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雨花と散る

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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 鳥のように、蝶のように、空を泳ぐことができたなら好いのに。
 この想いが声になる前に、雨のように、花のように、降り散れば好いのに。

●蝶舞う
「カクリヨファンタズム。行ったことあります?」
 指先に碧の幽世蝶を遊ばせて、セロ・アルコイリス(花盗人・f06061)は笑う。
 グリモアベース──今は件の世界のひと欠片のように様相を変えたそこで、セロは猟兵たちへと肯いて見せて、「あろうがなかろうが関係ねーですけどね」と言った。
「とにかくいろんな猟兵たちがあの世界を『滅亡』から何度も繰り返し救った、そのお蔭でごく稀に、グリモア猟兵の予知より先に『世界の崩壊するしるし』を識ることができるようになったんですよ。それが、コイツです」
 示すのは指先の碧。
「コイツが群生するようになったんです。コイツを追っていけば『世界の終わり』、の前に辿り着くことができます」
 ただし。碧は浮いて彼の虹帯びた白い髪へと留まり、彼はそのまま立てた人差し指を口許へと添えた。

「おれの案内する先にゃ、雨が降ってます。その雨に濡れると呪いにかかります」

 曰く、望めば空を飛ぶ翼が手に入る。
 けれど同時に声を失う。言葉を失う。吐き出す音はすべて花弁と化す。
 空を舞い、花を吐く化生と成る。

「だいじょうぶです。猟兵ですから。……いえ、違いますね。幽世蝶を追った先にゃあ、ちゃんと元の身体に戻るための方法があるらしいですから」
 そして元の身体に戻った、更に先にその呪いを振りまいたオブリビオン──骸魂に憑りつかれた妖怪の許へと向かうことができる。
 だから安心して行ってらっしゃいとセロは言った。

●雨下に蝶舞う
 延々と天から降り続ける雫によって、どこまでも続く灰色の石畳はすっかり角を失い、欠け、欠けたところも削り落ちて丸みを帯びている。そんな石畳が、延々と続いている。
 途中には同じように角のとれた石造りのベンチ。
 高い位置にある石造りの街灯にはゆらゆらと消えることのない青い火が揺れている。
 足を止めてもいい。少し休んでもいい。嘆いてもいい。喚いてもいい。
 どうせ、声が零れ落ちることはない。
 空からの雫はしとしとと降り続ける。
 見上げた先には、蝶。
 最終的には──追わなくては。


朱凪
 目に留めていただき、ありがとうございます。
 貴方を貴方のまま貴方で無くしたい。朱凪です。

※まずはマスターページをご一読ください。

 全体的に採用人数は少ないと思います。
 各章のみの参加も大歓迎です。

▼1章について
 公開と同時に募集開始します。
 募集期間はタグにてご案内します。
 喋ることはできません。生える翼の種類や、吐く花の種類や、心情を書いてくださればと思います。
 元に戻るのは2章です。
 お任せは歓迎ですが、その際には必ず『想い』を添えてください。他者への、過去への、あるいは未来への、自分への、友への、妻への、彼への、恩師への、親への──またはものへの想いをお聞かせください。

▼2、3章について
 幕間を追加後に募集を開始します。

 では、想いと向き合うプレイング、お待ちしてます。
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第1章 冒険 『雨の中の永遠』

POW   :    雨具など使わず駆け抜ける

SPD   :    雨具を使い抜ける

WIZ   :    廻り道して雨を避ける

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

オズ・ケストナー
羽お任せ

あおいちょうちょ
おいかけたい気持ちになるのは
セロに言われたから、だけじゃなくて

ちがうものだって知ってるけど
どうしたって青い少女を思い出す
あの世界には雨もなかったのかな

つばさがほしい
願ってできた体の一部が見たくて追いかけるようにその場でくるくる
わあっ
思わず口にして青いバラが零れる

けほ
手のひらに残った花弁
ちょっとにてるかも
なんて空飛ぶ蝶見つめ

視線はシュネーへ
バラの雨がふったらきれいだと思う?
うたいながらいっちゃおうかっ
もしだれかがちょうちょを見失っちゃっても
バラの花びらをおいかけてこられるかもっ

翼を広げて飛べば
歌うまでもなく楽しさで花弁あふれ
すごいっ
うん、でも

あおぞらもいつか飛んでみたいね



●オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)
 目をあけた先にひろがってたのは、灰色のいしだたみ。ふり続ける雨。それと、
──あおいちょうちょ。
 あの子をおもいだすなあ。あおい世界でいっしょに“海”をみた、あの子。
 ここのちょうちょはかってに髪にとまらないし、それどころかにげていくし……だからちがうものだって知ってるけど。
 ふってる雨は、ちょっとつめたい。てのひらに落ちたしずくを見る。あの水晶しかない世界には雨もなかったのかな。もう、わからないけど。
 ここはあの世界にもにてる、さみしい世界。灰色がずっとつづいてる。
 これは、世界が『めつぼう』する前だからなのかな? それとも、ここはもともとこういう場所なのかな。きょろきょろ、まわりを見る。
 もしも、わたしたちがあのちょうちょを追うことで、この世界がたすかるなら、かわるなら、かえたいな。
 ちょうちょを追いかけるなら、
──つばさがほしい。
 一歩ふみ出す。急に背中が重くなった気がしてふり向いたら、うしろが見えなかった。くるくるっ。まわってもついてくる。にげていく。たんぽぽみたいな、あかるいきいろがわたしの背中からのびていて。
 わあっ。
 うれしくなっていつもみたいに声をだそうとしたら、ぽろぽろっ、とことばのかわりに青いバラの花びらがこぼれ落ちた。おもわずむせ込んだけど、その咳も音にならない。
 ぽろぽろ、ぽろぽろ、青いバラがおちてくる。
 わあ、どうしよう。ぱちぱち瞬いてシュネーを見る。ねえ、シュネー。ぽろぽろ。声は花びらになるばっかり。
 てのひらに落とした花びら。それから空のちょうちょを見たら、ふふ、ちょっとにてるかも。
 声をとり戻すためにも、とんでるちょうちょを追いかけなくっちゃ。せっかくだから、うたいながらいっちゃおうかっ、なんて。
 シュネーを抱きかかえて、背中のつばさにきもちを向ける。ん、……と、ん、と、……きっと、こんな、感じ。おおきなたんぽぽいろのつばさが、さいしょはぎこちなく動いたから、もうすこし!
 ばさっ、と音がして、いっきにからだが浮き上がった。
 すごいっ。
 いったはずの声はやっぱりぜんぶバラの花。足許からとおくなってく灰色のいしだたみに、ぽろぽろぽろぽろ、青色がおちていく。まるでバラの雨みたいでとってもきれいっ!
 うたい出したいきもちがいっぱいになる。ふる花びらが、もしもだれかがちょうちょを見失っちゃっても目印になるかも。
 じぶんでとぶ空がたのしくて。
 うん、でも。ほっぺたをたたく風が、雨が、ほんのちょっぴりつめたいから。
──あおぞらもいつか、飛んでみたいね。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

千波・せら
雨が降っているね。
これが呪いの雨かな。

背中には私と同じ宝石の翼。
どきどきしながら羽ばたくよ。
せーの!
わ……!飛べた!
嬉しくてはしゃぎたいけど、本当に喋れない!

でもでも、誰にも聞こえないならはしゃぎ放題だよね。
思いっきり飛んでみたかったんだ!
蝶を追いかけるのは少し後で……!
大丈夫だよ。忘れないよ。

わー!凄い!鳥ってこんな気分なのかな?
とっても気持ち良いな!
晴れていたらもっと気持ち良いのかな。

夢中になって飛んだら今度こそ蝶を追いかけに行くよ。
この足を地につけて歩く方が私には合っているけど、
でもね、空を泳ぐのもいいね。
海の中とは違う楽しさがあるんだ!

蝶はどこかな。



●千波・せら(Clione・f20106)
 これが、呪いの雨。
 落ちる細い雫を掌に受けた途端、背中になんだか違和感が奔った。ぱき、ぴき、とひび割れるみたいな音にちょっぴりひやっとした。劈開しちゃうんじゃないかって。
 でも背中に広がったのは私とおんなじ青い宝石の翼で、ほっとした。
 ぱき、ぱき、ぱき。
 氷点下に置かれた水が凍っていくみたいな滑らかさで、澄んだあおい石が背中の向こうに広がっていく。どきどきする。これで、飛べるのかな。
 海風の力を借りて跳んだことはあるけど、飛ぶのは初めて。わくわくする。せーの!
 ぱきぱきぱき、ぱきぱきぱきぱきぱきッ。
 芽生えたばかりの翼の、無駄な形が削り落とされて淘汰されるみたいに、小さな欠片や粉末が落ちて、
 わ……! 飛べた!
 言ったはずの言葉は、耳に届かなかった。唇からは白くあるいは薄紅の、細長い花弁。長いものと短いものの二種類あるみたい。
 なんの花だろう? っていうより、本当に喋れない!
 いろんな言葉を出してみたけど、どれもこれも花弁になるばかりで声は出ない。うん、グリモア猟兵に聞いてたとおり。知ってるから、焦ったりなんてしない。
 私はせら。探索者のせら。
 いろんな世界の不思議には出会ってきてるんだ、こんなことで躊躇う足をしてない。
 逆に考えたら、誰にも聞こえないならはしゃぎ放題だよね!
 羽ばたく音は少しもすると滑らかになって、削り落ちる音が消えた。しなやかに大きくしなる翼が風を捕らえてぐんぐん高いところに連れて行ってくれる。
 わー! 凄い! 鳥ってこんな気分なのかな?
 呪いなんて関係ないよ。頭上に広がる空を思いっきり飛んでみたかったんだ!
 歩くのよりずっと速い速度で足許の石畳が後ろにとんで流れていくのが見える。細かい雫が羽ばたく度に肌を打つのすら、とっても気持ち良い!
 でも、晴れてたらもっと気持ち良いのかな。
 まだ上に広がる空は灰色の曇天。そこにひらひら舞う幽世蝶が綺麗だけど。降り続ける雨の中でも飛ぶ蝶々がちょっぴり不思議。
──うん、そうだね。
 最初から目的を忘れていたわけじゃないけど、やりたかったんだから仕方ない。
 大丈夫! 今からちゃんと追いかけるよ!
 挑むみたいに幽世蝶を見上げて、それからもう一度大きく翼を羽はばたく。……本当はこの足を地につけて歩く方が私には合ってるって思うけど、でも。
──空を泳ぐのもいいね。
 泳ぐ、って言っても昔から慣れ親しんだ海を泳ぐのともまた違う楽しさがある。
 自然と緩む口許を隠す必要もなくて、笑う声をぜんぶ花びらに変えて、更に風を切る。
 海風そのものになったら、こんな気持ちなのかな!
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニオ・リュードベリ
雨、綺麗だな……
世界の終わりが近いのに、思わずそんな風に思ってしまう
でも感嘆の言葉は音にはならなかった
口から溢れたのは「沢山の小さな思い出」みたいなカランコエ

気がついたら背中に翼も生えててびっくり
オラトリオの人っていつもこんな状態なのかな……?
何も使わずに空を飛べるのは嬉しいけれど、翼が雨に濡れちゃうのは嫌だな

ゆらゆらと飛び回りつつ蝶を探していこう
ちょっとした言葉もカランコエの花になるのは少し寂しい
花は好きだけど、こんな風に零れた花はどこに行かせてあげればいいのか分からないから
……ちゃんと地面に落ちれば、自然に還れる?

