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すてきな絶望、くださいな

#アリスラビリンス #猟書家の侵攻 #猟書家 #愛獄人魚マリーツィア #王子様 #宿敵撃破

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 さあさあ、今日も素敵なお話が始まるわ。
 何てったってこの世界は不思議がいっぱい。物語には事欠かないの。
 ――そう、今日は運命で結ばれた王子様とお姫様のお話。
 二人は許婚。王子様がニ十歳、お姫様が十八歳を迎えた時に婚礼を交わすことになっていたわ。それは国同士の政略によるものだけれど、二人は深く愛し合っていたの。

 でもお姫様が十七歳を迎えた日、恐ろしい魔物が彼女を攫ってしまったのよ。
 王子様は国に伝わる剣を手に、危険を顧みずに魔物の城へと乗り込んだの。
 お城に足を踏み入れるには、どんな逆境にも負けない「希望」の力と、大切な人を助けたいという「想い」の力が不可欠だった。王子様が連れてきた兵士たちは、想いの力が足りず城の前で立ち往生するしかなかったわ。

 お城の中は昏く、迷路のように入り組んでいた。
 なんとか王子様が歩けるのは、ところどころに灯りがあったから。
 その灯りは、正確にはそれぞれ大きな水槽を照らしていた。城の中にぽつりぽつりと点在する水槽の中には、女の子がひとりずつ囚われていたわ。水の中で、真っ白いドレスや美しい髪を鰭のように揺らして、苦しそうにもがいていたの。
 すぐに溺死してしまわないのは、魔物が魔法をかけていたから。水の中でも辛うじて息が出来るように。苦しんで苦しんで、それでも時が満ちるまでは死ねないように。
 その魔法のせいなのか、水槽は王子様の剣では割る事ができなかった。そして水槽の数も膨大だった。十、二十、いいえ、もっと。
 王子様の貌にも焦りが浮かんだわ。どんなに探しても愛しい姫が囚われている水槽が見つからないんだもの。

 ――え、続き?
 続きなんてないわ、だってこれは今のおはなしだもの。
 王子様は今も彷徨っている。そして疲れ果てて力尽きた時の絶望を、魔物は待っているのよ。
 希望の力が濃いほど、それが打ち砕かれた時の絶望は凄まじいものになるの。
 美しく澄んだ眼差しと、愛や希望を胸に抱いた王子様。かれが絶望に身を委ね、オウガになるのよ。
 わくわくするでしょう?
 きっと……ええ、きっと美しい魔物になるわ。
 わたしのいとしい王子様。はやく。はやく来て頂戴。
 あなたを希望という紛い物でたぶらかす姫から、わたしが救ってあげるわ。


「彼女は愛を捕らえているつもりで、恋に囚われているのかも知れませんわね」
 さして興味もなさそうな聲で女は……予知者である無供華・リア(夢のヤドリギ・f00380)は告げた。
 恋は一方的なものですから、と微笑む彼女は、物言わぬ『伴侶』である人形の頭をいとおしそうに撫でていた。
「猟書家のひとりであるオウガ。名を『愛獄人魚マリーツィア』と云いますが……彼女が少女達を捕らえるという事件が発生いたしました。
 彼女たちは人質です。真の狙いは別にあります。人質の一人、某国の姫の恋人である男性をおびき寄せる事。彼もまた王族であり、血筋のみならぬ強い信念と希望を持つ真の意味での『王子様』という事でございます」
 罠とわかっていても、正義と希望の象徴である王子はその信念のままに悪に立ち向かった。オウガの城の中で、愛する人を、そして女性たちを不当に苦しめる憎きオウガを探して彷徨っている。

「卓越した剣術と意志の強さを持つ彼は、並みのオウガにならば負けない事でしょう。ですが今回は相手が悪いのです。城に張り巡らされた『絶望』が徐々に彼を蝕み、やがて彼は斃すべきだった筈の存在――オウガに身を窶してしまいます」
 王子の率いる兵達は城に脚を踏み入れる事さえ出来なかった。彼を救えるのは、猟兵だけ。
「今すぐに向かい、城の最奥にいるオウガを討伐してきてくださいませ。囚われの少女達はオウガを斃せば解放される事でしょう。可能であれば、王子様と合流し、励ましてあげてくださいませ。希望の力は強大です。最大限に引き出してあげることができれば、きっと皆さま方の力となってくださりますわ」

 けれど、とリアは付け加える。
「城全域に、王子様を陥れるための絶望の魔法がかけられているのを感じます。王子だけではなく、城に侵入してきた者たち全てに等しく牙を剥くことでしょう。どうか皆さま方も、胸に宿る希望の灯火を絶やさないでくださいませ」
 静かに頭を下げ、リアは転送のためのゲートをひらくのだった。


ion
●お世話になっております。ionです。
 希望の光を胸に抱く王子様が、お姫様を救うためにオウガの城へ足を踏み入れました。
 美しいおとぎ話のようですが、このままでは彼は絶望に堕とされ、オウガへと変貌してしまいます。どうか助けてあげてくださいませ。

●第一章:冒険『死の遊戯場を打ち破れ』
 どうやら城の内部はオウガの絶望が蔓延る余興の場となっているようです。
 侵入した者に絶望の魔の手が襲い掛かる事でしょう。
 皆様が「絶望」と邂逅し、それを打破する心情重視の構成になる予定です。フラグメントの選択肢は参考程度に、自由にプレイングを綴ってくださいませ。詳しくは追加OPにて。

●第二章:ボス戦『愛獄人魚マリーツィア』
 此度の首謀者であり、猟書家でもあるオウガです。

●プレイングについて
 各章、はじめに追加オープニングを記載するタイミングで募集日時をお知らせする予定です。
 王子様への働き掛けも有効ですが、手早くオウガを斃せば少女達も王子様も救えるため、絶対ではありません。声かけする・しないどちらでも判定面で有利不利はありませんので、皆様らしい行動を重視して頂ければ幸いです。
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第1章 冒険 『死の遊戯場を打ち破れ』

POW   :    死の遊戯を強引に破壊するなどして、人質を救出する

SPD   :    死の遊戯を速攻で突破し、人質を救出する

WIZ   :    死の遊戯の裏をかいて突破し、人質を救出する

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 聲がする。私を呼ぶ聲が。
「ああ、いとしいあなた」
「はやく、はやく来て。苦しいわ、助けて……」
 掠れた聲は城のあちこちに反響しているようで、どこから聞こえてくるのかまるで見当がつかない。
「姫、私が必ず助けます。どうぞ気を確かに」
 徐々にか細くなっていく彼女の聲に返す言葉が、届いているのかはわからない。あちこちに囚われている女性たちはみな苦しそうにもがいていて、私のことなど眼中に入っていないようだ。
「惨いことを……」
 早く彼女たちを救い出さなければ。そのためには、彼女たちを捕らえている魔物を討伐しなくては。
 城の内部は入り組んでいて、どちらに向かっているのかがわからなくなる。同じ道を彷徨っているのではないと教えてくれるのは、囚われている女性たちの存在だ。喉元を掻き毟るようにして苦しんでいる彼女たちの姿かたちを『目印』に進むというのは悪趣味極まりないが、魔物の元に辿り着くためには仕方がない。
「どうかお許しください。あなた達を苦しめている者を、必ず討ち取ってみせます」
 無限とも思える時を彷徨い、私はとうとう姫が囚われている水槽を見つけた。
「ああ、姫……」
 水の牢獄に囚われてなお、彼女は美しかった。金の髪が揺れ、青いまなざしがわたしを虚ろに捉えた。
 彼女が手を伸ばす。私もつられるように手をあげる。分厚い硝子越しに指先が触れて――直後、ぱりん、と小さく澄んだ音がした。
「!」
 あれほど剣を振るってもびくともしなかった筈の硝子に罅が入り、広がった亀裂からあっという間に砕け散った。魔法の水は消え去り、倒れ込んでくる彼女の身体を私はひしと抱きしめた。
「必ず、来て下さると……信じて、おりました」
 息も絶え絶えに、けれどはっきりと彼女は云った。
「ああ、もう一度この手であなたを抱きしめられるなんて……」
 彼女の手を取った。未来を誓い合った指輪が薬指できらめいている。確かめ合うように私の指にもはめられたそれを合わせれば、花のように彼女は微笑んだ。
「帰りましょう。わたしを連れて行ってくださりますか?」
「はい。だがもう一つ、やらねばならない事があります」
「やらねば、ならない事……?」
「他にも囚われている方々がいるのです。彼女たちのためにも、この城の魔物を討伐しなければ」
「必要ありませんわ」
 ぞっとするほど、冷たい聲だった。
「え……?」
「あなたはわたしを選んでくれた。だからもう、その必要はないの」
 彼女の姿が変わっていく。美しい白い膚がどろりと溶けて、青いまなざしがみるみるうちに濁って――。
「そんなおとぎ話があったでしょう? 偽物の姫を選んでしまったら、本物にかけられた呪いは解けない。あなたは姫を救えなかったのよ」
「あ……あ」
 せせら笑う魔物の後ろで、本物の姫が悲痛な叫び声を上げながら消えていくのが見えた。
 嘘だ。これは幻だ。そんなはずない。そんなはずがない……!
「ねえ、でも、姿が同じだっただけで騙されてしまうのね。あなたの愛なんてものは、そのくらい不確かなものだったのね」
 タールのような指先が、私の首筋を撫でる。抗いたいのに、身体はぴくりとも動かない。
「ねえ、だったらあの子じゃなくてもいいじゃない? わたしの方があなたを愛してあげられるわ。尽きない命をあげる。希望はこんな風に簡単になくなるけれど、絶望はなくならないのよ」
 指はいやになまめかしく、焦らすように私の首をのぼっていく。頬に到達した時、そっと掌がそこを包んだ。汚泥のような色と肌触りの皮膚なのに、噎せ返るほどに甘ったるい花の馨を纏っていた。
「大好きよ。私の王子様」
 動けない私に、人魚が口づける。
 花の馨がますます強まり、私の中の彼女の思い出が、人魚の身体のように溶けて崩れてなくなっていく。
「ねえ、あなたの愛しい人の名前は?」
「なまえ、は――……」
 思い出せない。
「マリーツィアよ。さあ、呼んで」
 ちがう。ちがう。わかっているのに。
 消えてゆく思い出を手繰り寄せる。彼女が好きだった花の咲き乱れる庭園。姫が振り返る。
 その顔は、目の前の魔物の貌をしていた。


 第一章は死の遊戯場。人魚の『絶望の魔法』が張り巡らされています。
 足を踏み入れた貴方も、胸に巣食う絶望の光景を見る事でしょう。
 大きく分けて二つのプレイングが考えられます。もちろんこれ以外でも大丈夫です。

1.絶望の光景を視る。
 絶望の光景は過去に体験したものでも、もしもの未来でも、何でもいいです。皆様の心を呼び水に展開される幻影ですので、どうぞご自由に綴ってくださいませ。
 基本的には絶望に抗うところまででひとつのリプレイとして展開するのを予定していますが、演出のために囚われ続けているところで終わるのでもオッケーです。二章に参加して頂いていたらその合間で抗い断ち切ったものとしますし、参加せずにフェードアウトでもシナリオが成功すれば帰還できるので問題はありません。とにかくご自由にキャラクターらしい物語を綴ってくださいませ。

2.王子様を助ける。
 早々に自分の絶望を断ち切り、王子様への働きかけを重点的に描写するパターンです。
 王子様が視ている光景も幻覚であり、彼にしか見えていません。UCを使って人魚の幻影を斃したように見せる、王子様に呼び掛けて希望を取り戻させる、などが有効でしょうか。
 この行動をとる人が一切いなかったとしても、最終的にボスを斃せば王子様の身の安全は保証されています。演出程度にお考え下さい。

 1と2、両方の選択肢を取って頂いても大丈夫ですが、どちらを重視するかはっきりしていた方が描写がしやすいかもしれません。また、選択肢と銘打ってはおりますがこれ以外の行動をしてはいけないというわけでもありません。たとえば王子様には破れなかった水の牢獄も、猟兵ならば破れるかもしれません。ご自由に書いて頂けるのが一番うれしいです。

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 プレイング受付:2月28日(日)朝8:31~
 終了タイミングはMSページなどでお知らせ予定です。
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黒城・魅夜
ふふ、これが私の絶望だとでも?
身を引き裂かれ続けたことも
大切な人と会えぬまま久遠にさまよい続けたことも
すべて乗り越えた過去のこと
ゆえに私は今ここにあり
今ここにあるがゆえに私が希望を捨てることはありません
茶番よ、退きなさい

それより王子様です
UCを効果を調整して使用
また「鋼は魂に口づける」も使って彼の幻に干渉しましょう
彼の魂の煌めきも強さも確かなもの
ほんの少し手を貸しさえすれば自ら立ち上がれるはず

王子、真実の愛の強さとは偽りに騙されぬことではなく
偽りを乗り越える決意と覚悟です
その想いが真実であることは
あなたが今この場まで進んできた事実そのものが証
幻を見せることしかできぬ愚者の戯言など振り払うのです




 目の前に広がっていたのは、どれほど凄惨な光景だっただろうか。
 けれど彼女は――黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)は、その名に相応しい艶めく黒髪を揺らし、ただ静かに笑うのみだった。
「ふふ、これが私の絶望だとでも?」
 身を引き裂かれ続けたことも。大切な人と会えぬまま久遠にさまよい続けたことも。
 すべては過去の事だ。そこに意味などない。
 悪夢を悪夢たらしめる偽りの希望。それを植え付ける役割を担っていた彼女は、今では真の希望としてここにあるのだから。
「茶番よ、退きなさい」
 低い聲で魅夜が告げると同時、立ち込めていた絶望は霧が晴れるように消えていった。

「それより、王子様です」
 城は広い。だが猟兵の他に動く者は『彼』しかいない。見つけることは容易かった。希望の光を宿した筈の彼が、今では地面にへたり込んで魅夜には見えぬ何かに怯えている。
「私は、護れなかった……いいえ、それどころか私が彼女を……」
 そっと。その心に魅夜の力が忍び込む。本来は魂に悪夢の麗牙を食いこませる力だが、悪夢から生まれた魅夜が希望を知ったように本来その二つは極めて近しいものだ。少し手を加えれば、それは希望の光となる。
 更に、伸びた鎖が王子を誑かす人魚を貫いた。王子がびくりと身体を強張らせたのは、人魚の悲鳴が彼の耳に轟いたのだろうか。
「王子」
 魅夜の聲に、ゆるゆると王子が顔を上げる。
「真実の愛の強さとは偽りに騙されぬことではなく、偽りを乗り越える決意と覚悟です」
「……決意と、覚悟……」
 王子が魅夜を見、そして鎖に貫かれたものを見る。
 そして視線を落とす。右手は未だに確りと剣の柄を握りしめていた。人魚の絶望に惑わされながらも、抗うための力を手放してはいなかったのだ。
「私はまだ、姫を救えるでしょうか」
「あなたが救いたいと強く願っている限り」
 王子を後押しするように魅夜が頷く。
「そして、その想いが真実であることは、あなたが今この場まで進んできた事実そのものが証」
 王子が立ち上がる。その背を魅夜はそっと目を細めて見守っていた。
 やはり彼の魂の煌めきも強さも、確かなもの。希望を胸に立ち向かう人の姿はうつくしい。人々の無意識から生れ落ちた悪夢の中核さえも、未来を望むひとりの猟兵にしてしまえるほどに。
 ――さあ、幻を見せることしかできぬ愚者の戯言など振り払うのです。
 剣が閃いて、幻の人魚を薙ぎ払う。鎖が震え、断末魔の聞こえぬ魅夜も悪夢の終焉をはっきりと感じ取った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】

絶望ってどんなでしょうねぇ
なんて、わらっていたのに

自分を見下ろす金の瞳が知らないものを見る眼差しで、誰だ?なんて言う
自分を忘れた、あの子

目を見張って、名を呼ぼうとして
どうしてか声が出なかった
不思議
伸ばしかけた手が、力なく落ちる
何だかぼんやりして思考が定まらない
胸が可笑しい気がして着物をぎゅっと握った
引き絞られるような胸の感覚が理解出来ない

……何か、変?

首を傾げる
理解不能
良く分からない
人真似して作った人格に不具合?

……カフカ、

声は、喉につっかえて上手く出なかった
人が聞けば、途方に暮れて消え入りそうに、淋しげに聞こえたかもしれない

自覚なんて何ひとつないこの妖は、
君に忘れられるのが一番怖い


神狩・カフカ
【彼岸花】

絶望なんざ、こンだけ長生きしてりゃ今更だろうに

はふりの透けた身体にも
やっと慣れてきたというのに
それが足先から融けるように消えていく
すでに霊体の身体がなくなるということは…
――おれはまたこいつを失うのか…?

