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雨よ、どうか月を呼び止めて

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●ぽろぽろ、雨雫
 水辺へ誘い、人を溺れさす悪い人魚がいる。
 そんな風に誹りを受けたこともあった。
 誤解から逃れるように移り住んだのは、とても長閑で静かな田舎町。

 神社のそばの池の中から眺めた風景を、いまでも思い出す。
 水中から見上げる空は、青くたわんだ鏡のよう。
 時折樹の上から雨雫が落ちれば、ぽんぽんと水面は唄うように舞う。
 蛙の子を取る子どもたち。遠く世界を隔てた、届かない向こう側。
 水の中にいる私なんて誰も気に留めない、けれど。

 あなただけは、私を見てくれた。

●ぽろぽろ、頬伝う雫
 愛しい世界への回想の旅路。蒼き地球も、いまは遠く。
 あなたが世を去り、私は残り、居所がなくてこの幽世へと逃れた。
 けれど、ね。ここは『海』にとっても近い世界。
 時折思い出たちが迷い出るのを見て、この胸は波立つようにざわめくの。

 今も探してしまう。
 雨の降る日、いつも池を覗いて微笑んでいたあなたを。
 そして私は今日、懐かしき面影を見つけてしまった。

「ねえ」
 見つけちゃった。もっとうまく隠れてよ。
 嬉しさ愛しさ、いくらかの悲しさに涙があふれ、止まらなくなる。

 あなたに会えば、世界はほころぶ。
 あなたに触れれば、世界はほろぶ。
 でも、ならどうしてあなたは現れて。
 手を伸ばすな、なんて意地悪をいうの?

 私は私のする事の罪深さをわかっていて、どうしようもなくて、むせ返る声で思い出に手をさしのべたの。

「お願い、あなたのところへ連れていって」
 そしてお願い――だれも、とめないで。

●雨の檻
 その日、グリモアベースで待つリグ・アシュリーズは、いつも明るい彼女らしからぬ浮かない表情をしていた。
「ね。皆は会いたい人って、いるかしら?」
 もしいるなら再会が叶うかもしれないわ、とリグは躊躇いがちに告げた。
 そしてすぐにつけ加える。望む形とは限らないけれど、と。

 カクリヨファンタズム。
 骸の海にも近いこの世界では、過去が容易く現世に迷い出る。
「幽世のある地に降る雨はね、時折過去の景色を映すんですって」
 降りしきる雨は水鏡のように、生者の心を千々に乱す。

 此度雨の檻に囚われたのは、カナという美しい人魚の妖怪。
 金魚を思わす姿の彼女は、かつて一人の男性を愛した。
「だいぶ昔の話ね。妖怪と人とじゃ寿命も違うから、男の人は……もう、いないの」
 何せ妖怪たちが幽世に移り住む前の事だ。人間の生き永らえられる歳月ではない。
 カナとて、それを分かった上で――寂しさあまりに求めてしまったのだ。

「カナさんはね、迷い出た記憶に取り込まれかけてるの。世界が滅ぶと分かっていても、心とらわれて身動きできずにいるわ」
 男は流行り病で、死に目にも会えなかったと聞く。心の整理も、まだなのだろう。
「骸魂と引き離して。きちんとお別れ、させてあげてほしいの」
 自身も最近友の手を借り、近しい者を見送ったというリグは。
 請うような目で、あなたたちを見つめた。

 カナの元へむかう道中は、雨の降りしきる夜の草原。雨は妖怪だけでなく、猟兵たちをも惑わすだろう。
「雨の中に見える景色は、人によって違うわ。たぶん、皆の心に引っかかってる過去の景色……もしかしたら、人も出てくるかも」
 亡くした人。滅びた故郷。
 悔恨に満ちた一場面すらも、乗り越えるべき壁として立ちはだかるだろう。
「これについてはもう、心を強く持ってとしか言えないわ……でも」
 忘れないで、と少女は呼びかける。
 皆にはもっと大事なものが、いっぱいできたはずだから、と。

 無事すべてを終えたなら、猟兵たちを待つのは穏やかな時間だ。
「迷い出た記憶は、少しの間だけ留まってくれるわ。あくまで本物じゃなくて、記憶の中にある幻だけど」
 各々の、想う人へ。贈りたい言葉があれば、告げるのもいいだろう。
「あとね。騒ぎが起こる前に、妖怪たちの移動遊園地が来てるのが見えたわ。多分しばらくこの場所にいると思うの」
 まわる回転木馬は木の色あたたかく、祭りさながらの屋台もあると聞く。
 一夜限りの遊園地は誰かとの――あるいは記憶の中の誰かとの、旧くも新しい思い出作りに一役買ってくれるだろう。

 全てを語り終えたリグは、グリモアゲートを開く。
 いつもと違い、ほんの少しの躊躇いと共に。
 あなた達が、優しい雨に閉じ込められやしないか。そんな風に案じる眼差しは、けれど一瞬だけで。
「いってらっしゃい! 出会って……思い残すことなく過ごしてね」
 見送る背に、少女は告ぐ。今を生きるって楽しいことなんだから! と。


晴海悠
 会いたい人は、いますか。
 会って伝えたい、胸の内は。
 今宵お送りするのは幽世の、切なくも温かい皆様の物語です。

 あなたのやりたい事を、全力でぶつけて下さい。
 全身全霊のリプレイでお返しします。

『スケジュールについて』
 当シナリオは、プレイング受付期間を設けての運営を予定しています。
 採用数は晴海のキャパを超えない範囲でとなりますが、期間に区切りを設けて丁寧に描いていきたいと考えています。

『プレイングの受付』
 シナリオ上部のタグとマスターページにて、受付期間の告知をさせて頂きます。
 期間外に頂いたプレイングは流れる確率が高くなりますが、再送は歓迎します。
 最初のみ、3章だけなど、お好きな形でお越し下さい。
(複数名の合わせプレイングは2~3名までならはりきって承ります!)

『1章 冒険』
 雨の中では、迷い出た過去の記憶が皆様を待っています。
 人と、あるいは場面とどう向き合い、切り抜けるのかまでをお答え下さい。
 皆様の過去については、プレイング内にて指定された内容を元に描写いたします。
(強いご希望がない限り、アドリブは控えめになると思います)

『2章 ボス戦』
 捉月。
 人魚妖怪であるカナが骸魂と結びつき、変化した姿です。
 彼女は月にまつわるユーベルコードを用います。オープニングの予知情報などを元に言葉を投げかければ、反応があるかもしれません。
 なお、説得等がなくとも倒せば救出には成功します。が、その後の彼女の心境には皆様の行動が大きく関わるでしょう。

『3章 日常』
 妖怪たちの移動遊園地が、今もこの地に留まっているようです。
 それだけでなく、雨のもたらした過去の記憶も。
 カナに呼びかけ別れを促すもよし、あるいはご希望であれば、皆様の呼んだ過去の幻とも、共に過ごせるかもしれません。

 それではリプレイでお会いしましょう! どうぞ皆様が雨を乗り越え、晴れやかな夜空に出会えますよう。
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第1章 冒険 『雨の中の永遠』

POW   :    雨具など使わず駆け抜ける

SPD   :    雨具を使い抜ける

WIZ   :    廻り道して雨を避ける

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 雨は、ふる。
 路地裏に、公園に、大樹のふもとに。
 透明な水のカーテンの向こう、のぞくそれらは昔日の情景。
 雨の中閉じこめられ永遠となった景色たちは、人の心を惑わすという。

 人魚を閉じこめた時のように、
 雨は分け隔てなくあなたのもとへも降りそそぐ。

 雨雫をくぐれば、向こうには。
 育ての親が、傘をさして待っているかもしれない。
 想い人が、雨にぬれて待っているかもしれない。
 出会って、向き合い。抜け出さなくては、この世界は救えない。

 旅をし、強くなったあなたの姿。
 遠くどこかに置き忘れた、あなたの心。
 すべてを覆い隠して、雨はふる。
ルイーゼ・ゾンマーフェルト
「そりゃ、誰が出てくるって言えば、ね……」
雨の中に出現するのは生前に所属していた武装商隊の面々。
筋骨隆々な兄貴分のガンナー、「商売人は愛嬌が命」と常に笑顔だったトレーダー、凄腕の老メカニックとその弟子の生意気小僧……エトセトラ。
血縁はあったりなかったり。抜ける奴もいたし新しく入る奴もいた。それでも数十人の集団丸ごと「家族」という認識は、誰もが共通して持っていた――と、信じている。
「私ときたら、雨に打たれたぐらいじゃ風邪も引けない体になっちまったよ。改めてそっちに行くのは、色々と片が付いてから……」
幻を相手に何を語ってるんだろう、とか頭の片隅から淡泊に俯瞰しつつ、武装バギーの速度を上げる。