顔を上げれば蝶が見えた
やっぱり喋れないのは寂しいから
ちゃんと追いかけていこう



●ニオ・リュードベリ(空明の嬉遊曲・f19590)
 雨、綺麗だな……。
 世界の終わりが近いのに、こんなことを思うなんて不謹慎かな、なんて。
 さらさらと振り続ける雨に掌を思わず差し向け、あ、と思ったときにはもう遅かった。雫がぱたぱたと掌を濡らしていく。
──この雨、呪いなんだっけ。
 しまった。
 告げようとした途端、ぽろぽろと唇から零れ落ちた珊瑚色の花弁。あ、カランコエ。
 確か花言葉は……「沢山の小さな思い出」だったっけ。ぽろぽろぽろ。ぽろぽろぽろ。声を出そうとする度に落ちていく“思い出”の光景は、“涙の海に落ちる前のあたし”を思い出しちゃうなあ。
 昔のあたしはこうやって沢山たくさん、落として来たのかな。
 ちょっぴり笑って、じゃらりと鎖の鳴る両手で零れ落ちる花弁を掌に受ける。
 じゃあ“もう”、落としたくないのにな。
 ただでさえ曇り空で明るくはない空だって言うのに更に影が落ちて瞬いた。振り返れば背中には大きな純白の翼。
 わ、と零したはずの感嘆も、カランコエになってぽろぽろと落ちる。翼と、花。オラトリオのひとっていつもこんな状態なのかな……?
 空明の鎧──アンブレイカブルで飛ぶことには慣れているけれど、実際に背から生えた翼で飛ぶのは初めて。慣れるまでにはちょっと時間が掛かった。
 わ、結構揺れるんだ。雨に翼が濡れちゃうのも嫌だな。
 ゆぅらゆぅら。なるべく揺れないようにゆっくりと飛んで、けれど景色も楽しみながら他愛もないことを呟いた、と同時にぽろぽろと花が落ちていくのが少し寂しい。
 だって、こんな風に零れちゃった花たちはどこに行かせてあげればいんだろう。ちゃんと地面に落ちれば、自然に還れる? そう思って下を見る。でも下にあるのはどこまでも続く、灰色の石畳。どこまでも、どこまでも。
「……」
 見上げる。雨の中でも構わずに、ひらひらと蝶が──幽世蝶が飛んでるのが見えた。
 ……うん。
 これ以上花を零さないよう口を引き結んで、力いっぱい羽ばたく。風が身体を打って、一気に高度が上がる。
 ちゃんと追いかけていこう。
──……やっぱり喋れないのは、寂しいから。
 力強い羽ばたきの音が、励ますみたいに傍で聴こえた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

六道・橘
アドリブ大歓迎

翼は白色、両方そろい
吐き出す花は曼珠沙華
嗚呼、最近やたらと浸食してくる―此の躰ではなかった頃の記憶

38階から身を投げた
この羽根があった癖に羽ばたかなかった

同じ日に生まれた瓜二つの兄に片羽根を斬れと刀を渡した
だって同じ姿は惨めじゃぁないか
優秀で優しくて誰にも好かれる兄さんと
皮の内側は劣等感だけの俺

…莫迦だ
羽根を斬れって言ったのを本気で受け止めてやる奴があるかよ
俺をののしって刺し殺してくれよ
もうどうしようもなかったんだ

口から止めどなく吐きだす花が刻まれた柄を握る
俺はあんたを護る為に振るいたかった
でも刃はあんたの血を吸った

罰して罰して罰してとあたしは自らを斬り刻む
…何処にいるの?兄さん



●六道・橘(■害者・f22796)
 雨が冷たい。見下ろす手に握った刀は見慣れた彼岸花の透かし彫りが入ったそれ。握る手も──もう、見慣れた、女の手。
──嗚呼、
 零した筈の声は真っ赤な曼珠沙華の花弁になってはらはらと石畳に落ちていく。背中を引っ張られるみたいな感覚は、此の躰では感じたことがなかった筈。振り返れば意のままに動く、白い両翼。自然と目許が引き攣る感覚があった。
 最近やたらと侵食してくる記憶を、否が応でも刺激するその形に口許も歪むのが判る。
 “俺”は三十八階から身を投げた。そのときにも羽根があった癖に、羽ばたかなかった。
 見ていた同じ顔のあのひとの表情を、憶えている。でもその意味は。
(斬れよ、その羽根)
 差し出した刀。だって同じ姿は惨めじゃぁないか。思い返して俺は嗤ったらしい。ほろと曼珠沙華の花弁が一枚、風に浚われていった。
 同じ日に生まれた同じ顔。なのにその双子はまるで違ったんだ。
──優秀で優しくて誰にも好かれる兄さんと、……皮の内側は劣等感だらけの俺。
 けど。
 俺は兄を見誤っていた。いや、知っていた筈なんだ。兄さんの愛が重いこと。優等生で相手の物言いに合わせて巧みに歓心を引く──それがあの人の生き方だったこと。
 俺のどんな願いでも、叶えてくれること。
 ……莫迦だ。
 曼珠沙華が灰色の石畳にはらはらと散っていく。
(わかった)
 受け取った刀の切っ先は、惑うことなくあのひとの片翼に吸い込まれていった。彼岸花みたいな紅が、白い羽根を染めていった。
 本気で受け止めてやる奴がいるかよ。俺をののしって刺し殺してくれよ。そう願ってももう声は聴こえない。握り締める刀の柄は変わらない。
──もうどうしようもなかったんだ。
 そんなことをしたいんじゃなかった。くしゃと前髪を掴む。俺はあんたを護る為に力を振るいたかった。でも刃はあんたの血を吸った。
 あのときに羽ばたけなかった翼を、俺は、あたしは……羽ばたくことができない。降り続ける雨が体温を奪っていくのを感じながら、深く息を吐いた。
 ゆっくりと一歩ずつ、歩き出す。
 なにも果たせず朽ちたあたしが転生して、誰かを殺したかった、その衝動のままに刀を振るうついでに自らを斬り刻んできた理由も、今なら判る。
──罰して罰して罰して。
 届かないって知りながらも敵と同じに己も刻む。私は■害者だから。嗚呼、でも本当に届かないの? ねえ、

──何処にいるの? 兄さん。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

三日月・雨
呪いの雨、とは嫌な感じだな
自分の名前に重ねて髪を濡らす雫を眺めると小さな声を漏らす
それは青い花になって零れる
翼はお任せ

わたしはこの体の本当の持ち主ではない
本来の人格は内に籠ってしまっている
だからいつもわたしは借り物の人生を送っているような感じがしている

今は楽しいし
大切なものも多くなったし
守りたいものもある
でもどこか、そうやって自分を構成する為の物が増えていく度に
申し訳ない気になる
本当に自分は、自分を謳歌していいのだろうか
主人格の彼女を差し置いて…

自分が誰かを大切なように
誰かが自分を大切に思っているかもしれない、ということも漠然とわかっているのだが
…そんな風に思われる資格が自分にはあるのかな…



●三日月・雨(月冴ゆ・f04591)
 石畳に跳ねる雨粒がドレスの裾に跳ねるから、少し持ち上げる。辿るように空を見上げれば──同じように灰色の空から降り続ける水滴。
 呪いの雨、とは嫌な感じだな。
 自分の名前に冠される言葉に、零したつもりの声は青く小さな花弁となってはらはらと落ちて散った。思わず目を見開いてそれを見送ったらさらと空色の髪が視界に揺れた。
 その花の名前はオンファロデス。
──自分の名前、か。
 考えたフレーズを反芻して、小さく口許が歪んだ。多重人格者であるわたしが、“自分の名前”? わたしはこの体の本当の持ち主ではないのに?
 本来の人格〈レイン〉はかなり昔に内に籠ってしまっている。それからずっと虚の体で借り物の人生を送っているような感覚が拭えない。
 背を覆う、薄氷のような羽根が重なった翼へと意識を向ければぎこちなくも動くそれを羽ばたかせて、ゆっくり、飛んだ。
 身を打ち続ける雨の中、どこまでも続く灰色の世界を見渡す。ここには手の掛かる弟子も賑やかな顔見知りたちも居ない。そう思えば、胸が圧される気がする。
──今は楽しいし、大切なものも多くなったし、守りたいものもある。
 でも。
 はらり。
 また落ちていく花弁。それを見るともなく目で追って、唇を引き結んだ。花弁が零れる度に、“自分”が毀れていくような気がして。
 でもどこか、そうやって自分を構成する為のものが増えていく度に申し訳ない気になるんだ。だって、……この体は主人格である彼女のものなのに。
 彼女を差し置いて、本当に自分は、“自分”を謳歌していいのだろうか……。
 それでも、それでも花弁を零すのが恐ろしいんだ。
 もう既に、喪くしてしまうのがこわいんだ。
──わかって、いる。
 目を眇める。否、目を伏せるように更に羽ばたいて、高度を上げる。
 自分が誰かを大切なように、誰かが自分を大切に思ってくれているのかもしれない、ということも漠然とわかっているのだが。
──……そんな風に思われる資格が、自分にはあるのかな……。
 だって。
 だってそれは、彼女にもあるかもしれない、可能性で。
 小さく首を振る。けれどこのどこまでも続く灰色の世界では思考を振り払い切ることもできない。
 知っている。抑えても零れるオンファロデス。──『私は考える』。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

コッペリウス・ソムヌス
雨に濡れたら
翼を得て空を舞って
想いの花を抱いて
ふふ、面白い呪いもあったものだね

翼:燃えるような緋色の鳥のもの
花:ルドベキア
あなたを見つめる

嘗ては高いところから眺めていた
光のようだなんて賛辞はいらない
太陽のような温かさもない
ただ、ただ
地の底に落とされたキミが
消えないように
忘れ去られないように

翼畳んで降り立ったところで
始めから足下の影は
何も応えてはくれないだろうけど
花でも何でも届けてあげるよ



●コッペリウス・ソムヌス(Sandmann・f30787)
 ぱたぱたぱた。
 雫に敢えて掌を差し出したなら、こんなに濡れては砂が固まってしまうなぁ、なんて胸の裡だけで嘯いて。
 みしみし、と軋むような音と背中の大きな違和感のあとに、願いどおりに背に広がった燃えるような緋色の翼を広げ、畳んで、また広げて。
 ふふ、と思わず零した笑い声は、これまた燃えるような黄橙のルドベキアの花弁と化して、はらりと散った。面白い呪いもあったものだね。音にならないと判っていて、こちらもわざと言葉を紡ぐ。──花になる。
 これでも一応眠りの神ではあるのに、神をも呪うとは破格だね、なんて。誰にともなく呟いた言葉もまた、はらはら、はらはら、花になった。
 愉悦のままに翼を広げて、空へと繰り出す。
 羽ばたくたびに風が頬を打ち、雨が肌を叩く。
 世界はどこまでもどこまでも、灰色で。
 夜とも朝ともつかないどっちつかずの世界は、『終わり』が近付いているからこそなのかもしれない。キミからはこの世界は、どう見える?
 空から見下ろす石畳にはぼやけた輪郭の影が落ちていて、無意識的に目を眇めた。高度を少し落とした。確かめる。
 どこまでも似たような灰色のこの世界では、影の境界が曖昧だ。

 嘗ては、こんな鳥のような高さなんて比じゃないほどの高いところから眺めていた。
──光のようだなんて賛辞はいらない。
 なにせ、太陽のような温かさもない。
 ただ、ただ、地の底に落とされたキミが消えないように、忘れ去られないように。
 ずっとずっと、眺めていた。

 ゆっくりと音を立てて羽ばたく。ぼやけた影は、低い位置で見れば少しはっきりした。いつもの姿よりも翼の分大きく見えるそれに、小さく口許を歪める。
 今も変わらないよ。探しものはいつだって、キミだけ。
 零れるこの花弁がその証だ。
 囁き掛けるように翼を畳み、ついでに膝も折ってしゃがみ込んで足下の影へと耳をそばだててみるけれど、始めからなにも応えてはくれないのは承知のうえ。
 それでも、花でもなんでも届けてあげるよ。
 もしもこの想いがキミに届くのなら。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助
小さな赤い花弁は
想い人が繰り返し贈ってくれた花の…

初めは造花で
二度目はこの世界で、想う心で咲かせたという花を
そしていつかは腕一杯の花束でも…
今もこの先も、私の心で
宝物の花言葉と一緒に
永劫枯れることなく咲き続けるゼラニウム

受け止めきれないほどの倖せをくれたから
地に溜まる赤は、想いが募って、積もって、溢れたよう
その光景に、新たな滴が花弁を濡らす
此処が雨でよかった

彼がひとを想うことが嬉しい
共に歩む日々の中、幸せを抱く笑顔が愛おしい
罪に穢れたこの身でも
償いに捧げるためだけに永らえた命でも
彼がしあわせと言うならば、
…生きていて、よかった…

決して口にできぬ言葉を唯、花に零して
聖と魔ひとつずつの翼で蝶を追う



●佐那・千之助(火輪・f00454)
 あ……。
 雨に打たれた途端、翼が生えた。
 白いそれと、黒いそれ。ふたつで一対。歪なそれ。聖と魔を顕すかのようなその色に、形に、なにか感嘆を零した気がする。
 だがそんなことより、それに伴い──否。それに代わって灰色の世界に生み出された赤に目が奪われた。
 ひらり、落ちていく小さな花弁。見覚えはありすぎるほどあった。彼が繰り返し贈ってくれた、あの花。
 初めは、造花で。
 二度目は、この世界で、想う心で咲かせたというそれを。
 そしていつかは、腕一杯の花束でも。
 今もなお、そしてこの先も私の心に、眩い宝物が如き『意味』を携え、永劫枯れることなく咲き誇る、ゼラニウム。
 ああ──。
 受け止めきれないほどの倖せをくれたから。
 とめどなく湧き上がる思い出に寄り添う想いが募って溢れて、吐息と共に花弁と化してほろりほろりと濡れる石畳へ積もって溢れてゆくようで。
 色気なく味気ない灰一色の世界に零してしまうことすら惜しく、膝を折り、落ちたそれらを拾いあげる。降りしきる新たな雫が花弁を濡らすのに、むずかるみたいに口許が歪むのを知る。
 此処が雨でよかった。
 膝の上にひとひら、ひとひら、抓んでは置いて。赤い花弁、そのもの自体はまるで彼に似ているわけではないのに、もうそれを見れば彼のことしか浮かびはしない。
 出逢ったばかりの頃はひと当たりは良いのに掴みどころがなくて、いつだってさらりと躱し“触れ”させることを受け流してきた彼が、あの彼が、ひとを想うことが嬉しい。
 共に歩む日々の中、幸せを抱く笑顔が愛おしい。
 罪に穢れたこの身でも、償いに捧げるためだけに永らえた命でも、彼がこの花を贈ってくれるのなら。この花の意味と共にあるのなら。

 ……生きていて、よかった……。

 積もる赤に額を埋めるようにして零す言の葉は、決して口にはできぬもの。ここならばただ、呪いが音を奪ってくれるのに任せ。
 ああ卑怯と思えども、それでも想えば口許は緩んでしまうのだ。
 ──『あなたがいて倖せです』。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
雨が降っているね
ヨル、と傍の相棒に声をかけ
しとしと零れる空の涙を手のひらにうけとめて、みあげる

あ、と気がついたときには
唇から桜花弁が零れ落ちた
声が出ない
いけない
僕は──この聲がなきゃ
歌えなきゃ何も出来ない
唯のさかなじゃないか
心の底がゾッと冷えて喉を抑える
ヨルの嘴からは黒薔薇の花弁が零れて─苦しそうだ小さな背中をさすってあげる

もう君の名前を呼べないのかな
君に愛を歌うこともできないのかな
地を這うように、游ぐことしかできないさかなを君は愛してくれる?

