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夕暮れ商店街〜君と過ごした街のイロ

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●君と食べる「はんぶんこ」
 夕暮れの商店街には、買い物客や家路を急ぐ人の賑わいにあふれていた。
 オレは、商店街の通りに面したボロ家の軒下から、いつものようにその賑わいの様子を眺める。

 オレがこんな風に街を眺めるようになってから、どれくらいの年月が経っただろう。
 商店街の祭りの日が良い天気になるようにという無邪気な願いとともに、自分の部屋近くの軒下にオレを吊り下げたこの家のガキは、いつしかオレの存在を忘れ、夢も希望もあったもんじゃないしょーもないオトナとなって、この家を出ていった。

 ガキの部屋だった場所は物置となり、ヨボついたジジババとなったガキの親たちの手によって、大事なものだかゴミだかわからない代物で埋め尽くされている。
 通りを行き交うヤツらはいつだって忙しそうにしていて、周囲を眺める余裕などなさそうだ。
 誰も、オレの存在など気にも留めない。

 きっとオレは、こうしてこのまま誰からも忘れられたまま朽ちていくんだろう。
 ……などと、そんなことを思っていたときだ。

「てるてる坊主さん!」
 見れば、平和そうなバカ面に、にこにことした満面の笑みを浮かべて、一人のガキがオレを見上げていた。

「ねぇ、てるてる坊主さんは、ぶら下がっていて、おなかすかないの?」
 オレを見つめて、ガキは不思議そうに首を傾げる。

 ――お前バカか。てるてる坊主がしゃべるわけねぇって、親に言われなかったのか。
 そんなことを思いながら、オレはガキを見つめた。
 当然、オレにしゃべる術などないから、オレの思ったことはガキに伝わることはなかった。
 だが、オレがどうであろうと、ガキには関係なかったらしい。

「えへへ、そこの角のコロッケ屋さんのメンチカツ、すっごくおいしいんだよ!」
 ガキはお構いなしでオレに話しかけてきた。

「ぶら下がっているとおなかすくでしょう? だからね、ぼくとはんぶんこ!」
 そうして、ガキは背伸びをして。
 手に持っていたメンチカツを、ずい、とオレの顔の前まで持ってくる。

 ――てるてる坊主だから食えるわけ無いだろ。
 実際食べられるわけはなかった。当然、匂いも味も感じるはずもない……そう、思っていた。

 だが、ガキが近づけたメンチカツからは、香ばしい油の匂いがしたような気がして。
 同時に、じゅわりと溢れだす肉汁の旨さが、口の中に広がったような気がした。
 確かにうまいメンチカツだった。
 わかるはずもないのにそう感じてしまった。

「えへへー、おいしいでしょう?」
 そんなオレの思ったことを読み取ったかのように、ガキは満面の笑みで笑って。

 その日を堺に、ガキは、夕方になるとオレに「商店街の中で美味しいおかず」を持ってくるようになった。
 コロッケ、メンチカツ、焼き鳥、餃子……商店街で売られていた、思いつく限りの食べ物を、一つずつ持ってきては、オレと「はんぶんこ」していった。

 どれもとてもうまかった。

 いつしか。そのガキのバカ面下げた満面の笑みと、ガキの持ってきてくれる食べ物が、オレの楽しみになっていって。

 けれど、そんな楽しみは、長くは続かなかった。
 何の予告もなく、ガキは突然オレのところに来なくなった。

 商店街から聞こえてきた噂話によれば、ガキは死んでしまったのだという。
 ガキの死因や環境について、様々な話が聞こえてきたが、そんなものにオレは興味がなかった。

 ――ああ、あのガキに会いたい。
 あのバカ面下げたしょうもない笑顔を、もう一度見たい。
 アイツの持ってきてくれる食べ物を「はんぶんこ」したい。
 一緒に「おいしい」を感じたい。

 そんなことを思い始めてから、どれくらいが経ったのかはわからない。
 いつしか、オレが吊り下げられていたボロ家は取り壊され。
 オレはかつていた地球から、この世界に移り住んでいた。
 けれど、オレの中には、あのガキと過ごした、商店街での日々がずっと心にあり続けていて。

 だからだろう。

『てるてる坊主さん!』

 ふいに呼びかけられたその声に、オレは強く心惹かれた。

 夕暮れの商店街。
 あのバカ面下げた、ガキの満面の笑み。
 ガキが差し出した、メンチカツの香ばしい匂い。

「――なぁ、ガキ。オレを、お前のいるところに連れて行ってくれ」

 ぽつりとこぼれた、その妖怪の呟きに。ぐにゃりと世界の景色が歪んでいく。
 そうして歩むは、滅亡への路。

●グリモアベースにて
「会いたいっていう想いって、本当に色々あるよね」
 愛する人への情愛もあれば、良き友へ抱く気持ちもあると、影見・輪(玻璃鏡・f13299)はそう言って、集まった猟兵たちをぐるりと見渡した。

「今回、皆にお願いしたいのは、カクリヨファンタズムの事件になるよ」
 ある妖怪が、過去に心を交わした者に会いたいと強く願った結果、起こってしまうカタストロフを、君たちの手で食い止めてほしいと、輪は言う。

「皆にはまず、迷宮と化した世界の周辺部から、中心部を目指して進んでほしい」
 周辺部は、現代地球では失われつつあるレトロな雰囲気漂う街並みが広がっているのだと、輪は言った。

 その街並みを眺めながら進む道は、人がそれぞれに抱く思い出を映し出すのだという。
 懐かしい温かなものもあれば、辛く悲しいものもあるだろう。
 場合によっては、自分には身に覚えのない何かが映ることもあるかもしれない。

「中心部に行くまでの間には、今回オブリビオンと化した妖怪の思い出も見えるようだから、戦う際の参考にしてもいいかもしれないね」
 どちらにしても囚われてしまっては先に進めない。見えるものに惑わされずに進んでいってほしいと輪は言った。

「中心部には、今回のカタストロフを起こした妖怪がいるよ」
 てるてる坊主の姿をしたその妖怪は、かつての地球で出会った友人との思い出に浸っている。
「食べることに特化した攻撃をしてくるようだけど。そんなに強いわけではないから、油断さえしなければ大丈夫だと思うな」
 また、うまく骸魂だけを取り出せば、妖怪を救うこともできる。
 カタストロフを起こした妖怪を救いたいと願うなら、何かしら言葉を考えておくと良いかもしれない。

「そんなわけで。思い出への対応とか、心構えは必要だけど。君たちならうまく対処してくれると信じてる」
 だから、よろしくね。
 輪はそう言って、グリモアを展開させる。
「それじゃ、頼んだよ。行ってらっしゃい、気をつけて」


咲楽むすび
 初めましての方も、お世話になりました方もこんにちは。
 咲楽むすび(さくら・ー)と申します。
 オープニングをご覧いただき、ありがとうございます。

●内容について
 カクリヨファンタズムの依頼です。

 構成は下記のとおり。
 どの章からでも参加可能です。
 単体章のみのご参加も歓迎いたします。

 第1章:夕暮れ罷り道(冒険)
 第2章:『腹ペコ坊主』との戦い(ボス戦)
 第3章:夕暮れ商店街の特売(日常)

 第1章では、ボスのいる中心部へ行くために、商店街の道を通ります。
 道中、参加者様が心に抱く思い出が映し出されます。
 参加者様の意識にはのぼらない、けれど参加者様に関連するような「記憶」など、何かしらありましたらご記載ください。
 できる限りお心に添えるよう、尽力いたします。
 参加者様がご自身の思い出に特に触れたくない場合は、ボス戦の妖怪の思い出(OP)の内容に、ご自身の感情を重ねてもよいでしょう。

 第2章はボス戦です。
 妖怪『腹ペコ坊主』の救出をご希望される場合は、思う言葉をかけていただけますと幸いです。

 第3章では、夕暮れの商店街で思い思いに過ごしていただきます。
 輪は、お声がけいただければお相手させていただきます。
 なければ登場いたしません。

●商店街について
 レトロな雰囲気の漂う、夕暮れの商店街です。
 コロッケやメンチカツ、焼き鳥など、食べ歩きができるようなものは大体揃っています。
 「ある」ものとしてプレイング内に記載いただければ、そのように対応いたします。

●プレイング受付について
 第1章は、4月21日(水)朝8:31より受付。
 締切は、青丸達成次第、マスターページとタグにてご連絡いたします。

 それでは、もしご縁いただけましたらよろしくお願いいたします!
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第1章 冒険 『夕暮れ罷り道』

POW   :    踏みしめて、歩む

SPD   :    振り返らずに、駆け抜ける

WIZ   :    避けて躱して、目を反らして進む

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

小夜啼・ルイ
これがレトロな商店街、ねぇ
匂いも音も景色も、オレが元いた世界とは全く違う

オレは人生の半分以上が入院生活だったし、元いた世界は此処と正反対な管理社会だったから、こういうセカイはあまり馴染み深いモノじゃないケド
無機質な白と消毒液の匂いのセカイより、こっちの方がよっぽど居心地はいい

此処で見るコトや感じるコトってのは、元凶の妖怪の記憶が元なんだろうな
…この、何だか胸の奥が締まる感じ
これは郷愁ってやつのか?
覚えがないのにそんなの感じるだなんて、随分感傷的になっちまったモンだ

…っと、足を止めたらいけねぇんだった
ちょっと立ち止まってたら世界が滅亡してました。なんて洒落になんねーからな




「これがレトロな商店街、ねぇ」
 商店街の通りを歩きながら、小夜啼・ルイ(xeno・f18236)は興味深げに赤の瞳を細める。

「匂いも音も景色も、オレが元いた世界とは全く違う」
 思ったままを口にして。無機質な白が脳裏に浮かべば、蘇ったのは、鼻の奥をツンと刺すような、消毒液特有の匂いで。
 それはルイにとっては人生の半分である入院生活と、元いた世界の管理社会の象徴そのものだったから、ルイは内心でほんの少しだけ苦笑する。

「こういうセカイはあまり馴染み深いモノじゃないけど、」
 夕焼け色で満たされた中にも様々な色が混ざったこの世界は、悪く言えば汚れているようにも見える。建物だって人だってどこかしら雑で歪みがあって、元いた世界とは正反対だ。
 けれど、
「こっちの方がよっぽど居心地はいいカモな」
 徹底的に管理され異端を許さないあの世界は、思い出すだけで息苦しさを感じてしまうけれど、今のルイはそんな世界からはすでに解き放たれている。

 鼻腔をくすぐるのは、軒を連ねた店から漂ってくる、食欲を掻き立てるいい匂い。
 耳に飛び込んでくるのは、あちらこちらで飛び交う客を呼び込もうと張り上げる、威勢のいい店員の声と、買い物客や近所の住民と思しき者たちの、とりとめのない話し声。

 賑やかなその匂いと音を感じながら、ルイがその視線を空へと向ければ、一面にオレンジ色が広がっていた。
 いや、それは空だけではない。
 温かなオレンジ色は、よく見れば、街も人も、ルイの視界に映るすべてを照らしていて。

(「此処で見るコトや感じるコトってのは、元凶の妖怪の記憶が元なんだろうな」)

 夕日の色に染まる景色を眺めながら、ルイはそんなことを思う。
 常であれば誰かと連れ立って出かけることの方が多いが、今日はルイ一人だ。

(「……この、何だか胸の奥が締まる感じ」)

 今回は、一人だから。
 いつもよりも誰かへ気を回さない分、自然と、周囲と自分自身の内側に意識が向くのだろうか。
 ふいに覚えた胸の感覚に、ルイの足が止まった。

(「これは郷愁ってやつなのか?」)

 決して痛いわけではない、けれどじんわりと痺れるような感覚。
 泣きたくなるような、言いようのない感情が胸の奥に広がれば、ルイは空を見上げる。

(「覚えがないのにそんなの感じるだなんて、随分感傷的になっちまったモンだ」)

 夕日の色が目に染みる感覚に、自身を皮肉るように小さく笑って、ルイは肩をすくめた。

「……っと、足を止めたらいけねぇんだった」
 そうして、空へと向けた視線を前方へと移し、その先を見つめた。

(「ちょっと立ち止まってたら世界が滅亡してました。なんて洒落になんねーからな」)

 目にも賑やかな人の行き交う商店街の通りを抜けた、向こう側の様子は、ルイがいる位置からは見えなかったけれど。
 それでも、立ち止まってなど、いられない。

 この世界を救うため、ルイは再び歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

小雉子・吉備
てるてる坊主の妖怪の思い出は
食べ物かぁ……キビも自分の名前を名乗る切欠も、記憶を失って幽世に流れ着いて(追憶の音色に満ちる想い参照)

色々あって霓虹ちゃんに拾われて
確か、記憶を失っていたけど……霓虹ちゃんに吉備団子をご馳走になって

雉鶏精の有名人(胡喜媚)と吉備団子を掛けて、自分で名前を付けたんだったかなっ?懐かしいなぁー

あっ、そうだ

小さな雉と胡喜媚と吉備団子を
掛けて小雉子吉備、はいっ!小雉子じゃーナイトっ!

さ……寒いよぉ!〈なまり〉ちゃんと〈ひいろ〉ちゃんも振るえてるしぃ

と……兎に角、てるてる坊主ちゃんの説得の手掛かりも兼ねて【情報収集】

【動物使い】で二匹にも協力を

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]




 肉屋の前に並べられた、揚げ物の香ばしい油の匂いと、パン屋からあふれてくる焼きたてのパンの匂いは、どうしてこうも心をくすぐるのだろう。
 それらの誘惑に抗いながら、小雉子・吉備(名も無き雉鶏精・f28322)は、夕焼け色に染まる商店街の通りを歩いていた。

「てるてる坊主の妖怪の思い出は食べ物かぁ……」
 今、吉備が感じているこの通りの雰囲気も、きっとグリモア猟兵の話にあった、てるてる坊主の妖怪のものなのだろう。
 匂いや味、音。視覚以外の感覚を介した思い出は、通常の記憶よりも心に強く残る。それが大切であればなおさらなのかもしれない。

「キビが自分の名前を名乗る切欠も、食べ物からだったなぁ」
 ぽつりとこぼれた吉備の言葉が聞こえたか。夕焼け色の世界にふわりと見えたのは、かつての吉備の思い出。吉備と、その親代わりでもある猟兵の姿だった。

 虹と幸運を司る「虹龍」の少女との出会いは、吉備にとっては幸運だった。彼女がいなければ、記憶を失って幽世に流れ着いた吉備は、骸魂に巻き込まれたままになっていただろうから。

「ふふ、そうそうっ。色々あって霓虹ちゃんに拾われて、吉備団子をご馳走になって……、」
 確か自分で名前を付けたんだっけ。
 雉鶏精の有名人である胡喜媚と、吉備団子を掛けて付けた自分の名前は、今もお気に入りの名前だ。
「うふふ、懐かしいなぁー」
 思わず頬が緩んでしまう。
 あの時の自分を外側から見るのは、何だか少しくすぐったいと思いながら。
 吉備は、思い出として映し出された、当時の自分自身を見つめ――、

『あっ、そうだ』
 吉備団子を食べ、何かを思いついたかのように明るい表情になった当時の吉備は、満面の笑み浮かべ、こう言い放ったのだった。

『小さな雉と胡喜媚と吉備団子を掛けて小雉子吉備! はいっ! 小雉子じゃーナイトっ!』

 ……。
 …………。
 ………………。

「ひぃぃぃ、さ……寒いよぉ!」
 当時の自分を前にして、両手を両頬にあて、思わず絶叫する吉備。

「あぁぁぁ、なまりちゃんと、ひいろちゃんも震えてるしぃ……!」
 はっと見やれば、吉備のお供の青色の狛犬「なまり」と赤い猿「ひいろ」までもが、互いに身体を寄せ合ってカタカタと震えていて。

「あの時のキビってば、ものすごいドヤ顔してるけど、今となっては恥ずかしいぃぃぃ?!」
 過去、「いいこと言った!」って思ってたことって、こんな風に客観的に振り返ると黒歴史化しちゃってることってあるよね?! あるあるだね!
 でも、大丈夫、それは今の自分が成長している証だから!

「と……兎に角、てるてる坊主ちゃんの説得の手掛かりも集めなくちゃだねっ」
 あのてるてる坊主の妖怪だって、世界の滅亡なんて望んではいないのだから。
 ようやく絶叫状態から脱すれば、気を取り直すように、吉備はコホンと咳払い。

「キビが救われたみたいに、先ずは手の届く範囲で情報を集めることからかな。なまりちゃん、ひいろちゃん、一緒に協力してくれるかな?」
 フリーズ状態から脱した二匹のお供へも声をかけて。吉備は、再び商店街の通りを歩き始めたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルルチェリア・グレイブキーパー
アドリブ歓迎

商店街を探索していると今は亡き両親との思い出が映し出される
父の母の間で手を繋いで歩く幼い私
話していた事は夕飯の献立や学校の事等、とても下らない事
だけど今の私にはかけがえの無い大切な思い出

――おとうさん、おかあさんに会いたい
おかあさんのハンバーグが食べたい
おとうさんに頭をなでて貰いたい
一緒におうちに帰りたい

幽霊の子達が心配そうに私を見ていた
泣きそうになっていた顔を慌てて引き締める
大丈夫よ、分かっているわ
こんな所で思い出に囚われていたら、この世界を救えないものね

頬をパンパン!強く叩いて気合いを入れ直す
痛い、強く叩き過ぎた……
少し腫れた頬を押さえカタストロフの元凶目指して探索を続ける




 商店街の中央通りから一つ道を曲がれば、賑わいが少しだけ遠のいた。
 人通りがまばらになった道に映るのは、夕日色の光に照らされた人や建物の影だ。

(「こうして自分の影を見るのって何だか不思議な気分ね」)
 ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)は、歩きながら足元を見つめる。そこにもまた、自分のものであろう、長く伸びた影が映っていた。
 賑やかな通りを歩いているときはまったく気にもならなかったのに、今こうして見ると、何だかとても心細そうで――、

「……あ、」
 ふいに。自分の影法師の先に、見覚えのある背中を目にすれば、ルルチェリアの足が止まる。

 ルルチェリアが見つめる先には、見覚えのある三つの背中があった。
 頼もしくも頼りがいのある男性の背中と、優しさと慈愛に満ちた女性の背中。
 そして、甘えるようにぶら下がるように。二人の手を繋いで歩く、幸せそうな子供の――、

(「ああ、あれは――、」)

 背中しか見えていないけれど、ルルチェリアが間違えることなどない。
 あの男性と女性の背中は、ルルチェリアの父と母。
 今はいない、もう会うことのできない、両親の大好きな背中だ。

 そして、二人の間にいる小さな背中が、幼いルルチェリアだ。
 時折父と母を見上げ、楽しそうな声を上げているその背中を見つめ、ルルチェリアは懐かしそうに目を細めた。

 その背中が父と母に話す内容を、ルルチェリアは知っている。
 ――しっかりと、覚えている。

『あのね、おかあさん、わたし、きょうのごはんはハンバーグがいいな』
『あのね、おとうさん、きょう、がっこうでこんなことがあったの』
『あのね、あのね……』

 話していたことは、夕飯の献立や学校行事のこと。
 とてもくだらない、ありふれた日常の出来事ばかり。

 けれど、それは、今のルルチェリアにとって、かけがえのない大切な思い出だ。

「……、」

 近づいて声をかけようと、ルルチェリアは口を開く。

(「おとうさん、おかあさん」)

 ――会いたい。

(「おとうさん、おかあさんに会いたい」)

 ――会いたい。

(「おかあさんのハンバーグが食べたい」)

 ――会いたい。

(「おとうさんに頭をなでて貰いたい」)

 ――会いたい、そして……、

(「一緒におうちに帰りたい」)

「……、……」
 たくさんの想いが、ルルチェリア頭の中でぐるぐると回り、うまく言葉にならなくて。

 そんなルルチェリアを心配そうに見つめるのは、仲良しの幽霊の子供たち。

 ――ルル、
「……メイ、」

 ――ルル、わたしたちがいっしょよ。
「……マイ、」

 ――ルル、だから、なかないで?
「……タクロウ」

 ……そんな幽霊の子たちを前にして。
 ルルチェリアは、なおも紡ごうとした、言葉にならない言葉をこくりと飲み込んだ。

「……大丈夫よ、分かっているわ」
 ぎゅっと目をつむり、ぶんぶんと頭を横に振る。

 泣きそうになっていた――もしかしたら、もう泣いていたかもしれない自分の顔を、慌てて引き締めようと。
 自分の手を頬にあてれば、気合を込めて――、

 パンパン!

 ――ルル、たたきすぎ?!
「……だ、だいじょうぶよ……」

 目を丸くした幽霊の子たちに向けて再びそう言ってのけるも。
(「……痛い、強く叩き過ぎた……」)
 思わずといった様子で、瞳の端にほんのり涙をにじませるルルチェリア。
 でも、泣いたりなんてしない。

(「……寂しくなんてないわ。失っても、想い出が心に残るもの」)
 だって、ルルは強いから。
 大好きな、おとうさんとおかあさんとの、あの日の想い出は、ちゃんとルルの心にあるから。

「……それに、こんな所で思い出に囚われていたら、この世界を救えないものね」
 少し腫れた頬を押さえながら。ルルチェリアは自分に言い聞かせるように、そう言葉を紡いだ。
 そうして。幽霊の子供たちと共に、再び歩き始める。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱・小雨
そいつはきっと寂しかったんだろうな。だから手を伸ばしたんだ。
わからないとは言わない。僕もそうだから。

夕暮れの陽のせいだろうか。僕には見慣れない風景だが懐かしい感じがする。
師匠に振り回されてた頃を思い出すよ。
あの頃の僕は、泣き虫で、逃げ足だけは速くて、すぐ迷子になっていた。師匠は僕を見つけると一回小突いて、薄い財布で僕に饅頭を買ってくれた。
この風景と匂いはその時のものに似ている気がする。
あの頃は、なんだかんだ師匠が僕の手を取ってくれたんだ。…もういないんだけど。

やめろ噛むんじゃない。舐めるのも止せ小白。お前に言われなくても何をすべきかくらいわかっている。
懐かしくても、足を止めるわけにはいかない。




 温かなぬくもりの中に交じる、言いようもない寂しさ。
 夕暮れの陽の光に照らされる世界には、どうにも、そんな思いが混ざっているような気がする。
 そんなことを思いながら、朱・小雨(人間の宿星武侠・f32773)は通りを歩き、その目に映る街並みを眺める。
 小雨にとっては、見慣れない風景。
 けれど、照らす陽のせいか、映る世界にはどこか懐かしさを覚えてしまう。

(「師匠に振り回されてた頃を思い出すよ」)
 そんなことを思えば、小雨はふと足を止めた。
 行き交う人通りの中に、かつての小雨に似た、幼い子供の姿を見つけたから。
 迷子になってしまったのか、子供は泣きそうな顔で人を探すかのように、キョロキョロと辺りを見回している。
 そんな子供の様子もまた、当時の小雨とよく似ている気がした。

(「あの頃の僕は、泣き虫で、逃げ足だけは速くて――、」)
 人通りの多い市場でもそうだったから、すぐに迷子になっていたのだっけ。
 そんな迷子の小雨を師匠はすぐに見つけてくれた。

(「僕を見つけると一回小突いて、薄い財布で僕に饅頭を買ってくれた」)
 小突かれたのは少しだけ痛かったけれど、買ってもらった饅頭の味は美味しかったように思う。
(「あの頃は、なんだかんだ師匠が僕の手を取ってくれたんだ」)
 ……もういないけれど。
 けれど、今の小雨だからわかる、あの頃のことだ。

(「この風景と匂いはその時のものに似ている気がする」)
 自らの記憶を思い出して、ふと口許を緩めるも。小雨は、迷子の子供から目を逸らすことができなかった。
 どうにも放っておけない。そう思った小雨が、子供へと近づこうとしたその時。
 勢いよくやってきた一人の大人が、子供へと近づき、その手を引くのが見えた。

「――っ、」
 その大人の姿に、小雨は思わず息を呑み、凝視する。
 見つけた泣き顔の子供を叱るように、一瞬だけ見せた、厳しい表情。その中に、心配と安堵の色をにじませる様は、小雨がよく知るあの人の表情に、とてもよく似ていたから。
 思わず近づこうと、数歩踏み出し――、

(「……いや、」)
 次の瞬間思いとどまる。そうして、目にした面影を振り払うように、小雨は目を閉じ、ゆるりと首を振った。

(「あれは、師匠じゃない」)
 今この目に映る姿は、確かにある月夜に消えてしまった――今はもういないあの人に、似ている気はするけれど。
 それはきっと、小雨の記憶の欠片を模して映し出された幻だからだ。
 だから――、