 雨に煙る月夜の草原に、懐かしき面影が迷い出る。
「そりゃ、誰が出てくるって言えば、ね……」
 もう、九年余りを経ただろうか。ルイーゼ・ゾンマーフェルト(ゲヴェーア・ケンプファー・f25076)は、彼らの顔を未だ鮮明に覚えている事を自覚した。
 兄貴分として慕っていた男の、銃持つ逞しい腕。
 トレーダーは「愛嬌が命」と、砂嵐の中でも片時も笑顔と陽気さを忘れずにいた。
 優れた手腕の老技師と弟子の小僧は、部品代に幾ら費やすかでケンカが絶えなかったものだが……皆、気の良い者達ばかりだった。
 血の繋がりの有無以上に、固い絆で結ばれた武装商隊。
 時折誰かが旅立っても、また新たな人員を加えて旅は続いた。

 数十人規模の大所帯。荒野を渡る、愛しきホーム。皆、互いを「家族」と思っていた――聞いて確かめたわけでなくとも、そうであったと願いたい。
 少なくともルイーゼはそう信じていた。でなければ、こんなに胸が痛むものか。
「……そちらで元気にしてたかい」
 オブリビオンの大群に飲まれたあの日。ルイーゼの体は、二十歳の時点で時を刻むのを止めた。
 故に今も、ルイーゼは彼らのよく知る姿を留めたままだ。
 ただひとつ、違うのは。
「私ときたら、雨に打たれたくらいじゃ風邪も引けない体になっちまったよ」
 望んで、埒外の力を手に入れたわけではなかった。
 生き残った――正確には蘇った我が身を呪いたくなる気持ちを、復讐へと振り向け生きてきた。
「改めてそっちに行くのは、色々と片が付いてから……」
 語りかける最中、我に返ってふと笑いをこぼす。幻を相手に何を語ってるんだろう、と。

 振り切るように背を向け、バギーのアクセルを踏み込んだ。愛車は泥を跳ね、愛しき影たちを置き去りにする。
 優しい思い出に満たされたくない。まだ、仇も討っていないのだ。
 バギーの背を追うように、ガンナーの男の手が伸びる。けれどそれもすぐに遠ざかり、車窓の外には雨露のほかは、何も見えなくなった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒羽・扶桑
ヒトの子を愛した妖の末路か
カナも理解はしていたろうに
…もっとも、理屈で動かせるなら、心に意味などなかろうが、な

※spd

この雨だ、翼はしまい駆けた方が早かろう

無理して飛べば雨を吸い
翼がひどく重くなる
…若鳥だった頃は、そんな無茶もしたものだがな

駆ける最中
雨が映すは懐かしき風景
人里の上空、田園を抜け
聳える山の中腹を目指して飛べば

社が見えて――ああ、主様。いけない
神とはいえ、雨に濡れては体に障るやもしれぬだろう?

我を待っていてくれたのだな
烏から人の姿へ変じ
まず、伝えるべきは――

手を伸ばしかけ、気づく
あれは幻に過ぎぬと

全く、地に足が付かないとはこのことか
自嘲しつつ歩みは止めぬ
掬い取らねばならぬ想いの元へ



 妖怪は、人を化かし驚かす。
 恐れや畏敬の念を食み、彼らは人と共に生きてきた。
 だが、身勝手の許される妖怪にもしてはならぬ事がある。人を愛してはならぬ――生きる歳月の違う者を愛せば、最後に得るのは哀しみだからだ。
「ヒトの子を愛した妖の末路か」
 カナも理解はしていたろうに、と黒羽・扶桑(あまづたふ・f28118)は同じ妖怪として彼女の境遇に思いを馳せる。
「もっとも、理屈で動かせるなら、心に意味などなかろうが、な」
 扶桑自身、抱く思いが時に手に余るものだと理解はしていた。
 降り注ぐ雨は羽根を濡らし、濡れ羽色を通り越した翼は次第に重みを増す。
「……この雨だ、翼はしまい駆けた方が早かろう」
 体力を奪う雨の中無理して飛べば、やがてねぐらへ辿り着く事も叶わなくなろう。
 永きを生きれば知恵も備わる。今の扶桑は、そのような無謀を冒すまい。
「……若鳥だった頃は、そんな無茶もしたものだがな」
 昔を回顧する扶桑の口元は、苦く寂しげな笑みを湛えていた。

 駆け行く最中、ひと際強く雨が降り注ぐ。
 雨の暖簾の向こうに見えた景色に、扶桑はふと歩みを緩めた。
「あれは……」
 今はなき田園の風景。機械でなく手植えの稲は、不揃いで実りも少なく――けれどその様がかえって郷愁を誘う。
 扶桑の足は、理性で考えるよりも早く地を蹴っていた。神の使いと崇められた烏の姿で、彼女は母求める子犬のようにまっすぐ空を駆ける。
 嗚呼、あの里山に違いない。田園を抜け、聳える山の中腹に至ったなら。
 建物を覆い隠すほどの、巨大な松の木の姿。奇妙な予感が、全身を支配した。
 木の麓だ。あの根元に降りれば、社が見えて――。

 神気纏う『主』のもとへ、一羽の烏は舞い降りた。
「ああ、主様。いけない」
 振り返る御身に頭を垂れ、静かに物申す。神たる御身も、雨に濡れては体に障るやもしれぬだろう――と。
「我を待っていてくれたのだな」
 麗らかな少女の姿へと転じ、駆け寄る。ずっと探し求めていた主へと、少女は手を差し伸べた。

 樹上より落ちた雨雫が、二人の間の地面にばたばたと音を立てる。
 伸びた指先は、松の木一本ほどの間を隔て、主へ届かぬまま止まっていた。
「……全く。地に足が付かないとはこのことか」
 過ぎし日の幻だ。知れた事だ。
 先頃自分で言ったように、扶桑もまた理解っていて走らされたのだ。
 己が心の若さに苦笑いをこぼし、動かぬ『主』の傍を通りすぎる。
「早く、往かねばな」
 掬い取らねばならぬ、想いの元へ。打ちつけるようだった雨はいつの間にか、霧雨へと変わっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキア・ジェンダート
雨よふれふれもっとふれ。なーんて歌があったけど、こんだけ降ってたら気分も滅入るよなぁ

出会う過去の人…母親
見た目はシキアそっくり。シキアが幼い頃、ある日自殺した

猟兵っていうのは、過去と対峙するとは散々聞かされたけど。まさか、成り立てでいきなり突きつけられるなんて、運がいいんだか悪いんだか。

…貴女の寿命が少なかったのも知ってる、何か抱え込んでたのも知ってる。
でも自殺なんて勝手すぎるんだよアンタ、せめて父さんやあの人には吐き出せばよかったんだ…そうしたら、俺だってあんな目に遭うことは………俺だって、アンタみたいに愛されたかった…

……これ以上は出られなくなるから、さっさと進もう。さよなら、母さん



 傘も持たず踊る少年の気品は、雨の中にあっても損なわれる事はない。
「雨よふれふれ、もっとふれ。なーんて歌があったけど」
 裾に雨の雫を纏い、爪先を立てて舞っていたシキア・ジェンダート(翠銀の魔踊・f31492)は、ふと我に返るように動きを止めた。
「これだけ降ってたら気分も滅入るよなぁ」
 憂鬱な気分を吹き払うように踊ってみても、降る雨の強さは変わらない。
 シキアの僅かな抵抗を飲み込むように、雨脚は強まり。気付けば目の前には、一人の女性が無言のまま立ち尽くしていた。

 淡い栗色の髪。真白き肌。女性らしい膨らみを帯び、体つきが柔らかな事を除けば、その姿は見れば見るほどシキアにそっくりだ。
「……母さん」
 髪の下にあるはずの表情を、シキアはよく覚えていない。幼き頃、母は――彼を残して、自死を選んだ。
「猟兵っていうのは、過去と対峙するとは散々聞かされたけど」
 まさか成りたての身で、いきなりこんな対面を突きつけられるとは思ってもみず。巡り合わせを喜ぶべきか嘆くべきか、判然としない思いが沸き起こる。
「……貴女の寿命が少なかったのは知ってる」
 当時幼かったシキアの知る事情は、ごく僅かだ。だが、幼い感性でこそ感じ取れた事もある。
「何か抱え込んでたのも知ってるさ。でも自殺なんて勝手すぎるんだよ、アンタ」
 雨に打たれ、何も語らぬ母へと少年は言葉を投げかける。
 抱えるものを分かち合うのが、伴侶じゃないのか。何も告げずに死する事は、はたして愛と呼べるのか。
 せめて父さんやあの人には吐き出せばよかったんだ――言えずにいた本音を、雨に溶かす。
「そうしたら、俺だってあんな目に遭うことは」
 言いかけた後で口を噤み、首を振る。このまま雨の中にいては囚われるだけだ――告げる言葉は、選ばなくては。
「……俺だって、アンタみたいに愛されたかった」
 逡巡の末に口をついて出たのは、幼き日に残した思いだった。

