手が止まる。
 どうやら上手く興味を引く事が出来たらしい。

「昔、その国では長い冬が訪れたらしくてね……」
 多くの世界では、季節は順番に巡るもの。けれど、その国にはなかなか春がやって来なかったと言う。
「他の国では春が来ているのに、その国では来なくて、国の人たちは困っちゃったんだ」
「冬が長引くのはつらいコン。あ、おかわりおまちだコン」
 まだ話の途中だけれど、お代わりのカレーライスが完成してしまったらしい。
 これまた大盛りに盛られたカレーライスが、どんっとカウンターに置かれてしまったけれど。それにスプーンを入れたのは、アリス本人ではなかった。

「できたてのかほり」
「あつあつちゅういです?」
「あれ? お客さんが増えたコン……?」
 いつの間にか、小さなデフォルメアリスたちが、スプーンを片手に空いていた席にお座りしている。はて……と、妖狐は首を傾げるけれど。
「じんせい、そういうこともあるです」
「あるあるー」
「おきになさらず」
 ちびアリスたちは、さらりと受け流して。もぐもぐとカレーを食べ始めた。

「それで、その国の人たちはね……」
「あ、そうだコン。どうなったコン?」
 アリスが語りを続ければ、妖狐の耳は、再びアリスの方を向く。
「その国の人達は、春の女神様をおこすためにシャボン玉をとばしたんだって」
「シャボン玉コン?」
 雪像を作って、造花を飾って。そして、祈りを込めてみんなでシャボン玉を飛ばす、不思議なお祭り。
 その話の合間にも、カレーのお代わりが追加されていくけれど。提供速度は段々と遅くなっていく。

 アリスが物語る間に、ちびアリスたちが止まる事なくカレーを口に運んで。
「こうたいのじかんです?」
「まかされたし」
 ちびアリスのお腹が膨れると、どこからともなく新たなちびアリスが現れては、交代でカレーを平らげていく。

「みんな笑ってて、楽しかったよ」
「ステキなお祭りだコン。そんなお祭りで屋台を出してみたいコン」
「きっと出せるよ。あとはね……」

 アリスの話は、止まる事なくまだまだ続く。出されるカレーが尽きるまで。
 きっと今年もまた、どこかの料理好きな妖怪たちが開くお祭りを見られると信じているから――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エリシャ・パルティエル
妖狐の里のみんながお料理修業に熱心なのも
おもてなしの心が温かいのも
そんな屋台での思い出があったからなのね

待っててね妖狐さん
あなたを必ず助けるから

そうねたくさんは食べれないから…
食べたいのは野菜たっぷりカレー
野菜の素揚げがのってる色鮮やかなのがいいわ

野菜と言えばね
妖狐の里で野菜の妖怪と戦って
それから野菜たっぷりミネストローネを作って…

子狐たちのきらきらした笑顔
美味しくなるおまじないをかけてくれるその愛情
料理はおなかを満たすだけじゃなくて
誰かと誰かの絆を生んで
心も満たしてくれるの

あなたの作るカレーもとっても美味しい
味だけじゃなくて
おもてなしの心がこもっているから

いっぱい食べて
そしてあなたを救うから



「いらっしゃいだコン!」
 その声は、口調は、聞き慣れたもの。
「さぁさぁ、早く座るコン。どんどん食べるコン」
 けれど、狐とも狸ともつかぬその姿は、全く見慣れないもの。

(待っててね妖狐さん、あなたを必ず助けるから)
 猟兵達の助けとなる為、オブリビオンと化した妖狐を救うには、彼が作り上げるカレーを完食しなければならないと言う。
 元々、料理好きな妖狐の事。調理に集中されてしまえば、到底食べきれない量のカレーが出てくる事だろう。
 いかな猟兵とはいえ、胃袋の容量には限界という物がある。ゆえに、この戦いの勝敗は初手で……注文の段階で、ほとんど決まると言っていい。
「さぁ、注文をどうぞだコン」
 急かす妖狐に、それでもエリシャは落ち着いて。僅かに目を伏せる。
 この戦いに、相手を傷付ける為の武装は必要ない。
 今回武器になるのは、エリシャ自身の料理の知識と経験……そう考えると、むしろ普段の戦場よりも立ち回りやすいかもしれない。

 痛みや苦しみを与えることなく、救う事が出来るのならば――。
 無意識のうちに、エリシャの右手に星の光が宿る。
 オブリビオンの中で眠っている妖狐の心まで届くようにと、エリシャの祈りを乗せて。聖なる光は誰にも気づかれる事なく、小さく瞬いた。