「……がぅ」
 ふいに。小雨の肩口から獣の鳴き声が聞こえた。
 同時に、ずん、とした重さが肩に乗ったかと思えば。
「……わ、」
 かぷり、べろりと。ザラザラとした舌の感触が、小雨の頬をなでていく。

「やめろ噛むんじゃない。舐めるのも止せ、小白」
 たまらず小雨は肩口に乗って自分の頬を舐める小さな白虎の頭を押しのけた。
 慰めるように、励ますように主人へ檄(?)を飛ばすその相棒に、小雨は少しだけ苦笑して。

「お前に言われなくても、何をすべきかくらいわかっている」
 ありがとうな、と。礼とともに白虎の頭を撫でながら、小雨は辺りを見渡した。
 先程の子供と大人は、すでに姿が見えなくなっていた。

(「そいつはきっと寂しかったんだろうな。だから手を伸ばしたんだ」)
 ふと、カタストロフの元凶の妖怪のことを思い出して……改めて、小雨は思った。
(「わからないとは言わない。僕もそうだから」)

 ――けれど。

「……小白、行こうか」
 再び、相棒の頭を撫でて。今度こそ、小雨は歩き出す。

 ――懐かしくても、足を止めるわけにはいかない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
街並みを眺めながら歩く。レトロな街並みって事だが俺にとっては正直なトコ、ピンとは来ていない。が、確かに今のUDCを考えると何処か古臭い印象は受ける。

幾つかの思い出を見て行く中で、憶えのない思い出を見掛け、足を止める。
てるてる坊主と人間の――友情っつーには、余りにも一方的な口に差し出そうとしてる様子。
嬉しそうな顔した子供と、当たり前だが表情の変わらないてるてる坊主。
此処には確かに何らかの繋がりがあったんだろう。
だからこそ、てるてる坊主は『会いたい』と願った。んで、それが今回のカタストロフを引き起こした。

案外、世界もケチだな。会わせてやりゃ良い。こんなモン(カタストロフ)起こさなくてもよ。




「正直なトコ、ピンとは来ていないんだが……確かに今のUDCを考えると何処か古臭い印象は受けるかもなぁ」
 夕焼け色に染まる街並みを眺め歩きながら、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は、率直な感想をポツリと漏らす。

 レトロな街並みとグリモア猟兵は口にしていたが。「レトロ」というと、大正末期から昭和の高度経済成長前までと中々幅広い。目に見える街並みは、今のUDCで言う下町の風景と言ったところだろうか。どの辺をレトロと見るかは、それこそ人の感覚によるものなんだろう。

(「まぁ、その辺は些細なとこか」)
 カイムからすれば、日頃よく出入りする「事務所」近くにある商店街の雰囲気にも近い。ノスタルジックな気分に浸るような「レトロ」感は皆無だが、常のUDCでの事件と同じように当たれば、まぁ間違いはない。

 ふむ、とカイムは頷き。歩みを進める足はそのままに、【盗賊の極意(シーフ・マスター)】を発動させる。元盗賊としての技術の集大成は、今の便利屋稼業においても、「事務所」での依頼においても大活躍だ。きっと今回も、元凶へと辿り着くための力となってくれる。

 そうして、商店街の通りを、足音を忍ばせ歩いていると。カイムの前に、いくつもの思い出が映し出された。思い出には鮮明なものもあれば、映し出されるまであったことすら忘れていたものもあるから、記憶というのは何とも当てにならない。しかし、便利屋稼業が長いと、何を見てもそうそう動揺しなくなる。そんな感じだからUDCのある界隈ではイカレ野郎などと揶揄されるのだろう。――まぁ、それもまた些細なことだが。

「……と、」
 ふいに。通り過ぎていく憶えのない思い出があらわれたことに気がつけば、カイムは動かしていた足を止め、よく見ようと紫の瞳を細めた。
「なるほど、これが……」
 どうやら、「当たり」らしい。

 商店街の中でも一際古い建物の軒下に下げられた、薄汚れたてるてる坊主。
 その口許に、背伸びしながら手にした揚げ物を差し出す、幼い男の子。
 そんな、てるてる坊主と人間の、どこか微笑ましくもある一コマだった。

「友情っつーには、余りにも一方的じゃねぇか?」
 思わずくつりと喉鳴らし、カイムは小さく笑った。
 満面の笑み浮かべ、嬉しそうにしている男の子とは対照的な、表情の変わらないてるてる坊主。
 てるてる坊主の表情が変わらないのは当たり前だが。カイムの目から見ても、そこには確かに何らかの繋がりがあるように見えた。

(「だからこそ、てるてる坊主は『会いたい』と願った。……んで、それが今回のカタストロフを引き起こした……と」)
 夕暮れの商店街の片隅にあった、なんてことのない「思い出」の欠片。
 どこまでもささやかな、てるてる坊主の願いのカタチ。
 そんなささやかな願いで、この世界は滅亡しようとしているなんて。

「――案外、世界もケチだな。会わせてやりゃ良い。こんなモン起こさなくてもよ」
 カイムは小さく舌打ちする。
 しかし、そんなケチな世界であっても。手を伸ばし救う道を与えられるのが、猟兵という稼業の良いところでもある。

 ――便利屋Black Jackとして。俺がこの世界を救ってやろうじゃないか。
 にぃ、と不敵な笑み浮かべ、カイムは映し出された思い出の先に現れた、道を見つめ――、ゆっくりと歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

都筑・やよい
商店街!
懐かしいなあ、神社の傍にあったんだ
コンビニとか大型スーパーに変わっちゃったけど
だんだん、商店街も消えていっちゃったけど

幼稚園の頃、お母さんに買ってもらったコロッケの味は
まだ覚えているほど
ほくほくのじゃがいもで、香りは…

ああ、この香り
揚げたてのコロッケの香り

妖怪さんも食べたかったんだろうな
思い出という名の甘美な香り
お腹は鳴るけど、無視して商店街を抜けていくよ

見たら、食べたら、思い出してしまう
小さい頃の思い出を
そしたら戻ってこられないかもしれないから

この事件を解決したら、コロッケ揚げよう
そして、神社にお供えするんだ
ね、「神様」

アドリブ等歓迎です




「商店街!」
 夕日でオレンジ色に染まった街の賑わいを目にすれば、都筑・やよい(祈りの彼方・f31984)は、その花顔を嬉しそうに綻ばせた。
 足取り軽く歩を進めれば、道の両脇に軒を連ねる店の人たちが、気のいい笑顔で、らっしゃいと声をかけてくれる。

「ふふ、懐かしいなあ、神社の傍にあったんだ」
 ぽつりとこぼれた自身の言葉に、やよいは楽しげにくすりと笑った。
 確か、やよいが生まれ育った神社の近くにも、こんな商店街があった。
(「コンビニとか大型スーパーに変わっちゃったけど」)
 けれどそんな店の顔ぶれは、便利な店ができる度ごとに、一つ、また一つと姿を消していってしまった。

(「だんだん、商店街も消えていっちゃったけど」)
 そういえば、どんな店があっただろうか。
 通りを歩きながら、やよいは立ち並ぶ店の看板を眺めてみる。

「八百屋に肉屋に、魚屋に……荒物……?」
 そんな店もあったんだなぁと、ぱちりと瞳を瞬かせた。物珍しさから、歩む速度が知らずゆっくりになるけれど、足を止めるほどでもない。
(「案外覚えていることって少ないのかも」)
 幼い頃の記憶は、成長とともに忘れていくとは言うけれど。看板を横目にそんなことを思いながら、やよいは通りを歩いていく。

「でも幼稚園の頃、お母さんに買ってもらったコロッケの味はまだ覚えているかな」
 ほくほくのじゃがいもで、香りは……、

 ふわり。

 歩きながら、やよいがそっと思いを馳せていると、どこからともなく漂ってきた、鼻腔をくすぐる香ばしい匂い。

(「――ああ、この香り」)
 この香りは知っている。
 あの時の、揚げたてのコロッケの香りだ。

(「妖怪さんも食べたかったんだろうな」)
 グリモアベースで聞いた話を思い出して、やよいは銀の瞳を細めた。

 思い出という名の甘美な香り。
 それは、どうしてこうも心を震わせるのだろう。
 漂う香りに誘われるままに歩いて、その思い出を味わってみたい。
 そんな衝動に駆られるけれど。

「……ううん、ダメだよ、私」
 そう、声に出して自分に言い聞かせ、やよいは静かに走り出す。
 くぅ、と。
 抗議するようにやよいのお腹が小さく鳴っているけれど、気が付かないふりをして、商店街の通りを駆けていく。

(「見たら、食べたら、思い出してしまう」)
 小さい頃の思い出を、思い出してしまう。
 心の奥にしまったその思い出がどんなものかは、今のやよいにはわからない。
 けれど、
(「そしたら戻ってこられないかもしれないから」)

 誘われず、振り向かず……立ち止まらずに。
 商店街を通り抜ければ、動かしていた足の速度をほんの少しだけ緩めて。やよいは小さく息をつく。

 ふと見上げた空には、オレンジ色に染まる雲。
 それは、なんだかコロッケの形にも見えて、やよいはくすりと小さく笑った。

(「この事件を解決したら、コロッケ揚げよう。そして、神社にお供えするんだ」)
 思い出の味にはならないかもしれない。
 けれど、きっと、とてもおいしいコロッケになると思うから。

「ね、『神様』」

大成功 🔵​🔵​🔵​

廻屋・たろ
夕暮れ時ってどこも一緒だよね
知らない景色なのに懐かしく感じるんだ
商店街を眺めながらぶらぶら歩いてたらいつの間にか誰もいない公園へ


「帰ろう」
そう言って目の前には手を差し出してくる逆光で顔の見えない人
この人は誰だったっけ、覚えているはずもないんだけど

まだ帰る時間じゃないよと答えてたら
「それでも、」とその人は言う
強情な人だなあと思いながらその横を通り過ぎて先に進む

お前も、お前が迎えに来た『僕』も、もうどこにもいないんだよ
俺が俺であるために、捨てた過去はもういらない
帰りたくなったら自分で帰るさ
そう言って後方の呼び止める声へナイフを投げつける

公園を通り抜けて先へ
本当に迎えが必要な奴がこの先にいる筈だ




 いつの間にか辿り着いていた、人気のない公園で。
 廻屋・たろ(黄昏の跡・f29873)は、夕暮れ色に染まる空をぼんやりと見つめる。

「夕暮れ時ってどこも一緒だよね」
 知らない景色なのに懐かしく感じるのは、なぜだろう。
 空を見ながら。抱いた気持ちのままにひとりごちたたろの呟きは、オレンジ色の光と同時に作り出された昏い影に吸い込まれて消えていく。

(「いつの間に迷い込んでしまったのだろう」)
 さっきまで、商店街の賑わいを眺めながらぶらぶらと歩いてはずなのに。
 ああ、けれど。よくよく考えてみれば、なんとなく、賑やかな場所から遠ざかるような歩き方をしていた気もする。ということは、ここに着いたのは、ある意味では必然だったかもしれない。

「さすがに、静かだね」
 その公園はとても小さくて、今はたろ以外に誰も居ないようだった。
 夕日に照らされ陰影をまとう遊具たちは、たろの目から見て、何だか寂しそうにも見えた。

「せっかくだから少しだけ遊んでみようかな」
 遊ぶならブランコだろう。立ち漕ぎに座り漕ぎ、最後はジャンプで飛び降りれば完璧だ。
 見た目の表情の乏しさに反して、悪戯心を忘れない気持ちは大事だとばかりに、たろは遊具へと近づき――、そして気がついた。
 いつの間にか、目の前に人の姿があることに。

『帰ろう』
 逆光のせいで顔は隠れてわからない。
 けれど、たろの前に手を差し出して、その人はそう言った。
 どうやら、たろのことを知っているようだった。

(「この人は誰だったっけ、」)
 たろは、ぼんやりとそんなことを思う。
 けれど、たろには何もない。今のたろが唯一持っているのは、自分の名前だけなのだ。
 だから、覚えているはずもない。

「まだ帰る時間じゃないよ」
 たろは、真っ直ぐにその人を見つめ、言い返す。
 これから遊ぼうと思っていたくらいなのだ。今帰る理由なんてどこにもない。
 金の瞳を凝らしてみても、逆光に隠れたその人の顔はわからないままだ。

『それでも、』
 その人は、なかなか強情らしい。
 たろの言葉に応じることはなく、たろの前から退くこともしない。
『帰ろう』
 自らの手をたろの前に伸ばしたまま、その人は同じ言葉を繰り返す。

(強情な人だなあ)
 顔はやはり逆光で隠れたままで見えない。
 だから、その人がどんな表情を浮かべているのかはわからない。
 泣いているのか怒っているのか、それともそれ以外なのか。

 かつてのたろなら、その手を取ったのだろう。
 それが、たろの長い帰り道の始まりだったから。
 けれど。

「お前も、お前が迎えに来た『僕』も、もうどこにもいないんだよ」
 たろは、自分の前を塞ぐように立つその人の横を通り過ぎる。

「俺が俺であるために、捨てた過去はもういらない」
 唯一の持ち物である、自分の名前。
 必要なのはそれだけだ。これさえあれば、たろはたろでいられるから。
 それ以外のものは、今のたろにはいらないものだ。

 なおも後方から聞こえてくる、呼び止める声に。
 たろは足を止め、ちらと見やれば、
「帰りたくなったら自分で帰るさ」
 声のする方へナイフを投げつけた。

 そうして。公園を出たたろは、再び歩き出す。
 目指す道は一つ。
「本当に迎えが必要な奴がこの先にいる筈だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

蒼・霓虹
わたしが猟兵になった際に、戦車乗りの適正が、力の一部として彩虹が顕現した訳ですが

メンテナンスの方法やパーツをばらしたり、構造を把握するのに時間が掛かって
猟兵デビューするのがだいぶ遅くなっちゃったんですよね

『途中でクロムキャバリアが発見されて、霓虹さん変な病気が発病して、僕は研修がてら、特機への変形機構と術式を組み込まれて改造されたんですよね……トチ狂ってますよ』

そう言うものじゃないですよ彩虹さん、くすぶっている最中に、ロマンの塊が発見されたら、そーしたくなるのが人情です

まさか、それが写し出されるとは

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]
[※彩虹さんはワイズマンユニット相当の武装を持ってる為、喋れます]




 蒼・霓虹(彩虹駆る日陰者の虹龍・f29441)は相棒である「彩虹」とともに、商店街の街並みを眺めながら歩いていた。

「彩虹さんと一緒に商店街を歩くというのは、何だか不思議な感じがしますね」
『そうですね……と、霓虹さん、一応、押して歩くていにしてくださいね。僕、今はこの場では自転車や二輪車と同じなんですから』
「ふふ、わかっていますよ。けれど、わたしが本当に押して歩くのは難しいんで、自動操縦でお願いしますね」

 くすりと小さく微笑み、霓虹は相棒を見やった。
 いつもの霓虹なら、彩虹に跨り、あるいは乗り込むところではあるが、今回そうしなかったのは、この場所の見た目が商店街だから。
 過去の思い出や追憶に彩られた世界ではあるが、一応見た目は商店街。戦車龍形態の彩虹は、自転車や二輪車マナーに従い、霓虹が押して歩く体裁をとっている。
 たとえ道行く人が誰も気にしなかったとしても。なんというか、この辺は雰囲気に従うというやつだ。

『霓虹さん、あの店、自転車がたくさん並んでいますね』
「ありますね。……確か自転車屋でしたでしょうか」
 自転車もまた、長く乗るにはパーツの交換をはじめ、定期的なメンテナンスが欠かせない。
 この辺は戦車やキャバリアなど、すべての乗り物やマシンにおける共通事項だ。

「せっかくの機会だし覗いてみるのは面白そうです」
 言うが早いか、赤の瞳を輝かせながら霓虹が店内を覗き込んだその時。
「――これは、」
 映し出されたのは、霓虹にとって憶えのある光景だった。

「わたしが猟兵になった時の思い出……ですね」
 目の前には、部屋一面に工具やパーツを広げ、分解と改造に没頭する霓虹の姿。
『……改造されているの、僕ですよね……』
 どこか遠くを見つめるような、苦笑と呆れが入り混じったような口調の彩虹とは対象的に、霓虹は本当に楽しそうに、懐かしそうに目を細めて頷く。

「わたしが猟兵になった際、力の一部として彩虹が顕現した訳ですが」
 戦車乗りとしての力によって生み出された相棒を、どう活かすかと、試行錯誤した日々。
 あの頃は、毎日が彩虹のことで頭がいっぱいだったと霓虹は笑った。

「構造を把握するのに時間が掛かって、猟兵デビューするのがだいぶ遅くなっちゃったんですよね」
 いやぁ、大変でした、などと。にこやかな笑顔を見せる霓虹に、
『そんな可愛らしい話だけでもなかったですよね』
 げんなりとした口調で言葉を返す彩虹。

『途中でクロムキャバリアが発見されて、』
「いやぁ、あれはロマンの塊でしたよね」
『霓虹さん変な病気が発病して、』
「変な病気じゃないですよ、ロマンですって」
『……そのせいで、僕は研修がてら、特機への変形機構と術式を組み込まれて改造されたんですよね……』
「はい。そうして今の彩虹さんです」
『……』
 ものすごいいい笑顔でサムズアップする霓虹に思わず沈黙する彩虹。
 ……猟機人だから基本的に表情などないはずなのに、どこかげんなりしたようなオーラを漂わせながら、彼(?)は言った。

『トチ狂ってますよ』
 あ、これ褒めてるとかじゃない、本気で呆れてる。

「そう言うものじゃないですよ彩虹さん」
 霓虹はふふと笑った。
「くすぶっている最中に、ロマンの塊が発見されたら、そーしたくなるのが人情です」
 二柱に託された信仰と、ヒーローとして理想貫く力を得るために。
 そして、胸中に隠した夢のために。
 霓虹が猟兵として必要と感じたなら、これからも相棒の言う「病気」は発病してしまうかもしれないけれど。
「……でも、付き合ってくれますよね?」
 心許した相棒は、きっとこの先も共に戦ってくれると信じているから。

『……仕方ありませんね、それが霓虹さんですし』
「ふふ、ありがとうございます、彩虹さん」

 始まりの日の思い出は、今もこれからも続く、信頼の記憶だ。
 一人と一体は互いの顔を見合わせ、頷き合うのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)。
私にはこの商店街とやらの景色はとても珍しく新鮮に映る。
雰囲気も哀愁を感じるが…私の子供の頃とは違う気がする。
身体が芯から底冷えするような感じでなく温かみを感じる。
母親の…両親の温もりというのもこういう感じなのだろうか。
まあ母の顔は勿論だが父の顔すら全く覚えていないがな。

さて。そんなことよりも目的の場所へ行かなければ。
単純に歩いて行けるようなつくりではさなそうだ。ふむ。
「そして、露。君は何をしている?」
隣で揚げたてのコロッケにかぶりついて至福顔の露に一言。
「いや。はんぶんこではなくてだな…中心部に…もういい」
忘れていた。露はこういう子だった。
半ば諦めて半分コロッケを受け取る。


神坂・露
レーちゃん(f14377)。
寂しくて胸がきゅーってなるけどなんだか安心するわ。
なんでかはわからないけどこーゆ雰囲気は大好き♪
美味しそうな匂いが束になってる感じも大好きね。
遊牧民のあの人の手の中にいるみたいで♪

あ。あのお店の食べ物なにかしら?なにかしら?
(精肉店へ寄っていき自然な所作でコロッケ購入)
なんだかレーちゃんは真剣な表情で歩いてるけど…。
…あ!あのお店も美味しそうなモノ並べてるわ~♪
(豆腐屋で濃厚豆乳を一つ購入)
「え? これころっけってゆーらしいわ。美味しいの」
難しい顔してて質問してくるレーちゃんに笑顔で答える。
欲しいのかしら?じゃあじゃあ半分こ!
…?余計難しい顔されたわ?なんでかしら?




 夕闇せまる街の雰囲気は、シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)にとっては、とても珍しく、新鮮に映った。
 日差しの色も、その光に彩られる景色も、シビラの故郷とはまったく異なるものだ。
 これまでにもUDCアースには何度か足を運び、似たような街並みを目にしたことはあるが、夕暮れの商店街とやらの景色は、今回が初めてかもしれない。

(「雰囲気も哀愁を感じるが……私の子供の頃とは違う気がする」)
 通りを歩きながら感じる、どこかから漂ってくる夕げの香り。
 明かりのともる民家からかすかに聞こえてくる、賑やかな音。ただいまと言う子供の声。
 そして、おかえりと返ってくる、帰りを待つ人の、優しい声。

 聞こえてくる香りと音と、それらが作り出す雰囲気には、シビラが遠い昔に感じたような、身体が芯から冷えるような感じはなかった。
 代わりに感じるのは心にじんわりと広がるような温かみだ。

(「母親の……両親の温もりというのもこういう感じなのだろうか」)
 そんなことを思えば、シビラはわずかに目を細める。
 それは、母の顔も、父の顔も覚えていないシビラには、想像するしかない感覚で。
 これまで読んだ本に書かれてはいても、正直ぴんとこないものだった。
 けれど。きっと、今感じているような、温かみこそが、そういう温もりと呼ばれるものなのかもしれない。

「――とはいえ、雰囲気に浸っている場合ではないか」
 気持ちを切り替ようと、目を閉じ、小さく深呼吸をして。シビラは改めて街並みをぐるりと見渡し、先へ進もうと歩き出す。


 夕暮れの空は、とても広くて。
 いつか、あの人の手の中から見た空に、ほんの少しだけ似ている気がして。

(「寂しくて胸がきゅーってなるけどなんだか安心するわ」)
 神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)は、ぼんやりとそんなことを思う。

 寂しさと安心感。
 相反する感情のはずなのに、露にとっては不思議と違和感はなくて。

「なんでかはわからないけどこーゆー雰囲気は大好き♪」
 自分の中の不思議な感覚はひとまず横に置き、露はきょろきょろと辺りを見渡した。
 夕暮れの空へ向けていた視線を、明かりに照らされた商店街の街並みへと移せば、先ほどまでは意識していなかった食べ物のいい匂いが、露の鼻腔をくすぐってくる。

「美味しそうな匂いが束になってる感じも大好きね。……まるで、遊牧民のあの人の手の中にいるみたいで♪」
 うふふ、と微笑んだ露が振り返るのは、いつかの思い出。
 まだ人の姿をとっていなかった露が、ブルームーンストーンとして、遊牧民たちの所有物だった時のことだ。
 そういえば、こんな風に美味しそうな匂いをいつも感じていたんだっけ――、

「あ、」
 そんな露による思い出の懐古は、ふいに目に入った「精肉店」の看板によって中断された。
 見れば店のディスプレイに並べられた揚げ物たちが、露の購入を誘うように、香ばしい匂いを漂わせていて。

「あのお店の食べ物なにかしら? なにかしら?」
 思い出よりも食べ物とばかりに、匂いに誘われ店へ立ち寄った露が購入したのは「コロッケ」だった。
 さくさくの衣にかぶりとかぶりつけば、じゃがいものほくほくとした食感がたまらない。

「えへへ、美味し……って、あ、あのお店も美味しそうなモノ並べてるわ~♪」
 次に露の目に入ったのは、「豆腐店」の看板が掲げられた店のディスプレイ。
 興味の向くままに、店へと近づいた露が購入したのは「豆乳」だった。
 紙コップには、大豆色の液体がなみなみと注がれていて。飲めば口の中いっぱいに広がる大豆の濃厚な風味。何だか癖になりそうだ。

「うふふ、どれもすっごく美味しいわ♪」
 片方の手にコロッケ、もう片方の手に豆乳の紙コップを持ち、幸せそうな笑みを浮かべる露。

 次は何にしようかしら……などと。思い出よりも商店街食べ歩きの方に心が占領されつつある露ではあったが、
「……って、レーちゃん? 真剣な表情で歩いてるけど……」
 おりしも目の前を歩いていく親友の姿に、気になるものはあったらしい。
 不思議そうに首を傾げながらも、両手の飲食物はそのままに。露はそっと親友の隣について歩き出す。


 一方。
 シビラは目的の場所へ向けて進むべく、商店街の通りを歩き続けていた。
 すでにそこそこ歩いている気はするのだが、目指す場所に近づいている気配を感じることができない。

「これは――、単純に歩いて行けるようなつくりではなさそうか」
 ふむ、と頷き、考え込むように立ち止まったシビラは、ふと自分の隣を見やった。
 いつの間にいたのだろう。そこには、見慣れた少女――露の姿があった。
 よく見れば、揚げたてらしい何かにかぶりつき、幸せそうににこにことしていて。