掴もうと伸ばした手が空を切る
いやだ、置いていくな
お前が死んだと知ったとき心に穴が空いたような心地がした
この涯のない生で、共にあるのが当たり前で
それがずっと続くと思っていた
身勝手にも裏切られたような気にさえなった
今更おれをひとりにするなよ…

ふと耳に入ったおれを呼ぶ声に、はっとして
なんだ、近くにいるじゃねェか
おれはここにいるよ
さっさと行こうぜ
こんなもン、現実になるわけねェよ
…なって堪るか




 ひとの姿をした者が、ひとであるとは限らない。
 若い青年のような姿の神狩・カフカ(朱鴉・f22830)は永い時を生きて来たし、小さな少年のような葬・祝(   ・f27942)だって、歳なんて数えるのはとっくにやめてしまった。
 二人で訪れた『絶望』の城。はん、とつまらなそうにカフカは鼻を鳴らした。
「絶望なんざ、こンだけ長生きしてりゃ今更だろうに」
 なあ、と呼びかけようとした口元が止まる。視界の先、ふわふわ透ける祝の身体が、なんだかいつも以上に頼りない。まるで――まるで。
 悪い予感は的中した。足元からどんどん祝の身体が融けるように消えていく。ちいさな身体は既に霊体。器の方はいちねんまえに役目を終えてしまった。それがなくなってしまうということは。
(「――おれはまたこいつを失うのか?」)
「はふり、」
 縋るように伸ばした手は虚しく空を切った。――りぃん、と澄んだ鈴の音を最後に、彼はどこにも、いなくなってしまった。
「……いやだ」
 ふらり、踏み出した一歩。よろめくように速まって、カフカは城の中を走りだす。
「いやだ、置いていくな」
 嘘だ。嘘だ。どこかにいるンだろ? だって。あの時だってお前は還ってきたんだから。
 この涯のない生で、共にあるのが当たり前で――それがずっと続くと思っていたのに。
 お前が死んだと知ったとき心に穴が空いたような心地がした。身勝手にも裏切られたような気にさえなった。
 再び逢えた時、どんなに嬉しかったことか。幽霊みたいな透ける身体にだって、やっと慣れてきたのに。
「今更おれをひとりにするなよ……」
 彷徨う靴音は、どこまでも虚しく響き渡っていた。


「絶望ってどんなでしょうねぇ」
 君は知っていますか、なんてわらって見上げた。カフカはきっと、そんな下らねェもの、なんて笑い飛ばしてくれるだろうと思いながら。
 だというのに。
 いつもは飄々とつかみどころのない金のまなざしが、不思議なものでも見るように祝を見下ろしていた。
「――お前さん、誰だ?」
 自分を忘れたひとの映る双眸が、見開かれる。
 ……冗談でしょう?
 名を呼ぼうとしたのに聲が出ない。ひゅう、と空気だけが漏れた。伸ばしかけた手さえも、力なく落ちる。
(「どうして?」)
 これは不具合だろうか。人真似して作った人格が、完全ではなかったのだろうか。
 だって、何だかぼんやりして思考が定まらない。
 胸も可笑しい気がする。損傷しているわけでもないのに、きゅうっと引き絞られるような感覚がある。耐えるように強く着物を握った。聲が出ないのはこれのせいなのだろうか。
 何が起こったのか理解できず、首を傾げる祝を、不思議そうにかれが見下ろしていた。その視線を感じると、胸の感覚がますます強まる気がした。
 これが絶望?
 でも絶望とは、一切の望みを絶たれる事なのではないか。カフカは己の事を忘れて「誰だ」と云っただけだ。それだけで絶望なのだろうか。
(「どうして?」)

「……カフカ、」
 からからの喉が、ようやく音を紡いだ。それは途方に暮れて消え入りそうな、寂しそうな聲に聞こえたかもしれない。
 ――ふっ、と何かが消えていく気配がして、カフカの身体がよろめいた。まるで今まで走っていて、急に立ち止まったかのように。ただ不思議そうに突っ立っていた筈なのに。
「……なんだ、近くにいるじゃねェか」
 悲痛も、直後に浮かんだ安堵も、上がり切った息も隠し、いつもの表情でカフカが笑った。
「思い、出したんですか?」
「ああ、そっちも変な術にかかってたンだな」
 大きな眸をまたたかせて見上げてくる祝は、ようやく探していた人に出逢えた迷子のようで。
「おれはここにいるよ。さっさと行こうぜ」
 また幻術が襲ってこないとも限らねェからな、と歩を早めるカフカに、祝も透けてはいるもののひとのかたちをした身体で続く。
「先ほどのは、幻、だったんですよね」
「こんなもン、現実になるわけねェよ」
 なんでもないように答えるカフカだけれども。幻術が切れた瞬間の形相を思えば、彼もまた耐え難いものに苛まれていたのだろうと祝は悟る。
 ――絶望、かはわからないけれど。
 銀の眸をそっと伏せる。
 ――自覚なんて何ひとつないこの妖は、君に忘れられるのが一番怖い。
 それだけは、透ける身体のようにあやふやな妖の中に確かにある想いだった。
 そして、現実になるわけないと云ったカフカもまた、祝に聞こえないよう小さく吐き棄てる。
「……なって堪るか」
 もう二度と、喪うわけにはいかない、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

宵と手を繋ぎ城を進む
宵さえ居れば絶望になど囚われる訳がない故に
そう笑みを浮かべながらも、眩暈と共に現れた鉄格子と身動きが出来ぬ己の姿を
そして本体が無事ならば死なぬ己達の神秘の謎を明らかにせんと宵の骨を肉を断ち生きたまま腑分けて行かんとする人間の姿を捉えれば、肉を持つ前指の上から見ていた様々な人々の罪過が脳裏を過り絶望と殺意が身を襲い【罪告げの黒霧】を飛ばしかけてしまう…も
力を込めた手指に絡む感触に気付けば思わずその身を抱き寄せてしまうやもしれん
…宵…、…本当に、無事なのだな…?
そう安堵の吐息を漏らしつつも、胸に滲むのは敵に対する明確な殺意で
…この借りは確りと返させて貰わんと、な


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

かれには微笑んで手を繋ぎ城内を進むも
気づけば見上げるほどに巨大な敵の眼下
振り下ろされる鉤爪から咄嗟に回避せんとした瞬間―――

視界を覆ったのは大きな背中
湧き上がる鮮血と、苦鳴
庇われた、そう知覚した瞬間見えたのはかれの右手
粉々になった黄金の指輪が、砕かれた蒼玉が

嗚呼、嗚呼―――!
瞬時、怒りと絶望に視界が赤く染まり
衝動のままに星を喚びかけるも、懐の守り刀から熱を感じ正気に戻れば
握った手を強く握り直して

ザッフィーロ、気を確かに
かれの目にも光が戻ったなら
ええ、無事ですよと微笑みましょう
あたたかいその背をぽんぽんと叩いてから
はい、熨斗をつけてね
百倍にしてお返ししましょう




 はぐれないようにしっかりと、手を繋いで進む。
 水牢に囚われた少女達が連なる地獄の如き光景を往くのは二人。逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)と、ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)。
「宵さえ居れば絶望になど囚われる訳がない故に」
 ザッフィーロの言葉に、宵も微笑んで頷いた。
 そう、きっと。何があっても――……。

 なのに。
 薄暗い視界が、不意に更に暗くなる。
 不思議に思った宵がつと見上げると、咄嗟に全貌が伺えないほどに巨大な怪物が立ちはだかっていた。
(「いつの間に――!」)
 杖に魔力を込めようとする宵だが、それよりも早く怪物の鉤爪が迫る。身を翻そうとするも、鋭い爪は巨大な身体に見合わぬ疾さで襲い掛かって来た。
 間に合わない。負傷を覚悟した時、宵の前に大きな背中が飛び込んできた。
 低く、呻く聲。鮮血がしぶく。
 ザッフィーロが己を庇ってくれたのだと知覚した。いつも通りだ。そこまでは。身体を張ってくれる彼の傷を無駄にしてはならない。己がすべきことは、この隙を逃さず怪物を斃す事。
 けれどザッフィーロの傷の深さに、宵は咄嗟に彼の手元を視ずにはいられなかった。そして厭な予感は的中してしまった。
 彼の本体たる黄金の指輪が。ヤドリガミであるザッフィーロのいのちたる蒼玉が。砕かれて、粉々になっていく。
「ザッフィーロ……!」
 怪物の薙ぎ払いを受けて尚、吹き飛ばされることなく立ちはだかっていたザッフィーロの身体が、力を失いくずおれていく。宵の胸に倒れ込んだヤドリガミは、完全に意識を手放してしまう直前、微かに微笑んだ。愛する人の無事を確認し、安堵したかのように。
「……嗚呼、嗚呼―――!」
 宵の心を覆い尽くすのは、怒りか、絶望か。


 あんなに確りと手を繋いでいたはずなのに。
 突如襲い掛かってきた眩暈に目を瞑り、収まるまで耐えたほんの数秒の間に宵の気配が消えていた。
「……宵?」
 足を踏み出そうとして気づく。身体が動かない。頑丈な枷が己の四肢を壁に括り付けていて、更に視界の先には鉄格子までもが鎮座していた。
 その向こう、もう一つ檻があった。同じように囚われている青年を見たザッフィーロが目を見開く。
「宵!!」
 懸命に呼びかけても宵は答えない。そして彼の周りには、武骨なナイフを携えた人間たちが立っていた。
「待て、宵に何をする……!」
「なあ、こいつって『死なない』んだろ? どうしてだろうな」
 宵の白い膚にナイフを這わせながら、男がにたにたと笑んだ。
「見た目は似てるが、ガワだけかも知れん」
「ああ、こいつは人間じゃねえんだ」
 ――ひゅ、とナイフが滑る。宵が身体をびくんと強張らせ、噴水のように血が飛び散った。
「止めろ、宵を離せ!!」
 ザッフィーロが鎖を軋ませてありったけの聲で叫ぶ。男の一人が振り返って嗤った。
「心配すんなよ。こいつが済んだらお前も同じようにしてやるから」
「ヒュー、内臓潰してもまだ生きてやがる」
「人魚の肉食べると不老不死になるとか言うじゃん? こいつらの肉も同じような事起こらねえかな?」
「ハハ、いーじゃん。試してみようぜ」
 下卑た笑い。私欲のために簡単に他者を犠牲にする者たち。
 ザッフィーロは彼らのような者たちを知っている。司教の指にあった指輪は数々の罪をただ見つめてきた。赦しや救いが本当に彼らに必要だろうか? 許されざる者達に裁きを与える事も善良な民にとっては救いではないか?
(「いいや、そんなものは――建前だ」)
 ただ、一人の肉体を持つ者として、彼を愛する者として。
 赦せない。赦せない。――赦せない!!
 指輪が長年纏ってきた穢れを放出する。
 あの者たちだけは、何があっても殺してやる。

 だが穢れが生命を蝕む霧となる直前、ザッフィーロの指輪を包み込むような感触があった。
(「……宵?」)
 宵は手に届かぬ場所にいる筈なのに。己の心が、これこそが宵だと告げていた。
 手繰り寄せる。動かぬはずの腕が、強くつよく彼を抱きとめた。


「……宵」
「ザッフィーロ、気を確かに」
 気づけば怪物も、野蛮な人間も消えていて、二人は無傷のままそこに在った。
「……宵、本当に……無事なのだな?」
「ええ、無事ですよ」
 懐の守り刀が呼び覚ましてくれたんです、と宵は微笑んだ。邪を祓う小刀。これがあったからこそ、きみを連れ戻せたのです、と。
 安堵の吐息を漏らしながら、改めて無事を確認するようにザッフィーロは宵の身体を抱きしめた。宵もまたあたたかいその背をぽんぽんと叩きながら、彼の手袋の下にある指輪の形を確かめていた。
「ああ、だが」
 幻が醒めても尚、消えないものがひとつだけ。
 ――殺意。ただ悪意ある人々に対してではなく、悪趣味な幻を見せた者への。
「……この借りは確りと返させて貰わんと、な」
「はい、熨斗をつけてね。百倍にしてお返ししましょう」
 よりによって最も大切なものを踏み躙った。その罪は、重いのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

袁・鶴
隠ちゃんf31451と

絶望を見せる、ねえ
様子可笑しかったら助けてくれる?と軽口を口にし進むも
道の先に小さな少女の姿が現れれば弾かれる様に駆け寄るよ
赤紫と水色の綺麗な瞳をした生き別れてからずっと会いたかった大好きな幼馴染
さよちゃんと呼んだ名に振り返った少女がもう自分はこの世にはいないのだと崩れる姿を見れば深い絶望に呆然と立ち尽くしてしまう…も
隠ちゃんの声が耳に届けば頭を振り正気に戻るよ
…さよちゃんが死ぬわけないのに何やってんだか
隠ちゃんには大丈夫?と声をかけつつどんなものを見たのか聞いてみるよ
ほら悪夢は話すと嘘になるっていうじゃない…って
バディ組んでるんだから偶には頼ってくれてもいいんだけどなあ


隠・小夜
袁(f31450)と
アドリブ歓迎、目の露出NG
『さよちゃん』が自分である事は絶対に秘密

つるちゃんに幸せになってほしかった
戦いから縁遠い場所で、僕以外のお嫁さんを見付けて
穏やかに、幸せに生きてほしいと
ずっと願っていたのに――

な、に……これ……
目の前に映るのは無惨に殺された、つるちゃんの姿
もう、昔のような眩しい笑顔も見られない
泣かないでって抱き締めてくれない
『隠ちゃん』って呼んでくれることすら、もう、叶わない……?
あの日の約束が崩れた気がして、呼吸を忘れそうになる

つっ……袁、君も見た、んだ
他人の絶望を聞きたいとか、良い趣味してるよね
言うつもりはない、さっさと行くよ
……頼っていない訳じゃないよ




「絶望を見せる、ねえ」
 飄々と笑うのは鴆。毒を食し毒を宿す妖怪である袁・鶴(東方妖怪の悪霊・f31450)だ。絶望というものがこの世にあるのなら、この自分は生まれからしてそれに違いない。数々の同胞を生贄に生まれた。彼らを狩る者へ対抗する存在として、それに相応しい獰猛さと強力な毒を持って。
「様子可笑しかったら助けてくれる?」
 それ以上の絶望なんて、あるのだろうか。へらり笑って軽口を叩けば、
「別に構わないよ」
 傍らの少年から、いつも通り興味のなさそうな言葉が返ってくる。隠・小夜(怪異憑き・f31451)。両目を長い前髪で隠している上、更にいつでも聴覚を遮断できるようにヘッドホンまでつけている。他者との関わりを徹底的に避ける彼だが、同じ寮に住む「袁」とはこうして行動を共にすることもある。その理由を、袁は知らないけれど。
「――あれ? 隠ちゃん?」
 城を進む中、いつのまにか隠の気配が消えていた。辺りをきょろきょろ見回していた袁は、直後目を見張った。
「……さよちゃん? さよちゃんだよね?」
 後ろ姿だけど間違いない。生き別れて以来ずっと逢いたかった、大切な幼馴染。
 振り返った少女は、思い出どおりの姿をしていた。片方が赤紫、片方が水色の、とっても綺麗な眸の女の子。
 真っ先に幻覚を疑うべきだと、袁の理性が告げていた。けれど心が彼女との再会を望んでいた。駆け寄る袁の姿を、さよちゃんも見つめていた。
『……つるちゃん、ごめんね』
 だというのに彼女は、悲しそうに笑うのだった。
「なんで、謝るの?」
 訊ねる袁の目の前で、『さよちゃん』の身体が崩れていく。罅の入った泥人形のように、音もなく。
 繋ぎ止めたかった。だけど身体が動かない。名前を呼びたいのに、喉に蓋でもされてしまったかのように聲が出ない。
 呆然と立ち尽くす袁の脳裡に、少女の聲が響いてきた。
 彼女がもうこの世にいないのだという、信じられない言葉が。


「……袁?」
 同じころ、隠もまた袁を見失っていた。探そうと踏み出しかけた足が――止まる。
(「……このまま僕と離れていた方が、『つるちゃん』は幸せかもしれない」)
 あの時、大切な幼馴染から離れた時のように。
 戦いから縁遠い場所で、僕以外のお嫁さんを見付けて。
 怨恨に満ちた生まれから解き放たれるように、穏やかに幸せに生きてくれれば――。
 悪魔のような眸を、綺麗だと褒めてくれた幼馴染。
 彼の幸せだけを、今も願い続けていたのに。

「な、に……これ……」
 目の前に映ったのは、無残に殺されたつるちゃんの姿。
 引き裂かれた胴体。無数の傷が、彼が戦いの中で死んでいった事を告げている。
 うつろな眸が小夜の姿を映していた。もう何も云わないつるちゃん。昔のような眩しい笑顔を浮かべる事も、泣きじゃくる自分を優しく抱きしめてくれることもない。
「つ、るちゃ……」
 大切なつるちゃん。彼の傍にいるために僕は『隠』になった。でも、『隠ちゃん』と呼んでくれることすら、もう、叶わない……?
 あの日の約束が崩れる音を、小夜は聞いた気がした。
「や、だ、目を醒まして……!!」

「隠ちゃん」
 ふと、聲がした。どくん、と心臓が脈打って、気が付けば隠は現実に引き戻されていた。
「あ……」
「良かった。目が醒めた?」
「つっ……」
 思わずその名で呼びかけて、隠は咳払いで誤魔化した。
「袁、君も見た、んだ」
「うん。隠ちゃんの聲がして正気に戻れたよ」
(「……聞かれてないよね?」)
 覗き見る袁の表情は、隠の正体に気づいているとは思えなかった。ほっと隠が胸を撫でおろすころ。
(「……さよちゃんが死ぬわけないのに何やってんだか」)
 己の狼狽を恥じるように、袁もあいまいに笑っていた。
「他人の絶望を聞きたいとか、良い趣味してるよね」
「隠ちゃんはどんなものを見せられたの?」
「……君も同類なの?」
 咎めるような隠の視線に、慌てて袁は否定する。
「違うよ。ほら、悪夢は話すと嘘になるっていうじゃない。安心できるかなって」
 気を利かせていったつもりだったのに、隠はくるりと踵を返してしまう。
「言うつもりはない、さっさと行くよ」
「……バディ組んでるんだから偶には頼ってくれてもいいんだけどなあ」
 ぼやきながらついてくる袁に、隠は小さく零す。
「……頼ってない訳じゃないよ」
「ん? 何か云った?」
「…………別に」
 ええ、と聲を漏らす袁を尻目に、今度こそ隠は無言ですたすたと歩いて行ってしまうのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蒼・霓虹
わたしはかつて、ある平和を維持する組織に所属し最年少ながらエージェントとして活動していました

その最中、ある郷土料理との出会いと
ヒーローとの出会いで
持った夢がありました。

『お前が憧れを持った起因に引っ張られた戦い方や思想は、組織の品格に関わる恥その物』

でも、組織にはその思想が気にくわないみたいで、牙を剥かれ

『お前の存在は回りの人間の品格すら貶める、その下らない夢と共に死ね』

友人達を人質に取られ粛清を受け
それでも命がらがら逃げ

……でも、今のわたしは一人じゃない、いつかこの夢(UCを【高速詠唱&範囲攻撃】で死の遊戯を破壊)で

おおらかだった組織が変異した
その背後にある悪意を

※アドリブ絡み掛け合い大歓迎




 ――あの子、まだ若いのにすごいよね。
 ――がんばってる。きっと将来大物になるよ。

 ああ、そんな風に云われていた事もあった。今は蒼・霓虹(彩虹駆る日陰者の虹龍・f29441)という名の竜神が、まだ虹龍と融合する前のこと。
 ある平和を維持する組織に所属し、最年少のエージェントとして活動していた少女。その中で、ある郷土料理と、そしてヒーローと出逢った。
 出逢いをきっかけに、少女はある夢を持った。少女らしい憧れと、平和を愛する心から生まれた夢を、組織も歓迎してくれると信じていたのに。
『お前が憧れを持った起因に引っ張られた戦い方や思想は、組織の品格に関わる恥そのものだ』
 その夢を真っ向から否定され、牙を剥かれた。
「どうしてですか?」
 糾弾され、狼狽えながらも、少女は必死で問うた。
「平和を愛する気持ちはみんな一緒のはずです。みんなが安心して夢を追いかけられるような世界が、わたしにとっての平和です」
 それは勿論、護るべき人達だけではない。少女自身も、もちろん共に活動する人々も。
「それが許されないなら、平和とは何なんでしょうか?」
 ただ、わかってほしかった。
 組織の活動理念を邪魔する気などない。夢を追う事が組織として活動する足枷になることを危惧しているのなら、今まで以上に立派なエージェントになってみせる。懸命に訴えた。なのに。
『お前の存在は回りの人間の品格すら貶める。お前の友人を少しでも大切に想っているのならば、今すぐに夢を棄てろ。それが出来ないのならば』
 ――その下らない夢と共に死ね。
 棄てろと命ぜられて簡単に棄てられるほど、生半可な熱意ではなかった。結局友人たちを人質に取られる形で少女は粛清を受け、何とか逃げのびて――そうして今がある。

「……でも、今のわたしは一人じゃない」
 胸に宿る蒼き灯火。もう口にする事さえなくなってしまった夢は、今でも彼女の中でくすぶっている。死と絶望の遊戯を破壊し、上書きするように展開された迷路が辺り一面を覆い尽くす。まるで霓虹の心の裡のような、壊れかけた迷路。その出口は、他ならぬ霓虹自身が知っている。
「あの組織は、本来おおらかでした。あんな風に変わってしまうなんて――きっと何かの悪意が働いていたはず」
 その悪意を消し去るように蒼鉛が広がってゆく。迷路を突破し、振り返った時には、少女を嘲笑う幻聴もまた、消えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

外邨・蛍嘉
人格:クルワ(男/鬼)としての行動
武器:妖影刀『甚雨』

絶望…アア、ワタシの話デスカ。
外部から何かしら『鬼』と他称され、鬼に堕ちる。呪術『鬼化症候群』デスネ。
呪術素質なくてもでき、術者が一人でなくてもいいのが厄介ナノデスガ。
ワタシは、『剣鬼』と称され、独り歩きした結果デシタネ。

ソノ結果、実家から名を消され、最初からいなかった者とされマシタ。剣の天才と称した実家デスヨ。
ワタシは、人として剣を修めていただけナノニ。

名を消された理由なんて、簡単デスヨ。六出は『鬼』になる前に浄化し、人のままにする…つまり『鬼』を出してはいけない家だったノデスカラ。

今デスカ?
張り切ってケイカと一緒に、猟兵やってイマスガ?




