●
ぴこりと立つ黄金色の三角耳が、夜の風に吹かれて揺れる。
よく冷えた空気に思わず狐耳を伏せた少女は、薄く苔の生えた岩のそばに色とりどりの花を添えながら「今年も寒いね」と囁いて笑った。
そうしてひとり、少女は楽しげに岩へ話をする。
近くの林で走ったこと、綺麗な石を見つけたこと、他の妖怪を化かしてそれを食べさせてみたこと――そんな日常話のどれもに、「きみも一緒だったらな」と付け足して。
だが。
いのちの気配も、妖の気配すらもない岩からは、当然返事など聞こえてこない。
少女はその視線を真上の月に向けながら、冷えた空気を吸い込んだ。
「わかってる……わかんなきゃいけないのは、わかってるんだけどね。でも……」
上げた顔は再び下へ、笑い声は震えてどこかへ。
やがて供えられた花の上には、ぱたぱたと温かな雫が落ちていった。
「あいたいよ……、――」
小さく、小さく呟くのは、岩の表面に刻まれたひとつの名前。
その願うような声に応えるかの如く、ひらり、ひらりと木の葉が舞い落ちれば――少女は、涙に潤む目をはっと見開いた。
懐かしい気配。懐かしい匂い。遠い昔に色んな場所を駆け回って、化かしあって、笑いあった『あの子』が、確かにそこにいる感覚。
少女はそれを、自身の想いが呼び起こした奇跡だと信じて。
差し伸べられた手を取るように、いちばん大きな木の葉を掴んだ。
●
「……さて。皆には、彼女の――正確には彼女が変異したオブリビオンの退治をお願いしたい」
グリモアで視えた予知を言語化しつつ、ネルウェザ・イェルドット(彼の娘・f21838)は神妙な顔で猟兵達の方を向く。
骸魂に呑まれオブリビオンへと変異した妖怪。短く表せばそれに尽き、骸魂を倒せば救えるものである――が。
「彼女は、骸魂……『大切な人』だった妖怪の魂との再会を喜んでいる。切り離そうとすれば抵抗するだろうし、無理矢理救ったところで妖怪が悲しむ可能性もあるだろうね」
だから少々複雑な任務になる。そう告げてもこの場に残った猟兵に改めて礼を言い、ネルウェザは話を続けた。
「さて……現在、オブリビオンはその元となった妖怪と骸魂が悪戯好きだったのもあってか、化術を活かして隠れながら遊んでいるようだ」
ネルウェザは真面目な顔で小さめのモニターを掲げる。
深く暗い藍色の中、見事な黄金色が丸く煌めくカクリヨファンタズムの夜空。すっと映像が下へ移動すれば、様々な妖怪が露店を並べている光景が映り出した。
暖色の灯りがぽわぽわと浮かぶそこは、品物を見るに骨董市。平和そうに見えるその映像は、突如びびっと一瞬ノイズを映して乱れる。
続く画面の中心では、ぼろりと月の端が欠け始めていた。
「……遊んでいる、だけなら良かったのだけれどね。彼女は再会が嬉しいあまり『永遠』を望み……かの世界の崩壊を招いてしまった。だからカタストロフを防ぐためにも、皆には彼女を退治し――救い出してほしいんだ」
彼女は映像の中心を市場の方へ戻し、その一部を拡大して大きな壺から狸の尻尾が生えているのを指差す。それが化術によって商品に紛れ込んだオブリビオンであることは容易に推測できるだろう。
流石にこれはふざけているのだろうけれど、と付け加え、彼女は話を続けた。
「まずはオブリビオンとの接触も兼ねて、現地の市を回りながら彼女と隠れんぼをしてあげてほしい。遊んで心を開いてくれれば説得もしやすくなるだろうし、戦闘も激しくはならない筈だよ」
説明しつつ、ネルウェザはグリモアを浮かべて幽世への道を開く準備を整える。
彼女は改めて猟兵に任務参加の意思を問うと、早速転送をとグリモアの光を強めた。
「……そうだ。転送先は月が綺麗に見える場所のようなんだ。きっとすんなり解決できる任務ではないだろうから……終わったら是非、疲れを癒やしてきてほしい」
●
「あー、久しぶりにいっぱい化かした!」
壺に化けて客を驚かせて。
妖怪に化けて通行人を惑わせて。
置物に化けて店主をからかって。
満面の笑みでぽんぽんと腹をさすり、少女は大きく息を吐き出す。彼女のぴこぴこと揺れる三角耳は狐のそれであったが、その尻尾はふっくらとした焦げ茶色――狸らしいと言える見た目をしていた。
彼女はキマイラ、ではない。
妖狐である少女を狸妖怪の骸魂が飲み込んで変異した、オブリビオンである。
――ふいに、彼女の耳が大きく動いた。
「……まだまだ化かし放題だね」
にやりと口角を上げて、『狐狸』つかさは音のした方へ歩き始める。
再会の喜びでごきげんな彼女は、化術を発動しながら妖怪たちの露店へと紛れ込んでいった。
みかろっと
みかろっとと申します。
今回はカクリヨファンタズムでの任務です。
骸魂に飲み込まれオブリビオンになってしまった妖怪を救ってあげてください。
第一章は骨董市でのかくれんぼです。
オブリビオンが壺や置物、他の妖怪などに化けていますので、それを探し見破る等して構ってあげてください。
アイテムとして発行はできませんが、ショッピングも可能です。
第二章はオブリビオンとの戦闘になります。
倒せば骸魂が切り離され妖怪を救うことができますが、骸魂も妖怪もまた離れ離れになることを拒んで抵抗してきます。
ですが一旦楽しませてあげたり、別れを受け入れるよう説得したりすれば弱体化するかもしれません。
第三章はゆっくりお月見タイムです。
救出した妖怪との交流も可能です。
お誘いがあった場合はグリモア猟兵もご一緒します。
一部章のみの参加も歓迎です。プレイングお待ちしております。
第1章 冒険
『骨董市にて』
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POW : 骨董市を駆け回って探す
SPD : 売り手に聞いて探す
WIZ : 商品の来歴を確認しながら探す
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
朱酉・逢真
心情)ああ、暗くて落ち着くなァ。無念情念妄執の糸、"いつまでも君といっしょにいたい"か。10年100年100万年、いっくらだってご一緒すればいい…と俺なんかは思うが。そォはいかんのが世界ってやつさ。永遠希むなら死んでからにしな。
行動)骨董市とは洒落てらァ。ついでだなんぞか買っていこうか。美醜・有用、求めちゃいないさ。呪われてるブツ探そうか。呪い道具に呪われ道具。怨念呪霊は俺の《仔》だ。金に糸目はつけないよ。冥府ってなァ宝物が貯まるンだ、みンなが死ぬ時持ってくるでな。中でも《骸魂》はとびきりの"呪"さ。おや、そこの妖怪さん。お前さん、タマシイの傷んだ匂いがするぜ。
黄金色の月光が、幽世の夜闇を静かに照らす。木々の影と提灯の灯りがあちこちに交差する中、集まった妖怪達が楽しげにその影を揺らしていた。
何処かの名工が作り上げた彫刻や壺、或る戦で活躍したと噂される名刀――それをひと目見ようと、あわよくば安くこの手にと大小様々な品定めの声が露店の間を流れていく。
そんな程よい音の間を抜けて、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は閑古鳥の鳴く方へとふらり足を運んでいた。
彼が足を止めたのは、店主以外に人影のない鈍色の露店。並ぶ品は人の多いあちらの露店と同等か、それより高価そうなものまで揃っていたが――しかし。
「兄さん、綺麗なモンや使えるモンをお探しなら、ここはおすすめしないよお」
小柄な店主はそう言うと、手元の小壺をひとつ指して続ける。
「ここにあんのは妖怪が悪戯したとか、どこぞの何かが呪って店の棚から退けられちまったモノばっかさ。買うのはいいけど、『この子ら』に何されたって保証できんよお」
心配するような言葉に反し、諦め混じりにけらけらと笑って告げる店主。しかしその小さな口からため息が漏れかける前に、逢真は露店へとんと一歩近づいた。
「そりゃァ良い。丁度そういうブツ探してたンでね」
に、と『呪い』の品々に微笑みかけるように逢真が小さく視線を動かせば、店主は目を瞬いて数秒固まる。さては安く買うつもりかと問えば、逢真は徐に首を横に振って。
「怨念呪霊は俺の《仔》だ。金に糸目はつけないよ」
――曰く付きだからと値切る気も、まして品に憑いた呪いを恐れる気もない。
それを察した店主は途端に表情をぱあっと明るくして、ぐいと逢真に顔を近づけた。
「そんなら兄さん、そっちの指輪は――ああいや、そこの湯呑も面白いよ」
逢真は店主の顔が触れそうになるのを躱しつつ、軽く礼の言葉を返して商品を眺める。店主が指を向けた指輪や湯呑からは、確かに微かな病や呪いの気配がしていた。
店主が既にほくほくした顔で壁に寄り掛かる中、逢真は頤に指を添えて。
「さて。冥府ってなァ、宝物が貯まるモンだが――」
彼が目を凝らしたのは、死した者と共に幽世へ流れ着いた過去の遺物。そこに強い念や呪い、縛り付けられた霊の類が残っているのは珍しくないだろう。
気の向くままに少し目を動かせば――すぐに、それは姿を現した。
血溜まりに沈んだような紅の、年季の入った万年筆。埃を被っていながらもその胴軸は提灯の光と相まって見事な色を湛え、装飾に彫られた模様は細部までが美しく金に煌めいている。
モノは上等――だが。
「それね、とあるお嬢さん恋人の後を追うのに自分で胸を……――なんて噂で、気味悪がられて売れないんだ。ま、こうしてつい喋っちゃうのが悪いんだけどねえ」
店主の言う通り、それは在るだけで強い怨念を滲ませている『呪いの品』。
そして装飾の細かさ故か、呪いの濃さ故か――万年筆の近くには、文具にしては少々ぼったくりとも思える価格が記されていた。
しかし逢真はふと、その先へと視線を動かす。
商品が無い筈の方向を見る彼につられ、店主もそちらをちらと見遣れば。
そこにいたのはこの店では珍しい二人目の客。
いつの間にか逢真の隣で、幼い金髪の少女が硝子細工に目を輝かせていた。
それは高価なおもちゃに憧れるような、無邪気な子供らしい姿。
遊び足りない子犬のような目がぱっと逢真の方へ移れば。
少女がにやりと笑って何かを言う前に、彼は小さく口角を上げ、告げた。
「――そこの妖怪さん。お前さん、タマシイの傷んだ匂いがするぜ」
少女が纏うのは、店の品物が霞む程ようなとびきりの"呪"。
死して尚現の妖怪を飲み惑わす《骸魂》の気配。
それを悟られた少女の瞳は、ふっと濁りの色を見せる。
「……」
しかしすぐに悔しそうな、悪戯がうまく行かなかった子供のような表情で、少女はぴょんと一度その場で飛び跳ねた。
「……ば、ばれちゃったら仕方ない……にげろっ!」
少女はぽぽん! と狐耳と狸の尾を出すも、人混みに紛れて消えてしまう。
だがその足跡には目を凝らすまでもなくはっきりとした気配が残っており、一度覚えれば追うのはそう難しくないことが察せた。
逢真は少女の冷やかしに肩を落としている店主の前へ、紅い万年筆を静かに置く。
「これを一つ」
「おおっ、兄さん……か、買ってくれるかい!」
もう一つ頷いて購入の意思を示すと、店主は途端に笑顔を取り戻してまいどぉ、と頭を下げた。
逢真が改めて値札を確認すれば――先程見た価格より、ひとつ桁が減っている。見間違いかと桁の増えた方の額を出せば、店主が目を丸くしてその九割を逢真の方へ押し戻した。
さしずめ、あの少女が悪戯のつもりで値札に化術でも掛けていたのだろう。逢真は万年筆を手に取ると、店主にひらと手を振って店を後にした。
大成功
🔵🔵🔵
御乃森・雪音
アドリブ連携歓迎
カクリヨの骨董市ですって。
あんまり見た事無いわね、何か面白いものはあるかしら、何か探すなら楽器、楽譜……。
色々見回っているうちに、直近共に出かけた琥珀の人がふと頭を過って。
からかっちゃったしねぇ、お詫びに……あの色合いだと何が似合うかしら。緑?黒?