今すぐ飛んでいきたい──愛しい櫻の元へ

願えば、背に翼が現れる
水を游ぐ人魚の背に夜空のような黒い翼が
ヨルを抱え
蝶を追う
取り戻そう
僕という存在を示す、歌声を



●リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)
 雨が降っているね、ヨル──と。
 掌に雫をうけとめて、傍らのちいさな姿に声を掛けた、つもりが唇から零れた桜花弁。
 声が、出ない。同時に背に違和感があったけれど、そんなことに構っていられない。
 咄嗟に喉を両手で押さえた。あ、あー。あー。あー。発声。発声。発声。何度も何度も練習したはずのその“技”が、ただはらはらと灰色の石畳に散っていくだけ。
 いけない。
 僕は──この聲がなきゃ。
 歌えなきゃ何も出来ない、唯のさかなじゃないか。
 ゾッ……、と全身が、心が、魂が冷えた。だって、しあわせな愛をうたい舞台をつくると誓ったのに。
 雨の降る音だけが聴こえて、頭の中は真っ白で。ヨル。相棒へ振り向いて、初めて自分の身体が震えていることに気付いた。
 見下ろした式神はつぶらな目を瞑って音もなく噎せ込んでいて、その嘴からぽろぽろと零れ落ちるのは黒い薔薇の花弁。吐き出すそれは、僕自身が苦しくなかったのを鑑みれば苦しくはないのだろうと思いはするが、尾を折って小さな背中をさすってあげる。
 柔らかな羽毛を指先に感じながらも、ずっとずっとさすりつつも、僕の中には石畳の上に積もっていく薔薇のそれよりも黒い黒い想いが渦巻いていく。

 もう君の名前を呼べないのかな。
 君に愛を歌うこともできないのかな。
 地を這うように、泳ぐことしかできないさかなを君は愛してくれる?

 頬を雨雫が伝う。ヨルが僕の方を窺って来るから、そっとその姿を抱き締める。脳裏に浮かぶのはいつだっていつだって、“君”のこと。

 今すぐ飛んでいきたい──愛しい櫻の許へ。

 そう願ったとき背中の違和感にようやく意識が向いた。振り向いた視界に入ったのは、夜空のような黒い翼。黒曜の都市のような色合いの──そして蝙蝠のそれみたいなその翼の形には、見覚えがあった。
 あの櫻のような、麗しい翼ではないけれど。
 でも、一縷の誇らしさのようなものが胸に湧いて、そのままヨルを掬い上げて、雨空を泳がず──、飛んだ。
 取り戻そう。僕という存在を示す、歌声を。
 この翼が導いてくれるのならば、なにも、きっと。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヲルガ・ヨハ
アドリブ可

取り出したる市女笠は
あますことなく”おまえ”だけを覆う為の

そう、土塊と血とまじないで拵えたがゆえに
崩れては叶わぬからな
しなやかな腕で笠を支え、笑んで

濡れる事を甘んじたわれの背に得る翼は何か(※お任せ)
唇からは言の葉の代わりに山荷葉がひらと溢れ
交わす声などなくとも
”おまえ”は命を違えぬから
静寂と雨音に耳を傾ける

心は穏やかにそよぐ
ただ、”おまえ”が崩れても
思い出せぬわれには
おまえを形どることが出来ぬやもしれぬと
想い馳せた時だけ漣が立った

逆に”おまえ”を抱きかかえ
天翔けてもいいのだが
気紛れに思えど
面紗の奥、ゆっくりと瞼を閉じる
珍しく、胸に凭れるよに体重をかけ

そうだな
今は
……このままでいい



●ヲルガ・ヨハ(片破星・f31777)
 嗚呼、──“おまえ”よ、笠を。
 面紗に雫が落ち、光の透過が増すのを見て雨を知り、告げたつもりの言の葉が、もはや音と為ることもなく、唇に薄いなにかが触れた。指先で抓んだなら、それは山荷葉の白き花弁。
 同時に、“おまえ”の逞しい腕が回った己れの背にみしり、と軋む音があった。肩を回せばそこには白銀の、けれど己れの身の丈に合うほど大きな燕の翼が一対生え伸びている。
 嗚呼。これが呪いか。
 驚嘆は特に浮かばず、得心だけがあった。“おまえ”は動じることもなく声なき我の命に応じて用意した市女笠をわれへと差し掛ける、──その手を、遮った。
 これは、“おまえ”に。
 土塊と血とまじないで拵えたがゆえに、崩れては敵わぬからな。小さく笑み刷いて竜面のこうべに整えてやったとて、“おまえ”は当然逆らうこともなく受け容れる。
 “おまえ”の笠から下がる虫の垂衣をわれが遮らぬよう、 “おまえ”の肩を両の手で押し、折角得た翼で空へと舞い上がった。
 同時に、はらはらと衣に降り積もりたる山荷葉の花弁がはらはらと零れ落ち、白きそれが濡れて氷片の如くいろを失う。
 羽ばたき、大きく回旋しながら滑空し──雨音だけが奏でる静寂へと耳を傾けたならば心は穏やかに凪いで。
 地上が近付けば、当然のように再び羽ばたき、笠の下で佇む“おまえ”の肩へと手を伸ばした。嗚呼、成程。確かに地に降りぬわれに、われらに、この翼は相応しい──。
 雨に濡れた指先が、垂衣に触れて透かすさまを見れば、微か躊躇いに腕が強張った。
(崩れては敵わぬ)
 つい今し方己れが想起した言の葉に、眸が揺れた。
──“おまえ”が崩れても、思い出せぬわれにはおまえを形どることが出来ぬやも知れぬ。
 衣越しの肩に触れたまま、翼は羽ばたきを繰り返す。
 ……逆に“おまえ”を抱きかかえ、天翔けてもいいのだが。嗚呼“おまえ”よ、それもさぞやをかしかろう。
 想像してみれば口許が緩み、“おまえ”はきちんと衣越しに──濡れたわれに触れぬようにとの命を守りながらいつもどおりにわれをかいなに抱いた。
──そうだな。今は、
 ゆるり、瞼を閉じる。“おまえ”の胸にそっと体重を預ける。今ばかりは。

 ……このままでいい。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

狹山・由岐
静かに降る雨が頬を濡らす
見上げた空がひどく狭く感じるのは
気の所為だろうか

空を飛べたらなんて夢物語
莫迦莫迦しいと思っていた
──彼女に、出逢うまでは

この暗く冷たい世界ではない
遠く離れた青空の下に居る君
隔てる距離を埋める様に
小さな端末越しに聲を届け合っているけれど
ねえ、それだけじゃあ物足りないんだ

今すぐに君のもとへと飛んで
髪を梳いて、頬に触れて
華奢な躰を腕の中に抱いて
無邪気に咲うその顔を眺めていたい
…なんて云ったら照れ隠しに叩かれるかな

小さな笑いは音にならず
薄く弧を描いた唇からは
白いカスミソウが咲き毀れる

言葉の代わりに花束を
ってのも甘美だけれど
今はまだ、想いを乗せる聲が要るから
返してもらいに行こうか



●狹山・由岐(嘘吐き・f31880)
 なにもない、灰色の空。とおく、とおくに蝶がひらひらと飛ぶのが見える。
 細い雨が間断なく降り注いで、それっきり。
 それだけのからっぽの空が、ひどく狭く感じるのは気の所為だろうか。
 頬を濡らす感触に、そっと瞼を伏せる。空を飛べたら、なんて夢物語、莫迦莫迦しいと思っていた──彼女に、出逢うまでは。
 やわらかでおしゃべりなアルトボイスが耳をくすぐるのを思い出して、眦が緩んだ。目を開いて、もう一度、空を見遣る。何度見てもこの暗く冷たい世界は灰色一色だ。
 あの蝶よりももっと遠く離れた青空の下に居るはずの君に、隔てる距離を埋める様にと小さな端末越しに聲を届け合っているけれど、ねえ、それだけじゃあ物足りないんだ。
 ふぅわり。意識を向けるだけで生まれてこのかた、ずっと共に在った様に違和感なく、背の翼を動かすことができる。
 君のようにあたたかなひまわり色の大きな翼。
 なんてことだろう、ここに鏡はないけれど、こんなに僕に似合わない羽もないだろう。
 だと言うのに、背の翼を、翼の色を、嫌悪する気にもなれない。胸の裡に、君への想いだけが膨れ上がる。
 この翼で、今すぐに君のもとへと飛んでいきたい。目を丸くする君の髪を梳いて、頬に触れて、華奢な躰をこの腕の中に抱いて──そうしたら無邪気に咲うその顔を眺めたい。
 ……なんて云ったら照れ隠しに叩かれるかな。
「、」
 小さく笑ったはずのそれは音にならず、白いカスミソウが雨と共にぽろぽろと灰色の石畳へと零れ落ちた。花弁、ではなく小さな花がそのままぽろぽろと、喉を通る感覚もないまま咲き毀れるさまは違和感でしかなかったけれど、不思議とこれも嫌悪はなかった。
 苦痛を与えるでもなくただ美しく咲いて毀れる姿はどこか無邪気で。
 敢えて意味のない言葉を吐いて、いくつか指先に触れてみる。少し考える。
──言葉の代わりに花束を、ってのも甘美だけれど。
 考えて、やめた。
 きっと君は、僕がそうやって差し出した花束を見て驚いて、もしかしたら一瞬、喜んでくれるのかもしれない。けれど聲が出ないことを知ったら?
 それに今はまだ、想いを乗せる聲が要るから。
 僕だって、充分と放り出すのはまだ早過ぎる。伝えるのは得意ではないけれど、伝えることを諦めているわけではないから。
──返してもらおうか。
 大きく羽ばたいたひまわり色は、一気に空へといざなった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 日常 『魔女の霊薬』

POW   :    沢山の素材を混ぜ合わせ、どんな霊薬ができるか試す

SPD   :    正確に素材を計量し、間違いなく霊薬を作る

WIZ   :    魔女のレシピを元に、新たな霊薬を考案する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●蝶の先
 灰色の世界を、蝶を追って進んだ先。
 どれほどの時が経っただろう。
 どれだけの花が、灰色を彩ってきただろう。
 いつしか降り注いだ雨は石畳の溝に沿って流れ、伝い、ひとつの湖へと流れ込んだ。
 その湖の畔にひとりの女が座る。彼女の膝から下は湖の中。すっかり浸かった衣が波紋の下で大きく泳いでいる。
 雨の下、傘も差さずに女は訪れる客人に振り返り、微笑む。
 花を吐く客人に、薬を差し出す。
「尽きぬ想いに喉を灼かれたかい」
 女の周りには蝶がひぃらり、ひらり。
 差し出された薬は掌に収まる程度の小瓶に、真珠色に鈍く虹色に光るとろりとした液体が半分ほど注がれている。
「ひとつ。このままこの薬を飲めば、お前さんが死ぬ」
 女は指を立てる。
「ふたつ。薬にお前さんの花びらを落として飲めば、想いの先が死ぬ。あるいは壊れる」
 女は更に指を立てる。
「みっつ。お前さんの吐いた花びらの上に薬を全て落とせば──お前さんの想いそのものが死ぬ」
 どれか選べば呪いは消えると女は言う。

「さあ、──選びな」


 君は猟兵。埒外の存在。まず以て死ぬことはない。
 そう、死ぬことはない──本当に?
 薬を飲んだ君の存在は、未だ薬を飲まぬ君には判りはしない。開けぬ匣の猫の生死は、開けるまで不明なままだ。
 ただ、間違いなく君は猟兵。埒外の存在。まず以て死ぬことはない。
 それでも女の謳う文句に、君はなにを選ぶ?
 
