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櫻に謳う

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●薄紅の約束
 澄んだ青空の下に舞う花弁は桜の社を彩る。
 ひととせを通して桜が美しく咲く世界においても春の桜は格別。春めく陽気の中、とある桜の郷には枝垂れ桜が咲き誇る並木道があった。
 その奥にちいさな社が建っている。
 其処にあるのは、長年の間ずっと花をつけない一本の老桜。
 花を咲かせずとも凛と佇み続ける樹は何処か神々しく、人々からは『約束の神桜』と呼ばれている。その立派な姿を何とか一時期だけでも色付かせようとした郷の者は、あるときから春に催しを行いはじめた。
 人々はこの季節になると、薄紅色の桜の和紙に思いを文字として綴る。そうして紙を真一文字に折りたたみ、枯れ枝に結び付けることで花のように見せるのだ。
 それは願いではなく誓い。
 誰かとの、或いは自分なりの決意という『約束』の証。
 それを神桜の枝に巻き付ければ、あえかに咲き誇る紙桜と一緒に約束が結ばれて――果たされたなら、その先に続く想いが叶うと云われはじめた。

 今年も老樹の枝に薄紅色の紙が結ばれ、花がひらいたように彩りを咲かせている。
 その日、花社に訪れた男女はそれぞれに誓いを記し、垂れた枝に紙を結んだ。二人が社に背を向けて歩いていった後、桜の影から或る男が姿をあらわす。
「さて、あの子達の心はどんな花かな?」
 黒帽子に外套を羽織り、書生風の衣に身を包む男は結びの紙に手を伸ばした。
 そうすれば紙から透き通った花があらわれ、ひらりと舞い落ちる。
「これは、どんな感情だろうね。」
 彼の手に乗った花は日輪草の花弁と椿。向日葵のように明るい笑みを浮かべていた女性と、静かながらも確りとした男性の想いが、彼の力で具現化されたようだ。
「へぇ、互いを幸せにするという約束か」
 紙に記された内容を見ていないというのに男は何度か頷く。
 花盗人は手の上の花をそっと懐に仕舞い込んだ。勝手に思いを盗み取り、己の物にする所業はまさに怪盗。
 そして、花の社に潜む彼は更なる思いを求める。
「あとはウサギ達に任せるとしようか。どんな思いが見られるか楽しみだ」
 人の心は千差万別。同じ花であっても咲き方が違う。それゆえに世界中のどんな宝物よりも美しいと識る男は、それらを花の形で摘み盗り集めていく。
 ただし、その人の想いと引き換えに――。

●桜と花盗人
 嘗て、世界中の様々なものを盗み蒐集した怪盗がいた。
 しかし彼は人の心こそが一番美しい物だという結論に至る。それから怪盗は己に宿った不思議な魔術を用い、人の心に咲く想いの花盗人として活動するようになった。
「だが、盗られた奴は花を取り戻さなければいずれ衰弱死する」
 ディイ・ディー(Six Sides・f21861)はサクラミラージュで起こっている事件について語り、影朧である怪盗・花盗人を倒して欲しいと願う。
 本来は桜に約束を結ぶ風流な風習だ。そこに花盗人が魔術を施してしまった現状を止めなくてはならない。
 されど現場に赴くだけでは相手は現れない。
 そのため猟兵達が敢えて彼の罠に掛かることで、相手を誘き出す作戦が必要になる。
「まずは桜の社に向かって欲しい。その郷の人達が行っているように、紙に自分の誓いや決意や想いを書いて、花が咲いていない枝垂れ桜の老木に結んでくれ」
 郷の者達の誓いの例は『学府に合格する』『子供を立派に育てあげる』『愛する人を守る』『あの人に告白する』など未来への思いが多い。
 また、風流に和歌や俳句などに思いを託して記す者もいるという。
「もし書くことに迷うなら自分の願いでもいいと思うぜ。誰しもひとつくらいは願い事を持ってるだろ」
 それから暫くは花社の周辺で花見をしていると良い。
 そうすればいずれ怪盗が現れるのだが、その前に配下を遣わせてくるだろう。
「まずサクラモフウサギと呼ばれる影朧が約束の紙を回収にしにくる。そのときに紙に書いた想いが花に変わって盗まれちまうんだ。一時的だが、其処に込めていた思いが心の中から消えてしまうことになるんだが……行けるか?」
 ウサギは想いの花を花盗人のもとに届けようとする。
 愛する者への思いを書いていたなら愛情を忘れ、強い決意を記していたのならばその気持ちが抜け落ちてしまう。花を持っているウサギの影朧達を倒せば取り戻せるが、戦いの間は暫し心に穴が開いたような感覚を抱きながら戦うことになる。
 相手は可愛らしいが、影朧なので葬ってやることが吉。その後は怪盗本人が出てくるので戦って倒せばいい。
「花盗人が現れたら、直接に心を盗もうとしてくるだろうな。だが、相対してしまえばこっちのものだ。お前達なら強敵であっても勝てるだろ?」
 大切な想いが奪われたとしても取り戻す力が皆にはある。ディイは信頼を込めた眼差しを仲間に向け、明るい笑みを浮かべた。
 花盗人の謂れのように、美しい花を枝ごと手折ってしまいたくなる気持ちは分からないでもない。だが、それが人の命や心と引き換えになってしまうのならば言語道断。
 いざ、約束の櫻路へ。其処で怪盗の所業を止めることこそが猟兵としての役目だ。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『サクラミラージュ』
 人の心を花にして盗む怪盗が現れました。桜の枝に約束を結ぶ風習に則って過ごし、敵を誘き出して倒すことが今回の目的です。

 プレイング募集状況などはタグやマスターページにてご案内しています。
 ご参加の前に一度、ご確認いただけると幸いです。

●第一章
 日常『やくそくの櫻路』
 時刻は昼間。舞台は或る桜の郷。
 枝垂れ桜が並ぶ花社の奥に花を咲かせなくなった老木があるので、その枝に『あなたの誓いや決意』または『お願い事』を記した約束の紙を結んでください。書いた内容を伏せてしまうと後の描写が出来ないので、必ずプレイングに内容の明記をお願いします。

 この章で敵は現れないので後はのんびりお過ごしください。
 散策、宴会、お参りやデートなどお好きにどうぞ。

●第二章
 集団戦『サクラモフウサギ』
 ウサギの影朧が現れ、一章で結んだ約束の紙から心の花を抜き取ります。花が具現化した後、記した想いが皆様の心から抜け落ちてしまいます。
 盗まれてしまった想いは敵を倒すまで思い出せませんが、何かを失くしてしまった感覚だけは残ります。焦燥感を覚えるのか、空虚な気持ちを覚えるのか、それとも別の思いが湧いてくるか等は皆様次第です。
 大切な思いを取り戻すための格好い戦いをどうぞ!

 具現化する花の形のイメージがある場合はご指定ください。
 こちらにお任せ頂くことも可能です。
 お任せの場合は《【プレイング末尾】に『🌸』の記号》を書いてください。あなたの想いに相応しい花を描写します。(イメージと違うこともありますので、どんな花が描写されても構わないという気持ちでお願いします)

●第三章
 ボス戦『花盗人』
 年齢不詳、物腰は柔らかい怪盗。
 世界中の様々なものを蒐集するも、人の心が一番美しいと定義して、花の形で摘み盗っています。盗られた花を取り戻さなければ、一般人であればいずれ衰弱死します。猟兵は暫し耐えることが出来るので通常状態で戦えます。
 戦闘では、彼が独自に編み出した人の心を花にする魔術を用いて戦います。
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第1章 日常 『やくそくの櫻路』

POW   :    桜の杜を花逍遥

SPD   :    自分との約束を結ぶ

WIZ   :    誰かとの約束を結ぶ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鴇巣・或羽
よりによって、怪盗の影朧か。
……この俺を前にして、笑えない冗談だ。
人の心は確かに美しい。或いは確かに奴の言う通り、他のどんな宝物よりも……それも正しい考え方だろう。
だが、心を盗まれたやつが死ぬのは、気に入らない。
一枚の絵を盗むのに、美術館を燃やす怪盗がどこにいる?
そんなもの、ただの強盗だ。奴の在り方は、俺の美学が許さない。

俺の決意……決まっている。「親父を超える」だ。
大怪盗と呼ばれた親父を、俺の、俺達の怪盗団で超えること。
そのための道筋は、もう定まっている。
……この誓いが奪われたとしても、きっと体が覚えているさ。
怪盗であることは、誇りの悪魔である俺の、最も大切な誇りだからな。



●怪盗の矜持
 桜の花が美しく咲き誇っている。
 枝垂れ桜が並ぶ春の路の先を見つめて風に揺れる花を瞳に映す。社への道筋をそのまま歩いていくと、大きな枯木が視界に入った。
 あれはもう花をつけぬ老木だ。
 しかし、その枝には花の代わりに薄紅色の和紙が結ばれている。
 鴇巣・或羽(Trigger・f31397)は、願いが咲く神樹と呼ばれる木にゆっくりと歩み寄っていった。一見するだけならばとても綺麗な光景だが、今のこの場所には幽かな不穏が揺らぎはじめている。
 此処に仕組まれているのは人の心と命を奪いかねないものだ。
 しかも、よりによって怪盗の影朧が黒幕として関わっているという。
「……この俺を前にして、笑えない冗談だ」
 或羽もまた怪盗であり奇妙な縁を感じた。彼はザインナハトの若きリーダーであり、自らも怪盗としての誇りを抱いている。此度の影朧を思った或羽は肩を竦め、約束の桜の樹を暫し眺めていた。
 其処に結ばれている紙には人々の思いの欠片が記されている。
 きっと皆、未来への誓いを込めたのだろう。
 人の心は確かに美しい。花が咲くように誰かの未来や約束がひらけばいい。そう考えながら或羽は枝垂れ桜に片手を伸ばした。
「或いは確かに奴の言う通り、他のどんな宝物よりも……それも正しい考え方だろう」
 だが、心を盗まれたやつが死ぬのは気に入らない。
 或羽は桜の枝には触れず、それまで開いていた掌をそっと握り締めた。それは散ってしまう花弁を掴むような仕草だ。そして、彼は双眸を鋭く細める。
「まさにナンセンスというものだな」
 一枚の絵を盗むのに美術館を燃やす怪盗がどこにいるだろうか。彼の怪盗の所業は肯定できない。ただ美しいものだけしか見ておらず、それを内包する本当に大切なものが無視されているからだ。
「そんなもの、ただの強盗だ。奴の在り方は――」
 俺の美学が許さない。
 掌を強く握った或羽はこれから巡ることへの決意を抱いた。本当なら盗ませたくはないが、相手の思惑に乗ったふりをしてもいいだろう。敢えて一度は怪盗に奪わせることで、真の意味では奪わせないという作戦が今は相応しい。
「さて、俺も思いを結んでおくか。内容はもう決まっているからな」
 或羽は様々な紙が結わえられた枝のひとつに近付き、薄紅色の紙を巻きつけていく。枝が傷つかないように、それでも強く決意の思いを結び、神木を飾る花とした。

 ――『親父を超える』

 或羽が結んだ思いは、魔都ヴェトレアの魔王である父への感情だ。
 大怪盗と呼ばれた父親よりも名を馳せ、真の大怪盗としての力をつけていくこと。
「俺の……いや、俺達の怪盗団で超えること」
 そのための道筋は定まっており或羽の思いは決して揺るがない。奪われてしまう思いだと分かっているが、或羽には奪い返す自信がある。
「……この誓いが奪われたとしても、きっと体が覚えているさ」
 だからこそ、この思いを此処に示した。
 怪盗であること。それは誇りの悪魔である或羽の最も大切な誓いであると同時に矜持でもあるのだから、感情よりも先に体が動いてくれるはずだ。
 そして、未来の己との約束が桜に結ばれてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿

ボクの願い、ボクの誓い
んー、一回消えるって考えると悩んじゃうっすねぇ
いえ、怪盗たるもの盗まれっぱなしになどさせないっすけど

それでも……んんんん、色々怖いっす
悩み抜いた後に書き記すのは
『可愛い女の子になりたい』という願い
カッコいいでもワルいでもなく、可愛くて素敵な女の子
ひねくれ者のボクではどうにも手の届かない、細やかな願い
……ホント、しょわい願いっすよね
恥ずかしすぎて絶対人には見せられないから
さくっと折り畳んで、きゅっと結んじゃいましょ

さてさて、あとはお花見しながら待ちますか
……にしても、心を花にする魔法とかよく編み出せたなぁ
嘘偽りないボクの心がどんな花を咲かすのか
……ちょっと、どきどきっす



●願う心はどんな花
 約束、誓い。決心や覚悟、願い事。
 自分自身に抱く思いを表す言葉は様々で、その形も人によって違う。並木道を進み、花を眺める森乃宮・小鹿(Bambi・f31388)は桜の花の合間から見える空を仰ぐ。
「――ボクの願い、ボクの誓い」
 ふと言葉にした声は花を揺らす風に乗ってゆく。
 この先には約束の神桜と呼ばれる樹がある。其処にどういった思いを記すのが良いだろうかと考え、小鹿は視線を社に向けた。
 薄紅色の紙を結ぶことでそれを花に見立てて咲かせる。
 この地域の人々が行う粋な計らいと催しを思い、小鹿は歩を進めていった。だが、あの樹に約束の紙を結ぶことで奪われてしまうものがある。
「んー、一回消えるって考えると悩んじゃうっすねぇ」
 口許に手を当て、小鹿は思いを巡らせた。
 風習を利用して心を盗むという花盗人のことを考えると、どうにも落ち着かない。されど小鹿とて悪魔であり、同じ怪盗として黙ってはいられない。
「いえ、怪盗たるもの盗まれっぱなしになどさせないっすけど」
 拳を握り、意気込みを見せた小鹿は軽く駆け出す。同時に枝垂れ桜の道に風が吹き抜け、華やかに咲く花を揺らしていった。
 そして、小鹿は件の神桜の前に到着する。
 其処には既に訪れた人達によって結ばれた薄紅の紙が見えた。これから小鹿も此処に思いを記し、巻きつけることになる。
「負けないし、取り戻すっすけど、それでも……んんんん、色々怖いっす」
 普段は余裕綽々の笑みを浮かべていても、裡には不安もあった。誰にも聞こえない声で呟いた小鹿はわずかに俯く。
 何を思いとして綴るか、それを失くしてしまった後にどうなるのか。
 考えれば考えるほどに迷ってしまうが、此処で怖じ気付いたままというわけにもいかない。そうして、悩み抜いた後に書き記したのは。

 ――『可愛い女の子になりたい』という願い。

「これでよし、っと!」
 悪魔としてカッコいいでもワルいでもない。世界に生きるたったひとりの自分として、可愛くて素敵な女の子としてありたい。
(ひねくれ者のボクではどうにも手の届かないことだけど……)
 こんなときくらい細やかな願いを書いたって構わないはず。この願いが奪われて消えてしまったらどうなのかは未だ少し分からないが、本当の思いでもある。
「……ホント、しょわい願いっすよね」
 ぽつりと口にして、首を左右に振った小鹿は紙を折り畳んでいく。
 これは恥ずかしすぎて絶対に人には見せられない。決してバレたくもないので、入念に四つ折りにして、解けたりしないように紙を枝に結んだ。
「さてさて、あとはお花見しながら待ちますか」
 揺れる枝に結わえた約束の紙に背を向け、小鹿は元来た道を引き返した。実は先程に良い場所を見つけておいたのだ。其処で暫しのんびりと過ごすのも良いはず。
 ゆったりと歩きつつ、小鹿は枝垂れ桜を見つめる。
「……にしても、心を花にする魔法とかよく編み出せたなぁ」
 ふと思ったのは怪盗の使う能力。
 いいなぁ、と小さな羨望を抱いた小鹿は片手で胸元を押さえた。
 嘘も偽りもない自分の想いと心がどのような花を咲かせていくのか。それはほんの少しだけ楽しみで、誰にも分からない未知のことでもあって――。
「……ちょっと、どきどきっす」
 小鹿は再び、桜の彩が交じる青空を見上げる。
 春の風はやさしく、柔らかな心地を残しながら少女の頬を撫でていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
嗚呼。花を咲かせなくなった老木か。
君はもう役目を終えてしまったのかな。

「絆ぐ」

私の決意だ。縺れた糸をゆっくりと解し
そして、また結び直す。それが私の役目だとも。
私も絆ぐ事よりも断ち切る事の方が得意でね。
嗚呼。裁縫は苦手だとも。

複雑に縺れた糸を作り出していたのは
紛れもなく私自身だ。
口にせずとも届く想いは無く
文字にした所で大衆の目に触れなければ意味が無い。

私が彼らを生かすとぬかしながら
私自身の声を届ける事はなかった。

嗚呼。そうだとも。
私の声を届け、そして絆ぐのだ。

嘗ての君も美しく咲き誇っていたのだろうね。
今の君も、様々な思いで咲き
とても美しいよ。



●結ぶ先に
 永き生を持つ草木にも寿命はある。
 それがひととせを通して咲き誇る桜であっても、終わりはいつか訪れるもの。
「嗚呼。花を咲かせなくなった老木か」
 榎本・英(優誉・f22898)は花の社の奥に佇む桜の樹に歩み寄り、幹に腕を伸ばしてみる。触れた樹の質感は不思議と滑らかで、長年に渡って花を咲かせてきたであろう歴史が感じられる気がした。
「君はもう役目を終えてしまったのかな」
 語りかけても返答が戻ってくることはない。知ってはいたが、老桜に物語を感じた英は問いかけずにはいられなかった。作家としての性だろうか。この桜が辿ってきたものを識り、記してみたいとも感じる。
 老木はきっと、英が想像する以上のものを此処で見てきたはず。
 英は風に揺れている枝に触れてから、己の思いを記してきた紙を手に取る。其処に書かれている文字はたった二文字。

 ――『絆ぐ』

 文字にすればとても短い。それでも、これは紛れもない思いだ。
「これは私の決意なのだよ」
 枝を広げている老木に向けて英はそっと話していく。それは樹への敬意でもあり、己の中にある思いを確かなものにしていく行為でもあった。
 縺れた糸をゆっくりと解し、そして、また結び直す。
 それが自分の役目だと英は考えていた。文字で記す過去と現在。手繰り寄せて繋げた糸で紡ぐ未来。これこそが繋ぎ、継がれた志と意図だ。
「聞いてくれるかい、私も絆ぐ事よりも断ち切る事の方が得意でね」
 それに、あの筆はこの手に馴染む。
 ゆるりと語った英は薄紅色の紙を枝に結び付けていった。きっと樹は何も言わずに聞いてくれる。そう感じた彼は独り言ちるように言葉を続けた。
「嗚呼。裁縫は苦手だとも」
 似てしまったみたいだ、と口にした彼は少しだけ可笑しそうに双眸を細める。
 複雑に縺れた糸を作り出していたのは、紛れもなく自分だった。以前は分かっていなかったことも、今になって理解できている。或いは現在も識り続けている最中なのかもしれない。
 されど、はっきりと分かることもあった。
 口にせずとも届く想いは無く、文字にした所で大衆の目に触れなければ意味が無い。
 ただ願っているだけでは何も成せない。この神桜が願いではなく、他者や己との約束を結ぶ場所だとされるのもおそらく意味があるはずだ。
「私が彼らを生かすとぬかしながら、私自身の声を届ける事はなかった」
 過去を思い、己を省みる。
 英は頷き、結わえた約束が風に揺れている様を見つめた。
「嗚呼。そうだとも」
 私の声を届け、そして――絆ぐ。
 これが決意であり、約束であり、誓いとも呼べる今の英の思いの形だ。
「嘗ての君も美しく咲き誇っていたのだろうね」
 枯れ枝を揺らすだけの老木だが、今は人の心の想いをいっぱいに実らせるものとなっている。本当の花は咲かずとも、今の彼も様々な思いで咲いているのだから――。
「とても美しいよ」
 英が呼び掛けた声に応えるように、桜の枝が微かに揺れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
◎SPD
素敵な風習。花咲かのお爺さんみたい。
これは誓いなのか願いなのかわからないけれど、私が紙に記すのは「この胸の内にある想いを何とかする事」
両親と違う種族に生まれた私は多分、昔影朧だった。もしかしたら影朧にもなれなかった存在かもしれない。
影朧は転生したら記憶は忘れるという。確かに記憶はないけれど、誰かを想っていたというのはわかる。そんな、姿も知らない誰かに心焦がれる、私も知らない感情に振り回される。
転生したのは多分この感情を何とかするためだと思う。
成就させるのか本当の意味で諦めるのか。もしくは乗り越えるのか。
過去の誰かにきっと託されたのだと思いたいの。でなきゃこの苦しみはどうにもできない。



●その想いの花は
 枯れ木に花を。もう一度、桜の彩を。
 枝垂れ桜が美しい花の社。此処で継がれているのは、人々の優しさと慈しみの思いから生まれた粋な風習。
 夜鳥・藍(占い師・f32891)は風に揺れる枝垂れ桜を眺め、宙色の瞳を瞬かせる。
「素敵な風習。花咲かのお爺さんみたい」
 有名なあの昔話も、花を付けない樹に彩りを与えた話だった。あの物語で樹に蒔いたのは灰だったが、此処で桜花の代わりとなっているのは約束。
 薄紅の和紙が結ばれた老木は、遠目から見ると本当に花を綻ばせているようだ。
 藍はゆっくりと並木道を歩き、桜の景色を眺めた。
 その手にあるのはあの樹に結ばれているものと同じ、薄紅色の紙だ。
 既に紙には藍の思いが記されている。
 これは誓いなのか、それとも願いなのか。藍自身にはまだ判断がついていないが、嘘偽りない思いであることは確か。

 ――『この胸の内にある想いを何とかする事』

 藍が紙を枝に結んだとき、春風が吹き抜けていった。
 銀の髪に光る藍晶石が揺れ、空から降り注ぐ陽を受けて煌めく。風に揺れた髪を片手で押さえた藍は自分の在り方について考えた。
 ずっと他者の視線が怖かった。
 それは自分が両親と違う種族に生まれたからだ。家族からは愛してもらっていたが、藍は深く悩んでいた。
「……私は多分、昔は影朧だった」
 老木の幹に触れた藍は語りかけるような声を紡ぐ。
 影朧を転生させる力を持つ幻朧桜である樹は影朧だったかもしれない自分を受け入れてくれるように思えたからだ。
 それにもしかすれば、影朧にすらなれなかった存在かもしれない。
 藍に過去の記憶はない。影朧は転生すると以前の記憶は忘れてしまうという。だが、全てが消えてしまったわけではない。
 何故なら、今の藍は過去の自分が誰かを想っていたことを知っている。
 相手がどんな姿なのか、どういった名前なのかは分からない。それでも、そんな知らない誰かに心焦がれている。
 物言わぬ存在であるが、老木は藍の話をじっと聞いてくれている気がした。藍は掌を幹に重ねたままそっと語っていく。
「今の私も知らない感情に振り回されているの。この想いを――」
 知りたい。わかりたい。
 だからこそ、藍は約束の紙にあの思いを記した。
 転生した理由は、この感情を何とかするためだと思うのだと藍は話す。神桜とも呼ばれる老木からは不思議と優しい雰囲気が感じられた。
 成就させるのか、本当の意味で諦めるのか。もしくは乗り越えるのか。
「聞いてくれてありがとう」
 藍は神桜に礼を告げ、手を離す。顔を上げて枝を見遣ると、先程に藍が結んだ紙が風を受けて揺れていた。まるで今の自分の気持ちのようにも思える。
 けれども、この思いは過去の誰かに託されたのだと思いたかった。
「……でなきゃ、この苦しみはどうにもできないから」
 次に藍が落とした言葉は、他の誰でもない自分自身に向けられている。
 緩やかに沈みゆくかのような気持ちとは裏腹に、桜は美しく咲き誇っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎

花泥棒に罪は無いというが、人の想いを盗むのは許される所業ではないな
さらに命まで盗むと言うのなら尚更だ

さて、それではまずおびき寄せるために私の誓いを記すか

私が願い誓うのは「オブリビオン共を倒し続ける事」だ
私の両親は、私が幼い頃に邪神に殺された
更に私を鍛え育ててくれた第二の家族とも言うべき人達も…
私に起こった悲劇が、他の誰かに降りかからないように
もう二度と、過去と言う理不尽な存在に誰かの大切な人を奪わせないために
この世界から、オブリビオンが完全に「忘却」されるまで戦い続ける
それが、何時までも変わらない私の誓いであり願いだ

この想いが抜け落ちたらどうなるか…
その時は頼むぞ、デゼス・ポア



●過去から今へ
 花泥棒に罪は無い。
 狂言にもある花盗人の由来を思い返し、桜の花を振り仰ぐ。キリカ・リクサール(人間の戦場傭兵・f03333)は花を美しいと感じながら、此度の敵について考えた。
「――とはいうものの、人の想いを盗むのは許される所業ではないな」
 あの話の中の花盗人は歌を詠み、罪を免れた。
 花を綺麗だと想う心があるゆえの物語とは違って今回の花盗人は詠わない。花を尊いものだと思う気持ちはあるらしいが、彼が盗むのは心だけではない。
「命まで盗むと言うのなら尚更、止めなくてはならないな」
 キリカは枝垂れ桜の並木道を進んでいく。
 やさしく吹き抜けた春風は花を付けた枝を揺らしていた。風に導かれるように花の社の奥へ向かうと、他とは違う薄紅色を宿した樹が見える。
「さて、あれが約束の神桜か」
 垂れた枝に御神籤のようにして、たくさんの和紙が結ばれていた。それらが咲いた花のように見えている光景は見事なものだ。
 キリカはそのまま老木に歩み寄っていく。長年、此処に立ち続けていたであろう樹は実に立派に見えた。
「それでは、ここから作戦開始だな」
 まずは怪盗を誘き寄せるためにキリカ自身の誓いを記すことから始まる。
 そうして、キリカは願いにも似た誓いを紙に綴っていく。

 ――『オブリビオン共を倒し続ける事』

 それは猟兵として生きることを貫くキリカの思いだ。
 自分への約束。それは即ち、揺るぎない誓いとなる。今のキリカが己を強く持てる理由のひとつでもあった。
「……懐かしいな」
 紙を枝に結ぶ中で、キリカはふと家族のことを思い出していた。
 今は亡き両親。幼い頃に邪神に殺された二人のことを思うと、懐かしさと同時に複雑な気持ちが浮かんでくる。そして、キリカを鍛えて育ててくれた第二の家族とも言うべき人達のことも胸裏に蘇ってきた。
 オブリビオンを倒すことに強い念を抱くのは、あの出来事や縁が理由だ。
「私に起こった悲劇が、他の誰かに降りかからないように」
 そして、もう二度と過去と言う理不尽な存在に誰かの大切な人を奪わせないために。
 キリカがキリカたる理由は決意と共にある。
 約束の神桜に誓いを結び、キリカは宣言としての言の葉を紡ぐ。
「この世界から、オブリビオンが完全に『忘却』されるまで戦い続ける。それが、何時までも変わらない私の誓いであり願いだ」
 どうしてか、老木がその言葉を受け止めてくれた気がした。
 キリカは樹に一礼してから踵を返す。事が動き出すまでは桜を眺める穏やかな時間を過ごすのも良いと思えたからだ。
 しかし、キリカにはわずかな不安も宿っていた。
 自分を自分たらしめる想いが怪盗の力によって抜け落ちたらどうなるか。
 今のキリカには予想がつかない。されど、だからといって戦いを放棄するような彼女ではない。それに――。
「何かあったその時は頼むぞ、デゼス・ポア」
 傍らに控えさせた人形の名を呼び、キリカはそっと願う。
 あの誓いだけは忘却するわけにはいかない。共に戦う人形に思いを託し、キリカは戦いへの思いを胸に抱いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわあ、約束ですか。
それなら、私達の約束はこれですよね。
『アヒルさんと共に私のアリスの扉を見つける。』
さすがにこの世界にはない物だから、ここの神様が困ってしまうかもしれませんが、私達の約束はこれですよね、アヒルさん。
ふえ⁉アヒルさん今何を隠したんですか?
私達の約束はこれの筈ですよね。
ねえ、アヒルさん、アヒルさんの約束を見せてくださいよ。
ふええ、あんな高いところに結び付けて、空中浮遊で見に行くことができますけど、アヒルさんが怒りそうですからやめておきましょう。
それにしても、アヒルさんはなんて書いたのでしょうか?



●約束の行方
 桜が咲く並木道に春風が吹き抜ける。
 あたたかな陽射しが花の合間から降り注ぐ光景は穏やかな日常そのもの。
 フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)はガジェットのアヒルさんと一緒に桜の景色を堪能していた。
 目指すのは枝垂れ桜が並ぶ社の奥。
 其処には薄紅色の和紙がたくさん結ばれた老木が立っている。
「ふわあ、約束ですか」
 約束の神桜と呼ばれている樹は、その名の通り不思議な神々しさを宿していた。フリルは花のようにも見える紙を眺め、自分も其処に誓いを結びたいと感じる。
 書くことはお願い事でもいいが、約束と呼べるものの方が好ましいようだ。
「それなら、私達の約束はこれですよね」
 フリルは自分の中にある思いを文字として、さらさらと紙に記していく。

 ――『アヒルさんと共に私のアリスの扉を見つける』

 それはフリルが抱く未来への希望そのものだ。
 記憶を失くしたアリスとして旅を続けるフリルは、これこそが自分への誓いだと実感していく。アリスの扉はさすがにこの世界にはないものだ。そのため、ここの神様が困ってしまうかもしれないとも思ったが――。
「私達の約束はこれですよね、アヒルさん」
 フリルが問いかけると何故か怪しい動きが見られた。アヒルさんもまた、薄紅色の紙を持っているらしいのだが、フリルに見せようとはしない。
「ふえ!? アヒルさん今何を隠したんですか?」
 驚いたフリルが近付いていくが、アヒルさんは物凄い勢いで樹の裏に移動した。
 逃げるアヒルさん。ついていくフリル。
 ぐるぐると樹の周りを回る二人は暫し追いかけっこをすることになる。
「私達の約束はこれの筈ですよね」
 息を切らせたフリルがもう一度問うが、アヒルさんは曖昧にぶんぶんと首を振った。否定しているわけではないが肯定しているわけでもなさそうだ。
「ねえ、アヒルさん、アヒルさんの約束を見せてくださいよ」
 フリルが願うと、ガジェットの力を駆使したアヒルさんが一気に樹の上の方に飛び上がった。手を伸ばしても届かない位置に和紙を結び付けたガジェットは、何処か得意げにフリルを見下ろしていた。
「ふええ、あんな高いところに結び付けて……」
 空中浮遊で見に行くことはできるが、見られまいとして行動したアヒルさんの願いを盗み見るのは気分的に良くない。それにアヒルさんが怒って頭を突いてくるのも分かったので、フリルは中身を知ることを諦めた。
 下りてきてください、とフリルが手を振るとアヒルさんはぴょこんと跳躍する。
「それにしても、アヒルさんはなんて書いたのでしょうか?」
 やはり気になる。
 けれども中身は知られることはなく――彼女もまた、薄紅色の紙を枝に結んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
私の誓い。あの時から変わらず心にあるのは、守りたいものを守り抜くこと。ひとときも忘れたことの無い、私の罪。
戦いに敗れ消え行く運命だった私が、もう一度得た奇跡のような機会。
私はまだ、止まるわけにはいかない。例えこの思いを奪われようとも必ず成し遂げて見せる。

ふぅ、貴方に出会う前は結構ぴりぴりしていたのですよ藍。
今もこの思いは変わりません。
ですが、貴方とこれからも共にいたいと思うようになったのです。今回はそちらを書きたいなと。だめですか?
貴方と私の約束がどのような花になるのか気になったんですよね。
アドリブや絡みなど自由にしていただいて大丈夫です。



●貴方とふたりで
 桜の花は穏やかに咲き誇っていた。
 枝が風に揺れ、花の香りが微かに香ってくる。春の陽射しは心地よく、風光明媚とはまさにこのことを云うのだろうと感じた。
 豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)は並木道をゆっくりと歩き、進んでいく。
 その先には想いや誓いを結ぶ桜の樹がある。
「――私の誓い」
 晶は己の思いをしたためるための和紙をそっと握り締め、約束の神桜とも呼ばれる老木を見つめる。遠目からは花に見えたのは、誰かの誓いが書かれた薄紅色の紙だ。
 自分もまた、彼処に思いを結ぶことになる。
 晶は思いを馳せ、社の奥へ近付いていった。そして、胸裏に浮かぶ思いを巡らせる。
 あの日から変わらず心にあるのは、守りたいものを守り抜くこと。
(ひとときも忘れたことの無い、私の罪)
 思いは言葉にせず、晶は過去を思い返していく。
 信仰されていた農村が邪神の襲撃に遭ったときのことは今もありありと思い出せる。胸が締め付けられるような痛みが蘇るが、晶は静かに耐えた。
 戦いに敗れ消え行く運命だった自分が、もう一度得た奇跡のような機会。
 それがあの過去から続く現在。
 即ち今、このときだ。
 まだ止まるわけにはいかない。あの地を追われ猟兵となったが、未だ道の半ば。
「たとえこの思いを奪われようとも必ず成し遂げて見せます」
 決意にも似た言の葉を紡ぎ、晶は神桜に宿る薄紅を瞳に映した。
 寧ろ今は進みはじめたばかりとも言えるかもしれない。この想いこそが晶が自分として在るための誓いであり、己への約束だ。
 そのことをそうっと話した晶は、傍らに視線を向ける。其処には聖獣から授かった使い魔、藍がついていた。
「貴方に出会う前は結構ぴりぴりしていたのですよ」
 藍、と声にしてに語りかけた晶は和紙を手にした。その名を呼んだ晶はわずかに張り詰めていた表情を緩ませ、和やかに微笑む。
 今もあの思いは変わらない。
 しかし同時に、今の晶の心を大きくを占めているのは藍の存在だ。
「でも、貴方とこれからも共にいたいと思うようになったのです。今回はそちらを書きたいなと。だめですか?」
 貴方と私の約束が、どのような花になるのか。
 それが気になったのだと語った晶は枝垂れ桜にもう一度、目を向けた。
 そして晶は思いを記した紙を真一文字に折り畳み、すぐそばにあった枝に結びつける。其処から踵を返した晶は、事が起こるまでの時間を潰そうと考えていた。
「ふぅ……お花見でもしましょうか」
 ゆるりと歩み、元きた道を戻る晶は桜の木々を見上げる。その途端、肩の力が抜けたように穏やかな気分が巡った。
 晶は一番綺麗に咲いている枝垂れ桜の樹の近くで立ち止まる。
「綺麗な桜ですね」
 花となり奪われてしまう心。その行方を知るものは未だ此処にはいない。
 春風は尚も優しく、穏やかな心地を宿しながら吹き抜けている。束の間の平穏を藍と共に楽しもうと決め、晶は春の空を振り仰いだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

わあい、ゆぇパパとお花見!
手をつないで並木道を歩きましょう
どこも桜でいっぱいね!

