羅針盤戦争〜蒸気島とザンギャバス
●『鮫牙』、襲来
シュンシュンと音を立て、蒸気の煙が青空に溶ける。
あちらの建物は排気管が張り巡らされ、こちらの塔は歯車仕掛けの大時計が掛けられて。その島が元は別の世界――アルダワ魔法学園のものだったことは明らかだが、ここに住む人々はそれを知らない。忘れ去られた蒸気文明は、使い道も理解されぬまま今日も静かに駆動しているのだ。
そんな平和なとある島、しかしその日は空に不穏な影が浮かんだ。
「なんだ、あれ?」
島民の一人が空を見上げれば、影はぐんぐん近付いてきて。小さな点だったうちは人影かとも思ったが、それは人の大きさよりも――かなり大きい。
「おい、気をつけろ! 巨人が降ってくるぞ!」
声を上げる島民、響き渡る悲鳴と逃げる人々。轟音と共に島の中央へと落下したその巨人は、ゆっくりと立ち上がった。
「ふしゅぅるるるるるる……」
身の丈は七メートルほど、巨人としても大きい方だが、より大きく見せるのは肥え太っているからか。不気味な肉塊の如き姿の男は島民の知る巨人とは異なる雰囲気を纏っており、人々はその姿に顔を引きつらせて後退った。
「気にいらねぇ。コロす」
短く発せられた言葉は、地獄より響くような音だった。肉塊の男――七大海嘯『鮫牙』ザンギャバス大帝が腕を揮えば、蒸気塔は折れ、歯車は吹き飛び、まるで砂の城のように崩れていく。
「グリモア、グリモアの匂いだぁ……!」
「グリモアを使うやつ、ゼンブコロしてヤル……!」
咆哮と共に、暴れるザンギャバス。飢えに狂う彼が動けば、島民全てが平らげられるのにそう時間はかかりそうになかった。
●蒸気島とザンギャバス
「皆様、お疲れ様です! 大変な敵が現れました!」
猟兵達へねぎらいの言葉も手短に、一礼したアリア・アクア(白花の鳥使い・f05129)はさっそく次なる敵について語り始める。目覚めた敵、七大海嘯『鮫牙』ザンギャバス大帝。彼は――『無敵』なのだと少女は言って、その表情を固くした。
「無敵です。倒すことはできません。けれど……撤退させることなら、できます!」
どこからともなく、島の中心部へと飛来したザンギャバス。彼は力の限り暴れまわり、どんな力を使っても倒すことは叶わない。けれど、『長時間暴れると飢餓状態になり、獅子のような姿になって撤退する』という弱点があるのだという。
「皆様にお願いしたいのは、この敵を消耗させ、撤退させることです。皆様は彼が島の中心部の破壊を始めたところで到着できますので、とにかく引き付けてください。そうすれば、島の方が逃げる時間が作れます」
幸いなことに、島の中心部は古い建物があるばかりで、人は住んでいないらしい。ザンギャバスが移動を始める前に引き付け、そこで戦えば島民は皆自分達で避難することだろう。
「それから、この島はアルダワ魔法学園から落ちてきた島らしくて……ザンギャバスの飛来地点周辺には蒸気機械でできた建物がたくさんあります。島の皆様は使い方がわからず放置していたそうですが、猟兵の皆様なら、戦いに活かすこともできるはずです」
直接的に武器となるようなものではない。けれど足場として活躍したり、敵の視界を一時的に阻害したり、囮として動かしたり――猟兵達の工夫次第で、戦況を有利にすることができるだろう。
「ザンギャバスは、知能のある動きはしません。ただ目の前の物を、人を、破壊しようと動きます。策略や罠を見破ることもありませんので、知恵を使って戦ってください!」
飢えた巨体は、力も強い。真っ向勝負で消耗戦を仕掛けるのは得策ではないだろう。だからこそ、知恵を絞り、相手を翻弄するのだ。皆様にならきっとできると、信頼の瞳で見つめたグリモア猟兵は花と翼をモチーフをしたグリモアを展開した。
「敵は強大です、どうぞお気を付けて! そして、蒸気の島を救ってください!」
願いを篭めた、激励を言葉に。導く先は――大帝の待つ蒸気島。
真魚
こんにちは、真魚(まな)です。
●お願い
プレイングの受付につきましては、マスターページの「お知らせ」ならびにTwitterにて都度ご案内します。
期間外に届いたプレイングは不採用とさせていただきますので、お知らせをご確認の上ご参加ください。
●シナリオの流れ
第1章:冒険(ザンギャバスに立ち向かえ!)
当シナリオは第1章のみです。
●戦闘について
戦場となるのは、「蒸気島」です。あちこちに蒸気機械があります。踏むと高くジャンプできる機械、乗って移動できる機械、空飛ぶ小型機械、たくさんの煙を吐き出す機械、一瞬だけ強い光を発する機械など。その他、皆様のアイデアで指定いただいた機械も存在したものとして扱います。
直接攻撃できる機械はありませんが、うまく使えば有利に立ち回れます。
ザンギャバスはパンチや蛇・獅子・山羊・竜の部位を作っての攻撃をします。また、猟兵もグリモア猟兵も区別なく攻撃してきます。
●プレイングボーナス
このシナリオフレームには、下記の特別な「プレイングボーナス」があります。これに基づく行動をすると有利になります。
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プレイングボーナス……島の装備やユーベルコードを駆使し、ザンギャバスを消耗させる。
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●その他
・ペアやグループでのご参加の場合は、プレイングの冒頭に【お相手のお名前とID】か【グループ名】をお書き下さい。記載なき場合は迷子になる恐れがあります。プレイング送信日を同日で揃えていただけると助かります。
・許容量を超えた場合は早めに締め切る、または不採用とさせていただく場合があります。
それでは、皆様のご参加、お待ちしております。
第1章 冒険
『ザンギャバスに立ち向かえ!』
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POW : 全力の攻撃をぶつけ、敵の注意を引き付けて侵攻を食い止める
SPD : 防御と回避に徹し、敵に攻撃させ続けて疲弊を誘う
WIZ : 策を巡らせ、地形や物資を利用した罠に敵を誘い込む
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
鈴木・志乃
三つ目兄弟なんか目じゃないぐらいデカいじゃん!