 鬼を魂に宿す外邨家――その生まれである外邨・蛍嘉(雪待天泉・f29452)の裡にもまた、ひとりの鬼が存在している。
 クルワという名の、一振りの刀を携えた鬼だ。
「絶望……アア、ワタシの絶望デスカ」
 海のような髪を持つ男は、同じいろの眸をゆっくりと瞬かせて呟いた。
 いつの間にか目の前の景色が変わっている。水の牢獄が並ぶ城から、かつて彼が育った家へと。

『鬼化症候群』と呼ばれるものがある。症候群と名はつくが、それは呪術の類である。
 厄介なのは呪術の素質がなくとも出来ることと、術者が一人でなくてもいいこと。ひとりひとりの怨恨や練度が不完全だったとしても、集まればそれは確かな呪いとなる。人ひとりを鬼に堕としてしまうほどに。
 ひたすらに剣の腕を磨いていた男がいた。生まれ育った家の人々は彼を剣の天才と称し持て囃した。男は称賛に驕り高ぶることもなく、強さを求めて道を踏み外すこともなく、真っ当に剣を修めていた。それだけだったのに。
 いつからか噂が流されていた。彼の並外れた強さを恐れたのか、鮮やかな剣術を妬んだ者が広めたのか。剣鬼と称された時から、噂はどんどん尾鰭がついて一人歩きしていった。――あれは人の範疇を超えていると。強くなりたくて鬼に魂を売ったに違いないと。
 人々の噂が、それを信じる心が、結びついて強まった時。それは強力な呪いとなる。男が真実鬼に成り果てた時、彼が育った実家は彼の名を消した。最初からそんな男は存在しなかったとでもいうように。あんなに彼の腕を称賛していたというのに。
「どうしてそんなひどい事を?」
「簡単デスヨ」
 どこからか聞こえてきた聲に、鬼は――クルワは答える。
「六出は『鬼』になる前に浄化し、人のままにする……つまり『鬼』を出してはいけない家だったノデスカラ」
「辛かったのね」
 人魚が囁く。
「あなたを鬼に堕とし、絶望に堕とした奴らなんて存在する意味があるのかしら?」
「……と言ウト?」
「殺してしまいましょうよ。みんなみんな。あの日の絶望を思い出して。誰にも負けないくらいに研ぎ澄ま――」
 人魚の言葉はそこで途切れた。何故言葉が出ないのか不思議がるように、口をはくはくとさせる。視界に頸のない己の身体が映った。
 遅れて血飛沫の代わりに黒いタールが飛び散った。ごろごろと地面を転がる人魚の頸は、クルワに“どうして”と問いかけているようだった。
「だって今ハ、」
 妖影刀『甚雨』を鞘に納め、クルワは幻の光景から脱する。
「張り切ってケイカと一緒に、猟兵やってイマスカラネ?」
 今も変わらず、剣を振るう者として。

大成功 🔵​🔵​🔵​

天片・朱羅
なくした俺の主様が居ても驚きゃしねぇよ
毎晩夢に見てんだ、そりゃ居るだろな

酷ぇよ、辛ぇ、紛い物でも縋り付きてぇ
だけど主様の手が触れてくれた身を偽物に穢されたくねぇ
きっつ、キレそう
手前があの方のカタチを造んな
ぶち壊してやりてぇけどその姿に攻撃できねぇ
今から目を閉じる。目ぇあけたとき消えてねぇとぶっ殺す。
いる。
消えろっつったろ!!(UC)

よう王子様、あんたは悪くねぇ。此処にゃ悪い魔法が掛かってんだ
お姫様取り返してくっからシャンとしてな
さっきのコトも黙っててやっからご安心を、なんて
んなこと言ってる状況じゃねぇ?
無駄口でも叩いて気ぃ紛らわせてねえと絶望度ヤベーので(顔面蒼白)
進むための希望なんてねぇもん




「別に、驚きゃしねぇよ」
 緋色を包む黒髪。微かに漂う花の馨。
 可憐でさえあるかんばせから零れるのは、快活な男言葉。
 今、天片・朱羅(誰かの忍者・f32486)は己の視界にあるものを見、笑い飛ばそうとした――できなかった。
 頭ではわかっていた。毎晩夢に視るほどだ。心の裡にある絶望を引き摺りだすというのなら、きっとあの人が出てくるのだろうと。
 気楽に世界を飛び回り、誰かに雇われる事を望む朱羅がただ一人、主様と呼ぶひと。
(「酷ぇよ、辛ぇ、紛い物でも縋り付きてぇ」)
 もう逢う事の叶わない人が、思い出のままの姿で、表情で、そこにいるのだから。
(「だけど主様の手が触れてくれた身を偽物に穢されたくねぇ」)
 今、委ねてしまったら。
 それこそ主様に顔向けができなくなる。手を取られればその手から、髪に触れられればその髪から、朱羅に残る主様の残り香が消えてしまいそうで。
「――きっつ、キレそう」
 吐き棄てるように、零した。
「手前があの方のカタチを造んな」
 偽物は何も云わない。朱羅が攻撃をしてこないと確信しているかのようだった。
「……クソ。舐めるなよ。今から目を閉じる。目ぇあけたとき消えてねぇとぶっ殺す」
 震える手をぎゅっと握って、目を瞑る。開ける。
 ――ああ、腹立たしい。どっちみち穢されるようじゃねぇか。
「消えろっつったろ!!」
 叫びと共に鈴蘭の花嵐が巻き起こる。
 朱羅の力によって斬り刻まれ、大切な人の姿が消えてゆく。
 わずか十三歳の少女はただ、きつく唇を噛みしめた。色の白い手が更に血の気を失うほどに強く握り締めて、溢れ出そうになる感情を押し留めていた。
 やるべきことは、まだ残っているから。

「よう王子様」
 進んだ先で見つけた王子に呼び掛ける朱羅。
「あなたは……」
「あんたは悪くねぇ。此処にゃ悪い魔法が掛かってんだ」
 王子の顔には疲労が残っていたが、聞いていたほどの絶望はない。他の猟兵が彼を解放したのだろうと朱羅は推測した。
「お姫様取り返してくっからシャンとしてな」
 さっきのコトも黙っててやっからご安心を、なんておどけた調子でつけくわえれば、王子は少しばつが悪そうに頬を赤らめたものの、ありがとうございますと頭を下げた。
 ニッと唇を吊り上げながら、朱羅は迷宮の先を見るようにして王子に背を向ける。彼の視線から外れた貌は、気楽な声音とは裏腹に蒼白だった。
(「――無駄口でも叩いて気ぃ紛らわせてねえと、また絶望に足元すくわれそうだかんな」)
 王子と違って、俺には――進む為の希望なんて、どこにもねぇもん。

大成功 🔵​🔵​🔵​

オスカー・ローレスト
1

オウガの余興……絶望……そ、そんなものに巻き込むなんて……早く、助けてあげない、と……

……
………?
あれ? どうして、俺の手、血が

なんで、鋏に、血が
なんで、助けたかったはずの人達が、しんで

お、おれ、が……????
ち、違う、俺は、ころしたかったわけじゃ

そう思うのに自分の顔は笑っている気がして。
死体には執拗に抉って刻んだ跡が、急所を外して穿って弄んだ矢が、

違う、俺は、たのしくない、はず……なのに……

やっぱり俺は、助けられない……????
オウガに刷り込まれた衝動からは、逃げ、られない……舞台装置の、まま……????????

(猟兵として助ける事が出来た思い出すら忘れ、小鳥は絶望に囚われた)




「オウガの余興……絶望……そ、そんなものに巻き込むなんて……」
 武器を手に進むのはちぎれた雀の羽持つ小柄な青年、オスカー・ローレスト(小さくとも奮う者・f19434)。
 苦しそうな少女達。まるで見世物のように、硝子の牢獄に囚われている。
「早く、助けてあげない、と……」
 牢獄は至る所に存在していた。今は何もしてあげられない罪悪感に、彼女たちと目を合わせないように俯きながら進むオスカーだが。
 急に道が拓け、小さなホールのような空間が現れた。違和感に顔を上げた瞬間、水に浮かぶひとりの少女と目が合ってしまった。
「……っ」
 まず、眼が眩むような感覚を覚えた。それから、手に生温かい温度を感じた。
「……? あれ? どうし、て」
 オスカーの手が赤黒いもので汚れているのを、水槽の灯りが鮮明に照らし出していた。
「血? ……なんで」
 おそるおそる、視線をずらす。汚れた手が握る武器――鋭利な鋏は、元の色もわからないほどにべったりと血を纏っていた。
「ひ……っ」
 まるで恐ろしい怪物に出逢ったかのようにオスカーは後ずさる。背中が壁にぶつかる。見開かれる目は、ホールの全容を映し出していた。
 水槽の硝子が割れ、少女達が皆、血塗れになって死んでいた。
「こんな……どうして……お、おれ、が……?」
 違う。
 俺は、助けたかっただけだ。
 そう思うのに、オスカーは自分の口角がいびつに歪んで、笑みの形を浮かべている事に気づく。
「ちがう、俺は、楽しんでなん、て……!」
 オスカーは知ってしまっている。自分が、何の力も持たない人々が相手なら一瞬で息の根を止められる事を。舞台装置として散々残虐な行為を強いられて、研ぎ澄まされざるを得なかった技術だ。
 なのに。死体には執拗に抉って刻んだ刃物の痕が、急所を外して突き刺さった矢が、彼女たちが死ぬまでに散々玩ばれたであろう事実がありありと残っている。

 ああ。おそろしい怪物は、俺だ。

「あなたは逃げられないのよ」
 甘い聲が、オスカーの耳をくすぐった。
「おれは、逃げられない? 舞台装置の、まま……?」
「可哀想に。本能を隠して生きるのはつらいでしょう」
 くすくすと笑むのはタールの人魚。斃すべき相手を前にしても、オスカーの眸は何も映してはいなかった。
「わたしがあなたに相応しい場所を用意してあげる。もっともっと絶望に身を委ねて。そう――」
 黒い指が触れたところから、オスカーの力が抜けてゆく。
 猟兵として覚醒したオスカーは沢山の人々を助ける事が出来たのに。それさえも今は、昏い泥濘の底。

「俺は、にげられない……誰も、すくえない」
 沈んでゆく。深く、ふかく。
 すてきね、と人魚が笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

飛砂・煉月
【狼硝】

気づけば友達のキミを喰い殺していた
牙を付き立て、爪で裂いて
滴る、広がる赫に溺れる
でもキミは生きてる、宿りの神だから
なら本体の硝子の花瓶はもっと美味しい?
…ねぇ、シアン?

噫、噫、でも、違う
仲良し程
大切な程
美味しく見えるのが狼の飢えでも

――ハク、
相棒の名を呼ぶ
意思を持って裂くは自分の腕
白竜を紅狼に変え喰らうは此の巫山戯た絶望の方
美味しくもない絶望の対価は
確り払えよクソ人魚

絶望の終幕、緋と蒼の眸が合うなら
キミの名前を呼んで、確かめる
おかえり、ただいま
手を取って、繋いで、握って、
噫…生きてる、零れた音は切実な

…けど視た絶望は有り得る未来のひとつ
その時はどうか止めて
或いは、其の手で××して欲しい


戀鈴・シアン
【狼硝】

雫が滴る音
赤に塗れて倒れている何かと、傍らに友人の姿
レン
もしかして、きみが

此方へと襲い掛かるその貌が
如何してか酷く辛そうで
レン、苦しいの?
なら、好いよ
俺の本体ごと、食べても

――なんて
言えないよな
そんなこと、きみの心は望まない
友達を喰い殺した、だなんて
屹度、その事実こそがきみの心を喰い殺してしまう
だからさ、レン
ちょっとだけ我慢してて
嗚呼
きみに刃を向けるのがこんなに辛いだなんて

絶望から眸を醒ますことが出来たなら
きみの名を呼ばせて
確かめるような聲も、優しい笑顔も
手から伝わる温もりも
よかった、何時ものきみだ
ただいま、おかえり

――もしも絶望が現実となった時
友として、俺はきみを止められるだろうか




 雫が滴る音に、戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)は顔を上げる。
 赤黒い液体に塗れて倒れている何か。その傍らに、誰かがしゃがみ込んでいる。
(「もしかして、きみが……?」)
「レン、」
 名を呼んだ瞬間、弾かれるようにしゃがみ込んでいた彼が――飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)が振り返った。
 いつもの朗らかな笑顔はそこにはない。
 ただ血で汚れた口許と、それよりもあかあかと光る瞳があった。
「――!」
 瞬間、獣のような俊敏さで煉月が飛び掛かって来る。回避動作を取る事も出来ず、シアンの肩口に長い牙が突き刺さった。
 赫が飛び散る。滴る。
 唸り声を上げながら、貪るように人狼は再びそこに食らいつく。肩の肉が大きく削げて、その傷を更に鋭い爪が広げていく。
(「噫、おいしい、オイシイ――」)
 獣の本能が血を求め、もっともっととそれを溢れさせていく。常人ならばとっくに死に至る傷を刻まれてもシアンは生きていた。
 獣はその理由を知っている。彼が宿りの神だから。本体を壊されない限りは、命が潰えない存在だから。
(「なら、本体の硝子の花瓶は、もっと、おいしい……?」)
 大切な存在ほど、抗い難い美味として感じてしまう狼の味覚。血がこんなにも甘く喉を満たしてくれるのなら、その魂はどれほど極上の味がするのだろう?
 爛々と目を滾らせながら血肉を貪る人狼。だがその表情は、シアンの目には如何してかひどく辛そうに見えるのだった。
「……レン、苦しいの?」
 人狼の飢えがそうさせるのだろうか。それとも別の理由だろうか。
 好いよ、と言おうとした。君が望むのなら、僕の本体ごと食べても、と。
(「――なんて。そんなこと、きみは望んでいないよね」)
 煉月が一層苦しげに呻き、頭を抱えて吼えた。
 このまま身を委ねれば、彼の渇きは少しは癒されるのかもしれない。けれど、それだけだ。友達を喰い殺したという事実は屹度、彼に今も残る心を喰い殺してしまう。
「だからさ、レン。ちょっとだけ我慢してて」
 スウィートピーがあしらわれた硝子の刀を、苦しむ獣へと突き立てる。
(「嗚呼、こんなに――辛いだなんて」)
 想いを護るための刀が、きみを傷付ける。食い破られた身体以上に痛む胸の裡を堪え乍ら、シアンは呼びかける。
「レン。戻っておいで」
 刀が刻んだ血が、しゅるしゅると白銀の竜槍に集っていく。血に塗れた煉月の口元が、――ハク、と相棒の名を確かに呼んだ。
 血液を代償に紅狼へと姿を変えるハク。更に力を高めるように自身の腕を裂く煉月の眸には、先程までの飢えは消え失せていた。
 ただ怒りだけが、その赤をますます輝かせている。
「美味しくもない絶望の対価は確り払えよ、クソ人魚」
 紅狼が虚空へと牙を向ける。喰らいついたのは、姿を隠し身を潜めていた人魚の身体。
「なぜ抗うの? 運命からは逃れられないのよ」
 吐き棄てながら消えていく人魚に、ふん、と煉月は鼻を鳴らした。
「……レン?」
 確かめるように、シアンが友の名を呼んだ。振り返る緋色は、いつもの彼で。
「シアン」
 煉月が笑んだ瞬間、景色がぐらりと揺らいだ。
 あんなに流れ落ちた血はどこにもなく、二人の傷さえも消え去っていた。
「……おかえり、ただいま」
 手を取って、繋いで、握って。
「噫……生きてる」
 仮初の身体に宿る確かな命を確かめるようにして、煉月が安堵を零す。
(「あたたかい」)
 伝わるぬくもりに、シアンもまた目を細めるのだった。
「よかった、何時ものきみだ」
 ぴょこん、と煉月の肩にハクが飛び乗った。ぼくもいるよ、と云わんばかりに。
「良かった――ただいま、おかえり」
 大切な友の無事を確かめ合いながらも、ふと煉月の表情が曇る。
「……でも、あのクソ人魚の云ってた事は否定しきれないんだよね」
「運命からは抗えない、という言葉?」
 この身は既に重い人狼病に蝕まれている。それは事実。
 呪いの宿命に抗うように明るく人懐っこく振る舞っても、月が満ちれば呪いが首を擡げ、他者の血を啜らなければ生きられない。
 いつか完全な獣になってしまうかもしれない。その時はきっと、美味しいもの――即ち大切なものから喰い殺そうとしてしまうのは明白なのだ。
「その時はどうか、オレを止めて」
 ――或いは、其の手で××して欲しい。
 残酷な頼みである事を煉月は知っている。
 そしてそれが生半可な願いではない事を知っているからこそ、シアンも受け止めて頷くのだった。
(「けれど――もしも絶望が現実となった時、本当に俺はきみを止められるだろうか。そして止められなかった時は――」)
 紛い物の絶望が消えても、友を刺した感触が未だ腕に残っている。
 止められなかったら。その上で彼の望みを叶えようとするのなら。
(「……レン」)
 最悪の想像を打ち消すように、シアンはゆるゆると首を振った。
 たとえ真の絶望が降りかかろうとも、成せる事はあるはずだ。今は隣で笑う彼の姿だけで充分だと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ハルア・ガーラント
王子様の絶望を断ち切る事が最優先
そう自らに言い聞かせ〈パンナ〉を肩か頭に留まらせておきます

わたしを苛む絶望はきっと故郷での皆の言動、扱い、そして出自
[狂気耐性]で凌ぎますが負けそうになったらパンナに絶叫して貰い我に返りましょう!