どうしてこの木はお花が咲かないのかな、ふしぎね
願いの紙が代わりにたくさん結ばれてお花のよう
ルーシーたちも誓いの花を咲かせましょう

ルーシーの
わたしの誓いは
わたしがいきたい所を見つけること
終わりを定められた道も
道ですらない道もぜんぶ含めて考えて
わたしだけの花を、いつか

そうして選び取った歩みと共に
パパや、みんなと共に居られたなら

これでよし
ねえパパ、高い高いってして頂けない?
空に近い枝に結びたいの
ありがとう
内容はね、……ヒミツ

うん、お参りする!
その後はお花見しましょう?
水筒にコーヒーいれてきたの!
クッキーも楽しみね


朧・ユェー
【月光】

綺麗な桜並木ですねぇ
ルーシーちゃん、ほら桜が舞ってますよ
手を繋ぎゆっくりと歩く

枯れ木に誓い、願いを
ルーシーちゃんや皆さんが笑顔で幸せになれるように願い
それを傍で護っていきたいと誓う

ルーシーちゃんはどんな願いですか?
おや、それは残念ですね
ふふっ、わかりました
ひょいと抱き上げると彼女の手が届くように
上手に結べましたねぇ
彼女をゆっくりおろすと自分も近くに結んで

桜の社にお参りしましょうか?
桜の神様にいつまでも綺麗に咲いてもらえますようにと
おや、ルーシーちゃんが珈琲を淹れてくれたのですか?ありがとうねぇ
とても楽しみです
桜のクッキー作って持ってきてよかったです。
一緒に食べましょうねぇ



●桜と珈琲とクッキーと
「わあい、ゆぇパパとお花見!」
「綺麗な桜並木ですねぇ。ルーシーちゃん、ほら桜が舞ってますよ」
 すっかり春めいた気候の中、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)と朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は手を繋いで歩いていく。
 並び咲く枝垂れ桜を見渡し、ひらりと舞った花弁を目で追えば空が見えた。
「どこも桜でいっぱいね!」
「えぇ、素敵な場所です」
 ルーシーが歳相応に燥ぐことが出来るのはユェーの前だから。優しく手を握ってくれる彼のぬくもりと春の心地よさを確かめ、少女は先に進んでいった。
 二人が目指すのは花の社の奥。
 其処に凛と佇む老木は、他の樹と違って枝を広げているだけ。ルーシーは樹に駆け寄り、風に揺れる枝をじっと見つめた。
「どうしてこの木はお花が咲かないのかな、ふしぎね」
 首を傾げたルーシーの傍にユェーもそっと立つ。二人が眺める樹には花こそ咲いていないが、皆が結んだ薄紅色の神が枝に巻きつけられている。
 そのひとつずつに、其々に違う想いが記されているのだろう。
「枯れ木に誓い、願いを――ということなのでしょうね」
「ええ、願いの紙が代わりにたくさん結ばれてお花のよう。ルーシーたちも誓いの花を咲かせましょう」
 感心したユェーはルーシーの呼び掛けに頷き、さっそく紙に思いを記す。

 ――『ルーシーちゃんや皆さんが笑顔で幸せになれるように』

 そして、ユェーはその幸せを傍で護っていきたいという旨を誓った。
 彼が和紙を折っていく隣で、ルーシーも一生懸命に思いを紙に書き記していく。
「わたしの誓いは……」

 ――『わたしがいきたい所を見つけること』

 誰にも見せずに紙を折り畳んだルーシーも、そっと誓いを抱く。
 終わりを定められた道も、道ですらない道もぜんぶ含めて考えて、そして――。
(わたしだけの花を、いつか)
 そうして選び取った歩みと共にパパや、みんなと共に居られたなら、きっと。
「書けましたか?」
「これでよし」
「良かった。さぁルーシーちゃん、どこに結びますか?」
 まだ和紙を持っている少女に向け、ユェーは問いかけてみた。こくりと頷いて、今から結ぶのだと話したルーシーは彼に願いを伝える。
「ねえパパ、高い高いってして頂けない? 空に近い枝に結びたいの」
「ふふっ、わかりました」
「ありがとう」
 彼女の願い出通りに、ユェーはその身体をひょいと抱き上げる。普通では届かない枝に腕を伸ばしたルーシーは丁寧に、大切に思いを結んでいった。
 その最中、ユェーは彼女が書いた誓いについて聞いてみる。
「ルーシーちゃんはどんな願いですか?」
「内容はね、……ヒミツ」
「おや、それは残念ですね」
 ユェーはそれ以上は問いかけず、穏やかな笑みを返した。
「はい、ゆぇパパ。もう下ろして」
「上手に結べましたねぇ」
 彼女の思いが無事に結わえられたことを確かめ、ユェーは腕をゆっくり下ろす。それから自分もその近くに和紙を結んだ。
 これで準備は万端。後は此処で過ごし、時が訪れるのを待つだけだ。
「ルーシーちゃん、桜の社にお参りしましょうか?」
「お参りする! その後はお花見しましょう?」
「良いですね。まずは社で、桜の神様にいつまでも綺麗に咲いてもらえますようにとお願いしましょう」
「うん! あのね、水筒にコーヒーいれてきたの!」
「おや、ルーシーちゃんが珈琲を淹れてくれたのですか? ありがとうねぇ、とても楽しみです」
 お参りからのお花見について語りあう二人は実に楽しげだ。これから暫し穏やかな時間が巡ると思うと心も自然と弾む。
「桜のクッキー作って持ってきてよかったです」
「クッキーも楽しみね」
「一緒に食べましょうねぇ」
 桜が咲く社を背にして並び歩くふたり。
 春風が吹き抜けて花を撫でていく。約束の神桜はその後ろ姿を見守るかのように、薄紅に彩られた枝を揺らしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飛砂・煉月
【狼硝】

老桜は今や『約束』の形として其処に
長寿の貫禄に緋色を細める

シアンよりも一寸高い位置にきゅっと結ぶ
神様は信じない主義だけど此の大樹は信じたくもなって
静かに手を合わせ

ん、大丈夫だよ
ちゃんと終わった
ふふーん
オレもひーみつ
真似っ子にオレも乗っちゃって

確かにシアンとは桜いっぱい見てるかも
あっは、桜を見る度思い出してくれるいーな
だって毎年絶対思い出すじゃん

イイね、お参りしよ~
賽銭ぽいってして
手を鳴らしたら気持ち好く響く

秘密の願い
オレが居なくなった後
憶え続けるキミの中で幸せな時間と想い出が優しい物で有ります様に
別れの瞬間は泣くだろうけど『やくそく』がオレ達を繋いでくれます様に

…お願い、やくそくの神様


戀鈴・シアン
【狼硝】

年老いても尚、悠然と立つ枯木の姿に嘗ての主の姿が重なる
手近な細枝を借りて紙を結べば
お願いします、と手を合わせ

……よし
レンも大丈夫そう?
そういえば紙には何て書いたの?
俺のは秘密
いつものレンの真似をしてみる
ふふ、やっぱり本家には敵わない

綺麗な枝垂れ桜
なんだかレンとは桜を見る機会が多いな
桜を見る度にきみのことを思い出しそう
…桜がなくたって、思い出すんだけどね

折角だしお参りもしていこう
賽銭を放って手を鳴らせば
紙に書いた願いを改めて天へと

――神様
どうかこの幸せな時間を、その記憶を
何一つ失うことなく守っていけますように
短命と言われる友の命が尽きる事があろうとも
俺の中でレンが生き続けてくれますように



●桜の記憶
 花の社に桜が満ちる。
 実りを巡らせることのなくなった老桜は今、人々の『約束』の形として其処に在り続けているという。飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)と戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)は長寿を誇る樹を見つめ、その貫禄を感じる。
「すごいな」
「うん、綺麗だね」
 緋色の瞳を細める煉月の傍ら、シアンは樹に嘗ての主の姿を重ねていた。
 年老いても尚、悠然と立つ様は枯木ながらも凛としている。長年、愛されてきたものの終わりはこうなるのだろうか。そう思うと僅かな羨望めいた思いも浮かぶ。
 そうして、二人は思いを記してきた薄紅色の紙を枝に結んでいく。
「この辺がいいかな」
 シアンが選んだのは手近な細枝。丁寧に、大切に、枝から擦り抜けないようにそっと結わえたシアンは、お願いします、と言葉にする。
「……よし。レンも大丈夫そう?」
「ん、大丈夫だよ。ちゃんと終わった」
 煉月はシアンよりも少し高い位置に紙を結び、老木を見つめた。
 枝に結ばれた紙はちいさな花のようにも見えて、そのどれもが想いの欠片だ。煉月は神様を信じない主義ではあるが、この老木は人々の想いを背負っている。願いを叶えるのではなく誓いを受け止める此の大樹ならば信じたくなった。
 神桜とも呼ばれる樹へ礼を告げた後、二人は踵を返していく。
 誰かが訪れて此処で誓いを持つならば邪魔はしたくない。それに、時が来るまで並木道の桜を眺めたいと思ったからだ。
 春風が吹き抜けていく桜の道。その最中、シアンがふと問いかける。
「レン、そういえば紙には何て書いたの?」
「そういうシアンは?」
「俺のは秘密」
 問いかけ返されたことで、シアンはいつもの煉月の真似をしてみる。真似っ子されたと感じた煉月はおかしそうに笑い、口許に指先を当てて答えた。
「ふふーん、オレもひーみつ」
「ふふ、やっぱり本家には敵わないな」
 二つ分の笑みが重なり、彼らは並木道を進んでいく。
 来るときも感じていたが、この場所の枝垂れ桜は実に見事だ。シアンは隣を歩く煉月に目を向け、その向こうで揺れる桜の枝を見遣った。
「なんだかレンとは桜を見る機会が多いな」
「確かにシアンとは桜いっぱい見てるかも」
「これから桜を見る度にきみのことを思い出しそう」
「あっは、思い出してくれるといーな。だって毎年絶対思い出すじゃん」
 確かにね、と答えた煉月は両腕を頭の後ろで組み、桜と空を見上げた。きっと春の空を見るとシアンのことを思い出すようになる。それは嬉しいことだと感じた煉月の傍で、シアンはそっと呟いた。
「……桜がなくたって、思い出すんだけどね」
「ん?」
「ううん。ほら、折角だしお参りもしていこう」
 煉月はシアンが何を言ったか聞き取れなかったが、彼が社を示して微笑んだので気に留めないことにした。気になることはあっても、今は桜を楽しむ時間だ。
「イイね、お参りしよ~」
「ご縁があるように、でいいのかな」
 そして、二人は社に賽銭を放った。ちゃりん、と軽快な音が鳴った後に彼らは手を合わせた。柏手が快く響き、シアンも煉月も静かに瞼を閉じる。
 紙に記した願いを、改めて天へ。

 ――『キミの中で幸せな時間と想い出が優しいものでありますように』

 煉月は秘密にした想いを思い返す。
(オレが居なくなった後、憶え続けてくれるだろうから)
 きっといつか訪れる別れの瞬間は泣いてしまうだろう。けれども、この『やくそく』が自分達を繋いでくれますように、と。
 シアンもまた、先程の約束の紙に記した願いに思いを馳せている。短命と言われる友の命が尽きる事があろうとも、己の中で彼が生き続けられるように。

 ――『幸せな時間を、その記憶を、何一つ失うことなく守っていけますように』

「……お願い、やくそくの神様」
「……神様」
 煉月が紡いだ言葉の終わりにシアンの声が重なった。
 閉じていた瞼を開いて、顔を見合わせた二人。きっと考えていることは同じなのだと感じて、煉月とシアンは笑みを交わした。
 まだ、別れの時は訪れないはずだから。
 次の桜も、その次に桜を見るときも――キミと、いっしょに。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

兎乃・零時
💎🌈

花見日和だよなー
折角だし花見していくか?
お弁当とか用意出来てねぇけど…(買っていけたりしないだろうか)

いつも通りの格好で笑顔を浮かべつつ隣を歩く

俺様も特定の場所以外じゃァこの量の桜はあんま見ないしな
天気も晴れ晴れ!凄く良いし!

ん?あれが老木…こりゃ行かねぇとだな!
約束の紙を縛れば良いんだよな
自分なりの決意とか約束…とかだったよな、ならやっぱこれかな
此方も用意しておいた紙をスタンバイ!

ふっふーん、そりゃそうさ!
俺様が書くってったら一つしかないだろ!
『全世界最強最高の魔術師になる!』
決意と言えば、やはりこれだ

心結はどんなの書い…え、俺様だけ秘密なの!?

やった!(嬉し気)

…それは良い約束だな


音海・心結
💎🌈

さくら、さくら
お花見日和ですねぇ
あとで出店でも探してゆきますか?

何時もより一際お洒落をして彼の隣を歩く

こんなに沢山の桜を見たのは初めてかもしれないのですっ!
天気もよくて楽しいですねぇ

何てことない日常
貴方の隣を歩いていると事実が
心を弾ませる

……あれが噂の老木ですか?
早速、約束の紙を縛りましょうっ

事前に記した紙を折って結ぶ
背丈的に少し低めの位置

零時はどんな約束――
って、そんなのひとつしかありませんよね
何となくわかる気がします

みゆの約束ですか?
至って普通の約束ですよ
零時には内緒です

……ふふり
なんて顔してるのですか
しょうがないですね
ふたりだけの秘密ですよ

『この日常がいつまでも続きますように』



●願いと想いとお花見と
 降り注ぐ春の陽射しはあたたかい。
 平穏な空気が満ちている桜並木を歩き、兎乃・零時(其は断崖を駆けあがるもの・f00283)と音海・心結(瞳に移るは・f04636)は長閑さを感じていた。
「さくら、さくら。お花見日和ですねぇ」
「花見日和だよなー。折角だし花見していくか?」
 上機嫌に歩く心結はいつもよりひときわお洒落をしている。その少し前を行く零時はというと、普段通りの格好で意気揚々と進んでいた。
「よいですね。あとで出店でも探してゆきますか?」
「お弁当とか用意出来てねぇから、それでいくか!」
 まずは花の社の奥にある老樹への用事を済ませてからがいい。二人は後の楽しみを語りながら最奥を目指した。
「それにしても、こんなに沢山の桜を見たのは初めてかもしれないのですっ!」
「俺様も特定の場所以外じゃァこの量の桜はあんま見ないしな」
「天気もよくて楽しいですねぇ」
「おう、天気も晴れ晴れ! 凄く良いし!」
 少女と少年はそれぞれにはしゃいでいる。
 何てことのない日常。彼の隣を歩いているという事実が心結の気持ちを弾ませる。
 そうして、社を抜けた先。
 其処には他の枝垂れ桜とは違う雰囲気の老木が見えた。遠目には変わった花が咲いているように見えるが、それらは全て薄紅色の和紙だ。
「……あれが噂の老木ですか?」
「ん? あれが老木……こりゃ行かねぇとだな!」
 元気よく駆けていった零時に続き、心結もぱたぱたと可愛らしく走っていく。
 既に二人は思いを記すための紙を手にしていた。あとは思いを込めて枝に結び、ちいさな花を咲かせていくだけ。
「約束の紙を縛れば良いんだよな」
「はい。早速、約束の紙を縛りましょうっ」
 心結が近くの枝に想いを結ぶ。少し低めの位置に結わえられた紙を見た零時も、そのすぐ上に紙を巻き付けようと決めた。
「自分なりの決意とか約束……でいいんだったよな」
「そうです、零時はどんな約束――」
「ならやっぱこれだ!」
 心結が問いかける前に、零時は自分の想いを示した。少女もこれから何が語られるのかを理解してしまい、くすりと笑う。
「って、そんなのひとつしかありませんよね」
「ふっふーん、そりゃそうさ! 俺様が書くってったら一つしかないだろ!」

 ――『全世界最強最高の魔術師になる!』
 
 決意と言えば、やはりこれしかない。
 零時が示したのはいつも掲げている変わらぬ思い。実に彼らしいと感じた心結は、紙が自分の思いの上に結ばれていく様を見守った。
「何となくわかる気がします」
 零時は和紙を結び終え、これでよし、と頷く。それから心結と約束の紙を交互に見遣り、ふと気になったことを聞いてみた。
「心結はどんなの書いたんだ?」
「みゆの約束ですか? 至って普通の約束ですよ。零時には内緒です」
「……え、俺様だけ秘密なの!?」
 心結は少し悪戯っぽく笑ってみせる。すると零時は困り顔と焦りをまぜこぜにした表情を浮かべた。まずいことを聞いてしまったのか、それとも自分だけ意地悪をされているのか。あわあわとしている零時を見た心結はおかしそうに双眸を細めた。
 元より秘密のままにするつもりはなく、少女はふふりと笑む。
「なんて顔してるのですか。しょうがないですね、ふたりだけの秘密ですよ」
「やった!」
 嬉しげな零時の感情表現は素直そのものであり、心結まで嬉しくなってくる。
 そして、心結は自分が記した思いを彼に伝えた。

 ――『この日常がいつまでも続きますように』

 至って普通だと言われていた心結の思いは、この平穏を願うもの。
 零時は一瞬だけきょとんとしたが、そのことを普通だと思える心結の心の在り方に感心した。口元を緩めた零時は、並べて結ばれた約束の和紙を見つめる。
「……それは良い約束だな」
「はいっ」
「それじゃお花見するか!」
 心結が花のように微笑んで答えたことに満面の笑みを向け、零時は並木道を示した。
 これから何処かの店に向かってお菓子やお茶、お弁当を用意して――。巡る時間を考えるだけで楽しくなってくる。
 此処から続いていく少し先の未来。それこそが、少女が願った大切な日常だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
クーラカンリ(f27935)と

きみはどんな約束を結ぶか決まった?
結局、決められず仕舞いさ
締切に負われるのは物書きの業だけど
まさか今日も、とは…

此処の桜は人々から愛されているのが解る気がするよ
羨ましいくらいだ

あれだね
花を結ばずとも凛としている

綺麗、だけじゃ終わらない
お前は何だと問い掛けられているようで
少し落ち着かない気分だ

故郷を懐う心は神も人も同じか
帰る、還るところ
そうだ、僕も――

決めたよ
僕は僕との決着をつける

言葉遊びみたいでしょ
きみならそんな『ひと』の未熟さも
受け止めてくれるかい

約束は守られるから約束と呼べる
僕が成すべきはこの桜の途の先にあるんだ

…やっぱり、きみって
お父さんっぽいよね?


天帝峰・クーラカンリ
シャト(f24181)と共に

見事な枝垂れ桜だな
桜にも種類があるとは聞いていたが、これもまた雅なもの
あの奥のが神桜か――ふむ、確かになにかおわす様だ

書く事は決めてある
『いつか地上へ戻れますように』
獄卒に身を堕とそうとも、やはり故郷の事が心配で
あの山はまだ天帝を戴いているのかと

自分との決着、ね
きみらしいと言うか
流石物書きは言葉選びからして違うな

ふ、受け入れるもなにも
それがきみである以上、否定する要素はなにもない
私はきみの願いが叶うまで見守っていよう
噫でも、その通り。約束は守られるべきもの
人生という締め切りまでには成就させるように
…なんて、少々説教臭いか?

はは…じゃあ手始めにきみの父を名乗ってみるか



●さくらに綴る
 春風に揺られて桜の花は咲き誇る。
 枝垂れ桜の路を行き、辿り着いたのは花社。その奥には一本の桜があった。もう花をつけることのなくなった樹だが、其処には約束の花が結ばれている。
「見事な枝垂れ桜だな」
 桜にも種類があるとは聞いていたが、これもまた雅なものだ。
 天帝峰・クーラカンリ(哀を背にして・f27935)は並木道を振り返り、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)を呼ぶ。今行くよ、と答えた彼女も社を越え、ゆったりと進んでいった。
「あれがそうらしいね」
「あの奥に見えるのが神桜か――ふむ、確かになにかおわす様だ」
 クーラカンリが感心を抱く中、誓いを記すための薄紅色の和紙を手にしたシャトは揺らめく桜の枝を見上げた。
「きみはどんな約束を結ぶか決まった?」
「書く事は決めてある」
 シャトが問うと、クーラカンリはさらさらと紙に筆を走らせてゆく。

 ――『いつか地上へ戻れますように』

 これこそが彼の思いであり願いでもある。
 獄卒に身を堕とそうとも、やはり故郷の事が心配だ。あの山はまだ天帝を戴いているのか、という考えはずっと胸の奥に息衝いている。クーラカンリは何も包み隠すことなく思いを語り、シャトは何を記すのかと聞いてみた。
 すると彼女は首を横に振り、白紙状態の和紙をひらひらと振ってみせる。
「結局、決められず仕舞いさ」
「何も思いつかないのか?」
「締切に負われるのは物書きの業だけど、まさか今日も、とは……」
 作家としての悪癖めいたものが出てしまっているのかもしれない。そう話したシャトは、軽く肩を竦めた。そうして彼女は桜を見上げる。
「此処の桜は人々から愛されているのが解る気がするよ」
「そうだな、こうして皆の約束を受け止めている姿は凛としている」
 羨ましいくらいだ、と呟いたシャトは双眸を細めた。クーラカンリは約束の紙を結ぶ枝を見繕い始めた。
 その姿を見守りながら、シャトは近くの枝に触れてみる。
「あれだね、花を結ばずとも凛としている」
 ただ綺麗だというだけでは終わらない。神桜とも呼ばれている樹から、お前は何だ、と問い掛けられているようで少し落ち着かない気分にもなった。
「これでいいか」
 クーラカンリは紙を枝に結び終わり、ちいさく頷く。
 ひとつの花となった和紙には故郷を懐う心が記されている。その想いは神も人も同じなのだと感じて、シャトは暫し考え込んだ。
「帰る、還るところ。そうだ、僕も――」
「どうかしたか?」
 シャトの様子に気付いたクーラカンリが首を傾げる。頷きを返したシャトは筆を執り、何も書かれていない紙に思いを綴っていった。
「決めたよ」

 ――『僕は僕との決着をつける』

 紙を見せたシャトは、どうかな、とクーラカンリに問いかけてみる。
 それから彼女は和紙を一文字に折り畳み、たった今決めた願いを結んでいった。
「自分との決着、ね」
「言葉遊びみたいでしょ」
「きみらしいと言うか、流石物書きは言葉選びからして違うな」
 同じ枝に結わえられた二枚の紙が風を受けて微かに揺れている。クーラカンリの視線を受け止め、シャトは薄く笑む。
「きみならそんな『ひと』の未熟さも受け止めてくれるかい」
 シャトから眼差しが帰ってきたことで、クーラカンリもふっと笑ってみせた。
「受け入れるもなにも、それがきみである以上、否定する要素はなにもない」
 自分はきみの願いが叶うまで見守っているのみ。
 誓い、願い、結んで其処に向かって進んでいく。それがひとの思いであり、生きる証にも等しいのだろう。
 強い風が吹いても解けぬように紙を二重に巻き付けたシャト。彼女は少し不敵な表情を浮かべ、クーラカンリを見上げた。
「約束は守られるから約束と呼べる」
「噫でも、その通り。約束は守られるべきもの」
「僕が成すべきはこの桜の途の先にあるんだ」
 まるで美しい物語に綴られる台詞のように、シャトは思いを言葉にする。対するクーラカンリは片目を瞑り、シャトに告げてゆく。
「人生という締め切りまでには成就させるように……なんて、少々説教臭いか?」
 その言葉を聞き、きょとんとしたシャトは幾度か瞼を瞬かせた。
「……やっぱり、きみって」
「うん?」
 ふ、と息をついたシャトは口許を押さえ、可笑しそうにその続きを話す。
「お父さんっぽいよね?」
「はは……じゃあ手始めにきみの父を名乗ってみるか」
 クーラカンリから冗談めかした言葉が返され、二人の視線が重なった。
 春の陽射しはあたたかく、彼らを照らしている。それから二人がどんな遣り取りをして、どのような春の日を過ごしたのか。
 それを知っているのは彼ら自身と、神桜の樹だけ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【朔夜】

噫、落ち着く薄紅色に
花の馨り
唯一の咲かない老木に
そうっと掌を這わせて

紙に走らせる文字は
随分と悩んだけれど
今日は隣にきみがいるから
少しだけ、…託してみても
良いだろうか
之は屹度、臆病な己の僅かな願い、
奥底に眠らせた身勝手で傲慢なもの

『俺を憶えていて』

ねえ、刻
俺はねいつ消えても良いんだ
在ったことすら失えたらと

でも、きみにくらい
俺というものが世界の一部だったことを憶えといて貰うのも
良いかな、って思えたんだ
無論、君が望む最期を
優しく叶えると約束しよう
……違えたとき、だぞ

欠片だっていい
桜の散る間際
ほんの一瞬だけ
俺みたいなのが存在してたこと
珍しく戯け笑むきみの笑顔を
そのときにも少しだけ頂戴


飛白・刻
【朔夜】
想いを盗み、剰え生命をも奪うとは聞くも心地良くは無いな

大なり小なり約束事など
考えるすらも放棄していた
そんな己でも願うとするならば

己が道を違える事がこの先に生じる事があったならば――

『俺を屠ってくれ』と

千鶴であれば、迷い無く頼め
迷い無く屠ってくれると

互い冗談にも軽くは取れぬ中身を告げるが
幾度と言葉を交わし刃を交え背を預けた
唯一無二の相手だからこそ
其れを託すだけの信頼も覚悟も添える事が出来るのだと

仮死で殺りあった事も、互いの鏡像を屠った事も
あったなと思い浮かべながら、最後は戯けるように微笑って

そしてこんな今よりも上手く微笑えねばなるまいな
千鶴が咲う姿を憶え、其処に返せるような見合いの咲みを



●違えぬ約束
 此の花社には人々の想いが満ちている。
 されど此処には想いを盗み、剰え生命をも奪う魔術が施されているという。
「聞くも心地良くは無いな。だが――」
 飛白・刻(if・f06028)は周囲を見渡し、桜並木が続く路を瞳に映した。此処で起こる未来の出来事には眉をひそめるばかりだが、この場所の景色は美しい。
 刻の傍では、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)も桜が織り成す光景を見つめていた。
「噫、落ち着くね」
 薄紅色に花の馨り。それが良いと語る千鶴の声を聞き、刻はそっと頷く。今このときだけは花の情景に身を委ねてしまえばいいと考え、刻と千鶴は先に向かった。
 花を付けた桜の木々の向こうには唯一の咲かない老木がある。
 社の奥にある樹に近付いた千鶴は手を伸ばし、そうっと掌を這わせた。幹は太く、不思議と滑らかで心地良い。
 きっとこの樹は此処で長年、人々を見守ってきたのだろう。
 もう花をつけることはないが、今はこうして想いが綴られた和紙を結び付けられることで新たな花を宿している。
「約束か」
 自分がどのような思いを結ぶべきか。刻は少しだけ悩んでいた。
 大なり小なり、約束事など考えることすら放棄していた。そんな己でも願うとするならば。考えを巡らせる刻に先んじて、千鶴は和紙に文字を記していく。
 紙に走らせる筆はさらさらと微かな音を立てていた。
 実は千鶴も随分と悩んだのだが、今日は隣にきみが――刻がいる。だからこそ思い浮かんだことがあった。
「少しだけ、……託してみても良いだろうか」
 千鶴は薄紅色の和紙をそっと握り、自分が記した願いを見下ろす。
 之は屹度、臆病な己の僅かな願い。奥底に眠らせた身勝手で傲慢なものだけれど。

 ――『俺を憶えていて』

「ねえ、刻」
「……ああ」
「俺はね、いつ消えても良いんだ」
 在ったことすら失えたらいいと思うのだと語り、千鶴は和紙を折り畳む。
 刻は彼の言葉を聞き、頷くだけに留めた。それだけで二人の間にある思いも、感情も伝わっている。そして刻もまた、紙に思いを書き綴っていった。
 もし、己が道を違える事がこの先に生じる事があったならば。

 ――『俺を屠ってくれ』

 千鶴であれば、この願いを迷い無く頼める。
 迷い無く屠ってくれると知っているゆえに、刻は千鶴への願いを書いた。
 千鶴は刻へ。反対に刻は千鶴へ。互いに冗談にも軽くは取れない中身を告げあうが、それこそ相応しいと思えた。
 幾度と言葉を交わし刃を交え背を預けた唯一無二の相手。だからこそ、重くもある其れを託すだけの信頼も覚悟も添える事が出来る。
 仮死で殺りあった事も、互いの鏡像を屠った事もあった。
 嘗ての出来事を思い浮かべながら、刻は最後は戯けるように微笑った。されど刻はこれでは足りないと感じる。
「こんな今よりも上手く微笑えねばなるまいな」
「きみにくらい、俺というものが世界の一部だったことを憶えといて貰うのも良いかな、って思えたんだ」
 それから、二人は老樹の枝に約束と願いの紙を結んだ。ふたつ並んで結わえられた薄紅の和紙を見遣ってから、刻は千鶴に視線を向ける。
「ああ、託された。代わりに託すからな」
「無論、君が望む最期を」
 優しく叶えると約束すると千鶴は答えた。ただし――。
「違えたとき、だぞ」
 欠片だっていい。桜の散る間際、ほんの一瞬だけ。
 千鶴のようなものが存在していたことを、どうか。先程のように、珍しく戯けて笑んだ刻の笑顔を。そのときにも少しだけ頂戴。
 刻は千鶴が咲う姿を憶え、双眸を細めた。彼らの間にこれ上の言葉は要らない。
 そうして刻は彼に返せるようにと願い、咲みを深める。
 願いを、誓いを。そして、想いを。
 穏やかに吹き抜けていった春の風は、約束を連れて天に舞い上がっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜
🌸🕯
カルディアちゃんと花社を散策

枝垂桜って桜の雨みたいだと思ってたんだけど
ほら、太陽に透かせば光を帯びた灯火に見えるの
きらきら優しい灯りを宿すカルディアちゃんみたい!

咲かぬ老木に不変を望み綴った願いを結わう
『別つことなく彼の隣にいる』

隣にいれますようにじゃなくて彼の隣にずっといる
わたしが望む未来に彼がいてほしい
離れる日なんて絶対こない
そんな運命を引き寄せたりしないんだから

大切な指輪は誓いの証
いとしく、心を掴んで離さない

カルディアちゃんも結べた?
願い事も自分に立てた誓いも叶うよ
諦めないって気持ちは強いんだから!

ぎゅっと手を握り引いて笑い
ね、あっちで咲いてる桜も綺麗だよ
カルディアちゃん行こうっ


カルディア・アミュレット
桜🕯
志桜と、散策…

わたし、みたい……?
こんなに、綺麗に輝けているかしら?
…でも…そうだとしたら…この桜は、志桜みたいね…
枝垂桜は、ぎゅっと…そこに在るものを
大切に包みこんでいるようでしょう…?
その姿が…なんだか、あなたのように思えるのよ…

老木の前に立つと
少しだけ考える

わたしのお願い事、は
隣にいる大切な友達の幸いを願ってみたいな…って

貴女と貴女の大切な人が幸せでいてくれますように
…わたしは、ね
元々恋人達の幸せを見守る灯
だから、目の前の愛祈る彼女の幸せがずっと続くこと…願いたいの

ん…結べた…
ふふ、ありがとう
そうね…
きっと叶うって……信じてる…

ええ
いきましょうか
もっと、あなたと見て回りたいわ



●見守る灯、誓いの桜
 枝垂れ桜は宛ら雨のよう。
 天に向けて花を咲かせるのではなく、地に花を向ける桜。その様相はまるで花が地上に宿す燈火にも思えた。
「枝垂桜って桜の雨みたいだと思ってたんだけどね」
「……?」
 桜並木が続く花社の路を行き、荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)は傍らのカルディア・アミュレット(命の灯神・f09196)と桜を見比べる。
「ほら、太陽に透かせば光を帯びた灯火に見えるの」
 それから志桜は近くの枝に手を添え、陽を受けた花を示した。カルディアは彼女が見せてくれた桜の花を見上げる。
「素敵ね……」
「きらきら優しい灯りを宿すカルディアちゃんみたい!」
「わたし、みたい……?」
 志桜から告げられたのは、カルディアにとって思いがけない言葉だった。それまでは美しい花だと思っていたものが自分に似ているとは考えてもみなかった。
「こんなに、綺麗に輝けているかしら?」
「うん、とっても可愛くて綺麗だよ!」
 志桜が語った灯りのような花をよく見るため、カルディアはそっと歩み寄る。迷いなく明るく答える志桜の笑顔は眩しくて、カルディアは双眸をわずかに細めた。
「そう、かしら……でも……そうだとしたら……この桜は、志桜みたいね……」
「わたし?」
 枝垂れ桜は、そこに在るものをぎゅっと大切に包み込んでいるような花。それゆえに志桜にも似ているのだと思い、カルディアはちいさく頷いた。
「この姿が……なんだか、あなたのように思えるのよ……」
「じゃあお揃いだね」
 志桜は嬉しそうに笑み、桜の花と太陽を振り仰ぐ。カルディアも彼女に倣って、枝垂れ桜と春風が織り成す情景を暫し瞳に映していた。
 そして、二人は花社の奥を目指す。
 辿り着いた老樹の傍には不思議な空気が満ちていた。不思議な感覚をおぼえながら、カルディア達は老木の前に立つ。
 彼女が少しだけ考え込む中、志桜は想いを綴ってきた薄紅の和紙を取り出す。
 咲かぬ老木に不変を望みを。

 ――『別つことなく彼の隣にいる』

 枝に結わえ、ひとつの花として咲かせた思いは宣言でもある。
 隣にいられますように、という願いではな、隣にずっといるという自分への約束。両手を重ねた志桜は自分の中にある思いを巡らせた。
(わたしが望む未来に彼がいてほしい。離れる日なんて絶対に――)
 訪れさせない。
 そんな運命を引き寄せたりしないのだと誓い、志桜は自分の掌を見下ろした。桜の合間から降り注ぐ陽を受け、指輪が煌めく。
 大切な指輪は誓いの証。いとしく、心を掴んで離さないものだから。
 口許を寄せ、指輪にそっと触れた志桜は顔を上げた。
「カルディアちゃんは何を書くか決めてた?」
「わたしのお願い事、は……」
 まだ枝に紙を結んでいないカルディアは、こくりと首を縦に振る。よく考えて出した答えは、隣にいる大切な友達の幸いを願ってみたいなということ。

 ――『貴女と貴女の大切な人が幸せでいてくれますように』

 そのように記した和紙を一文字に折り畳み、カルディアは腕を伸ばす。志桜が結んだ紙の隣に思いを結わえたカルディアは、そうっと語っていく。
「……わたしは、ね」
 元々は恋人達の幸せを見守る灯だった。
 たったひとつの想いだけではなく、いま此処にある想いも守りたいと感じた。だから、目の前で愛を祈った志桜の幸せがずっと続くことを願いたい。
 それが今、この場に生きるカルディアの裡から溢れた感情であり、想いだ。
「ん……結べた……」
「お隣同士で嬉しいね。願い事も自分に立てた誓いも叶うよ」
「ふふ、ありがとう」
「諦めないって気持ちは強いんだから!」
「そうね……きっと叶うって……信じてる……」
 二人は春風に揺れる枝と、其処に咲いた数々の想いを見つめる。花のように神桜を彩る約束はきっと、願う未来を引き寄せる標になるはず。
 志桜はカルディアに腕を伸ばして、ぎゅっと手を握った。カルディアも手を握り返し、二人の視線が重なる。
 その手を引いて微笑んだ志桜はまだ通っていない桜並木の方を指差した。
「ね、あっちで咲いてる桜も綺麗だよ」
「本当ね……。お散歩、する……?」
「もちろん! カルディアちゃん、行こうっ」
「ええ、いきましょうか」
 想いと誓い、約束は此処に結んで。
 穏やかな光景の中で、今はもっと、もっと――あなたと一緒に。
 花の満ちる路へ駆けていく少女達。
 その背を見守り、見送るかのように神桜の樹の枝が風に揺れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟迎櫻


立派な桜樹だね
花の代わりに約束が咲くなんて
枯れていても色んな願いや誓いを見守ってたんだろう

櫻、樹に張り合ってどうするの
君は綺麗に咲いてるよ
ね!カムイ
カムイは約束の重さと大切さをよく知ってる
ふふ
君は約束の証
落とさないようにしなきゃね
時を超え約束が結びあった縁と愛とを想い笑う

僕は
《皆を笑顔を運ぶ歌を歌って届けて立派な座長になる》と結ぶ

大事なとうさんとの約束
僕が決めて受け継いだ
とうさんは劇の舞台にした大事な劇団(物語)

僕は歌の舞台にする

憎むことは簡単だ
過ちも全部
赦し理解し愛することは難しい
だけど僕は憎むより愛したい

ヨルが踊って僕は歌う
賑やかに華やかに
櫻沫の匣舟の第一幕は、「約束」の舞台だ!