アイツらでも大分苦戦したのに、まったくもーさー(頭抱える)
まったく、まったく、上手く行きますように!
機械ガンガン使わせてもらうよー!
ジャンプ、空を飛ぶ、どっちでもいいけど基本は頭の近くまで来て攪乱を狙って行くね。眼前でフラッシュ焚いて、混乱してる隙にUCで足払いを狙う。転倒させられれば御の字だけど無理そうなら縛るだけでもいい!
お次はスモーク焚くのと同時に頭の上からガソリンまいてー、高速詠唱で発火! 手加減しないよー熱くなったら念動力で口の中に収束手榴弾(対戦車用)放り込んじゃう!
魔法で地面もぬかるませて、とにかく攻撃の手は緩めないよ!
栗花落・澪
アルダワは通い慣れてるからね
足止めするだけでいいなら、やりようはいくらでもあるよ
まずは足止めを
【高速詠唱】で氷魔法の【属性攻撃】
狙いはザンギャバスの足の凍結
あの破壊力じゃ長くはもたないけど
【指定UC】を発動
動く足場を利用し移動しながら
わーっ!
とか
あーっ!
とか叫んで、声量に応じたサイズで実体化した巨大文字をぶつけて攻撃
直撃が嫌なら全部壊す事だね
足止めが壊れて向かって来るなら
蒸気機械で光を出して目眩し
同時に翼を使って反対側に回ったら
再度叫んで攻撃再開
攻撃は出来るだけ回避したいけど
難しい時は【オーラ防御】も駆使しつつ
実体化した文字を盾にするよ
ほらほら、はやく全部壊さないと僕にもどんどん有利になるよ
リーヴァルディ・カーライル
…大した無敵ぶりだけど、完全無欠では無いみたいね
…それならばそれでやりようがある
お前にも馳走してあげるわ。狩人の業を…
何処に何のガジェットがあるのか配置を戦闘知識に加え、
何時でも発動出来るように準備して逃げ道を確保しておく
…私もこの手の代物に詳しい訳じゃないけど
…この機械は…煙幕代わりに使えそう
これは……高く跳ぶ機械?敵に踏ませてみましょうか
"写し身の呪詛"を乱れ撃ち無数の残像を囮に攻撃を受け流し、
自身は存在感を消して闇に紛れつつUCを発動
闇属性攻撃のオーラで防御を無視して生命力を吸収する"闇の霧"を放つ
…屋内なら霧が風に流されて散る心配もない
そこで力尽きるまで残像と機械で遊んでいなさい
●
島を駆ける猟兵達、その視線の先には崩れる建物より大きな体があった。
「グリモアの匂いだぁ……! コロしてヤル!」
声と共に振り回される腕は、次々と周囲の建物を破壊していく。飛んでくる蒸気機械の一部を避けながら、鈴木・志乃(ブラック・f12101)はその光景に頭を抱えた。
「三つ目兄弟なんか目じゃないぐらいデカいじゃん! アイツらでも大分苦戦したのに、まったくもーさー」
しかも、敵は巨体の上に無敵だと言う。見れば崩れる建物がザンギャバス目掛け倒れてきても、彼は表情一つ変えずにそれを体で受け止めて、無傷で前進していく。
「……大した無敵ぶりだけど、完全無欠では無いみたいね」
脳裏に浮かぶは、グリモア猟兵の予知。可能性を信じて走るのはリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)だ。
消耗させれば、撤退させることができる。それならばそれで、猟兵達にもやりようがある。彼女は周囲の蒸気機械を確かめ、いつでも発動できるよう準備しながらザンギャバスを目指していた。蒸気機械に詳しいという訳ではないけれど、少し確認すれば理解できるような簡単な仕組みの物が多いようだ。
「……この機械は……煙幕代わりに使えそう。これは……高く跳ぶ機械?」
「ジャンプできるんですか! 使わせてください!」
声を上げるやいなや、志乃はリーヴァルディの見つけた蒸気機械へふわりと飛び乗って。足で蹴飛ばせばスイッチが入り、蒸気を吐き出す機械は志乃の身体を空高く飛び上がらせた。
蒸気漂う青空の中、見下ろすザンギャバスはやはり醜悪だ。その瞳が空を向き、志乃を映す。瞬間、背筋を寒気が走り抜けるがぐっと堪えて、彼女は『爆弾箱』へと手を伸ばした。
「まったく、まったく、上手く行きますように!」
祈りを口に、放り投げるはいくつもの爆弾。それらは肉塊の身体に触れた途端に爆発するが、やはり敵は傷付かない。
けれどそれでも構わないのだ、爆炎の下では栗花落・澪(泡沫の花・f03165)が魔法を詠唱している。翼を風に揺らす可憐な少年はザンギャバスの足元向けて杖を揮い、氷属性の魔法を放った。
「オォ……?」
ゆるりと、ザンギャバスが首を傾げる。見下ろす自身の足、それは澪の魔法で地面と共に氷漬けにされていた。
(「あの破壊力じゃ長くはもたないけど」)
時間稼ぎになれば、十分だ。近くの蒸気機械に躊躇うことなく乗って、足場でトントンかかと鳴らして。吹き上げる蒸気と共に高く跳び、澪はザンギャバスの周囲の建物へと飛び移っていく。
「アルダワは通い慣れてるからね。足止めするだけでいいなら、やりようはいくらでもあるよ」
一目見れば使い方もわかる、建物にくっついた蒸気機械達。レバー見つけてぐいっと引き起こせば、彼の足元の地面だけがふわりエレベーターのように昇って行って。肉塊のような体の背後に回り込んで、澪はユーベルコードを発動した。
「教えてあげる。世界に溢れる鮮やかな音! わーっ!」
それは、メロディや言葉を実体化させる力。小さな体でもお腹の底からめいっぱいに発すれば、巨大な文字が空中に出現して。
「あーっ! わっ、わーっ!」
発声練習みたいに声を出し続ければ、ザンギャバスを取り囲むように文字が浮かぶ。それらを次々に向けると、巨漢の敵はうっとうしそうに手を揮った。
