「七大海嘯の『三つ目』ことバルバロス兄弟の弟、赤髭のハイレディンの眼窩に嵌め込まれている瞳は、元々、森羅の巫女達が信仰する神のものだったの」
其の名を、オルキヌス――。
嘗ては七大海嘯の一体であったと告ぐはニコリネ・ユーリカ(花売り娘・f02123)。
彼女は固い声色をその儘、説明を足して、
「今でこそハイレディンのものとなった瞳には、生物を退化させる効果があると言うけど、その能力は元々オルキヌスのもの……瞳を奪われた彼に、もうその力は無いわ」
もし、かの単眼が今でもあったなら、オルキヌスは陸上生物を海生生物に強制退化させる力で襲い掛かってきただろうが、骸の海を潜っても奪われた瞳は戻らず――不完全に復活した状態では、元の力を行使できないようだ。
かくして失墜した大海獣だが、看過できないとニコリネは息を継ぎ、
「サムライエンパイアから落ちて来たと思われる島に、そのオルキヌスが攻めて来るの」
その名を「斎屋島」。
大海獣は深海から大海へ、更に現地民が「虹川」と呼ぶ河川に侵入し、陸に上がった生物全てを無差別に襲おうとしている。
オルキヌスは太古の時代から進化を続けてきた海の王者にて、陸に上がった生物を「裏切者」や「不遜な輩」と見做し、憎悪しているらしく、そこに猟兵や現地民の区別は無いと思われる。
「虹川の両側には温泉街が立ち並んでいて、皆は河川を挟んで攻撃を仕掛けられるぶん、ちょっと有利かもしれないけど……それでも相手は元・七大海嘯。決して侮れないわ」
オルキヌスは全長50mの大海獣で、主に強靭な顎を使って攻撃を仕掛けて来る。
その巨躯からは考えられぬスピードと敏捷性で海面より出るや、矢の如く突貫して獲物の肉を屠ろうとする凶暴な相手なので、こちらに十分な地の利があるとも言い切れない。
超強力な突進力と咬合力、そして優れた骨格に筋肉の鎧を纏った「海の王者」が、敵意を剥き出しに襲い来るだろう。
然し、ニコリネは猟兵がオルキヌスに食べられるような弱者でないとも信じている。
ニコリネはふうわと頬笑むと、グリモアの光を喚んで、
「皆ならきっと大丈夫! 海の王者をやっつけたら、皆が海の王者になれるかもね!」
――なんて、ぱちんとウインクして送り出すのだった。
夕狩こあら
オープニングをご覧下さりありがとうございます。
はじめまして、または、こんにちは。
夕狩(ユーカリ)こあらと申します。
このシナリオは、『羅針盤戦争』における「大海獣オルキヌス」の襲撃に対抗して戦う、一章のみで完結するボス戦シナリオ(難易度:普通)です。
●戦場の情報
サムライエンパイアから落ちて来たと思われる島、「斎屋島」。
島にある独峰・虹富士に参籠する際に斎戒沐浴するための温泉街で、虹川を挟んで立ち並ぶ温泉宿には提燈が連なり、風情ある景色を見せてくれます。
建物の景観は、山形県にある温泉街「銀山温泉」をイメージして頂ければ幸いです。
時間帯は「夜」です。
●敵の情報:森羅冠す『オルキヌス』
太古の時代から進化を続け、海に君臨していた王者。
陸に上がった生物を裏切者、不遜な輩とみなし憎悪しています。
嘗て『陸上生物を海生生物に強制退化させる力』を有していましたが、不完全な復活で「現在は」機能していません。
また当シナリオに於いてのみ、『三つ目』に単眼を奪われた「額」部が弱くなっていますので、弱点部位を狙う行動があると有利になります。
●プレイングボーナス『海上・海中戦を工夫する(敵は先制攻撃しません)』
このシナリオフレームには、特別な「プレイングボーナス」があります。
これに基づく行動をすると、戦闘が有利になります。
●リプレイ描写について
フレンドと一緒に行動する場合、お相手のお名前(ID)や呼び方をお書き下さい。
団体様は【グループ名】を冒頭に記載願います。シナリオ全体の参加者様の人数により一括のリプレイとなり、個別での描写が叶わない場合がございます。
また、このシナリオに導入の文章はございません。
●プレイングと採用について
早期完結を目指し、10名程度の採用とさせて頂きます。
戦場は温泉街にて島民が居ますが、プレイング冒頭に「🐬」を記して頂けましたら、避難が完了した万全の状態で戦闘を描写致します。文字数の節約にご活用下さい。
以上が猟兵が任務を遂行する為に提供できる情報です。
皆様の武運長久をお祈り申し上げます。
第1章 ボス戦
『森羅冠す『オルキヌス』』
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POW : 冥海銀河オルキヌス・オルカ
【支配下にある海の生物】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[支配下にある海の生物]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 海帝覇濤ディープブルー
敵より【海に適応した生態をしている】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
WIZ : 回帰狂濤ティクターリク
攻撃が命中した対象に【「海に帰りたい」という強迫観念】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【肺から海水が湧き出す呪い】による追加攻撃を与え続ける。
イラスト:山庫
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「曾場八野・熊五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
栗花落・澪
🐬
相手は中々の大サイズだし
技はもちろん尾鰭の攻撃とかも怖いんだよね…
だから極力足場が水になってる場所には近寄らず
ある程度は飛行も可能な陸の上で
【空中戦】で適度に距離をとり遠隔攻撃したい
回避は死角だけに頼らず【聞き耳】でも警戒
異変にいち早く気づけるように
確実に弱点を狙うならまずは動きを封じないと
【高速詠唱】から雷魔法の【属性攻撃】で感電狙い
更に【催眠術】を乗せた【歌唱】を音として届ける事で
動きを少しでも鈍らせたい
上手いこと動きを止められたら
多少危険でも額が見える位置に
最悪一度河川に飛び込むことも厭わない
【指定UC】で急所を狙い撃ち
成功次第植物魔法で伸ばした蔦をワイヤーフック代わりにして陸に戻る
ヴィクティム・ウィンターミュート
🐬
デカブツ相手か…こいつはやりにくそうだぜ
わざわざ水中でやりあう義理もありゃしねえ
河川の傍で戦うとしよう
【先制攻撃】でいきなり仕掛けるとしよう
幻想励起、電霊融合──『運命転換』
テメェは俺達よりも海に適応してる分、力を発揮できるわけだが
そいつがひっくり返ってしまったら…どうなると思う?