「それじゃあ、野菜たっぷりのカレーをお願いするわ」
「なるほど、具沢山カレーコン。お任せだコン!」
 トマトにナスに……と、早速食材の吟味を始める妖狐に、すかさずエリシャの追撃―追加注文―が入る。
「野菜の素揚げがのってる、色鮮やかなのがいいわ」
 そう。料理とは、舌や鼻だけでなく目でも味わうもの。
「細かいこだわり……さてはお客さん『通』ってやつコン」
 エリシャの指定に、キラリと。妖狐の目の色が変わった。
 どうやらエリシャの思惑通りに、上手く話しに乗せる事ができたようだ。
「野菜と言えばね……」

 エリシャが語るのは、カクリヨの世界で出会った野菜の妖怪たちの事。
 収穫してもらえなくて、不貞腐れていた妖怪たちと、美味しく食べると約束をして。たっぷりと野菜を使ってみんなで作った、ミネストローネの事。
 だから今日のカレーは、野菜をたっぷり入れて欲しいのだと妖狐に伝えれば。
「ステキだコン。食材を無駄にしない心は、とっても大事だコン!」
 その思い出を他人事のように語る妖狐の言葉が、少しだけ寂しい。
 けれどそれも、今一時の事。妖狐の心を取り戻す事が出来れば、きっと猟兵達との記憶も取り戻してくれるはずだから。
 めげる事なく、エリシャは話を続ける。

 一生懸命に野菜を捕まえて来てくれた、子狐たちのきらきらした笑顔が可愛くて。みんなで「おいしくなーれ」とおまじないを掛けた事。
 食べてくれる人に、美味しいと思って欲しい。笑って欲しい。そんな愛情が何よりも料理を美味しくするのだから。
「料理はおなかを満たすだけじゃなくて、誰かと誰かの絆を生んで、心も満たしてくれるの」
 だから料理を通して伝わる愛情は、例えオブリビオンになってしまっても必ず妖狐の心まで届くと信じている。 
 妖狐たちが料理に熱心な理由も。猟兵たちが訪れる度に、受け取り切れないおもてなしをくれる心の温かさも。全ては人と妖怪との絆を繋いだ、一品の料理から始まっていたのだから。

「お待ちどうさまだコン」
 エリシャとの会話の間に妖狐が作り上げたカレーは、一つ一つの野菜が綺麗に盛り付けられて、彩も鮮やかで。きっと、加熱時間を調整して、丁寧に作ってくれたのだろうと分かる仕上がり。
「あなたの作るカレーもとっても美味しい」
 それは味だけでは無くて、確かに妖狐の心が込められていると感じるから。
「それは良かったコン。いっぱい食べるといいコン」
「えぇ、いっぱい頂くわ」
 妖狐の心に届く様に、救えるように。とびきりの笑顔で、何度でも『いただきます』を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【金蓮花】アドリブ◎
甘いモンじゃなきゃァ俺でも食えるし
まだ猟兵ごっこは妖狐達の中でブームなのか、元に戻ったら聞いてみるかね

頑張って作る妖狐達を笑顔で見て
前会った妖狐達の名前を聞く

俺は…(澪見て
星型の人参入ってるカレーとか、かまくら作った時を思い出す白いカレーで
澪と去年の冬に「青の穹窿」と呼ばれる景色見たンだよ
澪が空まで連れてってくれて
特等席だったぜ
確か…俺だから見せてあげた、だっけー?(にや
忘れねェよ

お前は遥かに前より成長したよなァ
(少しずつ
ホントに信頼してくれてるみてェだし
時が来れば
真に背を預けてくれると
俺は只管に
為すべきコトを為すだけだが)

シーフードカレーも美味そう
俺のも少し食ってみるか?


栗花落・澪
【金蓮花】アドリブ◎

僕はシーフードカレー貰おうかな?
クロウさんと一緒に行った海、とっても綺麗で楽しかったから
あ…辛さは控えめで…

懐かしむように微笑みつつ妖狐さんに話しかけ
クロウさんはどうする?