 何やら香ばしい揚げ物の匂いがすると思っていたら、まさか隣で食べてるなどと誰が思うだろう。
 内心の呆れをにじませ、シビラは言った。

「……露。君は何をしている?」
「え? これ、『ころっけ』ってゆーらしいわ。美味しいの」

 にこにこと答える露に、思わずシビラは渋い顔をする。
 いや、そうじゃない。
 シビラがツッコミを入れようと口を開きかけたところで、露は不思議そうに首を傾げ。

「レーちゃん、欲しいのかしら?」
「……いや、」
 そうじゃない。
 シビラがツッコミを入れる間もなく、露は「わかったわ」と言わんばかりににっこりとし。
「じゃあじゃあ半分こ!」
 満面の笑みとともに、半分になったコロッケをシビラの前に差し出した。

「いや。はんぶんこではなくてだな……」
 中心部に行く必要があるだろう、私たちは。
 そんな風に言いかけたシビラだったが、
「……?」
 コロッケを差し出す手はそのままに、きょとんとした表情で見つめる露。

(「そうだった、露はこういう子だった」)
 言いかけた言葉を飲み込み。はぁ、と深くため息をつけば、シビラは半ば諦めてコロッケを受け取った。
 今はひとまず小休止。食べたら、再び歩き始めることにしよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朝霧・晃矢
#過去

暗い大広間
血溜まりの中、思考も感情も止まったまま蹲っていた
時間の経過など分からない
空腹に押され、義兄弟「だったもの」をいくつも押しのけて這い出る

孤児院の破れた天井から薄ぼんやりと月の光がさしていた

その時、啓示が体を貫いた
それは音で無く、文字で無く、純粋なる意志だった

最初、それが何かを理解できずに立ちすくみ
無意識に髪に触れ、違和感に思わず手折ったのは白百合
そして翼の影が瓦礫に落ちる

震えて言葉にならない
『なんで俺なんだ』『なんで、今』
絶望、悲哀、悔恨、疑問…入り混じり濁流と化した感情に呑まれ、泣き叫び崩れる

#今

過去の啓示に一つため息、通り過ぎる
「『子供を守れ、死なせるな』
…全く、その通りだ」




 UDCアースのどこかで見たような気もする、夕暮れの街並みを歩いていたはずだった。
 ばいばいまた明日と言葉を交わす子供たちや、夕食のおかずについて話をする親子の話し声に混ざって、どこからともなく漂う食べ物のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
 朝霧・晃矢(Dandelion・f01725)が歩いていた通りには、そんな平和な光景が見えていたはずだった。

 どこで迷い込んでしまったのかはわからない。
 穏やかに注がれていたはずの夕日の明かりはそこにはなかった。
 いつの間にか、晃矢の視界には、夜よりなお昏い闇が広がっていて。

 美味しそうな食べ物の匂いの代わりに漂うのは錆びた鉄の匂い。
 その匂いが血で、自分が血溜まりの中にいるのだと分かったのは、いつだっただろう。
 時間の経過など分からなかった。
 思考することはもちろん、感情も、その他の感覚も全てが止まってしまっていたから。

 そんな風に全ての感覚を閉ざされ、暗闇の中で蹲っていた晃矢の意識。
 それを押し上げた、ただ一つの感覚。

 ――腹が減った。

 体中を巡る、抗いようもない、飢えの感覚。
 それは、皮肉にも晃矢に動き出す力を与えてくれた。

 晃矢は、ゆっくりと身体を動かす。それまで自身の身体に折り重なり、身動きを奪っていた「もの」をいくつも押しのけ、這い出し、ゆっくりと立ち上がった。

 そうして。晃矢が、天井から差し込む、淡い月の光を目にした――その時。

 啓示が、晃矢を貫いた。
 それは、音でもなく、文字でもなく。ただ、純粋なる意志として。鮮烈な光のごとく、晃矢の身体を貫いたのだった。

『……』

 最初。示されたその啓示が何なのか、晃矢には理解することができなかった。
 その場に立ちすくみながらも。無意識に触れた、自らの髪に違和感を感じて。

『……?』

 思わず手折り……それが白百合であることに気がついた瞬間。
 晃矢の周囲にふわりと風が生まれた。
 闇の中に差す月の光を受けて羽根が舞い。
 血に染まった瓦礫に映った、翼の影。

 そこでようやく、晃矢は理解する。
 ここがどこか。
 何が起こったのか。
 自らの身に起こった変化が、何だったのかを。

『……、』
 声が、震える。

 その場所が孤児院で。
 晃矢たちは、理不尽な暴力にさらされて。
 晃矢以外に生きている者はいなくて。
 這い出るために押しのけた「もの」は、晃矢の義兄弟「だったもの」たちで――、

『……で、』

 絶望。

 ――なんで俺なんだ。

 悲哀。

『……なん……で、』

 悔恨。

 ――なんで、今、

 疑問――。

 晃矢の中に湧き上がってくる、様々な感情。
 それらは晃矢の中で混じり合い、音を立てて渦を巻きながらその勢いを増していき――、

『なんでなんだよぉぉぉぉ!!!』

 自分ではどうしようもない、濁流と化した感情に呑み込まれるままに、晃矢は崩れ落ちた。
 泣き叫ぶ声が、月の光に照らされた闇の中に悲痛に響き渡り――。

(「――それが始まりだったんだよな」)
 映像、音、匂い、飢え。そして、行き場のない、泣き叫ぶしかなかった感情。
 迷い込み、再び体感したものが過去の自分の記憶のものだと理解すれば。晃矢は目を閉じ、空を仰いだ。

「『子供を守れ、死なせるな』……全く、その通りだ」
 あの時啓示された「純粋なる意志」の言葉を口にすれば、晃矢は深く息を吐く。

 絶望、悲哀、悔恨、疑問……。
 渦巻き、荒れ狂い、晃矢自身を飲み込んだあの時の感情は、今もなお、晃矢の胸の内にあり続けている。
 そして。あの時抱いた疑問の答えは、未だわからないままだ。

「……けれど」
 自分自身に言い聞かせるようにそう言って、晃矢は閉じていた目を開けた。
 そこには、穏やかな夕暮れ色の空があった。

 その空の色をしばし眺めてから、晃矢は前を見た。
 まだ中央部までは遠いのかもしれないが、行くべき場所は、決まっている。

「わからないからこそ、進むしかないんだ」
 過去に囚われたままでは、立ち止まっていては、何も解決しないから。
 そう、自分に言い聞かせて、晃矢は再び歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
有さん/f00133

誰かの声が聴こえる気がする
誰かの姿が見える気がする
道を歩けば霞がかってぼんやりと
それは不確かな輪郭で以って俺を呼ぶ
俺を呼んでいる…はずだ

『── ─』

聞き覚えの無い名を呼ぶあなたは誰なんだろう
手を伸ばす
徐に開いた口が自然と紡ごうとしたのは、

(待って、『母さま』)

言葉は音に成らず
伸ばした手が掴んだのは

有さん…?

夢から覚めたように
呼ぶ影は気付けば何処にも居なくて

す、すみませんでした。突然。
掴んだ手をするり解いてまた揃い歩き出す
有さんも何かを見ていたんだろうか
ちらり伺う視線も聞いていいのか分からず泳ぐだけ

…商店街の美味しいもの、楽しみですね
紛らわす様に、違う話題を紡いだ


芥辺・有
黒羽/f10471

こういうとこ、あいつと歩いた記憶はないけど
会いたいって思い出すのは、いつもさ
あんただね、無明
高くて、大きくて、黒い影みたいな背中が見える
いつも見上げてた
合うわけない歩幅に必死についてってさ
こうやって背中追いかけるのだって
いつまでもしてたかったんだよ、わたし

背中を追いかけるよう歩く中
ふいに手を掴まれて驚いて振り向く
……黒羽?
視線を戻した先にはもう何もいなくて
残念だなんて口にはしないけど
なんだか申し訳無さそうな猫に向き直る
いーや、いいよ、なんて声をかけて並びながら
伺うような視線にちょっとだけ顔を上げて
そうだね、って相槌ひとつ
街並みを眺めて歩く

……そうそう
聞きたかったらまた今度ね




 前方に広がる夕暮れの空を眺めながら、芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は通りを歩いていた。
 陽の光に照らされた通りに漂う、食欲をそそるいい匂い。賑やかな声が飛び交い、行き交う人々が有のすぐ脇を通り過ぎていく。

(「こういうとこ、あいつと歩いた記憶はないけど」)
 あいつ――陽の光なんて差さない路地でのごみのような日々から、かつての有を拾ってくれた男へ、有は思いを馳せる。
 連れ立って過ごした日々。男と共に歩いた日の思い出は、いつだって有の胸の中にあって。

(「会いたいって思い出すのは、いつもさ」)
 だからだろうか。
 有の目の前を、見覚えのある背中が歩くのが見えた。

(「あんただね、無明」)
 高くて、大きな――黒い影を思わせる背中だった。
 いつも見上げ、追いかけていたその背中を、有が見間違えるはずはない。

「――、」
 前を行く背中に触れ、その主を振り向かせたかったけれど。
 歩く速度がとても早くて。ともすれば、すぐに離され見失いそうになって。
 だから、その背中を見失わないように、有は追いかける。

(「……なんだか、あの頃みたいだね」)
 有は懐かしむように金の瞳を細め、わずかに唇の端を上げる。
(「合うわけない歩幅に必死についてってさ」)
 あの頃の自分はなんだか必死だった気もするけれど……同じことをしている今、わかったことがある。

「――ねぇ、無明」
 追いかける背中との距離は縮まらないまま。
 けれど、その背中に向けて、有はその名を唇にのせ、そっと心の中で思った。

 ――こうやって背中追いかけるのだって、いつまでもしてたかったんだよ、わたし。


 ――誰かの声が聴こえる気がする。
 ――誰かの姿が見える気がする。

 淡い夕日の色に満たされた、霞がかった視界の中。
 華折・黒羽(掬折・f10471)は、声を捉えようと、黒の猫耳をぴくと動かす。
 聴こえた声の先にぼんやりと見えたその姿をよく見ようと、ゆっくりと道を歩きながら、黒羽は、自らの青の瞳を凝らした。

 ぼやけた視界に映った不確かな輪郭の主は、確かに黒羽を呼んでいた。
 少なくとも、黒羽にはそう感じられた。
 けれど、

『── ─』

 その声が紡ぐのは、黒羽には聞き覚えのない名で。

(「――誰なんだろう」)
 心の内に生じた疑問。
 その答えを手繰ろうと、黒羽は手を伸ばす。
 そうして言葉を紡ごうと、おもむろに口を開き――、

(「待って、『母さま』」)

 しかし。黒羽の言葉が、音になることはなかった。

 伸ばした手は、誰かの手に触れる。

 その瞬間。霞がかった視界は晴れやかになり。
 不確かだった輪郭は、黒羽の目の前で、しっかりとした形になった。

 手の主が振り向く。

 黒のポニーテールがふわりと揺れる。
 驚いた様子で金色の瞳を見開き、黒羽を見つめたのは、

「有さん……?」
 まるで夢から覚めたかように。黒羽の唇からこぼれたのは、知人の名。

 黒羽を呼ぶ影は、気がつけばどこにもなくて。
 道を行き交う人々の、立ち並ぶ店の。賑やかな音だけが、黒羽の耳に響いていた。


 有は歩く。
 目の前を往く、高くて大きな黒い影を、追いかけるように――、

 そんな有の手を掴む、誰かの手。

「――?!」
 ふいの出来事に、有が驚き振り向けば、

「有さん……?」
「……黒羽?」
 その視線の先には、まるで夢から覚めたかのように、青の瞳を丸くして有を見つめる、黒猫の少年――黒羽の顔があって。

「……あぁ、」
 呆然とした黒羽の確認めいた問いに曖昧な返事を返しながら、有は先ほどまで追いかけるように見つめていた場所へ視線を戻す。
 影は、もうそこにはなくて。行き交う人の波の向こう側に消えたかのように、何もいなくなっていた。

「……行ってしまったんだね」
 有としては夕暮れの追いかけっ子をもう少し堪能したかった気はするけれど。だからといって、残念だなんて口にはせずに、有は改めて黒羽へと向き直る。

「す、すみませんでした。突然」
 掴んだままになっていた自らの手をするりと解いて、申し訳無さそうに視線を落とした黒羽の黒猫の耳を見ながら、有はひらと手を振った。
「いーや、いいよ」
 そのままだとさらに気にしそうな相手の素振りに、そっけない物言いでそう言ってから、有は黒羽の横に並んだ。そうして、行こう、と。促すように自ら歩き出す。

(「有さんも何かを見ていたんだろうか」)
 心持ち歩調をあわせ、揃って歩きながら。黒羽はちらと有をみやった。
 ポニーテールを揺らして歩く有の、まつ毛が長く端正な顔立ち。どこか物憂げな表情は、常と変わりないようにも見える。
 先ほど一瞬だけ黒羽に見せた、驚いた表情は気になったけれど……それは、聞いてもいいことなのだろうか。
 内心で葛藤するも、結局言葉にはできないまま。
 視線を感じたのだろう、少しだけ顔を上げて黒羽を見やった有に向けて。
 自らの視線を泳がせながら、黒羽は口を開いた。

「……商店街の美味しいもの、楽しみですね」
 その場を紛らわすように、黒羽がそっと紡いだのは、違う話題で。

「そうだね」
 黒羽の言葉に、相槌ひとつ打ってから。
 有は黒羽から視線を外して、まっすぐに前を見つめる。
 前方に広がる夕暮れの空と、街並みを視界に収め、歩きながら。
「……そうそう」
 ぽつりと言葉を落とした。

「聞きたかったらまた今度ね」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

パラス・アテナ
「帰れ」
「嫌です」
「帰れったら帰れ!」
「嫌ですったら嫌です!」

言い合ってるのは幼いアタシと兄
アルダワ迷宮深部の災魔討伐戦
戦闘に出る兄が羨ましくて
勝手についていったんだ

ぎにと睨み合う兄の姿に目を細め
あの時大人しく家に帰っていれば
アタシが魔導機械を見つけなければ
時空転移の罠は作動しなかったはず
討伐終えた隊は全員生還できたんだ

伸ばした手を握り締め
苦い思いで拳を開く
これは過去の幻影
首根を掴んで放り出しても
結果は何も変わりゃしない
アタシが兄を殺したことに変わりない

俯く視界に桜の花びら
罠が作動したようだ
逃げるアタシを庇う兄
彼を狙う射線に入って
核に向けて一発の弾丸
ただの自己満足だけど
一度くらいは守らせとくれ




 ふいに視界に飛び込んできた、夕暮れの空に舞う薄紅色の花びらに、パラス・アテナ(都市防衛の死神・f10709)は、目を細める。

「……ここにも桜が咲いてるんだねえ」
 つい先日もUDCアースで花見をしたばかり。ここが幽世ということも関係あるのかもしれないが、こういうものは、ある時はやたら縁がある。

 折角の縁なら、夕日に染まる桜の花でも見てみようかと。
 思い立ったパラスは、花びらに誘われるままに商店街の賑わいを抜けて歩き始めた。

 賑わいから少しずつ遠ざかるのと同時。

『帰れ』

 パラスの耳に入ったのは、聞き覚えのある声。
 声の主を探してパラスは視線をさまよわせ……やがて、その視界に捉えたのは、二人の人物の姿だった。

「あれは……」
 パラスは目を見開き、そのうちの一人をじっと見つめる。
 見覚えのある姿に、懐かしい声。
 それは、パラスの記憶の中にある、兄の姿だった。
 ――そして、もう一人。

『嫌です』

 帰れという兄の言葉に、嫌だと言って譲らない少女。
 その少女こそが、幼い頃のパラスだった。

 この時のことは、パラスはもちろん覚えている。
 アルダワ迷宮深部の災魔討伐戦。
 忘れることのない、忘れることなんてできない、苦い記憶だ。

『帰れったら帰れ!』
『嫌ですったら嫌です!』

 少女を睨み、強い調子で帰れと繰り返すかつての兄を眺め、パラスは目を細める。

(「あの時のアタシは、勝手についていったんだ」)

 戦闘に出る兄が羨ましかった。
 自分も一緒に戦いたかった。

(「あの時大人しく家に帰っていれば」)
(「アタシが魔導機械を見つけなければ」)

 全てが終わってしまった、今だから思うこと。
 そうすれば……と。あったかもしれない未来を、パラスは夢想する。

(「時空転移の罠は作動しなかったはず」)
(「討伐終えた隊は全員生還できたんだ」)

 けれど。
 幼いパラスは、大人しく家には帰らなかった。
 あんな未来が起こるなんて、知らなかったから。

 そして、魔導機械を見つけてしまった。
 そして――、

 ――終わっちまったことは、どうしようもないぜ。
 先日の花見で、大切な人が口にした言葉が脳裏をよぎる。

(「……ああ、確かにそうさ、」)

 目の前で展開される、あの日の記憶。
 あの日の兄を助けようと、パラスは手を伸ばそうとした。
 助けられるものならと。

 けれど――、

(「これは過去の幻影」)

 伸ばした手を、パラスはぐっと握り締め……苦い思いで拳を開く。

(「首根を掴んで放り出しても、結果は何も変わりゃしない」)

 展開される過去の映像。
 何をしても覆ることのない、どうしようもない、苦い記憶。

(「アタシが兄を殺したことに変わりない」)

 俯いたパラスの視界に、花びらが舞う。
 それは、罠が作動した合図だった。

 そして繰り返される。あの日の――、

「……いや、」
 パラスは俯かせていた顔を上げる。
 逃げる幼い自分を守ろうと、身体を張って庇う兄の姿を目の当たりにして、自然と身体が動いた。
 兄を狙う射線に入れば、白く輝く核へと、EK-I357N6『ニケ』の銃口を向けて。

「ただの自己満足だけど、一度くらいは守らせとくれ……っ!」
 発動させるは、ユーベルコード【一発の弾丸(ワンショット・ワンキル)】。
 威力と命中率を極限まで高めた弾丸の一撃をお見舞いする――!

 刹那。パラスの視界を、花吹雪が埋め尽くして――。

 はっとしてパラスが我に返れば、パラスの兄と幼いパラスの姿はどこにも見えなかった。
 夕日色に染まる大きな桜の木が、パラスを労るように、そっと見つめていて。

「……」
 そんな桜の木を眺めながら。パラスは改めて、自身の拳を握り締めるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エリシャ・パルティエル
商店街…
故郷にはなかったけど
こういうところを通ると
美味しい匂いにつられて
お店を覗いちゃうのよね

子供たちが待つ家に
夕飯の買い出しを済ませた母親が帰っていく

この世界ではおふくろの味っていうじゃない
でもあたしにはよくわからない
母さんは小さい時に病気で亡くなってしまったから

近所のお母さんが優しくしてくれた
ご飯を食べさせてくれた
けれどもっと食べたいって言えなくて
本当のお母さんじゃない人に甘えることはできなかった

母さんを亡くした父さんを支えなくちゃって
父さんにも子供らしく甘えられなくて
でも義弟にはそんな思いをさせたくなくて
あたしがしたかったことを全部させてあげたくて

なぜかしら
そんなことを思い出してしまうの




 UDCアースでは時折目にしていた、年季の入った建物が立ち並んだ通りを、エリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)は興味深げに眺め歩く。

「商店街……故郷にはなかったけど」
 見える景色こそ違っていたけれど、店が並び人が行き交う賑やかな雰囲気は、エリシャが故郷で親しんでいたものと似ている部分もあって、歩いているだけで楽しくなってしまう。

「こういうところを通ると、美味しい匂いにつられて、お店を覗いちゃうのよね」
 肉や魚、野菜といった食材は、世界や地域によって特色が違ってくるから、眺めるのはとても楽しい。特に興味深いのは、店で調理され売られている惣菜の数々だ。
 料理を嗜むエリシャとしては、眺めているだけでも食材の使い方を知ることができるので勉強になる。
 気軽に食べ歩きできるものから、食事のおかずとして食卓に並べるものまで。店ごとに扱っているものが異なるのもまた面白い。

(「あの人は、夕食の買い物なのかしら」)
 ふと目に止まった、肉屋から出てきたエプロン姿の女性に、エリシャを目を細める。
 これから家に帰るのだろうか。
 食材の入った買い物かごを腕に下げ、反対側の手で自分の子供と手と繋いで。しゃべりながら、エリシャの横を通り過ぎていく。

(「夕食は……この世界で言うカレーか肉じゃがってところかしらね」)
 女性の買い物かごから顔を覗かせるのは、にんじんやじゃがいも、たまねぎなどの食材で。目にすれば夕食の献立が容易に想像できて、エリシャは小さく微笑んだ。
 カレーは、この世界の子供なら誰もが好きだと聞いたことがある。だからもしそうなら、あの家の子供は多分大喜びだろう。
 そうでなかったとしても、きっとその子は幸せだ。
 だって、そのご飯は、子供に美味しく食べてもらえるように、母親が愛情込めて作ってくれるのだから。

(「この世界では『おふくろの味』っていうのよね」)
 聞いたことがある。母親が作る料理の味を、そんな風に言うことがあるのだと。

(「……でも。あたしにはよくわからない」)
 連れ立って歩く母と子を、眩しそうに見やって、エリシャは胸中でそっと呟く。
 ……そう、そんな味、知りようもないのだ。
(「母さんは小さい時に病気で亡くなってしまったから」)

 思うと同時。エリシャの前に映し出された、過去の映像。
 近所の「お母さん」の作ったご飯を食べている、幼いエリシャの姿だった。

(「……とても優しくしてもらったのよね」)
 近所に住む「お母さん」。母を亡くしたエリシャにも、自分の子供と同じように優しく接してくれて、ご飯を食べさせてくれた。

(「けれど……本当のお母さんじゃない人に甘えることはできなかった」)
 食べ終わった空のお椀を見つめて、何かを我慢するようにぎゅっと唇を引き結ぶ少女の様子を、エリシャは切なそうに見つめる。
(「もっと食べたいって、言えなかったのよね」)
 遠慮しなくていいと、「お母さん」は言ってくれた。きっとその言葉は本心だっただろう。
 けれど、素直に甘えることなどできなかった。

(「父さんにも子供らしく甘えられなかったのよね」)
 母の温もりが恋しいと思ったことは何度もあった。……けれど、父だって、母を亡くして辛いに違いなくて。甘えた言葉を口にしてしまえば、父を困らせてしまうかもしれない。
(「母さんを亡くした父さんを支えなくちゃ、……って」)
 そう思っていたのよね、と。口中で小さく呟けば、エリシャは当時の自分を見つめる。
 なんて子供らしくないのだろう。
 我慢なんてしないで、肩の力を抜いて甘えてもよかったのに。
 けれど、そんなことは、大人になった今の自分だから思えることだ。

(「……でも、あの子にはそんな思いをさせたくなかったのよね」)
 あの子――父が連れてきた、暗い表情をした義弟を見て思ったのだ。
 幼いエリシャが感じた、寂しい思いは、絶対にさせないと。

(「あの子には。あたしがしたかったことを全部させてあげたかった」)
 美味しいご飯をお腹いっぱい食べること。
 子供らしく思いっきり甘えること。
 たくさん頭をなでてもらって、抱きしめてもらうこと。
 大切だよって言ってもらうこと。

 ――もしエリシャの母が生きていたら、してくれただろうこと、すべて。
 それらはすべて、エリシャが欲しかったものだから。

「……寂しかったことはあったけれど。だからこそ、あの子に向き合うことができたんだと思うの」
 唇を引き結び寂しさを我慢する少女へ向けて、エリシャは目を閉じ、そっと言葉を紡いだ。

 なぜ、あの頃のことを思い出すのか、理由はわからないけれど。
 あの時感じた想いがあったからこそ、繋がり生まれたものは確かにある。

「……大丈夫よ、エリシャ。あの時あなたが感じた想いも抱きしめて、あたしは前に進むから」
 幼い少女だった自分を抱きしめるように、自分の肩を強く抱きしめて。
 エリシャは閉じていた目を開けた。

 そうして。
 夕焼けに染まる商店街の道をその瞳に映して、エリシャは歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『腹ペコ坊主』

POW   :    味見させて…
自身の身体部位ひとつを【鋭い牙が並んだ自分】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD   :    キミを食べたい
攻撃が命中した対象に【美味しそうな物のしるし】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【捕食者のプレッシャーと紅い雨の弾丸】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    今日の予報はヒトの消える日
【飢餓】の感情を爆発させる事により、感情の強さに比例して、自身の身体サイズと戦闘能力が増大する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠弦月・宵です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ずっと一緒に「はんぶんこ」
 ーー会いたいと思って、そしてやっと会えた。
 オレの目の前には、にこにことしたアイツ。
 そして、差し出すのは、初めてうまいと感じた、あのメンチカツ。