当然、3分の1程度には落ち込んじまうよなぁ?
今更姿も変えられやしねぇ…形勢逆転さ
鈍い…噛みついてくる攻撃を躱し、身体にスタン・ボルトを撃ち込みつつ鼻先に組み付く
弱点は額だったな…良く知ってるよ
痺れて碌に抵抗も出来ねえよな…左の仕込みショットガンを額に突きつけ、連射…連射…連射連射連射
沈むのはテメェのほうだ、雑魚が
朱酉・逢真
🐬
心情)海の王者が川をさかのぼってくると。ひひ、まるでB級映画さ。いいともそれならいい考えがある。なにしろいまは夜だからなァ、俺も存分に行動できる。
行動)怪物を喚び出そう。おいで、"鴆"。お前、そのままあの海獣に食われな。避けられたなら川に飛び込みな。水中で暮らす生き物ならば、吸い込まざるを得なかろう。鴆は掠めて人殺す毒鳥。全身喰らえば神とて死ぬさ。ああ、もちろん最後にゃ毒抜くよ。一帯に広がった《毒》、ぜんぶ俺の権能で回収するさ。残すのはきれいな川だけさ。
ヴィクトル・サリヴァン
🐬
…川を遡上してる時点で利点ほぼ潰してない?
旋回とかできる位に広い川だと追いかけるのも面倒そうだなー。
けど早いとこ元海の王者を倒さないとね。
住民の避難誘導しつつ川を横切るように狙ったタイミングで結界術を展開できるよう準備。
周囲地形、川の水の力と温泉の地の力を利用する形ででかく頑丈に作れるように。
遡上してきたらタイミングを計り尾が結界準備した所を越えた瞬間に結界を展開。
速度はオルキヌスが最速、だからその後ろの配下と結界で分断する感じでね。
で、向こうが陸に攻撃仕掛けたタイミングでその頭に銛を投げUC起動。
陸を攻撃した直後は隙だらけ、弱点っぽいその額の黄色いの狙わせて貰うよ。
※アドリブ絡み等お任せ
リーヴァルディ・カーライル
🐬
…そこまでよ、オルキヌス。ここから先には往かせない
過去の戦闘知識から敵の殺気を暗視して攻撃を見切り、
空中戦を行う"血の翼"を広げ水上を滑空して攻撃を受け流し、
呪詛を纏う大鎌をなぎ払い早業のカウンターで迎撃
…無駄よ。幾ら速くても水中ではたかが知れている
それに、そんな憎悪を剥き出しにした攻撃では、
私を捉えることはできない
第六感が好機を捉えたら自身の生命力を吸収しUCを発動
右掌に限界を突破して闇属性攻撃の魔力を溜め、
怪力任せに"闇の重力"球を額目掛けて叩き込み、
分子結合を切断する超重力のオーラで防御ごと敵を圧壊させる
…この世界はお前の存在を許容していない
この一撃で、骸の海の水底に葬送してあげるわ
オリヴィア・ローゼンタール
🐬
50m……大海獣の名に違わぬスケール
聖なる書物に語られる海の怪物リヴァイアサンのよう
温泉街には似つかわしくないかもしれませんが、水辺での動き易さを重視して水着に(水上歩行・水中戦)
巨体によって引き起こされる波に乗る(サーフィン・おびき寄せ)
目の前で裏切り者が海の波で遊んでいれば、怒り狂って追って来るでしょう
配下の海の生物を聖槍で斬り裂き、ビーチボールを叩き付けて迎撃
一番の大波に乗って高く――オルキヌスの頭上まで飛ぶ
現地の方々が避難済みで良かった
これはあまり加減のできる技ではない
額目掛けて【終焉を呼ぶ聖槍】を【投擲】
荒れ狂う破壊の魔力が極限の大爆発を引き起こす(全力魔法・属性攻撃・限界突破)
シェフィーネス・ダイアクロイト
アドリブ歓迎
🐬
【空想の現】使用
爆弾を乗せたダミー船を多数用意
虹川に大量に発生させ、自動操縦で船を派手に敵へ突っ込ませる
敵の足止めや機動力低下も兼ねて爆発させ
煙で猟兵達の姿を見えなくする
川に一番近い建物から二丁拳銃で制圧射撃・一斉射撃
弱点の額を正確に狙う
敵の支配下にある海洋生物ごと闇に紛れて蹂躙
敵と距離が離れたら河川へ移動
残った船に乗り込み船を操縦して大砲で援護攻撃
裏切者と罵る其の姿
まるで僻みにしか聞こえんな
貴様も進化し嘗て海に君臨していた様だが
貴様には檻に見えるか
広大な海が狭く見えるのなら
相容れぬ
海の偉大さを忘れた輩になど
万に一つ私が敗北する事は無い
容赦はせん
…面影すら無いな
Good bye
鞍馬・景正
🐬
以前、近江國の草津でも鯨と対峙した事はありますが、あれよりも実に獰悪な存在のようで。
――さておき和弓は元来、海中の魚や鯨を仕留める為の得物であったという説を聞いた事があります。
その通りにいくかどうか、試してみましょう。
◆
愛馬に【騎乗】の上、大洋と河川の境たる汽水域の辺りへ。
弓を携えつつ、【暗視】の術で闇夜を透かし水中を観察。
敵の支配する生き物達、波や水流の動き、そして敵自身の影や気配を見極め、水面から躍り出る瞬間に先手を打って狙い撃ちましょう。