 二人の間を隔てるように、雨は強さを増して降り注ぐ。
「……これ以上は出られなくなるから」
 さっさと進もうと決めた後で、一度だけ後ろを振り返る。
「さよなら、母さん」
 泣きも笑いもしない思い出は、最後まで無言を貫いたまま――或いはこれ以上引き止めぬよう、静かに少年を見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
SPD
カクリヨファンタズム、初めて来た世界だけどどこか懐かしい。
そんな世界ならこんな風に雨が降っても風情があるなのね。
傘をさして歩き続ければ故郷の景色が見えてくる。
やや閉鎖的だけれど歴史ある街並み、家族の姿。懐かしい。けれど同時に胸が苦しい。
影朧の転生が一般的だと言っても、驚きや憐れみ、何より人間である両親と種族が違う事で疑いの視線もあった。
怖かった。自分だけでなく家族もそういう目で見られることがなおさら嫌だった。
今も家族の姿は見えるのに、それ以上の姿なき視線が痛い。無意識の悪意が怖い。
だからフードを深くかぶり俯いて先に進む。
自分が見なければ視線も感じないし見えない。そうして私は歩いてきた。



 夜天に輝く月の光を映し、フードの下の瞳が青く輝く。
 夜鳥・藍(占い師・f32891)は、雨に煙る幽世の情景に感嘆のため息をこぼした。
「ここが、カクリヨファンタズム」
 初めて訪ねた世界は、どこか懐かしさを覚えた。
 そのように感じた理由をはっきり知れたわけではないが、桜舞う故郷と同じく、此処が人の想いに敏感な世界だからだろうか。
 目にする光景のみずみずしさに、こんな風に雨が降っていても風情があるものなのねと、藍は感じ入るように瞳を閉じた。

 傘をさし、歩き続けた先には彼女の故郷の景色が見えてくる。
 風に舞い踊る、幻朧桜。趣のある由緒正しき街並みは、街の築き上げた歴史と、僅かに近寄りがたい格式の高さを湛えていた。
 角を曲がれば、自身を育ててくれた家族が待っていた。
 懐かしい。けれど同時に胸の苦しさを覚え、幻からの視線を阻むようにフードを深く被り直す。

 花の帝都で、いくら影朧の転生がありふれた事とはいえど。
 生まれ持った宙色の瞳と、銀髪に覗く藍晶石。
 彼女の姿を見れば、人々は驚きや憐れみ、多感な年頃の少女には耐えがたい感情の籠もった眼差しを平然と浴びせてきた。
 単に、サクラミラージュでは珍しい姿の者である以上に。人間であった両親と異なる姿に生まれた事で、藍と家族には疑いの視線が注がれた。

 あの頃感じた、息の詰まる思いが藍の胸に去来する。
 怖かった。自分だけでなく、家族も同様に探りを入れるような目で見られることが、なおさら嫌と感じた。
 今見えるこの景色自体が、藍の怖れる過去からの便り。家族の姿以上に、周りをとりまく姿なき視線――無意識の悪意こそを、彼女は恐れた。

 フードを深く被り、俯いたまま先を急ぐ。
 見えなければないのと同じ。そう自身に言い聞かせ、あらゆる景色を意識の外へと追い出す。
(「私の見るものなんて、今は水晶玉だけで十分」)
 目を背け、縋るように行く先を占い――そうして藍は歩いてきた。
 これからも、歩いていく。いつかそれ以外の術を知る、その時までは。

大成功 🔵​🔵​🔵​

庵野・紫
懐かしいな。
アンが大切にしていた人間共じゃん。
邪竜を滅ぼしたのはアンたち竜神なんだよ。
それなのにアン達竜神のことも信仰心も忘れちゃって。
あんなに必死に守ったのに、馬鹿みたいだよね。
あんたらがアンたちを覚えててくれないから
アンも力が使えなくなったじゃん。
なんで覚えていてくれなかったの。なんで語り継いでくれなかったの。
アンの大好きな人間を守れなくなったのも全部全部人間のせい!
この姿も好きだから別に良いんだけどね。

…ばーか。
…どこかの誰かさんたちは忘れたみたいだけど。
泥団子を届けてくれる可愛いやつらはまだいるよ。
どれだけ恨んでも、やっぱり許しちゃうんだよね。
かわいい所があるじゃん。



 雨の中、懐かしいなと呟かれた言の葉。
 声の響きは笑むような、それでいて震えているような不思議な感情を宿していた。
「アンが大切にしていた人間共じゃん」
 半纏を身に纏う村人たちの姿に、庵野・紫(鋼の脚・f27974)は翡翠の目を静かに細めた。
 降りしきる雨は、傘持たぬ紫の髪をお構いなしに濡らしていく。
 雨の中に浮く鮮やかな緋の髪。明るさを纏う風貌。けれどその中にあって紫の口元だけが、普段の明るさを失くしていた。
「邪神を滅ぼしたのは、アンたち竜神なんだよ」
 竜神はかつて、地球の人々を守るべく戦った。人々を思い、時に命を散らし、ついには邪神を滅ぼすに至った。
「それなのにアン達竜神のことも信仰心も忘れちゃって」
 猟兵たちも未だ成し得ぬ偉業。その果てに竜神たちが得たのは、信仰の喪失――即ち、人々の記憶から忘れ去られる結末であった。
 竜神の強さは信仰の強さだ。力の根源である信心を失い、竜神たちは失意のうちに幽世に身を隠したという。
「あんなに必死に守ったのに、馬鹿みたいだよね」
 戦いの事も忘れ、安寧に身を委ねた恩知らずの者達へと偽らざる思いをこぼす。
「あんたらがアンたちを覚えててくれないから、アンも力が使えなくなったじゃん」
 かつての力を失った今、竜神たちとて人々を単独で守り切る事はできない。再び邪神の影が迫っているというのに、彼らはその事実すら知らないのだ。
 打ちつける雨が人々の、紫の姿を覆い隠す。
「なんで覚えていてくれなかったの。なんで語り継いでくれなかったの。アンの大好きな人間を守れなくなったのも全部全部、人間のせい!」
 滝のように激しさを増す言葉だけが、空間に響く。
 雨の中に一瞬だけ、白く小さきものの姿が映った――その者の姿は肩を震わせ泣いている、幼い少女のような印象を抱かせた。

 先に見えたものは、幻だったのだろうか。緋色の髪に浸みた雨滴を払い、紫は転がすような軽い声で悪態をつく。
「……ばーか」
 この姿も好きだから別に良いんだけどね、と。事も無げに笑うのはもう、いつもの紫だった。
「どこかの誰かさんたちは忘れたみたいだけど。泥団子を届けてくれる可愛いやつらは、まだあの世界にいるよ」
 以前、感情に任せて局地的な嵐を巻き起こした紫が祠へ戻ると、いくつかの泥団子が供えてあったという。
 土塊の団子は食べられやしないが、丁寧に塗り固めた泥団子からは幾許かの畏敬と、人々の縋るような思いが感じられた。
「どれだけ恨んでも、やっぱり許しちゃうんだよね」
 かわいい所があるじゃん。笑うようにそう告げた紫は、強雨をものともせず先へと進んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琶咲・真琴
WIZ

姉さん(f12224)と

…うん
やっぱり、こうなるよね

ボクの
オレの前に現れたのは

ミコトさんが光となって空に消えていく所や
喪輝が泣き笑いながら
異形化した祖父ちゃんと一緒にオレに襲いかかる場面

羅針盤戦争で闘って
看取ったミコトさん

…お母さんの一部だった人

その人が喪輝って呼んでた
あの女の子も
そうなんだって…

お母さんは
姉ちゃんとオレの元の世界で
今も未来の為に絵本を描いてる

ぐるぐるぐるぐる
目の前の光景から
逸らして答えが出せない

でもーーずっと逃げちゃいけないのはわかる

だから、もう少しだけ
考えさせて

雨は、いつか止むものだから

姉さんに抱かれながら
もう一度
あの光景を見て
そっと目を閉じる

先に進む為に

アドリブ歓迎


鈍・小太刀
真琴(f08611)と

記憶1】鬼やらい島
これはきっと真琴の記憶
桜舞い散る中
呆然とする真琴の前に倒れているのは
竜の角を持ち
十二単を着た
ミコトという名の羅刹の女性
私が予知し
真琴達が倒したコンキスタドール