っと、違うわね。仕事優先。
狐狸の子を探さないと。露店を回りながら失礼にならない程度に尻尾を見てみたり、物陰を覗いてみたり。見つけたらちょん、とつついてわかってるわよ、と笑って。
そんなに遊びたいの?良いわよ、あまり他の人に迷惑にならないなら。
気が済むまで付き合ってあげても大丈夫。可愛らしいわねぇ、さあ次はどこに隠れるのかしら。
月光の下、重厚な音が夜闇の中へ溶けていく。
露店の主が奏でる旋律に軽く足音を合わせつつ、御乃森・雪音(La diva della rosa blu・f17695)は露店に並ぶ楽器や楽譜の数々を眺めていた。
長い年月を経た木の深い色、よく手入れされた真鍮の艶。視線を動かす度目に映る楽器の美しさに息を漏らしながらも、何か珍しい品は無いかと目を凝らす。
不思議な楽器に惹かれて隣へ、楽譜の棚が見えて向かいへ。
そうして初めて訪れるカクリヨの骨董市を巡る中――ふいに、彼女の頭上でひとつ羽音が鳴った。
微かな音にふっと顔を上げれば、そこに広がるのは黄金色の満月と幽世の夜空。
視界を染める深い藍の中で、冬の星々がひとつの星座を結ぶのが見えて。
「……オリオン」
思い出すように呟くと同時、あの琥珀の銀河が頭を過る。
雪音は小さく口角を上げて微笑むと、少し離れた露店を見て呟いた。
「からかっちゃったしねぇ。お詫びに……あの色合いだと何が似合うかしら」
とんと踏み出し、雪音は装飾品がきらきら光を放つ方へと歩き始める。
土産屋らしさのある露店の前で立ち止まると、彼女はそこに並ぶ髪留めや首飾りを頭の中で彼の姿と合わせながら眺め始めた。
落ち着いた黒なら馴染みそう。いや、よく映えそうな緑も――そんな思考を巡らせていると、店の奥から店主であろう小柄な妖怪がひょこりと顔を出す。
「おねーさん、お買い物ですか」
――そう問われて、雪音ははっと手を止めた。
今回は観光ではなく、猟兵としての仕事だ。そちらを優先せねばと自分を諭しつつ、彼女は丁度手を伸ばしかけていた翡翠のブレスレットをひとつ購入しようと店主に差し出す。
「まいどですー」
店主は代金と一緒にそれを受け取って一度店の奥へ戻ると、品物を可愛らしい紙袋に包んで雪音に手渡した。
店を後にして、雪音は切り替えるように小さく息を吐く。
「あの狐狸の子を探さないと」
紙袋を一旦仕舞って呟けば、夜空色の瞳がふっと真剣な光を帯びた。
どこにいるのかしら、と周囲を見渡し、先ずは近くの壺や置物に目を凝らす。
店主や他の客を邪魔しないよう気を配りつつ露店を回ったり、立ち入りの禁じられた場所に踏み込まない程度に物陰を探したり。
やがて人気の少ない露店の一つにたどり着けば、ふと。
目に入ったのは、子供ひとり分はありそうな大きさの古い壺。商品に混じって並んでいるそれの後ろには、ふっくらとした尻尾がもふりと誘うように揺れていた。
雪音は小さく笑って、壺の尻尾をちょんとつつく。
「わかってるわよ」
そう声を掛ければ、壺はぽぽんと煙を上げ――狐耳と狸の尾を生やした少女の姿に変わり、嬉しそうにぴょこんと跳ねた。
「大正解っ! ねえ、またかくれんぼしよ!」
少女は数歩雪音から離れると、『鬼さんこちら』と言わんばかりに尻尾と手を大きく振る。
「良いわよ、あまり他の人の迷惑にならないならね」
そう念を押しつつ雪音が頷くと、少女は更に目をぱあっと楽しげに輝かせた。
かくれんぼらしく数秒目を瞑ってやれば、少女はまたどこかへ姿を消す。
しかしヒントのつもりか小さな足跡は地面にくっきりと残っており、それを追えばすぐにまたひとつの露店の前へとたどり着いた。
並ぶ品物を見れば、またその中のひとつに茶色い尻尾がふわふわ揺れているのが見える。
雪音がちょんとつつけば少女は術を解いて姿を現し、案の定もう一回と雪音にせがんだ。
しばらく飽きそうにない元気な少女に、雪音は微笑みながらまた隠れる時間を与える。
「可愛らしいわねぇ、さあ次はどこに隠れるのかしら」
幾度でも、少女の気が済むまで。
あの狐狸の心が満たされるまで、目を閉じては足跡を追って。
――そうして何度目だったか、雪音が瞼を開くと。
「……あら」
くっきり残っていた足跡の代わりに、一枚の葉っぱが月明かりを返してきらりと光る。
そっと拾い上げれば、そこには感謝の五文字が拙い文字で記されていた。
大成功
🔵🔵🔵
豊水・晶
少女の気持ち、理解はしてあげられても肯定してあげることはできないんですよね。まあ、それはそれとしてもおいたが過ぎる子には、お仕置きをしないといけませんよね。メッ!です。
式神の藍と一緒に探します。狼の鼻に期待ですね。私も技能(野生の勘)(第六感)で注意深く見ていきます。
アドリブや絡みなどは自由にしていただいて大丈夫です。
人や妖怪の手を渡り幾年月、そうして色褪せた道具や芸術品が彩る通りにて。
澄んだ水流の如き髪を緩やかに揺らし、豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)はかの狐狸の少女の姿を探す。店先の商品に尻尾が生えていたりはしないか、道行く妖怪がおかしな動きをしていないか――そう周囲へ目を凝らしつつ市場の奥へと進む中、ふと。
ばふん、と。
晶のすぐ隣で、歩いていた妖怪が突如何かにぶつかって後退る。
咄嗟に晶がそちらを振り向けば、目を丸くした妖怪ともうひとり、元気そうな短髪の少女が財布のようなものをこれ見よがしに掲げてぴょこぴょこ跳ねる姿があった。
「いただきーっ! 間抜けさんめ、返してほしかったら捕まえてみなよ!」
少女はそう言うと、ぽぽんと不思議な煙を上げて何処かへ消えてしまう。少女がいた筈の場所には、小さな足跡とともに確かな化術の気配が残されていた。
妖怪があわあわとその場で足踏みを始める中、晶はふわり、と――喚び出した式神・藍の首を一度撫でる。
あの少女は恐らく、いや間違いなく、予知で伝えられた少女だ。
亡き友人に再会した喜び、まだまだ遊び足りない幼子の好奇心。それらを理解することこそできても、全てを肯定してやることはできないのがこの世の理。
――まして、盗っ人の真似事で他人を困らせる悪戯など。
「……おいたが過ぎる子には、お仕置きをしないといけませんよね」
諭すように言葉を紡ぎ、心地よい毛並みからそっと手を離して。
晶は妖怪を安堵させるように一度振り向き頷くと、少女の痕跡を追う藍に続いて駆け出した。
●
藍の嗅覚を頼りに、妖怪達を躱しながら市場を抜ける。段々と人混みも薄れて隠れ場所の少ない道へ出れば、ふいに藍がその足を止めた。
匂いが途切れたか、藍は晶の方を見て迷いを見せる。晶はそっと藍に一度目を合わせると、自身の感じるままに少女の行方を探り出した。
先程少女が残したものに似た気配。それを感じる方へ、勘を信じて視線を向けて。
「行きましょう。狼の鼻、期待してますよ」
晶が式神へそう呼びかければ、鋭い狼の声がひとつ木々の陰にこだまする。
するとほぼ同時、晶の目が向く方で――がさり、と茂みが不自然に大きく揺れた。
「――!」
反射的に藍が駆け出し、茂みの中へと飛び込んでいく。
間髪入れずにぎゃー! という間抜けな少女の声が響いた後、藍はずるずると何かを引きずりながら茂みを分けて姿を現した。
「はなせー!! って痛い痛い、引っ張るなー!!」
藍の口元で喚くのは、先程見たあの元気な金髪の少女。
晶はふうと一つ息を吐くと、徐に藍と少女の方へ歩き出した。
「メッ! です」
「ぎゃっ!!」
暴れる少女の額に、ぺちんとひとつ白い細指が弾かれる。少女は軽いデコピンに大げさな動きで仰け反ると、悔しそうな顔で晶の顔を見上げた。
「うぅ……」
少女は大きな瞳に涙を溢れさせ、途端にぼろぼろと激しく泣き始める。
これまた大げさに目を擦り、わんわん喧しい程に声を上げ。
――どこからどう見ても嘘泣きとわかるその動きに晶が惑うことなく真っ直ぐな視線を向ければ、やがて少女はばつの悪そうな顔でぱっと涙を止めた。
晶は少女に目線を合わせ、そっと手を差し出し告げる。
「お財布、返してあげましょう? 私も一緒に行きますから」
ね、と緩く笑みを見せれば、少女は数秒迷ったのちごくごく小さな声で謝罪を述べて頷く。晶はようやく反省の色を見せた少女に頷き返し、藍の口を開かせた。
解放された少女の手を握り、晶は財布の持ち主のもとへ。
少女が財布を返しきちんと『ごめんなさい』と頭を下げるのを見守って、彼女は隣の藍を労うようにぽふりと撫でる。そんな一瞬の後に視線を戻せば――既に、少女は不思議な煙を残して姿を消していた。
それでも、少女がもう行き過ぎた悪戯で人を困らせることは無いと信じて。
晶は吹き抜ける夜風を浴びながら、藍と共に夜市の中を歩き出した。
大成功
🔵🔵🔵
ヴェル・ラルフ
友達との永遠を、か
…解る気がするな、その気持ち
周りを巻き込むのは、駄目だけれど
かくれんぼは隠れる方が好きなんだけれど…探すのも嫌いじゃない
気になる品を探しながら、店主に話も聞いて
きれいな杢のアンティーク
キャビネットや箪笥、本棚
かつて、持ち主に愛されたであろう古道具たち
そういうものに心惹かれる
するりと撫でながら買い物も楽しんで
野生の勘が働けばいいけれど
触れてみて温度を感じたり、くすぐったそうに動いたら怪しいかな
そういう品物があれば、店の主にも聞いてみる
これ、どういう謂れのものなのかな
店の主が知らなければ怪しいかな
逃げたなら追いかけよう
友達との時間を、最後の時間を、せめて楽しく
★アドリブ歓迎
「友達との永遠を、か」
深い藍が包む夜闇の中、ひとつ煌めく月をふと見上げて。ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)はかの少女の願いを想いながら、琥珀の瞳をすっと絞る。
その気持ちを理解することは出来ても、周りを――ましてあの月を砕き、この幽世を滅ぼすことになるのなら、肯定することは出来ない。
それでも、せめて。
友達との時間を、最後の時間を、楽しかったと思えるように。
彼はそう誓うように心の内で呟くと、妖怪達の集まる骨董市のほうへ足を踏み出した。
●
道行く妖怪の間を抜ければ、月光を暈すような赤提灯と露店に並ぶ骨董品の数々が賑やかに視界を埋め尽くしていく。
ヴェルは少女の捜索を念頭に置きつつ、道すがら出会う古道具や家具にふと目を止めた。
古の自然が描いた杢の縞、時を経て色に深みを増した色がかれらの表面を美しく彩る様。そんな美術品と言っても申し分ない姿――は勿論、彼はその道具達が人や妖怪たちと共に過ごした時間に思いを馳せ、そして心を惹かれていた。
年季の入ったキャビネットや本棚、古びた箪笥が纏う木々の香りを味わいながら、ヴェルは露店の隅へとゆっくり視線を移していく。その端の端にひっそり佇む大きな棚には、高さを増すにつれ整っていく拙い文字と横線の傷が幾つも刻まれているのが見えた。
そんな、長らく使われた跡や微かな傷。
かつて持ち主に愛されたであろう古道具たちの証を、するりと優しく撫でながら。
ヴェルは温みを帯びた笑みを浮かべて、また視界の端に映った骨董品のそばに近寄った。
それは薄く埃を被った、満月のような真ん丸の壺。
骨董品にしては可愛らしい大きな葉っぱの模様に、ヴェルが思わず手を伸ばせば。
「ぴゃっ!!」
ごくごく小さな声でそんな子供のような悲鳴が上がる。
しかし彼の周囲に見えるのは、高価な置物に低く唸る巨漢や嗄れた声で奥の店主を呼ぶ老妖怪――先程の声の主とはなかなか思えぬ者の姿のみであった。
ヴェルは不思議に思って再び壺に手を触れ、壺の表面を覆う埃を軽く払ってみる。
白い指が幾度も壺を掠めれば、壺はかたかたとくすぐったそうに左右に揺れた。
そうして、疑いが半ば確信に変わった頃。
老妖怪の対応を終えた店主が、壺を見つめるヴェルに気づいてゆっくりと近づいていく。
足音に気づいてヴェルがそちらを向けば、店主は白髭を生やした顔ににっこり笑みを浮かべて一礼した。
「何かお探しですかな」
その声にヴェルは会釈を返し、軽く姿勢を正して口を開く。
「少し気になるものがあってね。折角だから訊きたいんだけれど……これはどういう謂れのものなのかな」
彼が真ん丸の壺を指してそう問えば、店の商品を仕入れているであろう店主は「はて?」と首を傾げて壺を凝視した。
「……こんな壺、うちで売っておりましたかなぁ……」
数秒考え込んだ後、店主はふいに露店の奥の方に顔を向けて誰かを呼ぶ。
すぐに妙齢の女性らしき返事が響き、店主が「少々お待ちを」とヴェルに一礼した――その瞬間だった。
「ば、ばれたなら先手必勝っ!! 逃げるもんねっ!」
そんな声と共にぼふんと煙が上がり、途端に揺れていた壺を包んでもくもくと膨らんでいく。
案の定、といった顔でヴェルが素早く腕を振り抜き煙を晴らせば、現れたのはぶわりと毛を立たせた狐耳と狸の尾。間違いなく、猟兵が探していたあの少女の姿だった。
「やっぱりキミだったんだね。見つけたよ」
揺れる紅の髪の間でそう言葉が響けば、少女は慌てて何処かに走り去っていく。
見失うわけにはいかない、とヴェルは一度店主に短く礼を述べ、そして少女が向かった方へ踏み出した。
露店を巡る妖怪をひらりと躱しながら、少女とヴェルは風のごとく道を駆ける。
少女は逃げるのに必死――と思いきや、まるで鬼ごっこを楽しむように「鬼さんこちら」などと叫んで振り向いたり、速度を緩めてべっと舌を出したり。それでもヴェルがその動きに付き合ってやれば、少女の顔は徐々に柔らかく綻んでいった。
そうして、ようやく。
「……つかまえた」
ぽん、とヴェルの手が少女の肩に触れ、鬼ごっこに終止符が打たれる。
少女は潔くその場で足を止めると、満面の笑みでくるりと振り向いて。
「あー、楽しかった! 見破られたのは悔しいけど、次は負けないよ!」
そう告げて――ぽぽん! と。
突如壺と同じ煙を上げて、少女はヴェルの前から姿を消してしまった。
足音と声が止み、音もなく冬風が吹き抜ける。
一気に静寂に包まれたその場でふと、ヴェルが真上を見上げれば。
煌々と光る月から舞い落ちるように、まるであの少女が礼でも言うかのように。
はらりと一枚の葉が、化術の気配を残して白く輝いていた。
大成功
🔵🔵🔵
餅々・おもち
「ここより月が綺麗な場所に行ってみたい」
おもちは綺麗な月を見るのが好きなので、月を見ながらのんびりできることを楽しみに、今回猟兵として参加します。
「売り手に聞いて探す(SPD)」に挑戦します。
ユーベルコード「ライオンライド」を使い、自分とライオン(柴犬くらいの大きさ)の2人(?)で聞き込みをしようします。
おもちはとてもちいさな子猫のなので、ライオンに乗っていた方が背が商品に隠れずに人に気付いてもらいやすいからです。
「あっ、こら何をする!」
しかし、ライオンはあまりおもちの言うことを聞かずに、おもちを乗せたまま嬉しそうに勝手に駆け出してしまうのでした。
もふ、と柔らかな白足が地に触れる。
月が綺麗な場所へ――そう小さな胸に期待を膨らませた餅々・おもち(ケットシーの鮫魔術士・f32236)は幽世に降り立つや否や、凛とした目をぱっと開いて夜空を見上げた。
静かに瞬く星の光、緩やかに流れる薄雲。それらを映してきらきら輝きながらも、子猫の小さな瞳は大きな黄金色の満月に吸い込まれていく。
「おお……!」
きっと、猟兵としてこの幽世の崩壊を防ぐことができたら。
全てが解決したら、のんびりとあれを眺めることができる。
おもちはふわふわの頬を嬉しそうに緩ませて、骨董市の露店へと視線を移した。
まずは標的との接触。かの狐狸少女が商品や客に化けて隠れているのなら、露店の主に何か不審なものを見ていないか訊くのが得策だ。
おもちは早速聞き込みをと一歩踏み出すも、はっと何か気づいたように一旦その場に踏みとどまった。
見れば、道行く妖怪や店先の商品の殆どはおもちよりずっと背が高い。このまま無闇に市場へ飛び込めば、少女を探すどころかおもちが行方不明になってしまうだろう。
そうなる前に、とおもちはちいさな手に魔力を込めてふわりと動かし始める。
彼がそこに描くのは召喚魔法、ユーベルコード『ライオンライド』。
ふるる、と軽い唸り声を上げておもちのそばに現れたのは、柴犬程度の体躯に立派なたてがみを揺らす黄金のライオンであった。
「これでよし」
おもちは獅子の背中に跨ると、ぴしっと前方を差してライオンの首を撫でる。
彼が魔法の主として命じた『進め』の合図に、ライオンは忠実に従って――くれなかった。
「ぐるるぅ!」
「あっ、こら何をする!」
宥めようとするおもちの声も意に介さず、ライオンは喉を鳴らしてでたらめな方向へ駆け出してしまう。おもちがぽふぽふとライオンの頭を叩く度、二人(?)は速度をぐんぐん上げながら市場の奥へ奥へと進んでいった。
白猫と金獅子が露店の間を駆け抜けていく中、それを興味津々に眺める少女がひとり。
「……何あれ楽しそう!」
ぴこりと狐の耳を揺らした少女は、後ろの狸尾をぶんぶん振りながらおもち達の方へ飛び出していく。それはおもちが探そうとしていた少女その人であったが、後ろを振り向く余裕のないおもちが気づくことはなかった。
「こらっ、止まれ! ちゃんとあっちで聞き込みを……」
「あはは、はやーい!!」
「ぐるるるーぅ!!」
――そんな賑やかな声が風のように吹き抜ける。
静かな月の下、気が済むまで声を上げて。老いた妖怪達が驚きながらも微笑ましそうに見守る中、彼等は幽世の夜闇を気の向くままに駆け抜けるのであった。
大成功
🔵🔵🔵
薙殻字・壽綯
……以前、妖怪の皆さんと……かくれんぼをさせて頂きました。年がいもなく、はしゃいだことは。身に新しいものです
あの時は、探してもらう役でした。今回は探す役。……骨董市にはあまり、足を運ばなかったので……つい、目移りしてしまいますね
何処に、隠れているのでしょうか。他の妖怪にも化けていると耳にしましたが……物に化けて頂いた方が、ありがたく思います
……でも、物じゃなければ……やはり、話しかけないといけませんよね。……挙動不審にならないよう、気を付けます
……どうして再開には、代償が求められるのでしょうね
会いたいだけ。……会いたいだけなのに、その先を求めてはいけないのは
生きているから。なのでしょう、けれど
――かくれんぼ。
薙殻字・壽綯(物書きだった・f23709)は提灯の光とその間の夜空を見上げ、そっと目を眇める。
妖怪達の賑やかな声、彼等が鳴らす足音、それを見下ろしながらひっそりと佇む幽世の満月。胸を高鳴らせて身を潜め、年甲斐もなくはしゃいだあの日を思い出しながら。
――あの妖怪の皆さんは、元気にしているでしょうか。
心の内でそっと呟き、少し目を閉じた後。
ふ、と切り替えるように白い息を夜風へ溶かし、壽綯は骨董市へ視線を戻した。
今回は探す役――自分がかくれんぼの『鬼』だ、と改めて思えば。
十つ数えてもういいかい、なんて聞かずとも、何となくまた童心に返るような心地がする。
それでも人に極力関わらないことを、かの狐狸少女が人や他の妖怪ではなく物に化けてひっそり鬼を待っていることを心の何処かで期待しつつ、彼は露店の並びに沿って歩き出した。
目に入るのは、様々な人や妖怪の手を渡り長い年月を経た骨董品の数々。中々自ら足を運ばない市場の品揃えについつい目移りしながらも、おかしな壺や不審な置物が無いかとあちこちに目を凝らしていく。
店主が営業に身を乗り出してこない程度に商品を調べては次へ、道行く客を邪魔しない程度に物陰や看板を覗いては次へ。
そうして自然と人気のない通りへ進む彼の背に、ひとつ。
何か企むような視線を向ける、小さく無邪気な影があった。
「……ひひひ」
ふいに、悪戯めいた笑い声が壽綯の近くで微かに響く。
彼が反射的に唯一近くに見える者、年老いた妖獣の店主の顔を不思議そうに二度見すれば、声は嗤うように再びきゃらりきゃらりと響き出した。
――何かいる。
特に反応を示さない店主を見るに、自分にだけ聞こえているのだろう。
壽綯は少し露店から距離をとり、未だその声が自身の周りをくるくる回っているのを確かめる。
姿の見えぬ声の主に呼びかけるように、しかし挙動不審にはならぬように。
「……だ、誰か……居る、んですか……」
低く掠れた声を虚空に溶かせば、笑い声は一度ぴたりと止まって。
ようやく姿を現してくれるか、と壽綯が胸を撫で下ろした――その時。
「ばぁーっ!!!」
「……、わっ!?」
突如眼前に広がった大蛇の姿に、壽綯の口からやや裏返った声が転がり出た。
大蛇はぼふんと煙を上げ、途端に腹を抱えて笑う子供に姿を変える。狐耳に狸の尾、確かに探していた少女の姿を捉えた壽綯は、ばくばく鳴る胸を押さえながらどうにかこの場に引き留めようと口を開閉した。
しかしそれが音になる前に、呼吸を整えた少女が高い声を鳴らし出す。
「あー、やっぱりいい反応! 今は二人一緒だから、いつもよりずーっと驚いてもらえたよ!」
少女はそう云うが、しかし眼前で跳ねる子供の影はひとつ。あの予知で伝えられた通りならば、今彼女は彼女を飲み込んでいる骸魂と一緒に人を驚かせて遊んでいるつもりなのだろう。
ひとしきり笑った少女は「また遊びに行くから」と一言彼に言い残し、軽い身のこなしで何処かへ駆け出そうとしていた。
「……」
亡き友人との再会。それが嬉しく、今が楽しいことは容易に察せる。
それでも、この再会には――世界の崩壊という代償を要求してくるのだ。
どうして、と無音の問いを溢し、壽綯は去りゆく少女の背に目を細める。
――会いたいだけ。この子も、この子のもとに戻ってきた魂も、会いたいだけなのに。
その先を求めてはいけないのは、『生きているから』なのだろう。
しかし、ならば。
再会を果たしたこの世界がもうじき崩れてしまうと知った彼等は、どうするのだろうか。
世界ごと心中して骸の海に沈むことが、あの少女達のハッピーエンドだろうか?