【第六感】も研ぎ澄まし、来ると感じた瞬間に【怪力】で弦を張り、【鬼弓】にて額を射抜きます。
無事為遂げられれば、片腕の痛みも快と受け流しましょう。
メフィス・フェイスレス
そういえばシャチ肉は喰ったことないわね……どんなもんかしら
「宵闇」で岸から「滑空」して敵の元に向かう
「対空戦闘」で高度を上げすぎて気候の悪影響を受けないよう注意する
「闇に紛れ」ながら、「鬼眼」による「暗視」により夜間戦闘に適応
さらに生命力探知の力で海面から海中の敵を捕捉
「罠使い」で「微塵」を機雷として海上から投下して「爆撃」により雑魚散らしを行いつつ「演技」で敢えて無防備な姿を晒し、
海上から自身に襲いかかるようにオルキヌスを誘導する
「武器改造」で空中に「闇に紛れ」させて滞空させていた「微塵」による「先制攻撃」で「体勢を崩し」、その隙に「ダッシユ」で懐に潜り込んでUCで「貫通攻撃」を行う
緋翠・華乃音
🐬
――そも、狙撃手とは隠れ潜むもの。
如何なる状況に置かれても、ただ最善の一手を打つ為にのみ長き時を潜伏するもの。
合理的であるか。
有効打であるか。
最適解であるか。
最善手であるか。
研ぎ澄まされているか。
スコープ越しの世界で思考するのはそういうことだ。
それを卑怯者のすることだと詰るのなら、好きにすれば良い。
その言葉は、狙撃手にとって誇りなのだから。
戦法を簡単に現すなら、
『潜み、視て、撃つ』それだけだ。
潜伏に適した場所を見つけ、
遠距離から敵の行動を観察し、
最も有効なタイミングで銃爪を引く。
それ以上の行動はしない。直ぐに撤退だ。
本来の狙撃手は攻撃を受けることを想定していないのだから。
昏い晦い深海から、その者はやって来た。
尋常なら決して混交せぬ超深海層より、冷たく凍える深層流を連れて海の表層に現れた大海獣『オルキヌス』は、斎屋島を東西に別つ「虹川」を遡上せんとする。
時は、寒さの染みる夜――。
幽い水面に瀲灔(ちらちら)と提燈の灯を解きつつ、川魚の靜かに溌ぬる淸々しきを聽かせていた虹川は、轟々と音を響かせたと思うと、下流からどんどん海水を溢れさせ、高水敷を浸し、眞砂の路が濡れる程の大河となった。
付近にある独峰「虹富士」に参籠すべく温泉街を訪れていた者たちも、虹川の氾濫には酷く喫驚いたに違いないが、幸いにして彼等の避難は済んでいる。
其々の宿から出ないよう。
念の為、一階には来ないよう。
惣名主に伝えれば其々の楼主に行き渡ろうか、宿泊者達が窓越しに見守る中、猟兵らは間もなく襲来する冥海の王を先ずは双眼鏡越しに観察を始めた。
ぬらり、黯い水面より覗いた背鰭の大きさで巨躯の程が判然ろうか。
「うん……流石、大海獣というか……中々のサイズだね……」
「ええ、宛如(まるで)聖なる書物に語られる海の怪物リヴァイアサンのようです」
栗花落・澪(泡沫の花・f03165)の金絲雀の如き佳聲も、轟々とうねる濤聲(なみ)の騷がしさに掻き消される處、傍らのオリヴィア・ローゼンタール(聖槍のクルースニク・f04296)はスッと通った鼻梁を邪影に向けた儘、首肯に拾って言を足す。
聽けば体長50m、大海獣の名に違わぬスケールにて、彼の者が七大海嘯の一体だったというのも頷けよう。
その埒外の巨体にはヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)も厄介を感じたか、くしゃり、灰髪に黒鋼の指を櫛と入れて。
「デカブツ相手か……こいつはやりにくそうだぜ」
「慥かに、旋回できる位に川を広くされたし、これは追いかけるのも面倒そうだなー」
ご丁寧に深層水も深海魚も連れて来たとは、とヴィクトル・サリヴァン(星見の術士・f06661)は海の王者の“親征”に呻る。
黯い水面からは視えないが、一氣に押し寄せた深層流には、オルキヌスが支配下に置いた海の生物がうようよ游いでおり、我が王を王たらしめんと魚群を成している。
時に、どぶりどぶりと水を吐く架橋の欄干に立膝した朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)は吃々と竊笑して、
「海の王者が川をさかのぼってくる、と――ひひ、まるでB級映画さ」
「王だろうと神だろうと、受肉したなら肉は肉。一緒に来た深海魚ごと喰ってやるわ」
「――はは、そりァ趣(おもしろ)い」
同じく欄干に屹立するメフィス・フェイスレス(継ぎ合わされた者達・f27547)の言も頼もしかろう。
「味や食感はどんなもんかしらね……」
シャチは喰った事が無いと、俄に食指を動かすメフィスが食物連鎖に均衡を取るなら、己も「帳尻」を合わせなくてはなるまいと、咥内で嗤笑を轉がす。