「直撃が嫌なら全部壊す事だね」
告げながらも新たな文字を生み出す澪だが、そんな彼自身を潰そうと伸びてくるザンギャバスの腕。バキン、と敵の足元からは大きな音が立ち、足止めの氷が壊れたことがわかったけれど――瞬間、大帝の目の前で光が弾けた。
「大人しくした方が身のためですよ」
響く声は、志乃のもの。蒸気機械のフラッシュでザンギャバスに目くらましした彼女は、そのままユーベルコードを操る。現れる無数の光の鎖は、女神の拘束。志乃の周囲より伸びるそれはザンギャバスの足を絡め取り、そのまま引けば巨体がバランス崩して転倒する。
「ガァ……ッ!?」
「やった!」
「志乃さん、ありがとう!」
事前の示し合わせがないとは思えぬ、鮮やかな連携。それは彼女達がこの戦争の多くの場面で偶然居合わせ、感覚が研ぎ澄まされてきたからかもしれない。
倒れてもがくザンギャバスに追撃しようと、澪は続けて文字を撃ち出し、志乃は敵の大きな頭にガソリンを投げつけ火をつけて、さらに収束手榴弾を口へ放り込んでいく。
「手加減しないよー!」
「ほらほら、はやく全部壊さないと僕にもどんどん有利になるよ」
全力の攻撃をしながらも、彼女達は挑発的な言葉を無敵の巨漢へ投げかける。ザンギャバスは傷付かない、けれど心がないわけではない。男は醜悪な息を口から吐き出し、ずりりと這ったまま前進して。
「ふしゅぅるるるる……気にいらねぇ。気にいらねぇ! コロす!」
怒りを露わに二人へ近付くけれど――この場には、もう一人歴戦の仲間がいる。
ずり、ずりりと進むザンギャバス、その手が二人を掴めそうな距離まで来たところで、彼の身体は突然沈み込んだ。
「オォ……?」
違和感の声を上げるうちにも、その巨体は宙を舞う。それは、もう一人の少女が仕掛けたジャンプする蒸気機械。複数の機械を集めてザンギャバスの体さえ飛ばせるように設置したそれは狙い通りの軌道を描いて――建物の中に、敵の体を押し込めた。
「ナンだ? ここは、ドコダ?」
ゆっくりと起き上がり周囲を確かめる敵の、影へと身を潜めて。リーヴァルディはその瞳で真っ直ぐに大帝を捉え、力を解放した。
「……限定解放。テンカウント。吸血鬼のオドと精霊のマナ。それを今、一つに……!」
編み上げられるユーベルコード、生まれるのは『闇の霧』。屋内ならば、島を吹き抜ける風に流され散る心配もない。じわりじわりと、生命力を吸収する霧。長く身を置けば、ザンギャバスの消耗を早めることもできるだろう。
「ナンだ、これハ!」
怒りに震える肉塊のような男は、霧を払って建物を抜け出そうと暴れる。けれど彼の体は動かない。志乃が魔法で、地面をぬかるませているからだ。
近くの壁に仕掛けられたボタンを押し込めば、建物中の窓さえもバタンバタンと閉じられて。リーヴァルディは『写し身の呪詛』で自身にそっくりな残像を無数に生み出し、それを敵へ仕向けて建物を出る。
「そこで力尽きるまで残像と機械で遊んでいなさい」
凛と響く言葉は、霧と共にザンギャバスを包み込んで。強大な敵をうまく罠へ誘い込めた三人は、視線を交わすと静かに頷き合うのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
メアリー・ベスレム
こんな機械の使い方なんて
メアリにもわからないわよ
だから、メアリはいつも通りやるだけ
……殺せないのはつまらないけれど
【凍てつく牙】で冷気をまとい
高速移動と【逃げ足】活かして立ち回る
美味しいアリスはこっちよと【誘惑】し
島の人たちに向かわないようしてみせる
もちろん、食べられてなんかあげないけれど!
近付かれたら魔氷で凍らせて
動きを止めてみるけれど……
すぐ動き出してしまうみたい
あぁ、困ったわ
このままじゃ本当に食べられてしまいそう
いっそお腹の中から凍らせてやろうかしら
なんて考えが浮かぶ中
偶然起動させたのはたくさんの水を吐き出す機械
これならと追い込まれた【演技】で誘い込み
水浸しにして凍らせる【騙し討ち】!
●
メアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)が島の中心部に辿り着く頃、突如古い建物が轟音と共に崩れ去った。
「ふしゅぅるるるるるる……」
鼻が曲がるような呼気を吐き出し、立ち上がるザンギャバス大帝。先行した猟兵達の奮闘により、敵は消耗し怒りに燃えていた。
「グリモア、気にいらねぇ! コロす!」
揮う腕は巨漢に似合わぬ速度で、周囲の建物を粉砕していく。その様を注意深く見つめながら、メアリーは巨体に近付こうと目の前の建物を駆け上った。
手に触れるは、壁に貼り付く蒸気機械。しかし少女はそれを一瞥するだけで、的へと急ぐ。こんな機械の使い方、わからないから。
(「だから、メアリはいつも通りやるだけ。……殺せないのはつまらないけれど」)
軽やかに跳躍し、進む様は兎のように。奔りながらも手の『肉切り包丁』を握り締めれば、そこに冷気が纏わりつく。――彼女のユーベルコード、『凍てつく牙』の力だ。
全身に冷気纏ったメアリーは屋根へと飛び上がり、そして気付いた。憤怒に狂うザンギャバス――その視線が、島の海岸へと逃げる島民へ向けられていることに。
「そっちじゃないわ」
トン、と屋根を蹴り進めば兎の尻尾もふわりと揺れる。高速移動の力で駆ける少女は、一気に距離詰め肉塊の如き男の眼前へと飛び出した。
「美味しいアリスはこっちよ」
――もちろん、食べられてなんかあげないけれど!