思考を巡らせながら、遠ざかる足音に耳を澄ませれば。
暗く翳っていた瞳がふと、月光を返す一枚の葉に吸い込まれる。
あの少女の気配を纏ったそれを拾いあげれば、不思議と何処からともなく『もういいよ』と声が聞こえた気がした。
大成功
🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】
ユニークな骨董品の数々に
うっかり仕事を忘れそうになるくらい魅入ってしまう
梓、梓、これ可愛くない?
目に留まったのは白猫・黒猫の2匹でセットの招き猫
これ欲しいな~お土産にどうかな~(チラッ
ふふ、やったぁ
うーん、先にあの子に声かけるよりもさ…
こういう方法はどう?と梓に耳打ち
一番の目的はあの子を捕まえることじゃなくて
一緒に遊んで距離を縮めることだから
わざと化かされて吃驚してあげた方が喜びそう
そしてそのリアクション要員は
俺たちよりも適任者が居るでしょ?
何も知らない仔竜たちを使おうだなんて
我ながらワルな提案だけど
ご主人の梓がノリノリだからね、問題無いね
上手く行ったら「見ーつけた」と声をかける
乱獅子・梓
【不死蝶/2人】
へぇ、確かに可愛いな、つぶらな瞳とか
…おい、俺に買わせようって魂胆だな
普通に断ろうとしたが…ふといいアイデアを思いつく
ったく仕方ないな!(お買い上げ
購入した招き猫に対してUC発動
ドラゴンへと変化させ
例の妖怪が隠れている場所について情報収集
今日一日この骨董市を見てきた招き猫なら
何か分かるかもしれない
妖怪を発見出来たら、こちらから声をかけ…
って、何だ綾?…ほぉ、悪くないなそれ
仔竜の焔と零を呼び出して
妖怪の隠れ場所の前で適当に遊ばせ
その様子を影からこっそり見守る
予想通り焔と零が化かされて吃驚したところで顔出し
どうだ?楽しめたか?と声をかける
それにしてもビビる焔と零も可愛かったな!
黄金の月が静かに見下ろす、賑やかな夜の骨董市。
小柄な老妖怪達が名品を求め、道のあちこちを忙しく行き交う中――或る露店の前ではふたつ、目立つ長身の旅人が楽しげにその影を揺らしていた。
彼等が見つめるのは、店にずらりと並ぶユニークな骨董品の数々。
長い時を経て尚その色と美しさに深みを増した幽世の工芸は、眺めればつい猟兵としての仕事を忘れてしまいそうになる程心惹かれる魅力を放っている。
その中の一つ、目に留まった置物へ指をそっと近づけながら、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は隣に向かって口を開いた。
「梓、梓、これ可愛くない?」
呼び掛ければ、乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)が彼の指先に視線を移す。
そこへ佇んでいたのは、よく磨かれた二匹の招き猫。眩しい白と深い黒を煌めかせる愛らしい猫達が、お揃いの柘榴石をくりりと輝かせて梓を見つめているような気がした。
「へぇ、確かに可愛いな、つぶらな瞳とか」
そう梓が頤に指を添えて呟くと、綾は笑顔で頷きながら猫達の頭を軽く撫でて。
「でしょ? これ欲しいな〜、お土産にどうかな〜」
やや声のトーンを上げ、ちらっと梓の方を見たり、猫を愛でたりを繰り返す。
その暈しきれていない――否、暈す気のない彼の魂胆を見抜きつつも、梓はふと何かを思いついたように招き猫を手に取った。
「ったく、仕方ないな!」
ちゃりーん。
招き猫をふたつ店主の前に差し出せば、やはり骨董品と言うだけあってややお高めの価格が提示される。支払いを済ませた梓は心なしか先程よりも丁寧に商品を抱えると、綾の方に戻ってそれを差し出した。
「ふふ、やったぁ」
手を伸ばし、綾は招き猫を嬉しそうに受け取る。
反対に両の手が空いた梓は、にっと笑いながら――ふいに口を開いた。
――『誇り高き竜と成れ』。
そう謳うように紡げば、物言わぬ招き猫達が『万物竜転』の力を纏う。
ふわりと背に翼を生やし、きゅるる、くるると愛らしく喉を鳴らして。彼等は綾の腕から飛び出すと、白黒の竜の姿で二人の前に舞い降りた。
「……さて、聞き込み開始だ。今日一日この骨董市を見てきた招き猫なら、何か分かるかもしれないしな」
手袋の裾を引き、梓が竜達に近づいてそう語り掛ける。
「なるほどね」
綾は軽く驚きつつも納得したように頷くと、梓に続いて竜の目を見つめた。
「君達、この辺りで変な妖怪とか物とか……見てないかな?」
ふたりの長身とサングラスも相まって、そこらの猫と同程度の体躯の竜に問いかける様はやや圧を掛けているようにも見える。しかし竜達、もとい招き猫達は彼等自身の力が伝う故か、はたまた歳を重ねた骨董品故か、落ち着き払った様子で徐に口を動かした。
「変な妖怪……むぅ、どうだったか」
「ここに来るのは物好きばかりだしねぇ」
そうしてうーんと丸まって数秒考え込んだのち、竜は再び顔を上げて。
「そういえば、店の商品に化けて遊んでる子がいたような」
「あっちの店で、お客さん見て笑ってたねぇ」
きゅるるぅ、と黒いほうが喉を鳴らすと同時、梓と綾が「それだ」と声を重ねる。
竜が揃って鼻先を向けるほう、彼等を買った露店の向かいに視線を移せば。
大小様々な壺が並ぶ中、後ろに狸のような尾をもっふり生やした大壺がひとつ。それは近くで品評する客を嘲笑うかのように、ほんの僅かにかたかた揺れていた。
あれがターゲットとして伝えられた少女であることは間違いないだろう。
早速声を掛けようと、梓がそちらへ踏み出――そうとした瞬間。
それを遮るように綾が一言短く彼を呼び、引き止めた。
「何だ、綾?」
振り向く梓へ、綾は微かに悪戯めいた笑みを浮かべて。
「うーん、先にあの子に声かけるよりもさ……」
とんと一歩近づき、耳打ちする。
「……ほぉ」
白黒の竜が首を傾げ、もう用は済んだろうと緩やかに招き猫の姿へ還る中。
「悪くないな、それ」
囁かれた作戦に、梓もまた口角を上げて笑った。
●
炎がぼうっと光を放ち、水に呑まれて蒸気を上げる。
狐狸が潜む露店の前には、小さな仔竜ふたりが無邪気にじゃれ合う姿があった。
――何も知らない仔竜たちを使おうだなんて、我ながらワルな提案だけど。
物陰からそっと顔を出しつつ、綾はちらりと梓の顔を見る。彼等の主たる男が仔竜たちを見守るその目は、先程耳打ちをした時の綾と同じかそれ以上にノリノリといった様子だ。
なら問題ないね、と静かに微笑んで、綾も視線を仔竜達の方へ。
ふと彼等のそばで佇む尾付きの壺を見れば、何やらじれったそうにぷるぷる震えているような気がした。
おそらく、仔竜達を驚かすタイミングでも見計らっているのだろう。
今回の一番の目的、それはあの狐狸の少女を捕まえることではない。
まずは一緒に遊んで距離を縮めること。
楽しい時間を与え、辛い『別れ』を受け入れられるようにしてあげることだ。
悪戯好きの彼女はきっと、わざと化かされて吃驚する姿を見せれば喜んでくれることだろう。
ならばリアクション要員には、既に何が起きるかわかっている綾や梓より何も知らず心の底から驚いてくれる適任者――梓の相棒である仔竜たち、『焔』と『零』を、と。
そんな綾の提案は、見事に功を奏した。
仔竜たちがごろんと地面に転がり、壺が彼等の死角に入った瞬間。
「よーし今だ――ばあっ!!!」
その声と同時に突如壺は煙を上げ、真っ黒な鱗に包まれた竜の姿に変わる。
低い唸り声を上げて大きな牙を覗かせれば、仔竜たちは揃って目を丸くして。
「キューーーーッ!!!?」
「ガウッ……ガウゥゥ!!!!!」
焔は高く鳴いて飛び上がり、零は翼を大きく広げて威嚇しながらもその尾をくるりと身体に巻く。黒竜が『たべちゃうぞ』と言わんばかりに口を開けた途端、仔竜達は鳴きながら辺りを見回しはじめた。
そうしてひとしきり、怯える仔竜を眺めた後。
「あ、はははっ!! はーっ、面白い子たちだね!」
黒竜はまたしゅうしゅう煙を上げ、今度は小さな子供の姿に変わる。
狐の耳に狸の尾。ようやく元の姿に戻った悪戯好きの妖怪少女は、きゃらきゃら声を上げながら腹を抱えて笑っていた。
「見ーつけた」
そんな声と共に、足音が少女のもとへ近づいていく。
「どうだ? 楽しめたか?」
声の主、提灯の暖色に照らされた二人の姿に少女が反応を示す――前に、ようやくご主人を見つけた仔竜達がわあっと反応した。
「ガウッ!」
「キュ……キュー!!!」
ぷるぷる震える仔竜たちは、鳴きながら一直線に梓の方へ駆け寄っていく。
梓と綾が宥めつつも微笑ましそうに彼等を見る中、少女は満面の笑みで先の問いに頷いた。
「……面白かったし、楽しかったよ! 今度は皆で遊ぼうね!」
その言葉と共に、ぼふんと煙が上がった直後。
ひらり、と綾と梓の頭上へ微かな物音が響く。
見上げれば、月光をきらきらと返す葉がふたつ。化術の痕跡のような気配を纏ったそれを手に取れば、一瞬で姿を消した少女が何処かで手招いているような――そんな気がした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
栗花落・澪
アドリブ連携歓迎
骨董市…一時的に旅してた時に覗いたことはあるけど
ちゃんと見るのは初めてだなぁ
慣れない雰囲気にそわそわしつつ
調理器具や食器等見つけたら目を輝かせ
買います!!
普通に買い物は楽しみつつ
霊感はそれなりに高くて霊と接してた期間が長いから
周りの妖怪達との気配の違いで気付けるかな
見つけてもすぐには指摘せず乗ってあげる
珍しい形…どうやって使うんだろ
確認するように触れながらさり気なく指先でくすぐったり
わっ、びっくりしたぁ
本物かと思っちゃったよ
ふふ、変化が上手いんだね
もっと遊ぶ?