背鰭をゆら、と搖らしたかと思うと、頭頂に浮かべる円環を浮上させるオルキヌスに、リーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)が鋭利く視線を結ぶ。
波間より顔を出した其は、愈々邪氣を横溢(あふ)れさせよう、
「……それにしても、凄い殺氣ね。皆目(まるきり)隠そうともしない」
「荒ぶる波濤(なみ)に混じる鏖殺の氣――以前、近江國の草津では巨鯨と対峙した事がありますが、あれよりも實に獰惡な存在のようで」
ヒリつく程の敵意を肌膚に受け取るは、鞍馬・景正(言ヲ成ス・f02972)。
二人は水際に蹴上げる飛沫に爪先を濡らしつつ、海邪の惡意にじっとりと色を濃くする眞砂の路を踏み締める。
「――……瞋恚の渦動が視える」
並ならぬ知覚を持つ緋翠・華乃音(終奏の蝶・f03169)には異様も可視化できようが、蓋し彼からしてみれば、嚇怒を露わにする事は極めて非効率であったに違いない。
漸う痩せゆく月の下、瑠璃色の麗瞳を烱々と煌めかせる青年を「上」に、楼閣の軒下で邪影の吻を捉えたシェフィーネス・ダイアクロイト(孤高のアイオライト・f26369)は、ギィギィと鳴く聲に溜息を添える。
「陸に上がれる命を裏切者と罵る、其の姿……悉皆(まるで)僻みにしか聞こえんな」
太古より弛まぬ進化を遂げて海に君臨した「王」が、陸の命を怨恨むか。
或いは羨んだのか。
「茫漠の海が狭く見えるなら、若しか檻に見えるなら――相容れぬ」
眼鏡型のメガリス『glasscope』越しに大海獣の嚇怒を映したシェフィーネスは、海の王者に訣別を置くべく二丁拳銃を構えた。
†
愛馬『夙夜』の鞍に跨り、川沿いの道を駆ける。
大洋と河川の境たる汽水域――今は深海流にも蹂躙される地点で手綱を締めた景正は、眼路いっぱいに迫る大海獣オルキヌスの威容に烱眼を結んだ。
「……これが森羅の巫女達が崇める王と」
冷たい水底から海嘯を連れるは神か悪魔か。
尋常なら其の強烈な王の威に息を呑むものの、竜胆の士は麗顔ひとつ崩さず愛馬の首を一撫ですると、次いでその手に弓を取った。
たばしる飛沫が繊麗の躯を打つも構わず、濡れた脣はつと囁(つつや)いて、
「――和弓は元来、海中の魚や鯨を仕留める為の得物であったとか」
蓋し手が滑らぬよう力は強く靭く。
鞍馬家に伝わる五人張りの剛弓を、羅刹の血脈に證左される剛力に引き絞った景正は、玲瓏の眸を烱々煌々、海の王者へと射放ッた!
「果してその通りにいくかどうか、試してみましょう」
狙うは蓋骨に覆われた前頭部では無く、脇腹――!!
その巨躯からしては鏃は小さいが、真冬の凄風を吹き鳴らした矢は深く鋭く肉に沈み、虹川に入るなり凄烈な歓待を受けたオルキヌスは、夜天を裂かんばかり絶叫を挙げた。
「陸の生物を恨むにも、深入りし過ぎだよ」
そのまま深海で戰えば佳かったものを、と王を諫めるはヴィクトル。
彼は今にも海水に浸りそうな架け橋の中央に据わると、瀑布の如き深海流を連れて遡上するオルキヌスに正対する。
「体長50m……なら、時折光る円環を基準にタイミングが計れるね」
狙いは尾鰭の到達ライン。
王の親征は、最速を誇る自身が先頭に立つだろうと読んだヴィクトルは、巨大な尾鰭が温泉街に侵入した瞬間に結界を展開し、破魔の霊障壁に後続を寸断した!
『ギャババ!!』
『ギギィィ!!』
海の生物は数を以て王の威を示す。故に断つ。
大きな手で素早く結印すれば、虹川の水の力と温泉の地の力は糸を縒り合わせるように強く靭く結界を張って、オルキヌスの退路をも断つに成功した。
斯くして結界に囲繞(かこ)まれた王の眷属の始末に掛かるはオリヴィア。
佳人は濡れた服が重く機動を妨げぬよう、修道服を脱ぐや聖性溢るる純白の水着姿に、艶かしい姿態を月下に晒し、手にはいつもの破邪の聖槍……いやこれサーフボードだ!
かの方舟の名を受け継ぎし『アーク・ボード』を手に荒波に向き合ったオリヴィアは、スムーズなパドリングからテイクオフ! 見事に波に乗ってみせる!!
「陸の者が波遊びをすれば、海神は怒り狂うに違いありません」
オルキヌスはサーフガールの輕率を嫌おうが、其こそオリヴィアが狙った隙。
聖女は一言申さんと群がる深海魚達にドスドスとビーチボールを叩き込み、
「ノア!」(かけごえ)
『ギャギャギャ!』
「ノア!」(かけごえ)
『ギャイー!』
――Is this a beach ball? これはビーチボールですか?
凄まじい怪力で撃ち出されたビーチボールは空気を圧縮し、形を歪めて、宛らラグビーボールの如く固い堅い鈍器となって海の生き物の内臓をブチ抜いた!!