コッペリウス・ソムヌス
蝶を追った先、湖に
呪いの次は選択か
つくづく面白いところだね
何を選ぶか、なんて迷いなく始めから

ひとつ、
想いが消えれば影も消えるだろう
ひとつ、
オレから呪って無意味でも気分は良くない

高みから花届けるのも悪くないけど
言葉なくしたままでは
影のキミも困るだろうし
呪われたやつが消えるに限るよ
そのまま液体を口にして

神をも殺せる代物だったら
贈りものをありがとう



●Sandmannの眠る頃
 顔を上げる。ひらひら舞う蝶は、湖に脚を浸ける女の傍へと侍る。
「さあ、──選びな」
 無遠慮に突き出された小瓶を傾ければ、真珠色のとろりとした液体が揺れる。呪いの次は選択か。
 つくづく面白いところだね。
 くつりと笑ったはずの音はまたルドベキアの花弁と化し、石畳の途切れた畔へ墜ちた。唐突に途絶えた道。湿った足許の土にはあるべき緑は息づかず、ただ褪せた灰色が女の許まで続いている。
 頭の中で、女の差し出した選択を反復する。
 ひとつ、想いそのものが消えれば影も消えるだろう。それは結局キミも消えるってことだろう? それじゃあ意味がない。
 ひとつ、オレから呪って無意味でも気分は良くない。キミが壊れる? 影が壊れる? つまりそれってオレが壊れるってことじゃない?
 灰色の地面に伸びる影へと視線を落として、しゃがみ込んで近付いて。ねえ、とルドベキアをただ零す。キミに“返す”ことができるなら、なにを選ぶかなんて、迷いなく。
 高みから花届けるのも悪くないけど、言葉なくしたままでは影のキミも困るだろうし。
 ちらと女へ視線を遣る。女はオレの選択を愉しげに眺めていた。やれやれ、悪趣味。
 こんな選択、特に困ってもいないのに。
 やっぱり伝える言葉がないってのは不便だね。
──いや、オレが伝えようとしてないだけか。
 小さく笑って、小瓶を視線の高さに持ち上げる。鈍く輝く乳白色の虹。うん。呪われたやつが消えるに限るよ。
 ばいばい。
 固く閉ざされた硝子の瓶の蓋を捻り開けて、とろりとした液体を舌から喉へと落とす。甘いような、苦いような、……喉の、灼けるような感覚のあと。
 くらりと視界が大きく歪んだ。ちょうど、そう、微睡みにおちるみたいな。皮肉だな。
 薄れ始める意識の中で、女の目をなんとか探す。言いたいことがある。

 これが神をも殺せる代物だったら、──贈りものを、ありがとう。

.∘
 声になった? 呪いは解けた?
 ただ崩れ落ちたコッペリウスの傍に、ぱらぱらとルドベキアの花弁が舞い落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニオ・リュードベリ
この薬を飲めば呪いは解けるのかな?
綺麗な薬だけど……どうしよう

選択肢は三つ
まず想いそのものが死ぬのは……絶対に駄目
あたしはバロックメイカーでアリスナイト
想いがあたしの軸だから
それを失うのは絶対に駄目だ
想いのないあたしなんて生きる死人みたいだもの

あたしの想いの先にあるのは……
きっと今まで出会ってきた沢山の人達
みんなみんな大好きだから
みんなが死ぬのも絶対に駄目

それなら……あたしが直接飲むしかない
仮に本当に死んでしまったとしても、それ以外の選択肢よりはあたしらしいと思う

想いを殺さず
大切な人達を殺さず
紡ぐ言葉を殺さず
その上で生き延びて、これからも沢山の言葉を想いを抱いていくんだ

勇気を出して、薬を飲むよ



●空明の嬉遊曲が絶える時
 受け取った小瓶。この薬を飲めば呪いは解けるのかな?
 目の高さに持ち上げれば、白の中に虹色のキラキラが泳いでる。綺麗な薬だけど、……どうしよう。
 湖に脚を下ろした女のひとがにっこり笑う。「選びな」。小瓶と一緒に突き付けられた、三つの選択肢。
 三つめの、想いそのものが死んじゃうのは、……絶対に駄目。だってあたしはバロックメイカーでアリスナイト。猜疑心、恐怖心、それから想像力。
 “想い”があたしの軸だから。
 それを失うのは、絶対に駄目だ。想いのないあたしなんて、生きる死人みたいなものだもの。
 ふるり、首を振って小瓶を握り締める。でも、……じゃあ、二つ目の選択肢? あたしの想いの先にあるのは……。
 瞼を伏せたら沢山、たくさん思い浮かぶ。今まで出会ってきた、冒険仲間。感謝してるひと。興味があるひと。リーダー、先輩、沢山、たくさん。
 また首を振る。
 みんなみんな大好きだから、みんなが死ぬのも絶対に駄目。
 目を開いたら、「おやおや、こわい眼だね」って女のひとが言う。こわい眼にだってなるよ、だって失くしたくないんだから。軽くほっぺたを膨らませるけど、女のひとは笑うだけ。
 でも、選択肢は三つ。
 それなら……あたしが直接飲むしかない。
 小瓶の蓋を捻って開けて、女のひとを見た。女のひとは変わらずただ楽しそうにこっちを見てる。
──あたしらしいでしょ?
 全然知らないそのひと相手にそう笑って見せたなら、やっぱり声は音にならず、カランコエの赤い花弁がぽろぽろ落ちていく。うん。沢山の思い出を失くしちゃうより、きっとあたしらしい。
 仮に、本当に死んじゃったとしても。
 見目にも身体によくなさそうな小瓶の液体を見つめて──勇気を出して、くっと呷る。

 あたしは、死なない。
 想いを殺さず、大切なひと達を殺さず、紡ぐ言葉を殺さず。
 その上で生き延びて、これからも沢山の言葉を、想いを、抱いていくんだ。
 だから、あなたにあたしは殺せない。
.∘
 世界が歪んで、歪んで、歪んで──影が意識を覆い包むような感覚のあと、ニオは静かに崩れ落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

三日月・雨
まあ猟兵は死なぬと聞くが…この体が死ぬのは困るよ
わたしだけのものでないからな
だから、想いの先が…レインが死ぬのも困る…嫌だな

となると、失うのはわたしの想いか
ここしか譲りどころがない
このまま言葉の代わりに花を吐き続けるのも不便だしな

でも…
この想い全部が死ぬとは…失うとは思えない
レインへの想いも今抱えている…抱えきれないほどの大事な物への想いもってことか?
それを全部失くしたら、それこそわたしではなくなってしまうよ

レインも弟子や友人たちも
そして罪悪や惑いと共にあるとはいえ、今存在している自分も
わたしは強く大切に思っているはずだ

それが、呪いと共に消えるかな
では、試してみようか?

アレンジアドリブお任せ



●月冴ゆ夜の雲間より
 ふむ、と思わず零した声が、あおい花弁になって舞い落ちた。
 湖の女より受け取った小瓶をちいさく揺らす。微細な螺鈿のような色彩が泳いだ。まあ猟兵は死なぬと聞くが。
 ……この体が死ぬのは困るよ。わたしだけのものではないからな。
 レインだけではない。他にもまだ“居る”から、わたしだけで判断してはなにを言われるか判ったものではないだろう。
 だからと言って、想いの先が……レインが死ぬのも困る。否、嫌だな。
 考えるだけで眉間につい皺が寄るほどには、受け容れられないと感じる。
 女に視線を遣って、軽く首を傾げる。声は届きはしないだろう。だから言葉を紡ぐことはしないが、女はこちらの言いたいことを判っているような目つきで笑う。
「我儘は聞かないよ」
 ……まあ、そうだろうな。
 会話できないと知りつつ、胸中で相槌を打ち、軽く肩を竦める。となると。
──失うのはわたしの想いか。
 ここしか譲りどころがない。このまま言葉の代わりに花を吐き続けるのも不便だしな。もしもこのままだったら──……。
 考えそうになる未来は、希望だろうか。それとも、自惚れだろうか。自惚れでも、いいと思えてしまうほどには、胸の裡が温かで。留め置くかのように両の手を胸に添える。
 そう。
 例え譲り、薬を、毒を、呪いを飲んだとしても、この想い全部が死ぬとは……失うとは思えない。
 レインへの想いだけではなく、今抱えている、……抱えきれないほどの大事なものへの想いもすべて、か?
 想像するだけで少し口角が上がってしまう。有り得ない、と思う自分が居る。
 だってそれを全部失くしたら、それこそわたしではなくなってしまうよ。
 改めて、湖の女を見据えた。女は変わらぬ様子でわたしがどうするかを見守っている。まったく、悪趣味なやつだ。ならば見せてやろう。
 レインも、弟子や友人たちも。
 そして罪悪や惑いと共にあるとは言え、今存在している“自分”も。
 わたしは強く大切に思っているはずだ。
 たかだか呪い如きに、その想いが消せるかな。

──では、試してみようか?

 挑むこちらの視線に気付いただろうか。女の笑顔が一瞬翳るのが見えて、そして。
.∘
 止むことのない雨音が耳を埋めて、眩暈と共に平衡感覚を失う。幾多の“雨”の声が響く気がしたのと同時に、雨は意識を手放した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

千波・せら
困ったなぁ。
どれも選べないや。

私は死にたくないもん。
私の想いの先が死んじゃうのも嫌だな。
私の想いが死ぬのも嫌だ。

でも飲まなきゃ私は戻らないんだよね?
すごく困る選択だ。

私はどうしたらいい?私はどうしたいのかな。
全部を選ばないなんて選択は強欲すぎちゃう?
でもね、選べないんだ。
私は私も皆も大切だから。

どれかを選ばなきゃいけないのなら。
うん、こうしよう。私はこのままこの薬を飲んで死ぬよ。
私の目の前でこの薬を飲んで死んだ人が居る訳じゃないから
本当に死ぬかは分からないでしょ?物は試しだよ。

本当に死んじゃったら、粉々に砕けた宝石を
私の故郷にかえしてね。
息を止めて薬を飲むよ。



●Clioneの祝福
 もらった小瓶を、持て余す。困ったなぁ。どれも選べないや。はっきり零したはずの声は相変わらず、白く、あるいは薄紅の花弁になる。
 私は死にたくないもん。
 決まってる。私はまだまだ冒険したい。探索したい。知りたいんだ。
 私の想いの先が死んじゃうのも嫌だな。
 そもそも、私の想いの先って誰だろう? “探索”そのもの? もしもそうだとしたら、“探索”ができない世界になるってこと? すべての謎が解き明かされた世界とか?
 ううん、例えすべての謎が解き明かされた世界に居たとしても、きっと私は “探索”を続ける。だとしたら私の身体が動かないとか、そういうこと? やっぱりそれは嫌だな。
 私の想いが死ぬのも嫌だ。
 なにをしても、なにを見ても、心が動かなくなる? ──絶対に嫌。
 でも飲まなきゃ私は戻らないんだよね?
 そう言いたい気持ちで薬をくれた女のひとを見るけど、判ってるのか判ってないのか、にやにや笑ってこっちを見てるだけ。意地悪だなぁ。すごく困る選択だ。
──私はどうしたらいい? 私はどうしたいのかな。
 小瓶とにらめっこして、考える。問い掛ける。
 全部を選ばないなんて選択は強欲すぎちゃう? でもね、本当に選べないんだ。
 何度考えても、何度問い掛けても、同じ答え。考えなくても判ってる。
 私は私も皆も大切だから。
 それだけは絶対に揺らがなくて、だからどうしよう、ってもう一度女のひとを見る。女のひとは変わらずの口調で「選びな」って繰り返すばっかり。
 ……どれかを選ばなきゃいけないのなら。
 どれくらい悩んだか判らない。けれど──うん、こうしよう。
──私はこのままこの薬を飲んで死ぬよ。
 敢えて声にはしないけど、女のひとに伝えたくてまっすぐに見た。だって、私の目の前でこの薬を飲んで死んだ人が居る訳じゃないから。
 本当に死ぬかは分からないでしょ? 物は試しだよ。
 女のひとはちょっと眉を寄せた。きっと私の顔は晴れ晴れしてて、怯えたりしてないのが彼女にも判ったんだと思う。それが不思議なんだ。
 ふふ、と笑ったらまた花弁が落ちた。不思議は惹かれるよね。息を止めて、一気に小瓶を呷る。

──本当に死んじゃったら、粉々に砕けた宝石を私の故郷にかえしてね。

.∘
 ぴし、ぴし、と。なにかが欠ける音がする。聞き慣れたような、聞きたくもないようなそれが重なって、重なって、重なって──眩んだせらの視界が五つに割れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

オズ・ケストナー
答えようとして花

わたしがしぬのはだめ
まだたりないって思うから
しんぱいしてくれるともだちもいる

だれかがしぬのはもっとだめ

想いがしぬって、それは
おとうさんにあえたとき、おとうさんにだいすきって言えなくなること?

ともだちのことをわすれても
いっしょにいたらぜったいにまた好きになる

おとうさんのことわすれて
もしおとうさんにあえなかったら
しんだあとにいく場所がおなじじゃなかったら
わたしがおとうさんとおなじ場所を、えらべなかったら?