彼女は優しく微笑んで
真琴の頭をそっと撫でて空へと溶けた

記憶2】グロウ・ブルー
景色が変わる
和服を泥と血塗れにした
傷だらけの幼い少女が
異形の亡霊と共に真琴を襲う

咄嗟に影獅子で庇い刀で斬る私
あの時と同じ様に

私は彼女達が何者か知っている
幼き頃の母から生まれ分たれた影であり
母が選ばなかった過去の残滓

でもきっと
真琴はまだ受け止めきれていないよね

戸惑う真琴を抱きしめる
大丈夫、お姉ちゃんが付いてるから

※アドリブ歓迎



 琶咲・真琴(1つの真実に惑う継承者・f08611)は、雨の先の景色を予期していたように呟いた。
「……うん。やっぱり、こうなるよね」
 目の前に広がるのは、穏やかな波打つ島の風景。蒼き海域を巡る戦役の最中、鬼退治の伝説が残る島で、真琴はある一人の女性の旅立ちを見届けた。
 隣に立つ、鈍・小太刀(ある雨の日の猟兵・f12224)。彼女自身はその場に居合わせなかったが、予知に見た内容からこれが真琴の記憶だとすぐに悟る。
 二人が気付いた時、眼前には桜舞う島にそぐわぬ光景が既にあった。
 真琴の目の前で、黒髪の羅刹が倒れている。砂浜に突っ伏す、竜角の羅刹。決意に塗り固めた拳で、彼女の胸を撃ち抜いたのは他ならぬ真琴だ。
(「ボクが……ううん、オレがトドメを刺したのは」)
 いまだ手に残る感触を忘れられず、真琴は拳を握る。
 憎きはずの猟兵に、討ち果たされたというのに。和装束に身を包む女性は力振り絞るように顔を持ち上げ、慈愛に満ちた眼差しを二人へと向けた。

 瞬間、渦を巻くように周囲の景色が一変する。
 二人へ注いでいた筈のあたたかな視線は急速に殺意を帯び、いつの間にか其処には血塗れの和服を纏う少女が突っ立っていた。
 幾つにも分かたれた、ある女性の精神の断片。その一片たる傷まみれの少女は、異形の亡霊を嬉々として真琴へ差し向けた。
「……!」
 咄嗟に弟を庇い、小太刀が影の獅子で斬りはらう。
 届かぬと知ってなお、愛求め彷徨う少女の手。愛憎と形容するには原型を留めぬ生者への執着は、殺意となって執拗に小太刀を襲う。
(「……痛い」)
 肌にひりつく痛み。引っ掻かれた身体以上に、心が痛む。少なくとも小太刀は彼女達が何者かを知っていて、真相から守り遠ざけるようにあの時真琴を庇ったのだ。
(「何度来たって……!」)
 守ると誓った。数多の世界にたった一人の、弟を。
 力の拮抗を打ち破り、影の獅子が黒服の少女を噛み裂いた。枯れ花がぽとり、と地面に落ちるように、少女の影は乾いた笑い声を残して露と消える。
 いつの間にか、辺りは再び穏やかな島の風景へと戻っていた。

  ◇    ◇    ◇

 荒く呼吸をする、小さな肩。落ち着こうとする弟を守るように、小太刀は華奢な体で真琴の視界を覆う。
 あれは、母の残滓。なり得たかもしれない母の、可能性という名の成れの果て。
(「でも、きっと真琴はまだ受け止めきれていないよね」)
 まだ真実を知らないはずの弟へ、どう言葉をかけるか。決めあぐねていた小太刀の腕の中で、真琴は顔をうずめながら声を上げた。
「……お母さんの、一部だった人」
 核心を射抜く言葉に、小太刀の目が見開かれる。幼く見えて、真琴は聡い子だ。斯様な真実を口にしたならば、誤魔化しは通用しないだろう。
「喪輝って呼んでた。あの女の子も、そうなんだって……」
 母の分身から殺意を向けられた事実は、幼き身にはあまりに重い。それでも真琴は、起きた事に整理をつけようと必死に考えを巡らせていた。
「お母さんは、姉ちゃんとオレの元の世界で。今も未来の為に絵本を描いてる」
 二人の知る母の姿こそが、恐らく真実だと信じたい。だが、強く優しく芯のある女性――そんな母の面影が、真琴の中では揺らぎ始めている。
「まだ、答えが出せない。でも……ずっと逃げちゃいけないのはわかるから」
 戸惑いながら懸命に答えを探す弟のちいさな体を、残酷な世界から守るように抱き締める。
「だから、もう少しだけ考えさせて」
「……うん。大丈夫、何があってもお姉ちゃんがついてるから」
 姉の温もりに顔をうずめ、真琴は目を閉じる。

 島の晴れやかな空が閉じ、空は雨天へと戻りつつあった。天へ立ちのぼる光の残滓を除いて、母の痕跡を伝えるものは何もない。
 だが、それでも。世界は本当に、残酷なだけだろうか。
 降りしきる雨に身を寄せる姉弟を、守るように。十二単を思わす虹色の光が、そっと二人の頭を撫ぜていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『捉月』

POW   :    ―――……来て、触れて。そしてひとつに。
自身の【周囲を飛び交う「月」】が捕食した対象のユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、[周囲を飛び交う「月」]から何度でも発動できる。
SPD   :    ―――……満ちては、欠けて。いつしかひとつに。
自身が【操作する「月」と共に呪歌を多重詠唱して】いる間、レベルm半径内の対象全てに【新月から生じる死の波動】によるダメージか【満月から生じる再生の波動】による治癒を与え続ける。
WIZ   :    ―――……願って、捉えて。やがてわたしのものに。
戦場全体に、【あなたが欲するもの幻を映し出す、水の帳】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は小泉・飛鳥です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 雨は、ふる。
 青き地球の裏の幽世に、涙果てた後の乾いた心に。
 降りしきる雨の中、カナと呼ばれた人魚妖怪は、想い人との再会を果たした。

 ――連れていって。
 それは幽世では決して、口にしてはならぬ言葉。
 口にすれば、妖怪たちは記憶の波に飲まれ、骸魂と強く結びついてしまう。

 けれど、想いを糧に生きるのが妖怪ならば。
 手繰る糸が世界をほつれさせると知っていても、
 己を愛してくれた者を、どうして引き止めずにいられよう。

「お願い」
 涙ぐむ両の眼で、カナは請うようにあなたたちを見る。
 傍らには、宙に浮かぶいくつもの月。
 ずっと前からそうだったように、軌道を描く月は彼女を守るように寄り添う。

 淡く輝く月で柔く受け止めれば、力を弾き返し。
 月とともに紡ぎあげる呪歌は、生死と満ち欠けの魔力を聴く者に注ぎ。
 生み出す水鏡は、あなたの求めるものを幻と映し、苦しめるだろう。

 けれど、それだけだ。
 戦い慣れた猟兵なら、非力なカナを力で圧倒する事も叶うだろう。
 想いによって形作られた、この世界で。
 募る想いを、力で断つのか。それとも別の道を選ぶのか。

「……私たちを、とめないで」
 カナの震える声が、あなたたちの決断を問う。
 逡巡する間にも、時間は流れ。
 世界の割れる音を響かせ、雨はふる。
ルイーゼ・ゾンマーフェルト
己自身からして妄執を拠り所に現世にしがみつく身。想い人に執着するカナに説得力のある言葉を掛けられるか?
いや、躊躇していても事は好転しない。やれるだけやろう。

【タンクキャバリア】で強化した武装バギーの主砲で月を攻撃。本体に直接攻撃するのは事故りそうで怖い。
砲撃をコピーされて反撃されたら【運転】技術を駆使して根性で回避するしかあるまい。一応ユーベルコードで装甲も強化されてはいるけど。

「それは雨が見せるただの幻だ。幻と結ばれたかったわけじゃあるまい?」
「思い出に浸るだけなら悪くもなかろうさ。けど、骸魂に囚われるのだけはダメだ。この世ともろとも心中するなんて、あなたの愛した人は決して望まん」
等と説得。



 記憶に縋りつく人魚は、狭い水槽の中にいるような不自由さを感じさせた。
 彼女の有り様を前にして、ルイーゼ・ゾンマーフェルトは哀れと思う事も滑稽と笑う事もできない。
(「私が、説得力のある言葉を掛けられるのか?」)
 デッドマン。それは激しい衝動に突き動かされる亡者の総称だ。一度死した肉体で生きるには、並大抵の想いでは事足りぬ。
 ルイーゼには、妄執を拠り所に現世へしがみついている自覚があった。復讐心を核として留まる己の立場で、どんな言葉ならカナに届くのだろう。
「いや、躊躇していても事は好転しない……か」
 やれるだけやろう――そう呟き、ルイーゼは愛車に乗り込んだ。