悪戯な笑みを浮かべて、さらに跳躍。するとザンギャバスは誘われるまま方向転換し、メアリーを追いかけ始めた。
「アアァァ、コロしてやる!!」
猛る肉塊は、見た目に反して高速で迫ってくる。けれどユーベルコードの力あるメアリーならば簡単には捕まらない。こうして引き付けておけば、島民達は無事に避難できるだろう。小さなメアリーと、山のように大きな大帝。二人の追いかけっこはしばらく続いたが、大きな蒸気塔に阻まれメアリーが降下するうちにその距離はみるみる縮まってしまって。
「あぁ、困ったわ。このままじゃ本当に食べられてしまいそう」
憂いを言葉に、刃は魔氷を放つ。巨体も凍れば一時的に動きを止めるけれど、氷はすぐに割られ敵がまた動き出す。
(「いっそお腹の中から凍らせてやろうかしら」)
そんな考えが脳裏をよぎり、メアリーが巨体へと向き直った――その時。シュウウウと響く蒸気音、駆動する機械。地響きのような音させて、メアリーの背後の蒸気塔が動いた。
「あら」
驚き見上げれば、塔はメアリーの前方へと水を吐き出していた。ふと見れば彼女の踏んだ地面には、スイッチのようなものがあって。蒸気機械を偶然起動させたのだと、理解した少女は改めてザンギャバスを見上げた。
「いやだわ、お願い食べないで!」
追い詰められたふりをして、醜悪な巨体が近付いてくるのを待つ。警戒する程の知能もない相手は、彼女の狙い通りそのまま前進して蒸気機械の放水を頭から被った。
ずぶ濡れになった敵など、彼女のユーベルコードの格好の餌食だ。唇で笑み作って、メアリーは身を低くし、一気にザンギャバスへと刃を走らせた。
「ねぇあなた、アリスを温めてくれる?」
この、冷たい冷たい熱をわけてあげるから。包丁より伝わる冷気は瞬く間にザンギャバスの体を包み込み、水浸しの巨体はしばしの間氷漬けとなるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
電話・ボックス
成程、察するにこれは天災から拠点を防衛する様なものと理解した。
であるならば、まず用意すべきは補給物資。そして情報ネットワークだ。
弊社端末は、現地での迅速な防衛体制の確保に役立つだろう。
―グリモア・テレコムセンターCEOー
↑(と言う貼り紙が貼られた電話ボックスが鎮座している)
(ついでにその後ろに何か手足の生えた巨大な3Dプリンターのオバケみたいなのがいっぱいいる)
「中継ポイント策定、建設を、開始します」
製造マシンから次々と生みだされる電話ボックスをカタパルト(ジャンプ台でもよし)に乗せる。なければ自力でロケット噴射
↓
ザンギャバスに射出する
↓
お前が! 疲れるまで! 投げるのを! やめない!!
●
「アァァァ! コロす! コロしてヤル!」
猟兵達の攻撃を受けながらも、ザンギャバスはいまだ怒り狂い暴れていた。その動きは単純だが、破壊力はすさまじい。
腕を揮い、身体の一部を獅子へ変化させて建物を喰らい、次に蛇に変化させた部位で絡みついて壁を砕く。その様を眺められる距離にある建物の屋上に――電話・ボックス(旧式・f17084)は、鎮座していた。
『成程、察するにこれは天災から拠点を防衛する様なものと理解した。であるならば、まず用意すべきは補給物資。そして情報ネットワークだ。弊社端末は、現地での迅速な防衛体制の確保に役立つだろう。――グリモア・テレコムセンターCEO――』
そう書かれた紙が、電話ボックスの身体に貼り付き風にたなびいている。そして彼の後ろには、手足の生えた巨大な3Dプリンターのお化けみたいなものがいくつもある。
「中継ポイント策定、建設を、開始します」
機械的な音声が周囲に響き渡り、謎の機械が動き出す。これは電話ボックスのユーベルコード――グリモア・スマートシティだ。謎の機械は製造マシンであり、彼と同じ姿の電話ボックスが次々と生み出されていく。
そしてそれらはなぜか生えている足のような部位で自ら移動し、整列し、屋上のあるポイントを目指す。それは、蒸気機械によるジャンプ台。
一台の電話ボックスがジャンプ台に乗ると、瞬時に駆動する蒸気機械。射線は真っ直ぐ、ザンギャバスを目指して。勢い乗せて射出されたそれは、それなりの重量でもって醜悪な巨体に降りかかった。
続けて一台、そしてもう一台、またまた一台。次々と射出される電話ボックスは、ただただ淡々とザンギャバスを狙う。
――お前が! 疲れるまで! 投げるのを! やめない!!
「オ、ォォ……?」
攻撃の発生源が屋上に鎮座した無機物であることは、ザンギャバスの知能では見破れない。襲い掛かる鉄の塊に戸惑う敵は攻撃を受けるばかりで、その身体は確実に消耗されていくのだった。
大成功
🔵🔵🔵
フリル・インレアン
ふええ、アヒルさん、無敵の方が相手では私達のできる事なんてありませんよ。
ふえ?たとえ相手が無敵でも退かないのがアヒルさんの哲学って、そんなことを言われても私達にできる事なんて・・・。
ごめんなさい、アリアさんのお話はちゃんと聞いてました。
ザンギャバスさんを消耗させて撤退させればいいんですよね。
困ったときはガジェットショータイムです。
きっとこの島も力を貸してくれますよね。
えっと、これはストーブですか?