でも
ここでしんだらだめだよね
めつぼうを、とめるんだもの

以前導いてくれた黒い幽世蝶
あの蝶はおとうさんだった
きっと

わたしがえらべなくても
おとうさんがむかえにきてくれる
きっと

花の上に薬を



●Ein Kinderspielな葬送曲
「さあ、──選びな」
 そう女のひとが言うから、すぐに答えようとしたら青色のバラがぱらぱらおちた。
 だって、わたしがしぬのはだめ。まだたりないって思うから。
 しんぱいしてくれるともだちもいる──だから、だれかがしぬのはもっとだめ。
 じゃあ、じゃあ。
 女のひとをみる。想いがしぬって、それは。
──おとうさんにあえたとき、おとうさんにだいすきって言えなくなること?
 バラをこぼしながら首をかしげてじっと見ても、女のひとはなんにも答えてくれない。ただにこにこしてわたしのことを見ているだけ。
 しかたがないから、もういちど考えてみる。わたしの想いがしんだら。
 たとえばともだちのことをわすれても、いっしょにいたらぜったいにまた好きになる。
 でも、おとうさんのことをわすれたら。
 わすれて、もしおとうさんにあえなかったら。
 しんだあとにいく場所がおなじじゃなかったら──わたしがおとうさんとおなじ場所を、えらべなかったら?
 おとうさんに、だいすきって、言えなくなる。
 おはようって、言えなくなる。
 それは。
 思わずおようふくの胸のあたりを握りしめた。考えるだけで、なんだかくるしい気持ちになるから。
 それは。
 でも、じゃあ、……やっぱり、わたしがしぬほうがいい?
 ……ううん。ここでしんだらだめだよね。めつぼうを、とめるんだもの。
 せっかくめつぼうする前にきづいたのに、わたしのきもちだけをゆうせんするわけにはいかないよね。
 目をとじる。前にわたしを導いてくれた、黒い幽世蝶。
 あの蝶はおとうさんだった。きっと。
 うん。うなずく。
 わたしがおとうさんとおなじ場所をえらべなくても、きっとおとうさんがむかえにきてくれる。
 うん。きっと──……だいじょうぶ。
 ちいさな瓶を見る。きらきら、きれい。ぽろぽろおちる青いバラもきれいだけど。そっとその花びらをすくって、その上に瓶を傾けた。
 とろり、とゆっくり落ちた白くて虹色の液が青色の上にながれて、おちて。
 それを見たら、急にぎゅうっと胸がくるしくなった。さっきよりもずっとずっとつよくて、あつくて。
 ……おとうさん。
.∘
 酷い眩暈に襲われて、灰色の世界が歪む。どこが上か判らなくなって、オズはその場に崩れ落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・ハクト
あおい蝶追いつつ
夢叶う事望む者を喰らおうとする電幻の蝶
記憶奪う蝶
何かと縁あるものだ

想い…
そう呟こうとして溢れた白い花弁に目をやる

『問題ない。お前こそ大丈夫か』
思い浮かべていたのは、その言葉の記憶の先にある誰か
もし仲間だったなら、どこかで無事であれと思った相手

なら二つ目は当然なしだ
そして一つ目は死なないなりにそれに相当する何かがあるかもしれない
なら

いや、駄目だ!
その細い糸を手放してはいけない
そう感じ、そのまま薬を飲み干す

ああ、なんだ。
思っていたよりも俺は
よくばり
なんだな。

「悪いが、どれも手放す気はないんでね」
策がある訳じゃない、何かあったら耐えるだけだ
意識を、己を、想いも、想いの先も

アドリブOK



●黒と白の独唱
 辿り着いたのは、湖。灰色の空を映し込んだその水面も灰色だ。
 殊更速く飛ぶ必要はなかったから、緩やかに羽搏いていた白と黒でまだらになった翼を畳み、女の傍に立った。女の傍には追ってきたあおい蝶が集まるように飛んでいる。
──夢叶うこと、望む者を喰らおうとする蝶。記憶奪う蝶。
 何かと縁あるものだ。ここが灰色の世界なら、あそこは青色の世界だった。未だ鮮やかな記憶。自分には命のない
「さあ、──選びな」
 女が語り、小瓶を突きつけてそう締めくくった。想い……。呟こうとした声はちいさな白い花弁が落ちたのを目で追う。
(問題ない。お前こそ大丈夫か、ハクト)
 その白に触発されたように思い浮かべたのは、忘れていた過去に一緒に居た誰か。無理に探そうとは思わないけれど。ここに辿り着く道すがら、どこかで無事だといいなと──そう想った相手。
 なら、二つ目は当然なしだ。
 記憶を失い目覚めた時の俺は、大きな怪我は負っていなかった。だからもし、その直前まで一緒だったとしても、相手も同じような状態であればいい。そう願う。
 じゃあ一つ目は。猟兵は死なない。それは知っている。だが、死なないなりに、それに相当する何かがあるかもしれない。
 なら。
──いや、駄目だ!
 三つ目のことを頭に浮かべた、その瞬間に耳と尾が総毛だった。ぶるぶるとめいっぱいに首を振る。
 “それ”はただでさえ、か細く頼りない糸だ。手放してはいけない。そう魂が叫んだ。
 そしてそう感じた、それを知覚した瞬間には、女から受け取っていた小瓶を呷って喉に流していた。
 甘さと苦さが同時に喉を灼いて、奥歯を食い縛る。視線を戻すと、女が面白いと言わんばかりの顔でこちらを見ていた。
「いいんだね」
 悪いが、どれも手放す気はないんでね。
 試すような視線の女へ、そう返したつもりだった。声は出たか? 白い花は、落ちただろうか。判らない。咄嗟の行動だ。だが、何かあったら耐えるだけだ。

 ああ、なんだ。
 思っていたよりも俺は、 よくばり  なんだ な。
.∘
 意識を、己を。想いも、想いの先も。
 燃え上がる熱を感じつつ、定まらない視界の中でふらつく足を何度も踏み締めるクロムの手から、小瓶が落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

六道・橘
アドリブ歓迎

難問ですね…

あたしはかつて想いの先の兄の目の前で命を絶ちました
だから死んではいけない

兄を死なせるのも壊すのも、あたしの代わりというのなら彼は喜んでそうするでしょうから――あたしはやはり絶対にやりたくない

想いが死ぬ? これが一番ありえない
わたしは、探し続けたモノがようやく形をなしつつあることに悦びを感じている、これこそがわたしの存在理由
…妄想めいたものかもしれない
あたしは既に壊れて狂っている説もある

しばし考えて、小瓶を手に取った
そのまま飲み干す
兄がするであろう行動と同じ
同じにしようとする兄をあんなに怯えたのに、かつての俺は
なんだか悔しいし忌々しいけれど
…嗚呼、俺たちはやはり双子だ



●まだ■害者の声は届かない
 女の細い人差し指と親指の間で小瓶を揺らせば、真珠の彩りが移る。吐息をひとつ。
 難問ですね……。
 吐いた言葉は紅の曼珠沙華になって畔に散る。突き付けられた選択にうっすらと笑う。
 あたしはかつて、“想いの先”の兄の目の前で命を断った。三十八階から身を投げ、背中の羽根もあったのに。兄に刻みたかった。そんな身勝手で。だから死んではいけない。
 だけど、想いの先。
 兄を死なせるのも壊すのも──あたしの代わりというのなら彼は喜んでそうするでしょうから──あたしはやはり、絶対にやりたくない。
 例えば、あの三十八階で。
 赤く染まった白い羽根の彼に。……あるいは両翼揃った状態の彼に、でも。
 俺の代わりに落ちろと告げたなら、きっと迷いなく彼は“飛んだ”だろう。微笑みを浮かべたまま、ひとつの羽ばたきもせず。
 考えるだけで、じりじりとこめかみが痛む。それは許せないと、認められないと“俺”が叫ぶ。きっと紅の曼珠沙華になって、その声は届かないのだろうけれど。
「さあ、受け取りな」
 足を湖に浸けたままの女がそう言って小瓶をまた揺らす。
 なら、想いが死ぬ?
──一番ありえない。
 探し続けたモノが、求め続けたモノがようやくひとつの形を成しつつあることに悦びを感じている、これこそがわたしの存在理由。
 自ら命を断ってなお転生し、他者を斬り刻む技能を研ぎ澄まして、謎を解き明かすことだけを追い続けたこの生。なんの因果か、失われた過去が受肉した存在を転生させられる力を持たされたこの生。
 ……妄想めいたものかもしれない。
 そう冷静にそう感じるあたしのことも俯瞰している。“俺”も兄も。あたしは既に壊れて狂っている説も、ある。
 なら? それとも?
「我儘は認めないよ」
 女が急かして小瓶を小刻みに揺らす。沈んでいた思考から浮上して、そうねと何気なく受け取った小瓶を、流れるように開けて飲み干した。
 嗚呼、甘ったるくて苦い。端的に言うなら不味い。
 くらり、世界が回る。
──兄さんと、同じ。
 思えば吐き気がする中でも口角が上がった。同じにしようとする兄を、あんなに怯えたのに、かつての俺は。
 なのに、同じことをしてしまうんだ。重ねてしまうんだ。否、重なってしまうんだ。
 なんだか悔しいし忌々しいけれど。

 ……嗚呼、俺たちはやはり双子だ。

.∘
 意識を失う瞬間は、いつもあの落下の感覚に似ている。橘はそうして意識を手放した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

狹山・由岐
手渡された小壜の中で
まろやかな煌めきが揺れる

委ねられた命と心
呪いを解く代償をとは
魔女も悪趣味だこと

『二人とも死ぬ』
なんて都合良い選択肢はないんだね
置いて逝くのも先立たれるのも
きっと僕は我慢ならないから
最期まで共にと願うけれど
それ以上の悲劇をお望み?
問う聲がなくとも君には御見通しでしょう
弧を描く唇がそうと告げてるもの

それなら、と毀れた白い華を手に受ける
僕はこれを手離そう
尽きる事なく溢れる、彼女への想いを

悔いはないのかって?
悲観に暮れる顔を期待したなら、応えられなくて残念だ
心なら幾度だって殺して、忘れて良いよ
その度にまたあの子を見つけて、出会って
新しい想いを咲かせるだろうから

──見縊らないでよ、



●嘘吐きの紡ぐ白
 悪趣味だこと。
 手渡された小壜を傾ければまろやかな虹の彩の煌めきが揺れる。
──委ねられた命と心。呪いを解く代償を、とは。
 『二人とも死ぬ』なんて都合の良い選択肢はないんだね。嘆息をひとつ。
 置いて逝くのも先立たれるのも、きっと僕は我慢ならないから──最期まで共にと願うけれど。
 悪趣味な魔女は、それ以上の悲劇をお望み?
 小壜から視線を魔女へ移す。問う聲がなくとも、零したカスミソウの意味をうっすらと愉しげな笑みを浮かべて顎を上げる君には御見通しでしょう。
 恐らく彼女も、逃れられないなら最期を共にと望んでくれるだろう。──逃れられないのなら。
 思わず口許が僅かに緩んだ。
 温かなひまわり色の翼が視界に映って、たったそれだけで肩が軽くなる。
 本当に逃れられないの、と訊いてくる彼女の声が聴こえて来る気がするくらいだ。
 そうだね、それなら。
 湖の畔に座ったままの女の視線を感じながら、尽きることなく溢れる、彼女への想いを言葉にする。勿論それは音になることはなく、白い華と化して受ける形の掌へ零れる。
「おや、いいのかい」
 片眉を上げて魔女が問う。『いいのか』? 悲嘆に暮れる顔を期待したなら、応えられなくて残念だ。なんて、このいらえも君に届かないのも残念だ。
 だからわざわざ小さく肩を竦めて見せる。

 心なら、想いなら、幾度だって殺して、忘れて良いよ。
 その度にまたあの子を見つけて、出会って、新しい想いを咲かせるだろうから。

 真っ白の、いや、黒一色に染まる僕の世界を、何度だってあの子のひまわりのような聲が、笑顔が、振る舞いが、あたたかく色付けていくに違いないから。
 それは僕が白い肌を泥で彩るのとは比にもならない、滲み出すようなうつくしさで。
 嗚呼、それは随分と贅沢なことではない?
 一度しか体験できないはずの出逢いを、もう一度体験できるなんて。
 想像すれば、元より恐れる心地などなかったそこに、誇らしい想いすら湧いてくる気がした。魔女を横目に、小壜を呷る。

──見縊らないでよ、

.∘
 カスミソウを真珠色の液体が包むと同時、満ちていたはずの由岐の胸に激痛が走った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
魔女のお薬だって
ヨル、気をつけて
きっと苦くてまずいから飲んではいけない

尽きぬ想いには何時だって胸をやかれて心を妬かす
いといとし
さくらこいしと歌う
この熱が僕の魂の冬をとかして春を誘ってくれたんだ

愛の舞台をうたうのに
愛をしらねばそれは成り立たない
僕の泳いできた路そのもの
愛する薄紅の想いを
例え何を犠牲にしたって穢させるものか
これを壊すくらいなら壊されるくらいなら
毒薬でも何でも呑み込んで
この生命ごと持っていく

真っ直ぐに前を見て
舞台の上で堂々と歌うように
少しも揺るがぬ心で選びとる
重ねて咲かせた、愛を喪うくらいなら
死を選ぶ

怖くない
死ぬんだとしても
君への愛が共にきてくれるんだから

ぐいと呑み込んで笑ってやるさ



●『櫻沫の匣舟』の停まる場所
 湖に脚を浸けた魔女のことが、どうしてだろう、少し気に掛かるけれど。
 傍のヨルが、彼女の差し出すお薬に手を伸ばすから、そっとそれを止める。魔女のお薬だって。
 ヨル、気をつけて。きっと苦くてまずいから飲んではいけない。
 いつもみたいに伝えたつもりが、聲は相変わらず、鼓膜を揺らさない。桜の花弁が湖の畔にはらはらと散った。薄紅に、胸が締め付けられる。
 聲が出ないという事実と、──櫻。
 きゅう、と胸元の衣服を握り込んだ。
 この想いは何時だって尽きることなく溢れ出して、胸をやいて心を妬かす。
 いといとし──さくらこいしと聲がなくても歌う。
 嗚呼。
 ……この熱が、僕の魂の冬をとかして春を誘ってくれたんだ。
 瞼を伏せれば、君の笑顔が華やかに浮かぶよ。君の声が聴こえるよ。ねえ。
 目を開けばヨルが僕の顔を覗き込んでいた。心配そうなその瞳に、小さく吐き出された黒い薔薇に、安心させるように微笑んでみせる。大丈夫だよ。
 姿勢を正す。舞台の上のように意識を切り替える。だって君がこんな僕を見たら、おんなじように顔を曇らせてしまうかもしれないから。それはだめ。
 愛の舞台をうたうのに愛をしらねばそれは成り立たない。
 それは僕の泳いできた路そのもの。
 愛する薄紅の想いを、例え何を犠牲にしたって穢させるものか。
 魔女の突き付ける選択の、二つめと三つめはあり得ない。
 これを壊すくらいなら、壊されるくらいなら──毒薬でも何でも呑み込んで、この生命ごと持っていく。
 この舞台を君が見ていないのは残念だけれど、僕の最期を伝え聞いた君が、君の人魚を誇りに思ってもらえるように。堂々と、歌い上げるように。
 僅かたりとて揺るがぬ心で選びとる。

 重ねて咲かせた、愛を喪うくらいなら。
 僕は死を選ぶ。

 怖くない。
 死ぬんだとしても、君への愛が共にきてくれるんだから。
 ぐいと小瓶を干すとあまくて同時ににがい、それはまるで中毒のような、あるいは愛のような──なんて皮肉!──味が舌に、喉に広がって、視界が眩んだ。
.∘
 畔の女にしあわせそうに咲ってみせて、リルは、リルルリは、崩れ落ちる。ヨルが駆け寄る。
.∘
 ただ、櫻。僕のいとしきさくら。
──ごめんね。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヲルガ・ヨハ
突き付けられた参の選択肢に
込み上げるのは
沸き上がるのは
くつくつと、音代わりに花弁を溢し
薄絹を肩を、揺らす

嗚呼、可笑し
其れを、
われに選べと云ふのか?