 あの時は、食べようにも食べられなかった。
 けれど、今は違う。
 アイツが差し出す、「はんぶんこ」したメンチカツを、口を開けてパクリと頬張る。

『えへへ、おいしいでしょう?』

 あの時と同じように、満面の笑みを浮かべたアイツに、オレは頷いた。

「ああ、うまい」

 今度は、ちゃんと言葉にできた。
 そうしたら、アイツはもっと嬉しそうに笑った。

『うん! じゃあ、もっといっぱい、はんぶんこしよう!』

 ああ、そうだなと、オレがアイツにそう返した時だ。

 オレは気づいた。
 アイツとオレの「はんぶんこ」の邪魔をしようとしている誰かの存在に。

●迷宮中心部にて
 迷宮の周辺部を歩き、中心部へと辿り着いた猟兵たちの目の前で。
 ふいにオレンジ色に染まる街並みの風景がぐにゃりと歪み、ぐるうりと渦を描き始めた。
 渦の中央にゆらありと現れたのは、等身大の人間ほどの、大きな大きなてるてる坊主。

『お前たちは誰だ』

 猟兵たちの姿に気がついて。
 てるてる坊主はぐるうりと振り向き、言葉を発した。

『オレの邪魔をするな』

 オレはアイツと一緒にいたいんだ。
 アイツが持ってくるうまいものを、アイツと一緒に食べたいんだ。

『もしも邪魔をするのなら――』

 アイツの持ってくる食べ物の代わりに。
 お前たちを、食べてしまおうか。
小夜啼・ルイ
オレが誰だろうが、お前にとっちゃあ邪魔モノなのは変わらねぇだろ

ま、説明するなら世界を救う為…ってのは大義名分で、ただ多数を救う為に1を殴るっていう事をしにきたヤツだよ。オレは

まだ食われるワケにはいかねぇんだよな
調理役が居ないって騒ぎだすヤツらがいるから
印をつけられる前に【Mors certa,Vitae incerta】で動きを止める
少しは頭を冷やせ
で、てるてる坊主が上手く凍ってきたところで、氷柱を飛ばす

お前の気持ちは分からなくねーよ
ただそれで世界が滅びるってのは、どうにも理不尽だろが

…正直に言うなら。オレだって、ある。全部過ぎちまったのに、どうしようもない未練がさ




「オレが誰だろうが、お前にとっちゃあ邪魔モノなのは変わらねぇだろ」
 ぐるうりとこちらを見た、てるてる坊主――腹ペコ坊主を見据えながら、小夜啼・ルイ(xeno・f18236)は一歩前へと踏み出した。

「ま、説明するなら世界を救う為……ってのは大義名分で、ただ多数を救う為に1を殴るっていう事をしにきたヤツだよ。オレは」
 自嘲めいた言葉とともに、赤の瞳を細めるも。
 その視線は腹ペコ坊主から逸らすことなく、ルイは手にした「stulti」を構えた。
 キレイゴトの裏にある醜いものは、かつてうんざりするほど見てきた。けれど、どんなに嫌でうんざりしようとも、それは一つの真実で。今の自分がしていることだってきっと同じだ。
 だから目を逸らさない。

『オレの邪魔をするヤツは……、』
 ぐるうり、ゆらあり。
 腹ペコ坊主の黒目に宿った光がルイへと向けられれば、その身体が揺れた。
 それが何らかの攻撃の前兆だと感じたルイは、たん、と地を蹴り、腹ペコ坊主へ向かって勢いよく走り出す。

「――まだ食われるワケにはいかねぇんだよな」
 ふと、いつも連れ合う面々の顔が脳裏に浮かべば、知らず口の端が上がる。
(「調理役が居ないって騒ぎだすヤツらがいるから」)
 ここでうっかり食われでもしてしまえば、 アイツらに言い訳も立たない。

 妖怪が攻撃を仕掛ける前に、その動きを封じようと。ルイはユーベルコード 【Mors certa,Vitae incerta(シハカクジツ・セイハフカクジツ)】を発動させる。
 放たれた絶対零度の冷気によって、傘のように開きかけた妖怪の胴体が、パキパキと音を立てて凍りついていく。

『……な、オレのからだが……?!』
「ああ、ついでに頭も冷やすんだな」
 胴体から頭、やがて全身へと。腹ペコ坊主の身体が凍結されていくのを見ながら、ルイは再度目を細めた。

「……お前の気持ちは分からなくねーよ」
 ルイの口から言葉が零れる。
 戻れない過去に、未練に囚われる気持ち。そのどちらもルイにはよくわかる。
 だから腹ペコ坊主の気持ちはわからなくはないのだ。
「ただそれで世界が滅びるってのは、どうにも理不尽だろが」
 自分だけならいい。だが、そこに世界まで巻き込むなんて、身勝手にもほどがある。

「……正直に言うなら。オレだって、ある。全部過ぎちまったのに、どうしようもない未練がさ」
 言いながら、ルイの脳裏を過るのは、ここにやってくるまでに見た過去の追憶。
 未練がないわけではない。けれど、戻れないその場所に縋り、とどまり続けても、何かが変わるわけでもない。

「一寸先は闇――、どんなモノにも、終わる時ってのが必ず来るんだよ!」
 叫びとともに、ルイは自身の手から生み出した氷柱を、敵へ向かってお見舞いする。

 頭を冷やせ、目を覚ませ。
 未来へと進むために、過去への未練を断ち切るのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

朱・小雨
邪魔しなくて済むならそうしたいけどな。このままでは世界が滅ぶし、お前の好きな半分こだって永遠にお預けになるんだ。
だから世界もお前も助けに来た。

今すぐとはいかずともいつかはきっと会えるさ。それまでは待つことを楽しみに生きたらどうだ。お前にはまだ出来ることがあるだろ。
その子供と半分こしたい美味い物でも探すとかな。

言って止まるならいいんだけど、そうはいかないんだろう。ならば戦うだけだ。
【斬撃波】で距離をとって攻撃。それでも近づかれたら旅装を相手の目の前に広げて目眩しと盾にして回避しつつ【UC】ですれ違いざまに切りかかる。
お前は食べるのが好きなようだが、僕を食べるのはオススメできないな。




 青髪の青年が放った氷柱の攻撃に続こうと、朱・小雨(人間の宿星武侠・f32773)もまた宿星剣「天河」の柄を握り、構えを取った。
 対象に近づくことはせず、一定の距離を置きながら、流れるような動作で剣を振り抜けば、生み出された斬撃の波動がてるてる坊主――腹ペコ坊主の胴体を切り裂いていく。

『お前も、オレの邪魔をするのか……!』
「邪魔しなくて済むならそうしたいけどね」
 小雨は肩を竦める。
「このままでは世界が滅ぶ」
『……世界が滅ぶ?』
「ああ、お前の好きな半分こだって永遠にお預けになるんだ」

 再び斬撃を放つべく構えを取りながら。こちらを見つめて問いを漏らした腹ペコ坊主の黒目とその顔を、小雨は真っ直ぐに見つめ返す。
 表情など見えないはずなのに、そこにはどこか不思議そうな色が滲んでいた。

 ガキはここに居るし、ガキが世界を滅ぼすなんて考えられない。
 なのになぜこいつはそんなことを言うのだろうと。
 腹ペコ坊主の表情は、そんな疑問に満ちていて。

 この妖怪は、まだ、自らの置かれた状況を理解できていないのかもしれないと、小雨は思った。自分の願いが叶うことで世界が滅びに向かっているという事実を捉えられていないのかもしれない。――そう思いながらも、小雨は再び口を開いた。

「……今は。その子供と離れてはくれないか?」
 世界も腹ペコ坊主も助けたい。けれど、世界の滅びを止めることは、子供と離れることになる。だから、せめてその別れが、妖怪にとって納得できるものであるようにと、小雨は言葉を重ねていく。

「今すぐとはいかずともいつかはきっと会えるさ。それまでは待つことを楽しみに生きたらどうだ。お前にはまだ出来ることがあるだろ。その子供と半分こしたい美味い物でも探すとかな」
『……嫌だ。オレはもう待った。たくさん待ったんだ』
 もう待ちたくない、離れたくない。
 ふるりと腹ペコ坊主の頭が揺れる。

『離れろと言って、オレの邪魔をするのなら――、』
 ゆらあり、ひらり。
 頭とともに、腹ペコ坊主の身体全体が揺れる。その姿が一瞬かき消えたように見えなくなったかと思えば、
『――オレは、お前を食う!』
 次の瞬間。小雨の目の前に現れたのは、腹ペコ坊主の顔だった。
 小雨を食らわんと、鋭い牙を覗かせながら、かぱりと口を開けて襲ってくる――!

「――!」
 それが攻撃だと小雨が理解するより早く、その身体が反応した。
 とっさに身体を捻り、旅装を翻す。さながら闘牛と相対する闘牛士のような動きで腹ペコ坊主の攻撃をかわせば、ユーベルコード【宿星天剣戟】を発動させて。

「……お前は食べるのが好きなようだが、僕を食べるのはオススメできないな」
 身体を浮かせながら、なおも食らわんと向かってくる腹ペコ坊主へ、小雨は「天河」の剣先を繰り出した。
 その剣先はさながら舞を舞うように、けれど鋭い光の軌跡を作りながら腹ペコ坊主を袈裟懸けに切り裂いていき。
『うう……っ?!』
 痛みにのけぞる腹ペコ坊主に、小雨は再び「天河」を握り直し、構えを取るのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

小雉子・吉備
[説得]
てるてる坊主ちゃん、キビも食べ物絡みの思い出と、大切な人と別たれた経験があるから……再開したい気持ちは解るよ

けど今叶っている様に見えるの

骸魂に取り憑かれてる
そー長く続かないまやかしで
すぐ壊れちゃうよ

このままじゃ……てるてる坊主ちゃん
いつかは少年の生まれ変わりに
出会えるかもしれない

再び自力で縁が繋がるかもしれない
妖怪は人生長いから……そんな未来の
可能性すら無くなるよ、世界が滅んだら

良いの?それで。

[POW]
説得しつつ【第六感】で【見切り】回避しつつ【高速詠唱】UC攻撃力重視発動

【浄化】込め【郷愁を誘う】〈黒蜜掛けキビダンゴアイスバー〉食わせ骸魂を追い出すよ

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]


蒼・霓虹
[説得]
その子との半分っこ……大切な思い出なんですね

わたしも胸中に隠している夢は
食べ物がらみだから

それを通じて絆を結べた事の
嬉しさは良く解ります……わたしが虹龍になる前、夢と絆を否定され

夢は諦めてはいませんが
その絆はもう叶わぬ事ですから(依頼:すてきな絶望、くださいな参照)

『でも霓虹さん、別の絆は出来たんで
捨てた物じゃないです人生は
……思い出は大切です



世界が滅びれば二度と
半分っこを共有出来ないんですよ』

[WlZ]
【属性攻撃(メンチカツ)】を込めた【砲撃&弾幕】を食わせ説得しつつ〈彩虹(戦車龍)〉さんを【操縦】し【第六感】で【見切り】回避

頃合い見てUC【高速詠唱】

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]




 もう待ちたくないのだと。
 まるでだだをこねる子供のような叫びとともに藍色の髪の少年へ襲いかかるも、逆に攻撃をくらってのけぞった、てるてる坊主こと、腹ペコ坊主。

「その子との半分っこ……大切な思い出なんですね」
 そんな腹ペコ坊主へ、蒼・霓虹(彩虹駆る日陰者の虹龍・f29441)は、近づきながら声をかける。

「それを通じて絆を結べた事の嬉しさは良く解ります」
 腹ペコ坊主が抱いているであろう気持ちが分からない者など、この場にいる猟兵たちの中には誰ひとりとしていないだろう。霓虹もまたその一人だ。

(「……わたしも。胸中に隠している夢は食べ物がらみだから」)
 腹ペコ坊主の姿を映し、赤の瞳が切なげに揺れる。脳裏を過るのは、虹龍になる前のこと。夢と絆を否定されたあの苦い記憶だ。

「夢は諦めてはいませんが、その絆はもう叶わぬ事ですから……、」
 夢への熱意は今もある。けれどどんなに望んでも、あの時の友人たちとの絆は失われてしまった。だからだろう。腹ペコ坊主があの子供との絆を手放したくないと思う気持ちが、あの時の自分と重なってしまい、うまく言葉にできなくて。

「霓虹ちゃん……」
 きゅっと唇を引き結び、俯いた霓虹の手を、小雉子・吉備(名も無き雉鶏精・f28322)は、励ますようにぎゅっと握り締める。

「大丈夫、今はキビも、彩虹ちゃんも居るよ」
『そうですよ、霓虹さん。僕や吉備さん、そして他の方々と、別の絆はできたんです。捨てた物じゃないです人生は』
「……そうですね」
 彩虹と吉備の言葉にこくりと頷く霓虹。
 そんな霓虹へ柔らかく微笑みを返してから、吉備は腹ペコ坊主を見つめた。

「てるてる坊主ちゃん、キビもね、気持ちは解るよ」
 吉備にもまた、食べ物絡みの思い出と、大切な人と別たれた経験がある。子供との再会を願った、腹ペコ坊主の気持ちが解らないわけじゃない。

『わかるなら……、』
 邪魔をするなと言わんばかりに。腹ペコ坊主はゆらありと身体を揺らし、攻撃を仕掛けようとする。
「けど。今叶っている様に見えるのは、まやかしなんだよ!」
 そんな腹ペコ坊主に。吉備は、霓虹を守ろうと前へと踏み出しながら、両手を広げ、訴えるように叫んだ。

『まやかし……?』
「そう。骸魂に取り憑かれてる」
 吉備はこくりと頷く。
「そー長く続かないまやかしで、すぐ壊れちゃうよ」
『そんなことはない……!』
 吉備の言葉に、腹ペコ坊主は声を荒げ、ゆらありと揺れた。その身体が一瞬かき消えたかと思えば、吉備の前へと現れ、鋭い牙を向け襲いかかる!

「わわ……!」
 第六感で見切り、霓虹を守りながら腹ペコ坊主の攻撃を回避すれば、吉備は「偽御神刀・吉備男」を抜いた。
 高速詠唱でユーベルコード【「雉鶏精の偽桃太郎」(チケイセイノニセモモタロウ)】を発動させ、その刀身を霊力に変え、攻撃力を高めながら。吉備は腹ペコ坊主に再び向き合い、構えを取った。

「このままじゃ……ダメなんだよ、てるてる坊主ちゃん!」
 真っ直ぐに腹ペコ坊主を見つめながら、吉備は声を張り上げる。
「あの子に、少年に会いたいんでしょう? 思い出で、まやかしで満足しちゃっていいの?」
 ――本当に会いたいのは、まやかしじゃないあの子でしょう?

『それは……、』
 言い淀み、動きを止めた腹ペコ坊主へ向けて、なおも吉備は言葉を重ねる。
「妖怪は人生長いから……いつかは少年の生まれ変わりに出会えるかもしれないし、再び自力で縁が繋がるかもしれない」
 長いからこそ、待ち続けるのは寂しくて。嫌になることだってあるだろう。
 けれど、それはまやかしで満足していい理由にも、世界を滅ぼしていい理由にもならないと、吉備は思う。
「世界が滅んだら、そんな未来の可能性すら無くなるよ」
 ――てるてる坊主ちゃんは、それで良いの?

『……う、うるさいうるさい、黙れぇぇ!』
 吉備が放った問いから生じた迷いを振り払うかのように。再び噛みつき攻撃を仕掛けんと、鋭い牙を見せながら吉備へ向けて襲いかかる腹ペコ坊主。
 応戦しようと吉備が「偽御神刀・吉備男」を振り上げようとした、その時。

『……思い出は大切です。……が、世界が滅びれば二度と半分っこを共有出来ないんですよ?』
 ふいに彩虹の声がしたかと思えば、
「吉備ちゃん、避けて!」
 霓虹の声とともに、勢いのある砲撃音があたりを包み込む!

 どごぉぉぉん!

『……むが?! ふぉ、ふぉれは……?!』
 明らかに声の様子が変わった腹ペコ坊主を吉備は見やり、
「わぁ……! すごーい!」
 思わず声を上げた。
 なんということだろう。腹ペコ坊主の口の中いっぱいに、大量の揚げ物が詰め込まれているではないか。

「そうです、思い出のメンチカツですよ、てるてる坊主さん」
 戦車龍形態の彩虹に跨り、にこやかな笑顔を見せる霓虹。
「メンチカツ属性の砲弾攻撃です、まだまだ用意はありますからね……!」
『むが……?! い、いや、確かにうまかったがっ』
 口いっぱいのメンチカツをどうにかしようとむぐむぐとさせた後。さすがに抗議めいた声をあげる腹ペコ坊主だったが、
「いえ、そんな。遠慮は無用ですから、たんとお食べください!」
 霓虹さんちょっと聞いてないご様子でにっこにこ。
『いや、聞けよ話! ……しかしそっちがその気なら、オレにも考えはあるんだぜ……!』
 言うが早いか。腹ペコ坊主はゆらありと身体を大きく震わせる。
 するとどうだろう、その身体が、どんどん大きくなっていくではないか。

『どうだ……今のオレならお前らの食べ物全部平らげられるぜ』
 大きさと共に増幅された空腹感で黒目をぎらりとさせた腹ペコ坊主に、
「なるほどこれは……! わかりました、てるてる坊主さんがその気とあらば、わたしも全身全霊で挑みましょう!」
 キラキラと赤の瞳を輝かせ、操縦桿を握り締める霓虹。そのまま勢いで【送り手の彩雲機「イリディセントコントレイル」(オクリテノサイウンキ・イリディセントコントレイル)】を発動させる。

『霓虹さん、……いや、てるてる坊主さんもちょっと待ってください、』
 さっきまでシリアスの装いだったはずなのに、メンチカツあたりから展開がおかしくなってないか的な、冷静かつ正しい分析をはじめた彩虹の横で、
「メンチカツだけだと飽きちゃうよね? なら、キビはてるてる坊主ちゃんにこれを食べてもらうね!」
 これまた満面の笑みで「黒蜜かけキビダンゴアイスバー」を取り出す吉備。

『いや吉備さんまで何やってるんですか?!』
「大丈夫だよ、彩虹ちゃん。全部骸玉追い出すための作戦だから!」
「そうですよ、彩虹さん、この世界を救うために必要なことなのです!」
 気合十分とばかりに目を輝かせる二人に、少しだけ遠くを見つめる彩虹さん。
 ここで決着が着くとはいい難いところだが……それでもこの、食べ物を交えた戦いが、腹ペコ坊主の心に良い影響を与えられるといい。
 そう思いながら。彩虹は霓虹の操縦に身を委ね、腹ペコ坊主との戦いに参戦するのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルルチェリア・グレイブキーパー
カタストロフを起こした妖怪の大切な人に会いたいって気持ちはわかる
だけど、その気持ちを骸魂に利用され
世界を滅ぼしてしまうなんて悲しすぎるわ
なら、やる事は決まってる。世界も妖怪もどっちも救うのよ!

私だって亡くなった両親と会いたい
だけど死んだ人間が戻って来る事は無いわ
本当は気付いているのでしょう?
その子はあなたの思い出から生み出された偽物に過ぎないって!
いつまでも思い出に甘えてんじゃないわよ!

UC【お子様幽霊たちの海賊団】で空飛ぶ海賊船を召喚
技能【集団戦術】で子供の幽霊達を指揮し
腹ペコ坊主に射撃・砲撃させるわ
いくわよ!あの食いしん坊に鉛弾と砲弾をご馳走してあげなさい!




 にわかに活気づき始めた、てるてる坊主こと腹ペコ坊主との戦いの場。そこへ加わるべく、ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)は勢いよく駆け出した。

(「カタストロフを起こした妖怪の、大切な人に会いたいって気持ちはわかるの」)
 腹ペコ坊主が抱く、思い出の子供への想いは、ルルチェリアにも共感するものがある。
(「だけど、その気持ちを骸魂に利用され、世界を滅ぼしてしまうなんて悲しすぎるわ」)
 大切な人への気持ちをいいように利用する骸魂は許せないけれど。
 それでも、この世界では、骸魂だけを倒せば妖怪を助けることができる。救いの道はあるのだ。

「なら、やる事は決まってる。世界も妖怪もどっちも救うのよ!」
 決意を胸に、ぎゅっと拳を握り締めたルルチェリアは、力ある言葉を唇にのせた。
「【お子様幽霊たちの海賊団(ゴーストキッズパイレーツ)】、おいでなさい、『神聖ロイヤル・ルルチェリア号』!」

 呼びかけに応じ、現れたのは空飛ぶ海賊船。
 ひょっこりと顔を覗かせ、ルルチェリアへ向けて思い思いに手を振るのは、海賊船に乗り込んだ505名もの子供の幽霊たちだ。
 そして同じく召喚されたルルチェリアの親友が、銀髪を揺らして柔らかく微笑む様子に、ルルチェリアも笑みとともに手を振り返し、それからキリリと表情を引き締めて。

「ロイヤル・ルルチェリア号発進よ! キリキリ働きなさい!」
 呼びかけとともに、ルルチェリアが手を上げて合図をすれば、
『はーい! あいあいさだよ、ルル!』
 返事とともに子供の幽霊たちは、各々構えたカルバリン砲やラッパ銃を、腹ペコ坊主へと向け――、
『発射ーーっ!』

 どぉぉぉん!

『……なっ! なんだ、お前!!』
 慌てた声とともにルルチェリアの方へ身体を向ける腹ペコ坊主。
 本来であれば表情などわからないはずなのに、その黒目にはありありと驚きの色が浮かんでいて。

「……私も、仲間と同じく、あなたに言いたいことがあるわ」
 そんな腹ペコ坊主をまっすぐに見つめ、ルルチェリアは口を開いた。
「あなた、本当はもう気が付いているのでしょう? その子はあなたの思い出から生み出された偽物に過ぎないって!」

『……お前に……、お前に何がわかる……っ!』
 ルルチェリアの視線から逃れるかのように、腹ペコ坊主は身を捩った。
 邪魔するのならお前も食らうと言わんばかりに、飢餓の感情を膨らませ、一回り、二回りと自らの身体を大きくさせ――、

「いつまでも思い出に甘えてんじゃないわよ!」
 それでもルルチェリアは怯まなかった。叱るように声をあげ、目を釣り上げて。巨大化した腹ペコ坊主を、きっと睨み付ける。

「私だって亡くなった両親と会いたい」
 声が震える。
 あなたと同じように、あなた以上に。私にだって会いたい人はいるのだと。

「……だけど。死んだ人間が戻って来る事は無いわ」
 この場に辿り着くまでに見た思い出が脳裏を過る。
 死に例外なんてないのだと。改めて思えば、視界はわずかに揺れたけれど。
 ルルチェリアはぎゅっと目をつむる。

「だから、私は。……あなたも。どんなに辛くても、前を見なくちゃいけないのよ!」
 言葉とともに目を開ければ、再び腹ペコ坊主を睨みつけて。

「ロイヤル・ルルチェリア号のみんな!」
 ルルチェリアは片手を上げて合図する。
「いくわよ! あの甘えた食いしん坊に鉛弾と砲弾をご馳走してあげなさい!」

 ――さぁ目を覚ませ、前を向くために!

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝霧・晃矢
ジャーキーを口に放り込み臨戦態勢
…っていきなりロックオンかよっ!

ナイフを投擲して意識を逸らし回避

飯ってのは大切な奴と食うから意味がある
そいつはそれをよく知ってたんだろう
だからテメェと、その「約束事」を求め続けたんだ
テメェ以上に、テメェに逢いたがってたろうさ

けどな
このまんまだとテメェ、カクリヨごと心中だぞ
「はんぶんこ」の味も想いも消す気か?
道連れにそいつを二度も死なせんのかよ

一時でも子供の心を守ってた
それに敬意を示して全力で止めてやる

建物の壁や天井を足場、翼を方向転換の補助として空中を跳ぶ

しっかり歯ぁ食いしばって耐えろよ!

軒を裏側から踏み締め、蹴り、落下の勢いからランスチャージ
銀の串で相手を貫く




 てるてる坊主こと腹ペコ坊主が、仲間たちの言葉に反応する様子を、朝霧・晃矢(Dandelion・f01725)はじっと見ていた。
 仲間がかける言葉は、少しずつ、けれど確実に腹ペコ坊主の心に変化を生じさせている。
 このまま続けることができれば、あの妖怪を止めることはきっとできるはずだ。

(「あいつは、一時でも子供の心を守ってた」)
 思い出に囚われ、世界を滅ぼそうとしている現状はある。けれどそれも、子供との思い出を大切にしていたからこそ起こっていることだ。
 ならば。
「……それに敬意を示して全力で止めてやる!」
 決意とともに、晃矢は持っていたビーフジャーキーを手にし、口へと放り込む。
 口の中で肉を食み、味わいながら発動させるは【フードファイト・ワイルドモード】。
 全身に力が漲るのを感じながら、晃矢は腹ペコ坊主へ攻撃を加えようと翼を広げ――、

『――次から次へとオレの邪魔ばかりしやがって!』
 いつの間にこちらに狙いを定めていたのだろう。晃矢の眼前には、口を開けた腹ペコ坊主の顔。鋭い牙を覗かせ、晃矢の翼ごと噛み砕こうと襲いかかってくる――!