王子様!
ヒトが視覚から得る情報って割合大きいんですよ
わたしだって騙されます
だから――その手を離しなさいっ!

人魚の手や身体に〈咎人の鎖〉を巻きつけ[捕縛]、彼から離します
彼の記憶が消えゆく前にどうか届いてと[祈りと慰め]を込めUCを発動

大丈夫、あなたの中には大事なひとの姿がこんなにはっきりと残っています
今もあなたを信じて待っている筈

そう[鼓舞]し自分を取り戻して貰いますね




 絶望の光景は、ハルア・ガーラント(宵啼鳥・f23517)自身が予想していた通りのものだった。
 小さな町で、母と一緒に暮らしていたハルア。時折近所の人々から向けられる奇異の視線。美しいが精神を病んでいて、ハルアに妄想の矛先を向ける母。元より母娘を避けるようなそぶりを見せる人々の中でも、ひときわハルア達を拒絶したある一家。ひとりだけ優しかった男性には、最期のおわかれが出来なかった。
 自らの存在が父やその家族、そして母を不幸にしたのだと知った。わたしはいらない子なんだと絶望した時、何の因果かその身体は天使のような姿へと覚醒した――。

(「駄目。呑み込まれないで」)
 これは思い出をなぞっているだけ。ハルアはぎゅっと目を瞑り絶望をやり過ごそうとする。
 それでも、とうとう心の箍が崩壊しそうな時――髪に隠れていたクルマサカオウムのパンナが、けたたましい鳴き声をあげた。

「効果覿面ですね。……ちょっと心臓が止まるかと思いましたが」
 甲高い絶叫に我に返ったハルアが、うつろな目をした王子の元へと駆け寄る。先程、猟兵の手によって一度絶望から解放された王子だが、絶望の迷宮を進むにつれまた新たな絶望に襲われていたようだ。
「私、は……」
「王子様! ヒトが視覚から得る情報って割合大きいんですよ。わたしだって騙されます。だから――」
 オラトリオの翼から伸びる鎖が、人魚の手や身体に巻き付いて動きを封じる。
「その手を、離しなさいっ!!」
 咎を読む聖鎖は人魚の身体を破壊し、加えてハルアの放った祝福が人の形を模っていく。この城の絶望と同じように対象の心から形成されるものだが、その表出は大きく異なる。きらきらと光を纏うその幻影は、美しい金髪と、澄んだ眼の――。
「……姫。私の、愛する人……!」
 彼女との思い出は、人魚によって掻き消されたわけではない。ただ心の奥底に沈んでいただけ。オラトリオの祝福は、それをすくいあげて呼び覚ましたのだった。
「大丈夫、あなたの中には大事なひとの姿がこんなにはっきりと残っています」
 ハルアの髪に咲く花のように絶望を照らす祝福だって、心から完全に消えてしまったものはつくりだせない。今にも喋りかけてきそうな精巧な幻影こそが、王子の想いの強さそのものだとハルアは云う。
「彼女は、今もあなたを信じて待っている筈」
「……はい。行かなければ」
 ぎゅっと剣の柄を握りしめ、王子が立ち上がる。
「私も参ります。必ずオウガを斃しましょう」
 大きな翼をはためかせ、ハルアも前を向く。
 あの時の絶望が生んだオラトリオの力。今ではそれが、ハルアにも出来る事があるのだと教えてくれているから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

愛久山・清綱
俺の「絶望の光景」に映るは、俺が護ろうとする、
“人”の姿が映っていた。

■行
(1)
あるものは欺き、あるものは虐げ、またあるものは殺している。
これらは全て、“人”の所業。

小さい頃、オヤジに言われた言葉を思い出す。
「此の世界で最も恐るべき存在は“人”だ」。
そうだろうよ、オヤジ。“人”というのは、欺き、盗み、裏切り、
壊し尽くす存在。そんな輩は、様々な世界で何度も見た。
然もそういう輩に限って助けを求める。

だが俺は、其れが真理だろうと“人”を見捨てぬ。
人は恐るべき存在……だが、その恐るべき存在の脅威から、
世界を護れる存在もまた“人”だ。
故に俺は“人”を護り、“人”の可能性を信じる。

※アドリブ歓迎・不採用可




 キマイラたちの世界では風変わりな、古代の侍のような出で立ちの青年。
 愛久山・清綱(飛真蛇・f16956)はその見た目だけではなく、心までも武人であろうとした。データから知った武術は自ら技を編み出せる程に研ぎ澄まされ、その力はただ人々を護るために振るわれる。
「清綱、忘れるな」
 太古の叡智を求める一族。だからだろうか。父が清綱に説いた言葉もまた、人々が古来から言い伝えてきた普遍的な事実だった。
「此の世界で最も恐るべき存在は“人”だ」
 その頃は、言葉の意味するところがわからなかった。キマイラよりも力があって速く動ける獣はたくさんいたし、後に知る事になるオブリビオンという存在はさらに強かった。生身では大した力を持たない人が、どうしてそんなに怖いのだろうと幼い清綱は思ったものだ。
(「今なら痛いほどにわかるよ、オヤジ」)
 今。清綱の前では、人々の醜さが無数に繰り広げられていた。私欲のためにあるものは欺き、あるものは虐げ、またあるものは殺している。
 子どもを攫われ、何でもしますからその子だけはと泣き叫ぶ母親が無残に暴行されて斬り捨てられる。
 腹を空かせた妹のためにパンを盗んだ貧しいみなしごは、大人たちに殴り、蹴られて歩くのもやっとなほどに衰弱させられた。
 これは何も幻覚によって歪められたものではない。他ならぬ清綱が様々な世界を渡る中で目にしてきた光景だ。
 そして清綱は知っている。たとえば災害。たとえばオブリビオン。手に負えないほどの暴力が降りかかってきた時、真っ先に清綱に助けを求めてくるのはそういった連中なのだ。

「見棄ててしまえばいいのに。醜い人々を救い続けては、あなたの刀までもが穢れてしまうわ」
 どこからか漂う甘言。
 清綱は惑わされる事もなく、城の奥へと進んでいく。
「だが俺は、其れが真理だろうと“人”を見捨てぬ」
 世界を渡り歩いてきた清綱は、人の恐ろしさと同じくらい、人の美しさを目にしてきたのだから。
 オブリビオンに襲われ被害を被った集落では、皆が肩を寄せ合って懸命に生きていた。老人や赤子といった弱者も見棄てずに。
 パンを盗んだみなしごは、今では妹と共に里親の元で飢えに困らない生活を送れているという。
 人は恐るべき存在……だが、その恐るべき存在の脅威から、世界を護れる存在もまた“人”だ。

「故に俺は“人”を護り、“人”の可能性を信じる」
 その為にこそ、この身はあるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

足元から闇が広がるような感覚を覚えた
…否、それはまさしく闇だ。かつて己が味わった絶望であり、背負うべき罪だ
眼前に繰り広げられるは、かつていた孤児院の、血の繋がらない弟妹たちが無惨に殺されていく光景
どれだけ手を伸ばしても届かない。幼く無力だった俺の短い腕では。そして既に過去となってしまった今では。

…俺だけが生き残った
だからこそここで歩みを止めるわけにはいかない。
仇を討つ為に
そして、もう二度と大切な者を奪われない為に

この瞳は明日を見失う事なく
絶望も全て受け入れ背負っていく

一閃して水の牢獄を壊し女性たちを助けつつ
「──大丈夫」
王子の背を優しく叩き
彼の悪夢を覚ます




 足元から闇が広がって、侵食されるような感覚を覚えた。
(「……否。これは……」)
 気のせいではない。これはまさしく闇だ。そう悟った時、丸越・梓(月焔・f31127)の視界に拡がったのは、孤児院育ちの自分がかつて味わった絶望の光景。
 血のつながらない弟妹たち。長兄役の自分を真っ直ぐに慕ってくれた家族たちが、無残に殺されていく。
 駆け寄ろうとして、助けようとして気づく。梓の身体も、あの時の幼い姿に戻っている。短い手を必死で伸ばしても、その手をどうすれば彼らを救えるのかがわからない。力に目覚めてからの経験が、すべて抜け落ちてしまったかのように。
(「それに、これは――もう、過去の光景だ」)
 今ここで仮に彼らを助けられたとして、現実には誰の命も救えない。梓の自己満足にしかならないのだろう。その事実こそが、何よりも梓の心をぎりぎりと苛んでいた。
 何が起こったかわからないまま頭を潰されて死んでいく子。痛い痛いと泣き叫んで救いを乞う子。彼らが嬲り殺されていくのを、梓は幼子の姿でただ見つめていた。

(「目を――逸らしてはいけない」)
 己の無力が、彼らの死に繋がった。その罪から、目を背けてはいけない。
 そして、救うための力を宿した今は、立ち向かわなくてはいけない。
 仇を討つために。
 そして、もう二度と大切な者を奪われない為に。
 刑事として、猟兵として、がむしゃらに戦い続ける理由がそこにある。
 やがて子供たちが動かなくなってしまった時、『そいつ』が振り返る。
 今は立ち向かえない元凶を前に、梓は怯むことなく睨みつけて、――そして走りだす。絶望の外へと。
 今救えるものを、助けるために。
(「過去に囚われるな。絶望に呑み込まれるな。けれど受け入れ、背負っていけ」)
 それこそが、明日を見失わないための光となる。

 全ての力を取り戻し、現実に立ち返った梓は、妖刀の柄にそっと手をかける。
 刃が鞘から引き抜かれる音がして――その瞬間には、もうあるべき場所へと戻っている。少し遅れて漸く、硝子が割れる音が響き渡った。
 水の牢獄から少女たちが解放され、激しくせき込む。虚ろな目をしていた王子もはっと顔をあげた。
 ぽん、と梓がその背を優しく叩いていた。
「――大丈夫」
 それだけ告げて、梓は城の奥へと迷いのない足取りで進んでいく。
「あっ……ありがとうございます!」
 少女達を誘導しようと立ち上がった王子がぺこりと頭を下げた。軽く手を上げて答え、梓は進む。
 新たな悲劇を生み出すのであろうオウガを、討つために。

大成功 🔵​🔵​🔵​

パウル・ブラフマン
どもーーー!エイリアンツアーズでっす☆
光速で『絶望』を撃破して
愛機Glanzで城の最奥まで【騎乗突撃】ィ!

出会い頭に
敵に対して【スライディング】の要領で【なぎ払い】。
可能であればその勢いで
王子様を攫い返し、後部座席へ同乗をお願いするね!
白馬の代わりに銀の鉄馬ってのもオツでしょ♪

他猟兵さん達と協力して王子様を護りながら
オレからも声掛けを。
あのオウガ、絶対姫じゃないって!
キミの好きなヒトが女の子水責めとかするワケないじゃん?

…オレの絶望はどんなだったかって?
恋人と死別してた。
でもそれって確実に起こる未来だから
イマ絶望するには早過ぎるんだよ。
朗らかに笑いながら
その日が一日でも先であるコトを願ってる。




「どもーーー! エイリアンツアーズでっす☆」
 絶望さえも振り払うほどの光速で現れたのは、白銀の宇宙バイクGlanz。あまりの速さに目を閉じた王子は直後、その目を大きく見開く事になる。
 ラビリンスではあまり見かける事のない鉄馬の背に、いつの間にか自分が乗せられていたのだから。
「こ、これは……!」
「一度振り払っても、また絶望が襲い掛かって来る事もあるみたいだからね。追い付かれないように全力でトばして突破しちゃお☆」
 白馬の代わりに銀の鉄馬ってのもオツでしょ♪ なんて人懐っこい笑みを向けるパウル・ブラフマン(Devilfish・f04694)に、王子は礼を述べながらも。
「彼女たちをそのままにするわけにはいきません」
「ああ、皆無事だったんだね。よかった、まずは女の子たちをお城の外に送り届けよっか」
 他の猟兵が解放した人質たちを送り届け、王子の兵達に託す。
「彼女たちを助けられて良かったです。でも……」
 王子が俯いた理由をパウルも悟った。解放した少女達の中に、王子が探しているのだという姫はどこにもいなかったのだから。
「ぜったい無事だよ。だって女の子水責めにした挙句大切な人に成りすますような、根性捻じ曲がったオウガだもん。一番利用価値のある子をわざわざ棄てるなんてことはしないハズ!」
 もしお姫さまにひどい事してたら顔面ブッ飛ばしてあげよ! 笑顔で物騒な事を云いながら、パウルは再びGlanzのレバーに手をかける。
「さて、後はオウガの所に辿り着くだけだね。準備はいい?」
「あの――もしよければ、ひとつ聞いても?」
「モチロン。なになに?」
「あなたの絶望は……どんな光景でしたか?」
 絶望の迷宮を突破しても尚笑顔の曇らない男に向けた、率直な疑問。
「あの、話しづらかったら大丈夫です。でもあなたのように強い心を持つには、どうしたらいいのかと思って……」
「恋人と死別してた」
 さらっと告げられた言葉に王子が絶句する。心配しないで、とパウルは笑った。
「でもそれって確実に起こる未来だから、イマ絶望するには早過ぎるんだよ。それだけ。オレが強いとか、そういう話じゃないんだ」
 パウルにしてみれば、猟兵の力も予知の導きもなく立ち向かう王子の方が、自分などより余程強く、輝いて見えるのだから。
「今は、その日が一日でも先であるコトを願ってる」
「では、早く帰ってあげないといけないですね」
「うん! 王子様やみんなの力があれば、悪いオウガなんてすぐに斃せるよ」
 掴まっててね、と笑いかけて。流星のようにGlanzは駈ける。
 絶望さえも追いつけないスピードで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼

水槽に囚われ、もがき苦しむ姫君たち
なんてむごいことを…
一刻も早く助けないと

甦る絶望の記憶
1年前、水葬の都で二人を襲った卑劣な罠

互いに関する記憶を奪われたばかりか、わたくしは悪夢に絡めとられ
偽物のヴォルフの幻影が誘う「偽りの幸福」に耽溺させられ
現実の彼を見捨てる罪を犯してしまった

身の程知らずの愚かな女、と
今も魂を苛む嘲りの幻聴
元凶の吸血鬼が死してなお解けぬ呪い

何度も己の無力を悔いて
何度も心が血を流して
それでも彼は許してくれた

あの涙の海で二人誓った
二度と悪意に惑わされはしないと

歌う聖歌
悲しみを洗い流して
絶望を乗り越えて
悪しき夢を打ち払う

ヴォルフ、共に往きましょう
真実の愛でこの世を照らすために


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

悍ましい光景に顔を顰めながら
一刻も早く人質を救うべく歩を進め……
気が付けば、さっきまで隣にいたはずのヘルガがいない

見知らぬ男……否、「俺に瓜二つの男」と寄り添うヘルガ
「夢の中なら何不自由なく幸せでいられるんですもの
 辛い現実なんて、いらないわ」

違う
あの「彼女」は偽物だ
「偽物の俺との幸福な生活」という歪んだ夢の牢獄に囚われ
じわじわと死に至る罠に絡めとられた「あの日のヘルガ」だ
彼女はあの後、夢の中の自分の行いを知って
深い後悔と絶望に苛まれたのだから

声の限りに彼女の名を叫ぶ
きっと彼女もどこかで同じ絶望に囚われている
俺はここにいる
何度でも悪夢を打ち破り、悪意を断ち切って
必ずお前を救い出す……!