ひとつ。
嗚呼、何のために喰らい、忘れ、生き永らえたと思っている?
ふたつ。
想いの先……ちらと人形の"おまえ"を見遣る
論外だ、と言い捨て
みっつ。われのすべては、われだけのもの
……想いを喪ったわれは最早、生きているとは呼べぬだろう
即ち死すことと同義、嗚呼、ならば……

受け取った小瓶をつまみ上げ、揺らし
"おまえ"へ目配せをひとつ

"壊せ"、と命じ

嗚呼、女はどんな顔をするだらう?

喉を妬かれようと
呪いに蝕まれようと
化生成り果てようとも
われはわれであることを唯、望む



●片破星墜つ、
 薄絹の内側で、湖の畔で座ったまま小瓶と選択を差し出す無礼者に、くつくつと音無きまま山荷葉の花弁を零す。
 胸に、喉に、込み上げるのは、湧き上がるのは、ただ。
──嗚呼、可笑し。
 其れを、われに選べと云ふのか?
 問えど無論、花弁が散るばかりなのも知りつつ。“おまえ”の腕の中で肩を揺らし、女の投げた選択肢を指折り数える。
 ひとぉつ。はらり。
 われの生を喪う? 嗚呼、何のために喰らい、忘れ、生き永らえたと思っている?
 いくさの中を、呼ばわれるままに。
 ふたぁつ。はらり、はらり。
 想いの先が、毀れる? 想いの先……。褐色の肌の、龍面の“おまえ”を見遣る。
──論外だ。
 みぃっつ。はらり、はらり、はらり。
 われの想いそのものを、喪う? われのすべては、われだけのもの。
 信仰を、人の“想い”を糧とするわれが想いを喪えば最早其れは、生きているとは呼べぬだろう。
 即ち死すことと同義。嗚呼、ならば。
 女の細い手が差し出し続ける小瓶を、つまみ上げる。栓のされたままの其れを揺らせば細やかな螺鈿の虹が移り変わる。
 他愛もない。
 其れを“おまえ”に手渡し、肩を押して燕の翼で羽ばたいて飛ぶ。笠の下、かつ面の奥の“おまえ”のかんばせに目配せをひとつ。

──“壊せ”。

 命に応じて“おまえ”は迷いなく躊躇いなく小瓶を地に叩き付けた。
 かそけき音が灰色の世界に響いて、嗚呼、お前はどんな顔をするだらう? 口角が自然と吊り上がる。……つまらぬことに、女は片眉を僅か上げたばかりだが。
 すいと風を切り、“おまえ”の腕の中へと舞い戻る。

 例え喉を妬かれようと、呪いに蝕まれようと、あるいは化生と成り果てようとも。
 われはわれであることを唯、望む。

 女を見据え、告げる。声などなくともわれの言葉を読み取ったのか、そこで初めて女の顔が歪んだ。嗚呼、可笑し。
.∘
 呪いを解く術を自ら放り出したヲルガが厭うたのは犠牲ではない。代償ではない。
 他者に己の路を定められること。
 忠実なる従者の腕の中、燕の翼を持つ龍の乙女は、うつくしく微笑んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助
声は無くてもいいのかもしれない
優しく抱きしめることが
言葉よりずっとまっすぐ想いを伝えられると知った

…でも
彼女がどうしてこんなことをするのか気になる
雨の下、湖中にいても、寒そうでないのは
水の冷たさも気にならぬほどの思いがあるのだろうか
それに、瓶の中身の半分はどうしたのか
気掛かりな思いを抱くけれど、言葉にならぬのはもどかしい
今声がほしいから
花弁の上で、瓶を逆さに

想いの先には決してかすり傷一つ付けぬ。
かといって死ぬわけにもいかぬ。
成すことがあるし、彼にも多くの思い出を残してゆきたい
でも、想いなら。一度喪っても甦る
少しの間哀しませてしまうかもしれぬが
私は彼を、何度でも好きになる
きっとそう待たせはせぬよ



●火輪巡る
 ちりんと、どこかで音がした気がした。
 白と黒の翼と共に蝶を追い続けていた視線を降ろせば、臨むのは灰色の空を映し出した灰色の湖。辿り着いた畔で、女が小瓶を差し出した。
「さあ、──選びな」
 突き出されたそれを手にして、とろりと揺れるその真珠色の水面を眺める。
 ……声は、無くてもいいのかもしれない。
 触れた指先の熱で、あるいは優しく抱きしめることで、言葉よりずっとまっすぐに想いを伝えられると知ったから。
 ならば小瓶を割ってしまうのも良いだろう。この白と黒の歪な翼でも彼はなにも言わず受け容れてくれるだろう。
──……でも。
 彼女がどうしてこんなことをするのか気になる。
 畔で湖に脚を浸けたままの女を見遣る。雨の下、湖中にいても寒そうでないのは、水の冷たさも気にならぬほどの思いが、想いがあるのだろうか。
 それに。
 改めて視線を落とす、掌の小瓶。液体は瓶の中に半分ほど。……残りの半分はどうしたのか。
 彼女へそれを訊ねたいのに、口を開けども零れるのはあかいゼラニウムばかり。嗚呼、言葉にならぬのはもどかしい。
 今、声が欲しい。

 想いの先には決してかすり傷一つ付けぬ。
 かと言って死ぬわけにもいかぬ。
 成すことがあるし、彼にも多くの思い出を残してゆきたい。彼と共に作ってゆきたい。
 生きていて良かったなどど、烏滸がましくも感じているのだから。
 彼を決して喪いたくない。けれど彼を独りで残せない。かつて感じた想いは、今もなにひとつ変わっていない。

 でも、想いなら。
 一度喪っても甦る。その確信が、ある。
 ほろりほろりと零れ落ちるゼラニウム。『あなたがいて倖せです』。私もその言葉をそのまま返す。
 少しの間哀しませてしまうかもしれぬが、私は彼を、何度でも好きになる。
 彼の眼差しを思い出したなら自然と口許が緩む。そのままそのあかい花弁の上で小瓶を逆さにした。
 大丈夫。
──きっとそう待たせはせぬよ。
.∘
 花弁を真珠が覆った途端、千之助の胸に痛みが走った。死にはしないのだろう。猟兵であるからこそ判るよりも先に知る。けれど、同時に彼は思う。
 きっと大丈夫。その確信は、揺らいでいない。
 ただ、今、この時は。彼への想いを喪うこの時は。
 死んだ方がましなくらい、くるしい、と。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『天翔人魚』

POW   :    〈鮫〉
【噛みつき】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【記憶を読み取り、精神的な弱点】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
SPD   :    〈天〉
敵より【高い位置にいる】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
WIZ   :    〈恋〉
【噛みつき攻撃】が命中した対象の【心臓】から棘を生やし、対象がこれまで話した【恋愛話(真偽を問わず)】に応じた追加ダメージを与える。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠加々見・久慈彦です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●天翔人魚
 嗚呼、嗚呼。
 湖の畔に座っていた女は、猟兵たちの選択に顔を覆って呻いた。
「何故、何故、何故」
 そして女は翼を広げた。背に現れたのは鰭のようなそれ。背ごと覆うように溢れ出した邪気が更に歪な翼の形を模して広がり、彼女の身体は中空に舞い上がった。
 衣が破れ落ち、湖に沈めていた下半身が露わになる。
 魚のそれ。魔女の正体は、人魚。
「何故、何故、お前さん達は選ばない。何故、何故、お前さん達は己を犠牲にする」
 腕に、耳に、鰭のような形が顕れる。長い髪が風に躍る。覆っていた手を外したなら、昏い瞳が崩れ落ちた、あるいは立ち尽くす猟兵たちを睥睨した。
「呪われてなお何故! 死を選ぶ! 想いを殺す! あるいは呪いを引き受ける!」
 「何故!」彼女は叫ぶ。
「何故、想いの先を断とうとしない! そうすれば、」
 人魚は、猟兵たちへと毀れた笑みを向けた。

「わたしのような化生になったと言うのに」

 声は戻るも翼は消えぬ。想いはあれども相手は居ない。そんな残酷な状況を呼び寄せたと言うのに。
 意識を取り戻した、あるいは対峙し続けていた猟兵たちは理解する。
 彼女を救うためには倒すしかない。骸の海に還す、それこそが解放であると。
 彼女を倒せば、骸魂に憑りつかれた妖怪は無事に救い出すこともできる。
「ずるい、ずるい、ずるい」
 そう呻き続ける、哀れな人魚を。
 
千波・せら
想いの先を断っても解決はしないから。
誰かを巻き込むくらいなら
私は私のままで欠片になりたいよ

私一人で欠片になったら、イルカみたいに泳いで
渡り鳥みたいに世界を渡り歩いて
今よりももっともっと色んな世界に行けるから

砕けても楽しいことは沢山あるから
悲しいことばかりじゃないんだよ
そんなにずるいかな
私はこの世から消えても、消えた先でも冒険を楽しみたいんだ

よーし、気合を入れ直すよ!

今日の天気は光属性の雨!
どんよりした気持ちも一気に洗い流すよ!
お出かけの際にはサングラスをお忘れなく!
宝石の身体を通した光は眩しいからね!

雨の後は虹が見えるでしょう!


オズ・ケストナー
失うのはこれがはじめてじゃなかった
いろんなことをわすれていく世界で
大丈夫だよと励まし合うみんなを思い出す

えらんだのはね
わたしがそうしたかったから
わたしのせいで、だれかがしぬのはいやだったからだよ

たとえすでに失われている相手だったとしても
これ以上なにももっていかせない
だれかにかなしんでほしくない

ずるいってどういうことだろうと考える
やりなおしたかったのかな
かなしいとかくるしいとか
そんな響きにも聞こえて

うん
魔鍵を構える
黄色い翼で高く空を飛び

いたくないように
なるべくはやく、おわらせるからね
春暁ノ印で動きを止め刻印を魔鍵で狙い
生命力吸収を試みる

いつか
いつかきみも、想う相手のところにいけますようにと願って


六道・橘
アドリブ歓迎

何を選んだとて狂う事には変わりない
でも化生になる選択肢があんたの全てを蝕んでしまったのは気の毒な話だ

『俺』はかつてあんたと同じ選択をしたんだ
「想いの先が消えればいい」って常に呪ってた
誰よりも自分らしく生きたかった
でも俺を蔑みに陥れる同じ顔した兄(存在)が常にそばにいた
気にして気にして気にして
憎んで恨んで心に毒を溜めこんで
…でも恐らく好きだった
理解りたかった護りたかった
生まれる前から一緒だった兄を呪ってしまったから――罰が当たって堕ちてくしかなかったんだ

あたしのように今世の魂汚して生き延びるのは辛いのでしょう?
ならひとおもいに殺してあげるわ
かつて同じ選択を選んだあなたへ容赦はしない


ニオ・リュードベリ
あなたに何が起きたのか、あたしには想像することしか出来ないけれど……
でも、選んでしまった選択がきっと今もあなたを苛んでいるんだね
それなら終わらせよう
もう苦しまなくていいように

影薔薇の枷を生み出し、茨と影の手を空飛ぶ人魚へ
一人で空には飛ばせない
あたしと同じところまで降りてきて

あたしはあたしでいるために、この選択肢を選んだの
だからほんとに死んだとしても、きっと後悔はしなかった
想いがあたしを構成してて
その先にいる人達があたしを支えてくれているから

その力を、今は苦しむあなたを救うために使いたい
影薔薇で捕まえた人魚に向け、アリスランスを構えて【ランスチャージ】
せめて骸の海で穏やかに眠れるよう祈りを籠めて


三日月・雨
そうか
同じ物になってほしかったのか
しかし、別の誰かが同じ選択をすればお前は救われたのか?