この縦横無尽なサーフガールを、海の生き物達も何とか一嚙みくらいはしたかろうが、彼女の美し雪膚に傷が付くのを、仲間の負傷や損耗を許さぬ者が居る。
シェフィーネスが然うだろう。
若しか効率の為だったか判然らないが、彼は海色の烱瞳を隔てる眼鏡型メガリスの力を解き放ち、狂暴の海に帆を広げた。
「――Hope for the best, but prepare for the worst.」
端整の脣を擦り抜けるテノール・バリトンに魔力が馨る。
詠唱によって紡がれるは【空想の現】(イマジナリー・リアリティ)――此度は無数の「船」を創造したシェフィーネスは、その船影に戰友を隠し、船底に深海魚を組み敷き、更に舳先でオルキヌスの推進を阻んだ。
次いで滑る言は怜悧冷艶として、
「王よ、海が己だけのものと思うな。今に慢心に掬われる」
而して今がその時だろう。
シェフィーネスの思う儘に大波を滑った船は、オルキヌスに集まるや爆発――ッ!
船を創る際に爆彈も創っていたとは言うまい、彼は唯だその強烈な波動と熱風を巨躯に叩き付けると、立ち昇る噴煙に猟兵達を隠し、次なる攻撃の呼び水とした。
「……そこまでよ、オルキヌス。ここから先には往かせない。深海にも帰さない」
無辜の命を脅かす者が還る場所は、唯ひとつ――。
これまで幾度とオブリビオンを骸の海に還したリーヴァルディが成すことは變わらず、限定的に吸血鬼化して血色の双翼を広げた少女は、荒ぶる巨浪(なみ)を潜りながら水上を滑空する。
その姿はオルキヌスにも視えたか、ホップを数回、而して何もかもを磨り潰さん勢いで大ジャンプした巨躯がリーヴァルディに襲い掛かるが、少女は一縷と怯まず。
「……無駄よ。幾ら速くても、水中ではたかが知れている」
釿ッと鈍い鏗鏘の音を彈いたのは、齒と刃が角逐したからだろう。
大きな顎より迫り出た巨牙に嚙み合うは、炫燿(ぎらぎら)と呪詛を滾らせる黒き大鎌――『過去を刻むもの』は凄まじい衝撃を結び、巨躯の推進を阻む。
リーヴァルディは怒りを露わにした眼を見て言を足し、
「……それに、そんな憎悪を剥き出しにした攻撃では、私を捉えることはできない」
私も、他の猟兵も。
その言を支えるかのように飛び込む追撃に、咄嗟に赫翼を翻した。
リーヴァルディが血の翼で飛んだなら、メフィスは骨身の翼で夜天を翔けよう。
死肉を継ぎ合わせた殺戮人形は、街に連なる提燈の灯が飛ぶように走るのを目尻の際に送りつつ、低空飛行で巨影に近付くと、オルキヌスと彼に群がる眷属を捉えた。
「……見たこと無いやつばっかりね」
轟然と渦巻く虹川は、更に月光を彈いて水面を乱すが構わない。
忌まわしき吸血鬼の魔眼は生命の「色」を視て、水中に潜む深海魚達を聢と捉えると、これまで見たことの無い色に興味を――否、飢餓衝動を掻き立てられたメフィスの中で、彼女の健啖を満たさんと眷属が生じ、間もなく表層に湧き出でた。
「ちょっと美味しいかどうか食べてきて」
而して生まれた“飢渇”は爆彈と變じて海の中へと投げ込まれ、波を潜るや機雷化し、海の生き物達が僅かにも触れるや暴食を解き放つ――ッ!
『ギャババッッ!!』
『ゲェェイイイ!!』
爆撃に彈かれた骨身が躯を叩き、肉を斬って、骨を砕く。
間もなく海から血の匂いが立ち昇れば、メフィスはすんすんと鼻を鳴らし、
「…………悪くないわね」
と、垂涎に緩む口元を手の甲に隠した。
而して目下。
森羅を冠する『オルキヌス』が雄々しく喊び、連れて来た海水を惡意に満たす。
『――ギィィイイイイイッッッ!!』
其は我が威に組み敷いた者を深海へ引き摺り込む呪いであったが、夜穹を翔る翼を持つ澪は、殊更これを拒んだろう。
「呪詛はもちろん、尾鰭や頤での攻撃も怖いんだよね……」
オルキヌスの巨躯はそれだけで武器となる。
素早いブリーチングで突貫されたり、突然のスパイホッピングで強襲を受けたりしてはならぬと、純白の翼は水場を避けて湿気を叩きつつ、颯爽と猛風の層を抜けた。
重層建築が立ち並ぶ宿の頂で高度を保った澪は、提燈の灯に浮かび上がる凄まじい巨躯の推進を捉えられたか、
「確実に弱点を狙うなら、先ずは動きを封じないと――!」
云うや、芙蓉の顔(かんばせ)が白む。
同時に紫紺の帳が閃爍に切り裂かれる。
煌々と輝く月を背に精霊杖『Staff of Maria』を構えた澪は、蒼白い稲妻を打ち落すや、闇海を泳ぐオルキヌスを電撃に痺れさせたッ!