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


この樹からは暖かなものを感じるね

ひとつ約束を守ったなら
ひとつ願いを叶える
そんな懐かしい取り決めを思い出す

枯枝に斯様な願い華が結ばれるのか楽しみだ

そうだよ
サヨは何よりうつくしく咲いた私の櫻だ
散らせぬように守らねば
リルに同意してサヨの桜をつつく
ほら咲いた

私はいわば結ばれた縁と約束からうまれた
約結ぶ神であるから約束とは私の存在を示すもの
…落としてしまいたくない
ありがとう、サヨ
私も見つける
リルは頼もしいね

結ぶ約は
『廻り還り出逢った愛しききみを、救い守る神になる』
だろうか


サヨ
神楽が観たい
桜の下で出逢った或日のように
リルの歌にヨルの踊り
おや
カグラもサヨと神楽を?

桜の舞台
噫…カラス
私達は倖いであるね


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


約束の神桜─素敵な名ね
きっと数多な約束が結ばれて、花の代わりに願いが咲いたのね
親近感を感じるわ

むう!二人とも神桜ばかり
私の方が綺麗に咲いてるもん

約束が結ばれ願いが咲いたから私は
カムイとリルの春温の手を握り咲う

カムイがもし約束を落としても
また一緒に探すわ
リルったらしっかりしてる

私達の誓いも咲かせる

『筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞ積もりて淵となりぬる──私に愛をくれる愛しい存在を護れる龍になる』

枝垂れ桜の花言葉は『誤魔化し』だというけれど
然りと結ぶ

勿論!
出逢ったあの日のように
桜の下で神楽を舞うわ
約束を守ってくれた私の神様へ
歌うリルに踊るヨルとカグラとカラスと
……美珠も

桜の舞台を彩りましょ



●桜花の舞台
 春の風が樹々や花を撫で、あたたかな心地を運んでいく。
 花社の奥、自らは花を結ばなくなった老樹。その周りをゆっくりと游ぎ、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は幹に触れてみた。
「立派な桜樹だね」
「この樹からは暖かなものを感じるね」
「約束の神桜――素敵な名ね」
 朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)も樹を見上げ、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)も風に揺れる枝に手を伸ばす。
 此処には花の代わりに約束が咲く。
 きっと数多の約束が結ばれて花となり、たくさんの願いが咲いたのだろう。
「親近感をおぼえるわ」
 枝に結ばれた約束の和紙は薄紅色。櫻宵の角に咲く花の色にも似ている。リルは櫻宵と和紙を見比べ、愛おしげに目を細めた。
 この樹はもう枯れているが、そうなっても未だに生き続けている。多くの願いや誓いを見守ってきた樹には不思議な雰囲気が感じられた。
 リルと櫻宵は既に結ばれている約束の紙を眺めている。その中でカムイはふと、或る過去を思い返していた。
 ひとつ約束を守ったなら、ひとつ願いを叶える。
 懐かしくも感じられる取り決めが裡に過ぎり、カムイは静かに微笑んだ。此の枯枝に斯様な願い華が結ばれるのか楽しみだった。
 そのとき、頬を膨らませた櫻宵がカムイとリルの腕を引く。
「むう! 二人とも神桜ばかり見て……。私の方が綺麗に咲いてるもん」
「櫻、樹に張り合ってどうするの」
 樹と龍とはいえ同じ桜。嫉いているらしい櫻宵に気付いたリルはくすりと笑った。そんな姿も可愛らしいと思え、リルはカムイに視線を向ける。
「君は綺麗に咲いてるよ。ね! カムイ」
「そうだよ、サヨは何よりうつくしく咲いた私の櫻だ」
 噫、と答えたカムイはリルに同意しながら櫻宵に咲く桜をつつく。散らせぬように守らねばならない花はただひとつ。
「んっ……」
「ほら咲いた」
「ふふ、櫻は本当に可愛いな」
 龍角に綻ぶ桜の花は淡く色付いている。この花は約束が結ばれ、願いが咲いた証。櫻宵は頬を染め、春のような温もりを宿すカムイとリルの手を握って咲った。
 そして、三人は暫し約束の樹を見つめる。
 神桜と呼ばれる老樹に思うことがあるらしく、カムイは双眸を緩やかに細めた。
「……落としてしまいたくないな」
 零れ落ちた言葉は彼の生まれた由来に起因する。カムイはいわば結ばれた縁と約束を宿した神だ。約を結ぶ神であるからこそ、約束とは己の存在を示すもの。
「カムイ……。君は約束の証だもんね」
 彼が約束の重さと大切さをよく知っているのだと理解しているリルは、大丈夫だよ、と告げる。櫻宵も言葉の意味を感じ取り、握った手を強く包み込む。
「カムイがもし約束を落としても、また一緒に探すわ」
「そうだよ、落とさないようにしなきゃね」
 時を超えて約束が結びあった縁と愛。それを想って笑うリルの言葉は頼もしい。カムイは俯きそうになっていたが、二人を瞳に映すために顔を上げた。
「ありがとう、サヨ。私も見つけるよ。リルも一緒だからね」
「ええ! リルがこの中で一番しっかりしているものね」
「そうだぞ! 僕が櫻もカムイも守るんだ!」
 櫻宵が褒めると、リルはえへんと胸を張って見せる。それが自分を励ますものだと知り、カムイは眩しそうに瞳を眇めた。
 そして、彼らは自分達も誓いを咲かせようと決める。

 ――『皆を笑顔を運ぶ歌を歌って届けて立派な座長になる』
 ――『廻り還り出逢った愛しききみを、救い守る神になる』
 ――『筑波嶺の峰より落つる男女川恋ぞ積もりて淵となりぬる』『私に愛をくれる愛しい存在を護れる龍になる』

 春風を受けて揺らめく神桜の枝。
 其処に結ばれていったのは三者三様の誓いや想い。
 リルが繋げていくのは、大事なとうさんとの約束。闇を払わず、光と共に連れて行くと決めて受け継いだ志の形だ。
 劇の舞台にした大事な劇団を、物語を――。
「僕は歌の舞台にするんだ」
 誓った思いを言葉に変え、リルは薄紅に染まる匣舟の未来を想った。
 カムイが結ぶ約は変わらぬ決意。
 ただひとり、ただひとつの魂の思いを抱く彼の誓いはいつだって同じ。
「……サヨ」
「然りと結べたわ」
 櫻宵も綴った歌と共に己への約束を結わえた。枝垂れ桜の花言葉は誤魔化しだというけれど、花に託す思いを誤魔化すようなことはしない。
 並ぶ薄紅の約束は三つ。
 其々に違っていても、ひとつに重ねて束ねる思いであることは確かだ。
 憎むことは簡単で、過ちを後悔を抱くこともある。その全てを赦して理解して愛することは難しい。それでも、リルは憎むより愛したいと願った。
 三人が思いを馳せていると、樹の根元で遊んでいた仔ペンギンがきゅっと鳴いた。
 ヨルが踊っているのだと気付いたリルは、そうっと歌いはじめる。
 賑やかに、華やかに。
 そうすればカムイが静かに笑み、櫻宵もリル達を見つめた。心地よく響く人魚の歌声を聞き、或ることを思い立ったカムイは櫻宵に願いを告げる。
「サヨ、神楽が観たい」
 桜の下で出逢った或日のように。
 櫻宵は懐かしいとも感じられるあの日を思い出し、快く頷いた。
「勿論! 何度でも、幾度だってみせてあげる」
 約束を守ってくれた私の神様へ。再会を果たした桜並木の路で舞ったときと同じ、桜の下で神楽を。其処にリルが奏でる歌が重なり、神楽舞は優雅に巡っていく。
 神桜の下で紡がれるのは穏やかなひととき。
 リルの歌でヨルが踊り、櫻宵に並んでカグラも舞い、桜の舞台を彩る。
「噫……カラス、私達は倖いであるね」
 皆が揃っている此の状況を思い、カムイはカラスと共に嬉しさを感じた。櫻宵はふとした気配を感じながら少しだけ違うところに意識を向ける。
(……美珠も、一緒に)
 その思いは誰にも感じられることなく、櫻宵の中だけに沈んでいった。
 少しだけ違和を覚えたリルは二人に明るく呼びかける。
「さぁ、櫻。カムイ。櫻沫の匣舟の第一幕は、『約束』の舞台だ!」
「桜の舞台を彩りましょ」
 淡い眼差しを返した櫻宵は意識を引き戻し、ふわりと微笑んだ。守り、誓い、守護すると決めた思いは、揺るぎない強さをくれる。
 たとえ落とすことになっても、この身体がきっと憶えているだろうから。
 神桜の下に倖いが満ちる。
 決して忘れ得ぬ、彼らだけの想いと共に――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
まずは社にご挨拶しましょうかねぇ
ゆらゆら尻尾を揺らして参道を進む

ふふ、少し親近感がわきますねぇ
自分が守護する森と同じ枝垂れ桜を眺めふわほわ
挨拶を済ませたらその先の

ん、立派な樹ですねぇ
満開になればきっと美しいでしょうに…
老木に触れ、そっと見上げて

さて、この紙に書くのでしたね
薄紅の和紙を一枚手にして筆を片手に再び老木を見やる

『愛しい場所を
愛しい大切な人々とその笑顔を
彼らの幸せな日々を
この手で護る』

離れて見ると、本当に花が咲いたように見えるのですねぇ
書いた誓いは大切な揺るぎないもの
丁寧に折りたたみ
枝を傷付けないようにでも
風で揺れても落ちぬようにしっかりと
そっと枝に結びつける


今生こそは、必ず…



●咲彩
 花を付けた枝垂れ桜が並ぶ景色は美しい。
 ゆらゆらと尾を揺らし、花の中の逍遥を楽しむ橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)はゆったりと進んでいく。
「まずは社にご挨拶しましょうかねぇ」
 肌や耳で春風を感じながら参道を進めば、ひらりと花弁が飛んできた。
 角に桜が舞い降りたことに微笑み、千織はほわほわとした感覚をおぼえる。並木道を歩いていても遠目に社の奥が見えた。
 社の向こうに凛と佇む神桜には、たくさんの想いが結ばれている。
「ふふ、少し親近感がわきますねぇ」
 千織が守護する森と同じ枝垂れ桜。他人、もとい他樹のようには思えない。暫し約束の樹を眺めていた千織は桜達に挨拶代わりの眼差しを向けた。
「ん、立派な樹ですねぇ」
 そうして、彼女は花を付けぬ老樹の前で立ち止まる。
 満開になればきっと美しいのだろうが、此の樹はもう花を付ける役目を終えてしまったのだろう。それでも凛々しく感じられる老木に触れ、そっと見上げる。
 春の風を受けて揺れる枝。
 本当の花はなくとも、其処には結ばれた想いの花が咲いている。
「さて、この紙に書くのでしたね」
 取り出したのは一枚の薄紅の和紙。それ手にして筆を片手に持った千織は再び老木を見遣ってみた。そして、其処に記したのは大切な想い。

 ――『愛しい場所を、愛しい大切な人々とその笑顔を、彼らの幸せな日々を、この手で護る』

 願いではなく、確かな誓いとして綴った思いは強い。
 千織は折り畳んだ和紙を丁寧に折り畳み、どの枝に結ぼうかと考えた。されど少しだけ迷ってしまい、遠くから見てみることにする。
 一歩、二歩とゆうるりと後ろに下がっていくと、更に風が吹き抜けた。枝が大きく揺れたことで来たときは気付かなかったことを知る。
「離れて見ると、本当に花が咲いたように見えるのですねぇ」
 どの約束の紙も誇らしそうに思えた。
 千織が書いた誓いも大切な揺るぎないものであり、花のひとつとして此処に加わっていく。決めました、と言葉にした千織は一本の枝に歩み寄っていった。
 枝を傷付けないように。けれども、風で揺れても落ちぬようにしっかりと結ぶ。
 最後にそっと枝に触れた千織は瞼を閉じた。
 千織は暫し、祈りを重ねた想いを胸に巡らせる。神桜は何も語ることはないが、彼女の姿を優しく見守っているかのようだ。
 嘗て、守れなかったものがある。それゆえに護りたいと願ったことがある。
 だから。

 ――今生こそは、必ず。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】

うつくしいわね、あねさま
常桜の世は、何時如何時も薄紅がステキだけれど
その彩に浮かび上がる漆黒に、目を奪われる

お気に入りの靴音
あなたと共に歩みを寄せて
ひとつの願いを、綴りましょうか

己への願い、祈り、誓い
結わいだそれらは自身の手で叶えたい
いとしいと思う心を、そうと添えましょう

『“姉妹”にしあわせがありますように』

編む思いは
ほんとうのかたちのものへ
わたし“たち”の姉
共に血を分けた妹子
ふたりがしあわせを感じるのなら
それは、さいわいなことだわ

絡め取られた指を白膚へと添わせて
このひと時を、たのしみましょう
今だけは
なゆを、ひとり占めしてちょうだいな

わたしもよ、あねさま
愛おしいひと
わたしたちのあねさま


蘭・八重
【比華】

とても素敵な桜よ、なゆちゃん
桜とは美しく凛としている
ふふっ、なゆちゃんの様

コツコツコツ。
貴女と並ぶ靴音
あの子はどんな音なのかしら?

約束?誓い?願い事?
私達三姉妹の幸せ
なゆちゃんが幸せに光のままで居られるように
そしてもう一人の子を救える様に

なゆちゃんはどんな願いかしら?
あらあら、一緒ね
ふふっ嬉しいわ

そっと貴女の手をとって
なゆちゃんデートしましょう
桜の下で貴女と二人
どんなことでも幸せよ
今は貴女を独り占め

アイしてるわ、なゆちゃん。
わたくしの可愛い妹の一人。



●わたしたちの幸福
「うつくしいわね、あねさま」
 常桜の世は、何時如何時も薄紅が素敵で美しい。
 だけれど、と言葉にして視線を花から下ろした蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は傍らを歩く蘭・八重(緋毒薔薇ノ魔女・f02896)を見つめる。
 その彩に浮かび上がる漆黒に目を奪われたような感覚に陥った。
「とても素敵な桜よ、なゆちゃん」
 コツコツコツ。
 お気に入りの靴音と共に姉の声が耳に届き、七結は歩みを寄せる。桜は美しく凛としているように思え、八重は口元を緩めた。
「ふふっ、なゆちゃんのよう」
 其処から靴音が並び、八重はふと考える。あの子はどんな音なのかしら、と。
 想いを巡らせる中で二人は花社の奥に進んでいく。そうして辿り着いたのは花を咲かせなくなった老樹の元。
 きっと、自分達が知らない遥か昔には花を付けていたのだろう。
 七結と八重は樹を見上げた。本当の花は咲かずとも、此処には新たな想いの花が咲き誇っている。約束という形を得た人々の想いの欠片だ。
「わたしたちもひとつの願いを、綴りましょうか」
 七結が呼びかけると、八重が頷く。
「約束を? それとも誓いを? 願い事を?」
「そうね――己への願い、祈り、誓い。どんなものでも受け止めてくれるわ」
 此の樹は、と付け加えた七結は約束の紙に思いを記していく。一度は桜の樹に託す想いではあるが、結わいでいくそれらは自身の手で叶えたいもの。
「私達三姉妹の幸せを書きましょう」
 八重と七結はいとしいと思う心を、そうと添えていく。

 ――『“姉妹”にしあわせがありますように』
 ――『なゆちゃんが幸せに光のままで居られるように。そして、もう一人の子を救えるように』

 並べて結ばれた思いはよく似ていた。
 編む思いは、ほんとうのかたちのものへ。
 わたし“たち”の姉。つまり共に血を分けた妹子に思いを馳せ、七結は瞼を閉じた。この先の未来でふたりがしあわせを感じるのなら、それは、さいわいなこと。
「なゆちゃんはどんな願いかしら?」
「あねさまと同じよ」
「あらあら、一緒ね。ふふっ嬉しいわ」
 姉妹は視線と言葉を交わし、結いだ思いの形を確かめる。
 桜の樹は春風を受け、凛々しい枝を悠然と揺らしていた。その姿はまるで自分達の思いを受け取って認めてくれたかのようだ。
 暫し景色を堪能していた八重は、そっと七結の手を取った。
「なゆちゃんデートしましょう」
「桜を見に行くのね」
 七結は絡め取られた指を白膚へと添わせ、こくりと頷いてみせる。此処に訪れるまでに通ってきた並木道には見所がたくさんあった。
 二人で歩く桜の路はきっと穏やかな楽しさに満ちていくはず。そう思うのだと語った八重はふわりと微笑む。
「桜の下で貴女と二人。ふふ、きっとどんなことでも幸せよ」
「ええ。このひと時を、たのしみましょう」
「今は貴女を独り占めね」
「今だけは、なゆを、ひとり占めしてちょうだいな」
 重ねた眼差しの奥には揺るぎない想いと熱が宿っていた。姉妹は手を握りあい、春の逍遥を楽しむために踵を返していく。その背を見守る桜の樹の枝が再び、そっと揺れた。
 桜の路は綺麗で美しいまま。やさしく吹き抜けていく春風は心地よく、降りそそぐ陽射しはとてもあたたかい。
 その中で八重は心に浮かんだままの言の葉を紡いだ。
「アイしてるわ、なゆちゃん」
「わたしもよ、あねさま」
 愛おしいひと。
 互いが同じ思いを抱く存在であることは確かめずとも分かっている。
 ――わたくしの可愛い妹の一人。
 ――わたしたちのあねさま。
 誰にも邪魔されることのない唯一無二の関係。それこそが血を分けた者としての、揺るぎない在り方なのだから。
 桜の花は倖いを謳うように、誇らしげに咲き続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
『貴方の願いが叶いますように』
『私の願いが叶いますように』
それぞれ書いて
枝に結んだ

願うことは生きること
それを願った誰かの
生きざまだと思うから

全ての願いは叶わない
叶うのは
ぶつかり合って共存できた願いだけ
全てを圧倒した願いだけ

全ての願いは共存しない
全ての願いが叶うことはない
それでも

生きる限り
在り続ける限り
願うことを止めないで
生きて辿った命の軌跡を

願いの未来が
何を引き起こそうと
願うことだけは
その命の自由
どんな願いも
願うだけなら自由だから

貴方の願いが叶いますように
私の願いが叶いますように
いつか命の終わるその時まで
願うことを諦めませんように

猟兵だろうと
影朧だろうと
只人だろうと

貴方の願いが叶いますように



●櫻に謳う想い
 ――『貴方の願いが叶いますように』
 ――『私の願いが叶いますように』

 想いと約束の形として結ばれる薄紅色の和紙。
 其処に御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)はふたつの願いを記した。
 それぞれ書いて枝に結んだ想い。こうして自分が抱いて綴ったものだけではなく、結ばれた思いすべてを、この老樹は受け止めてくれているのかもしれない。
 そう感じた桜花は思いを馳せていく。
 願うことは生きること。
 それを願った誰かの生きざまだと思うから、決して否定はしない。
 されど世界には相反するものが必ずある。たとえば破滅を願う者もいれば、平穏を祈る者もいる。それゆえに全ての願いは叶わない。
 叶うのは、ぶつかり合って共存できた願いだけ。
 即ち、全てを圧倒した願いだけなのだと考え、桜花は瞼をそっと閉じた。
 風の音が聞こえる。
 様々な誓いや約束が記された和紙が擦れて重なり、快い音を響かせていた。背からは風に乗って花が舞い上がったことも感じられる。
 全ての願いは共存しない。
 全ての願いが叶うことはない。
 言葉にすれば残酷かもしれない。だが、それでも――と考えた桜花は閉じていた瞼をゆっくりと開いていった。
 花が咲いている。
 本当の桜ではなく、皆が重ねた想いの花だ。
 生きる限り、在り続ける限り、願うことを止めないで欲しい。桜花が老樹から感じているのは、生きて辿った命の軌跡。
 願いの未来が何を引き起こそうとも、どうか願うことだけは諦めないで。
 その命の自由であり、どんな願いも願うだけなら自由。
「貴方の願いが叶いますように」
 桜花は先程に記した文字を、実際に言葉にしていく。
「私の願いが叶いますように」
 いつか命の終わるその時まで願うことを諦めませんように。
 たとえその生命がどんな形であろうとも桜花は認めている。猟兵だろうと、影朧だろうと、只人だろうと関係はない。
 桜花の傍に春風が吹き抜けていく。あたたかな心地は快い。
 約束の神桜の枝が揺れ、樹々のざわめきが桜花の耳に届く。きっとこの樹はこれからもどんな思いも受け入れ、其処に在り続けるのだろう。
 聞き届けるだけで叶えることはしない。だが、それゆえに約束は結ばれる。
 桜花はもう一度、大切な想いを言の葉に乗せた。

 ――貴方の願いが叶いますように。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『サクラモフウサギ』

POW   :    うさぎ(かわいい)
非戦闘行為に没頭している間、自身の【ことをかわいいと思った人は、良心 】が【咎めてしまうため戦いたくなくなる。よって】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
SPD   :    ムシャムシャ……
レベル×5本の【その辺の草を食べることで、うさぎ 】属性の【モフりたくなるオーラ】を放つ。
WIZ   :    もふもふ
【自身の姿 】を披露した指定の全対象に【このうさぎをモフりたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●想いの花とサクラモフウサギ
 桜と約束と誓い。
 それぞれの想いが結ばれ、花の社に穏やかで長閑な時間が流れていく中。影朧達は突然、約束の神桜の周囲に現れた。
 長い耳にもふもふとした毛並み。
 一見は普通の兎にしか見えない影朧達は神桜の周りで何度も跳ねる。
 すると、枝に結ばれた薄紅色の和紙から何かが現れていった。桜の花、椿の花、向日葵や藤、蒲公英など。様々な花が枝に結ばれた紙から具現化して零れ落ちる。
 兎の影朧達はそれらをひとつずつ受け止め、桜並木を戻っていこうとした。
 背に花を背負ったウサギは懸命に駆けていく。花の社を抜け、神桜に心を花に変える魔術を施した怪盗の元に戻るために――。

 されど、その異変を見逃す猟兵ではない。
 心の花を背負って逃げる兎は可愛らしいが、明らかな敵だ。その行く手を阻む形で立ち塞がった猟兵達は各々に戦闘態勢を整えた。
 だが、君達はそれまでになかった奇妙な感覚をおぼえているだろう。
 何かを忘れてしまった。
 思い出せない。大切であったことだけは知っているが、それが何であったかのか全くもってわからない状態だ。それでも、忘れた理由も心の在り処も分かる。
 神桜に結んだ想いは花になった。
 君はどの花が己の想いであるのかを理解している。迷うことなく自分の花を持つ兎に向かい、自らの手で影朧を斃せばいい。そうすれば、想いを取り戻すことが出来る。
 
 自分だけではない。人々の約束や誓い、願いを奪われたままにしてはおけない。
 花と兎と、想いを巡る戦いが此処から始まる。
 
朧・ユェー
【月光】

何かがぽっかりと空いている
それが何かわからない
でも何か失って忘れているのはわかる

目の前の可愛いうさぎ。
君がそれを持って行ったのかい?
でも一つだけ感謝しなければ
持っていかなったもの
この手の小さなぬくもり
ルーシーちゃん、大丈夫かい?
この子だけは覚えている
何故だかわからないけど
でも今はそれがとても救いだ

おやおや、慌てて大丈夫かい?
すぐに追いつくよ

可愛いうさぎと闘うのは心苦しいけれど
約束や忘れたモノを取り戻さなければ
嘘喰
嘘はいらない、真実だけを返しておくれ

花は取り戻せたかな
ありがとう
ルーシーちゃんの花はどんな花かな?おや、可愛らしい
🌸


ルーシー・ブルーベル
【月光】

何故か急に身体が軽い
とても軽くて
そして寒いの
かわいいウサギさん
あなたがお花を持っていったせい?

ふいに感じた手のぬくもり
…ゆぇパパ
パパがルーシーの名を呼んで
手を繋いでくれている
すごく、安心する

うん、だいじょうぶ
パパはへいき?
ウサギさんをつかまえましょう
応えを待たずに駆け出すわ

軽い
足取りも迷いない
他の道があるなんて考えず
ただウサギさんを追えば良いんだもの

パパ、はやくはやく!
振り返って
また走り出す

置いて行っちゃうよ
先に逝ってしまうよ
確かに慌てているのかも
ええ、追ってきて
どうか

あのお花のコね
みいつけた
返して?大事なものなの
舞え青花

誓いが戻る
なんて重くて、熱いの
パパのお花も、とてもきれいね
🌸



●二人の花
 桜の景色は相変わらず美しく、綺麗な情景が見える。
 しかし、此処に現れたるは影朧。いくら見た目が愛らしくとも世界を過去で埋め尽くす力を秘めている存在だ。
 ユェーとルーシーはすぐに身構ええたが、どうしてか落ち着かない。
 結んだはずの想いが消えた。
 心がぽっかりと空いているというのに、それが何かわからないでいる。何かを失って忘れていることだけはわかっているという状態だ。
 目の前を跳ねる兎の前に立ち塞がり、ユェーは額を片手で押さえた。
 隣に立つルーシーも奇妙な感覚を抱いている。何故か急に身体が軽くなった。とても軽いというのに、それ以上に寒い。
「かわいいウサギさん、あなたがお花を持っていったせい?」
「君がそれを持って行ったのかい?」
 ルーシーとユェーは同時に兎に問いかけた。花を背負った可愛い兎は何も答えず、ぴょんぴょんと跳ねて逃げていこうとしている。
 だが、それを逃す二人ではない。
「パパ!」
「えぇ、ルーシーちゃん」
 盗まれた感情を取り戻すために容赦などしない。ユェーは即座に兎の前に回り込み、ルーシーの手を引く。
 心を泥棒されてしまったことは悔しいが、ひとつだけ感謝しなければならない。
 怪盗の魔術が持っていかなかったもの。
 それは、この手の小さなぬくもり。もし彼女がどれほど大切な存在であるかを忘れてしまっていたら、今以上の空虚を感じてしまっていただろう。
「ルーシーちゃん、大丈夫かい?」
「……ゆぇパパ」
 何を忘れたとしても、この子だけは覚えている。頷いて答えてくれた少女をやさしく見つめたユェーは、己の中に生まれた不安を消していった。
 何故だかわからないけれど、今はそれがとても救いになっている。
 ルーシーもまた、ふいに感じた手のぬくもりを確かめていた。彼が名を呼んで、手を繋いでくれていることに安心する。
 心が空っぽになっている感覚は続いているが、全てを失ったわけではない。
「うん、だいじょうぶ。パパはへいき?」
「平気だよ、何も心配ないからねぇ」
 問いの返答によかったと答えたルーシーは、信頼を抱いたまま手を離す。そして、また逃げそうになっている兎を追い掛けていった。
「ウサギさんをつかまえましょう」
「おやおや、慌てて大丈夫かい?」
「パパ、はやくはやく!」
「すぐに追いつくよ」
 応えを待たずに駆け出したルーシーをユェーが追う。そして、少女は一度だけ振り返ってからまた走り出した。その背を見つめたユェーは、取り巻く重圧から解放された少女の身軽さを知る。
 されど、どんな想いも取り戻すべきだ。
 可愛い兎と闘うのは心苦しいが、約束や忘れたモノを取り戻さなければならない。
「嘘はいらない、真実だけを返しておくれ」
 ――嘘喰。
 ユェーが狙ったのは瑠璃玉薊を背負う兎。どうしてか、あのアザミの花が自分のものだと解っていた。ユェーが兎に死の紋様を付与すれば、死への導きによる無数の喰華が喰らいついていく。
 ルーシーが狙う兎が持っているのは釣鐘水仙。
「あのお花のコね。みいつけた」
 やはりあの花しかない。そう感じたルーシーは自らその花を生み出し、兎に向けて解き放っていった。
 軽い。足取りも迷いはない。
 他の道があるなんて考えずに、ただ兎を追えば良いだけなのだから。
 置いて行っちゃうよ。先に逝ってしまうよ。そんな思いが裡に巡り、確かに慌てているのかもしれないと感じた。しかし、傍にユェーがいるのならば何も心配はない。
 どうか、追ってきて。
「返して? 大事なものなの」
 ――舞え青花。
 そっと願い、魔力を紡いだルーシー。彼女が舞わせていく力は兎を包み込み、心の花が静かに落ちた。其処に駆けてきたユェーも既に兎を倒したらしく花を持っている。
「花は取り戻せたかな」
「ええ、思いも戻ってきたみたい」
 花に触れれば誓いが戻ってきた。なんて重くて熱いものだと思ったが、自分らしさは此処にあるのだと実感できる。
 安堵したユェーはルーシーが持つ花を覗き込む。
「ルーシーちゃんの花はどんな花かな? おや、可愛らしい」
「パパのお花も、とてもきれいね」
 釣鐘水仙と瑠璃玉薊。
 心の在り方を示す花はどちらも青い色を宿している。
 そして――ふたつの花は二人の裡に戻っていくかの如く、ふわりと消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿
何かが欠けた
一族の悲願とか使命とか、そういうものじゃないけど
『私』にとってすごく大切なものが盗まれた、それだけ分かる

ああそっか、みんなこう盗まれたのか
なら意地でも取り返さないと
どのうさぎが私の想いを、花を取ったのか分かるから
あとはひたすらに駆けるのみ
怪盗業で鍛えた逃走術も、今日は盗人を追うために

追い掛けて、追い掛けて
ふわふわの身体を目一杯撫で回したい衝動に耐えて
まじないを唱えて一度でいいから身体に触れる
金華の呪いを与えて動きを遅くしましょう
私は呪いの効果が途絶えないように付かず離れず
動きが鈍くなったなら、完全に黄金化する前に花を盗み返します

返してもらうよ、私の大切
私の、譲れない願いを
🌸



●素敵で可愛く、私らしく
 風に舞う花弁が空にさらわれていく。
 まるでそんな風に小鹿の中で何かが欠けていった。胸を押さえてみても空虚な思いが巡っていくだけで、何を失ったのかが思い出せない。
「何、これ――」
 次第に生まれていくのは焦り。落ち着け、落ち着いて、と自分に言い聞かせる小鹿にはいつもの余裕が消えていた。
 感情を盗まれたのか。それとも、一族の悲願とか使命か。考えを巡らせたが、すぐに思い出せたことでそういうものではないと分かった。
「……『私』にとってすごく大切なものが盗まれたんだ」
 ボクではなく、私。
 自分が自分であるためのものが盗まれてしまったのだろう。小鹿は頭を振り、呼吸を整えた。顔を上げて見据えるのはミモザの花を背負った兎影朧。
 太陽のように明るいあの花がどうしてか、とても気になる。逃げようとする兎を追った小鹿は妙に納得していた。
「ああそっか、みんなこう盗まれたのか」
 怪盗の魔術が作り出した心の花が、あのミモザだというのなら――意地でも取り返さないと気が済まない。
 小鹿は地を蹴り、まっすぐに兎を追い掛けていく。
 あの影朧が自分の想いを持って駆けているのなら、あとはひたすらに駆けるのみ。怪盗業で鍛えた逃走術を応用すれば、盗人を追うための走りになる。
 跳躍した兎が樹の影に身を隠そうとした。しかし、小鹿はそれ以上の早さで樹の裏に回り込んだ。びくっと身体を跳ねさせた兎は驚いている。
「捕まえ……たっ――と?」
 腕を伸ばして花を奪おうとしたが、影朧は身を翻した。
 同時に尾を振って小鹿の気を引き、花から意識を逸らせようとしている。
「簡単には捕まらないってこと?」
 ならば怪盗として勝負だ。
 追い掛けて、追い掛けて、追われて追って。ふわふわの毛並みをめいっぱいに撫で回したい衝動も与えられたが、小鹿は懸命に抵抗した。
 負けないように唱えるのはおまじない。
 たった一度でいい。この力を以てして身体に触れることが出来れば小鹿の勝ち。ただし、此方がもふもふ衝動に負けて力を使い忘れれば兎の勝利。
 気持ちで負けぬよう、拳を握り締めた小鹿は一気に地面を蹴り上げた。
 刹那、金華の呪いが発動する。
 動くほどに身体が徐々に黄金化する呪いは兎の動きを止めていく。それでも影朧である相手も抵抗していた。その度にミモザの花が揺れ、小鹿の気持ちも揺れ動く。
 もう少し。あと少し。
 花までも黄金になってしまわないうちに、はやく――怪盗らしく花を盗み返す。
「返してもらうよ、私の大切」
 次の瞬間、小鹿の手が太陽の彩を宿す花に触れた。
 それと同時に兎が完全に黄金化して動かなくなる。ふわりと甘い香りが満ち、花は小鹿の裡に還るようにして消えていく。
「これが……私の、譲れない願いの花。……ふふ」
 取り戻した心が裡に感じた小鹿は、少しだけおかしくなって口許を押さえた。
 そして、少女は笑う。
 とびっきり愛らしく、可愛く――素敵な女の子らしい微笑みを浮かべて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍

かわいいですが私は猫派なので!猫派なので!(自身に言い聞かせ)

焦りが心を占める。私であって私でない感情に押しつぶされる。
相手が誰なのかわからないのに。思いも知らないのに。
苦しい。息が詰まる。何かがつかえてるみたいでうまく息ができない。
……のまれそうななか思い出す。
無くし続けて立ちあがる支えも失って、そうして自分は死んだ。
それ自体は別に何とも思ってないけど、でもおかげで逆に冷静になれる。私を取り戻せる。

UCの雷を包囲するように降り注ぎ、逃げ場を防ぐようにして攻撃。もふりたいと思う前に焦げ焦げにしてしまえばきっとそういう気持ちにならないんじゃないかと思いますから。
非常に心苦しいのですがっ。
🌸



●誰かの思慕
 うさぎがかわいい。
 とにかく可愛い。愛らしい。ふわふわの毛並みを揺らして、コスモスの花を背負って走っていくうさぎはキュートすぎる。
「かわいいですが私は猫派なので! 猫派なので!」
 藍は敢えて大きな声で宣言することで自身に言い聞かせ、影朧の誘惑を振り払う。
 うっかりほのぼのな気持ちになってしまうが、既に此処は戦場と化していた。あのコスモスの花は藍の心であり、盗まれてしまった思いだ。
 藍は誘惑から目を逸らし、呼吸を整える。
 徐々に焦りが心を占めていっていた。私であって私でない、そんな感情に押しつぶされそうになっていた。
(相手が誰なのかわからないのに)
 知らない。分からない。思い出せない。
 そういった思いばかりが藍の胸に満ちて、息苦しくなってくる。これも怪盗の魔術のせいなのだろうか。それとも、元から持っていた感情だろうか。
(思いも知らないのに)
 もし出会っても相手にしてもらえるかなど分からない。自分でも不確かな経緯を伝えても怖がられるだけだ。生まれ変わってきたとしても、きっと魂の形は変えられない。変わらないからこそ、藍は過去に生きた誰かの思いを背負ってきてしまった。
 不安な思いを巡らせてしまい、藍は胸元を押さえる。
 苦しい。息が詰まる。
 物理的には何もないはずだ。それでも、何かがつかえているようでうまく息ができないでいた。周囲の桜はあんなに綺麗で美しいのに心が淀んでいく。
 暗い思いに囚われ、意識まで呑まれそうな中で藍は思い出す。
(私の、ううん、俺の――或いは、もっと昔の……)
 意識が混ざりあい、己が不確かになった。
 嘗ての自分は無くし続けて立ちあがる支えも失って、そうして――死んだ。
 気が付けば、藍は冷静さを取り戻していた。気付いたことで、それ自体は別に何とも思っていないと知ったのだ。
「おかげで逆に冷静になれる。大丈夫、私を取り戻せたから」
 顔をあげた藍はユーベルコードを発動した。
 巡らせた雷は影朧兎を包囲するように降り注ぎ、逃げ場をなくしていった。不思議と心が冴え渡っている今、もふりたいと思いは薄れている。
 もしまた感情が与えられたとしても、相手を焦げ焦げにしてしまえばきっとそういう気持ちにもならないはず。
 気を強く持った藍は降り注ぐ雷で以て、影朧を貫いていった。
「非常に心苦しいのですがっ! これで決めます!」
 そして、一瞬後。
 黒焦げになって倒れた影朧の背からコスモスの花が落ちる。手を伸ばした藍の中に花が収まった時、願いと思いが胸裏に戻っていった。
 ほっとした藍は胸を撫で下ろす。
 けれども――この想いや感情を抱き続けていて良いのかは、未だわからないまま。
 沈む心。不穏に揺れる思い。
 されど桜の花だけは美しく、春風を受けて枝を揺らしていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「あの兎…あの兎が、私の願いを」
願いを叶えると言う行動理念を失ったので、何事もやる気がなくなり、そのまま兎を見送りかける

「いえ、駄目です。私は仕事を受けたのでした。仕事だから、こなさねば。あの兎達を倒して、奪われた願いを取り返さなくては」
仕事、という強制力を思いだし、行動開始
思い入れもなく感情も湧かず、只淡々とUC「桜吹雪」使用
見える範囲の兎を効率よく殲滅して皆の願いや感情を取り返す
願いが戻るまでは感情自体が希薄になり、兎の効率的な殲滅排除に疑問を抱かず行動

「私の、願い…私の、此が」
「貴方達は主人を喜ばせたかっただけ。それでも、私達は貴方達を見逃せない…ごめんなさい」
鎮魂歌を歌い、殲滅を続ける



●淡々と咲く花
 なにもない。なんにも、ない。
 大切なことがあったはずだというのに、何も思い出せない。
 空虚という感覚はこのことを云うのだろう。心の中が空っぽになってしまった感覚が満ちていき、桜花の気持ちを揺らがせる。
「あの兎……」
 桜花が見つめる先には、桜の枝を背負って駆けていく影朧の姿があった。
 あの影朧は紙から花になった思いを盗んでいくものだ。桜花が約束の和紙に込めた、願いを叶えると言う行動理念を失っている。
 それゆえに何事もやる気がなくなり、そのまま兎を見送りかけてしまった。
「あの兎が、私の願いを」
 しかし、桜花はすぐにはっとする。
 あの桜の枝は自分の思いが具現化したものだ。それだけではなく、蒲公英や向日葵を背負った兎の姿も見える。
 自分だけのことならば兎も角、知らない誰かも心の欠片を奪われているらしい。
「いえ、駄目です。私は仕事を受けたのでした」
 淡々とした口調で、自分に言い聞かせた桜花は兎を追い掛けていく。仕事だから、こなさねばならないこと。
 願いを叶えるという考えが奪われた桜花に残っているのは責任感。仕事という強制力を思い出した桜花は行動を開始していく。
「そうです。あの兎達を倒して、奪われた願いを取り返さなくては」
 力の使い方は忘れていない。
 軽機関銃を構えた桜花は、手始めに兎を牽制する銃弾を撃ち込んだ。びくっと跳ねた影朧は逃げようとして速度を上げる。
 しかし、桜花は容赦なくその後を追い掛けていく。
 その行動に思い入れもなく、感情も湧かず、ただひたすらに淡々と。銃だけでは埒が明かないと感じた彼女は桜吹雪の力を巡らせていった。
 まず取り戻したのは蒲公英の花。
 桜の花が兎を穿つと、幼い子供が書いたらしい約束の紙に花が戻っていく。
 次に奪い返したのは向日葵の花。
 結婚と幸せを誓った者の紙に向かって明るい花が還っていった。そうやって桜花は見える範囲の兎を効率よく殲滅していき、皆の願いや感情を取り返してゆく。
 感情自体が希薄になった桜花は兎の殲滅と排除に疑問を抱かずに行動していた。その瞳はハイライトがなく、心が死んだも同然だ。
 そうして、最後。
 桜の枝を持っていた影朧を倒したとき、桜花の瞳に光が戻った。
「私の、願い……私の、此が……」
 はたとした桜花は自分の中に花が戻っていく感覚をおぼえる。花だけではなく、感情や願いも同時に蘇っていった。
 そこではじめて、桜花は倒れ伏した兎達に目を向ける。
「そうでした。貴方達は主人を喜ばせたかっただけ。それでも、私達は貴方達を見逃せない……ごめんなさい」
 そして、自分らしさを取り戻した桜花はそっと祈る。
 いつか或るべき処へ還ることが出来るように。優しい鎮魂歌を歌いながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鴇巣・或羽


お出ましか。随分可愛らしい姿をしているが、影朧なら退治しないとな。
俺は「猟兵」だから。
……何だ、この違和感は。
まるで気が乗らない、身が入らない。俺は、なぜ戦おうとしてる?

……あの花を取り返せばいいんだったか。
銃を抜こう。他にも装備があった気がするが、思い出せない。
何か、とても大事なものだったと思うが……何だ。
……俺は、「何」だった?

奪われたのは、きっと「誇り」か、それに関わるものだ。
俺自身の在り方と、決して切り離せない何か。
そしてそれは――きっと絶対に、忘れてはいけないものだ。

花に狙いを定める。
最も得意なこの一手。体は、染みついた動きを覚えている――!

――ああ、そうとも。俺は、「  」だ。



●鮮やかなる銃爪
 桜並木の下に花弁が何枚か落ちていた。
 その合間を縫って軽快に跳ねていくのは愛らしい兎。まるで花弁と踊るように跳ぶ軌跡を目で追い、或羽は身構えた。
「お出ましか」
 或羽の視線の先にいる兎は沈丁花を背負って駆けている。花言葉は確か、栄光と不滅だったか。何かの本で読んだことを思い出しながら或羽は地を蹴った。
「随分可愛らしい姿をしているが、影朧なら退治しないとな」
 ――そう、俺は『猟兵』だから。
 兎影朧を追い掛ける或羽は、ふと違和感を抱いた。猟兵として此処に来たのだから影朧を追っていくことは間違っていない。可愛らしい姿を武器にする敵に対して、油断も容赦もしないと決めていた。
 それだというのに、何かが自分から欠けている。
「……何だ、この感覚は」
 仕事であり、使命でもあるはずの任務。
 だが、まるで気が乗らない。力を尽くすべきだというのに身が入らない。兎を追うことは止めないが、或羽の裡には疑問が渦巻き続けていた。
(俺は、なぜ戦おうとしてる?)
 一番大切だったことを忘れてしまっている。何かを奪われて失くしている。それは自分を自分たらしめるものだったはずだ。
 忘れるはずがないというのに、今は――。
 胸を片手で押さえた或羽は、おそろしいまでの空虚さを感じていた。
「……あの花を取り返せばいいんだったか」
 心に穴が空いたような感覚は振り払えないが、深く考えるのは後だ。見れば、沈丁花だけではなく他にも奪われた花が見えた。
 ユキノシタにアザミ、ゼラニウム。どの花も美しく咲いていて、いずれも誰かの想いの形なのだろう。どれも決して奪われていいものではない。
 兎影朧はすばしっこく、追っているだけでは埒が明かなかった。
 或羽はマルチギミックガンを抜き、手近な影朧に向けて銃弾を解き放つ。見事に命中した弾丸に貫かれた影朧の一体が倒れた。
 盗まれた花は落ちることなく、約束の樹の方に向かってふわりと戻っていく。
 次は二体目。更には三体目を撃ち抜いた。他にも装備があった気がするが、今の或羽には思い出せない。無意識に手首に触れた或羽は首を傾げた。
 何か、とても大事なものだったはず。そういった思はあるのだが――。
「……俺は、『何』だった?」
 或羽が奪われたのは己の根源でもある想い。
 何故か自分のものだと思える沈丁花が抱く花言葉。それが示しているように、奪われたのはきっと誇りか、それに関わるものだ。
「あれは……俺自身の在り方と、決して切り離せない何かだ」
 そして、それは絶対に忘れてはいけないもの。
 奪い返せ。否、盗み返せ。
 心の奥から声が響く。或羽は己の奥底に沈んでいた感覚を手繰り寄せるようにもう一度、胸元に掌を当てた。
 花に狙いを定め、取り出したのは予告状。
 そうだ、自分が最も得意な一手はこれだ。この体は染みついた動きを覚えている。心が奪われようとも身体が識っている。
 今宵、夜帷の真中より――。
 其処に続くのは予告であり、宣言でもある怪盗の言葉。解き放たれた予告状は宙を華麗に舞い、一直線に花へと向かっていった。
 そして、次の瞬間。
 奪い返した花は或羽の手の中に収まり、元の場所に戻るようにそっと消えていく。
「――ああ、そうとも。俺は『親父を超える』怪盗、“トリガー”だ」
 片手の銃を回した或羽は不敵に笑ってみせる。
 そのまま銃弾で兎を撃ち抜く或羽。その胸の裡には、取り戻した誇りが宿っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
アドリブ絡み◎

突然の虚無感。
ああ、始まったんだな、と思いました。何か、大事な…大事な想いを失くしたという感覚だけが付きまとう。
どんな想いを失くしたのでしょう?
隣を歩くのは、ただの式神。一人で十分なのになぜ?これも私の守るべきもの?
わからない。
早く思い出さないと。わからない。わからない。早く。
私の想いを奪ったオブリビオンはどこ。
あ、もふもふで可愛い。もふもふ?
いや、今はオブリビオンを倒すことが先決。私の想い返してください。
式神に命令して逃げられないように牽制させます。
UC発動。逃がさない。

倒せたら藍に泣きながら謝ります。
ごめんなさい。想いを失うということを知っていたはずなのに。ごめんなさい。
🌸



●大切な想い
 桜の景色に感じる穏やかな心地も束の間。
 突然、桜並木に吹き抜けていった強い風。それによって幾つかの花が散る様を瞳に映した晶を襲ったのは、奇妙な虚無感。
 ――ああ、始まった。
 何かが抜け落ちていく感覚を抱きながら、どうしてかそう思った。
「……?」
 いつの間にか、心の奥にざわつくような思いが生まれている。
 戸惑いを覚えた晶は自分の胸に手を当ててみた。大切な何かが盗まれていった。まさにそう表すほかない気持ちが不安を巡らせていく。
「何か、大事な……大事な想いがあったはずだったのに」
 それが何であるかが思い出せない。失くしたという感覚だけが付きまとう中で、晶は首を傾げてしまう。
「どんな想いを失くしたのでしょう?」
 隣を歩くのは、ただの式神。其処に何の感情も湧かない。
 確かに式神を連れていれば便利だが、晶は自分一人で十分に務めをこなせるはず。それなのに何故、どうして。
(これも私の守るべきもの?)
 式神が藍という名だということは覚えている。
 だが、どうして自分が藍を傍に置いているかだけが分からなかった。違和感ばかりが胸の中に満ちていき、晶は頭を振る。
 早く思い出さないと。
 わからない。わからない。はやく――。
 焦りばかりが生まれていき、どうにも落ち着かない気分だ。晶は周囲を見渡しながら影朧を探す。想いを奪い取ったオブリビオンを見つけなければ心がどうにかなってしまいそうだった。
 晶は身構え、意識を集中させる。
 そして、桜の合間を縫って駆ける影に気付いた彼女はそちらに目を向けた。
「あ、もふもふで可愛い」
 其処に姿を現したのは赤いバーベナの花を背負った兎だ。
 可愛らしくぴょんぴょんと跳ねる兎。その背にある花は何故か、自分の――自分達の花であるように思えた。
「もふもふ?」
 それと同時に晶がはっとする。ふわふわとした影朧に感じた気持ちが不思議でならなかった。好きだという気持ちが溢れていきそうで少し変な感じがする。されど晶は気を引き締め、逃げていこうとする兎を追った。
 今はオブリビオンを倒すことが先決。そう判断した晶は式神に命令を下しながら、影朧兎へと凛と言い放った。
「私の想いを返してください」
 逃げられないように藍に牽制させ、晶は護法の光を発動させた。
 決して逃さない。
 次第に強くなる思いと共に、天竜護法八大宝珠から放たれた光線が影朧を貫く。敵は素早かったが式神と光からは逃れられず、やがて倒れた兎の背から花が落ちた。
 その瞬間、涙が溢れてきた。
 想いを取り戻した晶は藍のことをはっきりと思い出している。それゆえに、先程までただの式神だとしか思っていなかった自分の心が信じられなかった。
「……ごめんなさい」
 晶は藍に泣きながら謝る。其処にあるのは後悔だ。
 想いを失うということを知っていたはずなのに。咲く花を見たいという理由で想いを手放してしまった。そんな自分を悔いてしまう。
 しかし、式神は晶に寄り添ってくれた。
「藍……」
 大丈夫だと伝えてくれるような藍に身を寄せ、晶は涙を拭う。
 想いの花は胸の裡に戻った。ふたりの思いは同じだと示すように、そっと――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎
イメージは百合

私の心を虚ろな感情が支配している…
「オブリビオンを倒す事」それは私の願いであり、生きる意味でもあったはずだ
だが…オブリビオンを目の前にしても、虚無感だけが私を包む

もういいんじゃないか?
戦い続ける事はくだらない

―どんなに仇を倒しても、大切な人達は返ってこない

真っ黒な想いに心を塗りつぶされそうになった時、デゼス・ポアの刃が敵を貫くだろう
そうだ、私の願いは私一人の物ではない
共に戦う、もう一人の私であるデゼス・ポアの願いでもある
この想いが盗まれても、もう一人の私がいれば、どんな暗闇の中でも私は私の道を見つける事が出来る

UCを発動
純白に咲いた百合の花の紋章で、敵を撃ち倒す



●たとえ絶望であっても
 想いを奪われ、失う。
 そのことがこれほどまで痛くて苦しいことだと、今はじめて知った気がした。
 キリカは片手で額を押さえ、奇妙な感覚に耐えている。身体は何処も何ともないものの、先程から違和感が強くなるばかり。
「これは何だ?」
 自分の心がバラバラになってしまったように思えた。これまでは真っ直ぐ立てていたはずだというのに今は妙に不安定だ。
 胸の内を虚ろな感情が支配していく。思い出せない何かを失ったという事実がキリカに与えたのは不安だ。
 其処まで彼女が追い詰められている理由は、確固たる意志が奪われた故。
「私の生きる意味があったはずなのだが……」
 思い出せない。
 確かに先程、約束の神桜に『         』と誓ったのだが、あの言葉と思いだけが空白となって記憶から抜け落ちている。記憶だけではなく、心そのものまでも奪われてしまったようだ。
 それは自分の願いであり、此処に居る意味でもあった。
 オブリビオンである兎影朧を前にして、沸き立つはずの戦意も今はない。
 百合の花束を背負って飛び跳ねている兎は確かに気になった。だが、虚無感だけがキリカを包んでいる。あの百合こそが大切な想いの形なのだろう。それは分かるが、今のキリカの裡には諦観が渦巻いている。
「ああ、そうか。もういいんじゃないか?」
 気付けばキリカは独り言ちていた。
 戦い続ける事はくだらないのだと感じてしまい、構えていた腕を下ろしそうになる。心が動かないなら、気持ちが沈み続けるのならば、逃げてしまえばいい。
 どんなに仇を倒しても、大切な人達は返ってこない。
「戦いに赴かずとも、どこかで平穏に暮らして……」
 思ってもみない言葉が自分から零れ落ちたことに気付き、キリカは口許を押さえた。
 駄目だ。心が真っ黒な想いに塗り潰されていく。
 抵抗しようにも根源である思いを奪われたキリカにはどうしようもなかった。
 だが、そのとき。
 キリカの横を素早く翔けていくものがあった。刃を振り上げた人形が百合を背負う兎影朧に向かって一閃を解き放つ。
「デゼス・ポア?」
 敵を貫いた人形は振り返り、キリカに顔を向けた。仮面めいた装飾の奥から視線を感じた気がする。はっとしたキリカはその瞬間、己が戦う意味を見出した。
「そうだ、私の願いは――」
 自分一人の物ではない。共に戦う、もう一人の自分であるデゼス・ポアの願いでもあることを思い出した。どうやら今の一閃で一輪の百合の花を取り戻せたようだ。
 残りを取り返そうと決めたキリカは身構えた。
 この想いが盗まれても、もう一人の自分がいれば進める。そのことをデゼス・ポアが教えてくれた。
「大丈夫だ。どんな暗闇の中でも私は私の道を見つける事が出来る」
 己への宣言を言の葉にしたキリカは神聖式自動小銃を影朧に差し向ける。素早く狙いを定めてシルコン・シジョンの銃爪を引けば、宙に花が咲いた。
 純白の百合の花の紋章が美しく広がった刹那、影朧の身が地面に倒れ込む。
 その瞬間、奪われていた想いがキリカの元に還った。
「ああ、これこそが私の誓いだ」
 取り戻した心を確かめるようにしてキリカは胸に手を当てる。其処に宿った微笑みは凛としていて――そんな彼女の姿をデゼス・ポアが静かに見つめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
胸の裡が空虚だ。

何かを忘れてしまったのか。
それとも最初から何も無かったのか。

嗚呼。どちらなのだろうね。

しかし、花に想いを託した事は覚えているとも。
どの花が私の想いだったのかもね。

可愛らしい外見をしておきながら
君はとんでもない事を行うようだ。
ナナ。君の方が気高く、美しいとも。
花になった想いを取り返したいのだよ。

どの子か分かるかい?

嗚呼。彼方だね。
もふもふとしたくなるような愛くるしい表情をしているが
ナナの方が愛くるしい。
彼女をもふもふする事など出来ないけれども
それでこそナナだ。

想いを返してもらおうか。

三毛猫の号令に合わせて獣を差し向けよう。
いくら可愛くとも奪っては駄目だよ。



●優しく絆ぐ
 桜が揺れている。
 想いまでも揺らぎ、胸の裡が空虚に満ちていく。それまで色付いていたものが急に無色透明になってしまったようで、英は眼鏡の奥の瞳を眇めた。
 何もない。なくなってしまった。
 これまでは確かにあったはずの何かが失われている。だが、何かを忘れてしまったのかがとんと思い出せないでいた。
 失くしたのか、それとも――最初から何も無かったのか。
「嗚呼。どちらなのだろうね」
 英は自分の裡にある奇妙な感覚を確かめながら、静かに息をつく。焦りなどは表に出ていないが、落ち着かない気分であることは変わらなかった。
 空虚なだけで、本当は何も持っていなかったのか。
 色を得ていたと感じていた心も、はじめから水のように透明だったのかもしれない。
 しかし、先程に花へ想いを託した事は覚えていた。
「どの花が私の想いだったのか……」
 英は辺りを見渡し、桜の合間で飛び跳ねる影に目を向ける。そうすれば複数の影朧が英の視界に入った。
 ビスカリア、フクシアにトケイソウ。兎の背には様々な花が見えた。
 あれらはすべて誰かの思いなのだろう。すると、此方の存在に気付いたらしい影朧が英に近付いてくる。
「可愛らしい外見をしておきながら、君はとんでもない事を行うようだ」
 取り戻せるならやってみるといい、というような仕草で兎は跳ね回った。英は頷きを返すだけに留め、傍に控えていた三毛猫を呼ぶ。
「ナナ。君の方が気高く、美しいとも」
 英からの言葉を聞き、尻尾をぴんと高く立てたナナが身構える。兎達を見据えた三毛猫は鋭い目をしていた。
「花になった想いを取り返したいのだよ。どの子か分かるかい?」
 英が問えば、ナナは或る一体を示す。
「嗚呼。彼方だね」
 次に英が見遣ったのはアネモネの花を背負って駆ける兎。
 その背には桜の花が一緒に乗っている様子が見えた。片方が想いの花で、もう片方は枝から落ちた普通の桜なのだろう。寄り添うような花達を見つめた英は、あれを取り戻すことを心に決めた。
 影朧兎達は、もふもふとしたくなるような愛くるしい表情をしている。
 だが、英には耐えられる。何故ならナナの方が愛くるしいからだ。戦いの最中であることや性質を考慮すれば彼女をもふもふする事など出来ないが、それでこそナナ。
「想いを返してもらおうか」
 英が兎を見据えると、三毛猫の号令が響く。
 それに合わせて獣を差し向けた英は影朧を次々と穿っていった。情念の獣の手が影朧を引き裂き、三毛猫の声が桜並木に木霊していく。
「いくら可愛くとも奪っては駄目だよ」
 まずは最初に見た花々を獣の指先ですくいとり、想いの元へ還す。兎影朧が倒れると同時に花々が約束の神桜へ戻っていった。
「さて、最後は君だ」
 英は敢えて最後まで残していたアネモネの兎に目を向け、片手を掲げる。
 ナナの声が巡り、情念の獣の手が影朧に迫った。そして――。
「嗚呼、そうか……」
 影朧から花を取り戻した英は穏やかな笑みを湛えた。自分の胸にすっと沁み込むように消えた花が教えてくれたもの。それは英が辿ってきた軌跡の答えにも等しい想い。
 ――絆ぐ。
 英は改めて識る。此の心も想いも、確かに色付いていたことを。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

音海・心結
💎🌈


ひらり、はらり
当たり前のことが当たり前じゃなくなる
心の中の”何か”が抜け落ちた

あれ、あれれ
不思議な感じがするのです
……零時?

何時もは逞しい背中
夢を持った誇らしい彼
それが、今は――

泣かないでください
どうやったら涙が止まるのでしょうか
笑顔の彼に戻ってほしくて

……ああ、
胸が痛いですよ
こんな気持ち初めてに近い

これが大切なことを奪うということなのですね
ええ、……ええ
みゆだけではなく零時をこんなにさせるなんて

怒りの気持ちと悲しい気持ち
混ざり交ざって何なのか分からない

――赦せない
赦せないです

何ともない日々が愛おしい
あの感覚を忘れてはゆけない

ねぇ、うさぎさん
みゆたちの大切なもの返してくれますか?

🌸


兎乃・零時
💎🌈


熱が、消えた
あの日の想いが


夢に覆われてた恐怖が顔を出す
涙が溢れて止まらない

いやだ
やだ
無理だ
帰りたい
俺は、俺は

あの時の絶望だって、夢が有ったから超えれた

夢がない己はただの石ころ
―――否

…な、いてないもん…っ
反射的に否定する
心配させたくない

例え兎乃零時が夢を忘れても
積み重ねた道は消えない

彼の願いは全ての世界に轟く、傲慢にして強欲たる願い

そうして歩み続けた先で得たモノは何か

…そうだ、此処で俺が止まってたら

心結の約束も戻らない
日常が取り戻せない

震える体で前を向く

忘れるな
想いだせ
原点を
想いを
お前が交わした数多の約束をッ!

か、かえせよ…
それは、心結たちの大事なも、んなんだ…っ!

涙は溢れ続ける

🌸



●心に七彩を
 ひらり、はらり。
 想いの破片が零れて、抜け落ちていく。桜の花が風に舞って何処かに飛んでいくかのように静かに。穏やかさの代わりに不穏を与えながら、心が欠ける。
「あれ、あれれ」
 心結は困惑混じりの声を落とし、首を傾げた。
 それまで当たり前だったことが当たり前ではなくなっていく。心の中の“何か”を失くしてしまったという感覚だけが広がっていった。
「不思議な感じがするのです。……零時?」
 心結は空虚な気持ちを覚えていたが、それ以上に零時の様子がおかしい。
 それまで花を見上げて笑っていたはずの彼は深く俯いていた。頭を押さえ、何処か苦しそうにしている零時。
 その裡からは、熱が消えていた。
 それは零時を零時として奮い立たせていたもの。
 あの日の想いがない。
 夢に覆われていることで隠されていた恐怖が顔を出して、涙が頬を伝った。雫が溢れて止まらず、心が冷え切っていく。
「いやだ、やだ」
 少年の声は震えていた。近くに影朧がいるとわかり、彼は首を横に振る。
「零――」
「無理だ。帰りたい」
「どうしたのですか?」
 心結がもう一度、名を呼ぶ前に彼は弱気な言葉を口にした。俯いたまま顔をあげようとしない零時は頭を抱える。いつもの明るい彼は何処にもいなかった。
「俺は、俺は……」
 何かを言おうとしても言葉が続かない。
 これまでに越えてきた絶望だって、夢がこの胸の中に有ったから超えられた。しかし、志を奪われた今の零時にはそれがない。
 夢がない己はただの石ころでしかない。――否、意思を持たないただのひと。
 心結は息を飲む。
 いつもは逞しい背中が、今は丸まって縮こまっている。
 夢を持った誇らしい彼。それが、今は泣き虫な少年になっている。弱いことは悪いことではないのだが、普段の零時を知っている心結は戸惑ってしまう。
「泣かないでください」
「……な、いてないもん……っ」
 おろおろする心結の言葉を反射的に否定した零時は頭を振る。心配させたくないがゆえに強い言葉になってしまったらしく、びくっと心結の身体が震えた。
 今の心結には、どうすれば彼の涙を止められるかわからない。それでも笑顔の彼に戻ってほしいという思いは強い。
「……ああ、胸が痛いですよ」
 困り果てた様子で心結は自分の胸元に両手で触れる。こんな気持ちは初めてに近くて、戸惑いは更に強くなっていく。
「これが大切なことを奪うということなのですね。ええ、……ええ」
 心結は影朧を見据えた。
 自分だけではなく零時をこんなにさせるなんて、と考えると別の思いもわきあがってきた。怒りの気持ちと悲しい気持ち。入り混じった感情をうまく制御できないまま、心結は戦闘態勢に入った。
 混ざり交ざって何なのか分からない気持ちを抱いていても、戦える。
「――赦せない。赦せないです」
 掌を握りしめた心結が発動させていくのは幻術回廊の力。
 妖しく惑う魔法陣を降らせた心結は、周囲を飛び回る兎影朧に狙いを定めた。見据えるのは白い椿の花を背負った兎。あれが心結の想いが花になったものだ。
 魔法陣が影朧に迫りゆく最中、零時がはっとした。
 哀しくて苦しくて、蹲ってしまった自分を守るように心結が戦っている。其処でふと、まだ自分の中に残っているものに気付く。
 例え兎乃零時が夢を忘れても、積み重ねてきた道が消えたわけではない。
 己が辿ってきた軌跡。
 皆と共に進んできた路。
 それらの記憶まで奪われたわけではないはずだ。少年の願いは全ての世界に轟く、傲慢にして強欲たる願いだった。未だ思い出せずとも立ち止まっていて掴めるものではないと、零時の身体が覚えている。
 そうして歩み続けた先で得たモノは何か。
「……そうだ、此処で俺が止まってたら全部無駄になっちまう」
 心結の約束も戻らない。日常が取り戻せない。
 それだけは嫌だ。
 震える身体を抑えた零時は前を向く。
(忘れるな、想いだせ。原点を。想いを。お前が交わした――数多の約束をッ!!)
 心の中で自分が自分に呼び掛けていた。己の心の底から湧きあがった声を意識した瞬間、零時の双眸が大きく見開かれた。その瞳は心結と影朧を真っ直ぐに映している。
 兎が奪っていった、零時の心の花は蒲公英。
 どんな状況でも太陽のように咲き続ける花は目映いほどの色を宿している。
「か、かえせよ……。それは、心結たちの大事なも、んなんだ……っ!」
 途切れがちながらも、零時は影朧に言い放った。
 彼の声に安堵を覚えた心結は、そうっと微笑んだ。未だ涙は溢れ続けているけれど、大好きだと感じたあの熱い心が消えてしまったわけではないと分かった。
 何ともない日々が愛おしい。
 あの感覚を忘れてはゆけないから、必ず取り戻す。
「ねぇ、うさぎさん。みゆたちの大切なものを返してくれますか?」
「絶対に……取り返すッ!!」
 心結の魔法陣が光った瞬間、淡い七色のオーラが零時を覆った。想いが砕かれかけたとしても、少年と少女にはそれを乗り越える意志と希望がある。
 そして――それぞれの想いの花を取り戻すための光が、桜並木の路に迸った。
 刹那、倒れた兎の背から花が零れ落ちる。
「零時……」
「心結!」
 二人は視線を交わし、互いに駆け寄る。
 其処に満ちていたのいつもの明るい笑顔で――想いの花は今、此処に取り戻された。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

飛砂・煉月
【狼硝】

兎に盗られた青紫は抜け落ちたオレの花
オレの想い?
勿忘草――『私を忘れないで』
オレの願い?
誰に添えた願いだったっけ
解らない
オレは、オレ達は何を願ってたんだろ
添う焦りはアレが大切な物だって証
其れだけは解る

オレから奪うなんてイイ度胸じゃん
逃さない、兎は狼の獲物
駆けて瞬時に思考するは塞ぐ逃げ道
オレの花も、シアンの花も解ってるから
さあ、駆けよう

オレの想いも願いもオレだけの物だ
渡さない、誰にも
迫り征く狼は花盗人の兎を捉えて
――返せよ、

手の中に仕舞う勿忘草
じんわり広がる想いにおかえり
噫、此れはシアンに向けた想いだ
キミが取り戻した花、紫苑の花言葉も知ってる
あっは、オレ幸せ者だなあ
へらり咲うは、何時もの


戀鈴・シアン
【狼硝】

兎が背負った薄紫
きっとあれが俺の想いだろう
となると隣で揺れる青はレンの花かな

紫苑――『きみを忘れない』、か
俺にとって大切なものだった気がするけれど
誰との何を願ったのか
絶対に取り返さなければ
そんな焦燥だけが胸を占める

駆け出したのは何方が先か
それぞれの標的へと真っ直ぐに刃を向ける
花は美しい
誰かの願いが込められたものなら、尚更
だからといって盗んでしまうのはいけないよ
それは俺の大事なものだからさ
返してね

手のもとに返ってきた花
心のなかへ帰ってきた想い
そうだ、この想いはきみと紡いだもの
ああ、レンは幸せものだよ
俺とハクがそうしてみせるさ
何時もの笑顔も、その手に在る花の彩りも、失くさないよう胸に刻んで



●忘却に抗う
 春風がそよぐ桜並木は今も美しい。
 しかし、景色を楽しむ心はすっかり消えていた。何かが欠けているという思いが胸を支配している今、胸の奥に空虚さが宿っている。
 花が風に攫われるようにして、するりと抜け落ちた想いは何処へ行ったのか。
「レン、あれ」
「間違いないな、あの兎だ」
 双眸を鋭く細めたシアンは煉月を呼び、花の路を示す。
 其処には二羽の兎が戯れるように飛び跳ねていた。片方の兎は青紫の花を、もう片方の兎は薄紫の花を背に負っている。
 あの兎こそが人々の想いを怪盗に届ける役割を持つ影朧だ。すぐにそのことを察した二人は頷きを交わし、兎達を追い掛けていく。
「勿忘草か。あれがオレの花……」
「それじゃきっと、あっちの紫苑が俺の想いだろう」
 ――『私を忘れないで』
 ――『君を忘れない』
 それぞれが宿す花言葉を思いながら、二人はちいさく首を傾げた。今は未だ、どうして花があの形になったのかは分からない。
「あの花がオレの願いのあらわれ?」
 誰に添えた願いだったっけ、と口にした煉月は考えを巡らせていく。すぐに思い至りそうではあったのだが、どうしてか答えが出ない。シアンの花もよく似た雰囲気を宿しているので、何か共通の想いがあった気がしたのだが――。
「オレは、オレ達は何を願ってたんだろ」
 煉月が僅かに俯いたことに気付きながら、シアンは視線を花に向け直す。
「俺にとって大切なものだった気がするけれど、思い出せないな」
 誰と何を願ったのか。
 裡に生まれていくのは焦燥。
 されど、焦りがあるということは自分達にとってアレが大切な物だという証だ。それだけは解ると語り、煉月は強く地を蹴ることで兎達との距離を詰めた。
 絶対に取り返さなければ。
 胸を占める感情を強く意識したシアンも影朧を追って駆けていく。どちらが何を言わずとも二人はそれぞれの花の方に向かっていった。
(オレの花も、シアンの花も解ってるから)
 ――さあ、駆けよう。
 煉月が瞬時に思考したのは相手の逃げ道を塞ぐこと。
「オレから奪うなんてイイ度胸じゃん」
 竜槍を構えた煉月は敢えて不敵に笑み、狙いを定める。
 兎は身を翻して避けようとしているが決して逃さないと決めていた。何故なら、兎は狼の獲物であるべきだから。
 刹那。竜の咆哮が響き、劈く葬送曲となって巡っていく。
 煉月の一閃が見事に轟いたことを確かめ、シアンも力を紡いでいった。
 想いの花は美しい。
 あれが誰かの願いが込められたものなら、尚更にそう思えた。きっと怪盗も影朧兎も花の美しさを好いているのだろう。でも――。
「だからといって盗んでしまうのはいけないよ」
 言葉と共に解き放った想刀の一撃は見事に影朧を貫いた。竜の一閃を受けた兎も、此方の兎もふらりとよろめいたが、まだ花を持って逃げる気でいるらしい。
 待て、と強く告げた煉月は更なる一撃を見舞いに駆けた。
「オレの想いも願いもオレだけの物だ」
 渡さない、誰にも。
 どんな理由があったとしても奪われていいものではない。
 二羽の兎達はまるで対の想いを運ぶが如く一緒に逃げていた。其処に迫り征く狼は花盗人の兎を捉え、鋭く言い放つ。
「――返せよ」
「それは俺の大事なものだからさ。返してね」
 シアンも想刀を握り、煉月の横に並び駆ける。そして、一瞬後。二人が振るった刃と槍は真っ直ぐに影朧の身を貫き穿った。
 兎は倒れて消え去り、花だけが地面にふわりと落ちる。
 煉月とシアンが手を伸ばせば、それぞれの掌の上に花が戻ってきた。
 手の中に仕舞う勿忘草と紫苑。
 其処からじんわりと広がる想いは、煉月達の中に沁み込んでいく。おかえり、と囁いた煉月の口許には淡い笑みが浮かんでいた。
「噫、此れはシアンに向けた想いだ」
「そうだ、この想いはきみと紡いだもの」
 シアンも掌越しに胸に戻っていった花の想いを知り、穏やかに微笑む。
 取り戻した花は想いに還った。途中から少しずつ気付いていた通り、どちらの花言葉もあの約束に相応しいものだったのだと思える。
「あっは、オレ幸せ者だなあ」
 へらりと咲う煉月の表情は、普段通りのもの。
 シアンは心のなかへ帰ってきた想いをそっと仕舞い込み、もう離さないことを誓う。
「ああ、レンは幸せものだよ」
 そうして、シアンは彼の言葉を肯定する。俺とハクがそうしてみせるさ、と揺るぎない言葉をシアンが告げると、煉月は更に笑みを浮かべた。
 何時もの笑顔も、その手に在る花の彩りも、失くさないように。
 胸に刻んだ想いは今、此処に咲き誇っている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、ウサギさんがお花を盗んでいきます。
えっと、お菓子の魔法で動きを遅くしますから、アヒルさんはその隙にお花を取り戻してください。
って、アヒルさん、どこに行ってしまったんですか?
もう、しょうがないですね。
えっと、あのウサギさんが持っているお花がアヒルさんのお花ですね。
アヒルさんのお花は返してもらいますよ。
あ、アヒルさんどこに行っていたんですか?
心配したんですよ。

それにしても、アヒルさんの約束が奪われるとアヒルさんが消えてしまって、アヒルさんの約束を取り戻すとアヒルさんが現れました。
アヒルさんの約束って、何なのでしょうか?