符を撒いて相手の動きを封じ愛用の大鎌をふるって応戦する
鎌は振るうと青い花びらがこぼれて…先ほどわたしの口からこぼれたものに似ているな
どちらの花も嫌いじゃない

いまだ自分の存在に心が揺らぐわたしが誰かを救いたいなんておこがましいが
誰かを呪い続けるのは辛かろう
心が痛む強い想いは誰もが苦しいだけだ
もう眠るといい

この呪いのおかげでわたしはわたしの想いを少しだけ信じてもいい気になった
そこだけは感謝しよう

他人格たちの中で一番戦闘に弱かったわたしも戦えるようになったのだな
レイン、いつか褒めてくれるか?

アレンジアドリブお任せ


ヲルガ・ヨハ
アドリブ可

教えてやらうか
お前に痞え
蝕む熾火の名を

嗚呼、さりとて花のこぼれるばかり

はらり
それはお前の恋の残滓
即ち――愛に他ならぬ
はらりと

お前は選び取ったのだ
自らの生と想いを生かすと
それこそ
お前がお前である証
他の誰にも定められぬ、変えられぬ
ゆえに化生と成果てた今も、変わるまい
愛が棘と成り果てようとも
お前はお前を生きねばならない

人魚が翼広げる刹那
燕の翼で高く高く、飛翔し
能力上昇の妨害を試みる

銀の尾で薙ぎはらい、墜とす先は"おまえ"の元
【雲蒸竜変】
拳で穿つ”おまえ”に合わせ、ふたたび尾で薙ぐ
そうして燕の如く懐にかえる

苦しかろう
辛かろう
同胞(はらから)よ

お前が愛を、お前を忘れてはならない
さぁ、想い出せ


狹山・由岐
貫き抉るような胸の痛み
誤魔化し堪える脳裏に浮ぶのは
夏空に咲く花に似た笑顔で
──ほら、忘れられるわけがない

何故?愚問だなぁ
自分が一番よく理解っているでしょう
想いの先を葬った事を悔やんでは
その選択を捨てた僕らへ『狡い』と
妬み嫉み矛先を向けている
その根源こそが答えだよ

僕は彼女も自分も失いたくなかった
ただそれだけのこと
君の選択を間違いだとは思わない
正解だとも思わないけれど
自我を持つ者なんて所詮利己的な生き物だ
そうして選んだ道の
その先で得た物の正誤を判断するのは
君の他には居ないんだから

聲と引き換えに失った代償の
その重さを今一度感じるのなら
嘆き哀しむ事に疲れたのなら
睡る手伝いをしてあげる

願わくば、安らかに


コッペリウス・ソムヌス
声を喪うにせよ
取り戻すにせよ
喉を灼くのだから
言葉を得るのって大掛かり
陽色の想いはもう見えなくなった?
呪いの終わりって呆気ない

目の前には翼広げた魚の其れ
花は咲かせないのだね
既に枯れ落ちたのだろうか
時計のSoleilを代償に
夢食べるいきものを呼び出して
潰えた理想を蹂躙してあげる

噛みつきには剣で応じよう
化生に成らず
己だったもの失くした魚の話は
自決して泡になるんだっけ
それとも生まれ変わるのだっけ
想いは抱いたまま消えられるのが本望だよ
もう一度出逢う夢をみて、ね


クロム・ハクト
聞こえていなかったか、俺はどれも手放す気はないだけだ。

人魚を見遣り
自分でそれを選んだなら憐れとしか言いようがないが。
それしか選べなかった可能性もあるか。
真実が一部伏せられていたり、
相手がそれを選ばせたかもしれない。何も失わずに済むようにと。

どのみちもう行き場を失った想いだろ、なら終わらせてやる。
宙に浮いた、激しく動くそれを。

降りてきたタイミングで、からくり人形で攻撃を受け止め或いは噛みつき、
拷問具の糸を絡め、咎力封じを放った後、処刑道具で断ち切ってやる。

他方で、自分の想いはぼんやりしたものである事や、大事なものであるらしい(かもしれない)事を認識しつつ。

アドリブOK



●而して現との対面
 ぱりん、と。
 なにかが割れる音がした。小瓶だろうか? 違う。──空間だ。
 猟兵たちは畔に忽然と現れた他の猟兵たちの姿に、ある者は目を見開き、ある者は淡く笑う。
 魔女の呪いは、空間を遮る帳をも生み出していたらしい。だからこそ、湖には己と魔女しかいないように見えた。
 否。通り過ぎてきた灰色の石畳にも、もしかしたら。

 五つに割れた視界が崩れて、落ちて。千波・せらは何度か瞬きを繰り返し、改めて世界を見る。手許には落ちた花弁。一枚一枚に千切れて落ちたそれの元の形を、彼女が察することは難しかっただろうが、それはダイモンジソウの花弁だ。花言葉は──『自由』。
 見渡す周囲には、様々な姿が見えた。
 貫き抉るような痛み。心の臓を掴むが如くに胸を押さえながら狹山・由岐は苦々しくも誤魔化し口角を吊り上げた。脂汗の滲むこめかみを忘れようと瞼を伏せたなら、浮かぶのは夏空に咲く花に似た、あの笑顔。口許から苦味がすぅっと消える。嗚呼、
──ほら、忘れるわけがない。
 希望を浮かべる由岐の傍ら、僅かの失望にも似たものを胸に、コッペリウス・ソムヌスは微睡んだはずの瞼を開いた。見上げたのは全く変わらない、灰色の空。
──贈りものは、オレには届かなかったみたいだ。
 陽色の想いはもう見えなくなった? ……呪いの終わりって呆気ない。
 吐息をひとつ。ゆっくりと身を起こし、コッペリウスは「ぁ、」声を出す。ルドベキアはもう、零れない。
「喪うにせよ取り戻すにせよ喉を灼くのだから、言葉を得るのって大掛かり、だねぇ」
 言葉ほどには大仰な感慨もなさそうな彼に、三日月・雨も呻き続ける人魚を見遣った。
 “呪いの雨”、その理由。
「そうか。同じ物になってほしかったのか」
 そして魔女に扮し、選択を迫った。眩暈を追いやるように一度強く目を瞑り、そして雨は人魚を静かに見据える。
「……しかし、別の誰かが同じ選択をすれば、お前は救われたのか?」
「そう、だな」
 気付けば冷たい地の上に崩れ落ちていた六道・橘も頭を振り振り、即座に刀を手探って握り、それから同意する声が出ることに改めて瞬いて。
 舞い続ける人魚を見上げた。
「何を選んだとて、狂う事には変わりない。でも、化生になる選択肢が、あんたの全てを蝕んでしまったのは気の毒な話だ」
「ッ、何故、何故……!」
 歯を擦り潰しかねない力で噛み締める人魚の言葉に、オズ・ケストナーはぱちり瞬き。ついさっきの胸の苦しさを思い出しながら握り締めたままだった指先をひとつ、ひとつ、ほどいていく。
 どこか喉が締まるような感覚は残っているけれど、人魚を見上げてオズは微笑んだ。
「えらんだのはね、わたしがそうしたかったから。わたしのせいでだれかがしぬのはいやだったからだよ」
 ……おとうさん。
 それが例え既に失われている相手だったとしても。
「これ以上なにももっていかせない。だれかにかなしんでほしくない」
 だからわたしは。
 オズの視線を受けて、人魚はただ憎しみに瞳を燃やす。そんな彼女に、オズは小さく首を振った。
──えらべたのは、失うのはこれがはじめてじゃなかったから、もあるかも。
 失くすものを選ぶこともできなかった、ただ時を過ごすだけで様々なことを忘れていくあおい世界で。忘れたことすら忘れてしまう世界で。励まし合い、笑い合った仲間のことを思い出す。
 ちらりと視線を遣った先で、クロム・ハクトは覚束なかった足で、確かに地を踏んだ。
 「ああ」と喉奥で低く応じ、人魚を、魔女をひたと射抜く。何故と問われたとて答えは既に与えている。
「聞こえていなかったか。俺はどれも手放す気はないだけだ」
 呪いを解かんとして化生と為った歪な姿。微かに眉を顰める。
「自分でそれを選んだなら、憐れとしか言いようがないが」
 けれどクロムは口を噤む。思案する。いや、とかぶりを振った。
「……それしか選べなかった可能性もあるか」
 例えば真実が一部伏せられていたり、彼女の“想いの先”が彼女にそれを選ばせたかもしれない。なにも失わずに済むようにと。
──それは、誰の“想いの先”だ?
 人魚そのもの? あるいは人魚に憑りついた骸魂の?
「あなたに何が起きたのか、あたしには、……あたし達には、想像することしか出来ないけれど……」
 両の手の枷を鳴らして地を押し身を起こし、ニオ・リュードベリも白銀に輝く槍を握り締めた。
「でも、選んでしまった選択が、きっと今もあなたを苛んでいるんだね」
 人魚は笑っている。毀れた笑顔で他者への妬みを撒き散らし。──柔い金の瞳にひと筋の鋭利な光が灯る。
「それなら終わらせよう。もう苦しまなくていいように」
 立ち上がり、振り払う。迷いを断ち切る。人魚はニオに構わずただ吼える。
「何故! 何故だ!」
 くるりくるりとのたうち空を泳ぎながら喚くその姿に、ヲルガ・ヨハは薄絹の向こう側で薄らと唇に笑みを刷いた。

 教えてやらうか。お前に痞え蝕む熾火の名を。

 銀の竜の尾、角。けれどその背に生え伸びるのはおおきな燕の翼。面紗で遮られた表情は他の者に知れることはないが、ただ佇む男の腕に抱かれた彼女の口から声が発せられることはなく、はらり、はらりと零れ落ちる白い花弁に、せらやオズ、ニオは少し驚く。
 それは“呪い”から解放されていない証左。
 彼女が魔女の“選択”を受けなかったことを明示していた。
 ばさりと羽ばたき、ヲルガは空へと舞い上がる。人魚の頬にそとたなごころを添える。はらり。聴こえぬ声が言う。

 それはお前の恋の残滓。即ち──愛に他ならぬ。

「ッ!」
 声無き声を理解したかしていないか、人魚はヲルガの手を打ち払った。長く鋭い爪が、ヲルガ竜鱗で覆われぬ箇所の皮膚を裂いた。けれど彼女は薄く口許に笑みを浮かべたまますいと再び褐色の青年の懐へと舞い戻る。
 大丈夫なのかな、と呪いを解かなかったその姿をしばらく見つめたけれど、せらは僅かにかぶりを振って気を取り直した。ここに居るのは猟兵だ。きっとなんとかなる。
 だから今は、あの哀しい人魚と向き合おう。
 “何故想いの先を殺さなかったか”? そんなの、決まってる。
「想いの先を断っても、解決はしないから」
 ほんの僅かの間だけ失っていた声は、なんだか懐かしく耳に響く。
「誰かを巻き込むくらいなら、私は私のままで欠片になりたいよ」
 クリスタリアンであるせらにとって、劈開は、粉砕は、離別であっても終焉ではない。風吹けば飛ぶほどの砂粒より小さなそれになっても。──それは、せらだ。
「私ひとりで欠片になったら、イルカみたいに泳いで、渡り鳥みたいに世界を渡り歩いて……今よりももっともっと色んな世界に行けるから」
 砕けても楽しいことは沢山あるから。
「悲しいことばかりじゃないんだよ」
 “探索”をすることを、やめたりはしないだろう。
 にっこり笑って見せて「よーし、気合を入れ直すよ!」彼女はぎゅうっと強く両の手を握り、それからその手を空に向けて開いて見せた。
 灰色の空から、幾条もの光の筋が降り注ぐ。
「今日の天気は光属性の雨! どんよりした気持ちも一気に洗い流すよ!」
 エレメンタル・ファンタジア。せらの指の動きに応じるように光は彼女の指先へ墜ち、屈折して奔る。
「お出掛けの際にはサングラスをお忘れなく! 宝石の身体を通した光は眩しいからね!」
 眩く直射すれば視界を奪い去るほどの光力で、そこには確かなエネルギーを伴って、光の雨は人魚の禍々しい翼へと叩き付ける。
 灰色の世界を貫くように、光は雲へも躍り上がっていく。
「雨の後は虹が見えるでしょう!」
 翼を穿たれ、がくんと体勢を崩した人魚の直下、ニオもずずず、と自らの影を伸ばす。それは黒い手と、棘持つ薔薇の蔓として顕現していく。
「うん、あたしも同じ。あたしはあたしでいるために、この選択肢を選んだの。だから、ほんとに死んだとしてもきっと後悔はしなかった」
 想いがあたしを構成してて、その先にいるひと達があたしを支えてくれているから。
──その力を、今は苦しむあなたを救うために使いたい。
 傲慢? でも、この想いもあたしなんだ。
 白銀の槍を手にしたまま、高く跳ぶ。同時に影から伸びた蔓が中空を泳ぐ人魚へと絡み付いた。影薔薇の枷──ポゼッシブ・バロック。
「なっ?」
「つかまえた。ひとりで空には飛ばせないよ。あたしと同じところまで降りてきて」
 そのままニオは影の蔓を足掛かりに駆け上がった。相手よりも高度を上げることで優位に立つ敵の攻撃を、完全に封じ込む。
 遠かった彼女の顔を見遣り、ニオは槍を繰り出した。突貫。鋭い穂先が敵の胸へと吸い込まれ、そして絹を裂いたかのような悲鳴が迸る。
 ごめんね。でもこうすることがあなたを救う唯一の路なんだ。
──せめて骸の海で穏やかに眠れますように。