蒸し暑い夏はバテやすいですから、体力の消耗も激しいはずです。
ストーブのガジェットさんでどんどん温めて、島の蒸気機関から出る蒸気で湿度を上げればザンギャバスさんもバテてくれるはずです。
●
物陰に隠れながら進めば、ズシンと地面が震える。
フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)が見上げれば、すぐそこに暴れ回るザンギャバス大帝の姿がある。瞳は怒りに燃え、振り回す腕は力任せに破壊を繰り返し。猟兵達の度重なる攻撃にも傷残らぬその身体見て、銀髪のアリスは怯えたように腕の中の相棒へ視線落とした。
「ふええ、アヒルさん、無敵の方が相手では私達のできる事なんてありませんよ」
零れたのは弱音。戦う前から諦めてしまいたくなるほどに、巨大な肉塊の威圧感は凄まじいものだった。しかしフリルに抱かれたガジェットのアヒルさんは、羽をバタバタ、くちばしをパクパク、気合十分な顔で大帝を睨み付けている。
「ふえ? たとえ相手が無敵でも退かないのがアヒルさんの哲学って、そんなことを言われても私達にできる事なんて……」
大きな帽子の下で不安げな顔するフリルだが、言葉はそこで途切れた。ザンギャバスが次なる攻撃を繰り出して、出現させた山羊の角が蒸気機械の塔を崩壊させたからだ。
息を呑み、赤い瞳でその光景を見る。ああ、そうだ。グリモア猟兵の話はフリルだってちゃんと聞いていた。無敵だからと立ち向かわなければ、この島は命一つ残らず食い荒らされる。それを防ぐための手立ては、ちゃんとある。
「ザンギャバスさんを消耗させて撤退させればいいんですよね」
ぎゅっと手に力篭めて、フリルは立ち上がる。周囲を見回せば、建物に埋め込まれるようにいくつもの蒸気機械があるのがわかって。ガジェッティアでもある少女はそれらの力も借りようと決めて、ユーベルコードを発動した。
「困った時はガジェットショータイムです」
編み上げた力は収束し、フリルの前に一つのガジェットを出現させる。それは黒く四角い箱で、中には蒸気魔法で生み出された炎のような光が揺らめき、周囲に熱を生んでいて。
「えっと、これはストーブですか?」
小首を傾げてフリルが確かめるうちに、どうやらザンギャバスもこちらに気付いたようだ。
「グリモア! グリモアの匂いだぁ!」
咆哮しながら猛スピードで突っ込んでくる巨漢に、銀髪の少女は慌ててストーブ抱えて建物内へと逃げ込む。壁を壊して建物へ侵入してくる大帝の前に、ガジェットストーブを置いた少女はその機能を解放して。
「蒸し暑い夏はバテやすいですから、体力の消耗も激しいはずです」
壁のボタンを合わせて押せば、あちこちの管から蒸気が噴き出す。熱生むストーブ、蒸気で上がっていく湿度。屋内はたちまち蒸し風呂のようになり、肉塊のような体持つザンギャバスはどっと汗を噴き出した。
「ふしゅぅるるるるるる……」
吐き出す息も、荒い。フリルはそんなザンギャバスの足元を駆け回り、敵の動きを翻弄する。自身も暑さにクラクラするけれど、まだ大丈夫。強い意志で時間を稼ぐ少女を追いかけ動き回ったザンギャバスは、やがて急激な発汗に疲れてその場に座り込んでしまうのだった。
大成功
🔵🔵🔵
宵鍔・千鶴
清史郎(f00502)と
アルダワ文明のお宝に眸輝き
無敵の敵でさえ
傍らに心強き友
清史郎が居るから平気
使えそうな部品を探し集めて
アレンジすれば
じゃーん、猫型飛行ジェットなガジェッティア。二人乗りも可
敵へ接近出来たら
狐面『紬藤』を纏い
二人覆うオーラ防御を展開
歯車を踏んで移動し
清史郎の動きに合わせてUCで足止めを
視界が蒸気で阻もうと
桜が舞う、りんと鈴の音がそこに確かに在る安心
だから必ず見つけられる
囮で前に進み敵を引き付けてくれた彼が捕らわれる寸前
猫さんジェットの出番だ
清史郎に手を伸ばして
お前に清史郎の綺麗なグリモアを触れさせないよ
清史郎と目配せし
二人でとびきり熱い蒸気を射出させ
鬼ごっこは仕舞いだ
筧・清史郎
千鶴(f00683)と
ふふ、蒸気機械は浪漫だな
相手は無敵か
だが心強い友と在る今、何も問題はない
俺達にはとっておきの作戦もあるしな、と微笑み
相手を翻弄するのは得意だ
さぁ、暫し鬼ごっこして遊戯ぼうか
狐面『倖桜』纏い
零れ桜咲かせ強化後
千鶴に敵の意識向かぬよう、掌に満開桜のグリモア咲かせ囮に
ほら、俺は此処だ
鬼さん此方、と『桜標』咲かせ気を引き
歯車等を足場にひらり舞う様に
残像駆使し、確り敵の動きを見切り躱し翻弄
蒸気で目眩ませ、部品斬り落とし足止め等試みる
煙で視界遮られても
友の在り処は狐面の鈴の音が教えてくれる
ふ、捕まえられると思ったか?
友の手に導かれ、秘密兵器に乗込み
さぁ、猫さんの熱々蒸気をくれてやろう
●
「ふしゅぅるるる……」
荒い息を吐き出しながら、ザンギャバス大帝は進んでいく。周囲の建物をなぎ倒し行く巨体は威圧感があるけれど、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)の瞳は別のものにとらわれていた。
「っ……!」
「ふふ、蒸気機械は浪漫だな」
言葉にならない感嘆を、傍らの筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)が代弁する。
使い方もわからず放置されていた、蒸気機械でできた建物達。空から落ちてきたままに残るそれは、まさにアルダワ文明のお宝だ。機械や我楽多弄ることが趣味の千鶴にとってはまさに夢のような光景で――さらに、友が傍にいるとなればこちらだって『無敵』のようなものだ。
「清史郎、いこう」
「ああ、俺達にはとっておきの作戦もあるしな」
視線を交わし、微笑み合って。二人は揃いの狐面で顔を覆って、戦場へと駆け出した。
千鶴の黒狐面は春の夜で見上げる藤棚思わせるものなら、清史郎の白狐面は春霞の中に立つ桜並木だろうか。さらに清史郎は、手の中にも桜を咲かせる。
「開き咲け、零れ桜」