「ッッ、少しでも……動きを、鈍く……!」
繊躯に宿れる魔力を惜しみなく振り絞る。
花脣は更に歌を紡ぎ、五線譜に催眠の音色を乗せて伸びやかに、美しクリアヴォイスを透徹(すみわた)らせた。
――然う。
オルキヌスが得意とする海に態々(わざわざ)赴く義理は無いと、並ならぬ敵意を飛沫と浴びるヴィクティムも冷靜なものだ。
氾濫間際の河川の傍に立った彼は、海の王者らしい巨躯を網膜に捉えて言う。
「VIPがレッドカーペットを歩くように、テメェも深海から水を連れて来たのは理解るが、こちとら迎える義理はなく……まぁ“挨拶”くらいはして遣るよ」
然し、この男が恭しくお辞儀をする訳が無かろう。
彼は電脳魔術を展開するや、青白く浮き立つ佳脣より冱えたテノールを滑らせ、
「幻想励起、電霊融合――『運命転換』」
胸元から突き出した掌を下に向け、其処から9,801m圏内の河川域にコードを流し込んだ魔術師は、電霊幻想:《運命転換》(ザ・リバース)――オルキヌスの深海適応力を反轉させる破魔の水彈を放ッた!
「扨て、どうなると思う?」
海への適応力で猟兵の三倍の力を得ていたのだ。
其をひっくり返されたなら、当然、三分の一程度には落ち込むだろうと、口の端を持ち上げた青年は、ここで初めて親し気に言った。
「フェアにいこうぜ、冥海の王」
ヴィクティムが海の王を並の魚に引き摺り降ろすなら、逢真は更に下へ堕とそう。
架け橋の欄干の上、かろりと下駄の齒を嚙ませた彼は立ち上がって、
「川を海にするなら結構。それならいい考えがある」
提燈の灯に朦然(ぼんやり)と浮かび上がった蒼白い貌を、夜天へ向ける。
漸う欠けゆく月を映した朱殷の麗瞳はあわく細んで、
「――なにしろいまは夜だからなァ、俺も存分に行動できる」
然も佳い宵だ、と。
月光に艶を帯びる佳脣をクッと吊り上げた逢真は、繊麗の手が水飛沫に濡れるも構わず高く掲げると、紫紺の穹に羽搏きを喚び召した。
「……おいで、“鴆”(ちん)」
名を與えられた其は、影を得て眼に顕現(あらわ)れよう。
正体不明の不気味な生き物――或いは怪物にも見える翼鳥が、押し寄せる波濤(なみ)を潜りながら主の傍まで滑空すれば、その妖し風に触れた逢真は、そこに妖艶なるテノール・バリトンを紡いだ。
「お前、そのままあの海獣に食われな」
或いは川に飛び込んでも佳い、と――滑り出る音吐は飄々たるもの。
而して鴆は主命を佳く聽き、双翼いっぱいに風を集めるや矢の如く槍の如く突貫して、オルキヌスの強顎へと飛び込んだ――ッ!
『ギギギギィィィィギギギ!!!』
意圖せぬものを意企せぬタイミングで喰ったと喫驚するオルキヌス。
沸々と湧き上がる怒りの矛先を見出せず、的は逃げて、力を振るう場を奪われる憤懣が尚のこと瞋恚を募らせよう。
その様子は華乃音が狙撃銃のスコープ越しに現然と捉えている。
提燈の灯の連なる路の上、ずらりと立ち並ぶ高楼の三階の或る窓辺に銃口だけを覗かせた彼は、星の瞬く夜空に似た異理の眸に瑠璃色を湛えて玲瓏と、繊指を『to be alone.』の銃爪に添えながら、唯だ“最善の一手”を打つ為にのみ影を隠していた。
麗眸を縁取る長い睫は一縷と搖れず、冴ゆる靜寂に呼吸(いき)の音を潜めて、サイト(照準器)に狭窄られた世界で思考する。
合理的であるか。
有効打であるか。
最適解であるか。
最善手であるか。
そして、研ぎ澄まされているか――。
全ての思考が「解」を導く瞬間が音訪れる。其の刻を待つ。
「隠れ潜み、狙い撃つ――それを卑怯者のすることだと詰るのなら、好きにすれば良い。その言葉は、狙撃手にとって誇りなのだから」
レティクルに結んだ獲物が鮮血に塗れながら罵った時には、堂々、名誉に与ろう。
華乃音は月影淸かな夜に、不動の天導星の如く――靜かに煌いていた。
†
「――たぶん、川を遡上した時点で利点をほぼ潰して来たんだよ」
広さはあっても深さは無い。
陸の敵は増えても、海の仲間は生まれない。
地の利を得ずして、恨みだけで鏖殺出来る相手ではなかったと、漸う損耗を見せる海の王者に告ぐはヴィクトル。その聲は穩やかながら儼しい。
彼は猶も進撃を止めぬ裸の王に戒めを呉れんと、向かい来る吻めがけて膂力いっぱい! 三又銛『勇魚狩り』を投擲した!
「海の王者は、果して陸に上がっても王でいられるかな」
鋭刃閃爍、【大海より来たれり】(エモノハココダ)――!!
水面を躍り出た瞬間の前頭部に銛が突き刺さり、激痛に身を捻る間も無い。
突き立てた銛が王の弱点を示そうか、的は此処だと知らされた次撃はここに水を集めてシャチを形成し、獰猛な狩猟者が次々と額部に飛び込み、齧り付き、喰い千切るッ!
『ギギギギギィィィギギギ!!!』
王は嘗ての痛みを、屈辱を思い起こしたろうか。
略奪された失った瞳が、虚ろな窪が、全身に激痛を広げた。
そして間を置かず、更なる屈辱が海の王者に襲い掛かる。
波のブレイクを完全に読み切ったノリノリサーフガール、オリヴィアだ。
頃合いも十分、一番の大波に乗って高く高く――オルキヌスの頭上まで至った聖女は、王の眷属に投げまくって破裂したビーチボールの代わり、今度こそ『破邪の聖槍』を手に飛躍――ッ! 理性と善性を地に棄てて、天翔るフィッシャーガールとなった!!