いいよ、かくれんぼは僕も好きだから
負けないぞー
すぐに見つけたり騙されたフリしたり
反応に緩急つけながらいっぱい遊んであげる
長い時が作り上げた自然の芸術、古の人々や妖怪達がその生をかけた幽世の工芸品。
穏やかに光を降らす満月の下、そんな品々が語り掛けるように煌めく。
慣れない雰囲気にそわそわ翼の先を震わせつつ、栗花落・澪(泡沫の花・f03165)は一先ず気の向くままに骨董市を歩いていた。
過去――一時的に旅をしていた頃に同じような市場を覗いたことはあれど、こうしてきちんと店を巡り、何かを探すのは初めてだ。
折角だから買い物をと露店を巡る中、ふと。
「……!!」
琥珀の瞳がぱっと光を帯び、一つの露店の前に吸い込まれる。
丸い胴に小さな三角がふたつ生えた蓋、するりと伸びた穴開きの細長いパーツ。まるでもっちりとした猫の置物のようだが、ティーカップや小さなカトラリーがセットで置かれているのを見るに恐らくティーポットの類だろう。
今にもにゃあにゃあ鳴きそうな愛らしいそれに目を輝かせ、澪は奥の店主に声を掛けた。
「すみません、これ……買います!!」
店主は一瞬おおっと驚きつつも、すぐに奥から大量の新聞紙を抱えてくる。店主はほくほく顔で猫型ティーセットを丁寧に包んで紙袋へ入れると、値札よりやや下げられた金額を澪に提示した。
「あの、確かあっちに……」
不思議に思って澪が値札を指させば、店主は「おまけだよぉ」と満面の笑みで親指を立てる。
迷いつつも古びたトレーに店主が告げた代金を乗せ、澪は笑顔を返して礼を述べた。
「一点物だから、割らないようにねぇ」
そう念を押しつつ、代金と商品を交換する。澪はそっと紙袋の取っ手を握ると、上機嫌で店を後にした。
ふわり、仄かな土と埃の匂いが鼻を擽る。
骨董市らしいその風に――澪はふと、何かの気配を感じて後ろを振り向いた。
周りの妖怪とは、何となく違う。
それなりに高い霊感、長く霊と接していた経験。それらを持つ故に覚えたのであろう違和感に、澪はじっと辺りに耳を澄ませる。
妖怪達の足音や話し声の中、微かに響く子供の声。
悪戯めいたその笑い声に気がつけば、澪は反射的にそちらへ視線を移していた。
その目が捉えたのは、一つの不審な品。
それは――先程買ったものによく似た、もっちり猫のティーセットだった。
「あれ?」
あの店主の言葉が嘘でなければ、澪が手に入れたひとつ以外にあれが存在するはずがない。
類似品か、偽物か、もしくは。
澪は紙袋を肩に掛けつつそちらへ近づく。
目が合った長耳の店主に会釈を返した後、彼はそっと丸いポットを手に取った。
すると裏面、先程は見えなかった細長いパーツの部分が無いことに気づく。代わりに――そこには、陶器というにはあまりにもふもふな茶色い狸の尻尾が生えていた。
それがあの悪戯好きな少女なのだと確信しつつ、澪はポットの向きを戻して表面を撫でてみる。
「珍しい形……どうやって使うんだろ」
確かめるように白い指が滑れば、ほんの一瞬。
ポットはぶるりと僅かに震え、同時に狸の尾をぱたぱたと揺らした。
しかしそれを敢えて指摘せず、澪はくるくるポットを回す。
その手が触れる度に尻尾の揺れが増し、やがてポットの震えが止まらなくなって行けば――ぼふん!! と目の前で煙が上がり、澪は思わず一歩後ろへと身を退いた。
「げ、限界っ! くすぐったい!!」
我慢できずに飛び出したのは、ぴこぴこ狐耳を揺らす金髪の少女。
あのポットが少女の化術によるものであることは容易に察せたが――しかし澪はぱっと目を見開いて、微笑みながら口を開いた。
「わっ、びっくりしたぁ……本物かと思っちゃったよ」
「!!」
途端、少女の悔しそうな顔がころりと笑顔に変わる。
狸の尾が嬉しそうに揺れるのをちらと見つつ、澪は一歩少女の方へ近づいて。
「もっと遊ぶ?」
そう問えば、少女がぶんぶん首を縦に振る。
いいよ、と澪が頷くや否や、黄金の狐耳がぴるぴる楽しげに揺れだした。
「じゃあ、かくれんぼ! 次はもーっと上手く隠れるからね!」
「うん、負けないぞー」
そうして、澪はそっと目を閉じる。
十まで数えて、「もういいかい」と問いかけて。
何処かで返事が聞こえれば、また骨董品に化けた少女を探しにふわりと天使が飛び立った。
反応を変えて繰り返し遊んでやれば、次第に少女との距離が縮まっていく。
彼女が満足するまで、幾度でも。
心が満たされるまで、何度でも。
そうして――何度目か、「みーつけた」と朗らかな声が響くと同時。
「はぁ、楽しかった!」
ありがとね、と言葉を残し、少女は澪が目をつむる前にぽんと姿を消す。
ふう、と息をついた澪の手には、いつの間にか一枚の葉が握られていた。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 ボス戦
『『狐狸』つかさ』
|
POW : どろどろどろん!
戦闘力が増加する【巨大なダイダラボッチ】、飛翔力が増加する【上に攻撃力も高い鎌鼬】、驚かせ力が増加する【百面相をする釣瓶落とし】のいずれかに変身する。
SPD : 化術大迷宮
戦場全体に、【トラップ満載の、化術で変化した自分自身】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
WIZ : 三種の妖器
【宝珠の力による不動の呪い】【巻物から発動した幻術】【瓢箪から吹き出た毒霧】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
イラスト:麦島
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠天御鏡・百々」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
楽しくて、楽しくて、仕方がない。
満足そうに笑う少女は、どこからともなく聞こえる声に耳をぴこりと揺らす。
ああ、ずっとこの時間が続けばいいのに。
何度目か、そう心で唱えた彼女の頭上で――ぴし、となにかがひび割れる音がした。
「……え」
世界の崩壊。端的に言えば、それが始まった。
黄金の月が、その縁を藍色の空へと散らしていく。
賑わっていた骨董市の露店が、激しい揺れに襲われていく。
「なに、これ……!?」
呆然と見つめる少女の耳元で、また『あの子』の声がした。
『大丈夫だよ、つかさ。これが終わっても、同じ世界に行ける。今度はちゃんと二人同じ姿で、ずうっと一緒に遊べるんだよ』
「ほ、ほんとに?」
『もちろん。だって……ずっと、僕と一緒にいたいでしょ?』
それが何を意味するか、少女は半分も理解しないまま。
「うん、私……きみと、ずっと一緒にいたい。このまま、時が止まっても良い」
『じゃあ、このまま世界が終わるまで遊ぼう』
「……うん」
『僕らの邪魔をする奴は皆、蹴散らそう。大丈夫、つかさならできるよ』
「…………うん」
そうして、月は大きく砕かれる。
このまま少女が永遠を望めば、幽世は崩壊することだろう。
だが、まだ止められる。
今の彼女にとって、楽しい記憶は『あの子』とのものだけではない。
彼女がこの世界と未来を望み、骸魂と切り離されることを受け入れれば――きっと、救えるはずだ。
⚫
崩壊する世界の中心、骨董市のあった通りの真ん中にて。
少女は骸魂と共鳴しながら、オブリビオンとしての気配を強めて砕ける月をただ眺める。
そこへ猟兵達が駆けつければ、少女は一瞬動揺らしき惑いを見せながらも確かな敵意を込めてそちらを睨んだ。
「邪魔させないよ。私は、この子とずっと一緒に遊ぶんだから」
餅々・おもち
言うことを聞かずはしゃぐライオンに乗っていていたおもちは突然激しい揺れに襲われ、そのまま投げ出されて顔から地面にゴチン!
「んぶっ!」
真面目に聞き込みをしようとしたのに、今日はなぜこれほどまでにツイてないのだろう。おもちは理不尽だと思いました。
『狐狸』つかさの「どろどろどろん!(POW)」に対し、ユーベルコード「宇宙猫・オーバーロード」を使うことで、おもちはムクムク巨大化します。
敵の周囲はモヤモヤしていて、何に変身したのかは把握出来ないが、もし何か恐ろしいものに変身していたら、渾身の【頭突き】をお見舞いしてやろう。今の自分はでかいのだから、絶対に強いはずだ(賢くないので考えが浅いのだった)。
地が砕け、月が崩れていく。そんな異変――”世界の崩壊”が規模を広げて行く中、或る金色の影が風のように道を駆け抜けていた。
それは愛らしくも見える柴犬サイズの獅子。彼はその背に跨る主、餅々・おもち(ケットシーの鮫魔術士・f32236)の言うことを聞かぬまま、崩れ行く幽世をアトラクションのように躱しながらはしゃぎ回る。
やがて異変の中心へと辿り着けば、獅子は突如ぴたりと足を止めた。
そこに居たのは『恐ろしく巨大な何か』。口を開けば全てを呑み込み、腕を振るえば全てを薙ぎ払うような人のような影が、おもち達を静かに待ち構えていた。
「……? 一体どうし――」
背に乗っていたおもちはゆっくりと目を開き、静止した獅子に問う。
しかしその瞬間、彼の小さな体は突然の激しい揺れに襲われてぽーんと宙へ舞った。
「んぶっ!」
おもちの顔はそのまま地面へ衝突する。鈍い音と共に痛みがぐわんと頭に響けば、おもちは数秒固まったのちに顔の土を拭って起き上がった。
ふと顔を上げて辺りを確認するも、あの獅子の姿はもうどこにもない。
代わりに禍々しい気配を放つ巨人の姿が目に入れば、おもちはいつの間にか敵の足下へ投げ出されてしまっていたことに気づいた。
――なぜ今日はこれほどまでにツイてないんだ……!
おもちは胸の内でそう呟き、怒りの炎を揺らしていく。
真面目に聞き込みをしようとしたはずなのに。
綺麗な月を眺める時間を楽しみに、真剣に猟兵としてここへ来たというのに。
頑張ったのだから、少しくらいラッキーがあったって良いはずだ。
なのに、なのに。
――理不尽だ。
神か仏か、それとも宇宙の真理か。何処にも向き切らない怒りがおもちの中で大きく燃え上がり、ユーベルコードとなって彼の身体を包む。
その力の名は『宇宙猫・オーバーロード』。
おもちは真っ白な身体を怒りのままにムクムク膨らませ、またたく間に眼前の巨人を見下ろすほどの体躯へと変化した。
目の前の巨人がどんな能力を持っているのか、どれほどの力を宿しているのか。
幼い子猫のおもちは当然、それを知る術など持ち合わせてはいない。
分かるのは、とにかく大きくてもやもやとしていること。ぞわりと嫌な感覚で背筋を撫でてくるそれが、少なくとも味方の類ではないのだろうということ。
それが、いま巨大化したおもちに驚き襲いかかろうとしていること。
よく分からないが、多分。
今の自分はでかいのだから、絶対に目の前のやつより強いはずだ。
対する巨人がゆらりと拳を構える中――おもちは、渾身の力を込めて真正面へ突進した。
「――っ!?」
どぉぅんっ!! と重く大きな音が辺りに響き渡る。
白いふわふわの頭が巨人の胸元へとめり込めば、突如その図体がばふんと煙に変わった。
「う、わぁぁぁぁっ!?」
煙の中から飛び出したのは巨人に化けていた少女『狐狸』つかさ。その身体は一瞬宙を舞った後、思い切り地面へ叩きつけられる。
足下でへぶっ! というやや間抜けな悲鳴が響けば、ふと。
おもちは頭上で砕けていた空の月が、僅かに輝きを取り戻したような気がした。
成功
🔵🔵🔴
御乃森・雪音
アドリブ連携歓迎
ねえ、思い出して。この世界を壊しちゃ駄目よ。楽しい事、沢山あったでしょう?大切なものもあるでしょう?
お願いだから、月を止めて。
壊してしまったら、貴女が悲しい思いをしてしまう……それは嫌なの。
過去に……永遠に囚われてはいけない。前に、進みましょう。
Fiamma di incenso rosa
ふ、と吹きかけた吐息を掬うように重ねた手から、色とりどりの薔薇の花弁を舞い散らせて。
踊る炎は骸魂を祓い、放つ香りを道標に、還る場所へと送るように祈りを込めて。
悲しみも、痛みも共有できるならそれで構わない。抵抗されて攻撃を受けても、黙って受け止めるわ。別れが悲しいのは当たり前だもの。
少女は歯を軋り、猟兵を睨んで身構えた。
「折角会えたのに……また離れ離れになんて、なりたくないんだ……!!」
吠えるように叫ぶと同時、ひとつの葉を放る。
上がる煙の中でその身を鼬の姿に変えた『狐狸』つかさは、両の手の鎌を白く煌めかせて低く唸った。
その間にも空の月は崩れ、輝きを失っていく。
御乃森・雪音(La diva della rosa blu・f17695)は”異変”の中心へ歩み出ると、自身を睨む獣の目を静かに見つめて語りかけた。
「ねえ、思い出して。楽しい事、沢山あったでしょう? 大切なものもあるでしょう?」
すると獣はぴくりと鎌の先を揺らし、唸り声を弱めて僅かに目を逸らす。
それでも雪音は真っ直ぐに正面を見たまま、諭す言葉を音にした。
「この世界を壊しちゃ駄目よ。お願いだから、月を止めて」
願うように伝えれば、獣は動揺を見せて後退る。
「……、けど……壊、さないと……私なら、できるって……」
うわごとのように呟く獣に、雪音はゆっくり首を横に振った。
きっと、この子は。
つかさは唯一知っている悲劇に怯え、この一瞬に縋っているだけなのだ。
怯えたまま、きちんと心に区切りをつけられぬまま骸の海へ沈めばどうなるか。
その成れ果ての存在を知っているからこそ、雪音は言葉を紡ぎ伝える。
「壊してしまったら、貴女が悲しい思いをしてしまう……それは嫌なの」
そう確かに、しかし少女の心を辛さで揺さぶらないよう、穏やかに。
雪音はそっと微笑みながら、つかさの目を見て云った。
「過去に……永遠に囚われてはいけない。前に、進みましょう」
「うぅ……」
鎌鼬は身を丸め、目を瞑る。
動かなければ、また『別れ』が訪れる。動けば世界が滅び、『悲しい何か』が待っている。
「……どう、したら……いいの」
迷い、身動きの取れない彼女に。
「……大丈夫」
雪音は静かに囁くと、その唇からふ、とひとつ息を吐き――掬い上げるように手を重ね、ふわりと色鮮やかな薔薇の花を咲かせた。
夢叶う青を。友情の黄を。希望の緑を。
色とりどりの花弁が心癒やすように辺りを彩り、眩くもあたたかな炎を上げていく。
――Fiamma di incenso rosa。
雪音はその力で少女を包み、そして祈った。
踊る炎は骸魂を祓うように。放つ花の香は『あの子』が迷わず在るべき場所へ還るように。
ゆっくり、ゆっくりと骸魂が切り離されて行く中――少女の化けた鎌鼬は、突如ぶわりと毛を逆立てて立ち上がった。
「……ぁ、あ、嫌……待って!!」
混乱をはっきりと浮かべた獣の顔が上がる。
炎に焦がされた鎌鼬が衝動のままに叫び、両手の鎌を振り上げる中、雪音は。
――正面から襲いかかる斬撃を、何も言わずただ受け止めた。
「なん、で」
戸惑う鎌鼬の前で、雪音が衝撃に小さく身を傾ける。
それでも雪音は凛と立ち、未だつかさの目を見て微笑んで。
「別れが悲しいのは当たり前。……だから、私も一緒に受け止めるわ。貴女がひとりで悲しまないように」
告げながら、炎をふわりと大きく広げる。
その瞬間、ふいにひらりと雪音のもとから小さな葉が舞った。
それは、あの時少女が渡したささやかなお礼のしるし。
何度でも遊んで、見つけてくれた、雪音との記憶。
心を満たしてくれた、『楽しかった記憶』。
それらと雪音の言葉が頭を過ぎり――つかさは、自ら化術を解いた。
頭上で、月の崩れる音が弱まっていく。
きっと少女が骸魂との別れを受け入れ始めてくれたのだろう。
雪音は息を吐きながら、花弁と炎を幽世の空へ溶かしていった。
大成功
🔵🔵🔵
栗花落・澪
僕は君の気持ちを否定はしないよ
ずっと会いたかった人と一緒にいられるのは嬉しいよね
でも…本当にそれでいいのかな
その手を取ってしまえば…貴方はもう、誰とも会えなくなるよ
僕達と遊んだ事は、楽しくなかった?
骨董市の人達に遊んでもらったことは?
全部消えちゃう
本当に、それでもいいの?