●秘められた約束
 跳ねる兎が桜の合間を駆けていく。
 兎達が背負って運んでいるのは、神桜に結ばれた紙から具現化した花々だ。
「ふええ、ウサギさんがお花を盗んでいきます」
 皆の約束や誓いが奪われたことを察したフリルは慌ててその後を追う。兎影朧は見た目は愛らしいものの、予想以上にすばしっこく動いて逃げ回っていた。
「ウサギさんが速いなら……こうです」
 こんなときは得意の魔法で相手の動きを遅くするのが一番。
 時を盗むお菓子の魔法を発動させたフリルは、影朧の背後まで一気に近付く。そして、相棒のガジェットに花の奪取を願った。
「アヒルさん、この隙にお花を取り戻してください。って、アヒルさん?」
 しかし、応えは返ってこない。
 首を傾げたフリルは辺りを見渡してみるが、ガジェットの姿はどこにもなかった。帽子の上にも肩の上にも乗っておらず、影も形もなくなっている。
「どこに行ってしまったんですか?」
 かくれんぼをしている状況ではないし、アヒルさんも敵がいる状態でふざける性質ではない。人の想いが盗まれている現状、むしろフリルを激励する意味で突っつく側であるというのに――やはり何処にもいなかった。
「もう、しょうがないですね」
 フリルは影朧に向かって駆けていき、自分だけで花を取り戻すことを決める。そのとき丁度、アヒルさんの想いの花を持っている影朧がみつかった。
「えっと、きっとあのウサギさんが持っているお花がアヒルさんのお花ですね。待ってください。そのお花は返してもらいますよ」
 兎はぴょんぴょん跳ねているが、時を盗む魔法で給仕したお菓子を食べていない相手の動きはとても遅い。
 手を伸ばしたフリルは兎の背から花を取り戻し、そっと胸に抱く。
 すると急にひょっこりとアヒルさんが現れた。
「あ、アヒルさんどこに行っていたんですか? 心配したんですよ」
 ガジェットはフリルの帽子の上に登り、反撃開始だという雰囲気で敵を見据える。フリルはアヒルさんに突かれたことで気を取り直し、更なる魔法を解き放っていった。
 そうして、暫し後。
 何とか想いの花を取り戻したフリルは桜の樹に背を預けていた。
 遅くなっているといえど兎影朧は手強く、かなり物凄い追走劇が繰り広げられていたのだ。息を整えたフリルはアヒルさんを見つめ、ふと考える。
 アヒルさんの約束が奪われるとアヒルさんが消えてしまい、アヒルさんの約束を取り戻すとアヒルさんが現れた。
 先程の出来事を思い返しながら、フリルは首を傾げた。
「アヒルさんの約束って、何なのでしょうか?」
 疑問を言葉にしたフリルの頭の上で、アヒルさんは何も語らぬまま鎮座している。
 そんな二人の前に、風に揺られた桜の花弁がふわりと吹き抜けていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
【比華】

言葉を結んだ和紙は花を成して
今にも崩れそうに
されど爛漫と咲く一華を象る

はじまりの一輪
あかに魅せられる前の、真白
何処までも真っ白な牡丹一華

ぽかりと空いた胸の奥
此処に仕舞われていた想いは、何?
――否、否。嘘よ
わたしが、忘れる筈がない
牡丹一華に寄り添った■■を
隣り合う双つの花を見守った■■■■も

嗚呼、嗚呼――煩わしい
わたしに
わたしたちの記憶に干渉しないで

かたくかたく鎖すと云うのなら
その鍵穴をこじ開けてみせるまで
そこを、退きなさい

ひらいて結わうわたしの黒鍵で
真白を宿す牡丹一華を取り戻す

嗚呼、
いとおしき彩
あかく染まってしまったわね

あの時と、おんなじ――ふふ、
魅せられた彩からは、逃れられないのね


蘭・八重
【比華】

あらあら可愛らしいうさぎさん
ふふっ、うさぎさん鍋美味しそうね

花が咲く、真っ白な薔薇
まだ純粋だったわたくし
純粋?わたくし?それは誰の事かしら?

私は私の筈、誰でも無い
あらあらおかしいわ、何かが欠けている
何かが足りない

手にぬくもりを感じる
誰かと手を繋いでいる
その先には心を乱してる子
嗚呼、何故忘れてしまっているのかしら?
こんなにもこの子を愛おしいと感じているのに
そして、もう片手も誰かと繋いだ手の感覚

うさぎさん、返してちょうだい
私とこの子の忘れモノ
黒薔薇達がうさぎに襲いかかる

そう、私の華
白が黒へと染まった薔薇の華

忘れモノを取り戻すように
繋いだ手を更にぎゅっと握りしめて



●眞白き花
 桜並木に駆け抜ける一陣の風。
 風に花が攫われていくかのように、二人の心に空白が生まれた。
 七結の言葉を結んだ和紙は花を成していき、今にも崩れそうに――されど爛漫と咲く一華を象っている。その花を背に負った兎影朧が飛び跳ねていった。
 七結は手を伸ばしかけ、その掌を胸に当てる。
 あれは、はじまりの一輪。
 あかに魅せられる前の、真白。何処までも真っ白な牡丹一華だ。あの花こそが己の想いの形だと理解した七結は、妙な息苦しさを感じていた。
「……待って」
 逃さない。逃したくない。七結は白の牡丹一華を背負う兎を追い、地を蹴った。
 ぽかりと空いた胸の奥。何かがあったはずなのに、それが何だったか思い出せない。
 此処に仕舞われていた想いは、何?
 牡丹一華に寄り添った■■を。隣り合う双つの花を見守った■■■■も。
 思い出したいというのに、其処だけ塗り潰されてしまったかのよう。
「――否、否。嘘よ」
 わたしが、忘れる筈がない。忘れてしまったなんてこと、有り得ない。そんな風にこの状況を否定してみても花は兎に運ばれていくだけ。
 同じ頃、八重も違う兎を追っていた。
「あらあら可愛らしい。ふふっ、うさぎさん鍋にしたら美味しそうね」
 兎の背には真っ白な薔薇が見える。
 きっとあれはまだ純粋だった自分の想いのあらわれ。しかし、八重は首を傾げてふわふわと笑った。彼女の中からも何かが消えており、いつもとは違う様子だ。
「純粋? わたくし? それは誰の事かしら?」
 私は私の筈で、誰でも無い。
 それなのに――。
「あらあらおかしいわ、何かが欠けているのね」
 心が足りない。そう感じているが、八重も何も思い出せないでいた。
 しかし、不意に手にぬくもりを感じた。誰かと手を繋いでいる光景が脳裏に浮かぶ。その先には心を乱している子がいるのに今の自分は何とも思わない。
「嗚呼、何故忘れてしまっているのかしら?」
 こんなにもこの子を愛おしいと感じているのに。そして、もう片手にも誰かと繋いだ手の感覚が残っているようだった。これは幻のようなものでしかないと分かっていたが、どうしてかそう感じている。
 八重も失くした記憶に戸惑っているのだと察し、七結は頭を振った。
(嗚呼、嗚呼――煩わしい)
 奪われたものは大切だったはずのもの。
 あの兎達が盗んでいったのならば許してはおけない。七結は樹の裏に隠れようとした兎の動きを読み、一気に回り込む。
「わたしに、わたしたちの記憶に干渉しないで」
 凛と告げた言葉と同時に黒鍵を掲げた七結は兎影朧を見下ろした。
 記憶や想いをかたくかたく鎖すと云うのなら、その鍵穴をこじ開けてみせるまで。
「そこを、退きなさい」
 此の鍵はひらいて結わうためのもの。
 七結の一閃は影朧を貫く。その瞬間、真白を宿す牡丹一華がふわりと浮いた。七結が更なる一撃を放とうとする中、八重も薔薇を背負う兎に向かっていく。
「うさぎさん、返してちょうだい」
 八重は鞭のような鋭い茨の黒薔薇を解き放った。兎を穿った一撃が相手の身を揺らがせる。されど身を翻した兎は更に逃げようとした。
「それは私とこの子の忘れモノよ」
 一度で足りぬなら、二度でも三度でも。約束の花を取り戻すべく、黒薔薇達は兎影朧に襲いかかっていった。
 やがて、薔薇の花が地面に落ちる。
 牡丹一華に手を伸ばした七結は花をそっと胸に抱いた。そうすれば白の花が胸の内に沁み込んでいくように、静かに消えていく。
 消える間際、白だった花があかに染まっていく様子が見えた。
「嗚呼、いとおしき彩」
 あかく染まってしまったけれども、これが今の自分の色。
 七結は両手で胸元を押さえ、取り戻した想いを確かめていく。八重もまた、取り返した薔薇を拾い上げていた。
「そう、これが私の華なのね」
 白は黒へ。違う色に染まった薔薇の華を見下ろす。すると、花は解け消えるようにして八重に沁み込んでいった。
 忘れモノを取り戻すように、八重は手を繋ぐ。
 繋いだ手を更にぎゅっと握りしめれば、八重の口許に花のような笑みが咲いた。
 七結も微笑みを浮かべ、胸に宿るあえかな感覚を心地よく懐う。赤と黒。それぞれの色彩は手放してはいけないものだと思えた。
「あの時と、おんなじ――ふふ」
 魅せられた彩からは、逃れられない。
 けれどもそれでいい。これが自分達の在り方なのだと改めて解ったから。
 胸に咲く花は色付く。
 咲きゆく心の大切さを抱きながら、姉妹は桜の路の先を見つめた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ぽかりと心にあいた穴
そこには何かがあった
大切な、何かが

記憶を振り返ってみればわかるかと思ったけれど

わからない

何故あんなに必死に刃を振るっていたのか
何故この身を削っても護ることに固執していたのか

己ではなく
彼らのために刃を振るう理由は?
彼らは私の何?

何が私を駆り立てていたのだろう?
私は何を想って彼らの傍にいるの?

あの花…
兎が持つ花に目が止まる
何となく、己のものだと想った

ねえ、それを返して
それは私のでしょう?
花を指差し問う
静かに刃を手にしながら

“止まりなさい”
逃げるなら祈りと呪詛入り交じる言霊で呼び止めて
花を傷付けないよう
破魔を宿した薙刀でなぎ払う

想いを返して
これ以上
迷い惑って
見失いたくないの

🌸



●取り戻した心
 心にぽかりとあいた穴が塞がらない。
 空虚。或いは虚無。そのような感覚が身体中に巡っている。そこには何かがあったはずなのに、少しも思い出すことが出来なかった。
 大切な、何か。
 何であるのか、どんなものだったのか。今の千織はそれすら分からないでいる。
 どうしてか痛む頭を押さえ、記憶を辿ってみた。
 落ち着いてこれまでのことを振り返ってみればわかるかと思ったが、やはり思い出せない。何もわからないままだ。
「どうして私は……」
 何故、あんなに必死に刃を振るっていたのか。
 何故、この身を削っても護ることに固執していたのか。
 ひとつも理由が見つからなかった。今まで戦ってきた記憶に疑問を抱いてしまうほどに、千織の中の大切なものが失われている。
 千織はいつも誰かのために戦ってきた。
 己ではなく、彼らのために刃を振るう理由は――?
「彼らは私の何?」
 問いかけてみても答えてくれる人はいない。自問自答にもならない言葉だけが桜並木の間に零れ落ちて消えた。
 一体、何が自分を駆り立てていたのだろう。
「私は……何を想って彼らの傍にいるの?」
 不安が胸に満ちていき、千織は疑問を繰り返すことしか出来なかった。
 そんな千織を揶揄うように、周囲を跳ね回る兎がいる。はたとした千織は兎が桜の花を背負っていることに気が付いた。
「あの花……」
 並木道に咲くに似ているが、あの桜だけは何故か違うもののように思える。
 兎が持つ花に目を留めた千織は、何となくあれが己のものだと感じていた。兎が跳ねる度に何となくだった思いは確信に変わっていく。
「ねえ、それを返して」
 千織が呼びかけると、兎影朧は嫌だと云うかの如く逃げていった。
 敵を追い掛けた千織は手を伸ばす。
「それは私のでしょう?」
 花を指差して問い、静かに刃を手にしていく千織。影朧に向けて駆けていった彼女は鋭く凛とした声色で影朧に呼びかける。
「――“止まりなさい”」
 逃げるならば容赦はしない。祈りと呪詛が入り交じる言霊で呼び止め、一気に斬りかかる。可愛らしい見た目ではあるが、相手は影朧であるゆえに全力で向かうしかない。
 ただ、花を傷付けないように。
 破魔を宿した薙刀でひといきに薙ぎ払えば、影朧の身が切り裂かれた。
「想いを返して」
 これ以上、迷い惑って見失いたくないから。
 桜の花が兎の背から零れ落ちた。影朧としての存在は滅されていき、兎はその場に倒れ込んでいく。消えゆく兎を見送った千織は桜の花を手繰り寄せた。
 刹那、これまで忘れていた気持ちが蘇る。
「……思い出した」
 やはりこの想いは失くしてはいけないものだった。
 どれほど辛く苦しくとも、自分の中に抱いていくべき想いがこれだ。己の裡に戻るようにして手の中で消えていく花を見つめ、千織はそっと双眸を細めた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【朔夜】

きみに何か
大事なものを託し
託された様な気がするのに

結んだ約は
兎が持ってる
でも、其れは本当に大切だった?
今更、託す願いが在った?
ちら、と傍らの白を見遣り
不安で空虚な何かを埋める術を探るように
確かにきみに預けた感情が
其処にあったんだ

どんなに可愛くても
盗人…いや、兎?
赦されないし
刻も今日ばかりは
愛でるのを我慢してるみたいだし
花を、想いを、返して貰うよ

赫白が兎を包み込むを続き
背にする桜模様は目印だ
俺の桜が追い掛けよう

痛くても
煩わしくても
失ってしまえば
其れは俺が俺で在ることが
出来ないから

ねえ、手向けの華は
もう充分だろう?

🌸


飛白・刻
【朔夜】

…兎、か
常であれば愛でる対象でしかない
獣使いの端くれとしても、実際に養っている対象としても
それでも、今この時においては還さねばならぬ

はっきりとした約束など
したこともすることも本来ならば無い筈だった
そんな己が決めたのならば
中身を思い出せずとも、約束とした時点
お前に、千鶴に託すならば尚の事
…己の中では、覚悟と意味を成すものの筈なのだと
上手く繋がらぬ感覚の絲を寄せ手繰るかのように

だから
その花は返してくれ、と
代わりと云うは何だが
餞にこの花をくれてやるから
迷いなく狙いを定め
己と相容れる花を目掛け
散らす赫白で桜兎を覆い隠して
二色混ざるかの様な色が追う

此れは己が己の存在を受け入れた故の解なのだと

🌸



●託す願い、託された思い
 花を背負った兎が桜の合間を跳ねていく。
 春風と共に駆けゆく姿は可愛いが、あの花は奪われてはいけないものだった。
 跳ねる兎を見つめた千鶴は胸元に手を当てた。先程から、心に穴が空いてしまったかのような空虚な気持ちが満ちている。
 刻と千鶴は頷きを交わし、逃げようとしている影朧を追い掛けていった。
(きみに何か大事なものを託して、託された様な気がするのに)
 千鶴は刻の横顔を見遣り、頭を振った。
 思い出したいというのに何も思い出せないでいる。焦燥ばかりが募っていき、落ち着かない気分だ。千鶴が焦る気持ちを何とか静めようとしている最中、刻は並んで駆ける二羽の兎を見据えていた。
「……兎、か」
 常であれば愛でる対象でしかないが、あの影朧は屠るべきものだ。
 獣使いの端くれとして実際に養っている対象ではあるが――それでも、今この時においては還さねばならぬもの。
 二人が追う兎はそれぞれに違う花を背負っている。
 ちらちらと千鶴の方を気にしている影朧はすみれ色の桜の花。刻を意識しているらしい兎は白い椿の花を持って逃げていた。
「取り戻そう」
 千鶴は短く告げ、菫桜の兎の方へと駆けていく。
 結んだ約はあの兎達が持っている。逃さないと決め、視線で同意を示した刻は椿の兎の方に向かうべく強く地を蹴った。
 思えば、はっきりとした約束などしたこともすることも無い筈だった。
 本来ならば何もないままで良かった。しかし、そんな己が決めた約束であるのならば取り返さなければいけないものに違いない。
 中身を思い出せずとも、約束とした時点で大切なものなのだと解った。
(――お前に、千鶴に託すならば尚の事)
 刻は兎を追っていく千鶴の背を見つめ、掌を握り締めた。花として零れた想いは奪わせない。きっとあの想いは、己の中で覚悟と意味を成すものである筈。
 感覚の糸は上手く繋がらないままだが、己の誓いを手繰り寄せてみせる。刻が影朧兎に狙いを定める中、千鶴の心は惑っていた。
 やはり、大切な何かが足りない。自分の中から抜け落ちてしまっている感覚が消えないまま心が揺らぐ。
(でも、其れは本当に大切だった? 今更、託す願いが在った?)
 傍らの白を見遣り、千鶴は戸惑いを押し隠す。
 不安で空虚な何か。それを埋める術を探るようにして千鶴は攻勢に入り、桜花を巡らせる。刻も千鶴に合わせ、白と赫の重ね椿を解き放った。
 確かにきみに預けた感情が其処にあった。
 確かにお前に託した願いが此処にある筈。
 答えを探す二人の花は折り重なり、新たな彩を創り出すかの如く影朧を穿っていく。
「どんなに可愛くても盗人……いや、兎?」
 軽く首を傾げた千鶴は、身を翻した影朧を追い込む。どんな姿であっても、どのような理由があれど想いを盗むのは赦されないことだ。
「その花は返してくれ」
 鋭く言い放つ刻も、今日ばかりは兎を愛でたい気持ちを我慢しているようだ。
「ああ。花を、想いを、返して貰うよ」
「代わりと云うは何だが餞にこの花をくれてやるから」
 刻は一片の迷いもなく狙いを定めた。
 己と相容れる花に目掛けて刻が力を解き放った刹那、赫白が兎を包み込む。背にする桜模様を目印として、千鶴も己の桜を追い掛けて穿っていく。
 散らす赫白は桜兎を覆い隠し、舞う桜は戦場を彩っていった。其処から二色が混ざるかのような彩が追い掛け、影朧に追い付く。
 想いを忘れていても身体が覚えている。戦え、と内なる本能が叫んでいるようだ。
 たとえ痛くても、煩わしくても、失ってしまえば何にもならない。
(其れは俺が俺で在ることが出来ないから――)
 千鶴は更に花を巡らせ、春の彩をひといきに兎へ放った。
 そうすれば、菫桜がひらりと浮かんで千鶴の元に戻ってくる。花を手で受け止めた千鶴は倒れて消えゆく兎の姿を見下ろす。
「ねえ、手向けの華はもう充分だろう?」
「違いないな」
 刻も椿の花に手を伸ばし、静かに咲く其れをそうっと握った。
 ふわりと消えた花が胸裏に戻っていく。それによってこれまで忘れてしまっていた約束が二人の裡に蘇った。
 骸の海に還る影朧が完全に消えたとき、穏やかな春風が吹き抜けていった。
 此れは己が己の存在を受け入れた故の解。
 桜並木の景色を瞳に映した刻は無事に取り戻した想いを胸に抱く。自分達の約束を改めて識った千鶴は微笑みを湛えていた。
 託して、託された想い。
 それはきっと、もう二度と落とすことのない誓いになってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


いけない

約束
この理を離したら私は

『廻り還り出逢った愛しききみを救い守る神になる』─神である存在を結んだ故に
私は私を保てない……!

─不甲斐ないものだ
何時までも定めぬからだ
我が事ながら再び約束を落とす…いや
落とさぬようついて行ったか

サヨ…イザナ…
蹲る愛し子の頭を撫でる
大丈夫なように私が守るよ
取り返してきてあげる
きみは何時だって愛しい子だからね
君が私を忘れても
私はきみを
噫……あいしているとも

人魚の子もそう言っているよ

見つけた
おいたをするなんていけないね
─滅絶ノ厄華
返してもらうよ

サヨ…頼もしいね
頼んだよ
…共にいるからね


…呆れたカラスがみえる
ご、ごめん
情けなくて嫌になる
私は…何も出来なかった


🌸


リル・ルリ
🐟迎櫻


心からカラカラ音が鳴るよう

大切な約束が
誓が泡沫と共に何処かにいってしまった
脳裏に浮かぶのは今際の際のとうさんの顔と声
僕は、僕は
喉を抑える
歌い方も忘れてしまった
貴方の教えてくれた曲を落した

何も出来てないのに
まだ何も!

カムイ……?いいや君は─
君の気持ちが僕にもわかった
大切な約束を落として尚進む
その強さ

取り戻そう

櫻、立って!
君が僕への愛を忘れても
何度だって愛し尽くしてやる

揺桜を構え、祈り放つ白の魔法
忘れても路は絆ってる

花を抱く
これは僕の歌
僕が継いだもの
カムイ、櫻宵
君達だって継いだものがある

皆を笑顔を運ぶ歌を歌って届ける
立派な座長になる

とうさんの成し遂げられなかったことをする
僕が覆すんだ


🌸


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


私は何をしているのだろう

心にぽっかり穴が空いたよう
何かが欠けた
心が乾いて
お腹が空いてたまらない
私を愛してくれるものなどないのに
どうしてだろう?
其れが今まで此処にあった気がして
虚しさが散るばかり

童子の頃のように小さく蹲る

白い美味しそうな人魚が励ましてくれた
黒赫の神様が私を撫でてくれる

あたたかな眼差しに心がざわつく
あなたは
愛、あい…?

お前はそれでいいのか
傍に寄り添う同じ顔の人形が問う
其れでは呑まれるだけだと
立ち上がることもできないのかと

なぜだかとても腹が立って
私だってできるのだと刀を振るう
並ぶ赫が笑って
人魚の歌が…


リル、カムイ──師匠もカグラ、も
大丈夫、無くしてない
私の愛はここにある

🌸



●愛に咲く華
 心が空っぽになる。
 僅かに残った意志が揺れ動き、何だか胸の奥がカラカラと音が鳴っているよう。
 桜を眺めていたリル達を突如として襲ったのは、言い知れぬ虚無感。大切なものが奪われていったのだと気付き、リルは顔をあげた。
 大切な約束と誓いがふわりと浮かんで消える。
 泡沫と共に何処かにいってしまったのだと感じながら、リルは戸惑いを抱いた。
 脳裏に浮かぶのは父の姿。
 彼の今際の際に見た顔と声がはっきりと思い出せるというのに、何故か何も感じない。
「僕は、僕は……」
 片手で喉を押さえたリルは首を傾げた。
 当たり前だったはずの歌が出てこない。歌い方を忘れ、彼の教えてくれた曲を落としてしまったようだ。それを自覚したリルの尾鰭は震えている。
 何も出来てないのに。
(まだ、何も――!)
 歌を紡げぬリルと同様に、カムイと櫻宵にも異変が起きていた。
 ――いけない。
 胸の奥から何かが零れ落ちていく感覚をおぼえ、カムイはよろめいた。
 約束が消えていく。この理を離したら、と考えた瞬間に心が空虚さに包まれた。己が神であるという存在を結んだ故に、自分を保てなくなる。
「それだけは失くしては……」
 裡を占めるのは空白。その場に膝を付いたカムイは虚ろな目をしていた。
 そのとき、彼の様子が変わった。
「不甲斐ないものだ。何時までも定めぬからだ」
 我が事ながら再び約束を落とす――否、落とさぬようついて行ったか。そのように呟いた神はゆっくりと立ち上がった。
 彼の異変には気付けぬまま、櫻宵も言葉に出来ない空虚さを感じていた。
(私は何をしているのだろう)
 此処に居る意味が見いだせないでいる。心にぽっかりと穴が空いたようで、感情自体も欠けてしまった気がした。
 心が乾いて、お腹が空いて、何かを求めたくてたまらない。
 私を愛してくれるものなどないのに。私を認めてくれるものもいないというのに。
 どうしてだろう。
 それなのに、今まで此処にあった気がして――虚しさが花のように散るばかり。そんな櫻宵の傍にはイザナがついている。
「サヨ……イザナ……」
 神は蹲っている愛し子に手を伸ばした。
 震えている櫻宵を抱き締めた神は彼の頭を撫でた。今の櫻宵はまるで童子の頃のように不安定だ。叱られたといって泣きついて来たことを思い出し、神は静かに笑む。
「大丈夫なように私が守るよ。取り返してきてあげる」
 きみは何時だって愛しい子だから。
 誓いを落とした櫻宵からは、カムイとリルのことも抜け落ちていた。
「……守ってくれるの?」
「君が私を忘れても、私はきみを……噫、あいしているとも」
「カムイ……? いいや君は――」
 状況を察したリルは櫻宵と神の方に泳ぎ寄る。今になってやっと彼の気持ちが解った気がした。
 あのときに見た彼はきっと、こんな思いを抱いていたはず。
 大切な約束を落としても尚進み続けた彼。その強さを思い出したリルは櫻宵をそうっと抱き締めた。
 取り戻そう。リルは自ずと決めていた。
「櫻、立って! 君が僕への愛を忘れても何度だって愛し尽くしてやる」
「人魚の子もそう言っているよ」
「あなた達は……」
 リルの宣言を聞き、神も頷いてみせる。戸惑いを隠せない櫻宵だが、二人の言葉を聞いてどうしてか安心した。
 白い美味しそうな人魚が励ましてくれた。黒赫の神様が自分を撫でてくれる。
 あたたかな眼差しに心がざわついて、櫻宵の心に光が射していく。
「愛、あい……?」
 すると傍らに控えていたカグラが櫻宵に呼び掛けた。
 ――お前はそれでいいのか。
 同じ顔の人形に問われ、櫻宵は唇を噛み締める。良いはずがないのは解っているのだが、身体が動かない。すると、カグラは其れでは呑まれるだけだと伝えてきた。
 立ち上がることもできないのか。
 そんな風に云われれば、何故だかとても腹が立ってきた。
「私だってできる」
「噫、出来るとも」
「僕だって戦える!」
 櫻宵が刀を抜き放つと、神とリルも身構える。
 三人が見据えるのは花を奪っていった兎影朧達だ。
 並ぶ赫が笑い、人魚の歌が響く。それが当たり前に感じられた。櫻宵を守るようにして前に泳いだリルは揺桜を構える。其処から祈り、解き放つのは白の魔法。
「忘れても路は絆ってるよ、絶対にね」
 宣言したリルが魔力を巡らせると、空中に光の五線譜が並んだ。
 音符の如く並ぶ白い羽根が向かっていくのは白いスノーデイジーを背負った兎。桜でも月下美人でもなく、あれが今のリルの心の花だと感じられる。
 白い羽根が桜並木の中に舞い飛んでいく中、神も己の花を見つけた。
「おいたをするなんていけないね」
 地を蹴った彼が追い掛けたのは、紅葉葵の花を持って駆ける兎だ。
 ――滅絶ノ厄華。
 返してもらうよ、という言葉と共に狂飆の如き神気が解き放たれる。刹那、影朧を穿った神罰は鋭く巡った。花を取り戻そうとするリルと神に続き、櫻宵も朱華の一閃を見舞いに駆けていく。
 櫻宵の心が変化したのは赤い牡丹一華のようだ。
 あの花を取り戻せば空虚さも消えるはず。櫻宵は一気に刃を振るい、影朧を容赦なく切り裂いた。相手が盗人ならば遠慮はいらないとして、櫻宵は強く宣言する。
「斬るわ」
「サヨ……頼もしいね。頼んだよ」
 共にいるから。
 カムイ――否、神斬としての意思を告げ、彼も己の花を持つ兎を叩き斬った。同時にリルも羽の音符で影朧を貫き、かれらを骸の海に還してゆく。
 白の花、紅の花、赤の花。
 それぞれの心を取り返せたと感じたリルは、そっと白の花を抱いた。その瞬間、それまで奪われていた思いが胸の裡に戻ってきた。
「これは僕の歌だ。僕が継いだもので……ふふ、良かった」
 リルは消えていく花が自分の中に沁み込んでいったのだと感じて、淡く笑む。
 皆を笑顔を運ぶ歌を歌って届ける、立派な座長になる。そしてとうさんの成し遂げられなかったことをする。自分が覆すのだと改めて識った今、心は迷ったりなどしない。
 振り向いたリルは、二人の胸にも心が戻ったことを確かめる。
 カムイは取り戻した約を抱くようにして、胸を押さえた。隣には呆れたカラスが居り、思わずごめんと謝ってしまう。
「私は……何も出来なかった」
 情けなくて嫌になる。静かに肩を落としたカムイは蹲りそうになった。だが、次は櫻宵が彼を支える番だ。
「リル、カムイ――師匠もカグラ、も。大丈夫、無くしてない」
「サヨ……」
「カムイ、櫻宵。君達だって継いだものがあるよ」
 神の両隣にそっと寄り添った櫻宵とリルは、穏やかな笑みを湛えた。失くしても、忘れても、何度だって思い出していけばいい。
 自分達の愛はここに、確かに存在しているのだから――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜
🌸🕯
あ、うさぎだ
カルディアちゃんのアムくんとは違うね
それに花を…え、待って!カルディアちゃん行こう!

桜を背負う兎
その花が自分のものだと
絶対に取り戻せと、訴えかけるわたしがいる

ごめんね
その花、想いはわたしだけのものなの
失くしたらいけない、大切なものな気がするの
だって分からなくなった途端にね、すごく寂しく感じるんだ
大部分を占めていた何かが消えちゃって
分からないのに泣きたくなる

カルディアちゃんの想いだって彼女だけのもの
想いを咲かせた彼女の花も尊く思う

決して誰かに譲ることはできない
だから返してもらうね
わたしの、わたしたちだけの花

凍てつく氷華、歌い響かせて
氷弾を放ち足止め
カルディアちゃん、いまだよ!