ちょ、なんでそんな細かい事覚えてんのー!
あの時は特別で…か、からかうならもう見せてあげないからねっ

照れ隠しにプイッとそっぽを向きつつ
けれど成長したと言われればキョトンとしてからふにゃりと微笑み

そう…かな
自分ではあんまり実感無いけど
えへへ…クロウさんが言うなら信じる
嬉しい

(クロウさんは、僕の憧れだから
口には出さないけど)

いいの?食べてみたい!
ちょっとずつ交換しよ!
食べさせてあげましょうかー?(からかい返し



「いらっしゃいだコン! 好きな席に座るコン」
 覗き込んだ屋台には、メニュー表のようなものはなく。ただ、吊り下げられた提灯に『咖喱』という二文字だけが書かれている。
 ここは、お客が好きなカレーを自由にリクエストできる屋台。
 それも出来れば、何か思い入れのある味であると良いらしい。

 さて、どんなカレーを頼もうか。
 提灯の明かりに照らされて、白い肌をほんのり橙色に染めた華奢な少年――栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は、ちらりと。同行者である杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)へと視線を向けた。
「……僕はシーフードカレー貰おうかな?」
 その異色の虹彩を見つめて、ぱっと思い浮かんだのは、無限に広がる青い景色。

 クロウと共に降り立った海原の世界は、夏の強い陽光が海の中に光の梯子をかけて。煌めく青色の中、クロウの手を引いて魚たちと戯れた。その思い出は、目を閉じれば今も瞼の裏に鮮やかに蘇ってくる。
 ……。
 確かその後、少し怖い目にあったような気もするけれど。
 その辺りは思い出補正で、都合よくカットして。目まぐるしく過ぎて行った夏の日の思い出を語れば。妖狐も興味津々に耳をぴこぴことさせて、調理の手を緩める。
 だから注文するのは、その海と思い出を連想させてくれるようなシーフードカレーがいいのだと……。
「了解だコン! その思い出に負けないように彩も味も、賑やかに仕上げてみせるコン!」
 澪が全てを言い終わらないうちに、妖狐が勢いよく胸を叩く。どうやら上手く話しに乗せる事ができたらしい。
「あ、辛さは控えめで……」
 早速スパイスらしき瓶を並べ始める妖狐に、慌てて追加の要望を添えて。何とか注文を終えた澪は、ほっと息を吐いた。

「クロウさんはどうする?」
「俺は……」
 澪の琥珀色の瞳に覗き込むように見つめられて、どうしたものかと、クロウは思考を巡らせる。
 妖狐に頼む、思い出の味……確かに、妖狐たちとの思い出であれば、どれもこれも食べ物が絡んだ思い出ばかりだ。以前訪れた時も、小さな子狐サンタたちが、沢山のお菓子を持ってきてくれた。
 妖狐たちとの時間は、いつも賑やかで。あっという間で。猟兵ごっこのために剣の使い方を教えて欲しいと言ってきた、あの子狐は元気だろうかと思い起こせば。ふと、気づく。
「そういや、アイツラの名前、聞いてなかったナ」
 妖狐たちとはすっかり顔なじみであるにも関わらず、一人一人と自己紹介を交わしては居なかった。
 子狐たちの特徴を思い出しながら、クロウは店長の妖狐に、彼らの名前を問うてみるけれど……。
「ん? 誰のことだコン?」
 妖狐からかえって来たのは、きょとんとした表情。
 やはりオブリビオンと化してしまった事で、妖狐個人の記憶は曖昧になっているのだろう。恐らく今の妖狐にとってクロウたちは猟兵ではなく、初めて店にやってきた客の一人なのだ。
「わりィ、何でもねぇよ」
 ……それでも、澪の話を聞いて真剣にレシピを考えている様子をみれば、彼ら本来の優しさや思いやりを失くしてはいないはず。出されるカレーライスをしっかり食べきれば、必ずまた元の妖狐に戻ってくれるはずなのだ。
 ならば子狐たちの名前は、彼が元に戻ってから聞いても遅くはない。折角ならば、まだ猟兵ごっこは妖狐達の中でブームなのかも、一緒に聞いてみたいところ。

「なら、白いカレーを頼むわ」
 その為にクロウが語るのは、妖狐たちがクリスマスをやりたいと言い出して、ひと騒動あったあの冬の日の話。思い出の味を頼めと言うのなら、今の妖狐に語り聞かせるのに、これ以上の思い出はないだろう。
 子狐サンタたちを迎える為に作ったかまくらは、狐耳がチャームポイントの力作で……そう、あれは澪が丁寧に仕上げてくれたものだ。