僕はもっと君と遊びたいな
君ともっと沢山の思い出を作りたいし
君にも色んな事を知ってほしい
未来を捨てるには…まだ早いよ
トラップは【聞き耳】で発動位置を聞き取り
【ダンス】を応用した身軽な動きで回避
それでも必要以上に動かない
僕が届けたいのは言葉と
【祈り】だから
【優しさ】で与える痛みを抑えての【指定UC】
暖かな【破魔】の輝きで【浄化】を
この世界を壊してはいけない。けれど、それでも一緒にいたい。
そんな葛藤に頭を抱えるつかさのもとへ、ふわりと柔らかな羽音が舞い降りる。
「……ずっと会いたかった人と一緒にいられるのは嬉しいよね」
そう呼びかけるのは、穏やかな声。
否定の言葉を紡がない栗花落・澪(泡沫の花・f03165)に、つかさは潤む目を見開きながら顔を上げた。
なら、『あの子』とこのまま――そう一瞬、つかさの思考が傾きかける。
しかし続く言葉はそれを引き戻し、再びその心を揺さぶった。
「でも……本当にそれでいいのかな」
彼の声は悲し気に、語り掛けるように響く。
「その手を取ってしまえば……貴方はもう、誰とも会えなくなるよ」
「……っ」
言葉の意味を理解すると同時、少女は頭の中で数刻前の記憶を過ぎらせ、息を震わせた。
目の前の彼と何度もかくれんぼをしたこと。
化けて隠れて、沢山走り回ったこと。
そうして店の間で遊びながら見た、骨董市を巡る人々の表情が暖かかったこと。
それらが心を満たすほど『楽しかった』こと。
だが――世界を壊せば、それも全部消えてしまう。
大切な友達はそばにいても、それまでの楽しい記憶ごと沢山の人や物が崩れ壊れてしまう。
澪はそんな真実を告げると、つかさの瞳を真っ直ぐに見て。
「本当に、それでいいの?」
そう、問いかけた。
――でも、だけど。
つかさは俯き、そう胸の内で言葉を連ねては何度も飲み込んでいく。
そんな彼女を導くように、澪はそっと手を差し伸べて囁いた。
「僕は、もっと君と遊びたいな」
もっと沢山の思い出を作りたい。色んな事を知ってほしい。
澪はそう次々と言葉に未来を描きながら、少女が答えを出すのを待つ。
数秒の沈黙の後――つかさは、ようやく口を開いた。
「私は、あの子と……」
しかしその声は続かず、突如ばふんと上がる煙に掻き消される。
踏み出しきれず、拒みきれず。
ただ逃げるように、つかさは煙の中へと姿を消した。
「わっ……!」
澪が一瞬目を閉じた直後、彼の周囲はきゃらきゃら笑う子供の声で埋め尽くされる。
その主は、先程煙を上げたつかさ”達”。
作り物めいた笑顔で無数の影を並べるそれらは、澪をぐるりと囲んで楽しげに手を叩き始めた。
たんたんと鳴る手拍子に澪が耳を澄ませば――その間に、幻術とは別の何かを紡ぐ声を捉える。
彼がそちらを振り向いた、瞬間。
ひゅっ、と澪の髪のすぐ横を、ひとつの矢が抜けた。
「!!」
澪は再び矢が放たれる音を聞き取りながら、周囲の手拍子に合わせて足を動かす。
揃う音の間に集中し、踊るように地を踏み、翼を空気の間へ乗せて。
そうして飛び交う矢を躱し続ける中、ふいに彼の視線は周囲の影の間へと向いた。
その瞳に映るのは、笑う狐狸達の奥、確かな迷いを映した少女の顔。
周囲の幻を生む”本体”を視界に捉えながらも、澪は彼女を追わず、その場に留まったままで胸の前に手を掲げる。
少女を否定し、倒すことが目的ではないから。
痛みを与え、苦しめたいのではないから。
「僕が届けたいのは……言葉と、祈りだから」
紡がれた『Fiat lux』は周囲の幻影を包み、それらを骸魂の気配と共に祓っていく。
きちんと別れを受け入れられるように。
少女が『あの子』との別れを経ても、自ら未来を望んでくれるように。
澪の想いを載せた光がつかさ本人のもとへ届けば、暖かな輝きがふわりと眩さを増す。
光が溶け、少女が心の靄が晴れるような心地に包まれる中。
周囲に響いていた崩壊の轟音は、徐々に穏やかな静寂へと変わっていくのであった。
大成功
🔵🔵🔵
豊水・晶
つかささん、あなたは世界を代償に願いを叶えようとしています。
「あの子」との思い出は、とても輝かしいものだったのでしょう。しかし、その思い出は「あの子」との二人だけの思い出ですか?そこにもう何人かいませんか?
化かす相手がいなければ化かす意味がないですよ。あなたは今、その化かす相手を消そうとしているんです。さぁ、もう遊びはお仕舞いです。あんまり駄々をこねると強引な手段を取らざるを得ません。
「あの子」はもういないとあなたも分かっているはずです。だから、こちらの手をとって下さいませんか?
説得が失敗したら指定UCを使用して戦います。
アドリブや絡みなどは自由にしていただいて大丈夫です。
少女が別れを受け入れようとすると、やや焦りを露わにした声がどこからともなく聞こえて来る。
『待ってよつかさ。僕は……死んじゃった僕は、どうなるの』
何かを懇願するように、惑わすように。
そう頭に何度も響く『あの子』の声が響く度――つかさは、進むべき道を理解しながらも、その一歩を踏み出せなくなっていた。
「私は、きみと――」
虚ろな声が、再び”崩壊の鍵”を紡ぐ前に。
「待ってください」
惑う思考を引き戻すように、豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)がつかさへ呼び掛ける。
少女の瞳がはっとそちらを見れば、凛とした声が再び空気を震わせた。
「世界を代償にしてでも守りたいと願うその思い出は、とても輝かしいものだったのでしょう。ですが……それは、あなたと『あの子』との、二人だけの思い出ですか?」
問えば、つかさは素直に首を横に振る。
化け狸の『あの子』との遊びは、幽世の人々が居てこそ楽しいものだった。
参ったと笑ってくれた人、面白がって遊んでくれた人。
丁度晶がしたように、叱られてしまったこともあったけれど。
「あの子だけじゃ、ない。化かした人達も、皆……」
ぽつりぽつりと呟いて、つかさは顔を俯ける。
晶は真っ直ぐに少女の姿を見つめたまま、諭すように続けた。
「あなたは今、その化かす相手を消そうとしているんです」
ぴく、と耳を震わせるつかさに、晶はそっと歩み寄って。
「……『あの子』はもういないと、あなたも分かっているはずです。だから――」
こちらの手を、と。
晶はつかさの視線の先へと手を差し伸べ、返答を待つ。
対するつかさはそれを視界に入れながらも、口を真横に結んだまま小さな手を震わせていた。
暫くの沈黙の後、つかさはごく小さく首を振る。
それが亡き友を諦めきれず、晶の言葉を拒んでいることを示した直後。
「だって、声が……聞こえるんだ。まだ……一緒にいられるって……!」
少女は潤む目で、晶を見た。
「あんまり駄々をこねると、強引な手段を取らざるを得ませんよ」
真剣な顔でそう晶が告げれば、つかさはぽんと瓢箪を構えて何かの術を紡ぐ。
「……いいよ、負けないから」
ぶわりと骸魂の気を強め、瓢箪の中に力を練って。
溢れだす毒が酷い色を周囲へ舞わせる中――晶は、その手に護符を握ってそれを迎え撃った。
「っ!!」
晶のもとから飛び出す影に、思わずつかさの尻尾がぶわりと膨らむ。縄のように唸る『七星七縛符』が毒霧ごとつかさを囲むと同時、晶の手は素早くその指先を閉じた。
「もう遊びはお仕舞いです」
その瞬間。
しゅうっと護符はつかさを縛り上げ、刻まれた文字へ晶の力を伝わせながら狐狸の妖気を封じる。毒霧は晶の身を蝕む前にその色を消し、どこかへふっと散っていった。
為す術のないつかさがじたばたと必死にもがく中、晶は瓢箪の術と共に骸魂の気配が僅かに弱まっていくのを感じる。
彼女はひとつ息を吐くと、悔しそうな少女を再び諭すべく暴れる額へとその指を弾くのだった。
大成功
🔵🔵🔵
朱酉・逢真
心情)選択こそは"いのち"の権利。お前さんがそうしてェんなら、いいさ世界ごと心中おし。だがね、《過去》は滅ぼすよ。そうすりゃ滅んだ世界にお前さんひとりぼっちさ。仕様がねェよなァ。今日おどかした誰か。昨日ほめてくれた誰か。明日にからかう誰か。みィんなお前さんが殺したンだから。
行動)周囲ぜェんぶ、あの嬢ちゃんか。そンなら狙いつける必要もない、悪疫の雷ぶちまけてくぜ。俺の《毒・病》たっぷりのせだ。焼け焦げ腐り病にかかる。傷んだ部分に眷属どもが食いつく。ああ、安心おし。妖怪は頑丈だ死にゃアせん。骸魂ぬけたらやめっからさ。ひ、ひ。
世界と友と、どちらを取る”べき”か。
秩序の為の答え、そして自身が諦めきれない答えの間で、つかさの心は未だ揺らいでいた。
砕けて鳴る満月の下、迷い俯く少女のへ神が告げる。
「お前さんが”そう”してェんなら、そっちを選べば良い」
定められた輪廻の中でそれを望むのなら。悩み苦しみから逃れることも、愛しい者の後を追うことも、選ぶことこそ”いのち”の権利なのだから。
朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)がそう静かに囁けば――つかさは虚ろな笑みを浮かべて顔を上げ、望みのままに言葉を紡ごうとした。
「だがね」
少女の言葉が音になる前に、逢真の声が再び響く。
「選択ができンのは、お前さんだけだ。『過去』はここで滅ぼすよ」
「……!!」
その言葉で彼が指したものが何なのかを察すれば、つかさは顔をすっと青くした。
何故、と訊くまでもない。
死という別れを確かに経た『あの子』との再会が、正しいものであるわけがないのだから。
理を越えた永遠など、許される道理もないのだから。
世界を壊す道を選んだとして、還るべきものが還るべき場所へと逝けば。
「そうすりゃ、滅んだ世界にお前さんはひとりぼっちさ」
今日おどかした誰か。昨日ほめてくれた誰か。明日にからかう誰か。
叶わぬ願いの為に、それら全てを殺してしまうのだから。
「それでも良いなら、世界ごと心中おし」
しかし、それを理解しながら。
つかさはその目に抵抗の意思を示し、告げられた結末を否定した。
「だったら……私と、この子以外を消すだけ。また離れ離れになんてならない!」
狸尾を背に隠し、吠えるように言った直後。
彼女は一枚の葉を放り、大きな煙へ変えてその中へと身を隠す。狐狸の妖気を纏ったそれは一瞬で逢真の周囲へ広がると、無数の分身を作って賑やかに揺れ出した。
たん、たたん、たん。
あちこちで踊る少女達は何かを隠すようにずらりと並び、揃って手拍子を打ち鳴らす。
どこを見ても視界に映るのは同じ顔。どちらへ進んでも待ち構えるのは牙剥く敵意。
そんな愉快で狂気じみた迷路の中で、逢真は小さく嗤った。
「ご勇健で何より」
呟きながら、纏う力をその手へ集中させる。
分身の気配は皆同じ。つまり見えるもの全て的なら、狙いをつける必要もない。
逢真はたっぷりの毒と病を載せて、指先を掲げた。
そうしてつうっ、とひとつ弧を描けば――放たれた『黯』は鏃のように鋭い光を閃かせ、影の間を駆ける。
稲妻の貌をしたそれが辺りを照らした直後、轟音と共に凄まじい衝撃が少女達を貫いた。
「――、ぐっ……!?」
裂かれるような痛み、焼け焦げるような熱さ。
それは奥で骸魂と共に居たつかさにも届き、じわじわと身を蝕んでいく。
彼女は雷撃による痛みなど、耐えればどうにかなる、と――思っていた。
見れば、灼かれた筈の肌は毒々しく紫に腫れている。
激痛の奔る脚先はいつの間にかどろりと溶け始め、そこへ何処からともなく現れた虫や獣が一匹、また一匹と寄り始めていた。
「安心おし。妖怪は頑丈だ、死にゃアせん」
ひ、ひ、と笑う逢真の声。それを捉えると同時、金色の耳はびくっと真上へ上がる。
「……や、やめて!!」
脚を齧る獣、傷へ吸い付く虫達。その姿と痛みに思わず尾の毛を逆立てて、つかさは逃げられぬままわんわんと喚き出した。
乱れる手拍子の間を抜けながら、悲鳴が上がる方へ。
腐臭漂う其処へと彼が辿り着けば――流石に骸魂も音を上げたか、少女の身体に深くこびり付いていた気配はふわりと外れたように浮き、結びつきを失うと共にその瘴気を弱め始めていた。
大成功
🔵🔵🔵
薙殻字・壽綯
ずっと。ずっと一緒に。……居たい、ですよね
……私は、その想いだけは否定したくありません。……世界を壊してでも構わない身侭さは潔く、その心中は、貴方達二人だけのもの
…………それでも私が、永遠の世界に介入するのは。私の為です
私の、我侭です
……喪失を忘れては……目を、背ける事は
……大切を。思い出を。事実を。またしても、喪失してしまいます
……これはたった一人の経験談に、過ぎません。ですが、私はあの子を見失って、自身すらも見失い……記憶も。思い出も。ぼやけてしまった
それは一種の救いとも言えるかもしれないけれど、僕は。何一つ、忘れたくなどなかった
……一つ、質問を。最後に化かし合った日付を、覚えていますか?