紡ぐ言葉がユーベルコードを発動させれば、掌から零れる桜の花弁。それがヤドリガミの男の周囲を取り巻けば、己の感覚が研ぎ澄まされるのを感じる。そして、零れ散らない桜も、彼の手の中に。
「さぁ、暫し鬼ごっこして遊戯ぼうか」
ゆるりと笑み浮かべ、軽やかに駆け上るのは蒸気塔。蒸気機械の歯車を足場に次々と昇っていけば、気付いたザンギャバスの視線は清史郎に釘付けとなった。
「ほら、俺は此処だ」
吹き抜ける風に着物をたなびかせながら、ゆらあり揺らす手の中に光る、満開桜のグリモア。それを見た無敵大帝は、突如咆哮すると清史郎へと突っ込んできた。
「グリモア! グリモアだぁ! コロしてヤル!!」
大きく振りかぶった腕は、瞬く間に鱗に覆われ爪が伸び、竜のそれへと変化する。繰り出されるは、巨体に似合わぬ高速の拳。ユーベルコードで強化した清史郎なら避けられるが――蒸気塔の方は、そうはいかない。
バキン、と音立て塔は折られて、玩具みたいに崩れていく。塔を構成していた蒸気機械の部品が周囲に飛び散り破片が清史郎を狙うけれど、それは彼の目の前で弾け飛んだ。千鶴がオーラの守りを展開していたおかげだ。
怒るザンギャバスが再び清史郎へ迫る中、千鶴は歯車の上を跳んで友へ近付く。星屑の外套を躍らせて、急ぎながらも紡ぐはユーベルコードを編み上げる言葉達。
「――憐れ傀儡、幽世で狂うまで縫い止めて、赫く咲いて」
さあ、御伽噺を聞かせて。詠うように唇に音乗せれば、少年の背後に敵を捕らえるものが現れた。ぎいぎい廻る歯車の檻、ちくたく刻む針の城、きらきら染まる赫の絲。それらはくるくる回りながらザンギャバスを取り囲み、縛り閉じ込め縫い止めて、巨漢の動きを封じていく。
さらにそこに、半分に折られた塔から突如蒸気が噴き出した。動かしたのは清史郎、辺りに充満する蒸気は目くらましになる。
「オォ!? ドコだ、グリモアァ!」
無暗に動く肉塊の男の、竜の腕を『蒼桜綴』で斬り落としながら。清史郎は瞳を伏せて、りんと響く鈴の音を頼りに友の居場所を感じる。
千鶴もまた、この蒸気の中を舞う桜と鈴の音で清史郎を感じていた。ザンギャバスは何も見えず混乱しているが――二人は、少しの手掛かりだけでもわかるくらいに絆があるから。
薄っすらと蒸気が晴れてきた頃、やっとザンギャバスはその腕を清史郎へと伸ばした。ぶくぶく肥えた太い腕は素早く伸びて彼を捕らえようとするけれど――寸前で、桜散らす男は後方へ引き寄せられる。
「お前に清史郎の綺麗なグリモアを触れさせないよ」
ザンギャバスへそう告げた千鶴は、清史郎へ『待たせたな』と声掛けながら狐面を後頭部へずらす。囮となった清史郎の方は、ゆるり笑って頷きながら面を外して。
「さぁ、猫さんの熱々蒸気をくれてやろう」
「ああ、鬼ごっこは仕舞いだ」
交わす言葉、二人が乗るのは蒸気機械――『猫さんジェット』だ。蒸気を噴き出し飛ぶ機械、座った者の感じる振動を軽減する機械。そんなものを集めて組み立て、新たに生まれ変わらせた千鶴の蒸気機械。頭部に猫の耳をつけて猫さん型にしたところがこだわりで、その分少しだけ時間が余計にかかってしまったとか。
猫さんジェットに乗り込んだ二人は、そのまま高く空へと飛び上がった。ザンギャバスの巨体を見下ろし、狙い定めれば猫さんのお腹が開いて。次の瞬間、お腹の管から大量の熱い蒸気が射出された。
「アァァァ!?」
汗を噴き出し、のたうち回るザンギャバス。その姿は確かに消耗していることを感じさせて、二人は静かに頷き合うのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
八重垣・菊花
【星鯨】
お山みたいな大きさやねぇ、せやけど大きいだけのお人みたいやな
倒すんは無理…なんやったら牛若丸みたいに飛び回って疲れさせよか
七結さんと一緒に頑張るでー!
蒸気で動くやつ、ちょっと乗ってみたい……やんな?
空飛ぶ機械に二人で乗って、きゃあきゃあ言いながら逃げるんも楽しいやろし、ジェットコースターみたいなんで逃げるんも楽しそうや。戦争なんやけど、うう、楽しいもんは楽しいんやで!
落ちそうになったらくらげの貴船に乗るんもええな。
おいたする手は菊の花弁でお仕置きやで?
鬼さんこちら手の鳴る方へ、や!
ひらりふわり、七結さんの赤とうちの黄色、綺麗やろ?
うちもな、めっちゃ楽しいんよ(内緒話をするように笑って)
蘭・七結
【星鯨】
なんとまあ、野蛮なお方だこと
破壊し尽くされてしまうのは御免ね
キッカさんはグリモア猟兵のお方だったかしら
狙われてしまわぬよう、助力をするわ
共にこの戦場を駆け巡りましょう
あちらにもこちらにも見うつすのは蒸気機関
戦ごとだとは理解しているけれど
空を翔られるのは、つい心が踊るよう
緩む頬が、あなたにも見えてしまうかしら
空へと焦がれるように高く、高く
あかい花の嵐を纏わい飛び立つわ
キッカさんへも風の能を付与しましょう
追うて、追われて
まるで鬼ごっこをしているかのよう
普段は鬼側の立ち位置なのだけれど
こうして逃げ回るのも愉快なことね
……ふふ、ごめんなさい
つい、楽しくなってしまって
あなたもおんなじでうれしいわ
●
無敵と言われる巨大な敵は、未だ無傷で立っていた。けれどその足取りは重く、吐く息は荒く。
「ふしゅぅぅぅぅ……」
鼻をつく吐息零すザンギャバスを大地から見上げて、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は思わず眉を寄せた。
「なんとまあ、野蛮なお方だこと」
見た目が催す不快感もあるが、この島を破壊し尽くそうとしていることもまた御免だと思う。
その隣では八重垣・菊花(翡翠菊・f24068)もまたつま先立ちでザンギャバス見上げ、感嘆のため息を漏らしている。
「お山みたいな大きさやねぇ、せやけど大きいだけのお人みたいやな」
敵は見るからに疲弊しているが、休養を取ると言う発想もないらしい。ならば畳み掛けるべきだろうと、考えた菊花は七結の手を引き駆け出した。
「倒すんは無理……なんやったら牛若丸みたいに飛び回って疲れさせよか」