「……っていきなりロックオンかよっ!」
 とっさに取り出した「Self-discipline」を牙覗く口の中へとお見舞いし、晃矢は広げた翼を羽ばたかせ、空へと飛び上がった。翼の先端が腹ペコ坊主の口を掠めたらしく、純白の羽が飛び散ったけれど、特に痛みを感じることはなかったからまあ問題はない。

「――飯ってのは大切な奴と食うから意味がある。そいつはそれをよく知ってたんだろう」
 なおも向かってくる腹ペコ坊主の牙から逃れながらも、その心へ言葉を届けるべく、晃矢は口を開いた。

「だからテメェと、その『約束事』を求め続けたんだ。テメェ以上に、テメェに逢いたがってたろうさ」
『……あいつも……オレに逢いたがっていた?』
 どこかはっとしたような声とともに、腹ペコ坊主の動きが止まった。表情こそわからないが、その様子は、明らかに動揺を表していて。

「……ああ、そうさ、テメェはテメェの想いに囚われすぎて、肝心なことが見えていない」
 腹ペコ坊主と交流していた子供の気持ちを考えること。
 それは、戦いの中で晃矢が感じ取った、今の腹ペコ坊主に足りないものだった。
 子供たちを守りたいという想いから猟兵への道を歩み始めた晃矢からすれば、しごく当たり前に立てる視点。だが、自分の想いに囚われ、視野の狭くなった腹ペコ坊主には立つことのできない視点だった。

「このまんまだとテメェ、カクリヨごと心中だぞ」
 動きを止めた腹ペコ坊主の正面へと回り込み、すらりと抜いた「Silver Piercer」の串の先を、腹ペコ坊主に向ける。歪な黒目の描かれたその顔を射抜くように漆黒の瞳で捉え、見つめながら、晃矢は言葉を重ねた。

「『はんぶんこ』の味も想いも消す気か? 道連れにそいつを二度も死なせんのかよ」
『想いが消える……? アイツが二度死ぬ?』
 腹ペコ坊主の声が震え、身体が怯えるようにカタカタと揺れた。

『――嫌だ、アイツを死なせるのは』
 ぽつりとこぼれた腹ペコ坊主の言葉に、晃矢は目を細める。
 それは、腹ペコ坊主の視点が、自分自身ではなく、子供へと向いた証拠だ。

「――ああ。そうならねぇために、全力で止めてやるよ」
 にぃ、と口の端を上げれば。晃矢は再び翼を羽ばたかせ、地を蹴り、空へと舞い上がった。
 建物の壁や天井を足場に、方向転換を重ねながら、飛行する速度を加速させていく。
 そうして腹ペコ坊主の頭上を見下ろし、方向を定めれば、
「しっかり歯ぁ食いしばって耐えろよ!」
 晃矢は踏みしめた足場を勢いよく蹴り、急降下する。

 ――貫くは腹ペコ坊主の中にある未来の凶兆。
 勢いとともに突き出した「Silver Piercer」の矛先は、腹ペコ坊主の身体を見事に貫くのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

パラス・アテナ
はんぶんこ、ね
兄もよく自分の分を半分分けてくれてたね
決まって大きい方をアタシにくれていたが
それが当たり前で感謝なんざしなかったよ
有難みが分かったのは全て失った後なんて
ありがちすぎて言うのも恥かしいくらいさ

アンタはアタシに似てるのかもね
だが手段を間違えるんじゃないよ
このままカタストロフが起きたら
二度とはんぶんこできなくなるよ
取り戻せたものを捨てるのかい?

攻撃は見切りと第六感で回避
マヒ攻撃で動き止めて鎧無視攻撃
敵UCは敢えて受ける
銃口を喉の奥に呑ませ
頭部を地面に向けて体勢を崩し指定UC

骸魂に心を任せて永遠を一瞬で失うか
骸魂を手放して永遠を手に入れるのか
頭を冷やして冷静に考えてごらん
話はそれからだよ




(「はんぶんこ、ね」)
 二度とはんぶんこできなくなると。てるてる坊主――腹ペコ坊主に向けて紡がれた仲間の誰かの言葉を反芻して、パラス・アテナ(都市防衛の死神・f10709)は小さく息を吐いた。
 ここに来るまでの間に、兄の姿を見たからだろう。言葉を聞いて思い出すのは、兄と過ごした日々のことだ。

(「兄もよく自分の分を半分分けてくれてたね」)
 それも、決まって大きい方を妹である自分にくれていた。
 ……なんとも兄らしいと、今なら思う。けれどあの時の自分にとってはそれが当たり前で感謝などしなかった。
 ――その有難みが分かったのは、全て失った後のこと。

「……失わなければその価値に気がつかないなんざ、笑い話にもなりやしない」
 苦笑めいた呟きを漏らすも。翼を広げ縦横無尽に動き回る、漆黒の髪のオラトリオの青年が発した言葉に、明らかに様子が変わった腹ペコ坊主を見やって、パラスは目を細めた。

「――けれど、あの子はまだ間に合う」
 仲間の猟兵たちが紡ぎ重ねた言葉たちは、しっかりと腹ペコ坊主に届いているから。ならば自分もそれに続こう。
 パラスは構えたIGSーP221A5『アイギス』の銃口を腹ペコ坊主へと向け、その引き金を引いた。響いた重く低い音とともに電磁波を帯びた実弾を発射すれば、さらに接近しようと、地を蹴り走り出して。

「ようやく、世界が滅びることがどういうことか理解したのかい」
 接近し、オラトリオの青年による近接攻撃を援護するようにパラスは「アイギス」を連射する。電磁波の実弾によるマヒ攻撃に抗うように腹ペコ坊主が大きく身体を揺らしてパラスに体当たりしようとするが、ギリギリでかわして。

「――アンタはアタシに似てるのかもね」
 腹ペコ坊主の歪な黒目を見ながら、パラスはふと表情を緩めた。
 全て失った後にその有り難みが分かっただなんて、ありがちすぎて口にするのも恥ずかしいけれど。それでも、目の前の妖怪が失ったものを求めた気持ちは……兄を失った時の自分に重なるから、よくわかる。

「――だが、手段を間違えるんじゃないよ。このままカタストロフが起きたら、二度とはんぶんこできなくなるよ。取り戻せたものを捨てるのかい?」
 再び目を細め。歪な黒目を射抜かんばかりに真っ直ぐ見つめて、パラスは言葉を重ね、腹ペコ坊主の心に向けて問いを投げかける。

『……オレは……っ、』
 ――嫌だ、失いたくなんかない。
 駄々っ子のように身体を揺らし、身を捩らせる腹ペコ坊主。
 ガキの笑顔はそこにあって、けれど今あるのはまやかしだという。
 共に居たいと思うのに、それを望めばガキの心が死んでしまうのだという。
 けれど今手放してしまえば、オレはまた――、
 ぐるぐると思考が巡り、強烈な空腹感が腹ペコ坊主を襲う。
 どうしていいのか、どうすればいいのか、もう訳がわからない。

『うぁぁぁぁぁ……!』
 混乱のままに腹ペコ坊主は叫び、勢いのままにガパリとその口を開いた。
 ずらりと並ぶ鋭い牙で、パラスを食らい噛み砕かんと襲いかかる!

「混乱に飲まれるんじゃないよ!」
 叱咤するように叫べば、パラスは素早い所作で「アイギス」からEK-I357N6「ニケ」へと持ち替える。そうして、腹ペコ坊主に自らの手を食らわせんとばかりにその喉の奥まで手を突っ込ませた。鋭い牙によって傷つけられ走る痛みも気にすることなく、手にした「ニケ」の銃口を向けて。

『ぐぁ……?!』
「骸魂に心を任せて永遠を一瞬で失うか、骸魂を手放して永遠を手に入れるのか。頭を冷やして冷静に考えてごらん。……話はそれからだよ」
 幼い子供に言い含めるように言葉を紡いで。パラスはユーベルコード【一発の弾丸(ワンショット・ワンキル)】を発動させながら、「ニケ」の引き金を引いた。
 鈍く響いた銃声と共に放たれた弾丸は、腹ペコ坊主の喉の奥を貫いて――、
 夕闇の世界に叫び声が響き渡る。

成功 🔵​🔵​🔴​

芥辺・有
黒羽/f10471

お楽しみの時間だったんだろうけど
邪魔はするさ
それが用向きで来たんだから

無意識にタバコを探っていた手をポケットから離して
少し前に見えた背中を一瞥だけ
……つい口寂しくなっちゃってやんなるな

まったく、いつまでも一緒に居られりゃいいのにね
会いたくても会えない残酷さったらない
擦り切れるくらい過去を思い出すだけなんだから
それでも居られやしないんだ
……ここに止める奴もいるし
せめて目先の約束分は世界に続いてもらわないといけないんでね

……はいはい
穴だらけにしてくれたからね
呼ぶには十分すぎるくらいある、血が影に垂れる
影から沸くカラスに、あれだけ、とてるてる坊主を指差して
ね、カラスって悪食らしいよ


華折・黒羽
有さん/f00133

もう一度あなたの背を見る
また今度、とあなたは言った
俺が手を取った後、誰かを探すように振り返った姿を思い返す
…俺が聞いても、良い事なのだろうか

巡らせる思考は一度途切らせ
あなたの一歩前へ
目の前の敵に向き直る

永い孤独を終わらせてくれた人と
ただ一緒に居たい
そう思う心、俺も知らないわけではありません
けれど
俺はあなたを止めなければいけない
…まだ世界を、終わらせるわけには行かないんです

おいで、紬
喚び出した水の精霊
頼めるか、と言えば頷く様にくるり一回り
生み出す数多の水泡は紅い雨を相殺する様飛沫をあげて

有さん

短な合図
きっとそれで汲み取ってくれるだろう

ふと涙の様だ、と
降り続ける紅い雨を見上げた




 ぽたり、ぽたりと。てるてる坊主――腹ペコ坊主の真下に赤い血が滴り、血溜まりとなって広がっていく。
 それはつい今しがた。黒髪の老女が放った攻撃によって傷ついた、腹ペコ坊主自身の血だった。
 相当なダメージを受けただろうと。その血溜まりを金の瞳で見つめながら、芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は、思う。
 しかし、苦しげな様子を見せてはいるが、まだ決着がつくほどのところまでは届いていない。

「……まったく、いつまでも一緒に居られりゃいいのにね」
 お楽しみの時間を邪魔されて、世界が滅びるだの、頭を冷やして考えろだのと方々から言われ、あげくの果てには傷つけられ。妖怪当人からすれば、まったくとんだ災難な話だと、思わないこともない。
 だが、猟兵である有にしてみれば、邪魔することこそが用向きで来たのだから、それもまた仕方のないことだろうと、肩を竦めて。

「会いたくても会えない残酷さったらない。擦り切れるくらい過去を思い出すだけなんだから」
 言葉を落とし、瞼を伏せる。脳裏を過ぎるのは、ここに辿り着くまでに追いかけた、高くて大きな背中。……けれど、それも過去の幻で、会うことなんてできやしない。

 無意識にタバコを探っていたらしい自身の手をポケットから離して有が目を開ければ、目の前には黒く大きな翼を持った背中が見えた。

「……つい口寂しくなっちゃってやんなるな」
 一瞥し。ひとりごちるように零れた言葉は、背中の主にだけ聞こえるくらいの小さな声だった。


 時は少しだけ遡る。
 腹ペコ坊主との戦いが始まり、仲間の猟兵たちが示し合わせたかのように各々動き始める中。
 いつの間にか前に立ち、隙なく構えを取る有の背を目にして。華折・黒羽(掬折・f10471)は、ここに訪れる前に見た、有の姿を思い出していた。

(「また今度、とあなたは言ったけれど」)
 驚いた表情。まるで誰かを探すように振り返った、あの姿。
 それは、もしかしたら触れてはいけないことのような気もしていて。

(「……俺が聞いても、良い事なのだろうか」)
 ともすればぐるぐると巡り続ける思考は、ふいに響き渡った、苦しげな叫び声に中断されて。
 はっとして黒羽が声の方を見やれば、仲間の攻撃で傷を負った妖怪と、その前に向き合うようにして立つ有の背中が見えた。

 その背中は、どこか頼りなくも見えて、放っておけないような気がして。
 巡らせていた思考を途切れさせれば、黒羽は一歩、足を踏み出した。そうして有を背中に庇うように前へと出る。

「……つい口寂しくなっちゃってやんなるな」
 けれど背中越しに小さく聞こえた呟きは、いつもの調子の有の口調だったから、黒羽はわずかに目を細め――それから、改めて目の前の腹ペコ坊主へと向き直った。

「永い孤独を終わらせてくれた人と、ただ一緒に居たい――そう思う心、俺も知らないわけではありません」
 自らの血を滴らせながら、何か言いたげな腹ペコ坊主を真っ直ぐに見つめて。黒羽は言葉を紡いだ。
 寂しさから来る空腹感に心が悲鳴をあげるから。骸魂が見せる優しい幻に心を任せたくなるのだろう。黒羽が、自分を呼ぶ誰かの影へと、手を伸ばそうとしたように。

「けれど、俺はあなたを止めなければいけない」
 その想いに共感はすれど、同意はできないと。先の仲間たちが重ね続けた言葉と同じように、黒羽もまた、言葉を重ねていく。
「……まだ世界を、終わらせるわけには行かないんです」

『……、オレは……っ、』
 呻くように声を絞り出した腹ペコ坊主の身体が、ゆうらりと大きく弧を描くようにして揺れた。
 ぽたりぽたりと滴り落ちる紅い雫が飛沫となって飛び跳ね、黒羽と有に小さなしるしをつけたかと思えば。
「!」
 強烈なプレッシャーを感じると同時。鋭い紅い雨の弾丸が、黒羽と有目掛けて降り注がれる――!

「流麗に綯え――、」
 弾丸から身を挺して有を庇い、傷を作りながらも。黒羽は【細水(サザレミズ)】を発動させ、水の精霊を召喚する。
「――おいで、紬」
 精霊が主の頼みに頷き、応えるようにくるりと一回りすれば、生み出されたのは幾多の水泡。それらは、腹ペコ坊主が降らせた紅い雨を相殺するように飛沫をあげていく。

(「……まるで涙の様だ」)
 降り続ける紅い雨を見上げて、ふと、そんな感想を抱くも。すぐに思考を切り替えれば、黒羽は有へと視線を向けて。

「有さん」
 気遣うように。そして、連携を促すように。黒羽は短く共に戦う娘の名を呼んだ。

「……はいはい」
 黒羽に一瞥を返してから、有は自身の身体を見渡す。
 多少は穴だらけにはなったが、それでも猫が庇ってくれたおかげだろう、傷は浅い。

「……なぁ、お前」
 雨の弾丸を降らせ続ける腹ペコ坊主へと視線をやって、有は再び声を投げる。
「――さっきの続き。……擦り切れるくらい過去を思い出してもさ、それでも居られやしないんだよ」
 ――お前も、私も。
 金の瞳にわずかに切ない色を浮かべてから、肩を竦めて。

「……ここに止める奴もいるし、」
 ちらと再び黒羽を見れば、有はわずかに口の端を上げる。
「せめて目先の約束分は世界に続いてもらわないといけないんでね」
 ――だから、どこまでも邪魔はするさ。
 傷口から腕をつたい流れる有の血が、夕日によって作り出された昏い影へとぽたりと垂れれば、発動するはユーベルコード【三足烏(サンソクウ)】。

 影から湧き出て真っ黒な翼をはばたかせて宙へと舞うカラスに、
「餌は――あれだけ」
 瞳を輝かせ、すっと指を差し、有は腹ペコ坊主への攻撃を促す。

「ね、カラスって悪食らしいよ」
 だからお前の中の悪いものもしっかり食べてもらうといい。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

廻屋・たろ
なにも出来なかったこと、さよならを言えなかったこと
取り戻したいという気持ちは痛いほど伝わった
だけどそんな切実な願いだってオブリビオンに利用されれば
世界を壊す道具に成り下がるんだよ
それでも、いいの?

それだけを伝えて武器を構える
思い出も会いたかった人も捨てた俺にこれ以上を言う資格はない
(羨ましいとも思えないとは、とどこか自嘲しながら)

噛みつき攻撃を[武器受け]と[激痛耐性]で凌ぎ
UC【赤日】で受けたダメージと敵意をそのまま[カウンター]

思い出に浸るのを邪魔したのは悪かったね
だけど俺とみんなのこれからのために過去は倒さないといけない
その炎を消すか過去と一緒に燃え尽きるかはお前に任せるけど、どうする?




「なにも出来なかったこと、さよならを言えなかったこと。取り戻したいという気持ちは痛いほど伝わった」
 金の瞳に、若干の厳しさをにじませ、廻屋・たろ(黄昏の跡・f29873)は目を細める。
 てるてる坊主――腹ペコ坊主は見るからに傷つき、その身体はところどころ血に濡れていた。
 この場に訪れた直後に見たようなあからさまな敵意は、もうそれほどは感じられなかったけれど。それでもなお、腹ペコ坊主は、自らの思い出を手放せないでいるようだった。

「だけど。そんな切実な願いだってオブリビオンに利用されれば、世界を壊す道具に成り下がるんだよ。……それでも、いいの?」
 仲間たちが幾度となく口にした問いを、たろも同じように言葉にする。
 その問いは、どこか淡々としていると、自分でも思いながら。

『……、』
 呻くように発したらしい腹ペコ坊主の言葉は、たろの耳では捉えることができなくて。
 けれど、すっかり汚れてしまった妖怪の顔は、表情などわからないはずなのに、なぜだか泣いているように見えた。
 世界を、ひいては思い出の中の子供の心すら殺してしまうと言われているのに。それでも手放すことをためらっている。そんな腹ペコ坊主の内心の混乱と葛藤は、たろにはよくわからなかった。

(「まぁ、思い出も会いたかった人も捨てた俺にこれ以上を言う資格はないのだけれど」)
 まさに真逆の立場にいるであろう妖怪に、羨ましさも抱かなかったことを心のどこかで自嘲しながら、それでも見つめる目は逸らさずに。「ざくざくさん」と「ぶすぶすくん」――真っ黒なカトラリーナイフとフォークを握る手にわずかに力を込め、たろは構えをとった。

「俺には、お前がどうしたいのかわからないよ」
 最初の時のような敵意こそ見えなかったけれど。どうしていいのかわからないと言うように暴れる腹ペコ坊主は、まるで癇癪を起こす子供のようだった。
 だから、たろは改めて問いかける。

「……それで結局、お前はどうしたいんだ?」
『……っ、』
 呻いた声は、どうにもうまくたろの耳には聞きとれなくて。
 けれど、投げかけた言葉に反応するように襲いかかってきた腹ペコ坊主の噛みつき攻撃を、たろは「ざくざくさん」と「ぶすぶすくん」を交差させて受け止める。

「思い出に浸るのを邪魔したのは悪かったね。……だけど俺とみんなのこれからのために過去は倒さないといけない」
 ぎりぎりと押されるのを奥歯を食いしばり踏ん張りながら、たろは腹ペコ坊主の歪に描かれた黒目を見やった。
 言いたいことはあるのだろう。
 けれど、その目からは何かを読み取ることはできなかった。
 少なくとも、たろにはわからなかった。

「――その殺意、丸ごとお返しだ」
 妖怪へ視線を向けたまま、たろはそう、言葉を放った。発動させるはユーベルコード【【赤日】(アカキヒハシズマズ)】。
 たろの言葉に応じるように、たろの腕に巻かれた包帯【想影】が発火する。夕焼け色をそのまま映したような、赤々とした炎に包まれた包帯は、意思を持ったかのように蠢き、妖怪へ向けて襲いかかる――!

『あぁぁぁぁ?!』
 発火する包帯の炎により燃え上がった腹ペコ坊主を、たろは見つめ、改めて問いを投げた。
「その炎を消すか過去と一緒に燃え尽きるかはお前に任せるけど、どうする?」

成功 🔵​🔵​🔴​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)。
説明しても今のてるてる坊主には耳に入らないだろうな。
かと言って武力で…というのも何か少々違う気がする。
力ですると露が色々と煩いだろうし。凄く面倒なことだ。
「やれやれ…」
破魔の力を籠めた【影手】を全力魔法の高速詠唱で行使。
殴打するというよりもてるてる坊主を抑える形で称する。
露と連携や協力してるてる坊主に対応しようと思う。

なんとかして目を覚ましてやりたいが…ふむ。
露に貰った半分のコロッケをてるてる坊主の口に放ってやる。
まあ。私の食べかけなんだがな…。残しておいてよかった。
何か思いださなくとも動きだけでも止めてくれれば…。
「その少年にはなれないが、偶になら『はんぶんこ』してやる」


神坂・露
レーちゃん(f14377)。
質問されたからあたしとレーちゃんの名前を言うわ。
邪魔?…ああ。このてるてる坊主さんが例の『はんぶんこ』ね。
…。
坊主さんってただ仲良くなった子供を待ってるだけなのよね。
で。偽物さんでもまた会って嬉しくなってるだけなのよね…。
うん。あたし【三種の盗呪】で坊主さんの力を削ごうと思うわ。
レーちゃんが何かするつもりみたいだからサポートしないと!
って…あー!あたしが半分こしたコロッケ~!
まだ食べてなかったのね。レーちゃんに食べて欲しかったのに。
でもでも。てるてる坊主さんが戻ってくれればいいわ♪
コロッケはまたレーちゃんに半分こすればいいんだし♪
…今度は食べさせてあげようかしら…。




 文字通り手加減なしの体当たりでぶつけられた猟兵たちの言葉は、てるてる坊主――腹ペコ坊主の中でようやく理解に結びついたようだった。
 自身の身体に燃え広がった炎を消し止め、焼け焦げを残しながらも。それでも倒れることなくこの場に留まった腹ペコ坊主は、シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)が見る限り、戦う気力はもうないようだった。

(「説明しても耳に入らないかと思っていたが……今のてるてる坊主なら少しは話ができるだろうか」)
 シビラはふむ、と頷く。
 敵意が全面に表れていた先ほどまでは、仲間たちが動いてくれたように戦いながら言葉をかけていくのが有効だったように思う。
 けれど相手の戦意が削がれている今、そのまま武力で押し切るというのは何か少々違う気がして。

(「他はともかく、私が力ですると露が色々と煩いだろうし……」)
 思考を巡らせながら、シビラは傍らの神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)をちらと見やった。だが、先ほどまでそこに居たはずの親友の姿はなくて。
「……ん?」
 思わずあたりを見回し――、いつの間に腹ペコ坊主と相対する露の姿に気がつけば、シビラはやれやれと小さくため息をついたのだった。


 そんなシビラの視線の先で。
「坊主さん、少しは落ち着いたかしら?」
 腹ペコ坊主へ近づき、その顔を覗き込むように見上げながら、露はおっとりとした人懐っこい笑顔を浮かべる。

『……お前は……、』
「あたしは、神坂・露。そして、こっちの可愛い子はあたしの妹で、レーちゃんっていうの♪」
 問われれば素直に名乗り。それからため息をつきながらやってきたシビラをぎゅっと抱きしめ紹介すれば、露はえへへと笑って見せて。
「……誰が妹だ、誰が」
 反射的に抗議するシビラを抱きしめたまま、露は腹ペコ坊主をじぃっと見つめた。

(「このてるてる坊主さんが例の『はんぶんこ』なのよね」)
 満身創痍の有様ではあるが、ここに訪れた時にはあった、あからさまな敵意はもう感じられない。

『……オレは……、アイツと一緒にいたらダメなのか……?』
 頭を俯かせ、見た目にもしょんぼりとした様子で腹ペコ坊主は言った。
 その声は掠れて、ぼそぼそとしていてとても聞き取りづらかったけれど。今にも泣き出してしまいそうな悲しげな様子は、露にも感じ取ることができた。

(「坊主さんってただ仲良くなった子供を待ってるだけなのよね」)
 そんな妖怪を見つめながら、露はふと、グリモア猟兵が言っていたことを思い出す。
 ここに訪れるまでの間に見た思い出の中にも、この腹ペコ坊主のことだっただろう、軒下のてるてる坊主と、子供とのやりとりもあったような気がする。