「……現地の方々が避難済みで良かった。これはあまり加減のできる技ではない」
紫闇の天蓋を背に、キラキラと煌めく水飛沫を連れて大海獣を俯瞰したオリヴィアは、刻下、夜天に浮かぶ月の如き金の瞳を燿わせる。
佳脣は力強く咆哮し、咆吼し、吼哮し、
「一投で三つの國を滅ぼしたという伝説の再現を、今ここに再現する――!」
臨界突破ッ、【終焉を呼ぶ聖槍】(ドゥームズデイ・ロンギヌス)――!!
理性の鎖を解かれた破壊の魔力は溢流して荒れ狂い、オルキヌスの背に命中を得るや、極限極大の大爆発を引き起こした!!
『ギギギギィィィギギギァァァアア!!』
虹川の中心で幾丈の瀑布が立ち昇り、夜穹に潮が噴き上がる。
飛沫は血に染まって赫く紅く、追撃に掛かる狩猟者らを凄惨に染め上げた。
血の翼に夜穹を翔けていたリーヴァルディが、ここに好機を視る。
訣別の刻が近付いたと、白磁と透き通る右の掌に闇属性の魔力を澎湃と集めた少女は、【限定解放・血の教義】(リミテッド・ブラッドドグマ)――膨れ上がる闇を超圧縮して球状に、空間を歪めて分子結合を切断する“闇の重力”を生成した。
「……この海がどれだけ広かろうと、世界はお前の存在を許容していない」
佳脣を擦り抜けるソプラノは美しくも、科白は残酷。
否、リーヴァルディは事実を述べただけで、灰は灰に、塵は塵に、然るべき處に往くまでだと投げた闇の重力球は、大海獣の巨躯こそ強く強く引き付けた。
「……元・七大海嘯オルキヌス。骸の海の水底に葬送してあげるわ」
圧壊――ッ!!
躯の巨きさが王威を示したものだが、此度は質量が仇となったか。
オルキヌスは長大な躯が捩じ切れる程の力の作用に、鋭利く悲鳴を絞った。
歪に拉げた巨躯を、激痛に煽られる嚇怒を嚮導(みちび)くはメフィス。
「――来なさいよ、私なら餘す處なく食べてあげられる」
『ギギギギギギギッッ!!』
膨れ上がる瞋恚を受け止めるか、敵の反撃の機に敢えて其の眼路を過ったメフィスは、飜然(ひらり)、骨身の翼を空気の層へ滑らせて眞正面へ――尾鰭を叩けば吻が届く位置に向かって高度を下げる。
眷属を海中に沈めて爆破させた彼女は無手か。
否、断じて否。
無防備な姿態を晒したのは「好餌」を演じる為で、頃合いに差し出された陸の生き物に激昂したオルキヌスは、眞間(まんま)とブリーチングッ! その強力な頤でメフィスを食い千切らんとした正に刹那、空中に潜んでいた“微塵”の爆撃を喰らった――ッ!
『ギィィィアアアアア!!!』
「言った筈よ。喰うのは“私”だって」
冷艶たるコントラルトが佳脣を滑ったのも一瞬。
メフィスは我が眷属が砕いた顎を大きく割り広げて、【裂】(ヒキサク)――!
濤と鮮血の迸る顎から頬を貫穿するや、顎骨から剥離し、鋭く裂断した!!
「扨て、反撃が叶うかね」
咥内に嗤笑を轉がす逢真が、然う云ッた時が頃合いだったろう。
煓々熾々と心火を然やした大海獣は、海中で再加速して突貫する筈が、巨躯を大きく蜿蜒(うね)らせた刹那、ゴブリと夥多しい量の血を吐く。
「――噫、矢張り。あの鳥を全身喰らえば神とて死ぬさ」
毒を喰ったのだと、じんわり朱を広げる波間に解を置く逢真。
彼は折り曲げた膝の上に片肘を付きながら、邪の變容を具に観察して、
「鴆は掠めて人殺す毒鳥。喰らわれた今は羽根の一枚も毒となって臓腑を食い破る」
高濃度の毒は吐いた血にも混じっており、彼が引き連れた海の生き物も已む無く死んでしまうだろうと、病毒に戯ぶ神は飄然と言ってのけよう。
逢真は水中で藻掻き続ける巨影に聲を降らせて、
「ああ、もちろん最後にゃ毒抜くよ。残すのはきれいな川だけさ」
全ての権能を有する神は、毒を撒くも浄うも自在。
故に安心して欲しい、と莞爾と頬笑んだ凶星は、この隙に次々と飛び込む仲間の冱撃を泰然自若と見届けるのだった。
「動きが鈍くなった……!」
極限まで集中していた澪は、この瞬間を逃さない。
眞白に耀ける双翼に力強く空気を叩き、オルキヌスの額が目視出来る位置まで滑空した澪は、海の王者が決して拭えぬ“屈辱”――弱点を雪白の繊指に差し示す。
間もなく佳脣は詠唱して、
「Orage de fleurs(オラージュ・ドゥ・フレア)……香り高く、舞い遊べ」
然れば刻下、無数の花瓣が風に乗って颯となり嵐となり、澪が指先に示す額部めがけて螺旋を描いて飛び込んで行く――!
淸純に馨れる花嵐は、仮令(たとえ)オルキヌスが川底深く潜っても水面では解けず、対象を追尾して水中を推進するだけの威力を有する。
宛ら錐の如くスピンして迫った花嵐は、聢と額部を強襲してオルキヌスを悶絶させた!