 背中のひまわり色がなくなってしまったことに、既に一抹の寂しさがあった。彼女が傍に居てくれるような心地がしていたというのに。
「何故? 愚問だなぁ。自分が一番よく理解っているでしょう」
 けれど、ただそれだけ。それ以上の感慨は、由岐にはない。
 だって翼と彼女なら、選択肢なんてあってないようなもの。彼女がいるなら、翼なんて必要ない。
「想いの先を葬った事を悔やんでは、その選択を捨てた僕らへ『狡い』と妬み嫉み、矛先を向けている。──その根源こそが答えだよ」
 それはまるで、ヲルガの聴こえぬ声を代弁するかのように。
 いっそ凪いだ笑みさえ浮かべて、由岐は手遊びのように『彩』を指先に弄ぶ。あの小壜はもう、ないけれど。
「僕も同じかな。僕は彼女も自分も失いたくなかった。ただそれだけのこと」
 淡々と告げる彼の言葉に、表情に、一切の迷いはない。ただ紺鼠の双眸が魔女を見る。
「君の選択を僕は間違いだとは思わない。……正解だとも思わないけれど、自我を持つ者なんて所詮利己的な生き物だ。そうして選んだ道のその先で得た物の正誤を判断するのは」
 君の他には居ないんだから。
 はっきりと言い切られた言葉に、人魚の顔が歪む。
「ずるい……ずるい、ずるい!」
 ニオに墜とされた身を、翼を、人魚は瞬息に翻した。ずらり並んだ鋭い牙が、最も傍に居たせらの肩へと喰らいついた。ばき、ん。大きな割れる音。
 走った痛みに咄嗟に眉を歪めたせらは、けれど、恐れない。
 喰いつかれた肩の、人魚の表情は判らない。
「そんなにずるいかな。私はこの世から消えても、消えた先でも冒険を楽しみたいんだ」
「……ッずるい、ずるい……!!」
 ばき、ばきッ! 喰い千切り、欠け落とし、飢えた獣のように首を振るって人魚は再び空へと舞い上がる。きら、きら。青い貴石の欠片が零れ落ちる。
 体勢を崩すせらの背後、オズはただ純粋な視線で人魚を見上げていた。
──ずるいって、どういうことだろう。
 自分の選ばなかった路を選んだ者へ吐かれるその呪詛。
「きみは、やりなおしたかったの?」
 こんな姿になると知っていたら自分も選ばなかったのに? それとも、想いの先が本当に死んでしまうなんて思っていなかった?
 もしくは、
「想いの先を失ってこんなに……、かなしいとか、くるしいとか、かんじるとは思ってなかった?」
「うるさい……! うるさい! ずるい、ずるい……! 何故、何故、何故!」
 人魚は耳を塞いで髪を振り乱し、そうして急降下。その瞳に傷付いたいろがちらと覗いたのを、オズは見逃さない。
「……うん」
 走った激痛。差し出した掌を無視し、手首へと噛み付いた人魚へと静かに魔鍵を構え、微笑みさえ浮かべて彼はぽぅと手にしたそれから鍵穴の刻印を浮かべた。
「いたくないように、なるべくはやく、おわらせるからね」
 それは春暁ノ印──ヨアケガアルヨウニ。
 刻印は人魚の鎖骨のあたりに刻まれてぎくりと強張る彼女の身体に、オズは魔鍵の先を向ける。あたたかな光が灯り、そして鍵穴から吸いとられていくのは彼女の生命力。
 否、彼女に宿る骸魂の。
「いつか、いつかきみも、想う相手のところにいけますように」
 瞼を伏せて、オズは囁いた。

 嗚呼、何故、何故、何故。
「何故お前さんらはそんなに身勝手なのに! そんなにも自分本位なのに! なのに何故他者を想う!」
 エゴイズムの程度は同じかそれ以上だというのに、顛末の差はどうしたことか。
 理不尽を喚く人魚に、懐中時計を手に乗せたコッペリウスは僅かに目を眇めて翼広げた魚の姿を見る。
「花は咲かせないのだね。既に枯れ落ちたのだろうか」
 確かに言われて見たならば、人魚の翼は枯れ枝のように見えなくはない。ぽつり零し、応えは求めぬまま代償に捧げる、刻を綾取る絡繰。砂塵のように消えていく質量。同時に砂塵の翳から現れるのは夢食べる伝承のいきもの。万象──アメツチ。
「潰えた理想を蹂躙してあげる」
 ふうわりとコッペリウスの願いに応じて浮かび上がったのは、代償に比例した戦闘力を持ついきものだ。懐中時計ではさしたる重量の攻撃にはならねども、呪いで創り上げた、言わば夢が如き空間を喰らってやったなら、なにかが変わるだろうか。
 緊迫感なく寄り添ってくるそのいきものを、煩わしいとばかりに振り払おうべく尾を跳ねさせる人魚の台詞を反芻して。橘は苦笑した。
 そうとも。
──『俺』は身勝手で、自分本位で。
「……『俺』はかつて、あんたと同じ選択をしたんだ。『想いの先が消えればいい』って、常に呪ってた」
 既に歩んだことのあった路。
 誰よりも自分らしく生きたかった。でも生まれたときから、否。生まれる前から、常に同じ顔した存在〈兄〉が傍にいた。
 性能まで、性格まで、性質まで同じであったなら良かったのに。
──ただ隣に在るだけで、その存在は俺を蔑みに陥れた。
 いつだって比べられて、苦しくなった。
 気にして、気にして、気にして。憎んで、恨んで、心に毒を溜め込んで。
 誰よりも比べていたのは己だったのに。兄は一度とて比べたりはしなかったのに。
「……でも恐らく、……好きだった」
 ころり、と。
 転がり落ちた言葉は、『俺』がずっと言えなかったそれ。橘は自らの唇からその単語が素直にまろび出たことに紫の瞳を微か見開き──嗚呼そうだ。小さく肯いた。
「理解りたかった。護りたかった」
 でも、できなかった。
 橘はひたと人魚を見る。
「たったひとりの片割れだった兄を呪ってしまったから──罰が当たって堕ちてくしか、なかったんだ」
 あんたと一緒だ。
 言外に告げる橘の声に、人魚の双眸から理性の光が消える。
「うるさい、うるさい、うるさい……!!」
 ──ばさ。
 橘へと狙い定めた人魚が羽ばたくと同時。燕の翼が風を裂いた。狙い定めた機はぴたりと嵌まり、ヲルガは魔女より高く飛翔することによって彼女の能力の上昇を妨げた。
 再び傍へと寄り添い、銀の竜の尾を大きく薙ぎ払う。上から叩き付けるが如きその殴打の先は──“おまえ”の元。
 ぐ、と拳を握り込む男の顔は笠の下、上空からの墜落など見えはしない。けれど男は、迷いなく拳を繰り出した。違うことなく人魚の顎を穿ったその拳を、乙女も疑わない。
 雲蒸竜変。竜神の尾が打ち飛ばされた先の人魚を待ち構えるように振り抜かれ、転がる人魚を更に笠の男が追撃した。
 苦しかろう、辛かろう、同胞〈はらから〉よ。
 はらり、はらり。山荷葉の花弁がただ散る。転がった人魚はヲルガを見ることはなく、彼女は音もなく“おまえ”の腕へと戻る。
 そして再び、飛び立たんと翼を広げた。
 お前が愛を、お前を忘れてはならない。さぁ、──想い出せ。
 うるさいと告げられることすらない声は、どこまでも花と化すばかり。
「嗚呼、嗚呼、ずるい、ずるい、ずるい……!」
 濡れた畔の土へと深い爪痕を残す人魚に、由岐は手にしていたネイルポリッシュを放り出した。咄嗟に避けた彼女の周囲に、華やかな彩りが広がった。爪遊び──ブリランテ。
 その煌めくラメのような彩りの中に足を踏み入れると能力が向上するのを感じる。手にした殺戮のための刃物を気負いなく握り、由岐は人魚の傍に屈み込んだ。
 咄嗟に人魚が、彼の脚へと喰らいつく。おそらくもう、それしかできない、のだろう。
 由岐は牙の痛みと、同時に心臓に直接生えた棘によって与えられた激痛に血を零す。
 けれど。
 さっきの痛みに、比べたら。
「聲と引き換えに失った代償の、その重さを今一度感じるのなら。……嘆き哀しむことに疲れたのなら。睡る、手伝いをしてあげる」
 血の混じる咳を混ぜて、彼は言う。
「願わくば、安らかに」

「どのみちもう行き場を失った想いだろ、なら終わらせてやる」
 宙に浮いた、激しく動くそれを。
 クロムはただ告げる。それは冷淡なようでいて、不器用な彼の弔いでもあった。
 人魚の想いの先はもう居ない。あるいは、壊れているはずだ。そんな世界に留まり続け他者を呪い続けるのは、無益だ。虚しいばかりだ。
 噛み付かんと大きく開いた人魚の咢を、クロムの繰る白黒熊が防ぐ。
「そう、だな」
 雨も思案気な声をひとつ。ふわ、と放つのは幾多の護符。
「いまだ自分の存在に心が揺らぐわたしが誰かを救いたいなんておこがましいが、誰かを呪い続けるのは辛かろう」
「!」
 ひたりと腕や尾に貼り付いた途端、人魚の動きが止まった。
 その刹那を、クロムは逃さない。更に手枷や猿轡、拘束ロープを放ち、彼女の力が上昇するのを妨げつつ、ロープを強く引いてその身を大地に引き落とした。
 血を媒介に動く拷問具──戦闘用処刑道具は本日は大きな半月刀。頸を狙い振り下ろすそれを、人魚はすんでのところで身を捩り避けた。首から肩にかけてが紅を噴いた。
 けれどそれ以上動けない人魚に、雨も愛用の獲物──大鎌型の拷問具の、文字通り鎌首をもたげた。ひらと散る青い花弁は、その大鎌から。
 先程、己の口から零れたそれにも似ていると微かに思う。
──どちらの花も嫌いじゃない。
 そうね。橘がすらと彼岸花の柄を握り、刀を抜く。
「あたしのように今世の魂汚して生き延びるのは辛いのでしょう? ならひとおもいに、殺してあげるわ」
 仲間の拘束により高度を奪われた人魚は、苦し紛れに橘へと片腕を振り上げた。長い爪がひと筋、彼女のセーラー服の袖を裂いたけれど。
 橘は小さく笑みを刷いた。爛と瞳が輝く。
「罰するというのはこうするのよ」
 告げ、彼女はその裂かれた場所へと己の刀を突き立てた。血華咲き散り降り注ぐことに茫然とする人魚へ微笑み、橘は彼女へ刀を振り下ろす。
「かつて同じ選択を選んだあなたへ、容赦はしない」
 それはまるで、曼珠沙華。弾ける紅に雨は一度だけ瞼を伏せ、そして歩み寄る。
「……心が痛む強い想いは、誰もが苦しいだけだ。もう眠るといい」
 振り下ろした刃は、必死の身動ぎをした人魚の、片翼を刈り取った。

 もはや、飛ぶ力も残ってはいなかった。
 それでも本能か、あるいは洗脳か。地にのたうちながらも牙を剥こうとする人魚を忘却司る剣でいなし、コッペリウスは彼女の傍にしゃがみ込み、その膝に肘をついた。
「化生に成らず己だったものを失くした魚の話は、自決して泡になるんだっけ、それとも生まれ変わるのだっけ」
 ここがサクラミラージュであったなら、転生もできたのかもしれない。けれど現実は、そうではない。
 けれどコッペリウスは思う。失わなくて良かったじゃないかと。
「想いは擁いたまま消えられるのが本望だよ」

 もう一度出逢う夢をみて、ね。

 そしてすとんと落とされた剣は人魚の身体を呆気なく貫いて。
 永久の眠りを、彼女に贈る。

●雨上がり
 消えていく翼。湖の畔に意識を失って倒れ伏す、人魚。憑いていた骸魂が消滅したのだろう。
「……お前は選び取ったのだ。自らの生と想いを生かすと。其れこそ、お前がお前である証」
 薄絹の向こう。戻った声にヲルガは「おや」と咲んだ。白い花弁はもう零れない。
 “おまえ”の腕の中で、最後の翼の一片が風に掻き消えるように失われるのを見送る。
「他の誰にも定められぬ、返られぬ、ゆえに化生と成り果てた後も、変わるまい。愛が棘と成り果てようとも、お前はお前を生きねばならなかった、……其れだけのことよ」
──自分を生きる、か。
 ヲルガの言葉をなぞって、クロムは己の手を見下ろした。
 あの人魚ほどの強い想いが、己にはあるだろうか。失った記憶の向こう側、ぼんやりとした想い。けれど同時にそれを失えないと強く感じるほど、大事なものだという想い。
 彼は知らない。呪いの中で零した花はヒメウツギ。──『秘密』の意味を持つ花であるということを。
「“呪いの雨”、か」
 何度耳にしても、苦笑が浮かぶ。けれど、雨は握り締めた大鎌をちらと見た。
──この呪いのおかげでわたしはわたしの想いを少しだけ信じてもいい気になった。
 そこだけは感謝しよう、と。
 遺された人魚の解放に向かう他の猟兵たちを見て、己もと足を差し向けながらも、彼女は空を見た。
──他人格たちの中で、一番戦闘が覚束なかったわたしも戦えるようになったのだな。
「……レイン、いつか褒めてくれるか?」
 囁いた声は、雨上がりの空へと吸い込まれて消えた。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2021年03月26日
宿敵 『天翔人魚』 を撃破!


挿絵イラスト