カルディア・アミュレット
🌸🕯
アムは長毛なうさぎ…なのだけれど、あの子はちがう種類……あ…お花…
ん…、あれは持っていかせてはいけないわ…

願いに咲くは福寿草
あれがわたしのもの…
あれはきっとわたしの焔の存在理由
奪わないで…奪わせないわ…
となりにいる大切なこの子の願いだって
奪わせたりしない

本能が空いた胸を揺さぶるのよ

わたしがわたしたらしめる想い
わたしはそれがないと、焔灯せないわ…

きっと志桜も、みんなもそう…
願いは人の魂そのものだから
そして
わたしは…志桜の願いを守りたい
強く想う

返して、うさぎさん…
あなた達もこれがほしい理由はあるとは思う
けれど…

ごめんなさい
譲れないのよ

青き不滅の焔は
裁きを与える…
願いを奪おうとする兎達を



●わたしたちのひかり
 枝垂れ桜が揺れる路の間に、跳ねる影がふたつ。
 花を背負い、長い耳を揺らして軽やかに駆けていくのは可愛らしい兎。
「あ、うさぎだ」
「……もふ、もふ」
 見て、と語った志桜が指差して示した兎は、カルディアがいつも連れているふわふわフラビィとは違う種のようだ。長毛種であるアムと短毛種の兎を見比べ、カルディアはこくりと頷いてみせた。
「ふわふわだけど、カルディアちゃんのアムくんとは違うね」
「あの子はちがう種類……あ……お花……」
「それに花を……え、待って!」
 思わずほのぼのとした気持ちになりかけたが、二人は先程から違和を抱いている。遠ざかっていく兎は影朧であり、その背にある桜と福寿草の花は想いの欠片だ。
「ん……、あれは持っていかせてはいけないわ……」
「カルディアちゃん行こう!」
 兎が二人から離れる度に、心が引き剥がされていくかの如き感覚が巡った。少女達は視線を交わし、ひといきに駆け出していく。
「逃さないよ!」
 志桜が追うのは、ひとひらが青に染まった桜を背負う兎。
 その花が自分のものであることは自ずと理解していた。どうしてか心に穴が空いてしまったような気がする。それゆえに絶対に取り戻せと訴えかける自分がいた。
 胸の裡にあって当然のものが失くなっている。そういった感覚を抱き続けるカルディアも福寿草を持つ兎を追う。
 願いに咲く花。あれは自分だけのものだと思えた。
「あの花は、わたしのもの……」
「うん、間違いない。わたしたちの心だよ!」
 カルディアと志桜は互いの花がとても美しいと感じている。桜も福寿草も大切な想いが形になったもの。自分の心は勿論、それぞれの願いを盗まれるわけにはいかない。
「あれはきっとわたしの焔の存在理由、だから……奪わないで……。ううん、決して……奪わせないわ……」
 となりにいる大切なこの子の願いだって、絶対に。
 どんな誓いを込めたかは今のカルディアには思い出せない。それでも、裡に残っている本能が空いた胸を揺さぶっていた。
 志桜は素早く駆ける兎影朧を強く見つめ、首を横に振る。
「ごめんね。その花、想いはわたしだけのものなの」
 カルディアと同様に志桜も何を誓ったのかを忘れている状態だ。しかし、失くしてはいけない、大切なものであったことだけは解っている。
 何故なら、分からなくなった途端にすごく寂しく感じてしまったから。
 大部分を占めていた何か。それが消えてしまった今、気を抜けば泣き出してしまいそうなほどに苦しい。
 そんな思いとは裏腹に、影朧は飛び跳ねては身を翻す。翻弄されていると知っているが、志桜もカルディアも足を止めたりはしなかった。
「志桜、大丈夫……?」
「平気……じゃないけど、負けてられないからね」
 カルディアの問いかけに対して志桜は、にひひ、と強がって笑ってみせる。その笑みに勇気を貰えた気がして、カルディアは地を蹴る足に力を込めた。
「わたしをわたしたらしめる想い。わたしはそれがないと、焔を灯せないわ……」
 だから、取り返す。
 カルディアは焔の精霊を呼び、不滅の青き焔を解き放っていく。
 其処に合わせて杖を掲げた志桜は冷気の魔弾を撃ち出した。焔と魔弾は折り重なり、悪しき影朧の身を穿つ。
 志桜は更に魔力を紡ぎ、カルディアの花を見つめた。
 あの想いだって彼女だけのもの。想いを咲かせたカルディアの花を尊く思いながら、志桜は全力を揮っていった。
 きっと自分も志桜も、みんなも大切な想いがあるから光を燈せる。そう考えたカルディアは花を傷付けないように不滅の青を操った。
「願いは人の魂そのものだから……違う誰かの物にしちゃ、いけない……」
 そして、わたしは――志桜の願いを守りたい。
 隣に立つ少女の横顔を見つめたカルディアは強く想う。視線に気付いた志桜はカルディアを見つめ返し、大丈夫、と伝えた。
「そうだよ、決して誰かに譲ることはできない。だから返してもらうね」
「返して、うさぎさん……。あなた達もこれがほしい理由はあるとは思うけれど……」
 これはわたしの、わたしたちだけの花。
 譲れない理由は此処に、確かな思いとして存在しているから。
 志桜は春燈の導をくるりと回し、凍てつく氷華を展開していく。歌い響かせていくかのように氷弾を放ち、影朧の足元を一気に凍りつかせる。
「カルディアちゃん、いまだよ!」
「ええ……取り戻すわ。わたしたちの、想いを」
 志桜の声を聞き、カルディアは精霊に願う。
 そして――青き不滅の焔は裁きを与えてゆく。願いを奪おうとする兎達を覆った青焔は、瞬く間にその身を骸の海に還していった。
 桜の花と福寿草がふわりと浮かぶ。寄り添うように花達が近付いたかと思うと、それぞれの手の中に戻っていく。
「良かった……」
「そっか、これがわたしの想い……」
 手を伸ばして花を抱いたカルディアと志桜の心に想いが宿る。改めて識った心をいとおしく、大切に感じた少女達の間には、花のような微笑みが咲いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天帝峰・クーラカンリ
シャト(f24181)と共に
花:ブルーワンダー

喪失感と焦燥感
この感情は不快だ
何かが盗まれたのだと分かるが
それが何かわからないもどかしさ
噫、苛々する

きみはこの感情に怒りと名付けるか
ひょっとしたら私もそうなのかもしれない

さて、娘の非行は正してやるのが親の務めなのだろうが
私は神故に寛大であるぞ
きみが正しいと思ったことをやれば良い
もし非人道的なことなら窘めるが…今回は違うからな
子供は遊ぶもの、さしずめ鬼ごっこかな?

では断罪をくれてやろう
私の願いは私にしか価値はなく
だからこそ意味がある
何、今の私は獄卒。獲物を追うのには慣れたもの

兎ならば毛皮を剥ぐか
肉も食えるようだし
では頂こう…いや、返してもらおうか


シャト・フランチェスカ
クーラカンリ(f27935)と

眼を見開く
ぐらりと大きな揺れを感じた
躰だけじゃない
これは僕の存在が揺らぐ軋みだ
ぎり、と歯の音が鳴る

きみはどんな気分?
僕は最悪だ
描写し難い激情だけど
強いて言えば、怒りなんだろうね

父って娘を見守るものなんだっけ?
僕が非行に走っても
連れ戻してくれるかなあ

ふふ
神様のお赦しも頂けたから
存分に【子ども】になって鬼ごっこだ

菟や菟、如何して逃げる
真赫に熟れた血彩のまなこ
『私』にひとつ下さいな

――あはっ
敗けたらお終いのデスゲーム
僕の証を僕に還せ
僕の私を僕に孵せ!

きみを唆した親玉が居るんでしょう?
かわいいうさぎを追い回させるなんて厭な奴
盗むならその重みに耐えられるようじゃないとね

🌸



●戻るべき場所、己の決着
 心から灯が消えた。
 そのように表すしかない感覚がクーラカンリとシャトを襲う。まるで燈火と標を失ってしまったような思いと共に、シャトは目を見開いた。
 ぐらりと大きな揺れを感じて思わずよろめく。
 傍にあった桜の樹に手を添えたことで膝をつくことは防げたが、この揺らぎは躰にだけ感じたものではなかった。
(これは――僕の存在が揺らぐ軋みだ)
 ぎり、と歯の音が鳴る。無意識に躰に力が入っていることに気が付いたが、この感情に抗うことが出来なかった。
 本来ならばクーラカンリがシャトを支えたのだろう。だが、彼もまた違和を覚えて仕方ない状態だった。
 身を穿つように巡っていくのは喪失感と焦燥感。
 この感情は不快でしかなく、クーラカンリは裡に宿る思いに耐えた。何かが盗まれたのだと分かるが、それが何であったかわからないもどかしさが心を支配していく。
「きみはどんな気分? 僕は最悪だ」
「噫、苛々する」
 シャトは頭を押さえているクーラカンリに問い、肩を竦めた。心を奪われるということがこれほどの異変を起こすものだと知ったシャトは、自分の胸元に手を添える。
「描写し難い激情だけど強いて言えば、怒りなんだろうね」
 心の一部を失って尚、シャトは物書きとしての物言いをしていた。クーラカンリは感心を覚え、なるほど、と呟く。
「きみはこの感情に怒りと名付けるか。ひょっとしたら私もそうなのかもしれない」
 苛々するという言葉が自然に出てきたように、きっとそうだ。
 しかし、こうして感情を共有しあったことで焦りは薄らいでいった。クーラカンリとシャトは辺りを見渡し、奪われた心の在り処を探す。
 そうすれば、それぞれの花に目が留まった。
 クーラカンリが捉えたのはブルーワンダーの花を背負って駆ける兎。
 そして、シャトが気にかかったのはヤドリギを持って飛び跳ねている兎だ。
 あれらが自分達の心の花なのだと察した二人は身構え、一気に地面を蹴った。花を怪盗の元に届けるべく駆けている兎を逃すわけにはいかない。
 二人は駆ける。目標を定めたからか、その頃には随分と気分も落ち着いていた。
「さて、娘の非行は正してやるのが親の務めなのだろうが、私は神故に寛大であるぞ」
「父って娘を見守るものなんだっけ?」
 その際にクーラカンリが戯れに語った言葉に対し、シャトは軽く首を傾げてみせた。僕が非行に走っても連れ戻してくれるかなあ、と彼女が声にすると、クーラカンリは真っ直ぐに告げる。
「きみが正しいと思ったことをやれば良い。もし非人道的なことなら窘めるが……今回は違うからな」
 子供は遊ぶもの。さしずめこの状況は鬼ごっこだろうか。
 クーラカンリがそのように話せば、シャトは静かな笑みを湛えた。そうして、シャトは桜の樹の裏側に回り込もうとした兎を捉える。
「神様のお赦しも頂けたから、存分に子どもになって鬼ごっこだ」
 姿を隠すつもりだろうが、相手の動きは読めていた。
 菟や菟、如何して逃げる。
 真赫に熟れた血彩のまなこ、『私』にひとつ下さいな。
 シャトは童謡を歌うように言の葉を操り、影朧が飛び込んだ樹の反対側に回り込む。彼女の見事な動きを確かめながら、クーラカンリもブルーワンダーの花を持つ兎を追い詰めていった。
「では、私は断罪をくれてやろう」
 兎や怪盗にも花を求める理由があるのだろう。
 だが、己の願いは己にしか価値はない。自分自身にしか意味がないからこそ、本当の意味が宿るのだ。
「何、今の私は獄卒。獲物を追うのには慣れたものだ」
「――あはっ」
 クーラカンリの静かな声色を聞きながら、シャトは愉しげに笑った。
 これは敗けたらお終いのデスゲーム。
 さあ、僕の証を僕に還せ。僕の私を僕に孵せ!
 謳うシャトの声が響き渡った刹那、ヤドリギを背負う兎の身が穿たれる。同時にクーラカンリのグリモアが鈍く輝き、兎が鋭い一閃によって貫かれた。
 その瞬間、影朧が地面に倒れる。
 シャトは消滅していく兎を見下ろし、双眸を鋭く細めた。
「まだ、きみを唆した親玉が居るんでしょう? かわいいうさぎを追い回させるなんて厭な奴だよ、まったく」
 盗むならその重みに耐えられるようじゃないと。
 シャトが消えゆく兎を見送る中、クーラカンリは兎に手を伸ばした。
 兎ならば毛皮を剥ぐか、肉も食らおうか。そんなことを考えながら、彼はブルーワンダーの花をそっと拾いあげる。
「では頂こう……いや、返してもらおうか」
「おや、消えてしまったね」
 シャトもヤドリギに触れたのだが、どちらの花もすっと胸に沁み込むように消えていった。そうすれば奪われていた想いが二人の中に戻ってくる。
 漸く焦燥が消えた。クーラカンリは軽く息を吐き、シャトも胸を撫で下ろす。
「ひとまずは落ち着けるか」
「助かったよ、お父さん」
 佇まいを直したクーラカンリに向け、シャトは少し悪戯っぽく笑ってみせた。


 そうして、花盗人の兎はすべて倒されていく。
 奪われてしまうはずだった想いの花は無事に、在るべき場所に戻った。
 されど、戦いは未だ終わっていない。不意に激しい風が吹き抜け、桜の樹を揺らしていった。散りゆく花に紛れて、其処に現れた影は――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『花盗人』

POW   :    これは、どんな感情だったかな
自身の【今までに盗んできた花】を代償に、【元になった人の負の情念】を籠めた一撃を放つ。自分にとって今までに盗んできた花を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD   :    君の心はどんな花かな?
【独自に編み出した人の心を花にする魔術】を籠めた【手を相手に突き刺すように触れること】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【心を花として摘み盗る事で全ての意思や感情】のみを攻撃する。
WIZ   :    嗚呼、勿体無い
あらゆる行動に成功する。ただし、自身の【今まで盗んできた花】を困難さに応じた量だけ代償にできなければ失敗する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は佐東・彦治です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花盗人は謳わない
 桜の社から盗まれようとしていた心の花。
 それらは猟兵の活躍によってすべて取り戻すことが出来た。だが、兎影朧が倒されたことを察した怪盗が黙ってはいない。
 枝垂れ桜が咲き誇る並木道の最中、何処からか姿をあらわした彼は溜息をついた。
「兎たちが一羽も戻ってこないと思ったら、邪魔が入っていたのか」
 本来なら、彼は既に花を手に入れているはずだった。
 しかし、花社に猟兵が訪れたことによって彼の計画は台無しになっている。
「嗚呼、勿体無いな。折角、ああして魔術を施したのに」
 怪盗・花盗人は猟兵達を見遣った。
 されど彼の瞳には好奇心と興味が宿っており、声色も何故か楽しげだ。ふふ、と小さく笑った彼は両手を胸の前で広げる。すると其処に椿の花が現れた。
「君達は人の心の美しさを知っているよね。今しがた、自分の花や他人の花を見たばかりだろう?」
 赤い椿は誰かの心の花なのだろう。
 これが一番きれいでお気に入りなんだ、と語った花盗人は薄く笑む。
「人の心はいずれ、その人の躰と共に朽ちてしまう。だからこうして永遠に美しいままにしておきたいんだ。この気持ちを分かってもらえないかな?」
 それゆえに邪魔をしないで欲しい。
 怪盗はそのようなことを告げたいようだ。しかし、彼も理解している。自分がどのように語ったとしても猟兵達が此の所業を見逃すはずがないことを。
「相容れないことは識っているよ。ここは怪盗らしく、君達の花を盗むとしようか」
 身構えた花盗人は猟兵達を真っ直ぐに見つめた。
 おそらく怪盗は直接、此方に魔術仕掛けることで心の花を奪う心算らしい。そして、彼は穏やかに微笑み、語りかけてくる。
 
 どの花も、どの想いも美しかった。
 だから、他でもない君達の心の花が欲しい――と。
 
キリカ・リクサール
アドリブ連携歓迎

フン…「相容れない」か、よく分かっているじゃないか
私は、お前を此処で逃すつもりは無い

デゼス・ポアを空中で待機させ、エギーユ・アメティストを装備
素早く距離を取り、奴の魔術の手を警戒して鞭を振るう
常に距離を保てば敵も焦れて此方に突っ込んでくるだろう
そこが狙いだ

乙女の想いを盗むだけではなく、柔肌にまで触れるとはな
お仕置きだ…やれ、デゼス・ポア

私の心を摘み取る一瞬
その瞬間だけは奴の手も止まる
カウンターでUCを発動しデゼス・ポアの刃で敵を撃つ
更に鞭による一撃を叩き込み、奴から距離を取ったら
再度デゼス・ポアと連携して攻撃を叩き込む

末期の言葉は十分に喋ったろう?
そのまま、ここで散りゆくがいい


夜鳥・藍

人の心の美しさ。でも……、同時に同じくらい醜いのも私は知っている。故郷で、そして今もまだそれを感じてる。
でも……それがあるから一途な想いや誓いは美しい花を咲かせるのかしら。……こんな風に考えてしまう私でも?

青月を抜きながら接近しそれで攻撃を仕掛けつつ鳴神を投擲、のち念動力で操作し確実に当てていきます。
実際刀剣類を振るって日が浅い私にまともな剣技ができるとは思えません。ですから青月での攻撃は囮、鳴神を当ててしまえばUCの雷撃が確実に当たりますから攻撃はそちらにかけます。

ふと湧いた疑問はあるけれど、応えはかえって来るかしら?
貴方はご自分の花を見た事がありますか?それはどんな花でしたか?


豊水・晶
アドリブ絡み◎
人の感情は美しい。その一点においてのみ同意します。心の花もとても美しかったですしね。
ですが、盗まれたときのあの空虚感。大切なものが抜け落ちた感覚だけがあり、それがなんなのか思い出せない焦り。あんなもの二度と感じたくないです。
さらに、普通の人ではその後衰弱死してしまうのが最もいただけません。
美しい想いというのは一つではありません。どんどん新しく産まれてくるのです。その可能性を潰すというだけで、貴方の邪魔をする理由には十分ではありませんか?
UC発動。
おあいにくさま花はお見せできませんが、美しい花弁なら御見せできますよ。美しい花弁に溺れるのです。本望でしょう?



●触れる花の熱
 人の心を慈しみ、花として蒐集する怪盗。
 命と共に枯れゆく心を永遠に咲き続ける存在とする。それだけを聞けば美談にも聞こえるだろう。しかし、彼はまだ生きるべき命まで奪い取っている。
 どれほど人が好きだと語ろうとも、彼の所業は許せることではない。
「フン……『相容れない』か」
 よく分かっているじゃないか、と言葉にしたキリカは怪盗を見据えた。奪うことへの肯定は示せないが、花盗人が語る自分達の立場に関しては同意できる。
 キリカの隣に立ち、花盗人を見つめるのは晶と藍だ。晶もまた、怪盗が語った人間の心についての思いに頷いていた。
「人の感情は美しい。その一点においてのみ同意します。ここで見てきた皆さんの心の花も、とても美しかったですしね」
 花を愛でたい。
 彼からすれば、ただそれだけの気持ちなのだろう。
 ですが、と口にした晶は首を横に振った。思い出したのは心を奪われ、大切な願いを失くしてしまったときの喪失と空虚感。
 他の人達もあのような思いを抱いたのかと思うと苦しい思いが巡る。晶はどうしても怪盗の行っている盗みに理解を示せなかった。
 藍も同様に、人の心をについて思いを馳せている。
「人の心の美しさ、ですか」
 慈しみや愛情が尊いことはよく分かっている。されど藍は同時に、人が同じくらい醜いものであることも知っていた。
 故郷で、そして今も、まだそのことを感じているからだ。
(でも……それがあるから一途な想いや誓いは美しい花を咲かせるのかしら。……こんな風に考えてしまう私でも?)
 藍は言葉にできない思いを抱えながら、携えている打刀の柄を強く握る。
 戦意が周囲に満ちたことで、花盗人も魔力を紡ぎはじめた。そのことを逸早く察したキリカは強く宣言する。
「私は、お前を此処で逃すつもりは無い」
「こっちも花を逃すつもりはないよ」
 キリカからの鋭い視線を受け止めた花盗人は軽く笑ってみせた。
 随分と余裕であるようだが、そんなものは引き剥がしてやればいい。そのように考えたキリカはデゼス・ポアを空中で待機させ、エギーユ・アメティストを構えた。
 彼女が素早く距離を取れば、晶も攻勢に入っていく。
 花盗人は心を盗むために機会を窺っているらしい。晶が放った瑞玻璃の渦流は彼の身を穿ったが、まだ耐えられる痛みのようだ。
 晶の裡には先程の焦りの名残があった。確かに大事だったものが思い出せない。あんな焦燥感はもう二度と感じたくなかった。
 それに、と晶は怪盗の力について指摘していく。
「あなたのその力……」
「ああ、何かな?」
「普通の人が受けたら衰弱死してしまうということが最もいただけません」
「これでも苦労しているんだ。即死しないだけ有り難いと思って欲しいな」
 花盗人は晶の言葉を軽くいなし、不敵に笑む。それは誰の命も重んじていないことが分かる物言いであり、晶と藍は肩を竦めた。
 藍は彼には話が通じないのだと知り、兎に角ひたすらに攻撃を仕掛けていく。
 抜き放った青月を差し向け、ひといきに接近。
 其処から刃を振るいながら、激しく仕掛けつつ鳴神を投擲する。それを念動力で操作していく藍は、威力よりも確実に当てることを重視していった。
(実際、刀剣類を振るって日が浅い私にまともな剣技ができるとは思えません)
 それゆえに青月の攻撃は囮。
 鳴神を当ててしまえば、雷撃が命中するという算段だ。されど怪盗への攻撃も一筋縄ではいかないと分かっている。
 藍は晶に視線を送り、互いに協力しようと願い出た。
「いきましょう」
「はい、連携攻撃ですね」
「私も加わろう」
 キリカも二人と同時に踏み込み、相手の魔術の手を警戒していく。彼の腕が動いた瞬間、鞭を振るうことで魔力を散らせるキリカ。
 其処に晶が解き放った水晶の花が巡り、藍の念動力で操作された神器が敵を襲う。
 煌めく光に雷撃。そして、キリカの鞭。
 彼女達は必要以上に怪盗と距離を縮めないように立ち回っていた。その理由はキリカが考えた的確な狙いにある。常に距離を保てば、敵が焦れて此方に突っ込んでくるだろうと読んでのことだ。
 これまで盗んできた花を代償にして攻撃してきた花盗人は、予想通りに少しずつ距離を詰めてきた。
「やれやれ、邪魔ばかりだな」
 晶は怪盗の姿をまっすぐに見つめ、貴方は間違っている、とはっきり告げる。
「美しい想いというのは一つではありません。どんどん新しく産まれてくるのです。その可能性を潰す行為が行われているというだけで、貴方の邪魔をする理由には十分ではありませんか?」
「その通りです。私も邪魔する選択しか出来ませんでしたから」
 晶の意見にしかと頷き、藍も思いを言葉にした。
 尚も黒い三鈷剣を解き放っていく藍は花盗人の力を削っていく。そのとき、藍の中にふと湧いた疑問があった。相手から答えが返ってくるかは未知数であっても、問う価値がないわけではないはずだ。
「貴方はご自分の花を見た事がありますか? それはどんな花でしたか?」
 藍の問いかけに対し、花盗人は小さく笑った。
「さあ、どうかな」
 彼はそれ以上は何も答えないまま、標的をキリカに変えていく。おそらく返答を誤魔化して曖昧にしておく心算だ。
 怪盗はキリカの心の花を盗むべく、一気に駆けていく。
 キリカは敵を引きつけているようだが、彼女にだけ負担を掛けられない。晶は更に力を解き放ち、水晶の花弁を大きく舞わせていった。
「おあいにくさま。花はお見せできませんが、美しい花弁ならお見せできますよ」
「ああ、それも綺麗だね。けれど心が宿っていた方が美しい」
 晶の攻撃を受けた怪盗は片目を閉じ、身を翻した。雷撃に加えて晶花の嵐がかなりの衝撃を与えたはずだが、花盗人はまだ余裕の表情を浮かべている。
 流石はオブリビオンというところだろうか。
 彼は狙っていたキリカの元に駆け、その腕を伸ばす。されど花盗人のその行動こそキリカが待っていたものだ。
「来るなら来い」
「それじゃあ、遠慮なく」
 怪盗はキリカの胸元に向けた手を心臓に突き刺すように触れた。それによってキリカの胸から白百合の花が生まれる。
 キリカの心が再び盗まれた。しかし、心を摘み取る一瞬には相手の手も止まる。
「乙女の想いを盗むだけではなく、柔肌にまで触れるとはな」
 喪失感に耐えたキリカは待機させていた人形を呼ぶ。敢えて触れさせたが、女性の胸元に遠慮なく腕を伸ばす相手には対処も必要だ。
「お仕置きだ……やれ、デゼス・ポア」
 刃を振り下ろした人形が花盗人の身を貫く。それと同時に、控えていた晶と藍が一気に飛び出した。藍は花盗人に雷撃を叩き込み、晶は奪われた花に手を伸ばす。
「これで……!」
「――取り返しました」
 藍と晶が白百合の花を取り戻した刹那、キリカが反撃に映った。デゼス・ポアの刃が敵を斬り裂き、其処へ更に鞭による一撃が打ち込まれる。
「しまった。せっかくの美しい花が……!」
 花盗人は焦りを見せた。
 キリカは鋭い眼差しを向け、晶も怪盗に言い放つ。
「末期の言葉は十分に喋ったろう? そのまま、ここで散りゆくがいい」
「これから美しい花弁に溺れるのです。本望でしょう?」
「……どうかな」
 二人の言葉を聞き、再び誤魔化しの言葉を落とした花盗人は地を蹴った。このままでは拙いと感じて一時撤退を選ぼうとしているのだろう。だが、頷きあった藍や晶、キリカ達がオブリビオンを逃すはずがない。
 逃げて、追い掛けて、桜の路を駆け抜けて――。
 花盗人との戦い、もとい花と想いの追走劇は此処から始まっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿

あっ、リーダー(f31397)だ!りーぃーだーぁ!
ラッキー!協力して盗みましょ!
とこでリーダー、ひとつお伺いしたいんすが
今日のボク、可愛いっすか?
……っひひ、べーつに!なんもないっすよ!
よーしがんばりますか!

花も誰かの願いもそりゃ綺麗っすよ
だからって勝手に摘むのはいけません
そこにあるからこそ、価値がある
そういうお宝もあるんすよ

ともかく、リーダーが称号を頂戴するというなら
ボクは時間を盗んでやりましょう
攻撃の隙を見計らい、予告状を命中させたなら……メイキング!
動きが遅くなるって、結構致命的でしょう?
さあ、ここからはあなたの仕事っすよリーダー

……え、ボクの願い?
そそそ、それは、その……秘密っす


鴇巣・或羽

改めて怪盗服で臨む

バンビ(f31388)、来てたのか。
ああ、君が居れば心強い…?
そう、だな。いつも可愛いと思うが…今日は一段と可愛く思えるな。
何かあったのか?

彼女の言う通りだ、ご同輩。
人の心が美しいのは、その人の生き様を映しているからさ。
あんたが盗み取ったところで、二度と同じようには花開かない。
それが解らないなら――予告しよう。
あんたの「怪盗」の称号、頂戴する。

言葉の半分は、敢えて俺を狙わせるための挑発だ。
増大した身体能力で攻撃をすり抜け、隙を作る。
そして俺には、その隙を突く仲間がいる。

ああ、チェックメイトだ。
銃を突きつけ、引き金を引き絞る。

――それで、バンビ。
君はどんな願いを預けたんだ?



●怪盗の予告
 兎影朧を屠り、葬送した直後。
「あっ、リーダーだ!」
 或羽の耳に届いたのは聞き覚えのあるものだった。芽吹く翠のような彩の瞳を細め、片手を振って駆けてくる人影。その少女は小鹿だ。
「りーぃーだーぁ!」
「バンビ、来てたのか」
「そりゃ怪盗が関わってる事件っすから! リーダーも?」
 或羽の双眸が細められ、小鹿は大きく頷く。これまで二人は思いを己への約束として記して結び、奪われた心の花を見事に取り戻した。
「ああ、一度は盗ませはしたが……こうして取り返せた」
 或羽は広げていた掌を握ってみせる。自分も同じだと伝え返した小鹿は、流石はリーダーだと語りながら笑みを浮かべた。
「それにしてもリーダーがいるなんてラッキー! 協力して盗みましょ!」
「行こうか、君が居れば心強い」
 兎影朧を倒した今、残るは首魁である花盗人だけ。
 そんな矢先に小鹿はふと思い立ち、彼を見上げながら問いかけた。
「ところでリーダー、ひとつお伺いしたいんすが」
「……?」
「今日のボク、可愛いっすか?」
 首を軽く傾げた或羽に対して、小鹿は瞳をきらきらと輝かせる。ほんの少しだけ、けれどもわざとらしくならないように上目遣いをする彼女はとても女の子らしい。
「そう、だな。いつも可愛いと思うが今日は一段と可愛く思えるな」
「……っひひ」
 率直な意見と思いを伝えた或羽の言葉を聞き、小鹿は思わず口許を緩めた。怪盗服の襟元を正した或羽は小鹿の質問の真意がよく理解できていないでいる。可愛いものは可愛いので、今の返答は或羽にとっては当たり前だ。
「何かあったのか?」
「べーつに! なんもないっすよ!」
 或羽の言葉が嬉しくて堪らず、小鹿は嬉しさを抱きながら桜並木の向こう側を目指して駆けていく。その足取りはとても軽やかでやる気に満ちていた。
「よーしがんばりますか!」
「……良いことがあったのか?」
 或羽はどうしても彼女の機嫌の良さの理由が分からず、不思議そうな顔をしていた。
 そんなことがあってから暫し後。

 花盗人を前にした二人は身構えていた。
 先程の和やかで明るい雰囲気はなく、意識は影朧との戦いに向けられている。
 人の心の美しさ。その心から咲いた願いの花。
 それらが綺麗だと語った花盗人に対し、小鹿と或羽は頭を振ってみせた。
「花も誰かの願いもそりゃ綺麗っすよ。でも、だからって勝手に摘むのはいけません」
「彼女の言う通りだ、ご同輩」
「おや、欲しいものは盗むのが怪盗ではないのかい?」
 怪盗同士としての思想がぶつかりあう。確かに彼の言葉は一見、怪盗として間違ってはいないように思えた。だが、小鹿はそれを認めたくはないと感じている。
「そこにあるからこそ、価値がある。そういうお宝もあるんすよ」
「へえ……」
 小鹿が真正面から告げた意見を受け、花盗人は感心した様子を見せた。其処に或羽が言葉を次ぎ、予告状を胸の前に掲げる。
「人の心が美しいのは、その人の生き様を映しているからさ。あんたが盗み取ったところで、二度と同じようには花開かない」
「どうかな、実際にこの花はあの頃と同じように美しく咲いている」
 すると花盗人は手の中に椿を具現化してみせた。その花は枯れているところなど何処にもなく、今摘み取ってきたばかりのように思える。だが、彼の物言いからするに随分と昔に盗んだものらしい。
 軽く溜息をつく仕草をしてみせた或羽は、真っ直ぐに花盗人を見据える。
「それが解らないなら――予告しよう」
「どんな予告だい」
「あんたの『怪盗』の称号、頂戴する」
「はは、それは遠慮しておくよ」
 或羽と花盗人の視線が交差し、思惑も交錯していった。小鹿は二人の間に見えない火花が散っていることを感じ取り、ふっと口許を緩める。
 刹那、二人の怪盗が地面を蹴り上げた。
 かたや盗賊魔術。かたや花魔術。素早い動きで駆ける彼らの戦い方は華麗だ。
 或羽が投げかけた言葉の半分は、敢えて自分を狙わせるための挑発。花盗人からの花魔法を避け、すり抜けた或羽は隙を作っていった。
 しかし、それだけではない。
 或羽には、その隙を突いて立ち回ってくれる仲間がいる。
 まるで世紀の怪盗対決に立ち会っているようで、小鹿も悪くない気分を覚えていた。それに彼らがああして対決するならば、小鹿にも出来ることがある。
「ともかく、リーダーがあの怪盗の称号を頂戴するというなら――ボクは時間を盗んでやりましょう!」
 二人の応酬の隙を見計らい、小鹿は怪盗団ザインナハトの予告状を解き放った。
 その動きに気付いた或羽は身を逸らす。次の瞬間、命中したそれは無数の金の針となって相手の動きを鈍らせていった。
「……メイキング!」
「おっと、これは――?」
「動きが遅くなるって、結構致命的でしょう?」
 戸惑う怪盗に対して不敵に笑った小鹿。彼女は身を翻し、予告状の軌道を導いてくれた或羽に視線を向ける。そのとき、既に或羽は次の行動に移っていた。
「さあ、ここからはあなたの仕事っすよリーダー」
「ああ、チェックメイトだ」
 或羽は花盗人に銃を突きつけ、銃爪を引き――。
 刹那、銃声が響き渡った。解き放たれた弾丸は確かに怪盗を穿っている。されどまだ余力を残しているらしく、力を振り絞った花盗人は脱兎の如く駆けた。
「一度、体勢を立て直さないとね」
「あっ! 逃げたっす!」
「大丈夫だ、無理に追わなくてもいい。向こうに猟兵が居る」
 はっとした小鹿がその背を追おうとしたが、或羽は敢えて制止する。彼が見据えた先には怪盗を待ち受ける猟兵の姿があった。仲間として信頼を預け、彼らに次を託してもいいだろうと思ったからだ。
 その最中、或羽はふと先程から気になっていたことを小鹿に聞いてみることにした。
「――それで、バンビ。君はどんな願いを預けたんだ?」
「……え、ボクの願い? そそそ、それは、その……」
 小鹿が口籠ったので、或羽は口許に手を当てた。失礼だったかもしれないと感じながらも、そっと問う。
「言えないことだったか?」
「はい……秘密っす」
 こくりと頷いた小鹿は黙秘権を行使した。それもまた良いとして聞くことを止めた或羽はまだ知ることができない。
 少女が胸に抱く普通の願いが、少しだけ叶っているということを。
 そして二人は駆け出す。
 あの予告通りに、花盗人から怪盗の称号を盗みにゆくために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】◎

君が花盗人
おやおや、盗みはいけませんね

美しい花を永遠にしたい気持ちはわらなくはないよ
でも、その花が朽ちるのも美しい
その花がどんな風に咲き誇りそして散っていき、そしてまた咲くかもしれない
それが心だから
ずっと咲く永遠なんてツマラナイでしょ?
それにこの子の綺麗で可愛い花は君には勿体無い

ルーシーちゃんの花は盗ませない
僕の花も盗めないよ

だってそれは他人の心、君の心、君の花じゃないからね
こちらも穏やかに微笑み返す

ふふっ攻撃の花も綺麗だね
嘘喰
代わりに君の心の花を喰べようか

本当に欲しい花はなんだい?


ルーシー・ブルーベル
◎【月光】

ええ、そうね
人の心はうつくしいわ
キレイなだけでないからこそ
うつろうからこそ
うつくしい、と思うの

花に枯れてほしくないって思った事もあるけれど……ふふ、
ゆぇパパの言う通り
朽ちるのも散るのも含めてが花
散ったその後に、また新しい花が咲く
それが花の永遠よ

だから
ゆぇパパのステキなお花は盗ませない
パパの心に在ってこそだもの
ルーシーの花も盗まれるのはお断り
代わりにこんなお花はいかが?