 その澪の方へ、ちらりと視線を向けて。
「あと、星型の人参入ってるカレーとか」
 思い出した、もう一つの冬の思い出をクロウは語り始める。

 どこもかしこもお祭りムードで、賑やかな音楽が流れる中、曲の終わりに訪れる静寂のひと時。白い天使に導かれて昇った夜空は、眼下に光の海を抱いて何処までも澄んでいた。
「澪と去年の冬に『青の穹窿』と呼ばれる景色見たンだよ」
 その景色は、息を呑むような静けさと眩さで。
 けれど何よりも美しかったのは、この手を引いてくれた純白の――。
「あれ、すっごく綺麗だったよね!」
 弾むような声で、花咲くような笑顔を見せるこの少年が、その時の純白の天使だったはずなのだけれど。
「確か……俺だから見せてあげた、だっけー?」
 揶揄う様に、クロウがニヤリと笑えば。
「ちょ、なんでそんな細かい事覚えてんのー!」
 分かりやすく直ぐに赤くなる姿は、あの冬の夜に見せた、神秘的な姿からは程遠い。
「あの時は特別で……」
 そう、澪は言い訳のように紡ぐけれど。確かにあれは、澪がクロウのために用意してくれた特等席。忘れるはずもない。
「か、からかうならもう見せてあげないからねっ」
 唇を尖らせて、ぷぃとそっぽを向いて。
 本当にくるくると、澪は色々な表情を見せてくれる。
「お前は遥かに前より成長したよなァ」
 それは、クロウに心を見せてくれていると言う事。
 出会った頃は、目の前に居ても、何処か遠くに感じていたけれど。
 少しずつでも、表情を見せて。心を見せてくれるようになって。
 あの海で、夜空で手を引いてくれた時には、最初の儚い印象はどこかに消え失せていた。
 いつか、真に背を預けてくれる日がくるのならば―――否。
その日が来た時に、自分もまた、預けられるに足る存在であれるよう、今はただ只管に成すべき事を成すのだと、クロウは己に語る。

「そう……かな」
 澪はと言えば、唐突に真摯なクロウの言葉が中々素直に入って来なくて、思わずきょとりと目を見開いた。
 けれど、真っ直ぐなクロウの双眸に、本当にそう思ってくれているのだと感じれば。じわじわと胸の内から嬉しさが湧いて来て、思わず頬が緩んでしまう。
「自分ではあんまり実感無いけど」
 けれど、クロウがそう言うのならば信じる。信じられる。
 凛々しく、逞しく。道を貫き続けるクロウの背中に近づけたのなら、心の底から嬉しい。
 最も、自分がこんな風に思っている事をクロウに知られたら、またその整った顔でニヤリと笑って、ちょっと意地悪な言葉を投げてくるのだろうから。
 絶対に、口には出してあげない。そう決して、自分が恥ずかしいからとか、素直になるのが難しいとか言う理由ではない。決して。

「おまたせしたコン! シーフードカレーと、ホワイトカレーだコン」
 二人の間に落ちた、温かくて。でも少しだけくすぐったい沈黙を、妖狐の明るい声が打ち破る。
 カウンターテーブルに置かれたのは、色も匂いも、盛られた具材も全く違う二種類のカレーで。ここはやはり、互いのカレーを味見してみたいところ。
「食べさせてあげましょうかー?」
 澪の放った日頃の意趣返しは、一瞬クロウに微妙な表情をさせる事に成功したけれど。
「じゃあ、お返しナ?」
 いっそう凶悪な笑顔(に、澪には見えた)のカウンターで返されたとか――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

パラス・アテナ
カレーね
こういう料理はどの世界にもあるもんだ

アタシはそんなに量はいらないよ
代わりに作って欲しい料理がある
なに、カレーとそう大して変わりゃしないさ

アタシがまだガキの時分
アルダワの軍人、まあ学生の家に生まれてね
兄にコイツに似た料理を作った事があったんだ

初めての料理だ
うまくできる筈もない
だけど兄は「美味しい」って食べてくれてね
得意になって全部食わせたのさ
だからアタシは食べてない

あれは本当に旨かったのかね?
その夜兄が腹を下したのは
アタシの料理に何か妙な物でも入っていたのかね?

なに、ただの感傷さ
カレーを見て思い出しただけの
アタシ自身、今の今まで忘れてた料理の味を再現してみろって無理難題
叶えてくれるかい?