 解放される人質たちを、一組の男女が見守っていた。
 蒼ざめて憔悴しきった顔。浮かぶ安堵が、彼女たちが今まで苛まれてきたものの苦しさを物語っていた。
「なんてむごいことを……一刻も早く助けないと」
 せめて彼女たちがこれ以上悪に蹂躙される事のないようにと、祈りを送り。
 あとは進むしかないとヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)が足を速める。
「ヘルガ」
 その背を、屈強な男が呼び止めた。振り返るとヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)の双眸が、静かにヘルガを見据えていた。
「これ以上進めば、俺達にも絶望が降りかかるだろう」
 心を覗き見、利用する敵と対峙するたびに、呼び覚まされる忌まわしい記憶。
 きっと二人はまたあれに晒される事となる。
「覚悟は出来ております」
「俺もだ。必ずお前の元に帰って来る」
 わかっていて、飛び込んできたのだ。ヘルガが視たという人魚の元に。
 これは善良な民を救う戦いであると同時に、二人自身の呪縛を断つための戦いなのだから。
 固く頷きあって、身を投じた。絶望の牢獄に飛び込むように。


 ――蘇る光景。
 大切なひとの記憶を奪われたヘルガは、悪夢の中を彷徨う。
 差し伸べられた手。分厚い掌も、それを持つ男性も、ヘルガが忘れてしまったいとしい人の姿をしていた。
 掻き消されていた記憶がいびつに繋がる。わたくしはこの人を知っている。これがわたくしの求めていた幸福なのだと。
 それこそが二重に張り巡らされた罠だった。記憶を失ってさえ心に微かに残るほど強い想いを利用されれば、どうしてそれが偽りだと見破る事ができよう?
「ヘルガ。俺の傍を離れないでくれ。ずっと俺だけを見つめていてくれ」
(「わたくしはこの人を知っている。この人がいれば、この人さえいれば、きっと大丈夫――」)
 胸に飛び込んで、抱きしめられて、懐かしい馨に溺れる。
 彼女が棄ててしまった現実世界では、あれほどまでに愛した人が苦しんでいることさえ知らずに。


 助けたくて。助けたくて。進んだ。あの時も同じように。
 やっと見つけた愛しいひとは、見知らぬ男に抱かれて幸せそうに笑っていた。
(「違う。あれは――」)
 ヘルガを抱きしめる男は、ヴォルフガングと瓜二つの姿をしていた。
「ヘルガ。目を醒ませ。ヘルガ!!」
「……この人と、同じ顔をしているのね。あなたは、だれ?」
 あどけない雛鳥のように、ヘルガは囀った。
「これは夢だ。現実じゃない。ずっとここにいたらお前は死んでしまう!」
「それがどうしたの?」
 ヘルガの白い腕が、偽物の背に回される。
「外には悪夢よりもひどい光景がたくさん。夢の中で何不自由なく幸せでいられるなら――辛い現実なんて、いらないわ」
 ころころと笑う彼女は、羽搏くことを忘れてしまった籠の鳥のようで。
「……違う」
 ヴォルフは悟る。『俺』だけではない。あの『ヘルガ』も偽物だ。
 あれからヘルガはずっと己の行動を悔やみ続けていた。記憶を失ったとはいえ、結果としてヴォルフガングを見棄てる選択をしてしまったのだから。
(「仮に敵の術があの時よりも強力だったとしても、今のヘルガがこうも簡単に惑わされる筈がない!」)
 庇い護るだけでなく、彼女の強さを信じ共に歩む。その想いこそがヴォルフガングを現実に引き戻させる。
「ヘルガ! どこにいる。ヘルガ!!」
 今だ心を揺さぶろうとする偽物たちの聲に耳を塞ぎ、彼女の魂こそを感じ取ろうとすれば、遠くからか細い歌が聞こえてくる。
 悲しみを洗い流して、絶望を乗り越えて、悪しき夢を打ち払う聖歌。
 間違いない。あそこだ。
 走りだす。彼女の歌がある限り、如何なる悪夢も悪意もヴォルフガングをおびやかすことなどできはしない。

 果たしてヘルガは暗がりに膝をつき、虚ろな眼差しで懸命に歌を紡いでいた。
「ヘルガ」
 抱きとめると、その眸に光が戻る。
「きっと、あなたに届くと……信じておりました」
 聞けばヘルガもまた、あの時の光景に苛まれていたのだという。
「そして、わたくしを嘲笑う吸血鬼の聲が耳にこびりついて離れなかったのです」
 ――身の程知らずの愚かな女。生半可な思いで楯突くからこうなったのだと。
 元凶の吸血鬼が死しても、ヘルガをずっと苦しめてきた呪い。それがむき出しになった心に襲い掛かるように彼女を苛み続けていたのだという。
「あの時のように委ねてしまわずに済んだのは、あなたの優しさとあの時の誓いのおかげです、ヴォルフ」
 彼を危険に晒し、心までもを深く傷付けてしまったのに、ヴォルフガングは許してくれた。
 そして涙の海で己の後悔を吐露しあい、二度と悪意に惑わされないと誓い合った。
「今度は……間に合ったな」
「ええ。そしてあのような悲劇に引き裂かれる人々を、二度と生み出してはなりません」
 華奢な身体を凛と伸ばし、危険な戦場へと羽ばたいていく彼女。
 彼女の言葉に、ヴォルフガングは眩しそうに眼を細めた。
 ああやはり、これこそが俺の愛したひとだと。
「ヴォルフ、共に往きましょう。真実の愛でこの世を照らすために」
「ああ。卑劣なオウガを斃す為に」
 二度と離れぬ絆を楔に、二人は歩き出す。絶望のその先へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『愛獄人魚マリーツィア』

POW   :    あなたは私のもの。誰にも渡さない
【愛や誠意を嘲笑い冒涜する退廃の歌】が命中した対象の【心の隙間に生じた動揺】から棘を生やし、対象がこれまで話した【他者に向けた温かな愛と幸福の感情】に応じた追加ダメージを与える。
SPD   :    私を愛しているのなら、そいつを殺して
【愛を憎悪に反転させる背徳の歌】を披露した指定の全対象に【大切な人や世界への嫌悪や殺意、破壊衝動の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
WIZ   :    愛も願いも、全ては闇に溶ける儚い泡……
命中した【愛や願いが報われぬまま終焉する悲劇の歌】の【聴衆の心を抉る残酷な歌詞】が【魂を侵食し破滅願望へと誘う昏い絶望】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はヘルガ・リープフラウです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 大扉が開かれる音がして、わたしは顔をあげたわ。
 現れたのは夢にまで見た王子様と、それからたくさんの邪魔者たち。彼らが『猟兵』という存在であることを、わたしは知っているわ。
 王子が目を見張ったのは、わたしの後ろにあるひときわ大きく美しい水牢に気づいたからね。
 そこにはもちろん、彼を誑かす悪い女を閉じ込めていたのだから。
「姫!!」
 駆け寄ろうとする王子に、わたしはとびきり美しい歌を贈ってあげたの。
 背徳の歌。愛を憎悪、憎悪を愛に反転させる、うつくしい絶望の歌を。
 すぐに王子は姫を憎み、わたしを愛してくれる筈だったのに。苦しそうに頭を抱えて蹲りながらも、王子はわたしを睨みつけてきたわ。
「人々を苦しめ、想いを利用する魔物め……! 私はお前を許さない!」
「……そう。あなた達が彼の『希望』を強めたのね。他の子たちまで解放して」
 有象無象としか認識していなかった猟兵達の顔を、ここではじめて私は眺めたわ。
 年齢も性別も様々な彼らは、ただひとつ、共通点があった。
 絶望の路を進んできたというのに、誰も絶望に身を委ねきってはいないこと。
 希望を、あるいは希望ではなくともそれに代わる強いものを胸に、ここまで来たのだということ。
「残念ね。あの子達だって、何も姫のおまけで攫ったというわけではないのよ。とっておきの余興の為に、必要だったのに」
 彼らのその気にくわない眼差しを受けながら、優しいわたしは台無しになったそれを教えてあげることにしたわ。

「あなた達が邪魔をしなくとも。絶望に苛まれながらも、元々強い心をもった王子はぼろぼろになりながらもわたしの元に辿り着いたでしょう。そこまでは想定内。――真の絶望は、ここから。
 わたしの魂を揺さぶる歌に、王子が敵うはずもない。強敵を前に心が折れそうになる王子様に、わたしは取引をもちかけてあげるの」

「姫を連れて帰りたいのならば、他の女の子達を殺しなさい。あなたの手で、ひとり残らず」
「それが出来なければ、あなたがわたしの伴侶に――うつくしいオウガの王子になるのでもいいわ。そうしたらみぃんな助けてあげる」

 どっちみち、王子様に逃げ道なんてないのだけれども。
 罪もない人々を手にかけた絶望が王子をオウガに変貌させるのか、戦う事を諦めた王子が自らオウガになることを望むのか、それだけの違い。

 ――ぎり、と王子が歯を食いしばる事が聞こえた。
 わたしを睨んでくる眼差しは、強い意志が持つ美しさを宿していた。
 ああ、へし折ってあげたい。高貴な魂を、わたしだけのものにしたい。

 だって、おかしいじゃない?
 いつだって王子様が結ばれるのは人間なの。貧しい女性が身分を超えて王子と結ばれる話はあっても、人魚は泡となって消えていくだけ。
 ただ想うだけで叶わないのなら――奪ってしまえばいいの。
 大好きよ。王子様。ずっと憧れていたの。絵本みたいな素敵な王子様に。
 わたしのもの。わたしだけのもの。

「だから……邪魔者たちには一足早く、消えて貰わなければならないわ」

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 第二章はボス戦です。
 姫の牢獄は今までのものより頑丈で、猟兵が力を結集したとしても破れるかはわかりません。人魚を斃して水牢の魔法を消し去る方が効果的だと思われます。
 ただし、わかっていても演出として彼女を助けようとしたい! というのは大歓迎です。自由にプレイングを綴って頂ければ幸いです。

 立ち直った王子は剣での攻撃の他、『白馬の王子様』のユーベルコードを使えます。
(【光り輝く白馬】と共に、同じ世界にいる任意の味方の元に出現(テレポート)する。)
 あまり戦闘向きではないかもしれませんが、必要であればプレイングに書いて頂ければ使用する描写を入れます。
 プレイングで王子への言及がなくとも、皆様と一緒に戦っております。特別こうして欲しいというのがあれば書いて頂くくらいで大丈夫です。

 人魚は精神を狂わせるユーベルコードが得意です。
 全然効かないで攻撃に専念するよでも、めちゃくちゃ効いてしまって必死で抗うよでも、大歓迎です。
 ユーベルコードの効き方によっては、猟兵同士が同士討ちを初めてしまうことも考えられます。グループ参加の方同士なら問題はないでしょうが、そうでない場合基本的に「他者を傷付ける可能性のあるプレイング同士を組み合わせる、組み合わせられない場合は王子を攻撃してしまうものとする」という形にしようと思っています。(キャラクター様同士のトラブルを避けるためです)

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 プレイング受付は3/8(月)朝8:31~。締め切りはタグやMSページにて。
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葬・祝
【彼岸花】

何だかまだずっと落ち着かない
これが何なのかも分からない
でも、これは、良くないもののような気がする
理解しなくて良いことの、ような

良く口の回る妖にしては珍しく、カフカの袖を掴んだまま口も聞かず
初めての何かに、困惑したまま
結局、絶望とは何かも分からないまま

……嗚呼もう、そもそも全て君のせいじゃないですか
何が人間だから、人魚だから?
異種婚姻譚で上手く行ったものだって幾つかありますよ
そんなもの、人魚だから上手く行かなかったのではなくて、君だからでしょう
王子なら誰でも良いなら骸の海の底で探しなさいな

【呪詛、精神攻撃、恐怖を与える、神罰】で半ば八つ当たりじみたと知りながら、仕置きでもしましょうか


神狩・カフカ
【彼岸花】

常と違うはふりの様子に
どう声をかけたものかわからず
袖を掴まれたまま沈黙…

あー!くそ!やりづれェ!
あんな七面倒臭ェもン見せたお前のせいだぞ!
知らなくていいもンわざわざ教えてくれやがって
そもそも人の恋路に割って入ってくるンじゃねェやこの野暮天が!
なんだはふり、珍しく意見が合うじゃねェか
いつもの調子も戻ってきたみてェだし
きっちり落とし前つけてもらおうぜ

そンじゃ、特別におれのとっておきを見せてやろう
羽団扇を取り出せば
おれとはふりに結界術を施して
はっ、同じ手が二度も効くかよ
焼却で火を着けたなら吹き飛ばしで風起こし
火勢を強めて干上がらせてやらァ

あ゛?八つ当たりだよ悪ィか
そもそも発端はお前だろォが




 人魚がぺらぺらと聞いてもいない事を捲し立て続けている。
 葬・祝(   ・f27942)と神狩・カフカ(朱鴉・f22830)はその間、余計な口をはさむこともなく黙っていた。
 身勝手な思いの丈を、優しさやら同情やらでじっと耳を澄ませて聞いていた――わけでは、勿論、ない。
(「……何だかずっと落ち着かない。これが何なのかも分からない」)
 話す事さえままならなかった時に比べればましにはなっているものの、霊体の裡に残る奇妙な感覚はまだまだ消えてくれそうにない。
 理由がわかれば治るのだろうか。でもこれは、良くないもののような気がしてならない。理解しなくていいことの、ような。
「…………」
 そんな堂々巡りを抱えながら。普段良く口の回る方であるはずの妖は、ただ縋るようにカフカの袖を掴んで黙ったままだった。
(「……あークソ、やりづれェ」)
 掴まれているほうのカフカもまた、常と様子の異なる彼に聲をかけられずにいた。押し黙ってしまったはふりは、華奢な体躯や透ける膚ばかりがやけに目立つ。
 消えてしまいそうに儚い、なんて言葉が頭に浮かんで、慌ててそれを打ち消した。――消えねェよ。
「大体なァ、あんな七面倒臭ェもン見せたお前のせいだぞ!」
 かける言葉が見つからないまま、代わりに人魚を睨みつけてやった。人魚が同じようにカフカを見つめ返してきた。
「知らなくていいもンわざわざ教えてくれやがって!」
 知らなくていいもの。その言葉に、人魚よりも祝が反応した。身体の裡を蝕む奇妙な感覚に、祝が感じたことと同じ。
 カフカも同じようなものを視たのだろうか。同じような感覚に苛まれただろうか。訊ねようとは思わなかった。けれど。
「……嗚呼もう、そもそも全て君のせいじゃないですか」
 今の状況も、であるし。それ以前のことも、である。
「何が人間だから、人魚だから? 異種婚姻譚で上手く行ったものだって幾つかありますよ」
 ――そんなもの、人魚だから上手く行かなかったのではなくて、君だからでしょう。
 祝の言葉に人魚がぴくりと身体を揺らした。腹を立てたのだろうと思えば少しは心の靄が晴れるような気がした。
「オウガというだけで剣を向けられるのに、まともに愛されるわけなんてないじゃない」
 悲恋を唄う残酷な歌が響き渡る。愛も願いも、叶わずに闇に溶けていくだけ。破滅の願いを齎す針が心に刺さって抜けなくなる前に、羽団扇が翻った。
「特別に、おれのとっておきを見せてやろう」
 不思議な形の扇が舞えば、降り注ぐように施された結界がカフカと祝を包み込んでいく。
「――!」
「はっ、同じ手が二度も効くかよ」
 絶望が届かぬと知った人魚が歯噛みする。
「そもそも叶わねェからって人の恋路に割って入ってくるンじゃねェや、この野暮天が!」
「ええ、本当に。その捻じ曲がった根性、恋が実らないのも納得ですよ」
「なんだはふり、珍しく意見が合うじゃねェか」
「ああも情けないひとが相手なら仕方ありません」
 ニヤリと見下ろしてやれば、返って来るのはかわいらしい容色に似合わぬ辛辣な言葉。
(「……いつもの調子も戻ってきたみてェだな」)
「そンじゃ、きっちり落とし前つけてもらおうぜ」
「ええ」
 ――からん、と下駄が鳴る。ちいさな霊体から湧き上がるのは、猛毒と瘴気を伴う怨念の数々。狭間を揺蕩う祝にとっては身近なものだが、人魚にとっては身が竦むほどの恐怖と――そして『絶望』を与えるものとなる。
「……あ」
 紫眸が見開かれて、闇の身体がかたかたと震えだす。
 目には目を。絶望を与えてくるふざけた人魚には、丁度いい末路だ。
「王子なら誰でも良いんでしょう、君は」
 怨念が強まっていく。心をぎりぎりと締めあげられ、人魚がぜえぜえと喘いだ。――ああ、みっともない。こんなものに、私は。
「なら、骸の海の底で探しなさいな」
 きっと選り取り見取りですよ。嘲笑うような聲は、猛然と捲き起こった炎に掻き消される。
 カフカの起こした炎が羽団扇によって強められ、泥濘の身体を瞬く間に包み込んだ。
 内外から苛まれ、絶叫する人魚は確かに見た。憎き猟兵たちが苦しむ己を見、胸がすいたと言わんばかりに薄く笑んでいるのを。
「こん、なの――! あんた達だって、八つ当たり、みたいな、ものじゃ……!」
 説教じみたことをのたまっておきながら、と非難したかったのだろうが、再び強まる炎と怨念が人魚から意味のある言葉を奪っていった。
「あ゛? 八つ当たりだよ悪ィか」
 そもそも発端はお前だろォが。繰り出す力には一片の容赦もない。
 それは祝も同じ。相手が仕掛けてきたという大義名分まであるのだから、手を緩めてやる必要などどこにもない。
 感じ取ってしまった未知のものは、人形のふざけた歌などよりもよほど――小さな針のように残り続け、自分を苛むのだろうから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

隠・小夜
袁(f31450)と
アドリブ歓迎、目の露出NG

心の底から大好きで、憧れる気持ちはわかる
でも……想うだけで叶わないなら、奪えばいいとか
苛つく、腸が煮えくり返る、反吐が出る
ホラー女子に好かれたくないのは同意見だよ

袁、王子は任せたよ
かばわなくていいから、遠距離攻撃の準備して

袁の返答は聞かずに、UC:怪異を発動
……悪魔、好きなだけ嗤えばいい
歌を掻き消すくらいに嗤え
絶望を、滑稽な願望で塗り替えろ

報われない願いだとしても
彼が幸せなら其れでいい、笑っていてほしい
悲劇だとしても、其れが僕の幸せだから
【呪殺弾】【貫通攻撃】で喉を狙い、銃で撃ち抜く

限界が来て、悪魔が消えるのを見届けてから
袁……疲れたから、肩貸して


袁・鶴
隠ちゃんf31451と
WIZ

はは、妖怪の俺よりホラーっていう奴だよね、これ
王子様大丈夫ー?と王子に声を掛けつつ毒翼を広げ滑空
ナイフを敵へ振るい【連鎖する呪い】を付与せんと試みるよ
俺は王子様じゃないからね
一人だけ迎えにいけばいいから良かったけど
こんなホラー女子に好かれなくてもいいしって。隠ちゃんもそう思わない?

軽口を投げつつも敵の歌と共に未だ見つからない幼馴染の少女との悲恋の幻覚が身を襲えば一旦敵から間合いを取るよ
隠ちゃん『かば』うからその、倒してくれる?ちょっと近づけなくてさ
毒翼を敵へ飛ばしつつもふらつく隠ちゃんを見れば手を伸ばし肩を支えるよ
俺達バディでしょ?肩位幾らでも
ゆっくり休んでよ、ね?