崩壊する世界の中心にて、少女のすすり泣く声が響く。
諭されて、理解しても尚――つかさは再び訪れる別れを拒み、目を背けようとしていた。
「やだ……離れたく、ないよ……」
盾のように、傷だらけの身体と骸魂を隠すように、幻影で辺りを埋め尽くして。彼女はひとり首を横に振りながら、腫れた目を何度も擦る。
その願いに在るのは、世界を壊してでも友の手を取ろうとする潔い程の身侭さ。
世界が消えようとも、そこに生きる人々が未来を断たれようとも。心中の先が二人にとっての幸せだと言うのなら、その想いだけは否定したくない。
――が、それでも。
「……これは……私の、我侭です」
薙殻字・壽綯(物書きだった・f23709)はぽつりとそう零しながら声のする方へ進む。
その足音に気づいたつかさは金色の耳をぴくりと揺らし、毛を逆立てて術を練り直した。
来ないで。来ないで、来ないで。
そんな言葉を繰り返す小さな狐達が、ぽんぽんとその身を合わせて高い壁を作り上げる。仄かに温かさを帯びる迷路が周囲に現れる中、壽綯は響く声に頷いて一度その足を止めた。
「……ずっと、一緒に……居たい。……そう、ですよね」
ゆっくり、確りと伝える為に。言葉の音が、あの少女の心に届くように。
彼は警戒する獣のように棘を生む壁へ、そっと手を近づけながら云った。
「……喪失を忘れては……目を、背ける事は。……大切を。思い出を。事実を……またしても、喪失してしまいます」
低く掠れたその声は、僅かに熱を含んで震える。
其れは――嘗て見失ってしまった人、嘗て共に紡いだ記憶、それらを鮮明に思い出せなくなった、或るひとりの男の経験談。
辛く、自身すら見失ったあの時。その辛さごと、大切な思い出もぼやけてしまった。
それが一種の救いだとしても、その安らぎはほんの一瞬なのに。
それが辛い記憶だとしても、大切な人との記憶であることは変わらないのに。
「僕は……何一つ、忘れたくなどなかった、のに」
溢れ、呟かれた声は迷路の中へ溶けていく。
いつの間にか壁を覆っていた棘は柔らかく倒れ、そこに帯びる温みを増していた。
ふわり、手を取るように金色の毛が触れれば、彼はこの声が届いているのだと確信する。
少女が別れに向き合い、受け入れられることを信じて。
壽綯は語らいの花をその手に咲かせながら、呼び掛けるように口を開いた。
「……一つ、質問を。最後に化かし合った日付を、覚えていますか?」
言葉と共に、『レーゾンデートル』が放たれる。
彼の力を纏った花弁が、狐狸の身体へ触れる――寸前。
「どうだったかな。覚えてるのは、月が綺麗だったこと。寒かったのに、それも忘れるくらいたくさん笑ってはしゃいで……すごく、あったかかったこと」
そう壁の向こうから声が響けば、淡い青紫の花は金毛をただ優しく撫でた。
「……そう、ですか」
壽綯は頷きながら、霞む思い出を僅かに重ねて花を閉じる。
彼を囲んでいた壁がすうっと消えれば、現れるのは骨董市で会ったあの少女。彼女その指で小さな茄子の花を摘みながら、涙の跡が残る顔で壽綯に微笑んでいた。
大成功
🔵🔵🔵
ヴェル・ラルフ
彼らの背を追いながら、僕は嗚呼いいな、楽しそうだなって思えたんだ
だから、悲しい終わりにはしたくない
言わずに後悔するよりも、言った方がずっといいもの
ことのはを、ぽつりぽつりと
楽しかったね
かくれんぼ、おいかけっこ
君たちのコンビネーションは、ほんとうにぴったりで
ふたりでひとつなんだと思えた
だからこそ、その子が間違ってたら…止めてあげられるのも、君だけなんじゃないかな
少しでも迷えば、骸魂は離れるのかな
少女と骸魂が離れそうなら、ナイフでその手助けを
どうしても戦意が喪失しないときは、UCを発動し如意棒【残紅】で足元をなぎはらって峰打ちを
残念だけれど、少女には気を失ってもらう
★アドリブ・連携歓迎
砕けようとしていた月がもとの円を描き、崩れ去ろうとしていた地面が繋ぎ合わされていく。
そうして世界が崩壊を止め、つかさが骸魂への執着を弱める中。切り離されようとしていた骸玉は、消えてたまるかと言わんばかりに誘惑の言葉を並べた。
待っているのは永遠の世界。ずっと遊べる夢のような場所だから。
そう囁く骸魂の声に、つかさが耳を傾けてしまう――前に。
「……また会ったね」
骨董市のあった道を抜け、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)が彼等のもとへと辿り着く。その声と足音に金色の耳を微かに揺らしたつかさは、何かを隠すように手を後ろへ組みながらそちらを振り向いた。
そうして、彼女はどうにか辛さを飲み込むような表情をヴェルへ向ける。
それは世界が崩れる前の、骨董市で遊んでいたあのときとは正反対の色をしていた。
ヴェルは明るく暖かなあの時間を知っているからこそ、二人の”最後の瞬間”が悲しい終わりにならないことを願う。
どうしようもないだけの別れにならないように。
二人が納得して、それぞれの道へ進めるように。
そのために、言えることがあるのなら――言わずに後悔するより、言ったほうがずっと良いから。
何も言わず動かないつかさの前で、ヴェルは静かに唇を震わせた。
「僕はね。君達を見て……嗚呼いいな、楽しそうだな、って……そう、思えたんだ」
そう告げた声で、記憶を辿る。
骨董市の中でのかくれんぼやおいかけっこ。
二人分の妖力が織り成した術と、彼らのぴったり息の合ったコンビネーション。
笑顔の少女は勿論、姿の見えない筈の骸魂もそれを楽しんでいるような気がして。
――それを見て、彼らは本当にふたりでひとつなんだと思えたこと。
ぽつり、ぽつりと。零すように言の葉を紡いで。
ヴェルは一度その声を止めながら、僅かに表情を緩ませたつかさの後ろを見遣って云った。
「だからこそ、その子が間違ってたら……止めてあげられるのも、君だけなんじゃないかな」
つかさはどこか悲しげに――しかし覚悟した顔で、ゆっくりと頷く。
だが、彼女に纏う骸魂は。
その本能で世界ごとの心中を望む”彼”は、まるでヴェルの言葉に激昂するようにぶわりとその瘴気を強めた。
「……!! 駄目、もう、やめないと……お別れしないと、駄目だよ」
つかさは勝手に呪いを織り上げようとする自分の口を必死で塞ぐ。
それを破ろうと濃い悪意が膨らむ中、ヴェルはそちらへ近づきながら如意棒『残紅』を携えた。
――残念だけれど。
きちんと骸魂の行いを抑え、間違いを正そうとした少女の心には小さく頷いて。
彼はその手の深緋をつかさの足元へ伸ばし、そのまま素早く真横へ振り抜く。
体勢を崩したつかさはヴェルの『青焔』に眩く照らされると同時、口元を操るものがすうっと消えていくのを感じた。
焔が更に高く上がれば、骸魂の気配自体が徐々に弱まっていく。
「……あれ、どこ――」
そう、反射的に骸魂を探す背へ。
――とん、と。
ひとつ峰打ちが叩き込まれ、つかさは骸魂と共に沈黙した。
二人が気を失えば、空の月も周囲の地面も、一度どこかへ散った骨董市の露店もその姿をもとに戻し始める。
ヴェルは崩れ落ちる少女の身を受け止めると、月のよく見える岩のそばへ静かに横たわらせた。
大成功
🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】
これからすることは
別れを拒む彼女たちを引き離すこと
だから、せめて最後に一緒に遊んであげよう
ドラゴンたちの悲鳴にクスッとしつつ
俺もUCの蝶を目印代わりに
…それと、痛みを与えず攻撃する為に
俺も大切な人と世界を天秤にかけられたら
前者を選んでしまうかもしれない
だから君たちの選択を責めることは出来ない
でも、骨董市のつかさちゃんの笑顔を見て分かった
『あの子』と同じくらい
『あの子』と一緒に過ごした『世界』も
かけがえのないものなんだろうって
だから壊させるわけにはいかない
今は辛いだろうけど
どうか『あの子』を忘れないであげて
そうすればいつか心から
過去に囚われるのではなく
過去を慈しむことが出来るから
乱獅子・梓
【不死蝶】
綾と共に迷路の中へ
遊ぶなら少しでも人数は多い方がいいだろう?
UC発動し、小型のドラゴンたちを召喚
さぁ、お前たち!手分けして探索だ!
蜘蛛の子を散らすように進むドラゴンたち
…トラップに引っかかったのか
あちこちから鳴き声が聞こえてくるな
『あの子』は「同じ世界に行ける」と言ったのか
…別れたくない気持ちは分かるが、嘘はいけないな
そこにはつかさが望むような世界は待っていない
お前たちが一緒に見た景色も
化かしてきた妖怪たちも
何もかも自分たちで壊してしまうことになる
その事実に気付いたとき悲しむのはつかさだろう
友にそんな思いをさせてまで狂った未来を望むのか
前に進めるように背を押してやるのが友の役目だろう
月や地が崩壊の音を止める。つかさは周囲に夜の静寂が取り戻されると共に、”二人”の終わりが近づいていることを察していた。
幾度も諭され、迷いながらも理解した。だから、もう覚悟は出来ている。
――でも。
「……わかってる、なら……ないちゃ、だめだよね」
少女は微笑みながらも、溢れる涙でその頬を濡らしていた。
もう声も聞こえない程弱まった『あの子』をその身に抱いたまま、つかさはオブリビオンとして、狐狸としての力の残りを放るように吐き出す。
「最後に。一緒に……化かしてやろう」
妖力を纏った幽世の森は、彼女達特製の迷宮となって影を震わせた。
●
幾ら理解したって、別れの瞬間は辛い。
それでも世界の為に、幽世の人々の為に引き離されなければいけない彼等の心を思えば。灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は斃すべき敵の気配を前にしても尚、未だ刃を握らずその足を止める。
彼の瞳に浮かぶのは戦いを求む者の狂喜――ではなく、幼子へ寄り添うような静かな温みだ。
その心の内を察した乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)は綾を見守るように、ただ片耳の黒羽を夜風に揺らして佇んでいた。
「……俺も」
ふいに響いたその声に、梓は耳を傾ける。
綾は彼のほうを振り向きながら、再びそっと唇を開いた。
「俺も、大切な人と世界を天秤にかけられたら……前者を選んでしまうかもしれない」
――だから、あの子達の選択を責めることはできない。
それは、猟兵としては許されない思い。
しかし、それを紡いでも梓が否定せず続く言葉を待つのを見れば、彼はゆっくりと語った。
再会を喜ぶあの少女は、人や物の集まる骨董市で楽しげに笑っていた。
二人だけの世界を望むのなら、何処かに身を隠して閉じ籠もることだって出来た。
それでも、そうしなかった。
彼女の中では『あの子』が大切な人であるのは勿論、二人で化かした人々、そして二人で思い出を紡いだこの『世界』も、同じようにかけがえのないものであるはず。
「……だから、壊させるわけにはいかない」
綾が真剣な声色で云えば、梓は頷いて問う。
「なら、止めに行くか?」
「うん、でも」
答えながらも、綾は周囲――あの狐狸と同じ気配を纏う迷いの森に視線を動かした。
ざわざわと妖しげに揺れる枝、その間に感じる弱くも確かな罠の気配。きっとあれは彼等の最後の抵抗であり、最期の遊びなのだろう。
ならば。
「せめて、最後に一緒に遊んであげよう」
そう言って、ふわりと。
綾は『バタフライ・ブロッサム』――木々の黒い影に映える紅の蝶達を喚んで、笑った。
「なら少しでも、人数は多い方がいいよな」
彼に笑みを返し、梓も召喚の力『竜飛鳳舞』を手に浮かべる。
次々と現れるのは身軽な小型のドラゴン。彼等はその影で二人を囲みながら、迷宮を彩るように月光に鱗を煌めかせた。
「さぁ、お前たち! 手分けして探索だ!」
梓が合図を送れば、最後のかくれんぼが始まる。
蜘蛛の子を散らすようにドラゴンたちが羽音と鳴き声を響かせる中、綾と梓は蝶の描く道を辿りながら迷宮の奥へと進んでいった。
●
――キュイッ! とドラゴンの悲鳴が上がった。
「……こっちか」
梓は声のした方向を見遣り、そちらへ慎重に近づいていく。
彼ががさりと茂みを分けて奥を見れば、そこには長い蔦に翼を絡ませてじたばたもがく小さなドラゴンの姿があった。
まるで網のように不自然に編まれている蔦、何処からともなく聞こえる少女の声――骨董市で仔竜たちを化かした時と同じ愉快そうな笑い声は、それが単なる事故でないことを語る。あちこちで聞こえる鳴き声や物音から察するに、恐らく他のドラゴンたちも同じような罠に引っかかっているのだろう。
綾と共に翼の蔦を解いてやると、ドラゴンは嬉しそうに一度鳴いてから仲間の声のする方へぴゅーんと飛び出していった。
彼等が協力しながら迷宮を探す中、梓と綾も周囲を警戒しつつ森を進む。
突如口を開ける落とし穴、不意に降り注ぐ小枝の矢。
意思を持ったように確かにこちらを狙ってくる罠の数々を躱して往けば、二人の視界の中でひとつ――不自然に、紅い蝶が弾けた。
「……!!」
綾が目を瞬くと同時、集まってきたドラゴンたちが蝶の居た辺りを見つめ唸りだす。
そこにあるのはただの岩ひとつ。
しかし、その表面は冷や汗でもかいているかのように小さな雫を浮かべていた。
その場の空気がぴんと張り詰める中。
皆の視線の中心にあった岩は、ぽんと煙を上げて正体を現す。
「あ、はは」
煙を晴らし『参った』と言わんばかりに手を上げるのは案の定、狐狸の少女だった。
彼女は抵抗の意思こそ見せないが、しかしその場で自ら命を諦め断つような様子もない。
ただその身へふわふわと綾の蝶を集めながら、少女は――つかさは、笑う目から涙を溢れさせて言った。
「あの子は、ずうっと遊べる世界に一緒に行けるって……そう、誘ってくれたけど。大丈夫。私は、ちゃんとあの子のぶんも生きるよ」
彼女がそんな言葉を紡げば、最早虫の息にも感じられる骸魂の気配が激しく揺れ出す。
つかさを引き止めるように、その存在を示してどうにか惑わせるように足掻く『あの子』。
彼がつかさへ何かを伝えようとした時、不意に梓が口を開いた。
「……嘘はいけないな」
つかさと同じように、骸魂も彼女との別れが辛いのだろう。
だから、永遠という希望をちらつかせてつかさを惑わせた。
――だが。
「お前たちが一緒に見た景色も、化かしてきた妖怪達も、何もかも壊してしまえば……そこに待っているのは、お前が望むような世界ではないだろう」
幾ら遊んでも、思い出の地は戻ってこない。
否、そもそも。人を化かし遊ぶ妖怪であるつかさ達が虚無となった世界へ行けば、今までのように遊ぶことすらできない。
二人の永遠が叶い、取り返しのつかない事実に気づいた時、傷つくのは――つかさだ。
「友に悲しい思いをさせてまで、狂った未来を望むのか」
そう梓が問えば、骸魂は黙り込むようにすうっと気配を弱める。
反論の意思も感じられなくなった『あの子』へ、梓は諭すように告げた。
「前に進めるように、背を押してやるのが友の役目だろう。お前が戻ってきたのは、一緒に悲しい世界に行く為ではなく……二人で別れを受け入れて、未来へ進む為だ」
『……そう、だね』
つかさだけに聞こえる声で呟き、骸魂はふっとつかさの身を離れる。
無理矢理引き離されたのではない。
オブリビオンたるその存在は、ようやく破壊の本能を止めて還るべき場所へ還ろうとしていた。
『……うそ、ついて……ごめん。ひどいことしようとして、ごめんね』
弱い声が響く度、別れは早まっていく。
それでも、つかさはただ口をぎゅっと結んだまま耳を真っ直ぐに立てた。
『ありがとう、僕……たのしかったよ』
紅い蝶に包まれる中、そう告げて還っていく骸魂を。
少しずつ、ゆっくりと離れていく『あの子』を、つかさが引き止めることはもうなかった。
それでもぼろぼろと涙を零す彼女へ、綾は目線を合わせて囁く。
「今は辛いだろうけど……どうか、忘れないであげて」
きちんと向き合えば――いつか。
過去に囚われるのではなく、心から過去を慈しむことができるから。
ね、と小さく綾が呼び掛ければ、つかさは涙を拭い確かに頷いた。
少女の尾の色が狐の金に変わる。
空の月が、完全な円を描いて光る。
骨董市の賑やかさが、何事もなかったかのように戻っていく。
そうして、世界の崩壊は完全に停止した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第3章 日常
『月を眺めて』
|
POW : 月よりお団子
SPD : ススキを波打たせる風の音に耳を傾ける
WIZ : 景色をめでて
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ふわり。金色の耳と尾を揺らした妖狐が、空の月を見上げる。
思い出残る過去も、今この瞬間も――これから先の未来でもきっと、あの月の色は変わらない。
「大丈夫。……これなら、忘れないよね」
もう、後悔はしていない。
すこし寂しいけど、ちゃんとお別れしたから。
色褪せぬ月の光に微笑んで、つかさは白い息を大きく吐き出した。
「……楽しかったよ」
●
骨董市の人々は売れ残った商品を仕舞い、露店の屋台を畳み始めている。
提灯が取り外された木々の間には、大きな月が見事に輝いていた。
だんだんと静かになっていく幽世。
骨董市で賑わっていた道に残るのは、ほんの僅かな数の露店ともうひとつ――ふわりと甘い香りを放つ、団子売りの屋台だった。
「そこのお人よ、月見団子はいかがかな。売れ残りだけど望遠鏡もあるよぉ」
角を生やした店主はそう呼びかけ、豊富な味やトッピングのメニューを店の前へ広げている。
そこで団子を買うもよし、ただ月を眺めるもよし。
拠点へ帰る前に、平和になった幽世でお月見を楽しもう。
朱酉・逢真
心情)オヤ・平和に終わったねェ。いいこった。面倒がない。道理道徳は俺にゃアわからんで、説得してくれるおヒトらがいてよかったことさ。サテ。そンじゃチョイとおせっかいでもしよォかね。
行動)"覚えている"のンはヒトだけじゃアない。道。岩。木。星。やつらのほうが記憶力、あったりするもんさ。することないからかねェ。ひひ、骨董市のあった場所うろついて、"《過去》と妖狐の嬢ちゃんが遊んだ記憶"を集めよう。ついさっきのこった、鮮やかなモンさ。集めた記憶を結晶に変えて、眷属のリスにでも届けさせよう。あんなことしたあとだ、俺が行っても構えられちまう。触れて覗き込めば、ホラ。友だちと遊ぶ自分が見えるさ。
世界の秩序は保たれ、少女は救われ、骸魂は在るべき場所へ還った。
そんな穏便で平和な終わりを、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は離れた木陰から見守る。
数々の説得を受け入れたが故に、つかさはあれだけ拒んでいた別れを経ても尚すっきりとした顔でいられるのだろう。
しかし、それらは”かみさま”には知り得ぬヒトの情。道理道徳とはひとつ離れたところに立つ彼は、崩壊する世界の中で『生きる者から骸魂を離す』為にその力を使った。
当然、間違ってはいない。
世界が滅びれば多くの人が死ぬ。
原因であるつかさも同じく骸の海へと堕ちていた筈だ。
間違いなく、彼は正解への道を示していた。
だがそれだけでは――きっと、ヒトがハッピーエンドと語るものへは至らなかった。
だから、この結果は他の説得あった故だと。
めでたし、と読み終えた本をただ閉じるように、逢真は息を吐いた。
それでも。
「……チョイと、おせっかいでもしよォかね」
どこか寂しげな月下の少女をふと見遣り、彼は骨董市のあった方へ踏み出す。
少女と《過去》が過ごした時間を”覚えている”のは、何もそこへ住まうヒトだけではない。
あちこちに佇む岩や木、空の星や広がる道――動きも話しもせず幽世を見守ってきた者達へ呼び掛けるように力を伝わせ、逢真は小さく笑った。
「そンじゃ、借りてくよ」
すうっ、と『凶星の異面』が彼等の魂に触れれば、そこに眠る記憶が次々浮かび上がる。
あの二人が生まれ、出会い、別れるまで。そんな大樹や大岩が積み重ねてきたような遠い記憶までもがぼやけた輪郭を描き出す中、きらり、と小さくも澄んだ結晶が強く光り輝いた。
逢真の手は特に眩いひとつを拾い上げ、手の中で一度傾ける。
鮮やかではっきりとしたそれは、ついさっきのこった文字通りの鮮明な記憶。
――きっとあの少女の心を慰めるであろう、数刻前の『楽しい記憶』。
それを映して輝く欠片達を集め、逢真はくるりと来た方を振り向いた。
耳を澄ませれば、聞こえるのは明るくいようと笑う少女の声。
思い出をその手に持った神は――足を止め、木陰の奥から自身の眷属を喚んだ。
●
つかさの後ろで、ちちっと愛らしい鳴き声が響く。
「わっ」
彼女が驚き振り向くと、そこには何かを抱えて立つ小さなリスの姿があった。
――どこかで会ったことのあるような気配に、何故か尻尾の先の毛が震える。
自分よりずっと小さな獣に感じるそれにつかさが首を傾げる中、リスは早速きらきら輝く結晶をその場に置いた。
そうして頬袋からもぽろりぽろりと同じような欠片を取り出し、『どうぞ』と言わんばかりに一歩退がって短く鳴く。
「……くれるの?」
問えば、リスは小さな首を縦に振ってつかさの目を見た。
なんだろう、とそれを拾い上げ、覗き込んだ――その瞬間。
「わっ……!」
ぱっとつかさの視界を鮮やかな色が包んでいく。
かくれんぼや鬼ごっこ、隠れて走って沢山遊んだ記憶。
確かに自身の記憶にも残る、『あの子』との記憶。
くるくると欠片の中で瞬き巡る光に、つかさは思わず目が離せぬまま息を震わせた。
暫くそうした後、少女は理解する。
どこかへ去っていくリスに感じたものが『何か』も、その先に居るのが『誰か』も。
「……ありがとう」
つかさは溢れるような笑顔で、リスの向かった方――『贈り物』の主に向かって、そう呟いた。
大成功
🔵🔵🔵
灰神楽・綾
【不死蝶】
人気の少ない、月がよく見える場所に移動し
たくさんのお団子を並べてのんびりお月見
あんこ、みたらし、よもぎ、きな粉、etc…
いやぁこんなにたくさんの種類があるなんてねぇ
どれにしようか悩んじゃったよ
つかさちゃん、完全に元気を取り戻すには
まだ時間がかかりそうだけど…
あの子ならきっと大丈夫だよね
そんな会話で穏やかな時間を過ごしつつ
ああ、そうだ
大事なこと忘れるところだった
誕生日おめでとう、梓っ
これは俺からのプレゼントだよ
差し出すのは、骨董市で買ってもらった黒い方の招き猫
うん、むしろ黒猫を梓に持っててほしくて
俺はこの白い子を梓と思って可愛がるから
梓はその子を俺と思って可愛がってよ、なぁんてね
乱獅子・梓
【不死蝶】
綾のやつ…団子の店の前でしばらく悩んだと思ったら
「ここからここまで全部」とかぬかしやがって
しかもまたナチュラルに俺に買わせやがって
いつか何か奢らせてやると心に誓い
ここに来る途中でつかさと会ったから
餞別として団子の一部と
俺の手製のクッキー(アイテム)を贈っておいた
は??……あーー、そういえば
俺自身がすっかり忘れていた
もう誕生日にはしゃぐような歳でもないしな
おい、プレゼントってそれ俺が金払ったやつだろうが
小突いてツッコミ入れつつもありがたく受け取る
祝ってもらえたことは素直に嬉しいし
でも黒猫ならどちらかというとお前に合っていると思うんだが
俺がこっちを貰ってもいいのか?