 全地形対応車両、マイコン。その名に恥じぬ動きで、愛車のバギーが泥濘の中を駆ける。
 戦闘用の分厚い兵装で車体を包み、ルイーゼは砲塔の操縦桿を握る。
(「直接砲撃するのは避けたいな」)
 戦いにはなったが、カナを傷つけたいわけではない。砲の照準を周囲の月へと合わせ、カナから引き剥がそうと砲撃を見舞う。
 砲弾のうち幾らかは命中したが、幾らかは月の重力に囚われた。周回軌道に乗せられた弾は、遠心力に従い加速していく。
「触れてみてわかったのよ。私たち、やっぱり離れられない……!」
 骸魂に意識を飲まれかけているカナは、他者に危害を及ぼすのも躊躇う素振りはない。弾を操る月に魔力を注ぎ、ぬかるんだ大地に砲弾の雨を降らす。
「……! さすがはマイコンの主砲だ、威力は侮れないな」
 ハンドルを切るのと同時にアクセルを踏み込み、ルイーゼは着地点から急ぎ逃れる。荒野で鍛えた運転技術とあらゆる地形になじむバギーの性能。ほぼ全弾を躱すには、どちらが欠けても叶わなかっただろう。
「……聞こえるか? それは雨が見せるただの幻だ。幻と結ばれたかったわけじゃあるまい?」
 バギーから半身を乗り出し、必死にカナへと呼びかける。
「そんなのわかってる……けど……!」
 拒絶を示して首を振るカナへ、諦めず、宥めるような声でルイーゼは語りかける。
「思い出に浸るだけなら悪くもなかろうさ。けど、骸魂に囚われるのだけはダメだ。……この世ともろとも心中するなんて、あなたの愛した人は決して望まん」
 次に向ける砲の照準も、やはり月へ。カナの弱みに付け入る魔性の月めがけ、砲塔は再び火を噴いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

黒羽・扶桑
世界の崩壊を止められるなら
きっと力ずくでもよいのだろう
だが、我はその手は選ばぬ
それでは…きっとカナは救われん

彼女の元へ踏み出そう
水の帳に呑まれることも厭わず

求めるもの?ああ、我にもあるさ
カナよ、お前にも見えているか?
そう、水鏡に映る我の主様――

いや、そうであって、そうではないぞ

幻影を『受け流し』
歩み続け、出口へ
御神体たる剣を撫ぜて
己にも今いちど確かめる

我が求めるは、主に非ず
主の行方…或いは、行く末
知って、時を進めたいんだよ
共に在った日々の大切な記憶が辛いだけのものにならぬように

【巫術「八咫鏡」】発動
カナよ、お前はどうだ?
世界を終わらせ、全てを無に帰すか?
それとも、男への愛を胸に抱いて生きるか?


夜鳥・藍
確かに月は死と再生の象徴。でも占いを生業とする身としては直結させたくないかな。

雷公鞭で雷を降り注ぎましょう。
金魚のような人魚の姿。どこまでダメージとなるか分からないけど、感電させることができれば他の猟兵の方の手助けにはなるでしょうし。

迷路に囚われたとして私が欲しい物って?
誰に対しても無意識の悪意がなくなって欲しいとは思うけど、「欲しい物」というには適さない気がする。
考えても仕方ない、出口を探すために分岐でタロットをひきながら進みましょ。

ふと一瞬水帳に見えたのは、たった一度見かけたある人の姿。
私が私になる前に持っていた焦がれる感情を一瞬塗りつぶした人。
でもだからこそ誰かに心寄せる事が怖い。



 月を捉えた人魚は、代わりに過去へと心を囚われた。
 猟兵の説得にも悲しげな表情を変えず、接触を拒むように水の迷路を形作る。
 カナの周りでは満ち欠けを繰り返す月が、彼女を守るように円軌道を描く。
「確かに月は、死と再生の象徴。でも占いを生業とする身としては、直結させたくないかな」
 人魚を取りまく月の在り方に、夜鳥・藍は複雑な思いを口にした。
 占い師の用いるタロットには、月も死神の札も存在する。意味あるそれらが容易に結びつくのは、占い師としては不本意だった。
「やれ……世界の崩壊を止められるなら、或いは力ずくでもよいのだろうな」
 黒髪に浸みこむ雨雫をはらい、黒羽・扶桑はばさりと翼を羽ばたかせた。力ずくの解決も手だ、とした上で、その手は選ばぬと頭を振る。
「だがそれでは……きっとカナは救われん」
 接近を阻むように張り出される、水の帳。方向感覚を狂わす迷宮の内部へと、二人は恐れることなく進んでいった。

  ◇    ◇    ◇

 最初の大きな分岐に差し掛かり、藍と扶桑は手分けして二方を探る事とした。向かって右手へと進んだ藍は、要所でタロットの導きを得て進むべき道を決めていく。
 予知によれば、水鏡の迷宮は踏み込む者の心を暴き、強く求めるものの幻を映すという。
(「迷路に囚われたとして、抜けられはするけど……私が欲しい物って?」)
 誰かへ向けられる無意識の悪意。自身を苦しめた人々の意識がなくなって欲しいとは思えど、その願望は欲しい『物』と呼ぶには不自然に思えた。
(「考えても仕方ないわね……出口を探しましょ」)
 割り切って歩みを進めていた藍はふと、見覚えのある姿がよぎった気がして後ろを振り返った。
 その人の姿を見かけたのは、たった一度だけだ。一目限りの邂逅だというのに、出会いは藍の心を攫い、焦がれの感情一色に染め上げた。
 姿を見ようとして見開いた目を、いつもの形に閉じる。ここで見えるすべては幻で、所詮は過去。藍が今の彼女になる前の話だ。
(「どうして私はあの時……でも」)
 誰かに心寄せる事が、怖い――湧き上がりかけた思いに蓋をし、藍は再び先を急いだ。

 迷路内部の別の場所では、扶桑が水鏡に映るものと対峙していた。
「求めるもの? ああ、我にもあるさ」
 映し出されたのは先ほど雨の中にも見た、主の姿。二度目ともなれば心を強く持ち、迷路の主に呼びかける事さえできた。
「なあ、カナよ。お前にも見えているか? 我の求めるのは確かに主様――しかしそうであって、そうではないのだ」
 幻影の傍をするりと抜け、今度は迷いなく出口へと向かう。
 御神体たる天叢雲剣。刀身にかかる飛沫を指先で拭い、慈しむように撫ぜる。
「我が求めるは、主に非ず。主の行方……或いは、行く末」
 剣の切先で描く真円から神器『八咫鏡』を再現し、水鏡の迷宮とまったく同じものを逆の側から作り上げる。
「知って、時を進めたいんだよ。共に在った日々の大切な記憶が、辛いだけのものにならぬように……な」
 水圧に打ち消され、対消滅していく迷宮の壁。勢いを失う水飛沫の向こう、カナは佇むように二人を待っていた。
「時を進めたって、私の愛したあの人はいないの。どうしたら、わかってくれるの……!」
 再び迷宮を作り上げようとしたカナを、雷が撃つ。藍の操る宝貝『雷公鞭』から、迸る電撃が月と人魚の動きを封じた。
「カナよ、お前はどうだ?」
 苛む電流に身動きのできぬカナへ、扶桑が歩み寄り、問いかける。
「世界を終わらせ、全てを無に帰すか? それとも、男への愛を胸に抱いて生きるか?」
 膝をつく人魚は、まだ警戒の色こそ宿していたが。
 少なくとも――揺れ動く扶桑の瞳に見据えられ。彼女に月の魔力を向ける事は、もうできない様子であった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

琶咲・真琴
姉さん(f12224)と

………ゴメン、カナさん
ボクは止めるよ

だって
どんなに苦しくても
悲しくても
……涙が止められても

ちゃんと前を向いて
生きてる人を知ってるから

水の帷にお母さんが映し出される
オレらの、大好きな母さん

知ってる母さんは
いつも楽しそうに
嬉しそうに
笑ってる

どうして
辛い事があったのに
笑えるのか
オレにはまだわからないけど

カナさんも
きっと辛くても
心から笑えるようになれる筈だから

UCを発動して
水の帳を白炎で蒸発させて打ち消す

カナさんの大事な人は意地悪を言ったんじゃない

今もカナさんの事が大好きだから

生きてほしいから
止めたんだ

だから
ボクは止める
カナさんの大切な人の為に

その思い出の未来の為に


アドリブ歓迎


鈍・小太刀
【真琴(f08611)】と

ただ会いたくて触れたくて
切っ掛けはどこまでも純粋で
だからこそ
放ってなんておけないよ

UCで骸玉の邪心を削り
カナの心を落ち着かせる
稼げる時間は少し
でも力だけじゃなく
カナ自身に気付いて欲しいから

聞かせてよ
貴女の大切な人の思い出を
どんな人だったの?