(「で。偽物さんでもまた会って嬉しくなってるだけなのよね……」)
 本当のところは、ただそれだけのことなのだ。
 とはいえ、ただそれだけのことで、この世界は滅びようとしているのだけれど。

「ね、レーちゃん。坊主さん、また暴れだしちゃったりするのかしらね?」
 白の瞳を瞬かせ。露は、抱きしめたままのシビラに、内緒話をするような小声で話しかける。
「わからんが……まだ骸魂を取り出せていない。何かの拍子にということはあるかもしれん」
 そう露に言葉を返しながら。シビラもまた、腹ペコ坊主を見つめ、どうしたものかと再び思案し……それから、思いついたようにふむ、と頷いた。

「あ♪ レーちゃん、なにかいいこと思いついちゃった?」
 そんなシビラの様子に、露はぱっと顔を輝かせる。
「……いいことかはわからんが、試してみる価値はあるだろうな」
「さっすがレーちゃん! それじゃあ、あたしサポートするわね♪」
 にっこりと微笑み、抱きしめていたシビラを解放して。露は再び腹ペコ坊主の方へと向き直る。

「てるてる坊主さん! 落ち込んでるところごめんなさい。ちょっとだけあなたの力を削いじゃうわね」
 ぶんぶんと手を振って腹ペコ坊主の意識を自分の方へと向けさせながら、露はユーベルコード【三種の盗呪(アウトリュコス・スキル)】を発動させた。
 三つの力のうちの一つ、銀鎖を腹ペコ坊主へ向けて放つ。すでに戦意は喪失しているのか、腹ペコ坊主は抗うことなく拘束されて。

「レーちゃん、今よ!」
 満面の笑みで合図する露に頷き、シビラも動いた。
「Lasă orice……」
 全力魔法の高速詠唱により発動させた【影手(レム・ラリア)】による見えない手で、腹ペコ坊主の動きをさらに抑え込み。シビラはそっと、その口元近くまで近づいた。

「……満身創痍のところに、きついことをしてしまってすまないな」
 冷淡対応であることに自覚はある。まずは謝罪の言葉を口にしてから、シビラは金の瞳を細め、改めて腹ペコ坊主の歪に描かれた黒目と、口元を見つめた。
 そうして、腹ペコ坊主を諭すように、シビラはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……そうだな。君にとっては不本意だろうが。その少年の幻とは離れた方がいいだろうな」
『……そうか……』
 やはりそうなのか。気落ちしながらも、ようやく腑に落ちた様子で頷いた腹ペコ坊主。
「……ああ。だが、」
 そんな妖怪を見つめて。
 その口元に、おもむろに取り出し手にした何かを、シビラは押し付けた。

『……?』
「……『はんぶんこ』だ」
 それは、半分になったコロッケだった。

「……まあ。すでに冷めてしまってるんだがな」 
 あと、私の食べかけなんだがな、と。少し恥ずかしそうにぼそりと付け加えながら。コロッケを差し出す手はそのままに、シビラは言った。

「その少年にはなれないが、偶になら『はんぶんこ』してやる」
 一人で過ごす時間は、途方もなく寒いことを、知っているから。
 ましてや、一人でない温かみを知ってしまってからの一人は、もっと寒くて寂しいから。
 人も妖怪も、そんなところは同じだと、シビラは思うから。

 思い出の少年と離れて、一人で過ごすのが寂しいなら。
 『はんぶんこ』する相手を求めているのなら。
 少しだけなら、付き合ってやってもいい。

「って……あー! あたしが半分こしたコロッケ~!」
 まだ食べてなかったのねと叫ぶ露の声が聞こえれば、そっと苦笑するシビラ。

『……食べても、大丈夫なのか?』
 掠れた声でおずおずと問いかけた腹ペコ坊主に、シビラは頷く。
「……ああ。君が寂しくなくなるのなら、露もきっと……、むぐ、」
「そうよ、いいわよ♪」
 手を差し出した体勢のシビラの後ろから、ぎゅっと抱きついた露が、にっこりと笑った。

 確かにちょっと残念ではある。
 けれど、コロッケはまたはんぶんこ、もしくはシビラに食べさせてあげればいい。
 というか、次は絶対そうする。
 ……でも、今は。

「てるてる坊主さんが戻ってくれればいいわ♪ ……あ、次はあたしとも『はんぶんこ』しましょうね♪」
 コロッケを差し出すシビラの手に、露も手を重ねて。
「だから、今は、あたしたちと一緒にこのコロッケを『はんぶんこ』よ♪」

『……ありがとう』
 腹ペコ坊主は、シビラと露が差し出した半分のコロッケをぱくりと口にする。
 コロッケは少し冷たくて、衣のさくさくとした歯ごたえもなくなっていた。
 けれど、とても温かな優しい味がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エリシャ・パルティエル
美味しいものを食べると幸せだけど
誰かと一緒に食べるともっと幸せよね
それを分け合ったのならなおさら

てるてる坊主さん
あなたも嬉しかったのよね
そして美味しかった
これからもずっとずっと
一緒にはんぶんこしたいのよね

だけどこのままじゃ
美味しいものを売ってる
商店街ごとこの世界がなくなっちゃう
それはあなたが大切に思う
その子が望むことじゃないと思う

大丈夫
思い出は消えないわ
あなたたちはずっと友達
あなたにとって今が心地よいのかもしれないけれど
それがあなたにとって一番いいことかはわからないけれど
骸魂に囚われたあなたを解放するわ

少し眠って心の傷を癒すの
そうしたら
今度はあなたがあの子のお墓へと
はんぶんこしに行ってあげてね




 姉妹のように愛らしい銀髪の少女たちが、てるてる坊主――腹ペコ坊主と「はんぶんこ」する微笑ましい光景。
 それは、ここに辿り着くまでに見た、かつての腹ペコ坊主と子供の思い出にどことなく重なって見えた気がして。エリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)は、その金の瞳を細める。

 今なら、戦いを交えずに話を聞いてくれるかもしれない。
 そう判断すれば、エリシャは少女たちの傍らへと立ち、真っ直ぐに腹ペコ坊主を見つめ、そっと問いを投げかける。

「今食べた、シビラと露との『はんぶんこ』、美味しかったんじゃない?」
『……ああ』
 腹ペコ坊主は素直に頷いた。
『……アイツと食べた時みたいな味がした』
 短い返答は、やっぱり少し掠れていたけれど、その表情はとても穏やかそうに見えたから、エリシャは微笑みを返す。

「そうね。その感覚、あたしもわかるわ」
 エリシャにも、覚えがある。
 幼い頃、義弟と一緒に食べた食事の味は、同じもののはずなのに、一人で食べていた時よりもずっと美味しかった。

「美味しいものを食べると幸せだけど、誰かと一緒に食べるともっと幸せよね。……それを分け合ったのならなおさら」
 誰かと一緒に食事をして、顔を見合わせて、美味しいねと言い合うあの感覚は、とても優しくて幸せで。エリシャも、そういう幸せを共有するのが好きだから、料理を作るようになったのだ。
 あの子供だって、きっと同じ。誰かと一緒に食べる美味しさを知っていたからこその「はんぶんこ」だったのだと思う。

「てるてる坊主さん。……あなたも嬉しかったのよね」
 かつて。軒下に吊り下げられ、誰からも忘れ去られたと思われた時に声をかけられたことが。

「そして美味しかった」
 決して食べることはできなくても……「おいしい」の想いを共有して笑顔を見れたことが。

「これからもずっとずっと……一緒に『はんぶんこ』したいのよね」
 一人残されて。今、幽世で再び会うことができて。
 一緒に想いを共有できる幸せを、ずっと感じていたいと……思ってしまった。

 エリシャから紡がれるゆっくりとした言葉は、腹ペコ坊主の心の中を整理していくかのようで。寄り添うように導くように。紡がれるエリシャの言葉の一つひとつに、腹ペコ坊主はゆっくりと頷きを返していく。
 そんな腹ペコ坊主の様子に、同意を示すように、エリシャも頷いて。

「その子と一緒に居たいって思う、あなたの気持ちはとてもわかるの。……だけど、」
『……世界が、滅びちまうん、だよな』
 エリシャの言葉に、ぽつりと腹ペコ坊主から言葉が漏れた。
 それは、他の猟兵たちによって、幾度となく伝えられてきたことだ。
 だから、そうね、とエリシャも頷く。
「このままじゃ、美味しいものを売ってる商店街ごとこの世界がなくなっちゃう」
 それは、まぎれもない事実だ。

『……アイツの……心も、死んじまうん、だよな』
 改めて突きつけられた事実に頷いた腹ペコ坊主から、さらに言葉が零れた。
 一時の想いに任せたら、本当に大切なものを失ってしまうのだと……ある猟兵が言っていた。
 ここまでで重ねられた猟兵たちの言葉を、改めて自分に言い聞かせるような呟きに、そうね、と。エリシャは再び頷きを返す。
「それはあなたが大切に思う、その子が望むことじゃないと思う」
『……そうか……』
 泣き出しそうな声で……けれど、本当の意味ですべてを理解したというように、腹ペコ坊主は頷いた。

『……わかった、』
 まやかしでも、アイツと一緒にいられるならいいと思ったけれど。
 もう寂しいのは嫌だとも思ったけれど。
 そんなオレのワガママで、世界と、本当のアイツの心が死んでしまうなら。
 オレの背後で、何事もなかったかのようにニコニコとした笑顔を浮かべているアイツの顔をちらと見やって、オレは頷いた。
『……オレは、手放すよ』

 そんな腹ペコ坊主の言葉と、決意に。エリシャはそっと頷き、穏やかに目を細めた。
「大丈夫。思い出は消えないわ」
 あなたたちはずっと友達。それは、何が起ころうとも変わらない事実だから。

「あなたにとって今が心地よいのかもしれないけれど。それがあなたにとって一番いいことかはわからないけれど……骸魂に囚われたあなたを解放するわ」
 そう言って、エリシャは右手を、腹ペコ坊主へとかざした。

「今ひとときの安らぎを……まどろみの淵へと誘ってあげる」
 ユーベルコード【聖エステルの秘蹟(アストルム・サクラメントゥム)】。
 エリシャが紡ぐ言葉に呼応するように。右掌の星型の聖痕から放たれた聖なる光が、周囲と、腹ペコ坊主の身体を優しく包み込んでいく。

「少し眠って心の傷を癒すの」
 身体の傷と汚れが、少しずつ消えていくのと同時に。寝入り、動かなくなった腹ペコ坊主の頭を、エリシャはそっと撫でてやる。
「そうしたら、今度はあなたがあの子のお墓へとはんぶんこしに行ってあげてね」
 ……だから、今だけは。ゆっくりとおやすみなさい。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『夕暮れ商店街の特売』

POW   :    安売りの弁当を確保する

SPD   :    お買い得な果物の缶詰を買い物かごへシュート

WIZ   :    旬の野菜や果物を厳選して購入する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●君とこの街で再び
 こうして世界は救われた。
 妖怪の無事を確認し。猟兵たちは、改めて夕暮れの商店街へと訪れた。

 そこかしこから漂ってくる美味しそうな匂いに、タイムセールだ特売だと声を張り上げる店員の声。
 店頭に並べられた弁当や惣菜はどれも美味しそうだし、今が旬だという野菜や果物もとても魅力的だ。
 お買い得商品の札が貼られワゴンに積み上げられた果物の缶詰もまた、手にとってしまえばつい幾つも購入してしまいそうなオーラを漂わせている。

 夕暮れの商店街での過ごし方は、もちろん人それぞれ。
 食べ歩きや買い物を楽しむか、はたまた他の楽しみを見出すか。

 一人で、あるいは誰かと、このひとときを楽しむために。猟兵たちは、思い思いに商店街の中へと歩きだす。
廻屋・たろ
一仕事終えた後のこの匂いはなかなか破壊力があるね
まぁ誘惑に抗う必要もなし、色々買い食いしてみようかな

腹ペコ坊主の思い出に出てきた食べ物を思い出しながら一つずつ購入
メンチカツ、コロッケ、焼き鳥…

うん、美味しい
きっと腹ペコ坊主の思い出の味なんだろうね
俺にははんぶんこする相手がいないから独り占めしちゃうけど

…思い出は消えない、か
そうだね、大事なことだ

会えない人に会いたいと思い続けるのは苦しいだろうね
それでもその想いを思い出に昇華して
別れを受け入れた腹ペコ坊主は強い奴だと思う
多分俺にはそれが出来なかったから

さて、俺は今の俺が帰る場所に帰るとするよ
包み紙をゴミ箱に捨てて、誰かの思い出に別れを告げよう




 夕暮れに染まる街を面白そうに眺め。廻屋・たろ(黄昏の跡・f29873)は、道行く人の流れに身を委ねながら、通りを歩く。

「一仕事終えた後のこの匂いはなかなか破壊力があるね」
 たろの鼻腔をくすぐり、食欲を刺激するのは、揚げ物をはじめ、炒め物、炭火焼きなどの、香ばしいと一口でくくるには惜しいほどのいい匂い。
 これは確かに、どうにも抗いようもない。

「……まぁ誘惑に抗う必要もなし、」
 匂いに誘われるままに、たろが周囲を見渡せば、目に入ったのは精肉店。ディスプレイに並べられた揚げ物の数々に、メンチカツの文字が目に入る。
 そういえば、あの妖怪がはんぶんこしていたんだっけな、と思い立てば、たろの金色の目が悪戯っぽく輝いて。

「色々買い食いしてみようかな」
 思い立ったら即行動。まずはとばかりにメンチカツを購入して、たろはぱくりとかぶりつく。
 さくりとした心地よい食感とともに口の中に広がる、ジューシーな肉の旨味。

「おお、確かにこれは美味しいな」
 はんぶんこする相手はいないけれど、それとは関係なく独り占めしたくなる美味しさだ。ぺろりと一気に平らげれば、たろの口の端がわずかに上がった。

「よし、次は……」
 気になるものは多いけれど、せっかくの買い食いを一つの店で終わらせるのはもったいない。
 精肉店を出て、炭火焼きののぼりがはためく焼き鳥屋ではタレがたっぷり塗られた鶏もも肉の焼き鳥を一本。惣菜屋では大きな焼き立て餃子を一つ。妖怪の思い出に出てきた食べ物を思い出しながら購入しては、一つひとつを綺麗に平らげて。

「きっと腹ペコ坊主の思い出の味なんだろうね」
 コロッケの包みを片手に持って歩きながら、たろはしみじみとそんなことを思った。
 どの店の食べ物も美味しいと感じるのは、妖怪がそんな風に感じているからなのかもしれない。
 子供と「はんぶんこ」して美味しいと感じた、思い出の味。
 一人で食べても十分に美味しかったそれらは、誰かと共に食べたなら、さらに美味しく感じることもあるかもしれない。

「……思い出は消えない、か」
 通りを歩きながらふと見上げた空。夕焼けの光を眺め目を細めたたろの口から、ぽつりと言葉が零れる。

(「……そうだね、大事なことだ」)
 コロッケを一口かじる。さくさくとした衣の食感と共に口の中に広がる、ほくほくとしたじゃがいものやわらかさと甘みを感じながら、たろはしみじみと頷いた。
 思い出の食べ物、思い出の味。そしてそれらを共に分け合った、もう会うことのできない人。
 今手にしている思い出にまつわる食べ物を手にするたびに、妖怪は、その人のことを思い出すのかもしれない。

(「会えない人に会いたいと思い続けるのは苦しいだろうね」)
 少なくとも、たろはそう思う。
 会いたくて、会えなくて。けれど、その人にまつわるものとずっと向き合っていくのは、正直苦しい。だから時に人は、その苦しさに耐えられなくて。やがてその人にまつわる全てを忘れたいと願って……想いそのものを手放してしまうのだ。

(「それでもその想いを思い出に昇華して、別れを受け入れた腹ペコ坊主は強い奴だと思う」)
 このコロッケの味にも、他の、口にした食べ物にも。想いが、苦しみが重なることもあるだろう。けれどあの妖怪は、それらとしっかりと向き合ったのだ。
 じゃがいもの甘みの中に時折混ざる、胡椒のように。苦しみすらもスパイスに変えて……受け入れたのだ、きっと。

(「……多分俺にはそれが出来なかったから」)
 さく、と。コロッケの最後の一口を口の中に放り込み、その触感と味を楽しんでから。たろは手にした包み紙をぎゅっと握り締めた。

「さて、俺は今の俺が帰る場所に帰るとするよ」
 夕暮れの空を見上げて、誰に言うともなくそう口にして。たろは、目についたゴミ箱に包み紙をそっと捨てた。

 さあ帰ろう。
 誰かの思い出に別れを告げて。今のたろが在るべき場所へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

小夜啼・ルイ
やっぱ商店街とか市場ってのは、モノが集まればヒトも集まるから賑やかなモンだねェ…こういう喧騒は嫌いじゃねーけど

何かないか商店街をぶらついて、店の前に並べてあった弁当を見つけ

今日は早めに休みてェし…もう出来てる弁当で済ませるかね
アイツらの分も確保しないとだ(脳裏に浮かぶ同居人達

にしても、他人の世話焼くようになってるなんざ、10年前のオレに言っても信じねーだろうな。あの頃は逆にオレ自身が世話焼かれる方だったし

ノスタルジックな空気に浸ってたからか自分の事を懐古して。けど弁当を買う事を思い出し

これ以上昔を思い出したら、苦いコトまで思い出しちまうからヤメだヤメ
さて、どれを買っていくかねぇ




 夕焼けの光差す街並みの賑やかな景色と音を感じながら、小夜啼・ルイ(xeno・f18236)は、ぶらぶらと歩いていた。

「やっぱ商店街とか市場ってのは、モノが集まればヒトも集まるから賑やかなモンだねェ……」
 全体的にレトロさを感じる色合いの店が軒を連ね、買い物客や家路を急ぐ人が行き交う光景。やっぱり統一感など感じられない雑多な賑やかさに溢れていたけれど、それでも不思議と不快感はなかった。

「こういう喧騒は嫌いじゃねーけど」
 ふ、と小さく笑みを漏らす。特売の呼びかけ飛び交う今なら、何かしらいいものがあるかもしれないと、ルイは立ち並ぶ店を眺めやる。

「しかし本当に食い物多いな……お、」
 ぶらつきながら視線を巡らせていると、ラックに積まれた弁当が目に止まった。どうやら惣菜屋による、特製弁当のようだ。

「のり弁にハンバーグにメンチカツに……並べられてる具材、微妙に全部違うんだな」
「まぁな、その日販売した惣菜を弁当にして詰めてるんだ」
 思わず零れたルイのつぶやきに、店頭に顔を出した店員らしきおっちゃんが、人の良さそうな笑みを向けてくる。
「少しずつだがおかずが違ってたりするから、兄ちゃんも好きなの選んどくれ」
「ああ、」
 にこやかなおっちゃんに返事を返して。どうしたものかと思案しながら、ルイは改めて弁当を眺める。

(「今日は早めに休みてェし……もう出来てる弁当で済ませるかね」)
 この世界の滅亡を食い止めることができたこと自体はよかったが、妖怪との戦いで、それなりに体力は消耗している。帰ったらできるだけさっさと身体を休めたい。
 そんなことを思いながらルイは弁当へと手を伸ばし――ふとその手を止めた。

「……と、そうだ、アイツらの分も確保しないとだ」
 ぽつ、と言葉が零れれば、同居人たちの顔が脳裏に浮かんだ。
 ルイを調理役に任命する彼らは、たとえ空腹になっても自らで料理することはないだろう。今日もきっと、ルイが作る食事を待っているに違いない。
 一人暮らしなら何でもいいと適当に選ぶところだが、人の分もとなれば話は違ってくる。
 好き嫌いはそこまでなかったはずだが、少しずつ違う具材だからできるだけ好みに近い方がいいだろうか。……などと。そこまで考えてから、ルイは内心でそっと苦笑する。

(「にしても、他人の世話焼くようになってるなんざ、10年前のオレに言っても信じねーだろうな」)
 あの頃はルイ自身が世話を焼かれる方だった。それが今、逆に他人の世話を焼く立場になっているなど、誰が想像するだろう。

(「まぁ、信じるも何も……あの頃のオレには想像できないことばかり起こってるからな、今は」)
 しかしこれもまた、叛き、切り裂いた運命の向こう側に居る、今だから思えると――ルイはかつての自分を懐古する。……けれど。

(「……いや、これ以上昔を思い出したら、苦いコトまで思い出しちまうからヤメだヤメ」)
 知らない内にだいぶ浸っていたらしいノスタルジックな空気を頭から振り払うようにわずかに頭を振ってから、ルイは弁当を手に取った。

「コロッケとメンチカツが入ってるのを幾つか買って、アイツらに選ばせるとするかね」
 弁当一つ選ぶにも騒がしくなるだろう、同居人たちそれぞれのリアクションを想像して。ルイは小さく笑みを浮かべるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

芥辺・有
黒羽/f10471

商店街ってのもそんなに行ったことなくてね
黒羽は来たことあるかい?
ふうん。……じゃ、私と似たようなもんか
大体コンビニで事足りるもんだから
そうそう。年中無休、みたいなやつ

あたりを流し見ながらふらふら歩いて
ソワソワ動く耳をたまに眺める
思ったより色んなもんがあるんだね
見たいものとかあれば言いなよ
食べたいものとか
がんばったご褒美になんかいる?
おいしいもの、楽しみだったんでしょ
すねたみたいな顔には気づかないふりしつつ
同じようにコロッケに目を留めて

どうも、と半分のコロッケを受け取る
こうやって食べ歩きみたいなの、した記憶もあんまりないけど
そうだな
たまには悪くないかもね
なんて袖を引かれるままに


華折・黒羽
有さん/f00133

商店街、というものがそもそも俺の住む世界には無くて
似たような、店の並ぶ通りであればあるんですけど
こんびに…
えっと、確か…閉まる事のないお店、でしたっけ…?