 数多の戦場を見て来た。
 目覚ましの代わりに爆撃音にたたき起こされた事も、数え切れない。
 けれど、これほどに静かで、穏やかで。緊張感のない戦場というのは、ほとんど経験した事がない。
 ここでは、兵器の扱いも、兵法も役には立たない。
 強いて役立てられそうなものと言えば、戦場食とサバイバルに関する知識くらいだろうか。
 頬を撫でる夜風に、ふわりと。食欲をくすぐる匂いが混じっている。恐らくは、玉ねぎと……他にもいくつかの野菜を煮込んでいるのだろう。
 パラス・アテナ(都市防衛の死神・f10709)が、屋台の暖簾をくぐると。店主である妖狐は、かき混ぜていた鍋から顔を上げて、元気よく声を掛けてきた。
「いらっしゃいだコン! さぁさぁ、たくさん食べていくコン」
(カレーね……)
 それは、いくつかの具材を切って炒めて。それからスパイスと共に煮込むと言う、シンプルな手順で作る事ができる煮込み料理だと聞いた。
(こういう料理はどの世界にもあるもんだ)
 戦場を渡り歩き、そして猟兵として世界を渡り歩いて。この手の料理は、数多く見て来た。
 当然、文化の違いや食糧事情によって、味や具材は様々に変化するけれど。手軽に水分と栄養の補給ができ、体温保持の効果も期待できるこの手の料理は、戦場に置いても優秀な食事と言えるだろう。

「アタシはそんなに量はいらないよ」
 この戦場では、出される料理を食べるきる事で、妖怪たちを救い勝利を得る事が出来ると言う。
 思い出の味を頼むことで、状況が有利になるというのなら……。

「代わりに作って欲しい料理がある」
「料理……コン?」
「なに、カレーとそう大して変わりゃしないさ」
 パラスの注文に、妖狐は困惑した様子を見せる。カレー屋で、カレー以外を作って欲しいと言っているのだから、当然だろう。
 パラス自身、無茶を言っている自覚はある。けれど、本当にその料理を食べられるのならば、食べてみたいという気持ちが強かった。

「アタシがまだガキの時分……」
 パラスが語るのは、猟兵の力に目覚めるはるか前の話。
「兄にコイツに似た料理を作った事があったんだ」
「ふむふむ……お客さん、よくお料理してたコン?」
 話に乗って来た妖狐に、パラスは「いいや」と答える。料理を作ったのは、その時が初めてだったから。
 月日と共に記憶は曖昧になってしまったけれど、右も左も分からないキッチンで、十分な知識もない子供が料理を作った所で、うまくできる筈もない。
 けれど、その料理を兄が「美味しい」と言ってくれた。その記憶だけは、今でもはっきりと思い出せる。
「嬉しくてね。得意になって全部食わせたのさ」
 だから、パラス自身はその料理を口にしていない。
「あれは本当に旨かったのかね?」
 その日の夜に兄が腹を下していたのは、果たしてパラスの料理のせいだったのか、どうなのか……。

「味の好き嫌いは、誰にでもあるコン」
 自嘲の笑みを浮かべるパラスに、それまで黙って話を聞いていた妖狐が、ゆっくりと口を開く。
「でも料理が美味しいかどうかは、味の好き嫌いだけでは決まらないと思うコン」
 調理の手を止めて、真っ直ぐにパラスを見つめて紡がれたその言葉は、オブリビオンの中に眠る妖狐本来の思いなのだろう。

「……そうだね」
 あの時の料理の味が、美味しかったのかどうか。パラスの中で、ほとんど答えは出ているのだ。
 ただ出来れば、自分以外の誰かに答え合わせをしてほしかっただけなのかもしれない。
 そう、これはただの感傷。
 カレーと言う料理をみて、少し思い出に浸っていたくなっただけ。

「アタシ自身、今の今まで忘れてた料理の味を再現してみろって無理難題……叶えてくれるかい?」
「全力で、挑ませてもらうコン」

 普段は鋭いパラスの目が、少しだけ緩む。
 これから妖狐が作る料理が、果たしてどんな料理になるのか、パラスにもさっぱり分からない。
 けれどそれは、きっと。
 どんな味であっても、『美味しい』のだろう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木霊・ウタ
心情
妖怪たちの覚悟と想いに胸熱だ
カレーを食べ尽くすぜ

行動
俺は麻婆豆腐カレーを頼むぜ
いいカンジの辛さで体も心も
熱く熱くなるようなやつ

俺達、猟兵の一番の報酬って
皆の笑顔だ

それを守ることができたっていう
達成感もあるな

この屋台も同じだろ?
屋台に集う人たちが
美味しいカレーや
店主や皆との会話で笑顔になる

そんな時はきっと
商売をやっててよかったって
やりがいを感じて
もっともっと笑顔や温かな交流を増やしたいって思って
もっと美味しい料理や
もっと楽しく団らんできる場を目指すんだろ?