思い出を言葉にする事で
囚われた気持ちも
一つ一つ整理していけたなら
きっと

カナも本当は分かってるんでしょ?
カナの大切な人が
カナの未来が壊れる事を
カナが未来を壊す事を
望む筈がないって事を

過去は今に今は未来に繋がっている
思い出は二人の宝物
だからこそ
その先の今を未来を
悲しみで閉ざさないで

貴女が生きている限り
思い出もまた貴女の中に生き続けるから



 しとしと、と。しのつく雨は、人魚と猟兵の間に絶え間なく降る。
 近寄ると浴びせられる警戒の眼差しは、はじめより幾分か和らいできた。
 だが、まだだ。時折激情の昂るように強まる雨足が、彼我の距離を遠のかせる。
「……ゴメン、カナさん。ボクは止めるよ」
 琶咲・真琴は詫びるように呟いたが、その眼は謝意でなく決意に満ちていて。続く言の葉の折には既に、水の帳へと一歩を踏み出していた。
「だって、どんなに苦しくても、悲しくても……涙が止められても」
 ちゃんと前を向いて生きてる人を知ってるから。真琴の言葉が指し示す人は、この世にたった一人しかいない。
「ただ会いたくて、触れたくて……そんな思いが滅びの未来に向かってるなんて」
 鈍・小太刀は、耐えがたい思いを振り切るように首を振った。
 世界の綻びを招いたのは、どこまでも純粋な想い。世界滅んでも共に居たいという、破滅の願いは叶えてなどやれぬが、だからとて淡々と倒す事ができようか。
「……放ってなんておけないよ」
 姉弟揃って、気持ちは一つに。少しでも幸ある未来へ導こうと、真琴と小太刀は水迷宮の中へと足を踏み入れていった。

  ◇    ◇    ◇

 噴き上げる噴水のような迷宮の壁。水のスクリーンに映し出されたのは、やはり二人のよく知る人物の姿だ。
「やっぱり会えたね……オレらの、大好きな母さん」
 先の十二単の女性と違い、水鏡に映る幻の母は記憶の通りに微笑んでいる。
 いつも朗らかに、嬉しそうにしていた笑顔の裏に、辛さ悲しさを抱えていたとは信じがたいけれど。
「カナさんも、辛くても……心から笑えるようになれる筈だから」
 今は、その手伝いを。真琴が舞えば白き花弁のように白炎が降り、水飛沫を打ち消していく。
 迷路の壁が消えた場所には、こちらを見つめるカナの姿。先手を打ち、カナが動くよりも早く小太刀の刃が月を貫いた。
 霊力を帯びた刀は月を傷つける事なく、骸魂に蔓延る邪心を諌めただけ。いずれは解ける戒めだけれど、できればカナに自力で気付いてほしくて呼びかける。
「ねえ……聞かせてよ。貴女の大切な人の、思い出を」
 どんな人だったの、と問う小太刀に、カナは一瞬戸惑う仕草を見せたが、敵意のない問いかけにやがてぽつりと答えを返した。
「……月のように穏やかな、ヒト」
 雨上がりの雫で波うつ池の水面に、笑いかける彼の顔を覚えている。遠く見透かすような理知的な瞳は、息を潜めていたカナの心を射抜いた。
 はじめは魚を見ているのだと思った。晴れた夜は月を見ていると思った。隠れているカナを見て微笑んでるのだとわかった日、カナははじめて池から顔を出した。
 重ねた日々。過ぎゆく季節。想いが言葉になるにつれ、カナの顔に生きた表情が戻る。口にする事で気持ちが楽になればと、小太刀は静かに頷き耳を傾け続けた。
「でも、分かってないのよあの人。手を伸ばそうとした私を止めて……やっと会えたのに、また去ろうとして……!」
 また黒い気持ちに塗り潰されかけるカナへ、真琴は「違うよ」と割って入る。
「カナさんの大事な人は、意地悪を言ったんじゃない。今もカナさんの事が大好きだから……生きてほしいから止めたんだ」
 記憶に混ざる彼の意思に、来てはならぬという警告が含まれていたのならば。カナに向けられた思いを無駄にはできないと、真琴は強い意思をもってカナを見据える。
「カナも本当は分かってるんでしょ? カナの大切な人が、こんなの望む筈がないって事」
 本当に優しく穏やかな人だったのなら、願う筈がないのだ。愛する人の未来が壊れる事も、自身で壊させる事も。
「嫌よ……! だってこの手を離したら最後、あの人は……!」
 駄々をこねるように激しさを増す、カナの言葉。けれど真琴の答えは変わらない。
「何度でも言うよ。ボクは止める。カナさんの大切な人の、気持ちが分かる気がするから」
 もし自分の大切な人が、同じ目にあっていたら。少年と少女の優しい想像が、戦う力となってカナを繋ぎ止める。
 二人は変わらず、呼びかけ続ける。過去、今、未来。繋いでいくからこそ、思い出は光り輝くのだ、と。
「今を……未来を悲しみで閉ざさないで。貴女が生きている限り、思い出もまた貴女の中に生き続けるから」
 白炎と刀の霊力に押し負け、月のひとつがパキリとひび割れて落ちた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

我原・介司(サポート)
 人間のクロムキャバリア×オブリビオンマシン、35歳の男です。
 普段の口調は「男性的(俺、呼び捨て、だ、だぜ、だな、だよな?)」
フリーのキャバリアのパイロットで喫煙者です。恋人を失った過去があります。主に乗るキャバリアはシルバーレイズです

 ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、多少の怪我は厭わず積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
 あとはおまかせ。よろしくおねがいします!



 雨の中に駆動音を響かせ、我原・介司(フリーキャバリアパイロット・f30102)の駆る機体、シルバーレイズが静かに降り立った。
 雨雫に打たれ、わずかな光を照らし返す銀の機体。やや曲線を帯びた人型ボディの上、獣のたてがみを模したような形状の頭部は、はじめて見る者の心に畏怖と警戒を呼び起こした。
「な、なに……あの大きなの」
 怯えの色を強くするカナ。介司は彼女の警戒を解こうと、一時コックピットから姿を現す。
「……過去に囚われた人魚、か」
 介司は呆れるでも憐れむでもなく、カナの胸の内を見透かすような目で見下ろす。視線にたじろぎ後ずさるカナの周りで、幾つもの月が惑いを表すように明滅する。
「貴方も……離れろっていうの?」
 その結論が口を衝いて出るからには、もう自分でも分かっているのだろう。だが介司は選択を強いる事はせず、代わりにこう呼びかけた。
「好きにすればいい。ここまでの説得を受けてなお離れたくないと言うなら、それがお前の気持ちなんだろう」
 咥えた煙草の先が、息を吸い込むのに合わせて赤らかに燃える。普段一服する時と変わらぬ仕草で紫煙を吐き出した介司は、一言言い残してコックピットへ消える。
「もっとも本心でないというなら……引き剥がす手伝いはするが、な」
 白銀の機体に、再び眼光が宿る。動き出したキャバリアの巨体。居場所を失い追い詰められるように、カナは雨の中を逃げ惑う。
 男性の駆る鉄の塊は、カナの目には自身の力の及ばぬ怪物に映る。多少水柱を立てたとて鋼の装甲は貫けず、怪物は何事もなかったように泥を踏む音を響かせる。
 銃口がカナの方を向いた。恐怖に思わず目を瞑る。だが、幾ら待ってもカナの怖れた結末は訪れなかった。
『……一度、考えてみてくれないか』
 通信用のマイク越しに降る声には、鉄の巨体には似合わぬ穏やかさが滲む。男はキャバリアの強大な力を振るうのでなく、彼女の答えを待つ為に行使した。
『愛する者を失った人が、居たとして。残された者に、何を願うのかを』
 介司の言葉は、カナの胸を強く揺さぶった。こればかりはカナの預かり知らぬ事だが、同じ失った者だからこそ、投げかけられる言葉だったのだろう。
 一瞬覗いた介司の目を、思い返す。穏やかな月のような、目――カナは介司の目を通し、想い人なら自分に何を望むかを理解した。
「……たす、けて」
 絞り出すような声が響く。カナは、愛する者をなくして尚残るもの――愛してもらえた自分自身へと、遂に思い至った。
 雨に混ざり、涙の雫が人知れずこぼれ落ちる。
「私……やっぱり。壊したく、ない」
『……承知した』
 パシュン、パシュンと銃撃音が響き渡る。放たれた銃弾は周囲の月だけを撃ち抜き、砕けたそれらは消滅を受け入れるように――或いはカナの無事に安堵するかのように、穏やかな煌めきだけを残して消えていった。

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 日常 『来し方行く末』

POW   :    アトラクションを楽しむ

SPD   :    屋台やパレードを眺める

WIZ   :    回転木馬に乗って夢を見る

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 雨は、ふる。
 在りし日の景色も、残された者の想いも、全てを滴に優しく溶かして。

 ほとんど小雨になった幽世の草原に、いくつもの灯りが宿る。
 世界崩壊の騒ぎの折には気付かなかったが、
 草原にはテントが並び、妖怪たちの移動遊園地が訪れていた。
 何も知らない彼らは、客が来たとあればあたたかく出迎えるだろう。
 あなた達でも、騒ぎの渦中にあった人魚でも。