彼方此方から上がる声に
頻りに耳はそわそわと忙しなく動き
鼻を擽るにおいは両の足を迷わせる

…“ご褒美”、ですか?
何だか子供扱いされているように思えてしまって
ほんの僅か拗ねた顔
一際大きく上がっていた声の店で買った、ころっけひとつ
頑張ったのは有さんも同じなんですから
有さんにも“ご褒美”、です
ふたつに割ってはんぶんこ

した記憶が無いなら、今から増やしましょう
あなたの袖を引いていざ、商店街巡り

掠める「過去」を振り切るように
今は、只進もう




 淡い陽の光でほのかに彩られた街は変わらず賑やかだったけれど、先ほど追いかけた高くて大きな影はやっぱりもうどこにも見えなかった。
 ポケットに手を突っ込み、納得させるように小さく頷く。そうして歩きながら、芥辺・有(ストレイキャット・f00133)は傍らを歩く華折・黒羽(掬折・f10471)をちらと見やる。

「商店街ってのもそんなに行ったことなくてね。黒羽は来たことあるかい?」
 有の問いに、黒羽は少し考えるようにわずかに小首を傾げた。
「商店街、というものがそもそも俺の住む世界には無くて。似たような、店の並ぶ通りであればあるんですけど」
 軒を連ねる店の看板や、店先に出された商品のある通りの景色を見つめながらの黒羽の言葉に、有はふぅんと頷いて。

「……じゃ、私と似たようなもんか。大体コンビニで事足りるもんだから」
「こんびに……」
 黒羽はぱちりと瞬きひとつ。
「えっと、確か……閉まる事のないお店、でしたっけ……?」
「そうそう。年中無休、みたいなやつ」
 そんなやりとりを交わしながらも、有はあたりを流し見ながら、ふらりと歩く。
 一人であればそのまま素通りしてしまいかねないところだが、共に歩く者がいると、あたりの景色もよく目に入るから不思議だ。

「思ったより色んなもんがあるんだね」
 ぽつと零れた言葉にだって、相槌があれば会話として成立するものなのだなとぼんやりと思いながら、有は改めて傍らを眺めた。
 金の瞳に映るのは、そわそわと忙しなく動く、猫の耳。
 特売だよ安いよという呼びかけの声を受け止めんとしているのだろう。そういえば、足取りもなんだか落ち着かない雰囲気だ。

「見たいものとかあれば言いなよ。食べたいものとか」
 そこまで口にしてから、有は、ふ、と目を細める。
「がんばったご褒美になんかいる?」
 眼光鋭い青年の顔に浮かぶ、ほんのり拗ねたような色。
 なんだか子供みたいだと思った感想は胸の内におさめ、気が付かないふりを決め込んだ。
 けれどもしかしたら、その口元には笑みが浮かんでいたかもしれない。


 そこかしこから聞こえてくる、客を呼び込む威勢のいい声と、食欲を刺激するような食べ物の匂い。
 それらに興味はあるけれど、どこへ足を運んでいいのかと。惑うままに歩いていた黒羽は、有が発した言葉に、きょとんと瞬きひとつ。

「……“ご褒美”、ですか?」
「おいしいもの、楽しみだったんでしょ」
 長いまつげを瞬かせ、こちらを見つめた金の瞳に他意こそ感じられなかったけれど。
 ……どうしてだろう、何だか子供扱いされているように感じてしまう。

「……」
 もしかしたら一瞬見せてしまったかもしれない、ほんのわずかに拗ねた顔を、ごまかすように黒羽が少し目線をそらせば。折しもそわりと立てた耳に飛び込んできたのは、一際大きな呼び込みの声で。

「あ、有さん。ちょっと待っててくださいね」
 声につられるように同じ店を見やった有に、一言断りを入れてから、黒羽は声の主の店へと入っていく。戻ってきたその手には大きめのコロッケが一つあって。

「……頑張ったのは有さんも同じなんですから、」
 黒羽は笑むように目を細める。
 多めにもらった包み紙を持ったもう片方の手でコロッケの端をつかみ、二つに割って「はんぶんこ」した。

「有さんにも“ご褒美”、です」
 はい、と。言葉とともに黒羽が半分になったコロッケを差し出せば。
 今度は有がぱちくりと瞳を瞬かせた。
 黒羽の顔と、コロッケを見やってから、
「どうも」
 と受け取る。

 そんな有のリアクションに、もう一度目を細めて。黒羽は手の中の、半分になったコロッケを一口かじる。
 さくりとした衣と、ほこほことしたじゃがいもの食感。そしてじゃがいもに混ぜ込まれた胡椒と肉の、ほのかな旨味。なるほど確かにこれは美味しいかもしれなかった。

「こうやって食べ歩きみたいなの、した記憶もあんまりないけど」
 同じようにコロッケを一口食べた有が、コロッケを見つめながらぽつりと呟いた言葉に、今度こそ黒羽は微笑んだ。

「した記憶が無いなら、今から増やしましょう」
 コロッケを持っていない方の手を伸ばし。手を取る代わりに、黒羽はそっと有の袖を掴む。
 いざ、と。そっと袖引き誘うは、夕暮れ時の商店街を巡るささやかな二人旅。

「そうだな。……たまには悪くないかもね」
 歩き出した黒羽に袖を引かれるままの有が呟いた、笑みを含んだ言葉に。
 口元に笑みを浮かべて小さく頷いた黒羽は、夕暮れ色に染まる街の通りを進むべく、ゆっくりと歩き出す。

 ――掠める「過去」を振り切るように、今は、只進もう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

パラス・アテナ
輪と一緒に街の散策でもしようか
どの世界にもこういう商店街はあるもんだね
兄と一緒に小銭握って遊びに行ったもんだ

特に目的もなく
とりとめのない話をしながら歩けば
足元を子供たちが走っていく
肉屋から出てきた二人の手には
メンチカツがいくつも入った大きな包み

ふと思い立って肉屋に入ってメンチカツを一個買って
揚げたてをはんぶんこして輪に差し出す
大きい方を無言で渡したのはただの感傷だよ


良けりゃアンタの思い出話でも聞きたいね
過去ばかり振り返るのは良くないが
ここはカクリヨだからね
たまにはいいだろうさ

メンチカツを食べながら
喧騒の中を歩こうか
昔話も未来の希望も
昨日の夕飯の話でもなんでもいいさ
アンタの話を聞いてみたいよ


エリシャ・パルティエル
さ、商店街を見て回りましょ
輪にも付き合ってもらえると嬉しいわ

八百屋さんで旬の野菜をチェックよ
ついでに地元のレシピとか教えてもらったり
こういうのが商店街のいいところよね

あとはメンチカツとかコロッケとかいろいろ買って
一人で全部食べないわよ
義弟の分も
いろいろ食べたい時も半分こっていいわよね
輪も何か食べる?

輪は会いたい人っているの?
あたしは亡くなった母さんかな
おふくろの味を覚えておきたかったもの

いなくなった恋人には昔ほど会いたいって思わないことに気付く
きっとあたしを想って消えたのだと思うから
あの人が幸せならそれでいいの

今は大切な人や家族に
美味しいご飯を作ってあげたいの
あの商店街を歩くお母さんみたいに




「おじさん、今の旬のお野菜って何になるのかしら」
 夕焼け色の光に染まる八百屋の店頭。並べられた色とりどりの野菜を楽しそうに眺めながら、エリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)は店員に話しかける。

「そうだねぇ、今なら茄子あたりだねぇ。焼き茄子はもちろんだけど、『よごし』にすると素材の味が引き立ってうまいよ」
「『よごし』? それって何かしら」
 聞き慣れない言葉に金の瞳を輝かせてエリシャが問えば、店員もまた楽しそうに応じる。
 ひとしきりやりとりをして、幾つかの食材を購入し、ついでにおまけもいただいて。

「ふふ、やっぱり市場は市場よね」
 こういう何気ない会話の中から得られるものは思った以上に多いと。購入した物が入った袋を手に、満足そうに微笑むエリシャ。

「僕はエリシャさんの、話の持って行き方すごいなって見てたよ。さすがだねぇ」
「ふふ、そう? でも市場ならこれくらいのやりとりは普通なのよ。値切り交渉も含めてね」
 輪が素直な感想を述べれば、エリシャは笑った。

「パラスさんだって、こういうのは慣れてるでしょう? お店の仕入れとかするし」
「まぁ、アンタほど雑談混ぜて話をする方じゃないがね」
 話を振られれば、そう言ってパラス・アテナ(都市防衛の死神・f10709)は口の端をわずかに上げて。

「とはいえ、こういうのは交渉ゲームみたいなもんだからね。相手の反応見ながらまずは言ってみるってのが大事だろうよ」
 すでにそれらしいことは輪だってしているような気がするが。口にしながらもそんなことを思いながら、パラスは改めて視線を巡らせる。
 商店街と言ったり、市場と言ったり言葉は様々だが、どの世界にもこういう雰囲気の場所はあるものだ。

「次はどこに行くんだい、エリシャ? 輪も気になる店があるなら言っとくれよ」
 散策がてらの買い物だから目的の店があるわけではないことは知りながらも、一応二人に声掛けながら、パラスは通りを歩く。

 兄と一緒に小銭握って遊びに行ったもんだ――懐かしい想い出が脳裏を過れば、折しも目の前から楽しそうな声が聞こえてきた。すぐ横を走り抜けていく二人の子供たちの手には、メンチカツがいくつも入った大きな包みがあって。
「あ、いいわよね、メンチカツ」
 パラスと同じように子どもたちを見ていたのだろう、エリシャが微笑んだ。
「あのお肉屋さんで買ったのかしら。わたしたちも行きましょう?」


 店主の名字に「精肉店」の文字が組み合わされた看板が掲げられた店の前で、エリシャはショーケースの中を覗き込む。ずらりと並ぶ揚げ物や串物の惣菜たちはどれも美味しそうだ。

「メンチカツとかコロッケとかいろいろ……、焼き鳥も美味しそうよね。せっかくだし、目についたもの、全部買っちゃおうかしら」
「全部……って、一つずつ買っても結構あるよね。エリシャさん一人で食べるの?」
「まさか、一人で全部食べないわよ。義弟の分も。……うふふ、いろいろ食べたい時も半分こっていいわよね」
 エリシャは輪に片目を瞑って見せる。多く選べば半分にしてもそれなりの量になるが、その辺は食べる量の多い義弟が居てくれるので問題ないと笑って。

「そうだ、輪も何か食べる?」
「んー、どうしようかなぁ……」
 遠慮しているのか迷っているのかはっきりとした返事をしない輪を横目に。パラスは購入した、揚げたてのメンチカツを半分に割って輪の前に差し出した。
「遠慮するもんじゃないよ、ほら」
「……いいの? パラスさん」
 思わずといった様子で輪はメンチカツとパラスとを交互に見る。差し出されたメンチカツは半分にしてはかなり大きめで、パラスの手にあるものとは結構な差だ。
 その比率は、かつて兄とはんぶんこした時のもので、あえて大きい方を渡しただなんて、もちろん口にはしない。それはただの感傷であることは、パラス自身がよく分かっている。

「いいも何も。こういうのは素直に受け取るのが礼儀ってもんだ」
 再度ほら、と差し出したメンチカツの半分を、受け取った輪が美味しそうに食べる様子に、パラスは目を細める。

「あ、いいな。はんぶんこ」
 持ち帰り用の包みを手にしたエリシャが、輪とパラスを見て声をあげれば、
「しょうがないねぇ、小さくなるけどそれでもいいかい?」
 パラスは自分の手にあるメンチカツをさらに半分にしてエリシャに手渡す。
「いいの? ええ、一口もらえたらそれで十分よ」
 ありがとう、と受け取り、嬉しそうに食べるエリシャに、パラスは小さく笑った。

(「兄は、アタシが食べるのを見ることで満足していたのかもしれないね」)
 かつての兄の内心に想像を巡らせながら、パラスは手の中の小さくなったメンチカツを口にする。
 メンチカツは、量こそ少ないけれど、大きい方を受け取って食べていたあの頃よりも満足感がある気がした。


「ねぇ、輪。輪には会いたい人っているの?」
 エリシャは食べ歩き用にと購入したコロッケを、パラスと輪に分けて手渡し歩きながら、思いついたように輪に問いを投げかける。

「……僕の?」
「そう。輪の話聞いてみたいなーって」
「アタシもエリシャと同じことを思っていたよ」
 にこにこと頷くエリシャの言葉に、パラスも受け取ったコロッケを口にしながら、同意を示す。

「良けりゃアンタの思い出話でも聞きたいね。過去ばかり振り返るのは良くないが、ここはカクリヨだからね。たまにはいいだろうさ」
「んー、そうだねぇ……」
 分けてもらったコロッケとメンチカツのお礼にはなるのかなと言いながら、輪はしばし思案して。
「あえてあげるなら、僕を箱に仕舞った人、かな。……あの時は思うところが色々あったけど、一言くらいお礼言ってもいいかなって、最近は思ってる」
 そう言ってにこりと笑んで、輪は手にしたコロッケの残りをパクリと食べる。

「でも、個人的には自分のこと含め、過去より未来の方が楽しい感じがするね。……パラスさんもよく知ってる歌が上手なあの子がいる街のこととか、まさに希望って感じがするし」
「希望、ね」
 あの子と言われた少女に、パラスも同じように思いを馳せる。アポカリプスヘルのとある街にいる、天使像だった少女。彼女もまた、街と人々の未来のために奔走しているのだろう。
「ふふ、確かに希望よね。……また機会があればあの街の皆に会いに行きたいわよね」
 エリシャも同じことを思ったらしく、頷きを返せば。

「うん。……って、そういう二人はどうなのさ」
 自分とパラスを見つめているのであろう、興味津々の色を宿した鏡の赤の瞳に気がついて、エリシャは目を細めた。

「あたしは亡くなった母さんかな。おふくろの味を覚えておきたかったもの」
 考える間もなくさらりと零れた言葉。先ほどの戦いの前に見た幼い頃の記憶が再び脳裏を過ぎれば、亡き母への想いが湧き上がってくる。

(「……てっきり、あの人の顔が浮かぶかと思ったのに」)
 かつては会いたいと望んでいた、いなくなった恋人にはもうそれほどの想いはないのねと。至って冷静に分析するもう一人の自分に、エリシャはくすりと笑った。

(「でも、あの人が幸せならそれでいいの」)
 きっと今の状態が、あの人にとっても自分にとっても幸せなのだと今なら素直に思える。

「……今は大切な人や家族に美味しいご飯を作ってあげたいの」
 あの商店街を歩くお母さんみたいに。話をするエリシャたちの横を通り過ぎる、母親らしき女性の姿をそっと目で追いながら、頷いて。

「今度はパラスさんの番よ。お話するか……それとも、もう一品、皆でシェアしてみる?」
 楽しそうな口調でそう言って、エリシャはにっこりと微笑む。

 夕暮れ商店街での三人の食べ歩きと思い出話の時間は、もうしばらく続きそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルルチェリア・グレイブキーパー
アドリブ歓迎

助ける為とはいえ腹ペコ坊主には強く当たっちゃったわね……。
美味しいものでも買って、謝りに行けないかしら。

商店街で焼き立てのコロッケ買って……

今日はちょっとキツイ事言ってごめんなさい。
私だって貴方と同じ立場ならきっと骸魂に取り込まれて、
貴方と同じ事をしていたかもしれないわ。
その……良かったらコレ食べない?
貴方の思い出の子の代わりにはなれないけれど、
一緒に美味しさを分かち合う事なら出来ると思うのよ。

……って言えたら良いのだけど。
よし!そうと決まったら美味しいコロッケを売っているお店を探すのよ!
精肉店や総菜屋辺りのコロッケがきっと美味しいのよ!




 夕焼け色に染まる通りを歩きながら、ルルチェリア・グレイブキーパー(墓守のルル・f09202)は茶色の目を細める。
 立ち並ぶ店や道行く人々の賑やかな景色は、戦うために中心を目指し歩いた時と変わらなかったけれど、懐かしい人たちの影の気配はもうどこにも感じられなかった。
 そのことはほんの少しだけ寂しい気もしたけれど、それ以上に気になることが、今のルルチェリアにはある。

(「助ける為とはいえ腹ペコ坊主には強く当たっちゃったわね……」)
 実際に世界も腹ペコ坊主も救うことができたのだから、あの時の自分の行動と選択は間違ってはいなかった。少なくともルルチェリア自身はそう思う。
 けれど、正しいことだと分かっていても、ちくりと心を刺す痛みはある。

(「美味しいものでも買って、謝りに行けないかしら」)
 妖怪がルルチェリアに対してどんな感情を抱いているかはわからないし、謝ることはただの自己満足なのだろう。
 それでももう一度、腹ペコ坊主と会って話ができたらと思った。
 こんな風にもやもやとした、どこか気まずい心のままでこの場を離れたくはない。

「……よし! そうと決まったら美味しいコロッケを売っているお店を探すのよ!」
 気合を入れるように(それでも強さは少しだけ加減して)自分の両頬をぺちと叩けば、ルルチェリアは小さく笑った。
 大丈夫。気まずかろうと何だろうと。思うままに動けばいいのだ。動いている以上、苦い思いをすることはある。それでも立ち止まらないこと。動き続ければ、少しでも思う何かに近づく事はできるはずだから。

「精肉店や総菜屋辺りのコロッケがきっと美味しいのよ!」
 思いとともに。自分を奮い立たせるようにして頷けば、ルルチェリアは駆け出した。
 美味しいコロッケを携え、腹ペコ坊主に会いに行くために。


 商店街の通りに面した、少し古い家の軒下で。
「腹ペコ坊主!」
 ゆうらりと揺れる、大きなてるてる坊主の姿を目にすれば、ルルチェリアは勢いよく駆け寄った。

『……お前、大丈夫か? 息切れしてるようだが』
「……だ、だい、じょうぶ、よ、」
 すうはあと深呼吸を繰り返し、ようやく呼吸を整えれば。ルルチェリアは改めて妖怪を見つめ、口を開いた。

「今日はちょっとキツイ事言ってごめんなさい」
 同時にぺこりと頭を下げる。
「私だって貴方と同じ立場ならきっと骸魂に取り込まれて、貴方と同じ事をしていたかもしれないわ」
『……いや、オレの方こそ、悪かったな』
 ルルチェリアが頭を上げれば、妖怪は、お前は悪くないと言うようにふるりと頭を横に振った。その頭と連動してその身体もゆらあと揺れる。

「……その……良かったらコレ食べない?」
 何を言おうかと言葉を探して……購入したコロッケの存在を思い出せば、ルルチェリアは持ってきた包みを広げた。
 たちまち、焼き立ての香ばしい、美味しそうな匂いが辺りに漂う。

「貴方の思い出の子の代わりにはなれないけれど、一緒に美味しさを分かち合う事なら出来ると思うのよ」
 包み紙をうまく使いながら半分にしたコロッケを、ルルチェリアはそぉっと妖怪の口元へと持っていく。

「……よかったら、私とはんぶんこしましょう?」
 内心どきどきとしながらそう口にすれば、
『……ありがとうな』
 妖怪は口を開き、ルルチェリアの手から差し出されたコロッケの半分をぱくりと飲み込んだ。

『うん、うまい。……これは通りの真ん中にある肉屋のコロッケだな』
「わかるの?!」
『ああ、どの店のコロッケも特徴があってうまいんだ。よかったらお前も食べてくれ』
 逆に妖怪に勧められ、ルルチェリアは半分になった手の中のコロッケをぱくりと一口。

「あ、コロッケだけどなんだかメンチカツみたいなお肉の量なのね。じゃがいももほくほくとしてすごく美味しいわ」
 思ったことを素直に口にしたルルチェリアの茶色の瞳に、妖怪の顔が映る。
 布に描かれ、一見表情などはかれなさそうに見えるその顔には、とても嬉しそうな、幸せそうな色が覗いていて。
 そんな妖怪の嬉しそうな様子につられるように、ルルチェリアも笑顔になる。

「あ、あのね。コロッケ、一つだけじゃないのよ。他のも一緒に食べましょう?」
 ごめんなさいとありがとうの分だけ。分かち合う美味しさの時間を、しばしの間楽しみましょう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱・小雨
何はともあれ一件落着か。彼が助かってよかったよ。

世界が違っても商店の賑やかさはどこも同じなのか。さっきまで滅びかけていたというのに奇妙な活気と逞しさを感じる。
それはそれとして腹が減ったな。せっかくだし何か食い歩きでもしよう。饅頭もいいしコロッケも捨てがたい。しかも具に種類があるのか。路銀はまだ余裕あったか…?
お前も腹が減ったか小白。僕の分を少し分けて…ネコにはネコ缶をやれ?こいつはネコでは…あ、はい。半分こできないのは少し残念だけど、美味いか小白?

もし会えるなら、あの妖怪に詫びも兼ねて食べ物を持って行きたいな。止むなしとはいえ酷な事を言ってしまったし、半分この美味さとやらを教えてほしいし。




(「何はともあれ一件落着か」)
 世界もあの妖怪も助かってよかったと、朱・小雨(人間の宿星武侠・f32773)は安堵の息を吐いた。そうして歩きながら、夕焼け色に染まる街の中を改めて眺める。

(「世界が違っても商店の賑やかさはどこも同じなのか。さっきまで滅びかけていたというのに奇妙な活気と逞しさを感じる」)
 最初にこの世界を歩いていた時に心の内に捉えた、言いようもない寂しさはもう感じられなかった。
 行き交う人の波と、通りのあちらこちらから飛び交う賑やかな声と音に、小雨は楽しげに目を細める。立ち並ぶ店の見た目こそ違うけれど、その賑やかさは自分が知っているものとよく似ている。

「それはそれとして腹が減ったな。せっかくだし何か食い歩きでもしよう」
 事件が一段落して落ち着いたこともあるだろうか、どこからともなく漂ってくる旨そうな匂いに、空腹を刺激されれば、小雨は視線を彷徨わせた。意識してみれば食べ物を売る店は至るところに立っている。

「饅頭もいいしコロッケも捨てがたいな……」
 のぼりはためく店の前で顔を覗かせる饅頭も旨そうだし、名札が貼られた透明な箱のようなものの中で誘いかけるように揚げたてのいい匂いをさせてくるコロッケもまた捨てがたいものがある。

「しかも具に種類があるのか」
 よく見れば、形が少しずつ違っている。野菜コロッケに、カニクリームコロッケと並ぶ文字に、小雨は目を瞬かせた。どれも魅力的に映るけれど、手持ちの路銀にまだ余裕はあっただろうか。

 懐から取り出した財布の中身を確かめてから、小雨は店員に声をかける。種類があるなら食べ比べるのもいいだろうと、気になっていた二種類のコロッケを購入したところで、
「……がぅ」
 小雨の肩の上に乗っていた相棒の小さな白虎が甘えるように小さく鳴いた。
「お前も腹が減ったか小白」
 ふふと口元に笑み浮かべ、小雨は買ったばかりのコロッケの包みを見やる。せっかくだしはんぶんこするのもいいだろうか。

「僕の分を少し分けて……、」
「ああ、兄ちゃん、それはいけないよ」
 店の脇で買った野菜コロッケを分けようとしたまさにその時、ひょいと覗き込み声をかけたのはコロッケを売ってくれた店員のおばちゃんだった。

「コロッケには玉ねぎが入ってるんだ。猫には毒になるからねぇ」
「いや、こいつはネコでは……」
「家族同然って言いたいんだろう? うんうん、おばちゃんも猫飼ってるからわかるわかる。でも家族なら尚更だよ、ほら」
 猫好きのよしみでおまけしてやるよ、と。小雨に有無を言わさない勢いでおばちゃんが差し出したのはネコ缶だった。しかもご丁寧に開封されている。

「……あ、はい」
 おばちゃんの勢いに押されるように小雨は猫缶を受け取った。小白を地面におろして、猫缶を置けば、小さな白虎は確かめるようにふんふんと匂いを嗅いでから、美味しそうに食べ始める。

「……半分こできないのは少し残念だけど、美味いか小白?」
 ネコ缶を食べる相棒を見つめ微笑んでから、小雨もまた、買ったコロッケを口にした。相棒と半分こできないのは少し残念だけど、揚げたての衣のサクサクとした感触は、確かにとても美味しい。

「とはいえ、このまま一人で食べてしまうのも惜しいな」
「がうー?」
 ネコ缶をすっかり平らげた小白と顔を見合わせる。せっかくの食べ歩きだし、半分ことやらの美味しさも知りたいところだ。

「……そうだ、彼もどこかにいるんだよな」
 ふと思い立ち、小雨はゆっくりと立ち上がった。

(「止むなしとはいえ酷な事を言ってしまったしな」)
 もし会えるなら、詫びも兼ねて食べ物を持って行きたい。
 そんな思いとともに。食べ物を買い足しながら歩いていた小雨が見つけたのは、古い家の軒下で揺れる、てるてる坊主の妖怪らしき影で。

「……腹ペコ坊主!」
 思わず声をかければ、小雨に気がついたのだろう、軒下の影は、返事をするようにゆらありと揺れて。
「行こう、小白。今度こそ、彼とちゃんと話をしたいんだ」
 相棒に声をかけ、小雨は目を細める。
「それに、半分この美味さとやらも教えてほしいしな」
「がぅっ♪」
 楽しそうな鳴き声で返事をした小白と再び顔を見合わせてから、小雨は妖怪の元へと歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

蒼・霓虹
[蛟]
吉備ちゃん達と商店街を回りながら、珍しい物があれば【グルメ知識&情報収集】しつつ食べ歩きと買い物を楽しみますけど

わたしも、あの子のその後は気になるんですよね……てるてる坊主さんにああまで言いましたし、骸魂から解放されたとは言え、まだ蟠りは残っている可能性もあるでしょうし

『吉備さんも、思う所は同じですか……こういう所も、似た者同士なのは微笑ましいですね』

なら吉備ちゃんの提案に乗って
あの子を見つけて、わたし達も半分っこしに行きましょうか

わたし達が新しい縁になって穴埋めも図々しいかもしれませんが、わたし達もある意味他人事じゃありませんし

アフターケアと参りましょうか

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]


小雉子・吉備
[蛟]
霓虹ちゃん達と一緒に、夕暮れの商店街で買い物や食べ歩きを【グルメ知識&情報収集】しながら楽しみつつも

あのてるてる坊主ちゃんの事は、キビも気になるんだよね……霓虹ちゃん達も気になる?

事件は解決したけど、あの子は骸魂から解放されたと言っても、心って……そんなに単純じゃないしね

メンチカツも買って、お節介だと思うけど、元かもしれないけど、てるてる坊主ちゃんの様子を伺いに行こうと思うんだけど……どうかな?

霓虹ちゃんもそう思うなら、あの子を探して、どこまで出来るか解らないけど、アフターケアと行こうかな?

キビ達が新しい縁になるかは解らないけど、何もしないよりかは……ねっ!