これからも応援させてもらうぜ、コン

事後
屋台の側で
妖怪の勇気を称え
骸魂の鎮魂を願う曲を奏でる



「いらっしゃいだコン」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・f03893)を迎えるのは、よく知る元気な声。
「さぁ、早く座るコン。どんどん頼むといいコン」
 けれどその声の主は、狐とも狸ともつかない、見慣れない姿で。あくまで店員として、ウタへと声を掛けてくる。
 恐らくオブリビオン化した事で、妖狐個人の記憶は曖昧になっているのだろう。そうでなければ、ウタの顔を見た瞬間にもっと反応があった筈だ。

 これも全ては、猟兵達を支援するため。骸魂ごと消滅させられてしまう危険もある事を承知で、妖怪達が自ら選んだ道。
 ならば、猟兵として。この想いに応えずして、何とするのか。

「それじゃあ、麻婆豆腐カレーを頼むぜ」
 どれ程のカレーが出てこようとも、必ず食べ尽くし妖狐を救うのだと……そんな熱い思いは胸の内に隠して。
 普段の妖狐達に語りかけるように、軽やかな調子でウタは注文を始める。 
「中々変わり種の注文だコン。作り甲斐があるコン!」
「おう。いいカンジの辛さで、体も心も熱く熱くなるようなやつで頼むな」
「任せるコン!」
 頼もしく胸を叩いて、妖狐は早速調理を開始する。

「あんたは、屋台をやってて一番の報酬ってなんだと思う?」
「一番の報酬……コン?」
 トントン、と。一定のリズムでネギを刻み始めた妖狐に、ウタはさり気なく話を切り出す。
「俺達、猟兵の一番の報酬って……」
 皆の笑顔なのだと。
 屈託のない笑顔を見せるウタに、妖狐は何を感じただろうか。
「りょう、へい……」
 ウタの前にも、何人もの猟兵たちが屋台を訪れ、妖狐と語らいカレーを食べている。それは確実に、オブリビオンを弱らせる事に繋がっているはずだ。 
 あと少し、あと一押し。妖狐の感情を揺さぶる事が出来れば、きっとその心を取り戻せると信じて。ウタは、語る。

 猟兵としての戦いが、どれだけ厳しいものであっても。
 戦う事でしか救えない存在に、胸を痛めても。
 その向こうに、誰かの元気な姿や笑顔が見られたのならば。この手に武器を取る事に意味はあったのだと、達成感に胸が熱くなる。
 だから――。

「この屋台も同じだろ?」
「それは……」
 美味しい食事と会話。猟兵たちと方法は違えども、人々を笑顔にする場所。
 そして、店主も一緒に笑顔になれる場所。
「そんな時はきっと、商売をやっててよかったって、やりがいを感じてさ……」
 もっともっと、笑顔が見たいと。
 もっともっと、温かな交流を増やしたいと、そう思っていたはず。
 そうでなければ、何故あの里の妖狐たちが揃いも揃って料理好きなのか、説明が付かない。

 こぽこぽ、こぽり。
 鍋を混ぜていた妖狐の手が止まって。中のルーが小さく音を立てる。
 炊き立てのご飯に、湯気の上るルーを掛けたのならば。麻婆豆腐カレーの出来上がり。
 いただきますの声と共に、スプーンを口に運べば。
 異なる二種類の辛味が、互いを引き立て合って。体の中から広がる熱に、薄っすらと額に汗が浮かぶ。
「美味い!」
「それは、良かったコン」
 ウタが一口、もう一口と食べ勧める程に、妖狐のオブリビオンとしての姿は、徐々に崩れていく――。

「もっと楽しく団らんできる場を目指すんだろ?」
 皿が空くころには、その姿はすっかりと見慣れた妖狐のものになっていて。
「……みんなのおかげで、まだ目指す事ができそうだコン」
 ニカっと笑うウタの言葉に、妖狐も笑ってこくりと頷いた。


 本日の営業は、これまで。
 片づけを始めた妖狐の傍らで、ウタの爪弾く弦が閉店の音楽を奏でている。

(これからも応援させてもらうぜ、コン)
 猟兵達と共に戦う、妖怪たちの勇気を称えて。
 今だ囚われ続ける、骸魂たちの鎮魂を願って。
 旋律に添える即興詩の締め括りは、みんなで笑って『ごちそうさま』を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月18日


挿絵イラスト