 人力――もとい、神通力で動くアトラクションは、どれも手作り感に溢れている。
 ニス塗りもしていない回転木馬は、木の玩具の温もりを思わせるだろう。
 おばけ提灯のぶら下がる小さな縁日は、
 誰かと手を繋ぎ歩いた祭りの日を思わせるかもしれない。

 人の想いを少しずつ頂き、生きる妖怪であるが故に。
 彼らの作るものは全て、誰かの思い出と重なるように出来ている。

 そして雨の後には、残り続けるものもあるかもしれない。
 振り返ればそこにあるのはあなた達の姿だけでなく、そう、たとえば――。

 一夜の幻とて、人の心を癒すことはできるだろう。
 今しばらくの間、訪れる者の心を包み込むように――雨は、ふる。
黒羽・扶桑
【岩戸】

振り続く雨の向こうに見えるは
過去の幻などでなく

「転ぶなよ、チビ助」

今、目を離せぬ幼子の姿
小さく手を振り返し迎えよう
よしよし今日は転ばなかったな、偉いぞ

成長を褒めた刹那
もう弥七は遊園地に目を輝かせている
少し大きくなったかと思ったが
まだまだ子供だな
見ていて飽きんやつだ

ふむ、木馬か…乗ったことがないな
何事も経験か
ああ、弥七よ。エスコートを頼む

胸を張るチビ紳士に手を引かれ
共に木馬へ乗り込もう

む?ああ、ちゃんと付いてきてるぞー(棒読み)
…なるほど。こやつ、回転木馬の仕組みが分かってないな?

まあ、楽しそうならそれでよし
弥七がもっと大きくなったら
今日の話でからかってやるか
未来に一つ、楽しみが増えたな


千々岩・弥七
【岩戸】

ちょびっと雨ですが、タヌキの毛並はこんなんじゃへたれないのです
手をふってぜんりょくしっそうですよー!
「だいじょぶですよ、ふそー(扶桑)さん!ボクだってもう一人前なのです!」
むふー、ちゃんと転ばなかったですよ!

ふわわ、見たことないものいっぱいですね!
何であそぶか迷うのです…
そうだ!ふそーさん、回転木馬乗りませんか?
ボクはじめてですけど、ふそーさんもはじめてで不安だったりするかもです
から、男のボクがしっかりごあんないするですよ!
だいじょぶですよ、ボクがついてるのです
お手をどうぞ!

ではでは、出発ですよー!
わあ!動くですはやいです!
ふそーさんふそーさん、ちゃんとついてきてますか?
楽しいですね!



 降り続く雨の向こうに、先頃まで覗いていた主の姿はもう見えない。
 かわりに見えたのは、艶やかな栗色のおかっぱが揺れる姿。雨にできたぬかるみをわざわざ踏みながら駆ける少年へ、黒羽・扶桑は笑うような声で呼びかける。
「転ぶなよ、チビ助」
 ひと時でも目を離せば、顔を泥んこ塗れにして泣いて振り返るのではないかと。そんな扶桑の予想に反して、千々岩・弥七は笑いながら大きく手を振るばかり。
「だいじょぶですよ、ふそーさん! ボクだってもう一人前なのです!」
 むふー、と誇らしげに腰に手を当てる狸の少年に、扶桑は彼のほしがる言葉を投げかける。
「よしよし。今日は転ばなかったな、偉いぞ」
 お褒めに預かれば、弥七は満足のいったようににっこり笑ったが、それも一瞬。横を向いた拍子にきらきら光るものが目に入り、弥七の意識はそちらへと奪われた。
「ふわわ、あれ、なんですか!」
 里山では見た事のない、ぐるぐる回る不思議な乗り物に心はもう虜。
「見ていて飽きんやつだ」
 早くも駆け出す弥七の様子に、扶桑は仕方なしと笑って後をついていく。

  ◇    ◇    ◇

 乗り物の名を妖怪に教わった弥七は、早速とばかりに扶桑の方を振り向いた。
「ふそーさん、回転木馬乗りませんか?」
 他のものにも興味はあったが、結局これが一番、幼い心をときめかすのだ。
「ふむ、木馬か……乗ったことがないな」
「ふそーさんもですか?」
 メリーゴーランドがはじめてだという扶桑に、弥七は意外そうに目を瞬く。自分よりずっと、ずうっと長くを生きている彼女でも、経験のないものはあるのだと知った。
「そしたら、ボクがしっかりごあんないするですよ!」
「ああ、弥七よ。エスコートを頼む」
 お手をどうぞと小さな手のひらを差しのべ、表情だけはいっちょ前の紳士みたく自信に満ちて。笑顔で胸を張る弥七に、扶桑は手を引かれて木馬に乗り込む。
「ではでは、出発ですよー!」
 木馬にまたがり、気分は野山を駆るもののふになって。弥七の声を合図に、手作りのメリーゴーランドはゆっくり軋む音立てて回りはじめる。
「わあ! 動くです、はやいです!」
 流れはじめた景色を横目に見ていた弥七は、ふと心配になり後ろを振り返る。
「ふそーさん、ふそーさん。ちゃんとついてきてますか?」
「む? ああ、ちゃんとついてきてるぞー」
 棒読みするように応じた扶桑は、ははーん、と顎に手を当てた。
(「……なるほど。こやつ、回転木馬の仕組みが分かってないな?」)
 土台ごと回る以上は置いてきぼりなど、ないというのに。天真爛漫な少年の想像の中では、どうもそうはなっていないとみた。
(「まあ、楽しそうならそれでよし」)
 いつか弥七がもっと大きくなったら、今日の話を持ち出してからかってやろう。心に決め、烏は少しだけ意地悪く笑みを浮かべる。
「ふそーさん、妖怪さんたちもまわってるです。楽しいですね!」
 無邪気に笑顔をふりまく、ちっぽけな自称紳士の方を見て。一つ楽しみが増えたと柔く目を細め、扶桑は未来へと意識を傾けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
SPD

なつかしいな。
まだ弟が生まれる前、まだ周りの視線に気が付く前。連れて行ってもらったっけ。
私は幾つだったかな。10歳にも満たなかったとは思うけど。

回転木馬が見えるベンチに座ってぼんやり。
まだ何も知らなかった日々。もう戻らない日々。それらが木馬の向こうに見える。三人だった人影は一人増えて四人に。そしてまた一人減って今現在であろう家族の姿に。
家に帰ろうと思えば帰れる。けど今更感だし、それに私はもう一人で過ごすって決めたから。
どうしても怖いの。私はただ穏やかに静かに生きたいだけなの。
それでも誰かと関わる事は避けられない。
無責任だと言われても、避けられないなら最小限にするしかないじゃない。



 小雨の降りしきる中で回る木馬は、部屋の天井に吊るしたモビールのように遠く、他人事じみて映る。
「なつかしいな」
 彼方の光景に夜鳥・藍の思うのは、遠き日々。睫毛についた雨の雫に、遊園地の光がぼんやりと滲む。

 これに似た景色を最後に見たのは、思えば弟が生まれるより前の事だ。
 齢も十に満たず、幼い視野に映る限りのちいさな世界。周囲の眼差しに気づく事もなく、それゆえ穏やかに過ごせたあの頃を思う。
 ベンチに腰掛けた藍の手の中で、買ってきた甘酒が湯気を立てる。
 まだ何も知らなかった日々。向けられる視線の意味にも気付かず過ごせた、あのあたたかな平穏はもう戻らない。
 木馬の向こうに見える、家族の憧憬。はじめ三人だった人影は一人をくわえて四人になり、やがて一人が家出して今の形に落ち着いた。

 家族を失ったわけではない。帰ろうと思えば、いつだって帰れる。
 それをせず、一人で過ごすと決めたのもまた、藍の選択だった。
(「どうしても怖いの。私はただ、穏やかに静かに生きたいだけ」)
 生まれた街に戻れば、それは叶わなくなる。心安らぐ場所を故郷と呼ぶのなら、藍にとってあの場所はもう、その範疇ではないのだ。
 だが――それならば。放浪している今は、どうなのだろう。

 人として生きる限り、誰かと関わる事は避けられない。
 降りしきる雨粒のすべてをかわす事が叶わぬように、縁を避けてもまたそこには、別の縁が待ち受けている。
(「無責任だと言われても、避けられないなら。最小限にするしかないじゃない」)
 水晶玉越しに見る人の運勢は占えても、自身の行く末はどうして占えぬのか。
 染みついた怖れは拭えぬ。今は、まだ。
 まぶしく映る遊園地の光に、自身がそぐわぬように思い。いつしか気づけば藍は、助けを乞うように、大きな満月へと視線を移していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈍・小太刀
【真琴(f08611)】と

雨に残る思い出の欠片
カナの隣にはカナの大切な人
カナを見守る優しい眼差しに
胸の奥がぎゅっと痛む

例え一夜の幻でも
包み込む様に温かい
彼の想いは確かにここに

ねえおじさん(お兄さん?
これからもカナが迷わず歩ける様に
見守っていてあげてね
貴方との思い出は
いつだってカナの中にあるから

紡がれる新たな思い出は
真琴の絵の中にも
こういう時
絵の才能が羨ましい

覗き込む私の隣には
お母さんとお父さん!?