「ええ、共にこの戦場を駆け巡りましょう」
交わす言葉、唇に浮かぶは微笑み。そして蒸気機械でできた建物の壁に足場見つけて、二人は揃って飛び乗った。七結は、その細い指を中空で滑らせてユーベルコードを発動する。舞うはあかい牡丹一華――アネモネの花弁が、嵐となって少女達を包み込む。
(「空へと焦がれるように高く、高く」)
心で呟き駆け上がる七結の、口元は緩む。戦ごとだとは理解しているけれど、空を翔られることには心が躍って。表情隠さずちらり隣を見れば、菊花もまたそわそわした様子でそっと言葉を紡ぐのだ。
「蒸気で動くやつ、ちょっと乗ってみたい……やんな?」
考えていることが一緒なら、迷うことはない。二人は昇りきった建物の屋根に置かれた乗り物型蒸気機械を見て、素早くそれに乗り込んだ。
ぽん、とボタンを押せば、蒸気機械はたちまち空へと舞い上がる。青い空に浮かぶ二人、見下ろせば美しい島が一望できて。わあ、などと感嘆零せば、突然機械は急降下する。それはまるでジェットコースターのようで、少女二人の心はさらに高揚していく。
(「戦争なんやけど、うう、楽しいもんは楽しいんやで!」)
弾む心はそのままに、ザンギャバスの居場所を改めて確かめた菊花はハンドル切って肉塊のような男の眼前へと飛び出した。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ、や!」
ぱん、ぱんと手を鳴らしながら、菊の娘はユーベルコードを操る。武器が変化する姿は、菊の花弁。美しき黄色は少女の周囲に広がって――七結の纏わせたあかの牡丹一華と混ざり合い、花嵐となってザンギャバスへ襲い掛かった。
「グオォォ! グリモアァ! コロしてやル!」
怒りの咆哮、敵の腕が菊花を掴もうと伸びてくる。けれどその手が届くより先に、七結は蒸気機械操り空中へと逃げ出した。
(「こうして逃げ回るのも愉快なことね」)
普段は、鬼側の立ち位置なのだけれど。思う七結に標的を移したか、今度は反対の手をザンギャバスが繰り出す。横へと飛んで掻い潜り、後退することで敵がこちらを追いかけるのを誘う。
「……ふふ、ごめんなさい。つい、楽しくなってしまって」
「うちもな、めっちゃ楽しいんよ」
悪戯を囁き合うように、互いの心を告げて笑い合う二人。彼女達の楽しい鬼ごっこは、敵も彼女達もが疲労するまで、もうしばらく続くのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
皇・美虎
●WIZ
島中の奴らを平らげようってんだから、驚き桃の木山椒の木ってんだ
ンだけど、あのデカブツは…ここが足りねぇんだろ?
ならこのあたい、壁絵描きのお虎の【アート】でいっちょおちょくってやろうじゃねぇか
さーて、この空飛ぶ小型機械に蒸気を出す機械を利用させて貰うぜ
あたいが描くのは食いもんの絵だ
そうさなぁ…人食い巨人だから、骨付き肉で描いてみっか
本物みてぇな騙し絵をチョイチョイっとな
タレやソースは本物を使うのがミソってもんさ
コイツらを飛ばして、蒸気で出来たてを演出したでっけぇ壁絵にまで誘導よ
のこのこ来やがったら、足元に【グラフィッススプラッシュ】さ
絵の具で足を取られてる隙に、こちらはトンズラするぜ!
フェルト・ユメノアール
大帝だか何だか知らないけど、平和に暮らしている人たちを傷付けるなんて許せない!
『トリックスターを投擲』して攻撃
後退しながら投擲攻撃を継続し、大帝をこちらに引き付ける!
追い詰められたら空飛ぶ機械に『フックロープ』を引っかけ逃走
相手を動き回らせて消耗させるよ
ある程度消耗させたらUCを発動
捨てられしモノたちよ、今ここに!集いて混ざれ!
カモン!【SPハイキング】!
ハイキングの効果発動!周囲の機械と融合してその特性を得る!
廃物融合(スクラップ・フュージョン)!
蒸気機械と融合、高熱蒸気を操るロボに変形して攻撃
大帝の攻撃は物理主体、なら視界を奪えばその戦闘力は大きく削げるはず
そのまま蒸し焼きにしてあげるよ!
早乙女・翼
サイズ的にも超大物現るってカンジさね
勝てる気しないし無敵の名に偽りなし、か
こっちも無理に今は勝たなくて良いさね
追い返せば負けじゃねぇからさ
背中の羽根でクソでけぇ奴の上を取る
周囲の建物利用して足場にしつつ、周囲をちょこまか鬱陶しく飛んでやる
高い位置さえ保てば発動してるUCで攻撃の回避は何とかなるだろ
このナリだし目立つ自信はある
デベソとかブタとか解りやすい悪口叫びながら
出来るだけ奴が振り返って方向転換を余儀なくされる様に動こう
大きな身体だ、反転するだけで疲れるさね
都度、蒸気機関のバルブ捻り
目眩ましと高熱ダメージ狙いで大量のスチームを食らわせよう
後は大剣ぶん投げ攻撃
手元召喚で回収
狙いは汚ぇあの顔な
●
猟兵達はうまくザンギャバスを島の中心部に留め、その中で攪乱し攻撃と後退を繰り返して消耗を誘っていった。無敵大帝の身体に傷をつけることは叶わないが、疲労の様子は目に見えてわかるようになる。鈍い足取り、上下する肩、荒く吐き出される悪臭の吐息――それらに戦いも終盤であることを感じながら、皇・美虎(壁絵描きのお虎・f18334)は絵筆を掲げて敵を見上げた。
「島中の奴らを平らげようってんだから、驚き桃の木山椒の木ってんだ」
「ああ、サイズ的にも超大物現るってカンジさね」
同意の声は、空中から。見れば早乙女・翼(彼岸の柘榴・f15830)が赤き翼を広げながら、険しい顔でザンギャバスを見つめていた。
先行した猟兵達の戦いも見ていたが、あれは有効な攻撃ばかりだったように思う。それなのに、未だ敵は無傷なのだ。ここにおいても勝機が見えないことに、グリモア猟兵の予知が正確であったことを実感してしまう。
「無敵の名に偽りなし、か」
呟きと共に、サーベル持つ手には力が篭もる。けれどそんな挙動とは裏腹に翼の表情は不敵なものだったから、美虎はハン、と笑って絵筆をくるり回転させた。
「ンだけど、あのデカブツは……ここが足りねぇんだろ?」