はは、なんだそりゃ
二月の末のよく冷えた風が、芒の間でゆっくりと流れていく。
月光の下、風と草木の微かな音だけが響く其処にて。
灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)は手元に積まれた包みの紐を幾つか解き、現れた鮮やかな色と柔らかな香りにふふっと小さく微笑んだ。
その中身は、のんびり月見をして過ごすのにぴったりな甘味。あんこやみたらし、よもぎにきな粉――様々なトッピングをこれでもかと揃えた、大量の団子だ。
それは、彼が屋台の前で「ここからここまで全部」と言い切った結果である。
「いやぁ、こんなにたくさんの種類があるなんてねぇ」
綾はそう言って、屋台とほぼ変わらないラインナップを眺めて指先を揺らす。
「まったく……」
隣に腰掛ける乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)は、綾の満足気な顔をじいっと見つめながらため息を吐いた。
それは少し前のこと。
暫く悩んだ末に思い切った注文を告げた綾は、屋台の店主がほくほく顔で団子を詰め始める中、くるりと梓の方を見て『いいよね?』と言わんばかりの視線を向けてきたのだ。
そして素早く包まれた団子が差し出され、綾が食べたいなぁ、とトドメに一言。
結果、ナチュラルに買わされたのである。
塵も積もれば何とやら。一つ二つなら安い団子も、あれだけ買えば骨董市の品程には及ばずともそこそこの金額になった。
――いつか何か奢らせてやる。
梓はそう心に誓いながら、来たときと比べ随分と軽くなった財布をそっと仕舞った。
●
静かな月見の中、綾はみたらし団子をひとつ手に取りつつ口を開く。
「……梓」
緩く微笑んだまま、しかし真剣な声色で紡ぐ彼へ、梓は静かに視線を返した。
「あの子なら、きっと大丈夫だよね」
その言葉で思い出すのは、つい先程再び言葉を交わした妖狐の少女。
綾や梓、他の猟兵達の言葉に頷き、別れを受け入れた彼女は――涙を止めて明るく笑いながらも、やはりどこか寂しそうな顔をしていた。
だが、それでも。
今は辛くても。そこから立ち直るのに、時間が掛かっても。
「……きちんと向き合って、乗り越えてくれるよね」
「そうだな。それに、いつか……あの『骸魂』も」
梓の返事に、綾はこくりと頷いて。
思考を明るい方へ切り替えるように、温かい団子を口へ運んだ。
もっちりとした食感に、濃い甘みとほんのりとした塩気。軽く焼かれた香ばしさと相まって程よいバランスで口の中に広がるそれを味わえば、思わず笑みが零れる。
同じものを梓にも、と手元に視線を移して、彼はふとその数を二度見した。
「……あれ」
幾つかに分けられ渡された包みの、一部が足りないような気がする。
空いた指先でそれを数えようとすると、ふいに梓が先程の屋台のほうを指差した。
「団子ならさっき、俺の手製のクッキーと一緒に渡しておいた。少しくらい良いだろ」
その言葉を聞いて綾がちらりと梓の指す先を見遣れば、遠くであの少女の陰が揺れるのを視界の奥に捉える。
餞別にと贈られた甘味を遠慮なく頬張って微笑む顔は、先程よりも幸せそうに見えた。
「そっか」
いまは完全に元気を取り戻せていなくても、ああやって笑えているなら。
綾は安堵した顔で、団子をひとつ梓に渡して視線を戻す。
そうして自分もたっぷりとあんこの乗った串に手を伸ばすと、頭上の月を見上げてひと口味わった。
●
ひゅるり、と冬の夜風が一度吹き抜ければ。
綾は何か思い出したように「ああ」と声を上げ、団子の包みを一度閉じる。
「?」
何だと梓が首を傾げる中、綾はがさがさと身体の陰で手を動かした。
「そうだ、大事なこと忘れるところだった」
呟きながら”それ”を手に取ると、綾は梓に向き直って。
「誕生日おめでとう、梓っ」
「は??」
サングラスの下で見開かれた目が、柘榴石の輝きを映してぱちりと瞬かれる。
そう、今日この日は――一年に一度の、彼の大切な日だった。
「あーー、そういえば」
納得したように言葉を零し、梓は一度姿勢を正す。
綾は骨董市で買った――もとい、買ってもらった招き猫の、黒い方を差し出して笑った。
「これは俺からのプレゼントだよ」
「プレゼントって……それ、俺が金払ったやつだろうが」
すかさずそうツッコミを入れつつ、梓は軽く綾を小突く。
優しい一撃に綾が温かな笑みを漏らせば、梓もつられたように頬を緩ませた。
もう、誕生日にはしゃぐような歳でもない。
今日がそんな日であることを、自身もすっかり忘れていたのだ。
とはいえ、きちんと覚えていてくれたこと、祝ってくれたことが素直に嬉しい。
「……ありがとう、綾」
梓は上がる口角をそのままに礼を述べつつ、招き猫を受け取った。
だが、梓は綾の顔と招き猫とを一度交互に見て問う。
「俺がこっちを貰ってもいいのか?」
あの時買った招き猫は丁度梓と綾の姿によく似た、綺麗な赤目と白黒の毛をした二つだ。
しかし梓の手にあるのは――綾と同じ色をした黒猫。
逆ではないかと疑問を浮かべる梓に、綾は白い方を自分の前に掲げて言った。
「うん、むしろ黒猫を梓に持っててほしくて。俺はこの白い子を梓と思って可愛がるから」
くすりと笑い、綾は白猫をそっと撫でて。
「梓はその子を俺と思って可愛がってよ」
なぁんてね、と冗談めかして、黒猫をとんと押す。
「……はは、なんだそりゃ」
梓は随分と大人しい黒猫を抱え直して、眉を下げつつ微笑んだ。
膝の上には、互いの色をした招き猫。
長い時を経ても尚輝きを失わない彼等が、寛ぐように座ってその身と瞳を煌めかせる中。
あの少女達と同じような『いつか』が来ても――そんな湿っぽい思考が浮かぶより前に、普段どおりの他愛もない話をして、同じ団子を味わいながらその夜を祝う。
芒の揺れる夜空の下、二人はゆっくりと幽世の月を眺めて笑い合っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
餅々・おもち
ついについに、楽しみにしていたお月見。
やはり美しい月を見上げるのはなんとも良い気分だ。
ぶつけた顔はまだ少しばかり、いやだいぶズキズキするたんこぶになっているような気がするが…
そうだ、覚えたてのわざで少しばかりまんまるの月に味を加えてみよう。
UC「シェイプ・オブ・スター」はキラキラした星屑を降らすわざ。
もちろん無害で、浴びるとちょっとばかり物事が上手くいくような気分になる、虹色でキラキラの、夢のようなシャワーなのだ。
皆にも特別に見せてやろう。
――ついに、この時がやってきた。
静寂を取り戻した幽世の草原を、ちいさな影が駆け抜けていく。
そうして開けた場所に出た餅々・おもち(ケットシーの鮫魔術士・f32236)は、そこで自分達が守り抜いた夜空を見上げた。
見えるのは、崩壊の危機を経て尚静かに美しく佇む見事な満月。
「やはり……なんとも、良い気分だな」
小さな瞳を夜空の輝きでいっぱいにしながら、おもちはふわりと白い息を吐く。
先の戦いで思い切りぶつけた顔はぷっくりと腫れており、おもち自身もだいぶズキズキと痛みを感じていたが――それでも。それもこの光景を得るために役立った結果だと言うなら、きっと勲章と言える筈だ。
その証だとでも言うべきか、冷えた夜風は彼の傷を癒やすように、おもちを讃えるように優しく吹き抜けていく。おもちは熱の残るたんこぶをきゅっと押さえつつ、改めて自身の手で得た『お月見の時間』を楽しむことにした。
●
見ているだけでも心満たされるような、素敵な月。
芒の間に腰掛けうっとりとそれを見上げる中、おもちはふと何かを思いついてぱっと立ち上がる。
「そうだ」
――この夜空に、あのまんまるの月に、少しばかり味を加えてみよう。
そう小さな手に魔力を纏い、おもちは覚えたての技を高く真上へと放った。
「星の煌めきよ、降れ」
おもちが唱えれば、きらりと星々の間で『シェイプ・オブ・スター』が七色の煌めきを帯びる。
大きな三角の間から、白鳥の下から、一番明るい星のまわりから。キラキラとした星屑が草原のあちこちを彩るように、ちいさな流星群となって降り注いだ。
「……皆にも特別に見せてやろう」
明日、明後日、その先の未来。
少しでも物事が上手くいくような、そんな気分になれるように。
願い星にも似た虹色のシャワーは、おもちを中心に骨董市のあった地へ広がっていく。
途端、近くを跳ねていたうさぎや通りすがりの妖怪達が思わず空を見上げて目を見開いた。
「わっ……!」
彼等はその光を見て、そして――藍に染っていた空が、まるで水面のような輝きを得ていっそう美しく光っているのを見て顔を綻ばせる。
此処に住まう人々なら、美しい月でさえも見慣れたものだろう。しかしいま空に描かれているのは、つい先程まで崩壊しかけていた世界とは思えぬほどの夢のような光景だった。
賑やかな光、人々の笑顔、変わらず凛と煌く月。
おもちは疲れ果てるまで魔力を使って、幽世のお月見を彩りながら心ゆくまで楽しむのだった。
大成功
🔵🔵🔵
薙殻字・壽綯
(偉い口を、叩いてしまった気がする。僕は、僕自身と向き合えているか? ……自分の事を棚上げして、つかささんたちの間に入ってしまった)
(……ふわふわ、してたな。暖かかった。……彼女は、時を進めた。僕も勧めた要因に入る。……彼女と対等になるには。僕も。もっと、今度は。前じゃなくて、後ろを振り向かないと。……行かないと。……あの子に花を)
つかささん。……あの。……、えっと。ありがとう、ございました
いや急にこんな事を言われても困りますよね。その。僕も進もうと、思って。……私も友達と
……友達の墓へ。行こうと思います
(……最後まで、僕は身勝手だな。……五年。今じゃ六年。……あの子の墓を、荒らしに行こう)
――偉い口を、叩いてしまった気がする。
平和と静寂を取り戻した夜空の下。
薙殻字・壽綯(物書きだった・f23709)は微かな風の音に耳を澄ませながら、つい先程までの喧騒を思い出す。
辛くても怖くても、あの少女は別れを受け入れた。
壽綯が紡いだ言葉や思いも、その要因に入る筈だ。だからこそ、あの時彼が見た表情は苦痛に歪んだものではなく眩しい『笑顔』だった。
それに。
「……暖かかった、な」
手に残る、ふわふわとした金毛の感触。いま心に満ちる”これ”はきっと、迷宮の中での問いに返った答えと同じ温みなのだろう。
過去を思い出して、心にきちんと仕舞い直して、つかさは時を進めた。
だが、壽綯は。
自分は、自分自身と向き合えているだろうか。
つかさ達の間に入り、二人だけの永遠を引き裂くだけの資格が、あっただろうか。
良かったと微笑むより前に、彼はそんな思考で頭を埋めていた。
彼等がそうしたように、自分自身も『過去』と向き合うべきである筈だ。
幼いふたりが覚悟した”それ”から、自分ばかりが目を背けてはいけない。
――行かないと。
壽綯はふと芒の向こう、ひとり団子を頬張って笑うつかさの姿を正面に捉えた。
●
「!」
ぴこりと金色の耳を立て、つかさが背後の足音に気づき振り向く。
視線の先に立った壽綯は一度呼吸を整えると、確かに少女の目を見て口を開いた。
「……あの。……えっと。ありがとう、ございました」
「へ?」
突然礼を言う彼に、つかさは思わずきょとんとした顔で目をぱちぱち瞬く。
理解が追いつかないという前に、寧ろその言葉を言わなければならないのは自分のほうだ、と。そう一度姿勢を正そうとした彼女の前で――壽綯は、小さく首を横に振ってから息を吸い直した。
「その。僕も進もうと、思って。私も……『友達』と」
彼の声が帯びるのは、僅かな震えと確かな意志。
あの時、彼の言葉でその辛さとその大切さを理解しているからこそ、つかさは一瞬息を呑みながらも緩く微笑んだ。
「そっか」
止めることも、理由もない。
つかさはただ、壽綯に行き先を訊く。
世界を秤にかけることも、はっきりと胸に抱ける記憶も無い彼は、どう前へ進むのだろうか、と。
「……友達の墓へ、行こうと思います。そして……あの子に、花を」
壽綯はふっと夜空を見上げ、月――の、向こうを見て告げる。
失って五年、いや、今では六年。少女達の『別れ』を目にしてようやくそちらを振り向く気になった自分を、最後まで身勝手だと小さく嘲りながら。
――あの子の墓を、荒らしに行こう。
頷くつかさに改めて一度頭を下げ、壽綯はそっとその場を後にする。
その背を月光に照らされながら、冬の夜風に押されながら。
彼は、彼の行くべき方へ踏み出した。
大成功
🔵🔵🔵
栗花落・澪
折角だし、つかささんとご一緒したいな
一緒にお月見しよ
ネルウェザさんもどう?