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]




 夕焼け色に染まる、古めかしくも懐かしい景色広がる商店街の一角で。
 中華惣菜の店の前に立った小雉子・吉備(名も無き雉鶏精・f28322)は、購入した肉まんを口にして、幸せそうな笑みを浮かべた。

「霓虹ちゃん、はいこれ! この肉まん、大きくて肉のうまみがじゅわぁってして、すっごく美味しいよ!」
 半分に割った肉まんの、口をつけていない方を差し出す相手は、蒼・霓虹(彩虹駆る日陰者の虹龍・f29441)だ。

「ぎっしり詰まった肉餡がすごいですね……そして、半分にしたにもかかわらずのこの大きさ。わたしの手のひらからあふれてしまいそうです」
 グルメリポーターばりのコメントを交えつつ。驚きと興味津々の表情で肉まんを受け取った霓虹は、早速とばかりに一口ぱくり。そうして、吉備と同じく幸せそうな笑みを見せる。

「ね! 美味しいよね! こう、なんていうか、肉餡がとろけるような感じとか!」
「はい、餡だけではなく、外側の皮のほんのりとした甘さとふんわりとした柔らかさも虜になってしまいますね」
 キラキラと瞳を輝かせる吉備と、こくこくと頷きを返す霓虹のやりとりは、まるでグルメ番組のよう。思わず興味を持って立ち止まる者や、実際に購入する者まで現れ、店の前はにわかに大賑わいだ。

「ふふ、おじょうちゃん達のおかげで商売繁盛だね」
 店頭に立つ三角巾に割烹着のおばちゃんが嬉しそうに笑えば、
「おじょうちゃん達、うちの焼き鳥も宣伝しておくれよ!」
「こっちの天ぷらもよかったら食べにおいで」
 賑わいを目にしてやってきた他の店のおじさんや店員さんまでもがお誘いにやってきて。

「あはは、キビ達、ちょっぴり有名人な感じ?!」
「ふふ、これも食べ物が繋ぐ縁になるでしょうか」
 ちょっとした引っ張りだこ状態に、吉備と霓虹は顔を見合わせくすりと笑った。もちろん、せっかくの美味しいお誘いを断る理由などどこにもない。

 彩虹さんはちょっとだけお留守番、と。店の人たちに許可をもらい、通りの脇に彩虹(戦車龍形態)を停車させる霓虹へ向け、吉備はにっこり笑った。
「えへへ、それじゃー、はい! キビと霓虹ちゃんの!」
 歌うような調子で霓虹の手を取る吉備に、霓虹もまた楽しそうに笑って。
「ぶらり商店街二人旅、ですか?」
「そう! はっじまるよー♪」
 いざゆかん、楽しく美味しい旅へ!


『それで……本当に思いっきり買い込んだんですね……』
 持ち前のグルメ知識をフル活用し、買い物と食べ歩きを楽しんだのだろう。両手に食べ物の入った箱を抱え、ついでに口ももぐもぐとさせながら戻ってきた二人の少女の様子に。留守番をしていた猟機人・彩虹は、感心と呆れの混ざったような声を漏らす。

「彩虹さん、それは少し違います。買った物よりもいただきものの方が多いんです。ね、吉備ちゃん」
 にっこりと微笑む霓虹の言葉に、
「そうそう! キビと霓虹ちゃんのグルメレポート、好評だったんだよー♪ あと、色々霓虹ちゃんと半分っこできて美味しかったかな……って、」
 吉備もまたにこにこと頷きを返すも。ふいに思い立った様子で、赤の瞳を瞬かせる。

「半分っこといえば。キビ、あのてるてる坊主ちゃん、見かけた気がするんだよね」
 商店街の店を巡っている間は、店の人たちと話すことを優先していて、声を掛けることができなかったけれど。通りの途中に立つ家の軒先で揺れていたてるてる坊主は、吉備が見る限り、確かにあの妖怪だった。

「あのてるてる坊主ちゃんの事は、キビも気になるんだよね……霓虹ちゃん達も気になる?」
 そう言って、吉備は、問いとともに霓虹と彩虹へと視線を向ける。
「言われてみれば。わたしも、あの子を見かけた気がします」
 吉備の言葉を聞いて、先ほどまでの食べ歩きを思い出すように視線を上向かせていた霓虹は、頷きを返す。

「わたしも、あの子のその後は気になるんですよね……てるてる坊主さんにああまで言いましたし、骸魂から解放されたとは言え、まだ蟠りは残っている可能性もあるでしょうし」
 無意識に自分の胸に手をあてながら、しみじみと言った霓虹に、吉備はそうだね、と目を細めた。

「事件は解決したけど、あの子は骸魂から解放されたと言っても、心って……そんなに単純じゃないしね」
 終わったから、通り過ぎたからといって割り切れるほど簡単なことではないから。
 決して忘れたくはない。けれど思い出すたびに、寂しさで、あるいは痛みで苦しくなることだってあるから。
 それは程度の差こそあれ、目の前の霓虹にも、そして吉備自身にもある。だからこそ、あの妖怪をそのままにしておきたくない。

「あのね、キビ、てるてる坊主ちゃんの様子を伺いに行こうと思うんだけど……どうかな?」
 手元には、商店街のお店の人たちからいただいたメンチカツをはじめ、商店街の店の食べ物が一通り揃っている。差し入れするにはまさにもってこいだ。

「お節介だとも思うけど、もしかしたら元気かもしれないけど。もう一度顔を見ておきたいなって、思うんだよね」
「……ふふ、わたしも、同じことを思っていました。そうですね、わたし達もある意味他人事じゃありませんし。あの子を見つけて、わたし達も半分っこしに行きましょうか」
 ツインテールをぴょこんとさせながら懸命に提案する吉備に、霓虹は微笑む。
 思い出のあの子のように。メンチカツをはじめ、商店街のあらゆる食べ物を、あの妖怪とシェアしてみるのもいいだろう。

「わたし達が新しい縁になって穴埋めも図々しいかもしれませんが。……今だってまさに商店街の人たちと食べ物で縁が繋がったのですから、やってみる価値はありますよね」
「うん! キビ達が新しい縁になるかは解らないけど、何もしないよりかは……ねっ!」
『霓虹さんも、吉備さんも、思う所は同じですか……こういう所も、似た者同士なのは微笑ましいですね』
 そんな風に互いに顔を見合わせて頷き、笑みを交わす二人の少女に、彩虹が微笑むような温かな声で呟いて。

『……そうだ、今度は僕も一緒に連れて行ってくださいね』
 思い出したように一言付け加えた彩虹の言葉に、霓虹はにっこりと微笑んだ。
「もちろん。さっきはお留守番をお願いしましたけど、今度は一緒に」
 抱えていた食べ物の入った箱を彩虹の背中に乗せ、ハンドルに手を添えて。霓虹は改めて吉備と一緒に歩き出す。
「それでは、アフターケアと参りましょう」


 霓虹と彩虹、そして吉備が向かったアフターケア先で。
『お前達の……ぐるめれぽーと? 見かけたぞ』
 軒下にぶら下がった妖怪は、少女二人と猟機人一体の姿を認めれば、開口一番そう言って、嬉しそうにゆらゆらと揺れる。
『商店街の食べ物のこと、旨そうに話してくれてありがとうな』
「てるてる坊主ちゃんにも聞こえてたんだね!」
「そういえば、通行人の人達も結構集まってましたが……まさか聞こえていたとは」
 妖怪の言葉に、思わず顔を見合わせる二人。

『でも、留守番役をしていた僕のところにも賑わいは見えていましたからね。てるてる坊主さんが知っていてもなんの不思議もありませんよ』
 彩虹がさもありなんとばかりに言葉を添えれば、
「確かに店を巡っている最中の吉備ちゃんが見かけていたのですから、逆もまたありきですね」
「そっかー。でも、聞いててくれて嬉しかったかな!」
 これもまた食べ物が繋ぐ、新しい縁と言えるのかもしれない。
 霓虹と吉備が嬉しそうな笑みを妖怪へと向ければ、妖怪もまた、少女たちの方へ顔を向ける。

『……それで、お前たちは何が一番気に入ったんだ?』
 嬉しそうに、そして興味津々に投げかけた妖怪の問いに。霓虹と吉備は、思い思いに口を開き、妖怪と「おいしい」を共有すべく話をするのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)。
住処に帰宅する前に何か商店街で少し購入してもいいな。
…倉庫の保存食の期限はどうだったか…。
と考えていたら何時ものように露に妨害された。

そういえば私は露と半分こしないといけなかったか…。
自分の分があると主張したが露には通用しそうもないな。
お互いのコロッケを食べ合ってみる。やれやれ。面倒な。
豆乳というのも購入し飲みながら商店街を巡ろう。
ふむ。不思議な味わいがあるな。雰囲気の影響だろうか?
「ん。美味い」
…いや。何故照れる…露。

そういえばあのてるてる坊主はどうしただろうか。
今は身体を休めていると聞いたが…『彼』は少々気になる。
発見したら食べかけの部分を切ったコロッケを供えよう。


神坂・露
レーちゃん(f14377)。
わーい。戻ったわ。一件落着よね♪
何しようかしら。やっぱり食べ歩きかしら~。
レーちゃんにくっついて端から順々に顔を出すわ。

わー。どれもこれもなんだか美味しそうよね。
勿論コロッケは購入。レーちゃんと食べたいもの。
これは外せないわよね。うん。一緒に食べたいわ。
豆乳もまったり濃厚な味で美味しいから買う~。
「レーちゃんも飲む? 美味しいわよ?」
あたしの飲みかけだけど渡してみるわ。えへへ♪

「レーちゃん。お互いにコロッケ半分こ…あれ?」
買ったコロッケの食べ合いっこしよーと思ったけどいないわ。
みつけたのは『腹ペコさん』のところで。コロッケを供えてて。
…やっぱりレーちゃんって…♪




 通りの両脇に立ち並ぶ店を眺めながら、シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)は、活気に満ちた商店街の通りを歩く。
 街の賑わいには多少は慣れてきたけれど、その感じは最初に歩いたときとさほど変わらない。夕日が照らし出す、哀愁と温かみが混ざりあった雰囲気は独特で、やはり不思議なものがある。

(「住処に帰宅する前に何か商店街で少し購入してもいいな」)
 食料品店の前を通りかかれば、シビラは足を止めた。目についたのは店頭ワゴンに積まれた果物の缶詰。お買い得品の札が貼られているから、それなりにお得なのだろう。

(「……倉庫の保存食の期限はどうだったか……」)
 一つくらいは買ってもいいだろうが、あまり考えなしに買うと後で痛い目を見る。薬草の栽培や管理においてもそうだが、すでにあるものとの兼ね合いを考えながら計画を立てていくことは、生活においての基本だ。
 そんなことを考えながらシビラが缶詰を眺めていると、
「あ♪ レーちゃん、それなぁに? お買い物予定なの〜?」
 楽しそうな声とともに、どーんと背中に抱きついてきた感触に、シビラはやれやれと息をついた。
 それが誰であるかは、もちろんわかっている。

「……露。いい加減、背中から来るのはやめてくれないか……?」
「えー、でもでも、レーちゃんぎゅっとするの、すっごく気持ちいいんだもの〜」
 まったく悪びれる様子も、離れる気もなさそうな神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)のマイペースな返しに、シビラは、再びため息をつく。
 ここで諦めれば、商店街を歩く間ずっと抱きついたままに違いない。

「……そういえば。露の勧める店の……そう、コロッケ。私も購入しようと思うのだが、案内してもらえないか?」
 案内を請えば、少しは接触を弱めてくれるだろうと考えたシビラの言葉に、露は嬉しそうな声をあげて。

「ホント? うふふ♪ もちろんよ、レーちゃん! 今度こそ一緒に半分こしましょーね♪」
「……ああ、そうだな……って、露?!」
 あまりに嬉しかったのか。抱きついた姿勢のまま、そのままシビラを引きずり歩き始めた露に、シビラは思わず叫んだ。
「あはは♪ だって離れ難かったんだもの〜」
 どうやら確信犯だったらしい。抱きついていた両手を離し、改めてシビラの手を取る露の言葉に、シビラは本日何度目かのため息をつくのだった。


 手を繋ぎ、なかばシビラを引っ張るようにしながら、露は楽しそうに通りを歩く。
 世界を滅ぼそうとしていた妖怪も、無事に正気を取り戻して一件落着したのだ。ここは思いっきり商店街を楽しむところだろう。

「やっぱり食べ歩きかしら~」
 そう口にして、露はわくわくと通りを見渡す。
「勿論コロッケは購入♪」
 レーちゃんもコロッケを希望していたし、何よりあたしがレーちゃんと食べたいもの!
 鼻歌を交えつつ。シビラの手を引いた露が訪れたのは、最初にコロッケを購入した、あの精肉店だ。

「おじさん、コロッケ2つくださいな〜♪」
 見覚えのある少女の声に、にこにこ顔になった店のおじさんは、目の前で揚げてくれた熱々のコロッケを露に手渡してくれた。

「おじさん、ありがと〜♪ ……はい、レーちゃん、揚げたてどうぞ!」
 露から手渡された揚げたてのコロッケを、シビラはしばし見つめて、ぱくり。
 口の中を火傷しないようにはふはふとしながら頬張るコロッケは、なるほど、外側と中の食感が違っていて興味深いものがある。

「……なるほど、揚げたてというのはこんなにもサクサク、ホクホクとするものなのだな」
「でしょでしょ〜♪ 美味しいわよね♪」
 同じく手にしたコロッケを食べる露も、満面の笑みで頷いて。

「あ、あとね、お豆腐屋さんの豆乳も!」
 話をしながら、今度はシビラを豆腐屋へと連れて行く。
「この豆乳もね、まったり濃厚な味で美味しいのよ〜」
 紙コップになみなみと注がれた豆乳を購入して一口飲んでから、露はやっぱり微笑み。
「レーちゃんも飲む?」
 持っていた紙コップをそのままシビラへと手渡してみる。

(「……って、なんとなくあたしの飲みかけ渡しちゃたけど、大丈夫かしら」)
 さすがに何か言われるだろうかと内心ドキドキとしていた露だったが。
 当のシビラは全く気にしていない様子で、紙コップへ口をつけて一口飲んだ。
「……あ、」
「なんというか、こう……不思議な味わいがあるな」
 そんな風に感じるのは、この街の雰囲気の影響もあるのかと思いながら、シビラはしばし紙コップの白い液体を見つめる。
「ん。美味い」
 ふむ、と頷き、コップを返そうと露を見やったシビラの表情が、やがて訝しげな色に変わった。
「……いや。何故照れる……露」
「え? えー、あはは♪ なんでもないわ〜♪」
 うっかり関節キスだなんて思ってしまったなんてことは、親友には秘密だ。


 そうして。コロッケと豆乳を手に、シビラとともに商店街の通りを歩いていた露は、はっとして立ち止まる。

(「そうだ、豆乳のインパクトで照れちゃって頭から抜け落ちてたけど、あたし、まだレーちゃんとコロッケ半分こしてないわ……!」)
 そういえば、精肉店のおじさんは、それぞれ味が違うと言っていた気がする。
 ならば。
「レーちゃん。お互いにコロッケ半分こ……あれ?」
 話しかけようと、隣へ顔を向けた露は、面食らった様子で瞳を瞬かせる。
 先ほどまでそこに居たはずの親友は、いつの間にか姿を消していて。

「え……っと、レーちゃんー?」
 慌てて商店街を捜し回った露が、親友を見つけた場所は、どこか見覚えのある、古い家の軒下で。
 そこには、ゆらりと揺れる、てるてる坊主の妖怪の姿があった。
「……やっぱりレーちゃんって……♪」
 妖怪にコロッケを差し出す親友の姿に、露はくすりと微笑めば、合流しようと歩き出す。


「君は身体を休めていると聞いていたが……もう大事はないのか?」
 露とともに商店街を見て回る中で見つけた見覚えのある姿に、シビラは思わず近づいて、問いを投げかける。
 それは少々気になっていた、妖怪の「彼」だった。

『ああ。お前たちの仲間もいろいろ気にかけてくれていたし……それに、もともと、オレの定位置はここだからな』
 ただぶら下がってるだけなら大したことはないと言って、妖怪はシビラを見つめる。
「……そうか。それなら何よりだ」
 その様子は、シビラが見る限りでは、そこそこ元気そうに見えたから、シビラは笑むようにわずかに目を細めて。

「ところで、君は空腹ではないのか?」
 もし腹が減っているのなら……と、シビラは持っていたコロッケを差し出そうとする。
 食べかけの部分は切ったから、今度こそしっかりと半分こになるはずだと、言葉を添えて。

『ありがとうよ。……だが、そのコロッケは、一緒に食べる相手が別にいるんじゃないのか?』
 妖怪は、そう言って少し遠くを見るようにゆらりと揺れた。シビラもまたその方向へと視線を向ければ、そこにはシビラの名を呼びながら近づいてくる、露の姿があった。

『あの女のガキはお前の親友なんだよな?』
「……親友というか……どちらかというと腐れ縁というのが近いと思う」
 やれやれと首を横に振りながら言葉を返すシビラ。

『どっちでもいいさ。……だが、そういう相手は大事にするといい』
 まぁ、オレに言われるまでもないだろうけどな。
 そう言って、表情は変えないままにくつりと笑い声を立てる妖怪に、
「……善処はするよ」
 銀髪に金の瞳の少女は、頷き、そう、小さく呟いたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朝霧・晃矢
(商店街で買い物を終えたら
てるてる坊主の様子を見に行く)

目が覚めたかい?
(惣菜屋の大学芋や菓子屋のべっこう飴、酒屋で売ってた冷やし飴などで
限界近く膨らんだビニール袋をふたつ、
地面に下ろして近くに座り)
君が手放す覚悟ができてホッとしてるよ
(いつもの表情に戻ってふわりと)

僕にはその子の代わりはできないけど
君の声を聞くことはできるからさ
君が良ければ、なんだけど
聞かせて欲しい
君の中に未だ息づいてる、その子の想い出をね

(和菓子屋で買った玉羊羹に
一緒に買ってきた器の上で爪楊枝を刺し)
お店の人が確かこうやって…っと
(割った半分を差し出し)
一緒に食べないか?
今は君と一緒に食べたい気分なんだ

アドリブ・絡み歓迎




「……思った以上に買い込んでしまったかな」
 今にも破れてしまいそうな、限界まで膨らんだ大きなビニール袋を両脇に抱え、朝霧・晃矢(Dandelion・f01725)は、商店街の通りを歩き、ある場所へと向かっていた。

 足が向く先は、商店街の通りに面した、古びた民家だ。
 その軒下にぶら下がる、大きなてるてる坊主の妖怪は、晃矢が最初に声をかけた時には、まるで眠っているかのように反応がなかった。
 寝ているのならしばらくすれば目も覚めるだろうと思った晃矢は、妖怪の目が覚めるまでの間にと、様々に食べ物を買い込んで来たのだった。

「……さて、今度は起きているかな?」
 民家の軒下で。大きなビニール袋をどっかりと下ろせば、晃矢もまたしばしその場に腰を下ろす。
 買い物途中の休憩にも見えるのだろう、置かれた大荷物を見た通行人から、時折驚いたような視線を向けられるけれど、特別気にすることもない。

『……と、』
 座り込んでいた頭上から小さく声が聞こえれば、晃矢はその声がした方を見上げた。
 ゆらゆらと揺れるてるてる坊主のその動きで、晃矢の方へ意識を向けていることを見て取れば、
「やあ、目が覚めたかい?」
 お邪魔してるよと言いながら。合図をするように妖怪へ向け軽く手を上げ、晃矢が挨拶をする。妖怪もまた、挨拶を返す代わりにゆらりと体を揺らした。

『……ああ、自分でも気付かないうちに寝ていたらしいな、オレは』
「そうみたいだね。まぁ、あれだけ僕達とやりあったんだ、そりゃあ体力も消耗するさ」
 妖怪の言葉に、晃矢は頷き。
 そうして、妖怪の顔をじっと見つめ、ふわりと微笑んだ。
「……けれど。君が手放す覚悟ができてホッとしてるよ」
 その笑みに先の戦いで見せていた目つきの鋭さはなかった。そこにあるのは、本来の晃矢が持つ、陽だまりを思わせるような穏やかさがにじみ出ていて。

『覚悟らしい覚悟なんてできやしなかったが……、これでも一応、オレはお前たちに感謝してるんだ』
 この平和な夕暮れの街と、アイツとの思い出が描かれたこの世界を救ってくれたことを。
 オレという存在を、救うために心を砕いてくれたことを。
 文字通り体当たりで、戦ってくれたことを。
 感謝しているのだと言って、妖怪はお辞儀をするかのように身体を揺らした。
 そうして、晃矢を見つめ、小さな声で言葉を紡ぐ。
『……ありがとうな』

「……礼を言われるほどのことはできなかったけどね、僕は」
 晃矢は漆黒の瞳を細める。
 最終的に覚悟を決めたのは妖怪自身であって、晃矢と仲間の猟兵たちは、覚悟を決めるきっかけを与えたに過ぎない。そう言おうとして、けれどそれは同じ話を繰り返すことになると気がつけば、ゆるりと首を横に振って。

「……でも、僕は。今の僕が君にできることをしたいと思って、君に会いに来たんだ」
 言いながら、晃矢は持ってきた大荷物の中から、小さなレジャーシートを取り出してその場に敷いた。それから、買ってきた食べ物を次々と取り出し、並べ始める。
 惣菜屋の大学芋に、菓子屋のべっこう飴、酒屋で売っていた冷やし飴……その種類を上げていけばキリがないほどだ。

『もしかしてお前、商店街中の食べ物買ってきたんじゃ……』
「さすがにそこまではいかないと思うけどね」
 とはいえこの光景は通行人の人達に驚かれてしまうかもしれないけれど。
 そんな風に言葉を返しながら、シートの上に一通り食べ物を並べた晃矢は、準備はできたとばかりに、ほわりとした笑みを妖怪へと向けた。

「ねぇ、てるてる坊主くん。君の言う『アイツ』の話を、僕に聞かせてくれないかな」
『……アイツの?』
 妖怪にしてみれば、思いもよらない言葉だったのだろう。
 表情こそ変化がないように見えたけれど、妖怪の声に驚きの色が混ざるのを感じ取れば、晃矢は頷いて。

「うん。僕にはその子の代わりはできないけど、君の声を聞くことはできるからさ」
 妖怪が「アイツ」と呼ぶ、会いたいと願った子供。
 その子に会わせる術など、到底持ち合わせてはいない晃矢ではあるけれど。
「だから。君が良ければ、なんだけど、僕にも聞かせて欲しいんだ」
 妖怪が、その子との想い出を忘れなければ。
 その想い出を、誰かと共有さえすれば。
 その子は、妖怪や、その想い出を共有する者たちの中で、ずっと生き続けることができるから。
「君の中に未だ息づいてる、その子の想い出をね」
 言葉とともに。微笑みを向ける晃矢に、妖怪は頷くように、ゆっくりと揺れた。

『……ああ、もちろんだ』
 聞こえた声は、涙に濡れたように、少し震えていたけれど。
 けれど、とてもとても嬉しそうな色を帯びて、晃矢の耳に響いて。

「……そうだ、これも」
 想い出話には甘いものがいいとばかりに。晃矢が買ってきた食べ物の中から選んだのは、玉羊羹だった。
 風船に詰められたピンポン玉のような形状は、なんとなくてるてる坊主にも似ていて。
「お店の人が確かこうやって……っと」
 同じく買ってきた器の上に載せれば。晃矢は取り出した爪楊枝で、えい、とひと刺し。ちゅるんとゴム風船を剥いてみせる。

「一緒に食べないか? 今は君と一緒に食べたい気分なんだ」
 そうして割った半分の玉羊羹を妖怪の口元に差し出しながら、晃矢は微笑んだ。

 ――さぁ、優しい甘さと一緒に。君の大切な思い出も「はんぶんこ」しよう。


 夕暮れの商店街には、いつものように買い物客や家路を急ぐ人の賑わいにあふれていた。
 オレは、商店街の通りに面したボロ家の軒下から、やはりいつものようにその賑わいの様子を眺めていた。

 ――もう、アイツは居ないんだよな。

 かつての思い出に似た家の軒下で商店街の景色を眺めながら、オレは、そんなことを思っていた。

 オレはずっと待っていたんだと思う。
 アイツみたいに、誰かが、オレに話しかけてくれるのを。
 待っていたんだと、思う。

 けれどその一方で、オレはこうも思っていた。
 アイツの居ない今、話しかけてくれるヤツなんて誰もいないと。

 ……けれど。

 ――腹ペコ坊主!
 白い髪の女のガキに、

 ――腹ペコ坊主!
 藍色の髪の男のガキ。

 ――てるてる坊主ちゃん、
 焦茶色の髪とピンク色の髪の、二人の女のガキたちに、

 ――てるてる坊主、
 銀色の髪の、二人の女のガキたち。

 ――ねぇ、てるてる坊主くん。
 そして、漆黒の髪の男。

 その猟兵たちは、オレに話しかけてくれた。
 気にかけてくれた。
 たくさんの「はんぶんこ」をくれた。
 たくさんの「おいしい」をくれた。
 オレの心の中の空腹を、しっかりと満たしてくれた。

 ――ありがとうな。

 夕暮れの商店街の景色を眺めながら、オレはそっと心の中で感謝する。

 オレと、この世界を救ってくれた猟兵たちに。
 そして、オレにたくさんの「おいしい」との縁を繋いでくれた、アイツに。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月29日


挿絵イラスト