ぶっきら棒な父に渡されたのは
虹色兎の綿飴
視線の先には遊園地のアトラクション

嬉しいけど恥ずかしくて
でも嬉しくて

どうしてもっていうならさ
付き合ってあげなくもないけど?(目逸らし

まあ、偶にはね?

アドリブ歓迎


琶咲・真琴
姉さん(f12224)と

カナさんを呼んで
一緒にカナさんの大切な人を探す

見つけたら
一緒に遊園地で遊びたいですね

UCも使って
カナさんが楽しく過ごせるように
カナさんの意志で自由に動かせる水泡を描きます

これで色んなアトラクションに行けますよー

お留守番してて
さっき合流したお祖父ちゃんとお祖母ちゃんから画材道具を受け取って
カナさん達の様子のラフを幾つも描きます

後でしっかりと色付けもしますよ

少しでも思い出を形に残してあげたいですから

(そんな真琴の背後には彼を微笑ましく見守る両親の姿
男女の片翼人形達も一緒に両親と並んで小太刀と真琴の姉弟を見守る

今日も月の側で
恵雨と星輝の想華が2輪、咲いている

アドリブ
絡み歓迎



 思い出の欠片は、しばし留まる。
 たとえそれが、雨の降りやむまでの約束に過ぎぬとしても。

 男の手を、人魚が離さぬよう包み込むのを見て、鈍・小太刀は耐えきれずに視線を逸らした。
(「なんでかな……胸の奥が、痛いよ」)
 カナはもう、別離を受け入れている。一夜の幻と分かって、慈愛に満ちた眼差しを焼きつけようと目を見開くカナの姿が、かえって胸を締め付ける。
 琶咲・真琴もまた、二人の様子を片時も見逃さぬよう静かに佇んでいる。
 カナと男性を引き合わせたのも、真琴だ――先の戦いでは心の整理もつかなかったろうと、雑踏の中に男を探し、取り計らったのだ。
「ねえ、お兄さん」
 恐らくは早世したのであろう若い男は、穏やかな所作で小太刀の方を振り向く。
「これからもカナが迷わず歩ける様に、見守っていてあげてね。貴方との思い出は、いつだってカナの中にあるから」
 思い出の残滓にすぎぬ男は、言葉を返す事こそなかったが。一度優しく頷いて、人魚の細い肩を自分のほうへと抱き寄せた。
 せめて、心置きなく今を過ごせるよう。絵筆を取り出した真琴は、宙にシャボン玉を描き出す。
「これで色んなアトラクションに行けますよー」
 真琴の生み出した水泡はカナたちを包み、二人の意志に沿って浮かび上がる。
「ありがとう。色々よくしてくれて。あなたたちもどうか、いい夜をすごしてね」
 言い残すと、カナと男を乗せた水泡は宙へと舞い上がる。これから雨の降りやむまでを共に過ごし、消えぬ思い出とする事だろう。

  ◇    ◇    ◇

 二人に軽く手を振った真琴の元へ、留守番をしていた一対の片翼人形が舞い戻る。
 祖父母の若き頃を象った人形から絵の道具一式を受け取り、真琴は空中散歩を楽しむ二人の様子をスケッチに取り始めた。後でしっかり色付けもしようと、そのまま構図の模索に入る。
 思い出を振り返るばかりでなく、新たな思い出を紡ぐカナたち二人。絵の中に描き出される二人の目映さに、小太刀はうすく目を閉じた。
 こういう時、真琴の絵の才能が羨ましいと小太刀は思う。見たものをこのように表す技量、みずみずしい感性。その幾らかでも自分にあれば、世界の見え方も違っただろうか。
 真琴は姉の心中も知らず、絵を描くのに夢中だ。そんな彼の手元を覗き込んでいた小太刀の肩に、ふと何かが触れた。
「ん……おか……!?」
 しー、と人差し指を唇にあてがわれ、慌てて声を飲み込む視線の先。ここに居ない筈の母と父が、自分たちを見守っていた。
 雨の中に現れた父母二人は、記憶にある通りの姿だ。邪な思念に歪められる事もなく、生家で見て過ごしたのと同じ眼差しを小太刀に注いでいる。
 ぶっきらぼうで愛想のない父が、綿飴をずいと差し出す。
 虹色兎の砂糖菓子の乗ったかわいらしい綿飴に、思わず口元が緩む。
 嬉しい。同時に、らしくない父の気遣いが恥ずかしくて……けれどやっぱり、嬉しくて。
「まあ、どうしてもっていうならさ」
 小太刀は上ずった声で、思いを言葉に乗せる。
「偶には……付き合ってあげなくも、ないけど?」
 素直でない少女が、甘い優しさを受け入れるのを見届け。真琴の連れた片翼人形が、父と母の面影に寄り添う。

 遠く、幽世の巨大な月が照らす草原には、二輪の花が揺れる。
 目元を隠し恥じらうように頭垂れる花を、もう一輪がつがいのように支え。
 雨の中でも色褪せず、夫婦の花は寄り添うように咲いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルイーゼ・ゾンマーフェルト
【SPD】

生前は武装商隊。護衛としての仕事を請け負うこともあったが、自分たちで物資を仕入れて売るというのもあった。
ゆえに、買う方としても売る方としても屋台は慣れ親しんだものである。
とはいえ、アポカリプスヘルの屋台に比べるとずっと彩り豊かだなーという感想も抱く。わたあめやチョコバナナといった嗜好品などは特に。
「年齢の割にガキっぽいと笑うかい?」
横に向かってつぶやくと、商隊のトレーダーの姐さんはリンゴ飴かじりつつ自分以上にはしゃいでいる。
さらに周囲を一瞥すれば、他の商隊の面々もめいめい楽しんでいる。
「……そういや、そうだったな」
その時、その瞬間を精一杯というスタイルは昔と同じもの。



 武装商隊の一員として、荒野を渡り歩いた記憶はいまも胸の内にある。
 泥に塗れた車体の清掃を終え、ルイーゼ・ゾンマーフェルトは祭りの屋台へと繰り出していた。
 護衛や、時に運び屋として危ない橋を渡る仕事もあったが、商隊での日々は何もきな臭い思い出ばかりではない。
 自分たちで物資を仕入れ、また別な街に売りに出る。そうした事もしていただけに、屋台の風景はルイーゼにとってもなじみ深いものだ。

 とは、いえ。
(「アポカリプスヘルの屋台に比べると、大分違うんだな」)
 妖怪たちの並べる品はどれも、彩り豊かだ。珍しい物好き、人を驚かすのが好きな彼らだからか、軒先にさしたキャンデーひとつとっても色の変化に事欠かない。
 それ以上にルイーゼの目を惹いたのは、綿飴やチョコバナナ。
 長旅の最中には、嗜好品が恋しくなる。特に疲れを癒す甘味は、ガツンと濃ければ濃いほど明日への気力を湧かせてくれたものだ。
 旅した記憶があるからか、迷わずそれらを手に取り――ルイーゼは今更恥じらいを見せるように、隣を振り返った。
「年齢の割にガキっぽいと笑うかい?」
 そう呼びかければ、姐さんと慕っていたトレーダーの女性はリンゴ飴を頬張り、ルイーゼ以上にはしゃいでいた。
 曰く、商売人は愛嬌が命と。思い出の中ですら陽気な彼女は、声は無くとも笑っているのがよく分かる。
 さらに周囲を見渡せば、商隊のほかの面々も、思い思いに祭りを楽しんでいた。
 射的に興じる兄貴分。老技師と弟子は――ああ、またも喧嘩だ。
 ふと笑いをこぼしたルイーゼは、荒野を駆けた家族の在り方を思い出す。
「……そういや、そうだったな」
 二度訪れるかも分からぬ土地、二度と来ない瞬間。出会いの得難さ、有難さを知る彼らの中では、その時を全力で楽しむのが当然の掟だった、と。

 遠く故郷を離れた土地にて、昔と変わらぬ風景が繰り広げられるのを見届け、ルイーゼの口元が、ふと笑う。
 天を見遣れば、幾筋もの糸のような雨。こんな疲れ知らずの体にも、労わるように雨は降り注ぐ。
 旅した際に感じたのとは別の、新しい感覚が胸に宿るのをルイーゼは感じた。
「あばよ。またな……達者で」
 来た時と同じように愛車に乗り込み、幽世の地を後にする彼女の轍を、崩さぬように。降りしきる雨は静かに水で満たし、思い出を優しい思い出のままに眠らせていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月03日


挿絵イラスト