 姿かたちだけを見れば、言い伝えの通りに容色と歌声だけでひとを狂わせることができる、美しい魔性。
 けれどアメジストの眸は身勝手な愛憎と、愛し合う者達を引き裂く喜悦で歪んでいる。
「はは、妖怪の俺よりホラーっていう奴だよね、これ」
 鴆の中でもとびきり強力な毒を持つ袁・鶴(東方妖怪の悪霊・f31450)が冗談めかして笑う。
「王子様、大丈夫ー?」
「はい。もう惑わされません」
 肩越しに視線を投げれば、その貌は若干蒼ざめてはいるものの聲は確りとしていた。これならば問題ないだろうと視線を戻す。
「俺は王子様じゃないからね、一人だけ迎えにいけばいいから良かったけど。こんなホラー女子に好かれなくてもいいしって。隠ちゃんもそう思わない?」
「ホラー女子に好かれたくないのは同意見だよ」
 白い髪で貌の上半分を隠した少年、隠・小夜(怪異憑き・f31451)がぽつりと呟いた。愛想というものに乏しい隠の物言いは、ともすればぶっきらぼうにも聞こえるけれど、本当は。
「心の底から大好きで、憧れる気持ちはわかる。でも……想うだけで叶わないなら、奪えばいいとか」
 ――苛つく、腸が煮えくり返る、反吐が出る。
 思い付いた罵詈雑言を並べ立てても足りないくらいに……大嫌いだ。
 大切な人の幸せを願い、正体を隠し続ける隠だからこそ。理解できない。したくもない。
 引き絞った呪殺弾。初撃は躱された。構うものかと引き金を引く。袁もまた、先の黒く染まった薄緑の毒翼を大きくはためかせた。
 滑空しながら振るわれるサバイバルナイフに込められたのは悪霊の呪い。逃げ道を塞ぐように放たれる銃弾の雨に助けられながら、人魚の黒膚を引き裂いた。決して癒えない傷痕が、痛みと同時に連鎖する不幸を呼ぶ。
 跳ね返った銃弾が城のシャンデリアを叩き割る。硝子の雨に飛び退いた人魚の先に待っていたのは、剣を振るう王子の姿。
 畳みかけるような連撃。王子の剣が人魚の肩をぱっくりと引き裂き、泥のような体液を撒き散らせる。人魚は苦悶の聲を上げるかわり、ひときわ澄んだ歌声で悲劇を紡いだ。
「愛も願いも、全ては闇に溶ける儚い泡……」
 望んだものが何一つ叶わずに終わるヴィジョン。何かに耐えるように動けなくなる王子を人魚の間合いから離そうとした瞬間、袁にもそれが襲い掛かる。
 ――右と左でいろが違う、きれいな眸の女の子。去っていく。もう、二度と逢えない。
「……っ」
 あの時のように崩れていく。『後追い』すれば逢えるかも、などという破滅衝動が胸に沸き起こる。
(「筋が通らない。さよちゃんが死ぬはずない」)
 何とか理性を保ち王子を引きはがす。蒼白な貌で荒い息を零す王子を見れば、自分も同じくらいひどい貌をしているのだろうと自覚してしまう。
「……隠ちゃん、かばうからその、……倒してくれる? ちょっと近づけなくてさ」
「袁、かばわなくていいから、遠距離攻撃の準備して」
 情けなくてごめんねえ、なんてへらり笑えば、いつも通りのそっけない聲が返って来る。
「王子は任せたよ」
 袁の答えも待たずに放出される、死をも厭わぬ力。袁たちを人魚から護るように背を向け立ちはだかれば、力を放つ瞬間に輝く悪魔の眸もみられずに済む。
 悲劇の歌が響いても、それは隠の膚をやわく撫でるだけ。掻き消すように拡がったのは悪魔の哄笑と、――昏い、海。
「! これ、は」
「君の還るべき場所だよ」
 そう、それは骸の海。過去の残滓がまだ形を作る前のように、あらゆるユーベルコードを無力化させる力。
 歌が。消えてゆく。代わりに響くのは耳を劈くほどの嗤い声。
 今この瞬間、願望を繋ぐためだけに命を削る人間を嘲笑う悪魔の聲。
(「悪魔、好きなだけ嗤えばいい。歌を掻き消すくらいに嗤え」)
 絶望を、滑稽な願望で塗り替えろ。
 ――悪魔が人魚の歌を消し去る直前、侵されていないほうの右眼が微かに悲劇の終焉を捉えていた。
(「悲劇? ……そうかな。其れが僕の幸せだ」)
 この想いが報われなかったとしても。
 彼が幸せなら其れでいい。笑っていてほしい。
 ――この場で口にしたらそれこそ人魚姫のようじゃないか。
 毒翼の援護を受けながら、照準を絞る。
 歌を紡げなくなった人魚の喉を、呪殺弾が撃ち抜いた。

「……か、は」
 人魚の身体が頽れる。悪魔が欲求は満たされたとばかりにひときわ醜悪に笑んで消えていく。
 見届ける隠の身体から力が抜けていった。大きな手がそれを支える。駆け寄ってきた袁だった。
「隠ちゃん」
「袁……疲れたから、肩貸して」
「いいよ、肩位幾らでも。それよりゆっくり休んでよ、ね?」
 心配そうにこちらを覗き込んでくる袁は、ともすれば肩どころか身体ごと抱えてくれそうな素振りですらあった。
「遠慮しないで。俺達バディでしょ?」
 あたたかい眼差しは、昔から変わっていなくて。
 安堵に包まれながら、隠はその肩に力を預けたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

外邨・蛍嘉
引き続き人格:クルワ(男/鬼)としての行動
武器:妖影刀『甚雨』、藤流し

願いなど、当の昔に潰えてマスヨ(垣間見た未来。蛍嘉を鬼(婆)にしたくなくて蛍嘉に宿ったら、兄の方が鬼(若)になる未来に入れ替わった。兄の方が鬼化が早く何も残さない未来で、最悪な方にいってた。外邨の血は、最初から蛍嘉が残すという決定事項)
マア、何やかやで彼は『鬼化症候群』の進行を遅らせて、今は同じく猟兵やってマスガネ…

それ以上の絶望は、故郷壊滅デスガ
全て終わったことナノデスヨ
UCにて地形を塗りつぶし、能力を上げてアナタを切断シマショウ
負けませんカラ

※六出と外邨は故郷が一緒ですが、クルワ人間時代は『不可侵』の約束で交流がなかった




 響き渡るのは、愛や願いが報われぬまますべてが終わる悲劇の歌。
 聴いた者を自滅させる残酷な歌詞に晒されて尚、その青年は平然とそこに立っていた。
 効かなかったのかと人魚は訝しがる。或いは聴覚を遮断でもしたのだろうか。歌に宿る呪詛をさらに強めようとしたところで、
「……聞こえてマスヨ」
 静かに青年が――外邨・蛍嘉(雪待天泉・f29452)に宿る鬼、クルワが笑んだ。
「ただワタシの願いなど、当の昔に潰えてマスカラ」
 垣間見えた未来は、既に決定されたもの。
 蛍嘉を鬼にしたくなくて、クルワは彼女に宿った。望まぬ鬼化に晒された自分が、だからこそ選び取れる選択肢だった。しかし彼女が鬼になる未来が閉ざされたと同時、彼女の兄が鬼となる未来が生まれた。まるで運命の糸が、本来あるべきところに集約されていくように。
 そして本来の結末、蛍嘉が鬼となるよりも、兄が鬼となる方が進行が早かった。最悪の未来を回避するためにクルワが身を挺した事で、事態はより酷い方向に転がっていってしまった――。
 外邨の血は蛍嘉が残す。何もかも、最初から決まり切っていた。
「マア、何やかやで彼は『鬼化症候群』の進行を遅らせて、今は同じく猟兵やってマスガネ……」
 けれど。いつかは見届ける事になる。護ろうとした者の家族が鬼へと変貌する瞬間を。クルワの心を満たすのは諦念にも似た覚悟だった。
 そして彼が鬼となる未来からややあって、クルワの脳裡に浮かんだのはある夏の日のこと。故郷が壊滅した時の光景だった。彼を追い出した実家。破り取られた家系図。不可侵の約束。さまざまな事を思い起こしながら――クルワはただ、静かに目を伏せた。
「……全て、終わったことナノデスヨ」
 藤色をした小さなものがばらまかれる。咄嗟に身を翻して避けた人魚が目で追えば、小さな棒手裏剣が藤の花を纏っていくところだった。視線を戻すといつの間にか辺りは目を見張るほどに美しい藤に覆い尽くされており、そして先程まで立っていた筈の青年がどこにもいない。初めから棒手裏剣は人魚を狙ったものではなかったのだ。
 飛び退こうとした。だが遅かった。瞬く間に人魚の背後に迫ったクルワが、藤の力を乗せた妖影刀を振るう。泥の身体が切断され、びしゃびしゃと黒いものを撒き散らす。
 クルワという鬼が生まれた絶望の幻影の終幕のように。だが、今度は紛れもなく、現実の光景だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

宵を抱きしめ冷静になれば宵と繋いだ手は其の侭に敵へと向き直ろう
周囲に満ちる歌にざわりと胸が波立つも、繋いだ手の温もりと宵の言の葉を捉えれば安心させんとするかの様に身を寄せ宵、と愛しい名を呼ばんと試みよう
ああ。お前と共に見る世界は…共にであった善良な人々も生きる此処はきっと美しい故に
魚の尾を持つお前がどの様な道を生きて来たのかは解りはせんが、他者の心を惑わせ苦しめ怨嗟を植え付けとするお前のその心根を愛する者は居らぬだろう
…俺も宵も、もうお前の術には惑わされん

そう手のメイスの鎖を伸ばせば【stella della sera】
宵を『かば』いながら宵の彗星を眺めよう
本当に美しい、な


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

先ほどは実に悪趣味で滑稽な悪夢を見せてくださいました
お陰さまで、僕自身が最も恐れるもの、絶望と感じるものを直視できました
ですが、そのような絶望など 実際に起こらなければよいのです
彼は僕と、僕は彼と長く添い遂げるのです、絶対に

耳を塞いでも脳に直接流れ込んでくるような
沁み入るように負の心を喚び起こすような不協和音の音色に
ぞわりと不快に背筋が粟立つも
……かれと生きるこの世界は、美しいものだと思いたいのです
かれの手を強く握りしめたまま 「高速詠唱」「全力魔法」「一斉発射」をのせた
【天響アストロノミカル】を敵へと差し向けましょう
……弱きを知ったいきものは、強くなれるのですよ




 響くのは背徳の歌。
 想えば想うほど、愛すれば愛するほど、それが裏返った時の憎悪もまた、強くなる。
 仲睦まじい番いでも、些細なすれ違いや諍いは起こりえるもの。ほんの少しのわだかまりが、真っ白なキャンパスにインクの染みのように拡がっていく――。
 けれどそのざわりと沸き立つ心を、背筋を粟立たせる不協和音を、払うようにどちらからともなく手に力を込めた。
 握りしめた手から伝わるぬくもりが、互いの想いを奮い立たせる。
「……あら?」
 不協和音の音色を紡いでいた人魚が、こてりと首を傾げた。
 逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)にも。ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)からも。背徳の歌が魂に食い込んでいく手ごたえが感じられない。
「どうしてかしら。あなた達の愛は、憎しみに変わるほどの強さがないのかしら?」
 悔しまぎれの戯言。怒りを隠した嘲笑。――哀れなものだ、とザッフィーロは微かに笑んだ。
「……先ほどは実に悪趣味で滑稽な悪夢を見せてくださいました」
 今だ隙を見て心に入り込んでこようとする歌を振り払うように、宵は言葉を零す。
「お陰さまで、僕自身が最も恐れるもの、絶望と感じるものを直視できました。ですが、そのような絶望など実際に起こらなければよいのです」
「……宵」
 ザッフィーロが彼の名を呼んだ。愛しい名。心地よい響き。発した喉から、それを聞いた耳から、人魚の魔の歌を祓う力が生まれてくるようだった。
「彼は僕と、僕は彼と長く添い遂げるのです、絶対に」
 歌はがむしゃらに強まっていく。いくら心を強く保っても、耳を塞いでも、歌詞はまるで呪いのように直接脳へとたどり着くようだった。すさまじく澄んだ聲は憎悪を誘うものから、先程二人が視た光景をうかがわせるものへと変わっていった。
 二人を繋ぐ絆が解けないのなら、外部から脅かしてやるといわんばかりに。
 愛獄の人魚は笑っていた。どんなに二人が長く添い遂げたとしても、いや、だからこそ世界は二人に牙を剥くだろうと。
 老いぬ身体。尽きぬいのち。人々が求めて止まないものを、はじめから持っていた二人。
 無残に斬り刻まれて尚死なない青年を、興奮した眼で見下ろしていた強欲な人間たち。
 司祭の手で数々の懺悔を聴いてきたザッフィーロだけでなく、宵もまた知っている。絶望の夢が見せた光景は、何もすべてが嘘というわけではない。望みのためならばいくらでも鬼になれる人間はごまんといる。彼らはさも脆弱で善良なふりをして普通に暮らしているが、ふとしたきっかけで牙を剥く。
 たまたま二人がそのきっかけとなりやすいいのちのかたちをしているだけ。同じようなことはきっと、数多の世界で起き続けている。
「……それでも」
 宵が言葉を絞り出した。
「かれと生きるこの世界は、美しいものだと思いたいのです」
「ああ。お前と共に見る世界は…共にであった善良な人々も生きる此処はきっと美しい故に」
 長く在る命だからこそ、それだけ多く人々の憎悪を、嘆きを、目にしてきた。けれど、それは善い感情も同じ事。精巧に作られた芸術品のような天図盤も、人々を癒す救いの指輪も、人々の想いがあってこそこの世に生まれたのだから。
 ふとザッフィーロは思い出す。絶望の夢の人間たちは、宵を腑分けながら人魚のようだと揶揄していた。
(「あれが、このオウガの絶望だったのかも知れないな」)
 穢れを纏った己が、それを術として扱えるように。絶望を操る人魚もまた、同じものを裡に抱えているのかもしれない。
 だが、だとして彼女を赦す理由には到底ならない。
「魚の尾を持つお前がどの様な道を生きて来たのかは解りはせんが、他者の心を惑わせ苦しめ怨嗟を植え付けとするお前のその心根を愛する者は居らぬだろう」
 もう彼女は道を踏み外してしまった。あとはその身体に相応しい場所へ――骸の海へと還すだけだ。
「……あなたには随分、痛めつけられてしまいましたが」
 ザッフィーロの手を握りしめたまま、宵が光を手繰り寄せる。
「弱きを知ったいきものは、強くなれるのですよ」
 天から降り注ぐ隕石が確実に人魚を射抜くようにと、ザッフィーロもまたメイスの鎖を伸ばし、人魚の逃げ道を塞ぐように振るい続けた。
 昏い城内は宵の隕石たちに照らされて、まるで本物の流星群のような光景が広がっている。戦いのさなかであっても目を奪われる程の光景だった。
「――本当に美しい、な」
 思わず呟いてしまいながらも、ザッフィーロはいつでも宵をかばえるような位置取りを忘れない。
 そして宵もまた、彼の強さを知っているからこそ。悪夢の悲劇が起こらないと心から信じられるからこそ、彼の護りに身を委ね、ありったけの魔力を攻撃に投じ続けるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

戀鈴・シアン
【狼硝】

ただいま、おかえり
それが俺達の心を繋ぐ言葉
これ以上無いって程の絶望を乗り越えたんだ
もう何にも惑わされたりしない

慣れてるったって、レンは生身なんだから余り無茶は…
…なんて言うのは無駄だろうな
ならせめて俺が
少しでもレンが戦いやすいように、共に

奪いたいと思う程に焦がれて、執着して
その想いは、形さえ違えばきっと素敵な物だったのに
残念だ

友へと向かう敵意はなるべく俺がかばう形で想刀で受け流し
間違っても、もう二度とレンを傷付けないよう
的確に敵だけを狙って
大丈夫、レンの動きなら解るさ

レン
きみの表情も、その緋に燃える眸も
さっきよりもずっとずっと、好い色をしてる

これ以上悪趣味に付き合うのは御免だ
帰ろ、レン


飛砂・煉月
【狼硝】

おかえり、ただいま
其れはオレ達の揺るがない証だ
心の隙間なんて有ると思う?
棘も痛みもオレは平気、慣れてるから

でも、
さっきのは痛かった
シアンを、食べるなんてさ
冗談じゃない

奪うのは自由
でも奪ってイイのは奪われる覚悟の有るヤツだけ
――なら、
狼が魚を喰ってもイイよな?
お前が醒した狼が
お前を喰らう愉しい物語
始まり始まりと嗤う

ダッシュの勢いで竜牙葬送を放ち
竜の鎮魂歌は唯一の慈悲
首で疼く刻印の力を使い、突き立てた牙で赫を吸い上げる
減った血、返せよクソ人魚

シアンはきっとオレの動き解る筈だから好きに動いて
いまオレどんな顔してる?
イイ色…自分じゃ見えないけど
そっかって笑う

悪趣味な物語は貫いて
うん帰ろ、シアン




 心を波立たせる歌が響く。
 愛なんて。友情なんて。信じるだけ無駄なのよ。
 呪われたいのちと、長く続くいのち。お別れの時が来るのなんて明白なのに。
 ――まだ信じているの?