『ギギギギギィィィィッッッ!!』
激痛に瞋恚を募らせた巨海獣が一度潜り、強かに尾鰭を打って再び海面に出る。
長大な躯を彈条(バネ)に轟然と突貫したオルキヌスは、然し海への適応力を人並みに落とし、既に覇者の威を失っていたろう。
「――――遅鈍(のろ)い」
小さく呟いたのは、王を陥れた張本人。
猛然と迫る巨躯の、護謨(ゴム)に似た皮膚の質感まで網膜に捉えたヴィクティムは、岩の裂け目の如き大顎を躱し、擦れ違い様に頬へとスタン・ボルトを撃ち込んだ!
『ギギギィィイイ!!』
「弱点は額だったな……良く知ってるよ」
その聲が耳骨によく伝わるとは、彼が鼻先に食い付いたからだ。
未だ雷撃の痺れは取れず、振り払うより先に組み敷かれたオルキヌスは、冷たく濡れた銃口がヒタリと額に触れる――その瞬間に怖氣立ったろう。
聡い聽覚は銃爪の音まで捉え、次いで張り裂ける音に意識を削られる。
「――沈むのはテメェのほうだ、雑魚が」
彈彈彈彈彈彈彈彈……――ッッと鐵鉛の連射に継ぐ連射が男の低音を掻き消して。
オルキヌスは額から潮の如く鮮血を噴き、昏闇の海に朱を混ぜた。
『ギギギィィッッ!! ギギィィギギギギッ!!』
激痛に悶絶しながら、ヴィクティムを振り切らんと身を捻るオルキヌス。
巨躯が一回轉するだけで危うかろうが、ここはシェフィーネスがそうさせない。
自ら創造した爆撃船の一隻に乗り込んだ彼は、主舵であり推進源たる尾鰭を掣肘すべく後方から大砲を不断に撃ち込み、海邪の挙動を牽制し続けた。
「嘗ては七大海嘯と海の覇権を争ったかは知らんが、容赦はせん」
推進も捻轉も、退く事も許さず。
美し海賊は轟砲を間際に柳眉ひとつ顰めず、手に二挺の砲口を構えると、遼遠を見渡せる烱眼にオルキヌスの額を捉えた。
「最早、王の面影は無し。海の偉大さを忘れた輩になど、万に一つ敗北する事は無い」
尾鰭より約50m先にある的だろうが関係ない。
小銃『M.K.』と銀の海賊銃『agros』、彈速の異なる二挺に次々と火花を散らした彼は、遠く離れた弱点部位に全き同時に冱彈を届けたッ!
而して硝煙の靉靆(たなび)く筒先に訣別が添えられ、
「……Good bye」
其の科白も風に攫われるのだった。
――然う、時に「風」が戰いだのだ。
其は虹富士より吹き下ろす山風でなく、オルキヌスが連れた海風でなく、景正が弦打ちに連れた虎落笛――深層水より凛冽(つめた)い寒風が轟と吹き抜ける。
「南無、八幡大菩薩――鎮西八郎の征矢、貸し与え賜え」
紅脣は祈念と誓願を唱えて。
冴えた弓張月の如き横顔に矢を添え、全ての感覚を研ぎ澄ませて引き放つは【鬼弓】。
我が片腕の腱が切れるのも構わず、力いっぱい弦を張った景正は、ごうと弓返りするや神速の矢に夜帷を切り裂き、血濡れた水面より現れた瞬間の額を射抜いたッ!
『ギギギギギギギィィィイイ!!!』
其は一射で軍船を沈める程の超威力。
見事、弱点たる額に鋭鏃を沈めた景正は、忌々し気に喊びながら血を噴くオルキヌスを確かめ、漸う沈みゆく邪影にニッと口角を持ち上げる。
「無事為遂げられれば、片腕の痛みも快哉の響きと甘んじましょう」
激烈な痛みが腱の寸断を喊ぶが、芙蓉の顔(かんばせ)は明るく。
景正は鈍い音を立てた右腕を宥めつつ、死に迷う邪の「介錯」を仲間に頼んだ。
而して華乃音は、景正が希んだ刻に終焉を届けよう。
鴇色に艶めいた佳脣は、驚くほど靜かにテノール・バリトンを紡いで、
「――『潜み、視て、撃つ』。狙撃手が為る事は其だけだ」
其だけが我が役儀で、我が矜持。
其を果たす為に潜伏に適した場所を見つけ、遠距離から敵の行動を具に観察し、そして最も有効なタイミングで銃爪を引くのだと、繊指が死を置きに行く。
「終末(おわり)だ」
彈かれるは【導きの流星】(ナヴィガトリア)――。
冴ゆる靜寂を纏っただけ精度を増した冱彈は、銃声にしてはやけに靜かな息遣いに排出されると、月光に硝煙を靉靆(たなび)かせながら螺旋を描き、正に華乃音が思い描いた通りの軌跡を捺擦(なぞ)る。
極めて美しい彈道は、須臾の世界に時を置いた者のみにしか視えまい。
標的までの長距離を刹那に跳び渡った鉛彈は、『三つ目』に瞳を奪われて空疎になった其処に、多くの仲間が撃を衝き入れた其処に身を沈め、虹川を赫く染めた。
『ギィィィィイイイイイイッッ……ッッ……――!!』
今際の絶叫が紫闇の夜を裂き、月を震わせる。
夥多しい血を噴いて喊ぶ姿に、最早「海の王者」たる影は無かろう。
森羅を冠する大海獣『オルキヌス』は、瞳を奪われた恨みと嘆きを儚く咆哮しながら、侵襲した当初より變わらず注がれる淸流に押し流されるよう影を解くのだった――。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2021年02月11日
宿敵
『森羅冠す『オルキヌス』』
を撃破!
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