トントンと、指でつつくは自身の頭。そう、敵の知能は間違いなく低い。だから自身の疲弊にも気付けず、動きが鈍っても休まず無駄な動きで建物壊して猟兵達を探しているのだ。
「そうさね、こっちも無理に今は勝たなくて良いさね。追い返せば負けじゃねぇからさ」
翼が語る通り、此度の戦いは無敵大帝を倒すことが目的ではない。ザンギャバスを限界まで疲弊させる――それだけならば、あと少しで達成できるような気がする。それは二人の共通認識で、だから猟兵達は無敵の巨体を前にしても恐怖は然程感じていなかった。
「ならこのあたい、壁絵描きのお虎のアートでいっちょおちょくってやろうじゃねぇか」
担ぐ絵筆、駆ける美虎。彼女は『アート』に相応しいキャンバスを探して――蒸気噴き出す機械がついた壁を見つけて、さっそく作業を開始した。発色よくなるよう下地はしっかりと、リアルさ出すためタレやソースは本物を使って。さらに空飛ぶ小型機械を捕まえて、そこにもアートを施して。ザンギャバスの目の前までそれを飛ばしてみれば、敵はすぐにそれに気付いた。
「オォォ……コロしてヤル!」
蛇が絡んだ腕が伸びるが、小型機械はこれを躱して。ドスンドスンと歩いてくるザンギャバスを巧みに誘い出し、着いた場所には――じゅうじゅうと湯気を放つ、立派な骨付き肉がひとつ。
「アァ……? 食いモノ、だ……」
言葉と共に、巨漢の男は骨付き肉へと近付いていく。しかし伸ばした腕が肉を掴むことはなく、その手は固い壁に触れた。骨付き肉は、壁に描かれたアートだったのだ。
「のこのこ来やがったな!」
かかる言葉と、飛び散る塗料。ザンギャバスが振り返るより早く、彼の足元に美虎のユーベルコードが展開される。絵筆で描く、絵の具の攻撃。それが大帝の足を染めると同時にダメージ与えるのを確認すると、美虎は撤退するのだった。
同時に、ザンギャバスの目の前を飛ぶのが翼だ。
「この背の翼が、飾りなんかじゃ無い証拠――見せてやるよ」
言葉紡いで発動したユーベルコードは、彼が無敵大帝の上を飛行している間の力を底上げしてくれる。ばさり、翼を羽ばたかせて移動すれば敵は目で追うのがやっとのようで、背中側に回ればのろのろと方向転換をしてくる。
「どこ見てるんだ、デベソ」
ザンギャバスの後頭部に向けて煽る言葉を投げつければ、ふしゅうと荒い息が吐き出される。知能が低くとも、罵倒されたことはわかるのか。再び翼を見つけようと反転するザンギャバスに見て、翼は今度は建物の影に隠れてしまった。
(「大きな身体だ、反転するだけで疲れるさね」)
ふうふうと、敵の呼吸が聞こえる。このままうまく翻弄しようと考える翼は、隣の建物の屋根に猟兵の姿を見つける。フェルト・ユメノアール(夢と笑顔の道化師・f04735)だ。
「大帝だか何だか知らないけど、平和に暮らしている人たちを傷付けるなんて許せない!」
道化師の帽子を揺らしながら、投擲したのはダガーの『トリックスター』。その刃はザンギャバスの身体に突き刺さり――肉に埋もれたかと思えば弾き返されてしまうが、敵の気を惹くには十分な攻撃だ。
「こっちだよ!」
明るい声を響かせて、フェルトが無敵の巨体を誘う。美虎が仕掛けた空飛ぶ小型機械がまだ浮いているのを見つければ、そこにフックロープをひっかけて。軽やかに空を飛ぶよう逃げて行けば、吠えるザンギャバスがそれを追う。
肉塊のような男の体力は、限界を迎えようとしていた。先程よりさらに、足取りが重い。もう少しだと目配せし合って、フェルトと翼は蒸気機械操ろうと動き出す。
よろよろと歩くザンギャバスをまず襲ったのは、蒸気機械の壁から噴き出す高熱の蒸気だった。空飛び先回りした翼が全てのバルブを捻り、敵が近付いたタイミングで一斉に噴き出すようにしたのだ。それは完全な不意打ちで、目をやられたザンギャバスは顔を手で覆い小さく悶える。
大きな隙、ここが好機だ。フェルトは魔法のカードを取り出すと、ユーベルコードを発動する。
「捨てられしモノたちよ、今ここに! 集いて混ざれ! カモン! 【SPハイキング】!」
オープンにしたカード、その力はロボットを生み出す。さらに、このロボットは機械のある戦場ではさらに強くなる。
「ハイキングの効果発動! 周囲の機械と融合してその特性を得る! 廃物融合(スクラップ・フュージョン)!」
テキスト読む声が凛と響けば、それに応えるように周囲の蒸気機械がピクピクと動き出す。そしてそれらは瞬く間にフェルトのロボットへ貼り付き、組み換わり、変形して――高熱蒸気を操るロボットが、ここに誕生したのだった。
「さあ、そのまま蒸し焼きにしてあげるよ!」
真っ直ぐにザンギャバスを指差すフェルト、ロボットより射出される蒸気。大抵の攻撃は、部位の変化こそあれ殴るのが主体の物理攻撃。ならば、この蒸気を顔にかけて視界を奪えばその戦闘力は大きく削げるはずで。
フェルトの狙い通り、顔を抑えたザンギャバスは反撃の余裕もなく悶えるばかり。もう片方の腕は闇雲にぶんぶんと振られているが、それも体力を消耗するだけだ。
「これで終わりさね。狙いは汚ぇあの顔な」
翼が呟き、上空で『導きの魔剣』を構える。振りかぶり投げ落とせば、刃は真っ直ぐにザンギャバスの眉間を狙って――ダメージはやはり然程通っていないようだったが、それでもこれが決め手となった。
「オォォォォォォォォ……ォ……!!!!」
ザンギャバスが吠える、その声もすぐに細くなり。彼の身体は瞬く間に獅子のような姿に変化していく。
そして、巨大な毛むくじゃらの獅子となったザンギャバスは――一度身を屈めてから大きく跳躍し、たったそれだけで蒸気島を離脱していく。
こうして、蒸気島でのザンギャバス消耗戦は終了した。
猟兵達の奮闘により島の平和は守られたが、この無敵の大帝を撃破しないことにはいつまた同じような被害に遭う島が出てくるかもわからない。
ザンギャバスは『鮫牙島』にいる――再びの戦いとなることを予感しながら、猟兵達はひとまずの決着に息ついて、互いの健闘を称え合うのだった。
大成功
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