「……おばかさんはやり辛いわ」
 つまらなそうに人魚は目を伏せる。
「惑わされもしないのね。そうやって見て見ぬふりを続けるつもり?」
「どうとでも言えばいいよ」
 は、と飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)が笑い飛ばした。
「これ以上無いって程の絶望を乗り越えたんだ、もう何にも惑わされたりしない」
 戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)がそう続けた。
 ――ただいまと、おかえりを、共に言い合った。
 心を繋ぐ言葉。二人が揺るがない証。もう人魚が入り込む心の隙間なんて、どこにもない。
「それでも試したいのならやってみるといいよ。棘も痛みもオレは平気。慣れてるから」
「慣れてるったって、レンは生身なんだから余り無茶は……」
 友の身体を気遣うように見上げたシアンは気づく。
 あくまで朗らかに笑ってみせる煉月の、その眸に宿るものを。
(「……止めても、無駄だね」)
 なら、とあの時掲げた硝子細工の刀に念を込める。少しでもレンが戦いやすいように、と。
「心の隙間がない人間なんて、いるわけがないわ」
 人魚が再び歌を紡ぐ。
「絆が深ければ深いほど、愛が強ければ強いほど、それは色濃い絶望になるの。――みぃんな奪ってあげる。あなた達も、きっと素敵なオウガになるわ!」
「好きにしなよ」
 それはキミの自由だ、と煉月。どんな悪意だって、胸に抱く事を止める事なんてできない。
「でも奪ってイイのは奪われる覚悟の有るヤツだけ。――なら、」
 ハクが姿を変える。白い槍は、まるで竜の牙のように鋭く輝いていた。
「狼が、魚を喰ってもイイよな?」
 眠る狼を醒ましたのはお前だ。
 だから喰らわれるのもお前だ。
 なんて愉しい物語。さぁ、始まり始まり。
「――!」
 その気迫に人魚が目を剥いた。より強く研ぎ澄まされる悪意の音波を、シアンの想刀が受け流す。
「な、ん、」
 返す先は人魚本体。真っ当な愛を持たぬ人魚がそれに狂わされる事はないけれど。
 攻撃を跳ね返された事に見開かれる人魚の眸が、昏い城内でもきらきらと宝石のように瞬いているのがふと目についた。
(「……奪いたいと思う程に焦がれて、執着して……その想いは、形さえ違えばきっと素敵な物だったのに」)
 想いの強さが宿るような眸に、シアンは眩しそうに眼を細めた。
(「――残念だ」)
 極限まで研ぎ澄まされた硝子の華が、人魚の身体に届く。
(「もう二度と、レンを傷付けさせない」)
 何よりも傷付けたくないものを自らの手で傷付けさせられて、それを悦ぶ自分の身体との乖離に引き裂かれそうになっていた煉月の心。
 未来(さき)のことなんてわからない。けれど彼のあんな顔は二度と視たくはない。
 煉月の渇望の刻印が疼く。暴れ狂う衝動を、今だけは抑える必要もない。
「――っ、が」
 突き立てた牙。響く鎮魂歌だけが唯一の慈悲だった。
「減った血、返せよクソ人魚」
 あの時流したぶんを。いや、それ以上を。
 吸い上げる赫は、あの時の『甘美』な味わいを知ってしまった身体には驚くくらい物足りなくて。
 だからこそ全てを喰らう勢いで貪った。解放してしまった渇きを少しでも潤すように。
「……いま、オレどんな顔してる?」
 ふと、呟いた言葉は、煉月自身も場違いだなと感じていた。
 あの時牙を向けられたシアンにとってみれば、今の自分が化物のように見えてしまっているのではないかと、少し怖くて。
「レン」
 けれど硝子の花瓶から生まれた彼は、それを象徴するような透徹さで煉月をまっすぐ見つめるのだった。
「きみの表情も、その緋に燃える眸も。さっきよりもずっとずっと、好い色をしてる」
 だって今のレンは、悪意を押し付けられた事に、友情を侮辱された事に、怒りの炎を燃やして立ち向かっているのだから。それはとても、きみらしいものだ。
「……そっか」
 イイ色かぁ、と煉月はどこかほっとしたように笑って。
 搾り尽くせる最後の一滴まで、搾り取ってやった。

 ――ぴちゃん、と泥濘の身体が崩れてゆく。
 息の根を止められたわけではないのだろう。けれど再生迄には暫し時間を有する。そしてシアンも煉月も、出せる力を出し尽くした状態だ。
 後は王子や続く猟兵に任せておくべきだと判断したシアンは、そっと煉月の肩に手を置いた。
「これ以上悪趣味に付き合うのは御免だ。……帰ろ、レン」
「うん帰ろ、シアン」
 改めて互いの名を確認し合うように、呼び合った。
 ただいまとおかえりを交わすように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

蒼・霓虹
人魚姫モチーフのオウガの猟書家幹部ですか、絶望の遊戯と言い王子様への罠と言いエゲつない

王子様……今援護しますっ!

[POW]
〈彩虹〉さんの戦車龍形態に【騎乗】【悪路走破&推力移動】で【操縦】

攻撃には〈蒼き虹の白き竜装衣〉による【呪詛耐性】を信用し【狂気耐性&激痛耐性&オーラ防御】で耐え

【高速詠唱】でUC発動し真の姿の上に
幸運の虹龍の鱗装甲を纏い【範囲攻撃】で【属性攻撃(虹)&浄化】を込め敵味方識別の《日暈弾》の【砲撃&弾幕】発射

王子様を守りつつ【高速詠唱】で
〈虹水宝玉「ネオンアクアストライク」〉の【零距離射撃&威嚇射撃】の後王子様のUCで【切り込み】の【集団戦術】を

[アドリブ絡み掛け合い大歓迎]




 猟兵が、王子の剣が、人魚に傷を負わせても。
 ブラックタールにも似た身体はすぐさま蠢き、修復を始める。
 ならばそれさえも追いつかない程に傷を負わせるしかない。
「人魚姫モチーフのオウガの猟書家幹部ですか、絶望の遊戯と言い王子様への罠と言いエゲつない……」
 竜神といえど、まだ十四歳の少女。蒼・霓虹(彩虹駆る日陰者の虹龍・f29441)はぶるりと身震いする。
 そして、視線は希望を胸に懸命に戦い続ける王子へと。
「王子様……今援護しますっ!」
 戦車龍形態に形を変える相棒の彩虹に騎乗し、霓虹は駆ける。纏う竜装衣が蒼き虹の如くきらめいた。
「あら、あなた……」
 人魚が宝石のような眸を細めた。笑ったのだろう、と霓虹が感じた瞬間、退廃の歌が響き渡る。
 ――まだ戦い続けるつもりなのかと、愛や誠意を冒涜する歌は告げていた。
 ――人の本質は変わらない。あなたの夢を否定した組織と同じように、猟兵があなたを否定しない保証がどこにあるのかと。
「……わかりません」
 呟きは、紛れもない本音だった。本当の夢は、あの時から心の裡にしまいっぱなし。快く接してくれる人々にも打ち明けられずにいる。
 ――また、否定されて、何もかもを奪われてしまうかもしれない。あの時の呪縛が、霓虹の胸に突き刺さって抜けないままだった。
「でも、自分は虹龍です。意志を継いだのです。それを、無駄には出来ません」
 蒼虹が輝きを増し、まやかしの歌を打ち払う。
 誰にも明かせなくても、虹龍の力を求めてくれる人々がいる限り、立ち続けよう。
 霓虹が姿を変えてゆく。――フォーチュンスケイル・トゥルーハロ。闇を覆す日暈の弾幕が降り注ぐ。霓虹を中心に現れた円陣の如き丸虹は王子や傷ついた猟兵達を癒し、人魚の膚を焼き焦がしてゆく。
「真っ直ぐなのね。あなたは。憎たらしいほどに」
 人魚が吐き棄てた。
「きっとまた、裏切られるわ。利用されて、棄てられる」
「……その時は、その時です」
 心を抉る言葉に、思い出すのは。傷つき力尽きかけていた二柱の虹龍、そして融合した霓虹を慕ってくれたひとりの少女。
 いのち尽きようとしていた自分が不思議な縁を辿ってここにいるように。どんな絶望が襲い掛かろうと、希望は、幸運は、何らかの形で訪れるはずなのだ。
(「幸運の虹龍であるわたしが、それを信じないわけにはいきませんから」)
 虹の宝玉から放たれる魔法弾。追随するように霓虹の傍らに現れた王子が、怯んだ人魚へと鋭い剣を浴びせかけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒城・魅夜
範囲攻撃・薙ぎ払いを使って鎖を叩きつけます
逃げ回ろうが無駄なこと
あなたの動きを見切り第六感で行動を先読みして
その身を引き裂いてあげましょう

歌がなぜ効かないのかといいたそうですね?
歌、つまり音の波は逆位相の音の波によって打ち消されるもの
私の舞わせた鎖は攻撃と共に衝撃波による音を奏で
逆位相となってあなたの歌を無効化していただけのことです

教えてあげましょう、御伽話で王子様が娶った隣国の王女は
人魚を敵視はしなかったのです
醜い心のあなたとは違ってね
あなたが愛されないのはその悍ましい心の故

その魂に悪夢を植え付け
真なる絶望を教えてあげましょう
永遠に誰からも愛されず顧みられることもない孤独の幻をね、ふふ……




 どれだけ背徳の歌を口遊んでも、鎖の勢いは止まる事がない。
 それがかつて悪夢の中で黒城・魅夜(悪夢の滴・f03522)という中核を拘束し、結びつけていたものであることを人魚は知らない。
 わかるのはただ、鎖がまるで意思を持っているかのように縦横無尽に辺りを駈け廻っていること。そしてひとたびそれが自身に迫れば、鋭利な鉤が獰猛な獣の牙のように皮膚に食い込み、そこから引き裂かれてしまうこと。
「ああッ……!」
 苦悶の聲を上げながらも人魚は歌を紡ぎ続ける。生ある者を惑わすことだけが己に出来る事だというように。
 だが鎖を操る猟兵の攻撃が止むことはなかった。焦りを浮かべる人魚に、凄艶たる女性はただ静かに笑みを浮かべるのだった。
「歌がなぜ効かないのかといいたそうですね?」
 魅夜にしてみれば、当たり前の事を当たり前に行った、それだけである。
「歌、つまり音の波は逆位相の音の波によって打ち消されるもの。私の舞わせた鎖は攻撃と共に衝撃波による音を奏で、逆位相となってあなたの歌を無効化していただけのことです」
「……それで、それだけの事で、わたしの歌が……!?」
 人魚の黒い膚からさらに色が抜けたようだった。自らの歌に絶対の自信を持っていた人魚は、さぞ高等な魔法か何か、或いは彼女の嫌う『希望』とやらが歌を打ち消してしまったのだと思い込んでいたのだろう。
 クスリと魅夜は笑みを深める。無知というのは恐ろしいものだ。
「あなたはもう、骸の海に還るさだめ。もうひとつ教えてあげましょうか」
 それは人魚が話してみせたおとぎ話。彼女が目を背けていた真実。
「御伽話で王子様が娶った隣国の王女は、人魚を敵視はしなかったのです。醜い心のあなたとは違ってね」
 聲も出せぬ、身元も分からぬ女性を、厄介者扱いする事はなかった。
 だからこそ人魚も身を引いたのだろう。この人と一緒ならば王子は幸せになれると信じて。
「あなたが愛されないのはその悍ましい心の故。種族など関係ありません」
 悪夢から生じた魅夜は人の優しさに触れ、希望を知った。
 それさえも知る事無く、人魚は魅夜の操る悪夢に囚われていく。永遠に誰からも愛されることなく、顧みられることもない。ひとりぼっちの闇の底、どんどんと沈んでいく――。
「いや、いや……!!」
 王子を殺せなかった優しい人魚は、王子と姫を見守りながら安らかに天へと昇っていったという。
 慈愛を持てなかった人魚には、最期まで――救いは訪れない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハルア・ガーラント
●WIZ
マリーツィアさん
誰かを想い焦がれる気持ちは痛い程解ります
わたしにも大事な人がいるから

でも、奪うのは駄目
次はあなたが奪われる番になるもの

〈銀曜銃〉を構え[マヒ攻撃]の効果を籠めた魔弾を撃ち出し攻撃できる機会を増やします
聖霊から発する[浄化]の光で常に銃身を覆い精神攻撃に抗う加護を貰いますね
その力を溶け込ませた[オーラで防御]しつつ王子様にも分け与えます

悲劇の歌は〈仄昏い炎の小瓶〉を握りしめ耐えます
彼女の歌に続き応えるように[歌唱]
UCを発動し迷いの晴れた心で穏やかな旋律を届けられたら

それでも時は巡る
草木は、いのちは芽吹く
この歌があなたを[慰め]、癒すことを[祈って]わたしは歌いましょう




 泥の身体が地に落ちる。
「猟兵どもめ、余計な事ばかり……!」
 落ちたところから人魚の身体が形成されてゆく。猟兵達に破壊されては再生してゆく皮膚も鱗も、徐々に綻びを見せはじめている。
「マリーツィアさん」
 猟兵でも、王子でも姫でもなく、自分の名を呼ぶ聲が確かにして、人魚が顔をあげる。
 そこには天使のような風貌の女性がいた。ハルア・ガーラント(宵啼鳥・f23517)だ。
「誰かを想い焦がれる気持ちは痛い程解ります。わたしにも大事な人がいるから」
 きゅ、と胸元を握る。まるでそこの痛みに耐えるように。
 彼の傍にいられないとしたら。あるいは母のように、想ってはいけない人だとしたら。それはどれほど辛いだろう。
「……でも、奪うのは駄目」
「わたしに説教するつもり?」
「いいえ。奪ってしまったら……次はあなたが奪われる番になるもの」
 たった一夜だけ愛する人の想いを得た母は、それからあらゆる人に疎まれ続け、そして自らも実った愛の結晶すら疎む日々を送る事になった。
「それはきっと、あなた自身が一番辛い選択です」
「――何よ、やっぱり説教じゃない」
 残酷な結末の歌が、ハルアと王子に襲い掛かる。銀曜銃が輝いて、二人を精神ゆさぶるまやかしから護り続けた。
 放つ魔弾には麻痺の効果を乗せ、人魚の喉を痺れさせる。歌そのものの妨害と、それが耳に届いた時の浄化の加護。二重の防御を張り巡らせても、時に歌はハルアの心をゆさぶった。
 いつの間にか、かれの隣にいる知らない誰か。幸せそうに笑って去ってゆく二人を、ハルアは追いかける事が出来ない。突然ひとりぼっちになったハルアに、自らの不幸を嘆く母の言葉が突き刺さる。心に生じた罅から砕けてしまわないように、ハルアは紺青色の炎が宿る小瓶を握りしめた。それを宿す人を、つよく想った。
(「……大丈夫」)
 ハルアの唇が歌を紡ぎ出す。人魚の悲劇の歌を、ふさぐためではない。包み込んで、未来へ届けていくように。
「――これは」
 絶望に閉ざされた未来に、一筋の光が差し込むようだった。
 たとえ報われない想いが、オウガという過去の亡者へと変貌したとしても。
(「それでも時は巡る。草木は、いのちは芽吹く」)
 繰り返すその先に、きっと彼女も救われる道が、待っているはずだと。
 人魚の歌がいつの間にか止まっていた。静謐なる祈りに聴き入るように。
 今は過去に還すことしか出来ぬ、骸の海の産物。けれど、いつか――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

パウル・ブラフマン
【雀蛸】
オスカーくん(f19434)と合流して
性悪魚類をシメに行くね。
王子様には、緊急時にオレ達の傍に出現してねって伝えておこう。
その時は盾代わりになって【かばう】よ!

今回はオスカーくんに後部座席に乗って貰い
流鏑馬スタイルでガンガン攻めていく作戦。
オレも【運転】しながらKrakeで【援護狙撃】を。

敵が攻撃を仕掛けてきたら
即UC発動―…、ハッ?今オスカーくんの方狙った?
別に誰を好きになろうと勝手だけど
手段がクソだし
オレのダチ狙った時点でダメ、許さねェ。

絶望フェチのアンタに特大のヤツを『お返し』するよ。
オスカーくんのUCとタイミングを合わせて
Krakeの出力最大、全砲【一斉発射】をお見舞いするね☆


オスカー・ローレスト
【雀蛸】

……パウルも、来てたんだ、ね……合流、するよ……(敵の術中に嵌った情けない姿を見られてしまったかもと実は:気まずい

あ、安心するのはまだ早いけど……王子様、無事そうで、よかった……本当に……(先程見た幻を引きずっている小雀

パウルのバイクに乗せてもらいながら戦う、よ……

ぴっ……歌……ま、また、呑まれ……!

ぴ?! ぱ、パウル……? な、なんでそんなに怒って……ダチ……って、友達ってこと、だよね……? え、俺???(目をぱちくりさせながら

き、気を取り直して……パウルに合わせて、俺も【暴風纏いし矢羽の乱舞】の【一斉発射】、やる、よ……!