皆でお団子を買って
少し静かなところに行こうか
この世界の月って、凄く綺麗だよね
僕夜空が好きでね?
いろんな場所で、こうして空を見上げて来たけど…
ここの月が一番好きかもしれない
月ってね、死と再生の象徴って言われてるんだって
満ち欠けから例えたらしいよ
不思議だよね
ここならきっとあの子にも届くから
一つケジメをつけようか
足元にそっと★花園を広げると
柔らかな風魔法で花弁をそっと空に、月に舞い上げ
静かに【祈り】を
受け入れるのって、そう簡単な事じゃないから
これから先、また悩む時が来ると思う
立ち止まってもいい、ただ、思い出してくれれば
団子売りの屋台前。魅力的な甘い香りと温かな煙に惹かれてやってきたつかさは、口端に涎を滲ませながら目を輝かせていた。
「美味しそうだね」
その声にばっとつかさが振り向けば、立っていたのは栗花落・澪(泡沫の花・f03165)。
つかさは笑顔で頷こうとするが、しかし。
「えっと……さっきは、ごめんなさい」
別れが辛かったとはいえ、先程まで世界を壊しかけていたこと。そして澪にも刃を向け、襲いかかってしまったこと。それらを思い出したのか、彼女はぺそんと耳を下げて謝罪を口にした。
澪はその言葉を受け入れながら、微笑んで小さく首を横に振る。
「大丈夫。危なかったけど、僕は無事だから。それより……」
――僕は、もっと君と遊びたいな。
そうあの時告げた言葉は、説得の為の建前などではないから。
この世界で沢山のことを知って、楽しく生きてほしいから。
澪はふっと店の屋根の向こう、大きな月を一度見て言った。
「一緒にお月見しよ。お団子も買って、一番綺麗に見えるところで」
「……! うん!」
つかさが耳を立てて嬉しそうに頷けば、澪は店主に団子をふたつ――ではなく、三つ注文する。
軽く炙られた団子にたっぷりの餡がのせられたそれを受け取り、ひとつをつかさに差し出した後。澪はくるりと振り向いて、少し離れた木陰の方へ歩き出した。
「おや」
足音に気づいて顔を上げたのは、澪達をこの地へ送ったグリモアの主、ネルウェザ。彼女はつかさが生きていること、そして任務を終えた澪も無事であることに安堵の息を零した。
「……お疲れ様。全て、終わったんだね」
そう改めて礼を述べ、二人を労う。
澪はつかさと一緒に頷くと、にっこりと笑って片手の団子をひとつ差し出した。
「ネルウェザさんも、お月見どうかな?」
「ありがとう。では、遠慮なく」
笑みを返し、ネルウェザは団子を受け取る。
澪は早速つかさの手をとりネルウェザに声をかけると、彼女等と共に月の輝く方へ歩いていった。
●
「この世界の月って、凄く綺麗だよね」
藍の空に浮かぶ黄金色をふっと見上げ、澪は足を止めながらそう呟く。
瞬く星々や流れる薄雲、そして妖しくも穏やかな幽世の空気。それらが彩る夜空の色は、間違いなくここでしか味わえないものだ。
「こういうの、好きなのかい?」
吸い込まれたように夜空から視線を離さない彼に、ネルウェザが問えば。
「うん。いろんな場所で、こうして空を見上げてきたけど……ここの月が一番好きかもしれない」
そう微笑んで、澪はゆっくりと白い息を零す。
月光にそれが儚く溶けていく様もまた、絵画に劣らない美しさで目の前の景色を彩っていた。
「……同感だ」
ネルウェザはそう頷き、自身もふっと息を空へ吐く。
呼気を模した白が消えていくのを見守って、彼女はふと澪の隣を見た。
同じように月を見上げていたつかさは、澪の言葉に同意を示し――そして『壊してしまわなくてよかった』とぽつり呟いてから口を開いた。
「私も……あの月が、一番好き。あれ以外見たことないけど、多分」
その表情が僅かに曇る中、澪はゆっくりとそちらへ視線を移す。
彼は寂しさと罪悪感の残る少女に向き直ると、語るように告げた。
「月ってね、死と再生の象徴って言われてるんだって」
それは、時と共に満ち欠けていく姿に準えた言葉。
不思議だよね、と少し楽しげに言って、澪はそっとつかさから離れて手を翳した。
「一つ、ケジメをつけようか」
その瞬間――ふわり、芒の海の中で花園が広がる。
彼の手が弧を描くと共に咲き乱れる花々は、その欠片を舞わせて三人を包んだ。
受け入れることは、そう簡単なことじゃない。
いつかまた寂しさが心を呑んで、悩んでしまうこともあるだろう。
それでも。立ち止まっても、そこで挫けず――振り返って、思い出してくれるように。
小さな唇が風の魔法を紡げば、舞う花弁は高く空へと浮かんでいく。
その行く先へ祈りを込めながら、澪はつかさに呼びかけた。
「ここならきっと、あの子にも届くから」
沢山の時間を共にしたあの子へ。一晩の夢を見せ、骸の海へ還ったあの子へ。
つかさは温かく笑いながら、花弁の中へひとつ小さな葉を混ぜて放った。
月光に煌めくそれらは、風が止んでも高く、高く昇っていく。
それを最後まで見守りながら、彼等は静かに祈り続けるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
ヴェル・ラルフ
どこか懐かしさを覚えるような、甘い香りの団子串をひとつ
もう片の手に、先の店で見つけた懐中時計を提げて
薄の海へ歩を進める
適当なところで腰を下ろして
あのふたりに思いを馳せる
別れは切ないけれど
それが正しい道だったと
信じたくて
さわさわと
さやかな音をたてる薄の原は、僕の故郷と似ている
感傷的になってしまうな
常夜のあの地で離ればなれになった、友を思い出す
ちくたくと音をたてる懐中時計
時がたっても、痛みがなくなるわけではないけれど
あの少女が、抱えた痛みよりも煌めく思い出に癒されますように
きみたちは、本当に素敵だったから
僕も、少しずつ
頑張るね
──うん、甘いや
甘さを纏った煙が、ふわふわと揺れて空へ溶けていく。
団子屋の店主は近くの人影に気づくと、元気な挨拶と共にぐいと身を乗り出した。
彼は手製の団子は勿論、骨董市で誰の手にも渡らなかった品もついでにと勧めてくる。
その声の先、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)は骨董品の話にも耳を傾けつつ、団子をひとつ注文した。
店の隅に並ぶ品は決して質が悪いものではない。店主がそう述べるのを信じて店の棚を眺める中、ぱちぱちと団子の炙られる音が心地よく鳴る。
少しして店主の声が再び響けば、できたての一品がヴェルの方へ差し出された。
●
程よい焦げ目と素朴な餡、どこか懐かしさを覚える香り。そんな温もりを感じる団子串を受け取って、ヴェルは屋台を後にする。
もう片の手に提がるのは、先の店で見つけた懐中時計。年季の入った文字盤をしばし眺めたのち、彼は月光照らす薄の海へと歩を進めた。
淡い金色の中をゆっくりと抜け、ヴェルはそっと近くの岩に腰を下ろす。
彼が月を見上げながら思いを馳せるのは、先程まであれを砕かんとしていたふたり。
生きるべき者が生き、かの海へ還るべき者が還り、再びの別れを経た少女達のことだった。
――きっと、これが正しい道だった。
辛く悲しかったとしても、切なく寂しい思いをしたとしても。
いまつかさが笑顔でいられること、生きて前を向こうとしていることが、正しい選択の結果だったと――そう、信じたい。
ふと静寂を取り戻した世界に耳を澄ませば、遠くで駆けるあの少女の声が聞こえる。
やがてそれがどこかへすうっと遠ざかった後、ヴェルは視線を近くへ戻した。
夜風に揺れ、さやかな音を立てる薄の原。
彼はその光景に自身の故郷たる常夜の世界を重ね、そして――その地で離ればなれになった友を思い出す。そうしてひとり感傷に浸りながら小さく息を吐き、ふわりと浮かんだ白が月明かりの中へ消えていくのを静かに眺めていた。
ふとしたこんな瞬間にも、大切な思い出は頭を過る。
それが遠い日のことでも、終わりの悲しみが痛む記憶だとしても。
紡いだものが温かく楽しいものであるなら、いつまでも自身を支えてくれる筈だから。
ちくたくと時を刻む懐中時計の音を聴いて、彼は声の消えたほうを見遣る。
――あの少女が、抱えた痛みよりも煌めく思い出に癒やされますように。
祈るように心で呟き、琥珀の瞳を静かに揺らして。
間違いを犯しかけはしたけど、彼等は最後までとても、とても素敵なふたりだったから。
「僕も、少しずつ……頑張るね」
そう告げて、一度瞼を閉じる。
その瞳に静かな光を帯びながら、ヴェルは片手の団子をひとつ口へ運んだ。
「……うん、甘いや」
口に広がる甘味をゆっくりと噛み締め、立ち上がる。
時計の鎖を確りと握り直し、彼はまた月の下を歩き出すのであった。
大成功
🔵🔵🔵
御乃森・雪音
折角来たんだしお団子買おうかしら。胡麻餡があると良いんだけど。
二つ買って、ネルウェザを誘おうかしら。
前々から、共通の知り合いから名前は聞いてたのよね。
何処か月が綺麗に見えるところを探して、切り株にでも座って。
ありがとう、貴女が皆を集めたからあの子…つかさは救われたわね。
骨董市も楽しかったわ、来れて良かった。こんなに綺麗な月も見られたしね。
色々聞きたいけれど…何よりもまず、話してみたかったし、仲良くなれたら良いなと思ってたの。
聞いてた話だと、年上に失礼かもしれないけれどとても可愛いなって。
嫌じゃなければ、今度何処かに出掛けられたら良いわねぇ。
何なら他の知り合いも誘って。きっと楽しいわ。
ぱちぱちと炭火の弾ける音が響く。冬の夜でも暖かな屋根の下、店主は狐色に炙った団子に色とりどりの餡やたれを乗せ、次々に網の上へと並べていた。
そんな、お月見にぴったりな甘味が売られる屋台の前にて。
「折角来たんだし……お団子、頂こうかしら」
御乃森・雪音(La diva della rosa blu・f17695)はそっと財布を取り出しつつ、たっぷりと胡麻餡が載せられたひと串を指差して店の奥へ声を掛ける。
すると店主は手が離せないのか、団子のある網と隣の箱を軽く指差した。
「まいどぉ! そこのやつはできたてだから、好きなのどうぞー!」
団子の近くの箱にははっきりと団子ひとつ分の値段が書かれており、いわゆる自動販売機のような役割を果たしているであろうことが察せる。
雪音はそこへ――ふたつ分の代金を入れ、網の上の胡麻餡団子を手にとった。
両の手に甘い香りを携えた彼女は、その片方をすっと隣の人影の方へ差し出す。
「お月見、一緒にどう?」
雪音が誘えばその視線の先、同じく団子を買おうとしていたネルウェザが一度目を瞬いた。
「……良いのかい?」
問いつつも素直に団子を受け取る彼女へ、雪音は微笑みながら頷いて。
「丁度良い場所もあるし、少し話したいの」
遠くの芒の間、古くもしっかりとした切り株をちらと見て言えば。
ネルウェザは礼と共に肯定の返事を告げ、雪音と共に歩き出した。
●
月光に照らされた、冬の芒の原。
虫の影もない其処で耳を澄ませば、聞こえるのは草木と風の音――そして、団子をくすねてきゃらきゃら笑うあの妖狐の少女の声。
雪音は白い息を吐きながら、ネルウェザに向き直りつつ口を開いた。
「ありがとう。貴女が皆を集めたから、あの子は救われたわね」
その感謝の言葉に、ネルウェザが首を横に振る。
「私は……視えたものを皆に伝えただけだよ。あの子を救おうと決め、戦ってくれたのは君達だろう? 礼を言うのは私のほうだ」
ありがとう、と改めてネルウェザは告げ、少女の声が聞こえる方へ一度視線を向けた。
「ここに来られたこと、それ自体も良かったと思ってるのよ。いいお土産も買えたし、骨董市も楽しかったわ。それに……」
雪音はそう返し、ふっと頭上を見上げて。
「こんなに綺麗な月も見られたしね」
猟兵の力も、少女の覚悟も、予知も。どれかが欠ければ、あの月は今頃砕けていただろう。
それでも平行線になりかける会話に少し眉を下げて笑い、雪音は胡麻餡の団子をひとつ口へ運んだ。
香ばしく焼かれた温かな餅と、深くもすっきりとした餡の甘味。ふわりと胡麻の香りが鼻を抜ければ自然と頬に手が動き、美味しい、と声が出る。
――同時に同じ音が隣でも響いた瞬間、雪音はそちらを見遣った。
「前々から、共通の知り合いから名前は聞いてたのよね」
「そうなのかい……へぇ、世界は狭いものだねぇ」
けらりと冗談めかすネルウェザへ、雪音は小さく笑みを零して。
「年上に失礼かもしれないけれど……とても可愛いなって」
「けふっ」
告げられた言葉に、彼女は思わずむせた。
「勿論悪い意味じゃないわよ。ただ、仲良くなれたら良いなと思ってたの」
「それは……私も嬉しいのだけれど。……誰だ……誰から漏れているんだ……」
共通の知り合いから話を聞いていて、可愛いと思われる、とは。一体誰からどんな話を聞いた結果だというのか。主にそう思われそうな言動といえば――彼とのことか。
ネルウェザは言い返せず、というより言い返す理由もなくもごもご何か呟き始めた。
そんな様子を微笑ましげに眺めつつ、雪音は再び団子を味わってから再び口を開く。
「嫌じゃなければ、今度何処かに出掛けられたら良いわねぇ。何なら他の知り合いも誘って」
きっと楽しいわ、といつかの未来を思い浮かべて彼女が言えば、ネルウェザは一度ゆっくりと深呼吸をしてから頷いた。
暫く他愛もない話が続き――やがて、二人の串が空になる。
ひゅるり、とひとつよく冷えた夜風が芒の原へ流れていく中、向こうで忙しく動いていた団子売りの店主も台の火を止め、屋台の屋根を畳み始めていた。
「……そろそろ帰ろうか」
「そうね、あの子も元気になったみたいだし」
ネルウェザがグリモアを浮かべ帰還の準備を始めれば、雪音は賑やかな影の動く方へ視線を向ける。
その金色――無事に救われたつかさの姿を最後に見て、彼女達は幽世を後にするのであった。
大成功
🔵🔵🔵