おどれ、ふたいろの芥子花
パパとルーシーの周りに花菱草色をまとわせてお守りする
カイトウさんには蒼芥子色の花をおくりましょう

よけたり逃げたりするスキもあげないわ
広く芥子火がふりそそぐ

あなたご自身のお花はどんなお花何かしら?



●其の花の美しさは
 枝垂れ桜の花が風に揺られ、静かな空気が満ちる最中。
 交戦が始まり、花盗人が身を翻して駆けてくる。他の猟兵から逃げてきたらしい彼の前にはユェーとルーシーが待ち構えていた。
「君が花盗人。おやおや、盗みはいけませんね」
 ユェーは怪盗の前に立ち塞がり、ルーシーもしっかりと身構えることで戦いへの意思を示している。その際に気になったのは、先程の花盗人の言葉。
 人の心はいずれ躰と共に朽ちてしまう。
 だからこそ、こうして永遠に美しいままにしておきたいというものだ。
 真正面から怪盗を見つめたルーシーは、その思いに同意するように頷いてみせた。
「ええ、そうね。人の心はうつくしいわ」
 本当はキレイなだけでない。でも、だからこそ――。
 うつろうからこそ、うつくしい。
 そのように思うのだと告げたルーシーに続き、ユェーも己の思いを語っていく。
「美しい花を永遠にしたい気持ちはわからなくはないよ」
「ならば邪魔をしないで欲しいな」
 花盗人はルーシーとユェーに退いて欲しいという意味の視線を向けた。だが、そんなことくらいで二人が退くわけはない。そして、ユェーは頭を横に振る。
「でも、その花が朽ちるのも美しい」
「……そうは感じないな」
 相手はユェーの言葉を受け入れなかったが、ユェーは構わず言葉を続ける。
「花は咲き誇るけれど、いずれ散っていく。それでも実を残して種になって、また咲くかもしれない。それが心だから。ずっと咲く永遠なんてツマラナイでしょ?」
「花に枯れてほしくないって思った事もあるけれど……ふふ、ゆぇパパの言う通り」
 ルーシーはそっと笑み、こくりと首肯した。
 対する花盗人は肩を竦める。
「君達とは感性が合わないようだ。何に価値を感じるかは人それぞれだからね」
 自分にとってはつまらなくはないと断言した敵は、花の魔術を巡らせはじめた。
 デイジーにネモフィラ、蒲公英に夕顔。
 そのどれもが誰かの心だったのかもしれない。はっとしたルーシーは解き放たれた様々な花を受け止め、衝撃をいなす。
 ユェーも花を避け、反撃として死の紋様を解き放った。花盗人が心の花を再び盗もうとするなら、決して許すことは出来ない。
「この子の綺麗で可愛い花は君には勿体無い」
 ルーシーを護り、立ち回るユェー。
 彼の背中を見つめるルーシーも力を紡ぎ、花菱草色と蒼芥子色の炎を放った。
 朽ちるのも散るのも含めてが花。
 散ったその後に、また新しい花が咲く。それこそが――花の永遠。
 そのように語ったルーシーは炎を巡らせる。
「だから、ゆぇパパのステキなお花は盗ませないわ。パパの心に在ってこそだもの」
 もちろん、ルーシーの花も盗まれるのはお断り。
 少女の言葉を聞き、ユェーも固く決意をした。どれほど相手が強かろうとも決して負けはしない。怪盗に徹底抗戦するつもりでユェーは戦い続けていく。
「ルーシーちゃんの花は盗ませない。僕の花も盗めないよ」
「へぇ、随分と強気だね」
「だってそれは他人の心、君の心、君の花じゃないからね」
 二人の視線が重なり、其々に浮かべた笑みが交錯する。ルーシーもユェーの力になりたいと願い、更なる炎の花を咲かせていった。
「代わりにこんなお花はいかが?」
 ――おどれ、ふたいろの芥子花。めぐれ、終わりを導く怪火。
 自分達の周囲に更なる花菱草色を纏わせて守りの力を強くしていく。そして、怪盗には蒼芥子色の花をおくってゆく。
「よけたり逃げたりするスキもあげないわ」
 広がった芥子火が降り注ぐ中、ユェーは花盗人に無数の喰華を喰らいつかせた。
「ふふっ、攻撃の花も綺麗だね」
 嘘喰の力で怪盗を捉えたユェーは静かに笑む。代わりに君の心の花を喰べて、問いかけよう。そう決めたユェーは言葉を紡ぐ。
「本当に欲しい花はなんだい?」
「あなたご自身のお花はどんなお花かしら?」
「…………」
 二人からの問いかけに花盗人は答えなかった。返答を拒否しているのか、それともうまく答えられないから無言なのか。
 その真実は知れぬままだが、戦いは猟兵の優勢だ。
 ユェーが喰らい、ルーシーが炎を放つ。巡りゆく激しい戦いによって、周囲の桜の樹や花が揺らいでいる。
 されど、不思議とその姿は彼らの戦いを応援しているかのようにも見えた。
 そうして此処からも、戦いは続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花


「花を使われては、奪われた方の願いまで喪われてしまう…そんなことはさせられません」

「お願いします、シルフィード」
UC「シルフの召喚」
シルフには花盗人の持つ願いの花の奪還依頼
自分は高速・多重詠唱で弾丸に雷属性乗せ制圧射撃
少しでも敵の行動を阻害してUCの成功率を高めようとする
敵の攻撃は第六感や見切りで躱す

「どんなに美しい花でも、それを見初めただけの誰かが、手折ることは許されません。それはその花を美しく咲かせようとした方の努力と、その花自身が積み上げた努力を裏切ることですから。況して其れが願いの花ならば」

「花を慈しみたいなら、次はどうか貴方自身が花を育む方として戻られますよう」
転生願い鎮魂歌で送る



●願い、謡う
 怪盗との戦いが始まり、周囲に花が散る。
 花魔術を使う怪盗が扱うのは心の花の一部。どれも美しい花であり、花盗人が力を巡らせる度に鮮やかな彩が舞う。
 だが、桜花はそれを素直に綺麗だとは思えなかった。何故なら――。
「あの花を使われては、奪われた方の願いまで喪われてしまう……」
 それだけは駄目だ。あれ以上、怪盗に力を使わせてはならない。そのように感じた桜花は決意を固める。
「そんなことはさせません」
 その瞳はまっすぐに花盗人を映しており、抱いた思いが揺らがぬことを示していた。そして、桜花は召喚術を行使していく。
 風の精霊を召喚した桜花は花盗人を示し、舞う花を指差した。
「お願いします、シルフィード」
 精霊には花盗人の持つ願いの花の奪還を願い、桜花は攻勢に出る。
 怪盗が飛ばした花から滲み出る負の情念が此方に襲い掛かってきた。それらは見た目こそ美しい花ではあるが、元は人の心。
 其処には正しい思いも、負の思いも宿っているのだろう。怪盗はどうやら、負の感情だけを抜き出して攻撃に変えている。
 桜花は高速かつ多重の詠唱で以て、弾丸に雷の属性を乗せた。其処から放つ制圧射撃は花の負の部分を貫き、攻撃の威力を鎮める。
 桜花の狙いはひとつ。
 少しでも敵の行動を阻害していき、ユーベルコードの成功率を高めようとすること。そのための攻撃は言わば囮。本命の行動はシルフィードが花を取り戻すことだ。
 桜花は敵から攻撃を第六感や見切りで躱し、うまく立ち回っていく。
 だが、不意に或ることに気が付いた。
「シルフが取り戻した花が……枯れ落ちていく……?」
「ああ、こちらの手から離れたからだよ。勿体ないなあ」
 はっとした桜花が驚愕していると、花盗人は肩を竦めて答える。曰く、放っていた花の幾つかは随分と前に蒐集したもの。自分の支配下から外れた花は永遠に咲くことはできず、枯れてしまうのだという。
 それは即ち、心を奪われた人間が既に死んでいるということでもある。
「そんな……」
「こっちの花ならまだ枯れないけれどね」
 桜花が枯れ落ちた花をすくいあげる中、怪盗は別の花を取り出した。それは猟兵達が来る前に願いの紙から拝借した心の花らしい。
 一度は何も救えないのかと感じたが、あの新しい花ならば助けられるのだろう。
 桜花は気を強く持ち、怪盗に宣言していく。
「どんなに美しい花でも、それを見初めただけの誰かが、手折ることは許されません。それはその花を美しく咲かせようとした方の努力と、その花自身が積み上げた努力を裏切ることですから」
 況して、其れが願いの花ならば――。
 桜花は花盗人を送るための詩を紡ぎ始める。それはこれから巡るであろう終わりに向けての鎮魂歌だ。
「花を慈しみたいなら、次はどうか貴方自身が花を育む方として戻られますよう」
 きっと未だ、因縁が昇華されていない相手は転生など出来ない。
 それでも願うのは自由。いつかの時を望むことも許されていないわけではない。だからこそ桜花は祈る。この心が潰えて消えない限り、ずっと。
 そして――桜花の歌は美しく、桜並木に響き渡ってゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
君の云う通りだとも。
美しいものは美しいままにしておきたいのだろう。

人の身が滅びたなら心もまた消え行くだろう。
逆も然りだとは思わないかな?

嗚呼。君には理解できないのだろうとも。

心が朽ちれば身も朽ちる。
美しい心を盗んだその時に、我々は死んでしまうのだよ。
あまりにも脆いではないか。

だからこそ美しいと思うのだろう。

しかし、私の心を差し出す事は出来ないのだよ。
私はまだ死ぬわけにはいかないからね。
彼らもまた、君のやり方に思う所があるようだ。
著書から情念の獣を呼び出すとも。

決まり文句は決まったかい?

彼らもまた、誰かに心を奪われたのかもしれないね。
花を盗む君。どうか話を聞いてやっては呉れないか。



●脆く儚いものだからこそ
 花盗人の語る言葉。
 それは嘘も偽りもない本当の思いだ。人の心を好ましく思い、花を愛でる。それこそがあの怪盗を形作るものであり、彼の美学そのものでもあるのだろう。
「君の云う通りだとも」
 怪盗の思いに対して頷いた英は、その感情や心を否定しない。
 美しいものは美しいままに。
 そのように願うこと自体は罪ではない。あまりの美しさに花を手折った花盗人の故事でも。心を詩にすることで赦された。
 だが、あの物語と今の状況には決定的な違いがある。
 それは人の命までもが奪われてしまうこと。
「人の身が滅びたなら心もまた消え行くだろう。けれども、怪盗君。逆も然りだとは思わないかな?」
「そうだね、認めているよ」
 身構えている怪盗は穏やかに笑う。されど、英が問いかけたことの本質を理解してくれているとは到底思えなかった。
「嗚呼。君には理解できないのだろうとも」
 花として心を手に入れたとて、それは他者のもの。
 ただ入手しただけの心も、本当の想いも、宝の持ち腐れのようなものだ。
「心が朽ちれば身も朽ちる」
「ああ、そういうこともある」
 英の語りに耳を傾けた怪盗は涼しい顔をしていた。これまで猟兵と交戦してきた傷もあるのだが、あくまでも何でもないと装っているらしい。英は攻撃の機会を窺いながら、更に言葉を紡いでいく。
「美しい心を盗んだその時に、我々は死んでしまうのだよ」
 心はあまりにも脆い。
 人はあまりにも弱い。
 しかし、そんな心をそのまま花にされて飾られるのは、永遠に磔にされていることにも等しい。いつか枯れてしまう、いずれ散ってしまう。それでも――。
「有限であるからこそ美しいと思うのだろう」
「それには同意できないな」
 英と花盗人の視線が重なり、否定の言葉が向けられる。英は相手が自分の花を狙っていることを察して身を翻した。その瞬間、地を蹴った花盗人が手を伸ばす。最初に予測していた通りの動きであったため、相手からの一閃は避けることができた。
「私の心を差し出す事は出来ないのだよ」
 自分はまだ死ぬわけにはいかない。咲いて散るまで見つめていたい花もある。心のすべてまでは語らず、英は著書をひらいた。其処から姿を現したのは情念の獣だ。
「彼らもまた、君のやり方に思う所があるようだ」
「それはそれは、光栄なことで」
 皮肉交じりの言葉を返した怪盗は迫りくる獣を躱した。英は己の力を獣達に注ぎながら、花盗人に問う。
「決まり文句は決まったかい?」
「さあ、どうかな」
 敢えてはぐらかした怪盗は地面を蹴り上げて跳躍した。その後を追う情念の獣は容赦なく花盗人を引き裂いていく。
「彼らもまた、誰かに心を奪われたのかもしれないね。さあ、花を盗む君」
「何だい、眼鏡の君」
 英が呼びかけると、花盗人はお返しだと語るように呼び掛け返してきた。英は獣の爪が彼に襲い掛かっていく様を瞳に映し、更に言葉を続ける。
「どうか話を聞いてやっては呉れないか」
「勘弁して欲しいな。獣は専門外なんだ」
 軽口と共に視線が交わされ、二人の戦意が重なった。
 これ以上、詩すら詠わぬ者に花は盗ませない。情念と意思の力は其処からも巡りゆき――花盗人の一篇は、英達の手によって終わりに導かれていく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

カルディア・アミュレット
🌸🕯

赤い椿は…誰の心なの…?
一番のお気に入り
椿はどんな人だったのかしら
なぜ、彼はそれを大切にもっているのに
それでもなお誰かの花を奪おうの?

朽ちてしまうことが淋しいの?
そんな考えと言葉が零れる

花集めることが良きとして
集めた花は
その掌でちゃんと咲くことができるのかしら?

集めすぎてしまってはいずれ
あなたも花そのものも埋もれてしまう
埋もれてしまったら…そのあとは?
こんなに多くのもの両手に抱えても
その掌の上で零れてしまうわ

花は心は…いいえ、命灯は
命はやがて朽ちる躰と天命を全うしてこそ美しい

…奪わせないわ
花盗人さん
奪っても待っている結末は儚さだけよ

わたしは命を守る灯を宿す
志桜をみんなを守る


荻原・志桜
🌸🕯
それも誰かの想いが咲かせた花?
うん、とても綺麗な椿だね
だけどアナタが手にしてるということは
その人は大切な心を失ったままなんだね

他人の気持ちを奪って手元で咲かせていても
本来の輝きを手に入れることはできないと思う
例え朽ちてしまうものでも
大切に育てて咲かせた心の花だから
勝手に奪っていいものじゃない

ううん、渡すことはできない
わたしの想いの花はただひとりの為にある
カルディアちゃんの花も
彼女が咲かせてるから綺麗で輝いてる

魔力と霊力が混ざり合い紡いでいく
並行し再び唱えて刃の手数を増やし
蒼炎の飛刀を宙に並べ敵に穿つ

彼女の灯があるから
優しくていつだって力を与えてくれる
わたしも応えたい。絶対に負けないよ!



●ふたつの灯
 花盗人が広げた掌の上には、赤い椿の花が浮いている。
 それが特別な花であると示すようにして彼は花を大切そうに仕舞い込む。その様子を見ていたカルディアと志桜は花盗人に問いかけた。
「それも誰かの想いが咲かせた花?」
「赤い椿は……誰の心なの……?」
 二人の声に気付いた花盗人は顔をあげる。良いところに目をつけてくれたと言わんばかりに、彼は穏やかな笑みを湛えた。
「綺麗だろう。これは或る青年の花だったかな」
 一番のお気に入りだと言われた花。青年とだけしか語られず、あの椿の心を持つ人がどんな人物だったのかは聞けなかった。随分と前に蒐集した花であるゆえに、花盗人も元の人間のことをよく覚えていないらしい。
「うん、とても綺麗な椿だね」
 志桜は頷いたが、同意するのは見た目の美しさにだけ。
 確かに良い椿ではあれど、今もあの花を怪盗が手にしているということは――花の持ち主は大切な心を失ったまま死を迎えたに違いない。
「……特別な花があるなら、どうしてなおも誰かの花を奪うの?」
 戦闘態勢を整えながら、カルディアは更なる疑問を投げかけた。すると怪盗は肩を竦める仕草をした後、首を横に振る。
「君達は気に入ったアクセサリーがひとつあれば、他の物は要らないのかな?」
 対する怪盗は逆に質問を返した。
 そのことから分かったのは、彼にとって心の花は収集品だということ。其処に命が掛かっていようがいまいが、ただのコレクションでしかないのだ。
 心を重んじていても、命は軽んじている。
 花盗人はそういった人物なのだと知り、志桜は唇を噛みしめた。
「アナタにとって、心はそういうものなんだね」
 志桜は花杖を構え、魔力と霊力を紡ぎながら語っていく。
 他人の気持ちを奪って手元で咲かせていても、本来の輝きを手に入れたことにはならない。想いも心も持ち主の胸の裡にあってこそ。
 志桜の言葉にそっと頷き、カルディアも灯を掲げた。
「朽ちてしまうことが淋しいの?」
 花盗人に向けて零れ落ちたのは、そんな考えと言の葉。
 心の花を集めることは怪盗としての性なのだろう。しかし、集めた花は本当に咲いていると言えるのか。見た目だけが美しいばかりで、中身が伴っていない気がした。
「淋しい? そうだね、人の身体が朽ちて心まで消えてしまうのは惜しい」
 怪盗は二人に向け、花弁を解き放ってくる。
 視線を交わした志桜とカルディアは左右に駆け、迫ってくる花を回避した。追ってくる花を躱していくカルディアは花盗人に視線を向ける。
「集めすぎてしまっては……いずれ、あなたも花そのものも埋もれてしまう……」
「いいね、それほどの花を集めてみたいな」
「埋もれてしまったら……そのあとは?」
 それほど多くのものを両手に抱えても掌の上で零れてしまう。カルディアがそう告げると、花盗人は小さく笑った。
「知ってどうする? 君達の身体も此処で朽ちるというのに」
 それは怪盗がカルディア達の心の花を奪うという宣言だった。
 志桜は杖で花弁の軌道を逸らし、首を横に振る。自分の心だけではなく、カルディアの心まで再び奪わせたくはなかった。
「例えいつか朽ちてしまうものでも、大切に育てて咲かせた心の花だから。アナタが勝手に奪っていいものじゃない」
 渡すことはできない。否、絶対に渡したくはない。
 自分の中に強い想いが生まれていくことを感じながら、志桜は紡いでいた霊力をひといきに解き放った。
 同時にカルディアが祝福を祈る橙を揺らす。
「花は、心は……いいえ、命の灯は……」
 命はやがて朽ちる躰と天命を全うしてこそ美しいもの。それにこうして、人の中にあるからこそ新たな願いが咲いていく。
 奪われたことで心の刻も止まり、本当の輝きも失われてしまう。
「……奪わせないわ」
「ふふ、君達の心は素晴らしいね。盗み甲斐がありそうだよ」
「いいえ、花盗人さん。奪っても、待っている結末は儚さだけよ……」
 相手から鋭い視線が向けられたが、カルディアは決して怯みなどしない。彼女の凛とした姿勢に更に勇気を貰えた気がして、志桜も魔力を巡らせてゆく。
「わたしの想いの花はただひとりの為にあるの。アナタにコレクションされるためにあるんじゃないんだから!」
「そういうものを奪うのも燃えるものさ」
 怪盗は不敵に笑っていたが、志桜の放った蒼炎の飛刀が其処に命中した。ち、と舌打ちをした花盗人は身を翻していく。その間にも舞う花が志桜を穿っていたが、カルディアの灯が痛みを和らげていった。
「あなたが命を奪うなら……わたしは、命を守る灯を宿すわ……」
「カルディアちゃんの花も、彼女が咲かせてるから綺麗で輝いてるの」
「志桜……」
 癒やしを施してくれるカルディアを守るように、志桜は力を巡らせる。大丈夫だよ、と微笑んだ志桜はカルディアに向けて片目を閉じてみせた。
 そして、志桜は追撃に入る。
「彼女の優しい灯があるから、いつだって力を貰える。わたしにとって大切なものを盗むつもりなら、覚悟して貰うよ!」
 志桜はカルディアの思いに応えたいと願い、全力で花盗人に立ち向かう。蒼炎が宙を舞い、灯を受けながら迸った。カルディアも懸命に力を紡ぎ続け、この場で戦う仲間達を余すことなく癒やす。
「……志桜も、みんなも守るわ」
「絶対に負けないよ!」
 少女達の思いは今、同じ方向に向けて重ねられていた。
 過去は取り戻せずとも、此処から続く道の先――未来を守ってみせる。
 志桜の放つ焔とカルディアが巡らせる燈。ふたりの力はやがて、戦いの終わりを導いていく灯火になっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
アドリブ歓迎

残念ながらわかりませんね
その心の持ち主あってこその花
花のみを残したとしても
本来の美しさが保たれることは無い
糸桜のオーラが周囲を舞い、破魔と浄化を付与する

…結局は力技で来るのね
なら、こちらも相応の手段を選ぶだけ
藍雷鳥でなぎ払い、衝撃波を放つ

無くしてしまえば迷い惑って、見失ってしまう
刃を振るう理由
生きる理由
彼らへの想い
そして
私自身を

そんなのは嫌
桜は
誓いが
想いが刻まれた花
私が私であるための花
縁の深い糸桜と八重桜を想い唄う

それはきっと
お前が盗んだ花の持ち主も同じであったはず
その花々、返してもらう
突き出される手は切断し吹き飛ばす

どのような形でもいい
花々が本来の持ち主の元に還り
咲けますように



●想いは唯一
「残念ながらわかりませんね」
 千織が答えたのは花盗人が語る花への思いについて。
 先程から感じているように、あの心の花は美しいものばかりだ。しかし、あの花は心の持ち主あってこそだと思えた。
「それは残念だね。やっぱり相容れないのか」
「ええ。花のみを残したとしても、本来の美しさが保たれることは無いもの」
 花盗人がわざとらしく肩を竦めた様子を見遣り、戦闘態勢に入った千織は糸桜のオーラを巡らせていく。その桜は周囲をふわりと舞い、戦場となった領域に破魔と浄化の力を満たしていった。
「さて、君の心はどんな花かな?」
 怪盗はオーラに怯むことなく、むしろ好ましいと語るように駆けてくる。
 対する千織は藍雷鳥を構えて迎え撃つ。
「……結局は力技で来るのね」
 それならば千織も相応の手段を選ぶだけ。心を奪おうとしている怪盗に向ける情けも容赦もない。千織は一気に藍雷鳥を振るって敵を薙ぎ払い、衝撃波を解き放った。
 一閃が怪盗の腕を掠めたが、相手は余裕の表情で波動を躱す。
 されど千織は更なる一撃を与えるために動いていった。
 こころ。それは大切なもの。
 無くしてしまえば迷い惑って、見失ってしまう。
 千織が刃を振るう理由。生きる理由。彼らへの想い。そして――自分自身を。
「そんなのは嫌なの」
「いいね、綺麗だ」
 千織がもう心を奪われたくないと語ると、花盗人は楽しげに笑った。しかし褒められた気などまったくしない。
 自分にとって、桜は誓いと想いが刻まれた花。
 己が己であるための花だと感じている故に大切だ。千織は藍雷鳥を振るう手を止めぬまま、縁の深い糸桜と八重桜を想って唄う。
「心を失いたくない。それはきっと、お前が盗んだ花の持ち主も同じであったはずよ」
「どうだろうね。この花の主達がどう思っていたかなんて、君には知れないだろう」
 怪盗は不敵に双眸を細め、千織を揶揄うような言葉を返した。
 だが、それがただの挑発であることは千織にも分かっている。彼の手の中にある花を見据えた千織はひといきに斬り込みに掛かった。
「その花々、返してもらう」
「その前に君の花を頂こう」
「……させない!」
 千織に向けて花盗人の腕が伸ばされる。真正面から向かった千織は突き出される手に刃を向け、切断する勢いで彼を吹き飛ばした。
「――っと、予想以上に強いね、君は」
 参ったな、と呟いた怪盗は体勢を立て直す為に地を蹴る。身を翻して駆けていく彼を追い、千織は更なる一閃の準備を整えていく。
 絶対に逃しはない。
 願うのは、どのような形でもいいから花々が本来の持ち主の元に還ること。
「どうか、元の場所で咲けますように」
 そのためにはどんな戦いでも乗り越えてみせると決め、千織は桜並木を駆けていく。
 周囲に舞い続ける桜の花は美しく、千織が抱く意思を反映するかのように花盗人を追っていき――そして、戦いは繋がってゆく。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

蘭・七結
【比華】

懐く心の尊さ、そしてうつくしさ
その双方を識っている
識ることが出来たの

数多の花を――心を蒐集して
いったい如何するおつもりかしら

この花は、わたしの心は渡せないわ
己が裡に咲いた想いは、わたしだけのもの
あねさまの想いは、あねさまだけのものよ
そうでしょう?

そのたなごころへと宿したもの
あえかな紅の花は、大切なものなのかしら
答えは――聴けずとも、構わない

とりどりの花を狙いゆく心
花盗人の渇慾へと、あかい花を添えましょう
あねさま、どうぞご一緒に

白い指に指さきを絡めて
そうっと、繋ぎ留めましょう
あなたと共に往くひと時
結わいだぬくもりは、こんなにも心地好い

あねさま、お話をしましょう
わたしたちが懐く、花のお話を


蘭・八重
【比華】

花は美しい
どの花もその人の花

あらあら、困った方ね
他の子の花を集めてどうする気かしら?

なゆちゃんの花はなゆちゃんの花
私の花は私の花
永遠に美しく咲くのはその人が持ってこそ
他人に奪われて咲いた花など美しくないわ

美しい紅椿ね
貴方の花ではなさそうねぇ

ふふっ、本当になゆちゃんの華は美しいわ
えぇ、一緒に
握った手は離す事なく

薔薇の毒移し
綺麗な華の中には毒があるの
気をつけて

えぇ、なゆちゃん
お話しましょう。私達の花の話を



●花語り
 懐く心の尊さ、そして――うつくしさ。
 七結は今、その双方を識っている。以前は知らぬ心を識ることが出来た。
 その理由もまた、この心の奥にある。七結は花盗人を見つめ、ふと浮かんだ思いを問いかけとして紡いでいく。
「数多の花を――心を蒐集して、いったい如何するおつもりかしら」
「綺麗なものを集める。ただそれだけさ」
 対する花盗人はさらりと答えた。自分が美しいと感じたものを蒐集する。その何が疑問なのかと問い返しているかのようだ。
 八重はその言葉を聞き、そっと呟く。
「花は美しい。どの花もその人の花よ。それなのに……あらあら、困った方ね」
 他の子の花を集めてどうする気か、という質問にはちゃんと答えて貰えそうにない。七結と花盗人の会話を聞き、八重はそのように判断した。
 そして、八重は怪盗に語りかけてゆく。
「なゆちゃんの花はなゆちゃんの花。私の花は私の花よ」
「ああ、そうだね」
「永遠に美しく咲くのは、その人が持ってこそだからよ。他人に奪われて咲いた花など美しくないわ」
「それは君の意見だろう? こちらはそうは思っていないからね」
 花盗人は八重の言葉に向けて首を振る。
 相容れない者同士だと、彼が先程に宣言したように意見は平行線のようだ。しかし、七結達の目的は彼の説得ではない。
 猟兵と影朧である以上、戦いは避けられないからだ。それに彼が此方の心を再び奪おうとするなら徹底的に抗うだけ。
「この花は、わたしの心は渡せないわ」
 己が裡に咲いた想いは、自分だけのもの。先程に八重が語っていた通り――あねさまの想いは、あねさまだけのものだと強く思う。
「そうでしょう?」
「ふふっ、本当になゆちゃんの華は美しいわ」
 七結の凛とした声を聞き、八重は静かに微笑む。対する花盗人は姉妹の様子を見遣り、成程、と頷いていた。
「君達、姉妹の心は面白そうだね。ぜひ欲しいな」
 怪盗は手の中の椿を弄びながら不敵に笑っている。あの花は彼の一番のお気に入りだと語られていた。彼はもしかすれば、七結の心もあのようにして愛でたいと考えているのかもしれない。
「美しい紅椿ね。貴方の花ではなさそうねぇ」
「そのたなごころへと宿したもの。あえかな紅の花は、大切なものなのかしら」
「……ふふ」
 二人の言葉に対し、花盗人はただ笑みを見せただけ。
 されど、答えは聴けずとも構わなかった。身構えた七結は花盗人を倒す心構えを抱き、隣の八重に目を向ける。
「あねさま、どうぞご一緒に」
 そして、白い指に指さきを絡めてそうっと繋ぎ留めた。
 あなたと共に往くひと時も、結わいだぬくもりも、こんなにも心地好いから。
「えぇ、一緒に」
 八重は握った手は離すことなく、七結の声に答えた。
 そして、二人は戦いの力を巡らせていく。とりどりの花を狙いゆく心。その思いは此処に蔓延っていてはいけないもの。
「花盗人の渇慾へと、あかい花を添えましょう」
 言葉と共に七結が放つのは、あけを齎すあかい牡丹一華の花嵐。まな紅の華颰は華麗に並木道を彩り、怪盗に向かっていく。
 其処に合わせて動いた八重は薔薇色の紅毒を籠めていった。
 薔薇の毒移しの力を花盗人に差し向け、八重は薄く笑む。
「綺麗な華の中には毒があるの、気をつけて」
「これはこれは、見た目だけでは計り知れなさそうだね」
 対する花盗人は、それが面白いのだけど、と語って双眸を細めた。其処から攻防は激しく巡り、それぞれの花が舞っては散る。
 花盗人が解き放つ負の情念は七結達の心や身体を穿っていった。
 されど、そのようなものに押し負ける彼女らではない。七結は花嵐を巡らせ続け、八重も薔薇の毒で以て敵を穿ち返していく。
 戦いが続く最中、二人の間には不思議な感覚が満ちていた。
 まるで互いの心が繋がっていくような心地の中で、七結はこの戦いが終わった後のことを懐う。花を奪われずに館に帰れたならば――。
「あねさま、お話をしましょう」
「えぇ、なゆちゃん」
「わたしたちが懐く、花のお話を」
「お話しましょう。私達の花の話を」
 約束ね、と告げあった二人の眼差しと言の葉が重なった。姉妹達は力を顕現させ、其処からも続く戦いへの思いを強める。
 色彩が満ちゆく戦場には鮮やかな花が舞い続け、そして――。
 心の花はこれまでより強く、凛と咲き誇っていく。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宵鍔・千鶴
【朔夜】

今し方、自身のこの眼で視た菫桜の花
噫、己の花は確かに、大切なものとして
心に、咲いていたんだ

視えなかったものが可視化して
取り戻した願いは
もう、失くすわけにはいかないよ
刻、託されたきみの願いも
俺はずっと憶えているから

心はその者が持っているからこそ
美しいものなんだよ、怪盗サン
魂と引き剥がされたら其の花は枯れるだけだ

だから、枯れてしまう前に
俺が朽ち果てる前に
託したんだ、彼に

お前の気に入りの椿よりずうと
強く嫋やかに咲き誇る椿と供に
俺も咲かせて、葬送ってあげよう
奪うなら奪えばいい
其の花は屹度、きみのいのちを刈り取るから

ねえ、奪われる気分は如何?