 思い返せば、本当に瀬戸際であったような気がする。
 心地よい絶望に完全に身を委ねきってしまう直前、オスカー・ローレスト(小さくとも奮う者・f19434)が思い出していたのは知人や同僚、日頃親しくしてくれている人たちのことだった。
(「俺には、何の価値もない。誰も護れないかもしれない……でも」)
 優しい彼らは、オウガになったのが自分如きでも心を傷めてしまうかもしれない。それは駄目だ。その想いだけがオスカーを奮い立たせていた。
「……ちゃんと、帰らなきゃ」
 震える手を握るオスカーの耳に、聞きなれたエンジン音が届く。
「オスカーくん?」
「わ、パウル?」
 宇宙バイクに跨って現れたのは、まさに先程思い出していた同僚の一人、パウル・ブラフマン(Devilfish・f04694)だった。
「顔色悪いよ、大丈夫?」
「……う、うん。もう、平気」
 まさか術中に嵌っていた時の姿を見られてはいないだろうと気が気ではないオスカーに、パウルはいつも通りの朗らかな笑みを向ける。
「無理もないよ、あんな性格悪い攻撃してくるんだもん」
 そうして隻眼が睨みつける先は、くつくつと喉を鳴らす黒膚の人魚。
「一緒にあの性悪人魚をシメにいこっか。オスカーくんがいれば百人力だし♪」
「う、ん……」
 人魚の射抜くような視線から逃れるようにオスカーが目線を逸らす。パウルの後ろに乗っていた王子が宇宙バイクから降りるところが見えた。
「お連れの方のほうが鉄馬の機動力を活かしてくれそうですね。私は自分の馬を駆るとしましょう」
「もしもの時はオレらの傍に出現してね。全力でサポートするよ!」
 礼を述べる王子と入れ替わる形で、オスカーが宇宙バイクGlanzの後部座席へと。
(「まだ、安心するのは早いけど……王子様、無事そうで、よかった……本当に……」)
 呑まれかけた時の恐怖と、同時に湧き上がってきた正体不明の心地よさを思い出してオスカーは心から安堵するのだった。あれに心身を委ねてしまったら、もうヒトには戻れないのだろう。
「……早めに、倒そう」
「うん。オスカーくんとオレで流鏑馬スタイルってね!」
 唸るGlanzの背から、オスカーが無数の矢羽を繰り出す。強大なオウガと比べれば木っ端のように頼りないものだが、そのひとつひとつに風の魔力を乗せている。
 ひとつ届けば皮膚を裂く刃となり、束ねるように放てば暴風を呼ぶ。
 ハンドルを握り締めたままのパウルも、腰から伸びるスカイブルーの触手をがばりと展開させる。オスカーの視界を塞がぬように伸ばした四本には、それぞれ砲台が固定されていた。
 風矢と砲撃が人魚の逃げ道を塞いでゆく。轟音が錯綜する中、不意に歌声が響いた。
 ――愛も願いも、すべては闇に溶ける儚い泡。
「……だから?」
 必ず訪れる別れの時。そんなもの、想いが芽生えた時からとっくに覚悟していた。
 笑い飛ばすパウルの後ろで、オスカーの身体がびくりと硬直した。
「ぴ……っ!」
 また、呑まれてしまう。歌が呼ぶ破滅願望と、あの時の恐怖がオスカーの心を苛む。
 オウガになんてなりたくない。どうしたらいい?
(「……俺が、今すぐに死ねば、誰も、傷つかない……」)
 人魚に向けられていた矢が、ぐるりと心のままに術者へ向きを変える。
「ハッ? 今オスカーくんの方狙った?」
 矢羽が、嵐が迫る。Glanzが動きを変えた。指貫グローブから展開させる盾で、すべての矢をいなせるように。
(「……パウル?」)
 めちゃくちゃに揺さぶられる動きにオスカーの意識が呼び覚まされる。ばらばらと落ちる羽の中を突き進む背中は、膚で感じられるほどの殺意を放っていた。
(「怒ってる? そうだよね、危険な目に遭わせちゃったし……」)
「ごめ……っ」
「別にアンタが誰を好きになろうが勝手だけどさ、手段があまりにクソだし」
 発しかけた言葉は、パウルの低い聲に遮られる。視線は人魚を真っ直ぐに射抜いていた。
「それに、オレのダチ狙った時点でダメ。――許さねェ」
「ダチ……えっ、友達? え? 俺???」
 自己肯定感という言葉とおよそ無縁のオスカーにしてみれば、人付き合いの天才としか思えないパウルが自分をそう呼んでくれたのが信じられなくて。
 嬉しいと感じるよりもただ驚いて目を丸くしてしまうオスカーの前で、パウルが禍々しいオーラを纏っていく。
「テメェの生、テメェの悪意、絶望、罪、その統て――……」
 奪ってやる。テメェにはもう何一つ残さない。
 それは敵の力を一度だけ盗み取るパウルの力。身を亡ぼすほどの絶望を繰り出すパウルの心は、それを浴びた人魚と同じものを共有し、知覚する事になる。
 ――だけど、それが何? パウルは笑っていた。ただ眼だけがぎらぎらと人魚を射抜いていた。
「絶望フェチのアンタにはお似合いっしょ」
 じゃきり、とKrakeが一斉に人魚を捉える。オスカーも慌ててありったけの矢羽を操りパウルへと続いた。
「いやよ、わたしは、もうひとりぼっちなんて――!!」
 人魚の聲を、轟音が劈いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

愛久山・清綱
俺は如何なるものを見せられようとも、人に絶望はせん。
例え恐ろしくとも、其れが人の全てではない……

■闘
【破魔】の力で『空薙』を非物質化し【暴切】の構えを取り、
マリーツィアと目線を合わせつつ足を進める。
歌は、構えによる耐性の強化と持ち前の【狂気耐性】で耐えつつ
歌詞を暗記、【カウンター】を仕掛けるように同じ歌を『歌詞の
意味を真逆』に変えて輪唱し、逆に揺さぶる。

距離を詰めたら刀を構え、【破魔】の力で刀を青色に輝かせる。
肉体を傷つけず、心の実を斬り伏せる一太刀で邪念を【浄化】し、
在るべき海へ還そう。

どうだ、急に歌うから可笑しかったか?
此の通りでござるよ……俺は最後まで人を信じる。

※アドリブ歓迎・不採用可




 人の恐ろしさを知る者は、同時に人が持つ愛や誠意の深さを知っている。
 それさえも蔑むように人魚の歌が響く中を、愛久山・清綱(飛真蛇・f16956)がゆっくりと進んでいた。
 自ら鍛え直した自慢の合金刀を、敢えて非物質化させる。物体を斬る事は出来なくなるが、代わりに如何なる強靭な精神をも荒ぶる心をも斬り祓う力だ。会得した武術と、清綱自身の知識や経験が編み出した新しい剣技。
 破魔の力を乗せた空薙にも精神・霊的存在への対抗力が宿るが、人魚の歌を真っ向から受け止め、耐えているのは他ならぬ清綱自身の精神力によるものだ。
 耳を塞いでも聞こえてくる魔性の歌。ならばそれをも受け止め、新たな力にするのみだ。
「抗わないのね、あなたは」
 人魚がせせら笑っていた。
「ああ」
 と清綱が答える。
「人は恐ろしい。時としてその恐ろしさが愛や誠意を凌駕する事もある。それは紛れもない真実だ。真実から目を背ける事はできない」
「そうよ、わたしは人を絶望に染めるけれど、その絶望もまた人から生まれたものだもの」
 人魚が鰭で空を叩くような仕草をした。おかしくてたまらないというように。
「じゃあ、あなたは何故、そうも堂々としていられるの?」
「例え恐ろしくとも、其れが人の全てではない。如何なるものを見せられようとも、俺は人に絶望はせん」
 静かに云い放ったあと、清綱もまた、歌を紡ぎ出した。
 それは人魚の歌を覚え、意味を反転させたものだった。愛や誠意の強さを伝え、今まで感じてきた幸福が優しく心を満たすような唄だった。
「何よこれ――……ふざけているの?」
 そしてそれは、人魚の歌を真っ直ぐに受け止めた清綱だからこそできる業だった。完全なる反転。暴切の霊的なものに作用する力と共に、それは確かに人魚の心を揺さぶっていた。
「どうだ、いかつい男が急に歌い出すから可笑しかったか?」
 からかうように片眉を持ち上げながら、清綱はいつの間にか人魚の傍まで歩み寄っていた。殺傷力を失った非物質の刀が青色に輝く。破魔の力だけを研ぎ澄ませた、浄化の刀だ。
「――!」
「此の通りでござるよ……俺は最後まで人を信じる」
「強いから、そんな事が言えるのね」
 人魚が吐き棄てた。
「弱い人間はお人好しになんてなれない。利用されたら逃げられないもの。――傲慢な人ね」
「かも、知れないな」
 それでも俺は、俺の信じるもののために刀を振るう事しか出来ない。
 心のみを斬り伏せる一太刀が、人魚の悪しき心を一刀両断した。

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
NG:味方を攻撃
_

歌が聴こえる
だが誰にも刃を向けない

彼女を責めるつもりも、歌に動揺を表に出す醜態も晒すまい
ただ、彼女が酷く寂しげに見えたから
俺は彼女の乞うる者ではない。けれど王子は渡せない

それでも、その心を見捨てたくないと思った

王子は彼女を「魔物」と称したが、俺にはそう思えない
愛されたいと乞い願う、唯一人の女性にしか見えない
愛を望む彼女が、愛によって苦められるのは堪え難かったから

その手を、とる。

俺は彼女の望む『王子様』なんかじゃない
骸の海に泡となって沈みゆく彼女を見送ることしか出来ない
けれど
貴女は独りではないと伝えたくて




 その歌は、確かに丸越・梓(月焔・f31127)の耳にも届いていた。
 誰にも渡さないと歌は叫んでいた。好きなものも、たいして好きでもないものも。みんなわたしのもの。
 愛や誠意を他者に向ければ向ける程、それが心を蝕む棘となる。傷付けられたくなければ誰かを憎めばいいと歌は告げていた。
 だがそれを聞いて尚、梓は誰にも刃を向けなかった。人魚にさえも。
 心を蝕む棘にも、それよりも梓の心を揺さぶる事柄にも、表情一つ変えずに。
 ――別の事由。愛を嘲笑い、絶望を伴う人魚自身が。
 酷く寂しそうに、見えてしまったから。

「あなた、わたしを憐れんでいるの?」
 不意に人魚が呟いた。昏い紫色がふたつ、じっと梓を見据えていた。
「同情される筋合いなんてないわ。わたしは欲しいものを手に入れるの。それとも……」
 黒い指が梓へと伸ばされる。梓は避けなかった。人魚の指が頬を撫でる。
「あなたでもいいわ。わたしだけのものに、なってくれるのなら」
「……俺は、貴女の乞うる者ではない」
「そして、王子様も渡せないと云うんでしょう?」
「そうだ」
「ならどうして、そんな風に憐れんだような目をしてくるの?」
 しているのだろうかと梓は思った。憐みなど。
 理解してやることも、叶えてやることも、できないのに。
「俺はただ、伝えたいだけだ」
「何を?」
 そっと人魚の手を覆うように、自らの手を重ねた。願いを込めて乗せた手は、彼女を傷付けることはない。ただ彼女がオブリビオンたる根源を、溶かしてゆく。
「――!」
 それは憎しみだろうか。絶望だろうか。過去から生まれる彼女たちが、それを記憶しているとは限らない。けれど、梓にはどうしても。
(「王子は彼女を魔物と称したが、俺にはそうは思えない」)
 愛されたいと乞い願う、唯一人の女性としか思えなかった。
 オウガという在り方がその表出を歪めてしまった。愛を望む彼女が、愛によって苦しめられる方法を選ぶようになってしまった。
 それを見続けるのは、耐え難かったから。
「俺は王子様じゃない。だから貴女を救う事はできない。けれど――……」
 やがて泡になって骸の海に還る、歪められた彼女の在り方。
 いつか正しき姿で戻れる時がくるのかもしれない。その時まで、昏い海の底でも忘れないでいて欲しい。
「貴女は、独りではない」
「――そうかしら?」
 聲は突っぱねるようだった。拒絶というよりも、突然与えられた優しさに戸惑うように。
 根源を崩されて、彼女の姿が薄らいでゆく。
 完全に消滅するまで、あと少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

どこまでも哀れな女だ
「見返り」が無ければ、愛とは認めることが出来ぬのか

人でなければ愛されないというのなら
俺は正に「人狼」だ
幼気な子供を欺き、引き裂き喰らい、最期は人に殺される
故郷のダークセイヴァーですら、その誤解と偏見は変わらない
何処へ行ってもはぐれ者
そんな俺を、ヘルガは「ひと」として受け入れてくれた

彼女を傷つける輩は、誰あろうと許さない
だが、彼女の幸せのためならば、俺は何者も恐れずこの命を懸けられる
笑いたければ笑うがいい
【守護騎士の誓い】はこんなことで折れはしない
痛みも傷痕も、俺たちは共に背負って生きてきた

この剣に破魔と浄化の力込め
歪んだ妄執をなぎ払う
孤独に壊れた魂に、呪縛からの解放を


ヘルガ・リープフラウ
❄花狼

可哀そうな人
求め、奪い、壊すだけでは、決して孤独は癒されないというのに

あの日のことだけじゃない
絶望も報われぬ終焉も、生きている中で何度も見てきたわ
わたくしの故郷を襲った惨劇
家々も民も愛する家族も皆、剣に穿たれ、業火に焼かれ、灰と化した

それでもわたくしは諦めない
彼らが夢見た希望の先をこの世に築くと決めたから
怒りも悲哀も絶望も共に背負って生きてゆく

独りは寂しい
愛されたい
受け入れてほしい
その想いはきっとわたくしも同じ
それでも、共に寄り添い歩いてゆくなら
幸せな笑顔がいいわ

祈りと慰めを込め
歌う【愛の賛歌】
全ての罪を洗い清めて
狂愛の呪縛から解き放つ

おやすみなさい
悲しい涙は、これで終わりにしましょう




 歌が、響いている。

 既に身体は何度も破壊され、オブリビオンたる根源すら討たれた女に、終焉の時は近い。身体のあちこちが綻び、その姿は今にも消えそうに透き通っている。
 それでも女は歌を響かせる。愛や誠意を嘲笑い冒涜する退廃の歌。愛や願いが報われぬまま終焉する悲劇の歌。
 それを紡ぐ女を、ある人は許しがたい悪だといい、ある人は愛を求め苦しむ女性だといった。
 どちらもきっと、真実なのだろう。

「……可哀そうな人」
 そしてヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)の呟きも、また真実のひとつだった。
「求め、奪い、壊すだけでは、決して孤独は癒されないというのに」
「ああ、どこまでも哀れな女だ。「見返り」が無ければ、愛とは認めることが出来ぬのか」
 ヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)も言葉を重ねる。
「あなた達にはわからないでしょう。愚かなまでに愛を信じる、仲睦まじいあなた達には」
 吐き棄てる人魚は知らない。二人の味わってきた絶望を。愛されない悲しみを。
 二人が引き裂かれたあの日だけが、二人にとっての地獄だったわけではない。領主の家に生まれたヘルガは、やがて悪の跋扈する危険な世界で自分たちだけが安穏と暮らしている事に疑問を抱く。自分には何が出来るのか。必死で模索し、護ろうとした故郷は、ある日いともあっけなく滅ぼされた。
 家が、人々の営みが、あかあかと燃えて闇の空に溶けてゆく。人々の宝である天使の聲持つ歌姫を何としてでも護ろうとした人が、凶刃に沈んでいく。
 何も、残らなかった。理不尽だらけの世界で日々を懸命に生きてきた人々は、強大な悪の前ではあまりにも無力だった。
「それでもわたくしは諦めない」
 たったひとり生き延びたヘルガは、彼らが夢見た希望の先をこの世に築くと決めたから。
 怒りも悲哀も絶望も、共に背負って生きてゆくのだと。
「人でなければ愛されないというのなら、俺もそうだった」
 呟くヴォルフガングの頭には、藍色の狼耳が立っている。闇の世界に蔓延る病、それを根源とする種族――『人狼』だ。
 親なきヴォルフガングは狼に育てられた。人の愛を知らぬ男は確かに獣に近かったかもしれないが、人々が彼を見る眼差しはもっと酷かった。
 曰く、ものを知らぬ子供に人間の振りで近づき、引き裂いて喰らうだの。
 曰く、満月の夜にはわずかに残った理性も無くし、完全なる魔物と化してしまうだの。
 人々から恐れられる『怪物』は、時にその恐れから殺された。理知的で冷酷な吸血鬼には報復を恐れ従属する人々が、孤高な人狼には牙を剥くのだ。
 どこへ行ってもはぐれ者扱い。そんなヴォルフガングを「ひと」として受け入れてくれたのは、ヘルガが初めてだった。

「なによ、結局」
 ぎり、と人魚が唇を噛みしめる。
「辛いこともあったけど大切な人に出逢えたからハッピーエンドです、ってだけのお話じゃない。くだらない」
「……そうだな。ヘルガに逢わなければ、人々から拒絶され続けた俺はお前のような末路を辿ったのかも知れない」
 だが、出逢えた。ならば彼女を傷付ける輩は、誰であろうと許さない。
 だからヴォルフガングは耳を塞ぐこともなく、人魚の歌からヘルガを護り続けていた。胸の中に抱く愛をどんなに嘲笑われようとも。
「笑いたければ笑うがいい。この誓いは、こんなことで折れはしない」
 痛みも傷痕も、ひとりでは抱えきれない。ヘルガと共に背負って生きてきたのだから。
「わたくしも、あなたと同じなのかもしれません。……いいえ、きっと、他の方も」
 独りは寂しい。愛されたい。受け入れて欲しい。
 傍目には何の苦労も知らないように映ったのだろう領主一家の歌姫も、寂しささえ知らないように見える狼も、愛に狂う人魚もきっと。等しく持つ願い。
「それでも、共に寄り添い歩いてゆくなら」
 ――絶望にひたして独り占めにするよりも、幸せな笑顔がいいわ。
 人魚の歌を包むように、ヘルガもまた祈りと慰めを込めて歌を紡ぐ。
 愛の賛歌。全ての罪を洗い清め、狂愛の呪縛から解き放つ歌声。

(「……だから、わたくしだったのでしょうか」)
 ふと、そんな事を思った。
 オブリビオンと猟兵は時に不思議な縁を持っている。滅ぼされては骸の海より舞い戻るオブリビオンの魂に終焉を齎せる、たったひとりの存在。
 因縁のあるわけでもない、既知であるわけでもない猟書家のひとりと、ヘルガ・リープフラウの縁が繋がったのは。
 愛を信じ進む白鳥と、愛を憎み蔑む人魚が、心の奥底に似たものを抱いていたのかもしれない。心を揺さぶる歌声は、本質的にはとても近いものであったのかもしれない。
(「人々に絶望を呼ぶほどの聲。あってはならないものだけれど――あなたの聲は、とても美しいものでした」)

 ヴォルフガングの剣もまた、ただ殺戮のために振るわれたものではなかった。
 持てる破魔と浄化の力を全て込め、歪んだ妄執を薙ぎ払うための一閃。
 ヘルガの歌に後押しされるように、孤独に穢れた魂を祓うが如く。
 剣を受けた人魚の胸に罅が入り、そこから光が漏れ出した。包み込むようなあたたかい光に、何よりも人魚自身が目を見張った。あれほど憎んだあたたかい想い。人々の希望や愛。それが自分の中から溢れてくるのだから。
「……わたしは、死ぬのね」
 人魚がそっと目を伏せた。
「もう二度と蘇らない。この世界に再びオブリビオン・フォーミュラが現れる時を、見届けることもできない。あの海に泡となって還るのは、悔しくて、寂しいはずなのに」
 ――どうしてこんなに、安らかな気持ちなのかしら。
 誰かが云っていた。あなたは独りではないと。

「おやすみなさい」
 光を放出しながら消えてゆく人魚に、ヘルガが呟いた。
「悲しい涙は、これで終わりにしましょう」
 人魚が口を開いて、なにかを云いかけた。
 けれどそれが言葉になる前に、その身体は花びらのように霧散して、消えていった。


 結局、愛し愛されるものがハッピーエンドを迎えるんですって。いつの世だって、お話の結末なんて大体そんなものなのね。
 あのあと救出された王子と姫は結ばれたのでしょうし、なんだったら今回の事件が二人の仲を更に強固なものにした、かも知れないわよね。愛し合う二人だけでなく、二つの国だって強い結びつきを得てもっともっと豊かになっていったのかもしれない。
 猟兵もまた然り。困難を乗り越えて一皮むけたやつらがあんなにいたら、せっかくわたし達が起こし続けている事件だって不発に終わって、あの人がオブリビオン・フォーミュラになる前に侵攻が止められちゃうかもしれない。
 ――え? そうよ、知らないわ。わたしはもう、ここにはいないもの。
 だからこの物語が「めでたし、めでたし」で終わるかどうかは、あなた達が確かめるといいわ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年03月13日
宿敵 『愛獄人魚マリーツィア』 を撃破!


挿絵イラスト