飛白・刻
【朔夜】

実際の開花と同様
この心花達は種蒔かれ、蕾から花開かせ
誰のどんな花であれ自らで育て上げたもの
手入れすらせぬ者が奪うが赦されるわけなかろう

いつか朽ちるともそれが生だ
永久を決めるは少なくもお前では無い

もしと
己に隙が生じるならば
千鶴に隙が生じるならば
同意を得ずとも互い補うくらいには
託し託された重みも充分と分かり得るからこそ
だからあまり見縊るなと

己と同じ椿を弄ぶを見るが快い筈もない
己は勿論の事、隣咲く菫桜とて
如何にして咲いたかなど識りもせぬお前に
くれてやるは花蜜のよう甘くは無いぞ
一等の毒を巡りに巡らせた重ね椿を携え
凛と馨しく咲き誇る桜花と共に
手向け花には勿体無い程の花景色を目にと焼き付けるがいい



●華を重ねて、花を咲かせて
 心に咲く色彩を。その花の形を、識った。
 今し方、自身のこの眼で視た菫桜の花を思い返した千鶴は瞳を眇める。
(噫、己の花は確かに――)
 大切なものとして、此の心に咲いていた。
 空っぽではないのだと分かった今、心を失う前よりも気持ちが強くなっているように思える。ああして視えなかったものが可視化したことで取り戻した願いは――。
「もう、失くすわけにはいかないよ」
「そうだな……」
 千鶴が零した声に頷き、刻も思いを同じくする。
 実際の開花と同様に、あの心の花達は人の想いという種が蒔かれたもの。蕾から花を開かせた心は誰のどんな花であれど、其処まで自らが育て上げたのだ。
 あのような怪盗に奪われて良いものではない。
「手入れすらせぬ者が奪うが赦されるわけなかろう」
 刻は花盗人に向け、鋭い言葉を向けた。対する怪盗は肩を竦め、千鶴と刻に視線を巡らせる。口元は笑っているが、相手の目は全く笑っていないように見えた。
「心外だね。手入れくらいするさ」
 こうやって、と掌の上の椿花を見せた怪盗は花弁を指先で撫でる。それが手入れであるのかは判断がつかないが、あれが受け入れられない考えであることは確かだ。
 千鶴は身構えながら、刻にだけしか聞こえない声で語りかける。
「刻、託されたきみの願いも俺はずっと憶えているから」
「…………」
 刻は敢えて言葉を返すことはしなかったが、千鶴にはちゃんと聞いてくれていることが分かっていた。そして、二人は花盗人に攻撃の意思を見せる。
 迎え撃つ怪盗も身構え、花の魔術を巡らせていった。
「いつか朽ちるともそれが生だ」
「心はその者が持っているからこそ美しいものなんだよ、怪盗サン」
 千鶴は月華の桜を解き放ち、刻は白と赫の重ね椿を其処に重ねる。怪盗は二人の力を無視できないものだと感じ取ったらしく、周囲に様々な花弁を散らしていった。
 薄紅に白、赫。橙に紫、黄色。
 色鮮やな花弁が混じり合い、戦場となった桜並木に舞い飛んでいく。
「君達もなかなかに花を扱うのが上手いね」
 怪盗は刻達に称賛の言葉を送った。その感想は嘘ではないらしいが、彼からは命を軽んじている雰囲気が感じられる。
 千鶴は花盗人が使う花が、元は人の心の欠片であることを知っていた。
「魂と引き剥がされたら其の花は枯れるだけだ」
 それゆえにいつか美しさは消える。そして、千鶴は己の思いについて語っていった。
 だからこそ、託した。
 想いが枯れてしまう前に、己が朽ち果てる前に――刻へと。
 千鶴が抱くあの心を預けられるのは彼だけ。何も知らぬ花盗人には渡させない思いと心が、この胸の中にある。
「永久を決めるは少なくもお前では無い」
 刻もはっきりと宣言していき、更なる椿を重ねていった。
 花盗人も椿を持っている。もしかすれば、あの花は刻にとっての千鶴のような存在なのかもしれない。だが、きっと相手はそのようなことなど話してくれないだろう。
 其処から攻防は巡り、千鶴と刻は連携しあう。
 お互いに隙が生じないように背を預け、死角から魔術が迫るならばそれを塞いでいった。その際に二人は声を掛けあったりはしない。言葉で説明などせずとも、動きが手にとるように感じられたからだ。
 託し、託された間柄。補うことが出来るくらいには解り合えている。
「あまり見縊るな」
「勝負を付けようか」
 刻と千鶴は花盗人に鋭い言葉を向け、更に激しい攻勢に入っていく。
 自分が持つ椿によく似た花を弄ぶ様を見ることが快いはずはなかった。それに、あの椿よりずっと強く嫋やかに咲き誇る椿が此方にある。
「俺も咲かせて、葬送ってあげよう」
 奪うなら奪えばいい。けれども其の花は屹度、きみのいのちを刈り取るから。
 千鶴の一閃が花盗人を穿った瞬間、刻の椿が宙に舞う。
 己は勿論の事、隣に咲く菫桜とて負けてはいない。
「如何にして咲いたかなど識りもせぬお前にくれてやる花はない、それに……」
 自分達の花に宿るものは蜜のように甘くは無い。
 刻が宣言した後、凛と馨しく咲き誇る桜花に椿の花が折り重なる。幾度目かの巡りとなって迸る花は、怪盗を容赦なく包み込んでいった。
「ねえ、奪われる気分は如何?」
「手向け花には勿体無い程の花景色を目にと焼き付けるがいい」
 千鶴と刻の力は戦場に彩を満たす。
 怪盗の敗北という定められた未来を導く為に、彼の花々は終わりを引き寄せてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

ひとの心も約もうつろうもの
花が咲いて散るように

永遠に留めたい想いは私にもある

口惜しい
悔しい

抵抗も何も出来なかった
私は試練(厄)を越えられなかった
不甲斐なくて堪らない
こんな有様で約の神など名乗れない

神斬が約と共に花になった私を連れ戻し
サヨを守り励ました

私は何も

ふへ、さよ?
リルまで

この想いは
約束は朽ちたりしない
…有難う
きみの自慢でいられたらいい
リルのように自分を信じられたら

失態は取り戻す

災を巡らせ幸いを贈る
切り込み絡め捉え
盗人が齎す厄ごと切断する

この花は私だけの花

神斬のように約も呪も上手く扱えない
でも
独りではない
きみを守れる神になる
約束した

それに
私を信じてくれるきみ達を裏切ることはしたくない


リル・ルリ
🐟迎櫻

お気に入りの花が増えたや

弱気になってるカムイのほっぺをムニッてしてやる!
そうだよカムイ!
自信をもって
君は櫻の神なんだ
君は君が思ってる以上にすごいんだ
自分を信じてあげて

僕なんて歌しか歌えなくても
いつも僕を信じてる
僕も櫻宵も、君を信じてるんだから

ヨルも
すのうでいじ、を持って踊って応援してくれてる
花は枯れないよ
想いはうつろっても変わらない

そんな魔術はなかったと、跳ね返してやるんだから!
僕らの誓いは侵させない
歌う、薇の歌

信じている限り咲いている!
約束したんだから
とうさんに
僕自身に!
この舞台を伝えなきゃならない存在もいる気がする

それを識れたから君には感謝してるよ
君の捜す花も
いつか見つかるといいね


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

ひとの約束や想いを花にするなんていい趣味してるわね
私は牡丹一華の花なのね
可愛い息子と、暁の姫の華
彼女も私をみているのかな
きっと呆れてるわ…

もう!カムイったら何を弱気になっているの
…私も人の事言えないけど
頬を摘んでやるわ
師匠とカムイは別よ
私にとってカムイは大切で私の自慢の神様なんだから!
いつも励ましてくれる神を今度は私が
私とリルにとってあなたは一番の神様なんだからね!
だからリルは強くて眩しいのね
私も見習わなきゃ

あの子達の花は
あなたには勿体ない

生命喰らう桜吹雪を衝撃波と共に放ちなぎ払い
あなたも桜と咲かせてあげる

守るわ
約束だもの
大切な私の

カムイはどんな神になるのかしら
私は…見届けられるのかな



●散る花、枯れぬ心
 ひとの心も約も、時と共にうつろいゆくもの。
 花が咲いて散るように。巡りを得て新たに芽吹き、また咲くように。或いは枯れ落ちて二度と咲かなくなるように。
 たとえ咲いたとしても、うつろえば変質してしまう。
 はじめて開いた花を永遠に留めたい。そのような想いはカムイの裡にもある。
 口惜しい。悔しい。
 怪盗の力で心を奪われた時、カムイは抵抗も何も出来なかった。ただ思いと共に花に宿り、縋っていただけ。
「私は試練を……厄を越えられなかったのか」
 不甲斐なくて堪らないと感じたカムイは俯いた。こんな有様で約の神など名乗れないと考えたカムイは『前』の自分の存在を思う。
 自分ではなく神斬が大切なものを護り、己の心を連れ戻したのだ。
「私は、何も……」
 項垂れるカムイの傍で、櫻宵も思いを馳せていた。
 あの怪盗はひとの約束や想いを花にする。なんていい趣味かしら、と皮肉を言葉にした櫻宵は具現化した花を思った。
「私は牡丹一華の花なのね」
 それは可愛い息子と、暁の姫の華でもある。彼女も自分をみているのだろうか。きっと呆れているのだと感じた櫻宵は肩を竦めた。
 反面、リルは見えた花を思いながら、ふわりと微笑んでいる。
「お気に入りの花が増えたや……と、カムイ?」
 リルは同志の様子がおかしいことに気が付いた。先程まで神斬が出ていたことに起因しているのだろうと考え、リルはカムイの隣に泳ぎ寄る。
 櫻宵も神の傍に立ち、俯いている顔をあげさせた。
「もう! カムイったら何を弱気になっているの。……私も人の事言えないけど」
 後半は小声になってしまったが、櫻宵はカムイの頬を摘む。リルも反対側の頬をむにっと摘んで、ふにふにとこねてやった。
「そうだよカムイ!」
「ふへ、ひゃよ? りりゅまで……」
 頬を両側から摘まれている影響でうまく喋れないカムイ。そんな彼に櫻宵とリルは笑みを向けてみせた。
「自信をもって、君は櫻の神なんだよ。君は君が思ってる以上にすごいんだ!」
「でも、神斬の方が……」
「師匠とカムイは別よ。私にとってカムイは大切で私の自慢の神様よ!」
「そうさ、自分を信じてあげて」
 また俯きそうになったカムイに、二人は心からの思いを伝えた。特に櫻宵はいつも励ましてくれる神を今度は自分が支えたいと思っている。
「私とリルにとってあなたは一番の神様なんだからね!」
「ふふ。僕なんて歌しか歌えなくても、いつも僕を信じてるよ。僕も櫻宵も、君を信じてるから……そうだ、僕達を信じればカムイも自分を信じたことになるよね」
 リルは名案だとして胸を張った。
 その横ではヨルが花を持って踊っている。応援してくれている証らしい。その様子を見た櫻宵はくすりと笑う。
「まあ、それは天才的な発想ね。だからリルは強くて眩しいのかしら」
 私も見習わなきゃ、と感じた櫻宵は人魚を愛おしく思った。リルは尾鰭をふわふわと揺らして櫻宵とカムイを包み込む。
「僕達のも、君の心の花も枯れないよ。想いはうつろっても変わらない」
 少なくとも神は永遠をその手にできる。
 リルは遙か先の未来に思いを馳せ、櫻宵とカムイを見つめた。そこに僕はいないかもしれないけれど、という言葉は飲み込んでおく。
 はっとしたカムイは二人の言葉を真っ直ぐに受け止めた。
「この想いは、約束は朽ちたりしない。……有難う」
 櫻宵の自慢でいられたらいい。
 リルのように自分を信じていられたならば。
 カムイは二人に礼を告げ、改めて花盗人の方を見つめた。既に他の猟兵達が怪盗と交戦しており、激しい戦いが桜並木の間で巡っている。
 櫻宵は敵の元に踏み込み、リルも周囲に舞う花の魔術に意識を向けた。
「あの子達の花はあなたには勿体ないわ」
「おや、君達は……綺麗な花を咲かせた子達だったかな」
 花盗人は櫻宵達の気配に気付き、静かに笑う。彼の視線が櫻宵に向いたことを察したカムイは、巫女を庇う形で前に出た。
 リルも、むむむ、と頬を膨らませて花盗人を強く見据える。櫻は渡さないと主張した人魚は歌を紡ぐ準備をはじめた。
「その魔術はなかったと、跳ね返してやるんだから!」
 この誓いは侵させない。
 響き渡っていく薇の歌が戦場に満ち、魔術の花を包み込む。刃を構え直した櫻宵とカムイもひといきに攻勢に入った。
「あなたも桜と咲かせてあげる」
「失態は返上してみせるよ」
 櫻宵は生命を喰らう桜吹雪を衝撃波と共に放ち、カムイは災を巡らせていく。幸いを贈る神の護りを感じた櫻宵は、勢いのままに敵を薙ぎ払った。
 カムイも斬り込むことで花盗人の動きを絡めて捉える。そうして相手が齎す厄ごと切断する勢いで以て、魔術の花を無効化していった。
 二人の剣技が今日も冴え渡っていると感じながら、リルは想いを声にする。
「信じている限り咲いている! 約束したんだ」
 とうさんに。そして、僕自身に。
 この舞台を伝えなければならない存在も、きっと――。
 未来の予感を覚えているリル。その歌声をしかと聞き、櫻宵も更に刃を振るう。
「守るわ、約束だもの。大切な私の……」
「それはそれは、とても美しい想いだね」
 櫻宵が花盗人に近付いた瞬間、相手の腕が伸ばされた。かれの花を奪うつもりだと気付いたカムイは敵の前に割り込み、冷ややかな声で宣言する。
「この花は私だけの花だよ」
 花とは櫻宵のことでもあり、己の心のことでもあった。
 嘗ての神斬のように約も呪も上手く扱えない神。それが自分だ。しかし今のカムイは独りではない。きみを守れる神になると約束したのだから、離れない。
 それに――。
「私を信じてくれるきみ達を裏切ることはしたくない」
「カムイ……。うん、大丈夫だよ!」
 リルは神の心の強さを感じて、明るい笑みを向けた。
 花盗人に心は渡せないが、約束の大切さを識れた。そのことには感謝しているのだと告げたリルは怪盗を瞳に映す。
「君の捜す花も、いつか見つかるといいね」
 そして、人魚の紡ぐ歌は怪盗が持つ心の花を巻き戻していく。散らされた花弁は咲き誇る花に戻り、怪盗の花魔術がなかったことにされていった。
「……花が――」
 目を見開いて驚く花盗人に向け、櫻宵とカムイが斬撃を見舞いに駆ける。
 戦いが終わりに近付き、剣戟と歌が響く最中。櫻宵はふと或ることを感じ、隣で戦うカムイの横顔を見つめる。
(カムイはどんな神になって、リルの舞台はどんな風に彩られるのかしら。それから、私は……私自身は――?)
 どちらも見届けられるのだろうか。
 呪が巡る此の身に降りかかるのは厄災か祝福か。未だ視えぬ先を思う櫻宵の瞳の奥には渦巻く呪いの片鱗が見え隠れしていた。
 花は美しく咲いている。されど、いずれ花弁は散りゆく。
 そのあとも心は遺るのか。その答えはまだ、誰も知ることが出来ない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

戀鈴・シアン
【狼硝】

あの兎達に花を持ってくるよう命令したのは、彼か
どうして人の想いなんて欲しがるの?

人の想いの美しさは勿論知っている
紫苑と勿忘草を見る前から、ずっと
人が人を想う心
それがなければ俺だってこの身を得ていないから

その人の想いはその人だけの特別なものだろう
躰と共に朽ちてしまったって、それが在るべき姿なんだ
命の灯火が消えるその最期まで、誰かを想い続ける姿
それこそがこの世で最も美しいと言うのに
俺はこの目でそれを、主のその姿を見て、憧れ焦がれたと言うのに

盗ませない
俺の想いも、レンの想いも
何一つ、欠けさせない、失くさない
攻撃は全て俺が弾く
「想い」の込められた、この刀で
だから、レン、ハク
遠慮なく行っていいよ


飛砂・煉月
【狼硝】

へぇ、アンタがあの兎達を唆したヤツ?
悪趣味だね、人のものを欲しがるだけじゃなく
奪うなんて
盗むなんて

人の数だけ有る想い
魅力的に映るかもしんないけどさ
そいつが持ってるからこそ、いっとう綺麗なの知らないんだ?
紫苑に勿忘草
自分達の想いを緋に映しながら

その手に収めても
同じ輝きはどうせ見られないよ
それは凡てじゃない
オレが尽きる迄の輝きも
シアンの変わぬ煌めきも
アンタの手の中じゃ霞んで褪せるだけ

盗らせねぇよ
オレ達の想いは、何ひとつ
シアンが被弾を弾いてくれるなら
オレは駆けて、
ハクの――相棒の名を呼び、轟かす竜の咆哮
アンタの死を奏でる音だ

想いが護るオレに怖い物は何も無い
報いを受けろと
緋色は獲物を捉えた侭



●花と往く
 猟兵と影朧の攻防は巡り続ける。
 花が舞う戦場を見据え、シアンは花盗人の姿をしかと捉えた。
 あの兎達に花を持ってくるよう命令したのは彼だ。決して油断はできないと考えているシアンの隣で、煉月は怪盗に問いかけてみる。
「へぇ、アンタがあの兎達を唆したヤツ?」
「どうして人の想いなんて欲しがるの?」
 シアンも続けて疑問を言葉に変え、相手の返答を待った。振り向いた花盗人は二人を見遣り、静かな笑みを浮かべる。
「君達にも好きなものがあるだろう。それを集めるのと同じだよ」
 怪盗は当たり前のように答えた。
 しかし同じだと言われたことに納得は出来なかった。何故なら、彼が求めているのは人の心であり、普通の物品ではない。
「悪趣味だね」
 煉月は身構えながら、理解できないと告げた。
 ただのコレクションとは違う。あの花は命の欠片であり、想いや願いの結晶でもあるはずだ。それに人のものを欲しがるだけではなく、盗んで奪うなどということは煉月にもシアンにも受け入れられない思想だ。
「そうかい? 君達はこの花を美しいと思わないのかな」
 花盗人は周囲に様々な花弁を散らし、シアン達に問いかけてきた。
 対するシアンは頷きを返す。綺麗だと感じてることは確かだ。しかし――。
「人の想いの美しさは勿論知っているよ」
 あの紫苑と勿忘草を見る前から、ずっと感じていた。
 人が人を想う心。それがなければ、自分だってこの身を得てはいないから。
「そりゃあ綺麗だけどさ」
 煉月も心の花が美しいことは否定しない。
 懸命だったり、真剣だったり、真っ直ぐだったりするからこそ綺麗に咲く花。人の数だけ有る想いは魅力的に映る。
「でも……そいつが持ってるからこそ、いっとう綺麗なのは知らないんだ?」
 煉月もシアンと同じように紫苑と勿忘草を思い返していた。
 自分達の想いは確かに此処にある。けれども、この手から離れてしまえば何の意味もない願いになっていくだろう。
「へぇ……?」
「アンタのその手に収めても、同じ輝きはどうせ見られないよ」
 花盗人は曖昧な声を返したが、煉月は構うことなく己の思いを言葉にした。シアンも敵から放たれた花弁を躱し、煉月の意志に思いを重ねる。
「そうだ、その人の想いはその人だけの特別なものだろう」
 たとえ躰と共に朽ちてしまってもそれこそが自然な形であり、辿るべき運命だ。花盗人は死と共に心まで消失してしまうことが惜しいと語っていた。その気持ちも分からないものではないが、心だけを抜き出す行為は自然の摂理に反する。
 シアンは識っている。
 命の灯火が消えるその最期まで、誰かを想い続ける姿。
 それこそがこの世で最も美しい花に等しいのだと。
「俺はこの目でそれを、主のその姿を見て、憧れて……焦がれてきたから」
「……シアン」
 煉月は彼の思いを感じ取り、その通りだと答えた。
 尽きること。消えること。
 それのみを見るならば悲しいことだが、そのことだけが凡てではない。
「オレが尽きる迄の輝きも、シアンの変わぬ煌めきも、アンタの手の中じゃ霞んで褪せるだけ。だから――」
 花が飛び交う戦場を果敢に立ち回っていた煉月とシアンは、隣同士に並び立つ。
「盗ませない」
「盗らせねぇよ」
 声が重なった瞬間、彼らはひといきに駆けていく。
 シアンは想刀を構えて花を弾き、煉月は穿白の槍を手にして花盗人に向かった。
(オレ達の想いは、何ひとつ)
(俺の想いも、レンの想いも。何一つ、欠けさせない、失くさない)
 言葉にしないままでいるが、二人の意志は同じ方向に向けられている。攻撃は全て自分が弾くと決めたシアンは、想いそのものである刀を振りあげた。
「レン、ハク。遠慮なく行っていいよ」
 そして、敵の起こした花嵐をシアンが斬り裂いた次の瞬間。
「――ハク!」
 煉月が相棒竜の名を呼んだ。其処から轟いたのは激しい竜の咆哮。想いが護ってくれていると分かっているから、今の煉月に何も怖い物はない。
 ただ真っ直ぐに花盗人を捉えた緋色の瞳は告げている。
 報いを受けろ、と。
「覚悟しろ。アンタの死を奏でる音だ」
 響き渡る咆哮は激しく、煉月とハクが紡ぐ一閃は怪盗の身を穿った。よろめいた花盗人は舌打ちをした後、シアン達から離れる形で身を翻す。
「追おうか、レン」
「逃がすか!」
 想いの花弁を纏って逃げた怪盗を追い掛けるべく、シアンと煉月は頷きを交わした。互いの想いの花を識る相手がいることを心強く思いながら、二人は駆けていく。
 きっと、戦いが終結する時はもうすぐだ。
 誰の花も渡さない。誰の心も奪わせない。強い願いが彼らの裡に宿っていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天帝峰・クーラカンリ
シャト(f24181)と共に

椿か、花言葉が泣くぞ
今のお前は『傲慢』そのものだ
永遠などあるものか
過去に囚われたお前がそれを語るなど、笑えもせん

夢語るお前に、現実を教えてやろう
娘を誑かす者を放ってはおけん
まずはお前の花を奪い返そう
何処の誰かも知れぬ心に、それが戻るようにな

…年中緑を絶やさないヤドリギに
昔のひとは不死や再生を見出した
シャト、今のきみに何故その花が咲いたか
答えは見つけられたかな

じくりと滲みあがる紅い傷跡目掛け
思い切り拳を突き入れる
臓腑を破る棘の味はお気に召すかい?

永遠はないからこそ美しいと理解出来ぬ奴に
花を摘む権利などない
ひとのこころに咲くは一輪のみならず、無限の庭であると知れ


シャト・フランチェスカ
クーラカンリ/f27935

きみ自身の花は無いのかい
美しいものを愛でたいのは解るさ
いっとう大事に抱える椿もきみのじゃない
そうでしょう?

僕も何処かで釦を掛け違えてたら
羨ましい怨めしいって心を拐って
束の間の愉悦に溺れたい
自分に花などないって思ってたから

皮肉にもきみのおかげで
僕の心も花を懐いていたと識った

まあ、窃盗とか
多分厳格な父に怒られるんだけどさ

答えを知ってるような言い方だね
生きてるうちには見つけるよ

僕はきみを悪と断じることが出来ない
感謝と共感を以て花を贈ろう

握るは錆びたカッターナイフ
刺し貫くには鈍らだけど
標を穿つには充分だ

反撃には頓着しない
赫く散って滴るなら其れも己が愛し花
でも、心はあげないよ



●いつか、その答えを
 猟兵達と交戦を続ける影朧。
 彼は時には攻撃にまわり、時には逃げに徹したりと実に狡猾に立ち回っていた。そんな花盗人が手にしている花は椿だ。
 掌の中で浮いているその花を見遣り、クーラカンリは静かに言い放つ。
「椿か、花言葉が泣くぞ」
「花言葉か。君はそういうものに拘る派かい?」
 対する花盗人はそんなものは関係ないとばかりに小さく笑った。クーラカンリは相手の挑発めいた言葉に乗るまいと決め、更に言葉を続けていく。
「今のお前は『傲慢』そのものだ。永遠などあるものか」
「そうかな。考え方次第だよ」
「過去に囚われたお前がそれを語るなど、笑えもせん」
 クーラカンリと花盗人の言の葉は鋭い棘のように相手に差し向けられていた。されど、どちらも一歩も引かない。話は平行線であり、関係は対立のまま動かない。
 そんな中でシャトはふと問いかけてみる。
「それも他の誰かの花だろう。きみ自身の花は無いのかい」
「さあね」
 すると花盗人は曖昧に答えた。返されたのは相槌のみで、シャトの問いに答える気がないといった様子だ。その代わりに怪盗は逆に問い返してくる。
「それよりも、この花々を綺麗だとは思わないのかい」
 花盗人は語る。
 美しいものが朽ちていくことを黙って見ていることは出来ない、と。そういった思想を持っているがゆえに怪盗は約束の神桜に目をつけたのだろう。
「美しいものを愛でたいのは解るさ」
 シャトは一部の思いには同意できると答えたが、すべてを認めているわけではないと話す。特にそれについては、と告げたシャトが指差したのは花盗人の持つ椿の花。
 花には持ち主がいる。そのことを無視したまま花を手に入れて大切にしても、正当な愛で方にはならない。
「いっとう大事に抱える椿もきみのじゃない。そうでしょう?」
「……ふふ」
 否定も肯定もしない笑みを湛え、花盗人はシャトとクーラカンリを交互に見遣った。
 やはり話は通じない。猟兵と影朧である自分達は相容れない。そのように思っているであろうことが怪盗の様子から感じられる。
 シャトは相手を見つめ、何処か安堵にも似た思いを抱いていた。
(僕も何処かで釦を掛け違えてたら……)
 きっと同じだった。
 羨ましい、怨めしいと心を拐って束の間の愉悦に溺れたい。そんな自分に花などないとて思っていた。しかし今、花は在ると知った。
「皮肉にもきみのおかげで僕の心も花を懐いていたと識ったんだ」
(まあ、窃盗とか。多分厳格な父に怒られるんだけどさ)
 花盗人への言葉を紡ぎながら、シャトはクーラカンリをちらりと見遣った。その視線を受けたクーラカンリは攻勢に入り、花盗人の前に回り込む形で地を蹴る。
「夢語るお前に、現実を教えてやろう」
「へえ、どんなものだい」
「娘を誑かす者を放ってはおけん。まずはお前の花を奪い返そう」
 何処の誰かも知れぬ心に、それが戻るように。
 クーラカンリが椿に手を伸ばそうとすると、花盗人はすぐに花を仕舞い込んだ。
「無駄だよ。この花の持ち主は死んでいる」
 残念、と軽く笑った怪盗は反撃に移っていく。花から巡らせた負の情念をクーラカンリに差し向けた彼は双眸を細めた。
 椿の花の元になった者が何処の誰であるかは語られないだろう。そのことを察したクーラカンリはシャトと視線を交わし、花盗人を取り囲みに掛かる。
「いいか。年中緑を絶やさないヤドリギに、昔のひとは不死や再生を見出した」
「……そうらしいね」
 シャトに向けて語られた言の葉には優しさが見えた。頷いたシャトはクーラカンリが話す声に耳を傾けていく。
「シャト、今のきみに何故その花が咲いたか。答えは見つけられたかな」
「答えを知ってるような言い方だね」
 彼からの静かな問いに対してシャトは少しだけ沈黙を重ねる。
 しかしそれも長くは続けず、彼女はすぐに返答を紡いだ。
「生きてるうちには見つけるよ」
 そうして、シャトとクーラカンリは一気に花盗人への攻撃に移った。素早く回り込んだシャトが握る錆びたカッターナイフが怪盗に迫っていく。
「僕はきみを悪と断じることが出来ない。だから、感謝と共感を以て花を贈ろう」
 錆びた刃は刺し貫くには鈍らだが、標を穿つには充分。
 さあ、此処に介錯と解釈を。
 シャトの一撃を避けようと動く怪盗だったが、その背後にはクーラカンリが近付いていた。はっとした花盗人は身を捩って逃げようとしたが、もう遅い。
「――しまった」
 怪盗が別の逃げ道を見出す前にシャトが一閃を見舞った。
 じくりと滲みあがる紅い傷跡目掛けて、クーラカンリがすかさず拳を突き入れる。
「臓腑を破る棘の味はお気に召すかい?」
「う……ぐ……」
 呻き声をあげることしか出来ない怪盗の身体がよろめく。その隙を狙い、クーラカンリとシャトは追撃を重ねていった。
 赫く散って滴るなら其れも己が愛し花。シャトは怪盗を見つめ、強く言い放つ。
「痛みの赫ならいくらでもあげる。でも、心はあげないよ」
「永遠はないからこそ美しいと理解出来ぬ奴に花を摘む権利などない」
 ひとのこころに咲くは一輪のみならず、無限の庭。
 そのことを知れ、と語ったクーラカンリは断罪の拳を突き上げた。深く減り込んだ一撃は怪盗の身を穿ち、大きな衝撃を与える。
 桜の並木道に巡るのは終幕の合図。そして其処から、戦いは終幕に向かっていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

音海・心結
💎🌈


ふふり
弱気の零時もかわゆかったですが
……考えるのは後のようです
――ゆきますよ

とはゆえ、
泣かせたのがお前の仕業だなんて
納得ゆきませんねぇ
面白くない

知っていますか?
零時の涙は固まるとアクアマリンの宝石になるのですよ
血も涙も宝石になるって、教えてもらいました
その貴重な宝石を
お前の為に流したとなると
答えは分かっていますよね?
――いえ、答えなくてもやることはひとつなのですが

UC
白翼が腰から生え天使を模した姿
甘く惑わせる聲と共に敵を誘導
弱い音符の電撃が彼の魔術と融合すれば

みゆの心は勿論
もう誰の心も奪わせません
今、此処で散ってください

みゆたちの夢はみゆたちの手で
邪魔も手伝いもいりませんっ!


兎乃・零時
💎🌈


…情けねぇ…
あっさり奪われちゃぁ、俺様もまだまだだ
心結のも奪われて
こんなんじゃ夢はまだ叶わねぇ…

溢れる涙は魔力の証
そして今感情が溢れ続けたが故に魔力も溢れた状態

…決めた
もう二度と、盗らせない
何が有ろうが夢を己の中に宿し続ける
心結の心も奪わせないようにする
其れも嫌だ

美しさはしってる
だが
テメェの語る永遠に興味はねぇ
今やる事は一つ!
俺様は!
ここでお前をぶったたくッ!

UC
溢れる魔力を無理やり抑える
まだ不完全な状態
溢れる魔力は拳と脚に込め
殴る
蹴る
この状態で真面に魔術が使えないから

もう絶対
誰の心も奪わせねぇッ!
罅が魔術回路として起動し蒼く輝く

この夢は、俺様のもんだ!
心結の心も!お前にゃ渡さねぇ!



●マギア・フォルスエンジェル
「……情けねぇ」
 肩を落とした零時は先程までの事を思い返していた。
 心を奪われ、願いを忘れてしまった事実が悔しい。今はその思いも戻ってきているが、あのようにあっさりと奪われてしまったことが気にかかる。
「俺様もまだまだだ。心結のも奪われて、こんなんじゃ夢はまだ叶わねぇ……」
「そんなことはないのですよ」
 項垂れた零時の傍には心結がついており、ふるふると首を振っていた。
 心結はふふりと笑み、弱気だった零時も良いと伝える。しかし、今の零時には弱いままの自分は受け入れられない。それが願いを失くした自分であるのならば余計に認めるわけにはいかなかった。
 溢れる涙は魔力の証。今は感情が溢れ続けたが故に魔力も溢れた状態だ。されど、零時の裡には揺るがない夢という心が戻ってきている。
「……決めた」
 もう二度と、盗らせない。
 反省は終わりだ。落ち込んでいるわけでもない。零時は顔をあげ、花盗人に強い視線を向けた。同時に向こうも零時達に気付いたらしく、不敵な笑みが返ってくる。
 影朧の眼差しには害意が宿っていた。
 心結は花盗人を真っ直ぐに見つめ、零時と共に身構える。
「……考えるのは後のようです。――ゆきますよ」
「おう!」
 零時の返事を心強く感じた心結は、周囲に舞う花に注意を向けていった。見た目は綺麗ではあるが、あの花は怪盗が解き放っている攻撃だ。
 近付いてきた花は負の感情の権化。心結達にも情念の重みが伸し掛かってくる。
「まずそうだな。とりあえず離れるか!」
「はいっ」
 零時は地を蹴り、心結も花から距離を取った。
 そこから攻撃の機会を窺っていく二人は、花盗人に語りかけていく。
「やっぱり心を盗むなんて許せねぇ!」
 零時は決意を固めていた。
 何が有ろうが夢を己の中に宿し続けること。
 それから、心結の心も奪わせないようにすること。
 あのような感情を知ってしまった以上、どちらも守りたいことになった。心結は零時の声に頷きを返し、己の思いを声にしていく。
「確かに零時はかわゆかったです。とはゆえ、泣かせたのがお前の仕業だなんて納得ゆきませんねぇ」
 心結は、面白くないとちいさく呟いた。
 花盗人はそんな少女を見つめ返し、なるほどね、と口にする。
「淡い想いが見えるね。仄かだけれど、これから育っていく花だ」
 彼が語った言葉の真意は分からない。
 だが、心結にはそれがどうであれ構わない。彼女にとって、花盗人は必ず倒すべき相手となっているからだ。
「知っていますか? 零時の涙は固まるとアクアマリンの宝石になるのですよ」
「宝石?」
「はい。血も涙も宝石になるって、教えてもらいました。その貴重な宝石をお前の為に流したとなると……答えは分かっていますよね?」
「さぁね、よくわからないな」
 心結の問いかけと言葉に対して、花盗人はわざとはぐらかして様子を見ていた。もしかすれば、少女が抱く憤りめいたすら美しいと感じているのかもしれない。
「――いえ、答えなくてもやることはひとつなのですが」
 心結は齎される重圧を受け止め、時にはいなしながら立ち回った。零時も零れ落ちる魔力を無理矢理に抑えつつ敵を見据えていく。
「美しい花の価値が分からないなんてね」
「美しさはしってる。だが、テメェの語る永遠に興味はねぇ」
 花盗人が残念そうに語ったことに対して、零時は強い拒絶を示した。心の花が美しいことだけは認めるが、怪盗の所業は認めることなど出来ない。
「今やる事は一つ! 俺様は! ここでお前をぶったたくッ!」
 宣言と同時に零時は拳を握る。
 まだ魔力は不完全な状態だ。それでも零時は前のめりに駆けていく。そうして魔力を拳と脚に込め、花盗人との距離を詰めた。たとえ逃げられようとも脚部に込めた魔力を爆発させて推力を得て追い縋るのみ。
 そして、ただ殴る。それで届かぬのならば蹴るだけ。
「これは……まずいな」
 怪盗は受け身をとっているが、あまりの連撃に押されかけていた。
「もう絶対、誰の心も奪わせねぇッ!」
 花盗人と相対する零時。彼の罅が魔術回路として起動していき、蒼く輝いている。
 心結は零時の助けになるべく歌を紡いでいた。
 その姿は天使を模したものに変わっている。歌声が響けば、腰から生えた白翼がはためく。その度に甘く惑わせる聲が辺りに響き渡り、敵を誘っていった。
「そうです。みゆの心は勿論、もう誰の心も奪わせません」
 音符の電撃が宙に舞い、零時の魔力と融け合って巡りゆく。二人の思いはひとつになり、花盗人を追い詰める一手となっていた。
「今、此処で散ってください」
「この夢は、俺様のもんだ!」
 心結と零時は懸命に、真っ直ぐな思いを力に変えていた。猟兵との戦いが長く続いたこともあり、花盗人の力はかなり削られている。
 今だ、と呼び掛けた零時は終わりの時を感じていた。少年は心結の歌を背にして、全力で戦場を駆けた。
「心結の心も! お前にゃ渡さねぇ!」
「みゆたちの夢はみゆたちの手で、邪魔も手伝いもいりませんっ!」
 二人の声が凛と紡がれた瞬間。
 音符と共に花が舞い上がり、桜の枝が大きく揺れる。宝血の魔術回路が鮮やかな蒼光を放ち、そして――其処で戦いの幕は下ろされた。


●櫻に謳い、桜に結ぶ
 花盗人は膝をつき、周囲に花弁が舞い落ちていく。
 猟兵達との戦いに敗北した怪盗には逃げる力すら残されていなかった。彼と戦い、追い掛けてきた猟兵達は知っている。
 あの影朧はもう、骸の海に還されるときを待つだけの存在だ。
「参ったな、ひとつも花を盗めなかった……」
 自分の負けだと認めた花盗人は、最後まで大切に持っていた椿を見下ろす。
 この心の花の持ち主は誰だっただろうか。影朧となり、花を蒐集し続けることにばかり拘って忘れてしまっていた。
 そのように独り言ちた怪盗はゆっくりと顔をあげる。猟兵達を見渡した花盗人の身体が徐々に消えていく。
「そうか……もしかすれば君達の言う通りだったのかもしれないな……。手折った花は色を失って……いいや、しかし未だ――」
 そして、何かを言いかけていた花盗人はその場に伏す。
 続く言葉がどんなものだったのかは誰も知らぬまま。歪ではあるが、花を愛した怪盗は花弁に包まれながら消えていった。
 
 こうして怪盗が人の命を奪う事件は未然に防がれ、猟兵達は勝利を得た。
 後に残ったのは穏やかな桜並木の光景。
 花社を彩る数々の桜も、約束や想いが結ばれた神桜も人々の想いを受け止め、これからも此処に在り続ける。
 春風が吹き抜ける社に、あえかに咲き誇るのは約束の証。
 此処で結んだ想いや願いは、きっと――いつかの未来に続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月04日


挿絵イラスト